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ロスト・スペラー 21
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0001創る名無しに見る名無し
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2019/11/15(金) 18:38:53.75ID:2nCOUSfN
そろそろネタが切れそう

過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1544173745/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1530793274/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1518082935/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0129創る名無しに見る名無し
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2019/12/18(水) 19:07:03.25ID:xnoZX0p5
そこで話はアーク国王の信望に移る。
如何にクローテルが神器に選ばれようとも、アーク国王が統治者として優れた者であれば、
国民が幸福だと実感していれば、聖君の交代は無かった筈である。
アーク国に成り代わって、聖君代理者が統治する聖都に成ろうと言う野望を持つ、
ルクル国は分からないが、少なくともオリン国はクローテルを聖騎士の儘で居させた。
そうした記述が原典にはある。
アーク国王は国内の貴族や平民に、余り快く思われていなかったと言うのだ。
実際どうだったかは、直接的に貴族や平民が不満を述べる部分が無いので、推測するしか無い。
しかし、アルス子爵領での盗賊の跋扈、魔竜の出現等、不穏な部分は幾らでも読み取れる。
それが統治能力の欠如の現れなのか、或いは、そうでは無くて、旧暦の信仰が薄れているから、
この様な不幸が起こるのだと言う事なのか、その両方なのか、解釈は分かれる。
原典では人々の信仰心の不足が嘆かれているので、人に信仰心を持たせられない王は、
王に相応しくないと言う事なのかも知れない。
この後、アーク国王は王位を王子に譲って、自身は後見人となり、院政に入る。
聖槍を持てなくなった彼は、自信を喪失して、心を入れ替えたと言う。
完全に失脚していない所からして、やはり統治能力には一定の評価があったのだと思われる。
0130創る名無しに見る名無し
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2019/12/18(水) 19:08:04.78ID:xnoZX0p5
作中でも言われている通り、神王は統治者では無い。
アーク国はヴィルト王子が王位に就いても、諸侯を束ねる王(実際は公)の地位は変わらず、
その上に神王を戴くのみである。
これは政治的な混乱を避ける為の配慮であろう。
しかしながら、神王の誕生を機に、独立心を持つ貴族も少なくなかった。
その辺りの問題を解決する話が、第3章にはある。
大概は独立ならず、元の鞘に収まる形で決着するのだが……。
元々神王を戴くエレム・ハイエル語圏では、王は神王唯一人であり、現在の王家は公に過ぎなかった。
それが神王不在の間に権力を持ち、代理聖君等と言う名目で、他の貴族を支配し始めたのだから、
旧い貴族は不満を溜め込んでいたのだ。
だが、如何に歴史が古かろうと、国力では王家の方が強かった。
周辺国との関係もあって、王に従属するより他に無かったと言う貴族も多かった。
これが神王の誕生で、周辺国との力関係に振り回される必要が無くなったのだ。
王家の支配が強まりつつあった中で、以後の王家と貴族の関係は、比較的対等に近い物になる。
王家は貴族を束ねると言うより、意見を聞いて纏める、町内会の会長の様な存在になる。
変化は平民にも表れ、多くの平民が国境を移動する様になる。
より暮らし易い国へ、より豊かな国へと言う動きは自然な物であり、中々止める事は難しい。
国境が閉ざされていた時代と異なり、貴族は領民に配慮せざるを得ず、故に弱体化する貴族もあった。
これも一部の貴族の反感を買う事になる。
0131創る名無しに見る名無し
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2019/12/18(水) 19:08:22.82ID:xnoZX0p5
クローテルが神王となり、諸王は王の地位を返上して、公の地位に降る。
だが、公式に「公」となったかは明確では無い。
諸侯を束ねるなら王であると、「王」の儘の史料もある。
クローテルの治世は短かったので、本来なら公とされる物でも、名残で王としている可能性もある。
では、神王――真の聖君とは何かと言うと、人々に信仰心を取り戻させる物である。
王の中の王でありながら、統治する事は無い。
人々を従える為の道具と言う事も出来るが、教会も王も神王を操る事は出来ない。
神王は絶対でありながら、その意を騙る事は誰にも出来ないし、しては行けない。
神王自身の意識や意図もあるので、政治の道具にするには、余りにも不便である。
神王は必要があれば、進んで自らの意見を述べたし、行動も起こした。
神王の働きは神意であるが故に、その行動を止める事は出来なかった。
神意を騙れない様にする為に、神王は隠れるのでは無く、寧ろ誤解を避ける為に、多く表に現れて、
自らの言動を明らかにした。
特に、クローテルは超人的な存在だったので、護衛も付けずに出歩いた。
実際には、周囲が護衛を付けようとしたが、本人は束縛を嫌った様だ。
神王の役割は、神秘を荘厳で秘匿された物とする事では無く、神秘を奇跡として人前に顕す事である。
そうして人々に信仰心を取り戻させるのだ。
0132創る名無しに見る名無し
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2019/12/19(木) 18:33:23.46ID:aSVTHZsF
クローテルを神王とする事に、多くの者は反対していなかった。
原典では態度を決め兼ねていた者達も、アーク国王に失望したとしているが、当時の他史料から、
実は大多数は日和見的だった事が判っている。
既にクローテルの活躍の噂は広まっており、彼を神王とするか否かは、実質的に推進派と、
反対派の少数同士の問題だった様だ。
そこで推進派が協調して、大聖堂での悪魔審問に持って行った……と言う事らしい。
詰まり、「悪魔審問だ」と叫んだ貴族が、その1人と言う事になるが……。
その貴族が誰かは明確では無く、真相は不明である。
教会ではクローテルを神王とする事に反対する者も賛成する者も少なく、実態としては、
大多数の日和見と、少数の賛成派と、より少数の反対派があった。
この反対派がアーク国王に付いたかと言うと、そうでも無かったらしく、取り敢えず現状維持と言う、
曖昧な態度の為に、賛成派に押し切られたと言う。
教皇も含めた日和見派は、神器の審判の結果、流される儘に神王を認めた。
この時代は信仰心の薄れから、教会の影響力が小さくなりつつあった事も関係している。
自信喪失状態にあった教会は、自ら世論を動かそうとか、政治に関与しようと言う気概に欠け、
自ら新たな神王を認めようと言う積もりも無かった。
一方で、強力にクローテルを神王に推進した者の中には、嘗ての権威ある教会の復活を企て、
その為に神王を選ぼうとしていた。
教会内の推進派の筆頭は、シスター・ローラの父(大聖堂の司祭の1人)である。
彼には少なからぬ野心があった様で、その為に娘を祈り子長にするべく教育した。
0133創る名無しに見る名無し
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2019/12/19(木) 18:33:43.98ID:aSVTHZsF
それに対してシスター・ローラは純粋にクローテルを信じていたとされる。
彼女は父の野望の為に、「清らかな娘」として育てられた。
流石に、実際に神王が誕生して、娘が祈り子長になるとまでは予想していなかったが、
それなりに高い地位――具体的には高位の貴族の嫁に相応しい教育を施していた。
原典には、シスター・ローラと彼女の父親に就いても、幾らか言及があり、これを元にした、
書籍「シスター・ローラ外伝」がある。
それによると、ローラがクローテルと初めて出会った時から、彼女はクローテルの事を、
父に報告しており、その熱心な語りに父は不安を持ったと言う。
更にマルセル国との戦いで、彼女は完全にクローテルに心酔してしまい、父は恐怖心を持った。
クローテルは伯爵の養子だったが、領地は継がず、生家の子爵領を継いだ事も、父にとっては、
不満だった様だ。
ローラの父は聖職者でありながら、野心が強く、権力闘争を好む性格だった様だ。
シスター・ローラ自身は、父の野心を余り良く思っておらず、表立って反抗する事は無かったが、
「貞淑な娘」を盾に、小やかな抵抗をした。
これをローラの父も子供がやる事と許していたのだが、クローテルの登場で彼の計画が狂う。
この時にローラの父は、娘の言う事を戯れ言と聞き流さず、もしクローテルが本当に神王になり、
諸国を平定した場合に備えて、娘を祈り子長にする計画を並行させた。
教育方針の転換には、やはりローラの熱心な訴えがあり、その為にローラの父も、もしもの時を、
考える様になったらしい。
0134創る名無しに見る名無し
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2019/12/19(木) 18:34:50.97ID:aSVTHZsF
原典ではローラの父がクローテルを見た時の様子も語られている。
神器に選ばれたクローテルを見て、ローラの父は何と自らの野心を恥じたと言う。
詰まる所、ローラの父は大聖堂の司祭でありながら、神を信じていなかったのだ。
後に、彼は娘が祈り子長となった事で、司教に格上げされるが、教皇になろうとまでは考えない。
敬虔な心に目覚めて、権力ばかりを追求する事を止めた。
「どんなに権力を得ようとも、神と真実の前では無力である」と悟ったらしい。
確かに、実際のクローテルも内容の通りであれば、権力も何の意味も持たないであろう。
即ち、クローテルは既存の権威や権力が、全く通用しない物として、描かれているのである。
神の偉大さ、神意の偉大さは、あらゆる障害を払い除け、世界を覆すのだ。
若かりし日のローラの父は教会の地位の低さ、教皇や司教達の軟弱さに不満を持っており、
ならば自分がと、教会を引っ張って行く積もりだった。
それが何時の間にか、権力闘争に明け暮れて、権力を得る事だけが目的化していたと言う。
0135創る名無しに見る名無し
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2019/12/20(金) 18:30:45.24ID:DCtkj3nH
クローテルが神王となった儀式は、原典では1つの編に出来そうな程、長々と語られている。
否、正確には、それだけで1つの編なのだ。
それを童話に改変するに当たって省略したと言うのが正しい。
儀式の様子を一々語った所で、物語的には何も面白くないだろうから、英断ではある。
クローテルの神王認定と同時に、十騎士の認定も行われている。
所が、「将軍」だけは誰が選ばれたのか分からない。
十騎士の役目は以下の通り。

槍持ち(ランスベアラー)
神槍コー・シーアを持ち、必要があれば、それを振るう事が許されている。
だが、神槍の真の力は神王で無ければ引き出せないとされており、槍持ちの正確な役割は、
神槍を守り継ぐ事であるとされる。
そして、来るべき戦いでは、神槍を神王に捧げる。

盾持ち(シールドベアラー)
神盾セーヴァス・ロコを持ち、神王を守る。
こちらはコー・シアーとは違い、神王で無ければ真の力を引き出せない訳では無い。
盾持ちは神盾が手にある内は、武器を持ってはならないと言う定めがある。
これは盾持ちの役割とは正しく守備であり、それを疎かにしては行けないと言う、戒めだとされる。

旗手(フラグレイザー)
神旗マスタリー・フラグを持ち、平時は神王の先を歩いて、神威を示す。
戦時には神王の後に続いて、その地が神王の下にある事を示す。
神旗は神王が居る事で、真の力を発揮すると言う。
神王が持つ、持たないに関わらず、神王の存在その物が、マスタリー・フラグに力を与えると言う。

袋笛吹き(バグパイパー)
神笛オー・トレマーを演奏する。
平時は穏やかな音で人々の心を癒し、戦場では露払いを務める。
演奏で戦意を高める事もする。
セーヴァス・ロコと同じく、神王が直接持つ必要は無い。

鳴鐘者(ベルリンガー)
神鐘ベル・オーメンを鳴らして、神王の到来を告げる。
袋笛吹きと共に、戦場では露払いを務めたり、演奏で戦いを補助したりする。
目覚めの鐘、弔鐘も鳴らす。
危機には独りでに鳴るとも言う。
こちらも神王が直接持つ必要は無い。
0136創る名無しに見る名無し
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2019/12/20(金) 18:31:32.93ID:DCtkj3nH
祈り子長(プレアー・リーダー)
「祈りを導く者」の名の通り、祈り子を統括して、神王に祈りを捧げる。
人々の祈りによって、神王は更なる力を得る。
ジャッジャスの代の祈り子長は女性だったが、女性である必要は無い。
神器の後継者も含めて、十騎士には特に性別の指定は無い。

軍師(ストラテジスト)
平時、戦時に関わらず、神王に助言する役割を持つ。
平時は神王の統治を補佐し、戦時は神王の兵を勝利に導く。
予知能力を持つとも言われるが、真相は不明。

従者(ヴァレット)
神王に付き従い、神王の身の回りの世話をする。
時には神器を持つと言われるが、十分に扱えるとは書かれていない。
主な役割は、神王の側に控えて、些事を取り扱う事にある。
一々何から何まで手取り足取り神王の世話をすると言う訳では無い。

御者(キャリッジ・ドライヴァー)
神王が乗る馬の世話や、神王が乗る馬車の運転、管理をする。
必要な役割ではある物の、そこまで重要さは感じられない。
態々十騎士に任命する程かは不明。

将軍(ジェネラル)
神王に代わり、多くの兵を率いる。
時に神器を持つとも言われるが、少なくともジャッジャスの代では、その様な描写は無い。
重要な役割ではあるが、特に神に選ばれている必要は無いのか、一代の神王で交替もする。
恐らくは、当代で最も武勇で名を馳せた将軍が選ばれる。
0137創る名無しに見る名無し
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2019/12/20(金) 18:32:07.12ID:DCtkj3nH
この様に、同じ十騎士であっても、その重要度は異なる。
替えの利かない者もあれば、幾らでも替えの利きそうな者もある。
実際に将軍は代替わりした記録がある。
但し、それはジャッジャスの代では無い。
将軍の正体は不明だが、それは重要度の低さの表れなのかも知れない。
交代した時に備えて、敢えて名を記さなかった可能性もある。
槍持ち、盾持ち、旗手は、それぞれアーク国、オリン国、ルクル国の王子。
袋笛吹きはルクル国からアルス子爵領に移動したルーデンス。
祈り子長は司祭の娘ローラ。
以下、鳴鐘者はレタート、御者はバディス、軍師はドクトル、従者はフィデリートと、
ルクル国の者が横滑りする形で、十騎士に選ばれている。
0139創る名無しに見る名無し
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2019/12/21(土) 17:58:01.93ID:fGy7uYNP
馬と生きる


ブリウォール街道にて


旅商の男ワーロックと、その養娘リベラは、父娘2人で商いの旅をしていた。
しかし、道中でワーロックが憊(へば)る。
男性と女性では、男性の方が体力があるとは言え、ワーロックは若くない。
しかも、魔法が上手では無い上に、見栄を張ってリベラより多くの荷物を背負っている。
どうしてもリベラより先に疲れてしまう。

 「はぁ、年は取りたくない物だなぁ」

街道沿いに設置された休憩所の長椅子に腰と荷物を下ろし、ワーロックは長い息を吐いた。

 「そんな急に老け込む訳じゃないんだから」

リベラは呆れて小さく笑うが、ワーロックにとっては笑い事では無い。
その時、2人の目の前を乗り合い馬車が通り過ぎて行った。
力強い大きな2頭の馬が、20人余りを乗せた車を牽引している。
それを見てリベラは零した。

