ロスト・スペラー 19

1創る名無しに見る名無し2018/07/05(木) 21:21:14.20ID:79tLuu1L

211創る名無しに見る名無し2018/09/06(木) 18:35:50.56ID:BzL6DU8t
潜入者はダストマンから貰った、「もっと強い薬」があれば、どうなるかと考えた。
もし本当に更なる魔法資質の強化が見込めるなら……。

 (いや、危険な賭けだ。
  しかし、連中が俺の説得に耳を貸すだろうか?
  どいつも、こいつも、自信過剰の増上慢だ。
  俺だけでも逃げた方が、未だ賢い)

シェバハが何時乗り込んで来るかは判らない。
今日かも知れないし、明日、明後日、来週かも知れない。
もしかしたら、貧民の話には耳を貸さないかも知れない。

 (大袈裟に騒ぎ立てて、何も無かったら、良い笑い者だな)

自分だけ撤退しようかなと、潜入者の心は揺れた。
他の力ある者に、義理や恩がある訳では無い。
どうなろうと知った事では無いし、自分の命には代えられない。
だが、ダストマンには話をしておいても良いかと、彼は思った。

 「ダストマン、人探しは止めだ。
  あんたに話がある」

 「何だ?」

如何にも深刻な口振りの潜入者に、ダストマンは少し動揺した様な声で尋ねた。
潜入者は正直に予想を告げる。

 「これは飽くまで、俺の予想に過ぎないんだが……。
  近い内に、ここは襲撃を受けると思う」

212創る名無しに見る名無し2018/09/07(金) 19:25:10.42ID:d55Mqf7+
ダストマンは俄かには信じ難いと、訝し気に問うた。

 「襲撃?
  どこの誰に?」

 「地下組織のシェバハだ」

 「シェバハ……。
  凶悪で有名な、あのシェバハか?」

 「ああ」

 「何故そんな事が分かる?」

彼の疑問は当然だと、潜入者は頷きながら答える。

 「だから、飽くまで予想だ。
  外れる――詰まり、何も起こらないかも知れない。
  明日来るかも知れないし、永遠に来ないかも知れない。
  それは分からない」

 「根拠を聞いている!」

ダストマンは初めて感情を露わにした。
その危機感は、どこから来るのかと潜入者は訝る。
先までのダストマンはエージェントらしく、冷静沈着だった。
それが、この取り乱し様。
一体何を懼れているのか?

 (薬の出所を暴かれる事?
  いや、違うな……)

力ある者は、誰一人として薬の出所を把握していないであろうと、潜入者は予想していた。
もしシェバハが襲撃して来ても、薬の事は何一つ分からず、この場にある物を処分するだけ。
シェバハは狂信的過ぎて、魔導師会には疎まれているので、連携する事も考え難い。

213創る名無しに見る名無し2018/09/07(金) 19:26:42.73ID:d55Mqf7+
寧ろ、シェバハが力ある者を潰せば、証拠を隠滅する手間が省けるのではと、潜入者は思う。
それとも、薬は既に忠臣の集いに押さえられていて、どうしても会の中枢に接近する必要が、
あるのだろうか?
もう1つ、可能性があるとすれば……。

 (製薬会社も実験に協力しているのだとしたら?
  そして、実験の成果を独占しようとしているのだとしたら?)

そちらの方が可能性が高いのではと、潜入者は考えた。
正面から訊ねた所で、ダストマンは素直に答えてくれないだろうが……。

 「何故シェバハが攻めて来ると思う?」

潜入者に対し、ダストマンは重ねて問い掛けた。
どう答えた物かと、潜入者は思案する。
今後の為にも、地下組織の人間と知られるのは避けたい。

 「貧民を虐めると地下組織が出て来ると、聞いた事がある。
  だが、今は騒動が続いて大変な時だ。
  魔導師会が出張っているから、地下組織は表立って動けない」

 「シェバハは違うと?」

 「ああ。
  しかも、この情勢でシェバハは東に活動範囲を拡げているらしい」

ダストマンは短い沈黙を挟んで、小声で言った。

 「随分、詳しいんだな」

 「簡単な推理だよ。
  新聞を読んでりゃ判る事だ」

214創る名無しに見る名無し2018/09/07(金) 19:28:49.14ID:d55Mqf7+
ダストマンは再び沈黙し、再度小声で言う。

 「新聞を読むのか」

 「ああ、可笑しいか?
  新聞なんて、どこにでも置いてあるだろう」

潜入者は敢えて、貧乏臭い台詞を吐いた。
「買ってまでは読まない」と言う事だ。

 「俺の言う事を信じる信じないは勝手だが、とにかく俺は暫く雲隠れする。
  ビートルが何と言おうがな」

 「待て!」

ダストマンは大きな声で、潜入者を呼び止めた。

 「何だよ?」

 「シェバハと戦わないのか」

 「冗談じゃない!
  あんた、シェバハを知らないのか?」

潜入者は呆れた声で言う。

 「シェバハには魔導師崩れが多いって、聞いた事あるだろう?
  無いか?
  魔導師崩れってのはな、魔導師になりたかったけど駄目だった奴とか、
  なったは良いけど落ち零れた奴の事だ」

 「それは知っている!」

今更「崩れ」の説明をされても、そんな事は言われるまでも無いと、ダストマンは憤慨した。

215創る名無しに見る名無し2018/09/08(土) 19:34:11.39ID:EuoTa4qp
潜入者は飄々とした態度で告げる。

 「詰まり、シェバハの連中は実力的には魔導師と大差無い訳だ。
  そんなのを相手にする何て、俺は嫌だね。
  魔法資質が幾ら高くても、魔法知識で劣ってたら、どうにもならない。
  命が幾つあっても足りやしない」

 「薬を使ってもか?」

ダストマンは強い薬を使えば勝てるのでは無いかと言いたかった。
魔法資質が高まれば、相手の魔法を先読みしたり、魔法の発動を妨害したり出来る。
だが、それだけだ。
未知の魔法を使われたら、対処の仕様が無い。
それに常人の10倍、20倍の力があろうとも、10人、20人には勝てない。

 「魔法資質だけ高くても駄目って事さ。
  ダストマン、あんたも逃げた方が良いんじゃないか?」

ダストマンは何も答えなかった。
未だ勝算があると思っているのかと、潜入者は呆れる。

 「それとも、あの『強い薬』を全員に渡してやるのか?
  どの位、強くなれるかは知らないが……」

もし、今居る「力ある者」に更なる力を授けるのだとしても、自分は御免だと彼は態度で示した。
既に薬だけは貰っているので、持ち逃げだ。

216創る名無しに見る名無し2018/09/08(土) 19:36:51.32ID:EuoTa4qp
一度保養施設に帰ろうとする潜入者を、ダストマンは再び呼び止めた。

 「待て、貴様も残って戦え」

潜入者は苦笑いして応える。

 「勝算も無いのにか?」

 「ある。
  全員に薬を使わせる」

 「正気かよ。
  副作用の心配はしなくて良いのか?」

 「これから全員に試す」

 「行き成り、そんな都合の良い薬を持ち出して、信用されるか?」

先ず、どうしてダストマンが薬を持っているか疑われるだろう。
表向き、彼は力ある者の一人でしか無く、しかも序列は最下位だ。
ロフティから貰ったと嘘を吐くのだろうか?
ダストマンは直立した儘、沈黙した。
良い言い訳が思い付かないのだろうと、潜入者は察する。
ダストマンを放置して帰ろうと潜入者は思っていたのだが、背を向けた瞬間に彼は殺気に震えた。

 「……好い加減にしてくれよ」

潜入者はダストマンに対して文句を言う。
殺気を放っているのは、他でも無いダストマンだ。
どうあっても、彼は潜入者を逃がさない積もり。

217創る名無しに見る名無し2018/09/08(土) 19:42:54.69ID:EuoTa4qp
いざとなったら、自分だけ強い薬を使って逃げれば良いかと、潜入者は楽観した。
どうせシェバハとの戦いになったら、他人の事に構っている余裕は無くなるのだ。
もし戦闘になれば、混乱に乗じて逃げ出そうと、潜入者は決心する。

 「はぁ、仕様が無いな。
  取り敢えずは、見届けてやるよ。
  上手く行くとは思えないがな」

彼はダストマンを宥めて、共に保養施設に戻った。
その後は一人だけ宿泊室に移動し、空き部屋を見繕って、寝て過ごす。
シェバハが攻めて来て全てが終わるのだと思うと、他の者達と交流を深めようと言う気も起こらない。
自分一人で逃げるのだから、情が移る様な真似はしない方が良いのだ。
そう思って、潜入者は引き篭もっている事にした。
シェバハが攻めて来ない可能性もあるが、その時は任務失敗で脱走すれば良い。
元々命懸けの仕事では無い。

 (今の内に、薬の効果を確かめておくか……?
  いや、万一の時に対処出来るのは、ダストマンだけか)

これは困ったと、潜入者は頭を掻く。
今の状況でダストマンを頼りにすれば、取り引きを持ち掛けられる可能性が高い。

 (薬が使い物にならない可能性も考えないと。
  もしかして今、俺は追い詰められているのか?)

