ロスト・スペラー 19

1創る名無しに見る名無し2018/07/05(木) 21:21:14.20ID:79tLuu1L

409創る名無しに見る名無し2018/11/02(金) 18:44:15.65ID:HA7z0J4m
 「これだな」

クリアーノは1つの報告書を手に取ると、デューマンに渡した。
それは数枚の用紙をスタプラーで留めた物で、絵図と共に専門的な事が長々と書いてあるが、
注目すべきは身元の判る部分のみ。
被検者氏名欄は空白だったが、結果報告の備考欄には、身元を照合した結果が確りと記してあった。

――遺伝子鑑定から、これは執行者ウィル・エドカーリッジと断定します。

それを認めたデューマンは、無言で天を仰ぎ、涙を流さずに嘆いた。

 「ウィル……」

彼の心には悲嘆と同時に安堵の気持ちもあった。
大きく息を吐いた後、彼は改めて検死報告書に目を落とす。
そこで、ある一文に目を留めた。

――正確な死亡推定時刻は不明ですが、少なくとも4週は経過している物と思われます。

一体ウィルは何時殺されたのだろうか?
環境の所為で腐敗が早く進行していたとしても、数週もの誤差は有り得ない。
ウィルは死後も報告を続けていた事になる。
それも呪詛魔法の成せる業だと言うのか……。

 「もう読み終わったか?」

報告書を持った儘、焦点の定まらない目をしているデューマンに、クリアーノは尋ねる。
デューマンは我に返り、改めて報告書に一通り目を通すと、それをクリアーノに返した。

 「ああ、我が儘に付き合わせて悪かった」

 「気にするな」

クリアーノは何でも無い風に言うと、元通りに報告書を提出書類の収納棚に入れる。
デューマンは新たな覚悟を決めていた。

410創る名無しに見る名無し2018/11/03(土) 19:18:03.49ID:6l7vkSVD
その後……サロス・ユニスタは禁呪の研究者達の手により、精神を再生させられて復活した。
彼の魔法資質は大きく損なわれたが、記憶や人格は元通りになった。
本来は再生の見込みが無いとして、死亡宣告を受ける筈だったが、執行者デューマン・シャローズの、
強い要請によって、既の所で死亡宣告は回避された。
どうして精霊を失った筈のサロスが復活出来たのか?
禁呪の研究者達の見立てでは、実は精霊は完全には失われておらず、本の僅かな残滓から、
再生したのではないかと言う事だった。
それまで自堕落な生活を送って来たサロスが、これから本当に更生するかは分からない。
だが、とにかく一人の命が助かったのだ。

411創る名無しに見る名無し2018/11/03(土) 19:19:16.58ID:6l7vkSVD
そしてダストマンが現れる事は二度と無かった。
執行者はティナー市内全域を虱潰しに調べて回ったが、それでも発見出来なかった。
正体を隠して、どこかに潜伏しているのか、それとも肉体を得られずに死んでしまったのか?
或いは、反逆同盟に匿われているのか……。
執行者達による執念深い追跡捜査の結果、住宅地にダストマンの隠れ家を発見し、
「新鮮な」死体も見付かったのだが、ここで彼の痕跡は途絶えた。
然りとて新たな肉体を得た訳ではない様子で、何があったのかは不明。
他の死体があった訳でも無く、魔力は不自然に乱れていた。
予期せぬ問題が発生した様に受け取れる状況ではあったが……。
唯一人、執行者デューマン・シャローズだけは、全て終わったのだと言っていた。

412創る名無しに見る名無し2018/11/03(土) 19:20:29.95ID:6l7vkSVD
謎の潜入者カードマンの正体は、結局判らず終いだった。
力ある者として忠臣の集いに潜入していた、地下組織の構成員グランディ・ワイルズの証言では、
執行者と共に出動した禁呪の研究者もカードマンを目撃している筈だったが、その禁呪の研究者、
ラーファエル・イコはグランディの存在は認めていたが、カードマンの存在は否定した。
そんな人物は見ていないと、彼は明言した。
カードマンとウィル・エドカーリッジの関連に就いても、何も判らない儘……。

413創る名無しに見る名無し2018/11/03(土) 19:23:16.23ID:6l7vkSVD
そして、所属していた地下組織が壊滅したグランディ・ワイルズは、マフィアの本分を守る為に、
西へ東へ奔走した。
多種多様な犯罪組織や不法集団が跋扈するティナー市内では、地下組織が縄張りを守る事で、
均衡を保っている面が少なからずある。
これまで組織が守って来た領域を、得体の知れない連中に明け渡す訳には行かない。
彼は信頼の置ける他の組織に地域の管理権を譲渡し、住民を保護すると同時に、無駄な抗争の発生を、
防がなければならない。
数月掛けて一通りの手配を済ませた彼は、組織の構成員を全滅させてしまった責任を感じて、
自分だけが生きている訳には行かないと、自ら命を絶った。
その最期は組織に忠実な男の中の男、真のマフィアの生き様だと、他の地下組織から称賛された。

414創る名無しに見る名無し2018/11/03(土) 19:27:27.10ID:6l7vkSVD
ウィルとグランディ、2人の友を失ったデューマン・シャローズは執行者の職を辞した。
彼は禁呪の研究に携わる為に、象牙の塔の職員に再就職した。
流石に研究者にはなれずとも、実験の手伝いや雑務を熟す一般職員にはなれる。
勿論、研究者と同じく自由は制限されてしまうが、デューマンは問題にしなかった。
果たして、自分が見た物は何だったのか……。
その真相を知る為に。

415創る名無しに見る名無し2018/11/03(土) 20:09:41.02ID:93aojP7V
グランディさん……

416創る名無しに見る名無し2018/11/04(日) 17:26:08.61ID:E5vL84Ob
『撞球<ダラクーラ>』


ビリヤードに似るが、卓上ゴルフに近い競技。
最も一般的なルールでは、交互にボールを突くなり叩くなりして、卓上の穴にボールを落とす。
卓上のボールの数はルールによって、1個だったり、複数個だったりする。
ボールが増えても、穴は基本的に1つ。


後を絶たない


「後を絶たない」と「跡を絶たない」、どちらが正しいのかと言う話を時々見掛けます。
辞書では「跡を絶たない」が正しいと言う人が居ましたが、少なくとも古い広辞苑では、
「跡を絶つ」しか載っていませんでした。
意味は「姿を消す」、「すっかりなくなる」。
否定形の「跡を絶たない」に関する記述はありませんでしたが、これの否定と見て良いでしょう。
しかし、「後」と「跡」の使い分けに曖昧な部分があり、どちらが正解とも正用とも言い難いのが、
正直な所です。
「空前絶後」と言う四字熟語もあるので、「後を絶つ」が不自然とは思いません。
「後」は前の反対、時間的・空間的な後ろ・後方、物事や順番の後ろ・次、残り、後に続く物、後継者。
「跡」は足の周り、足跡(あしあと)、足跡(そくせき)、痕跡、軌跡、遺跡、道標、先駆け、後継者。
後続が無くならない、後継が途絶えないと言う意味では、「後を絶たない」。
姿を消さない、すっかりとは無くならない、痕跡が消えない(何時までも残る)と言う意味では、
「跡を絶たない」。
「古い因習が跡を絶たない」、「不幸な事故が跡を絶たない」の様な場合は良いのですが、
「行方不明者が跡を絶たない」の様な例では、「跡を絶つ」に「姿を消す」と言う意味が含まれる為、
一見矛盾した印象を受けるのが、「跡」が避けられる理由なのだと思います。

