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ロスト・スペラー 17 [無断転載禁止]©2ch.net
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0001創る名無しに見る名無し
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2017/09/20(水) 19:39:30.53ID:RxuePOP2
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過去スレ
ロスト・スペラー 16
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ロスト・スペラー 15
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ロスト・スペラー 7
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ロスト・スペラー
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0097創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:35:01.88ID:vjfG47A2
彼女は「魔法使い」とは、「そう言う物」だと仮定して、会話を続ける。

 「シャンリー班長は『負けた』と言うんですか?」

マキリニテアトーは頷いた。

 「そうだ」

 「……誰に?」

 「私に」

予想通りの答を返され、ジラは落ち込んだ気分になった。
シャンリーがマキリニテアトーを超越しようとしていたと聞いた時点で、そうだろうと思っていた。
シャンリーは全てを承知で、最終試験に臨んだのだ。

 「貴方がシャンリー班長を殺した……」

 「彼女は私を上回れなかった」

 「貴方は何を予知したんですか?」

 「私は『彼女は予知魔法使いに成れない』と予知した」

ジラは沈黙した。
マキリニテアトーの予知通り、シャンリーは予知魔法使いに成れずに死した。
シャンリーは予知魔法の有用性を認めていたが、それは命に代えても求める様な物だったのか、
そこまでの価値を彼女は見出していたのか、ジラには何も解らない。
0098創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:39:55.48ID:vjfG47A2
マキリニテアトーは弁解する様に、ジラに告げる。

 「もし、彼女が見事に予知を成功させていたら、死んでいたのは私の方だった」

予知を外す予知魔法使いは、最早予知魔法使いではない。
それは彼も同じ事。
だが、本当に死ぬ積もりがあったのかと、ジラは疑った。

 「その時は自殺でもする積もりだったんですか?」

シャンリーの様に。

 「魔法を失い、存在価値が無くなれば、消えてしまう。
  真の魔法使いとは、『魔法の使い』なのだ。
  その命は魔法と共に在り、魔法失くして生きては行けない。
  それが私達『旧い魔法使い<オールド・ウィザーズ>』」

同じ言葉を繰り返され、ジラは不快になって沈黙する。
彼女は未だ、「真の魔法使い」を知らない。
マキリニテアトーは両目を閉じ、溜め息を吐く。

 「リン・シャンリーには期待していた。
  私の魔法を継いで、この命を終わらせてくれる者だと。
  ここは退屈で堪らない。
  外れない予知も」

そして皆、口を閉ざしてしまう。
気不味い沈黙を破ったのは、クァイーダ。

 「話は終わった?
  それなら帰りましょう」

彼女はジラに呼び掛けて、退出を促した。
0099創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:43:09.86ID:vjfG47A2
それに応じて徐に立ち上がったジラに、マキリニテアトーは言う。

 「ジラ・アルベラ・レバルト。
  予知魔法使いになる気は無いか?」

不意の問い掛けに、ジラは驚くと同時に激しい怒りを覚え、射殺す様な眼で彼を睨んだ。
シャンリーを死なせただけでは飽き足らず、新たな予知の犠牲者を求めているのかと。
しかし、マキリニテアトーは動揺しない。

 「君は将来、組織内の重要な地位に就くだろう。
  そして必ず、予知魔法を頼る。
  それに応じるかは、私の機嫌次第だ。
  どうだ、予知魔法使いにならないか?
  そうすれば――」

 「行きましょう、クァイーダさん」

ジラは彼の話を聞き終えない内に、クァイーダと共に退出した。
だが、ジラの心には確りと先の言葉が刻まれた。

――君は将来、組織内の重要な地位に就くだろう。
――そして必ず、予知魔法を頼る。

マキリニテアトーの予知は外れない。
魔導師会にとっては、利用価値があるだろう。
シャンリーの様に彼の予知を有効活用すれば、重大な危機を未然に防げるかも知れない。
それでもジラは彼を頼りにはしないと決めた。
一時の感情で意地になるのは良くないと思いながらも、今は予知通りになって堪るかと言う、
反抗心の方が勝った。
後に心変わりするかも知れないが、今は感情の儘に振る舞いたかった。
0100創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:46:19.64ID:vjfG47A2
沈黙して険しい顔をしているジラに、クァイーダは謝罪する。

 「……御免なさい」

 「何で謝るんです?
  何を謝る事がありますか?
  何か『私に』謝らなければならない事があるんですか?」

ジラは酷く不機嫌で、苛立った口調でクァイーダを責めた。
親衛隊の先輩後輩と言う間柄を弁えない、無礼な振る舞いと承知で、敢えて怒りを露にしていた。
クァイーダは静かに弁明する。

 「シャンリーの事……。
  私なら彼女を止められたかも知れない。
  ……止めていたとしても、止められなかったかも知れないんだけど」

 「でも、シャンリー班長が自分で決めた事なんでしょう?
  クァイーダさんはシャンリー班長とは、私より長い付き合いで、だから……」

全てを理解して、シャンリーの行動を止めなかったのではないのかと、ジラは言いたかった。
それならば、謝る必要は無い。
気分の悪い思いをさせたと言う事で謝っているなら、それは筋違いだと。
所が、クァイーダは意外な言葉を口にする。

 「私は彼女の友人として、十分な役目を果たせなかったかも知れない。
  シャンリーは外道魔法使いのマキリニテアトーに頼るより、自分が予知魔法使いになった方が、
  確実だって言ってた。
  彼の機嫌を伺って、気紛れに振り回される事も無くなるって。
  私は当然、それを上に報告した……けど、回答は無かった……。
  肯定も否定もされなかったと言う事は、『関知しない』と言う事。
  私は私の判断で、彼女を止めなかった。
  止めても良かったのに、そうしなかった」

今更そんな懺悔をされても困ると、ジラは首を横に振る。

 「私に言われても……」

 「御免なさい、どうしても告白せずには居られなかった」

クァイーダは俯いて黙り込む。
シャンリーが自殺した謎は解けたが、ジラの心には大きな痼が残る事となった。
0101創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:50:02.78ID:vjfG47A2
御存知

「存じる」は「知る」の謙譲語で、これに「御」を付けて尊敬語の意味で「御存じ」と言うのは、
現代国語的には間違いなのですが、歴史的には相当古くから使われている様です。
そこで尊敬語と謙譲語を区別する為に、尊敬語に限って「存知」を当てるのは、
個人的には良いと思います。
「存知」にも「知っている」、「理解している」の意味があり、然程違和感はありません。
「お披露目(お広め)」、「目出度い(愛で甚い)」、「数寄(好き)」、「出鱈目(出たら目)」、
「見栄」等と似た様な物だと思えば良いんじゃないでしょうか?
又、「知」の読みが「ぢ」になるのは、「下知(げぢ)」の例があります。
他、「下知(しもぢ)」、「文知(もんぢ)」等、固有名詞にも「知」を「ぢ」と読ませる例があります。
「知」の訓読みは「しる」、「しり」なので、「薄知(うすじ)り」、「生物知(なまものじ)り」、
「日知(ひじ)り」等、「し」に濁点が付いて「じ」になる例もあります。
0102創る名無しに見る名無し
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2017/10/14(土) 20:15:22.65ID:TwMjQHz/
ティナー動乱


第四魔法都市ティナーにて


唯一大陸各地で反逆同盟が事件を起こした影響は、徐々に深刻な領域に移りつつあった。
ティナー地方では外道魔法使い撃滅すべしと言う過激派が台頭した。
これは自己防衛論と結び付いて、市民の武装化を推進しようと目論んでいたが、
一部急進勢力が違法に魔導機を製造・販売・配布していた罪で魔導師会に裁かれると、
多くの市民の支持を失って、潮が引く様に弱体・沈静化して行った。
しかし、過激派は完全に沈黙した訳では無かった。
市内では相変わらず、少数の熱心な支持者の支援を受けた自己防衛論者が、
身の程知らずで口先だけの過激な主張を続けている。
彼等は人々の注目を集められなくなると、存在を誇示しようと益々過激な事を言う様になった。
一時期は自己防衛論に賛同していた市民も、余りに攻撃的な主張には疲れ始めた。
人々の心には不安と不満が募り、過激派の代わりに自分達の運命を預けられる政治的な集団、
或いは思想を求めていた。
0103創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/14(土) 20:17:34.08ID:TwMjQHz/
人々の心の隙を埋める様に、そこに「宗教」が入り込んだ。
その名も「協和会」。
尤も、判り易く自ら宗教を名乗ってはいない。
信徒になる条件がある訳では無いし、守るべき教義がある訳でも無い。
だが、それは確かに宗教だった。
協和会の思想は過激派とは違い、人間の融和と共生を訴えている。
共通魔法使い、外道魔法使いと言う枠組みに囚われず、戦うべき者とは戦い、
手を取り合える者とは協力すると言う、理想的な主張。
地方行政、市政は、魔導師会から距離を置くべきであると言う、独立的な主張も含まれていた。
それが上手く行くならば、魔導師会も問題にはしないが、見過ごせない所があった。
協和会の最大の支持者は、自己防衛論者を支援していたPGグループ。
会長は出自の知れない、レクティータ・ホワイトロードと言う「白い女」。
熱心な支持者は彼女を『会長<プレジデント>』ではなく、『主<ロード>』と呼ぶ……。
0104創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/14(土) 20:20:06.66ID:TwMjQHz/
「ロード」はレクティータの名字から取った渾名だとも言われるが、次々と支持者を獲得して、
急速に影響力を強めて行く彼女と比較すると、不気味な響きがある。
何故、過激派を支援していたPGグループは、正反対とも言える主張の協和会の支持に転じたのか?
本の数週前まで影も形も無かった「協和会」が表に出た頃には、既にPGグループが付いていた。
背後関係が全く読めない。
レクティータの周囲に、PGグループの影は無い。
彼女を取り囲んでいるのは、同じく出自の知れない者達だ。
レクティータは言葉数こそ少ないが、よく人前に姿を現し、支持者と接触する。
そこが在り来たりな権威者とは違う所で、目立つ容姿ながら、身を守ろうと言う発想が無いのか、
単独で出歩いたりもする。
大抵の者は彼女の容姿に驚き、近付く事さえ躊躇う。
勇気を持って接触した者は一転、彼女の超然とした態度に威圧され、平伏してしまう。
人間が自然と服従してしまう、目に見えない力を持っているかの様。
ロード・レクティータ――彼女の正体を魔導師会は既に掴んでいた。
0105創る名無しに見る名無し
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2017/10/15(日) 19:22:13.37ID:tLw34tR3
秋風の吹く頃、曇天にも拘らず、ティナー市街を協和会の二階建て馬車が走っていた。
屋根の無い2階部分で、レクティータと彼女の取り巻きが、市民に手を振っている。
馬車は交通の邪魔にならない場所で停車し、協和会の主張を演説する。

 「協和会は平和と共生を目指しています。
  今の私達に必要な物は、力ではありません。
  戦いを望む者は戦いによって滅びます。
  真の平穏は血の流し合いではなく、知恵の寄せ合いによって齎されるのです。
  皆さんの平穏を脅かす者があれば、協和会が面に立ちましょう。
  協和会が積極的に交渉し、話し合います。
  そして有事の際、最初に矢を受けるのも協和会です。
  私達は自分の利益の為に他人を煽動して戦わせようとする、言葉だけの人達とは違います」

過激派とは違う意味で「激しい」主張とは裏腹に、耳障りではない抑え目の穏やかな声。
思わず聞き入る人も居るが、演説者はレクティータではない。
彼女は馬車の上で美しい微笑を浮かべているだけ。
彼女に惹かれて、演説の内容とは無関係に、人が集まって行く。
演説は心地好いBGMの様な物で、人々の関心はレクティータに集中している。
老若男女を問わず、人々は一体彼女の何に惹かれているのか?
それに答えられる者は居ないだろう。
白いレクティータは見る者に美しく清涼なイメージを抱かせるが、そこに本質は無い。
人々は無意識に、彼女に対して随従の心を抱いている。
真っ白な外貌は、彼女の特異さを際立たせ、常人には無い物を持っていると感じさせる。
人々が彼女を見る目は、「偉大な物を仰ぐ眼差し」と同じなのだ。
0106創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/15(日) 19:25:24.47ID:tLw34tR3
魔導師会の親衛隊は通行人を装い、遠巻きに協和会の活動を監視していた。
出自の不確かなレクティータでは被選挙権を得られないので、彼女は直接市政に関われない。
だが、それで一切の政治的な活動を禁じられる訳では無い。
協和会の一員としての広報活動は可能なのだ。

 「あれが現代の聖君?」

 「そうらしい。
  あの外見だ。
  見間違う事は無い」

 「『神に選ばれし者』か……。
  見た目だけなら、そんな感じがしないでも無いが」

声を潜めて会話する親衛隊の2人に、背後から声が掛かる。

 「今日は」

行き成りの事に2人共、声こそ立てなかったが驚きを露にして振り返った。
声の主を認めて、2人は二度吃驚。
そこに居たのは八導師第2位のアドラート・アーティフィクトール。

 「えっ、ネク・アドラート!」

 「ははは、人違いではないかな?」

魔導師のローブを着ていないが、それでも親衛隊の2人は見間違えなかった。
魔導師ともなれば、風貌だけでなく、魔力の流れで個人を判別出来るのだ。

 「いいえ、貴方は確かに――」

 「取り敢えず、落ち着きなさい」

 「……ネク・アドラート、何故ここに?」

アドラートの意図を察して、2人は何でも無い振りをする。
その対応にアドラートは満足気に頷いて、話を続けた。

 「ウム、『彼女』と接触してみようと思ってな」
0107創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/15(日) 19:29:53.16ID:tLw34tR3
アドラートの言葉に、親衛隊の2人は三度驚く。

 「御(おん)自ら!?
  それは不味いですって!」

八導師と言えば、魔導師会の最高指導者。
その第2位は次期最長老となる事が確実な大物中の大物である。
従者を伴わず現場に赴く事さえ有り得ないのに、自ら要注意団体の重要人物に接触しよう等、
親衛隊でなくとも到底見過ごせる行動ではない。

 「しかし、私以外には出来ない事なのだ。
  従者を伴えば、嫌でも目立ってしまう。
  こうするより他に無い」

八導師は余り表に出ないし、人前に姿を現す時には必ず、警護の親衛隊員を伴っている。
その場では八導師である事が暴(ば)れなくても、どこで誰が見ているか分からないのに、
週刊誌にでも嗅ぎ付けられて、有る事無い事触れ回られては困る。

 「接触するだけでしたら、後で魔導師会から公式に――」

 「それでは警戒される」

 「何を目的として、接触なさるのですか?」

当然の疑問を口にした親衛隊員に、アドラートは真剣な顔付きで答えた。

 「『彼女』が本当に私の知る『彼女』なのか……。
  容姿は同じでも、中身まで同じとは限るまい」

 「中身……とは?」

 「人格や性格だよ。
  それを確かめられるのが、私だけなのだ。
  もしもの時は頼むよ」

 「ええっ!?
  ネク・アドラート!」

 「その呼び方は止めてくれ」

親衛隊員の困惑を余所に、アドラートは二階建ての馬車に向かって行く。
0108創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/16(月) 19:51:40.89ID:RD1Nz5w+
任務の性質上、ここで騒ぎを起こす訳には行かず、2人の親衛隊員は事の成り行きを見守った。
レクティータは馬車から降りて、人々と握手を始める。
こうやって身近な人物であると印象付け、親近感を持たせるのだ。
取り巻きの者達は、彼女の後方に控えており、襲撃を受ける心配は全くしていないかの様。
アドラートは群集に混じって、レクティータと接触出来る機会を待っていた。
――レクティータの取り巻きの正体は、反逆同盟の者達である。
吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカと、予知魔法使いジャヴァニ・ダールミカ、狐獣人ヴェラの3体。
彼女等は魔力を遮断するローブを着て気配を消しているが、優れた魔法資質の持ち主が、
疑いの目を持って注意深く3人を観察すれば、魔力の流れが無い事を怪しいと感じるだろう。
八導師であるアドラートが、取り巻き達の不自然な装いに気付かない訳が無かった。
一方で、フェレトリとヴェラも、アドラートが徒者でない事を見抜いていた。
彼が纏う魔力の流れは、周りの人間と比較して、妙に整っている。
それは櫛で梳いた糸の様だ。
ヴェラはアドラートを警戒して、ジャヴァニに囁く。

 「あいつ、変な感じ」

ジャヴァニが無言で頷くと、フェレトリも続いた。

 「予知では何とある?」

彼女からは抑え切れない殺気が滲み出ている。
ジャヴァニは冷淡に答えた。

 「安心して下さい。
  何も起こりはしません」

だが、フェレトリは納得しない。
不満を露にした眼でジャヴァニを睨んでいる。
アドラートを脅威になるかも知れないと感じているのだ。
0109創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/16(月) 19:54:11.72ID:RD1Nz5w+
フェレトリは執拗にジャヴァニに同意を求めた。