襲撃前に夜逃げでもしようかと悩む潜入者だが、その直後に腹の虫が鳴る。

 (昼飯時か……。
  こんな所で飯の用意は、どうするんだ?)

空腹を我慢する訳にも行かず、彼は人の居そうな娯楽室に向かった。

218創る名無しに見る名無し2018/09/09(日) 19:20:45.03ID:611evRvp
娯楽室ではカードマンが独りで『撞球<ダラクーラ>』(※)をしていた。
相手も無く、ボールを突いて遊んでいる。

 「カードマン、他の連中は?
  どこに行ったんだ?」

屯していた者達が皆居なくなっていたので、潜入者はカードマンに問い掛ける。
カードマンは暫し無反応で、聞こえているのか聞こえていないのか判然としなかったが、
やがて小声で応えた。

 「食堂だ」

 「ああ、分かった。
  有り難う」

こんな所の食堂が機能しているのかと、潜入者は訝りながらも、案内看板に従って食堂に向かう。
ここまで従業員の様な者は見掛けなかった。
食堂に食べ物が用意してあるとは思えないのだが……。
食堂に着いた潜入者は、力ある者達が銘々に食事を取っている姿を見た。

 (どこで手に入れたんだ?)

買ったのか、それとも用意してあったのか、困惑する潜入者に、ビートルが話し掛ける。

 「遅かったな、ブロー。
  勝手が分からなかったか」

 「ああ、どこから飯を調達した?」

素直に疑問を投げ掛けた潜入者に、ビートルは快く答える。

 「ダストマンが走(パシ)って来た」

219創る名無しに見る名無し2018/09/09(日) 19:22:11.87ID:611evRvp
ダストマンは最下位なので、使い走りをさせられているのだ。
本当の実力は上位でありながら、その屈辱に耐えてまで、力ある者に紛れ込むからには、
相応の理由があるに違い無い。
そう直感した潜入者は、未だダストマンを利用出来るのではないかと考えた。
上の空で思考している潜入者に、ビートルは親切にも説明を続ける。

 「朝昼晩と、飯はダストマンが用意する。
  欲しい物があったら、前以って言っておくと良い。
  特に注文が無ければ、適当に買って来るんだが、文句は言うなよ。
  今日は余り物を食っとけ」

渡された物は、出来合いの惣菜とパンと小さな牛乳瓶の入った紙袋。

 「ああ」

潜入者は生返事をしながら、ダストマンを探した。
埃塗れの姿は、食堂の中には見当たらない。

 「どうした?」

 「そのダストマンは?」

潜入者がダストマンの所在を尋ねると、ビートルは舌打ちして答えた。

 「あいつは食堂では飯を食わないんだ。
  食事中に埃塗れの姿を見たい奴は居ないからな。
  どっか人目に付かない、そこら辺で隠れて食ってんだろう」

 「埃塗れで?」

 「ハハハ、それは流石に無いだろうさ。
  最初は普通に素顔を晒してたんだがな。
  薬で頭が狂(イカ)れたか」

彼はダストマンを貶して、意地の悪い笑みを浮かべる。

220創る名無しに見る名無し2018/09/09(日) 19:27:16.12ID:611evRvp
潜入者は早々に昼食を終えると、食堂を出てダストマンの気配を探した。
早食いは彼の特技なのだ。
魔法資質を頼りに、魔力の流れの不自然な場所を探すが、この保養施設は確り魔力を妨害する、
建材が使われている。
これは見付けるまで時間が掛かるかなと思っていた潜入者だったが、ダストマンの居場所は、
予想外に直ぐ判った。
それは建物の屋上。
屋外に出た時に、潜入者は上から魔力の流れを感じたのだ。
普段の潜入者の魔法資質であれば、絶対に判らなかったであろう、微かな反応だったが、
薬で強化されている今は違う。
潜入者は一々階段を探すのが面倒だったので、身体能力強化魔法でベランダの柵の上に立ち、
跳躍して上の階の柵に掴まり、攀じ登る、又柵の上に立ち跳躍して、上の階の柵に掴まり……と、
繰り返して屋上に向かった。

221創る名無しに見る名無し2018/09/09(日) 19:28:27.02ID:611evRvp
誤って落ちれば大怪我は必至。
普段なら絶対にしない事だが、今は気が大きくなっている。
丸で分別の無い子供の様に、躊躇いが無く、危険を顧みない。
――屋上では埃を纏ったダストマンが待ち構えていた。

 「何の用だ、ブロー?」

 「何の用とは連れ無いな。
  独り飯は寂しかろうと思って、来てやったのに」

 「誰も来てくれとは言っていない」

 「冗談だよ、本気にするな」

潜入者は軽口を叩いた後で、真剣な話をする。

222創る名無しに見る名無し2018/09/10(月) 20:06:33.77ID:ASisGyrq
 「真面な用があるんだ。
  取り敢えず、強い薬を試したい」

それを聞いたダストマンは小さく頷いた。

 「判った。
  今直ぐ、ここで試すのか?」

 「ああ、1錠飲めば良いのか?
  何か注意する事とかは?」

 「特に無い。
  1錠だけ飲んだら、効果が表れるまで大人しくしていてくれ。
  効果が表れなくても、丸1日経つまでは2錠目を飲まない事」

 「分かったよ」

潜入者は小瓶から薬を1錠取り出して、真っ直ぐダストマンを見詰める。

 「良いか、飲むぞ」

 「どうぞ」

ダストマンに促され、潜入者は覚悟を決めて、小さな薬を飲み込んだ。
変化は薬を飲んだ数極後に表れる。
心臓の鼓動が大きく早くなり、内から張り裂けそうな感覚に襲われて、胸が痛くなる。

 「ウググググ……」

潜入者は両手で心臓の辺りを押さえて、その場に蹲った。

223創る名無しに見る名無し2018/09/10(月) 20:10:04.54ID:ASisGyrq
魔法資質が増大している感覚がある。
周囲半通程度の魔力の流れが直観的に理解出来る……が、それは激しい頭痛を引き起こした。
胸と頭の痛みに耐え兼ね、潜入者は両目を瞑り、呻き続ける。
頭の中に明瞭に浮かぶ周囲の魔力の流れは、潜入者の脳が処理可能な限界を超えていた。
脳も心臓も、今にも破裂しそうに痛い。

 「た、助けてくれ……ダスト……」

潜入者は堪らずダストマンに助けを求めたが、何もしてはくれなかった。

 「ダ、ダストマン……!」

見殺しにする積もりかと、潜入者は怒りを感じたが、それも一瞬の事。
余りの痛みに、怒りも長続きしない。

 「大丈夫だ、ブロー。
  落ち着け」

 (これが落ち着いていられるかー!
  この野郎、俺は地獄の苦しみを味わってるんだぞっ!!
  伝わる訳が無いよな、所詮は他人事なんだから!)

