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ロスト・スペラー 19
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0001創る名無しに見る名無し
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2018/07/05(木) 21:21:14.20ID:79tLuu1L
何時まで続けられるか


過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1518082935/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
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http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0337創る名無しに見る名無し
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2018/10/12(金) 20:39:37.96ID:qPbB8rgt
「騎士団長」が怪しい事は、潜入して直ぐに判明した。
ドロイトは正に飾りで、会長とは肩書きだけ。
忠臣の集いの重要な意思決定に関わった様子が無く、「良きに計らえ」と言うだけの存在だ。
しかも、それを良い事だと思っている節がある。
実質的に会を動かしているのは、副会長である「騎士団長」。
態々「忠義の騎士」と言う身分を設定し、それを纏めて操る存在。
これを怪しいと言わずして、何と言うのか?

 「新しい拠点が必要だと言う事は、私も十分理解しています。
  直ぐに伺って来ますから、お待ち下さい」

ロフティは取り繕う様に言うと、速やかに去ろうとした。
丁度その時、娯楽室の扉が開いて、新たに1人が入室する。
彼はロフティと衝突しそうになって、足を止めた。

 「おっと、ロフティか」

その人物を見て、カードマンは目を見張った。

 「お、お前は……」

エール色の肌、深い緑の髪、赤い瞳……。
容姿こそ違うが、彼が纏っている魔力の流れには覚えがある。
ダストマンだ。

 「あ、貴方は?」

ロフティはダストマンの素顔を知っており、「この顔」には覚えが無いので、困惑する。
ダストマンは笑いを堪えて答える。

 「私だよ、ダストマンだ」
0338創る名無しに見る名無し
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2018/10/12(金) 20:42:51.27ID:qPbB8rgt
ロフティは眉を顰めて言い切った。

 「いいえ、私の知っているダストマンは全然違う人です。
  貴方の事は知りません」

そう言われたダストマンは、カードマンに目を移す。

 「彼は判っているみたいだけど……なぁ、カードマン!」

 「知らないな……」

カードマンは内心の動揺を抑え、素っ惚けた。
頭の中では、必死に思考を働かせている。
「この」ダストマンは、一体何者なのか?

 「おいおい、それは無いだろう?
  私を殺しておいて」

ダストマンは肩を竦めて苦笑いする。

 「お前なんか知らん!
  早々(さっさ)と出て行け!」

カードマンは威嚇しながらも、実力行使には出ない。
ダストマンは昨晩、確かに死んだ。
死体は魔導師会が持ち帰っており、今頃は心測法を試されている。
見た目が違う事から、このダストマンは同一人物では無いが、彼と関連のあった人物である事は、
間違い無さそうだ。
0339創る名無しに見る名無し
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2018/10/12(金) 20:48:01.48ID:qPbB8rgt
では、何なのか?
似ていない兄弟か、親戚か、それとも偶々魔力の質が似ているだけの他人か?
ダストマンは何時も埃塗れだったので、時々中身が入れ替わっていたとしても、誰も気付かない。
もしかしたら、ダストマンは1人では無いのかも知れない。
だったら、カードマンに対し、「私を殺しておいて」と言ったのは何故か?
鎌を掛けているのか、それとも……。
カードマンの心中で不安が渦巻く。
「同じ」ダストマンであれば、実力も変わらない筈で、安易に手を出すのは危険。

 「ロフティ、信じてくれないか?」

ダストマンはロフティに向かって言うが、当然信じる訳が無い。

 「カードマンさん」

ロフティはカードマンに視線を送った。
「追い払ってくれ」と言う合図だ。
そう出来るなら、そうしたいカードマンだったが……。

 「頭の狂(イカ)れた奴に構っている暇は無い。
  消えろ」

やはり威圧は言葉だけに止める。

 「嘘じゃないさ、愚者の魔法を使ってくれても良い」

ダストマンはロフティに向けて、焦る様子も無く言って退けたが、愚者の魔法は意識に働く物であり、
嘘を吐いている自覚の無い本物の異常者には効果が無い。
0340創る名無しに見る名無し
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2018/10/12(金) 20:51:04.53ID:qPbB8rgt
何度働き掛けても、ロフティが全く取り合わないので、ダストマンはカードマンに狙いを絞った。

 「カードマン、何とか言ってくれよ。
  昨日の夜、私達はシェバハの襲撃を受けた。
  皆が懸命に戦っている最中、君はブローと共に逃げ出そうとしていたな。
  私は君達を止めようとしたが、君が呼び寄せた魔導師に殺された」

その言葉に怒りや憎しみは感じられない。
事実だけを淡々と説明している。

 「嘘を吐くな」

彼は「死んだ」ダストマンとは別人だと、カードマンは確信する。
取り付く島も無く、ダストマンは再び肩を竦める。

 「やれやれ、開き直るのか?
  私は嘘は言っていないが」

 「大嘘だ」

余りにも堂々とカードマンが言い切るので、ダストマンは少し自信を失い、眉を顰めた。

 「何か間違っていたかな……?」

 「お前はダストマンでは無い」

ダストマンは最期には自決した。
そこまで追い詰めたのは、確かに魔導師会だ。
しかし、殺すのは目的では無く、飽くまで裁判に掛けようとしていた。
これを「殺された」と言い切るのは不自然。
死んだ人間が蘇ったのでは無い。
その事実は、カードマンを大いに安心させる。
ダストマンは死の前に、何等かの方法で他者に情報を伝えたと言うのが、事の真相であり、
「この」ダストマンの正体であろう。
0341創る名無しに見る名無し
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2018/10/12(金) 20:54:21.42ID:qPbB8rgt
但し、彼の実力が死んだダストマンに劣るとは限らない。
もしかしたら、死んだダストマンは尖兵の一人に過ぎないのかも知れない。
カードマンは何時このダストマンが実力行使に出るかと警戒していた。
ダストマンは大きな溜め息を吐いて、説得を諦め、正体を告白した。

 「分かって貰えないか……。
  私は確かに、ダストマンでは無い。
  しかし、ダストマンと同一人物と言っても差し支えは無い」

 「何を言っているんですか……?」

混乱するロフティに、ダストマンでは無いと自白した人物は説明を続ける。

 「ダストマンは『私達』の一人だ。
  私達は複数の肉体を持ち、記憶と人格を共有している」

そう言われて、そうですかと信じられる者は居ない。
余りにも人間離れしている。
ロフティは困惑していた。
一方で、カードマンは部分的には真実では無いかと思う。
彼は粗を突いて更に情報を引き出そうとした。

 「それが事実なら自分の末期を違える訳が無い。
  少なくとも記憶は共有していないみたいだが」

その指摘にダストマンは困り顔になった。
カードマンは追撃を加える。

 「そもそもシェバハと戦う破目になったのは、ダストマンの所為だ。
  撤退しようと言う意見があったにも拘らず、彼は皆を脅して無理遣り戦わせた」
0342創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/13(土) 18:32:46.76ID:c32mvhTF
ロフティは新たな事実を告げられて、更に混乱した。

 「ダストマンさんが、そんな事を……?」

ダストマンは序列最下位で、雑用をさせられていた。
彼の認識は、そこで止まっているのだ。
カードマンは詳細を解説する。

 「ダストマンは力の無い振りをして、私達を観察していた。
  彼は魔法資質を高める薬の製作者だった。
  忠臣の集いを隠れ蓑に、薬の性能実験をしていたのだ。
  シェバハが襲撃すると言う情報を仕入れたダストマンは、皆に『更に強い薬』を飲ませた。
  それも当然、無理遣りに。
  薬に耐えられず、ビートルとワインダーは死んで、カラバは瀕死になった。
  数日前から、彼等が姿を見せなかったのは、そう言う訳だ」

そこまで聞いたロフティは反論した。

 「それは変ですよ。
  ダストマンさんは本当に薬の製作者なんですか?
  私は何時も薬を他の人から受け取っていますが……」

その疑問にはダストマンでは無い男が答える。

 「カードマンの言う事は、概ね間違っていない。
  何時も君に薬を渡しているのは、私達の一人だ」

ロフティは益々混乱した。

 「何を言っているんですか、貴方は……」

何故ここに来て自分の企みを暴露するのかと、カードマンも驚く。
0343創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/13(土) 18:33:49.88ID:c32mvhTF
ダストマンでは無い男の自白は止まらない。

 「信じられないかも知れないが、全て事実だ。
  私達は薬の製作者でもあり、君達を利用して新薬の実験をしていた。
  だが、これは君達が忠誠を誓う騎士団長も了解していた事だ」

 「それが何だって言うんですか?
  貴方は本当に何者なんです?」

 「私達は騎士団長から技術提供を受け、例の薬を作った。
  完成には未だ未だ実験が必要だ」

 「貴方の目的は何なんです?」

訝るロフティに、彼は話が早いと喜んで答える。

 「今まで通り、私を力ある者として使って欲しい。
  前のダストマンの事は忘れてくれ」

 「いや、そんな簡単には……。
  大体貴方の話が本当か……」

この男は自分を「新しい」ダストマンとして認めろと言うのだ。
その率直な要求に、ロフティは応えられない。
マニュアル人間の彼に、その場で回答を求めるのは、土台無理な事。
透かさずカードマンはロフティの肩を持つ。

 「こんな奴を信じては行けない。
  とにかく騎士団長に会って、指示を仰ぐべきだ。
  私も同行する」

その意見に新しいダストマンも頷いた。

 「それが良い、騎士団長なら分かってくれる筈だ」
0344創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/13(土) 18:36:09.27ID:c32mvhTF
話に乗っかって自然に同行しようとする彼を、カードマンは突き放す。

 「お前は来るな!」

そして、ロフティに視線を送った。

 「騎士団長に確認が取れるまで、こいつに取り合うべきではない」

ロフティも概ねカードマンと同じ考えだった。
正体の不明な人物を騎士団長に会わせるのは危険だ。
漸く話が決まりそうな所で、ダストマンはロフティに忠告する。

 「ロフティ、カードマンを騎士団長に会わせるな。
  彼は魔導師会の狗だ。
  その行動は組織にとって致命的な一撃となる」
0345創る名無しに見る名無し
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2018/10/13(土) 18:36:43.79ID:c32mvhTF
カードマンは不快感を露にダストマンを睨み、ロフティに言う。

 「こんな奴の言う事を聞くな」

板挟みとなったロフティは、マニュアルに従う事にした。
詰まり、どちらも副会長には会わせないと言う判断である。

 「……副会長には私一人で会って来ます。
  どちらが嘘を吐いているか分かりませんが、これなら問題は無いでしょう」

ロフティの信用は明らかにカードマンにあるが、万が一を考えた。
ここで食い下がっては怪しまれるかも知れないと、カードマンは慎重になる。

 「それが良い。
  今は確認を取るのが優先だ」

彼は敢えてロフティを独りで行かせた。
黒幕を突き止める決定的な好機を逃す事になるが、「この」ダストマンにも聞きたい事がある。
0346創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/14(日) 18:05:21.84ID:fOEddHBd
ロフティが去った後、カードマンとダストマンは一対一になる。

 「残念だったな、カードマン」

小さく笑うダストマンに、カードマンは強がりの笑みを向けた。

 「そうでも無いさ。
  お前達の企みは判った。
  騎士団長が全ての黒幕だと言う事も」

 「素直過ぎて心配になる。
  罪を擦り付ける為の、私の虚言だとは疑わないのか?」

ダストマンはカードマンの動揺を誘ったが、それは通じない。

 「疑う必要は無い、昨夜の段階で証拠は十分に揃っている。
  後は突入するだけ。
  真相は後から判明する」

忠臣の集いは一般人を集めて、「魔法資質を高める」と謳う違法な薬を使った実験を行っていた。
その事実だけで、執行者が突入するには十分。
逆に、カードマンはダストマンを脅す。

 「お前の悪巧みも、ここまでだ。
  どうして私が残ったと思う?」

ダストマンは嫌な予感がして身構えた。

 「『第五の漆黒<ハイ・ブラック>』!」

そして不意打ち気味に黒の魔法を使うが、カードマンは『魔除け<アミュレット>』を掲げて防ぐ。

 「何度も同じ手が通用するとは思わない事だ。
  お前は他人を見下す嫌いがある。
  本当に実力を隠して潜伏していたのは誰なのか」
0347創る名無しに見る名無し
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2018/10/14(日) 18:06:24.15ID:fOEddHBd
カードマンは手品師の様に、服の各所から魔除けの装飾品を取り出した。
彼が1つ装飾品を床に落とす毎に、彼の魔法資質が増大して行く。
否、これが彼の本来の実力なのだ。
その圧力にダストマンは息を呑んだ。

 「怪し気な薬に頼らずとも……、この位の力はある!」

カードマンがダストマンに手の平を向けると、同時に強力なマジックキネシスが放たれる。
それはダストマンの頭部を確と捉えて、鷲掴みにした。

 「私の肉体を幾ら傷付けても無駄だ」

ダストマンは強がったが、カードマンは無視して魔法を掛ける。

 「B46G1」

呪文を聞いた途端、猛烈な眠気がダストマンを襲った。
これは相手を眠らせる催眠の魔法だ。
その予兆を見逃す様なダストマンでは無かったが、彼は防御動作を取らなかった。
彼は何時でも意識を肉体から切り離せる。
肉体との繋がりを断てば、眠りの魔法は防げる物だと思っていた。
効かない筈の魔法が効いてしまっているので、驚かずには居られない。
眠気で意識が朦朧とする中で、ダストマンは必死に抵抗した。

 「これ如(し)きの魔法……。
  こ、こんな初歩の魔法が……」

 「仮令(たとい)霊体になっても、人間だった時の習慣は抜けない物だ。
  お前も眠りに落ちる感覚を知っているだろう。
  睡眠と言う概念まで忘れる事は出来ない」
0348創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/14(日) 18:07:02.45ID:fOEddHBd
ダストマンは霊体が眠りに落ちると、どうなるか知らなかった。
精霊体で眠った事は一度として無い。
この儘では魔導師会に記憶を漁られると恐怖した彼は、自分を殺しに掛かる。

 「くっ、だが、貴様等の思い通りにはさせん……」

眠りに落ちる間際に、ダストマンは自分で自分の脳と霊体を攻撃して消滅させる。
今の自分が倒れても、代わりに他の自分が駆け付ける。
そう確信しているからこそ出来る事。

 「一体、幾つの命を持っている?」

崩れ落ちたダストマンは息をしておらず、魔法資質も感じられなかった。
彼の死を慎重に確認しつつ、カードマンは溜め息を吐く。
「ダストマン」が1人や2人で無い事は明白だ。
会長や副会長等を逮捕し、忠臣の集いを解散させても、ダストマンだけは生き残る可能性がある。

 (漸く正体を掴んだのだ。
  逃しはしない。
  地の果てまで追い詰めるぞ)

カードマンの体は次第に黒化し、輪郭を失って行く。

 (お前が弄んだ命を数えるが良い。
  その数だけ、私達も又存在する)

ダストマンの死体はカードマンの影に取り込まれ、闇に沈んだ。
恐るべきは誰か……。
0349創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/15(月) 18:53:46.32ID:EuuaGUad
ティナー市街地にて