 「馬車が借りられれば良いのにね」

何気無い一言だった。
だが、馬車は高い。
借りると安くても半日で1万MGはする。
ワーロックもリベラも、金持ちと言う訳では無いので、出来るだけ出費は控えたい。
そもそも2人共、馬車免許を持っていない。
0140創る名無しに見る名無し
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2019/12/21(土) 17:58:45.19ID:fGy7uYNP
家の経済状況に不満があるかの様な言い方になってしまったので、リベラは不味い事を言ったかと、
ワーロックの反応を心配した。
しかし、彼の言葉は予想しなかった物だった。

 「ああ、荷運び用の馬を借りれば良い。
  貸し馬屋が近くにある筈」

ワーロックは重い荷を背負って立ち上がると、貸し馬屋を探して街道沿いを歩いた。
リベラも彼に付いて行く。
貸し馬屋は直ぐに見付かった。
大抵は、街道沿いに目立つ看板が設置されているので、見落とす事は先ず無い。
そうして貸し馬屋に辿り着いた2人は、貸し馬屋の裏手の牧場を眺める。

 「あの、お養父さん……。
  私、馬に乗れないんだけど?」

遠慮勝ちに言ったリベラに、ワーロックは告げる。

 「大丈夫、大丈夫。
  荷運び用の馬は、連れて歩くから。
  乗る必要は無いよ」

それを聞いて一安心するリベラ。
ワーロックは彼女を見て、小さく笑う。

 「でも、そうだな……。
  馬に乗れるなら、それに越した事は無いし、急ぎの時にも役に立つ。
  どこかで乗馬免許を取らないとな。
  馬車免許もあると良いんだけど」

 「お金は大丈夫?」

 「余っ程、下手じゃなければ、試験に失敗しないだろう。
  乗馬の練習が出来る場所は多いし」
0141創る名無しに見る名無し
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2019/12/21(土) 17:59:33.17ID:fGy7uYNP
そんな話をしながら、2人は貸し馬屋に入る。
ワーロックは店員に話し掛けた。

 「馬を借りたいんですけど」

 「はい、何をお求めですか?」

店員は営業スマイルを浮かべながら尋ねる。

 「荷運び用の馬です」

 「ランクは?」

 「騾馬、C級を1頭。
  売買許可証があります」

ワーロックがブリンガー地方とボルガ地方の売買許可証を見せると、店員は一度目を落とした。

 「はい、お待ち下さい」

そして、店の裏手に回り込む。
リベラは待機中に店の中を見回した。
そして料金表に目を留める。
荷運び用の馬も乗用の馬も、A、B、Cの3つのランクがある。
荷運び用の馬のCランクは、重さ1体まで運べ、料金は1500MG。
Bランクは、重さ2体まで運べ、料金は2500MG。
Aランクは、重さ4体まで運べ、料金は4500MG。
複数頭を借りる際の割引は、要相談となっている。
更に、保証金として5000MGの前払いが付く。
この保証金は無事に馬を返せれば、返金すると書いてある。
0142創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/12/22(日) 18:50:57.28ID:Zf4ZFEl9
やがて、店員が騾馬を連れて、外から呼び掛ける。

 「お待たせしました。
  こちらです」

ワーロックとリベラは店員と騾馬の元に向かった。
そこでワーロックは騾馬の様子をよく観察する。
目を見詰めた後、軽く体を撫でながら、特に足回りを見る。
問題無いと認めた彼は、店員に1500MGを渡した。

 「では、現金で」

 「あ、全商連なら割引がありますけど」

 「いえ、個人ですから。
  そちらには入ってないので」

 「はぁ、分かりました。
  確かに、お受け取りしました。
  領収書を発行します」

店員は一度屋内に戻り、領収書を持って戻って来る。

 「御利用、有り難う御座いました。
  荷物の載せ過ぎには、御注意下さい」

 「はい、大丈夫です」

 「有り難う御座いました。
  道中、お気を付けて」

形式的な遣り取りをして、ワーロックとリベラは騾馬を借り、店員と別れた。
0143創る名無しに見る名無し
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2019/12/22(日) 18:51:42.61ID:Zf4ZFEl9
リベラは疑問に思っていた事を尋ねる。

 「保証金は払わなくて良いの?」

 「ああ、売買許可を持っている商人は、保証金の対象外なんだ」

 「ゼンショーレンって言うのは?」

 「全国商人連合会。
  そっちの会費も納めていれば、色々と優遇があるんだけど……。
  所謂『外道魔法使い』とも取り引きしている訳だから、説明が面倒で。
  入会していないんだ」

 「そうなんだ」

未だ未だ自分の知らない事が一杯あるんだなと、リベラは感心して養父の話を聞いていた。
ワーロックとリベラは騾馬の背に荷物を預けて、ブリウォール街道を歩く。
暫くして、リベラはワーロックに再び尋ねた。

 「どうして騾馬?」

 「安いからだよ。
  荷運び用のCランクは大体騾馬だ。
  中には大型の馬もあるけど。
  荷物の多い時は、荷台付きのBランクを借りる。
  荷台分は別料金だけど、2頭借りるよりは、そっちの方が安い」

 「複数頭は要相談って何の事?
  相談すると、どうなるの?」

 「貸し馬屋は、どこでも共通で馬を返せる。
  借りた場所に返しに行かなくても、同じ系列の店舗なら良い。
  だけど、人の往来には波があるから、往路では人が多くても、復路では人が少ないと言う事が、
  時々ある。
  そう言う時は、復路では値段が安くなる。
  逆に往路で値段が上がる時もある……『あった』と言った方が良いかな?」
0144創る名無しに見る名無し
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2019/12/22(日) 18:57:15.15ID:Zf4ZFEl9
 「どう言う事?」

 「値段が上がると、渋って馬に無理をさせる人が出て来るから。
  そうならない様に、貸し馬屋の協会の方で、値上げは出来るだけしない方針になった。
  人の言う事を素直に聞く、大人しくて丈夫な馬を育てるのは大変なんだ。
  目先の小金欲しさに、貴重な資産を使い潰す訳には行かないって事になった」

流石に長年商人をして来ただけあって、ワーロックは商業関連の知識は豊富である。
それにしては、一向に対人の駆け引きは苦手なのだが、それも誠実さ見れば美点となる。
徒、呆っと話を聞いていたリベラに、ワーロックは心配な顔をして言った。

 「リベラも馬の良し悪しが判る様にならないとな。
  あー、でも、乗馬免許を取るのが先か……。
  公学校卒業程度の資格を取ってから、安心していたけど、未だ未だ学ぶ事が多いな。
  人生何事も勉強勉強、そんな物か……」

そう言われて、リベラは礑と気付く。

 「お養父さんは、乗馬免許持ってるの?」

 「ああ、持ってるよ。
  余り馬に乗る機会は無かったけど、月に数回程度は利用する事がある。
  もしもの時に、馬に乗れないと困るから、乗馬免許は持っているに越した事は無い」

 「乗馬……。
  上手く乗れるかな?」

 「どうだろう?
  こればっかりは相性だからね。
  平衡感覚が確りしていないと行けないとは言うけれど。
  運動が出来ても、乗れない人は居るからね」

リベラは不安に思いながら、乗馬の事を考え続けていた。
0145創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/12/23(月) 18:37:52.77ID:0pCLVGLy
数日後、ティナー地方西部の村シュミタルにて


乗馬の話から余り日を置かない内、リベラはワーロックに連れられて、乗馬が体験出来る牧場に来た。
実はリベラにとって乗馬は初めてでは無い。
何度も乗った事がある。
だが、それは何れも幼い頃の事で、今も乗れるかと言うと分からない。
楽しかった記憶があるので、苦手意識は無かったが、やはり空白期間で下手になっているのではと、
不安が大きい。
牧場の柵の中に入ると、リベラの周りに馬が集まって来た。
馬達はリベラを取り囲んで、何事かと鼻先で突いたり、匂いを嗅いだりしている。
大きな馬に囲まれて、リベラは恐怖を感じる。

 「お、お養父さーん!
  助けて!」

馬に囲まれて身動きが取れない彼女を、ワーロックも牧場の管理人も笑って見ている。
牧場の管理人はリベラに言った。

 「ははは、大丈夫ですよ。
  珍しい人が来たと思って、見ているだけです。
  余り怖々(おどおど)していると、馬に揶揄われますよ」

基本的に唯一大陸で人に飼われている馬は、人を恐れない。
堂々と人間に近付き、愛撫を求める。
所が、少しの事で機嫌を損ねたり、驚かせてしまったりもする。
そうすると、この人は危険だと認識して、近寄らなくなる。
神経質でありながら、図太いと言う、少し困った存在だ。
馬好きは、そんな馬が可愛いと言う。
リベラが本気で困っている様子だったので、ワーロックは馬の群れの中に割って入り、
彼女を連れ出した。
馬達の数頭は未だリベラに付いて来る。
0146創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/12/23(月) 18:39:10.03ID:0pCLVGLy
中でも黒くて大きな体の馬が、リベラを気に入ったのか、中々離れない。
牧場の管理人は困った顔をした。

 「こらこら、迷惑がっているだろう。
  ノイノイ、下がれ、下がれ」

そう言って馬を引き離そうとする。
ノイノイとは、この馬の名前だ。
しかし、ノイノイは動かない。
執拗にリベラの周りを回る。

 「参ったなぁ、こりゃ」

牧場の管理人は頭を掻いて、リベラに申し訳無さそうな顔をした。

 「済みませんね。
  どうも、こいつ、貴女の事が気に入ったみたいで。
  偶にあるんですよ。
  こいつじゃなくても、お客さんを気に入ってしまう事が」

それを聞いてワーロックは尋ねた。

 「使い魔が自分から主を選ぶのと、同じ様な感覚なんでしょうか?」

 「ああ、そうかも知れませんね。
  でも、馬を飼うのは大変でしょう?」

牧場の管理人は苦笑い。
確かに、馬を飼うのは容易な事では無い。
餌代、糞の掃除、馬を放せる広い土地、どれも一般の家庭では手に余る。
0147創る名無しに見る名無し
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2019/12/23(月) 18:39:51.03ID:0pCLVGLy
ノイノイの瞳は真っ直ぐリベラを見詰めていた。
余りに懸命な態度に、何か応えてやれないかと思い、リベラがノイノイに手を伸ばすと、
ノイノイはリベラの手に自ら頭を擦り付け、丸で撫でろと促している様。
それに応じて、リベラがノイノイの額を撫でると、ノイノイは両目を閉じて大人しくなった。
牧場の管理人は益々困った顔になる。

 「ありゃ〜……。
  これは行けませんね。
  完全に惚れちゃってますよ」

惚れると言うのは、繁殖相手として定めた訳では無い。
馬が主人を選ぶのは、悪い事では無いのだが、馬屋としては困り物だ。
主人を決めた馬は、他の人を乗せたがらない。
牧場の管理人は、ワーロックに視線を向けた。
ワーロックは驚いた顔で首を横に振る。
それは「引き取れますか?」と言う暗黙の問い掛けに対して、「無理です」と答えた物だ。
ワーロックも牧場の管理人も、揃って両腕を組む。
事情を余り理解していないリベラは、不思議そうに尋ねた。

 「何か不味い事が?」

ワーロックが答える。

 「毎回、この馬だけを借りる訳には行かないから。
  何時も相性の良い馬だけとは限らない。
  『普通の馬』に乗れる様にならないと」

 「あー」

それもそうだと、リベラは小さく頷いた。
0148創る名無しに見る名無し
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2019/12/24(火) 19:09:23.59ID:XvH26oqB
リベラの乗馬技術は、才能があると言う程では無いが、下手でも無く、大きな問題も無く、
極々普通に馬に乗っていた。
覚えは良い方で、半日で普通に馬に乗る分には必要な技術を習得する。
その後は慣れと言う所。
所が、リベラが馬を少し走らせていると、ノイノイが駆け寄って来る。
どうやら抑えていた牧場の職員を振り切ってしまった様だ。
そしてリベラが乗る馬に並走して幅寄せを始める。
全く煽り運転の様。
否、実際に煽っているのだ。

 「こら、止めないか!
  ノイノイ!」

牧場の人達が声を掛けるも、ノイノイは全く気にしない。
体の大きなノイノイに、リベラが乗っている馬は押されて、遂に足を止めてしまった。
困惑するリベラ。
こう言う経験の無い彼女は、どう対処して良いか分からない。
そこにワーロックが割って入った。
彼はリベラに気を取られているノイノイの背に飛び乗る。

 「ドウ、ドウ」

ワーロックはノイノイを落ち着かせようとするが、そんな事で落ち着く訳が無い。
行き成り知らない人間に飛び乗られて、ノイノイは不快になり、暴れ始める。
そこからは丸でロデオだ。
懸命に背中の人間を振り落とそうとするノイノイと、何とか落ちまいと堪えるワーロック。
その間にリベラは牧場の職員の誘導で、その場を離れる。
暫くは持ち堪えていたワーロックだったが、やがて力尽きて、撥ね飛ばされた。
足が鐙から外れ、手が手綱から放れ、体を宙に投げ出される。
0149創る名無しに見る名無し
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2019/12/24(火) 19:11:00.84ID:XvH26oqB
そこを牧場の職員達が、共通魔法で助けに入る。
地上に空気のクッションを作って、落下するワーロックの衝撃を和らげる。
目論見通りにワーロックは魔法のクッションの上に落ち、何度か跳ねて地面に落ちた。
興奮したノイノイは、牧場内を走り回る。
ワーロックは職員達に怒られた。

 「何故、あんな事を!」

もっと穏便に解決する方法はあった。
少なくとも、牧場の職員達であれば。
例えば、魔法を使って落ち着かせたり、或いは、リベラがノイノイに働き掛けても良い。
馬を驚かせるのは、愚策も愚策。
幾ら娘を守る為とは言え、無謀に過ぎる。

 「す、済みませんでした」

 「気持ちは解りますが、幾ら何でも……」

その頃、リベラと数人の職員によって、漸くノイノイが取り押さえられる。
ノイノイは鼻息を荒くしながらも、リベラに寄り添う。
職員達はノイノイの強引さに呆れ果てた。

 「困った奴だ。
  女の子同士だって言うのに」

別に使い魔が主人を選ぶのに、男女は関係無い。
使い魔と主人の関係は、異性と同性で何か違ったりはしない。
リベラはノイノイを牧場の管理人に預けて、ワーロックの元に向かう。

 「お養父さん、大丈夫?」

 「ああ、平気平気。
  馬に振り落とされたのは、久し振りだよ。
  三十年振り位かな。
  気持ちだけは若い頃の積もりだけど、体が付いて行かない」
0150創る名無しに見る名無し
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2019/12/24(火) 19:13:11.45ID:XvH26oqB
ワーロックは溜め息を吐きながら立ち上がり、服に付いた土を払う。
ノイノイは職員を引き摺り、リベラの元に寄って行った。

