湘南2枚窓・切り妻3枚窓の電車について語る
>>117
前面窓ですよ、勿論側面は70系は3扉80系2扉ですけどね。 めんどくさいけど解説しようか。
70系も80系(前面2枚窓)も、初期型は前面窓は木枠(押さえ金じゃないよ)だった。
で、52年車からどちらもHゴムに設計変更。
80系はその後木枠車も全車Hゴムに改造されたが、70系は一部の車に留まった。
そういうことです。 >>115
175km/hの記録から今日で51周年。 前照灯が3つあるやつだよね、昔田町電車区(だったっけ)で留置しているのを
見た記憶がある。貴重な一台だね。解体されたのかな?保存されたのか??
当時は、東海道静岡口が80系天国で、多分12連くらいの長い編成で走っていたね。
浜松あたりで80系の前面3枚窓が来ると大喜びだったな。
東京にも1~2往復来ていたね。懐かしい。
70系は信越線方面で活躍してたなあ。サロ改造クハの座席の優雅さが懐かしい。
今のG車より、なんか優雅なんだよね。 >>123
既に解体されたよorz
これとクモハ157を解体した国鉄は生涯の汚点だな! 踊り子号のルーツは80系「伊豆」「いでゆ」なんだから30周年記念号はOM03編成を使うべきだったね ちょっと質問したいんだが、
2枚窓、切妻3枚窓が無くなった(減ってしまった)理由って何なの? 分割併合非常脱出。
近年 非貫通なら1枚窓することも、(安価に風圧に耐える)技術的に容易になった。
また大都市圏で切妻が減ったのは、地下区間や複線区間での高速すれ違いでの風圧の為、TKK9000が、南北線に入れなかったのは、
フルタイプホームドアに対する風圧破損リスクの問題もあったらしい。 >>128
E231,E233系は貫通扉ありませんが何か? >>127
後年になると車体の部品の強度が高くなるので、
二枚、三枚にする必要も無く、一枚ガラス、または二枚窓でも間に支柱が必要無く、
ゴムモールでも十分となり一枚ガラスに見えるようになった。
切妻が無くなったのは、たんにデザイン上の問題。
以前と比べ、鉄でも曲線が出来、鉄以外の素材でも曲線が出来る時代、
無骨な切妻にする必要がまったく無いだけ。 >>132 普通に作れますよ。 ただ、SUS材のほうが硬いので工作難度が高い=コストが掛かるってことです。因みにコルゲート加工やビードプレス加工も曲げ加工の一種です。 >>132
東急5200/6000とか南海6000/6100とか、営団3000とか都営6000とか、
山陽2000とか阪神5201とか、岳南1105とか茨交600とか、EF81 300とか。 >>137
そんな事言ったらEF30も入るじゃないか(沙*・ω・) >>138
それ言うとEF10 24もあるけどねw 南海だと11001(1001)・21001のイメージ
やっぱりへの字口風塗装が似合う顔でないとね クモハ165や455系が博物館に入った中で、クハ153の低運スタイルや、ある意味
急行型の前身である80系クハ86(二枚窓)が残ってないのは残念。
>>147
クハ86の二枚窓は是非、博物館で保存して欲しかった。
21/22が初の二枚窓、鼻筋の通らない湘南形として珍車中の珍車なので、
どちらか原型木枠に戻し、保存して欲しかった。
蒸気機関車のC62は1/2/3と残されているのに、80系は二枚窓は一台も残されて無い。
クモユニ81も1台位は残して欲しかったな。 >>148
当時はまだ、蒸機や路面電車はなくなるものだから価値があるけど、
普通の電車は新しいもので残す価値がない、って程度の
認識だったからね・・・ >>148
場所は何処だか忘れたが、80系2枚窓ふうに作られた診療所ならあるよ。
あの病院の院長先生よほど2枚窓の80系が好きなんだろうねw >>150 練馬区 石神井公園駅最寄の 小山病院でしょ。
残念だがもう無い!