 「今ここで始末した方が良くはないか?
  どうにも嫌な予感がしてならぬ」

 「私達は『協和会』の者として、この場に居ます。
  迂闊な行動は取れません。
  どうやって、これだけの人に気付かれず、始末すると言うのですか?」

 「我が下僕を使う。
  協和会を敵視する、不埒者の仕業と言う事にすれば良かろう」

 「下手な工作は魔導師会に見破られてしまいます。
  この『計画』が失敗したら、後が無くなると申し上げた筈」

反論するジャヴァニの口調が徐々に刺々しくなる。
それに応じて、フェレトリの口調も挑発的な物に変じた。

 「後が無くなる等と大袈裟な。
  この様な迫々(こせこせ)した計画が挫けた所で、何の問題があると言うのか?」

フェレトリはジャヴァニとは違い、この計画は遊びの様な物だと思っていた。
強大な力を持っているが故に、一々人心を掌握して撹乱を狙う真似が、迂遠に見えるのだ。
もし失敗しても、圧倒的な力で叩き潰せば良い。
マトラも同じ考えだろうと彼女は理解している。
小細工が必要になるのはジャヴァニが「弱者」だからと、フェレトリは軽蔑していた。

 「マスターノートに逆らうな」

ジャヴァニは今まで他人に見せた事が無い、鬼気迫る表情と、低く重々しい声で、
フェレトリに忠告する。
何事かとフェレトリは目を見開き、硬直した。

 「……その必死さに免じて、見過ごしてやろう」

彼女は気圧された事を覚られない様に、強がりの言葉を吐いて物見を決め込む。
0110創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/16(月) 19:58:08.31ID:RD1Nz5w+
アドラートがレクティータと握手をする瞬間が訪れる。
軽く手を握っただけで、直ぐに次の人に対応するべく、移動しようとしたレクティータの手を、
アドラートは強く握って止めた。

 「ロード・レクティータ!
  私を憶えていませんか?」

魔城事件で彼女とアドラートは対面している。
ここで「頷く」か、「惚ける」か、アドラートは見極めようとした。
レクティータはアドラートの目を真っ直ぐ見詰めた。
そして小首を傾げ、暫し思案する仕草を見せた後、真剣に言う。

 「済みませんが、記憶にありません。
  人違いでは?」

それと同時に、馬車に乗り込んでいた数名の黒服の男達が飛び出して来た。
危険を感じたアドラートはレクティータから手を離すが、視線は外さない。
黒服の男達は2人の間に割って入る。

 「お爺さん、困りますよ」

彼等はアドラートを押し退けると、レクティータを庇う様に彼女の両脇を固めた。
群集との握手は続行される。
アドラートはレクティータを見詰め続けており、レクティータも視線が気になって仕方が無い様子。
黒服の男が体で視線を遮るも、彼女は握手が終わってからもアドラートを気に懸けていた。
馬車の中で黒服の男はレクティータに尋ねる。

 「ロード・レクティータ。
  あの老人とは知り合いですか?」

 「いいえ、そんな筈は無いのですが……気に懸かります。
  彼が嘘を言っている様には思えなかったので……」

 「大方、どこかで偶々目が合ったのを誤解したのでしょう。
  よくある事です。
  お気になさらず」

彼は適当な事を言って、気にしない様に諭した。

 「ええ……、そうですね」

レクティータは引っ掛かる物がありながら、助言通りに振り払う。
0112創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/17(火) 19:11:44.85ID:hd+lk/k0
一連の出来事を観察していたフェレトリは、ジャヴァニに改めて尋ねる。

 「本当に止めなくて良かったのか?
  何やら『仕掛けられた』様であるが」

ジャヴァニは短い沈黙を挟んで答えた。

 「影響はありません」

直ぐに断言すれば良い物を、妙な間を置いた所為で、フェレトリには疑心を抱かれる。

 「本当に『ノートの通り』にしておれば良いのか?
  否、そもそも現状はノートの通りなのか?」

 「ノートに従っていれば間違いはありません。
  ノートを疑い、奇怪(おか)しな真似をするから、未来が狂うのです。
  ノートの通りにしていれば、計画は必ず成功します。
  そう、ノートの通りにしていれば……」

ジャヴァニはノートを抱え込み、自己暗示を掛ける様に繰り返した。
それをフェレトリは鼻で笑う。

 「魔城アールチ・ヴェールでは、余計な邪魔が入ったが、あれも予知通りか?」

 「私は同行しなかったので、何とも言えません。
  未来とは小さな事象の積み重ねで、如何様にでも変わる物。
  しかし、この計画だけは何が何でも成功させます。
  その為に私は、ここに居ます。
  皆さんには何が何でもノートに従って頂きます」

この作戦にジャヴァニは命を賭けていると言っても、過言では無い。
所詮は遊び、小娘の飯事に付き合ってやるとしようかと、フェレトリは小さく溜め息を吐いた。
0113創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/17(火) 19:15:43.34ID:hd+lk/k0
一方、八導師アドラートは2人の親衛隊員の元に戻り、得られた情報を教えた。

 「あの聖君は本物だ。
  『成り済まし』ではない。
  しかし、記憶を消されている様だ」

 「記憶を消す?
  しかも、聖君の?
  そんな事が出来るのは……」

聖君と言えば、神聖魔法使いの指導者。
当然、神の加護と強大な力を持っていると予想されるが……。
アドラートは両腕を胸の前で組んで零した。

 「奴等は搦め手も得意な様だな」

彼の一言に親衛隊の2人は驚いた。

 「反逆同盟が絡んでいるのは、確定ですか?」

 「ああ、間違い無い。
  しかし、その気になれば都市を壊滅させられる程の圧倒的な力を持っていながら、
  市民を利用した小細工を仕掛けると言う事は、それなりの目的がある筈だ。
  愉快犯だとしても、必ず裏に間(あわ)好くばと言う狙いがある」

 「それは……?」

 「分からない。
  聖君を私達に始末させようとしているのかも知れないし、市民と魔導師会の離間工作を、
  企てているのかも知れない。
  我々が反逆同盟の目的を阻止しようと、協和会の活動に強引に介入すれば、
  少なくとも協和会を支持している集団は、魔導師会に反発するだろう」

 「我々は、どうするべきなのでしょう?」

2人の問い掛けに、アドラートは暫し沈黙して思案する。
0115創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/17(火) 19:18:26.47ID:hd+lk/k0
 「取り敢えずは、協和会の監視を続けて、襤褸を出すのを待つしか無い。
  反逆同盟は本気で市民を味方に付けようとは思っていないだろう。
  精々、我々を戦い難くする為の駒か盾の扱い……」

既に協和会には魔導師会の者が潜入している。
勿論、協和会側も監視されている事は把握しているだろう。
根気強く待ち続ける事が重要だ。

 「分かっていても手が出せない状況は、歯痒いですね……」

歯噛みする親衛隊員をアドラートは諭した。

 「焦っては行かんぞ。
  幾ら市民の間に協和会への支持が広がろうと構わん。
  そんな物は不祥事が発覚すれば一気に吹き飛ぶ。
  だが、偽情報には気を付けよ。
  裏が取れた確実な話以外は信用するな。
  慎重には慎重を期し、逃れようの無い決定的な証拠を掴むまでは、息を殺して耐え忍ぶのだ」

 「はい、確と心に刻みました」

 「ウム、任務の邪魔をして済まなかった」

唯一大陸最大の都市ティナーで、人知れず魔導師会と反逆同盟の静かな戦いが始まった。
先ず、「魔導師会が協和会を警戒している」と言う噂が週刊誌から広がる。
これは魔導師会側が意図的に流した情報で、牽制の一撃だった。
協和会は外道魔法使いとの共生を訴えているが、「魔法に関する法律」に抵触する行為が無いか、
懸念していると。
明確には犯罪者扱いせず、そう言う「疑いがある」事を間接的に広めて、動揺を誘う作戦だ。
魔導師会に「睨まれている」組織と判れば、市民の中には関係を躊躇う者も出て来る。
特に、企業系は支援を控える。
0116創る名無しに見る名無し
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2017/10/17(火) 19:20:22.09ID:hd+lk/k0
大企業である程、体裁を気にするので、協和会と付き合いを続けられる団体は限られて来る。
残った団体は、その思想に本心から共感しているか、「弱味」を握られているか……。
中でも魔導師会が注目しているのは、自己防衛論者を支援していたPGグループの出方。
PGグループは不祥事を起こした自己防衛論者を切り捨てる様に、協和会の支援を始めた。
ここで協和会をも切り捨てるのか、未だ関係を続けるのか、その判断を待っていた。
結果、協和会とPGグループの関係は弱まらなかった。
PGグループを監視していた親衛隊員のヴァリアンは、こう報告した。

 「一寸、不味い状況です。
  PGグループの総帥アドマイアー・パリンジャーは、協和会の会長に惚れ込んでいる様です。
  あー……、勿論、人物的な意味で。
  どうやらアドマイアーはレクティータこそが、彼の目指す帝王政治の頂点に立つべき人物だと、
  詰まり、ティナー市、延いてはティナー地方を統べる『帝王』になるべきと考えている様なのです。
  現代で聖君が帝王の座に就くなんて、悪い冗談です。
  どんな化学反応が起きるか……。
  しかも、アドマイアーの一目惚れらしく、独断で唐突に協和会への支援を決定した事に、
  内部でも戸惑いがありました。
  一方で役員や幹部達は何も言いません。
  初期こそ不満の声が上がりましたが、直ぐに沈静化しました。
  幾らアドマイアーがグループ内では絶対的な権限を持つ『総帥』でも不自然です。
  彼が自己防衛論に傾いた時でさえ、異論があったと言うのに……」

ここに来て一時は敵対関係にあった自己防衛論者と魔導師会は、裏で共闘する事になる。
自己防衛論者はPGグループの方針転換を「裏切り」と捉えていた。
支援を打ち切られたのは仕方が無いにしても、外道魔法使いとの共生を訴えるとは論外だと。
市民の支持を失いつつあった自己防衛論者は、魔導師会が協和会を警戒していると言う噂に、
一縷の望みを託して魔導師会との接触を図った。
0117創る名無しに見る名無し
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2017/10/18(水) 19:08:15.84ID:avJKrntM
魔導師会は、自己防衛論者の政党である『防護壁<バリア・ウォール>』から『協和会<ハルモニア>』へと、
恥知らずにも転身したガーディアン・ファタードを釣り出す事に成功した。
執行者が自己防衛論者と共謀し、「協和会への転身を考えている元自己防衛論者」を装って、
ガーディアンを呼び出したのだ。
ガーディアンは協和会の中では、変節漢と見られて侮られ、冷遇されていた。
その対応に不満を持っていた彼は、仲間が増える事を喜んでいた。
近々協和会は市政党に立候補者を出馬させる。
組織に於いても、選挙に於いても、数は力である。
その「力」が今、ガーディアンの元に転がり込もうとしているのだ。
何も知らず、揚々と喫茶店に姿を現したガーディアンを、執行者2人と自己防衛論者2人は、
内心で嘲笑いながら迎えた。
開口一番、自己防衛論者が中央訛りで皮肉を飛ばす。

 「よう伸う伸うと現れたのう。
  景気好さ気な顔しとるやんけ」

 「ハハッ、そうでも無いて。
  ンな事より、協和会に入りたいんやろ?」

ガーディアンは軽く受け流して話を進めたがったが、それは執行者が許さない。

 「その前に聞きたい事がある。
  どうして協和会に入った?」

厳しい言葉を受けても、ガーディアンは涼しい顔で両肩を竦め、呆れを表した。

 「はぁ、ンな下らん話をしに来たんやないで。
  どうでも良え事やろが?」
0118創る名無しに見る名無し
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2017/10/18(水) 19:11:01.90ID:avJKrntM
その発言に自己防衛論者の元仲間が目付きを険しくする。

 「あ?
  今、何て言うた?」

ガーディアンは慌てて咳払いをし、真面目な顔で弁解を始めた。

 「弱小では何を言うても相手にされん。
  お話にならんのや。
  大事を成し遂げる為には、影で耐え忍ぶ事も必要なんやって」

 「何やねん、その『大事』ってのァ?」

元仲間に問い詰められたガーディアンは、語り始める。

 「自分の身は自分で守れる様にならなあかん。
  それが自己防衛論の始まりやった筈や。
  魔導師会が当てにならんさかいな。
  んでな、頭冷やして、よぉ〜う考えてみぃ?
  魔導師会が勝てん様なのに、素人が武器持って勝てるかいな?」

それは正論だ。
だからこそ、自己防衛論の支持の拡大には限界があった。

 「な、どう考えても無理やろ?
  ンなら、『我々に出来る事は何か』と言う事を突き詰めると、喧嘩は止めて仲良うしようやって、
  言い続けるしか無いやん」

ガーディアンの論には一理あるが、致命的な欠点が存在する。

 「誰に?」

 「そらぁ……」

「仲良くしよう」と訴える相手が分からないのだ。
共通魔法社会を破壊しようとしている勢力があるのは確実だが、交渉の窓口が無い。
その正体が判明しているなら、魔導師会も苦労はしない。
0119創る名無しに見る名無し
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2017/10/18(水) 19:20:10.20ID:avJKrntM
ガーディアンは判り易く沈黙した。
彼は元仲間の冷ややかな視線に耐え切れず、何とか言葉を搾り出す。

 「いや、でも、協和会は解っとるみたいやで……?
  誰かに嗅ぎ付けられて横槍入れられたら困るて事で、詳しくは言われへんらしいけどな。
  問題は『仲良うしようや』と言う半面で、『打ち殺したる!』て叫んどる連中が居る事や。
  そんな物、相手からしたら『仲良うしたろかなぁ』て気も失せるやろ?
  取り敢えず、全員の意見が『仲良うしよう』で統一される事が重要なんや。
  その為の協和会なんやで」

その「打ち殺す」と叫んでいた側の人間だった癖に、清々しいまでの掌の返し振りだと、皆呆れた。
ガーディアンの話は理屈は通っているが、説得力は無い。
「詳しくは言えないらしい」とガーディアンが言ったのは、失言だった。
少なくとも、「らしい」は余計。
彼は組織の中で、重要な地位に無い事を自白したのだ。
吐いた唾は呑めず、突き刺さる様な元仲間の視線に、ガーディアンは誤魔化す事しか出来ない。

 「待てや、待てや。
  自分等、協和会に入りに来たんと違うんかい!
  何や、先から儂(わい)を疑(うたぐ)っとる様な!
  良えんやで、この話は終いにても」

俄かに強気に話を打ち切ろうとした彼に、元仲間は嘲る様な笑みを向けて言う。

 「お前、俺等が何も知らんとでも思っとるんか?
  知っとるんやで。
  お前、向こうで冷や飯食わされとるらしいな」

ガーディアンの顔が怒りと羞恥で真っ赤になった。

 「なっ、そなっ……」

動揺の余り言葉を詰まらせる彼に、元仲間は追い討ちを掛ける。

 「大方、アドマイアーとか言う爺さんに泣き付いたんやろ?
  お情けで拾うて貰(もろ)たんよなぁ?」
0120創る名無しに見る名無し
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2017/10/19(木) 19:17:08.01ID:2Quix3Qd
全部図星だったので、ガーディアンは何も言い返せない。
有利に立てない交渉に意味は無いと、彼は逆上した振りで席を立とうとする。
それに自己防衛論者の元仲間が反応する。

 「おう、逃げるんかぁ?」

 「何やとっ……!」

自尊心が強いガーディアンは挑発を聞き過ごせず、足を止めた。
そこへ透かさず、執行者が意味深に呼び掛ける。

 「冷や飯食いの儘、終わる積もりは無いんだろう?」

 「何や、その言い方は……」

 「まあ座れよ。
  交渉は『対等<イーヴン>』に。
  それが基本だよな」

ガーディアンは渋々席に戻った。
彼の虚飾を取り払って、漸く真面に話が進められる。
一方的な関係だと思われた儘では、交渉は上手く行かない。
話は仕切り直され、改めて自己防衛論者がガーディアンに尋ねた。

 「――で、本当の所、どうなんや?
  別に協和会の事なんか、どうとも思ってへんのやろ?」

ガーディアンは周囲の目を気にして、曖昧に言う。

 「……ん、マァ、そぅ……」

 「何を気にしとるんや?」

その問いに、ガーディアンは声を落として答えた。

 「いや、どこで見られとるか分からんし……」

執行者の2人は互いに目配せして、監視されている気配が無い事を確かめ合う。
元仲間は明るく言い放つ。

 「良えやないか、誰に見られようと、悪い話しとる訳やなし。
  お前、この儘やと一生芽ぇ出んで?
  協和会の事、何も知らされてへんのやろ?」
0122創る名無しに見る名無し
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2017/10/19(木) 19:22:38.74ID:2Quix3Qd
声が高いと、ガーディアンは身振り手振りで抑える様に指示して、話を続けた。

