旧形国電総合スレッド008
鉄道院~JRの「旧性能電車」全般について思い出でも知識でも、老いも若きも語り合いましょう。
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前スレ
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/jnr/1256973466/【思い出スレ】旧形国電総合スレッド007【統合】 62系はブレーキをSELDに変えるだけでもっと長生きできたように思う。
旧形国電の弱みは、やっぱりブレーキなんじゃないか。
私鉄では吊り掛け車でもHSC化されていた車は結構見つかる。 クハ66形+62形で62系っていうのか
系内にまた系ってややこしいな ベースは113系の車体なのかと思ったけど、
シールドビームに、扉に取っ手があるし、
わずかに113系700番代登場前だから、
115系300番代の車体みたいだな クモハ73600は良いとして、クモハ73500はダメでしょうか? クモハ62+クハ66の中途半端さは、色々当時の状況が推察できる。
多分当初は、漫然とクモハ73アコモ改造の続きを考えていたのだと思う。 いざ着手してみると、もう4扉通勤型の吊掛車を必要とする線区が無くなりつつあったので、
急遽、3扉セミクロスへ変更して、車両の有効活用を考えたのだろう。 旧車更新は打ち切れば良かったのにと思うのは現代の視点で、やはり当時は
まだ車齢的に丸ごとの廃車は許されなかったのだろう。 当時は赤字が膨らの中で、車両新製、特にローカル用車両は極力節約されていたが、
車両工場の体質改善工事の予算はそこまで厳しくなかったという事情もある。 アコ改にクモハはないだろ
電磁直通ブレーキにしたところで釣掛はモーター大きくて歯車も大きいから高速化に向かないし
電気ブレーキも効きにくいから電空併用もやりにくい
どっちにしろあれ以上出力があげられないからそこまでなんだよ 大手私鉄なら
名鉄3300系、6650系のような当時の新造車両と同様の車体に冷房付の旧型車の更新車両があった。 車体を新性能タイプのものへ更新しちまった電車は
それは「旧性能電車」ではあるけど、
少なくとも呼称的には「旧型国電(旧国)」ではないな。 西武701系みたいなカルダン駆動なのに発電制動なしといったちぐはぐな例は
国電やその他でもあったのか? 私鉄の場合は、複雑な改造履歴を持つ一応は旧国鉄車両も >>154
そもそも。車両の主体は何か=車籍鼻に依存するか、という議論にまでさかのぼる
例えば台車交換、という言葉があるくらいなので、台車は車籍ではない
モハ72971〜980の例では
車体交換→新性能化で駆動関係全面交換、元車は、というと台枠
車籍はどうも台枠によるのではないかと思われる?
人間では、臓器移植はあっても大脳移植はあるか?→別人でしょう
例えば、そのようなかんじなのか 「旧国」つまり「旧型国電」は
「国電」部分の意味が上位だから。
>>153の理屈は「旧性能電車」でしょ
それなら理屈は通る
しかし「旧型国電」ではない
似てるようでちがう 趣味者視点を言うのなら、沢柳氏はじめ旧国を対象に活動してきた著名な趣味者達はみんなアコモ車やクモハ84を旧国の範疇に含めてきてるからな
名無しがこんなところで喚いたところで定義は変わらんよ すげぇな、それじゃ時代も進んだ今では「昔の国電」をひとからげに旧国とか言っちゃうの?
それじゃ101系や103系や111系とかみんな旧国になっちまうな。
101系以前の吊り掛けを「旧性能電車」で”旧国”と言うのが共通認識なのに「車体更新したら
旧国じゃない」なんてこのスレの住人の資格無いな。 旧性能電車=旧型国電、ですね
モハ72970,モハ62、クモハ84、クモユニ74/82、クモニ83、全部YESです
確かに、国電という意味をどこまで厳密に解釈するか、という観点はそうかもしれないが、
今まで考えたこともなかったです
157さんの言っている意味は理解しますが、大元は旧型=旧性能電車+国電であっても、
自分は「旧型国電」という一の固定名詞で完全に閉じていてこれが=旧性能電車、として
何の疑問も持たずに意識してきていた
もし157さんがそう定義するなら、それも一つの考え方でしょう、それは否定は致しません
ですが、ここの方の(年寄の)意識とは大きく乖離ですね
157さんは相当若い方でしょうか?
