ロスト・スペラー 17 [無断転載禁止]©2ch.net

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1創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 19:39:30.53ID:RxuePOP2

2創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 19:43:28.59ID:RxuePOP2
このスレは容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長です。
時には無かった事にしたい設定も出て来ますが、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。
前スレが切りの悪い所で終わってしまったので、早目に立てました。

3創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 19:57:24.05ID:RxuePOP2
前スレで途切れた部分

ファイセアルスがある宇宙とは異なる宇宙デーモテール。
そこには法則が異なる幾つもの世界があり、その一つに「エティー」と言う小世界がある。
ファイセアルスからエティーに飛んだサティ・クゥワーヴァは、そこで管理主を任される事になった。
一時は荒廃していたエティーも安定した事で、サティはエティーを離れ、他世界を巡って旅を始める。
偶々訪れた「名も無き沈み行く世界」で、蟹の様な姿をした住民と出会った彼女は、
住民達を保護しようと、エティーに連れて帰ろうとした。
移住に賛成した10体を連れてエティーに帰還したサティは、蟹の様な姿をした物達に、
自分の名前を決める様に言ったのだが……。

4創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 20:01:01.30ID:RxuePOP2
サティの発言に対して、1体が恐る恐る鋏を挙げた。

 「あの……。
  名前って?」

 「個体識別の為の名称です。
  名前が無いと呼ぶ時に不便でしょう?」

 「は、はぁ……。
  でも、勝手が分からないので、そちらで付けて貰えませんか?」

その蟹は仲間を見回して、異議が無い事を確認する。
誰も反対意見を述べる物は無く、サティが皆の名前を付ける事になった。

 「……では、貴方は鋏が大きいので『ビシズ』。
  貴方は脚が長いので『グレッグ』。
  貴方は右の鋏が大きいから『フィドラブ』。
  貴方は甲羅が青味掛かっているから『ブルシェ』。
  貴方は甲羅が真っ赤だから『レッシェ』。
  貴方は甲羅が大きいから『ラージェ』。
  えーと、未だ6つか……。
  貴方は小さいから『ミニマン』。
  貴方は目が大きいから『ステア』。
  貴方は……何と無く普通だから『ノーマ』。
  貴方で最後、『アンテ』!」

彼女は適当に名付けたので、不満が出る事を覚悟していたが、名前の意味まで考えない蟹達は、
全く気にしていなかった。

 「分かりました。
  私達の為に考えて下さった名前、有り難く使わせて頂きます」

そう畏まられては、サティの方が申し訳無い気持ちになる。

5創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 20:22:28.75ID:0EGN3NfF
前スレまだ482じゃねーかよ
責任持って使い切れ

6創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 21:34:39.03ID:WKW+H9/j
>>1
いつの間にか容量オーバーでしたか
スレ立て乙です!

7創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 21:40:43.30ID:RxuePOP2
2ちゃんねるのスレッドには512KBの容量制限があり、それ以上は書き込めないのです。
これはレス数とは関係無く、書き込みの量で決まります。
試しに前スレに書き込んでみて下さい。
今まで書き込んだ文章量からの推測ですが、スレッド右下に表示されている容量は、
実際の容量とは差異が生じていると思います。

8創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 21:48:25.82ID:0EGN3NfF
それってずっと落ちないままか

なるべく小分けにして書き込めばよくね?

9創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 21:52:55.09ID:RxuePOP2
いいえ、その内dat落ちするので、安心して下さい。
一週間後には一覧から消えていると思います。

10創る名無しに見る名無し2017/09/20(水) 22:47:16.72ID:0EGN3NfF
なるほど、回答ありがとう

11創る名無しに見る名無し2017/09/21(木) 19:17:22.28ID:o1MXHVbE
>>4の続きから

蟹達はサティの先導で、続々とエティーに入った。

 「どうですか?
  具合が悪くなったりしませんか?
  息苦しさは?」

サティが気遣いの言葉を掛けると、脚の長いグレッグが暫し遠くを見詰めた後に言う。

 「水場はありませんか?」

 「海、海が見たいです」

小さなミニマンも鋏を振り上げて懸命に意見した。
元々海辺で暮らしていた物だから、海が恋しくなるのだろう。
しかし、エティーの海が肌……甲羅(?)に合うかは不明だ。
サティは心配しながら、蟹達をエティーのロフ側の海に案内する。
蟹達は銘々にエティーの海水に触れたり、浸かったりして、感想を口にした。

 「ウーム、悪くは無いのですが……」

フィドラブに続いて、ステアが言う。

 「他の所も見させて下さい」

何が不満なのか、サティは聞き出そうとする。

 「一体何が気に入らないんですか?」

蟹達は俄かに畏まった。

 「いえ、そう言う事ではなく!」

 「我が儘を言って済みませんでした!」

レッシェとブルシェが皆を代表して謝罪する。
どうも蟹達は、サティを恩人だと思っているのか、それとも恐ろしい存在だと思っているのか、
或いは身分を気にしているのか、怯えた様に身を低くして卑屈な態度を取る。

12創る名無しに見る名無し2017/09/21(木) 19:18:30.21ID:o1MXHVbE
サティは優しい声で蟹達を宥めた。

 「怒っている訳ではありませんよ。
  どこの海も似た様な物ですが……、メトルラの海に行ってみましょう」

蟹達は未だ安心し切ってはいない。
「何が気に入らないのか」と言った時の口調が、余程不機嫌に聞こえてしまった様だ。
サティは異空に於いては、公爵級や侯爵級にこそ及ばない物の、それでも上位の実力者である。
些細な行動や言動で、余計な忖度や配慮をさせない様に、或いは、脅威と受け取られない様に、
気を付けねばならない。
それを忘れていた訳では無かったが、改めて振る舞いには注意しなければならないと実感した。
蟹達の様に、畏れを素直に表現する存在は、寧ろ有り難いかも知れない。
「配慮」で何事も無かったかの様に装われると、敬遠されていると自覚した時には、
手遅れと言う事になり兼ねない。
既に畏れられてしまっている蟹達の事は、もう仕方が無いとして、彼女はエティーのバコーにある、
メトルラの海へと徒歩で向かう。
バニェスも暇だからと言って付いて来た。
蟹達は姿こそ蟹に似ているが、横歩きをしなければならない訳では無い様だ。
長い6本の脚の内、前と中の4本だけを移動に使う。
4足歩行と変わり無い。
後ろの2本は立ち止まる時の休憩用か、転覆しない為の止め具の様な物と思われる。
他の脚と比較して短小で、移動の際にも動いてはいるが、その働きは従属的だ。
両の鋏も同じく、移動の際には地を突いている物の、バランスを取るのに利用しているだけで、
体を運んでいる訳では無い。
見た目は似ていても、やはりファイセアルスの生き物とは違うのだなと、サティは妙に感心していた。
歩幅の為か、蟹達の移動速度は脚の動きに見合わず速く、途中でサティとバニェスは、
飛行する事になる。

13創る名無しに見る名無し2017/09/21(木) 19:21:03.54ID:o1MXHVbE
暫くして、一行はバコーにあるメトルラの海に着く。
それなりの長距離移動だったが、蟹達が弱っている様子は無い。
エティーの空気が極端に合わないと言う事は無さそうだ。

 「ここがメトルラの海です」

サティが両手を広げて言うと、蟹達は銘々に海水に浸かりに行った。

 「どうでしょう?
  ロフの海と、どちらが良さそうですか?」

サティの問い掛けに、鋏の大きなビシズは余り満足していない様子で答える。

 「あちらよりは、こちらです」

赤い甲羅のレッシェが続けた。

 「やはり生まれの海とは違います……。
  でも、仕方が無い事です」

贅沢を言えない身分だと自覚しているのか、蟹達の反応は控え目だ。
この話は片付いた物として、サティは続けて問う。

 「食事の方は大丈夫ですか?」

それを聞いてグレッグが答える。

 「私達は何もしなければ、暫くは何も食べなくても良い様に出来ています。
  無理をして動き回らなければ、餓死する事はありません。
  私達の背中には海草の種が付いています。
  これが上手く増えれば、何の心配もありません」

考え無しに移住した訳では無いのだなと、サティは感心した。

14創る名無しに見る名無し2017/09/21(木) 19:26:08.86ID:o1MXHVbE
それからメトルラの海に住み着いたグランキ一族は、本当に死んだ様に動かなかった。
その内、潮に流されて、10体は方々に散り散りになってしまった。
サティは時々体調を窺いに赴いたが、仮死状態で体力を使わない様にしているのに、
一々声を掛けられると妨げになると言われたので、遠くから眺めているだけにした。
そして、30日後……。
グランキ一族の海草は終に増えなかった。
在来の海草や海藻との生存競争に勝てなかったのだ。
グランキ一族が目覚めたのは、更に20日後。
海草が育たなかったので、グランキ一族は仕方無く、メトルラに自生している海草や海藻、或いは、
魚介類を食べ始めた。
その又20日後には、ビシズ、グレッグ、フィドラブ、レッシェ、ラージェ、ステアの6体が、
立て続けに死亡した。
サティは衰弱して行く6体を見ていたが、生まれた世界が違うので治療する事も出来なかった。
この時には既にグランキ一族の故郷も消滅しており、打つ手が無かった。
だが、残りの4体は幸運にも、メトルラの環境に適合して生き残った。

 「良かった、貴方達は何とか生き延びられそうで。
  御免なさい、ビシズ達を助けられなくて」

生存した1体、最後に名前を付けたアンテに、サティは謝罪する。
アンテは平然と答えた。

 「何を謝る必要が?
  サティさんが私達をエティーに連れて来て下さらなければ、私達は全滅していました。
  仕方が無い事だったんです。
  死んだ皆も故郷よりは長生き出来ました。
  これで良かったんです」

6体の死骸は、生き残りが食べた。
そう言う習慣なのではなく、仲間の死骸はエティーでの貴重な食料だったのだ。
結果、4体が何とか適合する時間を稼げて生き延る事が出来た。
これからグランキ一族は4体だけで、メトルラの海の一員として生きて行く。
既に亡んだ故郷と仲間を想いながら。

15創る名無しに見る名無し2017/09/22(金) 19:56:14.10ID:NP8p6sEt
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

16創る名無しに見る名無し2017/09/22(金) 19:56:54.30ID:NP8p6sEt
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

17創る名無しに見る名無し2017/09/22(金) 19:58:52.19ID:NP8p6sEt
時は魔法暦520年。
共通魔法を中心とした現在の魔法秩序の破壊を目論む、外道魔法使いの集団が現れる。
その名は『反逆同盟<レバルズ・クラン>』。
種族流派門閥血統を問わず、共通魔法社会に反逆する者の集まり。
同盟を率いるは「マトラ」と名乗る謎の女。
彼女は再び魔法大戦を引き起こそうと言うのか……。
魔法秩序の番人である「魔導師会」、その最高指導者である「八導師」は反逆同盟の存在を、
早期に認知して、社会不安を抑える為、極秘裏に親衛隊に特命を下した。

 「反逆同盟を止めよ」

人知れず闇で繰り広げられる魔導師会と反逆同盟の戦い。
共通魔法使い側にも、外道魔法使い側にも、それぞれに敵、味方、そして中立の存在がある。
共通魔法使いでありながら、反逆同盟に加担する者があれば、その逆も亦然り。
斯くして戦乱の予感は益々深まるのであった。

18創る名無しに見る名無し2017/09/22(金) 20:00:09.51ID:NP8p6sEt
反逆同盟と戦う者は、3つに分けられる。
1つは、八導師親衛隊や執行者、処刑人、その他、魔導師会に所属する魔導師達。
もう1つは、魔導師会に協力する外道魔法使い達。
そして最後の1つは、魔導師会を頼らず、独自に戦う者達。
旅商の男ワーロック・アイスロンと、その養娘リベラ・エルバ・アイスロンも、失踪した家族――
ワーロックの息子にして、リベラの義弟、ラントロック・アイスロンの行方を追う内に、
反逆同盟との戦いに巻き込まれて行く。

19創る名無しに見る名無し2017/09/22(金) 20:01:46.14ID:NP8p6sEt
new short story is...

20創る名無しに見る名無し2017/09/22(金) 20:02:35.30ID:NP8p6sEt
力が欲しい


若き旅商リベラ・エルバ・アイスロンは悩んでいた。
自分は『反逆同盟<レバルズ・クラン>』と戦う力が無いのではないかと……。
レバルズ・クランの外道魔法使い達は、何れも強力な能力の持ち主。
対して、リベラは普通の共通魔法使いだ。
飛び抜けて魔法資質が高い訳ではないし、特別な能力を持っている訳でもないし、
魔導師程の魔法知識も持っていない。
彼女は義弟ラントロックを説得出来るのは、自分だけだと思っている。
だが、外道魔法使い達の脅威に立ち向かうには、余りに無力。
レバルズ・クランと戦う養父や仲間達の足手纏いにはなりたくなかった。
今のリベラには外道魔法にも対抗出来る、新しい力が必要なのだ。

21創る名無しに見る名無し2017/09/23(土) 20:50:25.23ID:YAaJMyZD
第一に彼女が相談したのは、精霊魔法使いのコバルトゥスだった。

 「コバルトゥスさん、強くなる為には、どうしたら良いんでしょう?」

 「どうしたの、リベラちゃん?」

コバルトゥスは半笑いで心配そうに尋ねる。
リベラは真剣に胸中を告白した。

 「今の儘だと、私は皆の足手纏いになると思うんです。
  だから――」

 「ああ、そう言う事……。
  気にしなくても良いよ。
  俺が君を守るから」

コバルトゥスが格好付けて強気に宣言しても、彼女は不満気に眉を顰める。

 「そう言う事じゃなくって……。
  はぁ、もう良いです」

呆れて去ろうとするリベラを、コバルトゥスは慌てて呼び止めた。

 「えぇっ、待ってくれ!!
  お、俺じゃ頼り無いって言うのかい?」

動揺を露にする彼に、リベラは足を止めて振り返り、苦笑いして見せる。

 「……はは」

肯定も否定もされなかったので、コバルトゥスは益々焦った。

22創る名無しに見る名無し2017/09/23(土) 20:53:53.48ID:YAaJMyZD
コバルトゥスはリベラを逃がすまいと、彼女の行く手を体で遮り、話を続ける。

 「確かに、今まで俺は頼り無かった。
  その点は深く反省している。
  二度と君を囮に使ったりしない」

リベラは眉を顰めて、首を横に振った。

 「そうじゃないんです。
  相談する人を間違えました。
  御免なさい」

踵を返そうとする彼女の肩を掴み、コバルトゥスは必死に取り縋る。

 「ま、待って待って!
  解るよ、詰まり、アレだろ?
  守られてばかりじゃ行けないって言う」

リベラは再度足を止めて振り返った。
コバルトゥスは思案しながら、彼女に問い掛ける。

 「何時も誰かに助けて貰ってる事に、申し訳無いって気持ちがあるんだね?」

 「はい、まぁ、そうです」

リベラが小さく頷くと、コバルトゥスは大きく頷き返した。

 「そう言う所、お父さんと似てるよ。
  先輩も気を遣う人だったから。
  俺は別に気にしなくても良いと思うんだけど」

やはり解っていないと、リベラは語気を強める。

 「私は自分一人でも戦える力が欲しいんです」

 「ははぁ、そう来るか……」

予想外の言葉に、コバルトゥスは低く唸った。
「守られてばかりでは悪い」と思われているなら、それなりの見返りを求めれば良い。
「give and take」で片側の負い目は減らせる。
しかし、リベラが求めているのは、そこから踏み出した関係だった。
彼女は「give each other」でありたいのだ。
これまでのリベラとの旅を、コバルトゥスは思い返す。
確かに、コバルトゥスがリベラを助けた例は多いが、逆は少ない。
後方からの支援や補助ではなく、並び立って戦う為の力を、彼女は求めているのだ。

23創る名無しに見る名無し2017/09/23(土) 20:55:10.22ID:YAaJMyZD
コバルトゥスは敢えて、意地の悪い惚けた答を言った。

 「んー、でも、君には精霊石を預けてあるじゃないか」

彼はリベラに万一の事があっても良い様に、精霊の力を込めた魔力石を持たせている。
既に一人でも戦える様に力を添えているのだ。

 「そ、それは……。
  役に立ってない訳じゃないんですけど、もっと強い力が欲しいんです!」

 「欲張りだなぁ」

コバルトゥスが苦笑いすると、リベラは恥じらった。

 「我が儘な話だと自分でも思います。
  虫の好い事を言っていると思います。
  でも、切実なんです。
  ラントを助けられるのは、私しか居ません。
  私も戦わないと。
  徒(ただ)、待っているなんて出来ません」

彼女の熱意に圧され、コバルトゥスは暫し沈黙した。
そして、一つ提案する。

 「リベラちゃん、精霊魔法使いになってみないかい?」

 「えっ」

リベラは一瞬固まった後、訝しみながらコバルトゥスに問う。

 「……なれる物なんですか?」

精霊魔法使いとは、血統によってなる物だと、彼女は思い込んでいた。
実際、コバルトゥスの両親は精霊魔法使いだった。
現代では精霊魔法使いは少なく、共通魔法の元になった「精霊魔法」に就いては知っていても、
「精霊魔法使い」の事を知っている者は稀。

24創る名無しに見る名無し2017/09/24(日) 20:16:42.51ID:r7fMyoB+
コバルトゥスはリベラに優しく言う。

 「少し修行すれば、誰でもなれるさ」

 「……それで強くなれますか?」

核心を突く彼女の質問に、コバルトゥスは苦笑した。

 「はは、強くはなれないかな。
  魔法資質は成長しないって、解ってるだろう?」

 「じゃあ精霊魔法使いになる意味って……」

無意味ではないかと疑うリベラを、コバルトゥスは穏やかな口調で諭す。

 「精霊魔法には、精霊魔法の良さがある。
  精霊魔法は共通魔法みたいに、厳密な命令をしない。
  だから、細かい指定は無理だし、出来る事も限られる。
  だけど、その代わりに融通が利くんだ。
  精霊と心を通わせさえすれば、共通魔法には不可能な速度で、複雑な魔法を発動させられる。
  精霊達の協力があれば、自分の魔法資質を遙かに超えた魔法を使う事も出来る」

利点を並べられたリベラは思案し、彼に尋ねた。

 「修行って、どの位の期間で終わりますか?」

 「精霊に好かれていれば直ぐだし、逆に精霊が解らなければ何年経っても終わらない。
  言ってしまえば、『才能』だ」

 「私には、その才能がある――と?」

 「どうかな、今のリベラちゃんには無理かも」

予想外に冷淡なコバルトゥスの発言に、リベラは怪訝な顔付きになる。

 「無理なんですか……?」

25創る名無しに見る名無し2017/09/24(日) 20:19:16.01ID:r7fMyoB+
彼女は今までのコバルトゥスの口振りから、多少は才能があるので、精霊魔法使いにならないかと、
誘い掛けられたのだと思っていた。
呆気に取られるリベラを見て、コバルトゥスは小さく笑う。

 「『今の』君にはね。
  力を求めて焦っている。
  精霊の声に耳を傾ける余裕は無さそうだ」

揶揄っているのかと剥れるリベラに、彼は忠告した。

 「所詮、個人に出来る事なんて限られているんだ。
  俺だって無敵って訳じゃない。
  その為の『仲間』だろう?」

上手く逸らかされた気がしてリベラは不満だったが、これ以上の助言をコバルトゥスに求める事は、
出来ないだろうと諦めた。
去り行くリベラを見送りながら、コバルトゥスは小さく息を吐く。
彼はリベラが不満を抱えていると解っていたが、敢えて止めなかった。
言葉で諭し、頭で理解させた所で、心まで納得させられるかと言うと、それは難しい。
若者が可能性を探るのは悪い事ではない。
最終的には、落ち着く所に落ち着くだろうと、コバルトゥスは成り行きを見守る姿勢だった。

26創る名無しに見る名無し2017/09/24(日) 20:20:10.30ID:r7fMyoB+
次にリベラはビシャラバンガに相談した。
「強さ」に就いては、彼が最も詳しいだろうと判断したのだ。

 「強くなりたいのか?」

 「はい」

しかし、強さを求めるリベラに対して、ビシャラバンガの反応は冷淡だった。

 「では、こんな所で何をしている?
  人が強くなる為に出来る事は限られていよう」

 「出来る事……?」

 「修練に励め。
  お前の肉体は限界まで鍛え上げられているとは言い難い。
  共通魔法の知識も完全では無いだろう。
  強くなる余地は幾らでもある」

彼の答は単純明快。
だが、リベラは頷けなかった。

 「でも、レバルズ・クランの魔法使い達に対抗するには――」

常人が努力で得られる強さは、高が知れている。
幾ら鍛練や研鑚を積み重ねた所で、初見殺しの体現とも言える数多の外道魔法使いと、
対等に渡り合える程にはなれない。

27創る名無しに見る名無し2017/09/24(日) 20:42:09.82ID:r7fMyoB+
ビシャラバンガは抗弁する彼女を睨み、詰問する。

 「では、どうする?
  邪法に手を染めるか?」

リベラは養父や仲間達の事を思い、頷かなかった。
そんな彼女を、ビシャラバンガは鼻で笑う。
彼と彼女では、「強さ」や「力」に対する姿勢に、根本的な差がある。

 「その程度の志で、強さを語るな。
  『力』とは焦がれる程に追い求め、身を焼き尽くし、魂まで捧げても、未だ至らぬ物なのだ」

そう言うと、ビシャラバンガは肩に掛けた大きな巾着袋から、重りを仕込んだバンドを取り出し、
リベラに投げて寄越した。
ウェイト・バンドは鈍い音と共にリベラの足元に落ちる。

 「これを使え。
  一朝一夕で身に付く能力等、碌な物ではない。
  少しずつでも確実に自分の足で進め。
  先ずは、その貧弱な体を鍛える事からな」

全くの正論で、リベラは何も言い返せなかった。
悄然としてウェイト・バンドを拾い上げた彼女は、その重さに目を見張る。

 「大した効果は得られないが、何もしないよりは増しだろう。
  肉体を鍛えて無手の強さを得る事は、精神の余裕に繋がる。
  強い武器を欲する心は解るが、武器で強さを得た者は無手の状態を恐れるが故に、
  武器だけを求める事は愚かだ。
  武器が無ければ何も出来ない者にはなりたくなかろう」

ビシャラバンガは彼にしては珍しく、長々と語り始めた。

 「奇手への対抗策は、先ず落ち着く事。
  如何なる時も、平静さを失ってはならぬ。
  不意打ちを避ける『先読み』の極意は、予兆を捉える事にある。
  剛直さの中にも撓やかさを忘れず、体術と同時に観察眼も研くのだ」

 「あ、有り難う御座います……」

最初の辛辣さとは裏腹の、意外に真っ当で親切な助言に、リベラは戸惑いながらも感謝した。

28創る名無しに見る名無し2017/09/25(月) 19:14:02.50ID:YauV6yv8
彼女は素直に、ウェイト・バンドを四肢に巻き付けて過ごした。
事情を知らないワーロックは、変わったファッションだなと思って尋ねる。

 「リベラ、そのバンドは?」

 「これ?
  ビシャラバンガさんに貰ったの」

 「へー、あのビシャラバンガ君が……」

人に物を贈る様になったのかと驚嘆の息を吐くワーロックに、リベラは誤解が無い様に言い添えた。

 「私も少しは戦える様にならないと……と思って」

 「あぁ、それで……」

ワーロックは納得した後、小さく苦笑する。

 「いや、それにしても……地道な訓練だなぁ」

外道魔法使いに対抗するにしては、余りに心許無く、故に健気だ。
リベラが少し表情を曇らせたのに気付き、彼は慌てて言い直した。

 「ム……、その、何と言うか、ビシャラバンガ君らしいと言うか、正道だな。
  良い事だと思うよ」

リベラは俯いて、小さな溜め息を吐く。

 「私にも、お養父さんの様な魔法が使えれば……」

 「それは無理だ。
  お前の人生は、お前の物。
  お前は私ではないし、私にはなれないのだから」

ワーロックは優しく微笑んで断言した。

29創る名無しに見る名無し2017/09/25(月) 19:17:49.60ID:YauV6yv8
「魔法」と言う物を、リベラは未だ完全には理解していない。
理解する必要は無いと、ワーロックは思っている。
彼は養娘のリベラが危険に飛び込む事には、反対だった。
リベラは俯いた儘で、ワーロックに言った。

 「私も『私の魔法』が欲しい……」

 「どんな魔法?」

 「どんなって言われても……。
  だから、お養父さんみたいな?」

ワーロックは彼女や仲間達の窮地を何度と無く、その不思議な魔法で救って来た。
奇跡を起こす『素敵魔法<フェイブル・マジック>』。
それがワーロックの魔法。

 「私が思う私の魔法と、お前が思う私の魔法は、多分違うよ」

難解な答に、リベラは眉間に皺を寄せる。

 「えーー……、それは詰まり、お養父さんの魔法は、私が思ってる様な魔法じゃないよって、
  そう言いたいの?」

 「大事なのは、何の為に魔法を使うか……。
  『私の様な』ではなく、自分の言葉で、自分の考えで、魔法を選ぶんだ」

 「それで、『お養父さんみたいな』魔法使いになれる?」

ワーロックは困惑を露にし、呆れ混じりの笑みを見せた。

30創る名無しに見る名無し2017/09/25(月) 19:29:05.77ID:YauV6yv8
養父に失望されたと、リベラは感じた。
焦りを露に何とか言い繕おうとする彼女を、ワーロックは優しい眼差しで制する。

 「私やラントとは違い、お前の未来には無限の可能性がある。
  今から生き方を決め付ける事は無い。
  目先の戦いに備えるなら、今は体を鍛えて、少しでも堅実に立ち回る事を覚えた方が……。
  しかし、体術の基礎は既に教えているしな……」

ワーロックは暫し思案すると、思い定めて徐に面(おもて)を上げた。

 「一つ聞くが、お前は私の魔法を、どんな物だと思っているんだ?」

養父の問いに、リベラは殆ど迷わずに答える。

 「何でも出来る、奇跡の魔法」

それを聞いたワーロックは、一瞬だけ呆れの笑みを見せた後、直ぐに表情を引き締めて否定した。

 「違う、見せ掛けに囚われるな。
  本当に『私の魔法』を使いたいと言うなら……。
  魔法とは基本的には魔力を使う物で、どの魔法でも変わらないと言う事は解っているな?」

養父が「魔法」の事を教えてくれる気になったのかと、リベラは希望を持ち、張り切って頷く。

 「はい!」

分かり易い子だと、ワーロックは内心でリベラを可愛く思うも、面には出さずに語り始めた。

 「各魔法の違いは、言語の違いの様な物なんだ。
  言語は単語や文法が違っても、人に自分の思いや考えを伝える為の物と言う根幹は一緒。
  魔法も魔力に働き掛けて、現象を引き起こすと言う根幹は同じ。
  魔力への働き掛け方には様々な方法があって、その違いによって『何とか魔法』と、
  区別されているに過ぎない」

 「はい」

リベラは彼の話に真剣に聞き入っている。

 「魔力の発動には『合図』が必要だ。
  共通魔法で言う『発動詩』に相当する様式が、どの魔法にもある。
  そこを押さえる事で、あらゆる魔法の発動を妨害出来る」

ワーロックの話を理解する事が難しくなり、彼女は一度質問する為に手を上げた。

 「はい、お養父さん、質問!」

 「何だ?」

 「どうやって押さえるの?」

31創る名無しに見る名無し2017/09/26(火) 19:26:31.50ID:+y6ZW9h/
リベラの素直な疑問に、ワーロックは頷いて答える。

 「私の魔法は『解る』事だ。
  魔力の行使には目的があり、意図がある。
  どんなに強い力を持っていても、それだけでは何の意味も持たない。
  その力で何をするのか、それを解る事が重要だ」

 「解れば、どうにかなる?」

 「ああ、妨害だけじゃない。
  言い方は悪いが、魔法を横取りしたり、乗っ取ったりも出来る。
  究極的には、相手の魔法資質を利用する。
  リベラ、お前は既に、その技術を知っている。
  相手の精神に働き掛ける共通魔法だ」

 「私にも出来るの……?」

その魔法はワーロックが口で言う程、簡単に出来るとはリベラには思えなかった。
彼女の不安とは裏腹に、ワーロックは養娘への信頼に満ちた力強い表情で頷く。

 「相手を操る共通魔法で、自分より強い者を操れば、自分の力以上の魔法を使える。
  大雑把に言ってしまえば、それと同じ事だよ」

 「理屈では、そうだけど……。
  『操る』って禁呪なんじゃ……。
  それに自分より強い人って、簡単には操れないんじゃないの?」

 「精神に働き掛けると言っても、意思を奪う訳じゃない。
  例えば、こうして私が語る事でも、お前の心に影響は与えられているだろう?
  そうした小さな事、言葉の一つ一つ、動作の一つ一つ、何もしていなくても、相手と自分が居て、
  お互いを認識している事、全てが自分と相手に影響する」

今のリベラにワーロックの言葉は難し過ぎる。
どう言う物か頭で理解する所か、朧気なイメージを掴む事すら出来ない。

32創る名無しに見る名無し2017/09/26(火) 19:32:15.47ID:+y6ZW9h/
何とか解り易く伝えようと、ワーロックは苦心した。

 「例えば、発動の合図が音や声であれば、同じく音や声で干渉出来る。
  動作であれば、同じく動作で干渉出来る。
  イメージするだけで発動する様な、途んでも無い魔法でも、相手にイメージさせれば干渉出来る。
  それは『観察』すれば判る事だろう?」

 「……はい」

リベラは難しい事だと思いながら頷く。

 「相手の魔法が、何を切っ掛けに発動するのか、即座に見極めるのは難しい。
  僅かな動作も見逃さず、微かな物音も聞き逃さず、集中力を保たなくてはならない。
  だが、一度理解すれば、対処は易しくなる。
  先ずは発動を見切って、相手の魔法に干渉する事。
  これが『第一段階』だ」

養父の説明を聞いても、彼女は全く出来る気がしなかった。
第一段階と言う事は、より難度の高い第二、第三段階があると言う事。

 「『第一段階』をクリア出来たら、次を教えよう」

次に到達出来る自信が無く、リベラは俯いてしまう。
それを見たワーロックは慌てて言い繕う。

 「今の説明は『私の魔法』の物だ。
  無理して私の魔法に付き合わなくても、お前は違う魔法を選ぶ事が出来る。
  色々試してみれば良いさ。
  直ぐに使える力が欲しいなら、ビシャラバンガ君の言う様に、体を鍛える事だ。
  それが最も確実だろう」

力と言う物は、そう都合好く手に入らないのだと、リベラは自分を納得させた。
彼女の苦悩は暫く続く。

33創る名無しに見る名無し2017/09/26(火) 19:33:33.64ID:+y6ZW9h/
a breather

34創る名無しに見る名無し2017/09/26(火) 19:34:50.11ID:+y6ZW9h/
「所で、ビシャラバンガさん。これって新品……ですよね?」

「ああ」

「……もし違っていたら恥ずかしいんですけど、いえ、可能性としては低いと思うんですが――」

「回り諄い言い方は止めろ」

「あの、もしかして、私の為に?」

「違う。『鍛錬は日常生活から』と言う宣伝文句が面白かったので、買ってみたのだ。
 効果は期待外れだったがな。己には軽過ぎる」

(ビシャラバンガさんも衝動買いするんだ……)

「共通魔法を利用すれば、より性能の良い道具が出来ると思うのだが……」

「そこまでして筋肉を付けたいと思う人は、こんな物は買わないんじゃないんでしょうか?
 今時、体を太くしたいって人は少ないですし……」

「確かに、腕力だけでは何にもならんからな。心技体、そして魔法が調和しなければ」

「ビシャラバンガさんは、未だ強くなりたいんですか?」

「強さを求めれば限が無い。心技体、魔法、何れを取っても、己は未熟だ。足りない物が多過ぎる」

35創る名無しに見る名無し2017/09/26(火) 19:38:27.57ID:+y6ZW9h/
「体(たい)は十分だと思うんですけど……」

「大きくなるばかりが体ではない。何事も調和が重要なのだ。己は体重を落とさずに、
 機敏さと柔軟さを向上させる方法を追求している。現状では体重超過の向きが強い」

「は、はぁ、そうですか……」

「単に筋肉を付けるだけならば、もっと大きくなれるのだ。しかし、それでは機敏さを損なう。
 グラバゴスの伝説を知っているか?」

「グラバゴス?」

「想像上の怪獣だ。無限に成長を続ける生物で、地上最大の巨躯と無双の怪力を誇ったが、
 それでも成長は止まらず、体が重くなり過ぎて、自分の力では動けなくなった。
 やがて大地もグラバゴスを支え切れなくなり、徐々に地中に埋まって行く。
 多くの物がグラバゴスを助けようとしたが……、終に引き上げる事は敵わなかった。
 今でもグラバゴスは星の中心に向かって、沈み続けていると言う」

「そんな伝説があるんですね」

「己はグラバゴスにはなりたくない」

「どこで、そんな話を?」

「師から聞いた。古い伝説だと。大地の震えはグラバゴスの嘆きだと言う」

「信じているんですか? グラバゴスの伝説」

「所詮は伝説だ」

「す、済みません……」

「謝るな」

「は、はい」

36創る名無しに見る名無し2017/09/27(水) 18:57:53.24ID:pYE9LWQ2
next short story is...

37創る名無しに見る名無し2017/09/27(水) 18:58:43.73ID:pYE9LWQ2
離反の勧め


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


魅了の魔法使いラントロックは、反逆同盟の将来に不安を感じて、離反の意志を固めていた。
ある日、彼は暗黒魔法使いのビュードリュオンに借りていた医学書の一冊を返却する序でに、
それと無く尋ねてみる。

 「ビュードリュオンさん、反逆同盟は今の儘で大丈夫だと思う?」

行き成りの問い掛けに、魔術所を黙読していたビュードリュオンは少し戸惑いを見せたが、
直ぐに冷静に答えた。

 「知らんな」

その反応にラントロックは離反に誘うか迷った物の、鎌を掛けて様子を見る。

 「……俺は正直、長くはないと思ってる」

 「何故そう思う?」

ビュードリュオンはラントロックを直視せず、興味の無い風を装っている。

 「少しずつ同盟のメンバーが減っている事に気付いてないのか?」

 「……他人の事には興味が無い」

ビュードリュオンは僅かな動揺を見せた。
他人の事に興味が無いと言うのは本当で、メンバーが減っている事にも気付いていなかった。

 「この儘だと、俺達も何時か……」

不安を煽るラントロックに、ビュードリュオンは心の騒(ざわ)めきを抑えて問う。

 「それで?
  どうすると言うんだ?」

38創る名無しに見る名無し2017/09/27(水) 19:02:45.35ID:pYE9LWQ2
ここからが話の肝だ。
ラントロックは決意して提案した。

 「逃げないか?」

 「逃げて、どうする?」

 「どこか誰の手も届かない所で、静かに暮らす訳には行かないのか」

ビュードリュオンは本を手にした儘、沈黙した。
その目は魔術書の一点を見詰め、その手は完全に止まっている。
明らかに「読んでいない」と判る。

 「研究に没頭出来るなら、どこでも構わない。
  だが、その環境をお前は用意出来るのか?
  誰にも邪魔されず、脅かされる事も無く、静かに研究を続けられる環境を」

ビュードリュオンは初めて、ラントロックに目を遣った。

 「暗黒魔法は外道中の外道。
  邪術とも呼ばれ、忌避されて来た魔法だ。
  何をしても口煩く咎められる事が無い、今の環境に不満は無い」

彼の部屋には暗黒儀式に用いる道具が、其処彼処に置かれている。
処刑道具の様な器具に、動物の外皮や臓物、切り落とされた頭や手足等の部位。
何に使うのか門外漢のラントロックには判らないが、「良識的な」他者の目に触れれば、
「研究」を止めろと介入される事になるのは、想像に難くない。
ラントロックも出来れば残酷な儀式は止めて欲しいと思う。
ビュードリュオンは最後に自嘲気味に零した。

 「所詮、人の社会では生きられないんだ」

それは「共通魔法社会」に限らず、他者の理解を得られないと言う、諦めの言葉だった。

39創る名無しに見る名無し2017/09/27(水) 19:09:38.75ID:pYE9LWQ2
ラントロックはビュードリュオンに尋ねる。

 「どうして、そこまで暗黒魔法に拘るんだ?」

生まれ付いての暗黒魔法使い、或いは代々受け継いで来たなら、仕方の無い事だと思う一方で、
そうでないとしたら何故拘るのか、彼には理解し難い。
ラントロックの見立てでは、ビュードリュオンは生まれ付きの暗黒魔法使いでは無い。
魔法の使い方で判るのだ。
使い慣れてこそいる物の、どこか違和感がある。
彼の魂は暗黒魔法に馴染んでいないと、魔法資質が感じ取っているのだ。
ビュードリュオンは短い沈黙の後、逆にラントロックに質問した。

 「……私は何歳(いくつ)に見える?」

 「えっ、30か40……」

ビュードリュオンの年齢は、外見からは正確な所は判らない。
20代と言われれば、そうとも思えるし、40代でも違和感は無い。
態度からして若くはないが、50まで行かないのではとラントロックは思う。
しかし、ビュードリュオンの答は……。

 「もう90近い。
  私は若い頃、内臓が腐る原因不明の病に冒されていた。
  苦痛と絶望の只中にあった、当時の私の救いになったのが、暗黒魔法だった。
  共通魔法も近代医学も無力だった中で、唯一の救いだったのだ。
  私は外道と知りながら、命惜しさに飛び付いた」

彼は漆黒のローブを捲り、「胴体」を見せ付けた。
腹の一部は浅黒く、一部は白く、一部は青紫、毛深さや肉付きも区々で、歪に縫合されている。

 「先ず不老不死になり、そして病を克服する方法を探した。
  しかし、未だに完全な治療法は見付かっていない。
  内臓を腐り落ちる側から補い、騙し騙し体を繋いで、70年以上になる。
  苦痛は今も続いている。
  もう十分だと常人なら思うのだろうが、生憎と私は往生際が悪い。
  何とか健康体を取り戻したい」

ラントロックが言葉を失って唖然としている事に気付き、ビュードリュオンは自嘲気味に笑った。

 「詰まらない話をしたな。
  帰れ」

ラントロックは何も言えず、悄々(すごすご)と退散する。

40創る名無しに見る名無し2017/09/28(木) 19:35:11.20ID:cwhxCBO2
次に、ラントロックはニージェルクロームの元を訪ねた。
ビュードリュオンに断られた事はショックだったが、同盟の中では若く比較的年齢が近い、
ニージェルクロームには未だ幾らか話が通じると思った。

 「ニージェルクロームさん、反逆同盟は大丈夫だと思う?」

 「どう言う意味だ?」

警戒心を持たず、純粋に疑問を持つニージェルクロームに、ラントロックは少し安心する。

 「魔導師会に負けるんじゃないかって」

 「ハハッ、俺が居る限り、それは無い」

所が、ニージェルクロームの返答は強気だった。

 「俺は竜の力の一部を使い熟せる様になった。
  見せてやるよ」

力を試す機会を待っていたかの様に、彼は意気揚々と竜の力を披露する。

 「古の竜アマントサングインよ、我が呼び掛けに応え、その力の片鱗を顕し給え」

自らの手の平から腕に掛けて、血管に沿う様な文様を描き、奇妙な呪文を唱えた彼は、
明確に魔法資質が増大している。
特に、文様を描いた腕に纏っている魔力が、尋常ではない。

 「これを俺は『竜の爪』と呼んでいる」

そう得意気にニージェルクロームは語った。
成る程、彼の腕を覆う魔力は恰も、巨大な鋭い爪の様な形を取っている。

41創る名無しに見る名無し2017/09/28(木) 19:38:15.35ID:cwhxCBO2
膨大な魔力に恍惚としながら、ニージェルクロームはラントロックに警告した。

 「少し下がってな」

彼は破壊衝動の儘に、「下」に向けて力を発散する。
軽く石床に手を突いただけなのに、「爪」が深々と床に食い込んで、罅だらけにしてしまう。
同時に地震が起きた様に、建物全体が一度だけ大きく揺れた。

 「どうだ、素晴らしいだろう」

ニージェルクロームは完全に自惚れていた。
ラントロックは竜の力の大きさに戦慄しながらも、改めて問う。

 「それで魔導師会に……?」

対抗出来るのか、勝てるのかと、彼は言いたかった。
ニージェルクロームは過剰な程の自信を以って答える。

 「未だ竜の力の1割……否、1厘しか引き出していない。
  誰だろうと敵じゃないさ。
  何も心配は要らない。
  同盟に仇為す存在は、俺が蹴散らしてやる」

彼は駄目だとラントロックは見切りを付けた。
力に耽溺し、冷静に物事を考えられる状態ではない。
その驕傲自大振りが叩き折られるまでは、何を言っても無駄だ。

 「御免、少し不安になっていたんだ。
  有り難う、それじゃ」

ラントロックはニージェルクロームに口だけの礼と別れを告げて立ち去る。

42創る名無しに見る名無し2017/09/28(木) 19:52:06.22ID:cwhxCBO2
その次に彼が訪ねたのは、石の魔法使いバレネス・リタの元。
リタは石の仮面を装着して、ラントロックと相対した。
彼女の瞳には石化の魔性がある。
仮面は無闇に人を石化させない為の配慮だ。

 「何か用?
  ……あ、先(さっき)の揺れの原因、判る?
  強い魔力を感じた。
  地震とは違う」

リタは第一に、建物が揺れた事を気にしていた。
原因を知るラントロックは素直に話す。

 「ニージェルクロームさんだよ。
  竜の力を引き出したんだ」

 「竜……、あれが……」

リタは表情を引き締めて静かに驚愕した後に、ラントロックに改めて尋ねた。

 「それで、貴方の用事は?」

少し話をした事で、幾らかリタの態度は和らいでいる。
ラントロックは先の2人に言った様に、同盟の将来に関して抱いている不安を告げる。

 「反逆同盟の現状に就いて、どう思う?」

彼は真剣である事を示す為に、石化する覚悟でリタの仮面の瞳を直視した。
その勢いにリタは内心では驚きつつも、怯んだ様子は見せず冷静に言う。

 「最近少し停滞気味か……。
  その内、大きな作戦があると思う」

 「大きな作戦?」

それは何かと訝るラントロックに、彼女は隠し事をせず答えた。

 「マトラ、フェレトリ、クリティア、それにジャヴァニとヴァールハイト……否、ゲヴェールトだったな。
  揃って何かを企んでいるらしい。
  碌でも無い事だとは思うが、少なくとも同盟の現状打破に繋がる事だろう」

ラントロックは細い自信の無さそうな声で尋ねる。

 「上手く行くと思う?」

 「あれだけの面子が揃って、失敗する事は中々考えられない。
  ……何時でも『想定外』は起こり得る物だけど」

リタは「大きな作戦」に、それなりの信頼を置いている様だ。
今直ぐ同盟を離脱する考えは無いだろう。

43創る名無しに見る名無し2017/09/29(金) 19:23:20.14ID:HTOOTbI5
ラントロックは一つ気になって、リタに問うた。

 「リタさんは同盟の活動を、どう思ってる?」

 「『どう』とは?」

 「人を苦しめたり、殺したりする事に就いて、何とも思わないのか」

リタはラントロックを鋭い目付きで睨んだ。
仮面を着けていても明確に判る程の殺意があった。
気圧され掛けたラントロックだが、直ぐに心を強く持って逆に睨み返す。
石化の魔性と、魅了の魔性が、正面から打付かり合って、互いに無効化される。
ラントロックが石化しない事に、リタは少し驚いたが、強い言葉を吐いて誤魔化した。

 「言葉には気を付けろ」

 「どうして、そんなに怒るんだ?
  ……やっぱり同盟の遣り方は間違ってると思ってるのか?」

それでもラントロックは躊躇わず踏み込んだ発言をする。
リタは冷静な、しかし、隠し切れない怒りが滲んだ声で答えた。

 「『石女<バレネス>』の意味が解らぬ訳ではあるまい。
  子を宿せぬ女は、実を結ばぬ『不毛<バレン>』の女と言う事だ。
  そう言う女達の無念から、私は石の魔法を得た。
  私自身も石女だったので受容された」

彼女は石の様に冷たい指で、ラントロックの頬に触れる。
その爪だけは赤く染められており、丸で紅を塗った白磁の如き。

 「石女は旧暦から差別の対象だった。
  当然、私も同じく。
  人は劣った者を見下し、自らの優位を保とうとする。
  それが本能に由来するならば、人と言う生き物に救いはあるのか」

44創る名無しに見る名無し2017/09/29(金) 19:29:31.34ID:HTOOTbI5
filler

45創る名無しに見る名無し2017/09/29(金) 19:30:13.70ID:HTOOTbI5
ラントロックは愕然として尋ねる。

 「……貴女は共通魔法社会じゃなくて、人間その物を憎んでいるのか?」

それにリタは答えず、全く関係の無い事を言った。

 「不妊と言うだけで、私が愛した者、私を愛した者が、全て敵に変わった。
  この能力(ちから)は復讐の為に得た。
  私を罵り、苦しめて来た者達への復讐に……。
  だが、復讐を果たした後に残った物は、死ねない石の体と、虚しさだけだった。
  人が死のうが生きようが、私の知った事では無い」

ラントロックはリタの腕を掴み、頬を撫でる指を離させる。

 「同盟は、どうでも良いのか」

真剣に問い詰める彼に、リタは目を伏せた。

 「フェミサイドやチカとは仲良くなれそうだったが……。
  向こうに、その気が無いのではな」

フェミサイドもチカも「人間」に恨みを持っていたが、皆根源が違う。
フェミサイドは「女」、チカは「社会」、リタは「家庭」と、微妙に噛み合わない。
それぞれ近い部分はあるのだが、当人達の意識では、少しの差が大きな違いなのだ。
反逆同盟の中で、目的が一致している者は誰も居ないのではと、ラントロックは感じた。
共通魔法社会から食み出した者、弾かれた者ではあるが、その事情は様々で故に協調出来ない。
反社会的性格を持った者が集まり、単に同じ場所に身を置いているだけの事。
それでは良くないとラントロックは危機感を持っている。
だから、魔導師会との戦いで貴重な人員を失う破目になるのだ。
やはり同盟は長くないと改めて彼は思う。

46創る名無しに見る名無し2017/09/29(金) 19:33:02.97ID:HTOOTbI5
ラントロックはリタに対して最後に1つ質問をした。

 「リタさん、もし反逆同盟じゃなくて……。
  新しい居場所があったら、そこに行く?」

リタは静かに首を横に振る。

 「どこに居場所があると言うんだ?
  平穏な暮らしを得て、私に何をしろと言うんだ?
  もう帰ってくれ」

彼女は悲し気にラントロックに背を向けると、机の上に置いてある石の赤子を抱き上げて、
愛(あや)し始めた。
優しい子守唄を歌いながら……。

 「眠れ、眠れ、静かに眠れ。
  可愛い坊やが寝ている間に、悪い物は過ぎ去って行く。
  眠れ、眠れ、何時でも母が傍に居る。
  安心して眠れ……」

石人形を抱いて愛した所で、泣きも笑いもしないと言うのに。
リタは母性愛を注ぐ相手に飢えているのだ。
そして、それは何をしても癒される事が無い。
平穏な中では、子を得られない苦痛が益々大きくなる。
そこまで「我が子」に固執する事は無いだろうと思う人も居るかも知れないが、彼女にとっては、
我が子を持つ事は永遠の憧れであり、呪縛なのだ。
石の体では乳は出ないし、子を抱いて温めてやる事も出来ない。
その虚しさの穴埋めに、魔法で造った石の赤子を抱いて、子育ての真似事をしている。
リタの行動に狂気を感じたラントロックは、説得を断念して撤退した。

47創る名無しに見る名無し2017/09/30(土) 19:22:18.25ID:xJ3xmxsc
結局、反逆同盟から離反しようと言う者は居なかった。
自分の誘い方が悪かったかも知れないと、ラントロックは反省する。
最後の最後に、彼はジャヴァニの元を訪れた。
ジャヴァニはマスター・ノートで未来を予知している。
もしかしたら、ラントロックが離反する事も、彼女の中では「既知の事実」かも知れない。
それを覚悟でラントロックは敢えて、ジャヴァニと対面する。
離心を知られているなら隠そうとしても無駄。
自ら働き掛ける事で、反応を見ようとしたのだ。

 「ジャヴァニさん」

彼が部屋の戸を叩いて名を呼ぶと、直ぐにジャヴァニは出て来た。
しかし、何時もの澄ました顔とは違い、深刻な悩みを抱えている様な、陰鬱さと重苦しさがある。

 「トロウィヤウィッチ……。
  話は解っています」

 「それなら答えてくれ。
  同盟の将来に就いて」

ラントロックは単刀直入に問うたが、ジャヴァニは首を横に振る。

 「今の時点では、確定的な事は申し上げられません」

ラントロックは目付きを険しくした。

 「何の為の予知魔法なんだ?」

ジャヴァニは申し訳無さそうに目を伏せて、弱々しい声で応える。

 「今、同盟の未来は大きな分岐点に差し掛かっています。
  岐路の片方は安泰の道、もう片方は苦難の道」

 「その分岐点ってのは、例の『作戦』か?」

ラントロックはリタが言った「大きな作戦」を持ち出して、鎌を掛けてみた。

48創る名無しに見る名無し2017/09/30(土) 19:27:09.09ID:xJ3xmxsc
彼自身は作戦の内容を知らないが、事情通の振りをして、情報を引き出そうしていた。
ジャヴァニは驚いた顔をして、マスター・ノートを捲る。
ラントロックは余裕を見せる為に、声を抑えて小さく笑い、彼女を揶揄した。

 「ノートには書いてなかったか?」

 「……誰から、その話を?」

 「誰と言う事は無いけど。
  何人か集まって、裏で窃々(こそこそ)やってるみたいだからさ」

一時は動揺を露にしたジャヴァニだが、ラントロックの言葉を聞いた途端に落ち着きを取り戻す。

 「そうですか……。
  同盟の現状に御不満や御不安が、お有りかも知れませんが、今少し時をお待ち下さい。
  その結果次第で、『確実な』話をしましょう」

彼女の態度の変化は、一体何が原因なのかとラントロックは戸惑った。
他人と駆け引きをするには、今の自分は若過ぎるのかとも思った。
詳細を語らずに誤魔化した事で、逆に大した情報を持っていないと見破られてしまい、
相手に安心感を与えてしまったのかも知れない。
或いは、ラントロックの反応が予知通りであったか……。

 「それでは」

ジャヴァニは柔和に微笑んで、戸を閉めてしまった。
だが、ラントロックには得る物があった時間だった。
彼は収穫を冷静に分析する。

49創る名無しに見る名無し2017/09/30(土) 19:28:51.86ID:xJ3xmxsc
最初のジャヴァニの憔悴振りや慌て振りが演技でないならば、やはり同盟の現状は余り良くない。
何時決行されるのかは不明だが、今度の「大きな作戦」とやらが、同盟の将来を左右するのは、
先ず間違い無い。
それが成功すれば、同盟は安泰。
失敗すれば、窮地に陥る。
ジャヴァニの反応からして、成功率は五分五分か、少々分が悪い位。
彼女が予知の不確定要素を重く見ているなら、6割以上――7、8割の高い成功率でも、
あの様な反応を示す可能性がある。
殆ど10割に近い、略(ほぼ)確実と言える状況なら、あの様な姿を見せる事は無い。
演技をする理由も特に思い浮かばない。
強いて挙げるなら、ラントロックの反応を引き出す狙いかも知れないが……。
予知で全て分かっているなら、仲間を不安にさせて良い事は無い。

 (ジャヴァニさんの言う通り、もう少し様子を見てみるか……)

離脱を諦めた訳ではないので、準備だけは進めるが、「大きな作戦」の全貌が判明してからでも、
遅くは無いだろうとラントロックは考えた。
作戦の失敗は同盟の凋落を意味し、愈々組織の崩壊が進行するだろう。
失敗せずとも作戦が悪逆非道な物であれば、同盟に留まっていても良い事は無い。
何時その非道が自分達に向くかも分からないのだから。
この場合は大きな作戦に集中している内に、密かに離脱する。
どちらでも無い時の事を、ラントロックは考えていなかった。
必ず、凶悪で非道な作戦を実行するか、そうでなければ作戦は失敗すると決め付けていた。
根拠は明言出来ないが、そんな確信があるのだ。

50創る名無しに見る名無し2017/10/01(日) 19:10:22.33ID:SxJCACjW
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51創る名無しに見る名無し2017/10/01(日) 19:13:04.52ID:SxJCACjW
美しさとは


第四魔法都市ティナー中央区 繁華街 アーバンハイトビル3階 L&RCにて


ある時、旅商の男ラビゾーは、L&RC(※)の女社長であるイリス・バーティに尋ねられた。

 「私って綺麗?
  美人だと思う?」

行き成りの事に彼は戸惑い、返答に詰まって、目を白黒させる。
イリス・バーティの本名はバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディア。
魅了の力を持つ舞踊魔法使いである。
イリスとは彼女が共通魔法社会で生きて行く為の、偽名の1つに過ぎない。
イリス事バーティフューラーとラビゾーの関係は、正に友達以上恋人未満と言う表現が適切だ。
互いに悪からず思っている物の、そこから踏み込めないでいる。
その原因は主にラビゾーの側にあり、その事を度々バーティフューラーは冗談めかしつつも、
遠回しに責める。
ラビゾーは先の問い掛けを、バーティフューラーが彼を困らせる為に言う何時もの冗談と疑ったが、
彼女の眼差しは真剣その物。
女としての自信が揺らぐ様な事でもあったのかと、ラビゾーは眉を顰めた。

 「何があったんです?
  誰かに何か言われたんですか?
  それとも誰かに振られたとか、冷たくされたとか?」

 「そんな訳無いじゃない。
  良いから答えて」

強い口調で回答を迫られ、彼は困り顔で答える。

 「一般的な評価で言えば、『美人』の部類に入るんじゃないでしょうか?
  好みは人それぞれですけど、少なくとも醜いと言う人は居ないでしょう。
  本心からじゃなくて、憎まれ口や悪口で、そう言う人は居るかも知れませんが……」

バーティフューラーの表情が少し険しくなった。

 「何で『一般的な評価』が出て来るの?」

 「何に『美』を見出すかは、個人的な感覚の問題ですから……」

ラビゾーの答を聞いた彼女は、聞こえよがしに大きな溜め息を吐き、失望を露にする。

 「そう、そうね。
  模範解答、御苦労様。
  アンタの言う通り、美しさに『絶対』は無いわ。
  このアタシと言う例外を除いてはね!」


※:L&RC=恋愛相談室。
  主に女性向けの恋愛関係、交友関係、夫婦関係の相談を受け付けている。
  有名と言う訳ではないが、そこそこ評判は良い。

52創る名無しに見る名無し2017/10/01(日) 19:18:03.68ID:SxJCACjW
filler

53創る名無しに見る名無し2017/10/01(日) 19:20:51.29ID:SxJCACjW
それは魅了の魔法を使うと言う、舞踊魔法使いとしての誇りだろう。
バーティフューラーは「美しい」と言う評価を、他人に譲らない。
彼女から離れて行く男は、彼女を「諦める」のであり、他の女の美貌が彼女に勝るのではない。
そうでなければ、「美」以外の価値を他の女に見出すのだ。

 「人が物を好きになる心理を教えて上げよっか?
  人は初めて強い印象を受けた物を、『好き』だと誤解するの。
  世の中に、本当の『好き』なんて無いのよ」

唐突に始まった説教に、これ以上機嫌を損ねられない様に、ラビゾーは同意する。

 「どこかで聞いた事があります。
  『初めて』が忘れられないのは、その所為だとか」

 「そう、『恐怖』や『緊張』、『期待』から来る悸々(ドキドキ)と、好意の区別を人は付けられない。
  好きだから緊張するのか、緊張するから好きなのか、お馬鹿な人類には判らないの。
  怒りも憎しみも悲しみも、愛に摩り替わってしまうのよ。
  良いも悪いも無くて、そこには唯、悸々があるだけ。
  それだけなら未だしも、より強い悸々を求めて、明後日の方向に捻じ曲がって行っちゃう。
  こんなの欠陥だわ」

ラビゾーには彼女が何を言いたいのか、皆目見当が付かなかった。
そんな彼を放置して、バーティフューラーは続ける。

 「だから、『初めて』は人の一生を左右するの。
  上書きしたければ、もっと強い悸々で塗り潰すしか無い」

ここでラビゾーは「初恋」の事を言っているのかなと察した。
彼が今一つバーティフューラーの誘惑に乗り切れないのは、恋人の記憶に未練があるから。
名前を奪われた所為で、過去の記憶が薄れているラビゾー自身には、そんな積もりは無いのだが、
そうに違い無いとバーティフューラーは言う。
言い切られると、そうかも知れないと言う気になって来るのが、彼の仕様も無い所だ。

54創る名無しに見る名無し2017/10/01(日) 19:27:23.62ID:SxJCACjW
地雷を踏まない様に、ラビゾーは密かに話題を他の方向へ誘導した。

 「バーティフューラーさんは、こんな話を知っていますか?
  『初めて』が忘れられないのは、過ちを認められないからと言うのも、あるらしいですよ」

 「フーン、そうなんだ?」

バーティフューラーは滅多に自分から物を語らないラビゾーの話に、興味を惹かれた様子。
聞き手に回って、彼の次の言葉を待っている。

 「例えば、恋人が浮気をした時。
  恋人じゃなくて浮気相手を責める心理が、そうだと言います。
  浮気をするのは『誘惑する人が居るから』と。
  これは『惚れた側』に多い心理だそうで。
  惚れた弱味とは昔から言いますが……。
  別れ話を切り出されても、相手を責めるより、自分を責めてしまう。
  自分が選んだ人は素晴らしい人なんだと、信じたい気持ちがあるそうです」

 「どこで聞いたの?」

しかし、余り信じていない様子で、バーティフューラーは冷たい言葉を放った。
どこだったかと、ラビゾーは懸命に思い返す。

 「どっかの偉い心理学の先生が書いた本だったと思います。
  本の名前までは憶えていませんが……。
  大分前に、市内の図書館だったかな。
  暇潰しに読んでいて、妙に納得した覚えがあります。
  ……色恋には疎いので、そう言う物だと思い込んだだけかも知れませんが」

一瞬の奇妙な沈黙。
会話の主導権をバーティフューラーに渡すまいと、ラビゾーは逸早く次の言葉を口にする。

 「何も色恋だけじゃなくて、他の物でも同じらしいですよ。
  例えば、音楽や物語でも、誰かの二番煎じが、その人にとっては初めての場合。
  盗作だ何だと言われようと、懸命に擁護するとか。
  自分の『感動』が間違った物だと認めたくないから、そうした行動に出る……。
  実際、間違ってはいないんでしょう。
  感動したのは事実なんですから。
  我慢ならないのは、それに怪事(ケチ)を付けられる事の方で。
  顔に泥を塗られる、誇りを傷付けられる、馬鹿にされる、それが耐えられない。
  料理でも本場物と偽って安物を掴まされた時に、似た様な反応をする人が居るそうです。
  自分を騙していた人より、真実を暴いた人を恨んでしまう。
  人間、自分が可愛い物なんです」

彼が話終えると、又も沈黙が訪れた。

 「それで終わり?」

バーティフューラーが何の感動も得られなかったかの様に言うので、ラビゾーは頷く他に無い。

 「え、ええ、はい」

55創る名無しに見る名無し2017/10/02(月) 20:16:38.96ID:WQzEzkbI
3度目の気不味い間。
バーティフューラーは眉間に指を押し当て、ラビゾーが先の心理学的知識を披露した意図を、
探り当てようとしていた。

 「詰まり……。
  アンタは自分に、それ程価値が無いって言いたい訳?」

 「えぇ……、そんな事は一言も言ってないですけど……」

どうして、その結論に至ったのか、ラビゾーは理解出来ずに困惑する。
彼は決して自信を持って「自分に価値がある」とは断言出来ないが、卑下した積もりは無かった。
バーティフューラーは慌てて発言を撤回する。

 「今のは無し、聞かなかった事にして」

「無し」と言われて、本当に無かった事にしてしまうのが、ラビゾーの情け無い所だ。
深く追及すれば、面倒な話になると理解している。
他方、バーティフューラーは先の発言を誤魔化す為に、必死に次の話題を探している。

 「えーと、何の話だったかしら……。
  そうそう、『初めて』の話だったよね。
  『初めて』は特別な物で、だから忘れられない」

結局そこに帰って来てしまうのかと、ラビゾーは肩を落とした。
2人の関係に触れそうな話題を避けようと言う、彼の誘導は徒労に終わった。

 「どんなに下らなくても、それが初めてなら、仕様が無いのかな……」

悩まし気に暈(ぼ)やくバーティフューラーに、「何の事ですか?」とラビゾーは聞けなかった。

56創る名無しに見る名無し2017/10/02(月) 20:20:51.87ID:WQzEzkbI
その代わりに再び無駄な知識を披露する事で、懲りずに話題の回避を試みる。

 「喜劇に感銘を受けた人は、進んで喜劇を鑑賞する様になり、悲劇に感銘を受けた人は、
  進んで悲劇を鑑賞する様になる。
  旧暦の劇作家アグノバクルムの言葉だったでしょうか……。
  人は真に面白い物を求めているのではなく、過去に面白いと感じた物の追体験を求めている。
  自分が学んで来た事だけが、唯一の正義であり、真実であると言う呪縛から逃れられない。
  故に、世の中に『本当の物』は唯の一つも無く、人は過去の奴隷に過ぎない」

彼の発言に、バーティフューラーは目を丸くしていた。

 「『虚無主義者<ニヒリスト>』なの?」

 「苦労が多いと、達観する事も多くなって来ます。
  基本、個人は無力な物ですから。
  それでも何も彼もを諦める程、老け込んではいない積もりですが」

 「アンタ、無駄に苦労してそうだ物ね。
  要領が悪いし、融通が利かないから」

バーティフューラーは苦笑しながら言う。
彼女のラビゾーに対する発言は容赦が無い。
しかも的確だから、ラビゾーは何も言い返せない。
少し間が空いて、バーティフューラーは真剣に尋ねた。

 「……本当に『世の中に本当の物は一つも無い』って思ってるの?」

急に声色を変えた彼女に、ラビゾーは悸(どき)りとして、息を呑んだ。
そして、心を落ち着かせながら、自分の意見を述べる。

 「残念ながら、万人に通じる普遍の真理なんて物は存在しないんでしょう……。
  それでも僕は僕の……」

「信念を貫きたい」と言い掛けて、彼は口を噤んだ。
「これが自分の信念だ」と言い切れる程、大層な物は持っていないのだ。

57創る名無しに見る名無し2017/10/02(月) 20:25:14.00ID:WQzEzkbI
今一つ自信を持てないラビゾー。
一方で、バーティフューラーは彼の秘めた「信念」を知っている。
それに救われた者が、自分を含めて決して少なくないと言う事も。
だから、彼女は。

 「アタシにとって、アンタは初めての人だった」

唐突な告白をしたバーティフューラーに、ラビゾーは慌てて発言の修正を求める。

 「それは誤解を招く表現ですよ!」

 「ここにはアタシとアンタしか居ないのに?」

2人が居る場所は、L&RCの応接室。
実は、L&RCの従業員の一人(ファアル)が無作法にも聞き耳を立てているのだが、
そんな事は知る由も無い。
バーティフューラーは感慨深く続ける。

 「多分、同じ『外の人』でも、アタシが出会ったのがアンタじゃなかったら。
  アタシは今ここに居なかった……かも知れない」

バーティフューラーは呪われた一族。
男を虜にするから、村外れで暮らす他に無かった。
そこへ宛がわれたのが、外者である「ラヴィゾール」。
しかし、彼は過去への未練から、バーティフューラーの誘惑を振り切って、村を出て行った。
それを追う様に、バーティフューラーも村を出て……。

 「だから、アタシは探してるの。
  アンタの存在を上書き出来る様な悸々を」

 「……見付かると良いですね」

ラビゾーは心にも無い事を言う。
バーティフューラーの口からは、失望の溜息が漏れる。

58創る名無しに見る名無し2017/10/02(月) 20:52:49.06ID:WQzEzkbI
>>56
「追体験」ではなく「再体験」が正しいようです。
追体験はドイツ語「Nacherleben」の和訳であり、「或る体験を自分の物とする事」だそうです。
(広辞苑より)
「Nacherleben」は「nacher(後から)」+「leben(生きる)」の意味。
英語ではreliveで、どちらでも再体験と追体験の区別はしない様です。

59創る名無しに見る名無し2017/10/03(火) 19:28:09.03ID:H993l1KR
 (屹度、無理だわ)

彼女は内心で、恐らくラビゾーを超える男には出会えないであろう事を悟っていた。
ここは何千万もの人間が集まる、大都会ティナー市。
ラビゾーより容姿が良い男は、山と居る。
ラビゾーより力強く、頼りになる男も、山と居る。
その両方を兼ね備えた男も、山と居る。
それでも彼女の中の一番はラビゾーの儘で、不動の地位を占めているのだ。
何故かと自問しても、全く解らないから尚困る。
気紛れに他の男と付き合っていても、ラビゾーの事が散ら付いてしまう。
彼の方から振ってくれれば良いのにと思わないでも無いが、やはり『自尊心<プライド>』が許さない。
どんな男でも魅了の魔法に引っ掛かる時点で、バーティフューラーの中では「格」が落ちてしまう。
相手が熱を上げれば上げる程、逆に彼女は冷めて行く。
中には魅了の魔法が効き難い男も居たが、女に興味を持っていないか、既に意中の人が居た。
彼等を強引に魅了して服従させた所で、後に残るのは虚しさだけ。
ラビゾーが想いに応えてくれない理由を、バーティフューラーは知っている。
彼は記憶を取り戻して一人前の魔法使いになるまで、色恋に溺れている暇は無いのだ。
バーティフューラーには彼が自分を好いてくれていると言う確信があるが、2人が両想いになるには、
ラビゾーの男性的な理想像に対する『感情複合<コンプレックス>』を解消させる必要がある。
これは女を抱けば吹っ切れると言う様な単純な物ではなく、安易な方法では寧ろ問題は複雑化する。
彼女が幾らラビゾーが自信を持てる様に、彼の男を立たせようとしても、彼の心は動かない。
下手をすると、ラビゾーは世話を焼いて貰っていると自覚して、逆に凹んでしまう。
追い詰め過ぎると、ラビゾーはバーティフューラーから離れて行く。
自分は彼女に相応しい男ではないと、愚かな謙虚さを発揮して、身を引いてしまうのだ。
魅了で誰でも言い成りに出来る筈のバーティフューラーが、唯一思い通りに出来ない男、
それが「ラヴィゾール」。
面倒臭い。
余りにも面倒臭過ぎて、バーティフューラーは彼を放り投げたくなる。
そして実際に放って置くと、どうだろう。
ラビゾーは疲れた顔で、変わらない毎日を過ごし始めるのだ。

60創る名無しに見る名無し2017/10/03(火) 19:32:00.35ID:H993l1KR
それはバーティフューラーの主観で、本当はラビゾーは疲れた顔をしている積もりは、
少しも無いのかも知れない。
だが、「彼女には」、そう見えて放って置けなくなる。
共通魔法使いが暮らす中に独り、自分の魔法を求めて彷徨う彼を、自分と重ねずには居られない。
嘗て、絶胤の女として隔離されて暮らさざるを得なかったバーティフューラーが、最初に出会った男、
ラヴィゾール。
彼は彼女の孤独を癒した最初の男であり、彼女の誘惑を振り切った最初の男でもある。
忘れろと言う方が無理なのだ。
もしラビゾーが永遠に未熟な儘で、バーティフューラーと夫婦になる将来が訪れなくとも、
彼女は今の彼との関係を続けるだろうと言う、奇妙な確信がある。
ラビゾーが別の『伴侶<パートナー>』を選ばない限りは、彼女も新たな伴侶を得られない。
その事を言ってしまうと、やはり彼を追い詰めてしまうので、決して口にはしないのだが……。
バーティフューラーは自分自身への呆れから溜め息を漏らし、諸事の根源であるラビゾーに対して、
当て付けの嫌味を言った。

 「そう言うアンタは見付かりそうなの?
  自分の魔法」

ラビゾーは苦笑いして俯く。
未だ未だ、その日は遠い。
情け無い男だとバーティフューラーは思うが、彼を嫌いになり切れない。
俯くのは恥を知っているから。
想いに応えられない事を申し訳無く思っているから。

 「理想に現実が追い付かない気分は如何?」

 「苦しいです……が、人生そんな物なんじゃないかとも思います。
  本当に理想を叶えられる人は、限られているんじゃないでしょうか」

 「アタシとしては、それじゃ困るんだけど」

 「はい、何時かは、必ず」

61創る名無しに見る名無し2017/10/03(火) 19:36:51.17ID:H993l1KR
filler

62創る名無しに見る名無し2017/10/03(火) 19:45:23.59ID:H993l1KR
ラビゾーは何時の間にか、自分の魔法を「必ず見付ける」と言う様になった。
少し前までは、気不味い顔で含羞むばかりだったのに。
決意の表れなのか、何等かの目処が立っているのか、それとも苦し紛れの言い逃れなのか、
何と無く3番目の様な気がして、バーティフューラーは釘を刺す。

 「『必ず』?」

 「はい」

どうやら真実は1番目だった様で、ラビゾーの眼差しは真剣だ。
しかし、決意だけでは、どうにもならないのが現実。

 「何時かって?」

 「魔法を見付ける、その時まで」

 「永遠に?」

 「……流石に、そんなには待てま――」

 「良いわ、その決意が本物なら」

自分で問い詰めておきながら、バーティフューラーはラビゾーの言葉を遮る。
その先は聞きたくなかった。
これで話は終わりとばかりに、彼女は席を立って片付けを始める。

 「じゃあ、この話は終わりと言う事で。
  さ、帰った、帰った」

結局何の話だったんだろうと、ラビゾーは疑問に思ったが、これも薮蛇になるだろうと感じて、
やはり追究はしない事にした。

 「それでは、失礼します」

ラビゾーは追い立てられて退室し、機会を逸して渡し損ねていた『時計花<ダイアル・フラワー>』の、
『薬用茶葉<ハーバル・ティー・リーヴズ>』が入った小包を、従業員のファアルに預けて帰った。

