X



トップページ創作発表
901コメント1441KB
ロスト・スペラー 20
レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
0001創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/07(金) 18:09:05.48ID:81QT8mxd
未だ終わらない


過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1530793274/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1518082935/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0002創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/07(金) 18:10:14.11ID:81QT8mxd
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。
0003創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/07(金) 18:10:43.47ID:81QT8mxd
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。
0004創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/07(金) 18:11:44.01ID:81QT8mxd
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長です。
0005創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/07(金) 20:59:54.06ID:6dxeT9v3
ハッケヨイは白鵬ガンダムに乗り込むと近所のパトロールを始めた。
「本日も異常なしでごわすな」
0006創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/07(金) 21:07:07.86ID:7LPl5vwu
現地時間11月30日午前3時30分ごろ、ダップンシティ上空をモビルスーツが240マイルの速度で飛行していた。
それをスカイパトロールが追いかけ、コックピットを見るとそこには衝撃的な光景があった。
パイロットは酔っ払った上で爆睡していたという。
モビルスーツは自動操縦モードで運行されていた模様。
0008創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/08(土) 19:29:20.54ID:ulkCZDtL
重要なワード


悪魔


ファイセアルスのある宇宙(第二宇宙)とは別の宇宙デーモテール(魔界)の存在。
神聖魔法と元始精霊魔法を除く全ての魔法は悪魔によって地上に齎された物であり、
元々地上には存在していなかった。
悪魔と第二宇宙との関わりは第二宇宙の前に存在していた宇宙(第一宇宙)の頃からあり、
第一宇宙は神の子の争いと悪魔の乱入によって荒廃した為に廃棄された。
悪魔とは即ち魔法使いであり、人に魔法を教えた存在である。
寿命の無い存在であり、肉体を失っても精霊体で生き続けられるが故に、多くは退屈している。
不死身の様だが、肉体を失った精霊は地上では弱く、太陽に曝される等すれば少しずつ弱って行く。
神が地上に関わる事を止めた魔法暦以後を、地上を支配する絶好の機会と思っている。
デーモテールは無慈悲にして修羅の世界であり、より強い者が世界を支配する事は、
至極当然と考えられている。
しかしながら、地上で長い時間を生きた悪魔の中には、人間に感化され、人間の習慣に馴染んでいる、
人間臭い悪魔も居る。





宇宙を創造した全知全能の神。
第一宇宙を自らの過干渉で荒廃させてしまった後は、第二宇宙を作り直して時々人間に代理を認め、
その力を貸してやる事しかしなくなった。
人と神と悪魔の代理戦争とも言える魔法大戦の後は、人に神の力を貸す事も殆どしなくなった。
それでも人間を愛してはいるが、その愛の形は人の物とは大きく異なる。
人は魔法暦になって、漸く神の御許を離れて立ち上がり始めた。
神は人の行く末を只静かに見守っている。
0009創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/08(土) 19:31:01.62ID:ulkCZDtL
魔法


悪魔によって地上に齎された奇跡の技。
魔法を使う為の魔力とは即ち混沌の力で、本来は悪魔だけが魔力を扱えた。
悪魔の数だけ魔法があり、それぞれ原理が異なる。
悪魔は戯れに人間に力を与えて魔法を使えるようにしたが、それは一部の者に限られた。
これ等を系統立てて科学的に解明し、誰でも使えるようにしたのが共通魔法である。
そもそも混沌の力を引き出す事は地上では難しく、悪魔が時空を歪めて魔界に通じる穴を開け、
魔力を供給してやらなければ、魔法を使う事は出来なかった。
多くの悪魔が勝手に宇宙の壁を越えて地上に現れ、魔法を使った事で地上は徐々に魔力で溢れ、
汚染されて行った。
その結果、力の弱い悪魔までも地上に蔓延る様になり、益々魔法は増えて行った。


魔法使い


魔法使いには4つの系統に分けられる。
1つは血統によって魔法を使うリニージ。
1つは学習によって魔法を使うリタレット。
1つは他者や道具の力を借りて魔法を使うエイデッド。
1つは呪われた事で魔法使いになるエンカースト。
リニージの魔法使いは悪魔その物か、悪魔の子孫である。
リタレットの魔法使いは弟子を取って魔法を受け継がせる。
エイデッドの魔法使いは直接悪魔の力を借りているか、悪魔の力を宿した道具を使う。
エンカーストの魔法使いはエイデッドに似るが、その力は基本的に本人の望まない形で現れる。
リニージは魔法暦では外道魔法使いと言われる。
リタレットは共通魔法使いを含め、魔法を他者に「教える」又は「教わる」全ての魔法使いを含める。
エイデッドは魔法暦では姿を消したが、魔法道具を使う者が、これに該当するかも知れない。
エンカーストは魔法暦でも生き残っているが、その性質上、人から離れて暮らしている事が多い。
系統は明確に分けられる訳では無く、リニージのリタレットや、リニージのエイデッド、
リニージのエンカースト、リタレットのエイデッド等と言った、複数の系統に跨る物が普通に居る。
しかし、共通魔法使いは純粋なリタレットであり、原則的に、そして哲学的に他の要素を含まない。
0010創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/08(土) 19:34:45.59ID:ulkCZDtL
人間


ファイセアルスに生きる多くの者は魔法資質を持つが、本来の人間は魔法資質を持たない。
何故ならば、元々魔法の無い世界に生まれた神の子だからである。
何故ファイセアルスの人々が魔法資質を持つのかと言えば、それは純粋な人間では無い為だ。
悪魔の魂に人の精神を宿して、それに肉体を与えた物が、ファイセアルス人「サイカント」である。
「サイカント」は「サイカントロプス(シーヒャントロポス)」の略であり、サイカンス、
シーヒャント等とも呼ばれる。
これは旧暦の人類「アルカント」とは亜種の関係にあるが、肉体的には非常に近しい種でありながら、
根本的には全くの別種と言う複雑な関係になっている。
普通の動物と霊獣や妖獣の関係も、これと同じと言って良い。
魔法大戦によってアルカントは絶滅の危機に瀕し、種の維持と存続の為にサイカントが生み出された。
サイカントは魔法暦以後の社会に適した人類ではあるが、適応進化によって誕生したのではない。
その誕生は偶然では無く、人為的な物である。
サイカントが悪魔の力を借りて人工的に造られた種だと知る者の中には、魔法を使うサイカントを、
悪魔の子、『悪魔擬き<デモノイド>』と呼んで蔑む者も居る。


魔導師会


共通魔法使いのエキスパートである魔導師の集団。
魔法大戦後の魔法秩序を維持する為に創設された。
旧暦は数多の魔法使いが、それぞれの魔法を使って人を囲い込み、割拠していたが、それを打ち破り、
人々に魔法を開放したのが、共通魔法使い達の祖である。
人は魔法を得て神と決別した為に、その後の秩序は自分達で維持して行かなければならなかった。
表向きには旧暦と魔法暦で人類種が入れ替わった事は秘密にされているが、魔導師会の中でも、
八導師と呼ばれる最高指導者は、旧暦や魔法大戦の隠された事実を知っている。
0011創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/09(日) 18:02:29.84ID:fqS9Qyqo
竜に焦がれて


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


反逆同盟の一員ニージェルクローム・カペロドラークォは、毎晩所では無く、眠りに落ちる度に、
竜の夢を見る様になっていた。
夢の中で彼は巨大な竜になり、都市を襲って逃げ惑う人々を蹂躙する。
口から吐くブレスは全ての物を崩壊させ、大地をも溶かして泥の海に変える。
昂る力の儘に天に吠えれば、雷鳴が轟き嵐を呼ぶ。
後に残るのは毒の沼。

 (見よ、愚かなる人の有り様を!
  斯様に脆弱で卑小な存在でありながら、同属で憎み合い、敵対して優劣を競い争い合う。
  畜生と変わらぬ物なのだ!)

夢の中でニージェルクロームの心は竜と同調している。
竜の心が己の意思の様に感じられる。
自分が卑小な人間だと言う意識は無い。

 (天よ、父よ、母よ、答えられよ!
  それでも尚、人を愛されるか!
  その愛を以って、我等を阻まれるか!
  遥か天上より篤と御覧あれ、地上は我等竜の物!)

そんな夢を何度も何度も見させられていれば、彼で無くとも気が変になる。
0012創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/09(日) 18:05:39.60ID:fqS9Qyqo
ニージェルクロームは目覚める度に、己の体を確認した。
手足に鱗が浮き出ている様な錯覚が偶にあるのだ。
夢が実は正夢で、自分が眠っている間に、どこかの都市を襲撃したのではと時々思う。
心做しか日毎にアマントサングインの様に肌が赤黒く、瞳が赤くなっている様な気がして来る。
輝く太陽を仰げば、自然に気が昂り、咆哮を放ちたくなる。
ここに至って漸くニージェルクローム――否、ハイロン・レン・ワイルンは何故竜に憧れたのか、
自問する様になった。
ボルガ地方生まれの彼にとって、竜とは支配の象徴だった。
古代の伝説では超自然の存在である竜が人を認めて選ぶ事で、人は王となる。
その神聖な竜の力を得て、人は王に変わるのだ。

 (俺は王になりたかったのか……?
  違うな、竜と言う人智を超えた存在、その力に憧れたんだ)

彼は王よりも、王を選ぶと言う竜に興味があった。

 (そして竜の力を得て何をしようと考えていた……?
  多分、何も考えてなかった。
  俺は凡人にはなりたくなかった。
  だから、特別な存在の竜に自分を重ねた)

下らない自尊心と自己顕示欲が、彼を誤らせてしまったのだ。
しかし、目覚めるのが遅過ぎた。
彼は竜と一体化しつつある。
それも取り返しの付かない程。
こうやって冷静に自己を省みる事が出来る時点で……。
彼の心は人間的な執着心から解放されていた。
0013創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/09(日) 18:12:28.33ID:fqS9Qyqo
ニージェルクロームは同盟に加わったばかりの頃、同盟の長であるマトラを不気味に思っていたが、
次第に慣れて何とも思わなくなった。
だが、アマントサングインが覚醒して以降は、見るだけでも嫌悪感を催す様になっていた。
今は彼女に話し掛けられても無視して構わない、寧ろ、相手にするべきでは無いと思う。
マトラに限らず、この同盟に存在する者は、誰も相手にする価値が無い。
フェレトリもサタナルキクリティアもディスクリムも人間では無い。
ゲヴェールトとリタは人間を辞めている。
ビュードリュオンも何れ人間を辞める。
奇妙な話だが、アマントサングインと同化しつつあるニージェルクロームは悪魔を脅威とは捉えず、
「人間では無い事」、「人間から離れつつある事」を理由に無価値な存在だと取り上げなかった。
逆に言えば、もし「人間」であれば、興味を持って取り上げたと言う事だ。
アマントサングインは竜の本能として、善良な人間を探していた。
それこそが竜の守るべき存在。
自身は竜であるからして、人との共存等、望むべくも無い。
竜は人の敵なのだ。
その竜が「善人を守る」とは、どう言う事なのか?
今も尚、竜の使命に殉じるアマントサングインは夢を見ている。
嘗ての聖君の様に、何時か善の心を以って、己に立ち向かう勇者が現れる事を……。
勇猛果敢な人間は幾らでも居るが、勇気の正体が怒りや憎しみであってはならない。
怒りに身を任せ、憎悪に身を窶した人間には、戦禍竜であるアマントサングインは倒せない。
その血と涙、恨みと憎しみが力を持った存在こそが、アマントサングインなのだから。
魔導師会も善の存在とは認め難い。
あれは組織の理論で行動しているに過ぎない。
善性は個々の人間が持つ物であり、命令の実行に善性が伴うとは限らない。
自発的に行われる善こそが、竜の認める真の善なのだ。
命令者の善も真の善とは言い難い。
他人に良い事をしろ、善人になれと言うのは簡単だが、自ら為す事は難しい。
そして権威の下に善を命じ、命じられる儘に善が為される事は、悪を命じて悪が為される事と、
何等変わりが無い。
0014創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/10(月) 18:24:42.35ID:D4gPI+t9
高い理想の元にアマントサングインの目指す世界は、小群落で人が慎ましく暮らす世界だ。
人の国は大国になればなる程、大きく発展するが、一度暴走すれば手が付けられなくなる。
どんなに優秀で賢い者も、集団化して組織化されると、忽ち凡俗になり、時に愚劣になる。
そうした意識は凡人である事を嫌うハイロンの意識に、抵抗無く受け容れられて同化した。
初めはアマントサングインとの同調を否定していた彼だったが、少なからず共鳴する部分あった事で、
徐々に竜と自分の意識の境界を失って行った。
ハイロンは今や、生き残るべき人間を選別する立場にあるのだ。
ある夜、彼は夢遊病の様に独り反逆同盟の拠点から出て行く。
彼の意識は明瞭で無く、竜が体を操って誘導していた。
竜を監視する目的で、ハイロンの影にディスクリムが取り憑く。
ディスクリムは何時竜が離反しても良い様に、昼も夜も無く彼を警戒していた。
0015創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/10(月) 18:25:57.22ID:D4gPI+t9
カターナ地方ガラス市にて


道無き道を歩き、大通りに出てからも更に歩き、ハイロンが辿り着いたのはガラス市。
大都市と言う程では無いが、決して小さいとは言えない、人口50万人規模の中都市だ。
既に夜は明けて、太陽が天に高く明るく輝いている。
ハイロンは都市の繁華街で人込みに揉まれながら天を仰ぐと、その場で竜の幻影を纏った。
初めは見世物の類だと思って、余り動揺しなかった市民だが、竜が建物を破壊し始めると、
流石に異常だと気付いて逃げ出し始める。
恐慌は伝染して人々は竜から距離を取ろうと逃げ惑う。
ある程度、人が逃げた所で、アマントサングインは腐蝕ガスを吐いて、防御を固めた。

 (手加減しているのか……?)

影に宿っているディスクリムは、その行動に違和感を覚える。
とても人を殺そうとしているとは思えない。
人込みの中で凶悪な腐蝕ガスを撒き散らせば、一度に大量の人間を殺せるだろうに。
それは竜にとって殺人が目的では無い事を意味している。
やがて地元の執行者が駆け付けるが、腐蝕ガスに守られたアマントサングインに手が出せない。
この腐蝕ガスは魔力を遮り、魔法を無効化するのだ。
数針も経てばガラス市の繁華街からは人の姿が消え、本部から執行者の大軍が派遣される。
新たに到着した部長級の執行者の指揮官は、それまで現場を指揮していた課長級の執行者に尋ねた。

 「逃げ遅れた市民は居ないか?」

 「殆どは退避させましたが、全員かは分かりません。
  このガスが魔力を遮っとりまして、探知魔法が使えんのです」

 「……統合刑事部が到着するまで、未だ時間がある。
  偵察の序でに何人か捜索に向かわせよう」

指揮官は腕利きの執行者を集めて、竜の様子を観察すると同時に、取り残された市民が居ないか、
捜索する様に命じた。
0016創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/10(月) 18:27:33.21ID:D4gPI+t9
アマントサングインは千里眼でガスの中を前進して来る執行者を認識して、ハイロンに呼び掛ける。

 (来たぞ。
  あれが魔導師会の執行者だな)

 (ああ、何をしに来たんだろう?
  偵察かな?)

 (それと残留者の確認だな。
  よく訓練されている……が、果たして)

 (何をする気なんだ?)

 (ここには10人余りの残留者が居る。
  気配を感じるか?)

アマントサングインの問い掛けに、ハイロンは頷いた。
今、彼と竜の感覚は同調しており、普段魔力を読み取る様に、生命の気配を感じられる。
ハイロンは驚いた。

 (この腐蝕ガスの中で生きてるのか……)

 (『腐敗の吐息<ロトン・ブレス>』は我が血と混じる事で、我が意の儘になる。
  詰まり、残留者を生かすも殺すも私の意思一つだ)

 (……殺さないのか?)

 (私が何故残留者を殺さないのか、『同調者<シンパサイザー>』ならば解る筈だ)

古の邪悪な竜が財宝を守るが如く、アマントサングインは取り残された人間を守っている。
この宝を命懸けで奪いに来る者を待っているのだ。
0017創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/11(火) 18:09:16.82ID:pqht6J66
数人の執行者が魔力の壁で自らを覆い、腐蝕ガスの漂う空間に進入する。
絶対に無理はしない様に、不測の事態が起きたら撤退する様にと、強く念を押された執行者達は、
分散してガスの中を捜索した。
普通、こう言う時は魔力通信で連絡を取り合うのだが、濃度の高いガスの中では魔力が阻害され、
真面に通信が出来ない。
建物は溶解しており、どれが何の建物だったのか区別する事も困難で、下手をすると迷子になる。
濃霧の中の様に、本の数身先も見えないのだ。
執行者達は恐る恐る慎重に進まざるを得なかった。
それをアマントサングインは嘲笑する。

 (ハイロン、見よ。
  人の心が手に取る様に解るだろう)

そうハイロンに呼び掛けると、竜は一人を狙って遠距離から腐蝕ガスを吹き掛けた。

 「うわっ……!!」

竜に攻撃されたと理解した執行者は、慌ててガスの外に後退する。
ハイロンは落胆した。

 (……情け無い。
  あんなのが、この世界を守っているのか)

市民に畏怖され、或いは尊敬され、信頼されていた魔導師も、竜を前にしては個人では、
何も出来ずに狼狽えるだけの存在なのだ。
竜を退治する所か、逃げ遅れた市民を発見する事も出来ない。
0018創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/11(火) 18:15:58.74ID:pqht6J66
アマントサングインも退屈して、その場に座り込む。

 (中々取り残された生存者に気付かないな……。
  私が見たいのは、こんな物では無いぞ)

 (勇敢な人間を探しているのか?)

ハイロンの問にアマントサングインは内心で肯く。

 (強大な物に対して恐れを抱くのは、生物として当然だ。
  しかし、他人の為に自らの命を危険に晒す事が出来る者は少ない。
  兵士は命令だから、それが出来る。
  その様に訓練されている。
  魔導師も似た様な物だろう。
  だが、それでは不十分だ。
  真の勇気、勇敢さとは何かを考えた事はあるか?)

 (いや……)

急に聞かれても、ハイロンには答えられなかった。
勇気にも種類があり、色々と言わるが、その区別は明確では無い。
多くは事の成否、結果を以って、勇気だの無謀だのと言うに過ぎない。
それでもアマントサングインは確信を持って言う。

 (それは抗う事だ。
  易きに流れる心と戦う事だ。
  如何に勇猛と称えられようと、恐怖や迷いと戦わぬ者は臆病と変わらぬ。
  臆病者が振り絞る僅かな勇気こそが真の勇気。
  それは改心した悪人こそが真の善人と言うに似る。
  人は私情と私欲に駆られ、容易く悪の道を往く。
  一度悪人と見做されると、善の道には戻り難い。
  一方で過ちを恐れて何も為さねば、善も悪も無い。
  多くの者は、そうして逸脱しない事を善と誤解している。
  それに勇気は要らない。
  真の善の道は険しい)
0019創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/11(火) 18:23:28.61ID:pqht6J66
アマントサングインは執行者が残留者を発見するのを静かに待った。
何人かは竜の観察に寄って来たが、巨体で目立つ竜とは違い、瓦礫の中の残留者には気付かない。
執行者達は賢明にも指示を忠実に守って、竜には手を出そうとしない。

 (真の勇気、真の善とは、他者には評価出来ない独り善がりな物だ。
  故に、尊く、侵し難い。
  竜と言う脅威の前に、数人の人命は些細な事なのか……。
  どれ、試してやろう)

待ち草臥れたアマントサングインはガスを操り、瓦礫の下に取り残されている市民の声を、
近くの執行者に届かせた。

 「助けて……、誰か……」

微かな声を聞いた執行者は動揺して、辺りを見る。

 「誰か居るのか……?」

 「うぅ……、早く見付けて……」

救助を求める声は弱々しく、執行者に呼び掛けていると言うよりは、小声で呻いている様子。
執行者は判断に迷った。
今、自分は竜を観察している。
上司に許可を取ろうにも、ここは魔力の通じないガスの中だ。
独自の判断で行動するしか無い。
竜は静かに、この執行者の決断を見守った。

 (さて、どうする?
  お前の善性が試されているぞ)

正体の判らない一人を助けるのか、それとも観察を続けるのか……。
0020創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/12(水) 18:18:05.99ID:kTScZSu0
執行者は迷いに迷った末、自らの心に従った。
ここで市民を見殺しにしたとあれば、執行者の恥だと思った。
竜は動かないと信じ、彼は声のする方向へ向かう。

 (これで良いのか?)

彼を善人と認めるのかとのハイロンの問に、アマントサングインは厳しい調子で答える。

 (否、これは入口に過ぎない。
  善性の関門は厳しいぞ)

アマントサングインは巨体を動かし、この執行者を追い始めた。
執行者は救助を諦めざるを得ない。
竜に襲われては、自分も要救助者も一溜まりも無い。

 (あっ、逃げた……)

 (賢明な判断だ。
  恐らく仲間を連れて戻って来るだろう。
  だが、どこまで本気で救助出来るかな?)

魔力を通さない腐蝕ガスの中では、執行者であろうとも無能の人間と変わらない。
加えて、腐蝕ガスの中で長時間行動出来る者も稀なので、人海戦術が取れない。

 (非力なる者の嘆きを聞くが良い)

アマントサングインはガスの中に取り残された者達の苦しみの声を、拡大して木霊させた。

 「助けてくれ!
  体が焼ける、死にそうだ!」

 「ここに居るぞー!」

 「誰か早く来てくれ!」

それは執行者に全ての生存者の存在を知らせる。
焦りは判断力を鈍らせ、勇気と無謀の区別さえ付かなくさせる。
0021創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/12(水) 18:21:18.88ID:kTScZSu0
執行者達は自分の近くに居る残留者を一斉に救助しに動いた。
それを竜は巨体とブレスで妨害する。
だが、単独では全員の妨害は出来ず、何人かは救助された。

 (もう助けさせて良いのか?)

 (後で分かる)

10人余り居た残留者は、執行者によって救助され、残り3人となる。
全ての残留者が判明し、その何人かを救助したと言う事実は、全員を助けられるかも知れないと言う、
大きな希望に繋がるが、ここからが難しい。
0022創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/12(水) 18:23:02.28ID:kTScZSu0
一旦引き揚げた執行者達から残留者の話を聞いた指揮官は、決断を迫られる。

 「取り残された者が、後3人……。
  しかし、近くに竜が居て救助が難しいと」

 「はい、どうにか出来ないでしょうか……?」

 「囮作戦を試してみよう。
  注意を引いて誘い出し、その内に救助するんだ」

魔導師会本部に竜の存在を報告した時、本部からは統合本部隊の到着まで、可能な限り被害を抑えて、
時間を稼ぐ様に命じられ、同時に竜の力を見誤って本格的な攻撃を仕掛けない様にとも釘を刺された。
囮作戦は魔導師会本部の指示に明確に反するとまでは言えないが、少なくとも指示通りでは無い。
執行者達は5つの小部隊に分かれ、内3つは残留者の救助に向かい、2つは竜の注意を引く囮となる。
腐蝕ガスは魔力を遮るだけでなく、複数のガスの混合で、中には可燃性のガスも含まれている。
よって攻撃手段は限られている。
最も有効と思われる攻撃は、腐蝕ガスを掻き分けて、接近してからの攻撃。
遠距離攻撃は腐食ガスに阻まれ、威力が落ちる。
囮部隊が役目を果たす為には、危険な接近戦を挑まなければならない。
0023創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/12(水) 18:24:35.77ID:kTScZSu0
アマントサングインは周辺の状況を俯瞰していた。
当然、執行者達の目論見も看破している。

 (フム、そう来るだろうと思っていたぞ)

 (どうするんだ?)

 (先ずは乗ってやろうでは無いか!)

自らに向かって来る囮部隊をアマントサングインは、その場で迎撃した。
執行者達は魔力の障壁で腐蝕ガスを受けない様にし、至近距離からニードルガンを打ち込む。
しかし、幻影のアマントサングインに物質的な攻撃は通用しない。
無情にも射出された金属の針は竜の体を貫通して、ガスの向こうに消えて行く。
逆にアマントサングインの方からはハイロンを介して攻撃が出来る。
ハイロンが腕を振るえば、その軌跡に沿って幻影の竜の腕が動き、溶け行く大地に爪痕を残す。
執行者達は作戦が思う様に行かないので狼狽した。

 「ど、どうすれば良い?
  全く攻撃が当たらない!」

 「これでは竜を退かす所の話じゃないぞ」

 「時間が無い、一時撤退しなければ!」

魔力が遮られている中で、魔力の障壁を維持しながら戦うには、魔力石が不可欠だ。
そして魔力石に込められた魔力が尽きた途端に、腐蝕ガスを防ぐ手立てが無くなる。
それはエア・パックを背負って水中で活動するのと同じだ。
活動時間には限りがある。
0024創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/13(木) 18:38:19.81ID:PB/MrQEs
執行者達が撤退を考え始めた時の事である。
ここでアマントサングインは残留者の一人が居る瓦礫の上に右の前足を乗せ、大きく吠えた。
咆哮は大地を揺るがし、崩れ落ちた瓦礫が残留者達を圧迫する。

 「うわーーーーっ!!」

 「痛い、苦しい!!」

 「つ、潰されるっ!!」

残留者の悲鳴に、執行者達は一時撤退を躊躇う。
アマントサングインは執行者達に思念を送り、善性を問う。

 (いざ、いざ、如何に!
  退けば皆死ぬぞ!!)
0025創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/13(木) 18:38:40.29ID:PB/MrQEs
それは「殺す」との宣言だ。

 (本当に殺すのか?)

無抵抗の者を殺める事にはハイロンも動揺したが、アマントサングインは撥ね除けた。

 (これまで私は数万、数十万の命を屠って来た。
  今更数人殺した所で何だと言うのか……。
  それに人質が何時までも生きていると思う等、どうかしている。
  助けるには『今しか無い』、そう言う状況は概して不意に訪れる物だ。
  さて、執行者とやらは、どう出るかな?)

無理をしてでも助けるのか、それとも自らの安全を優先して撤退するのか……。
竜は静かに執行者達を睨め下ろしていた。
0026創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/13(木) 18:41:51.71ID:PB/MrQEs
執行者達は先ず、竜がテレパシーを送って来た事に驚いていた。
巨大な怪獣だと思っていた物が、意思を持って人に問い掛けて来るのだ。
執行者達は自分では判断が出来ず、部隊を率いる隊長の判断を仰ぐ。

 「た、隊長……」

その決定は重大だ。
隊長とて判断に迷う。
ここで撤退を指示すれば、確実に3人の残留者は死ぬ。
しかし、残って作戦を続けた所で、光明は見えない。
魔法が使えない状況では、執行者と言えど無力だ。
迷っている間にも時は過ぎて行く。
何も決められない儘、愚図愚図しているのが最も悪い。
アマントサングインは慈悲深くも決断を待った。

 (ハイロン、よく覚えておくが良い。
  こう言う時は打算が働くのだ。
  10人余りの内3人が取り残されている状況は、逆に言えば、7割は救出したと言う事だ。
  手を尽くしたが、及ばなかったと言っても、言い訳は立つ。
  それに唯3人の為に、その5倍の執行者を失えるか?)

既に結論は出ているも同然だ。
冷静に考えれば、それしか選べない。
隊長は結局、無難な選択をする。
それが正しい、そうするべきだし、そうするしか無い。

 「撤退しろ、責は私が追う。
  早く戻れ!」

苦渋の決断と言葉で言うのは簡単だが、その証明は難しい。
世の評価は行動と結果が全てなのだ。
0027創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/13(木) 18:45:10.51ID:PB/MrQEs
執行者は全員撤退して、アマントサングインは少し落胆した。
それがハイロンには有り有りと感じられた。

 (どうして落ち込むんだ?)

 (勇気と無謀に違いは無い。
  人は事の成否を以って、それを語るに過ぎない。
  時には賢く立ち回るより、愚かしくも直向きに進む方が、道を拓く事がある。
  執行者には、それが出来なかった……。
  組織は何時でも責任と戦っている。
  大きく長く続いた組織程、保守的になり、責任の回避に専心する。
  魔導師会とて同じ事なのだ)

アマントサングインは残留者を殺すと決意した。
その決意はハイロンに伝わり、彼に行動を起こさせる。
ハイロンが片腕を高く掲げると、竜の腕も同調して高く掲げられる。
彼が腕を振り下ろすと、竜の爪が残留者の居る瓦礫の上に突き立った。

 (……断末魔の叫びが聞こえない。
  他の苦しみの声も聞こえなくなっている……?
  生命の反応が感じられない)

アマントサングインは訝る。
残留者は苦しみに耐え切れず死亡したのか……。

 (何か奇怪しい……)

どうしても違和感があったアマントサングインは、死体を確認すべく、爪の先で瓦礫を掘り返した。
しかし、酸に溶かされた訳でも無いのに、死体が見当たらない。
地中には奇妙な穴が開いている……。
0028創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/14(金) 19:16:31.22ID:+7edo/va
その頃、ガスに覆われた空間の外では、ポイキロサームズが3人の残留者を運び出していた。
人が通れる程の穴を昆虫人ヘリオクロスが掘り、蜥蜴人間アジリア、蛇人間ヤクトス、
蛙人間ヴェロヴェロの3人が負傷した残留者を運び、亀人間のコラルが殿を務める。
こうして5人の連携で、残留者は無事に救出された。
幸いと言うべきか、残留者達は極限状態で意識が朦朧としており、異様な姿をした者達を恐れ、
抵抗する様な事は無かった。
魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディーが5人を称える。

 「よくやってくれた。
  君達で無ければ、出来ない事だった」

ポイキロサームズの面々は余り表情の変化こそ無いが、心の中では嬉しかった。
レノックと共に行動している男女一組の八導師親衛隊員も、救出された残留者達の手当てをしつつ、
感謝の言葉を述べる。

 「有り難う御座いました。
  何物にも代え難い市民の命を救って下さった事に、魔導師会の魔導師として、又、
  共通魔法社会に生きる市民として、お礼申し上げます」

それが気に入らず、アジリアは外方(そっぽ)を向いて言った。

 「何だい、その言い方は?
  私達は当然の事をしたまでさ。
  大袈裟過ぎるよ」

正か反発されるとは思わず、親衛隊の2人は言葉を失う。
0029創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/14(金) 19:17:47.70ID:+7edo/va
レノックは2人に小声で言った。

 「彼女の言う通りだよ。
  今の言い方は良くなかった。
  ポイキロサームズと名乗ってはいるけど、皆自分の事を本当は人間だと思っているんだ。
  君達の台詞は、丸で『外側の者』に対する言い方だった」

ポイキロサームズは外道魔法使いとは違う。
見た目こそ人間から離れているが、元は人間であり、その意識は人間の儘だ。
容貌からして人とは違うと言う自覚こそある物の、最初から人外の存在として生まれた訳では無い。
親衛隊の2人はポイキロサームズに謝罪する。

 「済みません、大変失礼しました」

 「いや、良いんですよ。
  こんな姿ですから……誤解されるのも仕方が無いって言うか……」

蛇人間のヤクトスが間を取り成そうとするも、蛙人間のヴェロヴェロは2人に告げる。

 「それより、救助した3人を早く病院に運んだ方が良いですぜ。
  こんな所で目を覚まして俺等の姿を見たら、卒倒するか、最悪心臓が止まるかも」

自虐的な彼の言葉に、親衛隊の2人は居た堪れなくなり、救出した3人を運ぶ為に、
魔力通信で救援を呼んだ。
亀人間のコラルが言う。

 「それじゃ、今の内に退散しましょうか……」

ポイキロサームズは静かに頷いて、その場を離れた。
外道魔法使い達と同様に、執行者がポイキロサームズを受け容れるには時間が掛かるが、
理解を待っている余裕は無い。
故に、ポイキロサームズの活動は魔導師会でも本の一部の者達と、影で協力するだけに留まる。
ここで執行者と顔を合わせても、面倒事が増えるだけなのだ。
0030創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/14(金) 19:19:45.89ID:+7edo/va
レノックは冗談交じりにポイキロサームズの5人を慰める。

 「事が終わったら、魔導師会に頼んで人間の姿にして貰おう。
  仮に元の姿が判らなくても良いさ。
  美男美女にして貰って、皆で『芸能人<エンターテイナー>』にでもなろう。
  僕がプロデュースしても良いよ」

ヤクトスは苦笑いした。

 「中々そうは思い切れませんよ。
  それに日陰者が行き成り芸能人って言うのも……」

余り乗り気では無い彼とは対照的に、ヴェロヴェロは上機嫌に喉を鳴らす。

 「俺は良いと思うぜ。
  どうせ人間に戻っても、真面な生活は出来やしないんだ。
  それなら派手に生きるのも悪かない」

 「お気楽な物だね、私は未だ先の事は考えられないよ。
  そもそも私達は同じ境遇ってだけで、友人でも何でも無いんだから。
  それが芸能人になるって言っても……」

アジリアは冷淡で、コラルは弱気だ。

 「こう言うのって、死亡フラグって言うんじゃないですか……?」

生まれた時から「人では無い姿」で、「人としての意識」があるポイキロサームズ。
その未来が良い物である事をレノックは心の底から願った。
0031創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/15(土) 19:02:33.89ID:R6QxYpnA
一方アマントサングインは巧々(まんま)と出し抜かれたと悟り、心の中で悔しがる。

 (グヌヌッ、してやられたと言うのか!)

竜は瓦礫の山を叩き潰し、苛立ちを打付けるが、ハイロンは彼の心に喜びを見ていた。

 (嬉しいのか……?)

彼の問にアマントサングインは小さく笑う。

 (フフフ、人間も中々やるでは無いか!
  確かに地下深くまでは我が『吐息<ブレス>』も及ばぬ。
  だが、執行者にも真実を伝えず決行するとは……。
  敵を欺くには先ず味方からと言うが、小賢しい事を!)

 (愚直な勇気とは違うけど、良いのか?)

 (フン、物事は所詮結果だ。
  奴等は知恵を尽くして、我が手に捕らわれていた者を奪い返した。
  結構な事では無いか)

もう用は済んだとばかりに、アマントサングインの幻影は3枚の翼を羽搏かせ、飛翔した。
腐蝕ガスの靄を突き抜け、天高く飛び上がる竜を執行者達は警戒するも、上空からの攻撃は無く、
竜は彼方へと飛び去って行く。

 (次は、どこへ行くんだ?)

ハイロンが尋ねると、アマントサングインは小さく呟いた。

 (暫くは姿を隠して様子見だ。
  この後、悪魔共が如何な行動に出るかも気になる)
0032創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/15(土) 19:04:53.81ID:R6QxYpnA
アルアンガレリアの子は聖君によって生み出された物であるが故に、悪魔を敵視している。
共通魔法使いを試す事に変わりは無いが、だからと言って悪魔を利する気は無かった。
アマントサングインは段々と高度を上げて行き、成層圏から地上を見下ろす。

 (見よ、ハイロン。
  海に浮かぶ唯一の大陸の何と寂し気な事か……。
  嘗ての陸地は全て海に沈み、これが代わりに浮上した)

 (共通魔法使いの所為で?)

 (否、全ては人の業だ。
  共通魔法使いの出現は、時流の宿命に過ぎぬ。
  人は自ら神の御許を離れ、苦難の道を選んだ)
0033創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/15(土) 19:05:13.85ID:R6QxYpnA
この時のアマントサングインの心境を、ハイロンは測り兼ねていた。

 (恨んでいるのか?)

 (何を恨む事がある?
  それは誰にも逆らい得ぬ、『大理法<アーク・ロー>』の如き大きな定め。
  過去の歴史は全て天意なのだ)

 (そんな馬鹿な)

神を信じない時代に生まれた彼には、竜の言葉に今一つ共感出来ない。
その使命や役割を理解出来ても、こればかりは……。

 (信じられぬか?
  やはり見えも聞こえも触れもしない物を信じる事は難しかろうな)
0034創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/15(土) 19:09:36.62ID:R6QxYpnA
竜は少し高度を下げて、唯一大陸を縁取る様に上空の対流圏を大きく緩りと旋回した。

 (この地上が全て理法に基づいて生み出された物だと言う事は、至極当然の事ではあるが、
  同時に驚くべき事だ。
  ここに天地万物の創造主、神を感じずには居られない……。
  しかし、嘗て地上は悲しみに満ちていた。
  人は互いに争い合い、人の世は殺戮、飢餓、暴虐、不信、略奪、痛苦、あらゆる困難に支配され、
  そこら中に死臭を漂わせながら、尚も争いが収まる気配は無かった。
  私は戦禍が生み落とした物。
  我が体は戦死者の血と骨と皮と肉と臓腑、その新鮮な物と腐敗した物が混ざり合って出来ていた。
  私は人の絶望その物だった)

 (悲しいのか?)

アマントサングインは自らの生まれを嘆いていた。
それは決して幸福の為に生み出された物では無いのだ。

 (私は崇高な使命の下に生まれた。
  悲しみ等と言う感情は持ち合わせていない。
  『人の世も捨てた物では無い』、それだけが判れば良い。
  私は竜の使命とは、人に代わって地上を支配する事だと思っていた。
  母アルアンガレリアが人間に与する理由も解らなかった。
  ……今は違う。
  大父ディケンドロスが本当に望んでいた物は何だったのか、何の為に我等が母を生み出したのか、
  今なら解る……。
  兄も解っていたのか、私だけが何も解らぬ儘、戦いを続けていたのか……)

 (何の為なんだ?)

 (絶望の中で輝く物を見付ける為だ。
  それが人の希望となり、人を導く。
  魔導師会が、それに値するかは未だ判らないが……)

アマントサングインは唯一大陸を眺め下ろしながら、風に吹かれる儘に旋回を続けた。
0035創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/16(日) 18:13:54.45ID:bFtnKnBy
そしてハイロンに問い掛ける。

 (卑小なる者ハイロンよ、人と悪魔――否、『悪魔擬き<デモノイド>』と悪魔との戦いを見届けた後、
  私は再び深い眠りに就く。
  お前は、どうする?)

 (どうって言われても……。
  俺、実は何も考えてなかったんだ。
  凡人にはなりたくなくて、凄い力を手に入れれば、何か変わると思ってた。
  ……実際、色々変わったけどさ。
  反逆同盟に加わって、それなりに楽しかったけど、何か違ったんだよな)

 (仕様も無い奴だ)

アマントサングインは丸で考え無しの彼に呆れた。
ハイロンは困り顔で竜に相談する。

 (現実的になるべきなのか?
  俺には凡人として生きる事しか出来ないのか……)

 (嫌なのか?)

 (『嫌』とは少し違う。
  俺は偉人にはなれないって言う宿命みたいな物を感じるんだ。
  どう足掻いても、凡人は凡人って言うか……。
  それは幸せな事かも知れないと、今では思う。
  『力の解放』の知識を活かして、民間療法の修行でも始めようかなぁ)

 (お前の人生だ、好きにするが良い)

アマントサングインはボルガ地方の火山に降下した。
0036創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/16(日) 18:15:09.28ID:bFtnKnBy
統合刑事部のガラス市到着は惜しくも間に合わず、竜を仕留めるには至らなかった。
しかし、破壊するばかりが執行者では無い。
竜が去った後のガラス市では、執行者を含めた魔導師会が総出で復旧作業に当たった。
家や会社が破壊されても、魔導師会が責任を持って回復する事で、市民は心置き無く、
自衛に努められる。
怪我の治療に関しても、一切の負担は免除される。
こうした太っ腹な「政策」は、魔法道具協会による厳格なMGの管理の下に成り立つ。
魔導師会は益々市民の支持を得て、盤石な組織となる。
しかし、産業が受ける打撃は小さくない。
土地や箱物を建て直し、生産体制を元通りにしても、失われた製品までは戻せない。
そこまでの面倒は魔導師会でも見切れない。
今の所は被害が「市」単位で収まっているが、これが「地方」単位になってしまうと、
物資の不足からインフレーションが進行する可能性が高まる。
そうなれば市民は逆に魔導師会に反発する様になるだろう。
何時までも竜を野放しには出来ない。
同じく不安要因である反逆同盟も早急に片付ける必要がある。
これは魔導師会の総意だった。
0037創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/16(日) 18:16:19.93ID:bFtnKnBy
反逆同盟は遠隔地に瞬時に移動する、所謂『瞬間移動<テレポーテーション>』の技術を持っており、
この為に魔導師会は常に対応が後手に回っていた。
だが、魔導師会も無能では無い。
瞬間移動を利用した後には、それなりの魔力の痕跡が残る。
移動距離が長ければ長い程、移動させる物が大きければ大きい程、使う魔力は大きくなる。
D級禁断共通魔法の研究者リャド・クライグ博士の協力で、その性質から拠点の絞り込みを行い、
それはカターナ地方の深い森林の中だろうと言う事までは判った。
半端に手を出して、反逆同盟を刺激したり、取り逃したりしては行けないと、拠点の捜索は、
臆病過ぎる程の慎重さを以って実行された。
その甲斐あって、魔導師会は遂に拠点を突き止める事に成功したのである……。


――熱帯森林戦に続く
0039創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/26(水) 20:42:08.56ID:bjLzmhTz
エア・パック


酸素ボンベに相当する英語。
エア・タンク、オキシゲン・パック等とも言います。
酸素ボンベのボンベは語源不明らしいです。
ドイツ語の「爆弾」が由来とも言われていますが、ボンベには爆弾の意味しか無いのです。
タンクの形状が爆弾に似ているからとか、そんな理由なのでしょうか?
それとも引火して爆発すると危ないからとか?
謎が多い名称です。
0040創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/26(水) 20:46:05.58ID:bjLzmhTz
穴が開く


「穴が開く」は「穴が空く」が正しいと言われますが、それは本当でしょうか?
「空く」は「空にする」、「時間的・空間的な余裕を作る」と言う場合に使われます。
「ビンを開ける」と「ビンを空ける」では、前者は蓋を開ける、後者は中身を空にするとなり、
「部屋を開ける」と「部屋を空ける」では、前者は開放する、後者は留守にするとなります。
「開(あ)く」の方は「開(ひら)く」と、「空(あ)く」の方は「空(す)く」と、
置き換えられますが、それで全てが表せる訳ではありません。。
「穴」の場合は「開孔」や「開通」の様に、「開く」が使われる場合もあります。
又、「開(ひら)きがある」の意味で、「差が開(あ)く」も普通に使われます。
「閉める」には「開く」、「埋める」には「空く」と言いますが、これが全てに適用出来るかも、
疑問が残ります。
「穴」は「塞ぐ」とも言い、この「塞ぐ」には他に「口を塞ぐ」、「目を塞ぐ」等がありますが、
「口を空ける」、「目を空ける」とは書きません。
逆に、「手一杯」と言う意味の「手が塞がる」は「手が開く」とは言わず、「手透きになる」、
「手が空く」となります。
「開ける」と「空ける」の使い分けは、前者が具体的な物や動きに対して、後者は空間や時間等の、
非物質的な事を指す場合が多いです。
では、「穴」は何なのかと言われると、どちらとも言えるのが困った所です。
個人的には「穴を空ける」と言う表記には違和感があります。
どうしても「空く」には「空きを作る」、「中身を取り出す」と言うイメージが強いので……。
「穴を掘る」や「穴が出来る」と言う表現もあるので、「開く」や「空く」が気になるのであれば、
そちらを使うのもありだと思います。
0041創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/12/26(水) 20:49:09.96ID:bjLzmhTz
済みません、年末多忙で暫くスレを放置していました。
来年の2週間目からは何時も通りの投稿ペースに戻せると思います。
一足早いですが、良いお年を。
0043創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/07(月) 18:14:24.06ID:fqIHkhBC
明けまして、お目出度う御座います。
心を新たに頑張って行きたいと思います。
0045創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/07(月) 18:18:32.61ID:fqIHkhBC
童話「運命の子」シリーズA 奇跡の者


『悪魔退治<デモンバスター>』編


ある冬の日、アーク国王はクローテルを城に呼んで、こう依頼しました。

 「聖騎士クローテルよ、南西の国の公爵領で奇みょうなうわさが立っておる。
  何でも夜な夜な領民をいけにえにささげておるのだとか……。
  使者を送ったが、未だ何の情報も無い。
  とらわれたか、始末されてしまったか……。
  公爵が邪教を崇拝しているとなれば、由々しき事だ。
  クローテル、そなたに公爵の様子を探って欲しい。
  もし邪教に関わっているようであれば、ただちに報告せよ」

南西の国は大陸の隅にあり、大きな国ではありませんが、国主のオッカ公爵はアーク国王と、
主従の関係を結んでいます。
オッカ公爵領で起きた出来事は、アーク国王が責任を持って片付けなければなりません。
その他の国が手を出せば、戦争になってしまいます。
クローテルは国王の頼みを受ける前に許しを求めました。

 「いざと言う時に、我が身を守る事をお許しいただけますか?」

アーク国王は許します。

 「そこまで余も無体ではない。
  やむを得ぬ場合は認めよう」

クローテルは続けて許しを求めます。

 「民を守るために力を振るう事は、お許しいただけますか?」

アーク国王は少しなやみましたが、もうクローテルを止める事はできないと思っていました。

 「許さん……と言っても、そなたは聞くまい。
  認めよう。
  聖書にもある。
  勇ましさの下に表れる正しさは幻であり、真しな愛の下に正しい心は表れると。
  行くが良い」

こうしてクローテルは一人、南西の国へと向かう事になりました。
0046創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/07(月) 18:20:28.00ID:fqIHkhBC
クローテルは西の国を通って、南西の国に入ります。
西の国を出て南西の国に入るまでの国境で、彼は身なりの良い若い男に呼び止められました。

 「クローテル殿、久しぶりだな!」

それはルクル国のマルコ王子でした。
王子は多くの家来を従えて、国境の道ばたに並ばせていました。

 「マルコ王子、この様な所で何を?」

驚くクローテルにマルコ王子は言います。

 「オッカ公爵領の怪しいうわさは我がルクル国にも届いている。
  余りにアーク国王の対応が遅いので、少しせつかせてもらった。
  そうしたら案の定、クローテル殿が派けんされて来たという訳だ」

 「私が通りかかるのをお待ちになっておられたのですか?」

 「……そうなるな。
  何、気にする事は無い」

 「何の為にですか?」

クローテルが疑問に思った事を正直に聞くと、マルコ王子は不敵に笑いました。

 「あなたの怪物退治のうで前をこの目で見るためだ」

 「怪物?」

 「ああ、オッカ公爵は夜な夜な怪物に変身して、領民を食らっているとのうわさだ」

 「うわさはうわさでしょう」

 「果たして、どうかな?
  一緒に確かめようではないか!」

マルコ王子はクローテルと行動を共にする気です。
0047創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/07(月) 18:22:25.75ID:fqIHkhBC
クローテルは王子の後ろの家来たちを見て、遠回しに断ろうとしました。

 「しかし、マルコ王子、みんな一緒には無理です。
  それにあなたは外国の王子です。
  事前に断りも無く入国を許されるか……」

 「試してみれば良いではないか」

マルコ王子は構わず、ぞろぞろと家来を引き連れて、オッカ公爵領の門に向かいます。

 「もっと慎重に行動された方が……」

王子と言う身分にもかかわらず、軽はずみなマルコ王子に、クローテルは忠告しようとしましたが、
聞いてもらえません。

 「平気さ、私には神器がある」

そう答える王子の手には、白い布に包まれた神旗マスタリー・フラグがありました。

 「神器を国外に持ち出してよろしいのですか?」

 「逆だ、逆。
  私が国外に出るのだから、神器が必要なのだ。
  何があろうと神器が私を守る」

マルコ王子の側には十騎士のレタート、ドクトル、フィデリートもいます。
さらに兵士も大勢連れており、まるで戦争をしかけるかの様でした。
クローテルが心配した通り、マルコ王子は国境の番兵に入国を断られます。

 「高貴な方をお迎えするには準備が必要です。
  お話も通されず、いきなり入国させろとは、国際的な礼儀に反します」

 「では、王子を追い返して野宿させるのは、礼儀にかなった行動なのか?」

マルコ王子は難くせをつけて、番兵をなじりました。
0048創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/08(火) 18:32:48.72ID:G51LxUKi
番兵は困ってしまい、隊長を呼んで指示を仰ぎました。
隊長は王子たちを見て深々(ふかぶか)と頭を下げます。

 「大変失礼いたしました。
  高貴な方をいつまでも、この様な場所にとどめおくわけには参りません。
  お話は後ほどおうかがいするとして、とりあえずは、お城にお越しください。
  すでに、お部屋を手配してあります。
  お供の方がたも、どうぞ遠りょなさらず」

急に対応が変わったので、みんな怪しみましたが、マルコ王子は気にしませんでした。

 「ウム、それではありがたく、お言葉に甘えるとしよう。
  どうした、みなの者?」

軍師のドクトルが、みなの気持ちを代表して忠告します。

 「王子、どう考えても怪しいですよ」

 「分かっている、何か裏があるのだろう。
  それをこれから暴こうというのだ。
  怖いなら帰って良いぞ」

 「王子を置いて帰るなど、できようはずもございません」

 「そうであろうな。
  家臣とは難ぎなものよ……。
  では、命じよう。
  さすがに大所帯が過ぎるので、供は十人までとする。
  先方にも迷わくであろうからな」
0049創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/08(火) 18:34:37.76ID:G51LxUKi
マルコ王子の命令で、十騎士の3人と兵士4人と召し使い3人が残り、それ以外は帰国しました。
隊長は残念がります。

 「私どもは全員お迎えしても構いませんでしたが……」

 「そなたは良くとも、下々(しもじも)の者が大変であろう」

 「未来の国王となられる方の思りょ深さには感服するばかりです」

 「世辞は良い、早く案内してくれないか?」

 「失礼いたしました。
  かように高貴な方と、お話をする機会はなかなかありませんので、つい興ふんしてしまい……」

隊長に案内されて、王子の一行は領内に入りました。
クローテルは、おまけの様なあつかいで、王子について入城します。
お城に着いた一行ですが、オッカ公爵には会えず、その代わりに公爵の家令があいさつをしました。

 「まことに申しわけございません。
  公爵は気分が優れず床にふしており、みな様の前で万に一つも粗相があってはならないとの事で、
  筆頭家令の私が代理としてみな様をおもてなしいたします。
  どうか、お許しください」

マルコ王子は不服そうに言います。

 「いや、ならぬ。
  私たちは旅行に来たわけではない。
  奇みょうなうわさの真偽を確かめに来たのだ」

 「うわさとは何でございましょう?」

とぼける筆頭家令に王子は正直に答えました。

 「毎夜、領民が怪物におそわれているという」
0050創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/08(火) 18:37:13.80ID:G51LxUKi
筆頭家令は困った顔をして言います。

 「一体だれが、その様なうわさを……。
  事実無根でございます。
  さような事がございましたら、今ごろ領内は荒れ果て、領民は逃げ出しておりましょう」

マルコ王子は彼の言葉を信じず、とにかくオッカ公爵との面会を求めました。

 「お前では話にならん。
  オッカ公爵は、どこだ?
  具合が悪いと言うなら、この私が見まってやろう。
  さすれば病の気も飛ぶであろうよ」

あわてて筆頭家令が王子を止めます。

 「いけません、いけません!
  ただのかぜか、重い病か、医者に見せても分からないのです。
  もしも病気が移るような事があっては……」

病気が移ると聞いては、王子も引き下がらざるを得ませんでした。
筆頭家令は自信を持って王子に言います。

 「本当に夜に怪物が現れるか、一晩おとまりになれば、お分かりいただけるはずです。
  はるばるルクル国から旅をなされて、おつかれでしょう。
  今日のところは、お休みください。
  明日になれば、公爵の具合も快方に向かっているかも知れません。
  お話は、その時にでも……」

そう説得された一行は、一晩お城で休む事になりました。
0051創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/09(水) 19:29:16.85ID:CuVqQ6Mf
マルコ王子の一行には、それぞれ別の部屋があてがわれました。
夕さんの時間にも公爵は姿を見せませんでしたが、ごう華な食事が用意されました。
旅でつかれていた王子たちは、食事に毒がない事を確認すると、遠りょなく食べはじめます。
全ての料理がおいしく、王子たちは満足して部屋に戻り、眠りにつきました。
しかし、クローテルだけは夜遅くなっても眠らず、城のまどから外の様子をながめていました。

 (あれは何だろうか?)

クローテルは城の庭に気になるものを見つけました。
黒い服を着たなぞの者たちが、水のかれた庭のふん水に集まっています。
黒い服の者たちは一人二人とふん水の真ん中に立つ建つ像の中に消えて行きます。
気になったクローテルは剣を手に持つと、まどから飛び降りて、後を追ってみました。
像の中には地下へと続く秘密の階段があります。
クローテルは明かりも持たずに、暗い中を進んで行きました。
彼の目は暗闇でも利きます。
階段は緩やかな下り坂になっており、真っすぐ城の方に伸びていました。
坂を下りきったクローテルは、そこで恐ろしい物を目にします。
0052創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/09(水) 19:30:35.70ID:CuVqQ6Mf
彼が着いたのは、お城の広間ほどもある空間でした。
その真ん中には祭だんがあって、多くの黒い服を着た者たちが、恐ろしい呪文を唱えています。

 「かん大な魔神様、かん大な魔神様、どうか我らに奇跡をお与えください。
  偉大な魔神様、偉大な魔神様、どうか我らの敵に死をお与えください。
  信じる者には恵みを、信じない者には罰を……」

空間には吐き気をもよおすような甘い臭いが満ちていますが、黒い服の者たちは気にしていません。
みんな同じように地面にふせて、頭を大きく上げたり下げたりしながら、何度も何度も拝んでいます。

 (邪教すう拝か!)

クローテルは儀式の様子をじっと見ていました。
やがて祭だんの上に、2人の幼い子を連れた大人が上がります。

 「おお、すばらしき悪魔公爵様、いけにえをお受け取りください!
  あわれな子らをあなた様の愛で満たし、祝福をお与えください」

幼子はうつろな目をしていて、何の抵抗もしません。
大人は黒いナイフのような、えい利な刃物を取り出して、高くかかげました。
幼子だけでなく、みんな正気ではないのです。

 (止めさせなくては!)

クローテルは居ても立ってもいられなくなり、かがやく剣を抜いて飛び出しました。

 「お前たち、おろかなまねは止めろ!
  いけにえをささげて何になる!」
0053創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/09(水) 19:31:59.63ID:CuVqQ6Mf
それまで地面にふせていた黒い服の者たちは、あわてて立ち上がって振り向きました。

 「神聖な儀式の邪魔をさせてはならんぞ!!」

祭だんの上の者がさけぶと、黒い服の者たちは一斉にクローテルに向かって行きます。

 「どけぇっ!!」

クローテルは向かって来る者は容しゃせずに、投げ飛ばしました。
剣を振るうまでもなく、一人を片手で持ち上げて、集団に向かって放り投げるだけで、
おもしろいように倒れて行きます。
クローテルは倒れた人びとを飛び越えて、一気に祭だんの上に立ちました。

 「幼子をいけにえにささげるとは、何という外道!
  今まで何人をぎせいにして来たのか!」

 「うるさい!
  それが何だと言うのだ!」

怒る彼にひるまず、祭だんの上の黒い服の者は刃物を投げつけます。
それをクローテルは受け止めて、強い力で刃をにぎりつぶしてしまいました。
刃物は粉々になって祭だんに落ちます。
クローテルは人を邪悪にさそう何かが、この空間にはあると感じました。

 「そこかっ!!」

彼はかがやく剣を振るい、祭だんの上の怪しい臭いを振りまいている香ろを次つぎと壊しました。
さらに彼は上に向かって剣で十字を切って、空間の天井をつらぬきます。

 「邪悪な気よ、去れ!!」

クローテルがさけぶと、地下なのに強い風が吹いて、おかしな臭いを消し去ります。
0054創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/10(木) 18:24:50.63ID:N8CaD/2k
黒い服を着た者たちは、みな正気に返りました。

 「ここは、どこだ?」

 「今まで何を?」

うろたえる人びとの中で、一人だけクローテルをにらんでいる者がいました。
それは祭だんの上で幼子をいけにえにささげようとしていた者です。
彼は黒い衣をはぎ捨てると、いまいましさをあらわに言いました。

 「おのれ、貴様は何者だ!
  ルクル国の間者か!?
  ここはわしの国だ、勝手な事はさせんぞ!」

彼の正体はオッカ公爵でした。
クローテルは堂々と名乗ります。

 「あなたがオッカ公爵!?
  私は聖騎士クローテル、国王陛下の命により、ご領の視察に参りました。
  オッカ公爵、人はみな神の愛し子。
  いかに領主でも好きにして良い道理はありません」

 「聖騎士?
  何だ、そのふざけた号(よびな)は!
  この国で領主たる公爵のわしに指図できる者はおらん!
  たとえ王でもな!」

そん大なオッカ公爵にクローテルは呆れます。
これほどごう岸な人物を彼は見た事がありませんでした。
アーク国王でも、こうまでろ骨に乱暴な言い方はしません。
0055創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/10(木) 18:26:45.95ID:N8CaD/2k
オッカ公爵はだんだん怒りを抑えられないようになって、地たんだをふみます。

 「ああ、思い出したぞ、クローテル!
  最近何かとうわさの若ぞうか!
  調子に乗りおって、子爵の分際でえらそうな事を言うな!
  この下級貴族が!
  お前ごときに、お前、お前、お前えええ!!」

正気に返った人びとも公爵の様子が変だと気づきはじめました。
公爵はますます怒りをつのらせます。

 「何だ、この下民ども!!
  わしをだれだと思うておる!
  わしは神のごとき力を手にしたのだぞ!
  見よ、魔神様よりたまわりし偉大な力を!」

公爵の体は見る見るふくらんで、巨大なみにくいカエルのような姿になりました。

 「ゲッゲッゲッ、わしは公爵であるぞ!
  いや、もはやそのような枠には収まらぬ!
  わしは魔神様の加護により、わい小なる人間とは違うものに進化したのだ!
  だれよりも偉大で強大な、このわしこそが世界を支配するのにふさわしい……」

クローテルはかがやく剣を公爵に向けて問います。

 「あなたは神を恐れないのですか?」

 「神が何だ、王が何だ、教会が何だ、騎士団が何だ!!
  しょせん世界は力がすべて!!
  その力をくれるなら、神だろうが悪魔だろうが何でも良いわ!!
  王の犬め、ザコどもとともに生き埋めになるが良い!!」
0056創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/10(木) 18:28:59.81ID:N8CaD/2k
巨大なオッカ公爵が両手で祭だんを叩くと、天井がくずれ落ちます。
クローテルは剣を収め、両手に幼子を抱えると、人びとを出口に導きました。
ふん水のある中庭に出ると、公爵の城はおどろおどろしいとりでに変ぼうしていました。
さらに恐ろしい事に、とりでの上からコウモリのようなつばさを持った魔物が飛んで来ます。
人びとは散り散りに城の敷地から出て、家に逃げ帰りました。
クローテルは人びとを守るために、地上からかがやく剣をふるい、つばさを持った魔物を攻撃して、
次つぎと打ち落とします。
地面に落ちた魔物は、黒いきりとなって消えました。

 (まともな生き物ではないな)

魔物はとりでから次つぎと現れて、きりがありません。
公爵の領内は、あっと言う間に魔物に占領されてしまいます。

 (大元を叩くしかない!)

クローテルは公爵の城だったとりでを見上げて、決意しました。
彼は固く閉ざされた門を打ち破り、正面からとりでに乗りこみます。

 (マルコ王子たちも助けなければ……)

とりでの中に入ったクローテルは、気を集中して聖なる気配を探しました。
邪悪な気配が支配するとりでの中で、ただ一点だけ3階の一室に優しい明かりに照らし出された様に、
清らかな場所が感じられます。
そこに向かって、クローテルは階段をかけ上がりました。
0057創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/11(金) 18:06:48.99ID:g4RFwsmP
2階では悪魔と化した筆頭家令が、クローテルを待ち構えていました。
背中には大きなカラスのようなつばさが生え、顔面はそう白で生気がありません。

 「まぬけな王子より貴様を警かいすべきだったか、聖騎士クローテル!」

 「どけ!
  さもなければ、ここで果てるか!」

クローテルは筆頭家令をおどしましたが、まったく通じませんでした。

 「勇ましい事ですな。
  それが口先だけでなければ良いのですが……。
  私は公爵かっ下のしもべとして不死身の体をいただきました。
  あなたに関する数々のばかげたうわさが、仮にすべて本当だとしても……、
  不死身の者を殺す事はできないでしょう」

筆頭家令は悪魔の本性を表して、けだものの姿になりました。
口は犬のようにさけて突き出し、頭にはねじくれた3本の角が生え、はだは黒い毛におおわれて、
うでや足がのび、つめはとがり、まったく化け物です。

 「どうですか、この力強い肉体を目にした感想は!
  すばらしいでしょう、美しいでしょう!
  じゅ命や病とは無えん!
  私はぜい弱な人間を超えつしたのです!
  神が存在するのであれば、何とおろかなのでしょう!
  老いさらばえ、病に苦しむ運命を人に背負わせるから、私のような背教者が生まれるのです!」

クローテルは得意になってほえる筆頭家令の言葉を無視して、静かにかがやく剣を抜きました。
0058創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/11(金) 18:08:13.79ID:g4RFwsmP
かがやく剣を見た筆頭家令はおどろきます。

 「な、何ですか、その武器は!?
  私たちの知らない神器があったとでも……」

 「本当に不死身なのか、身をもってしょう明してみせるが良い」

クローテルが剣を振るうと、悪魔の角が折れて飛びました。
筆頭家令はふるえて縮み上がります。

 「て、鉄より硬い私の角が……」

 「そこをどけ。
  命まで落とす事は無いだろう。
  三度は言わない」

 「お、お許しください、私がおろかでございました!
  公爵かっ下にさそわれるまま、邪悪にさそわれてしまい、今は後かいしております」

クローテルに忠告された公爵の筆頭家令は平あやまりして許しをこいました。
クローテルはしかたないという風にため息をつき、かがやく剣を収めます。
それを見た筆頭家令はすかさず攻撃をしかけました。

 「ばかですねぇ!!
  その剣さえ無ければ何もできないでしょう!」

悪魔のつめがのびて、クローテルの体に突きささります。
しかし、クローテルは少しもひるみませんでした。
彼はつめを叩き折ると、体から引き抜いて、筆頭家令に向けて投げつけます。
0059創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/11(金) 18:09:16.82ID:g4RFwsmP
クローテルの怪力で投げつけられたつめは、ものすごい速さで飛んで行き、筆頭家令の目玉に、
真っすぐ突きささりました。

 「ギャーーーーッ!!」

彼は両目を押さえてうずくまり、つめを引き抜きます。

 「こざかしいまねを……!
  この程度のきず、すぐに治りますよ!
  魔神様にいただいた体は不死身なのです!」

その言葉通りに筆頭家令は治った目で前を見ますが、そこにクローテルの姿はありませんでした。

 「どこへ行ったのですか!?」

彼が辺りを見回すと、もうクローテルは3階への階段を上っています。
筆頭家令はあせって追いかけようとしました。

 「行かせません!
  魔神様、私にさらなる力を!」

その時、彼の頭が床に落ちます。

 「ば、ばかなっ!
  首が……」

続いて手も足もどう体も、すべてがばらばらになってくずれて行きました。
クローテルは一しゅんの内に、筆頭家令の体をみじん切りにしたのです。

 「お、恐るべし……」

筆頭家令は復活もならず、そのまま力つきました。
0060創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/12(土) 20:34:43.48ID:2Yllsqvt
3階には多くの魔物たちがひしめいていました。
その中で一室だけ魔物たちが近づけない部屋があります。
そこに聖なる旗を持ったマルコ王子たちが居るとクローテルは確信しました。
彼は片っぱしから魔物を切りふせて行き、部屋に突入します。

 「マルコ王子、ご無事ですか!?」

中ではマルコ王子が旗を床に突き立てて、10人の供を守っていました。

 「クローテル殿!
  なかなか来ないので、やられてしまったのかと思ったぞ。
  それにしても、とんでもない事になってしまったな」

悪魔をすう拝しているどころか、公爵が悪魔になってしまうとは思いもよらず、王子は困っています。
クローテルは王子にたずねました。

 「これから、どうなさいますか?」

 「どうも、こうも……。
  何か出来る事があると言うのか?
  この状きょうで……」

逆に王子に聞き返されたクローテルは、力強く答えます。

 「オッカ公爵を倒します」

 「確かに、公爵を止められれば……。
  だが、外は魔物でいっぱいだ」

本物の悪魔が現れるという、想定外の事態にマルコ王子は、いつに無く弱気でした。
0061創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/12(土) 20:36:01.66ID:2Yllsqvt
何を恐れる事があるのかと、クローテルは王子をはげまします。

 「しょせん相手は悪魔です。
  ベル・オーメンの力で追い払えませんか?」

そう言われたマルコ王子は、ベルリンガーのレタートに目をやりました。
しかし、レタートはベルを抱えて座りこみ、ふるえているだけです。
王子はクローテルに言いました。

 「年少のレタートには、しげきが強かった様だ」

よく見れば、兵士の中で3人は手足に包帯を巻いています。
マルコ王子はクローテルに向かって、小さく首を横に振りました。

 「けが人を置いては行けない。
  マスタリー・フラグを持つ私が去れば、ここに魔物たちがなだれこんで来るだろう」

クローテルは無言で、けがをした兵士たちに近づきます。
そして一人の兵士の傷ついたうでに手をそえました。
何をするのかと王子は疑問に思って、たずねます。

 「クローテル殿、何を?」

 「私にはふしぎな力がある様なのです。
  こうすれば……」

それまで苦しそうな顔でうつむいていた兵士は、ゆっくり立ち上がりました。
彼は自分の足を触って言います。

 「痛みが消えた!
  傷も治っている!」
0062創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/12(土) 20:39:16.85ID:2Yllsqvt
>そして一人の兵士の傷ついたうでに手をそえました。
「うで」じゃなくて「足」ですね。
腕を触って足が治っても、まあ良いとは思いますけど……。
直感的なイメージを優先するなら、やっぱり足です。
0063創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/12(土) 20:39:52.22ID:2Yllsqvt
クローテルは残る2人の兵士の傷も治しました。
兵士たちは本来は彼に礼を言うべきところでしたが、それよりも恐れが先に立ちました。

 「あ、あなたは一体……」

マルコ王子も彼を怪しみます。

 「クローテル殿、あなたは本当に人間なのか……?
  こうもきせきを見せつけられると、あなたを聖君や神王と呼ぶ事さえおそれ多い様に思う」

 「大げさですよ……。
  とにかく今は出来る事をしましょう。
  この城は危険です、王子はみなさんを連れて脱出を。
  私が道を開きます」

 「分かった。
  だが、公爵は放っておくのか?」

 「みなさんを安全なところまで送り届けるのが先です」

とにかく今は頼れるのがクローテルだけなので、王子は反対しませんでした。

 「みなの者、クローテル殿に続け!
  ……レタート、何をしている!
  それでも十騎士の後継者か!」

マルコ王子の一行は脱出を決めましたが、レタートだけは正気に返りません。
クローテルは怒るマルコ王子を抑えて、レタートに歩みよりました。

 「レタート殿、ベルをお借りします」

レタートが抱えているベルにクローテルが触れると、ひとりでにベルがゆれて鳴り出します。
0064創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/13(日) 18:29:17.89ID:ObFziDdL
それを聞いたレタートは正気に返りました。

 「クローテル殿……?」

 「レタート、正気に返ったか!
  だが、ベルをあつかえる者はベルリンガーだけのはず……。
  やはりクローテル殿は……」

マルコ王子はクローテルが何者なのか、少しずつ確信を持って行きます。
神器ベル・オーメンは資格の無い者には鳴らせません。
どんなにゆらそうとも、音がひびかないのです。
クローテルはレタートに頼みました。

 「レータト殿、ベルを鳴らして邪悪を振り払ってください」

 「それは……」

レタートには自信がありませんでした。
いくらベルの力でも、悪魔を追い払う事が出来るのか怪しんでいたのです。
もし悪魔を追い払えなければ、みなが危険にさらされてしまいます。
クローテルは力強く言いました。

 「あなた自身とベルの力を信じるのです。
  私が道を開きましょう」

かがやく剣を抜いて高くかかげる彼に、レタートは神聖な物を見ていました。

 「分かりました。
  クローテル殿、あなたにしたがいます」

レタートは彼を信じる事にしました。
その気持ちは、まるで主に仕えるようでした。
0065創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/13(日) 18:30:10.25ID:ObFziDdL
クローテルたちは部屋から飛び出す決意をします。

 「みなさん、良いですか?
  行きますよ!」

クローテルは合図をして、自らが先頭に立ち、部屋の前で待ち構えている魔物たちに突撃しました。
彼がかがやく剣を振れば、魔物たちは切りさかれて、道を開けます。
レタートの鳴らすベルは、魔物たちの動きを止めます。
マルコ王子が旗をかかげれば、魔物たちは近づけません。
一行は安全に城から出て行けました。
しかし、城の外も魔物だらけです。
クローテルはマルコ王子に言いました。

 「みなさんは教会へひ難してください。
  ベルと旗があれば、魔物は手出し出来ないでしょう。
  私は公爵をうちに行きます」

王子はおどろいて彼にたずねます。

 「たった一人でか?」

 「はい。
  王子は人びとを守ってください」

だれもクローテルを止める事は出来ませんでした。
クローテルは一人で魔物だらけの中を走ります。
どんな魔物であっても、かがやく剣を振るう彼を止める事は出来ません。
0066創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/13(日) 18:31:04.85ID:ObFziDdL
悪魔のとりでと化した公爵の城に戻って来たクローテルは、再び正面から乗りこみます。
1階の大広間では2体の悪魔の騎士が待ち構えていました。

 「お前が筆頭家令殿を倒したのか!
  そのまま、逃げおおせておれば良かった物を!
  わざわざ死にに戻って来るとは!」

 「調子に乗るなよ!
  筆頭家令殿は戦いに不なれだった。
  しょせんは使用人頭、戦士ではない!
  だが、我われは違うぞ!」

しっ黒のよろいに身を固めた悪魔の騎士は、剣を抜いて盾を構えます。
そして先にクローテルにしかけました。
その動きはふつうの人間とは比べ物にならない位に速く、また連けいも取れています。
それでもクローテルの敵ではありませんでした。
クローテルは一人の騎士に向けて、全力でかがやく剣を振り下ろします。
騎士はしっ黒の盾で受け止めようとしましたが、盾とよろいごと真っ二つになってしまいます。

 「おお、相ぼう!
  何という事だ!」

あっさり片われが倒された事に、もう一人の悪魔の騎士はおどろきました。
一しゅんのすきにクローテルは、もう一人の悪魔の騎士も切りふせます。
後には中身の無い黒いよろいだけが残りました。
先を急ごうとするクローテルでしたが、中身の無いよろいが勝手に動いて立ち上がります。

 「戦士のたましいは不めつだ!
  敵をみな殺しにするまで、この命のともし火は消えはしない!」
0067創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/14(月) 20:16:22.57ID:MYmLErhr
クローテルはおどろきもせず、かがやく剣を振ってよろいのこてが握っている剣を折りました。
そうすると黒いよろいは再びくずれ落ちて、完全に動かなくなります。

 「戦士のたましいは剣か……」

正体に気づかれた、もう一体の悪魔の騎士は、剣を構えながら下がりました。
クローテルはおじ気づいたような騎士をかっ破します。

 「勇ましいのは口だけか!」

騎士がひるむと剣は勝手に折れて、よろいは動かなくなりました。
おく病さが戦士のたましいを殺したのです。
クローテルは再び階段をかけ上がり、群がる魔物を切りふせて、悪魔のとりでの屋上に出ました。
真夜中の屋上は地上にも増して真っ暗です。
しかし、クローテルはやみの中でも、しっかりと公爵の姿を見ていました。
みにくく太った見上げるほどの巨体は、もう人間の物ではありません。

 「フッフッフ、よく来たな。
  お前の戦いは見ていたぞ。
  まずはかがやく剣を捨ててもらおう」

オッカ公爵の目が赤く光ると、クローテルの持っていた剣が熱くなります。
それでもクローテルは剣から手を放しませんでした。

 「皮ふが焼けつくぞ」

 「どうと言う事はありません」

平然としている彼を見て、公爵は小さくうなります。

 「フムフム、やはり貴様はただ者ではない様だ」
0068創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/14(月) 20:17:27.21ID:MYmLErhr
クローテルの手からは黒いけむりが上がりますが、その内に剣の熱は収まって行きます。
彼はオッカ公爵にたずねました。

 「どうして、あなたは悪魔すう拝を始めたのですか?」

 「人の無力を思い知ったのだ。
  我が国は、いつも大国におびやかされていた。
  アーク国もルクル国も、我が国を対等に見ようとはしない。
  わしは死ぬまで王の下の公爵という身分なのかと思うと、たえられなかった。
  かつては我が国も独立した一国であり、わしも王だったと言うのに……。
  大国の国いと教会には敵わなかったのだ」

公爵は天をあおいで、大きくほえます。

 「王や教会と戦うのに、神を信じて、どうなると言うのだ!
  やつらに権いを与えているのが、その他ならぬ神であるのに!」

 「しかし、あなたは公爵でしょう。
  自らの領地を治めるのに、かなりの裁量が認められているはず……。
  なぜ、あえて王や教会と敵対するのですか?」

 「かなりの裁量だと!?
  いちいち王や教会の裁下をあおがねばならぬ事が、どれほどのくつじょくか!
  わしの国では、わしが全てを決める!
  だれにも口出しはさせぬぞ!
  生まれついて王や教会に飼いなさられ、何の疑問も抱かぬ無知な小僧には分かるまいが!」

公爵が怒ると天がひらめき、雷が鳴りひびきました。
0069創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/14(月) 20:18:03.84ID:MYmLErhr
公爵は高笑いして言います。

 「これが魔神様の力だ!
  我が怒りを受けて、天もふるえておるわ!」

クローテルはまじめに問いかけました。

 「その力で、あなたは何を成すのですか?」

 「この手に世界を収める!
  だれもわしに逆らえない様に!
  わしこそが、この世で最も偉大な者、この世界の王なのだ!」

オッカ公爵の返答にクローテルは悲し気な顔をします。
公爵は再び怒りをあらわにして、彼をにらみつけました。

 「何だ、その目は!」

 「確かに、あなたは強くなったでしょう。
  その力ならば、騎士団も相手にはなりません。
  しかし、力で世界を平らげて王になった、その後は何をするのですか?」

 「知るか!
  わしはわしの思うままに生きるのだ!
  わしをさえぎる物があってはならぬ!
  小僧、貴様もだーー!!」

怪物となった公爵はとりでの屋上に雷を降り注がせました。
はげしい落雷でとりではくずれ、クローテルと公爵は地上に投げ出されます。
0070創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/15(火) 19:01:36.95ID:+KBZoJKg
悪魔のとりでの残がいから、人型の巨像が現れました。
オッカ公爵は、それを見上げて言います。

 「見よ、あれが魔神様だ!」

巨像の足元からは黒いもやが吹き出し、その中から無数の魔物たちが飛び立って行きます。
あれが悪魔を生み出しているのだと知ったクローテルは、かがやく剣を振るって魔物を切りふせ、
魔神像に向かって突撃しました。
その前に公爵が立ちはだかります。

 「貴様ごときに魔神様をきずつけさせるわけには行かぬ!
  下がれ、下郎め!」

オッカ公爵はやみをまとって黒い剣とよろいを身に着けました。
そして大きな体にふさわしい大きな剣で、地面をなぎ払います。
クローテルは剣をとんでよけ、あっと言う間に公爵に近づいて、かがやく剣を叩きつけました。
しかし、剣は黒いよろいに弾かれてしまいます。

 「フハハハハ、バカめ!!
  どんなに力を持っていようが、やみの力に敵う物か!!
  死ね、死ね、死ねぇい!!」

公爵は剣を振り回して、クローテルを切り刻もうとします。
クローテルは公爵の攻撃をよけながら、弱点を探していました。
0071創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/15(火) 19:02:41.79ID:+KBZoJKg
なかなか攻撃が当たらないことに、公爵は怒りをつのらせて雷を落としますが、これも当たりません。
クローテルと公爵は、お互いにつかれを知らないままに戦い続けました。
このままではらちが明かないと思ったクローテルは、魔神像をこわそうとします。
あれこそが公爵の力を支えている源だと感じたのです。
ところが、公爵はクローテルの意図を分かっていました。

 「魔神様をねらっているな?
  そうはさせぬぞ!!」

公爵はクローテルを突き飛ばすと、わずかにひるんだすきに無数の魔物におそわせます。
クローテルが魔物を振り払うのに苦労していると、そこへ黒い雷を落としました。

 「どうだ、やみの雷は!
  そのままくたばれぇ!!」

公爵は雷を落とし続けて、魔物もろともにクローテルを攻撃します。
魔物どもは黒こげになって死んでしまい、クローテルも剣を地面に落としてしまいました。

 「やっと死んだか!
  しつこいやつだったが、このわしの敵ではなかったな!」

公爵は高笑いします。
雷に打たれ続けてクローテルも真っ黒にこげていましたが、まだ死んではいませんでした。
暗やみの中でクローテルの白い目が光ります。
それにオッカ公爵は恐れを感じて、身ぶるいしました。

 「な、何だ、お前……。
  お前の様な者が……。
  ええい、死ね、死なぬかぁ!」
0072創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/15(火) 19:05:45.69ID:+KBZoJKg
公爵は黒い大剣をクローテルの頭に振り下ろしました。
それをクローテルは片手で受け止めます。

 「化け物め!
  魔神様、さらなる力を私に!」

公爵がさけぶと、魔神像に雷が降り注ぎ、同時に黒いもやがあふれます。
もやは公爵をおおって、その姿を一層まがまがしい物に変えました。
体はさらに巨大化して、手足が4本ずつ増え、もう何の生き物にも例え難い物になります。
力を得た公爵ですが、クローテルを押し切ることは出来ませんでした。
それ所か、逆に押し返されます。

 「こ、こんな事が……。
  魔神様!!」

クローテルは素手のまま、目にも留まらぬ速さで、公爵を殴りつけました。
分厚いよろいでも全く関係無く、公爵は吹っ飛ばされて地面に転がります。
それから魔神像に向けてゆうゆうと歩き出すクローテルを見て、公爵はあわてて立ち上がり、
やみを集めた4本の剣を持って、クローテルにおそいかかりました。

 「止めろっ、魔神様に手を出すな!」

公爵は巨体に似合わない速さでクローテルにせまり、4本の剣で同時に切りつけます。
クローテルは3本の剣をよけて、残る1本を抱え止め、体をひねって魔神像に投げつけました。

 「こんなバカなぁーっ!」

公爵は魔神像に叩きつけられ、またも地面に転がります。
0073創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/16(水) 18:18:12.30ID:Ihd2Q5tp
公爵がぶつかった勢いで魔神像がかたむきはじめました。
公爵はすかさず立ち上がると、大きな体で魔神像を支えます。

 「ま、魔神様に何と言う事を!
  貴様、万死に値するぞ!」

構わず前進を続けるクローテルにあせった公爵は魔物を呼び集めました。

 「ええい、魔物どもめ!
  暴れるだけが能ではあるまい、しっかり魔神様をお守りせぬか!」

領地をおおっていた魔物は魔神像に集まって、巨大な悪魔になります。
それを見上げて公爵は感動しました。

 「おお、これが魔神様の真の姿……!
  どうだ、小僧!
  お前の様な者でも、この偉大さが分かろう!」

魔神像は動き出して、天地をゆるがしました。
魔神像が両手を高くかかげると、領地に雷が降り注ぎ、辺りを火の海に変えます。

 「す、すばらしい……!
  燃えろ、燃えろ、すべて燃えてしまえ!
  魔神様、その炎で世界を焼きつくしてくだされ!」

もう公爵は正気を失ってさく乱していました。
クローテルは低い声でつぶやきます。

 「こんな物の何がすばらしいのか……」
0074創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/16(水) 18:19:59.03ID:Ihd2Q5tp
公爵は彼の言葉を聞きのがさず、怒りくるいます。

 「何だと!?
  貴様、魔神様に対して何と無礼な!
  恐れを知らぬと見える!
  魔神様、魔神様、この小僧に魔神様の偉大さを思い知らせてくだされ!」

それに応じて魔神像が両手を高く上げ、地鳴りの様な怪しい呪文を唱えると、天から光の柱が、
クローテルを目がけて落ちてきます。
光の柱が落ちる様は雷のごとく物すごい速さでしたが、クローテルが腕を振り払うと、
光の柱は弾かれて魔神像の胸に直撃しました。
魔神像はゆれて大きくかたむきます。

 「何と……!」

公爵は魔神像を支えようとしましたが、魔神像は自力でふみ止まりました。

 「おお、さすがは魔神様!」

公爵が安心したのも束の間、クローテルが大地を叩くと魔神像の足元がくずれて落ちこみ、
魔神像にひざをつかせます。
クローテルは全力で走り、再びかがやく剣を手に取ると、高く飛びはねました。
魔神像を頭から叩き割ろうとしているのだと、公爵はさとりました。

 「止めろーー!!」

公爵はクローテルを目がけて、やみの雷を落とします。
魔神像の指からも光線が放たれました。
クローテルは公爵の雷を剣で受け止め、さらに魔神像に向かって剣を投げました。
0075創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/16(水) 18:21:24.98ID:Ihd2Q5tp
やみの雷をまとったかがやく剣は、光線を突き破って魔神像の心臓にささります。
魔神像はあふれる力を受け切れず、内側からばく発して粉々になりました。

 「魔神様ーーーー!!
  小僧、貴様、何と言う事を!!
  魔神様、魔神様、この私めがかたきをうちますぞーー!!」

公爵はひるむ所か、一層の憎悪を燃やして、クローテルをにらみます。
公爵の体はますます大きくなって、残った魔物をも吸収し、さらなる力を得ます。
それはよろいを着て剣を持った、大むかでの様でした。
クローテルはかがやく剣でよろいを突きますが、つらぬいただけで手応えがありません。

 「バカめっ!!
  お前の攻撃はすべて見たぞ!
  お前はしょせん力まかせに切るか打つだけしか芸が無いのだ!
  もう、お前の攻撃は効かぬ!
  わしの体をいくら切ろうが、いくら打とうがムダだっ!!」

公爵の口からはあらゆる物を溶かす緑色の液体がふん射されます。
液体を浴びたクローテルのはだは真っ赤にただれました。

 「こうなれば貴様もただがんじょうなだけのデクよ!
  じわじわとなぶり殺してくれる!
  魔神様とわしに歯向かった事を後かいするが良い!」

クローテルはかがやく剣で公爵を切り刻みますが、むかでの体はばらばらにされても、
元通りにつながって復活します。

 「ワハハハハハ!!
  痛くもかゆくもないわ!!
  炎と雷の攻めを受けろ!!」

落雷が何度もクローテルをおそう上に、公爵の口からは火炎がはき出されます。
0076創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/17(木) 18:33:40.11ID:G9iDd39s
クローテルは雷をよけながら、剣を振り回して風を起こし、炎を返しました。

 「うわ熱つつつ!!」

公爵は火にあぶられて、のたうち回ります。

 「炎は止めだ、雷を受けろ!」

炎の攻撃を止めて、雷を落とそうとする公爵に対して、クローテルは高く剣をかかげました。
雷は彼の剣を目がけて落ちて来ます。
直撃のしゅん間に、クローテルは剣を公爵に向けました。
雷はまるで弾かれたように公爵目がけて飛んで行きます。
雷の矢を受けた公爵は体がしびれて動きが止まります。

 「グワアアアア!!
  小しゃくなっ!
  ならば、これでも食らえ!」

それでもひるまず、今度は口から毒のきりをはきました。
毒のきりは地面にただよい、草木をくさらせて行きます。
クローテルがとんでよけようとすると、公爵は足をふみ鳴らして地しんを起こしました。

 「にがすか!!
  毒を浴びてくさってしまえ!!」

クローテルは足元がゆれてとべず、毒のきりに飲まれてしまいます。
0077創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/17(木) 18:36:01.23ID:G9iDd39s
毒の中では息もできず、クローテルは少しずつ弱って行きました。

 「ハハハハ、ようやくおとなしくなったか!
  手こずらせおって!
  そのまま己の無力をかみしめながら死ね!!」

公爵は地面をゆらしながら、毒のきりをはき続けます。
さしものクローテルも打つ手が無く、毒のきりの中にしずんでしまいました。
しかし、運命はクローテルを見放しはしませんでした。
遠くからかねの音がカランカランと鳴りひびきます。

 「クローテル殿ーーーー!!」

旗を高くかかげて、マルコ王子一行がかけつけました。
マスタリー・フラグの聖なる力が、毒のきりをしりぞかせ、ベル・オーメンのかねの音が、
黒雲(くろくも)をさいて、空を明るませます。
戦いが長引いて、もう夜明けが近いのです。
朝日のまぶしさに、オッカ公爵は目をつぶりました。

 「オオ、もう朝か!!
  まぶしい、目が見えぬ!
  ええい、ガンガンうるさいぞ!!
  雲が戻らぬ、頭が割れそうだ!
  これがベル・オーメンの力……!」

 「邪悪な力よ、去れ!!」  

レタートの鳴らすかねの音が、黒い夢にしずんだオッカ公爵を目覚めさせます。
0078創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/17(木) 18:37:55.59ID:G9iDd39s
マスタリー・フラグをかかげたマルコ王子は、毒のきりの中でうずくまっているクローテルに、
かけよりました。

 「クローテル殿、生きているか!」

 「助かりました、マルコ王子」

お礼を言うクローテルに、王子は首を横に振ります。

 「いやいや、魔物どもが居なくなったので、こうして出て来られたのだ。
  それもクローテル殿の働きであろう?」

公爵は怒りくるって暴れ出しました。

 「どいつも、こいつも、わしの邪魔をする!!
  ほろびよ、わしの敵はみなほろびよ!!」

公爵は地面をふみあらしますが、マスタリー・フラグの結界を破る事は出来ません。
クローテルは毒から立ち直り、マルコ王子に言いました。

 「王子、旗を貸してください」

 「あれを倒す手があるのだな?
  良かろう、クローテル殿。
  邪悪な公爵を打ち倒してくれ!」

王子はためらいもなく聖なる旗をクローテルに渡します。
クローテルは旗を持つと一度大きく振り回して高くかかげ、天高くとびました。
0079創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/18(金) 18:52:15.31ID:TG56Mp+g
彼は朝日を背に負って、魔物と化したオッカ公爵の頭に、マスタリー・フラグを突き立てます。

 「う、うわっ、わしが死ぬのか……!
  このわしが……」

またたく間に公爵の体はくずれ、朝日にさらされて灰となりました。
立派な公爵の城のあとには、がれきしか残っていません。
クローテルはマスタリー・フラグをマルコ王子に返しました。

 「ありがとうございました、マルコ王子」

ひざをついて旗を差し出す彼に、マルコ王子は言います。

 「礼を言わねばならないのは、私の方だ。
  クローテル殿が居なければ、今ごろ私たちは、どうなっていた事か……。
  あなたが、あなたこそが新しい聖君なのだ。
  ベルを鳴らし、旗をかかげる、そんな事が出来る人物は他に居ない」

王子は旗を受け取ると、クローテルの前でひざをつきました。

 「お立ちください、クローテル殿。
  いつかあなたは運命のみちびきによって、アーク国の君主、真の聖君、神王となられるでしょう。
  その時に私はルクル国の王子として、神器マスタリー・フラグを持つ者として、改めて、
  あなたに忠せいをちかいます」

 「止してください、マルコ王子。
  私は神王ではありません」

 「ええ、今は未だ。
  しかし、私は真の王となる方を見ました。
  あなたの存在は私にフラグレイザーとしてのほこりを思い出させました。
  神を信じる敬けんさも」

マルコ王子は立ち上がり、旗をたたむと、白布に包みます。
0080創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/18(金) 18:53:33.49ID:TG56Mp+g
マルコ王子はドクトル、レタート、フィデリートと4人の兵士、3人の召し使いを連れて、
オッカ公爵領を後にしました。
一人残されたクローテルは深いため息をつきます。

 「これをどうすれば良いのでしょうか……」

オッカ公爵は倒れ、その家臣たちも消え去り、領地を守る者も統治する者もだれも居ません。

 「とりあえず、王に使いを送りましょう」

クローテルはアーク国王とりん国のディボー公に助けを求めるため、領民の中でも地位のある、
町長を一人選んで使者にしました。
そして魔物が荒らした領地を元に戻すために、クローテル自身も復興を手伝いました。
3日後に西の国とアーク国からえん助が来るまで、クローテルはオッカ公爵領に留まり、
領民といっしょに働きました。
アーク国に戻ったクローテルはアーク国王に事の次第を説明します。

 「うわさは本当でした。
  オッカ公爵は悪魔に取りつかれ、人びとをいけにえにささげていました。
  私はルクル国のマルコ王子の協力で、何とかオッカ公爵を打ち倒しました。
  オッカ公爵領には新しい公爵が必要です」

 「ルクル国だと?
  そなたは外国の者を頼ったと言うのか?」

アーク国王のきつ問にクローテルは素直に答えます。

 「はい。
  成り行きではありますが、そうしなければ公爵のたくらみをくじけませんでした」
0081創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/18(金) 18:54:14.15ID:TG56Mp+g
アーク国王は、ろ骨に不満と警かいを顔に表していました。

 「マルコ王子は何か言わなかったか?
  オッカ公爵領の明け渡しや割じょうを求めたりだとか……」

 「いいえ」

 「では、しゃ礼やほうしょう金を求めたか?」

 「いいえ」

 「それでは、ばいしょう金や支えん金を求めたか?」

 「その様な事は全くありませんでした」

 「ウーム、ますます怪しいぞ」

マルコ王子は何も求めなかったと言うクローテルに、疑い深いアーク国王は計略があるのではと、
心配しました。
そんな王にクローテルは言います。

 「マルコ王子にたくらみは無いと思います」

アーク国王は彼の目を真っすぐ見つめると、小さくため息をつきました。

 「……そなたが言うのであれば、信じよう」

その場では納得した王でしたが、心の中では、いつかクローテルが王位をねらうのではないかと、
そんな予感がしてならないのでした。
0082創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/19(土) 19:42:03.24ID:+90X+Q7Q
解説


『悪魔退治<デモンバスター>』編は、運命の子シリーズ第2部の8つの小編の7つ目である。
この後はクローテルがアーク国の王となる最終編の『王位禅譲<スローン・インヘリタンス>』編に続く。
原典に於ける、この編の重要な部分はルクルバッカ王国のマルコデロス王子にクロトクウォースが、
神王として認められる所にある。
邪悪な公爵が何の彼のと言うのは、実の所どうでも良い……と言っては語弊があるが、
少なくとも大きな問題では無い。
本編に於いても、大きな改変は無く、クローテルはマルコ王子に認められて、主要な人物の中では、
彼を真の聖君、神王であると認めない者は居なくなった。
オッカ公爵領は原典ではオカシオン、又はオッカションとなっている。
地理的には西の国(ディボーパリョーン公爵領)の南西、ルクルバッカ王国の北西に位置する。
大陸の端に位置しているが、この国を経由しなければ行けない国は無く、辺境の小国と言う扱い。
オッカ公爵は原典ではセルヴァン・コン・オカシオンであり、先祖代々オカシオンを治めていた。
オカシオンは嘗ては小国ながら独立していた様だが、当時はアークレスタルト法国に服属して、
「王」では無く「公爵」を名乗らされていた。
どうもオッカ公爵は、この辺りに大きな不満を抱えていた様で、それが悪魔の力を頼った、
主要な原因の様である。
しかしながら、特に事前に何等かの大きな事件があった風でも無く、少々唐突に感じられる。
小さな不満が少しずつ鬱積し、それを晴らそうとしたと見るのが自然だが、もしかしたら、
史実のアークレスタルト法国側に直接の原因となる瑕疵があった物の、当時の政治的な事情で、
伏せられたのかも知れない。
0083創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/19(土) 19:44:13.24ID:+90X+Q7Q
物語中、クローテルはアーク国王に命じられてオッカ公爵領に派遣されているが、この頃になると、
アーク国王は開き直って、クローテルを便利に使おうと考えている。
最後には王位を追われるのではと恐れるが、その心境は王位禅譲編では少し変化している。
これに関しては王位禅譲編で言及する。
史実のオッカ公爵が実際に何を企んでいたのかは不明だ。
邪教崇拝、悪魔崇拝を始めたとされているが、どの様な悪魔なのかも明らかになっていない。
作中でも原作でも、悪魔に関連する物は『使役される悪魔<レッサー・デーモン>』と魔神像のみである。
公爵を傀儡として操る様な悪魔の黒幕と言った物は登場しない。
独立心を持っていた為に、因縁を付けられて滅ぼされたのかも知れない。
武装蜂起しようとしていたのではないかと疑う説もあるが、他国を攻めたと言う明確な史料は無い。
武装蜂起説では、領民の減少は徴兵に因る物と考えられている。
即ち、領民(農民その他の余剰人口)を徴兵しながらも、それを宗主国に報告しなかったばかりに、
見掛け上は領民が減ったと言う物である。
勿論、この説も裏付けとなる史料は無い。
0084創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/19(土) 19:47:09.45ID:+90X+Q7Q
オッカ公爵領をマルコ王子が訪れたが、これは当時としては危うい行動である。
如何に公爵で一定の独立した権限があるとは言え、宗主国の断り無しに他国の貴族を受け入れる事は、
宗主国への裏切りや敵対行為と見做され兼ねない。
オッカ公爵領は飽くまでアーク国の権勢の及ぶ範囲内であり、国内の問題は国内で解決せねばならず、
マルコ王子の介入は余計な世話でしか無い。
それをマルコ王子も承知しており、態々アーク国王にオッカ公爵領での異変を伝えている。
これは「貴国が動かなければ我が国が解決する」と言う暗黙の脅しであり、その儘反応が無ければ、
ルクル国がオッカ公爵領を制圧して、自国領に加えていた。
実際、ルクル国の方が首都がオッカ公爵領に近く、よりオッカ公爵領を制圧し易い。
オッカ公爵としては、近いルクル国に服属するよりも、遠いアーク国に服属する事で、
少しでも独立した政治を行える様にしたかったのだろう。
しかし、マルコ王子に侵略の意図があった訳では無く、彼はクローテルが派遣される事を見越して、
国境に陣取っていた様である。
国境は誰の土地でも無いが、それ故に勝手に軍を展開する事は許されない。
マルコ王子一行は軍勢と言うには心許無いが、無視出来る規模でも無い。
もしクローテルが現れなかった場合、マルコ王子は少しずつ兵隊を集めて、何時でもオッカ公爵領を、
制圧出来る様に準備していた事だろう。
0085創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/20(日) 18:21:45.14ID:QHFpsl/M
マルコ王子がクローテルを待ち構えて駐留していたのは、東の国境の砦前である。
マルコ王子がオッカ公爵領に入るには、南の国境の砦を通った方が早いし、妨害も受けないが、
それではクローテルに会えないので意味が無いのだろう。
当時の都市は復興期の様に殆どが城塞都市で、周囲を城壁に囲まれており、その周辺に小村落がある。
そして、それぞれの領地の境にも砦と塁壁が築かれており、国境を守る砦の塁壁より外は、
どこの土地でも無い。
勿論、国境を全て塁壁で囲う事は現実的では無い。
整備された道や、その周辺の平らで移動し易い所に塁壁を築き、それ以外は進入が困難な山林や、
河川、沼地になる様にしておくのが普通だった。
人工的に丘陵を築いたり、態と荒れた山林を残しておいたりもするのも、国境を守る為である。
オッカ公爵領の東の国境は、西の国(ディボー公領)に通じており、慣例的に言うのであれば、
ここも一応はアーク国の領地である。
勝手に軍隊が駐留すれば、戦争準備と見做され兼ねない。
先述した様にマルコ王子一行は「軍勢」とは言えないが、疑われても仕方の無い状況ではある。
西の国やアーク国から軍隊を派遣される可能性もあった。
だが、仮に軍を派遣する場合でも先ず話し合うのが常識であり、国境沿いに軍隊、又は、
それに準ずる武装集団を発見しても、行き成り攻撃を仕掛けるのは、当時では非常識だった。
戦争の前段階として、「意思の確認」と「(最後通告を含む)警告」があり、同時に迎撃態勢を整え、
最後に「宣戦布告」があって、正式な戦争となった。
これを経ない戦争行為は、国際社会の非難の対象となる。
原典を見ても、マルコ王子の行動を非難する様な部分は無く、アーク国側が軍を動かした事も無い。
よって、マルコ王子一行は脅威とは見做されなかったのであろう。
0086創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/20(日) 18:24:08.88ID:QHFpsl/M
マルコ王子はクローテルと共に領内への進入許可を貰ったが、これが実際に有り得るかと言うと、
時と場合に依る。
一国の王子を、その国の服属国でも無い国が独断で招き入れる事は、本来は好ましくない。
正式に自国の王の許可を取るべきであろう。
しかしながら、王族の扱いと言う物は難しく、多少の非礼なら呑むのが一般的な対応である。
これをどこまで呑めるかは、当人の度量次第だが、王族相手であれば、一般人なら怒る所でも、
堪えようとするだろう。
もしかしたら、自国の王には報告しないと言う、事勿れ主義的な回答も有り得るかも知れない。
受け入れるも非礼、追い返すも非礼となれば、どちらの顔を立てるべきかと言う話になる。
オッカ公爵領はルクル国に近いので、脅威度で言えば実はルクル国の方が高い。
領民もルクル国民と交易をしており、関係は浅くない。
オッカ公爵領を巡って、アーク国とルクル国は戦争こそしていないが、過去に何度も、
武力を伴わない小競り合いを繰り返して来た。
クローテルはマルコ王子の付き人の様な扱いだったが、これも相手が王族と言う事を考慮すれば、
仕方の無い事と言える。
旧暦の王族の中でも、マルコ王子はヴィルト王子と並び、神器を受け継ぐ正統な代理聖君の血統だ。
神器を持つ王族や貴族は、神器を持たない王族や貴族よりも上の扱いなのである。
同じ王国でもグリースとルクルでは重みが違う。
逆に、盾を継承するオリン国の国主は公爵だが、同じく神器を持つ王と殆ど同等の扱いになる。
0087創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/20(日) 18:26:17.63ID:QHFpsl/M
オッカ公爵領に対して領土的野心を持っておらずとも、マルコ王子が派兵の準備を進めていた裏には、
邪教崇拝への警戒感がある。
西方に於いて、邪教崇拝は禁忌である。
表向きには、「現世利益を唱える宗教は人を堕落させる邪教である」として、こうした者達が、
「世界を良くない方向へ導く」とされている。
これ自体には一理ある。
そもそも現世利益を唱える宗教を信じた所で、実際に利益がある訳では無い。
確実な利益が約束されるならば、それは最早宗教では無くなる。
神頼みをする位なら、現実を確り見ろと言う意味の、「天を仰いで石に躓く」と言う諺もある。
即ち、現世利益ばかりを謳う宗教は、私利を求める人の心を利用した悪辣な詐欺であり、
故に邪教と言っても良い。
邪教は現世利益の有無を信心の有無や信仰の軽重に置き換え、より多くの奉仕を求めて、
搾取しようとする。
邪教の信徒は奴隷であり、搾取される事に喜びを見出してしまう。
では、当時の教会は詐欺では無いのかと言う問題になってしまうが、一応の理屈で言えば、
現世での利益ばかりを求める事に熱心な者は、利益の追求こそが幸福と錯誤する愚者であり、
人が求める利益には際限が無く、故に永遠に充足を得られず苦しむ事になるらしい。
現世利益の嘘は暴けるが、死後の事までは観測しようが無いので、どうとでも言えると言う、
小狡い面もある。
0088創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/21(月) 18:51:48.43ID:4MCjAslY
説教臭い話は横に置くとして、どうして為政者にとって邪教が良くないかと言うと、王の権威が、
教会に支えられている為である。
王とは人々を従えて国を統治する役目を神から認められた者なので、そこに他の神が居ては困るし、
人々が自分の利益の為に邪教を崇拝する様になっては、王の権威が揺らぐのだ。
旧暦の教会にとって、神とは良き王を定める他に、人の魂を救済する存在であり、更には、
人類が苦境に陥った際の救世主でもある。
「神を信じていれば良い事がある」のでは無く、「神が居るからこそ今がある」と言う考えで、
良い事も悪い事も神の定めた法の上の事であり、教会は神を信じる者の集まりとして、
教えを広めると共に、神に倣い寛大な慈愛の心を持って、多くの人を救う事を目的としている。
……飽くまで、表向きにではあるが……。
貧民を救済するのも教会の役目であり、教会関係者は贅沢を戒め、弱者に施しをする事になっている。
これによって、教会は「神に見放された者」を減らし、信徒が絶えない様にしている。
ともかく、こうした国を支える『体系<システム>』を破壊するのが邪教なのである。
0089創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/21(月) 18:53:26.51ID:4MCjAslY
以後は、オッカ公爵が邪教を崇拝していた物として語る。
オッカ公爵が邪教を崇拝していた理由も、作中で語られた通りとする。
邪教崇拝、悪魔崇拝は、当時としては禁忌だが、実際は時々あった様である。
王族も貴族も平民も奴隷も、誰でも邪教を崇拝した。
その多くは悪魔崇拝であり、人は神では無く悪魔の力を借りたがった。
何故なら、神は選ばれた者にしか力を与えないが、悪魔は誰にでも力を貸した為だ。
正確に言うと「誰にでも」では無いのだが、神よりは余程選定の基準は緩かった。
神が人に力を与えるのは、善人に限り、しかも相当の窮地にある事が前提だ。
生きるか死ぬか、或いは大多数の人間、例えば人類自体の存亡が懸かっている様な状況。
それに比べれば、気に入った者に力を貸す、或いは召喚に応じると言う悪魔の何と気安い事か……。
そう言う訳で、邪な願望を持つ者は誰でも邪教、或いは、それを司る悪魔を崇拝した。
日常の小さな願いや、清く正しい願いであれば、悪魔に祈る事はしない。
精々その辺の精霊信仰や聖人信仰に留まる。
悪魔を頼ると言う事は、その禁忌、背徳感から、相応の大きな願い、どうしても叶えたい、
必死の願い、野望、欲望になる。
0090創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/21(月) 18:54:38.29ID:4MCjAslY
オッカ公爵は自国の独立を保ちたかった。
そして何者にも侵されない権威を欲した。
旧暦では国家の独立を保つ事は困難だ。
どんな立場にあっても、隣国や大国の干渉は免れない。
小国であれば尚の事。
他国からの干渉を確実に排除しようと思えば、それは修羅の道になる。
即ち、覇権主義に陥らざるを得ない。
オッカ公爵は悪魔の力を借りて、覇権国家の国主になろうとした……と見る事も出来るが、
それが実現したかは疑わしい。
飽くまで、公爵領内の事だから人々を従わせられただけで、対外戦争を始めたら、国力は落ちて、
如何に悪魔の力があろうと、国民は逃亡し、周辺国から袋叩きにあって、早晩滅亡しただろう。
悪魔の力の維持には生け贄が必要で、領民の生け贄が尽きたら、他国から攫って来るのだろうか?
そうして出来上がるのは、果たして人間の国だろうか……。
公爵に深い考えは無く、肥大化した自意識を利用されて悪魔に操られていたと見る事も出来る。
悪魔が登場した時点で何でもありなのだから。
0091創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/22(火) 18:49:44.83ID:rUNz64Hc
マルコ王子一行とクローテルは公爵の城に案内されたが、これは結構な距離を移動している。
大体にして、公爵ともなれば領主の城は領地の境から離れた所に置かれる物だ。
物語中、余り重要な事では無いので省かれたのだろう。
原典でも領内の様子に変わった所は無いとされている。
領内で領民が生け贄にされていると言う重大事件にも関わらず、領内の様子は変わっていない事から、
領民も悪魔に洗脳されていた可能性がある。
城の地下での儀式に参加していた者に、洗脳されていた様な描写があるので、その他の場面でも、
完全な支配が行き渡っていた可能性は高い。
原典ではオッカ公爵領内に関する不穏な噂は、異変を察知して領地から逃げ出した領民や、
領地を訪れた旅人や商人から伝わったとされている。
その過程で尾鰭が付き、大袈裟で不確定な噂となって行ったのだろう。
0092創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/22(火) 18:51:15.80ID:rUNz64Hc
オッカ公爵の城は正式名称を「ヴェッテン城」と言うが、ヴェッテンはオカシオンの別称である。
原典では一貫してヴェッテン城であり、悪魔の砦となった後も、その呼称が使われている。
因みに、戦いが終わって崩落し、再建した後もヴェッテン城である。
旧暦当時の家は、身分の高い者に限らず、平民であっても裕福な者は、家に客間を設けて、
更に余裕があれば、来客が寝泊まり出来る部屋を作った。
この「客を迎える」と言うのが、それなりに名誉な事だった様で、何時何時(いつなんどき)、
来客があっても良い様にしておくのが、一種の礼儀と言うか、常識だった。
多数の使用人を抱える貴族の家であれば、使用人の寝泊まりする場所も合わせて、ホテルの如く、
何十も部屋があり、更に別宅や別荘がある所も珍しくは無かったと言う。
作中では公爵の城の広さに関して、詳しい描写は無く、原典でも省略されているのだが、
当時の高位貴族の城は、現在で言う都市の大きな学校並みで、公爵の城も相応だったと思われる。
この城と言うのが、当時の貴族達の権威を示す物だったらしく、見栄を張る為に身の丈に合わない、
立派過ぎる城を建て、財政難に陥って領民に反乱されると言う、仕様も無い事件もあった。
一応オッカ公爵は、領地の収入に見合わない生活をしていたと言う、当時の評価がある。
0093創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/22(火) 18:52:28.17ID:rUNz64Hc
領地内の者の内、誰が公爵の真意を知っていたのかは曖昧だが、取り敢えず、城の中で公爵に、
直接仕えていた者達は、全て共犯関係にあったと見られている。
中には無理遣り悪魔の力で協力させられた者も居るだろうが……。
城の地下では悪魔崇拝の儀式が行われていたが、これは当時の有り勝ちなイメージである。
人目に付かない様に夜中に地下で行われる物と相場が決まっているのだ。
トランス状態になる為に、酒を飲む、麻薬を焚く等して、正常な判断力を失わせると言う事も、
よく行われていた為に、国や教会の取り締まりは一層厳しくなったと言う。
城の中の人物は殆どが悪魔化していたが、下級の召し使い達だけは原典でも描写が無い。
作中では省かれているが、原典では城の兵士は全員悪魔化して、クローテルに退治されている。
原典では公爵が退治された後、城の中は蛻の空になっており、そこで全滅したかの様に思われるが、
実は後の描写があり、そこでは公爵の城で働いていた者が戻って来ている。
どうやら地下の儀式に参加していた一部の召し使いは、領民達と共に城の外に抜け出していた様だ。
0094創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/23(水) 19:28:53.84ID:2d7Aqbw3
悪魔が領内に溢れた後、教会が避難所となった。
原典では、この時に教会には多数の領民が避難していたとある。
戦争でも教会は重要な避難場所であり、ここを攻撃する事は教会への敵対行為と見做された。
「何かあれば教会へ」と言うのが、当時の常識だったのだ。
しかしながら、如何に教会でも全ての領民を収容する事は困難である。
実際、教会に避難していたのは領民の一部で、その他は家の中に篭もっていた。
原典の描写によると悪魔が家を壊したり燃やしたりしているので、家の中でも無事とは言えず、
領民の半分は犠牲になったと書かれている。
旧暦の戦争に於いては、街に火を放つ事も有効な戦術としてあった事を付記しておく。
火攻めは攻城戦でも用いられたが、教会が機能する様になってからは余り使われなくなった。
これは火の勢いで教会まで焼いていしまう事例があった為で、無差別な攻撃を行えば、
戦争に勝利しても教会から背教者認定された。
0095創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/23(水) 19:29:53.66ID:2d7Aqbw3
作中でクローテルは神器であるベルを鳴らし、旗を突き立てているが、これは原典でも同じである。
神器を扱える者は、基本的には神器を受け継ぐ者だけであり、それも1つの血統が1つの神器と、
厳格に定められてた。
詰まり、ベルリンガーが旗を持つ事は出来ないし、フラグレイザーが鐘を鳴らす事は出来ないのだ。
クローテルが神器を扱えたと言う事は、彼こそが真の聖君と言う証である。
一方で、聖君以外でも神器を扱えたと言う話もあるにはある。
例えば、神槍コー・シアーを聖君でも何でも無い一般人が振るった記録があり、それによると、
村落が魔物の群れに襲われ窮地に陥った、その時、魔物に立ち向かう一瞬だけ槍が軽くなって、
魔物の群れを薙ぎ払ったと言う。
その後、槍は重くなって振り回せなくなっており、窮地に神が力を貸したとされている。
この様に非常事態であれば、一般人でも神器を使えたので、クローテルが真の聖君と言えるかは、
実は怪しい。
神器は神聖な物であり、持ち出せるのは非常時と決まっているので、文句を付けようと思えば、
どこからでも付けられるのだ。
クローテルを認めない者達は、その後の話で登場する。
0096創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/23(水) 19:31:02.86ID:2d7Aqbw3
公爵が崇拝していた悪魔の正体は謎である。
原典でも「悪魔公爵」となっているが、どこの何と言う種類の悪魔かは明記されていない。
オッカ公爵を「悪魔公爵」と言っているのかも知れないし、本当に悪魔の公爵なのかも知れない。
オッカ公爵自身は「魔神様」と言っているのも、混乱の元である。
悪魔が引き起こした数々の不可思議な現象に関しては、何も言えない。
本当に、話の中にある様な事を起こせるのだとしたら、強大な悪魔だったのだろう。
魔法使いにしては魔法の規模が大き過ぎる上に、出来る事も多過ぎる。
悪魔の仕業だとしても、ここまで出たら目な物は記録に無いので、大袈裟に表現した可能性もある。
雷と炎の攻撃は当時の神威の表れか?
旧暦の史料自体が少ないので、もしかしたら他にも例がある様な事だったかも知れないが……。
原典と合わせて考えると、どうやら魔神像こそが悪魔の本体であり、それが破壊された後は、
悪魔が公爵に乗り移った様である。
訳の分からない神器の中でも「訳の分からない物」と言われるマスタリー・フラグだが、
この話ではフラグを、怪物となった公爵に突き立てた事で、悪魔を完全に消し去り、勝利した。
この事からマスタリー・フラグには、魔除けの効果があると推測される。
「敵地に立てれば勝利が確定する」と言う意味不明な解説は、それを拡大解釈した物と思われる。
0097創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/24(木) 18:38:12.56ID:JtQADnPr
さて、この話にはクローテルが苦戦する場面もある。
これの意味する所は、クローテルも無敵の神の子では無く、所詮は人間で、神器の力を借りなければ、
強大な悪に対抗する事は出来ないと言う事を示したのだろう。
神器の継承者達の面目を保つ意味もあるのかも知れない。
振り返ってみれば、クローテルは割と窮地に陥っている。
大火竜バルカンレギナにはコー・シアーが無ければ立ち向かえなかっただろうし、北海の魔竜も、
素手で追い詰めてはいたが、輝く剣が無ければ止めは刺せなかった。
巨人相手には力負けもしている。
人間相手には無敗で、化け物とも互角に戦えるが、巨大で強大な物には何か武器が無ければ、
及ばないと言うのが、共通した設定の様だ。
クローテルに関する話は「神王ジャッジャス」を忠実に描写した(とされる)伝説の通りであり、
大筋は原典から改変されていない。
魔法大戦に於いては、神聖魔法使いは傀儡魔法使いのエニトリューグに敗北した。
エニトリューグは神器を持つ十騎士を各個撃破する事で、神の力を封じたとされている。
共通魔法使いは神聖魔法使いを含む他の全勢力を下して、魔法大戦の勝者となったのだが、
仮にジャッジャスが原典の通りの実力を持っていたとしても、神器の不可思議な力が無ければ、
そう苦戦はしなかったと思われる。
0098創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/24(木) 18:39:26.34ID:JtQADnPr
統治者が居なくなった後のオッカ公爵領の復興は結構な難事だった様だ。
オッカ公爵には子供が居らず、妻1人と公妾4人が居た他に、その他の妾が10人程度居た。
しかし、妻も公妾も他の妾も行方不明になっており、原典では生け贄に捧げられたと見られている。
他に3親等以内の血縁は無く、アーク国側も後継者探しに苦労していた様だ。
オッカ公爵領は半ば独立国の様な扱いだったので、領民は公爵を尊崇するとまでは言わないが、
それなりの敬意を持っており、他国から統治者が派遣される事を望まなかった。
緊急手段でディボー公がオッカ公も兼務する事になっていたが、実際に統治はしていない。
オッカ公爵から最も近い血縁者である、又従弟の子を呼び寄せて公爵の地位を与えようともしたが、
これは領民の反発で頓挫した。
新しい領主は血統よりもオッカ公爵領に所縁のある者でなければ、領民は納得しなかった。
しかし、これと言う者は居らず……。
アーク国側が領主候補を提案しては、領民が難色を示す事を繰り返した。
不幸な事に、領民側も特に誰を領主として迎えたいと言う、具体的な人物を指名出来なかった。
オッカ公爵は1つの家系で代々長らく統治して来たので、他に候補が居ないのだ。
最終手段として、ヴィルト王子の直轄地にする案もあったが、領民の反応は肯定的では無かった。
0099創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/24(木) 18:40:52.51ID:JtQADnPr
この事態を解決したのは、ディボー公だった。
現実主義的な武闘派の彼は領主不在の期間が長引くと良くないと言う事で、市長や町長を集めて、
その中から公爵領を統治する者を選ばせる事にした。
だが、誰も平民にしては立派な暮らしをしている物の、貴族の生活を知らなかった。
悪い事に、公爵家の使用人の中で、領地を経営する手腕を持った、上級の使用人は全滅していた。
ディボー公はアーク国王に1つの進言をした。
それはオッカ公爵領には貴族を置かずに、アーク国の監督地と言う事にしておいて、
各領地から使用人を送り、政治は市長や町長の合議によって進めると言う物である。
これを受けてアーク国王は監督者にヴィルト王子を任命し、王子自身は直接の統治をしない物の、
市長や町長の合議よりは上の立場から、政治に助言が出来る事にした。
以後、オッカ公爵領は「公爵領」では無くなり、疑似的な共和制を採る事になったのである。
公爵を廃した後のオッカ公爵領の正式名称は、「オカシオン合議統治領」。
実際の統治の様子は史料が少ないので、よく分かっていないが、大きな問題無く機能した様である。
但し、後に先述したオッカ公爵の又従弟の子が、領地の継承権が自分にある事を主張して、
地位確認を求めた訴えを起こし、小規模な戦争に発展する。
この事は第3シリーズにて語られる。
0100創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/24(木) 18:41:23.38ID:JtQADnPr
ともかく、オッカ公爵領の騒動で、クローテルはマルコ王子にも認められた。
もう彼の栄光への道を阻む物は無くなり、最終編の王位禅譲編に突入する。
一地方領主に過ぎないクローテルが、如何にして王となるのかは、多分に政治的な要素を含む為に、
飽くまで「童話」と言う体で、原典とは少し異なる解釈の話運びになる事は断っておく。
0102創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/25(金) 18:39:46.90ID:IS6/rdu+
熱帯森林戦


魔導師会は地道な調査の結果、反逆同盟の拠点と思しき建造物をカターナ地方の森林で発見した。
魔導師会は組織の威信に懸けて、ここで決着を付ける積もりで、慎重に決戦への準備を進めた。
先ず、建造物の周囲に何重にも結界を張り、魔力の流れを完全に支配する必要がある。
結界を張る為の魔法陣は、完成間近で作業を中断する。
複数の結界を一気に発動させる事で、相手の不意を突くのだ。
大魔法陣を描く作業と同時に、魔導師を動員出来る上限まで集めて、特別部隊の編成も行う。
『相談役<アドヴァイザー>』として、現地での作業風景を見ていた魔楽器演奏家レノック・
ダッバーディーは、不安気な面持ちで同行者の親衛隊員に言った。

 「……ここまでしてもルヴィエラを仕留める事は出来ない。
  少しでも同盟の戦力を削ぐ事が目的だと、ここの指揮官は解っているのかな?」

 「そんなにルヴィエラは恐ろしい物なのですか?」

 「君達は今まで何を見ていたのか……って、何も見ていないか……。
  話だけ聞かされても中々信じられないのは分かるけどさ」

レノックが如何にルヴィエラの強大さを訴えても、魔導師は聞く耳を持たない。
否、魔導師だからこそ自分の目で見た物以外は信じられないのだ。
0103創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/25(金) 18:40:53.01ID:IS6/rdu+
魔導師達も八導師から悪魔公爵の恐ろしさを聞いている筈なのだ。
だが、余りにも強大過ぎて、今一つ理解し難いのだろう。
魔導師の中には魔城事件を経験した者も居るのだが、それでも未だルヴィエラの「全力」を、
見た訳では無い。
レノックは溜め息を吐いて言う。

 「僕としては拙速でも速攻した方が良いと思うんだけどな。
  準備に時間を掛けると言う事は、相手にも時間を与えると言う事だよ。
  何時連中に感付かれるかも知れないのに、悠長だ」

 「そうまで言うなら直談判しては?
  私が仲介しますよ」

親衛隊員の提案に、彼は首を横に振った。

 「速攻にもリスクは伴う。
  指揮官は安全策を取りたがるだろう。
  それに僕は外道魔法使いだからね。
  どうも魔導師のエリート達からの覚えは良くない様だ。
  僕の提案と知って頷いてくれるかな?」

長年外道魔法使いと対立して来た魔導師会は、敵に分類される者と手を組む事に拒否感がある。
自負の強いエリートならば一層の事。
魔導師会の誇りに懸けて、出来るだけ自分達だけの手で物事を解決しようと言う意識が働くのだ。
0104創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/25(金) 18:42:11.46ID:IS6/rdu+
親衛隊員は尚も進言する。

 「今後の連携も考えると、偏見を正すのも早い方が良いと思いますが……」

 「しかし、ここまで準備を進めておいて、今から作戦変更して突撃しろと言うのも、
  中々難しい話じゃないか?」

 「それは……、そうでしょうが……」

入念に計画した物を切り捨てて、新しい作戦を選択するのは困難だ。
これまでに掛けた時間と労力が、判断力を鈍らせる。
埋没費用効果と言う物だ。

 「先も言ったけど、僕は戦いが、ここで終わるとは思っていないよ。
  何事も経験さ。
  一度ルヴィエラの『本気』を見ておくのも悪くないだろう」

 「『経験』出来れば良いのですが……」

親衛隊員は全滅の可能性を考えて、小声で零した。
レノックは笑って答える。

 「そう心配する事は無いよ。
  ルヴィエラにとっては人間なんか取るに足らない存在だ。
  卑小な存在を相手に本気で怒る事は、見っ度も無いと言う意識がある。
  それが悪魔貴族なんだ」

そうだと良いのだがと、親衛隊員は心配そうな顔で事の成り行きを見守った。
0105創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/26(土) 19:52:07.47ID:K4eRQXWE
一方、砦の中の者は事前に魔導師会の襲撃を知っていた。
何故なら予知魔法使いのスルト・ロアムが居る為だ。
予知魔法使いが居る以上、密かな企みは無意味だ。
特に、直接攻撃を仕掛ける場合は確実に見抜かれる。
魔導師会に拠点を突き止められる事をスルト・ロアムが察知したのは、その3日前だった。
拠点を突き止められる事は既に避けられず、問題は如何にして被害無く拠点を変更するか、
或いは、魔導師を迎撃するかと言う点に絞られた。
しかしながら、肝心の同盟の長であるマトラ事ルヴィエラには、その気が全く無かった。

 「マトラ様、そろそろ何等かの手を打たれた方が宜しいかと存じます」

彼女は警告をしたスルトに対して、気怠そうな態度で言う。

 「私の手を煩わせる積もりか?
  あの程度の相手、お前達でも何とでもなろう」

 「それでは確実に犠牲が出ます」

犠牲が出ると聞いたルヴィエラは、興味深そうに尋ねる。

 「それは誰だ?」

 「誰と言う話では無く、進んで対処しなければ、全滅も免れないでしょう。
  勿論、貴女を除いての事ですが……」

スルトの説明にも関わらず、彼女の笑みは益々大きくなった。

 「それは面白い!」
0106創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/26(土) 19:53:08.20ID:K4eRQXWE
スルトは予知魔法使いだが、全てを思い通りに出来る訳では無い。
どう足掻いても避け得ぬ運命、動かせぬ障害の様な物はあるのだ。
ルヴィエラの存在が正に、それだった。
マスター・ノートが全知の書になる為の最大の障害は、神の如く絶対の力を持つルヴィエラなのだ。
どれだけ巧みに物事を進めようとも、彼女の存在で全てが無に帰す可能性が残り続ける。

 「スルト、否、マスター・ノートよ、お前に権限を与えよう。
  この困難を乗り越えて見せろ」

 「……分かりました」

スルトは抗議も反論もせずに唯肯く。
こうなる運命からは逃れられなかった。
スルト・ロアムは今、全知の書としての実力を試されているのだ。
彼は残りのメンバーで戦力になりそうな物と、今後役に立ちそうな物を仕分けて、犠牲者を決める。
ニージェルクロームと彼に付いていたディスクリムは離脱中。
サタナルキクリティアとゲヴェールトは実力的に失う訳には行かない。
バレネス・リタには闇の子を育てる役目がある。
スフィカとエグゼラの狐は失っても痛くないが、利用価値はある。
シュバトは何をしても死なないので、構わなくても良い。
そうなると犠牲にして良い一人は、ビュードリュオンだ。
彼を犠牲にしても良いのであれば、何とか魔導師会に勝利出来るだろうと、スルトは考えていた。
0107創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/26(土) 19:53:41.08ID:K4eRQXWE
意外にもスルトが指揮を執る事に反発する者は無かった。
彼の背後には同盟の長であるマトラが居る。
彼女の性格も大体の者は知っているので、反抗しても無意味だと悟っているのだ。
この段階では誰が犠牲になると言う事をスルトは誰にも明かさなかった。
そもそも犠牲が出ると言う事自体を伏せていた。
自分が指揮を執れば全て上手く行くと、「嘘」を吐いた。
予知魔法使いにとって、「嘘」を吐く事は大きな『禁忌<タブー>』である。
自分の予知が正しいと言う証明をする為には、嘘を吐いてはならない為だ。
予知とは正しい事を言うから価値があるのであり、間違った事を言う予知は予知では無い。
予知で嘘を吐けば、忽ち信用を失い、予知魔法使いとしての価値が無くなる。
何故なら、彼はマスター・ノートだから。
そして予知魔法使いは自分の事を占っては行けない。
マスター・ノートは何れ全知の書となるが、それでも所詮は道具に過ぎない。
道具として、より完全な形を目指すのは、道具の義務である。
だが、それと同時に道具は道具としての機能を失ってはならない。
よって彼は誰か1人には真実を告げなくてはならない。
当然ビュードリュオンは除外するとして、秘密を守れる者でなくてはならない。
残念ながらルヴィエラは信用できない。
そこでスルトが選んだ信頼出来る者は……サタナルキクリティアだった。
悪魔の彼女は人間を何とも思わない上に、悪魔らしく「契約」の概念を持っている。
一度交わした約束を違えない。
0108創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/27(日) 18:09:19.29ID:ySJPY9IH
スルトの計画を聞かされたサタナルキクリティアは詰まらなそうな顔で言う。

 「話は終わりか?」

自分の予知は外れないのだと彼は自分に言い聞かせて、心の平静を保った。

 「ああ」

 「何故、私に話した?」

 「それが予知魔法使いの義務なのだ。
  私が予知魔法使いであり続ける為には、予知の正しさを知る者が居なくてはならない。
  事が終わった後で、全て計画通りだと言われも困ろう?」

 「それは確かに。
  しかし、私は思うのだ。
  その話こそ私を欺く為の嘘では無いか?
  真実だと言う保証が、どこにある?」

サタナルキクリティアの疑問に対するスルトの答えは、実に堂々とした物だった。

 「どこにも無いが、信じて貰わねばならぬ。
  私はマトラ様に指揮権を委ねられている」

だが、サタナルキクリティアは人差し指を立て、嫌らしい笑みを浮かべる。

 「投資詐欺の話を知っているか?
  詐欺師が『大豆<ファナハバ>』の先物相場を利用して、金持ちに投資詐欺の話を持ち掛けた。
  私は市場の裏情報を知っている。
  1000万MG預けてくれれば、1週間後に倍にして返すと。
  騙された人物は警察に、詐欺師の予想が5日連続で的中したので信じてしまったと語った。
  警察が調べた所、同じ様な被害者が他に10人は居た。
  詐欺師は一体どうやって予言を的中させたのだろうか?」


※:大豆に相当する作物。
  ダード、ダド豆、ファナ豆とも言う。
  豆には他に、ハバ豆、バガ豆、野豆、黒豆、鞘豆等がある。
  豆を表す一般名詞は「ハバ」。
0109創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/27(日) 18:10:43.04ID:ySJPY9IH
スルトは眉を顰めて答える。

 「先物相場は上がるか下がるかだ。
  どちらか判らなくても、2人に声を掛けて、1人には上がる、もう1人には下がると言えば、
  どちらかは当たる。
  確実に2日連続で当てたいなら、同じ調子で4人に声を掛ければ、1人が残る。
  10人相手に5日連続で当て続けるには、320人が必要だ」

 「逆に言えば、320人に声を掛ければ、10人は確実に騙せるな」

 「私も同じ事をしようとしていると言いたいのか?」

それは余りにも予知魔法使いを馬鹿にしていると、彼は憤った。
サタナルキクリティアは声を抑えて笑う。

 「くっくっく、悪かったよ。
  冗談だ、冗談。
  お前の指示に逆らおうと言う気は初めから無い。
  少し揶揄ってみただけだ。
  予知魔法使いなのだから、その位は解っていた筈だな?」

 「予知は言う程、万能でも完璧でも無い。
  ……今の所は」

 「頼り無いな。
  そんな事では困るぞ。
  お前の指揮に従うと言う事は、お前に命を預けているのだからな」

 「ああ、解っている。
  私に任せておけば、何も間違いは無い」

スルトは自信を持って言ったが、サタナルキクリティアが彼を見る目は酷く冷めていた。
0110創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/27(日) 18:11:58.70ID:ySJPY9IH
魔導師会は順調に準備を進めて、明朝を決戦の時と決めていた。
既に準備は整っており、反逆同盟からの不意の襲撃にも対応出来る様にしている。
魔導師達は夜も寝ずの番を立て、心構えは戦闘状態だった。
事が起こったのは、真夜中の北の時。
その頃、レノックも親衛隊と共に寝ずの番をしていた。
親衛隊員は予てより気になる事があって尋ねる。

 「レノック殿、お休みになっては如何ですか?」

 「いや、平気だよ」

 「……何時、お休みになっています?」

 「何時も休んでいるけど?
  今だって休んでいる様な物じゃないか」

今一つ噛み合わない回答をするレノックに、親衛隊員は一拍置いて強い口調で言った。

 「私が聞いているのは、『眠らなくて大丈夫ですか?』と言う事です。
  ここ数日、私はレノック殿が眠っている所を見ていません」

 「ははは、何を今更。
  僕は一度だって、君達に眠っている姿を見せた事は無いぞ」

 「えっ」

レノックの言う通り、これまでも親衛隊員は彼が眠っている所を見た事が無かった。
しかし、宿に泊まったりしていれば、その間は休んでいる物と思うのが普通だ。
0111創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/28(月) 19:47:33.48ID:m9VxlTOH
そんな下らない話をしている間に、事は静かに進んでいた。
反逆同盟の拠点を取り囲んでいる「北」の部隊が、悪魔サタナルキクリティアと対面する。
北の部隊の指揮官は合図した。

 「そうら、お出でなすったぞ!
  魔法陣を発動させろ!
  子供の見た目だからと言って油断するな!」

この時の為に、魔導師会は入念な準備をした筈だった。
こちらから仕掛ける前に、向こうから仕掛けて来た事も、何等驚く様な事では無い。
魔法陣の内側に閉じ込めれば、大抵の敵は封じ込められる筈だった。
だが、魔法は発動しなかった。
指揮官は狼狽して部下を問い詰める。

 「……どうなっている!?
  魔法陣に魔力が流れていないぞ!」

 「そ、それが……!
  蟻です、無数の蟻が魔法陣の形を歪めています!」

 「蟻!?
  昆虫にしてやられたと言うのか!
  しかし、魔力は感じなかったぞ!
  魔法では無いと言うのか……」

共通魔法の魔法陣を打ち破ったのは、昆虫人スフィカがフェロモンと羽音で指揮する蟻の大群だった。
熱帯の狂暴な蟻の大群が、魔法陣の一部を食い破って、魔法の発動を阻んだのだ。
0112創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/28(月) 19:49:19.17ID:m9VxlTOH
隊長は舌打ちして言う。

 「構うか、相手は一人だ!
  九人で三角陣を取れ!」

共通魔法使いは数が力になる。
複数人で連携すれば、何倍もの力の相手とも互角に戦える。
魔導師一人一人は人間としては優秀だが、それだけの存在だ。
一人が何百人分もの力は持たない。
だから相手の脅威を見誤る。
どんなに強くとも精々自分の数倍程度だろうと。
サタナルキクリティアは含み笑いする。

 「フフフ、可愛い物だな。
  悪魔の恐ろしさを知らないと見える」

彼女は愛らしい子供の体を捨てて、悪魔の力を解放した。
体は見る見る大きくなり、成人男性並みに力強く筋肉質になる。
額の小さな角は見る見る伸びて、凶悪に捻じ曲がる。
口からは牙が、手足の先からは爪が伸び、人の姿から外れて行く。
小さな弦の様な尻尾は固く太く変質して、大蛇の様に畝る。
その背には漆黒の翼が生えている。

 「一人ずつ生爪を剥がす様に甚振り殺してやる」

サタナルキクリティアの魔法資質は平均的な魔導師の十倍や二十倍では利かない。
詰まりは、それだけの人数が束になっても敵わないのだ。
0113創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/28(月) 19:52:19.42ID:m9VxlTOH
拠点の西には石の魔法使いバレネス・リタとエグゼラの狐が、東には昆虫人スフィカに加えて、
血の魔法使いヴァールハイトが向かった。
そしてレノック等が居る拠点の南には、暗黒魔法使いのビュードリュオンが……。

 「どうやら良くない事が起きた様だ」

レノックは冷静に、付き添いの親衛隊員達に告げる。

 「その様ですね……。
  折角準備した魔法陣が無効化されています。
  速攻を仕掛けるべきとのレノック殿の判断は正しかった」

親衛隊員も余り焦りを表さずに答える。
素直に認められてレノックは小さく苦笑い。

 「ハハ、言うだけなら只さ。
  実際に行動に移せなければ何の意味も無い。
  この儘では各個撃破されるぞ」

 「何か妙案はありませんか?」

親衛隊員の問にレノックは淡々と答える。

 「こちらも各個撃破して行くしかない。
  先ずは、こちらからだな」

彼の視線の先にはビュードリュオンの姿があった。
夜闇に紛れて、その姿は明瞭には見えず、魔法資質にも反応は無かったが、確かに居る。

 「気付かれるとは思わなかった。
  見られてしまった物は仕方が無い。
  私は暗黒魔法使いビュードリュオン・ブレクスグ・ウィギーブランゴ。
  悪いが全員ここで死んで貰う」

彼は堂々と名乗って宣戦布告する。
0114創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/29(火) 19:23:26.19ID:eyFgZHKO
身構える親衛隊員の2人に対して、レノックは臨戦態勢を取らない。
物悲し気な瞳で、ビュードリュオンを見詰めて言う。

 「不協和音が聞こえる。
  君は苦しい状態にある様だな」

 「レノック殿、今は話している場合では……」

親衛隊員の忠告を受けて、レノックは小声で謝る。

 「済まない。
  僕も所詮は悪魔なんだ。
  可哀想な彼の声を聞いてやりたくてね」

そうしている間にビュードリュオンは小声で呪文を唱えていた。

 「死の床に臥せる物達よ、我が声に応え目覚めよ……。
  朽ちた体に死せる魂を宿らせ、不滅の使徒となれ」

これを聞いたレノックは小声で親衛隊員に告げる。

 「『死霊術<ネクロマンシー>』だ!」

ビュードリュオンの肉体が変質して、幾つもの生物が合体した怪物になる。
内臓が腐敗して行く奇病に冒された彼は、生き延びる為に他の人間や動物の肉体を継ぎ接ぎして、
どうにか生存に必要な生理機能を保っていた。
彼自身が合成生物の様な物なのだ。
彼の肉体を構成している、それぞれの生物の「部品」を魔法で再生させる事で、怪物の姿になる。
0115創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/29(火) 19:25:11.46ID:eyFgZHKO
ビュードリュオンの奇怪な正体に、親衛隊員達は恐怖を覚えた。
牛や馬、鹿、山羊、或いは犬、猫、猿、そして人間の様な物まで、複数種の動物が体の一部を、
ビュードリュオンに繋がれた状態で蠢いている。
彼の魔法資質も合成した動物の数だけ強化されている。

 「オオオオオオオオオオーーーー!!」

動物の首が、それぞれの鳴き声で吠えると、魔力が揺らいで音の魔法を放つ。
獣魔法の一形態『鳴動<ランブリング>』だ。
複数の動物の鳴き声が共鳴して、より効果の大きい魔法となる。
これは振動分解魔法だ。
振動の共鳴によって大量のエネルギーを発生させ、分子間の結合を断つ。
物理現象との組み合わせの為に、単純に魔法だけで防ぐ事は難しい。
空気の振動を抑える魔法ならば対処可能だが、先制されると詠唱での魔法発動が阻害される。
親衛隊員の2人は何とか空気の壁で自分達の周囲を覆ったが、ここからの反撃は難しく、
一時撤退を考えていた。

 「レノック殿、一旦下がりましょう」

親衛隊員の呼び掛けに、レノックは余裕の表情で言い返す。

 「その必要は無いよ。
  解っているだろう?
  僕が『音』の魔法使いだと言う事を」

彼は大きく息を吸って、指笛を吹いた。
ピーと言う甲高い音と共に、空気の振動が収まる。

 「小僧、貴様徒者では無いな!」

ビュードリュオンはレノックを警戒した。
0116創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/29(火) 19:28:21.45ID:eyFgZHKO
レノックは肩を竦めて答える。

 「一つ忠告しておこう。
  僕は音を自在に操る魔法使いだ。
  君では僕に勝てない。
  その体では尚の事」

 「成る程、貴様は見た目とは違い、相当な実力の魔法使いなのだな。
  態々自らの能力を明かすとは……。
  だが、私とて修行を重ねて来た魔法使い。
  そう簡単に倒されてはやれん」

ビュードリュオンは彼の忠告にも退かず、腕の筋肉から蛇を分離させて投げ付けた。

 「行け!」

蛇は大口を広げて毒牙を剥き、真っ直ぐレノックを目掛けて飛んで行く。
これを難無く避けたレノックは、太鼓の枹(ばち)を取り出し、何も無い空を叩いた。
落雷の様な轟音が響くが、それは丸で意思を持っているかの様に、遠方には拡散して行かず、
ビュードリュオンに向かって行く。

 「ウォオオ、何だ、これは!?
  か、体が撒(ば)ら撒らになる!」

 「君の体は性質の異なる物を魔法で無理遣り繋げているな?
  それが不協和音の正体だ。
  調律の不具合は、全体に悪影響を及ぼす」

 「利いた風な口を叩くな!
  貴様に私の何が分かる!
  生まれ付いて不具を抱え、生きねばならぬ苦しみ、貴様に分かるか!」

ビュードリュオンは崩壊しそうな体を、どうにか繋ぎ止めながら恨みの言葉を吐いた。
0117創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/30(水) 18:32:05.76ID:60FHk6lC
レノックは返事の代わりに2度目を打つ。
毒蛇の群れで繋がれたビュードリュオンの猩々の右手は、朽ちた縄の様に解けて、腐り落ちた。

 「その業、共通魔法使いでは無いな!
  何故、魔導師会に加担している!」

ビュードリュオンの問い掛けに、レノックは肩を竦めて問い返す。

 「それは、こっちの台詞だよ。
  どうして悪魔に加担して、人間の敵になりたがる?」

 「好きでやっている訳では無い!
  私が生き続ける為には、こうするしか無かった!」

腐って行く体を取り替える事で、ビュードリュオンは今日まで生きて来た。
それも全ては内臓が腐敗する奇病の為。

 「僕には魂の年齢が見える。
  君は人間にしては十分に生きたんじゃないのか?
  それ以上は贅沢と言う物だよ」

 「人並みの健康体を手に入れたいと言う願いが、そんなに贅沢か!
  病に苦しめられる事の無い、平穏無事な生活を求める事が、強欲の罪か!」

レノックの言い種(ぐさ)にビュードリュオンは吠えた。
彼は最初から病に苦しむ事の無い平穏な生活、唯それだけを求めていた。
0118創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/30(水) 18:33:41.75ID:60FHk6lC
しかし、レノックは冷淡に切り捨てる。

 「ああ、贅沢だね。
  それだけの為に、どれだけの人を君は犠牲にして来たんだ?
  心も体も満足な人間が、世の中に一体どれだけ居ると思う?
  目耳鼻口、五臓六腑、四肢と五指、頚胸腰の椎、血液と髄液、骨と関節、筋肉と腱、知能と精神、
  皆どこかしらに異常を抱えている。
  寒ければ風邪を引くし、暑ければ熱に中てられる、人間は脾弱な生き物だ。
  完全に健康な時間は一時的な物さ」

 「その一時的な満足さえ、私には与えられなかったのだ!」

 「だからと言って、人を殺して良い事にはならないだろう。
  君の人生は辛い事ばかりだったと言うのか?
  本の一欠片の幸福も味わった事が無いと?」

 「黙れっ、元より解って貰おうとは思っていない!
  ああ、そうだとも!
  所詮は私の我が儘だ!」

ビュードリュオンは開き直って、腐り落ちる左腕をレノックに向けて投げ付けた。
そして魔力を暴走させて自爆させる。
レノックは爆発に合わせる様に枹を振るった。
空気の壁が出現して爆発を防ぎ、同時に音の波動がビュードリュオンを襲う。
今度は馬の右脚が腐り落ちた。

 「未だ死なん!
  こんな所で死ねる物かっ!」

強い生への執着。
それだけでビュードリュオンは今まで生きて来た様な物だ。
0119創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/30(水) 18:36:09.52ID:60FHk6lC
だが、彼は反攻に転じる事も出来ない。
レノックが空を叩く度に、彼の体は制御を失って崩壊して行く。
それでもビュードリュオンは耐えていれば援軍が来てくれると信じた。
予知魔法使いのスルトが立てた作戦に、間違いは無いと信じている為だ。
その信頼は最初から裏切られている。
スルトは最も強力で厄介な敵であるレノックを足止めする目的で、ビュードリュオンを独り、
南側に派遣させた。
四肢と下半身を失い、残るは胸と首から上だけになったビュードリュオンは、這いながら訴える。

 「こ、これが私の真の姿だ……。
  腐り落ちる臓腑を除けば、これしか残らない。
  哀れむが良い、然も無くば、嘲笑うか……」

レノックは無視して空を打った。
ビュードリュオンの心臓が震えて、破裂しそうになる。

 「ぐっ、よ、容赦無しか……!」

 「その心臓も君の物では無い様だな。
  全ての筋肉や臓器が病に冒されていたとは考え難い。
  古くなった物を自分から捨てたと言うのが、本当の所だろう?
  君は長く生き過ぎたんだ」

 「人の一生を勝手に決めるな。
  どこが十分かは私が決める。
  ……暗黒魔法の神髄を見るが良い」

ビュードリュオンは地面に散った肉体に魔力を流して、魔法陣を完成させた。
それは悪魔召喚の魔法陣だ。

 「我が血肉を贄に捧げる。
  出でよ、地に封じられし飽く無き貪よ」
0120創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/31(木) 19:05:59.11ID:dg8f0Fhq
大地が震えて、地の底から何かが湧き出て来る。
それは黒い靄となってビュードリュオンを包み、彼を更なる怪物へと変えて行く。
レノックは親衛隊員の2人に警告した。

 「これは行けない!
  2人とも下がってくれ、ここは僕が何とかする」

 「しかし、レノック殿!」

ビュードリュオンの周囲に集まる不吉な魔力の流れを、親衛隊員の2人も読み取っていたので、
レノックを置いて下がる事には抵抗があった。
2人を退散させる為に、レノックは敢えて強い言葉を使う。

 「君達は足手纏いだと言うんだ!
  僕の心配をする暇があったら、他の人達を助けに行け!」

普段の様子からは想像も出来ない態度に、親衛隊員の2人は衝撃を受けた。
それだけ危機的な状況なのだと理解して、2人は場を離れる決意をする。

 「分かりました。
  レノック殿、お気を付けて」

 「ああ、直ぐに片付ける」

ビュードリュオンの胴体は、地面から生えた巨大な口を持つ鮫の頭の様な物と合体していた。
レノックは彼を睨んで言う。

 「暗黒魔法の知識をどこで仕入れたかと思ったら、そう言う事か……。
  君の強欲が貪を呼び寄せたのか、それとも貪に取り憑かれて道を誤ったのか?
  どちらにせよ、僕は君を倒さなくてはならない。
  光栄だよ、原初の大罪に会えるとは!
  『欲深き物<グーラ-アヴァリティア>』!!」
0121創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/31(木) 19:07:01.53ID:dg8f0Fhq
「貪」とは抑えの利かない欲望である。
全ての生き物が備える物で、生きて行くのには必要不可欠な感情だが、その尽きる事の無い様は、
全てを貪り尽くすが如く。
古代の人々は、これを「貪」と名付けた。
全ての者は、これが持つが為に欲望を抑えられなくなり、罪を犯す。
それとは逆に、「貪」は生まれ付いて具わっている物ではなく、外より齎される物であり、
これこそが生物を「強欲」に誘うのだとも言う。
「貪」が象徴する物は、貪食と貪欲、そして全てを引き付ける重力だ。
「欲しい」と言う衝動に覚えの無い者は居ない。
「貪」は欲しい物を手に入れれば落ち着くが、後に更なる欲望と共に復活する。
この「貪」を拠り所にした悪魔が「グーラヴァリティ」。
全ての生きとし生ける物が持つ、「欲求」を糧にする存在。
生まれ持って避け得ぬ罪業、「原初の大罪」を司る悪魔の一。
求め続け、幾ら得ようと満たされぬ物!
飽く無き強欲と放恣の化身!