その内、潜入者は俯(うつぶ)せに倒れ、気を失った。
再び目覚めた場所は気絶する前と同じ屋上で、ダストマンの姿は無かった。

 「ダストマン……?
  どこへ行った?」

潜入者は素早く体を起こして、立ち上がる。
軽い頭痛はする物の、他に不調らしい不調は無く、妙に体が軽い、頭も冴えている。
空を見れば、太陽が傾き始めている。
気絶している間に、1角は経過したのだろうと、彼は当たりを付ける。

224創る名無しに見る名無し2018/09/10(月) 20:11:55.94ID:ASisGyrq
潜入者はダストマンを探しに歩き始めた。
取り敢えず、屋外にダストマンは居ないと判る。
彼の魔法資質は以前にも増して研ぎ澄まされ、魔力の流れが、より細かく読める様になっている。

 (強化は成功した……みたいだな)

屋外にダストマンは居ない――が、禍々しい気配を屋内から感じる。
場所は娯楽室の辺りだ。

 (魔力を遮る構造さえも意味を成さない程、魔法資質が高まっている……?
  それとも、この尋常じゃない禍々しい気配が……)

自分が気絶している間に、ダストマンが他人にも薬を試したのかと、潜入者は予想した。

 (待てよ、俺が行って良いのか?
  もし面倒な事になってるんだとしたら、今が逃げ出す絶好の機会……)

ここで安易に、事の真相を確かめようと駆け付けて良いのか、彼は一瞬躊躇った。
今、心に浮かんだ迷いは、禍々しい気配に関わるべきではないとの本能の警告なのかと。
潜入者は地下組織の構成員だからか、閃きや直感を大事にする性格なのだ。
実際の所、余り脅威は感じていないのだが、だからこそ気にする。

 (とにかく少しでも危険を感じたら逃げよう)

潜入者は慎重に娯楽室へと向かった。

225創る名無しに見る名無し2018/09/11(火) 19:39:41.56ID:9EvTewww
屋内でも禍々しい気配は変わらない。
一体誰が魔力を集めているのか?

 (これは誰だ?
  ビートルでも無い、ダストマンでも無い、トーチャーでも無い……。
  カードマンか、それとも下位の誰か?)

「禍々しい」と言う感覚は、一般には理解し難い。
しかし、そう表現するしか無い場合がある。
魔力の量よりも、魔力の流れ、魔力の質に異変がある時に、人は禍々しさを感じる。
共通魔法使いが纏う魔力は、共通魔法の魔法陣に似る。
そうなる事が、「自然」だから。

 (だが、この気持ち悪さは何だ?
  丸で人間ではない様な……)

詰まる所、共通魔法使いの感じる「禍々しさ」とは、共通魔法以外の強大な魔法使いに対して、
生じる物なのだ。
その事実を彼は未だ知らない。
娯楽室に近付けば近付く程、禍々しさは増して行く。

 (……どの位の強さだ?
  俺より強い、弱い、同じ?
  分からない……と言う事は、明らかな実力差は無いのか?)

娯楽室の前まで来た潜入者は、入室前に呼吸を整えた。
ここまで来て、嫌な予感がしない。
それが益々気持ち悪い。
勘が鈍っているのでは無いかと疑う。

226創る名無しに見る名無し2018/09/11(火) 19:42:03.63ID:9EvTewww
とにかく確かめてみない事には始まらないと、潜入者は意を決して戸を開けた。
そこで彼が目にした物は、部屋の中央で蹲っているビートルと、壁に張り付いている力ある者達。
ビートルは潜入者が入室した事にも気付かない様子で、左胸を両手で押さえ、唸り続けていた。
他の力ある者達は、ビートルを恐れる様に距離を取って、様子を見ている。

 (俺の時と一緒か……?
  しかし、この悍ましい魔力は一体……)

潜入者は先ずビートルを気遣う。

 「おい、大丈夫か、ビートル!」

彼は徐にビートルに歩み寄った。

 「……ダグム……ガン……ダーグン……」

ビートルは小声で呪文の様な物を呟いている。
これが禍々しい魔力の流れを生み出しているのだ。

 「確りしろ!」

潜入者は声を張って、ビートルの背を軽く叩き、活を入れてやろうとした。
所が、その手がビートルの背に触れる事は無く、黒い煙の様な空気の壁に阻まれる。

 「な、何だ、これは!?」

重ねた厚布を殴った様な、奇妙な感触に、潜入者は怯む。

 「おい、ダストマン!
  どうなっているんだ!」

何が起こったのかと、彼はダストマンを問い詰めた。

227創る名無しに見る名無し2018/09/11(火) 19:47:31.88ID:9EvTewww
ダストマンは他の力ある者達に混じり、怯えている風に見せ掛けて、悍ましいまでの冷徹さを以って、
事態を観察していた。
それを潜入者は強化された魔法資質で、的確に見抜いていた。

 「ダストマン、薬を試したんだろう!?
  何とか言え!!
  あんたしか処置方法を知らないんだ!
  あんたが持って来た薬なんだから、あんたが何とかしろ!」

彼は故意に皆の前で、ダストマンの関与を明らかにする。
しかし、ダストマンは無言の儘、その埃塗れの手で、自らの埃塗れの首を掻き切る仕草をした。
「処分しろ」と言う暗黙の指示だった。
潜入者は堅気の人間では無いので、人命に対する感覚も常人よりは軽い積もりだったが、
ダストマンの指示には衝撃を受けた。

 「いや、他に方法があるだろう!?
  ……無いのか?」

潜入者は蒼褪めた。
「こう」なった時の正しい対処法が、「殺す」事なのだとしたら?
それしか方法が無いのだとしたら?
もしかしたら、自分が同じ破目に陥っていたかも知れないと、彼は恐怖する。
そんな彼に追い討ちを掛ける様に、ダストマンは端的に告げた。

 「今の内に片付けないと暴走するぞ」

 (外道めっ!)

潜入者は内心で憤慨する。
地下組織とて決死を命じる事はある。
裏切り者には容赦をしない。
だが、堅気の人間を巻き込む事はしないし、仲間を犬死にさせる事もしない。
マフィアにはマフィアの矜持があるのだ。
ここまで命の扱いが粗雑(ぞんざい)では無い。

228創る名無しに見る名無し2018/09/12(水) 18:57:44.12ID:qYLUceBL
潜入者は少しの間、思案した。
早くビートルを始末しないと大変な事になるであろうとは解っているが、ダストマンに言われるが儘、
殺人を犯す事には抵抗がある。
「殺人を忌避している」のでは無い。
彼は元々地下組織の人間なのだから、闇に葬った人間は片手では済まない。
だからと言って、好んで人殺しをする訳では無い。
何より単純に、この冷酷なダストマンに従うのが癪に障るのだ。

 「ダストマン、手前には殆(ほとほと)愛想が尽きた!
  手前の不始末だ、手前で始末を付けろ!
  俺は知らんからな!」

潜入者はダストマンに啖呵を切って、ビートルから離れた。
そして、どの様にしてダストマンが処分するのかを見守る。
仮にビートルが暴走しても、強化された自分だけは無事だろうと言う確信があった。
ダストマンは苦しみに沼田打ち回るビートルを警戒しながら、焦(じ)り焦(じ)りと接近する。

 (どうする、ダストマン?
  果たして、お前の手に負えるかな?)

潜入者はダストマンの対応を注視していたが、一つの事実に気付く。
ダストマンは行動こそ慎重だが、そこに怯みや恐怖は一切見られない。

 (……妙に肝が据わっているな。
  何か秘策があるのか?
  無い筈は無いか)

秘策があっても、必ず成功すると言う保証が無い限り、怖いと感じるのが普通だ。
ビートルの纏う禍々しい魔力も相俟って、とても人間と対峙している空気では無いのに、
この落ち着き様は何かと、彼は怪しむ。

229創る名無しに見る名無し2018/09/12(水) 18:59:20.60ID:qYLUceBL
そこで潜入者は、一つの可能性に思い至る。

 (……ダストマンに薬を飲んでくれと言われて、ビートルが素直に飲むだろうか?
  何かしらの取り引きや条件が無いと、信用出来ないだろう。
  騙して飲ませた可能性もあるが、そこまでビートルは間抜けか?
  ダストマンが雑用を一手に引き受けているとは言え……)

では、どうすればビートルはダストマンを信用するだろうか?
それを考えた潜入者は、一つの結論に達した。

 (ダストマンの余裕、強い薬を試したビートル、埃塗れの姿……。
  奴は既に強い薬を飲んでいる?)