63創る名無しに見る名無し2017/10/04(水) 20:07:36.55ID:M03TRKWx
ラビゾーが帰った後、待合室でファアルは社長のイリス事バーティフューラーに小包を渡す。

 「社長、あの人が渡してくれと」

 「只今、戻りました!」

そこへ丁度、もう一人の従業員リェルベリーが外出から戻って来た。
3人は一瞬動きを止めて、互いの顔を見合う。
最初に口を開いたのは、リェルベリー。

 「た、只今……」

それに対してバーティフューラーは小包を受け取りながら、穏やかな声で応える。

 「お帰りなさい」

彼女は小包の手触りから中の物を確信すると、手近にあった台の上に置いた。
小包に関心を持ったリェルベリーは、子供の様にバーティフューラーに問う。

 「それ、何なんです?」

横からファアルが意地の悪い笑みを浮かべて答えた。

 「男の人からの『贈り物<プレゼント>』」

リェルベリーは驚いた猫の様に目を見開き、興味津々でバーティフューラーに伺いを立てる。

 「……開けて見ても良いですか?」

バーティフューラーは幼い子供を見る様な眼差しで、彼女に答えた。

 「何時もの、『アレ』よ」

 「あれ?」

 「そんなに中身を知りたければ、どうぞ」

許可を得たリェルベリーは早速、包みを開いた。
出て来たのは、瓶に詰められた茶葉。
紙のラベルには手書きの文字で「ダイヤルフラワー」と書かれている。

 「あぁ、ハーブティーの茶葉ですか」

落胆した様なリェルベリーの声に、バーティフューラーは小さく笑う。

 「何だと思ってたの?」

 「それは……。
  男の人が社長に持って来る様なプレゼントですから……。
  『宝石類<ジュエラリー>』とか『装飾品<アクセサリー>』とか、その辺の物だと……」

64創る名無しに見る名無し2017/10/04(水) 20:10:40.44ID:M03TRKWx
彼女の素直な回答に、バーティフューラーは溜め息を吐いて、力無く笑った。

 「そう言う気の利いた事が出来る様な人じゃないから。
  それに、お金に余裕がある人でもないし。
  お金で買える物なら、自分で買うわ」

何故そんな下らない男と付き合っているのか、リェルベリーには不思議でならない。
直接ラビゾーと対面していない彼女は、欠点を補って余り有る程、容姿や性格が良い男かと思う。
一方で、ファアルはバーティフューラーの言葉の重要な点を聞き逃さなかった。

 「その茶葉、お金では買えない物なんですか?」

バーティフューラーは俯き加減で含羞む。

 「……まあね。
  そこらの店の物よりは、効き目が良いの」

 「毎回あの人は、ハーブ類を持って来ますよね。
  お茶用だったり、アロマ用だったり。
  聞いた事も無い名前の植物を持って来た事もありましたけど、全部非売品だったんですか?」

ファアルの続けての問いに、バーティフューラーは意図を測り兼ねて、訝し気な顔をしながらも頷く。

 「非売品って言うか、彼が旅先から仕入れて、持って来る物だから……。
  纏めて売れる程、数が手に入らないって言ってたし、他では扱ってないんじゃない?」

 「希少品なんですね」

 「そうとも言えるかしら」

 「それを他には売らずに、社長に渡していると」

 「どんな高級品でも、数が揃わないと売り物にならないって、よくある話だと思うけど」

 「しかも、只で」

 「お、お土産みたいな物だし……」

 「旧暦の一頃には、希少な香辛料には銀と同じ位の価値があったそうですよ」

 「それは関係無いでしょう?」

詰る様なファアルの口調に、バーティフューラーは気圧されていた。

65創る名無しに見る名無し2017/10/04(水) 20:55:35.04ID:M03TRKWx
NGワードに引っ掛かってしまいました。

66創る名無しに見る名無し2017/10/04(水) 22:09:38.76ID:M03TRKWx
何がNGワードだったのか分からないので、残りの文章は↓に置いておきます。
お手数をお掛けして済みません。
https://u6.getuploader.com/sousaku/download/936

67創る名無しに見る名無し2017/10/05(木) 19:35:07.64ID:BgW87WOz
悸々(どきどき)、悸(どき)り、悸(どき)


動悸の「悸」です。
恐れや驚きで心臓がドキドキする事、少しの事で驚く事。
僅かながら、使用例があります。
訓読みは、「おそれる」。
「いきどおる」に当てられた事もありますが、これは「いきだわし」の事と考えられます。
意味は「息が詰まる」、「胸が苦しい」であり、語源は「息労(いきいたわ)し」とされています。
走った後で息切れした時にも言いますし、心理的な意味でも言います。

余談ではありますが、万葉仮名で「いきどほる」には「伊伎騰保流」、「悒」が当てられています。
元々は「怒る」と言う意味は無く、「気が塞ぐ」、「憂う」であり、後に現在の「憤る」になりました。
「いきどほる」の語源は残念ながら不明です。
「息遠る」説や「息(意気)通る」説がありますが、確定的な物ではありません。
「いきどおる(いきどほる)」と「いきだわし(いきだはし)」は混同される事がある様です。
それと言うのも、「いきだわし」は「いきどうし」に音便変化する為です。
関西の方言に残っているらしいので、「いきだわしい」を聞いた事は無くても、「いきどおしい」、
「いきどしい」なら聞いた事があると、言う人も居るのではないでしょうか?
(私は両方聞いた事がありませんが……)
因みに、「いきだはし」は平安時代から見られるので、古さは「いきどほる」と変わりません。
「いきだはし」と「いきどほる」は意味も似ており、混同も仕方が無いのでしょう。
動詞と形容詞と言う違いこそあれど、もしかしたら元は更に古く共通した物だったかも知れません。
そうじゃなくて全然意味の違う別物だったかも知れません。

68創る名無しに見る名無し2017/10/05(木) 19:45:35.59ID:BgW87WOz
茶葉(ちゃば/ちゃよう)


「ちゃよう」が本来の読み方と知って驚きました。
確かに、元は中国語でしょうから、音読みで合わせるなら、そうなります。
「茶」の読み方、「チャ」、「サ」、「ヂャ」は全て音読みです。
しかし、茶色(ちゃいろ)、茶店(ちゃみせ)、茶屋(ちゃや)、茶釜(ちゃがま)、茶壷(ちゃつぼ)、
茶畑(ちゃばたけ)と、「茶」には重箱読みも多くあるので、それに引き摺られたのだと思います。
現在は殆ど「ちゃば」で通じている様です。
「茶葉」と同じく音訓両方ある物には、「茶花(ちゃか/ちゃばな)」があります。
斯く言う自分は、「茶葉(ちゃば)」、「お茶っ葉(ぱ)」と言って来た人間です。

69創る名無しに見る名無し2017/10/05(木) 19:49:19.69ID:BgW87WOz
粗々(ざらざら)


ざらざらしている事を表す漢字が、これしかありませんでした。
「米」偏に「造」で「ソウ」と言う漢字もありますが、残念ながら表示出来ません。
「あらあら」や「ほぼほぼ」とも読めるのが難点です。


心底/底根/卒根/属懇(ぞっこん)


底根(そここん)が語源だとされていますが、湯桶読みなのが気になります。
しかし、重箱読みと同じく湯桶読みも幾らでもあるので、その1つなのでしょう。
「心底(しんそこ)」も音訓交じりの重箱読みですし。
語源から採るなら「底根」、意味から採るなら「心底」、音から採るなら「属懇」が良いでしょう。

70創る名無しに見る名無し2017/10/06(金) 19:11:22.53ID:OGjSHTYW
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71創る名無しに見る名無し2017/10/06(金) 19:25:11.06ID:OGjSHTYW
予知を継ぐ者


第一魔法都市グラマー中央区 魔導師会本部にて


偽造されたMG貨幣が流通していた贋金事件に関して、魔導師会が調査を進めた結果、
ある一人の元造幣局職員に疑惑が向いた。
どうやって、この元職員が捜査線上に浮上したのか?
造幣局で働いていた人間は限られている。
法務執行部は早々に統合刑事部に出動を命じ、特に疑わしくなくとも可能性のある者には、
虱潰しに「聞き取り」調査を行った。
通常、執行者と言えど無闇に愚者の魔法を用いて、強制的に自白させる事は許されない。
ある程度、容疑者と事件との客観的な関連性を検証可能な形で公開して、魔法の使用には、
正当性がある事を示さなければならない。
魔法に関する法律を守る立場の者が、その権利を濫用して、自ら法を破る訳には行かない為だ。
だが、今回ばかりは違った。
魔導師会内部の犯行が疑われる場合、執行者は魔導師に対して、民間より緩い条件で、
厳しい調査を行える。
法務執行部が他の部署から独立している証として、又、身内に甘い対応はしないと言う証として、
そうした正式な「協定」があるのだ。
それにしても、元職員が浮上するのは早かった。
確かに、彼は怪しかった。
現役時代は優秀な技術者だったが、退職後に暫くして連絡を絶ち、行方不明になっていた。
しかし、連絡が取れなくなった、或いは取り難くなった元職員は他にも居た。
彼だけを狙った様に、重点的に優先した捜索を行う理由とは?
法務執行部の広報は表向きには、「順番の問題」と答えていた。
元々虱潰しに捜査を行う予定であり、偶々初期に調査対象だった彼が、引っ掛かっただけの事だと。

72創る名無しに見る名無し2017/10/06(金) 19:31:30.48ID:OGjSHTYW
日頃から内部調査を行っている親衛隊員でさえ、容疑者の「絞り込み」は困難だった。
統合刑事部が造幣局の元職員に通常の「聞き取り」を行う事は、何も不自然では無いが、
個人を特定して捜索を始めた事には、親衛隊員も驚いた。
真実は到底発表出来ないだろう。
それは5つの予言である。
造幣技術の流出元は元造幣局職員であるソラート・ハンフォール・レクター・レルマン。
事件の背後にはティナー地方の地下組織シュードがある。
この組織は既に解散している。
重要な関係者は発見されず、事件を完全に解決する事は不可能である。
裏に外道魔法使いの影や巨大な陰謀は無く、これは単純な「古い」出来事である。
予言の通りに捜査は進められた。
ソラートは行方不明になってから十年以上が経過していたので、その足取りは追えなかった。
一方で地下組織シュードの元構成員との接触には成功し、そこから本格的な「聞き取り」によって、
ソラートがシュードに協力していた事実を突き止めた。
シュードの元構成員は何人か捕まえられたが、主犯格の幹部級の者は何れも行方知れずで、
それはソラートも同様だった。
予言の通りに、事件の完全な解明は出来なかった。
統合刑事部の人間とて、予言通りの結末に落ち着く事に甘んじていた訳ではない。
予言を知らされていた者は、上層部の限られた数人だけだったし、当の彼等も予言を覆してやると、
奮起していたにも拘らず、この結末を迎えたのだ。

73創る名無しに見る名無し2017/10/06(金) 19:33:55.83ID:OGjSHTYW
しかし、1つだけ予言を覆せそうな事実があった。
それは「外道魔法使いの関与」である。
拘束したシュードの元構成員に対して、執行者が退行催眠から心測法を試みた結果、
「未来」が予言されていたと言うのだ。
その予言を元に、シュードは自主的にMGの偽造を小規模に抑え、早期に解散した。
奇妙な事に、「未来」を知っていたのはソラートだった。
ソラートは魔導師であり、外道魔法使いではない。
身内に外道魔法使いの血筋も確認されていない。
彼が語った予言は、伝聞の形であった。

 「どんなに小額でも、贋金作りを続けていたら、執行者に捕まる。
  僅かな証拠も残しては行けない。
  活動期間は4週以内に止めろ。
  それ以上は危険だと、私の『知り合い』が忠告してくれた」

この「知り合い」を探すのに、統合刑事部は血眼になった。
予言をしたのは、予知魔法使いか、それとも別の魔法使いか……。
もしかしたらソラートが良心に目覚め、贋金作りを続ける事を拒んだのかも知れない。
「知り合い」は実在せず、贋金作りを中止させる為の口実だった可能性がある。
それでも事件を解決すべく、少しでも真実に近付くべく、執行者は駆け回った。
シュードは「偽物」を意味するが、贋金作りを目的として結成された組織だったのではない。
設立から長らく詐欺の「親」をしていた。
ティナー地方の地下組織の中では、決して大組織とも古株とも言えないが、新参と言う程でもない、
「中堅寄りの小規模組織」が、行き成り贋金作りに手を出して解散するだろうか?
身の丈に合わない馬鹿な夢を見た後で、急に冷静になって怖くなった?
ソラートだけではなく、シュードの動きにも不自然な点が多い。

74創る名無しに見る名無し2017/10/07(土) 19:47:44.94ID:v78CR0Mn
結局ソラートも彼の知り合いも見付からず、統合刑事部の捜査は打ち切りとなった。
ソラートはシュードの幹部に始末されたのかも知れないと、元構成員達は予想していた。
真実は闇の中である。
捜査が打ち切りとなった翌日、親衛隊内部調査班の班長であるリン・シャンリーが自殺した。
死体第一発見者の魔導師によれば、魔導師会本部の休憩室で、居眠りする様に伏せていたと言う。
懐には遺書があり、そこには以下の様に書かれていた。

――誓約に従い、命を絶つ。

突然の訃報に彼女の班に所属していた親衛隊達の動揺は大きかった。
シャンリー班の班員の一人、ジラ・アルベラ・レバルトは特に大きな衝撃を受けた。
シャンリーの自殺には事件性があるのではと、法務執行部の執行者が調査に乗り出した。
しかし、班内の誰も、シャンリーが悩みを抱えていた様子は無く、自殺の原因にも遠因にも、
心当たりは無いと答えた。
それに嘘は無く、執行者の調査は直ぐに終わった。
意外にも、親衛隊自体は内部調査を行わなかった。
その事をジラは不審に思った。
親衛隊内部の不祥事で、ここまで身内に甘い事があるだろうか?
形式だけでも調査をしないのか?
ジラは親衛隊の副隊長であるアクアンダ・バージブンを直接訪ねて質問した。

 「アクアンダ副隊長、シャンリー班長の件で質問があります」

75創る名無しに見る名無し2017/10/07(土) 19:50:23.43ID:v78CR0Mn
アクアンダは驚きを表す事無く、淡々と応じる。

 「何ですか?
  私に答えられる事なら、答えましょう」

 「シャンリー班長の自殺の原因を御存知ですか?」

 「それには答えられません」

ジラの問いに対して、「知らない」ではなく、「答えられない」と彼女は回答した。
しかも視線を合わせず。

 「御存知なんですね?」

 「答えられないと言っています」

アクアンダの態度は何時もの柔和な物ではなく、感情を殺した顔と冷淡な声。
隠し事があるのは明白だ。

 「一般の隊員には教えられないと言う事ですか?」

食い下がるジラに、彼女は少し眉を顰め、小さく息を吐いた。
そして一瞥を呉れると、ジラが全く予想もしなかった言葉を口にする。

 「貴女には心当たりがあるでしょう」

 「……何の話でしょうか……?」

 「何も思い付きませんか?
  それなら、それで構いませんが」

アクアンダは再び視線を逸らし、デスクワークに戻る。

76創る名無しに見る名無し2017/10/07(土) 19:55:10.09ID:v78CR0Mn
「心当たり」とは何かをジラは問おうとするも、アクアンダは先を制して言った。

 「私は何も答えられません。
  『魔導師会』も『親衛隊』も、今回の件に関して、貴女の好奇心による私的な追究に、
  反応する事はありません。
  これ以上、この場に留まって執拗(しつこ)く私から話を聞きだそうとするなら、
  私は業務の妨げになるとして、貴女に注意を与えなければなりません」

冷たい言葉の様に思えるが、これは暗に調査の許可を与えたと言う事だ。
独力で調査をする分には、止めはしないと。
ジラは一礼をして感謝の意を表した。

 「有り難う御座います」

相談員の仕事を終えた後、彼女は早速シャンリーの自宅だったアパートの一室に向かう。
シャンリーはボルガ地方出身で、親衛隊に選ばれて独りグラマーで暮らし始めた。
それはジラも似た様な物。
彼女はブリンガー魔導師会本部の法務執行部治安維持部生活安全課に就職して執行者となり、
後に魔導師会本部グラマー南部支部の同警備課へ異動。
そして親衛隊に選ばれた。
親衛隊に限らず、魔導師会本部は大陸全土から優秀な人材を集めている。
そこで寮や『社宅<コンドミニアム>』が用意されているのだが、寮は若い魔導師、社宅は家族連れと、
対象者が決まっている。
ある程度生活資金に余裕のある者は、寮から出て行くと言う暗黙の了解がある。

77創る名無しに見る名無し2017/10/08(日) 19:40:35.52ID:uDxN2s//
ジラとシャンリーは、それなりに親しい仲だった。
シャンリーはジラにクァイーダの後継となる事を期待していた。
その為か、シャンリーは頻繁にジラと接触し、世間話をしたり、昼食を共にしたり、
時には自宅に招きもした。
ジラが見ていた範囲に限るが、シャンリーに死を予感させる様な素振りは無かった。
何故自殺しなければならなかったのか、その理由は分からない。
真面な遺書でもあれば、話は違って来るのだが……。

――誓約に従い、命を絶つ。

「誓約」とは何なのか、不祥事でも起こしたのか、遺書は謎を深めるだけの物だった。
シャンリーが住んでいた「シャックァ・ターマ」と言う名のアパートは、優良な物件である。
そこそこ敷金が高い分、快適性と安全性が保たれており、住人の質も良い。
ジラがシャックァ・ターマの管理人室を訪ねようとしていた所、30歳位の髭面の男が現れた。
男は彼女を睨んで問う。

 「ここの住人か?」

男はジラを怪しんでいる様だが、ジラにとっても彼は怪しい人物。

 「いいえ。
  そう言う貴方は?」

 「執行者だ」

問い返したジラに男は堂々と答えたが、執行者の証である青い魔導師のローブは着用しておらず、
手帳の提示も無い。
その癖、豪く尊大な態度で接して来る。

 「住人でも無いのに、何の用だ?」

 「何故、貴方に答える必要が?」

ジラは反感を覚えて身構えた。

78創る名無しに見る名無し2017/10/08(日) 19:42:59.40ID:uDxN2s//
執行者と名乗った男は、顔を顰めて口を閉ざした。
この反応からジラは、彼は本物の執行者ではあるが、「仕事」で来ている訳では無いと直感する。
執行者は職務に関わる事以外で、その身分を徒に誇示したり、利用したりは出来ないのだ。
しかし、執行者と名乗ったと言う事は、確実にジラを警戒している。
男がアパートの住人でない事は、先の質問から既に明らかだが、何故ジラを疑ったのか?
普通の思考をしていれば、初対面で猜疑心を露にして他人に物を尋ねたりはしない。
その答をジラは察していた。
彼女は沈黙している「執行者」に、自ら口を利く。

 「私の知り合いが自殺したと聞いて来たの」

男は驚愕に目を見張った。

 「知り合い……?」

 「ええ。
  でも、彼女が自殺するとは思えなくて」

ジラの言葉に、男は興味を持って尋ねる。

 「殺されたと思っているのか?」

 「そこまでは……。
  どうして彼女が死ななければならなかったのか、それが知りたくて」

79創る名無しに見る名無し2017/10/08(日) 19:49:22.90ID:uDxN2s//
男は暫し沈黙してジラを睨んでいたが、やがて自ら名乗った。

 「私はエアドル・ブリドル。
  刑事部の執行者だ。
  貴女は?」

 「私はジラ・アルベラ・レバルト。
  魔導師です」

 「魔導師?
  所属は?」

 「本部で相談員をしています」

 「あっ、本部の……」

本部勤務と聞いて、エアドルは俄かに畏まる。
エアドルは刑事部の執行者とは言え、支部勤務だ。
所属している組織こそ、運営部と法務執行部で異なれど、魔導師会本部勤務に相当するのは、
統合刑事部所属。
地方支部の刑事部所属、それも役職の無い一執行者では格が落ちる。
彼は気不味く思いながらも、話を続けた。

 「えぇと、リン・シャンリーさんとは普段どんな付き合いを?」

 「親友と言える程、親しかった訳じゃないけど、世間話をしたり、家に上がらせて貰ったり。
  部署は違うけど先輩後輩みたいな関係かな……」

自分が親衛隊であるとは軽々に明かせず、ジラはシャンリーとの関係を暈かす。
エアドルは特に気にせず尋ねた。

 「貴女は相談員だ。
  最近、彼女の相談に乗ったとか、何か彼女が困っていたとかは?」

 「無かった。
  だから、納得出来なくて」

ジラの答に彼は頷く。

 「そう、彼女には自殺する理由が無い。
  それなのに『上』は大した捜査もせず、自殺で片付けた。
  これは奇怪(おか)しい」

80創る名無しに見る名無し2017/10/09(月) 20:16:44.34ID:Ujlac2Qn
エアドルが刑事部の内情を明かした事に、ジラは驚いた。
彼は相手が同じ魔導師と言う事で、何も隠す必要は無いと考えたのか?
それにしても憶測で物を言えば、無用な問題を引き起こす事になるとは考えないのか?
困惑する彼女に、エアドルは告げる。

 「確信があるんだ。
  『上』は何かを隠している。
  貴女も感付いているだろうが、ここに俺が居るのは独断、私的な行動だ。
  その事を了解して貰った上で頼みたい。
  『真実を解き明かす為』、俺に協力してくれないか」

ジラは迷った。
真相の解明に、「執行者」エアドルと言う協力者が得られる事は有り難い。
一方で、彼の執行者と言う立場は、逆に不利にも働く。
エアドルの行動で彼自身の将来が危うくなる可能性は低くない。
それは当人も承知しているだろうが、序でにジラも執行者にマークされるかも知れない。
彼女は職務上、自分が親衛隊だとは明かせないので、余り目立つ行動は避けたい。

 「勝手な事をして大丈夫なの?」

ジラは一応、エアドルが自分の置かれている状況を認識しているか尋ねた。
それに対する彼の答は――、

 「俺が執行者になったのは、長い物に巻かれる為じゃない。
  それを良しとするなら、執行者にはならなかったさ」

真面目その物。
正義の為なら首を切られても惜しくないと言う、若い正義感を暴走させているエアドルを、
ジラは悩ましく思った。

 (好い年なんだから、相応の落ち着きを持って貰いたい所だけど……。
  それとも私が打算的過ぎるのかな……)

81創る名無しに見る名無し2017/10/09(月) 20:19:04.46ID:Ujlac2Qn
面倒事に巻き込まれたくない彼女は、自ら提案する。

 「私は執行者に目を付けられたくないの。
  協力しても良いけど、貴方と私は無関係と言う事にして頂戴」

 「無関係『と言う事』に?」

 「嫌なら良いけど」

 「あ、あぁ、解った。
  こちらとしても貴女に迷惑を掛けるのは、本意じゃない」

エアドルは了解して頷いた。
頷く他に無かったと言うべきだろう。
何故、彼がアパートの入り口で立ち往生していたのかを考えれば……。
ジラはエアドルに言う。

 「私がシャンリーさんの部屋に入って、何か遺されていないか調べるから。
  エアドルさんは、どこか余所で時間を潰して」

 「いや、しかし……」

彼はジラだけに捜査を任せる事に不安を感じていたが、ジラは強気に押し切った。

 「貴方は部屋に入れないんでしょう?
  こんな所で突っ立って待ってる積もり?
  傍から見れば怪しい人だよ」

 「わ、分かった」

エアドルは渋々と言った様子で引き下がる。

82創る名無しに見る名無し2017/10/09(月) 20:21:15.15ID:Ujlac2Qn
グラマー地方では男女の別が確りしているので、男が女の部屋に上がるには、余程の理由が要る。
幾ら「正当な理由」があっても、それだけでは中々認められないのが、グラマー地方なのだ。
当然、エアドルが執行者を名乗っても、独りでは女の部屋には上がらせて貰えない。
職務としての捜査でさえ、必ず女性執行者の同行が必要になる。
その点、同性のジラなら「友人」を名乗れば、部屋に上がらせて貰える。

 「今日は、管理人さんは居ますか?」

ジラは先ずアパートの管理人に話を聞こうとした。
管理人の小母さんは見知らぬ人物の来訪に、少し戸惑っている。

 「誰ですか、貴女は?」

 「先日亡くなられた、リン・シャンリーさんの知人です。
  彼女の所に預けていた私物を取りに来ました」

 「私物?」

 「ええ、何度かシャンリーさんの所には、お邪魔させて貰っていたので……。
  正可(まさか)、急に亡くなられるなんて……」

ジラが俯いて声を落とすと、管理人は怪訝な顔をした。

 「自殺って話、聞いていない?」

 「……そうらしいんですけど、私には信じられなくて」

彼女はジラに同調して、慰める様に相槌を打つ。

 「そうよね、そうよね。
  私も正可って思った物。
  だって、魔導師さんでしょう?
  元気が無かったとか、落ち込んでたとか、そんな事は全然無かったし」

83創る名無しに見る名無し2017/10/10(火) 19:21:47.59ID:RmJzQV9g
魔導師、それも本部勤務となれば、相当な名誉だ。
収入は安定しているし、社会的信用もある。
何故、自殺しなくてはならないのか……。
管理人の小母さんも、信じられないと言った様子。
ジラは話を仕切り直し、管理人に尋ねた。

 「シャンリーさんの部屋に上がらせて貰えますか?」

 「ええ、もう本人は居ないし、執行者さんの捜査も終わったそうだし、良いわよ。
  御家族は居ないって聞いてたし、遺品を引き取る人も来そうにないから、何でも持って行って。
  こっちで処分するのも手間だし」

管理人の小母さんは勝手な事を言って、浅りと「元」シャンリーの部屋の鍵を渡す。
鍵には205と数字が書かれたタグが付いている。
シャンリーには身内が居なかった。
彼女はボルガ地方の出身だが、児童擁護施設の育ちで、両親の事は記憶に無いと言っていた。
金銭的な余裕が無い中、奨学金制度を利用し、苦労して魔導師になったと。
ジラは俄かに物悲しい気持ちになり、重い足取りで205号室に向かう。
彼女がシャンリーの部屋に時々お邪魔していたのは本当だが、「私物を預けていた」と言うのは嘘。
シャンリーが自殺した理由を探る為の出任せ。
必ず手掛かりを見付けると言う覚悟で、ジラは元シャンリーの部屋に踏み入った。

84創る名無しに見る名無し2017/10/10(火) 19:28:08.78ID:RmJzQV9g
鍵を開けて中に入ると、短い廊下の先にリビング兼ダイニングルームが見える。

 「お邪魔します」

ジラは無人の空間に小声で断りを入れ、静かにリビングルームに出た。
リビングルームからはキッチンが見える他、それぞれベッドルームとバスルームに繋がる戸がある。
執行者が徹底的な捜査をした筈だが、一見した所、室内は意外と綺麗に片付いていた。
或いは、物は証拠品として全て持ち出された後なのか……。
特に探し物をする様な所は無く、ジラはベッドルームに向かう。

 「失礼します」

ベッドルームには大き目のベッドの他に、化粧台と箪笥、『作業机<ワーク・デスク>』が置いてある。
ジラは真っ先に作業机を調べた。
机の上にはメモ・ホルダーが置いてあるが、全て白紙だ。
引き出しの中には何も無い。
執行者が持って行ったのか、それとも自殺する前に自分で処分したのか……。
ジラは作業机から離れて、化粧台に向かう。
化粧品は置いた儘で、残量が多い物もあり、自殺は前以って計画された物では無いと、
彼女は確信する。
一応、箪笥も開けて見たが、特に変わった物は無かった。
一通りベッドルームを調べたジラは、大きな収穫が無かった事に落胆の溜め息を漏らし、
再び作業机に近付く。
目星い物は執行者が持ち去った後だろう。
それでも彼女は作業机が気になっていた。
何かあるなら、ここだと直感が訴えている。

85創る名無しに見る名無し2017/10/10(火) 19:37:52.55ID:RmJzQV9g
ジラは暫し作業机の上を凝視した後、メモ・ホルダーに挟まれた白いメモ紙の表面に、
僅かな陰影が出来ている事に気付いた。
角度を変えつつ凝視すると、それは文章だと判る。
ペンで何かを書いた跡だと直感した彼女は、着色魔法で文字を浮かび上がらせようと試みた。
小声で呪文を唱えながら、指で軽く紙の表面を擬ると、接触部分だけが濃い青色に変じ、
白紙のメモ紙に文字が現れる。

 (造幣局、ソラート・レルマン。
  ティナー地方、地下組織、シュード。
  行方不明、解散済み。
  解決不能。
  陰謀無し。
  最終試験)

断片的な文章でも、彼女には何に関係している物か判った。
贋金事件だ。

 (執行者と同じく、私達親衛隊も贋金事件を追っていた。
  ソラート、シュード、全部聞き覚えがある。
  シャンリーさんは執行者の調査を追っていた?
  監視役だった?)

引っ掛かったのは、「解決不能」と「陰謀無し」。
解決不能と判るのは、執行者が調査を諦めた時だが、堂々と解決不能を宣言したりはしない。
実際は調査を打ち切っても、「引き続き情報を集めている」と言い続ける物だ。
贋金事件に関しても同様だった。
捜査本部の解散で大凡の事情は判るとしても、解決不能とまで結論付けたのは何故か?
「陰謀無し」も事件が未解決の状態では、断言出来る物では無い。
そして、「最終試験」とは?

86創る名無しに見る名無し2017/10/11(水) 19:16:14.45ID:YJ0A4UvK
真剣に考えながらメモ紙を凝視していたジラは、ある事が気になった。
「造幣局」、「ティナー」、「行方不明」、「解決不能」の頭に、「V」が書かれている。
そして、「陰謀無し」と「最終試験」の頭には、「X」が……。
手書きの崩れた字なので、本当に「V」と「X」なのかは判らない。
これは何だろうと奇妙に思った数極後、彼女は閃いた。
「V」は『正解<コレクト>』、「X」は『不正解<インコレクト>』。
文字を浮き上がらせたメモ紙を、その下の真っ白なメモ紙数枚と一緒に抜き取ったジラは、
それをローブのポケットに押し込んだ。
彼女は興奮を抑えて、念の為に未だ調べていない他の場所も調べてみる。
リビングルームとバスルームでは何も新しい発見は無かった。
しかし、それで落胆はしない。
重要な手掛かりを得たのだ。
元シャンリーの部屋から出たジラは、直ぐ管理人に鍵を返してアパートを去った。
途中、エアドルが声を掛ける。

 「何か見付かったか?」

 「いいえ、何も。
  重要そうな物は執行者が全部取って行った後だったみたい」

ジラはエアドルに一瞥も呉れず、早足で移動する。
エアドルも早足で彼女に付いて歩き、話を続ける。

 「嘘を吐かないでくれ。
  雰囲気で分かる。
  何か見付けたんだろう?
  誤魔化す積もりなら、もっと上手く――」

 「今日の事は忘れて」

 「え?」

 「全部解ったの」

ジラの頭の中では、全ての結論が出ていた。
彼女はエアドルを振り切り、独りでランダーラ地区に向かった。

87創る名無しに見る名無し2017/10/11(水) 19:18:46.46ID:YJ0A4UvK
filler

88創る名無しに見る名無し2017/10/11(水) 19:19:22.07ID:YJ0A4UvK
グラマー市ランダーラ地区ランダーラ魔法刑務所にて


もう日が落ちようと言う時間になって、ジラはランダーラ魔法刑務所に着いた。
ここの地下に囚われている、予知魔法使いのマキリニテアトーと会う為だ。
しかし、当然ながら日中の業務は終了しており、夜間の面会には特別な許可が要る。
そもそもマキリニテアトーとの面会にも特別な許可が必要で、直ぐに会いたいと言って、
気安く会える様な人物ではない。
全てを承知で、ジラは刑務所の地下に向かった。
仮令徒労に終わろうとも、何もしない儘で夜を迎えて眠れる気がしなかったのだ。
階段を下りて刑務所の地下階に出たジラを、クァイーダが待ち構えていた。

 「こんな時間に何の用?」

クァイーダはジラを警戒していない。
『予約<アポイントメント>』も無しに訪れる者には驚く筈だが、丸で「全て知っていた」かの様だ。

 「マキリニテアトーに会わせて下さい」

断られる事を覚悟して、ジラは頼んでみた。
クァイーダは暫し彼女を見詰めた後に問う。

 「具体的な用件を言って頂戴」

奇妙な事に、クァイーダは許可や予約の有無を尋ねない。

 「シャンリー班長の自殺に就いて聞きたい事があります。
  マキリニテアトーが関与していますね?」

ジラは包み隠さず、目的を明かした。
その眼は真っ直ぐ、クァイーダの瞳を見詰めている。

89創る名無しに見る名無し2017/10/11(水) 19:22:57.14ID:YJ0A4UvK
filler

90創る名無しに見る名無し2017/10/11(水) 19:25:26.84ID:YJ0A4UvK
クァイーダは一つ溜め息を吐き、ジラの真意を確かめるべく質問する。

 「マキリニテアトーがシャンリーを殺したと言いたいの?」

 「いいえ……と言いたい所ですが、正直、怪しんでいます」

 「仮に彼がシャンリーを殺したとして、貴女は何をする積もり?
  彼は既に牢の中。
  これ以上、彼を罰する術は無いのに」

 「罰を与えようと言うのではありません。
  復讐したい訳でもありません。
  私は真実が知りたい、それだけです」

ジラの答を聞いたクァイーダは、満足気に頷いて小さく笑った。

 「流石、副隊長やシャンリーが見込んだ人。
  覚悟が出来ているなら、入りなさい。
  解っていると思うけど、ここでの話は他言無用よ」

そう言って彼女はジラを、マキリニテアトーが居る地下牢に通す。
厳重な魔法封印を解いて、鉄扉を開くと、長い廊下が続く。
道中、ジラはクァイーダに尋ねた。

 「クァイーダさんはシャンリー班長の死の真相を知っているんですか?」

 「見当は付いてる」

 「確かめようとは思わないんですか?」

 「それは私の仕事じゃないから」

 「そうですか……」

彼女の冷淡な答に、ジラは嘗て感じた「寂しさ」を思い出す。
クァイーダなりの魔導師会に対する忠誠であり、任務に対する忠実さなのだろうとは思うが、
中々割り切れない。
シャンリーの死にマキリニテアトーが関わっていると予感していながら、今の所は何の復讐心も、
義憤の心も抱かない自分も、大分毒されているのではと疑うジラだが……。

91創る名無しに見る名無し2017/10/12(木) 19:14:47.68ID:IENKTvyw
マキリニテアトーが囚われている地下牢は、牢と言うより豪華なアパートの一室だ。
自由に外に出る事は不可能だが、平屋一戸建て位の広さは優にある。
クァイーダとジラが応接間に入ると、既にマキリニテアトーが待ち構えていた。
彼は神妙な面持ちで、独り読書をしている。
本の題は「解悟の書」――旧暦の思想書を現代語訳した物だ。
一般的には虚無思想の本だと思われている。
クァイーダとジラが席に着くと、マキリニテアトーは自ら語り始めた。

 「落ち込んだ気分になった時は、この本を読む事にしている。
  人は何故に生き、そして死すのか……。
  この本には何も書いていない。
  只一切は空虚であり、そこに真を見出す事、その物が生であると言う。
  だが、その真も空に見る幻であり、人は霞を食らって生きているのだそうだ。
  霞を霞と知って食らう者と、霞を霞とも知らず貪る者、幸福なのは後者だが、
  故に苦難を味わうのも後者だと言う」

ジラは彼の語りを戯れ言と切り捨て、話を始めた。

 「シャンリー班長が死にました」

マキリニテアトーは本を閉じて頷く。

 「知っている。
  残念だ。
  一般的には『遺憾に思う』と表現するのかな」

 「遺憾?」

 「ああ、とても残念で、悲しい」

何故マキリニテアトーが悲しい等と言うのか?

92創る名無しに見る名無し2017/10/12(木) 19:15:39.55ID:IENKTvyw
ジラは不信感を露にして、彼を問い詰めた。

 「どうして貴方が悲しむんですか?
  貴方とシャンリー班長は、どんな関係だったと言うんですか?」

 「彼女は魔法使いに成り切れなかった」

 「話を逸らさないで下さい」

徐々に口調が強くなっているのをジラは自覚した。
先から懸命に抑えようとしているのだが、自然に気持ちが昂ってしまう。
感情的に喚くだけでは、話し合いにならない。
取り乱しては行けないと、一度深呼吸をした後で、彼女はマキリニテアトーの言葉に、
聞き過ごしてはならない重要な部分があった事に気付く。

 「待って……魔法使い?
  シャンリー班長は何の魔法使いに成ろうとしていたんですか?」

マキリニテアトーはクァイーダを一瞥してから答えた。

 「予知魔法使いだ」

ジラは目を見開く。
彼女も全く予想していない訳では無かった。
シャンリーは魔導師でありながら、マキリニテアトーの力を借りる事に抵抗を持たず、
自らも「予想」をして、彼に正誤を確かめさせていた。
それが「予知魔法使いになる為だった」としたら……。

93創る名無しに見る名無し2017/10/12(木) 19:19:25.31ID:IENKTvyw
シャンリーが予知魔法使いになれば、マキリニテアトーの手を借りずとも、予知を魔導師会の為、
共通魔法社会の為に活かす事が出来る。
魔導師会が認めるのかと言う問題は残るが、シャンリーが予知魔法に高い関心を持っていた事は、
否定出来ない。
ジラはクァイーダを顧みた。

 「知っていたんですね?」

クァイーダは無言で頷く。
彼女とシャンリーとの付き合いは、ジラよりも長い。
シャンリーとマキリニテアトーの関係に就いても、知っていて当然。
否、知っていなければならない立場だ。

 「シャンリー班長が予知魔法使いに成っていたら……。
  魔導師会は、それを良しとしたんですか?」

ジラの問い掛けに、クァイーダは俯き加減で呟く様に言う。

 「シャンリーは成れなかった」

 「それは結果です」

もし予知魔法使いになっていたら、どうする積もりだったのか?
「成れなかった」と言う結果だけを以って、何も問題は無かったとは言えない。
睨み付けて来るジラに対して、クァイーダは俯いた儘で答える。

 「最初から無理だったの。
  全てを承知で、彼女は予知魔法使いに成ろうとしていた」

 「それって、どう言う意味ですか?
  『最初から無理だった』って」

クァイーダは両目を閉ざし、何も答えない。

94創る名無しに見る名無し2017/10/13(金) 19:29:08.51ID:vjfG47A2
ジラは再びマキリニテアトーに目を向けると、ローブのポケットに収めたメモ紙を取り出して、
彼に見せ付け、残る疑問を打付けた。

 「ここにある『最終試験』とは何ですか?
  どうしてシャンリー班長は死ななければならなかったのですか?」

マキリニテアトーは表情を変えずに答える。

 「文字通りの『最終試験』だ。
  これより後は無い」

 「だから、シャンリー班長は死んだと?」

信じられないと眉を顰めるジラに、彼は無言で頷くのみ。
ジラは激昂した。

 「そんな馬鹿気た理由でっ!」

 「魔法使いとは、そう言う物だ」

怒る彼女をマキリニテアトーは強い言葉で制する。
その勢いにジラは圧されて、思わず口を閉ざした。
マキリニテアトーは静かな、しかし、迫力に満ちた声で語る。

 「予知魔法使いになるからには、予知を外してはならない。
  外れる予知に意味は無いのだ。
  それは最早、予知とは呼べない」

 「だからって、死ななくても!
  予知魔法使いに成れなかった位で!」

ジラは正論を吐く。
予知魔法使いに成れない事と、自殺する事には全く繋がりが無い。

95創る名無しに見る名無し2017/10/13(金) 19:31:31.18ID:vjfG47A2
filler

96創る名無しに見る名無し2017/10/13(金) 19:32:30.41ID:vjfG47A2
マキリニテアトーは彼女を小馬鹿にする様に、小さく笑った。

 「予知魔法使いは本来長い時間を掛けて、『未来を見る目』を養う物だ。
  気の遠くなる様な観察と考察の果てに、漸く僅かに未来を予感出来る様になる。
  だが、リン・シャンリーが目指していた予知魔法使いは、そんな生易しい物ではない。
  彼女は私を超越しようとしていた」

 「超越!?」

驚愕するジラを睨み付けて、彼は続ける。

 「予知魔法の究極は、未来を己が思う儘に導く。
  そこで2人の予知魔法使いが搗ち合い、同時には適えられない相反する予言をしたら、
  どうなると思う?」

ジラは数極思案して答えた。

 「……どちらかは外れる……」

 「そうだ。
  何れかは敗れ、予知魔法使いの資格を失う。
  予知の出来なくなった予知魔法使いは、死す他に無い」

 「何故……?」

高が予知を外した位で、どうして死ななければならないのか、ジラには解らない。

 「共通魔法使いには解らないか?
  翼を失った鳥、脚を折った馬、牙を抜かれた虎の定めだ。
  その命は魔法と共にあり、魔法失くして生きては行けない。
  それが真の魔法使いなのだ」

マキリニテアトーの言葉を聞いても、彼女は納得出来なかったが、これ以上理由を問うても、
同じ事を言われるだけで無駄だろうと察した。

97創る名無しに見る名無し2017/10/13(金) 19:35:01.88ID:vjfG47A2
彼女は「魔法使い」とは、「そう言う物」だと仮定して、会話を続ける。

 「シャンリー班長は『負けた』と言うんですか?」

マキリニテアトーは頷いた。

 「そうだ」

 「……誰に?」

 「私に」

予想通りの答を返され、ジラは落ち込んだ気分になった。
シャンリーがマキリニテアトーを超越しようとしていたと聞いた時点で、そうだろうと思っていた。
シャンリーは全てを承知で、最終試験に臨んだのだ。

 「貴方がシャンリー班長を殺した……」

 「彼女は私を上回れなかった」

 「貴方は何を予知したんですか?」

 「私は『彼女は予知魔法使いに成れない』と予知した」

ジラは沈黙した。
マキリニテアトーの予知通り、シャンリーは予知魔法使いに成れずに死した。
シャンリーは予知魔法の有用性を認めていたが、それは命に代えても求める様な物だったのか、
そこまでの価値を彼女は見出していたのか、ジラには何も解らない。

98創る名無しに見る名無し2017/10/13(金) 19:39:55.48ID:vjfG47A2
マキリニテアトーは弁解する様に、ジラに告げる。

 「もし、彼女が見事に予知を成功させていたら、死んでいたのは私の方だった」

予知を外す予知魔法使いは、最早予知魔法使いではない。
それは彼も同じ事。
だが、本当に死ぬ積もりがあったのかと、ジラは疑った。

 「その時は自殺でもする積もりだったんですか?」

シャンリーの様に。

 「魔法を失い、存在価値が無くなれば、消えてしまう。
  真の魔法使いとは、『魔法の使い』なのだ。
  その命は魔法と共に在り、魔法失くして生きては行けない。
  それが私達『旧い魔法使い<オールド・ウィザーズ>』」

同じ言葉を繰り返され、ジラは不快になって沈黙する。
彼女は未だ、「真の魔法使い」を知らない。
マキリニテアトーは両目を閉じ、溜め息を吐く。

 「リン・シャンリーには期待していた。
  私の魔法を継いで、この命を終わらせてくれる者だと。
  ここは退屈で堪らない。
  外れない予知も」

そして皆、口を閉ざしてしまう。
気不味い沈黙を破ったのは、クァイーダ。

 「話は終わった?
  それなら帰りましょう」

彼女はジラに呼び掛けて、退出を促した。

99創る名無しに見る名無し2017/10/13(金) 19:43:09.86ID:vjfG47A2
それに応じて徐に立ち上がったジラに、マキリニテアトーは言う。

 「ジラ・アルベラ・レバルト。
  予知魔法使いになる気は無いか?」

不意の問い掛けに、ジラは驚くと同時に激しい怒りを覚え、射殺す様な眼で彼を睨んだ。
シャンリーを死なせただけでは飽き足らず、新たな予知の犠牲者を求めているのかと。
しかし、マキリニテアトーは動揺しない。

 「君は将来、組織内の重要な地位に就くだろう。
  そして必ず、予知魔法を頼る。
  それに応じるかは、私の機嫌次第だ。
  どうだ、予知魔法使いにならないか?
  そうすれば――」

 「行きましょう、クァイーダさん」

ジラは彼の話を聞き終えない内に、クァイーダと共に退出した。
だが、ジラの心には確りと先の言葉が刻まれた。

――君は将来、組織内の重要な地位に就くだろう。
――そして必ず、予知魔法を頼る。

マキリニテアトーの予知は外れない。
魔導師会にとっては、利用価値があるだろう。
シャンリーの様に彼の予知を有効活用すれば、重大な危機を未然に防げるかも知れない。
それでもジラは彼を頼りにはしないと決めた。
一時の感情で意地になるのは良くないと思いながらも、今は予知通りになって堪るかと言う、
反抗心の方が勝った。
後に心変わりするかも知れないが、今は感情の儘に振る舞いたかった。

100創る名無しに見る名無し2017/10/13(金) 19:46:19.64ID:vjfG47A2
沈黙して険しい顔をしているジラに、クァイーダは謝罪する。

 「……御免なさい」

 「何で謝るんです?
  何を謝る事がありますか?
  何か『私に』謝らなければならない事があるんですか?」

ジラは酷く不機嫌で、苛立った口調でクァイーダを責めた。
親衛隊の先輩後輩と言う間柄を弁えない、無礼な振る舞いと承知で、敢えて怒りを露にしていた。
クァイーダは静かに弁明する。

 「シャンリーの事……。
  私なら彼女を止められたかも知れない。
  ……止めていたとしても、止められなかったかも知れないんだけど」

 「でも、シャンリー班長が自分で決めた事なんでしょう?
  クァイーダさんはシャンリー班長とは、私より長い付き合いで、だから……」

全てを理解して、シャンリーの行動を止めなかったのではないのかと、ジラは言いたかった。
それならば、謝る必要は無い。
気分の悪い思いをさせたと言う事で謝っているなら、それは筋違いだと。
所が、クァイーダは意外な言葉を口にする。

 「私は彼女の友人として、十分な役目を果たせなかったかも知れない。
  シャンリーは外道魔法使いのマキリニテアトーに頼るより、自分が予知魔法使いになった方が、
  確実だって言ってた。
  彼の機嫌を伺って、気紛れに振り回される事も無くなるって。
  私は当然、それを上に報告した……けど、回答は無かった……。
  肯定も否定もされなかったと言う事は、『関知しない』と言う事。
  私は私の判断で、彼女を止めなかった。
  止めても良かったのに、そうしなかった」

今更そんな懺悔をされても困ると、ジラは首を横に振る。

 「私に言われても……」

 「御免なさい、どうしても告白せずには居られなかった」

クァイーダは俯いて黙り込む。
シャンリーが自殺した謎は解けたが、ジラの心には大きな痼が残る事となった。

101創る名無しに見る名無し2017/10/13(金) 19:50:02.78ID:vjfG47A2
御存知

「存じる」は「知る」の謙譲語で、これに「御」を付けて尊敬語の意味で「御存じ」と言うのは、
現代国語的には間違いなのですが、歴史的には相当古くから使われている様です。
そこで尊敬語と謙譲語を区別する為に、尊敬語に限って「存知」を当てるのは、
個人的には良いと思います。
「存知」にも「知っている」、「理解している」の意味があり、然程違和感はありません。
「お披露目(お広め)」、「目出度い(愛で甚い)」、「数寄(好き)」、「出鱈目(出たら目)」、
「見栄」等と似た様な物だと思えば良いんじゃないでしょうか?
又、「知」の読みが「ぢ」になるのは、「下知(げぢ)」の例があります。
他、「下知(しもぢ)」、「文知(もんぢ)」等、固有名詞にも「知」を「ぢ」と読ませる例があります。
「知」の訓読みは「しる」、「しり」なので、「薄知(うすじ)り」、「生物知(なまものじ)り」、
「日知(ひじ)り」等、「し」に濁点が付いて「じ」になる例もあります。

102創る名無しに見る名無し2017/10/14(土) 20:15:22.65ID:TwMjQHz/
ティナー動乱


第四魔法都市ティナーにて


唯一大陸各地で反逆同盟が事件を起こした影響は、徐々に深刻な領域に移りつつあった。
ティナー地方では外道魔法使い撃滅すべしと言う過激派が台頭した。
これは自己防衛論と結び付いて、市民の武装化を推進しようと目論んでいたが、
一部急進勢力が違法に魔導機を製造・販売・配布していた罪で魔導師会に裁かれると、
多くの市民の支持を失って、潮が引く様に弱体・沈静化して行った。
しかし、過激派は完全に沈黙した訳では無かった。
市内では相変わらず、少数の熱心な支持者の支援を受けた自己防衛論者が、
身の程知らずで口先だけの過激な主張を続けている。
彼等は人々の注目を集められなくなると、存在を誇示しようと益々過激な事を言う様になった。
一時期は自己防衛論に賛同していた市民も、余りに攻撃的な主張には疲れ始めた。
人々の心には不安と不満が募り、過激派の代わりに自分達の運命を預けられる政治的な集団、
或いは思想を求めていた。

103創る名無しに見る名無し2017/10/14(土) 20:17:34.08ID:TwMjQHz/
人々の心の隙を埋める様に、そこに「宗教」が入り込んだ。
その名も「協和会」。
尤も、判り易く自ら宗教を名乗ってはいない。
信徒になる条件がある訳では無いし、守るべき教義がある訳でも無い。
だが、それは確かに宗教だった。
協和会の思想は過激派とは違い、人間の融和と共生を訴えている。
共通魔法使い、外道魔法使いと言う枠組みに囚われず、戦うべき者とは戦い、
手を取り合える者とは協力すると言う、理想的な主張。
地方行政、市政は、魔導師会から距離を置くべきであると言う、独立的な主張も含まれていた。
それが上手く行くならば、魔導師会も問題にはしないが、見過ごせない所があった。
協和会の最大の支持者は、自己防衛論者を支援していたPGグループ。
会長は出自の知れない、レクティータ・ホワイトロードと言う「白い女」。
熱心な支持者は彼女を『会長<プレジデント>』ではなく、『主<ロード>』と呼ぶ……。

104創る名無しに見る名無し2017/10/14(土) 20:20:06.66ID:TwMjQHz/
「ロード」はレクティータの名字から取った渾名だとも言われるが、次々と支持者を獲得して、
急速に影響力を強めて行く彼女と比較すると、不気味な響きがある。
何故、過激派を支援していたPGグループは、正反対とも言える主張の協和会の支持に転じたのか?
本の数週前まで影も形も無かった「協和会」が表に出た頃には、既にPGグループが付いていた。
背後関係が全く読めない。
レクティータの周囲に、PGグループの影は無い。
彼女を取り囲んでいるのは、同じく出自の知れない者達だ。
レクティータは言葉数こそ少ないが、よく人前に姿を現し、支持者と接触する。
そこが在り来たりな権威者とは違う所で、目立つ容姿ながら、身を守ろうと言う発想が無いのか、
単独で出歩いたりもする。
大抵の者は彼女の容姿に驚き、近付く事さえ躊躇う。
勇気を持って接触した者は一転、彼女の超然とした態度に威圧され、平伏してしまう。
人間が自然と服従してしまう、目に見えない力を持っているかの様。
ロード・レクティータ――彼女の正体を魔導師会は既に掴んでいた。

105創る名無しに見る名無し2017/10/15(日) 19:22:13.37ID:tLw34tR3
秋風の吹く頃、曇天にも拘らず、ティナー市街を協和会の二階建て馬車が走っていた。
屋根の無い2階部分で、レクティータと彼女の取り巻きが、市民に手を振っている。
馬車は交通の邪魔にならない場所で停車し、協和会の主張を演説する。

 「協和会は平和と共生を目指しています。
  今の私達に必要な物は、力ではありません。
  戦いを望む者は戦いによって滅びます。
  真の平穏は血の流し合いではなく、知恵の寄せ合いによって齎されるのです。
  皆さんの平穏を脅かす者があれば、協和会が面に立ちましょう。
  協和会が積極的に交渉し、話し合います。
  そして有事の際、最初に矢を受けるのも協和会です。
  私達は自分の利益の為に他人を煽動して戦わせようとする、言葉だけの人達とは違います」

過激派とは違う意味で「激しい」主張とは裏腹に、耳障りではない抑え目の穏やかな声。
思わず聞き入る人も居るが、演説者はレクティータではない。
彼女は馬車の上で美しい微笑を浮かべているだけ。
彼女に惹かれて、演説の内容とは無関係に、人が集まって行く。
演説は心地好いBGMの様な物で、人々の関心はレクティータに集中している。
老若男女を問わず、人々は一体彼女の何に惹かれているのか?
それに答えられる者は居ないだろう。
白いレクティータは見る者に美しく清涼なイメージを抱かせるが、そこに本質は無い。
人々は無意識に、彼女に対して随従の心を抱いている。
真っ白な外貌は、彼女の特異さを際立たせ、常人には無い物を持っていると感じさせる。
人々が彼女を見る目は、「偉大な物を仰ぐ眼差し」と同じなのだ。

106創る名無しに見る名無し2017/10/15(日) 19:25:24.47ID:tLw34tR3
魔導師会の親衛隊は通行人を装い、遠巻きに協和会の活動を監視していた。
出自の不確かなレクティータでは被選挙権を得られないので、彼女は直接市政に関われない。
だが、それで一切の政治的な活動を禁じられる訳では無い。
協和会の一員としての広報活動は可能なのだ。

 「あれが現代の聖君?」

 「そうらしい。
  あの外見だ。
  見間違う事は無い」

 「『神に選ばれし者』か……。
  見た目だけなら、そんな感じがしないでも無いが」

声を潜めて会話する親衛隊の2人に、背後から声が掛かる。

 「今日は」

行き成りの事に2人共、声こそ立てなかったが驚きを露にして振り返った。
声の主を認めて、2人は二度吃驚。
そこに居たのは八導師第2位のアドラート・アーティフィクトール。

 「えっ、ネク・アドラート!」

 「ははは、人違いではないかな?」

魔導師のローブを着ていないが、それでも親衛隊の2人は見間違えなかった。
魔導師ともなれば、風貌だけでなく、魔力の流れで個人を判別出来るのだ。

 「いいえ、貴方は確かに――」

 「取り敢えず、落ち着きなさい」

 「……ネク・アドラート、何故ここに?」

アドラートの意図を察して、2人は何でも無い振りをする。
その対応にアドラートは満足気に頷いて、話を続けた。

 「ウム、『彼女』と接触してみようと思ってな」

107創る名無しに見る名無し2017/10/15(日) 19:29:53.16ID:tLw34tR3
アドラートの言葉に、親衛隊の2人は三度驚く。

 「御(おん)自ら!?
  それは不味いですって!」

八導師と言えば、魔導師会の最高指導者。
その第2位は次期最長老となる事が確実な大物中の大物である。
従者を伴わず現場に赴く事さえ有り得ないのに、自ら要注意団体の重要人物に接触しよう等、
親衛隊でなくとも到底見過ごせる行動ではない。

 「しかし、私以外には出来ない事なのだ。
  従者を伴えば、嫌でも目立ってしまう。
  こうするより他に無い」

八導師は余り表に出ないし、人前に姿を現す時には必ず、警護の親衛隊員を伴っている。
その場では八導師である事が暴(ば)れなくても、どこで誰が見ているか分からないのに、
週刊誌にでも嗅ぎ付けられて、有る事無い事触れ回られては困る。

 「接触するだけでしたら、後で魔導師会から公式に――」

 「それでは警戒される」

 「何を目的として、接触なさるのですか?」

当然の疑問を口にした親衛隊員に、アドラートは真剣な顔付きで答えた。

 「『彼女』が本当に私の知る『彼女』なのか……。
  容姿は同じでも、中身まで同じとは限るまい」

 「中身……とは?」

 「人格や性格だよ。
  それを確かめられるのが、私だけなのだ。
  もしもの時は頼むよ」

 「ええっ!?
  ネク・アドラート!」

 「その呼び方は止めてくれ」

親衛隊員の困惑を余所に、アドラートは二階建ての馬車に向かって行く。

108創る名無しに見る名無し2017/10/16(月) 19:51:40.89ID:RD1Nz5w+
任務の性質上、ここで騒ぎを起こす訳には行かず、2人の親衛隊員は事の成り行きを見守った。
レクティータは馬車から降りて、人々と握手を始める。
こうやって身近な人物であると印象付け、親近感を持たせるのだ。
取り巻きの者達は、彼女の後方に控えており、襲撃を受ける心配は全くしていないかの様。
アドラートは群集に混じって、レクティータと接触出来る機会を待っていた。
――レクティータの取り巻きの正体は、反逆同盟の者達である。
吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカと、予知魔法使いジャヴァニ・ダールミカ、狐獣人ヴェラの3体。
彼女等は魔力を遮断するローブを着て気配を消しているが、優れた魔法資質の持ち主が、
疑いの目を持って注意深く3人を観察すれば、魔力の流れが無い事を怪しいと感じるだろう。
八導師であるアドラートが、取り巻き達の不自然な装いに気付かない訳が無かった。
一方で、フェレトリとヴェラも、アドラートが徒者でない事を見抜いていた。
彼が纏う魔力の流れは、周りの人間と比較して、妙に整っている。
それは櫛で梳いた糸の様だ。
ヴェラはアドラートを警戒して、ジャヴァニに囁く。

 「あいつ、変な感じ」

ジャヴァニが無言で頷くと、フェレトリも続いた。

 「予知では何とある?」

彼女からは抑え切れない殺気が滲み出ている。
ジャヴァニは冷淡に答えた。

 「安心して下さい。
  何も起こりはしません」

だが、フェレトリは納得しない。
不満を露にした眼でジャヴァニを睨んでいる。
アドラートを脅威になるかも知れないと感じているのだ。

109創る名無しに見る名無し2017/10/16(月) 19:54:11.72ID:RD1Nz5w+
フェレトリは執拗にジャヴァニに同意を求めた。

 「今ここで始末した方が良くはないか?
  どうにも嫌な予感がしてならぬ」

 「私達は『協和会』の者として、この場に居ます。
  迂闊な行動は取れません。
  どうやって、これだけの人に気付かれず、始末すると言うのですか?」

 「我が下僕を使う。
  協和会を敵視する、不埒者の仕業と言う事にすれば良かろう」

 「下手な工作は魔導師会に見破られてしまいます。
  この『計画』が失敗したら、後が無くなると申し上げた筈」

反論するジャヴァニの口調が徐々に刺々しくなる。
それに応じて、フェレトリの口調も挑発的な物に変じた。

 「後が無くなる等と大袈裟な。
  この様な迫々(こせこせ)した計画が挫けた所で、何の問題があると言うのか?」

フェレトリはジャヴァニとは違い、この計画は遊びの様な物だと思っていた。
強大な力を持っているが故に、一々人心を掌握して撹乱を狙う真似が、迂遠に見えるのだ。
もし失敗しても、圧倒的な力で叩き潰せば良い。
マトラも同じ考えだろうと彼女は理解している。
小細工が必要になるのはジャヴァニが「弱者」だからと、フェレトリは軽蔑していた。

 「マスターノートに逆らうな」

ジャヴァニは今まで他人に見せた事が無い、鬼気迫る表情と、低く重々しい声で、
フェレトリに忠告する。
何事かとフェレトリは目を見開き、硬直した。

 「……その必死さに免じて、見過ごしてやろう」

彼女は気圧された事を覚られない様に、強がりの言葉を吐いて物見を決め込む。

110創る名無しに見る名無し2017/10/16(月) 19:58:08.31ID:RD1Nz5w+
アドラートがレクティータと握手をする瞬間が訪れる。
軽く手を握っただけで、直ぐに次の人に対応するべく、移動しようとしたレクティータの手を、
アドラートは強く握って止めた。

 「ロード・レクティータ!
  私を憶えていませんか?」

魔城事件で彼女とアドラートは対面している。
ここで「頷く」か、「惚ける」か、アドラートは見極めようとした。
レクティータはアドラートの目を真っ直ぐ見詰めた。
そして小首を傾げ、暫し思案する仕草を見せた後、真剣に言う。

 「済みませんが、記憶にありません。
  人違いでは?」

それと同時に、馬車に乗り込んでいた数名の黒服の男達が飛び出して来た。
危険を感じたアドラートはレクティータから手を離すが、視線は外さない。
黒服の男達は2人の間に割って入る。

 「お爺さん、困りますよ」

彼等はアドラートを押し退けると、レクティータを庇う様に彼女の両脇を固めた。
群集との握手は続行される。
アドラートはレクティータを見詰め続けており、レクティータも視線が気になって仕方が無い様子。
黒服の男が体で視線を遮るも、彼女は握手が終わってからもアドラートを気に懸けていた。
馬車の中で黒服の男はレクティータに尋ねる。

 「ロード・レクティータ。
  あの老人とは知り合いですか?」

 「いいえ、そんな筈は無いのですが……気に懸かります。
  彼が嘘を言っている様には思えなかったので……」

 「大方、どこかで偶々目が合ったのを誤解したのでしょう。
  よくある事です。
  お気になさらず」

彼は適当な事を言って、気にしない様に諭した。

 「ええ……、そうですね」

レクティータは引っ掛かる物がありながら、助言通りに振り払う。

111創る名無しに見る名無し2017/10/17(火) 19:11:10.04ID:hd+lk/k0
filler

112創る名無しに見る名無し2017/10/17(火) 19:11:44.85ID:hd+lk/k0
一連の出来事を観察していたフェレトリは、ジャヴァニに改めて尋ねる。

 「本当に止めなくて良かったのか?
  何やら『仕掛けられた』様であるが」

ジャヴァニは短い沈黙を挟んで答えた。

 「影響はありません」

直ぐに断言すれば良い物を、妙な間を置いた所為で、フェレトリには疑心を抱かれる。

 「本当に『ノートの通り』にしておれば良いのか?
  否、そもそも現状はノートの通りなのか?」

 「ノートに従っていれば間違いはありません。
  ノートを疑い、奇怪(おか)しな真似をするから、未来が狂うのです。
  ノートの通りにしていれば、計画は必ず成功します。
  そう、ノートの通りにしていれば……」

ジャヴァニはノートを抱え込み、自己暗示を掛ける様に繰り返した。
それをフェレトリは鼻で笑う。

 「魔城アールチ・ヴェールでは、余計な邪魔が入ったが、あれも予知通りか?」

 「私は同行しなかったので、何とも言えません。
  未来とは小さな事象の積み重ねで、如何様にでも変わる物。
  しかし、この計画だけは何が何でも成功させます。
  その為に私は、ここに居ます。
  皆さんには何が何でもノートに従って頂きます」

この作戦にジャヴァニは命を賭けていると言っても、過言では無い。
所詮は遊び、小娘の飯事に付き合ってやるとしようかと、フェレトリは小さく溜め息を吐いた。

113創る名無しに見る名無し2017/10/17(火) 19:15:43.34ID:hd+lk/k0
一方、八導師アドラートは2人の親衛隊員の元に戻り、得られた情報を教えた。

 「あの聖君は本物だ。
  『成り済まし』ではない。
  しかし、記憶を消されている様だ」

 「記憶を消す?
  しかも、聖君の?
  そんな事が出来るのは……」

聖君と言えば、神聖魔法使いの指導者。
当然、神の加護と強大な力を持っていると予想されるが……。
アドラートは両腕を胸の前で組んで零した。

 「奴等は搦め手も得意な様だな」

彼の一言に親衛隊の2人は驚いた。

 「反逆同盟が絡んでいるのは、確定ですか?」

 「ああ、間違い無い。
  しかし、その気になれば都市を壊滅させられる程の圧倒的な力を持っていながら、
  市民を利用した小細工を仕掛けると言う事は、それなりの目的がある筈だ。
  愉快犯だとしても、必ず裏に間(あわ)好くばと言う狙いがある」

 「それは……?」

 「分からない。
  聖君を私達に始末させようとしているのかも知れないし、市民と魔導師会の離間工作を、
  企てているのかも知れない。
  我々が反逆同盟の目的を阻止しようと、協和会の活動に強引に介入すれば、
  少なくとも協和会を支持している集団は、魔導師会に反発するだろう」

 「我々は、どうするべきなのでしょう?」

2人の問い掛けに、アドラートは暫し沈黙して思案する。

114創る名無しに見る名無し2017/10/17(火) 19:17:39.78ID:hd+lk/k0
filler

115創る名無しに見る名無し2017/10/17(火) 19:18:26.47ID:hd+lk/k0
 「取り敢えずは、協和会の監視を続けて、襤褸を出すのを待つしか無い。
  反逆同盟は本気で市民を味方に付けようとは思っていないだろう。
  精々、我々を戦い難くする為の駒か盾の扱い……」

既に協和会には魔導師会の者が潜入している。
勿論、協和会側も監視されている事は把握しているだろう。
根気強く待ち続ける事が重要だ。

 「分かっていても手が出せない状況は、歯痒いですね……」

歯噛みする親衛隊員をアドラートは諭した。

 「焦っては行かんぞ。
  幾ら市民の間に協和会への支持が広がろうと構わん。
  そんな物は不祥事が発覚すれば一気に吹き飛ぶ。
  だが、偽情報には気を付けよ。
  裏が取れた確実な話以外は信用するな。
  慎重には慎重を期し、逃れようの無い決定的な証拠を掴むまでは、息を殺して耐え忍ぶのだ」

 「はい、確と心に刻みました」

 「ウム、任務の邪魔をして済まなかった」

唯一大陸最大の都市ティナーで、人知れず魔導師会と反逆同盟の静かな戦いが始まった。
先ず、「魔導師会が協和会を警戒している」と言う噂が週刊誌から広がる。
これは魔導師会側が意図的に流した情報で、牽制の一撃だった。
協和会は外道魔法使いとの共生を訴えているが、「魔法に関する法律」に抵触する行為が無いか、
懸念していると。
明確には犯罪者扱いせず、そう言う「疑いがある」事を間接的に広めて、動揺を誘う作戦だ。
魔導師会に「睨まれている」組織と判れば、市民の中には関係を躊躇う者も出て来る。
特に、企業系は支援を控える。

116創る名無しに見る名無し2017/10/17(火) 19:20:22.09ID:hd+lk/k0
大企業である程、体裁を気にするので、協和会と付き合いを続けられる団体は限られて来る。
残った団体は、その思想に本心から共感しているか、「弱味」を握られているか……。
中でも魔導師会が注目しているのは、自己防衛論者を支援していたPGグループの出方。
PGグループは不祥事を起こした自己防衛論者を切り捨てる様に、協和会の支援を始めた。
ここで協和会をも切り捨てるのか、未だ関係を続けるのか、その判断を待っていた。
結果、協和会とPGグループの関係は弱まらなかった。
PGグループを監視していた親衛隊員のヴァリアンは、こう報告した。

 「一寸、不味い状況です。
  PGグループの総帥アドマイアー・パリンジャーは、協和会の会長に惚れ込んでいる様です。
  あー……、勿論、人物的な意味で。
  どうやらアドマイアーはレクティータこそが、彼の目指す帝王政治の頂点に立つべき人物だと、
  詰まり、ティナー市、延いてはティナー地方を統べる『帝王』になるべきと考えている様なのです。
  現代で聖君が帝王の座に就くなんて、悪い冗談です。
  どんな化学反応が起きるか……。
  しかも、アドマイアーの一目惚れらしく、独断で唐突に協和会への支援を決定した事に、
  内部でも戸惑いがありました。
  一方で役員や幹部達は何も言いません。
  初期こそ不満の声が上がりましたが、直ぐに沈静化しました。
  幾らアドマイアーがグループ内では絶対的な権限を持つ『総帥』でも不自然です。
  彼が自己防衛論に傾いた時でさえ、異論があったと言うのに……」

ここに来て一時は敵対関係にあった自己防衛論者と魔導師会は、裏で共闘する事になる。
自己防衛論者はPGグループの方針転換を「裏切り」と捉えていた。
支援を打ち切られたのは仕方が無いにしても、外道魔法使いとの共生を訴えるとは論外だと。
市民の支持を失いつつあった自己防衛論者は、魔導師会が協和会を警戒していると言う噂に、
一縷の望みを託して魔導師会との接触を図った。

117創る名無しに見る名無し2017/10/18(水) 19:08:15.84ID:avJKrntM
魔導師会は、自己防衛論者の政党である『防護壁<バリア・ウォール>』から『協和会<ハルモニア>』へと、
恥知らずにも転身したガーディアン・ファタードを釣り出す事に成功した。
執行者が自己防衛論者と共謀し、「協和会への転身を考えている元自己防衛論者」を装って、
ガーディアンを呼び出したのだ。
ガーディアンは協和会の中では、変節漢と見られて侮られ、冷遇されていた。
その対応に不満を持っていた彼は、仲間が増える事を喜んでいた。
近々協和会は市政党に立候補者を出馬させる。
組織に於いても、選挙に於いても、数は力である。
その「力」が今、ガーディアンの元に転がり込もうとしているのだ。
何も知らず、揚々と喫茶店に姿を現したガーディアンを、執行者2人と自己防衛論者2人は、
内心で嘲笑いながら迎えた。
開口一番、自己防衛論者が中央訛りで皮肉を飛ばす。

 「よう伸う伸うと現れたのう。
  景気好さ気な顔しとるやんけ」

 「ハハッ、そうでも無いて。
  ンな事より、協和会に入りたいんやろ?」

ガーディアンは軽く受け流して話を進めたがったが、それは執行者が許さない。

 「その前に聞きたい事がある。
  どうして協和会に入った?」

厳しい言葉を受けても、ガーディアンは涼しい顔で両肩を竦め、呆れを表した。

 「はぁ、ンな下らん話をしに来たんやないで。
  どうでも良え事やろが?」

118創る名無しに見る名無し2017/10/18(水) 19:11:01.90ID:avJKrntM
その発言に自己防衛論者の元仲間が目付きを険しくする。

 「あ?
  今、何て言うた?」

ガーディアンは慌てて咳払いをし、真面目な顔で弁解を始めた。

 「弱小では何を言うても相手にされん。
  お話にならんのや。
  大事を成し遂げる為には、影で耐え忍ぶ事も必要なんやって」

 「何やねん、その『大事』ってのァ?」

元仲間に問い詰められたガーディアンは、語り始める。

 「自分の身は自分で守れる様にならなあかん。
  それが自己防衛論の始まりやった筈や。
  魔導師会が当てにならんさかいな。
  んでな、頭冷やして、よぉ〜う考えてみぃ?
  魔導師会が勝てん様なのに、素人が武器持って勝てるかいな?」

それは正論だ。
だからこそ、自己防衛論の支持の拡大には限界があった。

 「な、どう考えても無理やろ?
  ンなら、『我々に出来る事は何か』と言う事を突き詰めると、喧嘩は止めて仲良うしようやって、
  言い続けるしか無いやん」

ガーディアンの論には一理あるが、致命的な欠点が存在する。

 「誰に?」

 「そらぁ……」

「仲良くしよう」と訴える相手が分からないのだ。
共通魔法社会を破壊しようとしている勢力があるのは確実だが、交渉の窓口が無い。
その正体が判明しているなら、魔導師会も苦労はしない。

119創る名無しに見る名無し2017/10/18(水) 19:20:10.20ID:avJKrntM
ガーディアンは判り易く沈黙した。
彼は元仲間の冷ややかな視線に耐え切れず、何とか言葉を搾り出す。

 「いや、でも、協和会は解っとるみたいやで……?
  誰かに嗅ぎ付けられて横槍入れられたら困るて事で、詳しくは言われへんらしいけどな。
  問題は『仲良うしようや』と言う半面で、『打ち殺したる!』て叫んどる連中が居る事や。
  そんな物、相手からしたら『仲良うしたろかなぁ』て気も失せるやろ?
  取り敢えず、全員の意見が『仲良うしよう』で統一される事が重要なんや。
  その為の協和会なんやで」

その「打ち殺す」と叫んでいた側の人間だった癖に、清々しいまでの掌の返し振りだと、皆呆れた。
ガーディアンの話は理屈は通っているが、説得力は無い。
「詳しくは言えないらしい」とガーディアンが言ったのは、失言だった。
少なくとも、「らしい」は余計。
彼は組織の中で、重要な地位に無い事を自白したのだ。
吐いた唾は呑めず、突き刺さる様な元仲間の視線に、ガーディアンは誤魔化す事しか出来ない。

 「待てや、待てや。
  自分等、協和会に入りに来たんと違うんかい!
  何や、先から儂(わい)を疑(うたぐ)っとる様な!
  良えんやで、この話は終いにても」

俄かに強気に話を打ち切ろうとした彼に、元仲間は嘲る様な笑みを向けて言う。

 「お前、俺等が何も知らんとでも思っとるんか?
  知っとるんやで。
  お前、向こうで冷や飯食わされとるらしいな」

ガーディアンの顔が怒りと羞恥で真っ赤になった。

 「なっ、そなっ……」

動揺の余り言葉を詰まらせる彼に、元仲間は追い討ちを掛ける。

 「大方、アドマイアーとか言う爺さんに泣き付いたんやろ?
  お情けで拾うて貰(もろ)たんよなぁ?」

120創る名無しに見る名無し2017/10/19(木) 19:17:08.01ID:2Quix3Qd
全部図星だったので、ガーディアンは何も言い返せない。
有利に立てない交渉に意味は無いと、彼は逆上した振りで席を立とうとする。
それに自己防衛論者の元仲間が反応する。

 「おう、逃げるんかぁ?」

 「何やとっ……!」

自尊心が強いガーディアンは挑発を聞き過ごせず、足を止めた。
そこへ透かさず、執行者が意味深に呼び掛ける。

 「冷や飯食いの儘、終わる積もりは無いんだろう?」

 「何や、その言い方は……」

 「まあ座れよ。
  交渉は『対等<イーヴン>』に。
  それが基本だよな」

ガーディアンは渋々席に戻った。
彼の虚飾を取り払って、漸く真面に話が進められる。
一方的な関係だと思われた儘では、交渉は上手く行かない。
話は仕切り直され、改めて自己防衛論者がガーディアンに尋ねた。

 「――で、本当の所、どうなんや?
  別に協和会の事なんか、どうとも思ってへんのやろ?」

ガーディアンは周囲の目を気にして、曖昧に言う。

 「……ん、マァ、そぅ……」

 「何を気にしとるんや?」

その問いに、ガーディアンは声を落として答えた。

 「いや、どこで見られとるか分からんし……」

執行者の2人は互いに目配せして、監視されている気配が無い事を確かめ合う。
元仲間は明るく言い放つ。

 「良えやないか、誰に見られようと、悪い話しとる訳やなし。
  お前、この儘やと一生芽ぇ出んで?
  協和会の事、何も知らされてへんのやろ?」

121創る名無しに見る名無し2017/10/19(木) 19:21:09.10ID:2Quix3Qd
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122創る名無しに見る名無し2017/10/19(木) 19:22:38.74ID:2Quix3Qd
声が高いと、ガーディアンは身振り手振りで抑える様に指示して、話を続けた。

 「知らされてへんっちゅうか、深入りしたくないねん」

 「何や、怯者(へたれ)か」

 「自分等、よう知らんから好き放題言えんねや。
  お偉いさんは皆、『主<ロード>』、主やで?
  本真(ほんま)、頭狂(イカ)れとる」

 「主、主言うだけで、お偉いさん成れんなら、安い物やろ」

 「違うねん、そう言う薄っ平いのを許さん『何か』があんねん」

 「『何か』て、オカルトかいな」

元仲間に突っ込まれ捲くって、ガーディアンは沈黙してしまった。
数極後に、執行者が新しく話を切り出す。

 「ガーディアンさん、協和会が魔導師会に睨まれてるのは、知ってるよな?
  外道魔法使いと関係があるかも知れないって疑いで」

ガーディアンは面を上げて、小さく頷いた。

 「ああ、それが何か……?」

 「その現場を押さえて、魔導師会に売り込んだら、どうなるだろうなぁ……」

 「当てがあるんか?
  いや、しかし……」

彼は執行者の呟きに食い付き掛けて、思い止まる。
そこへ元仲間が囁き掛ける。

 「俺等が仲介したる。
  何も無かったら、無かったで構へん。
  どや、乗るか?
  それとも……、この話、密告(ちく)るか?」

これは「撒き餌」だ。
密告すればガーディアンは組織内で、ある程度優遇されるかも知れない。
そうなれば彼は続けて、元仲間から情報を仕入れようとするだろう。
もし何の褒賞も無ければ、ガーディアンは反発して、元仲間と縒りを戻し、密通するだろう。

123創る名無しに見る名無し2017/10/19(木) 19:24:15.38ID:2Quix3Qd
ガーディアンは怪しんで返事を躊躇ったが、やがて悩む事を止めて頷いた。

 「何ぼ『元』でも『同志(なかま)』を売る程、儂は零落れとらんで。
  今の話、考えとくわ」

彼は格好付けた台詞を吐いて、喫茶店から出て行ったが、その言葉を信じた者は居なかった。
必ず、ガーディアンは密告する。
そう言う節操の無い人物だと見切られていた。
そして、その通りにガーディアンは確り密告した。
彼は協和会内に信用出来る上役が居なかったので、報告はアドマイアーに行われた。

 「総帥、是非お耳に入れて頂きたい事が御座います」

ガーディアンは防護壁の党首だった頃は、アドマイアーとも対等な関係だったのだが、
今や完全に謙る様になってしまった。
アドマイアーは冷徹な眼差しを、彼に向ける。
その威圧感にガーディアンは畏まり、速やかに重要な事柄を告げた。

 「魔導師会が自己防衛論者と結託し、協和会を探っている様です」

 「どこから得た情報だ?」

 「私独自の情報網です」

情報網と言う程の物は無いのだが、彼は見栄を張った。
この様にガーディアン・ファタードは自分を飾らなければ、真面に話が出来ない男なのだ。

124創る名無しに見る名無し2017/10/19(木) 19:25:46.41ID:2Quix3Qd
アドマイアーは無言でガーディアンを睨み付けている。
それをガーディアンは堂々と見詰め返して言った。

 「これでも元党首ですから。
  人脈は豊富です」

これも嘘だ。
彼にあるのは浅く広い付き合いのみで、正体が軽薄な人間だと言う事を知っている者は、
重要な情報を渡さない。

 「分かった」

数極後にアドマイアーは短い一言を発して、背を向けた。
ガーディアンは焦って、取り縋った。
彼は重大な報告をした積もりだったのに、余りに反応が薄い。

 「ま、待って下さい、総帥!
  本当です、信頼出来る筋からの情報です!」

 「『分かった』と言った」

 「いや、そうではなくてですね……。
  この情報を得るのにも、それなりの苦労をですね……。
  それに報いる何かが欲しいと思うのは贅沢ですか?」

明から様に見返りを求めるガーディアンに、アドマイアーは真顔で言う。

 「君は協和会の人間だろう?
  自らの行いに見返りを求めないと言うのが、教義では無かったかな」

 「そ、そうは言っても、それでは世の中やってけませんよ、へへへ……」

ガーディアンの弁明を聞いた彼は、沈黙して思案した。

 「……まあ、『協和会』から何かあるだろう。
  私も口添えしてみる」

 「えっ、えぇ……」

アドマイアー自身はガーディアンに金品を呉れてやる積もりは無いらしく、冷淡な返事。
ガーディアンは不満に思いながらも、協和会からの褒美を期待する事にした。

125創る名無しに見る名無し2017/10/20(金) 19:12:41.91ID:NIj8gxi7
後日、ガーディアンは協和会の会館内にある「本殿」に招かれた。
この会館は協和会がPGグループから借りている建物である。
PGグループの旧本館を再利用した物で、4棟に分かれており、正面に本部機能を持つ本館、
その左右に別館、裏に本殿が配置されている。
本殿に自由に出入り出来る人物は、レクティータと彼女の側近、それにアドマイアーのみで、
他の者は招かれなければ入れない。
何が待っているのかと、ガーディアンは期待と不安半々で、白いローブを着た案内の女に、
従って歩いた。
協和会の女性会員の中でも、特にレクティータに近い者は皆、彼女の様に白いローブを着て、
「シスター」と呼ばれている。
男性会員にも白いローブを着た物はおり、そちらは「エルダー」と呼ばれているが少数だ。
本殿の装いは異空間の様。
精神が不安定になる様な眩い白一色に、何を意匠したのかも不明な石膏像が配われている。
窓は一つも無く、深寥と静まり返り、冷えた空気が漂う。
本殿の2階に案内されたガーディアンは、大部屋の前で待機させられた。
これから何があるのかは容易に予想出来る。
恐らくは会長であるレクティータとの対面。

 (来る所に来たって感じやな……)

何時までも下っ端では居られないので、これは好機ではあるのだが、どうしても一抹の不安が、
拭い切れない。
無音と白色の中、時間の感覚が狂って、眩暈が襲う。

 (こら敵わんわ。
  デザインした奴、阿呆なん違うか?
  ええぃ、早う誰か来んかい)

待ち疲れて、壁に縋ろうとした所で、お呼びが掛かった。

 「ガーディアン・ファタード様、どうぞ」

扉が開いて、一際眩い白が目に入る。

 (わっ、何や……?)