その頃、日常に戻っていたブロー事、潜入者グウィン・ウィンナント事、グランディ・ワイルズは、
熱(ほとぼ)り冷ましの休暇を取らされていた。
潜入工作で外部に出向した者は、身元を探られない様にする為、冷却期間を置かなければならない。

 (しかし、休暇って言ってもな……)

彼が忠臣の集いに潜入したのは、知り合いの魔導師の頼みでもあるが、組織の都合でもあった。
当然、組織の幹部に話は通してあるが、こうして暇を出されても、やる事が無い。
グランディは決して仕事人間では無かったが、他に生き甲斐らしい物を持っていなかった。
然りとて、自宅に篭もって寝て過ごすのも不健全な気がして、彼は街中を浮ら付く。
余り混(ご)み混(ご)みした所は好かない彼だが、大都市の喧騒は嫌いでは無かった。
特別好きだった訳でも無いが、潜入任務と言う非日常を過ごした後の為か、妙に温かく、落ち着く。
生まれ付いての都会っ子なのだ。
路地に設置された『長椅子<ベンチ>』に腰掛け、道行く人を何と無く眺めているだけで安心する。
この街は何があっても変わらないと、そんな幻想を抱かせてくれる。
そうやって無為に時を過ごしていたグランディだが、彼は突然背後から声を掛けられた。

 「やぁ、ブロー」

聞き覚えのある声に、グランディは緊張して目を見張る。

 「……お前はダストマン……」

振り返ろうとする彼の首をダストマンは後ろから掴んで押さえた。
グランディは身動きが取れなくなる。

 「ダストマンは本名では無いんだ」

 「俺もブローなんて名前じゃない」

一体何が目的なのかと、グランディは恐々としていた。
0350創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/15(月) 18:54:52.03ID:EuuaGUad
 「お前、死んだんじゃないのか……?」

至極尤もな疑問に、ダストマンは素直に答える。

 「ああ、確かに死んだ。
  しかし、それは私では無い私だ」

 「い、意味が解らない」
 
 「私達は記憶と人格を共有している。
  その内の1人が死んだと言うだけの事」

そんな事が有り得るのかとグランディは最初信じられなかったが、思い返せばダストマンは、
その信じられない事ばかりして来た。
もしかしたら、複数の肉体を持つ事も出来るのかも知れないと、気弱になる。

 「それで俺に何の用だ……?
  復讐しに来たのか」

 「最後の勧誘に来た。
  私の仲間になる気は無いか?」

余りの執拗(しつこ)さに、グランディは嫌厭を露に、無気力に回答した。

 「好い加減にしてくれよ。
  面倒な事が終わって、やっと一息って時に」

 「応えなければ、殺すと言ってもか」
0351創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/15(月) 18:58:21.72ID:EuuaGUad
ダストマンの脅しも、今のグランディには通じない。

 「お前とは関わりたくないんだ。
  何を企んでも結構だが、俺とは関係無い所でやってくれ」

 「死が恐ろしくは無いのか?」

 「一々手前の命を惜しんでたら、『不役<ヤクザ>』な仕事は出来ないさ」

死を恐れないと堂々と言える程、彼は生に執着していない訳では無い。
だが、ダストマンが本気で自分を殺すとは思えなかった。

 「仕方が無い」

拒否されたダストマンは小声で零すと、空いた手に隠し持っていた何かを握り潰した。
乾いた音を立てて、割れた赤いガラス玉の様な物が道路に落ちる。
それをダストマンは踏み躙り、小さく笑った。

 「先ず1人」

グランディは悪寒に震える。

 「手前、何を……」

 「君の組織の誰かが死んだぞ。
  誰かな?
  首領か、幹部か、下っ端か」

 「ンな事されて、本気で寝返ると思ってんのか!?」

組織は家で、構成員は家族。
それに手を出した者は、誰であろうと許してはならない。
0353創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/16(火) 18:15:24.43ID:d7xH/lgV
グランディ・ワイルズ=潜入者の本名
グウィン・ウィンナント=>145でドロイトに近づいた時に名乗ったグランディの偽名
ブロー=グランディが>196でビートルに名付けられたインフルエンサーとしての名称

>349を見る限り、こんな感じだと思う
0355創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/16(火) 20:02:49.06ID:Cn90qzmb
グランディは怒りと混乱で一瞬頭が真っ白になった。
しかし、忽ち我に返って、己の無力を自覚する。

 「何故、俺なんだ?
  何故、そこまでする?」

彼にはダストマンの思考が読めなかった。
散々断っているのに、どうして殺さないのか?
その疑問に対して、ダストマンは不思議そうに尋ね返す。

 「理由が必要か?
  合理的な理由があれば、私に従うのか?
  違うだろう?
  だったら、無理にでも言う事を聞かせる他に無い」

 「生憎だが、俺達『仁侠<マフィア>』は屈すると言う事を知らない。
  良いぜ、殺すなら殺せ。
  それでも俺は従わない。
  決められるのは『首領<ボス>』だけだ。
  それが俺達の『掟<オルメタ>』」

マフィアは組織毎に異なる鉄の掟を持つが、殆どの組織で以下の点は共通している。
強きを挫き弱きを助く、名誉を重んじる、地域に根差す、司法で裁けない住民の「問題」を片付ける。
これこそが『非行集団<ギャング>』や『無法者<コーザ・ノストラ>』とは違うと言い張れる証。
頑固なグランディの態度に、ダストマンは残念がった。

 「……仕方無い、不本意ではあるが」

彼はグランディから手を放し、溜め息を吐く。

 「そうまで言われたら、もう全滅して貰うしか無い」
0356創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/16(火) 20:13:03.27ID:Cn90qzmb
ダストマンはグランディの首を抑えていた手を放し、徐に彼の正面に回り込むと、
目の前で赤い小さなガラス玉を粗雑(ぞんざい)に、数個ずつ砕き始めた。
グランディは目を見張る。

 「お、おい、手前っ!」

 「フフフ」

彼は慌てて立ち上がり、止めようとしたが、ダストマンに片手の人差し指を向けられただけで、
身動きが取れなくなる。
グランディの目の前の男は見覚えの無い顔なのに、声だけは何故か死んだダストマンと同じ。
一体何が真実で、何が嘘なのか……。
蒼褪めるグランディをダストマンは嘲笑した。

 「君の様な人間にとっては、自分の死より、近しい者の死の方が辛かろう」

 「殺すなら俺を殺せ!」

 「駄目だ、君だけは殺さない。
  その代わり、君に近付く人間は皆殺しにする。
  私に従わなかった罰として、死よりも重い罪を負うが良い」

 「馬鹿なっ!
  何の意味があって、そんな事を!」

 「気晴らしかな。
  こう見えて私は気が長い方では無いし、確り根に持つ方なんだ。
  ああ、常に監視する訳では無いから、安心してくれ。
  手透きになれば、気紛れに、思い付いた時に、皆殺しにする」

問には答えて貰えず、絶望的な宣言をされて愕然とするグランディに、ダストマンは失笑する。

 「心変わりしても良いぞ。
  組織が全滅した今、君はマフィアでは無いのだからな。
  変心を受け容れるかは、私の気分次第だが……。
  さて、遊びは終わりだ。
  私は雲隠れする。
  実は魔導師会に追われているのだ」

そう言うと、彼は人込みに紛れ、瞬く間に姿を消した。
グランディはダストマンを追おうとしたが、既に後ろ姿も見えない。
徒、呆然と立ち尽くすより他に無かった。
0357創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/17(水) 14:23:26.81ID:ZU7x6aHX
中学生でもできるネットで稼げる情報とか
暇な人は見てみるといいかもしれません
いいことありますよーに『金持ちになる方法 羽山のサユレイザ』とはなんですかね

RLR
0358創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/17(水) 18:36:39.13ID:ZZqAEGbG
ティナー市ラガラト区にて


一方、魔導師会法務執行部は執行者を集めて、ラガラト区の雑居ビルにある忠臣の集いの拠点に、
突入しようとしていた。
拠点の情報は回収した、ダストマンの死体から読み取った。
刑事部は既に潜入した魔導師からの情報と併せて、違法薬物の使用容疑と製造容疑で、
組織的犯罪として逮捕令状と捜索令状を取っている。
この突入は極秘裏に計画された物で、誰にも知られてはいない。

 「南南東の時0針1点、突入!」

指揮官の号令で40人近い執行者が一斉に、忠臣の集いの拠点と目される事務所に踏み入った。
不法組織に踏み込む人員として、40人は小規模である。
当然、突入する者以外に外で待機している者もあるが、それを加えても100人に満たない。
武力衝突が予想される場合は、他課から応援を呼び、数百人規模になる事もあるのだが、
忠臣の集いは、そこまで大きな組織では無いと見られているのである。
突入する執行者に混じって、外道魔法使いであるレノック・ダッバーディーの姿があった。
彼は今回『特別顧問<コンサルタント>』として、2人の八導師親衛隊と共に魔導師会から派遣された。
他にも、突入を実行する刑事部組対課には、外対課からの人員も派遣されている。
何時もとは異なる面子に、組対の執行者は多少戸惑いを感じていた。
0359創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/17(水) 18:37:55.03ID:ZZqAEGbG
予告の無い突入で、事務所の人間は大いに慌てた。
建物内には忠臣の集い以外の者も入居していたが、お構い無しに執行者は突入する。
組対の執行者は捜索令状と逮捕令状を掲げて、次々と部屋に踏み込む。
反抗する者は無く、事務所の資料は片っ端から押収され、扉であろうが、引き出しであろうが、
閉まっている所は全て開け放たれた。
レノックは執行者が物色中の室内を静かに見て回り、共通魔法以外の魔法の気配が無いか探る。

 「どうですか、レノック殿」

『視線隠し<ブリンカー>』をした男性の親衛隊員が尋ねると、レノックは小声で唸る。

 「ウーム、どうかなぁ……。
  それらしい気配は無いね。
  もう副会長は逃げたんじゃないかな」

 「どうやって?
  強制捜査を事前に察知する事は現実的に有り得ませんが」

 「協和会の時も、そうだったよ。
  遠隔地に移動する魔法があるんじゃないかな?
  ルヴィエラの能力なら、空間を創造するのも容易だ」

それに対して、同じく視線隠しをした女性の親衛隊員が応える。

 「そうなると、手掛かりは心測法で判明した副会長の似姿だけですか……」
0360創る名無しに見る名無し
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2018/10/17(水) 18:39:41.33ID:ZZqAEGbG
落胆した様に零す彼女に、レノックは言った。

 「その似姿だけど、実は見覚えがある人――仲間が居てね。
  影人間のシャゾール君、彼が『会った事がある』って言うんだよ」

 「会った事がある?」

 「協和会でエルダー・ブルーと呼ばれていた、あの男だ。
  協和会事件より前にシャゾール君が会った時は、3匹の犬を連れた二重人格の青年だったらしい。
  残念ながら僕の方は、そんな魔法使いには心当たりが無いんだけど」

話の途中でレノックは足を止めて、ある一室を見詰める。

 「あっちが副会長の部屋みたいだな」

男性親衛隊員が感嘆の声を上げた。

 「はぁ、判るんですか」

 「魔力に僅かな違和感がある。
  それと間取りから推測した」

副会長室に入ったレノックは、資料を運び出す執行者を横目に、不審な所が無いか探す。
部屋を一覧した彼は、壁掛けの姿見に目を付けた。

 「……ここに微かな魔力の反応がある。
  これが空間を移動する魔法の媒介だったみたいだ」

 「運び出させましょうか?」

男性親衛隊員の提案に、レノックは静かに首を横に振る。

 「調べても余り意味は無いだろう。
  これ自体は単なる鏡に過ぎない」
0361創る名無しに見る名無し
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2018/10/17(水) 18:43:48.24ID:ZZqAEGbG
レノックは徐に副会長室の『机<デスク>』に向かうと、椅子に座って改めて室内を見回した。
机の引き出しの中は、執行者が全て持ち出したので空だ。

 「副会長は引き篭もってばかりで、表に出る事は無かった。
  だから、執行者も彼の正体を掴めなかった。
  例の死体が運び込まれるまでは」

全てはダストマンの死体から判明した事。
だが、彼の死体は薬の製造方法や、製造場所までは教えてくれなかった。
自分で薬を作ったと自供したのに、実際には薬を持ち歩いていただけ。
副会長の人相を知ってはいる物の、直接の接触もしていない。
薬の受け渡しは、別人と行っていた。
この仕組(からくり)の正体が判明するのは、後の事である。

 「副会長は薬の製造者と、ここで接触していた筈なんだ」

そう独り呟くレノックに、男性親衛隊員が意見する。

 「鏡を通して外に出られるなら、どこか他の場所で接触していた可能性もあるのでは?」

 「そんなに初中、消えたり現れたりしていたら、忠臣の集いの会員に怪しまれる。
  『外道魔法使いの襲撃に備える』筈の組織が、訳の分からない魔法を使う怪しい連中を、
  懐に入れているって知られたら、信用ガタ落ちじゃないか」

 「世の中には想像以上に馬鹿が多いんですよ」

一般人を見下した様な発言に、レノックは苦笑して皮肉を言った。

 「魔導師にも裏切り者が現れた事だしなぁ」

男性親衛隊員は不機嫌になって黙り込んだ。
0362創る名無しに見る名無し
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2018/10/18(木) 19:05:26.04ID:OBQ3v2eI
ティナー市中央区 ティナー地方魔導師会本部にて


突入によって、忠臣の集いは組織包みで「魔法資質を高める薬」なる怪しい錠剤を使っていたと、
明らかになった物の、その詳細は掴めなかった。
忠臣の集いは魔導師会によって解散させられ、会長であるドロイトは逮捕されたが、主犯とは言えず、
実刑は確実でも余り重罪には問えないと見込まれる。
副会長の配下だった「忠義の騎士」も、それは同じ事。
市民の間には動揺が広がり、事は副会長を逮捕するか、薬の製造者を逮捕するかしなければ、
収まらなくなっていた。
魔導師会も組織としての体面が懸かっていた。
そんな中、ダストマンの死体を保管していた象牙の塔から、奇妙な報告が上がる。

――彼は脳は改造されており、5年以上過去の記憶を有していない。

象牙の塔の研究者達は、「ダストマン」とされる人間の脳が魔法的改造を受けていると判断した。
報告書には飽くまで推測ではあるが、記憶と人格の改変が為されたのであろうと付記してある。
更に、以前から忠臣の集いを調べていた執行者ウィル・エドカーリッジからも、追加の報告が上がる。