ダストマンはビートルに先駆けて強い薬を飲み、その効果を身を以って示したのだ。
だから、ビートルは強い薬を試そうと言う気になった。
そうとしか考えられない。
この荒れ狂う禍々しい魔力の中でも、身に纏った埃を全く剥がされないと言う事は!
ダストマンは真っ黒な煙に全身を覆われて行くビートルの前に立ち、自らの身に纏っていた埃を、
周囲に撒き散らした。
部屋全体に埃が拡散して、全員の視界を奪う。
壁際に固まっていた力ある者達から、咳き込む声が聞こえる。
魔力も大きく乱れており、室内の状況を掴めない。
そんな中でも、潜入者だけは強化された魔法資質で、的確に状況を捉えていた。

 (視える!)

ダストマンの纏う魔力が、ビートルを包み込んで行く。
直後、ビートルの魔法資質が感じられなくなった……。
やがてビートルを包んでいた魔力は、ダストマンの体に戻る。

 (……ビートルが消えた?)

そして、潜入者はビートルの実体を見失った。
有り得ない事だが、魔力と一緒にダストマンの体に吸収された様にしか思えない。

230創る名無しに見る名無し2018/09/12(水) 19:01:49.62ID:qYLUceBL
ビートルが消えると、魔力の乱れも徐々に収まって行く。
十数極後には、部屋中に舞っていた埃も再びダストマンに回収されて、何事も無かったかの様に、
室内は静まり返っていた。
誰よりも真っ先に、潜入者が声を上げる。

 「ダストマン、ビートルをどこにやった!?」

 「始末した」

ダストマンの返答は淡々としていた。
他の力ある者達は、その凄味に気圧されて、何も言えない。
全員を一覧して、ダストマンは嘲笑を篭めた声で言う。

 「何をそんなに怯えている?
  何時も、何時でも、塵(ゴミ)の始末は私の役目だった」

力ある者が戯れに殺した貧民の死体を片付けていたのは彼だ。

231創る名無しに見る名無し2018/09/12(水) 19:02:55.34ID:qYLUceBL
 「さて、次は誰が試す?」

そして彼は力ある者達を脅迫する。
こうして強制的に全員に強い薬を試させようと言うのだ。
しかし、目の前で「失敗した」ビートルの末路を見せられて、ここで薬を試そうとするのは、
余程の野心家か、考え無しの馬鹿だ。
怯む力ある者達をダストマンは挑発した。

 「ビートルは消えた。
  第1位は空座だぞ?
  我こそはと言う者は居ないのか」

232創る名無しに見る名無し2018/09/13(木) 18:27:35.57ID:GREIgFEz
一向に動こうとしない力ある者達に、痺れを切らしたダストマンは、こう告げる。

 「愚図がっ……!
  それでは私が選んでやろう。
  どの道、全員に試して貰う予定なのだ」

潜入者は見兼ねて止めに掛かった。

 「随分と態度が違うじゃないか、ダストマン」

薬の強化で、どちらが強くなっているかは分からない。
もしかしたら、ダストマンが強いのかも知れないが、潜入者は然程脅威を感じていない。
詰まり、少なくとも魔法資質の面では、そこまでの差は無いと言う事。
潜入者が警戒しなければならない所があるとすれば、それはビートルを「片付けた」謎の魔法。

 「貴様には関係の無い事だ、ブロー」

ダストマンの強気の反論に、潜入者は少し驚く。
敵対する事も厭わない姿勢は、彼を容易に遇えると言う自信の表れなのか……。
潜入者はダストマンに対して、冷静に助言した。

 「もう諦めたら、どうなんだ?
  これでは何人残るかも分からない。
  頭数が少なくなればなる程、シェバハを相手にするのは辛くなるぞ」

 「構わん。
  何時でも最後の手段は残してある」

 「だったら、独りで行けよ」

 「否(いや)、計画を知られてしまった以上、貴様等は誰一人として帰さない」

ダストマンは本気だった。
その底知れなさに、潜入者は不気味な物を感じるも、やはり脅威とまでは思わない。

233創る名無しに見る名無し2018/09/13(木) 18:29:29.23ID:GREIgFEz
それよりも彼は、ダストマンが口走った台詞が気になった。

 「計画?」

 「惚けるな。
  何の事かは察しが付いているだろう」

ダストマンは明言を避けたが、真実、潜入者は彼の目的に目星を付けていた。
自分の考えが当たっているのか確かめる為に、潜入者は敢えて推理を口にする。

 「ああ、計画か……。
  ダストマン、あんたは魔法資質を強化する薬を『作った側』の人間だ。
  力ある者の中で最弱の振りをして、今まで全員を観察していたな?
  どうしても、ここの事を暴かれると困る様だが」

その推理に対して、ダストマンは反論代わりに、逆に推理を突き付ける。

 「そう言う貴様は、『魔導師会』の人間だろう?」

これには力ある者達も驚いたが、当の潜入者にとっては然程でも無かった。

 (流石に臭過ぎたかな)

行動が怪しかったのは彼自身も認めていた。
ダストマンに突っ掛かり過ぎたのもある。
潜入者は強気にダストマンを嘲笑する。

 「俺が魔導師に見えるか?
  ハハ、こいつは飛んだ節穴だ」

真実と見られようが、嘘と見られようが、そこは構わなかった。
寧ろ、「ブローは魔導師会と繋がっている」と臭わせた為に、他の力ある者達が動揺して、
離反するのではとも期待する。

234創る名無しに見る名無し2018/09/13(木) 18:30:57.49ID:GREIgFEz
続けて潜入者はダストマンを挑発した。

 「妄言野郎には付き合い切れんな!
  勝手にしろ、俺は降りる」

 「逃がさないと言った筈だ!」

ダストマンは禍々しい魔力を身に纏う。
それは暴走し掛かっていたビートルが纏っていた魔力と同質の物。

 「卦(ケ)ッ、正体を現しやがったな!
  手前、外道魔法使いか!」

身構える潜入者に、ダストマンは反論する。

 「外道?
  違うな、私は真実に近付いた者。
  共通魔法も所詮は数ある『魔法』の一つに過ぎない。
  全ての魔法は一つの理論に通じる」

彼の台詞は「統一魔法理論」を思わせるが、そこまでの教養は潜入者には無かった。
潜入者から見れば今のダストマンは、何等かの危険思想に染まった学者だ。
そこで彼は礑と思い当たった。

 「お前、魔導師崩れなのか……?」

その一言で、ダストマンの纏う魔力が激しく乱れ、渦を巻く。
丸で、彼の内心を表しているかの如く。

235創る名無しに見る名無し2018/09/14(金) 18:31:00.75ID:4UtkNO/a
ダストマンは行き成り感情的になり、声を荒げて激昂した。

 「誰が魔導師崩れだ!!
  私は魔導師等と言う卑小な器に収まる人間ではない!
  魔導師が何だっ、魔導師会が何だっ!
  この力の前では滓も同然!
  無論、シェバハとやらもなっ!!」

これは急所を突いたなと、潜入者は直感する。
ダストマンにとって、「魔導師崩れ」は禁句なのだ。

 「ヘッ、逆恨みって訳か」

潜入者は尚もダストマンを挑発する言葉を吐いた。

 「断じて違うっ!
  私は私の理論の正しさを証明したいだけだ!」

 「そう向きになって否定しなくても良いじゃないか?
  自分の正しさを証明して、見返してやりたいんだろう?
  大方、外道魔法の研究に手を出して、破門でもされたんじゃないのか」

潜入者の弁舌に、ダストマンは沈黙する。
大凡、その通りであった。

 「ああ、悪かったよ。
  あんたにとって、『魔導師崩れ』は禁句な訳だ。
  でも、事実『魔導師崩れ』なんだろう?
  魔導師になれなかったのか、それとも魔導師になったけど辞めたのか、どっちなんだ?」

傷口を抉る様に、潜入者は敢えて無神経な追及を続ける。

236創る名無しに見る名無し2018/09/14(金) 18:33:40.76ID:4UtkNO/a
ダストマンは愈々怒り狂った。
それは先ず魔力の流れに表れる。
より激しく強く乱れて渦巻く、怨念その物の様な魔力の流れが、部屋中の空気を重くする。

 「貴様は殺す!」

 「あんたに出来るかな?」

殺意を向けるダストマンに、潜入者も本気を出して魔力を纏う。
互いの魔法資質が、魔力を奪い合った結果、魔力は益々激しく荒れ狂う。
魔力の流れは風を伴い、部屋中に暴風を巻き起こす。

 (やはり俺の方が強い)

それでも潜入者は冷静だった。
相手より自分が強いと言う確信は、何より心を落ち着かせる。
彼はダストマンを注視して、その周囲の魔力の流れを読む。
魔法が発動する兆候を捉えれば、即座に呪文完成動作を妨害出来る様に。

 (これは俺から攻めた方が良いか?)