 「私は生き続けたい!
  その為ならば、全ての命を食らい尽くす事さえも厭わない!
  おお、万物よ我が糧となれ!
  全テハ我ガ為ニ有リ、軈テ我ハ全テヲ食ラヒテ、完全ナル存在ト化ソウ!」

ビュードリュオンは悪魔と同化して、自らの思考を失っている。
グーラヴァリティは唯、全ての物を呑み込む存在だ。
大地を吸い込み、蟻地獄の様に擂り鉢状の穴を掘ると、天を仰いで全ての物を食らい尽くそうとする。

 「大言壮語も好い加減にするんだな!
  これでも食らえ!」

レノックは『大喇叭<コンクリッシュ>』(※)を抱えて、大音量でグーラヴァリティを攻撃した。


※:Conchlish……大型の金管楽器で、「conchlisica」(conchlis=巻き貝)を語源とする。
  テューバやホルンの類。
0122創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/01/31(木) 19:08:52.07ID:dg8f0Fhq
しかし、グーラヴァリティは全く怯む様子が無い。
この悪魔は音をも食らっている。

 「足リナイ!!
  モット、モット聞カセロ!」

最早ビュードリュオンはグーラヴァリティに付着しているだけだ。
我が儘勝手に吠える声は、彼の胴と同化した巨大な口から発せられている。

 「流石に古の大悪魔は違うな。
  あらゆる攻撃を吸収してしまうのか……」

レノックは冷や汗を掻いた。
グーラヴァリティの強さが伝承通りであれば、この悪魔には全ての攻撃が通じない。
どんな攻撃でも吸収されて、更なる力を与えてしまう。
とにかく地道に有効打を探して行くしか無い。

 (貪を収める方法を何とか考え付かなくては。
  為す術無く見ているだけでは小賢人の名が廃る)

これは知恵比べだ。
レノックはグーラヴァリティでも食らい尽くせない物を何とか見付け出さなくてはならない。
彼が思考している間も、グーラヴァリティは徐々に蟻地獄の半径を拡げて行く。
熱帯の巨木が倒れて蟻地獄に吸い込まれ、折り曲げられてグーラヴァリティの腹に収まる。
それでも一向に満足する様子は無い。

 「モット、モット食ワセロ!!
  全テヲ我ガ内ニ……」

音が効かないと言う事は、衝撃も通じないと言う事。
恐らく熱や冷気での攻撃も無意味であろう。
0123創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/01(金) 19:32:14.74ID:sYYLhWlh
レノックは空中に浮き上がり、悪魔の本性を現した。
彼は鼓動と共に音を発する人間大の奇怪な球体となり、高周波でグーラヴァリティに攻撃を続ける。
耳を劈く様な甲高い音がグーラヴァリティを襲うが、やはり怯む様子は無い。

 「アア、アア、未ダ足リナイ!
  モット聞カセロ!」

グーラヴァリティは振動を吸収して、高熱を蓄え、赤く発光した。

 (効いていない……訳じゃないんだな。
  吸収し切れないエネルギーが熱と光になって漏れている。
  後は奴の固有振動数が判れば……)

レノックは音の高低を変えながら、グーラヴァリティと最も反応する周波数を探る。

 「オオ、オオ……!
  未ダ、モット、モットクレ!!」

グーラヴァリティは愚かにも、自らに最も響く音に反応して、感動の声を上げる。

 (お望み通り、くれてやる!!)

レノックは敢えてグーラヴァリティに飛び込み、その体内に吸収された。
グーラヴァリティの中は暗黒の空間で、それまで取り込まれた物が無造作に漂っている。
丸で重力の無い宇宙空間の様。

 (何と無く覚えがあるな……。
  ああ、ルヴィエラが造った暗黒空間と似ているのか……。
  しかし、あちら程は虚無の空間じゃない)
0124創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/01(金) 19:34:12.59ID:sYYLhWlh
レノックはグーラヴァリティの中で重低音を発する。
心臓の鼓動の様なリズムが、グーラヴァリティの中で反響する。
内側から響く音にグーラヴァリティは困惑した。

 「オッ、オッ、何ダ、コレハ……。
  我ガ内デ膨ラミ続ケル……」

 (媒体は所詮人間。
  容量の拡大には時間が掛かる。
  グーラヴァリティは何度出現しても、同じ運命を辿った。
  宇宙を呑み込める程の無限の可能性を秘めながら、その貪欲さ故に成長し切る前に自滅する。
  恣に貪り食らい、己を律する事が出来ないから、そうならざるを得ない)

 「オフ、オフ……」

グーラヴァリティは内側で反響する音を漏らすまいと、吸収を止めて口を閉ざした。
それでも堪える事が出来ず、口の端から空気が漏れる。

 (音は空気を振動させ、熱を発して体積を増す。
  その苦しみは、饅頭が胃の中で水を吸って膨らむが如し)

 「ゲ、ゲ、ゲゲェ!」

グーラヴァリティは堪らず大口を開けて、吸い込んだ物を吐き出した。
土砂と木片が蟻地獄を埋めて、グーラヴァリティの体は小さく萎む。
そして最後にレノックを吐き出して、グーラヴァリティは消失し、ビュードリュオンの体だけが、
その場に残った。
0125創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/01(金) 19:36:08.49ID:sYYLhWlh
悪魔の力を失ったビュードリュオンは、胸から上だけしか残っておらず、既に虫の息だった。

 「う、うぅ、死にたくない……。
  助けてくれ……」

レノックは球体から出て、人の姿を取る。

 「生き続けるだけならば、人の形に拘る必要は無かった筈だ。
  ……君は人間として生きたかったんだな。
  気持ちは分かるが、しかし、それは叶わぬ望みだ。
  人間は永遠には生きられない……」

 「わ、私は……死ぬのか?
  こんな所で、本当に……」

 「ああ、その通りだ。
  安らかに眠れ」

レノックに見下ろされ、ビュードリュオンは地面を噛む。

 「うぅ、父も母も病に冒された私を見捨てた。
  私は病の身で、独り生き続けなければならなかった……。
  私には愛する者も、守るべき物も無く、唯己が生きる為だけに生きた。
  虚しい一生だった……」

彼の泣き言をレノックは黙って聞いていた。
それが死に行く哀れな者に対する慰めだった。

 「……最後まで、誰も私を救ってはくれないのか……」

ビュードリュオンは虚しさの涙を流しながら事切れた。
0127創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/02(土) 19:07:26.67ID:e++k3oY1
「虚しさから涙を」とか「虚脱感から涙を」とした方が良かったでしょうか?
「悔し涙」はあっても、「虚し涙」は聞いた事がありませんし……。
推敲が足りなかったでしょうか……。
0128創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/02(土) 19:08:54.81ID:e++k3oY1
彼が倒れた後で、レノックの元に隠密魔法使いのフィーゴ・ササンカが現れる。
彼女は主人に対する様に跪いて報告した。

 「レノック殿、魔導師会は撤退を始めました」

 「急襲する積もりが、逆に急襲を受けて、連携に乱れが生じたか……。
  僕等も引き下がるとしよう。
  同盟にはルヴィエラ以外にも、厄介な連中が居る様だ。
  これ程の者を捨て駒に使うとは……」

ササンカはレノックを抱え上げて、その場から去ろうとする。
レノックは驚いて彼女を見上げた。

 「うわっ、何をするんだ!?」

 「撤退するのでしょう?」

 「幾ら子供の姿だからって、抱っ子は止めてくれよ。
  自分で歩ける」

 「しかし、子供の足は知れていましょう」

 「良いんだよ、殿を務める積もりだったんだから」

 「そうですか……」

ササンカは残念そうに彼を下ろす。
役に立ちたいと言う彼女の気持ちは有り難いのだが、子供扱いは何とかならない物かと、
レノックは咳払いをして眉を顰めた。
0129創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/02(土) 19:10:10.61ID:e++k3oY1
反逆同盟の者達は魔導師会を追撃しなかった。
レノックとササンカは何事も無く、後方に退がった魔導師達と合流する。
多くの魔導師は手負いで、治療を受けていた。
レノックは大隊長を探して状況を尋ねる。

 「君が指揮官か?
  戦況を聞きたい」

 「何だ、お前は?」

大隊長は子供が戦場に居る事を不審に思って、眉を顰める。
そこへ親衛隊員が駆け付けて、間に入った。

 「彼は例の『相談役<アドヴァイザー>』です。
  失礼の無い様に、お願いします」

大隊長は露骨に不満気な顔をする。
それは差別意識の表れだ。

 「今頃出て来て何の用だ?」

 「戦況を聞かせてくれ」

 「……各部隊を後退させた。
  今は戦闘行為は中断している」

 「戦果と被害状況は?」

大隊長は質問を続けるレノックを無視して、補佐を呼ぶ。

 「アドワード、こっちに来い!
  お客さんの話を聞いてやれ!」
0130創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/02(土) 19:11:53.65ID:e++k3oY1
大隊長は直ぐに、その場から立ち去った。
素人の相手をしている暇は無いとでも言いた気な態度に、親衛隊員が代わってレノックに謝る。

 「済みません、無駄に自尊心だけは強い様で……」

部外者に口を出されたくないと言うのは、ある種の「職人意識」だ。
自分は責任ある専門家であり事情に通じているので、無責任な一般人の意見は必要無いと決め付ける。
それに部下を率いなければならない立場で、弱味を見せる訳には行かないとも感じている。
レノックは苦笑いで応じる。

 「君が謝る事は無いよ。
  それに彼の気持ちも解る。
  僕だって魔法の知識に関しては煩くなるからね。
  とにかく情報が聞けるなら、誰からでも良いさ」

大隊長に呼ばれた補佐は困惑した様子で、親衛隊員に話し掛けた。

 「えぇと、何の御用でしょう?」

 「いや、私達では無くて、彼の質問に答えて欲しい」

 「はぁ、誰なんです?」

補佐も子供が居る事を不審に思っている。
親衛隊員は溜め息を吐いた。

 「反逆同盟との戦いに於ける、我々魔導師会の相談役に選ばれた方だ。
  八導師直々の御指名である」
0131創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/03(日) 18:14:11.43ID:P/MH9ZmQ
八導師の指名と聞いて、補佐は吃驚して目を剥いた。

 「えっ、こんな子供が……?」

 「見た目に惑わされては行けない。
  彼は旧暦より生きる大魔法使いの一人なのだぞ」

親衛隊員の答に、補佐は信じられないと言う顔で、レノックを真面真面(まじまじ)と見る。
レノックは咳払いをし、改めて尋ねた。

 「拠点を攻めると言う作戦は、どうなったかな?」

 「はぁ、一時中断です」

 「――と言う事は、近い内に再開する?」

 「……分かりません。
  皆、この機会を逸したくないと言う思いは強いのですが、無謀な突撃を繰り返しても、
  被害が増えるだけでしょうから……」

 「今の所、どの位の被害が出ている?」

 「死亡者が2名、負傷者は……軽く50名は超えています。
  中でも厄介なのが、石化した者が十数名程度居る事です」

 「石化?」

 「はい、如何な原理かは不明ですが……。
  魔法での診断の結果、全身が貝素化しているとの事です。
  生死の判断も付かないので、一応は『行動不能』扱いにしています」

対象を石に変える魔法は数多くあるが、これはバレネス・リタの仕業だ。
彼女は瞳に捉えた物を石に変える、石化の魔眼を持つ。
0132創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/03(日) 18:15:42.15ID:P/MH9ZmQ
レノックは続けて質問した。

 「戦果は、どれだけあったかな?」

補佐は苦々しい顔をする。

 「……分かりません。
  交戦して幾らか手傷を負わせたと言う報告はありましたが……。
  少なくとも、敵に止めを刺したと言う報告はありませんでした」

 「敵の戦力は殆ど減っていないと見るべきかな?」

 「率直に言えば、作戦は失敗したと見るべきでしょう。
  直ちに態勢を立て直して挽回する事は難しい状況です」

結論を求めるレノックに対して、補佐は渋々事実を認めた。
レノックは慰めを言う。

 「しかし、全く無駄だったと言う訳じゃない。
  相手方の戦力の全部では無くとも、大部分は判明したと言って良いだろう。
  それに一人は僕が仕留めた」

 「仕留めた……?」

 「ああ。
  取り敢えず、どんな奴等と戦ったのか情報交換しよう。
  相手の姿と戦い方が判れば、後の対策も立て易い」

レノックの提案に補佐は頷き、魔導師達が戦った相手の情報を、正確に彼に伝えた。
0133創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/03(日) 18:17:21.08ID:P/MH9ZmQ
――補佐の話を聞き終えたレノックは言う。

 「小さな女の子が悪魔に変身したと言うのは、恐らくサタナルキクリティア。
  蜂の様な女は昆虫人のスフィカ。
  虫を操る力を持っているらしいから、蟻を使って魔法陣を壊したのも彼女だろう。
  犬を従えていた男は多分だが、ゲヴェールト。
  石化の能力を持つ女はリタ。
  そして僕等が戦ったのは……ビュードリュオン。
  残る1人の女は一寸分からない。
  ヴェラかジャヴァニか、それとも新しいメンバーか、ルヴィエラとは違うと思うが……」

補佐は両腕を組んで低く唸った。

 「ニージェルクロームとディスクリムが居ませんね……」

 「ニージェルクロームは竜の力を解放してカターナで大暴れした後、何処かへと飛び去った。
  もしかしたら、未だ帰還していないとか、何等かの事情で戦えないのかも知れない。
  ディスクリムは……ルヴィエラの創造物だから表に出て来なくても不思議じゃない……。
  確認の為に、もう1度仕掛けたい所だけど……。
  ルヴィエラが出て来たら、どう仕様も無いからなぁ」

悩むレノックに対して、補佐は小声で告げる。

 「大人しく応援を待った方が良いでしょう」

それが賢明な判断だとレノックも頷こうとした時、地響きが起こった。
同時に膨大な魔力の流れを全員が感じる。
魔力観測員が補佐に魔力通信で異変を知らせる。

 「同盟の本拠地から大量の魔力の溢出を確認!」
0134創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/04(月) 19:34:13.87ID:ERwvSJYI
レノックは魔力の溢れ出す源を見詰めて言う。

 「ルヴィエラが動き出したか!」

常識では考えられない、余りに膨大な魔力を目の当たりにして、誰も身動きが取れない。
そもそも地上で魔力が「湧き出る」事が有り得ないのだ。
地上に存在する魔力は限られており、大量の魔力を感知する事は、即ち、周囲の魔力を集める事に、
他ならない。
だが、この現象は違う。
反逆同盟の本拠地から魔力が湧き出している。
親衛隊員も補佐も大隊長さえも言葉を失っていた。
それは畏れと言う感覚だ。
偉大な存在を前にして、冒し難いと感じる心。
強大な存在を前にして、敵わないと感じる心。
人間に限らず、全ての魔法資質を持つ者が感じる、怯懦と平伏、敗北者の精神。
「魔法生命体」としての格の違いを思い知らされ、戦わずして相手を屈服させる程の「力」。
辛うじて、レノックだけが抗える。
彼は呆然としている親衛隊員に声を掛ける。

 「後退して距離を取るんだ!」

 「あ、はい!」

親衛隊員は大隊長を説得して後退する様に指示を出させた。
そこに多くの言葉は要らなかった。
とにかく「恐ろしい」事は誰にでも解るのだ。
0135創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/04(月) 19:39:33.23ID:ERwvSJYI
やがて地響きは大きくなり、大地が割れ裂けるかと思う程に激しく揺れた。
後退した魔導師達は真面に立つ事も出来ず、大地に這って何事も無い事を祈るしか無かった。

 「レ、レノック殿……」

ササンカは震えてレノックに獅噛み付く。
レノックは彼女を安心させるべく、優しく抱き返して囁いた。

 「大丈夫だ。
  何があっても僕が皆を守る」

混乱の極みの中、空が明るさ増して行く怪現象に、誰も彼も奇妙な神聖さを感じていた。
永遠にも思える3点が過ぎ、漸く大地の揺れは収まる。
同時に、深夜の暗闇が戻り、魔導師達の畏怖の感情も嘘の様に消え失せていた。

 「一体何だったんだ……?
  取り敢えず、無事な者の中から4、5人を選んで、調査に向かわせろ」

大隊長は疑問を解消する為、反逆同盟の本拠地に斥候を派遣する。

 「僕も付いて行こう」

レノックが同行を志願すると、大隊長は嫌な顔をしたが、それだけで何も言わずに黙認した。

 「レノック殿、我々も……」

ササンカと親衛隊員もレノックに同行を求めたが、断られる。

 「余り大勢で出掛けては、隠密行動に支障が出る。
  何、心配は要らない。
  僕の予想が正しければ、何も起こらない筈さ」

そう説得されて、一同はレノックを見送った。
0136創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/04(月) 19:40:42.91ID:ERwvSJYI
早朝の森の中は常夏のカターナ地方とは思えない程、静かな冷気に包まれている。
レノックを含めた斥候部隊は、慎重に反逆同盟の本拠地へと向かった。
そこで一行が目にした物は……、

 「き、消えている……?」

何も無い空き地だった。
砦が丸々消失している。

 「逃げられたか……。
  それとも逃げてくれたと言うべきかな」

レノックの独り言に、斥候部隊の者達は複雑な表情をした。
全員「取り逃した」と言う悔しさより、明らかに「見逃してくれた」と言う安堵が勝っていた。
敵は強大で恐ろしい。
魔導師が何百人と集まった所で、勝てる気が全くしなかった。
皆の反応を窺って、レノックは独り思う。

 (少し刺激が強過ぎたか?
  完全に萎縮してしまっている。
  戦える敵と戦うべきでは無い敵を見極めさせる積もりが、これでは戦い自体を忌避し兼ねない。
  どこで出て来るか判らないルヴィエラを恐れて、戦えなくなってしまっては意味が無い)

完全に心を殺している処刑人は、こうした余計な事を考えないだろうが、普通の執行者を含む、
大多数の魔導師は、自分で思考して判断する事を許されている。
故に、強敵を前にして恐怖に足が竦む事もある。
難しい物だとレノックは小さく息を吐いた。
0137創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/04(月) 19:41:02.15ID:ERwvSJYI
ともかく決戦は先送りされた。
反逆同盟の一員であるビュードリュオンは死に、多くの魔導師達が真に恐ろしい物を知った。
否、魔導師達は真に恐ろしい物の片鱗を垣間見たに過ぎない。
未だ本当の恐怖を味わっていないのだ。
これを機に魔導師達が己の分を弁えてくれる事を、レノックは願った。
魔導師が何百人、何千人集まろうと、ルヴィエラを倒す事は不可能なのだ……。
0139創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/05(火) 18:51:34.99ID:EBo0Vnzm
凶事は突然に


所在地不明 反逆同盟の新たな拠点にて


反逆同盟の長マトラは魔導師会に突き止められた拠点を放棄して、極寒の地に魔城を召喚した。
新たな拠点を極寒の地に定めた事に、同盟のメンバー達は不満を口にした。
ゲヴェールトが全員を代表してマトラに抗議する。

 「マトラ様、ここは寒過ぎます。
  拠点とするには不向きかと……」

 「私は何とも無いが?」

魔城の謁見の間にて、玉座に腰掛けたマトラは、気怠い声で答える。
大悪魔には寒さも暑さも関係無いのだ。

 「……不都合があるのは私だけではありません。
  昆虫人のスフィカさんも冷気には弱いでしょう。
  エグゼラの狐も、この寒さには参っています」

 「私に何をしろと言うのか……」

呆れて溜め息を吐く彼女に、ゲヴェールトは改めて訴えた。

 「どこか他の場所に拠点を移す訳には行かないでしょうか?」

 「それは難しいな。
  他の場所では魔導師会に直ぐ嗅ぎ付けられる。
  一々連中の相手をするのは煩わしいよ。
  新たな拠点が欲しければ、自分で造るのだな。
  そろそろ『同盟』の一員として『活躍』しても良い頃だろう?」

マトラは鼻で笑い、ゲヴェールト等の腑甲斐無さを指摘した。
共通魔法社会に反逆する集団の一員でありながら、何の活動もしない事は有り得ないのだ。
0140創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/05(火) 18:52:48.87ID:EBo0Vnzm
ゲヴェールトは反論出来ずに、悄々(すごすご)と立ち去った。
マトラは大きな溜め息を吐き、悉(すっか)り少なくなってしまった同盟のメンバーを思う。

 (ここも寂しくなってしまった物だ。
  弱気の虫が付くのも、解らんでも無い……。
  社会に動揺を与えているのは事実だけど、それだけでは何の利益も無いんだから。
  虚しくもなろうと言う物。
  だけど、尻を叩いて動かしてやらないと行けないってのは、何とも手の掛かる事だねェ。
  ……やっぱり同盟からの離脱者には制裁が必要だったか)

彼女は独り思い立って、玉座から腰を上げると、闇の中に姿を消した。
0141創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/05(火) 18:53:20.50ID:EBo0Vnzm
ブリウォール街道にて


世間を覆う不穏な空気とは裏腹に、晴れた穏やかな日の事。
精霊魔法使いコバルトゥスと、リベラとラントロックの姉弟、未知の魔法使いヘルザ、
そして獣人のテリアと鳥人のフテラの3人と2体は、ブリウォール街道を移動中だった。
獣人テリアと鳥人フテラは人の姿を取って、正体が暴(ば)れない様にしている。
大人しく正体を隠して、執行者との無用な衝突を避ける位の知恵は、2体にもあるのだ。
一行は一応は反逆同盟を止める事を目的としている物の、各地を旅して怪しい噂を聞き付けては、
反逆同盟との関連を調べる程度で、同盟と本格的な敵対はしない積もりだった。
しかし……。
今は未知の魔法使いヘルザが具合を悪くして、無人休憩所でリベラの看病を受けている所。
ヘルザの体調不良の原因は瞭(はっき)りせず、魔法で回復させる事も出来なかった。
どこが悪い訳でも無いのに、何故か魔法資質まで弱っている。
そんな訳で一行は彼女の容体が回復するまで足止めを食っていた。
――ブリウォール街道の中でも、ボルガ地方寄りの所に、森の中を通る道がある。
如何に大街道とは言え、沿道に絶えず商店が並び続けている訳では無い。
寧ろ、商店があるのは長い大街道の中の、本の数通の区間に過ぎず、それ以外は道を切り拓いた、
自然の儘なのが普通だ。
そして、どれだけ人通りが多くても、その様な区間は誰も彼も唯々通り過ぎるだけで、
少し道を外れると、全く人目に付かない。
だから、時々用を足しに道を外れる人が出る。
そんな余談は措いて、そうした「人通りは多いが特に何も無い区間」で一行が小休憩していると、
俄かに空が暗んで、冷たい風が吹き始めた。
天を仰いで眉を顰めるコバルトゥスに、リベラはヘルザから一時離れて問う。

 「一雨来そうですか?」

 「雨なら良いんだけどな……」

彼女は冷たい風と広がる雲に降雨の兆しを見ていたが、優れた魔法資質を持ち、精霊の声を聞ける、
コバルトゥスは恐ろしい物の気配を感じていた。
0142創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/06(水) 19:32:50.88ID:jRrceIgL
彼はリベラに問う。

 「ヘルザちゃんの具合は、どう?」

 「中々良くならない――いえ、寧ろ、酷くなって行ってるみたいで……」

 「彼女は勘が優れているのかも知れない」

暗雲の広がりは世界を覆う様で、昼間だと言うのに、丸で真夜中の如くになった。
吹き付ける冷たい風は、丸で真冬の如く。
流石に、これは奇怪(おか)しいと誰でも気付く。
リベラは不安気にコバルトゥスに身を寄せた。

 「ど、どうなってるんですか、これは……?
  コバルトゥスさん……」

コバルトゥスは彼女の肩を抱いて、冷気の中心を睨む。
そんな2人の様子を見て、ラントロックは不満気な顔をした。
義姉のリベラが他の男を頼るのが面白くないのだ。
その代わりに、フテラとテリアが彼に縋り付く。

 「こ、怖い……。
  マトラ様が来るよ……」

テリアの呟きを聞いて、ラントロックは目を見張る。

 「そんな馬鹿な……。
  あの人が、こんな所に現れるって言うのか?」

敵の親玉が軽々しく出掛けて姿を現すのかと彼は疑った。
しかし、彼女が現れるのであれば、これだけの異変が起きるのも納得出来る。
フテラはラントロックの袖を引っ張って言う。

 「は、早く逃げよう……!
  ここに居たら見付かる!」
0143創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/06(水) 19:34:31.93ID:jRrceIgL
彼女の忠告を受けて、ラントロックはコバルトゥスに呼び掛けた。

 「小父さん、マトラが現れるって!」

 「マトラって、あの女だろう?」

コバルトゥスは一度マトラと対面した事があった。
その時、彼女は精霊魔法に怯んで撤退した。
そこまで脅威になるのかと彼は疑問に思い続けていた。
もしかしたら返り討ちに出来るのでは無いかとも思うのだ。
だが、今の彼はリベラやラントロックを預かっている身。
危険が及ぶのが我が身だけなら未だしも、もしもの事を考えれば、ここで無理は出来ない。
彼はリベラに言う。

 「リベラちゃん、ラントロック達を連れて離れているんだ。
  『あれ』の目的が何かは判らないけれど、徒事じゃない事だけは確かだ」

コバルトゥスの指差す先、暗雲の中心には、真っ黒な雲の塊がある。
そこにマトラ事ルヴィエラが居るのだ。

 「コバルトゥスさんは……?」

 「一寸『あれ』の相手をしてみようと思う」

 「や、止めた方が良いですよ。
  一緒に逃げましょう。
  ヘルザちゃんも連れて――」

 「ヘルザちゃんには構わない方が良い。
  巻き込んでしまうだけだ。
  俺が奴の注意を引き付けておく。
  何れ戦う事になる相手なんだから、少し位は実力を見ておかないとな。
  大丈夫、逃げ足には自信がある」

その余裕の態度が、リベラを逆に益々不安にさせる。
0144創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/06(水) 19:40:22.85ID:jRrceIgL
この儘だとリベラも残り兼ねないので、ラントロックは彼女を急かした。

 「義姉さん、早く!」

リベラは一度ラントロックを見て、再びコバルトゥスに振り返る。

 「無理はしないで下さい」

 「ああ、分かってるよ」

コバルトゥスはウィンクして彼女に背を向け、迫り来る黒雲を見上げた。
彼以外は道を外れて、近くの森の中に駆け込む。
通行人も異変を察知して、足早に先に進んだり、来た道を引き返したりしている。
人気が無くなった大街道の真ん中で、独りコバルトゥスは精霊石を高く掲げた。

 「火の精霊よ、我が願いを聞き届け給え!
  その輝きを以って、闇を払い給わん!」

彼は精霊石を発光させた後、更に呪文を詠唱する。

 「光は集いて一振りの剣となる!」

精霊石は一層輝きを増しながら収束して、一条の光の束となる。
コバルトゥスは精霊石から無限に伸びる光の剣を、黒雲に向けた。
しかし、光は黒雲に吸い込まれるだけで、何の反応も無い。

 「……効いていないのか?」
0145創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/07(木) 18:38:26.28ID:NpJnvyEp
コバルトゥスは光の剣を照射した儘、黒雲からの反撃を待った。
嫌がらせの様な攻撃が効いていたのか、黒雲は彼の頭上に来ると、粘着いた黒い雨を降らせる。

 「うわっ、何だ、こりゃ!?」

コバルトゥスは光の剣を収め、器用に風を操って、黒い雨を浴びない様にした。
大地に溜まった黒い水は、複数の場所に寄り集まって黒い怪物の姿になる。
全部で6体。
それぞれの怪物は異なる姿を取っている。
ある物は犬の様であり、ある物は魚の様であり、又、熊の様であり、蟹の様であり、雄牛の様であり、
百足の様である。
怪物は緩りとした動きで、コバルトゥスを取り囲んだ。
黒雲は彼の頭上を通り過ぎて、大街道を外れ、森の中に向かう。

 (攻撃して来る者を無視してまで、誰を狙っている!?
  ラントロックか、それとも……)

コバルトゥスは再び光の剣を振るい、黒い液体の怪物達を薙ぎ払う。

 「退(ど)けっ!!」

光の剣を浴びた黒い液体の怪物達は、一瞬で蒸発した。
コバルトゥスは急いでリベラ等と合流しようとするが、精霊石が反応しない。
精霊石に込めた力を、今の戦いで使い切ってしまったのだ。
普通なら自然界に存在する魔力を回収する事で、精霊魔法を使うのに支障は出ない筈なのだが、
暗雲の影響で周囲の魔力が悪影響を受けて、利用し難くなっている。
0146創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/07(木) 18:39:31.10ID:NpJnvyEp
コバルトゥスは自分の足で走り、黒雲を追った。
何時もより体が重く、思う様に動けていないと感じるのは、魔法に慣れ過ぎた為か……。

 (俺が駆け付けるまで、無事で居てくれよ、皆!)

彼は祈る様な気持ちで、森の中に駆け込む。
一方、森の中を走っていたリベラ等は、黒雲が自分達を追って来ると理解し始めていた。
テリアは泣き言を漏らす。

 「や、やっぱり、マトラ様に逆らうんじゃなかった……!
  屹度、私達を粛清しに来たんだ!」

それを聞いたラントロックは彼女とフテラに言った。

 「フテラさん、テリアさん、俺達を置いて逃げてくれ。
  この儘、皆揃って全滅する位なら、そっちの方が良い」

フテラとテリアは人間であるリベラとラントロックに足を合わせている。
本気で逃走すれば、もっと遠くに逃げられる筈なのだ。
だが、フテラは頷かない。

 「そんな事は出来ない。
  私達は一緒だ」

お言葉に甘えて逃げ出そうと考えていたテリアは、慌てて言い繕う。

 「そ、そうだよ、そんな卑怯な真似が出来る物か!」

 「でも、この儘だと……」

そんな事を言っている内に、黒雲は一行の頭上まで来て、黒い雨を降らせた。
0147創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/07(木) 18:40:49.53ID:NpJnvyEp
黒い雨は森の木々を濡らしながら、地面に集まって、人の姿を取る。
それは丸で兵士の様だ。
鎧兜を身に着けて、手には槍を持っている。
黒い液体の兵士は数を増やして行き、十数人にもなって、一行を取り囲んだ。
闇は徐々に深まって行き、黒い兵士達をも呑み込んで、夜より暗い闇が辺りを支配する。
2人と2体は体を寄せ合い、お互いの存在を確かめた。
そうでもしなければ、暗闇の中で孤立してしまいそうだった。
闇の中では空も大地も失われ、全てが黒に包まれている。
マトラ事ルヴィエラは、暗闇の底から姿を現した。
リベラとラントロックは身構えるが、フテラとテリアは恐怖に縮み上がっている。
ラントロックは強気にマトラに尋ねた。

 「今更、俺達に何の用だ!」

マトラは不気味に笑って言う。

 「実は、戻って来て貰えないかと思ってな。
  同盟のメンバーも数が減って寂しくなってしまった」

 「そんな事を言っても、もう遅い!
  何も彼も、あんたが同盟の事を真剣に考えて来なかった所為だ!
  だから、皆死んで行ったんじゃないか!」

ラントロックの抗議にも彼女は平然として、申し訳無さを感じさせない。

 「どうも私は去る者を追うのが苦手でな。
  説得して止めてやる事が出来なかった。
  共通魔法使いと積極的に戦おうと言う者は貴重だったと、今更ながら気付いたのだ」

 「俺達を連れ戻して、どうしようって言うんだ?
  共通魔法使いと戦わせようって?
  冗談じゃない!」

言葉だけは反省している風のマトラに、ラントロックは威勢良く啖呵を切る。
0148創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/08(金) 19:09:49.58ID:/eshIdKB
マトラは両腕を胸の前で組んで、困った様に笑った。

 「中々頑固だな。
  そこまで嫌と言う者を無理遣り従わせるのも骨だ。
  『私の』敵になると言う認識で良いのだな?」

脅しを含めた問にも、ラントロックは屈しない。
若さと勢いだけで押し切る。
それはマトラの真の恐ろしさを知らないが故の無謀な勇気だ。

 「ああ!」

マトラは意地悪く笑って、今度はフテラとテリアに目を遣る。

 「お前達も同じか?」

震えて何も言えない2体に対し、彼女は嘲る様に更に問う。

 「私を裏切るのか?」

テリアは恐怖に耐え切れず、言い訳した。

 「い、いえ、そんな積もりは……」

 「では、どう言う積もりだ?
  所詮、お前達は人外の存在。
  人を食らう宿命の怪物だと言うのに、我が膝下を離れて、どうする積もりだったのか」

弱者を詰るマトラは本当に楽しそうだ。
数多の魔法使いの中でも、最も性格が悪いと言われるだけはある。
0149創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/08(金) 19:10:51.88ID:/eshIdKB
リベラはマトラの態度に怒りを覚えて、フテラとテリアの2体を庇い立った。

 「卑怯な!!
  脅して言う事を聞かせるなんて!」

意外な指摘にマトラは向きになって感情を露に反論する。

 「卑怯……?
  小娘がっ、粋がるなよ!!
  悪魔公爵の私に対して卑怯等と……!
  どこが卑怯だって言うんだい、ええ!?
  力弱いからと言って、脅しに屈する奴が悪いんじゃないか!
  悪魔は強者こそが絶対なんだ!
  弱者は踏み躙られて当然なんだよ!」

強大な悪魔貴族を卑怯と面罵する事は、絶対にしては行けない事だ。
誇り高い悪魔貴族は正面からの堂々とした力尽くを好む。
それは悪でも恥でも無く、正しい事なのだ。
フテラとテリアは逆上するマトラに益々怯えてしまった。
テリアは恐怖心を抑えられなくなり、堪らず逃走を図る。
それをマトラが見逃す筈は無く、彼女に向けて黒い雷を落とす。

 「こらっ、逃げるんじゃないよ!
  お前に人間の姿は未だ早かった様だねェ!!」

 「ギャーーッ!!」

落雷を受けたテリアは小さく縮み、一瞬で猫に変えられてしまった。
魔獣ですら無い、極々普通の猫だ。
0150創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/08(金) 19:15:03.35ID:/eshIdKB
知能まで獣以下に後退したテリアは、自分の姿に疑問を持つ事も無く、只管に逃走して、
闇の向こうに姿を消す。
マトラは次にフテラを睨んだ。

 「私に逆らうと言う事は、『あの様に』なると言う事だ……。
  何百何千年生きた魔物だろうと、私の前では小動物も同然。
  魔性を奪われ、命短い畜生に成り下がりたいか?」

それは長い年月を掛けて「成り上がった」フテラには、死刑宣告に近い脅しだった。
テリアを猫に変化させた魔法は、時が経てば解ける様な一時的な物ではない。
不可逆の絶対的で永続的な「退化」だ。
彼女は平伏してマトラに許しを乞う。

 「お、お許し下さい、マトラ様……!」

その姿にリベラとラントロックは衝撃を受ける。
フテラは恐怖の余り、マトラに屈したのだ。
マトラは心底愉快そうに邪悪な笑みを浮かべた。

 「良い良い。
  では、私と来てくれるな?」

フテラは弱々しい瞳で、許しを乞う様にリベラとラントロックの2人を見る。
ラントロックは強気にフテラを見詰めて、首を横に振った。
彼はマトラを睨んで言う。

 「フテラさんは連れて行かせない!」

マトラは高笑いした。

 「ファハハ、可愛いなぁ!
  丸で身分を弁えぬ、無知な子犬の如きよ!」

フテラは蒼い顔でラントロックを止める。

 「止せ、トロウィヤウィッチ!
  私が降れば、それで済むのだ」
0151創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/09(土) 18:47:24.88ID:B5/RrZMs
それは彼女なりに考えた上での行動だった。
自己犠牲の精神にマトラは大いに満足する。

 「そうそう、物分かりが良いな。
  賢い子は好きだよ。
  お出で」

彼女は手招きしてフテラを誘う。
フテラはラントロックに申し訳無さそうな一瞥を呉れて、マトラの元へ歩いて行った。
マトラは彼女の肩を叩いて、リベラとラントロックに振り向かせる。

 「では、私からの命令だ。
  そこの2人を殺せ。
  勿論、聞いてくれるよな?
  我が忠実な下僕よ」

リベラとラントロックは同時に言う。

 「卑劣なっ!!」

 「私が直接手を下しても良いのだが、それでは忠誠心を測れぬからな。
  どうした、何を躊躇う事がある?
  やれ!!」

罵倒も意に介さず、マトラはフテラに改めて命じた。
正か、こうなるとは思わず、フテラはマトラに許しを乞う。

 「マトラ様、どうか、お許しを……」

 「ならぬ!
  同盟を裏切ったのはトロウィヤウィッチも同じ事」
0152創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/09(土) 18:49:03.39ID:B5/RrZMs
必死の哀願もマトラに切り捨てられて、フテラは愈々困り果てた。
リベラとラントロックはマトラを睨んで身構えている。
フテラは己の勇気の無さを呪った。
本人の居ない所では、どれだけ平気で裏切りを働けても、結局強い者には逆らえないのだ。
マトラは何も出来ないフテラに、疑問の言葉を投げ掛ける。

 「何を躊躇う事がある?
  この私以上に恐ろしい物が存在するのか?
  お前が生き続ける為には、私に従う他に無いのだ。
  自分の心に素直になれ」

口では優しく言いながらも、マトラの目は少しも笑っていなかった。
彼女はフテラの本心、戦いから逃げたがる怯懦の心を見抜いているのだ。

 「……お前も人間の姿は未だ早かったか……。
  形(なり)ばかり人でも、心が伴わぬ物を、人とは呼ばぬよ」

天から落ちる黒い雷がフテラを打ち、彼女の姿を1羽の烏に変える。
フテラも又、猫に変えられたテリアの様に、遠くへ飛び去る。
ラントロックはマトラに怒りの言葉を打付けた。

 「何て事をするんだ!!」

 「私は何も悪い事はしていないよ。
  奴等に人間の姿は未だ早かった。
  それだけの事だ。
  恐怖に耐えて戦うでも無く、割り切って私に従う事も出来ず、その心は逃避を望んでいた。
  私は望みを叶えてやっただけ」

彼女の反論は詭弁染みていたが、嘘は無かった。
0153創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/09(土) 18:50:20.21ID:B5/RrZMs
マトラはラントロックを真っ直ぐ見詰めて言う。

 「さて、トロウィヤウィッチ、お前の番だ。
  改めて問おう、お前は私の下に降るか?
  否と答えれば――」

 「断る!!」

言い切らない内に拒否されたので、マトラは少し機嫌を損ねた。

 「命が惜しくない様だな」

 「そんな事は無い!」

 「……えー、詰まり?
  命は惜しいが、私に従うのは嫌だと。
  巫山戯けているのか?」

 「巫山戯けてなんかいない」

 「正か、私に勝てると思っているのか?」

その問にラントロックは答えられなかった。
勝てると言う自信は無い。
だが、ここで弱気に取り憑かれて、屈服する事だけは嫌だった。

 「勝てないと判っていながら、戦うか……。
  それも人間らしいのかもな。
  では、儚く散るが良い」

マトラは片手を上げて、強い圧力を発生させる。
0154創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/10(日) 18:45:17.38ID:VteYXGje
 「何時でも心変わりして良いぞ。
  真綿で首を絞められる様に、熟りと苦しんで行け」

彼女は緩やかに苦しみを増して行かせる事で、2人の変心を望んでいる。
――否、変心が起こるのは副次的な物だ。
実際は、そんな事等、考えてはいない。
彼女は人の苦しむ顔を見たいだけ。
保身と本心との間で葛藤し、保身を優先して屈する姿を見たい。
或いは、本心を貫いて、恨みを持ちながら苦痛に歪む顔を見たいのだ。
リベラはマトラの攻撃を防御する術を持たない。
魔法資質の差が大き過ぎて、防御に魔法を使う事が出来ない。
ラントロックは「裏技」で魔法を使えるが、正面からマトラと当たって打ち克つ事は難しい。
どこかで不意を突く事が出来なければ……。
その時、リベラが隠し持って(存在を忘れて)いた懐剣が輝いた。
ゲントレンから渡された守り刀だ。
攻撃的な魔力の流れを感知して、鞘と刀身に描かれた魔法陣から守護の魔法が自動で発動する。
マトラは驚きつつも、それが脅威で無い事を直ぐに見抜き、小さく笑う。

 「無駄な抵抗を……」

確かに、守り刀の魔法も1点と保たないだろう。
その間に何とか出来ないかとリベラはラントロックに問う。

 「ラント、貴方、何か持ってない?」

 「何かって、俺は道具なんか、そんな……」

何も無いと答えようとした彼は、1つだけある事に気付いた。
0155創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/10(日) 18:47:30.25ID:VteYXGje
彼は懐を漁って小瓶を取り出すと、逆様にして中の水を地面に覆(こぼ)し、水溜まりを作る。
これは魚人のネーラを召喚する為の水だ。
水の正体を知らないマトラは、小首を傾げる。

 「何をしている?」

ラントロックは守り刀の輝きを反射する水溜まりの水面を見詰めた。
そこには見覚えのある風景が映っている。
ソーシェの森の中に建てられたウィローの住家だ。
水溜まりの中では、ネーラがウィローの住家の裏庭にある井戸の傍で、水仕事をしていた。
――水を通じて空間が繋がった瞬間、ネーラはマトラの強力な魔力を感じて震えた。
そして、ラントロックの危機を理解した。
彼女は水が張られた洗濯桶に飛び込むと、瞬時にラントロック等の元に転移する。

 「トロウィヤウィッチ!」

彼女は上半身を水溜まりから出して、ラントロックの足を掴んだ。
そして強い力で水溜まりの中に引き摺り込む。
ラントロックはリベラに手を伸ばして、呼び掛ける。

 「義姉さん、俺に掴まって!
  逃げるよ!」

リベラは彼の手を掴み、諸共にネーラに水の中に引き込まれる。
同時に守り刀が折れて、その効力を失った。

 「ムッ、未だ奴が居たか!!」

マトラはネーラの姿を見て、眉を顰める。
既にリベラとラントロックは水溜まりの中に姿を消した後。
0156創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/10(日) 18:49:08.04ID:VteYXGje
ネーラによってリベラとラントロックは、ウィローの住家に転移させられた。
洗濯桶の中から飛び出した2人は、芝の上に転がって、肩で息をする。
ネーラは直ぐに洗濯桶を引っ繰り返し、水鏡を封じて、マトラが追跡出来ない様にした。

 「あ、有り難う、ネーラさん。
  助かったよ……」

ラントロックは安堵の息を吐きながら、ネーラに礼を言う。
ネーラは彼を睨んで厳しい言葉を打付けた。

 「私が居なければ主は殺されていた」

 「あ、ああ」

それは否定出来ない事実だ。
ラントロックは肯かざるを得ない。

 「もう危険な事は止めてくれ……。
  私は主を失いたくはないよ」

真剣なネーラの訴えに、彼は怯んだ。
反逆同盟と戦っていれば、何れルヴィエラとの衝突は避けられなくなる。
それでもラントロックは首を横に振り、彼女を抱き締めながら言う。

 「有り難う、ネーラさん。
  俺の事を心配してくれて。
  でも、俺は逃げ出す訳には行かない。
  解ってくれないか?」

ネーラは何も言えなくなり、抱かれる儘だ。
その様子にリベラは女誑しだなと思いながら、義弟に冷めた視線を送っていた。
0157創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/11(月) 18:32:53.65ID:uzqulgfT
2人を取り逃したマトラは小さく息を吐く。

 「まあ良い、2体は始末した。
  次第に野生に帰り、永遠に元に戻る事はあるまい」

彼女は全く興味が失せた様に引き揚げる。
黒雲は瞬く間に収まり、晴天が戻った。
凍える様に冷たい風も穏やかで温かい物に変わる。
マトラが存在していた痕跡は影も無い。
彼女が創り出した空間では、時間の流れが歪む。
長らく話し合っていた様に思えても、現実の時間では1点も経過していない。
悪魔公爵の能力を以ってすれば、その位の事は容易に可能なのだ。
コバルトゥスがリベラ等の居た場所に駆け付けた時には、既に誰も居なかった。

 「遅かったか……!」

彼は焦燥を露にして、力の戻った精霊石を高く掲げた。

 「応えてくれ、リベラちゃん!」

彼はリベラにも精霊石を持たせている。
精霊石同士は感応して、通信機の様な役割も果たす。
もし無事ならば応答がある筈だ。
精霊石の中を覗き込むと、彼女が持つ精霊石の風景が映り込む……。
0158創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/11(月) 18:34:14.68ID:uzqulgfT
ウィローの住家で休んでいたリベラは、バックパックからの魔力反応に気付いて、中を漁り、
輝く精霊石を取り出した。
精霊石を見詰めると、その中にコバルトゥスの顔が映る。

 「あ、コバルトゥスさん!
  大丈夫ですか?」

 「大丈夫かって、こっちの台詞だよ!
  全員無事なのかい?」

コバルトゥスの問にリベラは表情を曇らせた。

 「……全員ではありません。
  フテラさんとテリアさんが……」

 「彼女達が?」

 「動物に変えられてしまって……。
  どこかに逃げ出した儘なんです。
  その辺に猫と烏が居ませんか?」

コバルトゥスは辺りを見回したが、それらしい物は見当たらない。
魔力の反応を探ってみても、特に引っ掛かる物は無かった。

 「いや、全然……分からない。
  とにかくリベラちゃん達だけでも無事で良かった。
  今、どこに居る?」

 「ウィローさんの家です」

 「そりゃ豪い遠くに……。
  直ぐ、そっちに向かうよ」

 「ヘルザちゃんの事、忘れないで下さい」

 「分かってる、分かってる」
0159創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/11(月) 18:35:21.41ID:uzqulgfT
そう返事をした彼は精霊石による通信を終えて、ヘルザの元に引き返した。
ヘルザは起き上がって、不安気な顔で待っていた。
彼女はコバルトゥスを認めると、急いで駆け寄る。

 「コバルトゥスさん、皆は無事ですか!?」

 「ああ、どうにか遠くに逃げた様だ。
  ……でも、フテラとテリアが……」

殺されてしまったのかと早合点して、ヘルザはショックを受けた顔で口元を押さえた。
コバルトゥスは慌てて言葉を継ぎ足す。

 「いや、死んでしまった訳じゃなくて、動物に姿を変えさせられてしまったらしい。
  どこに逃げたのか……。
  とにかくラント達と合流しよう。
  所で、もう具合は良いのかい?」

彼の問にヘルザは俯いて答える。

 「はい……。
  雲が晴れると同時に、気分も良くなって……」

 「それは良かった」

安堵するコバルトゥスだったが、ヘルザは強く否定した。

 「良くありません!
  私は恥ずかしいです。
  私も戦わないと行けない時に、自分だけ気分悪くなって倒れているなんて……」

彼女は自分の体調が悪化した原因に心当たりがある様子だった。
0160創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/12(火) 18:34:06.72ID:SSt0q3lj
コバルトゥスも確信までは持っていないが、何と無く彼女の体調不良の原因は察している。
恐らくは、マトラ事ルヴィエラの強大な魔法資質に中てられて、本能的に身を守る対応をしたのだ。
言い方は悪いが、所謂「仮病」、狸寝入りの様な物だ。
魔法資質を抑えて、相手に見付からない様に弱体化した様に振る舞う。
意図して行っている訳では無く、本能的に身に付いた物だから、自分で制御も出来ない。
コバルトゥスはヘルザを慰めた。

 「でも、それで助かったとも言える。
  もしかしたら君は、俺達より早く予兆を掴んでいるのかも知れない。
  魔法資質が優れているのか、それとも他の感覚とのリンクが鋭敏で繊細なのか……。
  どちらにしても、上手く利用出来れば、例えば不意打ちを防いだり、活用方法はあると思う」

 「私でも、お役に立てるんですか?
  どんな事でもします!」

 「ああ、そう言う事は余り言わない様にしようね。
  何でもとか、どんな事でもとか、そう言うのは」

コバルトゥスは苦笑いして、彼女の肩に手を置く。

 「これからラント達と合流しに行く。
  今はソーシェの森に居るらしい」

 「ソーシェの森?」

 「……魔女の婆さんの家だよ」

 「ええっ、そんな遠くに……って、あっ、ネーラさんか!」

遠隔地に瞬間移動する魔法をヘルザは知っていた。
0161創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/12(火) 18:35:04.67ID:SSt0q3lj
コバルトゥスとヘルザはレノックの助力で、空を旅してソーシェの森に飛んだ。
フテラとテリアを失い、一行は再びウィローの住家に戻される。
そこで全員で改めて、反逆同盟と戦う旅の危険に就いて、話し合う事となった。
ラントロックは正直に、マトラが自分達を襲った理由を語る。

 「マトラは俺達を裏切り者として始末しようとしていた。
  今回は逃げられたけど、次は分からない。
  ヘルザ、それでも未だ俺と来るかい?」

ヘルザは即断で肯いた。

 「私も裏切り者なんだし……。
  私にも出来る事があるなら。
  どんなに危険でも良いよ」

次にラントロックはコバルトゥスとリベラを見る。

 「小父さんと義姉さんも、良いの?
  俺達と一緒に居ると、又マトラに狙われるかも知れない」

リベラは強気に答えた。

 「だからって、家族を見捨てる人が居るの?
  余計に放って置けないでしょう」

コバルトゥスも続いて頷く。

 「敵の親玉が向こうから出向いてくれるなら、好都合じゃないか」

ラントロックは何だか嬉しくなって、含羞みながら答えた。

 「有り難う、皆」
0162創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/12(火) 18:35:36.81ID:SSt0q3lj
それを見ていたネーラは、ラントロックに改めて水を詰めた小瓶を渡す。

 「主の力になりたいと思っているのは、私も同じだよ。
  フテラとテリアの事は残念だったけど、私の力が必要になったら、何時でも呼んでくれ」

ラントロックは小瓶を受け取りつつ、この場に残る彼女が心配で言った。

 「ネーラさんこそ大丈夫なのかい?
  もし、ここにマトラが現れたら……」

 「私には水鏡の魔法があるから大丈夫。
  海でも川でも、どこにでも逃げられる」

遣り取りを傍で聞いていたウィローは眉を顰める。

 「私が大丈夫じゃないんだけどね……」

リベラは申し訳無さそうに、彼女に言う。

 「ウィローさんも私達と一緒に行きませんか?」

 「ヘッ、冗談だよ。
  若い子には付いて行けないさ。
  私も旧い魔法使いの一人、自分の事は自分で何とかするさね」

ウィローは苦笑いして断った。
こうして一行は再び反逆同盟と戦う決意を新たにする。
人の姿を失って逃走してしまったフテラとテリアも探しながら……。
0164創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/13(水) 18:30:32.21ID:9LNLgkWn
悪魔の支配する街


所在地不明 極北の地 反逆同盟の拠点にて


反逆同盟の拠点に帰還したルヴィエラを待っていたのは、血の魔法使いゲヴェールトの体を借りた、
彼の祖先ヴァールハイトだった。

 「マトラ公、どこに行っていた?」

 「裏切り者を処分しにな」

 「誰の事だ?」

 「B3Fのフテラとテリアだ。
  魔性を奪い、動物に戻してやった」

マトラは失敗したラントロックの事は口にせず、恰も目的は完全に達成したかの様に答える。
ヴァールハイトの顔が少し緊張した。
マトラは彼の顔を見て意地悪く笑う。

 「お前達も私に処分されたくなければ、少しは役に立って見せろ。
  どうすれば私に『貢献』出来るのか考えるのだな」

それは何も行動を起こさなければ、何れ処分すると言う宣言とヴァールハイトは受け取った。

 「……分かった。
  私も無為に過ごしていた訳では無い。
  温めていた計画を実行に移すとしよう」

 「期待しているぞ」

漸く動き出した彼に、マトラは満足して頷いた。
そして相手を思い通りに動かすには、やはり恐怖が必要なのだと確信したのだった。
0165創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/13(水) 18:31:07.33ID:9LNLgkWn
ブリンガー地方北東部の都市マールティンにて


マールティン市はブリンガー地方の中でも古い景観を残した都市である。
現在でも妖獣から街を守る為の外壁が残っており、その様は旧暦の城塞都市を思わせる。
外壁は補修を繰り返して、復興期の外観を保っているが、これは観光の為であり、今時妖獣の襲撃に、
怯える様な人は居ない。
しかしながら、ブリンガー地方の中でも開発が遅く、長らく妖獣が脅威だった事実があり、
それ故に他の都市が外壁を撤去した後も、ここには外壁が残った。
マールティン市は北にシェルフ山脈、南にベル川に繋がるワルル川、東西にドゥーテの森があり、
宛ら陸の孤島であった。
ドゥーテの森は『猜疑』を意味する名の通り、人を惑わす森とされており、行方不明者が多発する、
不気味な森とされている。
迷信深い田舎者達は、この森の開発には乗り気で無かった。
地理的にシェルフ山脈を越える事は論外。
その為に他都市との交流には南のワルル川を越える必要があり、これがマールティン市周辺の、
開発が進まなかった理由である。
今ではワルル川に橋が架けられ、交通の便も幾らか良くなったが、マールティン市は辺境都市と言う、
扱いに変わりは無い。
0166創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/13(水) 18:32:36.30ID:9LNLgkWn
ヴァールハイトが狙ったのは、このマールティン市だった。
余り人の交流が活発で無く、都市を囲む外壁もある為に人の出入りの管理がし易い。
領地にするなら、ここを候補の一つにと彼は決めていた。
自分の血を飲ませた者を操ると言う、彼の特殊な魔法の性質は、近代化された都市の掌握に、
とても都合が好い。
田舎の小村では精々井戸水に血を混ぜる位しか方法は無かったが、上水道の整備された所では、
主要な配水管に血液を混ぜるだけで良い。
彼の血は1杯の水に1滴垂らすだけで効果がある。
これを飲んだ者はヴァールハイトの命令で、自由意思を失って動く人形の様になる。
血液の摂取を繰り返し、より支配が強まれば、記憶や意識の改竄も行える。
それも命令が下るまでは、全く自覚が無く、問題無く日常生活が送れるので、もしかしたら、
一生操られていると気付かないかも知れない。
その地域で暮らしていれば、水道の水を飲まない者は殆ど居ない。
ヴァールハイトは水道水に血液を混ぜてから、定期的にマールティン市を訪れて、自分の血の支配が、
どの程度まで浸透しているか確かめた。
そして、市内の殆ど全員が血の支配下に置かれた事を認識して、密かに行動に移った。
彼は市役所にて戸籍を改竄し、昔から馴染みのあった人物の様に振る舞い、やがては市長よりも、
遥かに権力を持つ影の存在となった。
0167創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/14(木) 19:50:57.63ID:anPmDBgf
それは引退した政治家の様な存在だ。
実質的な権力を持たない筈のに発言力と影響力があり、影で有力者達を動かす……。
もし正気の人間が居たなら、聞いた事も無い様な人物が何時の間にか、マールティン市の大物として、
君臨している事を奇妙に思うだろう。
しかし、この市内に暮らしている人間は、彼の存在を疑問に思う事が出来ない……。
否、1人だけ居た。
それは市内の魔法道具店の店員マトリ・タカラだった。
タカラはボルガ地方出身の魔導師で、マールティン市の水が体に合わなかった。
故に、水道水を口にする事は無く、態々飲料水を雑貨屋で買っていた。
念には念を入れて、調理に使う水まで売り物の飲料水を使う位の徹底振り。
この為にタカラはヴァールハイトの血の魔法に影響されずに済んでいたのである。
彼女が異変に気付いたのは、店長との何気無い会話中だった。

 「タカラ君、今日は例の集会に出掛けるから、留守を宜しく」

 「例のって何ですか?」

 「あれだよ、マイストルさんの」

 「マイストル?」

 「あれ?
  タカラ君は知らないの?
  マイストル・レッドールさんだよ。
  超有名人じゃないか」

タカラは彼が何を言っているか解らず、気味悪く感じた。
0168創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/14(木) 19:51:56.21ID:anPmDBgf
店長は半笑いで丁寧に説明する。

 「知らないって事は無いだろう?
  タカラ君、ここに来て何年?」

 「えー、4年ですが……」

 「4年も居たら、どこかで話位は聞いてると思うけどなぁ?
  マールティン市では、とにかくマイストルさんに話を通さないと事が進まないんだよ」

 「初耳です」

 「最初に説明したと思うけどなー?」

 「どんな人なんですか?」

 「全く知らないの!?
  ウーム……。
  でも、余り人前に姿を現す人ではないから、有り得ない事では無いのかな……」

タカラは自分の記憶を疑い、何度も自分自身に問い直してみたが、知らない物は知らない。
店長は更に意味不明な説明を始める。

 「いや、しかし、数月に一度は集会があるからな……。
  知らない筈は無いんだよ」

 「集会も初耳なんですけど……。
  そんな習慣ありませんでしたよね?」

 「いや、あったよ?
  タカラ君、大丈夫?」

自分が奇怪しいのかと、タカラは段々自信が無くなって来た。
0169創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/14(木) 19:53:36.98ID:anPmDBgf
彼女が腑に落ちない心持ちで店番をしていると、顔馴染みの客が話し掛けて来る。

 「今日は、タカラさん。
  店長は?」

 「集会です」

 「あぁ、マイストルさんの所か!
  そうだった、そうだった。
  集会の日だったね」

この客もマイストルと言う人物を知っている。
タカラは愈々自分に自信が無くなって来た。
彼女は馴染み客に問う。

 「集会って何をするんですか?」

 「えっ、知らないのかい?
  タカラさんは一寸前に来たばかりだから仕方無いのかな?
  市内の有力者、詰まり、市長とか地区長とか社長とか、大きな店だと支社長の事もあるけど、
  そう言う人達がマイストルさんの呼び掛けで集まって、色々話し合うんだよ。
  街の将来とか、何か事業を興そうとか、そう言う事で後々問題が起こらない様にとかね。
  マイストルさんは調整役って所かな」

やはり聞いた事が無いと、タカラは首を捻った。
4年も暮らしていて、一度たりとも、そんな話は耳にしなかった。
最近始まった習慣なら未だ解るが、そうでも無い。
暫く途絶えていて、最近になって再び始まったと言う訳でも無い。
0170創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/15(金) 19:02:06.01ID:BZ4Ab673
夕方に帰って来た店長に、タカラは尋ねる。

 「お帰りなさい。
  集会の様子は、どうでしたか?」

 「はは、どうって事は無いよ。
  近況を報告して、食事なんかして、それで解散さ。
  飲み会みたいな物だねぇ」

店長の顔は仄り赤く、少し飲んだ後の様だ。
こんな事は今まで一度も無かった。
この店長は真面目な人柄で、勤務中に酒を飲む事は有り得なかった。
集会に出掛けるのは、休養扱いなのだろうか?
それとも仕事だと考えているのか?
タカラは疑いの眼差しを向けて言う。

 「勤務中に飲酒は良くないですよ」

 「あー、いやいや、今日は休暇って事にしとくから。
  固い事言わないで。
  勤務中じゃないから、良いの良いの。
  何時もの事だよ」

飲酒の所為で好い加減になっているのかと彼女は怪しんだ。
「休暇と言う事にしておく」と言う台詞も有り得ない。
店長は公私を確り区切る人だった。
休むなら休むで、最初から決めておく人だ。
飲酒したから休暇と言う事にしようと考える、自堕落な人では無い。
そもそも酒を飲む集会に参加するのが初めてだと言うのに。
0171創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/15(金) 19:03:18.81ID:BZ4Ab673
マイストルと言う人物が何者なのか、タカラは店長に尋ねた。

 「店長、マイストルさんは何をしていた人なんですか?」

 「知らないよ。
  だけど、私が来た時から、今みたいな感じだったから……。
  元市長とか議員とか、そんな所じゃないか?
  魔導師って事は無いからなぁ」

 「店長、何時からマールティン市に勤務してました?」

 「10年位前から」

 「マイストルさんは、どんな感じの人なんです?
  性格とか容姿とか……」

 「年齢にしては若々しい人だよ。
  50歳位だったかな?
  60歳だったかも……。
  とにかく、その位の人だ。
  性格は気削(きさく)だけど、妙な威圧感って言うか、近寄り難い雰囲気がある。
  見た目は白髪交じりで細身だけど、背筋の伸びた人で、若い頃は持てたんだろうなぁって……。
  そうそう、ジョイエルと言う、お孫さんが居るんだ。
  彼の若い頃に、よく似ているらしいけど、余り姿を見せないらしいから、詳しい事は分からない」

そこまで語れると言う事は、少なくともマイストルは実在しているのだろうと感じる。
架空の人物では無い。
では、どうしてタカラは彼の事を知らなかったのか?
偶々知る機会を逸し続けただけなのか?
彼女は混乱の中で徐々にマイストルの存在を認めつつあった。
0172創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/15(金) 19:05:34.30ID:BZ4Ab673
それが覆るのは、翌日の事。
魔法道具店に魔導機の定期発注をしようとしていた時だった。
タカラは店長に尋ねる。

 「発注は先月と同じで良いでしょうか?」

 「あ、待ってくれ!
  在庫それ程減ってないから、今月は要らないよ」

 「えーと、どれの発注を止めるんですか?」

 「どれじゃなくて、要らない」

 「……0って事ですか?
  えっ、全部?
  新製品とか安くなってるのとかありますけど……」

彼女は耳を疑った。
この魔法道具店はマールティン市で魔導機を扱う唯一の店舗だ。
使い捨ての魔力石の様な消耗品まで取り寄せないと言う事は先ず無い。
所が、店長は浅りと切り捨てる。

 「要らない、要らない」

 「無くなったら困りません?
  在庫があると言われても、不測の事態に備えて、常に1月分は余裕を確保しておくって……。
  そう言う話でしたよね?」

欠品があっては市民生活に混乱が生じるのではと、彼女は懸念していた。
事故や災害で納品が遅れる事は有り得るし、運送だけで無く、生産に問題が生じる場合もある。
それは極々常識的な判断だ。

 「これからは方針を変えようと思ってね。
  不良在庫が積み上がるのは良くない。
  欠品が出たら、その時は、その時だ」

店長は楽観的だが、本部から叱責を受けるのではないかと、タカラは心配する。
どうも店長の様子は奇怪しい。
それと言うのも、謎の集会に出掛けてから……。
0173創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/16(土) 19:30:49.84ID:KXMBvXfO
更に翌日、仕事休みのタカラが市内を歩いていると、工事現場に出会した。
そこは最近、魔法陣強化の工事を行ったばかりの所で、何か不手際でもあったのかと彼女は心配する。
一応魔導師であるタカラは、工事現場の交通警備員に話し掛けた。

 「済みません、責任者の方は、どこですか?」

 「えっ、何の用です?」

 「この工事は何なのかと思って。
  最近、工事したばかりですよね?
  何かミスでもあったんですか?」

 「いえ、私には分かりません」

 「……ですから、話の分かる方は、どこですかと」

警備員は迷惑そうな顔をしたが、タカラは引き下がる積もりは無かった。
とても嫌な予感がするのだ。

 「少し待っていて下さい」

警備員は渋々責任者を呼びに行った。
通信機を使わないのかと、タカラは不思議がる。
数点して、警備員は同じく迷惑そうな顔をした現場責任者を連れて、戻って来た。

 「一体、何なんですか?」

責任者は溜め息交じりに問う。
0174創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/16(土) 19:31:51.87ID:KXMBvXfO
タカラは穏やかな口調を心掛けて、彼に尋ねた。

 「この工事は何をしてるんですか?
  魔法陣の強化工事は先月終わった筈ですよね?」

責任者は面倒臭そうに答える。

 「あー、魔法陣の結界が完全じゃなかったんで、張り直しをしようって事になりまして」

 「魔導師会から?」

 「えー、そうなんじゃないでしょうか?」

タカラは彼の回答に嘘がある事を見抜いた。
視線を逸らして、嫌そうな顔をしているのは、追及を避けたがっている証拠。
彼女は鎌を掛ける。

 「魔導師会から、その様な指示があったとは聞いていません」

魔導師会が魔法陣の更新を決定しても、魔法道具店に連絡する事は無い。
同じ魔導師会に属する組織でも、全く無関係の部署と業務なのだから。
責任者は困った顔になって言い訳する。

 「知りませんよ。
  やれと言われたから、やってるんです」

 「誰に?」

 「市長じゃないんですか?
  それか市議会?
  他に道路工事の予算を下ろせる人は居ないでしょう」

ここでも彼は惚けている。
0175創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/16(土) 19:33:55.69ID:KXMBvXfO
中々本当の事を言おうとしない責任者に、タカラは溜め息を吐いた。

 「では、市議会の議事録を見れば経緯が判りますね?」

 「知りませんよ。
  そうじゃないんですか?」

タカラは舌打ちして、彼に詰め寄った。
彼女は魔法資質を高めて凄み、精神的な圧迫感を与える。

 「嘘を吐かないで下さい。
  魔導師に隠し事は無駄です。
  この工事が誰の指示で行われたのか、貴方は知っています」

そして質問をするのでは無く、強気に断定した。

 「わ、私は言われた通りの事をするだけです……。
  社長の指示ですよ……」

 「そう言う事じゃないんですよ。
  その社長が誰の指示を受けていたのか、貴方は知っていますよね?」

 「そ、そこまで判ってるなら、貴女も知ってるでしょう……?
  態々私の口から言わせる必要があるんですか?」

ここまで言ったら、もう自白したも同然だ。
この街で「最も影響力のある人物」は、1人しか居ない。

 (マイストルか……)

念の為に彼女は市役所に赴いて、市議会に議事録の確認をしに行く。
0176創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/17(日) 19:51:34.62ID:T2apEXXM
真面に市議会を通ったのか、それとも議会を無視して横車を押したのか、どちらにしても、
後で更に魔導師会にも確認を求める必要がある。
市役所に着いたタカラは議事録の提出を求めた。
しかし、市議会の議事録には魔法陣を張り直すだとか、魔法陣に問題があると言う様な事は、
一切書かれていなかった。
未だ議事録に書かれない内に、即日工事が行われると言う事があるのかと言えば、先ず無い。
だが、絶対に無いとは言い切れない。
反共通魔法社会組織が暗躍している今、魔法陣の欠陥は重大な危機に繋がる。
魔導師会への連絡を後回しにする事も有り得るかも知れない。
こう言う時に問題が起こらない様に、議事録には正式な文書化する前の、当日の議会の速記をその儘、
議事録に載せる事がある。
それも出来ない場合は、何日に何の議題で市議会が開かれたかと言う事だけでも、書き記しておく。
そうした痕跡も無いと言う事は、市議会で魔法陣の何や彼やが議題になった事は無いと言う事だ。
市役所を後にしたタカラは、次に魔導師会に確認を求める事にした。
これには通報の意味合いもある。
もし邪悪な企みがあるなら、魔導師会が暴いて打ち砕いてくれるだろうと、彼女は期待した。
0177創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/17(日) 19:54:10.93ID:T2apEXXM
魔導師会への連絡は魔力通信によって行うのだが、携帯魔力通信機は比較的高価である。
殆どの魔力通信機は備え付けの物だ。
今は一家に一台は固定の魔力通信機がある時代だが、少し古い家や田舎、貧しい家になると、
魔力通信機が無くとも珍しくは無い。
設置の為の初期費用が高価であり、通信費に上乗せして分割支払いで返済する事になるのだが、
これが中々緊(キツ)いのである。
既に建築された家に後から据え付けるより、新築に設置する方が安価で済むと言う事情もあり、
固定魔力通信機の普及率は都市部でも6割前後と言う所。
優れた魔法資質を持つ魔導師であれば、通信機も必要無いのだが、そんな者は中々居ない。
だが、魔法資質が余り高くない者でも、通信機無しで魔力通信を無料で使える裏技がある。
それは……魔力通信の中継基地の近くで、直接魔力ラジオウェーブに乗る方法だ。
上手くやらないと混信したり、通信内容が漏れる虞があるので、そうそう試そうとする者は居ないが、
タカラは魔導師なので、その技量に関しては問題は無かった。
は独り暮らしで固定の魔力通信機を持っていなかった彼女は、市内にある中継基地を探した。
市内の中継基地は市の中心部にある。
他の中継基地は山の中なので、これが最も利用し易い。
そう彼女は思っていたのだが、この中継基地でも工事が行われていた。
タカラは驚きと共に、恐怖に近い感情を抱き、交通警備員に食って掛かる。

 「何故、工事をしているんですか!?」

 「えぇ、私に聞かれても……。
  危ないですから中に入らないで下さい」

 「責任者を呼んで下さい!
  一体これは、どう言う事ですか!」

タカラは何者か(恐らくはマイストル)が、マールティン市を孤立させようとしていると感じた。
0178創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/17(日) 19:55:17.74ID:T2apEXXM
彼女の剣幕に圧されて、警備員は工事の責任者を呼んで来る。

 「これは誰の指示ですか!?
  魔導師会は何も許可していませんよ!!」

 「そう言われても……。
  私達も仕事だから、やっているだけでして」

 「どこの誰が、やれと言った!?
  こんな事!!」

タカラは責任者に詰め寄り、怒号を放って威圧した。
責任者は後退りしながら、口篭もる。

 「い、いえ、それは……」

 「誰だっ!!」

 「マ、マイストルさんです……。
  魔法陣に欠陥があるから、全ての関連施設を見直すと……。
  工事費用も何とか工面するからと言う話で……」

一体どこに、そんな金があるのかとタカラは疑った。
マイストルは一体どれだけの大人物なのか?
金も権力も持った大物が、全く正体を知られる事も無く、隠居していたと言うのか?
何とか魔導師会に、この異様さを伝えなくてはならないと、彼女は思い切って街を出る事にした。
折角の貴重な休日を潰して、何をしているのかと言う思いはあったが、街に危機が迫っているのだ。
0179創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/18(月) 20:03:31.88ID:Fzmbq7D6
タカラは誰も言わずにマールティン市を脱出する積もりだった。
この街の住人は皆、奇怪しくなっている。
街の出身者だけに限らず、店長までも。
タカラが街を取り囲む外壁を通り抜けようとした所、普段は居ない都市警察の門番が居た。
それも1人や2人では無く、5人程度の集団で。
彼女は困惑する。

 (どうして都市警察が?
  私を外に出さない様に……?
  いやいや、それは流石に考え難い。
  もしかして誰も街から出さない気?)

魔法で門を飛び越えても良いのだが、それより先に事情を知っておこうと、彼女は敢えて自ら、
都市警察に話し掛けた。

 「今日は。
  どうしたんですか?
  何か事件でも?」

都市警察の男性警官は、一礼をして応じる。

 「いえ、最近各地で外道魔法使いの反共通魔法社会組織が暗躍していると言う事で。
  都市警察も魔導師会と協力して、不審人物が居ないかを見張る事になったんです。
  幸い、マールティン市には外壁が残っていますから、ここで人の出入りを監視しようと。
  取り敢えず、ここを通る人には身分証を提示して貰う様にしています」

 「そう言う風に魔導師会から要請が?」

タカラは疑心暗鬼になっていた。
0180創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/19(火) 19:11:24.78ID:aO0bzLDr
警官は自信に満ちた笑顔で答える。

 「具体的な要請があった訳では無いんですけど、都市警察でも出来る事があるんじゃないかと。
  我々都市警察には魔導師会の執行者程の信頼はありませんから……。
  こう言う事で少しでも市民を守る事が出来れば」

 「誰の発案なんですか?」

 「えっと、誰とかじゃなくて、都市警察は都市警察で、出来る事をやって行こうって言う、
  都市警察の自発的な……」

 「本当に自発的なんですか?」

ここでもマイストルの意向が働いているのではと、彼女は疑っていた。
警官は正直に答えようとして、難しい顔になった。

 「……上からの命令って言われたら、それまでなんですけど……。
  えー、詰まり、都市警察全体の動きと言いますか……。
  魔導師会に任せるんじゃなくて、我々も何かしないと存在価値が疑われるって話で……」

 「マイストルさんとは無関係?」

 「それは……どうなんでしょう?
  一寸、分かりません」

マイストルとは無関係なのかと、タカラは安堵する。
そう、幾らマイストルでも、街の全てを掌握する事は、恐らく不可能なのだ。
何も彼もがマイストルの仕業と決め付けてしまうと、今度は味方を失う。
タカラは改めて通行許可を求めた。

 「所で、ブリンガー市まで行きたいんですけど、通して貰えますか?」

 「ブリンガー市に何をしに?」
0181創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/19(火) 19:16:52.67ID:aO0bzLDr
都市警察の問に、彼女は眉を顰める。

 「そこまで言う必要があるんですか?」

 「差し支えなければ、教えて頂けると有り難いです」

丸で戒厳令だと彼女は呆れるが、強ち間違いでも無い。
共通魔法社会は危険な状況にあるのだ。
タカラの態度は、自分の地域が被害に遭っていないからと言う、無関心から来る物に過ぎない。

 「何と言われても困るんですけど……。
  ここを通る全員に一々確認してるんですか?」

 「ええ、はい」

 「えー、じゃあ、買い物って事で。
  身分証の提示が必要なら、はい」

タカラは警官の求めに応じて、適当に理由を付けて、身分証も提示した。
警官は用紙に書き留めて、通行を許可する。

 「どうぞ、お通り下さい」

 「大変ですね」

 「ええ、はい」

2人は互いに愛想笑いする。
こうしてタカラは漸くマールティン市から脱出した。
0182創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/20(水) 19:04:39.14ID:lOeaRz3H
ブリンガー市に着いた彼女は、直ちにブリンガー地方魔導師会本部に駆け込んだ。
そしてマイストル・レッドールなる人物の存在とマールティン市の状況を報告した。
数日の調査の結果、その様な人物は実在する物の、戸籍は最近になって作られた事が判明。
魔導師会は既に音信不通となっているマールティン市に向けて、偵察の為に執行者1部隊を派遣した。
タカラは事態が解決するまでブリンガー市に留まる事に。
所が、送り込んだ執行者が帰って来ない。
連絡はマールティン市到着で途絶えた儘。
これは愈々深刻だと考えた魔導師会は、執行者5部隊、処刑人2部隊の中隊の派遣を決定した。
魔導師会は反逆同盟の一員ゲヴェールトを把握していたが、彼の血の魔法に関する情報は、
全くと言って良い程、持っていなかった。
ゲヴェールトの人格にヴァールハイトが宿っている事も。
マールティン市解放部隊と名付けられた中隊は、これから戦う敵に関して何の情報も無い儘に、
マールティン市に向かった。
そして……、やはり帰って来なかった。
何より奇妙な事は、部隊が突入する前のマールティン市には、普段と変わった様子が、
全く見られない事だった。
魔導師会が送り込んだ執行者の部隊は、連絡を絶つ直前まで映像記録を残していたが、
見慣れない者達が街を支配している訳では無いし、市民が困窮している訳でも無い。
市に出入りする門を見張っているのは都市警察で、これは素直に執行者の指示に従った。
全く戦闘が行われていない所か、敵らしき者の姿も見えない。
そして宿に一泊した翌日に、執行者自らの手によって映像が遮断され、音信不通になる。
0183創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/20(水) 19:05:28.91ID:lOeaRz3H
一体何が原因なのか、ブリンガー魔導師会には全く理解出来なかった。
お手上げ状態だった魔導師会は、遂に相談役レノック・ダッバーディーを招聘して、
助言を求める事になった。
しかしながら、レノックも又、残された映像だけでは何とも判断出来なかった。

 「特に何をされた訳でも無いのに、不思議だねぇ……。
  こう言うのは条件付きで発動する魔法かも知れない。
  何等かの条件が満たされた段階で、魔法の効果が表れるんだ。
  それまでは魔力の流れを感じさせない」

 「それが何なのかを知りたい訳ですが……」

役に立たないなと少し苛立った調子で、執行者の部長はレノックに言う。
レノックは何度も映像が保存された記録石を再生して、やがて答える。

 「ウム、解らない!
  全く解らないから、僕が直接マールティン市に行こう!
  それでマイストルとやらに会ってみようじゃないか!」

 「大丈夫ですか?
  逆に刈られないで下さいよ(※)」

 「多分、大丈夫さ。
  何かあるとしたら、恐らく宿だ」

彼は解らないなりに、予想を付けていた。


※:英語の諺「羊毛を取りに行って、刈られて帰って来る」より。
  ミイラ取りがミイラになる。
0184創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/20(水) 19:07:39.78ID:lOeaRz3H
レノックは何時もの親衛隊の2人は連れずに、隠密魔法使いのフィーゴ・ササンカと、更に、
1人の男性執行者パルティーンと共にマールティン市へと向かった。
そして門に近付く前に、ササンカだけが別行動を取る。
レノックと執行者は普通に都市警察に話を聞きに行った。
先ず都市警察が2人を呼び止める。
彼等はササンカには気付かない。
彼女の隠密魔法は完全に気配を絶つのだ。
門に近付こうとするレノックと執行者に、都市警察は質問する。

 「止まって下さい、身分証を拝見させて下さい」

都市警察に異変は感じられない。
何者かに操られている訳では無い。
執行者は手帳を見せながら問う。

 「執行者だ。
  これは何の為にやっている?」

 「何って、治安維持の為です。
  最近何かと物騒ですから、貴方々ばかりに任せっ切りでは居られないと……」

 「地方警察からの指示か?」

 「明確な指示があった訳ではありませんが、我々も何もしない訳には行かないので」

警官は緊張した面持ちで答える。
その態度には何かを隠そうと言う意図は無いが、対抗心の様な物が感じられた。
0185創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/21(木) 21:47:28.92ID:L1gV5mH9
執行者は足を止めて、警官と熟り話し合った。

 「先に執行者の部隊が来ていた筈だ。
  それも結構な人数の。
  今は何をしている?」

 「街に駐留しています」

 「何だと?」

 「『何だと』と言われても困りますけど……。
  お仕事じゃないんですか?」

執行者の部隊が揃いも揃って、無断で都市に駐留する事が有り得るかと言えば、無い。
あってはならない事だ。

 「そんな指示は出していない。
  今、どこに居る?」

 「どこって……市内のホテルでは?」

執行者は小さく舌打ちして苛立ちを露にした。
警官は苦笑いする。

 「執行者が命令無視ですか……」

 「何か事情があるなら、それを聞かなくてはならない。
  通って良いな?」

執行者の問に警官はレノックを一瞥した。
0186創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/21(木) 21:48:06.50ID:L1gV5mH9
警官は執行者に視線を戻して問う。

 「そこの子供は?
  お子さん……では無いですよね?」

 「当たり前だ。
  この子は幼く見えても我々の協力者だ」

執行者の答を聞いた警官は疑わしい目付きになる。

 「協力者?」

 「私達は、この街で何が起こっているかを調べに来た。
  この子は魔法に関しては人並み外れた才能がある。
  身分は私が保証する」

 「あの、先に来た執行者を連れ戻しに訳じゃないんですか?」

警官は執行者の目的を怪しんだ。
それに対して執行者は堂々と答える。

 「あのな、執行者が命令を無視して街に駐留していると言う事が、異常事態なんだ。
  何かあったと思わない方が、奇怪しいだろう」

 「はぁ、いや、何も無いですけど……」

警官の反応は淡白で呑気な物だ。
危機感が全く無い。
普通なら、執行者が大勢街に押し掛けて、帰らない事を不安に思う物だろうに。
0187創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/21(木) 21:48:57.74ID:L1gV5mH9
外壁の門を潜って街に入ったレノックと執行者パルティーンは、先ず大きなホテルを探した。
多数の執行者が宿泊出来る様なホテルは、マールティン市では限られている。
そして片っ端から聞き込みをして回った。
結果、オテル・マルタンと言う豪華なホテルに、大勢の執行者が滞在していると聞く。
2人は早速、オテル・マルタンに乗り込んだ。
執行者パルティーンは受付に中隊長のフォーコン課長を呼ぶ様に指示する。
そして、フォーコン課長が現れると、周囲の目も憚らずに怒号を放った。

 「手前、フォーコン!!
  どう言う積もりだ、この野郎!!」

 「あ、いや、これには深い訳がありまして」

フォーコン課長は執行者パルティーンの剣幕に圧されて言い訳する。
レノックと共にマールティン市に来た、この執行者パルティーンは「部長補佐」だ。

 「おう、言ってみろ!
  下らない理由だったら、打ん殴ってやる!」

フォーコン課長は委縮して答えた。

 「この街を調査しましたが、異常はありませんでした」

 「『ありませんでした』じゃねえぞ!!
  マイストルには会えたんだろうな!?」

 「はい、会えました。
  そこで彼に依頼された訳です。
  この街に滞在してくれないかと」

 「はぁ?
  馬鹿か、手前は!?
  手前の上司は誰だ、言ってみろ!!
  上司の了解を得るより前に、どこの誰とも分からん様な奴の言う事を聞くのか!!」

フォーコンの様子は明らかに変だった。
そもそも執行者は命令外の事は出来ない様になっている。
下っ端なら未だしも、課長と言う責任ある立場で、それも処刑人まで引き連れて集団行動する者が、
無断で行動して許される訳が無いのだ。
0188創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/22(金) 19:16:54.37ID:XyhbX+sQ
フォーコンは敬礼しながら言う。

 「私の上司はオーネスト・ブルク部長です!」

 「部長は何と言った!?」

 「何も命じられてはおりません!」

 「弁解出来る物ならしてみろ!」

 「はい、この街では魔力通信が使えず、連絡が出来ませんでした!」

 「『出来ませんでした』じゃないだろうが!!
  だったら街から出て連絡せんか!!」

 「しかしながら、街の外は危険です!」

余りに稚拙な言い訳を真剣にされて、パルティーンは失笑してしまった。

 「危険って……、お前、何が居ると言うんだ?」

 「今、共通魔法社会には大きな危機が迫っています」

 「その位は知っているよ。
  具体的な危機があるなら言ってみろ」

 「具体的……?」

フォーコンは困惑して、暫く考え込んだ。
0189創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/22(金) 19:18:14.62ID:XyhbX+sQ
フォーコン課長は真面目な男だった。
彼は何時でも真剣なのだ。
嘘を言ったり、誤魔化したりするのは得意では無い。
それはパルティーンも知っている。
パルティーンは大きな溜め息を吐いて、フォーコンに命じる。

 「部下を連れて、本部に引き揚げろ。
  そこで検査を受けるんだ。
  良いな?」

 「……はい、分かりました。
  どうかしていたみたいです……」

フォーコンは漸く、自分が理屈の通らない変な事を言っているのだと自覚した。

 「良いんだ、この街は普通じゃない。
  一見平穏な様で、恐ろしい何かが潜んでいる。
  それが何なのか……俺が暴く」

フォーコンは悄々と踵を返し、部下に指示を出しに行った。
後ろで様子を見ていたレノックが、執行者パルティーンに声を掛ける。

 「洗脳かな?
  意識の掏り替えか」

 「しかし、魔力の流れは感じられなかった。
  そちらの見立てでは、どうだ?」

 「僕も魔力は感じなかった。
  詰まり、遠隔操作と言う訳じゃない。
  問題は、どの段階で感覚を狂わされたかと言う事だ」

レノックと執行者パルティーンは頷き合う。
0190創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/22(金) 19:19:21.80ID:XyhbX+sQ
それからフォーコン課長が率いる部隊は、揃ってホテルのロビーに集まり……。
レノックとパルティーンを包囲した。
パルティーンは驚いて、フォーコンに問う。

 「これは何の真似だ?」

 「パルティーンさん、貴方は本当に本部からの指令を受けたのですか?」

 「何を一体……」

 「そこの子供は誰です?」

 「彼を疑っているのか?
  お前の関知する事では無い……と言っても、聞いてくれそうには無いな。
  いや、何を言っても今は信じられないだろう」

パルティーンは全ての事情を察した。
フォーコンは自分達が正義だと信じている。
否、フォーコンだけでなく、彼の部隊全員が、そうなのだ。

 「正直に話して頂ければ、信じるかも知れません」

 「……彼は反共通魔法社会組織に対抗する為に、魔導師会が招聘した相談役だ。
  丁度、今みたいな事態を解決する為にな」

 「それを証明する方法はありますか?」

そう問われたパルティーンの代わりに、レノックは執行者から預かった徽章を掲げて、
堂々と進み出た。

 「これだ」

この徽章は執行者が部外者の手を借りる事になった際、信頼出来る協力者の証として渡す物だ。
0191創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/23(土) 19:11:49.66ID:OGp/wHIj
しかしと言うか、案の定と言うか、フォーコン課長は彼を信用しなかった。

 「信用出来ません。
  もしかしたら、本部も侵食されているかも知れない」

 「この野郎!」

パルティーンは頑迷な彼に怒るが、ここでは多勢に無勢だ。
部長補佐と言う地位も、反意の前には実体の無い権力なのである。

 「僕が何とかしようか?」

レノックが意地悪く執行者パルティーンに尋ねた。
パルティーンは渋々ながら頷く。

 「……頼む」

 「よし来た」

その場でレノックは1組の『銅鉢<ジャン>』(※)を取り出すと、打ち合わせて大きく鳴らした。
不意打ちの様に大音撃を食らわされ、その場の全員が同時に一瞬で気絶する。
パルティーンもホテルの受付も。
レノックは倒れたパルティーンを揺すって起こした。

 「おーい、起きてくれよ」

パルティーンは吃驚した顔で跳ね起きる。


※:シンバルの事。
  漢字では銅盤、鐃鉢、銅鉢とも表記する。
  盤は皿、鉢(ハチ)は「金」偏に「バツ」(「跋」、「祓」の旁)の代字か?
  打ち合わせたり、枹で打ったりして音を鳴らす。
  ファイセアルスでの名称「ジャン」は音由来。
  ピャトジャン、ピャジャンとも言う。
0192創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/23(土) 19:13:30.00ID:OGp/wHIj
彼は周囲を見回してレノックに状況を尋ねた。

 「何が起こった?」

 「何って、僕の魔法で皆に気絶して貰っただけだよ」

 「ウーム、恐ろしい魔法だ……」

 「恐ろしいって、君が頼むと言ったんじゃないか?
  とにかくマイストルに会おう。
  奴が諸悪の根源だ」

レノックに促されて、執行者パルティーンはホテルを後にする。
彼は落ち込んだ表情で、浮ら浮ら歩いていた。
レノックは心配して声を掛ける。

 「どうしたんだい?
  何か異変でも感じるのか」

彼の問に執行者パルティーンは俯き加減で答えた。

 「少しショックを受けている。
  フォーコンは、あんな奴じゃなかったんだ。
  職務に忠実で真面目な男だったんだよ」

 「ハハハ、部下に刃を向けられて、ショックかい?」

 「ああ、そうだよ……。
  私達の信頼関係は、その程度だったのかと思うと悲しくなってな。
  表面上は忠実な部下でも、内心では不満を溜め込んでいたのかも知れん……」

 「深く考えない方が良い。
  彼等も正気に返れば、大慌てで許しを乞うよ」

 「そうだな、あいつ等の泣きっ面を拝んでやるとするか」

レノックに励まされて、パルティーンは少し元気を取り戻した。
0193創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/23(土) 19:14:47.41ID:OGp/wHIj
マールティン市から脱出したマトリ・タカラの話では、何時の間にか街中の全員がマイストルを、
認知して尊敬する様になっていたと言う。
しかし、街中では何の異変も感じられない。
共通魔法の結界は破壊されているが、それだけだ。
強力な魔法が街全体を覆っている風では無い。
その事を奇妙に思いながら、執行者パルティーンは市民に聞き込みをして、マイストルの居場所を、
尋ねて回った。
所が、誰に聞いても明確には答えない。

 「そこの君、マイストル・レッドールと言う人を知っているか?」

 「はい、知ってますけど、何か?」

 「その人の家は、どこだろう?」

 「どうして、そんな事を知りたがるんですか?
  貴方は街の人じゃありませんね?」

 「それが何だと言うんだ?」

 「一寸、教えられません」

 「私は執行者だ、怪しい者じゃない」

 「……済みません、失礼します」

こんな調子で、パルティーンが身分を明かしても、市民は誰も話してくれなかった。
マイストルを知らないと言う事は、即ち市民では無いと言う事、それだけで何故か警戒される。
これも記憶や意識の改変の所為なのかと、パルティーンは恐ろしくなった。
0194創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/24(日) 19:13:05.36ID:Z5PNfwj8
結局、マイストルの居場所は掴めない儘……。
執行者パルティーンは途方に暮れた。

 「俺独りで、どうしろってんだ……」

 「君は独りじゃないぞ」

彼の隣でレノックが、にやりと笑う。
子供らしくない笑みに、パルティーンは安心感より悪寒が走った。
それを見てレノックは残念そうな顔になる。

 「どうも君は、心の中では外道魔法使いの手を借りたくないと思っている様だね……。
  執行者としての矜持って奴なのかい?」

 「共通魔法社会を守るのは、共通魔法使いだ。
  外道魔法使いの手を借りる事は、自分達だけでは共通魔法社会を守り切れない事を意味する」

 「気持ちは解るよ?
  僕達だって、身内の問題には執行者に首を突っ込まれたくない。
  だけど、状況をよく考えなよ」

 「解っている……。
  一緒にマイストルを探す方法を考えてくれ」

パルティーンの依頼にレノックは大きく頷いた。

 「それで良い。
  しかし、マイストルは普段は能力(ちから)を抑えて潜伏しているみたいだ。
  探し出すのは容易じゃないだろう」

 「お手上げか?」

 「いや、策はある」

レノックは嫌らしい笑みを浮かべた。
0195創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/24(日) 19:14:12.72ID:Z5PNfwj8
パルティーンは嫌な予感がした物の、取り敢えず聞くだけ聞いてみる。

 「何だ?」

 「相手が人を操るなら、僕達も人を操れば良いじゃないか?
  共通魔法にもあるんだろう?
  自白させる魔法とか、洗脳する魔法とか」

レノックの案にパルティーンは困り顔になった。

 「いや、しかし……」

人を操る魔法はA級禁断共通魔法である。
禁呪の使用には慎重にならなければならない。

 「緊急事態には許可されるんだろう?
  あれ、独自判断や裁量が認められていない?」

 「一応は私にも権限はあるが……」

大体、課長以上の執行者には、禁断共通魔法の使用を許可出来る権限がある。
そして上位の役職程、多くの魔法の使用を許可出来る。
但し、報告書の作成が面倒臭い。
部下にやらせる分には構わないが、自分が使うとなると……。
躊躇うパルティーンをレノックは責付く。

 「迷ってる場合かな?
  これは明らかに異常だよ」

 「……一旦、引き返すのは?
  大隊を編成して一気に攻め込めば……」

パルティーンは弱気に提案した。
0196創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/24(日) 19:17:06.83ID:Z5PNfwj8
レノックは首を横に振る。

 「お勧めしない。
  相手にも時間を与えてしまう。
  ここには処刑人も居るんだぞ」

集団でマールティン市に攻め込もうとすれば、フォーコン率いる処刑人を含めた中隊が、
敵に回る可能性が非常に高い。
そうなれば大混乱は必至だ。
市民にも被害が出るかも知れない。
故に彼は反対した。

 「逃げるのは何時でも出来る。
  とにかく最低でもマイストルを見付けて、どんな奴か、何を企んでいるのか突き止めなければ」

レノックに説得された執行者パルティーンは自信無さそうに小さく頷いた。

 「解った。
  こうなったら、なる様になれだ」

彼は半ば自棄に決断する。
そして片っ端から市民を捕まえて、信頼の魔法でマイストルの居場所を尋ねた。
所が、誰もマイストルの自宅を知らなかった。
徹底して自分に関する情報を隠しているのだ。
そもそもマイストルが実在しているのかも、疑わしくなって来た。
0197創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/25(月) 19:51:39.49ID:6Z0PP0Tk
散々空振りに終わり、疲弊した顔の執行者パルティーンに対して、レノックは嫌らしく言う。

 「僕が何とかしようか?」

パルティーンは執行者として、安易に外道魔法を頼りたくなかった。
しかしながら、彼に打つ手は無い。
これなら自分が禁呪を使う必要は無かったのではと、彼はレノックを疑う。

 「……自分で何とか出来るなら、最初から――」

 「ハハハ、そんな事、君が許さないだろう。
  何事も自分で試す事は大事だ。
  それが解らない君では無い」

レノックの言う事は正しい。
最初からレノックが何とかしようとしても、パルティーンは反対した。
外道魔法を頼るのは、共通魔法の敗北に等しい為だ。
黙り込んだパルティーンを見て、レノックは意地悪く言う。

 「とにかく許可されたと受け取ろう。
  この街で一番人が集まる所に行くよ」

彼はパルティーンと共に、市内の中央広場に向かった。
道中、彼は竪琴を奏で始める。
その音色は心地好く、街の人々は何事かと彼とパルティーンの後を付いて歩く。
人数は少しずつ増えて行き、最初は十数人だったのが、数十人、百人、千人になる。
0198創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/25(月) 19:52:44.63ID:6Z0PP0Tk
中央広場に建てられた、今は機能していない魔法陣の塔に登り、レノックは唄を吟じ始めた。

 「おお、美しきマールティン!
  偉大なるマイストルの街!
  彼の名を知る者よ、来たれ、来たれ!」

市民は彼の音楽に合わせて合唱する。

 「マイストル、マイストル!」

マイストルを称える様な歌に、執行者パルティーンは恐怖を感じた。

 「何をしている、レノック!!」

レノックはテレパシーで答える。

 (君も一緒に歌うと良い。
  これは僕の舞台だ。
  強要はしないよ。
  その気が無いなら、舞台の袖で、静かに見守っていてくれ)

彼は歌と演奏を続ける。
パルティーンは塔の真下に隠れて、人々の様子を観察した。
何か起きたら、彼が自分で止めないと行けない。
今の彼にはレノックに悪意が無い事を願う事しか出来ない。

 「マイストルは何者か?
  彼を知る者よ、来たれ、来たれ!
  我こそはと思わむ者は進み出よ!」
0199創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/25(月) 20:17:33.27ID:6Z0PP0Tk
レノックが市民に呼び掛けると、何人かの者が人を掻き分けて、塔の前に現れた。
レノックは一人一人に問い掛ける。

 「偉大なるマイストル、マイストルの勲功(いさお)とは?
  何を以って、彼は偉大か?」

 「故は知らねど、偉大なり!
  何事か成して、ここに在らむ!」

 「其はマイストルを知らぬなり。
  無知の無知を恥ずべし、無知を知るべし。
  誰ぞ、誰ぞ、彼の勲功を知らぬか!」

 「マイストルは偉大なり!
  偉大なるは、唯それを以って偉大なり!
  大河の悠然なる如く、大樹の聳える如くなり!
  美しき野の花の、故無くして美しき如くなり!」

それは丸で演劇だ。
レノックが問い、市民が答える。
だが、誰もマイストルが何故尊敬されているのかを答えられない。
とにかく偉大だ、偉大だと称えるだけだ。

 「笑止、人は人なり、大河に非ず、大樹に非ず!
  我が目、未だ彼を見ず。
  マイストル、彼は何処か?
  彼を知る者よ、来たれ、来たれ!
  誰ぞ、我に彼の偉大なるを知らしめむ!」

そんなにマイストルが偉大だと言うのなら、彼の姿を見せろとレノックは挑発する。
0200創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/26(火) 18:57:13.04ID:JGx0fItn
市民が入れ替わり進み出る。
これも又、演劇の様だ。

 「偉大なるマイストル、彼の所在は明かせず!
  偉大なるは敵多く、我等誓いて彼を守らむ!」

 「敵、敵とは何か?
  善き人の『善き』所以は、敵の少なきに因る!
  マイストルの敵多きは何故か!」

 「偉大なるマイストルはマールティンの要なり!
  彼無くしてマールティンは無し!
  故に我等は彼を守らむ!」

 「否、マールティンはマイストルに非ず、マイストルはマールティンに非ず!
  マイストル無くしてマールティン在り、先ずマールティン在りき。
  マイストルは後より来るも、誰一人として、その時を知らず。
  彼を知る者よ、来たれ、来たれ!
  何時よりマイストルはマールティンに在りか?」

 「何時かは知らねど、何れかなり!
  100年に満たず、10年より古く!」

 「然れど、誰も彼を語れず。
  真に奇妙、奇怪なり。
  彼を知る者よ、来たれ、来たれ!
  誰ぞ我に彼の由来を語らぬか!」

レノックの問に対する返事は無かった。
市民達は誰一人答えられない事に困惑している。
レノックは改めて呼び掛ける。

 「マイストルは何処か?
  彼を知る者よ、来たれ、来たれ!」
0201創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/26(火) 18:58:21.96ID:JGx0fItn
市民の洗脳は徐々に薄れつつあった。

 「偉大なるマイストル、彼の所在は誰も知らず。
  神出にして鬼没なり。
  用あらば我等を会所に喚(よ)び集める」

誰も知らないのかと、レノックは内心で落胆する。
それでも演奏は止めない。

 「皆、この時は忘れよう。
  偉大なるマイストル、誰も彼を知らず。
  真に奇妙、奇怪なり。
  美しきマールティン、怪奇の街なり。
  皆、散ろう、散ろう。
  元に返らむ」

レノックの唄に合わせて、人々は散り散りに帰って行く。
成果は無しかと、塔の下に潜んでいたパルティーンは小さな溜め息を吐いて、表に出て来た。
彼は塔から飛び下りたレノックに声を掛ける。

 「無駄骨だった様だな。
  敵は用心深いぞ」

 「ここまで徹底しているとは、一寸予想外だった」

レノックは肩を竦めて、自嘲気味に笑う。
パルティーンは彼に尋ねた。

 「どうする、今度こそ打つ手無しか?
  引き返すか?」
0202創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/26(火) 18:59:51.12ID:JGx0fItn
しかし、レノックは強気に笑う。

 「未だ早い。
  マイストルは旧い魔法使いだろうが、所詮は肉の体を持つ者だ。
  この街に共通魔法の流れとは異質な『魔力』は感じない……。
  それは詰まり、相手は肉体を持っていると言う事なんだよ。
  自分の魔力を覆い隠す肉の檻を持っている」

 「それが何なんだ?」

 「肉の維持の為には、飲み食いをしないと、やってられない。
  普段は人の体で物を食ってる訳さ」

 「だから、それが何なんだ?」

察しが悪いパルティーンに対して、レノックは呆れた。

 「『何だ』じゃないよ、君は本当に執行者か?
  どっかで買い物してるか、外食してるか、出前を取ってるかって事だよ。
  その辺で野草を食ったり、鳥や獣を狩ったりしてる訳じゃないならね」

 「又、聞き込みか?」

 「その通り!
  食品を取り扱ってる所を片っ端から見て回ろう。
  それか水道局に乗り込んで、最近水道の使用量が増えた所を探すか」

 「こんなの下っ端にやらせるのになぁ」

パルティーンは暈やきながら、レノックと共に聞き込みを再開する。
0203創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/27(水) 19:07:33.09ID:h+pmJ5VV
2人は食品を扱う所を回った。
彼等はマイストルに関する情報を意外に早く入手する事が出来た。
それは精肉店での事だった。
パルティーンが店員にマイストルが来店した事は無いかと(自白の魔法を使って)問うと、
彼は苦笑しながら答える。

 「マイストルさんは買い物なんかしないよ」

 「でも、飲まず食わずでは生きられないだろう。
  どこかで何かを食わないと」

 「そりゃ確かに。
  買い物をするのは、お孫さんさ」

 「孫……?
  確か、えー、ジョイエルとか言う?」

 「ああ、そうだよ。
  彼がマイストルさんの身の回りの世話をしてるんだってさ。
  それも独りで。
  若くて良い男なんだけど、未だ好い人は居ないみたいだね」

 「有り難う」

 「やや、どう致しまして」

同じ様な話は、『青果店<ベジタブル・ストア>』や『パン屋<ベイカリー>』でも聞けた。
0204創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/27(水) 19:08:43.92ID:h+pmJ5VV
レノックと執行者パルティーンは路上で相談する。

 「ジョイエルとやらを捕まえて、マイストルの居場所を吐かせよう」

パルティーンの提案にレノックは肯くも、一言添える。

 「しかし、僕達の存在は既にマイストルも知っているだろう。
  素直に今まで通りの行動をするかな?」

 「……何か考えがあるのか?」

 「そう急ぐ事は無いさ。
  取り敢えず、水道局に行こう。
  自宅で調理してるなら、水道水の使用量は誤魔化せない」

2人は次に市内の水道局に向かった。
所が、道中で執行者が街を歩いているのを見掛けて、物陰に身を潜める。
フォーコン課長が率いる中隊の一員だ。
その執行者は市民に枚(ビラ)を見せて、注意を呼び掛けていた。

 「こう言う人物を見掛けたら、執行者に御一報を」

レノックとパルティーンは指名手配を受けているのだ。
執行者パルティーンは舌打ちをする。

 「チッ、あいつ等め……。
  後で覚えてろよ」

パルティーンも魔法の実力には自信があるが、複数の執行者に囲まれては多勢に無勢だ。
0205創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/27(水) 19:12:24.78ID:h+pmJ5VV
レノックは苦笑して彼を宥める。

 「彼等は操られているだけなんだ。
  一刻も早くマイストルを捕まえて、正気に返らせよう」

 「ああ、解っている。
  だが、これでは街中を歩く事も出来ないぞ」

執行者は都市警察にも協力を呼び掛けているだろう。
これからは市民に姿を見られるだけで、戦いになる事を覚悟しなければならない。
市民は執行者が操られているとは思わないので、どちらが悪人に見えるかは明白だ。
レノックは平然と言う。

 「気配を消す魔法を使えば良いじゃないか」

 「それでは聞き込みが出来ない。
  洗脳して無理遣り喋らせるのか?」

 「そうだよ」

 「……又、禁呪を使うのか……」

 「もう使ってしまったんだから、何を恐れる事がある?
  毒を食らわば皿までとは、こう言う時の為にある諺だよ。
  毒を食らわば当に皿まで舐るべし、人を殺さば当に血を見るべし、書を読みて自ら得る事無きは、
  元より術無きに如かずってね。
  禁を冒しておきながら、何も得られないと言うのは最悪の恥と心得給え」

 「丸で禁呪の研究者みたいな言い分だ」

 「何なら、僕に唆された事にしても良いんだぜ?」

 「馬鹿にするな。
  私も一人前の大人だ、手前の尻は手前で持つ。
  外道魔法使いに唆されたなんて、それこそ執行者の恥だ」

パルティーンは強がって覚悟を決めた。
0206創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/28(木) 19:51:36.43ID:HjxTed5S
レノックとパルティーンは気配を遮断する魔法を使った上で、更に人気の無い場所を通り、
水道局に忍び込んだ。
熟練の魔導師や執行者であっても、気配を遮断する魔法は、それを使っている物と予想して、
最初から警戒していなければ、見過ごしてしまう程の物である。
執行者が犯人や容疑者を尾行する時に使われるが、それ以外の目的での使用は認められていない。
例外的な使用には、特別な許可が必要になる。
これを一般人が警戒する事は難しい。
水道局に忍び込んだ2人は、会計課の職員に水道使用料金の徴収金額を記した資料の在処を自白させ、
それを窃(こっそ)りと盗み出した。
水道局の外に出たレノックは、パルティーンに言う。

 「この街にマイストルが来たのは、ここ一月以内の事だと思う。
  マトリ・タカラは定期的な『集会』が行われるまで、彼の存在に気付かなかった。
  しかし、侵食は緩やかに続いていた」

 「マトリ・タカラは何故マイストルの存在に疑問を抱けたんだろうか?
  彼女には特別な能力があった訳でも無いのに……。
  何故、彼女は洗脳されなかった?」

 「彼女と他の市民と、何か違いがあったんだろう。
  例えば……、マイストルと一度も会わなかったとか、何かを受け取らなかったとか……。
  彼女だけが特別に何かをしていたなら未だしも、逆に何もしなかった事で洗脳を免れたと言う、
  可能性もある。
  その場合は自覚が無いから、余計に理由を探すのは難しい。
  この街では常に気を付けていないと、君も僕も何時の間にか、洗脳されているかも知れない」

 「恐ろしいな」

パルティーンは建物の陰に移動して、資料を見比べながら、先月と先々月で大きな差がある所を探す。
0207創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/28(木) 19:52:36.39ID:HjxTed5S
約1角後にパルティーンは水道使用料金に差がある所の住所を、メモに書き留め終えた。

 「良し、こいつを当たろう。
  資料は……一応、持って行くとしよう」

レノックとパルティーンは共に、怪しい場所を虱潰しに訪ねて行く。
住所の多くは宿泊施設や料理店だった。
客の入り方によって、水の使用量が異なるのだ。
その中に1つだけ民家があった。
庭を含めた面積は10身平方、2階建ての少し大き目の家。
該当する民家を前にして、パルティーンはレノックに尋ねた。

 「ここか……?」

 「水道管が壊れていたとか、仕様も無い理由でも無ければ、ここだろうね」

2人は誰にも気付かれない様に、民家に忍び込む。
庭には3匹の犬が居た。
幸い、気配を遮断する魔法で、犬は2人の存在に気付かない。
民家に上がり込んだ2人は、忍び足で住人を探した。
家の中は造りこそ一般的なブリンガー地方の物だが、嫌に薄暗く、どこと無く不気味だ。
レノックは音の反響で人の居場所を探る。

 「パルティーン、こっちだ」

 「何故判る?」

 「音だよ、エコーロケーションと言う奴さ」

そう言えば彼は音の魔法使いだったなとパルティーンは感心した。
0208創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/02/28(木) 19:55:44.96ID:HjxTed5S
2人が音源に向かって歩いていると、魔力が不気味に揺らぐ。
レノックは声を潜めて、パルティーンに警告した。

 「上だ!」

パルティーンが視線を上に向けると、天井から逆さに振ら下がっている、奇怪な人物が目に入る。

 「初めまして、お客人。
  私は蝙蝠のバルマムス」

黒衣に身を包んで、目には包帯を巻いており、薄い茶色の髪は重力の儘に逆立っている。

 「お前がマイストルか!?」

パルティーンの問に答えたのは、レノックの方だった。

 「違う、こいつは人と悪魔と魔物、どれでも無い、どっち付かずの存在だ。
  完全に人には成り切れないから、人に紛れ込む事は出来ない」

 「然様、私は鳥であり、獣であり、獣に非ず、鳥に非ず。
  否、人であり、悪魔であり、悪魔に非ず、人に非ず。
  我が存在は虚ろにして移ろい、定まる所を持たず。
  私を知る者よ、名を伺おう」

 「僕の声を聞き忘れるとは、年老いて御自慢の耳も遠くなったか?
  随分と変わった物だな、アストリブラ・バサバタパタ!」

 「何だ、この餓鬼!?
  昔の名前を言うのは反則だろ!!
  手前は誰だっつってんだよ!」

 「僕は今も昔もレノック・ダッバーディーさ!
  久し振りだな、蝙蝠野郎!」

 「ワアアアアア!?」

レノックの名乗りを聞いた途端、バルマムスは引っ繰り返って床に落ちる。
0209創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/01(金) 19:31:39.36ID:SzMjHMK0
バルマムスは這いながら後退った。

 「こんなのが来るなんて、聞いてないぞ……!
  畜生、何時も何時も、こうだ!」

 「ハハハハハ、君は僕とは最悪の相性だからな。
  得意の超音波も僕には効かない。
  早々(さっさ)と去(い)ねぃ!」

腰砕けのバルマムスをレノックは喝破したが、バルマムスは逃げなかった。

 「わ、我等には公爵級が付いているのだぞ!
  去ぬるのは貴様だ、レノック!」

 「だから、どうした?
  この場で殺して欲しいのか?」

凄むレノックを見て、子供の姿で物騒な事を言うのだなと、執行者パルティーンは驚く。
バルマムスは歯噛みした。

 「グヌヌ……!」

 「あっ、そうだ。
  逃げないなら教えて欲しい事がある。
  マイストルって知ってるかい?」

 「ああ、知っているとも。
  ヴァールハイトの事だろう?」

バルマムスが浅りと答えた事に、レノックとパルティーンは拍子抜けしたが、2人共、
ヴァールハイトなる人物は知らなかった。
0210創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/01(金) 19:33:34.91ID:SzMjHMK0
2人は顔を見合わせて、お互いにヴァールハイトと言う名に聞き覚えが無い事を確かめる。
その後にレノックはバルマムスに迫った。

 「そいつは今どこに居る?」

 「この家の地下さ」

 「良し、君は暫く眠ってなさい」

マイストルの居場所を聞き出した彼は、もう用済みだとばかりにバルマムスの目の前で指を弾いた。
耳の良いバルマムスは指を弾く音を聞いた途端に、気を失って倒れ込む。
執行者パルティーンは怪訝な顔でレノックに問うた。

 「素直に情報を吐くなんて怪しいと思わないのか?」

 「罠だとしても、嘘は言っていない。
  ……念の為に、君は外で待機するか?
  半角過ぎても僕が出て来なかったら、急いでブリンガーに引き返すって事で」

レノックの提案にパルティーンは長考した。
フォーコン課長率いる中隊が敵に回っている状況では、自分独りマールティン市から脱出するのにも、
それなりの危険がある。
そもそもレノックを彼は完全に信用していなかった。
だが、2人して罠に嵌まるのは何としても避けたい。
自分だけでも無事なら、仲間を引き連れて戻って来れば良い。
そう考えて結論を出す。

 「分かった、私は外で待っていよう」

 「大丈夫だとは思うけどね。
  これを渡しておこう」

レノックはパルティーンに小さな石を渡す。
0211創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/01(金) 19:35:43.80ID:SzMjHMK0
それを受け取ったパルティーンは彼に尋ねた。

 「これは?」

 「『音石<サウンド・ストーン>』、僕の分身だ。
  何かあった時には、こいつが教えてくれる」

レノックはパルティーンに音石を託して別れる。
独りになったレノックは音の反響を利用して、地下への入り口を探し当てた。

 (罠の可能性か……。
  何が考えられるかな?
  僕に探知出来ない様な罠は殆ど無いんだけど)

地下への入り口は2階に上がる階段の裏に隠す様にあり、レノックは明かり一つ持たずに、
暗闇の中へと下りる。
音を見る事が出来る彼には、明かりは必要無いのだ。
階段を下り切ると、そこには両開きの扉があった。
その向こうからは幽かな明かりが差し込んでいる。

 (ウーム、罠臭い……。
  パルティーンと別行動して正解だったな)

レノックは思い切って、両開きの扉を押し開け……ようとしたが、開かなかったので、引き開ける。
そこに居たのは青いローブを纏った痩せ身の男性だった。
彼は埃臭い物置き小屋の様な地下室で椅子に座り、堂々とレノックと対面している。

 「君がマイストル……?
  その顔は覚えがあるぞ。
  そうだ、反逆同盟の一員、ゲヴェールト・シュトルツ・ブルーティクライトだったか?
  否、少し老けて見えるな……。
  君がヴァールハイトなのか」

ゲヴェールトとヴァールハイトの関係をレノックは知らないが、何等かの関連がある事は、
直ぐに理解出来た。
0212創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/02(土) 19:24:50.67ID:I2qhRTKM
レノックは室内に踏み込まず、その場でヴァールハイトを観察する。

 「君には魂が2つ感じられる。
  成る程、『二人の魔法使い<デュアル・マジシャン>』か?
  1人がゲヴェールト、もう1人が君と言う訳だな、ヴァールハイト」

 「お前の事は知っている。
  音の魔法使いレノック・ダッバーディーだな」

ヴァールハイトは、その場から動かないばかりか、指一つ動かす素振りも見せない。
魔法を使わないのだろうかと、レノックは怪しんだ。
彼の疑念を読んだ様に、ヴァールハイトは告げる。

 「私は自分より強い者と好んで戦う程、馬鹿では無い」

 「だったら、どうするんだ?
  僕は容赦する積もりは無いぜ。
  君さえ倒してしまえば、街の皆の洗脳は解けるんだろう?」

レノックが横笛を構えると、行き成り辺りが真っ暗になった。
彼は空間を認識する事が出来なくなる。

 (部屋の外からでも罠が作動するのか……!
  これは異空間?
  ルヴィエラの仕業か?)

レノックは力業で脱出しようと、幾つもの楽器を召喚して宙に浮かべた。
彼が演奏を始める前に、何者かの声がする。

 「さてさて、そこまでだよ」
0213創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/02(土) 19:25:39.77ID:I2qhRTKM
それに反応してレノックは周囲を見回した。

 「その声……!
  やはりルヴィエラか!
  悪魔公爵の君が、直々に出て来るとは!」

 「お前の横暴振りが目に余ってね。
  高位の悪魔貴族が、余り小事に首を突っ込む物じゃないよ」

ルヴィエラはレノックが悪魔貴族としての礼を欠いていると指摘する。
彼女の言う通り、高位の悪魔貴族は一々下位の存在の諍いには口を挟まない物だ。
圧倒的な力を以って、そこに介入する事は、子供の喧嘩に大人が出て来る様な物。

 「君が暗躍してなければ、僕も黙って見過ごせたんだけどね」

 「それなら、お前も暗躍すれば良かったのに。
  お前が表に出て来るなら、私も出て来ざるを得ないよ。
  紳士協定違反と言う奴だ。
  罰として、お前には暫く、ここで眠っていて貰うとしよう」

 「暫くって何時までかな?」

 「私が世界を征服し終えるまでさ」

やれやれとレノックは両肩を竦めて、何も無い空間に座り込んだ。

 「まあ良いさ。
  この空間に僕が居れば、如何に君とて迂闊な行動は取れないだろう。
  僕は人間を信じる事にするよ」
0214創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/02(土) 19:26:39.30ID:I2qhRTKM
嫌に物分かりの良い彼を、ルヴィエラは怪しんだ。

 「随分と余裕があるな。
  何か企んでおるのか?」

 「否々(いやいや)、途んでも無い!
  ここに囚われるのだって予定外だったさ。
  でも、僕を封印し続ける積もりなら、君も半分とは行かないまでも、3分の1位の力は、
  抑えられてしまうだろう?」

 「フン、そこまで行かないさ。
  精々5分の1、否、10分の1だよ」

 「そうかい?
  とにかく、君が少しでも油断したら、僕は何時でも抜け出すよ。
  この空間自体は、僕にとっては何て事無い物だ」

強がるレノックにルヴィエラは言う。

 「ホホホ、次に目覚めた時は、悪魔の世界だよ」

 「それでも僕は別に構わないんだけどね。
  僕自身が困る訳じゃない」

 「口の減らない小僧め!」

 「小僧は止してくれよ、年は僕の方が上なんだぜ?
  お嬢さん」

口の巧さではレノックに敵う者は居ない。
ルヴィエラは反論を諦めて、力尽くで眠らせる事にした。

 「さっさと眠れ!」
0215創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/03(日) 19:43:53.49ID:lJoXBM+W
一方その頃、民家の外で隠れて待機していた執行者パルティーンは、音石に呼び掛けられる。

 「パルティーン!
  レノックが捕まった!」

 「わっ、吃驚した……。
  喋るのか、こいつ?
  通信機――とも違うのか」

行き成り手に握っていた石が喋ったので、彼は目を剥いて驚いた。
音石は呆れて言う。

 「石が喋って何が悪い!
  そんな事より、大変だ!
  レノックが!」

 「……ああ、解ってる。
  捕まったんだろう?
  脱出は出来そうなのか?」

 「分からない」

 「助けに行くべきか?」

 「……君じゃ無理だと思うなぁ」

音石に自らの無力を指摘されて、パルティーンは少し立腹した物の、そこは大人しく認めて、
次に取るべき行動に移る。
0216創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/03(日) 19:44:48.09ID:lJoXBM+W
 「それなら脱出して、助けを求めるか」

それに音石も同意した。

 「そうした方が良い。
  包囲されない内に、早く!」

執行者パルティーンは気配を消した儘、街の門に向かう。
しかし、門では都市警察の代わりに、執行者が番をしていた。

 「……素直に門から出るのは無理そうだな」

パルティーンは街を囲う外壁を見上げる。

 「まあ、この程度なら飛び越えて逃げれば良いが……。
  そう言えば、隠密魔法使いは?」

彼は脱出する前に、別行動をしているフィーゴ・ササンカを気に掛けた。
直ぐに音石が答える。

 「彼女とも連絡は取れている。
  一旦、一緒に脱出しよう。
  街の外で落ち合う様に言っておくよ」

 「どうやって?」

 「彼女にも『僕』を持たせてあるから。
  僕等、音石は皆レノックの分身で、意思も共有しているんだ」

外道魔法使いとは恐ろしい事が出来るなと、パルティーンは感心した。
0217創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/03(日) 19:45:59.10ID:lJoXBM+W
パルティーンは近くに執行者が居ない場所まで移動して、外壁を越える準備をする。
外壁を越えるには魔法を使わなくてはならないが、先ず確実に執行者に発見される。
フォーコン中隊には処刑人も居るので、即死魔法を使われる可能性もある。
十分に気を付けなければならない。
慎重に外壁を越え易そうな場所を探して、パルティーンは素早く外壁を飛び越えた。
同時に、背後から声がする。

 「居たぞ、殺せ!!」

 (容赦無いなっ!?
  洗脳されてるとは言え、何て奴等だ!)