 「こら、ノイノイ!
  好い加減にしないか!」

職員の制止も全く聞かずに、ノイノイはリベラの隣に来て、しかもワーロックを睨み付ける。
ワーロックは弱った顔をして言う。

 「随分、嫌われてしまったなぁ」

牧場の管理人はワーロックに謝罪した。

 「済みません、家の馬が迷惑を」

 「いや、私は自業自得ですから。
  それより……」

リベラに付いて離れないノイノイを、ワーロックは心配そうに見る。
管理人は深い溜め息を吐いた。

 「参りました。
  ここまで強情だとは思いませんでした」

リベラは思案顔をして、牧場の管理人に尋ねた。

 「あの……。
  この馬を譲って貰う事って、出来るんでしょうか?」

ワーロックも牧場の管理人も、驚いた顔をする。
0151創る名無しに見る名無し
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2019/12/25(水) 18:16:03.32ID:sMnm5voA
牧場の管理人は真剣に考え込んだ後に、こう答えた。

 「商売的な話をするなら、1000万MG」

リベラは落胆の色を顔に浮かべ、ワーロックも到底1000万は出せないと険しい表情。
牧場の管理人は再び考え込んで、こう切り出す。

 「商売抜きで、他の馬と同じ様に考えれば、300万って所ですかねェ……」

それでもリベラとワーロックには結構な金だ。
出せない事は無いが、確実に生活に影響が出る。
牧場の管理人は俄かに厳しい声で言う。

 「300万が軽く出せない様なら、馬を飼う事は出来ませんよ。
  馬を飼う積もりなら、世話だとか場所だとか、諸々を考えれば、もっと掛かるんですから」

彼の説教を受けて、リベラは馬を飼う事を諦めた。
軽い気持ちで飼える動物では無いのだ。
牧場の管理人は優しく言う。

 「意地悪で言っているんじゃないんですよ」

 「はい、分かっています」

ワーロックとリベラは共に頷く。
牧場の管理人は続けた。

 「300万じゃなくても、200万でも100万でも、何だったら只でも良いんです。
  でも、馬の幸せを考えると、それなりに財力のある人にしか任せられません」

丸で嫁婿の話である。
否、実際そうなのだ。
手塩に掛けて育てた可愛い子に、苦労をさせる訳には行かない。
0152創る名無しに見る名無し
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2019/12/25(水) 18:17:53.35ID:sMnm5voA
リベラはノイノイの胴体を撫でながら、管理人に問い掛ける。

 「管理人さん、この子に乗っても良いですか?」

 「ああ、はい。
  大丈夫ですか?」

 「大丈夫です」

そんなに馬に乗り慣れている訳でも無いのに、リベラは断言した。
彼女は軽々と自分の背より高い馬の背に乗り、鞍に跨る。
ノイノイは大人しくリベラを乗せていた。

 「ハイ、ハイ!」

リベラが進めの声を掛けると、ノイノイは緩りと歩き出す。
リベラはノイノイとの時間を噛み締める様に、穏やかな時を過ごした。
ノイノイはリベラの指示に逆らわない。
今日会ったばかりなのに、丸で長年連れ添った様な味わいがある。
その様を見て、ワーロックは深い溜め息を吐いた。

 「はぁ、金の問題かなぁ……。
  ウーム、金があってもなぁ……」

リベラとノイノイの仲睦まじい様を見て、ワーロックも何とかしてやりたいとは思う。
しかし、旅の身であるが故に、どこまでも馬を連れて行く事は難しい。
だからと言って、預けられる様な場所も持っていない。
どの道、諦めなければならないのだ。
牧場の管理人も思う所はある物の、敢えて何も言わない。
馬が見ず知らずの人に懐いてしまう事は間々あり、その度に諦めさせている。
0153創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/12/25(水) 18:18:40.91ID:sMnm5voA
やがてリベラとノイノイは別れの時を迎える。
だが、ノイノイは大人しかった。
駄々を捏ねる事も、暴れる事もせず、静かに牧場の職員達と共に、ワーロックとリベラを見送る。
一体どうした事だろうと、ワーロックはリベラに尋ねた。

 「リベラ、あの馬に何をしたんだ?」

 「一寸、話をしたの」

 「話?」

 「お養父さんが教えてくれた、動物と話せる魔法」

 「ああ、あれかぁ……」

動物と話せる魔法は、今は失われた魔法の一つだ。
元は動物と心を通わせる物で、難しい話は出来ないが、簡単な意思の疎通なら可能。
しかし、言う事を聞かせられる訳では無い。
当然動物にも意思があり、大抵の場合、動物は自分の都合を優先する。
現代では、動物に対しては「指示」や「命令」をする方が効率が良く、動物と話す魔法は、
殆ど使われない。

 「でも、話をするだけで、あそこまで大人しくなってくれるとは……」

ワーロックも動物と話をする魔法は使うが、我が儘を言う動物を従わせる事は難しい。
よくリベラの言う事を聞いてくれた物だと、彼は感心する。

 「心と心を通じ合わせたの。
  遠く離れても、私達は友達だよって」

 「凄いな。
  私には考えも付かなかった事だ。
  試しもしない内から、出来ないと思い込むとは、私も年を取った物だ」

ワーロックは小さく息を吐き、リベラの才覚を認めた。
大袈裟だなとリベラは思いながらも、褒められて含羞む。
この後、リベラはティナー地方で馬を借りる際に、可能な限りノイノイを融通して貰える様になった。
0154創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/12/25(水) 18:21:13.91ID:sMnm5voA
年末年始は休みます。
本格的にネタが切れました。
これからは投稿頻度が落ちるかも知れません。
0155創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/12/25(水) 20:25:20.76ID:a7R9RQTX
良きお年を……
ヘルザ・ティンバーの魔法、カティナ・ウツヒコのその後、久しぶりのサティ
興味のある話は幾つもありますが、ご無理はなさらずに
0157創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/06(月) 19:33:49.00ID:dMlGg+DD
あけましておめでとうございます。
>>155
済みません、ヘルザの魔法を忘れていました。
昔の事とか結構忘れているので、未解決の問題とかあれば、思い出して書くかも知れません。
0158創る名無しに見る名無し
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2020/01/06(月) 19:34:13.60ID:dMlGg+DD
ヘルザの魔法


ティナー地方の商都バルマーにて


魔導師会の女性執行者に連れられて、バルマー市内にある実家に戻ったヘルザは、両親と対面した。
彼女の両親は最初、魔導師会に何か迷惑でも掛けて、補導でもされたのかと、大いに驚いた。
行方不明の娘が帰って来た事は嬉しかったが、何か騒動を起こしたのであれば、素直に喜べない。
怪訝な顔をする両親に、ヘルザは何と説明した物か困る。
正直に反逆同盟に加担していたとは言えないし、反逆同盟を抜けた後は、反逆同盟との戦いに、
身を投じていた……と言うのも憚られる。
何も言えないヘルザに代わって、執行者が口を開く。

 「ヘルザ・ティンバーさんの御両親ですね?」

 「あ、はい。
  あの……娘が何か……?」

ヘルザの父ノーブルは、恐る恐る執行者に尋ねた。
執行者も対応に困る。

 「いえ、何と言う訳ではありません。
  娘さんを保護したので、お送りに……」

執行者もヘルザと彼女の両親の双方に配慮して、詳細は告げない。

 「あっ、はい、そうですか……」

ノーブルは我に返り、妻マージョリーに言う。

 「マージョリー、お客様を……」

 「あら、これは失礼……」
0159創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/06(月) 19:34:46.02ID:dMlGg+DD
来客を持て成そうとする2人対して、執行者は遠慮する。

 「いえ、長居はしませんので。
  勤務中ですから」

基本的に執行者と言う物は生真面目だ。
そうで無くては務まらない。
執行者は一度ヘルザを見る。
彼女は不安そうな顔をしていた。
ヘルザは両親との対話に自信が無かった。
両親に今までの経緯を、どう説明したら良いのか分からないのだ。
理路整然とした説明で、両親を安心させたいが、反逆同盟に加わっていた後ろ目痛さがある。
どうあっても、その事だけは説明出来ない。
しかし、上手に嘘を吐ける自信も無い。
そんなヘルザの内心も知らずに、執行者は去ろうとする。

 「それでは、後の事は御家族で……」

執行者は個々の家庭内の事情にまでは踏み込まない。
ヘルザは困り果てたが、引き留める上手い口実も思い浮かばなかった。
ヘルザの両親は執行者に深く頭を下げる。

 「有り難う御座いました」

 「いえ、仕事なので」

礼には及ばないと、執行者は去って行く。
そしてヘルザは到頭(とうとう)両親と対面せざるを得なくなる。
0160創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/06(月) 19:35:19.10ID:dMlGg+DD
何を言われるのだろうかと、ヘルザは恐々としていた。
先ず口を開いたのは、ノーブル。

 「ヘルザ」

 「は、はい……」

 「無事で良かった」

 「う、うん……」

それから暫くの沈黙。
再びノーブルが口を開く。

 「お前が居ない間、母さんと話し合ったんだ。
  お前の魔法の事……」

ヘルザは自分の魔法が何なのか、結局判らなかった。
唯共通魔法使いでは無いと言うだけで、彼女は反逆同盟の仲間にもなれなかった。
自分の事ながら中途半端だと思うが、反逆同盟でも無く、共通魔法使いでも無い仲間が居ると、
彼女は知った。
もし両親に受容されなくとも、寂しくは無い。
否、寂しい事は寂しいが、絶望まではしない。
ヘルザは期待せずに父の言葉を待つ。

 「それで……学校には行きたくないのか?」

父の問い掛けに、ヘルザは思案する。

 「学校が嫌なんじゃないの。
  友達は好き。
  でも……、私は皆と同じ様にはなれないから」
0161創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/07(火) 18:42:54.33ID:8cn2dy1i
それは偽り無い本心だった。
ヘルザは共通魔法使いにはなれない。
彼女の両親は未だ、その事実を認めたくない様子だった。
ノーブルは重々しく問い掛ける。

 「本当に駄目なのか……?」

ヘルザは答えない。
それが答の様な物だが、どうして言わないのか、ノーブルは不審がった。
父の目に気付いて、ヘルザは口を開く。

 「共通魔法は使いたくない」

両親の目には単なる我が儘に映るだろう。
実際、共通魔法と外道魔法は相反する物では無い。
外道魔法使いの中にも、共通魔法を使う物が居る。
だが、血統を主とする外道魔法は別だ。
共通魔法を使えない事も無いが、大きな違和感と不快感を伴う。
それに慣れるのは並大抵の事では無い。
当然、扱いも下手になる。
現在の社会は、共通魔法を上手く使えない者への対応は改善されたが、人の目は変わらない。
ヘルザが共通魔法を上手く使えない理由が、外道魔法の血筋にあると判れば、やはり差別を受ける。
ヘルザは心の中で自分に味方してくれる者を求めた。
その時、玄関でチャイムが鳴らされる。
こんな時に誰なのかと、ノーブルはマージョリーに目配せをした。
ノーブルは自ら立ち上がって、客人を迎えに行く。
その間、マージョリーがヘルザを見ていた。
0162創る名無しに見る名無し
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2020/01/07(火) 18:44:07.27ID:8cn2dy1i
客人の正体は少女だった。
年齢はヘルザよりも若く見える。
10歳前後と言った所。

 「君は誰だ?」

ノーブルは行き成りの訪問者に驚いて問い掛けた。
正か、ヘルザの友人とも思えない。
少女は答える。

 「私は言葉の魔法使い。
  誰か私を呼んだ者が居る」

 「そんな誰が……」

ノーブルが戸惑っている間に、言葉の魔法使いは彼の脇を通り抜けて、勝手に家に上がった。
ノーブルは慌てて少女を止める。

 「あっ、勝手に上がるな!」

少女は止めようとするノーブルの手を、丸で風に舞う木の葉の様に擦り抜け、ヘルザの前に現れた。
少女はヘルザに言う。

 「今日は。
  私を呼んだのは、君?」

ヘルザは目を見張って硬直する。
彼女は少女を全く知らなかった。
マージョリーは後から現れた夫ノーブルに目を遣る。

 「どうしたの?」

ノーブルは肩で息をして、疲れた様子だった。
0163創る名無しに見る名無し
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2020/01/07(火) 18:44:55.10ID:8cn2dy1i
彼は深呼吸をすると、大きな声でマージョリーとヘルザに言う。

 「そいつは普通じゃない!
  外道魔法使いだ!」

マージョリーもヘルザも吃驚して、警戒の目で少女を見詰めた。
言葉の魔法使いの少女は、やれやれと困った顔で言い訳する。

 「私は誰かの呼び声を聞いて、ここに来たんだ。
  『助けて欲しい』と、確かに呼ばれた」

その正体はヘルザである。
だが、当のヘルザは意識的に誰かを呼んだ訳では無かった。
こうなっては言葉の魔法使いの少女は突然の侵入者である。
誰か囚われているのでは無いかと、少女は辺りを見回すが、そうした怪しい気配は感じない。

 「ムム、奇怪(おか)しいな?
  確かに呼ばれたんだが……。
  誰かの悪戯か?」

怪訝な顔の一家を見て、少女は苦笑いした。

 「お邪魔したみたいだね。
  何でも無いなら良いんだ。
  失礼するよ」

彼女は何度も首を傾げ、「奇怪しいなぁ」と呟きながら家を出て行く。
家族の話し合いに水を差されて、何だか話を続ける雰囲気では無くなってしまった。
ヘルザは助かったと思うと同時に、実は自分が少女を呼んだのでは無いかと、今更ながら、
感付き始める。
0164創る名無しに見る名無し
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2020/01/08(水) 18:51:13.07ID:yM16SNSR
思い返してみれば、ヘルザは何時も誰かの助けを求めていた。

 (リベラさんに言われた、『私の願い』……。
  本当に、それが私の魔法なら?)