しかし、ダストマンが速攻を仕掛けなかったので、潜入者は自分から攻撃する事にした。
それは一瞬の判断。
相手の出端を挫ければ、戦いは有利になる。
高い魔法資質を持つ者同士の勝負は、早期に決着が付く。
潜入者は姿勢を低くして、突進しようとした。
彼が比較的得意としている身体能力強化魔法による格闘で、一気に仕留める算段。

 (いや、待て!!
  奴は未だ埃を纏っている!)

所が、いざ駆け出そうとした瞬間、潜入者は嫌な予感がして足を止めた。

237創る名無しに見る名無し2018/09/14(金) 18:35:28.54ID:4UtkNO/a
ダストマンの体は埃塗れの儘なのだ。
本気で魔力を扱おうとしたら、体を覆う埃は邪魔になる筈。
埃を魔力で引き寄せている以上、描文、詠唱の何れにしても全力を出せない。
仕掛けようとして足を止めた「ブロー」を、ダストマンは挑発する。

 「どうした、今頃になって恐れを成したか?」

それを無視して潜入者は慎重にダストマンの様子を観察した。

 (恐らく、あの埃の下で何かの魔法を用意して、待ち構えている……)

丁度、埃の表面で魔力が遮られている。
丸で埃の外套(コート)だ。
その中の魔力は全く読めない。

 (罠を突破して勝つには――)

自らは仕掛けず、熟(じっく)り攻略法を探る潜入者をダストマンは称える。

 「中々賢いな。
  それなりに修羅場を潜って来たと見える。
  だが、魔導師では無い……。
  そこは読み違えたか」

魔導師にしてはブローの魔力の扱い方は稚拙だと、ダストマンは見切っていた。
潜入工作を実行する魔導師は、腕利きの執行者と決まっている。
この状況で演技をするだけの余裕があるならば、話は別だが……。
一方で、潜入者はダストマンが数極後には攻勢に出ると読んでいた。
潜入者の側から攻撃を仕掛けないのであれば、そうしなければ決着が付かない。
お互いに睨み合った儘、長時間待機する事は無いだろうと、予想している。

238創る名無しに見る名無し2018/09/15(土) 18:55:41.15ID:M9dHMkwb
その通り、ダストマンは行き成り、身に纏っていた埃を周囲に撒き散らした。
ビートルを始末する前と同様だ。

 (『そう』来ると思っていた!
  勝負は一瞬!)

潜入者は埃が舞った直後、ダストマンに向かってマジックキネシスで遠距離から殴り掛かる。
埃の舞う中で、彼はダストマンを的確に捉え、殴り付けた。

 (手応えあり!)

潜入者の魔法資質は、魔力の塊が衝突する瞬間を視た。
ダストマンの体が蹣跚(よろ)めく。
だが、それだけで気を緩める程、潜入者は甘くは無い。
止めを刺すまで油断してはならないのが、地下組織の常識。

 (もう一発!!)

彼は埃の舞う室内を、蛇の様に静かに素早く移動し、ダストマンの側面に回った。
そして、マジックキネシスで更に一発。
しかし、今度は受けられる。

 (浅いっ!
  だが、防御で手一杯の様だな。
  小細工をされる前に仕留めるか)

潜入者は更に加速して、勝負を決めに掛かった。

239創る名無しに見る名無し2018/09/15(土) 18:56:45.33ID:M9dHMkwb
徹底してダストマンの正面を避け、マジックキネシスでの渾身の一撃で隙を誘う。
当然、受けられるが想定済み。
最大限の魔力を篭めた一撃から、今度は一転して魔力を全く纏わず移動し、背後を取る。
この行動にダストマンは一瞬、潜入者を見失った。

 (こいつは避けられるかな?)

その隙に潜入者は隠し持っていたナイフを投げる。
腕を振り被らず、足運びと肘から先の力での投擲。
ダストマンは背中に鋭い痛みを感じ、背後を振り向くが、それも遅い。
潜入者は更に、その背後を取って、ダストマンの背中に刺さったナイフを深々と押し込んだ。
傷口から血が溢れる。

 「魔法で勝負を掛けると思っていたか?
  学者さんは頭が固い。
  それに咄嗟の対応も鈍かったな。
  自分より弱い相手と、自分の有利な状況でしか戦った事が無いってのが、よく分かる」

潜入者はダストマンの背に刺したナイフを、魔力も篭めて力任せに横薙ぎに払う。
ダストマンの背から鮮血が噴き出し、辺りを赤く染める。
それでも潜入者は手を緩めなかった。
即死でも無いのに、ダストマンは呻き声一つ上げない。
熟練の共通魔法使いは、傷を一瞬で治せる。
未だ「最後の手段」を持っているのではないかと潜入者は疑い、更に攻撃を加える。
今度はナイフで頚椎を狙い、突き立てる。

 「悪いが、確実に死んで貰う!」

潜入者は首を切り落とす積もりで、魔力を篭めた全力の一撃を放った。

240創る名無しに見る名無し2018/09/15(土) 19:01:11.79ID:M9dHMkwb
それは浅りと成功してしまう。
ダストマンの首は胴体から切り離され……。

 「何ぃっ!?
  こんな事が……」

驚愕したのは潜入者だった。
首と胴体を切り離せば、ダストマンは即死する。
どんな回復魔法でも、死んだ自分を蘇生させる事は不可能。
それは間違っていないのだが、ダストマンは首と胴体を切り離されても死ななかった。
胴体が床に倒れ伏せても、首だけは浮いた儘で振り返り、潜入者を睨んでいた。
潜入者は初めて、ダストマンの素顔を見る。
浅黒い肌に青銀の髪、深緑の瞳は何れも若々しい。
流石に十代とは思わないが、どう見ても二十歳そこそこ。

 「どうした、何を驚く事がある?
  ククク、その顔は見物だぞ。
  貴様如きが、私を殺せると思っていたのか」

 「チッ」

嘲笑うダストマンの生首に、潜入者は怯まず舌打ちして、全力でナイフを振り下ろす。
だが、当たらない。
ナイフは空を切り、続くマジックキネシスでの追撃も、魔力障壁で受けられてしまう。

 「とても身軽だ。
  諸全、肉体は糞の詰まった袋に過ぎぬ」

 「化け物め!」

その人間離れした姿と言動に、潜入者は忌々し気に吐き捨てた。
それを聞いたダストマンは、高笑いする。

 「ハハハ、これこそが真実に近付いた者の姿なのだ」

241創る名無しに見る名無し2018/09/16(日) 18:09:14.54ID:ADIxRc7j
ダストマンの首から魔力の糸が伸びて、首を失った体を操り人形の様に引き寄せる。
首の切断面を再び食っ付ければ、見た目だけは元通りだ。
ダストマンは口から血を吐きながら、潜入者に言う。

 「貴様は言ったな?
  私は『自分より弱い相手としか戦った事が無い』と。
  その通りだ、私より強い者は存在しない」

実際、潜入者は対処に困った。
肉体を傷付けても無意味ならば、どうすれば良いのか?
どうすれば、ダストマンの息の根を止められるのか……。

 「脳天を砕けば良いと考えているな?
  やってみるが良い」

睨み付ける潜入者に、ダストマンは不敵に笑んで、魔力の圧力を解いた。
明らかな挑発。
本当に無駄だと思い知らせるのか、それとも罠なのか、潜入者は迷う。
取り敢えず、彼はマジックキネシスでダストマンの動きを封じる。

 「そんな事をしなくても避けやしないのに」

 (直ぐに、その口を利けなくしてやる)

潜入者は接近を避けて、その儘マジックキネシスでダストマンの頭を潰しに掛かった。
所が、それと同時に潜入者の頭にも強い圧力が掛かる。

 (こいつ、反撃して来やがった!)