高所から即死魔法で狙われては一溜まりも無いので、パルティーンは直ぐに気配を消して、
一直線に近くの森の中に逃げ込んだ。
そして全力で逃げ続ける。
街から数区離れても、彼は追撃を警戒して、森の中で息を潜める。
処刑人は執拗なのだ。
一度抹殺すると決めたら、地獄の果てまで追い詰める。
魔法を使えば、数区程度の追走も然程苦では無い。

 (執行者も処刑人も、敵に回すと恐ろしいな)

パルティーンが内心で思うと、音石が心を読んだ様に話し掛ける。

 「どうだい?
  僕等外道魔法使いが、普段どんな気持ちで過ごしているか、少しは解ったかな?」

 「ああ、十分過ぎる程な」

追跡者が居ない事を確認して、パルティーンは漸く安堵の溜め息を吐く。
0218創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/04(月) 19:03:24.61ID:600IQIUz
処刑人の追跡が無いのは何故なのかと、彼は考えた。

 (街から出ると、洗脳が解けるのか?
  しかし、結界の様な物は無かった。
  マイストルから離れると効果が切れる……?
  掛け直すのが手間なのかも知れない)

処刑人は諦めが悪い……と言うより、諦めてはならない。
処刑人は指示の儘に、逃亡者は疲れ果てるまで追い回し、絶対に止めを刺す。
目的を達成するまでは止まらない。
それをしないと言う事は、やはり理由があるに違い無いと、パルティーンは確信を持った。

 (皆、街から連れ出せば、洗脳が解けるかも知れない。
  逆に言うと、街の中に居る限りは駄目だと言う事になってしまうが……)

難しい顔をして考え込む執行者パルティーンに、音石が呼び掛ける。

 「あっ、マイストルの正体は判ったよ。
  反逆同盟のゲヴェールト・ブルーティクライトだ」

 「やはり反逆同盟だったか……。
  それで、どんな手段を使ったんだ?」

 「それが判らない。
  僕もゲヴェールトが、どんな魔法使いなのか知らない」

 「予想も付かないのか?」

 「何か特殊な事をしているのは、確かなんだけど……。
  詰まり、何等かの媒介を使っているって事。
  『姿を見る』とか『声を聞く』とか簡単な事じゃなさそうだ」

パルティーンと音石は共に考え込んだ。
0219創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/04(月) 19:05:10.53ID:600IQIUz
その時、隠密魔法使いのササンカが木の上から下りて来る。
全く気配を感じさせずに現れた彼女に、パルティーンは吃驚して思わず声を上げた。

 「フワッ!?」

 「お静かに。
  追跡されていないとは思いますが、念の為」

 「……何だ、隠密魔法使いの――、えー、名前は?」

 「ササンカです」

 「そう、ササンカ。
  そちらは何か判ったか?」

 「はい」

どうせ空振りだろうと思っていたパルティーンは、ササンカが頷いたので目を剥く。

 「本当か!?」

 「はい、媒介の正体は水です。
  水に僅かですが、異物が混ぜ込まれていました。
  恐らくは、血液だろうと思います」

彼女は水筒に採取した水道水をパルティーンに渡した。
パルティーンはササンカに尋ねる。

 「どうやって調べた?
  参考の為に聞かせて欲しい」
0220創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/04(月) 19:06:35.69ID:600IQIUz
ササンカは頷いて、冷静に話す。

 「市内の人間全員を洗脳するのに、結界らしい物は無いと言う所から、何等かの媒介や、
  儀式の様な物があろうと、レノック殿は推測していました。
  そうすると多くの者が毎日必ず行う事でなければなりません。
  第一に考え付いたのが、睡眠と食事です。
  人の習慣は様々ですが、その2つをしない人間は居ません」

 「それで水を調べたのか!」

 「はい。
  食事も食材によっては食べない人が居ます。
  しかし、水を飲まない人は少ないでしょう。
  尤も、旅行者等は別ですが……」

成る程と感心するパルティーンだが、1つ気になる事があった。

 「しかし、どうして血液と?」

 「臭いを嗅いで、少し舐めてみました。
  本の微かにではありますが、血の味と臭いがしました」

 「……大丈夫なのか?
  洗脳される可能性があったのでは?」

 「何かあっても、口に含むだけなら吐き戻せば大丈夫です。
  私は特殊な訓練を受けています」

ササンカの逞しさにパルティーンは圧倒されるも、やはり共通魔法を知らない事は不便だと哀れむ。
外道魔法使いは共通魔法を使いたがらないので、中々儘らない物だ。

 「共通魔法なら水質検査も簡単なのに……」
0221創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/05(火) 19:26:39.56ID:D1b7IIDA
ササンカは彼の呟きを無視して、彼女自身が持っている音石に話し掛けた。

 「それでレノック殿、どうしましょう?」

 「一旦引き返して、この情報を伝えるべきだろう」

音石の答にパルティーンも頷く。

 「ああ、種さえ判れば、何も恐れる事は無い!」

 「いやいや、待ってくれ。
  執行者や処刑人を引き連れて、突撃する積もりなのかい?」

パルティーンは音石に待ったを掛けられて、眉を顰めた。

 「……解っている。
  詰まり、市民を人質に取られる事を懸念しているんだな?」

 「その通りだ。
  反逆同盟は数では敵わないが故に手段を選ばない。
  特に、執行者の集団が市内に駐在しているのが厄介だ」

執行者は共通魔法に対抗する手段を心得ている。
魔法で動きを封じようとも、1人でも封じ損ねれば、そこから突き崩される。
場合によっては、執行者を真っ先に全滅させる事も考えなければならない。
パルティーンは暫し無言で考え込んだ後、今ここで悩んでいても仕方が無いと割り切った。

 「とにかくブリンガー市まで引き返そう。
  入念に作戦を練らなくては」

皆は頷き合い、取り敢えずブリンガー魔導師会に報告しに戻る事になった。
0222創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/05(火) 19:29:46.45ID:D1b7IIDA
そしてブリンガー魔導師会では改めてマールティン市の解放作戦を計画する事になったのだが……、
これが中々難航した。
一気に攻勢を掛ければ、反逆同盟が破れ気狂れになって、市民を全滅させる事も有り得る。
とにかく反逆同盟としては、魔導師会の信用を落とせば良いのだから。
そこで作戦は2つに絞られた。
1つは禁呪を使う方法。
街全体を包囲して、時を止める大魔法を使う。
しかし、これは覚られずに準備を進めるのが難しい上に、長い時間が掛かる。
もう1つは暗殺部隊を送り込む方法。
精鋭を市内に潜伏させて、マイストル事ヴァールハイト事ゲヴェールトを暗殺するのだ。
これはマイストルを発見出来るか、運次第の所がある。
一度居場所が明らかになってしまった以上、ゲヴェールトは同じ所に留まりはしないだろう。
実行部隊が潜入中に発見されてしまうリスクも考慮しなくてはならない。
そこで2つの作戦を同時並行で進める事になった。
マールティン市に送り込む精鋭には、時間停止魔法の事は伝えない。
もし操られる事になっても、情報を吐かせない為だ。
余り時間が掛かる様であれば、諸共に時間停止魔法に巻き込む。
精鋭は処刑人の中でも腕利きの者から選ばれた。
街中での飲食は慎み、とにかくゲヴェールトを見掛けたら殺すと言う指示を受け、処刑人達は、
マールティン市に忍び込む……。
0223創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/05(火) 19:33:30.65ID:D1b7IIDA
そう言う予定だったのだが、市の警備は厳重になっており、容易に潜入は出来なくなっていた。
外壁の守備は都市警察に代わって、フォーコン中隊の執行者が仕切っている。
都市警察の目を欺く事は出来ても、執行者の目を欺く事は容易では無い。
フォーコン中隊には処刑人が居るのだ。
見付かったら殺されてしまう可能性がある以上、どうしても実行には慎重になる。
ゲヴェールトの暗殺作戦は一旦中止となり、先に時間停止魔法の準備だけが進められる事になった。
――その時、マールティン市に入ろうとする1人の男が居た。
マールティン市への市民の移動は魔導師会と都市警察が禁じていた。
生活物資や食料が届かなくなれば、マールティン市民は困窮する。
物資を仕入れに街の外に出よう物なら、それは洗脳を解除する好機だ。
それなのに街に入ろうとする男は何者なのか?
魔導師会の執行者達は彼を呼び止めて、話を聞いた。

 「おい、そこの!
  この道路は封鎖中だ!」

 「えっ、そうなんですか?」

 「知らなかったのか?」

 「いえ、聞いてはいましたけど、バリケードとか無かったですし……。
  検問とかも無かったので、もう通れるのかと……」

執行者達は封鎖と言いながらも、立ち入りを禁じさせる障害は置かず、表向きは自由に通れる道路に、
見せ掛けていた。
それはマールティン市から外へ出る者を警戒させない為だ。

 「とにかく誰も通す訳には行かない。
  何の目的でマールティン市に入ろうとしていた?」
0224創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/06(水) 18:57:51.33ID:9vaEnqs9
執行者達の詰問に、男は困った顔をして言う。

 「マールティン市に用は無いんですけど……。
  その近くのサブレ村に行こうと思っていまして」

執行者達は愚者の魔法で嘘を封じていたが、特に抵抗された様子は無いので、一応は信じる事にした。

 「残念だが、回り道をして貰いたい」

 「道路工事って訳でも無さそうですが、何かあったんですか?」

 「何でも無い。
  早く立ち去れ」

 「何か私に協力出来る事はありませんか?」

男の申し出に、執行者達は目を見張った。

 「何を馬鹿な……。
  何も無い、引き返せ」

 「もしかして反逆同盟絡みの事件ではありませんか?」

執行者達は狼狽を隠して、鋭い目付きで彼を睨む。

 「お前は――!」

 「私はワーロック・アイスロン。
  反逆同盟と戦う者です」

男の告白に執行者達は驚愕した。
これが噂に聞く協力者なのかと。
0225創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/06(水) 18:59:24.94ID:9vaEnqs9
協力者は外道魔法使いだと執行者達は聞いていたのだが、目の前のワーロックと名乗った男は、
全く脅威も魔法資質も感じさせなかった。
認識を狂わされたのかと、執行者達は震える。

 「行き成り、そんな事を言われても」

 「それは尤もです。
  私には信用して貰う方法も――あっ」

ワーロックは小さく声を上げて、その場で魔力通信機を取り出した。
そして、どこかの誰かに連絡を入れる。

 「もしもし、ワーロックですけど。
  ――ええ、話を通して貰えないかと。
  あっ、切れた……」

何をしているのかと訝る執行者達の視線に気付いた彼は、不審な愛想笑いをした。
その直後に赤豆色の魔導師のローブを着た女性が、物凄い速さで遥か遠方から駆け付ける。

 「八導師親衛隊が一、疾風のバレーナ、只今参上!」

彼女は名乗り終えると、肩で息をしながら、青いローブの執行者達を見詰める。
執行者達は困惑していた。

 「親衛隊……?」

 「そうです!
  彼の身分は私が保証します」

バレーナは親衛隊の証である徽章を堂々と執行者達に見せ付ける。
0226創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/06(水) 19:02:42.71ID:9vaEnqs9
しかし、執行者達は一々親衛隊の徽章を記憶していない。

 「あの赤いローブって何だっけ?
  青が執行者、緑が教師、黒が研究者、黄色が道具協会、白が医療、灰色が一般……」

 「赤は……?」

 「資料館も緑だったよな?
  教師が明るい緑で、資料館は暗い緑。
  処刑人は薄い青、八導師は金縁、赤は競技会じゃなかったか?」

 「競技会は紫で、技術士会が暗い橙。
  赤は競技者だったと思う」

 「それだ!
  競技者が真っ赤なんだよな。
  代議員が銀縁で……。
  あの暗い赤みたいな紫みたいなのは何だ?」

 「親衛隊って青じゃなかったか?
  ガーディアン・ブルーとか言う」

バレーナは内輪で話し合ってばかりの執行者達に近付いて、文句を言う。

 「魔導師の手帳に書いてありますよ!
  親衛隊は深い青紫と深い赤紫!
  ガーディアン・ブルーとインスペクター・レッドです!」

彼女は手帳の該当頁を開いて、確りと全員に見せ付けた。
それで漸く執行者達も納得する。
0227創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/07(木) 18:53:33.11ID:3B/knHlc
バレーナはワーロックと執行者達に話した。

 「大凡の事情は、私も把握しています。
  マールティン市は反逆同盟のゲヴェールト・ブルーティクライトに占領されました。
  彼は血液を媒介にして人を操っています。
  彼の血が混ざった水や食物を摂取しただけで、彼の支配下に入ってしまうのです」

 「そんな事になってるんですか……。
  私に何か出来ますか?」

そう問われて、バレーナと執行者達は顔を見合わせる。
執行者達は困り顔で答えた。

 「いや、無い……」

何も知らない者から見れば、ワーロックは魔法資質が低い一般人だ。
協力して貰う事は何も無いと、執行者達は気不味そうに断る。
バレーナはワーロックに逆に問い掛けた。

 「何か出来る事があるから、ワーロック殿は、ここに来られたのでは?」

 「あぁ、いや、そうでも無いんですけど……。
  何かして欲しい事はありますか?」

改めてのワーロックの問い掛けに、執行者達は戸惑う。

 「何かって……」
0228創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/07(木) 18:54:29.87ID:3B/knHlc
ワーロックも自分なりに考えて、至極真面目な顔で尋ねた。

 「そのゲヴェールトって言う人を何とかすれば良いんですよね?」

 「そんな簡単に行くなら苦労は無い。
  街中の全員が敵なんだぞ」

執行者達も真面目に答える。
ワーロックは両腕を組んで低く唸った。

 「……あの儘、私が貴方々に止められずに街の中に入っていたら、どうなっていました?」

 「そりゃ何も知らずに何か食うなり飲むなりして、洗脳されてたに決まってる」

 「街の中には入れる訳ですか?」

 「ああ、執行者じゃなければ警戒はされないだろう。
  あんたは魔法資質も低いみたいだからな……」

 「それなら怪しまれずに潜入してゲヴェールトを倒す事も出来るのでは?」

ワーロックの提案に執行者は少し間を置いて答えた。

 「あー、理屈で言えば、そうなんだが……。
  危険過ぎる。
  素人には任せられない」
0229創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/07(木) 18:55:15.11ID:3B/knHlc
そこにバレーナが割って入った。

 「いえいえ、彼は素人ではありませんよ。
  ワーロック殿が解決した事件は多いのです。
  エグゼラの巨人事件に、ボルガの魔城事件、全てワーロック殿の協力あって、解決に至りました」

 「それは一寸、大袈裟ですけど……。
  それなりの役割は果たしたと自負しています」

執行者達は疑わし気な眼差しでワーロックを見詰め、その後にバレーナに問い掛けた。

 「本当に大丈夫なんですか?」

 「他に潜入に適した人は居ないでしょう。
  魔導師でない事、魔法資質が低い事、私達の事情を理解してくれる事。
  これだけの要素を持った人が他に居ますか?」

 「……お話は分かります。
  しかし、我々だけでは判断が付きません」

ここに来て執行者達は、お役人振りを発揮する。
作戦命令に無い勝手な行動は取れないと言う訳だ。
それ自体は間違ってはいない。
バレーナは呆れながらも自らの判断で命じる。

 「上には私が話を通しておきます。
  それに彼なら敵に回っても大丈夫でしょう」

 「ああ、確かに」

執行者達が浅り納得して頷いたので、ワーロックは少し傷付いた。
0230創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/08(金) 19:43:28.80ID:V3EEz8Em
それからワーロックは外壁の門に向かった。
門の前にはフォーコン中隊の執行者達が居て、物々しい様子。
ワーロックが近付くと、執行者達は彼を警戒する。

 「待て、マールティン市に何の用だ?」

 「何の用って……。
  何かあったんですか?」

ワーロックが素っ呆けて尋ねると、執行者達は苦々しい顔をして問う。

 「……本当に知らないのか?」

 「あー、知ってはいます。
  マールティン市方面は通行禁止でしたよね?
  でも、道は何とも無かったですし……。
  本当の事は実際に見てみるまで分からないじゃないですか?」

 「あんた、記者か何か?」

 「いえ、旅の商人です」

執行者の問にワーロックは許可証を提出して答えた。
それが本物だと判ると、執行者達は数極間、お互いの顔を見合う。

 「えー、荷物の検査をしても?」

 「はぁ、どうぞ」

ワーロックはバックパックを渡して、怪しい物が無い事を確認させる。
0231創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/08(金) 19:44:34.30ID:V3EEz8Em
危険が無い事を理解した執行者達は、ワーロックを通す事にした。

 「……通って良いぞ。
  但し……、いや、この街には何も異常は無い。
  どうも本部は市内の状況に就いて、誤解しているみたいなんだ。
  それは解ってくれ」

何を言っているんだと訝るワーロックだが、執行者達の顔は真剣だ。
これも洗脳されている所為だろうかと、ワーロックは不思議がりながら市内に入った。
市内は静まり返っていて活気が無い。
交通を封鎖されているのだから、当然と言えば当然だ。
ワーロックは取り敢えず、彼方此方の商店を見て回る事にした。
だが、どこの商店も棚は空か空かで品切れがある。
ある食品店でワーロックは店主に問い掛けた。

 「あのー、品切れってなってるんですけど……」

 「ああ、入荷を頼んでも来てくれなくなって。
  配達も駄目だって言うんだ。
  どうしてもって言うなら、取りに来てくれってさ」

 「取りに行かないんですか?」

ワーロックが素直な疑問を口にすると、店主は眉を顰める。

 「行きたいのは山々なんだがね……」

 「何か問題でも?」

 「いや、他所の人には解らない事ですよ……」

再びの問いにも、店主は意味深に暈かして答える。
0232創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/08(金) 19:49:05.54ID:V3EEz8Em
ワーロックは両腕を組んで考えた。
この儘では、街は困窮してしまう。
それは作戦通りなのだが、日常生活に支障が出て困るのは市民だ。
もしマールティン市民が徹底的に耐えると言う選択をしたら、どうなるか……。
洗脳されているのだから、そちらの可能性の方が高い。
ワーロックは旅商として申し出た。

 「私が仕入れて来ましょうか?
  私は行商の許可を持っています。
  一度に大量には無理ですけど、馬に乗せて運べる分位は……」

 「えっ、貴方が!?」

 「そんなに驚く様な事ですか?
  私は個人事業なので、特に誰にも許可とか必要無いですし……。
  あ、流石に倍の値段で売ろうとかは考えていないので、安心して下さい。
  仕入れの1割増で、どうでしょう?」

 「割増って市販価格じゃないでしょうね?」

 「いや、これでも業者とは付き合いがあります。
  商売の性質上、余り安い所ではありませんが……。
  急な個人の注文に応じてくれるだけ有り難いと思わないと」

店主は暫し彼を怪しんでいたが、やがて決断する。

 「ムム、背に腹は代えられんか……。
  他の店とも相談するから、一寸待っててくれ」

 「運ぶ量には限度があるので、重要度の高い至急品を優先して下さい」

 「分かってる、分かってる」

店主は外に駆け出して、隣の店に入って行った。
0233創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/09(土) 18:52:32.01ID:V/zhJaqi
それからマールティン市の殆どの商店の店主等が集まり、ワーロックに要求した。

 「とにかく食べ物が優先だ」

 「出来れば、薄紙や洗剤も頼む。
  日用品も足りないんだよ」

 「魔力路が止められているのも何とかして貰いたい。
  真面に使えるのは水道しか無い」

全員に一遍に迫られて、ワーロックは後退しながら言う。

 「取り敢えず、皆さんで話し合って、優先順位の高い物を上から順に紙に書いて下さい。
  それを仕入れて来るので。
  出来れば、具体的な商品名で書いて貰えると嬉しいです」

それを聞いた各店の店主等は、顔を突き合わせて話し合った。

 「何は無くとも食料だ。
  日持ちするのが良い」

 「次は日用品で」

 「それは良いけど、品目も絞らないと」

その間にワーロックは、店内の空きだらけ陳列棚の様子を魔法で紙に転写する。
ああだ、こうだと話し合いは続いて、2角後に漸く結論が出る。
最初にワーロックと話した食品店の店主が、皆を代表して注文書を提出した。

 「取り敢えずは、これで頼む。
  戻って来るまで、どの位掛かりそうなんだ?」

 「往復で半日って所です。
  今からなら夕方か夜になります。
  それまでに次に頼む物を決めておいて下さい」

 「ああ、分かった」

こうしてワーロックは注文書を手にマールティン市を出る。
0234創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/09(土) 18:54:54.04ID:V/zhJaqi
外壁の見張りをしていた執行者達は、浅りとワーロックを外に出してくれた。
深刻な物資の不足は全員が心配している事だった。

 (こんな時でもゲヴェールトは出て来ないのか……)

やはりゲヴェールトは人を操っているだけなのだと、ワーロックは確信する。
自らは表に出ず、人々を思い通りに操る様な存在を許しては行けないと、彼は固く心に決めた。
ワーロックは急ぎ足で道を引き返す。
そして道を監視していた執行者に呼び止められた。

 「あっ、おい、待て!
  中の様子は、どうだった?
  反逆同盟の連中は?」

 「反逆同盟の者には会えませんでした。
  それより、これから商品を仕入れに行きたいのですが」

 「いや、それは駄目だ。
  何の為に態々交通を規制していると思ってるんだ?」

 「分かっていますけど、あの儘では市民は飢え死にしてしまいますよ。
  どうやら洗脳を解く積もりは無いみたいですから。
  どれだけ市民を困窮させて追い詰めても、逃げ出す事はありません。
  今の儘では徒に市民を苦しめるだけです」

 「……あんた、洗脳されてはいないよな?」

執行者達はワーロックがゲヴェールトに洗脳されているか疑い出す。
それは仕方の無い事だとワーロックは認めて、堂々と反論する。

 「市内では水も食料も一切取っていません。
  疑うんだったら、検査して貰っても良いですよ。
  でも、市内に物資を運び込む事だけは許可して下さい。
  これを見て下さい」
0235創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/09(土) 18:56:54.97ID:V/zhJaqi
ワーロックは紙に転写した食品店内の様子を見せた。

 「買い占めもあったんでしょうが、こう言う状況なんですよ。
  洗脳される者を増やしたくないなら、市内に入らなければ良いだけでしょう。
  上と交渉して貰えませんか?」

 「……分かった、貴重な情報だ。
  あんたの要求は伝えておく」

 「頼みましたよ。
  私は品物を仕入れて、もう一度ここに戻って来ます。
  それまで返事を貰っておいて下さい」

執行者と別れた彼は高速移動魔法を使って、最寄りのタハデラ市に移動する。
そこで荷運び用の騾馬を2頭借り、仲卸業者を回って、注文された品を購入する。
騾馬に荷物を積み込んだら、マールティン市に向けて再出発。
タハデラ市内での諸々の準備に2角を費やしたが、時間的には余裕がある。
問題は執行者が許可を取っているか否かだ。
騾馬を連れて戻って来たワーロックを、やはり執行者達が呼び止める。

 「早かったな」

 「そりゃ急ぎましたからね。
  積み荷の検査をするんですか?」

 「ああ、いや、それ以前に未だ本部から返答が無いんだ」

執行者の返答にワーロックは露骨に不満を顔に表した。
お役所仕事で返答が遅いのは理解出来るが、余りにも危機感が足りない。
0236創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/10(日) 18:20:18.02ID:U4gamvS8
ワーロックは険しい顔付きになって、執行者に詰め寄った。

 「幾ら何でも悠長でしょう!
  街の状況は伝えたんですか?」

 「いや、伝えた事は伝えたが、返答が遅いのは仕方無いんだ。
  下から上に要求する時は、どうしても許可が多く要って手間が掛かる」

 「催促はしたんですか?」

 「いや……」

執行者達は上からの命令で動く分、基本的に受け身なのだ。
そう言う作戦だからとは言え、市内の困窮した状況を積極的に解決しようともしていない。
ワーロックは深い溜め息を吐いて、込み上げる怒りを静めた。

 「もう良いです。
  親衛隊の人を呼びます」

彼は魔力通信機で親衛隊員に連絡を入れる。

 「もしもし、ワーロック・アイスロンです。
  至急、来て欲しいんですけど……。
  はい、お願いします」

執行者達は気不味い表情で、その場に待機していた。
親衛隊員が到着するまでの間、ワーロックは怒りを抑え切れず、彼等と話をする。

 「貴方々は市内の人々を何だと思っているんですか?」

 「何って……」

 「敵の支配下にあるとは言え、守るべき市民でしょう。
  それなのに見殺しにする様な真似を……!」
0237創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/10(日) 18:21:40.53ID:U4gamvS8
説教の途中で親衛隊員が到着したので、ワーロックは口を閉ざした。
執行者達は文句を言われても困ると言う顔で、余り反省はしていない。
下っ端には上を動かす様な力は無いのだ。
現れた親衛隊員はバレーナとは違う女性だった。

 「初めまして、ワーロック・アイスロンさん。
  私は親衛隊班長の――?」

背の高い彼女はワーロックを見詰めて問う。

 「えー、お会いした事がありますね?」

 「えっ、どちら様……」

 「元執行者のジラ・アルベラ・レバルトです」

 「……済みません。
  一寸、思い出せません」

本当に思い出せずに困惑するワーロックに対して、ジラは苦笑いした。

 「十年以上昔の事ですから、仕方の無い事かも知れません。
  それでも何度か顔を合わせていた筈なのですが……。
  その話は今は措くとして、どうしました?」

とにかく今の事を優先しようと、ワーロックは途中で思い出すのを止めて、事情を話す。

 「マールティン市に食料や日用品を届けたいんですけど、中々許可を貰えなくて……」

 「それは作戦として止めているのですから」

ジラの答に、同じ様な説明を又しなければ行けないのかと、ワーロックは肩を落とす。
0238創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/10(日) 18:23:06.44ID:U4gamvS8
彼は気を入れ直して、マールティン市の内情を語った。

 「――と言う訳なんです」

 「成る程、解りました。
  私が上と掛け合いましょう。
  少々お待ち下さい」

ジラは魔力通信機を取り出すと、どこかに掛けて話を始める。

 「もしもし、親衛隊G班班長ジラ・アルベラ・レバルトです。
  作戦本部に繋いで下さい」

どうやら執行者のマールティン市攻略作戦を指揮する、作戦本部に連絡を入れている様である。
通信が繋ぎ変わると、彼女は改めて名乗った。

 「あ、作戦部長ですか?
  親衛隊G班班長ジラ・アルベラ・レバルトです。
  マールティン市内の様子に就いて、御存知でしょうか?
  報告は……受けていない……、はい、受けてらっしゃらないと」

それからジラはマールティン市民の窮状を懇々と解き、作戦部長の返事を待つ。

 「――御理解頂けましたら、どうか許可を……。
  あっ、はい、宜しいのですね?
  はい、はい、いえ、失礼しました、有り難う御座います」

通信を終えた彼女はワーロックと執行者達に言う。

 「許可は取りました。
  搬入物の検査をして、問題が無いと判断すれば、通して良いとの事です」

 「有り難う御座います」

ワーロックはジラに深く頭を下げた。
これにて漸く彼はマールティン市に戻れる事に。
0239創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/11(月) 19:20:23.57ID:RTDHJD8F
荷を乗せた騾馬を連れて戻って来たワーロックを、外壁を見張るフォーコン中隊の執行者も止める。

 「待て、積み荷の検査をする」

 「はい、良いですよ」

ワーロックは面倒臭いと思ったが、予想は出来ていた事だったので、それを顔には表さず過ごす。
執行者達は何か仕掛けられていないか、怪しい物が持ち込まれていないか、共通魔法で調べた。
そして一通り確認してから、ワーロックを通す。

 「良し、通って良いぞ」

ワーロックは一礼して外壁の門を潜った。
彼が市内に入ると、各店の店主等が駆け寄って来る。
最初に話を持ち掛けた食品店の店主が、先ずワーロックに声を掛けた。

 「有り難う。
  全部で幾らだ?」

商売の話が付く前に、急っ勝ちの他の店主が品物を取って行こうとする。

 「おい、持って行って良いか?」

食品店の店主が、それを窘めた。

 「待て待て、こっちの話が済んでからにしろ!
  手前の所の分を確保するだけにしとけ!」

ワーロックは領収書を見ながら確認する。
0240創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/11(月) 19:22:16.82ID:RTDHJD8F
凭々(もたもた)している彼を、食品店の店主は辛抱強く待った。

 「えーと、全部で大体74万です」

 「1MG単位まで正確に言ってくれないか?
  いや、領収書を寄越してくれ。
  そいつの1割増しを払えば良いんだろう?」

 「あの、馬の賃料分も……」

 「ああ、分かった。
  騾馬が2頭で幾らだった?」

 「こっちも領収書があるんで……。
  はい、2頭で1万9000でした」

 「端(はした)は出なかったのか?」

 「ええ」

 「良し、確り払わせて貰うから、次も頼む」

 「明日の朝になりますけど、良いですか?」

 「ああ、何時だ?」

 「そうですね……多少余裕を見て、南東の時で」

 「分かった」

話が付くと、食品店の店主も自分が注文した分を取って行く。
0241創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/11(月) 19:24:11.30ID:RTDHJD8F
それからワーロックが暫く、その場で待っていると、食品店の店主が戻って来た。

 「全部で83万5714MGだ。
  それと馬の1万9000」

札束と小銭を渡され、それをワーロックは手持ちの金庫に収める。
その後に店主は新しい注文書を差し出しながら言う。

 「もう数頭、馬を借りて来れないか?
  それか馬車を使うか……」

 「私個人では多くの馬を扱う事は出来ません。
  馬が疲れない様に魔法で走らせていますから……。
  それに馬車は免許が無いので……。
  あるのは乗馬の免許だけです」

店主は悔しそうな顔をした。
普通ならワーロックを頼る必要は無い。
仕入れに問題があるなら、馬車の運転免許を持つ者を同伴させれば良い。
だが、それさえも出来ない状況なのだ。
何故出来ないのかと言えば、「マイストル」に禁じられているから。
彼の洗脳で街の外は危険だと刷り込まれているから。

 「済みません、私個人の限界です」

ワーロックが謝ると、店主は首を横に振る。

 「いや、仕方が無いんだ。
  仕方が無い」

彼は自分に言い聞かせる様に、そう言った。
ワーロックは2頭の騾馬を連れて、再びマールティン市を出て行く。
0242創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/12(火) 18:31:21.05ID:DQGjtbjp
タハデラ市に戻る道中、ワーロックは執行者に呼び止められて、又話をする。

 「市内の様子は、どうだった?」

 「変わりありません。
  あの程度では物資の不足を解消出来ない様で、もっと運べないかと言われましたが……。
  誰も市内から出て行く気は無い様です」

 「やはり洗脳が強いのか?」

 「そうみたいです。
  所で、魔導師会はマールティン市を解放した時の為に、支援物資を用意しているんですよね?」

ワーロックの質問に執行者達は困った顔をした。

 「分からない。
  諸々の手配は上が決める事だ……。
  準備しているとしても、一々私達の様な下っ端にまで報告は行かない」

完全に指示待ち状態の執行者達に彼は眉を顰める。
何を聞いても無駄だと察して、ワーロックは小さく溜め息を吐いた。

 「又、明日の朝に来ます。
  南東の時より少し前位に」

 「夜中は通らないのか?」

 「流石に夜通しは辛いですよ」

彼は執行者達と別れると、暗い夜道をタハデラ市まで急いだ。
0243創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/12(火) 18:33:48.66ID:DQGjtbjp
タハデラ市に戻った彼は、夜の内に貸りた騾馬を返して、同時に明日の予約をする。
更に仲卸にも回って、翌朝にマールティン市まで届ける品物を手配した。
どこも大抵、北西の時までは開いているので、そこは助かった。
ワーロックはタハデラ市内の安いホテルに泊まり、一日駆け回った疲れで深い眠りに落ちる。
起床は東の時。
彼は再び馬を借りて、仲卸を回り、マールティン市に急ぐ。
道中、執行者達に止められ、積み荷の検査を済ませて、軽い会話をする。
更に、マールティン市の外壁前で、今度はフォーコン中隊の執行者達の積み荷検査を受け、
これで漸くマールティン市内に。
所が、門を潜って直ぐの所で、ワーロックは店主達を引き連れた、見慣れない人物と出会う。
彼はワーロックに対して笑顔で言う。

 「貴方が、このマールティン市に物資を搬入して下さっている方ですね?
  有り難う御座います、市民を代表して、お礼申し上げます」

 「誰ですか、貴方は?」

ワーロックはゲヴェールトに似ている人物だと警戒したが、明らかに年齢が上に見えるので、
もしかしたら人違いかも知れないと思った。
ワーロックの問いに彼は堂々と答える。

 「私はマイストル・レッドールです」

ワーロックはマイストルに関する情報は聞いていなかったので、知らない名前だと首を傾げる。
偽名かも知れないとも考えたが、それを直接聞く訳にも行かない。

 「市長さんですか?」

 「いえ、違います」

 「副市長とか、議会の議員だとか?
  それとも商工会の会長とか、副会長?」

 「違います」

偉そうにしているのに、何なんだとワーロックは眉を顰めた。
0244創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/12(火) 18:35:33.93ID:DQGjtbjp
マイストルと名乗った人物は、困った顔で言い訳する。

 「特に何と言う者ではありません。
  只の隠居です」

それなら態々市民を代表して等と言わなければ良いのにと、ワーロックは不審に思った。
礼を言われて悪い気はしない物の、何か違和感がある。

 「……お話は、それだけでしょうか?」

 「いえ、何かしら、お礼をしなくては行けないと思いまして……。
  勿論、言葉だけでは無く」

 「はぁ、そうですか……。
  それで何を?」

ワーロックは彼の誘いに乗る積もりは無かったので、冷淡に応じた。

 「食事でも如何でしょうか?」

 「申し訳ありませんが、そんな暇はありません。
  未だ未だ物資は不足しているんでしょう?
  貴重な食料を私が食べてしまう訳には行きませんよ。
  それに、今日中に4回は往復したいです」

マイストルは小さく舌打ちして、態度を豹変させた。
彼は懐から真っ赤な短剣を取り出して、ワーロックに向ける。

 「本当は知っているんだろう?
  この街の状況も私の正体も……。
  何を企んでいる?」

ワーロックは身構えたが、何時の間にか彼の周囲を執行者が取り囲んでいる。
0245創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/13(水) 18:10:37.93ID:a9pjyeok
こうなったら抵抗は難しい。
ワーロックは構えを解いて脱力した。

 「何も企んでなんかいません。
  市内の様子を見に来ただけです」

 「嘘を吐くな。
  この街に通じる道は魔導師会が封鎖している。
  奴等の許可無しには街に入れない」

 「ああ、許可は取りました。
  市民が困っているからと」

 「魔導師会は、この街を封鎖して、市民を困窮させるのが目的だった筈だ。
  そうすれば戦わずして、この街を制圧出来る。
  それを態々破ると言う事は、詰まり作があるのだろう?」

疑り深いマイストルにワーロックは苛付いて来た。

 「それでは市民に犠牲が出るかも知れないでしょう」

 「馬鹿な!
  だから何だと言うのだ!
  それが戦争と言う物だ!
  兵糧攻めは基本中の基本だろう」

 「戦争?」

 「ああ、そうだとも!
  これは魔導師会に対する反逆だ!」

啖呵を切ったマイストルだが、ワーロックは怪訝な顔をする。
0246創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/13(水) 18:12:47.54ID:a9pjyeok
 「何の為に、こんな事をするんですか?
  意味が解らない」

 「私は自分の国が欲しいのだ。
  誰にも侵されない、私だけの国が!
  私の土地、私の民、私の法、全てが私の為にある、私だけの国!」

堂々と野望を語るマイストルに、ワーロックは呆れた。

 「……それは無理ですよ。
  人には心があります。
  何も彼も思い通りにはなりません」

 「知らないのか?
  私の魔法なら、それが出来る。
  私は私の国を築くのだ!」

マイストル事ゲヴェールト事ヴァールハイトの魔法資質と血の魔法があれば、多くの者を従わせ、
思い通りに操る事も可能だ。

 「何か意味があるんですか、それ?
  普通に市長とか町長になるんじゃ駄目なんですか?」

 「……お前の様な小物には解るまい。
  人の偉大さとは人を従えられる事なのだ。
  大勢が私を称え、私を敬い、私に従う。
  これ以上の幸福があろうか!」

それは悪魔らしい考えだ。
偉大だから人を従えられるのでは無く、人を従える事で偉大さを示そうとする。
その本末転倒振りに気付いていない。
ワーロックには彼の考えが理解出来なかった。
0247創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/13(水) 18:15:58.28ID:a9pjyeok
 「いや、幾らでもあるんじゃないですか……。
  寧ろ、そんな大変な事をしないと幸福感を得られないんですか……?」

 「では、お前の考え付く幸福とやらを言ってみろ!」

余りに堂々とマイストルが問うので、ワーロックは少し気圧されながら答える。

 「例えば、美味しい物を食べたり、夜に気持ち良く眠れたり、暖かい日差しを浴びたり、
  清々しい空気を吸ったり、よく働いた後の疲労とかでも、幸せなんて少し目を向ければ、
  どこにでもある物じゃないですか?」

 「フン、安易だな!
  所詮は肉の喜びに過ぎないでは無いか!
  肉体より精神を満たす事の方が高尚では無いのか?」

 「ウーム、そう言う考えもあるでしょうが……」

 「安易に得られる幸福に何の価値がある!
  苦労して得られる幸福こそ、真の幸福だろう!」

悪魔らしく知恵の回る答に、ワーロックは納得させられそうになるも、人を思い通りに支配する事は、
受け入れ難い。

 「でも、人に迷惑を掛けるのは、良くないですよ」

 「そんな事を言っていては、何も成せないぞ。
  確固たる信念と決意のみが、道を拓くのだ。
  世間の反応等、結果次第で、どうとでも変わる。
  英雄と大罪人に、どれだけの差があると言うのか?」

マイストルは実に堂々として、少しも怯みを見せない。
0248創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/14(木) 19:16:47.54ID:4FAbatfA
何を言っても説得出来そうに無かったので、ワーロックは違う方向から攻める。

 「……それで籠城して勝ち目はあるんですか?」

 「あの儘、兵糧攻めを続けられていたら、市民は全滅していたかも知れないな。
  それでも私は一向に構わなかった。
  困るのは魔導師会の連中の方だろう。
  市民を守れない魔導師会に何の価値がある?」

マイストルが平然と答えたので、ワーロックは彼を軽蔑した。
やはり彼は人間の事を何とも思っていないのだ。
市民に被害が出れば、魔導師会の信用が落ちる。
反逆同盟としては、それで良いのだろう。
ワーロックは周囲を見回して、マイストルの発言を聞いた市民の反応を窺った。
だが、誰も衝撃を受けた様子は無い。
ワーロックは全員に呼び掛ける。

 「皆、聞いただろう!!
  こいつは人の事を何とも思ってないんだぞ!!」

マイストルは彼を馬鹿にする様に小さく笑った。

 「無駄だよ。
  この街の者達は、皆、私を盲目的に崇拝している。
  私の為なら、自らの命を投げ出せるし、身内を殺す事も厭わない。
  諦めるんだな」

何か良い手は無いかと長考するワーロックに、マイストルは告げた。

 「お前に策略が無い事は判った。
  詰まらん理想主義者だと言う事もな。
  憐れな市民の為に、早く食料を運んで来るが良い」
0249創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/14(木) 19:18:01.48ID:4FAbatfA
相手がマイストル事ゲヴェールト事ヴァールハイトだけならば、ワーロックも手の打ち様はあるが、
執行者や処刑人まで付いているのが厄介だ。
マイストルが去ると店主達は何事も無かったかの様に、ワーロックを迎えて取り引きを持ち掛ける。
ワーロックは商品を渡して金を受け取ると、大人しくマールティン市から出て行く事にした。
マールティン市を出た後、タハデラ市に向かう道中で、彼は執行者達に呼び止められる。

 「どうだ?
  何か変わった事はあったか?」

執行者達はワーロックの様子が奇怪しい事に、気付いていた。
ワーロックは落ち込んだ気分で答える。

 「はい、マイストルと言う人物に会えました。
  ゲヴェールトとは違う人……だと思うんですけど」

 「ああ、マイストルは偽名だ。
  奴の正体はゲヴェールトの中に潜む、もう一人の魔法使いだと言う」

 「二重人格か何かですか?」

 「厳密には違うかも知れないが、似た様な物だと思って貰って構わない。
  それで、何か判った事とか、変わった事は?」

 「……市民を助けるのは難しいかも知れません。
  洗脳が強過ぎて……」

それを聞いた執行者達は、小さく溜め息を吐いた。

 「そう気を落とすなよ。
  あんた一人に何か出来るなんて、誰も思っちゃいないさ。
  市民を守るのは、執行者の務めだ」

 「はい……」

ワーロックは頭の中で、どうやったら市民を救えるかを考えていた。
0250創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/14(木) 19:20:13.51ID:4FAbatfA
彼が執行者と別れ、考え事をしながら騾馬を連れて歩いていると、行き成り横から声を掛けられる。

 「ワーロック・アイスロン殿ですね?」

 「うわっ、どなた!?」

ワーロックが驚いて振り向くと、そこに居たのは隠密魔法使いのフィーゴ・ササンカ。
ワーロックは2頭の騾馬を止めさせる。

 「あ、貴女は……隠密魔法使いの……」

 「フィーゴ・ササンカです」

 「そう、ササンカさん……。
  私に何か御用ですか?」

 「いえ、私では無く……」

ササンカは腰の巾着から拳大の石を取り出して、ワーロックに見せた。
石は自ら声を発する。

 「ラヴィゾール、僕だよ、僕!」

 「あっ、『音石<サウンドストーン>』!
  レノックさんですか!」

 「そうそう、君に話があるんだ。
  先ずは、君が得たマールティン市の内情を聞かせて欲しい」

ワーロックは音石の求めに応じて、市内の様子を語った。
0251創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/15(金) 18:49:23.56ID:tWC0C7x3
音石は何度も合いの手を入れつつ一通りの話を聞き終えると、ワーロックに言った。

 「成る程、話は分かった。
  僕の知っている限りの事を君に話そう」

 「あの……レノックさん、本体は?」

語りに入られる前に、ワーロックは音石に尋ねる。
音石は少し気不味そうな声で答えた。

 「あー、実はマールティン市を調査中に捕らわれてしまった。
  詰まり本体は動けない状態にある」

 「ええっ!?
  大丈夫なんですか?」

 「さて、どうだろう?
  殺されても不思議は無いんだけど。
  本体のレノックが死んでも、僕まで死ぬ訳じゃないから、そう心配はしないでくれ」

レノックと音石は同一の存在であり、思考も完全に同じである。
彼も又、悪魔らしく人間の様な肉体への執着は薄い。
他の悪魔と異なる所は、己の力に対する執着も余り無い所。
彼は自分の価値を肉体や魔法資質に置いていないのだ。
その知恵と意識と心が、彼の全てなのである。

 「とにかくレノックさんを解放する為にも、マールティン市をどうにかしないと行けないと、
  そう言う訳ですね?」

 「余り気負わないでくれよ。
  僕の為にとは考えないでくれ」

レノックは自分の為に他人が犠牲になる事を望まなかった。
それは彼が聖人だからでは無く、先述した様に本体を余り重要だとは思っていない為だ。
0252創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/15(金) 18:51:56.96ID:tWC0C7x3
音石は話が逸れてしまったと、態とらしく咳払いをする。

 「じゃあ、あの街に就いて、僕の知る限りの事を話そう。
  先ず、マイストル・レッドールだ。
  奴は反逆同盟の一員ゲヴェールトの、もう1つの人格ヴァールハイトだ。
  当然ながら、ヴァールハイト自身も反逆同盟の一員と見るべきだろう。
  彼は血を取り込んだ者を操る魔法を使う様だ」

 「血ですか……」

 「口から摂取するだけとは限らない。
  飲食物以外にも気を付ける事だな」

 「はい」

例えば、血が体に付着しただけでも行けない可能性がある。
血の臭いを嗅ぐ事さえも、微細な粒子を体に取り込んでいるのだから、良くない可能性がある。
どの程度まで有効なのかは、魔法を使う当人にしか分からないのだ。
音石は語りを続ける。

 「しかし、操ると言っても、意識を乗っ取ったり、体を動かしたりするだけだ。
  それ以上の力で押さえ付ければ、何も出来ない。
  どう言う事か判るね?」

 「何か超人的な能力を付与する訳では無いと言う事ですね?」

 「その通り……だけど、肉体の限界まで力を引き出す事は可能かも知れない。
  そこだけは気を付けてくれ。
  それと、奴は操った者を常時監視している訳では無い様だ。
  付け入る隙があるとしたら、その辺だと思う」

 「はい」

ワーロックは心の中で、多対一で戦う積もりは無いと思いつつ、必ず戦いが避けられるとも限らず、
その時には知識が必要になるかも知れないと心に留め置いた。
0253創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/15(金) 18:53:15.60ID:tWC0C7x3
更に音石は語りを続ける。

 「それとマイストル以外にも、反逆同盟の連中が居るかも知れない。
  厄介な事に、それまで情報が無かった奴が居た。
  僕等が見たのは『蝙蝠のバルマムス』。
  旧暦では、寓の魔法使いアストリブラ・バサバタパタと呼ばれていた」

 「どんな魔法使いなんですか?」

 「見た儘、蝙蝠の様な魔法使いだよ。
  空を飛べるが、大抵は逆さに振ら下がっている。
  こいつは物の存在を不確定にすると言う、恐ろしい奴だ。
  この魔法に掛かると、意識が朦朧として、物の認識が狂う。
  ある筈の物が無くなったり、無い筈の物があったりする。
  又、好調や不調を逆転させる」

 「弱点とかは?」

 「音と光だ。
  奴は大きな音や強い光に弱い。
  それと地上では動きが鈍り、魔法が使えなくなる。
  こいつだけなら、対処は簡単だから良いけど、他にも居るかも知れないから、気を付けて」

 「はい……。
  それで、どうすれば市内の人を助けられるんでしょうか?」

ワーロックにとって音石の助言は有り難かったが、これと言った妙案は思い付かなかった。
どうすればマイストル事ヴァールハイトを倒して、人々を解放出来るのか?
その為の策が無ければ、どう仕様も無い。
0254創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/16(土) 18:51:49.01ID:lPaDoe4B
音石は小声で低く唸る。

 「それは……僕にも思い付かない。
  君は魔法資質が高い訳じゃないから、強引に正面突破なんて出来ないだろうし……。
  でも、ヴァールハイトと対面する機会さえあれば……。
  その為に、君に渡しておく物がある」

そう音石が言うと、ササンカがワーロックに小さな『警笛<ホイッスル>』を差し出した。
受け取って繁々と見詰めるワーロックに、音石は解説する。

 「これは聞いた者の動きを止める効果がある。
  効果時間は吹いている間だけ。
  それも思いっ切り吹き続けていないと効果が無い。
  しかも連続して使うと効果が無い。
  もしもの時に使うんだ」

 「もしもって……」

 「連続してと言うのは、相手に警戒されていると行けないんだ。
  気を抜いていれば、何度でも効果があるけど、それにはある程度の間隔を空けておく必要がある」

 「詰まり、笛の効果が続いている間に、ヴァールハイトとか言う奴をやってしまえと」

 「そう上手く行くかは分からないけど……。
  慎重に頼むよ」

人を殺すのかとワーロックは手の平の警笛を熟(じっ)と見詰めた。
幸いと言うべきか、未だに彼は人を直接殺害した事が無い。
殺さずとも無力化出来れば良いのだが、それは中々難しい。
特に、相手が正体を現さない、遠隔操作系の魔法の場合は……。
0255創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/16(土) 18:53:26.17ID:lPaDoe4B
ワーロックは警笛を握り締めて、ササンカと音石と別れ、改めてタハデラ市に向かった。
タハデラ市で品物を仕入れて、マールティン市に戻って来るまで、大凡2角。
時刻は南の時を少し過ぎた位。
ワーロックは特に警戒されず、市内に入る事が出来る。
ササンカから貰った警笛も咎められる事は無かった。
執行者達の注意は、彼が仕入れた品物の方にばかり向いていた。
市内に入ると店主達が待ち構えていて、商品を取って行き、代金を支払う。
今度はマイストル事ヴァールハイトの姿は無い。

 (流石に、そう簡単には姿を現さないか……)

ワーロックが外壁から出て行こうとすると、彼を呼び止める声があった。

 「待ってくれ!」

彼が振り返ると、そこにはヴァールハイトに似た容姿の若い男性が居た。
身構えるワーロックに、若い男性は慌てて敵意が無い事を告げる。

 「待った、待った!
  先ず俺の話を聞いてくれ。
  俺はゲヴェールト・ブルーティクライトと言う」

 (もう1つの人格か……)

一体何なのかと、ワーロックは構えを解かずに、話だけを聞く。

 「私に何の用だ?」

 「ヴァールハイトを止めてくれ。
  もう俺は奴の言い成りは嫌なんだ」

ゲヴェールトの告白にワーロックは目を丸くして驚いた。
0256創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/16(土) 18:55:13.54ID:lPaDoe4B
ゲヴェールトは続ける。

 「ヴァールハイトは旧暦から生きている、俺の何代も前の祖先だ。
  血の魔法を利用して、代々の子孫の中で生き続けて来た。
  俺は外道魔法使いだから、共通魔法社会では居場所が無かった。
  だから、反逆同盟に入ったんだけど……。
  ここまでの事になるとは思わなかった。
  ヴァールハイトを何とかしてくれ!」

ワーロックは彼の言う事を本当か怪しみながらも、嘘だと切り捨てる事はしなかった。

 「そんな事を言って、大丈夫なのか?
  君の中にはヴァールハイトが……」

 「ああ、大丈夫だ。
  奴だって疲れたら眠るんだ。
  今、奴は眠っている。
  俺には判るんだ」

 「しかし、何とかしてくれと言われても……」

 「誰も貴方独りに頼んではいない。
  貴方が無理なら、他の人でも良い、頼む!」

必死に頼み込むゲヴェールトの姿に、ワーロックは何とかしてやりたいと言う気持ちになる。
だが、方法が無い。
取り敢えずヴァールハイトを殺して終わりとは行かなくなった。
事態は厄介になったが、その事にワーロックは逆に安心していた。

 「分かった、どうにか方法を探してみよう」

無責任に、未来の自分を信じて彼は肯く。
0257創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/17(日) 19:17:00.77ID:m1WILW6P
ワーロックは更にマールティン市とタハデラ市の間を一往復して、南西の時に戻って来た。
どうすれば良いのか、彼は考え続けていたが、妙案は思い浮かばなかった。
ヴァールハイトが眠っている間に、ゲヴェールトを連れ出す事も考えたが、それを予想していない程、
ヴァールハイトが間抜けだとは思えない。
恐らくは市内の執行者等に、事前にゲヴェールトを市外に出さない様に命令してあるだろう。
しかし、他に全く手が無い訳では無かった。

 (多くを得ようと思えば、それなりの覚悟が要る。
  私は……)

肉を切らせて骨を断つ、究極の手段が彼にはある。
もしかしたら肉の切られ損に終わるかも知れないが、最良の結末を迎えるには、それしか無い。
彼は洗脳されてしまった後の事も考えて、執行者には何も知らせず、自分の考えだけで動いた。
自分の独断と言う事にした方が、相手の油断を誘えると思ったのだ。
マールティン市内で彼は店主達に品物を売り捌くと、直ぐには出て行かず、街の中を見回る。
彼は態々市内のホテルで宿の予約を取ってから、もう一度仕入れに出た。
この行動をマイストル事ヴァールハイトは、絶対に怪しむと確信して。
西の時を過ぎて、本日4度目の商品の搬入を終えたワーロックは、市内で1泊する。
彼はヴァールハイトが再び姿を現すまで、この街を拠点に活動する積もりだった。
そして、その時は意外にも早く訪れた。
ワーロックが宿に泊まった、その晩の事である……。
彼が夕食を取ろうと宿の食堂に入ると、『食卓<テーブル>』の1つにヴァールハイトが着席していた。
予想外に早く会えたので、驚いたワーロックは視線を合わせない様にして、別の食卓に着く。
注文したのは牛肉の炙り焼き定食(『麺麭<パン>』と『寒草<フリジヘルブ>』の『汁物<スープ>』付き)。
ワーロックはヴァールハイトが何か行動を起こすまで、自分から話し掛けに行く積もりは無かった。
ヴァールハイトは彼に気付いている筈だが、素知らぬ顔をしている。
0258創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/17(日) 19:18:36.29ID:m1WILW6P
 「牛炙り定食です!」

給仕が料理を運んで来て、ワーロックの前に置く。
それと同時にヴァールハイトが彼の対面に座った。
匙を握って身構えるワーロックにヴァールハイトは問う。

 「何の積もりだ?」

 「何って……?」

 「何も知らないのか?」

 「いえ、知ってますけど」

 「……何を?」

 「この街で飲み食いしたら良くないんですよね?」

 「あ、ああ……。
  だったら、何で今食おうとしているんだ?」

 「何か不都合でも?」

 「……私の魔法は効かないと高を括っているのか?
  それとも何か対策を?」

ワーロックは彼に不敵な笑みを向けて、牛肉を麺麭に挟んで食べ始めた。
汁物にも躊躇わず口を付ける。
ヴァールハイトは彼を怪しんで、中々魔法を使おうとしない。
既に魔法を掛けられる状態であるにも拘らず。
0259創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/17(日) 19:20:38.77ID:m1WILW6P
ワーロックが完食するまで、ヴァールハイトは徒見守っていた。
ワーロックは堂々とヴァールハイトを見て言う。

 「どうしたんですか?
  結局、魔法は使わないんです?」

 「お前を操った所で、有益な事は何も無い。
  お前には物資を運んで来て貰わなければならないからな」

 「そうですか?
  それなら帰って下さい」

 「……何か掴んでいるのか?」

 「お得意の魔法で聞き出せば良いでしょう」

ヴァールハイトはワーロックの挑発に乗って良いか迷った。
相手は大した魔法資質を持たない。
否、幾ら相手が強大でも血の魔法には抗い難い。
ワーロック一人を操る位は、何とも無い筈なのだが……。

 「どうして悩む必要があるんですか?
  貴方の魔法には欠陥があるとでも?」

更にワーロックは挑発を重ねる。
ヴァールハイトは怒りを感じた。
彼は自分の魔法に自信を持っている。
自分の魔法を貶されるのは魔法使いには許し難い事だ。
ヴァールハイト自身は自分の魔法に欠陥があるとは思っていない。
0260創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/18(月) 19:08:20.68ID:nZDF9voD
侮辱されたと感じた彼はワーロックに血の魔法を掛ける事にした。
旧い魔法使いや悪魔にとって、格下に侮辱される事は耐え難い。
これが未だ多対一なら逃げる言い訳も立つが、無能1人に恐れを成したとあっては己の恥。
策略があるなら見抜かなければならないが、それが判らないと言うのも恥。
罠かも知れないと感じていても、やらなければならない。
そう言う風に運命付けられている。
それが旧い魔法使いの宿命にして宿痾なのだ。

 「後悔するなよ!」

ヴァールハイトは自らの血液を魔力に反応させた。

 (来る!)

ワーロックは自分の体の中で血液が反応するのを感じる。
否、実際には感じていない。
それが判る程、彼の魔法資質は鋭敏では無い。
そう錯覚しているだけだ。
しかし、錯覚が実際の感覚と重なっていれば、そこには何の違いも無い。
そしてワーロックは自らの意識が、魔力によって改変されて行くのを感じる。
ヴァールハイトはワーロックに告げた。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している。
  私に隠し事は出来ない。
  何を企んでいるのか、洗い浚い吐いてくれ」

信頼を刷り込んでいるのだ。
0261創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/18(月) 19:09:29.06ID:nZDF9voD
ワーロックはヴァールハイトの目を見詰めた儘、少しも動かなかった。
自らの内を巡る魔力が、意識を塗り替えて行く瞬間を静かに観察する。
それは自分を客観的に見る、第二の自分が居るかの様に。
彼の劣った魔法資質が、ヴァールハイトの魔力の流れを掌握する。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している。
  私に隠し事は出来ない……」

ワーロックはヴァールハイトの言葉を繰り返した。
その言葉はヴァールハイトに返って行き、彼に同じ言葉を繰り返させる。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している……」

2人は互いの目を真剣に見詰め合って、どちらも逸らそうとしない。
傍目には、どちらが魔法に掛かっているか判らない。
先に動きを見せたのはワーロックだった。
彼は口の端に笑みを浮かべる。
ヴァールハイトは焦りを感じる。

 「何故、効かない……?
  お前は何者だ?
  魔導師会の者か、それとも旧い魔法使いか!?」

 「どちらでも無い。
  私は新しい魔法使い」

堂々と答えたワーロックに、彼は動揺して蒼褪める。
0262創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/18(月) 19:11:28.36ID:nZDF9voD
強大な悪魔が実力を隠して潜伏していたのかと、ヴァールハイトは考えた。

 「新しい……?
  歴史上、最も新しい魔法は共通魔法だ。
  お前は悪魔なのか?」

 「違う。
  私は一般的な『新人類<シーヒャント>』……の中でも、劣った能力の者。
  他の多くの新人類と同じく、肉の体を持ち、悪魔としての自覚は無い存在」

淡々と答えるワーロックが不気味で、ヴァールハイトは混乱する。

 「それでも、お前が徒者で無い事は判る。
  新しい魔法使いとは何なのだ?
  お前の様な存在が、未だ地上には居ると言うのか?」

 「分からない。
  もしかしたら、居るかも知れない。
  唯一大陸に暮らす2億以上の人間の中に、私の様な存在が居ないとは限らない」

余りにワーロックが正直に答えるので、彼は自分の魔法が効いているのかと少し期待した。

 「……私の魔法が効いているのか?」

 「私の魔法は効いている」

その返答で絶対に効いていないと、ヴァールハイトは確信させられる。
だが、ワーロックの様子が奇怪しいのは事実だ。
ヴァールハイトは改めて質問した。

 「お前は何を企んでいる?」
0263創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/19(火) 18:58:27.71ID:VtBXBRGg
ワーロックは前に言われた言葉を繰り返した。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している。
  私に隠し事は出来ない」

 「何なのだ、お前は!?
  私の質問に答えろ!」

 「私の企みは成功した。
  もう、お前に逃げ場は無い」

これが張ったりか否か、ヴァールハイトには判断が付かない。
彼は緊急事態を想定して待機させていた、2人の執行者を呼び出す。

 「魔導師共、こいつを捕らえろ!!」

 「騙されるな!!
  敵はマイストルの方だ!!」

執行者達は食堂の入り口から突入したは良いが、2人の指示に困惑する。
ヴァールハイトは驚愕して席を立ち、更に強い口調で命じた。

 「何を迷っている!?
  こんな得体の知れない男の言う事を聞くのか!?
  私はマイストルだぞ!!」

ワーロックも席を立って、弁舌を振るう。

 「本来の目的を忘れたのか!?
  執行者はマイストルを逮捕しに来た筈だ!!」

執行者は2人共、ワーロックとヴァールハイトの間で、どちらに付くべきか迷っている。
0264創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/19(火) 19:00:31.49ID:VtBXBRGg
ヴァールハイトは益々焦って、ワーロックに尋ねた。

 「お、お前が私の魔法を妨害しているのか!?
  お前の魔法は一体……」

 「気付くのが遅かったな!
  私に魔法を掛けた事が間違いだ!」

 「魔法返しか!?
  否、違う……!」

 「観念しろ!!
  お前に逃げ場は無いぞ、ヴァールハイト!!」

困惑して立ち尽くしている執行者達に、ヴァールハイトは見切りを付ける。

 「私が人を操るしか能の無い者だとでも思っているのか!?」

彼は懐から赤黒いナイフを取り出すと、その場で一振りする。
ナイフは一瞬で伸びて、2人の執行者の喉を切り裂いた。
それは丸でナイフ自体が意思を持って、動いているかの様だった。
ナイフの正体は影の剣ディオンブラ。
貪食の魔剣グールム・デ・ヴィが闇の力によって蘇った物。
ディオンブラはヴァールハイトの血を吸って、彼の意思で自在に動く魔剣となった。

 「キャーーーーッ!!」

執行者が刃物で傷付けられた事に、食堂で働く職員は恐怖の叫び声を上げる。
ワーロックは笑みを見せた。

 「もう、終わりだ!
  この街は解放される!」
0265創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/19(火) 19:01:56.37ID:VtBXBRGg
 「くっ、未だ終わらん!!」

ヴァールハイトはディオンブラを振るって、ワーロックを斬り付けた。
それをワーロックは護身刀を抜いて、紙一重で攻撃を逸らす。

 「ええい、鬱陶しい奴!!
  私は捕まらんぞ!!」

ヴァールハイトはワーロックが手強いと見るや、直ぐに逃走を図った。
彼はホテルの外に出て行く。
ワーロックは食堂の職員に呼び掛けた。

 「執行者さんの手当てをお願いします!
  取り敢えず、救急を!」

そしてヴァールハイトを追い掛け、ホテルの外に飛び出す。

 「待てっ、逃がさないぞーー!!」

ワーロックはヴァールハイトを見失わない様に、全力で駆けた。
やがてヴァールハイトは市内の一軒家に駆け込む。
レノックとパルティーンが発見したのとは、又別の民家だ。
ワーロックは迷わず家の中に突入した。
ヴァールハイトの姿は見失ったが、家の地下で物音がしたので、彼は地下への階段を探す。
彼が廊下の先に階段を発見して近付くと、天井から声がした。

 「待て!
  ここから先は通さん!」

 「何者だっ!?」

数歩後退して身構え、天井を見上げるワーロックの目に、黒い大きな塊が映る。
それは天井から振ら下がっていた。
寓の魔法使いバルマムスだ。
0266創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/20(水) 19:24:34.84ID:sAVRLsEl
次の瞬間、ワーロックは周りが見えなくなり、暗い靄の中に閉じ込められる。

 「こ、これは!?」

バルマムスの魔法によって、空間を認識出来なくされたのだ。
只、バルマムスの姿だけが見えている。
見えないだけで、そこに空間はあるのかと思うのだが、壁や床の感覚も失われている。
これが物の存在を不確定にする、バルマムスの寓の魔法。
物事が明確でなくなり、曖昧になる。
そこに壁や床がある筈なのに、よく分からなくなる。
目の前に階段らしい物もあるのだが、上るのか下りるのかも判らない。
ワーロックはバルマムスを倒さなければ先に進む事は難しいと考えて、再び上を向いた。
しかし、バルマムスの姿は無い。

 「どこへ行った!?」

彼が慌てて左右を見ると、バルマムスは彼の背後で直立していた。

 「何を狼狽えている?
  どこにも行ってはおらんぞ」

 「お前がアストリブラか!」

 「今はバルマムスと呼んで貰おう」

バルマムスは目の前に居る筈だが、その声は四方八方から聞こえる。
0267創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/20(水) 19:25:55.55ID:sAVRLsEl
ワーロックは護身刀を構えて、バルマムスに向かって行こうとしたが、視界が揺れて足元が覚束無い。
護身刀に刻まれた魔法陣の効果か、護身刀だけは瞭(はっき)りと手に握る感触がある物の、
それ以外は全く駄目だ。
目を回した様に視界が回転している。
バルマムスは浮ら付く彼を嘲笑った。

 「ハハハ、どうした、どうした!?
  こっちだ、こっちだ!」

 (こんな時は、どうしたら……。
  レノックさん、力を借ります!)

ワーロックはコートのポケットを漁って、警笛を手に取る……が、警笛を持つ感触は浮わ浮わして、
本当に警笛なのか確信が持てない。
だが、ワーロックが警笛を入れたポケットには、他の物は何も入れていなかった筈なので、
これが警笛だとワーロックは信じた。
今の状況では、自分の記憶しか頼れないのだ。
そうして警笛を持った彼だが、次なる問題に襲われる。
警笛を正しく口に咥える事が出来ない……。
警笛は丸で、柔らかい球体の様で、目で確認しても毛玉か綿毛の塊の様。
何も彼もが浮わ浮わしている。
仕方が無いので、ワーロックは警笛を適当に口に挟んで吹いてみた。
音が鳴らなければ、警笛を転がして改めて吹く。

 「ギャハハハ、何をしている!!
  無駄、無駄!!」

バルマムスに笑われても気しない。
そんな調子で、やっと警笛を鳴らす事が出来る。
0268創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/20(水) 19:27:16.51ID:sAVRLsEl
耳を劈く様な高い音が鳴り響き、一瞬にして魔法は解け、ワーロックの視界が元に戻った。
暈やけて浮わ浮わしていた物は、全て元の輪郭と感触を取り戻す。
ワーロックはバルマムスを見た時と変わらず、階段の前で立ち尽くしていた。

 「ぐわーーーーっ!!!!」

蝙蝠のバルマムスは魔法の警笛の音に驚いて、情け無い声を上げ、無様にも真っ逆様に床に落ち、
背中を強打して悶える。
ワーロックはバルマムスが悪さを出来ない様に、直ぐに馬乗りになって、衝撃波の共通魔法を、
バルマムスの胸に叩き込んだ。

 「M1D7!!」

 「ギェッ!!」

強い衝撃が内臓を貫いて、バルマムスは気絶する。
その正体は、蝙蝠の怪物だった。
ワーロックは気絶したバルマムスを放置して、魔法の『蘭燈<ランタン>』を取り出すと、それを構えて、
真っ暗な地下へ続く階段を下りる。
階段を下り切って、地下室の扉を発見したワーロックは、警笛を咥えて扉を蹴破った。
そして同時に警笛を鳴らす。
消魂しい音が部屋中に鳴り響き、ディオンブラを手に待ち構えていたヴァールハイトは驚きの余り、
迎撃する事を忘れた。

 「もう逃げられないぞ!!
  この街の人々を自由にして貰う!!」

ワーロックは護身刀を右手に、蘭燈を左手に、ヴァールハイトに迫る。
0269創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/21(木) 18:26:55.05ID:AlvIBHtt
ヴァールハイトは突きの構えでディオンブラを持ち、彼を牽制した。

 「自由……?
  そう言える程、自由は素晴らしい物かね?」

 「人の意思を奪って操るより悪い事がある物か!」

ワーロックは会話に応じながらも、ヴァールハイトを睨んで隙を見せない様にする。
熱る彼をヴァールハイトは嘲笑した。

 「解っていないな……。
  人は自由であるが故に、悩み苦しむのだ。
  争いも諍いも、凡そ全ての悪は自由から生まれる。
  人は意思等、持たない方が幸せでいられるのだ。
  生まれ付き役割が決まっていれば、無駄に苦しむ事は無い。
  自由と安楽は相反する物だよ。
  自由とは麻薬の様な物、その味は知らない方が幸せだ。
  停滞が何だと言うのだ?」

 「だから、お前達は旧暦でも魔法大戦でも、勝者にはなれなかった」

 「それは違う。
  人が神等と言う詰まらない物を信仰した為に、こうなった。
  これからは悪魔崇拝の時代だよ。
  全てを変え得るのは、『正義』でも『暴力』でも『知識』でも無い。
  況してや『愛』等に何の力があろう!
  必要な物は支配する力、唯それのみ!
  我々悪魔が全てを支配し、人は唯我々の為だけに生きるのだ」

ヴァールハイトは高らかに宣言して、先手を打ちディオンブラを振るった。
突きと共に赤黒い刀身が真っ直ぐワーロックに向かって伸びる。
それをワーロックは護身刀で往なし、魔法で反撃した。

 「ミラクル・カッター!!」
0270創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/21(木) 18:28:04.23ID:AlvIBHtt
不可視の刃がディオンブラの刀身を打ち砕くが、ヴァールハイトに焦りは無い。
魔剣ディオンブラは再生能力を持つのだ。
見る見る刀身が復活するディオンブラに、ワーロックは歯噛みして、ヴァールハイトに訴える。

 「悪魔に支配されて、人間に何の得がある!?」

 「全ての悩みや苦しみから解放される。
  人は何も考えなくて良い、奴隷の幸せ、家畜の幸せを享受する。
  支配する者と支配される者、同じ人間だから不公平だと感じる。
  それならば、支配者が人間で無ければ良いのだ。
  全てを超越する神の立場に、我々が成り代わろう」

ヴァールハイトは悪魔の目的を語った。
神の様な絶対者として君臨し、人を支配する。
それが全ての人間を幸せにする唯一の方法だと言うのだ。

 「巫山戯るなっ!
  お前達の心一つで変わってしまう世界を誰が望む物か!」

その傲慢さにワーロックは怒るが、ヴァールハイトは軽く受け流す。

 「そうとも、我々は平等では無い。
  気に入った者は幾らでも優遇するし、気に入らない者は誰だろうと排除する。
  人は不平等を受け容れ、如何に我々に迎合し、媚び諂うかを競う様になる。
  それで良いのだ。
  自由、平等、公正、博愛、何れも人間には過ぎた物だ。
  神は居ない、正義も無い、それ等が在った場所には、唯我々が居る。
  我々を崇め、我々に従え」
0271創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/21(木) 18:29:15.45ID:AlvIBHtt
そう言われて従える人間が居る訳が無い。
ワーロックは益々敵意を増して、ヴァールハイトに迫る。

 「断る!
  私でなくとも誰でも同じ事を言うだろう!」

 「果たして、そうかな?
  お前に優れた力を授けると言ったら?
  お前を人間達の王にすると言ったら?
  お前に権力や財宝を呉れてやると言ったら?
  靡かない人間が、どれだけ居るかな?
  自分さえ良ければ、それで構わない者は、幾らでも居よう。
  浅ましい人間共……」

 「そんな力も無い癖に、何を言う!」

 「忘れたのか?
  私は人を意の儘に操れると言う事を。
  お前は中々見込みがある。
  我々に付けば、本当に人間達の王になれるぞ。
  誰も逆らえない絶対の王にな」

突然の勧誘にワーロックは驚くより先に怒った。

 「巫山戯るなっ!!
  そんな物、誰が望むかっ!!」

 「解らないな。
  お前が私に従わない理由は何だ?
  魔導師会が怖いのか?」

ヴァールハイトの言う事は真実だ。
彼の魔法を使えば、全ての人間を強制的に従わせられる。
それでも多くの者は魔導師会の存在を思い出して、彼の誘惑を振り切るだろう。
秩序の守護者である魔導師会が、必ず止めに動く筈だと。
0272創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/22(金) 18:40:12.27ID:/u7wBLER
そう言う心がある事を認めつつも、ワーロックは強気に言い切った。

 「私はっ、お前がっ、気に入らないっ!!
  お前に従わない理由、お前を打ち倒す理由は、それだけで十分だ!!」

彼は怒りに震えながらも、冷静さを失わない。
彼の魔法は相手との同調が必要なのだ。
怒りで我を忘れては、敵の術中に嵌まる。
だが、悪魔との同調は心を蝕む。
相手の心の邪悪さを受け止めなければならないのだから。
ヴァールハイトはワーロックを冷笑する。

 「口で言う程、怒ってはいない様だが?
  お前は本当に見込みがある。
  人間の下劣さを解っているのだろう?
  悪魔の誘惑を振り切れる人間等、世界中に数える程も居ない。
  人間は他人を出し抜いて、自分だけ得をするのが大好きなのだからな!
  その為には、悪魔だろうが、何だろうが利用する!
  誰も見ておらず、咎められもしなければ、平気で悪行を働ける!
  人間は生まれ付いて悪なのだ!
  我々悪魔よりもな!
  その様な連中を守って何になる!」

 「私も人間だ!!
  人間は悪ばかりでは無い事は、誰より知っている!
  お前達悪魔が、どれだけ人を利用しようと、どれだけ愚かな人が現れようと、
  私は人間に失望したりはしない!
  幾ら人を腐そうが、お前の中の邪悪が露になるだけだ!」

どうにかヴァールハイトは魔法を使おうとしていたが、ワーロックには全く通用していなかった。
中々思い通りにならずに彼は焦り始める。
0273創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/22(金) 18:41:12.64ID:/u7wBLER
しかし、ワーロックの方も決め手が無い。
彼はゲヴェールトも助けなくてはならない。
どうにかヴァールハイトだけを仕留めなくてはならないが、精神を分離させる方法を彼は知らない。
取り敢えず、腕力での勝負に持って行く為に、ヴァールハイトが持つディオンブラを狙う。
ワーロックは護身刀を片手に、蘭燈をバックパックに掛け、代わりにロッドを持った。
自在に形を変える魔剣ディオンブラに対抗する為だ。
ヴァールハイトはディオンブラを地下室の石床に突き立てた。
影の魔剣ディオンブラは実体の無い魔力の剣だ。
床を影が這って、ワーロックに迫る。

 「ライト・フラッシュ!」

これに対してワーロックは閃光の魔法で対処した。
ディオンブラは撤退する様に見る見る縮んで、ヴァールハイトが握る柄に帰って行く。

 「無駄な抵抗は止めろ!
  お前達の時代は終わったんだ!」

 「未だ終わってはいない……」

 「今は魔法暦だ!
  人間も昔とは違う!」

 「いや、そうそう本質は変わらないさ……。
  力を得れば、行使せずには居られない。
  見ろ、人間の世界を!
  何故、犯罪が絶えない?
  何故、貧民街が無くならない?
  何故、地下組織が蔓延る?
  何故、富める者が居る一方で、飢える者が現れる!」
0274創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/22(金) 18:43:25.86ID:/u7wBLER
ヴァールハイトの訴えが、全く本気の物では無い事を、ワーロックは見抜いていた。
どれだけ雄弁に語っても、心が伴わなければ虚しいだけ。
悪魔が人間社会を憂う訳が無いのだ。
人を動揺させて、悪の道に誘おうとしているに過ぎない。

 「お前の言葉は少しも心に響かない!
  それは言葉が上辺だけの物だからなんだ!
  本音では人間なんか、どうでも良いと思ってるって、見え透いてんだよっ!」

ここでワーロックは賭けに出た。

 「食らえっ!!
  ライト・セヴァー!!」

不可視の刃を飛ばすミラクル・カッターの応用、ライト・セヴァー。
輝く魔力の刃を放つ魔法。
これは単にミラクル・カッターを目に見える様にしただけの技だ。
大声で攻撃を宣言されたヴァールハイトは、当然防御する。
ミラクル・カッターの原理は「攻撃を宣言」して、「攻撃される」と言う意識を利用した物。
自分が「攻撃する」、相手は「攻撃される」と言う、謂わば合意、合気を以って発動する。
相手が攻撃されると意識していないと発動しない。
この共通の認識が、相手の魔法資質を利用すると言うワーロックの魔法と組み合わさって、
絶大な破壊力を生み出す。

 「くっ……」

ヴァールハイトはディオンブラの柄を盾にした。
彼の手からディオンブラの柄が離れて、床に転がる。
0276創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/23(土) 21:33:24.96ID:ASGyz6Nb
この隙にワーロックはヴァールハイトに飛び掛かった。
逃れようとするヴァールハイトの袖を掴み、振り回して床に転がす。

 「今度こそ観念しろ!!」

ワーロックは彼の体をロッドで押さえ付けて凄み、降伏を迫った。
しかし、ヴァールハイトは少しも怯まない。

 「フハハ、それしか言う事が無いのか!」

そう強がると急に顔付きを変えて狼狽える。

 「こ、ここは……?」

ヴァールハイトは人格を引っ込めて、ゲヴェールトを呼び起こしたのだ。
それを直ぐには理解出来ず、ワーロックは警戒を緩めない。
ゲヴェールトは現状を理解して、必死に弁解する。

 「お、俺だ!
  ヴァールハイトじゃない!」

ここでワーロックも状況を理解して、肩の力を抜く。
ゲヴェールトは小さく息を吐き、立ち上がりながら彼に礼を言った。

 「有り難う。
  でも、油断しないでくれ。
  奴は何時でも俺を――」

次の瞬間、ゲヴェールトは床に飛び込む様に転げて、魔剣ディオンブラを拾う。

 「馬鹿めっ!!」
0277創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/23(土) 21:34:24.86ID:ASGyz6Nb
ヴァールハイトはゲヴェールトの人格を自由に表したり、抑えたり出来るのだ。
彼は魔剣ディオンブラを振るって、ワーロックを斬り付けた。
流石にワーロックは避け切れず、肩に裂傷を負う。

 「ぐっ、貴様っ!!」

 「やはり、お前は甘いな!!
  それが命取りだ!!」

形勢逆転し、ワーロックは窮地に陥る。
そこへ更に蝙蝠のバルマムスまで下りて来た。

 「ヴァールハイト、無事か!?」

 「ああ。
  しかし、情け無いなバルマムス!
  この程度の者に後れを取るとは……」

先程までヴァールハイトも追い詰められていたのだが、彼は自分の事は棚に上げた。
この様に悪魔貴族は見栄っ張りな所がある。
ヴァールハイトが負けそうだった所を知らないバルマムスは、面目を失って小さくなった。

 「ムッ、ムム……」

2対1となり、愈々追い詰められたワーロックは、どうにか隙を探そうと息を潜めて、存在感を消す。
バルマムスは話を変えようと、ヴァールハイトに尋ねた。

 「この男の処分は、どうする積もりだ?」

 「こいつは危険過ぎる。
  今、殺してしまう」

 「操らないのか?」

手強い敵は心強い味方になる可能性を秘めているが、手懐けられなければ無意味だ。
0278創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/23(土) 21:36:16.92ID:ASGyz6Nb
ヴァールハイトは冷淡に切り捨てた。

 「その価値も無い」

その反応をバルマムスは怪しむ。

 「弱気だな。
  自分の魔法に自信が無いのか?」

魔法使いは自分の魔法に絶対の自信を持っている物だ。
他の何で劣っていても、それで劣る事だけは認められない。
それなのにヴァールハイトが洗脳しないと言う事は、詰まり……。

 「もしかして魔法を破られたのか?
  効かなかったのだな?」

 「煩いぞ、黙れ」

ディオンブラの刃を向けられて、バルマムスは戯けた態度で謝る。

 「はは、悪かった、悪かった。
  操れないなら殺すしかないな」

そう言いながらバルマムスは、両手に鉤爪状の剣を1本ずつ持って構えた。
ワーロックは護身刀をヴァールハイトに、ロッドをバルマムスに向けて牽制する。

 「黙って殺されはしないぞ!」
0279創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/24(日) 19:48:36.83ID:SnfSoty0
バルマムスは飛び上がると、地下室の天井に逆さに掴まった。
感覚を狂わせる寓の魔法が来ると、ワーロックは判っていた物の、それを防ぐ術が無い。
目の前にはヴァールハイトも居るのだ。

 「キーーーーッ!!」

耳を劈く様な高い声をバルマムスは発する。
これをヴァールハイトはゲヴェールトの人格を盾にする事で回避した。
寓の魔法は精神に作用する魔法なのだ。
ワーロックだけが幻惑された状態で戦わなくてはならない。
そこへヴァールハイトはディオンブラを振るった。

 「今度は避けられまいっ!」

ワーロックは視覚も聴覚も真面に利かない状況。
目の前は暈やけて歪んでいるし、音は反響しているしで、何一つ確かな事が判らない。
どこから来るとも判らない攻撃に対して、彼は身を低くしながら後退る。
運良く一撃目は避けたが、この次は分からない。
絶体絶命の危機だったが、バルマムスとヴァールハイトは急に動きを止めた。

 「ムッ、この魔力は何だ!?」

 「魔導師会の連中が何か仕掛けて来たか!」

ワーロックは何も感じなかったが、魔力に反応があったのだ。
ヴァールハイトは急いで室内の姿見に向かって走り出した。

 「一時撤退だ、バルマムス!!」
0280創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/24(日) 19:49:22.94ID:SnfSoty0
彼は鏡に飛び込んで姿を消す。
取り残されたバルマムスも慌てて後を追った。

 「わ、私を置いて行くなぁー」

バルマムスも情け無い声を上げて、飛行して鏡に飛び込む。
寓の魔法が切れて、正気に返ったワーロックは、誰も居なくなった室内を見回した。

 「……何が起こったんだ?」

そう彼が独り言を呟いた瞬間、マールティン市全体の時間が止まる。
D級禁断共通魔法が発動したのだ。
ワーロックも時間停止魔法に巻き込まれて、意識を失う。
時間の止まったマールティン市内に、執行者達が次々と駆け込んだ。
執行者達を指揮するのは、市内の様子をよく知るパルティーンだ。

 「制限時間は2針だ!!
  第1班は私に付いて来い!
  他の者は市内の執行者を全員確保しろ!
  序でに怪しい奴も押さえとけ!」

約200人の執行者が虱潰しに市内を捜索する。
時間の停止と言っても緩い物で、一定以上の纏まった質量を持つ物にしか作用しない。
よって、飛んでいる物は空気より軽くない限りは落ちる。
だが、時間が停止しているので、落ちても衝撃で壊れる様な事は無い。
執行者達は市内のフォーコン中隊の隊員を発見すると、その体に麻痺の魔法陣を描く。
これで時間が動き出しても、反撃される心配は無い。
0281創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/24(日) 19:51:16.04ID:SnfSoty0
一方でパルティーンは真っ先に例の空き家に向かったが、そこには誰も居なかった。

 「流石に場所を変えたか……。
  市内の空き家を隈無く探せ!
  時間が無いぞ!」

執行者達は市内の空き家と思しき家に上がり込み、とにかく不審人物を捜索した。
しかし、その内に2針が過ぎて、禁断共通魔法が解ける。
マールティン市の人々は、日が暮れてから突然現れた執行者の集団に驚いていた。
ワーロックも動ける様になったが、彼の居る場所まで執行者の手は及んでいなかった。
鏡渡りの魔法を封じる為に、彼は直ぐに室内の姿見をロッドで叩き割る。
一度罅が入れば、鏡渡りの魔法は使えなくなる。
鏡渡りの魔法は真面に人が通れる程度の、綺麗な鏡面がある事が前提なのだ。
更に、往き来する鏡の両方に仕掛けを施す必要があるので、これで反逆同盟の者がマールティン市に、
鏡渡りで帰って来る事は出来なくなった。
ワーロックは護身刀を鞘に収めると、ロッドと蘭燈を持って地上階に戻る。
家から外に出た彼は、丁度執行者に見付かって動きを止めた。
執行者は彼を怪しみ、接近して来る。

 「待て、お前、そこを動くな!」

ワーロックは大人しく指示に従って、動きを止める。
執行者はテレパシーで仲間と連絡を取り始めた。

 「不審人物を発見、応援を頼みます」

事情を解っている人が居ないかと、ワーロックは眉を顰める。

 「えー、私はワーロック・アイスロンです。
  私の事は親衛隊の人に聞いて下さい。
  タハデラ市からの道を封鎖していた、執行者に聞いて貰っても構いません」

 「黙れ。
  こちらが聞いた事だけに答えろ」

相変わらず執行者は融通が利かない。
0282創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/25(月) 18:40:45.80ID:B4Qj/LN8
それからワーロックは執行者に連行されて、諸々の事情を説明し終える頃には、日付が変わっていた。
親衛隊を呼んで誤解を解消するのに1角、その後に街の中で何をしていたのか、何が起こったのか、
説明するのに3角以上を要した。
特にワーロックはマイストル事ゲヴェールトと対峙しながら、彼を仕留め切れなかった事に関して、
厳しい追及を受けた。
ワーロックはゲヴェールトの中にヴァールハイトと言う別人格が居る事と、ヴァールハイトこそが、
反逆同盟に加担していると言う事を説明したが、中々理解はされなかった。
どちらにせよ危険な外道魔法使いなのだから、無力化しなければならない。
もしヴァールハイトを殺す事でゲヴェールトが死んでしまっても、敵対している以上、そうなる事は、
受け入れなければならない。
執行者の言い分は、大凡その様な物であり、ゲヴェールトを助けるのは物の序でだった。
結局の所、反逆同盟の中に居る外道魔法使いを助けたければ、魔導師会から離れて独自で動くより、
他に無いのだ。
もしラントロックが未だ反逆同盟に居たら、今頃どうなっていたかとワーロックは深刻に考えた。
ゲヴェールトの事は決して他人事では無い。
ワーロックは何としても彼を助けようと心に決め、やはり魔導師会とは別行動を取らざるを得ないと、
強く認識した。
0283創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/25(月) 18:41:47.00ID:B4Qj/LN8
翌朝からマールティン市民は何時もの生活に戻った。
マイストルと言う人物が居た事を多くの人々は当然憶えていたが、どうして彼に拘っていたのか、
その理由を説明出来る者は居なかった。
人々は丸で夢から覚めたかの様に、マイストルに街が支配されていた事を恐れ始めた。
フォーコン中隊は直ぐにブリンガー魔導師会本部に戻され、新しい執行者の中隊が市内に駐在して、
暫くマールティン市を守護する事になった。
ブリンガー魔導師会はグラマーの魔導師会本部に、今回の件を報告する際に、魔法陣を強化しても、
小さな都市であれば乗っ取られる可能性があると指摘した。
対策として、定期的に執行者が異変が無いか巡回して調査するべきだとも。
これを受けて、全魔導師会は防衛体制も見直す必要に迫られた。
「乗っ取り」は魔導師会が最も恐れなければならない事態。
万全な対策を講じようと思えば、莫大な労力を費やす事になる。
同じ様な事が続けば、魔導師会でも疲弊してしまうだろう。
誰もが早急に解決しなければ、やがて追い詰められると感じていた。
0284創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/25(月) 18:42:10.31ID:B4Qj/LN8
反逆同盟は今、どこに居を構えているのか?
先ずは、それを突き止めるべく、魔導師会本部は各魔導師会に捜索隊を編成して、人の通らない場所、
結界から外れた場所を調べる様に要請した。
決戦の時は未だ来ない。
0286創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/26(火) 19:18:34.35ID:Sc76BFEM
真の善


ボルガ地方にて


竜に変化したニージェルクローム・カペロドラークォは、カターナ地方を荒らしまわった後、
ボルガ地方のガガノタット山に降り、暫く潜伏していた。
竜の姿のニージェルクロームは飲食を必要とせず、竜の幻体が取り込む霊気だけで生きていたが、
彼の自我は竜と分化し掛かっており、幻体のアマントサングインと直接話が出来る様になっていた。

 「それで、これから何をするんだ?」

 「麓の町を襲う。
  魔導師会が、どの位で到着するかな?」

アマントサングインは飽くまで魔導師会を試そうとしている。
その口振りは楽しそうでもあった。
竜との分化が進んでいるニージェルクロームは、少しずつ不安になって来る。

 「出来るだけ殺さないでくれよ」

 「それは魔導師会次第だ」

アマントサングインは膠も無く、彼の頼みを切り捨てた。
カターナ地方で暴れた時は、ニージェルクロームとアマントサングインは殆ど同化していた。
こうして言葉を交わす必要も無く、心と心が通じていた。
分化が進んだのは、アマントサングインの情けである。
何れニージェルクロームはアマントサングインから分離して、ハイロン・レン・ワイルンと言う、
一人の人間に帰る。
竜と同化した儘で生き続ける必要は無いとして、アマントサングインの方から彼を切り離したのだ。
0287創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/26(火) 19:20:52.50ID:Sc76BFEM
その結果として、ニージェルクロームはアマントサングインの行動に恐れを感じている。
元々彼は大逸れた事は出来ない性格なのだ。
竜と同化して気が大きくなっていただけで、力を失えば小人物に過ぎない。

 「可弱いな、ハイロン」

そんなニージェルクロームの弱気を、アマントサングインは小馬鹿にした様に笑う。
嘲笑と慈愛の入り混じった、弱い物に向ける笑みだ。

 「……何故か不安なんだ。
  人を殺す事が、とても悪い事じゃないかと思えて来る。
  今までは何とも思ってなかったのに」

 「それが普通なのだ。
  お前は人間に戻るのだから、それで良い」

ニージェルクロームは釈然としない気持ちで、不安を抱えた儘、沈黙した。
この様子を影で見ていたディスクリムは、ここが付け入る隙だと察した。
ディスクリムはアマントサングインと魔導師会の戦いで、双方の共倒れを狙っている。
ディスクリムは竜の方が厄介だと思っており、古代からの眠りから覚めた大竜群と戦うよりは、
未だ魔導師会の方が与し易いと踏んでいる。
今はアマントサングインの監視があるので、表には出て来られないが、この隙を上手く利用して、
アマントサングインを仕留めようと企んでいた。
0288創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/26(火) 19:23:05.55ID:Sc76BFEM
――ガガノタット山はボルガ地方最大級の火山であり、麓には中規模の「町」がある。
この町はアッタと言う名前で、ボルガ地方では「熱い」或いは「暖かい」と言う意味の言葉を、
語源とするとされている。
火山の麓の町と言う事で、温泉が有名だったり、土産物屋には火山岩が売られていたりする。
地震が多い事でも知られており、開花期の中頃までは大きな地震で壊滅的な被害を受けていたが、
魔導師会の到着から徐々に地震への対策が行われて、現在では魔法による制御技術が確立している。
しかし、それも完全な物と言えるかは不明で、何時か破局的な大噴火が起こった時には、
如何に魔法の力でも抑え切れないのではないかと言われる。
それでも、アッタ町に住む人々は他の土地へは移ろうとしない。
正確には、開花期の中頃まで大地震の度に、ガガノタット山の麓の集落は壊滅しており、
住民は散り散りになっていた。
だが、時を経ると戻る住民や新しい住民が現れて、再び集落を形成して行った。
ガガノタット山が破局噴火する時は、唯一大陸が終わる時と言われているので、その辺を余り、
深く考えないだけなのかも知れない。
一応、地下のマグマ溜まりから溶岩を地表に逃がす機構があり、複数の耐熱煉瓦の管から、
溶岩を流出させている。
これは溶岩を直接見れる観光名所になっているが、流出量は安定せず、全く出ない日もあれば、
恐怖を感じる位に噴出する日もある。
幸い、平穏期以降は深刻な大噴火も、多数の死傷者が出る様な大地震も無いが、それが逆に、
大きな災いの前触れでは無いかと、不安がる人も居る。
0289創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/27(水) 18:57:52.66ID:1eUhau5g
ガガノタット山からアッタ町に降臨したアマントサングインは、町を破壊して暴れ回るも、
腐蝕ガスを放出する事はしなかった。
人を殺す事が目的では無いので、魔導師会が到着するまでは手加減していた。
逃げ惑う町民を見送りながら、アマントサングインは吠える。

 「早ク来イ、魔導師共!!
  私ハ気ガ長クナイゾ!!」

アマントサングインが確保したのは、町内の温泉ホテルだった。
そこに取り残されている者は30人程度。
逃げ遅れた従業員が15人と宿泊客が15人。
約半角後に数人のボルガ魔導師会の執行者が到着して、アマントサングインが見張るホテル以外の、
全ての場所から町民を避難させる。
それを見届けて、初めてアマントサングインは腐蝕ガスを放った。
ガスは余り大きくない町を忽ちの内に破壊して、汚泥の山に変える。
アマントサングインは勝ち誇る様に、幻体の3枚の翼を広げて雄叫びを上げた。
十分な人数の執行者が揃ったのは、アマントサングインの登場から2角後。
招集してから移動する距離を考えれば、これでも早い方である。
魔導師会はカターナ地方での一件から、竜への対策を考えていた。
魔導師会はホテルに閉じ込められている人々を助けるだけでは無く、ここで竜を退治する必要がある。
これ以上、竜を伸さ張らせておく訳には行かないのだ。
0290創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/27(水) 18:59:44.14ID:1eUhau5g
魔導師会が得ている情報は、この竜はアマントサングインである事、そして竜の中心に居る者は、
反逆同盟のニージェルクロームだと言う事。
実体の無いアマントサングインを止める方法は2つ。
1つは伝承を信じて神槍コー・シアーを用いる事。
もう1つは竜の力を宿した人間ニージェルクロームを止める事。
魔導師会は後者を計画していた。
魔力を遮る腐蝕ガスの所為で、竜に近付く事も困難だが、作戦が無い訳では無い。
竜は地下の様子までは探れないのだ。
救出部隊の隊長は、24人の隊員に指示を出す。

 「我々は地表から25身を掘削して、然る後に真っ直ぐホテルへと向かう。
  流石に、これだけ深ければ、地上の影響は無い物と考えて良い。
  行くぞ!」

穿孔の魔法を使う者と、土砂を掻き出す者の2班に分かれ、更に疲労して作業が滞らない様に、
それぞれ3組を用意して交代させながら、地面を掘り進む。
最初は地面を直下に抉り、25身程掘り下げた所で、ホテルへと向かう。
地下を進む速度は極速1節。
途中で崩落しない様に慎重に掘り進むので、その程度が限界だ。
最初に25身掘るのは8点程度で終わるが、ホテルまでの距離は2通で1方も掛かる。
1日の4分の1なのだから、結構な時間だ。
その間に、地上の部隊も待っているだけでは無く、地下で行われている事に気付かれない様に、
適度に気を引かなければならない。
0291創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/27(水) 19:00:52.29ID:1eUhau5g
そこで魔導師会は遠距離からの砲撃を実行した。
大掛かりな魔法で質量塊を打ち出し、それによってアマントサングインの本体とも言える、
ニージェルクロームを狙い撃つのだ。
カターナ地方での一件から、どうすれば竜に攻撃出来るのかを考え、用意された方法である。
多くの執行者がアッタ町を取り囲んで、腐蝕ガスが拡散しない様に守っている外で、
投擲部隊は腐蝕ガスの影響を余り受けない、オーデルコン(※)合金の砲丸を発射する。
直径半手、重さ1盥の砲丸を高速で発射。
これは直撃すれば人体が木っ端微塵になる程の破壊力がある。
4人の魔導師が加速魔法を唱えて、第1射を撃つ。
それは魔力の『軌道<レール>』を作り出し、それを円形にして限界まで加速させて発射する物。
3人が加速と真円軌道を維持して、1人が狙いを付けて発射。
腐蝕ガスが充満した結界の中のアマントサングインを狙う。
中々目視で狙うと言う事は出来ないが、腐蝕ガスの靄の中に潜入している魔導師が、
正確な竜の位置を観測して伝えてくれる。

 「発射!!」

第1射は狙い通り、アマントサングインの中に居るニージェルクロームに向かって行った。
多少の誤差はあるかも知れないが、相手の注意を引ければ十分。
勿論、直撃して倒せれば、それに越した事は無い。
しかし、アマントサングインは発射直後から気付いて、幻影の巨体を動かしニージェルクロームを、
弾道から避けさせながら、砲丸に向かって腐蝕ガスを吐き付けた。
如何に腐蝕に強いオーデルコン合金と言えど、高濃度で高温の腐蝕ガスを食らっては、耐え切れずに、
溶け落ちて失速する。


※:タンタルに相当する。
0292創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/28(木) 18:14:00.37ID:0U9rbPPp
オーデルコン合金の砲丸は、実際はオーデルコン合金鍍金砲丸である。
芯までオーデルコン合金と言う訳では無い。
だから、溶け落ちてしまうのだ。
狙撃に失敗した事を靄の中の魔導師に伝えられた投擲部隊は、第2射に移る。
アマントサングインは音速の砲撃に反応した。
直線的な攻撃は見切られている可能性がある。
そこで第2射は山成りの弾道で上空からの砲撃を試す。
加速の軌道を横から縦にして、殆ど真上からニージェルクロームを狙う。
横の加速に比べて、縦の加速は制御が難しい。
とにかく勢いを付けて、真っ直ぐ撃ち出せば良い横と違って、縦は射出速度と角度が一致しないと、
目標には当てられない。
緻密な計算を人の手で行うのだから、神経を削る。
もし失敗すれば、警戒されて二度と成功しないだろう。
奇手とは、そう言う物だ。
だから、連射する。
全20個の砲丸が閉じた環の中で加速する様は、宛ら数珠の如し。
投擲部隊は20個の砲丸を天高く打ち上げ、後はニージェルクロームに直撃する事を願った。
遥か上空2区まで打ち上げられた砲丸は、そこから目標であるニージェルクローム目掛けて、
高速で落下する。

 「何ッ、上空カラノ攻撃ダト!?」

アマントサングインは砲丸が降り注ぐ直前まで、それに気付かなかった。
勿論、それには理由がある。
水平方向からの砲撃を警戒していただけでは無い。
アマントサングインは腐蝕ガスによって周囲の様子を観ている。
腐蝕ガスその物がアマントサングインの感覚器の役割を果たすのである。
0293創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/28(木) 18:14:38.76ID:0U9rbPPp
腐蝕ガスは垂直方向に薄く、主に水平方向に拡散する。
だから、上空からの攻撃には反応が遅れる。

 「わわわわっ!!」

アマントサングインの危機感はニージェルクロームにも伝わった。
上空から降り注ぐ砲丸は、丸で砲撃の雨である。
ニージェルクロームは弱い力場で守られているが、流石に高速で飛来する砲丸は防げない。
身を守る術も無く、彼は攻撃に曝される。
だが、運良く砲丸は一発も彼に命中しなかった。
それはアマントサングインがホテルを囲っている為である。
魔導師会は取り残された人々を殺してしまう訳には行かないので、間違ってもホテルに命中しない様、
限り限りの所を狙うしか無い。
威力の高い砲丸は、ホテルに当たれば天井から地下まで撃ち抜いて、中に囚われている人々を、
殺傷する危険がある。
狙いを外してしまうのと、間違ってホテルを破壊してしまうのでは、前者の方が増しと言うか、
後者は絶対に許されない。
砲撃が外れたので、ニージェルクロームもアマントサングインも同時に安堵した。

 「生きてる……?」

 「オオ、助カッタ。
  運ガ良カッタナ、ハイロン」

 「……俺は魔導師会の、人間の敵なのか……」

今更ながら事実を確認して、ニージェルクロームは酷く落ち込んだ。
0294創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/28(木) 18:15:44.64ID:0U9rbPPp
アマントサングインは彼を慰める。

 「安心シロ、同ジ攻撃ハ2度ハ食ワナイ」

 「いや、そうじゃなくて……。
  俺は普通の生活に戻れないんじゃないかって」

 「案ズルナ。
  全テ、私ノ所為ニスレバ良イ。
  邪悪ナ竜ニ惑ワサレタト」

 「い、良いのかよ?」

ニージェルクロームは動揺したが、アマントサングインは堂々と言う。

 「オ前ハ竜ニ触レ、ソノ力ニ狂ワサレタノダ。
  竜ノ力トハ、恐ロシキ物ヨ。
  人ハ正気デハ居ラレナイ」

 「有り難う、アマントサングイン」

 「止セ、礼ヲ言ワレル筋合イハ無イ。
  私ノ勝手ニ、オ前ヲ付キ合ワセテシマッタノダ」

そうは言うが、ニージェルクロームもアマントサングインも本当の事を知っていた。
確かに、ニージェルクロームが力を得たのはアマントサングインの所為だ。
しかし、人間離れした存在になりたいと願ったのは、他らなぬニージェルクローム自身である。
故に彼は力を解放する手段を探して、暗黒魔法に走った。
アマントサングインは人に感謝された事が無いので、妙に落ち着かない気持ちになり、大きく吠える。

 「シカシ、ソレモ人ガ勝テバノ話!!
  私ハ負ケテヤル積モリハ無イゾ!!」
0295創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/29(金) 18:25:14.27ID:SJXXq4/Y
アマントサングインは天に向かって腐蝕ガスを吐き出した。
3枚の翼で竜巻を起こす。
これで上空からの攻撃にも反応出来る様になる。
ガスの靄の中に居た魔導師達は、大竜巻の中に閉じ込められる。
救出する人が又増えたので、全体を指揮するボルガ魔導師会法務執行部の部長補佐は頭を抱えた。

 「注意を逸らす為の攻撃が裏目に出たか……」

竜巻の中の魔導師とは連絡も取れず、無駄に死者を増やす事になっては不味い。
部長補佐は補佐付を呼んだ。

 「地下の進行具合は、どうだ?」

 「はい。
  えー、只今横掘りを開始した所だそうです」

 「進捗は予定より進んでいるのか、遅れているのか?」

 「やや遅れ気味です。
  しかし、それは仕方の無い事です」

 「ああ、解ってはいるが……。
  他に良い手は無いか?」

 「えっ、もう手詰まりなんですか?」

驚く補佐付に部長補佐は苦笑いで応じる。

 「仕様が無いだろう、この人数では出来る事も限られる。
  とにかく応援が来ない事には話にならない」
0296創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/29(金) 18:26:22.39ID:SJXXq4/Y
その時、竜巻の上空から何か物体が落ちて来た。
それに最初に気付いた執行者が、周囲に注意を呼び掛ける。

 「おい、気を付けろ!
  何か落ちて来るぞ!」

他の執行者達は身構えて落ちて来る物を注視する。
それは……竜巻の中に取り残された執行者だった。
執行者は落下速度を徐々に緩めて、地上に降りる。

 「フー、助かった……」

自力で脱出して来た仲間に、執行者達は駆け寄った。

 「おお、大丈夫か!?」

 「ああ、何とも無い。
  一か八かの賭けだったけど、割と何とかなった。
  あの儘、中に居ても焦り貧だったからな」

 「どうやって出て来たんだ?」

 「そりゃ見た儘だよ。
  敢えて竜巻に巻き込まれたのさ。
  そしたら上空まで巻き上げられて、外に出られた。
  残りの奴等も、直ぐ出て来ると思う」

竜巻から脱出した執行者は、竜巻の上空を見ながら言う。
他の執行者達も、釣られて空を見上げた。
彼の言う通り、空から人が数人落ちて来る。
0297創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/29(金) 18:31:25.35ID:SJXXq4/Y
竜巻の中に囚われていた執行者が、自力で脱出した事は、直ぐに部長補佐に伝えられた。
報告を受けた部長補佐は安堵の息を吐く。

 「良かった、無事だったか……。
  これでホテルに取り残されている市民の救出に専念出来るな」

そう彼は言った物の、地下を掘り進む以外の妙案がある訳では無い。
応援を待たなければならない状況は変わっていなかった。
彼は胸の靄々を抑え、自らを納得させる様に、補佐付に言う。

 「果報は寝て待てだ。
  何か良い考えが浮かんだ者は、是非提案してくれ。
  勿論、私も考える」

執行者達は大人しく応援を待ちながら、新たな作戦を考える。
一方でアマントサングインは全く攻撃が来ない事に退屈していた。

 「フーム、攻撃シテ来ナクナッタナ。
  欠伸ガ出ルゾ……」

ニージェルクロームは忠告する。

 「多分、この儘だと魔導師会の増援が来て不利になる」

 「ソウダナ……。
  デハ、コチラカラ出向イテヤルカ!」

少し思案した後に、アマントサングインは羽搏きを止めて幻影の巨体を立ち上がらせた。
ニージェルクロームは吃驚して問う。

 「どこに行くんだ!?」

 「決マッテイヨウ、共通魔法使イノ街ダ」
0298創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/30(土) 19:06:00.14ID:zVuiMgVE
堂々と答えたアマントサングインは腐蝕ガスを吐き散らしながら、ホテルから離れて歩き始める。
行く先にある物は何も彼も溶け落として。
俄かに竜巻が収まり、腐蝕ガスの塊が移動した事に、執行者達の集団は慌てた。
報告を受けた部長補佐も驚愕する。

 「ガスが移動している!?
  奴め、どこへ行く積もりだ!?」

その疑問に答えたのは補佐付。

 「南南西に向かっている様です。
  もしかして近くの都市に移動する気では!?」

 「南南西は……セイルートか!
  不味いぞ、これは!
  直ぐにセイルート市に連絡しろ!」

セイルート市はボルガ地方でもボルガ市に次ぐ規模の大都市。
そこで竜が暴れれば、被害は深刻な物になる。
部長補佐は全員に指示する。

 「竜がセイルートに着く前に、何とかしなければならん!
  ボルガ魔導師会本部に連絡!!
  応援部隊をセイルート市方面に回して貰え!!
  それと……数部隊は残って、竜が去った後にホテルの中の者を救出しろ!」

腐蝕ガスの塊は角速1街で南南西に移動する。
そんなに速いと言う程では無いが、走って追い続けるには少し辛い速度。
魔導師達には魔法があるので、そう苦労はしないが……。
0299創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/30(土) 19:07:37.75ID:zVuiMgVE
アマントサングインがセイルート市に着くまで1角弱。
魔導師会はセイルート市に到着させないか、それが出来なければ少しでも到着を遅らせる、
努力をしなければならない。
市民全員の避難は、とても1角では終わらないのだ。
「全員」を逃がそうと思えば、最低でも1日は欲しい。
先ず、執行者達は空間を固定しての足止めを計画した。
空間を固定すると言っても、D級禁呪ではない。
単に魔法で空気の障壁を作り、移動を制限するだけの事。
執行者達はアマントサングインの進行方向に集結して、巨大な空気の壁を築き、行く手を阻んだ。
腐蝕ガスの進行が止まり、竜も動きを止める。

 「ムッ、小賢シイ!!」

アマントサングインは横に避けようとしたが、当然執行者達も、それに合わせて左右に障壁を展開し、
前進を阻む。

 「グヌヌヌ……」

 「飛べば?」

低く唸るアマントサングインにニージェルクロームは助言した。
直ぐにアマントサングインは肯く。

 「アア!
  丁度私モ、ソウシヨウト思ッテイタ所ダ」

アマントサングインは3枚の翼を広げて、上空を見上げたが、空気の壁が図上まで覆っていると、
確認して諦めた。
竜が飛べる事は執行者達も知っている。
当然、対策しない訳が無いのだ。
0300創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/30(土) 19:08:56.22ID:zVuiMgVE
アマントサングインは広げた翼を緩りと畳んで、再び唸った。

 「ムムム……」

 「後ろに下がれば良いんじゃないの?」

ニージェルクロームは再び提案する。
アマントサングインは、後退とは自らの劣勢を認める消極的な態度で、敗北に繋がると言う、
悪い印象を抱いている為に、素直に引き下がる事を渋る。

 「下ガッタ所デ、ドウナルト言ウノダ?
  奴等ガ前進スルダケデハ無イカ……」

 「いや、このガスで地面は溶けているから素早い追撃は出来ない筈。
  その証拠に連中は、後ろからは攻めて来ない」

 「成ル程」

アマントサングインは頭が悪いのかなとニージェルクロームは思った。
話を聞いて直ぐに理解出来る辺り、そこまで馬鹿では無いのだが、発想が足りないと言うか、
物を知らない子供の様な感じだと彼は思う。
竜と言う物は力が強いから、そこまで知恵を働かせる事が無いのだ。
アマントサングインは先ず1巨後退した。
ニージェルクロームの言う通り、執行者達は汚泥の沼と化した地面に阻まれて、中々前進出来ない。
大勢で魔法の障壁を維持しながら、浮遊魔法も使って進むとなると、高い技量が必要なのだ。
アマントサングインは更に2巨程後退した所で、翼を大きく広げる。

 「飛ブゾ、ハイロン!」

 「ああ!」

アマントサングインは空高く飛び上がり、執行者達の頭上を越えて行く。
0301創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/31(日) 19:27:16.88ID:rxFbdMtC
執行者達も黙って見送りはしない。
空を飛んだ竜に向けて、一斉に攻撃を仕掛ける。

 「上だっ、撃ち落とせーーっ!!」

部長補佐の指示で、執行者達は砲撃の準備をした。
下から攻撃が来る事を察したアマントサングインは、ニージェルクロームに指示する。

 「地上カラ攻撃ガ来ルゾ。
  爪ヲ振ルエ」

アマントサングインは戦争が生み出した竜。
敵意と攻撃の意思には敏感なのだ。

 「あ、ああ」

ニージェルクロームは威嚇程度に止めようと、魔導師達の近くではあるが、当たらない場所を狙って、
腕を大きく振る。
その軌跡に沿って、竜の爪が大地を抉った。
幅3身、長さ1巨に亘って、地上に大きな溝が出来る。
その衝撃で魔導師達は詠唱を中断させられ、上空の竜への攻撃は失敗した。
アマントサングインは速度を上げて、セイルート市へと向かう。

 「逃がすなっ!!
  とにかく撃て!!」

部長補佐の命令で、執行者達は銘々に竜に攻撃を仕掛けるも、中々真面には当たらない。
ニージェルクロームに直接当てなければ、どんな攻撃も幻影の竜の体を擦り抜けて行くだけ。
0302創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/31(日) 19:28:51.29ID:rxFbdMtC
竜の飛行速度は角速8街。
魔法を使えば何とか追い付けるが、追い掛けながら攻撃をするのは中々難しい。
部長補佐は次の指示を出す。

 「もう良い、撃ち方止めぃ!!
  追い掛けるぞ!!
  それとセイルート市に伝えろ、『竜が飛んで来る』とな!!」

執行者達は集団で竜を追い始めた。
一方で連絡を受けたセイルート市は市民の避難を進めると同時に、魔導師会に更なる応援を頼んだ。
既にセイルート市に集まっていた執行者達は、防衛部隊を組織して、竜の飛来する北北西に陣取り、
迎撃態勢を整える。
だが、1角にも満たない時間で、どれだけの事が出来るだろうか?
案の定、完全に準備を終える前に、竜の姿が空の彼方に見える。
防衛部隊の指揮官である副部長は、号令を掛けた。

 「障壁を展開しろ!!
  射撃班は狙撃用意!!
  撃って、撃って、撃ち捲れーっ!!」

魔導機からオーデルコン鍍金の超音速の矢が、竜を目掛けて発射される。
アマントサングインは巨体を上下左右に揺らし、ニージェルクロームを矢雨から守った。
ニージェルクローム自身も竜の爪を振るって、矢を叩き落とす。
セイルート市に1通の距離まで接近したアマントサングインは、彼に指示を出した。

 「ハイロン、竜ノ爪デ障壁ヲ打チ破レ!!」

 「ああ!!」

ニージェルクロームは両手を高く掲げると、それを真下に振り下ろす。
竜の爪が障壁を破壊して、住民の避難した無人の街まで、その爪痕を深々と付ける。
0303創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/31(日) 19:29:27.90ID:rxFbdMtC
アマントサングインは腐蝕ガスを吐き出しながら、セイルート市内に着陸した。
そして尚も腐蝕ガスを吐き散らし、3枚の翼を羽搏かせて、アッタ町と同じく大竜巻を発生させる。
ニージェルクロームはアマントサングインに問う。

 「誰も居ないな……」

 「避難シタノダロウ」

 「そりゃ逃げるか……。
  それで、無人の街で何をするんだ?」

 「無人デハ無イゾ。
  居ル所ニハ居ル」

 「どこだよ?」

 「病院ダ」

アマントサングインの発想にニージェルクロームは恐れを感じた。

 「えっ、病院を襲うのか!?
  病院は拙いって!」

確かに入院中の重傷者や重病者は、素早くは逃げられない。
幾らかは退避させられても、少なくとも数人は取り残されているだろう。
しかし、それは非道な行為だ。

 「人間共ノ都合ヤ理屈ハ関係無イ。
  弱者ヲ守ルノガ魔導師会ノ務メナラバ、ソレガ果タセルカヲ見ル」

大竜巻はセイルート市を崩壊させながら、市立病院に向かう。
ニージェルクロームはアマントサングインを止める術を持たなかった。
0304創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/01(月) 19:24:19.08ID:CGbz/MnW
その時、大竜巻の進行が急に止まる。

 「どうしたんだ?
  やっぱり止めるのか?」

ニージェルクロームの問い掛けに、アマントサングインは小声で答えた。

 「バ、馬鹿ナ……!
  コレハ……」

大竜巻を突き破って、一人の男性が現れる。
驚くべき事に腐蝕ガスを物ともしていない。
黒いマントを羽織り、同じく黒い『笠<シェード>』を被った彼は、傘の魔法使いサン・アレブラクシスだ。
アマントサングインは彼を睨んで言う。

 「貴様ッ!!
  セーヴァス・ロコ……ダト!?」

セーヴァス・ロコとは旧暦の聖君の逸話に登場する、聖なる盾だ。
これは正面からの有りと有らゆる攻撃を全て防ぐと言われる。

 「どう言う事だよ?
  こいつは誰なんだ?」

事情が全く分からないニージェルクロームは混乱して、アマントサングインに問い掛けた。
アマントサングインは低く唸りながら答える。

 「此奴ハ神盾セーヴァス・ロコヲ身ニ宿シテオル!!
  貴様ッ、悪魔ノ分際デ神器ヲ扱ウカ!!」

アレブラクシスは俯いて笠を深く被り、こう言い返した。

 「扱う等と言う大した物では無い。
  盾は我が身と一体。
  唯それだけの事」
0305創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/01(月) 19:25:20.62ID:CGbz/MnW
アマントサングインの怒りは、神器が悪魔の手に落ちた事にある。
神聖な神器を悪魔が扱う事は出来ない筈なのだ。
一方で、ニージェルクロームはアマントサングインの怒りが解らなかった。

 「神器って何だよ?」

竜と離れた彼には、共感による直観的な理解も無い。
唯々困惑するばかりだ。
そんな彼を置いて、アマントサングインはアレブラクシスに吠え掛かる。

 「何ヲシニ我ガ前ニ現レタッ!!
  コノ私ヲ止メヨウト言ウノカ!!」

だが、アレブラクシスは動じない。

 「何もする積もりは無い。
  私は盾に導かれた。
  そう、これは盾の意思なのだ」

 「盾ノ意思ダト!?
  盾ハ何ト言ッテオル!!」

 「知らない、分からない」

 「貴様ガ何カスル訳デハ無イノカ?」

 「繰り返しになるが、私は何もする積もりは無い」

 「ナラバ、ソコヲ退ケ!!」

 「出来ない」

 「何ダト、貴様ッ!!」
0306創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/01(月) 19:28:12.82ID:CGbz/MnW
アマントサングインとアレブラクシスは互いに睨み合って動かない。
ニージェルクロームは何故アマントサングインが彼に構うのか、理解出来なかった。

 (何もする気は無いって言ってるんだから、無視すれば良いのに)

しかし、アマントサングインが彼に気を取られて、暴虐を止めてくれるなら、それでも構わないので、
敢えて何も言わなかった。
アレブラクシスは両肩を竦めて、アマントサングインに言う。

 「理由は盾に聞いてくれ。
  竜なら神器の声も聞こえるのではないか?」

 「神器ノ声ダト!?」

世の中にはアマントサングインでも解らない事だらけだ。
アマントサングインは神器を神聖な物だとは思っていたが、意思を持っているとは思わなかった。
扱うには資格が要る程度の道具としか、認識していなかったのである。
だが、よく考えれば、神器が意思を持っていても不思議では無い。
何故なら神器は人を選ぶのだ。
誰なら扱えると言う機械的な選定基準を持っているのでは無く、状況によっては常人が持つ事もあり、
悪人が扱う事は絶対に許さないと言うのだから、寧ろ意思を持っている方が自然である。

 「グムム、神器セーヴァス・ロコ!!
  何故ニ我ガ前ニ立チ開カル!!」

アマントサングインはアレブラクシスでは無く、彼の中の盾に問い掛けたが、答は無い。

 「答エナケレバ、コウシテクレル!!」

業を煮やしたアマントサングインは、腐蝕ガスをアレブラクシスに向けて吐いた。
所が、ガスはアレブラクシスを避けて行く。

 「無駄だよ。
  誰にも神器を傷付ける事は出来ない」

 「ハイロン!!
  爪ヲ振ルエ!!」

ブレスが通じなかったので、アマントサングインはニージェルクロームに命じる。

 「えっ、俺!?」

行き成り呼び掛けられて、彼は驚きながらも、指示に従う。
0307創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/02(火) 19:24:39.26ID:r2REVWRE
 「恨まないでくれよ」

ニージェルクロームはアレブラクシスに言うと、腕を振るって竜の爪を彼に叩き付ける。
しかし、強烈な一撃にもアレブラクシスは怯まない。
傷付ける事は疎か、後退させる事も、蹌踉めかせる事も出来ない。
ニージェルクロームの腕には、岩石の様な物凄く硬い物に弾かれた感覚が残る。

 「アマントサングイン、これは無理だ。
  腕が痺れた」

 「爪ガ通ジヌノデアレバ、握リ潰セ!!」

 「あ、ああ、やってみる」

再度のアマントサングインの命令に、ニージェルクロームは仕方無く従った。
彼はアレブラクシスに手を向けて、握り潰す動作をする。
しかし、完全に拳を握る事が出来ない。
これも硬い石を掴まされているかの様。

 「だ、駄目だ……。
  何か見えない力に守られている」

 「ヌヌ……ッ!
  盾ヨ、答エヨ!!
  何故ニ我ガ前ニ現レタ!!」

 「普通に考えて、街で暴れるのを止めて欲しいんじゃないの?」

ニージェルクロームは至極真っ当な推測を、アマントサングインに告げた。
0308創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/02(火) 19:25:36.74ID:r2REVWRE
それを聞いてアマントサングインは激昂する。

 「クアーーーーッ!!!!
  神器が『悪魔擬キ<デモノイド>』ノ為ニ力ヲ振ルウト言ウノカッ!!
  守ルベキ人間ヲ滅ボサレ、ソレデモ尚ッ!!」

アレブラクシスは両肩を竦めた。

 「盾は何も言わない。
  唯ここから動かない」

 「私ハ悪魔擬キノ本質ヲ見極メネバナラン!!
  奴等ガ本当ニ人間ト同ジナノカ!
  嘗テノ人ガ持ッテイタ心ヲ持ッテイルノカ!
  我ガ道ヲ阻ム事ガ出来ルノハ、神器デモ悪魔デモ無イ!
  正シイ心ヲ持ッタ『人間』ダッ!!」

 「しかし、盾は解っている様だ。
  私には盾の声は聞こえないが、何と無く確信めいた物が感じられる」

彼の話を聞いて、アマントサングインは目を剥く。

 「現レルト言ウノカッ、コノ時代ノ聖君ガッ!?」

 「それは解らない。
  聖君は既に失われた時代だ。
  今更、世界を統べる神王が誕生するとは思えない。
  ……私見ではあるが」

神盾セーヴァス・ロコは聖君の出現を予感して、ここに来たのだろうか?
だが、アレブラクシスは否定する。
盾は一体何を待っているのか……。
0309創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/02(火) 19:27:18.00ID:r2REVWRE
アマントサングインは強い決意を持って、再び前進を始めた。

 「シカシ、神盾セーヴァス・ロコ!
  私ハ止マラナイゾ!
  私ノ求メル者ガ現レルマデハナ……」

ここに来て、漸くアマントサングインはアレブラクシスを無視して歩き出す。
腐蝕ガスの大竜巻は再び街を蹂躙する。
一方その頃、魔導師会の執行者達は、竜を止める術が無く、途方に暮れていた。
腐蝕ガスの所為で魔法は通じない。
魔法以外での遠距離攻撃も通じない。
近付く等、以ての外。
それでも嘆いている暇は無い。
打つ手が無くとも、市民の避難を手伝う位は出来る。

 「竜巻は市立病院に向かっている!
  患者を移送しろ!
  今出来るのは、その位しか無い!」

執行者達は竜巻の進む先に回り込み、魔法で空気の障壁を築いて、病院を守った。
しかし、患者を全員運び出すのは困難だ。
最初から魔導師会が市の防衛では無く、市民の避難に専念していれば、全員が助かったかも知れない。
否、何を言っても今更だろう。
最終的に病院は数人の重病患者と執行者と共に、竜巻の中に取り残された。
そして、丁度その時に神槍コー・シアーが魔導師会本部から、現場の責任者である副部長の元に、
届けられたのである。

 「魔法史料館より許可を得て、神槍コー・シアーをお持ちしました。
  存分に御活用下さい」

 「あ、ああ……。
  早かったな。
  いや、早くて悪いと言う事は無いのだが……」

コー・シアーを持って来たのは、ガーディアン・ブルーのローブを着た八導師親衛隊だった。
0310創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/03(水) 18:38:06.83ID:wuhQJOU8
副部長はコー・シアーを受け取ったは良いが、活用と言われても困った。
騎士槍型のコー・シアーは全体に錆が浮いており、柄の部分は半分折れている。
瞭(はっき)り言って、真面に使えそうな武器では無い。
投擲しようにも、恐らくは形状の問題で、真っ直ぐ飛ばないだろう。

 「これで、どうしろと?」

副部長の問いに、親衛隊員は伝承を語る。

 「旧暦、第四代聖君カタロトと第八代聖君ユーティクスは、この槍を振るって竜を倒しました」

 「だが、これは……本当に本物なのか?
  唯の錆びた槍だとしたら?
  そもそも伝承が真実とは限らないだろう……」

 「無理ですか?」

 「あ、ああ……。
  残念だが、良い活用方法は思い浮かばない」

副部長は表向きは落胆して、丁寧に断ってみせたが、内心では苛々していた。
赤錆塗れの今にも崩れ落ちそうな、普通に使う事さえ難しい槍を持って来て、活用も何も無い。
魔法の力も少しも感じない。
彼は親衛隊員にコー・シアーを突き返す。

 「駄目ですか……」

親衛隊員は落胆を顔に表していた。
彼女は白い髪に薄い青灰色の瞳、そして白い肌。
その異様さに副部長は一瞬吃驚するが、今は彼女に構っている場合では無いと気にしなかった。
親衛隊員はコー・シアーを持って、大人しく引き下がる。
0311創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/03(水) 18:40:00.10ID:wuhQJOU8
親衛隊員の正体は神聖魔法使いのクロテア。
彼女は魔導師会からコー・シアーを受け取り、それを託せる人物を探していた。
クロテアは新しい聖君になる事を期待されて誕生したが、もう自分が聖君になる積もりは無い。
今は神の使徒として、人の行く末を見守るのみ。
彼女も又アマントサングインと同じく試しているのだ。
この状況を変えられる者が、現生人類に存在するのかを……。
クロテアはコー・シアーを天に翳して呟く。

 「魔導師会の執行者達は命令されない事は出来ない。
  無謀を踏み越えて勇気を証明する人が、本当に現れるのか……」

コー・シアーは勇気と使命感に反応して、漸く輝きを取り戻す。
使命と言っても、神が何のと大層な事を考える必要は無い。
自分がやらなければならないと、覚悟を持って立ち上がるだけで良いのだ。
しかし、システム化とマニュアル化が進んだ社会では、自分勝手な行動は取り難い。
勿論それは社会が大きくなり成熟するには、必要な過程だが……。
諸々の権利や義務が課されて、緊急時に助ける者と助けられる者が、明確に分けられてしまう。
市民は自分に出来る事をして、それが終われば大人しく助けを待つ。
執行者は命令に従って任務を熟す。
お互いの役割は決まっており、分を越えた出過ぎた真似はしないと言う、暗黙の了解がある。
そうする事で社会の規律は守られ、事故や災害でも無用な犠牲者を増やさないで済む。
だが、その所為で助けられた筈の人を助けられず、助かった筈の人が助からなかったかも知れない。
それは致し方の無い犠牲だろうか?
誰もが身勝手な行動を取れば、被害が広がったり、犠牲者が増えたりするかも知れない。
人々が己の分を守って、「正しく」行動する事は、非常に重要である。
……重要ではあるが、絶対では無い。
システムやマニュアルの想定外の出来事が起こった時、誰が暗黙の了解を破って立ち上がるのか?
クロテアは真に勇気ある者を探して歩いた。
執行者が駄目ならば……。
0312創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/03(水) 18:41:42.15ID:wuhQJOU8
丁度その頃、巨人魔法使いのビシャラバンガがセイルート市に向かっていた。
彼は竜が現れたと言う話を聞き付けて、セイルートの様子を見に来たのだ。

 (これが噂の竜か……。
  街を覆う白い靄は全部腐蝕ガスなのか?
  恐ろしいな)

それなりに魔法資質には自信のあるビシャラバンガでも、単独で竜に立ち向かうのは厳しいと、
感じていた。

 (一応、執行者は居る様だが、やはり手子摺っている様だな)

遠くから竜と執行者の様子を観察していた彼は、背後に気配を感じて振り向く。
そこにはガーディアン・ブルーのローブを着たクロテアが立っていた。

 「誰だ!
  魔導師……では無のか?」

ビシャラバンガは優れた魔法資質で、彼女が共通魔法使いに特有の魔力の流れを纏っていない事に、
直ぐ気付く。
クロテアは丁寧に自己紹介した。

 「私はクロテア、神聖魔法使いと呼ばれています」

 「己に何の用だ?」

 「私は竜を倒せる人物を探しています」

ビシャラバンガは眉を顰めて問う。

 「己に竜を倒せと?」

 「私は貴方に強制は出来ません」
0313創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/04(木) 18:34:52.24ID:t9+0dqBZ
彼女の奇妙な言い回しにビシャラバンガは疑念を深めた。

 「強制は己も好かないが……。
  己に依頼しに来たのではないのか?」

 「そうではありますが、その気が貴方に無いのでしたら、それは仕方の無い事です」

 「意味が解らん……」

 「私が見た所、貴方には人々を救おうと言う気持ちが余り無い様です」

 「ああ、所詮は共通魔法使いの事だからな。
  見ず知らずの人間の為に、本気になれる者は少なかろう」

 「私は人に竜を倒す為の方法を教えられます。
  しかし、それは本気の人でなくてはなりません」

 「己では不適格だと言うのだな?」

 「ええ、今は……」

 「それなら魔導師会の連中に頼めば良かろう。
  連中は市民を守る為なら、大抵の事はするのではないか?」

 「……魔導師会の者達では行けないのです。
  あの人達は自分の役割を逸脱しようとはしません」

クロテアの説明にビシャラバンガは少し考えて、こう問い掛ける。

 「己なら出来ると言うのか?」

その問に彼女は何も答えず、唯ビシャラバンガを凝(じっ)と見詰めた。
0314創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/04(木) 18:35:59.58ID:t9+0dqBZ
真っ直ぐな瞳に耐えられず、ビシャラバンガは自分で白状する。

 「己には人の為と言う熱い心が無い。
  己は己の為だけに生きて来た。
  誰かの役に立ちたいとか、そう言う感情とは無縁だ。
  他の奴を当たってくれ」

 「いいえ、そんな事はありません。
  貴方は今の自分を変えたいと思っています」

クロテアは彼の萎縮(いじ)けた考えを否定したが、当の本人は無気力に言う。

 「しかし、直ぐに人の為に何かをしようと言う気持ちにはなれん。
  どうすれば、そう言う気持ちになれる?」

 「貴方は貴方の義の心を思い出す必要があります」

 「己の義とは何だ?」

 「貴方の中にある貴方にとって譲れない物、貴方が許せない物の事です」

 「……己は竜に対して怒る心が無い。
  嘗ての己であれば、竜をも降そうと挑み掛かったかも知れないが……。
  今は竜に挑む気も起こらない。
  己には誰かを守る事等、出来はしないのだ」

ビシャラバンガの心は虚無から解放されていなかった。
力が全てと言う価値観を失い、その代わりとなる物を未だ見付けられていない。
0315創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/04(木) 18:37:10.86ID:t9+0dqBZ
クロテアは彼の目を見詰め続けている。

 「人は独りでは生きられません。
  貴方も私も、誰でも同じです。
  貴方にも人の心はあります。
  悪を憎み、善を信じる人の心が……。
  貴方に足りない物は自分の善を信じる心です。
  しかし、善とは生まれ付いて人の中に存在する物でありながら、それは小さな萌芽であり、
  文化や環境によって、大きく左右されます。
  人には善を示す人が必要なのです」

彼女の言う事が解らず、ビシャラバンガは困惑した。

 「詰まり、どう言う事だ?
  貴様が己に善を示すと言うのか?」

 「ええ、貴方の言った通りです。
  私が竜に立ち向かいます」

 「自分で出来るなら、最初から己に頼らず自分でやれば良かろう」

 「いいえ、私には出来ません」

 「……ん?
  どう言う事だ?」

 「私では竜を倒す事は出来ないでしょう。
  それでも私は行かなければなりません」

そう言うとクロテアは錆びた槍を胸に抱いて、腐蝕ガスの中に入ろうとする。
何か手段があるのかと、ビシャラバンガは彼女を見守っていたが……。
0316創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/05(金) 18:36:53.43ID:9uTJY4oX
クロテアは特に防御手段を講じない儘、腐蝕ガスの濃霧の中に飛び込んだ。
彼女の白い髪が焦げ、肌が赤く爛れて行く。
ビシャラバンガは慌てて彼女の後を追い、魔力を纏って腐蝕ガスの中に突入する。

 「ば、馬鹿かっ!?
  貴様っ、死にたいのか!!」

ビシャラバンガはクロテアを抱えて有無を言わせず後退した。
彼は腐蝕ガスの中から出て、クロテアの様子を見る。
魔導師のローブは腐蝕に強く、表面の文様が崩れるだけで済んでいるが……。
美しかったクロテアの体は見るに堪えない程に痛々しい。
それでも彼女は笑っていた。

 「何故、貴方は私を助けたのですか?」

 「何故って?
  ……知るか!
  己の目の前で死なれては気分が悪い!
  それだけの事だ!」

 「そう、それが貴方の善の心なのです。
  貴方は本当は優しい人です。
  貴方は目の前で倒れる人を只見てはいられない……」

 「違う!
  己は、そんな善人では無い!
  見ず知らずの人間が何人死のうと、心が痛む事は無い!」

 「しかし、貴方は私を助けました。
  貴方にとって、私は見ず知らずの人にも拘らず。
  貴方は私を助ける時、何を考えましたか?」

 「……分からない……って、貴様っ、どこへ行く!?」

クロテアは話の途中にも拘らず、再び腐蝕ガスの中に向かって歩き始めた。
0317創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/05(金) 18:37:28.67ID:9uTJY4oX
ビシャラバンガは彼女を止める。

 「無駄な事は止めろ!
  そんな事を幾らされても、己には使命感等、芽生えはしない!」

 「本当に、そうでしょうか?」

真面目に問い掛けるクロテアが彼は恐ろしくなって来た。

 「貴様は悪魔かっ!?
  己を苦しめて何が楽しい!?」

 「何故に貴方が苦しむのですか?」

 「己は貴様の思う通りにはならん、なれんのだ!
  己の善の器は小さい。
  貴様は己に難題を押し付けている自覚が無いのか!」

 「いいえ、どこにも難しい問題等ありません。
  何故なら貴方は善人だからです。
  私は何度でも竜を倒しに行きます」

錆びた槍を大事に抱えている彼女に、ビシャラバンガは問う。

 「その錆びた槍が何の役に立つ!?」

 「人が善の心を発揮する時、この槍は輝きを取り戻すのです」
0318創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/05(金) 18:38:32.87ID:9uTJY4oX
ビシャラバンガは自分が槍を扱えるとは全く思っていなかったが、無謀な事を繰り返すクロテアを、
見捨てる事は出来なかった。
彼女に対して特別な感情は何も無いのだが、力が弱い者が戦おうとしているのに、力の強い自分が、
それを黙って見ているだけと言うのが、彼の信義に反するのだ。

 「だが、貴様では槍を扱う事は出来ないのだろう?
  何も出来ないのなら、弱者は弱者らしく引っ込んでいろ!」

 「いいえ、私には出来る事があります」

 「貴様っ、竜には勝てないと、自分で言ったばかりだろうがっ!」

 「私にとって勝てる勝てないは重要ではありません。
  ここで私は人々を見捨てる訳には行かないのです」

 「そうまでして己に竜と戦わせたいのか!?」

ビシャラバンガの必死の問に、クロテアは暫し沈黙した。
そして彼女はビシャラバンガに小さく頭を下げる。

 「私は貴方に申し訳無く思います。
  どうやら私は他人に頼り過ぎていた様です。
  人の為と言うなら、私自身にも、その心がある筈。
  私が槍を扱えない道理はありません」

クロテアが決意して錆びた槍を掲げると、仄(ほんの)り槍が輝いた。
それは一瞬で消えてしまい、ビシャラバンガは見間違えたのか、それとも本当に輝いたのか、
確信が持てない。
再度腐蝕ガスの霧の中に突入するクロテアに、ビシャラバンガは呼び掛ける。

 「待てっ!!」

彼はクロテアを止めると、難しい顔をして言った。

 「貴様だけを行かせるのは心許無い。
  己も付いて行く」
0319創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/06(土) 18:38:39.03ID:BICGqpb5
クロテアは爛れた顔を綻ばせて深く礼をした。

 「私は貴方に大変感謝しています」

 「誤解するなよ。
  己は竜と戦うのが怖い訳では無い。
  今ここで戦う意味が見出せないだけなのだ。
  貴様を見殺しにするのが忍び無いから、死なせない様にする。
  唯それだけで、他意は無い」

ビシャラバンガは魔力で力場を発生させて空気の流れを作り出し、クロテアを庇いながら、
腐蝕ガスの中へと突入する。
彼は腐蝕ガスの魔力を遮る性質を、直観的に感じ取っていた。

 「……これは不味いぞ。
  ここに長居するのは危険かも知れない」

 「それでは貴方は危ないと感じたら、撤退して下さい。
  私は残ります」

 「馬鹿を言うな!
  命惜しさに弱者を捨て措く程、己は恥知らずでは無い!
  貴様も人を助けたいと本気で思っているなら、必ず自分の手で竜を倒すと言う気概を持て!
  その覚悟も無く、戦いに出るなっ!!」

ビシャラバンガの本気の説教に、クロテアは俯き加減で頷いた。

 「は、はい……。
  貴方の言う通りですね。
  私が人々を助けます!」

彼女の持つ槍は淡い輝きを纏い始めた。
それはクロテア自身の心に反応しているのか、それともビシャラバンガの心に反応しているのか?
クロテアは槍の力に守られて、少しずつ体の傷が癒えて行く。
0320創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/06(土) 18:39:55.31ID:BICGqpb5
彼女は竜に向かってビシャラバンガと共に歩きながら、独り語り始めた。

 「私は今まで自分から事を成そうとはしませんでした。
  それは旧暦に大きな過ちがあったからです」

 「旧暦?」

 「最後の聖君ジャッジャスは、私と同じ様に人の祈りに応える真の『祈り<プレアー>』でした。
  彼は人の望む姿に形を変える為に、自分から進んで何か事を成したりはしません。
  飽くまで、人の望みを叶えるだけです。
  旧暦……人々は自分達を導く『強い者』を求めていました。
  その声に応じて聖君ジャッジャスは、次第に強権を振るう様になって行きました。
  彼は人々の望む潔癖さを以って罪人を見付け出し、人々の望む通り容赦無く罰して行きました。
  しかし、彼は逆に信望を失って行きました。
  人の望みを叶えていた筈なのに……。
  私は彼の無念と後悔から学び、人の祈りに応えはしても、自ら力を振るう事は避ける様に、
  努めていました」

 「自ら力を振るう事への恐れか?」

ビシャラバンガはクロテアの言う事に覚えがあった。
強大な力を持つ者は、自らの所為で周囲が変わってしまう事を恐れる物だ。
自らの力が齎した結果に関しては、責任を持たなければならないが故に。
尤も、ビシャラバンガは自分の力こそが全てで、殆ど他人の事を考える等しなかった為に、
その様な後悔や悩みとは余り縁が無かった。
彼が力を振るう時は、自らの問題を解決する時で、他人の為に何かしようと言う発想は無く、
他人が困っていても基本的には知らん顔をしていた。

 「力の行使には責任が伴う。
  それは当然の事です。
  どの様に力を振るうのが正しいのか、私には分かりませんでした。
  唯人々の声に応えて、その望む儘にするだけでは行けなかったのです……。
  私には神槍を振るう資格も勇気もはありませんでした」
0321創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/06(土) 18:42:20.83ID:BICGqpb5
クロテアの話を聞きながら、ビシャラバンガは己の力の振るい方に就いて、考える。
何の為に自分は力を付けたのか?
それは当然、強くなる為だ。
では、強くなって何がしたかったのか?
己の力を皆に示したかったのだ。
それで何がしたかったのか?
己の正しさを証明したかったのだ。
誰に?

 (我が師よ……)

ビシャラバンガは自分を育ててくれた師匠の事を思い出した。
彼は自分の師に認めて貰いたくて、とにかく師を越えた強さを得ようとした。
既に死した師にも彼の名が届く様に、直向きに最強を目指した。
彼は純粋であるが故に迷わなかった。
最強になって何をすると言う考えは無く、とにかく強くなり、その強さを証明する為に戦う事だけが、
ビシャラバンガの目的だった。
彼は告白する。

 「己も貴様と同じかも知れん。
  己は強くなったが、未だに己の力の使い途が分からん。
  無心になって人の為に、この力を振るうと言う道もあろうが、それが正しいとは思えん」

 「何故ですか?」

クロテアの問にビシャラバンガは、改めて理由を考えてみた。

 「結局の所、己は心が狭いのだ。
  己が己の意思で強くなった様に、他人も同じ様にすべきだと思う。
  救うにしても、自ら努力する者こそを救うべきだと考えている……」
0322創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/07(日) 20:10:49.57ID:09fePxE4
彼の答にクロテアは深く頷く。

 「天は自ら助る者を助くと言いますから……。
  それも正しい考えだと私は思います」

 「そうかな?
  己の知り合いに、そうでは無い者が居る。
  そいつは弱い癖に、困っている者に手を貸したがる。
  否、弱いから弱い者に共感するのか?
  お人好しと言うか、間抜けな男だ。
  自分の力量を弁えていない……と思う時がある。
  自分の出来る事をしているだけと、奴は言うのだがな。
  ――己は奴が羨ましいのかも知れん。
  奴を見ていると、自分も奴の様になりたいと思う時がある。
  ……仕様も無い話をしたな。
  詰まり……何が言いたいのかと言うと……」

ビシャラバンガは虚空を見詰めながら、自分の思考を整理した。

 「そう、そいつは自分の力の振るい方を解っているのだ。
  自分の心の赴く儘に、力を振るえるのだ。
  本当は、そうでは無いのかも知れないが、そうとしか思えない。
  それが堪らなく羨ましい。
  心と力の向かう所が同じなのだ。
  こんな時に奴が居れば、貴様の願いも叶えられたと思う。
  己には心が無い。
  だから、力を腐らせている……」

 「心と力の向かう所?」

 「ああ、感覚的な言い方過ぎたか?
  とにかく奴は難しい事は考えていないのだ。
  見返りが無くとも気にしない。
  それは……良くも悪くも、自己満足だからなのだろう」

しかし、ビシャラバンガは彼の真似をしたいとは思わない。
彼と自分とは違う存在だと分かっているから……。
0323創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/07(日) 20:13:04.73ID:09fePxE4
クロテアも又、自らの心情を告白した。

 「私も貴方と同じだったのでしょう。
  私は人の望みを叶え、良き心の助けとなる事を喜びとしていましたが、私自身が良き心を持って、
  自ら剣を振るう事はしませんでした。
  私も又、心の無い存在だったのです。
  ……本当に神槍が私に応えて下さるのか、私には自信がありません。
  私の人々を助けたいと言う心は、間違い無く本心からの物ですが、そこに熱情があるかは、
  私にも判りません……。
  寧ろ、逆に恐ろしく冷めた義務的な感情の様な気がするのです。
  私に人を救う資格があるのでしょうか……?」

ビシャラバンガは顔を顰めて言う。

 「己には他人の心の中までは解らん。
  貴様は貴様のやりたい事、出来る事をしろ。
  それが正しいか等、後で考えれば良い。
  そうで無ければ、付き合った己が馬鹿みたいでは無いか!」

 「はい……」

クロテアの自信の無さそうな返事を聞いて、ビシャラバンガは益々心配した。
当の彼も自分のやりたい事が判らないので、クロテアに余り偉そうな事は言えない。
しかし、彼はクロテアの態度が好ましい物には見えなかった。
その理由は、彼女が自分の事を客観的に評価しようとしている為だ。
相応しいだの相応しくないだのは、本質的な問題では無いとビシャラバンガは感じている。
人を助けたいと思う心に偽りが無いのであれば、その心の儘に動けば良いのだ。
そうした目的意識さえ持たないビシャラバンガにとっては、明確な道が見えている分、
クロテアを羨ましいと思う。
0324創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/07(日) 20:14:55.14ID:09fePxE4
2人は腐蝕ガスの濃霧の中を進み、竜巻に突入する。
ビシャラバンガはガスの中での活動が、もう長くは保たないと感じていた。

 「……おい、小娘」

 「はい?」

クロテアに呼び掛けた彼は、行き成り彼女を抱え上げて肩に乗せた。

 「わっ」

 「貴様の歩みに合わせていたのでは、時間が掛かり過ぎる。
  一気に突っ切るぞ」

 「は、はい!」

そして2人は竜巻の中心に飛び出す。
そこで漸く病院を守っている竜の姿が露になる。
竜を見上げて、ビシャラバンガは圧倒された。

 「これが竜か……」

アマントサングインは目の前に現れた2人を見下ろす。

 「コノ嵐ノ中ヲ潜リ抜ケテ来タカ!!
  ムッ……!
  小娘ッ、貴様ハ神槍コー・シアーヲ持ッテイルノカ!?」

アマントサングインはクロテアの抱えている幽かに輝く錆びた槍を見て驚いた。

 「神器ガ2ツ……。
  コノ小娘ガ私ヲ止メル勇者ナノカ?」
0325創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/08(月) 19:31:38.36ID:+JM7wFzg
クロテアはビシャラバンガの肩から飛び降り、竜を見上げて問うた。

 「私は貴方の事を、古の竜アルアンガレリアの子、アマントサングインと聞いています!
  それは本当ですか?」

 「ム……?
  ダッタラ、何ダト言ウノダ?」

 「貴方は何故この様な事をするのですか!?」

 「理由ヲ問ウノカ?
  理由ガ有レバ、貴様ハ納得シテ引キ下ガルノカ?」

 「いいえ!
  しかし、私が貴方の要求を知る事には、大きな意味があります!」

 「デハ、教エテヤル!
  私ハ私ニ立チ向カイ、私ヲ倒セル者ヲ求メテイル!!
  反逆同盟ノ正体ハ悪魔公爵ノ軍勢ダ!
  私ニ苦戦スル様デハ、地上ノ支配ハ覚束無イ!
  『悪魔擬キ<デモノイド>』共ガ本物ノ悪魔ニ逆ライ得ルカ、試シテヤッテイルノダ!」

 「貴方は人と共に戦おうとは思わないのですか?」

 「ハハハ、馬鹿ナ!!
  私ハ大父ディケンドロスノ子!
  人間ヲ信頼シテオレバ、私ノ様ナ竜ハ生マレテオラヌ!
  御託ハ良イッ、掛カッテ来ヌカ!!」

話し合いを求めるクロテアをアマントサングインは一蹴する。
何をやっているのだと、ビシャラバンガは呆れた。

 「小娘っ、貴重な時間を使って何をしている!?
  奴と戦うと決めたのなら迷うな!!」

彼に叱責されてクロテアは漸く槍を構える。
0326創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/08(月) 19:32:14.55ID:+JM7wFzg
しかし、輝きの弱い槍を見てアマントサングインは失笑した。

 「フハハハハ!!
  シカシ、ソノ神槍ノ有リ様ハ何ダ!?
  真面ニ手入レモサレテオラヌデハ無イカ!!
  ソンナ物デ、私ヲ倒セルトデモ思ッテイルノカ!!」

クロテアは槍を構えた儘、動かない。
そんな彼女を見てビシャラバンガは焦りを露に声を掛ける。

 「どうした!?
  ここに来て怖じ気付いたか!?」

 「わ、私には分からないのです……。
  どうすれば私は、この竜を倒せるのでしょうか?」

 「何っ!?
  巫山戯るのも大概にしろ!!
  無理でも何でも、先ずやってみなければ始まるまい!!」

クロテアは武器の振るい方を知らなかった。
槍は突き刺す物だと知ってはいるが、幻影の巨体を持つアマントサングインに攻撃が通る気がしない。
彼女は神槍を手にして使命感を持って動けば、後は槍が戦い方を教えてくれると思っていた。
しかし、そんな事は無かった。
全く動かないクロテアをアマントサングインは見下して、苛立ちを打付ける。

 「小娘、貴様デハ相手ニナラナイ様ダナ……。
  何モ出来ヌ癖ニ、何ヲシニ出テ来タ?」

ビシャラバンガも又、アマントサングインと同様に苛立ちを募らせて言う。

 「貴様は人を助けに来たのでは無かったのか!?」
0327創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/08(月) 19:36:09.73ID:+JM7wFzg
だが、クロテアは震えて立ち尽くしているだけだ。
ビシャラバンガは堪り兼ねて、彼女から槍を奪って前に出た。

 「えぇい、寄越せっ!!
  己がやるっ!!
  元から貴様の様な小娘が出張る事自体が、間違いだったのだ!!」

彼は竜を見上げて大声で吠える。

 「竜よ、貴様の言い分は解った!!
  人を試す等と詰まらない事の為に、こんな騒動を起こして、余程暇なのだな!!」

 「何ダト、貴様ッ!?」

 「どんな深謀遠慮が、貴様の心中にあろうと関係無い!!
  力比べなら己が付き合ってやろうっ!!
  それに飽いたら、早々に往ねい!!」

 「デモノイドノ分際デッ!!
  大口ヲ叩イタ事、後悔スルナヨッ!!」

アマントサングインは腐蝕ガスを吐き付けたが、ビシャラバンガは槍を振り回して風を起こし、
それを跳ね返す。

 「オオオオオッ!!!!
  竜よ、序でに小娘っ、己の力を見るが良いっ!!
  使命だの何だのと下らない事ばかりに気を取られている、愚か者共めっ!!」

ビシャラバンガは神槍コー・シアーを振るって、アマントサングインに突きを仕掛けた。
だが、コー・シアーは幻影の体を傷付ける事が出来ない。
アマントサングインは嘲笑う。

 「ハハハ、無駄ダッ!!
  コノ幻影ノ体ニハ、真面ナ攻撃ハ通用セン!!
  ハイロン、爪ヲ振ルエッ!!」
0328創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/09(火) 18:44:56.46ID:rBGZBJjd
ニージェルクロームはアマントサングインの指示に従って、竜の爪を振るった。
ビシャラバンガは避けようと思えば避けられたが、敢えて正面から受け止める。
竜の爪は彼の構えた槍を破壊出来なかったが、巨体には大きな爪痕を残した。

 「ぐっ……、何の此れ如きっ!!」

ビシャラバンガは胸に大きな切り傷を付けられながらも、踏み止まる。
血飛沫が散って、溶けた大地に赤い跡を付ける。
彼の背後にはクロテアが居た。

 「あ、貴方は私の為に……」

 「気にするなっ!
  下手に避けるよりは、受け止めた方が良いと思っただけだ!」

ビシャラバンガは明らかにクロテアを庇っていたのだが、感謝されても煩わしいだけだと感じた彼は、
敢えて話に応じず突っ撥ねた。
その時、クロテアは彼の手にある槍が輝きを増したのを見る。

 「あっ、コー・シアーが!」

彼女の指摘でビシャラバンガも槍の輝きに気付いた。
彼は舌打ちして言う。

 「チッ……!
  善だの何だの、己には関係無い事だ!!」

一方、アマントサングインは槍の輝きに怯んでいた。

 「オオッ!?
  コー・シアーガ輝イテオルッ!!
  オ前ガ神器ヲ扱ウノカ!?」

ビシャラバンガは眉間に皺を寄せて、クロテアを片手で抱え上げ、自分の背中に掴まらせる。

 「良いか?
  確り掴まっていろ、振り落とされても知らんぞ!」

 「は、はい!」

彼の背中でクロテアは歓喜の笑みを浮かべた。
彼女はビシャラバンガの善性に触れる事が出来て、嬉しかったのだ。
0329創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/09(火) 18:45:45.02ID:rBGZBJjd
 「食らえぃっ!!」

ビシャラバンガはコー・シアーを振り回して、アマントサングインに突進する。
アマントサングインは実体を持たない筈なのに、槍の先が幻体に触れた途端、その部分が崩れ落ちる。

 「ムッ……!」

 「大丈夫か、アマントサングイン!」

四肢と胴の一部を失い、地に這う様に落ちたアマントサングインを、ニージェルクロームは気遣った。
アマントサングインは強がる。

 「ドウト言ウ事ハ無イ、所詮ハ幻体ダッ!!
  ソレヨリ、奴等ヲ攻撃シロッ!!
  先ノ様ナ手加減ハ無用ダゾッ!!」

 「あ、ああ……。
  でも、本気で人を攻撃するのは……。
  建物とか、そう言うのだったら未だ良いけど」

ニージェルクロームは竜の強大な力を人に直接振るう事に、躊躇いを感じていた。
余りに強い力だから、簡単に殺してしまう所が想像出来てしまうのだ。

 「構ウナッ!!
  コレハ命令ダッ!!」

 「わ、分かった」

ニージェルクロームは本気の積もりでビシャラバンガを狙ったが、その攻撃は簡単に避けられる。
やはり無意識に加減してしまうのだ。

 「手緩イゾ、ハイロンッ!!
  モウ良イッ、体ヲ寄越セッ!!」
0330創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/09(火) 18:50:35.30ID:rBGZBJjd
アマントサングインは憤り、彼の体を乗っ取ろうとした。

 「うわっ……」

ニージェルクロームはアマントサングインの剣幕に怯み、仕方無く体を委ねる。
竜の宿った彼の瞳は真っ赤に輝き、竜の全力を振るう。

 「燃え尽きろっ!!」

アマントサングインは腐蝕ガスを吐き出すと同時に、竜の爪を打ち付け合い、その摩擦熱で引火させ、
大爆発を起こさせた。
ビシャラバンガは自分の事より、背中のクロテアの事を先ず思った。
彼女を守る為に背負ったのだから、何としても守らなければならないと。
彼は自分の体を盾にして、背後を魔法で守る。

 「プテラトマッ!!」

魔力の翼がクロテアを包む。
ビシャラバンガは爆炎の中に呑み込まれた。
幾ら頑健な彼でも、魔法無しでは自分の身を守り切れない。
アマントサングインは爆発が収まるのを静かに待った。

 「……さて、生きているかな?」

炎が消えた後に現れたのは……傘の魔法使いサン・アレブラクシス。
彼の体は半分透けており、その中には盾が見える。
ビシャラバンガは彼に守られて無傷だった。

 「何者だ?」

ビシャラバンガの問にアレブラクシスは堂々と答える。

 「私は傘の魔法使いサン・アレブラクシス……だった者。
  今は聖なる盾と同化して生き永らえているだけの、性無い存在だ」
0331創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/10(水) 18:23:01.00ID:zRaRnegW
彼は続けて問うた。

 「何故こんな所に現れた?」

 「それは盾に聞いてくれ」

アレブラクシスの体は徐々に薄れて行き、それと同時に盾がビシャラバンガの腕に吸い着く様に、
自然に装着される。

 「こ、これは?
  どうなっている?」

困惑する彼の耳に姿無きアレブラクシスの声が届く。

 「恐れる事は無い。
  守りたいと言う君の心に、盾が応えただけの事」

未だ事情が理解出来ないビシャラバンガに、クロテアが説明する。

 「それは神盾セーヴァス・ロコです。
  旧暦、大竜軍の戦いで聖君を守った盾。
  貴方の手には今、槍と盾、2つの神器があるのです」

ビシャラバンガは眉を顰めた。

 「己は物の力を借りるのは好きでは無い。
  己は何時も、自分の力を頼りにして来た積もりだ……が、今は一々そんな事を、
  言っている場合では無いか……。
  えぇい、疾々(とっと)と方を付けるぞ!」

彼は盾を構え、槍を振り回して、アマントサングインの幻体を破壊しながら、その本体である、
ニージェルクロームに迫る。
0332創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/10(水) 18:23:57.48ID:zRaRnegW
ビシャラバンガはニージェルクロームを槍で貫こうとしたが、彼の力任せの一撃は驚くべき事に、
浅りと受け止められてしまった。

 「何っ!?」

竜の宿ったニージェルクロームの膂力は、人間とは比較にならないのだ。

 「フッ、この程度か……。
  神槍は完全な力を取り戻してはいないな。
  やはり使い手が悪い」

神槍は輝いてはいるが、その錆を全て落とすには至らない。
神槍が真の力を発揮しなければ、竜の宿ったニージェルクロームを倒す事は不可能。

 「我が幻影を消した所で、何の意味も無いのだ。
  志無き者に神槍コー・シアーは扱えぬ」

ニージェルクロームは槍を片手で押さえ付けて、もう片手をビシャラバンガに向ける。
その手は竜の幻影を纏って、腐蝕ガスを吐き付けた。

 「くっ!」

ビシャラバンガは右腕のセーヴァス・ロコで腐蝕ガスを防ぐ。
その隙にニージェルクロームはビシャラバンガを蹴り飛ばして、距離を取った。

 「弱い、弱いっ!!
  この程度で私を倒そうとは、甘く見られた物だ!」

煽られたビシャラバンガは、しかし、怒りはしなかった。
0333創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/10(水) 18:26:49.04ID:zRaRnegW
彼の心は竜と言う強敵に対する敵愾心よりも、背後のクロテアに囚われていた。
もう長らく魔法で腐蝕ガスから身を守りながら戦っているので、彼の集中力には限界が来ている。
実は魔法を使わずとも、セーヴァス・ロコの力で身を守れるのだが、その事実にビシャラバンガは、
未だ気付いていなかった。
彼の心は取り敢えず、クロテアを安全な後方に下がらせる事ばかり考えていた。

 「おい、小娘!
  一時離脱するぞ!
  貴様は足手纏いだ、後方で待機していろ!
  良いな?」

 「しかし……」

 「しかしも何もあるかっ!
  今から己は霧の中から出て、貴様を安全な所に置く。
  何があっても、再び竜と戦おうと思うな!
  奴は己が倒す!
  それだけを信じて待っていろ!」

ビシャラバンガは初めて他人と「約束」をした。
しかも、守れるかも判らない不安な約束を。
クロテアは彼を信じて頷く。

 「はい、貴方を信じます」

他人に信じられると言う経験の無いビシャラバンガは、彼女の期待を重荷だと思った。
だが、今は信じて貰えると言う事が有り難かった。
詰まり、素直に意見が通って、難が無いと言う意味である。
ビシャラバンガが距離を取り始めたのを見て、竜の宿ったニージェルクロームは言う。

 「どうした、逃げるのか?
  2つの神器を持ちながら、私には敵わないと――」

 「喧しいっ!!
  直ぐ戻って来てやるから、黙っていろっ!!」

ビシャラバンガはニージェルクロームに吠え掛かり、急いで腐蝕ガスの濃霧の中から離脱した。
0334創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/11(木) 18:50:39.96ID:xLkW4EPT
一直線に腐蝕ガスの中から飛び出した彼は、背負っていたクロテアを下ろす。
彼女は畏まって深く謝罪した。

 「私は申し訳無く思います。
  貴方は私の為に……」

 「貴様の為では無い!
  ……とにかく何か知らんが、己は奴を倒さねばならん気がするのだ!」

実際の所、ビシャラバンガがアマントサングインを倒す理由は、クロテアの為以外には無い。
彼女が自殺行為的な無謀な行動に出るから、彼は彼女を死なせない為に、戦いに行くのだ。

 「良いか、ここを動くなよ!
  否、寧ろ逃げて構わん!
  ここから離れろ!」

 「私は逃げません」

 「何っ!?」

 「私は逃げないので……、貴方は勝って下さい。
  私は貴方の勝利を信じています」

ここで勝つ自信が無い等とは言えず、ビシャラバンガは強気に答える。

 「貴様が信じようと信じまいと!
  己は必ず勝つ!!
  槍と盾の力まであって、竜如きに負けて堪るか!」

彼自身は槍と盾の力をそこまで信じていなかったが、自分を奮い立たせる為にも、大言壮語して、
自らの退路を断った。
彼は勝利とは他人の為よりも、自らの為と言う意識が強い。
そうしなければ、勝利への欲求を湧き立たせられないのだ。
故に、「誰の為に勝つ」とは決して口に出来なかった。
0335創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/11(木) 18:51:43.27ID:xLkW4EPT
ビシャラバンガは改めて腐蝕ガスの濃霧の中に突入し、竜の居る場所を目指す。
アマントサングインは再び幻体を復活させていた。

 「戻って来たか!
  逃げ出したのかと心配していたぞ」

 「侮るなっ!
  誰が貴様如きを恐れる物か!
  力の弱い凡人共を相手に、調子に乗っていた様だが、それも今日までだ!
  覚悟しろ!!」

ビシャラバンガは再びアマントサングインの幻体を槍で削る。
それに対してアマントサングインは竜の爪を振るって抵抗した。
爪の威力は恐ろしく、ビシャラバンガが盾で防いでも、その衝撃が貫通して来る。
弾き飛ばされまいと踏み堪えても、勢いに負けて後退してしまう。

 「ええぃっ……」

彼は腕の痺れを感じながらも、アマントサングインの幻体を削り切って、再びニージェルクロームと、
対峙した。
それをアマントサングインの宿ったニージェルクロームは嘲笑う。

 「どうした?
  貴様も凡人と大差無い様だが……。
  2つの神器を持ちながら、その程度とは失望させてくれる」

 「煩いっ!
  神器が何だのと関係あるか!」

 「ああ、有るとも。
  私を倒せるのは神器コー・シアーだけなのだからな」

ビシャラバンガは彼の言葉を聞かなかった。
竜を倒すのに神器の力が必要だとは認めたくなかったのだ。
0336創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/11(木) 18:53:25.71ID:xLkW4EPT
ニージェルクロームは顔から笑みを消して、冷たい態度で言う。

 「自惚れるなよ、『悪魔擬き<デモノイド>』!
  貴様等は我等竜に比べれば、滓の様な存在だ。
  神器に頼らず私を討つ等とは、思い上がりも甚だしい」

 「やってみなくては解るまい!
  貴様は無敵の竜では無く、人の体を使っているでは無いか!」

頑ななビシャラバンガに彼は呆れた。
失望の溜め息を吐くと、竜の爪で盾を弾き、蹴りを竜の尾に見立てて撃ち込む。

 「ぐっ……!!」

 「力の差が解らないのか、それとも見て見ぬ振りをしているのか……。
  貴様が神槍の真の力を発揮出来ぬ理由を教えてやろう。
  貴様には大義や使命感が足りないのだ。
  より大きな、より多くの物の為に、戦おうと言う志が無い。
  人としての器の大きさと言い換えても良い。
  真に人の為であれば、どんなに貪欲で、我が儘であっても良い。
  寧ろ、無欲に近い程の大欲で無ければ、神槍の真の力は見えぬ」

 「お、己には、そんな心は無い」

 「では、何故私の前に立つのだ?」

 「……己は……」

理由を問われて、ビシャラバンガは考える。
一体何故自分は竜を倒そうと思ったのか?
それはクロテアが居た所為だ。
彼女が力弱い者の分際で、多くの人を守ろうと立ち上がった所為だ。
分不相応な願いを彼女が持った所為だ。
0337創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/12(金) 19:53:21.85ID:fsPkcmtp
胸の中に溜まっていた靄々した気持ちを、素直にビシャラバンガは吐き出した。

 「愚かにも我が身を顧みず、人を救おうとした者が居たのだ。
  それが余りにも哀れだから、己が代わりに来たのだ。
  無力な者の為だとか、そう言う事では無い。
  己には、そこまで大層な志は無い。
  だが、黙って見ている事は出来なかったのだ」

彼の手の中で槍が輝きを増す。
それにビシャラバンガは気付かない儘、独白を続ける。

 「あの儘、黙って見送るよりは、己が戦いに行った方が良い。
  唯そう思っただけに過ぎぬ。
  仮令、力が及ばなかろうと、そう言う事は問題では無いのだ。
  己は己の心の儘に動いただけだ」

 「ムッ、貴様……」

その変化を感じ取ったニージェルクロームは、ビシャラバンガに向けて爪を振り下ろした。
だが、それはビシャラバンガの右腕の盾に防がれる。
ビシャラバンガは腕の痺れを感じなかった。

 「貴様の言う通り、己は器の小さい男だ。
  とても他人の為には戦えぬ。
  そうしたくとも心が動かないのだ。
  屹度、己は赤の他人の為に戦える者が羨ましいのだろう。
  だから……責めて、その助けに!」

 「フッ、漸く本気になったか!」

ニージェルクロームは両腕で竜の口を作り、幻影を纏わせて腐蝕ガスを吐き出させる。
セーヴァス・ロコがビシャラバンガを守る様に、不可視の障壁を作り出す。
0338創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/12(金) 19:56:34.56ID:fsPkcmtp
ビシャラバンガとニージェルクロームは槍と爪を打ち付け合った。
ビシャラバンガの槍はニージェルクロームの爪を弾くが、武器を扱い慣れない彼は力任せに、
槍を振り回す事しか出来ない。
中々強力な一撃を浴びせる事が出来ず、ビシャラバンガは歯噛みする。

 「えぇい、敏捷(ちょこま)かと!」

ニージェルクローム自身は1身弱の標準的な体形だ。
竜が宿っているとは言え、特別に体格が大きくなったりはしない。
純粋に身体能力だけが強化されている。

 「未だ未だ神槍の真の力を引き出せていないな。
  貴様は自分の力しか信じていない様だ。
  余りにも技が無い……」

ビシャラバンガの激しい攻撃を往なしながら、彼は余裕で笑う。
しかし、ニージェルクロームの方も盾を持つビシャラバンガに有効打は無い。

 「貴様の相手も飽きて来たぞ」

一つ小さな息を吐いた彼は、魔導師に守られている病院を一瞥した。
そして大きな笑みを浮かべる。

 「退屈凌ぎに、新しい刺激を与えてやろう」

 「止せっ!!」

ビシャラバンガが止める間も無く、ニージェルクロームは竜の爪で病院を破壊した。
建物の外壁が崩れて、中の様子が露になる。
人々の恐怖の叫び声が木霊する。

 「貴様の相手は己だ!!」

ビシャラバンガは声を張ってニージェルクロームに迫ったが、ニージェルクロームは病院の中、
それも市民の集まっているフロアに逃げ込んだ。
0339創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/12(金) 19:59:02.29ID:fsPkcmtp
ニージェルクロームの意識は、自分の体を操っているアマントサングインに働き掛ける。

 (おい、不味いって!!)