ココの院長?先生 西武鉄道の嘱託医もしていた。
この先生がお亡くなりになり 湘南レプリカ(側面はリアルだが、全照灯部分は違和感があった)
と 西武351の切断Bトレ? は、邪魔者扱いされ 天に召されました。 >>151
まだあるってさ
ttp://c5557.kiteki.jp/html/oyamabyouin.htm 本家の湘南二枚窓がもう1両も存在しないって言うのも何かおかしい話だな、 クハ86021・22とクモニ83形100番台の計3両を保存しとけば、
リニア館にクハ86021二枚窓木枠急電色
大宮にクハ86022二枚窓木枠湘南色とクモニ83形100番台スカ色
こんな実現も可能だったんだな。 >>154 気持ちはわかるが、何でもかんでも保存っていうのもなあ〜 一般論だが、クモニ83は無理でしょ。
ただ本家湘南スタイルが残せなかったとういのは、電車は格下、まして編成ものだから単独走行無理なシロモノは論外みたいな
古い概念が未だ国鉄内部に根強かったのかも。
切断した全面だけでも残せなかったのは、日本鉄道車両史において大きな損失だな。 越石から出てた栗原電鉄の例の湘南スタイルモドキも
もう残って無いよね? >>155
モハ63(クモハ73)も価値が無いと一つも保存されず、最近になって事業用として残っていた、
クモヤ90を慌てて調達、原型改造してモハ63を再現したしな。
JRもやっと最近、電車を残すってことを学習したようで、クハ103-1も保存予定になってるし。
ただ80系は国鉄の長距離電車化に寄与した車輌ってことで、もうちょっと保存されても良かったような。 >>157
つクモハ73は可部線カラー色でEF5836と共に、荒れてはいるが保存されている。 >>158
そりゃ生首だろ。しかも屋根は剥がれて、前面のガラスは無くなり、廃墟確定物。
EF58は3/2しか残されて無い状態で、錆まくりの廃墟状態。
ありゃ保存では無く放置と同じ。 >>159
結局あの持ち主の鉄道模型屋が倒産?廃業?したために誰も手入れする
人が現在は居ないのだろう。 >>152
その記事に「2009年7月に解体されたとの情報があります、訪問の際はご注意ください」とあるよ。
ってか俺自身が建物もろとも更地になってたのを現地で確認済。
その病院は道路挟んだ向かいのビル一階に規模縮小したクリニックとして移転。 >>161
駅は高架になったし、駅前は南北とも再開発で変貌するし、石神井公園も変わったな。 トカ線の藤沢辺りだったか、80系の車体に似せた売店?があったはず。 売店はどうなの? 寸法的には・・・ホーム売店だからやはり とてもモックアップとも云えない代物? >>164
デフォルメだけどそれなりに楽しい。
ttp://member.cyberstation.ne.jp/mmb/MBWTRAIN/JR22297202740/SHONAN.html >>165系>>167系
まあ似てないでもないがな、でもバチモン感は拭えないがw 東武が5700の湘南を復元したけど 見る人が見ればやはりオリジナルとは違う
部品調達面ではなく(工作造形)で図面では表現できない問題から生じる相違点とかあるのかな? >>169
対抗して京成は1600を復元しないのだろうか? >>170 京成も近鉄と並んで保存なんてする気 微塵にも無い会社だよな。・・・ある意味 自分の知名度&業界での地位を良く自覚している。
>>171 アレは、湘南ではない!バケネコ!
十和田観光電鉄1208系、流鉄1200系、秩父鉄道300系、富士急3100、遠州鉄道モハ31
長野電鉄2000系、上田交通クハ225、新潟交通モハ25、福井電鉄201、富山地鉄10020系
富山地鉄174系、大井川鐵道6011、
この中で現在でも現役もしくは姿が見られるのは、
長野と富山と福井と大井川ぐらいか?福井の201はスタイリング好ましいねえ。 >>171
今はレストアされて喜多見に在るんじゃないか?
昔は相模大野の奥に最終時のまま置いてあったけど。 小田急は二枚窓の化け猫が保存されてるんだから、当然三枚窓の5000系も保存されるよね?
てか5000系まだ車籍あるし全検も残ってるよね? 蒲原にも湘南スタイルもどきがいなかったか?