ちなみに、国電も少し怪しい、そこまで言うならこれも要再定義になる可能性
国電区間を走る電車と、国鉄に所属する電車はもちろん異なりますから
ただ今まで全く意識していなかった観点から、改めて考え直す機会にはなりました
モハ72970,モハ62、クモハ84が、非該当との主張があることは明確で理解いたしますが、
このスレの対象者の一般認識とは大きく異なるため、今後は別のところでお願いになります 自演w
長々と持論をかたってこれで終わりとかいうクズいるよね
最初から語るなっての 足まわりは旧品流用で車体だけ103系並みの新製品を載っけたアコモ改造車は結局一両も私鉄には売却されなかったかな ていうかデカくて重い国鉄20メートル車の譲渡例が少ない
世の中が落ち着いてからは秩父鉄道くらい?101系だが 現役の電車だと三セクを除けば富士山麓に行った205とかえち鉄に行った119とか
退役済も含めれば富士山麓に165、伊豆急に113・115
国鉄・JRと直通やったことがないえち鉄のはちょっと珍しいか 京急の場合は旧型の吊り掛けグループを原型スタイルと車体更新グループの2種類が存在した。
しかし車体更新グループがいわゆる湘南顔で3ドアの400形と4ドアの500形であったが、車体更新とは名ばかりで何かとてもダサかったので小学生でもあれは旧型車両と認識できた。
せめて急1000形の姿をしていれば議論の対象になったんだけどな。全く自慢にならない話。 タイトルが「旧型電車」ならワンチャンあるけど
「旧型国電」だからねえ
省電〜国電だけになると思う 京急の例は旧型国電のアコモ改良等による定義に関連する参考事例だと思うが、私鉄まで広げると話題は無限にあるから収拾がつかなくなるなw 114は中学生くらいかな 当の国鉄が旧標準形つまり旧形国電と定義して2桁形式ふってるんだが 宇部小野田線:1981年(本山支線を除く)
大糸線:1981年
身延線:1981年
飯田線:1983年
40年以上も前になってしまっていた 鉄道省は昭和16年の時点でサハ75021で両開きドアを試作しているのに、それが採用されるのは15年以上も経った101系まで出なかったのはなぜですか?
73系の73900や79904辺りの近代化試作車辺りで採用しても良さそうに思いますが、技術的な課題があったのでしょうか・・・? >>176
単純にコストの問題かと。
サハ75021の場合、1扉に2台、ドアエンジンをつけていたはず。
戦後に両開きで量産化した営団300形は、ドア間のちょうど中央の座席下にドアエンジンを設置し、
そこから長い腕で2か所の扉の片側づつ駆動していた。
この方式はドアエンジンが減らせるが、座席下にヒーターが無い地下鉄しか採用できない。
101系になると、扉中央の床下にドアエンジンを設置するが、ドア前の床に点検蓋が必要になる。
両開扉がスマートになったのは、西武が開発した鴨居上ベルト式を103系で採用してからだな。 サハ75021が戦災で焼失したのも技術的には痛かったろうな >>177
Seibu Tokorozawa 式ドアエンジンですな
この見返りで、西武は国鉄から当時最新の、
DT21相当の台車と、MT54相当の電動機を手にした >>177-180
176です。
ありがとうございました。
そういうことなんですね、勉強になりました。
確かに戦災に合わずに両開きのメリット等のデータ取得なども出来ればその後コスト低減の取り組みなども進み
もう少し早い実用化もあったかもしれませんね。 交通博物館時代の101系両開きドアの展示はよかったな
普通に自由に出入りも出来たし、座席下の非常解放コックの操作も可能だった
挟まれたときの感じとか、手動でどのくらいの力で開けられるかとか、
今は危険だと考えられることも出来たおおらかな時代だったわ 両開きドアの試験はサハ75021で行われたわけだけど、モハ41に採用することを画策していたようだ。
図面は残っているが、実現せずに終わっている。やはりドアをどうやって駆動するかの>>177に
あるような問題があったのだと思われる。
発電ブレーキ無しの新性能国電としては、711系もそうではなかったかな。 抵抗器が必須かつ搭載してるのに発電制動非対応というのとは違うからなんとも