 (案ずるな。
  奴が本物か確かめるだけだ)

 (嘘を吐くな!
  お前は人なんか、どうでも良いと思ってるだろう!?)

 (分かった、分かった……。
  戦えぬ者への害は抑えるから、そう怒鳴るな)

アマントサングインは彼を宥めながら、病院の中で幻体を復活させた。

 「く、来るなっ、出て行け!!」

病院の中の執行者達は、ニージェルクロームに向けて魔法を唱えようとするが、腐蝕ガスを吐かれ、
簡単に防がれてしまう。
ビシャラバンガは直ぐにニージェルクロームを追って、病院内に突撃した。

 「逃げるな!!」

彼は槍と盾を構えて、アマントサングインの幻体を再び攻撃する。
そして執行者達に言った。

 「病人を連れて逃げろっ!!」

 「無理だ!!
  この腐蝕ガスの中、どこへ行けと言う!!」
0340創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/13(土) 19:09:13.17ID:jObY/AEU
執行者達も逃げたくても逃げられないのだ。
ビシャラバンガは歯噛みして、槍で幻体を破壊し、再度ニージェルクロームに向かった。

 「ウォオオッ!!」

 「フッ、人を守る事よりも、元凶を絶つ事を選ぶか……。
  その判断は間違ってはいない。
  だが――!」

ニージェルクロームは片手で槍を受け止め、もう片手で腐蝕ガスを病院内の市民に向けて放った。

 「攻勢一辺倒ではなぁ!!」

執行者達が市民の盾となるが、防御には限界がある。
ビシャラバンガは益々焦って、ニージェルクロームに苛烈な攻撃を仕掛けた。
それをニージェルクロームは涼しい顔で躱す。

 「焦りが見えるぞ」

ビシャラバンガの手にある神槍は少しずつ輝きを弱くして行った。
神盾も同様である。
彼は槍と盾が重くなっていると感じた。

 (……もう限界なのか……)

ビシャラバンガは疲れを自覚し始める。
やがて彼の手と足は止まった。

 (槍と盾が重い……。
  どうした事だ、これは……)

ビシャラバンガは敵を倒すと言う事に執着し過ぎて、市民の安全への配慮を怠った。
故に、神器は彼を見放したのだ。
0341創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/13(土) 19:09:54.73ID:jObY/AEU
最早重荷でしかない神器を、彼は擲った。

 「ええい、こんな物は要らんっ!!」

そして最後の力を振り絞って、ニージェルクロームに迫る。
ニージェルクロームは冷笑した。

 「丸で獣だな。
  最後は道具をも捨てて殴り掛かるか」

彼はビシャラバンガを竜の尾で、力任せに弾き飛ばす。
ビシャラバンガは後方に吹き飛び、執行者達や市民の居る所へ退けられた。
執行者が膝を突いた彼を気遣い、声を掛ける。

 「大丈夫か!?」

助けに来た者に心配されて、ビシャラバンガは恥じた。

 「どうと言う事は無いっ!!
  それより、ここに居る者達を逃がす方法は無いのか!?」

 「あれば疾くにやっている!」

食い掛かられた執行者は、逆に言い返す。
緊急事態に相手を責める様な事は無意味だ。
ビシャラバンガは再び立ち上がって、ニージェルクロームを睨んだ状態で、執行者に告げる。

 「己は竜を倒しに来た。
  だから、幾ら傷付こうが、最悪死のうが構わん。
  戦う事を恐れたりはしない。
  だが……、逆に言えば己には、それ位しか出来ん。
  貴様等、市民を守る執行者なら、何か知恵があろう!」
0342創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/13(土) 19:10:50.74ID:jObY/AEU
そう言われても、執行者に出来る事は無い。

 「私達は、ここを離れる事が出来ない。
  私達の張ったバリアーで、ここの全員を守っているのだ。
  数人だけなら救い出せるかも知れないが、身動きの取れない病人も居る。
  見捨てる訳には行かない」

 「では、ここで徒(ただ)死を待つだけか!」

 「違う!
  私達は執行者、同じ魔導師の仲間が居る。
  耐えていれば、必ず仲間が駆け付ける。
  そう信じている」

執行者の答を聞いたビシャラバンガは、素直に羨ましいと思った。
信じられる仲間が居て、その為に困難と闘えるのだ。
逆に、ビシャラバンガは独りである。

 「『仲間が駆け付ける』か……」

彼は今まで誰かと絆を強めたり、助け合ったりする事が無かった。

 (だから、己は弱いのだ……)

そう悟って彼は悲しくなった。
今の自分はアダマスゼロットと変わらないのだと。

 「耐えていれば、本当に仲間が駆け付けるのだな?」

急なビシャラバンガの問に、執行者は戸惑うも、自信を持って頷く。

 「ああ」
0343創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/14(日) 19:06:51.80ID:EJKatbfx
ビシャラバンガは気合を入れ直した。

 「良しっ!!」

そして執行者達のバリアーから出て、腐蝕ガスの中に飛び込み、改めてニージェルクロームの前に。
力の篭もった彼の目を見て、ニージェルクロームは満足気に頷いた。

 「フム、目の色が変わったな」

 「その余裕が何時まで持つかな!?」

ビシャラバンガはニージェルクロームに突進して、掴み掛かる。
ニージェルクロームは彼を敢えて正面から受け止めた。

 「捕まえてしまえば、どうとでもなるとでも思っているのか?」

竜の宿ったニージェルクロームは強い力で、ビシャラバンガを押し返す。
それでもビシャラバンガは構わず、体格の優位を活かして、ニージェルクロームを道連れに、
病院の外へ身を投げ出した。

 「フン、他人を巻き込まない様に、外へ出たか……。
  中々殊勝な行動だ」

 「黙れっ!
  貴様の高所から構えた評価には、倦んざりだ!」

2人は病院の外の地面に転がる。
それでもビシャラバンガはニージェルクロームの両腕を掴んで離さない。

 「健気だなっ!
  しかし、盾も槍も無く、私に敵う訳が無かろう!」

ニージェルクロームは竜の幻体を復活させて、彼に向かって腐蝕ガスを吐き付けた。
0344創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/14(日) 19:07:33.53ID:EJKatbfx
ニージェルクロームの体を押さえているビシャラバンガは、腐蝕ガスを止める手段を持たない。
魔力の力場で腐蝕ガスを押し返すしか無いが、長らく腐蝕ガスの中に留まり続けていた彼は、
集中力が限界を迎え始めていた。
防ぎ切れない腐蝕ガスがビシャラバンガの肌を焼く。

 「ぐぐぐぐぐ……」

彼は歯を食い縛って耐える。
全身に力を込めて、何があろうとニージェルクロームを絶対に放さないと決めていた。

 「なっ、何だ、こいつ!?」

その必死さに、ニージェルクロームの中のアマントサングインは怯んだ。
アマントサングインは神器に見放されたビシャラバンガが、本気で人を守るとは思っていなかった。

 「何故ここまでする!?
  貴様は神器に見限られたのだ!
  神器も持たずに、私に敵う物か!」

 「じ、神器が何だと言うのだ!
  そんな物が無くとも……!
  お、己は人を信じる事にしたのだ!!」

 「人を信じる!?
  馬鹿なっ、信じていれば奇跡が起きるとでも言うのか!」

 「そこまで夢を見てはおらん!
  奇跡よりも、もっと現実的な物だ!」

ビシャラバンガの皮膚は爛れ、怪物の様な見た目になる。
しかし、アマントサングインは彼の心に美しい物を見ていた。
0345創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/14(日) 19:09:02.57ID:EJKatbfx
ビシャラバンガの背中には翼が生える。
魔力の翼とも異なる、混沌の力を宿した翼だ。
混沌の力は全ての源。
創生と滅亡の両者を司る、何物にも染まらず、何物にも成り得る未定の力。
アマントサングインの力も、それに類似した物である。
混沌の翼はアマントサングインの幻影の体を、混沌の力に分解して崩壊させる。

 「こ、これは……巨人の力!?」

これこそが巨人魔法の究極『翼ある者<プテラトマ>』。

 「デモノイド風情がっ!」

アマントサングインは幻体の全身を輝かせて、逆に混沌の力を吸収しに掛かる。
ここに両者の力は拮抗して、∞を描き循環を始めた。

 「あ、有り得ぬ……。
  悪魔生まれの人間の成り損ないが、巨人の力を使う等と!
  神器も持たない者が……。
  正か、神の意思だとでも言うのか!」

ニージェルクロームとアマントサングインの幻体は同時に空を見上げる。
しかし、神の声は聞こえない。

 「ウオォッ!!
  高がデモノイド1匹に負けてなるかーー!!」

アマントサングインは死力を尽くして、ビシャラバンガを上回ろうと足掻いた。
流石にビシャラバンガは耐えられなくなり、徐々に混沌の翼を溶かし始める……。

 「フン、やはりな!
  竜に敵う訳が無いのだ!」

幻体を取り戻したアマントサングインは、勝利を確信して笑った。
0346創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/15(月) 19:16:25.57ID:MLwEK2N0
もうビシャラバンガは目を開けていられない。
口も開けられないから、叫び声も上げられない。
暗闇の中で全身の神経を焼かれる様な苦痛に耐え続ける。
執行者は言った。
耐え続けていれば、必ず助けが来ると。
ビシャラバンガがニージェルクロームを押さえていれば、ガスの外の魔導師達が何か手を打つ。
そうなる事をビシャラバンガは信じた。

 (己では貴様を倒せない……。
  だから……)

彼は徐々に意識が朦朧とし始める。
腕の感覚が無くなって、ニージェルクロームを捕まえているのかも分からなくなって来た。
その裏で執行者の集団が病院に到着する。

 「急げ、急げ!!
  竜巻が収まっている今しかない!
  残留者を運び出せ!!」

執行者達は病院の中に取り残された者達を、次々と運び出す。
最後に先に病院で残留者を守っていた執行者の隊長、新しく来た救出部隊の隊長は尋ねた。

 「もう居ないか?」

 「後1人!
  勇敢な男が……」

そう言いながら残留者を守っていた隊長は、濃霧の向こうを見詰める。
0347創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/15(月) 19:17:06.95ID:MLwEK2N0
しかし、目に見える物は白い靄ばかり。
ビシャラバンガの姿も竜の姿も見えはしない。
救出部隊の隊長は眉を顰める。

 「誰か竜と戦っているのか?」

 「ああ、その筈だ。
  竜に操られている様な人間も居た」

 「分かった。
  とにかく脱出しよう。
  直ぐに応援を呼んで来る」

最後に2人も病院から脱出して、全員が救出された。
――その頃、ビシャラバンガの翼は消え掛けていた。

 「中々粘ったが……。
  ここまでだ!」

アマントサングインは彼に止めを刺すべく、腐蝕ガスの濃度を高くして行く。
それでもビシャラバンガはニージェルクロームを捕まえた儘、放そうとはしなかった。
彼の目と口を固く閉ざした表情は、懸命に何かに祈っている様にも見える。
恐らく、彼の意識は既に無い……。
その時、強風が吹き荒れて、腐蝕ガスを天高く巻き上げた。
濃霧は少しずつ晴れて行き、崩壊した街並みが露になる。
腐蝕ガスは上空に吸い上げられて、巨大な雲を作る。

 「魔導師共か……!?」

アマントサングインは魔導師達が集まって、自分を包囲していると気付いた。
再び腐蝕ガスを吐き散らそうとするが、強風の所為で思う様に拡散しない。
0348創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/15(月) 19:19:14.69ID:MLwEK2N0
アマントサングインはビシャラバンガに気を取られ過ぎていた。
だが、アマントサングインは勇敢な者、必死な者を無視出来なかったのだ。

 「くっ、この私が神器も持たない者に……!」

アマントサングインは悔しがりながらも、どこかで満足もしていた。
竜の目はビシャラバンガと言う勇敢な者を認めた。
信仰心が無くとも、神器を持たずとも、彼は人を信じて戦った。

 「成る程、最早奇跡は必要無いと言う事か……。
  否、これこそが奇跡なのかも知れぬ。
  奇跡は必然か……」

アマントサングインは最期を悟った。
魔導師会が竜の本体であるニージェルクロームに向けて、攻撃を始める。
太陽光線を集めた、熱線を上空から撃ち込む。
アマントサングインはニージェルクロームとビシャラバンガを守る為に、蜷局を巻いて身を縮めた。
その瞬間である。
竜を仕留めるなら、ここしか無いと、影に潜み続けていたディスクリムが姿を現した。

 「フフ、竜とやらも大した事は無いな!
  我が主の為に、ここで潰えて貰うぞ!」

 「何っ、貴様っ!!」

ディスクリムは熱線の照射で弱っているアマントサングインから、ニージェルクロームの体を奪う。

 「宿る本体が無くなれば、幻影の体も消えよう!」

ディスクリムは彼の体を無理遣り動かして、熱線に曝した。

 「熱っ!!!!
  な、何をするディスクリム!!」

アマントサングインの影響が弱り、ニージェルクロームは本気で抵抗するが、ディスクリムも必死だ。
0349創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/16(火) 19:04:09.04ID:OPtD2IbT
 「全ては我が主の為!
  悪く思うな、ニージェルクローム!」

アマントサングインは激昂して、ディスクリムに言う。

 「貴様ァッ、許サンゾ!!
  我ガ身滅ビヨウトモ、ココデ滅シテクレル!!」

アマントサングインは再びニージェルクロームの体の内から、ディスクリムを排除しに掛かった。
その間もニージェルクロームは焼かれ続けている。

 「ギャアアアアア!!
  あ、熱い!
  焼け死ぬ!!」

火傷で皮膚が膨れ、徐々に黒化して行く。
序でにビシャラバンガも巻き込まれるが、彼は既に気絶している。
アマントサングインは竜の感知能力で魔力を探って、影の中のディスクリムの本体を探り当てると、
実体の無い影に噛み付き、ニージェルクロームを庇って我が身と諸共に熱線に曝した。

 「何とっ、私の影を掴んだ!?」

 「窃々(コソコソ)ト隠レテバカリノ卑怯者メッ!!
  貴様モ道連レダ!!」

 「ファファファ、構わないぞ!!
  私が警戒するのは竜だけだ!
  竜さえ消えれば、この地上は我が主の物!」

ディスクリムは高笑いするが、アマントサングインも笑い返す。

 「愚カ者メ……。
  何故、私ガ死ヲ選ブノカ解ランノカ?」

 「負け惜しみを言うな!」

両者は共に満足して逝くのだ。
0350創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/16(火) 19:05:22.53ID:OPtD2IbT
 「敗北ヲ惜シミハシナイ。
  ソレヨリモ惜シムベキ物ガ有ルノダカラ。
  私ハ最期ニ善キ者ヲ見タ」

 「ああ、我が主!!
  偉大にして栄光なる悪魔公爵閣下、万歳!!」

激しい熱線で先にディスクリムが燃え尽き、アマントサングインも瀕死に追い込まれた。

 「ハイロン、去ラバダ。
  悲シム事ハ無イ。
  私ハ所詮、戦乱ノ中デシカ生キラレナイ物。
  善キ者ヲ見定メタ後ハ、滅ビル宿命。
  佳ク生キロヨ」

アマントサングインは別れの言葉を告げて、ニージェルクロームの体から消える。
それと同時にニージェルクロームは気を失って、ビシャラバンガと共に溶け落ちた大地に沈んだ。
そこへ執行者達が駆け付けて、2人を救助し手当てする。
幾つもの都市を壊滅に追い遣った凶悪な竜、アマントサングインは倒れた。
執行者達を指揮する副部長は、市の全面積の4分の1が壊滅した様子を見渡して、深い溜め息を吐く。

 「やーれやれ、これから復興だ……」

そんな副部長を部下が諫めた。

 「溜め息を吐いてる暇なんか無いですよ。
  未だ逃げ遅れた人が居るかも知れません。
  とにかく早く指示を」

 「分かってる、分かってる。
  先ずは街中を見て回り、生存者が居ないか確かめよう。
  再建作業は、その後だ」

執行者達は溶け落ちた街中を歩き回り、残留者を探して回る。
0351創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/16(火) 19:06:20.40ID:OPtD2IbT
ニージェルクロームは魔法刑務所に移送され、そこで本格的な治療を受ける事に。
そしてビシャラバンガは……。

 「彼が……?
  この彼が、あの勇敢な若者なのですか?」

担架に乗せられて、救出されたビシャラバンガを見た執行者は、思わず口元を押さえた。
彼は表皮が焼け落ちて、肉まで黒焦げになってしまっていた。
普通の共通魔法では元には戻らないだろう事が、一目瞭然な程に。
高濃度の腐蝕ガスと、強烈な熱線を諸に浴びてしまったのだ。
何とか生きてはいるが、脈拍は弱々しい。
彼が助かる見込みは無い様に思われる。
ビシャラバンガに助けられた、病院に居た人々は、彼の周りに集まって回復を祈った。
医療魔導師は群がる人々を押し退けて言う。

 「退いて下さい、退いて下さい!!
  ここでは治療が出来ません!!
  今直ぐ専門の施設に――」

そう呼び掛けていた所、クロテアが現れて焼け焦げたビシャラバンガの手を取った。

 「一寸、貴方!
  彼は重傷です、急いで治療しないと!」

医療魔導師の制止にも拘らず、彼女は答える。

 「私が彼を治療します」

 「そんな!
  素人がっ!?」

 「私を信じて下さい」

クロテアの不思議と自信に満ちた言葉に、医療魔導師は抗う事が出来ない。
0352創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/17(水) 18:51:54.02ID:w9Qb3gyO
彼女はテレパシーでビシャラバンガに語り掛ける。

 (起きて下さい、起きて下さい)

 (……竜は?
  竜は、どうなった?)

ビシャラバンガの第一声は、竜の事だった。
クロテアは優しく答える。

 (竜は魔導師によって倒されました)

 (良かった。
  病院の奴等は無事だったか?)

 (はい、貴方の功績です)

 (止せ、己では無い。
  魔導師共が上手くやったのだ。
  己は時間を稼いだに過ぎぬ。
  だが……、それで守れたと言うのなら……)

満足して永遠の眠りに落ちようとするビシャラバンガの額に、クロテアは手を置いた。

 (美しい人、善き人、愛すべき人、貴方を死なせはしません。
  翼よ、翼よ、開け)

ビシャラバンガの背から魔力の翼が出現して、彼の体を覆う。
医療魔導師は目を剥いた。

 「な、何を……」
0353創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/17(水) 18:53:27.88ID:w9Qb3gyO
クロテアは人々に呼び掛ける。

 「彼を救いたいと思う人は、彼の無事を祈って下さい。
  皆さんの力を彼に分け与えて下さい。
  貴方々の全てを捧げろとは言いません。
  唯、真摯な思いを彼に」

それは『供与<レイジング・ドネート>』の魔法。
ビシャラバンガを覆う翼は、人々の願う心を吸収して、優しい輝きを帯びる。
周りに居た執行者達が、何事かと集まり始める。
医療魔導師は、これが外道魔法による治療行為だと理解していたが、違法だと止めはしなかった。
しかし、執行者達は違う。

 「あの女は何をしている!?
  止めさせろ!」

そう言って騒ぎ始める執行者達を、医療魔導師は抑えた。

 「待って下さい!
  これは治療行為です」

 「だが、医療行為では無い。
  貴方は医療魔導師でありながら、民間人の勝手な治療を認めるのか!
  どうなるかも判らんと言うのに……」

言い争う2人を他所に、クロテアと祈る人々は集中している。
ビシャラバンガを覆う翼は少しずつ輝きを増して行った。
その優しい光に触れた執行者達は、敵対的な心を忘れる。

 「……何だ、これは……?
  優しく温かい……。
  彼を助けようとしているのか」
0354創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/17(水) 18:55:14.57ID:w9Qb3gyO
医療魔導師は執行者達に訴える。

 「判るでしょう?
  皆が彼を助けようとしているんです。
  素直な心で魔力の流れを見て下さい。
  彼は蘇る……」

執行者達は人々の真摯な心に触れて、自分もビシャラバンガを助けたいと思った。
見ず知らずの人であっても、命が失われるのは良くないと思う物だ。
執行者達は祈りこそしないが、静かに成り行きを見守る事にした。
クロテアは魔力の翼の上から、ビシャラバンガに覆い被さり、彼女も魔力の翼を拡げた。
2対の魔力の翼は、周囲の魔力を巻き込みながら、互いに魔力を巡らし合い、やがて溶け合って、
ビシャラバンガに吸い込まれる様に、静かに消えて行く。
優しい輝きが収まった後に現れた、ビシャラバンガの姿は元に戻っていた。
筋力は少し落ちているが、完全な健康体である。
序でに、祈っていた人々の体調も少し回復していた。
そう、悪い物が全て取り払われた様に。
クロテアはビシャラバンガから離れると、医療魔導師に丁寧に頭を下げる。

 「私は貴方に感謝しています。
  有り難う御座いました」

 「いいえ、私は……」

医療魔導師は自分は何もしていないと、首を横に振った。
クロテアは優しく微笑むと、小さく首を横に振り返して、人々にも感謝の言葉を伝える。

 「彼の為に祈って下さった、皆さん一人一人に、私は感謝を申し上げます」

 「違うよ、あんたの為じゃない。
  彼の為だ」

一人が感謝をする必要は無いと答える。
0355創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/18(木) 18:33:57.64ID:8bMkEEUv
クロテアは深く頷いた。

 「はい、解っています。
  それでも私は嬉しかったのです。
  皆さんが彼の為に、真摯に祈って下さった事が……。
  この喜びを私は感謝以外で、貴方々に伝える方法を知りません。
  本当に、有り難う御座いました」

そして彼女は執行者達にも言う。

 「私は魔導師会の方々にも、感謝しなければなりません。
  有り難う御座います、有り難う御座います」

全員に感謝の言葉を述べたクロテアは、その場から立ち去る。
執行者達は彼女を逮捕しようとは思わなかった。
一人になった彼女に、傘の魔法使いサン・アレブラクシスが錆びた神槍を持って歩み寄る。

 「結局、私達は余り役には立たなかったな。
  あの巨人魔法使いは神器を振るって、人々を助ける物だとばかり思っていたが……。
  この槍は君に返すよ」

クロテアは神槍を受け取り、彼にも感謝する。

 「貴方も私達の、そして人々の助けになって下さいました。
  感謝致します」

 「感謝の安売りは良くない。
  私は盾の儘に動いたに過ぎない。
  人に感謝される資格なんか無いよ」

アレブラクシスは平然と冷淡に、感謝の言葉を拒否した。
0356創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/18(木) 18:35:21.03ID:8bMkEEUv
どこまでが彼の本心なのかは不明だ。
もしかしたら盾と同化した悪魔のアレブラクシスは、格好付けや照れ隠し等では無く、
本当に自分の心が無いのかも知れない。
それでもクロテアは感謝の言葉を押し付ける。

 「では、私は盾に感謝するとしましょう。
  しかし、貴方は盾と同化しています。
  詰まり、盾に感謝すると言う事は、貴方に感謝すると言う事。
  私は盾と貴方に感謝しましょう」

 「活躍もしていないのに感謝されたって、嬉しくないよ。
  感謝って何だ?」

 「それは『有り難い』と言う気持ちです。
  感謝には2つの形があります。
  1つは相手の心根が何であれ、自分達に良い結果を齎してくれた事に。
  もう1つは相手が自分を思ってくれた気持ち、その物に対して」

アレブラクシスは笠を深く被って俯いた。

 「どちらも違う……。
  私は役に立っていないし、心も無かった」

 「いいえ、貴方は人々の窮地に駆け付けて下さいました」

 「……もう良い、勝手にしろ」

不機嫌になったアレブラクシスに、クロテアは今度は謝る。

 「済みません、私は貴方を不快な気分にさせてしまいました」
0357創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/18(木) 18:36:27.28ID:8bMkEEUv
 「本当に、そう思うのだったら、感謝を取り消せ」

アレブラクシスの無体な注文に、クロテアは困った顔をする。

 「それは……」

 「フッ、冗談だよ。
  本気で怒ってはいない。
  だが、本当に執拗いと嫌われるぞ。
  誰もが感謝を喜ぶとは限らない。
  要らぬと言っている物を押し付けてくれるな」

 「本当に貴方は、感謝が要らなかったのですか?」

 「私は悪魔だ」

アレブラクシスは格好付けた積もりだったが、クロテアが真っ直ぐ見詰めて来るので参った。

 「いや、本当に勘弁してくれ。
  頼むから、この話題は終わりにさせてくれ」

 「貴方が、そう望むのであれば……」

彼は大きな溜め息を吐いて、話題を変える。

 「あの巨人魔法使いは、何故神器を使わなかったんだろうな」

 「……私には解りません。
  後で彼に聞いてみたいと思います」

 「理由が分かったら、私にも教えてくれよ」

 「貴方も私と一緒に行けば良いのでは?」

 「魔導師とは会いたくない。
  面倒事は避けたいんだ」

そう言うと、アレブラクシスは独りで去って行った。
0358創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/19(金) 19:27:17.68ID:qiRY3i4C
後日、クロテアはセイルート市東病院を訪れ、入院しているビシャラバンガに面会しに行く。
院内は怪我人で混多(ごった)返しており、騒がしい。
看護師は誰も忙しそうにしている。
その中で一際大きな人物が、看護師を引き摺りながら歩いていた。

 「ビシャラバンガさん、待って下さい!
  未だ退院しては行けません!」

 「己は健康だ。
  もう入院する必要は無い」

 「いえ、治療予定は未だ完了していません。
  退院するにしても、手続きが――」

 「治療費を払えば良いのだろう?」

 「そう言う問題では無くて!」

クロテアがビシャラバンガを探す手間は要らなかった。
彼女はビシャラバンガに駆け寄り、笑顔で挨拶する。

 「今日は、ビシャラバンガさん」

 「貴様は……クロテアと言ったな」

 「貴方は私の名前を覚えていて下さったのですね」

 「それなりに記憶力はある積もりだ。
  しかし、貴様に名乗った覚えは無いのだが?」

ビシャラバンガは足を止めて、小首を傾げる。
0359創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/19(金) 19:28:42.15ID:qiRY3i4C
彼が立ち止まったので、看護師は安堵していた。

 「はぁ、ビシャラバンガさん、治療費の問題では無く……。
  もう一度、担当医の診断を受けてからにして下さい。
  勝手に退院されては困るのです」

彼女を無視してビシャラバンガはクロテアに問う。

 「それは良いとして、己に何の用だ?」

 「私は貴方の、お見舞いに行こうと思っていた所です」

 「この通り元気だ。
  死んだ積もりだったのだがな。
  ……貴様が何かしたらしいな」

 「いいえ、私ではありません。
  貴方が助けた人々が、貴方の為に祈ったのです」

クロテアの話を聞いたビシャラバンガは、照れ臭そうに頭を掻いた。

 「己が助けた訳では無いが……。
  とにかく見舞いに来たのであれば、心配は無用だ。
  もう用は無かろう」

 「いえ、それだけでは無く……」

 「未だ何かあるのか?」

眉を顰めるビシャラバンガに、クロテアは問う。
0360創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/19(金) 19:29:34.62ID:qiRY3i4C
 「私には、どうしても解らない事があり、それを貴方に教えて頂きたいのです」

ビシャラバンガは一層眉間の皺を深くした。

 「何だ?」

 「どうして貴方は神器の槍と盾を使わなかったのですか?」

彼は深い溜め息を吐く。

 「使わなかったのでは無い。
  使えなかったのだ。
  己には神の力を借りる資格は無かったと言う事なのだろう」

 「いいえ、貴方は神器を必要としていませんでした」

 「……使える物なら使いたかったぞ」

クロテアは真顔で暫し思案した。
そして問を改める。

 「どうして貴方は神器を持たずに、竜に挑む事が出来たのですか?」

 「どうしても何も、そうしなければ病院の連中は、全滅していた。
  手段を選んでいる場合では無かった」

 「貴方は勝算無く、その様な事をする人では無い筈でしょう?」

 「己は無力を嘆く位なら、勝てずとも挑む」

 「いいえ、貴方は竜を倒そうとはしていませんでした」

見て来た様な事を言うクロテアに、ビシャラバンガは不機嫌な顔をした。
0361創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/21(日) 18:18:25.68ID:6fogZ/Ee
そして、再び深い溜め息を吐いて答える。

 「ああ、勝算はあった。
  己は魔導師を頼る事にした。
  己には神を信じる事は出来なかった。
  だが……」

 「貴方は神器を信じられなくとも、人なら信じる事が出来たのですね?」

 「否、それも違う。
  己が信じたのは、魔導師共の結束だ。
  ある魔導師が己に言った。
  耐えていれば、必ず助けが来ると……。
  だから、己は……」

クロテアは何度も頷き、彼に芽生えた信じる心を歓迎した。

 「如何なる形であれ、貴方は人を信じました。
  それだけで十分です。
  貴方は多くの人を救いました」

 「止めろ、止めろ。
  己は人を救ったのでは無い。
  自力で竜を倒せなかった為に、他者の力を利用したのだ。
  それは『信頼』とは違う」

ビシャラバンガの言う信頼とは、相互の信頼関係があってこそ成り立つ物。
彼と執行者達は、その場で偶々出会ったに過ぎず、深い関わりでは無かった。
少なくとも執行者達は、ビシャラバンガを信じて任せた訳では無い。
そんな一方的な感情を向ける事を、彼は信頼と言いたくは無かった。
頑固で潔癖であるが故に、中々自分を肯定出来ない不器用なビシャラバンガを、クロテアは愛おしむ。

 「何時か、貴方が本当に心から信頼出来る人が現れると良いですね……。
  その時が来る事を私は願っています」
0362創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/21(日) 18:19:02.68ID:6fogZ/Ee
そう言って立ち去ろうとする彼女を、ビシャラバンガは呼び止める。

 「待て、これから貴様は、どうするのだ?」

 「私は先ずは神槍を魔導師会に、お返ししようと思います」

 「その後は?」

 「私は私の気の向く儘に旅をします。
  私は困っている人があれば助け、人の善い心に耳を傾けます。
  それだけです」

 「反逆同盟の連中とは戦わないのか?」

 「もし、それが私の運命であれば、そうなる様に私は導かれるでしょう」

 「誰に?」

 「神に」

クロテアの答に、ビシャラバンガは聞くだけ損だったと、深い溜め息を吐く。

 「ああ、引き留めて悪かった。
  どこへなりと行くが良い」

 「はい。
  運命の導きがあれば、私と貴方は又会えるでしょう」

意味深な言葉を吐いて立ち去る彼女に、ビシャラバンガは再び溜め息を吐いて、首を横に振った。
彼は神を信じない。
だが、クロテアの言う通りに、信じられる誰かを探しに行こうと思った。
クロテアの背を見送る彼の元に、医師が駆け付ける。

 「ビシャラバンガさん、待って下さい。
  退院したいと言う貴方の意思は分かりました。
  しかし、退院する前に一度、検査をさせて下さい」
0363創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/21(日) 18:20:16.07ID:6fogZ/Ee
 「検査をすれば退院出来るのだな?」

ビシャラバンガの質問に医師は苦笑いで答える。

 「検査の結果、健康に何の問題も無いと判明すればの話です。
  私達は医療に携わる者として、怪我人や病人を放り出す様な事は出来ません」

 「分かった、分かった」

ビシャラバンガは諦めた様に、医師の話を受け入れた。
あれこれ検査されるのは、本当は好きでは無かったが、医師には医師の使命があるのだ。

 (それが人の役割か……。
  怪我人や病人は医者を頼り、それを医者は治療する。
  己は医者に係った事が無かったが、怪我をして運び込まれた以上は、医者にとっては、
  己も治療すべき患者の一人なのだな)

彼は医師の真剣な訴えに屈して、検査室に移動する。

 (しかし、この待ち時間は何とかならない物か……。
  医者一人に患者は己一人で無い事は、解っている積もりだが……)

早く退院したいとビシャラバンガは思いながら、師の言葉を想起した。

 (何事も焦っては行けない。
  今日すべき事、明日すべき事の分別を付けよ。
  偶には息を抜く事も必要だぞ)

心に刻んだ師の教えが蘇る。

 (事も無く心が急く時は用心せよ。
  無闇に動き回るより、心を落ち着けて瞑目し、本当に自分が今すべき事を考えるのだ)

これも修行だと、彼は瞑想して自己を見詰め直した。
0365創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/22(月) 18:55:23.61ID:T/N3u/kM
一方、魔法刑務所に移送されたニージェルクロームは、そこで治療と同時に心測法による、
尋問を受けた。
ニージェルクロームは自分の知る全てを包み隠さず話した。
自分の本名がワイルン・レン・ハイロンである事。
昔からボルガ地方に伝わる竜に憧れており、ある時竜の宿った石を手に入して、自分に竜を宿した事。
力を求めて様々な魔法を独自に試した事。
特別な人間になりたいと言う、強い憧れがあった事。
故に竜の呼び掛けに応えて、大きな力を手にした事。
竜と対話を続けて行く内に、竜の正体を知った事。
それから人間としての自分を見詰め直した事。
魔導師会はニージェルクローム事ハイロンを、直ちに無罪とする訳には行かなかった。
彼は共通魔法社会の秩序を乱した者として、罰を受けなければならない。
しかし、死刑にする程では無いとして、懲役刑を下す事までは決定していた。
問題は期間である。
ニージェルクロームの仕出かした所業は、半分は竜の所為とは言え、彼自身の責任が無かったとは、
言い切れない。
そして彼自身も自分の罪を自覚して、全てを竜の所為だとは言わなかった。
その事は心測法でも判明している事実である。
竜が破壊した資産の総額は、到底1人の人間に負い切れる物では無い……。
0366創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/22(月) 18:56:48.95ID:T/N3u/kM
それにニージェルクローム自身は無害でも、社会に放った後の衝撃は大きいだろう。
魔導師会法務執行部は苦慮の末に、彼を無期限の軟禁刑にすると決めた。
反逆同盟の名が過去になり、歴史となるまで、ニージェルクロームは魔法刑務所に収監される。
この決定をニージェルクローム自身も受け入れた。
下手に解放されると、市民の恨みを買って、殺され兼ねない為だ。
唯一大陸の刑務所では、労働に従事すれば対価が与えられ、それで物品を購入する事が出来る。
移動の自由と行動の自由が制限される以外は、外の社会と変わらない。
中には外で暮らすより、生活が保障されている刑務所内での暮らしが良いと言う者まで居る。
釈放までの期限を切らない代わりに、ニージェルクロームには一定の要求をする権利が付与される。
但し、それは飽くまで要求するだけの権利であり、必ず叶えられるとは限らない。
こうした裏取引は公表されず、魔導師会は秘密にした儘で、表向きニージェルクロームは、
本名も明かされない儘、凶悪犯罪者として長い時を過ごす事になった。
0367創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/22(月) 18:57:58.95ID:T/N3u/kM
収監中のニージェルクロームが最初にした要求は、巨人魔法使いビシャラバンガとの面会だった。
魔導師会はビシャラバンガの行動を一々監視している訳では無いから、その希望を直ぐに叶える事は、
出来ないと答えたのだが、彼は時間が掛かっても良いから待つと言った。
そしてニージェルクロームの要求から1週後に、その希望は叶った。
ビシャラバンガとニージェルクロームは、魔力の全く無い魔力遮断空間にて面会する。
何故態々そんな場所を用意したのかと言うと、ニージェルクロームが監視の無い1対1を希望した為。
2人は3重の頑丈な強化ガラスを隔てて、向かい合った。
ビシャラバンガはニージェルクロームに対して、不機嫌に問う。

 「己に何の用だ?」

 「……ええと、その、どう言えば良いのかな……。
  取り敢えず、初めまして?」

 「初めまして?」

初対面では無い筈だがと、ビシャラバンガは眉を顰める。
ニージェルクロームは苦笑いしながら説明した。

 「あの時は、俺の中の竜が表に出ていたんで……。
  別人だと思って下さい」

 「……分かった。
  それで、何の用なんだ?」

 「いえ、特に用って事は無いんですけど……。
  貴方と会って、話をしてみたかったんです」

 「何故」

 「竜が貴方を認めたので……」

竜に認められたと聞いたビシャラバンガは、小さく溜め息を吐く。
0368創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/23(火) 19:16:34.48ID:AdqDV6T7
そしてニージェルクロームに言った。

 「己は竜の事なんぞ知らん。
  認めたと言われても困る」

 「俺の中の竜、アマントサングインは人を守れる人を探していました。
  本当に勇気のある人を」

 「それが己だと?
  馬鹿馬鹿しい……」

ビシャラバンガが彼の言葉を一笑に付して、強気に言い返す。

 「大体、勇気が何のと、他人に何が解ると言うのだ?
  他人が心の内で何を考えているのか、竜には解ると言うのか!」

 「あの、信じて貰えないかも知れませんけど、そうです。
  アマントサングインには解っていました」

ニージェルクロームの答に、ビシャラバンガは絶句して、暫し後に言う。

 「それで、どうした?
  己に何を聞きたい?」

 「その……俺が言うのも変な話なんですけど、俺は貴方を見て感動したんです。
  他人の為に、あんな風に必死になれる人が居た事に……。
  必死が比喩とかじゃなくて、本当の意味で……」

あの時の事を思い出して、ビシャラバンガは恥ずかしくなった。

 「知らん、そんな事は忘れた」

 「忘れたんですか?
  あんなに命懸けで戦っていたのに。
  それも凄いと思います」

ニージェルクロームが尊敬の眼差しで見詰めて来る物だから、彼は段々疼痒くて居た堪れなくなる。
0369創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/23(火) 19:17:58.10ID:AdqDV6T7
ビシャラバンガは深い溜め息を吐いて言った。

 「皮肉の積もりか?」

ニージェルクロームは慌てて弁解する。

 「いいえ、そんなんじゃなくて!
  本当に偉いと思います。
  アマントサングインは言ってました。
  貴方の様な人こそが、真に勇気ある者なのだと」

彼はアマントサングインがビシャラバンガを認めた事を知っている。
勇気ある者と聞いて、ビシャラバンガは目を伏せた。

 「勇気ある者と言われて、悪い気はしない。
  逆に、臆病者と罵られる事は我慢がならない。
  しかし、あの時は、そんな事まで頭が回らなかった。
  己は力ある者だ。
  力の弱い者が戦おうとしているのに、力のある己が黙って見ている事が許されるのか……。
  どちらにしろ、反逆同盟は己の敵だったと言う事もある。
  敵を前にして戦わないと言う事は無い」

彼の冷めた物言いを、ニージェルクロームは不思議に感じた。

 「でも、誰の命令と言う訳でも無かったんでしょう?」

 「そうだな。
  己に命令出来るのは、何時でも己だけだ。
  己は己の心に従ったまでの事。
  だから、勇気だの何だのは関係無いのだ」

そのビシャラバンガの発言に、ニージェルクロームは目を見開き、深く頷く。

 「ええ、そうなんでしょう。
  アマントサングインが貴方を認めた理由が、解る気がします」
0370創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/23(火) 19:19:59.28ID:AdqDV6T7
ビシャラバンガは戦いの最中に、逃げる事を考えなかったのかと言うと、そんな事は無い。
唯、多くの無力な者を放って置く事が出来なかったのである。
彼は魔導師会の執行者達の結束を見て、自分も人の助けになりたいと思った。
そして、その為に自分に何が出来るかを考えた結果、あの様な行動に出たのだ。
その事だけは伝えたいと思い、ビシャラバンガは言った。

 「己は自分を真に勇気ある者だとは思わない。
  あの時、あの場で真に勇気ある者は、魔導師会の執行者共だった。
  連中は個々では竜に及ばないながらも、結束して市民を守り、竜を討ち取った。
  そうだろう?
  誰が市民を助けたか、誰が竜を倒したか?
  それは魔導師会の執行者に他ならない。
  己の働きは微々たる物だ」

 「でも、アマントサングインは言ってました。
  執行者では駄目なんだと。
  執行者は命令で動くから、その命令に背けないだけで、それは勇気とは違うんだと」

 「そうかな?
  誰かの命令だとか、指示だとか、そんな事は関係無かろう。
  あの場に居た連中は、仲間を信じていた。
  必ず助けが来ると。
  だから、己も信じて戦ったのだ。
  己の勇気は、その程度の物だ」

ビシャラバンガが謙遜している様に見えて、ニージェルクロームは益々尊敬する。

 「でも、魔導師達が人々を助けられたのも、竜を倒せたのも、貴方の存在があってこそです。
  それだけは自信を持って言っても良いと思います」

それが自分より若い者に慰められている様で、ビシャラバンガは眉を顰めた。

 「心遣いだけは、有り難く受け取っておこう」
0371創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/24(水) 19:00:42.80ID:gHT7ZC7T
そこで話題が途切れ、気不味い沈黙が訪れる。
ニージェルクロームはビシャラバンガに頭を下げた。

 「ええと、それじゃ有り難う御座いました……。
  色々と勉強になりました」

 「特に何か教えた積もりは無いが……。
  何かを学べたと言うなら……良かったな」

ビシャラバンガは席を立って退室しようとしたが、その前に一つだけ尋ねたい事があった。

 「ああ、そうだ……。
  竜の力を得た時、どんな気分だった?」

話は終わりだと思っていたニージェルクロームは、虚を突かれて驚くも、誠実に答える。

 「何でも出来ると言う気になりました。
  自分の内側から、どんどん力が湧き上がって、漲る感じです」

 「力に溺れたのか?」

 「そうなんだと思います。
  結局、アマントサングインに取り込まれてしまいましたけど。
  そこで俺は竜の心に触れて、力とは何か、自分が何をすべきなのか考えさせられました」

 「それで?」

ビシャラバンガは初めてニージェルクロームの思考に興味を持つ。
強い力を手にして、その力が本当は自分の物では無いと悟り、竜と別れた後の心の変化を……。
それはビシャラバンガ自身が、今後どうするべきかの、参考にもなると思ったのだ。
0372創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/24(水) 19:02:11.50ID:gHT7ZC7T
ニージェルクロームは小さく俯いて答える。

 「結局、俺は空っぽだったんです。
  大きな力に憧れていただけで、それで何をしようとか考えてもいなかった」

ビシャラバンガは複雑な表情をする。
彼もニージェルクロームも、本質的には似た様な物だったのだ。

 「力があれば、富があれば、権力があれば……。
  そう言う願いは、全部虚しい物だって。
  アマントサングインが教えてくれたんです。
  それは何もしない、何も出来ない自分の為の、都合の好い言い訳に過ぎない。
  本当に志のある人は、力が無いからって諦めたりはしない。
  それこそが本当に勇気ある人なんだって」

ニージェルクロームの言葉に、ビシャラバンガは自らを顧み、果たして自分は本当に勇気があるかと、
自問する。
先まで自分は勇気がある者だと、少なくとも臆病者では無いと自負していたビシャラバンガだが、
段々自信が無くなって来た。

 「己とて、そんなに大層な物では無い」

ビシャラバンガにとって痛みに耐える事は、勇気の要る事では無い。
そんな物を勇気と誤認されたくなかった。
しかし、ニージェルクロームはビシャラバンガの告白を、謙遜と捉えて真に受けない。

 「いいえ、そんな事はありません。
  貴方は確かに、勇気ある人でした。
  だから……、貴方の話を聞く事で、これからの自分が生きる道の様な物が見えるんじゃないかと。
  一寸、期待したんです」

 「期待外れか?」

 「いえ、決して、そんな事は無く……」

ニージェルクロームは自分の生き方を見付けようとしている。
ビシャラバンガには他人に、どう生きるべきかと尋ねる事も出来ないのに。
0373創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/24(水) 19:03:04.81ID:gHT7ZC7T
ビシャラバンガは穏やかな声で言った。

 「己も貴様と大して変わらん。
  未だ自分の生き方を探している、修行の身だ。
  己は心と力の向かう先を探している。
  心の儘に力を振るえる物を、見付けたい」

 「そうだったんですか?」

 「だから、余り持ち上げてくれるな。
  己も貴様と同じく、道を探している途中なのだ」

 「……見付かると良いですね」

 「ああ、貴様もな」

それだけ言うと、ビシャラバンガは立ち去る。
ニージェルクロームは彼を見送った後、これから自分は何をするべきか考えた。
長い軟禁生活でも、何か出来る事はあろうと。

 (こんな所でも人の役に立てる事はあると思う。
  真に人の為に何が出来るか……。
  アマントサングイン、俺なりに頑張ってみるよ)

後に彼は他の入所者を相手に、潜在的な魔法資質の解放を行う。
そして、象牙の塔に研究者として招かれる事になるが、それは又別の話。
0375創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/25(木) 18:31:34.22ID:yMuSVKVP
反逆同盟からニージェルクローム・カペロドラークォとディスクリムが失われた。
竜とディスクリムの気配が消えた事に、反逆同盟の長であるマトラ事ルヴィエラは、拠点の玉座で、
小さく息を吐く。

 (……ディスクリムめ、余計な気を利かせおって。
  まあ良い。
  よくやったと言うべきだろう)

実際ルヴィエラの力でも、独りで大竜群を相手に戦うのは厳しい。
ディスクリムでアマントサングインを片付けられたのは、望外の戦果だ。
彼女は自らの手足となる、新たな配下を生み出す。

 「出でよ、我が僕……。
  魔界の混沌より我が下へ」

彼女の足元から暗黒が立ち上り、黒い影が3つに分かれて生まれる。

 「一、影の騎士、『黒騎士<ブラック・ナイト>』」

1つは甲冑を着た騎士の形を取る。

 「一、影の獣、『黒獅虎<ブラック・ライガー>』」

1つは全長半身の猛獣の形を取る。

 「一、影の悪魔、『黒悪魔<ブラック・デビル>』」

1つは翼ある人の形を取る。
何れもが優れた魔法資質を持つ、伯爵級の悪魔。
この程度の物を量産する事は、ルヴィエラにとっては然して苦も無いのだ。
0377創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/25(木) 18:33:33.39ID:yMuSVKVP
敏捷(ちょこま)か


語源に関して詳しい事は解っていません。
「敏捷か」は当て字です。
「ちょこ」に関しては、「ちょこっと」・「ちょこちょこ」と同じ、「小さい」・「少し」を表す、
「小(ちょ)」+「こ(『ごっこ』・『かけっこ』と同じ接尾語。『子(こ)から?』)」であり、
これだけは確定しています。
「まか」に関しては不明ですが、北海道から東北に掛けての方言に「まかす」と言う言葉があります。
これは「ふりまく」、「ばらまく」の意で、漢字で表記するなら「撒かす」です。
素捷く動いて相手を「撒く」、或いは「巻く」様子から「まか」が来ているのかも知れません。
単純に「ちょこ」+「細かい」かも知れませんが……。
0379創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/26(金) 18:41:48.37ID:0ekTWhcF
愛のバニェス


異空デーモテールの小世界エティーにて


エティーにある日の見塔に、中世界アイフの領主にして悪魔侯爵であるバーティが訪れた。
彼女は時計番をしていたデラゼナバラドーテスに尋ねる。

 「サティは居る?」

バーティは2手程の殻に包まれた卵を抱えている。

 「今、呼びに行きます」

デラゼナバラドーテスは急いでサティを呼びに行った。
それから間も無く、デラゼナバラドーテスより早くサティは戻って来る。

 「バーティ!
  それが私達の子供!?」

 「そうよ。
  よく念じて孵してね」

バーティはサティに卵を渡して言う。
サティは大事に卵を抱えた。

 「随分軽いんだね……。
  空っぽみたい」

 「魂だけの存在だから。
  肉が伴わないと、重さも無い。
  でも、命は感じられる筈」

バーティの言う通り、サティは卵の中に魔力の蠢きを感じる。
0380創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/26(金) 18:42:41.14ID:0ekTWhcF
それからバーティは注意事項を告げた。

 「魂が育ち切る前に、殻を割ったら駄目だよ」

 「もし、そうなったら、どうなるの?」

 「心の無い怪物になる。
  それと、この子は色んな世界を巡る定期便にするんでしょう?
  だったら、性質や姿形も決めておかないとね」

 「どうやって決めるの?」

 「イメージを抱き続けるの。
  こう言う子になって欲しいって」

サティは素直にバーティの言う事を聞いて頷く。
それを見たバーティは微笑んで言った。

 「それじゃ、お願いね。
  『私達の子供』」

 「が、頑張る……」

その日からサティは丸で鳥の様に、箱舟の中で卵を抱いて温めながら、動かずに過ごした。
デラゼナバラドーテスが来ても……、

 「サティさん、一寸問題が起こって……」

 「御免なさい、今は手が離せないの。
  ウェイルさんかマティアに頼んで」

ウェイルが来ても……、

 「サティ、移住者の事だが……」

 「済みません、卵が孵るまでは、私の事は放っておいて下さい」
0381創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/26(金) 18:43:24.08ID:0ekTWhcF
バニェスが来ても……、

 「サティ、最近篭もりっ切りだぞ。
  偶には遠出してみないか?
  退屈で敵わない」

 「今は、この子の事に集中したいの。
  後でね……」

彼女は頑として動かなかった。
バニェスは憤然として、日の見塔の一室に居るウェイルに相談する。

 「最近のサティは、どうしてしまったのだ?
  奇妙な丸い物を抱えて、閉じ篭もってばかりいる」

彼は苦笑いしながら答える。

 「ハハハ。
  初めての子育てだから、気合が入っているんだよ」

 「子育て?」

 「彼女とバーティの子を育てているんだ」

 「『子』とは何だ?」

バニェスは異空生まれの異空育ちなので、親子と言う概念を持たない。
どう説明したものかと、ウェイルは両腕を組んで低く唸る。

 「そうだな……。
  この世界で言う、領主と配下の様な……。
  それも自分が直接生み出す様な物の事だよ」

 「フーム、成る程。
  サティは自分の配下を持とうとしているのか!」

得心が行ったと深く頷くバニェスに、ウェイルも頷き返す。

 「まあ、その通りだね」
0382創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/27(土) 19:36:40.21ID:h19PD4B8
サティに配下を持つように勧めたのは、バニェス自身だった。
だが、子供と言う物をよく知らないバニェスは不思議がる。

 「しかし、バーティとの子とは、どう言う意味だ?
  バーティから配下を貰うのか?」

 「私も詳しい事は知らないが……。
  サティは配下を生み出した経験が無いから、バーティから命の素を受け取り、その後に、
  自分の力を注いで育てる積もりだと言う。
  どの程度、有効かは実際に命が孵らないと判らないが……」

この話を聞いたバニェスは、面白い事を聞いたと喜んだ。
バニェスは再びサティの元を訪ねて言う。

 「サティ、話がある!」

 「後にして貰えない?」

 「いや、難しい話では無い。
  直ぐ済む」

 「何?」

サティは箱舟形態の儘で、話しに応じる。
バニェスは率直に思っている事を告げた。

 「その子とやらを孵し終わったら、今度は私の子を生んでくれないか?」

 「えっ、何故?」

驚くサティにバニェスは平然と言う。

 「何故と言われても困るが、私も配下が欲しいのだ」
0383創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/27(土) 19:37:32.80ID:h19PD4B8
サティは困った声で問うた。

 「唯それだけの為に?」

 「どんな子が生まれるか、興味がある」

 「唯それだけの為に?」

 「良いではないか、減る物では無し」

 「あのね……」

ファイセアルス生まれのサティは、子供を物の様に軽々しく扱う事は出来ない。
誰彼構わず、相手の子を生んだり育てたりはしてやれないのだ。
だが、それをどうバニェスに教えたら良い物か、彼女は悩む。
ここは異空でファイセアルスの常識は通用しない。

 「私の居た世界では、誰とでも子供を作ったりしないの。
  貴方も相手は選びたいでしょう?」

 「……フム、そう言う物か?
  気持ちは解らなくも無い。
  そこらの有象無象共に、私の分身を分け与えてやる程、私も気前良くないからな」

納得してくれたかとサティは安堵したが、バニェスは予想外の解釈をする。

 「少なくとも侯爵級の実力が無ければ、行けないと言う事か……」

 「力の問題じゃなくて……」

 「では、何が問題なのだ?」

どう答えたら良いのか、サティは考えた。
0384創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/27(土) 19:38:14.06ID:h19PD4B8
彼女はバニェスに尋ねる。

 「……愛って解る?」

 「愛?
  何だ、それは?」

力が全ての異空で育ったバニェスに、愛が理解出来る筈も無い。
そこでサティはバニェスに1つの課題を出す事にした。

 「愛が解ったら……。
  貴方と子供を作っても良いかも知れない」

 「愛が何か解れば良いのか?」

 「いいえ。
  愛をどう言う物か、理解しないと駄目。
  それが表面だけの物では無く、心から理解出来た時に。
  それでも未だ貴方が私の子供を欲しいと思うなら、その時は」

 「……面倒だな。
  しかし、それが条件と言うなら、乗り越えてやろう。
  これでも大伯爵を名乗る物。
  私に不可能は……、そんなに無い筈だ」

バニェスは深く頷いて、サティの難題を乗り越えると宣言した。
本当に出来るのかなとサティは心配するも、これで暫くは静かになるだろうと安堵もする。
もしバニェスが本当に愛を理解したなら、誰を愛するかと言う事も考えるだろう。
そして無闇に子を欲しがる事も無くなる……筈だ。
唯一つ、バニェスが愛に就いて、妙な誤解をしなければ良いがと、サティは案じた。
0385創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/28(日) 18:48:53.30ID:PqqRPY6w
バニェスは先ず、ウェイルに「愛」を尋ねに行った。

 「ウェイル、聞きたい事がある!」

 「どうしたんだ?」

妙に意気込んでいるバニェスを見て、彼は勢いに圧されながら話を聞く。
バニェスは真剣その物だった。

 「愛とは何だ?」

 「なっ、行き成り何を……」

困惑するウェイルにバニェスは詰め寄る。

 「愛とは何か、答えろ!
  知っているのか、知らないのか!?」

 「ま、待ってくれ!
  話が呑み込めない。
  とにかく事情を説明してくれ。
  何があったんだ?」

ウェイルは後退りながら詳細を尋ねるが、その分だけバニェスが前進するので、遂に壁際に、
追い詰められた。
それでバニェスは漸く気を落ち着けて、説明を始める。

 「サティが言ったのだ。
  愛が解れば、私の子を生んでも良いと!」
0386創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/28(日) 18:50:07.94ID:PqqRPY6w
その発言にウェイルは吃驚して目を丸くした。

 「何とっ!?
  あのサティが!?」

 「だから、教えろ!
  否、その前に愛を知っているのか、知らないのか!」

 「えっ、ああ……」

迫るバニェスにウェイルは、どう答えたら良いのか迷う。

 「知らないと言う事は無いのだが……。
  私もファイセアルスでは愛する家族を持っていたし……」

 「愛する家族?
  愛とは『何かを行う』事なのか?
  愛するとは一体?」

 「大切に思う気持ちと言うのかな……」

 「大切?」

 「詰まり……。
  自分より優先する物の事だよ」

 「フム、自分の身より大切な物があるのか?」

ウェイルの話を聞きながら、バニェスは全身の鱗を微かに波打たせて揺らした。
基本的に異空の物は、自分より大切な物を持たない。
0387創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/28(日) 18:53:00.72ID:PqqRPY6w
バニェスは長らく沈黙して思案する。

 「自分の身より大切……。
  それは私にとっては、自分の意思だな。
  私は己の意思を曲げる位なら、死んだ方が増しだと思っているぞ。
  これが愛なのか?」

バニェスが出した結論を、ウェイルは否定した。

 「そうでは無い。
  確かに、自己愛と言う物もある。
  それも大事な物だが、サティの言う愛は、それとは違うと思う」

 「愛には複数あるのか?」

 「そうだよ。
  色々な愛がある。
  恋愛、友愛、家族愛、同胞愛、敬愛……」

 「そんなにあるのか?
  それだけの物を自分より優先して愛せると言うのか?」

率直なバニェスの問い掛けに、ウェイルは苦笑いする。

 「全部が自分より優先とは限らない。
  それでも何かを『愛する』と言う事は、その対象に関心を持って、近付き、手を差し伸べる事だ。
  そう言う事だと私は思うよ」

 「関心を持つ?
  興味とは違うのか?」

 「興味よりも強い関心だ。
  そして深く長い」

彼の回答にバニェスは再び沈黙して、長らく思案した。
0388創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/29(月) 18:52:24.76ID:Kn2kLOyo
バニェスは愛と言う物の形を、今一つ掴み兼ねている。

 「それで、サティは如何な愛を求めているのだ?」

バニェスの率直な問に、ウェイルは苦笑した。

 「私に聞かれても困るよ。
  しかし、子供を作るのだから、恋愛や家族愛、親子愛に近い物を求めているのでは無いかな?」

 「それ等は何なのだ?
  恋愛、家族、親子?」

 「ウーム、そこから始めなければならないか……。
  恋愛とは……語弊を恐れずに言えば、相手を自分の物にしたいと思う気持ちだな」

 「征服の欲求か?」

 「それも愛かも知れないが……。
  恋愛の話は後にしよう」

 「何故だ?」

 「貴方には理解が難しいと思う」

難しいと言われたバニェスは、向きになって熱(いき)る。

 「私には理解出来ないと言うのか!?」

ウェイルはバニェスを宥めた。

 「そうでは無い、そうでは無い。
  理解し易い愛から、語ろうと思ってな。
  愛すると言う文化の無い世界では、恋愛の話は難しかろうと。
  先ずは、同胞愛から始めよう」
0389創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/29(月) 18:52:56.76ID:Kn2kLOyo
バニェスは不満を呑み込んで、先ずは彼の話を聞く事にする。

 「良し、教えてくれ」

 「同胞愛とは、自分と同じ属性の物を愛する気持ちだ。
  例えば……。
  2人の者が窮地に陥っていたとしよう。
  片方は貴方と同じ世界の者、もう片方は見知らぬ者。
  どちらを助ける?」

 「何故、助ける必要がある?」

驚いた様子で問うバニェスに、ウェイルは目を閉じて小さく唸った。

 「助けるとしたら、どちらかな?」

 「利用価値のある方だな。
  私に恭順の姿勢を示すのであれば、助けてやっても良い。
  役に立たなければ、どちらも見捨てるぞ。
  何故、助けてやらねばならんのだ」

堂々と答えたバニェスに、彼は困った顔で小さく首を横に振る。

 「そうでは無いのだ。
  私達は自分と同じ属性を持つ者を助けようとする。
  少なくともエティーの者は、そうするだろう」

 「何故だ?」

 「それは仲間だから。
  エティーは皆で支える世界だ。
  行動や思惑が違っても、皆エティーで生きる物に変わりは無い」

 「そんな事か……」

バニェスは簡単に片付けたが、本当に理解しているかは不明だ。
0390創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/29(月) 18:53:52.83ID:Kn2kLOyo
どう理解したのか、ウェイルは尋ねる。

 「そんな事とは?」

 「要するに、エティーの物は弱く不完全だから、そうしなければならないのだろう」

ウェイルは眉を顰めた。

 「身も蓋も無い言い方だが、その通りだよ。
  しかし、君とて実際は変わらない筈だ。
  より大きな物に対抗するには、小さな力を合わせなくてはならない」

 「大きな物に対抗する必要は無い。
  抵抗せず、従順であれば良い」

 「しかし、従順だからと言って、見逃されるとは限らないのが、この世界だ」

 「だから、無闇に大きな物には近付かない。
  不興を買わぬ様に、敬して遠ざかる物だ」

それは異空で生きる為の処世術。
そうする事が当然だし、そうするべきだとバニェスは考えている。
これにウェイルは反論する。

 「私達は小さな物だが、より大きな物とも戦える。
  それは団結している為だ」

 「何故戦う?」

段々話が逸れて来ているなとバニェスは感じていたが、一応ウェイルに付き合った。
0391創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/30(火) 18:15:36.30ID:ZLh1RkNF
ウェイルは力強く答える。

 「『自分の意思』の為だよ、バニェス。
  弱いからと言って、強い物の言われる儘になる事は無い。
  私達は個々を尊重し合い、それが出来ない物とは戦う。
  そうする事で、弱くとも強者と伍する事が出来る」

 「理屈は解るが、それが愛なのか?」

 「この世界でも通じる愛と言えば、同胞愛と自己愛しか無いと思う。
  子孫を残すと言う本能が無いから、人間の言う様な異性愛、恋愛を求める事は出来ないだろう。
  愛が何の為にあるかを合理的に説明しようと思えば、そう言うしか無い……」

バニェスは小さく唸った。

 「フーム、そう言う物か……。
  しかし、それは弱者の知恵だ」

 「気に入らないか?」

 「自分以下の者を認める事は、中々難しいな」

 「サティは?」

 「彼奴は……」

ウェイルに問われて、バニェスはサティとの思い出を振り返る。
最初は自分より弱い物だと言う以外の感想を持たなかった。
中々小器用な事をするが、所詮は力の弱い物だと。
しかし、想像以上の力を発揮した事から、バニェスは彼女に興味を持った。
その力の源泉は何かと。
0392創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/30(火) 18:16:33.93ID:ZLh1RkNF
サティの力の正体が、エティーに住まう物達の力を借りた物だと知った時、バニェスは自分にも、
その力を使えないかと思った。
弱者から力を集めて、己の物に出来ないかと……。
しかし、そうやって他者の力を当てにする事は、弱者の証明の様な気がして、面白くなかった。
葛藤の中でバニェスは、取り敢えずサティと行動を共にして、何か得る事が出来ないかと考えた。

 「サティの事は認めている。
  一度は私を撃退した物だからな。
  フィッグ侯爵との戦いでも、私を助け……助けた?
  ……ともかく、奴とは色々あったのでな」

ウェイルは頷く。

 「彼女の一緒に旅をした感想は?」

 「旅の共としては悪くないぞ。
  独りよりは退屈しない」

 「彼女を失いたくないと思うか?」

 「……何故だ?
  この世界は無常だ。
  仮令、奴が明日消える事になろうと、それは仕方の無い事だ」

 「本当に、そうかな?」

 「何が言いたい?」

 「いや、何でも……」

ウェイルはバニェスがサティに構って貰えなくなって、寂しいと思っているのではないかと、
感じていた。
そう指摘した所で、バニェスは認めないだろうが……。
0393創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/30(火) 18:19:22.71ID:ZLh1RkNF
そもそも何故バニェスが愛を理解しようとしているのか?
それは単に子供に興味があるから、サティとの子供が欲しいからと言うだけではないと、
ウェイルは考えている。
彼はバニェスに告げた。

 「貴方は強い力を持っている。
  それが故に、中々対等の物を見付けられないのだろう。
  助言になるかは分からないが、貴方が愛を学ぶ為の鍵は、そこにあると思う。
  強者と弱者と言う、縦の繋がりでは無く、自分と対等な物との、横の繋がりを持つのだ。
  上下の関係でも愛は成り立つが、それは一方的な物になり易い。
  即ち、弱者は強者に身を捧げ、強者は弱者を庇護する。
  こう言う関係は、強者優位になる。
  お互いを尊重しているとは言えない。
  現に貴方は、それを愛とは捉えていない」

 「……そうだな。
  私が嘗てマクナク公を仰いでいたのも、愛とは呼べないのだろう。
  マクナク公は私を生み出し、大伯爵としての役目を与えて下さった。
  一方で、私の心はマクナク公の力に平伏するばかりでは、詰まらないと思った。
  自分の世界が欲しいと」

ウェイルは、もう1つ、バニェスと対等に近い存在の名を挙げる。

 「フィッグとの関係は、どうだったかな?」

 「奴とは敵対関係にあった。
  力を競う相手だ」

 「私の居た世界では、実力の近い敵対者を『好敵手』と言うよ。
  互いに力を競い、高め合う存在だ」

 「そんな良い物では無い。
  私と奴は、互いに相手の事を目障りだと思っていた。
  フィッグの本心は知らないが、私と同じだと思う。
  そうで無ければ、命懸けで滅し合ったりしないだろう」

異空は殺伐とした愛の無い世界だ。
バニェスとフィッグは近い実力を持ちながら、互いに相手を滅ぼす事だけを考え、協力しなかった。
0394創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/01(水) 19:33:39.13ID:igspAQJ2
だが、今は違うのではないかとウェイルは問う。

 「本当に、それだけかな?
  少なくともエティーでの君達は、啀み合っている様には見えない」

 「奴も私もサティに封印されて、高位の悪魔貴族では無くなった。
  弱者の振る舞いをしているに過ぎない。
  支配する力も持たない物同士で、争い合っていても仕様が無いではないか……」

 「フィッグが居なくなったら、どう思う?」

 「どうも思わん。
  私達は同じ世界の生まれだが、生憎と親しくは無い。
  この世界は無常だ。
  どちらが死んでも、そんな物だと受け止めるしか無い」

 「再び例え話で恐縮だが、もしフィッグが死にそうで、貴方が助けられる状況にあったら、
  貴方はフィッグを助けるかな?」

バニェスは少し考えて答えた。

 「助けてやっても良いと思う。
  奴の態度次第ではあるがな」

 「態度を表明出来ない状況ならば?」

 「……その時にならねば何とも言えんな」

ウェイルは何度も頷き、改めてバニェスに問う。

 「フィッグと、そこ等の見ず知らずの物との違いは何だろう?」
0395創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/01(水) 19:35:11.75ID:igspAQJ2
バニェスは暫し思案した。
何時もバニェスは自分の心の儘に振る舞って来たので、自分の行為に関して深く考える機会は、
中々無かった。

 「同じ世界の物……?
  互いに見知っている事か……?」

 「貴方はフィッグを助けてやっても良いと言った。
  その時、どんな気持ちだった?
  何を考えていた?」

 「あぁ、それは……。
  奴とて元高位貴族だからな。
  自分と敵対していた、それも下級と思っている物に助けられるのは、屈辱だろう。
  悔しがる顔を拝んでやりたいと思ったのだ」

 「そう、それが愛なのだ。
  貴方はフィッグと他の物を『違う』と感じている」

微笑むウェイルがバニェスは不可解で、表情の無い顔を横に振る。

 「その他の有象無象と同じでは無い事は、確かだが……。
  それを言ったら、サティやウェイル、貴様も同じだぞ」

 「詰まり、貴方は私達を愛していると言う事になる」

 「……関心を持つ事を愛と言うのか?」

 「そう説明した積もりだったが……」

 「それでは私が子を欲しいと思うのも愛か?」

 「そうなのだろう」

ウェイルに頷かれ、バニェスは理解した積もりになった。
0396創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/01(水) 19:36:00.28ID:igspAQJ2
しかし、その理解が正しいのか不安でウェイルに問う。

 「……だが、サティの求める愛は、それなのか?
  愛にも種類があるのだろう?」

 「確かに、彼女の求めている愛とは違うのかも知れない。
  それは彼女自身に聞いてみないとな。
  それに人によって、愛の深さも違う」

 「愛の深さ?」

 「例えば、1つの事に関心を持ち続ける事は難しいだろう。
  しかし、それが出来ると言う事は、愛していると言う事だ」

 「……愛には深いと浅いがあるのか……」

 「貴方が懸念している通り、私の言う愛が全てとは限らない。
  他の物にも聞いてみると良いのではないかな」

ウェイルの提案にバニェスは頷くが、では、誰なら愛を知っていると言うのか?
バニェスは率直に問う。

 「誰に聞けば良い?」

 「誰でも良いと思うよ。
  意外な物が知っている可能性もある。
  とにかく行動を起こしてみる事だ」

 「分かった、そうしよう」

こうしてバニェスは愛を尋ねに出掛けた。
0397創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/02(木) 18:49:41.50ID:/RkbRBGR
バニェスはエティーの中で愛を知る者を探した。
先ず尋ねたのは、デラゼナバラドーテス。
彼女は最もサティの近くに居た人物だ。

 「日記係よ、貴様は愛を知っているか?」

 「えっ、何ですか?
  行き成り……」

デラゼナバラドーテスは吃驚して身を竦める。
彼女は一度エティーを壊滅状態に追い込んだバニェスに、良い印象を持っていなかった。
今は大人しくしているだけで、何時再び敵になるか判らないとさえ思っている。

 「とにかく答えろ。
  知っているのか、知らないのか?」

詰問して来るバニェスにデラゼナバラドーテスは、恐縮しながら答える。

 「わ、私には何の事だか……。
  愛……?」

 「知らんのか?」

 「え、ええ。
  分かりません。
  何ですか、それは?」

 「いや、良い。
  聞くだけ無駄だったな」

やはり、この世界で生まれ育った物には愛は解らないのだと、バニェスは確信した。
そうなるとエティーの物は当てにならない。
0398創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/02(木) 18:50:53.01ID:/RkbRBGR
そこでバニェスが次に頼ったのは、蟹の様なグランキの一族だった。
エティーの海底を歩くグランキの一匹、ブナンレクにバニェスは尋ねる。

 「グランキ共、貴様等は愛を知っているか?」

 「愛?」

 「貴様等は不可思議な増殖の仕方をするだろう?」

 「産霊(むすび)の儀の事ですか?」

グランキは2体以上で、片方が霊を集めて、もう片方が精を込めて育てると言う事を、交互にする。
そうして互いに1体ずつの「子」を作り出すのだ。
その様子は全く蟹の交尾である。
互いにダンスをする様に抱き合い、上になったり下になったりする。

 「霊を宿す時に、何を考える?」

 「いえ、特には何も……。
  好い相手が居たら、儀を行うのは、極々普通の事です」

 「何も考えず、とにかく出会ったら儀を行うのか?」

 「いえ、それなりには考えますよ。
  先ず霊が集まらないと、儀をする意味がありませんし」

 「それは霊が集まれば、儀をすると言う事か?」

 「基本的には、そうですが……。
  お互いに霊を交換するので、お互いに霊を集めていないと駄目です」

 「相手は誰でも良いのか?」

 「特に拘りません。
  お互いに霊を託せる状態であれば、それで」

グランキは愛を持っていないのかと、バニェスは疑う。
相手が誰でも良いなら、そこに特別な感情は無い筈だ。
0399創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/02(木) 18:51:39.89ID:/RkbRBGR
ここでも無駄足だったかと、バニェスは少し落胆したが、最後に1つだけ尋ねた。

 「霊を宿した後に、何か思う事とかは無いのか?」

 「特には何も思いませんが、それでも子は大事にします」

 「具体的には?」

 「自分が吸収した精を子に分け与えます。
  何かあっても、子を守る様にします」

 「何故だ?」

 「私が親に、そうされた為です。
  私達の先代等はエティーに馴染まない体で、長く生きる事が出来ませんでした。
  だから、子の世代――詰まり、私達にグランキの未来を託したのです。
  私達は先代等の願い通り、エティーに馴染んだ体になりました」

バニェスは興味を持って聞く。

 「成る程、自分が死んでも構わない訳だな」

 「全く構わないと言う訳ではありませんが、そうする事で私達は、どんな世界でも生きられます。
  それだけ子は大事な物なのです。
  私達は子に、強く逞しく、丈夫に育ってくれる様に望みます」

それを愛と呼ぶのかも知れないと、バニェスは思った。
グランキ達は子の価値を自身より重く捉えている。
サティも子を大事に抱えている。
それは単に新しい命を育てているだけでは無いのだ。
しかし、子を守るのに自分の命を懸けられるかと言うと、中々そこまで大事に出来るとは思えない。
サティであっても自分の子を守るのに命を投げ出せるのか疑問だった。
そう言う意味では、グランキが最も我が子を愛しているのかも知れないと、バニェスは思う。
0400創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/03(金) 19:32:29.75ID:oYvOKXEn
グランキは理路整然と、子を育てる意味を述べる。

 「私達は弱い存在です。
  高位の貴族の様に、永遠ではありません。
  だから、自分の性質をその儘で残す事は出来ないのです。
  その代わりに、子を生み育てます。
  そうする事で、間接的に自己の存在を保つのです。
  恐らくエティーが沈んで、他の世界に移る事になろうとも、私達は生き延びます。
  力が弱い物は、弱いなりに手を尽くさなければならないのです」

 「分かった、分かった。
  貴様等は弱いが故に、子を大事に育てねばならんのだな。
  愛とか何とか以前に、子も自分の一部であると、そう言う事か?」

 「そうです。
  子さえ生き延びてくれれば、私は何時死んでも構いません。
  子が私の生き様を継いで、新しい命を育てるでしょう」

グランキは異空の生まれでありながら、地上に近い感覚を持っていた。
しかし、バニェスは弱いグランキを憐れみ、愛に対する理解には役に立たないと決め付ける。
結局の所、グランキにとって子とは自分と対等の分身の様な物だから、愛すると言うだけなのだ。
自己愛に過ぎないのでは無いかと、バニェスは内心で失望する。

 「分かった様な、分からん様な。
  とにかく他の物にも話を聞くとしよう。
  ではな」

 「お待ち下さい。
  一体、愛とは何の事なのですか?
  もしや貴方も子を生もうと?」

グランキの問にバニェスは振り返るも、何も答えはしなかった。

 「貴様如きの知る所では無い」
0401創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/03(金) 19:33:13.88ID:oYvOKXEn
そしてバニェスは次にフィッグを頼った。
同じ世界の生まれで、愛を知っているとは思えなかったのだが、この世界に来てからフィッグは、
よく格下の物と連(つる)む様になった。
詰まり、何か心境に変化があったのだろうと、バニェスは察していた。
それが「愛」とは思わないが、もしかしたら興味深い話を聞けるかも知れない。
フィッグはエティーのバコーヴァルデと共に、メトルラの海の最果て島から混沌の海に繋がる、
「果て」を茫洋と眺めていた。

 「フィッグ、この様な所で何をしている?」

 「ああ、バニェスか……。
  何もしていない。
  今日はバコーヴァルデと共に居ようと思ってな」

 「何故、そんな無駄な事を?」

 「無駄とは限るまい。
  もしかしたら、『混沌の海<カオス・ワイルド>』から何か流れ着くかも知れない」

 「何か流れ着くのを待っているのか?」

 「違うな。
  目的はバコーヴァルデと共に居る事だ」

 「其奴は海を眺めているだけだぞ。
  来訪者や漂着者が現れるまで、何もしない。
  我等にとっては退屈なだけだが、ヴァルデの連中は退屈を感じる様には出来ていない。
  だから、飽きもせず何時までも果てを眺めていられる」

 「そんな事は知っている」

ここに居ても退屈なだけだと、バニェスは忠告した積もりだったが、フィッグは聞かない。
物好きな奴だとバニェスは呆れた。
0402創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/03(金) 19:33:41.13ID:oYvOKXEn
それに対してフィッグは遠くに顔を向けた儘で言う。

 「バコーヴァルデにも心がある様な気がするのだ。
  心の動きが少ないだけで、実は豊かな感情を持っているのではと……」

 「それで、心があった所で何だと言うのだ?」

 「だから何だと言う訳では無いが……。
  この世界の仕組みに色々と興味があるのだ」

 「下らん事を。
  この世界は弱者が寄り集まって維持されているのだ。
  それだけの事だぞ。
  そんな事より、話がある」

 「何だ?」

フィッグは振り返りもせずに聞いた。
バニェスはフィッグの態度を怪しみながら問う。

 「愛を知っているか?」

 「愛?
  知らない事は無いが……」

 「何っ!?」

バニェスは驚愕したが、フィッグは特に関心を持っていない様だった。
それが無性に苛付き、バニェスは焦りを露に問い詰める。

 「では、答えてみろ!」
0403創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/04(土) 19:25:43.19ID:y2kuExyy
フィッグは一度、野箆坊の顔をバニェスに向けると、少し俯いて答えた。

 「私達はマクナク公の大いなる愛の下にあった。
  マクナク公は私達を必要とし、故に私達は誕生した。
  しかし、私達はマクナク公の期待に副えなかった。
  愚かにも私と貴様は下らない諍いを起こし、大世界マクナクから放逐されてしまった。
  それはマクナク公の愛を失った為なのか……」

 「それは本当に愛だったのか?」

バニェスの疑問にフィッグは俯いた儘で返す。

 「私はマクナク公を愛していた。
  そう、敬愛と言う物だ。
  マクナク公の偉大さを仰ぎ、マクナク公の為なら如何なる事でも行う覚悟だった。
  そして私はマクナク公の第一になりたかった。
  しかし、私より大きな物には逆らえないから、目障りな貴様を排除しようとした。
  私には貴様の存在その物が厭わしかった」

喧嘩を売られているのかと、バニェスは静かに怒った。

 「何だと?」

 「そう怒るな、過去の話だ」

 「今は違うのか?」

 「そうだな。
  貴様を嫌っていた理由は、貴様が奔放過ぎた為だ。
  領地を放って外界に遊び出てばかりの貴様を、マクナク公が咎めない事が許し難かった。
  私達には生まれ持った役目があるのに、それを果たそうとしない貴様が……」

冷静に過去の自分を振り返るフィッグ。
バニェスは複雑な気持ちになって問う。

 「心境の変化があったのは何時だ?」
0404創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/04(土) 19:27:03.38ID:y2kuExyy
フィッグは思案し、何度も緩りと顔を上下させながら言う。

 「先ず、マクナク公に追放された後。
  私は自分の存在価値を見失った。
  次に、エティーの物共を見た後。
  私は自由に生きる事を知った。
  そして、『神』を見た後。
  私はマクナク公より大なる物を知った。
  私と貴様の諍いは、実に些末な事だった。
  それ自体はマクナク公の下に居た時から、知っていたが……」

 「結局、何なのだ?」

 「様々な物を見て来た今だから思うのだが、私はマクナク公の愛を失っていないのではないか……。
  マクナク公は私達に愛想を尽かして、追放した物だとばかり思っていた。
  どうなっても構わない、存在価値を認めないから、混沌の海へと……。
  しかし、それならば何故にバニェス、貴様は始末されなかったのか?
  マクナク公は何故貴様を自由にさせていたのだろう」

 「分かる物か!
  一々上位の物の考えを推し測る事は僭越だ。
  大した理由等、無いのかも知れん。
  気紛れで見逃されていただけだったら、どうするのだ?」

 「そうかも知れない。
  私達を放逐したのは、普通に考えれば、マクナクの地上を荒らした為だろう。
  しかし、『放逐』で済ませているのだ。
  もし腹に据えかねたのなら、或いは役に立たない所か、害になると認めたのなら……。
  果たして、放逐だけで済ませるだろうか?」

大世界マクナクの領主であるマクナク公爵は、バニェスもフィッグも始末しなかった。
これは何故かと言う事を、フィッグは考えていた。
0405創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/04(土) 19:28:40.96ID:y2kuExyy
フィッグの言わんとせん事を察したバニェスも、その理由に就いて考える。

 「何故、処分せずに放逐したのか……?
  それを知りたいのか?」

 「マクナク公にとって、処分も放逐も大差無い事の筈だ。
  私達は取るに足らない滓の様な物」

 「では、マクナクに帰ってみるか?」

バニェスの問い掛けに、フィッグは吃驚して顔を上げた。

 「畏れ多い!
  放逐された身分で、帰還しよう等とは……」

 「しかし、こうして考えてばかりいても、答は出ないだろう。
  偶には里帰りも良いではないか?」

バニェスは実に楽しそうに言う。
放逐された貴族が帰還するとなると、先ず警戒されるのが普通だ。
復讐に来たのか、とにかく厄介事を持ち込みに来たと思われる。
既にフィッグとバニェスが去った後の領地には、新しい侯爵級が配されている筈なのだ。

 「気安く言うな!」

 「何を心配しているのだ?
  歓迎されなければ、その時には引き返せば良かろう」

バニェスは如何にも簡単な事の様に言う。
0406創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/05(日) 19:35:04.21ID:F2U44zV3
実際フィッグが気にしているのは、マクナク公爵に否定される事だ。
もしかしたらマクナク公爵は追放したフィッグの事を、全く気に掛けていないかも知れない。
フィッグを追放したのは本当に気紛れで、処分しても良かったのかも知れない。
愛とは目に見えない物、幻想である。
口では何とでも言えるが、本当の所は判らない。
そう言う事にして、フィッグは希望を持っていたかった。

 「行くと言っても、私は未だ能力を封印された儘だ。
  能力を取り戻してから行きたい」

 「ハァ、成る程。
  その気持ちは解らんでも無い。
  私としても、足手纏いを運ぶのは好きでは無いからな」

ここで一旦話が途切れて、バニェスは元々何をしに来たのだったかと考えた。

 「ああ、それより愛だ、愛!
  フィッグ、貴様は愛を知っているのだろう?」

フィッグは再びエティーの果て、彼方に顔を向けて答える。

 「マクナク公が私達を殺さなかったのが、愛だと思う……と言う事だ」

 「意味が解らないぞ。
  結局、愛とは何なのだ?
  生かして逃がす事なのか?」

 「存在を認める事、価値ある物だと思う事」

フィッグの回答は明瞭だった。
バニェスは納得して唸る。

 「成る程、成る程。
  それなら貴様はマクナク公に未だ価値ある存在だと思って欲しいのだな」
0407創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/05(日) 19:35:58.84ID:F2U44zV3
嫌らしい問い掛けだったが、フィッグは否定しなかった。

 「そうだ。
  私は何時も、そう思っていた。
  もしかしたら、私に限らないのかも知れない。
  高位の貴族が自らの能力を誇示したがるのは、何故なのか……。
  それは他者に自分の価値を認めて貰いたいからでは無いのか……」

そう言うとフィッグはバニェスに顔を向ける。

 「私も同じだと言うのか?」

 「そう思っている」

バニェスにはフィッグの言う事の意味が解らなかったので、否定も肯定も出来ない。

 「私は最早マクナク公を必要としていない。
  否、最初から私はマクナク公から独立したかったのだ。
  私の価値を決めるのは私自身で、私以外の物に私の価値等、決められはせんよ!」

断言するバニェスに、フィッグは迷いを見せながら語る。

 「本当に、そうなのだろうか?
  では、何故他所の世界を荒らしたり、私と競ったりしたのだ?」

 「無論、私の実力を知らしめる為!」

 「誰に?」

 「誰……?
  私は事実を証明したかっただけだ。
  誰にも揺るがされる事の無い事実。
  即ち、私は強いと言う事を!」

堂々と主張するバニェスに、フィッグは小さく首を横に振った。
0408創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/05(日) 19:36:48.44ID:F2U44zV3
その反応にバニェスは向きになる。

 「貴様が私の何を知っている!?」

フィッグは小さく笑った。

 「……バニェスよ、誰に証明するのだ?
  何の為に証明する?
  そもそも証明する必要があるのか?
  貴様の実力は、貴様が知っていれば、それで良いではないか……」

 「それでは私が強いか弱いか、判らんではないか!
  強弱は他者と比較せねば、意味を持たぬ!」

バニェスに同意する様に、フィッグは何度も頷いた。

 「その通り、その通りだよ。
  だから、この世界では争いが絶えぬのだ。
  ここは愛の無い世界。
  誰もが愛を求めているのだ。
  強いと言う事は、それだけで己の存在を相手に認めさせられる。
  それは弱者には出来ない芸当だ。
  強者は弱者の存在を自由に出来る。
  取り上げる事も、切り捨てる事も。
  その事実を突き付ける事で、自分は強い、価値のある存在だと、認識出来る、認識させられる」

バニェスは愕然とした。

 「……私も愛を求めていたと?」

フィッグは肯定も否定もせず、別の語りを始める。

 「弱者を屈服させた所で、その満足は一時的な物だ。
  だから、何度も何度も戦わなければならない。
  そうして、この世界は戦乱に呑み込まれて行った。
  やがて誕生した最高位の貴族が、世界を維持する様になった。
  高位の貴族の下で、戦乱は収まって行った。
  ……そんな話を聞いた事がある」
0409創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/06(月) 21:01:10.91ID:P0miyObd
バニェスは意味深で思わせ振りな事を言うだけのフィッグに、苛立ち始めた。

 「誰に?」

 「さて、誰だったかな……?
  遠い昔の事だ。
  嘗ての私は過去を振り返る事をしなかった。
  あの頃は気にも掛けず、笑い飛ばしていたが……。
  今なら何と無く解る気がする」

 「それで、結局何なのだ!?
  貴様は何が言いたい!」

 「私達は既に愛を知っている……と言う事だ。
  バニェス、貴様にとって価値のある物は何だ?
  失いたくない物、存在を認められる物。
  私にとって、それはマクナク公だった。
  ……否、違うな。
  マクナク公は私にとって永遠の存在だった。
  決して失われる事の無い、揺るぎ無き偉大な存在。
  それに認められる事で、自分も又、永遠の一部になろうとしたのか……」

丸で話が解らないと、バニェスは切り捨てる。

 「一体どうしたのだ?
  マクナク公に捨てられて、精神が壊れたのか?」

 「ああ、私の精神は一度破壊された。
  そして目覚めた、生まれ変わったと言うべきなのかも知れない。
  私は愛せる物を探したいと思う。
  今までは存在価値を認められる事ばかりに、心が向いていた。
  今度は、自分が存在価値を認める物を見付ける」
0410創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/06(月) 21:02:11.22ID:P0miyObd
フィッグはバニェスには解らない物が解っていた。
それがバニェスには気に入らないので、何とか理解しようとする。

 「愛とは存在価値を認める事ならば……。
  結局、貴様はマクナク公を愛していたのか、いなかったのか?
  どちらなのだ?」

 「愛される為に愛していた……と言うべきだろうか?
  しかし、それは真実の愛では無い。
  恐らく、嘗ての私はマクナク公を超える物が現れれば、そちらに靡いた事だろう。
  それこそ下等な連中と同様に。
  愛と言っても、その程度の物だったのだ」

 「……今は違うのか?」

 「どうかな……?
  マクナク公を敬愛する気持ちは変わらない。
  だが、昔の様に絶対的な物を仰ぐ気持ちでは無い」

 「新たな『絶対的な物』を探しているのか?
  今度こそ揺るがぬ物を」

 「そうかも知れんし、そうでは無いかも知れん。
  一つ言える事は、能力の強弱は本質では無いと思っている」

 「貴様の言う事は解らん……。
  丸で掴み所の無い、幻の様だ」

 「……私は未だ真に愛すべき物を見付けていない。
  それは愛を知らないのと、同じ事なのかも知れん……」

 「何だ、真面目に聞いて損したぞ。
  結局、貴様にも解らんのだな」

時間の無駄だったなと、バニェスは全身の羽毛を寝かせて落胆した。
フィッグは申し訳無さそうに言う。

 「気を持たせる様な事を言って悪かったな」
0411創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/06(月) 21:03:00.26ID:P0miyObd
余りにフィッグが素直だったので、バニェスは気味悪がった。

 「謝るな、気色悪い。
  何時も貴様は強気だったではないか……」

 「能力を失ってしまえば、私の実態とは、この程度の物だと言う事だ」

 「能力を取り戻せる様に、サティに進言してやろうか?」

 「……否、恐らく能力を取り戻しても変わらない。
  もし能力が戻っても……。
  そうなったらエティーを離れて、私は旅に出るよ」

 「どこへ行くんだ?」

 「どこへでも無い。
  愛を探しに行く」

愛とは何なのか、バニェスは恐ろしくなった。
フィッグは確実にバニェスより愛を知っていて、愛に近付きたいと思い、愛を求めている。
自分もフィッグの様になるのかと思うと、愛を知らない儘の方が、良いのではと思い始めた。
フィッグはバニェスに言う。

 「愛を見付けたら、貴様にも教えるよ。
  これが私の愛だと、胸を張って言える物を」

バニェスは何も答えられなかった。
普通なら、楽しみにしているとか、或いは、見付かる訳が無いとか、皮肉を交えて揶揄う所だが、
そんな気にはなれなかった。
同じ世界に、同程度の能力を持って生まれた物が、ここまで変わってしまったのだ。
バニェスはフィッグの事を全くの無関係と切り捨てられない。

 「……結局の所、貴様も愛を知らぬのならば、他に知っている物を探す事にしよう」

そう言ってバニェスはフィッグの元を去った。
0412創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/07(火) 18:38:03.24ID:GAFDSEpx
それからバニェスはエティーの果ての一であるレトの果てに赴いて、そこに置かれている、
アイフの飛び地バーティ侯爵領の別荘を訪ねた。
そこでバニェスは直接バーティに面会しようとしたが、アイフの物に阻まれる。

 「お待ち下さい、バニェス様。
  侯爵閣下は只今、お休み中です」

この別荘はエティーでは無くアイフなので、バニェスも横暴な真似は出来ない。
ここでは領主バーティが至上の存在なのだ。

 「お休み中とは?」

バニェスは平時に休むと言う概念を持たないので、不思議がって問う。
バーティの従僕は答えた。

 「心身の働きを抑え、回復に努めている最中と言う事です」

 「傷付いたのか?
  どこかで戦いでも?」

 「いえ、そうでは無く……。
  侯爵閣下が人間であられた頃の習慣でして……」

バニェスは余り理解出来なかったが、そう言う物だと受け流して、バーティの従僕に告げる。

 「では、伝えてくれ。
  バニェスが訪問に来たと」

 「御用件の方は?」

 「愛の話をしたい」

 「承りました」

従僕が畏まって礼をすると、別荘の上階から、蜉蝣の様な翅を持った淡紅色の女性型の物が、
浮わ浮わと翅を羽搏かせて降りて来る。

 「待て、待てぃ!
  バニェス、今何と言った?」

これがバーティ侯爵だ。
0413創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/07(火) 18:39:13.92ID:GAFDSEpx
行き成りの事にバニェスは少し驚いて問う。

 「お休み中では無かったのか?」

 「この領地で起きた全ての事象は、我が内の事。
  愛と聞いては黙っておれぬ」

 「何故だ?」

 「何故も何も、私は愛の専門家だからな。
  さて、バニェスよ、愛の話とは何だ?」

妙に張り切っているバーティに、バニェスは気圧されながらも尋ねた。

 「……愛とは何かを知りたいのだ」

 「何の為に?」

 「バーティよ、サティは貴方の子を抱いている。
  それを見て、私もサティとの子を作りたくなった。
  しかし、サティは愛を知らなければならぬと言うのだ」

それを聞いたバーティは大きく頷き、嬉しそうな顔をする。

 「ハハハ、そなたも色気付いたか?」

 「……色気とは何だ?」

 「ウム、ウム、そなたにとっては知らぬ事ばかりであろう。
  熟(じっく)り教えてやるぞ」

上機嫌のバーティにバニェスは不安になった。
0414創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/07(火) 18:39:55.11ID:GAFDSEpx
何か誤解や行き違いがあっては行けないと、バニェスは冷静にバーティに説明する。

 「私は愛を知らない。
  だから、サティは私とは子を作れないと言う。
  しかし、貴方と子を作ったと言う事は、貴方は愛を知っていると言う事になる」

 「そうだな」

 「子とは愛無くして生んでは行けない物なのか?」

 「この世界で、そこまで拘る必要は無いと思うが……。
  あの子は中々純情だからな。
  我が子を生むとなれば、相手に相応の物を求めるのは仕方あるまい」

 「それで……愛とは何なのだ?」

バーティは深く頷いて、端的に答えた。

 「それは燃え上がる様な熱情であるよ。
  求め求め、焦がれ焦がれて、堪らぬ物だ」

 「そうなのか?
  私は愛と言う物を知らないから判らない」

 「違うね。
  バニェスよ、そなたは既に愛を持っておる。
  そなたはサティを愛しておるのだ」

 「……そうなのか?」

今一よく解らないバニェスは、迷いながら問う。

 「大体だな、愛してもおらぬ物の子を生もう等とは、中々考えぬ物だよ。
  何故、サティとの子が欲しいのだ?」

 「特に理由は無い。
  本当に何と無く、欲しいと思った」

バニェスが素直に答えると、バーティは一層嬉しそうに大きな笑みを浮かべる。
0415創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/08(水) 18:37:14.06ID:vOey7H8J
彼女はバニェスの目鼻口の無い顔を見詰めて、こう言った。

 「唯、子が欲しいだけならば、その辺の物とでも良かろう。
  私が子を呉れてやっても良いぞ」

バニェスは少し考えて、丁重に断る。

 「……否、貴方の子が欲しい訳では無い……」

バーティは得意になって笑う。

 「ホホホ、サティでなくては駄目なのだろう?
  解っておる、解っておるよ」

彼女の訳知り顔に驚きながらも、バニェスは何故自分はサティでなくては駄目だと思うのか、
その理由を考えてみた。
しかし、直ぐには答が出そうに無い。

 「……解らない。
  何故、私はサティが良いと思うのか?
  これが愛なのか?」

バーティは今度は打って変わって真剣に、バニェスに言う。

 「そうだよ、それが愛だ。
  詰まり、そなたはサティを価値のある存在として認めている」

 「……それは否定しない。
  奴と共にして来た旅は、それなりに楽しかった。
  奴の言う『感情』とやらは、未だ理解し切れていないが……」
0416創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/08(水) 18:38:03.65ID:vOey7H8J
バニェスの反応にバーティは感慨深気に頷く。

 「初心だな。
  良い、良い。
  幼子を見守る心境であるよ」

 「初心とは何だ?
  私が幼子だと?」

 「初心とは物事を知らぬ様だ。
  初めて愛を知るのだから、それは当然の事。
  何等、恥じる事は無い」

 「別に恥じてはいないが……」

困惑するバニェスに、バーティは告げた。

 「とにかく『一緒に居たい』と思う気持ちが大事だ。
  一緒に居て、楽しいだとか、嬉しいだとか、喜ばしいだとか、そう言う気持ちになるか?」

 「ウーム……。
  少なくとも不快では無いかな……」

バーティはバニェスを凝(じっ)と観察している。
それに気付いたバニェスは、不快感を声に表して言った。

 「何なのだ?」

 「いや、そなたは本当にサティとの子が欲しいのかと思ってな……」

彼女の疑問が、バニェスは解らない。

 「何故、そう思うのだ?」
0417創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/08(水) 18:39:11.78ID:vOey7H8J
バーティは真面目にバニェスに尋ねた。

 「どうして彼女との子が欲しいと思ったのか、その経緯を教えてくれ」

 「経緯と言われてもな……。
  サティが日の見塔の一室に篭もり切りだったので、どうしたのかと思って訪ねに行ったのだ。
  そうしたら、子を抱いているから離れられないと言う。
  私は子を知らなかったので、子とは何かと聞けば、配下の様な物だと。
  だから、私とサティとの子を配下に持とうと考えたのだ」

 「配下に持って、どうする気だったのだ?」

 「否、深い意味は無い。
  どんな子が生まれるのか興味があった」

バーティは何度も頷きながら、バニェスの内心を推し量る。

 「詰まり、子自体に然して興味は無かったのだな。
  それではサティが頷かないのも解るよ」

 「どう言う事だ?」

 「そなたは本気で子が欲しかった訳では無いと言う事だ。
  頑是無いかな、丸で愛玩物を欲しがる様だよ。
  本気で子が欲しいと思うならば、子をも愛さなければならぬ。
  何と無くでは駄目だ。
  猛烈に欲して堪らぬと言う位でなくてはな」

 「……そこまで強くは思っておらぬ……」

 「では、諦め給え」

バニェスは子に対して、そこまでの熱情を持っていない。
バーティは冷淡に打ち捨て、呆れた様に溜め息を吐く。
0418創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/09(木) 19:29:52.23ID:pAprScca
しかし、諦めろと言われて素直に頷けるなら、態々他人に愛を尋ねて回らない。
バニェスは低く唸って考え込む。

 「それでは、これまで愛を尋ねて回った苦労が無駄では無いか?」

 「我々の時間は無限だ。
  偶には無駄足も良かろう。
  高位の貴族であれば、その位の余裕は欲しい物よな」

 「……いや、諦め切れぬよ。
  私は今まで、欲しい物は大概手に入れて来た」

頑迷なバニェスにバーティは、小さく息を吐いて呆れる。

 「やれやれ、では教えてやろう。
  そなたはサティの子が欲しいのでは無いよ。
  欲しいのはサティその物なのだ」

 「……どう言う事だ?
  私が奴を欲していると?」

 「そうだ」

行き成りの事に困惑するバニェスに、バーティは頷いて見せた。

 「そなたはサティを愛しておると言ったであろう。
  端的に言うとだな、そなたはサティと遊べなくて詰まらぬと感じておったのだよ」

確かに最初バニェスはサティの様子を見に来ただけで、その時は子が欲しいとは思っていなかった。

 「……それは事実かも知れない。
  だが、それと奴を欲している事と、子を欲しかった訳では無い事が、どう繋がるのだ?」
0419創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/09(木) 19:30:45.51ID:pAprScca
察しの悪いバニェスをバーティは小さく笑う。

 「そなたはサティの気を惹こうとしたのだ。
  サティが我が子に手を取られているのが気に食わず、自分も子が欲しいと言ってな。
  可愛い物よ。
  丸で幼子の様だ」

バニェスは彼女の言う事が中々信じられず、沈黙した儘で考え込んだ。
本当に、バーティの言う通りなのか?
何か誤解されているのでは無いか?
色々と疑問はあるが、バニェスは自分の心が解らない。
バーティは妖艶な笑みを浮かべて、バニェスに提案した。

 「違うと言うなら、サティとの子でなくとも構わない筈だ。
  私の子を呉れてやろうか?
  私は愛だの何だのと面倒な事は言わぬよ」

 「いや、結構。
  貴方の言う通りかは分からないが、誰の子でも良いと言う訳では無い」

バニェスは迷いながら言う。
バーティは意地の悪い笑みを浮かべた。

 「そなたに愛の話は早かったのかも知れぬな。
  それでも未だサティとの子が欲しいと思うなら、サティ本人に己の心を正直に打ち明けよ。
  彼女も話の分からぬ女では無い。
  誠心誠意からの訴えであれば、聞くと思うよ」

彼女は訳知り顔で言うと、再び静かに飛んで別荘に戻って行った。
バニェスは靄々した心で日の見塔に帰る。
0420創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/09(木) 19:33:32.78ID:pAprScca
それからバニェスはサティの元を訪ねて、バーティに言われた通りに、正直な気持ちを打ち明けた。

 「サティ」

 「バニェス、愛は解った?」

 「ウ、ウム……その話なのだが……」

 「どうしたの?」

 「愛の事は、よく解らなかった。
  方々で聞いて回ったのだが、中々な……。
  愛にも色々あるらしい」

正直に解らなかったと言うだけなのに、バニェスは妙に口が重かった。
その理由をバニェスは考えてみた所、それは高位の貴族に理解出来ない物があると言う事が、
認め難いのだろうと解釈した。
バニェスは多くの者に聞いて回った事を話す。

 「先ず、ウェイルに聞いてみたのだが、親子愛だの家族愛だのと言われても、私には解らない。
  同胞愛と言うのも中々理解し難い。
  グランキ共にも聞いてみたが、連中は愛が無くても子を生めると言う。
  それは子が自分の分身だからなのだと思うのだが……。
  命短い物の知恵と言うのかな?
  詰まり、配下を求めるのとは違う様だ。
  ええ、だから、その……。
  サティ、お前が求める愛とは、どの様な愛なのだ?」

それを聞いたサティは困った声で言った。

 「私と貴方との間に生まれた子供を愛する事」

 「未だ生まれてもいない物を愛せよと言うのか?
  そこに存在しない物を?」

 「ええ、その通り」

存在しない物を愛せよと言うのは、バニェスには理解し難い事だった。
0421創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/10(金) 18:39:10.65ID:0FnPa1Gn
故にバニェスは首を横に振る。

 「愛するか愛さないか、その位は自分で決めたい」

それに対し、サティは途端に冷たい声になって言う。

 「では、貴方に子は預けられない」

彼女に断られても、バニェスは余り落胆しなかった。
どちらかと言うと、子を愛すると言う義務を押し付けられるよりは良いと、安心していた。
所詮その程度の物だったのだと、バニェスは自分を納得させる。
元より、この世界で己より大切な物がある訳が無いのだと。

 「仕方が無い。
  所でサティよ、その子は何時生まれるのだ?」

 「私が十分に魔力を注ぎ終えたら」

 「それは何時頃になるのかと聞いている」

 「……もう20日程」

 「長いな。
  その間、私は退屈だ」

バニェスは今になって、バーティの言っていた事が少しだけ解った。

 「……サティ、どうやら私は、お前を愛しているらしい」

 「そうなの?
  どう愛しているの?」

サティの問にバニェスは答え倦ねる。
0422創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/10(金) 18:39:35.22ID:0FnPa1Gn
彼女を愛していると言うのは、決して嘘や冗談では無い。
だが、どう愛していると聞かれても、それは中々答え難い。

 「……お前が居ないと、私は退屈だ」

 「それが愛?」

 「私は愛を尋ねて回った。
  そうして得た情報を総合すると、やはり私は、お前の事を愛しているのだと思う」

 「どの位?」

 「どの位だと……!?」

サティの問にバニェスは真剣に考え込んだ。

 「そ、そうだな……。
  私は、やはり我が身が可愛いと思う。
  しかし、お前は……。
  ウーム、我が身より可愛いかと言うと、それは判らん。
  しかし、しかし、そこらの有象無象共よりは確実に……」

 「そう……」

少し残念そうな声の彼女に、バニェスは慌てる。

 「な、何なのだ!?
  何が不満なのだ!
  私が1番ならば、お前は2番だ。
  ……多分、恐らくな?
  この大伯爵にとって、我が身に次いで大事だと言うのだぞ!」
0423創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/10(金) 18:40:30.96ID:0FnPa1Gn
サティは箱舟の中で小さく笑った。
バニェスは立腹して言う。

 「何が可笑しい!!」

 「いえ、貴方から、そんな言葉が聞けるとは思っていなくて……」

 「ああ、そうだろう。
  貴様は私より下位の存在だからな。
  高位の物の寵愛を受けるのは、望外であろう!」

堂々と威張るバニェスが、サティには微笑ましく映っていた。

 「でも、1番じゃないんだね……」

 「それは貴様とて、そうであろう!
  貴様は己の命より、大事な物があるのか!?」

 「ある」

 「それは何だ!?」

 「魂の故郷である、このエティー。
  そして私が生まれ育ったファイセアルスも」

 「その為なら死ねると言うのか?」

 「今まで、そうだった筈だよ。
  だから、貴方とも戦った」

 「そ、そうなのか……」

サティの淡々とした物言いに、バニェスは己が卑小な存在に思えた。
0424創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/11(土) 18:23:09.34ID:CYlFr8c1
サティはバニェスの心境の変化を、それと無く察していた。
バニェスはサティに負けて後、3度目のエティー訪問では、エティーの慣習に合わせる柔軟さを、
見せていた。
バニェスは他の高位貴族とは違うのだ。
自分の領地を持ちたいと言う独立心も、より大きな力を得る方法を探ろうとするのも、凡そ、
このデーモテールの物とは思えない。
これまでバニェスはサティと共に旅をして、彼女に理解を示したり、諭そうとしたりした。
バニェスが自分を愛していると言うのも、嘘では無いのだろうとサティは思う。

 「本当に、本当に私の子供が欲しい?」

サティの問い掛けに、バニェスは自信の無い声で答える。

 「欲しい。
  嫌だと言うなら、無理を言う積もりは無いが……」

 「今の私が、こうして大事に抱えている様に、貴方も私との子を大事にしてくれる?」

 「ああ。
  愛する事が出来るかは分からないが、どの様な子が生まれるか見届けたい」

 「そうじゃないの、バニェス。
  貴方が愛を注げば、生まれて来る子は、その愛の形に沿った物になる。
  それが、この世界なの」

 「愛を注ぐ?」

 「貴方は、どんな子が欲しいの?」

サティに問われたバニェスは、一所懸命に考えた。
0425創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/11(土) 18:24:32.39ID:CYlFr8c1
もし生まれるとしたら、どんな子が良いか等、バニェスは考えていなかった。

 「分からない……。
  但、従順な従僕を欲していた訳では無い事だけは確かだ……」

 「そうなの?」

 「私は純粋に、お前と私の性質を併せ持った子を望む。
  力の大きさは問題にしない。
  それが、どうやって生きるのか、どの様な生を選ぶのか、唯それを知りたい」

それを聞いたサティは、自分が目的を持って子を生もうとしている事が、悪い事の様に思えて来た。
望む儘の性質の子が生まれるからこそ、バニェスの態度の方が、真に子の為を思う親としては、
正しいのでは無いかと。
そもそもサティはデーモテールの混沌の海を渡れるだけの、能力を持った存在を生みたかった。
彼女は我が子を、エティーを他の世界と結ぶ、定期便にしたかった。
その為には、余計な心は持たない方が良く、使命に忠実であるべきだと思っていた。

 「……バニェス、もし今抱いている子が無事に生まれたら……。
  私は貴方に新しい命を託そうと思う。
  私の分身となる命を」

 「良いのか?
  私は生まれて来た子を愛せるかも分からないのに?」

 「屹度、大丈夫。
  そう信じてる。
  私と貴方の子だから」

サティの信じると言う台詞に、バニェスは弱かった。
0426創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/11(土) 18:24:58.26ID:CYlFr8c1
バニェスは小声で唸り、心変わりした理由を問う。

 「何故、急に考えを変えたのだ?」

 「貴方は私を愛していると言ってくれた」

 「それだけの事で?

 「どうしたの?
  怖くなった?
  取り消すなら良いよ。
  少し残念だけど」

何の気無しにサティが言った事を、バニェスは挑発と受け取って意地を張った。

 「何が怖い物か!
  見縊ってくれるな!
  約束だぞ、違えるなよ!
  お前は私に子を預けるのだ!!」

 「ええ、私達の子をお願いね」

サティは優しく言ったが、本当はバニェスは不安だった。
自分が真面に子を生めるのか、失敗したらサティに失望されるのでは無いか……。
勢いでも何でも受けると言った以上は、止めたいとは言えない。
サティはバニェスに助言する。

 「どんな子にするか、どんな子が良いのか、今から考えておいて。
  中々決められないとか、不安な事があるなら、ウェイルさんとかバーティに聞くと良いよ。
  私も良い子が生まれる様に協力する」

正直な所、バニェスには彼女の助言が有り難かった。
しかし、高位貴族の自尊心が邪魔をして、素直に礼を言えない。

 「心配は無用だ。
  この大伯爵の子なのだから、立派な子になるに決まっていよう!」

バニェスは強がって見栄を張る。
それをサティは微笑ましく思うのだった。
0428創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/12(日) 19:07:23.73ID:Ka0hIPAV
助手フェレトリ


第一魔法都市グラマー タラバーラ地区にて


事象の魔法使いマハナ・ヴァイデャ・グルートに敗れた、吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカは、
彼の助手として地下の診療所で働かされていた。
ヴァイデャの魔法によって人間にされたフェレトリには、彼に逆らう術が無い。
彼女は屈辱に耐えながら、ヴァイデャへの復讐心を積み上げて、何時の日か逆襲せんと企んでいた。
しかし……。

 「フェレトリ、話がある」

 「気安く我が名を呼ぶでない!」

 「何だ、カトーとかプラーカが良いのか?」

 「違うわっ!
  貴様如き下級の者が高位悪魔貴族である、この私に……」

フェレトリには腹芸が出来る度量が無かった。
ヴァイデャとしては殺してしまうより良いと思って、自分の所で匿うと言う決断をしたのだが、
それをフェレトリは屈辱、侮蔑としか捉えていない。
一層の事、殺してくれた方が有り難いとまで思っている。
そんなだから両者の思いは擦れ違う。
更に悪い事に、ヴァイデャには人の心が無かったが、フェレトリは人間に近い感情を持っていた。
ヴァイデャは悪意を持っておらず、人の話は聞く物の、行動には容赦が無い。
フェレトリは悪意を持っていて、人の話にも耳を貸さず、行動には容赦が無い。
どちらが良いとは言わないが、フェレトリには相手を見下す心があり、それも人間らしさの内なのだ。
対してヴァイデャは人間らしい感情を余り表に出さない。
それが益々フェレトリを怒らせる。
人間なら人間らしく愛情を見せる、悪魔なら悪魔らしく高位の者には遜る。
どちらも無理なら、敵に対する様に怒りや憎しみを見せたり、見下して虐げる。
そうされない事はフェレトリにとっては、軽んじられている様だった。
詰まり、フェレトリと言う高位の悪魔貴族を、ヴァイデャは降す価値も認めていないのだと。
0429創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/12(日) 19:08:40.78ID:Ka0hIPAV
ヴァイデャは深い溜め息を吐いて、フェレトリに言う。

 「どうして、そう敵愾心を剥き出しにするのか?
  私は貴方を不当に貶める積もりも無ければ、虐げる積もりも無い」

 「それが気に入らぬのであるよ!
  貴様っ、この私に対して敬意を払え!」

 「十分に敬意を持っている積もりだが……」

ヴァイデャにとっては、本当にフェレトリが解らないのだ。
魔導師会に捕らえられて処分されるのは忍び無いと、態々引き取って、生きて行くのに苦労が無い様、
面倒を見てやろうとしているのに、彼女は拒むばかり。
当のフェレトリは小間使いの様な真似をさせられるのも屈辱だと思っているのだが……。

 「敵意を取り除いてやろうか?
  そうすれば、少しは素直になるかも知れん」

ヴァイデャが何気無く零した一言に、フェレトリは恐怖を感じた。

 「き、貴様、寄るなっ!
  よくも、よくも、その様な恐ろしい事が言えた物であるなっ!!」

事象の魔法を使えば人格を変える事も容易だ。
勝手に人格を改造されては堪らないと、フェレトリは猛烈な勢いで否定する。
それを見てヴァイデャは益々そうした方が良いのでは無いかと思う。

 「物は試しにやってみよう。
  何、都合が悪ければ元に戻してやる」

彼はフェレトリに近付くと、彼女の頭を手の平でトンと叩いた。
0430創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/12(日) 19:09:40.54ID:Ka0hIPAV
フェレトリは防御しようとしたが、人間になったばかりで体を動かす事に慣れていない彼女は、
真面に防御出来ずに叩かれる。
それと同時に、彼女の体から押し出される様に、白い物体がポンと飛び出した。
拳大の小さな玉の様な、その白い物体は、徐々に大きくなって人の形を取る。
フェレトリと全く同じ形に……。

 「こ、これは!?」

フェレトリは慌てて白い物体から距離を取った。

 「これが私の敵意であるか!?」

そう彼女は予想したが、ヴァイデャは呆れた声で言う。

 「いや、敵意では無い。
  その逆だ。
  敵意を取り出そうと思ったが、余りに大き過ぎて、逆に従順な部分だけが飛び出したのだ」

 「おおっ、何と!?」

白いフェレトリは無口で大人しく、唯その場に立ち尽くして、フェレトリとヴァイデャを見ている。
ヴァイデャは低く唸りながら言った。

 「ウーム、これは駄目かも知れんな。
  自発的な行動も出来ない位に、意思が弱い」

これを聞いたフェレトリは高笑い。

 「ファハハハハ!!
  私こそが真のフェレトリなのであるよ!」

 「根本から精神が捻じ曲がっている、それが本性と言う事だな」

ヴァイデャに皮肉を言われても気にしていない。
0431創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/13(月) 18:32:52.34ID:VRBqx9sS
そこへ客人が訪ねて来た。

 「済みません、お医者様は御在宅でしょうか……?」

ヴァイデャと2人のフェレトリは振り返る。
客人は気弱そうな痩せた中年の夫婦と、嫌に太った男の子の家族だった。

 「どうなさいました?」

 「この子を診て貰いたいのです」

母親は嫌そうな顔をしている男の子を、ヴァイデャの前に押し出す。
子供の時分は誰でも見知らぬ大人は怖い物だ。
ヴァイデャは男の子を真面真面と見詰めて、小さく首を捻った。

 「健康そうですが?」

それに男の子の父親が反論する。

 「確かに、健康に見えるかも知れません。
  よく食べ、よく眠ります。
  しかし、よく食べ過ぎるのです」

 「成る程、過食ですか……。
  只の過食では無い訳ですな?」

ヴァイデャの問に両親は何度も頷いた。

 「そうです!
  他の医者に診せても、どこが悪いとは言ってくれないのです!」

 「どんなに検査しても、数値上は至って健康であると!
  でも、そんな筈はありません!
  何しろ、家中の物を食らい尽くす勢いで、この儘では私達が飢えてしまいます!」

父親と母親の必死の訴えに、ヴァイデャは取り敢えず頷いて見せた。
0432創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/13(月) 18:33:29.23ID:VRBqx9sS
そして彼はフェレトリに向かって依頼する。

 「フェレトリ、倉庫から空瓶を持って来てくれ」

これに対して、彼女は当然の様に反抗した。

 「誰が貴様の命令なぞ聞くか!」

それとは対照的に、白いフェレトリは素直に頷いて、倉庫に向かう。
その間にヴァイデャは子供を診察台に寝かせて、体に異変が無いか魔力で調べ始めた。

 「ウーム、特に奇怪しい所は無さそうです」

約1針の診察の結果、そう彼は結論付ける。
傍で診察の様子を見守っていた両親は、信じ難いと言う顔で言う。

 「そんな筈は……」

最後まで言い切る前に、ヴァイデャは私見を述べた。

 「大体、魔法的な何かであれば、魔導師会で判明しているでしょう。
  そうで無いと言う事は、詰まり、呪いや悪魔と言った、魔法的な物とは無関係と思って宜しい。
  もしかしたら、精神的な物なのかも知れません。
  それでも魔導師会は精神的な療法も心得ていますから、治せないと言う事は中々無いと、
  思いますが……」

父親は困り顔で結論を急かした。

 「では、原因は何なのですか?」

 「焦る気持ちは解りますが、一寸待って下さい。
  その前に彼の話を聞いてみましょう」

ヴァイデャは最終的な結論を出す前に、男の子に話し掛ける。
0433創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/13(月) 18:33:54.79ID:VRBqx9sS
 「何故そんなに食べてしまうんだ?」

男の子は困惑した。

 「お、お腹が空くから……」

 「食べたい訳じゃないのかな?」

その問に彼は小さく無言で頷いた。
食べたい訳では無いが、お腹が空くので食べずには居られないのだ。
ヴァイデャは一度両親に振り向いて尋ねる。

 「過食が始まったのは、何時からですか?
  最初は普通だったんでしょう?」

 「ええ。
  去年からです。
  1年間、多くの病院を回ったのですが……」

母親の答を聞いて、ヴァイデャは少し考え込んだ。
その内に、白いフェレトリが空瓶を持って戻って来る。

 「お持ちしました」

 「ああ、そこに置いて」

自分と同じ姿をした物が扱き使われているのを見て、フェレトリは不快感を露にした。

 「これヴァイデャ!
  私の分身を勝手に使うで無いぞ!」

 「黙っていろ、今は診療中だ。
  文句は後で聞く」

力を失っているフェレトリは、それ以上は強気に出られない。
彼女は沈黙してヴァイデャに屈した。
0434創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/14(火) 18:41:09.65ID:JjWtqJW+
ヴァイデャは男の子に向き直って、再度尋ねる。

 「今は、お腹は空いてないのか?」

男の子が小さく頷いたので、ヴァイデャは言う。

 「少し入院……と言うか、私の所で預かりましょう。
  御心配でしたら、何時でも様子を見に来て構いませんので。
  勿論、付き添って頂いても結構です。
  異常食欲が発生するまで待ちましょう。
  実際に症状を見れば、何か判るかも知れません」

両親は彼の話に納得して、子供と一緒に診療所に泊まる事にした。
ヴァイデャはフェレトリに釘を刺す。

 「フェレトリ、妙な事はしてくれるなよ」

 「安心せよ、今の私には何の力も無い」

彼女は拗ねた様に言って、その場から去る。
男の子は診療所の中の狭い病室に寝泊まりし、両親は付き添って病室で寝泊まりする事になった。
その晩、フェレトリは診療所の研究室で瞑想しているヴァイデャに尋ねる。

 「ヴァイデャよ、貴様は何が面白くて、医者の真似事等しておるのか?」

 「何も面白い事は無い。
  旧暦から私は長らく人と関わって来た。
  私は何の為に生まれたのか、今となっては思い出せないが……。
  もしかしたら、旧い民族の祀る神だったのかも知れない」

彼の語りにフェレトリは興味を持つ。

 「何故、そう思う?」
0435創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/14(火) 18:41:52.53ID:JjWtqJW+
ヴァイデャは話を逸らす様に、フェレトリに言う。

 「それよりフェレトリ、眠くならないのか?
  今の貴方は人の身だ。
  休息を必要とするだろう」

 「生憎、何もする事が無くて退屈であるから、昼間から寝ておる。
  お蔭で夜も眠くならぬよ」

 「夜更かしは体に悪いぞ。
  日の出と共に起床し、日の入りと共に就寝するのが、真面な人間の生き方だ。
  夜まで明るい今の世の中は、不健康過ぎる。
  病人が絶えない訳だ」

フェレトリは話に流されず、改めてヴァイデャに問うた。

 「何故、貴様は自分を神等と思うのか?」

彼は漸く観念した様に答える。

 「神と言っても、全知全能の神では無い。
  医療の神と言う奴だ。
  医療を司る天使や精霊と言い換えても良い」

 「その様な事は承知しておる。
  私は何故そう思うのかと理由を問うておる」

ヴァイデャは暫し沈黙し、それから緩りと自らの考えを述べた。

 「私の最初の記憶は、放浪者だ。
  私は自らの魔法を使い、行く先々で人々の困り事を解決していた。
  否、本当に解決になっていたのかは解らない。
  その場凌ぎにしかなっていなかったのかも知れない」
0436創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/14(火) 18:42:39.45ID:JjWtqJW+
静寂の中、壁掛け時計が時を刻む音がする。
フェレトリは先を促した。

 「それで?」

 「やがて私は人に請われ、一所に留まる様になった。
  人々は私に病を取り除く様に願った。
  しかし、最終的には失敗した。
  当時の私は一時凌ぎの方法しか考え付かなかった。
  痛みに苦しむ者から痛みを取り除いてやっても、根治した訳では無いから、苦しみは続く。
  私は人々に恨まれる様になり、再び放浪した」

 「仕様も無い」

フェレトリに鼻で笑われ、ヴァイデャは自嘲する。

 「ああ、全く。
  私は無知だった。
  それから長い時を掛けて、私は少しずつ知識を蓄えて行った。
  これまでの私の何が不味かったのかも、理解出来る様になった」

 「その内に自分が神だったと気付いたと?」

フェレトリの問に彼は頷いた。

 「人は自分の中に悪い物があると、それは外から来た物だと思いたがる。
  だから、病を『取り除こう』とする。
  悪い物を切り離せば、再び良くなるに違い無いと。
  愚かな考えだ。
  しかし、私の魔法は、その愚かしさ、その儘では無いか?」

 「考え過ぎでは無いかな?
  貴様の魔法は、それだけの物ではあるまい」

小さな類似点を大きく解釈し過ぎだろうと彼女は思うも、ヴァイデャは頑なだった。
0437創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/15(水) 18:43:44.83ID:PuPranKd
彼は小さな溜め息を吐いて続ける。

 「私の魔法は観念を実体化させる。
  数多の魔法使いの中でも、そんな事が出来る物は限られている。
  何故なら、それは人間の想像力が生み出した物だから。
  悪魔、妖怪、幽霊、神……姿無き物に容を与え、一つの存在として切り離す。
  私は生まれた時から、この魔法を使えた。
  それは何故なのか……」

 「自分は人によって生み出された物に違い無いと?
  そんな理由で医者の真似事をしているのか?」

フェレトリの問にヴァイデャは至極真面目に頷いた。

 「私達、旧い魔法使いは役割に従うのみ。
  それは貴方とて同じだった筈だ。
  吸血鬼」

 「フン、下らぬ。
  私は貴様等の様な下等な悪魔とは違う。
  高位悪魔貴族は自らの在り方を、自ら定める事が可能なのであるよ」

フェレトリの高慢な口振りにヴァイデャは苦笑する。

 「それで吸血鬼か?
  難儀な生き方を選んだ物だな」

本当は誰も自分の生き方を選ぶ事等、出来ないのでは無いかとヴァイデャは思っていた。
魔法使いは一度定めた生き方を中々変えられない。
それは人とは違い、こうすべきだと言う指針が無い為だ。
無限の命を持つが故、この為に生きていると定めた後は、それを究めるまで突き進む。
0438創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/15(水) 18:44:08.53ID:PuPranKd
 「何故、吸血鬼になろう等と考えた?」

ヴァイデャの問にフェレトリは高笑いして答える。

 「人が最も尊ぶ物が、『血』なのであるよ。
  血を流し、血を奪い、血を継ぎ、血を捧げ、人は血の為に生きていると言っても過言では無い。
  人は血を特別な物と信じている。
  所詮は体内を巡るだけの液体に過ぎぬと言うのにな。
  虫の体液や植物の汁と何が違うのか……。
  血を失い、血を見、血が絶える事を極端に恐れる。
  吸血鬼は人の最も尊ぶ、血を奪う。
  人に恐れられる存在には相応しかろう。
  恐れられると言う事は、力ある者の証明……」

極端な話、魔法使いの役割は人に必要とされるか、人に恐れられるかの2択だ。
対等と言う概念を持たない悪魔の多くは、後者になろうとする。
人に必要とされると言う事は、人に媚びると言う事。
それは弱者のする事だと思っている。
人に畏れ敬われ、人より優位に立つ事が、己の力の証明だと信じて疑わない。
異空でも、その様な生き方をして来たのだ。
だから、自分が優位に立つ夢を見る。
その夢を実現する場が、この『地上<ファイセアルス>』……。
ヴァイデャはフェレトリを憐れんだ。

 「私は異空を知らないので、そう言う感覚は解らない。
  向こうでは辛い生き方をして来たのだな」

 「何だと?」

 「態々『ここ』でも『向こう』と同じ生き方をするのだから。
  貴方は悪夢に囚われ、呪われているのだろう。
  無限の命と遥かなる力を持っても、やる事は結局同じ……」

フェレトリはヴァイデャに掴み掛かる。

 「貴様ッ!!」
0439創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/15(水) 18:46:31.61ID:PuPranKd
それを彼は事も無気に振り払い、一層憐れんだ。

 「貴方は私に負けた。
  それが何故なのか、考えた事はあるか?
  その理由は貴方が私に勝とうとしたからに他ならない。
  勝つだの負けるだの、優れているだの劣っているだの、何も彼も下らない。
  力への執着、支配する欲求、全ては表裏一体。
  執着に振り回され、欲求に支配される貴方は不自由だ。
  檻も鎖も無いのに、牢獄の中で過ごし続け、草原を駆け回る事も知らない哀れな獅子」

フェレトリは侮辱されたと感じ、羞恥と怒りで気が狂いそうになる。
人間らしく顔を真っ赤にして、ヴァイデャに掴み掛かり、吠える。

 「貴様っ、貴様ーーーーッ!!」

しかし、涙を流す事は出来ない。
真面な人間では無いから、怒りや悔しさで涙を流す事が出来ないのだ。
ヴァイデャは敢えて抵抗せず、彼女に対して訴え続けた。

 「気の済むまで殴れ。
  力無き今の貴方の暴力は、児戯に等しい。
  存分に怒りを打付けたら、もう一度考えるが良い。
  貴方は地上で何をしたかったのか……」

 「私は悪魔伯爵であるぞ!
  貴族は貴族らしく、人より優位に立ち、人を従える!
  貴族には領地と領民が要る!」

フェレトリは駄々っ子の様にヴァイデャを殴る。

 「それは人間の真似事では無いのか?
  貴族とは何だ?
  そんな事をして嬉しいのか?」

 「黙れっ、これ以上私を貶めるな!
  私を幻惑して惨めにさせるな!!」

 「貴方が悪魔の本性に逆らえず、貴族に執着する限り、私は何度でも問う」

やがて彼女は暴行を止め、その場に崩れ落ちた。
0440創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/16(木) 19:23:05.51ID:cK9Jz9xi
それから間も無く、男の子の父親がヴァイデャの研究室に駆け込んで来る。

 「お医者様、大変です!」

 「症状が出ましたか?」

 「はい!!」

ヴァイデャはフェレトリを放置して、男の子が居る病室に向かった。
男の子は病室の中で、そこら中の物を手当たり次第に、口に入れている。
食べ物が何も無いので、何か食べられる物が無いか、探しているのだ。
それを母親が懸命に止めている。

 「止めなさい!!
  止めて頂戴!!」

その悲痛な訴えにも拘らず、男の子はベッドのシーツを噛み千切ろうとする。
彼の目は、この世の全てを憎むかの様に、大きく見開かれており、正気では無い。
ヴァイデャは急いで男の子に駆け寄り、軽く頭を叩いた。

 「悪霊退散!」

彼の魔法が発動して、男の子から霊体がポンと飛び出る。
霊体は黒い靄に覆われており、真面な物には見えない。

 「貴様は何者だ!」

ヴァイデャが問うも悪霊は逃走しようとする。
霊体には物質的な特性が通じず、物体を擦り抜ける。
だから、どこにも侵入可能だし、どこからでも脱出可能。
0441創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/16(木) 19:23:44.95ID:cK9Jz9xi
それを許さないのがヴァイデャの魔法だ。
彼は霊体に物質的な特性を与えて、男の子の体から分離させた。
悪霊は病室内から逃れられない。
病室の壁に当たって跳ね返され、当惑する。

 「逃げようとしても無駄だぞ」

ヴァイデャは黒い靄に近付いた。

 「……人語を解さないのか?
  寄生霊体か?」

霊体は彼の問に答えず、狭い病室内を忙しなく移動して、必死に脱出方法を探している。
それは丸で狭い部屋に閉じ込められた猫の様だ。

 「動物霊?
  妖獣か霊獣が霊体化した物か?」

ヴァイデャは余裕を持って、霊体を歩いて追う。
物質的特性を持った霊体は、生物と同じく「疲労」する。
緩りでも追い回していれば、疲れて動けなくなるのだ。
やがて黒い靄は病室の角で動きを止めた。
それをヴァイデャは拾い上げ、黒い靄を晴らす。
そこに現れた物は……。

 「これが異常食欲の正体だった様ですな」

猫と見紛うばかりの巨大な鼠の霊だった。
ヴァイデャは男の子と両親に、それを見せ付ける。
父親と母親は近付けないでくれと怯えるが、男の子は不思議そうな目で唯見詰めていた。
0442創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/16(木) 19:25:35.43ID:cK9Jz9xi
ヴァイデャは解説する。

 「妖獣や霊獣の死後に、その霊体が分離して他の物に取り憑くと言う事は、間々あるのです。
  特に、死の直後に傍に居た者に取り憑き易い。
  大きな鼠の死体を見た事はありませんか?」

彼の問い掛けに、母親と男の子は首を横に振ったが、父親だけは心当たりのある顔をしていた。

 「ああ、もしかしたら……」

父親は母親に視線を送る。

 「えっ、何の事?」

 「言ってたじゃないか?
  御近所の噂で、大きな鼠が出て困ってるって」

 「ええ、でも、それは……」

 「それで毒餌を買って、家の周りで鼠が出そうな所に撒いて……」

 「嫌だ!
  家の中の、どこかで死んでるの?」

 「そうかも知れない」

2人の話を聞いていたヴァイデャは、小さく頷いた。

 「恐らく、それでしょうな」

ヴァイデャは大人しくなった鼠の霊の首を掴んで、病室の外に出る。
男の子の父親が彼に尋ねた。

 「それは、どうなさるんですか?」

 「取り敢えずは保管して、然る後に適切な形で処分します。
  所詮は魔力の塊に生前の本能が宿った物。
  分解してしまえば、唯の魔力です」

『この世界<ファイセアルス>』の霊体とは、そう言う物だ。
0443創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/17(金) 19:08:14.42ID:ktaraGyG
保管倉庫に大鼠の霊を瓶詰にして封印したヴァイデャは、改めて病室に戻った。
そこで男の子の父親はヴァイデャに尋ねる。

 「どうして魔導師会では、この霊が見付けられなかったんでしょうか?」

 「それは簡単な話です。
  鼠の霊は何時も取り憑いていた訳では無いのですよ。
  だから、取り憑いていない間は、一時的な寛解状態となっていた訳です。
  寛解と言う表現は正確ではありませんが……。
  鼠の霊にとって、息子さんは飽くまで仮の体。
  本体は、どこかに眠っている死体なのでしょう」

母親はヴァイデャに確認を求めた。

 「それで、これで本当に息子は治ったんですか?」

 「ええ、心配無いでしょう」

それを聞いて、両親は安堵する。

 「有り難う御座いました!
  貴方をお頼りして本当に良かった!
  お金の話ですが、治療費は幾らになるでしょうか?」

父親の問い掛けに、ヴァイデャは深く頷いて答える。

 「30万MGです」

 「そんなに」

 「民間療法なので、保険適用外ですから」

そう言う物なのかと父親は納得した様なしていない様な、微妙な表情で治療費を支払った。
0444創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/17(金) 19:10:18.13ID:ktaraGyG
そこでヴァイデャは男の子の姿が無い事に気付く。
もしやと思った彼は保管倉庫に向かった。
男の子は薄暗い保管倉庫の中で、鼠が封じられた瓶を興味深く見ていた。

 「気になるのか?」

ヴァイデャの問い掛けに、男の子は小さく頷く。

 「こいつが僕の中に居たの?」

 「そうだぞ。
  ……鼠の死体を見たか?」

その問い掛けに、男の子は少し躊躇いを見せた後、再び小さく頷いた。

 「未だ生きてたけど……」

ヴァイデャは呆れた風に溜め息を吐く。

 「子供だからな。
  何にでも興味を持つ年頃か……」

男の子は瀕死の鼠を発見し、興味本位で近付いたのだ。
そして憑依された。

 「御免なさい」

 「謝る必要は無い。
  少なくとも、私に対してはな。
  別に悪い事をした訳では無いのだから。
  本の少し、用心深さが足りなかっただけだ。
  今後は気を付けなさい」

男の子は三度小さく頷いた。
0445創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/17(金) 19:10:38.76ID:ktaraGyG
それから男の子と彼の両親は一泊して、翌早朝に退院した。
フェレトリは……と言うと、疲れて朝まで眠っていた。
彼女は吸血鬼では無くなったのだ。
だから、直ぐ疲労するし、眠たくもなる。
一方で、白いフェレトリは起きていた。
ヴァイデャは白いフェレトリを気遣う。

 「眠らなくて平気なのか?」

白いフェレトリは小さく頷いた。

 「何故であろうな、余り眠たくない」

真面な反応が返って来たので、ヴァイデャは驚く。

 「喋れるのか?」

 「私を何であると思っていたのか?」

 「侮っていた事は詫びるが、しかし……」

 「私もフェレトリなのであるよ」

白いフェレトリは意思が薄弱で、自発的な事は何も出来ないと思っていたヴァイデャだったが、
そうでは無かった事が意外だった。

 「自我があるのか?」

 「あるから、こうして話せている」

質問に素直に答える辺り、従順な性質は変わっていない様子だが、フェレトリの尊大さが、
少しだけ感じられる。
元は同一人物なのだから、当然と言えば当然。
0446創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/18(土) 17:15:36.85ID:pTD25BHA
白いフェレトリが、どうして自分に従っているのか、ヴァイデャには不思議だった。
彼は自分で従順な性質を分離させたのだが、それとフェレトリの性格が合致しない。
自我と性質と性格は一体の物で、分離させられないのだ。
強引に分離させれば、人格が変容する。
だからこそ、フェレトリは本体と白いフェレトリに分かれた。
先の鼠の霊と男の子は元々別の存在だったので、分離させても影響は無い。

 「貴女は私に従う事に不服は無いのか?」

藪蛇を承知で、ヴァイデャは白いフェレトリに自分に従う理由を訊いた。
白いフェレトリは妖艶に笑って答える。

 「ホホホ、従順にしたのは、貴様では無いか!」

 「それは、そうなのだが……」

不可解に思う彼に対して、白いフェレトリは尋ねた。

 「どうして、その様な事を知りたがる?
  私の心等、どうでも良いのでは無いか?」

 「一つ、私は貴女の従順さが偽りの物では無いかと疑っている。
  寝首を掻かれたくない。
  今一つは、もし偽りで無いのなら、どう言う心理なのか知りたい」

 「随分、正直であるな。
  いや、しかし、貴様は人間では無かったな。
  己を『偽る』と言う事は考えも付かぬのか?」

 「嘘は好かない。
  何に対しても、互いに真摯で誠実である事を望む」

ヴァイデャの回答に白いフェレトリは馬鹿にした様な笑みを浮かべた。
0447創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/18(土) 17:16:05.61ID:pTD25BHA
眉を顰める彼にフェレトリは言う。

 「いやいや、貴様は面白い奴であるよ。
  真摯で誠実!
  成る程な、物は言い様か……。
  遠慮の無い口振りも、己に正直であるが為と」

 「それで私の質問には答えて貰えないのか?」

淡々と再度尋ねるヴァイデャに、フェレトリは半笑いで言った。

 「貴様に言っても解らぬかも知れぬがな……。
  嗜虐心と被虐心の関係は知っておるか?」

問い返されたヴァイデャは至極真面目に答える。

 「支配する欲求と支配される欲求だ。
  異空に生まれた悪魔も本能として、それを持っている。
  ……詰まり、貴女の正体は……」

フェレトリは大きく頷いた。

 「そう、察しが良いな。
  私はフェレトリの中の被支配欲求が顕現した物」

ヴァイデャは感心して深い溜め息を吐く。

 「ははぁ、成る程、成る程。
  異空の悪魔なら誰でも持つ、2つの欲求か……」
0448創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/18(土) 17:16:26.12ID:pTD25BHA
白いフェレトリの正体は、彼女の中の被虐心だったのだ。
格上の者に弄ばれ、虐められる事を受け入れる心が、悪魔にはある。
同時に格下の者を弄び、虐める心もある。
その2つが分離して、支配するフェレトリと支配されるフェレトリが生まれた。
白いフェレトリは端的に言うと変態である。
自分がフェレトリから分離した存在であり、もう1人のフェレトリこそが自分本来の性格に、
より近い事も承知している。
本来の自分は絶対に屈辱に塗れる事を望まないと言う事も。
しかし、フェレトリは屈辱を回避して行きて来た中で、何時か自分を完全に支配する存在が、
現れるのでは無いかと恐れていた。
それは悪魔なら誰でも同じだ。
支配する者だからこそ、支配される事を恐れ、それを鮮明にイメージしてしまう。
そうしてフェレトリは自分の中で小さな被虐心を育てていた。
それが今、ヴァイデャの助けを借りて芽吹いたのだ。
白いフェレトリは虐げられて喜び、同一の存在である、もう1人のフェレトリの屈辱を見ても喜ぶ、
真性の異常性癖者。
彼女は格下であるヴァイデャに従う事で、自らの欲求を満たす。
そして、もう1人のフェレトリに屈辱を感じさせる事で、自らの存在をより強く認めさせる。
これが彼女の喜び。
こうしてヴァイデャに2人の奇妙な「助手」が誕生した。
0451創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/18(土) 22:34:10.74ID:pTD25BHA
落ちないみたいですね。
大体この位の容量で毎回書き込めなくなっていたのですが……。
仕様が変わったのかな?
どこまで書き込めるのか判らないのが困り物です。
中途半端な所で話が切れると気持ち悪いですし。
0453創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/18(土) 23:58:47.23ID:OIviImrx
乙です

ところで、サティの服装は異空でもグラマー風のぞろっとした格好なのでしょうか……
0454創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/19(日) 18:09:38.49ID:FP+s3Fin
>>453
基本的には同じです。
混沌の海でも自分の形を保てるなら、外見を変える事も難しくはありません。
そもそも魂だけの異空では服の概念が無いので、ローブっぽい物を着ている様に見えるだけです。
生前に好んで着ていたとか習慣になっている服装があれば、その姿で現れます。
幽霊が何で服を着ているのかとか、そう言う話と同じです。
自分の姿を制御出来れば、服を着る事や着替える事も出来ますし、裸になろうと思えばなれます。
0455創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/19(日) 18:23:54.12ID:FP+s3Fin
熟達した者や力の強い者であれば、箱舟形態の様に「空間を身に纏う」事も可能です。
そして、その応用で身に纏った空間を外装として着用する事も出来ます。
服の一枚が空間の鎧と言う事もあり得るでしょう。
0456創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/19(日) 18:30:32.15ID:FP+s3Fin
サティ個人の話では、地上(ファイセアルス)に居た頃よりは、幾らか開放的になっています。
流石に裸には抵抗がある物の、顔や手を見せる位は平気になっています。
異空では肉体が無いので、異性も同性もありませんから。
彼女は外見を変えられるので、本当は体形も自由なのですが……。
生前の自分に愛着があるので、敢えて姿を変えようとは思っていません。
当人としては姿を変える事に「偽る」と言う感覚もあります。
0457創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/20(月) 18:44:04.66ID:wMqw42qn
24時間経過しても落ちませんね……。
明らかに容量はオーバーしてるんですけど。
1週間ぐらい放置してみます。
それでも落ちなければ、続きを書きましょう。
0458創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/30(木) 18:25:42.12ID:AklzHemh
放って置いても落ちませんね……。
容量の上限が上がったのかな?
取り敢えず続きを書いてみます。
0459創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/30(木) 18:27:42.31ID:AklzHemh
恐怖! 女性絶滅計画