コロタン文庫の私鉄全百科に「湘南スタイルが特徴」と紹介されていた形式があったはず >>178
モハ31、モハ41、モハ91が前面2枚窓だったけど、
窓が傾斜した狭義の湘南タイプじゃなかったな 湘南タイプだったらやはり、西武351系551系でしょ! 185系が80系湘南二枚窓塗装に成ってるけど、皆さんは、あれどう思いますか? >>183
車両デザインと塗装デザインって、常に一体のモンなんだなぁ、と実感。
いいわけないじゃん。ウソ電レベル。 >>183
運転台の位置が高いせいかどことなく間抜け面に見える。 >>183-185
なんかアレは元西武鉄道5000系に施行しても同じような気がする。 185系と80系とは座席&通路幅含め相違多数
185系は経験的に、寒冷地に適しやすい構造だった80系を、範としたのは事実だろうが…
当然窓割りも違うし、第一 80系は非冷房だしな。 前面は80系にこだわらないで
165系みたいに下部緑おでこオレンジにすればよかったのに。
185系の湘南は、昔ようかった地方私鉄が他社譲り受けの中古車をその車の造形に無関係に、強引に自社カラーに忠実に塗り分けたレベルだな。
以前車両メーカーのヒトに聞いたハナシだが、意外と切妻は、加工の際に生じた歪みの誤魔化しが利かないので面倒なのだそうだ。 近鉄10000系旧ビスタも前面窓だけは傾斜大型2枚窓で
湘南型に属すると思う。 しもぶくれがダメなら東急5000蛙もだめということになる 湘南顔の亜種だろうけど何かが違う
湘南顔、正面2枚窓、切妻2枚窓くらいにはわけられると思う 2枚窓でも大阪市電800・900は湘南電車とは無関係な2枚窓だしな。 南海電鉄のズームカー21001は端正な顔立ちではない湘南2枚窓だね。
ズームカーって8丁もパンタグラフを上げてかっこよかったな、
でも変電所からよく文句を言われなかったなw
晩年は国電の様にライトが豚鼻に成ってカッコ良さが半減したがねorz
そう思うと、国鉄70系80系はヘッドライト豚鼻改造されずに全車廃車に成ったから、幸せ者だな。
あの鼻筋の通った端正な顔立ちにシールドビームは似合わないだろEF58しかり。 中央西〜松本辺りのには豚鼻あったような気がするが…。 76〜77年に松本運転所のクハ85.86.76が2灯シールドビーム化されたよ
クハ76が21と73と75
クハ85が300と301
クハ86が332 >>200
へえ,見たこと無いなあorz
何時頃廃車になったんだろう?
dクス 俺は何といっても二枚窓なら小田急のバケ猫が最高にかっこいいと思う! >>202
昭和50年以降、俺の中でネコちゃんだと末期多摩線運用以外は6連の中間封じ込めが多かったからな。
唯一、ネコちゃんだけの4連で新宿-町田間の各駅に使用されている時が良かったな。
>>205
猫ちゃんは小田急のマスコット的存在だったよね^^ >>204
カッコ悪いwwwwwwww
キハ17の如く1灯シールドの方が良かった >>120
木枠2枚窓で製造された車
クハ76(44両)
001〜037・039・041・043・045・047・049・051
クハ86(40両)
021〜060
うち、最後まで木枠2枚窓で残ったのは6両
76031〜033・76043・76047・76049
ただし、昭和40年代後半まで木枠で残っていたものは、両形式ともにほかにわずかに存在した 湘南2枚窓については、当初の3枚窓からアコモの劇的向上は見られたが、当時のEF58スタイルに現場がかなりこだわったみたいだね >>210
知らないことをよく調べもせずに、いい加減なことは書かない方がよい
クハ86001〜86020(1次前面3枚窓)とクハ86021〜86080・86082・86084(2次以降前面2枚窓前期型)とでは、クロスシートの座席モケットが背面下半分(布団部分)のみからほぼ全面張りに改められたことと、室内整風金具の変更ぐらい
あと、あえて言えば、1次型では板張り(木製)だった床が、80系2次型ではリノリウム張りに改良されているが、直後から製造された70系初期製作車では、優等(有料)仕業には充てない前提のためか、しばらくは板張りで新製されている
各グループとも、並行製造の他形式もほぼ同様
80系のアコモデーション面は、上記昭和30/1955年製のものまでは、ほぼ同様(ベンチレータや屋根設計の変更や、一部窓枠Hゴム採用、さらに台車などの段階的改良はあり)
あと、湘南電車80系や横須賀型70系がEF58にデザインを合わせたのではない
EF58最初の前面2枚窓の改良型35号機は昭和27/1952年落成で、これは2枚窓試作型の86021・86022の昭和25/1950年7月やその翌月以降の量産車よりも、遥かにあとである 板張り床は北国では重宝がられたというエピソードがある。 このスレ的に、70系が新潟に居たんで関係あるのでは?
ちなみに80系の北限は大糸線の海坊主クハユニ81かな? >>211
兄様、冗談なのでお許しをww
でも兄様の知識の一端を拝見できました。ありがとうです(笑)。
これからも兄様の知識の引き出しを頼りにしています〜(^-^) >>210
もしかしてEF58は新製時から二枚窓で登場ってマジで思ってたって云うオチ?