――「ダストマン」は人格と記憶を複数人で共有している。

これに捜査を続けていた刑事部は大きな衝撃を受けた。
魔法技術的には不可能では無いが、実行するのは非常に困難である。
禁呪の研究者並みの魔法知識と、専門的な設備を必要とする。
魔導師会は再び裏切り者の心配をしなければならなくなった。
しかし、禁呪の研究者達は全員厳しく監視されている。
それは他の部門の比較では無い。
逆天の魔法は漏洩したが、それ以外の魔法が盗み出された気配も無い。
一通りの調査の結果、独力で禁呪に辿り着く事もあろうと言う結論に落ち着いた。
身内に甘かったのではとも言われたが、「ダストマン」を逮捕する事でしか、その疑念は晴らせない。
0363創る名無しに見る名無し
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2018/10/18(木) 19:07:03.37ID:OBQ3v2eI
2つの報告に続いて、忠臣の集いに潜入していたと言う地下組織の構成員グランディ・ワイルズが、
魔導師会に保護を求めて来た。
曰く、ダストマンに目を付けられ、組織を壊滅させられたと。
彼の供述は概ね事実であったが、唯一つ「カードマン」なる人物の行方は不明だった。
グランディと共に忠臣の集いに潜入していた、魔導師会の人物らしいのだが、当の法務執行部は、
潜入捜査を命じた事実は無いと否定した。
ダストマンが複数存在すると報告した執行者ウィル・エドカーリッジが、カードマンでは無いかと
疑われたが、そのウィルも消息が掴めない状況。
ダストマンによって殺されたのでは無いか、殺されるまでは行かずとも、身動きが取れないのではと、
心配された。
この後、立て続けに奇妙な事件が起こる。
日毎にダストマンの新しい死体が発見される様になったのだ。
勿論、それがダストマンと判明するのは、十分な検死をした後なので、発見時には判らない。
忠臣の集いが解散させられてから2週(10日)の間に、7人のダストマンの死体が確認された。
最初のダストマンの死体と併せて、計8人。
そして更に、捜査が進展する前に、ダストマンの1人が魔導師会に保護を求めて来た。
余りに展開が急過ぎて、誰も状況に付いて行けない。
落ち着いて事件を整理する暇も無かった。
0364創る名無しに見る名無し
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2018/10/18(木) 19:07:45.05ID:OBQ3v2eI
ダストマンは自分がカードマンに狙われていると供述した。
この儘では、自分も殺されてしまうから、保護して欲しいと。
彼は狡猾で、他のダストマンを売るとまで言った。
自分だけは何の悪事も働いていない。
犯罪行為に手を貸していないし、禁呪も使っていない。
その為の「綺麗なダストマン」だと。
果たして彼を裁けるのか、裁いて良い物かと、魔導師会法務執行部は議論する事になった。
綺麗なダストマン曰く、全てのダストマンは記憶と人格を共有しているが、全ての記憶は持たない。
全ての記憶を共有していると、1人が逮捕されたら、芋蔓式に全員が捕らえられる。
綺麗なダストマンの存在は、最後の保険だった。
他の全てのダストマンが死んでも、彼だけは残る様に計算されて、生み出された。
ダストマンは共謀して悪事を働いたが、綺麗なダストマンだけは計画にも実行にも関わらなかった。
彼は言わば、重要な情報を知りながら何もしない「傍観者」だった。

 「私は彼等の意思決定に関わる権利を持っていませんでした。
  類似した『人格』、即ち感情的・論理的な『思考パターン』を持たされ、記憶の一部を――、
  それが大部分か本当に本の一部かは扨措き、共有していたとしても、同一人物では無いのです。
  私の頭の中には、様々な『ダストマン』の記憶があります。
  しかし、それも全てではありません。
  どのダストマンも自分だけの秘密を抱えています。
  私に判るのは、表層的な部分に過ぎません」

彼の自己弁護は取り調べを担当した執行者を迷わせた。
彼は嘘を吐いていない。
彼の生活は独立しており、犯罪行為で生計を立ててもいない。
彼自身は禁呪を使ってもいない。
一体彼をどの様に扱えば良いのか?
0365創る名無しに見る名無し
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2018/10/19(金) 20:45:31.46ID:fiX3i6Ye
彼を有罪にするか無罪にするかは別として、取り敢えず魔導師会裁判に掛けるべきだと、
熟練の執行者は主張した。
魔導師会裁判こそが、魔法に関する違法行為の有罪無罪を取り決める唯一の機関なのだ。
刑事部は全体の方針として「共謀」の容疑で、「綺麗なダストマン」事「サロス・ユニスタ」を、
起訴する事にした。
しかし、調べれば調べる程、サロスに罪は無いかの様に思われた。
彼は完全に一般人として、犯罪とは無縁の生活を送っていた。
素行は良く、捜査にも協力的で、逃亡の心配が無いと言う事で、厳しい拘束はされなかった。
サロスは自由に外出も出来たのだが、常に執行者の護衛を要求した。
自分も「ダストマン」の1人なので、何時殺されるか判らないと。
では、誰に殺されると言うのか?
その問に対するサロスの返答は、以下の通りだった。
0366創る名無しに見る名無し
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2018/10/19(金) 20:46:16.89ID:fiX3i6Ye
 「判りません。
  だから、怖いのです。
  少なくとも私達の正体を知っている者だと言う事は確かです。
  心当たりが全く無い訳では無いのですが……」

 「誰だ?」

 「私達を追っていた執行者です。
  名前までは知りませんが、私達の1人が彼を始末した……筈でした。
  もしかしたら生き延びた彼が復讐心を持って――」

そこまで言うと、サロスは首を横に振って、自分の考えを否定した。

 「しかし、彼は普通の執行者でした。
  だから、追い込まれて、殺されのです。
  私達を追い詰める程の能力があるとは思えません。
  それが可能と言う意味では、シェバハの方が有り得るかも知れません」
0367創る名無しに見る名無し
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2018/10/19(金) 21:11:36.12ID:fiX3i6Ye
サロスはダストマンは全部で12人だと言っていたが、死体は15人分まで確認された。
自分の与り知らない所で、「ダストマン」が増えているのだと、彼は答えた。
彼から情報が漏れない様に、記憶と人格を意図的に共有しない個体を増やしたのだろうと。
それでも「ダストマン」を狙う者からは逃れられなかった……。
執行者の検視官が15人目の死体に心測法を試した結果、忠臣の集いを探っていた執行者アレフ・
フィンブルクが、このダストマン事「ルフト」により殺されていた事が判明した。
執行者達は激昂してサロスを詰問したが、それは無意味な事だった。
サロスはアレフの死に関して、何の責任も無い。
ある時からアレフは定期的な報告を行わなくなり、行方を晦ました。
それでも表立って彼の死を言う者が無かったのは、グランディの言う「潜入者カードマン」が、
ウィルではなくアレフなのではと多くの者が推測していた為だ。
元々アレフは余り真面目な男では無く、捜査の為なら多少の事は厭わない所があった。
詰まり、ウィルとカードマンは別人であると思っていたのだ。
両者が生きていると言う望みは、その推測が事実でなければ成り立たない。
以前にサロスが「ダストマンの一人が執行者を殺した」と言った時点で、それは儚過ぎる望みだった。
ここに来てカードマンの正体がウィル・エドカーリッジだと言う可能性が高まった。
だが、確証を得るまでは何も言えない。
そもそもウィルは本部の指示を無視して、独断で潜入捜査を行う人物では無かった。
0368創る名無しに見る名無し
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2018/10/19(金) 21:18:14.96ID:fiX3i6Ye
その一方で、サロスの裁判は粛々と進められた。
事はサロスの内心、即ち彼の意識に懸かっており、有罪となるか無罪となるかは、
判決が下されるまで誰にも分らなかった。
運命の裁判にはサロスと、2人の監視兼護衛役、2人の記録係、3人の裁判官以外は居ない。
検事も弁護士も不在で、真実の審理が進められる。
完全な非公開の裁判なので、傍聴者も居なかった。
型通りの宣言が行われた後、裁判官の1人がサロスに問う。

 「最初に基本的な質問を幾つかします。
  正直に答えて下さい。
  貴方は自分が何故この場に居るのか、詰まり、何故魔導師会裁判に掛けられているのか、
  その理由を理解していますか?」

サロスは困り顔で答える。

 「いいえ、実は余り……」

彼自身は何の罪も犯していないので、それは当然なのだが、そこに嘘がある事を裁判官は見抜いた。

 「『正直に』と言った筈です。
  裁判で人を試す様な真似をしないで下さい。
  場合によっては、貴方に重い判決を下さざるを得なくなります」

サロスは自らに掛けられた嫌疑を十分に理解している。
彼は魔導師会裁判が、本当に僅かな嘘も許さない、真実の庭なのか試したのだ。
裁判官は改めて言う。

 「貴方に掛けられた嫌疑が、どの様な物であるか、自分で説明しなさい」

その口調は少し詰(きつ)くなっていた。

 「答えなければ、どうなりますか?」

それでもサロスは素直には答えず、どの様な罪に問われるのかと疑う。
0369創る名無しに見る名無し
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2018/10/20(土) 19:03:15.64ID:HyAebTij
幾ら裁判で態度が悪かったと言って、無罪を有罪には出来ない。
裁判官は丁寧に説明する。

 「余りに酷ければ、審理の進行を妨害したと見做します。
  これは魔法に関する法律に於ける、第十条『魔導師会裁判』の項に明記されています。
  審理を円滑に進める為の法律であり、これに違反した者には簡易な制裁が科されます。
  一般の裁判所でに於ける、『法廷侮辱罪』に相当します。
  これは裁判官が直接認定する物ですから、その事実を争う事は出来ません」

 「……分かりました」

そう言うと、サロスは大人しく口を閉ざした。
裁判官は再び改めて言う。

 「貴方に掛けられた嫌疑が、どの様な物であるか、自分で説明して下さい」

 「はい、私は他人との共謀を、執行者に疑われています」

漸く素直に答えたサロスに、裁判官は頷き、更に尋ねた。

 「貴方は共謀の事実があると認めますか?」

 「いいえ、その事実はありません」

サロスは自信を持って断じる。
彼が何の事件も計画していない事は、確かな事実なのだ。
しかし、裁判官の表情は厳しい。

 「貴方の存在は他者が企図した物ではありませんか?」

 「そう……です。
  その通りではありますが、共謀ではありません。
  私は何の企みも持っていません」
0370創る名無しに見る名無し
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2018/10/20(土) 19:04:03.45ID:HyAebTij
サロスは少しだけ焦った。
自分の存在が他者の計画上にある事は否定出来ない。
今度は、それまで質問していた者とは別の裁判官が問う。

 「執行者の資料には、貴方は他者と同一の人格を持たされ、一部の記憶を共有していたとあります。
  それは事実ですか?」

 「はい」

 「貴方は記憶を共有していた他者が、悪事を働いていたと言う認識がありましたか?」

 「はい」

 「それを通報しなかったのは何故ですか?」

 「……私の置かれた状況を信じて貰う事が、困難だと思っていました。
  私は自分の記憶以外に、犯罪の証拠となる物を持っていませんでした。
  それに私には日常がありました。
  今こうして私が疑われている様に、もし通報していたとしても、普段通りの生活は、
  送れなくなっていたでしょう。
  面倒な事は避けたかったのです。
  恐ろしい事件に、自分から近付こうと言う気は起きませんでした」

それは誰もが考える事であり、特別に非難される謂れは無いと、サロスは開き直った。
裁判官は更に問う。

 「その事に関して、後悔はありませんか?」

 「分かりません。
  ……とにかく、もう済んだ事です」
0371創る名無しに見る名無し
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2018/10/20(土) 19:08:33.70ID:HyAebTij
最後に3人目の裁判官――裁判長が、サロスに尋ねた。

 「貴方は魔法に関する法律にて、『禁呪』と認定されている魔法の知識を持っていますか?」

 「魔法に関する法律の全てを知っている訳ではありませんが……。
  私の知る魔法の中に、魔法に関する法律に触れるであろう物がある事は、予想が付きます」

 「今後、禁呪を使わないと誓えますか?」

 「はい、その様な予定はありません」

 「予定の有無ではありません、貴方の決意を問うています」

 「はい、禁呪は使いません」

その返答を聞いた裁判官は、暫し無言でサロスを見詰めていたが、やがて重々しく口を開く。

 「……分かりました」

それから3人の裁判官は互いに顔を見合わせ、視線で意思の遣り取りをした。
裁判所で魔法を使う事が出来るのは、基本的には裁判官のみである。
傍聴席や証言台では、魔法が使えない様に結界が張ってある。
よって裁判官達のテレパシーを読み取る事は不可能だ。
結論は、10極もしない内に出た。
裁判長が力強い目でサロスを注視し、判決を述べる。

 「判決を述べます。
  当裁判所は被告人を無罪と結論付けます」

これを聞いたサロスは大いに安堵する。
裁判長は判決理由を語った。

 「裁判官の質問に対する被告人の回答は、些か誠意を欠き、所々に真実を隠そうと言う、
  疚しい意図が窺える物の、被告人が他者と共謀して犯罪行為を働いた根拠となり得る、
  重要且つ決定的な部分に於いては、関係した事実を認められません。
  よって、有罪であると結論する事は出来ず、推定無罪の原則により、被告人を無罪とします」
0372創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/21(日) 17:44:46.68ID:N9n/I+Am
通例、魔導師会裁判では「推定無罪」の判決は殆ど出ない。
原則的には「推定無罪」であるにも拘らず。
それは嘘を封じる魔法と、過去を暴く魔法がある為だ。
有罪なら有罪、無罪なら無罪、犯行に関与した程度や、故意か過失かも明確になる。
そう出来なかったと言う事は、相手に幾分か疑わしい所が残っている事を意味する。

 「捜査にも協力的であり、今後犯罪行為を働くとも考え難い事から、不当に拘束を続けて、
  被告人の自由を害する事も許されません。
  被告人の保護を名目に、拘束期間を徒に延長させてはならないと、法務執行部には勧告します」

サロスは判決理由を聞きながら、内心満足して何度も頷いた。
所が――、

 「同時に、被告人に適切な治療を施し、社会復帰させる義務がある事も勧告します。
  以上」

最後の一文に、彼は不安を覚えた。
丸で、自分が病気を抱えているかの様な言い方。

 「あのっ、裁判長!」

 「はい、何でしょう?」

審理は終了し、その結論も覆りはしないが、サロスは尋ねずには居られない。

 「私は何等かの治療を受けなければならないのですか?」

 「ええ、そうです。
  貴方は健全な状態とは言えません。
  先ず、他者と記憶を共有している状態を無効にします。
  そして、人格を元に戻します」

 「私が治療を望まないと言っても、拒む事は出来ませんか?」

 「はい、出来ません」
0373創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/21(日) 17:46:59.86ID:N9n/I+Am
サロスは納得出来ず、首を横に振った。

 「安全に人格を元に戻す事が出来るのですか?
  失敗の虞も無く、完全に元の人格に戻せると?
  それが約束出来ないのであれば――」

 「その点に関しては、治療を担当する医療魔導師から説明を受けて下さい。
  治療後に不満があれば、貴方には通常の裁判にて魔導師会を訴える権利があります」

 「そうでは無いっ!
  私を殺す気か!
  人格を変えられた事に関しては、私は被害者なんだぞ!!」

 「ええ、だから元に戻そうと言うのです」

裁判長の反応は徹底して冷淡だ。
逆上するサロスにも全く動じない。
サロスは身の上話を始め、同情を惹こうとする。

 「元の私は屑だった!
  真面な職も無く、浮ら付いているだけの男だった!
  私をその屑に戻そうと言うのか!
  父も母も私が更生したと喜んでくれたのに!」

 「元の貴方は貴方では無く、貴方が父や母と呼ぶ人物も真実貴方の父や母ではありません。
  そうでしょう?」

 「今の私には家庭もある!
  妻も子も居るのに、私達全員を不幸にすると言うのかっ!」

 「私達も、無論貴方も、未来を予言する事は出来ません。
  貴方の家族が本当に不幸になるか否かは、今の時点では判りません。
  貴方も家族の将来の幸せを完全に担保する事は出来ない筈です。
  貴方が治療を受けても、貴方の家族が必ず不幸になるとは言い切れません。
  同時に、貴方が治療を拒んでも、貴方の家族が幸せであり続けるとは限りません」