反逆同盟の拠点にて


反逆同盟の一員、石の魔法使いバレネス・リタは、新しい拠点でも闇の子を育てていた。
闇の子の成長は早く、何箇月も経たない内に3歳児程度の大きさと知能を得る。
バレネス・リタは石の子を抱く事は無くなり、彼女の母性本能は闇の子を愛(あや)す事で、
完全に満たされていた。
それまでは世間を恨んでいた彼女だが、そんな気持ちも失せていた。
同盟の長ルヴィエラ事マトラは闇の子を、共通魔法社会を破壊する為の兵器だと考えているが、
バレネス・リタは全く考えずに、純粋に愛情を注いだ。
しかし、彼女の満ち足りた生活は長く続かなかった。
愈々マトラが闇の子を対共通魔法社会兵器として、投入する事を決意したのである。
マトラはバレネス・リタに通告した。

 「そろそろ闇の子を実戦に投入しようと思う。
  幼児の泣き声で人を誘い、殺して行くのだ。
  名付けて、ベイビー・クライ作戦」

 「……未だ早いのではありませんか?
  物の分別も付かない子を戦わせる等……」

 「これは幼児を使うからこそ、意味があるのだ。
  安心しろ、使い捨てる様な真似はしない。
  面倒な事をしてまで、手に入れた人の子なのだからな」

リタはマトラの行動に逆らえなかった。
しかし、彼女は自分が面倒を見た子が、どの様に使われるかを見届けなければならないと思い、
マトラに対して依願した。
0460創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/30(木) 18:29:29.48ID:AklzHemh
 「解りました。
  では、どの様な作戦を行うのか、作戦の様子を観察させて下さい」

マトラは邪悪な笑みを浮かべて、大きく頷く。

 「ホホホ、そなたも中々悪趣味だな。
  いや、構わぬよ?
  子だけを行かせるのは心配なのであろう?
  良い、良い、私と共に観戦しよう」

彼女の回答はリタを益々不安にさせた。
悪魔の考え付く事なのだから、碌でも無い事に決まっている。
どれだけ残虐で残酷な事を、子供にさせる気なのか……。
リタは内心を隠して、不満を表に出さない様にした。
マトラに叛意があると疑われては、何も彼も台無しだ。
もしもの時に闇の子を守れるのは、自分しか居ないと、リタは固く心に決めていた。
そんな彼女の決意も知らずに、マトラは浮かれている。

 「しかし、楽しみだな。
  どれだけの戦果を上げてくれるか……」

 「余り大きな期待を掛け過ぎないで下さい。
  未だ物を知らぬ子供故に、大きな失敗をする事も有り得ます」

事が上手く運ばなければ、マトラは怒って闇の子を処分するのでは無いかと、リタは怯えた。
そんな彼女を見て、マトラは意地の悪い笑みを浮かべる。

 「失敗したら、そなたの教育が悪かったと言う事かな?」

 「……ええ、私が責任を取ります。
  如何なる責めも甘んじて受け容れましょう」
0461創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/30(木) 18:30:14.34ID:AklzHemh
真面目に答えたリタに対して、マトラは大笑いした。

 「ハハハ、冗談だよ、冗談。
  子供に、そこまでの期待は持っておらぬ。
  そなたは私を何だと思っておるのか?」

 「……失礼しました」

 「全くだよ。
  私とて人並みの温情は持っている積もりだ」

今度は一転、マトラは不機嫌な顔になる。

 「申し訳御座いません」

只管に平謝りするリタに、彼女は怪訝な顔をした。

 「……いや、本気で怒ってはおらぬよ?
  そなたは本当に、私を何だと思っておるのだ?
  もっと気を楽にして良いのだぞ」

そうは言われても、やはりマトラの能力は絶大だ。
闇の子もマトラ無くしては生きられない存在。
どうしても、機嫌を損ねない様に、気を遣ってしまう。
マトラは深い溜め息を吐いた。

 「……そなたは哀れな女よな。
  丸で今の様は、そなたの人生の顕れの様であるよ」

それは酷い侮辱だったが、リタは反論しなかった。
彼女の人生が惨めな物だった事は、否定できないのだ。
こうして黙っている事さえも、彼女の惨めな人生の象徴の様な物。
0462創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/31(金) 19:07:50.47ID:LCF4alRF
第四魔法都市ティナーにて


最近、ティナー市内では行方不明事件が相次いでいた。
行方不明者は主に女性だが、男性も少数含まれている。
何れも行方不明になる直前に、「子供の泣き声がする」と言って駆け出し、その後に姿を消している。
「子供の泣き声」は聞こえる者と聞こえない者が居り、更に、その中でも強く引き付けられる者と、
唯の泣き声としか聞こえない者が居る。
そして子供の泣き声を聞いて、強く引き付けられる者が行方不明となる。
この行方不明になる者には、性格上の共通点があった。
それは他者から「世話好き」だとか「面倒見が良い」、「心根が優しい」と言われる人。
都市警察や魔導師会は、反逆同盟が絡んでいると見て、子供の泣き声が聞こえても、近付かない、
直ぐに通報して放って置く様にと警告して回った。
しかしながら、それでも行方不明者は出続ける。
警告していた都市警察や執行者からも、行方不明になる者が出た。
奇妙な事に、「子供の泣き声」を聞いた者は居ても、肝心の子供を見た者は居なかった。
姿を見た時点で、何かが起こると言うのか……。
ティナー市民は恐怖と不安の中で、怯える日々を過ごしていた。
0463創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/31(金) 19:08:43.09ID:LCF4alRF
反逆同盟と戦う者達、リベラ、コバルトゥス、ラントロック、ヘルザの4人は、ティナー市内で、
行方不明事件が相次いでいると聞き、解決の為に駆け付けた。
一行は4人で固まって行動し、決して単独行動しない様にと約束する。
そしてティナー市内のホテルで一泊していた時だった。
真夜中にヘルザは子供の泣き声を聞いて目を覚ます。

 「……どこから?
  ホテルの廊下?」

ヘルザは奇妙に思いながら、リベラに声を掛けた。

 「リベラさん、起きてますか?」

リベラも直ぐに起きて、ヘルザを見詰める。

 「起きてる」

 「聞こえますか?」

 「聞こえる」

 「どうしましょう……」

 「取り敢えず、コバルトゥスさんに連絡を」

リベラは精霊石をバックパックから取り出して、コバルトゥスを呼ぶ。
ホテルはプライバシー保護の為に、魔力を遮断する様に造られているので、廊下や他の部屋からの、
テレパシーは通じないが、精霊石を介すれば何とか連絡が取れる。

 「コバルトゥスさん、起きて下さい。
  コバルトゥスさん」
0464創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/05/31(金) 19:09:21.99ID:LCF4alRF
彼女の呼び声に応えて、コバルトゥスは精霊石を取った。
彼は真剣な声音でリベラに尋ねる。

 「どうしたんだい、リベラちゃん?」

 「子供の泣き声が聞こえます」

 「……どこから?」

 「多分、廊下……。
  コバルトゥスさんには聞こえないんですか?」

 「ああ、俺には全然聞こえない」

 「全然?」

 「全然、全く」

コバルトゥスとラントロックは、リベラとヘルザが居る部屋の、隣の部屋に泊まっている。
聞こえない筈は無いのだが、どうやらコバルトゥスは「聞こえない者」の様。
彼はリベラに問う。

 「どんな声なんだ?」

 「結構、大きな声です。
  ワーって泣き喚く感じの。
  眠れない位」

 「……とにかく、そっちに行くよ」

 「気を付けて下さい」

コバルトゥスとリベラは通信を終えた。
泣き声の正体とは……?
0465創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/01(土) 20:04:34.84ID:voV9dwM7
コバルトゥスは隣で寝ているラントロックを起こす。

 「ラント、起きろ」

 「起きてるよ、小父さん」

 「小父さんは止せよ。
  お兄さんって言え」

 「だって、小父さん40――」

 「未だ30代だっての。
  そんな事は、どうでも良い。
  ラント、子供の泣き声が聞こえるか?」

仕様も無い言い合いをコバルトゥスは途中で止めて、真剣に話し始めた。
ラントロックも真剣な表情で答える。

 「……聞こえるよ。
  小父さん、よく眠れるなって思ってた」

 「寝付けない程、大きな声なのか?」

 「そうじゃないけど……。
  子供の泣き声って耳障りと言うか、放って置けない気がしない?」

 「そうかな……」

彼に同意を求められて、コバルトゥスは困った顔をした。
子供の泣き声は鬱陶しいと思うが、放って置けないとまでは思わない。
寧ろ、一々構うから甘え癖が付いて、泣き虫になるのだと考えているから、放置すべきだと思う。
0466創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/01(土) 20:05:10.41ID:voV9dwM7
コバルトゥスは改めて、ラントロックに言った。

 「とにかく様子を見に行くぞ」

 「大丈夫なの?」

 「大丈夫なのか、大丈夫じゃないのか、それを確かめに行くんだよ」

そう言うと、コバルトゥスはラントロックに鞘に収められた鋭利な短剣を1本渡す。

 「自分の身は、自分で守るんだぞ」

ラントロックは緊張した面持ちで、両手で短剣を受け取り、無言で小さく頷いた。
2人は部屋から廊下に出て、周囲の様子を窺う。
コバルトゥスはラントロックに尋ねる。

 「未だ泣き声が聞こえるか?」

その問をラントロックは不審がった。

 「聞こえるけど……。
  もしかして、小父さん……、聞こえないの?」

怪訝な顔で、そう問われた物だから、コバルトゥスは少し気不味くなる。

 「ああ、俺には全く聞こえない。
  どの方角から聞こえるんだ?」

 「何で聞こえないの?
  耳が遠くなった?」

率直な疑問を打付けるラントロックに、彼は向きになって言い返す。
0467創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/01(土) 20:07:01.46ID:voV9dwM7
 「言っておくがな、俺は耳の良さには自信があるぞ。
  大体、精霊魔法も使えるんだから、音を拾う位は簡単に出来るんだ。
  その俺が、精霊魔法を使える俺がだぞ?
  子供の泣き声を聞き逃すってのが、どう言う事なのか、少しは考えてみろよ」

そう言われてラントロックは自分なりに考え、答を出した。

 「詰まり、今聞こえてる泣き声は魔法か何かって事?」

コバルトゥスは頷く。

 「普通に考えればな。
  特定の者にしか聞こえない様にして、誘き出そうとしてるんだ。
  ……それで泣き声は、どの方向から聞こえて来る?」

 「あっちだよ。
  少し遠い……かな」

彼の問い掛けに、ラントロックは廊下の左側を指した。
ホテルの廊下は夜中でも、弱い明かりが点いている。
真っ暗と言う事は無い。
しかし、少なくとも廊下には誰も居ない。
本当に何も聞こえないコバルトゥスは、改めてラントロックに尋ねた。

 「本当に聞こえるんだろうな?」

 「こんな時に、嘘は言わないよ」

コバルトゥスとラントロックは、泣き声のする方に向かう前に、リベラとヘルザの部屋を訪れる。
彼女等の部屋はコバルトゥスとラントロックの部屋の左隣だ。
コバルトゥスは戸を叩いて、呼び掛ける。

 「リベラちゃん、開けてくれ」
0468創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/02(日) 18:35:22.05ID:WC9sUPys
合流した4人は、互いの顔を見合って、無事を確認した。
リベラとヘルザは不安気な顔で、時々廊下を見詰めている。
それを不審に思ったコバルトゥスは、2人に問う。

 「どうしたんだい?」

それにリベラが答えた。

 「……子供の泣き声が煩くて」

 「我慢出来ない位?」

コバルトゥスが尋ねると、リベラとヘルザは同時に頷く。
彼はラントロックにも尋ねた。

 「ラントもか?」

 「いや、俺は正直そこまでは……。
  煩いとは思うけど」

人によって聞こえ方が違うのかと、4人は考える。
リベラとヘルザ、そしてラントロック、コバルトゥスの順に、子供の泣き声に誘われ易いのだろう。
そこでコバルトゥスは皆に提案した。

 「俺が様子を見に行こう」

3人は心配そうな顔をして彼を見る。

 「大丈夫だって。
  俺には子供の泣き声は聞こえない。
  詰まり、俺は誘いたい対象じゃない筈だ」
0469創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/02(日) 18:36:32.99ID:WC9sUPys
そう言う彼に、ラントロックが率直な疑問を打付けた。

 「そうじゃなくて……。
  小父さん、泣き声が聞こえないんだろう?
  それじゃ子供を探せないじゃん」

 「……そうかもな」

 「そうかもじゃなくてさぁ」

ラントロックは呆れる。
コバルトゥスは改めて、全員を見ながら相談した。

 「だったら、どうすれば良いと思う?」

そこでヘルザが怖ず怖ずと手を上げて発言する。

 「……皆で行って見れば良いんじゃないでしょうか?」

 「でも、もし操られでもしたら……」

コバルトゥスが懸念しているのは、そこだった。
特定の者にだけ聞こえる音は、催眠や誘導に利用される事が多い。
もし3人が同時に操られると、コバルトゥスだけでは守り切れない。
しかし、誰かを置いて行くのも心配だ。
残された者が操られたり、誘拐されたりする事も有り得る。
難しい顔をするコバルトゥスに、ラントロックが言った。

 「ヘルザの言う通り、皆で行ってみよう。
  義姉さんとヘルザが影響を受け易いなら、2人に何か異変が起きた時点で引き返す。
  それで良いじゃないか?」
0470創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/02(日) 18:37:51.17ID:WC9sUPys
ラントロックの考えに、コバルトゥスは頷いた。

 「そうだな、そうしよう」

話し合いの結果、4人は纏まって行動し、子供の泣き声の元に向かう。
コバルトゥスが先頭を歩き、リベラとヘルザは手を繋いで、ラントロックが殿を務める。
部屋を出たコバルトゥスは、左側を見て言う。

 「泣き声は、こっちで合ってるんだよな?」

 「はい」

リベラとヘルザは同時に答えた。
コバルトゥスは魔力の流れを読みながら、慎重に廊下の左端を進む。
彼の魔法資質には、特に反応は無い。

 「誰も居ないみたいだが……」

コバルトゥスは一度後ろを振り返った。
怯えた様な緊張した顔のヘルザとは違い、リベラは真っ直ぐ暗闇の先を見詰めている。
丸で、他の何も見えていないかの様に。

 「リベラちゃん?」

コバルトゥスが心配して声を掛けても、彼女は反応しない。

 「どうしたの?
  もしもし?」

彼はリベラの目の前で手を振った。
リベラは吃驚して身を引く。
0471創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/03(月) 18:53:17.70ID:j9zrTzQY
彼女は慌ててコバルトゥスを見た。

 「あっ、はい、何でしょう?」

 「いや、何って……。
  大丈夫かい?」

 「えっ、ええ。
  一寸、呆っとしてました……」

コバルトゥスは足を止めて、リベラを怪しむ。

 「眠いの?」

 「そんな事は……あるかも知れませんけど……」

彼はリベラが最も惑わされ易いのではと心配した。

 「止めとこうか?
  態々こんな夜中に行かなくても……。
  もっと準備が出来てからでも良い」

リベラは足手纏いになりたくないと、彼の提案を拒否する。

 「だ、大丈夫です」

 「大丈夫には見えないから言ってるんだぜ」

コバルトゥスは呆れて小さく溜め息を吐いた。
0472創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/03(月) 18:54:18.36ID:j9zrTzQY
彼の考えにラントロックも賛成する。

 「義姉さん、小父さんの言う通りだよ。
  体調が良くないなら、日を改めよう。
  何も今絶対に仕留めないと行けない訳じゃないんだ」

ラントロックもリベラを危険な目には遭わせたくなかった。
ヘルザも同調する。

 「止めておきましょう、リベラさん。
  私も怖いですし……」

3対1では無理を言って通す事は出来ない。
リベラは大人しく引き下がる。

 「解りました……。
  そうですね、確り準備を整えてからの方が良いですね」

それで一行は元の部屋に戻る。
子供の泣き声は気になるが、全員気にしない様にした。
勿論、誰も抜け駆けは禁止だ。
独りで泣き声の正体を探ろう等と考えてはならない。
コバルトゥスは全員が一旦部屋に戻ったのを見届け、最後に入室してラントロックに言う。

 「ラント、これから寝ずの番を立てるぞ」

もう休む物だと思っていたラントロックは、少し不安そうな顔をした。

 「夜中に敵が襲って来るかも知れないって?」
0473創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/03(月) 18:56:11.14ID:j9zrTzQY
彼の問にコバルトゥスは小さく頷く。

 「それもあるが、何より女の子2人が心配だ。
  窃(こっそ)り部屋を抜け出さないとも限らない」

 「そんな危険な事はしないと思うけど……」

 「自分の意思でするとは限らないぞ。
  君は、お姉さんの異変に気付かなかったのか?」

 「異変?」

 「一寸、様子が奇怪しかっただろう?」

コバルトゥスに言われて、ラントロックはリベラの様子を思い返すが、彼は殿だったので、
表情までは見られなかった。

 「どう言う事?
  義姉さんに何か変な所が?」

 「俺の推測だが、子供の泣き声には人を誘う効果がある。
  それも意識を奪って、催眠術に掛ける様に」

 「マジで?」

 「だから、見張りが必要だと言うんだ。
  これから俺と君と2人で、隣の部屋の前で番をする。
  どちらか片方が眠ったら、片方を起こす。
  俺は眠らないと思うけど、念の為な」

 「わ、解った」

コバルトゥスとラントロックは頷き合い、無人の廊下に出て、リベラとヘルザが居る部屋の前で、
寝ずの番をする。
0474創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/04(火) 19:39:02.01ID:hWAu8Dv6
それから数点後に、ラントロックは壁に縋って座り込み、空(うつ)ら空(うつ)らし始めた。
コバルトゥスは肩を叩いて彼を起こす。

 「おい、ラント、寝るな。
  お姉さんが、どうなっても良いのか?」

 「よ、良くない……」

ラントロックは眠気を堪えて起きていようとするが、限界の様で、返事に気力が無い。

 「小父さんは眠くならないの……?」

 「精霊魔法があるからな。
  眠気は心身の疲労から来る物だ。
  活力の魔法で、体力を維持し続ければ、問題無い」

 「ムー……、狡いぃ……」

 「こら、起こしてやるから確りしろ」

コバルトゥスはラントロックの頭を鷲掴みにすると、精霊魔法で彼に活力を与えた。
眠気が引いて、目が冴える感覚に、ラントロックは驚く。

 「あっ……。
  凄いね、小父さん。
  こんな事も出来るんだ」

 「大した事は無い。
  この位なら、君の親父さんにだって出来るぞ。
  寧ろ、余り魔力を使わない、こう言う魔法なら、俺より得意なんじゃないかな」

 「親父が?」

父親は魔法に関しては無能だとばかり思っていたラントロックは、コバルトゥスの言葉に、
意外そうな顔をする。
0475創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/04(火) 19:39:36.37ID:hWAu8Dv6
コバルトゥスは逆に意外そうな顔をして問うた。

 「あの人が魔法を全く使わないって事は、考えられないけどな……。
  お父さんに寝かし付けて貰った事とか、起こして貰った事とか無いのか?」

ラントロックは過去を回想したが、そもそも彼は父親が嫌いだったので、何時も母と一緒だった。
寝るのも父よりは母の側の方が良かったし、母が起きれば自分も起きた。

 「無いよ、そんなの」

 「へー、意外だな。
  あの人の事だから、結構な子煩悩だと思ってたのに」

 「……親父は余り家に居なかったし」

彼の父ワーロックは母カローディアの病を治す為に、方々を訪ねて回っていた。
もし母が健康だったら、どうだったのだろうとラントロックは思う。

 (いや、でも俺は親父が嫌いだったし、そう変わらないかも)

彼は小さく溜め息を吐いて、昔の事は考えない様にした。
そんな彼をコバルトゥスは横目で見遣り、複雑な家庭事情なんだなとワーロックの心労を思う。
その時、部屋のドアが内側から開けられた。
コバルトゥスとラントロックが、何だろうと振り向くと、リベラが出て来る。

 「リベラちゃん?」

 「義姉さん、どうしたの?」

2人は呼び掛けたが、リベラは反応せずに廊下に出て、左側に向かおうとする。
0476創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/04(火) 19:40:52.59ID:hWAu8Dv6
コバルトゥスは体を張って、彼女の行く手を塞いだ。

 「待った!
  リベラちゃん、正気じゃないな!?
  目を覚ますんだ!」

彼はリベラの両肩を掴み、体を揺する。
その後にヘルザも部屋から出て来た。
ラントロックは目を剥いて、ヘルザの片手を引っ張って、引き留める。

 「ヘルザ!!
  どこに行くんだ!?」

リベラとヘルザは虚ろな目をして、正気に戻る気配が無い。
ラントロックはヘルザを魅了する事にした。

 「ヘルザ、俺の声を聞くんだ!」

彼はヘルザを抱き留めて、どうにか彼女から反応を引き出そうとする。

 「俺を見ろ!」

ラントロックはヘルザを振り向かせて、瞳を正面から見詰めた。
しかし、彼女の目は虚ろな儘だ。
ペタペタと軽く頬を叩いても、反応が無い。
困ったラントロックはコバルトゥスに助言を求めた。

 「お、小父さん、どうすれば良い!?
  何かに操られてるみたいだ!」

 「そんなの俺が知りたい位だ!
  ラント、2人を操っている物は何だと思う!?」
0477創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/05(水) 18:57:39.96ID:rBhOqhYw
コバルトゥスに尋ねられて、ラントロックは思い至った。
恐らく2人を操っている物は、子供の泣き声だ。
それは実際の音では無くて、魔法的な物だとコバルトゥスは言っていた。

 「小父さん、音だ!
  子供の泣き声が2人を操ってるんだよ、多分!」

 「良し、ラント、何とかしろ!」

 「えっ、俺がっ!?」

何とかしろと言われて、ラントロックは大いに困惑した。
精霊の力を借りて、多くの魔法を使えるコバルトゥスの方が、こうした事の対処は得意だと、
ラントロックは思っていただけに、自分に任せようとするとは思わなかった。
コバルトゥスは理由を話して、ラントロックを急かす。

 「君にしか出来ない!!
  俺には子供の泣き声は聞こえないんだ!
  聞こえない物に対処する事は難しい!」

自分にしか出来ないと言われて、ラントロックは困ったが、とにかく何とかしなければならないと、
懸命に対処方法を考えた。

 (ど、どうすれば良い……?
  俺には音を操る事なんて出来ない……。
  でも、この泣き声は音じゃないのか?
  人によって聞こえる、聞こえないがあるなら、テレパシーみたいな物?
  それなら……!)

数極思案した後に、ラントロックは覚悟を決めて自分の考えを試す。
0478創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/05(水) 18:58:36.66ID:rBhOqhYw
彼は泣き声から魔力の波長を探り、同調しようとする。

 (屹度、小父さんでも判らない位の、幽かな魔力の流れがあるんだ。
  それでも俺達には確り届く位の、絶妙な調整が為されている)

ラントロックは自分の子供の頃を思い返した。
大声で泣いて誰かの気を惹こうをする気持ちを。

 (誰を呼んでいるんだ?
  寂しくて泣いているのか?
  それとも怖くて泣いているのか?)

魔力の同調は精神に影響する。
余り深く探ろうとすると、リベラやヘルザの様に洗脳される可能性がある。
それでもラントロックは気にしなかった。
彼は魅了の魔法使い。
魅了の能力は常に自分を中心に置くが、相手を惹き付ける事は、自分も惹き付けられる事。
それを知っている彼は、魅了されない。

 (来い。
  俺は、ここに居る)

ラントロックは相手を呼び寄せた。
廊下の魔法の明かりが突如消えて、真っ暗になる。

 「な、何が起こった!?」

驚くコバルトゥスにラントロックは冷静に告げる。

 「小父さん、来るよ」

2人は廊下の端を睨んで、迫り来る物を待ち構えた。
0479創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/05(水) 18:59:59.06ID:rBhOqhYw
それは真っ黒な巨人だった。
高さと幅が1身半のホテルの廊下一杯に、その巨体を押し詰める様に、緩りと歩いて姿を現す。
その異様さにラントロックは恐怖した。
一方でコバルトゥスは不敵に笑う。

 「ラント、よくやった!
  姿さえ見えれば、何と言う事は無いぞ」

彼は魔法剣で巨人の体を横一文字に切り裂く。
……だが、切断面は直ぐに癒着してしまう。
適当に体を傷付けるだけでは、この真っ黒な巨人は倒せないのだ。
その程度は想定していたコバルトゥスは、然程驚愕も落胆もせずに、ラントロックに尋ねた。

 「『核<コア>』を叩かないと駄目か……。
  ラント、核の位置までは判らないか?」

 「判るよ」

ラントロックは巨人の体内に、泣き声を発している本体を見ていた。
彼は巨人の腹を指差して示す。

 「あれだ。
  巨体の中に、小さな子供が居る」

 「子供?」

 「……ああ、子供だ。
  人間の子供に似ている……けど、人間じゃない。
  魔法使いの子供?
  子供の魔法使い?」

コバルトゥスは一刀両断して良い物か、少し迷った。
0480創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/06(木) 19:08:35.91ID:dFGv/OMP
しかし、リベラとヘルザをこの儘にしては置けない。
どちらにしろ、ここで止めを刺す以外の選択は無いと、コバルトゥスは思い切った。

 (恨んでくれるなよ)

彼はラントロックの指差した先を睨んで、魔法剣を振るう。
だが、黒い巨体は倒れないし、崩れ落ちもしない。
再び切断面が癒着して、何事も無かったかの様に歩き出す。

 「攻撃が効かない!?」

驚愕するコバルトゥスに、ラントロックは嫌に冷静に言った。

 「そうみたいだ」

この手の敵を倒すには、魂を切り捨てなければ行けないが、コバルトゥスには子供の正体が判らない。
黒い巨体の中に紛れて、正体が上手く掴めないのだ。
ラントロックは判っている様だが、残念ながら2人は意識を共有する技を持っていない。

 「小父さん、どうする?」

 「どうするって……。
  何だ、妙に冷静だな?」

 「もう泣き声は聞こえないよ」

子供はラントロックの姿を認めて、泣き止んでいた。
リベラとヘルザも正気には戻っていない物の、謎の黒い巨体に向かって進もうとはしていない。
その場に立ち尽くしているだけだ。

 「どうなってるんだ?」

 「寂しくて泣いてたみたいだ。
  でも、俺達を見付けて、少し安心してる」
0481創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/06(木) 19:09:30.45ID:dFGv/OMP
ラントロックの説明を聞いたコバルトゥスは、眉を顰める。

 「止めてくれよ、攻撃し難くなるだろう……」

 「この子の気配はマトラと似ている。
  マトラが生んだ物なのかも知れない」

 「マトラって、ルヴィエラの事だったな」

 「マトラが近くに居るかも知れない」

ラントロックの発言に、コバルトゥスは吃驚して、周囲を見回した。
それらしい気配は感じられないが、とにかくルヴィエラは強大な敵だ。
こんな所で戦う訳には行かない。

 「ルヴィエラの眷属なら、明かりに弱い筈だ。
  A17!!」

そう考えたコバルトゥスは、精霊魔法で闇の巨人を明るく照らし出した。
闇の巨人は少し怯み、数極後に再び泣き始める。
今度はコバルトゥスにも確り聞こえた。

 「ギャーーーー!!」

丸で、全てを絞り出すかの様な、大きな泣き声に、コバルトゥスもラントロックも怯む。

 「お、小父さん、明かりを消して!」

 「いや、こいつを倒すには……」

2人が、そんな事を言い合っている内に、闇の巨人は見る見る萎んで行き、ホテルの廊下の床に、
滲み込む様に姿を消した。
0482創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/06(木) 19:12:02.89ID:dFGv/OMP
それと同時に廊下の明かりが戻り、リベラとヘルザが正気に返る。

 「あ、あれ……?
  コバルトゥスさん?」

リベラはコバルトゥスが目の前に居る事に驚き、次いで、ここが廊下だと言う事実に驚く。

 「えっ、私……廊下に……?」

ヘルザはラントロックに抱き締められて、赤い顔で俯ている。
コバルトゥスは苦笑いしながら、リベラに事情を説明した。

 「大変だったんだぜ。
  君とヘルザが急に廊下に出てさ。
  危うく、2人まで行方不明になる所だった」

 「そうだったんですか……」

リベラは彼の説明と、子供の泣き声が聞こえなくなっている事から、状況を理解して安堵する。
一方、ラントロックはヘルザに話し掛けた。

 「ヘルザは大丈夫?
  気分が悪いとか、そう言う事は無い?」

 「も、もう大丈夫だから……」

彼女は消え入りそうな声で答える。

 「本当に?」

どうしてヘルザの様子が奇怪しいのか気付かない、鈍感なラントロックに対して、リベラが指摘する。

 「ラント、何時まで抱き付いてるの?」

 「あっ、御免、そう言う積もりじゃなくて」

ラントロックは慌ててヘルザから離れた。
0483創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/07(金) 18:38:09.90ID:emkR2SP2
それから改めて、リベラとヘルザは部屋に戻る。
コバルトゥスとラントロックは引き続き、2人して部屋の前で番をした。

 「安心して眠ってて良いぜ。
  もう奴は出て来ないだろう」

コバルトゥスはラントロックに、そう勧めたが、ラントロックは首を横に振る。

 「未だ起きてるよ。
  何だか心配だし」

欠伸しながら言うラントロックを見て、コバルトゥスは微笑ましく思った。
ラントロックは若くても男子なのだ。
恐らくは、リベラやヘルザを守れる事を、名誉に感じているのだろうと。
しかしながら、眠気には勝てずに、数点後には船を漕ぎ始める。
コバルトゥスは彼を起こす事はしなかった。
4角後に空が白み始め、朝が訪れる……。
朝の陽射しを受けて、ラントロックは漸く目を覚ます。

 「おう、お疲れだったな」

コバルトゥスが声を掛けると、彼は気不味そうな顔をした。

 「小父さん……。
  義姉さん達は?」

 「大丈夫、何も無かった」

コバルトゥスの言葉に、ラントロックは安堵する。
0484創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/07(金) 18:39:17.10ID:emkR2SP2
それから一行はホテルから出て、魔導師会との接触を図った。
行方不明事件の犯人は、反逆同盟の謎の魔法使いだと言う事を報せる為に……。
ティナー魔導師会の支部を訪れた一行は、親衛隊を呼んで貰い、これまでの経緯を説明する。

 「――と言う訳だ」

 「成る程、お話は解りました」

男性の親衛隊員は、コバルトゥスの説明に納得したが、その表情は険しかった。
彼の反応にリベラやラントロックは、一体何が不足しているのかと不満そうな顔をしていたが、
コバルトゥスには何と無く解る。
コバルトゥスは敢えて、否定的な言葉を掛けた。

 「余り役に立たない情報だったかな?」

 「いえ、決して、その様な事は……」

取り繕った様な親衛隊員の態度を、リベラもラントロックも不審に思う。
コバルトゥスは親衛隊員を擁護する様に、独り語りを始めた。

 「本音は判ってるんだ。
  そう格好付けなくて良いぜ」

 「どう言う事ですか、コバルトゥスさん?」

リベラはコバルトゥスに質問した。
彼は咳払いを一つして、解説する。

 「敵が誰とか判った所で、手の打ち様が無ければ同じって事さ。
  相手は神出鬼没。
  夜中に現れて、特定の者だけを誘い出す。
  そんな奴から、どうやって皆を守れば良いんだ?
  都市警察と執行者を総動員させても、市民を一人一人警護するなんて出来ないのに」
0485創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/07(金) 18:41:43.23ID:emkR2SP2
リベラもラントロックも魔導師会側の事情を理解して、難しい顔になる。
親衛隊員は慌てて弁解した。

 「いえ、我々にも考えはあります。
  貴方々の御報告は無駄ではありません。
  謎の泣き声は、子供の魔法使いが発している物。
  それには真面な攻撃は効かないけれど、明かりには弱いと言う事。
  そして、泣き声が聞こえる者は、思考を操られる可能性がある事。
  これ等の情報は貴重で、有効に活用出来ると思います。
  御協力、感謝致します」

深い礼をする彼に、リベラとラントロック、それとヘルザも否々(いえいえ)と謙遜する。
そして魔導師会の支部を後にした一行は、改めて行方不明事件をどう解決すべきかを相談した。
場所は市内の喫茶店。
4人で1つの『卓<テーブル>』を囲み、ああでも無い、こうでも無いと駄弁る。

 「どうやって犯人を捕まえましょう?」

リベラの問に、コバルトゥスは気の無い様子で答える。

 「別に俺達が本気になる必要は無いと思うけどな。
  必要な情報は提供したし、後は魔導師会に任せて良いと思う」

 「コバルトゥスさん、真面目に考えて下さい!」

 「いや、慈善事業ってのは、どうも性に合わなくて。
  何か褒美とか褒賞とか、見返りが無いとさ」

ラントロックはコバルトゥスを弁護した。

 「でも、義姉さん、俺達だけだと危険だと思う。
  義姉さんもヘルザも、子供の泣き声に正気を失ってたじゃないか……」

 「それは……」

そう言われるとリベラは弱い。
事に対して無力な自分は、解決とは逆に足を引っ張り兼ねないのは事実だ。
0486創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/08(土) 18:13:46.26ID:ufbRe92z
コバルトゥスは涼しい顔で言う。

 「何でも自分の手で何とかしようって思うのは、傲慢だよ。
  出来る事は出来る、出来ない事は出来ない。
  それは仕方の無い事さ。
  犯人を捕まえる事に拘るより、今の自分に出来る事を考えた方が良い」

それに対してリベラは確り言い返した。

 「だったら、出来る事を考えましょうよ」

だが、誰も妙案がある訳では無い。
困った困ったと唸るばかりで、一向に答は出ない。
コバルトゥスは、それでも良いと思っていた。
何の計画も無い儘、下手に動き回って危険な目に遭うよりは、現状の方が増しと言う考えである。
そんな彼に、リベラは強く言う。

 「コバルトゥスさんも!
  真剣になって下さい!」

 「俺を真剣にさせたいなら、御褒美をくれよ」

軽薄な態度のコバルトゥスに、リベラは嫌な顔をした。
それでも彼は動じない。
そうする事が彼女の安全に繋がると信じているから、嫌われても構わないのだ。
少し心は痛むが、彼は大人だった。
徒に時だけが過ぎ、リベラの心には焦りばかりが募る。
ヘルザもリベラと概ね同じ気持ちだったが、彼女は自分の無力をより強く自覚しているので、
積極的に何かをしようとまでは考えてない。
そしてラントロックはコバルトゥスと同じ気持ちだ。
実質リベラ独りで考えている様な物なので、妙案が浮かぶ可能性は低い。
0487創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/08(土) 18:14:37.32ID:ufbRe92z
その頃、ティナー市には旅商の男ワーロック・アイスロンも到着していた。
彼も又、行方不明事件の事を聞き付けて、この街に来たのである。

 (懐かしいな……)

若き頃の亡き妻との思い出が残るティナー市で、ワーロックは物思いに耽りながら、市内を散策する。

 (やっぱり都会だけあって、景色の移り変わりが激しい。
  昔の思い出を探すには、少し寂しい所だ)

十数年も経てば、古い店は潰れて、新しい店が出来ている。
余程の老舗か大企業でも無い限り、長生きは出来ない。
それを彼は寂しく思っていた。
嘗てを懐かしむ心を置き去りにして、人も街も変わって行く。
良くも悪くも、それが大都会ティナーなのである。
ワーロックは魔導師会の支部に立ち寄って、ここで起きている事件の詳細を尋ねた。
そこで男性の親衛隊員に、この街には彼の子供達も訪れている事を教えられる。

 「リベラ達が、この街に?」

 「そうです。
  皆さん、噂を聞き付けて集まられたと言う事は、他の地方とかでも結構大きなニュースに、
  なっているんでしょうか?」

 「いえ、扱い自体は、そこまで大きくはありませんが……。
  色々と大変だと言う事は聞いています」

 「ウーム、他地方からの客足も遠退いているらしいですからね」

 「どこでも同じですよ。
  他だって、反逆同盟の襲撃を受けていますから。
  田舎に疎開すれば大丈夫って訳でもありませんし……。
  どこも外出や遠出は控えています」

2人は世間話をしながら、現状を憂う。
0488創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/08(土) 18:15:27.88ID:ufbRe92z
反逆同盟の活動が活発になるのに反比例して、唯一大陸の経済活動は縮小して行っている。
この状況が続くのは好ましくないと誰もが思っている。
それに対する不満は魔導師会に向けられる。
多くの利益を独占し、様々な規制を掛けているのに、何時までも事態を解決出来ないのは何事か、
こんな時の為の魔導師会では無いのかと……。

 「それで事態解決の目処は立っているんでしょうか?」

 「いえ、それが……」

 「ああ、簡単に解決出来るなら、こんな事にはなっていませんよね……」

ワーロックと男性親衛隊員は、同時に視線を落とした。
反逆同盟は手強い。
どれだけの規模を持っているのかも、定かでは無い。
何しろ、悪魔公爵のルヴィエラが長なのだ。
彼女が果たして、どこまで本気なのかと言う事も関係して来る。

 「取り敢えず、私も独自に調べてみます。
  何か判った事や、新しい発見があったら、報告します」

 「お願いします。
  しかし、1つ忠告が……」

 「何でしょう?」

 「子供の泣き声が聞こえても、安易に近付いて、正体を確かめようとしないで下さい。
  どうも洗脳されるか、意識を乗っ取られるかされるみたいで……」

 「解りました」

こうしてワーロックはティナー市内の調査に乗り出した。
0489創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/09(日) 20:04:54.71ID:6a9rigG9
調査と言っても、特に何か当てのある訳でも無いワーロックは、その辺を彷徨(うろつ)いて、
怪しい者が現れないか見張る事位しか出来ない。
こんな時には音の魔法使いレノックを頼りにしたい所だが、彼はルヴィエラに囚われてしまった。

 (今まではレノックさんが各方面で調整をしていた。
  これからは『音石<サウンド・ストーン>』君が、その役割を代行する事になるだろう。
  だが、音石君はノレックさんの分身で、同等の知識を持っていても、やはり能力では劣る。
  ササンカさんが付いているとは言え、中々以前の様にとは行かない。
  私も何か役割を果たすべきだろうか……)

これまでワーロックは魔導師会とは少し距離を置いて来たが、そうも言っていられない状況なのかと、
考える様になっていた。
しかし、魔導師会は良くも悪くも杓子定規で融通が利かない。
反逆同盟の者が相手ならば、生死を問わず止め様とするだろう。
もう少し魔導師会側に余裕があれば違ったかも知れないが……。
そんな難しい事を考えながら、ワーロックが街を歩いていると、偶然にもリベラ等を見掛けた。
一行は彼には気付いていない。

 (……魔法資質が低いから、気付かれないのかな?
  こちらから声を掛けて、皆と協力して調査を進めるべきだろうか?
  しかし、巻き込む事になってしまっては行けない。
  それに確か、私は独りで家に帰っている事になっているんじゃなかったか……?
  ウーム、こんな所で浮ら浮らしている姿を見られる訳には行かないな)

ワーロックは忍び足で、リベラ等から距離を取る。
そうこうしている内に徒に時は過ぎ、日が暮れようとしていた。
執行者や都市警察は市内を巡回して、市民に早く帰宅する様に呼び掛けている。
そこで素直に呼び掛けに応じる市民ばかりでは無い。
逆に執行者や都市警察に食って掛かり、お前達が守れば良いじゃないかと反論する者も居る。
0490創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/09(日) 20:05:44.91ID:6a9rigG9
ワーロック自身も都市警察に呼び掛けられた。

 「貴方も早く家に帰って下さい。
  最近、行方不明事件が起きているんです。
  夜の独り歩きは危険ですよ」

 「家に帰れと言われても、私は旅行者なので……」

 「旅行?」

旅行者と聞いて、警官は怪しんだ。
反逆同盟の暗躍で、大陸各地で大きな事件が起きている現状、他地方に旅行しようと言う者は、
中々現れない。
それも現在進行形で事件発生中のティナー市に……。
ワーロックは直ぐに弁解する。

 「ああっと、旅の商人です」

 「商人?
  行商の許可証は?」

 「あります、あります」

彼は警官に許可証を見せた。
それが本物である事を確認した警官は、怪しみながらも礼を言う。

 「有り難う御座いました。
  しかし、何故このティナー市に?」

 「何故と言われても……。
  私も商売ですから」

警官は呆れた顔をして溜め息を吐く。
0491創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/09(日) 20:07:15.72ID:6a9rigG9
ワーロックは気不味い思いをしたが、取り敢えず、この警官と話をしてみる事にした。

 「どんな状況なんですか?」

 「状況って?」

 「事件の解決とか」

 「分かりません。
  私は下っ端ですから。
  市民に安全を呼び掛ける以上の事は何も」

市街地で市民に早い時間での帰宅を促す様な、現場で小さな事をする警官に、全体の事は解らない。
それは仕方の無い事だ。
ワーロックは気にせず、続けて問い掛けた。

 「夜になると何が起こるんですか?」

 「子供の泣き声が聞こえるらしいんです」

 「男の子、女の子?」

 「……判りません。
  私は未だ聞いた事が無いので。
  そもそも男の子と女の子で、そんなに泣き声が違いますか?」

 「ウーーーーム、そんなに変わらないですかね、小さい子なら。
  その子供の泣き声が、どうかしたんですか?」

彼の疑問に警官は素直に答える。

 「子供の泣き声が聞こえても、無視して下さい。
  泣き声の正体を確かめようとして、行方不明になった人が多いので」
0492創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/10(月) 19:21:52.94ID:X+OvmoKc
ワーロックは少し思案した後に頷いた。

 「解りました。
  子供の泣き声ですか……」

その様子に不安を覚えた警官は、再び警告する。

 「絶対に無視して下さいよ」

 「え、ええ、はい」

 「もう宿は決まっていますか?」

 「はい、ああ、いえ、未だです」

 「この辺には当日宿泊を受け付ける所は少ないので、気を付けて下さい。
  あっ、でも、今なら大丈夫かも知れませんね。
  とにかく、早い所、宿を決めて下さい」

 「解りました、有り難う御座います」

ワーロックは自分から話を打ち切って、警官と別れた。
警官は去って行く彼を不安気な目で見送る。
執行者と都市警察の面子に懸けて、これ以上の犠牲者を出す事は許せないのだ。
それからワーロックは適当な安いホテルの部屋を取って、夜の街を徘徊する事にした。
警官の忠告を忘れた訳では無いが、怖い怖いと言っていては、敵の正体は掴めない。
温い風が吹く不気味な夜、彼は人気の無い街を歩く。
眠らない街と言われるティナー市も、最近の事件を受けて、街明かりは抑え目だ。
深夜まで営業している店もある事はあるのだが、例日の4分の1か、5分の1程度。
何時もは通りを埋め尽くす程の、夜中の出店や屋台は全く見られない。
年の暮れの終末週宛らである。
0493創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/10(月) 19:22:12.48ID:X+OvmoKc
そんな状況でも、夜中に街を歩く者は少なくない。
寧ろ、こうした風情を楽しむ不謹慎さが、ティナー市民の証明の様な物だ。
1人や2人では心細いから、集団で街に繰り出す。
都市警察や執行者の巡回も居るので、何を恐れる事があろうかと、変に大胆になっていたりする。
流石に未成年の姿は見られないが、質の悪い酔っ払いの集団は、相変わらずである。
ワーロックは昔馴染みの店に寄ろうと考えていたが、やたら人の入りが多くなって混雑していたので、
そこを避けた。
寂れた雰囲気が気に入っていたのだが、他所の店が閉まっていれば、開いている店に雪崩れ込むのは、
極普通の事。
店側としては、予想外の客入りに喜んでいる事だろう。
ワーロックは空いている店を探したが、中々そう言う所は無い。
客に対して店が少ないのだ。
仕方無く、出来るだけ人気のある通りを、ワーロックは選んで歩く。
単独で事態に対処しようと考える程、彼は無謀では無かった。
時間は過ぎて、北の時が近付く。
彼は子供の泣き声を聞いた。

 (誰だ、子供を連れて歩いている奴は……)

常識知らずの者が子供を連れて夜歩きしていると、最初ワーロックは思った。
しかし、直後に親衛隊員や警官の言っていた事を思い出す。

――子供の泣き声が聞こえても……。

ワーロックは周囲を見回し、声の出所を探った。
それは、どうやら真っ暗な裏通りから聞こえている様だった。

 (これは絶対に罠だぞ……)

彼は確信する。
もし子供の泣き声が聞こえるなら、普通は人の多い店の中か、大きな通りの筈だ。
0494創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/10(月) 19:22:59.15ID:X+OvmoKc
ワーロックは落ち着かない様子で、周囲の人々の反応を探った。
しかし、通り過ぎる人々は、余り子供の泣き声を気にしていない様だ。

 (聞こえていないのか?
  それとも、敢えて無視しているのか?)

気になった彼は、偶々近くを通り掛かった若者の集団に声を掛ける。

 「済みません」

 「……何ですか?」

若者達は急に声を掛けて来たワーロックに驚き、真面真面(まじまじ)と彼を観察する。
ワーロックは勢いに任せて、怯まず問い掛けた。

 「子供の泣き声が聞こえませんか?」

 「えっ、泣き声……」

若者達は互いに顔を見合わせて、蒼褪める。

 「い、いや、聞こえませんよ。
  何言ってるんですか……」

気の狂(ふ)れた者を見る様な目で、若者達はワーロックから距離を取る。
その儘、若者達は去って行った。

 (聞こえていない……?
  私にだけ聞こえているのか?
  誘う標的を絞っている?)

自分だけが狙われているのでは無いかとワーロックは考えて、独り恐々とする。
0495創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/11(火) 19:08:31.16ID:VdvLqwiG
子供の泣き声は益々大きくなる様だ。
ワーロックは段々不安を掻き立てられる。
それは恐怖とは別の感情。

 (この泣き声は本当に敵の罠なのか?
  もしかしたら、本当に子供が泣いているだけと言う事も……)

これを無視する事はワーロックには出来そうに無かった。
そう思ってしまう時点で、軽い洗脳状態にあるのだが……。

 (とにかく様子を見てみよう)

ワーロックは魔法の蘭燈を持って、泣き声の元に向かう。
好奇心と言うよりは善意からの行動だ。
万に一つの可能性を排除し切れないのだから。
ワーロックは真っ暗な細い脇道に入り、裏通りへと出る。
蘭燈は明るいが、精々3身先までしか照らし出せない。
それに曲がり角の先も照らせない。
寧ろ、明暗の差で暗い部分は一層見え難くなっている。

 (泣き声は、こっちの方向で合ってる筈……。
  未だ姿が見えないな)

ワーロックは周囲を気にしながら、慎重に足を進めた。
しかし、一向に子供の姿が見えないので怪しむ。

 (これは……遠ざかっている?
  誘われているのか)

暗闇が怖くて泣いている子供なら、明かりを見付ければ、そちらに向かう筈である。
それが逆に明かりから逃げているかの様なので、ワーロックは敵の罠だと確信した。
0496創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/11(火) 19:09:40.94ID:VdvLqwiG
 (ああ、馬鹿な事をしたな。
  罠だって判り切っていたのに……。
  でも、仕方が無い。
  本当に、そうだと確かめるまでは心が落ち着かなかっただろうからな)

踵を返そうとしていた彼は、今度は泣き声が近付いていると察した。

 (……出て来るか?)

その正体を見極めようと、ワーロックは足を止めて蘭燈を掲げ、暗闇の向こうを凝視する。
片手にはロッドを握り締めて、迎撃態勢は万全。
だが、泣き声は目と鼻の先から聞こえて来るのに、子供は姿を見せない。
そこに人が居ると言う気配があるだけだ。

 (正体を見られる事を恐れているのか?)

ワーロックは緩りとロッドを振り回し、三角形の魔法陣を描いた。
火属性、明かりの魔法だ。
彼は魔法陣を完成させると、ロッドを地面に叩き付けて、発動詩を唱える。

 「A17!!」

眩い閃光が奔って、暗闇の向こうに居る者の正体を照らし出した。
『輪郭<シルエット>』しか見えなかったが、それは小さな子供だった。
身長は半身と少し。
公学校に入るか入らないかと言う頃の背丈。

 「ギャアッ!!」

子供は閃光に怯んで、両手で顔を覆い、後退る。
泣き声は完全に止んだ。
0497創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/11(火) 19:11:28.94ID:VdvLqwiG
ワーロックは眉を顰める。

 (嘘泣き……だったのか?
  嘘泣きに釣られるとは……)

人の親でありながら、子供の泣き声の真偽も見極められなかった事に、彼は反省した。
彼はリベラとラントロックを育てた経験から、子供が吐く嘘を簡単に見破る位の観察眼は、
持っていた積もりだった。
実際には、そんな物は無くて、本当に「積もり」だっただけ。
ワーロックは落ち込んだ溜め息を吐いて、改めて暗闇の向こうを見る。
もう人の気配はしない。

 (逃げられたのかな?
  ……仕留め損なったと言うべきか、それとも逃げてくれて助かったと言うべきか)

今度こそ引き返そうと彼が踵を返すと、その先に白い『法衣<ローブ>』を着た人物が立っていた。
ワーロックは目を見張って足を止める。
何時の間に現れたのか、気配を丸で感じなかった。
緊張している彼に、白い法衣の人物は声を掛ける。

 「何者だ?」

 「えっ、何者って……。
  それは、こっちの台詞だ!」

低い女性の声にワーロックは驚いて逆に問う。
行き成り現れて、何者も何も無いだろうと。
一体どう言う立場の積もりで、白い法衣の女性が、そんな事を言うのか、全く理解不能だった。

 「お前は一般人では無いな?」

 「えぇ……?
  いや、一般人だけど……。
  他に何に見えるって言うんだ」

女性の問い掛けに、ワーロックは困惑する。
0498創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/12(水) 18:28:20.09ID:8LAItr7g
彼女は魔導師会の人間には見えない。
勿論、一般人にも見えない。
そうなると反逆同盟の者か、或いは反逆同盟と戦う側の者か、どちらかだ。
ワーロックは身構える。
彼の反応に、白い法衣の女性は静かに言う。

 「それが一般人では無い証拠だ。
  私を見て、逃げるでも無く、静かに戦闘の決意をしている」

 「貴女は何者なのか?」

ワーロックの問に、彼女は答えない。

 「人の質問に、同じ質問をし返すな。
  お前が何者か答えてくれたら、答えよう」

ワーロックは数極の思案の後、彼女の要求に応じた。

 「私は反逆同盟と戦う者」

 「やはり一般人では無かったか……」

 「いや、一般人だ。
  魔導師では無い」

彼の言い分を白い法衣の女性は本気にしない。

 「魔導師では無いだけで、一般人でも無いのだろう?」

 「いや、一般人だ。
  共通魔法社会で暮らす、1人の共通魔法使いだ」

そうワーロックが言い切ると、白い法衣の女性は、困惑した様に沈黙した。
0499創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/12(水) 18:28:58.86ID:8LAItr7g
彼女は自信の無さそうな声で、ワーロックの正体に関する考察を披露する。

 「詰まり……。
  詰まり、こう言う事か?
  お前は魔導師でも無いのに、独自の判断で反逆同盟と戦おうとしているのか?
  そんな事を魔導師会が許す訳が無いと、知っていながら?」

 「いや、魔導師会と連絡は取っている。
  しかし、私は一般人と言うだけだ」

 「民間の掃除屋か何か?
  そんな物があるか知らないが……」

 「それも違う。
  仕事ではない。
  どちらかと言うと、ボランティアだ」

 「魔導師会は人手不足なのか……。
  それとも……」

 「確かに、魔導師会は人手不足だ。
  特に外道魔法に関する知識が豊富な人材に関しては」

 「お前は民間の研究者か?
  外道魔法の?」

 「違う。
  少し外道魔法使いと交流があるだけの者だ」

散々推理を外した白い法衣の女性は、ワーロックの答に興味を持った。

 「お前は共通魔法使いでありながら、外道魔法使いとも知り合いなのか……。
  それでは私の話を聞いた事はあるか?」
0500創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/12(水) 18:30:39.19ID:8LAItr7g
そう言いながら彼女はローブのフードを剥いで、目元を覆う『仮面<マスク>』を着けた顔を晒す。
ワーロックは彼女に見覚えが無い。
仮面の女の怪談や昔話は幾つか知っているが、どんな外道魔法使いだとかは聞いた事も無い。

 「……貴女は誰なんだ?
  全然話を聞いた事も無い」

 「未だ何も言うとらんがぞね」

 「あ、はい」

仮面の女性は昔話をする様に語り始める。

 「石女(うまずめ)の魔法使いの話だ。
  呪詛の瞳で見る物を全て石に変える」

 「石化の魔眼とか、石化能力を持つ魔物の伝説なら知っているが……」

 「言ってみろ」

 「『待ち石』の伝説の中に、人に裏切られて魔物になった存在の話がある。
  女性の嫉妬だったと記憶している。
  彼女は旅人と関係を持って彼を待ち続けていたが、何時まで経っても彼は帰らなかった。
  待ち疲れて石になった彼女の前に、旅人が別の女を連れて現れる。
  彼は彼女の事を覚えておらず、待ち石になった彼女を他人の様に言う。
  その事に怒った彼女は、石の儘で動く怪物となった。
  その姿は風雨に晒されて、最早人の姿をしていなかった。
  重い石の体を引き摺る、その様は蛇の如く……。
  彼女の恐ろしい姿を見た者は、恐怖に駆られて逃げ出した。
  その事を彼女は益々恨んで、あらゆる物を石化させる能力を得た。
  石になった物は逃れられない」

ワーロックの話を聞いた仮面の女性は、深く頷いて付け加えた。

 「『石化<ペトリファイ>』の能力を持つ怪物は、英雄に倒されて大岩に姿を変えた。
  その大岩は呪いの能力を持ち続け、女の恨みに応え、恨み持つ女に能力を与えた」
0501創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/13(木) 19:28:40.08ID:P7V47BWV
その言葉をワーロックは少し考えて、彼女の正体を予想する。

 「石化の能力を得た魔法使いが、貴女だと……?」

 「そうだ」

 「……それで、貴女は反逆同盟の者?
  それとも反逆同盟と戦う側の者?」

仮面の女性は小さく笑った。

 「もし反逆同盟の者だったら、どうする?」

ワーロックは静かにロッドを構える。
それが答えだ。
仮面の女性は笑みを消して、緩りと自分の仮面を外そうとする。
彼女の言葉が本当なら、石化能力を使う積もりだ。
その目に睨まれたら石化して動けなくなる。
ワーロックは彼女の目を直視しない様に、ロッドで防御した。
次の瞬間、ロッドが石化して重たくなる。
彼女の石化能力は生き物以外にも作用するのだ。
詰まりは、瞳を直視せずとも石化すると言う事である。
重たくて振り回し難くなったロッドを、ワーロックは石女の魔法使いに向けて投げ付ける。

 「あっ、ブヘッ……!」

石化したロッドは見事に彼女の頭に当たった。
リタは石の体だけあって、余り動きが俊敏では無い。

 「貴様ーーっ!!」

彼女は激昂してワーロックを睨むが、そのワーロックは彼女の目を見ない様に蘭燈の灯を消して、
暗闇に紛れる。
0502創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/13(木) 19:29:53.49ID:P7V47BWV
石化したロッドを脳天に食らった筈だが、石女の魔法使いに然程のダメージは見られない。
石の体は頑丈さも石その儘で、堅固なのだ。

 「えぇい、暗闇に紛れよったか!」

それでも、どうやら知覚や運動神経は人並みの様で、その事実にワーロックは安堵する。
厄介なのは石化能力と頑丈さのみだ。
ここで戦い続けるより、逃げた方が良いと思い、ワーロックは忍び足で裏通りを駆け抜け、
大回りして表通りに戻る。
人の多い場所に出て、彼は安堵の息を吐いた。

 (子供の泣き声だけじゃないみたいだな……。
  石化の能力を持った魔法使いまで居るとは。
  やはり反逆同盟の策略か)

謎の子供だけなら未だしも、石化能力は厄介だ。
しかし、これまで石化したと言う話は聞かなかった。
それは今まで仮面の女性に関わった者が全滅していたか、或いは、彼女が新しく派遣されたか、
どちらかと言う事。

 (一度、魔導師会に報告する必要があるだろう)

そう決めたワーロックは、今日の所は宿に帰って休む事にした。
ロッドも失っているので、戦いは控えたい。
彼は大きな溜め息を吐いて、今後の事にも考えを巡らせる。
敵が複数居ると判明した以上、単独行動は危険だ。
一緒に行動出来る仲間が欲しい。
だが、魔導師会が手を貸してくれるとは思えない。
魔導師会は自分達だけで解決したがるだろう。

 (コバギを頼るか……?)

一時的にコバルトゥスの力を借りる事も、彼は視野に入れた。
0503創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/13(木) 19:30:26.64ID:P7V47BWV
翌朝、ワーロックは魔導師会支部を尋ねて、親衛隊員に昨夜の出来事を報告する。

 「実は昨夜――」

彼の話を聞いた親衛隊員は驚いた。

 「子供の泣き声の正体を探ろうとしたんですか!?」

 「あっ、はい……」

 「しかも、お1人で?」

 「はい」

 「危険だって言ったじゃないですか!!」

 「はい……。
  しかし……」

 「しかしも何もありませんよ!」

親衛隊員はワーロックの話を聞き終える前に、彼の無謀な行動を非難する。
警告を聞かなかった非は、ワーロック自身も認めているので、反論はしない。
それでも過ぎた事より、これからの事を話したかった。

 「ま、先ずは私の話を聞いて下さい。
  子供の泣き声を聞いた時に、私は放って置けないと言う気持ちになりました。
  貴方にも都市警察にも、危険だと言われていたにも拘らず。
  これは私が不注意だっただけかも知れませんが、もう1つ可能性があります。
  詰まり、泣き声が聞こえた時点で、軽い洗脳状態にあるのではと言う事です」

彼の推測に親衛隊員は興味を持つ。

 「聞こえた時点で危ないと言う訳ですか?」
0504創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/14(金) 18:31:09.96ID:gcXZ4aV2
ワーロックは深く頷いた。

 「私の場合は意識がありましたが、無性に心配になったのです。
  深夜に子供の泣き声が聞こえて、それを放って置いて良いのかと……。
  いや、冷静に考えると怪しい事この上無いんですけど」

 「そう言う人間の心理を利用している?」

 「或いは、そう言う心理の働く人間だけを、狙っているのかも知れません」

親衛隊員は両腕を組んで低く唸る。

 「……所謂、良い人、優しい人を狙って?
  いや、確証の無い事を幾ら考えても仕方ありません。
  お話と言うのは、それだけでしょうか?」

 「いえ、未だ未だあります」

ワーロックは「未だ」を2度繰り返したので、親衛隊員は驚いた顔をした。

 「取り敢えず、全部話して下さい」

 「ええ。
  子供の泣き声の正体は、よく分からない黒い影の様な物でした」

彼の矛盾した説明に、親衛隊員は困惑する。

 「……結局、正体は分からなかったんですか?」

 「いやいや、確かに見たんです。
  身長が半身と少し位の、子供みたいな……」

 「子供?」

 「ええ、子供みたいな黒い影でした」

やはりワーロックの説明が理解出来ず、親衛隊員は苦笑いした。
0505創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/14(金) 18:32:01.28ID:gcXZ4aV2
ワーロックは何とか理解して貰おうと、言葉を尽くす。

 「黒い影と言っても、立体なんですよ。
  全身が真っ黒な子供です。
  色黒とか、そう言うんじゃなくて、本当に真っ黒の。
  それで、明かりで照らされると逃げて行きました」

 「明かりに弱い?」

 「恐らく」

黒い影は明かりに弱いと聞いて、親衛隊員は先に聞いていたコバルトゥス等からの報告を思い出した。

 「影の魔物……でしょうか?
  反逆同盟の長であるルヴィエラは、闇を操ると聞きます。
  子供の姿をした魔物が、何体居るかは判りませんが、それが全てルヴィエラの配下なら……」

 「その可能性は高いでしょう」

人を誘う子供の泣き声を発する物の正体は、ルヴィエラの配下の影の魔物。
それならば、対策も立てられるかも知れないと、親衛隊員は深く頷く。

 「では、強い明かりを持っていれば大丈夫と言う事ですね」

これで子供の泣き声を恐れなくて良いと思った彼に、ワーロックは待ったを掛けた。

 「いえ、待って下さい。
  明かりを持っていても、洗脳状態が弱まる訳じゃないんです。
  それに敵は子供の姿をした奴だけではありません」

 「他にも……?
  もしかしてルヴィエラ自身が!?」

親衛隊員は目を剥いて驚く。
0506創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/14(金) 18:32:37.69ID:gcXZ4aV2
ワーロックは首を横に振った。

 「いいえ、ルヴィエラではありませんでしたが……。
  女性の魔法使いでした。
  石化の能力を持った、石女の魔法使いだと、本人は名乗っていました」

 「石化!?
  反逆同盟で、石化で、女性――と言うと、バレネス・リタでしょうか?」

 「いや、名前までは聞かなかったので、そこまでは……。
  そのバレネス・リタとは一体どんな魔法使いなんですか?」

親衛隊員はワーロックの問に淀み無く答える。

 「バレネス・リタは石の魔法使いだと聞いています。
  石化の魔眼を持ち、見た者を石に変えると……。
  反逆同盟の砦で、魔導師会はバレネス・リタとも戦いました。
  その時に執行者の何人かが石に変えられてしまった訳ですが……」

 「その人達は、どうなったんです?」

石化とは即ち絶命と同義では無いかと、ワーロックは心配した。
親衛隊員は感情を抑えた平静な声で言う。

 「象牙の塔に送られて、解呪を試されている所です」

 「元に戻るんですか?」

 「……何とも言えません。
  研究者達の話では、見込みが無い訳では無いとの事でしたが……」

ワーロックはコバルトゥス達の事を心配した。
0507創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/15(土) 17:36:50.21ID:UwQ0TMAP
昨夜の内に何かあったと言う事は無かろうが、石化の魔法使いが共に居るとは知らないだろう。

 「取り敢えず、石化の魔法を使う者が、この街に居る事は周知した方が良いと思います。
  その……石の魔法使いバレネス・リタでしたか?
  彼女は白い法衣を着て、目を隠す仮面を着けていました」

 「ええ、分かりました。
  白い法衣に仮面……。
  そこまで明から様に怪しい容姿であれば、迂闊に近付く者は、そうそう居ないでしょうが、
  一応は警戒を呼び掛けておきます」

ワーロックと親衛隊員は頷き合う。
それから魔導師会支部を後にしたワーロックは、コバルトゥス達を探しに街に出た。
今まで嘘を吐いていた事を認めなければならないのは苦しいが、一刻も早くバレネス・リタの情報を、
教えなければならないと彼は思っていた。
しかし、こう言う時に限って、中々会おうと思っても会えない物だ。
偶々街中で見掛けたのが奇跡の様な物で、その後は闇雲に歩き回っても会えない。
ティナー市は広いし、人口も多い。

 (皆、どこに行ったんだろう?
  もう街を離れたなら良いんだが……。
  夜中に街を歩いていたりはしないよな?
  その辺はコバギが付いているから大丈夫な筈……)

もう日が暮れると言う頃になっても、ワーロックはコバルトゥス等を探して歩き続けた。
途中、彼は都市警察に出会い、声を掛けられる。

 「あっ、貴方!
  そろそろ暗くなりますよ」

 「あっ、はい……」
0508創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/15(土) 17:37:13.17ID:UwQ0TMAP
ワーロックが露骨に嫌な顔をしたので、警官も態度を厳しくする。

 「何ですか、その顔は?
  私達も何も嫌味で言ってる訳じゃないんですよ。
  市民の安全を守るのは、私達の務めですから」

警官の言葉を受けて、ワーロックは彼に尋ねてみた。

 「石の魔法使いの話は知っていますか?」

 「石?
  何ですか、それは?」

 「この街での行方不明事件には、子供の泣き声が関係しているって話でしたよね?」

 「いや、直接の関係は判っていませんが……。
  何等かの関係はあるだろうとは言われています」

ワーロックは頷いて、昨日得たばかりの新情報を伝える。

 「それが子供の泣き声だけじゃなかったんです。
  石の魔法使いも居たんですよ」

 「……何なんですか、それは?」

 「何って言われても、女性の外道魔法使いです。
  石化の魔法を使うんですよ」

 「そんなのが居るんですか?」

 「聞いていないんですか?」

ワーロックと警官は、お互いに疑問の眼差しを向け合う。
0509創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/15(土) 17:37:37.85ID:UwQ0TMAP
中々1日だけで末端まで情報は行き渡らないのかなと、ワーロックは思った。
そもそも親衛隊員がワーロックの話を信用したとして、その儘、彼を情報源として他の全員に、
新たな情報を伝えると言う事が可能なのかと言う問題がある。

 (私独りでは情報源としては弱いのかな……?
  裏を取ろうにも時間が無いし。
  相手が石化の魔法を使うなら、尚の事、難しいだろうしな)

ワーロックは悩ましい顔で低く唸る。
そして警官の怪訝な顔に気付いて、弁明した。

 「あ、いや、本当なんですよ。
  未だ話が行き渡ってないんですかね?」

 「行き渡るも何も、貴方は何なんですか?
  その話が本当だとして、どうして知ってるんです?」

ワーロックは覚悟を決めて、真面目な顔で答える。

 「私は魔導師会の協力者です。
  独自に外道魔法使いを追って、各地の事件を解決しているんです」

警官は暫く沈黙して彼を見詰めていたが、直ぐに我に返った。

 「ハハハ、何を馬鹿な事を。
  余り巫山戯ていると逮捕しますよ」

 「いや、別に巫山戯てなんか……」

 「未だ続けるんですか、その話?
  これ以上は署で聞かせて貰いますけど」

ワーロックは両腕を組んで低く唸る。

 (行き成り信じろって方が無理だよなぁ……。
  こりゃ参った)
0510創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/16(日) 18:53:23.43ID:imDBIy+B
どうにか警官を説得出来ないかと彼は考えた。

 「嘘じゃないんですよ。
  一緒に街を『警邏<パトロール>』しませんか?」

 「何を言うんですか、貴方は?」

警官は露骨に不信感を露にする。
ワーロックは至極真面目な顔で言った。

 「私達の目的は同じ筈です。
  協力出来る事は協力しましょう」

警官は途んでも無いと、首を横に振る。

 「馬鹿を言わないで下さい。
  私達は事件を解決する為に動いている訳じゃないんです。
  被害者を減らす為ですよ。
  そもそも魔導師会から、危険には近付くなと言われていますから!」

警官の言う事は真実で、魔導師会は都市警察に、事件には関わらない様に言われている。
飽くまで「市民を危険から遠ざける」為の活動しか出来ない。
都市警察に外道魔法使いと戦う能力は無いから、それは仕方の無い事だ。

 「そうですか……。
  それでは仕方ありません」

ワーロックが引き下がると、警官は彼を呼び止める。

 「一寸、待った!
  何が仕方無いんですか!?」
0511創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/16(日) 18:54:38.86ID:imDBIy+B
勝手に独りで行動する積もりでは無いかと、警官は疑ったのだ。
ワーロックは面倒臭そうな顔をして言う。

 「都市警察は事件の解決には動けないんでしょう?
  夜間の警邏はしてるんですか?」

 「ああ、その位は」

 「もう西の時ですけど、もしかして夜勤?」

 「ええ、そうです」

日中の勤務時間は大体、東の時から南西の時か、南東の時から西の時だ。
西の時以降に働いている者は、夕勤や夜勤の可能性が高い。
ワーロックは再び両腕を組んで、低く唸る。

 「それだったら、私が貴方の警邏に付き合いましょうか?」

 「えっ……」

 「私と貴方で、一緒に夜の街を見回りすると言う事です」

 「いや、それは解りますよ」

 「1人より2人の方が良いでしょう?」

警官は面倒臭そうな顔をした。
如何に善意の者でも、よく分からない一般人を連れて警邏する事に、問題があると思うのだ。

 「私独りで大丈夫ですから……」

 「本当に?
  石化の魔法使いまで出るんですよ」

ワーロックに執拗く迫られ、警官は悩むも、やはり都市警察としての面子を第一に考える。
0512創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/16(日) 18:57:05.36ID:imDBIy+B
 「いや、駄目です。
  貴方は一般人、私は警官。
  一般人を危険に巻き込む事は出来ません」

お堅い人だなとワーロックは内心で呆れるも、もし逆の立場なら自分も同じ事を言っただろうから、
これ以上無理な願いを言う事は諦めた。

 「ああ、済みません。
  無理な事を言いました。
  大人しく帰る事にします」

それを聞いて警官は安堵する。

 「フー、良かった。
  早く帰って下さい」

 「はい、失礼しました」

浅りと引き下がったワーロックに、警官も怪しさを感じてはいた物の、ここで深く突っ込んで、
又あれこれと言い合う破目になっても詰まらないので、お役人的な事勿れ主義を発揮した。
ワーロックは一旦ホテルに帰って、夜中に再び街に出掛ける。
――一方その頃、コバルトゥス達は……。

 「昼間の活動では、事件を解決出来ない。
  敵を仕留めるなら、夜に動く必要がある」

コバルトゥスの発言に、リベラ、ラントロック、ヘルザの3人は頷いた。
コバルトゥスは続ける。

 「敵の弱点は判っている。
  皆で一緒に行動すれば、危険は少ない筈だ」

3人は再び真剣な顔で頷く。
コバルトゥスは号令を掛けた。

 「良し、行こう!」

こうして4人は夜の街に繰り出す事に。
0513創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/17(月) 18:54:52.86ID:dirS0tZC
ホテルの玄関の鍵は閉まっていたが、コバルトゥスは得意の鍵開けで解錠し、4人で外に出た後に、
再び閉めた。
夜の街は誰も居ないと思っていた4人だが、意外と人が出歩いている。
ティナー市民の全員が全員、魔導師会や都市警察の言う事を聞いて、大人しく篭もる訳が無いのだ。
しかし、流石に子連れの者は居ない。
コバルトゥスとリベラは未だしも、ラントロックとヘルザは、どう見ても少年少女の年齢。
傍から見れば一行は、宿る所の無い不良少年少女の集団の様だ。
差し詰め、コバルトゥスは子供を連れ出す悪い大人……。
そう見える事を逆手に取り、コバルトゥスは有事には大人である自分が、矢面に立とうと考えていた。

 (これが大人になると言う事なのか……)

今まで責任感や大人らしさとは余り縁の無かったコバルトゥスは、心の成長を感じていた。
責任を取ると言うと、面倒臭い事としか思っていなかった彼だが、今は誇らしい気持ちがある。
そして一行が街に出て間も無く、都市警察に発見された。

 「おい、そこの!!」

呼び掛けられて、リベラとヘルザの2人は緊張した表情になった。
だが、魅了の魔法で適当に遇えば良いと考えているラントロックと、今が大人である自分の見せ場と、
張り切っているコバルトゥスは違う。

 「何だ?」

コバルトゥスは全員を後ろに隠す様に立って、自ら進んで男性の都市警察と対面した。
都市警察は激昂して噛み付く。

 「警察相手に『何だ』はないやろ!
  今、子供を連れ歩くとか、何を考えとんのや!
  つーか、どう言う関係なん、君等?
  親子やないやろ。
  親御さんは、どこに居んねん」

 「俺が、この子達の保護者みたいな物だ」

コバルトゥスは堂々と、そう宣言した。
0514創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/17(月) 18:56:00.82ID:dirS0tZC
勿論、そんな事で引き下がる都市警察では無い。

 「いやいや、そんなん口では何とでも言えるがな。
  親御さんの許可は取っとるんか?
  取っとらんやろ。
  合意とか関係無しに、他人の子供を勝手に連れ回すのは、未成年略取やぞ」

早口で迫る警官にも、コバルトゥスは押し負けない。

 「いいや、取っている」

 「おう、ンなら証明して見せえや」

無理難題を言われても、彼は冷静だった。

 「都市警察なら、俺が嘘を吐いているか、どうか位は判るんだろう?」

 「愚者の魔法なんぞ当てになるかい!
  あんな物は、誤魔化そう思うたら、幾らでも誤魔化せるさかいな」

 「それなら、この子達に直接聞いてみると良い」

 「阿呆か!
  余計、当てにならんわ!
  こう言う事は、子供の方が信用ならんのやで。
  平然と嘘吐きよる。
  そもそもの話、親の許可の有る無しは関係あらへん。
  深夜に子供を連れ歩く事自体が怪しからんっちゅうとるんや」

 「それじゃあ、どうしろってんだ?」

警官の言う事は正論ではあるが、コバルトゥスは両肩を竦めて、呆れて見せる。
0515創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/17(月) 18:58:56.56ID:dirS0tZC
実際どうすれば良いか等、誰にも言えはしない。
素直に考えれば、警官は怪しい男であるコバルトゥスから、若年者を引き離して、保護する事になる。
そしてコバルトゥスは逮捕するか、放置するか……。
その決断をするのは、もう少し聴取をしてからでも良いと、警官は判断した。
もしかしたら、本当にコバルトゥスが保護者の可能性もある。
それなら無理に引き離す事をせずに、どこかで宿を取らせれば良い。

 「誤解せんといて欲しいんやけど、別に結論を急いどる訳やないんやで。
  今、この街が危険な状況なんは、あんたも当然知っとるよな?
  そっちの子供等も」

全員が頷いたのを見て、都市警察も頷く。

 「ほんなら、何で子連れで、こんな所に居るんや?」

 「事件を解決する為だ」

コバルトゥスは真面目に答えた。
都市警察は目を丸くして、言葉を失う。
数極して、彼は何とか声を絞り出した。

 「いや、いやいや、いやいやいや、あんたは何の積もりなんや?」

 「事件を解決する積もりだが」

 「そやのうて、本真に出来る思うとるんかい!」

 「思ってなけりゃ言わないだろう」

 「あんた何者なんや?」

何者と問われても、コバルトゥスは困る。
0516創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/18(火) 18:49:11.71ID:ynclmxu2
少し迷った後、コバルトゥスは魔導師会の名を出す事にした。
権威主義的な傾向のある組織の者には、有効なのかも知れないと思ったのだ。

 「魔導師会の協力者だ。
  俺達は魔導師会から反逆同盟と戦う許可を受けている」

警官は困惑していた。
当然の反応ではある。

 「反逆……?」

 「何も知らないのか?」

 「いや、名前位は知っとる。
  知っとるんやけども……えぇ、本真に?」

コバルトゥスは大きく頷いた。

 「俺達は共通魔法使いでは無い。
  反逆同盟と戦う為に、魔導師会に協力している」

警官は沈黙して、長考を始めた。
彼の言う事を信じて良いか、迷っているのだ。

 「証拠はあるんか?」

 「証拠?」

 「あんた等が魔導師会の協力者っちゅう……」

コバルトゥスは苦笑いする。
所謂世直し組が持つ鉄簡の様な、そんな見た目に判り易い便利な証拠は無いのだ。
0517創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/18(火) 18:50:03.12ID:ynclmxu2
途端に疑わし気な表情になる警官を見て、コバルトゥスは言い訳した。

 「魔導師会の者を呼んで貰えれば分かる」

 「あんな、そんなんで一々呼べるかい」

どうあっても警官は一行を信用しない。
権威主義と事勿れ主義を拗らせると、こうなるのだ。
どうにか彼を説得しようと、コバルトゥスは試みる。

 「それなら、俺達の実力を見て貰おう。
  反逆同盟に返り討ちに遭う様な、柔な者では無いぞ」

 「な、何をする気や……」

警官は警戒して身構える。
コバルトゥスは不敵に笑って、ティナーの夜空を仰ぎ、両手を天に掲げた。
急に周囲から雑音が消えて、不気味に静まり返る。
そして弱い風が吹き始めた。
それは徐々に強くなって行き、街全体を覆う強風になる。

 「な、何や、これは……」

 「これが俺の魔法だ。
  大自然の力を自在に操る大魔法、精霊魔法」

コバルトゥスは大袈裟に言って、自分の能力を誇示した。
精霊魔法は実際、そこまで万能では無い。
彼は再び不敵に笑い、警官に向かって言う。

 「俺達の仲間も、俺と同じ位の力は持っているぞ。
  若いからとか、子供だからと侮って貰っては困る。
  魔法資質に年齢は関係無いと言う事は、あんたでも知っているだろう」
0518創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/18(火) 18:50:55.21ID:ynclmxu2
警官は彼に気圧されて、何も言えなくなった。
コバルトゥスは満足して、強風を収める。

 「解って貰えた様だな」

 「あ、いや、しかし……」

 「魔導師会に聞いてみるかい?」

警官は彼が徒者では無いと、認めざるを得ない。
しかし、確かな証拠を見るまでは、軽々しく認める訳にも行かない。
その時、リベラがコバルトゥスの背後から、彼の服の裾を引っ張った。

 「コバルトゥスさん、聞こえる……」

 「例の子供の泣き声か?」

コバルトゥスが問うと、リベラは小さく頷いた。
彼は警官に向かって言う。

 「子供の泣き声が聞こえた。
  俺達は、これから声のする方に向かう。
  あんたは、どうするんだ?」

 「どうって……。
  あ、あかんて!」

 「俺達は事件を解決する為に来たんだ。
  ここで動かなきゃ何の意味も無い。
  あんたも仲間を呼ぶなり、魔導師会に連絡するなり、何か出来る事があるだろう」

そう言うとコバルトゥスは警官を放置して、リベラの先導で子供の泣き声がする場所へと向かった。
0519創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/19(水) 19:00:10.43ID:RfJHK+m+
リベラは人の居ない路地裏の暗がりに向かう。
コバルトゥス、ラントロック、ヘルザの3人は彼女の後を追う。
道中、リベラはコバルトゥスに話し掛けた。

 「とても胸騒ぎがします。
  誰か困っている子が居る、助けないと行けない。
  そんな気持ちにさせられる様な……。
  これも敵の罠なんでしょうか?」

 「恐らくね。
  その焦燥感を利用して、犠牲者を呼び込んでいるんだ。
  例えるなら、囮猟みたいな物だな」

コバルトゥスは冷静に答える。
そして、こうした卑劣な手を使う者を許してはならないと決意する。

 「待たんかい、どこへ行くんや!!」

一行の後に先程の警官も付いて来ていた。
ラントロックはコバルトゥスに言う。

 「どう仕様、小父さん?
  魅了で黙らせようか?」

 「いや、良い機会だから一緒に戦って貰おう。
  都市警察なら、それなりの戦力になる筈。
  いざと言う時には、応援を呼んで貰えるかも知れないからな」

彼は冷静に判断して、都市警察を振り払わなかった。
0520創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/19(水) 19:00:47.86ID:RfJHK+m+
リベラは入り組んだ路地裏を暫く進んだ所で足を止める。

 「……逃げているみたい」

コバルトゥスは彼女に尋ねた。

 「どう言う事だい?」

 「子供の泣き声が遠ざかっていると言うか……」

 「ウーム、大勢相手では不利だと感じたのかな?」

全員その場に留まって、小さく息を吐く。
逸れた者は居らず、警官も確り付いて来ていた。

 「何や、どないしたん?」

コバルトゥスは疑問顔の警官に説明する。

 「どうやら逃げられたみたいだ。
  俺達が大所帯だったんで、警戒されたみたいだな」

 「はぁ……。
  何も無かったんなら、それに越した事は無いわ」

警官は解った様な解らなかった様な調子で、小さく溜め息を吐いた。
そこでコバルトゥスは少し気になっていた事を尋ねる。

 「所で、警官さん。
  あんたには子供の泣き声、聞こえたか?」
0521創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/19(水) 19:01:39.00ID:RfJHK+m+
警官は驚いた顔で、首を横に振った。

 「いや、全然……」

 「本当に全然?」

 「ああ、それが何なんや?」

コバルトゥスは少し思案して、ラントロックにも尋ねる。

 「ラントは?」

 「俺?
  最初は聞こえなかったけど、追っている間には少し聞こえた」

 「やっぱり聞こえる奴と聞こえない奴が居るんだな」

その違いは何だろうかと、コバルトゥスは考えた。
先ず彼が思い付いたのが年齢だ。
年配の人間にだけ聞こえない。
自分が老いたとコバルトゥスは思いたくは無かったが、事実は事実として認めなければならない。

 (仮に年齢は関係無いとするなら、性別か?
  男より女の方が聞こえ易い。
  母性本能とかだろうか……。
  いや、でも、ラントには無いだろうからな。
  子供って事から、母性と同時に父性にも関係しているんだろうか?
  先輩には聞こえるかな?)

そう考えながら、コバルトゥスは警官を一瞥する。
もし母性や父性が関係しているなら、自分や警官は余り人の親には相応しくない人間かも知れない。
0522創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/20(木) 18:56:26.35ID:CzxO8ttF
コバルトゥスは警官に尋ねた。

 「警官さん、賭け事は好きかい?」

 「何や、行き成り……。
  まあ、嫌いやないけど」

 「よく競馬場とかに行く?」

 「休みの日には大体通っとるな」

 「それなら結婚はしているか?」

 「そんなん関係無いやろ……。
  何の積もりや、気色悪い」

彼の質問の意図が読めず、警官は困惑する。

 「独身なのか」

 「お、おう、悪いか!」

 「詰まり、そう言う事なんだろう……。
  もし、あんたが子持ちなら、子供の泣き声が聞こえていたのかもな」

 「どう言う事だ?」

 「どうって、今言った通りさ。
  子供に愛情を持たない奴には、泣き声は聞こえない様になっているんだ。
  多分な」

そう言うとコバルトゥスは他の3人を連れて、路地裏から表通りに戻った。
0523創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/20(木) 19:04:34.23ID:CzxO8ttF
コバルトゥスは警官に尋ねた。

 「警官さん、賭け事は好きかい?」

 「何や、行き成り……。
  まあ、嫌いやないけど」

 「よく競馬場とかに行く?」

 「休みの日には大体通っとるな」

 「それなら結婚はしているか?」

 「そんなん関係無いやろ……。
  何の積もりや、気色悪い」

彼の質問の意図が読めず、警官は困惑する。

 「独身なのか」

 「お、おう、悪いか!」

 「詰まり、そう言う事なんだろう……。
  もし、あんたが子持ちなら、子供の泣き声が聞こえていたのかもな」

 「どう言う事だ?」

 「どうって、今言った通りさ。
  子供に愛情を持たない奴には、泣き声は聞こえない様になっているんだ。
  多分な」

そう言うとコバルトゥスは他の3人を連れて、路地裏から表通りに戻った。
0524創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/20(木) 19:05:44.07ID:CzxO8ttF
警官はコバルトゥスの後を追って、問い掛ける。

 「どう言うこっちゃ?
  ロリショタの変態にしか泣き声は聞こえんっちゅうんか?」

 「どっちかと言うと逆だな。
  子供を性の対象に見る様な連中には、聞こえないだろう。
  親が子供を守ろうとする気持ち、子供の気持ちを理解しようとする心、そう言う物だ」

 「待てや!
  儂には、それが無いっちゅうんか?」

 「普段から子供には関わりたくない、鬱陶しい、倦ざったいと思っているだろう?
  煩いだけの子供は要らないとも思っている」

コバルトゥスの指摘に警官は憤った。

 「そ、そんな事は無いで!
  儂は志を持って都市警察になったんや!」

 「ああ、そう」

 「おっ、信じとらんな!?」

コバルトゥスは警官の抗議を聞き流しながら、次の対策を考える。
大勢で出掛けると、撤退されてしまうなら、囮を用意するべきだ。
しかし、誰も危険な目には遭わせられない。
リベラやヘルザは論外。
ラントロックなら、何とかなるかと言う所。
彼は暫し悩んだ結果、ラントロックに話を持ち掛けてみる事にした。
0525創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/20(木) 19:06:32.04ID:CzxO8ttF
 「なあ、ラント」

 「どうしたの、小父さん?」

 「相談がある」

コバルトゥスの真剣な声音に、ラントロックは緊張した。

 「……何?」

 「囮になれるか?」

 「俺が?」

その話を横で聞いていたリベラが、高い声で割って入る。

 「駄目ですよ、コバルトゥスさん!!
  ラントも!!」

彼女の勢いにラントロックは怯むも、コバルトゥスは動じない。
リベラは自らコバルトゥスに申し出た。

 「囮なら私がなります!」

コバルトゥスは困った顔で彼女に告げる。

 「いや、君では駄目なんだよ。
  余りに掛かり易過ぎる。
  簡単に意思を奪われてしまう様では行けない。
  同じ理由で、ヘルザちゃんも駄目だ。
  俺は子供の泣き声が聞こえない。
  そうなると、ラントしか居ない」
0527創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/21(金) 18:20:23.45ID:WnWpr4aK
リベラは反論出来ないが、感情として義弟を囮に使う事には賛同出来なかった。
そこへ都市警察が口を挟む。

 「あのー、もしもし?
  そう言う話は、儂の居らん所でやってくれんかな?
  聞いてもうたら、止めへん訳には行かんやんけ」

コバルトゥスは皮肉の笑みを浮かべる。

 「善良な警官は、そんな事は言わないぞ。
  今の話で、犯人の性質みたいなのは分かった筈だ。
  都市警察は何か行動を起こさないのか?」

彼の問いに、警官は小さく溜め息を吐いた。

 「そんな権限はあらへんねん。
  魔法に関する事は全部、魔導師会の領分や。
  儂等に出来る事と言えば、『警邏<パトロール>』だけやで」

面倒臭いなとコバルトゥスは溜め息を吐き返す。
多くの公的機関は、自分の領分を持っていて、それから外れた事はしたがらない物だ。
否、それは公的機関に限らない。
数多の事象が体系化された社会では、一般人の行動は指標と規範を以って示される。
そして、そこから逸脱する事が悪とされてしまう。
これはディストピアの始まりだ。
コバルトゥスは両肩を竦めて、警官に言った。

 「それなら警邏に戻ってくれよ。
  俺達は俺達で事件を解決する」

彼は追い払う仕草で、警官を遇う。
警官は眉を顰めて言い返した。

 「そんなん言われたら、儂も引き下がれん様になるやんけ」
0528創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/21(金) 18:21:29.52ID:WnWpr4aK
警官は呆れ果てた様に、コバルトゥスに教える。

 「こう言う時にはな、表向き『解りました〜』言うて、笑ってバイバイすんねや。
  ほんで自己責任でやるんやで?」

コバルトゥスは逆に呆れ返る。

 「汚職警官じゃないか」

 「失敬な!
  怠慢と呼ばれても、汚職と呼ばれる言われは無いで!
  悪を見逃した訳でも、賄賂を貰た訳でも無いからな!」

 「じゃあ、怠慢警官じゃないか……」

 「そやかて権限が無い物はしゃあないやんけ。
  所詮、儂等も性無い公務員や」

 「志は?」

 「何程(なんぼ)あっても『規則<ルール>』には勝てへん」

 「もう良いから帰れよ」

 「そうや無いやろ?」

この警官は正義感があるのか無いのか、コバルトゥスが大人しく従うまで離れる積もりは無い様子。
コバルトゥスは仕方無く、警官の要請通りの言葉を言う。

 「解ったよ。
  『俺達は事件に深入りしない』。
  『もう帰る』から、あんたも帰ってくれ」
0529創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/21(金) 18:22:19.08ID:WnWpr4aK
警官は大きな笑みを浮かべて、指を鳴らした。

 「ほい、言質取ったで。
  ほんなら、お気を付けて」

そう言って彼は敬礼して去って行く。
何だったんだと、一行は呆れ果てた。
リベラはラントロックに言う。

 「ああ言う人になっちゃ駄目だよ」

 「なりたいとは思わないよ」

姉弟は頷き合った。
コバルトゥスは警官の背を見送って、3人に向き直る。

 「やれやれ、気が殺がれたな。
  今日の所は出直そう」

犯人の追跡を続行する物だとばかり思っていた3人は、目を丸くした。
リベラがコバルトゥスに問う。

 「中止するんですか?」

 「どうしたの、続けたい?」

 「いえ、そう言う訳じゃないんですけど……」

どうして急に素直に警官の警告に従う気になったのか、彼女には不可解だった。
コバルトゥスは苦笑いして言う。

 「『言質を取られた』。
  都市警察も無能って訳じゃないんだな」

 「えっ、『有言実行』の魔法ですか?」

リベラの問い掛けに、コバルトゥスは小さく頷く。
0530創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/22(土) 18:21:32.32ID:1WltATKo
有言実行の魔法は、行動強制魔法の一。
相手が発した言葉の通りの行動を強制させる。
例えば、自殺を実行しようとしている者に、強引にでも『生きる』と言わせる事で抑止したりと、
主に心理療法で使われる。
勿論、一般人が使用するには大きな制限があるが、魔導師や都市警察なら「緊急事態」を理由に、
ある程度は自分の判断で使用出来る。
この日は、もう撤収しようとコバルトゥスは考えていた。
有言実行の魔法を解く方法が無い訳では無い。
これは自分だけだと解くのは大変だが、他人に手伝って貰えば簡単だ。
共通魔法の知識があるリベラなら、解除も可能だろう。
しかし、あの怠慢警官の精一杯の抵抗に免じて、それは止めておいた。
他の3人も、今日の所は引き揚げる事に、異論は無かった。
誰しも危険な事は避けたいのだ。
だが、ホテルに戻る道中で、コバルトゥスはワーロックの姿を見掛けた。

 (先輩?)

確証は無かったので、声を掛ける事はしなかったが、一度足を止める。

 (……魔力の流れを感じない。
  やっぱり先輩だよな?)

魔力の流れはファイセアルスに於いては、個人を判別する物でもある。
親兄弟、親戚は魔力の流れが似るし、成り済ましを見切るのにも使われる。
魔法資質の低い者は、魔力を纏わないので、この判別が難しい。
ワーロックの同定にコバルトゥスが迷っていると、リベラが心配して話し掛けた。

 「コバルトゥスさん、どうしたんですか?
  又、何か?」
0531創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/22(土) 18:22:22.27ID:1WltATKo
コバルトゥスは一度リベラを見て、何と言った物か迷う。
ワーロックは今頃、家に帰っている筈なのだ。
それは嘘なのだが、リベラやラントロックの前では、そう言う事になっている。
ワーロックはコバルトゥスには真実を話し、影で反逆同盟との戦いを続けると言っていた。
だから、ここに彼が現れるのは不自然でも何でも無い。
だが、リベラやラントロックにとっては別だ。
何事かと怪しみ、正体を探ろうとするだろう。
否、事情を知っていたとしても、それは変わらないだろうが……。
見なかった事にするべきか、正直に見た事を言うべきか、コバルトゥスが判断に困っている間に、
ワーロックの姿は消えていた。
魔力を纏わない物だから、追跡も難しい。

 「あー、いや、何でも無いよ。
  知り合いに似てる人が居たから、一寸気になっただけ」

コバルトゥスは適当に誤魔化したが、リベラは追及する。

 「知り合いって誰ですか?」

 「ん、気になるのかい?」

 「ええ、はい」

 「妬いてくれているのかな?」

 「巫山戯ていられる状況じゃないでしょう」

冗談で乗り切ろうとした彼に、リベラは真顔で反論した。

 「コバルトゥスさん、お知り合いが危険な街を歩いているんですよ!」
0532創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/22(土) 18:22:53.86ID:1WltATKo
言われてみれば、その通りではある。
コバルトゥスは低く唸って考えた。
仮にワーロックだったとして、彼は独りで街の異変に対処しようとしているのか?
彼の事だから、全く考え無しでは無いだろうが、危険な事に変わりは無い。
コバルトゥスは数極思案して、リベラに頼む。

 「リベラちゃん、都市警察の魔法を解いてくれ」

 「お知り合いの方を追い掛けるんですね?」

 「ああ」

リベラはコバルトゥスの胸に手を当て、共通魔法を唱えた。

 「H36I4、BG4J4I17!」

魔力の衝撃がコバルトゥスを貫き、有言実行の魔法を解除する。
少し噎せ込んだ彼は、リベラに礼を言った。

 「有り難う」

そして3人を見渡して、意見を聞いた。

 「これから『俺の知り合い』を追い掛けるんだけど、良いかな?」

ラントロックもヘルザも反対はしない。

 「良いよ」

 「人を助けるんですよね?」

これから追う人物の正体を隠した儘、コバルトゥスは3人を連れて追跡を始める。
0533創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/23(日) 19:18:54.94ID:y8DjQ5zH
道中、リベラは当然の質問をする。

 「お知り合いって誰ですか?
  女の人?」

 「いや、違う……。
  会えば判るさ」

 「私達も知っている人なんですか?」

質問を繰り返す彼女に、コバルトゥスは人差し指を立てて唇に当て、沈黙する様に示した。

 「もしかしたら、知り合いも街の事件を解決しようとしているかも知れない。
  彼を助けたいとは思うけど、邪魔はしたくない。
  出来るだけ、身を潜めて。
  魔法で人の気配を探そうと思っても行けない」

彼に真面目な顔で言われたリベラは、小さく頷いて黙り込む。
ラントロックとヘルザも口を閉ざした。
その儘、一行は再び市街へ。
コバルトゥスはワーロックの気配を、風を頼りに読む。

 (……どこへ行こうとしてるんだ?)

彼には特に目的がある様には思えない。
街中を適当に彷徨いているだけ。

 (何か隠された意図が……無いのか?
  子供の泣き声が聞こえる所を探して、移動しているだけなのか)
0534創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/23(日) 19:19:45.13ID:y8DjQ5zH
どうやら、ワーロックの方も真面な手掛かりがある訳では無い様子。
それでも戦闘になる事を覚悟して、コバルトゥスは気を引き締めた。
彼は声を潜めて、リベラとヘルザに言う。

 「リベラちゃん、ヘルザちゃん、子供の泣き声が聞こえたら教えてくれ」

2人は頷いて、了解の意を表す。
それから約1角、ワーロックは街を歩き続けた。

 (先輩、疲れないのかな……ってか、本当に手掛かりが無いんだな。
  こっちから声を掛けた方が良いんだろうか?
  でも、先輩はリベラちゃんやラントに、未だ家に帰っていない事を知られたくないかも知れない。
  ウーム……)

どうした物かとコバルトゥスは悩む。
そんな彼の様子を心配して、リベラが声を掛ける。

 「コバルトゥスさん、どうしたんですか?」

 「いや、何でも無いよ」

そう答えたコバルトゥスだったが、心の迷いは如実に顔に表れていた。

 「何でも無い事は無いでしょう……」

リベラの言葉にコバルトゥスは、どうせ直ぐに判ってしまう事なのだからとも思った。
そこで彼はリベラに1つの質問をする。

 「リベラちゃん、お父さんは真っ直ぐ家に帰ったと思う?」

 「えっ、あー……、それは……」
0535創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/23(日) 19:20:29.83ID:y8DjQ5zH
リベラは困った顔で答えた。

 「お養父さんの事だから、多分帰ってないんじゃないかと……思います。
  家に帰るとか言いながら、彼方此方寄り道して、結局何だ彼んだで反逆同盟と戦っている。
  そんな気がするんです……ね、ラント」

彼女は最後にラントロックの意見を問う。
ラントロックは吃驚して目を丸くした。

 「えっ、俺に聞かれても困るよ。
  親父の事なんか知らないし……」

自信無さそうに言う彼に、リベラは小さく笑って問い掛けた。

 「もしラントだったら、どうするかな?
  自分達の子供が危険な旅に出ている時に、一人だけ家に帰れる?」

 「いや、俺と親父は違うし」

 「じゃあ、ラントは自分だけ家に帰るんだ?」

 「……俺だったら帰らないけど、親父は解んないよ。
  だって、親父は魔法資質が低いんだから」

 「ラントも魔法資質が低かったら、家に帰っちゃうの?」

リベラに何度も問われて、ラントロックは困ってしまう。

 「帰るかも知れないし、帰らないかも知れない。
  だから、親父の事なんか解んないって」
0536創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/24(月) 19:07:21.90ID:AtblciTp
ラントロックは頑なに父を理解する事を拒んだ。
自分と父は違うのだと。
しかし、リベラは養父と義弟は血の繋がりがあるのだから、そこには相通じる物があると信じていた。
コバルトゥスは姉弟の会話を微笑ましく思いながらも、今は静かにするべきだと釘を刺す。

 「2人共、一寸静かに」

 「あっ、済みません」

 「御免、小父さん。
  義姉さんが執拗いから」

ラントロックがリベラの所為にしようとしたので、リベラは眉を動かすも、又言い合いになっては、
気取られるかも知れないと、コバルトゥスが間に入って宥めた。

 「まあまあ、落ち着いて。
  ここは静かに」

そう彼が言った直後、リベラとヘルザは同時に子供の泣き声を聞く。

 「あっ」

2人は同時に声を上げて、同時に互いの顔を見合い、頷き合った。

 「聞こえた?」

 「聞こえた」

そしてリベラがコバルトゥスに声を掛ける。

 「コバルトゥスさん、今、子供の泣き声が……」
0537創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/24(月) 19:07:55.29ID:AtblciTp
コバルトゥスは真剣な表情でリベラに尋ねた。

 「どっちの方角?」

 「えぇっと、あっち……だと思います」

彼女が指差したのは、ワーロックが向かっている方向とは反対側。
リベラは一度ヘルザに振り向いて、同意を求める。

 「あっちだよね?」

 「はい、多分」

コバルトゥスは両腕を組んで考えた。
恐らくワーロックは子供の泣き声に気付いていない。
この儘、彼を放置して自分達だけで泣き声の元に向かって良いのだろうかと。

 (先輩を巻き込まないで済むなら、それで良いか?
  余り大勢で行くと、又、逃げられるかも知れないし。
  いや、待てよ?
  先輩は魔法資質が低いから、もしかしたら気付かれない可能性がある?)

3人はコバルトゥスが決断するのを待っている。
彼は大きく息を吐いて、覚悟を決めた。

 「良し、行ってみよう」

 「お知り合いの事は良いんですか?」

リベラの問い掛けに、コバルトゥスは困った笑みで答える。

 「仕様が無いさ。
  今は事件の解決を優先する」
0538創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/24(月) 19:08:36.03ID:AtblciTp
そう言いながらも、コバルトゥスはワーロックに風の精霊魔法でメッセージを送っていた。
もし窮地に陥った時は、彼に助けて貰える様に。
一行が泣き声の元に向かっている間、ワーロックはコバルトゥスからのメッセージを受け取る。

 「先輩、こっちッス、こっち」

 「コバギ!?
  ……どこだ?」

 「これは伝言用なんで、返事は出来ないッス。
  悪しからず」

問い掛けた自分が馬鹿みたいだと、ワーロックは沈黙した。
コバルトゥスからのメッセージは続く。

 「俺は風の魔法で、このメッセージを送ってます。
  とにかく、声のする方向に来て下さい」

ワーロックは誘われる儘に、メッセージの聞こえる方へと進む。
メッセージは段々と雑談染みて来る。

 「でも、先輩……。
  当ても無く街を歩き回るとか、効率の悪い事してますね」

 「仕方が無いだろう。
  私は感知能力が優れている訳では無いんだ」

返事をしても聞こえないのは判っていても、ワーロックは言い返さずには居られない。

 「それは扨措き、俺達は今、子供の泣き声の元に向かってます」

 「いや、それを早く言えよ!
  俺達って事は、他にも人が居るんだな!?」

ワーロックは駆け足で、コバルトゥスの元に急いだ。
0539創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/25(火) 19:12:42.76ID:EWKLIJ83
その頃、コバルトゥス達は闇の子供と対峙していた。
明かりの魔法で正体を暴き、捕らえるか、それが出来なければ抹殺する。
……その筈が、予想外の事態に見舞われた。
闇の子供は1体では無かったのだ。

 「明かりが……!」

ヘルザが不安そうな声を上げる。
一行は闇の子等に包囲されていた。
頼みの綱であるコバルトゥスの明かりの魔法は闇の力に押し負けて、今にも消えようとしている。

 「一度に出て来るとは……ってか、こんなに居たんだな」

闇の子は全部で5体。
未だ、これが全てでは無いのかも知れない。
暗黒物質に体を守られた闇の子供は、焦り焦りと包囲を狭めて行く。
ラントロックはコバルトゥスに言う。

 「小父さん、何か手は無いの?」

 「いや、これは、どうしようか……」

コバルトゥスは小声で呟いた。
こうなるとは予想していなかった。
相手も馬鹿では無いと言う事。
正直な所、彼は相手が所詮子供だと思って侮っていた。
ルヴィエラが生み出す他の怪物と同じで、余り知能の無い物だろうと。
今は弱くとも明かりがあるから、闇の子は手を出して来ないが、魔力も無限では無い……。
包囲された状況では、魔力の補充も儘ならず、何れは枯渇してしまう。
0540創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/25(火) 19:13:54.37ID:EWKLIJ83
ラントロックは魅了の魔法を応用して、闇の子から魔力を導き、明かりの魔法に変換出来ないかと、
思案していた。
彼とて何時までもコバルトゥスに頼っていては行けないと思う。
最終手段として、ネーラを頼る手もあるが、何時でも彼女が応えてくれるとは限らない。
今は夜中だ。
ネーラも眠っているかも知れない。
しかし、闇の子の魔力が読めない。
魅了の魔法を使うラントロックは、相手の性質を読む能力を持っている。
だが、今の闇の子からは、そうした生き物が持つ息遣いを感じない。
丸で外部から何某かの力で操られているかの様。

 (どう言う事なんだ、これは……?
  確かに奴等は魔力で出来ている筈。
  この前は魅了で惹き寄せられたのに。
  いや、奇怪しいぞ?
  もしかして……)

ラントロックは感付いた。
これは闇の子では無いのでは無いかと。
闇の子が纏う闇だけで、中身は空。
どこか他の所で、本体が闇を操っている。

 (そう言う事か!
  でも、どこに本体が……?)

ラントロックの能力であれば、『乗っ取り<インターセプト>』も容易な筈だが、それでも魔力が読めない。
詰まり、何等かの仕掛けがある事になる。
どうやって操っているのか、その方法が判れば、どうにか出来るかも知れないと、彼は考えた。
そしてコバルトゥスに協力を仰ぐ。

 「小父さん、聞いてくれ。
  こいつ等はホテルに出て来たのとは違う」
0541創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/25(火) 19:15:14.66ID:EWKLIJ83
コバルトゥスは目を見張って驚いた。

 「何だって!?」

 「中身が空で、誰かが操ってるんだ。
  その気配が読めない……」

 「それで、どうしろってんだ?」

 「本体を探して欲しい。
  小父さんの精霊魔法で何とか……」

 「悪いが、そりゃ無理だ。
  俺は明かりを維持するので精一杯なんだよ」

 「えぇ……」

 「少なくとも、その操ってる本体とやらは、この近くには居ない……と思う」

ラントロックはコバルトゥスの言葉を慎重に吟味する。
本当に、この近くには居ないのだろうか?
遠隔操作なら、それが魔力で見える筈。
ラントロックは、もう1つの可能性に思い至る。

 (魔力の隠蔽?
  そんな事が出来るのか?
  でも、ルヴィエラなら出来ても奇怪しくは無い)

彼は改めてコバルトゥスに尋ねた。

 「小父さん、魔力自体を隠す事って出来るのかな?」
0542創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/26(水) 19:14:36.78ID:j6/9WX6V
 「何だ、どう言う意味だ?」

聞かれている事の意味が掴めずに、コバルトゥスは困惑する。
ラントロックは、どうやったら伝わるのか考えながら説明した。

 「魔力の流れを見えない様にしてしまう事が可能なのかなって」

 「……魔力の流れを解り難くする、読まれ難くするって事か?」

 「そうじゃなくて、もっと直接的に、概念的にだよ」

コバルトゥスは漸く何と無く理解する。

 「あぁ、そう言う事か……。
  旧い魔法使いなら出来るのかもな」

ラントロックは自らの考察を述べる。

 「ルヴィエラは闇を操る。
  闇って言うのは、黒い物、暗い物、見えない物、隠す物……。
  その概念的な物まで操れるなら、ある筈の物を『隠す』事も出来るんじゃないかって」

 「そうかもな……?
  それで、どうすれば良いんだ?
  何か妙案が浮かんだのか?」

コバルトゥスの問い掛けに、ラントロックは困った顔で答えた。

 「いや、特に良い案が浮かんだ訳じゃないけど。
  あの黒い奴等の魔力の流れが見えない理由は、多分そうなんじゃないかって」

 「それだけ判ってもなぁ……」

未だ窮地を脱する良案は無い。
0543創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/26(水) 19:15:37.85ID:j6/9WX6V
その間、リベラとヘルザも何か良い手は無いかと思案していた。

 「ヘルザ、貴女の魔法で何とか出来ない?」

 「わ、私ですか……?
  でも、私の魔法は……」

 「解ってる、未だ判明してないんだよね?
  でも、他に手は無いみたいだから……。
  コバルトゥスさんもラントも……」

 「は、はい。
  私の魔法が判れば、何とかなるかも知れない……って事ですよね」

ヘルザの理解にリベラは頷く。
しかし、どうすれば良いのか分からない。

 「で、でも、どうすれば……」

 「お養父さんの受け売りだけど、魔法は願いの形に変わるらしいの。
  この状況で貴女は何を願う?」

 「だ、誰か助けに来てくれないかな……って……。
  ご、御免なさい、危険な状況なのに……」

他力本願な自分の願望を、ヘルザは恥じらいながら答えた。
リベラは何度も頷いて、彼女の心を落ち着かせる。

 「大丈夫、それで良いの。
  自分の心は偽れないから。
  その気持ちを大事にして」

肯定された事が意外で、ヘルザは目を瞬かせた。

 「い、良いんでしょうか?」
0544創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/26(水) 19:16:14.29ID:j6/9WX6V
リベラは小さく笑う。

 「良いも悪いも、それは仕様が無いじゃない。
  自分が強い力を持って戦おうとは思わないんでしょう?」

呆れられているのかと思ったヘルザは、申し訳無い気持ちで俯いた。

 「意気地無しで済みません……」

 「だから、そうじゃなくて……。
  良いんだよ、それでも。
  自分が力を持って強くなろうって考えは、頼もしくて立派ではあるけれど、逆に言えば、
  自ら戦いを望むって事だから」

そう言う人間は間に合っていると、リベラはヘルザを慰める。
世の中には色々な人間が居て当然で、それで良いのだ。
リベラは続ける。

 「自分の在り方に自信を持って。
  他人と比べて自分は勇敢だとか臆病だとか、そんな事は考えなくて良いの。
  それが自分を肯定すると言う事。
  自分の魔法を認めるのも、それと同じ。
  誰かとか皆とか、そんな事は考えないで。
  それが嫌で家出したんでしょう?
  自分の心の赴く儘に、魔法は自分を導いてくれる」

ヘルザは彼女の言葉を聞いて、それを自分の中で繰り返し、緩りと消化した。

 (誰かに助けて欲しいと思う。
  本当に、それで良いのかな?
  私が願えば、誰か助けてくれるの?)

ヘルザは半信半疑ながら、自分の心を受け入れようとする。
0545創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/27(木) 18:32:54.13ID:eNxHIU4t
彼女は両目を緊(きつ)く閉じて、取り敢えず必死に願ってみた。

 (誰か助けに来て!
  誰か!)

丁度その時、ワーロックが現場に駆け付ける。
彼は黒い塊が何かを包囲している事に気付いて、一旦様子を見た。

 (どうなっているんだ、これは?
  誰かが襲われている?
  コバギか!
  そう言えば奴の姿が見えないな)

ワーロックはコバルトゥスが襲われているのではと予想して、直ぐに行動に移る。
魔力石を片手に持ち、高く掲げて叫ぶ。

 「A17!!」

眩い閃光に黒い塊は反応して振り向いた。
ワーロックは、その向こうに居るであろう者に対して、声を掛ける。

 「おい、大丈夫か!!」

 「先輩、来てくれたんスね!」

 「コバギか!
  良かった、生きていたな!
  こいつ等をどうにかするぞ!」

ワーロックは両手を高く掲げて、コバルトゥスに合図を送った。
0546創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/27(木) 18:34:23.51ID:eNxHIU4t
コバルトゥスは驚嘆の目でワーロックの『後光<ヘイロー>』を見ていた。
しかし、心做しか未だ明かりが弱い様に感じられる。
闇を完全に払うまでには至らない。
ワーロックも、それは感じていた。

 「コバギ、未だ明かりが弱い!
  もっと魔力を!」

彼の要請にコバルトゥスはリベラ、ラントロック、ヘルザの3人を見る。

 「3人共、俺と一緒に魔力を送ってくれ」

リベラとヘルザは素直に頷いたが、ラントロックは難色を示した。

 「えぇ……何するの?」

 「知らん!
  だが、君の親父さんが言うんだ!」

それが信用ならないとラントロックは渋る。

 「どんだけ親父を信用してるのさ」

 「この非常時に、呟々(ぶつぶつ)言ってる場合か!
  他に手があるなら聞いてやるが?」

コバルトゥスに叱責された彼は、仕方無く黒い塊の向こうに見える輝きに、魔力を送った。

 (これが親父の魔法?
  訳が解らない)

その際にラントロックは実父の魔力の流れや魔法の正体を探ろうとする。
だが、「よく解らない」。
個人の魔力の流れは感じられないが、全員の魔力が混然一体となって、一箇所に集まっている。
それだけは判った。
0547創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/27(木) 18:36:14.22ID:eNxHIU4t
ワーロックはコバルトゥス等から受け取って溜めた魔力を、一気に解き放つ。

 「レイディエント・フラーッシュ!」

眩い光の洪水が闇の子を覆っていた闇を、一瞬で振り払った。
闇の子の正体は10歳児程度の子供だった。
余りに幼く、仇気無い……。
しかし、ワーロックは容赦無く明かりを浴びせ続ける。

 「ギャーーーーッ!!」

闇の子等は激しく泣き始める。
明かりは闇の子等にとっては毒その物。
それを浴びせ続けられる苦悶の泣き声だ。

 「お、お養父さん……」

リベラは魔力を送る事を止めた。
それにコバルトゥスは驚く。

 「ど、どうしたんだ、リベラちゃん!?」

 「これ以上は可哀想だよ。
  この子達に悪意は無いのに。
  どうにか、お養父さんに止めさせないと」

ワーロックに向かって駆け出そうとする彼女を、コバルトゥスは押さえた。

 「止めるんだ、リベラちゃん!
  君は敵の策略に嵌まっている!」
0548創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/28(金) 18:24:34.92ID:KyxuLPqW
同時に彼はヘルザに警告する。

 「ヘルザちゃん、目と耳を塞げ!
  泣き声に精神を惑わされるぞ!」

ヘルザは言われた通りに、目と耳を塞いだ。
続いてコバルトゥスはラントロックの様子を窺ったが、そちらは大丈夫だった。
ラントロックは彼に対して、大きく頷いて見せる。
ここで闇の子等は葬らなければならない。
所が、事は容易には片付かない。
そこに闇の子等を監視していた、石の魔法使いバレネス・リタが現れたのだ。
彼女はワーロックに対して警告する。

 「今直ぐに攻撃を止めろ!
  然も無くば、全員石塊(いしくれ)に変えてくれる!」

しかし、ワーロックは怯まない。
真っ直ぐ彼女を見詰めて、言い返す。

 「お前達が殺した人達の事を考えろ!
  その人達にも親があり、子があった事を思え!」

彼の瞳は鏡の様にリタの姿を映す。
瞳術、瞳力(どうりき)と呼ばれる類の技だ。
相手の姿を己の瞳に映し、合わせ鏡で同じ瞳術を無効化する。

 「わ、私の魔法が効かない……!?」

 「己が所業を顧みるが良い!
  如何程残酷な事をして来たか、その身を以って知れ!」

断じて行えば鬼神も之を避く。
強い決意と実行力の前には、大抵の障害は無力と化すのだ。
0549創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/28(金) 18:25:31.75ID:KyxuLPqW
実際の所、ワーロックに石化が効かないのは、彼の魔法に原因がある。
リタの石化能力も、所詮は魔法に過ぎない。
物質変換魔法の一だ。
魔法と言うからには、魔力を利用して現象を起こしている。
より強い魔力の流れには逆らえない。
今、ワーロックはコバルトゥス等の魔法資質を借りて、強大な魔力を纏っている。
これが強力な防護壁になっているのだ。
闇の子は形を失って崩れて行く。
泣き声は益々激しくなり、あちこちから人が現れた。
その多くは女性……。
子供の泣き声に誘われて出て来たのだ。
リタは険しい顔でワーロックに命じる。

 「止めろ!!
  然も無くば、何も彼も石に変えてやる!」

だが、ワーロックは聞く耳を持たない。
唯、力強い瞳で真っ直ぐリタを見詰めている。
眼力に負けてリタは怯んだ。

 「止めてくれ、お願いだ……」

彼女は弱々しく懇願した。
それにリベラも加勢する。

 「お養父さん、止めて上げて!」

更に、見ず知らずの女性達まで、口々にワーロックに言う。

 「お願い、止めて!」

 「子供を苦しめないで!」
0550創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/28(金) 18:27:20.46ID:KyxuLPqW
誰も彼も子供の泣き声に騙されているのだ。
否、ワーロックが子供を苦しめているのは事実なのだが……。
ワーロックはリタを睨んで言う。

 「止める訳には行かない!
  お前達の悪巧みも、これで終わりだ」

それに対してリタは降伏宣言をした。

 「頼む、私から子供達を奪わないでくれ!
  止める、もう止めるから!」

 「駄目だ!!
  ここで一時的に切り上げた所で、お前達は再び悪事を働くだろう!
  それが反逆同盟の目的である限り!」

ワーロックは心を鬼にして断じる。
子供は泣き声も発さなくなった。
闇の子は明かりに弱い。
照らされ続けていると、衰弱死する。
毒を浴びている様な物なのだ。
この儘では愛しい子供等が死んでしまうと、リタは決心して遂に決定的な一言を口にする。

 「わ、解った!
  もう反逆同盟には加担しない!
  私は子供達を連れて、遠くに逃げる!
  だからっ!!」

ワーロックは未だ明かりを弱めず、念を押した。

 「魔法使いの言葉の重みを理解しての事か?」
0551創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/29(土) 19:08:28.34ID:RRlPKRQY
リタは僅かに回答を躊躇った。
彼女もルヴィエラは恐ろしいのだ。
反逆同盟から逃げ出せば、間違い無く追手を差し向けられるだろう。
しかし、彼女は我が子の為に恐怖を振り払って言う。

 「わ、解っている!
  魔法使いは約束を違えない……」

だが、闇の子等はルヴィエラが生んだ物。
ルヴィエラの庇護無くしては、生きて行けない。
どちらにしろ、子供達は死んでしまう。
それが今死ぬか、後で死ぬかの話。
リタの言葉は、その場凌ぎの嘘なのか?
ワーロックは彼女の言葉を吟味する事無く、言質を取っただけで済ませる。
明かりが徐々に薄れて行く。
闇の子等は、もう生きているかも死んでいるかも判らない位、衰弱していた。
それと同時に女性達の洗脳が解けて行く。
リベラも正気に返った。
残ったのは、一言も発さなくなった黒い残骸だけ。
リタは闇の子等に駆け寄り、息を確かめる。
そして、未だ死んでいない事を理解すると、小さく息を吐いて安堵した。
ワーロックは何も言わず、リタを凝視している。
彼女は決まり悪そうに目を伏せ、ワーロックに言った。

 「感謝する……。
  もう会う事は無いだろう」

これからリタは、どうするのだろうか?
先の事は誰にも判らない。
0552創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/29(土) 19:09:14.79ID:RRlPKRQY
暫くは彼女は子供等と平穏な時を過ごせるだろう。
そして何れルヴィエラに始末されるか、或いは見過ごされたとしても、子供等が弱って行くのは、
どう仕様も無い。
リタは子供等を救う新たな道を見付けられるのだろうか?
――唯、ティナー市での騒動は、これで終わった。
泣き声に集められた女性達は、何事も無かったかの様に、散り散りに帰って行く。
後から都市警察や執行者が到着して、ワーロックとコバルトゥス等に事情を聞いた。
ワーロックは自ら執行者に事情を説明したが、余り理解はされなかった。
翌朝にワーロックは改めて執行者の事情聴取を受ける事になる。
そこでも、やはり彼の行動は理解されなかった。
何故、敵を見逃したのか?
再び犠牲者が出るとは考えなかったのか?
何度も詰問されたが、ワーロックの心は揺れ動かなかった。
彼は責任を取る為、今後を見届ける為に、2週間程ティナー市に滞在する事になった。
再襲来に怯える人々を他所に、夜中に人が消える事は二度と無かった。
子供の泣き声も……時々聞こえては人々を脅かしたが、その正体は普通の子供だった。
0554創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/30(日) 19:04:20.07ID:STW4VGW3
「お養父さん、家に帰ったんじゃなかったの?」

「偶々帰り道だったんだよ」

「ブリンガーから禁断の地に帰るのに、ティナーは通らないよね?」

「……一寸、寄り道してたんだ。商売があるからね」

「取引品目表と売買記録出せる?」

「実際に売買してた訳じゃなくて、取り引きの確認だから……」

「嘘だよね?」

「う、嘘ではない」

「嘘じゃないだけだよね? 家に帰る気は無かったんでしょう?」

「家には帰るよ」

「今直ぐ?」

「その内」

「……お養父さん?」

「…………反逆同盟を放置する訳には行かない」

「それは私達も同じ気持ちだよ。一緒に行こう、お養父さん」
0555創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/30(日) 19:05:11.77ID:STW4VGW3
「一緒に行く事は出来ない」

「どうして?」

「敵は神出鬼没だ。私達は別行動するべきだと思う」

「お養父さんは独りで大丈夫なの?」

「独りじゃない。都市警察が居る、魔導師会が居る。こうして、お前達とも会える」

「……そう言うのは狡いよ」

「リベラ。私達は何時でも、『独り切り』と言う事は無いんだ。命がある、人が居る、皆が居る」

「お説教?」

「その積もりで聞いてくれ。仮令、1人になったとしても、それは数の上の事に過ぎない」

「……意味が解らないよ」

「無理に解る必要は無い――けど、この先に何があるか判らないから、出来る事なら解って欲しい」

「それじゃあ、もっと解り易く教えて?」

「どこにでも風がある、水がある、草がある、光がある。この辺の事はコバルトゥスが詳しいだろう」

「精霊の事?」

「それだけじゃない。敵も居る」

「敵……? 敵は居ない方が良いよ」

「そうだな、敵と言う表現は良くない。『相手』が居ると言うべきかも知れない。相手が敵になるか、
 それはリベラ達の対応次第だ」

「大体言いたい事は解るけど、もっと、こう、さぁ……」
0556創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/06/30(日) 19:05:28.23ID:STW4VGW3
「否々(いやいや)、そう言う事じゃないんだ」

「どう言う事なの……」

「敵は居る。それは事実だ。どこかでリベラは、敵と1対1だとか、或いは1人で大勢を相手に、
 戦わないと行けなくなるかも知れない」

「……はい」

「その時に自分は独りだと思い込むんじゃなくて、周りに物が在る事、そして敵と言う存在も、
 自分を取り巻く物の一つだと言う事を忘れないで欲しい」

「うわっ」

「何、『うわっ』て……」

「あ、難しい話だなって思って」

「真面目に聞けよ? 大事な話なんだからな。詰まり、どんな状況でも独りと言う事は無いんだ」

「あー、そう言う話?」

「そう言う話だよ」

「詭弁臭い」

「でも、重要な事だ。どんなに追い詰められた状況でも、それを忘れないで欲しい」

「……解ったよ、お養父さん」

(解ってないな?)
0557創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/01(月) 19:01:53.68ID:Pg7WHO8O
やっぱり落ちませんね。
スレの容量制限が1024KBまで増えたのか、それとも制限その物が取っ払われたのか?
どっちにしてもスレの消費が遅くなるだけなので問題はありませんが……。
しかし、これまではスレが落ちてから新しいスレを立てるまでに、少しずつ書き溜めていたんですが、
今度からは定期的に1週間から2週間程スレが止まるかも知れません。
0559創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/02(火) 18:34:05.77ID:CO0Q8/mw
獣の街


第五魔法都市ボルガにて


ティナー市内で女性行方不明が起きていた頃、ボルガ地方でも不穏な噂が流れていた。
何者かに食い荒らされた人の死体が、街の中に放置される様になったのだ。
それが明らかに、人の手で「加工」された物だったので、魔導師会が出動する事になった。
本来は「魔法」の使用が疑われるまでは、解決は都市警察の手に委ねられるのだが、時勢が時勢。
半共通魔法社会的な外道魔法使いの集団、反逆同盟が暗躍している今、その関与を疑わない訳には、
行かないのだ。
人の死体は大抵は浮浪者の物で、市民は気味が悪いと思いつつも、「浮浪者だから」と切り捨て、
余り自分達の問題だとは捉えていなかった。
本来は魔導師会と共に全力で捜査しなければならない都市警察も、余り本気にはならない。
新聞や魔力ラジオウェーブ報道等は、早期に解決しなければ、市民に被害が及ぶかも知れないと、
警鐘を鳴らしていたが、それも何か他人事の様だった。
事件は1月間、毎日起きた。
魔導師会の調査では、人間の死体には共通魔法では無い魔力の痕跡が見られた。
即ち、反逆同盟の仕業である可能性が高まったのだ。
それでも……ボルガ市民は不気味に思いこそすれど、それ以上の危険は感じていなかった。
殺されるのは浮浪者だから。
真面に家のある者、「正しい生活」をしている者が殺される事は無い。
そうした根拠の薄い安心に縋っていた。
丸で「悪い事をしなければ、悪い目に遭ったりはしない」とでも言う様な、因果応報的な、
宗教に似た心理で……。
0560創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/02(火) 18:36:21.29ID:CO0Q8/mw
>半共通魔法社会的な外道魔法使いの集団
正しくは「反共通魔法社会的な外道魔法使いの集団」です。
済みませんでした。
0561創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/02(火) 18:38:21.98ID:CO0Q8/mw
しかし、事件の発生から1箇月後に、今度こそ一般の市民を巻き込んだ事件が発生してしまう。
それも真に痛ましい、平穏な家庭を狙った、一家惨殺事件だった。
これも外道魔法を利用した犯罪だと、魔導師会は決定した。
ボルガ市民は今度こそ怒りを発露させ、徹底的な糾弾と事件の解決を訴えた。
当時のボルガ市内では、浮浪者は一掃されていた。
1箇月も毎日の様に連続して浮浪者が死ねば、流石に浮浪者もボルガ市から離れる。
誰も自分達を守ってはくれないのだから。
元々住家を持たない事もあり、浮浪者達は移動に抵抗を持たない。
浮浪者が居なくなったので、遂に市民が狙われる様になった……と言うのが、大凡の市民の理解だが、
その真相は全く違う物だった。
魔導師会は事件の真相を掴んでいたが、それを発表する事は控えていた。
――市民を殺したのは、呪詛魔法によって蘇った浮浪者だった。
浮浪者は自分達が殺されても無関心な、市民、都市警察、都市と言う機構その物を恨んでいたのだ。
一連の浮浪者連続殺人事件は、今回の為の布石に過ぎなかった。
以後、「普通の市民」を狙った事件が立て続けに起こる様になる。
浮浪者の呪詛によって……。
0562創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/03(水) 18:06:46.01ID:pMMFxkGE
ボルガ市から「逃れて来た」浮浪者は、聞き込みの捜査官に恨み言を吐く。

 「俺達は都市にとっては厄介者なんだ。
  ゴミ漁りの不潔な生き物。
  犬や猫やカラス何かと大差無い。
  それ所か、もっと汚らしい、見るのも嫌な存在だと思われてる」

 「誰も俺達の事を守っちゃくれない。
  死んだって、都市の連中は手を合わせてもくれない。
  死んで当然だって思われてんだ。
  立派な市民様とは違うんだよ。
  魔導師会も都市警察も、俺達が殺されたんで捜査する訳じゃない。
  法が犯されたってんで捜査すんだ。
  表向き正義の味方を気取ってたって、根性が判んだよ」

 「私等だって、好きで浮浪者をやってる訳じゃない。
  こうなっちまった事情は色々だわね。
  仕方無し、仕方無しだよ。
  善良な市民様は皆、自業自得だと言うけれど、私等も嘗ては、その善良な市民様だったんだよ。
  明日は我が身と言う事を、皆知らない……。
  いや、知らないんじゃないんだね。
  自分が浮浪者になるって思いたくないんだ。
  見たくない物を見ない振りして、知りたくない物を知らない振りして、それが今だよ」

 「帰れる家があれば、帰りたい。
  施設に入れば良いとは言われっけど、あんな所は御免だね。
  あそこは悪魔の巣窟だよ。
  民間の営利業者だから、利益を上げる為に、儂等を食い物にする。
  何でも彼んでも経費削減で、最低限、最低限。
  浮いた金を懐に仕舞ってよ。
  あんな所で軟禁みてえな生活を送る位なら、刑務所にでも入るわな。
  今時は刑務所にも入れちゃくれねえ……。
  残酷な事だよ」

浮浪者は市民が殺されても何とも思わない。
寧ろ、良い気味だと嘲笑している。
0563創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/03(水) 18:07:19.35ID:pMMFxkGE
こうした社会の歪(ひずみ)に、悪魔は付け入るのだ。
誰もが綺麗事で生きて行ければ良いのだが、残念ながら、そうは行かないのが世の中。
勝者が居れば敗者が居て、儲ける者が居れば損する者が居る。
本音では自分さえ良ければ、それで良い。
誰もが、それを隠し、或いは誤魔化しながら生きている。
その裏では不満が溜まり続けており、小さな切っ掛けで爆発する。
爆発が個人で収まれば良いが、集団となると手が付けられない。
一度狂った歯車は、もう元には戻らない。
仮令、事件を解決しようとも、その後には修正不可能な傷が残る。
……とにかく今は、問題を解決しない事には始まらない。
その後に起こる問題は、その後の事だ。
魔導師会と都市警察は、呪詛魔法使いの正体を掴むべく、行動を起こした。
しかし、これも浮浪者達の反感を買った。
明らかに事件の重要度、優先度が、呪詛魔法使いへの対処であり、浮浪者連続殺人事件の解決は、
一先ず置かれたのである。
呪詛魔法で市民が殺害される様になってから、確かに浮浪者が殺害される頻度は下がった物の、
犯人が捕まった訳では無い。
それでも呪詛魔法使いを捕らえる事が、事件を解決する事に繋がるのだと、魔導師会と都市警察は、
考えていた。
呪詛魔法使いが連続殺人事件の犯人と連携しているか、或いは同一人物だと予想していたのだ。
0564創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/03(水) 18:08:22.98ID:pMMFxkGE
しかし、「そうで無かった」場合の事は殆ど考えていなかった……。
素直に推理すれば、浮浪者殺人犯と呪詛魔法使いは結託している。
何しろ反逆同盟と言う、共通魔法社会に仇為す組織が暗躍しているのだ。
その関連である事は間違い無い――と、誰でも思うだろう。
寧ろ、誰が無関係だと思うのか?。
だが、呪詛魔法を止めるのに、呪詛魔法使いを仕留めようと言う発想は、賢いとは言えない。
真の呪詛魔法使いは、人の恨みを晴らす為の「媒介」に過ぎないのだ。
呪詛魔法使いは強い恨みや憎しみの感情に引き寄せられ、それを晴らす為に現れる。
詰まる所、人に恨まれたり、人を憎んだりしない様にする事が重要で、それ以外の方策は、
その場凌ぎの対症療法にしかならない。
痛みに対して麻酔を打つ様な物で、根本的な解決にはならない。
社会不安や不況が引き起こす犯罪に、警官を幾ら投入しても、限(キリ)が無いのと同じである。
政治的な方面で社会の仕組みを根本的に変える様な大鉈を振るうか、或いは宗教や哲学で、
地道に人々の意識を変えて行かなければならない。
しかしながら、一度安定した社会基盤が築かれると、そんな事が出来る訳も無く……。
やはり魔導師会や都市警察は、呪詛魔法使いを追うより他に無かった。
「市民」が、それを望んでいるのだ。
浮浪者よりも、先ず我々の身を守って欲しいと。
そして同じ口で浮浪者が幾ら市民を恨もうとも、逆恨みだから放って置けと言うのだ。
無法者を助けてやる事は無い。
それは自業自得なのだから、守るとか助けるとか言う事は、全く必要無い。
そんな事に金や手間を掛けるなと。
0565創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/04(木) 18:39:09.94ID:2ZIOelBH
人の思い込みの最も悪い事の一つに、因果応報がある。
何等悪事を働いていなくても、偶然に悪い事は起こり得る。
逆に、どれだけ悪事を働いても、全く裁かれる事が無い者も居る。
相手が悪いのだから、対処するのは相手側であって、自分は何もしなくて良い。
寧ろ、自分が対処してしまうと相手が付け上がるので、放置する方が良い。
これは正論ではあるが、正論だけで片付かないのが、世の中である。
結局、それでは回り回って自分の首を絞める事になり兼ねない。
重要なのは助け合う事と、寛容さを持つ事である。
だが、それを実践出来る人間が何人居るだろうか?
負けたくない、損をしたくないと言う、仕様も無い自尊心の為に、僅かなコストを支払う事さえも、
拒否する者は性質の悪い吝嗇家である。
しかし、世の中には吝嗇家が多いのだ。
そうで無ければ生きて行けない様な世の中にしたのは、誰だろうか?
否、そうで無ければ生きて行けない程、本当に世の中は厳しいのだろうか?
――魔導師会は呪詛魔法使いの逮捕に全力を挙げる。
その裏で、「協力者」に浮浪者連続殺人事件の解決を依頼していた。
それに応じたのが、『変温動物達<ポイキロサームズ>』と隠密魔法使いのフィーゴ・ササンカ、
そして巨人魔法使いのビシャラバンガだった。
0566創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/04(木) 18:40:13.26ID:2ZIOelBH
浮浪者連続殺人事件の犯人は、エグゼラの狐ヴェラである。
死体を人目に付く所に散らかすのは、彼女が操る獣の仕業だった。
ヴェラは魔性の瞳で、標的の動きを封じる事が出来る。
その能力を利用すれば、容易に人を殺せた。
彼女は人の血を浴び続け、徐々に知性を取り戻して、自分の本性を思い出して来た。

 (あぁ、蒙が啓けて行く。
  我が身は人でありながら、獣の時分よりも劣る知性だった。
  人、人、人……人とは何か?
  ナハトガーブ、哀れな魔獣……。
  私は人の世を獣の道理で支配しよう。
  今こそ、その時)

狐の妖獣だった頃の自分を思い出した彼女は、妖獣軍団の遺志の様な物を感じていた。
嘗て、魔獣ナハトガーブに率いられた妖獣軍団は、人間が地上を支配する現状への下克上を企てた。
しかし、それは失敗して地上の支配者は今尚人間である。
その事実は動かしようも無い。
それならば人倫を汚し、腐らせようと、彼女は考えた。
人も畜生道に堕ち、人獣の隔てを失わせるのだ。

――人間(じんかん)に我欲満ち、人倫を失う。
――法、能(はたら)かずして、罪の咎め無き。
――人、畜生に堕ち、人獣の隔て無し。
――即ち、地上忽ち畜獣の配下に降る。
――ここに人無し、嘆く者も無し。

旧暦、教会が国際秩序を維持していた時代は、神の教えが失われる事を警告していた。
天地万物を司る神が、人の良心を見守っていた為に、今の秩序に守られた世の中があるのであり、
神の教えを失えば人は獣と変わらない存在と化してしまうだろうと。
人が神の御許を離れて500有余年、遂に、その時が来たのだ。
0567創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/04(木) 18:42:26.88ID:2ZIOelBH
ボルガ市内で頻繁に動物が目撃される様になったのは、浮浪者達が消えてから。
よく見られる猫や鼠では無く、本来は山野に潜んで、滅多に人里には現れない筈の中型の妖獣が、
多数目撃される様になった。
ゴミを掃除する浮浪者が居なくなった為だと、魔導師会や都市警察は認識していた。
人々は呪詛魔法を恐れて、夜間は家の中に篭もる。
だから、野犬や夜行性の中型妖獣が街中に出現する様になったのだと。
しかし、浮浪者を再び都市に招こうとは、誰も思わなかった。
そうしている内に、徐々に獣の数が増えて行く。
丸で都市が獣に支配されているかの様に。
その内、市民が獣に噛み付かれたり、引っ掻かれたりする事件が起きる様になった。
都市警察は呪詛魔法使いを追うと同時に、街中を彷徨く獣の駆除もしなければならない。
ここで魔導師会は呪詛魔法使いを追い、都市警察は獣を駆除すると言う、役割分担が出来た。
誰が知るだろう。
その獣はエグゼラの狐ヴェラが呼び寄せた物だと。
全ては都市を支配する為の、大掛かりな策略だと。
獣は狐や狸だけでは無い。
野良犬や野良猫までもが、人を襲う様になっていた。
こうなっては浮浪者連続殺人事件の解決等、完全に後回しだった。
ボルガ地方の魔力ラジオウェーブ放送では、動物学者が市内に増え続ける妖獣の行動を解説している。

 「妖獣は賢いですから、恐らくは仲間同士で情報を共有しているんでしょう。
  『ここは今、人が少ないから安全だぞ』と。
  人間の言葉で言っている訳ではありませんがね。
  だから、次々と周囲から妖獣が集まって来る。
  種類の違う妖獣同士で争わないのは、同じ妖獣より人間の方が、もっと厄介で強大な敵だと、
  理解しているからです。
  流石に、同属意識とまでは行かないでしょうが、お互いに無駄な争いはしない位の、
  緩い共通認識があるのだと思います」

何の事情も知らない一般人は、その専門家の言う事を信じるしか無い。
これは動物の習性の一で、幾つかの条件が重なって、こうなっているだけであり、何等異常ではない。
必要以上に恐れる事は無い。
そんな風に、自分自身を説得して落ち着かせる。
0568創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/05(金) 18:42:59.46ID:bvaYYfRH
ボルガ市内には未だ幾らかの浮浪者が残っている。
浮浪者達は丸で復興期の様に、都市の片隅で妖獣達と生活圏を奪い合う「戦争」をしていた。
しかし、都市警察が守るのは浮浪者では無く、「市民」の生活圏。
浮浪者だろうが市民だろうが、妖獣を市内から駆逐すると言う一点で、事態の解決は一体の物だが、
残念ながら都市警察は、そうとは認識していなかった。
都市警察は「納税者」の味方なのだ。
ここでも浮浪者が市民を恨む理由が出来ていた。
そんな状況で、ポイキロサームズ等は、浮浪者連続殺人事件を解決しようと奔走していた。
浮浪者達との交渉は、ビシャラバンガが担当した。
彼も一時期は浮浪者の様な生活をしており、修行生活中に知り合った浮浪者も居た。
その巨躯からビシャラバンガは「デラ」さんと言う渾名で呼ばれていた。

 「おー、デラさんだがや」

 「久しいな。
  己の事を覚えていたのか」

 「忘れたぁても忘れられんでよ。
  とにかく、お前(みゃー)さんは、でっきゃあがや。
  遠目でも一目で判るで。
  ほんで、態々こんな時に、こんな場所に来て何の用かや?」

 「魔導師会や都市警察の代理だ。
  浮浪者連続殺人事件を追っている」

 「ヒャー、お前さんが!?
  えりゃー出世した物だがや」

浮浪者の男性はビシャラバンガの体を叩きながら、驚いた様な、感心した様な声を上げる。
0569創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/05(金) 18:44:10.18ID:bvaYYfRH
ビシャラバンガは少し困った顔で言い訳した。

 「魔導師会の関係者と言う訳では無い。
  小間使いの様な物だ。
  あちらは別の事件で、こちらまで手が回らないと言うからな」

そう言われると浮浪者の男性は、顔を顰める。

 「魔導師会も都市警察も当てになりゃせんがや」

市民と浮浪者間の確執は、ビシャラバンガも聞いていた。
魔導師会や都市警察の中にも、浮浪者連続殺人事件を軽視せず、解決しようと言う者は居るのだが、
結局の所、優先されるのは「市民」なのだ。

 「とにかく、少しでも手掛かりになりそうな事を知っていたら、教えて欲しい」

ビシャラバンガの頼みに、浮浪者の男性は大きく頷いた。

 「お前さんの頼みなら、聞かにゃー訳にゃ行かにゃーで。
  ……っちゅうても、手掛かりなぁ……。
  最初の頃は、何だら見慣れん者が居るやら居らんやら言う話もあったけんども……。
  今は、それ所じゃにゃーでなぁ」

 「見慣れない者?」

 「女だっちゅう話だったで。
  最近は聞かれんけど」

 「女か……。
  どんな女だったとか判るか?」

 「別嬪だったっちゅう話だけんども、当てにゃ出来んでよ。
  大体、男の噂ってな女を美人っちゅう事にしたがるでな。
  美人か不細工か、どっちかに寄る物だがや」
0570創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/05(金) 18:45:19.10ID:bvaYYfRH
ビシャラバンガは少し思案して、こう聞いてみた。

 「それなら女達に話を聞けば、何か判るだろうか?」

浮浪者の男性は難しい顔をする。

 「女達に聞いても、分かりゃせんと思うでよ。
  初期の被害者は男ばっかだったでな。
  寡夫(やもお)が掛かる物だて、女達は笑っとったで」

 「ウーム……。
  しかし、他に手掛かりが無いなら、その女とやらを探してみよう。
  浮浪者の仲間では無いのだろう?」

 「力になれんで済まなんだの」

 「気にするな」

 「獣には気ぃ付けやーよ」

 「ウム」

2人は頷き合って別れた。
後方で待機していたポイキロサームズが、戻って来たビシャラバンガを迎える。
蛙男が問う。

 「何か判ったか?」

 「『女』が居たそうだ」

それを聞いて蛇男が不安そうな声を上げた。

 「正か、ルヴィエラ……?」
0571創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/06(土) 17:53:49.90ID:LnCndVOx
ビシャラバンガは至って冷静に言う。

 「さあな、そうかも知れん。
  だが、逃げる訳には行かん。
  可能性に怯えていては何も出来んぞ」

堂々とした彼の物言いに、亀女が問うた。

 「貴方はルヴィエラが怖くないの?」

 「己は未だルヴィエラとやらの事をよく知らん。
  故に、恐れるも何も無い。
  無知は偉大だ」

実際の所、ポイキロサームズもルヴィエラに就いて、具体的に何を知っていると言う訳では無い。
但、ルヴィエラによって生み出された存在なので、その能力が何と無く分かってしまうのだ。
自分達とは存在自体が掛け離れた物だと言う事も。

 「……もし女の正体がルヴィエラだったら、その時は、その時だ。
  今から愚図愚図言っていても仕方あるまい」

そう言い切ったビシャラバンガは、ポイキロサームズを引き連れて、殆ど廃墟の様になってしまった、
無人のボルガ市内を歩く。

 「待てよ、ビシャラバンガ!
  どこに女が居るとか、そう言う情報は?」

蛙男の問い掛けに、ビシャラバンガは首を横に振った。

 「得られなかった。
  最近は女を見なくなったらしいから、もしかしたら、もう居ないのかも知れん。
  それでも動かねば始まるまい」

 「手掛かりも無いのにか?」

 「無いからこそだ」

断言するビシャラバンガに、ポイキロサームズは素直に従った。
彼の決意と信念に満ちた言葉には、有無を言わせぬ力があった。
0572創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/06(土) 17:54:27.25ID:LnCndVOx
一行は手分けして、市内に怪しい女が居ないか、何か特異な現象が起こっていないか、見回りに出る。
一つは蜥蜴女アジリアと蛙男ヴェロヴェロと昆虫人ヘリオクロス。
一つは蛇男ヤクトスと影人間シャゾール。
一つはビシャラバンガと亀女コラル。
3つの班は機動力を考慮しての編成だ。
アジリアは敏捷性に優れ、ヴェロヴェロには壁に張り付く吸盤と跳躍力がある。
甲虫のヘリオクロスは鈍重そうに見えるが、実は空を飛べる。
蛇男ヤクトスは狭い所にも入り込め、影人間シャゾールは影と同化出来る。
唯一、重装甲で動きの鈍いコラルにはビシャラバンガが同伴する。
市内の各所には猫が屯していて、熟(じっ)と一行を見詰めていた。
偶に犬とも出会すが、ポイキロサームズの特異な風貌に驚いて退散する。
ビシャラバンガと行動を共にしていた亀女のコラルは、猫に近付いて触ろうとした。