他人に助けを呼ぶ魔法と考えれば、納得出来ない事は無い。
最初に彼女の魔法に応えたのが、恐らくはマトラ事ルヴィエラ。
否、ワーロック・アイスロンだったかも知れない。
それ以前にも覚えがあると言えばある。
自分の魔法に気付いたヘルザは、自分の魔法で何が出来るかを考え始めた。
自分に他者に無い能力があれば、自分の為であれ、他人の為であれ、それをどう役立てるかを、
考えてしまうのは人の性。
しかし、彼女には有効な活用方法が思い付かない。
今一使い所が難しい魔法なのだ。
もっと便利な魔法だったらなと、彼女は思わざるを得ない。
活用範囲の狭いテレパシーの様な物なのだから。
実際、共通魔法は多くの他の魔法を取り入れた物なので、強力だが使途の限られる事が多い、
所謂「外道魔法」より、共通魔法の方が便利なのは当然である。
夢が壊れた様な気分で、ヘルザは落胆した。

 (これだったら……。
  共通魔法使いの方が良かったかなぁ……)

だが、共通魔法を覚えるのは苦難の道だ。
やはり彼女は共通魔法使いの中にあっては、違和感と共に過ごさざるを得ない。
ヘルザの内心の変化を、両親は目敏く感じ取って、声を掛けた。

 「どうした、ヘルザ?」

 「何を考えているの?」

自分の魔法の正体を、言おうか言うまいか、ヘルザは悩む。
0165創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/08(水) 18:52:01.15ID:yM16SNSR
彼女は試しに、もう一度、先程の少女を呼ぼうと思った。

 (来て……)

少女の姿を思い浮かべながら、強く念じてみる。
そうすると、何時の間にか少女が両親の背後に現れている。

 「やっぱり呼んでいたんじゃないか……。
  君だね?」

行き成り少女が背後に現れた事に、ヘルザの両親は驚いて振り向いた。
ノーブルは声を高くして問う。

 「帰ったんじゃなかったのか!?」

言葉の魔法使いの少女は悪怯れずに答えた。

 「誰も帰るとは言っていないよ。
  失礼したとは言ったけど」

不快感に顔を顰めるヘルザの両親に、少女は軽く笑って言う。

 「この家から呼び声が聞こえたのは間違い無いから、再び呼ばれるんじゃないかと思って、
  少し待っていたんだ」

そして彼女はヘルザを見た。
ヘルザは小さく頷いた後、両親に告げる。

 「これが私の魔法みたい……」

両親は今一つ状況を掴めず、不可解な顔をした。
0166創る名無しに見る名無し
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2020/01/08(水) 18:52:55.92ID:yM16SNSR
ヘルザは改めて告げる。

 「詰まり、その……誰かを呼ぶ魔法?
  それが私の魔法……」

ヘルザの両親は共に低く唸った。
害になる様な魔法では無いが、逆に何か利益になりそうにも思えない。
呪詛魔法の様な、恐ろしい魔法で無かった分、良かったと思うべきかと認める。

 「そ、そう……」

だが、本人に対して良かったとも悪かったとも言い難い。
コメントに困る。
言葉の魔法使いの少女は、何度も頷いた。

 「成る程、君は共通魔法使いでは無いのか……。
  誰かを呼ぶ魔法とは、詰まり召喚魔法かな?
  極めれば、大きな力になるかも知れない」

 「大きな力?」

 「今みたいに誰かに呼び掛けるだけじゃなくて、直接呼び寄せるとかね。
  応用が利かない分、効果は大きいだろうし」

ヘルザの両親は少女を睨み付けた。
2人共、自分の娘が大きな力を持つ事を望んでいなかった。
即ち、それが2人の外道魔法に対する認識なのである。
2人は娘が邪悪で強大な魔法使いになる事を嫌ったのだ。
0167創る名無しに見る名無し
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2020/01/09(木) 18:34:25.69ID:v1M/wuau
勿論、そうなるとは限らない。
力を得た所で、突然邪悪な人格に変容する訳では無い。
否、可能性が全く無い訳では無いのだが……。
ヘルザは言葉の魔法使いの少女に尋ねる。

 「あの、それで、召喚魔法は何かの役に立つんでしょうか?」

 「えっ、役に?
  ……それは君の心掛け次第じゃないかな?
  全く何の役にも立たない魔法なんて、そうそう無いよ」

そうは言われても、ヘルザは未だ召喚魔法の具体的なイメージを持っていない。
今の所は、少し変わったテレパシーの一種でしか無いのだ。
不安気な顔をするヘルザに、少女は困った顔をして言う。

 「多くの魔法使いは『役割』を持って生まれる。
  それを持たない君は、幸福であり、不幸でもある。
  役割に縛られた生き方をしなくても良いと言う事なのだから。
  君は新しい世代の魔法使いなのだ。
  『役に立つ』と言う考え方をする必要は無いんだよ」

人の世界で生きるのだから、人の役に立とうと考えるのは、自然な事なのだが……。
所謂「外道魔法使い」の少女には、その心が理解出来ない。
未だ不満気な顔のヘルザに、少女は告げる。

 「役に立たなくても良いじゃないか?
  全てが何かの役に立つと思う必要は無いんだよ。
  君は自由に生きれば良い。
  自ら考え、自ら選択して生きるんだ。
  それは苦しみでもあろうが、無上の喜びでもある」
0168創る名無しに見る名無し
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2020/01/09(木) 18:34:56.42ID:v1M/wuau
言葉の魔法使いの少女は、ヘルザの両親にも言う。

 「『外道魔法』を恐れる必要は無い。
  この子は普通の人間だ。
  少し共通魔法が苦手で、少し変わった魔法が使えるだけの子供。
  今時、共通魔法が使えない子供は珍しくも無いだろう」

しかし、ヘルザの両親は軽々に頷かなかった。
共通魔法が使えない事は確かに珍しくは無いが、嫌悪感を示す者は殆ど居ない。
多くの共通魔法を使えない者は、魔法資質が低い。
故に、魔法に対して鈍感だ。
だが、ヘルザは違う。
そうした共通魔法社会に生きる、平凡な一家としての悩みを、少女は理解出来ない。
納得行かない様子の一家の顔を見て、少女は眉を顰めた。

 「……後は本人達で解決するしか無い。
  幾らでも迷い、悩むと良いよ。
  それも人間ならではの貴重な体験だ」

そう言って少女は今度こそ本当に去る。
一家は呆気に取られていたが、最初にノーブルが我に返る。

 「……とにかく、ヘルザが無事に帰って来て良かった。
  今は、それで良しとしよう」

マージョリーもヘルザも頷く。
問題の先送りだとは解っていたが、これ以上疲れる話をする気力は無かった。
0169創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/09(木) 18:35:47.61ID:v1M/wuau
しかし、現実とは向き合わなくてはならない。
ヘルザは学校に行く気力はあるのだが、共通魔法だけが受け入れられない。
共通魔法を教えない学校があれば良いのだが、残念ながら、そんな学校は唯一大陸には無い。
義務教育に確り組み込まれている。
共通魔法の授業だけを休む事も出来なくは無いが、所謂「不良」扱いは避けられない。
ノーブルとマージョリーには、それが受け入れられなかった。
ヘルザが自分から逸(ぐ)れてしまえば良かったのだが……。
その夜、ノーブルとマージョリーは2人だけで相談する。

 「ヘルザの事なんだが……。
  学校の先生に相談してみるのは、どうだろう?」

 「共通魔法の授業だけ受けないの?
  そんな事が出来る?」

 「頼むだけ頼んでみようじゃないか?
  余り聞かないだけで、もしかしたら他にも共通魔法の授業を受けない、前例があるかも知れない」

 「でも、他の子達は、どう思うかしら。
  虐められたりしない?
  子供って残酷だから」

 「その時は、その時だ。
  学校に行きたくないと言ったら、考えよう」

 「大丈夫かしら……」

 「昔だって、クラスに1人は居たじゃないか?
  苦手な授業を放り出す様な問題児が……。
  それと同じだよ。
  そう言う奴だって、公学校は卒業していた」

 「卒業までは良いとして……卒業後は、どうなるの?」

マージョリーは我が娘ヘルザの将来を心配した。
0170創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/10(金) 18:40:37.87ID:9rXaT7ZA
2人は共に真面目な学生だった為に、道を外れてしまった時の事が分からない。
元に戻る為の道程も。
だから、過剰に心配してしまう。
ノーブルは妻マージョリーに言う。

 「何とかなるよ。
  不良学生が皆、犯罪者になったり、野垂れ死にする訳でもあるまいし」

マージョリーは不安そうな顔をしていた。
ノーブルも同じ気持ちだったが、弱気な所は見せられないと強がる。

 「何が幸せか、それを決めるのは、ヘルザ自身だ。
  親として、子供の望みは叶えて上げたい」

 「それが本当に、あの子の為になるなら良いんだけど」

マージョリーは疲れた顔で俯いた。
翌日、ノーブルとマージョリーは、ヘルザが通っていたバルマー市第三公学校に連絡を入れて、
校長や担任教師と面談する。
2人の訴えを聞いた校長は、困った顔をした。

 「お話は分かりました。
  しかし、1人だけを特別扱いする訳には……」

例外を認めていては切りが無いし、担任教師の負担もある。
他の子供達との兼ね合いも問題だ。
何故あの子だけと言われない様に、説明するのは困難。
魔法資質が低い子供でも、共通魔法の授業は受けるだけ受けなくては行けない。
共通魔法社会の中で、外道魔法使いは魔法資質が低い者よりも少ない、圧倒的少数派だ。
それに対応する方法が確立されていない。
未だ未だ外道魔法に対する理解は進んでいない。
0171創る名無しに見る名無し
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2020/01/10(金) 18:41:41.58ID:9rXaT7ZA
しかし、公学校とて何の柔軟性も無い訳では無い。
担任教師はヘルザの両親に尋ねた。

 「共通魔法の実技は無理でも、筆記は出来るんじゃないでしょうか?
  共通魔法の基礎的な知識さえ理解していれば、最低限の合格点は出せるので……」

マージョリーは怖ず怖ずと問う。

 「実技は免除して貰えると言う事ですか?」

 「いえ、免除と言うか……。
  勝手に休んだと言う扱いですけれど。
  でも、筆記で知識があると分かっていれば……。
  魔法以外は問題無いんですよね?」

 「ええ、多分。
  共通魔法に対して過敏になっている部分はありますが……」

一定の成果を得て、ヘルザの両親は帰宅する。
そうして両親に説得されて、ヘルザは再び公学校に通う事になった。
多くの魔法使いと出会い、多くの魔法を見て、更に自分の魔法を知ったヘルザは、共通魔法にも、
以前程は嫌悪感を持たなくなっていた。
寧ろ、魔法に関する興味は以前よりも増していた。
相変わらず、共通魔法は苦手だったが……。
その理論をよく勉強した。
自分の魔法をよく知る為にも。
彼女には学校の友人以外にも、心強い仲間が居た。
それは……共通魔法使いから外道魔法使いになった、ルヴァート・ジューク・ハーフィードと、
その弟子のメルベーとルーウィーである。
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2020/01/10(金) 18:42:19.75ID:9rXaT7ZA
ルヴァートとヘルザの出会いは、ヘルザが両親からルヴァートの事を聞いたのが、始まりだった。
ヘルザは自ら外道魔法使いとなったルヴァートに興味を持った。
何を思って共通魔法使いから外道魔法使いへ転身したのか?
そこに苦労は無かったのか?
彼の弟子達も共通魔法使いなのか?
公学校の休日に、ヘルザは両親と共にバルマー市から離れたサブレ村を訪れ、山間の花畑に向かう。
一面に広がる色彩々の季節の花々に、ティンバー家の3人は圧倒された。
花畑では初老の男性が、花の手入れをしている。
彼は直ぐにティンバー一家に気付き、自ら近付いて声を掛けた。

 「今日は。
  皆さんは、ティンバー家の方々ですか?」

我に返った一家は、小さく礼をして、銘々に挨拶をする。
男性は笑顔で自己紹介する。

 「私がルヴァートです。
  緑の魔法使い。
  初めまして、ヘルザさん」

ヘルザは花畑が魔法陣を描いて、結界の役割を果たしている事に気付く。
ここの植物は全て生き生きとしていて、微風が吹くと人に語り掛けるかの様に爽々と音を立てる。

 「綺麗な花ですね」

マージョリーの言葉に、ルヴァートは小さく笑った。

 「ああ、ははは、有り難う御座います。
  ここで立ち話も何ですから、取り敢えず家の中へ」

一家はルヴァートの住家に案内される。
0173創る名無しに見る名無し
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2020/01/11(土) 18:46:15.24ID:L1SWExwq
家の中には若い男女が居た。
2人はルヴァートの弟子、メルベーとルーウィーた。
ティンバー一家を見て、2人は自己紹介をする。

 「あ、初めまして。
  ティンバー家の皆さんですね?
  私はメルベー、そして、こちらが――」

 「ルーウィーです」

それに対してティンバー一家も名乗った。

 「私はノーブル・ティンバーです。
  そして、妻のマージョリーと娘のヘルザ」

メルベーとルーウィーの視線は、ヘルザに集まる。
最初にメルベーが言った。

 「この子が例の隔世遺伝の子ですね」

ヘルザは見知らぬ大人が2人も居る事に緊張して身構えている。
メルベーとルーウィーは互いの顔を見合って、小さく笑みを漏らした。

 「私達はルヴァートさんの弟子です」

そうメルベーが言うと、ルーウィーも続く。

 「元共通魔法使い……。
  否、今でも共通魔法使いを止めた積もりは無いけれど。
  師匠には劣るけど、緑の魔法が使える。
  所謂『多重魔法理論内包者<マルチマジシスト>』だな」
0174創る名無しに見る名無し
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2020/01/11(土) 18:46:56.98ID:L1SWExwq
聞き慣れない単語に、ヘルザは戸惑った。

 「マルチ……?」

 「Multi-magic-ist……即ち、『多重』、『魔法主義者』。
  Multi-magic-theor-ist(マルチマジックセオリスト)……とも言う。
  本来的に共通魔法使いは多重魔法主義者だ。
  何故なら、多くの旧い魔法の理論を取り込んでいるから」

ルーウィーの説明にメルベーは呆れる。

 「行き成り難しい事を言っても伝わらないでしょう?」

 「はは、その内、解る様になるよ。
  今は解らなくても、知識として知っているだけで良い。
  それが後になって、こう言う事だったんだと解る」

言い合う2人の間に、ルヴァートが割って入った。

 「知識の先行は好ましいとは言えないけれどね。
  納得、体感、知識は一体の物。
  その段階に応じて、少しずつ歩んで行かなくては」

その後、彼は2人の弟子を下がらせる。

 「さて、今から私は、お客様と話をしなければならない。
  君達2人は少し席を外していてくれ」

メルベーとルーウィーは素直に従い、退席した。
ルヴァートはティンバー一家を台所のテーブルに案内する。
ティンバー一家は両親の間に娘を挟む形で着席し、その対面にルヴァートは座った。
0175創る名無しに見る名無し
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2020/01/11(土) 18:47:45.30ID:L1SWExwq
ルヴァートはティンバー一家に話を促す。

 「それでは、お話を伺いましょう。
  何か、お力になれれば良いのですが……」

ノーブルとマージョリーは何から聞けば良い者か、お互いに見合う。
最初に口を開いたのは、ノーブル。

 「外道魔法使い……と呼ばれる物が、共通魔法社会で生きて行く為に……。
  何か助言を頂けないかと」

 「具体的に、どんな事で、お困りですか?」

 「それは……」

ノーブルは一度ヘルザを見て、こう言う。

 「共通魔法を使えない事で……。
  いえ、共通魔法に違和感と言うか、嫌悪感があるらしいのですが……」

 「ああ、解ります。
  御両親は外道魔法を目にした事はありますか?」

ルヴァートの問い掛けに、ティンバー夫妻は再び見合って、首を横に振った。

 「いえ、瞭りと目にした事は……ありません」

その答を聞いたルヴァートは、何度も頷いた。

 「それでは中々娘さんの気持ちは理解出来ないでしょう。
  『異なる魔力の流れ』と言う物が、如何なる物なのか、先ずは解って頂こうと思います」
0176創る名無しに見る名無し
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2020/01/12(日) 21:28:55.78ID:F6lR3R6s
次の瞬間、ルヴァートは緑の魔法を使った。
何と言う事は無い、植物を成長させるだけの魔法。
家の周囲の雑草が伸びて、窓を覆い始める。
先に退室した2人の弟子が、異変を察知して慌てて飛び込んで来る。