一度下された判決が覆る事は無い。
サロスは無罪となったが、治療を受けなければならない。
禁呪によって植え付けられた「ダストマン」としての人格は消失する。
それが自然だと裁判官達は結論付けたのだ。
0374創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/21(日) 17:50:39.86ID:N9n/I+Am
「ダストマン」サロスは立ち去る裁判官達の背に向かって、見苦しく抗弁を続けた。

 「私を殺して、屑を生かすのか!
  有益な人間が1人減る代償に、有害な人間が1人蘇るだけだぞ!
  真面目に働いて生きていた私が、どうして罰を受けなければ行けない!」

護衛兼監視役の執行者が、両脇からサロスを取り押さえる。

 「裁判は終わった、大人しくしろ!」

 「無罪判決が出ただろう!」
0375創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/21(日) 17:51:58.35ID:N9n/I+Am
サロスは執行者を睨む。

 「無罪だと!?
  どこが無罪だ!
  死刑も同然では無いか!」

執行者は取り合わずに、以後無言で彼を強制的に退出させた。
2人はサロスが本気で怒っていない事を読み取っていた。
サロスはダストマンと同じ人格を持っているだけに計算高い男で、見っ度も無く喚いたのも、
怒り悲しんでいるのでは無く、そうした感情を一切伴わない、単に同情して貰う為だけの、
計算尽くの行動だった。

 「放せ、嫌だ、俺は死にたくない!」

死にたくないのは真実で、そこには一欠片の嘘も無い。
だが、どんなに恐ろしくても彼が理性を失う事は無い。
0376創る名無しに見る名無し
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2018/10/22(月) 18:47:57.36ID:dSJwAEhK
自分の命が懸かっているのだから、敢えて醜態を晒す事に躊躇いは無い。
決して恐怖で理性を失っているのでは無い。
訴えは裁判官には通じずとも、執行者や医療魔導師には通じる可能性がある。
そんな淡い期待をサロスは抱いていた。
余りに喧しいので、執行者も忍耐の限界を迎える。

 「大人しくしないなら黙らせるぞ」

執行者の警告に、魔法で口を封じられては堪らないと、彼は口を閉ざす代わりに啜り泣く。

 「嘘泣きも止めろ」

執行者は魔法を使わずとも、サロスが態と醜態を晒しているのだと見抜いていた。
それは「黙らせるぞ」と言われて、直ぐに黙ってしまった事が原因だ。
彼の非人間振りを予め執行者は教えられていた。
疑いの目を以って見れば、サロスの行動は全てが怪しい。
執行者はサロスを馬車に押し込むと、自分達も乗り込む。
馬車は裁判所の敷地から出て、街中を駆ける。

 「……これから、どこに行くんですか?
  病院?」

サロスは泣き止んだ風を装って、執行者に尋ねた。
執行者は淡々と答える。

 「魔法刑務所だ」

 「私は無罪だ!
  こんな事は許されない!」

俄かに激昂するサロスだが、これも芝居である。
一度無罪判決が下された以上、禁固刑が目的で刑務所に連行するのでは無い事は、理解している。
0377創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/22(月) 18:48:58.87ID:dSJwAEhK
執行者は変わらず淡々と答えた。

 「他に治療に適切な場所が無いと言う話だった。
  詳しくは知らないが」

 「そんな事を言って、理由を付けて私を拘束する積もりだろう!」

 「私達は命令に従うだけだ。
  治療方法が特殊なので、病院では対応出来ないらしい」

サロスは歯噛みして、どうにか「治療」を受けずに済ませられないかと、知恵を絞った。
取り敢えず、治療を担当する医師に訴えてみるが、それが通じるとは限らない。
寧ろ、通じない可能性が高いと感じていた。
馬車が到着したのは、ティナー中央魔法刑務所。
ここは魔法に関する法律を犯した犯罪者が収監される魔法刑務所としては最大で、
収容可能人数は5000人。
幸いな事に、これが全て埋まった事は無い。
サロスが案内されたのは、その地下。
太陽は見えないが、高級ホテル並みの広くて快適な収容室に、彼は入れられた。
直後、何者かが室内の通信機越しに、サロスに話し掛ける。

 「今日は、サロスさん」

男性の声。
サロスが黙っていると、男は続けて話し掛けた。

 「サロスさん、返事をして下さい」

しかし、サロスは一切の話に応じない決意だった。
0378創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/22(月) 18:50:53.64ID:dSJwAEhK
治療には必ず「同意」が必要である。
口は利かない、サインもしないのであれば、医者は何も出来ない。
それをサロスは知っていた。

 「サロスさん、そこに貴方が居る事は判っています。
  この通信も聞こえていますね?
  聞いている物として、話を続けます。
  初めまして、私は医療魔導師のマインゾール・スンダロと言います。
  脳神経内科を専門としています」

男の正体は医療魔導師だった。
それでもサロスは口を利かない。

 「どうしても、お話には応じて頂けませんか……。
  仕方ありません。
  この音声は記録されているので、何時でも再生して確認出来ます。
  説明を続けます」

医療魔導師は残念そうに言う物の、話は止めない。

 「えー、場所こそ刑務所ではありますが、ここで特に業務を命じられる事はありません。
  貴方は入院中だと思って下さい。
  自由に外出する事は出来ませんが、それ以外であれば、ある程度の要望は聞き入れられます。
  但し、『治療』を行う予定だけは変えられません。
  この治療は貴方の同意が無くても実行されます。
  治療の目的は貴方の人格と記憶を元に戻す事です。
  貴方は本来の物とは別の人格を植え付けられています。
  何も恐れる事はありません、元の貴方に戻るだけです」
0379創る名無しに見る名無し
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2018/10/23(火) 18:32:47.36ID:hcK8ohtt
説明は未だ続く。

 「御家族には、お話を済ませてあります。
  治療に同意もして頂けました。
  治療費の心配は必要ありません、魔導師会が全ての責任を持って無料で行います」

これにはサロスも参ってしまった。
自分の精神状態が正常で無いと、魔導師会は判断している。
その場合は、家族の同意さえあれば、治療を実行出来る。
後は代論士(※)を呼んで法的に争うか、実力で強行突破して逃亡するしか無い。
前者は金が掛かるので、今のサロスには厳しい。
彼の両親と相談すれば、何とかなるかも知れないが、治療に同意したと言う事は……、
以前からサロスの変化に気付いており、それを怪しんでいた可能性が高い。
家族を引き込んで、同情を誘う作戦は通用しない。
そうなると、残された手段は逃亡しか無いが……。
逃亡したサロスに、執行者が処刑人を送り込む可能性は低いと考えられる。
何故なら、彼は無実なのだから。
有罪の確定的な証拠が出ていない以上、治療を嫌がって逃走したとしても、処刑は出来ない。
その代わり……。

 (奴に殺されるかも知れない……)

「奴」とはダストマン達を殺して来た、謎の存在である。
魔導師会も、その正体を掴んではいない……。
だが、ここで大人しく治療を受けたら、今の人格が消える事は確実。
それなら逃亡した方が増しだと、サロスは決心した。
彼は本来の人格よりも、自分の体の無事よりも、自己の「存在」を絶対視していた。
彼も「ダストマン」の一人であり、禁呪を利用する者なのだ。


※:弁護士の様な物。
0380創る名無しに見る名無し
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2018/10/23(火) 18:35:52.10ID:hcK8ohtt
執行者達は魔導師会裁判がサロスに無罪判決を出した事は知っていた物の、即ち、
それが無実の証明だとは信じなかった。
判決文は飽くまで有罪とは言い切れないと述べており、無実であるとは断言していない。
魔導師会裁判にて、推定無罪と完全な無罪は大きな違いだ。
よって、何が何でもサロスに「治療」を受けさせなければならないと覚悟していた。
名目は「サロスを正常に戻す」と言う物だが、禁呪の知識を持っているであろうと疑われる彼を、
野放しには出来ない。
絶対に治療を受けさせるべきで、どんなに治療を嫌がろうと、逃がしてはならない。
それが執行者達の共通の認識だった。
当のサロスも執行者達の思惑は知っており、脱走が容易では無い事を覚悟していた。
そこで彼は改心した風に見せ掛ける為、心理カウンセラーを要求した。

 「私も元の自分に戻らなくては行けないと薄々判ってはいます。
  それが『本来あるべき』『正しい』姿なのでしょう。
  しかし、今の自分が消えるかと思うと……」

そんな調子で悩み事を相談する振りをして、「元に戻ろうと言う意思がある事」を窺わせ、
どこかで監視している筈の執行者達の油断を誘う。
サロスはカウンセラーのみを頼り、他の人物との会話は拒んだ。
要求は全てカウンセラーを介して伝え、それ以外の方法は取らなかった。
こうする事で、カウンセラーだけを信頼していると錯覚させるのだ。
そして治療の前日、サロスはカウンセラーを呼び付けて、こう持ち掛けた。

 「どうにか治療を延期して貰えませんか?
  数日で構いません。
  今の儘では、心の準備が出来ないのです」

カウンセラーも魔導師会の関係者なので、そう易々と情に流されはしない。

 「残念ですが、それは出来ません。
  徒に長引かせると、逆に決心が付かなくなりますよ」
0381創る名無しに見る名無し
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2018/10/23(火) 18:37:28.15ID:hcK8ohtt
柔んわりと諭されたサロスは、悄然として俯く。

 「そうですね……。
  その通りかも知れません」

浅りと諦めた事から、カウンセラーは本当に治療を受ける気があるのかも知れないと思ったが、
どちらにしろ治療の予定を遅らせる権限は無かったので、適当に話を聞いてから戻る事にした。

 「他に何か悩みや相談したい事、誰かに聞いて欲しい事はありますか?」

サロスは俯いた儘で、小さく首を横に振る。
カウンセラーは彼を哀れに思いながらも、今の時点で出来る事は無いので、席を立った。

 「それでは、何かあったら呼んで下さい」

返事は疎か一瞥も呉れないサロスに、少し後ろ目痛さを感じつつ、カウンセラーは退室する。
その僅かな隙を、サロスは突いた。
カウンセラーがドアのロックを解除して、室外に出ようとする瞬間、その背後に気配を消して迫り、
同時に退室する。

 「あっ、このっ!」

勿論、直ぐに気付かれたが、構わず走り出した。
執行者が監視しているだろう事も想定済み。
地下を封鎖される前に、脱出しなければならない。
地上への『道程<ルート>』は来た時に記憶している。
0382創る名無しに見る名無し
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2018/10/25(木) 19:10:13.00ID:7VoHH6fy
数極もしない内に、警報が鳴り響いて、サロスが脱走した事を報せる。
サロスは風より速く駆け、どうにか地上への階段まで辿り着いたが、そこには当然の様に、
見張りの執行者が居た。
しかも2人。
彼等は即座に拘束魔法を掛けようとする。

 「サロス!
  『動くな』っ、止まれ!」

それに対して、サロスは敢えて魔法で抵抗しなかった。

 「この『体』は呉れてやる!」

肉体は魔法で動かなくなるが、精神は精霊体となって、物体を透過する。
彼の精神は肉体を離れて、地上に抜け出した。

 「何っ」

執行者は不意を突かれて、咄嗟にサロスの精霊を捕らえる事が出来ない。
物質の制限を受けない精霊体は、移動も自在だ。
壁や土を通り抜けて、空高く飛び上がる。
大地さえも彼を縛る事は出来ない。

 (フハハハハッ、やったぞ!!
  執行者も意外と抜けているな!
  後は肉体を……)

巧々(まんま)と魔法刑務所から脱出したサロスは、精霊が弱らない内に秘密の隠れ家に向かう。
彼は執行者に隠れ家の場所を教えたが、それが「全て」では無い。
「嘘は吐かない」事で、愚者の魔法による取り調べを潜り抜けたのだ。
彼にとって己の精神を分離させ、自分の知識や本心を偽るのは容易な事。
0383創る名無しに見る名無し
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2018/10/25(木) 19:12:06.83ID:7VoHH6fy
唯一隠し遂せた最後の隠れ家は、住宅密集地にある空き家。
霊体で上空から進入したサロスは、直ぐに予備の肉体が保管してある地下に移った。
ここの冷蔵庫には魔法で特殊な処理を施した、新鮮な肉体が1体だけ安置されている。
既に元の人格は消去済みで、憑依には最適な状態。
後は魔法を解除して、乗り移るだけだったのだが……。

 「なっ、何者だ、貴様!?」

サロスが壁を抜けて冷蔵庫のある地下実験室に入ると、彼を待ち構えていた人物が居た。

 「私を忘れたのか?」

初め、真っ黒な影に見えていた人影は、徐々に輪郭を明らかにして行く。

 「貴様はカードマン……?
  違う、その気配は何だ?」
0384創る名無しに見る名無し
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2018/10/25(木) 19:12:28.92ID:7VoHH6fy
それは姿形こそカードマンなのだが、彼とは纏う魔力の質が違った。
もっと邪悪で恐ろしい……。

 「薬を使ったのか?」

カードマンの魔力には、複数の存在が感じられた。
丁度、魔法資質を高める薬を一遍に沢山飲んで、精霊が不完全に入り混じった時の様に。
カードマンは輪郭を揺らしながら苦笑する。

 「いいや、薬は使っていない。
  そんな事をしなくても良いんだ、私達は」

 「私達?
  貴様は魔導師では無いのか……?」

彼は禁呪を使っていると、精霊体のサロスは直感した。
0385創る名無しに見る名無し
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2018/10/25(木) 19:14:18.65ID:7VoHH6fy
魂を融合させる魔法は、共通魔法には無い。
仮にあったとしても、禁呪になる。
そして、絶対に使用は許可されない。
どんなにダストマンを強敵と認識していても、魔導師会の魔導師であれば、そんな手を使う位なら、
他の禁呪を持ち出す筈。

 「貴様は何者だ……?
  カードマンなのか、それとも……」

サロスは得体の知れない恐怖を感じた。
カードマンは再び輪郭を失い、別人に変貌する。
それまで「ダストマン」が殺して来た者達の顔に、次々と……。

 「忘れ物を届けに来た」

彼等はサロスに向かって恨み言を吐く。

 「お前が私達を殺した」

 「私達の体を返せ」

 「私達の心を返せ」

 「お前には死の安らぎすら与えられない」

 「私達と共に、この地獄で生き続け――」

 「永遠の苦痛を味わうのだ!!」

サロスは漸くカードマンの正体が何なのかを察した。

 「じゅ、呪詛魔法……」
0386創る名無しに見る名無し
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2018/10/27(土) 18:28:14.60ID:QvgRIesW
肉体は直ぐ近くにあるのに、カードマン――否、呪詛魔法使いが邪魔で憑依する事が出来ない。
この儘では、精霊体が消滅してしまう。

 (早くしなければ、精霊が保たない!
  どうにか隙を見付けて、肉体に憑依しなければ)

事ここに至っても、サロスは後悔していなかった。
呪詛魔法使いは恐ろしいが、その恐怖も自らの命と比較になる物では無い。
彼は本当の意味で人間的な感情を排除しているのだ。
肉体を得られれば、その後の事は、どうとでもなると考えている。
その思考自体は正しい。
ここで死にたくなければ、先ず肉体を得なければ始まらない。