 「知らされてへんっちゅうか、深入りしたくないねん」

 「何や、怯者(へたれ)か」

 「自分等、よう知らんから好き放題言えんねや。
  お偉いさんは皆、『主<ロード>』、主やで?
  本真(ほんま)、頭狂(イカ)れとる」

 「主、主言うだけで、お偉いさん成れんなら、安い物やろ」

 「違うねん、そう言う薄っ平いのを許さん『何か』があんねん」

 「『何か』て、オカルトかいな」

元仲間に突っ込まれ捲くって、ガーディアンは沈黙してしまった。
数極後に、執行者が新しく話を切り出す。

 「ガーディアンさん、協和会が魔導師会に睨まれてるのは、知ってるよな?
  外道魔法使いと関係があるかも知れないって疑いで」

ガーディアンは面を上げて、小さく頷いた。

 「ああ、それが何か……?」

 「その現場を押さえて、魔導師会に売り込んだら、どうなるだろうなぁ……」

 「当てがあるんか?
  いや、しかし……」

彼は執行者の呟きに食い付き掛けて、思い止まる。
そこへ元仲間が囁き掛ける。

 「俺等が仲介したる。
  何も無かったら、無かったで構へん。
  どや、乗るか?
  それとも……、この話、密告(ちく)るか?」

これは「撒き餌」だ。
密告すればガーディアンは組織内で、ある程度優遇されるかも知れない。
そうなれば彼は続けて、元仲間から情報を仕入れようとするだろう。
もし何の褒賞も無ければ、ガーディアンは反発して、元仲間と縒りを戻し、密通するだろう。
0123創る名無しに見る名無し
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2017/10/19(木) 19:24:15.38ID:2Quix3Qd
ガーディアンは怪しんで返事を躊躇ったが、やがて悩む事を止めて頷いた。

 「何ぼ『元』でも『同志(なかま)』を売る程、儂は零落れとらんで。
  今の話、考えとくわ」

彼は格好付けた台詞を吐いて、喫茶店から出て行ったが、その言葉を信じた者は居なかった。
必ず、ガーディアンは密告する。
そう言う節操の無い人物だと見切られていた。
そして、その通りにガーディアンは確り密告した。
彼は協和会内に信用出来る上役が居なかったので、報告はアドマイアーに行われた。

 「総帥、是非お耳に入れて頂きたい事が御座います」

ガーディアンは防護壁の党首だった頃は、アドマイアーとも対等な関係だったのだが、
今や完全に謙る様になってしまった。
アドマイアーは冷徹な眼差しを、彼に向ける。
その威圧感にガーディアンは畏まり、速やかに重要な事柄を告げた。

 「魔導師会が自己防衛論者と結託し、協和会を探っている様です」

 「どこから得た情報だ?」

 「私独自の情報網です」

情報網と言う程の物は無いのだが、彼は見栄を張った。
この様にガーディアン・ファタードは自分を飾らなければ、真面に話が出来ない男なのだ。
0124創る名無しに見る名無し
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2017/10/19(木) 19:25:46.41ID:2Quix3Qd
アドマイアーは無言でガーディアンを睨み付けている。
それをガーディアンは堂々と見詰め返して言った。

 「これでも元党首ですから。
  人脈は豊富です」

これも嘘だ。
彼にあるのは浅く広い付き合いのみで、正体が軽薄な人間だと言う事を知っている者は、
重要な情報を渡さない。

 「分かった」

数極後にアドマイアーは短い一言を発して、背を向けた。
ガーディアンは焦って、取り縋った。
彼は重大な報告をした積もりだったのに、余りに反応が薄い。

 「ま、待って下さい、総帥!
  本当です、信頼出来る筋からの情報です!」

 「『分かった』と言った」

 「いや、そうではなくてですね……。
  この情報を得るのにも、それなりの苦労をですね……。
  それに報いる何かが欲しいと思うのは贅沢ですか?」

明から様に見返りを求めるガーディアンに、アドマイアーは真顔で言う。

 「君は協和会の人間だろう?
  自らの行いに見返りを求めないと言うのが、教義では無かったかな」

 「そ、そうは言っても、それでは世の中やってけませんよ、へへへ……」

ガーディアンの弁明を聞いた彼は、沈黙して思案した。

 「……まあ、『協和会』から何かあるだろう。
  私も口添えしてみる」

 「えっ、えぇ……」

アドマイアー自身はガーディアンに金品を呉れてやる積もりは無いらしく、冷淡な返事。
ガーディアンは不満に思いながらも、協和会からの褒美を期待する事にした。
0125創る名無しに見る名無し
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2017/10/20(金) 19:12:41.91ID:NIj8gxi7
後日、ガーディアンは協和会の会館内にある「本殿」に招かれた。
この会館は協和会がPGグループから借りている建物である。
PGグループの旧本館を再利用した物で、4棟に分かれており、正面に本部機能を持つ本館、
その左右に別館、裏に本殿が配置されている。
本殿に自由に出入り出来る人物は、レクティータと彼女の側近、それにアドマイアーのみで、
他の者は招かれなければ入れない。
何が待っているのかと、ガーディアンは期待と不安半々で、白いローブを着た案内の女に、
従って歩いた。
協和会の女性会員の中でも、特にレクティータに近い者は皆、彼女の様に白いローブを着て、
「シスター」と呼ばれている。
男性会員にも白いローブを着た物はおり、そちらは「エルダー」と呼ばれているが少数だ。
本殿の装いは異空間の様。
精神が不安定になる様な眩い白一色に、何を意匠したのかも不明な石膏像が配われている。
窓は一つも無く、深寥と静まり返り、冷えた空気が漂う。
本殿の2階に案内されたガーディアンは、大部屋の前で待機させられた。
これから何があるのかは容易に予想出来る。
恐らくは会長であるレクティータとの対面。

 (来る所に来たって感じやな……)

何時までも下っ端では居られないので、これは好機ではあるのだが、どうしても一抹の不安が、
拭い切れない。
無音と白色の中、時間の感覚が狂って、眩暈が襲う。

 (こら敵わんわ。
  デザインした奴、阿呆なん違うか?
  ええぃ、早う誰か来んかい)

待ち疲れて、壁に縋ろうとした所で、お呼びが掛かった。

 「ガーディアン・ファタード様、どうぞ」

扉が開いて、一際眩い白が目に入る。

 (わっ、何や……?)

堪らずガーディアンは目を閉じ、恐る恐る薄目を開けた。
0126創る名無しに見る名無し
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2017/10/20(金) 19:16:13.07ID:NIj8gxi7
ガーディアンの正面には高台があり、そこにレクティータが座している。
彼女の周りには多数のシスター達が待機しており、丸で王か皇帝の様だ。

 「どうぞ、お入り下さい」

棒立ちしているガーディアンに、シスターの1人が近付き、入室を促す。
ガーディアンは胸を張って前進した。
彼に入室を促したシスターは、静かに扉を閉めて、退路を塞ぐ様に、その場に留まった。
ガーディアンは緊張で背後にまで気を配れない。
彼は勝手が分からず、部屋の中央辺りで立ち止まった。

 「もう少し前へ」

レクティータの横に立っているシスターに指示され、ガーディアンは2歩だけ踏み出した。
彼女は最高位のシスターで、何時もレクティータの傍に控えており、「マザー」と呼ばれている。
ガーディアンに直接に声を掛けるのは、これが初めて。

 「もう少し」

更に2歩前へ。
先からレクティータは一言も発さない所か、微動だにしない。
人形かと思う位だ。
普段から口数は少ない方だが、ここまで黙(だんま)りではない。
代わりに、マザーが指示を出している。

 「歓待の酒を持て」

それを受けて、手提げ籠を持ったシスターが、グラスとボトルをガーディアンに差し出した。
ガーディアンがグラスを受け取ったのを確認したシスターは、その場でボトルを開けて、
グラスの半分まで酒を注ぐ。
濃厚な赤紫色の液体は強い甘い香りを放っている。
どうやら『葡萄酒<グレム・コール>』の様だが、僅かな粘性が不気味。
0127創る名無しに見る名無し
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2017/10/20(金) 19:27:04.31ID:NIj8gxi7
手提げ籠を持った女は、今度はレクティータの元に向かい、彼女にもグラスを渡して葡萄酒を注ぐ。
その間に、マザーがガーディアンを呼び出した理由を話した。

 「ガーディアン様から貴重な情報を提供された旨、アドマイアー様から伺いました。
  魔導師会が自己防衛論者と結託して、協和会を探っていると。
  私達の活動が理解されない事は残念ですが、権威に屈する訳には行きません。
  ガーディアン様、貴方の協和会への献身を嬉しく思います。
  感謝の意を表し、私達はガーディアン様を新たな『エルダー』として、お迎えします。
  それでは……整った様ですね。
  ガーディアン様、御一緒に。
  乾杯!」

マザーの掛け声で、レクティータは杯を高く掲げると、時間を掛けて酒を飲み干す。
ガーディアンは杯を上げる所までは真似た物の、口を付けるのは少し躊躇う。

 「ガーディアン様、如何なさいました?
  どうぞ、遠慮なさらず」

彼は思い切って、酒を呷った。
味は普通の葡萄酒である。
粘性がある為、喉に絡むが、変な味はしない。
数極後に酒気で体が熱(ほて)り始める。
嫌に酔いの回りが早いと、ガーディアンは訝った。
味も香りも粘りも濃厚だったが、そんなに酒気が濃い感じはしなかった。
マザーが演説を始める。

 「血酒の交盃は不壊の盟約。
  ガーディアン様は今、本当の意味で私達の仲間になりました。
  喜びの深きは悲しみの深き。
  苦楽を共にし、背信を許さず――」

――しかし、そこで彼の記憶は途切れてしまう。
酔っ払って倒れてしまったのでも、意識が朦朧としたのでも無く、突然の昏倒。
ガーディアンが目を覚ました場所は、『混凝土<コンソリダート>』の壁に囲まれた、狭く薄暗い部屋だった。
0128創る名無しに見る名無し
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2017/10/21(土) 18:52:01.75ID:zLDh5Tbu
訳の分からない状況の変化に、ガーディアンは俄かに焦り出す。
部屋の戸を押してみるが、案の定、開かない。
彼は乱暴に戸を叩いて、大声で喚いた。

 「オイ、ゴラァ!!
  何や、これは!!
  こんな所(とこ)に儂を閉じ込めおって、どうする気や!!」

そうすると1人のシスターが来て、戸を「押し開ける」。

 「どうなさいました?」

彼女の声は至って冷静だ。
男の怒鳴り声にも、全く動揺していない。
戸が内開きだった事に今更気付いたガーディアンは、乱暴な言葉遣いをした事を気不味く思った。

 「あ、い、いや、何でもありません……。
  ここは何なんですか?」

 「地下階の個室です。
  ガーディアン様が行き成り倒れられたので、皆心配していましたよ」

 「あぁ、そうでしたか……。
  や、面目無い。
  酒は強い方だと自負していたんですが……。
  あの酒、何か入ってたんですか?」

 「フフフ」

シスターは微笑むばかりで、何も答えない。
丸で誤魔化す様に、彼女は言う。

 「意識は確りしている様ですね。
  外に出ましょう。
  こちらへ。
  私に付いて来て下さい」

不審に思ったガーディアンだが、地下に長居する積もりは無かったので、大人しく従った。
0130創る名無しに見る名無し
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2017/10/21(土) 19:05:27.19ID:zLDh5Tbu
廊下には真面な照明が無く、全体的に薄暗いが、先が見えない程ではない。
2人の足音だけが不気味に響く。
ここも本殿の筈だが、何故か「白くない」。
地下まで飾る必要は無いと言う事か……。

 (陰気な所やな)

廊下の左側には、4身程度の間隔で、戸が並んでいる。
恐らくは自分が入れられていた部屋と同じ様な、個室だろうとガーディアンは思った。
そうならば、何の為に狭い個室が複数用意されているのか……。
暫く歩いて左折すると、今度は右側に扉が見えた。
その前を通り掛かった時、丁度1人のシスターが中から出て来る。
同時に、複数の男女の笑い声や呻き声が漏れた。
彼女は慌てて扉を閉めると、同僚とガーディアンに一礼をして、足早に去って行った。
ガーディアンは率直な疑問を口にする。

 「何ですか、この部屋は?」

 「ここは要人をお迎えする、特別な部屋です」

 「要人?」

先程聞こえた声は、色に乱れた男女の物だった。
ガーディアンも男なので、女の嬌声が特に印象強く耳に残った。
ナイトクラブや乱交と言う単語を、彼は思い浮かべる。

 (この事、アドマイアーは知っとるんかいな?
  到底許しそうには思えんで……)

眉を顰めるガーディアンに、シスターは囁く。

 「他言は無用に願います」

 「あぁ、応、こんな事、余所では言えんわな」

2人が少し歩くと、地上階に上がる階段に着いた。
0132創る名無しに見る名無し
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2017/10/21(土) 19:10:12.51ID:zLDh5Tbu
嫌に長い階段を上り切った後、シスターは浮かない顔のガーディアンに、エルダーの白いローブを、
手渡しながら言った。

 「貴方も協和会に更なる功労と献身があれば、『要人』に仲間入り出来ますよ。
  その時には……」

彼女は受け渡しの際、自然にガーディアンの手を取って、意味深に微笑む。
ガーディアンは愛想笑いして、何も答えなかった。
今の彼には金も権力も無い。
そんな彼に出来る事と言ったら……。
翌日、ガーディアンは再びアドマイアーを捉まえて、協和会の本性を伝えようとした。

 「総帥、お話があります」

 「どうした?」

エルダーの白いローブを着て現れたガーディアンにも、アドマイアーは驚きを見せない。
当然の事の様に構えている。
ガーディアンは明から様に声を潜めて、如何にも深刻そうに告げる。

 「『本殿』の地下の事ですが――」

 「あぁ、その事か……」

予想外のアドマイアーの反応に、彼は驚愕した。

 「ご、御存知で?」

アドマイアーは本の僅かな動揺も見せず、静かに頷く。

 「良いんですか、あんな事を許して!」

ガーディアンは別に正義感から諫言したのではない。
密告すれば見返りがあると思ったのだ。

 「欲に溺れる者は、溺れさせておけば良い。
  所詮その程度の連中だ。
  『必要な物』を提供し、役に立ってくれさえすれば」

その冷徹な判断に、ガーディアンは悪寒を感じた。
嘗ての自分や自己防衛論者達も、同じ立場だったのだ。
0133創る名無しに見る名無し
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2017/10/21(土) 19:18:06.83ID:zLDh5Tbu
それでも彼は訴え続けた。

 「この事が明るみに出れば、協和会は潰れます!」

自分の寄生している組織が潰れる事を、彼は望んでいなかったが、大きな闇を隠している組織に、
所属し続ける事に危機感を覚えてもいた。

 「解っている。
  何時までも隠し通せる物では無いだろうな。
  まあ……、その時は、その時だ」

アドマイアーには考えがある様だが、ガーディアンには一向に伝わらない。

 (本真に解っとんのか、こいつ!)