堪らずガーディアンは目を閉じ、恐る恐る薄目を開けた。

126創る名無しに見る名無し2017/10/20(金) 19:16:13.07ID:NIj8gxi7
ガーディアンの正面には高台があり、そこにレクティータが座している。
彼女の周りには多数のシスター達が待機しており、丸で王か皇帝の様だ。

 「どうぞ、お入り下さい」

棒立ちしているガーディアンに、シスターの1人が近付き、入室を促す。
ガーディアンは胸を張って前進した。
彼に入室を促したシスターは、静かに扉を閉めて、退路を塞ぐ様に、その場に留まった。
ガーディアンは緊張で背後にまで気を配れない。
彼は勝手が分からず、部屋の中央辺りで立ち止まった。

 「もう少し前へ」

レクティータの横に立っているシスターに指示され、ガーディアンは2歩だけ踏み出した。
彼女は最高位のシスターで、何時もレクティータの傍に控えており、「マザー」と呼ばれている。
ガーディアンに直接に声を掛けるのは、これが初めて。

 「もう少し」

更に2歩前へ。
先からレクティータは一言も発さない所か、微動だにしない。
人形かと思う位だ。
普段から口数は少ない方だが、ここまで黙(だんま)りではない。
代わりに、マザーが指示を出している。

 「歓待の酒を持て」

それを受けて、手提げ籠を持ったシスターが、グラスとボトルをガーディアンに差し出した。
ガーディアンがグラスを受け取ったのを確認したシスターは、その場でボトルを開けて、
グラスの半分まで酒を注ぐ。
濃厚な赤紫色の液体は強い甘い香りを放っている。
どうやら『葡萄酒<グレム・コール>』の様だが、僅かな粘性が不気味。

127創る名無しに見る名無し2017/10/20(金) 19:27:04.31ID:NIj8gxi7
手提げ籠を持った女は、今度はレクティータの元に向かい、彼女にもグラスを渡して葡萄酒を注ぐ。
その間に、マザーがガーディアンを呼び出した理由を話した。

 「ガーディアン様から貴重な情報を提供された旨、アドマイアー様から伺いました。
  魔導師会が自己防衛論者と結託して、協和会を探っていると。
  私達の活動が理解されない事は残念ですが、権威に屈する訳には行きません。
  ガーディアン様、貴方の協和会への献身を嬉しく思います。
  感謝の意を表し、私達はガーディアン様を新たな『エルダー』として、お迎えします。
  それでは……整った様ですね。
  ガーディアン様、御一緒に。
  乾杯!」

マザーの掛け声で、レクティータは杯を高く掲げると、時間を掛けて酒を飲み干す。
ガーディアンは杯を上げる所までは真似た物の、口を付けるのは少し躊躇う。

 「ガーディアン様、如何なさいました?
  どうぞ、遠慮なさらず」

彼は思い切って、酒を呷った。
味は普通の葡萄酒である。
粘性がある為、喉に絡むが、変な味はしない。
数極後に酒気で体が熱(ほて)り始める。
嫌に酔いの回りが早いと、ガーディアンは訝った。
味も香りも粘りも濃厚だったが、そんなに酒気が濃い感じはしなかった。
マザーが演説を始める。

 「血酒の交盃は不壊の盟約。
  ガーディアン様は今、本当の意味で私達の仲間になりました。
  喜びの深きは悲しみの深き。
  苦楽を共にし、背信を許さず――」

――しかし、そこで彼の記憶は途切れてしまう。
酔っ払って倒れてしまったのでも、意識が朦朧としたのでも無く、突然の昏倒。
ガーディアンが目を覚ました場所は、『混凝土<コンソリダート>』の壁に囲まれた、狭く薄暗い部屋だった。

128創る名無しに見る名無し2017/10/21(土) 18:52:01.75ID:zLDh5Tbu
訳の分からない状況の変化に、ガーディアンは俄かに焦り出す。
部屋の戸を押してみるが、案の定、開かない。
彼は乱暴に戸を叩いて、大声で喚いた。

 「オイ、ゴラァ!!
  何や、これは!!
  こんな所(とこ)に儂を閉じ込めおって、どうする気や!!」

そうすると1人のシスターが来て、戸を「押し開ける」。

 「どうなさいました?」

彼女の声は至って冷静だ。
男の怒鳴り声にも、全く動揺していない。
戸が内開きだった事に今更気付いたガーディアンは、乱暴な言葉遣いをした事を気不味く思った。

 「あ、い、いや、何でもありません……。
  ここは何なんですか?」

 「地下階の個室です。
  ガーディアン様が行き成り倒れられたので、皆心配していましたよ」

 「あぁ、そうでしたか……。
  や、面目無い。
  酒は強い方だと自負していたんですが……。
  あの酒、何か入ってたんですか?」

 「フフフ」

シスターは微笑むばかりで、何も答えない。
丸で誤魔化す様に、彼女は言う。

 「意識は確りしている様ですね。
  外に出ましょう。
  こちらへ。
  私に付いて来て下さい」

不審に思ったガーディアンだが、地下に長居する積もりは無かったので、大人しく従った。

129創る名無しに見る名無し2017/10/21(土) 19:03:46.70ID:zLDh5Tbu
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130創る名無しに見る名無し2017/10/21(土) 19:05:27.19ID:zLDh5Tbu
廊下には真面な照明が無く、全体的に薄暗いが、先が見えない程ではない。
2人の足音だけが不気味に響く。
ここも本殿の筈だが、何故か「白くない」。
地下まで飾る必要は無いと言う事か……。

 (陰気な所やな)

廊下の左側には、4身程度の間隔で、戸が並んでいる。
恐らくは自分が入れられていた部屋と同じ様な、個室だろうとガーディアンは思った。
そうならば、何の為に狭い個室が複数用意されているのか……。
暫く歩いて左折すると、今度は右側に扉が見えた。
その前を通り掛かった時、丁度1人のシスターが中から出て来る。
同時に、複数の男女の笑い声や呻き声が漏れた。
彼女は慌てて扉を閉めると、同僚とガーディアンに一礼をして、足早に去って行った。
ガーディアンは率直な疑問を口にする。

 「何ですか、この部屋は?」

 「ここは要人をお迎えする、特別な部屋です」

 「要人?」

先程聞こえた声は、色に乱れた男女の物だった。
ガーディアンも男なので、女の嬌声が特に印象強く耳に残った。
ナイトクラブや乱交と言う単語を、彼は思い浮かべる。

 (この事、アドマイアーは知っとるんかいな?
  到底許しそうには思えんで……)

眉を顰めるガーディアンに、シスターは囁く。

 「他言は無用に願います」

 「あぁ、応、こんな事、余所では言えんわな」

2人が少し歩くと、地上階に上がる階段に着いた。

131創る名無しに見る名無し2017/10/21(土) 19:08:27.14ID:zLDh5Tbu
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132創る名無しに見る名無し2017/10/21(土) 19:10:12.51ID:zLDh5Tbu
嫌に長い階段を上り切った後、シスターは浮かない顔のガーディアンに、エルダーの白いローブを、
手渡しながら言った。

 「貴方も協和会に更なる功労と献身があれば、『要人』に仲間入り出来ますよ。
  その時には……」

彼女は受け渡しの際、自然にガーディアンの手を取って、意味深に微笑む。
ガーディアンは愛想笑いして、何も答えなかった。
今の彼には金も権力も無い。
そんな彼に出来る事と言ったら……。
翌日、ガーディアンは再びアドマイアーを捉まえて、協和会の本性を伝えようとした。

 「総帥、お話があります」

 「どうした?」

エルダーの白いローブを着て現れたガーディアンにも、アドマイアーは驚きを見せない。
当然の事の様に構えている。
ガーディアンは明から様に声を潜めて、如何にも深刻そうに告げる。

 「『本殿』の地下の事ですが――」

 「あぁ、その事か……」

予想外のアドマイアーの反応に、彼は驚愕した。

 「ご、御存知で?」

アドマイアーは本の僅かな動揺も見せず、静かに頷く。

 「良いんですか、あんな事を許して!」

ガーディアンは別に正義感から諫言したのではない。
密告すれば見返りがあると思ったのだ。

 「欲に溺れる者は、溺れさせておけば良い。
  所詮その程度の連中だ。
  『必要な物』を提供し、役に立ってくれさえすれば」

その冷徹な判断に、ガーディアンは悪寒を感じた。
嘗ての自分や自己防衛論者達も、同じ立場だったのだ。

133創る名無しに見る名無し2017/10/21(土) 19:18:06.83ID:zLDh5Tbu
それでも彼は訴え続けた。

 「この事が明るみに出れば、協和会は潰れます!」

自分の寄生している組織が潰れる事を、彼は望んでいなかったが、大きな闇を隠している組織に、
所属し続ける事に危機感を覚えてもいた。

 「解っている。
  何時までも隠し通せる物では無いだろうな。
  まあ……、その時は、その時だ」

アドマイアーには考えがある様だが、ガーディアンには一向に伝わらない。

 (本真に解っとんのか、こいつ!)

彼は内心で毒吐き、尚も忠告する。

 「協和会とは手を切りましょう。
  出来るだけ早い方が良いです」

彼は機を見るに敏だった。
協和会と関係を持ち続けると危険だと、本能的に察していた。
アドマイアーは苦笑する。

 「君は協和会の一員では無かったかな?
  立派なローブまで着込んで」

 「そんな事、言ってる場合じゃないでしょう!」

 「だから君は大成出来ないのではないかね?
  私は協和会の者ではないし、辞めるも何も君の自由だ。
  離れたければ、そうすれば良い」

ガーディアンは全く想定外の方向からアドマイアーに侮辱され、唖然として言葉を失った。
転がる石に苔は生えないと、アドマイアーは指摘したのだ。
その時々に優勢な方に靡き、転々(ころころ)と立場や主義を変えて、一貫した信念を持たない。
問題が起きても自分と切り離してしまえば良いから、反省も改善もしない。
そんなガーディアンを彼は憐れに思っていた。

134名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 19:14:31.14ID:nj+EhUXH
時は少し遡り、地下の特別室。
暗黒の中で複数の男女が乱れ、欲望に塗れた人の目と、無機質な貴金属だけが爛と輝く。
誰も人目を憚らず、喧騒も、汚臭も気にしない。
無心に快楽を貪るばかりで、自分の事さえ見えていない。

 「あの男、ガーディアンと言うたかの……。
  ここには誘わぬのか?」

淫らな享楽に耽る男女を見下しながら、吸血鬼フェレトリは小悪魔サタナルキクリティアに尋ねた。
サタナルキクリティアは鼻で笑って、彼女の無知を嘲る。

 「未だ未だ、人間の理解が足りないね、フェレトリ。
  ここは『特別』なんだ。
  選ばれし者のみが入場を許される楽園。
  そこに下賎の者が混ざったら台無しなんだよ。
  多少の功績で飴を呉れてやる必要は無い。
  『皆』、そう考えているさ」

 「斯様な堕落した場所が、選ばれし者の楽園とは嘆かわしい」

 「キヒヒッ、下俗の『有頂天<スカイスクレイパー>』さ。
  地下の暗がりが天上とは皮肉が利いてるだろう?
  どうだ、お前も一寸ばかり遊んでやったら?
  地上では絶対に味わえない悪魔的な快楽を、凡俗な人間共に教えてやれよ」

サタナルキクリティアは意地悪く笑って、フェレトリに狂宴への参加を促した。
しかし、フェレトリは応じない。

 「我とて好みと言う物がある。
  堕落した豚の血を啜る趣味は無い。
  否、未だ豚の方が増しかも知れぬ。
  其方(そち)が教授してやれば良かろう」

 「私のは激し過ぎるから。
  ここに居るのは皆、大事な金蔓で、死んじゃっても良い奴は居ないみたいだし……」

如何にも残念そうにサタナルキクリティアは零した。
それは本心からの言葉であろう。
彼女の目は爛々と輝いており、赦しさえあれば、人間が壊れる程の暴力的な快感で、
ここに居る全員を蹂躙してやりたいと思っているのだ。
金と権力で何でも出来ると自惚れている増長を粉々に破壊し、人間として最低限の、
尊厳さえも奪ってやりたいと。
余程我慢しているのか、彼女の角と牙は徐々に伸び、口元は裂け掛かっている。

 「ヒッヒッヒッ……。
  これ以上ここに居ると、我慢出来なくなりそうだ。
  失礼するよ」

サタナルキクリティアは不気味な笑みを浮かべて退室した。

135名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 19:17:04.04ID:nj+EhUXH
彼女は暴力的な衝動が強い。
自分で制御出来るので未だ良いが、どこまで抑えが効くかは不明だ。
フェレトリは溜め息を吐いて、マトラの元に移動し、話し掛けた。

 「具合は如何かな、マトラ公(きみ)」

 「ここでは『マザー』と呼べ、『シスター・フェリ』。
  事は順調だよ」

マトラも狂宴には混ざらず、遠巻きに痴態を眺めているのみ。

 「全く御し易くて助かる」

社会的地位が高いとされる「上流階級」の乱れ振りを、彼女は嘲笑した。
盟約の「血酒」は徒(ただ)の葡萄酒ではない。
少量ではあるが、ゲヴェールトの血を混ぜてある。
血の魔法使いである彼は、自らの血液を取り込んだ者を操れる。
効果は量に比例するが、言う事を聞かせるだけなら1滴でも十分。
これを利用してマトラは人の本性を暴き、堕落させる。
諜略四計、権力、財物、名誉、愛色。
人は権力で動く。
権力に逆らう事は、苦難の道であるが故に。
権力で動かない者は財物に弱い。
強権を以って下される命令は己の利益にならないが、財物は違う。
財物でも動かない者は名誉に弱い。
即物的な交渉を蔑む心の本質は虚栄であり、名誉に傾き易い。
名誉でも動かない者は愛色に弱い。
名声は空虚な他者の評判に過ぎないが、愛色は完全に個人の物だ。
如何に偉大な人間でも、四計に掛かって堕落しない者は居ない。

136名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 19:18:27.03ID:nj+EhUXH
低俗な凡人の様に権力や金には靡かず、「上流階級」と呼ばれるに相応しい人間であろう、
偉大であろうとする心その物が、卑俗な「欲」の結実なのだ。
その正体は群れの長の地位を争い、雌を囲う動物と何等変わり無い。
我欲塗れの自己愛を大義名分で覆い隠しているだけに過ぎない。
自分は他者とは違う崇高な人間だと思いたい、尊敬されたい、褒め称えられたい、愛されたい。
マトラは金品と引き換えに、組織内での特別な地位を与え、見目の好い女を付ける事によって、
そうした望みを叶えてやっている。
唯一それに反応しないのは、アドマイアー。
彼には理性を破壊する血酒の効果が薄い。
魔法資質は平凡なので、特殊な力や性質があるのだと思われる。

 「後は、あの頑迷な老い耄れを何とか堕落させられない物か……」

悩まし気なマトラの呟きを聞いて、フェレトリが提案する。

 「聖君擬きの『偶像<アイドル>』を呉れてやっては?
  自らが信奉する神聖なる存在を冒し、支配する以上の『快感』はあるまい」

 「上手く行けば良いがな……。
  予知して貰うとしようか」

悪魔の邪悪さには限りが無い。
悪を悪とも思わず、人の心を平然と踏み躙る。

137創る名無しに見る名無し2017/10/23(月) 19:11:58.26ID:TswtOkxw
マトラが退室しようとした所、1人のシスターが小走りで駆け寄った。

 「マザー、この子達が……」

彼女の後には、若いシスターが2人並んでいる。

 「分かった。
  こっちに来なさい」

マトラは若い2人のシスターを預かると、地下の別室に案内する。

 「『出来て』しまったのね?」

彼女は打って変わって優しい声で、2人のシスターに問い掛けた。
2人は俯いて無言で頷く。

 「大丈夫、ここで『処理』するから。
  痛みは無いし、勿論、体に悪い影響が残らない様にする」

そう言うとマトラは1人のシスターを衝立の向こうに誘い、もう1人は待機させた。
だが、彼女は人間の体の仕組みに、然して詳しい訳では無い。
内臓の位置や、大凡の機能は把握していても、その生理に就いて十分な知識は持っていない。
取り敢えず、外面に問題が無い様にする事しか出来ないが、そんな事は微塵も気にしない。

 「ここで横になって、呼吸を落ち着けて、楽にして」

彼女はシスターをベッドに寝かせると、額を軽く撫で、奇怪な魔法で眠りに落とす。
そして下腹部を撫でると、魔力の手を子宮に沈め、臍の緒を切って胎児を掴み上げた。
手の平に収まる程度の大きさしか無い子を見詰め、マトラは満足気に微笑む。
それから魔力で作った幾重もの黒い膜で胎児を包み、自らの体内に収めた。

138創る名無しに見る名無し2017/10/23(月) 19:13:41.87ID:TswtOkxw
シスターは目覚めと同時に、体の怠さを感じる。
マトラは彼女に優しく言う。

 「無事に終わったわ。
  暫くは血が出ると思うけど、心配しないで。
  出血が止まったら、又宜しくね」

そう言ってマトラはシスターに金封を差し出した。
詫び金とも、口止め料とも取れるが、マトラとしては謝礼金の積もりだ。
元手は協和会への寄付の一部である。
協和会に多額の寄付をすると、地下の特別室に案内される。
そこで寄付金額の大きかった者から、好きなシスターを選べる。
お相手をしたシスターには寄付金の5%が与えられる。
後日、妊娠が発覚すれば、更に5%を追加。
丸で人身売買組織……否、その物であろう。
協和会のシスターは心清らかな者ばかりではない。
寄付金を目当てに集まっている者も少なからず存在する。
貧しい者に権威と金品で言う事を聞かせ、それを利用して富める者の名誉欲と愛欲を満たし、
更に金品を集める。
協和会は主義主張の清潔さに反して、実態は堕落の象徴の様な所なのだ。
何も彼もが腐っている。
腐敗の塔は何れ瓦解する。
崩壊の時は近い。

139創る名無しに見る名無し2017/10/23(月) 19:16:27.53ID:TswtOkxw
時と所は変わり、ガーディアンは再び元仲間の自己防衛論者と接触を図っていた。

 「よぅ、態々呼び出したって事(こた)ぁ、何か分かったんか?」

自己防衛論者は今回は執行者を連れていない。
一対一での対面だ。
ガーディアンは人目を気にしながら、神妙な面持ちで告げた。

 「途んでも無い爆弾ニュース、持って来たったで。
  協和会は本殿地下で、女囲っとる。
  お偉いさん等の相手させとんのや」

 「本真の話か?」

 「嘘は吐かんて」

 「証拠は……?」

証拠の有無を尋ねられたガーディアンは沈黙する。
彼は何の証拠も握っていない……が、強気に押し切ろうとした。

 「この目で見たんや。
  魔法でも何でも使えば良え」

実際は見てはいない。
僅かに聞こえた声から、それらしい事をしていると判断したに過ぎない。
張ったりはガーディアンの特技なので、臆面も無く嘘を言う。
だから、元仲間も彼の言う事を安易には信用しない。

 「そやのうてなぁ、証拠が無いと動かれへんがな」

 「打(ぶ)っ込み掛けりゃ良えやろ」

 「何ぼ魔導師会でも、そら無理やで……」

緊急事態以外で執行者を動かすには、確実な証拠が無ければならない。
この2人は未だ共和会の影に潜む、恐ろしい物の正体を知らない。

140創る名無しに見る名無し2017/10/24(火) 19:50:52.30ID:GkJOYATA
話の途中で、行き成り自己防衛論者が小さく呻き、蒼褪めてガーディアンに寄り掛かった。
それを正面から受け止めたガーディアンは、困惑して尋ねる。

 「おっ、どしたん?
  具合でも悪なったか?」

自己防衛論者は何も答えない。
ガーディアンは彼が呼吸をしていない事に気付いた。
心音も確認出来ない。

 (えっ、どないなっとんのや……。
  死んどる?)

ガーディアンは焦った。

 (な、何でや?
  病気か?
  何で、こないな時に……)

彼は人目を気にして、建物の陰に移動した。
そして自己防衛論者を壁に縋らせ、何度も呼び掛ける。

 「お、おい、目ぇ開けんかい!
  行き成り死なんでも良えやろ……。
  儂に恨みでもあるんか?」

しかし、反応は無い。
肌も心做しか冷たくなっている。

 「真面(マジ)か……、真面か……」

中々現実を受け止められず、動揺から硬直しているガーディアンの目の前で、死体が立ち上がった。
息を吹き返した物と思い込んだガーディアンは安堵する。

 「はぁ、生きとったか!!
  どないしたんねん、本真心配したで?」

141創る名無しに見る名無し2017/10/24(火) 19:52:18.67ID:GkJOYATA
所が、死体は何も答えない。

 「未だ具合悪いんか……?
  病院行っとくか……?」

意思の疎通を試みる彼に応えたのは、死体の影だった。
影は見る見る死体を覆い隠して真っ黒な人形(ひとがた)になる。
声も出せない程に驚愕しているガーディアンに、影は重々しく低い声で言う。

 「血酒の交盃は不壊の盟約。
  喜びの深きは悲しみの深き。
  苦楽を共にし、背信を許さず、その有様は命別つ事能わずが如し。
  血盟は破約も又、贖いに血を伴う。
  その有様は命別つが如し」

明らかに元仲間の声では無い。
意味が解らず、ガーディアンは恐慌していたが、やがて聞き覚えのある言葉だと気付いた。
それは協和会で「マザー」が言っていた事。

 「な、何者や!
  何やねん、その姿ぁ!」

ガーディアンは震えながらも身構えた。
今直ぐ逃げ出したかったが、彼の意に反して足が動かない。
魔法でも何でも無く、恐怖で動けないのだ。

 「フェイナトーを、こ、殺したんか!?」

 「お前の所為だ。
  お前が密告さえしなければ」

影はガーディアンの良心を責めた。
普通の人間であれば、責任を感じて後悔するだろう。
だが、この男は違う。
決して自分の非だけは認めない。

142創る名無しに見る名無し2017/10/24(火) 19:54:33.24ID:GkJOYATA
ガーディアンは震える声で開き直って反論した。

 「し、知られて困る事しとる方が悪いんやろ!
  手前、只で済むと思うなや!
  儂には魔導師会が付いとるんやで!」

影は威勢の良い言葉を吐く彼を無視して、話を続ける。

 「私は影から、お前を見ている。
  これは『見せしめ』だ。
  血の贖いを避けたくば、これ以上の背信は繰り返さぬ事だ。
  影から逃れる術は無い」

言うべき事を言い終えた影は、見る見る萎んでガーディアンの影に収まった。
自己防衛論者の死体は、影と共に消失してしまった。

 「ゆ、夢でも見とるんか……?
  何なんや、これは……」

目の前で起こった出来事が信じられず、ガーディアンは顔面蒼白で呆然と立ち尽くす。
彼の呟きに対して、背後の影から声が掛かる。

 「全て現実だ。
  お前に逃げ場は無い」

ガーディアンは身震いし、その場から逃げ出した。
しかし、影は体から離れない。

 (何なんや、これは!
  何で、こんなんなるんや!
  誰か助けてくれや、協和会は何なんや!)

何も彼もが常識から外れている。
魔導師会に頼ろうにも、影を何とかしなければ殺されてしまう。

143創る名無しに見る名無し2017/10/25(水) 19:30:01.37ID:jYOJtNlC
その頃、協和会のマザー事マトラは、シスターの格好をしたジャヴァニに予知を頼んでいた。

 「アドマイアーと言う老人を堕としたい。
  そこで器(うつわ)を宛てがってやろうと思っているのだが、何か不都合はあるかな?」

 「彼女を……ですか?」

所が、ジャヴァニは気乗りしない様子。

 「ん、駄目なのか?」

 「お勧めはしません。
  何が起こるか分かりませんので」

 「『ノートに無い』から?」

 「……そうです。
  とても不吉な予感がします」

 「不吉な予感か……。
  予知ではないのだな」

予知魔法使いが不都合な未来を予感しているのに、それを予知出来ないと言うのは、奇妙な話だ。
マトラが露骨に不満そうな顔をしたので、ジャヴァニは丁寧に説明する。

 「今は重要な時期です。
  軽弾みな選択が、存亡の機になるやも知れません……」

 「この私が亡びると?」

 「……そうなる未来もあるでしょう」

先からジャヴァニは発言の前に一々沈黙を挟んでいる。
それは自信の無さの表れだ。

 「詰まらんな。
  一々ああしろ、こうしろ、あれは駄目、これも駄目では付き合い切れんぞ。
  一から十まで、その通りにせねばならんとは、正直期待外れだよ」

マトラが聞きたかったのは、具体的な話。
駄目なら駄目で、何が起こるのか彼女は知りたかった。
それを見通せないと言うなら、何の為の予知なのか……。

144創る名無しに見る名無し2017/10/25(水) 19:40:22.87ID:jYOJtNlC
 「それでも、こうして御相談に来て下さったと言う事は――」

幾ら失望の言葉を吐いても、未だマトラはジャヴァニを信用している。
その事をジャヴァニは嬉しく思った。
予知には利用価値があると判断しているからこそ、言葉を交わす。
本当に予知が使えないと思っているならば、何の断りも入れる必要は無い。

 「図に乗るな。
  一計を案じたと言うから、手を貸してやったのだ。
  そなたが予知を外して、勝手に追い詰められようが、私は全く構わぬ」

しかし、ジャヴァニの発言はマトラの機嫌を損ねた。
如何に組織の為と言っても、意に添わない者に、甘い言葉は呉れてやれないと言う事だ。
ジャヴァニは平伏するより他に無い。
彼女の予知は独りでは適えられない。
成り行きに任せていては、計画の完遂は成らないと「予知」している。

 「失礼しました。
  どうか彼女を動かす事には慎重になって下さい。
  アドマイアーを堕落させる事に、然程意味があるとは思えません」

 「あの爺は気に入らぬ」

 「それだけですか……?」

 「面従腹背であれば未だ良いが、奴の忠誠は器のみに向いている。
  腹の中では、協和会(こちら)を切り落とす機会を窺っている様だ」

マトラはジャヴァニとは違い、アドマイアーこそが「計画」の妨げになると考えていた。
一つの「計画」の中で、マトラとジャヴァニが見ている物には相違がある。
マトラは最低限、「種」の確保さえ出来れば良く、何時でも協和会を切り捨てられる。
対して、ジャヴァニは飽くまで計画の完遂を目指している。
市民の心を魔導師会から離れさせ、協和会を隠れ蓑に人々を支配する安定した体制を築きたい。
ジャヴァニはマトラを安心させようと宥めた。

 「聖君の器が私達の手にある内は、アドマイアーは動けません。
  アドマイアーを警戒するよりも、器の管理を確りする事です」

彼女の助言を聞いたマトラは静かに頷いたが、やはりアドマイアーに一杯食わせてやりたいと言う、
暗い願望を捨て切れなかった。

 (要は器を引き渡しさえしなければ良いのだろう)

目下の敵は魔導師会と、それに味方する少数の勢力だけ。
PGグループには今の所、両者との繋がりは無い。
早期にアドマイアーを攻略する事は、後の安全に繋がるとマトラは判断した。

145創る名無しに見る名無し2017/10/25(水) 19:42:02.13ID:jYOJtNlC
filler

146創る名無しに見る名無し2017/10/25(水) 19:43:05.59ID:jYOJtNlC
その日の夕方、PGグループの本館にアドマイアーに宛てた招待状が届いた。

 「総帥、協和会の会長から招待状が――」

 「捨て置け」

中を読みもせず、アドマイアーは秘書に命じる。
招待状が「何の為に送られる物なのか」を、彼は知っていた。
これまで何人ものPGグループの役員が、その罠に落ちて行った。
彼等と同じ轍を踏む様では、長期に亘って独裁的な総帥の立場には居られない。
だが、秘書は総帥の言葉通りにはせず、遠慮勝ちに言う。

 「いえ、その、名義が……。
  協和会ではなく、レクティータ・ホワイトロード様で……」

アドマイアーの眉が動いた。

 「個人から?」

 「ええ、個人的な物の様です」

秘書は改めてアドマイアーに招待状を渡す。
それを受け取った彼は、沈黙して文字を睨んだ。
宛て名が印字ではなく、美しい手書きの文字である事も、個人的な物の印象を強める。
内容も個人的な物なのか、それを確かめる為に、アドマイアーは『封切り<ペーパー・ナイフ>』を取った。

147創る名無しに見る名無し2017/10/25(水) 19:50:02.36ID:jYOJtNlC
敬愛なるアドマイアー・パリンジャー様へ

突然に私的な信書を差し上げる無礼をお許し下さい。
貴方には日頃から協和会の活動に格別の御理解と御支援を賜っており、感謝の念に堪えません。
その御礼と申しては厚顔ですが、アドマイアー様を夕餐に御招待致したく存じます。
是非、御一緒させて頂けませんでしょうか?
就きましては、明日24日西北西の時、協和会本殿まで、お越し下さい。
お待ち致しております。




この文面をアドマイアーは凝視し続けた。
簡単に言えば、レクティータが彼を個人的に夕食に誘っただけの事だが、それが問題だ。
どうしてなのかとアドマイアーは怪しむ。
理由と言えば、「レクティータが自分に好意を持っている」事しか考えられないが、そんな訳は無いと、
彼は最初から決め付けていた。
好意にも色々あるが、これは明らかに恋文の類である。
日頃の支援の礼なら、「協和会」の名義で「PGグループ」を誘えば良い。
実質はアドマイアーの独裁とは言え、一応はグループとして支援を決定しているのだ。
何故レクティータが個人的な誘いをしてまで、アドマイアーを呼び出さなくてはならないのか?
それも明日の夜とは、唐突過ぎる。
この手紙は本当にレクティータが書いた物なのかを、彼は疑った。
それまでアドマイアーはレクティータが自ら筆を取った所を見た事が無い。
美しい筆跡は、何と無く彼女の上品な雰囲気と合致するが、それに誤魔化されはしない。
猛烈に嫌な予感がしていたアドマイアーだが、それでも直ぐに捨てられないのは、彼の心に、
もし本当にレクティータ個人が差し出した物だとしたらと言う懸念がある為だ。

148創る名無しに見る名無し2017/10/25(水) 19:55:59.59ID:jYOJtNlC
アドマイアーはレクティータと協和会を切り離して考えていた。
協和会の不気味な影と無垢なレクティータが、彼の中では重ならないのだ。
レクティータは人を集めるだけの傀儡に過ぎず、協和会のマザーか、未だ表に出ていない何者かが、
裏で悪事を画策していると、彼は予想していた。
では、この手紙は何だろうか?
最も可能性が高いのは、アドマイアーを陥れる為の罠。
何者かがレクティータの名前を使って、彼を誘き出そうとしている。
可能性は低いだろうが、レクティータ本人が差し出した物の場合、彼女が他者を排除して、
アドマイアーに話したい事があるのだろう。
協和会はアドマイアーとレクティータが接近する事を、悪くは思っていない。
そこを逆にレクティータが利用して、現状を変えたいと願っているなら、応じない訳には行かない。
アドマイアーはレクティータと初めて対面した時から、彼女には人を惹き付ける不思議な力があると、
見抜いていた。
もしかしたら、彼女は自分が理想とする「帝王」になってくれるかも知れない。
そんな考えがアドマイアーの中に浮かんだ。
将来性を見込んだ、政治的な期待を持って、彼は協和会と接触した。
しかし、協和会は主張こそ素晴らしかったが、その体制は信用が置ける物では無かった。
レクティータを会長に据えてはいるが、彼女に発言権は無く、「マザー」が実質的な指導者だった。
アドマイアーはレクティータを協和会から解放するべきだと思う様になった。
そこに彼女からの個人的な手紙である。
会わねばならぬと、アドマイアーは決心した。
仮令、罠だとしても。

149創る名無しに見る名無し2017/10/26(木) 19:42:09.79ID:2/KUmz1x
約束の24日西北西の時に2針前、アドマイアーは単独で協和会の本殿に向かった。
彼は協和会の最大出資者なので、会館には自由に出入り出来る身分である。
協和会の会館は元PGグループの本館だったので、構造も知っている。
だが、奇妙な事に本殿に協和会の者の姿が見えない。
本殿の前には、夜間でも警備員が居る筈だが、今日に限って不在だ。
幾ら休日でも奇怪しい。
会館の門衛は居たと言うのに、丸で無防備。
本殿に乗り込んだアドマイアーは、照明が灯っていない事に一層警戒した。

 (レクティータは居ないのか?)

暗闇の中、彼が立ち尽くしていると、白い影が現れる。
それはレクティータだった。

 「アドマイアー様、こちらへ」

 「何の御用でしょうか、ロード・レクティータ」

アドマイアーは誘われる儘に、レクティータの方に歩いて行く。
レクティータは彼を待たず、独りで面談室に入った。

 「ロード・レクティータ!」

面談室の戸は開けた儘で、中から淡い光が漏れている。
何が待ち構えているのかと、アドマイアーは慎重に彼女を追って面談室に入った。
4身平方の面談室の中央には『円卓<ラウンド・テーブル>』と、2脚の椅子が置かれている。
卓上にはクロッシュを被せた皿が並んでおり、それ等を淡い光を放つ月色灯(※)が照らす。


※:直視しても眩しくない程度の、暈んやりとした弱い光を放つ、魔力照明。
  大体は直径1〜2手程の球形で、光は白〜淡黄色。

150創る名無しに見る名無し2017/10/26(木) 19:44:36.31ID:2/KUmz1x
自分は夕食に誘われたのだと、アドマイアーは思い出した。
しかし、これは客人を迎える態度では無い。

 「これは何の冗談です?」

アドマイアーは眉を顰め、レクティータに尋ねた。
彼女は何が悪かったのか理解していない様子で、微笑を浮かべている。

 「お気に召しませんでしたか?」

 「それ以前の問題です」

アドマイアーが呆れて断言すると、レクティータは悄然とする。

 「済みません、何か不手際が――」

 「ロード・レクティータ、何の為に私を呼び出されたのですか?」

彼が改めて尋ねると、レクティータは小声で答えた。

 「それは……夕餐を御一緒に頂ければと……」

 「本当に、それだけの為に?」

念を押して確認を求めたアドマイアーに、レクティータは小さく頷く。
アドマイアーは何と言って良いか分からなくなった。
礼儀知らずと罵るべきか、好意を有り難く受け止めるべきか、迷った末に説教を始める。

 「ロード・レクティータ、貴女は『大人の女<レディ>』でしょう。
  作法の勉強をなさらなかったのですか?」

 「いいえ……。
  しかし、殿方をお誘いするのは初めての事で……」

 「『初めて』は言い訳になりませんよ」

レクティータは必死に、アドマイアーに取り縋った。

 「教えて下さい、アドマイアー様。
  何が悪かったのでしょう……?
  皆、個人的に殿方をお誘いする時には、こうしておりました」

151創る名無しに見る名無し2017/10/26(木) 19:47:01.89ID:2/KUmz1x
アドマイアーは困惑して、彼女に尋ねる。

 「皆?」

 「はい。
  薄暗い部屋で酒餐を用意して、殿方と頂くのだそうです」

これは例の「地下」の事だと、アドマイアーは直ぐに理解した。
彼自身は地下の狂宴に参加した事は無いが、その様子は人伝に聞いていた。
アドマイアーは深い溜め息を吐いて俯き、レクティータを哀れみの目で見詰める。

 「それを真似ては行けません、ロード・レクティータ」

 「では、私がアドマイアー様と『個人的に』、お近付きになるには、どうすれば良いのでしょうか?」

必死な彼女を見て、アドマイアーは益々哀れんだ。

 「誰かに、その様に言われたのですか?
  私に近付けと」

 「そんな事は……」

レクティータは衝撃を受け、涙で潤んだ瞳をアドマイアーに向ける。
ここで初めてアドマイアーは、己の発言が如何に彼女の心を傷付ける物だったかを悟った。
アドマイアーは動揺し、慌ててレクティータを慰めに掛かる。

 「す、済みません。
  しかし、お気持ちは嬉しいのですが、年の差をお考え下さい。
  貴女は未だ若い。
  それに比べて、私は見ての通り年寄りです」

 「……だから、夕餐を召し上がって頂けないのですか……?」

 「そう言う訳ではありませんが……」

段々アドマイアーは混乱して来た。
一緒に夕食を取る位は、何の問題も無い。
男女の付き合いをするのが不味いと言うだけの話だ。

152創る名無しに見る名無し2017/10/27(金) 19:04:28.42ID:7aAspnLo
レクティータは丸で物を知らない幼子の様である。
男女の付き合いをする事と、夕餐を共にする事の区別が付いていないのか……。
アドマイアーは小さく溜め息を吐いて、彼女に言った。

 「分かりました、頂きましょう。
  但し、それだけです。
  食事を済ませたら帰ります」

レクティータは顔を綻ばせ、安堵と喜びを露にする。

 「有り難う御座います」

礼を言われる様な事では無いのだがと、アドマイアーは落ち着かない心持ちで席に着いた。
レクティータは皿の上のクロッシュを外した後、お互いの空のグラスに葡萄酒を注いで、席に着く。
食欲を唆(そそ)る良い香りが室内に広がる。

 「それでは、どうぞ、お召し上がり下さい」

 「頂きます」

彼女の勧めに従い、アドマイアーは料理に手を付けた。

 (『デリカトス(※)』の料理か?)

アドマイアーは総帥だけあって、ティナー市内の高級料理店は大体把握している。
味付けや盛り付けに、店毎の傾向があるので、そこで区別が付く。
美味しい事は美味しいのだが、普段この様な所で食事はしないので、違和感が拭えない。
レクティータは葡萄酒に軽く口を付けるばかりで、殆ど料理に手を付けず、アドマイアーを見ていた。
それも嬉し気に目を細めて。

 「余り人の食事を面々(じろじろ)と見る物ではありませんよ」

アドマイアーは総帥と言う立場なので、どこに出ても恥ずかしくない礼儀作法は心得ているが、
だからと言って、食べている所を見詰められて良い気はしない。


※:老舗の高級料理店、創業者はティナー地方からの移住者。

153創る名無しに見る名無し2017/10/27(金) 19:08:31.52ID:7aAspnLo
所が、レクティータは注意されても悪怯れる様子を見せず、一層の笑顔を見せる。

 「愛惜しいのです、貴方の事が」

吃驚したアドマイアーは噎せ込んで吐き出しそうになり、慌てて口の中の物を呑み込んだ。
その後で背を屈め、口元を押さえて咳き込む。

 「ゴフッ、ゴフッ……!!」

レクティータは席を立ち、彼に駆け寄って背中を擦った。

 「大丈夫ですか、アドマイアー様。
  如何なさいました?」

 「い、いえ、何でもありません。
  年を取ると食事が喉に詰まり易くなる物で」

アドマイアーは葡萄酒を呷り、食道に残る異物感を胃の中に流し込んだ。
そしてレクティータから距離を取ろうと立ち上がる。

 「大丈夫です、大丈夫ですから」

そう言って彼はレクティータを安心させ、席に戻らせようとする。
しかし、レクティータはアドマイアーから離れず、彼の顔を凝視している。

 「ど、どうしました、ロード・レクティータ?
  私の顔に何か……」

 「アドマイアー様、お酒をお飲みになりましたね?」

レクティータは心配そうな顔から一変、破顔した。

 「ええ、それが何か……?」

一服盛られたかと一瞬アドマイアーは冷やりとしたが、特に体調が悪くなったりはしない。
意識も確りしている。
遅効性かも知れないので、油断は出来ないが……。

154創る名無しに見る名無し2017/10/27(金) 19:11:18.46ID:7aAspnLo
filler

155創る名無しに見る名無し2017/10/27(金) 19:13:52.61ID:7aAspnLo
レクティータは彼の疑問には答えず、席に戻って座った。
何だったのかと怪しみながらも、アドマイアーも着席する。
彼は毒を警戒して、事前に防毒の魔法薬を飲んで来たので、そう危険な事にはならない筈だが、
レクティータの問い掛けの真意が見えない。

 (未だ酔いは回っていないぞ……)

アドマイアーは酒に強い方なので、そう簡単に酔いはしない。
幾ら老齢で耐性が衰えていても、高が1杯で潰れはしない。
彼は不気味な物を感じながら、食事を続けた。
そして、ある事に気付く。

 (彼女は酔っているのでは?)

レクティータは先から少しずつ酒を口にしているが、彼女が酒に強いかは不明だ。
特に顔が赤らんだり、体が揺れたりはしていないが、外面に変化が現れないだけかも知れない。
最初から様子が奇怪しかったので、酔いの変化に気付けなかった……。
その可能性もあると、アドマイアーは疑った。
レクティータは相変わらず、彼を見詰めて微笑を浮かべている。

 「アドマイアー様が政治の道をお志しになった理由をお聞かせ願えませんか?」

先までの妙な雰囲気とは打って変わって真面目な話をされたので、アドマイアーは意表を突かれた。
彼は大いに戸惑ったが、この話を続けていれば妙な流れにはなるまいと、思い直して答える。

 「私が政治に関わろうと決めたのは、魔法が下手だった為です」

 「魔法?」

 「はい、共通魔法が……。
  私は魔法資質こそ低くはなかったのですが、どうしても共通魔法の扱いが上手くなれず……。
  公学校の頃は大変苦労しました」

レクティータは静かにアドマイアーを見詰めて、真剣に彼の話を聞いている。

156創る名無しに見る名無し2017/10/28(土) 19:33:11.86ID:/q8RA/vo
>>152
※デリカトスの創業者はブリンガー地方からティナー地方への移住者でした。
訂正します。

157創る名無しに見る名無し2017/10/28(土) 19:34:36.99ID:/q8RA/vo
アドマイアーは素直な気持ちで、彼女に自らの心内を明かす。

 「それで魔導師にはなれないと、見切りを付けたのですが……。
  内心忸怩たる思いがありました。
  この社会では、どこに行っても魔導師、魔導師です。
  企業でも、市議会でも、地方議会でも……。
  確かに、魔導師になれる人は優秀なのでしょう。
  しかし、それは個々の能力や人格まで保証する物では無い筈です。
  要職に魔導師が選ばれるのは、偏に魔導師会との繋がりを期待しての事。
  市民は余りにも魔導師会に頼り過ぎています。
  市民の意識を変えさせる事に、私は政治家を志しました。
  その為には先立つ物が必要で、資金を集める為に起業し、グループを結成しました。
  そんな事をしている内に長い年月が過ぎ、自ら政治家になるには年老いてしまいましたが……」

彼は若い頃の熱意を蘇らせていた。
多少酒の影響はあっただろうが、それ以上にレクティータに己の政治思想を理解して貰った上で、
後継者になって欲しいと言う強い思いがあった。
これまでの経験からアドマイアーは政治家の資質とは、一貫した思想、巧みな弁舌、それに加えて、
「人を惹き付ける魅力」だと信じる様になっていた。
思想が無ければ政治を語れない。
弁舌が無ければ議論にならない。
魅力が無ければ人の支持を得られない。
思想と弁舌の2つは訓練すれば身に付くが、魅力だけは難しい。
単なる「人望」では駄目なのだ。
見ず知らずの人間にも訴えられる、強い力が無くては。
アドマイアーはレクティータに、他には類を見ない「政治」の才能を感じ取った。
そして、どうにか我が手に収められないかと策を巡らせ、協和会に近付いた。
あれこれ手を回し、協和会を乗っ取ろうとも企てたが、その試みは上手く行っていない。

158創る名無しに見る名無し2017/10/28(土) 19:36:51.11ID:/q8RA/vo
レクティータは真剣な顔でアドマイアーに尋ねる。

 「アドマイアー様は大願成就の為に、私をお求めなのですね?」

余りに率直な物言いに彼は眉を顰め、誤解の無い様に告げた。

 「事を成し遂げるには、人々を導く存在が必要です。
  貴女になら、それが出来ると私は思っています」

 「私は何時でも貴方の物になれます。
  貴方が求めて下されば、何時でも」

レクティータは静かに席を立つ。
アドマイアーは首を横に振る。

 「そう言う意味ではありません」

その声には悲し気な響きがあった。
彼の反応に構わず、レクティータはローブの首元の紐を緩めて解く。
そして両肩と胸元を露にした脱ぎ掛けの状態で、アドマイアーに迫った。

 「お止め下さい、ロード・レクティータ。
  貴方は私の様な者に抱かれるべきではない」

アドマイアーの老体は欲情に流されない。
これが若い頃ならば違ったかも知れないが、もう体が付いて行かない。
加えて、今の彼には政治的な信念がある。
偶像は清らかでなくてはならない。
俗欲に塗れた凡人には潔癖を求められないが、レクティータならば、それに適うと信じた。
アドマイアーは自ら彼女を「汚す」訳には行かないのだ。

159創る名無しに見る名無し2017/10/28(土) 19:41:48.21ID:/q8RA/vo
レクティータの白い肌は暗闇の中で月色灯に照らされ、自ら発光している様。
アドマイアーとて美しさを感じない訳では無いが、それは美術品を鑑賞する心持ちに似る。

 「アドマイアー様」

甘えた声で擦り寄ろうとするレクティータから、彼は後退して距離を保った。

 (これは罠か、それとも……)

本気でレクティータの様な女が自分を愛する事があるのだろうかと、アドマイアーは訝る。
そもそも彼女は「男女の愛」を知っているのだろうか?
無垢な振る舞いを見ていると、単なる好意と愛情を混同していないとも限らない。
やがてアドマイアーは壁際に追い詰められた。

 (この年になって、こんな事になるとはな……。
  私が今より40、30は若ければ……)

この状況に彼は内心で自嘲した。
もし彼が相応に若ければ、レクティータの想いに応えられたかも知れない。
だが、どうやっても時間は巻き戻らない。
年老いた自分と若いレクティータでは、釣り合いが取れない。
今のアドマイアーは「人々を導く存在」としてのレクティータを欲しているのだ。
彼は独身なので、妻を持っても良いのだが、彼女を恋人や愛人として迎える積もりは全く無い。
「PGグループの支援金目当ての愛人関係」等と、詰まらない噂をされては困る。
飽くまで、レクティータは清廉潔白でなくてはならない。

160創る名無しに見る名無し2017/10/29(日) 18:36:20.11ID:bSsHY6yB
レクティータは追い詰めたアドマイアーに抱き付こうとしたが、体を強く押されて拒まれた。
弾き飛ばされた彼女は、床に倒れてアドマイアーを仰ぎ見る。
彼がレクティータを見下ろす目は冷たかった。

 「アドマイアー様は、お酒をお飲みになりました」

 「それが何だ?
  私は酒に呑まれる程、耄碌していない」

レクティータは、どうしてアドマイアーが自分を抱いてくれないのか解らず、困惑する。
葡萄酒はゲヴェールトの血が混ざった、「血酒」だ。
レクティータ自身は血酒の効果を知らず、「これを飲んだ男は女を抱く」としか認識していないが、
本の僅かでも口にすれば、理性が狂う。
レクティータがアドマイアーを誘ったのは、「マザー」の入れ知恵。
協和会への数々の支援や、接見の態度からアドマイアーに親しみを覚えていたレクティータに、
マザーは「感謝の心の表し方」を教えた。

 「アドマイアー様、どうか私の心をお受け取り下さい。
  貴方に拒まれては、私は……」

情緒に訴えて縋り付こうとする彼女に、アドマイアーは失望した。
見込み違いであったと。
類稀なる才を持ちながら、情に狂って全てを擲ってしまう様な人物なのだと。

 (所詮は女か!)

アドマイアーに「血酒」の効果が薄いのは、彼が外道魔法使いの血を引いている為だ。
共通魔法が下手だったのも、それが原因。
しかし、特に何かの魔法が使える訳では無い。
彼は自分が外道魔法使いの血を引いている事実を知らない。
知ったとして、どうなる物でも無い。
外道魔法使いの血が隔世遺伝で偶々色濃く表出した者は、身内に外道魔法を伝える者が無く、
どうにもならずに魔法が下手な儘で生きて行く。

161創る名無しに見る名無し2017/10/29(日) 18:38:10.93ID:bSsHY6yB
レクティータの影から一部始終を観察していたマザー事マトラは、溜め息を吐いた。

 (……初心い!
  男の堕とし方も分からぬとは、呆れた奴だ)

見るに見兼ねた彼女は、影を操ってアドマイアーを拘束しに掛かる。
レクティータの影から影より暗い闇が、アドマイアーの影に重なって行く。
影を固定され、アドマイアーは身動きが取れなくなった。

 「なっ、何だ、これは!?」

急に体が動かなくなった事に、彼は驚愕する。
瞬きと呼吸、それと口だけは動くが、他は僅かに身動ぎする事しか出来ない。
「影」を固定する魔法に掛かったのだ。
影に映らない部分だけは自由に動くが、他は影の揺らぎ程しか動かせない。
レクティータは一度明確に拒まれたにも拘らず、懲りずにアドマイアーに迫る。

 「どうか、お逃げにならないで……。
  私を受け止めて下さい……」

体を寄せ、肌を密着させる。

 「止めなさい、止めないかっ!
  こんな事をしては行けない!
  貴女は人の上に立つべき方だと言うのに!」

アドマイアーは口先で必死に止めようとするが、レクティータには全く聞こえていない様。

 「体が動かん……!
  魔法かっ!
  誰だっ、誰が見ている!!」

彼はレクティータ以外の存在を感じ取っていた。

162創る名無しに見る名無し2017/10/29(日) 18:43:17.08ID:bSsHY6yB
filler

163創る名無しに見る名無し2017/10/29(日) 18:43:57.07ID:bSsHY6yB
その鋭さにマトラは驚嘆するも、情けを掛けたりはしない。

 (神聖な物に犯される気分は、大事な物を自ら汚してしまう気分は、如何かな?
  お前の様な男には、一度抱いた女を捨てる事は出来まい)

一層残虐さを露にして、レクティータを動かす。
マトラの心にあるのは「嫉妬」だった。
彼女は嘗て自分を救ってくれた勇者の俤を、アドマイアーに見ていた。
危険を承知で単身敵地に乗り込み、彼女を救い出した、お人好しで、誠実で、勇敢な可愛い勇者。
マトラ自身も意識していない、底に潜む嫉妬心が、嗜虐心を煽るのだ。

 (レクティータ、あの男をお前の物にするのだ。
  その身で包み込み、虜にしろ)

 「私は貴方の物、貴方は私の物……」

そうレクティータが呟いた瞬間、彼女の背後に強烈な圧力を伴う黒い影が生まれた。
影は徐々に盛り上がって、人の形を取る。
ローブを着た女の姿だ。
アドマイアーも、レクティータも、マトラでさえも闖入者に驚き、そして恐れる。

 「あなたは私の物……」

それはレクティータの呟きを繰り返した。
影の出現に最も動揺したのはレクティータである。
彼女は影に振り向くと、両目を見開いて頭を抱え、言葉にならない声を発した。

 「あっ、あああっ、ああ……」

アドマイアーは紳士的にレクティータを庇う様に立ち、影に向かって身構える。
何か武器になる物は無いかと、辺りを見回した彼だが、手の届く範囲には何も無い。
助けを呼ぼうにも、本殿には誰も居ない。
仕方無く影の出方を窺う。

164創る名無しに見る名無し2017/10/30(月) 19:05:53.92ID:e4Rx2jsC
 「返して、返して」

影はレクティータに呼び掛けていた。
アドマイアーは眼中に無い様。

 「うっ、うぅ、あああ」

レクティータは怯えて蹲り、真っ赤な液体を嘔吐する。
それは例の濃厚な葡萄酒、血酒だ。

 「げぇっ、ぐっ」

胃の内容物を全て吐き出す様に、彼女は嘔吐を繰り返す。
瞳孔を開いて、涙を流しながら嗚咽し、体を激しく震わせる。

 「ロード・レクティータ、気を確り保って下さい!
  くっ、何者だ、貴様っ!!」

アドマイアーは影に掴み掛かろうと突進したが、透り抜けてしまう。

 (実体が無い!?
  魔法か何かで作られた幻影か!)

彼は何度も影を払い除けようと試みたが、やはり手応えが無い。
打つ手が無い彼はレクティータを抱えて逃げる事にした。
成人女性を抱えて走るのは、老体には厳しいが、四の五の言っている場合ではない。

165創る名無しに見る名無し2017/10/30(月) 19:12:23.14ID:e4Rx2jsC
一方、謎の影の登場はマトラにとっても、想定外の物だった。
彼女は反逆同盟の一員である呪詛魔法使いのシュバトを、本殿内の自室に召喚する。
そして、影で作った姿見に室内の様子を映し、説明を求めた。

 「シュバト、『あれ』は何だ?
  お前の呪詛魔法では無いのか」

影の纏う魔力の流れは、呪詛魔法の物に似ていた。
マトラも影を操るが、それとは全く異なる。
そこで彼女はシュバトの関与を第一に疑ったのだ。
シュバトは影を見詰めた儘で沈黙している。

 「何とか言え!」

 「あれは確かに呪詛魔法だが、私の物ではない……」

 「他の呪詛魔法使いか……。
  誰の物だ?
  否、誰の仕業でも構わん。
  呪詛返しは出来ぬか?」

マトラの問い掛けにも、シュバトは呆然とするばかりで、何も答えなかった。
彼女は苛立ち、一喝する。

 「シュバト!!」

 「……呪い返しは出来ない……。
  あれは私の手に負える物ではない……。
  私如きが、どうにか出来る物ではない……」

弱気な言葉を吐いたシュバトに、マトラは愕然とする。
シュバトは人の心を捨て、呪詛魔法使いとして「完成」しつつある。
それが恐れる相手とは一体何なのか?