417創る名無しに見る名無し2018/11/04(日) 17:28:52.42ID:E5vL84Ob
随々(ずいずい)


随の意味は「従う」、「気儘に」、「勝手に」。
辞書に「遠慮の無い様子」ともある事から、「随」の字を当てました。
しかし、「ずい」には「ずっ」との関連も見られ、こちらは物を擦る音、引き摺る音から来ています。
「長い時間」や「長い物」を意味する「ずっと」は、この物を擦る音、引き摺る音が由来です。
他、「ずるずる」、「ずりずり」等も同語源です。
似た意味の「ぐいぐい」は恐らく「くいくい」、「食い」であろうと思います。
「悔いる」と言う意味の「くいくい」もありますが、こちらは別語源です。
「ずんずん」の方は「どんどん」に通じる別語源では無いかと思います。
「ずいずい」には「次々」の意味もあり、こちらは「次」を当てれば良いでしょう。
更に、古くは「恐れる」の意味もありますが、こちらは「惴々」です。


瞭(はっき)り


明確、明瞭と言う意味の「はっきり」です。
語源は定かでなく、「葉切り」、「歯切り」、「端切り」、「晴れ切り」等、諸説あります。
「きっぱり」の語源である「際(きは)し」(目立っている)の転かも知れません。
「明瞭」、「瞭然」から「瞭」の字を当てて、「瞭(はっき)り」と読ませた例があります。

418創る名無しに見る名無し2018/11/04(日) 17:32:18.77ID:E5vL84Ob
不役(やくざ)


「やくざ」の語源は花札の三枚(おいちょかぶ、かぶ、株)に於ける8と9と3です。
この遊戯は二枚から三枚の札を引いて、その数字を合計した一の位の大小で優劣を決めます。
基本的には0点が最低であり、9点が最高となりますが、特殊な組み合わせで「役」が成立し、
勝負が決まる事もあります。
893は合計が20となるので、0点(ブタ、ドボン)。
ここから役立たずを893と言う様になったとする説が一般的ですが、893は勝負無しとする、
ローカル・ルールもあり、これが由来とも言われます。
他にも諸説あり、当て字には八九三、無役、役座があります。
多分、役立たずの意味で「不役」を当てました。
素直に「無役」で良かったのでは……?


クリアーノ


「Clear」由来の男性名。
類似にはクリアン、クリアノス、クレアール、クレアロ、クレアン、クェアス、クルアー、
クリャン、シリェルアール、キェルアー等がある。
女性の場合はクリアーナ、クリアネス、クレアラ、クリア、クレアナ、クェア、クルアラ、
クーリャ、シリェルアラ、キリア等になる。

419創る名無しに見る名無し2018/11/05(月) 18:52:36.11ID:9vKrfypc
next story is...

420創る名無しに見る名無し2018/11/05(月) 19:03:07.07ID:9vKrfypc
復讐の吸血鬼


ブリンガー地方キーン半島ソーシェの森にて


反逆同盟の一員、吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカは復讐に燃えていた。
今の彼女はマトラの力を得て、力を失う以前より強くなっている。
彼女は手始めに忌まわしき記憶の残る、魔女ウィローの住家を襲撃しようと考えた。
内から込み上げる、暗い情念に突き動かされる儘、フェレトリは闇を纏い月夜を飛ぶ。
それは宛ら月に掛かる暗雲だ。
ソーシェの森の中にあるウィローの住家には、2人の魔法使いと1体の魔獣が居る。
1人は住家の主、『幻月の<パーラセレーナ>』ウィロー・ハティ。
もう1人は事象の魔法使いヴァイデャ・マハナ・グルート。
1体は魔性を得た怪魚ネーラ。
2人と1体は殆ど同時に、森の上空を覆う危険な空気に気付いた。
ネーラは水で作った球体で体を覆い、宙に浮いてウィローの元に駆け付ける。

 「ウィロー殿!」

 「ネーラ、あんたも気付いたんだね」

不安気な顔をするウィローに、ネーラは真剣な表情で頷いた。

 「フェレトリ……でしょうか?」

 「どうやらルヴィエラの力を借りたみたいだよ」

不吉な魔力の流れの中には、確かにフェレトリの気配が感じられる。
だが、彼女の力は以前を遥かに上回っている。
直接見聞きせずとも、敵意を持った不吉な魔力の波動が、結界を越えて伝わるのだ。

 「私の水鏡で逃げましょう」

ネーラは躊躇わずに進言した。
旧い魔法使いにとって、一度決めた住家を追われる事は、大変な屈辱である。
しかし、力を増したフェレトリをウィローが相手にするのは難しいと感じていた。
真面な状態のフェレトリとの戦いでも劣勢だったのに、更なる力を得て戻って来たのであれば、
最早勝負にならない。
実力に埋め難い天地の開きがあるのだ。

421創る名無しに見る名無し2018/11/05(月) 19:05:47.46ID:9vKrfypc
その辺りをウィローは十分に承知していたので、撤退に異論は無かった。
フェレトリが復讐に燃えて再挑戦して来る事は予想していたが、更に強大になって襲い来るとは、
想定外だった。
精々仲間を引き連れて来る程度だと思っていたのだ。
ウィローとネーラが話し合っていると、そこにヴァイデャも駆け付けた。

 「私の出番ですか?」

 「あんた、今の状況が解らないのかい?」

余裕のある態度を見せるヴァイデャに、ウィローは苛立ちを打付ける。
今のフェレトリには、この場の全員が束になっても敵わない。

 「強敵が襲って来たんでしょう」

端的に回答するヴァイデャに、ウィローは問うた。

 「勝てる気でいるのか?」

 「勝算は十分にあります。
  魔力を扱うのみが、魔法に非ず。
  魔法資質だけで、魔法使いの優劣は決まりませんよ」

自信に満ちたヴァイデャを、ウィローは懐疑の眼差しで見詰める。

 「問題は勝率だよ。
  勝てる可能性が低いなら、当たるべきじゃない」

 「ええ、負けたら逃げましょう」

 「そう簡単に奴が逃がしてくれる物か!」

余りに楽観的過ぎると、ウィローは呆れ返った。

422創る名無しに見る名無し2018/11/05(月) 19:09:23.82ID:9vKrfypc
ヴァイデャは笑いながら、屋敷の外に向かおうとする。

 「私の魔法は、ああ言うのとは相性が良いと思います」

 「幾ら相性が良くっても……!
  ええい、もう知らないよ!」

全く聞く耳を持たない彼に、ウィローは制止を諦めた。
……それでも置き去りにする事は出来ず、一応は戦いを見届けるべく居残る。

 「あんたが負けたら、直ぐ逃げるからね!」

 「是非そうして下さい」

ヴァイデャは悠々と外に出て、暗く曇った空を見上げる。
ウィローとネーラは屋敷の中で息を殺し、静かに成り行きを見守った。
月を隠す暗雲が見る見る縮まって、人形を取りながら地上に降りて来る。
赤黒い『外套<マント>』を纏った、青い髪の女……。
彼女がフェレトリ・カトー・プラーカだ。
屋敷の周辺には魔除けの結界が張ってあるのだが、丸で問題にせず侵入する。