彼は内心で毒吐き、尚も忠告する。

 「協和会とは手を切りましょう。
  出来るだけ早い方が良いです」

彼は機を見るに敏だった。
協和会と関係を持ち続けると危険だと、本能的に察していた。
アドマイアーは苦笑する。

 「君は協和会の一員では無かったかな?
  立派なローブまで着込んで」

 「そんな事、言ってる場合じゃないでしょう!」

 「だから君は大成出来ないのではないかね?
  私は協和会の者ではないし、辞めるも何も君の自由だ。
  離れたければ、そうすれば良い」

ガーディアンは全く想定外の方向からアドマイアーに侮辱され、唖然として言葉を失った。
転がる石に苔は生えないと、アドマイアーは指摘したのだ。
その時々に優勢な方に靡き、転々(ころころ)と立場や主義を変えて、一貫した信念を持たない。
問題が起きても自分と切り離してしまえば良いから、反省も改善もしない。
そんなガーディアンを彼は憐れに思っていた。
0134名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!
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2017/10/22(日) 19:14:31.14ID:nj+EhUXH
時は少し遡り、地下の特別室。
暗黒の中で複数の男女が乱れ、欲望に塗れた人の目と、無機質な貴金属だけが爛と輝く。
誰も人目を憚らず、喧騒も、汚臭も気にしない。
無心に快楽を貪るばかりで、自分の事さえ見えていない。

 「あの男、ガーディアンと言うたかの……。
  ここには誘わぬのか?」

淫らな享楽に耽る男女を見下しながら、吸血鬼フェレトリは小悪魔サタナルキクリティアに尋ねた。
サタナルキクリティアは鼻で笑って、彼女の無知を嘲る。

 「未だ未だ、人間の理解が足りないね、フェレトリ。
  ここは『特別』なんだ。
  選ばれし者のみが入場を許される楽園。
  そこに下賎の者が混ざったら台無しなんだよ。
  多少の功績で飴を呉れてやる必要は無い。
  『皆』、そう考えているさ」

 「斯様な堕落した場所が、選ばれし者の楽園とは嘆かわしい」

 「キヒヒッ、下俗の『有頂天<スカイスクレイパー>』さ。
  地下の暗がりが天上とは皮肉が利いてるだろう?
  どうだ、お前も一寸ばかり遊んでやったら?
  地上では絶対に味わえない悪魔的な快楽を、凡俗な人間共に教えてやれよ」

サタナルキクリティアは意地悪く笑って、フェレトリに狂宴への参加を促した。
しかし、フェレトリは応じない。

 「我とて好みと言う物がある。
  堕落した豚の血を啜る趣味は無い。
  否、未だ豚の方が増しかも知れぬ。
  其方(そち)が教授してやれば良かろう」

 「私のは激し過ぎるから。
  ここに居るのは皆、大事な金蔓で、死んじゃっても良い奴は居ないみたいだし……」

如何にも残念そうにサタナルキクリティアは零した。
それは本心からの言葉であろう。
彼女の目は爛々と輝いており、赦しさえあれば、人間が壊れる程の暴力的な快感で、
ここに居る全員を蹂躙してやりたいと思っているのだ。
金と権力で何でも出来ると自惚れている増長を粉々に破壊し、人間として最低限の、
尊厳さえも奪ってやりたいと。
余程我慢しているのか、彼女の角と牙は徐々に伸び、口元は裂け掛かっている。

 「ヒッヒッヒッ……。
  これ以上ここに居ると、我慢出来なくなりそうだ。
  失礼するよ」

サタナルキクリティアは不気味な笑みを浮かべて退室した。
0135名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!
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2017/10/22(日) 19:17:04.04ID:nj+EhUXH
彼女は暴力的な衝動が強い。
自分で制御出来るので未だ良いが、どこまで抑えが効くかは不明だ。
フェレトリは溜め息を吐いて、マトラの元に移動し、話し掛けた。

 「具合は如何かな、マトラ公(きみ)」

 「ここでは『マザー』と呼べ、『シスター・フェリ』。
  事は順調だよ」

マトラも狂宴には混ざらず、遠巻きに痴態を眺めているのみ。

 「全く御し易くて助かる」

社会的地位が高いとされる「上流階級」の乱れ振りを、彼女は嘲笑した。
盟約の「血酒」は徒(ただ)の葡萄酒ではない。
少量ではあるが、ゲヴェールトの血を混ぜてある。
血の魔法使いである彼は、自らの血液を取り込んだ者を操れる。
効果は量に比例するが、言う事を聞かせるだけなら1滴でも十分。
これを利用してマトラは人の本性を暴き、堕落させる。
諜略四計、権力、財物、名誉、愛色。
人は権力で動く。
権力に逆らう事は、苦難の道であるが故に。
権力で動かない者は財物に弱い。
強権を以って下される命令は己の利益にならないが、財物は違う。
財物でも動かない者は名誉に弱い。
即物的な交渉を蔑む心の本質は虚栄であり、名誉に傾き易い。
名誉でも動かない者は愛色に弱い。
名声は空虚な他者の評判に過ぎないが、愛色は完全に個人の物だ。
如何に偉大な人間でも、四計に掛かって堕落しない者は居ない。
0136名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!
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2017/10/22(日) 19:18:27.03ID:nj+EhUXH
低俗な凡人の様に権力や金には靡かず、「上流階級」と呼ばれるに相応しい人間であろう、
偉大であろうとする心その物が、卑俗な「欲」の結実なのだ。
その正体は群れの長の地位を争い、雌を囲う動物と何等変わり無い。
我欲塗れの自己愛を大義名分で覆い隠しているだけに過ぎない。
自分は他者とは違う崇高な人間だと思いたい、尊敬されたい、褒め称えられたい、愛されたい。
マトラは金品と引き換えに、組織内での特別な地位を与え、見目の好い女を付ける事によって、
そうした望みを叶えてやっている。
唯一それに反応しないのは、アドマイアー。
彼には理性を破壊する血酒の効果が薄い。
魔法資質は平凡なので、特殊な力や性質があるのだと思われる。

 「後は、あの頑迷な老い耄れを何とか堕落させられない物か……」

悩まし気なマトラの呟きを聞いて、フェレトリが提案する。

 「聖君擬きの『偶像<アイドル>』を呉れてやっては?
  自らが信奉する神聖なる存在を冒し、支配する以上の『快感』はあるまい」

 「上手く行けば良いがな……。
  予知して貰うとしようか」

悪魔の邪悪さには限りが無い。
悪を悪とも思わず、人の心を平然と踏み躙る。
0137創る名無しに見る名無し
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2017/10/23(月) 19:11:58.26ID:TswtOkxw
マトラが退室しようとした所、1人のシスターが小走りで駆け寄った。

 「マザー、この子達が……」

彼女の後には、若いシスターが2人並んでいる。

 「分かった。
  こっちに来なさい」

マトラは若い2人のシスターを預かると、地下の別室に案内する。

 「『出来て』しまったのね?」

彼女は打って変わって優しい声で、2人のシスターに問い掛けた。
2人は俯いて無言で頷く。

 「大丈夫、ここで『処理』するから。
  痛みは無いし、勿論、体に悪い影響が残らない様にする」

そう言うとマトラは1人のシスターを衝立の向こうに誘い、もう1人は待機させた。
だが、彼女は人間の体の仕組みに、然して詳しい訳では無い。
内臓の位置や、大凡の機能は把握していても、その生理に就いて十分な知識は持っていない。
取り敢えず、外面に問題が無い様にする事しか出来ないが、そんな事は微塵も気にしない。

 「ここで横になって、呼吸を落ち着けて、楽にして」

彼女はシスターをベッドに寝かせると、額を軽く撫で、奇怪な魔法で眠りに落とす。
そして下腹部を撫でると、魔力の手を子宮に沈め、臍の緒を切って胎児を掴み上げた。
手の平に収まる程度の大きさしか無い子を見詰め、マトラは満足気に微笑む。
それから魔力で作った幾重もの黒い膜で胎児を包み、自らの体内に収めた。
0138創る名無しに見る名無し
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2017/10/23(月) 19:13:41.87ID:TswtOkxw
シスターは目覚めと同時に、体の怠さを感じる。
マトラは彼女に優しく言う。

 「無事に終わったわ。
  暫くは血が出ると思うけど、心配しないで。
  出血が止まったら、又宜しくね」

そう言ってマトラはシスターに金封を差し出した。
詫び金とも、口止め料とも取れるが、マトラとしては謝礼金の積もりだ。
元手は協和会への寄付の一部である。
協和会に多額の寄付をすると、地下の特別室に案内される。
そこで寄付金額の大きかった者から、好きなシスターを選べる。
お相手をしたシスターには寄付金の5%が与えられる。
後日、妊娠が発覚すれば、更に5%を追加。
丸で人身売買組織……否、その物であろう。
協和会のシスターは心清らかな者ばかりではない。
寄付金を目当てに集まっている者も少なからず存在する。
貧しい者に権威と金品で言う事を聞かせ、それを利用して富める者の名誉欲と愛欲を満たし、
更に金品を集める。
協和会は主義主張の清潔さに反して、実態は堕落の象徴の様な所なのだ。
何も彼もが腐っている。
腐敗の塔は何れ瓦解する。
崩壊の時は近い。
0139創る名無しに見る名無し
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2017/10/23(月) 19:16:27.53ID:TswtOkxw
時と所は変わり、ガーディアンは再び元仲間の自己防衛論者と接触を図っていた。

 「よぅ、態々呼び出したって事(こた)ぁ、何か分かったんか?」

自己防衛論者は今回は執行者を連れていない。
一対一での対面だ。
ガーディアンは人目を気にしながら、神妙な面持ちで告げた。

 「途んでも無い爆弾ニュース、持って来たったで。
  協和会は本殿地下で、女囲っとる。
  お偉いさん等の相手させとんのや」

 「本真の話か?」

 「嘘は吐かんて」

 「証拠は……?」

証拠の有無を尋ねられたガーディアンは沈黙する。
彼は何の証拠も握っていない……が、強気に押し切ろうとした。

 「この目で見たんや。
  魔法でも何でも使えば良え」

実際は見てはいない。
僅かに聞こえた声から、それらしい事をしていると判断したに過ぎない。
張ったりはガーディアンの特技なので、臆面も無く嘘を言う。
だから、元仲間も彼の言う事を安易には信用しない。

 「そやのうてなぁ、証拠が無いと動かれへんがな」

 「打(ぶ)っ込み掛けりゃ良えやろ」

 「何ぼ魔導師会でも、そら無理やで……」

緊急事態以外で執行者を動かすには、確実な証拠が無ければならない。
この2人は未だ共和会の影に潜む、恐ろしい物の正体を知らない。
0140創る名無しに見る名無し
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2017/10/24(火) 19:50:52.30ID:GkJOYATA
話の途中で、行き成り自己防衛論者が小さく呻き、蒼褪めてガーディアンに寄り掛かった。
それを正面から受け止めたガーディアンは、困惑して尋ねる。

 「おっ、どしたん?
  具合でも悪なったか?」

自己防衛論者は何も答えない。
ガーディアンは彼が呼吸をしていない事に気付いた。
心音も確認出来ない。

 (えっ、どないなっとんのや……。
  死んどる?)

ガーディアンは焦った。

 (な、何でや?
  病気か?
  何で、こないな時に……)

彼は人目を気にして、建物の陰に移動した。
そして自己防衛論者を壁に縋らせ、何度も呼び掛ける。

 「お、おい、目ぇ開けんかい!
  行き成り死なんでも良えやろ……。
  儂に恨みでもあるんか?」

しかし、反応は無い。
肌も心做しか冷たくなっている。

 「真面(マジ)か……、真面か……」

中々現実を受け止められず、動揺から硬直しているガーディアンの目の前で、死体が立ち上がった。
息を吹き返した物と思い込んだガーディアンは安堵する。

 「はぁ、生きとったか!!
  どないしたんねん、本真心配したで?」
0141創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/24(火) 19:52:18.67ID:GkJOYATA
所が、死体は何も答えない。

 「未だ具合悪いんか……?
  病院行っとくか……?」

意思の疎通を試みる彼に応えたのは、死体の影だった。
影は見る見る死体を覆い隠して真っ黒な人形(ひとがた)になる。
声も出せない程に驚愕しているガーディアンに、影は重々しく低い声で言う。

 「血酒の交盃は不壊の盟約。
  喜びの深きは悲しみの深き。
  苦楽を共にし、背信を許さず、その有様は命別つ事能わずが如し。
  血盟は破約も又、贖いに血を伴う。
  その有様は命別つが如し」

明らかに元仲間の声では無い。
意味が解らず、ガーディアンは恐慌していたが、やがて聞き覚えのある言葉だと気付いた。
それは協和会で「マザー」が言っていた事。

 「な、何者や!
  何やねん、その姿ぁ!」

ガーディアンは震えながらも身構えた。
今直ぐ逃げ出したかったが、彼の意に反して足が動かない。
魔法でも何でも無く、恐怖で動けないのだ。

 「フェイナトーを、こ、殺したんか!?」

 「お前の所為だ。
  お前が密告さえしなければ」

影はガーディアンの良心を責めた。
普通の人間であれば、責任を感じて後悔するだろう。
だが、この男は違う。
決して自分の非だけは認めない。
0142創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/24(火) 19:54:33.24ID:GkJOYATA
ガーディアンは震える声で開き直って反論した。

 「し、知られて困る事しとる方が悪いんやろ!
  手前、只で済むと思うなや!
  儂には魔導師会が付いとるんやで!」

影は威勢の良い言葉を吐く彼を無視して、話を続ける。

 「私は影から、お前を見ている。
  これは『見せしめ』だ。
  血の贖いを避けたくば、これ以上の背信は繰り返さぬ事だ。
  影から逃れる術は無い」

言うべき事を言い終えた影は、見る見る萎んでガーディアンの影に収まった。
自己防衛論者の死体は、影と共に消失してしまった。

 「ゆ、夢でも見とるんか……?
  何なんや、これは……」

目の前で起こった出来事が信じられず、ガーディアンは顔面蒼白で呆然と立ち尽くす。
彼の呟きに対して、背後の影から声が掛かる。

 「全て現実だ。
  お前に逃げ場は無い」

ガーディアンは身震いし、その場から逃げ出した。
しかし、影は体から離れない。

 (何なんや、これは!
  何で、こんなんなるんや!
  誰か助けてくれや、協和会は何なんや!)

何も彼もが常識から外れている。
魔導師会に頼ろうにも、影を何とかしなければ殺されてしまう。
0143創る名無しに見る名無し
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2017/10/25(水) 19:30:01.37ID:jYOJtNlC
その頃、協和会のマザー事マトラは、シスターの格好をしたジャヴァニに予知を頼んでいた。

 「アドマイアーと言う老人を堕としたい。
  そこで器(うつわ)を宛てがってやろうと思っているのだが、何か不都合はあるかな?」

 「彼女を……ですか?」

所が、ジャヴァニは気乗りしない様子。

 「ん、駄目なのか?」

 「お勧めはしません。
  何が起こるか分かりませんので」

 「『ノートに無い』から?」

 「……そうです。
  とても不吉な予感がします」

 「不吉な予感か……。
  予知ではないのだな」

予知魔法使いが不都合な未来を予感しているのに、それを予知出来ないと言うのは、奇妙な話だ。
マトラが露骨に不満そうな顔をしたので、ジャヴァニは丁寧に説明する。

 「今は重要な時期です。
  軽弾みな選択が、存亡の機になるやも知れません……」

 「この私が亡びると?」

 「……そうなる未来もあるでしょう」

先からジャヴァニは発言の前に一々沈黙を挟んでいる。
それは自信の無さの表れだ。

 「詰まらんな。
  一々ああしろ、こうしろ、あれは駄目、これも駄目では付き合い切れんぞ。
  一から十まで、その通りにせねばならんとは、正直期待外れだよ」

マトラが聞きたかったのは、具体的な話。
駄目なら駄目で、何が起こるのか彼女は知りたかった。
それを見通せないと言うなら、何の為の予知なのか……。
0144創る名無しに見る名無し
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2017/10/25(水) 19:40:22.87ID:jYOJtNlC
 「それでも、こうして御相談に来て下さったと言う事は――」

幾ら失望の言葉を吐いても、未だマトラはジャヴァニを信用している。
その事をジャヴァニは嬉しく思った。
予知には利用価値があると判断しているからこそ、言葉を交わす。
本当に予知が使えないと思っているならば、何の断りも入れる必要は無い。

 「図に乗るな。
  一計を案じたと言うから、手を貸してやったのだ。
  そなたが予知を外して、勝手に追い詰められようが、私は全く構わぬ」

しかし、ジャヴァニの発言はマトラの機嫌を損ねた。
如何に組織の為と言っても、意に添わない者に、甘い言葉は呉れてやれないと言う事だ。
ジャヴァニは平伏するより他に無い。
彼女の予知は独りでは適えられない。
成り行きに任せていては、計画の完遂は成らないと「予知」している。

 「失礼しました。
  どうか彼女を動かす事には慎重になって下さい。
  アドマイアーを堕落させる事に、然程意味があるとは思えません」

 「あの爺は気に入らぬ」

 「それだけですか……?」

 「面従腹背であれば未だ良いが、奴の忠誠は器のみに向いている。
  腹の中では、協和会(こちら)を切り落とす機会を窺っている様だ」

マトラはジャヴァニとは違い、アドマイアーこそが「計画」の妨げになると考えていた。
一つの「計画」の中で、マトラとジャヴァニが見ている物には相違がある。
マトラは最低限、「種」の確保さえ出来れば良く、何時でも協和会を切り捨てられる。
対して、ジャヴァニは飽くまで計画の完遂を目指している。
市民の心を魔導師会から離れさせ、協和会を隠れ蓑に人々を支配する安定した体制を築きたい。
ジャヴァニはマトラを安心させようと宥めた。

 「聖君の器が私達の手にある内は、アドマイアーは動けません。
  アドマイアーを警戒するよりも、器の管理を確りする事です」

彼女の助言を聞いたマトラは静かに頷いたが、やはりアドマイアーに一杯食わせてやりたいと言う、
暗い願望を捨て切れなかった。

 (要は器を引き渡しさえしなければ良いのだろう)

目下の敵は魔導師会と、それに味方する少数の勢力だけ。
PGグループには今の所、両者との繋がりは無い。
早期にアドマイアーを攻略する事は、後の安全に繋がるとマトラは判断した。
0146創る名無しに見る名無し
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2017/10/25(水) 19:43:05.59ID:jYOJtNlC
その日の夕方、PGグループの本館にアドマイアーに宛てた招待状が届いた。

 「総帥、協和会の会長から招待状が――」

 「捨て置け」

中を読みもせず、アドマイアーは秘書に命じる。
招待状が「何の為に送られる物なのか」を、彼は知っていた。
これまで何人ものPGグループの役員が、その罠に落ちて行った。
彼等と同じ轍を踏む様では、長期に亘って独裁的な総帥の立場には居られない。
だが、秘書は総帥の言葉通りにはせず、遠慮勝ちに言う。