 (ここで、こいつを殺す。
  呪詛魔法使いだろうが、何だろうが、所詮は魔法使い。
  魔力で魔法を使う事には変わり無い。
  だったら、倒す事も出来る筈だ)

サロスは先手を取って魔法を仕掛けようとした。
所が、精神を集中させて魔力を集めようとすると、精霊体が呪詛魔法使いに引き寄せられる。
精霊体を構成している魔力が、少しずつ呪詛魔法使いに吸い取られて行く……。

 「なっ、何をしている……!?」

驚き戸惑うサロスに対して、呪詛魔法使いは邪悪な笑みを浮かべた。

 「お前も私達の一部となるのだ」

 「何だとっ」

 「私達から奪った物を返せ」

サロスから魔法資質が失われて行く。
それと反比例する様に、呪詛魔法使いの纏う魔力が強くなって行く。
0387創る名無しに見る名無し
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2018/10/27(土) 18:29:33.93ID:QvgRIesW
 「こ、こんな所で死んで堪るか!」

愈々追い詰められたサロスは、一先ず呪詛魔法使いは無視して、肉体を得ようと決めた。
彼にとっての死とは、肉体の損壊では無く、魂の消滅。
もう残るダストマンは彼一人なのだ。
ここで彼が倒されては、後を継ぐ者が居ない。
彼も知らないダストマンが生き残っている可能性はあるが、それも呪詛魔法使いに狙われては……。
冷蔵庫は中身を知られない様に、魔力を遮断する素材で覆われている。
精霊体は魔力の塊なので、魔力を遮断する素材を貫通する事は出来ない。
物理的な干渉を受けない精霊体は、逆に干渉する事も出来ない。
干渉する為には、必ず「魔法」を介す必要がある。
だが、今のサロスは呪詛魔法使いに魔力を吸い取られている。
魔法を使おうと魔力を集めても、そちらに先に吸収される。
しかし、サロスには秘策があった。
自らの精霊体から魔力を捻出し、その魔力で魔法を使えば、外部からの影響は受け難い。
魔法によって一度発動した物理的な現象は、魔力とは無関係なので、吸収される事も無い。
サロスは命を削る覚悟で、魔法を使う。

 「私の邪魔をするなっ!」

彼は突風の魔法で呪詛魔法使いを弾き飛ばすと、同時にマジックキネシスで冷蔵庫を開けた。
冷気が漏れ出し、冷やりとした空気が室内を覆う。

 (後少し、後少しだ!)

サロスが肉体に取り憑こうとした瞬間、魂を持たない筈の肉体が自ら起き上がった。

 (う、動いた!?)

肉体は両目を見開き、動揺するサロスを確(しっか)と睨む。
0388創る名無しに見る名無し
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2018/10/27(土) 18:30:34.88ID:QvgRIesW
その瞳は憎悪の色に染まっていた。

 「何故逃げる?
  来い、お前も私達の一部となるのだ」

その口から発せられる言葉は、呪詛魔法使いと同じ。
当の呪詛魔法使いは、相変わらず不気味な笑みを浮かべて、サロスを静かに見詰めている。

 「貴様、私の肉体に何をした?」

 「お前の物ではあるまい……」

呪詛魔法使いはサロスの問に、呆れた様な声で冷静な突っ込みを入れる。
彼の顔は又も変貌して、今度は完全に見知らぬ男の顔になる。

 「何を恐れる?
  お前の求める全てが、ここに有るのだぞ」

 「何の話だ?」

困惑するサロスに、呪詛魔法使いは意味深長な笑みを向けた。
それまでの憎悪に満ちた邪悪な笑みとは異なる。

 「魔法に不可能を無くしたいと言っていたでは無いか……。
  そう、私達に不可能は無い。
  私達は死を持たず、呪詛魔法として永遠に生き続ける」

 「だから、一つになれと……?」

 「その通りだ」

怪しい勧誘を、サロスは鼻で笑った。

 「誰が聞き入れるかっ!
  私は私である事に価値があるのだ!
  貴様等の存在等、受け容れられるかっ!」
0389創る名無しに見る名無し
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2018/10/28(日) 19:55:38.36ID:gc/5Ae0h
呪詛魔法使いの顔は忽ち、憎悪に満ちた他者の物に変わる。

 「お前がっ、それをっ、言うのかっ!?
  お前がーーっ!!」

一体どれが呪詛魔法使いの本心なのか……。
その下から先程の男が再び顔を現し、サロスに誘い掛けた。

 「何も恐れる事は無い。
  お前の懸念も、直ぐに取るに足らない事だと解る。
  自我を捨て去れ。
  『私達』は大いなる物と一つになるのだ。
  この力も『私達』の物……」

彼の口振りは、既にサロスが自分達の一部であるかの様。
サロスは言い知れない恐怖と不安に襲われた。
最早自分は『彼等』の一員となりつつあるのではと……。
否、最早何をしようとも、彼等から逃れる事は出来ないのだ。
サロスの精霊体は限界を迎えようとしていたが、彼の意識は消滅しなかった。
胸の中から不快感が込み上げて、猛烈な吐き気と頭痛に襲われる。
頭も胸も既に無い筈なのに、その感覚だけが残っている。
認識は暈けた様に崩れて行き、とにかく苦しい事しか判らない。
どこからとも無く、彼が殺して来た亡者の声が響く。

 「地獄へ落ちろ」

 「苦痛と憎悪と憤怒と悲嘆と……」

 「あらゆる負の感情が集う所に」

 「私達は居る」

 「我等は呪詛魔法使い」

 「我等は呪詛魔法使い」

 「我等は呪詛魔法使い」
0390創る名無しに見る名無し
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2018/10/28(日) 19:57:45.71ID:gc/5Ae0h
サロスは声から逃れたかったが、塞ぐ耳も手も無かった。
あらゆる負の感情が流れ込み、彼自身も次第に感化されて行く。

 (これが人の心……)

彼は次第に負の感情が自分から湧き出しているのだと、誤解する様になった。
誰かに、これを打ち付けずには居られない。
呪詛魔法が何の為にあるのか、彼は理解する。

 「我等は呪詛魔法使い」

譫言の様にサロスは呟いた。
否、彼は最早サロスでは無い。
自我を喪失し、呪詛魔法使いになってしまったのだ。
0391創る名無しに見る名無し
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2018/10/28(日) 19:59:15.99ID:gc/5Ae0h
サロスの精霊を取り逃してしまった事は、執行者にとって大きな失態だった。
逃げたと言う事は、疚しい事があるに違い無い。
肉体を捨てたのだから、代わりの肉体をどこかに用意している。
早く逮捕しなければ、ダストマンの「増殖」を許してしまうと、危機感を持っていた。
しかし、指名手配しようにも、肉体は既に無い。
姿形を持たない精霊体の指名手配は前例が無い。
どうやって追えば良いのかも分からない。
人間が精霊化すると言う事実は、魔導師会が長年伏せて来たので、市民に注意を呼び掛けるには、
先ず精霊化を理解して貰う必要がある。
精霊化の原理を説明して、それを市民が理解出来るか否かは別として、仮に理解されてしまうと、
現生人類が「人間」から遠ざかってしまう。
魔導師会は苦しい言い訳ではあるが、「ダストマン」と呼ばれる悪しき魔法使いが生み出した、
「魔法生命体」が残留思念を持って活動している可能性があると、発表する事にした。
そう言われても、市民の方は殆ど何も出来ないのだが……。
一方で、魂の抜けたサロスの肉体は、取り敢えず冷暗所にて安置される事となった。
未だ肉体は生きているので、もしかしたらサロスの精霊が戻って来るかも知れない。
その時に絶対取り逃さない様に、執行者は必ず2人以上で、交代して番をした。
0392創る名無しに見る名無し
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2018/10/29(月) 19:39:06.94ID:HA056F7R
ティナー市中央区 市街地の路地にて


サロスが逃亡した明後日の夕刻、霧雨の中、人通りの疎らな路地を行く執行者、
デューマン・シャローズに声を掛ける男があった。

 「デューマン、話がある」

デューマンは振り返り、男の姿を確認した。
青い魔導師のローブを着て、フードを被っているが、その隙間から覗く顔と声には覚えがある……。
それは行方不明の執行者ウィル・エドカーリッジの物だった。

 「ウィル……?
  ウィル・エドカーリッジか?
  生きていたんだな!」
0393創る名無しに見る名無し
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2018/10/29(月) 19:39:49.07ID:HA056F7R
デューマンは喜びを顔に表して、ウィルの肩に手を掛けようとしたが、軽く躱されてしまう。

 「止せよ、男同士で」

 「とにかく無事で良かった」

 「余り無事とは言えないがな」

低い声で答えるウィルは暗い顔をしており、健康そうには見えない。

 「どこか悪いのか?」

 「それより……サロス・ユニスタの体が保管してある場所に、案内して欲しい」

行き成り、そう切り出したウィルを、デューマンは怪しんだ。
この男はウィルでは無く、その姿を借りた「ダストマン」かも知れないと。
0394創る名無しに見る名無し
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2018/10/29(月) 19:41:06.05ID:HA056F7R
何より魔力の流れが暈やけていて、明確には感じ取れない。
魔力の流れは個人を判別するのに欠かせない物だ。
丸で正体を探られるのを避けようとしている様。

 「何をする積もりなんだ?」

デューマンは出来るだけ警戒している事を覚られない様に、平静を装って尋ねた。

 「あるべき物を、あるべき場所に返す」

ウィルの回答は決意に満ちていた。
彼はダストマンとは違うのではと、デューマンは思うも、確証が無いので何とも言えない。

 「いや、生存報告が先だろう?
  今まで何をしていたんだ」

デューマンは常識的な思考で、ウィルに今優先すべき事を諭した。
しかし、ウィルは悲し気な顔で首を横に振る。

 「生存報告は出来ない。
  今まで何をしていたのか、語れば長くなるが――」

 「理由があるなら、聞かせてくれよ」

そうデューマンが促すと、ウィルは小さく頷いた。

 「そうだな……。
  サロスの体は魔法刑務所にあるんだろう?
  道々話そう」

点々(ぽつぽつ)と街灯が明かり始める中、2人は共に魔法刑務所に向かって歩いた。
0395創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/29(月) 19:43:32.90ID:HA056F7R
霧雨は音も無く、街路の石畳を湿らせる。
デューマンはウィルが真面な状態では無いと、確信を持っていたが、それが悪しき物か、
良き物かの判別は付かなかった。
ウィルは訥々と語り始める。

 「『ダストマン』の件は片付いた」

 「何だって?」

 「もう心配する必要は無い。
  私が始末を付けた」

デューマンは不安と不信を露に、ウィルを顧みる。
ウィルの瞳は茫然と足元を見詰めている。

 「始末って――」

 「もう『ダストマン』は居ない。
  色々疑問はあるだろうが、先ずは私の話を聞いて欲しい」

そう彼に言われたデューマンは、大人しく話が終わるのを待った。
ウィルは続けて語る。

 「私はダストマンに殺された。
  死の間際、私は無念でならなかった。
  この悪党だけは絶対に許しては行けないと思った」

衝撃の告白に、デューマンは思わず声を上げる。

 「殺されたって……、じゃあ、今ここに居るのは何なんだ?」

 「幽霊みたいな物さ。
  私はダストマンへの復讐の為だけに蘇った。
  ……呪詛魔法使いとして」
0396創る名無しに見る名無し
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2018/10/30(火) 19:29:36.60ID:DTjvJrlA
デューマンはウィルの言う事を、完全に信じる気持ちにはなれなかった。
未だ、この「ウィル」がダストマンである可能性を捨て切れない。
突拍子も無い事を言って、自分を混乱させようとしているのではと疑う。

 「呪詛魔法……?」

 「禁に触れた私は魔導師失格だ。
  軽蔑してくれて構わない」

 「軽蔑なんて……」

魔導師が外道魔法に手を出す等、本来あってはならない事。
しかし、デューマンは咎めようとは思わなかった。
ウィルが本当に死んだのであれば、今更何を言っても手遅れだ。
それに死者を罰する法は無い。
デューマンは彼を責めるよりも、事実の究明を優先した。

 「復讐は終わったのか?」

 「ああ」

 「それなら、今頃サロスに何の用なんだ?
  未だダストマンが蘇る可能性があるのか?」

 「そうでは無い。
  ダストマンは死んだが、サロスは生きている。
  『ダストマンでは無い』サロスが」

 「一体、何をする積もりなんだ?」

復讐を終わらせ、もう呪う相手も居ないのに、ウィルは何をしようと言うのか……。
0397創る名無しに見る名無し
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2018/10/30(火) 19:31:05.22ID:DTjvJrlA
デューマンの疑問に対し、ウィルは独り言の様に答える。

 「呪詛魔法は本当に人を呪うだけの魔法なのか……。
  死者の怨念、無念は、悪しき物でしか無いのか……。
  呪詛魔法も所詮は単なる法の一でしか無いのであれば……」

 「だから、何を――!」

デューマンが問い詰めようとすると、ウィルは彼を真っ直ぐ見詰め返した。
その余りの真剣さにデューマンは思わず声を詰まらせ、息を呑んだ。
ウィルは静かに語る。

 「人生の最後に――否、もう私の人生は終わってしまったが……。
  最後の最後に、良い事をしたい。
  そう思うのは滑稽だろうか?
  本当に出来るかは分からないが……。
  試してみる価値はある」

 「サロスを生き返らせるのか?」

神妙な面持ちでデューマンが尋ねると、ウィルは小さく頷いた。

 「サロスは精神的には死んだ。
  彼の精霊はダストマンによって失われ、空になった肉体は傀儡となった。
  呪詛魔法は彼の無念をも取り込んだが……」

 「分離させられるのか?」

 「分からない……。
  しかし、彼の心は戻りたいと願っている。
  彼の肉体は未だ生きているんだろう?」

これもダストマンの芝居なのかと、デューマンは疑いを持ちつつも、心は揺れている。
もしウィルの正体がダストマンなら、態々こうして姿を現す理由は何だろうか?
そんな理由は特に思い浮かばない。
0398創る名無しに見る名無し
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2018/10/30(火) 19:32:21.40ID:DTjvJrlA
それならば、ウィルの言う事は真実と思っても良いのではないか……。
デューマンは、そう考える様になっていた。
だが、これが個人的な事なら未だしも、組織や社会に影響を及ぼす事になると、
慎重にならざるを得ない。
他人をどうやって説得すれば良いかも、思い浮かばない。

 「話は分かったが……」

頭を悩ませるデューマンに、ウィルは告げる。

 「許可を貰う必要は無い。
  私は既に死んでいるのだから。
  大概の事は障害にならない」

 「……だったら、何で俺の前に出て来たんだよ」

執行者の見張りを擦り抜けて、サロスに接近出来るなら、態々こんな話をしに来なくても良い。
ウィルがサロスに接触するのに、執行者の了解を得る為に現れた物だと思っていたデューマンは、
徒労感に肩を落として溜め息を吐いた。
ウィルは小声で言う。