 「何者ぞ?」

フェレトリは迎え撃ちに出たヴァイデャを睨んで言う。
その瞳は安易に覗き込んだ人間の正気を失わせる程の魔性を秘めているが、ヴァイデャには通じない。

 「初めまして、私はヴァイデャ・マハナ・グルート」

 「知らぬなぁ……」

 「旧暦の生まれながら若輩だったので。
  余り有名でも無かったが故に、無名なるは致し方無し。
  しかし、今この時から覚えて頂こう」

ヴァイデャは人差し指を立てて、舌打ちしながら左右に振った。
この余裕綽々の男に、フェレトリは苛立ちを感じる。

 「フフン、生意気な」

423創る名無しに見る名無し2018/11/06(火) 19:34:07.56ID:qdkadtmE
彼女はヴァイデャに歩み寄りつつ問うた。

 「それで、貴様は私の邪魔をしに出て来たのか?」

 「……そうなるな。
  争いは本意では無いのだが」

 「私も同じだよ」

そう言いながらフェレトリはマントを翻し、猟犬型の下僕を3体生み出す。

 「全く残念だ……。
  掛かれ!」

主の命令を受けて、猟犬達は一斉にヴァイデャに向かう。
ヴァイデャは飛び掛かって来る猟犬達を往なし、その頭を擦れ違い様に軽く小突いた。
猟犬達は忽ち容を失い、地面に赤黒い血の海を作る。
フェレトリは微かに眉を動かし、足を止めてヴァイデャに尋ねた。

 「貴様の魔法は何だ?」

 「私は『事象の魔法使い』。
  魔法は『象魔法<エルフィール>』」

 「……聞いた事も無い」

 「遥か古より存在し、久しく絶えていた、魔法の中の魔法。
  私が蘇らせた」

今度はヴァイデャの方から、フェレトリに歩み寄り始める。

424創る名無しに見る名無し2018/11/06(火) 19:43:36.72ID:qdkadtmE
得体の知れない物を感じたフェレトリは、彼を迎撃すべく両手を突き出した。

 「寄るな、下郎!
  『魔力吸引攻撃<プレネール>』!!」

全く容赦の無い攻撃。
フェレトリは持てる力の全てを振るう。
元悪魔伯爵の余裕は欠片も見られない。
大気が震え、それは大地にも伝わり、全てを揺るがす……。
魔力を含んだ全ての物が、分解され、フェレトリが両手で形作る顎(あぎと)に吸い寄せられる。
モールの木を残して、森の木々は枯れ衰え、地を覆う草も萎れて行く。
だが、ヴァイデャの体は魔力吸引攻撃の影響を受けなかった。

 「何故効かぬ!?
  空間防御、否、何が起こっておるのか!?」

 「私の魔法は容無き物に容を与え、容ある物から容を奪う。
  命然り、心然り、魔力も又然り」

驚愕するフェレトリに、ヴァイデャは虹色に煌めく四角い箱型の物質を、懐から取り出して見せる。
それは容を与えられた彼自身の魔力の塊。
魔力の実体化とは異なる過程で、「実体」を「与えられた」魔力は、魔力を分解して吸収する、
魔力吸引攻撃の「分解」過程を無効化する事で、吸収の対象外となるのだ。

 「そして、これが心……」

続けてヴァイデャは闇の中から「恐怖」を生み出した。
4身はあろうかと言う、巨大な獅子の魔獣が彼の背後から現れる。
脅威を感じたフェレトリは、魔力吸引攻撃の狙いを恐怖の魔獣に向けた。
全方位に向けて広範囲に仕掛けるよりは、対象を決めて集中した方が当然効果は高くなる。
しかし、恐怖の魔獣は一向に弱らない。

 「これは……幻覚か?」

フェレトリが感付くと、恐怖の魔獣の体が半分に縮んだ。
魔力反応が全く無かったのだ。
それは即ち、魔法的には全く実体を持たないと言う事。
襲い掛かって来る恐怖の魔獣を、フェレトリは敢えて避けなかった。

425創る名無しに見る名無し2018/11/06(火) 19:50:50.32ID:qdkadtmE
それが自分自身の恐怖心を具現化した物だと、彼女は確信したのだ。
恐れるから、相手が強大に見える。
逆に言えば、恐れなければ取るに足らない。
恐怖の魔獣は見る見る縮み、フェレトリに到達する頃には、子猫の様になっていた。

 「はは、何が恐ろしい物か!」

子猫は幼い爪を懸命に伸ばし、フェレトリの体に振り下ろす。
その爪は彼女の胸に深々と突き立ったが、当然痛みは無い。
血液が依り代のフェレトリは固形の実体を持たないのだ。
所が、彼女は急激に力が抜けて行くのを感じた。

 「うっ、ぐぬぬぬぬ……!
  どうなっておる……?」

フェレトリの全身から黒い液体が一遍に溢れ出し、一帯の地面を真っ黒に染めて行く。
ヴァイデャは冷静に告げる。

 「言った筈だ。
  私の魔法は『容無き物に容を与える』。
  これは決して幻覚では無く、実体ある恐怖。
  同時に、『私が生み出した物』であり、私の一部でもある」

子猫は再び巨大になり、虎程の大きさに変化していた。

 「お前が最も恐れる事……、それは再び力を失う事。
  解るだろう?
  この黒い液体は、お前に与えられた『力』だと」

426創る名無しに見る名無し2018/11/07(水) 20:02:02.23ID:HpSEVtsq
こんな事があり得るのかと、フェレトリは愕然とする。
ヴァイデャは身を屈めて、周辺に溢れる黒い液体に触れた。
液体は彼の手に吸い寄せられる様に集まり、直径1身程の巨大な球体になる。

 「恐ろしい存在だ。
  これ程の力を他人に分け与える事が出来るとは……。
  この力は封じさせて貰う」

ヴァイデャは球体に手を添え、見えない糸を手繰り寄せる動作をした。
球体は見る見る引き絞られ、徐々に細く小さくなって行く。

 「や、止めぬか!
  それは我がルヴィエラから借りた力であるぞ!」

 「だから封じる!」

 「させぬわっ!」

制止しても聞いて貰えなかったフェレトリは、弱体化した儘でヴァイデャに挑み掛かった。
ヴァイデャは実体の無いフェレトリの体に触れると、彼女をも実体化させる。
実体を持ったフェレトリは丸で幼子の様に弱々しく、軽くヴァイデャに突き飛ばされた。

 「うぅ、体が重い……。
  思う様に動かぬ、どうした事であるか……」

地面に這い蹲るフェレトリに対して、ヴァイデャは冷淡に告げる。

 「精霊を肉と同化させた。
  最早お前は肉無くしては生きられない。
  この地上に生きとし生ける、全ての存在の労苦を知るが良い。
  皆、肉を無くしては生きられないのだ」

427創る名無しに見る名無し2018/11/07(水) 20:03:59.81ID:HpSEVtsq
フェレトリは立ち上がる力も無い儘、恨み言を吐いた。

 「貴っ様ぁ……!
  悪魔貴族たる我に対し、何たる非道、何たる屈辱!!
  斯様な事がありてなる物か……!」

もう彼女は空を飛ぶ事も、壁を抜ける事も出来ないのだ。
ヴァイデャは彼女を無視して、圧縮した「力」を小瓶に収めた後、溜め息交じりに話し掛けた。

 「平和に暮らしていれば、この様な目に遭わずに済んだ物を。
  馬鹿らしいと思わないのか」

 「無知で脆弱な人間共が、我が物顔で地上を闊歩している。
  自らの庇護者たる神の下を離れて……。
  これを笑わぬ悪魔は居るまいて!
  今こそ悪魔の時代!
  貴様も、そう思うであろう!?」