根競べをする気なのかと彼は思った。

242創る名無しに見る名無し2018/09/16(日) 18:10:38.50ID:ADIxRc7j
無意味な根性比べは野蛮さの証明の様な物だが、地下組織に所属している潜入者にとっては、
馴染みのある風習であり、望む所だった。

 (受けてやるよ!
  俺が潰れるか、お前が潰れるか!)

潜入者は対抗心を剥き出しにして、圧力を強めて行く。
しかし、自分が力を強める程、相手も力を強める。

 (ぐっ、奴には本当に効果が無いのか……?)

ダストマンには全く圧力が効いていない様子。
否、彼の体の各所からは血液が流れ出しているが、苦しむ様子が欠片も見られない。
逆に余裕の微笑を浮かべている。
これでは堪らないと、潜入者が防御を優先させると、途端に圧力が弱まる。

 (何だ?
  ここで手加減する必要は無い筈……)

違和感を顔に表した潜入者を、ダストマンは大いに嘲笑した。

 「漸く気付いたのか、哀れな奴!
  共通魔法には無い魔法だからな。
  これが『面対称<プレーン・シンメトリー>』の魔法だ。
  魔法返しと呼ばれる類の物」

 「俺の魔法を反射したのか……?」

 「いや、貴様の魔法は確かに通じていた。
  私は同じ魔法を返しただけ。
  言わなかったか?
  私にとって肉体は器に過ぎないと。
  だが、蛮勇を発揮して自滅するまで無駄な挑戦を続けなかった事は褒めてやろう。
  そこまで馬鹿では無かった様だな」

ダストマンの高笑いが響く。
彼は凡百の魔導師崩れとは違うのだ。

243創る名無しに見る名無し2018/09/16(日) 18:13:30.14ID:ADIxRc7j
最早、彼の能力は完全に常識を超越していた。
潜入者は抵抗を諦める。

 「……分かったよ、あんたを相手にしても勝ち目は無いみたいだな」

 「賢明で助かるよ。
  では、正体を明かして貰おうか」

ダストマンの要求に、潜入者は間を置かず答えた。

 「俺は地下組織の構成員だ。
  最近、『忠臣の集い』が妙な動きを見せてるって事で、内情を探りに来た」

 「へー、地下組織の?
  魔導師……では無かったな。
  組織の名は?」

244創る名無しに見る名無し2018/09/16(日) 18:14:39.01ID:ADIxRc7j
最早、彼の能力は完全に常識を超越していた。
潜入者は抵抗を諦める。

 「……分かったよ、あんたを相手にしても勝ち目は無いみたいだな」

 「賢明で助かるよ。
  では、正体を明かして貰おうか」

ダストマンの要求に、潜入者は間を置かず答えた。

 「俺は地下組織の構成員だ。
  最近、『忠臣の集い』が妙な動きを見せてるって事で、内情を探りに来た」

 「へー、地下組織の?
  魔導師……では無かったな。
  組織の名は?」

245創る名無しに見る名無し2018/09/16(日) 18:17:17.33ID:ADIxRc7j
>>244
二重書き込みしてしまいました。
続きは↓から


 「それは言えない」

地下組織の構成員には何より忠誠心が必要とされる。
不法な集団に於いては組織に迷惑を掛けたり、仲間を売ったりする者は恥晒しだ。
ダストマンの眉が僅かに動く。

 「私より組織が怖いか?」

脅し掛ける様な問に、潜入者は素直に答えた。

 「不気味さでは、あんたが上だ。
  ……実力でも、あんたが上なんだろう」

 「それでも組織に忠誠を誓うのか?」

要するに、ダストマンは組織と縁を切って、自分に付けと言っている……。

246創る名無しに見る名無し2018/09/16(日) 18:19:25.95ID:ADIxRc7j
如何に実力があろうと、潜入者はダストマンに付く気は無かった。
仮令、組織を裏切った場合に身の安全を保証してくれるとしても。

 「忠誠とか、そんなんじゃねえんだが……」

 「だが?」

ダストマンの追求には答えず、潜入者は新たに問う。

 「なァ、魔法資質を高める薬を作ってるのは、他の誰でも無くて、あんた自身なんだろう?」

ダストマンは深く頷いた。

 「そうだ、私の究極の目標は魔法に不可能を無くす事。
  生まれ付いて成長しないとされる、魔法資質を高める研究も、その一つ」

それを聞いた、他の力ある者達は動揺している。
今まで雑に扱って来た序列最下位の者が、真の目的と実力を隠していたのだ。
潜入者は小さく溜め息を漏らして、ダストマンに告げた。

 「あんたも先は長そうに思えない。
  その内、魔導師会に叩き潰される」

 「随分と魔導師会を買っているんだな」

ダストマンは怒りよりも、憐れみを篭めて言う。
常識に染まり切っている為に、魔導師会を過大評価しているのだと。

247創る名無しに見る名無し2018/09/16(日) 18:21:27.75ID:ADIxRc7j
潜入者とて、魔導師会の何を知っている訳でも無い。
もしかしたら、ダストマンが魔導師会に勝利する未来もあるのかも知れない。
しかし、小さな可能性に賭けて、ダストマンに全てを預ける気にはなれなかった。

 「何より、あんたが信用出来ない。
  それが一番だ」

潜入者は恐れずに言い切る。
ビートルを始末し、他の力ある者達を脅して、力尽くで物事を片付けようとする者は、信用ならない。
これに忠誠を誓う位なら、ここで殺されても仕方が無いと言う覚悟。
ダストマンは暫しの沈黙後、独り言つ。

 「……何の話をしていたんだったかな?
  ああ、そうそう、シェバハを片付けるんだったな」

元の話を思い出した彼は、「ブロー」に告げた。

 「私を信用出来ないと言うなら、それでも構わない。
  取引をしよう、ブロー」

 「取引?」

 「貴様の目的は判った。
  私としても忠臣の集いが、どうなろうと構わない。
  この儘、貴様が忠臣の集いの内情を探るのに協力しよう」

俄かに柔和な態度になったダストマンを、潜入者は怪しむ。

 「それで、あんたの要求は?」

 「私は忠臣の集いを隠れ蓑に、実験を続けたい。
  その為には、先ず目の前の問題を解決しなくては……。
  詰まり、シェバハを撃退する手伝いをして欲しい」

彼と組んで良い物か、潜入者は少し迷った。

248創る名無しに見る名無し2018/09/17(月) 19:30:40.22ID:Tmsgeu4E
目的を果たすだけなら、ダストマンと組んでも良いと思うが……。

 「別にシェバハを倒す必要は無いと思うが……?
  ここを捨てれば良いだけじゃないか」

潜入者の提案を、ダストマンは即座に蹴る。

 「馬鹿を言うな、我々は『力ある者<インフルエンサー>』だ。
  それが地下組織如きを恐れて退散する等、あってはならない」

 「『忠臣の集い』の期待に応える為に?」

 「そうだ」

 「しかし……、実際の所、あんただけでもシェバハを退治出来そうな気がする」

果たして、今のダストマンに他人の協力が必要なのかと、潜入者は疑った。
シェバハが如何に優れた共通魔法使いの集団でも、この人外と呼ぶ以外に無い様な、
巫山戯た男に敵うのだろうかと。

 「フフ、買い被りだとは言わないが、全てを私独りに任せて、自分達は何もしない積もりか?
  それは許さない。
  全員でシェバハと戦って貰う……と言いたい所だが、正直戦力としては余り期待していない。
  正対しろとまでは言わない。
  適当にシェバハの連中を引き付けて、撹乱して貰えれば、それで十分だ」

これはダストマンなりの譲歩なのだろうと、潜入者は感じた。

 「それで良いってんなら、構わないが」

彼が素直に頷くと、ダストマンも頷いて返す。

 「良かった。
  断られたら、殺そうと思っていた所だ」

249創る名無しに見る名無し2018/09/17(月) 19:32:16.79ID:Tmsgeu4E
真顔で物騒な事を言って退けたダストマンは、又改めて力ある者達を一覧した。

