湘南2枚窓・切り妻3枚窓の電車について語る
>>36 鼻筋が通っていても静鉄のヤツは、巧みなバッタものだったな。(親しみを込めて・・・)
静岡線の電車や駿遠線のディーゼルカーは本物と出会う機会も結構あったんだろうな。
余談だが、静鉄の湘南型の後作られた 静鉄100形は、車体の絞り灯具の配列から察するに東海型のパクリ追従だったんだろうな。 クモル22って ひょっとして下駄電(101、103系)の変形傍流というより貨物専用電機機関車EH10のデザイン意匠を意識していたんじゃない? 連投すまん。
>>35 アゲ取りする気はないけど、でも元祖湘南で東急車輛製の最初の2両はくびれはあるが鼻筋はなかったんだよな。
同様に日車製ロマンスカーで灯具形状配列が同様な富士急3100や秩父300、500は湘南形の範疇にはいるのではないかな?
そして同じ日車ロマンスカーでも尾灯の形や前照灯の配列、車体が下膨れの長電2000、富山地方のロマンスカー等は影響は認めるが
独自性もあるデザインだな。 正統派湘南二枚窓「クモヤ93000」
スピード記録タイトルホルダーの持ち主、
スタイル抜群チョーカッコイイ。 富山地鉄のクハ90。
あまりにも悲惨な車歴だった。 >>39
そう言ってくる人がいると思ってたよ。
しかし、それを言うなら丸妻三枚窓が湘南型の元祖だ。 >>42
いま出先なので車歴はわからないが、S40頃でた車体新造車で
クハ79全金車みたいなお面を持った片側3扉両開きのヤツかと。 >>40 あの電車を保存せず潰したのは、157系と共に非常に遺憾だな。
切妻3枚窓に話を変えるけど、キワ90は何故あの顔になったのかな
あの顔って当時の国鉄のカネ手間かけず取り敢えず頭付ける場合の定番スタンダードだよな。
でも80系等や初期の気動車等大半が、傾斜ナシ連続3枚なのに、103系の直系のご先祖
の72系の新設の頭が何故か連続窓を採用しなかったのか疑問だな。
交流電化黎明期の仙山線のZパンタのヤツ(790?490?だっけ)なんかは、3枚連続窓以外に角に戸袋窓みたいな窓つけていたけど(究極のキワモノだな。)アレなんか
3枚じゃないけどカテゴリー的に切り妻3枚ジャンルの車輌じゃなかな?
>>46
80系/70系(クハ85/75/77)は傾斜窓だぜ >>46
連窓の方がふつうはコスト高いんでね?
クハ79は3枚の窓は同じ寸法で済むわけだし
同じようにクモハ73500代、600代の窓も同じ寸法の窓を縦横変えているだけだ罠
70系、80系の改造車についてはクモユニの窓の流用だからやはりコストはかからない
キワ90もおそらく郵便荷物改造車の窓の流用だろ
切妻三枚窓、相鉄704あれもどちらかというとゲテモンチック(笑) 現役の
長電2000
福鉄200
神鉄3000
亜流になるのだろうか 角目尾灯用いたヤツ(特に標軌に多い)とか東急・名鉄5000みたいな下膨れになると、かなり印象が変わるよな。 相鉄の704って西武の黄電?みたいな錯角起こす車だよな。 >>56 もし北海道の簡易軌道のヤツが湘南元祖だったらコイツを源流と認めてもよい気がするがなっ・・・・笑。
小田急1700の非貫通って湘南2枚より前に製造だよね。湘南2枚登場の後つくられても2200は湘南とは認めない!