428創る名無しに見る名無し2018/11/07(水) 20:04:30.41ID:HpSEVtsq
 「それなりに良い時代だとは思うよ」

 「そうであろう、そうであろう……。
  だが、唯一つ目障りな存在は魔導師会!
  奴等が人間の庇護者気取りで、我々の邪魔をする!」

 「やれやれ」

口の減らないフェレトリをヴァイデャは足蹴にした。
彼女の体から弾き出される様に、小さな犬の魂が飛び出して消える。

 「ぐへぇっ、貴様ぁ、何たる無礼!」

429創る名無しに見る名無し2018/11/07(水) 20:06:29.41ID:HpSEVtsq
フェレトリの抗議を無視して、ヴァイデャは彼女を踏み付け続ける。

 「ぐぁ、フッ、ハッ、うぅっ、ぐぅっ……」

踏み付ける度に、フェレトリの体からは動物達の魂が抜ける。
子鼠に子猫に子熊に小鳥に、どれも一匹や二匹では無い。
ヴァイデャは呆れて言った。

 「一体どれ程の魂を奪って来たのか」

 「貴様、我に何の恨みが……?」

 「恨みは無い。
  出来るだけ『人間』に近付けようと思ってな。
  どうせ痛覚は無いのだから、苦しくもあるまい」

ヴァイデャの行動は魂の分離作業だ。
フェレトリを踏み拉(しだ)いて、彼女の中の純粋でない魂を抜いている。
動物の魂が粗方出尽くした次は、人間の魂が飛び出した。

 「おぉ、出た出た。
  人間を食っていない訳が無いからな。
  成る程、人間の魂の方が同化の進み具合が良いのか」

動物の魂が先に抜け出たと言う事は、人間の魂が深く取り込まれていると言う事。

 「ぐぐぐ、もう止めろっ!」

 「普通の人間は、幾つも魂を持っていないのだ。
  仮に魔力を取り戻しても、奇怪(おか)しな真似が出来ない様にしておく必要がある」

ヴァイデャは容赦無く分離作業を続ける。

430創る名無しに見る名無し2018/11/08(木) 19:33:29.94ID:5MubJIHQ
それから十数人程度の魂が抜け出た所で、フェレトリの体からは何も出て来なくなった。

 「変だな?
  この程度しか捕食していない筈は無いんだが……。
  同化が進み過ぎて、分離出来なくなった魂があるのか?
  ……分離出来ないなら、一つの魂と変わりは無いか」

悉(すっか)り弱り切って、もう抵抗する気力も無い彼女を、ヴァイデャは乱暴に引き摺って、
屋敷の中へと連れ込んだ。
彼は恐々としているウィローとネーラに向けて、フェレトリを転がして言う。

 「ウィロー殿、これの処遇は貴女に任せます」

 「えぇ……」

 「もう力はありません。下女として使うなり何なりと」

困惑するウィローに対し、フェレトリは敵意を剥き出しにして吠えた。

 「殺せっ、斯様な屈辱……!」

 「こんな召し使いは嫌だよ」

ウィローは弱気な声でヴァイデャに言うが、彼は強気に説得する。

 「彼女も私達と同類の存在。
  処分するのは容易ですが、何とか更生させられないかと」

 「気持ちは解るけど、私に押し付けないでくれよ……」

生まれた世界と生きる法こそ違えど、この世界の存在では無い外客であると言う一点では、
旧い魔法使い達は共通している。
そこに微かな同属意識の様な物があるのだ。

431創る名無しに見る名無し2018/11/08(木) 19:37:19.95ID:5MubJIHQ
ヴァイデャは至って真面目に言う。

 「狼犬の群れを従えているウィロー殿であれば、慣れた物だと思っていたのですが」

 「あの子等は素直で可愛い物だよ。
  こんな性根の捻くれた高慢畜(ちき)と一緒にしないでおくれ」

どうあってもウィローは、フェレトリを引き取る積もりは無い様だった。
ヴァイデャはフェレトリを見下して、小さく溜め息を吐く。

 「では、私が引き取るか……。
  上手くやれるか不安だが」

丸で捨て猫か捨て犬の様な扱いを受けている事に、フェレトリは激昂する。

 「誰が貴様の世話に等なるかーっ!
  殺せっ、殺せーっ!!」

喚く彼女をヴァイデャは鬱陶しく思い、冷たく吐き捨てた。

 「お前も悪魔なら悪魔らしく、敗北を認めて勝者に従え」

 「嫌じゃーーーーっ!!
  貴様は勝者ではあっても、強者では無い!
  弱者に誰が従うかーーっ!!」

駄々っ子の様に見苦しく暴れるフェレトリに、ヴァイデャは苛立って脅しを掛ける。

 「喧しいぞ!
  お前の魂を抜いて、犬に移植してやろうか?
  それとも鼠の方が良いか、マーモットになりたいか?
  兎や豚にしてやっても良いぞ。
  哺乳類が気に食わないなら、『井守<ニュート>』や蛙にでもなるか」

それを聞いた途端、彼女は嘘の様に大人しくなった。
流石に畜生として生きるのは嫌なのだ。

432創る名無しに見る名無し2018/11/08(木) 19:38:52.00ID:5MubJIHQ
ヴァイデャはフェレトリに慰めを言う。

 「お前には私の助手として働いて貰おう。
  何、人間の暮らしも、そう悪い物では無いさ。
  肉持つ者には、肉持つ者の喜びがある」

 「この屈辱、忘れぬからな……」

 「はぁ、忘れて貰う事も出来るのだが、寛大な私は見過ごしてやろう」

ネーラは旧い魔法使い達の遣り取りを、何と恐れ知らずなのかと驚きと感動を持って傍観していた。
あの強大な力を持っていたフェレトリが、丸で子供扱い。
魔法は使い様によっては、魔法資質の差を覆す事が出来るのだ。

 「物好きだねぇ、そんなのを引き取るなんて」

フェレトリを更生させようとするヴァイデャに呆れるウィローだが、彼は正面から言い返す。

 「貴女だって、止めを刺せと言わないではありませんか」

 「いや、そうしても良いと思うんだけどね……。
  あんたが決めたんなら、それで良いさ」

こうしてフェレトリはヴァイデャに預かられる事になった。

433創る名無しに見る名無し2018/11/09(金) 18:33:40.93ID:iZAtW3nZ
「さて、フェレトリ、これから山を越えるぞ」

「……徒歩で? 正気か、この距離を!」

「数日掛かりになるが、大した事では無い」

「尽く尽く人間とは不便な生き物であるな。下らぬ存在よ」

434創る名無しに見る名無し2018/11/09(金) 18:35:47.10ID:iZAtW3nZ
「ハー、ハー、疲れたぞ……。足が痛い、もう歩けぬ……」

「早いな。慣れない人間の体は辛いか?」

「当然であろう! やはり人間は下等な生き物!」

「疲労が溜まっているのだな。では、取り除いてやろう」

「痛っ、軽々しく背を叩くでない! 我が口から何か飛び出したぞ! 脆弱な人間の体なのである、 
 優しく労らぬか!」

「体が軽くなったな? 今、飛び出したのは『疲労』だ」

「疲労!? この紫色の奇怪な水饅頭が!? フム、貴様の魔法、中々に便利では無いか」

「それにしても小さな疲労だ。大袈裟に騒ぎ過ぎでは?」

「煩いっ、事実疲れておったのじゃ! ワッ、この疲労、我に寄って来てはおらぬか!?」

「ああ、主の元に帰ろうとしているのだ」

「来るなっ、来るでない!」

「追い付かれない様に歩かないと、こいつに取り付かれたら、又疲れるぞ」

「ムムム、捕まってなるか! これ、急ぐぞ!」

「やれやれ」

435創る名無しに見る名無し2018/11/09(金) 18:38:31.81ID:iZAtW3nZ
digressions

436創る名無しに見る名無し2018/11/09(金) 18:46:43.85ID:iZAtW3nZ
高慢畜(こうまんちき)