166創る名無しに見る名無し2017/10/30(月) 19:13:53.40ID:e4Rx2jsC
マトラはシュバトを問い詰めた。

 「何なのだ!?
  お前が恐れる程の者とは、一体……」

 「伝説の……。
  ネサ・マキ・ドク・ジグ・トキド。
  『完成』した呪詛魔法使い、無形無蓋の匣」

 「あ、あれが!?
  伝説の呪詛魔法使い、『呪われし者』ネサだと言うのか!」

シュバトの生気の無い瞳には、感情が戻りつつある。
彼がネサの呪詛の影を見る眼差しは、憧憬に満ちている。

 「あぁ、ここで見ゆる事になろうとは……。
  あれこそ私の目指す物。
  憎悪と憤怒と悲嘆に満ちた、禍々しく、驚々しき、無限の暗黒」

マトラは魔法大戦に参加していないが、その恐ろしさは知っている。
当時の陸地の殆どを海に沈める程の凄まじい戦いを、彼女は傍観していた。
断罪のエニトリューグ、大魔王アラ・マハイムレアッカ、竜人タールダーク、変幻自在のラルゲーリ、
大預言者フリックジバントルフ、精霊王サルガナバレン、最後の聖君ジャッジャス、偉大なる魔導師。
悪魔公爵の彼女でさえ、手出しを躊躇った程の大戦。
その渦中に立っていた者は、それだけで尊敬に値する。

 「……所詮は魔法大戦の遺物!
  この私の脅威になる物では無い」

しかし、マトラは畏怖の心を振り払い、役に立たないシュバトは措いて自ら怨霊を止めようと決意した。

167創る名無しに見る名無し2017/10/31(火) 19:00:37.80ID:Rov2iwmj
その頃、アドマイアーはレクティータを抱え上げ、呪詛の影から逃れていた。
呪詛の影は追う足こそ早くないが、決して引き離す事は出来ない。
執念の強さが、物理を超越して距離を縮めるのだ。

 「待って、返して」

身震いする様な嘆きの声に、アドマイアーの足は鈍って行く。
老齢で体力が保たないだけでなく、強力な呪詛が彼の生気を奪っているのだ。

 「な、何を返せと言うのだ!」

逃走にも限界を感じ、アドマイアーは呪詛の影と対話を試みた。
影は哀願する様に言う。

 「私の子を返して……」

 「子だと……?
  正可、この娘の事か?」

アドマイアーは腕に抱いたレクティータを見下ろした。
彼女は両目を固く閉じて、小刻みに震えている。

 「そう、私の可愛い赤ちゃん……」

影はレクティータに手を伸ばす。
もう少しで影が彼女に触れようかと言う所で、丁度マトラが駆け付けた。

 「何事か!
  そこに居るのは何者だ!」

彼女は飽くまで「マザー」として、偶然居合わせた様に振る舞う。

168創る名無しに見る名無し2017/10/31(火) 19:01:39.58ID:Rov2iwmj
アドマイアーはマザーの登場に安堵し、彼女に呼び掛けた。

 「マザー、お助け下さい!
  ロード・レクティータが!」

 「アドマイアー様!?」

マトラは態と驚いた風に見せ掛けた後、冷静に指示を出す。

 「その前に、『これ』をどうにかせねばなりません。
  アドマイアー様はレクティータ様をお連れして、お逃げ下さい」

自分なら何とか出来るとでも言う様な彼女の台詞に、アドマイアーは戸惑った。

 「何か手立てがあるのですか、マザー?」

 「これでも魔法の扱いには自信があります。
  そんな事よりも早く!
  今はレクティータ様の安全を確保する事が第一です」

呪詛の影はマトラを認めると、徐々に殺意を膨らませて行く。

 「お前……っ、お前は……!
  お前が、お前がぁ……ぐぐぐぐぐぐ!」

何も彼もを引き込む様な暗い引力に、アドマイアーとマトラは気圧されて怯む。

 「アドマイアー様、早く!」

 「わ、分かった」

とにかく今は逃げるしか無い、マザーが何とか出来ると言っているのだから任せようと、
アドマイアーは疲労した体に鞭を打ち、再びレクティータを抱えて逃走を始めた。

169創る名無しに見る名無し2017/10/31(火) 19:04:35.24ID:Rov2iwmj
彼の姿が見えなくなった所で、マトラは自分共(ごと)、結界に呪詛の影を封じる。

 「さて、魔法大戦を戦い抜いた力、見せて貰おうか」

悪魔公爵級の力を以ってすれば、如何に魔法大戦の英雄でも相手になるまいと、
マトラは自分に言い聞かせた。
呪詛の影は女の形を取っていたが、俄かに男の形に変わる。

 「因果無くして万物無し。
  万物は因果によりて在り。
  斯くて因果より逃れる術無し」

呪詛の言葉を吐く、それは……。

 「お前が『呪われし者』ネサか」

マトラはネサを観察する。
今は魔力の流れは全く感じられない。
結界の中ではマトラは無敵だ。
人間の常識を超越した彼女の魔法資質は、狭い範囲に集中すれば、物理を歪める所か、
新たな法則で支配する事も出来る。
圧倒的優位にありながら、しかし、彼女は恐怖している。
先から魔力による圧力を掛け続けているのに、ネサは何の反応も示さず、呪詛を吐くのだ。

 「因果の果て無きは時空を越え、断ち切る事能わず。
  どこまでも影の如く付き纏う物なり。
  闇に紛れようと、一度(ひとたび)因果の光に照らしむれば、濃く浮き上がりて露になる。
  怨念は因果の導き手なり。
  恨みに因(おこ)りて、果(はか)は悲しき。
  怨念に導かれ、果を齎すは誰。
  其は我、彼の呪詛を投じる者なり。
  其は彼、汝を呪いし者なり。
  其は汝、因を生みし者なり。
  我、彼より汝に呪詛を捧ぐ。
  呪われよ、呪われよ、怨念の果、顕る時まで。
  逃すまい、逃すまい、遺恨、討ち果たす時まで」

魂をも消し去る圧倒的な魔力奔流の中で、ネサは不気味な詠唱を続ける。

170創る名無しに見る名無し2017/11/01(水) 19:20:28.51ID:9pWCXkce
 「潰れろっ!
  消えてしまえっ!」

マトラは全力で魔力を掻き乱すが、全く効果が無い。
ネサから彼女に向かって、闇より暗い影が伸びる。

 「想起せよ、汝が罪を犯した、その瞬間を。
  罪を数えるは、己が皺を数えるが如き。
  生くるに連れて深く刻まれ、その醜さや正視に堪えぬ。
  確と見よ、指の一つに幾本有りや。
  浅きに深きに、正に一つ一つ汝が罪なり」

 「フン、御託ばかり並べおって。
  人間の罪が、この私に通じると思っているのか?
  罪も悪も、私には無縁だ。
  人が羽虫を何匹潰した所で、罪悪感に苦しむか?
  否であろう。
  お前達人間は虫螻に等しい滓なのだっ!」

マトラは敢えて右足で、ネサの影を自ら強く踏み付けた。
呪詛が足を伝って侵食して来ても、僅かに眉を顰めるだけで、強気な表情は変えない。
ネサは呪詛を吐き続ける。

 「我は人に非ず。
  人の身を捨て、人の心を捨て、因果の徒(つかい)となりし物。
  我が名は『呪詛<カタラ>』。
  呪(たたら)うは人のみに非ず」

彼の呪詛はマトラの足の芯まで至っていた。
マトラの右足の感覚が失われて行く。

171創る名無しに見る名無し2017/11/01(水) 19:29:19.04ID:9pWCXkce
それでも彼女は気を張り続けた。

 「ホホホ、そこまで私が憎いか?
  では、呉れてやろう。
  これで相子だ!」

マトラは自ら右足の足首から下を切り離す。
呪詛から逃れるには、相応の代償を支払わなければならないと言う、旧い信仰がある。
無意味な行動に思えるが、その原理に基づいて動いている「呪詛魔法」には有効なのだ。
ネサの呪詛は右足を包み込んで鎮まった。
ネサ本人は暫し無言で立ち尽くしていたが、やがて徐々に影が薄まって消えて行く。

 「雑魚め、お前の恨みは我が右足分に過ぎぬ!」

マトラは片膝を突きながらも勝ち誇った。
彼女にとって肉体は仮初めの物。
欠損しても直ぐ元に戻せる。

 「子供騙しに掛かるとは、他愛無い物よの」

冷や汗を拭い、マトラは結界を解除した。
そして、失った右足の再構成を試みる……が、魔力の制御が上手く行かない。
自分の足の形を認識出来なくなっている。
意識の中からも「右足」を奪われたのだ。

 「な、何っ!?
  馬鹿なっ、これが呪詛の力……」

マトラは驚愕したが、冷静さは失わなかった。

 「――はぁ、足が無くなった程度で、どうと言う事は無いか……。
  所詮、肉体は仮初め。
  人の姿で動くのが、少々面倒になる位は堪えてやるとしよう」

これで呪詛が断ち切れるなら、安い物だと彼女は開き直る。

172創る名無しに見る名無し2017/11/01(水) 19:30:20.30ID:9pWCXkce
その頃、アドマイアーはレクティータを連れ、適当な部屋に逃れて息を潜めていた。
追跡者の気配が無い事を確認して、アドマイアーはレクティータを起こそうとする。

 「ロード・レクティータ、お目覚め下さい」

彼女は悪夢に魘されている様に、両目を閉じた儘で呻いている。

 「ロード・レクティータ」

アドマイアーは繰り返し呼び掛け、レクティータの頬を軽く叩いたが、目覚める気配は無い。
どうにか苦しみを和らげてやれないかと、仕方無く彼は苦手な共通魔法を使おうとする。

 「E5C5D6、E5C5D6……。
  えぇい、効きが悪い……!
  こんな事なら、もっと魔法の練習をしておくんだったなぁ。
  この年になって、後悔する事ばかりだ」

長い年月を掛けて積み上げた、金も地位も権力も、今は何の役にも立たない。
アドマイアーは祈る様な気持ちで、必死に呪文を繰り返した。

 「E5C5D6、E5C5D6。
  どうか、この娘の苦しみを取り払ってくれ。
  魘される姿を見続けるのは忍び無い。
  E5C5D6、E5C5D6」

祈りが通じたのか、徐々にレクティータの表情は穏やかになって行く。
アドマイアーは安堵した。
直後、足音が聞こえる。
それは2人が居る部屋に近付いている。

 (何者だ?
  引き摺る様な音……)

足音は不規則で、真面に歩けていない。
先の影が追って来たのかと、アドマイアーは再び息を殺して身構える。

173創る名無しに見る名無し2017/11/02(木) 19:07:19.02ID:oOAu9/J7
filler

174創る名無しに見る名無し2017/11/02(木) 19:10:47.79ID:oOAu9/J7
部屋の戸が開けられる。

 「アドマイアー様、レクティータ様、御無事ですか?」

足音の主はマトラだった。
彼女は壁に縋りながら、片足を引き摺って入室する。
アドマイアーは張り詰めていた気を緩め、マトラに声を掛ける。

 「マザー、足を……?」

マトラは演技で健気さを主張して答えた。

 「大丈夫です。
  『あれ』は退治しました。
  片足を取られましたが、安い物です。
  それより、レクティータ様は御無事ですか?」

アドマイアーは彼女の気丈さに感服しつつ、返事をする。

 「ええ。
  今は静かに、お休みになっています」

 「良かった……。
  アドマイアー様は、お怪我はありませんか?」

 「はい。
  年甲斐も無く走り回って、疲労した以外は何とも……」

安堵したマトラはアドマイアーとレクティータを交互に見て、声を潜めた。

 「何も無かったのですよね……?」

マトラの視線は大きく開いたレクティータの胸元に向いている。
アドマイアーは焦りを隠す様に、咳払いをした。

 「この非常時に何を!
  そこまで私は不謹慎ではありません」

それを受けて、マトラが少し残念そうな顔をしたのを、アドマイアーは見逃さなかった。
やはりレクティータの誘いは罠だったのだと、彼は確信する。

175創る名無しに見る名無し2017/11/02(木) 19:11:52.34ID:oOAu9/J7
 「済みません、失礼しました」

マトラは俄かに畏まり、アドマイアーに近付いて、レクティータに触れる。

 「後の事は、お任せ下さい」

アドマイアーは不信感を露にして、マトラに尋ねた。

 「あの影は一体……?」

 「……私にも分かりません。
  協和会を敵視する者の仕業でしょうか……」

素っ惚ける彼女に、アドマイアーは鎌を掛ける。

 「魔導師会を頼りましょう」

マトラは目を剥いて拒否した。

 「それは出来ません。
  アドマイアー様も御存知でしょう?
  魔導師会は自己防衛論者と結託してまで、協和会を追い落とそうとしています。
  良くない噂が広まるのは早い物です」

彼女の言う事にも一理あるが、本音では協和会の闇を隠したいのだ。
魔導師会が信用ならないのではなく、秘密を暴かれたくないと言うのが本当の所。
マトラは深入りを避ける様に、強引に話を片付ける。

 「とにかく、あの影が再び現れる事はありません。
  御心配無く」

果たして、そうだろうかとアドマイアーは疑った。
あの尋常ならざる気配を漂わせていた影が、真面な方法で片付く物だろうか?
レクティータを「私の子」と言っていたのは、何だったのか……。

176創る名無しに見る名無し2017/11/02(木) 19:13:38.87ID:oOAu9/J7
疑問は尽きないが、それを問う暇は無かった。
協和会のシスターやエルダーが続々と駆け付けたのだ。
マトラが素早く指示を出す。

 「レクティータ様を2階の休憩室に、お連れしろ。
  それとアドマイアー様を医務室に。
  私の事は良い」

指示を受けたシスターが2人、アドマイアーの両脇を支えて、医務室に運ぼうとする。
それをアドマイアーは断った。

 「いや、大丈夫だ。
  それには及ばない。
  どこも怪我等していない。
  独りで歩ける。
  私の事よりも……」

マザーやレクティータが心配だとアドマイアーは言おうとしたが、シスターが申し訳無さそうな顔で、
彼に退出を促す。

 「こちらの事は、こちらで片付けます。
  お気遣いには及びません。
  御希望であれば、馬車を呼んで送らせます」

 「いや、結構。
  そこまでして貰っては悪い」

アドマイアーは晴れない気持ちで、協和会の本殿を後にした。
何時か傀儡のレクティータを救い出さなくてはならないと言う決意をして。

177創る名無しに見る名無し2017/11/03(金) 19:50:54.37ID:kEaLSXOE
他方、協和会のエルダーとなったガーディアンは、どうにか魔導師会と接触出来ないか考えていた。
彼の影には謎の化け物が取り付いており、迂闊な行動を取れば、殺され兼ねない。
しかし、協和会に忠誠を誓う気には全くなれなかった。
如何に彼が強者に靡く性質でも、破滅願望は無い。
自分の直感には正直で、不安を抱えた儘、組織に所属する事は出来ないのだ。
危(やば)いと感じたら、誰より先駆けて一抜けるのがガーディアンと言う男。
アドマイアーが「大成出来ない」と評するだけはある。
ガーディアンは協和会の会館には近付かず、白いローブを着た儘で街中を浮ら付いて、
魔導師の目に留まるのを待った。
既に彼と接触した自己防衛論者が、一人姿を消している。
疑いの目が自分に向くのは当然で、だからこそ魔導師が接触して来ると、彼は踏んでいた。
影の化け物も、人目に付く所で問題は起こせないだろうと言う考えもあった。
逮捕される事は怖くない。
今回に限っては、真実は彼の味方なのだから。

 (どうにか逃げ出さんとな……。
  後の事は、どうなろうと知ったこっちゃないわ)

ガーディアンの思惑通り、執行者の青いのローブを着た男が2人、彼に近付く。

 「ガーディアン・ファタードだな?」

ガーディアンは安堵して、返事をした。

 「ああ」

 「行方不明になっている、フェイナトー・ハンテルクに就いて、聞きたい事がある」

 「左様(さい)か」

執行者の言葉に、彼は素っ気無い振りをして、自らの影の反応を窺う。

178創る名無しに見る名無し2017/11/03(金) 19:52:30.84ID:kEaLSXOE
執行者はガーディアンの様子が普通でない事を見抜いて、慎重に問い掛けた。

 「フェイナトー・ハンテルクを知っているな?
  自己防衛論者の」

 「ああ、ああ、よう知っとる」

ガーディアンにとって都合の好い事に、執行者の2人は彼を強く警戒している。
影も迂闊には出て来れない。
魔導師の優秀さに賭けて、ガーディアンは大胆な行動に出ようとした。

 「フェイナトーは殺――」

「殺された」と言おうとした彼だが、途中で声が出なくなる。
2人の執行者は怪訝な顔をしている。
そんな馬鹿なとガーディアンは焦った。

 (『フェイナトーは殺されたんや!』
  ええぃ、何で声が出ぇへんねん!
  舌が回らん、口が動かんようになっとる!?)

 「『フェイナトーは』……何だって?」

執行者は先の発言を確かめようと尋ねるが、当人は答える所ではない。

 「おい、どうした?
  大丈夫か?」

硬直しているガーディアンを心配して、執行者は声を掛けるが、彼は身振りで応える事さえ出来ない。

179創る名無しに見る名無し2017/11/03(金) 19:55:53.79ID:kEaLSXOE
 (これが大丈夫に見えるんか!?
  その目は節穴かっ、呆けっ!!)

内心でガーディアンは必死に訴えるが、残念ながら通じない。
もし執行者がテレパシーでの意思疎通を試みていれば、伝わったかも知れないが……。

 「あっ、待て!」

 (な、何やっ!?)

突然ガーディアンの体は、彼の意に反して逃走を始めた。

 (体が勝手に動きよる!?
  あの化け物の仕業か!)

こんな事まで出来るのかと、ガーディアンは驚愕した。
だが、執行者から逃げ切れるのかと言う疑問が第一に浮かぶ。

 「『拘束魔法<バインド>』っ!」

 「動くなっ、ガーディアン!」

執行者は2人掛かりでガーディアンに向けて拘束魔法を使った。
しかし、拘束魔法を「影」が代わりに受ける。
影はガーディアンを覆い、拘束魔法を無効化した。
人体と構造が全く異なる影に、通常の拘束魔法は通じない。

 「な、何だ、あの魔法!?」

 「身代わり!?」

流石の執行者も初めて見る物に驚きを隠せなかった。
ガーディアンは建物の陰に入ると、気配を消す。
「影」と同化した彼を、執行者は認識出来ない。
これが術理の知られていない「外道魔法」の恐ろしさだ。

180創る名無しに見る名無し2017/11/04(土) 19:08:51.37ID:RjG0Pnk7
 (あぁ、駄目やったか……)

ガーディアンは愕然として落胆した。
「裏切り」の代償として、影に殺される事を覚悟した彼だが、そうはならなかった。

 (……あの化け物、豪い静かやな。
  黙り倒くっとる。
  儂を殺さへんのか?
  どう言うこっちゃ?)

彼の行動は結果的に、協和会に魔導師会が突入する切っ掛けを与えたのだ。
今後、ガーディアンはフェイナトー・ハンテルクが行方不明になった事件の重要参考人犯人として、
都市警察や執行者に追われる。
ここで彼が行方を晦ましてしまったら、益々協和会が怪しまれる事になる。
協和会としては、ガーディアンは「協和会とは無関係な殺人者」であって貰わなくては困るのだ。
彼をエルダーと認めた以上、全く無関係とは言えないが、少なくとも単独犯でなくてはならない。
即ち、影はガーディアンの体を使って、殺人を繰り返す必要がある。
幸か不幸か、彼は殺人鬼の汚名を着せられる未来を予想していない。
ガーディアンは忍び足で、通りに出てみた。
……人々は彼に関心を示さない。

 (又、何かあったら、あの化け物に体を乗っ取られるんやろなぁ……。
  本真、どないしよ……。
  今更協和会に戻って、許して貰えるとも思えんしなぁ……。
  いや、戻りとうは無いねん。
  戻れ言われても、お断りや)

考え事をしながら歩いていたガーディアンは、体格の良い男と擦れ違う際、肩を打付けてしまった。
男は凄んで言う。

 「おい、待てや!!
  自分、打付かっといて何の詫びも無しかい!」

ガーディアンは萎縮して距離を取った。

181創る名無しに見る名無し2017/11/04(土) 19:16:45.11ID:RjG0Pnk7
しかし、体格の良い男は彼を見ていない。
その先の気弱そうな男を睨んでいる。

 「わ、私(わて)ですか?」

 「他に居らへんやろ?」

 「いや、当たってへんですよ……。
  人違いやないですか?」

言い合いを始める2人の男に、ガーディアンは困惑した。

 (な、何や、これぇ……)

2人がガーディアンの存在を全く気に留めていないので、彼は感付く。

 (認識されとらんのか?
  ……これ万引きし放題やん!
  あー、でも、魔法は誤魔化せんかも知れへんな……。
  てか、ンな事しとる場合違うわ。
  こんなん、真面に人と話も出来んがな……。
  あぁっ、それが狙いか……)

これからガーディアンは孤独な上に、何時体の支配を奪われるか分からない、不自由な日々を、
送らなければならない。
裏切りを繰り返して来たばかりに……。

182創る名無しに見る名無し2017/11/04(土) 19:19:34.17ID:RjG0Pnk7
一方、ガーディアンを取り逃した執行者は、彼が不可思議な術を使った事実を上司に報告した。

 「済みません、ガーディアン・ファタードを捕まえられませんでした。
  奴には影の様な物が取り憑いていました。
  その影に拘束魔法を妨害されたのです。
  しかし、身辺調査では奴の身内に、外道魔法使いの血筋は確認出来ませんでした。
  特に共通魔法が下手と言う事も無く、公学校時代の成績は中の上と言った所。
  協力者が居ると見るべきでしょう」

上司は頷いて、指示を出す。

 「ガーディアンの方は外対が担当する。
  お前達は明日、協和会に話を聞きに行ってくれ。
  飽くまで、話を聞くだけだぞ。
  あちらから尻尾を出してくれれば良いが……、余り期待はするな」

ガーディアンの行動で、魔導師会は協和会を訪問する機会を得た。
執行者の2人は翌朝、南東の時に協和会の会館へ行くが、門衛に止められる。

 「待って下さい、ここは関係者以外立入禁止です。
  何の御用ですか?」

 「魔導師会法務執行部の者だ。
  ガーディアン・ファタードと言う男に就いて、聞きたい事がある。
  代表者と話をさせてくれ」

 「しょ、少々お待ち下さい……」

門衛は慌てて、テレパシーで中の者と連絡を取った。

 「……あっ、シスター?
  執行者の方が……。
  はい、はい、そうです。
  ……ええ、分かりました」

執行者が予想していたよりも、話が通るのは早かった。
門衛は改まって、2人に告げる。

 「もう暫く、お待ち下さい。
  シスターが迎えに来ますので」

執行者の2人は大人しく案内の到着を待つ。

183創る名無しに見る名無し2017/11/05(日) 19:32:57.29ID:lf07dZ/s
約1点後に、白いローブを着たシスターが執行者の前に現れた。

 「お待たせしました。
  どうぞ、私に付いて来て下さい」

シスターは2人を正面に見える本館に通し、小会議室で応対する。

 「お掛けになって下さい。
  お茶は如何ですか?」

 「いえ、結構」

 「そうですか……。
  それで、ガーディアンに就いて、お尋ねになりたいとは何でしょうか?」

執行者の内、1人は無言で周囲の魔力を観察し、もう1人が話し合いをする。

 「今、ガーディアン・ファタードは、ここ……この敷地内に居ますか?
  若しくは、居場所を知っているとか」

 「いいえ、ここ数日は会館に現れておりません。
  私共も心配している所です」

 「『心配』ですか……。
  実は、ある人物がガーディアンと会ったのを最後に、行方不明となっていまして」

 「ある人物とは?」

 「自己防衛論者です。
  しかも、彼とは顔見知りの」

それを聞いた途端、シスターは一瞬だけだが、表情を強張らせた。

184創る名無しに見る名無し2017/11/05(日) 19:36:26.06ID:lf07dZ/s
彼女は憶測を口にする。

 「……既に御存知の事と思いますが、ガーディアンは協和会内では浮いた存在でした。
  私達と正反対の主張をする、自己防衛論者の政党の党首だった者ですから。
  協和会の中に彼を信用する者は居ません」

 「それが何か?」

 「彼は功を焦っていたのではないでしょうか……」

 「『功』とは?」

 「何とか協和会の役に立ちたいと言う思いで、暴走したのではないかと……」

執行者はシスターの発言を怪しむ。
ガーディアンが行方不明事件の犯人だとは誰も言っていないのに、短慮に過ぎるのだ。
丸で、もう彼が犯罪者であると決め付けている様。
或いは、「そう言う事」にしたいのか……。

 「そこまでの忠誠心が彼にありますかね?」

 「忠誠心では無いかも知れませんが……。
  そう言えば、魔導師会は自己防衛論者と手を組んで、協和会の事を探ろうとしていた様ですね」

行き成り関係の無い話をされて、執行者の2人は眉を顰めた。
その反応を見て、シスターは小さく笑う。

 「ガーディアンが私達に忠告したのです。
  それを評価されて、彼は『エルダー』になりました。
  協力者には信用の置ける方を、お選びになった方が宜しいですよ」

執行者は真顔で反論する。

 「私達に言われても困ります。
  それは私達の仕事ではないので」

 「ガーディアンの事も、それと同じです。
  彼が勝手にした事で、私達とは関係がありません」

中々シスターは口が巧い。
態度は冷静その物で、襤褸は出しそうに無かった。

185創る名無しに見る名無し2017/11/05(日) 19:40:20.80ID:lf07dZ/s
執行者は痺れを切らして、単刀直入に尋ねる。

 「飽くまで、協和会は無関係だと言うのですね?」

 「事実その通りですから」

シスターは澄まし顔で言い切り、本の僅かも動揺した様子を見せない。
執行者は嫌味を言って反応を窺う。

 「『忖度』って分かりますか?」

 「はぁ」

シスターは呆れ混じりの脱力した返事で、付き合い切れないと言う倦厭を表現した。

 「示唆とは行かないまでも、違法行為を暗黙の内に強要させる様な気配や雰囲気がある場合、
  組織の体質が問われます。
  強要でなくとも、『見返り』があれば同じです。
  そう言う『環境』が不味いんですよ。
  『下っ端が勝手に』等と言う、安易な言い逃れをさせない為に『組織犯罪処罰法』があります。
  『贈収賄防止法』や『教唆犯』と似た様な概念です」

流石に、これは聞き過ごせなかった様で、彼女は色を作して反論する。

 「それに該当すると仰るのですか?」

 「ハハ、それは『調べてみないと』分からないでしょう。
  何か隠し事や企み事をしていないか等」

笑って誤魔化した執行者を、シスターは疑いの眼差しで睨む。

 「縦しんば該当するとしても、捜査は執行者ではなく、都市警察の役割ではありませんか?」

執行者は肩を竦めて、冗談めかした。

 「親切心からの忠告ですよ。
  何をするか分からない人間を、身内に迎え入れたのは軽率でしたね。
  会員には信用の置ける人物を選んだ方が良い」

皮肉を言い返され、シスターは憤然として沈黙する。

186創る名無しに見る名無し2017/11/06(月) 18:45:07.40ID:HP8Ol3Ni
勝ち誇った執行者は、一呼吸置いて新しい話を始めた。

 「所で、『影を操る』とか『影の様な物を使う』魔法に、心当たりはありませんか?」

 「いいえ」

シスターは不機嫌さを隠し切れない声で答える。

 「ガーディアンは逃亡の際に、共通魔法ではない、奇怪な魔法の様な物を使いました。
  協和会は外道魔法使いと関係を持っていましたよね?」

 「当然の様に言われても困ります」

断定的な執行者の発言に、シスターは困惑を露にした。
執行者は態とらしく驚いて見せる。

 「ん?
  外道魔法使いと何の接点も持っていないんですか?
  平和と共生を訴えているのに?」

 「そ、それは……。
  私には何とも……」

シスターは明らかに狼狽していた。
執行者は調子に乗って、横柄な物言いをする。

 「貴女では話になりませんね。
  組織の全貌を把握している人は居ないんですか?」

 「全貌……ですか?」

 「協和会を動かしているのは誰なんです?
  外道魔法使いと接点を持っている人は?
  会長ですか?」

執行者が問い詰めると、シスターは申し訳無さそうに言った。

 「……今日の所は、お引き取り願えませんか?
  何分、急な御訪問でした物で、お尋ねの事柄に関しては、私では十分な回答が出来ません」

187創る名無しに見る名無し2017/11/06(月) 18:47:47.80ID:HP8Ol3Ni
そうだろうなと執行者は溜め息を吐く。

 「そうですか……。
  簡単な組織図でも良いんですが、ありませんか?」

 「協和会は会長の下、エルダーとシスター、そして一般の会員があるのみです。
  誰が何を担当しているか等、現時点では、お答え出来ません。
  好い加減な事をお伝えして、誤解を招いては大変ですので」

 「では、何時なら都合が付きますか?」

 「私の独断では申し上げられません……」

 「分かりました。
  では又、日を改めて伺います」

上司から『話を聞くだけ』と指示されているので、余り深く切り込む事は避けた。
2人の執行者は協和会の会館を後にする。
話し合いを担当していた方の執行者は、魔力を監視していた相方に尋ねた。

 「どうだった?」

 「嘘は無かった。
  魔力の乱れも確認出来なかった。
  下手に誤魔化さない方が良いと判断したんだろう。
  しかし……」

 「しかし?」

 「あの女はシスターと呼ばれていたな。
  平の会員よりは上の様だが、幹部級かと言うと……。
  協和会の組織構造が分からない。
  会長が居て、シスターとエルダーが居て、平会員が居て……。
  表向きの序列は、それだけの様だが……」

 「内情は複雑だろう。
  少なくとも『政治』、『財務』と『諸活動』で3つ……否、『外道魔法使いとの裏交渉』で、
  4つの部署に分かれている筈だ。
  幾つかの部署は役割を兼務しているかも知れないが、反逆同盟が絡んでいるとすれば、
  裏交渉部門か」

その予想は外れている。
彼等は大きな誤解をしている。
協和会は反逆同盟と協力関係にあるのではない。
協和会その物が、反逆同盟の為に立ち上げられたのだ。

188創る名無しに見る名無し2017/11/06(月) 18:51:05.46ID:HP8Ol3Ni
話し合い担当の執行者は暈やいた。

 「『日を改めて』とは言った物の、素直に出て来てくれはしないだろう。
  何の彼のと理由を付けて、対面を避けるか、引き延ばすだろうな」

 「外対がガーディアンを押さえるまで待とう。
  奴の証言さえあれば」

2人の執行者は互いに頷き合い、その時を待った。
しかし、協和会も無為に大人しく時を待ちはしなかった。
執行者が協和会を訪れた翌日、一部報道機関が「ガーディアン・ファタードが殺人の容疑で、
魔導師会に追われている」との情報を流した。
その出所は何と協和会だった。
協和会は先手を打って、不都合な事実を公表する事で、疑惑の払拭を狙ったのだ。
更に、ガーディアン・ファタードが元自己防衛論者で、市政党防護壁の党首だった事を強く主張した。
お負けに、魔導師会が自己防衛論者と結託している事実まで、明らかにした。
「信用出来ないのは自己防衛論者の方」だと印象付け、間接的に魔導師会を貶める為だ。
その試みは一定の成果を上げた。
市民は「飽くまで魔導師会を信じる者」と、「中立的立場の者」と、「魔導師会に批判的な者」の、
3極に分かれて混迷を深めた。
それぞれの勢力は殆ど対等で、どれが優勢と言う事も無い。
今後の展開次第で、如何様にも転び得る。
だが、それまでは市民同士の対立が続く。
反逆同盟の狙いが正に、そこにあるのだとしたら……。

189創る名無しに見る名無し2017/11/06(月) 18:52:35.14ID:HP8Ol3Ni
その後、自己防衛論者が次々と行方不明になった。
会長が人前に姿を現さなくなった事以外に、協和会の側に怪しい動きは見受けられず、
これは逃亡中のガーディアンの仕業だと思われた。
世間にも、魔導師会にも。
行方不明者が増えるに連れて、事は協和会の問題と言うよりも、ガーディアン個人の人格の問題と、
言う向きが強まって行った。
執行者は自己防衛論者を含めたガーディアンの顔見知りに話を聞いて回ったが、得られた証言は、
何れも彼の殺人的傾向を否定する物だった。
ガーディアン・ファタードは口が巧く、行動力もあるが、直ぐに結果を欲しがる性急さがあり、
事が自分の思った通りに運ばないと、愛着も未練も無く投げ出してしまう。
一種の人格破綻者ではあったが、決して直接人を害する事は無かった。
殺しは疎か、暴力を振るった事も無いのだ。
短気、短慮ではあるが、その裏には計算高さがある。
喧嘩でも絶対に自分から手を出す事は無い。
それに関してはガーディアンは喧嘩が弱いからではないかと言う、尤もらしい推理もあったが、
とにかく「腹を立てて暴力を振るう」と言う事が無いのだ。
他人と衝突した際の彼の対応は、「口先で言い返す」、「その場から立ち去る」、「無視する」の、
3つに限られる。
恨みを持って拘ると言う事が無い。
それを彼は無意味だと割り切っている。
では、どうすればガーディアンが殺人を犯すのか?
彼の知人等は口を揃えて、あり得ないと言う。
自分の将来の為に人を殺す事は無いし、況して他人の為に罪に問われる事は絶対にしないと。
無実であるなら、何故ガーディアンは姿を隠しているのか?
執行者に嘘は通じないし、心測法で過去を暴く事も出来る。
思い込み先行で杜撰な捜査をしないと言う事が、絶対に無い訳ではないが、一応裁判もあるので、
無実の人間を罰した例は無い。
ガーディアンは自分の意思とは無関係に、姿を現せない状態にあるのではないかと、
執行者は考え始めていた。

190創る名無しに見る名無し2017/11/07(火) 19:31:12.94ID:wcXA2Bzo
ガーディアンを情報源として利用出来なくなった魔導師会は、協和会に潜入して内情を探れる、
諜報員を求めていた。
普通の会員として潜入しても、表層的な事しか判らないし、反逆同盟が関わっていると言う事で、
相当の危険が伴う。
そこで魔導師会が頼ったのは、共通魔法使いではない味方だった。
魔導師会からの依頼を受けて、魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディーは仲間を招集する。
翌日、バルバング工業区の廃屋で、彼は呼び出した仲間達に状況を説明した。

 「今、協和会と言う組織がティナー市内で注目されているらしい。
  平和と共生を訴えている辺りは、在り来たりな組織なんだけど……。
  会長が神聖魔法使いなんだよ」

レノックの発言に真っ先に反応したのは、旅商の男ワーロック・アイスロン。

 「それはクロテ……クロデラさんでしたっけ?」

 「クロテア」

 「そうそう、そのクロテアさんですか?」

 「そうだよ」

平然とレノックが答えたので、ワーロックは驚いた。

 「……何が目的なんです?」

 「それを探って貰いたいと言う事で、君達に集まって貰ったんだ」

そこに精霊魔法使いのコバルトゥス・ギーダフィが口を挟んだ。

 「どの辺で反逆同盟が関係してるんだ?」

191創る名無しに見る名無し2017/11/07(火) 19:35:31.75ID:wcXA2Bzo
filler

192創る名無しに見る名無し2017/11/07(火) 19:37:37.75ID:wcXA2Bzo
レノックは両腕を胸の前で組み、低く唸る。

 「……どこまで関与してるか判らないんだけど……。
  神聖魔法使いを会長に据えた所からして、相当深く食い込んでいると思う。
  そこの所も明らかにして欲しい」

 「『神』と戦うのか?」

今度は巨人魔法使いのビシャラバンガが尋ねた。
神聖魔法使いは神の奇跡を得て戦う。
それは間接的とは言え、神と戦う事。
レノックは少し困った顔をして答える。

 「そんな事にはならないと思う。
  神聖魔法使いは記憶を奪われている様なんだ。
  以前はクロテアと名乗っていたのに、今はレクティータと呼ばれている。
  振る舞いにも違和感がある」

彼の話を聞いた旅商の娘リベラ・エルバ・アイスロンが、疑問を口にした。

 「レノックさんは、そのクロテアって人と会った事があるんですか?」

 「ああ、僕とワーロックは彼女と面識がある」

リベラはワーロックの方を向いて、小声で話し掛けた。

 「どんな人だったの?」

 「一寸、変わった女の子だよ。
  あ、『女の子』って年でも無いか……。
  リベラと同じ位の年だと思うんだけど、不思議な雰囲気で……。
  ……とにかく、変わった人だよ」

ワーロックの話は全く要領を得ず、リベラは小首を傾げる。

193創る名無しに見る名無し2017/11/07(火) 19:39:06.94ID:wcXA2Bzo
レノックは雑談を遮る様に大きな咳払いをして、話を続けた。

 「それで、誰かに協和会に潜入して貰いたいんだけど……。
  反逆同盟の連中に、面が割れていない人物が望ましい」

これに対して、コバルトゥスが声を上げる。

 「全員無理なんじゃないか?」

レノックは眉を顰め、彼に手の平を向けて制した。

 「話は最後まで聞いてくれ。
  確かにコバルトゥス君の言う通り、皆、何等かの形で反逆同盟の連中と接触している。
  そこで、こう言う時に頼れる知り合いは居ないか?
  勿論、共通魔法使いではない者で」

どう言った作戦を考えているのかと、ワーロックはレノックに確認する。

 「レノックさん、協和会には所謂『外道魔法使い』と交渉する窓口があるんですか?」

 「ある……と言うか、無い筈が無い。
  『共生』を訴えている以上、それを想定していないのは詐欺だよ。
  実際、詐欺なのかも知れないが、裏に反逆同盟があるなら、協力者を増やそうとするだろう」

飽くまで推測なのかと、ワーロックは少し不安に思った。
しかし、レノックの推理は納得出来ない物では無い。
問題は――、

 「お話は分かりました。
  ……でも、レノックさんの方は、潜入に適した人物に、心当たりは無いんですか?
  この中で一番交友関係が広いのはレノックさんでしょう。
  レノックさんが知らない人で、私達が知っている人物となると……。
  少なくとも、私は知りませんよ」

結局の所、これに尽きる。

194創る名無しに見る名無し2017/11/08(水) 19:36:52.31ID:4wLCsPWI
レノックは全員を一覧して顔色を窺い、困り顔で言う。

 「ラヴィゾ……いや、ワーロックの言う事は尤もだけど、僕は余り信用が無いんだ。
  知り合いが多くても、頼み事に応じてくれない。
  『人間の事だから人間が片付けるべき』で、終わってしまう。
  ……誰も居ないと言うのなら、仕方が無いよ。
  魔導師会に頑張って貰おう」

話が終わり掛けた所で、コバルトゥスが声を上げた。

 「待ってくれ。
  もしかしたら……」

全員の視線が彼に集中する。
コバルトゥスは小さな咳払いを挟んで続けた。

 「隠密魔法使いに頼んでみては、どうだろう?」

 「知り合いが居るのかい?」

意外そうな目をして尋ねるレノックに、コバルトゥスは自信の無さそうな声で応える。

 「乗ってくれるかは分からないが、頼むだけ頼んでみる。
  但し、居場所は遠くにある。
  ティナーに戻って来るまで、何日か掛かると思うが、それでも良いか?」

 「移動の事なら、僕が何とかする」

 「……余り期待しないでくれよ」

 「駄目でも構わないさ。
  他に当てがある人は……」

レノックは再び全員を一覧したが、それに応える者は無かった。

 「居ないみたいだね。
  早速行こう」

こうしてレノックとコバルトゥスの2人は、一時ティナー地方を離れて、隠密魔法使いが暮らしている、
集落に向かう事となった。

195創る名無しに見る名無し2017/11/08(水) 19:40:20.48ID:4wLCsPWI
filler

196創る名無しに見る名無し2017/11/08(水) 19:41:05.97ID:4wLCsPWI
所は変わり、協和会の本殿。
協和会の「マザー」事マトラは、杖を突いて歩く様になった。
結局、彼女の魔力を以ってしても、呪詛は打ち破れなかったのだ。
そして、協和会の会長レクティータは、長く深い眠りに落ちていた。
どこにも体には異常が無いのに、目覚める事が無い。
協和会の者は皆心配していたが、レクティータが眠る会長室の寝室に近付く事が出来る者は、
シスターの中でも限られている上に、現在の彼女の状態に就いて口外する事は禁じられている。
シスターが交代でレクティータを看ているが、一向に目覚める気配は無い。
レクティータの異変が発覚したのは、彼女が倒れた翌朝の事だった。
何時も朝早い彼女が、珍しく起きていない事を心配したシスターが、起こしに行こうとした所を、
マトラが止めた。
曰く、昨夜の騒動で疲れているのだろうから、安眠を妨げてはならないと。
その時はマトラも事態を正確に把握していなかった。
愈々奇怪しいと気付き始めたのは、南の時を過ぎた時。
――流石に眠り過ぎだと思ったマトラは、寝室に様子を窺いに行った。
足を悪くしている彼女を手伝おうと、シスターが付き添いを申し出ても、独りで良いと断って。

 「失礼します、レクティータ様」

レクティータは眠った儘であり、目を覚まして動いた形跡が無い。

 「お目覚め下さい、レクティータ様。
  もう南の時を過ぎています。
  皆が心配していますよ」

声を掛けても、揺すっても、目を覚まさない彼女に不吉な物を感じたマトラは、強引に覚醒させようと、
魔法で精神に干渉した。
片手の人差し指の爪の先をレクティータの額に当て、微量の魔力を流して、軽い衝撃を与える。
眠りに落とす事と同様に、眠りを覚ますのは「簡単な事」の筈だったが、それは失敗した。

197創る名無しに見る名無し2017/11/08(水) 19:43:12.07ID:4wLCsPWI
爪の先でレクティータに触れた瞬間、マトラの脳裏に女の顔が浮かび、強い力で弾かれる。
それは半面ずつ違う顔の女……。
正体はレクティータ事クロテアの生みの母と、育ての母なのだが、それを知らないマトラは、
誰だか判らずに困惑する。

 「な、何だ、今のは……。
  これも呪詛か」

しかし、同時に感じた、体の芯が凍り付く様な、烈しい「呪い」には覚えがあった。

 「我が片足では飽き足らず……。
  否、そちらが本命だったのだな」

怨念はレクティータを優しく包み込む様に覆っている。
力尽くで引き剥がしてやろうかと、マトラは一瞬短気を起こし掛けたが、直ぐに思い止まった。
再びネサと対峙する事になれば、今度は何を失うか分からない。
昨夜は右足と引き換えに撤退させたが、彼の残した言葉が不気味過ぎる。

 (恨みに因りて、果は悲しき。
  逃すまい、遺恨、討ち果たす時まで)

暫く放置すると、怨念は静かに消えた。
下手に弄って恨みを買うより、これは専門家に任せるべきだと、マトラは考えた。
決して怯えた訳ではない。
完全に消滅させるとなると、相応の力を使わなくてはならなくなる。
マトラが本気を出せば、都市の1つや2つは軽く吹き飛ぶ。
それでは協和会を創った意味が無い。
そう言う事にして、マトラは自尊心を保った。
――だが、彼女は心の底では呪詛魔法を恐れていた。
もし本気を出しても、呪詛を断ち切れなかったら……。
そればかりか、更なる恨みを買う事になったら……。
僅かな引っ掛かりではあったが、無視出来る程の物ではなかった。

198創る名無しに見る名無し2017/11/09(木) 20:12:58.02ID:xG16sdsl
マトラはレクティータの治療に、シュバトを頼った。
彼は協和会の中では、「エルダー・シュバルト」と言う事になっている。
人前には滅多に姿を現さないので、協和会の中で彼の存在を知っている者は少ない。
マトラは呼び出したシュバトにレクティータを診させた。

 「どうだ、解呪は出来そうか?」

しかし……と言うか、やはりと言うか、シュバトはレクティータの治療は出来ないと言った。

 「これは私の手に負える物ではない」

 「そこを何とかして貰いたいのだが」

マトラは内心で役に立たない奴だと思った。
呪詛魔法使いの偉人であるネサを特別視し過ぎていると思い、彼女はシュバトを詰責する。

 「如何にネサの呪いとは言え、呪詛は呪詛。
  何も試さぬ内から出来ぬとは、怠慢、逃避ではないか?」

 「呪詛を返そうにも、返す相手は既に死亡している。
  そもそも恨みの始まりは、マトラ……貴女自身だ。
  貴女は神聖魔法使いを排除する為に、私を頼った。
  その結果が、これなのだ」

 「呪詛返し以外に、解呪の方法は無いのか?」

 「……貴女自身が怨霊となって、この呪いを打ち消せば、或いは……」

 「この私に死ねと?」

 「その位の覚悟は必要だ」

呪詛魔法を脅威に思っているマトラだが、やはりシュバトの態度は大袈裟過ぎると感じた。

199創る名無しに見る名無し2017/11/09(木) 20:14:11.07ID:xG16sdsl
彼女はシュバトの対抗心を煽る。

 「お前は何れ、呪詛魔法使いとして、ネサを超越せねばならぬのであろう?
  敬服してばかりで、立ち向かえもせぬ様であれば、何時までも下揩フ儘だぞ」

シュバトは平然と反論した。

 「越える、越えないではない。
  呪詛の強さは、呪う心の強さであり、術者の強さではない。
  怨念、執念、妄念が結ぶ果なのだ。
  呪詛魔法使いは媒介に過ぎぬ」

昨夜の様子とは打って変わり、彼は落ち着き払っている。
マトラは不信の目で彼を見た。

 「ネサとの対峙を避けたい心があるのではないか?」

 「……あるかも知れない」

意外にもシュバトは、自身の心の迷いを認める。
これに驚いたマトラは一瞬返す言葉を失った。
シュバトは彼女に虚ろな目を向けて言う。

 「しかし、それは貴女も同じ事ではないか」

マトラは否定しようとしたが、思い直して諦めた。

 「言ってくれるなよ」

呪詛魔法使いは人の心を読む事に長けている。
特に、恐怖や虞の心には敏感だ。
結局レクティータは放置する事になった。
怨霊はレクティータに取り憑いている間は、他に害を及ぼさない。
これで封じられるなら悪くは無いと、マトラは妥協した。

200創る名無しに見る名無し2017/11/09(木) 20:15:18.21ID:xG16sdsl
filler

201創る名無しに見る名無し2017/11/09(木) 20:16:04.86ID:xG16sdsl
その後に、マトラは予知魔法使いのジャヴァニを尋ねた。
彼女は協和会の中では、「シスター・ジェニー」と呼ばれている。
魔法資質は平凡で、纏う魔力にも特異な所は無いので、シュバトとは違い、頻繁に人前に現れる。
彼女自身がマトラに代わって指示を出す事も多い。
しかし、ジャヴァニは留守だった。
協和会本殿にある、彼女の部屋には誰も居ない。

 「ジャヴァニ……どこへ行った?」

マトラは堂々とジャヴァニの部屋を物色し始める。

 (行く先も告げずに、出掛ける者が悪いのだ)

彼女は机の上に、ノートが置いてあるのを見付けた。
それは何時もジャヴァニが大事そうに抱いている、マスター・ノート……に似ている。

 (無用心に置いて行く物か?)

マトラは怪しみながらも、ノートを捲ってみた。
案の定、真っ白で何も書かれていない。

 (……人に見られる所に、置いて行く訳は無いか……)

少々落胆しつつ、念の為にマトラは最後まで『頁<ページ>』を捲って確認した。
何も書かれていないと思い、畳んで置こうとして、気紛れに思い付いて、裏からも捲ってみる。

202創る名無しに見る名無し2017/11/10(金) 20:00:52.36ID:fW8eGDo/
そうすると偶々1頁の中に少しだけ、何か書かれている箇所が目に入った。
マトラは手を止めて、熟(じっく)りと見る。

 (……どう言う意味だ?)

そこに書かれていたのは短文。
真っ白な中に1行だけ、「最早これまで」と……。

 (予知に失敗した?)

意味を考えている内に、マトラは背後から声を掛けられる。

 「『マザー』、私の部屋で何をしているのですか?」

ジャヴァニが戻って来たのだ。

 「ああ、悪い、『シスター・ジェニー』。
  鍵が掛かっていなかった物で」

マトラは謝罪しつつ、ジャヴァニの顔色を窺う。
特に怒っている様子も無ければ、驚いている様子も無い。
留守中にマトラが訪ねて来る事も「予知していた」のだろう。
ジャヴァニは呆れて溜め息を吐く。

 「貴女は影を通じて、どこからでも入れるのですから、鍵の有無は関係無いでしょう」

仮令鍵が掛かっていたとしても、無関係に侵入出来るのがマトラだ。
ジャヴァニは涼しい顔でマトラに近付き、堂々と尋ねる。

 「それで、何の御用でしょう?」

203創る名無しに見る名無し2017/11/10(金) 20:03:36.17ID:fW8eGDo/
マトラは極自然に、悪怯れる姿を見せず対応する。

 「今後の予定は、どうなっているのかと思ってな」

ジャヴァニは彼女を横目で見ると、口の端に小さな笑みを浮かべた。

 「何か気になる事でも?」

マトラは失策を犯した。
ジャヴァニの忠告に従わずレクティータを動かして、「使えなく」してしまった。
その事にジャヴァニは感付いているに違い無いと、彼女の様子からマトラは察する。

 「言わずとも、分かっておろう。
  その為に出掛けたのではないか?」

 「……フフフ、そうですね。
  私の計画は失敗します。
  今の私に出来る事と言えば、崩壊までの時間を引き延ばす事だけ……。
  恨みますよ、マトラ様」

「恨む」と言われ、マトラは内心驚いた。
呪詛魔法使いの呪いを思い出したのだ。

 「おお、私が悪かったよ。
  頼むから呪ってくれるな」

彼女が冗談めかして哀願すると、ジャヴァニは再び小さく笑う。

 「そんな積もりはありません。
  御安心を。
  それより『畳む』準備を進めておいて下さい。
  呉れ呉れも、同盟以外の者には覚られない様に」

マトラは静かに頷いた。

204創る名無しに見る名無し2017/11/10(金) 20:04:03.49ID:fW8eGDo/
それに加えて、ジャヴァニはマトラに新たな忠告をする。

 「今後、協和会に迎える人物の選定には、慎重になって下さい。
  明から様に人を遮断しても、逆に怪しまれる事になるので、人選は引き続き私が担当します」

 「ああ、協和会の事は、そなたに全面的に任せる」

マトラはジャヴァニの言う通りにした。
呪詛魔法使いネサの出現で、予知に逆らう事の恐ろしさを身を以って感じたのだ。
ジャヴァニは話を続ける。

 「予知の通りに事が進めば、協和会は未だ数週は持ちます。
  逆に言えば、残り数週の運命なのですが……。
  撤退前に置き土産をして行きましょう。
  『ガーディアン・ファタードの逮捕』が合図になります」

 「……詰まり、奴の逮捕を遅らせれば?」

 「それだけ余裕が出来ます。
  下手をすれば、当然その余裕は無くなります。
  ガーディアンにはマトラ様の影が付いていましたね」

 「ああ」

現在ガーディアンに取り憑いている影は、彼に血酒を飲ませて気絶させた時に、植え付けた物。
影の魔物の一種で、ディスクリムと似た様な存在であり、マトラの命令には忠実に従う。

 「ガーディアンの逃走も、私が指示しましょう。
  彼には悪いですが、操り人形になって貰います」

 「多忙になるが、大丈夫か?」

協和会の事も、ガーディアンの事も、全て個人で担当するには、負担が大きい。
マトラやフェレトリの様に、分身を生み出せるならば話は違うが、所詮彼女は人の身だ。
処理能力には限界がある。

205創る名無しに見る名無し2017/11/10(金) 20:05:54.55ID:fW8eGDo/
しかし、ジャヴァニは気にしていなかった。

 「構いません。
  ビュードリュオン様に改造手術を施して貰います」

マトラは彼女の覚悟に驚く。

 「人の身が惜しくは無いのか?」

 「脆弱な人の体の、何を惜しむ事がありましょう。
  未練や愛着は惰弱さの象徴です。
  私は予知を完遂する為なら、何にでも成れます」

ジャヴァニは動揺を見せる所か、益々目付きを険しくした。
マトラは彼女を見詰めて小さく零す。

 「それが『魔法使い』か……」

魔法使いは魔法の為に命を賭ける。
魔法は魔法使いの命であるが故に。
「悪魔」の彼女には理解が及ばない観念だ。
魔法とは悪魔の業を言う。
悪魔であるマトラにとっても、魔法は命に等しい。
彼女を構成している物が、彼女の魔法なのだから。
しかし、それでも魔法の為に命を捨てる事は無い。
魔法使いは異世界で生きて行く為に、自己の存在を魔法に托した。
それは力が弱い者の生き方だと、マトラは憐れに思った。

206創る名無しに見る名無し2017/11/11(土) 19:52:37.81ID:CztuuiCe
時は移り、精霊魔法使いコバルトゥスの依頼を受けて、隠密魔法使いがティナーに到着した。
その名は「フィーゴ・ササンカ」。
隠密魔法使いの一族の中でも、腕利きの女である。
コバルトゥスとレノック、そしてササンカの3人は、『風の旅人<コン・ヴェントゥス・デ・カエラ>』に運ばれ、
人目に付かないティナー市の外れに降り立った。
風の旅人は、空を飛ぶ魔法使いである。
渡り鳥の様に遙か上空の風に乗って世界中を旅しており、人間社会に関わる事は無い。
今回は旧知のレノックの依頼と言う事で、一行を共に風に乗せた。

 「どうだった、空の旅は?」

レノックはササンカに空の旅の感想を尋ねたが、彼女の姿が見当たらない。

 「あれれ、どこ行った?
  先まで一緒に居たよね?」

コバルトゥスも共にササンカの姿を探すが、やはり見付からない。

 「どこかで落としたかな?」

 「いや、確かに俺の後ろに……」

2人して困惑していると、返事がある。

 「ここです」

声はコバルトゥスの背後から聞こえた。

207創る名無しに見る名無し2017/11/11(土) 19:53:39.12ID:CztuuiCe
ササンカはコバルトゥスの背に影の様に張り付いていた。
コバルトゥスは吃驚して尋ねる。

 「何で気配を消してるんだ?
  それだけなら未だしも、何故人の背後に……」

 「済みません、見知らぬ土地では目立たない様にしたいので。
  私の事は気にせず、どうぞ……」

「どうぞ」と言われても困ると、コバルトゥスとレノックは互いの顔を見合って、同時に肩を竦めた。
レノックはササンカに告げる。

 「それは良いんだけど、君は一族の代表として、協和会に乗り込まないと行けないんだよ?
  そんな調子で大丈夫かい?」

 「大丈夫です」

情け無い姿とは裏腹に、彼女は強気だ。
本人が言うならと、コバルトゥスとレノックはティナー市の市街地へ向かった。
市街地に入っても、ササンカは相変わらず、コバルトゥスの背後で息を潜めている。
レノックは彼女に話し掛ける。

 「そろそろ普通に歩いても、大丈夫だと思うけど」

ササンカは何も答えないが、レノックは構わず続けた。

 「誰も君の事なんか気にしやしないよ。
  これだけの人が居るんだ。
  ボルガ地方民だからって、服装や喋りで、特別目立つ事は無い」

 「構わないで下さい」

しかし、ササンカの反応は膠(にべ)無い。

208創る名無しに見る名無し2017/11/11(土) 19:54:58.30ID:CztuuiCe
その儘、3人は市内の料理店に入った。
ボルガ地方の郷土料理を提供する、東方風の高級料亭。
そこでは魔導師会の執行者が先に座敷の個室を予約して、一行を待ち構えている。
一行が入店すると、店員が寄って来た。

 「入らっしゃいませ。
  御予約は、お有りでしょうか?」

ここは高級料亭である。
如何に空いていようが、予約も無しに利用は出来ない。
レノックは店員に告げた。

 「『外回り組<アウトサイド・ワーカーズ>』で、予約が入ってる筈だけど」

子供の姿のレノックが答えたので、店員は内心驚いたが、そこは高級料亭で勤める仕事人、
決して顔には出さない。

 「はい、承っております。
  お連れ様からは3名様と伺っておりましたが……」

店員の目にはレノックとコバルトゥスしか映っていない。
ササンカは相変わらず、コバルトゥスの背後で気配を消している。
レノックは困った物だと少し顔を顰め、店員に告げた。

 「後から合流するよ」

 「承知しました。
  どうぞ、こちらへ」

店員は一行を魔導師会の執行者が待つ、座敷の個室へ案内する。

209創る名無しに見る名無し2017/11/12(日) 20:34:23.68ID:5C4csXpz
寛ぎながら一行を待っていた執行者達は、レノックとコバルトゥスの姿しか認められなかった事から、
早合点して落胆の表情を見せた。

 「駄目だったか?」

 「いや、ここに居るよ」

レノックはコバルトゥスの背後を指したが、執行者達はササンカを認識出来ない。
コバルトゥスが仕方無く、ササンカを抱き寄せて自らの横に立たせる。

 「彼女が隠密魔法使いのフィーゴ・ササンカだ」

行き成り現れた(様に見える)彼女に、執行者達は驚きの表情を見せた。
これが隠密魔法使い、その名に違わぬ隠密振りだと。
ササンカは無表情で、愛想笑いもしないが、執行者達は挨拶をする。

 「遠路遥々、ようこそティナー市へ。
  御協力感謝する、ササンカ殿。
  私達は魔導師会法務執行部の執行者だ。
  ……取り敢えず、座ってくれ」

3人は勧められた通り、執行者達の対面に腰掛けた。
執行者はレノックに段取りの確認をする。

 「レノックさん、今回の作戦の説明は済んでいるかな?」

 「一応ね」

彼の返答を受けて、執行者は改めてササンカに話し掛けた。

 「ササンカ殿、今回の作戦に就いて、改めて私の口から説明する」

210創る名無しに見る名無し2017/11/12(日) 20:35:19.65ID:5C4csXpz
しかし、ササンカは反応しない。
執行者は戸惑いながらも続けた。

 「これを見て貰いたい」

そう言って彼は机の上に、この近辺の地図を広げて見せる。

 「ここが現在、私達が居る料亭『東風<イースト・ウィンド>』。
  東に約1通の所に、協和会の会館がある。
  会館の入り口には門衛が居る。
  先ずは、それに話し掛けて、『責任者と話がしたい』と言う。
  怪しまれるかも知れないが、その時は外道魔法使いである事を明かしてくれ」

ここで執行者はササンカを一瞥したが、彼女は無言で無反応。
相槌の一つも打たない。
執行者は眉を顰めて続けた。

 「『協和会の噂を聞き付けて訪ねて来た』とでも言えば良い。
  魔導師会に通報される事は無いと思う。
  もし通報されたら作戦は失敗だが、仕方が無い。
  私達執行者が貴女を回収して、それで終わりだ。
  もし『責任者』と話が出来る運びになったら、素直に応じてくれ。
  危険を感じたら、身を引いても構わない。
  私達が知りたいのは、協和会の詳細な組織構造だ。
  それさえ判明すれば良い。
  必要以上に深入りする必要は無い。
  協和会に潜入出来た後の行動は、貴女の判断に任せる事になるが……」

ササンカは無言の儘、執行者を睨む様に見詰めている。
執行者は彼女に確認した。

 「何か質問は無いだろうか……?」

211創る名無しに見る名無し2017/11/12(日) 20:36:39.69ID:5C4csXpz
ササンカは数極の沈黙を挟み、静かに尋ねた。

 「報酬は?」

確りしているなと思いつつ、執行者は答える。

 「潜入に成功したら、1日当たり10万MG。
  得られた情報次第で上乗せする。
  それと必要経費は、こちらで持つ。
  当然、報酬とは分けて扱う」

それに対して彼女は、こう応じた。

 「金だけの問題では無い。
  我等の一族に『配慮』して貰いたい」

 「配慮とは?」

執行者達の目付きが俄かに険しくなる。
ササンカの言葉次第では、直ぐに交渉が決裂し兼ねない雰囲気だ。
重々しい空気の中、ササンカは口を開く。

 「……今後、我等の活動に口を挟まない事」

執行者は即断した。

 「それは認められない。
  全ての魔法は魔導師会の下にある。
  特例を作る訳には行かないし、不法を見過ごす訳にも行かない」

212創る名無しに見る名無し2017/11/13(月) 20:07:21.84ID:y59PHXQK
両者の対立を見兼ねて、レノックはササンカに声を掛ける。

 「ササンカ君、要求は正確にするべきだ。
  魔導師会は魔法を利用した不法行為に対処しなければならない。
  そう言う意味で、全く口を挟まないと言う事は無い」

ササンカは小さく眉を動かし、不満気な様子を見せつつも、独り思案する。
然る後、彼女は静かに語った。

 「……我等は一族間で細々と、今日まで魔法を継承して来た。
  それを無に帰す様な事はして欲しくない」

執行者は彼女に提案する。

 「隠密魔法の技術を共通魔法に組み込めば、外道と呼ばれる事は無くなる。
  丁度、精霊魔法や海洋魔法が、そうだった様に。
  共通魔法は何時でも新しい魔法の技術を求めている」

しかし、ササンカは頷かない。

 「隠密魔法は一族の秘伝。
  その極意を他者に教える事は出来ない。
  我等の要求は、第一に『隠密魔法の使用を咎められない事』。
  第二に『身内の問題に不干渉を貫く事』。
  第三に『絶滅作戦を行わない事』。
  以上だ」

執行者達は互いの顔を見合って、テレパシーで協議した後、回答した。

 「共通魔法以外の魔法は、大々的に使用しなければ問題は無い。
  隠密魔法は、その性質から密かに使用する場合が殆どであろうと思われる。
  犯罪に利用しなければ、一々是非を問う事はしない。
  身内の問題だろうと、それは同じだ。
  絶滅作戦に関しても、魔法を利用した犯罪行為が『個人』に留まる限りは問題にしない。
  一族で結託する等と言う事があれば、その限りでは無いが」

それは飽くまで、現在の法解釈を変える積もりは無いと言う事だ。

213創る名無しに見る名無し2017/11/13(月) 20:08:34.22ID:y59PHXQK
ササンカは沈黙して、執行者の言葉の意味を考える。

 「不十分だ。
  我等は配慮を求めている」

執行者達は再び顔を見合わせ、テレパシーで協議した。

 「……では、隠密魔法使いの処遇に関して、魔導師会側で一方的に断じる事はしないと言う事で、
  どうだろうか?
  問題が発生した場合、双方が協議した上で、共同で事に当たる。
  双方共に事情を明かして、隠蔽を行わない」

 「未だ十分ではない。
  隠密魔法使い同士の問題に、関与しない事を求める」

 「そうは行かない。
  法的に問題のある事柄を内々に処理したければ、外部への漏洩を徹底して防ぐ事だ。
  魔導師会は不法を見過ごさない。
  問題が発覚した時点で即時介入する。
  その場合、如何なる隠蔽工作も許さないし、関係者の処遇は魔導師会の一存で決める。
  ……しかし、最初から協調する姿勢を示し、問題解決に当たって協議に応じるのであれば、
  強硬に出る事は無い」

駆け引きをしている場合では無いのだがと、レノックとコバルトゥスは呆れ半ばで決着を待っていた。
執行者達とササンカは暫し無言で睨み合う。
先に口を利いたのはササンカだった。

 「口約束は信用ならない。
  書面で誓約出来るか?」

 「良かろう。
  明日には用意する」

どうにか話が付いたので、レノックとコバルトゥスは安堵の息を吐いた。
斯くして漸く、潜入作戦が始まるのだった。

214創る名無しに見る名無し2017/11/13(月) 20:10:14.94ID:y59PHXQK
ササンカは単身で協和会に乗り込み、浅りと裏で接触する事に成功した。
協和会の会館を訪れた彼女は、純白の本殿の一室に通され、「シスター・ジェニー」と一対一で会う。

 「初めまして。
  私は協和会のシスター、ジェニーと申します」

 「隠密魔法使いのササンカだ」

互いに名乗った後、シスター・ジェニー事ジャヴァニは、ササンカに対して告げる。

 「私は予知魔法使いです。
  『外道魔法使い』と呼ばれる者同士、協力し合える事を望んでいます」

ササンカは相手が同じ外道魔法使いと言う事で、少し気を緩めた。
それを顔に表しはしないが……。
彼女は感情を殺した口調で、ジャヴァニに尋ねる。

 「協和会は『外道魔法使い』との共生を目指していると聞いた。
  それは本当か?」

 「はい」

自然に答えたジャヴァニに対して、ササンカは指摘する。

 「嘘だな。
  隠し事をしている」

ジャヴァニは眉を顰め、理由を問うた。

 「何故そう思うのですか?」

 「諜報活動に特化した隠密魔法を甘く見ないで貰いたい。
  貴女からは誠意が感じられない」

215創る名無しに見る名無し2017/11/14(火) 20:01:26.94ID:y/DHMoiZ
filler

216創る名無しに見る名無し2017/11/14(火) 20:01:41.35ID:y/DHMoiZ
ササンカの言葉は、ジャヴァニには言い掛かりとしか思えなかった。

 「『誠意』とは何ですか?」

 「真心だ。
  貴女は努めて感情を隠そうとしている。
  本意を読まれまいと言う心理がある。
  知られては不味い事がある証拠だ」

ササンカの説明には有無を言わせない説得力がある。
ジャヴァニは沈黙で肯定の意を表すより他に無い。
彼女はササンカを睨んで、話を逸らした。

 「……貴女は何の為に、協和会に近付いたのですか?」

 「外道魔法との共生を訴えていると言う事は、裏に外道魔法使いとの繋がりがあると思った。
  共生の訴えが本気なら、協力するに吝かでない。
  しかし、どうやら違う様だな」

話を打ち切られそうな雰囲気に、ジャヴァニは焦りを隠して言い訳する。

 「その通り、私達が目指している道は『共生』ではありません。
  『外道』を『内道』に戻す道です。
  私達の本意は、外道と呼ばれて来た魔法の復権にあります。
  全ての魔法は、今再び旧暦の姿を取り戻すのです」

それは外道魔法使いと呼ばれ、疎外されて来た者達にとっては、甘美な囁きだ。
しかし、故に余りに現実味が無い。

217創る名無しに見る名無し2017/11/14(火) 20:02:51.80ID:y/DHMoiZ
ササンカは疑いの眼差しで、ジャヴァニを見た。

 「そんな事が本当に出来ると思っているのか?」

 「不可能ではありません。
  私達の背後には、強大な『公爵閣下<デュース・グロリアシッシア>』が付いています」

反逆同盟の事をササンカは既に知らされているが、それは伏せて会話を続けた。

 「俄かには信じ難い」

ジャヴァニは微笑を浮かべ、彼女に告げる。

 「そうでしょう。
  貴女は半信半疑。
  ならば、信じざるを得なくさせましょう」

尋常ならざる気配を感じて、ササンカは身構えた。
眩い程に真っ白な本殿が急に暗んだと感じる。
ジャヴァニの背後の影が盛り上がり、人の形を取る。
反逆同盟の長マトラの登場だ。

 「そなたが隠密魔法使いか?」

人外の業にササンカは構えるばかりで、返事が出来ない。

 「そう警戒しなくとも良い。
  私は『マザー』。
  協和会の会長であるレクティータ様の最側近であり、シスターを束ねている」

マトラは丁寧に名乗ったが、ササンカは硬直して動けない。
理解を超えた存在を、どう受け止めたら良いのか分からないのだ。

218創る名無しに見る名無し2017/11/14(火) 20:03:49.43ID:y/DHMoiZ
ジャヴァニは淡々と答える。

 「彼女が『古の魔法使いの復権』の実現性を疑う物で。
  故(ゆえ)『マザー』に、お越し頂いたのです」

 「成る程、成る程、そうであったか」

マトラは頷きながら、改めてササンカに向き直った。

 「では、御覧に入れよう。
  悪魔公爵の力、心行くまで篤と味わえ」

邪悪な笑みを浮かべた彼女は、再び強烈な威圧感を放ち、周囲を暗黒で包んで行く。
暗黒はササンカを押し潰す様に、圧力を強めながら濃く深くなって行く。
ササンカは暗黒の球体に閉じ込められたのだ。

 「如何かな?」

マトラの声は暗黒の中で反響し、ササンカの神経を蝕む。

 「わ、解った。
  確かに、恐ろしい力だ」

嫌な予感がしたササンカは、もう十分だと答えたが、マトラは彼女を解放しない。

 「いや、未だ解っておらぬ。
  解ろう筈が無い。
  こんな物は私の力の一分にも満たぬ。
  そなたには、遙かなる暗黒の旅に出て貰おう」

暗黒の球体は徐々に体積を小さくして行き、終にはササンカを消滅させた。

219創る名無しに見る名無し2017/11/14(火) 20:04:53.87ID:y/DHMoiZ
マトラは苦笑して、妖しくササンカに微笑み掛けた。

 「やれやれ、仕方が無いな」

それと同時に、場を支配していた「尋常ならざる気配」が消失する。
マトラは改めてササンカに話し掛けた。

 「これで、どうかな?」

ササンカは緊張から解放されたが、未だ気を緩める事は出来ない。
警戒した儘で、マトラに質問を打付ける。

 「あ、貴女は何者なのだ……?」

マトラは堂々と答えた。

 「遙か昔、人間が『旧暦』と呼ぶ時代に、『悪魔』と呼ばれた存在」

 「悪魔……」

唖然としているササンカをマトラは笑った。

 「あらゆる魔法は悪魔によって齎された。
  『隠密魔法の始まり』は、どの様に伝えられている?」

 「……答える必要は無い」

ササンカが話を打ち切ると、マトラも頷く。

 「あぁ、悪かった。
  余談であったな。
  さて、何の話をしていた所だったか……」

彼女はジャヴァニに視線を送った。

220創る名無しに見る名無し2017/11/14(火) 20:07:18.66ID:y/DHMoiZ
順番が前後してしまいました。
>>217>>219>>218と読むのが正しい順番です。
次のレスは>>218の続きとなります。

221創る名無しに見る名無し2017/11/14(火) 20:08:19.00ID:y/DHMoiZ
ササンカを消滅させたマトラは溜め息を吐き、ジャヴァニに尋ねた。

 「これで良いのか?」

 「はい、お手数をお掛けしました。
  あの女は確かに隠密魔法使いですが、魔導師会の息が掛かった者でした」

予知魔法使いの彼女の前では、あらゆる策略が無意味。

 「何か手を隠しておるかと思ったが、そうでも無かったな。
  他愛も無い」

期待外れだとマトラは脱力する。
ジャヴァニは彼女に念を押した。

 「容易には解放されない様に、お願いします」

 「分かっておるよ。
  どの道、暗黒の牢獄から逃れる術は無い。
  普通の人間であれば、半日と経たぬ内に、精神が崩壊する。
  あれでも『魔法使い』と言うのだから、数日、数週は保つかも知れんが、些細な違いだ」

果たして、暗黒に囚われたササンカの運命は……。

222創る名無しに見る名無し2017/11/15(水) 19:24:49.29ID:9zsR+3lY
他方、執行者に追われる身となったガーディアン・ファタードは、影に体を乗っ取られた儘で、
何日も過ごしていた。
彼は意識がある状態で、自分の手が知人を殺めて行く様を見届けた。
人並みの良心を持っていれば、大いに苦悩する所だが、この男は違う。
操られているのだから仕方が無いと、早々に諦め、無責任に達観している。
自力で何とか抵抗しようと言う気概は欠片も無く、執行者に逮捕される時を待っているのだ。
体を乗っ取られている間は、何も考えない様にして、呑気に眠っていた。
逃亡生活が始まってから1週後、遂に彼が逮捕される時が来た。
ガーディアン確保に動いているのは、魔導師会法務執行部刑事部捜査第六課「外道魔法対策課」、
通称「外対(げたい)」。
外道魔法が関わる事件や犯罪に、専門的に対処する部署である。
外対は「影の様な物」の対処を心得ていた。
似た様な事件が過去にあったのだ。
外対の執行者達は、明かりを灯す魔導機を持って、街中の暗がりを虱潰しに調べて回った。
これが影の化け物の弱点。
明かりで照らされると、姿を隠せなくなる上に、動きも鈍る。
更に、今回は「協力者」も居る。
影人間の「シャゾール」。
これは影の化け物と同じ性質を持っており、影の気配を探れる。

223創る名無しに見る名無し2017/11/15(水) 19:30:02.12ID:9zsR+3lY
ガーディアンが隠れていたのは、市内のアパートの空き部屋だった。
外対の執行者達が事前通告も無しにアパートを包囲したので、管理人や住人は大層驚いた。
執行者達はガーディアンが潜伏している部屋の両隣と、バルコニーを押さえ、正面玄関から、
室内に突入する準備を整える。
ガーディアンに取り憑いた影は、包囲されている事を察して、緊張していた。
視線は忙しなく動き、身構えつつ、耳を澄ます。
それは体を共有しているガーディアンにも伝わる。

 (……何や、この胸騒ぎは?
  こいつ、何を恐れとんのや?)