 「そう言う訳だ。
  お前達、薬を飲め」

彼は強要の言葉を吐き、徐々に迫る。
堪らず、序列4位「だった」冷気使いのクーラーが言う。

 「待て、もしビートルみたいになったら!?」

 「責任を持って処分してやるから、安心しろ。
  何を迷う?
  貴様等に選択肢は無い。
  私に従わなければ、死あるのみ」

そう言い切られても、力ある者達は及び腰だった。
彼等は元々、大した才能も無く浮浪しているだけの人間だったのだ。
どんなに力を得ても、人格が急に変わる事は無い。
強気に出られるのは自分が優位にある時だけで、自分の身が危ういとなれば、この様。
苛立ったダストマンは、強制的に一人を選び出した。
 
 「序列の低い奴から行くか?
  どうだ、カラバ?」

彼は元序列9位の電気使いを指名。

 「……オオ、俺か!?
  どうして、俺なんだ!?
  気に障る事でもあったか、あったよな、そりゃ!
  今までの事は謝る、ダストマン!」

カラバは身を竦めて、行き成り謝罪を始めた。

250創る名無しに見る名無し2018/09/17(月) 19:36:14.02ID:Tmsgeu4E
それを無視して、ダストマンは冷酷に告げる。

 「黙れ、見苦しいぞ。
  貴様如き、最初から何とも思っていない。
  早くしろ、愚図が!」

序列が低いカラバを庇う者は、誰も居ない。
寧ろ、責付いて送り出す。
ダストマンの前に出ても、未だ怯えた様な態度のカラバに、潜入者は助言した。

 「もう腹を決めろ。
  失敗した時の事は考えるな」

カラバは歯を食い縛り、全員を憎しみの目で睨みながら、恐る恐る「強い薬」を受け取る。

 「飲め」

冷淡なダストマンの指示に、彼は恨み言を吐く。

 「分かってるよ!
  くっ、糞っ、覚えてろ!」

 「ああ、生きていたらな」

ダストマンは適当な返事をして、薬を飲んだカラバの変化を見守った。
暫くは何も起こらず、カラバは安心した様な、残念だった様な、不安気な面持ちで居る。
彼の内心を読んだ様に、ダストマンは告げる。

 「効果には個人差がある。
  もしかしたら、効かないと言う事もあるかもな。
  もう少し待って、変化が無ければ、次に行こう」

251創る名無しに見る名無し2018/09/17(月) 19:38:10.79ID:Tmsgeu4E
そう彼が言い終えた途端、カラバは蹲って苦しみ始めた。

 「待て、待て、何だ、これは……」

カラバは困惑の言葉を吐き、頭を抱える。

 「助けてくれ、頭が割れそうだ!」

彼は顔中の穴と言う穴から、血を流していた。
その様子を観察しつつ、ダストマンは冷静に言う。

 「どうやら魔法資質の上昇に、脳が追い付かなかった様だな」

カラバは倒れ込み、陸に上げられた魚の様に、虚ろな目で口を開閉させるのみになる。
憐れに思った潜入者は、ダストマンに尋ねた。

 「助けないのか?」

 「何故?」

 「ビートルの様に、魔力が暴走している訳でも無い。
  出来るんだろう?」

 「『一思いに楽にしてやる』と言う意味か?」

非人間的な受け答えに、潜入者が眉を顰めると、ダストマンは小さく笑う。

 「ここで命を助けてやっても、もう脳が壊れてるんだ。
  一生後遺症で苦しむ事になるが、それでも助けろと?」

笑って言う事かと、潜入者は内心憤慨していたが、それは隠して更に尋ねる。

 「あんたなら、その後遺症も何とか出来るんじゃないか」

252創る名無しに見る名無し2018/09/18(火) 18:54:53.48ID:D0ZOy1RF
ダストマンは「魔法に不可能を無くす」と言った。
故に、死者の蘇生とまでは行かずとも、ある程度の後遺症なら治療が可能なのではと予想した。
所が、ダストマンの回答は冷淡だった。

 「どうして、そこまでしてやる必要があるんだ?」

彼は否定しない代わりに、理由を求める。

 「どうしてって……」

それは人間として当然では無いかと、潜入者は言いたかった。
地下組織の人間とて、良識は持ち合わせているのだ。
しかし、ダストマンは……。

 「こいつに、そこまでの価値があるか?」

彼に何を言っても無駄だと、潜入者は確信する。
ダストマンは良心を持たない、悪魔の様な男なのだ。

 「そんなに助けたければ、自分で何とかするんだな。
  他人を当てにするな」

彼は止めとばかりに、冷徹な一言を放った。
潜入者は薬の効果で高い魔法資質を得たが、高度な魔法が使える訳では無い。
創傷を治したり、痛みを取り除くのが精々だ。
そうこうしている内に、カラバは苦悶の表情を浮かべた儘、動かなくなった。
恐れを顔に表す力ある者達に、ダストマンは告げる。

 「カラバを殺したのは、貴様等だ。
  誰一人、彼を救えなかった。
  救おうとさえしなかった。
  皆が等しく、彼を見殺しにした」

良心を持たない者が、他人の良心を問う。

253創る名無しに見る名無し2018/09/18(火) 18:56:16.42ID:D0ZOy1RF
重苦しい空気が場を支配するが、それを作り出した張本人のダストマンは、気にする素振りを、
欠片も見せない。

 「さて、次は誰が試す?
  誰も名乗り出ないなら、又私が指名するぞ」

今度は序列8位だった者を指名するのだろうなと、全員が予想していた。
だからと言って、その8位が名乗り出る訳も無く、皆々時が過ぎるに任せている。
そろそろダストマンが痺れを切らしそうと言う時に、一人が進み出た。
それはカードマンだった。
彼は無言でダストマンの前に立ち、右手を差し出す。
ダストマンは意外そうな声を上がる。

 「貴様か……。
  命が惜しくないのか、それとも皆の前で良い格好をしたいのかな」

カードマンは無言の儘、早く寄越せと言わんばかりに、随々(ずいずい)と手を伸ばした。
その圧力に屈して、ダストマンは無駄口を叩かず、強い薬を渡す。
カードマンは無言の儘、迷いも躊躇いもせずに飲み込むと、両手を広げて肩を竦め、
どうと言う事は無いと強がって見せる。
1点経っても、2点経っても、変化らしい変化は起こらない。
ダストマンは腑に落ちない顔で言う。

 「……人によっては、効果が無いと言う事もあるんだろう。
  次、試そうと言う奴は居ないか?」

彼が改めて力ある者達に呼び掛けると、今度は複数人が同時に進み出た。

 「俺が!」

 「いや、俺が!」

どうやらカードマンの強気に触発された様子。

254創る名無しに見る名無し2018/09/18(火) 18:57:34.51ID:D0ZOy1RF
その中からダストマンはトーチャーを指名した。
薬を受け取ったトーチャーは、暫し薬を観察していたが、数極の後に覚悟を決めて飲み込む。
皆々、彼の変化を固唾を飲んで見守った。
約1点後に、トーチャーの魔法資質に異変が表れる。
ビートルの時の様に、異質な魔力の流れが生じたのだ。

 「ダ、ダストマン、これは何だ!」

それを自覚しているのか、トーチャーは恐怖に顔を引き攣らせながら、ダストマンに尋ねた。
ダストマンは淡々と答える。

 「拒絶するな、受け容れろ。
  それが『力』だ」

傍で様子を見ていた潜入者は、自分の時とは違うと思っていた。
彼の場合は、直ぐに魔法資質が強化された。
適応には手間取ったが、異質な魔力は感じなかったし、同化や同調に苦労した覚えも無い。
人によって効果が違うと、ダストマンも認識している様だが、そうなるのは何故か?
潜入者が思考している内に、トーチャーは膝を床に突いて嘔吐し始めた。

 「うっ、うう、俺の体に何か……。
  気持ち悪い……い、い、嫌だ!!」

 「拒絶するなと言っているのに」

 「駄目だ……!
  受け容れたら……受け容れたら……。
  俺が俺で無くなってしまう……気が……」

ダストマンの助言にも拘らず、トーチャーは弱々しい言葉を吐きながらも、自らの内から湧き出る、
異質な魔力に抗い続けている様だった。

255創る名無しに見る名無し2018/09/19(水) 18:46:29.40ID:Zx90cJwd
トーチャーは苦しみから、床を転げ回ったり、白目を剥いたり、奇声を上げたり、涙や涎を垂れ流し、
見るに堪えない醜態を晒す。