「高慢」に、その様な性質の人物を表す「ちき」が付いた物。
長らく「傲慢(ごうまん)」だと思っていたのですが、どうやら「高慢」の聞き違いの様です。
人を表す「ちき」の語源には諸説あり、類似には「へんちき」、「とんちき」があります。
「こんこんちき」は「この畜生」から「こんちくしょう」→「こんちきしょう」となり、
更に狐を指す「こんちき」(「こん」は狐の鳴き声、「ちき」は畜生?)と合わさって、
韻を踏んで「こんこんちき」と変化した物ですが、その他の「ちき」に関して明確な事は言えません。
辞書には「的(てき)」の変化と書いてありますが……。
「へんちき」を「へんちく」や「へんつく」と言う地方もあり、それぞれ「へんちく」には「変畜」、
「へんつく」には「偏突く」(これは「業突く(業突く張り)」由来でしょう)の当て字があります。
又、「とんちき」には「頓痴気」と言う当て字がありますが、語源との関連はありません。
「乱痴気」と同じ当て字であり、その「らんちき」は「乱」に様態を俗的に表現する「ちき」が、
付いた物とされています。
「馬鹿を垂れる」、「染み垂れる」、「甘え怠れる」が人の性質を表す「たれ」に変化した様に、
異なる語源が合わさり、人の性質を表す接尾語の「ちき」となった可能性もあります。
真面目に「ちき」の語源を考えると……。
1、「わちき」や「あちき」の類推。
2、「ちく」の変化。
3、「てき」の変化。
4、「つく」の変化。
5、「きち」の転。
6、その他の「ちき」。
全くの推測ですが、上記の5つではないかと思います(完全なる私見)。

437創る名無しに見る名無し2018/11/09(金) 18:50:09.62ID:iZAtW3nZ
1の「わちき」や「あちき」は、「わたくし」が変化した物です。
大元を辿れば、遥か古代の「倭国」の「わ」で、これは当時の日本人が自分の事を「わ」と、
称していた為と考えられています。
現在では「我」、「吾」の字が使われていますが、何れも中国語の「我(wo)」、「吾(wu)」と、
発音が似ているので古代の大陸言語を由来とする可能性もあるでしょう。
この「わ」が何等かの変化を経て、「公(おおやけ)」の対義語の個人を意味する「わたくし」へ、
それが次第に「自分」を指す様になり、一人称の「わたくし」が誕生しました。
「わたくし」から「わたし」となったのは確かですが、更に短い「わし」、「わて」等は、
「わ」からの変化か「わたくし」からの変化かは判りません。
「われ」は「わたくし」より以前から使われているのですが……。
面倒な事に「わ」と「あ」は、どちらが古いのか明確で無く、故に「わ」を「あ」に置き換わった、
「あたくし」、「あたし」、「あっし」、「あて」が存在します。
江戸時代から使われる様になったと言われる「わっち」ですが、これも「わ」からの変化か、
「わたし」からの変化か、今一つ判然としません。
「おれ」が「おれっち」、「おら」が「おらっち」になる様に、単なる接尾語なのかも知れません。
でも、辞書では「わちき」から「わっち」になったと書いてあります。
本当か?
個人的には「わたし」が「わっし」乃至「わっち」になり、そこに「き」が付いて、
「わちき」になった様に感じるのですが……。
説を補う物かは不明ですが、敬称として「〇〇さん」の代わりに「〇〇貴(き)」を使う、
地方もある様です。
要するに、一人称としての「俺様」とか「僕ちゃん」の類型では無いかと思うのです。
それは扨措き、この「わちき」を「わ」+「ちき」と解釈した事で、人を表す「ちき」が誕生したと、
推測するのが1です。

438創る名無しに見る名無し2018/11/09(金) 18:52:03.45ID:iZAtW3nZ
2は「ちく」の変化で「ちき」と言う様になった説です。
変な人を意味する「変ちくりん」や「妙ちくりん」は、それぞれ「変ちく」、「妙ちく」に、
韻を踏んで「りん」を付けた物とされています。
他には「珍ちくりん」もあります。
では、「ちく」は何かと言うと、よく分かりません。
「変ちく」は「変梃子(てこ)」が変化した物との説もありますが、この「梃子」も当て字です。
敢えて言うならば、「鬼畜」の様に「畜生」由来の可能性が高いと思います。
3は辞書にあった説です。
詳細は不明。
先の「変ちき」や「変ちく」が「変てこ」由来として、この「てこ」を「的(てき)」が由来と、
考えた為の説でしょうか?
4は「つく」や「つき」が「ちき」となった説です。
「業(強)突く張り」から「業(強)突く」、「嘘を吐く」から「嘘吐き」となった様に、
ある人を「つく」や「つき」と言う事があります。
参考までに、東北から北陸に掛けて、好ましからざる人物の事を「いんつく(いんつくされ)」、
「えんつく(えんつくされ)」と呼ぶ所があります。
「いんつく」、「えんつく」の語源は不明ですが、「くされ」は「腐れ」でしょう。
「いんつく」に「され」を加えて「腐れ」と韻を踏んだのか、元々「腐れ」だった物が省略されたか、
どちらなのかは不明です。
5は人名の「〇〇吉(きち)」が入れ替わって「〇〇ちき」となったとする説です。
日本語でも「あらた」が「あたら」になる等、音位転換は頻繁に見られます。
(「新(あたら)し」は「新(あら)たし」と「惜(あたら)し」の混同から来た様ですが……)
こちらは根拠が余り無いのですが、人の渾名や動物の名前に「〇〇吉」を付ける事があるので、
有り得なくも無い程度の話です。
6は上記以外、私の貧弱な頭脳では考え付かない説です。

439創る名無しに見る名無し2018/11/10(土) 01:24:55.82ID:kUKzkAiZ
フェレトリさんが萌えキャラになる予感!

440創る名無しに見る名無し2018/11/10(土) 18:33:02.29ID:pScZZT0X
next story is...