 「ど、どうしたんですか!?」

それに対して、ルヴァートは落ち着いた声で言った。

 「『外道魔法』と言う物を見せているだけだよ。
  心配無い」

2人の弟子は本当に心配しなくて良いのか迷い、狼狽していた。
2人共、師が大きな魔法を使う所を、未だ見た事が無かったのだ。
一方、ティンバー一家の反応はと言うと、ヘルザは動揺しているだけだったが、夫妻の方は、
恐怖に顔を引き攣らせていた。
ノーブルはルヴァートに問う。

 「な、何をするんです!?」

それに対して、ルヴァートは冷淡に答えた。

 「御両親、これが外道魔法の結界です。
  貴方々の娘さんは、この様な物の中で生きているのです」

ティンバー夫妻が感じているのは、違和感、異質感、異物感。

 「貴方々は知らなかったでしょう。
  共通魔法社会で暮らしている、共通魔法使いの貴方々は、無意識に、そして日常的に、
  私達を迫害しているのです。
  共通魔法の結界その物が、多くの外道魔法使いにとっては毒なのですよ」
0177創る名無しに見る名無し
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2020/01/12(日) 21:30:11.12ID:F6lR3R6s
不快感に顔を歪めて苦しむ両親の姿を見て、ヘルザはルヴァートに訴えた。

 「もう止めて」

ルヴァートは小さく頷き、魔法を中止した。
植物は成長した儘だが、魔力の圧力は弱まる。
ティンバー夫妻は娘に対して、申し訳無さそうな顔をする。

 「ヘルザ、今まで済まなかった。
  お前の苦しみも知らないで、私達は……」

 「良いの。
  謝らないで、お父さん」

ヘルザは両親を許す。
そもそも許す許さない以前に、両親を恨んではいなかった。
全く恨みに思わなかった訳でも無いが、それは過去の話。
何時までも根に持つ積もりは無い。
ルヴァートはティンバー夫妻に告げる。

 「貴方々は共通魔法社会の中で、共通魔法に浸かっているから、気付かないだけなのです。
  少し共通魔法から距離を置けば、外道魔法と呼ばれる物の事も、公平に見られるでしょう」

ノーブルは途端に難しい顔になった。

 「それでは、ヘルザは共通魔法社会の中では、生きて行けないのでしょうか……?」

 「そんな事はありません。
  今の私や、私の弟子が、そうである様に……。
  多くの魔法に寛容になれば良いのです。
  幸い、今のヘルザさんは自分の魔法を自覚しています。
  もっと自分の魔法と他の魔法を知って、自分の魔法と言う物を確立出来る様になれば、
  周囲の魔力に乱されて、心身が動揺する事は無くなるでしょう」

ルヴァートの言葉に、ティンバー一家は安堵する。
共通魔法が大陸を支配している現状で、その中で生きて行けないと言うのは、大きな苦しみだ。
外道魔法使いであろうと、人である事には変わり無い。
人である限り、独りでは生きて行けない。
0178創る名無しに見る名無し
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2020/01/12(日) 21:31:07.65ID:F6lR3R6s
ヘルザは自分の将来に希望を持つと同時に、ラントロックの事を想った。
彼は独り旅を続けながら、共通魔法社会とは異なる世界を目指すと言う。
それは途方も無い野望だ。
どんな魔法使いも平等に生きて行ける場所を創ると言う理想。
どうして彼は、それを目指すのか?
共通魔法社会に紛れて生きるのでは駄目なのだろうか?
何時か、その楽園は完成するのだろうか?
呆けているヘルザに、ルヴァートは小声で言う。

 「所で、ヘルザさん」

 「は、はい、何でしょう?」

吃驚して我に返ったヘルザは、慌てて問う。
ルヴァートは少し困った笑みを浮かべた。

 「君の魔法は人に呼び掛ける魔法でしたね?
  テレパシーの様に。
  或いは、召喚魔法かも知れないと聞きましたが……」

 「あ、はい。
  未だ確信は無いんですけど、多分……」

 「私に会うのが楽しみだったんですか?」

 「え?」

行き成り何を言うのだろうと、ヘルザはルヴァートを怪しむ。
ルヴァートは益々困った顔になった。

 「いえ、その……。
  貴女が来る前から、強い思念と言うか、呼び掛けの様な物を感じていたので……。
  恐らく、貴女の心に反応して、魔法が勝手に発動していたのでは無いかと……」

 「あっ」

未だ未だ制御が必要だと、ヘルザは魔法の未熟さを自覚して赤面した。
0180創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 19:00:08.69ID:BixmOVcP
体が2つあれば


象牙の塔にて


カティナ・ウツヒコのB棟掌握計画は着々と進行していたが、彼女は自らの権力を、
誇示する事はしなかった。
偶に『予言』して、人を驚かせる程度である。
少し彼女の知る情報を話せば、頭の良い禁呪の研究者達は、勝手に「事実」を推測して、
恐れてくれる。
それだけで彼女は満足だった。
次第にカティナの興味は一向に行動の予測が付かない、カーラン博士に移りつつあった。
ヒレンミ・ヒューインの研究室に所属しながら、彼女は暇があればカーラン博士への連絡や雑用を、
進んで引き受けた。
これは象牙の塔の職員にとっては、大変有り難い事だった。
先ず、カーラン博士が好きと言うか、得意な人が居ないのだ。
誰も彼もカーラン博士の相手は苦手。
しかし、カティナの行動は当然不審がられた。
詰まり、ヒレンミがカーランを一方的にライバル視しているのだから、何か裏があるのだろうと。
例えば、カーランを監視しているのだとか、或いは、カーランに取り入ろうとしているのだとか……。
そんな人の噂を聞かない振りして、今日もカティナはカーラン研究室に連絡書類を届けに行く。
0181創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 19:01:50.31ID:BixmOVcP
 (今日のカーラン博士は、どんな姿をしているかな?)

大体、B棟の事は把握しているカティナだが、カーランだけは彼女の予想の範囲に収まらない。
彼は気紛れな上に、頭の回転が速いので、常人の行動パターンが当て嵌まらない。

 「カーラン博士、失礼します」

B棟の地下研究室の戸をカティナが叩くと、丸で幽霊の仕業の様に、戸が独りでに開く。
「入れ」と言う合図だ。
今日のカーランは下半身を植物に変えていた。
彼の足元からは白い根が無数に生えている。
戸を開けたのは、彼の根の1本だった。
カーランはカティナを見ようともしない。
カティナは、そっと連絡書類をカーランの横に置く。
対するカーランの反応は……。

 「書類入れに」

彼の言葉は何時も要点だけ。
その他の無駄な言葉が一切無い。
時には必要な補助の言葉も無くなるが……。
カティナはカーランの指示通りに、書類入れに連絡書類を入れる。

 「用があるなら言い給え」

緩慢な所作でカーランの様子を窺いながら行動するカティナに対して、彼は苛付いた口調で言った。

 「その下半身は、どうされたのかと……。
  具合は如何ですか?」

 「機能を知りたいのか?」

 「ええ、まあ」
0182創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 19:05:25.80ID:BixmOVcP
カーランはカティナに下半身の機能を説明した。

 「見ての通り、これは植物の地下茎だ。
  目的は光合成。
  これによって不眠不食の活動を行える」

 「本当に?」

 「生成可能な糖質の少なさが問題点だが……。
  最近、漸く十分な量を確保出来る様になった」

カーランの下半身の根の大部分は、壁沿いに地下室の天井に向かって伸びている。
恐らく、その先は地上に出ているのだろう。
カーランは何時も新しい体を試している。
全ては効率的な活動の為だ。
カティナはカーランの発言から、事実を推測する。

 「詰まり、地上で十分な光量を確保出来るだけの面積を占めたのですね?」

 「ああ」

自分の体の改造も厭わないカーラン博士を、カティナは見習いたいとは思わないが、その狂人振りは、
研究に対する情熱と真摯さの証拠でもある。
C級の研究者達も自分の体を改造するが、あれは実験に耐える為に、既存の技術を利用して、
より優れた肉体を得ているだけ。
効果も効率も不明な物を試す積もりは無い。
カーラン博士こそが本物の狂人なのだと、カティナは思っている。
ヒレミンがカーランに勝てないのは当然だとも。
では、自分ならカーラン博士に勝てるのか?
カティナは自信が無い。
どれだけ自分が巧みになっても、カーランになら負けるかも知れないと思う。
それは彼女には彼の様な純粋な狂気が無い為だ。
0183創る名無しに見る名無し
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2020/01/14(火) 18:39:32.02ID:x09+dAqa
何時までも研究室に留まっているカティナに、カーランは告げた。

 「用が無いなら出て行ってくれ。
  君は暇なのか?」

 「いえ……、ああ、はい、少し」

カティナは一度否定しようとして、考え直して肯定した。
暇だと言うのは間違っていない。
最近は興味のある研究テーマに出会えていない。
誰も彼も自分の研究テーマを抱えていて、その手伝いをカティナはしているが、果たして、
自分は何の研究をしたいのかと問われると、答えられない。
カティナは優秀ではあったが、それだけの人間でもあった。
詰まり、彼女自身の独創性だとか、熱情が無いのだ。
与えられた指示は的確に熟すし、方針が定まっていれば、直ちに解決への道筋を示せる。
だが、それだけだ。
そんな彼女の悩みを読んだかの様に、カーランは言う。

 「君は手が足りないと言っていた。
  それをテーマにしては、どうだ?」

 「腕を増やすのは……」

カティナは苦笑いする。
カーランの様に多生物の腕を生やしたり、増やしたりするのは、受け入れ難かった。
その反応に、カーランは眉を顰める。

 「言葉を額面通りに受け取るな。
  私が研究中に思い付いた、傀儡魔法に類する分身の技術がある。
  君になら扱えるかも知れない」
0184創る名無しに見る名無し
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2020/01/14(火) 18:40:02.31ID:x09+dAqa
カーランは座した儘でマジックキネシスの魔法を唱えると、離れた書棚の引き出しから、
数枚の報告書を取り出して、カティナに渡した。
そこに書かれている呪文を読んで、彼女は納得する。

 「これは……マリオネットの技術?」

マリオネットとは四大魔法競技の一だ。
人形を操って、その芸術性を競う。
しかし、多くのマリオネットの魔法は、「特定の行動を取る」事を前提としている。
例えば、術者の行動を真似たり、事前に組み込んだ術式の通りに動かしたりと、柔軟性が無い。
人形を自由に動かす場合には、逆に術者の自由が制限される。
カーランの報告書の魔法陣は、人形に自分の人格を転写しながらも、自分と意思を通じさせ、
全く肉体が2つあるかの様に扱う技法だった。
しかし、これは精神に掛かる負荷が大きく、実用には適さないと書かれている。
同じ仕事を2人で行えば、労力も時間も半分になると言うのは、数学上の理論。
そして2人分の労力と時間の合計は、1人で完遂させるのと変わらない。
魔法を使って2人になれば、更に魔法の分だけ足される。

 「確か、B級の研究者には珍しく身体に障害を持った者が居た筈だ。
  名前は確か……、ハンセロトワーン。
  どこの研究室だったかまでは憶えていないが、行き詰まったら彼の助言を受けると良い」

カティナ自身は他者の助言を受ける事は無いと思っていたので、カーランの発言は自分の実力を、
見誤っているか、侮っている物だと受け取った。

 「有り難う御座います」

文句は言わずに、カティナは有り難く報告書を受け取って、退室する。
カーランから貰った報告書の魔法が、どの程度の物かは、実際に使ってみないと判らない。
実用に適さない程、精神に掛かる負荷が大きいと既に書かれているのに、試さずには居られない。
カティナも象牙の塔の立派なエラッタ共の一人なのであった。
0185創る名無しに見る名無し
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2020/01/14(火) 18:41:43.72ID:x09+dAqa
カティナがカーランの研究室から、魔法実験の報告書を持って帰った事に、ヒレンミ室長は、
良い顔をしなかった。
自分の部下が、ライバルの研究を引き継ごうと言うのだから。
しかし、カティナは次の様に言い訳した。

 「これはカーラン博士が物になる事は無いと思って、放棄した研究です。
  仮令、『唾付き』であっても、それを完成させる事が無意味だとは思いません」

「唾付き」とは即ち、一度人が手を付けた物と言う意味だ。
既に先駆者が居る為に、革新的、独創的とは言い難いが、途中で放棄されたのであれば、
これを完成させる事は、放棄した者以上の優秀さを持つ事の証明にもなる。
ヒレンミはカティナの主張を黙って受け入れた。
実際、カティナは優秀だったので、それを遣り遂げるかも知れないと思った。
そしてカティナは初めて、「自分の研究」に没頭する事になる。
先ず、彼女は自分の分身を用意しなければならない。
生きた体の調達は無理なので、取り敢えずは人形で試す事になる。
魔法によって人形に自分の人格を移植するのだ。
だが、人形の作成は職人業である。
他者の手を借りなければならない。
これまでカティナが地道に集めて来た、B棟に関する情報があるので、職人を探すのは容易だ。
その職人の名は……ハンセロトワーン。

 (成る程、こう関わって来るんだ……)

早速カーラン博士の言う通りに、カティナはハンセロトワーンの助言を受ける事になる。
ハンセロトワーンは実際に奇妙な人物だった。
否、象牙の塔で奇妙でない人物は居ないのだが……。
彼は両腕と片脚を欠いた者だった。
それ自体は普通の事。
象牙の塔の者ならば、日常的に手足を欠く位の覚悟は必要である。
欠損はB級禁呪の研究者達の優れた再生魔法によって補われる。
それが先天的であれ、後天的であれ。
0186創る名無しに見る名無し
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2020/01/15(水) 18:47:09.32ID:qpYJ9YjZ
詰まり、象牙の塔に居る者は、精神は別として、肉体に欠損を抱えた儘と言う事が無い。
もし欠損があるなら、意図して自らに不利な障害を維持している事になる。
生まれた儘の体を大事にしたいと言う思いは誰にでもあるが、ハンセロトワーンの場合は、
少々事情が複雑だった。
彼の個人的な事情は今は措くとして、彼は変人揃いの象牙の塔でも、変人扱いされている。
自ら不利な状況に留まり続けるのだから、変人と言えば変人なのだが、外から見れば、
どちらも同類だろう。
カティナは自分の人形を求めて、モノソス研究室のハンセロトワーンに会いに行った。
ハンセロトワーンは禁呪の研究者であると同時に、義体技術者である。
彼は普段、義手義足を装備して過ごしている。
それも機械的な物では無く、魔法的な物だ。
詰まり、義手義足を魔法で動かしているのである。
彼の研究テーマは、人体と義体の置換。
最終的には義手義足だけでなく、完全な義体を作成して、自分の体の代わりにする事を、
目指している。
それが可能になれば、人間は肉の体に拘る必要が無くなる。
モノソス研究室全体での研究テーマが「人体の製作」なので、その流れでハンセロトワーンは、
今の研究を始めた。
否、その為に彼はモノソス研究室を選んだのだ。
とにかく、カティナはハンセロトワーンに会って、人形の作成を依頼した。
ハンセロトワーンは驚いた顔で応える。