彼は執行者が既に包囲を完了しているとは気付かず、影の焦燥を疑問に思っていた。
直後、玄関の戸が開き、白い拳大の球体が放り込まれる。
強力な発光魔法を封じた魔導機、閃光弾だ。
それは激しく発光して、ガーディアンの視界を完全に奪う。

 (うわっ、眩しっ……)

その後に複数の乱暴な足音が聞こえる。
完全武装した外対の執行者が突入したのだ。

 「対象を発見!
  『処理する<エグゼキュート>』!」

続いて、外対に同行していた処刑人が『死の呪文<デス・スペル>』の魔導機を構えた。

 「『処刑<イクシキューション>』」

これは精霊体に特化した死の呪文を放つ物。
発動すれば、肉体を傷付ける事無く、精霊だけを消滅させられる。
勿論、ガーディアンの精霊も無事では済まない。
彼が死の呪文に耐えられるか否かは、当人の精神力と幾許かの運に掛かっている。

224創る名無しに見る名無し2017/11/15(水) 19:37:47.16ID:9zsR+3lY
ガーディアンは執行者が突入した事は何と無く察せたが、後に襲い来る急激な冷気と心細さには、
大いに混乱した。
これは精霊が弱っている為に起きる現象だ。
体温が下がると同時に、意志力や思考力が減退する。
鬱の様な精神状態に陥り、自己の存在感の希薄化と矮小化、喪失感を味わう。
屈すれば、即死だ。
強い生への執着心が無ければ、生きられない。
幸い、標的はガーディアンではなく、彼に憑依している影の方なので、直撃は受けない。
ガーディアンを狙った物であれば、確実に彼は死亡している。
それに彼には歴とした自分の「肉体」がある。
肉体と精神の結び付きが強ければ、この呪文の効果は薄れる。
漸く閃光が収まっても、ガーディアンの視界は回復せず、眩んだ儘。

 「寒い、死にたくない……。
  な、何や……?
  儂が何をしたって言うんや……」

ガーディアンは震えながら倒れ込み、弱々しい言葉を吐いた。
それを執行者達は冷淡な目で見下ろし、影の化け物が死亡したか、慎重に判別を試みる。

 「シャゾール殿、未だ気配は感じられますか?」

外対に同行していたシャゾールは確認を求められ、静かに否定した。

 「いいえ、完全に消滅した様です」

執行者達は頷き合い、漸くガーディアンの救助に取り掛かる。

 「毛布と担架を持って来い!
  魔法で体を温めながら、本部内の医療施設に護送しろ。
  運が良ければ助かるだろう」

225創る名無しに見る名無し2017/11/16(木) 19:56:16.03ID:wFjLQ1aM
ガーディアンに取り憑いていた影の魔物は消滅した。
その影響を大きく受けたのは、影を生んだマトラではなく、ジャヴァニだった。
彼女は影の動向を把握する為に、感覚の一部を影と共有していた。
影と感覚を共有した儘だと被害を受ける事は、予知で判っていたが、少しでも時間を稼ぐ為に、
ジャヴァニは危険を顧みず感覚の共有を遮断しなかった。
結果、死の呪文の脅威を彼女は間接的に体感する破目になる。
体温の低下を実感し、存在が消滅する死の恐怖に、彼女は震えた。
彼女は共通魔法使いを、死の呪文を甘く見ていた。
巻き添えで死を覚悟する事になろうとは、思ってもいなかった。
影の魔物を生み出した本人であるマトラも、その死を感じ取り、ジャヴァニの元を訪ねた。

 「ガーディアンに植え付けた、私の子が『消滅』した。
  魔導師会も無能では無いらしい。
  ……ジャヴァニ、大丈夫か?」

しかし、ジャヴァニは直ぐには応えられない。
蹲って震えながら、何とか声を絞り出す。

 「わ、私の事は、お構い無く……。
  少々余波を受けただけです。
  それより計画は最終段階へ」

 「分かった。
  共通魔法使い共が周章狼狽する様を肴に、高みの見物と洒落込もう」

反逆同盟は協和会を切り捨てる。
大きな置き土産を残して。

226創る名無しに見る名無し2017/11/16(木) 19:59:44.08ID:wFjLQ1aM
ティナー魔導師会本部に護送されたガーディアン・ファタードは、医務室で治療と同時に、
心測法を受けていた。
心測法には精神に働き掛けて過去の記憶を読む物と、肉体に働き掛けて過去の動作を読む物の、
2種類がある。
ガーディアンは、その両方を施された。
当人の意識が無く、何の抵抗も反論も出来ないのを良い事に、手早く済ませようと言うのが、
執行者側の魂胆だった。
緊急事態と言う事で、正式な許可を取っているのだが、誰でも記憶を読まれる事には抵抗がある。
心測法を受けると聞くや、暴れ出したり、騒ぎ立てたりする者も、珍しくは無い。
そうなると面倒なので、意識が無い内に済ませてしまうのだ。
しかし、心測法の結果は思わしくなかった。
ガーディアンが協和会のエルダーとなり、酒を飲まされた後、約半角、記憶が途切れている。
恐らくは、この間に影の化け物が取り憑いたと思われるのだが、決定的な瞬間は無い。
ガーディアンの主観的な思い込みは、客観的な証拠の価値を持たない。
心測法の『走査官<トレーサー>』は、『捜査官<エージェント>』に告げる。

 「証拠としては弱いと思う。
  協和会への突入許可が出るかは分からない。
  五分五分かな」

 「それでは困る。
  何としても協和会の本性を暴かなくては。
  こいつだけが頼りだと言うのに」

捜査官はガーディアンを見下ろして、焦燥を露にした。
彼の言う通り、今の所はガーディアン以外に、協和会を突き崩せる手掛かりは無い。

 「『影の魔物』とやらが、重要な情報を持っていた様だが、消滅させてしまったのではな」

 「あれを生け捕るのは無理だ。
  それに心測法が通用するかも分からない」

 「それは確かに、そうだな。
  一応、深部心測法も試してみる。
  期待せずに待っていてくれ」

走査官は複数人で、より精度の高い心測法を実行する。

227創る名無しに見る名無し2017/11/16(木) 20:01:06.89ID:wFjLQ1aM
しかし、やはり結果は捗々しくなかった。
どうやって影の魔物が憑依したのか全く分からない。
無理も無い。
影の魔物はガーディアンの「影」に憑依したのであり、心測法には「影」の過去を見る術が無いのだ。
影は光が物体に遮られて出来る物であり、それ自体は過去を持たない。
影は物体では無いし、そこに情報が蓄積される事も無い。
共通魔法も所詮は物理の限界に縛られる。
だが、丸で何の成果も得られなかった訳ではない。
協和会を取り仕切っているのは、「マザー」だと言う事。
血酒の交盃の際に、「マザー」が唱えた誓約の言葉を、影の魔物も一言一句違わず口にした事。
そして地下の部屋の事。
容疑を掛けるには十分だ。
執行者は都市警察と共同作戦を取る事になった。
突入決行は3日後。
余りに性急だと、異論が都市警察からも執行者からも噴出したが、統合刑事部は強引に決断した。
……その日を迎える前に、ティナー市を混乱に陥れる、新たな事件が起こる。

228創る名無しに見る名無し2017/11/17(金) 19:34:11.77ID:JCBDl3OV
ガーディアン・ファタードが逮捕された翌々日、協和会に出資していた男が殺害された。
その死に様は尋常ではなかった。
全身の骨と内臓が砕けていたのだ。
男は家庭を持っていたが、ここ数週は家に帰らず、ホテルで外泊していた。
殺人現場は男が宿泊していたホテルの一室。
どうして家に帰らず、ホテルに泊まる様になっていたのか?
都市警察がホテルの従業員に話を聞いた所、夜になると若い女が彼の元を訪ねて来て、
朝まで泊まって行くのだと言う。
要するに、ホテルは愛人との逢引の場だったのだ。
事件当日も男は愛人と宿泊していたのだが、この愛人がホテルから外に出た所を見た者は居らず、
行方不明となっている。
ホテルの室内では争った形跡があり、熟睡中に襲われた訳では無い様だが、防音が完璧な為に、
上下左右の客室に音が漏れる事は無かったと思われる。
部屋の唯一の出入り口である戸には、鍵が掛かっており、現場は所謂「密室」だった。
本来ならば、本件の捜査は都市警察の仕事だが、協和会絡みと言う事で、執行者が同行した。
都市警察と執行者の関係は複雑だ。
基本的には協力する物なのだが、「執行者さえ居れば、都市警察なんか要らない」と言われる位、
都市警察は軽視されている。
都市警察が対処可能な事件は、魔法を使わない犯罪に限られる。
魔法が使われていても、然して複雑でない事件であれば、都市警察が解決する事もあるが、
その例は少ない。
逆も然りで、魔法が使われていなくても、執行者が出動する事もあるが、その場合は都市警察が、
無能扱いされる。
その為、執行者の方が立場的に上であり、共同捜査となると、どうしても都市警察は緊張する。
実際は「担当する事件」が違うだけで、どちらが上と言う事は無いのだが……。

229創る名無しに見る名無し2017/11/17(金) 19:35:49.36ID:JCBDl3OV
執行者は都市警察の捜査を邪魔しない様に、見物するだけに留めている。
恰も監視しているかの如きで、益々都市警察は、やり難さを感じていた。
執行者達は小声で話し合う。

 「奇妙だな。
  被害者が暴れたのなら、それなりに犯人の遺留品が残っていても良さそうな物だが……。
  髪の毛なり、血痕なり、体毛なり、足跡なり」

 「確かに。
  相当用意周到だったのか、それとも――」

 「魔法を使ったか……。
  共通魔法を使ったにしては、痕跡が全く無い。
  大体、魔力遮断された部屋ってのは、使える魔力が限られて、大逸れた事は出来ない物だが。
  余程の手練れか、外道魔法使いか、何れにしても心測法を使う必要がありそうだ」

 「都市警察が素直に了承してくれるか……」

 「どうせ証拠は見付からないさ。
  例の共同捜査の日が近い事もある。
  多少は融通を利かせてくれるだろう」

その通り、都市警察では犯人に繋がる証拠は発見出来なかった。
それ所か、翌日には又も協和会に出資していた男が殺害された。
しかも、全く同じ状況で。
流石に都市警察も、これは徒事ではないと、執行者が捜査に乗り出す事に反対しなかった。

230創る名無しに見る名無し2017/11/17(金) 19:36:54.99ID:JCBDl3OV
犯行現場で心測法を試みた結果、恐ろしい事が明らかになった。
真っ黒な影の化け物が、男女を殺していたのだ。
影の化け物は大型犬程の大きさで、大きな頭と短い手足を持っている。
譬えるなら、巨大な赤子の様だった。
男の方は抱き付きで絞め殺され、女の方は丸呑みにされた。
しかも化け物は人語を喋っていた。
低い声で泣きながら、「パパ」、「ママ」と。
明らかに、殺された男女に向かって。
これは何なのか?
堕胎させられた子供の怨念を呪詛魔法で具現化させた物か?
それともガーディアンに取り憑いていた物と同類か?
心測法では影の化け物の正体までは掴めなかったが、被害者の男に心測法を使った事で、
新たに明らかになった事もあった。
被害者の男と一緒にホテルに泊まっていた女は、協和会のシスターだった。
協和会の「地下」の狂宴も明らかになった。
狂宴の参加者には、大企業の役員や市議会議員も居た。
これは協和会にとっては誤算だろうか?
もし協和会が仕掛けた事ならば、男の死体を残す等、余りに杜撰過ぎる。
今まで完璧に近い形で、その内情を隠蔽して来たと言うのに。
とにかく突入の日を早目にしたのは正しい判断だった。
今、徒に時間を浪費すれば、協和会の裏に居る反逆同盟を取り逃がしてしまう危険性があった。

231創る名無しに見る名無し2017/11/18(土) 19:26:13.53ID:1HNNMu59
だが、突入当日になって、更なる衝撃が街を襲った。
深夜北北東の時。
新たな事件を防ぐ為に、都市警察と執行者の一部は、協和会の出資者達の住居に、
密かに張り付いていた。
ガーディアンの逮捕から立て続けに、協和会の出資者が殺害されている。
今夜も誰かが狙われる可能性が高い……と言う予測は、幸か不幸か外れた。
しかし、問題が起きたのは、早朝東の時、突入予定時刻の2角前。
突然、協和会から人々が逃げ出した。
先ず白いローブを着たシスターとエルダーが顔を覆い隠しながら走り去る。
それに続いて一般の会員も。
更に、その後から黒い怪物が複数現れた。
協和会の出資者を殺害した影の化け物と、見た目は同じ物。
数は二十体前後。
明け方の静かな街が、悍ましい地獄と化して行く。
何よりも人々を恐れさせた物は、怪物の叫び声。
どこまでも響く様な大声で、父母を呼び、泣き喚くのだ。

 「ヴァア゛ア゛ヴァア゛ア゛ーーーー!!
  マ゛ァア゛ア゛マ゛ア゛ア゛ーーーー!!」

1体が泣けば、他も連られて泣き始める。
それは合唱となって、地響きの様な振動を起こす。
余りの不快音に、人々は正気では居られない。
耳を塞いでも、大地と空気を伝う振動が心を掻き乱す。
誰も彼も、衝き動かされる様に駆け出した。

232創る名無しに見る名無し2017/11/18(土) 19:35:29.56ID:1HNNMu59
協和会を見張っていた魔導師会の執行者は、黒い怪物が人々を追って街中に拡散するのを、
食い止める為に打って出た。

 (こちらS隊[※]、協和会会館より正体不明の怪物が複数出現しました。
  推測ですが、昨日、一昨日と続いた事件の怪物と同一か、類似の存在と思われます。
  S隊で足止めを試みます。
  処理と外対の応援を要請します。
  それと初動には近隣住民の避難をお願いします)

テレパシーで応援を呼んでから、執行者達は複数の集団に分かれて数人で包囲陣形を組み、
攻撃を仕掛ける。
黒い怪物に一定の距離まで接近した時点で執行者達は、これが共通魔法とは全く異なる流れの、
魔力を纏っている物、即ち外道魔法によって生み出された存在だと感付いた。
それでも全員、「協和会の出資者を襲った影の化け物」の事は既に知っていたので、取り敢えず、
効きそうな攻撃を試せるだけ試してみる。
先ずは、「影」の弱点である発光系の魔法。

 「A17!!」

閃光を浴びせると、黒い怪物は怯んで蹌踉めき、その場に尻餅を搗いた。
それと同時に、激しく泣き始める。

 「ギャアアアアーー!!!!」

鼓膜が破れる様な叫びに、執行者達は堪らず耳を塞いだ。


※:SはSurveillance、又はSentryの略。
  偵察、監視、警備警戒を行う部隊で、各課に存在する。
  今回の様に統合刑事部が全体を指揮する場合は、課の垣根を越えて任務に当たる事もある。

233創る名無しに見る名無し2017/11/18(土) 19:37:53.78ID:1HNNMu59
 (詠唱封じか!)

共通魔法は詠唱と描文で発動する魔法。
詠唱は空気の振動なので、当然雑音が混じれば完成に影響が出る。
より大きな音である程、周波の乱れた音である程、影響は大きい。
詠唱を封じられると言う事は、共通魔法使いにとって、片手を封じられたも同然。
単純に考えて発動には倍の時間が掛かるし、精密さや精巧さも損なわれる。
詠唱が使えない事も、泣き喚く声が非常に煩い事も、どちらも厄介だが、それ以上に悪い事がある。
泣き声を聞いただけで、執行者達は気分が悪くなって来たのだ。

 「ヴァア゛ア゛ヴァア゛ア゛ーーーー!!
  マ゛ァア゛ア゛マ゛ア゛ア゛ーーーー!!」

 (何だ、この不快さは!
  この泣き声が原因なのか!?)

 (防音魔法を使え!)

直ぐに防音魔法を描文で発動させるが、それでも気分は良くならない。

 (全く変わらない所か、寧ろ悪化しているみたいだ……。
  畜生、こいつを泣き止ませるのが先だ!)

執行者達は互いにテレパシーで会話し合い、防御陣形を組んで、烈日の魔法を掛ける。
これは名の通り、激しい光熱を対象に浴びせ掛ける魔法だ。
黒い怪物の体は、溶解する様に小さくなって行くが、反比例して泣き声は益々大きくなる。
それは防音魔法の前には何の関係も無いのだが、同時に不快さも増大する。

 (耐えろ!
  奴も限界が近い証拠だ!)

根拠は無いのだが、気合で何とか乗り切ろうと、執行者達は互いに励まし合った。
複数人で協力して発動させる魔法の欠点は、1人でも欠けると一気に効果が落ちる事。
気休めでも何でも、味方には耐えて貰わなくてはならない。
全員の命の為に。

234創る名無しに見る名無し2017/11/19(日) 19:05:30.18ID:S66kHpLB
だが、影の怪物は中々倒れなかった。
溶けた『雪達磨<スノーマン>』の様になっても、泣き叫び続けている。
一向に泣き疲れる様子は無い。
途方も無い活動力だ。
先に参ったのは、執行者の方だった。

 (な、何と言う奴……。
  しかし、時間は稼げた筈……)

1人が倒れると同時に、直ぐ全員が撤退する。
体力と気力に余裕のある者が、倒れた者を回収。
残された影の怪物は暫く泣いていたが、徐々に復元して完全復活すると、泣き止んで歩き始める。

 「ダーァダーァウ、マァーマァーウ。
  パァ、パァ、ムァ、ムァ」

相変わらず、不気味な声で父母を呼びながら……。
応援に駆け付けた執行者の処理課と外対課の者は、S隊の報告から遠距離攻撃を試みた。
初動対応係と治安維持部による住民の避難は、既に完了している。
協和会への突入作戦は遺憾ながら中止。
この正体不明の怪物を全力で始末するのが先と決まった。
黒い影の怪物、二十体余りは、どこへ向かおうとしているのか?
怪物の様子を観察していた、処理課と外対課の混成部隊は、テレパシーで話し合う。

 (怪物共は、どこへ行こうとしてるんだ?)

 (特に目的は無い様です。
  怪物は常に、何れかの個体が目に見える範囲で、行動しています。
  部隊を編成していると言うよりは、誰も居ない所で独りは嫌だって感じでしょうか……)

 (そりゃ嫌だ。
  俺だって嫌だ)

 (個々の動きに目的や統率感は無く、何と無く屯っているに過ぎないみたいです)

235創る名無しに見る名無し2017/11/19(日) 19:12:51.89ID:S66kHpLB
filler

236創る名無しに見る名無し2017/11/19(日) 19:14:38.79ID:S66kHpLB
それを聞いた処刑人の班長は外対の執行者にテレパシーで告げた。

 (何でも良い。
  纏まっているなら好都合だ。
  一網打尽にしちまおう。
  周辺住民の避難は完了してるんだったよな?)

 (確認します)

疑問を受けて外対の執行者は、新しく編成されたS隊に新しい回線を通したテレパシーで尋ねる。

 (S2隊、避難状況は?
  怪物の周辺に取り残された人は居ないか?)

 (ありません。
  全て完了しています)

 (了解)

その返事を外対の執行者は、魔力通信の回線を切り替えて、処刑人の班長に告げる。

 (避難は完了しているとの事です)

 (良し、始めよう)

一度決まったら、行動は迅速に。
処刑人は遠距離用の狙撃魔導機を構えて、一撃必中必殺の態勢に入る。
処刑人を指揮する班長は、専用の回線で配下の処刑人に告げる。

 (先ずは『逸れ』を狙って、効果を確かめる。
  群から離れている1体が判るな?
  カートリッジは5−1−8を使え。
  『核<コア>』が確認出来ない為、頭、胸、腹の3点を同時に狙うぞ。
  1番は頭、眉間の辺り。
  2番は胸、心臓の辺り。
  3番は腹、臍の辺り。
  それぞれ中心部を的確に撃ち抜け。
  効かなければカートリッジ6−1−8に切り替える)

 (了解)

処刑人達は指示通りに、魔導機の後ろにカートリッジを挿入した。

237創る名無しに見る名無し2017/11/19(日) 19:20:31.32ID:S66kHpLB
時刻は東の時半角。

 「『処刑<キュー>』!」

処刑人の班長の掛け声で、配下の処刑人は死の呪文を放つ。
呪文を乗せた魔力の流れは、観測不可能な「少し錯(ずれ)た空間」を通って、相手の位置に届く。
D級禁呪を応用した、直撃の直前まで察知が困難と言う、超技術兵器。
この「死の呪文」は魔力分解攻撃を仕掛ける類の物で、一切の物理化学的な攻撃が通用しなくとも、
「魔法を利用した物」には確実に効果がある。
影の魔物が直ぐに姿を消したり現したりして、器用に攻撃を避ける性質を持っていれば、
効果は絶大だ。
魔力分解攻撃は、魔力で構成された有りと有らゆる存在に通用する。
魔法生命体は疎か、物質化した魔力にも効果があり、魔法その物も消せる。
共通魔法も外道魔法も関係無く、魔力を利用した物を全て消し去るのだ。
当然、影の怪物に死の呪文を避ける手段は無く、3点の急所に直撃を食らう。
小さな穴が開通したかと思えば、それは徐々に拡がって行き、「影」を食らい始める。
魔力で創られた「影」が全て取り除かれ、後に残ったのは「黒い点」。
処刑人の班長は、S2隊に確認する様に要請する。

 (S2隊、あれは何だ?
  精確な情報を遣して貰いたい)

 (……大きさは1節程度。
  黒い……何だ、これ?
  これは……胎児?
  胎児と思われます。
  魔力反応有り、しかし、低温、全く動きません。
  生死は不明、どうぞ)

S2隊の報告に、処刑人の班長は驚いた。

 (どうぞって……。
  胎児?
  いや、何でも良い。
  とにかく始末しなければ!)

238創る名無しに見る名無し2017/11/20(月) 18:30:00.66ID:sNJU7vt3
処刑人の班長は回線を切り替え、改めて班員に命じる。

 (カートリッジ6−2−8を装着)

 (6−2−8ですか?)

 (ああ、6−2−8だよ、6−2−8、早く交換しろ!
  装着し終わった者から撃って構わん。
  標的は怪物が残した黒い点だ。
  『構え<レディ>』、『処刑<キュー>』!
  『構え<レディ>』、『処刑<キュー>』!)

対象が胎児に見える事を、班長は敢えて教えなかった。
処刑人には必要の無い情報なのだ。
魔力分解呪文の直撃から、通信と指示を挟んで、処刑人が2度目の狙撃をする間に、
影の怪物は体を半分程度まで再生させていた。

 (再生が速い!)

再攻撃まで1点も掛かっていない。
精々半点と言った所で、小さな核だけの状態から、体を半分も再生させる能力を持っている。
これは驚異的な速度だ。
再度の狙撃で、遂に影の怪物も終わりかと誰もが思ったが、結果は違った。
今度の死の呪文は魔力分解呪文では無く、物質分解と魔力分解を同時に仕掛ける物。
先程と同じく、影も分解しているのだが、完全に消失するには至らない。
黒い怪物の「核」は影の様に見える強固な黒い魔力の鎧に守られているのだ。

 (どこから、あれだけの魔力を供給しているんだ!?)

共通魔法の常識では、生物は魔力を保有しない。
魔力は自然環境から取り込む物で、それを貯蔵するには、「特殊な器官」が必要だ。

239創る名無しに見る名無し2017/11/20(月) 18:31:31.13ID:sNJU7vt3
filler

240創る名無しに見る名無し2017/11/20(月) 18:32:37.91ID:sNJU7vt3
しかし、先程の魔力分解攻撃で、全ての魔力を消耗させた筈。
幾ら再生が速くとも、自然の魔力供給には限界がある。
だから物質分解と魔力分解で止めを刺せた筈。
周辺の魔力が特に濃い訳では無く、どこから死の呪文に耐えるだけの魔力を供給したのか不明。

 (核が魔力を発しているのか?
  魔力発生器官がある?)

処刑人の班長は沈黙して考察を始めた。
それに部下が呼び掛ける。

 (班長、指示を!
  未だ奴は死んでいません!)

 (解っている!
  死の呪文が効いていない訳じゃない。
  どこかに核がある、それを狙え)

 (ね、狙えと言われましても……)

 (1番と2番は継続式に持ち替え、カートリッジは5−2−8を使え。
  距離を詰めて連射、とにかく核を暴き出すんだ。
  そこを3番、お前が止めを刺す、良いな?
  全員、解ったか?)

 (了解)

 (間違っても、標的以外は引っ張って来るなよ。
  対処は1体ずつだ。
  では、行け!)

1番と2番と呼ばれた処刑人は、魔導機を持ち替えて、影の怪物に向かって走り出した。
3番の処刑人は、その場に留まり、必殺の時が訪れる瞬間を待つ。

241創る名無しに見る名無し2017/11/20(月) 18:34:33.53ID:sNJU7vt3
2人の処刑人は最も近くに居る影の怪物に接近した。
人間を感知した影の怪物は、不気味な笑みを浮かべ、処刑人に向かって行く。

 「ダァー、ダァー」

処刑人は魔導機を構えて、テレパシーで指示を求める。

 (班長、指示を)

 (良し、『実行<キュー>』!)

班長の許可を受け、処刑人は接近される前に、魔力分解を仕掛ける死の呪文を使った。
トリガーを引きっ放しにする事で、その間は死の呪文の効果が継続する。
死の呪文を浴びた影の怪物は、徐々に体を失って行く。
泣き声を上げる事も出来ずに、数極後には核が露になる。

 (今だっ、『処刑<キュー>』!!)

班長は3番の処刑人だけに通じるテレパシーで命じた。
狙撃用の魔導機から、死の呪文が放たれる。
核に死の呪文の直撃を受けた影の怪物は、完全に消滅した。
復活する気配は無い。
一先ず1体が片付いた事に、処刑人達は大きな安堵の溜め息を吐いた。
死の呪文でも、どうにもならない様な凶悪な存在ではないのだ。

 (1番、2番、魔力石の残量は?)

 (殆ど空です)

 (予備もか?)

 (はい)

 (解った、戻って来い。
  補給を受けながら、一時休憩としよう)

班長はテレパシーで本部に報告すると同時に、応援を求める。

 (報告します――)

242創る名無しに見る名無し2017/11/21(火) 18:38:39.06ID:KxbMFrPh
その頃、住民の避難を担当していた初動対応係と治安維持部の執行者達は、黒い怪物とは又別の、
驚くべき物を目にさせられていた。
協和会のシスターとエルダーが、揃って顔を隠しながら執行者に助けを求めて押し掛ける。
どうした事かと執行者が尋ねると、1人が恐る恐る顔を上げて訴える。

 「カ、カおガ……。
  カおガ、トケテシまッタのデス!」

そこにあったのは口以外には何も無い顔だった。
目も鼻も眉も髭も無い。
殆ど野箆坊(のっぺらぼう)の様。
口も小さな切れ込みがあるのみで、唇も歯も無い。
その異様な容貌に、然しもの執行者も肝を冷やした。

 「タ、タスケテクダサい!
  何も見えない!」

必死に取り縋られ、執行者は狼狽えながらも応対する。

 「ど、どうして、その様な事に……」

 「分カりまセん……!
  キヅいタら、コんなコトに!」

 「何も心当たりは無いんですか?
  例えば、顔に何かされたとか……」

それを聞いた1人のシスターが高い声を上げた。

 「ああっ!!
  コれはセいケいの――」

243創る名無しに見る名無し2017/11/21(火) 18:40:21.64ID:KxbMFrPh
執行者は彼女に問い返す。

 「せいけい?」

 「は、はい、セいケいデス!
  『マザー』にカおをカえて貰ッタのデス」

シスターの説明で、執行者は漸く理解した。

 「整形手術をしたのか?」

 「はい、おソらク、ソのセいデス!
  『マザー』は、ふシギな魔法デ、わタシタチをうツクシクシテクれまシタ。
  ソのダいショうなのダト思いまス」

鼻や歯が無い為か、顔を失ったシスターの話し方は不自然で、聞き取り難い。

 「代償……?」

 「わタシタチガあサはカダッタのデス。
  ドうカ、カおをもトにもドシテクダサい……。
  コれまデのコトは、ザんゲシまス」

 「分かった。
  話は後で詳しく聞こう。
  とにかく、今は避難が優先だ」

執行者はエルダーとシスターを連れて、安全な場所まで避難を始める。

244創る名無しに見る名無し2017/11/21(火) 18:43:19.61ID:KxbMFrPh
避難先でエルダーとシスターは、自分達の罪を告白した。
マザーに整形されて、美貌を手に入れた事。
その美貌で協和会の出資者に近付き、篭絡した事。
性行為の対価に大金を手に入れ、快楽と金欲に溺れた事。
シスターは妊娠が発覚したら、堕胎まで面倒を見て貰い、更に大金を得た事。
欲に目が眩んだ、自分達が愚かだったと、皆口々に語った。

 「わタシタチのカおは、もトにもドりまスカ?
  おねガいシまス、もトにもドシテクダサい。
  うツクシクなクテもカまいません」

エルダーとシスターは目が無いので、泣く事も出来ない。
それを哀れに思った執行者は、気休めを言った。

 「治せないと言う事は無いと思う。
  大掛かりな手術になるが……。
  それより――」

 「ソれより、何デショう……?」

 「貴方達の行いは、決して許される物では無い。
  深く反省する事だ」

 「はい、ソれは、もう……。
  コの様な過チは、おカシまセん」

エルダーとシスターは平伏して誓う。
エルダーとシスターでは明らかにシスターが多い。
比率は1対10と言った所。
何十人と言うシスターが、協和会のマザーに胎児を提供したのだ。
欲深いシスターは、短期間に何度も妊娠して大金を得た。
出資者の相手をして金を貰い、妊娠すれば只で堕胎して貰える上に、更に金を貰えるのだから、
それが仕事の様な物だった。

245創る名無しに見る名無し2017/11/22(水) 19:58:26.14ID:aLYhuOyT
執行者が市民を避難させ、処刑人が影の怪物を倒している間、一部隊が協和会に突入する。
親衛隊と「外道魔法使い」の混成部隊だ。
メンバーは魔楽器演奏家のレノック、精霊魔法使いのコバルトゥス、巨人魔法使いビシャラバンガ、
旅商の父娘ワーロックとリベラ、親衛隊のストラドとブライトンの7人。
数日前から、先に潜入した筈の隠密魔法使いササンカと連絡が取れなくなっているので、
彼女の安全を確保する為に、別働隊として突入を強行したのだ。
同時に、PGグループの総帥であるアドマイアーも、協和会の会館に突入する。
協和会の会長レクティータが取り残されていないか、確かめる為に。
PGグループと混成部隊は折り悪く、会館の正面で鉢合わせた。
親衛隊のブライトンが、PGグループの面々に突っ掛かりに行く。

 「オイオイ、こいつァ一体どう言うこっちゃねん。
  退避命令が出とんの、聞こえんかったんか?
  ヤァ、そこに居るのはアドマイアー総帥やなぁ?
  手下引き連れて、こんな所に何の用や?」

アドマイアーは鬱陶しそうな顔をして、護衛の男の1人に目配せをした。
護衛の男は頷き、ブライトンの前に立ち開(はだ)かる。
ブライトンは拳を構えて戦闘態勢に入った。

 「やる気か、木偶の坊?
  魔導師を相手にするとは良え度胸や」

 「いえ、そう言う訳ではありません。
  総帥は中に取り残されている人が居ないか、心配で様子を窺いに来たのです」

 「総帥が?
  自らァ?
  嘘を吐くなら吐くで、増しな嘘を吐かんかい!」

 「いえ、本当です、我々も止めたのですが……」

ブライトンと護衛の男が話し合っている間に、アドマイアーは独りで会館の敷地内に入って行く。

246創る名無しに見る名無し2017/11/22(水) 20:02:03.30ID:aLYhuOyT
ブライトンは慌てて大声を出し、アドマイアーを呼び止めた。

 「オォイ、待てぇい、待たんかい!!
  何、無視してくれとんねん!
  勝手に入って行くなやァ!」

アドマイアーは一瞥を向けただけで、無視して先に進もうとする。
ブライトンが追い掛けようとすると、ストラドが制した。

 「俺『達』に任せてくれ」

疑わし気な眼差しで、ブライトンはストラドを見ていたが、やがて大きな溜め息を吐く。

 「……しゃーない、解った、任せた。
  こっちは連中から話聞いとくわ」

ブライトンは護衛の男に向き直り、話の続きを始めた。

 「君等の『総帥<ボス>』は、豪い肝が座っとるな。
  突入に護衛は要らんて?」

先とは変わって落ち着いた調子で、彼は護衛の男達に言う。

 「はぁ、我々も『止めましょう』、『撤退しましょう』とは言ったんです。
  しかし、どうしてもと聞かなかった物で……」

 「そりゃ、そんだけ大事な物(もん)がある言う事やろ?
  何やろな、それ」

 「さぁ、私には爽(さっぱ)り……。
  あの、これ何ですか?
  尋問?」

戸惑いながら応じる護衛の男に、ブライトンは小さく笑って頷く。

 「そう思って貰って良えよ。
  所で、君等は総帥の後を追わへんの?
  そんだけ居って?」

他の護衛の男達は互いの顔を見合い、狼狽する。

247創る名無しに見る名無し2017/11/22(水) 20:05:21.50ID:aLYhuOyT
先までブライトンと話し合っていた護衛の男も、困惑を露に言い訳した。

 「いえ、追って良いのであれば、直ぐにでも追いますが……」

 「良え訳無いやろ……。
  良え訳無いけど、何で、そんな消極的なんや、君等は本真に。
  数で掛かれば俺独り、突破しよう思たら出来る筈や。
  人情言う物が無いんかい」

護衛なのに総帥であるアドマイアーを守らなくて良いのかと、ブライトンは呆れる。
護衛の男は言い訳した。

 「いや、本当に我々は撤退を主張したのです。
  こんな所に残っている人が居るとは思えませんし。
  しかし、総帥は聞き入れてくれず、仕方無しと言うか……」

 「君等は乗り気や無かった訳やな?」

 「そうです。
  仕事は仕事ですから、こうして来ましたが……。
  魔導師と鉢合わせても強行するとは思いませんでした」

 「困った総帥やな。
  何を取りに来たんやろな、本真」

 「わ、分かりませんって……。
  本当に知らないんですよ」

執拗に追及されていると感じた護衛の男は、勘弁して下さいと泣きを入れて来た。
ブライトンは上の空で呟き続ける。

 「何なんやろな、本真……」

PGグループの総帥と言う立場で、命懸けで突入してまで守りたい、或いは、隠したい物があるのか、
それが判れば、PGグループの弱味を握る事にもなる。
ここで考えてばかりでは、判る訳も無いのだが……。

248創る名無しに見る名無し2017/11/23(木) 18:53:57.79ID:QOcPhCQk
時と所は変わり、マトラが創り出した暗闇の牢獄に囚われたフィーゴ・ササンカは……。

 (何だ、ここは……?
  暗い、寒い、何も無い……。
  地獄か……)

彼女の目の前に広がるのは、無限の暗黒のみ。
手足の自由は利くが、それだけ。
何も無い空間に浮いている。

 「オォーーイ!!」

声で反響を確かめてみるも、闇に吸い込まれる様に無音。

 (何とか脱出しなければ……)

それでもササンカは絶望せず、無の宙を泳ぎ始めた。
しかし、進んでいるかも、戻っているかも判らない。
肌に触れる感覚が何も無い。
動けば動く程、体温を失う様な感覚に陥る。

 (凍える様だ。
  ……死ぬのか?
  こんな所で?
  使命も果たせず、犬死すると言うのか、この私が!?
  嫌だ、そんなのは嫌だ!)

取り敢えず体を温めようと、彼女はペペの実を乾燥させた物を詰めた懐炉を小袋から取り出し、
それを揉みながら手足の指に擦り付けた。
肌が小さな辣(ひり)付きと共に熱を帯びる。

249創る名無しに見る名無し2017/11/23(木) 18:55:50.93ID:QOcPhCQk
しかし、全身を暖めるには頼り無い。
丸で水中の様に体全体から急激に熱を奪われている。
身を縮めて耐えるにしても、何時誰が助けに来ると言うのか……。

 (……はっ、行かん、行かん!)

絶望に囚われて意識を失い掛けたササンカは、頭を振って自らの両頬を挟み込む様に叩き、
気合を入れ直した。

 (余所者の手を借りるのは癪だが、今は非常時だ。
  レノックとか言う小僧が寄越した、あれを使ってみるか……)

レノックは緊急事態を想定して、「ある物」を彼女に預けていた。
それは――……。

 (何だ、これは?)

ササンカがレノックに渡された小さな袋を開けてみると、そこには直径2節程の滑々(すべすべ)した、
謎の石が入っていた。

 (握り締めると、少し温かい……。
  懐炉にしては熱量が足りんな……。
  何なんだ、これは?)

試しにササンカは石を小脇に挟んでみる。
確かに温かいが……、予想通り、全身を温めるには丸で頼り無い。

 (徒の石ではあるまいし、何か他の用途があるのだろう。
  それにしても変わった石だ。
  ……本当に石なのか?)

ササンカは石を軽く数回叩いてみた。
中が空洞の様な、奇妙な音がする。
重さの割に、中身が確り詰まっている感じではない。

 「はい、今日は!
  お困りの様だね!」

小首を傾げていたササンカに、元気の良い声が届く。
それはレノックの声。

250創る名無しに見る名無し2017/11/23(木) 18:59:57.67ID:QOcPhCQk
 「ヒャッ……!?」

ササンカは驚いて猫の吃逆(しゃっくり)の様な可細い悲鳴を上げ、石を手放してしまった。
彼女は慌てて掴み直そうと、数回お手玉した後に、やっと捕まえる。

 「大袈裟に驚き過ぎじゃないかい?
  そんなんじゃ、この先、身も心も保たないよ」

 「その声はレノック・ダッバーディー!」

ササンカは大いに安堵した。

 (これは通信機か!)

無様に囚われの身となった事は一先ず置いて、これで助けが呼べると。

 「実は今、大変困った事になっている。
  私とした事が、油断した。
  救助してもらいたい。
  誰か傍に居ないか?」

彼女はレノックを全く戦力として当てにしていなかった。
普段から子供の容姿で、しかも魔法資質を隠しているので、正体を知らない者には侮られるのだ。
石は明るく笑いながら、彼女に応える。

 「ハッハッハッ、ここには君と僕しか居ないじゃないか」

 「えっ」

思考が一瞬停止したササンカは、懸命に頭に血を巡らせて、質問をした。

 「こ、これは通信機では……?」

 「違うよ、真に残念ながらね!
  僕は『音石<サウンド・ストーン>』。
  レノック・ダッバーディーの分身さ。
  気軽に音石君と呼んでくれ」

ササンカは脱力して、静かに涙を流した。
何の為にレノック・ダッバーディーは、こんな玩具の様な石を寄越したのか?
これで何をしろと言うのか?
今、一切の希望が失われたのだ。

 「あ、あれっ、ササンカ君!?
  気を確り持つんだよ!
  大丈夫、僕が付いているからね!」

音石の声が暗黒空間に虚しく消える。

251創る名無しに見る名無し2017/11/24(金) 18:36:36.33ID:NE7oDCzR
filler

252創る名無しに見る名無し2017/11/24(金) 18:36:53.52ID:NE7oDCzR
潸々(さめざめ)と泣いているササンカに、音石は優しく声を掛けた。

 「僕はレノック・ダッバーディーの分身。
  僕は魔法も使えないし、何か特別な力がある訳じゃない――」

 「うっ、ううっ……」

一度希望を与えられてからの絶望は、計り知れない物がある。
心折れてしまったササンカの思考は負の方向に行き勝ちで、事ある毎に泣き崩れそうになる。
音石は早口で続きを言った。

 「――けど!
  だけど、だよ!
  僕にはレノック・ダッバーディーの知識がある。
  彼の豊富な魔法知識がね。
  必ず君の役に立つだろう!」

 「……本当?」

 「屹度、多分、いや、絶対!
  だから、希望を失っちゃ行けないよ!
  希望こそ、人が生きる力の源なんだ!」

 「うん……」

ササンカは悉(すっか)り弱気になって、萎らしくなってしまっていた。
これは良くないと、音石は彼女を元気付けられないか思案する。

 「そうだ、こんな時は元気の出る歌を歌うと良い。
  好きな歌はあるかな?」

唐突な音石の提案に、ササンカは戸惑う。

 「歌……?」

 「僕は音楽を奏でられるんだ。
  好きな歌を言って御覧。
  何でも演奏して上げるよ」

 「……私、音楽は余り知らないの……」

彼女は恥じらい、小声で告白した。

253創る名無しに見る名無し2017/11/24(金) 18:38:36.41ID:NE7oDCzR
ササンカは閉鎖的な村で育ったので、世間の流行とは無縁だった。
青春の全てを厳しい修行と鍛錬に捧げたのだ。
それでも全く音楽を知らない事は無いだろうと、音石は試しに歌い出しを演奏する。

 「『六都の歌』は、どうだろう?
  『元気が出る歌』とは少し違うかも知れないけど、懐かしい故郷が――」

 「それは共通魔法使いの歌だから」

 「あぁ、悪かった。
  でも、極端な高音や低音が無くて、リズムも取り易い、子供でも簡単に歌える良い歌だ」

六都の歌は6つの地方の特色を歌にした物で、実際は共通魔法社会とは余り関係が無い。
しかし、共通魔法使いの歌と言うのは間違っていない。
音石は思案した後、ササンカに言った。

 「知ってる歌を教えてくれよ。
  何だって演奏するから」

 「私が知ってるのは童歌とか……」

 「童歌って、あれかい?
  ガンガー北の大聳峰(しょうほう)、ベルは陸を流る海、ハモン南の大海浜って言う」

 「それも共通魔法使いの歌……」

 「はぁ、とにかく君が知ってる歌を教えてくれよ」

どんな歌なら良いのかと、音石は不貞腐れてササンカの返事を待つ。

254創る名無しに見る名無し2017/11/24(金) 18:41:44.67ID:NE7oDCzR
ササンカは小声で呟いた。

 「闇に独り忍ぶ影」

音石は直ぐに何の歌か言い当てる。

 「『反逆のハザヤ』の主題歌だね。
  ボルガ地方のローカル番組だ。
  闇に独り、忍ぶ影、怒りに燃えて、悪を討つ。
  降りかかる、火の粉をはらい、安らぎの時は、いつ、いつ来たる。
  疾駆(はし)れ、ハザヤ!
  巨悪を止めろ!
  疾駆れ、ハザヤ!
  命尽きるまで……。
  2番も行っとく?」

ササンカが小さく頷いたので、音石は自慢の美声で歌い続けた。

 「郷(くに)を捨てて、追われる身、昔の仲間は、今の敵。
  友と刃、交えて嘆く、安らぎの時は、いつ、いつ来たる。
  戦え、ハザヤ!
  正義のために!
  戦え、ハザヤ!
  明日のために……。
  (間奏)
  真の敵は、雲の上、叫びも届かぬ、殿上人。
  追えど追えど、影すら踏めぬ、安らぎの時は、いつ、いつ来たる。
  進め、ハザヤ!
  悲しみを越えて!
  進め、ハザヤ!
  真実を掴め!
  疾駆れ、ハザヤ!
  巨悪を止めろ!
  戦え、ハザヤ!
  明日のために……」

「反逆のハザヤ」は復興期のボルガ地方を舞台にした、武侠活劇である。
重要人物の暗殺に関わり、君主にも上司にも裏切られたハザヤは、逃亡と孤独な戦いを続ける。
そして逃げ場が無いと悟った彼は、遂に反逆を決意するのだった。
主題歌「疾駆れハザヤ!」は曲調の勇ましさとは対照的に、歌詞は暗く悲壮。

255創る名無しに見る名無し2017/11/25(土) 18:47:10.94ID:M4TJAhY5
これは魔力ラジオウェーブ放送で配信された物で、共通魔法を嫌うササンカが知っているのは、
奇妙な話だ。
共通魔法の知識か、受信用の魔導機が無ければ、「反逆のハザヤ」を知る事は出来ない。
原作は小説なのだが、それに「主題歌」は付かない。
ササンカも少女の時分には、狭苦しい村社会での生活に飽いていた所があったのだろう。
彼女は共通魔法の技術を忌避しながらも、密かに放送を受聴していたのだ。
音石は密かに思った。

 (誰にでも、若かりし日々はあると言う事かな。
  しかし、『反逆のハザヤ』か……。
  益々暗くなるだけじゃないかなぁ……)

「反逆のハザヤ」の内容は、お世辞にも明るい話とは言えない。
ハザヤは元々暗殺や間諜と言った汚れ仕事を担う「隠密」。
ある時、彼は上司に君主の実弟の暗殺を命じられる。
君主は政治的な失策を犯した為に、領民に君主としての価値を疑われていた。
そればかりか、君主の弟を担ぎ上げようとする謀反者まで現れる。
そこで君主は偽りの罪状を隠密頭と共謀して捏ち上げ、ハザヤに暗殺させようとしたのだ。
暗殺は成功したが、ハザヤに与えられたのは、善良な君主の弟を殺したと不忠者と言う不名誉。
彼は一夜にして命を狙われる立場になる。
敵は元同僚であり、罵りや憐れみの言葉を掛けて来る。
追っ手にも家族があり、殺してしまえば、嫁や子が復讐に走る。
最後にはハッピーエンドを迎えるが、それまでが只管に重く、暗く、長い。
二部構成で、反逆の決意をするまでが第一部、そこから君主を打倒するまでが第二部だが、
第一部では、どこへ行っても追っ手だらけで歓迎されない。
人の温かさに触れる度に、その人が不幸になる。
第二部では、幾らか前向きになる物の、元仲間と正面から対峙する事で、悲壮感は増し、
多くの人が最後まで耐えられずに脱落してしまう。
ボルガ地方のローカル番組止まりだったのは、この辺りに理由がある。

256創る名無しに見る名無し2017/11/25(土) 18:48:51.01ID:M4TJAhY5
filler

257創る名無しに見る名無し2017/11/25(土) 18:49:09.86ID:M4TJAhY5
だが、孤独に戦うハザヤに己の姿を重ねたのか、当のササンカは勇気が湧いて来た様である。
彼女の体温は上がり、心臓の鼓動は力強くなる。
音石はササンカに尋ねた。

 「どんな物かな?
  元気出た?」

 「……有り難う」

 「どう致しまして」

小声で礼を言ったササンカに、音石は軽く返事をすると、この空間に就いて解説を始める。

 「さて、この空間は悪魔公爵ルヴィエラが創った物だろう。
  彼女は暗黒を操り、空間操作も思うが儘と聞くが、僕も実際に体験するのは初めてだよ」

ササンカは元通りの口調で質問した。

 「悪魔公爵とは?
  いや、それより脱出する方法を知っているか?」

 「残念だけど、分からないね……。
  おっと、落ち込まないでくれよ。
  1人より2人と、昔から言うじゃないか!
  一緒に考えていれば、妙案が浮かぶさ」

ササンカは落胆こそしたが、先程の様に沈み込んだりはしない。

 「ああ、考えよう。
  こんな所で終わる積もりは無い」

 「その意気だ、ササンカ君!」

音石は気分を盛り上げようと、取り敢えず声を張って勢い付けた。

258創る名無しに見る名無し2017/11/25(土) 18:49:46.43ID:M4TJAhY5
ササンカは自分から進んで思考し、音石に尋ねる。

 「……『暗黒を操る』とは、どう言う事なのだ?」

 「彼女は魔力で何でも生み出せるんだ。
  大体黒くなっちゃうけど」

 「何でも?」

 「ああ、大体何でも。
  こんな風に空間を生み出して、そこに何かを閉じ込める事も出来る」

 「魔力で創った空間なら、壊す事も……」

 「出来なくは無いだろうけど、難しいと思うよ。
  何たって、ルヴィエラは悪魔公爵だから」

先から繰り返し言われる、「悪魔公爵」とは何なのかと、ササンカは疑問に思った。
彼女は改めて音石に尋ねる。

 「その『悪魔公爵』とは何だ?」

 「簡単に言うと、『とても強い悪魔』さ。
  悪魔の中でも力が強い物を、悪魔貴族と言う。
  悪魔貴族の階級は、準爵、子爵、伯爵、侯爵と来て、その上が公爵。
  公爵の上は皇帝しか居ない」

 「具体的に、どの位の強さなのか?」

 「聞かない方が良いと思うけど」

音石は返答を躊躇った。
その態度にササンカは立腹する。

 「何故だ?
  余りの強さに絶望するとでも?」

 「……後悔するよ」

 「構わない、言え」

気遣いを見せる音石に、彼女は強気に迫った。

259創る名無しに見る名無し2017/11/26(日) 18:00:59.17ID:njjgsNgM
音石は仕方無しに言う。

 「通じないかも知れないけど、この『星』と同じ位かな。
  それより少し強い位かも」

 「星??」

「星」の強さがササンカには解らない。
音石は彼女に解説する。

 「地上では色々な現象が起きるだろう?
  大雨とか大雪とか大噴火とか大地震とか、その位は当然出来るとして。
  公転軌道から外れさせたり、粉々に破壊したり。
  いや、しかし、これでは物理的な強さしか表せないな……。
  この星全体の法則を思う通りに作り変えたりも出来るんだけど。
  ……解る?」

結局よく解らない儘、ササンカは答えた。

 「とにかく凄い奴だと言う事は解ったよ」

本当に解っているのかと、音石は怪しむ。

 「この星の支配権を丸々奪い取る様な、恐ろしい力なんだ。
  無の状態から法則を生み出す事も大概なんだけど、既にある強力な法則を作り変えると言う、
  途轍も無い『力』を必要とする事まで可能な……」

音石の言う通りであれば、それは想像も付かない存在だ。
そこまでの力を持ちながら、どうして協和会と言う組織で動いているのか、ササンカは不可解だった。

 「そんな奴が何故、細々(こまごま)と地上で悪事を企む?」

 「『その方が面白い』からさ。
  君達人間は、奴にとっては玩具なんだ。
  それも『他人の大事な玩具』だから、怒られない様に気を付けて遊ぶ」

260創る名無しに見る名無し2017/11/26(日) 18:10:53.78ID:njjgsNgM
強大な力を持つ存在が面白半分で地上を荒らす事よりも、音石の『他人の大事な玩具』発言の方が、
ササンカは気になった。

 「他人?
  人間が誰かの玩具だと?」

 「玩具と言っては悪いかも知れないけれど……。
  人間は『神』の大事な物なんだよ」

音石に行き成り「神」なる物の存在を語られた彼女は、小さく噴き出す。

 「ハハハ、悪魔の次は神か?
  一気に真実味が失くなったぞ」

 「信じる信じないは勝手さ」

音石が少し拗ねた様な口調になったので、ササンカは謝った。

 「悪い悪い、俄かには信じられなくてな。
  しかし、こう言う状況に陥ったからには、全く信じない訳にも行くまい」

彼女は一呼吸置き、改めて音石に尋ねる。

 「魔法で空間を破壊する事が不可能なら、どうすれば良い?」

 「力尽くで突破は出来なくても、どこかに綻びがあるかも知れない。
  ルヴィエラは強大な力を持っているけれど、完璧な存在と言う訳じゃないんだ。
  『旧い魔法使い』の性質を鑑みれば、尚の事」

 「空間の綻びを探すんだな?
  ……どうやって?」

 「空間が歪んでいれば、『音』や『光』の伝わり方も歪む。
  それを目と耳で確かめるんだ。
  どこが歪んでいるか、正確な位置は、地道に泳ぎ回って探すしか無いけど」

 「この暗く冷たい、何も無い空間を?
  泳ぐと言っても、水の中を泳ぐ様には行かないぞ」

ササンカは困惑した。
どんなに冷たくとも、これが水中なら泳げるが、肌に触れる物は何も無いのに、泳げる物かと。

261創る名無しに見る名無し2017/11/26(日) 18:13:22.88ID:njjgsNgM
filler

262創る名無しに見る名無し2017/11/26(日) 18:13:49.78ID:njjgsNgM
音石はササンカに助言する。

 「魔法資質を研ぎ澄ませば、ここにも僅かながら魔力が漂っている事が判るだろう?」

ササンカは音石の言う通り、周囲の魔力を探ってみた。
……確かに、微量ではあるが魔力を感じられる。

 「この魔力を、どうするんだ?」

 「推進力に変えるんだ。
  そう言う技術は無いのかな?
  空中歩行とか、壁蹴りとか……」

音石の問いに、ササンカは頷いて試した。

 「有るには有るが……。
  こうだな?」

僅かな魔力を集めて、小さな足場を無の空間に作り、それを蹴って進む。
丸で冷たい風の中を飛んでいる様。
だが、音石の音楽に伴う温かさを帯びた波動が、冷気を和らげる。

 「そうそう。
  僕は音で空間の綻びを探してみるよ。
  ササンカ君も何か気付いた事があったら言ってくれ」

静寂の中、音石が奏でる音楽(反逆のハザヤ挿入歌「闇の運命」)はササンカを勇気付けた。

263創る名無しに見る名無し2017/11/27(月) 19:00:58.58ID:Tn06ddgn
闇の世界に生きる者は、誰にも知られず消えゆく運命(さだめ)。
風となれ、土となれ。
流れ流れて、行き着く先は、平和の地か、地獄の底か。
戦え、命ある限り!
抗え、非情の運命に!
行け、行け、ハザヤ、ハザヤよ。
ああ、新たな道を拓け。

(間奏)

闇の世界に生きた者は、人の幸せ得られぬ運命。
悲しくない、悲しくない。
使い捨てられ、見捨てられた、友を見たか、敵を見たか。
叫べ、己の心を!
討て、巨大な悪を!
行け、行け、ハザヤ、ハザヤよ。
おお、お前にも明日は来る。

264創る名無しに見る名無し2017/11/27(月) 19:01:59.81ID:Tn06ddgn
暫く暗黒空間を泳いだ所で、音石とササンカは同時に空間の歪みを発見する。

 「今、音楽が……」

 「ああ、この辺りで音が少し歪んだ。
  空間が歪んでいるのかな?
  あった、ここだ!」

 「どこだ?」

 「直ぐ目の前だよ、ササンカ君。
  手を伸ばしてみてくれ」

暗闇の中、ササンカは手探りで空間の歪みを探した。
そうすると、ある一点で腕が暗闇に吸い込まれる。
小さな穴が開いている様だった。

 「ここか!
  ……しかし、通れるのは腕一本が精々と言った所だな」

残念ながら人が通れる様な広さではない。
そこでササンカは音石を見詰める。

 「ん、何?」

 「音石殿、向こう側の様子を見て来て貰えないか」

 「僕は自力では動けないんだけど……」

 「紐を括り付けて投げる」

ササンカはロープを取り出し、音石を拮(きつ)く縛り上げた。

265創る名無しに見る名無し2017/11/27(月) 19:04:20.06ID:Tn06ddgn
返事を待たず行動に移るササンカに、音石は抗議する。

 「あの、僕は未だ良いとも何とも言ってないよ?」

 「それは悪かった。
  ……やってくれる?」

 「断る選択は無い訳だけど、どんな時でも同意を得る努力は大事だ。
  些細な行き違いが、諍いの元になっては詰まらない。
  今の君の一言で、僕の覚悟は決まった。
  良し、やってくれ」

音石の答を聞いたササンカは、音石を空間の歪みに向かって放り投げた。
ロープは1身程伸び、そこで止まる。
ササンカは手応えを確かめながら、ロープを引き寄せた。
音石を回収した彼女は、早速尋ねる。

 「どうだった?」

 「どこかの部屋に繋がっているみたいだけど……、先細りになっている。
  確かに『綻び』ではあるんだが、余りに小さ過ぎて、僕でも通り抜ける事は不可能だ」

 「そう……」

落胆するササンカに、音石は提案した。

 「でも、僕の『音楽』なら、この綻びを更に拡げる事が出来るかも知れない」

 「本当!?」

 「自信は無いんだけど、やるだけやってみる。
  時間が掛かると思うから、その間、君は寒さとか飢えとか、諸々に耐えないと行けない」

 「私の事は構うな」

音石の懸念に対して、心配無用だとササンカは力強く答えた。
隠密魔法には、共通魔法の「冬眠の魔法」に似た、寒さと飢えを凌ぐ魔法がある。

266創る名無しに見る名無し2017/11/28(火) 18:34:01.52ID:/UJUHbfz
それを知らない音石は、未だ安心し切っていない様子で言う。

 「そうは行かないよ。
  そもそも君を助ける為に、僕は存在している訳で」

音石の言い分に、ササンカは少し赤面した。
この様な気取った台詞を言われるのは、初めてだったのだ。
音石は事実を言っただけであり、「気取った」積もりは無かったが、ササンカは初心かった。

 「私は平気だから」

 「そうなら良いんだけど……。
  あっ、耳は塞いでおいた方が良いよ。
  確実に煩いから」

 「潜水用の耳栓がある」

 「用意が良いなぁ。
  それじゃあ、僕を空間の歪みに放り込んで、少し離れててくれ」

ササンカは音石の言う通り、空間の歪みに音石を放り込んだ後、距離を取った。
数極後に、暗黒の空間全体が激しく震える。
その振動はササンカにも伝わり、彼女の心臓にまで響く。
これは耳栓をして防げる物ではない。

 (激しい魔力の鳴動を感じる……。
  音石殿……)

果たして音石は無事で済むのだろうかと、ササンカは俄かに心配になった。
小さな石が、これだけの力を解放して……。

 (済まない、私には待つ事しか出来ない)

ササンカは肌寒さを感じて、早急に「冬木(とうぼく)の法」で眠りに就いた。
その名の如く、冬に葉を落として枯れ果てる樹木の様に、表面上は死んでいる様に見えて、
時が来れば生命活動を再開すると言う、仮死状態になる魔法だ。
彼女は音石を信じ、再び会える事を祈って、深い眠りに落ちた。

267創る名無しに見る名無し2017/11/28(火) 18:35:38.58ID:/UJUHbfz
時は戻り、協和会の会館では……。
混成部隊を率いるストラドと、PGグループの総帥アドマイアーが言い争っていた。

 「アドマイアー、何の目的で、ここに来た?」

アドマイアーの腕を掴んで詰問するストラド。
それに対してアドマイアーは話に応じる姿勢を見せない。

 「私に構うな!
  今は1極でも惜しい!」

 「構って欲しくなければ、目的を明かせ。
  俺は気の長い人間じゃない。
  実力行使に出ても良いんだぞ」

素直に目的を明かせと迫るストラドを、アドマイアーは構っていられないと無視しようとする。
そこへ魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディーが仲裁に入った。

 「こんな所で言い合っていても始まらないよ。
  この御老人に付いて行こう、ストラド君」

 「しかし、レノック!
  民間人を危険に晒す訳には……」

魔導師会の一員として、民間人を巻き込めないと主張するストラドに、レノックは小声で囁く。

 「……既に、ここには反逆同盟の連中は居ないと思う。
  強力な魔力を感じない。
  それに、ここは元PGグループの本館だったんだろう?
  彼に案内して貰おうじゃないか」

ストラドは暫し無言でアドマイアーを睨んでいたが、やがて彼から手を離した。

268創る名無しに見る名無し2017/11/28(火) 18:37:24.56ID:/UJUHbfz
怪訝な顔をするアドマイアーにストラドは言う。

 「道案内、宜しく頼むぜ」

 「勝手にしろ」

アドマイアーは一言だけ吐き捨てると、早足で本殿に向かって行った。
一行は彼を追って本殿に入る。
本殿に入った混成部隊は、その白さに驚かされた。

 「ウヘェ、眩しい。
  目が悪くなりそう」

精霊魔法使いのコバルトゥスが率直な感想を口にする。
ワーロックは無言で『視線隠し<ブリンカー>』を装着していた。
混成部隊の動揺を余所に、アドマイアーは真っ直ぐ2階へと続く階段へ。

 「あっ、待て、アドマイアー!」

スドラドは彼を追おうとしたが、レノックが動こうとしないので、焦りを露に尋ねた。

 「レノック、何を呆っとしている!」

レノックはストラドに振り向いて答える。

 「……どうやら、ササンカ君が近くに居るみたいだ。
  僕とコバルトゥスは、そっちを優先したい。
  アドマイアーを追うのは任せるよ」

行き成り指名されたコバルトゥスは驚いたが、ササンカを誘ったのは自分だと思い出して、
渋々レノックに従う決意をする。

269創る名無しに見る名無し2017/11/29(水) 18:59:06.74ID:DrXffFGk
ストラドは小さく溜め息を吐いて言った。

 「分かった。
  用が済んだら、そちらから合流してくれ。
  それじゃ、残りの者はアドマイアーを追うぞ」

ここでストラド達とレノック達は別れて、本殿の中を進む。
アドマイアーを追うストラド達は、彼に続いて2階の仰々しい扉を潜り、その先の小部屋に向かった。
一体アドマイアーは何の為に走っているのだろうと、全員が疑問に思う。
迷う様子は微塵も無く、丸で全て把握しているかの様。
小部屋の『戸<ドア>』を開けたアドマイアーは、大声で叫ぶ。

 「ロード・レクティータ、坐(おわ)しましたら、お返事を!」

彼は躊躇い無く室内に進入して、レクティータの姿を探した。
室内は他とは違い、幾分白の眩しさが落ち着いている。
ここが会長であるレクティータの個人的な部屋なのだと、後から入室した一同は察する。
それと同時に、アドマイアーの目的がレクティータの確保だと言う事も。
巨人魔法使いのビシャラバンガは、自分の体に比して部屋が狭いと感じたので、戸の前で留まり、
外を見張る事に。
アドマイアーは少なくとも、この場には誰も居ないと認め、部屋の奥側にある戸に近付き、
強目に敲いて呼び掛けた。

 「ロード・レクティータ、失礼します!」

返事を待たず、彼は室内に踏み入る。
ストラド達も後に続いた。
そこは広い寝室だった。
豪華な天蓋付きの『寝台<ベッド>』の上では、白い女が死んだ様に眠っている。

270創る名無しに見る名無し2017/11/29(水) 19:00:28.03ID:DrXffFGk
アドマイアーは顔に安堵の色を浮かべ、彼女に呼び掛ける。

 「ロード・レクティータ、お目覚め下さい!
  ここから出ましょう」

しかし、白い女は僅かも反応しない。
親衛隊のストラドはワーロックに視線を送って尋ねた。

 「クロテアとか言う神聖魔法使いと似ているか?」

リベラも同じくワーロックに視線を向けている。

 「……似てはいます。
  外見が特徴的ですから。
  こんな人、そうは居ませんよ。
  だからって、本人だとは断言出来ませんけど……」

肌も髪も輝く様に白い人間は、滅多に居る物ではないが、魔法資質の低いワーロックには、
纏う魔力の性質による人物の特定が出来ない。
よって、この様に曖昧な言い回しになる。
ストラドとリベラは白い女に視線を戻した。

 「ロード・レクティータ!
  ……失礼!」

白い女が何時までも目覚めないので、アドマイアーは彼女を抱え上げて運び出そうとする。
だが、彼がレクティータに触れようとした瞬間、遮る様に黒い靄が彼女を覆った。

 「ムムッ、何だ、これは!?」

アドマイアーは喫驚して後退り、靄を振り払おうとする。

271創る名無しに見る名無し2017/11/29(水) 19:01:15.17ID:DrXffFGk
不吉な気配に、ストラド達も身構えた。
黒い靄は女の形を取り、白いレクティータを庇う様に包み込む。

 「この子は私の物……。
  誰にも渡しはしない……」

それは驚々しくも明瞭な声で宣言した。
この黒い靄は一体何なのかと、一同怪しむ。
アドマイアーだけは黒い靄の正体を知っていた。
彼は懸命に訴える。

 「こんな所に我が子を閉じ込めておく積もりなのか!
  彼女を解放しろ!」

 「この子を自由にするには、俗世は穢れ過ぎている。
  誰かが守ってやらねばならぬ」

黒い靄の言い分にも一理あると、アドマイアーは認めざるを得なかった。
協和会に利用されていたレクティータを、彼は救う事が出来なかったのだから。
一連の遣り取りから、リベラは黒い靄の本性を感じ取った。

 (お母さんが自分の子供を守ろうとしているの?
  ……いいえ、違う。
  子供を手離したくないだけ。
  自分の傍に置いておきたいだけ。
  『親の愛』と言う名の、執念の塊なんだ)

彼女は自分の母親の事を思い出して、感傷的な気分になる。
母親は子供を手放したがらない物。
それは愛情か、我欲か……。

272創る名無しに見る名無し2017/11/30(木) 18:32:02.48ID:4SmzO23W
filler

273創る名無しに見る名無し2017/11/30(木) 18:32:14.63ID:4SmzO23W
リベラは小声でストラドに尋ねる。

 「どうにか出来ない物なんですか?」

 「えっ、何で俺?」

 「だって、魔導師……」

2人の話を耳に挟んだのか、アドマイアーも振り返って無言でストラドを見詰めた。
視線に気付いたストラドは、苦笑いして答える。

 「いや、魔導師でも無理な物は――」

そう言い掛けた所で、更にワーロックまでが口を挟んだ。

 「葬儀屋が使う、擬似霊体を解除する魔法なら、何とか出来るかも知れません」

ストラドは怒りを滲ませて答える。

 「俺は葬儀屋じゃないんだ。
  魔導師だからって、何でも出来ると思って貰っちゃ困る!」

魔導師は共通魔法の専門家。
その認識は間違っていない。
間違ってはいないのだが、大抵の魔導師の記憶力は常人と変わらず、難度の低い基本的な物と、
職務に関わる専門的な物を扱えるだけに過ぎない。
しかし、ワーロックは毅然とした態度で続ける。

 「いいえ、出来ないとは言わせませんよ」

彼の手には日に焼けて変色した、一冊の古びたノートがあった。

274創る名無しに見る名無し2017/11/30(木) 18:33:22.62ID:4SmzO23W
ストラドはノートを凝視して言う。

 「何だ、そりゃ?」

 「私は若い頃、魔導師を目指していまして。
  色々な魔法を描き取った物です。
  用途の限られている魔法でも、どこかで使う事があるだろうと。
  葬儀屋が使う魔法は、一般に『除霊魔法』と言われる、これの事ですよね?」

ワーロックが開いて指し示した頁には、「擬似霊体の処分」の魔法陣が描かれていた。
描き方の順番、詠唱の律動、原理の丁寧な解説、それに加えて、実施する際の諸注意まで。
彼は穏やかな口調で、ストラドを説得する。

 「通用するかは判りませんが、試してみる価値はあると思います」

ストラドは息を呑んだ。

 「『俺に』、やれってか?」

 「いいえ、『皆で』、やりましょう。
  ここに居る4……あれ、ビシャラバンガ君は?」

室内を一覧したワーロックは、今更ながらビシャラバンガが居ない事に気付く。
その疑問にリベラが答えた。

 「部屋が狭過ぎるから、外で見張ってるって」

 「あぁ、成る程……。
  とにかく、この場に居る人だけでも、やれるだけの事は、やってみましょう」

ワーロックの呼び掛けに力強く頷いたのはリベラだけで、他の2人は不安そうな顔をしている。

275創る名無しに見る名無し2017/11/30(木) 18:41:08.86ID:4SmzO23W
それをワーロックは鋭い瞳で見咎めた。
この緊急時に躊躇っている場合かと。
ストラドは溜め息を吐いて、直ぐ行動に移る。

 「分かった、分かったよ。
  専門外だが、やらせて貰う。
  魔導師である俺が、見ているだけってのは、有り得ないからな。
  序でだ、責任も全部俺が取ってやる。
  何でも来い、この野郎!」

彼は独り気を吐いて、ワーロックからノートを奪い取った。
そして、ノートに書かれている内容を確認しながら、全員に指示を出す。

 「俺が頭の所に立つ。
  そんで、ワーロックさんは俺の右側。
  リベラさんは俺の対面。
  アドマイアー、あんたは左側だ。
  4人で四方陣を組む。
  唱える呪文は『B36D6、B46G1』の繰り返し。
  声を合わせて、『B36D6、B46G1』、『B36D6、B46G1』、良いな?
  他の複雑な手順は、全部俺が実行する。
  詠唱時の心掛けは、出来るだけ穏やかな心で、強い感情で霊体を刺激しない様に。
  緩(ゆっ)くりと両手の平を内側に向けた状態で、水平やや下向きに広げ、受容の体勢を取る」

ストラドは早口で捲くし立てながら手本を示す。
皆、見様見真似で動作を確認する中、アドマイアーだけは動きが鈍い。

 「アドマイアー、どうした?」

ストラドが気に掛けて尋ねると、彼は躊躇いつつ、自信の無さそうな声で正直に告白した。

 「……私は共通魔法が上手くない。
  情け無い話だが、もし私の所為で失敗したらと思うと……」

余りに弱気過ぎる発言に、ストラドは苛立ちを露にする。

 「あんた何の為に、ここまで来たんだ?
  真っ先に駆け付けておきながら!
  何も大した事をさせようってんじゃない。
  あんたは言われた事をやってりゃ良い。
  それさえも出来ないってんなら、早々(さっさ)と出て行け!」

276創る名無しに見る名無し2017/12/01(金) 18:38:47.87ID:2AWRr/wt
啖呵を切って憤然とするストラドに、アドマイアーは自信喪失し、悄気返ってしまった。
そんな彼を見兼ねて、ワーロックが説得する。

 「アドマイアーさん、貴方の彼女を思う気持ちに偽りは無い筈です。
  彼女の事が心配で、ここまで来たんでしょう?
  魔法資質が高いとか低いとか、そんな事は重要じゃありません。
  『これ』は恐らく、外道魔法の呪いです。
  真面な手段が通用するか分かりません。
  そう言う時に人を思う気持ちが、どれだけ大切か、私は知っています」

一般的には小っ恥ずかしいと言われる様な台詞を、彼が真面目に口にする物だから、
ストラドもリベラも雰囲気に圧されて黙ってしまった。
ワーロックの言葉を受けたアドマイアーは、思い直し、自ら申し出る。

 「済みませんでした。
  どうか、私にも手伝わせて下さい」

ストラドもワーロックも無言で頷き、彼を受け入れる。
そんな中、リベラは赤面して、余計な事を考えていた。

 (……年の差恋愛って事なの?
  お祖父さんと孫位は、差があるのに?)

世の中には色々な事がある物だなと、呆けている彼女をワーロックは咎めた。

 「リベラ、集中しろ」

 「あっ、はい、御免なさい」

既に何時始まっても良い様に、準備を済ませている養父に倣って、リベラも受容の姿勢を取る。
アドマイアーも覚悟を決めて、他に倣った。

277創る名無しに見る名無し2017/12/01(金) 18:42:03.20ID:2AWRr/wt
ストラドが詠唱を開始する。

 「B36D6、B46G1、B36D6、B46G1、B36D6、B46G1……」

徐々に白いレクティータから、黒い靄が湧き上がる様に出て来る。
その大きさに一同、僅かながら怯んだ。
黒く、濃く、正に禍々しいとしか形容の仕様が無い闇が、寝台全体を覆い隠す。
ストラドが全員にテレパシーを送る。

 (恐ろしければ、目を閉じていろ。
  直視する必要は無い。
  気を乱すな)

彼の言う通り、ワーロックは目を閉じるが、リベラとアドマイアーは目を閉ざせない。
2人は魔法資質で、その禍々しさを感じ取る事が出来る為だ。
目を閉じれば一層恐怖が増す。
黒い靄は膨れ上がり、全員の頭上を、品定めする様に巡回する。
これに恐怖せず、穏やかな心を保った儘で居ろと言うのは、中々難しい話だ。

 (……効いているのか、いないのか判らない。
  こいつは何をしようとしている?)

数点経過しても、黒い靄が弱まる様子を見せないので、ストラドは段々心配になって来た。
無意味であるなら、中止も考えなくてはならない。
そして、別の策も。
本物の葬儀屋を呼ぶか、魔導師会を頼るか?
魔導師会に任せる事に、ストラドとて不安が無い訳では無い。
魔導師会は人命よりも、この恐ろしい黒い靄の排除を優先するだろう。

278創る名無しに見る名無し2017/12/01(金) 18:47:15.43ID:2AWRr/wt
緩慢な動きを続けていた黒い靄は、突如蛇の様な素早さで、アドマイアーに纏わり付いた。
これを危険だと感じたストラドは、彼に警告する。

 「アドマイアー、離れろ!」

しかし、間に合わない。
庇う暇も無く、黒い靄がアドマイアーを覆い尽くし、彼の「内側」に入り込む。

 (なっ、何だ、これは!?
  冷たい、寒い……。
  視界が暗む。
  私を凍え死なせようと言うのか……)

アドマイアーは、その場で昏倒し、黒い靄は一時収まった。
但し「アドマイアーの中に」だが……。
ストラドはワーロックに尋ねる。

 「――これは成功と言って良いのか?」

ワーロックも返答に困って冷や汗を流した。

 「分からない。
  何故、黒い靄は、私を襲わなかったのか……。
  魔法陣の弱所を狙うなら、私の居る方だと思っていた……。
  取り敢えず、彼女とアドマイアーさんを運び出そう」

そう彼が言うと、リベラが白いレクティータに触れる。
アドマイアーが触れようとした時とは違い、黒い靄の噴出は見られない。
ストラドとワーロックは同時に呟いた。

 「身代わりになったのか……?」

279創る名無しに見る名無し2017/12/02(土) 18:41:47.83ID:fEE/4LQn
さて、アドマイアーを誰が運ぶかと言う事になり、ストラドとワーロックは互いに見合う。
レクティータはリベラが先に運び出した。
後はアドマイアーを運び出せば良いのだが……。

 「私が運びましょうか?」

 「待て……」

ワーロックが気乗りしない様子で言うと、ストラドが待ったを掛ける。
本当は誰もアドマイアーに触れたくない。
黒い靄と係わるのは、御免だと思っている。
次に乗り移られるのは、自分の方かも知れないのだ。
だが、人命が懸かっている。
アドマイアーは青白い顔で呻いており、見るからに具合が悪そう。

 「俺が運ぶ。
  一般人を救助するのは、魔導師会の役目だ」

ストラドは覚悟を決めて、アドマイアーに触れた。
彼は丸で死体の様に冷たく、負えば背中から体温を奪われる。
言い表し難い不快感を、ストラドは歯を食い縛って堪える。
魔導師、それも栄えある親衛隊と言う肩書きが、彼に使命感と責任感を与えるのだ。
幸いにも、黒い靄は現れない。

 「良し、早く外に出て、救助を呼ぼう」

アドマイアーはストラドに背負われ、死んだ様に動かない儘、運び出される。

280創る名無しに見る名無し2017/12/02(土) 18:43:04.05ID:fEE/4LQn
その頃、ササンカ救出に向かっていたレノックとコバルトゥスは、何も無い広い部屋に到着していた。
小物一つ無い空間に、本当にササンカが囚われているのかと、コバルトゥスは怪しむ。

 「ここで合ってるのか……?」

そう言った後で、彼は幽かな音楽が、室内で流れている事に気付いた。

 「音楽……、どこから?
  館内放送か?」

音源を探すコバルトゥスに、レノックは何も無い空間を指して言う。

 「ここだ。
  『空間の綻び』がある」

 「空間の……綻び?」

聞き慣れない単語に、コバルトゥスは唖然とするばかり。
レノックは自らの推測を口にする。

 「恐らく、閉鎖空間に閉じ込められてしまったんだろう。
  コバルトゥス、君の魔法剣で何とか出来るかな?」

唐突に尋ねられ、コバルトゥスは困惑した。

 「えぇ……?
  言ってる意味が分からない。
  魔法剣で空間を断ち切れと?」

 「そう言う事だ」

コバルトゥスは応否の返事をする前に、「空間の綻び」を注意深く観察した。
確かに、音楽は何も無い空間から発せられている。
魔力の流れにも違和感がある。
空間の綻び付近では、魔力の増減が激しいと感じる。

281創る名無しに見る名無し2017/12/02(土) 18:45:46.72ID:fEE/4LQn
filler

282創る名無しに見る名無し2017/12/02(土) 18:48:22.79ID:fEE/4LQn
コバルトゥスは「空間を切る」のは初めてではない。
魔法剣で周囲の空間共(ごと)、物体を断ち切った事はある。
しかし、異なる空間の壁を破壊した事は無い。
取り敢えず試してみようと、彼は短剣を構え、精神を集中して、空間の綻びを凝視した。

 (……斬る!)