441創る名無しに見る名無し2018/11/10(土) 18:36:26.87ID:pScZZT0X
恋猫ニャンダコーレ


第四魔法都市ティナー ラガラト区にて


恋猫(恋人の猫、ラバーズキャット)とは、恋の仲介をする猫の事である。
猫が恋仲を持ってくれると言う迷信が、何時発生したのかは定かでは無いが、これは要するに、
飼い猫、或いは、その辺を徘徊している野良猫を通して、意中の人に近付こうとする物である。
最初は「猫を通して理想のパートナーと偶然に知り合う」と言う夢の様な話だったが、
賢い使い魔の「化け猫」、「魔猫」が登場してから、意図的に知り合える様になり、
夢の欠片も無くなってしまった。
その代わりに実用度は上がったのだが、完全に使い走りである。
魔法道具店にて使い魔が売られる様になってから、魔猫の売り上げは魔犬と共に常に上位であり、
特に上述の恋猫伝説から女性人気が高かった。
使い魔を飼う為の条件が厳しくなった現在でも、魔猫の需要は衰えず、寧ろ魔犬に比べて、
体が小さく世話が容易なので、逆に購入者が増えている。
こうした多くの魔猫は部屋飼いだが、中には不心得者の飼い主もおり、真面に世話をしなかったり、
飽きて捨てたりして、野良化した魔猫が市内にも郊外にも溢れている。

442創る名無しに見る名無し2018/11/10(土) 18:37:41.01ID:pScZZT0X
殺処分される猫も多い中で、こうした現状に心を痛めて、猫を引き取る慈善団体もある。
魔法道具店も販売責任者として、捨て猫の回収をしている。
しかし、捨てられた魔猫は人間に不信感を持って中々馴れず、新しい飼い主を見付ける事は、
大変難しい。
中には自ら飼い主の下から出奔する例もある。
こうした魔猫は人間に頼らず(とは言っても残飯を漁ったり、人に餌を強請ったりはするが)、
徒党を組んで街を徘徊し、可愛い顔をして悪事を働く。
生塵を漁り散らかしたり、時と所を構わず鳴き喚いたり、その程度なら未だ可愛い物だが、
集団で人を襲って物を奪ったり、住居を占領したりもする。
憖、賢いが故に、その被害は大きい。
よって、普通の猫は見過ごされても、使い魔の猫は駆除される。
その結果、都会から地方に魔猫の群れが逃れて、畜獣を襲ったり、田畑を荒らしたりして、
農家に被害を与える例があり、こちらも深刻な問題となっている。
今や恋猫は「昔話」になりつつあり、人々は半ば妄想で恋猫の物語に夢を見ている。

443創る名無しに見る名無し2018/11/10(土) 18:41:41.73ID:pScZZT0X
ニャンダコーレは旅の雄化け猫である。
当人は妖獣の化け猫では無く、その仇敵ニャンダコラスの子孫を自称しているのだが……。
果たして自称は嘘か真か、その堂々たる体格は、立ち上がった状態で半身もあり、
大型の化け猫にしても未だ大きい。
流暢に人語を喋り、同時に人語を解して、人と会話も出来る。
更に、羽根付き帽子を被り、マントを纏った異様な風貌には、駆除業者も手出しを躊躇う。
このニャンダコーレを見掛けて、「化け物が出歩いている」と通報する者も少なくはないのだが、
大抵は見過ごされる。
先ず、彼は執行者や都市警察を呼ばれても逃げない。
人間と変わらず話し合いが出来る上に、堂々と振る舞われると、捕獲して良いのかと、
執行者も都市警察も判断に困る。
結果、特に問題が起こっていないなら、それで良しとされて終わる。
ニャンダコーレも各地を旅する身で、長らく一所に留まらないので、その内に忘れられる。
彼が旅をしているのは、宿敵の子孫である妖獣が悪さをしていないか、監視する為なのだが、
それが偶々人間社会で問題を起こし難い生活になった。
その意味では、彼は幸運なのかも知れない。

444創る名無しに見る名無し2018/11/11(日) 19:03:13.77ID:Wi80fJ+0
ラガラト区の狭い路地を歩いてる時、ニャンダコーレは目の前を横切った、風に舞う一枚の紙切れを、
反射的に捕まえた。

 (ニャ、コレは手紙……?)

罫線の引かれた片面には、手書きの文字が書き込まれており、裏面は白紙だ。

 (誰かが捨てた物ですかな、コレ)

細かい字が苦手なニャンダコーレは、最初読もうと言う気も起らなかったが……。
爪が紙に引っ掛かったので、中々手から離れない。

 (コレ……コレッ!
  ヌヌー、爪が伸び過ぎたな……)

爪の手入れを怠っていた事を彼は後悔して、両手を使って紙を爪から外す。
その序でに、何が書かれているのか読んでみようかと言う気になった。
完全に気紛れである。

 (フムフム、何が書いてあるのですかな、コレ……)

目を凝らして文字を読んで行くと、どうやら恋文らしい事に気付く。

 (ニャー、コレが世に言う所の恋文ですか、コレ……。
  想いをコレ、言葉にして認める。
  人間の風流と言う奴ですな、コレ)

この恋文が如何な性質の物か、ニャンダコーレは気に掛けた。

 (コレは本当に塵として扱って良い物ですかな、コレ?
  もしや、コレ、誰かの大切な物では?)

445創る名無しに見る名無し2018/11/11(日) 19:04:29.38ID:Wi80fJ+0
彼は本気で悩み始める。

 (……どうした物か、コレ……)

本当に大切な物であれば、持ち主を探すべきだ。
しかし、何等かの理由で捨てたのであれば、そっと眠らせておくべきである。
長々と悩んだ末に、ニャンダコーレは閃いた。

 (コレ、人間の社会には交番と言う便利な物が、コレあるではないか!)

「落し物は交番へ」と言う文句を単純に解釈して、彼は交番を探して歩いた。
そして都市警察の交番を発見すると、喜んで駆け込む。

 「今日は、コレ、失礼します」

ニャンダコーレが交番の壁を軽く叩いて来訪を知らせると、机で勤務日誌を付けていた男性警官が、
徐に振り向いて……。

 「どうし……ど、どうし……まし……?」

二足歩行する大きな化け猫を見た途端、彼は驚いて硬直した。

 「コレコレ、大丈夫ですかな?
  どこか、コレ具合でも悪くなりましたか……?」

 「いや、具合は悪くないけど……」

 「コレ、それは結構。
  世には、コレ、猫アレルギーや猫恐怖症と言う物があるらしいですからな、コレ」

 「あ、ああ、そう言うのじゃないから安心(?)してくれ」

警官はニャンダコーレに近付き、真面真面と観察する。

446創る名無しに見る名無し2018/11/11(日) 19:06:03.85ID:Wi80fJ+0
ニャンダコーレは自分の髭を撫でながら、警官に言った。

 「コレ、落し物を拾ったのですが」

 「落し物……?
  この紙が?」

襤褸襤褸の紙切れ一枚を示されて、警官は首を捻る。

 「コレは手紙です」

 「はぁ、手紙……」

彼は手紙を受け取り、その文面を読んで、「あっ」と小さく声を上げた。

 「これって――」

ニャンダコーレは小さく頷く。

 「道端で、コレを拾いまして、コレ扱いに困ったのですが」

警官は困った顔で、彼に幾つか質問をする。

 「どこで拾いましたか?」

 「コレ、そこの狭い路地ですな」

ニャンダコーレは自分が通って来た道を指した。

 「落とし主を見ましたか?」

 「いや、コレ、見ておりませぬ」

447創る名無しに見る名無し2018/11/12(月) 18:25:56.76ID:7rgnDU/r
警官は両腕を組んで、低く唸る。

 「えーーーーーーーーと、そのですね……。
  落とし主も宛先も分からない手紙を持って来られても、どうにも出来ない訳ですが……。
  いや、誰に宛てた物かは書いてありますが……。
  名字まで書いてないと、同じ名前の人は幾らでも居るので……」

 「ええ、コレ、それは仕方がありませんな。
  その位は承知しておりますとも、コレ。
  しかし、落とし主に落としたと言う自覚が、コレ、あれば、もしかしたら、コレ、
  探しに来るかも知れません」

ニャンダコーレの話は正論だが、丸裸の手紙を落とす事があり得るのか、仮に落としたとして、
拾いに探す物だろうかと、警官は訝った。
普通の手紙なら未だしも、恋文である。
文面を拾い主に読まれている事は間違い無い。
それを落とし主は「私が書いた物です」と言い出せるのか?
そんな事をする位なら、新しく書き直した方が良い気がする。
他にも警官には、もう一つ気になる事があった。