 「いえ、その、名義が……。
  協和会ではなく、レクティータ・ホワイトロード様で……」

アドマイアーの眉が動いた。

 「個人から?」

 「ええ、個人的な物の様です」

秘書は改めてアドマイアーに招待状を渡す。
それを受け取った彼は、沈黙して文字を睨んだ。
宛て名が印字ではなく、美しい手書きの文字である事も、個人的な物の印象を強める。
内容も個人的な物なのか、それを確かめる為に、アドマイアーは『封切り<ペーパー・ナイフ>』を取った。
0147創る名無しに見る名無し
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2017/10/25(水) 19:50:02.36ID:jYOJtNlC
敬愛なるアドマイアー・パリンジャー様へ

突然に私的な信書を差し上げる無礼をお許し下さい。
貴方には日頃から協和会の活動に格別の御理解と御支援を賜っており、感謝の念に堪えません。
その御礼と申しては厚顔ですが、アドマイアー様を夕餐に御招待致したく存じます。
是非、御一緒させて頂けませんでしょうか?
就きましては、明日24日西北西の時、協和会本殿まで、お越し下さい。
お待ち致しております。




この文面をアドマイアーは凝視し続けた。
簡単に言えば、レクティータが彼を個人的に夕食に誘っただけの事だが、それが問題だ。
どうしてなのかとアドマイアーは怪しむ。
理由と言えば、「レクティータが自分に好意を持っている」事しか考えられないが、そんな訳は無いと、
彼は最初から決め付けていた。
好意にも色々あるが、これは明らかに恋文の類である。
日頃の支援の礼なら、「協和会」の名義で「PGグループ」を誘えば良い。
実質はアドマイアーの独裁とは言え、一応はグループとして支援を決定しているのだ。
何故レクティータが個人的な誘いをしてまで、アドマイアーを呼び出さなくてはならないのか?
それも明日の夜とは、唐突過ぎる。
この手紙は本当にレクティータが書いた物なのかを、彼は疑った。
それまでアドマイアーはレクティータが自ら筆を取った所を見た事が無い。
美しい筆跡は、何と無く彼女の上品な雰囲気と合致するが、それに誤魔化されはしない。
猛烈に嫌な予感がしていたアドマイアーだが、それでも直ぐに捨てられないのは、彼の心に、
もし本当にレクティータ個人が差し出した物だとしたらと言う懸念がある為だ。
0148創る名無しに見る名無し
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2017/10/25(水) 19:55:59.59ID:jYOJtNlC
アドマイアーはレクティータと協和会を切り離して考えていた。
協和会の不気味な影と無垢なレクティータが、彼の中では重ならないのだ。
レクティータは人を集めるだけの傀儡に過ぎず、協和会のマザーか、未だ表に出ていない何者かが、
裏で悪事を画策していると、彼は予想していた。
では、この手紙は何だろうか?
最も可能性が高いのは、アドマイアーを陥れる為の罠。
何者かがレクティータの名前を使って、彼を誘き出そうとしている。
可能性は低いだろうが、レクティータ本人が差し出した物の場合、彼女が他者を排除して、
アドマイアーに話したい事があるのだろう。
協和会はアドマイアーとレクティータが接近する事を、悪くは思っていない。
そこを逆にレクティータが利用して、現状を変えたいと願っているなら、応じない訳には行かない。
アドマイアーはレクティータと初めて対面した時から、彼女には人を惹き付ける不思議な力があると、
見抜いていた。
もしかしたら、彼女は自分が理想とする「帝王」になってくれるかも知れない。
そんな考えがアドマイアーの中に浮かんだ。
将来性を見込んだ、政治的な期待を持って、彼は協和会と接触した。
しかし、協和会は主張こそ素晴らしかったが、その体制は信用が置ける物では無かった。
レクティータを会長に据えてはいるが、彼女に発言権は無く、「マザー」が実質的な指導者だった。
アドマイアーはレクティータを協和会から解放するべきだと思う様になった。
そこに彼女からの個人的な手紙である。
会わねばならぬと、アドマイアーは決心した。
仮令、罠だとしても。
0149創る名無しに見る名無し
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2017/10/26(木) 19:42:09.79ID:2/KUmz1x
約束の24日西北西の時に2針前、アドマイアーは単独で協和会の本殿に向かった。
彼は協和会の最大出資者なので、会館には自由に出入り出来る身分である。
協和会の会館は元PGグループの本館だったので、構造も知っている。
だが、奇妙な事に本殿に協和会の者の姿が見えない。
本殿の前には、夜間でも警備員が居る筈だが、今日に限って不在だ。
幾ら休日でも奇怪しい。
会館の門衛は居たと言うのに、丸で無防備。
本殿に乗り込んだアドマイアーは、照明が灯っていない事に一層警戒した。

 (レクティータは居ないのか?)

暗闇の中、彼が立ち尽くしていると、白い影が現れる。
それはレクティータだった。

 「アドマイアー様、こちらへ」

 「何の御用でしょうか、ロード・レクティータ」

アドマイアーは誘われる儘に、レクティータの方に歩いて行く。
レクティータは彼を待たず、独りで面談室に入った。

 「ロード・レクティータ!」

面談室の戸は開けた儘で、中から淡い光が漏れている。
何が待ち構えているのかと、アドマイアーは慎重に彼女を追って面談室に入った。
4身平方の面談室の中央には『円卓<ラウンド・テーブル>』と、2脚の椅子が置かれている。
卓上にはクロッシュを被せた皿が並んでおり、それ等を淡い光を放つ月色灯(※)が照らす。


※:直視しても眩しくない程度の、暈んやりとした弱い光を放つ、魔力照明。
  大体は直径1〜2手程の球形で、光は白〜淡黄色。
0150創る名無しに見る名無し
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2017/10/26(木) 19:44:36.31ID:2/KUmz1x
自分は夕食に誘われたのだと、アドマイアーは思い出した。
しかし、これは客人を迎える態度では無い。

 「これは何の冗談です?」

アドマイアーは眉を顰め、レクティータに尋ねた。
彼女は何が悪かったのか理解していない様子で、微笑を浮かべている。

 「お気に召しませんでしたか?」

 「それ以前の問題です」

アドマイアーが呆れて断言すると、レクティータは悄然とする。

 「済みません、何か不手際が――」

 「ロード・レクティータ、何の為に私を呼び出されたのですか?」

彼が改めて尋ねると、レクティータは小声で答えた。

 「それは……夕餐を御一緒に頂ければと……」

 「本当に、それだけの為に?」

念を押して確認を求めたアドマイアーに、レクティータは小さく頷く。
アドマイアーは何と言って良いか分からなくなった。
礼儀知らずと罵るべきか、好意を有り難く受け止めるべきか、迷った末に説教を始める。

 「ロード・レクティータ、貴女は『大人の女<レディ>』でしょう。
  作法の勉強をなさらなかったのですか?」

 「いいえ……。
  しかし、殿方をお誘いするのは初めての事で……」

 「『初めて』は言い訳になりませんよ」

レクティータは必死に、アドマイアーに取り縋った。

 「教えて下さい、アドマイアー様。
  何が悪かったのでしょう……?
  皆、個人的に殿方をお誘いする時には、こうしておりました」
0151創る名無しに見る名無し
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2017/10/26(木) 19:47:01.89ID:2/KUmz1x
アドマイアーは困惑して、彼女に尋ねる。

 「皆?」

 「はい。
  薄暗い部屋で酒餐を用意して、殿方と頂くのだそうです」

これは例の「地下」の事だと、アドマイアーは直ぐに理解した。
彼自身は地下の狂宴に参加した事は無いが、その様子は人伝に聞いていた。
アドマイアーは深い溜め息を吐いて俯き、レクティータを哀れみの目で見詰める。

 「それを真似ては行けません、ロード・レクティータ」

 「では、私がアドマイアー様と『個人的に』、お近付きになるには、どうすれば良いのでしょうか?」

必死な彼女を見て、アドマイアーは益々哀れんだ。

 「誰かに、その様に言われたのですか?
  私に近付けと」

 「そんな事は……」

レクティータは衝撃を受け、涙で潤んだ瞳をアドマイアーに向ける。
ここで初めてアドマイアーは、己の発言が如何に彼女の心を傷付ける物だったかを悟った。
アドマイアーは動揺し、慌ててレクティータを慰めに掛かる。

 「す、済みません。
  しかし、お気持ちは嬉しいのですが、年の差をお考え下さい。
  貴女は未だ若い。
  それに比べて、私は見ての通り年寄りです」

 「……だから、夕餐を召し上がって頂けないのですか……?」

 「そう言う訳ではありませんが……」

段々アドマイアーは混乱して来た。
一緒に夕食を取る位は、何の問題も無い。
男女の付き合いをするのが不味いと言うだけの話だ。
0152創る名無しに見る名無し
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2017/10/27(金) 19:04:28.42ID:7aAspnLo
レクティータは丸で物を知らない幼子の様である。
男女の付き合いをする事と、夕餐を共にする事の区別が付いていないのか……。
アドマイアーは小さく溜め息を吐いて、彼女に言った。

 「分かりました、頂きましょう。
  但し、それだけです。
  食事を済ませたら帰ります」

レクティータは顔を綻ばせ、安堵と喜びを露にする。

 「有り難う御座います」

礼を言われる様な事では無いのだがと、アドマイアーは落ち着かない心持ちで席に着いた。
レクティータは皿の上のクロッシュを外した後、お互いの空のグラスに葡萄酒を注いで、席に着く。
食欲を唆(そそ)る良い香りが室内に広がる。

 「それでは、どうぞ、お召し上がり下さい」

 「頂きます」

彼女の勧めに従い、アドマイアーは料理に手を付けた。

 (『デリカトス(※)』の料理か?)

アドマイアーは総帥だけあって、ティナー市内の高級料理店は大体把握している。
味付けや盛り付けに、店毎の傾向があるので、そこで区別が付く。
美味しい事は美味しいのだが、普段この様な所で食事はしないので、違和感が拭えない。
レクティータは葡萄酒に軽く口を付けるばかりで、殆ど料理に手を付けず、アドマイアーを見ていた。
それも嬉し気に目を細めて。

 「余り人の食事を面々(じろじろ)と見る物ではありませんよ」

アドマイアーは総帥と言う立場なので、どこに出ても恥ずかしくない礼儀作法は心得ているが、
だからと言って、食べている所を見詰められて良い気はしない。


※:老舗の高級料理店、創業者はティナー地方からの移住者。
0153創る名無しに見る名無し
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2017/10/27(金) 19:08:31.52ID:7aAspnLo
所が、レクティータは注意されても悪怯れる様子を見せず、一層の笑顔を見せる。

 「愛惜しいのです、貴方の事が」

吃驚したアドマイアーは噎せ込んで吐き出しそうになり、慌てて口の中の物を呑み込んだ。
その後で背を屈め、口元を押さえて咳き込む。

 「ゴフッ、ゴフッ……!!」

レクティータは席を立ち、彼に駆け寄って背中を擦った。

 「大丈夫ですか、アドマイアー様。
  如何なさいました?」

 「い、いえ、何でもありません。
  年を取ると食事が喉に詰まり易くなる物で」

アドマイアーは葡萄酒を呷り、食道に残る異物感を胃の中に流し込んだ。
そしてレクティータから距離を取ろうと立ち上がる。

 「大丈夫です、大丈夫ですから」

そう言って彼はレクティータを安心させ、席に戻らせようとする。
しかし、レクティータはアドマイアーから離れず、彼の顔を凝視している。

 「ど、どうしました、ロード・レクティータ?
  私の顔に何か……」

 「アドマイアー様、お酒をお飲みになりましたね?」

レクティータは心配そうな顔から一変、破顔した。

 「ええ、それが何か……?」

一服盛られたかと一瞬アドマイアーは冷やりとしたが、特に体調が悪くなったりはしない。
意識も確りしている。
遅効性かも知れないので、油断は出来ないが……。
0155創る名無しに見る名無し
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2017/10/27(金) 19:13:52.61ID:7aAspnLo
レクティータは彼の疑問には答えず、席に戻って座った。
何だったのかと怪しみながらも、アドマイアーも着席する。
彼は毒を警戒して、事前に防毒の魔法薬を飲んで来たので、そう危険な事にはならない筈だが、
レクティータの問い掛けの真意が見えない。

 (未だ酔いは回っていないぞ……)

アドマイアーは酒に強い方なので、そう簡単に酔いはしない。
幾ら老齢で耐性が衰えていても、高が1杯で潰れはしない。
彼は不気味な物を感じながら、食事を続けた。
そして、ある事に気付く。

 (彼女は酔っているのでは?)

レクティータは先から少しずつ酒を口にしているが、彼女が酒に強いかは不明だ。
特に顔が赤らんだり、体が揺れたりはしていないが、外面に変化が現れないだけかも知れない。
最初から様子が奇怪しかったので、酔いの変化に気付けなかった……。
その可能性もあると、アドマイアーは疑った。
レクティータは相変わらず、彼を見詰めて微笑を浮かべている。

 「アドマイアー様が政治の道をお志しになった理由をお聞かせ願えませんか?」

先までの妙な雰囲気とは打って変わって真面目な話をされたので、アドマイアーは意表を突かれた。
彼は大いに戸惑ったが、この話を続けていれば妙な流れにはなるまいと、思い直して答える。

 「私が政治に関わろうと決めたのは、魔法が下手だった為です」

 「魔法?」

 「はい、共通魔法が……。
  私は魔法資質こそ低くはなかったのですが、どうしても共通魔法の扱いが上手くなれず……。
  公学校の頃は大変苦労しました」

レクティータは静かにアドマイアーを見詰めて、真剣に彼の話を聞いている。
0156創る名無しに見る名無し
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2017/10/28(土) 19:33:11.86ID:/q8RA/vo
>>152
※デリカトスの創業者はブリンガー地方からティナー地方への移住者でした。
訂正します。
0157創る名無しに見る名無し
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2017/10/28(土) 19:34:36.99ID:/q8RA/vo
アドマイアーは素直な気持ちで、彼女に自らの心内を明かす。

 「それで魔導師にはなれないと、見切りを付けたのですが……。
  内心忸怩たる思いがありました。
  この社会では、どこに行っても魔導師、魔導師です。
  企業でも、市議会でも、地方議会でも……。
  確かに、魔導師になれる人は優秀なのでしょう。
  しかし、それは個々の能力や人格まで保証する物では無い筈です。
  要職に魔導師が選ばれるのは、偏に魔導師会との繋がりを期待しての事。
  市民は余りにも魔導師会に頼り過ぎています。
  市民の意識を変えさせる事に、私は政治家を志しました。
  その為には先立つ物が必要で、資金を集める為に起業し、グループを結成しました。
  そんな事をしている内に長い年月が過ぎ、自ら政治家になるには年老いてしまいましたが……」

彼は若い頃の熱意を蘇らせていた。
多少酒の影響はあっただろうが、それ以上にレクティータに己の政治思想を理解して貰った上で、
後継者になって欲しいと言う強い思いがあった。
これまでの経験からアドマイアーは政治家の資質とは、一貫した思想、巧みな弁舌、それに加えて、
「人を惹き付ける魅力」だと信じる様になっていた。
思想が無ければ政治を語れない。
弁舌が無ければ議論にならない。
魅力が無ければ人の支持を得られない。
思想と弁舌の2つは訓練すれば身に付くが、魅力だけは難しい。
単なる「人望」では駄目なのだ。
見ず知らずの人間にも訴えられる、強い力が無くては。
アドマイアーはレクティータに、他には類を見ない「政治」の才能を感じ取った。
そして、どうにか我が手に収められないかと策を巡らせ、協和会に近付いた。
あれこれ手を回し、協和会を乗っ取ろうとも企てたが、その試みは上手く行っていない。
0158創る名無しに見る名無し
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2017/10/28(土) 19:36:51.11ID:/q8RA/vo
レクティータは真剣な顔でアドマイアーに尋ねる。

 「アドマイアー様は大願成就の為に、私をお求めなのですね?」

余りに率直な物言いに彼は眉を顰め、誤解の無い様に告げた。

 「事を成し遂げるには、人々を導く存在が必要です。
  貴女になら、それが出来ると私は思っています」

 「私は何時でも貴方の物になれます。
  貴方が求めて下されば、何時でも」

レクティータは静かに席を立つ。
アドマイアーは首を横に振る。

 「そう言う意味ではありません」

その声には悲し気な響きがあった。
彼の反応に構わず、レクティータはローブの首元の紐を緩めて解く。
そして両肩と胸元を露にした脱ぎ掛けの状態で、アドマイアーに迫った。