 「肉体を2つ……?」

 「はい。
  お願い出来ませんか?」

 「いや、済まない。
  吃驚してしまって。
  何とも贅沢だなと」
0187創る名無しに見る名無し
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2020/01/15(水) 18:48:01.88ID:qpYJ9YjZ
忙しい人間が冗談めいて「幾つも体が欲しい」と言う事を、カティナは本気で実行しようとしている。
ハンセロトワーンは、それを好意的に捉えた。

 「しかし、面白いね。
  実に夢がある」

 「どう言う意味の『面白い』でしょうか?」

カティナが困った顔で問うと、ハンセロトワーンは実に楽しそうに返す。

 「最近の禁呪の研究者達は夢が足りない。
  それこそ冗談を本気にする様な。
  頓智を働かせる前に、やはり正攻法で物事に打付かってみるべきだよ。
  誰も彼も『人形』と言うと、自分の道具だと考えてしまう。
  自分の体では無い、使い捨ての消耗品だとね。
  特に、この象牙の塔では、自分の体であっても……。
  しかし、君は違う訳だ」

 「私自身は、そう違うとは思いませんが……」

 「ああ、君は大した事だとは思っていないだろう。
  その辺は感覚の違いだ。
  改まる必要は無い」

ハンセロトワーンは一つ咳払いをして、カティナに答えた。

 「喜んで協力させて貰おう。
  当然、共同研究者には、僕の名前を入れてくれるんだろうね?」

 「はい、それは勿論。
  貴方無くしては、出来ない訳ですから」

 「はは、嬉しい事を言ってくれる」
0188創る名無しに見る名無し
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2020/01/15(水) 18:49:12.36ID:qpYJ9YjZ
それからカティナはハンセロトワーンと、新しい人形の仕様に就いての協議を始めた。

 「分身と言うからには、人型にするんだろう?」

 「はい」

 「細かい仕様とか、既に決めているのかな?」

 「いえ、未だ……。
  考え自体はありますが、どこまで実現可能か判らないので……」

 「大雑把でも良いから、ここで決めておこう」

 「はい」

 「それで、どんな人形をお望みかな?」

 「出来れば、私と同じ様な……」

 「それは体形とか、重さとか、『使用感』も含めて全部?」

 「使用感?」

 「義体を使わない人には解らないかな?
  詰まり、生身と全く変わらない感覚で使える様な――と言う事だよ」

 「可能なんですか?」

 「時間は掛かるし、君自身の協力も必要になる。
  それでも良ければ」

ハンセロトワーンの口振りからは、相当精巧な人形が製造可能な様だった。
0189創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:15:52.55ID:ZhbLfQKa
カティナは思案する。
自分の体と同じ積もりで動かすなら、それは同じ材質で、同じ質感、使用感の方が良いだろう。
だが、全く同じ肉体があると言うのは、少し気持ちが悪い。
やはり「自分」は自分1人だけで良いのだと言う思いがある。
しかし、彼女はカーラン博士の事を思い浮かべた。
恐らく、彼なら迷わない。
本気でカーランを越える積もりなら、ここで躊躇っては行けない。
人間的に何か大事な物を捨てる事になろうとも、それが象牙の塔では当たり前なのだから。
だから、『禁呪』の研究者なのだ。

 「私と同じ物を造って下さい」

ハンセロトワーンは一度確認を求めた。

 「『同じ』って、本当に同じ?」

 「はい」

 「その儘、血と肉で造るって事?」

 「無理でしょうか?」

禁呪の研究者に対して、「無理」は禁句だ。
そう言われては引き下がれない。

 「無理では無いけども……」

 「では、お願いします」

強気に言うカティナに、ハンセロトワーンは忠告する。

 「でも、手入れが大変だよ。
  生物(ナマモノ)だから腐らない様にしないと。
  自分で管理出来るのかい?」
0190創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:16:52.45ID:ZhbLfQKa
 「手入れとは、詰まり、食事とか、普通の人間が行う諸々の事でしょうか?」

カティナの問に、彼は大きく頷く。

 「そう、君は実質、2人分の体を1人で管理する事になる」

負荷が大きい筈だと、カティナはカーランの報告書にあった事の意味を理解した。
知識は体感を伴い、納得に至る。
これが象牙の塔のエラッタ共が考える理想だ。
故に、カティナは頭で考えるだけでなく、実際に体験してみなければならない。

 「やります」

 「その意気や良し。
  では、細胞を採取して培養を始めよう。
  但し、出来上がるのは、君と全く同じ体ではない。
  恐らくは、君が取り得る、或いは取り得た標準的な肉体になる。
  適度な栄養と運動によって、一般的な成長を遂げた姿だ。
  よって、全く同一の物を期待されると、少し困る」

 「はい、分かりました」

 「『人形』の方に余り入れ込まない様に」

 「はい」

 「人形は飽くまで人形だ。
  脳には神経を通じた呪文による制御機構が集中している。
  しかし、これは自発的、自律的な活動をする物では無い事を、了解しておいてくれ」

 「はい」
0191創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:17:34.29ID:ZhbLfQKa
 「所で、具体的に、どうやって管理する積もりなんだ?」

そう聞かれたカティナは、平然と答えた。

 「常時、接続する予定ですので、特に管理方法は考えていません」

 「大丈夫なのか?
  万一の時に備えて、保存設備が必要にならないか?」

 「その場合も、自分で何とか出来ます」

 「それなら良いけども……。
  余り他人の迷惑にならない様に」

 「はい」

ハンセロトワーンは心配しているのだろうが、好い加減に執拗いとカティナは感じ始める。
だが、それ以上の忠告は無く、彼はカッターを持ってカティナに言った。

 「腕を出してくれ」

言われた通りに、カティナは右腕を差し出す。
皮膚の一部を切り取って、そこから全身を再生させるのだが、彼女はハンセロトワーンの指先を、
凝視した。
カティナの腕に触れる彼の指は、全く人形の様だ。
表面こそ樹脂で覆って柔らかく見えるが、中身は線維の芯に、木の骨組み。
カティナは疑問を抱いて問う。

 「その手は……指先の感覚はあるんでしょうか?」

 「ああ。
  義手だから、そう感度は良くないけれど」
0192創る名無しに見る名無し
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2020/01/17(金) 18:32:18.53ID:m/dCtLCX
細かい作業をするのに、感度の悪い指先では不利では無いかと、彼女は疑問に思った。
ハンセロトワーンはカティナに予告する。

 「少し痛いよ」

 「はい」

彼の持つカッターがカティナの腕に刺さり、素早く円を描く様に皮膚の一部を抉り取る。
的確で素早い作業。
その瞬間の痛みは大きくないが、後から少し痛くなり、血が溢れ出す。
カティナは魔法で直ぐに傷を治療した。
傷は瞬く間に塞がる。
ハンセロトワーンは抉り取った細胞を培養液で満たされた瓶に入れる。

 「汚染が無く、順調に行けば、1箇月後には完成します」

 「分かりました」

正直、長いとカティナは思ったが、人体を複製するのだから、その位は仕方が無いと割り切った。
急かして失敗してしまっても困る。
その間、カティナは何時も通りの日常を過ごして、時々ハンセロトワーンの所に、様子を窺いに行く。
1週間で片腕が完成し、2週間で胸部が、3週間で胴が、4週間で全身が出来上がる。

 「未だ完成していないんですか?」

 「君は意外に急っ勝ちなんだな。
  これは側(ガワ)だけだから。
  中身は未だ完成していないよ。
  残りの2週で仕上げる」

 「ああ、そうなんですか……」
0194創る名無しに見る名無し
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2020/01/17(金) 18:33:49.82ID:m/dCtLCX
カティナは水槽の中の分身を見た。
外見はカティナに似ている。
自分の細胞から造ったのだから、当たり前と言えば、当たり前。
もう2週間後には、この体を第2の体として、扱わなくてはならない。
理論的には、不可能では無い。
これまでカティナは複数の作業を同時に行う練習をして来た。
例えば、複数のペンを魔法で動かしながら、自分の手でも筆記をしたり、全く別の事をしたり。
それでも、2つの体を動かす事に比べて、どうなのかは分からない。
片方が遊んでいる間に、片方で仕事が出来ると言う事なのだが、果たして、そう上手く行くのか?
重要な事は、2体が独立した意思を持っている訳では無く、精神を共有すると言う事だ。
カティナは他の研究中に、小さなマリオネット人形を動かして、密かに予行練習を始めた。
だが、それも所詮は人形遊び。
どんなに複雑な動きをさせた所で、実際に精神が宿っている訳では無い。
そして遂に1箇月が過ぎて、カティナは新しい自分の体を迎える事になった。
水槽の前で、彼女はカーラン博士の報告書にあった呪文を試す。

 「I1EE1・EG4K3F4・I1N5・E1E1A5……」

カティナの意識は、水槽の中の人形と同調を始めた。
直後、彼女は呪文を中断して、激しく咳き込む。
ハンセロトワーンはカティナを心配した。

 「どうしたんだ?」

 「……い、いえ、水の中だったので、息が出来なくて……」

 「成る程。
  培養液から出しておこう」

彼は水槽の蓋を開けて、カティナの分身の体を水から引き上げる。
0195創る名無しに見る名無し
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2020/01/17(金) 18:34:59.90ID:m/dCtLCX
今まで水槽の中で培養されていたので、分身は裸だ。
しかし、B棟の研究者は人の裸体如きで動揺したりはしない。
基本、見慣れている。
B棟の研究者が人の体を見る時は、先ず健康状態を気にする。
異性を見る時は、先ず精神から見ると言う、これぞ『心の人<シーヒャントロポス>』の鑑。
中身の無い人形に欲情する事は、あり得ないのだ。
余談は措いて、ハンセロトワーンはカティナの分身の肺から、水を抜いた。
人形の体は呼吸を始め、丸で寝入っている様。
カティナは改めて呪文を試す。
今度は上手く同調出来た。
人形の方のカティナは、立ち上がる……が、同時に彼女は情報量の多さに困惑する。
体は2つ、精神は1つと言うのは、彼女が想像していた以上に、複雑で気持ちが悪い。
普通の体と、濡れた裸の体が、カティナの中で同居している。

 「ふ、服を着ないと……」

そうカティナが言うと、人形の方も同時に全く同じ言葉を喋る。
堪らず、彼女は精神を元に戻した。
人形のカティナは倒れて動かなくなる。
ハンセロトワーンは彼女に問い掛けた。

 「又、何か不具合でも?」

 「いえ、これは……慣れるまで大変そうです」

 「その体、自分で管理出来そう?」

そう聞かれて、カティナは返答に困る。
恐らくは、持て余す。
十分に慣れるまでは……。
0196創る名無しに見る名無し
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2020/01/18(土) 19:22:53.52ID:uiZeeBRs
しかし、諦めると言う選択肢は彼女の中には無かった。
ここで折れては、禁呪の研究者を名乗る資格が無い。
精神が分裂して、狂ってしまっても、幸い象牙の塔では再生出来る。
カティナは自分の分身になる予定の人形を背負って、ヒレンミ研究室に帰って来た。
同室の研究員達は、興味津々でカティナの人形に就いて尋ねる。

 「これが例の人形?」

 「はい」

 「誰が造ったの?」

 「ハンセロトワーンさんです」

 「あの義体君?
  しかし、よく出来ているね」

 「余り構わないで下さい」

数点も経てば、研究員達は興味を失って、自分達の研究に戻る。
カティナは小実験室に篭もって、独りで魔法の練習をする事になった。
念の為、先輩のヘイゼントラスターロットに、実験後の様子が奇怪しかったら検査して欲しいと、
頼んでおく。
初日の結果は捗々しくなかった。
どうしても、体が2つある感覚に慣れない。
確かに、カーラン博士の報告書通り、精神に掛かる負荷が大きい。
自分の体と分身とで、別の行動を取らせる事も困難だ。
同一の動作をさせる事なら、何とか出来そうなのだが……。
それではマリオネットと変わらない。
0197創る名無しに見る名無し
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2020/01/18(土) 19:23:36.10ID:uiZeeBRs
カティナは少しでも人形に慣れる為に、人形と並んで歩く事にした。
全く同じ動作をさせる事なら、直ぐに慣れるだろうと判断しての事。
最初から完璧には出来ないから、先ずは簡単な事から、それから高度な技術を試せば良い。
こうしてカティナは2人での生活を始めた。
眠る時に同調を切り、朝は1人で早起き。
これからの生活の準備を始める。
取り敢えず、隣に並んで同じ行動が出来る様に、何から何まで、もう1人分を隣に並べる模様替え。
どうしても並んでは無理な事は、片方を眠らせている間に、もう片方で済ませる。
本体で人形分の朝食を用意。
出来上がったら、人形を起こして、同調生活の開始。
何よりも、体が2つある事に慣れなければ始まらない。
仕事中も2人。
但し、何時も同じ行動をさせる訳には行かないので、用の無い時は眠っていて貰う。
本体が一所懸命に働いている横で、分身は突っ伏して眠っている。
そんな生活を数日続けた。
ある日、カティナはヘイゼントラスターロットに言われる。

 「そうしていると、姉妹みたいだね」

 「姉妹?」

カティナと人形は同時に応える。
未だ2つの体で別々の行動を取らせる事は出来ていない。
だが、体が2つある事には慣れて来た。

 「そうそう、手の掛かる妹が居るみたいな感じ。
  見た目も似ているしね」

カティナと人形は、お互いの顔を見合う。
鏡映しと言うには、微妙に似ていない2人だが、姉妹と言われれば、そんな感じはする。

 「妹ですか……。
  お兄ちゃんなら居るんですけど」
0198創る名無しに見る名無し
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2020/01/18(土) 19:24:44.70ID:uiZeeBRs
小さく笑うヘイゼントラスターロットに対して、カティナは眉を顰めて言った。

 「でも、姉妹と言う風には見れませんよ。
  どちらも私なんですから。
  体が2つあるだけで、比喩でも何でも無く、心は1つなんですよ」

カティナは2つの体で同じ事を言う。
これは他者には理解し難い感覚だ。
2つの体で心が1つを、後天的に体得するのは難しい。
共通魔法では一般的な「感覚を共有する」、「体を思う様に動かす」のとは、訳が違う。
約2月後、カティナは体が2つある生活にも慣れて来たが、相変わらず、同時に別の行動をさせ、
2つの体を有効に使う事は出来なかった。
人間の脳は、そう言う風には出来ていないのだ。
この儘では進展は望めないとカティナは悩み、一層脳を改造してしまおうかとも思う。
カティナの精神は1つの体では不足だが、2つの体では余ってしまう。
自分の腕が何本か増える位が、丁度良かったのだ。
しかし、カティナに何の進展が無かった訳でも無い。
彼女は2つの体で別の本を読む事位は、出来る様になっていた。
ヘイゼントラスターロットは読書中のカティナに問う。