 「猫ちゃん、良し良し」

しかし、猫は彼女を警戒の目で見詰め、さっと逃げてしまう。
コラルは余り表情の変わらない顔で、小さく息を吐いて落胆した。

 「はぁ、やっぱり逃げられちゃうかぁ……。
  早く人間になりたいなぁ」

 「今、猫が逃げたな」

ビシャラバンガの言葉にコラルは落ち込んだ声で返事をする。

 「はい、逃げられちゃいました。
  爬虫類の姿だと怖がられちゃうんですかねぇ?
  それとも野良猫だから?」

 「どちらでも無いと思う」

そう答えたビシャラバンガの目は険しい。
0573創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/06(土) 17:55:33.24ID:LnCndVOx
コラルは目を瞬かせて問うた。

 「どう言う事です?」

 「奴等は己達を監視している様だ」

 「比喩的な意味ですか?」

 「違う、言葉通りだ。
  恐らく、己達の動きは見張られている」

 「猫が人間を見張る……?」

ビシャラバンガの考え過ぎでは無いかと、コラルは怪しむ。
そこまでの知能が野良猫にあるとは思えないのだ。
仮令、妖獣だとしても、猫が連携した所で何があると言うのか?
コラルはビシャラバンガに尋ねる。

 「もしかして、貴方は猫が他の動物達の斥候を務めていると言いたいんですか?」

 「ああ、その通りだ。
  取り敢えず、猫の目を誤魔化さなければ、怪しい女とやらには辿り着けないだろう」

 「でも、どうして、そんな事が判るんです?」

 「勘だ」

 「勘って、もう一寸自分の感覚を言葉にする努力をしましょうよ」

呆れるコラルに、ビシャラバンガは少し思案した。
0574創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/07(日) 18:16:17.89ID:5T2JIIRd
感覚的な物を言葉にして伝える事は難しいが、それが出来ない者は他者を説得出来ない。
後進の教育も同じく。
体験や知識を言葉にするのと同じく、感覚を言葉にする事も重要なのだ。
ビシャラバンガは説明を試みる。

 「先ず、猫が多過ぎるのだ。
  如何に街中に動物が屯している状況とは言え、この数は異常。
  曲がり角の陰や塀の上に、必ず数匹の集団で居る」

 「確かに多いとは思いますけど……」

 「それと他の動物が来ても逃げないな?
  本来、天敵である筈の野良犬が通り過ぎようと、全く関心を示さない」

 「はー、成る程」

 「猫は人間に危害を加えないと言う、先入観があるのだ。
  実際、猫の脅威は犬に比べれば、格段に低い。
  手を出して引っ掻かれたり、噛み付かれたりする事はあっても、集団で人間を襲う様な事は無い。
  脅威では無いから放置される」

 「監視役には打って付けと言う訳ですか……」

彼の推測にコラルは幾分かの説得力を感じる様になっていた。

 「でも、それが事実だとして、どうやって猫の目から逃れるんです?」

 「……都市警察や魔導師会なら何か知っているかもな」

何か妙案を持っていると思ったら、そうでも無かったので、コラルは脱力した。
2人……否、1人と1体は先ず魔導師か都市警察を探す。
0575創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/07(日) 18:16:48.91ID:5T2JIIRd
ビシャラバンガとコラルは動物を駆除中の都市警察に会った。
大柄なビシャラバンガと人外の容姿をしたコラルに、都市警察達は身構える。

 「何者だ!?」

 「己達は怪しい者では無い。
  魔導師会の協力者だ」

ビシャラバンガは堂々と説明する。
その余りの真っ直ぐさに都市警察達は信じそうになったが、やはり思い止まった。

 「証拠はあるのか?」

 「魔導師に連絡を取って、聞いてみるが良い」

都市警察達は、その場で魔力通信を利用して魔導師会に連絡した。

 「こちら都市警察です。
  ……怪しい2人……2人?
  2人組を発見しました。
  魔導師会の協力者だと言っています」

疑われる事には慣れっ子だったビシャラバンガとコラルは、大人しく話が終わるのを待つ。

 「1人は大柄な男です。
  もう一1人は小柄な……」

都市警察はコラルを横目で見ながら、彼女の事をどう形容して良いやら困っていた。

 「えー、人間では無さそうです。
  黒い岩の様な肌で、顔は蛇か蜥蜴の様な。
  太っている……と言うか、横幅の広い……」
0576創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/07(日) 18:17:17.09ID:5T2JIIRd
暫く魔導師会と遣り取りしていた都市警察は、改めてビシャラバンガとコラルに向き直った。

 「名前は?」

 「己はビシャラバンガだ」

 「コラルです」

 「判った」

2人の名前を確認した都市警察は、再び通信を始める。

 「大男の方はビシャラバンガ、小さい方はコラルと言うそうです。
  ……あっ、はい、そうですか……。
  はい、お手数をお掛けしました」

都市警察は通信を終えて、小さく息を吐く。

 「確認が取れた。
  それで何をしているんだ?」

疑った事への謝罪も無いが、ビシャラバンガは気にしない。

 「浮浪者が殺された事件を追っている。
  それで聞きたい事がある」

都市警察達は揃って面倒臭そうな顔をした。
浮浪者連続殺人事件は、都市警察の領分では無いのだ。
否、正確には領分には違い無いのだが、現在優先して解決すべき事件では無い。
0577高山犬子の激白【連絡先:葛飾区青と6−23−18】
垢版 |
2019/07/08(月) 07:17:53.02ID:+2tsqO3b
【超悪質!盗聴盗撮・つきまとい嫌がらせ犯罪者の実名と住所を公開】
@高添・沼田(東京都葛飾区青と6−26−6)
※盗聴盗撮・嫌がらせつきまとい犯罪者のリーダー的存在/犯罪組織の一員で様々な犯罪行為に手を染めている
 老義父は息子の嫁の痴態をオカズに自慰行為をし毎晩狂ったように射精をしている/息子の嫁をいつもいやらしい目で見ているエロ老義父なのであった
A井口・千明(東京都葛飾区青と6−23−16)
※犯罪首謀者高添・沼田の子分/いつも逆らえずに言いなりになっている金魚のフン/親子孫一族そろって低能
 低学歴で醜いほどの学歴コンプレックスの塊/超変態で食糞愛好家である/醜悪で不気味な顔つきが特徴的である
B清水(東京都葛飾区青と6−23−19)
※低学歴脱糞老女:清水婆婆 ☆☆低学歴脱糞老女・清水婆婆は高学歴家系を一方的に憎悪している☆☆
 清水婆婆はコンプレックスの塊でとにかく底意地が悪い/醜悪な形相で嫌がらせを楽しんでいるまさに悪魔のような老婆である
C高橋(東京都葛飾区青と6−23−23)
※高橋母は夫婦の夜の営み亀甲縛り食い込み緊縛プレイの最中に高橋親父にどさくさに紛れて首を絞められて殺されそうになったことがある
D長木義明(東京都葛飾区青と6−23−20)
※日曜日になると必ず風俗に行くほどの風俗好きである
E高山犬子(東京都葛飾区青と6−23ー18)
※顔と根性がが異常なくらいひん曲がっている
F九●●(東京都葛飾区青と6−26−5)
※還暦低学歴不細工で犯罪者顔のキツネ目の男/警察に通報したら完全にビビってしまい急に涙目になってオドオドしてブルブルと震えていた
0578創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/08(月) 19:40:58.27ID:9wyYxcq9
>>576から

そうした裏事情を無視して、ビシャラバンガは簡潔に問う。

 「都市警察が駆除対象にしている動物と、そうで無い動物の違いは何だ?」

 「何って……、それは人に危害を加える事だよ」

 「野良猫は駆除しているか?」

 「いや、猫は対象外だ。
  主に犬とか狼とか熊とか猪だな」

 「狐や狸は?」

 「あれは群れを作って人を襲う事はしない。
  単体では人の脅威にはならないから無視している。
  連中も人を見掛けると逃げるからな」

都市警察の答を聞いたビシャラバンガは、首を横に振った。

 「どんな動物でも油断しては行けない。
  仮令猫だろうと、人の脅威にはならなかろうと、連中は貴様等を監視している」

 「監視……?」

 「20年位前だろうか……。
  エグゼラの小さな町だか村だかが、妖獣に襲われた事件があったな。
  今のボルガは、その時の状況に似ていると思う」

 「20年前……?」

それはエグゼラ地方ルブラン市で起きた妖獣襲撃事件だ。
巨大な古代亜熊が妖獣を率いて、エグゼラ地方の小村を支配し、更に都市にまで攻め込んだ。
0579創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/08(月) 19:43:03.73ID:9wyYxcq9
それなりに大きな事件であり、その影響で妖獣を飼育する条件が厳しくなったりもした。
ボルガ地方にも当然影響はあったのだが……。
20年も経過すれば、もう昔の事だ。
何の罪も無い捨て使い魔を処分するなと言う声もあり、野良猫が増えても実害が無ければ放置する。
野良猫が増えれば、誰が妖獣を捨てたか等、誰も問題にしなくなる。
そうして妖獣飼育に関する法律は有名無実化してしまう。
その結果が今だ。
20年前の事件を知らない様子の都市警察達に、ビシャラバンガは問う。

 「知らないのか?」

 「いや、知ってはいるが……。
  そんなに状況が似ているのか?」

 「己が直接関わった訳では無いから、実際の所は分からんな」

 「余り脅かさないでくれよ」

確証が無いのであれば、同じ状況だとは言えないと、都市警察達は脱力した。
獣が街中を徘徊しているのは、外道魔法使いの仕業では無いと安心したいのだ。

 「話は、それだけか?」

 「否、未だある。
  『女』を見なかったか?」

 「女?
  どんな女だ?」

 「とにかく怪しい女だ。
  こんな状況で独り街中を歩いている様な」

都市警察達は互いの顔を見合った後、改めてビシャラバンガに尋ねる。

 「独りで出歩く様な女性が居ない訳では無いが……。
  怪しいと言うのは、どう言う意味の『怪しい』なんだ?」
0580創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/08(月) 19:43:59.58ID:9wyYxcq9
 「外道魔法使いだ。
  それが浮浪者連続殺人事件の犯人だと、己は思っている」

ビシャラバンガの答に、都市警察達は再び互いの顔を見合って言った。

 「否、それらしい者は見なかった」

 「解った。
  話は終わりだ」

都市警察達は何なんだと言う顔で、その場から立ち去る。
コラルはビシャラバンガを見上げて言った。

 「感じ悪かったですね。
  都市警察って言うのは、あんな物なんでしょうか?
  それとも、あの人達だけ?」

 「あんな物だろう」

お役所に有り勝ちな、己の領分以外の事をしたがらない性質を、ビシャラバンガは問題にしない。
彼も又、似た様な性格だったのだ。
だから、他人に必要以上の期待をしない。

 「結局、己を助ける物は己自身なのだ。
  他人の助けは、あれば良い物、無くとも困らぬ様にせねばならん」

 「……色々大変だったんですね」

妙に達観しているビシャラバンガの、これまでの人生を思って、コラルは同情した。

 「ああ、それなりに苦労はして来た。
  そんな事より今は事件の調査だ。
  そろそろ他の連中と合流して、情報を整理しよう」

ビシャラバンガとコラルは他の仲間達と合流する。
0581創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/09(火) 19:00:16.07ID:16L+6Org
一方、ボルガ市内ではビシャラバンガとポイキロサームズの他にも、反逆同盟と戦う仲間が居た。
それは自称妖獣の天敵、猫型妖獣のニャンダコーレである。
ニャンダコーレは同じ猫型の妖獣、魔猫や化け猫に混じって、情報収集をしていた。
彼は道行く化け猫に話し掛ける。

 「コレ、そこの!」

 「ニャー、儂ん事(きょと)きゃにゃ?」

化け猫は酷い訛りだったが、言葉を理解出来ない訳では無かった。

 「コレ、そうである、そうである」

 「ニャんの用きゃや?」

 「コレ、この街は、どうなっているのだ、コレ?」

 「おミャーしゃんはニャんも知りゃんと来たんきゃにゃ?」

 「コレ、どう言う事なのだ?」

 「しゃーニャーのー。
  知りゃにゃー教(おしぇ)ーちゃーや。
  ニャンダキャ様(しゃま)の再来(しゃいりゃい)でゃーよ」

 「ニャンダキャ……。
  コレ、ナンダカナンダカの事かな?」

 「人間(にゃんぎゃん)共に反乱(はんりゃん)を起こしたニャハトギャーブときゃ言うんぎゃ、
  居ってにゃ……。
  そん手下ぎゃ生き残(にょこ)っちょって、仲間(にゃきゃみゃ)を集めちょーっち、
  話(はにゃし)だぎゃ」
0582創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/09(火) 19:01:00.94ID:16L+6Org
化け猫の話を聞いたニャンダコーレは驚く。

 「コレ、ナハトガーブだと!?
  その手下が、コレ生き残っていたのか!?」

 「そうだぎゃ。
  儂も驚(おでれ)ぇたでゃーよ」

 「それは、コレ、どんな奴なのだ?」

 「見た目(み)ゃあ、人間でゃーよ。
  ニャんでも、獣きゃー人間にニャったっちゅうぎゃ……。
  儂も人間にニャれーきゃのー?」

 「コレ、真面な手段では無いぞ」

 「そうきゃにゃぁ……。
  はぁ、そっきゃぁ……」

 「お主も、コレ、ナハトガーブの手下の配下になるのか?」

 「ニャー、儂ゃー日和見だぎゃー。
  人間と戦(たたきゃ)う気ゃーニャーきゃーの」

 「コレ、賢明である」

ニャンダコーレは化け猫と別れて、再び市街を彷徨いた。

 (獣から、コレ、人間に……?
  コレ、ナハトガーブの配下に、その様な物は居なかった筈……。
  ニャー、コレ、何者かの手により、コレ、人化したと見るべきであろうな……。
  コレ、やはり反逆同盟が絡んでいるか……)
0583創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/09(火) 19:04:37.17ID:16L+6Org
獣が人に成ると言う事に就いて、ニャンダコーレは否定的だった。
一時的に化ける事は出来ても、本性までは変えられない。
魂の形は、そう簡単に変えられる物では無いのだ。
人に焦がれ焦がれて、魔性を蓄え、長き年月の果てに人の姿に変じたとしても、本当の姿は……。
人に成ったのだから、人として生きれば良いのだが、それが出来ない、それをしないと言う事は、
自分が獣だと言う意識を捨て切れない証拠。
ニャンダコーレは他にも化け猫達を探して、ナハトガーブの手下だったと言う者に接触しようとした。

 「コレ、そこの!
  ナハトガーブの手下だと言う物は、コレ、どこに居る?」

 「ニャー?
  ニャんだゃ、おミャーは?
  仲間にニャーに来たんきゃや?」

 「コレ、そう思って貰って良い」

 「ニャー、コレコレ妙な奴(やっ)ちゃニャ。
  できゃー図体(ずうてゃー)だぎゃ、何某(にゃんぼ)の物(もん)きゃーのー。
  ミャー良え、付いて来ぃやー」

化け猫はニャンダコーレを連れて、行き詰まりに誘う。
そこには何匹もの化け猫が屯していた。

 「ニャー、誰(だり)ゃー、そいちゃー」

 「新入りだぎゃー」

 「ヒャー、中々(にゃきゃにゃきゃ)偉丈夫だにゃーきゃ!」

 「ヴェリャー様(しゃま)ん会(え)いに来たぁて」

 「ヒャー、ヴェリャー様にきゃや?
  ミャーしきゃし、力(ちきゃりゃ)の程ぎゃ判(わきゃ)りゃにゃーのー」
0584創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/10(水) 19:11:42.62ID:hmXnqd3p
化け猫達は徐に散開して、ニャンダコーレを取り囲む。

 「力を見しぇて貰(もりゃ)わにゃーのー。
  ニャー、新入りや!」

しかし、化け猫達は自ら仕掛けようとはしない。
ニャーニャー威嚇するだけだ。
普通の化け猫より一回り二回り大きいニャンダコーレを警戒しているのだ。

 「コレ、仕方ニャー……っと、伝染(うつ)ってしまった、コレ。
  後悔するなよ。
  シッ!!」

ニャンダコーレが爪を伸ばして左腕を振り払うと、獣魔法が発動して、彼の左に居た化け猫の額に、
小さな爪痕を付けた。

 「ギャニャッ!!」

然程、大きな怪我では無いが、見慣れない獣魔法に化け猫達は戦慄する。
基本的に戦いで使う様な獣魔法は咆哮で相手を怯ませたり、自分の能力を強化する物が殆ど。
偶に相手を弱体化させたり、動きを止めたりする物があるが、遠隔攻撃が可能な物は珍しい。
化け猫達は忽ち戦意を萎えさせて、渋々戦いを止めた。

 「ニャ、よう判ったで、こかぁ一旦、矛を収めようや」

 「コレ、そのヴェリャー様とやらには、コレ会わせて貰えるのか?」

ニャンダコーレが問い掛けると、化け猫達は畏縮して答える。

 「ニャ、ミャー、ああ、会わせちゃーでにゃ。
  しばし待(みゃ)っちょれにゃ」
0585創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/10(水) 19:12:02.10ID:hmXnqd3p
ニャンダコーレは化け猫達に連れられて、「ヴェリャー様」に会いに行った。
所が、化け猫達は街を徘徊するばかりで、一向に「ヴェリャー様」に会える様子は無い。
彼は化け猫達を疑って、脅し掛ける。

 「コレ、一体何時になったら、コレ、ヴェリャー様とやらに会えるのだ、コレ?
  巫山戯た事をする積もりなら……」

化け猫達は慌てて言い訳する。

 「ニャー、ヴェリャー様にゃ、どこで会えーきゃ判りゃにゃーで。
  決(け)まった所(とこ)に居(お)ー訳(わきゃ)ーじゃにゃーきゃーの。
  今(いみゃ)探(さぎゃ)しちょー所(とこ)だぎゃ」

 「コレ、どこに居るのか判らないのか?」

ニャンダコーレは呆れるも、化け猫達は気にしない。

 「判りゃにゃー物は判りゃにゃーで、しゃーにゃーぎゃや」

この儘、化け猫達に付いて行っても無駄では無いかと、ニャンダコーレは思い始めていた。
しかし、化け猫のネットワークは侮れない。
直ぐに化け猫達は「ヴェリャー様」の居場所を掌握する。

 「ニャー、判ったで!
  ヴェリャー様(しゃみゃ)ぁ、南(みにゃみ)だぎゃ!
  こっちゃ、こっちゃ!」

1匹の化け猫の呼び掛けに応じて、化け猫達は急いで付いて行く。
特に急ぐ必要は無いのだが、何と無く雰囲気で、走ってしまうのだ。
ニャンダコーレも四足歩行になって駆けた。
0586創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/10(水) 19:12:34.97ID:hmXnqd3p
「ヴェリャー様」が居たのは、ボルガ市内の南部にある橋の下。
そこで魔犬に囲まれて、1人の女が大きな丸石の上に座っていた。

 「ほんにゃりゃ俺等(おりゃーりゃ)は、こいで……。
  案内(あんにゃい)はしたでにゃー」

化け猫達は魔犬に近付きたくないので、早々(さっさ)と逃げて行った。
ニャンダコーレは堂々とした二足歩行で、橋の下に屯している魔犬の群れに向かう。
彼が近付くと、それまで伏せていた魔犬達は徐に立ち上がり、警戒し始めた。
女は丸石の上に横臥して、少しも反応しない。
ニャンダコーレは魔犬を物ともせず、歩みを進める。
魔犬達は愈々総立ちになり、彼に向かって吠え始めた。
流石にニャンダコーレも飛び掛かられたくは無いので、一旦足を止める。
そして、その場から石の上の「ヴェリャー様」に対して、よく通る声で話し掛けた。

 「コレ、そこの貴女が『ヴェリャー様』か?」

「ヴェリャー様」は気怠気に目を開けて上半身を起こす。
それと同時に、唸っていた魔犬達が静まり返った。

 「何じゃ、貴様は?」

 「コレ、申し遅れた。
  吾輩はニャンダコーレ」

 「私はヴェラ。
  ニャンダコーレとやら、ここに何をしに来た?」

 「コレ、この街に溢れる妖獣共を従えているのは、貴女と聞いた。
  どう言う者なのか興味があって、コレ来た」

ヴェラは暫しニャンダコーレを熟っと見詰めていたが、その内に飽きた様に再び伏せる。

 「御苦労な事だ」
0587創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/11(木) 19:24:09.31ID:mXgjtagP
脅威とは見做されていないのかと、ニャンダコーレは小さく嘆息した。
魔犬達もニャンダコーレから遠い集団は、興味が失せた様に伏せる。
ニャンダコーレは1歩踏み出し、ヴェラに向かって行った。

 「禍々しい気配を感じるぞ、コレ!
  貴女は、コレ真面な人間では無いな!!」

彼の指摘にヴェラは再び体を起こす。

 「フム、解るのか……」

ヴェラの体は魔力を纏い始める。
ニャンダコーレは得体の知れない感覚に身震いした。

 「その体の中に、コレ、幾つもの魂を感じる!
  コレ、虎か!?」

 「懐かしいな。
  憐れな老虎……。
  そして将軍虎共……」

 「コレ、貴女の気配には覚えがある。
  ナハトガーブの下に居た狐か!!」

 「そこまで看破するか……」

ヴェラは緩りと丸石の上に立ち上がった。
魔犬達は、彼女の纏う禍々しい気配に怯えて、少し距離を取る。

 「ロホホホホ……。
  その通り、私は狐から人に成った者」

 「戯言を!
  獣は所詮、コレ獣!
  人に等、成れはしないのだ、コレ!!」
0588創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/11(木) 19:26:49.37ID:mXgjtagP
ニャンダコーレの言葉にヴェラは怒りを滲ませた。

 「何だと?」

 「その証拠に、コレ、貴方は魔性を捨てられない!
  唯の人であるならば、コレ、魔性は要らない筈!」

 「フン、人に拘る必要は無い。
  脆弱な人間が、如何程の物だと言うのだ!
  魔性を持つ私は、人より優れた存在だ!」

堂々と言い切るヴェラを無視して、ニャンダコーレは問う。

 「コレ、貴女の目的は何なのだ、コレ?
  正か、コレ、妖獣軍団の仇討ちと言うのでは、コレ無かろうな?」

彼女は数極の間を置いて答えた。

 「或いは、そうなのかも知れぬ。
  思えばナハトガーブも憐れな存在だった。
  私は、より優れた物が地上を統べるべきだと思っている。
  ナハトガーブには、その力があった。
  結局は唯1人の人間に負けてしまったがな。
  私は同じ轍は踏まぬ。
  今度は私がナハトガーブに代わって、人間共を屈服させよう」

 「コレ、私は貴女の力が、そこまで強いとは思わない。
  妖獣は所詮、敗者ニャンダカニャンダカの血筋なのだ、コレ」

ニャンダコーレの一言にヴェラは激怒する。

 「敗者だと!?」
0589創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/11(木) 19:28:54.59ID:mXgjtagP
それに魔犬達は同調するよりも、味方の筈の彼女への恐れを先に抱いた。
その様子にヴェラは益々怒りを膨らませる。

 「どうした、貴様等!!
  己が血統を敗者と罵られて悔しくは無いのか!」

 「コレ、多くの妖獣にとって、ニャンダカニャンダカの物語は、コレ、遠い昔の語に過ぎぬのだ。
  そして、コレ貴女は今や人でも妖獣でも無い、唯の怪物だ、コレ!!」

 「フン、だから何だ!!
  私は獣を超え、人を超え、更なる上位の存在になった!
  強者こそ絶対!!
  私より弱い物は、私に従い、平伏するのみ!
  Cooh――――!!!!」

ヴェラは大声で吠えて、大気を揺るがした。
魔犬達は腰を抜かしてしまうも、ニャンダコーレは姿勢を低くして四つ足になり、鳴き返す。

 「Neeee――――!!!!」

獣魔法は相殺されて、お互いに効果が無い。
ヴェラは目を見張った。

 「我が魔法に魔法で対抗するとは!」

 「この程度の魔法、コレ、何を恐れる事があろうか!!」

 「高が化け猫風情がっ!!」

彼女はニャンダコーレに対して凄んで見せるが、特に何か出来る訳では無い。
獣魔法は相手を怯ませるだけだし、魔性の瞳も遠くからでは効果が無い。
0590創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/12(金) 18:57:07.98ID:GI8E15B8
ヴェラは苛立って、魔犬達に命令する。

 「えぇい!!
  犬共め、何をしておる!!
  掛かれっ!!」

しかし、魔犬達はヴェラの獣魔法を受けて、恐慌状態から立ち直れない。
その隙にニャンダコーレは四つ足の儘、素早く駆けた。
木偶の如く動かない魔犬達の間を縫って、ヴェラの居る丸石の元にまで迫り、高く飛び跳ねて、
獣魔法による一閃。

 「シャーッ!!」

共通魔法で言う『風の刃<ウィンドリッパー>』に相当する獣魔法。
俗に「鎌鼬」、「不可視の爪」、専門用語的には「小陣風爪(こじんふうそう)」と称される。
風の爪はヴェラの頬を掠めて、小さな傷を付けた。
その瞬間、ヴェラとニャンダコーレの目が合う。
彼女の魔性の瞳をニャンダコーレは正面から受け止めて、睨み返す。
互いの瞳力が拮抗し、効果が無い。

 (此奴、私の魔性が通じない!?)

ヴェラは驚いたが、ニャンダコーレは追撃せずに、直ぐに距離を取った。
そしてヴェラに対して言う。

 「この騒動の正体、コレ、確かに見たぞ!
  お前達ニャンダカニャンダカの、コレ子孫共の野望は、この吾輩が挫く!!」

 「何だと!!
  貴様は何者だと言うのだ!?」

 「吾輩はニャンダコーレ!!
  コレ、ニャンダカニャンダカ一党の仇敵、ニャンダコラスの子孫である!!」

そう名乗ってニャンダコーレは撤退した。
0591創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/12(金) 18:58:21.90ID:GI8E15B8
その儘、ニャンダコーレは四つ足で駆けて、市内の魔導師会支部に向かう。
途中、彼はビシャラバンガとコラルに会った。
ニャンダコーレは足を止めて、ビシャラバンガに話し掛ける。

 「ニャッ、コレ、良い所に!」

 「どうした、ニャンダコーレ?」

 「黒幕を見付けたのだ、コレ!!
  奴はヴェラと名乗った!」

 「ヴェラ……。
  確か、反逆同盟の中に、そんな名前の奴が居たな。
  エグゼラの狐だったか?」

 「コレ、それだ!!
  エグゼラの狐、コレ、妖狐が人の姿になった物!」

ニャンダコーレの話を聞いて、ビシャラバンガは大きく頷いた。

 「良し、これで反逆同盟と浮浪者殺しが繋がったな。
  魔導師会や都市警察も動く理由が出来た。
  よくやったぞ、ニャンダコーレ!」

彼に褒められたニャンダコーレは小さく笑う。

 「ニャヒヒ……。
  あー、コレ、しかし、油断は出来ないのだ。
  コレ、奴には妖獣共が付いている。
  それに奴自身も、コレ、未だ何か手を隠しているだろう、コレ」

 「……余程の化け物で無ければ、この己でも倒せる。
  心配するな」

少し謙虚なビシャラバンガの励ましに、ニャンダコーレは小さく頷いた。

 「ニャー、コレ、貴方の実力は知っている。
  頼りにしている、コレ」
0592創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/12(金) 18:59:43.82ID:GI8E15B8
それからビシャラバンガはニャンダコーレに尋ねる。

 「それで、ヴェラと言う奴の居所は判るか?」

 「コレ、ここから南の橋の下に居たが……。
  今も同じ場所には、コレ、居ないと思う。
  誰でも、コレ、最後の手段は、最後まで取っておきたい物であるからして、コレ」

 「真面にやり合う積もりは無いと言う事か?」

 「コレ、強敵を避けるのは兵法の基本である。
  手強い強兵を避けて、コレ、多数の弱兵や無力な者を叩くのである。
  戦いはコレ、数であるからして、勝てる物とだけ戦うのだ」

ビシャラバンガは大きく頷き、再びニャンダコーレに尋ねた。

 「では、どう対応するべきだと思う?」

 「ニャー、コレ、無闇に追い掛け回すのは愚策である。
  今はコレ、確りと守りを固め、出向いて来た所をコレ叩くべきであろうな」

 「成る程、罠に掛けてみるか?」

 「ニャ?
  妙案があるのか、コレ?」

ビシャラバンガは小さく頷く。
彼等は再びポイキロサームズと合流して、魔導師会にヴェラの存在を伝えに向かった。
浮浪者連続殺人事件と呪詛魔法使いの出現は、やはり裏で繋がっていた。
これで魔導師会や都市警察も、浮浪者連続殺人事件の解決に動き出す筈だったが……。
0594創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/13(土) 17:59:33.87ID:IfmU2mQF
 「私達も事の重大さは理解している積もりです。
  しかし、人手が足りないのですよ。
  呪詛魔法使いを追って、街の警邏をしながら、妖獣を追い払い、それだけでも手一杯なのに、
  更に外道魔法使いが居るなんて……」

魔導師会の反応は色好い物では無かった。
寧ろ、厄介事を持ち込まれて、迷惑していると言いう風な態度。

 「こちらに貸せる手勢は無いと言う事か?」

 「……はい。
  申し訳ありませんが……」

ビシャラバンガは謝罪が口先だけの物だと感じていた。
詰まる所、現行の体制を動かす事が億劫なだけなのだ。

 「心にも無い事を言う必要は無い。
  もっと正直に言ったら、どうなのだ?
  訳の解らない連中の報告で動く事等、出来る訳が無いと」

 「否(いえ)、決して、その様な事は……」

 「違うのか?
  では、こうか?
  そちらの事は、そちらで解決してくれと」

 「否々……」

 「どうやら、その様だな。
  気にするな、こちらも勝手に動いていると思われない様に、報告しているに過ぎぬ。
  この件に関して、こちらに一任して貰えるなら有り難い」

魔導師会の者は沈黙した。
その通り過ぎて、言い返す事が出来なかったのだ。
口先だけの言葉は、ビシャラバンガに嘘だと見抜かれる。
0595創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/13(土) 18:00:40.01ID:IfmU2mQF
結局、魔導師会や都市警察の協力が得られない事に変わりは無かった。
ビシャラバンガの交渉が下手だった所為もあるが……。
彼は寧ろ、事情に明るくない者が割って入るのは、解決の妨げになると考えていた。
反逆同盟の魔法使い達は、対共通魔法使いに有利な性質を持っている事が多いのだ。
下手に大勢が出動すると、逆に纏めて対処され兼ねない。
ビシャラバンガはポイキロサームズと相談する。

 「やはり魔導師会や都市警察は、こちらにまで手が回らない様だ。
  ヴェラとやらは己達で退治するしか無い」

しかし、ポイキロサームズは不安がった。
亀女のコラルが言う。

 「私達だけで大丈夫でしょうか?」

 「その前にニャンダコーレの話を聞こう。
  ニャンダコーレよ、ヴェラに就いて教えてくれ」

ビシャラバンガの要請に、ニャンダコーレは深く頷いた。

 「ウム、コレ、私はヴェラと直接対峙した。
  それで判った事が、コレ幾つかある。
  先ず、ヴェラ自身は、コレ、大した力を持っていないのだ、コレ。
  厄介な物は、コレ、魔性の瞳と、簡単な獣魔法だけだ、コレ。
  コレ、詰まり……瞳と『咆哮<ロアリング>』にさえ気を付けていれば、コレ、後は腕力の勝負になる。  妖獣共を、コレ、従えているのも厄介ではあるが……」

ビシャラバンガは対処法を尋ねる。

 「どうすれば、魔性の瞳と咆哮を防げる?」

 「魔性の瞳は、コレ、魅了の一種である。
  コレ、瞳を覗かなければ良いのだが、相手と対峙するのに、コレ、瞳を見ないと言うのは、
  大きな制限となってしまう」
0596創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/13(土) 18:03:09.78ID:IfmU2mQF
ニャンダコーレは指を立てる代わりに、爪を伸ばした。

 「コレ、しかし、魔性の瞳にも発動条件があるのだ、コレ。
  瞳には、コレ感情が表れる物。
  コレ、相手の感情を捉えなければ、コレ、効果が出ない。
  コレ、その点、諸君等ポイキロサームズは有利と言える。
  何故なら、コレ、爬虫類や両生類、昆虫類の瞳は、人とは違うのでな、コレ。
  『見る側』にとっては、コレ、見慣れない瞳に先ず驚いて、魔性を向ける所では無くなる」

蛙男のヴェロヴェロが確認する。

 「詰まり、俺達には魔性の瞳が効かないって事か?」

 「そうであるな、コレ。
  後は、コレ、咆哮に怯まなければ良い」

それなら何とかなるかも知れないと、ポイキロサームズは希望を持った。
しかし、蜥蜴女のアジリアが水を差す。

 「でも、どうやってヴェラと戦うんだ?
  素直に姿を現してくれるとは思えないけど」

 「それは……コレ、姿を隠して、囮作戦をするしか無いと思う、コレ」

 「誰が囮になるんだ?」

アジリアの問に、ニャンダコーレは一同を見回した。

 「コレ、出来るだけ人型に近い物が良いな」

そう言いながら、彼は囮に最適な人物を見定める。
0597創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/14(日) 17:17:32.50ID:xQe1JVb0
ビシャラバンガは余りに巨体過ぎる。
当然警戒されてしまうだろう。
亀女のコラルは横に広過ぎる。
彼女も怪しまれる。
昆虫人のヘリオクロスも体が大き過ぎる。
ニャンダコーレは背が低い。
蛇男のヤクトスは足が無い為に、歩き方が不自然。
蜥蜴女のアジリアは尻尾が目立ってしまう。
そうなると、残りは……。

 「えっ、俺か!?」

蛙男のヴェロヴェロしか居ない。

 「頼むよ、ヴェロ」

アジリアに頼まれても、ヴェロヴェロは素直に頷けなかった。

 「いや、しかし……」

ヴェロヴェロも容姿は人間に近いとは言い難いが、フード付きローブで何とか誤魔化せる。
側(ガワ)を覆えば、太った男性で通らなくも無い。
それでもヴェロヴェロが躊躇う理由は、やはり恐怖心。
妖獣を従えた者と戦う決心が付かないのだ。
相手と一対一なら未だ良いが、妖獣を複数従えているとなると……。
ヤクトスも頼み込む。

 「他に居ないんだ。
  大丈夫、独りで戦えとは誰も言わないよ」

 「お前、他人事だと思ってさぁ……」
0598創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/14(日) 17:18:53.44ID:xQe1JVb0
ポイキロサームズは特異な外貌をしているが、中身は普通の人間の積もりなのだ。
特別優れた能力がある訳では無いし、何か魔法が使える訳でも無い。
人並みに臆病でもある。

 「大体ヴェラってのは、何者なんだよ。
  獣魔法を使うって、野生児なのか?」

ヴェロヴェロの疑問に、ニャンダコーレは答える。

 「コレ、野生児と言う表現は中々面白い。
  ヴェラは、コレ、妖獣が人の姿になった物である」

その言葉にアジリアは驚いた。

 「私達とは逆って訳かい?」

 「コレ、そうであるな」

ポイキロサームズは人の心を持ちながら、人外の姿を持った者達だ。
獣から人間になったヴェラとは確かに逆。
だが、人に化ける妖獣の昔話は多くあるが、実際に人の姿に変化したと言う明確な記録は無い。

 「所謂『成り上がり<アップスタート>』って奴か?」

ヴェロヴェロが問うと、ニャンダコーレは首を横に振った。

 「ニャー、コレ、違う。
  コレ、成り上がり等と言う、可愛らしい物では無い。
  もっと悍ましい物だ、コレ」

 「悍ましい?」
0599創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/14(日) 17:22:02.19ID:xQe1JVb0
ニャンダコーレは険しい顔になる。

 「奴はコレ、自力で人に変化した訳では無いのだ。
  コレ、体も魂も、幾つもの異物が、コレ一体になっている」

 「な、何だよ、それ……」

ヴェロヴェロは蒼褪め……は出来ないが、精神的な衝撃を受けて恐怖していた。

 「恐らくはルヴィエラの仕業だろうな、コレ。
  闇の力で、コレ、人間の体を造り、そこに無理遣り魂を押し込めたのだ、コレ」

 「そんな化け物を相手にするのかよ」

ニャンダコーレの説明でヴェロヴェロは悉(すっか)り弱気になる。
言葉だけ聞けば、どんな怪物なのかと恐れるのも無理は無い。

 「否、コレ、平素は普通の人間だ、コレ。
  コレ、何等かの本性を隠していても、追い詰められるまでは、コレ隠し通すだろう」

そこで影人間のシャゾールが言った。

 「ヴェロ、心配なら私が影に付いて行こう」

 「わっ、シャゾール、居たのか!」

 「他に適任者は居ないんだ。
  頼むよ、ヴェロ」

シャゾールに説得されて、ヴェロヴェロは渋々ながら頷く。
入念な準備が必要と言う事で、作戦の決行は翌日となった。
この日は魔導師会が手配した市内の宿に泊まって過ごす。
0600創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/15(月) 18:29:42.24ID:9y8OB7iG
魔導師会の紹介と言う事で、宿の従業員達も一行の奇怪な風貌には目を瞑ってくれた。
事件と獣達の所為で旅行者が居ないので、宿は空々(がらがら)。
殆ど貸し切り状態である。
宿としても、貴重な客を逃す訳には行かなかった。
この宿には温泉があるが、ポイキロサームズの中でヴェロヴェロとヘリオクロスは湯に浸かれない。
囮の役目のヴェロヴェロは詰まらなそうに、和風の宿泊室から宿の中庭を見ていた。
彼は同室のヘリオクロスに語り掛ける。

 「ヘリオス、お前は温泉に行かないのか?」

 「コノ体デハ、ドウモ水ハ苦手デ……。
  ヴェロサンハ?」

 「俺は蛙だからな。
  熱い湯に入ったら、あっと言う間に茹で上がっちまう」

 「オ互イ大変デスネ。
  早ク人間ニ戻リタイナ」

 「ああ、全くだ。
  俺達を生み出した奴には、責任を取って貰いたい所だが……」

 「デモ、相手ハ大悪魔ダッテ」

 「そうだな、俺達じゃ足元にも及ばない。
  ヘリオ、何故お前は反逆同盟と戦うんだ?」

 「ドウシテモ何モ……。
  皆ガ一緒ダカラデスヨ。
  皆ガ止メルッテ言ッタラ止メマス。
  ヴェロサン、今更何デ、ソンナ事ヲ?

ヴェロヴェロは反逆同盟との戦いから抜けたいのかと、ヘリオクロスは思った。
0601創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/15(月) 18:30:45.13ID:9y8OB7iG
ヴェロヴェロは意地の悪い質問をする。

 「――ってぇ事は、皆が戦わないって言ったら、お前も止めるのか?」

 「マァ、ソウデスネ。
  僕ダケデ戦ウノハ厳シイデスシ」

 「お前は、それで良いのか?」

 「エッ、何ヲ――」

ヘリオクロスは彼の言葉に驚いた。
「皆が戦っているから」と言う理由は、積極的な意思では無い。
誰か1人でも、やる気を無くしてしまったら、全員が意欲を失う。
そう言った脆さを孕んでいる。
ヴェロヴェロは真っ直ぐヘリロクロスを見ていた。

 「何デ僕ニ、ソンナ事ヲ聞クンデスカ……?」

 「やる気が無えなら、止めた方が良いぜ。
  不本意な戦いで死にたか無えだろう?」

 「不本意……」

ヘリオクロスは真剣に自分の置かれた状況に就いて考える。
ヴェロヴェロは警告しているのだ。
今の浮ら浮らした心の儘では、危機に対応出来ないと。
自分達が絶対に安全と言う事は無い。
反逆同盟との戦いに参加している以上、どこかで危険な目に遭う事は覚悟しなければならない。
0602創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/15(月) 18:31:30.15ID:9y8OB7iG
ヘリオクロスは逆にヴェロヴェロに問う。

 「ヴェロサンハ、ドウナンデスカ?
  何デ戦ウンデスカ?」

 「俺は……。
  そうだな、俺にだって人の役に立とうって気持ちはあるんだ。
  俺にしか出来ない事があるなら、やってやろうって思う」

 「ソレデ死ンデモ良イッテ事デスカ?」

 「何言ってんだ、良かねえよ。
  でも、死ぬかも知れねえだろう?
  その時に後悔しねえかって事だよ」

 「ヤッパリ、怖インデスカ?」

ヘリオクロスはヴェロヴェロが急に、こんな話を始めたのは、自分が囮をする事に対して、
恐怖や不安があるからでは無いかと考えた。
ヴェロヴェロは数極の間を置いて、小声で答える。

 「怖いか怖くないかで言ったら、怖い。
  怖(こえ)えよ、そりゃあな。
  でも、止める訳にも行かねえだろうよ。
  何でとか、詰まらん理由は要らねえ。
  やるからには、やる。
  お前達が止めても関係無え。
  俺は、こんな姿になる前の俺の事を覚えちゃいねえが、多分、そう言う性格だったんだ。
  これは言わば、俺の魂の証明みてえな物だ」

そう力強く断言出来る彼が、ヘリオクロスは少し羨ましかった。
0603創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/16(火) 18:47:11.41ID:OX9zjsbc
ヘリオクロスは俯き加減で言う。

 「僕ハ……屹度、臆病ナンダナト思イマス。
  コウナッテシマウ前ノ僕モ」

 「ああ、だから無理すんなよ」

 「ソレデモ僕ハ、皆サント一緒ニ居マス。
  コウシテ会エタノモ何カノ縁デス。
  皆一緒デ居マショウ。
  反逆同盟ヲ打チ倒スマデハ……」

 「その後は、どうするんだ?」

ヴェロヴェロの問に、ヘリオクロスは自信の無さそうな声で言った。

 「ヤッパリ、皆撒ラ撒ラニナッチャウンデスカネ……?」

 「そりゃ何時までも皆仲良く一緒にって訳には行かねえだろうな。
  今は皆、目的があって一緒に居るだけだ。
  何時か、それぞれの道を見付けて歩く事になる」

 「僕ニハ何モアリマセン……」

小声で零したヘリオクロスを、ヴェロヴェロは慰める。

 「まぁ、そんな物だろう。
  俺だって今後の事なんか、何も決めちゃいねえんだ。
  でも、何とかなるさ。
  そう言う気持ちで居なきゃ、後ろ向いてばっかじゃ、どう仕様も無えぜ」

 「ヴェロサンハ強イデスネ……」

 「そうでも無えよ。
  雑な持ち上げ方すんな」

何時の間にか、外は雨になっていた。
それぞれの思いを胸に、囮作戦の日を迎える。
0604創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/16(火) 18:47:55.43ID:OX9zjsbc
翌日、雨は止む所か益々激しくなっており、囮作戦は一旦中止になった。
雨の中では、獣も濡れるのを嫌がって出歩かないのだ。
しかし、ヴェロヴェロは提案する。

 「今こそヴェラとか言う奴を探す好機じゃないか?」

 「どうして?」

アジリアの疑問に彼は淡々と答える。

 「雨が降っていれば、獣は出歩かない。
  それは詰まり、監視の目が緩むって事だろう?」

 「向こうから来るのを待つんじゃなくて、こっちが奴を探しに出向くって訳かい?」

 「ああ、この雨なら、どこか屋根のある所で休んでいる筈」

 「しかし、『この雨』だよ」

蛙のヴェロヴェロと亀のコラルは、雨を問題にしないが、他の者達は違う。
アジリアもヤクトスも雨に濡れるのは好きでは無い。
序でに、ニャンダコーレも。
ビシャラバンガは目的の為ならば、多少の事は苦では無い性格なので、気にしない。
こう言う時はビシャラバンガが意見の纏め役を買って出るべきなのだが、彼は人の和に疎かった。
ヴェロヴェロが熱弁を振るう。

 「雨が何だよ。
  俺達は何の為に、この街に来たんだ?」

 「自棄に張り切ってるじゃないか?」

一体どうした事だと、アジリアはヴェロヴェロの態度に驚いた。
0605創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/16(火) 18:48:40.77ID:OX9zjsbc
そこでヘリオクロスが彼に加勢する。

 「僕モ今ノ内ニ叩クベキダト思イマス。
  今ナラ妖獣モ少ナイデスカラ、戦イモ楽ニナルデショウ」

 「ヘリオス、あんたも雨は一等苦手だったじゃないか?
  どう言う風の吹き回しだい?」

 「今ハ、ソウ言ウ事ヲ言ッテル場合ジャ無イッテ事デス」

2対1で押されているアジリアに、今度はニャンダコーレが加勢した。

 「コレ、コレ、落ち着くのだ、コレ。
  急いては事を仕損じると、コレ、言うだろう。
  コレ、一応魔導師会にも断りを入れておかなければ、コレ、私達だけで奴と戦うのでは無いのだ」

ヴェロヴェロもヘリオクロスも彼に説得される。
だが、ここで話が落ち着き掛けていたのに、ビシャラバンガが口を挟む。

 「こちらから打って出るのは、妙案だとは思う」

 「ビシャラバンガ、コレしかし、ヴェラが今どこに居るのか絞り込む必要があるのだぞ、コレ。
  闇雲に市内を歩き回るのでは無く、コレ、土地勘のある者を頼るのだ。
  それは、コレ、やはり魔導師会か都市警察の者だろう」

 「連中が協力してくれるか?」

ビシャラバンガは魔導師会や都市警察の手を借りるのに、否定的だった。
ニャンダコーレは彼を説得する。

 「今は雨だ、コレ。
  魔導師会や都市警察の見回りも少なかろう」
0606創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/17(水) 18:56:08.60ID:ezlqGDMa
ビシャラバンガは一同を見回して、改めてニャンダコーレに尋ねた。

 「それで……誰が魔導師会に渡りを付ける?」

この中で交渉上手な者は居ない。
全員が沈黙していると、そこへ隠密魔法使いのフィーゴ・ササンカが現れた。

 「その役目は私が果たそう、ニャンダコーレ殿」

 「ニャ、コレ、ササンカ殿!
  何時から居たのか、コレ?」

 「最初から居たぞ。
  交渉にヤクトス殿を借りて行くが、構わないな?」

 「えぇっ、私ですか?」

驚くヤクトスにササンカは真面目な声で言う。

 「私達だけでは相手にされないだろうから、親衛隊の手を借りたい。
  ストラド・ニヴィエリの事だ。
  ヤクトス殿は彼と親しいのだろう?」

 「親しいと言うか……。
  ウーム、他の人達よりは親しいと言って良いんでしょうか……?」

ヤクトスは親衛隊員ストラドが未だ執行者だった頃から、行動を共にしていた。
他の者達より関係が深いと言えば深い。
ササンカは弱気なヤクトスに力強く告げる。

 「とにかく話をする。
  細かい事は、その後だ」
0607創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/17(水) 18:56:49.39ID:ezlqGDMa
ヤクトスとササンカは親衛隊員ストラド・ニヴィエリに、仲介を頼みに行った。
ストラドはボルガ魔導師会支部で、呑気に寛いでいた。

 「どうした、『蛇男<ヴァラシュランゲン>』?
  失礼、今は名前があるんだったか?
  あー……ヤークト?」

 「ヤクトスです」

 「そう、ヤクトス。
  何の用だ?」

 「この辺の地理に明るい人を探しています」

 「そりゃ何で又?」

 「えーと、この大雨でしょう?
  獣は濡れるのを嫌って、雨宿りしている筈です」

 「お前達は浮浪者連続殺人事件を追っていたんじゃないのか?
  何で獣の話が?」

 「ああ、えーと、そこから説明しないと駄目でしたか……。
  実は反逆同盟が関わっていた事が判ったんです。
  犯人はヴェラと言う、妖獣から人間になった女です」

 「ヴェラ……。
  反逆同盟に、そんな奴が居ると言う話だったな。
  詳細は不明だが……」

 「そのヴェラと言う女が、妖獣を従えているんです。
  だから、妖獣が出歩けない今の内に、居所を探して叩こうって……」
0608創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/17(水) 18:57:23.81ID:ezlqGDMa
ストラドは大きく頷く。

 「話は解った。
  それで居所の見当は付いているのか?」

 「多分……。
  私は分かりませんけど」

自信無さそうなヤクトスに、ストラドは呆れて溜め息を吐いた。

 「やれやれ、こう言う時は嘘でも良いから、判っていると言うんだ。
  幸い、話が解る俺だから良い物のな」

ササンカが話を締めに掛かる。

 「それでは頼めますか、ストラド殿?」

 「ああ。
  地理に明るいって事は、地元の奴が良いな。
  暇そうな奴を見付けて、手配してやるよ」

 「感謝します」

 「おう、大いに感謝してくれ」

ヤクトスとササンカはストラドに渡りを付けて貰い、地元の執行者を遣して貰える事になった。
彼の名はミヤ・ロクセン。
ボルガ地方魔導師会法務執行部所属の執行者で、取り立てて優秀では無い、程々の執行者だ。
本当に、唯単に地元民だと言う事だけで、ポイキロサームズ等の元に派遣された。
彼は最初、ポイキロサームズの特異な風貌に驚いていたが、それも直ぐに慣れる。
そして、早速ホテルにて作戦会議に参加するのだった。
0609創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/18(木) 18:27:35.20ID:HlSb7P3M
ロクセンはポイキロサームズ、ニャンダコーレ、ビシャラバンガ、ササンカと顔を付き合わせて、
ボルガ市の地図を睨みながら、ヴェラの居そうな場所を探す。
ロクセンは先ず、自分の見解を言う。

 「この雨ですから、下水道は増水していて使えないでしょう。
  無人の空き家や倉庫が怪しいですね」

更に捜索地点を絞り込むべく、ニャンダコーレが発言した。

 「コレ、奴は多数の妖獣を従えている。
  それなりに広い場所に、コレ居ると思う」

 「そうなると……。
  ウーム、無人の広い場所……。
  でも、屋内は大体避難所になっていますから……。
  屋根さえあれば良いのでしょうか?
  それなら、大街道の高架下とかですかね……。
  今なら浮浪者も居ないでしょうから、都合が好いでしょう」

 「そうと決まったら、コレ、大街道沿いを探しに行けば……、コレ、良いのかな?」

 「ええ、多分。
  でも、大街道は長いので、雨の内にと言うのであれば、手分けして探す事になります」

大街道はボルガ市の中心から北西、西、南西、南南西、南に分かれている。
それぞれの道を辿って一々調べて行くとなると、結構な時間が掛かる。
そこでビシャラバンガが提案した。

 「己に良案がある。
  浮浪者達のネットワークを活用するのだ。
  今なら、どこに妖獣が多いか判る筈」

浮浪者達も人目に付かず、且つ、雨風を凌げる場所を知っている。
都合の好い場所は、先ず浮浪者が目を付けている筈なのだ。
そして妖獣とは居場所を奪い合う事になる。
0610創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/18(木) 18:27:58.49ID:HlSb7P3M
ビシャラバンガは浮浪者達から聞き込みをして、妖獣達が屯している場所を特定した。
それは南西のブリウォール街道の高架下。
人気の無い河川と一般道路を跨ぐ高架の下には、種々の妖獣達が犇めいている。
犬、猫、狐、狸、熊、亜熊……。
その様にポイキロサームズは戦慄した。
ポイキロサームズは特異な風貌を持ち、それぞれの外見に応じた生物の特徴を持っているのだが、
特別な魔法が使えたり、魔法資質が特別に優れていたりする訳では無い。
獣の群れと戦うのは難しい。
そこでビシャラバンガが先陣を切る。

 「先ずは、己が行ってみる。
  お前達は逃げ出す獣共の中に、ヴェラとやらが居ないか見張ってくれ」

そう言って、彼は堂々と正面から高架下の獣達に向かって行った。
高い魔法資質を持つビシャラバンガは、魔力を纏って巨大化する。
その威容に獣達は怯んだ。
接近して来るビシャラバンガから遠ざかり、距離を取る。
獣達は押し合い圧し合い、高架の下から食み出す物達も居る。
高架の下に入ったビシャラバンガは、獣達の集団に向かって前進する。
獣達は後退を続けて、弱い物達は高架の下から追い出され、雨に打たれる。
ビシャラバンガが1歩足を前に踏み出す度に、魔力の衝撃波が獣達を襲う。
これは物理的な衝撃波とは違う。
振動を感じはするが、実際に体が後方に押されたりはしない。
揺さ振られるのは精神だ。
魔法資質が鋭敏であり、且つ魔法資質が魔力の衝撃波より弱い存在は、自身の内の魔力の流れを、
衝撃波によって崩される。
これが強烈な違和感や不快感となり、一層の恐怖を喚起する。
0611創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/18(木) 18:28:47.88ID:HlSb7P3M
ビシャラバンガは妖獣達に呼び掛ける。

 「ヴェラとやらは、どこだ!?
  貴様等、軟弱な獣共を率いて、お山の大将気取りの者は!」

怒気を孕んだ彼の言葉は、丸で獣の咆哮だ。
小さな獣達は怯んで逃げ出す。
熊や亜熊でさえ、ビシャラバンガに比すれば、子供同然。
圧倒的な『力』の化身。
それが巨人魔法使いのビシャラバンガなのだ。
多くの獣達は高架下から出て行き、散り散りに雨の中を逃げ出す。
半分近くの獣が高架下から逃げ出した所で、漸くビシャラバンガの前にヴェラが現れた。
否、ビシャラバンガがヴェラの居る所まで、獣達を押し退けて進んだと言うべきか?
金髪の美しい娘の姿をしたヴェラを、ビシャラバンガは睨み付ける。

 「貴様がヴェラか!」

 「そうだ。
  そう言う貴様は?」

流暢な人語を話す彼女は、丸で人間だ。
しかし、ビシャラバンガには判る。
彼女の魔法資質は明らかに異常。
得体の知れない物が混然一体となっている。
ヴェラを盾として彼女の後ろに隠れていた獣達は、その異様さに漸く気付いた。
そしてヴェラからもビシャラバンガからも離れる。
0612創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/19(金) 20:30:43.32ID:42fx2VWB
ビシャラバンガはヴェラに言った。

 「フン、所詮は野に生きる獣だ。
  忠誠心等と言う物は、持ち合わせていない」

それでも彼女は動じず、堂々としている。

 「元から期待等していない」

 「貴様の詰まらん遊びも、これで終わりだ」

 「ホホホ、終わり?
  どう終わりだと言うのだ?
  貴様が私を倒すとでも?
  どうやって?」

ビシャラバンガの威容にも、ヴェラは怯まない。
その態度が彼の癇に障った。

 「女は殴れないとでも思っているのか?
  貴様の様な外道に、男も女もあるまい。
  少しでも助かりたいと言う気持ちがあるなら、大人しく魔導師会の裁きを受けるのだな」

 「ホホ、もう勝った積もりで居るのか?
  お目出度い奴よ」

ビシャラバンガは高笑いするヴェラに向かって、魔力の塊を打ち出した。
魔力の飛ばす、『魔力弾<エナジーバレット>』と言う初歩的な魔法だ。
ビシャラバンガの高い魔法資質によって物質化された拳大の魔力弾は、石の様な硬さになる。
それが彼の怪力で、恐ろしい速さで飛んで行くのだから、ヴェラには避けられない。
0613創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/19(金) 20:31:14.26ID:42fx2VWB
ヴェラは鳩尾に投石を食らった様な衝撃を受けて、その場に崩れ落ちた。
彼女は激しく噎せ込んで、しかし、不敵な笑みを浮かべる。
効いていない訳では無い。
確かに痛みを受けているし、肉体も損傷している。
それをビシャラバンガは気味悪く思った。

 「……何だ?」

 「フッフフフ、効かんよ」

 「どう見ても、効いているが……」

 「貴様には判らんのか?
  我が内に潜む物が……。
  もっと私を痛め付けろ。
  人の身は狭い狭いと嘆いておる。
  肉体と言う器を破り、解き放たれる時を、今か今かと待っておるのだ」

彼女の言動にビシャラバンガは怯み、追撃を止めた。
ヴェラを殺すのは簡単だが、それが何かの引き金になると彼は理解する。
戦いに関して鋭い嗅覚を持つ彼には、ヴェラの言葉が感覚で理解出来るのだ。
ヴェラは美しい女性の体の内に、途轍も無く巨大で醜い「何か」を押し込めている。
それは打撃を受ける度に彼女の中で膨らみ、突き破って表に出て来ようとしている……。
ヴェラは薄気味悪い笑みを浮かべた。

 「ククク、どうした?
  攻めて来ないのか?」

彼女は浸々(ひたひた)とビシャラバンガに向かって歩き始めた。
0614創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/19(金) 20:32:14.73ID:42fx2VWB
ビシャラバンガは顔を顰めて、腰を溜め、魔力弾発射の構えを取る。
構えだけで、実際に発射しはしない。
これでヴェラの反応を見た。
しかし、ヴェラは歩みを止めたりはしない。
恐れて怯む事も無い。

 「威嚇の積もりか?
  可愛いな」

ヴェラはビシャラバンガの対応を嘲笑った。
それは弱者に向ける顔。
優越と侮蔑の笑み。
怒りを感じたビシャラバンガは小さく自嘲して、強気にヴェラに対して笑みを返した。
それは未知に立ち向かう挑戦者の顔。
更なる己の高みを見る笑み。
ヴェラは歩みを止めずに、一層見下しの感情を強くする。

 「強がるな。
  私は強者、お前は弱者。
  身の程を弁えぬ者に明日は無い」

対してビシャラバンガも言い返す。

 「強がっているのは、どちらか?
  貴様の目は曇っている様だな。
  力に溺れた者の目だ」

彼は無防備に近付いて来るヴェラに、魔力弾で弱い一撃を加えた。
魔力弾は彼女の肋骨を叩き、心臓に衝撃を与える。
0615創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/20(土) 17:54:47.27ID:SXjrbOry
ヴェラの心臓は心室細動を起こす。
彼女は蒼褪めて、魚の様に口を開閉させた。
ビシャラバンガは憐れみの目を向ける。

 「……肉体を傷付けずとも、命を失わせる方法は幾らでもある。
  力押しだけが戦いでは無い」

ヴェラは必死に呼吸して、自分の胸を叩く。
しかし、益々苦しくなって行くばかりだ。
彼女は最後の力を振り絞って、最終手段に出た。

 「わ、私……は……、死な……ん……!」

ヴェラは鋭く伸びた爪で、自らの腹を引き裂く。
自ら体を破壊する事で、内に封じられた物を解き放つのだ。
鮮血が噴き出し、雨で湿気た地面を赤く染めて行く。

 「お、おぉ……」

ヴェラは満足気に微笑みながら、俯せに倒れて息絶えた。
傍目には狂ったとしか思えない行動。
だが、ビシャラバンガは気を抜かない。
ヴェラの肉体は死したが、その魔力反応は消えていないのだ。
約1点後、ヴェラの肉体は再び動き出す。
生気を失った彼女の体は徐々に暗緑色に変色し、腐敗して溶け落ちる。
それは緩やかに拡がって泡立ち、宛ら毒沼の様になった。
妖獣達はヴェラの死に動揺して、暫く茫然と立ち尽くしていた。

 「ギャーーーーッ!!」

突然、妖獣達の中から悲鳴が上がる。
0616創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/20(土) 17:57:13.07ID:SXjrbOry
見れば、化け猫が1匹、緑色の粘液に絡め取られていた。
化け猫は徐々に力を失い、やがて粘液に呑み込まれて行く。
妖獣達は『恐慌<パニック>』に陥り、その場から逃げ出そうとするが、足元が忽ち緑の沼に変じる。
妖獣達は足を取られて、脱出も儘ならず、小さい物から順に沼に沈んで行く。
ビシャラバンガは妖獣を助ける積もりは無いが、この目の前の恐ろしい事態を何とかしなければ、
もっと恐ろしい事が起きるのでは無いかと感じていた。
彼は大地に拳を突き、その衝撃で地上に魔力を巡らす。

 「ギャギャッ!!」

何割かの妖獣は、魔力の衝撃派で粘液から逃れる事が出来た。
粘液から脱出した妖獣は、一目散に雨の中を走って逃げる。
粘液の沼から幾つもの泡が立ち、弾ける。
その音は丸でヴェラの笑い声の様だった。

 「ロホホホホ、ロホホホホ」

ビシャラバンガは粘液の正体が、魔力を纏った液体だと気付く。
彼は自ら魔力の粘液に踏み入り、魔力を纏わせた拳を叩き込んだ。

 「化け物め!!」

魔力の衝撃が電撃の様に粘液から魔力を分離させる。
粘液に捕らわれていた、妖獣達の死体が浮き上がる。
骨と皮だけになった物や、溶けた肉塊の様な物が……。
遠くで戦いの様子を見ていたポイキロサームズは恐怖した。
ヴェラは人の体を捨て、不定形の悍ましい怪物になったのだ。
勇敢なニャンダコーレも逃げ出したい気持ちを抑えるので精一杯だった。

 「こ、これが奴の正体なのか、コレ……」
0617創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/20(土) 18:00:11.77ID:SXjrbOry
ニャンダコーレはササンカに呼び掛ける。

 「コレ、ササンカ殿!
  早く魔導師会に連絡を!」

 「相解った!」

ササンカは風の様に迅く、魔導師達を呼びに行く。
次にニャンダコーレはポイキロサームズに指示した。

 「コレ、私達もビシャラバンガに加勢に行くぞ!」

 「加勢ったって、俺達に何か出来る事があるのかよ」

ヴェロヴェロは困惑を露に問う。
実際、何等特別な力を持たないポイキロサームズは、戦力としては数えられない。
ニャンダコーレは少し考えて、自分の考察を述べる。

 「あれは、コレ、ヴェラの魔力に水が反応した物!
  恐らくヴェラは、コレ、自分の体細胞を水に溶かして、あの様な姿になったのだ、コレ!」

 「だから、どうすれば良いんだよ!」

ヴェロヴェロは原理よりも具体的な対策を求めた。
ニャンダコーレは数極の思案後に決然と告げる。

 「コレ……、燃やす!!」

確かに、ヴェラの液体の体は燃やし蒸発させれば、小さくなる。

 「燃やす!?
  でも、今は雨だ!」
0618創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/21(日) 17:53:39.84ID:MaxQPlN4
雨では火の勢いは弱まる。
魔力の炎は水の中でも燃え続けるが、それでも火勢が弱まる事は避けられない。
強い炎で一度に焼き尽くさなければ、ヴェラを倒せない。
ニャンダコーレは言う。

 「コレ、とにかく火種と燃料になる物を探して来るのだ!
  それまでは私とビシャラバンガで、コレ、何とか食い止める!」

彼はビシャラバンガの元に駆け付け、呼び掛けた。

 「ニャー、コレ、ビシャラバンガよ!
  『球体成型<モールド・スフィア>』でヴェラを閉じ込めるのだ、コレ!」

 「ムッ、成る程!」

ビシャラバンガは直ぐに理解して、液体のヴェラを覆う様に魔力を展開させる。
彼の優れた魔法資質を以ってすれば、拡がったヴェラの回収も容易。
だが、ヴェラも無策では無い。
緑色の沼から、ヴェラの形をした物が飛び出す。

 「ホホホ、ホホホホホ」

それは人の言葉は喋らないが、耳障りな笑い声を上げながら、ビシャラバンガの魔法から逃れる。
その動きは元は液体とは思えない程、身軽で素早い。
丸でトビネズミの様に軽快に跳ね回る。
ビシャラバンガはヴェラの大部分を球体に閉じ込めたが、数体のヴェラの分身を取り逃した。

 「ええい、逃したか!!
  ニャンダコーレ、どうにかしろ!」

 「ニャッ、しかし、液体では……」
0619創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/21(日) 17:54:30.73ID:MaxQPlN4
ヴェラの分身はビシャラバンガから離れて、市街地へ向かっていた。
ニャンダコーレは風の刃で仕留めようとするも、液体が相手では効果が無い。
更に、大雨が彼の集中力を削る。

 (ムムム、コレ、この雨では……!)

ヴェラの分身は地表を流れる水に乗って、滑る様に移動する。
その姿は人型から獣型に変化して、速度を上げる。
ニャンダコーレは懸命に彼女を追った。
ビシャラバンガはヴェラの大部分を押し留めているので、その場を動く事が出来ない。
数点して、ササンカがロクセンを連れて、戻って来る。

 「ビシャラバンガ殿、暫し待たれよ!
  直ぐに魔導師会が来る!」

 「己の事は構わん!
  今暫くは持つ!
  それよりも、ニャンダコーレを追え!!」

 「ニャンダコーレ殿が、どうされた!?」

 「街の方へ、分裂したヴェラを追って行った!」

ビシャラバンガの話を聞き、ロクセンが驚いた声を上げた。

 「街へ!?」

 「追うぞ、ロクセン殿!」

ササンカが駆け出すと、ロクセンも彼女を追う。
0620創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/21(日) 17:55:18.88ID:MaxQPlN4
ロクセンは魔力通信で、他の魔導師達に呼び掛ける。

 「こちらミヤ・ロクセン!
  市街地に『ヴェラ』が向かっている!
  ……えっ、特徴!?
  どんな奴かって……」

彼は変化したヴェラを見ていなかったので、何とも言えなかった。
ササンカが助言する。

 「緑色の液体だ!」

 「み、緑の液体です!
  その取り零しが市街地に向かっていると!
  ……えっ、何をする積もりかって!?
  それは……」

ロクセンは再びササンカを見たが、彼女にもヴェラの目的は判らない。

 「判らない!
  だが、とにかく止めるべきだ!」

 「わ、判りません!!
  とにかく止めて下さい!」

通信の向こうの魔導師達は反応に困っている。
市民に被害が出そうなら、避難させるなり、屋内に止まらせるなり、対策を取らないと行けない。
市民の命を預かる者として、どの様な被害が想定されるかも判らないと言うのは、非常に困るのだ。
しかし、判らない物は仕方が無い。
0621創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/22(月) 19:15:00.68ID:vBAJjNZu
魔導師会の執行者達は、呪詛魔法使いの捜索とは別部隊で、ヴェラを討伐する小部隊を編成した。

 「相手は液体だって?」

 「そう言う話だ。
  魔力を持った……水精とか、そう言うのだろうな」

 「どうやって戦えって言うんだよ?
  しかも、この少人数で」

ヴェラ討伐隊は5人編成。
これから正体不明の外道魔法使いと戦おうと言うのに、余りにも心許無い。

 「仕方無いだろう。
  陽動の可能性もあるんだ。
  文句ばっかり言ってないで、魔力探知を掛けろ。
  出た所勝負だ」

5人の執行者達は魔力探知で、異質な魔力の流れを探す。
反応は直ぐにあった。

 「南方に反応が4つ。
  1つだけ何か違う物が……」

 「4つか!
  それなら1人1つで行けるな!
  絶対に取り逃すなよ!」

隊長格の指示で、執行者達は一人一殺を目標に魔力反応の元へ向かった。
0622創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/22(月) 19:15:49.10ID:vBAJjNZu
4つの反応の内、1つはニャンダコーレだ。
ニャンダコーレはヴェラの分身を追って、魔法攻撃を仕掛けていた。

 「Naoooo――!!」

打撃が効かないなら、音で攻める。
鳴き声に魔力を乗せて、丸で遠吠えする様に。
魔力が共鳴してヴェラの液状の体を崩して行く。
ヴェラも受けてばかりでは無かった。
彼女は足を止めて、獣の姿に変じ、ニャンダコーレに襲い掛かる。
彼女が取った動物の姿は虎だ。
緑色の液体の虎となって、吠え、噛み付く。

 「グルルルル……」

それは真似事等では無く、正しく虎その物。
ヴェラは取り込んだ動物の魂を再現している。
ニャンダコーレは四つ足で応戦するも、雨の中では俊敏な動きが出来ない。
地面は泥濘んで足を取り、雨水は冷たく体に圧し掛かって体温を奪う。

 「クッ、コレ……」

自らの不利を自覚しつつも、ニャンダコーレは引き下がろうとしない。
ニャンダコラスの子孫が、邪悪な力を手にしたニャンダカニャンダカの子孫に負ける訳には、
行かないのだ。
虎と化したヴェラの攻撃を避けながら、しかし、ヴェラが街へ逃げない様に誘導する。

 (コレ、所詮は獣の知能だ!
  逃げる物を見れば、コレ、追わずには居られない!)
0623創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/22(月) 19:16:36.72ID:vBAJjNZu
ヴェラとニャンダコーレが交戦している所に、2人の執行者が駆け付けた。

 「おっ、何だ、ありゃ!?」

 「化け猫と……何か変なのが戦っているぞ!」

2人は足を止めて、どちらに加勢すべきか一瞬迷う。

 「えーと、敵は水の精霊だっけか?」

 「だったら、化け猫を助けるのか?」

 「そうだな。
  危(ヤバ)そうな奴から片付けよう」

執行者の2人はニャンダコーレよりも、得体の知れない液体の虎を警戒した。
化け猫位なら、どうとでもなるだろうと言う侮りもあったが、真実間違った判断では無かった。
執行者の2人が近付くと、ヴェラは気配を察知して逃走しようとする。
ニャンダコーレも執行者に気付き、人語で命じた。

 「ニャッ、コレ、逃がすなっ!!
  そいつを捕まえるのだ、コレっ!!」

ニャンダコーレの指示を受けて、執行者達は互いの顔を見合う。

 「捕まえろってよ」

 「そりゃ逃がす訳には行かない」

2人は呑気な会話をしながら、共通魔法で一瞬にして液体の虎を凍らせる。
執行者は魔導師の中でも腕利きの者達。
強大な力を持ったヴェラ本体なら未だしも、力の弱い分身では相手にならないのだ。
0624創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/23(火) 19:17:55.99ID:hMzEPN8V
凍った液体の虎を見て、執行者の2人は相談する。

 「それで、どうするよ、これ?」

 「取り敢えず、持って帰ろうぜ。
  分析して貰えば、何か判るだろう」

 「誰が持って帰るんだよ、こんなの……。
  面倒臭えなぁ」

ニャンダコーレは執行者達に駆け寄って、先ずは礼を言った。

 「コレ、助かった。
  有り難う」

執行者達は彼を只の化け猫としか思っておらず、軽く遇う。

 「礼が言えるとは中々躾の行き届いてるニャン公だな」

 「良し良し、大丈夫か?」

不用意に頭を撫でようとする執行者の手を、ニャンダコーレは振り払って訴えた。

 「コレ、そんな事より、急ぐのだ!
  こいつと同じ物が、コレ未だし2体居る!」

必死な様子の彼を執行者達は宥める。

 「心配するな、俺達の仲間が対処している」

 「コレ、本当か!?」

 「嘘は言わねえよ、安心しな。
  この程度の奴に後れを取る程、魔導師は弱くねえ」

ニャンダコーレは耳を垂らして、安堵の息を吐いた。
0625創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/23(火) 19:19:17.35ID:hMzEPN8V
しかし、未だビシャラバンガの所にヴェラの本体が残っている。
ニャンダコーレは改めて訴える。

 「しかし、コレ、未だ本体が残っているのだ。
  私の仲間が、コレ、戦っている。
  何とかして欲しい、コレ」

 「ウーム、しかし、こいつを放って置く訳にはなぁ……」

執行者の1人は、凍った虎を見ながら両腕を組んだ。
そこで、もう1人が言う。

 「こいつは俺が見ておく。
  お前はニャン公と行ってくれ」

 「……解った。
  そっちは早い所、応援を呼んでくれ」

 「あいよ」

ニャンダコーレは執行者を連れて、ビシャラバンガの元に急ぐ。
――一方その頃、ポイキロサームズは火の元になる物を探していた。
アジリアが他の仲間に問う。

 「今、この街で手に入る物って何がある!?」

ヴェロヴェロが答えた。

 「油とか?」

 「油……。
  店に売ってれば良いけど、開いてる店があるのかい?」

 「開いて……開いていないかもな。
  そん時は勝手に持っていくしか無えよ。
  金は後で払えば良いだろう」
0626創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/23(火) 19:20:30.53ID:hMzEPN8V
足の速い(※)ヤクトスが、先に油屋を発見する。

 「こっちに油屋があるぞ!」

油屋とは文字通り、油を売る店だ。
料理用では無く、可燃性の高い危険な物を売る為に、専門店が取り扱う。
今日は開店していないのだが、一刻を争う時に、そんな事は言っていられない。
ヤクトスは店の戸を叩いて、店員を呼ぶ。

 「開けて下さい!
  誰か居ませんか!?」

大抵どこの店でも、閉店時であっても緊急時の為に、店番は置く物だ。
店員はヤクトスの呼び掛けに応えて、姿を現した。

 「はい、はい、何事ですか……?
  うっ、うわぁあああ!?」

しかし、彼は異貌に驚いて、腰を抜かす。
ヤクトスは腕の生えた巨大な蛇だ。
胸部は人間の様に幅広になっていて、肩部も明確になっているが、下半身は殆ど蛇その物。
店員は彼の目を見て、気絶してしまう。

 「あっ、あのー?
  ど、どう仕様……。
  取り敢えず、中に運んで安静にさせないと」

ヤクトスは店員を抱えて、店の中に入った。


※:足は無い
0627創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/24(水) 18:50:03.74ID:et6g9VP5
そこへアジリアとヴェロヴェロが駆け付ける。

 「ヤクトス!?」

 「やっちまったか!?」

ヤクトスは慌てて弁解した。

 「いや、違う、誤解です!
  この人は私の姿を見て、気絶して……」

アジリアとヴェロヴェロは安堵する。

 「気絶してるだけか……。
  それなら良かった」

 「こいつは好都合だ。
  今の内に、油を持って行こう」

ヴェロヴェロは油の入った『瓶<ボトル>』を両手に抱えて、早々と店を後にしようとした。
流石にアジリアが彼を止める。

 「一寸待った、ヴェロ!
  あんた、この儘で行く気なの!?」

 「仕様が無えだろう?
  一々許可取って、金払ってる暇なんか無えんだ!
  そう言うのは、全部終わった後に、魔導師会に何とかして貰えば良い!
  ヤクトス、お前も来い!!
  店員は、そこら辺に寝かせとけ!」

彼は先に雨の中を走って行く。
0628創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/24(水) 18:51:19.75ID:et6g9VP5
アジリアとヤクトスは店員をバックヤードに寝かせると、自分達も油入りの瓶を持って、
ビシャラバンガの元へと急いだ。
2人……2体……2匹(?)はヴェロヴェロに追い付き、共にビシャラバンガの元に向かう。
未だヴェラを閉じ込めているビシャラバンガの元に着いた3匹の内、ヴェロヴェロが真っ先に、
大声で呼び掛けた。

 「油を持って来たぞ!」

 「良し!
  球体に向かって放り込め!」

ビシャラバンガの指示に従い、3匹は油入りの瓶を、ヴェラを閉じ込めている球体に向けて、
投げ付ける。
瓶は球体に吸い込まれて、ヴェラと共に球体の中に閉じ込められた。

 「燃え尽きろ!!」

ビシャラバンガは球体を圧縮させて、内部圧力を高める。
圧力の上昇で温度が上がり、油の自然発火温度に達して、液体のヴェラを焼き尽くす。
ヴェラは依り代を失い、魔力だけの存在となった。
体を失った魔力は脆い。
特に元は妖獣だったヴェラは、魔力だけとなった己の存在を維持出来ない。
精霊化の術を心得ていないのだ。

 「オオオ……」

媒体を焼き尽くされて、ヴェラは怨嗟とも苦痛とも付かない、奇怪な叫び声を上げる。
だが、それは球体の中に封じられて、誰にも届かない。

 「消え去れ、永遠に!」

ビシャラバンガは強引に球体内の魔力を己の魔法資質で磨り潰した。
0629創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/24(水) 18:52:17.99ID:et6g9VP5
後からニャンダコーレと執行者が駆け付けるも、もう片付いた後。
ニャンダコーレはビシャラバンガに問う。

 「コレ、ヴェラは……?」

 「倒した。
  最早魔力の欠片も残っていない」

 「それは、コレ、良かった……」

安堵するニャンダコーレに、今度はビシャラバンガが問う。

 「そちらは、どうだった?
  逃げた分身の方は片付いたか?」

 「ああ、コレ、魔導師会の執行者に任せたのだ、コレ」

ビシャラバンガは執行者に目を向けた。
執行者は自信有り気に深く頷いて、彼を安心させようとする。

 「大丈夫だ。
  あの程度の物に後れを取る執行者では無い」

 「そうだと良いがな」

ビシャラバンガは小さく息を吐いて、市街地へと移動する。

 「とにかく、これで浮浪者連続殺人事件の方は、一段落と言って良いだろう。
  妖獣共も戴く物を失って、散り散りになる……筈だ。
  暫くは様子見だな」

彼の言う通り、浮浪者連続殺人事件は、これで解決したと言って良いだろう。
しかし、未だ呪詛魔法使いの件は片付いていない。
真に平和が取り戻されるのは、未だ先の事になる。
0630創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/25(木) 18:38:12.33ID:OzeLey14
凍った液体の虎を除いて、ヴェラの分身は全て執行者によって処分された。
魔導師会は外道魔法使いの研究と対策の為に、ヴェラの分身である凍った液体の虎を厳重に封印し、
魔導師会本部まで運んで、それを解析する。
残るは呪詛魔法使い。
どうにか事件を止めようと、ビシャラバンガ達も呪詛魔法使いを追う事になった。
意外な事に、浮浪者達もビシャラバンガ達に協力してくれる。

 「儂等にも、お前さんの手助けをさせてちょうよ。
  殺された上に、死んでからも利用されるとは、哀れでならん。
  市民様にゃあ一言も二言も言いてえ所だが、それとは別だでな」

浮浪者達は魔導師会の協力を得て、呪詛魔法によって復讐を続ける「死者」の身元を特定した。
浮浪者達とて知り合いや友人は居るのだ。
全くの天涯孤独な者は少ない。
浮浪者達は死者を説得させてくれと、魔導師会に申し出た。
果たして、既に死して呪詛を放つだけの存在となった者に、人の心は残っているのだろうか?
本当に説得等可能なのだろうか?
それに関して、呪詛魔法使いを追って執行者に協力していたレノック・ダッバーディーの分身、
『音石<サウンド・ストーン>』は、執行者達に助言する。

 「呪詛魔法は恨みを晴らす。
  死者は物を思う事をしない。
  生前の呪詛は、死後も変わらない。
  恨みを晴らすまでは」

 「やっぱり駄目ですか?」

 「……だけど、全くの無駄とは言い切れない。
  僅かでも、良心が残っているなら。
  呪詛が恨みだけの物では無いのなら」

僅かな希望を胸に、浮浪者達は仲間の呪詛と相対する。
0631創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/25(木) 18:39:45.67ID:OzeLey14
呪詛魔法とは中々厄介な物で、恨み持つ魂は恨みが消えなければ、実質倒す事が不可能だ。
妨害され、撃退される度に、恨みは強くなり、更なる力を得る。
そもそも呪詛魔法使いを止めても、呪詛魔法は止まらない。
一度発動した呪詛魔法を止める事は、不可能と言って良い。
呪詛の対処法は、呪詛の目的を知る事だ。
恨みを晴らしさえすれば良いので、その目的を果たさせれば、被害は最小限で済む。
しかし、浮浪者の死者が抱いていた市民への恨みは、漠然とした物だ。
特定の誰かを標的に定めた物では無い。
故に、「どうやって解消するか」が大きな問題となる。
正か、市民を全滅させる訳には行かない。
だから、執行者達も「説得」に期待を持ったのだが……。
呪詛魔法によって生じた怨念を「説得」するのは、困難である。
基本的には目的を果たす為だけの傀儡となるので、説得の余地は無い。
レノックの助言も「可能性」を提示しただけであり、本当に説得出来るとは彼自身も期待していない。
0632創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/25(木) 18:42:34.87ID:OzeLey14
未練を残して


第五魔法都市ボルガにて


浮浪者の市民への悪感情を利用した、呪詛魔法使いの市民全滅計画は実に上手く行っていた。
どの位上手く行っていたかと言うと、魔導師会と都市警察と更にビシャラバンガ達が協力しても、
全く呪詛魔法使いを発見出来ずに、被害を食い止められなかった程である。
最早お手上げと言う他に無かった。
もう市内には居られないと、住み慣れた家を捨てて脱出する市民も出る有り様。
人命には代えられないと、魔導師会も市民の脱出を補助した。
こうして「市民」が居なくなれば、浮浪者が恨む対象も居なくなると言う訳だ。
しかしながら、どうしても脱出したくないと言う頑固な者も居た。
そうした者達は、口々に魔導師会や都市警察は何の為にあるのかと責める。
この期に及んで市内から脱出しない市民は、市内を脱出する余裕の無い市民だ。
市外に身寄りが居ないとか、魔導師会の補助を受けても未だ引っ越しに掛かる費用を工面出来ない者。
弱者の怒りが、より弱い者達に向く様に、こうした余裕の無い市民が特に浮浪者を虐める。
その浮浪者の怒りが、呪詛魔法によって返って来ているのだから、これも自業自得なのかも知れない。
一方で、呪詛魔法の対象外である浮浪者達は、妖獣が排除された事で、市内に戻って来ていた。
魔導師会や都市行政は空き物件に浮浪者を住ませる事で、市内の秩序を保とうとしていた。
街を廃墟にする訳には行かなかったし、浮浪者も仕事を与えれば、真面な生活が送れるので、
更生の可能性もあるのだ。
そうして浮浪者の幾らかは市民に復帰した。
0633創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/26(金) 18:53:29.57ID:zhxYPl3T
しかし、こうした「復帰市民」と既存の市民の間でも問題が起きる。
それは復帰市民が元浮浪者だと言う事実から来る偏見だ。
表向き差別を禁じても、それが完全に解消されるまでは数世代を経なくてはならない。
復帰市民も同じ「市民」であると言う感覚は、中々根付かない物だ。
多くの市民は、去って行った市民が戻って来る事を願っているし、そうなれば復帰市民は邪魔だとも、
考えている。
平和になった後も復帰市民が居座っていると、去って行った市民が戻って来ないとも。
だが、市民側とて一枚岩では無く、寧ろ去って行った市民の帰還を望まない者も居た。
それは市民が減った事で、新たな権益を得たり、活躍の場を広げた市民だ。
……未だ事件は解決していないのに、誰も皮算用をしてばかりだった。
魔導師会と都市行政、市議会は、この事態を重く受け止めて、どう対処すべきか相談した。
都市行政機関を代表して、市庁職員が現状を説明する。

 「現在、所謂『復帰市民』が既存市民と同数に迫りつつあります。
  一方で既存市民は減少の一途であります。
  市内を脱出した市民にアンケートを取りましたが、事件が解決すれば市内に戻ると言う者と、
  暫く様子を見てから決めると言う者が、大体半々と言った所です。
  全体的には市内に帰還したいと言う意見が大半でしたが、安全が証明されるまでは戻らない、
  或いは、市内の状況によっては復帰しないと言う者も、少なくありませんでした。
  これは避難先の市が受け入れに寛容だった事も、関係していると思われます」

それに対して魔導師会の反応は冷淡だった。

 「魔導師会としては市民が生活出来てさえいれば、細かい状況には拘らない。
  市民の構成が入れ替わろうとも、それは人の自由だと思っている」

問題なのは、市議会議員の姿勢だ。
新体制を望む者も居れば、復帰市民を認める者、認めない者、帰還市民に関しても認める者と、
認めない者が居る。
全く撒ら撒らで意見が統一されていない。
0634創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/26(金) 18:54:34.56ID:zhxYPl3T
喧々諤々の議論の末に、結論は持ち越しとなった。
結局、魔導師会と都市警察が頑張って、呪詛魔法を止めるしか無いと言う事に。
果たして、この事件を解決する事は出来るのだろうか?
そもそも、そんな事が可能なのだろうか?
事は一人の浮浪者から始まる。
彼の名はショ・ナン・シンシ。
浮浪者の両親から生まれ、浮浪者として育ったと言う、生粋の浮浪者の青年だ。
実は、彼の様な者は珍しい。
浮浪者は自分で子供を育てられないので、赤子の内に拾った等と言って児童養護施設に預ける。
赤子とは酷いと思われるかも知れないが、赤子から幼児と呼べる年齢まで育ててしまうと、
愛着が湧いて離れられなくなる。
どうして、そこまでして手放さなければならないかと言うと、浮浪者として生きるより、
その方が真面な人生を送れると信じている為だ。
それは間違ってはいない。
最初から浮浪者として生きなければならないと言うのは、とても不幸な事だ。
浮浪者になるのは簡単だが、一度浮浪者となった者は這い上がる事が出来ない。
そう言う意味では、浮浪者から「復帰市民」になれる今回の騒動は、シンシにとっては好機と言えた。
しかし、シンシは市民になる事に興味が無かった。
彼は生まれ付いての浮浪者であり、その事に自信と矜持の様な物を持っていた。
生まれ付いての浮浪者である彼は、浮浪者達の中でも浮浪者暦が長い方で、過去への執着も無い為に、
浮浪者達を導く立場でもあった。
彼は結構な世話焼きでもあり、故に呪詛魔法の元となった浮浪者達とも面識があった。
0635創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/26(金) 18:56:01.61ID:zhxYPl3T
シンシは知っていた。
呪詛魔法の元となった浮浪者は、全て「元市民」である事に。
そして自分達が浮浪者と言う身分に貶められる事になった、元凶を恨んでいると言う事に。
彼は魔導師会や都市警察に、その事実を伝えた。
呪詛魔法使いは元市民を無差別に狙っているのでは無い。
直接か間接かの違いはあれど、殺された市民は、浮浪者に恨まれていた。
例えば、社員を首にした者だったり、同僚を陥れた者だったり、悪辣な詐欺を働いた者だったり、
子供を捨てた親だったり、全員が何かしら後ろ暗い過去を持っていた。
中には巧妙に自分の悪事を秘密にしていた者も居たが、当の浮浪者から話を聞いていたシンシと、
魔導師会が持つ浮浪者の怨念の情報を突き合わせれば、どんな事をしたのか直ぐに明らかになった。
だが、問題は罪を犯さない人間等居ないと言う事だ。
自分が悪事を働いたと言う心当たりのある者は、魔導師会に名乗り出て保護を求めよと言われても、
自分こそ恨まれていると自覚している人間は少数だ。
逆に、当人が気にしている程は恨まれていないと言う事もある。
呪詛魔法は八つ当たり的な恨みも対象になるので、本当に悪い事をしたとは限らない所も非常に厄介。
魔導師会と都市警察は、シンシから得た情報を公表するべきか迷った。
それが及ぼす影響は、とても大きく根が深いのだ。
0636創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/27(土) 18:02:09.43ID:rqiXKKf/
公表後に都市を離れる市民は、白い目で見られる事だろう。
罪の有無に関わらず。
公表された事実を元に、人々が冷静に判断出来るとは限らないのだ。
では、怪しい人間を調べ上げて、退避を促せば良いかと言うと、それも難しい。
素直に退避するとは限らないし、逆に反発して意固地にさせてしまうかも知れない。
何しろ自分は悪人だと認める事になるのだから。
悪いのは死んだ浮浪者だと言っても、そんな理屈が通用するなら苦労は無い。
幾ら怪しくても、実際に恨まれているとは限らないと言うのが、又難しい。
逆に、全く怪しくない者が殺された時に、魔導師会や都市警察は言い訳が立たない。
それに、どんなに秘密にしていても、情報とは漏れる物だ。
完璧に情報を伏せられたとしても、実際に避難した人々の素性を誰かが興味を持って調べれば、
恨みを買い易い職種の人が多い事は、判ってしまう。
それに本気で恨みを持っていれば、市外に退避した所で無駄である。
呪詛魔法は遠く離れた所で、無効に出来る物では無い。
効力こそ弱まるが、どんなに時間が掛かろうとも追って来る。
シンシは自分に何が出来るかを考えていた。
彼は浮浪者と言う身分に、一種の誇りの様な物を持っている。
浮浪者も都市を構成する存在であり、都市は浮浪者無くしては回らないと言う一面がある。
都市を清潔に保つのも治安の維持も、浮浪者が果たす役割は小さくない。
浮浪者を見れば、都市の有り様が判る。
貧民街の貧民程、都市から隔離されていない浮浪者は、それぞれ野鼠と家鼠の様な物。
市民と同じく都市に生きる命なのだ。
0637創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/27(土) 18:02:31.32ID:rqiXKKf/
シンシは浮浪者達の世話役として、長らく色んな浮浪者達を見て来た。
浮浪者と言う境遇を受け容れらずに、浮浪者の中に入る事を拒む者にも、声を掛けて様子を見た。
その経験上、殺された浮浪者と言うのは、浮浪者の中に馴染めなかった者が多いと言う事も、
判っていた。
そうした者達は零落しても、自分は浮浪者とは違うと言う、小さな自尊心を保とうとするのだ。
それで殺されるのは馬鹿じゃないかとシンシは思うのだが、人間は単純には出来ていない。
人間が誇りを持つのは、自分自身では無く、自分の置かれた立場や環境なのだ。
誇りを持てない立場や環境は受容し難く、蔑んでさえいる。
嘗て自分達が蔑んで来た立場に、自分も落ちる事を何より恐れている。
市民になれると言うのに、復帰市民になろうとしないシンシも、それは同じだ。
彼も態々苦労の多い浮浪者で居続ける自分を、愚かだと思っている。
だが、彼には責任感の様な物があるのだ。
自分は生まれ付いての浮浪者だから、復帰市民になれなかった浮浪者を纏めるのも、自分なのだと。
もし自分が市民になる時は、この街から浮浪者が1人も居なくなった時だと。
浮浪者連続殺人事件は終わり、何れ死した浮浪者の恨みも晴らされて、事態は終息するだろう。
そうしたら、又市民と浮浪者と復帰市民の間で、問題が発生するとシンシは予見していた。
その時に上手く仲立ちしてやれるのも、自分しか居ないと彼は信じていた。
0638創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/27(土) 18:03:58.63ID:rqiXKKf/
しかし、中々呪詛魔法は消えなかった。
どうしても消えない最後の1人が、何時までも市内に出没し続けたのである。
誰か恨み持つ者が帰還するのを待っているのでは無いかと、市民達は恐々としていた。
魔導師会や都市警察が現れると、霧の様に消えてしまうので、退治する事も出来ない。
魔導師会の執行者が記録した似姿を見せられたシンシは、その正体はニレ・ヤナキだと判断した。

 「こいつはニレ・ヤナキだ……と思う」

 「どんな奴だった?」

執行者の質問に、シンシは正直に答える。

 「どんなって……。
  よく解らない奴だった。
  若い男、年は俺と同じ位。
  浮浪者の仲間になるでも無く、その辺で呆っと突っ立ってる事が多かった」

一体どう言う人物なのかと、執行者は眉を顰める。
それに対して、シンシは落ち着いた口調で言った。

 「そう言うのは、珍しくないんだ。
  何て言うのかな……。
  もう市民から片足落ち掛かっている連中は、大体そんな物なんだよ。
  浮浪者になる踏ん切りが付かないから、最初は遠巻きに見ているだけって言う」

 「成る程」

 「あんたも、どうだい?
  一寸体験してみないか?
  家も仕事も無くして、これこそ真の自由って奴だぜ」

 「いや、遠慮する」

シンシの冗談めいた誘いを、執行者は苦笑いで断る。
0639創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/28(日) 18:42:56.67ID:PHShTyzR
彼は語りを続けた。

 「ヤナキは……、仕事を首になったと言っていたな。
  家賃の支払いも出来なくて、その内、追い出されるだろうと。
  だからって、実家に帰るのも『自尊心<プライド>』が許さなかったみたいだ」

 「それは……可哀想に」

 「全く、可哀想にな。
  俺は浮浪者仲間にならないかと誘ってみたが、良い顔はされなかった。
  まあ、仕様が無い。
  そう言うのも、よくある事だ。
  その内、諦めて浮浪者になるか、立ち直るか、他所へ行くかするだろうと、俺は思っていた。
  だが、そこで例の事件だ」

 「……詰まり、ヤナキの事は解らないと?」

 「そうだな。
  でも、誰かを強く恨んでいるとか、そんな事は無かったと思う」

シンシの話を聞いて、執行者は小首を傾げる。

 「特に誰かを恨んでいたりはしなかった?」

 「俺が見た限りではな。
  誰を恨んで良いか、判らないって言った方が良いのかな?」

 「もしかして、ヤナキは恨みを打付けられる相手を探しているのか?」

 「そうかもなぁ……。
  恨むと言っても、そいつは首になった会社の社長か、自分を直接首にした上司か、それとも、
  自分を切り捨てて残った他の同僚か、或いは、全然関係無い事かも知れないし、もしかしたら、
  実力の足りない自分自身を恨んでいたり、そんな自分を産んだ親を恨むとか、社会だとか、
  世の中だとか、恨める物は一杯あるからな」

執行者は沈黙した。
結局、どれが本当の事かは、恨みを持つ当人しか解らないのだ。
0640創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/28(日) 18:43:32.66ID:PHShTyzR
その日の夜、夜の路地裏を徘徊していたシンシは、ヤナキを見付けた。
もう死んでいる筈の彼が居るのは、どう考えても異常だ。
呪詛魔法で誕生した、彼の怨恨では無いかと、シンシは身構える。
彼は共通魔法が上手くないし、特殊な能力がある訳でも無い。
少し喧嘩が上手いだけで、戦闘に関しては特筆すべき所が無い。
呪詛魔法を相手に、何が出来る訳でも無いのだ。
余り魔法の知識が無いシンシは、先ずヤナキの呪詛に話し掛けてみた。

 「お前、ニレ・ヤナキか?」

ヤナキの呪詛は緩りと振り向いて、静かに頷く。
取り敢えず話が通じそうで、シンシは安堵したが、実は悪手である。
呪詛魔法に安易に関わるべきでは無い。
見掛けても、素知らぬ顔で無視すべきだ。
呪詛に巻き込まれて、良い事等何一つ無い。
……ヤナキの呪詛は沈黙した儘で、シンシは恐る恐る尋ねた。

 「こんな所で、何をしているんだ?」

ヤナキの呪詛は数秒の沈黙後、非常に聞き取り難い低い声で答える。

 「……分からない」

 「分からないって……」

 「俺は死んだのか?」

ヤナキの呪詛は本体が死んだ事も理解していない様子だった。
どう説明したら良い物か、シンシは困る。

 「死んだのかって……」

 「俺は……何なんだ?」
0641創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/28(日) 18:44:17.24ID:PHShTyzR
ヤナキの呪詛は自分の置かれた状況を、全く理解していない。
そもそも説明してやるべきなのか、シンシは判断に迷った。
今のヤナキは彼自身では無く、呪詛だと教えてやった所で、良い事があるとは思えないのだ。
適当に誤魔化す方が良いと、シンシは思った。

 「ヤナキ、あんたは死んだんだよ。
  今は幽霊みたいな物だと思う」

 「幽霊?
  人は死んだら、幽霊になるのか……。
  死んだ事が無いから、分からなかった」

ヤナキの呪詛は素っ呆けた事を言う。

 「幽霊になった俺は、これから、どうすれば良いんだろう?」

 「さ、さぁ?
  何か生きている時に、やりたかった事とか無かったのか?」

シンシはヤナキの呪詛から何とか前向きな言葉を引き出したかった。
生前の恨み辛みの事は忘れさせて、どうにか他の方向で未練を晴らしてやれないかと思ったのだ。

 「やりたかった事……。
  いや、俺には何も無かった。
  全てを失った俺は、生きる気力も失くしていた」

 「でも、何か未練があるから幽霊になったんだろう?」

 「そうなのか?」

 「いや、知らんけど」

シンシは目の前のヤナキが、本当にヤナキの呪詛か疑い始める。
0642創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/29(月) 18:47:28.32ID:FYoCXQqV
もしかしたら、彼は本当にヤナキの幽霊なのかも知れない。
そうシンシは思い始めていた。
魔導師であれば、魔力で判定出来るのだが、生憎とシンシには呪詛魔法を判別出来る程の知識が無い。

 (魔導師に相談してみれば……。
  いや、駄目だ。
  予防的措置とか何とか言って、強制的に消されるかも知れない)

シンシはヤナキの呪詛を魔導師会には見せず、自力で彼の魂を安息に導こうと考える。

 「ヤナキ、幽霊ってのは、どんな気分なんだ?」

 「……とても焦っている。
  何かをしなければと、心が騒ぐんだ。
  でも、何をすれば良いのか、俺には判らない」

 「それを見付けたいんだな?
  幽霊の儘で居続ける事は出来ないのか?」

 「今の儘で居たいとは、少しも思わない。
  とにかく心苦しいんだ。
  俺は何かをしないと行けない……」

どうにか彼の力になれないかと、シンシは本気で考える。
ヤナキの呪詛は暫くシンシを見詰めた後、こう尋ねて来た。

 「所で、君は誰なんだ?」

 「えっ、俺を忘れたのか?
  そもそも覚えていないのか?
  俺はシンシだ。
  ショ・ナン・シンシ」

シンシは名乗ったが、ヤナキの呪詛は沈黙した儘で小首を傾げる。
0643創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/29(月) 18:48:16.04ID:FYoCXQqV
生前のヤナキはシンシの事を憶えていたが、真面に名前を記憶していなかった。
その頃は余り他人に興味が無かったと言うか、職を失ったばかりで、それ所では無かったのだ。
シンシに対しては何と無く覚えがある様な無い様な、非常に曖昧な記憶しか無い。

 「聞いた事がある様な気がする」

 「……まぁ、良い。
  それじゃ、改めて名乗ろうか?
  俺はショ・ナン・シンシ。
  浮浪者達の世話役をしていた者だ」

 「それで、俺に何の用なんだ?」

 「用って……」

どう説明したら良いか、シンシは迷う。
今のヤナキは呪詛魔法で魂だけの存在となったと言っては、自分の恨みの感情を思い出して、
暴走してしまうかも知れない。

 「死んだ筈の人間を見掛けたら、声を掛けずには居られないだろう」

 「俺は死んだのか?」

 「どうやって死んだか、憶えていないのか?」

 「……判らない。
  でも、それは重要な事じゃない気がする」

ヤナキの呪詛は、生前の恨みを晴らそうとしている。
唯それだけが彼の存在理由。
故に、死因は問題では無いのだ。
0644創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/29(月) 18:49:21.88ID:FYoCXQqV
それは詰まり、自分を殺した者に復讐したい訳では無い事を意味している。
他に恨みを晴らすべき対象が居るのだ。
シンシには理解し難かった。

 「どうしてだ?
  あんたは殺されたんだぞ」

 「殺された?
  君は俺が、どうやって死んだのか知っているのか?」

 「ああ、知っている。
  少々辛い話になるが、良いか?」

 「いや、それなら良い」

 「良いって、あんた……。
  本当に聞かなくて良いのかよ?」

 「知った所で、どうにもならないだろう。
  それよりも俺には、やるべき事があるんだ。
  そっちを思い出すのが先だ」

 「一体『それ』は何なんだ?」

自分の命よりも重い物があるのかと、シンシは本気で理解出来なかった。
ヤナキは最早呪詛の塊であり、人間だった頃の人間らしい執着と言う物を完全に失った様に見える。

 「判らない。
  俺には何も判らない……が、やらねばならぬ事がある。
  それだけは判る」
0645創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/30(火) 18:54:48.82ID:EXiW8Vfp
シンシは彼を説得するのは諦め、その恨みか無念かを晴らしてやるべきでは無いかと、思い始めた。
今のヤナキは生前のヤナキとは違うのだ。
所詮、呪詛は呪詛。
誰が犠牲になろうと、精々1人か2人の事。
早々と恨みを晴らして、消えて貰った方が、街が平和になると。
自分が恨みの対象となるとは、全く考えなかった。
シンシとヤナキは殆ど接点が無かったのだから、それは当然である。

 「何をしなきゃ行けないんだ?
  親か?
  それとも子供が居たか?
  それとも嫁さんか彼女か?」

シンシはヤナキの身内に対象が居ないかと突いてみる。
ヤナキは少しの間、考え込んだ。

 「親……父さん、母さん……?
  親には出来の悪い息子で悪かったと思っている。
  でも、会いたい訳じゃない」

 「親には会いたくないのか?
  子供は?」

 「子供……」

 「おっ、彼女でも居たのか?」

子供が未だ生まれていなくても、付き合っていた女性が居れば、何度か夜を共にしていても、
不思議は無い。
その時に相手が妊娠した可能性があるなら、子供が出来ていないかは気に懸かるだろう。
そうシンシは考えた。
0646創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/30(火) 18:55:33.45ID:EXiW8Vfp
しかし、ヤナキの呪詛は首を横に振る。

 「いや、多分違うな……」

 「多分?」

 「彼女は居たけど、何年も前に別れた。
  子供が出来たと言う話は聞いていない」

こうなったらと、シンシは思い切って尋ねる。

 「それなら、憎い奴は居ないか?
  どうしても恨みを晴らしたい様な、糞野郎は?」

 「……いや、居ない」

 「あんたは、もう死んじまったんだから、取り繕う必要は無いんだぜ?
  何たって幽霊なんだ。
  未練があって出て来たって事は、何か憎い奴でも居たんじゃないのか?」

ヤナキの呪詛は暫く考え込んでいた。
心当たりが無い事も無いのだろうと思い、シンシは突く。

 「ほれ、あんたを首にした会社の奴等は?」

 「ウームムム……」

 「社長とか上司とか同僚とかに、向か付く奴が居ただろう?」

 「そりゃ1人や2人は……」

ヤナキの呪詛は抑えた声で答える。
0647創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/30(火) 18:56:30.57ID:EXiW8Vfp
シンシは意気込んで言う。

 「良し、殺しに行こうぜ」

 「ええっ!?」

 「あんた、未練があんだろう?
  未練を残した儘じゃ、何時まで経っても綺麗に逝けねえぜ?」

 「いや、殺そうとまでは思わないって」

ヤナキの呪詛は断言した。
恨んでいない事も無いが、そこまで強い恨みを持っている訳では無いのだ。

 「じゃあ、何なんだよ?」

 「だから、それが判れば苦労しないんだよ」

当の彼自身も、自分の未練の正体が判っていない様子。
シンシは段々面倒臭くなって来た。

 「詰まり、あんたは何か未練があって化けて出たのに、その未練が判んねえってんだな?」

シンシの問にヤナキの呪詛は申し訳無さそうに頷く。

 「ああ」

 「面倒臭え奴だな。
  死後も手間を掛けさせるのか……」

 「済みません」

ヤナキの呪詛は、呪詛の癖に悄気て俯いた。
0648創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/31(水) 18:38:17.72ID:6dwcvPnB
シンシは両腕を組んで低く唸る。
彼は心の中で、ある決断をしていた。

 「良し、魔導師会に何とかして貰おう」

 「何とかって?」

ヤナキの呪詛は不安気な声を出す。
シンシは瞭(はっき)りと告げた。

 「そりゃ強制的に浄化させるんだよ。
  あんたも、訳も解らない儘、浮ら浮らしてるのは辛いだろう」

 「いや、そりゃそうだけど、強制的って」

 「嫌なら早く思い出せよ。
  死ぬ前に、自分が何をしたかったのかをな。
  早くしないと執行者を呼ぶぜ」

 「……どうやって?」

 「そりゃ呼びに行くんだよ。
  ……走って」

シンシは通信機を持っていないし、共通魔法が得意と言う訳では無いし、魔法資質も優れて高くない。
だから、魔導師会への連絡手段は、直接話す他に無い。

 「その間、俺が大人しく待ってるとでも?」

 「えぇ……?
  あんた、逃げて何をするんだ?
  逃げた所で、どう仕様も無いだろうに」

 「そうかも知れない。
  でも、足掻けるだけ、足掻いてみる」

 「それなら勝手にしろよ」

もう付き合い切れないと、シンシはヤナキの呪詛に背を向けて手を振った。
0649創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/31(水) 18:39:01.53ID:6dwcvPnB
シンシはヤナキの呪詛に会った事を魔導師会に報告したが、魔導師会側も打つ手が無かった。

 「何か未練があるけど、その未練が判らないのか……」

 「ああ、そうだよ。
  だから、ヤナキはボルガ市を彷徨(うろつ)いてるんだ」

 「誰かを恨んでいるんじゃないのか?」

 「恨んでいるかも知れないし、そうじゃないかも知れない。
  未練っつっても色々あるからな。
  ナヤキが浮浪者になる前に、何をしていたのかとか、どんな未練がありそうかとか、
  魔導師会なら簡単に調べが付くだろう?
  そんじゃ、後は頼んだぜ」

シンシは執行者にヤナキの件を丸投げしようとしていたが、呼び止められる。

 「待ってくれ。
  私達ではヤナキを捕まえる事が出来ない。
  君にナヤキとの交渉を頼みたい」

 「は?
  マジで言ってんのか?」

 「ああ、本気だ」

 「えぇ……?」

 「今の所、ナヤキと真面に話が出来たのは、君しか居ない」

 「そりゃ、あんた等が隙有らばヤナキを消そうとしてるからじゃねえかよ。
  警戒されてんだよ」

自業自得では無いかとシンシは言ったが、それで執行者の対応が変わる訳では無い。
0650創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/07/31(水) 18:39:39.40ID:6dwcvPnB
執行者の守るべきは市民であり、共通魔法社会であって、未練を持った呪詛の願いを一々叶えて、
安らかに逝ける様にしてやる義務も義理も無い。
シンシは深い溜め息を吐く。

 「金を呉れるんなら、やってやっても良いぜ」

 「頼む」

 「それで、支払いは?」

 「成功報酬式と、日当式と、どっちが良い?」

 「日当で頼むわ。
  成功するか確証は無いからな」

 「報告書を上げて貰う事になるが……」

 「げっ、報告書と引き換えかよ」

 「確り仕事をしたと言う証拠が無いと、支払いは出来ないんだ。
  上は規則に煩くてね」

お役所だなとシンシは呆れた。
魔導師会側の事情も解らなくは無いが、本気度は余り高くない事が読み取れる。
一応ヤナキは無害だと言う事が判ったのだ。
何時かヤナキは復讐の対象を思い出すかも知れないが、緊急性は低くなった。

 「報告書なんて書いてられっかよ。
  じゃあ成功報酬で頼むわ」

 「良いのか?」

 「一々何日何時間やったとか細かいのは苦手でな。
  俺の勝手で程々にやっとくわ」
0651創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/01(木) 18:42:52.14ID:Ir+73qsp
そう言って去ろうとするシンシを、執行者は再び呼び止める。

 「おっと、待ってくれ。
  今回の報告分だ」

執行者は彼に封筒を渡した。

 「一応、名目は協力金と言う事になるな」

シンシは中身を見て驚く。

 「えっ、こんなに」

彼は一々お札の数を確かめなかったが、中身は50万MG。
厚みだけで大金と判る。
浮浪者にとっては道端で運良く大金を拾う以外では、中々お目に掛かれない金額だ。
執行者は真面目な顔で言う。

 「今回の情報は特に有益だった。
  お仲間にも伝えてくれよ。
  価値のある情報は魔導師会が買い取ると」

 「いや、こんな事すると逆に情報の選別に困る事になるぜ?」

浮浪者は市民に比べて生活に余裕の無い者が多い。
金の為に嘘の情報や、どうでも良い小さな情報まで持って来ようとする者も現れるだろう。
そうなると逆に現場は混乱する。
しかし、執行者は問題にしなかった。

 「何の為に共通魔法があると思っているんだ?
  人の嘘を見抜く事等、造作も無い。
  虚偽の報告には業務執行妨害を掛けるぞ」

やはり執行者は好かないと、シンシは閉口した。
0652創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/01(木) 18:43:55.60ID:Ir+73qsp
それからシンシは浮浪者達にヤナキの呪詛の話をして、目撃情報を魔導師会に伝えれば、
報酬が貰えると教えた。
浮浪者達の対応は区々だったが、大体半分位の者はヤナキの呪詛を探す気になった。
そしてシンシ自身も、ヤナキの呪詛を探した。
彼は報酬には余り期待していなかった。
寧ろ、浮浪者がヤナキの呪詛に返り討ちに遭ったり、或いは浮浪者同士で報酬を巡って、
諍いが起きる事を懸念していた。
浮浪者達は数人のグループに分かれて浮浪者を追っていたが、直ぐにシンシの懸念通りに、
グループ同士で派閥を作って、足の引っ張り合いを始めた。
シンシは浮浪者同士の諍いを止める為にも、夜間に1人だけでヤナキの呪詛を探して、
街の路地裏を歩く。

 「おっと、シンシさん。
  あんたも賞金目当てですか?
  それも1人で」

シンシは中年の浮浪者の男性に、声を掛けられた。
彼の名はトーキ・フミヤロ。
それなりに浮浪者歴の長い人物だが、余り人望は無い。
不真面目で好い加減な男だ。
そう言う性格の者は、浮浪者には珍しくないが……。
シンシは話を合わせて適当に遇う。

 「ああ、最初から独りが気楽だ。
  どうせ賞金を貰っても、分け前で揉めるに決まっている」

 「シンシさんともあろう方が?
  あんたなら、そこ等の若い衆に言う事を聞かせる位、訳無いでしょう」

 「買い被るなよ。
  金の欲目は恐ろしいんだ」
0653創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/01(木) 18:44:53.96ID:Ir+73qsp
シンシは独りで行動したかったのだが、フミヤロは後を付いて来る。

 「何だ、フミヤロ?
  俺に用があるなら言えよ」

 「いえ、私も本当は纏まって行動したかったんですがね、生憎と誰も組んでくれなくって」

 「それで?」

 「嫌だなぁ、シンシさん……。
  全部言わせる気ですか?」

 「俺は独りが気楽で良いんだ」

フミヤロは仲間を探していて、シンシに組まないかと持ち掛けていた。
だが、シンシは相手にしない。
彼はヤナキの呪詛と一対一で話したいのだ。
それでもフミヤロは諦めが悪い。

 「シンシさん、実はヤナキって奴の居所を知ってるんでしょう?
  態とヤナキを捕まえずに、情報を小出しにして、魔導師会から金を強請(せび)ろうってんだ」

 「人聞きの悪い事を言うな。
  ヤナキの居所なんか知らん。
  判っていれば苦労は無い」

大体の浮浪者は性格が捻くれている。
そう簡単に他人を信用せず、悪巧みや邪推をする。
弱者が生きて行く為の護身術の様な物だ。
善意を小馬鹿にして、斜に構えた態度を取るのも、その1つ。
だから、そう言う連中に「金では無くてヤナキと話がしたいだけだ」と言っても、信じて貰えない。
0654創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/02(金) 19:06:29.21ID:6HQV0NRn
しかし、フミヤロはシンシの目を見て、確固たる意志を感じ取っていた。
それを「ヤナキの居所が判っている」と誤解する辺りが、性根の卑しい所だが……。

 「ヘヘヘ、隠し事は無しにしましょう。
  お互い仲間は居ないんですから、丁度良いじゃないですか?」

 「仮にヤナキが見付かったとしても、賞金を分けてやる気は無い」

 「珍しく吝嗇(ケチ)じゃないですか?
  何か入り用なんです?」

シンシは利益を独占する様な人物では無いと、フミヤロは理解していた。

 「買い被るな。
  俺は元から吝嗇だ」

 「否々、吝嗇と言っても、只の吝嗇じゃないって事は、皆知ってる事ですよ。
  あんたは他人の為になる事をしたがる。
  実に立派な人だ。
  大金を独り占めしようなんて強欲は似合いませんよ」

 「心にも無い事を言うな。
  名誉欲の為だとか、手下を増やす為だとか、陰で好き勝手な事を言っている癖に」

フミヤロは内心を言い当てられて、困った顔をする。

 「やや、嫌だなぁ、お人の悪い。
  何も彼も御存知でいらっしゃる。
  『だから』ですよ……。
  本当なら、あんたが皆を纏めて、ヤナキを捕まえに行くでしょう?
  それをしないって事は、訳ありなんじゃないんですか?」
0655創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/02(金) 19:07:20.79ID:6HQV0NRn
彼の推理は良い所を突いていた。
嫌な奴だとシンシは小さく溜め息を吐く。

 「俺は欲深な連中と組む積もりは無い。
  金の配分なんて、考えるだけでも面倒臭え。
  そんなのは不和の元にしかならない。
  浮浪者同士で金を巡って争うなんて、馬鹿気てる」

 「でも、食い物の分配は面倒見てるじゃないですか?」

 「金は食い物より面倒臭えんだよ。
  食いっ逸れても飯には次があるが、金は違う。
  定職を持たない浮浪者(おれたち)にとってはな。
  どうしてか浮浪者の身分まで落ちておきながら、未だ金に未練のある連中が多い。
  食い物では殺し合うまでは行かないが、金なら分からない」

フミヤロは感心して頷きながら聞いていたが、シンシは彼にも忠告する。

 「フミヤロ、あんたもだ。
  俺に纏わり付いても、良い事なんか無いぞ」

 「事情は話して貰えないんで?」

 「俺の目的は唯一つ。
  この下らない騒ぎを早々と終わらせる事だ。
  出来るだけ穏便にな。
  これが終わって市民が戻って来た後も、どうせ面倒事が待ち構えてるに決まってる」

 「はぁ、御苦労な事です。
  でも、褒賞金の話をして、皆を焚き付けたのは、シンシさんじゃないですか?」

フミヤロの指摘にシンシは真面目な顔で答えた。

 「俺だけじゃヤナキの奴を捕まえられないからな」
0656創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/02(金) 19:09:02.51ID:6HQV0NRn
フミヤロは理解し難いと言う顔をしていたが、シンシは相手にしない。

 「あっ、待って下さい!」

 「未だ俺に用があるのか?」

 「私にも協力させて下さい」

 「駄目だ、信用出来ない」

シンシはフミヤロの協力の申し出を断る。
明らかに金目当てなのだ。

 「いや、お金に興味は無いんでしょう?
  だったら、私が貰っても良い筈……」

 「だから駄目だっつってんだろうが!
  絶対に問題が起こる!」

 「黙ってりゃ判りませんって」

 「金は持ってるだけじゃ意味が無えんだ。
  どこかで必ず『使う』。
  そこから足が付く」

 「そんな事、私だって子供(ガキ)じゃないんで」

フミヤロはシンシに説教される謂れは無いと、憤然とした。
彼にとってシンシは所詮若僧だ。
偉そうな態度を許せるのにも限度がある。
シンシは面倒臭そうな顔をして、フミヤロに尋ねた。

 「あんた、金を手に入れて、どうする気だよ」
0657創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/03(土) 18:52:37.25ID:0z+FTWA5
フミヤロは俄かに悄然として、深刻な面持ちで語り始める。

 「私は借金の所為で、妻と子を置いて家を出たんです」

 「それで?
  金を持って帰れば、元の家族に戻れるとでも思っているのか?
  あんたの妻も子供も、あんたの事を心底恨んでいるだろうよ。
  借金拵(こさ)えて蒸発なんざ、何度殺しても殺し足りない様な気分だろうぜ」

 「良いんです。
  少しでも罪滅ぼしになれば……」

シンシは急に人情話を始めたフミヤロを疑いの眼差しで見詰め、幾つか質問をした。

 「借金の額は幾らだ?」

 「……3億」

 「褒賞金如きじゃ全然足りないぞ。
  今も借金に苦しんでいるか、良い代論士でも見付けて、普通の生活に戻っているか、
  どっちかだな」

褒賞金は多くても数百万MG位の物だ。
とても3億の借金は返せない。

 「あんたの話が本当か嘘かは知らないが、二度と妻子には合わない方が良い」

シンシに冷たく突き放され、フミヤロは苦々しい顔になる。
彼は開き直って、素直に欲望を吐いた。

 「ああ、嘘ですよ、嘘。
  金は自分の為に使います。
  幾ら貰えるかは知りませんけど、数日か数週か、個人的な贅沢をする位は余裕でしょう。
  浮浪者だって、その位は良いじゃないですか?」

 「悪いとは言わないが、それなら手前で稼ぐんだな」
0658創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/03(土) 18:53:10.53ID:0z+FTWA5
2人が話しながら歩いていると、彼等の前方に人影が現れた。
先に気付いたのはフミヤロ。
彼はシンシに言う。

 「シンシさん、あいつは……?」

 「……ヤナキか?」

シンシは足を止めて、前方の人物を凝視した。
暗がりで人相は判らないが、背格好はヤナキと同じ位。
人影が動かないので、シンシは恐る恐る近付いた。
フミヤロも彼の背後に隠れて付いて行く。
シンシは2身の距離まで接近したが、未だ顔は判然としない。
再び彼は足を止めて、今度は呼び掛けてみた。

 「ヤナキ!」

影は徐々に正体を現す。
それはヤナキの姿をしていた。

 「……シンシか……」

 「どうしたんだ、ヤナキ?
  何時もと様子が違うぞ」

 「誰も彼も俺を探している。
  どうして、そっとしておいてくれないんだ?」

ヤナキの呪詛は疲れた様な声で言う。
半分はシンシの所為なのだが、当のシンシは罪悪感を感じていない。
0659創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/03(土) 18:55:39.43ID:0z+FTWA5
彼は開き直って言う。

 「何時までも未練囂(がま)しく現世に留まってるからに決まってるだろう。
  魔導師会も本気になったんだ。
  今、あんたの居所を知らせれば、褒賞金が出るんだよ」

 「……それで、シンシ、君も金目当てに来たのか?」

 「俺は違う。
  俺の後ろに居る奴は、金目当てだがな」

それを聞いたフミヤロは吃驚して飛び上がった。

 「わっ、馬鹿っ!
  何て事を言うんだ、このっ!!」

ヤナキの呪詛は怒りの目でフミヤロを睨む。
恨みの塊であるヤナキは、負の感情に流され易い。
自分が恨まれては堪らないと、フミヤロは慌てて弁解する。

 「ち、違いますよ!!
  私も金は欲しいですが、命には代えられませんから!
  どうか見逃して下さい!!」

ヤナキの呪詛は怒りを収めて、小さく溜め息を吐く。
シンシは彼に尋ねた。

 「それで、晴らさなきゃならない未練は判ったのか?」

 「……全然だ。
  俺は何の為に、蘇ったんだろう?」
0660創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/04(日) 17:45:29.81ID:aCbuV0hx
悩まし気に首を横に振るヤナキの呪詛を見て、シンシは問う。

 「この街から出て行かないって事は、ここに関係する事なんだよな?」

 「多分、そうなんだろうと思う」

 「相変わらず、瞭りしない奴だな。
  とにかく、誰かを恨んでる訳じゃ無さそうか?
  そこまで憎い奴なら、思い出せないって事は無いだろうからな。
  俺は無理に解決しなくても良いと思うが、中には怖がる奴等が居るからな」

 「そうだと思う」

 「しかし、未練が思い出せないとか、あり得るのか?
  そこまで強い執着じゃないとか?
  どうしても叶えないと行けない、強い願いじゃなくて、何と無く引っ掛かっている位の」

 「そうかも知れない」

 「忘れられる位だから、どうせ大した事じゃないんだろうな。
  あれだよ、家の鍵を閉め忘れたかも知れないって、一日中引っ掛かっていたりする類の。
  俺は今まで真面な家に住んでた事なんか無えから、鍵とか知らんけど。
  何だっけ、取るに足らない様な事を異様に気にして、落ち着きが無くなるのって。
  ――ああ、強迫性障害だっけか?
  あんた、それなんじゃないのか?」

 「判らない。
  もしかしたら、そうだったかも知れない」

ヤナキの呪詛の返答は、段々弱々しくなって行く。
呪詛である彼にとって、何の為に存在し続けているかと言う事は、非常に重要なのだ。
呪詛の強さが、その儘、存在の強固さになるのだから。
0661創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/04(日) 17:46:04.95ID:aCbuV0hx
シンシは思い切って、ヤナキの呪詛に提案した。

 「良し、それなら探しに行こうぜ。
  あんたの生きて来た痕跡を辿って行くんだ。
  その内、どれが未練か判るだろう」

これにはフミヤロが驚く。

 「ええっ!?
  シンシさん、本気ですか!?」

 「冗談で、こんな事を言うかよ」

フミヤロは呪詛魔法が怖かった。
死んだ人間が現世に留まっていると想像するだけで恐ろしいのに、それが目の前に居るのだから。
彼はシンシは怖くないのかと疑う。
そして、その理由は金目では無いかと予想した。

 「もしかして、褒賞金だけじゃなくて、解決金まで貰おうって肚ですか?」

 「あんたは金の事しか頭に無いのか?」

シンシの呆れた様な口振りに、フミヤロは不機嫌な顔で沈黙する。
ヤナキの呪詛はシンシの真意を量り兼ねていた。

 「俺が怖くないのか?」

 「怖い?
  幽霊が怖くて、夜の街を歩けるかよ。
  大体、俺は他人に恨まれる覚えなんか無えからな。
  俺が恨まれるとしたら、大抵は逆恨みだ。
  そんな物、怖くも何とも無い」

堂々と言い切るシンシには、彼なりの哲学があった。
0662創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/04(日) 17:47:42.90ID:aCbuV0hx
自分だけの哲学や信念を持つ者は強い。
その眩しさに、フミヤロは劣等感を覚えた。

 「よく、そこまで言い切れる物ですね」

僻みを込めて彼は皮肉を言ったが、シンシは強気に言い返す。

 「正当な恨み程、怖い物は無いからな。
  逆恨みなら、容赦無く叩き潰せる。
  そもそも何も持たない浮浪者を恨むなんて事自体、臍で茶を沸かす位、可笑しい訳だが……」

これが持たざる者の強さなのだ。
シンシは改めて、ヤナキの呪詛に呼び掛ける。

 「行こうぜ、ヤナキ。
  1人より2人だ。
  あんた独りで踉々(うろうろ)してたって、何にもならねえだろう」

ヤナキは少し迷ったが、素直に頷いてシンシに従った。

 「有り難う。
  宜しく頼む、シンシ」

そこでフミヤロも声を上げる。

 「あっ、私も行きますよ!」

シンシは驚いた顔をして、フミヤロに告げる。

 「金は出ねえぞ」
0663創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/05(月) 18:47:28.29ID:yfr1H7vZ
それにフミヤロは少し怯んで、卑屈な笑みを浮かべた。

 「全くって事は無いでしょう?
  だって、事件を解決するんですから」

 「解決するとは限らないぜ?
  そもそもだ、フミヤロ、あんたにヤナキの悩みが判るのか?」

 「そんなの判る訳がありませんや。
  でも、2人より3人でしょう?
  私にしか判らない事もあるかも知れませんよ」

 「そこまで言うなら、好きにすると良い。
  だが、邪魔をするなら置いて行くぞ」

 「へ、へへ、そうならない様に頑張ります」

こうしてシンシとヤナキの呪詛とフミヤロは、ヤナキの未練の正体を探しに行く事になった。
先ず最初に向かったのは、ヤナキが最後に暮らしていた空き家。
ヤナキの呪詛は生前の事を余り覚えていなかったが、シンシとフミヤロは浮浪者のネットワークを、
最大限に活用して、その場所を突き止めた。
そこは街外れに淋しく置かれた小さな荒(あば)ら屋。

 「ここが、あんたの最期の場所らしいが?」

シンシはヤナキの呪詛に話し掛けたが、当の彼は難しい顔をしている。

 「……そうなのか……」

その反応を見たフミヤロは、眉を顰めてシンシに囁いた。

 「外れっぽいですね」

 「とにかく中に入ってみよう。
  それで色々思い出すかも知れない」

シンシの先導で一行は荒ら屋に踏み入る。
0664創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/05(月) 18:48:04.90ID:yfr1H7vZ
真っ暗な屋内には小物が散乱していて、足の踏み場も無い。
ヤナキの呪詛は屋内に入ると、辺りを見回した。

 「ここは何と無く覚えがある。
  そうだ、俺は確かに、ここに居た。
  短い期間ではあったが……」

 「おっ?
  思い出したか?」

シンシの問い掛けに、ヤナキの呪詛は小さく頷く。

 「ああ、大体思い出して来た。
  だが、ここじゃない」

 「未練が判ったのか?」

 「……ああ、俺の未練は1匹の子猫だ」

それを聞いてシンシとフミヤロは脱力した。
フミヤロが呆れて愚痴を零す。

 「猫かよ……」

高が猫如きと彼だけで無く、シンシも思っていた。
浮浪者が寂しさを紛らわす為に、野良の動物を飼う、或いは、餌遣りをする事は、よくある。
しかし、多くの浮浪者は動物を飼う余裕が無く、餌遣りだけで済ませる。
個人が責任を持って飼うなら未だしも、唯の餌遣り行為は推奨されない。
浮浪者にとって貴重な食料を無駄にするだけで無く、街の衛生管理にも悪影響がある為だ。
生前のヤナキの状態から言って、真面に猫の世話をしていたとは考え難い。
シンシはヤナキの呪詛に問う。

 「あんた、子猫を探し出すとか言うんじゃないだろうな?」
0665創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/05(月) 18:48:38.94ID:yfr1H7vZ
ヤナキの呪詛は当然の様に頷いた。

 「あの子が、どうなったのか見届けないと」

 「しかし、あの騒動だぞ?
  他の動物に殺されていたり、もしかしたら業者に駆除されてるかも知れない」

 「それでも……確かめずには居られないんだ」

シンシは肩を落として、深く長い溜め息を吐く。

 「はぁーーーー、やれやれだ」

子猫が見付からなければ、ヤナキの呪詛は消えない。
しかし、見付かる可能性は低いとシンシは考えていた。
否、低い所か、0に近い。
今この街には殆ど動物が居ない。
多数の妖獣を含めた動物が屯していた中で、子猫が生き残っているとは思えない。
恐らく死体さえ見付からないだろう。
詰まる所、ヤナキの呪詛は存在しない子猫を探して、永遠に街を彷徨う事になる。

 「これ以上は付き合い切れねえな。
  取り敢えず、目的は判ったんだから、良いだろう。
  フミヤロ、後は頼んだぞ」

シンシはフミヤロに後の事を任せて、その場から立ち去ろうとする。
フミヤロは慌てて彼を止めた。

 「ま、待って下さいよ!
  どうすりゃ良いんですか!?」
0666創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/06(火) 19:10:34.08ID:eA+3sD6v
 「こんなの、どうするも何も無えよ。
  子猫を探す以外にあるか?
  俺はパスだ、やってられん。
  良かったな、フミヤロ。
  子猫が見付かれば、魔導師会からの褒賞金は全部あんたの物だ」

 「そんな、シンシさん、薄情な!
  私に押し付けて行かないで下さいよ!」

 「俺はヤナキが誰かを恨んでる訳じゃないって判っただけで十分だ。
  フミヤロ、あんたは金が欲しいんだろう?」

ヤナキの呪詛は言い合うシンシとフミヤロを、凝っと見詰めている。
フミヤロはシンシの肩を掴むと、彼をヤナキの側に引き倒した。
その儘、フミヤロはシンシを置いて逃げ出す。

 「冗談じゃない!!
  幽霊に付き纏われるなんて、御免ですよ!」

そう捨て台詞を吐いて、フミヤロは街の暗がりに姿を消した。
シンシは深い溜め息を吐いて、尻餅を搗いた儘、ヤナキの呪詛を見上げる。

 「本当に子猫を探す気なのか?」

 「俺には他に何も無い」

 「仕方が無いな、俺も少し手伝ってやるよ。
  本当に少しだぞ。
  それで見付からなかったら、後は自力で何とかしな」

ヤナキの呪詛は特に感謝の言葉を口にしたりはしなかった。
0667創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/06(火) 19:11:15.05ID:eA+3sD6v
ヤナキの呪詛が言うには、子猫は白と茶の斑で、青い瞳との事。
それだけでは該当する物が多そうなので、確実に判別出来る様な特徴は無いかとシンシが尋ねた所、
子猫の耳と尻尾の先が茶色だと言う。
生前のヤナキは、その子猫に名前等は付けなかったので、呼ぶ事も出来ない。
翌日からシンシは浮浪者達に、子猫を見なかったかと尋ねて回った。
浮浪者以外にも、市民や魔導師にも聞いて回ったが、特に成果らしい成果は無く、彼は途方に暮れる。

 (こりゃ無理だな。
  ヤナキには諦めて貰うしか無い)

夜を待って、シンシは再び路地裏に赴き、ヤナキの呪詛と会った。

 「ヤナキ、駄目だった。
  子猫は誰も知らないとよ。
  あんたの目当ての子猫だけじゃなくて、他の猫も見掛けないらしい」

ヤナキの呪詛は無言の儘、小さく俯いた。
恐らく彼は子猫を探して、永遠に街を彷徨うだろう。
しかし、未練は本当に、それだけなのだろうかとシンシは疑い始めていた。

 「ヤナキ、そんなに子猫の事が気になるのか?」

 「……気になる……と言うよりは、気にならない訳では無いと言った方が正しい気がする」

ヤナキの呪詛は虚空を見詰めて答える。

 「もしかしたら、あんたの本当の未練は別にあるんじゃないか?」

 「そうかも知れない」

彼の返答は今一つ瞭りしない。
0668創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/06(火) 19:13:08.03ID:eA+3sD6v
シンシは改めてヤナキの呪詛に提案した。

 「もう一度、あんたが生きてた頃の所縁の場所を巡ってみないか?」

ヤナキの呪詛は俯き加減で小さく頷く。
それを見たシンシは彼を励ます様に言う。

 「一寸、身の上話をさせてくれよ」

ヤナキの呪詛は沈黙した儘、再び小さく頷いた。
シンシは夜の街の路地裏を彷徨きながら、自分の過去を語る。

 「俺は生まれ付き浮浪者だった。
  浮浪者の両親から生まれた、浮浪者の子供。
  言い方は変だが、生粋の浮浪者だ」

ヤナキの呪詛は彼を見詰めて、真剣に耳を傾けている。
シンシは彼の対応に少し驚きつつも、語り続ける。

 「小さい頃は、それに何の疑問も持たなかったが、10歳前後から他の子供とは違う自分に、
  疑問を持ち始めた。
  どうして俺は浮浪者の子供なんだろうかって。
  大抵の浮浪者は、子供を育てる余裕が無いから、孤児院とかに預けるんだよな。
  『預ける』のとは違うか、返って来ないんだから」

シンシは時々冗談を挟んで、ヤナキの呪詛の様子を窺うが、その真剣な表情に変わりは無い。
そこまで真面目に聞かなくてもと、シンシは困惑したが、話し始めて途中で止める訳にも行かず、
照れ臭い様な奇妙な心持ちで続けた。

 「何で浮浪者が孤児院に子供を『捨てる』のかって言ったら、子供を浮浪者にしたくない、
  その一心以外に無い。
  孤児院なら多少の偏見はあれど、浮浪者の子供より真面な職に就ける可能性は高いしな。
  だったら、何で俺の親は俺を捨てなかったのかって言ったら、『愛している』からって……。
  それは嘘じゃないんだよな」
0669創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/07(水) 18:35:57.38ID:Mfdb4dm4
シンシは深呼吸をして、路地裏の隙間から見える、狭い夜空を見上げた。

 「浮浪者が孤児院に子供を捨てるのだって、断腸の思いなんだ。
  子供なんか要らないと思って捨てる奴は……中には居るだろうけど、当然それだけじゃない。
  子供の将来を考えて、そうするんだ。
  でも、否、『だから』なのかな?
  俺は学校に通う同い年の子供等や、自分の将来の事を考えて、不満に思ったんだ。
  『どうして親は俺を捨ててくれなかったんだろう』ってな」

彼はヤナキの呪詛を見ずに、俯いて自省する。

 「子供を捨てるのも育てるのも、どっちも子供を愛しているからなんだ。
  でも、親の心子知らずと言うか、子供の頃は自分の事が何より先に来ちまう。
  俺は親に何で俺を捨ててくれなかったんだと、馬鹿な事を訊いた。
  親父には殴られ、お袋には泣かれた。
  未だ俺は子供だったのに、親父は本気で殴った。
  そんだけ許せない言葉だったんだろう。
  酷く傷付けたと思う。
  その親も俺が20歳(はたち)になる前に死んでしまった。
  大体、浮浪者ってのは長生き出来ない」

シンシは改めてヤナキの呪詛を見た。
ヤナキの呪詛は変わらず、シンシを見詰めている。
シンシは大きな溜め息を吐いて言う。

 「今、俺は浮浪者だって事に不満を持っていない。
  何だ彼んだで、旨い立場に居るしな。
  だけど、あの頃は『浮浪者の子供』が嫌で嫌で仕方が無かった。
  その時に死んで、もし呪詛魔法なんて物があったら、親の前に化けて出ていただろうな。
  ……ヤナキ、あんたは浮浪者になって何を思った?」

 「判らない」

ヤナキの呪詛は真顔で答えた。
0670創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/07(水) 18:36:41.54ID:Mfdb4dm4
余りに堂々と言われた物で、シンシは困り顔になりながら言う。

 「あんたが浮浪者になった事と、あんたの未練は、多分だが、関係している」

 「どうして、そう言い切れる?」

 「浮浪者になりたくてなる奴なんて、居ないからさ。
  皆、何か大きな物を失って浮浪者になる。
  浮浪者になって、何かを失う事もある。
  そこに未練が生まれない訳が無い」

 「俺は何を失った……?
  家族でも恋人でも無い。
  元から俺は独りだった……」

 「仕事とか、友人とか?」

 「そこまで大層な身分でも無かった。
  仕事に情熱を持ってもいなかったし、重要な仕事を任せて貰えた事も無かった。
  失って惜しい様な友人も居なかった」

元からヤナキは寂しい人間だった。
会社も首にしても影響の無さそうな者から切るのだ。

 「それでも環境が変わるってのは、大変な事だぜ?
  無くして困るのは、何も形ある物だけじゃない。
  夢とか、希望とか、あんたにもあったんじゃないのか?
  浮浪者になって、それを捨てざるを得なくなったとしたら……」

 「夢……希望……。
  そんな物、あったんだろうか?」

呪詛となったヤナキには、嘗ての生気に満ちた人間らしい感情を思い出す事が出来ない。
所詮、彼は呪詛なのだ。
0671創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/07(水) 18:37:09.10ID:Mfdb4dm4
呪詛は本人では無い。
記憶を引き継いでいても、本質は恨みを晴らす為だけの存在だ。
その他の事は、どうでも良くなっている。
恨みと言っても色々ある。
怨恨、悔恨、憾恨。
呪うのも人ばかりでは無い。
動物、運命、無策。
呪詛魔法は無念の感情を元に発動する。
シンシはヤナキの呪詛の様子を見て、もしかしたらと思った。

 「ヤナキ、あんたの『恨み』って……。
  何も無い事なんじゃないのか?
  何も出来なかった事、その物が、あんたの後悔だとしたら?」

 「……そうなのかも知れない」

相変わらず、ヤナキの呪詛の答は瞭りしない。
シンシは改めて提案した。

 「だから、あんたの生きていた頃の、所縁の地を回ろうと思うんだ」

ヤナキの呪詛は小さく頷いた。
彼としては他に行く当てが無いから、そうするより他に無いのだ。

 「とにかく行こう。
  それで何か判るかも知れない。
  先ずは、あんたが勤めていた会社からな」

シンシはヤナキが生前勤めていた会社を、魔導師会の者から聞いていた。
それだけで無く、彼の生家や未だ真面な暮らしをしていた頃の住所まで。
0672創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/08(木) 18:53:29.33ID:IGiO/+tz
シンシは自分で無ければ、ヤナキの呪詛をどうにかする事は出来ないと考えていた。
魔導師会は死者の呪詛に対する理解が無い。
唯の魔力の塊としか見ないから、恨みを晴らしてやる事に関心が無い。
更に、ヤナキには親しい者が居ないから、そう言う者達による解決も見込めない。
シンシは自ら、お節介焼きを自認していた。
残念ながら、流石に夜の会社には忍び込めなかったので、2人はヤナキが暮らしていた賃貸住宅に、
移動する事になった。
ヤナキが暮らしていた賃貸住宅に、シンシとヤナキの呪詛は着く。
そこは木造の安宿で、如何にも貧乏人の住まいと言う外観だった。
シンシは管理人室を訪ねて、交渉する。

 「夜分遅くに悪いが、一寸良いか?」

 「何なんですか、貴方は?
  こんな夜遅くに」

管理人室から出て来たのは若い大柄な男で、不機嫌そうな顔をしている。
確かに、夜遅くに訪ねて来るのは非常識だ。
シンシは男に問う。

 「あんたが管理人?」

 「違います。
  私は警備会社の者で、夜間の警備を任されています。
  管理人に話があるなら、日中に出直して来て下さい」

 「いや、管理人じゃなくて、部屋に用事があるんだ」

 「貴方、ここの住人ですか?」

 「俺じゃなくて、俺の友達(ダチ)が……」

そう言って、シンシはヤナキの呪詛を見た。
ヤナキの呪詛は確り付いて来ている。
0673創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/08(木) 18:54:16.12ID:IGiO/+tz
管理人代理の警備員は、面倒臭そうな顔でシンシに尋ねる。

 「えっと、お名前は?
  何号室?」

ヤナキの呪詛が答えないので、シンシが代わりに答えた。

 「ニレ・ヤナキだ。
  301号室」

 「301……ニレ、ヤナキ?
  そんな人は……」

ニレ・ヤナキが立ち退いた後の301号室は、空室の儘だった。
警備員は眉を顰める。

 「301は誰も使っていません。
  変な悪戯は止して下さい。
  警察を呼びますよ」

シンシは誰も使っていないと聞いて、丁度良いと思った。

 「誰も使っていないって事は、新しい入居者が見付からなかったのか?」

 「そんな事は、どうでも良いでしょう?
  早く帰って下さい。
  本当に警察を呼びますよ」

 「いや、どうでも良くない。
  ニレ・ヤナキは確かに301号室を使っていたんだ。
  確かに、あんたの言う通り、今は住んでいない。
  一寸前に、ヤナキは家賃を払えなくなって、部屋を引き払った。
  その時に忘れ物をしたんだ」
0674創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/08(木) 18:54:55.58ID:IGiO/+tz
シンシの言葉を信じて良いのか、警備員は迷った。

 「忘れ物って何なんです?」

 「あー、それも忘れてるんだ。
  とにかく無い無いって煩い物だからよ。
  もしかしたら、ここに来たら何か思い出すんじゃないかって」

 「巫山戯てるんですか?」

そんな言い訳が通るかと、警備員は眉間の皺を一層深くする。
彼の反応も理解出来るが、ここは退く訳には行かないと、シンシは言い返した。

 「いや、大真面目だ。
  本当に困っているんだ。
  直ぐに帰るから、301号室に入れてくれないか?」

 「駄目です、警察を呼びます」

警備員は頑なで、シンシは閉口する。
どうにか出来ないかと、彼は知恵を絞った結果、ヤナキの正体を教える事にした。

 「呼んでも良いが、それじゃ解決しないぜ?」

 「何を巫山戯た事を」

全く取り合おうとしない警備員に、シンシは不敵に笑って言う。

 「俺の友達、よく見てみな」

シンシはヤナキの呪詛を引っ張って、警備員の前に立たせた。
警備員は身構えて、ヤナキの呪詛を凝視する。
0675創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/09(金) 18:46:37.04ID:IBEpiyzc
 「こいつ、死んでるんだ。
  噂の呪詛って奴さ」

シンシは態と声を低くして、脅す様に告げる。

 「ジュソ……?
  ジュソって、あの呪詛ですか!?」

 「他に、どの呪詛があるってんだよ。
  こいつ、この世に未練を残した儘、死んじまってさ」

警備員は恐怖に蒼褪めながらも、未だ半信半疑の様子でヤナキの呪詛を熟(じっく)り見る。
そして、緩(ゆっく)り手の伸ばして触れてみた。
そこで警備員はヤナキの服に布の質感が無い事に気付く。
手応えはあるのだが、丸で指先が痺れた時の様に、浮わ浮わしている。

 「ヒッ、何だ、これ……!?」

 「だから、呪詛って言ってんじゃねえかよ。
  詰まり、幽霊みたいな物だよ、幽霊」

 「うっ、うわっ、魔導師会……!」

直ぐに警備員は執行者を呼ぼうとしたが、それをシンシが止める。

 「待て待て、よく考えろ?
  何で魔導師会が未だに呪詛を退治出来てねえと思う?」

 「えっ、何ですか?
  どう言う事だって言うんですか?」

 「魔導師会でも呪詛は、どうにも出来ねえって事だ。
  あんた、下手に呪詛の邪魔をすると、呪われるぜ?」

警備員はシンシの言葉を信じて、悉(すっか)り怯えていた。
0676創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/09(金) 18:47:25.30ID:IBEpiyzc
 「きょ、脅迫ですよ!!」

 「そんな事を言われても、俺にも、どう仕様も無いんだ。
  こいつの無念を晴らしてやらない限りはな」

警備員は呪われたくない一心で、シンシに尋ねる。

 「ど、どうすれば……?」

 「難しい事は無い。
  301号室を見せてくれれば良い。
  何かを盗ろうとか、そんな事は考えちゃいない」

警備員は迷った末に、自分も同行して、2人を監視する事にした。

 「解りました。
  ……こっちです」

彼は管理人室に鍵を掛け、2人を301号室に案内する。
301号室は3階端の一室。
警備員は部屋の鍵を開けて、シンシとヤナキの呪詛を中に通す。
2人は部屋に入ると、中を見回した。
シンシがヤナキの呪詛に尋ねる。

 「どうだ?
  何か思い出せそうか?」

 「ああ」

ヤナキの呪詛は懐かしそうに室内を歩き回る。
0677創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/09(金) 18:48:33.30ID:IBEpiyzc
当然だが、301号室には嘗て人が生活していた痕跡が無い。
家具等は最低限しか置かれておらず、寂しい物だ。
それでもヤナキの呪詛は自分の生前の姿を思い出していた。

 「……碌でも無い人生だった。
  ここでの生活は面白くなかった。
  働いて、寝て、起きて、又働いて。
  それだけで日が過ぎて行った。
  とても虚しくて辛かった」

彼の言葉には強い無念が篭もっている。
当たりかなとシンシは期待した。

 「死ぬ程の苦しみじゃない。
  それが余計に悲しかった。
  俺は徒生きているだけ、死んでいないだけだった。
  生きているのか、死んでいるのかも、よく判らなかった」

徐々に不穏な禍々しい雰囲気を纏い始めるヤナキの呪詛に対して、シンシは空気を読まずに発言する。

 「今も、そう変わんねえじゃん?」

ヤナキの呪詛は俯いて沈黙してしまった。

 「俺の人生は一体何だったんだろう……?
  死んだ後まで、俺は……」

シンシは何と無くヤナキの呪詛の正体が何かを理解した。
彼は何も成せず、何も果たせずに、若くして死んだ事、その事実を恨んでいるのだ。
自分の人生に絶望するのは、人生を諦め切れていないから。
人生に納得出来ない内に死んで、それが未練となって蘇ったのだ。
0678創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/10(土) 18:46:23.01ID:dOQ1SZwX
シンシはヤナキの呪詛に言う。

 「もう死んじまった物は仕様が無いだろう。
  あんたは死者だ」

ヤナキの呪詛は急に自嘲し始めた。

 「……フフフ、可笑しな話だな。
  生きている間、何も出来なかった事が未練なのに。
  死んだ後も、何をすれば良いか判らなくて彷徨っている何て。
  これじゃ丸っ切り馬鹿じゃないか?」

 「おう、死んでも治らねえ馬鹿だな。
  取り敢えず、仕事や金や家は疎か、命まで無くなったんだから、もう怖い物無しだろう?」

 「怖い物無し?」

シンシの言葉がヤナキの呪詛には信じられなかった。
シンシは自信を持って、彼に言う。

 「今、あんたには何も無い。
  全てを失った。
  これ以上の自由があるかよ」

 「自由……」

 「ああ、自由だ。
  どこにでも行けるし、何でも出来る。
  どっか行きたい所があるなら、言ってみろよ」

 「そんな物は……」

自由と言われて、ヤナキの呪詛は戸惑った。
彼は長い間、自由になった事が無かったので、何をすれば良いのか判らないのだ。
0679創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/10(土) 18:46:45.17ID:dOQ1SZwX
シンシは思い付く限りの事を言った。

 「そうだな、ボルガ地方の名所巡りでもしてみるか?
  先ずは山登りとか、どうだ?
  霊峰アノリに、最高峰ガガノタット。
  天上から地上を見下ろせば、小さな悩みなんか吹っ飛ぶぜ。
  海も良い。
  南方のファンテアンジやジャンクの海は、年中温かくて泳ぎ放題だ。
  閑(のんび)り過ごしたいなら、オーイオーイの一面の花畑でも見に行こうか?」

ヤナキの呪詛は、彼の言葉から場面を想像するも、呪詛である身が自由を許さない。

 「それは良いと思う。
  ……だが、俺は、この街から離れられない」

 「駄目か……。
  この街で何かをしないと行けないんだな」

これは難しいとシンシは両腕を組んで悩む。
そこに警備員が声を掛けた。

 「あのー、もう用が済んだんなら、帰って欲しいんですけど……」

恐る恐ると言った様子の彼に、シンシは謝る。

 「ああ、悪い。
  助かったよ。
  ヤナキ、帰ろう」

シンシが呼びかけると、ヤナキの呪詛は暗い顔で言う。

 「帰るって、どこに?」
0680創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/10(土) 18:47:13.48ID:dOQ1SZwX
彼の反応を見て、失言だったとシンシは後悔した。
ヤナキの呪詛には帰る場所等と言う物は無いのだ。
何とか言い繕おうとシンシは言葉を探す。

 「未だ消えないって事は、少なくとも、ここじゃないんだろう?」

 「ここじゃない?」

 「あんたの『帰るべき場所』だよ」

 「そんな物があるのか?」

懐疑の視線を向けるヤナキの呪詛に、シンシは面倒臭そうに答えた。

 「知らねえよ。
  唯、確実に言える事は、こんな所で呆っと突っ立ってたって何の解決にもならねえって事だけだ。
  次、行くぞ、次!」

彼は強引にヤナキの呪詛を引っ張ると、警備員に礼を言う。

 「邪魔したな。
  有り難さん、助かったぜ」

 「えっ、ええ、どう致しまして」

シンシとヤナキの呪詛は賃貸住宅を後にして、次なる目的地に向かう。

 「それで、シンシ、どこに行くんだ?」

 「今度は、あんたの実家だよ」
0681創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/11(日) 18:21:48.40ID:+obLPWsw
それを聞いたヤナキの呪詛は、露骨に嫌な顔をした。

 「実家……?
  いや、でも、俺の実家はボルガ市内には無いし……。
  俺はボルガ市から離れる積もりは無いし……」

明らかに腰が引けている。
シンシは真面目な顔で告げる。

 「積もりだとか、そんな事は関係無い。
  とにかく行くぞ。
  あんたも、親の顔位は見ておきたいだろう?
  仮令、死んだ後でもさ……」

 「……俺は行かない。
  行くなら、シンシ一人で行って来てくれないか?」

 「俺が一人で行ったって、仕様が無いじゃないか……。
  他人の実家に、どんな名目で上がり込めって言うんだよ。
  あんたが行くから意味があるんだ。
  あんたが行かないなら意味が無え」

ヤナキの呪詛は沈黙した儘、何も言わなくなった。
何と無くシンシは察して、ヤナキの呪詛に問う。

 「親に会うと気不味いのか?」

 「……ああ、親には会いたくない」

 「仲が悪いのか?
  虐待されていたとか?」

 「……そう言う訳じゃないんだが……」

ヤナキの呪詛は俯いて、語尾を濁した儘、再び沈黙した。
0682創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/11(日) 18:22:36.80ID:+obLPWsw
彼は都市から離れられなかったのでは無い。
都市から離れたくなかったのだ。
呪詛であるが故に、生前の想いや行動に縛られるのである。
正にヤナキの親こそが、彼の未練の正体では無いかと、シンシは考えた。
否、どう考えたって、それ以外には考えられないのだ。
ヤナキの呪詛は両親の事を忘れている訳では無い。

 「もう今日は終わりにしよう。
  明日の夕方、あんたの実家に行く。
  何時もの路地裏で会おう」

 「いや、俺は……」

シンシの宣言にヤナキの呪詛は戸惑うばかりで頷かなかったが、シンシは構わず去って行った。
そして一日が過ぎ、再び日が沈んで、夕方になる。
薄暗い路地裏で、シンシはヤナキの呪詛が現れるのを待った。
しかし、何時まで経っても、ヤナキの呪詛は現れなかった。

 (……そんなに嫌か?
  それとも親に会わせる顔が無いか?)