 「あの、それと、この手紙の宛名ですが……。
  『マテュアス』……。
  これ、私の名前と一緒なんです」

 「ニャー、そんな事があるんですなぁ」

ニャンダコーレは偶然だろうと思っていたが、警官の方は仮に自分宛てだったらと動揺していた。

 「私の事だったら、どうしましょう……」

彼は独身で付き合っている女性も居ない。

448創る名無しに見る名無し2018/11/12(月) 18:27:44.30ID:7rgnDU/r
そんな事を聞かれても困ると、ニャンダコーレは迷惑そうな顔をする。

 「コレ、落とし主が現れるのを待つしか無いのでは……?」

 「その確率は低いと思っています。
  ……どこで拾ったのか、詳しい場所を教えて貰えませんか?」

 「コレ、構いませんが……。
  交番をコレ、留守にして大丈夫ですかな、コレ……」

 「直ぐに行って、直ぐに帰れば、少し位は大丈夫でしょう。
  恐らく、多分」

警官に責っ付かれ、ニャンダコーレは恋文を拾った狭い路地に向かった。
ニャンダコーレは恋文を拾った状況を再現する。

 「ここをこう歩いていましたら、コレ、こんな風に手紙が目の前を、コレ、横切りまして。
  反射的に、こう、コレ……」

警官は入り組んだ路地を見回した。
風向きから、手紙の飛んで来た方向を探しているのだ。

 「向こうの大きな通りから、風に運ばれて来たんでしょう。
  ここら辺はビル風が強いですから。
  裸の手紙が風に飛ばされる様な状況は限られます。
  恐らく、開けっ放しの部屋の窓から、風に乗って……」

 「コレ、窓の開いている部屋を訪ねれば良いのですかな?」

 「いや、手紙が風に飛ばされたら、当然窓を閉めるでしょう。
  ……結局、分からんと言う事です。
  一応、手紙は預かっておきますね。
  万が一、もしかしたらと言う事もあるでしょうから」

449創る名無しに見る名無し2018/11/12(月) 18:30:35.34ID:7rgnDU/r
そう言うと、警官は手帳を取り出した。

 「所で、失念していましたが、貴方の名前は?」

書類を作成する為の情報を書き留めようと、彼はニャンダコーレに尋ねる。

 「吾輩はニャンダコォーゥレです、コレ」

 「はい、ニャンダコーレさん、名字は?」

 「コレ、ありません」

 「え、えーと、飼い主さんの名前は……」

 「コレ、そんな物は居りません!」

 「飼い主じゃなくて、御主人様かな?」

 「居らぬと言っておりましょう、コレ!」

 「……野良なんですかね?」

 「私は旅の身であるからして、コレ、そう言う意味では野良でしょうが、コレ野生とは違います。
  そこらの猫と一緒にしてくれますな、コレ」

ニャンダコーレをどの様な存在と定義して良いか、警官は悩んだ。

 「あのー、住所はありますか?
  出生地は?」

 「ある事はありますが、コレ、この街からは遠く離れた所ですな……。
  しかし、そんな事を知って、コレ、どうしようと言うのですかな?」

 「もし持ち主が現れて、お礼をしたいと言う事になったら、連絡先が無いと……」

 「ニャー、そんな物は要らないので、コレ、もう行って良いですかな?」

そうニャンダコーレは尋ねたが、この怪しい化け猫を解放して良いか、警官は少し迷う。

450創る名無しに見る名無し2018/11/13(火) 19:34:04.05ID:N5OIGe5p
野良の化け猫であれば、駆除業者に連絡すべきなのだが、そう悪質な様にも思えない。
そもそも彼が今まで見て来た化け猫とは、全く違う。
大きさにしても、話し方にしても、態度にしても。
飼い化け猫は人間に忠実で、人に馴れているか、或いは主人以外には懐かない。
野良化け猫は人間に媚びるか、逆に人間を警戒しているか、どちらかだ。
所が、ニャンダコーレは人間と対等に接している。
それが却って問題とならなければ良いがと、警官は心配した。
人間も出来た者ばかりでは無い。
使い魔を含めた妖獣を一段低く見て、真面に取り合わない者、不当に扱う者も多い。
事実、多くの法律は使い魔や妖獣を知能に関係無く「物」として扱っている。
では、自分に何の権限があって、この化け猫を止めようとしているのかと、警官は自問したが、
当然そんな権限は無い。

451創る名無しに見る名無し2018/11/13(火) 19:34:58.56ID:N5OIGe5p
彼は駆除業者では無いし、然して妖獣に詳しい訳でも無い。
何より、ニャンダコーレは未だ人に危害を加えていない。

 「……お気を付けて。
  旅の御無事を祈っております」

 「コレ、どうも」

ニャンダコーレは帽子を取って会釈すると、その場から立ち去った。
警官の手には「自分と同じ名前の者に宛てた」恋文が残る。

 「参ったな、こりゃ」

そう彼が独り言つと、背後から足音が聞こえた。

452創る名無しに見る名無し2018/11/13(火) 19:35:54.53ID:N5OIGe5p
誰だろうと彼が振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
彼女は警官を認めると、見る見る蒼褪める。

 「あ゛あ゛ーーーーーーーーーーっ!!!!」

突然発せられた、この世の物とは思えない悲鳴に、警官は吃驚して身を竦めた。
彼が怯んだ隙に、女性は雷光の如き素早さで、その手から恋文を奪う。
警官は全く反応出来なかった。
女性は恋文の文面を確認して、再び悲鳴を上げる。

 「キャーーーーーーーーーー!!!!」

そして、その場に倒れ込んでしまった。

 「えぇ……何……?」

警官は暫し呆気に取られていたが、市民をその儘にはしておけないと、彼女に近付いて声を掛ける。

 「もしもし、大丈夫ですか?
  ……失礼しますよ」

返事が無いので呼吸と脈拍を診たが、どちらも確りしており、直ちに命に関わる状態では無い。
警官は安堵したが、重い病気の可能性も考えて、魔力通信機で救急馬車を呼ぶ事にした。
一見した所、女性の身元を確認出来る様な物は無い。
恐らくは普段着であろう緩い綿の『襯衣<シャツ>』に、同じく綿のズボンを穿いている。
履き物もサンダルで、全体的に楽な格好である事から、近所の住民だろう事が判る。
手には先程警官から奪った恋文を、確りと握り締めている。
これだけは離すまいと言う、強固な意思を感じる。

453創る名無しに見る名無し2018/11/13(火) 19:36:44.06ID:N5OIGe5p
警官は彼女を大きな通りの近くまで、静かに抱えて運び、救急馬車の到着を待った。

 (彼女が手紙の落とし主なんだろうか……)

顰めっ面で時々魘されている彼女を、警官は哀れに思った。
もし、この女性が恋文を書いた本人であれば、風に飛ばされた恋文を誰にも見られない内に、
回収してしまおうと、急いで外出したのであろう。
恋文を渡そうとしていた相手が誰なのかは分からないが、それが警官だったとしても、
不意に見られては恥ずかしいだろうし、警官では無かったのであれば、尚の事。
そもそも、これが渡そうとしていた恋文なのかも判らない。
中々良い文章が思い付かず、捨てようとしていた物が風に飛ばされたのかも知れない。
失敗作だからと言って、それを回収しない訳には行かないだろう。
否、失敗作なら尚の事か……。
年齢は20〜30の間と見られる。
薄い赤毛で中肉中背。
如何にも文学を趣味としていそうな感じでは無い。
人の顔で性質までは判らない物だが……。
手紙を奪う動きは目にも留まらぬ程だった。
警官は彼女が自分に好意を持っているのか悶々としながら、その顔を凝(じ)っと見詰めていた。
やがて救急馬車が到着し、彼女は病院へと運び込まれた。