 「何を読んでいるんだい?」

 「これは人工精霊作成実験の報告書で――」

 「こちらは副脳の実験報告書です」

カティナが本体と分身で別に答えたので、ヘイゼントラスターロットは驚いた。

 「もう完全に2つの体を別々に動かせる様になったの?」
0199創る名無しに見る名無し
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2020/01/19(日) 18:25:50.15ID:mRfnTH4U
2人のカティナは互い違いに答える。

 「そんな事はありません」

 「これは最初から出来ていました」

 「片方に何かをさせている間、もう片方には何もさせない」

 「それだけの事です」

 「同時に別の言葉を喋らせるのとは違いますから」

 「腹話術みたいな物ですね」

そうなのかとヘイゼントラスターロットは頷く。

 「成る程ね。
  でも、2冊の本を同時に読めているじゃないの」

 「読むだけなら、前から出来ていました」

 「これは格好が付く様になっただけです」

 「所詮、見せ掛けだけですよ」

カティナの返答は少し捻くれていた。
実験が思う様に進んでいないのだろうと、ヘイゼントラスターロットは同情する。
その苦しさは同じ研究者だから解る。
予想通りの結果が得られない、技術が進歩しないと言う事は、常に成果を求められる研究者には、
とても辛い事だ。
0200創る名無しに見る名無し
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2020/01/19(日) 18:26:23.94ID:mRfnTH4U
それから1箇月後……。
カティナは誰も気付かない内に、少しずつ分身の動作を進歩させた。
先ず、無意識に行える動作であれば、分身にも容易にさせられる事に気付く。
呼吸、歩行、咀嚼嚥下、それに加えて、普段は手癖で行っている様な事も。
簡単な動作に限られるが、そうした事から少しずつ慣らして行って、複雑な動作にも慣れる計画。
その内に、段々と分身にも愛着が湧く。
初めは、管理が面倒なだけの荷物だったが、今では完全に、もう1人の自分だ。
しかし、第三者からは大きな変化が分からない。
カティナは敢えて進歩を口にせず、何も変わらない振りをした。
形から入ると言う名目で、分身に自分と同じ格好をさせ、敢えて見分けが付かなくする。
分身はカティナと殆ど同じだったので、一見して本人か分身人形か判らない。
その内に、独立させると言う名目で、分身と離れて行動する様になる。
普段は無意識で行える動作だけをさせて、何かあれば本格的に意識を移す。
こうした事を始めて又1箇月後、カティナの意識は本体からも分身からも離れて、宙吊りになる。
どちらの体も余り意識させずに動かす事が可能になったのだ。
そして重要な価値のある情報だけを記憶する事になった。
肉体のカティナは本体も分身も、生気が抜けた様になり、精神のカティナは何時も2つの肉体を、
俯瞰している。
それこそマリオネットの様に。
彼女の当初の計画とは違ったが、これは新たな方向性とも言えた。
0201創る名無しに見る名無し
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2020/01/19(日) 18:27:02.59ID:mRfnTH4U
そして、カティナは3体目の体を持てるのでは無いかと考え始めた。
彼女は久し振りに本体に意識を戻し、分身と一緒にハンセロトワーンに会う。

 「カティナさん、もう2つの体には慣れたのかい?」

 「ええ。
  予想とは少し違う形になりましたが……」

カティナが2体目を得てから、半年が経過している。
彼女はハンセロトワーンに3体目の製作を依頼する。

 「そこで2つ目の分身を造って欲しいのですが……」

その依頼にハンセロトワーンは目を剥いた。

 「2体目!?
  大丈夫なのか?」

 「恐らく、そう苦労はしないと思います」

浅りと答えたカティナに、ハンセロトワーンは難しい顔をして告げる。

 「……君の噂は聞いているよ。
  最近の君は、呆っとしていて危なっかしいと」

 「ああ、それは……。
  2つの体を同時に扱う為に、肉体とのリンクは最小限に止めている為です」

 「えっ?
  それは本当に大丈夫なのか?」

ハンセロトワーンは本気でカティナを心配してたが、当の本人は何とも思っていない。
0202創る名無しに見る名無し
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2020/01/20(月) 18:31:57.56ID:HaSpZrsl
2つの体を同時に扱っている時のカティナは、半精霊化している。
このカティナは現実の空間を越えて、離れた2つの体の間に、同時に存在している。
「存在している」と言うのは、空間的な場所を表すのでは無い。
カティナは未だ、2つの体を同時に扱う際の、自分の所在――「居場所」に関して、自覚的では無い。
意識と言う物の在処に就いて、彼女は深く考えていないのだ。
どちらの体にも意識が宿っていないと言う事が、どう言う事なのかを……。
それに気付いた時、カティナは最大の禁忌を知るだろう。
即ち、『現生人類<シーヒャントロポス>』の肉体と精神は別個の存在で、分離可能な物だと言う事に。
将来の話は扨措(さてお)き、カティナは複数の肉体を持つ事に前向きだった。

 「大丈夫です。
  今の所、大きな問題は起きていません」

 「将来は起きるかも知れない」

 「その時は、その時です。
  ここには『頼りになる』人達が居ますから、そう心配していません」

肉体や精神が毀損しても、B級禁呪の研究者達が居れば、復活は容易である。
そこに関しては、カティナは絶大な信頼を置いている。
それはハンセロトワーンも同じなので、多少痛い目を見るのも経験かと納得して、見過ごした。

 「そこまで言うなら、新しい物を用意しよう。
  所で、3体目を持つ計画もあるのかな?」

 「ええ、持てるだけ持っておきたいです」

持てるだけと聞いて、ハンセロトワーンは呆れ果てた。

 「限界を試す気なのか?」
0203創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/20(月) 18:33:24.93ID:HaSpZrsl
 「それの何が悪いんでしょうか?」

カティナの応答は平然としている。
禁呪の研究者としては珍しくは無い性格。
寧ろ、エラッタとしては一度は自分の限界を見ておく物だと言う。
致命的な『誤り』、『欠陥』を抱えている事を意味するエラッタが、象牙の塔では名誉になる。
死後の事が知りたければ、一度死んでみろと平然と言え、又、実行出来るのがエラッタなのだ。
象牙の塔では己の命よりも、未知を知る事の方が価値がある。
エラッタ共は「死ぬ気でやれ」「死んだら生き返らせてやる」と言う。
その情熱は世界の全てを知るまで、終わる事が無い。
知識として知っていても、それを体得するまで飽き足らないのだから、熱が冷める事も無い。
カーラン博士が不老不死に魅入られる訳である。
その不老不死ですら、最終的な目標では無く、全てを『知る』為の物に過ぎない。
外界から見た象牙の塔は、正に魔窟、魔界なのだ。
しかし、ハンセロトワーンも半分エラッタの様な物なので、カティナの心が解らない訳では無い。

 「取り敢えずは、2体目で満足してくれ」

 「ええ、何事も1つずつ。
  基本ですよね」

 「一度細胞は取ってあるから、もう君から採取する必要は無い。
  緊急事態に備えて、私は私の研究に関与した他人の細胞を、全て保管している」

 「悪用はしていませんよね?」

カティナは冗談めかして問う。
ハンセロトワーンは堂々と答えた。

 「どう悪用すると言うのか?
  ここでは隠し事なんか出来ないし、ここで価値のある物は真実だけだ」
0204創る名無しに見る名無し
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2020/01/20(月) 18:34:06.40ID:HaSpZrsl
それから1月後、カティナは2体目の人形を手に入れる。
そして……僅か1年で、カティナは5人に増えた。
同時に、全てのカティナから嘗ての怜悧さが失われ、半ば寝惚けた様な状態になった。
それは『本体』が存在しない為だ。
他者の研究を手伝いはするが、行動は完全に受け身。
「本当のカティナ」が、どこに居るのか、それは誰にも判らない。
どれが本物のカティナなのかも。
基本的に他者に興味を持たない象牙の塔の者は、同時に多数存在するカティナを区別しなくなった。
もしかしたら、カティナ自身も区別していないのかも知れない。
どのカティナが何番目かを知るのは、ハンセロトワーンのみである。
その事を誰も異常とは思わない、象牙の塔は魔界である。
0205創る名無しに見る名無し
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2020/01/22(水) 13:57:19.00ID:XbQSv6a+
そういえば、夜の人とかひっそり生き続けてたようなものの中には、
世界再生の際に誰からも思い出してもらえず消滅した奴もいるのだろうか……
0206創る名無しに見る名無し
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2020/01/22(水) 18:43:39.23ID:l4bBizmg
>>205
完全に孤立すると言う事は中々難しいので大丈夫だと思います。
思い出すと言うのもファジーな感覚で記憶の片隅にでも残っていれば良いので。
意識は動物にもありますし、人が動植物を思い出せば、その動植物からも連鎖的に存在が再現されます。
良い思い出じゃなくても良いので、悪い記憶でもイメージでも、とにかく誰かや何かの記憶に残っていれば。
中には完璧に閉じた存在もあるでしょうが、そうなってしまうと、もう居ても居なくても同じなので……。
0207創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/25(土) 22:36:25.98ID:EKbqGwmS
過去スレを見てたが、設定では遊牧民もいるのか
唯一大陸って思ったより広いな
0208創る名無しに見る名無し
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2020/01/28(火) 18:58:51.77ID:Tczrbno/
唯一大陸の広さは北アメリカ大陸より少し大きい位のを想定しています。
人口2億5000万と言うのも、その辺を参考にした記憶があります。
馬車鉄道で何日駅とあるので、唯一大陸が1周何キロメートル相当か、一応は算出可能です。
実際は線路の外周部もあるので、もっと広くなりますが……。
舞台となっている星は唯一大陸以外は殆ど海で、唯一大陸が表面積の約20分の1と言う設定だった筈です。
北は極地で南は熱帯なので、相応の広さだと思います。
……本当かな?
厳密に計算すると違うかも知れません。


現実の大陸にも様々な人種や生活習慣がある様に、唯一大陸でも私達が考える「標準的な生活」を営まない人達は居ます。
魔導師会と言う組織は、グラマー地方を除いて政治機能を持っていないので、基本的には現地の決定が優先されます。
魔導師会の役割は争いや行き過ぎがある時に、仲裁する程度です。
大体の集落に、魔導師会の者が1人か2人は配置されている物ですが、居ない所もあります。
0210創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/29(水) 18:49:10.09ID:tc8J+L1n
人間に戻る


ポイキロサームズの後日談


第一魔法都市グラマー 禁断共通魔法研究特区 禁断共通魔法研究所 通称「象牙の塔」にて


反逆同盟との戦いが終わった後、ポイキロサームズは象牙の塔に集められた。
そこで人間の体を与えようと言うのだ。
執行者達の監視の下、ポイキロサームズは象牙の塔の研究者達の診察を受ける。
蛇男のヤクトスだけは既に診察を受けた後だったが、仲間達と共に再度診察を受けた。
以前はカーラン博士だけだったが、今回は大勢のB級禁断共通魔法の研究者の好奇の目に晒されて、
好い気分はしなかったが、それも人間の体を得る為だと耐えた。
B棟の研究者達は「患者」を前に、好き勝手な事を言う。

 「これは完璧に動物ですね……」

 「動物に人間の魂を?」

 「いや、それが記憶は抜いて、人格だけを……」

 「記憶と人格って分けられる物か?」

 「事実、そうなっているんだから」

 「人格から記憶を復元出来るかも」

 「それってA棟の分野と違うか?」

そんな訳で、この珍しい「患者」の治療の為に、象牙の塔が全体が動く事になった。
0211創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/29(水) 18:51:06.12ID:tc8J+L1n
ポイキロサームズの肉体は完全に動物で、人間の物では無い。
脳の構造が人間に近くなっている以外は、人間らしい形跡が無い。
その脳でさえ、人間の物では無いのだ。
B棟の研究者達は感心するばかり。

 「これは凄い。
  この肉体は製造された物だよ。
  製造者は余程、動物の肉体の構造に詳しいんだろう。
  動物の肉体を基礎にして、半分人間の様に動かせる様にするとか、並大抵じゃない」

 「ああ、我々は生命体を創造する時に、どうしても機能や効率を考えてしまう。
  態々こんな事をするとは暇人か、それとも独特な趣味者か?」

 「それが噂の反逆同盟らしい」

 「あぁ、暇人で趣味者だったか……。
  いや、しかし、これ程の腕があれば、真っ当に活かす道もあった筈だが……」

 「世間は常識に煩いですからねぇ。
  真っ当になれなかったんでしょう」

 「執行者も何かと違反違反だしな」

 「やあ、僕等は象牙の塔に入れて良かったですよ」

 「ああ、全く。
  ここなら好きなだけ実験と研究が出来るからな」

狂った研究者達は、執行者を前にして、その不満を平然と吐く。
執行者達は呆れるばかりで、腹も立たない。
相手は狂人、怒るだけ損だ。
0212創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/29(水) 18:52:20.66ID:tc8J+L1n
ポイキロサームズのアジリアは、耐え兼ねて零した。

 「それで結局、人間には戻れるのか、戻れないのか、瞭りしてくれないかな?」

それを聞いて禁呪の研究者達は小さく笑う。
笑われるとは予想しておらず、アジリアは怒った。

 「何故笑う!?」

 「戻ると言う表現は適切では無いかなぁ」

 「それの何が可笑しい!」

 「いや、気を悪くしないで欲しい。
  皆、笑いに飢えているんだ。
  少しでも道理に合わない事が、可笑しくて仕方が無い」

アジリアは理解不能な理屈に益々憤るも、執行者が彼女を宥める。

 「落ち着いて下さい。
  奴等は一寸頭が奇怪しいんです。
  真面に相手をしていると、身も心も持ちませんよ」

研究者達は執行者の失礼な言い方にも、全く気分を害さない。
平然と聞き流して、ポイキロサームズに告げる。

 「これからA棟の心理分析の専門家に診て貰うから、人間の体にするのは、その後だよ。
  彼が到着するまで、適当に寛いで待っていなさい。
  中々直ぐには終わらないと思うからね」