日が完全に沈んで、夕方が終わって、真っ暗闇の夜になって、シンシは深い溜め息を吐く。

 (仕様が無い。
  俺独りで行くか……)

待ち疲れた彼は路地裏を出て、鉄道馬車の駅に向かった。
取り敢えず、ヤナキの両親に会って、色々と話を聞いて、それから改めてヤナキを誘おうと、
シンシは計画していた。
0683創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/11(日) 18:23:08.05ID:+obLPWsw
シンシは夜間の馬車鉄道に乗って、ボルガ市から東のオキニリ町へ行く。
そこがシンシの実家のある町だ。
人気が少ない駅の『昇降場<プラットフォーム>』の椅子に腰掛けて、呆っと馬車の到着を待つシンシの、
直ぐ隣から人影が差す。
シンシが隣を見上げると、そこに居たのはヤナキの呪詛だった。

 「来たのか、ヤナキ……」

 「ああ」

ヤナキの呪詛は短く、それだけ言った後は沈黙した。
シンシは色々と言いたい事や聞きたい事があったが、ここは大人しく黙っている事にした。
やがて馬車が到着して、疎らに人が乗り降りする。

 「えェー、第五魔法都市ボルガ東駅ィ、第五魔法都市ボルガ東駅でェ御座イマす。
  乗客の皆様ァ、お忘れ物の無い様に、御注意願イマす。
  この列車は東行き、東行きで、御座イマす。
  お乗り間違いの無い様に、お気を付け下さいませ」

シンシは徐に立ち上がって、ヤナキの呪詛に呼び掛けた。

 「それじゃ、行こうぜ」

2人は列車に乗り込み、空いた席に座って、オキニリ町に着くまで一休み。
途中、車掌が切符の確認に来たが、ヤナキの呪詛は無視された。
シンシは彼を揶揄う。

 「只乗りかよ。
  便利だな」

 「シンシも死んでみるか?」

 「はは、遠慮しとく」

列車は東へ、東へ。
そしてオキニリ町に停車する。
0684創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/12(月) 19:55:12.59ID:yQbS0UJ2
中途半端な所ですが、ここでしか切れる所が無いので、お盆休みにします。
再開は1週間後位。
0686創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/19(月) 19:57:48.14ID:DVXBjgId
帰って来ました。
>>685
裏は駄目みたいですね。
広告が増えて見難くなった上に、ウィルスの警告も出る様になったので、多分もう使う事は無いでしょう。
0687創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/19(月) 19:59:23.29ID:DVXBjgId
>>683から


オキニリ町でシンシとヤナキの呪詛は鉄道馬車から降りた。
2人は殆ど人の居ない、夜の街を通り抜けて、郊外の一軒の木造家屋に着く。
そこがニレ・ヤナキの実家だ。
時刻は北西の時になろうと言う頃。
この時間帯の訪問は非常識だが、ヤナキの呪詛が夜にしか現れないので、仕方が無い。
家には明かりが点いているので、誰か在宅なのは間違い無い。

 「あれだな、ヤナキ?」

シンシはヤナキの呪詛に確認を求めた。
ヤナキの呪詛は小声で答える。

 「ああ」

彼は自信の無さそうな顔をしていた。
自分の実家か疑わしいのでは無く、両親と会う事が不安なのだろうと、シンシは察する。

 「良し、行くぞ!」

シンシは意気込んで、ヤナキの呪詛を引き連れ、家の呼び鈴を鳴らした。
数極して、中から着物姿の白髪の老婆が戸を開ける。

 「はい、何でしょう……?」

 「夜分遅くに済みません。
  彼と話をして貰えませんか?」

シンシは一言断りを入れて、ヤナキの呪詛を前に立たせた。
老婆は目を瞬かせ、怪訝な顔をする。

 「彼って……」

老婆にはヤナキの呪詛が見えていなかった。
0688創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/19(月) 20:01:23.05ID:DVXBjgId
シンシはヤナキの呪詛に怒る。
彼の姿は、彼が姿を見せたいと思った時、見せたいと思った者にしか見えない。
詰まり、ヤナキの呪詛は母親と会いたくないと思っている。

 「おい、好い加減にしろ、ヤナキ!」

「ヤナキ」と聞いて、老婆は狼狽えた。

 「ヤナキ!?
  あの子が居るの!?
  でも、魔導師会は……」

当然、ヤナキの両親にも魔導師会から連絡が行っているのだ。
「お宅の息子さんの呪詛が出没しています」、「そちらにも現れるかも知れません」と。
呪詛なのだから誰かを恨むと、誰もが思っている。
ヤナキの母親であろう、この老婆も、ヤナキが自分達を恨んで現れたのでは無いかと、怯えていた。
彼女は焦りを露に言う。

 「あ、貴方は誰!?
  正か、呪詛魔法使い!?」

 「いえ、違います。
  偶々ヤナキさんと、お会いしまして」

 「どうして、そんな事を!?
  呪詛を引き連れて来るなんて!!」

 「落ち着いて下さい。
  どうか、落ち着いて」

シンシはヤナキの母親らしき老婆を宥めた。
彼は事情を説明する。

 「ヤナキさんは、御両親に言いたい事がある様で……」
0689創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/19(月) 20:04:21.79ID:DVXBjgId
老婆は唯、怯えて蒼褪めている。
老婆の夫である禿げ頭の老爺が、戻って来るのが遅い彼女を心配して、玄関に姿を現した。

 「どうした、何事だ?」

 「あ、お父さん……。
  それが……ヤナキが……」

「ヤナキ」と聞いた老爺は、老婆の様子もあって早合点する。
彼は一度家の中に引っ込むと、代々伝わる刀を抜いて、熱り立って捲くし立てる。

 「馬鹿息子め、化けて出おったか!!」

老爺は抜き身の刀をシンシに突き付けた。
これには流石にシンシも慌てて、懸命に言い訳する。

 「お、落ち着いて下さい!」

 「ムッ、貴様は何者だ!?」

老爺は相手がヤナキでは無い事に気付いて、少し冷静さを取り戻すも、突き付けた刀を納めはしない。
シンシは刀から逃げる様に、1歩退がって話を始めた。

 「お、俺……いや、私はショ・ナン・シンシと言う者です。
  ヤナキさんをお連れしました」

 「そのヤナキは、どこに居る?」

老爺に問い詰められ、シンシは困った。
ヤナキの呪詛は先程から彼の傍に居るのだが、老爺と老婆には見えていないのだ。
0690創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/20(火) 19:28:43.69ID:kesRA7jg
これでは自分が異常者では無いかと、シンシはヤナキの呪詛を見て言う。

 「おい、ヤナキ、何とか言え!
  ここまで来て、駭(ビビ)ってんじゃ無えぞ!」

ヤナキの呪詛は漸く声を発した。

 「父さん、母さん……」

その声は可細かったが、ヤナキの両親には瞭りと聞こえた。

 「ヤナキ……!?」

老婆は動揺し、老爺は再び警戒する。

 「どこだ、姿を見せんかっ!!」

老爺は完全にヤナキの存在を敵と見做している様で、刀の切っ先を左右に振り、近寄らせまいとした。
ヤナキの呪詛が悲しい目をしていたので、シンシは一言文句を言いたくなる。

 「あんた等、それでも親かよ!
  息子が死んだ後も態々会いに来たんだぞ!!」

それに対して、老婆は唯々狼狽するばかり。
一方、老爺は逆切れする。

 「如何に息子だろうと、呪詛は呪詛だっ!!
  呪詛の言葉には耳を貸すなと、魔導師会には言われちょる!!」

その対応は実は正しい。
呪詛魔法は本来、強い恨みを持って現れるのだから、幾ら後悔や反省をした所で無意味なのだ。
況して、話し合おう等と考えてはならない。
0691創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/20(火) 19:30:02.35ID:kesRA7jg
シンシは頑ななヤナキの両親に嫌味を言った。

 「呪詛、呪詛って、あんた等は息子に恨まれる覚えでもあるのか!?」

反論したのは、やはり老爺の方。

 「逆恨みならあるかも知らん!
  勝手に家を出て行って、仕事も無くして野垂れ死にした馬鹿息子だでな!!」

言い合う2人の間に、唐突にヤナキの呪詛が割り込んだ。
今のヤナキの呪詛は、ヤナキの両親にも見えている様で、2人は蒼褪めて驚愕している。
ヤナキの呪詛はシンシに言った。

 「もう止めてくれ、シンシ。
  君の気持は嬉しいけど……。
  父さん、母さん、御免なさい」

彼は小さく俯いて謝る。
何故、謝らなくてはならないのか、シンシには解らない。
親より先に逝った親不孝の事か?
喧嘩別れしてしまった事なのか?
或いは、それ等を全部含めて、諸々の意味で謝ったのかも知れない。
その直後、ヤナキの呪詛は徐々に薄くなって行った。

 「ヤナキ!」

シンシは呼び掛けたが、ヤナキの呪詛は、もう反応しない。
彼の目の前からも消えて行く。
ヤナキの呪詛は、もう未練を晴らしたと言うのだろうか?

 「おい、こんな所で消えても良いのかよ!?」

シンシは辺りを見回して呼び掛け続けたが、誰も答える者は居なかった。
0692創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/20(火) 19:32:46.77ID:kesRA7jg
それから全員気不味くなって、暫く沈黙が続く。
シンシは恨み囂しくヤナキの両親を睨んで、問い掛けた。

 「あんた等、これで良かったのか?
  息子が呪詛になってまで会いに来たってのに……。
  御免の一言だけ言わせて、終わりで良かったのかよ!」

老爺はシンシを睨み返して言う。

 「あんたこそ、何だや!?
  何の積もりで他人に説教しちょる!
  これは親子の話だで、赤の他人に、どうこう言われる筋合いは無いがや!」

老爺はシンシに掴み掛かった。
シンシは胸座を掴まれ凄まれても、敢えて抵抗せず、堂々と言い返す。

 「確かに、俺は赤の他人だ!
  でも、人情は解る積もりだぜ!!
  薄情な奴は親兄弟でも見過ごせねえ!」

彼の迫力に押し負けた老爺は、目を逸らして小声で言った。

 「私等が息子に何か思っておったとして……。
  あんたに言った所で、どうなると言うんだ?」

 「ヤナキの魂は、未だ近くに漂っているかも知れない。
  あいつは独りで来る事が出来なくて、ずっとボルガ市内を彷徨っていたんだ。
  俺じゃなくて、ヤナキに言う積もりで、悔やみ言でも良いから言ってみろよ」

老爺は数点押し黙っていたが、やがて点々(ぽつぽつ)と語り始める。

 「……別に、言う程の事では無い。
  只の親子喧嘩だ」
0693創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/21(水) 19:00:47.57ID:enCq580W
彼は両目を閉じて、ヤナキとの過去を懐かしむ様に続けた。

 「昔は良い子だった。
  地元で安定した仕事に就いておれば良かった物を……。
  急に都会に出たがって、当ても無く飛び出しおって……。
  それを今更謝られて、どうしろと言うんだ?」

シンシは深く唸った。
彼の想像以上に、ヤナキは仕様も無い理由で、両親に会えなかったのだ。
ヤナキは両親に自分の過ちを詫びたかったが、会わせる顔が無かったと言うだけの事。

 「……それだけか?」

シンシは念の為、他に言う事は無いのかと、ヤナキの両親に尋ねた。
少しの間を置いて、今度は老婆が涙ながらに言う。

 「私達にも後悔はあります。
  勝手に家を飛び出したと言っても、我が子の事ですから、心配で無い筈がありません。
  それは夫も同じで……」

 「余計な事を言うなっ!!」

老爺に怒鳴られても、老婆は語りを止めなかった。

 「……便りが無くても、向こうで元気にやっていれば良いと……。
  そう言っていたのですが……」

老爺の目にも涙が滲む。

 「ええいっ」

泣く姿を見られまいと、彼は家の中に引っ込んだ。
0694創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/21(水) 19:01:27.96ID:enCq580W
やはり親子なのだと、シンシは安堵する。
彼は老婆に言った。

 「本当はヤナキが消える前に言って欲しかった」

 「……済みません。
  私も夫も気が動転していて……」

 「俺に謝られても困る。
  ……その事に関しては、ヤナキにも非はある。
  余っ程、親に会わせる顔が無かったんだろう。
  あいつはボルガ市から離れたがらなかった。
  お蔭で随分、遠回りしてしまった」

老婆が沈黙したので、シンシは気遣いの積もりで、その場から立ち去る事にした。

 「それじゃ俺は、これで……。
  もうヤナキが化けて出る事は無いと思うが、出たら出たで、積もる話でもしてくれ」

シンシは独り、駅まで引き返して、構内で一夜を過ごした。
もう馬車の最終便が出た後なのだ。
元来浮浪者であり、基本的に宿無しの暮らしをしている彼は、場所を問わず眠れる。
シンシが虚(うつ)ら虚らしていると、隣に人の気配を感じた。

 「おっ、ヤナキ?
  未だ居たのか……」

彼は眠い目を擦って隣を見上げる。
表情は判らないが、それはヤナキだと言う確信がシンシにはあった。

 「どうした?
  他にも未練が残ってるなんて言わないでくれよ……」

それはシンシの本心からの言葉だった。
0695創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/21(水) 19:02:43.02ID:enCq580W
ヤナキらしき人影は、口元を小さく歪めて笑みを浮かべる。

 「もう大丈夫だ。
  有り難う。
  最期に父さんと母さんに会えて良かった」

本当に良かったのかと、シンシはヤナキに問う。

 「丁(ちゃん)と話し合えたんだろうな?
  何と無く解った気になっていたんじゃ駄目だぜ。
  あんたの両親は、あんたの事を心配していたんだ」

 「解ってる。
  全部聞いていた」

 「……ありゃ、それなら……。
  俺が言う事は無いな。
  万事丸く収まって万々歳だ。
  一寸眠らせてくれよ。
  もう夜も遅い」

今度はヤナキの影がシンシに問う。

 「どうして、シンシは俺を助けてくれたんだ?」

 「そりゃ、何時までも化けて出られちゃ困るからさ」

 「魔導師会に任せても良かった筈だ」

 「あいつ等、そんなに万能でも無いじゃんかよ」

 「それだけなのか?」

ヤナキが自分に何を期待しているのか、どう答えたら良いのか、シンシは悩んだ。
0696創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/22(木) 19:30:41.73ID:+ScR9edJ
悩んだと言っても、彼は言葉を飾る事が好きでは無かったので、有りの儘に答えるしか無い。

 「あんたへの同情みたいな物が無かったとは言えない。
  あんたに限らず、俺は浮浪者になった奴には、大体同情してるんだ。
  前に話したよな?
  俺の小さい頃の話……」

 「浮浪者になりたくなかったって事か?」

 「違う、違う、浮浪者の子供で居るのが、嫌だったって話だ」

 「あぁ、そうだった、済まない」

 「……下らねえ話だから、別に憶えて貰ってなくても良いんだけどよ。
  そう言う事があったんで、俺は人の人生って奴を色々考えちまうんだ。
  どう言う気持ちだったとか、何を考えていたのかとか……。
  最初から浮浪者の俺には、浮浪者に落ちるも何も無えんだけど……。
  この話は、もう良いだろう?」

話している内に、シンシは浮わ浮わした奇妙な心持ちになって、話を打ち切った。
自分の事を語るのに、照れ臭さがあるのだ。
彼が振り向くとヤナキの気配は何時の間にか消えていた。

 (……もう逝ったか?
  最後の最後まで面倒臭い奴だったな……)

シンシは安堵して、目を『覚ます』。
空が明るんで、夜が明け始めていた。

 (夢……!?
  夢だったのか……?)

以後、ニレ・ヤナキが姿を現す事は無かった。
0697創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/22(木) 19:31:18.71ID:+ScR9edJ
これにてボルガ市内の魔導師会側の問題は、大凡解決した。
しかしながら、復帰市民と帰還市民の問題は暫く続く事になるだろう。
下手をすると何年も、何十年も。
本来、これ等の調整は行政と警察機構の役割だが、今回は例外的に魔導師会も乗り出した。
人間の不和は再び反逆同盟に付け入る隙を与えてしまう為だ。
魔導師会の圧倒的な権威の前には、どんなに口煩い市民も大人しくなる。
特に権威に弱いボルガ市民には有効だった。
この事自体を魔導師会は良いとは思っていなかったが、反逆同盟を討伐するまでと言う条件付きで、
積極的に問題の仲裁を買って出た。
そして――、
0699創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/22(木) 19:35:54.19ID:+ScR9edJ
ガンガー北極原にて


魔導師会は遂に反逆同盟の新たな本拠地を発見した。
発見者は魔導師会の小部隊、『壺花<オラリア>』隊の5人。
唯一大陸を覆う共通魔法の大結界から外れた、ガンガー北極原の吹雪の中で、それは建っていた。
――魔城『アールチ・ヴェール』。
悪魔ルヴィエラ・プリマヴェーラが母から受け継いだ、彼女の城。
彼女の為だけの巨城。
城内は魔界――デーモテールへの門となっており、そこから無限の魔力を生み出す。
その禍々しさに、オラリア隊の5人は遠距離からでも悪寒を感じていた。

 「こ、ここ、これ、危(ヤバ)い奴じゃないですか?
  鳥肌が立って、震えが止まらないんですけど、どどど、ど」

震えながら話す隊員に、隊長は答える。

 「な、情け無い事を言うなっ!
  お、お前も一人前の魔導師だろ、だろうが!」

 「いや、た、隊長も震えてるじゃ、じゃないですか……」

 「これは寒……寒さと!
  そ、それと漸く、目当ての物を、み、見付けた、興奮でだ!
  とっ、ととっ、とにかく早く本部に報せるんだ!!
  場所はガンガー北極原!!」

 「ええ、早く引き揚げましょう」

急か急かと帰還の準備を始める隊員たちを、隊長は呼び止めた。

 「こ、こらっ、待てぃっ!!」
0700創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/23(金) 18:59:47.52ID:TAZ/Mo6z
彼は隊員達を見回して言う。

 「報告に行くのは、2、3人で十分だ。
  残りは、ここで敵の本拠地を見張る!」

 「え、えぇーー……ほ、本気ですか……?」

隊員達は揃って嫌な顔をした。
誰も危険な所から離れたいのだ。
極地の寒さも厳しいが、何より魔城が恐ろしい。
隊員達は何れも優れた魔法資質を持った魔導師だから、魔城を覆う魔力の異様さが判る。

 「ば、馬鹿っ、冗談で言うかっ!!
  私は残る。
  誰が帰るか、お前達で確り話し合え」

隊長の指示に、隊員達は互いの顔を見合った。
本音では誰も帰りたいのだが……。

 「俺は結婚したばっかりなんだ」

 「私には年老いた両親が……」

 「それを言ったら、俺にも帰りを待つ子供が……」

それぞれに帰りを待つ者が居るのだから、中々話が付かない。
オラリア隊の者達は、執行者では無いのだ。
それぞれ平時は探検家として活動している。
だから、こう言う時に統制が取れない。
そんな中で、一人が声を上げる。

 「私は残る。
  ……身内が居ないからな」

その一言で雰囲気が一変した。
0701創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/23(金) 19:01:15.11ID:TAZ/Mo6z
別の隊員が彼を宥める。

 「そんな事を言うなよ」

 「……代わりに、俺が残ろう。
  寒冷地では太っている方が生き残り易いからな。
  痩せギスは帰りな」

 「お前、嫁さんが居るんじゃなかったのかよ?」

 「そんな事は関係無い。
  俺は生き残れる自信があるから言ってるんだ」

何だ彼んだで、未だ話が付かないので、隊長は痺れを切らした。

 「早くしろ!
  決められないなら、私が指名するぞ!」

 「私が残ります」

 「あっ、いえ、俺が!」

先に2人が名乗り出たので、隊長は即決する。

 「良し、お前達2人だな。
  他の者は急いで帰還しろ」

 「あっ、いえ、待って下さい!
  彼は……」

 「いや、俺は良いんですけど、彼は……」

 「これ以上は聞かん!
  好い加減に肚を括れ!」

自分から残ると言ってしまった物だから、反対する事も出来ずに決定してしまう。
0702創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/23(金) 19:01:32.15ID:TAZ/Mo6z
他の2人は急いで帰還した。
もう決まってしまった物は仕方無いと、残留組の2人は溜め息を吐く。
こう言う時は割り切りが肝心なのだと、平時は探検隊をしている者達は知っている。
何時までも未練囂しい事を言って何もしないのは、集団を危険に晒す最低の行為だ。
何より協調性と合理性を重視しなければ、生き残れない。
そう言う意味では、多少強引でも即断即決出来る隊長の存在は心強い。
――極寒の地に魔城は静かに佇んでいる。
オラリア隊の隊長は、2人の隊員に言った。

 「私達が戦う事は無い。
  あの城を攻め落とす時は、魔導師の大半を投入した大決戦になるだろう」

2人の隊員は緊張して沈黙する。
決戦の時は目前に迫っている。
0704創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/26(月) 20:03:00.21ID:ZnfMHCXy
決戦、大悪魔城


エグゼラ地方にて


ガンガー北極原に反逆同盟の本拠地があると、特別調査隊から報告を受けた魔導師会は、
直ちに多数の魔導師を派遣して、魔城を取り囲む様に『根拠地<ベース・キャンプ>』を設置した。
魔導師会の多くの魔導師達は、自分達だけで決着を付ける気だったが、それを八導師が止める。

 「敵本拠地の攻略は、八導師が直接指揮を執る。
  既に司法長官には話を通してある」

八導師最長老が直接根拠地に赴いた上で、この発言をした事に、執行者達は驚いた。
八導師は魔導師会の最高指導者であり、その権力自体は旧暦に存在した「国王」程では無いが、
影響力や払われる敬意の度合いは、それに匹敵する。
しかしながら、現場に赴いて何が出来ると思う者が少なからず居るのも事実だ。
どんなに強い権力を持つ国王でも、戦争を直接指揮する事は少ない。
大体に於いて「責任者」の為すべき事は、物事が上手く運ぶ様に取り計らう、即ち人事採用であり、
当人が軍事方面に才覚を持つ必要は無い為だ。
同様に、八導師も又、執行者を指揮して上手く動かす事が出来るのかと疑問に思われるのも、
仕方の無い事ではある。
八導師が只監視、監督しているのでは無く、「直接指揮を執る」と言っているのだから。
八導師の8人は魔城を取り囲む八方の根拠地に、それぞれ待機して決戦の時を待った。
0705創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/26(月) 20:03:44.53ID:ZnfMHCXy
一方その頃、魔導師会とは別行動で戦う者達も、最終決戦の時が迫っていると聞いて、
ガンガー北極原に向かっていた。
ワーロック・アイスロン、リベラとラントロック、ビシャラバンガ、コバルトゥス・ギーダフィ、
フィーゴ・ササンカ、ポイキロサームズ、シャゾール、ニャンダコーレ、そしてヘルザ……。
一行は第三魔法都市エグゼラの宿屋で、作戦会議を始めた。
先ず発言したのは、ポイキロサームズのアジリア。

 「一寸悪いんだけど、私等は力になれそうに無い。
  ここは寒過ぎるよ。
  ガンガー北は、もっと寒いんだろう?」

ポイキロサームズは何れも寒さに弱い。
気温が氷点下になると、もう活動所の話では無くなる。
ササンカの持つ音石が了解の意を示す。

 「ああ、仕方が無い」

ササンカは音石に問い掛けた。

 「ルヴィエラとやらは、そこまで計算していたのでしょうか?」

 「考え過ぎだよ。
  あいつにとって、僕等は皆、滓みたいな物だから。
  それにポイキロサームズの皆は、そんなに強いって訳でも無いし」

ビシャラバンガが長話を嫌って単刀直入に問う。

 「それで、誰が行くんだ?
  己は勿論、行く」

逸る彼を音石が宥めた。

 「待ってくれ、待ってくれ。
  魔導師会との連携も大事にしなければ。
  僕等だけで勝手に突入する訳には行かない」
0706創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/26(月) 20:04:52.77ID:ZnfMHCXy
それまで黙っていたワーロックは、音石に尋ねた。

 「それで音石さんは、どう考えているんですか?
  魔導師会だけで行けそうだと?」

 「正直、難しいと思う」

 「しかし、私達だけでも難しいと」

 「その通りだ。
  魔導師会の準備が整うまで、僕等で陽動作戦を仕掛ける必要がある。
  魔導師会だけじゃない。
  この大陸の共通魔法使い、全ての力を借りて、漸くルヴィエラと戦えると言った所かな」

 「その陽動って言うのは――」

 「僕等でルヴィエラの居城に突入する」

音石の発言にコバルトゥスの眉が僅かに動く。

 「危険過ぎないか?」

彼の視線はリベラとラントロック、そしてヘルザの3人に向けられている。

 「無論、危険だ。
  だから、こうして作戦会議を開いている」

レノックの言葉を受けて、ビシャラバンガは堂々と言った。

 「力の無い者、自信の無い者は止めておくべきだ。
  辞退したい者は今の内に言え」

それは彼なりの優しさでもある。
0707創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/27(火) 19:13:43.32ID:+MSAQykM
ワーロックはリベラとラントロックに頻りに視線を送っていた。
この2人が、どんな判断をするのか気になっているのだ。
リベラもワーロックに視線を送り、2人の目が合う。

 「お養父さん、行くの?」

リベラの問い掛けに、ワーロックは深く頷いた。

 「ああ。
  お前達は、ここで待っていてくれ」

 「そうは行かないよ。
  皆で行こう?」

 「駄目だ、危険過ぎる」

ワーロックは頑なにリベラの同行を拒む。
彼にとって、リベラは養子とは言え、可愛い娘。
ラントロックと同じく掛け替えの無い家族だ。
一方で、ラントロックは行きたいとも行かないとも言わずに、口を閉ざしていた。
彼はリベラが行くなら行く、彼女が行かないなら行かない積もりだ。
コバルトゥスはワーロックと同じく、リベラは留守番をしていた方が良いと思っていたが、
彼女の意思を尊重して口を出さないで居た。
リベラはワーロックに対して言う。

 「大体、危険だって言うなら、お養父さんこそ、どうなの?
  お養父さん、私より魔法資質が低くて、共通魔法下手じゃない」

 「それでも私には私の魔法がある」

ワーロックは強気に言い切った。
彼が編み出した、彼だけの、彼の魔法。
それに自信を持っているから言える事。
0708創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/27(火) 19:14:14.34ID:+MSAQykM
ワーロックは更に懸命に説得を続ける。

 「今までの戦いとは違うんだ。
  敵の本拠地に乗り込むんだぞ?
  ルヴィエラも本気を出して来る。
  私独りなら何とかなるかも知れない。
  だが、誰かを守りながら戦える自信は無い」

リベラは不満を露に彼を睨んだ。

 「私達は足手纏いだって言うんだ?」

 「……そうだ」

ワーロックとて本気で、そう考えている訳では無い。
1人より2人、2人より3人と言う様に、1人では出来ない事や、危うい場面でも、
仲間の助けで乗り切れる事があろう。
それでも彼は子供が危険な目に遭う事を防ぎたかった。

 「ビシャラバンガ君、コバルトゥス、2人からも何か言ってやってくれ」

困った彼はビシャラバンガとコバルトゥスに応援を求めたが……。

 「自分で行きたいと言う者を無理に止める事はあるまい」

ビシャラバンガには止める気が全く無い。

 「俺も一緒に行きますから」

コバルトゥスも同じく。
ワーロックは益々困った。

 「皆で纏まって行動するって言うのか?
  レノックさん……じゃなかった、音石さん、どう思いますか?」
0709創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/27(火) 19:14:36.72ID:+MSAQykM
最後に彼は音石の意見を伺ったが、音石も反対はしない。

 「団体行動でも問題は無いと思う。
  コバルトゥスの索敵能力があれば、不意に敵に囲まれると言う事も無いだろうし。
  撒ら撒らに行動するより危険性は小さい筈だ。
  ルヴィエラも行き成り本気を出したりはしないだろう。
  彼女は性格的に、先ず遊ぶ。
  絶対に、必ず」

結局、誰にも同意して貰えず、ワーロックは押し黙った。
自分だけが反対だと言った所で、どう仕様も無いのだ。
ワーロック、ビシャラバンガ、コバルトゥス、リベラとラントロックは魔城に突入し、
ポイキロサームズは残留と、ここまでは決まっている。
ヘルザ、ササンカ、ニャンダコーレは、どうするのかと一同は注目した。
先ずササンカが言う。

 「私も魔城とやらに向かいます」

それに続いてニャンダコーレも。

 「私も行きますぞ、コレ。
  寒さは苦手ですが、コレ、この体だからこそ、出来る事もありましょうからな。
  連中も私の様な物が敵だとは、コレ、思いますまい」

そして最後はヘルザ。

 「わ、私は……」

彼女は自分だけ置いて行かれたくないと思っていた。
しかし、死ぬかも知れない戦いで、命を賭ける覚悟が無いのも事実。
0710創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/28(水) 19:08:07.85ID:jehH6YwC
中々意見を言えないで居る彼女に、音石が言う。

 「あっ、ヘルザさんは残ってくれないかな?
  君には大事な役目があるんだ」

 「何でしょう……?
  私に出来る事なら……」

 「詳しい事は、ヴァイデャ様に聞いてくれ。
  彼も来ている」

自らは戦いに赴かない性格のヴァイデャまでもが、この地に来ている。
ワーロックは愈々これが最終決戦なのだなと言う気配を感じ取っていた。

 「他にも来ているんですか?」

彼の問い掛けに、音石は応える。

 「ああ、直接は戦わなくても、後方でも出来る事は沢山あるからね」

 「それで、陽動作戦って具体的に、何をどうすれば良いんでしょうか?
  魔城に突入して、それからは?」

 「そうだな、取り敢えずは城を隅々まで探索して貰おう。
  出来るだけルヴィエラとは搗ち合わない様に」

 「意図せず出会ってしまったら、どうするんです?」

 「その時は逃げるしか無い」

 「しかし、突入しても戦う気が無いと思われたら、陽動にはなりませんよ」
0711創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/28(水) 19:08:50.21ID:jehH6YwC
ワーロックの指摘を受けて、音石は少し思案した。

 「それなら……。
  一応の目的を設定しようか?」

そう言うと音石はササンカの手の上で小さく震え出した。

 「音石殿?」

吃驚するササンカの手の上で、音石は一回り小さい分身を幾つも生み出す。

 「フー、これを魔城の各所に設置して来てくれ」

 「これは何なんですか?」

ワーロックの問に音石は平然と答える。

 「何って、普通の石だよ。
  少しだけ魔力が篭もっている」

 「何に使うんですか?」

 「だから、魔城に置くんだよ」

 「置くと何があるんですか?」

 「何も無いよ」

音石の回答に一同、目が点になって呆気に取られた顔になった。
0712創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/28(水) 19:09:13.94ID:jehH6YwC
音石は苦笑交じりの声で言う。

 「何の意味も無い。
  陽動を覚られない為の偽の目的なんだって」

ワーロックは漸く理解して膝を打つ。

 「ああ、そう言う事ですか……。
  相手に丁とした目的があると思わせる為の、偽装なんですね?」

 「そうそう。
  皆、察しが悪くて驚いたよ」

ビシャラバンガが最後に確認を求めた。

 「己達は魔城に入って、それ等を適当な所に置いて来れば良いんだな?」

 「そうそう。
  でも、現地の魔導師達と連絡を取ってからね。
  交渉は僕に任せてくれ」

こうして一行はガンガー北極原に向かう。
第三魔法都市エグゼラ市から西へ、ガンガー山脈の裏に回り込む。
真面な交通手段が無い中、防寒装備を整えて、八導師親衛隊の伝手で極北人の馬橇を借り、
何日も掛けて移動するのだ。
中には初めて行動を共にする者達も居るが、ササンカは辛抱強く、余り自己主張しない性格、
ニャンダコーレは猫と余り変わらないので、大きな問題は起こらなかった。
0714創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/29(木) 18:48:36.79ID:Dwj77M7L
ガンガー北極原に展開している魔導師会の根拠地の内、最も西側にある物に、一行は着く。
そこには八導師も居り、親衛隊を介して、一行は八導師に会う事になった。
西側根拠地に駐在している八導師は、第一位のレグント・アラテル。
親衛隊から報告を受けた彼は、直ぐに一行を出迎える。

 「よく来てくれた。
  ワーロック君、久し振り」

 「ああ、はい、お久し振りです」

ワーロックが最長老と知り合いだと言う事実に、周囲の者達は驚く。

 「お養父さん、八導師と知り合いなの!?」

 「いや、知り合いって言うか、面識があるだけだよ。
  少しの間、一緒に旅をしたと言うか……。
  あ、勿論、レグントさんの方は『仕事』だから。
  特に親しいとか、そう言う訳では無いんだ」

ワーロックは八導師との関係を誤解されない様に、必死に言い訳した。
権力者と知り合いと言うだけで、人の見る目と言う物は変わる。
自分には何の影響力も無いのだと、彼は主張したかった。

 「そんな事より、レノックさん……じゃなかった、音石さん!
  お話を……」

彼に促されて、ササンカは音石を持ち出し、レグントの前に持って行く。
音石は明滅しながら彼に話し掛けた。

 「レグント、提案がある。
  この者達を陽動に使って欲しい」
0715創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/29(木) 18:49:51.87ID:Dwj77M7L
音石から発せられる声を聞いたレグントは、静かに驚いた。

 「その声は……レノック殿!?」

 「僕はレノックの分身、音石だ。
  本体はルヴィエラに捕まってしまっている。
  こう言う時の為に、分身を用意していたんだ」

 「ああ、そう言う事か……。
  それで……陽動とは?」

 「この儘、準備を進める君たちをルヴィエラが見過ごすとは思えない。
  だから、この者達を魔城に突入させて、目眩ましに使う」

 「危険では無いのか?」

 「危険は承知の上だよ。
  そう言う訳で、魔城への突入許可を貰いたい」

音石の提案を受けて、レグントは思案する。
如何に八導師でも、否、八導師だからこそ、魔導師でも無い者を危険な目に遭わせる事には、
抵抗があるのだ。

 「そこまでしなければならないのか……?」

 「君達は未だルヴィエラを侮っているんだな。
  瞭り言うけど、君達全員――ファイセアルス全部の命を使って、漸くルヴィエラと、
  勝負になるかって所なんだぞ。
  君達に秘策があるのは知っている。
  でも、それだけで勝てる程、甘い相手じゃない」
0716創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/29(木) 18:50:55.90ID:Dwj77M7L
音石の言葉には重みがあった。
それでもレグントは中々許可出来ない。
彼にとって、やはり一般人を巻き込むのは避けたいのだ。
一行には女子供に猫まで居る。
どう見ても決戦に赴く面子では無い。
音石は説得を続けた。

 「レグント、君の気持ちは解る。
  僕だって、皆を危険な目に遭わせたい訳じゃない。
  魔城に突入すると言っても、ルヴィエラとは戦わない。
  一寸小っ掻いを掛けるだけだ」

 「それでも十分危険だ」

 「ああ、勿論。
  僕達だって、それは承知している。
  全部納得尽くでの事なんだよ。
  君は未だ事態の深刻さを理解していない」

 「そんな事は無い。
  解っている。
  だからこそ、これだけの準備をした」

 「違う、解っている積もりなだけだ。
  民間人を巻き込みたくないと言う発想その物が甘い。
  この世界が駄目になるかって境目だぞ」

2人(?)の言い合いに、リベラは今更事態の深刻さを実感する。
0717創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/30(金) 19:05:08.20ID:11+/RyCR
彼女は理解していた積もりで、理解していなかった。
皆が行くから大丈夫だろうと、軽い気持ちだったのだ。
実際、彼女自身は「強大な敵」と相対していなかった。
反逆同盟には巨人、竜、悪魔と言った強力な物達が存在していたが、幸か不幸か、ここまでリベラは、
それ等と戦う事が無かった。
リベラは養父を見上げて問う。

 「本当に大丈夫なの、お養父さん……?」

 「確実な保証は何も無い。
  だから、留守番していろと言ったじゃないか……」

 「それなのに行くの?」

 「ああ、そうだよ」

 「何の為に?」

 「何って……。
  大袈裟に言うと、この世界の為って事になるが……」

 「そう言う事、言っちゃうんだ!?」

養父の覚悟にリベラは声を抑えて驚いた。

 「いや、そんな驚かれると……。
  何か恥ずかしくなるだろう……」

 「だって、何か、お養父さんらしくないって言うか……」

彼女は養父を優しい男だと知っていたが、大義や正義を語って、大きな事をする人だとは、
思っていなかった。
0718創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/30(金) 19:06:46.45ID:11+/RyCR
ワーロックは困った顔で言う。

 「『私に出来る事』がある。
  『私にしか出来ない事』がある。
  私は、『それ』をやりに行く。
  唯それだけの事だよ」

そう言った後、彼は俄かに落ち着いた声でリベラに尋ねた。

 「リベラ、お前には、『それ』があるか?
  無理強いは出来ない。
  危ないと思うなら、素直に退くのが、賢い選択だ」

リベラは自分の気持ちを再確認する。
ここから先は、養父が心配だと言うだけで、気軽に付いて行ける場所では無い。

 (私にしか出来ない事……。
  あるのかな……?)

彼女は本気で考え込む。
自分が足手纏いにならない為には、それが無ければ行けない。
自分に出来る事は何か?

 (それでも……私にしか出来ない事じゃないかも知れないけど……。
  私は共通魔法の扱いなら、この中で一番の筈。
  それが私にしか出来ない事)

リベラは思案の末に、自分にとって最も自信のある物を理解した。
そして改めて決意を述べる。

 「あるよ、私にしか出来ない事。
  だから、私も行く」
0719創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/30(金) 19:09:05.87ID:11+/RyCR
レグントと音石の話は数点続いたが、結局はレグントが折れた。
一行は魔導師会の許可を得て、根拠地から徒歩で魔城に向かう。
距離は約1区。
酷く冷たく乾いた強風が吹き付ける中、一行は毛皮の蓑を羽織って行く。
コバルトゥスの精霊魔法が寒風から全員を守った。
これまでの情報を総合すると、魔城の中で待ち構えているのは、悪魔公爵のルヴィエラの他に、
呪詛魔法使いのシュバト、寓の魔法使いバルマムス、血の魔法使いゲヴェールト、昆虫人スフィカ。
未だ居るかも知れないが、これ等への対策は考えておかねばならない。
……その前に、一行は城まで1通の所で、強烈に禍々しい気配を感じて、足を止めた。
唯一気配を感じないワーロックだけが、平気な顔をして全員を見る。

 「皆、どうしたんだ?」

彼の問に答えたのは、コバルトゥス。

 「先輩は何も感じないって事は、魔力関係なんスね……。
  恐らく、これは罠とか魔法とかじゃなくて、ルヴィエラの支配領域に入っただけの事ッス」

 「……行けそうか?
  無理なら引き返しても……」

 「大丈夫……。
  いや、俺は大丈夫なんスけど、他の人達は、どうなんスかね?」

ワーロックとコバルトゥスは全員の様子を窺った。
ビシャラバンガとササンカは不快感を覚えているが、表情には出さずに耐えている。
それでも影響があるのは一目瞭然だ。
その証拠に2人共、一言も発しないし、一歩も動こうとしない。
何も感じないのであれば、ワーロックの様に不思議がる。
そしてリベラとラントロック、それにニャンダコーレは蒼い顔をして、震えていた。
0721創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/31(土) 17:44:09.91ID:mXsadYwT
ワーロックは先ずリベラに問う。

 「リベラ、大丈夫か?」

 「あ、お、お養父さん……。
  これ無理……」

 「引き返すか?」

 「い、嫌……」

素直に引き返してくれない物かと、ワーロックは困った顔をしつつ、今度はラントロックを見た。

 「ラントは?」

 「へ、平気だよ」

 「強がるなよ?」

どう見ても平気では無い。
無理をするなとワーロックは言いたかったのだが、逆にラントロックは意固地になって、
彼を睨み返す。
リベラが帰らないと、恐らくラントロックも帰らないのだろうと、ワーロックは感じた。
最後に彼はニャンダコーレに目を遣る。

 「えーと、ニャンダコーレさんは?」

 「……私は生まれて初めて、コレ、心の底から恐怖している……。
  ルヴィエラとは、途んでも無い奴なのだな、コレ……」

 「行けそうですか?」

 「ニャー……、行く。
  足手纏いには、コレ、ならんよ……」
0722創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/31(土) 17:47:30.72ID:mXsadYwT
心の闇へ


誰一人として引き返す者は無く、ワーロックは不安ながらも、自らが先頭に立って進む事にした。
高く聳える魔城の門を潜り、巨大な城内へと足を踏み入れる。
コバルトゥスもリベラもラントロックも、ルヴィエラと対峙した事はあるのだが……。
ここまで強大な相手だとは全く思っていなかった。
何れのルヴィエラも未だ本気では無かったのだ。
全員が城内に入ると、巨大な門が独りでに閉まって、一瞬にして辺りは暗闇に閉ざされた。
全員、直ぐ近くに居る筈の人の気配も感じ取れなくなる。
魔法資質も利かず、誰も状況が把握出来ない。
――暗黒の中で、ワーロックは呪詛魔法使いのシュバトと対面した。

 「お前は――」

黒いローブに包まれたシュバトは、徐々に容(かたち)を失って行く。

 「私の名は未練。
  又の名を後悔、或いは自責、残滓、悲嘆」

 「呪詛魔法使いか!」

 「否、呪詛魔法その物だ」

ワーロックの目の前から、シュバトの姿は徐々に消えて行く。

 「待て、どこへ行く!!」

彼の呼び掛けには答えず、シュバトの姿は完全に消滅した。
その代わりに、ワーロックの背後に人の気配が現れる。

 「誰だっ!?」

そこに居たのは、今は亡き彼の妻、カローディアだった。
0723創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/08/31(土) 17:48:22.94ID:mXsadYwT
 「カリー……」

彼女は生前と変わらない美しさで、そこに佇んでいる。
既に死んだ者だからか、年齢を重ねた様子が全く無い。

 「それが、お前の後悔だ」

呪詛魔法の声がワーロックの頭の中で反響する。
カローディアは彼に向かって、優しく微笑み掛ける。

 「愛しているわ、ワーロック。
  私が最初に愛し、そして最後まで愛した人」

 「……カリーは死んだ。
  お前は偽物だ!」

彼女を拒否するワーロックだったが、呪詛魔法の幻影は消えない。

 「私の愛する人、魅了の魔法は貴方を離さない。
  私は貴方の物、そして貴方は私の物。
  病める時も健やかなる時も、何時も一緒だと誓った筈なのに」

カローディアの幻影は悲しい声でワーロックに問い掛けた。

 「どうして一緒に死んでくれなかったの?」

 「それは……!」

カローディアの未了の魔法は、心だけで無く、魂まで魅了する。
愛し合った者は比翼連理の如く、運命を共にする。
それが出来なかった事、妻を独り死なせてしまった事が、ワーロックの後悔の1つだった。
0724創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/01(日) 19:51:48.05ID:KbogsOjO
カローディアはワーロックを問い詰める。

 「何故、どうして、貴方は……」

彼は怯むも、確りと彼女の目を見て答えた。

 「私達には子供が居たじゃないか……」

 「あっ……」

 「私は君の居ない世界で、生きて行かなければならない。
  それが君との誓いだから。
  君が死んでも、この心は君だけの物だ。
  カリー、愛している。
  私が一生を捧げ、最後まで愛する人。
  もう少しだけ待っていてくれ」

ワーロックの真摯な気持ちが通じたのか、彼の妻の幻影は静かに闇に消えて行った。
しかし、闇が晴れる事は無く、再び彼の前に「呪詛魔法」が現れる。
ワーロックは彼を睨んで行った。

 「そこを退け。
  私は進まなければならない」
0725創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/01(日) 19:58:46.72ID:KbogsOjO
呪詛魔法は動揺した様子も無く、平然と話す。

 「幾つかの質問に答えてくれれば、道を開けよう。
  先ず、人を殺した事はあるか?」

 「ある」

 「……意外だな」

 「私を好いてくれた子だった。
  しかし、私は私の信念の為に、彼女を殺さざるを得なかった。
  私は私の意志で彼女を殺した」

彼は自然にコバルタの事を思い出していた。
結果として、コバルタの人格は精霊石に宿り、死んではいなかったが、ワーロックは彼女の存在を、
消去すると言う決断をした。
それは彼女を殺すと言う事、死んでも構わなかったと思ったと言う事。
結果的に生きていたので問題無いと言う話では無い。
実際、彼は彼女を殺したのだ。
しかも、2度も。
最初は確実に殺す積もりだったが、旧い魔法使い達の計らいで、どうにか死なせずに済んだ。
2度目は故意では無かったが、夢落ちにして生き返らせた。
旧い魔法使い達に関わった為とは言え、余りに命が軽い。
そんな扱いをしてしまった事にも、ワーロックは罪悪感を持っている。
0726創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/01(日) 19:59:51.67ID:KbogsOjO
呪詛魔法は更に彼に問う。

 「後悔していないのか?」

 「そうしなければ、守れない命があった。
  2つに1つで、私は1つを選んだ」

コバルトゥスの人格を取り戻す為には、コバルタには消えて貰う他に無かった。
それは仕方の無い決断だったが、どうしても負い目は捨て切れない。

 「心が揺れているぞ。
  それは罪悪感と後悔の証明だ。
  お前が犯した罪を、一つ一つ思い出しながら、数えるが良い。
  告解せよ」

 「人生は選択の連続だ。
  私は1つを選ぶ度に、1つを捨てて来た。
  この命が幾つあっても、全ての罪を償い切れるとは思えない。
  もしかしたら、1つの後悔も無い人生もあったかも知れない。
  あの時の私に、今少しの忍耐力と現実を受け止める精神力があれば……」

 「又、動揺したな。
  それでも未だ立ち続けるか……」

 「私は時々激しい後悔に襲われ、自己嫌悪に陥る事もあるが、それでも絶望はしない。
  こんな私でも、いや、こんな私だからこそ、辿り着けた今がある。
  私は『今』が嫌いな訳ではない。
  私には未だ愛する者があり、やるべき事が残っている。
  止まる訳には行かない」

 「家族愛か……」

ワーロックは迷わない積もりだが、呪詛魔法は消えてくれない。
0727創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/02(月) 20:11:38.09ID:gIldX/Gy
どれだけ心を強く持っても、弱点の無い者は居ないのだ。
どこかに弱さを隠している。
呪詛魔法には、それが判る。

 「強い決意だ。
  だが、これを見ても平然としていられるかな?」

呪詛魔法は不気味な声で、ワーロックに問い掛けた。
何が起こるのかと身構えるワーロックの目の前に、見知らぬ男女2人が現れる。

 「……誰だ?」

寄り添う2人は丸で夫婦の様だ。
ワーロックは女性の方にリベラの面影を見た。

 「もしかして、貴方々は……!」

数極後に彼は理解する。
この2人はリベラの両親なのだ。
瞬間、ワーロックは途轍も無い罪悪感に圧し潰された。
リベラの不幸は父親の死から始まった。
リベラの父親はティナーの地下組織の構成員だった。
ティナーで地下組織同士の大規模な抗争があり、そこでリベラの父親は命を落とした。
抗争に巻き込まれない様に貧民街で身を隠していたリベラの母親は、夫の帰りを待ち続けて死んだ。
そうしてリベラは独りになってしまった。
そんな彼女をワーロックが拾って養子にしたのだが、そもそもリベラの父親が死亡する切っ掛けの、
地下組織同士の抗争が発生した原因はワーロックにもあった。
ワーロックは未だリベラに、その事を話せていない。
何時か話さなければならないと思っていても、中々自分から切り出す事が出来ない。
リベラの両親は何も言わないが、それが逆に自分を責めている様で、ワーロックは堪らず目を伏せる。

 「何とか言って下さい……。
  恨んでいるなら、恨んでいると……」
0728創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/02(月) 20:12:44.54ID:gIldX/Gy
――一方その頃、コバルトゥスは暗黒の中で、血の魔法使い大ブルーティクライトと対面していた。

 「……お前は何者だ?」

 「私は血の魔法使いブルーティクライト」

 「皆をどこにやった!?」

 「それぞれ別々の暗黒空間に閉じ込めてある。
  貴様はルヴィエラに一目置かれている様だな。
  私は貴様を始末しろと、直々に仰せ付かった」

 「何だとっ!?
  フッ、ハハハ!!
  この野郎、手前なんかに殺られるかよ!」

コバルトゥスは大きく口元を歪めて、自信の笑みを見せ付けた。
実は彼は嬉しかったのだ。
暗所恐怖症の彼は、独りで暗闇に放置される事の方が、余っ程恐ろしかった。
それを見て大ブルーティクライトは警戒する。

 (何と豪胆な男だ。
  味方と分断させられ、一対一になったと言うのに、全く怯まないとは!
  ルヴィエラが警戒するだけの事はある!)

コバルトゥスは大ブルーティクライトの恐れを読み取って、益々強気になった。

 「どうした、仕掛けて来ないのか!?」

 (一撃で仕留めるしかあるまい!)

大ブルーティクライトは魔剣ディオンブラを使う決意をする。
0729創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/02(月) 20:14:04.03ID:gIldX/Gy
魔剣ディオンブラは彼の意の儘に、刀身を変形させる。
それを利用して、不意打ちを狙うのだ。
しかし、コバルトゥスは彼の先の先を取った。

 「おっと、動くなよ。
  手元が狂うかも知れないからな」

 「何を――……」

大ブルーティクライトの手の中で、ディオンブラの柄が砕ける。

 「な、何だ、これは!?
  何が起こった、何の魔法だ!?」

彼は大恐慌に陥った。
ディオンブラの柄を砕いたのは、コバルトゥスの魔法剣。
剣の師匠であるゲントレン・スヴェーダー直伝の必殺の剣だ。

 「知らないなら、教えてやる。
  これが『魔法剣』と言う物だ。
  我が師、一千万日流剣術開祖ゲントレン・スヴェーダーより賜りし、乱世を生き抜く必殺の剣。
  そして知れ、俺の名はコバルトゥス・ギーダフィ!
  精霊魔法使いの魔法剣士だ!」

魔法使いにとって『名乗り』とは、自らの正体を明かす事。
それは即ち、自信と誇りの証明である。
大ブルーティクライトは完全にコバルトゥスの強気に圧されて、気持ちで負けていた。
名乗りに対しては名乗りで返すのが、魔法使いとしての礼儀。
命の懸かった場面で、それが出来ると言う事自体が、大いなる自信と自負の為せる業。
大ブルーティクライトはコバルトゥスより年長でありながら、弱気に取り憑かれて保身に感け、
自分の正体を語る事が出来ない。
0730創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/03(火) 18:42:22.60ID:wGuff+Zt
「対等」を意識するならば、大ブルーティクライトは自分の魔法を示さなければならない。
態々相手に対抗意識を燃やして、そんな事をしなくても良いと普通の人間なら思うのだが、
大ブルーティクライトは悪魔の貴族であると言う意識を捨てられなかった。
悪魔貴族は「格」の上下を気にする生き物なのだ。
礼を欠いては格を失う。
無限の命を持つ悪魔にとって、名誉は一生付いて回る物。
侮られて生きる位ならば、死を選ぶ事も珍しくは無い。
命が無限だからこそ、命その物の価値が低いとも言える。
徒存えるだけの命に価値は無いのだ。
大ブルーティクライトは逡巡の末に見栄を張った。
彼は自らの血を吸わせたディオンブラの刀身を、液状に溶かして宙に浮かせる。

 「では、私の技も見せよう。
  血を操る……。
  これが我が魔法」

それを見たコバルトゥスは、小さく頷いた。

 「解った。
  それで?
  お前、どうするんだ?
  俺と戦うのか、それとも逃げるのか?
  3つ数える間に決めろ」

コバルトゥスは既に必殺の覚悟をしている。
大ブルーティクライトの運命は、彼が3つ数える内に決まる。

 「1つ!」
0731創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/03(火) 18:45:03.79ID:wGuff+Zt
しかし、敵前逃亡も悪魔貴族の誇りが許さない。
数に押されての事なら未だしも、一対一で逃げたとあっては、敗北を認めた様な物。
しかも敵陣では無く自陣だ。

 「2つ!」

最早破れ気狂れに仕掛けるより他に無い。
3つを数えられる前に、大ブルーティクライトは身に纏ったディオンブラを短刀状に変えて、
コバルトゥスに向けて発射する。

 「死ねーーっ!!」

 「遅い!!」

コバルトゥスの必殺の魔法剣は、大ブルーティクライトの精神を切断した。
剣を振るう動作も無く、彼の魔法剣は全ての物を断つ。
それは形ある物だけでは無い。
有形無形に拘らず、そこに「在る」物、感じられる物、概念的な物まで、その正体を掴めれば、
確実に切断出来る。
……だが、大ブルーティクライトは死んでいなかった。

 「……何だ?
  何とも無い?
  フッ、ハハハ、虚仮威しか!」

しかし、彼は直ぐに違和感に気付く。
コバルトゥスは小さく笑った。

 「俺は確かに『斬った』ぞ。
  自分の体を見てみろ」

そう指摘されて、大ブルーティクライトは初めて自分の体を見た。
0732創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/03(火) 18:47:33.30ID:wGuff+Zt
何と彼の体は暗闇の床に倒れ伏している。
大ブルーティクライトは幽霊の様に、宙に浮いていた。

 「こっ、これは!?」

 「お前の精神を分断した。
  お前は自分の状態を客観的に観察した事が無いのか?
  少し優れた者なら、お前の中の肉体と精神の歪みに直ぐ気付くだろう。
  その体は、お前自身の物では無い」

 「くっ、この儘では……」

肉体から切り離され、精霊だけの存在となった大ブルーティクライトは、宿る物を探した。
元の体には戻れないとなれば、択るべき道は唯一つ、ディオンブラを頼るしか無い。

 「そうはさせん!」

コバルトゥスは大ブルーティクライトの精霊に対して、再び魔法剣を放つ。
今度は彼自身が持つ短剣を振るう、実体の魔法剣だ。
コバルトゥスの短剣は炎を纏い、ディオンブラが含む血液を蒸発させた。
跡には、実体のディオンブラの小さな刃と血液の燃え滓だけが残り、大ブルーティクライトは、
宿る先を失う。

 「貴様、何と言う事を!!
  わ、私は消えるのか!?
  こんな所で!?」

 「肉を持たない物は、この地上では脆い存在だ。
  お前にも身の丈にあった暮らしがあっただろうに」

 「身の丈だと!?
  栄華を求むるは人の常では無いか!
  誰にも、それを咎める事は出来ぬ!
  私が、私こそがブルーティクライトなのだ!
  私は私の国を持ち、栄華を極める!!」

大ブルーティクライトは吠えながら弱体化して行った。
0733創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/04(水) 18:45:28.02ID:2FtiNiEX
コバルトゥスは彼を嘲笑する。

 「思想が古いんだよ。
  何が人の常だ」

もう大ブルーティクライトは反応しない。
精霊が弱って、完全に消滅したのだ。
肉を持たない者は、斯くも脆い。
残ったのは、コバルトゥスと大ブルーティクライトの肉体だけ。

 (先輩の話では、こいつは2つの人格を持っていた筈。
  本体の方はゲヴェールトと言ったか?
  飛んだ災難だったな。
  子孫に迷惑を掛けるとは、祖先の風上にも置けない奴)

しかし、大ブルーティクライトを倒したと言うのに、何の反応も無い。
暗闇は暗闇の儘で、一向に晴れる気配が無いのだ。

 (この暗闇は恐らくルヴィエラの仕業……。
  明かりの魔法で何とかなるか?
  否、それよりも目の前の奴をどうにかするのが先か?)

取り敢えず、コバルトゥスは弱い明かりを灯して、気絶しているゲヴェールトに近付いた。
そして彼の体を揺すって起こそうとする。

 「おい、目を覚ませ!」

こんな時に共通魔法なら、相手の正気を取り戻させるだけの、簡単な魔法があるのだろうと、
コバルトゥスは残念に思った。
精霊魔法使いの彼は共通魔法を使う気は無いが、少し位なら共通魔法を学んでも良いかなと、
彼は思い始めていた。

 (こいつが起きるまで待っているしか無いか……。
  男が男の看護なんて、気色悪いぜ)

内心で愚痴を零しながら、彼は時を待つ。
0734創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/04(水) 18:46:37.46ID:2FtiNiEX
更に他方、ビシャラバンガとニャンダコーレは、黒鎧の騎士と漆黒の獣と対峙していた。
お互いに1人と1匹同士、正面から睨み合う。

 「気を付けろ、ニャンダコーレ……。
  こいつ等は真面な生き物では無い」

 「ニャー、コレ、その程度の事は解っている、コレ」

 「どうだ、ニャンダコーレ……。
  一対一に持ち込めるか?」

 「ニャッ、買い被るな!
  正体不明の物と正面から戦うのは、コレ、危険である!」

 「……仕方無い。
  ニャンダコーレ、己の背に乗っていろ。
  爪を立てるなよ」

 「ニャ、コレ、分かった」

ニャンダコーレはビシャラバンガの巨体に飛び乗ると、彼の肩に両前足を掛けた。
黒鎧の騎士と漆黒の獣は、ビシャラバンガを挟み撃ちする様に、緩りと彼の両側に回り込む。
ビシャラバンガは不機嫌な顔で、黒鎧の騎士に尋ねた。

 「己はビシャラバンガだ。
  貴様、名前位、名乗ってみろ」

黒鎧の騎士は数極遅れて反応する。

 「私は……。
  私は『黒騎士<ブラック・ナイト>』、ルヴィエラ様の忠実な『下僕<サーヴァント>』」

 「コレ、『騎士<ナイト>』なのか『従僕<サーヴァント>』なのか……」

ニャンダコーレは呆れた。
0735創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/04(水) 18:49:30.67ID:2FtiNiEX
旧暦では騎士と従僕は全く身分が違う。
騎士に対して王の従僕呼ばわりすれば、怒りを買う事は間違い無い。
従僕は謂わば「召し使い」、「使用人」であり、一方で騎士は戦いを本分とする。
武士を下人呼ばわりする様な物だ。
主従の関係はあっても、騎士は主の敵を討つ剣であり、主を守る盾である。
従僕では、それにはなれない。
仮令、王であっても、騎士を使用人扱いする事は、侮辱になる。
騎士に騎士以外の仕事を命じる事は、延いては全ての騎士身分の者を貶める事になるので、
造反の元になる。
詰まり、黒騎士は旧暦の制度を熟知した、正式な騎士身分の者では無い。
ニャンダコーレの指摘に対して、黒騎士は堂々と答える。

 「私はルヴィエラ様の為なら、如何なる事でも出来る。
  私は騎士等と言う身分に止まらない。
  この身も心もルヴィエラ様に捧げたのだ。
  私の忠誠は全てルヴィエラ様の為にある」

それを聞いたニャンダコーレは不気味に思った。

 「ビシャラバンガ殿、コレは奇妙だ。
  奴は、コレ、悪魔らしく無い。
  ルヴィエラが生み出した従僕なのだろうが、コレ……。
  それにしても、異質な気配を感じるのだ」

 「構わん。
  どちらにしろ、打ち砕くのみ」

強気に言い切ったビシャラバンガに対して、黒騎士は静かに漆黒の大剣を構えた。

 「いざ、参る。
  全てはルヴィエラ様の為」
0736創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/05(木) 18:53:44.07ID:4OrVlmLK
 「ニャ、ビシャラバンガ殿、背後だ、コレ!!」

 「判っている!!」

先に仕掛けたのは、漆黒の獣の方だった。
ビシャラバンガは振り返りながら、獣の顔面に遠心力を利用した正拳を叩き込む。
その破壊力は獣の顔面を消し飛ばした。
獣の胴体は、その場に倒れる。
余りの威力に黒騎士は恐れを感じて動けない。
ビシャラバンガは黒騎士に向き直り、余裕の笑みを浮かべる。

 「どうした、掛かって来ないのか?」

しかし、漆黒の獣は息絶えていなかった。
ニャンダコーレが彼に警告する。

 「コレ、ビシャラバンガ殿、未だ生きている!」

ビシャラバンガは舌打ちして、起き上がろうとする漆黒の獣の胴体を蹴飛ばした。
暗闇の彼方に飛ばされた漆黒の獣は、その先で失った頭部を徐々に再生する。

 「どうやら奴は、コレ、真面な方法では倒せない様だぞ」

 「面倒な連中だ」

基本的にビシャラバンガの戦いは力押しだ。
腕力の通じない相手は苦手だった。
彼は黒騎士を睨んで言う。

 「黒騎士とやら、貴様も生身では無いのだろうな」

 「その通りだ。
  文字通り、死ぬまで戦って貰う」
0737創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/05(木) 18:55:22.47ID:4OrVlmLK
黒騎士の冷酷な宣告にも、ビシャラバンガは怯まない。

 「望む所だ」

彼は気合を入れて、暗闇の床を力一杯踏み付ける。

 「破ッ!!」

衝撃が地を揺らす。

 「詰まり、ここでなら思う存分に暴れられる訳だ。
  ニャンダコーレ、振り落とされるなよ」

そう言った次の瞬間、ビシャラバンガは黒騎士の眼前に迫っていた。
彼の太い右腕が、黒騎士の胸を突く。

 「勢ッ!!」

黒騎士は受ける事も出来ずに、暗闇の彼方に弾き飛ばされた。
そこへ更にビシャラバンガは追撃を仕掛ける。
暗黒の床を転がる彼の背後に回り込み、今度は上空に高く蹴り上げる。

 「打ッ!!」

未だ攻撃は終わらない。
宙に浮いた黒騎士を、彼は跳躍で追い掛けて、空中で捕まえた。

 「止めだっ!!
  砕けろーーーー!!」

その儘、黒騎士の両腕と胴を抱えて封じ、頭から垂直落下する。
0738創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/05(木) 18:55:43.70ID:4OrVlmLK
ビシャラバンガの巨体と黒騎士の甲冑で、両者の体重は相当な物。
頭から落ちて無事では済まない。
しかし、体勢を支配していたのはビシャラバンガだ。
彼は黒騎士が先に頭から落下する様に仕向ける。
生身であれば、確実に首が折れる。
否、それ所か頭蓋骨が砕けるだろう。
着地の寸前、ビシャラバンガは黒騎士の全身を身代わりにして、落下の衝撃から逃れた。

 「ハハハハハ、立て!
  未だ死んでいないんだろう!?」

彼は暴力の化身だ。
思う存分、暴れられる場所と、叩き伸めせる相手が居て、喜んでいる。
ビシャラバンガの言葉通り、黒騎士は殆ど無傷で立ち上がる。

 「不死身以外は取り柄が無いと見える!
  それでは一方的に殴られるだけの木偶人形だぞ!」

 「……我が忠誠心は絶対。
  ルヴィエラ様をお守りする……」

 「何が忠誠心だ!
  貴様は只の木偶と何が違う!」

 「木偶でも構わぬ。
  不死身と不屈を以ってすれば、倒せぬ敵は無い。
  永遠にルヴィエラ様をお守りする……。
  それが我が使命……」

ビシャラバンガは黒騎士の一途さに不気味な物を感じていた。
黒騎士は只の木偶人形では無い。
彼には感情の様な物がある。
0739創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/06(金) 19:25:04.08ID:X6On0u4a
ニャンダコーレは訝って、黒騎士に問い掛けた。

 「悪魔の作り出した道具が、コレ、騎士の真似事か?」

 「……何とでも言え」

 「コレ、貴方には自我がある様に見える。
  盲目的な忠誠心は、コレ、悪魔には珍しく無いのだが……。
  貴方の態度は、コレ、それとは違うな?」

 「私はルヴィエラ様の忠実な下僕。
  それ以上でも、それ以下でも無い」

黒騎士は大剣を構えて、緩りとした歩みでビシャラバンガに迫る。
ニャンダコーレはビシャラバンガに警告した。

 「コレ、幾ら相手をしても限が無いぞ、コレ」

 「何か妙案でもあるのか?」

ビシャラバンガの問い掛けに、ニャンダコーレは少し考える。

 「ルヴィエラの配下は明かりに弱いと言うが、コレ……」

 「済まんな。
  己には己を強くする事しか出来ぬ」

 「ニャ、それは仕方が無い事。
  斯く言う私も、原始的な魔法を幾つか使えるだけで、コレ、明かりを灯す等と言う芸当は、
  コレ、出来ないのだから」

ビシャラバンガとニャンダコーレは冷や汗を掻いた。
手詰まり感が強い。
0740創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/06(金) 19:26:20.29ID:X6On0u4a
それでもビシャラバンガには未だ試していない事がある。
最後の巨人魔法、『翼ある者<プテラトマ>』だ。
魔力の翼で相手の魔力を吸収すると同時に、自分の魔力として放出する魔法。
「溜める」と「放つ」が基本の巨人魔法の究極。
それによって黒騎士の魔力を枯渇させられるのでは無いかと、ビシャラバンガは考えていた。

 「……ニャンダコーレ、奥の手を使う」

 「コレ、奥の手とは?」

 「翼だ、翼を使う。
  翼が見えたら、俺から離れろ。
  2体同時に仕留める」

ビシャラバンガは背後を一瞥した。
復活した漆黒の獣が、接近している。

 「……ビシャラバンガ、コレ、無理はするな」

 「多少は無理をしないと勝てない相手だろう。
  肉を切らせて骨を断つ。
  とにかく、他に妙案が無いなら大人しく見ていろ」

ビシャラバンガは全身の力を抜いて、棒立ちになった。
これにニャンダコーレは慌てる。

 「コ、コレ、どう言う積もりなのだ!?
  ビシャラバンガ!」

 「喧しいぞ、狼狽えるな。
  心静かに待つのだ」

ビシャラバンガは魔力を纏ってもいない。
0741創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/06(金) 19:27:02.07ID:X6On0u4a
黒騎士と漆黒の獣は、無防備なビシャラバンガを見て、一気に距離を詰め、襲い掛かった。

 「ギャニャーーーーッ!!
  ビシャラバンガーー!!」

ニャンダコーレはビシャラバンガの背に爪を立てたが、彼は微動だにしない。
その儘、黒騎士の剣を左の肩口に受け、右の首には漆黒の獣の牙が立つ。

 「コレ、離れろっ!!」

ニャンダコーレはビシャラバンガの首に食い付いた漆黒の獣の目を、自らの鋭い爪で引っ掻いたが、
少しも怯ませられなかった。

 「くっ、やはり打撃は通じないのか、コレ……!」

 「狼狽えるなと言っているだろう、ニャンダコーレ」

ビシャラバンガの声は変わらず落ち着いている。
見れば、黒騎士の剣は振り抜かれる事無く、肩口で止まっている。
漆黒の獣の牙も同じだ。
深く突き立っているが、食い破る様な事は無い。
出血も心做しか少ない。
ビシャラバンガは大きな両の手の平で、確りと黒騎士と漆黒の獣の頭を掴んだ。

 「行くぞ!!
  見ろ、これが己の技だ!」

ビシャラバンガの背中から、魔力の翼が生える。

 「コ、コレが翼!!」

ニャンダコーレは目を見張り、直ぐに彼の背中から飛び降りて、数身の距離を取った。
0742創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/07(土) 18:24:05.41ID:WigGMsOU
ビシャラバンガの背中に生えた翼は、金色に輝く。
その翼開長は6身程。
ビシャラバンガの巨体に見合う巨大さだ。
魔力の翼は明滅して、黒騎士と漆黒の獣を構成する魔力を分解しに掛かる。
分解された魔力は翼に吸収され、∞を描いて循環する。
先ず、漆黒の獣が徐々に体を削られて霧散した。
黒騎士も鎧の表面を徐々に削り取られて行く。
鎧の中から現れたのは、見知らぬ青年だった。

 (人間……なのか?)

ビシャラバンガは少し驚いたが、翼の展開を止めたりはしない。
依然として魔力の翼は黒騎士を蝕み続ける。
真面な肉体を持つ人間ならば、誤って魔力の翼で殺してしまう事は無い。
魔力の翼が分解するのは、飽くまで魔力だけ。
故に、魔法資質が低い者には効果が薄い。
しかし、ビシャラバンガも疑問を感じなかった訳では無い。
この黒騎士は不死身ではあるが、それ以外の特殊な能力を全く見せていなかった。
即ち、魔法使いでは無い可能性がある。

 (とにかく、やってみれば判る事だ)

ビシャラバンガは翼を畳まず、魔力を循環させ続けた。
黒騎士を構成する魔力は分解されて、ビシャラバンガの翼に吸収され、∞を描いて循環する。
漆黒の鎧を失った青年は、徐々に体をも削られて行った。

 (やはり魔力で構成された存在だったか……。
  この儘、止めを刺す!)

もう黒騎士は人の形を留めていない。
魔力を削られて消滅する運命だ。
0743創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/07(土) 18:25:55.96ID:WigGMsOU
しかし、魔力の翼は一瞬にして消滅した。
弱々しい精霊だけの存在となっていた黒騎士は、ビシャラバンガから離れて再び実体化し、
鎧を身に纏う。

 「ルヴィエラか!」

ビシャラバンガは周囲を見回して、ルヴィエラの姿を探した。
だが、どこにも彼女は居ない。
目に映るのは、どこまでも続く暗闇のみ。
だが、確かにビシャラバンガはルヴィエラの気配を感じている。
どこからとも無く、ルヴィエラの声が響く……。

 「私の可愛い下僕を虐めてくれるな」

 「姿を現せ!」

ビシャラバンガは虚空に向かって吠えるが、ルヴィエラは嘲笑するだけ。

 「ホホホホホ、お前の目の前に居るでは無いか?
  ああ、私の様な巨大な存在と対峙した経験が無いのだな。
  所詮は可弱い虫螻(むしけら)よ」

そう言われて、初めてビシャラバンガは感付いた。
夢の中で彼女と戦った時の事を思い出したのだ。

 「……もしや、この空間その物が……!?」

 「ホホホ、御明察。
  賢い子は好きだよ」

この暗黒の空間全体がルヴィエラ。
彼女は闇の化身であり、闇その物。
0744創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/07(土) 18:26:39.70ID:WigGMsOU
ルヴィエラに救われた黒騎士は、跪いて謝罪する。

 「ルヴィエラ様、お力になれず申し訳ありません……。
  唯、己が無力を恥じ入るばかり」

 「良い、良い。
  それ以上は言うな。
  無力が悪いのでは無い」

妙に優しい語り口で、彼女は黒騎士を容赦した。
自らが生み出した配下に対する態度では無いと、傍で見ていたニャンダコーレは感じる。
基本的に悪魔と言う物は、自らの配下を労いはしない。
優しく慰める事も無ければ、逆に無能を論って怒る事も無い。
それは自分が生み出した存在だからなのだ。
その扱いは我が子では無く、道具と同じ。
そもそも心を持たせる事が無い。
只管に忠誠を尽くして、命令通りに動くだけの物を求める。
自分自身で、そうなる様に設定して生み出したのだから、そこに過剰に愛情を注ぐ事自体が奇怪しい。
この配下は『特別』なのだろうと、ニャンダコーレは思った。

 「さて、小鼠共……。
  どうしてくれようかな?」

ルヴィエラは打って変わって、意地の悪い声でビシャラバンガとニャンダコーレを脅した。

 「我が城に無断で乗り込んだ狼藉者共。
  どの様に処罰しようと、私の勝手だろう?」

これにニャンダコーレは異を唱える。

 「コレ、私達は堂々と正面から乗り込んだでは無いか!
  挨拶をする間も無く、この様な暗闇に閉じ込められたのだぞ、コレ!!」
0745創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/08(日) 19:07:01.51ID:t1y6Op9f
ビシャラバンガは彼の抗議を、何を馬鹿な事を言っているのだと呆れた心持ちで見ていた。
しかし、ルヴィエラには通じる。

 「フーム、それは悪かった。
  では、今からでも名乗るが良い」

ここでニャンダコーレは慌てず咳払いを一つ。
そして何時もの名乗りを始める。

 「吾輩はニャダコーレ!
  妖獣の祖先ニャンダカニャンダカの仇敵、ニャンダコラスの子孫である!」

ルヴィエラは呆気に取られた。

 「……何だ、それは?」

 「コレ、知らないのか?」

彼女は妖獣神話を知らなかった。
そもそも妖獣が魔法大戦以後の存在である。
旧暦の生まれで、しかも魔法暦の事を余り知らないルヴィエラは、妖獣とは余り縁が無かった。

 「小さな事を一々憶える程、私は暇では無いからな」

退屈の権化の様な存在の分際で、ルヴィエラは偉そうに言い切る。
実際、彼女程の強大な存在であれば、妖獣の存在は些事だ。
特別な事が無ければ、興味を持って調べようとはしないだろう。
詰まり、ルヴィエラが何を言いたいのかと言うと、世間知らずや無知では無く、彼女にとって、
妖獣だの何だのは知る必要の無い、価値の無い物だと言いたいのだ。
0746創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/08(日) 19:07:57.84ID:t1y6Op9f
その事実はニャンダコーレも認めざるを得ない。
余りに強大なルヴィエラにとっては、地上のあらゆる柵(しがらみ)が無意味で無価値。
妖獣だの、その仇敵だのと自己紹介した所で、それがルヴィエラの興味を引く訳も無い。
彼女は冷淡にニャンダコーレに問う。

 「それで妖獣の仇敵の子孫とやらが、私の城に何の用なのか?」

 「貴方の存在は、コレ、地上には大き過ぎるのだ」

 「そうだろうな」

 「それは、コレ、生け簀に鯨を放つが如くなのだ、コレ」

 「ウム、ウム。
  解る。
  実に、実に」

ニャンダコーレの説明に、その通りだと何度も頷くルヴィエラ。
そしてニャンダコーレは結論を述べる。

 「貴方に、コレ、この世界は狭かろう。
  コレ、どうか静かに御退出願いたい」

 「フフフ、嫌だと言ったら?」

 「戦う事になる、コレ」

 「アハハ、面白い。
  生け簀の稚魚が鯨に敵うのか?
  丸で養殖の雑魚が?」

ルヴィエラは高らかに笑って、この世界に生きる物達を見下した。
0747創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/08(日) 19:08:33.59ID:t1y6Op9f
彼女は悪魔の本性を露に、暴論を語る。

 「ニャンダコーレとやら、そなたは猫の様だな」

 「コレ、猫では無い。
  ニャンダコラスの子孫だ。
  その違いは、コレ、猫と虎よりも大きい」

 「どうでも良いよ。
  それより、そなたも鼠を甚振る面白さを知っておるな?」

 「斯様な遊びをしたがるのは、コレ、幼稚な物のみ。
  コレ、年頃になれば、憐れみを覚える物だ、コレ」

 「成る程、幼稚と言うのか……」

客観的に見て、ニャンダコーレの言葉は失言だ。
自らより強大な存在に対して、幼稚だと挑発したも同然。
ルヴィエラの怒りを買うのでは無いかと、傍で聞いていたビシャラバンガは予想して、身構えた。
しかし、逆にルヴィエラは楽しそうに笑う。

 「抑、私は自制等と言う物とは無縁だったからな。
  誕生以来、私の意に沿わぬ物は無かったよ」

 「コレ、何一つか?」

 「そう、何一つだ」

ルヴィエラは堂々と嘘を吐いた。
基本的に悪魔は嘘を吐く事を嫌うが、それは格が傷付くのを恐れての事。
旧暦に生きたルヴィエラは、戯れに吐く嘘を悪い事だとは思わない。
契約や誓約に関係しない嘘を、彼女は厭わない。
0748創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/09(月) 18:53:52.54ID:rsV9mZrl
ルヴィエラは高らかに謳う。

 「この世界も例外では無い。
  未だ健気な抵抗を続けているが、果たして、果たして」

ビシャラバンガとニャンダコーレは共に警戒する。
ここで戦いになる事を覚悟したのだ。
しかし、ルヴィエラは小さく笑う。

 「ホホ、可愛い奴等よ。
  丸で人を恐れる子猫の様だ。
  その爪も牙も、私を傷付ける事は出来ぬと言うのに……。
  お前達如きに本気になる程、私も大人気無くは無い。
  闇の牢獄で永遠の時を過ごすが良い」

そう宣告すると、彼女は黒騎士を伴って姿を消した。
ビシャラバンガとニャンダコーレは唯々立ち尽くす。

 「見逃されたのか……?」

ビシャラバンガが問うと、ニャンダコーレは慎重に頷いた。

 「コレ、その様で……あるな」

一度は安堵する両者だが、次なる問題は、ここからの脱出方法である。

 「しかし、閉じ込められてしまった様だが、コレ――」

 「取り敢えず、歩く」

ビシャラバンガの回答は単純だった。
動かなければ何も始まらないと言う信念の下、彼は暗闇に向かって歩き始める。
どこへと言う事も無く、唯真っ直ぐに。
0749創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/09(月) 18:54:46.68ID:rsV9mZrl
ニャンダコーレは他に妙案も無いので、彼に付いて歩いた。
何も無い暗黒の空間では時間の感覚が狂う。
景色も何も変わらない中、もう何角も歩いている積もりになって、ニャンダコーレは不安を口にした。

 「どこまで続いているのであろうな、コレ……」

 「無限に続いているのかも知れん」

 「コレ、怖い事を言ってくれるな」

両者共、何と無く感じていた。
ここからの脱出は不可能なのでは無いかと。
1人と1匹を徐々に冷気が蝕む。

 「……寒くなって来たな、コレ」

 「ああ、涼しくなっている」

両者共、後ろ向きな考えは口にしなかったが、それと無く感じていた。
この儘では、冷気で体が動かなくなる。
何も無い中、飲まず食わずで長時間耐えなければならない。
誰かがルヴィエラを倒すまで……。
一向に暗闇から抜け出せる気配が無く、ビシャラバンガは足を止めた。

 「止めだ。
  無駄に体力を消耗する結果にしかならん」

 「ニャー……、どうする、コレ?」

 「どう仕様も無い。
  お手上げだ」

 「コレ、諦めるのか?」

 「何か案があるなら聞くが……」

ビシャラバンガはニャンダコーレを見て言ったが、ニャンダコーレにも案は無い。
0750創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/09(月) 18:57:02.76ID:rsV9mZrl
1人と1匹は、その場に留まって座り込んだ。
ビシャラバンガはニャンダコーレを抱いて、自らの肩に何重にも毛布を巻く。

 「これで暫く耐えるしか無い。
  幸い、最低限の食糧は持っている。
  数日は持つ」

 「それでは、コレ、私は眠っている」

 「ああ、己も休眠状態に入る。
  何か問題があったら起こせ」

 「ニャー……」

ニャンダコーレは返事とも欠伸とも付かない声を上げて、静かに寝入った。
ビシャラバンガは体を休めながらも、目と耳を澄まして、警戒は怠らない。

 (師との修行の日々を思い出すな……)

少し懐かしさを感じつつ、彼は時の経過を待つ。
彼の頭の中で、師の言葉が蘇る。

――ビシャラバンガよ、独りでは、どうにもならない時がある。
――そう言う時は、素直に助けを待つのも、1つの手だ。
――今は、こうして私が助けに来られるが……。
――将来、お前が独り立ちする時……。
――頼れる『誰か』、信頼に値する者を見付けるのだぞ。

 (当時の己は、愚かにも『独立』に他者の助けは要らぬと思っていたが……。
  成る程、師よ、貴方は何時も正しい。
  そして……。
  今の私にも、そう言う者が居ます)

――ビシャラバンガよ、人は独りでは生きられぬ。
――お前の周りに居る全ての者、お前を取り巻く全ての物事に、感謝して生きるのだ。
――他者の存在は勿論、天地がある事、水がある事、空気がある事。
――全ては当然の事だが、故に忘れてはならん。

 (はい、師匠)
0751創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/10(火) 19:32:09.51ID:/QF83x3d
更に他方、リベラとラントロック、そしてササンカの3人は、又別の暗黒空間に囚われていた。

 「皆、どうしてるんだろう……?
  お養父さん……」

不安気な声を出すリベラを、ラントロックが励ます。

 「大丈夫だよ、義姉さん。
  皆、何だ彼んだで生きてるさ。
  それより俺達の事だ」

ササンカは音石に助言を求めた。

 「音石殿、何か手はありませんか?」

 「手と言われても……。
  僕は音を出すしか能の無い石だから……。
  ――否、これは……」

 「どうされました、音石殿?」

音石は本体であるレノック・ダッバーディーの気配を感じ取っている。

 「レノックが居る……。
  どこか近くに……」

 「本当ですか!?
  どこに、どこに!?」

ササンカは俄かに色めき、声を高くした。
しかし、辺りは暗闇ばかり。
他には何も見えないし、魔法資質でも何も感じ取れない。
0752創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/10(火) 19:32:43.03ID:/QF83x3d
音石は明滅して音を鳴らし、レノックに合図を送った。
そのリズムは心臓の鼓動。
ドン、ドン、ドンと太鼓を打つ様に、暗黒の空間に鳴り響く。
リベラもラントロックも驚いてササンカを見た。

 「どうしたんですか、ササンカさん?」

リベラの問にササンカは人差し指を唇に当てて答える。

 「レノック殿が近くに居る様なのです」

 「本当に!?」

リベラは声を潜めて目を丸くする。
レノック・ダッバーディーは強い力を持つ魔法使いだ。
ブリンガー地方でルヴィエラに囚われてしまったが、ここで会えるなら力強い味方となる。

 「どこですか?」

 「今、音石殿が……」

3人は静かに音石を見守った。
その最中に、ラントロックは暗闇が蠢いたのを見る。

 「義姉さん!」

 「えっ、何、ラント」

リベラもササンカも何も見ていない様子。
0753創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/10(火) 19:33:02.73ID:/QF83x3d
ラントロックは周囲を見回しながら、暗闇の中に潜む物を警戒した。

 「何か居る……」

リベラもササンカも彼に倣って周囲を見回す。

 「一体何が……」

 「上だっ!!」

ササンカの警告にリベラとラントロックは共に上を向いた。
同時に上方から黒い何かが降って来る。

 「うわっ!」

 「嫌っ!」

3人は、その場から移動して、落ちて来る何かを避ける。
正体不明の何かは集まって、人型になって行った。

 「何だ、こいつ!?」

ラントロックの動揺した発言に、黒い人型の物は名乗る。

 「我が名は『黒い悪魔<ブラック・デビル>』。
  主命により、汝等を討つ」

 「名乗った!?」

態々正体を明かした事にササンカが静かに驚くと、黒い悪魔は堂々と言う。

 「名乗りとは即ち、文化の証。
  獣が獲物を狩るが如きとは異なる。
  主に恥じぬ振る舞いを努めるは、従僕の第一に心得る所」
0754創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/11(水) 19:00:47.56ID:vV7K5BUN
3人は身構えて、黒い悪魔と対峙する。
リベラはラントロックに視線を送った。
以心伝心、それだけでラントロックは彼女が何をするのか理解する。
ルヴィエラの眷属は皆、闇から生まれた存在。
押し並べて明かりに弱い。
リベラは強い光を放つ共通魔法で、黒い悪魔を攻撃しようとしているのだ。

 「A17!!」

彼女は精霊石を掲げて、発光魔法を発動させた。
精霊石から強力な光線が発射され、黒い悪魔を貫く。
黒い悪魔は上半身を吹き飛ばされた。

 「やった!!」

ラントロックは拳を握って喜んだが、直後に黒い悪魔の笑い声が暗闇に木霊する。

 「狙いは悪くなかった。
  発想も。
  しかし、悪魔を相手に戦った経験が無いのだな」

黒い悪魔は液体の様に溶け落ちて、暗黒の床に染み込む様に姿を消した。
どこから現れるのかと、3人は周囲を警戒する。
逸早く黒い悪魔の再出現に気付いたラントロックが、リベラに警告する。

 「義姉さん、後ろだ!!」

黒い悪魔は液体となって、リベラを包み込む様に襲い掛かる。

 「この野郎っ!!
  義姉さんに手を出すな!!」

ラントロックは熱り立って、リベラの魔法を真似た発光魔法を使う。
0755創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/11(水) 19:01:32.38ID:vV7K5BUN
光の洪水が黒い悪魔を押し流した。
一方でリベラは無傷。
真面な肉体を持つ者にとっては、眩しい光でしか無いのだ。
だが、止めは刺せていない。
黒い悪魔は体の一部を吹き飛ばされても、残りの無事な部分を床に潜らせる。
その瞬間を見ていたササンカは、リベラとラントロックに警告する。

 「未だ倒せていない!」

3人は再び姿を消した黒い悪魔を探して、暗闇を凝視する。
一方で、黒い悪魔の方も共通魔法を警戒していた。
明かりの魔法が使えるのが1人だけなら未だしも、2人居るのが問題だ。
両方を警戒しなくてはならない。

 (ここは熟り戦おうか……)

黒い悪魔は暗闇に潜んで時の経過を待った。
疲労の概念を持たない悪魔は、神経を削る長期戦こそ得意の舞台。
そこに加勢が現れる。

 「苦労している様だな、黒い悪魔よ」

暗黒の中で逆さ吊りになって上から下りて来るのは、寓の魔法使いバルマムス。

 「手を貸してやろう」

それに対して黒い悪魔は不快感を露にする。

 「この程度の者共、貴様の手を借りるまでも無い。
  加勢なら、他所へ行け」
0756創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/11(水) 19:02:31.47ID:vV7K5BUN
冷たく突き放されてもバルマムスは狼狽えない。

 「他は大勢が決してしまったのでな。
  唯一、均衡状態なのが、こちらだ」

そう口では言っているが、実際は強敵を避けただけの事。
蝙蝠らしく日和見だ。

 「とにかく貴様の手は借りぬ」

 「そう言いつつも、決め手が無いのだろう?
  手早く片付けて、他の連中も仕留めに行く方が、主の為だと思うがな?」

バルマムスに説得されて、黒い悪魔は渋々認めた。

 「勝手にしろ。
  私の邪魔をしなければ何でも良い」

 「では、その通りに……」

黒い悪魔に了承されずとも、バルマムスは機会を見て助力する積もりだった。
旧い魔法使いらしく、他人に恩を売ったり着せたりするのが好きなのだ。
バルマムスは自らの魔法を使うと同時に名乗る。

 「私は寓の魔法使いバルマムス。
  私の魔法は認識を狂わせる。
  ……この様に」

リベラ、ラントロック、ササンカの3人は、視界が逆さになって、天地が引っ繰り返った幻覚を見る。

 「う、うわっ、どうなってるんだ!?」

3人の視界は徐々に暈やけて、何も真面に見えなくなって行った。
狼狽える3人を見て、バルマムスは得意気に笑う。

 「ハハハ、私の魔法は恐ろしかろう」
0757創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/12(木) 18:37:48.70ID:/WaEHosa
バルマムスの声までが、判別出来なくなって行く。
言葉の内容から、誰が話しているか、辛うじて理解出来る程度。
当然、魔法資質も狂わされている。
3人は、どうにかして寓の魔法から抜け出せないかと思案した。
その中で、リベラが思い付く。

 「ラント!!
  明かりを使う!」

彼女は大声で宣言すると、精霊石から強い光を放った。
「ラント」と呼ばれた事で、ラントロックは声の主がリベラだと理解する。
どんなに視界が暈やけていても、強い光源だけは判る。
そこから様々な情報が読み取れる。
先ず、光源の位置にはリベラが居る。
強い光は物体に当たると影を生み出し、全員の位置関係が判明する。

 「義姉さん!」

どうにか、この機会を活かそうとラントロックが知恵を絞る中で、最初に動いたのはササンカだった。

 「そこかっ!!」

ササンカはリベラとラントロックの声を聞いて、もう1人がバルマムスであると瞬時に見抜き、
棒手裏剣を投げ付けた。

 「ギャァッ!!」

先端の尖った重金属の棒が、バルマムスの背中に刺さった。
ササンカは容赦無く、手裏剣を投げて追撃を仕掛ける。

 「逃さんっ!!」
0758創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/12(木) 18:38:41.98ID:/WaEHosa
丸で的当ての様に、手裏剣はバルマムスに命中し続ける。
そうしている内に、寓の魔法が解けて、視覚と聴覚が元に戻る。
引っ繰り返っていた天地も元通りだ。
形勢逆転かとリベラとラントロックが安堵していた所で、沈黙していた黒い悪魔が再び動き出す。

 「――しまった!」

狙われたのはラントロック。
黒い悪魔は彼の影に潜んで、リベラの明かりの魔法から逃れていた。
黒い悪魔はラントロックの背後に取り憑き、彼を締め上げる。

 「大口を叩いた割には情け無い有り様だな、バルマムスよ。
  だが、隙を作ってくれた事には礼を言おう」

 「ラント!!」

リベラはラントロックに精霊石の明かりを向けるが、黒い悪魔は彼の背後に隠れて防ぐ。

 「無駄だ。
  こいつを殺したら、次は貴様だ」

 「そう簡単に殺されるかっ!!」

ラントロックはリベラの魔法を体に受けて、光を蓄えた。
彼は他人が使う魔法の魔力の流れを真似て、自分の技に応用出来る。

 「輝け、俺の体!!
  ブリリアント・ボディー!」

ラントロックは自らの体を発光させて、背後の黒い悪魔を攻撃した。
ルヴィエラよりも弱い黒い悪魔は、明かりに照らされると体を維持出来なくなる。
0759創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/12(木) 18:39:15.45ID:/WaEHosa
 「ムムッ、これは堪らん!」

ラントロックから離れて、闇に溶け込もうとする黒い悪魔に、ササンカが追撃を仕掛ける。

 「火炎陣!!」

彼女は火薬の詰まった小さな丸薬を、5つ同時に黒い悪魔に向けて投げ付けた。
それは爆発して花火の様に小さな火柱を上げる。

 「爆封縛!」

ササンカは魔力で火柱を纏め上げ、その中に黒い悪魔を封じ込めた。

 「な、何っ!?
  貴様っ……」

 「火を操る位は、私にも出来る!」

黒い悪魔は完全にササンカを見落としていた。
確かに、彼女自身は魔法で明かりを灯したり、強い光を放ったりする事は出来ない。
だが、現象として光を起こす事は出来ずとも、既に現象となった光を操る事は出来る。
魔法に頼らず発火させる方法も、彼女は心得ている。
ある意味では、魔法使いにとって最も厄介な存在だ。

 「オオオッ、斯様な所で潰えてなる物かっ!!」

球体となって身を守ろうとする黒い悪魔だが、リベラとラントロックも追撃する。

 「ラント!」

 「解ってるよ!」

2人は共に魔法の光線を黒い悪魔に向けて放った。
0760創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/13(金) 19:26:04.84ID:mbeL/CQA
2つの光線が交差して、球体となった黒い悪魔を貫き、完全に消滅させる。
これを見たバルマムスは直ぐに撤退した。
3人は安堵の息を吐くも、未だ警戒は怠らない。
ササンカが言う。

 「……もう気配は無い。
  バルマムスとやらは逃げた様だ」

そこでラントロックは閃いた。

 「逃げたって事は、出られるって事だな!?」

それを受けてササンカは冷静に頷く。

 「その通りだ。
  しかし、今は……」

彼女は一度音石を見る。

 「音石殿、レノック殿は何処(いずこ)に?」

 「こっち……だと思う」

音石は該当する方角の一部を発光させて、レノックが居そうな場所を知らせた。
ササンカは音石の案内に従い、その方角へ向かう。
リベラとラントロックも彼女の後に付いて行った。
しかし、行けども行けども、辺りは暗闇ばかり。
リベラは不満気な顔をするラントロックを見て、この儘では不信と不和が広がり兼ねないと案じ、
音石に尋ねた。

 「音石さん……本当に、こっちで合ってるんですか?」
0761創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/13(金) 19:26:49.79ID:mbeL/CQA
音石は力強く答える。

 「段々気配が強くなっているのを感じる。
  レノックに近付いているよ。
  君達にも彼の存在を感じられると思う」

 「……でも、魔法資質には……。
  私、そんなに魔法資質が高くないですけど」

リベラは魔法資質でレノックの存在を感じ取ろうとしたが、上手く行かなかった。
彼女はラントロックを顧みる。

 「ラントは?
  何か感じる?」

 「いや、全然」

ラントロックの魔法資質にも何も掛からない。
彼の魔法資質はリベラより高いので、彼に判らなければ、リベラも判らない。
音石は小さく笑った。

 「君達は悉(すっか)り魔法使いに染まってしまっているなぁ……。
  魔法資質じゃないよ。
  僕が聞いてるのは、『音』さ」

 「音?」

 「暗闇では何も見えない。
  でも、音だけは聞こえる。
  僕はレノックの鼓動を感じているよ」

リベラもラントロックも、そう言われて耳を澄ます。
確かに、2人も緩やかで大きな脈動を感じる。
それから数極の間を置いて、音石はササンカに告げた。

 「驚かないでくれ」
0762創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/13(金) 19:27:17.73ID:mbeL/CQA
ササンカは言葉の意味が解らず、困惑する。

 「驚く……とは?
  レノック殿の身に何か?」

彼女は気付いていなかったが、リベラとラントロックは何と無く察していた。
2人が聞いている脈動は、余りに大きい。
丸で何十身もある巨人の心臓の鼓動の様だ。
鼓動は段々大きくなって、やがて耳障りに思う程になる。

 「義姉さん……」

不安そうな声を出すラントロックを、リベラは落ち着かせる。

 「大丈夫。
  どんな姿形でも、私達の知っているレノックだよ」

ササンカも不安を隠せなかった。
これから3人が見る事になるのは、レノックの『本体』だ。
音の魔法使い、魔楽器演奏家、笛吹き、幾つもの名を持つレノックの正体が、真面な人間では無いと、
全員頭では解っている。
だが、彼が人外の本性を現した事は無い。
暗闇の中に、暈んやりと巨大な影が浮かぶ。

 「これが『レノック・ダッバーディー』だ」

音石の声に、3人は揃って足を止め、「それ」を見上げた。
「それ」は正に怪物だった。
手も足も頭も無い。
そこにあったのは奇怪な楽器の塊。
心臓の様に鼓動する大きな袋に、様々な楽器が繋がれている。
バグパイプの様に、袋からは様々な吹奏楽器が生えている。
否、吹奏楽器だけでは無く、鳥の嘴の様な物まで確認出来る。
全長10身はあろうか……。
0763創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/14(土) 18:10:32.02ID:JptgS/FP
その異貌に3人は声を失った。
音石はレノックに呼び掛ける。

 「レノック、起きてくれ!」

それに反応して、「レノック」はテューバの様な大欠伸をして目を覚ます。
「彼」に目玉は無いが、袋が大きく膨張と萎縮を繰り返し、幽かな音楽を奏で出す。
少し悲しい音楽だ。
レノックはテレパシーで3人に話し掛けた。

 (これが僕の正体だ。
  驚いたかな?)

ササンカは声を失っている。
レノックに愛を誓った彼女でも、その正体が怪物と知れば、動揺せずには居られない。
否、愛を誓ったが故にであろう。
どうでも良い他人であれば、正体が何でも関係無いのだから。

 「レ、レノック殿……」

 (ササンカ君、だから言っただろう?
  僕等は『異なる』存在なんだ。
  君の恐怖は手に取る様に解る。
  動悸が激しくなっているね?)

レノックはササンカの愛を試していた。
彼は今の自分の姿がササンカに受け入れられなくても良かった。
寧ろ、受け入れて貰えないだろうと言う予測の下で、敢えて自らの真の姿を曝した。

 (僕に愛を誓った事を後悔しているだろうか?
  それでも僕は構わないよ。
  君も自分の心を偽る事は無い。
  受け入れられない物は、拒んでも良いんだ。
  誓いを破る事になっても、愛の無い忠誠を続けられるよりは増しだよ)
0764創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/14(土) 18:12:58.91ID:JptgS/FP
ササンカは恐怖していた。
見た目も恐ろしいが、レノックの魔法資質の強大さが、より彼女を恐怖させた。
丸で体内は疎か、心の中まで全てを見透かされて、掌握されている様な不快感に、ササンカは震える。
一方で、リベラは困惑した声でレノックに尋ねた。

 「どうして、そんな姿になったの?」

 (人の姿の儘では、暗黒空間で自分の存在を維持出来なかったんだ。
  これが僕の本当の姿だよ。
  リベラも驚いたかな?)

 「それなら早く人の姿に戻ってよ。
  その儘だと一緒に行動出来ないし」

レノックはササンカを一瞥すると、もう脅しは十分だろうと、何時もの子供の姿になる。

 「――で、どうして君達が暗黒空間に?」

 「それは――」

リベラは斯々然々とレノックに一連の事情を話して聞かせた。
レノックは何度も頷き、ササンカを見る。

 「良し、解った。
  愈々決戦の時なんだな。
  ササンカ君、音石君を返してくれ」

狼狽して硬直している彼女から、レノックは音石を奪い取った。
彼は少し寂しかったが、それを顔には表さない。
こうなる事は予想していたのだ。
0765創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/14(土) 18:15:19.99ID:JptgS/FP
レノックは音石を労う。

 「音石君、御苦労さん。
  有り難う」

その「有り難う」の真の意味を知る者は居ない。
音石は確かにレノックの分身なのだ。
彼は3人を見て言う。

 「さて、それじゃ逸れた仲間と合流しに行こう。
  皆、会いたい人を思い浮かべるんだ」

その言葉に、リベラは養父ワーロックを、ラントロックはコバルトゥスを思い浮かべる。
そしてササンカは……レノックの手を取り、彼を背後から抱き締めた。

 「あの、ササンカ君……?」

 「誓いは違えません」

 「無理はしなくて良いって」

 「確かに、私は恐怖しました。
  貴方の真(まこと)の姿を知って、怯みました。
  しかし、私の言葉は心より重いのです」

 「誠実でありたいと言う、君の気持ちは解るよ。
  だからこそ、受容出来ないなら、出来ないと言って欲しい。
  心を偽られ、嘘を吐かれるのは辛い。
  それが一生続くのだと思うと、気が狂いそうになる」

 「今は無理でも、何時かは受け入れられると思います。
  そうなる様に努力します。
  それでは行けませんか?」

 「苦痛になるなら――」

 「真の愛とは、苦難を乗り越えた先にあると思うのです」

 「……解ったよ、解った。
  君の気が済むまで、やってみると良い」

レノックとササンカの睦言を、リベラは何をやっているんだと言う目で見ていた。
0766創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/15(日) 18:36:23.06ID:HPAH2z3Z
一方で、ラントロックは2人の遣り取りを見て、真の愛とは何かを考えていた。
何故ササンカは、そこまでレノックを愛そうとするのか?
愛せないなら、愛せないで良いでは無いか?
それとも愛さなければならない理由があるのだろうか?

 (愛、愛とは一体……)

ササンカはレノックを愛しているのか、それとも愛していないのか、ラントロックには解らなかった。
彼は自分の父親を無能と軽蔑していたが、2人が愛し合って自分が産まれた事は、事実である。
それは幸福な事だが……、ラントロックには母が父を愛した理由が解らなかった。
愛に理屈は要らないと言うのが、母の回答だった。
例えば、彼に救われたとか、自分を愛してくれたのが彼だけだったとか、母の言う事は一度として、
同じだった事は無かった。
あれは適当な事を言って、逸らかしているのだと、当時のラントロックは幼いながらも思っていたが、
「本当の事」を言うのは案外難しいのかも知れない。
リベラとラントロックの視線に気付いたレノックは、慌てて2人に言う。

 「あ、2人共、会いたい人を確り思い浮かべたかな?
  空間を繋げるよ」

彼は小さな鐘を懐から取り出して、チリンチリンと鳴らした。
その音は何も無い空間に反響して、リベラとラントロックを、それぞれ思う人の所に届ける。
ラントロックの目の前の空間が開けて、コバルトゥスとゲヴェールトの姿が見えた。

 「小父さん!」

ラントロックが呼び掛けると、コバルトゥスは顔を上げる。

 「おぉ、ラント!
  何時の間に?」
0767創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/15(日) 18:39:24.86ID:HPAH2z3Z
 「レノックさんと再会出来たんだ」

ラントロックは振り返って、レノックとササンカを見た。
そこには丁と2人共居るのだが……。
コバルトゥスは辺りを見回して眉を顰める。

 「お姉さんは?
  未だ会えていないのか?」

そう言われて、ラントロックも慌てて周囲を見回した。

 「義姉さん……?
  い、居ない!?
  先まで一緒に……」

彼はレノックを問い詰める。

 「レノックさん、どう言う事ですか!?」

レノックは困った顔で言った。

 「空間が閉ざされた。
  リベラの向かった先には、手強い敵が待ち構えているんだと思う」

 「親父の所だよな……?
  親父は、どうなったんだ?」

ラントロックはリベラの向かった先を察していた。
愛する義姉の事だから、愛する人の元へ行ったと解る。
もし自分がリベラと離れ離れになったら、真っ先に彼女の事を想っただろうから。
0768創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/15(日) 18:39:46.66ID:HPAH2z3Z
ラントロックはレノックに言う。

 「レノックさん、もう一度。
  今度は義姉さんの所に」

レノックは焦る彼に冷静に忠告した。

 「待ってくれ、対策は考えているのか?
  向こうは相手の『領域<フィールド>』だ。
  罠に飛び込みに行く様な物だぞ」

だが、ラントロックは聞かない。

 「そんなの、どうとでもなる!
  俺達、全員が揃っていれば!」

コバルトゥスもラントロックに同意した。

 「ラントの言う通りだ。
  俺達全員で行けば、危険は少ないだろう」

2人に説得されて、レノックは頷く。

 「……そうだな。
  良し、行こう。
  所で、そこの青年は、どうする?」

その前にと彼はコバルトゥスと一緒に居たゲヴェールトを見た。
コバルトゥスは面倒臭そうな顔をして、ゲヴェールトの手を掴む。

 「お前も来い。
  こんな所に独りじゃ危ないだろう」
0769創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/16(月) 18:43:43.84ID:aNlsEGkj
しかしながら、彼は難色を示した。

 「これから行く所も、危ないんじゃ……」

 「呟々(ぶつぶつ)言うな、置いて行かれたいのか?」

 「それは勘弁……」

ゲヴェールトは置いて行かれそうになって、慌ててコバルトゥスの後を追う。
レノックが鐘を鳴らす間、コバルトゥスはワーロックを、ラントロックはリベラを心に想い描いた。
どちらでも同じ場所に着く筈なのだが……。
一行が出たのは、何も変わらない暗闇の中。
ワーロックとリベラの姿は、どこにも見えない。

 「……どうなってるんだ?」

コバルトゥスは怪訝な目でレノックを見る。
当のレノックも困った。

 「如何に僕が『小賢人<リトル・セージ>』と呼ばれていても、全知全能って訳じゃないんだよ。
  何でも彼んでも頼りにされても困る。
  でも、奇怪しいな。
  どうしてラヴィゾールとリベラに会えないんだろう?
  僕の魔法資質を上回る何かに囚われているのかも知れない」

ラントロックは危機感を露にした。

 「そんな恐ろしい奴が、未だ居るのか!?
  いや、でも、俺の知る限りは、そんな奴は……。
  もしかして、ルヴィエラ本人だとか?」

一行は事態を打開する案を探して、知恵を絞る。
0770創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/16(月) 18:44:22.39ID:aNlsEGkj
一方その頃、先にワーロックの元へ移動していたリベラは……。

 「お養父さん?」

彼女の目の前には、養父の背があった。
しかし、様子が奇怪しい。
ワーロックはリベラの声にも応えず、茫然と立ち尽くしている。
リベラは彼に駆け寄って、もう一度呼び掛けた。

 「お養父さん!」

だが、ワーロックは何も応えない。
生気の無い瞳で、前だけを見詰めている。
リベラは彼の視線先を追った。

 「一体何を見て……」

そこで彼女は驚くべき物を目にした。
ワーロックが見ていた物は、一家の団欒だった。
それも全く見知らぬ者達である。
綺麗な身形をした夫婦と、その娘の一家が、虚空の『銀幕<スクリーン>』に映し出されている。
どこの家族なのかとリベラは考える。
初めはワーロックの家族なのかと思ったが、それにしては彼自身の姿が無い。
第一、そこに居るのは娘だ。

 「あっ、この人は……」

一家を見詰めながら考えていたリベラは、夫婦の妻の方に見覚えがある事に気付いた。

 「お母……さん?」
0771創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/16(月) 18:44:58.14ID:aNlsEGkj
一家の妻の正体が実母であると気付いた途端、リベラは全てを理解した。
娘は幼い頃の自分。
そして夫婦の夫の方は――、

 「この人が……、私の本当の……」

自分の本当の父親だと。

 「お養父さんが何で、こんな物を……?」

リベラは一家の団欒を見ても何も感じなかった。
彼女にとって、実父は全く見た事も話した事も無い人だった。
故に、こんな風景を見せられても、戸惑うばかりで懐かしくも何とも無い。
ワーロックはリベラの声に初めて反応して、悲し気な瞳で彼女を見詰めた。

 「リベラ……私は、お前に懺悔しなくてはならない事がある。
  お前の両親を死なせてしまったのは、私なんだ」

衝撃の告白に、リベラは目を白黒させた。

 「ど、どう言う事なの……?」

 「これは有り得たかも知れない、お前の家族の姿だ。
  私さえ居なければ、私が余計な事をしなければ……」

 「何で?
  何があったの?」

ワーロックは涙ながらに語る。

 「お前の父親は……、ティナーの地下組織の構成員だった。
  そして母親は……、その情婦……。
  嘗て、ティナーの地下組織同士の大規模な抗争があった」
0772創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/17(火) 18:52:13.71ID:h62TG4mx
リベラは慌てて、彼の自白を止めた。

 「一寸待って、お養父さん!
  私の知らない事ばっかりなんだけど!?
  ――って言うか、知りたくなかったよ!
  実の父親が『不役<ヤクザ>』だったとか!
  しかも、お母さんはヤクザの女だったって!?」

ワーロックは真面にリベラの話を聞いていない。
鬱々とした表情で語りを続ける。

 「私は何時か、この事を明かさなければならないと思っていた」

 「出来れば、永遠に秘密にしといて欲しかったよ!?」

 「しかし、どこかで真実を知らなければならない」

 「こんな真実なら、知らない方が増しだったんだけど!?
  も〜〜〜〜、何なの!?」

リベラはワーロックの背中を平手でバシバシ叩くが、それを彼自身は叱責と受け止めて、
黙って受けるだけだった。

 「済まない、本当に済まない。
  ティナーの地下組織同士の大規模な抗争は、私が原因で引き起こされた。
  私が或る組織から妻を救い出す為に行った事が、その組織と関係を持っていた他の組織にまで、
  飛び火する結果になってしまった。
  お前の父親が所属していた組織も、その一つだった」

 「……本当なの?」

 「嘘は吐かない。
  こんな事、嘘で言える物か……」

ワーロックの目はリベラを見ているが、彼は正気では無い。
彼女の事を見ている様で、見えていないのだ。
0773創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/17(火) 18:53:56.24ID:h62TG4mx
彼は後悔に囚われているのだ。
そして、今までリベラに対して秘密にしていた事を、洗い浚い語る。

 「私は、お前を養子にすると決めた時に、お前の出生の経緯を探る為、ティナーの貧民街へと、
  足を運んだ。
  全て、そこで聞いた話だ」

 「何で、そんな事をしたの?
  私、自分の過去なんて……」

 「お前が大人になった時、もし自分の出自に疑問や興味を持ったら……と考えた。
  人は過去無しには生きられない。
  お前は貧民街で母親と暮らしていた子だから、もしかしたら悲惨な生まれだったのかも知れない。
  その時は、私は黙っている積もりだった。
  それでも……。
  もし、お前が両親から愛され、望まれて生まれた子供なら、その事自体が救いになると思った。
  リベラ、お前の両親は愛し合っていた。
  お前は父親と母親の愛情を受けて、幸せに育つはずだった。
  私の存在さえ無ければ……」

 「あの……あのね?
  堅気じゃない親の下で育っても、幸せになれたとは思えないんだけど……」

リベラは真面目に言っていたが、ワーロックは俯いて激しく泣いた。

 「……お前は優しい、良い子だ。
  だが、そうやって慰めないでくれ。
  私は益々自分を許せなくなる。
  そんな優しい良い子から、私は幸せな生活を奪ってしまったんだ……」

養父が余りに後ろ向きな考えを続ける物だから、リベラは苛々して来る。

 「過去なんか、どうでも良いの!
  お養父さん、私達の今の状況を忘れたの!?」
0774創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/17(火) 18:55:30.08ID:h62TG4mx
リベラはワーロックの手を引いて、その場から引き離そうとした。
しかし、彼の両足は根が生えた様に動かない。

 「だが、リベラ……。
  お前は今まで少しも考えなかったのか?
  もし本当の両親と一緒に暮らせたらと……」

 「知らない!
  全然考えもしなかった!
  だって、実の父親には会った事も無かったし!」

 「お父さんが、どんな人だったとか、考えもしなかったと?」

そんな事は無いだろうと、ワーロックは暗に言っていた。
リベラは正直に答える。

 「その位なら考えた事はあるよ……。
  でも、どう考えても、碌で無しだとしか思えなかったよ!
  お母さんを貧民街で独りにして、迎えに来なかった人なんだから!
  私には、お養父さんが居るから良いの!」

 「違うんだ、違うんだよ、リベラ。
  お前の父親は、迎えに行く積もりだったんだ。
  それを私が出来なくさせてしまった。
  お前の母親が死んでしまったのも、私の所為だ。
  お前の母親は、夫が迎えに来てくれると信じて、貧民街で待ち続けた……」

 「あのさ、私が、私がって、お養父さんは神様なの!?
  そんな何でも彼んでも全部、お養父さんの所為の訳が無いじゃん!
  どう考えても!
  好い加減、正気に戻ってよ!!」

聞き分けの無い養父をどうにか正気に戻そうと、リベラは彼を蹴ったり叩いたりした。
0775創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/18(水) 18:56:58.47ID:2OM2J0jO
しかし、それをワーロックは自分を責めているのだと理解して、謝るばかりだ。

 「済まない、済まない」

 「そうじゃないの、お養父さん!
  も〜〜〜〜〜〜〜〜、何で解らないの!?
  馬鹿、馬鹿、スカポンタン!」

ここで漸くリベラは、ワーロックが何者かの術中にある可能性を考えた。
人の後悔や罪悪感を利用する魔法と言えば、呪詛魔法だ。

 (呪詛魔法……。
  呪詛魔法使いが近くに居るの?)

リベラは魔法資質で誰か近くに居ないか探る。
その時、彼女の目の前に、一人の男性が現れた。
それはワーロックが見ている映像の中に居た男性……。
詰まり、リベラの実父だ。

 「あ、貴方は……」

リベラは身構えて、ワーロックの体に隠れる。

 「ちょ、一寸、お養父さん!
  助けて!
  後ろばっかり見てないで、現実を見てよ!!」

 「助け……?」

彼女の「助けて」と言う訴えに、ワーロックは正気を取り戻した。

 「どうした、リベラ!?」
0776創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/18(水) 18:58:23.15ID:2OM2J0jO
そこで彼はリベラと顔を見合わせ、新たに現れた彼女の実父と対面する。

 「あっ、貴方は……!!」

ワーロックは蒼褪めて震え出した。
リベラの実父は、リベラに歩み寄る。

 「俺の娘……。
  リベラと言うのか……」

 「こ、来ないで!!」

彼女は実父を拒絶した。
如何に頭では実父だと理解していても、実感としては全く見ず知らずの男なのだ。

 「リベラ……、済まなかった。
  俺は約束を果たせなかった……」

 「あ、謝るの……?」

 「本当は、組織の事なんか放っておいて、お前達の元に行くべきだった。
  それなのに俺は格好付けて、組織の為に戦ってしまった。
  詰まらない見栄と意地で、お前達を不幸にしてしまった」

 「そんな事、今更言われても……。
  何で、2人共、謝るの……」

困惑している彼女の目の前に、今度は実母が現れる。

 「ああ、やっぱり!
  そんな気はしてたけど!」
0777創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/18(水) 18:59:53.30ID:2OM2J0jO
リベラの母は最期の時とは違い、立派な身形をしている。
髪も服装も清潔に整えられており、どこかの令嬢かと思う程だ。
彼女はリベラに優しく呼び掛けた。

 「リベラ、お出で。
  お母さんに顔をよく見せて頂戴」

リベラは母の呼び掛けに応えて良いか、迷う。
これが罠の可能性が無い訳では無いのだ。
動かないリベラに、リベラの母は悲しそうな顔をする。

 「……御免なさい、貴女を置いて逝ってしまって。
  夫を待ち続けて、我が子を蔑ろにするなんて、母親失格よね……」

誰も彼もリベラに謝ってばかりだ。

 「もう誰も謝るのは止めて!
  そんなの、どうでも良いの!」

リベラの実父は難しい顔をする。

 「どうでも良くは無いだろう?」

 「そうだけど……!
  今、そんな場合じゃないの!
  後にして!!」

彼女は訴えたが、彼女の両親は素直に消えはしない。

 「後には出来ないんだ」

 「今しか無いの……。
  呪詛魔法が生きている間しか……」
0778創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/19(木) 18:42:28.96ID:v73kxqxX
やはり呪詛魔法なのかと、リベラは益々頑なな態度を取る。

 「私を惑わそうったって、そうは行かないんだから!
  お父さんと、お母さんを利用して、私を迷わそうなんて!」

それを聞いたリベラの両親は、寂しそうな顔をして、暗闇に消えて行った。

 「あっ……」

本当に消えてしまうのかと、彼女は少し焦る。

 「ちょ、一寸!?
  消えちゃうの!?
  最後に何か一言位は言ってから消えてよ!」

そうリベラが訴えると、どこからとも無く母親の声が聞こえた。

 (……貴女が元気そうで良かった。
  リベラ、私達は貴女が幸せなら、それで良いの。
  私達は貴女が心配で様子を見に来ただけ……)

 「あ、有り難う、お父さん、お母さん……」

リベラは嬉しい様な、悲しい様な、安堵した様な、寂しい様な、複雑な気持ちになる。

 「リベラ、大丈夫か?
  今、独りなのか?
  他の皆は、どうした?」

数極後、養父ワーロックに声を掛けられて、彼女は振り向いた。
0779創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/19(木) 18:42:57.94ID:v73kxqxX
正気に返った彼は、心配そうな目でリベラを見詰めている。

 「あっ、お養父さん!
  元に戻ったんだ!」

嬉しそうな顔をする彼女に、ワーロックは困った顔をした。

 「……その、見っ度も無い所を見せた。
  済まなかった」

 「もう、謝らないでって!」

和んだ雰囲気の所に、呪詛魔法使いシュバトが現れる。

 「……未来を見る者、これが若さか……」

リベラとワーロックは共に身構えた。
しかし、呪詛魔法使いは小さく首を横に振る。

 「最早私では、お前達を止められない。
  この暗黒から、お前達が脱出出来るかは判らないが……。
  少なくとも私の足止めは、これで終わりだ」

ワーロックは呪詛魔法使いに声を掛けた。

 「何故、反逆同盟に加わった!?」

 「呪詛魔法とは恨みの魔法。
  共通魔法使いに、そして共通魔法社会に対する恨みが、私を呼び寄せた。
  その中には当然、呪詛魔法使いの恨みもあっただろう。
  しかし、総体としての呪詛は個々の前では曖昧で希薄になる。
  正当な物にしろ、八つ当たり的な物にしろ、恨みとは結局、個人の心の働きに過ぎないのだ。
  個人が、一人の人間が、一人の人間を恨む。
  それだけの事に過ぎぬ」

呪詛魔法使いシュバトの言葉は、2人にとっては難解だった。
0780創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/19(木) 18:44:56.36ID:v73kxqxX
解った様な、解らない様な顔をする2人に、呪詛魔法使いは続ける。

 「私は真の呪詛魔法に近付き、呪詛魔法使いとして完成した。
  嘗ての私はシュバトと言う名だったが、その記憶も何れ失うだろう。
  やがて私は他人の恨みを晴らす為だけの存在となる。
  しかし、最後に、お前達の様な者に会えて良かった。
  恨みと言っても人によって様々だ。
  必ずしも、恐ろしい復讐を果たそうとしているとは限らない。
  それを忘れなければ、必要以上に呪詛魔法を恐れる事は無い。
  その事を憶えておいてくれ」

言いたい事を言い終えると、呪詛魔法使いシュバトは消えた。
その後に、続々と逸れていた仲間達が合流して来る。

 「義姉さん!」

最初に現れたのはラントロック。
続いてコバルトゥス、レノック、ビシャラバンガと全員が揃った。
ワーロックはレノックの姿を見て、声を上げる。

 「レノックさん、御無事でしたか!」

 「ああ、君達も仔細無かった様で何よりだ」

2人は確り握手し合ったが、レノックの方は直ぐ難しい顔になる。

 「しかし、ここから脱出するのは容易では無いぞ。
  恐らくルヴィエラも僕等が刺客を撃退した事を解っている」

これに対して、ワーロックは強気に言った。

 「大丈夫、皆が居ます。
  独りではありません」
0781創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/20(金) 18:47:32.32ID:9edV4qvc
レノックは彼に対して頷き、自分の考えを披露する。

 「実は、脱出出来る算段はあるんだ。
  ルヴィエラは暗闇の中で僕等を各個撃破する為に、それぞれ刺客を送り込んだ。
  それは詰まり、『出入りが出来る』と言う事だよ」

そこでコバルトゥスが当然の疑問を打付けた。

 「でも、その出入りを管理しているのが、ルヴィエラなんだろう?
  監視を潜り抜ける事なんか出来るのか?」

 「出来るよ。
  とにかく『出入りが出来る』と言う事実が重要なんだ。
  仮に僕等の前にルヴィエラ本人が現れたとしても構わない。
  当初の目的を考えるなら、寧ろ好都合だ」

レノックはルヴィエラには劣るが、それでも強大な力の持ち主である。
多少の時間を稼ぐ位は、出来る積もりだった。
ここでビシャラバンガが口を挟む。

 「所で、どうやって脱出するのだ?」

 「ああ、それは」

レノックは再び小さな鐘を取り出して、何度か鳴らした。
そうして何かを探す様に、浮ら浮らと移動して、又鳴らす事を繰り返す。

 「皆、僕に付いて来てくれ。
  こっちだ」

彼は魔法の音による魔力の反響で、空間の歪みを探っているのだ。
0782創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/20(金) 18:49:09.43ID:9edV4qvc
小さな子供の姿のレノックに、大人達が列々(ぞろぞろ)と続く様は、中々に奇妙である。
だが、中々目的地に着かない様で、ビシャラバンガが短気を起こして尋ねた。

 「彼此1針は歩いているが、未だ着かないのか?
  何を探している?」

 「ウーム、これは空間が捻じ曲げられているな」

レノックの発言に、リベラは今一つ理解が及ばない様子で尋ねる。

 「空間が捻じ曲がるって、どう言う事?
  どうなってるの?」

 「例えばの話だけど、この星は丸いだろう?
  僕等は地上を真っ直ぐ歩いている積もりだけど、どれだけ真っ直ぐ進み続けていても、
  やがて一周して元の場所に戻って来るよね」

 「それは丸い星の上を歩いているからじゃないの?」

天体が丸いのと同じく、自分達の暮らしている星が丸いのは、ファイセアルスでは常識だ。
世界一周が容易く可能な世界ではないが、地平線や水平線の存在、天体の満ち欠けから、
容易に推測が可能。
しかし、リベラ(一般的な公学校卒業程度の知識の持ち主)では、重力が空間を歪めると言った、
物理現象までは理解していない。

 「そう、僕等は今、丸い星の上を歩いているのと同じ様に、暗黒の上を歩いているのさ。
  だから、ここから出られない」

 「……一寸、解らない。
  どう言う事なの?」

 「前後左右、どこに歩いても、出口には辿り着かないって事さ」

 「それなら空を飛んでみれば?」

 「着眼点は良い。
  でも、不十分だ」

レノックは再度小さな鐘を鳴らす。
0783創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/20(金) 18:49:53.55ID:9edV4qvc
鐘の音が反響して、少しずつ大きくなって行き、歪んだ空間を元に戻して行く。
魔法資質を持つ者は、その歪みに気付いた。

 「ああ、こうなってたんだ!
  空間を歪めるって、こう言う事なんだね」

それは言葉では説明が難しい感覚だが、真っ直ぐに見えるのに、真っ直ぐでは無い。
真っ直ぐが歪んで見え、歪んだ物が真っ直ぐに見える。
否、見えるだけでは無く、あらゆる感覚、観測、物理法則が歪む。
魔法資質の低いワーロックは、何と無く出口が見付かったんだなと思うだけだ。
暗闇の中なので、実際に変化を目にする事が出来ない。
しかし、これで漸く暗闇から脱出出来ると安堵した一行の目の前に、ルヴィエラが現れる。
彼女は暗闇の中で宙に浮いていた。

 「待て、どこへ行こうと言うのかな?」

全員が身構える。
最初に答えたのはレノック。

 「どこへ行こうと勝手じゃないか?
  こんな所に閉じ込めておいて、『どこにも行くな』は通じない」

 「ここは私の城だ。
  我が母より受け継いだ魔城。
  勝手に踏み入って、荒らされては敵わぬ」

 「それなら、こんな所に置かずに、狭間の世界に戻しておくんだな」

 「口の減らぬ奴め」

2体が挨拶めいた問答をしている間に、コバルトゥスは密かに魔法剣発動の準備をしていた。
0784創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/21(土) 21:15:02.46ID:+4RkU6KG
だが、彼は気付く。
このルヴィエラは本体では無い事に。

 (……馬鹿正直に姿を現す訳は無いか……。
  幾ら奴でも多対一は不利だろうからな。
  それでも、どこかで俺達を監視しているのは確かだ。
  どこに『目』があるか判れば……)

コバルトゥスは周囲の気配を探り、ルヴィエラの『目』を探した。
そして彼は気付く。

 (……あぁ、そう言う事だったのか……)

この空間全体がルヴィエラだと言う事に。
彼女は暗黒その物なのだ。
人間で言う所の脳や心臓に当たる、急所や核を持たない。
だから、コバルトゥスは彼女を倒す事が出来ない。

 (途んでも無い奴だ。
  こんなのが俺達の敵なのか……)

ルヴィエラは闇と言う概念その物の様な存在だ。
これを倒せる者が居るのか、コバルトゥスは分からない。
少なくとも、『自分には出来ない』。
言葉を失って立ち尽くしている彼に、ワーロックが話し掛ける。

 「コバギ、もしもの時は皆を連れて逃げてくれ。
  お前の魔法剣なら、闇を切り裂く事が出来る筈だ」

 「あ、はい。
  えっ、でも先輩は?」

 「逃げられるなら、一緒に逃げる。
  とにかく、お前には私の子供を任せるからな」
0785創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/21(土) 21:15:45.52ID:+4RkU6KG
彼は自分が捨て石になってでも、自分の子供達を優先して助けたいのだと、コバルトゥスは理解する。
それが当然の親心なのだと、コバルトゥスは彼の真意を酌み取って頷いた。

 「解りました」

しかしながら、最大の問題は、どうやって目の前のルヴィエラから逃れるかだ。
彼女はレノックに気を取られている様で、その実は全く歯牙にも掛けていない。
飽くまで冷静に、一行を俯瞰している。

 「エ゙フン、エ゙フン」

突然、ワーロックは態とらしく咳払いをした。
どうしたのかなと、レノック以外の全員が彼を見る。
ワーロックは皆の見ている前で、一人だけレノックの横を通り過ぎた。
極自然な動きだったので、ルヴィエラは彼を気にしない。
ワーロックは何も無い空間に向かって、彼の魔法を使う。

 「扉よ開け」

密かに動いていたかと思いきや、割と大きな声で彼は呪文を唱える。
真っ黒な空間に縦長の長方形の穴が開いて、外の空間と繋がる。
奇怪な事に、ルヴィエラはワーロックの行動に気付いていない。
あれだけ誰が見ても目立つ行動をしていたのに、レノックとルヴィエラだけが無反応。

 (えぇー!?
  お養父さん、何やってるの!?)

特にリベラは猛烈に突っ込みたい気持ちを抑えるのに苦労していた。
その後にワーロックは折角開いた扉を閉めて引き返し、極普通にリベラに話し掛ける。

 「良し、リベラ行こう」
0786創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/21(土) 21:16:26.76ID:+4RkU6KG
リベラは目を白黒させて、声を潜めてワーロックに尋ねた。

 「こ、この儘行って、大丈夫なの?」

彼女の態度にワーロックは眉を顰める。

 「ウーム、今は一寸、大丈夫じゃないかな……。
  その様子だと無理そうだ」

 「えっ、何で?」

ワーロックは一同を見回して、ビシャラバンガに声を掛ける。

 「ビシャラバンガ君なら大丈夫かな?」

 「己か?
  弱い者を先に行かせた方が良いと思うが……」

戸惑う彼にワーロックは言う。

 「君が一番、良い手本になりそうなんだ。
  ルヴィエラを『気にしない様に』、『堂々と』歩いて出口に向かってくれ」

 「どう言う事だ?」

 「認識阻害の一種だよ。
  窃々(こそこそ)と隠れて動くから怪しまれる。
  堂々としていれば、逆に警戒されない。
  心を無にして、相手を意識しない様に行動するんだ」

 「中々難しい事を言う……が、心を無にする鍛錬は積んでいる。
  やってみよう」

ビシャラバンガは失敗しても構わない積もりで、ワーロックの指示通りに一度閉じた出口に向かって、
歩き始める。
0787創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/22(日) 18:37:33.85ID:/h0RFiPP
ビシャラバンガは堂々と暗闇の中を歩き、ワーロックが一度開けた外へと通じる扉を再び開けて、
自然に外に出て行った。
ルヴィエラはレノックとの口論に集中していて、全く彼に気付かなかった。
ワーロックは小さく頷く。

 「良し、上手く行ったな。
  次は誰が……」

そう言ってワーロックは振り向いたが、誰も難しい顔をしている。

 「どうした?」

彼の問い掛けに答えたのは、コバルトゥス。

 「いや、先輩、こいつは相当度胸が要りますよ。
  もし途中で気付かれでもしたら、どうなるか分かった物じゃないんスから」

 「解っているよ。
  でも、正面から対峙するよりは楽だ」

そうワーロックは言ったが、誰も進んで動こうとはしなかった。
彼は困った顔をして、仕方が無いと言う風に小さく息を吐く。

 「良し、こうしよう。
  私が同行する。
  最初は……リベラ、お前、行ってみるか?」

 「えっ、私……」

急に聞かれて、リベラは戸惑う。
0788創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/22(日) 18:38:31.72ID:/h0RFiPP
ワーロックは顎に手を添えて言った。

 「別に誰でも良いんだが……。
  先に脱出させたい人でも?」

そこでリベラはラントロックを顧みたが、当のラントロックは拒否した。

 「義姉さん、先に行きなよ」

次にリベラはササンカを見る。

 「ササンカさんは……」

 「私の命はレノック殿と共に在る。
  最後で良い」

 「ニャンダコーレさん……」

 「コレ、私も後で良い。
  君達若者から先に行くべきだ」

ニャンダコーレにも断られた彼女は、ゲヴェールトを見た。

 「あっ、えーと、貴方は……」

 「俺も急がない。
  自分より若い子を置いて抜け出すのは、一寸……」

最後にリベラはコバルトゥスを見たが、彼も首を横に振る。

 「良いから、行きなよ。
  先にしろ後にしろ、危険なのには変わり無い」
0789創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/22(日) 18:39:13.99ID:/h0RFiPP
それで漸くリベラは自分が先に脱出する決心が付いた。

 「それじゃあ……、お先に失礼します」

リベラは残る者達に一礼をして、ワーロックと共に出口まで向かう。
ワーロックはリベラに助言する。

 「ルヴィエラを見ない様にして、堂々と胸を張って歩くんだ」

リベラは養父の助言通り、ルヴィエラを意識したくなる心を抑えて、真っ直ぐ前だけを見て、
歩き続ける。

 「そうそう、その調子」

緊張の数十極。
ルヴィエラは結局、リベラに気付く事は無かった。
リベラは出口の扉に辿り着いて、安堵の表情を浮かべる。
しかし、最後の最後まで気を抜くなと、ワーロックは警告する。

 「気を抜くな。
  その心の変化を読み取られるぞ」

その言葉に反応してリベラは反射的にルヴィエラを見ようとした。
寸前でワーロックがリベラの頭を掴み、振り向かせない様にする。

 「こら」

 「あっ、御免なさい」

流石に何が不味かったのかリベラは自覚して謝る。
リベラは「極普通」を心掛けて扉を開き、堂々と退出した。
0790創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/23(月) 19:41:01.77ID:ZnkPJzu3
リベラを送り出したワーロックは、一行の元に戻って言う。

 「次は誰が行く?」

しかし、「自分が」と名乗り出る者は居ない。
唯一人……コバルトゥスの視線はラントロックへ。
それを見たワーロックはラントロックに尋ねた。

 「良し、ラント、行ってみるか?」

 「えっ、俺……」

 「後が閊えてるんだ。
  早くしろ」

彼は強引にラントロックの背を押す。
ラントロックは遠慮勝ちに出口へと向かった。
察しの良いラントロックは、一連の流れから何と無く、ルヴィエラに気付かれない動きを、
理解していた。
しかし、ワーロックの助言が煩い。

 「ラント、他の事は気にするな。
  真っ直ぐ、真っ直ぐ」

 「解ってるよ」

 「良し、良い調子だ。
  後少し」

 「親父、黙っててくれ」

彼が沈黙すると、ラントロックは扉を開く。
0791創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/23(月) 19:41:32.65ID:ZnkPJzu3
その後、コバルトゥス、ゲヴェールト、ニャンダコーレが出て行って、残ったのはササンカだけ。
ワーロックは彼女に言う。

 「後は貴女とレノックさんだけだけど……」

ササンカは無言で首を横に振った。
彼女はレノックが一緒でなければ、出て行かない積もりだった。
ワーロックもレノックをどうにか脱出させなければと考える。
レノックだけを置いて行けば、再び彼が囚われる結果になってしまう。
そのレノックはルヴィエラの注意を引く為に、中身の無い口論を続けている。

 「しかし、何故、今更地上に興味を持ったんだ?」

 「退屈凌ぎに理由が要るか?」

 「支配する以外の退屈凌ぎを知らないのか?」

 「そう言う訳では無いが、これが一番面白い。
  蟻共が周章(あわてふため)く様だよ」

 「弱い物を虐めて喜ぶのは、稚(おさな)い物のする事だ」

 「フーム?
  あの猫にも同じ事を言われたな。
  この私を幼稚だと言う生意気な猫――……?
  ん、んん?
  おや?」

ルヴィエラは今頃になって、人が減っている事に気付いた。

 「お前達、数が減っているな?
  あの猫も居ないでは無いか!」
0792創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/23(月) 19:42:56.21ID:ZnkPJzu3
彼女は誰の仕業かと考えて、先ずレノックを疑う。

 「貴様の仕業か!?
  この私を前にして、不敵な奴め!」

 「否々(いやいや)、それは誤解だよ。
  僕は貴女の目の前で話していたじゃないか?
  それとも貴女は目の前の小細工さえも見抜けない、大間抜けなのかな?」

レノックの挑発的な言動に、ルヴィエラは歯噛みした。
彼女には誰の仕業か皆目見当も付かないのだ。
魔法資質で劣る物が、自分の闇から逃れられる筈が無いと思い込んでいる。

 「この私を謀るとは恐れ知らず共め!
  真の恐怖を教えてやる!」

ルヴィエラは魔法資質を全開にして、3人を威圧した。
魔力の嵐が渦巻いて、レノックとササンカを苛む。
魔法資質の低いワーロックでも、その強大さは実感出来ていた。
レノックとササンカは自分の体が粉々に砕ける幻覚を見た。
それは圧倒的な魔法資質の差を前に感じる恐怖だ。
大津波に呑み込まれる様に、小さな物は翻弄されて、散り散りになる。
「自分の形を保てない」……。
しかし、ワーロックはレノックやササンカ程の恐怖は感じていなかった。
ルヴィエラの強大さ、壮大さは理解できても、唯それだけだった。
一方で精霊が砕けない様に、レノックとササンカは必死に互いの体を抱き合う。

 「レノック殿……恐ろしい。
  私を離さないで」

 「大丈夫だ。
  君は僕が守る」

それをワーロックは呆っと見ている。

 (2人共、大変そうだなぁ……。
  何とかしないと)
0793創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/24(火) 18:40:13.08ID:UGj45tfS
魔法資質が低い彼には、精霊を害されると言う感覚が無いのだ。

 (しかし、あれだけ強大な物に私の魔法が通じるのだろうか?
  とにかく、やってみるしか無いか……)

ワーロックは彼の魔法を使う。
魔力の大流に己の矮小な精霊を委ねて、ルヴィエラの魔法を逸らそうと試みる。

 (……駄目だ、これは手に負えない。
  余りに力が大き過ぎる)

だが、上手く行かなかった。
ルヴィエラの魔法資質は余りに高い上に、魔法その物が単純だ。
複雑な工程のある高度な魔法であれば、僅かな力でも妨害出来るのだが、単純な力押しの魔法を、
小さな力で止めるのは難しい。

 (文字通り、桁が違う!
  レノックさんが押される位だからな……。
  こうなったら!)