彼の魔法剣は空間を切り裂き、その「連続」を断つ。
空間の綻びは一瞬大きくなったかの様に思えたが、直ぐに復元してしまった。
コバルトゥスは「惜しかった」手応えを得るも、どうやれば空間の綻びの拡大を維持出来るかは、
想像が付かない。
彼の失敗を見届けたレノックは、困り顔で言う。

 「駄目だったか……。
  じゃあ、僕が何とかするしか無いね。
  コバルトゥス、耳を塞いでいてくれ」

出来るんだったら、最初から自分でやれば良いのにと、コバルトゥスは内心で毒吐いた。
彼は言われる儘に耳を塞ぎ、これからレノックが何をするのか興味を持って注視する。
レノックは徐に袖口から銅鑼を取り出した。
直径1手程の、手持ちの小さな銅鑼。
耳を塞がなければならない程、大きな音が出るのかと、コバルトゥスは疑問に思った。
強大な魔力を秘めている様子も感じられない。
レノックは撥で力強く銅鑼を叩く。
ゴワァァァァンと、見た目に似(そぐ)わない重低音が、空間中に響き渡る。
その音圧と魔力の揺らぎにコバルトゥスは驚いた。
五臓六腑を揺るがし、血液の脈流にまで干渉する様な、巨大な「力」を感じる。
レノックが再び銅鑼を叩くと、音圧は一層強くなり、コバルトゥスは頭痛と眩暈と耳鳴りに襲われた。

 (高が楽器が、こんな力を持っているのか!?
  頭が割れる様に痛い。
  意識が飛びそうだ……。
  内側から粉々に砕け散りそう……)

真面に視界が利かない中で、コバルトゥスは何も無い空間に真っ黒な穴が開いているのを垣間見た。
幻覚でなければ、レノックが自力で空間の綻びを拡げたのだ。

283創る名無しに見る名無し2017/12/03(日) 17:27:03.05ID:0GTY+NzH
その真っ黒な穴から、小さな石が転げ落ち、続いて渋色の装束を着た女が吐き出される様に、
滑り落ちる。
それと同時に銅鑼の音は止んだが、コバルトゥスは未だ眩暈が収まらなかった。
レノックは眠っているササンカに声を掛ける。

 「起きてよ、ササンカ君」

彼の声は魔性を持って、ササンカの冬木の法を解く。
直ぐにササンカは起き上がり、辺りを見回した。

 「ここは……」

元の世界に戻れたのだと、彼女は小さく安堵の息を吐く。
レノックはササンカに謝罪する。

 「大丈夫かい?
  危険な目に遭わせて悪かった」

 「いや、私の未熟さが招いた事。
  それより音石殿は?」

ササンカは先ず、レノックから預かった音石の心配をした。
レノックはササンカより先に異空間から落ちて来た、半節にも満たない小さな石を拾い上げ、
彼女に見せ付ける。

 「これだよ。
  何とか内側から空間の綻びを拡げようと頑張っていたみたいだね。
  体を削ってまで……。
  結局、無理だったみたいだけど」

 「何とか元に戻せないのか?」

ササンカは真剣にレノックに訴えた。
レノックは苦笑いして応じる。

 「音石は僕の分身だから。
  元通りにするのは容易い事だ」

彼は両手で音石を包むと、数極後に開いて見せた。
音石が元の大きさに戻っているのを認めて、ササンカは安堵する。

284創る名無しに見る名無し2017/12/03(日) 17:28:48.86ID:0GTY+NzH
レノックが再び両手で音石を包むと、今度は音石が消えて無くなった。
手品の様な技に、ササンカは一々驚く。

 「お、音石殿は?」

 「音石は僕の分身だ。
  用が済んだから、僕に還った。
  彼は僕の一部、心配は要らない」

そんな芸当が出来るのかと、ササンカは感心するより他に無い。
世の中には、彼女には想像も付かない事が多くあるのだ。
レノックは未だ目が晦んでいるコバルトゥスと、呆然としているササンカに呼び掛ける。

 「さて、一旦外に出よう。
  特にササンカ君は、長い間、異空間に閉じ込められて、疲労しているだろう。
  それに……、あっちも外に出るみたいだ」

3人は駆け足で本殿の入り口まで戻った。
そこへ丁度、ストラド等も駆け付ける。
レノックは自らストラドに話し掛けた。

 「どうしたの?」

 「今は落ち着いて話せる状態じゃない!
  後にしてくれ!」

アドマイアーを背負ったストラドは、足を止めずに本殿の外に出る。
直後、本殿が大きく揺れた。
真っ先にササンカが反応する。

 「地震か!?
  建物の外へ、急いで!」

全員が本殿から離れると、本殿は地下へ沈み込む様に、崩壊して行った。
そして僅か数点の間に、地下の凹みに収まる程度の砂と埃の山になってしまった。
瓦礫さえ残っていない。

285創る名無しに見る名無し2017/12/03(日) 17:29:40.70ID:0GTY+NzH
正門に屯している護衛の男達にアドマイアー預け、駆け足で戻って来たストラドは、
崩落した本殿を見て驚愕する。

 「地響きが収まったと思ったら、何だ、こりゃ!?
  幾ら手抜き工事でも、こうはならねぇだろう……」

レノックは俯き加減で、彼に答えた。

 「証拠隠滅かな……。
  御免、僕の所為かも知れない」

 「何したんだ?」

怪訝な顔で尋ねるストラドに、レノックは小声で答える。

 「ササンカ君を助ける為に、『大きな力』を使った。
  それに何等かの罠が反応したんだと思う。
  迂闊だった。
  偶々全員無事で済んだ物の、一つ間違っていれば、皆を崩落に巻き込んでしまっていた」

ストラドは暫く沈黙して唸っていたが、やがて点(ぽつ)りと呟いた。

 「……執行者が大勢で突入してたら、もっと大変な事になってたかもなぁ」

それは彼なりの慰めの言葉だった。
直後、協和会の会館から出現した黒い怪物を、執行者が全滅させたと言う報せが届く。
一度に多くの事が起こったが、協和会は文字通り崩壊した。
街は平穏を取り戻すだろう。
後は「残った者達」が、どうなるか……。

286創る名無しに見る名無し2017/12/05(火) 21:15:17.93ID:2SA3Y7q+
test

287創る名無しに見る名無し2017/12/10(日) 17:45:17.07ID:BZXQWqqd
アドマイアーは悪夢を見ていた。
彼は黒い靄に包まれ、精神的な拷問を受けているのだ。
悪夢の中で彼は指一本動かせず、凍て付く様な冷気が漂う暗黒に囚われている。
寒過ぎて、四肢が裂ける様に痛む。
夢の中だと言うのに、意識だけは嫌に確りしており、苦痛が和らぐ事は無い。
女の形を取る黒い靄の冷たい吐息が、アドマイアーの頬に掛かる。
彼は寒さに震えながらも、勇気を出して尋ねた。

 「何故、私に取り憑いた?」

 「お前には邪心がある」

 「邪心……?」

 「あの子は私の物……」

 「親は子を手元に置きたがる物だ。
  それを非難はしない。
  だが、眠りに落とした儘で良いとは思わない!」

アドマイアーが抗弁すると、黒い靄は怒りの形相に変じた。

 「誰もが、あの子を利用する。
  そして、あの子を苦しめる。
  あの子の神性に目を付けて。
  お前とて同じだ」

アドマイアーは反論出来なかった。
彼はレクティータを政治に利用しようとしていた。
大義名分があるとは言え、私欲を満たす為に巻き込もうとしていた事実は変わらない。
同時に、それが自分が襲われた理由だとも理解した。
あの場に居た4人の中で、アドマイアーだけがレクティータを利用しようと言う下心を持っていた。
思案の末、彼が出した結論は……。

 「……わ、解った。
  ならば、手を引こう。
  あの娘を政治の世界には関わらせない。
  私の夢は終わりにする」

 「信じられるか!」

黒い靄に喝破され、アドマイアーは沈黙した。
女の形をした靄は続ける。

 「下らぬ企みを直隠し近付いておきながら、どの口が言う!
  それに、お前一人が手を引いた所で何になる?
  あの子を狙う者は多い。
  徒人(ただびと)には有らざる力を持つばかりに……。
  おお、可哀想なクロテア……」

288創る名無しに見る名無し2017/12/10(日) 17:48:37.95ID:BZXQWqqd
黒い靄はアドマイアーから離れて行く。
それを冷気が遠ざかる感覚で、アドマイアーは察した。

 「待て、行くな!」

彼は無我夢中で、黒い靄を逃すまいと、髪の毛の部分を引っ張る。
意外な事に靄は手を擦り抜けず、確り掴んだ手応えが残った。

 「行かせはせん!
  あの娘を取り殺す積もりか!」

黒い靄はアドマイアーに一瞥を呉れて、冷淡に微笑む。

 「誰かの手に渡ってしまうなら、それも悪くない」

アドマイアーは激昂した。

 「ふ、巫山戯るなーっ!
  親は子の幸せを願う物じゃないのか!
  お前こそ、あの娘を利用しようとしているだけじゃないか!
  唯、自分の為に!!」

 「親子を語れる分際か?」

鋭い一言に、彼は怯む。
アドマイアーには子供が居ない。
それでも彼は人の子で、人の親に育てられた。

 「子は無くても、親はある――あった!!
  私は……、私の両親は、共通魔法が下手な私を責めなかった。
  人には得手不得手があるのだから、自分の良い所を伸ばして行けと。
  父母の愛は偉大だった。
  私は人に劣る身で両親の多大な愛を受け、しかし、故に心苦しかった。
  どうして私は共通魔法が上達しなかったのか?
  魔法資質は悪くない、親や学校の教育も悪くない。
  皆同じ様に出来ているのに、私だけ共通魔法が下手だった。
  唯それだけの事で辛い思いをした。
  だから、世界を変えようとした!
  両親の愛に堪え得る偉業を成し遂げる為、私の様な思いをする人間を増やさない為!
  『共通魔法が使えないから何だ!』と言える世界に!
  私は資産運用を始め、小さな財閥を結成し、漸く政治に関与出来るまでになった!
  そこへ、あの娘が現れた!
  これぞ運命、天啓だと思った!!」

289創る名無しに見る名無し2017/12/10(日) 17:51:02.71ID:BZXQWqqd
勢いに乗って関係無い事まで告白して熱弁する彼に、黒い靄は冷徹に言い放つ。

 「……それを諦めるのか?
  諦め切れるのか?
  何と浅謀(あさはか)な。
  信念の欠片も無い男!
  益々信じられん」

 「何とでも言えーー!!
  あの娘は殺させん!!
  お前は傀儡にされた娘を見ていないのか!?
  あの無垢で無知な瞳を見ていないのか!?
  何時の日か、子は親元を発つのだ!
  何も知されず、闇に葬られる事が残酷だとは思わないのか!
  どこの親に、そんな権利があると言うんだ……」

アドマイアーは泣いていた。
それには黒い靄の方が怯む。
彼の拳は熱を帯び、益々力強くなる。

 「お前をあの娘の元に行かせはせん!
  この命に代えてもだ!!」

 「な、何故、そこまで……」

 「知るかっ、私にも分からん!
  愛とも義とも言い難い!
  知り合って、日も浅いと言うのに。
  彼女には幸せであって欲しい」

 「自分の娘でもあるまいにっ!」

 「他人だろうと何だろうと、人の幸せを願う事の何が悪い!
  お前は人を呪うばかりか!?
  人の世は辛いだけではないさ!
  お前は今まで他者に、僅かな温もりさえも感じた事は無いと言うのか!」

口論の末に、双方が涙を流していた。
女の形をした黒い靄は、アドマイアーの気迫に圧され、消え入りそうな声で言う。

 「私は……、もう一度、あの子を抱き締めたかった……」

黒い靄の女の顔は額から顎まで縦に裂け、崩れ落ちて行った。

290創る名無しに見る名無し2017/12/10(日) 17:58:30.18ID:BZXQWqqd
filler

291創る名無しに見る名無し2017/12/10(日) 17:59:07.08ID:BZXQWqqd
アドマイアーが目覚めたのは、昏倒から2日後、魔導師会の中にある医務室だった。
外対による精密な診断の結果、彼が昏倒した原因は呪詛魔法による物だと判明したが、
その事実は公には伏せられた。
しかし、一時的にとは言え総裁を失い、一部とは言え幹部が人身売買の容疑で逮捕された、
PGグループに留まろうとする者は少なく、残りはアドマイアーに忠誠を誓う者だけになった。
ある意味では、純化が進んだと言えるが……。
覚醒から即日解放されたアドマイアーは、直ぐにPGグループの本館に戻ったが、
人が減って活気が無くなっている事に気付くと、覚悟していた事でも少し気落ちした。
そんな彼を真っ先に出迎えたのは、何時も側に控えていた秘書の男。

 「総帥、お体は大丈夫ですか?」

 「……まあ、少々鈍ってはいるが、問題は無い。
  この年で中々頑健だと我ながら思う。
  さて、今もグループに残っているのは何社かな?」

アドマイアーが尋ねると、秘書は数極沈黙した。

 「30社程度です」

 「嘘を言うな」

 「いえ、確かに離脱を仄めかす者もありましたが、総帥が復帰されたと知れば思い止まるでしょう。
  そればかりか、総帥の復帰で再加盟を申し出る者もあるかも知れません。
  総帥が御自ら説得して頂ければ、50社程度までは回復する物と……」

 「良い、『去る者は追わず』だ」

懸命に説明する秘書の言葉を、アドマイアーは冷淡に遮って断じる。

292創る名無しに見る名無し2017/12/10(日) 18:01:07.15ID:BZXQWqqd
filler

293創る名無しに見る名無し2017/12/10(日) 18:01:23.96ID:BZXQWqqd
その儘、執務室へと向かう彼の後を、秘書は追って続ける。

 「離脱によりグループの総資産こそ目減りしましたが、本体の資産が減った訳ではありません。
  使える現金は十分に残っています」

 「結構」

 「今回の件で痛手を負ったのは、我々だけではありません。
  他の大企業も同じです。
  総帥が作成を命じた、協和会の裏出資者名簿。
  これが役に立つ時が来ました」

協和会は資金の出入りを、素直に役所に報告してはいない。
魔導師会も把握し切れていない、裏献金がある。
当然、この献金者も狂宴に招かれる。
それをPGグループは役員を潜り込ませる事によって、把握していたのだ。
PGグループの役員で都市警察に身柄を拘束されている内の数名は、そうした使命を帯びた者で、
狂宴に参加しながらも、冷静に周囲を観察していた。
勿論、使命を忘れた者や、使命とは無関係に狂宴を楽しんでいた者も居るが……。
アドマイアーは裏出資者名簿を受け取ると、少し目を通しただけで秘書に突き返した。

 「その話は後にしよう」

 「はっ、あっ、お疲れでしたか……。
  済みませんでした」

慌てて畏まる秘書に、アドマイアーは小さく笑って言う。

 「大事な話をしたい。
  執務室まで付いて来てくれ」

 「はっ、畏まりました」

アドマイアーと秘書は執務室で2人切りになった。

294創る名無しに見る名無し2017/12/11(月) 18:10:54.06ID:4XeLLqVv
アドマイアーは両袖机の傍にある総帥が座る椅子ではなく、来客と対話する際に使う、
少し低い長方形のテーブルの両側に沿って置かれた、片側のソファに腰掛けた。
そして、秘書に自分の対面に腰掛ける様に促す。
何を言われるのかと、秘書の男は緊張した面持ちで、総帥の言葉を待っていた。
アドマイアーは長い「間」を作って、大きな溜め息と共に告白する。

 「ユニフィアス、私はPGグループの総帥の座を退こうと思う」

 「な、何故ですか?」

秘書ユニフィアスは吃驚して、反射的に尋ねた。
アドマイアーは再び溜め息を吐いて言う。

 「決して、『未来を悲観した』訳では無い。
  君の言う通り、グループは立て直せると思っている」

 「では、何故……」

 「私は世の中を変える為に、政治の道を選んだ積もりだった。
  しかし、それは所詮、私の『我が儘<エゴ>』だったのかも知れん……」

弱気に零すアドマイアーを、秘書ユニフィアスは励ました。

 「そんな事を仰らないで下さい、総帥。
  貴方の信念に賛同して、政治活動に参加した人も多く居るんです。
  今更、自分だけ抜けるのは無しですよ!」

しかし、アドマイアーは既に決心している様である。

 「私は年を取り過ぎた。
  後進に道を譲る時期が来たのだよ。
  PGグループの後継者には君を指名したい、ユニフィアス」

295創る名無しに見る名無し2017/12/11(月) 18:14:36.05ID:4XeLLqVv
意外な、そして急な後継者の指名に、ユニフィアスは喜びより焦りの感情が勝った。

 「総帥!」

 「もう『総帥』と呼ぶ必要は無い。
  私は君の伯父のアドマイアーだ。
  ユニフィアス、君には長い間、苦しい思いをさせた。
  君は私の信条を理解し慕ってくれたが、私は君を正式な後継者と認めて来なかった。
  何時までも政治家にさせるでも無く、私の秘書に止め置いたのは、残酷な処置だった」

アドマイアーは何れユニフィアスを政治家する積もりだったが、それを明言した事は無かった。
何時まで自分は秘書を続けるのかと、ユニフィアスが不安に思っていないか、彼は心配していた。
ユニフィアス自身、アドマイアーの後継者になりたいと言う希望はあったが、直訴した事は無い。
PGグループはアドマイアーの物であり、全ては彼が決めるべき事だと達観していた。

 「それは懺悔ですか……?」

戸惑うユニフィアスに、アドマイアーは頷く。

 「そうだ、私は悪い人間だった。
  目的の為には手段を選ばない様な、冷酷な男になっていた。
  私は個人的な事情を解決する為だけに、政治の道を志し、その過程で多くの者を犠牲にした。
  人を欺き、利用し、そうした事を平然と出来る人間こそが『賢い大人』であり、大成する人物だと、
  嘯いて来た。
  そんな人間にだけは成るまいと思っていたのに、何時しか私は純粋さを失っていた……」

彼を止める事は出来ないと、ユニフィアスは長年秘書を務めて来た経験から悟っていた。

 「決意は固いんですね……。
  伯父さん、一線を退いて何をする積もりなんですか?」

 「フリースクールで共通魔法の勉強をしようと思っている」

 「へ?」

ユニフィアスは耳を疑った。
伯父が長年忌避していた共通魔法を学ぶと言い出すとは、全く想像も出来なかった。
大陸旅行を始めるとか、或いは閑静な土地で暮らすとか、悠々自適の生活を送る物と思っていた。

 「可笑しいか?
  何を今更と思うかな?
  しかし、魔法を使えるに越した事は無いと、今になって思うのだ。
  若い頃、幾ら努力しても上達しなかったが……。
  今なら違う物が見える。
  そんな気がするのだよ」

遠い目をするアドマイアーは、時の彼方に忘れてしまった何かを、取り戻そうとしている様だった。

296創る名無しに見る名無し2017/12/11(月) 18:17:24.27ID:4XeLLqVv
PGグループはアドマイアーの甥、ユニフィアスを新しい総帥として再出発する。
彼が隠し持っていた、協和会の裏出資者名簿は、魔導師会に提出された。
それを魔導師会は「匿名」の告発として扱い、都市警察と執行者の貴重な捜査資料となった。
魔導師会と都市警察は、市政が混乱に陥る事を承知で、大掃除に乗り出した。
大企業の幹部や役員、芸能人から議員まで多数が人身売買の容疑で逮捕され、起訴されて、
裁判で重い判決を受けた。
勿論、協和会のエルダーやシスターも同じく。
欲望が絡んだ前代未聞の大醜態に、市民は益々政治や企業への不信感を強め、
それは人間不信へと繋がって行くだろう。
全てを予測していながら、魔導師会と都市警察は正義を断行した。
社会の動揺を抑える為に、事件を闇に葬る事も出来たが、それをしなかった。
理由は、どちらにしても市民の不信感は募って行く為だ。
真実を隠そうとしても、事情を知る人から人へと情報は伝わり、「裁かれない者」の存在を、
意識させてしまうだろう。
結局の所、「頼れるのは魔導師会だけ」と言う事に落ち着いたのは、良かったのか悪かったのか、
今は何も分からない。
だが、ティナー市を中心とした大きな動乱は、一先ずの終息を迎えたのだった。

297創る名無しに見る名無し2017/12/12(火) 19:14:52.89ID:LFo4vjhb
「レクティータ……否、クロテアさんに会わせて貰えませんか?」

「ええ。丁度、彼女も貴方との面会を希望していた所です」

「何時頃、彼女は目覚めたのですか?」

「貴方の覚醒から遅れる事、1角です。私達は席を外しますので、どうぞ積もる話を」

(……あれは夢だったのか、それとも……。いや、何でも構わない。彼女の無事が確認出来れば)

298創る名無しに見る名無し2017/12/12(火) 19:18:14.23ID:LFo4vjhb
「『初めまして』、クロテアさん。私はアドマイアー・パリンジャーと言います」

「貴方は私の名前を御存知なのですね。『初めまして』、アドマイアーさん」

「……あの、私の事を憶えてはいませんか? 貴女は協和会の会長で――」

「いいえ。その時の事は、私は全く記憶にありません……。私は何者かに記憶を奪われて、
 操られていたと、魔導師の方に聞きました。私の知らない間に、私は貴方に何か……?」

「いえ、何でもありません。憶えていないのなら、良いのです。大した事ではありません」

「そうですか……」

(沈黙が気不味い……。会うべきでは無かったか? いや、会わねば後悔していた。
 これで良いのだ。少なくとも、『本当の彼女』を知る事は出来た)

「私は貴方に聞いて欲しい事があります。貴方にとっては迷惑な話かも知れませんが……」

「私で良ければ聞きましょう」

「私は貴方の心遣いに感謝しています。私は記憶を失っている間、奇妙な夢を見ていました。
 覚めない暗闇の中に在った私は、蹲って目と耳を塞いでいました」

(何かの暗示か?)

「私は禁忌の子でした。その事実を、私は最近まで知りませんでした。知らされていませんでした。
 それを自覚した私は、精神の弱さから暗闇に落ちてしまいました。それが暗黒の始まりでした」

「禁忌の子とは……?」

「私の誕生は、人に望まれた物でしたが、その望みは暗い執念に満ちていました。
 私は無知な儘、幸福な時を過ごしていました。それを私が得る事は2度と無いでしょう。
 私は知らなければならない事を知り、戻れなくなりました。それを人は成長と言うのでしょうか?」

299創る名無しに見る名無し2017/12/12(火) 19:25:02.14ID:LFo4vjhb
「……『大人になる』と言うのだと思います。成長と言うより、不意に訪れる避け様の無い試練。
 例えば、私達が普段口にしている肉が、どこか身近な所で『処理』された物だと、
 初めて知った子供は、大きな衝撃を受けるでしょう。私達の口を楽しませる為だけに、
 殺される生き物が、同じ地上に存在している事に。しかし、全ては時が解決します。
 慣れが私達を鈍感にして、現実を受容せしめ、理解と納得に掏り替えさせる……」

「それを私達は悲しむべきでしょうか?」

「過去を懐かしがらない者は居ませんが、必ずしも悲しむべき事ではありません。
 幼年期は誰でも、大人に守られた安らかな日々を経験しています。赤子は独りでは生きられない。
 しかし、人は無知な儘では居られない。嫌でも『大人』にならざるを得ない……。
 恐らく、それだけの事なのです。貴女は戻れない過去に、寂しさを感じているのでしょう。
 それは人として自然な事です。大切なのは、現実を知った後の振る舞い」

「私は貴方に話を聞いて頂けて、良かったと思っています」

「それは、どうも」

「もう1つ、私は貴方に聞いて欲しい事があります。これも個人的な事で、私は自分の厚囂しさに、
 恥じ入る気持ちになります……」

「構いません、どうぞ」

「私は貴方の寛大さに言葉もありません。私は暗闇の中、母に抱かれている夢を見ました。
 母の抱擁は冷たく、私を死に誘うかの様でした。母は私を放そうとせず、私は凍えていました。
 しかし、目覚めの直前に、母の手は温かくなりました。それは僅かな間の事でしたが、
 確かに私は母の手に温かさを感じたのです」

(夢か……。あの影は、最後に良心を取り戻したのだろうか? それが彼女の目覚めを促したとは、
 都合の好い方向に物事を考え過ぎだな……。所詮、夢は夢)

「母は私に謝っていました。『貴女の傍に居て上げられなくて御免なさい』と。それは寂しいけれど、
 仕方の無い事だと、私は自然に受容していました。……只の夢の話です」

「ええ、夢の話です」

「しかし、私には只の夢だとは思えないのです」

「……私も夢を見ましたよ」

「どの様な夢を、貴方は見たのですか?」

300創る名無しに見る名無し2017/12/12(火) 19:26:20.05ID:LFo4vjhb
「貴女の母と思しき人物に説教をする夢です。日頃、上から人に接しているので、見知らぬ人にも、
 説教を始めてしまう様な傲慢さが、夢でも出てしまったのでしょう」

「貴方の説教で、私の母は改心したのでしょうか?」

「分かりません。所詮は夢です」

「アドマイアーさん、私は貴方に感謝しなくては行けない気がしています」

「何故ですか?」

「理由は分かりません。しかし、今こうして私が無事で居る事と、貴方の存在が無関係では無いと、
 私には感じられるのです。貴方の為に、私に出来る事はありませんか?」

「お気持ちだけ受け取っておきます。……強いて言うなら」

「はい」

「幸せになって下さい。決して、不幸せにならない様に」

「分かりました。私も貴方の幸せを願っています」

「有り難う御座います。今日、貴女に会って良かった」

「私も貴方に会えて良かったです。私は願います。善き人には、善き巡り合わせがあらん事を」

301創る名無しに見る名無し2017/12/12(火) 19:32:29.45ID:LFo4vjhb
「はい。もう、貴女と会う事は無いでしょう」

「何故……」

「貴女も、そう予感しているのではありませんか? ……いえ、失礼しました。もしかしたら、
 これは単なる願望なのかも知れません。私は二度と貴女と会わない方が良いと思っています」

「やはり私が記憶を失っている間に、私と貴方の間に何かあったのですね?」

「……私は貴女に、協和会の会長だった頃の貴女の姿を見てしまうのです。あれは貴女では無いと、
 解っている筈なのに。もし、どこかで会っても知らない顔をして下さい。お互いに認識し合っても、
 言葉を交わそうとせずに通り過ぎて下さい」

「貴方は気にし過ぎです」

「ええ、解っています。数月、数年後、貴女が私の事を覚えているかも定かでは無いのに……。
 しかし、誤解なさらないで下さい。悲しくは無いのです。貴女の未来に私の存在は不要と言うだけ。
 どこかの街角で、偶然貴女を見掛ける事があれば、十分なのです。いえ、それさえも贅沢な」

「貴方は私を見ると、失われた『私』を思い出して、辛い思いをするのですね。貴方が心から、
 そう望むのであれば。私は貴方の事を忘れましょう」

「有り難う御座います」

「私と貴方の間に何があったのか、どうしても貴方は私に話して頂けないのですか?」

「……何もありませんでした。私が貴女に一方的な理想を抱いていただけの事。恥ずかしい話です。
 お忘れ下さい」

「はい。でも、何時か――」

「それ以上は言わないで下さい」

「はい」

302創る名無しに見る名無し2017/12/13(水) 18:13:32.38ID:Vp/c8sx9
「フー、漸っと自由ンなれた思たら、今度は聞屋(ブンヤ)に追われるわ、やれやれ、
 儂(わい)も有名人になった物や」

「自業自得やろ。小銭目当てに、誰彼構わず協和会の事、箆々(べらべら)喋るからや。
 調子打(ぶ)っ放(こ)いた付けやで」

「そやかて、儂は今、無職なんやぞ。協和会(カイシャ)潰れたんで、小遣い稼がな食ってけん。
 自己防衛論者には戻れんしな」

「お前の面の皮の厚さには、本真驚かされるわ」

「儂は何も悪い事してへんし。実際、逮捕はされとらんで。魔導師会には『保護』されとったんや」

「殺しても死なん言うのは、お前みたいなんを言うんやろなぁ……」

「いやいや、殺されたら死ぬで」

「真面目な話、今後どうする積もりや」

「暫くは協和会ネタで食ってくわ。新聞社が3つと、週刊誌が4つ、話が来とる。今が稼ぎ時や。
 ネタが腐らん内に暴露本も出したろかな思うとる。こうなったら稼げるだけ稼いで、儲けたるんや」

「懲りん奴(やっち)ゃなぁ……」

「どや、自分、儂と組んでみいひんか? 今なら儲け放題やで」

「遠慮しとくわ。お前みたいなんは遠くから眺めとるだけで十分や」

「はぁ、そんなら儂は今から聞屋の小父(おっ)ちゃんと『会談』せなかんさかい。又な」

303創る名無しに見る名無し2017/12/13(水) 18:15:25.29ID:Vp/c8sx9
「ササンカ君、ボルガ地方まで送って行くよ」

「……頼む」

「僕は君に謝らなければならない。危険な目に遭わせてしまって済まなかった。
 僕の見通しが甘かった」

「謝る必要は無い。その代わり……」

「その代わり?」

「私の村に来て欲しい」

「あぁ、コバルトゥス君の話? 彼の精霊魔法が必要なんだっけ?」

「彼の事は、もう良い」

「えっ、良いの?」

「その代わり……」

「その代わり?」

「レノック殿に来て欲しい」

「僕?」

「是非、レノック殿の魔法を我等が一族の秘法に」

「音楽の魔法は、隠密魔法と相性が良くないと思うんだけどなぁ……」

304創る名無しに見る名無し2017/12/13(水) 18:16:44.91ID:Vp/c8sx9
「そんな事は、どうでも良い」

「ええっ、どうでも良くは無いんじゃない……?」

「私はレノック殿を婿に迎えたい」

「……聞き違いかな? 何か途んでも無い単語が聞こえた様な……。婿?」

「レノック殿、私の婿になってくれ」

「……コバルトゥス君じゃなかったの?」

「彼を必要としたのは私では無く、『一族』の方。魔法の為だけの政略結婚だ」

「あの、よく分からないんだけど、どうして僕なんだい? 僕は君に何か特別な事をした?
 好かれる要素があったかな?」

「私が暗闇に囚われた時、貴方に渡された音石殿に勇気付けられた」

「あぁ、あの時かぁ……」

「音石殿はレノック殿でしょう?」

「まぁ、そうだけど……」

「お婿に来て下さい」

「残念だけど、僕は人間とは交われないんだ。こう見えて、独りで数千年は生きている」

305創る名無しに見る名無し2017/12/13(水) 18:18:54.27ID:Vp/c8sx9
「構わない」

「……何が?」

「子供が生まれなくても」

「いや、そこは大事なんじゃないの? 『一族』としては」

「私は一族より愛を選ぶ」

「一族の掟は厳しいんじゃ……」

「良いの」

「良いの!?」

「一族を敵に回してでも、貴方が欲しい」

「えぇ……」

「嫌ですか?」

「……今、僕達は反逆同盟と戦っているんだ。そう言う話は後にして欲しいかなぁ……」

「分かった。私も反逆同盟とやらと戦う」

「危ないよ?」

「構わない」

「そうじゃなくて、酷な事を言う様だけど、君では戦力にならないかも知れない」

「直接戦う以外にも、出来る事はある筈」

「……分かった、分かったよ。僕の負けだ。好きにすると良い」

「やった!」

306創る名無しに見る名無し2017/12/13(水) 20:08:37.65ID:R0mAXyWo
かわいい

307創る名無しに見る名無し2017/12/14(木) 18:14:24.71ID:lJg6vp1o
「怪物が魔力発生装置を備えていたって?」

「魔力発生装置かは不明だが、多量の魔力を蓄える何等かの器官を備えていた可能性は高い」

「興味深いなぁ……、興味深いなぁ!」

「まあ、全滅させてしまったので、何も残っていない訳だが」

「1匹位、確保しておかなかったのか?」

「市民の安全が最優先だ」

「目先の事に囚われ過ぎなんだよなぁ。怪物を捕らえて研究する事で、後々対策を立てられる様に、
 なるかも知れないのに」

「目先の事に囚われているのは、どっちなんだか……。『あれ』を捕らえておけるとは思えない」

「『解放者<リバレーター>』事件みたいに、俺達にも出動許可が出ていればなぁ……!」

「あれは解放者共の次の行動が判っていて、出来た事だからな……。反逆同盟の狙いが、
 共通魔法社会の転覆にあるなら、その内グラマー市も狙われるだろう」

「そうかなー? 逆にグラマー市は狙われないんじゃないかと思うんだが」

「何故だ?」

「だって、グラマー地方では全然騒ぎが起きないし。反逆同盟の遣り口も、妙に手緩いって言うかな。
 社会を混乱させたいなら、主要な交通路を破壊すれば良いのに。俺なら大街道を全部潰す」

「そう言えば、そうだな」

308創る名無しに見る名無し2017/12/14(木) 18:17:03.29ID:lJg6vp1o
「戦略性が見られないんだよ。魔導師会を相手にするなら緻密な戦略を練る必要がある。
 行政施設の制圧、破壊。要人の拉致。インフラストラクチャーの破壊。市民の扇動、動揺を誘う。
 今の所は、どれも中途半端で、何を目的にしているのかも不明だ。戦略目標は、どこにある? 
 連中は勝利条件をどこに設定していて、何を達成しようとしている?魔導師会の中では、
 『共通魔法社会の破壊』が目的だと事実の様に語られているけど、反逆同盟が正式に、
 声明を出した事は無い。交渉の窓口さえ無いと言うのは、何だ?」

「行き成り語るなよ。怖いんだよ、そう言う所。『何だ』って……、俺が知るかよ」

「旧暦、人間同士の戦争では、頻繁に相手と交渉して、『終らせ方』を探ったと言う。そうしないと、
 どちらかが滅びるまで、戦う破目になってしまうからなんだとか。交渉には、先ず『要求』があり、
 それが通るか否かを問題にする。戦争は要求を実現させる、手段の一つでしか無い。
 魔導師会とは相容れず、交渉する必要性を感じていないにしても、市民の代表とは、
 交渉しないと行けないだろう? 魔導師会に代わって、人々を『統治』しようと思っているなら」

「確かに。魔導師会に成り代わって、大陸を統治する積もりなら、市民への攻撃は出来るだけ、
 避けようとするだろうな。攻撃対象を『統治機構』に限定する事には、重要な意味がある。
 無闇な殺戮や殲滅は恨みや反感を買うだけで、戦後の統治には不利になる」

「でも、反逆同盟は市民と魔導師会との区別を余り明確にはしていない様だ」

「統治しようとは思ってないって事じゃないか?」

「純粋に『共通魔法社会の破壊』だけを目的にしているなら、やはり戦略が十分に練られていない。
 一連の騒動が本当に反逆同盟の仕業なら、連中が本当に『効率的な手段』を選んでいれば、
 今頃魔導師会は……」

「敵の無知に助けられているって?」

「……単に無知なだけなら良い。俺達が戦っている相手は、もっと途んでも無い物かも知れない。
 どうして魔導師会は、反逆同盟の拠点を突き止められないんだろう? どうして反逆同盟は、
 魔導師会に覚られず都市を襲えるんだろう? 魔導師会は反逆同盟の挑戦を受けているのに、
 そして何度も撃退しているのに、今日に至っても丸で対応出来ていない」

「連中は敢えて、効率的な手段を選んでいないと?」

「分からない。もしかしたら、今までの事は全て、小手調べに過ぎないのかも知れない」

「考え過ぎじゃないのか」

309創る名無しに見る名無し2017/12/14(木) 18:17:57.11ID:lJg6vp1o
「……あぁ、早くグラマー市が狙われないかなぁ」

「行き成り素に戻って、不謹慎な事を言うんじゃない! どうして先(さっき)の真面目な会話から、
 そんな巫山戯た言葉が吐けるんだ?」

「共通魔法使いの聖地を攻略するのに、どんな化け物を使うのか、沸々(わくわく)して来ないか?
 魔力発生装置、空間移動、未知の技術を備えた驚異の生体兵器!」

「鹵獲しようってか? 苟も研究者なら敵の技術に頼らないで、自力で発明しろよ」

「倫理的な制約があるから面倒臭いんだよぉ」

「嘘吐け! お前等、自分の体を改造しまくってるだろうが! その目は何だ、その目は!
 明らかに人間の目じゃないぞ!」

「暗視、望遠、顕微、可視波長域拡大、防塵、音波可視化、水晶体再生……便利過ぎて、
 元に戻すなんて考えられない。人体実験も死体弄りも、大した問題では無いんだよ。
 本当に危(やば)いのは……。あっと、何でも無い。今のは忘れてくれ」

「馬鹿な夢見てないで、地道に研究を続けてくれよ」

「何が危いのか聞かないのか……?」

「自分で『忘れてくれ』って言っただろう。そうやって仲間を増やそうとするのは止めろ」

「そんな人を噂の悪魔(※)みたいに」


※:人の噂を媒介として増殖する怪物の事。
  人々の認識によって、存在を得る。
  開花期の小説「噂の悪魔」より。

310創る名無しに見る名無し2017/12/14(木) 18:25:36.07ID:lJg6vp1o
「マトラ公、足は治った様であるな」

「……聖君の器を手放せば、呪いを掛け続ける必要は無いと言う事なのだろう」

「しかし、マトラ公にも敵わぬ物があるとは」

「呪詛とは真、厄介な物よ。そなたも他人事ではないぞ。気を付けよ、フェレトリ」

「用心するとしよう。そうそう他者の恨みを買う事は無いと思うが……」

「吸血鬼である、そなたが最も人の恨みを買い易いのでは?」

「吸血は夢見る裡に誘い堕とす。これに尽きる。死への旅立ちは快楽に包まれ、苦しみを与えず。
 心は極楽、体は地獄。然すれば、恨まれる事は無くなろう」

「優しい事で」

「悪魔とは誘惑する物。言葉巧みに誘い、快楽を与えて魂を奪う。最後まで、否、決して、
 正体は明かさぬ」

「それが難しい。間抜け共が悪魔の正体を知って、絶望する所を見るのが愉しみなのだ」

「マトラ公もクリティアも、嗜虐心が過ぎ申すな」

「ハハハ、人に憎まれ、恨まれる。これも悪魔の風流と言う奴よ。憎悪怨恨を恐れて、
 人間に阿る様では、とても悪魔とは言えぬであろう」

「……我の事を言うておられるか?」

「そうは言うておらん。一々刺々するでないよ。賢しく立ち回る真似が、煩わしくなる時もあるのだ。
 小細工を圧し潰して進む事以上に、己が力を誇示する方法はあるまい」

311創る名無しに見る名無し2017/12/15(金) 18:20:06.24ID:yDtBesXF
a breather

312創る名無しに見る名無し2017/12/15(金) 18:23:10.09ID:yDtBesXF
怯者/怯懦/懦弱(へたれ)


気弱な者、臆病者、勝負弱い者、口ばかりで中身が伴わない者の事です。
「疲れる」、「元気が無くなる」と言う意味の「へたる」の名詞形「へたり」が変化した物と思われます。
他にも、「へこたれる」を略した物とも言われますが、「屁垂れ」は当て字ではないでしょうか……。
「馬鹿垂れ」、「洟垂れ」等、人や物に対して強調の意味で使われる「タレ」がありますが、
その語源は様々です。
「小便垂れ」や「洟垂れ」は後に付く「小僧」、「坊主」が省略された物で、主に子供に言います。
(小便垂れは、身分の低い妾[夜鷹]を言う事もあったそうです)
「染みっ垂れ」、「甘っ怠れ」は、それぞれ動詞と形容詞の名詞化です。
「糞っ垂れ」は腹が立つ相手や出来事に言い、「糞」、「糞野郎」の類型です。
「部子(へこ)垂れ」は少年愛に現を抜かす者。
(部子は少年の隠語で、薩摩弁「へご」や男性器の古語「へのこ」と関連があると思われます)
「馬鹿垂れ」は馬鹿を「垂れる(言う)」者。
(完全に余談ですが、「アホンダラ」は「アホ」+「ダラ」ではなく「アホタレ」の音便化だと思います。
 同じく「クソンダラ」も「クソ」+「ダラ」ではなく、「クソタレ」の音便化でしょう。
 しかし、山陰から北陸に掛けて、馬鹿を意味する「ダラ」の語源が不明なので断言は出来ません。
 そもそも語源が唯一とは限らず、複数の要因が絡む事もあるので……)
対して、臆病者と「屁垂れ」の関連は不明瞭です。
「屁放虫(へこきむし、へっぴりむし)」は臭気を放つ昆虫(カメムシ類とミイデラゴミムシ)を言い、
人間に使う時は、「よく屁をする者」、「屁の音が大きい者」、「屁が臭い者」、「屁をした者」で、
「弱虫」の意味では余り使われません。
寧ろ、人前で屁を放く事は大変失礼であると同時に、恥ずかしい事でもあり、それを逆手に取って、
「大胆さ」や「無神経さ」の表現に用いられる程です。
昔話「屁こき嫁」にも、「へたれ」のイメージは全くありません。

313創る名無しに見る名無し2017/12/15(金) 18:24:10.75ID:yDtBesXF
「どうと言う事は無い」、「取るに足らない」と言う意味の「屁でもねえ」は、「そうでもない」の、
転訛の可能性を指摘しておきます。
東海、関東、東北では「そう」の意味で「へえ」、「へー」、「へ」が用いられる地域があり、
元々「屁」とは無関係かも知れません。
(例:「へーでな(それでな)」、「へーだで(そうだよ)」等。
 「そう」から「せー」へ、「せー」から「へー」に変化したと思われます。
 「そう」が「せ」になるのは、関西弁「せやで(そうだよ)」に見られます。
 これに江戸弁に見られる「サ行」が「ハ行」に置き換わる現象が加わり、「へ」になったのでしょう。
 しかし、「サ行」が「ハ行」に置き換わるのは、日本の東側に限った話ではなく、関西地方でも、
 「そ」が「ほ」になったり、「せ」が「へ」になったりします。
 「そ(ほ)んなら」「知りませ(へ)ん」が代表的です。
 「サ行」と「ハ行」の置き換わりは、九州から東北まで各地にあり、古い日本語だとも言われます)
「屁垂れ」と臆病者に関連があるとすれば、「屁っ放り腰」。
屁をする時の姿勢が腰を引いた物である事から、怖ず怖ずした様を「屁っ放り腰」と言います。
「屁っ放り(へっぴり)」も同じ意味で使われるらしいので、そこから「屁垂れ」かも知れません。
強調の「タレ」は関西弁らしいのですが、関西では「へたれ」に類似した意味の「あかんたれ」があり、
こちらは「あかん(『行かん』の転)」+「タレ」で「行かん(駄目、悪い、怪しからん)奴」です。
「いけず(行けず)」に近いとも。
「へたれ」と「あかんたれ」の違いは、「あかんたれ」の方が悪行や非行を含む広義の「駄目」で、
又「へたれ」は新しい言葉との事。
それは扨措き、当て字は何れも「気弱」、「臆病」、「臆病者」の意味です。

314創る名無しに見る名無し2017/12/15(金) 18:26:14.02ID:yDtBesXF
密告(ちく)る


告げ口する事です。
中国語では告密、伝舌と言うらしいので、それも使えると思います。
告げ口の「口」から「口(くち)る」、「チクる」と変化したとも、「(嫌味等を)ちくりと言う」に由来するとも、
言われます。
この「ちくり」は、鋭い物が刺さる時の「ちくり」です。
どれが正しい語源なのかは不明ですが、個人的には後者を推します。

315創る名無しに見る名無し2017/12/15(金) 18:29:10.14ID:yDtBesXF
おられる


尊敬語の「おられる」ですが、誤りとする人が多い様です。
そう言う人は「いらっしゃる」が正しいと主張するのですが、「いらっしゃる」も実は問題があります。
「いらっしゃる」の「いる」には「居る」と「入る」があり、更に「居る」、「在る」、「行く」、「来る」の、
4つの意味を持つ尊敬語でもあります。
「居る」の尊敬語には他に、「坐す(おわす、います)」があります。
「あられる」で代用される事もあります。
時代劇では「こちらに坐す方は〜」と言いますが、現在では殆ど死語です。
方言で「おわっしゃる(おわせらる)」を使う所も残っている様ですが、現代で「社長がおわします」、
「社長がいまします」は古めかしいと同時に、仰々しい印象でしょう。
一方「社長がいらっしゃいます」と言った時に、「入る」と「居る」の区別は文脈で行うしかありません。
「社長はいらっしゃいますか?」では、「入る」と「居る」だけでなく、「入る」でも更に意味が分かれ、
「(こちらに)来る」のか、「(そちらに)行く」のかと言う問題も生じます。
「こちらにいらっしゃって下さい」でも、「ここに居て欲しい」のか、「側に来て欲しい」のか、
解釈が必要になります。
「いらして下さい」等と言えば、確実に「来い」の意味に取られます。
意味の取り違えが無いと言うのは、「おられる」の長所でしょう。
「おる」は謙譲語だから誤りとするのは、余りに現代国語の規範に縛られ過ぎています。
現代国語の規範は飽くまで後付けの物で、当然例外があります。
幸い、「おられる」は「いらっしゃる」より敬意の度合いが低い言葉として、例外的に認められています。
これには「いる」の尊敬語である「いられる」が、尊敬語として使い難い事がある様です。
「先生がいられる」とは言いませんし、「話していられる」と言う表現は「可能」と受け取られます。
(関西弁では「いてはる」が通用する様ですが、例外的な物でしょう)
特に現在進行形の「いる」、過去進行形の「いた」に関しては、「いられる」が使えないばかりか、
「いらっしゃる」でも諄くなり勝ちです。
「言っていた」を尊敬語にする際、「仰っていた」では敬意の度合いが低いが、だからと言って、
「仰っていらっしゃった」では長くなり過ぎる。
そう言う時にも「おられた」が使えます。
「御覧になっておられた」、「召し上がっておられた」等も「いらっしゃった」では一文が諄くなりますし、
実際に口で言っても長々しく感じます(促音の連続が理由でしょう)。
又、「おる」は「いる」よりも文語的とされて「おり」、この様に付属語でも活躍します。
これを『「おる」は「いる」よりも文語的とされて「いて」』と言うと、口語的で砕けた印象を与えます。
この例は「おる」の謙譲語の用法ではありません。
しかし、常に「いる」の代替に用いられる訳では無く、「おる」や「おった」は余り使いません。
「いる」の隙間産業を担う「おる」は、今後も生き続けるでしょう。

316創る名無しに見る名無し2017/12/15(金) 18:30:13.83ID:yDtBesXF
余談ではありますが、「おる」には謙譲語の他に、尊大語(自敬)の意味もあります。
偉い人が「知っておる」、「言っておる」と言う時が、それに当たります。
「困っているのです」と「困っておるのです」では、謙譲語の分、後者が丁寧な言い方の筈ですが、
「おる」の尊大語の性質を考慮すると、後者の方が偉そうに聞こえるかも知れません。
尊大語は他に「食らう」、「くれる」、「やる」、「遣わす」、「申す」、「参る」、「致す」があります。
王様や殿様が偉そうに使う言葉だと思って下さい。
この中には乱暴な言葉と同時に、謙譲語と呼ばれる物も含まれています。
偉い人が自分の行為に丁寧語でない謙譲語を使うと、尊大語になるのです。
「手打ちに致す」、「今参る」、「確かに申した」等。
以上の例は幾ら謙譲語でも、丁寧語に直さなくては、謙った事にはならない事を意味します。
謙譲語は丁寧語にして、初めて正しく謙譲の意味を持つとも言えるでしょう。
謙譲語U(丁重語)と言う分類もありますが、これでは上記の事柄を全て説明出来ません。
「伺う」や「頂く」、「仕(つか)る」でも同じ事が言える為です。
尊敬語も同じで「何を仰る」と言うと無礼な感じがあり、「何を仰います」と丁寧語にします。
そして、自分の行為を尊敬語で言う事はありません。
どうも尊敬語としての「おられる」は、尊大語の「おる」の受け身として誕生した経緯がある様です。
「偉い人が目下の者に尊大語を使う」、「言われた側が受け身で表現する」と言う自然な遣り取りが、
尊敬語と同時に謙譲語でもある言葉を生み出したのでしょう。
似た様な「受動態での敬語表現」は他言語でも見られます。
そもそも日常会話で「尊敬語」に加えて「謙譲語」まで一々対応する言葉を覚えなくてはならないのが、
大きな手間なのです。
無教養と切って捨てるのは簡単ですが、所謂「平民」と呼ばれる人達が「正しい国語」の教育を、
受けられる訳も無く、又「正しい国語」と言う物も無かった時代、こうして自然に発生した言葉を、
「誤り」と断じるのは傲慢にも思われます。

317創る名無しに見る名無し2017/12/15(金) 18:33:56.39ID:yDtBesXF
更に余談になりますが、「おる」や「申す」(所謂「丁重語」)は本当に謙譲語だったのか疑問です。
古文書を見ると、「申す」は必ずしも謙譲語ではなく、尊敬語や丁寧語としても使われています。
江戸期の文書では「被申候(もうされそうろう)」があり、やはり尊敬と謙譲どちらでも用いる上に、
「申候(もうしそうろう)」を「言う」や「する」の改まった言い方として用いる例もあります。
(丁寧語の「ます」が「申(まお)す」、「坐(ま)す」の影響を受けている事も関係しているでしょう)
同時に「被仰候(おおされそうろう)」もあり、こちらは歴とした尊敬語です。
頻繁に使われ過ぎて、「申す」本来の意味を失ってしまったか、若しくは最初から謙譲語ではなく、
丁寧語だった物が格下げされた可能性もあります。
(「言う」の丁寧語が「申す」で、尊敬語が「仰る」だったかも知れないと言う事です)
これに限らず殆どの場面で、尊敬語は確実に目上の者に対してのみ用いられているのに対して、
謙譲語は丁寧語との区別が曖昧で、時に尊敬語にもなります。
元は丁寧語と尊敬語だけだった所に、新しく謙譲語が誕生したのでしょう。
現在、尊敬語でも「お召し上がりになる」や「仰られる」等、「尊敬語を更に尊敬語にする」事が、
多くの場面で行われています。
恐らく、「召し上がる」や「仰る」では敬意が足りないと感じての事でしょう。
特に「召し上がる」に関しては、家庭で普通に「召し上がれ」、「お上がりなさい」と言うので、
改まった言葉だと実感出来ないのかも知れません。
(「上がる」は「食べる」の尊敬語で正当な物ですが、現在では余り使われない様です)
これ等は「二重敬語」であり、「好ましくない」とされていますが、その理由は「身分制度的な物」で、
実は戦後になってから廃止された物です。
そうでなければ奏上文で、「おかせられる」、「あらせられる」等とは言いません。
又、「おっしゃる」の元になった「おおせらる」も誤りと言う事になってしまいます。
(「せらる」は「される」の古語で、それが「おおす」に付いて、「おおされた」の意味です。
 二重敬語が誤りとするならば、「おおした」と言わねばなりません。
 その方が簡潔で良いと言う意見もありましょうが……)
「二重敬語は好ましくない」と言う見解は、墨守すべきとは思いません。
一応、「お召し上がりになる」は慣例として許容される事になっています。

318創る名無しに見る名無し2017/12/15(金) 18:35:47.90ID:yDtBesXF
二重敬語に関して、もう少し詳しく言及しておきます。
「お召し上がりになる」は動詞を尊敬語にする際の「お[ご]+(動詞の名詞形)になる」と、
「食べる」の尊敬語の「召し上がる」との組み合わせです。
「仰られる」は動詞を尊敬語にする際の「〜される(受動態)」と、尊敬語「仰る」の組み合わせです。
これ等は敬語に敬語を組み合わせるので、好ましくないとされています。
同じく、「お伺いする」等の動詞を謙譲語にする際の「お[ご]+(動詞の名詞形)する」と、
謙譲語(この場合は「伺う」)の組み合わせも、好ましくないとされています。
しかし、この程度の組み合わせは数あり、しかも既に多く使われています。
「仰せになる」、「お召しになる」、「お伺いする」、「お参りする」等。
(「仰せになる」は本来「お仰せになる」が正しいのでしょうが、「お」が多過ぎるのでしょう。
 敬語の重複を避けるなら、「仰(おお)した」と言わねばなりません。
 「お召しになる」の「召す」は「お気に召す」の様に、「召す」だけで尊敬の意味がありますが、
 「召される」と併せて多用されます。
 謙譲語の方は、「伺います」、「参ります」だけで十分とされています)
これ等が全て誤りである、又は好ましくないと言うのは、どうにも乱暴です。
一方で、「お頂きします」、「お承りします」の様に、違和感のある組み合わせも確かにあります。
この違和感のある物と、そうでない物の区別が「慣習」以外で説明不能な事が問題なのでしょう。
更に「個人的な違和感の有無」が加わると、それは最早感覚の問題であり、議論になりません。

319創る名無しに見る名無し2017/12/16(土) 18:24:21.05ID:eDyt7x8J
共(ごと)


「丸ごと」の「ごと」です。
「車ごと船に乗る」、「家ごと売り払う」、「箱ごと包む」等、「一緒に」と言う意味の接尾語です。
語源は分かりませんでした。
「事」か「如」か、それとも全く別の言葉か……。

320創る名無しに見る名無し2017/12/16(土) 18:28:47.83ID:eDyt7x8J
祟(たた)らう


本編では「呪(たたら)う」と当てています。
「祟る」の未然形「祟ら」に反復・継続の意味を持つ接尾語「ふ(う)」が付いた物です。
動詞の未然形+「ふ(う)」の例としては、「語らう」が代表的でしょう。
これは「語る」の反復で、「語り合う」の意味になります。
「住まう」は「住む」の継続で、「住んでいる」の意味。
「服(まつら)う」は「奉(まつ)る」の継続で、「奉げ続ける」から「従う、服従する」の意味。
「論う」は「挙げる」+「つる(連る?)」の継続で、「取り上げる」の意味。
「繕う」は「作る」の継続で、「作らう」の音変化、「直す、装う」の意味。
「呪(のろ)う」は「宣(の)る」の継続で、「宣らう」の音変化。
他、「呼ばう」、「移ろう(移らう)」、「生まう」、「坐(いま)さう」、「霧(き)らう」等。
調べると意外な物が出て来ます。
しかし、「補う」は「おき(置き)-ぬふ(縫ふ)」の変化であり、反復や継続の「ふ」ではありません。
語源を確り調べないと、紛らわしい物が幾つもあります。
又、反復の「ふ」は「合ふ」であり、継続の「ふ」とは意味が異なるとも言われます。
継続には明確に「〜している、〜し続ける」の意味が付加される物もあれば、元の動詞と然して、
意味が変化しない物も、元とは意味が変わってしまう物もあります。
肝心の「祟らう」の意味は、「祟る」と殆ど違いありませんが、「祟っている」、「祟り続ける」と、
解釈しても問題ありません。
「祟る」事の継続を表しているだけです。

321創る名無しに見る名無し2017/12/16(土) 18:35:13.77ID:eDyt7x8J
辣(ひり、ぴり)りと/辣々(ひりひり、ぴりぴり)/辣(ひり)付く


辛味や手厳しさ、或いは、焼け付く様な熱さを表す「ヒリヒリ」のヒリです。
中国語から。
中国語では「火辣辣」で、「ヒリヒリする」と言う意味に。
他、辣油や辛辣と、この漢字自体に、「ヒリヒリする、ピリッとする」の意味がある様です。
「辛辣」や「辣腕」は、それぞれ「手厳しい様子」と「物事を的確に処理する能力がある事」で、
味覚や痛覚以外にも使われています。
他に「赫」と言う漢字もありましたが、こちらは「明るい」や「赤々と」と言う意味です。
どちらも使えるのではないでしょうか?

322創る名無しに見る名無し2017/12/16(土) 18:36:02.71ID:eDyt7x8J
吃逆(しゃっくり)


「穢」の「禾(のぎ)偏」の代わりに「口偏」を入れて、漢字一字で「しゃっく(り)」とする事もありますが、
残念ながらコードの関係で表示出来ません。
代わりの漢字があるのは良い事だなと思いました。
「サクる」が語源だそうです。


似(そぐ)う


「似合う」、「釣り合う」、「相応しい」と言う意味の「そぐう」です。
現代では多く否定を伴って、「似(そぐ)わない」と言います。
古い小説では、「似はぬ(=そぐわぬ)」と表記されていたりします。

323創る名無しに見る名無し2017/12/17(日) 17:16:13.79ID:oaHQZgpW
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324創る名無しに見る名無し2017/12/17(日) 17:16:55.13ID:oaHQZgpW
動乱の裏で


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


反逆同盟の一員だった魅了の魔法使いバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロックと、
外道魔法使いとして覚醒しつつあるヘルザ・ティンバーの2人は、拠点から離脱しようとしていた。
今、反逆同盟の拠点には、主要なメンバーが殆ど居ない。
全員ティナー地方に出掛けているのだ。
しかも、長期間の出張である。
残っているのは、ラントロック、ヘルザ、リタ、ニージェルクロームと、B3Fだけ。
反逆同盟から抜け出すなら今しか無いと、ラントロックは脱走の覚悟を決めた。
しかし、脱走するには大きな枷がある。
それはB3Fの存在だ。
B3Fは「出張」に同行しておらず、大体ラントロックの近くに居る。
その上、彼女等はマトラに忠誠を誓っている。
忠誠心は個々で差がある様だが……。
密かに抜け出そうとしても、ラントロックの脱走を見逃す訳が無い。
どうするべきか悩んだラントロックは、正直にB3Fに同盟から離脱する意思を伝える事にした。

325創る名無しに見る名無し2017/12/17(日) 17:21:21.70ID:oaHQZgpW
彼は「説得」に自信があった。
魅了の魔法を使えば、どうとでもなると思っているのだ。
最初にラントロックが意思を伝えに行ったのは、魚人のネーラ。

 「ネーラさん、大事な話がある」

 「どうした、改まって?」

ラントロックが真剣な声で言う物だから、ネーラは怪訝な顔をした。
彼女の反応にラントロックは、言い出し難さを感じたが、迷う気持ちは数極以内に押し込み、
思い切って言う。

 「俺は同盟から離脱する」

その宣言にネーラは無反応だった。
驚くなり、止めるなり、何等かの反応をする物だと予想していたラントロックは不安になる。

 「……止めないの?」

ネーラは彼の疑問には答えず、自らの疑問を優先させた。

 「どうして、そんな事を言いに来た?
  私達が同盟の長である『マトラ』に逆らい得ない事は、主も知っていよう」

その口調は怒っている様で、ラントロックは罪悪感を覚えた。
ネーラはマトラに逆らえない。
だから、同盟の離脱者は止めざるを得ない。
離脱を知りつつ見過ごす事は、マトラへの「反逆」を意味する。
賢いネーラは、「指示に無い事」と無責任になれないのだ。

326創る名無しに見る名無し2017/12/17(日) 17:30:09.80ID:oaHQZgpW
ラントロックはネーラの瞳を真っ直ぐ見詰めて提案した。

 「ネーラさん、一緒に逃げないか?」

意外な言葉に、彼女は動揺する。

 「何だと!?」

 「俺は同盟を抜ける。
  この考えを変える積もりは無い。
  ネーラさんが、その気なら……」

ネーラは数々の特殊な能力を持っている。
ラントロックにとって、彼女が味方である事は心強い。
しかし、ネーラは首を縦には動かさない。

 「主は余りにマトラの恐ろしさを知らな過ぎる。
  主とマトラでは、1つや2つでは済まない桁違いの開きがある。
  無論、私もマトラの足元にも及ばない」

 「だから、黙って従うしか無いって言うのか?」

ラントロックの問い詰めに、ネーラは無言の返答をする。
彼は同情心を抑えて、毅然と言い放った。

 「俺は御免だよ。
  止められる物なら、止めてみろ、ネーラ」

挑発されたネーラはラントロックに対して、水の魔法を使う。

 「水泡よ、その儚きより儚きを封じる檻となれ。
  泡沫の命、命の泡沫。
  泡沫の命、潰えしは水となりて巡るも。
  命の泡沫、潰えしは虚にして、二度(ふたたび)還らぬ故」

327創る名無しに見る名無し2017/12/18(月) 18:10:50.54ID:SYWSewZL
ネーラとラントロックの魔法資質の差は、そう大きくは無い。
時々の調子によって、互いの優位は入れ替わる。
その程度の差でしか無いから、単純に比較して、どちらが上とは言えない。
だが、ネーラは自分の方がラントロックより強いと言う自負があった。
B3Fで最も高い魔法資質を持つ彼女は、自分の能力が他の「人間」に劣る物ではないと信じていた。
ラントロックの魅了の魔法に抗えないのは、魔法資質の優劣では無く、それが魅了の「性質」だから。
本気になれば、ラントロックには自分の魔法を打ち破れないと、高を括っていた。
ネーラが呪文を唱え始めると、無数の小さな水泡がラントロックに纏わり付き、やがて彼を包み込む、
大きな1つの水泡となる。
水泡を操る魔法は、ネーラが最も得意とする物。
普段、水中にしか居られない彼女が地上で活動するのに必要な魔法の一。
これの扱いに関しては、かなりの自信があった。
水泡の強度は、高めれば矢をも弾き返す程になる。
「魅了の魔法」しか使いたがらないラントロックに、これを破壊する手段があるか?
水泡に包まれても、ラントロックは全く動揺せず、静かにネーラを睨んでいた。
彼が徐に右手の指先を伸ばして水泡に触れると、破裂せずに突き抜ける。
これを見たネーラは驚いた。
水泡の強度を突き抜けられる程、弱くした覚えは無い。
想定通りの強度であれば、多少変形した後に、ラントロックの指を押し返して弾く筈だ。
ラントロックが左手も突き出すと、水泡は簡単に突き破られて、弾け飛んでしまう。

328創る名無しに見る名無し2017/12/18(月) 18:12:42.07ID:SYWSewZL
 「ネーラ、もう俺は躊躇わない」

落ち着いた声音で宣言する彼には、凄まじいまでの色気があった。

 「貴女の立場を、俺は解っている積もりだ。
  だから、俺は貴女を魅了する。
  貴女は俺の物になる。
  これから貴女が行う事は、全部俺が命じた事だ。
  全て俺の所為にすれば良い。
  ……一緒に逃げよう」

甘美な誘惑の囁きに、ネーラは簡単に堕ちて行った。
彼女は余りにも日常的に、ラントロックの魅了を受けていた。
「慣れる」所か、強い意志を持っていないと、益々深みに嵌まるのが、魅了の魔法。
魅了されても思考は自由ではないか等と油断していると、抜け出せない所まで来ている。
ネーラの瞳から光が失われ、ラントロックの言葉に従うだけの存在となる。

 「他の皆は素直に応じてくれるかな?
  『説得』しに行こうか、ネーラ」

無言で頷いたネーラは、宙に浮かせた水球に飛び込み、ラントロックの後に続いた。
次にラントロックはフテラに会いに、彼女の塒へ向かった。
その前に、フテラの方がラントロックに気付き、彼の目の前に下りて来る。
フテラはネーラの異変を敏く読み取り、少し警戒してラントロックに尋ねた。

 「ネーラの様子が奇怪しいが……、賢し立って粗相でもしたか?」

ネーラは余計な気を回して失敗する事が間々あるので、それでラントロックの不興を買って、
魅了で黙らされてしまったのかと。
その疑問にラントロックは答えず、フテラに対して言う。

 「フテラさん、今丁度会いに行く所だったんだ」

彼の笑顔にフテラは不吉な物を感じて、身震いした。

329創る名無しに見る名無し2017/12/18(月) 18:15:21.99ID:SYWSewZL
普段のラントロックであれば、素直にフテラに事情を説明した。
彼はB3Fを魅了して従わせる事に、幾らか負い目を感じていた。
本音を言えば、魅了せずとも従う様になって欲しいのだろうと、そうフテラは理解していた。
しかし、今のラントロックからは、そうした遠慮や優しさが感じられない。
彼の微笑みに、何時もの親しみは感じられず、牙を隠している様な恐ろしさがある。
身構えるフテラに、ラントロックは告げた。

 「俺は反逆同盟を抜ける」

 「えっ」

フテラは戸惑い、言葉を失う。
そんな彼女にラントロックは平然と尋ねる。

 「フテラさんは、どうする?」

 「えっ」

フテラは未だ何も答えられない。
彼女にはラントロックの意図が読めなかった。
返答に困っている彼女を見兼ねて、ラントロックは選択肢を用意する。

 「俺を止めるかい?
  それとも黙って見過ごす?」

そこまで言われて、漸くフテラはネーラが魂を抜かれた様になっている理由を察した。

 「ト、トロウィヤウィッチ……」

彼女の先を制して、ラントロックは自ら語る。

 「あぁ、『ネーラ』は俺と一緒に来てくれるって」

ラントロックがネーラを一顧して視線を送ると、ネーラは無感動に頷いて返す。
フテラは体の震えが止まらなかった。

330創る名無しに見る名無し2017/12/19(火) 18:13:52.24ID:rrE4ydP5
ラントロックがネーラを呼び捨てにする所も、フテラは初めて見た。
それは今までの関係が終わった事を意味する。

 「俺は本気だよ。
  フテラさん、答えてくれないか?
  俺『達』を止めるのか、見過ごすのか」

改めて2択を提示され、フテラは戸惑う。

 「ど、どうして同盟を抜けるなんて……」

彼女の疑問にラントロックは即答した。

 「同盟は長くない。
  未来の無い所には居られない。
  それだけさ」

 「か、考え直せ、トロウィヤウィッチ。
  『マトラ』は強い。
  あの女に逆らう事は賢明ではない」

 「どんなに強くても、組織の運用が下手じゃ意味が無い。
  これ以上は付き合い切れないんだ。
  共通魔法社会に不満はあるけど、だからって支配したい訳じゃないしな。
  俺は自分で選んだ道を進むよ。
  ……それじゃ」

フテラはラントロックを止めたかったが、どんなに言葉を尽くしても、それは無理に思われた。
そうなると実力で止めるのかと言う話になる訳だが、ラントロックとネーラに勝てる気もしない。
黙って見送るしか無いのか、他に良い考えは無いのか、フテラは焦った。

331創る名無しに見る名無し2017/12/19(火) 18:18:42.20ID:rrE4ydP5
filler

332創る名無しに見る名無し2017/12/19(火) 18:19:34.58ID:rrE4ydP5
 「待て、トロウィヤウィッチ!
  どうして態々私に宣言しに来た?
  黙って同盟を抜け出す事も出来た筈だろう!」

彼女は懸命に知恵を働かせ、1つの疑問に辿り着く。
ラントロックは短く一言だけ答えた。

 「決まってるじゃないか」

全ては既知の事であるかの様。
フテラは悩みに悩む。
離脱を宣言する事に、何の意味があるのか?
フテラが離脱に反対するなら、宣言には損しか無い筈だ。
暫くして、彼女は理解する。
去り行くラントロックの背を追って、彼女は叫んだ。

 「待ってくれ、トロウィヤウィッチ!
  私も一緒に行く!
  一緒に居させてくれ!」

フテラは自分の意思で、ラントロックと共に同盟から離脱する道を選んだ。
それをラントロックは無言の微笑みで歓迎する。
残るは2体、テリアとスフィカ。
彼女等は、どう言う選択をするだろうか?
ラントロックはネーラとフテラを連れて、テリアの元へと向かった。
テリアが居る穴蔵の前で、ラントロックは彼女を呼ぶ。

 「テリアさーん、出て来てくれー!」

ラントロックの声を聞いたテリアは、鈍々と穴蔵から這い出す。

 「何の用だ、トロウィヤウィッチ?
  もう少し寝ていたかったのに」

333創る名無しに見る名無し2017/12/19(火) 18:21:21.82ID:rrE4ydP5
テリアは小言を呟きながら、開き切らない目でラントロックの顔を見る。
ラントロックもテリアの瞳を見詰め、話を始めた。