 「今までのは、君達をどうするか話し合っていたんじゃなくて、暇潰しに駄弁っていただけさ。
  そう言う訳だから、肩の力を抜いて、楽にしていなよ」

執行者達もポイキロサームズも、その対応に脱力した。
そして改めて、碌でも無い連中だと思うのだった。
0213創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/30(木) 18:46:33.71ID:UcZzkjLg
約1角後に、A級禁断共通魔法研究者のユーメロ・リヴラゾンが到着する。
彼は心理魔法の専門家で、人の深層心理を読む事に長けている。
人の体に現れる反応、小さな仕草、表情、言葉、あらゆる行動から、人の心を読む。
彼はポイキロサームズと一対一で、様々な心理テストを行った。
身長は、どの位から「高い」「低い」と思うのか?
体重は、どの位から「重い」「軽い」と思うのか?
収入は、どの位から「多い」「少ない」と思うのか?
空間は、どの位から「広い」「狭い」と思うのか?
年齢は、どの位から「若い」「年寄り」と思うのか?
年代は、どの位から「最近」「昔」と思うのか?
人は何事も自分を基準に考える物である。
意識的にでも、無意識にでも。
小さな引っ掛かりから、人物像を推定するのだ。
加えて、嘘を封じる魔法で、誤魔化す事も出来ない。
個人的な情報が多く含まれる為に、一対一と言う形式になった。
可能であれば、モデルとなった人物を特定する。
しかし、問題は本来の自分を思い出したとして、社会的に受容されるかと言う所。
そして、もし受容されたとしたら、元の生活に帰りたいかと思うかと言う所。
ユーメロはアジリアに問う。

 「何か夢を見たりはしませんか?
  それも一度や二度では無く、よく見る夢です。
  全く同じ夢では無くとも、類似したパターンの夢を見るとか」

アジリアは答えた。

 「あります。
  家族の夢です。
  夫と、子供が2人……。
  そう言う夢を、よく見ました」

 「成る程、失踪届を当たってみましょう」
0214創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/30(木) 18:48:19.99ID:UcZzkjLg
小さな情報でも積み重なれば、個人を特定出来る。
言葉遣いを取っても、僅かな訛りや、聞き慣れない表現等で、出身地が絞り込める。
しかし、本人には自覚が無い物だから、とにかく言葉を引き出さなくてはならない。
手近にある簡単な物を提示して、これは何か等と、丸で幼児に尋ねる様な、基本的な質問を、
何度も何度も繰り返す。
そして丸1月を掛けて調査した結果、ヤクトス以外の全員の身元を特定出来た。
だが……、それと元の生活に戻りたいかは別だった。
以前の自分を知りたいかと言う問い掛けに、「はい」と答えるのか、「いいえ」と答えるのか……。
真っ先に元に戻りたいと答えたのは、アジリアとヘリオクロスだった。
象牙の塔のロビーに集まったポキロサームズは、これからの事を話し合う。

 「私達は人間の姿に戻る事にしたよ。
  人間としての私達は死んでるけれど、それでも家族と暮らしたい」

そう言ったアジリアに対して、ヴェロヴェロは外方を向いて答える。

 「そりゃ良かった。
  そんじゃ、ここでサヨナラだな。
  もう会う事も無えだろう」

 「そんな事を言うなよ」

 「ソウデスヨ……」

投げ遣りな態度のヴェロヴェロに、アジリアとヘリオクロスは寂しがった。

 「つったって、元の生活に戻るんだから、必然、俺等との付き合いも無くなるだろう」

突き放す彼に対して、アジリアは反論する。

 「そんな事は無いよ。
  そりゃあ元の生活が忙しくなれば、疎遠にはなるかも知れないけどさ……。
  定期的に会って、近況を話し合ったり、昔を懐かしんだりするのも良いじゃないか?」
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2020/01/30(木) 18:50:19.76ID:UcZzkjLg
彼女の言葉にヘリオクロスも同意した。

 「ソウデス。
  寂シイ事ヲ言ワナイデ下サイ。
  皆サンダッテ、人間ノ姿ニ戻ルンデショウ?」

ヘリオクロスの問い掛けに、ヴェロヴェロは答えなかった。
アジリアは驚く。

 「えっ、その姿の儘で居るのかい?」

 「それも悪くねえかもな」

捻くれて冗談を飛ばすヴェロヴェロを、アジリアは益々心配した。

 「……どうしたいんだい、ヴェロ」

 「俺の人生は、あんた等みたいな碌な物じゃなかったって事だよ。
  元の自分に戻っても戻らなくても、どうでも良い感じのな」

アジリアもヘリオクロスも返す言葉を失う。
そこにコラルが口を挟んだ。

 「あの、多分人間の姿には戻ると思います。
  元の姿かは分かりませんけれど……。
  これを機に新しい人生を歩むのも、ありなんじゃないでしょうか?」

 「それなら良いんだけど」

アジリアは怪訝な目でヴェロヴェロを見詰める。
0216創る名無しに見る名無し
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2020/01/31(金) 18:35:08.21ID:l/eD6mHR
ヴェロヴェロにとって、自分の過去は思い出したくない物の様だった。
誰もが幸せな人生を送っていたとは限らない。
アジリアは残りの2人にも尋ねる。

 「コラルとヤクトスは、どうするの?」

先に答えたのはコラル。

 「私は元々余り縁のある人が居なかったみたいなので、少し迷っています。
  元に戻っても、やる事が無いって言うか……」

その後にヤクトスが続けて言う。

 「俺は、そもそも過去の事が全然分からなかった。
  どうすれば良いのかも、全く分からない……」

アジリアとヘリオクロスは何とも言えず、沈黙した。
掛けるべき言葉が分からない。
自分達だけ帰る場所がある事が、申し訳無く感じられる。

 「何か、御免ね」

アジリアが謝ると、コラルは首を横に振った。

 「気にしないで下さい。
  他人の事より、自分の幸せを考えるべきですよ」

ヤクトスも同意して頷く。

 「変に気にされると、こっちも申し訳無くなっちゃうんで……」
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2020/01/31(金) 18:36:15.08ID:l/eD6mHR
それから重苦しい沈黙が訪れる。
空気に耐えられず、アジリアは話題を変えた。

 「あっ、そう言えばシャゾールは?」

その問にはヤクトスが答える。

 「彼は元々人間じゃないんで……」

 「ああ、そうだった」

数極後、再びアジリアが口を開いた。

 「取り敢えず、皆、人間にはなるんだろう?
  人間の姿で会おう」

アジリアの言葉に、ヴェロヴェロ以外の全員が頷く。

 「ヴェロ、あんたも……」

アジリアはヴェロヴェロにも呼び掛けたが、返事はして貰えなかった。
その後、アジリアとヘリオクロスが先に人間の姿に戻る。
アジリアは痩せ身で背の高い中年女性、ヘリオクロスは成長期の少年だった。
これから2人は、家族の元に戻るのだ。
コラルも人間だった頃の姿に戻った。
彼女は少し太目の若い女性で、象牙の塔で事務員として働く事にしたと言う。
ヤクトスは未だ人の姿になっていなかった。
元の姿が判らない以上、どの姿になっても違和感しか無いと言う事で、今の姿の儘で居ると言う。
ヴェロヴェロは……姿を見せなかった。
禁呪の研究者達の話では、人の姿に戻ったと言うが……。
0218創る名無しに見る名無し
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2020/01/31(金) 18:37:21.52ID:l/eD6mHR
何時までも象牙の塔に滞在している訳にも行かないので、アジリアとヘリオクロスは家族の元へ帰る。
もう2人はアジリアでもヘリオクロスでも無い。
コラルはグラマー地方で新しい生活を始めると言う。
彼女は自分の名前にコラルと言う愛称を加えた。
ヤクトスは何も分からない儘、象牙の塔で働く事になった。
何時か記憶が戻ると信じて。
ポイキロサームズは離れ離れになってしまった。
魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディーは、コラルの勤めている市内の書店を訪れて、彼女と話す。

 「コラル君、今日は」

彼は青年の姿を取っていた。

 「あっ、レノックさん?
  お久し振りです。
  グラマー市に来て、大丈夫なんですか?」

グラマー地方特有のローブ姿のコラルは、一目で青年をレノックだと看破する。
動物の姿での生活が長かった彼女は、人を見た儘の姿では無く、全体の雰囲気で判断する癖が、
身に付いていた。
レノックは笑って答える。

 「ああ、目立った事をしなければ、平気平気」

軽い調子で答えたレノックを、コラルは疑ったり心配したりしない。
彼の実力は十分に知っている。
そこらの魔導師が束になっても、彼には敵わないと言う事を。
レノックには知恵も力もあるのだ。
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2020/02/01(土) 18:51:47.95ID:YaozF4HJ
コラルは続けてレノックに尋ねる。

 「態々グラマー地方に来たと言う事は、何か御用ですか?」

 「ああ、ポイキロサームズの皆は、どうしているかと思って。
  あれから象牙の塔で人の姿に戻った事までは聞いているんだけど……。
  その先の事とか、どうなったのかなと。
  この目で確認して、安心したいから」

 「ははぁ、それは有り難う御座います」

 「いやいや、お礼を言われる様な事じゃないんだけどね」

コラルとレノックは小さく笑い合った。
そしてコラルは自分達の近況を語る。

 「私は、そこそこ元気でやれています。
  生活にも特に困った事はありません。
  他の皆は……、どうなんでしょう?
  アジリアさんとヘリオ君は、家族に会いに行って、人間だった頃の生活に戻りました。
  ヴェロさんは……分かりません。
  誰にも会わずに、独りで出て行ってしまいました。
  ヤクトスさんは多分、未だ象牙の塔に居ると思います」

レノックは小さく溜め息を吐く。

 「……皆、散り散りになってしまったんだな。
  何だか、解散して活動停止したバンドみたいだ」

 「実際、解散して活動停止しているんです。
  反逆同盟との戦いも終わったので。
  あ、でも、年に一度は会おうって約束しました。
  10月10日にティナー市の例の場所で」
0220創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 18:52:35.62ID:YaozF4HJ
レノックは頷き、コラルに問う。

 「ヴェロヴェロ君も?」

 「いえ、彼は……」

 「ああ、分かった。
  どこかで彼に会ったら、伝えておくよ。
  参加してくれるかは分からないけど」

 「はい、お願いします。
  ……あっ、余り長く立ち話していると、変な目で見られるので……」

ここはグラマー地方である。
男女が一緒に居ると、夫婦か恋人だと思われてしまう。
コラルの態度からレノックは察した。

 「ややや、もしかして?」

コラルが頬を染めて小さく頷いたので、レノックは笑いながら謝った。

 「これは失礼。
  誤解されては行けないからね。
  僕はヤクトス君に会いに行ってみるよ」

 「お気を付けて」

 「何、大丈夫さ」

そう言ってレノックは去る。
コラルは既に付き合っている男性が居るのだ。
彼女は彼女の人生を歩もうとしている。
0221創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 18:53:13.57ID:YaozF4HJ
そしてレノックは象牙の塔に移動した。
ここを訪れるのは、彼も初めてである。
敷地内には強力な共通魔法の気配が充満している。
しかし、都市の様な画一的な整った魔力では無い。
より根源的な混沌に近い、整わない乱れた魔力だ。
彼は正面から堂々と近付き、守衛の駐在所にて、ヤクトスを呼び出して貰った。
ヤクトスは蛇人間の儘であった。

 「ヤクトス君、久し振り」

 「お久し振りです、レノックさん」

 「少し痩せた?」

 「ああ、ハハハ、中々ここの生活に慣れなくて」

 「無理しない方が良いんじゃないかい?」

象牙の塔は、真面な精神の人間が滞在する場所では無い。
只でさえ精神を削る場面に遭遇し易いのに、更に悪い事に、ヤクトスは特異な外貌から、
研究者達の興味を引いた。
お蔭で奇妙な実験に付き合わされたり、妙に馴れ馴れしくされたりと、嬉しくない人気者。
それでも象牙の塔を出て行かない理由は……。

 「いえ、外に出ても、どうやって行ったら良いか分かりませんから……」

蛇の姿では人の生活には紛れ込めない。
しかし、人の姿にして貰おうにも、見知らぬ顔では違和感がある。
そう言う訳で、ヤクトスは何と無く象牙の塔に居た。
0222創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 18:55:42.67ID:ysSr7Kge
時々大騒動に巻き込まれる事を除けば、象牙の塔は、そう悪い所では無い。
金に困る事は無い……と言うか、金銭の概念が無い。
禁呪の研究者達に頼めば、あらゆる問題が解決する。
「解決」と言っても、望ましい物とは限らないが……。
レノックはヤクトスの心情を慮り、深くは追及しなかった。

 「もし、ここでの生活が嫌になったら、風に頼んで僕を呼んでくれ。
  君の身元を引き受ける位の事はしよう」

 「有り難う御座います……。
  でも、大丈夫ですよ。
  ここの人達も悪い人達では無いので……」

 「君が良いと言うなら、僕から言う事は何も無いよ」

そう言って、レノックは話題を変える。

 「所で、10月10日の予定は決まっているかな?」

 「あぁ、皆で集まる日ですね。
  でも、この姿で出歩くのは……」

 「そんなの、一時的にでも変えて貰えば良いじゃないか?
  元の姿が判らなかった事に、引け目を感じる必要は無い」

ヤクトスは返事をしなかった。
自分の姿を簡単に変える事に、抵抗があるのだ。
レノックはヤクトスが引き篭もり勝ちになるのではと懸念していたが、余り諄々言っても仕方無いと、
一言だけ告げる。

 「何にせよ、君の人生だ。
  後悔しない様に生きるんだよ」
0223創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 18:57:34.86ID:ysSr7Kge
レノックは象牙の塔を後にする。
アジリアとヘリオクロスの様子を見に行こうかとも考えたが、人として幸せな生活を送っているなら、
自分が口を出す事は無いと、会わない様にした。

 (後はヴェロヴェロ君か……。
  今頃、どこで何をしているんだろう?
  人の姿に戻れて、幸せに暮らしていると良いんだけど……。
  ああ、思い悩んでいても仕方が無い。
  会いたくない者には会えないんだ。
  僕達は、そう言う風に出来ている。
  彼に困った事があれば、風が教えてくれるだろう)

レノックは深く考えない様にして、再び各地を放浪する。
別れは何時でも悲しい物だけれど、人の人生は人の物。
自分の思い通りには動かせない。
人の幸せを他人が勝手に決めては行けない。
人間でも無いレノックには尚の事。
0224創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 19:01:36.56ID:ysSr7Kge
2月は忙しいので、余り投稿出来ないかも知れません。
いや、そもそもがネタ切れ気味なんですけど……。
もう少しはあるので、フェードアウトしない様にします。
0225創る名無しに見る名無し
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2020/03/04(水) 18:10:26.23ID:x9oy0x7h
名前が出てる魔法の中では生命魔法の設定が、まだ紹介されてない気がする
どんな魔法かはだいたい想像つくけど、呪詛魔法<カース・シューティング>や変身魔法<フェノメナル・メタモルフォシス>みたいなカッコいいルビがあるなら知りたいところ
0227創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/05/01(金) 20:12:16.29ID:ZmwSOi8d
久し振りの書き込みです。
えー、実は他のサイトに浮気してました。
これまで裏でコツコツ書き溜めてた分を投稿して……反響は今一でしたけども。
しかし、中々良い体験でした。
0228創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/05/01(金) 20:23:54.90ID:ZmwSOi8d
世情が世情ですから、御心配をお掛けしたかも知れません。
取り敢えず、元気でやっております。

>>225
「ライフ・シェアリング」です。
その儘の意味通り、活力を分け与える魔法。
リリリンカーとティアルマの場合は、双方が同時に死なないと片方が蘇ると言う仕込みをしていました。
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