地方私鉄や簡易軌道のヤツは、金太郎塗りやタレも多いし加工性や工作力の問題で(折り目傾斜、鼻筋がアマイ〜ナイ)でも湘南の意匠は感じるので認める。
>>56
何かゴハチの大窓機を彷彿させるスタイルだね。 >>56
湘南二枚窓の源流は、非貫通三枚窓をデザイン的に煮詰めると小田急1700の顔に似てくる。
80系の原案に最初期車の三枚窓を二枚窓にしたタイプが在ったと思ったが。
あれじゃ私鉄(小田急)の真似と言われるので窓を傾斜させた!と捉えても。 PCCとも思ったが、2枚窓傾斜でも全然雰囲気違うんだよな。
路面電車の2枚窓はだいたいこっちのPCC系顔だけど。 PCCや当時のアメリカのバスの2枚窓を日本的に換骨奪胎したのが
湘南顔なのかも?とも思う。
戦勝国アメリカへの憧れは強かったと思うので…
亜流湘南顔だけど、西大寺のなんかはいかにもアメリカのバスの
影響っぽい。 湘南二枚窓 名古屋鉄道5000系、最高にかっこいい! >>63-66
これでビックリマーク入れたらマイクロエースの広告コピーだなww >>69 三段目・・・コレ博物館の画像?(そのワリにくたびれているが・・)
むこうって トレインとインターバンが明確に区分されてそうな気がするのだが・・・
日本の地方私鉄みたいに列車(客車)と路面電車が同じ線路を走るケースあるんだね。
>>70
両者は明確に区別されてる、というかまったくの別物
同じ線路を蒸気列車と電車が走る場合は蒸気鉄道の電化による近郊列車のことがほとんど >>69
サンフランシスコにも昔、路面電車が在って、これと同じような車体が。 似てて当然、アメリカのほとんどの路面電車で>>69みたいなPCC車が各社数百両単位で導入されてる >>74
PCC車が各社数百両単位で導入されてる
数百両ってほんとかよ?
>>75
数百両だったのはニューヨークとかワシントンとか一部の大都市だけじゃないの?
大都市でもニューオーリンズなんか遂に入らずじまいだし。 駿遠線の湘南?型は出たか…あと井笠鉄道とか、歌登町営軌道とか… ナローなら 仙北 が一番秀逸(但し 厳密にはスカ型)
あと 遠州→花巻 今度京王3000系が引退するよ、また湘南二枚窓が首都圏から消えるなorz
さよなら京王3000系! 今後は、西武亡き後首都圏(至近?)の湘南は、流鉄になるのか?
ところで京急の800に対する湘南定義(勿論 該当したとしても亜流だが・・・)
は、皆様の見解は如何に・・・・妻面自体は、曲反りで鼻筋どころか傾斜もないが・・・
一時期あれだけ亜流湘南のスタイルに固執した京急で往年の亜流湘南意匠を引続いでいる訳だだが・・・? >>80
あれが湘南型なら、
伊豆箱根の3000や5000も湘南型と言ってもよくなりそうで怖い。 レスサンキュウ!
81の根拠・ガイドライン進言に基ずき本動議否決されました。 >>80
二枚窓っていう定義なら入るけど、それに湘南が付くと???だな、
まるでゴハチの原型小窓みたいだよw
昔のゴハチヲタは原型大窓機しかゴハチではない!なんて言ってた輩も
いたがね。 切妻3枚窓の正当な後継者っていないね。321も231も切妻3枚窓じゃないし。 京急はあの形状に「京浜型2枚窓」とでも付けておけば良かったのだが。
特定する名称が未だに無いが故に、現在に至るも「擬似湘南型」「亜流湘南」と呼ばれ馬鹿にされている訳だ。
>>84
101→103系のピラーつき3分割窓は、3枚を一体化して見せたかったのでは。
あと、視野が広がるという運転面からの要請もあったかもしれないし。
201→205では大小2枚、209からはついに念願?の1枚窓、
でも103高運転台の遺伝子を受け継いでるようでもある気が。 西武の451系(国鉄101系登場後の製造開始)は、当初全面一枚窓(国電顔に多少アレンジを・・と云うことだろう。)に、するつもりだったが
試験※の際風圧で割れ諦めたそうだ・・・・。
※技術革新に意欲的ではない当時の西武(所沢工)でどのような風圧試験を行ったのだろう・・・あまり 本格的なモノではないと思うのだが・・・。 風圧で割れちゃうガラスってどんなんだよw
もうフロント部分がFRP(強化プラスチック)で製造可能なんだから、
フロントガラスも透明な強化プラスチックで作れないもんかね?
そもそも電車の硝子って合せ硝子なのかな? >>88
最近のは知らんが、ちょいと昔の硝子は割れたらバリバリになるやつだよ。 >>86 高窓運転台DNA(ブスの遺伝子)だけは、しっかりJR東日本に引き継がれたな。
劣性遺伝。
>>88 事故の衝撃で尖って割れてバラバラになったら動く乗り物なんだから危ないじゃん。だから自動車も今は合わせガラス。 側面ガラスにはいろいろあるかもだが、
前面のは今では電熱線入り合わせガラスが多いのかな? >>90
強化ガラスは尖っては割れない。ザラメ状に割れる。 パノラミックウインドって誰が考案したの?