 「お止め下さい、ロード・レクティータ。
  貴方は私の様な者に抱かれるべきではない」

アドマイアーの老体は欲情に流されない。
これが若い頃ならば違ったかも知れないが、もう体が付いて行かない。
加えて、今の彼には政治的な信念がある。
偶像は清らかでなくてはならない。
俗欲に塗れた凡人には潔癖を求められないが、レクティータならば、それに適うと信じた。
アドマイアーは自ら彼女を「汚す」訳には行かないのだ。
0159創る名無しに見る名無し
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2017/10/28(土) 19:41:48.21ID:/q8RA/vo
レクティータの白い肌は暗闇の中で月色灯に照らされ、自ら発光している様。
アドマイアーとて美しさを感じない訳では無いが、それは美術品を鑑賞する心持ちに似る。

 「アドマイアー様」

甘えた声で擦り寄ろうとするレクティータから、彼は後退して距離を保った。

 (これは罠か、それとも……)

本気でレクティータの様な女が自分を愛する事があるのだろうかと、アドマイアーは訝る。
そもそも彼女は「男女の愛」を知っているのだろうか?
無垢な振る舞いを見ていると、単なる好意と愛情を混同していないとも限らない。
やがてアドマイアーは壁際に追い詰められた。

 (この年になって、こんな事になるとはな……。
  私が今より40、30は若ければ……)

この状況に彼は内心で自嘲した。
もし彼が相応に若ければ、レクティータの想いに応えられたかも知れない。
だが、どうやっても時間は巻き戻らない。
年老いた自分と若いレクティータでは、釣り合いが取れない。
今のアドマイアーは「人々を導く存在」としてのレクティータを欲しているのだ。
彼は独身なので、妻を持っても良いのだが、彼女を恋人や愛人として迎える積もりは全く無い。
「PGグループの支援金目当ての愛人関係」等と、詰まらない噂をされては困る。
飽くまで、レクティータは清廉潔白でなくてはならない。
0160創る名無しに見る名無し
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2017/10/29(日) 18:36:20.11ID:bSsHY6yB
レクティータは追い詰めたアドマイアーに抱き付こうとしたが、体を強く押されて拒まれた。
弾き飛ばされた彼女は、床に倒れてアドマイアーを仰ぎ見る。
彼がレクティータを見下ろす目は冷たかった。

 「アドマイアー様は、お酒をお飲みになりました」

 「それが何だ?
  私は酒に呑まれる程、耄碌していない」

レクティータは、どうしてアドマイアーが自分を抱いてくれないのか解らず、困惑する。
葡萄酒はゲヴェールトの血が混ざった、「血酒」だ。
レクティータ自身は血酒の効果を知らず、「これを飲んだ男は女を抱く」としか認識していないが、
本の僅かでも口にすれば、理性が狂う。
レクティータがアドマイアーを誘ったのは、「マザー」の入れ知恵。
協和会への数々の支援や、接見の態度からアドマイアーに親しみを覚えていたレクティータに、
マザーは「感謝の心の表し方」を教えた。

 「アドマイアー様、どうか私の心をお受け取り下さい。
  貴方に拒まれては、私は……」

情緒に訴えて縋り付こうとする彼女に、アドマイアーは失望した。
見込み違いであったと。
類稀なる才を持ちながら、情に狂って全てを擲ってしまう様な人物なのだと。

 (所詮は女か!)

アドマイアーに「血酒」の効果が薄いのは、彼が外道魔法使いの血を引いている為だ。
共通魔法が下手だったのも、それが原因。
しかし、特に何かの魔法が使える訳では無い。
彼は自分が外道魔法使いの血を引いている事実を知らない。
知ったとして、どうなる物でも無い。
外道魔法使いの血が隔世遺伝で偶々色濃く表出した者は、身内に外道魔法を伝える者が無く、
どうにもならずに魔法が下手な儘で生きて行く。
0161創る名無しに見る名無し
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2017/10/29(日) 18:38:10.93ID:bSsHY6yB
レクティータの影から一部始終を観察していたマザー事マトラは、溜め息を吐いた。

 (……初心い!
  男の堕とし方も分からぬとは、呆れた奴だ)

見るに見兼ねた彼女は、影を操ってアドマイアーを拘束しに掛かる。
レクティータの影から影より暗い闇が、アドマイアーの影に重なって行く。
影を固定され、アドマイアーは身動きが取れなくなった。

 「なっ、何だ、これは!?」

急に体が動かなくなった事に、彼は驚愕する。
瞬きと呼吸、それと口だけは動くが、他は僅かに身動ぎする事しか出来ない。
「影」を固定する魔法に掛かったのだ。
影に映らない部分だけは自由に動くが、他は影の揺らぎ程しか動かせない。
レクティータは一度明確に拒まれたにも拘らず、懲りずにアドマイアーに迫る。

 「どうか、お逃げにならないで……。
  私を受け止めて下さい……」

体を寄せ、肌を密着させる。

 「止めなさい、止めないかっ!
  こんな事をしては行けない!
  貴女は人の上に立つべき方だと言うのに!」

アドマイアーは口先で必死に止めようとするが、レクティータには全く聞こえていない様。

 「体が動かん……!
  魔法かっ!
  誰だっ、誰が見ている!!」

彼はレクティータ以外の存在を感じ取っていた。
0163創る名無しに見る名無し
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2017/10/29(日) 18:43:57.07ID:bSsHY6yB
その鋭さにマトラは驚嘆するも、情けを掛けたりはしない。

 (神聖な物に犯される気分は、大事な物を自ら汚してしまう気分は、如何かな?
  お前の様な男には、一度抱いた女を捨てる事は出来まい)

一層残虐さを露にして、レクティータを動かす。
マトラの心にあるのは「嫉妬」だった。
彼女は嘗て自分を救ってくれた勇者の俤を、アドマイアーに見ていた。
危険を承知で単身敵地に乗り込み、彼女を救い出した、お人好しで、誠実で、勇敢な可愛い勇者。
マトラ自身も意識していない、底に潜む嫉妬心が、嗜虐心を煽るのだ。

 (レクティータ、あの男をお前の物にするのだ。
  その身で包み込み、虜にしろ)

 「私は貴方の物、貴方は私の物……」

そうレクティータが呟いた瞬間、彼女の背後に強烈な圧力を伴う黒い影が生まれた。
影は徐々に盛り上がって、人の形を取る。
ローブを着た女の姿だ。
アドマイアーも、レクティータも、マトラでさえも闖入者に驚き、そして恐れる。

 「あなたは私の物……」

それはレクティータの呟きを繰り返した。
影の出現に最も動揺したのはレクティータである。
彼女は影に振り向くと、両目を見開いて頭を抱え、言葉にならない声を発した。

 「あっ、あああっ、ああ……」

アドマイアーは紳士的にレクティータを庇う様に立ち、影に向かって身構える。
何か武器になる物は無いかと、辺りを見回した彼だが、手の届く範囲には何も無い。
助けを呼ぼうにも、本殿には誰も居ない。
仕方無く影の出方を窺う。
0164創る名無しに見る名無し
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2017/10/30(月) 19:05:53.92ID:e4Rx2jsC
 「返して、返して」

影はレクティータに呼び掛けていた。
アドマイアーは眼中に無い様。

 「うっ、うぅ、あああ」

レクティータは怯えて蹲り、真っ赤な液体を嘔吐する。
それは例の濃厚な葡萄酒、血酒だ。

 「げぇっ、ぐっ」

胃の内容物を全て吐き出す様に、彼女は嘔吐を繰り返す。
瞳孔を開いて、涙を流しながら嗚咽し、体を激しく震わせる。

 「ロード・レクティータ、気を確り保って下さい!
  くっ、何者だ、貴様っ!!」

アドマイアーは影に掴み掛かろうと突進したが、透り抜けてしまう。

 (実体が無い!?
  魔法か何かで作られた幻影か!)

彼は何度も影を払い除けようと試みたが、やはり手応えが無い。
打つ手が無い彼はレクティータを抱えて逃げる事にした。
成人女性を抱えて走るのは、老体には厳しいが、四の五の言っている場合ではない。
0165創る名無しに見る名無し
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2017/10/30(月) 19:12:23.14ID:e4Rx2jsC
一方、謎の影の登場はマトラにとっても、想定外の物だった。
彼女は反逆同盟の一員である呪詛魔法使いのシュバトを、本殿内の自室に召喚する。
そして、影で作った姿見に室内の様子を映し、説明を求めた。

 「シュバト、『あれ』は何だ?
  お前の呪詛魔法では無いのか」

影の纏う魔力の流れは、呪詛魔法の物に似ていた。
マトラも影を操るが、それとは全く異なる。
そこで彼女はシュバトの関与を第一に疑ったのだ。
シュバトは影を見詰めた儘で沈黙している。

 「何とか言え!」

 「あれは確かに呪詛魔法だが、私の物ではない……」

 「他の呪詛魔法使いか……。
  誰の物だ?
  否、誰の仕業でも構わん。
  呪詛返しは出来ぬか?」

マトラの問い掛けにも、シュバトは呆然とするばかりで、何も答えなかった。
彼女は苛立ち、一喝する。

 「シュバト!!」

 「……呪い返しは出来ない……。
  あれは私の手に負える物ではない……。
  私如きが、どうにか出来る物ではない……」

弱気な言葉を吐いたシュバトに、マトラは愕然とする。
シュバトは人の心を捨て、呪詛魔法使いとして「完成」しつつある。
それが恐れる相手とは一体何なのか?
0166創る名無しに見る名無し
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2017/10/30(月) 19:13:53.40ID:e4Rx2jsC
マトラはシュバトを問い詰めた。

 「何なのだ!?
  お前が恐れる程の者とは、一体……」

 「伝説の……。
  ネサ・マキ・ドク・ジグ・トキド。
  『完成』した呪詛魔法使い、無形無蓋の匣」

 「あ、あれが!?
  伝説の呪詛魔法使い、『呪われし者』ネサだと言うのか!」

シュバトの生気の無い瞳には、感情が戻りつつある。
彼がネサの呪詛の影を見る眼差しは、憧憬に満ちている。

 「あぁ、ここで見ゆる事になろうとは……。
  あれこそ私の目指す物。
  憎悪と憤怒と悲嘆に満ちた、禍々しく、驚々しき、無限の暗黒」

マトラは魔法大戦に参加していないが、その恐ろしさは知っている。
当時の陸地の殆どを海に沈める程の凄まじい戦いを、彼女は傍観していた。
断罪のエニトリューグ、大魔王アラ・マハイムレアッカ、竜人タールダーク、変幻自在のラルゲーリ、
大預言者フリックジバントルフ、精霊王サルガナバレン、最後の聖君ジャッジャス、偉大なる魔導師。
悪魔公爵の彼女でさえ、手出しを躊躇った程の大戦。
その渦中に立っていた者は、それだけで尊敬に値する。

 「……所詮は魔法大戦の遺物!
  この私の脅威になる物では無い」

しかし、マトラは畏怖の心を振り払い、役に立たないシュバトは措いて自ら怨霊を止めようと決意した。
0167創る名無しに見る名無し
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2017/10/31(火) 19:00:37.80ID:Rov2iwmj
その頃、アドマイアーはレクティータを抱え上げ、呪詛の影から逃れていた。
呪詛の影は追う足こそ早くないが、決して引き離す事は出来ない。
執念の強さが、物理を超越して距離を縮めるのだ。

 「待って、返して」

身震いする様な嘆きの声に、アドマイアーの足は鈍って行く。
老齢で体力が保たないだけでなく、強力な呪詛が彼の生気を奪っているのだ。

 「な、何を返せと言うのだ!」

逃走にも限界を感じ、アドマイアーは呪詛の影と対話を試みた。
影は哀願する様に言う。

 「私の子を返して……」

 「子だと……?
  正可、この娘の事か?」

アドマイアーは腕に抱いたレクティータを見下ろした。
彼女は両目を固く閉じて、小刻みに震えている。

 「そう、私の可愛い赤ちゃん……」

影はレクティータに手を伸ばす。
もう少しで影が彼女に触れようかと言う所で、丁度マトラが駆け付けた。

 「何事か!
  そこに居るのは何者だ!」

彼女は飽くまで「マザー」として、偶然居合わせた様に振る舞う。
0168創る名無しに見る名無し
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2017/10/31(火) 19:01:39.58ID:Rov2iwmj
アドマイアーはマザーの登場に安堵し、彼女に呼び掛けた。

 「マザー、お助け下さい!
  ロード・レクティータが!」

 「アドマイアー様!?」

マトラは態と驚いた風に見せ掛けた後、冷静に指示を出す。

 「その前に、『これ』をどうにかせねばなりません。
  アドマイアー様はレクティータ様をお連れして、お逃げ下さい」

自分なら何とか出来るとでも言う様な彼女の台詞に、アドマイアーは戸惑った。

 「何か手立てがあるのですか、マザー?」

 「これでも魔法の扱いには自信があります。
  そんな事よりも早く!
  今はレクティータ様の安全を確保する事が第一です」

呪詛の影はマトラを認めると、徐々に殺意を膨らませて行く。

 「お前……っ、お前は……!
  お前が、お前がぁ……ぐぐぐぐぐぐ!」

何も彼もを引き込む様な暗い引力に、アドマイアーとマトラは気圧されて怯む。

 「アドマイアー様、早く!」

 「わ、分かった」

とにかく今は逃げるしか無い、マザーが何とか出来ると言っているのだから任せようと、
アドマイアーは疲労した体に鞭を打ち、再びレクティータを抱えて逃走を始めた。
0169創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/31(火) 19:04:35.24ID:Rov2iwmj
彼の姿が見えなくなった所で、マトラは自分共(ごと)、結界に呪詛の影を封じる。

 「さて、魔法大戦を戦い抜いた力、見せて貰おうか」

悪魔公爵級の力を以ってすれば、如何に魔法大戦の英雄でも相手になるまいと、
マトラは自分に言い聞かせた。
呪詛の影は女の形を取っていたが、俄かに男の形に変わる。

 「因果無くして万物無し。
  万物は因果によりて在り。
  斯くて因果より逃れる術無し」

呪詛の言葉を吐く、それは……。

 「お前が『呪われし者』ネサか」

マトラはネサを観察する。
今は魔力の流れは全く感じられない。
結界の中ではマトラは無敵だ。
人間の常識を超越した彼女の魔法資質は、狭い範囲に集中すれば、物理を歪める所か、
新たな法則で支配する事も出来る。
圧倒的優位にありながら、しかし、彼女は恐怖している。
先から魔力による圧力を掛け続けているのに、ネサは何の反応も示さず、呪詛を吐くのだ。

 「因果の果て無きは時空を越え、断ち切る事能わず。
  どこまでも影の如く付き纏う物なり。
  闇に紛れようと、一度(ひとたび)因果の光に照らしむれば、濃く浮き上がりて露になる。
  怨念は因果の導き手なり。
  恨みに因(おこ)りて、果(はか)は悲しき。
  怨念に導かれ、果を齎すは誰。
  其は我、彼の呪詛を投じる者なり。
  其は彼、汝を呪いし者なり。
  其は汝、因を生みし者なり。
  我、彼より汝に呪詛を捧ぐ。
  呪われよ、呪われよ、怨念の果、顕る時まで。
  逃すまい、逃すまい、遺恨、討ち果たす時まで」

魂をも消し去る圧倒的な魔力奔流の中で、ネサは不気味な詠唱を続ける。
0170創る名無しに見る名無し
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2017/11/01(水) 19:20:28.51ID:9pWCXkce
 「潰れろっ!
  消えてしまえっ!」

マトラは全力で魔力を掻き乱すが、全く効果が無い。
ネサから彼女に向かって、闇より暗い影が伸びる。

 「想起せよ、汝が罪を犯した、その瞬間を。
  罪を数えるは、己が皺を数えるが如き。
  生くるに連れて深く刻まれ、その醜さや正視に堪えぬ。
  確と見よ、指の一つに幾本有りや。
  浅きに深きに、正に一つ一つ汝が罪なり」

 「フン、御託ばかり並べおって。
  人間の罪が、この私に通じると思っているのか?
  罪も悪も、私には無縁だ。
  人が羽虫を何匹潰した所で、罪悪感に苦しむか?
  否であろう。
  お前達人間は虫螻に等しい滓なのだっ!」

マトラは敢えて右足で、ネサの影を自ら強く踏み付けた。
呪詛が足を伝って侵食して来ても、僅かに眉を顰めるだけで、強気な表情は変えない。
ネサは呪詛を吐き続ける。

 「我は人に非ず。
  人の身を捨て、人の心を捨て、因果の徒(つかい)となりし物。
  我が名は『呪詛<カタラ>』。
  呪(たたら)うは人のみに非ず」

彼の呪詛はマトラの足の芯まで至っていた。
マトラの右足の感覚が失われて行く。
0171創る名無しに見る名無し
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2017/11/01(水) 19:29:19.04ID:9pWCXkce
それでも彼女は気を張り続けた。

 「ホホホ、そこまで私が憎いか?
  では、呉れてやろう。
  これで相子だ!」

マトラは自ら右足の足首から下を切り離す。
呪詛から逃れるには、相応の代償を支払わなければならないと言う、旧い信仰がある。
無意味な行動に思えるが、その原理に基づいて動いている「呪詛魔法」には有効なのだ。
ネサの呪詛は右足を包み込んで鎮まった。
ネサ本人は暫し無言で立ち尽くしていたが、やがて徐々に影が薄まって消えて行く。