 「君には解って欲しかった。
  それと――」

 「未だ何かあるのか?」

 「私の死体は廃工場地帯の上流の川辺に隠されている。
  力ある者達が屯していた、例の施設がある、あの廃工場地帯だ」

デューマンは小さく頷いた。
自分の遺体を回収して丁重に葬って欲しいとの意だと、彼は受け取った。
何とも言えない鬱々とした気持ちになり、デューマンが一度下を向くと、次に顔を上げた時には、
ウィルの姿は消え失せていた。
デューマンは驚いて立ち止まり、辺りを見回す。

 (どこへ……って、知れた事か……。
  夢か幻か、少なくとも悪い夢では無かったかな……)

彼は魔法刑務所に向けて、再び歩き出す。
0399創る名無しに見る名無し
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2018/10/31(水) 18:28:27.89ID:VhfffjWQ
ティナー中央魔法刑務所にて


魔法刑務所に着いたデューマンは、真っ直ぐ地下の霊安室に移動した。
ここに生命維持措置を施されたサロスの肉体が、安置されている。
精霊を失っているとは言え、魔導師会法務執行部が預かっている以上、見殺しには出来ないのだ。
延命措置を解除するにも、諸々の手続きが必要になる。
デューマンは各所で見張りをしている執行者に、何か異変が無かったかを訊いて回った。
しかし、誰も何も見ていないと言う。
デューマンは監視役の執行者を伴い、サロスの眠る霊安室に入った。

 「何なんです、デューマンさん?
  行き成り来て、サロスの様子を見たいだなんて」

 「確かめたい事があるんだ」

彼は死んだ様に動かないサロスを見下ろしながら、同行した執行者に言う。

 「サロスを目覚めさせてくれ」

 「それは出来ませんよ……。
  彼は精霊を失っています。
  目覚めさせた所で、直ぐに衰弱して死んでしまいます」

執行者の常識的な発言に、デューマンは我に返った。

 「そうだよな……」

何を馬鹿な事を口走っているんだと、彼は首を横に振る。
それでもウィルと会話した記憶は確かに自分の中にあり、全くの妄想だと断じる事が出来ない。

 「済まない、何でも無い」

気不味くなったデューマンは直ぐに踵を返し、魔法刑務所を後にした。
0400創る名無しに見る名無し
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2018/10/31(水) 18:29:34.19ID:VhfffjWQ
市街地の外にある廃工場地帯にて


翌日、彼はウィル・エドカーリッジの遺体を探す為、他の執行者と共に廃工場地帯の川辺へと来た。

 「ここにウィルの死体があるって本当か?」

訝る同僚達に、デューマンは自信の無さそうな顔で頷く。

 「多分」

 「多分って……。
  何か手掛かりを掴んだんなら、教えてくれないか」

どうして、ここを探すのかと言う問に、どう答えた物かデューマンは少し迷った。
0401創る名無しに見る名無し
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2018/10/31(水) 18:30:05.86ID:VhfffjWQ
数極の思案の後、彼は正直に答える。

 「……ウィルが教えてくれた」

 「どう言う事だよ、ウィルは死んだんじゃなかったのか?
  幽霊でも出たってのか」

同僚達は揶揄い半分で言った積もりだったが、デューマンは真顔で頷いた。

 「ああ、そんな所だ」

同僚達は一様に彼を心配した。

 「幻覚でも見たか、それとも夢?
  心労が溜まってるんじゃないか?」

その問い掛けに、デューマンは何も答えない。
その態度に同僚達は動揺して弁解した。

 「気を悪くしないでくれ、侮辱する積もりは無いんだ。
  唯……、連勤で疲れているんじゃないかと」

デューマンは責任感から、忠臣の集いの調査に加えてダストマンの捜索まで、碌に休みも取らず、
捜査を続けていた。
0402創る名無しに見る名無し
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2018/10/31(水) 18:30:51.22ID:VhfffjWQ
こう言う時に、休めと言われても中々休めないのは、同僚達も理解していた。
捜査の進展が気になって、落ち落ち寝てもいられないのだ。
自分の居ない間に、大きな発見があったり、被害者が増えたりしないか……。
それは決して、他人に成果を横取りされるかも知れないと言う功名心から来る物では無く、
自分の与り知らぬ所で事が進む事に対する、恐怖心にも似た否定的な強迫観念から来る物である。
特に身近な者が被害、加害に拘らず事件に関係している場合に、この傾向は強くなる。
デューマンはウィルとは友人関係だったし、グランディとも知り合いだった。
自分が事件を解決しなければならない、自分が解決するとまでは行かずとも、少しでも捜査の進展に、
貢献せねばならないと言う思いで、自分を追い詰めていると、心身に異常を来す。
今のデューマンは正しく、そんな心理状態であり、当人も自覚があって否定出来なかった。
沈黙したデューマンに代わって、同僚の一人が前向きな発言をする。

 「取り敢えず、デューマンの言う通りに探してみようじゃないか?
  他に手掛かりも無いんだし」

その通りではあるので、執行者達は何と無く腑に落ちない気持ちながら、川辺の草叢を掻き分けて、
ウィルの遺体の捜索を始めた。
デューマンは同僚達に申し訳無く思い、とにかくウィルの遺体を発見して信用を取り戻そうと、
進んで深い草叢に飛び込んだ。
遺体の発見は、魔法を使っても中々難しい。
生きている人間は体温や魔力の流れから簡単に見付け出せるが、死体は「物」と同じだ。
腐敗が進んでいれば、尚困難になる。
執行者達は廃工場地帯を流れる川に沿って、上流と下流へ、散り散りに捜索範囲を拡げて行った。
約1角後、デューマンでは無い一人の執行者が、大きな声を上げた。

 「あった!!
  あったぞーーーー!!!!」

草に隠れた川の淀みに、俯せに浮かぶ腐敗死体が、そこにあった。
0403創る名無しに見る名無し
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2018/11/01(木) 18:48:50.99ID:PzqcLe2w
それはウィルと一見では判別出来なかった。
服装は普段着で、執行者のローブを着ていなかった。
聞き込みや張り込みをするに当たり、執行者の姿では警戒されると思っての事だろうか?
肌は腐敗して膨張し、暗い緑色に変色しており、所々野生動物に齧られたのか、白骨が覗いていた。
身元を確認するには、これを持ち帰って、検死しなければならない。

 「これは本当にウィルなのか……?」

一人が当然の疑問を口にすると、皆困惑の表情をした。
独りでに視線はデューマンに集まったが、当の彼も確信は持てなかった。
遺体は身元の判る物を持っておらず、それらしい物も近くには落ちていない。

 「分からない。
  検死してみない事には……。
  とにかく、持って帰ろう」

ここは廃工場地帯の側なので、必ずしも遺体がウィルとは限らない。
今は人が居ないが、ここは貧民街だった。
遺体を埋葬せず、川に流す事もあろう。
執行者達は腐敗した遺体を水から引き上げ、布に包んで馬車に乗せた。
何人かは川辺に残って、他に死体が無いか探す。
デューマンは遺体がウィルの物だとは言い切れず、残って捜索を続ける事にした。
……結局、他に死体は見付からず、執行者達は日が暮れる前に捜索を終わらせた。
執行者の一人がデューマンに話し掛ける。

 「あれがウィルじゃないと良いな」

その言葉の意味をデューマンは直ぐには理解出来なかったが、真意に気付くと複雑な気持ちになった。
0404創る名無しに見る名無し
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2018/11/01(木) 18:51:59.88ID:PzqcLe2w
ウィルは行方不明なのであって、客観的に死亡が確定している状態では無いのだ。
呪詛魔法使いとなったウィルに会ったデューマンと異なり、他の者は未だウィルが生きていると、
幽かな希望を持っている。
死体がウィルだと判明する事は、彼の死が確定するのと同義であり、喜ばしいとは言えない。

 (……俺はウィルの死を望んでいるのか)

デューマンは帰宅した後、又も眠れぬ夜を過ごす事になった。
0405創る名無しに見る名無し
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2018/11/01(木) 18:53:07.35ID:PzqcLe2w
あれは本当にウィルの死体なのか、そうであって欲しいのか、違うのか……。
仕様も無い悩みだと解ってはいる物の、振り切れないが故に、悩みは深くなるばかり。
悶々としている内に、日付は既に変わっている。
もう眠る事を諦めた彼は、深夜にも拘らず執行者のローブに着替えて静かに家を抜け出し、
昨日発見された遺体の検死結果を少しでも早く知ろうと、医事課棟の遺体安置室に向かった。
遺体安置室は地下にあり、そこには今回の事件の「被害者」が未だ多く残っていた。
ダストマンに体を乗っ取られ、殺されてしまった者達。
ウィルも、その一人になってしまうのか……。
デューマンが遺体安置室に続く廊下を歩いていると、警備室の執行者が呼び止める。

 「待って下さい、貴方は?」

 「刑事部、一課のデューマン・シャローズだ」

デューマンは執行者の手帳を見せ付けた。

 「一課の刑事さんが、何の御用です?」

 「今日……じゃなかった、昨日運び込まれた死体の検死結果を聞きたい」

 「それなら、医事課の事務局に行って下さい」

警備室の執行者は事務的な態度を取る。
医事課の医師達は深夜まで働く事があるが、事務局は夕方には閉まって、翌朝まで開かない。
事務局に行った所で、何も出来る事は無く、朝まで待つしか無いのだ。
0406創る名無しに見る名無し
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2018/11/01(木) 18:54:02.03ID:PzqcLe2w
デューマンは眉を顰めて、警備室の執行者に尋ねた。

 「検死結果は出ているんだろう?」

 「そんな事、分かりませんよ」

執行者は迷惑そうに答える。
当然だ。
彼は警備の為に居るのであって、検死官の仕事の進捗具合等、知る由も無い。
それでもデューマンは食い下がる。

 「今日の当直は誰だ?」

警備室の執行者は面倒臭そうな顔をしつつも、壁に貼り付けてある医師の勤務表に目を遣った。

 「あー、クリアーノ・スライテレヴェント先生です」

 「クリアーノか……。
  彼と少し話をしたい」

デューマンの要求に執行者は小さく溜め息を吐く。

 「どうぞ、御自由に。
  先生の迷惑にならない様に、お願いしますよ」

 「ああ」

執行者はデューマンを止めなかった。
これ以上の問答は避けたかったのだ。
デューマンは呆れられていると解っていたが、とにかく結果を知りたい一心で、宿直室に向かった。
0407創る名無しに見る名無し
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2018/11/02(金) 18:40:51.87ID:HA7z0J4m
 「クリアーノ、居るか?」

彼が宿直室の戸を叩くと、医師クリアーノが顔を出す。

 「何だ?
  デューマンか、珍しいな。
  急患、それとも事件か」

デューマンを認めた彼は眉を顰め、何事かと問うた。

 「今日、死体が運び込まれただろう?
  ああ、もう『昨日』か」

それを聞いた途端、クリアーノも又、迷惑そうな顔をする。

 「昼間の事は知らんよ」

 「検死は終わってるのか?」

 「問題が無ければ、終わってる筈だがな……。
  保存の魔法があっても、検死は早い方が良いんだし」

彼はデューマンの問に適当に応じながら、業務日報を取り出して調べた。

 「――ああ、終わってる、終わってる」

 「結果は、どこで判る?」

 「『報告書<レポート>』が事務局に提出されている筈だ。
  『書庫<ライブラリー>』には未だ登録されていないと思う」

結局、事務局かとデューマンは肩を落とした。
0408創る名無しに見る名無し
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2018/11/02(金) 18:42:58.90ID:HA7z0J4m
そんな彼をクリアーノは慰める。

 「どうしたんだよ、デューマン?
  昨日運び込まれた死体が、何なんだ?
  どうしても、今調べなきゃ行けない事か」

 「そう言う訳じゃないんだが……。
  もしかしたら、行方不明になっていたウィルかも知れないんだ」

 「その死体が?
  ウィル……ウィル・エドカーリッジか」

クリアーノはウィルと余り親しくは無かったが、面識はあった。
デューマンとウィルが仕事上の付き合いだけで無く、私的に友人関係にあった事も知っているので、
気持ちは解る積もりだった。

 「分かった、一緒に事務局に行ってやるよ」

クリアーノは宿直室から出て、鍵を掛ける。
態々手間を掛けさせていると自覚しているデューマンは、項垂れて謝罪した。

 「悪い」

 「良いさ、暇してた所だし」

クリアーノは警備の執行者から事務局の鍵を受け取り、デューマンと共に事務局に向かう。
誰も居ない医事課棟の1階を2人は無言で歩き、事務局の前まで来た。
クリアーノは事務局の鍵を開けて、明かりを点け、提出書類の収納棚に向かう。

 「あった、これだ。
  検死報告書……」

彼は引き出しを開けて、報告書を全て取り出した。
0409創る名無しに見る名無し
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2018/11/02(金) 18:44:15.65ID:HA7z0J4m
 「これだな」

クリアーノは1つの報告書を手に取ると、デューマンに渡した。
それは数枚の用紙をスタプラーで留めた物で、絵図と共に専門的な事が長々と書いてあるが、
注目すべきは身元の判る部分のみ。
被検者氏名欄は空白だったが、結果報告の備考欄には、身元を照合した結果が確りと記してあった。

――遺伝子鑑定から、これは執行者ウィル・エドカーリッジと断定します。

それを認めたデューマンは、無言で天を仰ぎ、涙を流さずに嘆いた。

 「ウィル……」

彼の心には悲嘆と同時に安堵の気持ちもあった。
大きく息を吐いた後、彼は改めて検死報告書に目を落とす。
そこで、ある一文に目を留めた。

――正確な死亡推定時刻は不明ですが、少なくとも4週は経過している物と思われます。

一体ウィルは何時殺されたのだろうか?
環境の所為で腐敗が早く進行していたとしても、数週もの誤差は有り得ない。
ウィルは死後も報告を続けていた事になる。
それも呪詛魔法の成せる業だと言うのか……。

 「もう読み終わったか?」

報告書を持った儘、焦点の定まらない目をしているデューマンに、クリアーノは尋ねる。
デューマンは我に返り、改めて報告書に一通り目を通すと、それをクリアーノに返した。