 「抵抗は無意味だ。
  これから更なる力を手に入れなければならない時に、自分より大きな力を受け容れず、
  どうやって強くなろうと言うのだ?
  現実的になれ」

 「で、出て行け!!
  俺の体から出て行けぇっ……!」

彼はダストマンの助言を悉く無視して、抵抗を続ける。
やがて、禍々しい魔力の流れが徐々に弱まって行った。
ダストマンは落胆の表情を見せ、小声で呟いた。

 「強化は失敗だ」

トーチャーは気絶して、全く動かなくなる。
彼の髪は白くなり、頬は痩け、その顔は老人の様だった。
それを見ていた力ある者達は、又しても怯んでしまう。
今の所、目の前で強化に成功した者は居ない。
無事だったカードマンも、魔法資質自体は変わっていない。
これではハイリスク・ノーリターンだ。
ダストマンは参ったなと言う顔で、皆を一覧する。

 「そんなに成功率が低い筈は無いんだが……」

256創る名無しに見る名無し2018/09/19(水) 18:47:25.49ID:Zx90cJwd
その一言に反応したのは、クーラーだった。

 「信じられるかよ。
  具体的に何%位なんだ」

何%と問われ、ダストマンは困り顔になる。

 「ああ……50%位かな」

成功と失敗が半々と言われて、力ある者達は怪しんだ。
先ず、ダストマンの発言が真実か疑わしい。
仮に真実だったとして、50%は命を賭けるには心許無い。

 「次は成功するさ。
  50%(?)だからな。
  4連続で失敗する確率は6.25%しかない」

計算上は、そうなのだが……。
何度失敗しようと、次の確率が50%だと言う事実は変わらない。
ここに集まる様な者達に、正しい数学的知識を求める事は難しいが、ダストマンの発言に頷く者は、
1人も居なかった。
「確率が低い」とだけ言われても、低い確率が起こった事実は変わらないのだ。
しかし、力ある者達の中でクーラーだけは弱気を振り払い、ダストマンの前に立った。

 「分かった、薬を寄越せ」

本当は何も分かっていないが、彼もトーチャーと共に名乗り出た以上、今更引っ込めない。
どうせダストマンに指名されるなら、自分から出て度胸のある所を見せようと言う気になっていた。

257創る名無しに見る名無し2018/09/19(水) 18:48:39.67ID:Zx90cJwd
ダストマンは自ら進み出たクーラーが意外だったが、それを顔には表さず、素直に薬を渡した。
物事が速やかに進行するのは良い事なのだ。
余計な事をしたり、言ったりして、時間を食うのは避けたい。

 (今度は成功してくれよ)

ここに来て、ダストマンとクーラーの思いは一致していた。
クーラーが薬を飲むと、即座に魔法資質が変化する。

 「おおおっ」

魔法資質が急激に増大する感覚に、クーラーは目を見張った。
心臓が早く大きく脈打ち、体中を血液が激しく巡る。
部屋の隅々まで気が回り、人の息遣いばかりか、埃の舞う音さえも聞こえる。
眩暈が襲い、呼吸は苦しくなり、吐き気が込み上げ、気が狂わんばかりの地獄。
クーラーも又、蹲って呻いた。
ダストマンは安堵の息を吐く。

 「どうやら、今度は成功しそうだな」

一体どこを見て、そう判断しているのかと、未だ薬を試していない者達は怪しんだ。
やがてクーラーは白目を剥いて、気絶してしまう。
ダストマンは成功例を皆に見せ付ける為、クーラーの手当てをしてやった。
彼は仰向けに倒れたクーラーの横に屈み込み、その胸の前で魔法陣を描く。

 「起きろ、クーラー。
  生まれ変わった力を見せてやれ」

258創る名無しに見る名無し2018/09/20(木) 18:36:34.05ID:uqr6tK0c
ダストマンの魔法で回復され、目覚めさせられたクーラーは、緩慢な所作で辺りを見回した。

 「……ああ、成功したのか」

現状を理解した彼は、安堵の息を吐く。

 「苦しかった、死ぬかと思った」

率直な感想を述べるクーラーをダストマンは笑った。

 「あの程度で死ぬ訳が無い。
  苦しみと死は別物だ」

これを聞いた、未だ薬を試していない力ある者達は、少なからず動揺した。
仮令、魔法資質の強化に成功しても、苦しむのは変わらないのだ。
苦しんで死ぬか、死ぬかと思う程に苦しむか……。
どちらも御免と言うのが、正直な気持ちだった。
だが、試さずに見ているだけなのを、ダストマンが許す訳も無い。
結局は、無理遣り試させられる事になるのだ。
そうした厭わしい空気を読み取り、これを改善しようとダストマンはクーラーから言葉を引き出す。

 「クーラー、今の気分を聞かせてくれ」

 「気分って……。
  一応、強くなった感覚はあるが」

困惑する彼に、ダストマンは注文を付けた。

 「皆が薬を試したくなる様な一言が良い」

259創る名無しに見る名無し2018/09/20(木) 18:37:59.83ID:uqr6tK0c
漸くダストマンの意図を理解したクーラーだったが、生憎と良い言葉が思い浮かばない。

 「そうは言われても……。
  俺は上手く行ったけどなぁ……」

成功したクーラーも他人に勧める気はしなかった。
彼は魔法資質が増大した割に、自信過剰になって、尊大な口を利いたりしない。
それが潜入者は気に掛かって、直接尋ねた。

 「クーラー、高揚感は無いのか?」

 「ウーム、あの苦しみの後では、とても……」

クーラーの返答に、潜入者は納得する。
実は彼も魔法資質の増大は自覚している物の、全力を解放して限界を確かめてはいない。
魔法資質を高めると感覚も鋭くなるので、忽(うっか)り本気を出すと、初めて薬を服用した時の、
耐え難い不快感が再現され、自滅し兼ねないのだ。
繊細な制御に慣れない内は、迂闊に力を振るえない。
それが「強い薬」に適合する条件なのかと、潜入者は予想した。
力があるからと言って、平常時の制御を怠っていると、更に増大した力に呑まれてしまう。
ある程度の制御が可能な者のみが、「強い薬」に耐えられるのではと。
その予想を潜入者はダストマンに伝えようとした。

 「ダストマン、少し話がある」

 「何だ、ブロー?
  急を要する事か?」

緊急性が無ければ、無駄話はしたく無いと、ダストマンは明から様に嫌がった。

260創る名無しに見る名無し2018/09/20(木) 18:40:30.46ID:uqr6tK0c
潜入者は内心で軽蔑しながら、ダストマンに自らの推論を伝える。

 「薬に適合するには、魔法資質の制御が出来ている必要があるんじゃないか?」

その発言に、ダストマンは呆れて見せた。

 「何を今更……」

 「魔法資質の制御が出来る者を、優先して――」

話を続けようとする潜入者を、ダストマンは遮る。

 「その『魔法資質の制御』とは具体的に、どうやるんだ?」

261創る名無しに見る名無し2018/09/20(木) 18:49:18.26ID:uqr6tK0c
 「どうって……」

急に問われた潜入者は、答に窮する。
ダストマンは小さく溜め息を吐いて、解説を始めた。

 「魔法資質とは視力や聴力の様な物だ。
  魔力を感知する為には欠かせない。
  だが、視力や聴力の制御を意図して出来る者が居るか?
  人の目は近くの物を見れば近くに、遠くの物を見れば遠くに、勝手に調整されて焦点が合う。
  人の耳も騒音の中では自らを呼ぶ声さえ聞き逃すが、静寂の中では衣擦れの音さえ拾う。
  魔法資質の制御も似た様な物だ。
  それなりの心得が無ければ、自分の意思で魔法資質を抑えたり、解放したりは出来ない」

彼の指摘に、潜入者は何も言い返せなかった。
基本的に魔法資質が高くて困ると言う事は無い。
元々が常人並みの魔法資質であれば、尚の事、「抑える」と言う発想はしない。
それは潜入者も同じだ。
相手に警戒されない様に、又は威圧感を与えない様にする時には、『装飾品<アクセサリー>』を着けたり、
裏に呪文が刺繍された服を着る。

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