 「テリアさん、俺は同盟を抜けるよ」

テリアは直ぐには彼の言葉が理解出来ず、寝惚け眼を擦る。

 「……なぁに、何だってぇ?
  同盟を抜ける……?」

遅れて理解した彼女は、目を見開いた。

 「同盟を抜けるぅ!?
  ええー、何で何で!?」

早口で捲くし立てながら、テリアはラントロックに縋り付く。

 「何か嫌な事でもあったの!?
  ここで暮らすのが嫌になった!?」

ラントロックは詳しい説明はせず、適当にテリアの言葉に合わせて頷く。

 「まあ、そんな所かな。
  もう同盟には居られない。
  それでテリアさんは、どうする?」

 「ど、どうするって??
  どうすれば良いの??」

 「簡単に言うと、俺達の敵になるのか、味方になるのか」

テリアは困惑を露にして、答え倦ねていた。

334創る名無しに見る名無し2017/12/20(水) 19:13:17.59ID:l6xdnpbr
彼女は全く理解の無い子供の様な反応をする。

 「トロウィヤウィッチと敵同士にはなりたくないよ……」

 「それじゃあ、テリアさんも俺達と一緒に同盟を裏切ってくれるかい?」

ラントロックは態と悪い言い方をして、彼女の覚悟を試した。
「同盟を裏切る」と聞いて、テリアは悩む。

 「ど、同盟を裏切るのも嫌だよ……。
  だって、同盟は『マトラ』の物だから……。
  マトラを裏切る事になる……」

 「一緒には行けないって事だね?
  残念だよ」

 「そ、そんな……」

ラントロックは冷淡に告げて去ろうとした。
テリアは彼では無く、ネーラとフテラを呼び止める。

 「お、おい、ネーラ、フテラ!
  お前達は同盟から離れて良いのか!?
  マトラが怖くないのか!」

それにフテラが答えた。

 「確かに、マトラは恐ろしい……。
  だが、私はマトラの付属物ではない。
  旧暦から何だ彼だ、1羽で暮らして来た。
  鳥は空を飛ぶ物。
  私が自由を失う時は、この翼を失う時」

335創る名無しに見る名無し2017/12/20(水) 19:16:53.89ID:l6xdnpbr
フテラの答にテリアは愕然として、今度はネーラの方に同意を求める。

 「ネーラ、お前は!?」

 「全てはトロウィヤウィッチの為に」

しかし、彼女の答も冷淡。
ここで漸くテリアは、ネーラの異変に気付く。
感情が全く感じられず、両の瞳からは生気が失せている。

 「ネーラ……?
  お前、変だぞ!
  そんな事言う奴じゃなかった!
  トロウィヤウィッチ、ネーラに何をした!?」

そう尋ねるテリアの足は、生まれ立ての小鹿の様に震えている。
ラントロックは平然と答えた。

 「彼女は俺の邪魔をすると言った。
  だから、邪魔されない様にした」

 「わ、私の事も、ネーラみたいにするのか?」

怯えるテリアを、彼は幼子を見る様な目で笑う。

 「邪魔さえしなければ、何もしないよ」

テリアは小さく唸り、改めてラントロックに警告した。

 「ウゥ〜……、トロウィヤウィッチ、マトラは恐ろしいんだぞ!
  裏切りは許されない!
  必ず、お前を追い詰める!」

 「解っているよ」

 「解ってないよ!
  絶対に後悔する!」

 「そうかも知れないな」

 「そう……って、えぇ!?
  後悔するんだぞ!?」

 「それでも俺は同盟には居たくない。
  テリアさん、俺達と一緒に来てはくれないんだね?」

テリアは再び答え倦ねて沈黙した。

336創る名無しに見る名無し2017/12/20(水) 19:20:32.71ID:l6xdnpbr
ラントロックは優しく彼女に言う。

 「だからって、恨んだりはしないよ。
  危険を冒したくない気持ちは解るし、それは仕方が無い事だ。
  残念ではあるけど」

背を向けようとしたラントロックに、テリアは尋ねた。

 「トロウィヤウィッチ!
  ……スフィカに話はしたのか?
  同盟の他の奴等とは?」

 「スフィカさんには、これから話しに行く所だ。
  彼女が何と言うかは分からない。
  同盟の他の人達は……誘いに乗ってくれなかったよ。
  止めはしないけど、一緒には行かない。
  皆そう言っていた」

同盟に残るのが自分だけでは無い事に、テリアは安堵するも、不安と焦りは燻り続ける。

 「スフィカと話しに行くなら、私も付いて行く!
  ……良いだろう?」

同情を誘う問い掛けをする彼女に、ラントロックは静かに頷いた。

 「構わないよ」

ラントロックとネーラ、フテラ、テリアは揃って、スフィカの「巣」に向かう。
スフィカの巣は砦の外壁に備え付けられた雨除けの下にある。
乾いた泥で造られた、歪な球体を連結した「巣」に掴まって、彼女は眠る。
B3Fの中では明確に昼行性の彼女は、明るい内は餌を探し回り、大きな虫や小動物を、
肉団子にして巣の中に蓄える。
一行がスフィカの巣に近付くと、丁度彼女は餌を銜えて戻って来た所だった。
仕留めた大きな野良猫を、前足で転がして丸めながら、スフィカは尋ねる。

 「何かあったの?」

337創る名無しに見る名無し2017/12/21(木) 18:50:51.52ID:d28kRL2c
ラントロックは迷い無く話を始めた。

 「スフィカさん、俺は同盟を抜ける。
  フテラさんも俺と一緒に来てくれる。
  でも、テリアさんは、それは出来ないと言うんだ。
  ……スフィカさんは、どうする?」

スフィカは猫の死体から皮を剥ぎながら、沈黙して長考する。
皆、彼女の反応を静かに待った。

 「私は同盟を抜ける訳には行かない」

スフィカの答もテリアと同じだった。
テリアは大いに安堵し、得意になって言った。

 「そ、そうだよな!
  マトラは強い!
  逆らうのは賢くない、寧ろ馬鹿だ!」

彼女の言い分に、スフィカは言い添える。

 「それだけでは無い。
  私はマトラ様に恩がある。
  トロウィヤウィッチ、本当に同盟を抜けるのか?」

そして、ラントロックの真意を糺した。
ラントロックは頷く。

 「もう決めた事だ」

スフィカは再び沈黙して長考した。
テリアは彼女が心変わりしないか、兢々として見守る。

338創る名無しに見る名無し2017/12/21(木) 18:56:03.12ID:d28kRL2c
スフィカは無言の儘、肉団子を捏ね始めた。
彼女は肉や内臓が崩れ落ちない様に、消化酵素と凝固酵素を含む唾液で繋ぎ止めながら、
骨を抜いて捏ね回して行く。
やがて一言。

 「……今度会う時は、敵同士かも」

 「そうならない事を願ってる」

ラントロックが去ろうとしたので、テリアはスフィカに掴み掛かった。

 「お、おい、スフィカ!
  止めなくて良いのかよぉ!」

スフィカは肉団子を捏ね続けて言う。

 「良くはない。
  でも、止められるとも思えない。
  力尽くで行くのか?」

彼女の問いに、テリアは声を詰まらせた。
正直な所、ラントロックに加えて、ネーラとフテラを相手にするのは難しいと思っているのだ。
スフィカは淡々と続ける。

 「マトラ様が何等かの手を打って下さる事を期待しよう。
  トロウィヤウィッチを取り戻すには、それしか方法が無いと思う」

テリアは恨めし気に、去り行くフテラの背を睨んだ。
彼女はマトラを恐れずに行動出来るフテラを羨んでいた。

339創る名無しに見る名無し2017/12/21(木) 18:58:13.87ID:d28kRL2c
ラントロックとヘルザ、ネーラ、フテラの2人と2体は、反逆同盟の拠点を後にした。
仲間を置いて行く事に、ラントロックは後ろ目痛さがあったが、誘っても乗らなかったのだから、
幾ら気に掛けても仕方無いと、迷いを振り切った。
彼はネーラに依頼する。

 「ネーラさん、どこか遠くへ運んでくれ。
  ここから出来るだけ離れた所へ」

ネーラはラントロックとヘルザを抱いて水に飛び込み、瞬間移動する。
移動先はブリンガー地方のインベル湖。
ラントロックとヘルザが岸辺に上がると、ネーラはフテラを連れて再度移動した。
ラントロックは辺りを見回して、現在位置を確認する。

 「ここはインベル湖か……?」

 「知ってるの?」

ヘルザの問いに、ラントロックは頷く。

 「小さい頃、親父の旅に付いて行った時に、来た事がある。
  大陸最大の湖と言われる、あのインベル湖だよ」

 「これから、どうするの?」

再びの彼女の問いに、ラントロックは考え込んだ。

 「……ソーダ山脈を越えて、キーン半島に行ってみよう。
  確か、そこの森に『外道魔法使い』の小母さんが住んでいた。
  姿を隠すには、丁度好いと思う。
  険しい長歩きになるけど」

一行はキーン半島への長旅の準備を始める。

340創る名無しに見る名無し2017/12/22(金) 18:23:39.36ID:DDgZZQaA
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341創る名無しに見る名無し2017/12/22(金) 18:27:53.16ID:DDgZZQaA
内通者


第四魔法都市ティナー ティナー魔導師会本部にて


協和会が壊滅した後、PGグループが魔導師会に提出した裏名簿の中に、魔導師の名前があった。
「ソルート・レッドバーク」と「トレンカント・ゴーバル」の2名。
この2人は魔導機密造事件に関与したとして指名手配中の容疑者で、現在は行方不明。
2人の名前を騙った偽者か、それとも本人なのか、魔導師会は動揺した。
自己防衛論者と協和会が絡んだ事件に共通する存在として、魔導師会は「PGグループ」と、
「ガーディアン・ファタード」を疑った。
裏名簿はPGグループから渡された物で、そこに作意が無いとは言い切れないが、
裏名簿の作成者を心測法に掛けても、怪しい所は無かった。
ガーディアン・ファタードも2人の魔導師とは無関係。
2人の魔導師は一体何なのか、謎は深まる一方。
そんな時、ソルートとトレンカントに関して、親衛隊の内部調査班は、ある奇妙な情報を得た。
この2人が失踪前に、ある中央運営委員の秘書と接触していたのだ。
その中央運営委員の名は、ファラド・ハクム。
グラマー地方出身で、魔導師会の権限を拡大すべきと主張する、強硬派として知られている。

342創る名無しに見る名無し2017/12/22(金) 18:33:09.08ID:DDgZZQaA
ソルートとトレンカントは彼の秘書と接触していただけで、本人と直接の関係は無い。
しかし、ファラドの態度は内部調査班の間でも、度々問題視されていた。
中央運営委員会は、八導師を除いた組織の頂点であり、実質的な魔導師会の運営者である。
殆どの重要事項は、中央運営委員会によって可否が判断される。
中央運営委員は、八導師と同じく魔導師による選挙によって選出される。
八導師は多くの場合、中央運営委員会の決定を追認するに過ぎない。
それだけの重責を担う中央運営委員でありながら、ファラドは物議を醸す不用意な発言を、
今日まで繰り返している。
大きな事件が起きる度に、都市警察は当てにならないと断言し、魔導師会の完全な統治こそが、
社会を安定させ、文明の発展を齎すのだと彼は主張した。
反逆同盟が活動を始めると、その主張は益々激しくなった。
ファラドの主張に理解を示す声も無かった訳では無い。
緊急時には多少強権的であっても、「強い力」が必要になる。
大方の中央運営委員には、ファラドは「議論に必要な人物」と認識されていた。
問題は……ファラド自身が「議論の為に敢えて強硬論を唱えている」のでは無く、至極真面目に、
魔導師会の完全な統治を訴えている事。
だからこそ、思想面に問題ありとして、内部調査班が付いている。

343創る名無しに見る名無し2017/12/22(金) 18:34:38.36ID:DDgZZQaA
ファラドの思想は、自己防衛論とは異なるし、況して協和会とは相容れない。
だが、思い返せば、自己防衛論者の動きも、協和会の動きも、結果としては市民の魔導師会への、
依存度を高めている。
これは全くの偶然だろうか?
自己防衛論者は魔導機を密造した「過激派」によって自滅した。
魔導機の密造を手伝ったのは、「魔導師」である。
協和会は普段綺麗事を言っている、大企業の役員や幹部、市議会や都市連盟の議員も、
全く信用ならない存在だと、強烈に印象付けた。
これにも同じ「魔導師」が関わっているとしたら……。
親衛隊の内部調査班は、ファラド本人だけでなく、彼の周辺の人物も含めて、徹底的に監視した。
そして、やはり秘書が怪しいと言う結論に落ち着く。
ファラドには4人の秘書が居る。
第一秘書のワディ、第二秘書ゼメラ、第三秘書サディカ、そして見習いのクータ。
何れも女性と言う、男女の別が厳しいグラマー地方では中々見られない配置。
ワディは何時もファラドの側に控えている、所謂「お供」、「お付き」。
ゼメラは事務所に常駐して諸業務を熟す、「事務方」。
サディカもゼメラと同じく事務方ではあるが、こちらは政治的な方面を担当する。
クータはワディに同行したり、事務を手伝ったりと様々。
この中でサディカとクータが、不審な人物と会っている。

344創る名無しに見る名無し2017/12/23(土) 18:51:28.92ID:dlECRN6H
第一魔法都市グラマー ジャダマル地区にて


内部調査班の仕事は徹底している。
班員は秘書の4人と接触した「全ての」人物の素性を探った。
そしてサディカとクータの2人が、身内でも友人でも仕事上の知り合いでも無い人物と、
定期的に接触している事実を突き止めたのだ。
この日はクータが喫茶店で謎の人物と接触していた。
彼女を尾行する2人の内部調査班員も喫茶店に入り、少し離れた席でクータと謎の人物を見張る。
「謎の人物」は、本当に謎だ。
顔を面紗で覆い隠しており、体形も厚着で分からない。
女性にしては少し大柄だが、時々見掛ける程度の身長であり、男とも女とも言い切れない。
クータと謎の人物の会話は、小声の上に必要最小限の事しか話さないので、殆ど聞き取れない。

 「これを……」

 「はい、では……」

謎の人物が封筒を差し出すと、クータも封筒を差し出した。
互いに封筒を交換する格好になり、互いに受け取り合う。

 「どう?」

 「あ、うん」

テレパシーでも使っているのではないかと思う位の、短い遣り取りだけで全てが片付いている。
だが、魔力反応は無い。
班員の2人は、多少なりとも封筒の中身に就いて話さないかと期待していたが、結局無駄だった。
クータと謎の人物は別れて、喫茶店を後にする。
班員の2人は怪しまれない様に、1人が先に喫茶店を出て、謎の人物の方を追跡した。

345創る名無しに見る名無し2017/12/23(土) 18:54:57.93ID:dlECRN6H
内部調査班が謎の人物の追跡をするのは、これが初めてではない。
この謎の人物は、グラマー市内の宿泊施設を転々としており、決まった住所を持たない。
当然、内部調査班は謎の人物の行動を把握しようと、張り込みを続けたのだが、
どこかで必ず見失う。
加えて、謎の人物と同じ格好をした者が、複数人存在している。
一人を尾行中に、別の一人がサディカやクータと接触していた事が実際にあった。
恐らくは、「仲間」と思われる。
怪しい事この上無いのだが、不法行為を働いている訳では無いので、逮捕する事は出来ない。
事件が起きた訳でも無いのに、「何と無く怪しい」程度で、一々一般人を逮捕して取り調べていては、
暗黒社会に驀(まっしぐ)らだ。
根気強く張り込みを続けて、襤褸を出すのを待つしか無い。
サディカかクーテの、どちらかを「取り込む」事も、内部調査班は検討したが、ファラド本人に、
「仕掛け」を覚られてはならないと言う事で、却下された。
中央運営委員を『監視<マーク>』していると公になれば、それこそ魔導師会の信用に係わる。

346創る名無しに見る名無し2017/12/23(土) 18:57:43.90ID:dlECRN6H
謎の人物がホテルに入ったのを見届けた班員は、小さく溜め息を吐いた。

 (又、新しい宿……)

これで既に6箇所目。
毎回宿泊施設を変えているかの様だが、「複数の人物」を完全に把握している訳では無いので、
正確な所は分からない。
この謎の人物が、ソルートとトレンカントであれば、話は早いのだが、魔法資質による判別では、
「別人」だと結論が出ている。
ソルートとトレンカントに関しては、本件と関係していない可能性もあるとして、余り拘らない様にと、
班長から言い付かっている。

 (用心深いのか、尾行を覚られているのか……)

内部調査班の各班員は、隠密行動の達人である。
追跡や尾行が覚られる事は、先ず無い。
しかし、謎の人物の行動は明らかに、「追跡者」を警戒している。
それが実際に「追跡されている」と確信を持っているが故の反応か、それとも用心深いだけなのか、
班員には判別が付かなかった。
この班員は暫く、「新しい宿」を見張る事になる。
今度は謎の人物を見失わない様に。
だが、どんなに気を付けていても、謎の人物は知らぬ間に姿を消しているのだ。
相手の魔法知識や魔法資質を把握出来ていないので、どこまで踏み込んで良いのか、
加減が分からない。
慎重を期そうとすれば、どうしても監視の目は緩くなり、僅かな隙を突かれて逃してしまう。

347創る名無しに見る名無し2017/12/24(日) 18:52:49.04ID:BrdxLQxm
内部調査班が懸命に地道な捜査を続けている間も、ファラドは増長を続けていた。
彼は事ある毎に過激な主張を繰り返し、「魔導師会の対応が遅い」と市民から苦情が来る度に、
それ見た事かと得意になって、慎重派を攻撃した。
ファラドに同調する委員は多かったが、しかし、心の底から彼に賛意を示す者は無かった。
復興期の様に、魔導師会が完全な統治を行うべきと言う彼の意見は、余りに急進的だった。
それは反逆同盟を退けるまでの一時的な措置では無く、恒久的な物にすべきだと言うのだ。
ある意味では、「懐古的」とも言えよう。
八導師は中央運営委員会の議論には加わらないが、どちらかと言えば慎重派に属するのは、
公然の事実だった。
そうでなければ、嘗ての魔導師会の権利を多少なりとも取り戻そうとする筈で、況して、
反逆同盟に対抗すると言う建て前があれば、それを実行しない訳が無い。
即ち、ファラドは八導師の意向に真っ向から逆らっていた。
大抵の中央運営委員は、八導師に逆らう事を畏れ多いと考えており、その意向と違う事を、
進んでしたがらない。
権威に弱いと言えるが、魔導師会の権力を徒に拡大するべきでないと言う主張は、
大方の委員の総意だった。
将来の魔力不足が懸念される今日に於いて、組織の巨大化は間違い無く悪い方面に作用する。
ファラドの主張は利権の拡大が根本にあり、その企みを見抜けない間抜けは委員には居なかった。

348創る名無しに見る名無し2017/12/24(日) 18:53:25.05ID:BrdxLQxm
ファラドと共に利権で甘い汁を吸おうと考えている委員は少なかった。
反逆同盟が勢い付いている今の内は、ファラドは一方的な攻勢に回れるので良いが、
彼の主張は守勢に回ると極端に弱い。
事が落ち着いた後は、叩き伸されるだけと多くの委員は理解していた。
逆に言えば、「必ず事は落ち着く」と多くの委員は理解している事になる。
反逆同盟の勢いは一時の物で、魔導師会が本気を出せば、対処出来ない物では無いと、
考えているのだ。
強権を発動するのも一時的な措置であり、「敵」を倒した後も、これを永続させる道理は無い。
では、ファラドの考えは?
彼の主張は「常に」敵が存在する事が前提だ。
反逆同盟が倒された後も、人々が脅威に晒されている必要がある。
広い様で狭い唯一大陸で、反逆同盟が打倒された後に、未だ魔導師会に抵抗しようと言う、
根性のある「敵」が存在するのだろうか?
それともファラドは「反逆同盟は打倒されない」し、「魔導師会も打倒されない」と信じているのか?
ファラドの態度を怪しむ声は、中央運営委員の間でも密かにではあるが上がっていた。

349創る名無しに見る名無し2017/12/24(日) 18:54:56.87ID:BrdxLQxm
そんな中、親衛隊は治安維持部の執行者の協力を得て、謎の人物との接触を図ろうとした。
内部調査班の親衛隊員は、仮令同じ魔導師にであっても軽々に身分を明かせないので、
依頼を受けて貰う事は苦労した。
相手が「中央運営委員」の関係者と知って、快く引き受けてくれる者は少ないだろう。
容疑が明らかでない状況で、執行者を動かす事には慎重にならなければならない。
基本的に、魔導師会の「運営部」と「法務執行部」は相互に監視し合う、対立する組織であり、
領分を侵す様な越権行為や違法行為、過干渉には厳しい。
治安維持部の巡査官は、「不審」と判断した人物に「職務質問」を行えるが、それは強制ではない。
謎の人物の正体を掴もうと、強引に迫れば、それがファラドの耳に入って、「お叱り」を受ける
――可能性もある。
こうした事を恐れない、或いは、「お叱り」を受けても平気な人物が望ましい。
内部調査班の班員は、治安維持部の中でも逸れ者扱いされている人物を探し出して、
協力を要請した。
その名はエイムラク・キルトカマーシ。
治安維持部生活安全課の中では、主に荒事を担当している。
怪しいと思った相手には、強引な手法で取り掛かり、成果を上げてはいるが、比例して失敗も多い。
正義感が強く、自分を曲げないが故に、課内では煙たがられている部分もある。
今回の件には、打って付けの人物だった。

350創る名無しに見る名無し2017/12/24(日) 18:56:47.93ID:BrdxLQxm
年末年始の2週間は休みます。
良いお年を。

351創る名無しに見る名無し2017/12/25(月) 12:13:03.72ID:vcvu7n0z
乙です!

352創る名無しに見る名無し2017/12/27(水) 09:42:30.04ID:C1Z7QFDy
家で不労所得的に稼げる方法など
参考までに、
⇒ 『武藤のムロイエウレ』 というHPで見ることができるらしいです。

グーグル検索⇒『武藤のムロイエウレ』"

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353創る名無しに見る名無し2017/12/28(木) 00:51:18.33ID:W5Y3AT9E
お疲れ様です。良いお年を!

354創る名無しに見る名無し2018/01/07(日) 17:57:32.81ID:OBQ3v2eI
あけましておめでとうございます
今年もよろしくおねがいします

355創る名無しに見る名無し2018/01/07(日) 18:33:33.69ID:OBQ3v2eI
魔導師会法務執行部ジャダマル地区支部にて


内部調査班は治安維持部内に潜入している班員を通じて、エイムラクに働き掛ける。

 「エイムラクさん、一寸良いかい?」

 「どしたんで?
  掃除の小母ちゃん」

 「あんたを見込んで頼みがあるんだよ」

 「へぇ、とにかく言ってみな」

エイムラクは堂々とした態度で、清掃員に扮した班員に応えた。
彼は班員の正体を知らない。
唯、長年清掃員として勤めているだけの、普通の小母さんだと思い込んでいる。
班員は内緒の噂話をする小母さんの如く、声を潜めて話し始める。

 「この間ね、怪しい人を見掛けたのよ。
  ベールを被って顔を隠した……」

 「そりゃ大体の女は、そうじゃねぇか?
  小母ちゃんだって、そうじゃねぇか」

ここはグラマー地方だ。
素顔の露出を避ける為に、ベールを被る女性は珍しくない。
男性でも砂嵐を防ぐ為に、フード付きのコートを着込んで、マスクやゴーグルを付ける。
見様によっては、街中怪しい人物だらけだ。

 「それが本当に怪しいのよぉ。
  何て言うか、窃々(こそこそ)してて。
  人目を避ける感じで、独りでホテルに入って行ったの」

 「旅行者か何かだろう……」

エイムラクは班員の話に取り合わなかった。
彼女の判断には主観的な要素が多く、個人的な印象の域を出ない。

356創る名無しに見る名無し2018/01/07(日) 18:36:22.28ID:OBQ3v2eI
勿論、班員の態度は偽りの物だ。
余り詳細を語ると、正体を怪しまれる。
飽くまで彼女は徒の清掃員。

 「それだけじゃないの!
  その人はファラド先生の事務所に出入りしてる秘書と、密会してたのよ」

エイムラクは漸く興味を示した。

 「ファラド先生ってぇと、中央運営委員の?」

 「そう、そうなのよ!
  怪しいでしょう?」

 「密会……ねぇ」

彼は暫し思案して、浮かんだ疑問を口にする。

 「何で、そこまで知ってんだい、小母ちゃん?」

 「偶々よ、偶々、本当に偶々見掛けたんだから!
  怪しい人を見付けたら、後を追ってみたくなるじゃない?
  そしたら何と!」

 「そいつは偶々とは言わねえよ。
  追跡したんじゃねえか」

演技で興奮気味に語る班員に、エイムラクは呆れ顔をした後、急に表情を引き締めた。

 「危ねえ事は止してくんなよ。
  好奇心で斃(くたば)っちまったら、悔やんでも悔やみ切れねえぞ」

 「大丈夫よぉ〜!
  小母さんの事、心配してくれてるの?」

 「そんなんじゃねえ、素人が出張ると碌な事にならねえってんだ」

班員が茶化すと、エイムラクは外方を向いて照れ隠し。

357創る名無しに見る名無し2018/01/07(日) 18:40:38.93ID:OBQ3v2eI
少しの間を置いて、彼は話を元に戻した。

 「……怪しい奴がファラドの秘書と会ってるってぇんだな?
  それで俺に何をしろってんで?」

班員は怯んだ振りをして、気不味そうに言う。

 「そ、そんな大した事じゃないんだよ。
  もしかしたら何かあるかもって、勘だよ、勘。
  エイムラクさん、治安維持部の執行者だろう?
  職務質問でもして……、何にも無ければ、それで良いんだしさ」

 「気軽に言ってくれるねぇ。
  職質も巡回も、程度って物があんだよ」

都市警察にも、魔導師会法務執行部にも、その活動が市民生活の妨げになってはならないと言う、
同様の規定がある。
頻繁に職務質問や巡回を行えば、市民は何事かと不安になる。
そして、日常生活の些細な「違反」さえも咎められるのではないかと、圧力と脅威を感じる物だ。
しかし、班員は正論で応えたエイムラクを笑う。

 「へ〜、エイムラクさんの口から、そんな殊勝な言葉が聞けるなんてね〜。
  何時も強引な遣り口で課長に注意されてるのに、一向に態度を改めたりしないじゃないか」

エイムラクは眉を顰めた。

 「俺だって、誰でも彼でも取っ捕まえてる訳じゃねえ。
  この目で確り見極めてんだ。
  そいつが怪しい奴か、どうかをな」

自らの目元を指して、彼は主張する。
彼は彼なりの正義で動いているのだ。
だが、班員は余り信用していない様子で、浅りと話を片付ける。

 「はい、はい。
  無理にとは言えないよ。
  変な話をして悪かったね」

 「あ、あぁ」

去り行く班員を呆然と見送り、エイムラクは溜め息を吐いた。

 「ファラドか……」

358創る名無しに見る名無し2018/01/08(月) 17:40:30.13ID:JgGEmmO2
中央運営委員のファラドは有名人なので、彼に就いての色々な話は、エイムラクも知っている。
彼自身、ファラドの主張に同意する部分もあるが、それ以上に危うい人間と言う印象だ。
余り尊敬出来る人物ではないと思っている。
それからエイムラクは意識的に、巡回の際はファラドの事務所の周囲を注意深く見る様になった。
しかし、当然ながら即日密会の現場に出会す訳も無く……。
数週は何時もと変わらない日々が続いた。
エイムラク自身、怪しい人物の存在を忘れ掛けていた頃に、変化は起きた。
彼が巡回の小休憩に、喫茶店に寄った時の事。
魔導師会の執行者は、職務中は指定のローブを着ていなければならないが、こうした「休憩」で、
営業中の店舗に出入りする時は、事件の調査かと誤解を招かない様に、マントやコート等の、
上着を羽織る。
エイムラクも同様に大き目のマントでローブを隠し、喫茶店で『珈琲<カフア>』を一杯頼んでいた。
こう言う時間が持てるのは、街が平和である事の証であり、それに感謝して彼は溜め息を吐く。
仕事で張り詰めていた精神が一息で緩む感覚が、エイムラクの小(ささ)やかな幸せだった。
珈琲が少し冷めるまで香りを楽しみ、飲み易い温度になってから呷ると、丁度2点。
そろそろ仕事に戻るかと席を立とうとした所で、彼は新しく入店して来た2人組に気付く。

 (あれはファラドの所の……サディカ・マリカーンだったか?
  連れは誰だ?)

ここで彼は清掃員の小母さんが言っていた、「怪しい人物」の事を思い出す。

 (もしや……、奴が例の?
  確かに怪しいと言えば怪しい)

エイムラクは2人に疑われない様に注意しつつ、席に着いた儘で様子を窺った。

359創る名無しに見る名無し2018/01/08(月) 17:42:27.47ID:JgGEmmO2
サディカと彼女の連れは、2人で向かい合って、空いた席に着く。
連れの人物が男か女か、エイムラクは怪しんだ。

 (小母ちゃんは『怪しい人』としか言ってなかったな。
  成る程、男か女かも分からない怪しい奴だ)

ローブとベールで全身を覆い隠しているが、それだけではない。
歩き方、手の運び、どの振る舞いにも男性的な特徴も、女性的な特徴も見受けられない。
これは意図して「隠している」のだとエイムラクは考えた。

 (……グラマー人らしくねえな)

性差に拘りが強いグラマー地方民は、男性は男性らしく、女性は女性らしく振る舞おうとする。
肌を隠していても、己の性別は確り主張するのだ。
それは誤解を避ける為でもある。
例外的な人物は、どこにでも存在するが……。

 (魔法資質も妙だ)

更に、エイムラクは謎の人物の魔法資質にも違和感を覚えていた。
纏う魔力の流れが不自然なのだ。
それなりの魔法資質を持つ者は、纏う魔力の流れに「癖」の様な物がある。
だが、この人物からは魔力の「流れ」が殆ど感じられない。
ある程度の魔力を纏っているにも拘らず。
魔法資質が低い者であれば、そもそも魔力を纏わない。

 (後で話を聞いてみる価値はありそうだ)

エイムラクは店を出た所を捕まえて、職務質問をする決意をした。

360創る名無しに見る名無し2018/01/08(月) 17:48:57.25ID:JgGEmmO2
サディカと謎の人物は、殆ど言葉を交わさず、封筒の交換をする。

 (金か?
  何を交換した?)

視界の端で、その現場を捉えたエイムラクは、益々疑いを強める。
その時、若い男性の給仕から彼に声が掛かった。

 「お客様、カフア、もう一杯お注ぎしましょうか?」

空の『器<マグ>』が放置されているのを見兼ねて、気を遣ったのであろう。
エイムラクは少し焦って答える。

 「あ、ああ、頼む」

若い男性の給仕は、愛想の良い笑顔を浮かべて、手に持ったポットから熱い珈琲を注ぐ。
それに気を取られている内に、サディカと彼女の連れは席を立っていた。
エイムラクは慌てて珈琲を飲み干そうとして、その熱さに躊躇い、仕方無く口を付けずに、
テーブルの上に磁器のマグを戻した。
サディカが会計を請け負い、連れの方は黙って店を出る。
早く後を追わなければ、見失ってしまう。
そう思ったエイムラクは、サディカが支払いを済ませたのを見計らい、珈琲を置いた儘で席を立った。

 「これで。
  釣りは要らん」

会計で1000MG紙幣を置いた彼は、小走りで店を出てサディカの連れの姿を探す。
道行く人々は、誰も彼も同じ様な格好をしているが、エイムラクは不自然な魔力を纏う人物を、
直ぐに判別出来た。

361創る名無しに見る名無し2018/01/09(火) 18:33:54.14ID:PlrzMNba
既に距離は半通近く離れている。
見失ってなるかと、エイムラクはマントを外して肩に掛け、執行者のローブを露にした。
そして、密かに魔法で加速し、謎の人物を追う。
エイムラクは生活安全課の所属とは言え、歴とした執行者である。
静かに人込みを擦り抜け、気配を殺して標的に近付く。
数多の悪党を相手にして来た彼の実力は、熟達した刑事部の執行者に比肩する。
それでも謎の人物は追跡されていると言う感覚があるのか、狭い路地に逃げ込んだ。
対象まで約7身の距離に近付いたエイムラクは、一気に速度を上げて回り込む。
謎の人物は一瞬反応したが、逃げ出そうにも間に合わないと悟ったのか、逃走はしない。
エイムラクは執行者の手帳を呈示して、職務質問を始める。

 「止まれ、執行者だ。
  身分証を示して、氏名と住所を明らかにしろ。
  それと……差し支え無ければ、顔も見せてくれ」

高圧的な態度に、謎の人物は怯んだ。

 「そ、それは……。
  何で?」

声の低さと言葉の抑揚から、エイムラクは幾つかの情報を得る。

 「中央訛りがあるな。
  ティナー地方出身か?
  男だろう、顔を見せろ」

彼の言葉には有無を言わせない迫力があった。
謎の人物は身分証を取り出して見せる。
それをエイムラクは取り上げて確認した。

 (ヴィクター・ストンハイマー。
  ティナー地方ユヨーク市マイナー通り8−25番)

名前と住所が判っても、彼は「ヴィクター」である筈の男を解放しない。

 「氏名と住所を言ってみろ。
  それと顔も見せるんだ」

本当に「ヴィクター」なのか怪しんでいるのだ。
エイムラクの心中では未だに、彼は「ヴィクター」では無く、「謎の人物」の儘。
謎の人物は懸命に抵抗する。

 「今、身分証明書を渡した。
  それで十分だろう?
  何で、そんな事をしないと行けない?」

 「職務質問だよ。
  疚しい所が無けりゃ、答えられるだろう?
  自分の名前も言えないのか」

エイムラクは正論で攻め立てた。

362創る名無しに見る名無し2018/01/09(火) 19:03:00.47ID:PlrzMNba
filler

363創る名無しに見る名無し2018/01/09(火) 19:04:10.32ID:PlrzMNba
これに対して、謎の人物も正論で応じる。

 「職質は任意の筈だ。
  大体、何で私なんだ!」

 「そりゃ、あんたが怪しいからに決まってるじゃないか!
  自覚が無いのか?」

 「拒否する!
  答える義務は無い」

頑なに職務質問に応じようとしない謎の人物に、エイムラクは真面目に説明を始めた。

 「今、大陸中で危(やば)い事件が起きてるのは知ってるよな?
  ここでだって、何時、誰が、どんな事件を起こすか分かった物じゃない」

 「私が事件を起こすとでも?」

 「口では何とでも言えらぁな。
  顔を見せろ。
  見せられない理由があるなら言え」

エイムラクは口調の硬軟を使い分けて迫る。
謎の人物は黙り込んだ。
ここは我慢比べだ。
謎の人物は逃走出来ないが、エイムラクも確信が無ければ手は出せない。
然りとて、徒に時が過ぎるのは、エイムラクにとって好ましくない。
「今の所は」何もしていない一般人を、余り長時間拘束するのは問題だ。
どこかで諦めて解放する事になる……が、一旦捕まえた以上、何の結果も得られていない状態で、
逃がしてしまう訳には行かない。

364創る名無しに見る名無し2018/01/09(火) 19:09:08.21ID:PlrzMNba
filler

365創る名無しに見る名無し2018/01/09(火) 19:09:29.08ID:PlrzMNba
突破口を開く為に、エイムラクは畳み掛ける。

 「序でに、所持品の検査も良いか?
  拒否するなら理由を明確にしろ」

謎の人物は沈黙した儘で俯き、話には取り合わず、時間稼ぎに入った。
何があっても応じない積もりだ。
エイムラクは気が長い方では無い。
この様に反抗的な態度を取る人物に対しては、力尽くで従わせる事もあった。
それでも彼は単純な馬鹿ではない。
過去の実力行使は短気を起こした結果では無く、「こいつは逃がせない」と強く思ったが故の事。
「少し怪しい」程度なら見過ごす事もある。
エイムラクは自分の直感と信念に基づいて動くのだ。
それが何時も絶対に正しいとは限らない所が、最大の欠点だが。
この謎の人物に対する、エイムラクの判定は――、

 「沈黙は肯定と見做す!」

真っ黒。
彼は周囲に人気が無いのを良い事に、謎の人物の顔を覆う布を乱暴に引き剥がした。

 「何をする!
  こんな事をして只で済むと……」

謎の人物は諦めが悪く、両腕で顔を覆って素顔を隠す。
エイムラクは無言で謎の人物の頭を鷲掴みにし、顔を上げさせる。

 「顔を見せろ。
  氏名と住所を言え」

 「拒否するっ!!
  手を離せ、身分証明書も返せ!」

 「それは出来ない。
  何度でも言うぞ。
  氏名と住所を言え、そして顔を見せろ」

彼は完全に「謎の人物」を犯罪者扱いしていた。

366創る名無しに見る名無し2018/01/10(水) 17:25:48.75ID:kwXyS1vV
身の危険を感じたのか、謎の人物が纏う魔力の質が変わった。
不自然だった魔力が俄かに激しく流れ始める。
それを感じ取ったエイムラクは笑みを浮かべた。

 「魔力の流れを読まれない様に隠していたな?
  余程、不都合があると見える」

その一言に謎の人物は焦る。

 「お、お前は何者だ!?
  徒の執行者じゃない!」

 「……何を怯えている?」

極悪人にしては様子が奇怪(おか)しいと、エイムラクは訝った。
しかし、単なる小悪党にしては、誤魔化し方の手が込んでいる。
自分の物ではない身分証明書を持ち歩き、纏う魔力の質を変える理由とは?
特に、「纏う魔力の質を誤魔化す」と言う行為は、普通の人間は思い付かない。

 (追われる身分だった……?
  指名手配か!
  もしや、こいつ!)

思い当たる事があったエイムラクは、試しに鎌を掛けてみた。

 「ソルートか、トレンカントか」

367創る名無しに見る名無し2018/01/10(水) 17:29:03.52ID:kwXyS1vV
それを聞くや否や、謎の人物は行き成り顔を隠すのを止めて、エイムラクの頭を両手で掴んだ。

 「俺の事は忘れて貰おう!」

通行人、即ち目撃者が現れない内に、記憶を失わせる魔法を使おうと言うのだ。
エイムラクは初めて、謎の人物の顔を確り見た。

 「トレンカント……!」

髪が伸びている物の、顔付きは指名手配書に描かれていたトレンカントと同じ。
不意打ちで頭を掴まれたエイムラクは、魔法を妨害する手段を考えた。
トレンカントは元魔導師、その実力は折り紙付きだ。
エイムラクも魔導師、しかも執行者だが、どちらが上なのか、この状況で力量を測る暇は無い。

 「ベッ!」

エイムラクは咄嗟に、トレンカントの顔面、主に目の辺りを狙って、唾を吐き掛けた。

 「うっ、汚ねぇっ!!」

トレンカントは堪らず両目を閉じ、詠唱を中断するが、唾を避ける事は出来ず、顔面に浴びてしまう。
それでもエイムラクの頭を掴んだ両手は離さない。

 「隙有りだっ!」

一方のエイムラクはトレンカントの頭を掴んでいた手を離して、彼の顎に強烈な打撃を見舞った。

 「指名手配犯と判った以上、もう容赦しねえからなぁ!!」

魔導師であるにも拘らず、エイムラクは魔法を使わずに、拳でトレンカントを痛め付ける。
顎を殴った後は、横っ面を左右に叩き、堪らずトレンカントが顔を庇った所に腹に一撃。
丸まった背に上から両拳を叩き付けて、地面に俯せに押し倒した。

368創る名無しに見る名無し2018/01/10(水) 17:32:52.05ID:kwXyS1vV
 「『黙れ』!!
  抵抗は止めて大人しくしろ!!
  今、応援を呼ぶからな!
  洗い浚い白状して貰うぞ!」

エイムラクは苦痛に呻くトレンカントに口封じを掛け、彼の両腕を背中に回して、手錠を掛ける。
執行者が逮捕に使う手錠には、魔力を分散させる力がある。
魔力の集中が必要な、手を使った描文動作は完全に封じられる。
エイムラクはテレパシーで魔力通信の回線に割り込み、応援を呼んだ。

 (緊急事態発生!
  こちらエイムラク・キルトカマーシ。
  巡回中に指名手配犯のトレンカントを発け……?)

所が、テレパシーが「指名手配」と言い掛けた途中で途切れてしまったのを、エイムラクは感じた。
彼はトレンカントを睨み付ける。

 「お前が妨害したのか?」

トレンカントは無言で嫌らしい笑みを浮かべるだけ。
エイムラクは執行者である。
魔法資質は決して低くなく、目の前で魔法の妨害をされて、気付かない程、間抜けではない。
だが、トレンカントが卓抜した魔法の発動技術を持っているのであれば、話は別だ。

 (こいつじゃない……)

数極思案した後、これはトレンカントの仕業ではないと、エイムラクは結論付けた。
通信は未だ回復しないが、トレンカントが妨害を続けている様子も無い為だ。

369創る名無しに見る名無し2018/01/11(木) 18:20:37.03ID:/HBuCCY1
エイムラクは周囲の様子を窺ったが、人の気配は無い。

 (指名手配犯は2人……。
  ソルートが近くに?
  いや、ファラドん所の奴かも知れねぇな。
  関係が暴かれんのは困んだろう)

トレンカントには仲間が居て、それが自分に妨害を仕掛けているのではと、彼は推測した。

 (参ったな。
  俺は独り、応援も無しで、どこまで戦えるか……)

エイムラクは取り敢えず、トレンカントに余計な事をされない様に、彼の首の後ろを押さえ付けて、
魔法で気絶させようとする。

 「B46G1、M1D7!」

意識を朦朧とさせた所に、衝撃を加えて失神させる。
決して「安全な方法」とは言えないが、多対一を想定して、対処しなければならない敵の数を、
減らす事をエイムラクは優先させた。
トレンカントは脱力して動かなくなる。
これで少なくとも彼が自力で逃げ出す事は無い。

 (さて、連行するか……)

エイムラクは警戒を緩めず、トレンカントを抱えて移動する。
絶対に途中で、トレンカントの仲間が姿を現すと、彼は予想していた。

370創る名無しに見る名無し2018/01/11(木) 18:23:33.17ID:/HBuCCY1
気絶したトレンカントの体は重く、エイムラクは少し歩いて、彼を地面に下ろした。
エイムラクは体力には自信があったのだが、それでもトレンカントを酷く重たく感じる。

 (気絶した人間は重たいとは聞くが……。
  それにしても重い、異常だ。
  重石でも持ってんのか、こいつ?)

一度抱えてみた感触では、特にトレンカントの肉体は鍛え上げられている訳では無い。
どちらかと言うと痩せ型で、身長は高いが、そこまで体重が重いとは考え難い。
服の中に何か隠し持っているのかと、エイムラクはトレンカントの服を叩いて、所持品を検めた。

 (そう言や、封筒は?)

エイムラクは先程の喫茶店で、トレンカントがサディカと封筒を交換していた事を思い出す。
改めて服の上から、トレンカントが何か持っていないか探すと、ローブのポケットに異物感があった。

 (何を貰ったんだ?)

取り出してみると、それは封筒で、中には長方形の厚みがある物が入っている。

 (これが交換した物か?
  大した重さじゃねぇな)

エイムラクは封を開けた。
中から出て来たのは、2束の紙幣。

 (200万って所か……。
  こいつはファラドの秘書に何を渡した?
  その報酬が、これか)

彼は札束を封筒に収めると、元の通りに仕舞い直した。

371創る名無しに見る名無し2018/01/11(木) 18:25:57.06ID:/HBuCCY1
その後、エイムラクは改めて周囲を窺う。
気絶した人間の懐を漁る姿が、どの様に他人に見られるか気になったのだ。

 (大丈夫だ、こいつはトレンカントに間違い無い……筈。
  俺は何も疚しい事はしちゃいない)

一瞬、人違いだったらと言う考えが過ぎるが、彼は直ぐに否定した。
正体を言い当てられて狼狽し、更に執行者に対して魔法を使おうとした。
そんな奴が、無関係な一般人の訳が無いと。
エイムラクはトレンカントを引き摺り、自ら人通りの多い場所に出る。
執行者のローブを着ているので、何事かと驚かれる事はあっても、疑われる事は先ず無い。
ここはグラマー地方で、市民の魔導師に対する信頼は厚い。
もし通報されても、それは望む所。
彼は再度テレパシーを試みたが、やはり繋がらない。

 (未だ邪魔して来んのか……!
  とにかく、早く交番まで。
  俺独りでは手に余る)

未だ通信が回復しない事に不安を覚えつつ、エイムラクは走行中の辻馬車を捕まえようとした。
相変わらず、トレンカントには謎の重さがある。
一人で署まで運ぶのは困難だと、エイムラクは判断していた。
偶々空車の辻馬車が通り掛かったので、彼は確実に止めさせる為に、執行者の手帳を掲げながら、
路上に身を乗り出す。

 「止まれー!!
  止まれ、執行者だ!」

それに驚いた御者が、慌てて馬車を路肩に止める。

 「わ、私が何か?
  速度を守って安全運転していましたし、免許もあります、あります!」

言い訳する御者を無視して、エイムラクは馬車の左側からトレンカントを中に押し込み、
その後に自分も乗り込む。

 「最寄の交番まで、頼む」

御者は直ぐには意味が解らず、暫し呆けた顔をしていた。

372創る名無しに見る名無し2018/01/12(金) 18:42:36.87ID:Demr8lQl
エイムラクは苛立ち、改めて言う。

 「指名手配犯を捕まえたんだ。
  俺は、こいつを連行しなくちゃならん」

 「は、はぁ」

御者は未だ混乱しているらしく、中々発進しようとしない。
怒りを爆発させて怒鳴り付けては、相手を萎縮させるだけと知っているエイムラクは、
一呼吸置いて、語気が荒くならない様に努めて言った。

 「とにかく、交番に行ってくれ!
  最寄が分からないか?
  じゃあ、東駐在所で良い」

 「えーっと、本部じゃなくて宜しいんで?」

 「こっから本部は遠いだろう!?
  こいつは危険人物だ!
  丁(ちゃん)と執行者の馬車で護送しなくちゃなんねぇんだよ!
  あんたも危険人物を乗せて長々走んのは嫌だろう!」

 「は、はい。
  東駐在所ですね、分かりました」

御者は緊張した面持ちで、漸く馬車を発進させる。
エイムラクは大きな溜息を吐き、トレンカントが気絶しているのを確認してから、
馬車の座席に凭れ掛かった。
……未だ通信障害は続いている。

 (執拗いな。
  こりゃ本部に着くまで油断ならねぇ)

エイムラクは再び気を引き締め、不測の事態に備えた。

373創る名無しに見る名無し2018/01/12(金) 18:45:22.23ID:Demr8lQl
エイムラクがトレンカントを逮捕する一部始終を、内部調査班の班員は陰で見守っていた。
エイムラクが職務質問から行き成り、乱暴な行動に出た時には、何と強引な事をする男だと、
冷や冷やしていた。
結果論ではあるが、謎の人物の正体は指名手配犯のトレンカント・ゴーバルだったので、
彼の多少乱暴な行動にも目を瞑る。
しかし、トレンカントを取り押さえた後のエイムラクの行動は、傍目に見て不可解な物だった。
エイムラクは応援を呼ばずに、自力でトレンカントを運搬しようとし、重たかったのか、
運ぶのを途中で止めて、懐を漁り始める。
これでは強盗ではないかと、班員は姿を現して止めるべきか迷った。
幾ら相手が凶悪な指名手配犯とは言え、その持ち物を奪い取って良いとはならない。
惑々(まごまご)している間に、エイムラクはトレンカントが隠し持っていた封筒から、
札束を取り出そうとしているではないか!
この班員はエイムラクの人格に関して、正確な情報を持っていなかった。
悪徳執行者であれば、この場での粛清も已む無しと、班員が飛び出そうとした所で、
エイムラクは札束を封筒に戻し、トレンカントに返した。
所持品を確かめただけなのだと、班員は安堵して、監視を続ける。

374創る名無しに見る名無し2018/01/12(金) 18:46:11.86ID:Demr8lQl
それにしても、どうしてエイムラクは一人でトレンカントを運ぼうとしているのか?
そこが班員には不思議でならない。

 (……連絡が取れない状況なのか?
  妨害魔法を掛けられている?)

班員は周囲の魔力の流れを見たが、特に大きな乱れは無い。
もし掛けられているとすれば、それはエイムラク個人と言う事になる。

 (格闘の間に、トレンカントが何か仕掛けたか?
  こうして鈍々している間に、仲間が駆け付けるのを期待した?)

班員は周囲に注意を払った。
どこかでトレンカントの仲間が、様子を見ているかも知れない。
この場に出会したらエイムラクの隙を窺い、トレンカントを解放しようとするだろう。
エイムラクはトレンカントを引き摺って、人の多い通りに出ようとしている。

 (人通りの多い所に出て大丈夫か?
  通行人に紛れて、襲撃して来るかも知れない。
  しかし、通信が出来ないなら、自力で運ぶしか無い。
  本部に連行するなら、大通りは避けられないか……)

不自然にエイムラクに接近する者が無いか、特異な雰囲気の者が紛れていないか、
班員は通行人に気を配る。
エイムラクは直ぐに馬車を止めて、トレンカントと共に乗り込んだ。

 (辻馬車で移動するのか!?
  それなら、こちらから通報しておけば良かったな。
  確かに、馬車の方が足は早いが……)

班員は一般人が巻き込まれる事を懸念していた。
普通の馬車の運転手が、襲撃に対応出来るとは思えない。
人が多い通りだけに、何かの拍子に大事故に繋がり兼ねない。
班員は静かに辻馬車を追う。

375創る名無しに見る名無し2018/01/13(土) 18:26:16.30ID:WtSa/prQ
エイムラクは馬車の少し後ろを、早足で追跡して来る者の存在を認めていた。

 (こいつの仲間か……?)

単なる通行人にしては、気配を周囲に溶け込ませて、存在感を消している所が怪しい。
他の執行者であれば、彼に気付かなかったかも知れないが、それだけエイムラクは「優秀」だった。
しかし、この者の正体は親衛隊内部調査班の班員である。
エイムラクの警戒は全く無駄な物。
寧ろ、彼に気を取られている分、危険な状況にある。
エイムラクの知覚の鋭敏さは、班員の想定外だった。
馬車が十字路を左折しようとした所で、懸念されていた事態が発生する。
少年が馬車の進路に飛び出して来たのだ。
御者は慌てて馬を止め、手元のブレーキを引いて車輪を固定するが、間に合わない。

 「うわっ!!」

 「あぁーーーーっ!?」

少年が短い叫び声を上げた後、御者が大声で叫ぶ。
エイムラクとトレンカントは急ブレーキで、前倒(の)めりになった。
エイムラクは前面の壁板に手を突いて堪えるが、トレンカントは気を失った儘なので、
勢い良く頭を打ち付ける。
少年は馬の左側面に接触し、馬車の車体にも当たって、撥ね倒される。
馬車が衝撃で少し揺れる。
幸い、曲がり角で馬も馬車も速度を落としていたが、ブレーキを止めるのが僅かに遅かった。
気絶しているとは言え、指名手配犯を乗せていると言う事実に、御者は必要以上の緊張感を、
感じていたのだ。
体を強く打った少年は、瀕死でこそ無い物の、路上に倒れて痛みに呻いている。
事故だ、事故だと周囲の人間が騒ぎ立て、人集りが出来る。

376創る名無しに見る名無し2018/01/13(土) 18:30:14.05ID:WtSa/prQ
 「えぇい、こんな時に!」

エイムラクは思わず、苛立ちを口に出していた。
しかし、トレンカントの体を引き起こしつつ、思い付く。

 (いや、これなら直ぐ執行者が駆け付けんじゃねぇのか……?)

グラマー地方では都市警察の代わりに、魔導師会法務執行部が、治安維持活動を担っている。
「警察」と言う組織は無く、その職務は全て執行者が取り仕切っている。
通信妨害を受けて、応援が呼べない状況で、不幸中の幸いと言うか、禍転じて福と為すと言うか、
とにかく問題は無いとエイムラクは思い直した。

 「すっ、済みません!!
  人が急に飛び出して来て――」

御者は乗客であるエイムラクに謝罪するが、彼は気にしない。

 「俺の事は気にすんな!
  それより打付かった奴の心配をしな!」

 「は、はい」

御者は運転席から飛び降りて、少年に声を掛ける。

 「おい、君、大丈夫か!?」

少年は呻きながら、左脇腹から腰、背中の辺りを左手で押さえて、立ち上がろうとする。

 「わ、脇腹が……」

 「動くんじゃない、今、救急を呼ぶからな!」

それを御者は押さえ付けて制止した。
足腰は軽傷の様だが、胴を強く打ち付けた様だと言う事が見て取れる。

377創る名無しに見る名無し2018/01/13(土) 18:32:00.94ID:WtSa/prQ
filler

378創る名無しに見る名無し2018/01/13(土) 18:33:26.24ID:WtSa/prQ
御者は魔力通信機で救急に連絡すると、周囲の人に呼び掛けた。

 「誰か手当ての出来る人は居ませんか!」

そうすると数人が進み出て、互いに視線で譲り合い、結果1人が御者に応える。

 「一寸、私に診させて下さい」

善意の民間人の助けで、応急処置が進められる。
馬車の中で、一連の出来事を見ていたエイムラクは、歯痒い思いをしていた。
本来ならば、執行者である彼が真っ先に動いて、場を取り仕切らなければならない事態だ。

 (こいつさえ居なければ……)

だが、今は指名手配犯の運送中である。
隙を見せて逃亡されたら、それこそ大問題だ。
幸いにも、少年は命に関わる様な重傷ではないが……。
落ち着かない心持ちで、エイムラクは改めて周囲を警戒した所、怪しい者の気配が消えていたので、
人込みに紛れて見失ったのかと、彼は焦った。
今、馬車は事故で停止している上に、野次馬が多い。
これでは、どこから襲撃されるか分からない。

 (通信は……)

焦ってばかりでは何にもならないと、エイムラクは通信の状況を確認した。

 (おっ、通じる!?)

妨害が止んでいる事を、彼は耳に残る低く小さな「ブーン」と言う特有の音で察する。

379創る名無しに見る名無し2018/01/14(日) 18:11:12.76ID:cC+aMl1e
 (緊急事態発生!
  こちらエイムラク・キルトカマーシ!
  指名手配中のトレンカント・ゴーバルを発見、拘束している!
  現在地は東駐在所から南西に2通の交差点!
  応答せよ、応答せよ!
  緊急事態発生!)

エイムラクは繰り返し呼び掛けた。
それに落ち着いた男性の声で反応がある。

 (はい、こちら魔導師会法務執行部グラマー市ジャダマル地区支部)

先から緊急事態だと言っているのに、落ち着き払った態度で澄ましている場合かと逸る心を抑え、
エイムラクは状況を伝える。

 (緊急事態だ!
  指名手配中のトレンカント・ゴーバルを拘束している!)

 (トレンカント?
  トレンカント・ゴーバル……って、あの裏切り者の!?
  本当ですか?)

先ず疑って掛かる通信手には構わず、エイムラクは畳み掛ける様に言う。

 (現在地は東駐在所から南西に2通の交差点だ!
  交通事故が発生している!
  至急、刑事部に応援を遣して貰いたい!)

 (確認します。
  東駐在所から南西に2通の交差点で……交通事故?
  あの、事故で応援を?)

「交通事故」と「指名手配犯の逮捕」と、同時に2つの話をされて混乱する通信手。
エイムラクは遂に声を荒げる。

 (そうじゃねえよ!!
  事故の事は良い!
  いや、良くは無えが、それは一旦横に置いといて!
  俺は『指名手配犯を引き取りに来い』っつってんの!!
  でなけりゃ、態々刑事部に連絡するかっ!!)

380創る名無しに見る名無し2018/01/14(日) 18:14:46.09ID:cC+aMl1e
filler

381創る名無しに見る名無し2018/01/14(日) 18:15:06.36ID:cC+aMl1e
しかし、通信手の対応は冷静な物だ。
鵝鳴り付けて来る者の相手は慣れている。

 (あぁ、はい。
  えぇっと、貴方は誰です?
  お名前を――)

 (執行者、生安のエイムラク・キルトカマーシ。
  良いから、早く応援を遣せ。
  こちとら事故で立ち往生だ!)

 (あぁ、はい、分かりました。
  今直ぐ遣します。
  通信は繋いだ儘にして下さい)

要求が通ると、エイムラクは大きな溜め息を吐いた。
これで一安心。
後は応援の執行者が到着するのを待つのみだ……が、エイムラクは礑と思い至った。
どうして通信が回復したのか?
単に効果時間が切れたのだろうか?
大した事では無いかも知れないが、彼は引っ掛かりを覚える。
事故の発生から約3点が経過、執行者は未だ現場に到着しない。
遅いなと、エイムラクが苛立ちを露に舌打ちした時、馬車の右側の戸が開いた。

 「誰だっ!?」

愈々追跡者が襲撃に来たかと、エイムラクは素早く反応した。
彼の目に入ったのは、魔導師のローブを着た男。
顔の上半分は目深に被ったフードの所為で判らないが、仲間だと思った彼は一瞬気を緩める。
直後、それが執行者の青いローブでない事に違和感を覚え、トレンカントに手を伸ばす。

382創る名無しに見る名無し2018/01/14(日) 18:16:11.81ID:cC+aMl1e
所が、魔導師のローブを着た男は、エイムラクの手が届くより先に、トレンカントを馬車から、
引き摺り出した。

 (何だ、こいつ!?
  横取り、口封じ、いや、仲間か!)

エイムラクは急いで馬車から飛び降りるも、既にトレンカントは意識を取り戻しており、
2人して逃走を始めようとしている。
片方は魔導師のローブを着た男、もう片方は元魔導師。
如何に熟練執行者のエイムラクと言えど、この2人を相手に対等に立ち回れるかは分からない。
驚くべき事に、トレンカントに掛けた筈の手錠までも外されている。

 「待てっ、K56M17!」

彼がトレンカントに向けて苦し紛れの拘束魔法を放つと、魔導師のローブを着た男が、
振り返りつつ腕を一振りした。
それだけで拘束魔法が無効化される。
エイムラクは直感した。
魔導師のローブを着た男は、トレンカントと同じく元魔導師であろうと。
それは同じく指名手配犯のソルートしか居ない。
馬車の中では、熟(じっく)り顔を見る事が出来なかったが、何と無く手配書のソルートと、
似ていた気がする。

 (指名手配犯が2人も市内に潜伏してやがったってのか!
  何で誰も気付いてねえんだよ!
  笊か!)

エイムラクは自分も含めた、執行者の腑抜け振りを呪う言葉を内心で吐いた。
そこへ丁度、通信手から声が掛かる。

 (何が起こりました?)

彼の声は冷静だが、先程までとは違い、緊迫感がある。
良くない事が起こったと、既に察している様だった。

383創る名無しに見る名無し2018/01/15(月) 18:14:02.29ID:HtGG5mfa
エイムラクは2人を追跡しながら応える。

 (トレンカントの仲間に襲撃された!
  恐らくソルートだと思う!
  トレンカントを連れて2人で通りを北へ逃走中!
  これから追跡する!
  通信は繋いだ儘にするから、俺の位置を逆探知して、追って来てくれ!)

彼が2人を追走する事、約2点。
互いの距離は縮まる所か、少しずつ開き始めていた。
2人は頻繁に左へ右へ角を曲がり、少しでもエイムラクの視界から逃れようとする。
序でに、路地に置いてある物を転がして、道を塞ぐ障害にしていた。
エイムラクは魔力を察知して追っているので、1通まで引き離されなければ、見失う事は無いが、
何時までも追い付けなければ、その内疲労して魔法を使えなくなる。
エイムラクは走力にも持久力にも自信があるのだが、明らかに2人の方が速い。

 (協力して身体能力強化魔法を使ってんのか……!
  独りじゃ厳しい!)

共通魔法は多人数で協力する事で、より効果が高く、効率の良い魔法を使える。
エイムラクは徐々に息が上がって来た。
2人は更に彼を引き離す様に、大跳躍をして建物の屋上に跳び上がる。

 (畜生、逃げられる!)

焦ったエイムラクは堪り兼ねて、思念だけでは済まず、声に出して通信手に怒鳴り掛かった。

 「駆付は何してんだ!?
  機動隊は未だかっ!!」

 (今、到着します)

通信手は冷静さを失わなかったが、それは遅れている事を誤魔化す時の決まり文句だろうと、
エイムラクは益々怒りを募らせた。

384創る名無しに見る名無し2018/01/15(月) 18:15:18.41ID:HtGG5mfa
しかし、彼の怒りは瞬く間に萎む。
執行者が駆る馬の足音が聞こえた為だ。
騎乗した4人の執行者達は、エイムラクには目も呉れず、彼を置き去りにして、逃走者を追う。
エイムラクは徐々に速度を落として足を止めると、深い溜め息を吐いて、遠ざかる馬群を見送った。
通信手から声が掛かる。

 (エイムラクさん、後の事は機動隊に任せて、貴方は今直ぐ本部に向かって下さい。
  統合刑事部から貴方に聞きたい事があるそうです)

 (人遣いが荒えな)

 (これも執行者の務めです)

疲れた様に言うエイムラクに、通信手は淡々と応える。
エイムラクは小さく溜め息を吐いた。

 (その前に、交通事故の処理を済ませたい)

 (どうしても貴方が、やらなければならない事ですか?)

彼の申し出に、大事の前の小事ではないかと、通信手は疑問を差し挟む。
今は小さな事に構う必要は無いと。
エイムラクは不機嫌な声で答えた。

 (当事者なんでな。
  俺の乗ってた辻馬車が事故ったんだ。
  俺が証言しなきゃ始まんねえ)

 (出来るだけ早く済ませて下さい。
  その様に事故対応の執行者にも伝えておきますので)

 (そいつは有り難え。
  涙が出て来らぁ)

今日は忙しい日になると、エイムラクは皮肉を言って嘆いた。

385創る名無しに見る名無し2018/01/15(月) 18:18:45.82ID:HtGG5mfa
filler

386創る名無しに見る名無し2018/01/15(月) 18:19:35.12ID:HtGG5mfa
事故現場では交通安全課の執行者が、辻馬車の運転手に事情聴取をしている。
そこにエイムラクは割り込んで、話を始めた。

 「よっ、シークァン!」

 「あっ、エイムラクさん」

都合の好い事に、事故の調査に出て来た執行者は、エイムラクの知り合いだった。
2人は所属する課こそ違うが、先輩後輩の間柄にある。
エイムラクはシークァンに尋ねた。

 「どこまで話を聞いた?」

 「大体、聞き終わった所です」

 「撥ねられた子供は?」

 「既に病院に搬送されました」

 「何か俺に聞いとく事は無いか?」

 「いえ、特には」

シークァンの返答は淡々としている。
エイムラクは通信手の対応を思い出して、少し苛付いた。

 「俺は事故を起こした馬車に乗ってたんだぞ?
  何か有んだろう?」

 「いえ、目撃者も多数居たので、大凡の事情は把握出来ました。
  馬車が左折して来ると言うのに、子供が急に飛び出したと。
  馬車の運転手には可哀想ですが、事故は事故なので、無罪放免とは行きません」

交通弱者である歩行者は、多少落ち度があっても、守られる傾向にある。
この場合、少年は左右不注意だったと言えるが、彼に大きな怪我をさせた運転手にも、
過失が無いとは言えない。

387創る名無しに見る名無し2018/01/16(火) 09:25:44.45ID:GADseKjp
あげ

388創る名無しに見る名無し2018/01/16(火) 18:13:49.97ID:6SBjHMMd
そう言う不注意な者は時々現れるので、馬車の運転手は「何時も通り」に歩行者が配慮して、
道を譲ってくれると思い込んではならない。
左折の合図は適切に出されていたか、歩行者の動きを確認したか?
不注意や怠慢があれば、「注意を払っていれば、避けられた事故だったのではないか」と言う、
疑惑が付き纏う。
証言と言う程では無いが、エイムラクは運転手を擁護する。

 「馬車の速度は適切だった。
  『指名手配犯を乗せてた所為で急いでいた』って事実は無い。
  俺は急かさなかったし、運転手も急がなかった。
  緊張はしていたが」

 「ええ、馬車の速度は普通でした。
  但し、少年に気付くのが、少しだけ遅かった様ですね」

 「自白魔法でも使ったのか?」

 「いいえ、目撃者の証言と制動痕で判ります。
  運転手は指名手配犯を乗せていると言う事実に、緊張していた。
  それで後ろに気を取られて、歩行者の確認が少し遅れた。
  そんな所でしょう。
  ……話は変わりますが、エイムラクさん、どうして指名手配犯の輸送に辻馬車を?」

 「通信が妨害されてたんだ。
  仕様が無えだろう……」

当然の疑問に、エイムラクは気不味い表情で答えた。
一度は逮捕したトレンカントを逃がしてしまったのは、彼の落ち度と言えよう。
余り言い訳するのは、男らしくないと彼は考えている。
しかし、他に手は無かったのだ。

389創る名無しに見る名無し2018/01/16(火) 18:15:29.97ID:6SBjHMMd
filler

390創る名無しに見る名無し2018/01/16(火) 18:15:47.59ID:6SBjHMMd
シークァンは同情して頷く。

 「それは……仕方が無いですね……。
  指名手配犯を連れて、長々と歩くのも危険でしょうし……」

 「これから俺は本部に向かう。
  本当に、聞いておく事は無いんだな?」

 「今の所は。
  後で何か伺いに行くかも知れませんが」

エイムラクが念を押すと、シークァンは即答した。

 「あぁ、そんじゃ、邪魔したな」

エイムラクはシークァンと運転手に断りを入れ、一度支部に向かう。
本部は遠いので、支部で馬を借りて行こうと考えたのだ。
統合刑事部の連中に何を聞かれるのかと、エイムラクは内心不安だった。

 (心測法をやられるって事は無えだろうな……。
  事情聴取をした切っ掛けが、掃除の小母ちゃんに聞いた話ってぇなぁ、どうなんだろうなぁ……。
  そこら辺は言わずに済むなら黙っててぇんだが……。
  巡回中に怪しい奴を見掛けたって事にすれば、良いよな?
  ファラドが手を回してなきゃ良いんだが……。
  あぁ、そう言や、ファラドん所の秘書は何を持って帰ったんだ?)

頭の中で様々な事を考えながら、彼は馬に乗って本部へ向かう。

391創る名無しに見る名無し2018/01/16(火) 18:17:21.15ID:6SBjHMMd
cutaway

392創る名無しに見る名無し2018/01/16(火) 18:19:27.26ID:6SBjHMMd
時は遡り、エイムラクとトレンカントを乗せた馬車が事故を起した瞬間。
馬車を追跡していた内部調査班の班員は、事故現場から足早に立ち去ろうとする女を見付けた。
「少年が馬車に撥ねられた」と騒付く群衆の間を擦り抜けて、班員は彼女を追う。
纏う魔力の流れから、班員は女の正体に感付いていた。

 (あれはサディカ・マリカーン?
  トレンカントを守る為に、少年を突き飛ばしたのか?
  しかし、事故が起きれば、直ぐに執行者が駆け付ける。
  こんなのは時間稼ぎにならない所か、執行者が増えて益々逃走が難しく――)

彼がサディカの行動を不可解に思った直後、馬車の方に素早く接近する人影があった。

 (何っ、未だ仲間が居たのか!)

班員は慌てて引き返そうとするも、サディカを追って既に事故現場から半通は離れている。
彼は馬車周辺の魔力の流れを読んだ。

 (誰だ!?
  魔導師の気配、男……ソルートか!!)

人影の正体を察して、班員は後悔した。

 (謎の人物は『複数』存在した。
  その内の2人が、ソルートとトレンカントだった!
  『複数』居るんだから、何か起きたら救援が来るのは、予想出来た事だ!)