最初は外国?
日本で最初は名鉄5000系? 鉄博に置いてある明治時代の2軸御料車に曲面ガラスが備わってるな。
ガラスは輸入だったのだろうけど、相当前からあったようだ。 >>94
153系のルーツは明治時代からあったのかぁ、興味深い話ですね。 >>94
あれ御料車まるごと輸入(確かドイツ製)じゃなかったっけ? >>94
自分は交通博物館で見たのが最後だけど、子供心にもシャレてると思った。
松電の元京王の車両は湘南パノラミックで80系と153系をミックスしたようで興味深い。 >>97
> 2号御料車は、九州鉄道(初代)が1901年(明治33年)にドイツの
> ファン・デル・チーペン社に発注し、自社の小倉製作所(現・JR九州
> 小倉総合車両センター)で組み立てたものである。
だってさ。(ウィキペより) 同じパノラミックウインドーでも、
ピラー有りとピラー無しではだいぶ印象が違うね。大半がピラー有りだったけど
こないだ、おおみやふれあい祭りでEF641000の曲面ガラスの部分だけ販売してたけど
あんなもの何に使うんだよw最後まで売れてなかったよwww >>93
実は名鉄は7300迄板硝子の組合せ
6000は知らんが >>102
5000と、あと3400の更新は曲面だぜ >>102
ごめん、切妻二枚窓のスレができたら、あなたをお呼びするよ… クモハ73近代化改造車の不細工なことといったら・・・ 同じ湘南2枚窓でも70系と80系って違いが70系窓枠押さえ金、80系Hゴムって言う
認識でいいのかな? >>117
前面窓ですよ、勿論側面は70系は3扉80系2扉ですけどね。 めんどくさいけど解説しようか。
70系も80系(前面2枚窓)も、初期型は前面窓は木枠(押さえ金じゃないよ)だった。
で、52年車からどちらもHゴムに設計変更。
80系はその後木枠車も全車Hゴムに改造されたが、70系は一部の車に留まった。
そういうことです。 >>115
175km/hの記録から今日で51周年。 前照灯が3つあるやつだよね、昔田町電車区(だったっけ)で留置しているのを
見た記憶がある。貴重な一台だね。解体されたのかな?保存されたのか??
当時は、東海道静岡口が80系天国で、多分12連くらいの長い編成で走っていたね。
浜松あたりで80系の前面3枚窓が来ると大喜びだったな。
東京にも1~2往復来ていたね。懐かしい。
70系は信越線方面で活躍してたなあ。サロ改造クハの座席の優雅さが懐かしい。
今のG車より、なんか優雅なんだよね。 >>123
既に解体されたよorz
これとクモハ157を解体した国鉄は生涯の汚点だな! 踊り子号のルーツは80系「伊豆」「いでゆ」なんだから30周年記念号はOM03編成を使うべきだったね ちょっと質問したいんだが、
2枚窓、切妻3枚窓が無くなった(減ってしまった)理由って何なの? 分割併合非常脱出。
近年 非貫通なら1枚窓することも、(安価に風圧に耐える)技術的に容易になった。
また大都市圏で切妻が減ったのは、地下区間や複線区間での高速すれ違いでの風圧の為、TKK9000が、南北線に入れなかったのは、
フルタイプホームドアに対する風圧破損リスクの問題もあったらしい。 >>128
E231,E233系は貫通扉ありませんが何か? >>127
後年になると車体の部品の強度が高くなるので、
二枚、三枚にする必要も無く、一枚ガラス、または二枚窓でも間に支柱が必要無く、
ゴムモールでも十分となり一枚ガラスに見えるようになった。
切妻が無くなったのは、たんにデザイン上の問題。
以前と比べ、鉄でも曲線が出来、鉄以外の素材でも曲線が出来る時代、
無骨な切妻にする必要がまったく無いだけ。 >>132 普通に作れますよ。 ただ、SUS材のほうが硬いので工作難度が高い=コストが掛かるってことです。因みにコルゲート加工やビードプレス加工も曲げ加工の一種です。 >>132
東急5200/6000とか南海6000/6100とか、営団3000とか都営6000とか、
山陽2000とか阪神5201とか、岳南1105とか茨交600とか、EF81 300とか。