 「雑魚め、お前の恨みは我が右足分に過ぎぬ!」

マトラは片膝を突きながらも勝ち誇った。
彼女にとって肉体は仮初めの物。
欠損しても直ぐ元に戻せる。

 「子供騙しに掛かるとは、他愛無い物よの」

冷や汗を拭い、マトラは結界を解除した。
そして、失った右足の再構成を試みる……が、魔力の制御が上手く行かない。
自分の足の形を認識出来なくなっている。
意識の中からも「右足」を奪われたのだ。

 「な、何っ!?
  馬鹿なっ、これが呪詛の力……」

マトラは驚愕したが、冷静さは失わなかった。

 「――はぁ、足が無くなった程度で、どうと言う事は無いか……。
  所詮、肉体は仮初め。
  人の姿で動くのが、少々面倒になる位は堪えてやるとしよう」

これで呪詛が断ち切れるなら、安い物だと彼女は開き直る。
0172創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/01(水) 19:30:20.30ID:9pWCXkce
その頃、アドマイアーはレクティータを連れ、適当な部屋に逃れて息を潜めていた。
追跡者の気配が無い事を確認して、アドマイアーはレクティータを起こそうとする。

 「ロード・レクティータ、お目覚め下さい」

彼女は悪夢に魘されている様に、両目を閉じた儘で呻いている。

 「ロード・レクティータ」

アドマイアーは繰り返し呼び掛け、レクティータの頬を軽く叩いたが、目覚める気配は無い。
どうにか苦しみを和らげてやれないかと、仕方無く彼は苦手な共通魔法を使おうとする。

 「E5C5D6、E5C5D6……。
  えぇい、効きが悪い……!
  こんな事なら、もっと魔法の練習をしておくんだったなぁ。
  この年になって、後悔する事ばかりだ」

長い年月を掛けて積み上げた、金も地位も権力も、今は何の役にも立たない。
アドマイアーは祈る様な気持ちで、必死に呪文を繰り返した。

 「E5C5D6、E5C5D6。
  どうか、この娘の苦しみを取り払ってくれ。
  魘される姿を見続けるのは忍び無い。
  E5C5D6、E5C5D6」

祈りが通じたのか、徐々にレクティータの表情は穏やかになって行く。
アドマイアーは安堵した。
直後、足音が聞こえる。
それは2人が居る部屋に近付いている。

 (何者だ?
  引き摺る様な音……)

足音は不規則で、真面に歩けていない。
先の影が追って来たのかと、アドマイアーは再び息を殺して身構える。
0174創る名無しに見る名無し
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2017/11/02(木) 19:10:47.79ID:oOAu9/J7
部屋の戸が開けられる。

 「アドマイアー様、レクティータ様、御無事ですか?」

足音の主はマトラだった。
彼女は壁に縋りながら、片足を引き摺って入室する。
アドマイアーは張り詰めていた気を緩め、マトラに声を掛ける。

 「マザー、足を……?」

マトラは演技で健気さを主張して答えた。

 「大丈夫です。
  『あれ』は退治しました。
  片足を取られましたが、安い物です。
  それより、レクティータ様は御無事ですか?」

アドマイアーは彼女の気丈さに感服しつつ、返事をする。

 「ええ。
  今は静かに、お休みになっています」

 「良かった……。
  アドマイアー様は、お怪我はありませんか?」

 「はい。
  年甲斐も無く走り回って、疲労した以外は何とも……」

安堵したマトラはアドマイアーとレクティータを交互に見て、声を潜めた。

 「何も無かったのですよね……?」

マトラの視線は大きく開いたレクティータの胸元に向いている。
アドマイアーは焦りを隠す様に、咳払いをした。

 「この非常時に何を!
  そこまで私は不謹慎ではありません」

それを受けて、マトラが少し残念そうな顔をしたのを、アドマイアーは見逃さなかった。
やはりレクティータの誘いは罠だったのだと、彼は確信する。
0175創る名無しに見る名無し
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2017/11/02(木) 19:11:52.34ID:oOAu9/J7
 「済みません、失礼しました」

マトラは俄かに畏まり、アドマイアーに近付いて、レクティータに触れる。

 「後の事は、お任せ下さい」

アドマイアーは不信感を露にして、マトラに尋ねた。

 「あの影は一体……?」

 「……私にも分かりません。
  協和会を敵視する者の仕業でしょうか……」

素っ惚ける彼女に、アドマイアーは鎌を掛ける。

 「魔導師会を頼りましょう」

マトラは目を剥いて拒否した。

 「それは出来ません。
  アドマイアー様も御存知でしょう?
  魔導師会は自己防衛論者と結託してまで、協和会を追い落とそうとしています。
  良くない噂が広まるのは早い物です」

彼女の言う事にも一理あるが、本音では協和会の闇を隠したいのだ。
魔導師会が信用ならないのではなく、秘密を暴かれたくないと言うのが本当の所。
マトラは深入りを避ける様に、強引に話を片付ける。

 「とにかく、あの影が再び現れる事はありません。
  御心配無く」

果たして、そうだろうかとアドマイアーは疑った。
あの尋常ならざる気配を漂わせていた影が、真面な方法で片付く物だろうか?
レクティータを「私の子」と言っていたのは、何だったのか……。
0176創る名無しに見る名無し
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2017/11/02(木) 19:13:38.87ID:oOAu9/J7
疑問は尽きないが、それを問う暇は無かった。
協和会のシスターやエルダーが続々と駆け付けたのだ。
マトラが素早く指示を出す。

 「レクティータ様を2階の休憩室に、お連れしろ。
  それとアドマイアー様を医務室に。
  私の事は良い」

指示を受けたシスターが2人、アドマイアーの両脇を支えて、医務室に運ぼうとする。
それをアドマイアーは断った。

 「いや、大丈夫だ。
  それには及ばない。
  どこも怪我等していない。
  独りで歩ける。
  私の事よりも……」

マザーやレクティータが心配だとアドマイアーは言おうとしたが、シスターが申し訳無さそうな顔で、
彼に退出を促す。

 「こちらの事は、こちらで片付けます。
  お気遣いには及びません。
  御希望であれば、馬車を呼んで送らせます」

 「いや、結構。
  そこまでして貰っては悪い」

アドマイアーは晴れない気持ちで、協和会の本殿を後にした。
何時か傀儡のレクティータを救い出さなくてはならないと言う決意をして。
0177創る名無しに見る名無し
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2017/11/03(金) 19:50:54.37ID:kEaLSXOE
他方、協和会のエルダーとなったガーディアンは、どうにか魔導師会と接触出来ないか考えていた。
彼の影には謎の化け物が取り付いており、迂闊な行動を取れば、殺され兼ねない。
しかし、協和会に忠誠を誓う気には全くなれなかった。
如何に彼が強者に靡く性質でも、破滅願望は無い。
自分の直感には正直で、不安を抱えた儘、組織に所属する事は出来ないのだ。
危(やば)いと感じたら、誰より先駆けて一抜けるのがガーディアンと言う男。
アドマイアーが「大成出来ない」と評するだけはある。
ガーディアンは協和会の会館には近付かず、白いローブを着た儘で街中を浮ら付いて、
魔導師の目に留まるのを待った。
既に彼と接触した自己防衛論者が、一人姿を消している。
疑いの目が自分に向くのは当然で、だからこそ魔導師が接触して来ると、彼は踏んでいた。
影の化け物も、人目に付く所で問題は起こせないだろうと言う考えもあった。
逮捕される事は怖くない。
今回に限っては、真実は彼の味方なのだから。

 (どうにか逃げ出さんとな……。
  後の事は、どうなろうと知ったこっちゃないわ)

ガーディアンの思惑通り、執行者の青いのローブを着た男が2人、彼に近付く。

 「ガーディアン・ファタードだな?」

ガーディアンは安堵して、返事をした。

 「ああ」

 「行方不明になっている、フェイナトー・ハンテルクに就いて、聞きたい事がある」

 「左様(さい)か」

執行者の言葉に、彼は素っ気無い振りをして、自らの影の反応を窺う。
0178創る名無しに見る名無し
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2017/11/03(金) 19:52:30.84ID:kEaLSXOE
執行者はガーディアンの様子が普通でない事を見抜いて、慎重に問い掛けた。

 「フェイナトー・ハンテルクを知っているな?
  自己防衛論者の」

 「ああ、ああ、よう知っとる」

ガーディアンにとって都合の好い事に、執行者の2人は彼を強く警戒している。
影も迂闊には出て来れない。
魔導師の優秀さに賭けて、ガーディアンは大胆な行動に出ようとした。

 「フェイナトーは殺――」

「殺された」と言おうとした彼だが、途中で声が出なくなる。
2人の執行者は怪訝な顔をしている。
そんな馬鹿なとガーディアンは焦った。

 (『フェイナトーは殺されたんや!』
  ええぃ、何で声が出ぇへんねん!
  舌が回らん、口が動かんようになっとる!?)

 「『フェイナトーは』……何だって?」

執行者は先の発言を確かめようと尋ねるが、当人は答える所ではない。

 「おい、どうした?
  大丈夫か?」

硬直しているガーディアンを心配して、執行者は声を掛けるが、彼は身振りで応える事さえ出来ない。
0179創る名無しに見る名無し
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2017/11/03(金) 19:55:53.79ID:kEaLSXOE
 (これが大丈夫に見えるんか!?
  その目は節穴かっ、呆けっ!!)

内心でガーディアンは必死に訴えるが、残念ながら通じない。
もし執行者がテレパシーでの意思疎通を試みていれば、伝わったかも知れないが……。

 「あっ、待て!」

 (な、何やっ!?)

突然ガーディアンの体は、彼の意に反して逃走を始めた。

 (体が勝手に動きよる!?
  あの化け物の仕業か!)

こんな事まで出来るのかと、ガーディアンは驚愕した。
だが、執行者から逃げ切れるのかと言う疑問が第一に浮かぶ。

 「『拘束魔法<バインド>』っ!」

 「動くなっ、ガーディアン!」

執行者は2人掛かりでガーディアンに向けて拘束魔法を使った。
しかし、拘束魔法を「影」が代わりに受ける。
影はガーディアンを覆い、拘束魔法を無効化した。
人体と構造が全く異なる影に、通常の拘束魔法は通じない。

 「な、何だ、あの魔法!?」

 「身代わり!?」

流石の執行者も初めて見る物に驚きを隠せなかった。
ガーディアンは建物の陰に入ると、気配を消す。
「影」と同化した彼を、執行者は認識出来ない。
これが術理の知られていない「外道魔法」の恐ろしさだ。
0180創る名無しに見る名無し
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2017/11/04(土) 19:08:51.37ID:RjG0Pnk7
 (あぁ、駄目やったか……)

ガーディアンは愕然として落胆した。
「裏切り」の代償として、影に殺される事を覚悟した彼だが、そうはならなかった。

 (……あの化け物、豪い静かやな。
  黙り倒くっとる。
  儂を殺さへんのか?
  どう言うこっちゃ?)

彼の行動は結果的に、協和会に魔導師会が突入する切っ掛けを与えたのだ。
今後、ガーディアンはフェイナトー・ハンテルクが行方不明になった事件の重要参考人犯人として、
都市警察や執行者に追われる。
ここで彼が行方を晦ましてしまったら、益々協和会が怪しまれる事になる。
協和会としては、ガーディアンは「協和会とは無関係な殺人者」であって貰わなくては困るのだ。
彼をエルダーと認めた以上、全く無関係とは言えないが、少なくとも単独犯でなくてはならない。
即ち、影はガーディアンの体を使って、殺人を繰り返す必要がある。
幸か不幸か、彼は殺人鬼の汚名を着せられる未来を予想していない。
ガーディアンは忍び足で、通りに出てみた。
……人々は彼に関心を示さない。

 (又、何かあったら、あの化け物に体を乗っ取られるんやろなぁ……。
  本真、どないしよ……。
  今更協和会に戻って、許して貰えるとも思えんしなぁ……。
  いや、戻りとうは無いねん。
  戻れ言われても、お断りや)

考え事をしながら歩いていたガーディアンは、体格の良い男と擦れ違う際、肩を打付けてしまった。
男は凄んで言う。

 「おい、待てや!!
  自分、打付かっといて何の詫びも無しかい!」

ガーディアンは萎縮して距離を取った。
0181創る名無しに見る名無し
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2017/11/04(土) 19:16:45.11ID:RjG0Pnk7
しかし、体格の良い男は彼を見ていない。
その先の気弱そうな男を睨んでいる。

 「わ、私(わて)ですか?」

 「他に居らへんやろ?」

 「いや、当たってへんですよ……。
  人違いやないですか?」

言い合いを始める2人の男に、ガーディアンは困惑した。

 (な、何や、これぇ……)

2人がガーディアンの存在を全く気に留めていないので、彼は感付く。

 (認識されとらんのか?
  ……これ万引きし放題やん!
  あー、でも、魔法は誤魔化せんかも知れへんな……。
  てか、ンな事しとる場合違うわ。
  こんなん、真面に人と話も出来んがな……。
  あぁっ、それが狙いか……)

これからガーディアンは孤独な上に、何時体の支配を奪われるか分からない、不自由な日々を、
送らなければならない。
裏切りを繰り返して来たばかりに……。
0182創る名無しに見る名無し
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2017/11/04(土) 19:19:34.17ID:RjG0Pnk7
一方、ガーディアンを取り逃した執行者は、彼が不可思議な術を使った事実を上司に報告した。

 「済みません、ガーディアン・ファタードを捕まえられませんでした。
  奴には影の様な物が取り憑いていました。
  その影に拘束魔法を妨害されたのです。
  しかし、身辺調査では奴の身内に、外道魔法使いの血筋は確認出来ませんでした。
  特に共通魔法が下手と言う事も無く、公学校時代の成績は中の上と言った所。
  協力者が居ると見るべきでしょう」

上司は頷いて、指示を出す。

 「ガーディアンの方は外対が担当する。
  お前達は明日、協和会に話を聞きに行ってくれ。
  飽くまで、話を聞くだけだぞ。
  あちらから尻尾を出してくれれば良いが……、余り期待はするな」

ガーディアンの行動で、魔導師会は協和会を訪問する機会を得た。
執行者の2人は翌朝、南東の時に協和会の会館へ行くが、門衛に止められる。

 「待って下さい、ここは関係者以外立入禁止です。
  何の御用ですか?」

 「魔導師会法務執行部の者だ。
  ガーディアン・ファタードと言う男に就いて、聞きたい事がある。
  代表者と話をさせてくれ」

 「しょ、少々お待ち下さい……」

門衛は慌てて、テレパシーで中の者と連絡を取った。

 「……あっ、シスター?
  執行者の方が……。
  はい、はい、そうです。
  ……ええ、分かりました」

執行者が予想していたよりも、話が通るのは早かった。
門衛は改まって、2人に告げる。

 「もう暫く、お待ち下さい。
  シスターが迎えに来ますので」

執行者の2人は大人しく案内の到着を待つ。
0183創る名無しに見る名無し
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2017/11/05(日) 19:32:57.29ID:lf07dZ/s
約1点後に、白いローブを着たシスターが執行者の前に現れた。

 「お待たせしました。
  どうぞ、私に付いて来て下さい」

シスターは2人を正面に見える本館に通し、小会議室で応対する。

 「お掛けになって下さい。
  お茶は如何ですか?」

 「いえ、結構」

 「そうですか……。
  それで、ガーディアンに就いて、お尋ねになりたいとは何でしょうか?」

執行者の内、1人は無言で周囲の魔力を観察し、もう1人が話し合いをする。

 「今、ガーディアン・ファタードは、ここ……この敷地内に居ますか?
  若しくは、居場所を知っているとか」

 「いいえ、ここ数日は会館に現れておりません。
  私共も心配している所です」

 「『心配』ですか……。
  実は、ある人物がガーディアンと会ったのを最後に、行方不明となっていまして」

 「ある人物とは?」

 「自己防衛論者です。
  しかも、彼とは顔見知りの」

それを聞いた途端、シスターは一瞬だけだが、表情を強張らせた。
0184創る名無しに見る名無し
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2017/11/05(日) 19:36:26.06ID:lf07dZ/s
彼女は憶測を口にする。

 「……既に御存知の事と思いますが、ガーディアンは協和会内では浮いた存在でした。
  私達と正反対の主張をする、自己防衛論者の政党の党首だった者ですから。
  協和会の中に彼を信用する者は居ません」

 「それが何か?」

 「彼は功を焦っていたのではないでしょうか……」

 「『功』とは?」

 「何とか協和会の役に立ちたいと言う思いで、暴走したのではないかと……」

執行者はシスターの発言を怪しむ。
ガーディアンが行方不明事件の犯人だとは誰も言っていないのに、短慮に過ぎるのだ。
丸で、もう彼が犯罪者であると決め付けている様。
或いは、「そう言う事」にしたいのか……。