ワーロックは最後の手段を使った。

 「私を見ろ!!」

彼は敢えてルヴィエラに呼び掛ける。
ルヴィエラは彼に興味を持って見た。

 「おや……?
  これは一体どうした事だ?
  私の威圧を受けて立っていられるとは?」
0794創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/24(火) 18:40:34.71ID:UGj45tfS
無視されたら、どう仕様かと心配していたワーロックは、ルヴィエラが反応した事に、密かに喜ぶ。

 (良し、『掛かった』!)

呼び掛けに応えたと言う事は、「意識した」と言う事。
ワーロックの魔法は意識を利用する。

 「威圧?
  威圧の積もりだったのか?」

彼はルヴィエラを挑発して、自分に意識を集中させた。
これに乗るか乗らないかで、運命は大きく変わる。

 「何をっ、この生意気な!
  貴様からは魔法資質を丸で感じない。
  無能の屑の分際で、公爵級を愚弄するとは!
  身の程を知れ!」

ルヴィエラは凄むが、ワーロックには通じなかった。
それを見てルヴィエラは苛立つ。

 「……フン、無能過ぎて、私の強大さの全貌を知る事が出来ぬのか……」

その通りである。
ワーロックの極端に低い魔法資質では、ルヴィエラの能力を測る事は出来ない。
しかしながら、彼の能力ではレノックやビシャラバンガ相手でも同じ事だ。
彼等の全力もワーロックには同じ様にしか感じられない。
勿論、その上を「想像する」事は出来る。
ルヴィエラがレノックより強いのだろうと言う事も判る。
だが、真に理解出来たとは言えない。
0795創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/24(火) 18:43:10.88ID:UGj45tfS
ルヴィエラは小さく溜め息を吐いて、心を落ち着けた。

 「貴様の様な奴に向きになるのも馬鹿馬鹿しい」

そう言って彼女は指先をワーロックに向け、マジックキネシスによる攻撃を放つ。
単純なマジックキネシスでも、ルヴィエラの魔法資質の為に、その破壊力は絶大な物となる。
軽く放つだけでも、ワーロックを塵屑の様に消し飛ばす位の威力はある筈だが……。

 「リフレクター!!」

ワーロックは反射の魔法で、マジックキネシスを撃ち返した。
全ては彼の計算通りである。
彼の前に不可視の魔法壁が現れ、マジックキネシスの運動方向を反転させる。

 「何っ!?」

ルヴィエラは驚いたが、しかし、それだけだった。
元々威力を抑えていた事もあり、反射した物が直撃しても、大した傷を負わない。

 「小賢しいぞ!」

ルヴィエラは反撃されない様に、マジックキネシスで魔力壁を発生させて、押し付ける。
魔力弾を射出するのと異なり、持続的に効果が続く圧力攻撃は、反射させる事が困難だ。
迫り来る魔力壁を前に、ワーロックは両手を振り上げる。

 「ミラクルカッター!!」

その儘、彼が両腕を垂直に振り下ろせば、魔力壁が真っ二つに裂ける。

 「此奴、又しても!!」

ルヴィエラは驚愕した。
ワーロックの魔法の原理を知らない者は、彼の中に脅威を見てしまう。
それが益々ワーロックの魔法を攻略不可能な物に変える。
0796創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/25(水) 19:04:52.12ID:iapz04Va
ワーロックの魔法は相手の魔法資質を利用する物だ。
それには2つの形がある。
1つは相手の認識の外から魔法資質を借りる事。
相手の同意が無いので、窃盗、置き引きと言っても良いのかも知れない。
こちらは大きな力は引き出せないが、自由な形で扱える。
もう1つは相手に自分を認識させて、魔法を想像させる事。
こちらは相手の実力に比例して、大きな力を扱えるが、その形は自由では無い。
相手が「想像出来る」範囲でしか出来ないのだ。
故に、どれだけ自分を「過大評価」して貰えるかと言う事に掛かっている。
彼の極端に低い魔法資質は、相手を油断させるには十分だ。
それは大人が子供を相手にする様な物。
ルヴィエラにとっては、子供にすら及ばない、目に留める事も無い、微生物の1匹以下。
そんな物が、突如として自分の前に立ち開かると言うのは、相当の驚愕である。
ルヴィエラはワーロックの思惑通りに、彼の評価に迷い、過大評価を始めていた。
ワーロックはルヴィエラを睨み、再び両手を高く掲げる。
ここから攻撃が飛んで来る事は、誰でも予想出来る。
その「当然の予測」が実際の威力となる。

 「クロスカッター!!」

それがワーロックの「魔法」なのだから。
両腕をXに交差させながら振り下ろせば、ルヴィエラの魔法に比肩する威力の魔力の刃が、
彼女に向かって飛んで行く。

 「何と、何と言う……!
  貴様は何者だ!?」

ここで初めてルヴィエラはワーロックと言う一人の「魔法使い」を認識し、彼を恐れた。
0797創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/25(水) 19:05:42.22ID:iapz04Va
本来、魔法資質の低い魔法使いと言う物は、存在しない。
魔法の発動には魔力の繊細な制御が必要であり、魔法資質の低い者には、それが出来ない。
喩えるなら、盲の画家、聾の音楽家、唖の歌手だ。
不可能では無いが、大きな困難を伴う。
しかし、それが今ルヴィエラの目の前に居る。
魔力の刃はルヴィエラの体を八つ裂きにするが、「この」ルヴィエラは実体を持たないので、
深刻な損傷にはならない。
ワーロックはルヴィエラの問に答える。

 「私はワーロック・"ラヴィゾール"・アイスロン」

 「何者かと聞いている!」

 「『素敵魔法<フェイブル・マジック>』の使い手」

 「……知らん!
  聞いた事も無い!!」

 「新しい魔法使い」

 「くっ、成る程……。
  世は常に動いていると言う訳か……。
  長い時の中では、稀に貴様の様な物も生まれるのだろうな」

ワーロックは両の拳を握ると、そこに魔力の光を集めた。
明るい光が弱点のルヴィエラは、目を剥いて焦る。
もう彼女の中では、ワーロックは微生物以下の雑魚ではない。
正体不明の脅威だ。

 (これを食らう訳には行かぬ!)

ルヴィエラはワーロックの攻撃を防御すべく、暗黒の障壁を展開させる。
0798創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/25(水) 19:06:06.78ID:iapz04Va
ワーロックの魔法を見ても、ルヴィエラは未だ自分が優位にある事を疑わなかった。
彼女の圧倒的な魔法資質は、彼女の自信その物なのだ。
だから、この攻撃も「防げる」。
そうした確信の下で、ルヴィエラは防御した。
ワーロックも所詮は小物に変わり無く、多少小賢しい技を使うだけの雑魚だ。
しかし、ルヴィエラも全く自分が無傷で済むと思っていた訳では無い。
多少の傷は負うかも知れないが、丁と防げば致命傷にはならない。
それがルヴィエラの見立てだった。
彼女の予想はワーロックの魔法によって現実になる。

 「ライトセヴァー!!」

 「ぐっ……!
  貫いて来たか!」

光の刃がルヴィエラの暗黒の障壁を切り裂いて、精霊を傷付ける。
本体では無いとは言え、傷を負ったルヴィエラはワーロックを益々警戒した。

 (やはり、奴は強い!
  私には遠く及ばないが……。
  実力を見極めなければならない様だねェ)

彼女は一時撤退しようとする。
その気配を察して、レノックは言った。

 「逃げるのか!?」

 「逃げるとは人聞きの悪い。
  もう少し熟りと遊んでやろうと思っただけの事」
0799創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/26(木) 18:53:44.23ID:tZlZzsa/
ルヴィエラに逃げられる前にと、ワーロックは最後に魔法を放った。

 「ミラクルカッター!!」

しかし、ルヴィエラの姿は直ぐに消え、魔法の刃は虚空に吸い込まれる。
暗闇に取り残されたワーロックとレノックとササンカの3人は、互いに顔を見合わせた。

 「さて、どうしましょう?」

ワーロックが問うと、レノックは感心した風に、しかし、一寸引いて言う。

 「君は凄いな、ラヴィゾール。
  いや、本当に『凄い』としか言い様が無い」

 「魔力を扱うだけが魔法では無い。
  それが師匠の教えです。
  魔法使いは、その一挙手一投足、全てが魔法であると」

 「アラ・マハラータ・マハマハリトは難しい事を言う。
  しかし、それを君は理解したんだな?」

 「要するに、魔法を使うのは、『魔法を使おうとする者』だと言う事です。
  それは魔法に限りません。
  誰かが何かを行う時には、それをしようと言う『意志』の働きがあるんです。
  詰まる所、魔法と他の行為に何か大きな差がある訳では無いんです。
  魔法で火を点けるのも、燐寸で火を点けるのも、弓で火を熾すのも、何も違わないと言う事」

 「……解る様な、解らない様な?」

 「レノックさんの音楽も同じです。
  奏者が居て、音楽がある。
  作曲家が居て、曲が出来る。
  作詞家が居て、歌が出来る。
  それぞれは何の作為も無く、独りでに出来る物では無いでしょう?
  演奏に上手下手はあっても、演奏すると言う『形式<フォーマット>』には何の違いも無い……。
  全ては意志、作為から始まる……」
0800創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/26(木) 18:54:14.98ID:tZlZzsa/
ワーロックの話は難解だったので、レノックは一旦話題を切り替えた。

 「そんな事より、早く脱出しよう」

 「ああ、そうでした。
  皆と合流しないと」

レノックは小さな『鐘<ベル>』を鳴らして、暗黒の空間を払って行く。
暗闇が少しずつ晴れて、見えて来たのは薄暗い城内。
そこではコバルトゥス等が全員揃って待っていた。
最初に声を上げたのはリベラ。

 「お養父さん、大丈夫だった!?」

ワーロックは苦笑いで応える。

 「ああ、大丈夫」

 「遅いから皆心配してたんだよ!」

 「済まなかった。
  でも、こうして無事だったんだから許してくれ」

リベラは無言で小さく頷いた。
その後、レノックが全員を見て問う。

 「全員揃っている所を見ると、未だ探索はしていないのかな?」

これにコバルトゥスが答える。

 「何か罠があるかも知れないんだから、迂闊な事は出来ないだろう」

 「いや、責めている訳じゃないんだよ。
  良い判断だ」
0801創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/26(木) 18:54:38.78ID:tZlZzsa/
それから一行は城を探索する事にした。
レノックが仮のリーダーとして進行の音頭を取る。

 「それじゃあ、皆揃った所で、この城の探索を始めよう。
  どこから行く?」

道は3つ。
正面と右と左。
恐らく左右は城の尖塔に続いている。
正面の道を真っ直ぐ進めば、ルヴィエラの居る王座に着くだろう。

 「行き成り正面は怖い。
  周りから見て行くのが良いと思う」

そう提案したコバルトゥスだが、ゲヴェールトが止める。

 「待った、一度引き返してくれませんか?
  俺は足手纏いですから……」

コバルトゥスは独りで帰れば良いと言おうと思ったが、この寒さの中では厳しいだろうと思い直し、
どうするべきか悩んだ。
一旦戻ってから、ここまで来るのは手間だが、ゲヴェールトを連れて進むのは確かに危険。
だからと言って、独りで帰らせて、人質に取られでもしたら面倒臭い。
コバルトゥスは他の者の意見を待つ。
中々誰も何も言わない中で、ワーロックが口を開いた。

 「それなら一度帰りましょう。
  皆さん、それで良いですか?」

これにビシャラバンガが反応する。

 「己は構わんが、決意が鈍りはしないか?」

彼の懸念は尤もだった。
皆、決死とまでは言わないが、それなりの危険を覚悟して来た筈である。
一度安全な後方に帰った事で、再び、ここに戻って来る気力を失うかも知れない。
0802創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/27(金) 18:35:15.98ID:9b62l/jl
だが、それもワーロックは見越していた。
寧ろ、諦める者が多い事を期待していた。
特にリベラとラントロックである。

 「無理をする事は無い。
  引くべき時に引く事を何等恥だとは思わない。
  疲れたら休むのは当然だし、人によって歩幅も違う。
  遅い者に合わせる事が、物事を上手く行かせる骨だ」

ワーロックに説得され、ビシャラバンガは口を閉ざした。
不満はあるが、道理は認めて従う時の態度だ。

 「済まない、ビシャラバンガ君」

 「気にするな」

話が付いた後、レノックがビシャラバンガに数個の小石を渡す。

 「ビシャラバンガ君、これを」

 「ああ、例の小石か……。
  どうするのだ?」

 「思いっ切り遠くに投げてくれ」

 「分かった」

ビシャラバンガは小石を1個ずつ、城の廊下に投げた。
小石は廊下の闇の向こうに消えて、転々(ころころ)と小さな音を木霊させる。

 「ウム、良し、これで一旦帰ろう」

レノックの呼び掛けで、一行は城から退出する。
0803創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/27(金) 18:36:54.31ID:9b62l/jl
特に城の扉が開かないと言う事も無く、全員無事に城から出られた。
寒風吹き荒ぶ雪原に出て、一行は身を竦める。
ここから徒歩で帰らなくてはならないのだ。
吹雪の所為で、魔導師会の根拠地は見えない。
レノックの行進曲とコバルトゥスの精霊魔法が、一行を導く。
1角掛けて無事に魔導師会の西側根拠地に戻った一行は、ゲヴェールトを魔導師会に預ける。
ワーロックは魔導師会がゲヴェールトをどう処遇するのか心配して彼に同行した。
そしてゲヴェールトを連行しに出て来た執行者に話し掛ける。

 「待って下さい。
  彼は血の魔法使いで……」

 「解っている」

警戒を怠らないと言う意味で執行者は答えたが、ワーロックが言いたかったのは、そうでは無かった。

 「いや、そうじゃなくて……。
  複雑で面倒な話なんですが、彼は操られていたんです」

 「真実は取り調べで明らかになる。
  魔導師会は嘘を許さない。
  本当に操られていたなら、そう判る筈だ」

 「余り厳罰に処すのは気の毒です」

 「だが、操られていようと、操られていまいと、行為に関する責任は負って貰う。
  勿論、罪の軽重は変わるが、無罪放免とは行かない」

 「ええ、承知しています。
  それは当然です。
  でも……」
0804創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/27(金) 18:37:36.11ID:9b62l/jl
ワーロックは何とか話を聞いて貰おうと食い下がったが、執行者は膠も無く突き放した。

 「魔法に関する事は全て、魔導師会の専権事項だ」

擁護されているゲヴェールトも必死なワーロックを気の毒に思って言う。

 「済みません、もう良いですよ。
  後は俺自身の事なんで……」

その儘、ゲヴェールトは執行者達に連行された。
沈痛な面持ちのワーロックに、ラントロックが言う。

 「何も、そこまで必死にならなくても……」

これにワーロックは激怒した。

 「ラント、お前も他人事じゃないんだぞ!」

ラントロックも反逆同盟の一員だった。
ゲヴェールトとの違いは、その事実が公になっていないだけに過ぎない。
彼にとってゲヴェールトを守る事は、息子を守る事にも通じるのだ。
正論に口を封じられたラントロックをリベラが庇う。

 「お養父さん、ラントに当たらないで」

 「……ああ、悪かった、ラント」

ワーロックはラントロックに謝ったが、ラントロックは外方を向いた。
リベラはラントロックを優しく諭す。

 「お養父さんは貴方の為を思ってやっているの。
  それだけは解って上げて」

 「ああ、俺だってガキじゃない」

ラントロックは強がって大人振った。
0805創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/28(土) 19:14:05.62ID:PXXBI66T
その後、魔城に向けて再出発する前に、レノックは皆を集めて、改めて尋ねる。

 「さて、皆、ルヴィエラの強さは身を以て解って貰えたと思う。
  それでも尚、魔城に行きたいと思うかな?」

彼の問に、リベラとラントロックは口を閉ざし、周りの様子を窺った。
ルヴィエラは魔城に入った者を監視している。
彼女は気紛れなので、戯れに戦いに出て来るかも知れない。
そうなった時に、自分達は無事では済まないだろうと言う確信がある。
足手纏いになってしまうのでは無いかと心配もする。
最初にレノックの問に答えたのは、ビシャラバンガだ。

 「当然だ」

彼の事だから、そう言うに決まっていると、誰もが思っていた。
リベラは一度、養父ワーロックを見る。

 「お養父さん、行くの?」

 「ああ」

 「大丈夫?」

 「大丈夫では無いかも知れない。
  絶対に大丈夫とは、絶対に言えない。
  それでも何とか戦えそうではあった」

 「戦えるの!?」

目を剥いて驚くリベラに、ワーロックは眉を顰めた。

 「何をそんなに驚く」
0806創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/28(土) 19:14:52.07ID:PXXBI66T
リベラにはワーロックにルヴィエラと対峙出来る実力があるとは、全く思えなかったのだ。
リベラだけで無く、コバルトゥスも驚いていた。

 「先輩、マジッスか?」

 「マジだよ。
  信用が無いなぁ」

それを聞いてコバルトゥスは思案する。
自分が行かない事で、リベラ達の行動を抑えられるのでは無いだろうかと。
彼はワーロックに耳打ちした。

 「それで先輩、実際どの位、やれそうなんスか?」

 「一対一でも運が良ければ何とかなる位には」

 「……マジッスか?」

 「本当、本当。
  私の魔法と相性が良かったんだ」

 「俺が行かなくても大丈夫そうッスか?」

 「いや、居てくれた方が心強いが……。
  何か考えがあるのか?」

ここでコバルトゥスが怖じ気付いたとは、ワーロックは思わなかった。
そう察してくれた事が、コバルトゥスには嬉しい。

 「その通りッス。
  俺が行かない事で、リベラちゃんやラントを引き留められるんじゃないかと」

 「成る程な。
  しかし、良いのか?
  臆病者だと思われるかも知れない」
0807創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/28(土) 19:15:37.91ID:PXXBI66T
これも一種の自己犠牲だ。
自分の名誉が傷付く事にも構わず、命を守ろうとする。

 「元々俺には名誉なんて、有って無い様な物スから」

 「私に何かあったら、リベラとラントを頼む」

 「えっ、一寸待って下さいよ……」

行き成りワーロックが不吉な事を言う物だから、コバルトゥスは慌てた。
ワーロックは誤解されない様にと言う。

 「もしも、もしもの話だ。
  それに……。
  お前になら、リベラを預けても良いかも知れない」

 「いや、今までも俺はリベラちゃんを――」

今までワーロックと別行動をしていたリベラとラントロックの面倒を見ていたのは、コバルトゥスだ。
だから、彼はワーロックの言葉の意味を理解するのに、少し時間が掛かった。

 「えっ、えっ、もしかして?
  もしかして、そう言う事ッスか?
  そう言う事だと思って良いんスか!?」

要するに、ワーロックは養娘リベラを嫁にやっても良いと言っている。

 「何より当人の意思がある事が、大前提だがな」

 「ええ、はい、そりゃあ、もう!
  任せて下さい!」

 「あ、ああ……」

俄かに喜び元気になるコバルトゥスを見て、ワーロックは一寸早まったかなと思った。
0808創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/29(日) 18:43:47.32ID:59RR1L2r
その後にコバルトゥスは演技をして言う。
全員の顔色を窺いながら、申し訳無さそうな風を装って。

 「あの、俺は残っても良いッスか?」

これにはレノックとワーロック以外の全員が驚いた。
リベラが声を上げる。

 「コバルトゥスさん!?」

コバルトゥスは苦笑いしながら言う。

 「ルヴィエラと対峙して解りました。
  俺には奴を倒せるだけの力が無い。
  足手纏いになるのも嫌なんで、ここに残ります」

レノックは少し残念そうな顔をした物の、無理に誘いはしなかった。

 「そう判断したのなら仕方が無い。
  賢明な判断だ」

彼が肯定した事で、リベラとラントロックは益々動揺する。
ビシャラバンガが小声で呟く。

 「軟弱な」

それをコバルトゥスは聞いていたが、特に反論はしなかった。
彼の役割は「皆で行くのが当然」と言う空気に、一石を投じる事。
臆病と言われようが、惰弱と言われようが、甘んじて受ける覚悟だった。
そうした他人の為に名を捨てられる精神に、ワーロックは敬意を払っていた。
0809創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/29(日) 18:45:00.60ID:59RR1L2r
ここでワーロックはリベラとラントロックに尋ねる。

 「リベラとラントは、どうする?」

リベラが無理に行くと言わなければ、ラントロックも付いて来ないとワーロックは読んでいた。
それはリベラも判っている。
だから、ここでリベラが頷く事は、ラントロックを連れて行く事にもなる。
義弟を危険な目に遭わせたくないなら、リベラも残ると言うべきだ。
ラントロックは静かに義姉を見詰めていた。
彼の返事は彼女次第。
リベラは本心ではワーロックに付いて行きたかった。
しかし、足手纏いになるのは嫌だった。
ワーロックは迷うリベラに告げる。

 「無理をするな。
  私は、お前達を失いたくない」

コバルトゥスもリベラに言う。

 「自信が無いなら、やめた方が良い」

結局、彼女は押し負けて俯く。

 「……私は……」

その先をワーロックは配慮して言わせなかった。

 「それで良い。
  必ず帰って来るから」

 「絶対は無いって言ったじゃない……」

 「それでも帰って来る。
  私を……私達を信じてくれ」

力強く答えたワーロックに、リベラは小さく頷く。
0810創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/29(日) 18:45:25.79ID:59RR1L2r
彼女に続いて、ラントロックも言った。

 「俺も残る……と言うとでも思っているのか?
  親父、俺は行く」

 「ど、どうしてだ?」

彼の意外な決断に、ワーロックは吃驚して目を丸くした。
ラントロックの目は決意に満ちていた。

 「城の中に居る、昆虫人スフィカに用がある。
  スフィカは一応、俺達の仲間だった。
  出来る限り、連れて帰りたい。
  もし会えれば、無理遣りにでも」

 「分かった」

それを聞いたワーロックは、特に何も言わずに了解する。
「待て」とも「止めておけ」とも言わない。

 「お養父さん!?」

 「ラントが決めた事だ」

リベラには訳が分からなかった。
狼狽えて不安気な目をする彼女に、ラントロックは告げる。

 「義姉さん、言いたい事は解ってる。
  危険は覚悟の上だし、もしかしたら足を引っ張るかも知れない。
  でも、俺は行く」

義弟の強い瞳にリベラは何も言えなかった。
0811創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/30(月) 18:43:50.89ID:LFeBO5Y7
リベラはラントロックは自分に付いて来る物だとばかり思っていた。
これまでは、そうだったのだ。
しかし、今後も続くとは限らないと言う事を、彼女は解っていなかった。
コバルトゥスにとってもラントロックの反応は予想外だったが、それよりも彼の心は、
リベラを引き留める事に向いていた。

 「リベラちゃん、ラントも自分の考えがあるんだ。
  それは尊重してやらないと」

 「でも、危険過ぎます!」

彼女の反論にコバルトゥスは言う。

 「ああ。
  ラントは、それを承知で行くんだよ。
  誰かが行くからとか、そう言う事じゃなくて、自分自身の意思で」

 「自分自身の意思……」

 「そう言う人間は強い。
  自分がやらないと行けない、自分にしか出来ないと思った時、本当の力が出る」

 「でも、それでもルヴィエラには――」

 「否々(いやいや)、リベラちゃん、ラントの話を聞いていたかい?
  彼はルヴィエラを倒しに行くんじゃないよ。
  彼は彼にしか出来ない事、彼が『やらなければ行けない事』をしに行くんだ」

リベラは黙り込んで考えた。
そしてラントロックを羨ましく思った。
リベラは何時も受動的だった。
魔城に行くと言ったのだって、養父が行くと言った為。
しかし、ラントロックは父も義姉も関係無く、自分の目的を持って行く。
0812創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/30(月) 18:44:26.35ID:LFeBO5Y7
一方、レノックは未だ態度を決めていない、残りの1人と1匹、ササンカとニャンダコーレを見た。

 「君達は、どうする?」

それにニャンダコーレが答える。

 「私も、コレ、残る事にします、コレ。
  この体なら、コレ、ルヴィエラも見逃すかと思ったのですが、一度正体を知られた以上、コレ、
  敵も油断してはくれますまい」

 「分かった。
  ササンカ君は?」

レノックは本音ではササンカには待っていて欲しいと思っていたが、それを口にはしなかった。
彼もササンカの事はササンカ自身が決めるべきだと思っている。

 「私は常にレノック殿と共に在りたいと思っています」

ササンカは正直に答えたが、レノックが少し残念そうな顔をしたので、不安になって問うた。

 「……御迷惑ですか?」

 「そうじゃない。
  君には危険な目に遭って欲しくない」

 「それならば、そう命じて下さい。
  貴方の命令なら、どんな理不尽な事でも従います。
  待てと言われれば、待ちましょう」

レノックは暫し悩む。
彼女を連れて行くべきか、それとも安全の為に残らせるべきか……。
0813創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/09/30(月) 18:45:32.27ID:LFeBO5Y7
彼はワーロックを一瞥した。
その視線に気付いたワーロックは、適切な助言が出来ないかと考える。

 「レノックさんは、逆の立場なら、どうしていましたか?」

 「逆?
  僕がササンカ君だったらって事かい?
  その問は難しい。
  だって、僕には……人を想う気持ちなんて解らないんだから。
  恋焦がれる程、人を好きになった事は無い。
  旧い魔法使いだから、悪魔の一種だから、そう言う機能が無い」

 「『無い』と言う事は無いと思うんですけどね……。
  人間に惚れた悪魔なんてのは、それこそ昔から居る訳で。
  確かに、それが人間と同じ感情や感覚かは分かりませんが……。
  しかし、親(ちか)しい人を想う気持ちが、全く解らないと言う事は無いと思いますよ」

レノックはササンカを凝(じっ)と見詰めた。
ササンカも又、レノックを見詰め返す。
彼女は全く揺るぎもせず、レノックの瞳を見続けた。
それは必死にレノックに訴えている様だった。
やがてレノックは結論を出す。

 「……ササンカ君、一緒に来てくれ」

彼はササンカの意思に任せるのでも無く、自分から願った。
それに対して、ササンカは冷静な声で頷く。

 「仰せの儘に。
  我が身も心も、永久に貴方と共に」
0814創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/01(火) 19:26:28.99ID:+JQ2aNiu
結局、ルヴィエラの魔城に向かうのは、レノック、ワーロック、ビシャラバンガ、ササンカ、そして、
ラントロックの5人となった。
リベラはラントロックに、自分の持ち物を持たせられるだけ持たせる。

 「ラント、これを」

養父が使っていた、お下がりのバックパック、魔法のスカーフ、自作の木彫りのペンダント、
護刀(まもりがたな)。

 「絶対に無事に帰って来て」

 「当たり前だよ。
  元から死ぬ積もりなんか無い」

ラントロックは強気に言い切って、大きく頷いた。
それから5人は吹雪の中を歩き、再びルヴィエラの魔城へと向かう。
レノックの行進曲が、吹雪と寒さを和らげて、足を進める勇気を引き出す。
道中、ワーロックはラントロックに話し掛けた。

 「お前が一緒に来るとは思わなかった」

 「義姉さんと一緒に残るって?」

 「……そうだな。
  そうする物だとばかり思っていた」

ワーロックの口振りは沁み沁みとしており、感慨深気だった。
彼は実の息子ラントロックの成長を喜んでいるのだ。

 「だが、余り気負うな。
  焦りは良い結果を齎さない」

彼の忠告をラントロックは素直では無い言い方で受け取る。

 「解ってるよ、その位」
0815創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/01(火) 19:27:11.19ID:+JQ2aNiu
一方、魔城の中で一行を待ち受けるルヴィエラは、玉座の間にて遠見の鏡で様子を窺っていた。

 「何だ、5人しか居ない?
  人が減っている。
  この私を侮っている……訳では無かろう。
  何か企て事をしておるな?
  詰まらない事を考えるねェ」

ルヴィエラの側には4人――否、4体が控えている。
これが反逆同盟最後のメンバーだ。
昆虫人スフィカ、寓の魔法使いバルマムス、予知魔法使いスルト・ロアム、そして黒騎士。
ルヴィエラはスルトに尋ねた。

 「スルトよ、お前の予知では何と出ている?」

 「……実の所、貴女の将来は測り兼ねる。
  彼等に本気で対抗する為には、如何に貴女でも全力を尽くさねばならぬ。
  然すれば、魔法の世界が訪れよう。
  私の予知は魔法の世界の前では大いに乱れる。
  飽くまで、予知とは世の理があっての事」

 「私が『全力』を出すと言うのだな?
  それは変えられない運命だと」

 「その通りだ」

 「情け無い!
  堂々と言う事か!?」

スルトが余りに淡々としているので、ルヴィエラは苛立を打付ける。
しかし、彼は全く動じなかった。

 「全ては運命。
  私は全知ではあるが、全能では無い」
0816創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/01(火) 19:28:01.91ID:+JQ2aNiu
しかしながら、ルヴィエラはスルトの言う事を疑っていた。
魔法の世界を展開する事は、如何にルヴィエラでも容易では無い。
彼女が本気を出した上で、魔城の機能も借りなくてはならない。
そこまでの事態になるのかと言う疑いが、先ずあるのだ。
一行の中で最も魔法資質の高いレノックでさえも、魔法の世界を召喚するまでも無い。
そうなると……。

 (やはり、あの男か……)

ルヴィエラはワーロックに注目した。
魔法資質は感じられないのに、レノックと同等以上の威力の魔法を使える、脅威の存在。

 (奴は一体何なのか……。
  神の遣した刺客?
  ウーム、それにしては俗い)

ワーロックは純粋に強いのでは無く、何か秘密がある筈だとルヴィエラは考える。
それを暴ければ、取るに足らない相手だと思うのだ。
では、誰なら彼の本性を暴けるか……。
残ったメンバーは余りにも頼り無い。
ルヴィエラは黒騎士に目を遣る。
以心伝心。
彼女の心は一瞬にして黒騎士に伝わる。

 「ルヴィエラ様が自ら、お出でになるまでも御座いません。
  この私が行きましょう」

 「しかし、お前は一度巨人魔法使いに負けている。
  私の介入が無ければ、お前は消滅していた。
  やはり私の助けが必要だろう」

 「……自らの無力を恥じるばかりであります」

 「良い。
  では、行け」

ルヴィエラの指示で、黒騎士は闇に溶ける様に姿を消す。
0817創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/02(水) 18:40:19.82ID:ika3KIit
再び魔城の門の前にまで到着した一行は、一旦足を止める。
息を呑む様な威圧感は相変わらずで、やはり誰も恐れを感じずには居られない。
それでも前に進むしか無い。
意を決して門に触れようとしたビシャラバンガを、レノックが止める。

 「待ってくれ」

態々止められたので、罠でもあるのかと思ったビシャラバンガだったが、レノックの行動は……。

 「頼もう!!」

彼は大声で案内を乞うた。
ビシャラバンガは眉を顰める。

 「何をしている?」

 「どうせ、僕等が来た事は、お見通しなんだ。
  窃々(こそこそ)したって意味が無い。
  だったら、正面から堂々と入ってやろう」

一理ある様な無い様な行動に、ビシャラバンガは何と言って良いか分からず、沈黙した。
一行は暫く待ったが、反応は無く、どうすれば良いのかと、揃ってレノックの顔を見る。

 「反応が無いなら、仕様が無い。
  入るとしよう」

レノックは門を潜り、城内に足を踏み入れる。
その他の者も彼の後に続いて、城内に進入した。
城内に入った一行の前に、黒騎士が現れる。

 「よく来た、お客人。
  先ずは、用件を伺いたい」
0818創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/02(水) 18:41:20.10ID:ika3KIit
一行は身構えるも、黒騎士が仕掛けて来る様子は無いので、話に応じる事にする。
応えるのはレノック。

 「城の中を見学させて貰いたい」

 「……暫し待て」

黒騎士は一行に待機を指示して、パッと姿を消した。
一行はルヴィエラを倒す為に来たのだと思っていたので、全く予想外だったのだ。
黒騎士はルヴィエラに報告する。

 「ルヴィエラ様、奴等は城を見学したいと」

 「我が城に何か秘密があると思っておるのかな?
  それとも城を無力化する策でもあるのか……」

 「如何致しましょう?」

 「……戦う気が無いのであれば、放置しても構わぬと思うが……。
  妙な小細工をせぬ様に、見張っておれ」

 「御意」

ルヴィエラの指示を受けた黒騎士は、再び一行の前に現れた。

 「では、案内する。
  付いて来い」

本当に要求が通ってしまったので、一行は困惑しながらも従った。
黒騎士は先ず、城の西塔に向かう。
0819創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/02(水) 18:41:44.01ID:ika3KIit
一行は黒騎士の後に付いて、城の西塔へ。
しかしながら、何も無い城である。
何も生きている気配がしない。
ササンカはレノックから無言で小石を受け取り、密かに床に落とした。
隠密魔法使いだけあって、ササンカの行動は自然その物。
傍から見ても、忽(うっか)り落としたのと区別が付かない。
余り気付かれないのも如何かとレノックは思ったが、明から様過ぎて怪しまれても都合が悪いので、
後でルヴィエラが気付いてくれる事を願った。
空疎な城の中は極寒の地に在りて唯寒いばかり。
西塔の螺旋階段を上り、塔の頂に着くと、吹き飛ばされそうな一層強い寒風が吹き荒れている。
レノックは黒騎士に尋ねた。

 「君は寒くないのかい?」

 「私は人間とは違う。
  痛みも暑さ寒さも感じる様には出来ていない」

 「ああ、余計な心配だったかな?
  しかし、寂しい城だ。
  どれだけ豪奢でも、人の居ない城は寂しいよ。
  ルヴィエラは虚しくないのだろうか?」

 「我が主の御心は余人の与り知る所では無い」

黒騎士は悪魔らしい答え方をした。
悪魔にとって、上意を疑う事は不敬に当たる。
下位の者に上意は解らなくて当然であり、一々知りたい等と思う事自体が僭越なのだ。
唯忠義を尽くすのみ。
だが、レノックは「無礼」な口を利くのを止めない。

 「宝石と同じだ。
  光物を纏い、身形を綺麗に飾るのは、人前に出る為。
  箱に仕舞うだけならば、石屑でも同じ事。
  独り眺めて愉しむ趣味でもあるまいに」
0820創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/03(木) 18:44:55.75ID:4oX3ismA
黒騎士は沈黙したが、レノックは続ける。

 「もしかしたら、だから地上に出て来たのかもな。
  立派な城は、やはり人に見せ披かす物だよ。
  しかし、立地が悪い。
  そうは思わないか?」

彼は黒騎士に問い掛けたが、無視を決め込んだ黒騎士は全く反応しない。
レノックは肩を竦めて言う。

 「ここは十分だ。
  城を案内するんだから、もっと見所を考えないと駄目だよ。
  ここだって言う売りが無いと、唯見ているだけでは詰まらない」

そうは言っても、黒騎士は案内人では無いから、どう仕様も無い。
そもそも彼の言う売りや見所が今一つ解らない。
レノックは困った顔で、黒騎士に言った。

 「ルヴィエラを呼んでくれ。
  君では話にならないよ。
  僕が案内人とは如何なる物か教えよう」

その発言に一行は驚いた。
態々ルヴィエラを呼び付けようと言うのだから。
時間稼ぎとしては最適なのかも知れないが、いざと言う時に逃げられなくなるかも知れない。
幸い、黒騎士はレノックの小言に付き合う積もりは無かった。

 「そんな事で我が主の手を煩わせる訳には行かない。
  客人は客人らしく、大人しくしていて貰おう」
0821創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/03(木) 18:45:43.27ID:4oX3ismA
レノックは再び両肩を竦めて、諦めた様に溜め息を吐く。

 「仕様が無い。
  僕も客人としての立場は弁えている積もりだ。
  とにかく、もう少し見所と言う物を考えてくれ」

彼は注文を付けるだけ付けて、漸く沈黙した。
一行は安堵して胸を撫で下ろす。
本当にルヴィエラを呼ばれていたら、どうする積もりだったのか……。
一行は西塔の上から屋内に引き返し、今度は東塔へと向かう。
――さて、ルヴィエラは当然の様にレノックの話を聞いて、立腹する所か、何と納得していた。

 (確かに、黒騎士では不案内に過ぎるね。
  だからと言って、この私が出て行くと言うのも……。
  ウーム、どうした物かねェ……)

そんな事を考えながら、彼女は残ったメンバーを一覧した。
しかし、口巧者と思しき人材は居ない。
バルマムスは新参、スルトは洒落が通じない、スフィカは無口と来ている。
黒騎士の様に、配下を創造しても、俄かに人間に通じる知識を持たせる事は難しい。
悪魔に美的感覚を求めるのが、そもそも間違いなのだ。
悩まし気な顔のルヴィエラに、バルマムスが問い掛ける。

 「如何なされた?」

 「バルマムスよ、貴公は、この城をどう思う?」

 「それは素晴らしい城で御座います」

 「お弁口(べっか)は嫌いだよ。
  具体的に、『どこが』、『どう』素晴らしいか、言えるか?」
0822創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/03(木) 18:46:35.92ID:4oX3ismA
ルヴィエラに問い詰められ、バルマムスは答に窮したが、嘘だとも言えずに見栄を張る。

 「それは100でも200でも」

旧い魔法使いは基本的には嘘を吐かない物だが、このバルマムスは例外的な存在だ。
曖昧さを司る為に、真実を嘘に、嘘を真実に出来る。
当人も、それなりに知恵が回る。
ルヴィエラはバルマムスの言葉を心の底から信じた訳では無いが、嘘でも本当でも面白いと思い、
戯れに命じた。

 「良し。
  では、黒騎士に代わって、奴等に城を案内してくれ。
  この城の名所と美点を100でも200でも、飽きるまで聞かせてやれ」

 「えっ、それは」

バルマムスが答える前に、ルヴィエラは闇に呑ませて送り込む。
――そして、バルマムスは黒騎士の前に落とされた。

 「あの、マトラ様……?
  い、行き成りは困りますよ!?」

逆に黒騎士はルヴィエラに呼び戻される。

 (黒騎士、御苦労だった。
  お前の役目は、ここまでだ。
  後はバルマムスに任せるが良い)

 「はい、ルヴィエラ様……」

黒騎士は自らの影に潜り込み、姿を消す。
残されたバルマムスは一行に睨まれて、縮み上がった。

 「あっ、いや、その、私は……」
0823創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/04(金) 19:45:30.74ID:vuKw4Wvu
もう、こうなったら仕方が無いと、バルマムスは堂々と言う。

 「ここからは黒騎士に代わって、私が案内仕る」

恭しく一礼し、敵対の姿勢が無い事を示したバルマムスは、一行に背を向けて歩き始めた。
背後から襲われないかと内心怯えながらも、バルマムスは言う。

 「さて、黒騎士は、どこまで案内しましたか?」

この問にレノックが答える。

 「西塔を案内しただけだよ」

 「然様ですか……。
  では、次は東塔ですな」

背中から攻撃されないかと、バルマムスは内心恐々としていたが、そんな事は無く、東塔に着く。
東塔の螺旋階段を上りながら、バルマムスは適当に講釈した。

 「この城は旧暦の王城を模した物です。
  外観も内装も立派な物でしょう?」

これにレノックは異を唱える。

 「しかし、寂しい。
  王城とは、もっと人で溢れている物だよ。
  寂れた古城の趣も悪くは無いが、それでも主が居るなら、僕を配しておく物だ。
  平気で埃を積もらせている等、衛生観念を疑われる」

彼は城の壁を手で撫でて、手袋の先に着いた埃に眉を顰めると、フッと息を吹いて飛ばした。
丸で小姑の様だと、バルマムスはレノックに背を向けて嫌な顔をする。
0824創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/04(金) 19:46:42.06ID:vuKw4Wvu
バルマムスは一行を東塔の屋上に連れて出ると、周囲を一望して語った。

 「見事な景色でしょう?」

それに突っ込むのは、やはりレノック。

 「見事も何も吹雪で殆ど何も見えないじゃないか……」

 「一面の白!
  これも一種の芸術だとは思いませんか?
  晴天の時は、地平線まで銀世界が広がります。
  南を向けば、白き山脈。
  ……今は生憎の吹雪ですが……」

 「ウーム、解らなくは無いかな……。
  しかし、ルヴィエラは白が好きなのかい?」

 「逆ですよ。
  夜には、この白が黒に呑まれます。
  漆黒の母たる彼女に相応しい景色でしょう」

 「成る程」

レノックは納得して頷いたが、殆どバルマムスの出任せである。
これがルヴィエラの真意とは限らない。
当のルヴィエラはと言うと、バルマムスの口八丁に感心し切りだった。

 (フーム、やはり口の巧い者は良い……。
  私の配下にも、あの位の者が1人は欲しいな)
0825創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/04(金) 19:48:01.06ID:vuKw4Wvu
そう思いながら、彼女は黒騎士を見る。

 「黒騎士」

 「はい、何でしょうか?」

 「お前も少しはバルマムスの達者な口を見習え」

 「はい」

しかしながら、配下の性質は主に似る物だ。
口巧者の配下が居ない事は、ルヴィエラ自身に理屈を捏ねる能力が無い事を意味している。
圧倒的な力を持つ彼女は、一々面倒な理屈を捏ねる必要が無い。
多くの大悪魔は、異空に自分の世界を持っているので、そこから自然に生まれた物の中には、
他者との競争から固有の能力、或いは、個性を身に着けた物が現れる。
そうした「自ら生み出した物では無い存在」を配下に「加える」事によって、度量の大きさを示す。
ルヴィエラは魔城こそ持っているが、そこに命が生まれる様にはしなかった。
その頃、バルマムスは一行を引き連れて、城郭の上を歩き、城を一周する。

 「小都市にも比肩する、この広さを御覧下さい」

 「広いばかりで何も無いじゃないか……」

呆れるレノックをバルマムスは嘲笑した。

 「呵々々、何も解っておられませんな。
  この中に町を封じるのですよ」

それを聞いてワーロックとレノックの顔が引き締まる。
彼等には「町を封じる」事に覚えがあった。

 (恐ろしい城だ。
  この城自体が、その儘、兵器の様な物……)
0826創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/05(土) 17:43:48.57ID:1wRxmXOu
バルマムスは続ける。

 「勿論、御存知の事と思いますが、この城は只の城ではありません。
  それは丸で生きておるかの様です。
  否、もしかしたら本当に生きておるのかも知れませんな」

ワーロックは城を見回して、ある事に気付き、レノックに囁く。

 「レノックさん、この城、あの時と違います。
  天守の外観は同じ様ですが……」

 「ああ、解っているよ。
  城郭が小さい。
  恐らくは可変なんだろうな。
  それに城に入る前の威圧感……。
  あれはルヴィエラの物では無かった。
  僕等は城その物に圧倒されたんだ」

レノックの発言にワーロックは困惑した。
「城」と一体どう戦えば良いのか?
しかし、レノックは冷静に推測を述べる。

 「城が生きているとは言え、能動的な活動は限られるだろう。
  誰の指示も無く、活発に動く事は無いと思う」

 「そうなら良いんですけど……」

2人が話し合っていると、バルマムスが大きな声で言う。

 「さて、皆様。
  体が冷えない内に、中に入りましょう」

一行は寒風吹き荒れる外から、再び城内に入った。
0827創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/05(土) 17:44:35.67ID:1wRxmXOu
続いてバルマムスは一行を宿泊棟に案内する。

 「ここは宿泊棟です。
  この棟は円形で、全て似た様な構造の客室であり、非常に迷い易いです。
  部屋数は高級ホテル並みで、広さも十分」

 「そんなに誰が泊まると言うんだい?」

レノックは又も突っ込みを入れた。
バルマムスは眉を顰める。

 「嘗ては賑わっていたのでしょうな。
  必要が無ければ、造られない物なので」

ルヴィエラの性格からすれば、別に必要があろうと無かろうと、無駄な機能を付けるのは、
有り得ない事では無いのだが……。
それからバルマムスは暫く、宿泊棟を歩いていた。
最初の内は大人しく後に続いていた一行だが、中々次の場所に付かない事を疑い始める。
ビシャラバンガが苛付いた様子で尋ねる。

 「おい、何時まで、こんな所を彷徨いているんだ?」

バルマムスは身を竦めて、早口で弁解した。

 「いえ、ここは広い上に、同じ様な部屋が並んでいると言ったでしょう?」

 「それにしても限度がある」

ビシャラバンガは凄んでみせるが、レノックが彼を止めた。

 「待ってくれ、ビシャラバンガ。
  アストリブラ、もしかして迷ったのか?」
0828創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/05(土) 17:45:12.20ID:1wRxmXOu
その通りである。
バルマムスは正直に告白しようか迷った。
自分達の拠点なのに道に迷うとは大間抜けも良い所。
大恥である。
旧い魔法使いは体面を気にする物だ。
ここで素直に認めては、レノックに馬鹿にされるだけでなく、全員に呆れられる事は想像に難くない。

 「迷った?
  フフフ、何を馬鹿な」

苦境に陥ったバルマムスは不敵に笑う。
一行は戦闘になる覚悟をして身構えた。

 「敵に城を案内しろと言われて、素直に案内する馬鹿が居ると思うのか?
  貴様等は、ここで永遠に迷い続けるのだ!」

そう言うと、バルマムスは蝙蝠の姿になって、あっと言う間に飛び去ってしまう。
一行は迷い易いと言う宿泊棟に、初見の状態で置き去りにされた格好。
だが、レノックは全く慌てていなかった。

 「仕様が無い。
  一旦、引き返そう」

ラントロックが驚いて声を上げる。

 「えっ、帰れるの?」

レノックはササンカを顧みて得意気に言う。

 「道標を置いて行ったからね」
0829創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/06(日) 16:54:20.58ID:e3hPirRE
一行は小石を辿って、城の入り口前に戻って来た。
迷わなかったのは良いが、この先どうするのか、ワーロックはレノックに問う。

 「ここから、どうしましょうか?」

 「取り敢えず、別の者を遣して貰う様に、頼んでみるよ」

そう答えたレノックは、高い天井を見上げ、虚空に向かって呼び掛ける。

 「おーーい、ルヴィエラ!
  案内人が、どこかへ行ってしまったぞ!
  どうすれば良いんだ?」

それを受けて、ルヴィエラは対応を考えていた。

 「……バルマムスめ、気でも違ったのか?」

唐突に役割を放棄して逃げ出したバルマムスの行動が理解出来ず、彼女は困惑する。
残るはスルトとスフィカと黒騎士だけ。

 「そうだな……スルト、行けるか?」

指名されたスルトは驚きも無く頷いた。

 「解った。
  これも運命」

本当に全知で全てを理解しているのか、ルヴィエラは怪しみながらも、スルトを闇に呑ませて、
送り込む。
0830創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/06(日) 16:54:57.81ID:e3hPirRE
一行の前に現れたスルトは、先ず自己紹介した。

 「お初お目に掛かる。
  私の名はスルト・ロアム、予知魔法使いだ。
  バルマムスに代わって、案内仕る」

レノックは疑いの目で彼を見る。

 「そのバルマムスは『敵を案内する馬鹿が居るか』と言って、逃げて行った訳だけど」

 「『あれ』の事は本当に解らない。
  私に敵意が無い事は解って貰いたい」

 「予知魔法使いなのに?」

予知魔法使いにとって、「分からない」は禁句だ。
未来を見るのだから、分からない事があってはならない。
それを恥ずかし気も無く言えるからには、裏がある。
そうレノックは思っていたのだが、スルトは平然と答えた。

 「行動は判っても、心の中までは解らない。
  そう言う物だ。
  予知魔法使いが『嘘を吐かない』と言う事は知っていよう」

レノックはスルトに言い負かされて沈黙する……訳も無く、問を変えて尋ねた。

 「それなら、この先どうなるか判っているのかな?」

 「ああ、判っている。
  全ては私の予知の通りに」
0831創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/06(日) 16:55:18.10ID:e3hPirRE
スルトが自信と余裕を持って答えたので、レノックは彼を怪しんだ。

 「どうなるのか、言って貰おうじゃないか?」

 「そうは行かない。
  意図的に予知を外されては敵わない。
  真実は我が内にのみ」

 「役に立たない予知魔法使いだなぁ」

レノックは挑発的に言うも、スルトは相手にしなかった。

 「予知魔法使いに必要な物は、予知を裏切らない真の主だ。
  それ以外の者に真実を告げる必要は無い」

 「寂しい奴め。
  まあ、それは良いとして、案内宜しく頼むよ」

 「では、行こう」

独り先に歩き出したスルトに、レノックは問う。

 「どこに?」

 「お前達が最も知りたいと思っている所。
  この城の中枢だ」

そう言うと、彼は城の正面に見える吹き抜けの大階段の裏手に回り込み、一行を地下へと誘った。
罠では無いかと警戒する面々を、レノックは説得する。

 「只の見学だよ。
  恐れる事は無い。
  彼が言った通り、予知魔法使いと言う物は嘘を吐けないんだ」
0832創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/07(月) 19:10:19.49ID:EwmQhuA7
城の地下は益々暗い。
ワーロックは明かりの魔法で、レノックはランプのベルで暗闇を照らす。
一行を先導するスルトは暗い中でも、階段を踏み外す事無く、真っ直ぐ歩いている。
下降螺旋の階段を10身は下りただろうか……。
一行は広間に出る。
広間の中央の床には、青白く光る巨大な円形の「何か」が置かれていた。

 「これは……!」

レノックは目を見張って、驚きを顔に表す。
ビシャラバンガもラントロックもササンカも、ワーロック以外の全員は、この円から膨大な魔力を、
感じ取っていた。
スルトは淡々と告げる。

 「そう、これが所謂『魔界への門』だ」

レノックは絶句している。

 「どうしたんですか、レノックさん?」

ワーロックが尋ねると、彼は深刻な顔で言った。

 「ルヴィエラには勝てないかも知れない。
  この城は危険過ぎる……!」

 「どう言う事なんですか?」

 「ルヴィエラは無限の魔力を扱えると言う事だ。
  魔法には魔力が必要だ。
  如何にルヴィエラでも、無から魔力を生み出す事は出来ない。
  だから、『供給源<リソース>』の限られる地上では、全力を出し切る事は出来ない――筈だった」
0833創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/07(月) 19:10:57.09ID:EwmQhuA7
途中でビシャラバンガが口を挟む。

 「ここからは膨大な魔力が放出されている。
  察するに、恐らく無尽蔵に魔力が湧き出るのだろう?」

レノックは深く頷いた。

 「その通りだ。
  ルヴィエラは、その気になれば魔法の世界を召喚出来る。
  魔法大戦の再来になるぞ……!」

今一つ状況を理解出来ないラントロックは、レノックに問う。

 「魔法大戦の再来って……?」

 「あぁ、詰まり……。
  この地上に魔力が溢れてしまうんだ。
  大量の魔力は地上を汚染する。
  そして地上の生き物に、大きな変化を齎す……」

 「詰まり?」

 「今の世界は崩壊するかも知れない。
  それこそ旧暦の様に、全てが海の底に沈んでしまうかも」

レノックは一度スルトに目を遣って尋ねた。

 「お前は、それを望んでいるのか?」

スルトは小さく首を横に振る。

 「私は何も望まない。
  全ては私の予知の通りに」
0834創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/07(月) 19:12:20.26ID:EwmQhuA7
レノックはスルトに疑いの眼差しを向けた。

 「予知魔法使いは自分の未来を語らない。
  そして、自分の為に予知をしては行けない。
  お前の予知は誰の為にある?」

 「予知は予知、誰の為でも無い。
  未来は既に定められており、誰にも、それは変えられない。
  未来は唯訪れるのみ。
  誰の為でもありはしない」

その達観した物言いに、レノックは確信を持つ。

 「お前は……。
  お前が目指している物は、全知の書か!?」

力のある予知魔法使いは、未来を選択する。
しかし、スルトは自分の手で未来を変える積もりは無い。
既に決定された物として扱っている。
それは予知魔法使いの究極の姿だ。

 「御明察。
  私の目標を言い当てた褒美に、一つ予言しよう。
  魔法の世界は訪れる。
  必ずな」

スルトは不敵に笑い、未来を予知する。
予知魔法使いの予知は、先ず外れない。
レノックは内心の焦りを抑えて、強気に言う。

 「良いのかな?
  そんな予言をしてしまって」
0835創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/08(火) 18:56:19.08ID:VjgliUG2
予知を外す事は、予知魔法使いとしては致命的だ。
全知の書を目指すのであれば、尚の事。
しかし、スルトは全く気にする様子が無い。

 「良いも悪いも無い。
  私にとっては過去も未来も同じ物。
  過去を否定出来ない様に、未来も否定出来はしない。
  外れないから予言なのだ」

余程自信があるのだろうと、レノックは推察する。

 「その予言をルヴィエラは知っているのか?」

 「ああ、知っている。
  私が教えた」

予知魔法使いは予言する事で、未来を引き寄せると言う。
だが、それは必ずしも成功するとは限らない。
予言は実現するまでは常に外れる可能性を孕んでおり、特に意地の悪い者は意図して予言を外そうと、
天邪鬼な試みを実行する事がある。
ルヴィエラの性格は正に天邪鬼だ。
彼女に対して本当に予言したのかと、レノックは大いに驚く。

 「あのルヴィエラが、大人しく予言に従う物か?」

 「何人たりとも未来からは逃れられない」

スルトの反応に、これは不味いぞとレノックは感付いた。
今までルヴィエラを正面から打ち倒す事ばかり考え、魔導師会と計画して来た。
しかし、それが今頃になって、全て裏目に出ようとしている。
0836創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/08(火) 18:56:46.76ID:VjgliUG2
蒼褪める彼をワーロックが心配する。

 「レノックさん?
  どうかしたんですか?」

 「ワーロック、僕達は間違ってしまったのかも知れない……。
  事ここに至って、全てが手遅れになるとは……」

全員が目を見張って、レノックに注目する。
彼は自らの予見の甘さを悔いて、謝罪した。

 「皆、済まなかった。
  もう直ぐ魔導師会の結界が発動する。
  しかし、ルヴィエラを止める事は出来ない。
  ここに『異空<デーモテール>』への門があるとは……。
  ルヴィエラに力で対抗するべきでは無い。
  そんな事は解っていたのに……」

ササンカは信じられないと言った顔で問う。

 「ど、どう言う事ですか、レノック殿……?」

 「魔法の世界が来てしまうんだ。
  魔導師会の結界が発動すれば、ルヴィエラは魔法の世界を召喚する。
  唯一の正解は、ルヴィエラを追い詰めない事だった。
  共通魔法社会に敵対する者とて無限に居る訳じゃない。
  だから、攻めて来る者を撃退して、戦力を削る事だけに集中するべきだった」

そして、魔導師会の結界が発動する……。
0837創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/08(火) 18:57:23.58ID:VjgliUG2
魔導師会の結界は、魔城の周辺を覆い尽くし、そこからの魔力の流れを完全に遮断した。
完璧な魔力封印結界。
如何に魔法資質が高くとも、魔力を封じられては何も出来ない。
しかし、そこに抜け穴があったとしたら?
魔力封印結界の肝は、外部からの魔力供給を断絶する事にある。
それなのに、その抜け穴が城の中にあるのだから、成功する筈が無い。
ルヴィエラは城の機能を使い、文字通り『無限の』力で結界を破壊するだろう。
その余波は結界を破壊するだけに止まらず、この星を魔法の世界へと変える……。
魔城の中、一行の目の前で、魔界への門が虹色に煌めき出した。
膨大な魔力が門から流れ出している。
一行は魔力の流れに呑み込まれ、散り散りになった。
世界が虹色に染まって行く。
混沌が世界を覆い、物体、物理、精神までも、あらゆる物が境界を失って、乱れ、撹拌される。
世界は終わった。
混沌が全てを支配して、秩序を無に帰し、跡に残った物は小さな欠片だけ。
0839創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/09(水) 19:04:12.11ID:STS3zZqB
世界崩壊


それは一瞬の出来事だった。
結界を張り終えて勝利を確信した魔導師会は、同時に敗北を悟る事になる。
後悔する暇も無く、膨大な魔力と共に放出された混沌の波動は、結界を押し破り、星を呑み込んだ。
星は虹色に揺らめく奇怪な空間に覆われる。
そこは魔法の世界。
あらゆる物理法則が失われた、混沌の世界。
先ず、魔力によって形作られていた物が全て失われた。
魔法道具の一切が役に立たず、人間だけで無く、妖獣や自然の精霊も失われる。
純粋な物質存在は辛うじて残っていたが、天も地も失われた中で、力無く漂うだけだった。
侯爵級上位の力を持つレノックでも、自分の身を守るだけで精一杯。
レノックは人間の姿を捨て、釣鐘型の箱舟形態になっていた。
彼は混沌の海でも自由に活動する為に、幾つもの箱舟形態を持つ。

 (終わった……。
  世界の終わりが、こんなにも呆気無い物だったとは思いもしなかった。
  ルヴィエラの能力は公爵級でも上位、もしかしたら伝説の皇帝級に匹敵するかも知れない。
  あのアラ・マハイムレアッカでさえ、ここまでの事は出来なかった。
  ルヴィエラと魔城の力か……)

彼の心は虚無に囚われていた。
しかし、深い悲しみの中でも、絶望する事は無い。
何故なら、彼は愛を持たない悪魔だから。
己の悲しみを音にして、寂しく奏でるのみ。

 (ササンカ君、済まない。
  そして皆も……。
  僕は誰一人守れなかった)

混沌の海で演奏を続けるレノックの目の前に、ワーロックが現れた。
混沌の嵐の中でも、彼は生きていた。

 「レノックさん、これは一体!?」

しかも、意識を持って呼び掛けて来る物だから、レノックは驚く他に無い。
0840創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/09(水) 19:05:51.96ID:STS3zZqB
 「ラヴィゾール!?
  何故、生きているんだ!?
  否、生きている事は不思議では無いけれども!
  よく混沌の海で形を失わなかったな!?」

これは偶然にしても幸運過ぎると、レノックは感激して二枚貝状に変形し、ワーロックを保護する。
ワーロックは魔法資質が低過ぎて、精霊が弱かったので、混沌の嵐の中でも、精霊が引き裂かれず、
その儘の状態で残ったのだ。
それは槌で石を砕く事は出来ても、砂は砕けないのと同じで、何等不思議では無い。
問題は、その弱い精霊が混沌の海に溶け込まなかった方だ。
レノックは貝の中に分身を生み出して、ワーロックを驚かさない様に話し掛ける。

 「どうして無事だったんだ!?」

 「いえ、どうしてと聞かれても困るんですけど……。
  何と無く、無事でした。
  持っていた魔法道具は、全部駄目になってしまいましたけど」

 「そう言う事か……。
  魔法道具が君を守ったんだよ」

 「そうなんですか?
  織師の穏婆様とゲントさんに感謝しないと行けませんね。
  所で、これは一体どうなっているんですか?
  皆は一体どこに?」

ワーロックの問にレノックは力無く俯く。

 「これが魔法の世界だ。
  地上は混沌に沈んでしまった。
  そして、地上の生物も……」

 「もう少し解り易く言って貰えないでしょうか?」

 「全ては混沌に還ってしまった。
  世界を元に戻す方法は無い」

 「詰まり……?」

 「終わりなんだ。
  何も彼も」
0841創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/09(水) 19:07:05.56ID:STS3zZqB
レノックの言葉をワーロックは素直に信じる訳には行かなかった。

 「そんな事は無いでしょう?
  何か手があるんじゃないんですか?
  どんなに低い確率でも……」

 「無理だ。
  少なくとも、僕には何も出来ない。
  妙案も思い浮かばない。
  混沌の海に回帰してしまった物を、引き上げるのは……。
  方法が無い訳じゃないんだけど、僕では無理なんだ」

 「何故ですか?」

 「……僕は、この世界とは縁が薄い。
  だから、全てを把握する事が出来ない。
  人を1人引き上げるのだって、膨大な情報量が必要なんだ。
  例えば、ワーロック。
  君の家族を混沌の海から救い上げるとして……。
  君は家族の事を、どれだけ正確に憶えている?
  身長や体重を寸分の違い無く言えるか?
  普段何を考えていて、どんな時に何をするのか言えるか?
  体毛の一本一本、持病や悩みまで把握しているのか?
  少しでも違っていれば、それは君の知っている人物では無い」

 「そんなの無理ですよ……。
  どんなに正確にイメージしようとしたって、細かい所には限界があります」

 「……詰まり、そう言う事だ」

ワーロックは未だ現実を受け止め切れず、諦め悪く他に手は無いかと、混沌の海を睨んでいた。
それがレノックには悲しくて堪らない。
彼は悲しい音楽を奏で続ける。
0842創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/10(木) 19:51:15.85ID:v74IVkSu
ワーロックは眼前の果てし無く広がる混沌の海を眺めて、レノックに問うた。

 「これ、どこまで広がっているんですか?」

 「混沌は、この星を覆っている。
  流石に他の星まで侵食する程、拡がってはいないけれど」

 「それにしては『果て』が見えませんよ?」

 「それが『混沌』と言う物なんだ。
  有でも無でも無い物。
  無限の様で、零でもある。
  何も定まっていない物」

 「この空間に沢山浮かんでる塵と言うか、滓と言うか、靄みたいな物は?」

 「それは地上にあった物の欠片だ。
  実体が判り難いのは、混沌に呑まれつつあるから」

レノックの説明はワーロックには難しい。
しかし、これ以上の説明は出来ない。
有るかも知れないが、無いかも知れない。
無限かも知れないが、有限かも知れない。
そうした全てに於いて不確実である事、それが混沌の正体。
無から有を生み出し、有を無に帰する、根源的な力。
ワーロックは暫し考え込んでいたが、やがて思い出した様に言う。

 「ルヴィエラは?」

 「居るよ。
  君には感じられないか?」

レノックに問われて、ワーロックは周囲を見回したが、彼には何も判らない。
0843創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/10(木) 19:52:01.22ID:v74IVkSu
 「どこに……?」

 「僕等の目の前に居る。
  目で見ようと思っても駄目だ。
  魔法資質で感じ取らないと」

レノックの助言を受けて、ワーロックは自分の魔法資質を頼ったが、相変わらず何も判らなかった。

 「……判りません」

素直にワーロックが言うと、レノックは驚く。

 「判らない?
  ルヴィエラの気配は、瞭(はっき)りしているのに……」

ワーロックには、そもそも魔法資質で気配を探ると言う事が出来ない。
その方法を理解していないのだ。
それは一定以上の魔法資質を持つ物なら、動物だろうが植物だろうが、極自然に行っている事なので、
「この様にするのだ」と教える事も出来ない。
例えば、目で見る、臭いを嗅ぐ、音を聞くのと同じ事。
その基本的な事の仕方が解っていないのだから、教え様が無い。

 「判らない物は、仕様が無いじゃないですか……。
  とにかくルヴィエラに会いましょう。
  もしかしたら、何か判るかも知れません」

ワーロックは提案したが、レノックは気乗りしなかった。
そもそもルヴィエラと話した所で、世界が元に戻るとは全く思わなかった。
彼女にとって地上の命は有象無象であり、元に戻す事等、考えている筈が無いのだ。
しかし、他にする事も無いので、レノックはワーロックの言う通り、ルヴィエラの元に向かった。
0844創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/10(木) 19:52:59.85ID:v74IVkSu
ルヴィエラは混沌の中で、自分の世界を形成していた。
公爵級の悪魔は、広大な世界を創造出来る。
それは母星が2つある様な物だった。
尤も、もう1つの星は完全に混沌の海に沈んでしまっているが……。
レノックはルヴィエラの世界に近付いて、呼び掛ける。

 「ルヴィエラ!
  これが、お前の望んだ事なのか?」

虹色に揺らめく球体は、徐々に澄んで行って、地表を露にする。
そこには魔城が建っており、それを中心に林野が広がっていた。
ルヴィエラは魔城から人型の分身を生み出して、レノックの側まで飛ばす。

 「こんな事になるとは思わなかった。
  地上とは案外、脆い物だったね。
  少々やり過ぎたと反省しているよ」

しかし、彼女の口調からは反省の意は読み取れない。
寧ろ、地上の弱さを嘆いている様である。

 「私に勝負を挑む位だから、何等かの備えはあると思っていたんだけどねェ。
  私が強過ぎたのか……」

ワーロックはルヴィエラを睨み、彼女に問う。

 「これから、どうする気だ?」

 「どうもしない。
  今暫くは、今の気分に浸っていたい」

勝利の余韻と言うには、達成感が無い。
どちらかと言うと、それは虚しさだ。
ルヴィエラは己の感情を十分に噛み締めていた。
悲しさや虚しさは、怒りや喜びとも違う味わい深さがある。
悪魔である彼女は、自分の心の有り様、その物を愛でている。
0845創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/11(金) 20:58:00.04ID:QfYOdZv5
ワーロックは焦りを露に彼女に尋ねた。

 「世界を元に戻す方法は無いのか?」

 「無い」

ルヴィエラは断言したが、ワーロックは尚も問い掛ける。

 「本当に無いのか!?」

 「少なくとも私には無理だ。
  如何に私とて不可能はある」

悔しさを顔に表す彼に対して、ルヴィエラは意地悪く言った。

 「済まないねェ。
  悔しかろう、憎かろう?
  復讐するかい?
  構わないよ。
  出来る物ならね……。
  ホホホホホ!」

しかし、ワーロックは怒りに任せる事無く、首を横に振る。

 「そんな事は、どうでも良い。
  今は世界を元に戻す方法を探すのが先だ」

彼の言葉にルヴィエラは驚きと憤りを露にした。

 「どうでも良い!?
  この私を、どうでも良いだと!?」
0846創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/11(金) 20:58:59.73ID:QfYOdZv5
ワーロックは最早彼女を相手にしない。

 「レノックさん、もしかしたら私の様に、混沌の海を漂っている人が居るかも知れません。
  魔導師会の人達も……八導師なら、何とか生きているかも。
  伝承では八導師は魔法の世界の後に、地上を再生させたんですから、世界を元に戻す方法も、
  知っているかも知れません。
  探しに行きましょう」

 「貴様、この私を無視するのか!」

ルヴィエラの抗議をワーロックもレノックも聞かなかった。
レノックはワーロックを収納して、混沌の海を泳ぎ出す。

 「こらっ、待たぬか!!」

ルヴィエラは分身を切り離し、魔城から出て、レノックの後を追った。
ワーロックとレノックは話し合う。

 「レノックさん、誰か人の気配を感じますか?」

 「……ああ。
  混沌の海では、距離は無限にして零。
  求める心と応じる心があれば、その距離は直ぐに縮まる。
  八導師の気配を感じる。
  これは……最長老のレグントだ。
  それと他に3人」

レノックは八導師達の姿を思い浮かべる。
箱舟は混沌の海の中を猛スピードで進み、瞬く間に八導師の元へ。
八導師の内、4人が精霊体で混沌の海に浮いていた。
1人は最長老レグント・アラテル。
1人は第二位アドラート・アーティフィクトール。
1人は第三位ヴァリエント・レナドール。
1人は第八位タタッシー・バリク。
0847創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/11(金) 20:59:55.89ID:QfYOdZv5
4人の精霊体は結界を張って、混沌の侵食を防いでいた。

 「レグント!」

レノックの呼び掛けに、レグントが反応する。

 「その声は……」

4人は巨大な二枚貝のレノックの箱舟に驚いたが、その正体がレノックだと察して安堵する。

 「レノック殿、御無事でしたか……」

 「ああ、何とかね。
  収容しようか?」

 「否、大丈夫だ。
  それより世界の欠片を回収してくれないか?
  どんな塵みたいな物でも良い。
  もしかしたら、再生出来るかも知れない」

 「解った」

レグントの依頼にレノックは素直に頷いたが……。
内心では無駄な事だと思っていた。
小さな欠片を拾い集めても、世界を完全に元に戻す事は出来ない。
人類は――否、全てが再出発を余儀無くされる。
勿論、八導師達は、その積もりなのだろう。
世界を完全には元に戻せなくても、部分的に、或いは一部だけ、しかも不完全な状態でしか、
元に戻らないとしても、骨々と再び何百年も掛けて、地上を少しでも元の姿に近付ける。
嘗て、初代八導師達が、そうした様に……。
しかし、前回と違うのは、人工精霊計画の様な、人を保存する為の仕組みが無い事。
0848創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/12(土) 17:51:09.86ID:7W8MNCWw
レノックは八導師から離れ、魔法で混沌の空間から、世界の欠片を拾い集める。
回収した欠片を集める彼の魔法は、奇怪な不協和音だ。
凡そ音楽に造詣の深い物とは思えない様な、雑音とも言い難い不快音。
聞くに堪えないと、ワーロックはレノックに言う。

 「レノックさん、どうしたんですか?」

それでも流石に度下手と言うのは暈かした。
レノックは説明する。

 「綺麗な音楽は整った物、秩序と調和の証。
  混沌の海を僕の音楽で満たせば、混沌が現実になる。
  だが、混沌から拾い上げる時に、状態を確定させてしまうと、生死まで確定してしまう。
  だから、敢えて乱れた音で、不確定状態の儘の物を回収しているんだ。
  しかし、口で言う程、簡単な事じゃないんだよ?
  高度な制御技術が無いと、混沌との融和が進んだり、逆に現実化が進んだりする」

無力なワーロックは唯々感心するばかり。
一方でレノックの心は沈んだ儘だ。

 「でもね、どんなに欠片を拾い集めても……。
  八導師の力でも、世界を元に戻せるとは思えない。
  恐らく、世界の再現は不可能だろう」

 「えっ、どう言う事ですか?」

驚くワーロックにレノックは厳しい現実を告げる。

 「何度も言った筈だよ。
  ラヴィゾール、未だ理解していないのか?
  世界は元通りにはならない。
  八導師は魔法大戦の後と同じ様に、一から世界を創り直そうとしている」
0849創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/12(土) 17:51:34.89ID:7W8MNCWw
それを聞いたワーロックは焦った。

 「そ、それは困ります!
  要するに、皆が死んだ事になるって事ですよね!?」

 「ああ、そうだよ。
  でも、そうするしか無いんだ」

 「いえ、しかし……レノックさん、他に手は無いんですか!?
  他の旧い魔法使いの皆さんは、どうなったんでしょうか?
  禁断の地も無くなってしまったんですか?
  他力本願だろうと何と言われようと構いません。
  世界が元に戻るなら、神頼みだって何だってしますよ!」

彼の訴えを受けて、レノックは暫し考える。

 「……禁断の地?
  もしかしたら――」

レノックとワーロックの目の前に、突如禁断の地が現れる。
これはレノックが召喚したのだ。

 「ああ、無事だった!
  禁断の地は守護されていた!
  禁断の地の結界は、ルヴィエラの攻撃に耐えたのか!」

混沌の海に浮かぶ小さな島。
それが禁断の地。
レノックは箱舟を禁断の地の上に降ろし、ワーロックと共に地上に出る。
2人を出迎えたのは、夢の魔法使いソーム・バッフーノ。
『泥<バフノ>』のソーム。
0850創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/12(土) 17:52:05.80ID:7W8MNCWw
レノックの顔が忽ち希望に満ちる。

 「そうだ、君が居た!
  ソーム!!」

今のソームは何時もの寝間着姿では無く、如何にも魔法使い然とした、ウィザードハットにローブ姿。
夜空の様な深い青に、月と星が配されている。

 「蹉跌(しくじ)ったな、レノック。
  心配していた通りになった」

 「ソーム、遥かなる夢の主!
  君なら、この世界を元に戻せないか?」

 「行き成りだな。
  一体どうしたと言うのだ?
  嘗ての君なら、過去に執着する事は無かっただろうに」

 「そんな事、今は良いだろう!?
  出来るのか、出来ないのか!」

凄んで迫るレノックに対して、ソームは相変わらずの落ち着いた声で言う。

 「落ち着き給え。
  やはり君らしくない。
  愛と言う物を学んだのかな?」

 「残念だけど、未だ僕は愛を知らない。
  ルヴィエラに世界を破壊されても、茫然としていただけの役立たずだ。
  しかし、僕とは対照的に懸命な者が居た。
  彼だよ」

レノックはワーロックを指した。
0851創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/13(日) 18:24:50.18ID:qxxFWky3
ソームは何度も頷く。

 「成る程、成る程ね。
  しかし、それだけでは無いと思うけど……。
  あぁ、この話をこれ以上引っ張っても仕様が無いな。
  確かに、君の期待通り、私は夢の中に現実のバックアップを取っている。
  夢の世界の管理人だからね。
  その位は出来る」

ワーロックとレノックは瞳に希望を宿らせ、殆ど同時に言った。

 「それで……、それで、どうすれば!?」

 「しかし、しかし、これは容易な事では無いよ。
  この星全体を覆い、完璧に再現する程の魔法資質が必要だ」

それを聞いて、レノックは俯く。
どう足掻いても足りないのだ。
レノックでも無理、ワーロックは勿論の事、八導師が全員揃っていても、全く足りない。
だが、ワーロックは提案する。

 「レノックさん、ルヴィエラにも手伝って貰えないでしょうか?」

これにレノックは驚いた。

 「奴の手を借りるのか!?
  何をされるか分かった物じゃないぞ!」

その通りだ。
ルヴィエラは邪悪で意地が悪い。
途んでも無い罠を仕込まないとも限らない。
0852創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/13(日) 18:25:43.91ID:qxxFWky3
丁度その時、ルヴィエラが禁断の地の森に降り立つ。

 「やれやれ、漸く追い付いたよ。
  話は聞かせて貰った。
  何やら面白い事になっている様だねェ」

レノックは明から様に嫌な顔をしたが、ルヴィエラは全く気にしていない。
ワーロックは緊張して、躊躇いながらも、彼女に依願した。

 「聞いていたなら、話は早い。
  ルヴィエラ、貴女にも協力して欲しい」

 「見返りは?」

 「えっ」

見返りを要求するのかとワーロックは驚いて硬直する。
レノックは彼の肩を叩いて言った。

 「こんな奴を当てにする事は無い。
  長い時間は掛かるけど、少しずつ元に戻して行こう」

ルヴィエラはレノックの言葉を聞いて、意地悪く笑う。

 「そんな事を言って良いのかい?
  私の事だから、どんな心変わりを起こすか分からないよ?」

レノックは嫌な顔をして、ソームを顧みた。

 「ソーム、何とか言ってやってくれ」

それを受けてソームはルヴィエラに視線を送り、にやりと笑う。
0853創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/13(日) 18:26:50.32ID:qxxFWky3
ソームの実力は未知数だ。
夢の世界を管理しているだけあって、その魔法資質は計り知れない。
もしかしたら、ルヴィエラより上なのかも知れない。

 「な、何だってんだい?」

不敵なソームの態度に、ルヴィエラは少し怯む。

 「もっと素直になったら、どうなんだい?」

ソームの姿はルヴィエラの物に変わって行く。
それも今のルヴィエラでは無い。
嘗て、彼女がレラ・ダイナモーンと名乗っていた時の物だ。
口調も当時の彼女を真似る。

 「アタシにはアンタの心が手に取る様に解るよ。
  だって、アタシはアンタなんだからね」

 「ええい、止めろ!
  悪趣味な!
  人の過去を掘り返すんじゃないよ!」

 「アンタ本当は寂しいんだろう?
  ボースティンが死んでからと言う物、アタシは――」

 「お黙りっ!!
  貴様っ、黙らんかっ!!
  知った風な口を利きおってぇっ!!」

ルヴィエラは俄かに激昂して、ソームを睨み付ける。
0854創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/14(月) 19:21:39.96ID:E4888LZv
ルヴィエラは魔法資質を解放して凄んだが、ソームは慌てる様子が無い。
相変わらずの嫌らしい笑みを浮かべている。
彼女は遂に切れた。

 「この私を本気で怒らせてしまった様だねェ!!
  今更後悔しても遅いよ!!
  諸共に消し飛んでしまえぇええぃ!!!!」

周囲の混沌の力が、全て破壊の力に変わる。
暴虐の嵐が吹き荒れ、全てを粉々に打ち砕く。
小さな禁断の地等、一溜まりも無い。
風前の塵の如く、瞬く間に消し飛んでしまう。
勿論、レノックもワーロックも助かりはしない。
ルヴィエラと正面から戦う事等、誰にも出来はしないのだ。

 「ハッ、雑魚の分際で!!」

ルヴィエラは怒り冷め遣らぬ様子で、塵となった禁断の地のあった空間を見詰め、吐き捨てた。
大悪魔にとって、自分の力に靡かない物、平伏しない物が居る事は、許し難いのだ。

 「フーーーーッ、ハァ、ハァ……。
  はぁ……」

漸く気を静めた彼女は、虚無感に襲われて小さく息を吐く。

 「滓め、大人しく私に跪いておれば良かった物を。
  何故死に急いだのか?」

ルヴィエラは舌打ちして、詰まらなそうに零す。
相手を殺した所で、自分の意の儘にならなかった事実には変わり無い。
「意の儘にならないから殺した」と言うのは、精神的な敗北だ。
0855創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/14(月) 19:23:55.00ID:E4888LZv
しかし、ルヴィエラの眼前で禁断の地が復活する。
否、それだけでは無い。
丸で時が戻ったかの様に、状況までが再現されている。
場所は禁断の地の上で、ルヴィエラの前にはレノック、ワーロック、ソームが居る。
先程まで周囲は只の混沌の海だった筈なのに。

 「……な、何だ?
  これは一体どうした事だ!?」

ソームは在りし日のルヴィエラの姿で、変わらず嫌らしい笑みを浮かべ、動揺する彼女に問い掛ける。

 「どうした、何を慌てている?
  『悪い夢』でも見ていたのかな?」

これがソームの最強最大にして最も得意とする魔法。
即ち、『夢落ち<TWaD-That Was a Dream-トワッド>』である。
だが、ルヴィエラは再び向きになる様な事は無かった。
寧ろ、安堵して両肩を竦める。

 「やれやれ、何をやっても無駄な様だね……」

 「理解したか?」

上段から見下ろす様なソームの物言いに、ルヴィエラは反感を抱くも、本気で怒ったりはしない。

 「お前が飽きるまで、ここを破壊し尽くしてやっても良いんだよ?
  だけど、そんな事をしたって無意味さね。
  得る物が無い事を続けるのは馬鹿さ」

彼女は打って変わって無気力になった。
悪魔は気紛れ。
怒るだけ怒れば、その後の事には固執しない。
0856創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/14(月) 19:25:54.88ID:E4888LZv
ルヴィエラから敵対の気配が消えた事をワーロックは察して、彼女に呼び掛けた。

 「……ルヴィエラ。
  これから私達は世界を再生させる」

先まで敵対していた相手との会話に、ワーロックは気を揉む。
そんな彼に対してルヴィエラは無気力に答える。

 「ああ、邪魔する気は無いから、安心おしよ」

 「えー、いや、そうでは無くて……。
  結局、手伝っては貰えないのか?」

 「嫌だよ、面倒臭い」

浅りと言い切られても、ワーロックは気落ちしなかった。
駄目で元々の積もりだったので、想定通りの回答に衝撃も何も無い。
邪魔をしないと言う確約が得られただけでも、十分な成果だ。

 「はぁ、分かった……」

ワーロックはソームに向き直り、彼に問う。

 「えー、それで、どうすれば世界を元に戻せるんですか?」

ソームはルヴィエラの姿から、元の寝間着姿に戻って答えた。
彼の姿は正に夢の如く、変幻自在だ。

 「私の『記録庫<アーカイブ>』から必要なデータを引き上げる。
  それには一定の魔法資質が必要だ。
  君達の他にも未だ幾らか生き残りが居るな?
  皆に協力して貰って、世界を復元しよう。
  一度に戻すのは無理な様だから、少しずつ、少しずつだ」
0857創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/15(火) 19:51:20.45ID:BVM+MuA2
ワーロックはレノックの分身と共に箱舟に乗り込み、八導師達の元へ戻る。
レノックの分身が4人の八導師に、これまでの事情を説明した。

 「……――と言う訳で、禁断の地に来て欲しい」

八導師を代表してレグントが答える。

 「解った。
  有難い。
  世界が元に戻るのだな?」

 「アーカイブの記録が確りしていればと言う但し書きが付くが、概ね合っている。
  僕の箱舟に乗ってくれ。
  禁断の地まで案内する」

 「否、それには及ばない。
  私は禁断の地を知っている」

レノックの提案をレグントは断った。
既に一同の目の前には、既に禁断の地が現れている。
混沌の海の距離は零にも無限大にもなる。
確かに求めれば、その通りに現れる。
どちらが、どれだけ近付いたとか、引き寄せた、引き寄せられた等と言う事は関係無い。
それが混沌の距離なのだ。
禁断の地に降り立った一同は、世界を再生させて行く。
八導師は四方陣を組んで、現実の世界をイメージし、ソームの夢から蘇らせる。
それにレノックも協力した。
魔法資質の低いワーロックは、世界の再生に貢献出来ないのが、歯痒かった。
先ず、禁断の地に近いレフト村が蘇る。
一度に完全に再生させる事は不可能なので、こうして少しずつ、禁断の地から近い場所、目に見える、
近い距離の場所から再生させて行くのだ。
0858創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/15(火) 19:52:19.24ID:BVM+MuA2
しかし、再生したレフト村には人の姿が無かった。
地上こそ再現されているが、空は虹色に揺らめき、全く現実感が無い。
不安に思うワーロックに、レグントが話し掛ける。

 「ワーロック君、一緒にレフト村に入ろう」

 「えっ、あ、はい。
  何をしに行くんですか?」

 「私達だけでは、世界の再生は難しい。
  だから、多くの人の手を借りに行くんだ」

レグントの言いたい事は何と無くワーロックにも解ったが、具体的に何をすれば良いのかは不明。
困った顔のワーロックに、レグントは言う。

 「この村の事を、どれだけ憶えているかな?」

 「どれだけって……。
  幾らか交流のある人は居ましたけど……。
  でも、全員では無いですよ」

 「構わないよ。
  君が蘇らせた人々が、繋がりのある人々を思い出す。
  私達とて真面に記憶しているのは、身近な人だけだ」

 「ええと、それより四方陣を崩して大丈夫なんですか?」

ワーロックはレグントが他の3人の八導師から離れた事で、不都合が起きないか気にした。
これにレグントは平然と答える。

 「大丈夫、大丈夫。
  残りの3人に、レノック殿も居る。
  私個人の力は微々たる物だよ」
0859創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/15(火) 19:53:05.45ID:BVM+MuA2
ワーロックとレグントはレフト村に入った。
そして村唯一の宿の戸を開ける。
しかし、中には誰も居ない。
レグントがワーロックに助言する。

 「この中の様子を思い出してくれ。
  君のイメージを元に、その人物を召喚する」

ワーロックは彼に言われた通り、何時もの宿の様子を思い浮かべた。

 「えーと、先ず入ると、小父さんか小母さんが居て……。
  あっ、もう小父さん、小母さんじゃなくて、お爺さん、お婆さんって年齢か……。
  確か、リベラより年上の娘さんが手伝っていて……」

彼の言葉通りに、その場に年配の夫婦が突如現れる。
2人は困惑していた。

 「あれ、私は何を……」

瞿々(きょろきょろ)辺りを見る2人に、レグントが話し掛ける。

 「お久し振りです、今日は。
  私はレグント・アラテル。
  八導師の第一位です」

それを聞いて2人は俄かに畏まった。

 「あっ、これは、どうも……」

 「何の御用でしょうか?
  いえ、それより何かあったんでしょうか?
  前後の記憶が曖昧で……」

混沌から引き上げられたばかりの2人は、記憶が混乱している。
0860創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/16(水) 18:55:54.83ID:++HXf4X5
レグントは落ち着いた声で、丁寧に説明した。

 「外を御覧下さい」

先ず、その指示に従って、2人は窓の外を見る。
空は虹色に揺らめいており、明らかに異常だと言う事が一目で判る。

 「うわぁ……」

 「これは一体!?」

2人の疑問にレグントは真実を話さない。

 「反逆同盟が最後の手段を使いました。
  この場で身を低くして動かずに、貴方の身の回りの人、大切な人の事をイメージして下さい。
  他の方々も我々魔導師会が必ず助けますので、どうか信頼して下さい」

 「はい」

 「解りました」

素直に従う宿の2人を見て、ワーロックは巧く誤魔化したなと感心していた。
一度世界が終わったと正直に話しても、直ぐには信用されない。
仮に信用して貰えたとしても、事態を正確に理解する事は困難だろう。
もしかしたら、魔導師会の治世に重大な疑念と危機を覚えるかも知れない。
ここは嘘も方便だ。
レグントは2人のイメージから村の人々を引き上げる。
同様にして、村の人々からも同様に知り合いを引き上げて、少しずつ元に戻して行く。
レフト村を完全に再現したら、今度は第一魔法都市グラマーだ。
2人は砂漠を越えて、防砂壁を潜り、グラマー市内に入った。
0861創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/16(水) 18:56:57.20ID:++HXf4X5
グラマー市内は既に人が復活していた。
人が自分の記憶を頼りに人を復活させれば、又その記憶を頼りに、連鎖的に人が復活して行くのだ。
レグントは魔導師達に事情を説明した。

 「反逆同盟が最後の手段を使った。
  日常の生活や状況、それに遠い街の知り合いや親戚を思い浮かべてくれ。
  皆が無事である様にと。
  そのイメージが世界を守る」

ここでもレグントは本当の事を語らなかった。
それは良いのだが、ワーロックには一つ疑問があった。

 「レグントさん、もし誰にも思い浮かべて貰えない人が居たら、どうなるんですか?」

 「永遠に復活しない儘だろうね」

レグントは浅りと答える。
ワーロックは蒼褪めた。

 「例えば、貧民街の人達や、地下組織の人達は、どうなるんでしょうか?」

レグントは穏やかな声でワーロックに告げる。

 「それでも全く他人と関わらずに生きる事は出来ないよ。
  どんな人でも、どこかで誰かに繋がっている」

本当に、そうなのだろうかとワーロックは思った。
孤独な人間は意外と多いのでは無いだろうかと。
彼は唯独りで寂しく過ごしている旧い魔法使いを多く知っている。
同じ様な人間が居ないとは限らない。
自分は相手を憶えていても、相手が自分を憶えていなくては、蘇る事が出来ないのだ。
一度現実として確定してしまえば、もう元には戻らない。
0862創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/16(水) 18:58:51.93ID:++HXf4X5
ワーロックは恐ろしくなり、懸命に自分の記憶にある人達の事を思い出した。
血縁は勿論、今まで一度会っただけの人の事も。
それからレグントとワーロックは唯一大陸の各都市を巡った。
本来なら何年にも及ぶ長い長い旅だが、ここでは時間の概念が無い。
空は虹色の儘で、朝も昼も夜も無い。
各都市は見た目だけは元通りだが、それが完全に元の通りか、ワーロックには判らない。
彼の知り合いは生きている。
だが、それだけなのでは無いか、世界には誰か取り残された人が居るのでは無いか、そんな疑念が、
拭い切れない。
不安気な顔をするワーロックに、レグントは言う。

 「さて、これで粗方見て回った。
  何か足りない物があったかな?」

 「……ガンガー北の魔城の中です」

 「良し、行ってみよう」

そうして2人はガンガー北極原に向かった。
そこには魔導師会が臨時に築いた根拠地があり、更に先には魔城が見える。
魔導師達は八導師のレグントを見るや、呼び掛ける。

 「レダ・レグント、今まで一体どこに!?
  いえ、それよりネク・アドラートとスー・ヴァリエント、そしてマーゼ・タタッシーの所在を、
  御存知ではありませんか?」

 「ああ、大丈夫。
  判っている。
  彼等の事は心配しなくて良いよ。
  それより、他に連絡が取れない人達は居ないかな?」

 「いえ、大丈夫です。
  全員確認が取れています。
  しかし、この空は……」

魔導師達は不安気な顔をして、虹色に揺らめく天を仰いだ。
0863創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/17(木) 18:56:30.57ID://bIUg+D
レグントが魔導師達に応対している間に、レノックが地上に現れる。
何時の間にか現れていたレノックは、レグントに一声掛けた。

 「ここからは僕が彼に同行して確認しに回るよ。
  君が居ては何かと都合の悪い事もある」

レグントは彼の意図を理解して頷く。

 「ああ、それではワーロック君、後はレノック殿に任せるよ」

旧い魔法使いは魔導師会を警戒する。
八導師が居ても、話が拗れるだけなのだ。
それならば、その方面に顔の広いレノックの方が適任。
ワーロックとレノックは魔導師会の根拠地から離れて、魔城に向かった。
その前に、リベラがワーロックの元に駆け付ける。

 「お養父さん!!」

ワーロックは彼女の姿を見て、顔を綻ばせた。

 「おぉ、リベラ、無事だったか!?」

リベラに続いて、コバルトゥスも駆け付ける。

 「先輩!」

 「コバルトゥスも!
  良かった!
  ……本当に良かった」

ワーロックは2人を抱き締めて、その実在を確認した。
0864創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/17(木) 18:58:10.00ID://bIUg+D
リベラは不安気な顔をして、虹色の空を見上げ、ワーロックに問う。

 「お養父さん、この空は何?」

 「あぁ、これは……」

どう説明した物かと迷う彼に、リベラは自分の知識から推理して言う。

 「もしかしてオーロラ?」

 「いや、えー、オーロラ??
  あぁ、いや、オーロラじゃないよ。
  お前も見た事があるだろう?
  オーロラは、もっと、こう……こんな空一面を覆う感じじゃなくて……。
  あ、そんな事は今は良い!
  私とレノックさんは、これから魔城に行く。
  お前はコバルトゥスと、ここで大人しく待っているんだ」

ワーロックは途中で本来の目的を思い出して言った。
リベラは不思議そうな顔をする。

 「えっ、戻って来たんじゃないの?」

普通に考えれば、そうなのだ。
ワーロックは詳細な説明をして良い物か迷った。
言った所で、信じて貰えるか、先ず怪しい。
世界が一度崩壊してしまい、今は元に戻している最中だ等と言って、果たして……。

 「済まない、リベラ!
  詳しい説明は後でする!
  戻って来たら、全部話すから!」
0865創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/17(木) 18:59:40.29ID://bIUg+D
そう言って、ワーロックはレノックに呼び掛けた。

 「行きましょう、レノックさん!」

 「ああ、行こう」

出発しようとする2人をリベラが止める。

 「待って、私も行く!」

困った顔をするワーロックの代わりに、レノックが答えた。

 「ああ、良いよ」

予想外の返答にワーロックは目を剥いて驚く。

 「良いんですか!?
  あっ、でも、そうだった……。
  もうルヴィエラは脅威では無くなったんでしたね……」

2人の会話にリベラもコバルトゥスも困惑した表情になる。

 「どう言う事なの……?」

 「一体何があったんスか?」

それに対してワーロックは小さく息を吐いて言った。

 「道々教えよう。
  一寸、信じられないかも知れないけど……」

4人は揃って魔城に向かって出発する。
道中でワーロックは、これまで起こった事、そして今の世界は再生中だと言う事を語った。
0866創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/18(金) 18:38:09.48ID:7rp9rMUc
ワーロックの話を聞いて、リベラとコバルトゥスは信じられないと言う顔をした。
コバルトゥスが先ず疑問を口にする。

 「詰まり、俺達は死んでたって事ですか?」

 「そう言う事になるのかなぁ……?」

混沌に回帰する事を、死んだと表現して良い物か、ワーロックには判らない。
現に、こうして蘇っている。
考え事をしていた様子のリベラは、ワーロックに尋ねた。

 「お養父さん、もう死んじゃった人も生き返るの?」

 「それは……無理だと思う。
  そうですよね、レノックさん?」

ワーロックが確認を求めると、レノックは大きく頷く。

 「ああ、無理だよ。
  ルヴィエラが世界を崩壊させる前に死んだ者は、既に死んだ物として記録されている。
  『記録庫<アーカイブ>』から再生している以上、それより過去に遡って蘇らせる事は出来ない」

リベラは誰かを生き返らせたい訳では無かったが、心の片隅では両親や義母の事を想っていた。
怪訝な顔になったワーロックを見て、彼女は言う。

 「あっ、何と無く思っただけだから……。
  別に誰かを生き返らせようだとか、そんな事は全然……。
  変な事を言って御免なさい」

誰もが気不味い空気を感じて、暫くの間、重苦しい沈黙が続く。
0867創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/18(金) 18:38:28.74ID:7rp9rMUc
 「……そう言えば、風が穏やかと言うか、余り寒さを感じませんね。
  景色は冬と言うか、極原その物なのに」

氷原を移動中、ワーロックが違和感を口にすると、レノックが解説する。

 「『これ』は未だ現実じゃないからね。
  環境の完全な再現までは出来ていないんだ」

 「はぁ、そう言う物なんですか……」

そうして一行は魔城の門の前に到着した。
最初に見た時の威圧感は、今は全く感じられない。
レノックは、その違いを感じ取れないワーロックに告げる。

 「この城は本物の魔城じゃない。
  外観だけ似せた空虚な物だ」

 「あっ、そうなんですか……。
  何か問題とかありますか?」

 「いや、何も問題は無い。
  内装も記憶に忠実に再現されている」

そう言いながら、レノックは城内に入る。
残りの3人も彼に続いた。
レノックとワーロックは当時の状況を思い浮かべながら、城の地下に向かう。
ワーロックがレノックに確認を求めながら、城の地下へ向かった。

 「こっちで合っていましたよね?」

 「ああ、合っている。
  地下で僕達と一緒に居たのは――」
0868創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/18(金) 18:39:08.17ID:7rp9rMUc
 「ラントロックと、ビシャラバンガ君と、ササンカさん……。
  あれ、他にも居た様な?」

誰か忘れていると感じるワーロックに、レノックは告げる。

 「敵の事を忘れているね。
  いや、永遠に眠らせた儘にも出来るけど?」

レノックは意地悪く笑った。
「敵」なのだから蘇らせなくても良いと言う誘導。
しかし、ワーロックは、それには乗らない。

 「蝙蝠のバルマムスと、予知魔法使いの……。
  えー、とにかく、その2人でしたか?
  他には居ませんでしたか?」

 「奴等も蘇らせるのかい?」

レノックの問にワーロックは小さく頷く。

 「ルヴィエラが居なくなれば、もう脅威にはならないでしょう。
  反逆同盟に身を置きながら、人間を憎んでいるとか、そう言う事では無い様ですし……。
  それに旧い魔法使いと言う物は、義理堅いんでしたよね?」

 「恩を売ろうって?」

 「丁(ちゃん)と着てくれるかは分かりませんが……。
  恩を売るのは私の趣味です」

それは見返りを期待しないと言う意味。
レノックは小さく笑う。

 「悪趣味だなぁ」
0869創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/19(土) 19:42:29.23ID:Rat41EkQ
一行が魔城の地下の広間に移動すると、そこではビシャラバンガ、ラントロック、ササンカ、
そしてスルトの4人が待機していた。
ラントロックが最初に声を上げる。

 「義姉さん、親父、それに小父さんも!
  無事だったんだ!
  良かった……」

それにリベラが応えた。

 「それは、こっちの台詞!」

ビシャラバンガはスルトに目を遣って言う。

 「お前の言う通りだったな」

 「我が予知は絶対」

瞑目して答えたスルト。
彼は待っていれば迎えが来ると知っていたが、それ以前に、世界再生まで予知していたのかは、
定かでは無い。
そこでレノックが核心を突く質問をする。

 「所で、自称『全知の書』、君は魔法の世界で何を見た?」

「魔法の世界」は高い魔法資質を持つ存在にとっては、素晴らしい世界だ。
自分の思う儘の世界を想像出来る。
それは正しく創造主――神の所業。
自分の世界を持つ高位の悪魔貴族は神にも等しい。
そこでは自分の望んだ物が現れる。
レノックはスルト事マスター・ノートに対して、暗に予知の無力を指摘していた。
0870創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/19(土) 19:44:01.68ID:Rat41EkQ
ルヴィエラの様な強大な悪魔貴族の前では、予知等と言う物は全く無意味。
マスター・ノートが真の「全知の書」を目指すならば、魔法の世界の到来時に、世界の根幹――即ち、
神の意思に触れなければならない。
生憎、魔法の世界が訪れても、神は降臨しなかったので、直接の接触は不可能だった筈。
そうなると、マスター・ノートは魔法の世界で何を見たのか?
或いは、混沌に呑み込まれて、何かを見る所では無かったのか?
どうせ後者だろうとレノックは高を括っていた。
マスター・ノートの魔法資質は高くない。
ファイセアルスを掌握する程の能力は到底無いのだ。
スルトは曖昧な笑みを浮かべて、こう答える。

 「何も見なかった。
  しかし、私の目指す所は変わらない」

 「君が全知の書になる事は、永遠に無いと予言しておこう」

レノックはマスター・ノートに対抗して、一つの予言をした。
スルトは力無く笑い、小さく息を吐いた。

 「果たして、そうだろうか?
  今し方、私は何も見なかったと言ったが、正確には違う。
  私は魔法の世界の混沌の中で、真実を知った。
  それは――定まった未来は無いと言う事だ」

 「よくも予知は絶対等と言えた物だ」

レノックが呆れると、スルトも自嘲する。

 「私は知った。
  究極の予知とは、予知しない事だったのだ。
  有るが儘を受け容れる事で、予知は完成する……。
  私は散り散りになって無に還り、世界を取り巻く事象の一部となる」
0871創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/19(土) 19:44:36.05ID:Rat41EkQ
そう語る彼の体は少しずつ崩れて行った。
丸で灰が風に浚われる様に、足元から崩れ落ちる。

 「マスター・ノートは漸く完成する。
  自我を失い、私達は終わりの無い観測と予測から解き放たれる」

皆が見ている前で、スルトは消え去った。
ビシャラバンガは小首を傾げる。

 「訳の分からない奴だったな」

それに対してレノックは点(ぽつ)りと一言。

 「旧い魔法使いの最期と言う物は、ああ言う物だよ。
  恐らくマスター・ノートは旧暦に存在した予知魔法使いの、怨念の様な物だ。
  全ての予知が不可能と悟って、やっと永遠の呪縛から解き放たれた。
  ビシャラバンガ、君だって、あんな風になっていたかも知れない」

その指摘にビシャラバンガは口を閉ざして、眉を顰める。
正しくレノックの言う通り、ビシャラバンガは過去に力に取り憑かれていた。
もし、その儘で態度が改まらなかったら、マスター・ノートの様に果て無き無限の力を求めて、
やがては力その物になる事を希望しただろう。
レノックの話を聞いて、ワーロックは思った事を口にする。

 「旧い魔法使いの最期って事は、レノックさんも何時か、ああなるって事ですか?」

レノックは困った顔で笑みを浮かべた。

 「ハハハ、僕はならないよ。
  そうならない為に、こうして生きている」
0872創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/20(日) 18:11:04.76ID:7raygibe
旧い魔法使いの正体は、異空からの来訪者――即ち、『古の征服者達<オールド・コンクエラーズ>』だ。
征服者達は退屈凌ぎに地上に現れ、思うが儘に振る舞った。
ある物は破壊を齎し、ある物は支配し、ある物は人と共に生き、ある物は天に挑み、
ある物は有るが儘を見詰め……。
レノックは大きな溜め息を吐いて言う。

 「さて、これで安心と言う訳だ」

しかし、ワーロックは首を横に振った。

 「レノックさん、もう少し付き合って貰えませんか?
  未だ無事を確認したい人達が居ます」

 「ああ、そうだね。
  僕と君とで、見て回ろう」

レノックは皆に言う。

 「そう言う訳で、僕とワーロックは他にも取り残された人達が居ないか探すよ。
  皆は魔導師会の根拠地に戻って、待っていてくれ」

これに対して先ずコバルトゥスが手を上げた。

 「俺も行きます。
  精霊の事が解るのは、俺しか居ません」

続いてササンカも手を上げる。

 「私も、村が気になります」

更にリベラまで。

 「皆が行くなら、私も!」
0873創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/20(日) 18:11:25.39ID:7raygibe
レノックは困った顔で言った。

 「大勢で行くのは一寸……。
  どうしても自分が行かないと行けない理由がある人達だけにしてくれないかな?」

ワーロックはリベラに言う。

 「リベラはラントロックと一緒に、魔導師会の所で待っていてくれ。
  ビシャラバンガ君、2人を頼む」

リベラは同行しなければならない理由を見付けられず、肩を落とした。
彼女をラントロックが慰める。

 「親父達に任せておけば大丈夫だって。
  信じろよ」

リベラは渋々頷いた。

 「お養父さん、必ず帰って来て」

 「ああ、もう危険は無いんだ。
  心配するな」

最後にワーロックはビシャラバンガに視線を送る。
以心伝心。
ビシャラバンガとワーロックは無言で頷き合って、互いに了解の意を示した。
魔城を後にした一行は、2手に分かれる。
ワーロック、レノック、コバルトゥス、ササンカの4人は世界を再生しに。
ビシャラバンガ、リベラ、ラントロックの3人は魔導師会の元へ。
レノックとコバルトゥスが風を呼ぶと、その場に弱い旋風が起こる。

 「それじゃあ、行って来るよ」

旋風は少しずつ強くなり、大きな竜巻となって4人を空高く運んだ。
ビシャラバンガとリベラとラントロックは、山の向こうに消える白い竜巻を見送った後、
魔導師会の根拠地へと歩く。
0874創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/20(日) 18:12:01.76ID:7raygibe
竜巻に巻き上げられた4人は風に乗って移動する。
竜巻の中でコバルトゥスがレノックに言う。

 「最初はガンガーの頂、天の座に降りる」

そんな所に誰が居るのかとワーロックとササンカは思っていたが、レノックは理解していた。

 「分かった」

4人はガンガー山脈の最高峰、天の座に降り立つ。
……やはり寒さは然程感じない。
未だ物理法則が完全に戻っていないのだ。
コバルトゥスは雪を踏み締め、天を仰ぎ、精霊の気配を感じた。
それに応じて、精霊が復活する。
復活した精霊は風を起こし、颪となってガンガーの頂から地上に吹き下ろす。
そうして世界中に散って行く。
俄かに寒気を感じる様になり、ワーロックとササンカは震えた。
コバルトゥスはレノックを顧みて告げる。

 「ここは十分だ。
  エグゼラの精霊の力は蘇った」

そうして一行が次に向かったのは、山間の小さな村。
氷の魔法使いザムラザックが、この近くの雪山に棲んでいる。

 「ザムラザックさん!」

ワーロックはザムラザックが棲んでいた、雪山の洞窟に入って呼び掛けた。
他の3人は洞窟の入り口前で待機している。
やがて、洞窟の中から徐に青いローブを着た老人が姿を現す。
0875創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/21(月) 18:36:40.58ID:mJcvtKI8
ザムラザックは相変わらずの不機嫌そうな顔と態度で、ワーロックに言った。

 「何事だ?」

 「あ、いえ、御無事だったんですね」

 「ああ、無事だ。
  魔法の世界が到来した程度で、斃(くたば)りはしない。
  侮るな。
  お前は何か?
  俺が消えたと思って、心配して来た訳か?」

 「え、ええ。
  いや、だって、世界が一度終わっちゃったんですから……」

 「要らぬ世話だったな」

打っ切ら棒なザムラザックを見て、ワーロックは安堵の息を吐く。

 「お元気そうで何よりです」

 「フン、お前もな」

その言葉を聞いたワーロックは、もしやと思った。

 「あの、ザムラザックさん……。
  もしかして……」

誰かのイメージで人が混沌の中から救い上げられるのなら……。
自分が混沌の海に呑み込まれなかったのは、誰かに守られていた為なのではと。
そして、ザムラザックも、その一人なのでは無いかと。
0876創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/21(月) 18:37:23.32ID:mJcvtKI8
ザムラザックは嫌な顔をして、ワーロックに言う。

 「巫山戯ろ」

 「あ、はい、済みません……」

ザムラザックが否定しなかったので、ワーロックは確信を持った。
彼は素直では無いのだ。

 「それでは失礼しました。
  又、お会いしましょう」

 「ああ」

ザムラザックは気の無い返事でワーロックを見送る。
3人の元に戻ったワーロックは、一言詫びを入れた。

 「お待たせしました。
  次、行きましょう」

レノックは彼の顔を見て、小さく笑う。

 「へへ、奴の事だから、素直じゃなかっただろう?」

 「あー、ええ、まあ……」

 「冷たく、二度と来るなとか言われたんじゃないか?
  何せ、氷の魔王だからね。
  態度も冷たい」

 「いえ、又会いましょうと言って別れましたよ」

 「はぁ、珍しい事がある物だ」

ワーロックの一言にレノックは目を丸くしながらも、嬉しそうに笑った。
0877創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/21(月) 18:38:53.61ID:mJcvtKI8
それから4人はボルガ地方へ飛んだ。
行き先はササンカの故郷、隠密魔法使いの村。
ワーロックだけは部外者と言う事で、村の外で待機となった。
隠密魔法使いの村があるのは、標高3通弱の山の中腹、雑木林の中。
村に入った3人は人気が無い事に驚く。
しかし、ササンカだけは直ぐに気付いた。

 「これは緊急避難です。
  一見、廃村の様に見せ掛ける事で、訪問者を惑わすのです」

そう言うと、彼女は村の中の最も大きな民家に立ち入った。
コバルトゥスとレノックも彼女に続く。
民家の土間からササンカは、よく通る声で呼び掛けた。

 「棟梁、只今戻りました!
  皆、変わり有りませんか!?」

その声に応じて、天井から数人が下りて来る。
皆、忍び装束に身を包んでいる。
中心の高座に居る老人が、この村の長にして、ササンカ達の棟梁。

 「ササンカ、よく戻った。
  しかし、どうなっているのだ?
  外の様子を見ただろう。
  あの不気味な空は何なのだ?」

 「はい、話せば長くなりますが……」

ササンカは事情を説明した。
それを聞いて村長を始め、全員が信じられないと言う顔をするも、虹色の空が真実を物語っている。
0878創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/22(火) 18:53:06.75ID:m1of4BwS
 「ウーム……。
  それで、我等は何をすれば良いのだ?」

村長は低く唸り、ササンカに尋ねた。
ササンカは簡潔に答える。

 「元の通りの世界を想起して下さい。
  何も変わらず、元の通りであると」

 「それだけで良いのか?」

 「はい」

不安気な顔をする隠密魔法使いの一族に対して、レノックとコバルトゥスは力強く頷いて見せる。
これにてササンカの役目は終わった。
レノックは彼女に言う。

 「ササンカ君は、ここに残るかい?」

 「いいえ、私はレノック殿に付いて行きます」

 「村の事は良いのかな?」

 「その事ですが……」

ササンカは村長に対して頭を下げた。

 「棟梁、この村を抜ける事をお許し下さい」

彼女の予想外の行動に、村の者もレノックも目を見張る。
0879創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/22(火) 18:53:35.31ID:m1of4BwS
レノックは慌てて声を上げた。

 「ササンカ君、それは行けない」

 「いいえ、お止め下さいますな、レノック殿。
  棟梁、私は本気です」

彼女の決意に村長は困惑する。

 「フィーゴのササンカよ、一体何があった?」

 「私はレノック殿に一生を捧げます。
  これからの私の人生は、全て彼と共にあります」

更なる彼女の発言に益々困惑する一同。
レノックも又、例外では無かった。

 「いや、その、待って、ササンカ君。
  もっと穏便に……」

何故態々自分を追い詰めるのか、レノックには理解出来ない。
しかし、ササンカは抜け忍となる覚悟を示す事で、自らの本気さを証明しようとしているのだ。
村長は驚いた顔でレノックを見て言う。

 「いや、待て、彼か?
  本気で彼なのか?
  未だ子供では無いか!?
  ササンカよ、お稚児趣味で里を裏切るのか!?
  正気か!?!?」

ササンカは大人の女性である。
村の中でも良識のある者だと、村中の全員が思っていた。
外界に対する憧れも、決して悪い意味の物では無いと信じられていた。
0880創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/22(火) 18:54:44.31ID:m1of4BwS
村長は激怒する。

 「ササンカ、考え直せ。
  お主一人の汚名で済むなら未だ良い。
  しかし、家の恥、一族の恥となるぞ」

説得する様な台詞だが、言い方は非常に厳しい。
序でに、レノックも睨まれる。

 「いや、その、僕は違います。
  何も唆したとか、そんな事は……」

 「棟梁、お許し頂けなくとも構いませぬ。
  悲しい事ではありますが、疾うに覚悟は固まっておりまする」

もうササンカは聞く耳も持たないと言う態度。
それに対して、村長は遂に怒りを爆発させた。

 「世俗の悪風に染まりおって!!
  恥を晒す前に、その命、終わらせてくれよう!」

彼の合図で、側に控えていた隠密魔法使い達が動き出す。
見兼ねたレノックは何とか止めようとした。
指笛で『警笛<ホイッスル>』の様な音を鳴らせば、皆の注目がレノックに集まり、動きが止まる。

 「待てっ!!
  皆、落ち着け!!」

レノックは青年の姿になり、魔法資質で全員を威圧する。
急に彼の姿が変わったので、隠密魔法使い達は混乱した。

 「だ、誰だ!?」
0881創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/23(水) 19:11:46.09ID:fy8Etfna
レノックは一つ咳払いをして、堂々と名乗った。

 「私は魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディー。
  旧い魔法使いの一にして、音を司る存在(もの)」

彼はササンカを一瞥する。
彼女は真剣な表情で、レノックを見詰めていた。
ここでササンカを突き放す事も彼には出来たが、敢えてしなかった。

 「フィーゴ・ササンカは私の花嫁だ。
  彼女は私に身も心も捧げた。
  最早彼女は私の物。
  奪い返す積もりなら、相応の覚悟をして貰う」

レノックは人間と添い遂げる積もりは全く無かったが、魔法使いの長い一生、一度位は嫁を貰っても、
良いだろうと考える様になっていた。
彼の魔法資質に、村長は恐れを成して言う。

 「こ、子供の姿は……」

 「世を忍ぶ仮の物」

 「ムム……、かなりの実力者と、お見受けする。
  しかし、ササンカは一族の者。
  ここまで大事に育てたのだ。
  一族に益の無い事は許せぬ」

村長は暗に見返りを要求していた。
所謂、結納金である。
レノックは村長の態度は気に入らなかったが、実力で脅し掛けるのも悪いと思い、仮に物事が、
円満に進んでいた所で、同様に結納金に相当する物を贈っただろうと、素直に頷いた。

 「良かろう。
  私の持つ魔楽器の一を呉れてやる」
0882創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/23(水) 19:14:36.30ID:fy8Etfna
そう言ってレノックが村長に投げて遣したのは、木製の短い横笛。

 「吹けば人も獣も踊り出す魔性の笛、狂乱舞踏の笛だ」

 「は、はぁ……」

どう反応して良いか困っている村長に、レノックは続けて言う。

 「何だ?
  未だ欲しいのか?
  幾らでも呉れてやるが」

 「頂ける物なら……」

そう答えた村長に、今度はレノックは石笛を投げて遣す。

 「これは地磐破の石笛。
  吹けば岩石を破砕する」

未だ不満そうな顔の村長に、更にレノックは『二枚貝<ミディア>』を投げて遣した。

 「これは火熾しの打貝(うちがい)。
  合わせて鳴らせば、火が熾る」

 「えー、その、実際に、どの様な事が起こるのか、どの程度の事が出来るのか……」

恐る恐る尋ねる村長に、レノックは深く頷く。

 「成る程、効果を信じられないと言うのだな。
  宜しい、手本を見せよう」

先ずレノックは村長から狂乱舞踏の笛を受け取り、その場で吹いた。
0883創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/23(水) 19:15:20.55ID:fy8Etfna
高く澄んだ音楽をレノックが吹き奏でると、その場の全員が思い思いに踊り出す。

 「か、体が勝手に……!?」

手を動かし、足を動かし、体を揺すって、笛の律動に乗って。
村の者達の踊りは、ボルガ地方の伝統的な庶民的な舞踊だ。
優美と言うよりは、陽気で楽し気な様子。

 「わ、解った。
  十分に解った!
  止めてくれ!」

村長の懇願に応じて、レノックは演奏を止める。
そして一言忠告した。

 「何れも魔楽器と呼ばれるに相応しい物だ。
  扱いには気を付ける事だな。
  それでは、花嫁は貰って行くぞ」

青年の姿のレノックは、ササンカを抱き上げると、その儘出て行った。
コバルトゥスは気不味い顔で、村長に断りを入れる。

 「……じゃあ、そう言う事で……」

 「お前にササンカを預けるのでは無かった」

恨み囂(がま)しく零した村長に、コバルトゥスは呆れた笑みを向けた。
確かに、ササンカを村から連れ出したのはコバルトゥスだが、それは村長の同意もあっての事。

 「今更そんな事を言われても困る。
  彼女も一人前の大人の女だ。
  彼女は彼女の意思で、自分の相手を決めた。
  それに何の彼んのと言うのは、野暮って物だぜ」
0884創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/24(木) 18:57:26.91ID:BOtgzGqF
そして隠密魔法使いの隠れ里を出た3人は、村落の外で待機しているワーロックと合流し、
今度はコバルトゥスの希望でガガノタット山の麓に向かった。
ガガノタット山はボルガ地方最高峰にして、最大の活火山。
破局噴火の際には、唯一大陸が沈むとまで言われる。
山麓の誰も居ない山林に、4人は降りる。
そこでコバルトゥスは火の精霊に呼び掛けた。
数点の瞑想の後に、コバルトゥスは言う。

 「もう良いぞ。
  次に行こう」

ワーロックもササンカも精霊を感じる事が出来ないのだが、コバルトゥスを信じて頷いた。
それから一行はカターナのコターナ島、ブリンガーのソーダ山脈、ティナーのシェルフ山脈、
最後にグラマー北の砂漠へと移動し、精霊を蘇らせる。
何も無い砂漠でコバルトゥスは3人に振り返って尋ねた。

 「これで俺の用は終わった。
  それで……、どうする?」

 「どうするって……」

再び子供の姿に戻っているレノックは、ワーロックに視線を送る。
全員の注目がワーロックに集まる。

 「ここからは、私独りで回って行きたいんですが……。
  何分、気難しい人達が多いので」

彼はコバルトゥスやササンカを抜きで、各地の旧い魔法使い達を訪ねて回りたいと思っていた。
その2人は他の旧い魔法使いと会わせるには、未だ若過ぎる。
多くの旧い魔法使いは、厭世的であり、隠遁しているので、多くの人と会いたがらない。
0885創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/24(木) 18:57:47.55ID:BOtgzGqF
レノックは顔が広いし、旧い魔法使いの一人なので、問題は無いと思いきや……。
コバルトゥスは未だしも、ササンカはレノックから離れる気配が無い。
そこでワーロックは、独りで行動したいと言ったのだ。
レノックは困った顔をして、ワーロックに横笛を渡した。

 「風の笛だ。
  これを吹けば、突風が吹いて、君を運ぶ。
  風は笛の音に応じて、君の思う儘に吹く。
  しかし、君は魔法資質が低いから、風の働きを読む事は難しいだろう。
  慣れと勘で何とかしてくれ」

 「有り難う御座います」

ワーロックは素直に笛を受け取ると、含羞みながら3人の前で笛を吹いた。
風が優しく渦を巻いて吹き下ろし、彼を取り囲むと、小さな竜巻を起こして、空に巻き上げる。

 「それでは行って来ます!」

そう言ったワーロックに対して、レノックは空を見上げながら無言で頷いた。
コバルトゥスが別れの声を掛ける。

 「先輩、お気を付けて!」

 「あ、ああ!」

ワーロックは丁とした返事を返したかったが、風に乗るのに精一杯で真面な事が言えなかった。
多少浮ら付きながらも、ワーロックは風に乗って飛ぶ。
先ずは近くの精霊石の在処。
精霊コバルタの眠っている洞窟。
岩の洞窟の前に降りたワーロックは、洞窟の中に踏み入った。
そして精霊石の事を想う。
0886創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/24(木) 18:59:28.94ID:BOtgzGqF
果たして、洞窟の中には美しい水晶があった。
それは以前より成長しており、当時は片手で持てる程の大きさだった物が、今は石の台座を覆って、
人間の背丈程にまでになっている。
自然に成長するにしても不自然過ぎるので、これは魔法の世界の影響だとワーロックは考えた。

 (魔法の世界の影響で、精霊力が増大している……のか?
  魔力不足問題は暫く先送りになる?)

今ならコバルタが蘇るかも知れないと、ワーロックは思ったが、どうにも顔を合わせるのは気不味い。
少し遠くからコバルタの精霊の復活を祈って、ワーロックは洞窟から離れる事にした。
砂漠からワーロックは再び笛を吹いて、ティナー市内に向かう。
彼が探すのは言葉の魔法使いワーズ・ワース。
求めれば現れると言う、旧い魔法使いの性質を信じて、ワーロックはワーズ・ワースを捜し歩く。
人気の少ない路地裏を数点歩き、彼は漸くワーズ・ワースに会えた。
最初に彼が会った時と同じ、オーバーオールにハンティング・キャップと言う、少年の様な格好で、
彼女は路地裏に積まれた木箱に座り、彼の事を待ち構えていた。

 「やあ、ラヴィゾール……。
  今はワーロックだったかな。
  『悪の魔法使い<ワーロック>』……君の御両親は、随分と『独特<ユニーク>』な名前を付けたね」

 「御無事でしたか、ワーズさん!」

 「無事……。
  無事だったと言うべきなのかな?
  私は残念ながら、一度死んでしまった。
  否、魔法使いに生も死も無いか……。
  私は何度も死んでいるが、誰かに諱を憶えられている限りは復活出来る」

 「ワーズさんは、誰か蘇らせたい人とか、そう言うのはありませんか?
  今、世界は再生中です。
  貴女しか憶えていない人とか、誰か――」

 「ああ、心配無いよ。
  それより君の方だな。
  誰かの事を忘れていないか、よく考え給え」

ワーズ・ワースの忠告に、ワーロックは深く悩む。
0887創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/27(日) 18:09:10.43ID:iEvwxpuf
彼女と別れたワーロックは、貧民街に移動した。
乞食達も復活しており、ワーロックは硬貨を恵んで、通して貰う。
そして彼は予知魔法使いのノストラサッジオに会いに行く。
当然の様に、地下組織マグマの者達も、ノストラサッジオも復活していた。
誰もが、どこかで繋がっているのだ。
ワーロックは廃墟ビルディングの一室で、ノストラサッジオに会い、彼に尋ねた。

 「ノストラサッジオさん、貴方の事ですから、現状に関しても、大凡の事は解っていると思います。
  助言を頂けないでしょうか?」

ノストラサッジオは小さく首を横に振る。

 「私から言える事は何も無い」

 「どうしたんですか?
  何か悪い事でも……」

元気が無い彼の姿を見て、ワーロックは異変を感じた。
ノストラサッジオは全く無気力に俯いて、再び首を横に振る。

 「何も……。
  君の心配は誰かを忘れていないかと言う事だろう?
  その点に関しては、心配は要らない」

 「あっ、どうも……、有り難う御座います」

ノストラサッジオの助言に、ワーロックは感謝するも、やはり彼の悄然とした様子が気になる。

 「本当に、どうしたんですか?」

 「長らく生きていると、気分の盛り上がらない日もある。
  そっとしておいてくれないか?」
0888創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/27(日) 18:09:30.21ID:iEvwxpuf
明らかにノストラサッジオは普通では無かったが、放って置いて欲しいと言われれば、そうするより、
他に無い。
ワーロックは貧民街を後にして、笛を吹いて風に乗り、織師の老婆が住む迷いの森に移動する。
森を歩き、織師の老婆の小屋を発見したワーロックは、緊張して戸を叩いた。
「居ない」と言う事は無い筈だと、固く信じて。

 「おう、入りなし」

老婆の返事を聞いて、ワーロックは安堵する。

 「失礼します」

小屋に入った彼は老婆の姿を見て、驚いた。
そこに居たのは、巨大な紬蜘蛛。
ワーロックは思わず後退り、狼狽する。

 「う、うわぁ……」

しかし、逃げ出す事はせず、真面真面と観察。
巨大な蜘蛛はワーロックに顔を向け、腹を床に着けて伏せた儘で動かない。

 「えーと、もしかして、穏婆様ですか?」

蜘蛛は何も答えなかった。
どうして、今頃になって、こんな姿を見せるのかとワーロックは困惑する。

 「どうしたんですか?
  どこか具合でも悪いんでしょうか?」

ノストラサッジオと言い、何か奇怪しいと彼は感じる。
0889創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/27(日) 18:11:12.19ID:iEvwxpuf
巨大な蜘蛛は、織師の老婆、その儘の声でワーロックにテレパシーを送った。

 (済まんな。
  混沌の海を耐えたは良いが、大分力を使っちまってな)

 「そ、そうですか……。
  無理をなさらず」

老婆の正体が蜘蛛だったと知っても、ワーロックは特に虫嫌いと言う訳でも無かったので、
然程気にはしなかった。
旧い魔法使いとは、大概が人外なのだ。
中には動物や化け物から人間になった、所謂『成り上がり<アップスタート>』も多く居る。

 「えー、大丈夫ですか?」

 (ああ、寝とれば治る。
  気にすんな)

 「それは良かったです」

 (んで、何の用だ?)

 「いえ、お元気かなと様子を見に来ただけなので……。
  用と言う程の用はありません」

 (んなら、帰れ)

冷たく帰れと言われて、ワーロックは少し傷付いたが、それでも老婆が心配だった。

 「本当に大丈夫ですか?」

 (諄〔くで〕え)

 「わ、分かりました。
  お元気で……。
  又、来ます」

ワーロックは静かに戸を閉めて、老婆の住家を後にする。
0890創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/29(火) 18:31:04.01ID:+1xLFLSo
「さて、次は……」とワーロックは考えながら、笛を吹いた。
風に巻き上げられた彼は、西の空が黒くなっているのを目にして驚く。

 (な、何だ、あれは!?
  暗い……夜が来ている!)

虹色の空が晴れつつあるのだ。

 (行けない!
  混沌の夢が覚めようとしているのか!?)

世界が全体が『混沌の海<カオス・ワイルド>』から引き上げられようとしている。

 (もう世界は完全に元に戻ったと言う事か?)

未だ取り残されている人が居るかも知れないのにと、ワーロックは焦った。
しかし、全てを把握している者は居ないだろう。
それはワーロックも同じだ。
だから、不安になる。
夜の前進は早い。
緩りではあるが、確実に、焦り焦りと西から東へと進む。
目に見えて判る程の速度だ。

 (誰か、誰かの事を忘れてはいないか?)

ワーロックは必死に記憶にある人達をイメージした。
自分の家族、リベラ、ラントロック、両親、そして弟。
禁断の地の人々、旧い魔法使いの知り合い。
旅先で出会った人々。
誰一人忘れてはならないと、強く思い浮かべる。
0891創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/29(火) 18:31:43.22ID:+1xLFLSo
その内に、ワーロックの頭上を夜が追い越した。
美しい夜空が広がり、東側からは太陽が昇り始める。
それと同時に、ワーロックを運んでいた風が弱まり、彼は地上に落下した。

 (ど、どう言う事だ!?
  風が……!
  ま、魔法が……)

ワーロックが地面に激突する覚悟をした次の瞬間、彼は目を覚ます。

 「オワッ!?」

彼は床に横倒(たわ)っていた。
落下感から急に覚めた彼は、辺りの様子を窺う。
そこは魔城の中で、彼の周囲にはラントロック、ビシャラバンガ、ササンカが眠っていた。

 「お早う」

ワーロックに声を掛けたのは、音の魔法使いレノック。
ワーロックは欠伸を噛み殺して、頭を掻きながら、彼に応える。

 「お早う御座います、レノックさん。
  あれから上手く行ったって事で良いんでしょうか?」

その問に、レノックは深く頷いた。

 「ああ、全ては夢だった。
  そう言う事になった」

ワーロックは安堵の息を吐くと、ビシャラバンガの肩を揺する。

 「ビシャラバンガ君、起きてくれ」
0892創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/29(火) 18:33:32.37ID:+1xLFLSo
それに反応して、ビシャラバンガは慌てて素早く起き上がった。

 「ムッ!?
  ……己は眠っていたのか?
  確か、眩い魔力の奔流が全てを呑み込んで……。
  それから、どうなったのだ?」

ワーロックは小さく笑い、彼に言う。

 「全て終わった。
  帰ろう」

 「……夢の通りになったのか?」

 「そう言う事だ」

ワーロックはビシャラバンガの問に頷くと、今度はラントロックを起こした。

 「起きろ、ラント。
  朝だぞ」

 「うぅ……義姉さん?」

目も開けずに、未だ眠っていたい様子のラントロックの額を、ワーロックは軽く叩く。

 「誰が姉さんだ。
  寝惚けてないで起きろ」

 「……親父!?」

飛び起きるラントロックにワーロックは苦笑い。
0893創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/30(水) 18:42:01.07ID:xUnTMW/q
ラントロックは辺りを見回した後、ワーロックに尋ねる。

 「親父。
  俺、変な夢を見てたんだけど……。
  未だルヴィエラとの戦いは決着が付いていないよな?」

その問にワーロックは小さく頷いた。

 「ああ、決着は付いていない。
  でも、もう心配する必要は無い。
  戦いは終わった」

 「終わった?
  俺が寝ている間に何があったんだ?」

 「ルヴィエラは飽きたんだ。
  この世界に興味を失った。
  何時か再び戻って来るかも知れないが、それが何年先かは判らない」

ラントロックは吐き捨てる様に言う。

 「勝手な物だ」

 「悪魔と言う物は、気紛れな物なんだ」

小さく息を吐いて、ワーロックは改めてラントロックに尋ねた。

 「さて、何も無ければ帰ろうと思うが、何か心残りはあるか?」

これにラントロックは頷いた。

 「ああ、スフィカさんを探さないと。
  ……もしかしたら、ここには居ないかも知れないけど」
0894創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/30(水) 18:42:25.70ID:xUnTMW/q
ラントロックの探し人、スフィカは昆虫人である。
虫の性質を持っているので、寒さに弱い。
寒冷地では身動きが取れなくなる。
ラントロックはワーロックに言った。

 「少し探してみても良いか?」

 「ああ、気が済むまで探そう」

そこでワーロックは一度レノックとササンカとビシャラバンガを顧みる。

 「お3方は、どうします?
  先に戻っていますか?」

レノックはササンカとビシャラバンガに呼び掛けた。

 「僕等は帰ろう。
  特に用と言う用も無いし」

ビシャラバンガは眉を顰める。

 「2人だけでは危険では無いのか?」

当然の疑問だが、レノックは平然と答えた。

 「もうルヴィエラは居ない。
  他に脅威になりそうな奴も、残っていない。
  残りたいなら、残っても良いけれど」

そう言われたビシャラバンガは、少し思案した後に言う。

 「では、己も残ろう。
  どうせ先に帰っても、やる事等無いのだ」
0895創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/30(水) 18:43:59.51ID:xUnTMW/q
ワーロックとビシャラバンガとラントロックの3人は、魔城の跡に残って、スフィカを探す事に。
レノックとササンカは一足先に魔導師会の根拠地に帰る。
ワーロックはビシャラバンガに礼を言う。

 「有り難う、ビシャラバンガ君」

 「礼を言われる筋合いは無い。
  己が勝手に決めた事」

スフィカを探す道々、一行は雑談を始める。
ワーロックはラントロックをビシャラバンガに紹介した。

 「ビシャラバンガ君、そう言えば未だ丁と紹介していなかったな。
  おい、ラント」

彼はラントロックを呼び止めて、ビシャラバンガと向き合わせる。

 「私の息子、ラントロックだ」

 「……どうも」

ラントロックは素っ気無い態度で一礼。
愛想の良くない彼に、ワーロックは眉を顰める。

 「済まない、ビシャラバンガ君。
  人見知りする子で」

 「違う、親父!
  そんなんじゃ無いからな!」

 「だったら、丁と挨拶をしなさい」

言い合う父子をビシャラバンガは仲裁する。

 「そこまで己は礼節や形式には拘らぬ。
  ラントロックと言ったな。
  己はビシャラバンガ、巨人魔法使いだ」

ビシャラバンガはラントロックに対して、その大きな手を差し出し、握手を求めた。
0896創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/31(木) 18:34:25.97ID:gm0M1ww7
2人は握手し合うが、それ以上の話はしない。
元々口数の少ないビシャラバンガと、人見知りするラントロックなので、話が弾む訳も無かった。
それから3人は無人の魔城の中を探索する。
魔城の恐ろしい気配は、もうしないのだが、先ずはルヴィエラが本当に退去したのか確かめる為に、
玉座の間に向かう。
最初に他者の気配を察知したのは、ビシャラバンガだった。
――玉座の間には、そのルヴィエラが居た。
身構える3人に対して、ルヴィエラは意地悪く笑う。

 「よく来たな。
  ……っと、この城は私の城では無かったな。
  フフフ」

独り笑いする彼女に対して、ワーロックは問うた。

 「未だ何かあるのか?」

ルヴィエラは小さく首を横に振る。

 「いいや、何もありはしない。
  少し、この城を見ておきたいと思ってな。
  唯それだけだ。
  確かに私の城と外観は似ているが、中身は全く違う。
  所詮は形だけの物か……。
  フフ、悪魔公爵の城を地上に再現出来る筈も無い」

彼女は嘆息して、問い返す。

 「それで、お前達は何の用だ?」

それにラントロックが答えた。

 「スフィカさんを探している。
  居場所を教えてくれ」
0897創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/31(木) 18:34:53.62ID:gm0M1ww7
ルヴィエラは少し考えた。

 「スフィカ……?
  ああ、昆虫人の奴が、そんな名前だったな。
  あれは寒い所には居られないと言って、南方に出掛けたよ」

ラントロックは表情を強張らせ、ワーロックに言った。

 「行けない!
  スフィカは人を襲うかも知れない。
  彼女は反逆同盟が倒れた事を知らない。
  ……知っていても、魔物だから……」

ワーロックは頷き、ルヴィエラに告げる。

 「私達も、ここには用は無い。
  もう会わない事を祈る」

それに対して、彼女は相変わらずの意地の悪い笑みを浮かべた。

 「さて、それは分からない。
  今回は引き下がるが、全ては私の気分次第さ。
  それは数年後かも知れない、何十、何百、何千年後かも知れない。
  そして、もしかしたら明日かも知れない」

そう言って、ルヴィエラは闇に溶け、姿を消した。
3人は不気味な物を感じながら、魔城を後にする。
これにて反逆同盟との戦いは、完全に終わったと言って良いだろう。
長い戦いが終わった。
……誰も忘れていたが、城の中には未だバルマムスが残っていた。
しかし、バルマムス一人に何が出来る訳でも無い。
そもそも城から出られるかも分からない。
0898創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/10/31(木) 18:35:43.43ID:gm0M1ww7
魔城から出た3人をレノックとササンカが待っていた。
レノックは穏やかな音楽を鳴らして、寒さを緩和している。

 「レノックさん、帰ってなかったんですか?」

ワーロックの問にレノックは小さく頷いた。

 「僕等だけ帰ると言うのも、何だか悪いと思ってね。
  僕の魔法があれば、寒さは何とも無いし」

レノックはササンカに目配せをして言うと、ササンカも頷いて返した。
その後にレノックは声を潜めて、ワーロックに問い掛ける。

 「何かあった?」

 「いえ、何もありませんでしたよ。
  ……あ、ルヴィエラが出て来ました」

 「未だ居たのか!?」

 「何やら思わせ振りな事を言って、去って行きましたが……。
  今の所は安心して良いみたいです」

 「そうなのか……。
  まあ、元々奴の気紛れで、どうにでもなる事だからな。
  僕達に出来る事は、備える事だけだ」

油断ならないなとレノックは苦笑しながら、一行を先導する。

 「さあ、帰ろう」

こうして一行は魔導師会の根拠地へ。
後の事は語るまでも無い。
漸く平和な日々が戻って来たのだ。
0899創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/11/01(金) 18:50:10.04ID:Gkl+ZMdT
後日談


スフィカを探して


第六魔法都市カターナにて


ラントロック・アイスロンは反逆同盟が倒れた後、独りで放浪の旅に出た。
ヘルザ・ティンバーは家に戻り、家族と和解した。
義姉リベラは父に付いて、旅商の修行。
ラントロックも家族と行動を共にするとか、禁断の地で静かに暮らすと言う選択があったが、
そうしなかった。
理由は父への反発等では無く、精霊魔法使いコバルトゥス・ギーダフィに憧れての事だった。
旅に出た彼は、最初の目的として、スフィカを探すべく、常夏の地カターナを訪れた。
カターナ市内でラントロックは、カターナ北の森の中で、大型の蜂に人が襲われる事件が、
相次いでいると言う情報を得て、スフィカの関与を疑い、そこに向かう。
蒸し暑いカターナの鬱蒼とした森の中は、虫も多く、酷く不快。
蚊に蚋に吸血虻だけで無く、吸血蛭も居る。
そうした直接害となる昆虫以外にも、毒蛇や蠍等、油断のならない生き物が多い。
勿論、小蝿や浮塵子、蜘蛛の巣と言った、単純に鬱陶しい物もある。
地元の人間も、特に用が無ければ、森には入らない。
想像するだけでも億劫になるが、ラントロックは覚悟を持って進んだ。
当然、事前の準備は欠かさない。
魔法で虫が嫌う音波を出す、防虫装置を片手に、彼は森の中に踏み入る。
0900創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/11/01(金) 18:50:46.83ID:Gkl+ZMdT
防虫装置の効果は確かな物で、ラントロックは昆虫に纏わり付かれる事無く、森の中を探索する。
しかし、広い森の中、どこにスフィカが居るかは判らない。
そもそも本当に蜂が人を襲うのが、スフィカの仕業なのかも定かでは無い。
適当に歩き回って、蜂に襲われるのを待つしか無い。
その内に日が暮れ出して、ラントロックは参った。
どうにかなるだろうと言う、軽い気持ちで森に入ったばかりに、迷ってしまったのだ。
本来人が立ち入る様な場所では無いので、案内も何も無い。
防虫装置は10日も効果が持続するので、虫は気にしなくて良いが、食べ物は1日分しか無い。
これまで魅了の力を使い、その日暮らしをしていた事が、仇となった。
しかしながら、ラントロックは冷静だった。

 (夜間に歩き回るのは、危ないな。
  引き際を間違えたのは、もう仕様が無い。
  明日の朝、朝日が昇る方向を確かめて、移動しよう。
  取り敢えず、南に歩いて行けば、森から出られる筈だ)

彼は旅の心得をリベラやコバルトゥスから聞いていた。
取り敢えず、野宿する為に、野生動物に襲われない場所を探す。
だが、ここで彼の経験の無さが表れる。
どこなら安全に野宿出来るか、判らないのだ。
取り敢えず、虫食いの無い大きな木に登って、樹上で一晩を過ごすと言う選択をする。
木の上は確かに野生動物に襲われ難いが、落下の危険が伴う。
そうそう睡眠に都合の好い枝の生え方をした木は無い。
ラントロックは、どうやったら寝苦しくないかを考えた。
幹に縋ってみたり、枝を跨いでみたりと、色々試したが、結局どれも今一つ。
素直に安定した姿勢で、自然に眠くなるまで待つ事に。
0901創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/11/01(金) 18:51:14.90ID:Gkl+ZMdT
樹上でラントロックは月を見ながら、瞑想した。

 (こんな時、親父や小父さんなら、どうしたんだろうなぁ……。
  真面な野宿の方法、教えて貰わないとな)

夜鳥の鳴き声が、彼を眠りに誘う。
ラントロックが眠りに落ちてから1角後、彼の耳に煩い羽音が聞こえた。
丸で機械の駆動音の様な騒音に、ラントロックは顔を顰めて目を開ける。
彼の目の前には、ホバリングしている昆虫人スフィカが居た。

 「スフィカさん……?」

 「……トロウィヤウィッチ、何をしに来た?」

しかし、お互いの声は羽音に阻まれて聞こえない。

 「煩くて聞こえないよ」

 「何?」

 「だから、煩いって。
  どこか……隣の枝にでも止まって」

ラントロックは近くの木の枝を指差しながら、身振り手振りで声が聞こえない事を示す。
スフィカは何と無く察して、彼の指示通りにした。
ラントロックは大きな欠伸を一つして、スフィカに言う。

 「スフィカさん、反逆同盟は終わったよ。
  マトラ事ルヴィエラは地上から去ったんだ」

 「そうなのか?」

 「ああ。
  だから、もう人を襲う事は無いんだ」

彼の説得にもスフィカは表情を変えない……と言うか、昆虫人は表情が変わらないので、
心の動きが判らない。
レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。

ニューススポーツなんでも実況