 「ああ、我が儘に付き合わせて悪かった」

 「気にするな」

クリアーノは何でも無い風に言うと、元通りに報告書を提出書類の収納棚に入れる。
デューマンは新たな覚悟を決めていた。
0410創る名無しに見る名無し
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2018/11/03(土) 19:18:03.49ID:6l7vkSVD
その後……サロス・ユニスタは禁呪の研究者達の手により、精神を再生させられて復活した。
彼の魔法資質は大きく損なわれたが、記憶や人格は元通りになった。
本来は再生の見込みが無いとして、死亡宣告を受ける筈だったが、執行者デューマン・シャローズの、
強い要請によって、既の所で死亡宣告は回避された。
どうして精霊を失った筈のサロスが復活出来たのか?
禁呪の研究者達の見立てでは、実は精霊は完全には失われておらず、本の僅かな残滓から、
再生したのではないかと言う事だった。
それまで自堕落な生活を送って来たサロスが、これから本当に更生するかは分からない。
だが、とにかく一人の命が助かったのだ。
0411創る名無しに見る名無し
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2018/11/03(土) 19:19:16.58ID:6l7vkSVD
そしてダストマンが現れる事は二度と無かった。
執行者はティナー市内全域を虱潰しに調べて回ったが、それでも発見出来なかった。
正体を隠して、どこかに潜伏しているのか、それとも肉体を得られずに死んでしまったのか?
或いは、反逆同盟に匿われているのか……。
執行者達による執念深い追跡捜査の結果、住宅地にダストマンの隠れ家を発見し、
「新鮮な」死体も見付かったのだが、ここで彼の痕跡は途絶えた。
然りとて新たな肉体を得た訳ではない様子で、何があったのかは不明。
他の死体があった訳でも無く、魔力は不自然に乱れていた。
予期せぬ問題が発生した様に受け取れる状況ではあったが……。
唯一人、執行者デューマン・シャローズだけは、全て終わったのだと言っていた。
0412創る名無しに見る名無し
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2018/11/03(土) 19:20:29.95ID:6l7vkSVD
謎の潜入者カードマンの正体は、結局判らず終いだった。
力ある者として忠臣の集いに潜入していた、地下組織の構成員グランディ・ワイルズの証言では、
執行者と共に出動した禁呪の研究者もカードマンを目撃している筈だったが、その禁呪の研究者、
ラーファエル・イコはグランディの存在は認めていたが、カードマンの存在は否定した。
そんな人物は見ていないと、彼は明言した。
カードマンとウィル・エドカーリッジの関連に就いても、何も判らない儘……。
0413創る名無しに見る名無し
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2018/11/03(土) 19:23:16.23ID:6l7vkSVD
そして、所属していた地下組織が壊滅したグランディ・ワイルズは、マフィアの本分を守る為に、
西へ東へ奔走した。
多種多様な犯罪組織や不法集団が跋扈するティナー市内では、地下組織が縄張りを守る事で、
均衡を保っている面が少なからずある。
これまで組織が守って来た領域を、得体の知れない連中に明け渡す訳には行かない。
彼は信頼の置ける他の組織に地域の管理権を譲渡し、住民を保護すると同時に、無駄な抗争の発生を、
防がなければならない。
数月掛けて一通りの手配を済ませた彼は、組織の構成員を全滅させてしまった責任を感じて、
自分だけが生きている訳には行かないと、自ら命を絶った。
その最期は組織に忠実な男の中の男、真のマフィアの生き様だと、他の地下組織から称賛された。
0414創る名無しに見る名無し
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2018/11/03(土) 19:27:27.10ID:6l7vkSVD
ウィルとグランディ、2人の友を失ったデューマン・シャローズは執行者の職を辞した。
彼は禁呪の研究に携わる為に、象牙の塔の職員に再就職した。
流石に研究者にはなれずとも、実験の手伝いや雑務を熟す一般職員にはなれる。
勿論、研究者と同じく自由は制限されてしまうが、デューマンは問題にしなかった。
果たして、自分が見た物は何だったのか……。
その真相を知る為に。
0416創る名無しに見る名無し
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2018/11/04(日) 17:26:08.61ID:E5vL84Ob
『撞球<ダラクーラ>』


ビリヤードに似るが、卓上ゴルフに近い競技。
最も一般的なルールでは、交互にボールを突くなり叩くなりして、卓上の穴にボールを落とす。
卓上のボールの数はルールによって、1個だったり、複数個だったりする。
ボールが増えても、穴は基本的に1つ。


後を絶たない


「後を絶たない」と「跡を絶たない」、どちらが正しいのかと言う話を時々見掛けます。
辞書では「跡を絶たない」が正しいと言う人が居ましたが、少なくとも古い広辞苑では、
「跡を絶つ」しか載っていませんでした。
意味は「姿を消す」、「すっかりなくなる」。
否定形の「跡を絶たない」に関する記述はありませんでしたが、これの否定と見て良いでしょう。
しかし、「後」と「跡」の使い分けに曖昧な部分があり、どちらが正解とも正用とも言い難いのが、
正直な所です。
「空前絶後」と言う四字熟語もあるので、「後を絶つ」が不自然とは思いません。
「後」は前の反対、時間的・空間的な後ろ・後方、物事や順番の後ろ・次、残り、後に続く物、後継者。
「跡」は足の周り、足跡(あしあと)、足跡(そくせき)、痕跡、軌跡、遺跡、道標、先駆け、後継者。
後続が無くならない、後継が途絶えないと言う意味では、「後を絶たない」。
姿を消さない、すっかりとは無くならない、痕跡が消えない(何時までも残る)と言う意味では、
「跡を絶たない」。
「古い因習が跡を絶たない」、「不幸な事故が跡を絶たない」の様な場合は良いのですが、
「行方不明者が跡を絶たない」の様な例では、「跡を絶つ」に「姿を消す」と言う意味が含まれる為、
一見矛盾した印象を受けるのが、「跡」が避けられる理由なのだと思います。
0417創る名無しに見る名無し
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2018/11/04(日) 17:28:52.42ID:E5vL84Ob
随々(ずいずい)


随の意味は「従う」、「気儘に」、「勝手に」。
辞書に「遠慮の無い様子」ともある事から、「随」の字を当てました。
しかし、「ずい」には「ずっ」との関連も見られ、こちらは物を擦る音、引き摺る音から来ています。
「長い時間」や「長い物」を意味する「ずっと」は、この物を擦る音、引き摺る音が由来です。
他、「ずるずる」、「ずりずり」等も同語源です。
似た意味の「ぐいぐい」は恐らく「くいくい」、「食い」であろうと思います。
「悔いる」と言う意味の「くいくい」もありますが、こちらは別語源です。
「ずんずん」の方は「どんどん」に通じる別語源では無いかと思います。
「ずいずい」には「次々」の意味もあり、こちらは「次」を当てれば良いでしょう。
更に、古くは「恐れる」の意味もありますが、こちらは「惴々」です。


瞭(はっき)り


明確、明瞭と言う意味の「はっきり」です。
語源は定かでなく、「葉切り」、「歯切り」、「端切り」、「晴れ切り」等、諸説あります。
「きっぱり」の語源である「際(きは)し」(目立っている)の転かも知れません。
「明瞭」、「瞭然」から「瞭」の字を当てて、「瞭(はっき)り」と読ませた例があります。
0418創る名無しに見る名無し
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2018/11/04(日) 17:32:18.77ID:E5vL84Ob
不役(やくざ)


「やくざ」の語源は花札の三枚(おいちょかぶ、かぶ、株)に於ける8と9と3です。
この遊戯は二枚から三枚の札を引いて、その数字を合計した一の位の大小で優劣を決めます。
基本的には0点が最低であり、9点が最高となりますが、特殊な組み合わせで「役」が成立し、
勝負が決まる事もあります。
893は合計が20となるので、0点(ブタ、ドボン)。
ここから役立たずを893と言う様になったとする説が一般的ですが、893は勝負無しとする、
ローカル・ルールもあり、これが由来とも言われます。
他にも諸説あり、当て字には八九三、無役、役座があります。
多分、役立たずの意味で「不役」を当てました。
素直に「無役」で良かったのでは……?


クリアーノ


「Clear」由来の男性名。
類似にはクリアン、クリアノス、クレアール、クレアロ、クレアン、クェアス、クルアー、
クリャン、シリェルアール、キェルアー等がある。
女性の場合はクリアーナ、クリアネス、クレアラ、クリア、クレアナ、クェア、クルアラ、
クーリャ、シリェルアラ、キリア等になる。
0420創る名無しに見る名無し
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2018/11/05(月) 19:03:07.07ID:9vKrfypc
復讐の吸血鬼


ブリンガー地方キーン半島ソーシェの森にて


反逆同盟の一員、吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカは復讐に燃えていた。
今の彼女はマトラの力を得て、力を失う以前より強くなっている。
彼女は手始めに忌まわしき記憶の残る、魔女ウィローの住家を襲撃しようと考えた。
内から込み上げる、暗い情念に突き動かされる儘、フェレトリは闇を纏い月夜を飛ぶ。
それは宛ら月に掛かる暗雲だ。
ソーシェの森の中にあるウィローの住家には、2人の魔法使いと1体の魔獣が居る。
1人は住家の主、『幻月の<パーラセレーナ>』ウィロー・ハティ。
もう1人は事象の魔法使いヴァイデャ・マハナ・グルート。
1体は魔性を得た怪魚ネーラ。
2人と1体は殆ど同時に、森の上空を覆う危険な空気に気付いた。
ネーラは水で作った球体で体を覆い、宙に浮いてウィローの元に駆け付ける。

 「ウィロー殿!」

 「ネーラ、あんたも気付いたんだね」

不安気な顔をするウィローに、ネーラは真剣な表情で頷いた。

 「フェレトリ……でしょうか?」

 「どうやらルヴィエラの力を借りたみたいだよ」

不吉な魔力の流れの中には、確かにフェレトリの気配が感じられる。
だが、彼女の力は以前を遥かに上回っている。
直接見聞きせずとも、敵意を持った不吉な魔力の波動が、結界を越えて伝わるのだ。

 「私の水鏡で逃げましょう」

ネーラは躊躇わずに進言した。
旧い魔法使いにとって、一度決めた住家を追われる事は、大変な屈辱である。
しかし、力を増したフェレトリをウィローが相手にするのは難しいと感じていた。
真面な状態のフェレトリとの戦いでも劣勢だったのに、更なる力を得て戻って来たのであれば、
最早勝負にならない。
実力に埋め難い天地の開きがあるのだ。
0421創る名無しに見る名無し
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2018/11/05(月) 19:05:47.46ID:9vKrfypc
その辺りをウィローは十分に承知していたので、撤退に異論は無かった。
フェレトリが復讐に燃えて再挑戦して来る事は予想していたが、更に強大になって襲い来るとは、
想定外だった。
精々仲間を引き連れて来る程度だと思っていたのだ。
ウィローとネーラが話し合っていると、そこにヴァイデャも駆け付けた。

 「私の出番ですか?」

 「あんた、今の状況が解らないのかい?」

余裕のある態度を見せるヴァイデャに、ウィローは苛立ちを打付ける。
今のフェレトリには、この場の全員が束になっても敵わない。

 「強敵が襲って来たんでしょう」

端的に回答するヴァイデャに、ウィローは問うた。

 「勝てる気でいるのか?」

 「勝算は十分にあります。
  魔力を扱うのみが、魔法に非ず。
  魔法資質だけで、魔法使いの優劣は決まりませんよ」

自信に満ちたヴァイデャを、ウィローは懐疑の眼差しで見詰める。

 「問題は勝率だよ。
  勝てる可能性が低いなら、当たるべきじゃない」

 「ええ、負けたら逃げましょう」

 「そう簡単に奴が逃がしてくれる物か!」

余りに楽観的過ぎると、ウィローは呆れ返った。
0422創る名無しに見る名無し
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2018/11/05(月) 19:09:23.82ID:9vKrfypc
ヴァイデャは笑いながら、屋敷の外に向かおうとする。

 「私の魔法は、ああ言うのとは相性が良いと思います」

 「幾ら相性が良くっても……!
  ええい、もう知らないよ!」

全く聞く耳を持たない彼に、ウィローは制止を諦めた。
……それでも置き去りにする事は出来ず、一応は戦いを見届けるべく居残る。

 「あんたが負けたら、直ぐ逃げるからね!」

 「是非そうして下さい」

ヴァイデャは悠々と外に出て、暗く曇った空を見上げる。
ウィローとネーラは屋敷の中で息を殺し、静かに成り行きを見守った。
月を隠す暗雲が見る見る縮まって、人形を取りながら地上に降りて来る。
赤黒い『外套<マント>』を纏った、青い髪の女……。
彼女がフェレトリ・カトー・プラーカだ。
屋敷の周辺には魔除けの結界が張ってあるのだが、丸で問題にせず侵入する。

 「何者ぞ?」

フェレトリは迎え撃ちに出たヴァイデャを睨んで言う。
その瞳は安易に覗き込んだ人間の正気を失わせる程の魔性を秘めているが、ヴァイデャには通じない。

 「初めまして、私はヴァイデャ・マハナ・グルート」

 「知らぬなぁ……」

 「旧暦の生まれながら若輩だったので。
  余り有名でも無かったが故に、無名なるは致し方無し。
  しかし、今この時から覚えて頂こう」

ヴァイデャは人差し指を立てて、舌打ちしながら左右に振った。
この余裕綽々の男に、フェレトリは苛立ちを感じる。

 「フフン、生意気な」
0423創る名無しに見る名無し
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2018/11/06(火) 19:34:07.56ID:qdkadtmE
彼女はヴァイデャに歩み寄りつつ問うた。

 「それで、貴様は私の邪魔をしに出て来たのか?」

 「……そうなるな。
  争いは本意では無いのだが」

 「私も同じだよ」

そう言いながらフェレトリはマントを翻し、猟犬型の下僕を3体生み出す。

 「全く残念だ……。
  掛かれ!」

主の命令を受けて、猟犬達は一斉にヴァイデャに向かう。
ヴァイデャは飛び掛かって来る猟犬達を往なし、その頭を擦れ違い様に軽く小突いた。
猟犬達は忽ち容を失い、地面に赤黒い血の海を作る。
フェレトリは微かに眉を動かし、足を止めてヴァイデャに尋ねた。

 「貴様の魔法は何だ?」

 「私は『事象の魔法使い』。
  魔法は『象魔法<エルフィール>』」

 「……聞いた事も無い」

 「遥か古より存在し、久しく絶えていた、魔法の中の魔法。
  私が蘇らせた」

今度はヴァイデャの方から、フェレトリに歩み寄り始める。
0424創る名無しに見る名無し
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2018/11/06(火) 19:43:36.72ID:qdkadtmE
得体の知れない物を感じたフェレトリは、彼を迎撃すべく両手を突き出した。

 「寄るな、下郎!
  『魔力吸引攻撃<プレネール>』!!」

全く容赦の無い攻撃。
フェレトリは持てる力の全てを振るう。
元悪魔伯爵の余裕は欠片も見られない。
大気が震え、それは大地にも伝わり、全てを揺るがす……。
魔力を含んだ全ての物が、分解され、フェレトリが両手で形作る顎(あぎと)に吸い寄せられる。
モールの木を残して、森の木々は枯れ衰え、地を覆う草も萎れて行く。
だが、ヴァイデャの体は魔力吸引攻撃の影響を受けなかった。

 「何故効かぬ!?
  空間防御、否、何が起こっておるのか!?」

 「私の魔法は容無き物に容を与え、容ある物から容を奪う。
  命然り、心然り、魔力も又然り」

驚愕するフェレトリに、ヴァイデャは虹色に煌めく四角い箱型の物質を、懐から取り出して見せる。
それは容を与えられた彼自身の魔力の塊。
魔力の実体化とは異なる過程で、「実体」を「与えられた」魔力は、魔力を分解して吸収する、
魔力吸引攻撃の「分解」過程を無効化する事で、吸収の対象外となるのだ。

 「そして、これが心……」

続けてヴァイデャは闇の中から「恐怖」を生み出した。
4身はあろうかと言う、巨大な獅子の魔獣が彼の背後から現れる。
脅威を感じたフェレトリは、魔力吸引攻撃の狙いを恐怖の魔獣に向けた。
全方位に向けて広範囲に仕掛けるよりは、対象を決めて集中した方が当然効果は高くなる。
しかし、恐怖の魔獣は一向に弱らない。