 「そこまでの忠誠心が彼にありますかね?」

 「忠誠心では無いかも知れませんが……。
  そう言えば、魔導師会は自己防衛論者と手を組んで、協和会の事を探ろうとしていた様ですね」

行き成り関係の無い話をされて、執行者の2人は眉を顰めた。
その反応を見て、シスターは小さく笑う。

 「ガーディアンが私達に忠告したのです。
  それを評価されて、彼は『エルダー』になりました。
  協力者には信用の置ける方を、お選びになった方が宜しいですよ」

執行者は真顔で反論する。

 「私達に言われても困ります。
  それは私達の仕事ではないので」

 「ガーディアンの事も、それと同じです。
  彼が勝手にした事で、私達とは関係がありません」

中々シスターは口が巧い。
態度は冷静その物で、襤褸は出しそうに無かった。
0185創る名無しに見る名無し
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2017/11/05(日) 19:40:20.80ID:lf07dZ/s
執行者は痺れを切らして、単刀直入に尋ねる。

 「飽くまで、協和会は無関係だと言うのですね?」

 「事実その通りですから」

シスターは澄まし顔で言い切り、本の僅かも動揺した様子を見せない。
執行者は嫌味を言って反応を窺う。

 「『忖度』って分かりますか?」

 「はぁ」

シスターは呆れ混じりの脱力した返事で、付き合い切れないと言う倦厭を表現した。

 「示唆とは行かないまでも、違法行為を暗黙の内に強要させる様な気配や雰囲気がある場合、
  組織の体質が問われます。
  強要でなくとも、『見返り』があれば同じです。
  そう言う『環境』が不味いんですよ。
  『下っ端が勝手に』等と言う、安易な言い逃れをさせない為に『組織犯罪処罰法』があります。
  『贈収賄防止法』や『教唆犯』と似た様な概念です」

流石に、これは聞き過ごせなかった様で、彼女は色を作して反論する。

 「それに該当すると仰るのですか?」

 「ハハ、それは『調べてみないと』分からないでしょう。
  何か隠し事や企み事をしていないか等」

笑って誤魔化した執行者を、シスターは疑いの眼差しで睨む。

 「縦しんば該当するとしても、捜査は執行者ではなく、都市警察の役割ではありませんか?」

執行者は肩を竦めて、冗談めかした。

 「親切心からの忠告ですよ。
  何をするか分からない人間を、身内に迎え入れたのは軽率でしたね。
  会員には信用の置ける人物を選んだ方が良い」

皮肉を言い返され、シスターは憤然として沈黙する。
0186創る名無しに見る名無し
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2017/11/06(月) 18:45:07.40ID:HP8Ol3Ni
勝ち誇った執行者は、一呼吸置いて新しい話を始めた。

 「所で、『影を操る』とか『影の様な物を使う』魔法に、心当たりはありませんか?」

 「いいえ」

シスターは不機嫌さを隠し切れない声で答える。

 「ガーディアンは逃亡の際に、共通魔法ではない、奇怪な魔法の様な物を使いました。
  協和会は外道魔法使いと関係を持っていましたよね?」

 「当然の様に言われても困ります」

断定的な執行者の発言に、シスターは困惑を露にした。
執行者は態とらしく驚いて見せる。

 「ん?
  外道魔法使いと何の接点も持っていないんですか?
  平和と共生を訴えているのに?」

 「そ、それは……。
  私には何とも……」

シスターは明らかに狼狽していた。
執行者は調子に乗って、横柄な物言いをする。

 「貴女では話になりませんね。
  組織の全貌を把握している人は居ないんですか?」

 「全貌……ですか?」

 「協和会を動かしているのは誰なんです?
  外道魔法使いと接点を持っている人は?
  会長ですか?」

執行者が問い詰めると、シスターは申し訳無さそうに言った。

 「……今日の所は、お引き取り願えませんか?
  何分、急な御訪問でした物で、お尋ねの事柄に関しては、私では十分な回答が出来ません」
0187創る名無しに見る名無し
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2017/11/06(月) 18:47:47.80ID:HP8Ol3Ni
そうだろうなと執行者は溜め息を吐く。

 「そうですか……。
  簡単な組織図でも良いんですが、ありませんか?」

 「協和会は会長の下、エルダーとシスター、そして一般の会員があるのみです。
  誰が何を担当しているか等、現時点では、お答え出来ません。
  好い加減な事をお伝えして、誤解を招いては大変ですので」

 「では、何時なら都合が付きますか?」

 「私の独断では申し上げられません……」

 「分かりました。
  では又、日を改めて伺います」

上司から『話を聞くだけ』と指示されているので、余り深く切り込む事は避けた。
2人の執行者は協和会の会館を後にする。
話し合いを担当していた方の執行者は、魔力を監視していた相方に尋ねた。

 「どうだった?」

 「嘘は無かった。
  魔力の乱れも確認出来なかった。
  下手に誤魔化さない方が良いと判断したんだろう。
  しかし……」

 「しかし?」

 「あの女はシスターと呼ばれていたな。
  平の会員よりは上の様だが、幹部級かと言うと……。
  協和会の組織構造が分からない。
  会長が居て、シスターとエルダーが居て、平会員が居て……。
  表向きの序列は、それだけの様だが……」

 「内情は複雑だろう。
  少なくとも『政治』、『財務』と『諸活動』で3つ……否、『外道魔法使いとの裏交渉』で、
  4つの部署に分かれている筈だ。
  幾つかの部署は役割を兼務しているかも知れないが、反逆同盟が絡んでいるとすれば、
  裏交渉部門か」

その予想は外れている。
彼等は大きな誤解をしている。
協和会は反逆同盟と協力関係にあるのではない。
協和会その物が、反逆同盟の為に立ち上げられたのだ。
0188創る名無しに見る名無し
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2017/11/06(月) 18:51:05.46ID:HP8Ol3Ni
話し合い担当の執行者は暈やいた。

 「『日を改めて』とは言った物の、素直に出て来てくれはしないだろう。
  何の彼のと理由を付けて、対面を避けるか、引き延ばすだろうな」

 「外対がガーディアンを押さえるまで待とう。
  奴の証言さえあれば」

2人の執行者は互いに頷き合い、その時を待った。
しかし、協和会も無為に大人しく時を待ちはしなかった。
執行者が協和会を訪れた翌日、一部報道機関が「ガーディアン・ファタードが殺人の容疑で、
魔導師会に追われている」との情報を流した。
その出所は何と協和会だった。
協和会は先手を打って、不都合な事実を公表する事で、疑惑の払拭を狙ったのだ。
更に、ガーディアン・ファタードが元自己防衛論者で、市政党防護壁の党首だった事を強く主張した。
お負けに、魔導師会が自己防衛論者と結託している事実まで、明らかにした。
「信用出来ないのは自己防衛論者の方」だと印象付け、間接的に魔導師会を貶める為だ。
その試みは一定の成果を上げた。
市民は「飽くまで魔導師会を信じる者」と、「中立的立場の者」と、「魔導師会に批判的な者」の、
3極に分かれて混迷を深めた。
それぞれの勢力は殆ど対等で、どれが優勢と言う事も無い。
今後の展開次第で、如何様にも転び得る。
だが、それまでは市民同士の対立が続く。
反逆同盟の狙いが正に、そこにあるのだとしたら……。
0189創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/06(月) 18:52:35.14ID:HP8Ol3Ni
その後、自己防衛論者が次々と行方不明になった。
会長が人前に姿を現さなくなった事以外に、協和会の側に怪しい動きは見受けられず、
これは逃亡中のガーディアンの仕業だと思われた。
世間にも、魔導師会にも。
行方不明者が増えるに連れて、事は協和会の問題と言うよりも、ガーディアン個人の人格の問題と、
言う向きが強まって行った。
執行者は自己防衛論者を含めたガーディアンの顔見知りに話を聞いて回ったが、得られた証言は、
何れも彼の殺人的傾向を否定する物だった。
ガーディアン・ファタードは口が巧く、行動力もあるが、直ぐに結果を欲しがる性急さがあり、
事が自分の思った通りに運ばないと、愛着も未練も無く投げ出してしまう。
一種の人格破綻者ではあったが、決して直接人を害する事は無かった。
殺しは疎か、暴力を振るった事も無いのだ。
短気、短慮ではあるが、その裏には計算高さがある。
喧嘩でも絶対に自分から手を出す事は無い。
それに関してはガーディアンは喧嘩が弱いからではないかと言う、尤もらしい推理もあったが、
とにかく「腹を立てて暴力を振るう」と言う事が無いのだ。
他人と衝突した際の彼の対応は、「口先で言い返す」、「その場から立ち去る」、「無視する」の、
3つに限られる。
恨みを持って拘ると言う事が無い。
それを彼は無意味だと割り切っている。
では、どうすればガーディアンが殺人を犯すのか?
彼の知人等は口を揃えて、あり得ないと言う。
自分の将来の為に人を殺す事は無いし、況して他人の為に罪に問われる事は絶対にしないと。
無実であるなら、何故ガーディアンは姿を隠しているのか?
執行者に嘘は通じないし、心測法で過去を暴く事も出来る。
思い込み先行で杜撰な捜査をしないと言う事が、絶対に無い訳ではないが、一応裁判もあるので、
無実の人間を罰した例は無い。
ガーディアンは自分の意思とは無関係に、姿を現せない状態にあるのではないかと、
執行者は考え始めていた。
0190創る名無しに見る名無し
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2017/11/07(火) 19:31:12.94ID:wcXA2Bzo
ガーディアンを情報源として利用出来なくなった魔導師会は、協和会に潜入して内情を探れる、
諜報員を求めていた。
普通の会員として潜入しても、表層的な事しか判らないし、反逆同盟が関わっていると言う事で、
相当の危険が伴う。
そこで魔導師会が頼ったのは、共通魔法使いではない味方だった。
魔導師会からの依頼を受けて、魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディーは仲間を招集する。
翌日、バルバング工業区の廃屋で、彼は呼び出した仲間達に状況を説明した。

 「今、協和会と言う組織がティナー市内で注目されているらしい。
  平和と共生を訴えている辺りは、在り来たりな組織なんだけど……。
  会長が神聖魔法使いなんだよ」

レノックの発言に真っ先に反応したのは、旅商の男ワーロック・アイスロン。

 「それはクロテ……クロデラさんでしたっけ?」

 「クロテア」

 「そうそう、そのクロテアさんですか?」

 「そうだよ」

平然とレノックが答えたので、ワーロックは驚いた。

 「……何が目的なんです?」

 「それを探って貰いたいと言う事で、君達に集まって貰ったんだ」

そこに精霊魔法使いのコバルトゥス・ギーダフィが口を挟んだ。

 「どの辺で反逆同盟が関係してるんだ?」
0192創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/07(火) 19:37:37.75ID:wcXA2Bzo
レノックは両腕を胸の前で組み、低く唸る。

 「……どこまで関与してるか判らないんだけど……。
  神聖魔法使いを会長に据えた所からして、相当深く食い込んでいると思う。
  そこの所も明らかにして欲しい」

 「『神』と戦うのか?」

今度は巨人魔法使いのビシャラバンガが尋ねた。
神聖魔法使いは神の奇跡を得て戦う。
それは間接的とは言え、神と戦う事。
レノックは少し困った顔をして答える。

 「そんな事にはならないと思う。
  神聖魔法使いは記憶を奪われている様なんだ。
  以前はクロテアと名乗っていたのに、今はレクティータと呼ばれている。
  振る舞いにも違和感がある」

彼の話を聞いた旅商の娘リベラ・エルバ・アイスロンが、疑問を口にした。

 「レノックさんは、そのクロテアって人と会った事があるんですか?」

 「ああ、僕とワーロックは彼女と面識がある」

リベラはワーロックの方を向いて、小声で話し掛けた。

 「どんな人だったの?」

 「一寸、変わった女の子だよ。
  あ、『女の子』って年でも無いか……。
  リベラと同じ位の年だと思うんだけど、不思議な雰囲気で……。
  ……とにかく、変わった人だよ」

ワーロックの話は全く要領を得ず、リベラは小首を傾げる。
0193創る名無しに見る名無し
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2017/11/07(火) 19:39:06.94ID:wcXA2Bzo
レノックは雑談を遮る様に大きな咳払いをして、話を続けた。

 「それで、誰かに協和会に潜入して貰いたいんだけど……。
  反逆同盟の連中に、面が割れていない人物が望ましい」

これに対して、コバルトゥスが声を上げる。

 「全員無理なんじゃないか?」

レノックは眉を顰め、彼に手の平を向けて制した。

 「話は最後まで聞いてくれ。
  確かにコバルトゥス君の言う通り、皆、何等かの形で反逆同盟の連中と接触している。
  そこで、こう言う時に頼れる知り合いは居ないか?
  勿論、共通魔法使いではない者で」

どう言った作戦を考えているのかと、ワーロックはレノックに確認する。

 「レノックさん、協和会には所謂『外道魔法使い』と交渉する窓口があるんですか?」

 「ある……と言うか、無い筈が無い。
  『共生』を訴えている以上、それを想定していないのは詐欺だよ。
  実際、詐欺なのかも知れないが、裏に反逆同盟があるなら、協力者を増やそうとするだろう」

飽くまで推測なのかと、ワーロックは少し不安に思った。
しかし、レノックの推理は納得出来ない物では無い。
問題は――、

 「お話は分かりました。
  ……でも、レノックさんの方は、潜入に適した人物に、心当たりは無いんですか?
  この中で一番交友関係が広いのはレノックさんでしょう。
  レノックさんが知らない人で、私達が知っている人物となると……。
  少なくとも、私は知りませんよ」

結局の所、これに尽きる。
0194創る名無しに見る名無し
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2017/11/08(水) 19:36:52.31ID:4wLCsPWI
レノックは全員を一覧して顔色を窺い、困り顔で言う。

 「ラヴィゾ……いや、ワーロックの言う事は尤もだけど、僕は余り信用が無いんだ。
  知り合いが多くても、頼み事に応じてくれない。
  『人間の事だから人間が片付けるべき』で、終わってしまう。
  ……誰も居ないと言うのなら、仕方が無いよ。
  魔導師会に頑張って貰おう」

話が終わり掛けた所で、コバルトゥスが声を上げた。

 「待ってくれ。
  もしかしたら……」

全員の視線が彼に集中する。
コバルトゥスは小さな咳払いを挟んで続けた。

 「隠密魔法使いに頼んでみては、どうだろう?」

 「知り合いが居るのかい?」

意外そうな目をして尋ねるレノックに、コバルトゥスは自信の無さそうな声で応える。

 「乗ってくれるかは分からないが、頼むだけ頼んでみる。
  但し、居場所は遠くにある。
  ティナーに戻って来るまで、何日か掛かると思うが、それでも良いか?」

 「移動の事なら、僕が何とかする」

 「……余り期待しないでくれよ」

 「駄目でも構わないさ。
  他に当てがある人は……」

レノックは再び全員を一覧したが、それに応える者は無かった。

 「居ないみたいだね。
  早速行こう」

こうしてレノックとコバルトゥスの2人は、一時ティナー地方を離れて、隠密魔法使いが暮らしている、
集落に向かう事となった。
0196創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/08(水) 19:41:05.97ID:4wLCsPWI
所は変わり、協和会の本殿。
協和会の「マザー」事マトラは、杖を突いて歩く様になった。
結局、彼女の魔力を以ってしても、呪詛は打ち破れなかったのだ。
そして、協和会の会長レクティータは、長く深い眠りに落ちていた。
どこにも体には異常が無いのに、目覚める事が無い。
協和会の者は皆心配していたが、レクティータが眠る会長室の寝室に近付く事が出来る者は、
シスターの中でも限られている上に、現在の彼女の状態に就いて口外する事は禁じられている。
シスターが交代でレクティータを看ているが、一向に目覚める気配は無い。
レクティータの異変が発覚したのは、彼女が倒れた翌朝の事だった。
何時も朝早い彼女が、珍しく起きていない事を心配したシスターが、起こしに行こうとした所を、
マトラが止めた。
曰く、昨夜の騒動で疲れているのだろうから、安眠を妨げてはならないと。
その時はマトラも事態を正確に把握していなかった。
愈々奇怪しいと気付き始めたのは、南の時を過ぎた時。
――流石に眠り過ぎだと思ったマトラは、寝室に様子を窺いに行った。
足を悪くしている彼女を手伝おうと、シスターが付き添いを申し出ても、独りで良いと断って。

 「失礼します、レクティータ様」

レクティータは眠った儘であり、目を覚まして動いた形跡が無い。

 「お目覚め下さい、レクティータ様。
  もう南の時を過ぎています。
  皆が心配していますよ」

声を掛けても、揺すっても、目を覚まさない彼女に不吉な物を感じたマトラは、強引に覚醒させようと、
魔法で精神に干渉した。
片手の人差し指の爪の先をレクティータの額に当て、微量の魔力を流して、軽い衝撃を与える。
眠りに落とす事と同様に、眠りを覚ますのは「簡単な事」の筈だったが、それは失敗した。
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