 (無事なら良いけど……)

恋文の宛先が誰であれ、倒れ方が尋常で無かった事から、無事に回復すれば良いがと、
警官は心配した。

454創る名無しに見る名無し2018/11/14(水) 18:32:32.83ID:YmYSQNC+
それから1週後、恋文の事を警官が忘れた頃に、例の女性が交番に訪ねて来た。

 「今日は」

確りと粧(めか)し込んだ彼女が誰だか、警官は最初判らなかった。

 「はい、何か御用でしょうか?」

警官は徐に立ち上がって近寄るが、当の彼女は俯き加減で何も言わない。

 「……どうされました?
  道が分からないとか、人探しをされているとか?」

交番に来たは良い物の、警官を前にして緊張し、物を言えなくなる人は偶に居る。
道が分からないと言うのは、要するに迷子になったと言う事。
良い大人が迷子になるのは恥ずかしい事だと思っている人も居る。
人探しをしていると言うのは、誰かと逸れたと言う事。
相手が迷って逸れたのか、自分が迷って逸れたのかは、敢えて問わない。
問い掛けても何も答えない女性に、警官は提案をする。

 「取り敢えず、立ち話も何ですから、中で座ってて下さい。
  落ち着いてから話を伺いましょう」

 「いえ、それは悪いです……」

 「しかし、ここでは人目もありますし」

そう言われて女性は辺りを窺った。
通行人の中には、何事だろうと彼女を見ている者も居る。

455創る名無しに見る名無し2018/11/14(水) 18:34:02.65ID:YmYSQNC+
やや恥ずかしさを覚えた彼女は、警官の言葉に従う事にした。

 「それでは失礼します」

交番の中には女性の警官が居て、退屈そうに魔力ラジオウェーブ放送を聞いている。
女性警官は来客に気付くと、慌てて席を立ち、姿勢を正して咳払いした。

 「ええっと、何でしょうか?」

 「その、あちらの人に、お話があって来たのですが……」

女性は先の男性警官マテュアスを指して言う。

 「はぁ、えー、そうですか……。
  一寸待ってて下さい」

女性警官は直ぐに男性警官を呼んで、代わりに通りに近い席に座った。
男性警官は不思議そうな顔をして、女性に尋ねる。

 「私に、お話があるそうですが……」

女性は思い切って言った。

 「はい、お礼を言いたくて……」

 「何の事でしょうか?」

何かあっただろうかと考えていた男性警官は、思い当たって小さな声を上げた。

 「あ、もしかして貴女は、あの時の……。
  えー、その、あの、急に大声を上げて倒れられた……」

落ちていた恋文の事に触れる訳にも行かず、彼は誤魔化し誤魔化し言う。

456創る名無しに見る名無し2018/11/14(水) 18:34:42.90ID:YmYSQNC+
女性の顔が見る見る真っ赤になる。

 「その件は本当に御迷惑をお掛けしました……!」

 「ああ、いや、それよりも……貴女は大丈夫でしたか?」

 「あっ、大丈夫、大丈夫です、大丈夫でした!
  この通り元気です、後遺症とかもありません!」

 「そ、それは良かった」

勢いに圧されて怯みながらも、警官は頷いた。
そこから再び沈黙が続く。
未だ用事があるのかと警官は訝り、彼女は恋文の事を気にしているのではと思った。
だが、どう対応するのが正解か分からない。
恋文を読みましたよと言うのは、流石に悪手だろう。
それだけは分かる。
取り敢えず、この気不味い空気を何とかしようと、警官は考えた。

 「お茶、淹れて来ます」

しかし、女性は彼を止めて、自ら話を切り出す。

 「いいえ、お構い無く!
  あの、それよりも……貴方が持っていた手紙の事ですが……」

警官は出来るだけ平静に見える様に努めて応えた。

 「あー、あれが何か?」

457創る名無しに見る名無し2018/11/15(木) 18:49:31.38ID:jzMitmMT
女性は単刀直入に尋ねる。

 「読みましたか?」

どう答えたら良いか、警官は心の中で考えた。
裸の状態で落ちていた手紙なのだから、読んでいても不思議は無いし、特に咎められる事も無い。
それでも素直に読んだと言えば、彼女は恥ずかしい思いをするだろう。
では、恥ずかしい思いをさせない為に嘘を吐くのか、それが本当に「良い」事と言えるのか?
読んでいないと嘘を吐いても、信じて貰えるかは分からない。
逆に、読んでいない方が不自然では無いかと、疑われる可能性がある。

 「読んだんですね……」

女性は低く落ち込んだ声で言った。
その確信を持った様子に、警官は否定しても不信感を抱かれるだけと察して、正直に肯定した。

 「ええ、裸の状態で届けられた物ですから……」

 「えっ、届けられた……?」

女性は赤面から青白い顔になって、呆然とし始める。
警官は慌てて彼女に声を掛けた。

 「だ、大丈夫ですか!?」

女性は何とか遠退く意識を繋ぎ止めて、呻きながら机に突っ伏す。

 「大丈夫……では無いかも知れません。
  一寸、いえ、かなりショックです……」

458創る名無しに見る名無し2018/11/15(木) 18:51:14.39ID:jzMitmMT
どうにか彼女を慰めようと、警官は経緯を説明した。

 「あの手紙を届けてくれたのは、猫なんです」

女性は僅かに顔を上げて問う。

 「猫……?」

 「はい。
  一寸、いえ、大分変わった化け猫でした」

 「化け猫って事は、誰かの使い魔ですか……?」

彼女は再び顔を伏せて、落ち込んだ。
警官は説明を続ける。

 「いえ、野良の……と言うか、旅の身だと言っていましたね……」

 「猫が旅……?」

 「はい。
  二足歩行で帽子を被った、大きな白黒の化け猫です」

女性は作り話では無いかと疑う。
そんな化け猫が存在するとは思えないのだ。
だが、警官の表情は至って真面目である。
騙そうと言う意思も、揶揄おうとする意思も感じられない。

 「その化け猫が私の手紙を……?」

 「そうです。
  風に飛ばされて来たのを拾ったと言って――」

459創る名無しに見る名無し2018/11/15(木) 18:51:39.58ID:jzMitmMT
半信半疑の女性に、警官は全く信じられていない訳では無いのだと、少し安心した。

 「どこで拾ったのかと聞いた所、あの路地だと。
  そこに貴女が現れて――、その後は……」

 「あっ、はい、あの時は本当に済みませんでした」

女性は再び赤面して俯く。
警官は小さく息を吐いて言う。

 「でも、良かったです、安心しました。
  手紙の持ち主が見付かって。
  正直な所、落し物として届けられても、どう仕様も無かったですからね」

彼は肩の荷が下りた気分だった。
これで1週間前の事は何も彼も解決した……筈だ。
しかし、女性は未だ帰ろうとはしない。
彼女は警官に問う。

 「……お巡りさん、手紙の文面を覚えていますか?」

 「一言一句ではありませんが、大体の内容は……」

2人の胸は同時に高鳴って行く。

 「お返事を聞かせて下さい、マテュアスさん」

恋猫とは恋文を届ける使いである。

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