 「これは……幻覚か?」

フェレトリが感付くと、恐怖の魔獣の体が半分に縮んだ。
魔力反応が全く無かったのだ。
それは即ち、魔法的には全く実体を持たないと言う事。
襲い掛かって来る恐怖の魔獣を、フェレトリは敢えて避けなかった。
0425創る名無しに見る名無し
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2018/11/06(火) 19:50:50.32ID:qdkadtmE
それが自分自身の恐怖心を具現化した物だと、彼女は確信したのだ。
恐れるから、相手が強大に見える。
逆に言えば、恐れなければ取るに足らない。
恐怖の魔獣は見る見る縮み、フェレトリに到達する頃には、子猫の様になっていた。

 「はは、何が恐ろしい物か!」

子猫は幼い爪を懸命に伸ばし、フェレトリの体に振り下ろす。
その爪は彼女の胸に深々と突き立ったが、当然痛みは無い。
血液が依り代のフェレトリは固形の実体を持たないのだ。
所が、彼女は急激に力が抜けて行くのを感じた。

 「うっ、ぐぬぬぬぬ……!
  どうなっておる……?」

フェレトリの全身から黒い液体が一遍に溢れ出し、一帯の地面を真っ黒に染めて行く。
ヴァイデャは冷静に告げる。

 「言った筈だ。
  私の魔法は『容無き物に容を与える』。
  これは決して幻覚では無く、実体ある恐怖。
  同時に、『私が生み出した物』であり、私の一部でもある」

子猫は再び巨大になり、虎程の大きさに変化していた。

 「お前が最も恐れる事……、それは再び力を失う事。
  解るだろう?
  この黒い液体は、お前に与えられた『力』だと」
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2018/11/07(水) 20:02:02.23ID:HpSEVtsq
こんな事があり得るのかと、フェレトリは愕然とする。
ヴァイデャは身を屈めて、周辺に溢れる黒い液体に触れた。
液体は彼の手に吸い寄せられる様に集まり、直径1身程の巨大な球体になる。

 「恐ろしい存在だ。
  これ程の力を他人に分け与える事が出来るとは……。
  この力は封じさせて貰う」

ヴァイデャは球体に手を添え、見えない糸を手繰り寄せる動作をした。
球体は見る見る引き絞られ、徐々に細く小さくなって行く。

 「や、止めぬか!
  それは我がルヴィエラから借りた力であるぞ!」

 「だから封じる!」

 「させぬわっ!」

制止しても聞いて貰えなかったフェレトリは、弱体化した儘でヴァイデャに挑み掛かった。
ヴァイデャは実体の無いフェレトリの体に触れると、彼女をも実体化させる。
実体を持ったフェレトリは丸で幼子の様に弱々しく、軽くヴァイデャに突き飛ばされた。

 「うぅ、体が重い……。
  思う様に動かぬ、どうした事であるか……」

地面に這い蹲るフェレトリに対して、ヴァイデャは冷淡に告げる。

 「精霊を肉と同化させた。
  最早お前は肉無くしては生きられない。
  この地上に生きとし生ける、全ての存在の労苦を知るが良い。
  皆、肉を無くしては生きられないのだ」
0427創る名無しに見る名無し
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2018/11/07(水) 20:03:59.81ID:HpSEVtsq
フェレトリは立ち上がる力も無い儘、恨み言を吐いた。

 「貴っ様ぁ……!
  悪魔貴族たる我に対し、何たる非道、何たる屈辱!!
  斯様な事がありてなる物か……!」

もう彼女は空を飛ぶ事も、壁を抜ける事も出来ないのだ。
ヴァイデャは彼女を無視して、圧縮した「力」を小瓶に収めた後、溜め息交じりに話し掛けた。

 「平和に暮らしていれば、この様な目に遭わずに済んだ物を。
  馬鹿らしいと思わないのか」

 「無知で脆弱な人間共が、我が物顔で地上を闊歩している。
  自らの庇護者たる神の下を離れて……。
  これを笑わぬ悪魔は居るまいて!
  今こそ悪魔の時代!
  貴様も、そう思うであろう!?」
0428創る名無しに見る名無し
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2018/11/07(水) 20:04:30.41ID:HpSEVtsq
 「それなりに良い時代だとは思うよ」

 「そうであろう、そうであろう……。
  だが、唯一つ目障りな存在は魔導師会!
  奴等が人間の庇護者気取りで、我々の邪魔をする!」

 「やれやれ」

口の減らないフェレトリをヴァイデャは足蹴にした。
彼女の体から弾き出される様に、小さな犬の魂が飛び出して消える。

 「ぐへぇっ、貴様ぁ、何たる無礼!」
0429創る名無しに見る名無し
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2018/11/07(水) 20:06:29.41ID:HpSEVtsq
フェレトリの抗議を無視して、ヴァイデャは彼女を踏み付け続ける。

 「ぐぁ、フッ、ハッ、うぅっ、ぐぅっ……」

踏み付ける度に、フェレトリの体からは動物達の魂が抜ける。
子鼠に子猫に子熊に小鳥に、どれも一匹や二匹では無い。
ヴァイデャは呆れて言った。

 「一体どれ程の魂を奪って来たのか」

 「貴様、我に何の恨みが……?」

 「恨みは無い。
  出来るだけ『人間』に近付けようと思ってな。
  どうせ痛覚は無いのだから、苦しくもあるまい」

ヴァイデャの行動は魂の分離作業だ。
フェレトリを踏み拉(しだ)いて、彼女の中の純粋でない魂を抜いている。
動物の魂が粗方出尽くした次は、人間の魂が飛び出した。

 「おぉ、出た出た。
  人間を食っていない訳が無いからな。
  成る程、人間の魂の方が同化の進み具合が良いのか」

動物の魂が先に抜け出たと言う事は、人間の魂が深く取り込まれていると言う事。

 「ぐぐぐ、もう止めろっ!」

 「普通の人間は、幾つも魂を持っていないのだ。
  仮に魔力を取り戻しても、奇怪(おか)しな真似が出来ない様にしておく必要がある」

ヴァイデャは容赦無く分離作業を続ける。
0430創る名無しに見る名無し
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2018/11/08(木) 19:33:29.94ID:5MubJIHQ
それから十数人程度の魂が抜け出た所で、フェレトリの体からは何も出て来なくなった。

 「変だな?
  この程度しか捕食していない筈は無いんだが……。
  同化が進み過ぎて、分離出来なくなった魂があるのか?
  ……分離出来ないなら、一つの魂と変わりは無いか」

悉(すっか)り弱り切って、もう抵抗する気力も無い彼女を、ヴァイデャは乱暴に引き摺って、
屋敷の中へと連れ込んだ。
彼は恐々としているウィローとネーラに向けて、フェレトリを転がして言う。

 「ウィロー殿、これの処遇は貴女に任せます」

 「えぇ……」

 「もう力はありません。下女として使うなり何なりと」

困惑するウィローに対し、フェレトリは敵意を剥き出しにして吠えた。

 「殺せっ、斯様な屈辱……!」

 「こんな召し使いは嫌だよ」

ウィローは弱気な声でヴァイデャに言うが、彼は強気に説得する。

 「彼女も私達と同類の存在。
  処分するのは容易ですが、何とか更生させられないかと」

 「気持ちは解るけど、私に押し付けないでくれよ……」

生まれた世界と生きる法こそ違えど、この世界の存在では無い外客であると言う一点では、
旧い魔法使い達は共通している。
そこに微かな同属意識の様な物があるのだ。
0431創る名無しに見る名無し
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2018/11/08(木) 19:37:19.95ID:5MubJIHQ
ヴァイデャは至って真面目に言う。

 「狼犬の群れを従えているウィロー殿であれば、慣れた物だと思っていたのですが」

 「あの子等は素直で可愛い物だよ。
  こんな性根の捻くれた高慢畜(ちき)と一緒にしないでおくれ」

どうあってもウィローは、フェレトリを引き取る積もりは無い様だった。
ヴァイデャはフェレトリを見下して、小さく溜め息を吐く。

 「では、私が引き取るか……。
  上手くやれるか不安だが」

丸で捨て猫か捨て犬の様な扱いを受けている事に、フェレトリは激昂する。

 「誰が貴様の世話に等なるかーっ!
  殺せっ、殺せーっ!!」

喚く彼女をヴァイデャは鬱陶しく思い、冷たく吐き捨てた。

 「お前も悪魔なら悪魔らしく、敗北を認めて勝者に従え」

 「嫌じゃーーーーっ!!
  貴様は勝者ではあっても、強者では無い!
  弱者に誰が従うかーーっ!!」

駄々っ子の様に見苦しく暴れるフェレトリに、ヴァイデャは苛立って脅しを掛ける。

 「喧しいぞ!
  お前の魂を抜いて、犬に移植してやろうか?
  それとも鼠の方が良いか、マーモットになりたいか?
  兎や豚にしてやっても良いぞ。
  哺乳類が気に食わないなら、『井守<ニュート>』や蛙にでもなるか」

それを聞いた途端、彼女は嘘の様に大人しくなった。
流石に畜生として生きるのは嫌なのだ。
0432創る名無しに見る名無し
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2018/11/08(木) 19:38:52.00ID:5MubJIHQ
ヴァイデャはフェレトリに慰めを言う。

 「お前には私の助手として働いて貰おう。
  何、人間の暮らしも、そう悪い物では無いさ。
  肉持つ者には、肉持つ者の喜びがある」

 「この屈辱、忘れぬからな……」

 「はぁ、忘れて貰う事も出来るのだが、寛大な私は見過ごしてやろう」

ネーラは旧い魔法使い達の遣り取りを、何と恐れ知らずなのかと驚きと感動を持って傍観していた。
あの強大な力を持っていたフェレトリが、丸で子供扱い。
魔法は使い様によっては、魔法資質の差を覆す事が出来るのだ。

 「物好きだねぇ、そんなのを引き取るなんて」

フェレトリを更生させようとするヴァイデャに呆れるウィローだが、彼は正面から言い返す。

 「貴女だって、止めを刺せと言わないではありませんか」

 「いや、そうしても良いと思うんだけどね……。
  あんたが決めたんなら、それで良いさ」

こうしてフェレトリはヴァイデャに預かられる事になった。
0433創る名無しに見る名無し
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2018/11/09(金) 18:33:40.93ID:iZAtW3nZ
「さて、フェレトリ、これから山を越えるぞ」

「……徒歩で? 正気か、この距離を!」

「数日掛かりになるが、大した事では無い」

「尽く尽く人間とは不便な生き物であるな。下らぬ存在よ」
0434創る名無しに見る名無し
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2018/11/09(金) 18:35:47.10ID:iZAtW3nZ
「ハー、ハー、疲れたぞ……。足が痛い、もう歩けぬ……」

「早いな。慣れない人間の体は辛いか?」

「当然であろう! やはり人間は下等な生き物!」

「疲労が溜まっているのだな。では、取り除いてやろう」

「痛っ、軽々しく背を叩くでない! 我が口から何か飛び出したぞ! 脆弱な人間の体なのである、 
 優しく労らぬか!」

「体が軽くなったな? 今、飛び出したのは『疲労』だ」

「疲労!? この紫色の奇怪な水饅頭が!? フム、貴様の魔法、中々に便利では無いか」

「それにしても小さな疲労だ。大袈裟に騒ぎ過ぎでは?」

「煩いっ、事実疲れておったのじゃ! ワッ、この疲労、我に寄って来てはおらぬか!?」

「ああ、主の元に帰ろうとしているのだ」

「来るなっ、来るでない!」

「追い付かれない様に歩かないと、こいつに取り付かれたら、又疲れるぞ」

「ムムム、捕まってなるか! これ、急ぐぞ!」

「やれやれ」
0436創る名無しに見る名無し
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2018/11/09(金) 18:46:43.85ID:iZAtW3nZ
高慢畜(こうまんちき)


「高慢」に、その様な性質の人物を表す「ちき」が付いた物。
長らく「傲慢(ごうまん)」だと思っていたのですが、どうやら「高慢」の聞き違いの様です。
人を表す「ちき」の語源には諸説あり、類似には「へんちき」、「とんちき」があります。
「こんこんちき」は「この畜生」から「こんちくしょう」→「こんちきしょう」となり、
更に狐を指す「こんちき」(「こん」は狐の鳴き声、「ちき」は畜生?)と合わさって、
韻を踏んで「こんこんちき」と変化した物ですが、その他の「ちき」に関して明確な事は言えません。
辞書には「的(てき)」の変化と書いてありますが……。
「へんちき」を「へんちく」や「へんつく」と言う地方もあり、それぞれ「へんちく」には「変畜」、
「へんつく」には「偏突く」(これは「業突く(業突く張り)」由来でしょう)の当て字があります。
又、「とんちき」には「頓痴気」と言う当て字がありますが、語源との関連はありません。
「乱痴気」と同じ当て字であり、その「らんちき」は「乱」に様態を俗的に表現する「ちき」が、
付いた物とされています。
「馬鹿を垂れる」、「染み垂れる」、「甘え怠れる」が人の性質を表す「たれ」に変化した様に、
異なる語源が合わさり、人の性質を表す接尾語の「ちき」となった可能性もあります。
真面目に「ちき」の語源を考えると……。
1、「わちき」や「あちき」の類推。
2、「ちく」の変化。
3、「てき」の変化。
4、「つく」の変化。
5、「きち」の転。
6、その他の「ちき」。
全くの推測ですが、上記の5つではないかと思います(完全なる私見)。
0437創る名無しに見る名無し
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2018/11/09(金) 18:50:09.62ID:iZAtW3nZ
1の「わちき」や「あちき」は、「わたくし」が変化した物です。
大元を辿れば、遥か古代の「倭国」の「わ」で、これは当時の日本人が自分の事を「わ」と、
称していた為と考えられています。
現在では「我」、「吾」の字が使われていますが、何れも中国語の「我(wo)」、「吾(wu)」と、
発音が似ているので古代の大陸言語を由来とする可能性もあるでしょう。
この「わ」が何等かの変化を経て、「公(おおやけ)」の対義語の個人を意味する「わたくし」へ、
それが次第に「自分」を指す様になり、一人称の「わたくし」が誕生しました。
「わたくし」から「わたし」となったのは確かですが、更に短い「わし」、「わて」等は、
「わ」からの変化か「わたくし」からの変化かは判りません。
「われ」は「わたくし」より以前から使われているのですが……。
面倒な事に「わ」と「あ」は、どちらが古いのか明確で無く、故に「わ」を「あ」に置き換わった、
「あたくし」、「あたし」、「あっし」、「あて」が存在します。
江戸時代から使われる様になったと言われる「わっち」ですが、これも「わ」からの変化か、
「わたし」からの変化か、今一つ判然としません。
「おれ」が「おれっち」、「おら」が「おらっち」になる様に、単なる接尾語なのかも知れません。
でも、辞書では「わちき」から「わっち」になったと書いてあります。
本当か?
個人的には「わたし」が「わっし」乃至「わっち」になり、そこに「き」が付いて、
「わちき」になった様に感じるのですが……。
説を補う物かは不明ですが、敬称として「〇〇さん」の代わりに「〇〇貴(き)」を使う、
地方もある様です。
要するに、一人称としての「俺様」とか「僕ちゃん」の類型では無いかと思うのです。
それは扨措き、この「わちき」を「わ」+「ちき」と解釈した事で、人を表す「ちき」が誕生したと、
推測するのが1です。
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