ソルートとトレンカントは逃走を始める。
今から追っても間に合わない。
幸い、エイムラクが既にテレパシーで通信しつつ、追走を開始していた。
執行者の応援も、間も無く駆け付けるだろう。
だが、班員が足を止めた僅かな間に、サディカの気配は消えていた。

 (二兎を追う者、一兎をも得ずか……)

片方に気を取られた隙に、もう片方を逃がしてしまうと言う失態。
彼は己の未熟さを恥じた。

393創る名無しに見る名無し2018/01/17(水) 18:07:02.04ID:CRFA4Kjt
cutaway

394創る名無しに見る名無し2018/01/17(水) 18:08:15.63ID:CRFA4Kjt
魔導師会法務執行部本部に着いたエイムラクは、ソルートとトレンカントを追っていた捜査班に、
執拗な聞き取りを受ける破目になった。
場所は小会議室。
取調室でないのは、同じ「執行者」に一定の配慮をした表れであろう。
この重大事件の捜査班は6人の刑事執行者で構成されており、内3人がエイムラクの聴取に出た。
班長の刑事執行者は高圧的な態度で物を言う。

 「先ず、トレンカントを発見した経緯を聞きたい」

同時に、若い刑事執行者が録音用の小型魔導機を作動させた。
特に断りも無く、これである。
刑事部の者は大体、治安維持部の者を軽んじている。
「刑事の仕事が増えるのは治安維持が弛んでいるから」等と言われる位だ。
統合刑事部は刑事部より更に上で、治安維持部の下っ端に過ぎないエイムラクとは身分が違う。
エイムラクは本当は刑事執行者になりたかったのだが、適性試験に合格出来なかった為、
已む無く治安維持部に入った。
故に、彼は「刑事執行者」に対して複雑な感情を持っている。

 「巡回の休憩に偶々立ち寄った喫茶店で、怪しい人物を目撃したのです。
  それで職務質問を行った所、その人物がトレンカントだと発覚しました」

 「何と言う喫茶店だ?」

 「タンクィットです。
  地図ありますか?」

エイムラクは状況を説明するには、地図を使うのが手っ取り早いと考えたのだが、残念ながら、
その意図は刑事執行者に伝わらなかった。
若い刑事執行者が疑問を口にする。

 「地図?」

 「その方が説明し易いですし、そちらも解り易いでしょう」

鈍い奴等だとエイムラクは内心で虚仮にしつつ、堂々と言う。

395創る名無しに見る名無し2018/01/17(水) 18:12:22.05ID:CRFA4Kjt
素直にグラマー市全体の地図を持って来た若い刑事執行者に、エイムラクは困った顔をして見せた。

 「これじゃなくて、ジャダマル地区の地図が欲しかったんですが。
  事が起こったのは、そこですから……」

若い刑事執行者は露骨に面倒臭そうな顔をしたが、先輩であろう刑事執行者に睨まれ、
改めてジャダマル地区の地図を持って来る。
班長がエイムラクに謝罪した。

 「済みませんね、気の利かない奴で」

口では謝っているが、彼は圧力を掛ける様に、エイムラクの肩に手を置く。
エイムラクは苦笑いにも見える不器用な愛想笑いをした後、地図を指しながら説明を始めた。

 「えー、ここのタンクィットです。
  ここで私が休憩していると、ファラドの秘書のサディカ・マリカーンが、怪しい人物を伴って、
  喫茶店に入って来ました」

3人の刑事執行者の顔付きが、途端に険しい物になる。

 「ファラドの秘書?」

班長の問い掛けを、エイムラクは制止した。

 「取り敢えず、区切りの良い所まで話させて下さい」

班長は大人しく黙り込んで、難しい顔をする。
エイムラクは続けた。

 「そこでサディカと怪しい人物は、封筒を交換していました。
  封筒の大きさは1手×1足程度。
  封筒の交換が済むと、2人は直ぐに別れました。
  中身までは判りませんでしたが、2人は殆ど言葉を交わさず、親しい様子も無かったので、
  何か秘密の取り引きでもしているのではないかと疑い、怪しい人物の方を追い掛けました」

396創る名無しに見る名無し2018/01/17(水) 18:16:33.33ID:CRFA4Kjt
ここで一旦、話は区切られる。
班長は改めて質問した。

 「その『怪しい人物』と一緒に居たのは、本当にファラドの秘書のサディカだったか?」

グラマー地方の女性は、大体がベールを被っており、中には顔を隠す者も居るので、
人相の判別は困難だ。
それに中央運営委員の秘書に嫌疑を掛けて、人違いでしたでは済まされない。

 「サディカと面識はありませんが、彼女を直接見掛ける機会は何度かありました。
  雰囲気からして間違いありません。
  喫茶店の店員にも確認を取ってみて下さい」

エイムラクの言う「雰囲気」には、纏う魔力の質や流れも含まれる。
魔法資質が高い者は、これだけで人物を判別出来るので、「雰囲気」と言えど侮れない。
班長は頷いて、次の質問をする。

 「分かった。
  所で、『怪しい人物』とは何を以って、そう判断した?
  具体的に何が怪しかった?」

 「振る舞いの一つ一つです。
  素顔を隠していて、男か女かも判らない。
  纏う魔力の流れは、妙に静かで整っている。
  自分の正体を覚られない様にしている感がありました」

エイムラクの洞察力に、3人は内心で感心した。
刑事執行者でも、これ程までに勘が働く者は少ない。

397創る名無しに見る名無し2018/01/18(木) 18:41:08.83ID:nwGuQUZw
班長は3つ目の質問をする。

 「どうしてサディカではなく、『怪しい人物』の方を追い掛けた?」

エイムラクは控え目に失笑した。

 「どうしてって、サディカはファラドの秘書ですよ。
  取っ捕まえて話を聞こうにも、後ろ盾が強過ぎる。
  それに素性が知れてるんで、職質するのも不自然でしょう。
  どっちが扱い易いかって言やぁ、そりゃあ……」

彼は言葉を濁したが、意図は伝わった。
中央運営委員の秘書と、素性の知れない人物と、どちらが職務質問し易いかは明白だ。
班長は頷いて、話の続きを促す。

 「あぁ、確かに。
  先を続けてくれ」

エイムラクは頷いて、タンクィットの場所を押さえていた指を、西方向に動かす。

 「『怪しい人物』は、こちらの方向へ移動しました。
  私は急いで後を追い、お互い、こう動いて、ここで捕まえて、職務質問をしました」

狭い路地を、彼はトントンと叩いて示す。

 「所が、氏名と住所を言え、それと顔を見せろと、何度言っても応じず……。
  あぁ、そう言えば、身分証を提出されましたが……。
  これです」

エイムラクは今更ながら、トレンカントから偽の身分証を取り上げた事を思い出して、
それを班長に提出した。

398創る名無しに見る名無し2018/01/18(木) 18:42:17.91ID:nwGuQUZw
受け取った班長は、身分証の名前を読み上げて、首を捻る。

 「ヴィクター・ストンハイマー?」

 「偽造か、そうでなければ他人の物だと思います。
  『自分の口から』は氏名と住所を言おうとしなかったので。
  これは愈々怪しいと思った私は、実力行使に出ました。
  それで初めて、『怪しい人物』の正体が指名手配中のトレンカントだと判明したのです。
  トレンカントは魔法を使って抵抗しようとしたので、私は力尽くで取り押さえました。
  その後、応援を呼ぼうとしたのですが、何者かに妨害されて通信が途絶えてしまいました。
  私は仕方無く、大通りに出て、辻馬車でトレンカントを近くの駐在所まで運ぶ事にしました」

班長はエイムラクが自ら話を区切るまで、頷いて聞きながら、再度疑問点を突(つつ)く。

 「どんな理由で、身分証が偽物だと判断した?」

自分は試されているのかと、エイムラクは少し眉を顰めた。
一々説明しなくとも解るだろうと、彼は思っていたのだ。

 「どんなって……、真面な社会人なら、自分の名前と住所を言えないって事は無いでしょう。
  口が利けないってんなら話は別ですが、奴は言わない所か、頑なに拒んだんです。
  愚者の魔法を警戒したんでしょう」

班長は謝罪もせず、無言で頷き、次の質問をする。

 「通信を妨害されたと言うのは、誰に、どうやって?」

話を聞いていなかったのかと、エイムラクは又少し機嫌を損ねた。

 「分かりません。
  どんな手を使われたのかも……」

魔法に関して『分からない』と言わなければならない事態は、魔導師として恥である。
しかし、それを責める者は居ない。
相手は元魔導師、魔法に関する知識量に差は無い。
だが、だからこそ対抗出来なくてはならないとも言える。
執行者は魔法の番人でもあるのだ。

399創る名無しに見る名無し2018/01/18(木) 18:44:56.45ID:nwGuQUZw
班長は困った顔をして、次の質問に移る。

 「トレンカントは職質中に、魔法を使おうとした?」

 「はい。
  奴が先に」

先に魔法を使おうとしたのはトレンカントだと、エイムラクは主張した。
班長は俄かに目付きを険しくする。

 「君が実力行使に出たのと、トレンカントが魔法を使おうとしたのと、どっちが先だった?」

これは確認の為に尋ねているのだ。
エイムラクは後ろ暗い所を隠す為に、堂々と言う。

 「先に手を出したのは、私です。
  しかし、相手は指名手配犯でした!」

 「『偶々』な。
  結果論だ」

冷徹に断言する班長に、エイムラクは憤り、机を叩いて席を立った。

 「言いたい事があるなら言って下さいよ!
  聞きたいのは、犯人の事じゃないんですか?」

丸で自分が取り調べを受けている様で、それが彼には堪らなかった。
若い刑事執行者がエイムラクの暴走に備えて身構えるも、班長は落ち着いた所作で、
彼に手の平を向けて制する。
そして、エイムラクを諭しに掛かった。

 「もし、ファラドがトレンカントと繋がっていたなら、これは大事件だ。
  奴は有らゆる手を使って罪を逃れようとするだろう。
  君に対する『報復』も想定しなければならん。
  職務質問に問題が無かったか、僅かな瑕疵でも因縁を付けられる」

400創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:48:49.56ID:a3rMjZem
filler

401創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:49:36.75ID:a3rMjZem
エイムラクは不満を露に反論した。

 「ファラドだろうが、誰だろうが、指名手配犯と繋がってたんだぞ!」

班長は2人の刑事執行者を所作で制しつつ、エイムラクへの説諭を続ける。

 「落ち着け、未だファラドと繋がってると決まった訳じゃない。
  話を聞く限りでは、『ファラドの秘書』と接触していただけだ。
  勿論、もしファラドが指名手配犯と何等かの取り引きをしていたなら、委員の席は失われる。
  しかし、それとは別に『乱暴な職務質問に就いて』、訴訟を起こされる可能性がある。
  所謂『第三者機関』にな。
  我々は悪を許す積もりは無いし、君の事も出来る限り守る。
  だから、その為にも気を悪くせずに、私の質問に答えてはくれないか?」

数極の沈黙を挟んで、エイムラクは不機嫌な顔で席に着き、渋々謝罪の言葉を述べた。

 「済みませんでした」

魔導師会が暴走した時の為に、市民が事実を検証する第三者機関が複数ある。
グラマー地方に於いては、その権限も影響力も小さいが、歴とした「事実」を突付けられれば、
魔導師会とて対応しない訳には行かないのだ。
班長は再び先の話に戻る。

 「実力行使に出たのは、少々拙かったかも知れない。
  相手が指名手配犯と言う確証があった訳じゃないんだろう?」

 「ええ、まあ……」

エイムラクは目を逸らして、打っ切ら棒に答えた。
班長は至極真面目に言う。

 「『指名手配犯を捕まえた』と言う事実だけを見れば、君の活躍は表彰物だ。
  感謝状を贈りたい位だよ、冗談や皮肉では無く。
  君は良い勘をしている。
  ……だが、余り大っ平(ぴら)に褒め称(そや)す訳には行かなくなるかも知れない」

エイムラクは鼻で笑った。

 「んな事ぁ、気にしませんよ。
  持て囃されたくて執行者になった訳じゃ無し」

公に認められる必要は無いと、彼は強がる。
本当はトレンカントを取り押さえた瞬間に、「指名手配犯を逮捕した」と言う名誉が頭を過ぎったが、
見栄の為に無かった事にした。

402創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:51:20.22ID:a3rMjZem
班長は小声で一言「済まんね」と言って、更に続きを促す。

 「トレンカントを取り押さえて、その後は?」

エイムラクは静かに長い溜め息を吐き、改めて地図を指して説明を再開する。

 「この辺りで辻馬車を捉まえて、東駐在所に向かおうとしました。
  所が、ここの交差点で私の乗った馬車が、人身事故を起こしまして……」

 「事故?
  あ、いや、続けてくれ」

思わず声を上げた班長は、話の腰を折る積もりは無かったと、釈明する様に言った。
エイムラクは一旦話を止めた物の、表情を変えずに続ける。

 「馬車が飛び出して来た少年と、接触してしまったんです。
  事故で馬車が止まっている間、通信が回復したので、私は改めて応援を呼びました。
  その時に通信手から、『通信は繋いだ儘で』と指示されたので、その通りにして。
  それで馬車の中で応援を待っていると、魔導師のローブを着た男が、馬車の戸を開けたんです。
  私は馬車の左側に乗っていて、トレンカントは右側に居ました。
  男は右側の戸からトレンカントを引っ張り、馬車から降ろしました」

班長は又も声を上げようとしたが、今度は思い止まる。

 「――っと、それで?」

 「相手が魔導師のローブを着ていたので、私は一瞬混乱しました。
  しかし、直ぐに男はトレンカントを逃がしに来たのだと思いました。
  もしかしたら、この男はトレンカントと一緒に指名手配されていた、ソルートではないかと」

班長は先程から何度も頷いており、落ち着かない様子。

403創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:53:06.91ID:a3rMjZem
filler

404創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:53:52.17ID:a3rMjZem
エイムラクは短く話を纏めようと努力する。

 「魔導師のローブを着た男は、トレンカントを目覚めさせ、共に逃走を始めました。
  こう言う風に、路地を右に左に。
  私は直ぐに追い掛けたのですが、引き離されるばかりで。
  それで、この辺りで駆付が私を追い抜いて。
  『もう追わなくて良いから、本部に行って事情を話せ』と、通信手に言われまして。
  今、ここに居る次第です」

彼の話が終わると、班長は難しい顔をして溜め息を吐いた。
その後、短く息を吸うと、真顔になって尋ねる。

 「事故と言うのは?」

 「少年が馬車に接触したんです。
  幸い、命に関わる様な大怪我はしていませんでしたが……」

 「犯人の仲間の妨害だと思うか?」

 「……判りません。
  そうかも知れないですね。
  可能性は否定出来ないと思います」

 「分かった」

班長は一息吐いて、エイムラクを気遣った。

 「喉が渇かないか?
  水なり何なり、欲しければ持って来させるが」

 「いや、結構です」

彼は多少喉が渇いていたが、余り長々と話をする積もりは無かったので、断った。

405創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:55:34.16ID:a3rMjZem
エイムラクに断られた班長は、少し残念そうにして質問を再開する。

 「トレンカントを連れて逃走したのは、本当にソルートか?」

 「顔は確認出来なかったので、ソルートだとは言い切れません。
  直感的に、そう思っただけです。
  魔導師のローブを持っていて、私の魔法を無効化したり、追走を振り切れる位、
  共通魔法の扱いに長けている……。
  元魔導師のソルートなら、それに当て嵌まるのではないかと」

 「顔は確認していないか……。
  気を悪くしないで欲しいんだが……、トレンカントを逃がさない様には出来なかったのか?」

その問い掛けを受けて、エイムラクの目付きが鋭くなった。
彼は「自分の判断や行動に落ち度は無かったのか」と聞かれているのだ。
彼は苦々しい表情で答える。

 「全く落ち度が無かったとは言えませんが、それこそ結果論です。
  トレンカントに仲間が居て、グラマー市内で活動してる何て、予想しろって方が無理です。
  他の執行者も揃いも揃って、奴等を見過ごしてたって事なんですから」

 「『自分の落ち度ではない』と」

エイムラクの言い訳を、班長は端的に纏める。
それが癇に障って、エイムラクは嫌味を言った。

 「寧ろ、あんた等の落ち度じゃないんですかね。
  今まで何してたって話ですよ」

年配の刑事執行者が色を作して反論しようとするも、班長が無言で制止する。
班長は素直に自分達の非を認めた。

 「返す言葉も無い」

406創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:56:48.77ID:a3rMjZem
エイムラクは小さく溜め息を吐いて、今度は自分から班長に尋ねる。

 「本当に全く誰も、連中がグラマーに潜り込んだ事に気付かなかったんですか?」

魔導師会とは存外無能な組織なのではと、彼は感じ始めていた。
グラマー地方は魔導師会による監視の目が確り行き届いており、故に事故や事件は少なく、
又、大逸れた事を仕出かそうと言う悪党も現れないのだと、嘗ての彼は信じていた。
今それが揺らいでいるのだ。
班長は少しの間を置いて答えた。

 「全てを監視するのは不可能だ。
  相手は元魔導師だから、手の内が読めるのかも知れない。
  ファラドが背後に付いているなら、尚の事……」

それは言い訳だと、エイムラクは内心で憤る。
結局、誰も判っていなかったのだ。
彼は真剣な声で班長に言った。

 「市民の魔導師会への信頼は大きく揺らぎますよ」

 「解っている」

重々しい口調で班長は応える。

 「隠蔽なんかしやしないでしょうね?」

 「私達に、そんな権限は無い」

彼は無責任とも受け取れる回答をした。
事実、その通りではある。
事件を公表するかしないかは、何時も『上』が判断する。
エイムラクは「フン」と不機嫌に鼻を鳴らして、外方を向いた。

407創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:58:07.06ID:a3rMjZem
気不味い空気になった所で、小会議室の戸が軽く叩かれる。

 「失礼します」

女性の刑事執行者が入って来て、班長に視線を送った。

 「お報せが……」

先ず年配の刑事執行者が動いて、話の内容を確かめる。
女性刑事執行者に耳打ちされた彼は、血相を変えて班長に駆け寄り、同じ様に耳打ちした。

 「何だと?」

予想外だと言った顔をする班長に、年配の刑事執行者は無言で頷く。

 「何があったんですか?」

エイムラクが尋ねると、班長は心底申し訳無さそうに応えた。

 「済まない、今は話せない。
  聴取は――今日の所は、これで終わりにする。
  御協力感謝する」

話すべき事は全て話し終わった後なので、これで聴取が終わっても何も問題は無いのだが、
慌てた様子で雑な打ち切り方。
これは余程の事だと、エイムラクは察する。

 「おい、行くぞ」

班長は2人の刑事執行者に声を掛けて、女性刑事執行者と共に退室した。
その後に続いて、2人の刑事執行者も退室する。
取り残されたエイムラクは、溜め息を吐いて帰途に就いた。

408創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:58:49.93ID:a3rMjZem
cutaway

409創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 18:59:59.07ID:a3rMjZem
翌日、魔導師会は2人の指名手配犯が、グラマー市内に居た事を公表した。
しかも、彼等を「取り逃した」事まで。
その事をエイムラクは、職場での緊急朝会で知らされ、愕然とした。
昨日の刑事執行者達の慌て振りを、彼は犯人が死亡したか、執行者に死傷者が出たか、
とにかく予期しない事態が発生したのだとは理解していた。
それが正か、「犯人を取り逃した」事だとは、予想外の予想外。
例の2人は駆付の追跡をも振り切って、行方を晦ましたのだ。
朝会の後で、エイムラクは課長に呼び止められる。

 「エイムラク君、昨日の事だが」

 「何かあったんですかい?」

動揺する彼に、課長は小声で言う。

 「報告書を提出してくれないか?
  未だ書いてなかったよね」

 「何で、そんな窃々(こそこそ)と?」

どうして小声で話すのかと問われた課長は、少し眉を顰めた。

 「噂になるのは好まないだろう?」

昨日の出来事を「上」から聞かされたのだろう。
周囲の者に気取られない様に、彼は配慮している。
事実、エイムラクは昨日の件が皆に広まり、あれこれと詳細を説明しなければならなかったり、
又、他者に噂されたりする破目に陥る事を望んでいなかった。

 「本部で話した事と、同じ事を書いて良いんですか?」

 「ああ、そこまで詳細に書かなくても良いよ。
  簡単な有らましさえ分かれば、それで」

課長の要求は如何にも事務的な物で、「規則として報告書を作成しなければならない」以上の、
理由は無い様に思われた。

410創る名無しに見る名無し2018/01/19(金) 19:02:38.96ID:a3rMjZem
それはエイムラクにとって、一面では有り難かったが、半面では不満があった。
そう言う態度だから、指名手配犯の跋扈を許していたのではないかと。
「規則通り真面目にやっている」と言えば聞こえは良いが、裏を返せば、最低限で済ませ、
「それ以上の事はしなかった」とも言える。
都市の治安を預かる者として、そんな心構えで良いのか?
その日一日をエイムラクは晴れない気分で過す事になる。
昨日の事を思い返すと、胸が向か付いて堪らなくなり、彼は報告書を態と雑に書き上げると、
気晴らしに市中の巡回に出た。
足は自然と、昨日と同じ経路を辿る。
エイムラクは逆らう事無く、足の向く儘に歩いた。
もう一度、指名手配犯と出会さないかと言う、有り得ない妙な期待を彼は抱いていた。
当然そんな訳は無く、街の風景は昨日の出来事を丸で気にしていないかの様に、何時も通り。
人々の平和振りに呆れながらも、それを守るのが執行者の使命だと、エイムラクは思い直した。

 (俺は何時も通り、この街を守ってれば良いってか……。
  まぁ、そうだわな)

彼は一地方支部の生活安全課の巡査係であり、その使命は管轄域の治安を守る事。
指名手配犯を追うのは、刑事執行者の役目である。

 (何度来ようが、この街で勝手はさせねえ。
  俺が居る限りはな)

割り切れない事も多いが、今の仕事を辞める積もりは無い。
何が起きても、仕事は「何時も通り」。
刑事執行者を目指して、願い叶わず、治安維持部で働く事になったエイムラクだったが、
それが今は誇らしい。

411創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:00:55.86ID:l+MMbhIf
cutaway

412創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:08:55.30ID:l+MMbhIf
その後、事件は益々闇を深めて行った。
ファラドの秘書である、サディカとクータは事件当日の夜に行方不明になった。
両者共、家族にも連絡せずに失踪。
後にサディカは、「目撃証言」から少年の殺人未遂罪で指名手配される事となった。
ファラドの事務所が強制捜査の対象となったが、それは指名手配犯を取り逃してから2日後の事で、
ファラドとトレンカントが繋がっていると言う、明確な証拠は見付からなかった。
危機を感じ取って事前に情報を隠したか、それとも飽くまで秘書とトレンカントとの遣り取りだけで、
ファラドは無関係だったのかは判らず終い。
過去を見る心測法の結果、トレンカントとソルートが間違い無く本人だった事は確認済みであり、
これでファラドを誘(しょ)っ引ければ、心測法なり自白魔法なりで、簡単に解決するのだが……。
中央運営委員会が、それを許さないだろう事は明白だった。
委員がファラドを切り離せば良いのだが、そうすると間接的な証拠だけで、委員を取り調べられる、
前例を作ってしまう。
これが出来たから、あれが出来ない道理は無いと、法務執行部の権限が強くなる。
中央運営委員会は、それを好ましく思っていなかった。
単純に、後ろ暗い所のある委員が多いのも事実だ。
特にファラドと交流のある委員は、余罪を追及されはしないかと、兢々としている事だろう。
しかし、そうした態度は市民の魔導師会への信頼を失わせてしまう。
我が身可愛さに、ファラドを庇い続ける委員達が、どの様に世間に見られるか……。

413創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:10:30.54ID:l+MMbhIf
一方で、法務執行部はファラドに対する捜査協力請求状を中央運営委員会に提出するか、
悩みに悩んだ。
先述の様に、これを提出してしまえば、委員は反対して、結果的に魔導師会と言う組織全体の、
信用性を損ねる事となる。
「反逆同盟」なる組織が各地で問題を起こしていると言う大変な時期に、身内の権力闘争と見られ、
法務執行部の信用まで失墜させる結果になりはしないか?
議論に議論を重ねた結果、法務執行部は請求状を提出する。
この事に委員会は大きな衝撃を受けた。
確かに、指名手配犯がファラドの事務所の人間と接触していた事実は、到底見過ごせる物ではない。
だが、通例では事前に委員会の反応を探り、請求状が通るか通らないかを確かめる。
確実に通ると言う手応えが無ければ、法務執行部は請求状を提出しない。
何故なら、中央運営委員会も法務執行部も同じ魔導師会と言う組織であり、互いに叩き合い、
足を引っ張り合っても、市民からの印象が悪化するだけで、何も良い事は無い為だ。
今回の請求状提出では、それが無かった。
委員会内では当然、その事に対して反発が起こった。
これは法務執行部の不手際であり、捜査協力請求状を通さない口実に出来るのではないか、
或いは、それを見越した法務執行部側からの救いの手ではないかと捉える者もあった。
要するに、形だけでも「法務執行部は仕事をした」事にして、実は穏便に事を済ませたいのではと。

414創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:12:53.09ID:l+MMbhIf
実際どうだったかと言うと、これは司法総長官の決断だった。
グラマー地方の司法長官は、委員会にファラドに対する捜査協力請求状を提出した際の反応を、
反対と賛成が五分五分程度と見込んでおり、提出には余り乗り気では無かった。
委員会と法務執行部で対立が深まるだけでなく、委員会内部にも痼りを残すかも知れない。
それを司法総長官が自らの権限で押し切ったのだ。
そもそも今代の司法総長官は、委員会に伺いを立て、確実に通る気配が無ければ、
請求状を提出しないと言う「慣例」を好ましくない、廃絶すべきと考えていた。
法務執行部と中央運営委員会は狎れ合うべきでないと言う建て前通り、仮令後に委員会の決議で、
罷免されようとも構わない覚悟だった。
この話は司法長官の関係者から人伝に人伝に洩れ始め、「噂」として事情通の間で広まり、
委員達の耳にも入る様になった。
司法総長官の真意は別にして、独断であれば、後々の処理も容易いと、一部の委員達は楽観した。
所が、若い委員達が捜査協力請求状に応じる空気となり、委員会は再び動揺する。
背景には若手を率いるオーラファン委員の影響があった。
40代にして既に20年近く委員を務めているオーラファンは、血統書付きのエリートであり、
年齢的には若手ながら、実力は中堅以上と言う別格の存在。
自分と10や20も年上の委員達とも対等に口が利ける。
オーラファンはファラドとは距離を置いており、この機会にファラドに絡んだ一派を一掃して、
勢力拡大を狙うかの様だった。

415創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:14:41.00ID:l+MMbhIf
提出された捜査協力請求状に応じるべきか、応じざるべきか、中央運営委員会では侃々諤々の、
大論争となる。
守勢に回ると弱いファラドは、若手委員が議論を吹っ掛ける格好の的になっていた。
援護無く吊し上げられ、苦しい言い訳を繰り返しては追い詰められ、答に窮する彼の姿は、
哀れと言う他に無い。
自業自得ではあるが、これまでの過激な主張が、全て自分に返って来るのだ。
ファラドの窮状を目の当たりにした委員達の中には、これを庇い立てすれば支援者を失うと見て、
請求状に応じる事に賛成こそ出来ない物の、採決を棄権する考えの者も現れ始めた。
法務執行部の権限強化を嫌う守旧派と、ファラドと関わった者達(便宜的にファラド派と呼ぶ)が、
合わせて3割強に対し、オーラファン率いる若手と、その同調者が4割強、棄権が1〜2割と、
推測されており、残りは態度を決め兼ねている。
成り行きに任せていては、捜査協力請求状が通ってしまうので、守旧派とファラド派(仮称)は、
若手を切り崩し、態度を決め兼ねている者を味方に引き込む必要がある。
ファラド派は実際にはファラドと縁を切りたいと考えており、こちらから棄権に転じる者も防がねば、
請求状が通ってしまう。
実質、守旧派は単独で戦わなくてはならない。
しかし、委員の票の買収は重罪。
何等かの政治的な取引までは禁じられていないので、そちらで手を打つ他に無い。
若手を率いているオーラファンを取り込めば手っ取り早いし、それを実際に守旧派は企んだが、
既に強い力を持つ彼を翻意させる事は困難だった。

416創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:26:56.35ID:l+MMbhIf
余りオーラファンに近くない若手を、守旧派は切り崩しに掛かるも、成果は捗々しく無かった。
威し掛けようにも、背後に居るのがオーラファンでは、それも儘ならない。
やはりオーラファンを封じなければならず、それに守旧派は大きな犠牲を払う事になる。
その「犠牲」とは、守旧派を率いるアイルティス、ボンド、ドラゴツェン、ウェイフーと言う4人の、
大物委員の引退だった。
彼等は長らく中央運営委員会の決定を左右する、重要な役割を果たしていたが、その年月と同じく、
贈収賄の罪を積み重ねていた。
未だ地位に執着心はある物の、法務執行部の権限が強くなる気配を感じ、これを機に引退して、
汚職絡みの追及を避けようと言うのだ。
採決の前々日、4人は翌年の選挙で立候補しない事を公言したが、大人しく降った訳では無い。
もし、オーラファンが少しでも弱味を見せよう物なら、報復する心構え。
そして、捜査協力請求状に関する採決は、5.5対4.5と言う絶妙な割合で否決された。
オーラファン自身は「応」に投じたが、否決された事を悔しがる様子は無く、批判も控え目だった。
それは彼の同意の下で、裏取引があった事の証左。
こうしてオーラファンと彼に同調した者達は、事実上守旧派を打ち倒し、委員会の大勢を占めた。
法務執行部としては、大きな獲物を逃した事になるが、委員会は大きく変動したのである。
ファラドは委員会の取引で守られた物の、請求状が退けられた後に入院した。
理由は「心因反応」との事で、要するに議会で追い詰められて精神を病んだと言うのだ。
しかし、ファラドが守られるのは委員である間だけ。
法務執行部は彼の逮捕を諦めた訳ではない。
法の番人たる執行者は、執念深いのだ。
次の選挙までにファラドが回復するかは不明だが、どちらにせよ名誉が深く傷付いた儘で、
再選は不可能であろう。

417創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:27:21.33ID:l+MMbhIf
cutaway

418創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:30:47.62ID:l+MMbhIf
親衛隊内部調査班は、ファラドが共謀した証拠を押えられなかった事を口惜しく思ったが、
取り敢えず彼の動きを封じられたので、それで良しとした。
執行者の監視も厳しくなるので、入院中でも迂闊な事は出来なくなる。
清掃員に扮した班員は、魔導師会の会報を読み込んでいるエイムラクに話し掛ける。
彼が広げているのは、ファラドが委員会を欠席して入院した事が書いてある一面。

 「お偉いさんは狡いねぇ……。
  そう思わないかい、エイムラクさん」

横から記事を覗き込んで来る班員に、エイムラクは驚いて眉を顰めた。

 「な、何でぃ、行き成り話し掛けねぇでくれよ」

 「最近、豪く会報を読む様になったじゃないかい。
  あんたにしては珍しい」

 「いや、一魔導師として『会<オーガナイゼーション>』の動向位は知っとかねえとなっと……」

 「熱でもあるのかい?
  アハハ、何時まで保(も)つかね」

班員が揶揄うと、エイムラクは会報を畳んでしまう。

 「ハァ、止めた止めた、やっぱり柄じゃねえんだな」

班員は慌てて謝った。

 「あらら、御免よ。
  臍を曲げないどいとくれ」

419創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:35:27.35ID:l+MMbhIf
filler

420創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:35:53.88ID:l+MMbhIf
エイムラクは小さな溜め息を吐き、爽(さっぱ)りした態度で彼女に言う。

 「小母ちゃんが悪いんじゃねえよ。
  少し気になる事があってな。
  でも、今日で終いだ」

 「気になる事って?
  漫画(※)?」

見当外れの反応に、彼は大きな溜め息を吐いた。

 「俺を何だと思ってんだぃ……。
  もう良いよ、『巡回<パトロール>』行って来らぁ」

そう言って上着を肩に掛けて出て行くエイムラクを、班員は罪悪感を込めて見送る。

 (御免なさい、エイムラクさん。
  貴方の気持ちは解るけど、私は何も話せない。
  慰められるのも嫌でしょう)

彼女は事情を知っているが、それを明かす事は出来ない。
内部調査班は辛い仕事だ。


※:魔導師会会報には魔導師会の情報とは別に、連載漫画と連載小説がある。
  漫画は紙面の4分の1程度を使って、主に時事種(ネタ)を扱う。
  4齣と3齣のパターンがあり、どちらかは作者によって違う。
  小説は紙面の3分の1程度を使って、主に魔導師を主人公とした日常を描く。
  話が長期化し過ぎない様に、2〜4箇月で区切りを付けなければならない。

421創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:36:30.30ID:l+MMbhIf
breather

422創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:37:18.84ID:l+MMbhIf
驀(まっしぐ)ら


中国語で「驀地」と書いてある物に、「まっしぐら」と当てて読んだのが語源だそうです。
古くは「ましぐら」、「まっしくら」。
「坐倉(ましくら)」と当て字された事もある様です。
「驀」は元は馬に関係する漢字であり、そこから「一直線に」、「勢い良く」と言う意味が生まれました。
他に「俄かに」の意味もあります。
上述の様に「驀」だけで「まっしぐら」であり、「地」は中国語で副詞を作る物です。
詰まり、「驀地」とは日本語にすれば「まっしぐら『に』」で、「地」は「に」に相当する言葉です。
「白地」と書いて「あからさま」と読むのも、似た様な成り立ちと思われます。
こちらも「白」だけで「正直」、「何も無い」の意味があり、「地」は副詞を作る物でしょう。
「白地」は「あからさまに」であり、実際に中国語で「白地」は「率直に」、「正直に」の意味があります。
(これとは別に、名詞の「白地」もあり、当然意味が変わります)
日本語の「白地(あからさま)」は複雑な経緯を辿って変化しています。
「急に」、「俄かに」、「忽ち」から「一時的に」、「仮初めに」、「本の少し」、それが否定を伴って、
「少しも(無い)」、「全く(無い)」と変化しており、当て字の「白」の意味は「虚しい」か、
「全く無い」だと思われます。
これを「白=明らか」と誤解したのが、「明から様」の意味を持つ、今日の「あからさま」でしょう。
日本語の「白地〔しらじ〕」は、「未だ染めていない白い布」の事で、「処女」の婉曲表現でもありますが、
どちらの「あからさま」にも通じる意味がありません。
「白い布は後で染められるから『一時的』である」と言えない事も無いですが、牽強付会に感じます。

423創る名無しに見る名無し2018/01/20(土) 18:39:09.17ID:l+MMbhIf
惑々(まごまご)


戸惑う様子の「まごまご」は、恐らく「まどまど」の変化ではないかと推測します。
「ぶつぶつ言う」の「ぶつぶつ」は、古くは「つぶつぶ」と言い、これは「呟く」の「つぶ」で、
どこかの時点で「つぶつぶ」が逆転して「ぶつぶつ」になったと言われています。
それの類推で、困惑する「どぎまぎ」と同じ意味で、「どまどま」と言う言葉があり、
これは「惑う」の「まど」の逆転ではないかと思うのです。
しかし、そうなると「まどまど」が無いと行けない訳ですが、それが見付かりません。
所詮は素人の思い付きでしょうか……。
調べてみても、「まどふまどふ」位しかありませんが、逆に「まごまご」も見当たりませんので、
「まごまご」は新しい言葉と言う事になりそうです。
当て字として、そう意味が外れている訳では無いので、「まごつく」や「まごまご」には、
「惑」の字を当てたいと思います。


爽(さっぱ)り/洒(さっぱ)り


爽然、洒然とも当てる様です。
「爽」と「洒」には実は使い分けがあり、前者は「爽やか」、後者は「垢抜けた」と言う意味。
気分が「さっぱりした」と言う時は「爽」、容姿が「さっぱりした」と言う時は「洒」。
しかし、最近では「垢抜けた」、「身形が整った」の意味で、「さっぱりした」と言う事は少なくなりました。
都会に出て身形を整える様になった人に向かって、「小ざっぱりしやがって」と言う時の「さっぱり」は、
「洒り」となります。
「清々しい容貌になった」と言う意味では、「爽」も使えるでしょう。
「洒り」は「お洒落」の「洒」であり、「酒」ではありません。

424創る名無しに見る名無し2018/01/22(月) 19:57:13.89ID:CS6OdmzR
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425創る名無しに見る名無し2018/01/22(月) 19:57:50.56ID:CS6OdmzR
ボルガ地方 山間の町セッカにて


古代魔法研究所の研究員サティ・クゥワーヴァと、その護衛兼監視役のジラ・アルベラ・レバルトは、
この時期に行われると言う伝統的な夏祭りを見物に、セッカ町を訪れていた。
それは山の精霊に捧げ物をして、作物の順調な生育と来る秋の豊作を祈願する「精霊祭」の一種で、
町の若い男衆が1体半の人形(ヒトガタ)を背負って、セッカの大山と呼ばれるタイセ山を登る。
この祭りは人形の呼び名を取って、「背負子(しょいご)祭」と呼ばれる。
由来は、復興期、旱魃に悩まされていた所、ある男が山の精霊に生け贄を捧げに行った事と言う。
先述した様に、タイセ山は「セッカの大山」とも呼ばれる程、高く大きい山である。
標高は5通弱。
天にも届く様な、その頂には神聖な物が住まうと考えられていたのだ。
タイセ山は「女人の立入を禁ず」と言い伝えられており、女子供は山に入れない。
山の精霊が怒る為だと言う。
この事からタイセ山の精霊は女性的な性格を持つと考えられている。
サティは「調査研究」の名目で、山での祭りを見学しようと考えていたが、当然主催に却下された。
彼女は剥れて、ジラに愚痴を零す。

 「ボルガ地方民は確たる由も知れない因習や迷信に固執して、困った物です」

ジラは苦笑しつつ、サティを宥めた。

 「仕様が無いじゃん。
  そう言う決まりなんだから。
  郷に入っては郷に従えってね」

それでもサティは納得出来ず、愚痴愚痴と言い続ける。

 「大体、『山の精霊』なんて実在する訳無いでしょう。
  そんなの皆解っているんですから、既に形骸化しているんですよ。
  形骸化し過ぎて、形(かた)を保つ事が優先され、益々中身が虚(うつろ)になる。
  伝統なんて、そんな物です」

今日は自棄に機嫌が悪いなと、ジラは彼女の態度を怪しんだ。
何時もは、もう少し「伝統」や「文化」に理解を示すのだが……。
女人禁制が癇に障ったのだろうか?
それとも、そう言う日なのか?

426創る名無しに見る名無し2018/01/22(月) 20:03:15.92ID:CS6OdmzR
祭りが行われるのは、夕方から夜に掛けて。
朝陽が完全に現れる前に、若い男衆は重い「背負子」を背負って、山を登り切らねばならない。
季節は夏ではあるが、高山の夜は冷える。
中には登り切れずに朝を迎えて、脱落する者も出て来る。
魔法を使えれば、2体重を背負っても山道を楽々進めるのだが、魔法の使用は禁じられている。
これも山の精霊を怒らせない様にする為だと言う。
旧暦のボルガ地方では、共通魔法は邪法とされていたので、その名残であろう。
祭りの由来となった「生け贄」は、男の妻子だったと言う。
集落が旱魃で危機に陥った際、この男は天の声を聞き、妻子を背負ってタイセ山の頂を目指した。
1体半とは、妻子の重さ。
朝までと言う期限は、妻子が目覚めるまでの間。
男はタイセ山の頂に到達したと言われているが、その後に山から下りたと言う話は無い。
後日、集落に2月振りの雨が降った事を以って、人々は「儀式」が成功したと見做した。
この話は「セッカの大山」として、ボルガ地方伝説話集にも収められている。
今でこそ血腥い雰囲気は無いが、実は魔導師会が止めさせるまで、贄を捧げ続けていたと言う。
集落に災いある度に、この儀式は行われ、次第に災いを防ぐ為に毎年続ける様になったらしい。
毎年夏に一家が選ばれ、妻子を生け贄に捧げに行く。
妻子が無ければ、働き盛りの若い男を残して、爺婆を捧げる事もあった。
身内を「山の精霊」に捧げて、集落に帰って来る男は少なかったとも言われる。
女人禁制の山に妻や娘、母を運び込んで良い物かは疑問だが、生け贄は例外だった様だ。
女が自ら立ち入るのではなく、「男が背負っているから問題無い」とする理屈だったとも言う。
こうした血腥い歴史に蓋をして、しかし、丸で呪いの様に、その労苦は引き継がれ、
祭りは今も続いている。
現代の男達は人形を背負って山を登り切る事を、名誉な事だと信じている。
確かに、十分な体力のある丈夫の証にはなるだろう。
セッカ町の人々も、事を成し遂げた男達を称える。
祭りの由来は扨措き、今では完全に試練の様な物だ。
仮令一人の達成者も出なくとも、それは残念な事ではあるが、後に凶事が起こるとまでは、
誰も考えてはいない。

427創る名無しに見る名無し2018/01/22(月) 20:05:16.97ID:CS6OdmzR
辺りが暗み始める西の時3針に、男達は重い人形を背負って、山頂に向け歩き始める。
老人や女子供はタイセ山の麓で、それを見送る。
山頂に着いたら松明を灯して、麓で待つ人々に達成を伝える。
魔法が使えないと言うのは厳しく、健康な成人男性でも、1通も歩けば足が止まる。
山頂までの距離は最短で1区5通。
人形を背負った儘では、恐ろしく長く遠い。
サティとジラは大人しく山の麓で、登頂に挑む男達の後姿を眺めていた。
男達の中には、数歩も歩かない内から倒れてしまう者、動けなくなってしまう者も居る。
こうした者達は、物笑いの種だ。
後々まで、あの男は軟弱で情け無いと言われ続ける。
この不名誉な評判を回復する方法は、翌年以降の祭りにて良い所を見せる他に無い。
年頃の男なのに参加しない者は、腰抜けである。
祭りに備えて、地道に鍛え続けて来た者達だけが、タイセ山の高みに到れる。
数針も経てば、男達は山林の闇の中に姿を消す。
闇の中で何が起ころうと、外からは判らない。
倒れても朝まで救助は来ない。
人に害を及ぼす野生動物の類は出現しないが、稀に死者や行方不明者が出る。
負傷者は初中(しょっちゅう)。
登山道を外れたり、転げ落ちたり、足を挫いたり。
危険なので廃止しようと言う動きもあったのだが、伝統と文化の名の下に未だ続けられている。
山道は幾らか整備されているが、万全とは言い難く、魔法を解禁する気配も無い。
登山道の要所要所には監視員が居て、不正が出来ない様になっているが、この監視員も、
魔法は使えない。
仮令、緊急時であっても魔法を使ってはならないと言う、奇妙な徹底振り。
生け贄を捧げる事は出来なくとも構わないが、魔法の使用だけは許されない。
伝統や文化と言う形式的な物ではなく、人々の心には未だ「精霊への畏れ」が残っているのか……。

428創る名無しに見る名無し2018/01/23(火) 18:07:34.06ID:yOFdYi8h
男達の姿が山林の闇に消えると、もう見物していても仕方が無いと、帰り始める者が疎らに現れる。
登頂して下山して来るまで、早くとも3角。
それまで呆っと山を眺めていても何にもならないので、その間に夕食にしたりする。
ジラもサティに呼び掛けた。

 「暗い山を凝(じっ)と見てても詰まんないし、私達も一旦戻って晩御飯食べない?」

彼女はジラに対して、今思い浮かんだ疑問を打付ける。

 「山に登っている人達は、何時御飯を食べるんでしょう?」

 「お弁当を持ってるんじゃないの?
  それか食べて登ってるか?
  毎年やってるんだから、何か考えてあるよ」

 「そうですよね」

サティは浅りと納得して、ジラと一緒に町中に戻った。
ジラはサティの詰まらない疑問と、嫌に素直な反応が気に掛かった物の、行動を共にしていれば、
無理はしないだろうと一々指摘せずに過ごす。
食事中も、サティは些細な疑問をジラに投げ掛け続けた。

 「もし不正があったら、どうするんでしょう?」

 「監視員が居るから、不正は出来ない筈だよ。
  それとも不正があった時の対処?
  普通に失格になるんじゃないの?」

 「そうでは無くて……、監視員も最初から最後まで付き添っている訳では無いんですから、
  どこかで不正を働こうと思えば、出来ない訳では無いでしょう」

 「そこは良心に委ねられているんじゃ?
  大体さ、達成した所で、どうなるって言う物じゃないし」

429創る名無しに見る名無し2018/01/23(火) 18:08:58.98ID:yOFdYi8h
filler

430創る名無しに見る名無し2018/01/23(火) 18:09:48.87ID:yOFdYi8h
これは罠だと、ジラは直感した。
サティはジラが疑問に付き合い切れなくなって、「自分の目で確かめれば?」と言って来るのを、
待っているのだと。

 「言っとくけど、山には入らないでよ」

ジラが先を制して釘を刺すと、サティは意地の悪い笑みを浮かべる。

 「ジラさん、山の精霊を信じている訳では無いですよね?」

ジラは眉を顰めた。

 「災いとか罰とか、どうでも良いけど、揉め事は起こしたくないじゃん……」

 「はぁ、そうですか」

サティは呆れた風に溜め息を吐いた。
そして、先の話の続きをする。

 「ここの人達は、本当に魔法を使わないんでしょうか?」

 「嫌に疑るのねぇ」

今度はジラが呆れた顔をする。
そこまで人が信じられないのかと。
サティは又も意地悪く笑った。

 「どこにでも心の貧しい人は居る物です。
  良心に委ねると言えば聞こえは良いですが、それは責任放棄の言葉でもあります。
  不心得者が現れない様にするのも、管理者の責任だと思うのですが」

431創る名無しに見る名無し2018/01/23(火) 18:10:45.08ID:yOFdYi8h
ジラは一層眉を顰めて彼女に反論する。

 「『昔からの風習』って、大体そんな物じゃない?
  何と無く続いてて、何と無く従ってる。
  それが当然だから、疑問も抱かない。
  そんなに貴女は人が信じられないの?」

 「信じられないと言うより、単純に何を担保に戒律を守っているのか疑問なのです。
  背負子は1体半、とても重たいですよね。
  『体積』の1体半だとしても、邪魔な荷物に変わりはありません。
  山頂まで運ぶのに、それは苦労する事でしょう。
  そう言う時に、何とか狡が出来ないか、楽が出来ないかと考えるのは人の性です。
  そうして人間社会は発展して来ました。
  監視員の居ない所で少し魔法を使っても、罰は当たるまいと考えるのは自然でしょう」

サティの言い分に、ジラは軽蔑の眼差しを向けた。

 「貴女が、そんなに心の貧しい人だとは思わなかった」

非難されたサティは少し動揺した物の、強弁する。

 「信用で成り立つ物には、担保が必要です。
  共通魔法が使えないのであれば、尚の事。
  全員の人格を明らかにする事は出来ないのですから」

ジラは深い溜め息を吐いた。

 「それで?
  監視員の居ない所で?
  少し魔法を使って?
  戒律を破った人が居た所で、何だって言うの?」

サティの言う通り、そう言う事はあるかも知れないが、あったとして、だから何なのだと。
所詮は地方の余り規模の大きくない祭りなのだから、不正があった所で大きな問題になるとは、
彼女には思えなかった。

432創る名無しに見る名無し2018/01/24(水) 18:30:05.31ID:udpUyVCv
ジラの問い掛けに、サティは少し考え込む。

 「この町の人々は、本当に精霊を信じているのでしょうか?」

彼女が何を言いたいのか、ジラは真意を量り兼ねて困惑した。

 「どうだって良いじゃない、そんな事……。
  サティ、貴女こそ精霊を信じてるんじゃないの?」

 「どうでも良くはありませんよ。
  祭りが単なる形式的な物に過ぎないのか、それとも真摯な信仰心を以って行われているのか、
  民俗学的には重要な事です」

それを聞いて、意外に真面目な事を考えていたんだなと、ジラは感心する。

 「どの程度精霊を信じてるかは、人それぞれじゃない?
  真面目にやってる人も居るだろうし、全然信じてない人だって居るかも知れない」

 「その『信じていない人』は、確実に狡をしますよね。
  寧ろ、しない理由が無いでしょう」

 「何で、そう言う考え方するの……」

サティの思考が、ジラは恐ろしくなった。
彼女は再びサティの意図が解らなくなる。

 「必ず狡をするとは限らないじゃない。
  狡が嫌いな人も居るよ」

 「同じ位、狡が好きな人も居ますよ」

433創る名無しに見る名無し2018/01/24(水) 18:30:34.65ID:udpUyVCv
ジラは嫌な顔をして、サティを睨む。

 「お祭りとは言え、本質は試練とか競技みたいな物だと思うよ。
  だから、狡をする人は嫌われるんじゃないかな」

 「そこは暴(ば)れない様にすると思います。
  堂々と狡をする人は、流石に居ないでしょう」

 「何で先から狡をする事が前提なのか、私には本気で解らないんだけど……」

誤解されていると感じたサティは、憤然として反論した。

 「必ず狡をする何て、そんな事は言っていませんが?」

 「いや、そう聞こえたよ」

 「そうでは無くてですね……。
  狡をする人が居れば、それは信仰心が然程の物では無かった事を意味します。
  儀式とは形式的な物――いえ、『形(かた)』その物と言えるでしょう。
  『如何に形を再現するか』、『前例に倣う』事が儀式なのです。
  神聖な儀式で、『決まり』を破る事は重罪で、到底許される物ではありません」

ジラは暫し考え込み、サティの思惑を推察する。

 「……詰まり、誰か狡をしてないか見張りたいと?」

サティは無言で少し後ろ目痛そうに頷いたが、ジラは許可しなかった。

 「どんな理由があっても、山に入らせる訳には行かないよ」

434創る名無しに見る名無し2018/01/24(水) 18:31:20.48ID:udpUyVCv
 「私的好奇心では無く、飽くまで研究に資する目的です。
  それに山に入る訳ではありません」

サティは弁解するも、ジラは簡単には納得しない。

 「どうせ空から見物する積もりでしょう?
  それで『踏み入る訳じゃないから大丈夫』だって?」

甚も容易く考えを読まれたサティは、己の短慮を自覚して赤面した。

 「だ、駄目でしょうか……?」

 「駄目」

ジラは無情にも切り捨てたが、サティは諦めが悪い。

 「どうしてジラさんは駄目と決め付けるのですか?
  その権限は祭りの主催である町長にしか無いのでは?」

正論を吐く彼女に、ジラは堂々と言う。

 「私が付き添えないから」

ジラはサティが無謀な事をしない様に、監視する役目も負っている。
サティは暫し両目を閉じて思考した後に、こう言った。

 「では、一緒に飛びましょう。
  人一人運ぶ位、訳無いですよ」

435創る名無しに見る名無し2018/01/25(木) 18:33:11.05ID:+LgIw5UR
結局ジラは押し負けて、サティと共に空から祭りの様子を観察する事になった。
町長はサティの頼みを聞いて、最初は渋っていたが、「魔導師会」の名前を出された上に、
正当な「研究目的」だと告げられて、「山に降りない事」と「祭りの邪魔をしない事」を条件に、
タイセ山の上空に進入する事を許可した。
事情を知らない他者に、空を飛んで山に向かう所を目撃されて、騒ぎになっては行けないので、
サティとジラは町外れの人目に付かない場所へ移動する。
飛び立つ前に、サティはジラに尋ねた。

 「ジラさん、空を飛ぶ体勢は、どうしましょうか?
  私が背負いましょうか?」

 「それは悪いよ」

 「では、振ら下がりますか?
  手繋ぎと、足に掴まるのと、どちらが良いですか?」

その場面を想像して、ジラは小さく唸る。
どうしても幾らか間抜けに見えてしまう。
どうせ誰も見やしないのだから、格好を気にする必要は無いのだが……。
そう頭では理解していても、見栄えを気にする自分が居るのだ。
悩む彼女を、サティは早く決めてくれないかと冷ややかな目で見る。
そしてジラが出した結論は……。

 「お姫様抱っ子……とか、出来る?」

 「地上を観察する時に邪魔になるので却下です。
  やっぱり背負いましょう。
  その方が私も楽です」

サティは合理性を重視して断った。

436創る名無しに見る名無し2018/01/25(木) 18:34:23.23ID:+LgIw5UR
ジラは自分より小さいサティの背に、覆い被さる様に体を預け、腕を前に回す。
体重が掛かった所でサティが小さく呻いたので、ジラは彼女を心配した。

 「だ、大丈夫?
  飛べそう?」

 「行けます、大丈夫です。
  予想より、少し……あ、いえ、何でもありません」

気遣いの積もりだろうが、そこまで言ってしまったら、誤魔化す方が嫌らしいとジラは思いつつ、
自分の体重を気にした。
長身で魅力的な体の持ち主である彼女は、体重も相応である。
単に整っているだけでなく、格闘を熟せる筋力もある。
小柄で細身なサティが魔法や他の助けを借りずに、ジラを運搬する事は不可能であろう。

 「重力を軽減する魔法なら、私も使えるから」

 「ええ、そうして貰えると助かります」

サティは何槽もある物体を、楽々魔法で浮かせられる程の、高い魔法資質を持っているのだが、
そんな彼女でも飛行に苦労する程、自分は重たいのかとジラは少しショックだった。
実の所、サティが本気になれば、単独でもジラを連れて飛行する位は訳無い。
彼女は複雑な魔法であっても、幾つかを同時に扱える程の熟練者だ。
しかし、単独で複数の魔法を同時に使うと魔力効率が悪くなり、隠密行動が取れなくなる。
多量の魔力を消費して、祭りの参加者や見物人に存在を知られてしまう訳には行かないので、
少々手間取っているのだ。
互いの魔法が干渉しない様に、サティとジラは協調して魔法を使う。

 「それでは、飛びますよ」

サティの呼び掛けに、ジラは頷く。

 「良いよ」

サティの体が少しずつ浮いて、ジラの体を押し上げる。

437創る名無しに見る名無し2018/01/25(木) 18:40:31.85ID:+LgIw5UR
地上が遠ざかり、やがて2人は夜空に溶け込む。
上空に吹く冷たい夜風が心地好く感じられる。
地上から1通の所で、サティは上昇を止める。

 「さて、人々は本当に真面目に祭りに取り組んでいるでしょうか?」

そう言って、彼女は山肌に沿って1通の距離を保ちつつ移動した。
ジラは山を見下ろして呟く。

 「真っ暗で何も見えない……」

山頂に向かう男達は、山林の中を歩いている。
肉眼では何も見えないのは当然だ。
魔法資質が優れているとは言え、飽くまで常人の域に留まるジラでは、魔法を使っていない人を、
発見する事は出来ない。
探知魔法を使えば良いのだが、そうすると祭りに参加している男達に、感付かれる可能性がある。
一方で、サティの方は山林を歩く男達が判る様子。

 「ジラさん、あれを見て下さい」

彼女が指差した先では、小さな灯りが点いたり消えたりしている。
ジラにも、それは見えた。
正確には明滅しているのではなく、木々の隙間から僅かに灯りが洩れているのだ。
山林を歩く男達は、余程夜目が利く者以外は、灯りを提げている。
魔法の明かりでは無く、油を燃やす型の物。
やはり神聖な「祭り」と言う事で、この辺りも徹底している。

 (誰も狡なんかしそうに無いけどなぁ……)

この儘、祭りが終わるまで誰かが違反しないか、上空で見張り続ける積もりではないかと、
ジラは今更になって心配した。
何角も飛行した儘では、ジラの方が辛い。
彼女は飽くまで常人なのだ。

438創る名無しに見る名無し2018/01/25(木) 18:44:17.90ID:+LgIw5UR
標高5通弱の山頂へ到る1区5通の道程は、普通に歩いても3角は掛かる。
確り体を鍛えた、山登りに慣れた者であれば、2角弱で登頂出来るかも知れない。
しかし、重い荷物を背負っていれば、倍は優に掛かるであろう。
時間制限が夜明けまでと、やたら長いのも頷ける。
サティとジラが食事を取っている間に、麓での登頂開始から1角半は過ぎていたのだが、
最初の登頂者が出るまでは、未だ時間がありそうだった。
呆っと地上を眺めるジラとは対照的に、サティの目は鷹の様に鋭い。
そして、サティは遂に不正の瞬間を目撃した。

 「あっ」

サティが小さな声を上げて、指を差すと、それにジラが反応する。
しかし、ジラには何も見えない。
サティの指が示す先では、鬱蒼と木々が茂っているのみ。

 「何、何、何があったの?」

ジラが尋ねると、サティは低く落ち着いた真面目な声で答えた。

 「2人、近道しました。
  順路では無い急峻な斜面を、魔法を使った跳躍で登ったんです」

 「えー、本当?
  見えないから判んない」

 「先頭を走っていると言う訳ではありませんね。
  誰かに追い付こうとする意図も窺えません。
  人が見ていない所で楽しようとしただけですね、これは」

名誉も何もあった物じゃないと、ジラは呆れた。
所詮は地方の祭りで、規律も何も緩々なのだ。

439創る名無しに見る名無し2018/01/26(金) 18:29:33.59ID:jbYjR/b5
filler

440創る名無しに見る名無し2018/01/26(金) 18:30:28.46ID:jbYjR/b5
サティは山全体を見渡し、細かい魔力の流れを拾って行く。

 「他の人に気付かれない程度に、身体能力を強化して走っている人も居ます。
  『先頭<トップ>』を走っている人も……」

些細な違反をも見過ごさない彼女の魔法資質の鋭さに、ジラは感服するばかり。
それと同時に、男達の小狡さには辟易する。

 「はぁ、魔法を使ってない人の方が少ないんじゃないの?
  伝統も何もあった物じゃない。
  サティ、貴女は何とも思わない?」

サティは平然と答えた。

 「人間、大体そんな物でしょう。
  それに仮に私が参加者だったとして、魔法無しで人形を山頂まで運べる気はしないので、
  どうこう言える立場ではありません。
  寧ろ、私は誇らしい気持ちですよ。
  魔法を使っている人達は、必ずしも全員が意図して違反している訳では無いと思います。
  よく魔法に慣れた人は、日常の些細な動作にも、無意識に魔法を使っているのですから、
  もしかしたら反則をしたと言う意識は全く無いのかも知れません。
  共通魔法は、そこまで浸透しているのです」

ジラは不満気な目で、森林限界を越えて山頂に近付く灯りを見詰めている。
サティは小声で言った。

 「ジラさんは真面目ですね」

それを素直に褒め言葉とは受け取れず、ジラは眉を顰める。
サティは弁解した。

 「真面目なのは良い事です。
  言っておきますが、全員が全員、魔法を使っている訳ではありませんよ。
  魔法を一切使わない人も、それなりに居ます。
  未だ山の中腹辺りで苦労していますが」

もう数針で先頭は山頂に着きそうだと言うのに、魔法を使わない者は未だ中腹の辺り。
正直者が馬鹿を見る世の中なのかなと、ジラは心(うら)寂しく思った。

441創る名無しに見る名無し2018/01/26(金) 18:33:20.49ID:jbYjR/b5
小さな灯りが山頂に到達すると、そこで小さな花火が打ち上げられる。
花火の明かりと音で、最初の登頂者が現れた事を知り、山の麓では歓声が上がる。
掛かった時間は2角弱。
魔法を使わない、それも重荷を背負っての登山にしては、明らかに早い。
腑に落ちない心持ちで、ジラは言った。

 「もう十分だよね?
  そろそろ降りよう」

 「分かりました」

サティは素直に彼女を地上に降ろす。
地に足を着けたジラは、大きな溜め息を吐き、落ち込んだ気分でサティに問う。

 「貴女は未だ見物するの?」

 「はい、折角ですから最後まで。
  あっ、ジラさん、私を見ていなくて良いんですか?」

サティは態と意地の悪い事を言ったが、ジラは言い返す気力も失せていた。

 「良いよ、そんな変な事はしないって、信じてるから」

ジラは悄々(しょうしょう)とした足取りで宿に向う。
投げ遣りな態度だなと思いつつ、彼女の背を見送った後、サティは上空からの観察を続けた。
最初の登頂者が出た後、体力と気力の無い者は山の中腹にも到らず、続々と背負子を下ろす。

 (最初の登頂者が現れるまでは、脱落が認められないのかな?
  こう言う暗黙の了解は説明されないから困る)

夜明けまでには未だ未だ時間がある。
山頂に行く事を諦めていない者も多い。
彼等の直向きな姿に少しではあるが感心し、確り見届けようと、サティは思った。

442創る名無しに見る名無し2018/01/26(金) 18:34:54.19ID:jbYjR/b5
filler

443創る名無しに見る名無し2018/01/26(金) 18:35:48.87ID:jbYjR/b5
2番目の登頂者も窃(こっそ)り魔法を使っていた者。
花火を打ち上げて貰えるのは、最初の登頂者のみの様である。
参加者全員分の花火がある訳も無く、登頂した証の襷だけを貰って下山する。
下山中の登頂者の襷を奪う様な不正は無いかなと、サティは見守っていたが、流石に無かった。
そこまで悪辣な者は居ないのだなと、彼女は安堵する。
時刻が北の時を回ると、山頂で登頂者を迎える役の監視員が、居眠りを始めた。
襷を数人分纏めて持ち去る者が現れないかと、サティは見守っていたが、これも無かった。
登頂者は監視員の肩を叩いて起こし、襷を貰って素直に帰る。
山頂の監視員は真面に起きていようと言う気が無いらしく、眠りを堪えようとする振りは見られない。
北の時になって半角が過ぎようと言う頃、漸く魔法を全く使わない登頂者の第1号が現れる。
特に変わった事は無く、普通に襷を貰って下山する。
魔法を使ったか、使わなかったかは、本当に問題とされていない様だった。
毎年こんな物なのかと、サティはジラと同じ様な気持ちになる。
努力が報われない姿は、傍から見ていても虚しい物だ。
頑張った人間には、相応の物を与えて欲しいと思うのは、人の性である。
狡猾な者だけが報われるのでは、世の中は荒んでしまう。

 (高が地方の祭りに、それを求めるのも変な話か……)

深刻に考え過ぎだなと、サティは自嘲した。
魔法を使うなと言うのも、程度の問題であろう。
一気に山を駆け上がる様な不正は、誰も行っていない。
中には不正を働いたのに、登頂を諦める者まで居る。

 (取り敢えず、「山の精霊」は居ないみたい)

それだけは確かな事だと、サティは独り内心で認めた。

444創る名無しに見る名無し2018/01/26(金) 20:49:05.87ID:47GRpfSN
このコンビかわいい

445創る名無しに見る名無し2018/01/27(土) 17:45:52.39ID:rZ8F9WGJ
山の麓に目を遣ると、既に登頂した者や途中で諦めた者が、疎らに戻って来ている。
皆一様に土塗れだ。
誰一人として綺麗な格好の者は居ない。
山道を重い荷を背負って歩くので、どこで転んでも不思議は無いのだが――、

 (ん、あの人は……。
  山頂で見た時は、そんなに汚れてなかったのにな?
  帰りで転んだ?)

その中には殆ど衣服を汚さずに登頂した者の姿もあった。
サティは風の魔法で会話を拾い聞きする。

 「いや〜、背負子捨てた帰りで油断しとったちゃ」

 「凄かったっちゃよ!
  皆して駄弁り糅(が)つら下っとったら、一斉に素っ転んで。
  こうドドドドドーッと雪崩みてえに」

 「そやそや、『押されて』やの『巻き込まれて』じゃねぇっちゃよ!」

 「皆一緒に滑って転(こ)けて!」

男達は突然の事故を面白可笑しく、麓で待っていた女達に語って聞かせる。

 「嘘やぁ〜、毎年言っとる物」

 「嘘やねぇって、本真やち」

 「学習せんのけ?」

それなりに整備されている山道で、一斉に転ぶ等と言う事があるだろうかと、サティは訝った。
悪巫山戯で、態と道を外れたと言うなら、未だ解るが……。
重い荷物を運んで、足腰が疲労で弱っていたのだろうか?

446創る名無しに見る名無し2018/01/27(土) 17:48:40.73ID:rZ8F9WGJ
先述した様に、彼等だけでなく、他の者達も同様である。
衣服が土に塗れていない者が居ない。

 (後で町長に聞いてみようかな)

「不文律」にこそ、その地方の文化が表れる。
それは言葉にしなくても守られるべき「当然の事」であり、規則として明記するまでも無いからこそ、
不文律たり得る。
謂わば、人々の精神性その物なのだ。
登山で密かに魔法を使う者が居ても、山頂で悪さをする者が居ない様に。
それから数角、東の空が白み始め、朝が来ようとしている。
男達の内、数人は未だ登頂を諦めていない。
眠気や疲労と戦いながら、一歩ずつ高みを目指している。
狡賢い人達よりは、こう言う人達の方が好感を持てると、サティは思った。
徐々に東の空が明るくなり、やがて太陽が顔を出す。
制限時間まで、後1角半と言った所。
残るは2人。
内、1人は何とか朝陽が地平線から離れるまでに登頂出来たが、もう1人は全く間に合わなかった。
監視員も山を下り始め、脱落者を回収する。
祭りは終わった。
山頂では人形が置き去りにされている。
誰も片付ける様子は無く、この儘風雨に曝されて、翌年の今頃には土に還るのであろう。

447創る名無しに見る名無し2018/01/27(土) 17:50:26.10ID:rZ8F9WGJ
皆が山から下りたのを見届けてサティが宿に戻ると、ジラは既に起きていた。

 「お早う、サティ。
  今帰った?
  朝まで起きてたの?」

 「ええ、興味深く見物させて貰いました」

 「何か面白い事とか、変わった事でもあった?」

 「言う程の事はありませんでしたが」

 「退屈しなかったの?」

呆れ半分で嘆息するジラに、サティは告げる。

 「南東の時になったら、役所に行って、町長に話を伺いたいと思います」

彼女の発言に、ジラは少し驚いた。

 「南東の時まで、2角も無いけど。
  もっと寝とかなくて良いの?」

2角弱の睡眠では、夜通し起きていた疲れは取れないだろうと。
それに対するサティの回答は、意外な物だった。

 「眠る訳ではありません。
  諸々の準備をする時間に、少し余裕を持たせての、『南東の時』です。
  その気になれば、私は半月は寝なくても大丈夫です」

ジラは絶句する。
時々サティは冗談なのか本気なのか判別し難い事を言うが、これは突っ込んで良い物なのか……。

 「……そ、それは幾ら何でも――」

恐る恐る言ってみたジラに、サティは淡々と補足説明をする。

 「全く眠らないと言う訳ではありませんが、例えば歩くだけなら半分寝ながらでも出来ますし。
  そう言う風に空いた時間を睡眠に充てて過ごせば、纏まった睡眠時間が取れなくても平気です」

 (この子は又、怖い事を平然と言うなぁ……。
  詰まり、睡眠時間を自在に決められるって事じゃないの)

予め決めておいた時間通りに起きる事は難しい。
況して、深い眠りを小分けにして、睡眠時間を分割調整する事は不可能だ。
しかし、人間離れしたサティの数々の行動を見て来たジラには、そう断言する事が出来ない。

448創る名無しに見る名無し2018/01/28(日) 16:59:50.72ID:ACU/lphq
サティは宣言通り、南東の時には旅立ちの準備を済ませて、ジラと共に町長の元へ向かった。
役所の町長室で、2人は町長と対面する。

 「これは、これは。
  ようこそ入らっしゃいました。
  どうぞ、お掛けになって。
  昨夜の祭りは如何でしたか?」

気削(きさく)な口振りの町長に、サティは愛想笑いで応じる。

 「大変興味深く見学させて頂きました。
  その祭りに関して、二三お伺いしたい事があるのですが」

町長は表情を強張らせた。

 「な、何ですか?」

魔導師会は過去に、地方の伝統的な祭りを廃止させようとした事があった。
神霊を頼みにし、呪いや祟りを信じていては、何時までも科学的思考が育たないと言う理由で。
特に、ボルガ地方とカターナ地方は精霊や祖神を敬う気持ちが強く、何をするにも祟りを恐れて、
一々霊を祀らねばならず、魔導師会は度々これを問題視していた。
サティは誤解の無い様に言う。

 「いえ、問題があったと言う訳では無くて。
  祭りの様子を見ていて、単純に疑問に思った事があるのです。
  確か、祭りで魔法を使う事は禁じられている筈でしたよね?」

町長は緊張した儘で応じた。

 「は、はい」

 「しかし、祭りの参加者の内、結構な数の人が魔法を使っていましたが、これは良いのですか?」

 「よ、良いとは?」

 「伝統的な祭りで、魔法を使う事を認めて良いのでしょうかと……」

サティの問に、町長は暫し呆けた顔をしていたが、やがて真面目に答える。

 「いえ、認めてはおりませんが」

449創る名無しに見る名無し2018/01/28(日) 17:05:36.64ID:ACU/lphq
 「何か違反に対する罰則等は無いのですか?」

 「私共は神でも精霊でもありませんので」

サティは意味が解らず、目を瞬かせて町長の顔を見詰める。
町長は苦笑した。

 「人間が神霊に代わって罰を下そう等とは、傲慢な話です。
  もし何者かの行いが神霊の不興を買ったのであれば、その者には相応の罰が下るでしょう。
  それが無いと言う事は、お目溢しされたのでしょう」

そう言う考え方をするのかと、サティもジラも感心した。
確かに、罰は山の精霊が下す物で、人間が下すのであれば、それは刑だ。
だが、そうなると別の疑問が生じる。
サティは町長に問う。

 「それでは実質、決まり事に意味は無いのでは?
  女人禁制と言うのも、そこまで厳しく守る必要があるのか疑問になるのですが」

 「まぁ、意味の有無は扨措き、そうと昔から決まっている物でして。
  禁を冒しても良いかと問われたならば、良くないと答えるより他にありません」

 「詰まり、勝手にする分には問題無いと?」

 「問題が無い訳ではありません。
  見掛ければ止めます――が、私共の与り知らぬ所で行われる事は、止め様がありません」

何とも無責任な言い分だなと、傍で聞いていたジラは思った。

450創る名無しに見る名無し2018/01/28(日) 17:12:47.18ID:ACU/lphq
filler

451創る名無しに見る名無し2018/01/28(日) 17:13:04.90ID:ACU/lphq
ここでサティは鋭い質問をする。

 「所で、貴方御自身は『山の精霊』をどこまで信じていますか?」

町長は困った笑みを浮かべるだけで、何も答えなかった。
サティは更に言う。

 「建て前は抜きにして」

町長は少し考えて、こう答える。

 「……『存在を信じて疑わない』と言う事はありません。
  かと言って、信じないと言うのも違う気しますね。
  精霊の存在を信じたい――否(いや)、居たら良いなと言う願望の様な物があるのでしょう。
  私に限らず、町の者の多くにも」

 「願望?」

 「ええ、私達の営みを見守り、加護を授けて下さる存在」

 「そんな物が実在したら良いなと?」

 「大昔から、ここで暮らしていた私達の祖先は、そう思っていたのでは無いでしょうか……」

 「『労苦に苛まれし者にこそ神霊の加護あらん』ですか」

サティが旧い信仰の一節を唱えると、町長は気恥ずかしくなり、少し俯き加減になった。

 「魔法が無かった当時、人の力で何ともならない事は皆、神頼みだったのです。
  文明が進んだ今でも、人は万能ではありません。
  誰にも明日の事は分からないのです」

452創る名無しに見る名無し2018/01/29(月) 18:24:46.15ID:Xu8QihHm
サティは町長の話を手帳に書き留めると、次の質問をした。

 「次に……、脱落や棄権に関する、特別な決まりがあるのでしょうか?」

町長は意外そうな顔をする。

 「そんな特別な事は無い筈ですが……。
  夜明けまでに登頂出来なければ、自然に脱落扱いになります」

 「最初の登頂者が出るまでは、山を下りられないのでは?」

サティに指摘されて、漸く町長は頷いた。

 「あ、その事ですか!
  決まりと言う程の決まりでは無いのですが、『祭り』ですからね。
  登頂者が一人も出ないと言うのでは困ります。
  誰も登頂出来なかったとしても、責めて挑戦する心意気は見せて欲しいと言う訳で、
  自然に今の形に落ち着きました。
  義理と言うか、礼儀と言うか、格好付けと言うか、そんな感じの物です」

 「誰に対しての『義理』、『礼儀』なのでしょうか?」

 「それは勿論、山の精霊です」

信じて疑わない訳では無いと言いながら、その裏では罰を恐れているのかと、サティは思う。
或いは、返答は建て前に過ぎず、昔からの形式に則っているだけなのか?
果たして、義理立ては山の精霊に対しての物か、古より伝わる「祭り」自体に対しての物か……。
恐らく町の人々は、町長も含めて、その区別をしていない。

453創る名無しに見る名無し2018/01/29(月) 18:32:16.55ID:Xu8QihHm
サティは最後の質問をする。

 「最後に、お聞きしたいのですが……。
  祭りの後、山から下りて来た人達は皆、衣服が土塗れだったのですが、これには何か理由が?」

町長は彼女が何を言っているか分からず、思わず鸚鵡返し。

 「……理由が?」

 「あぁ、誰も彼も衣服が汚れていたので、そう言う決まりでもあるのかと」

 「否、ありませんよ……」

町長が困惑を露にしたので、サティは間違った推理をしたのかと思い内心焦る。

 「で、でも、奇怪しくありませんか?
  大して疲れていない様な人まで、土塗れになっているのですよ。
  泥祭りの様に、汚れていないと格好が付かないとか、そう言う見栄みたいな物があるのでは?」

 「若い人達の流行りに詳しい訳ではありませんが、そんな話は聞いた事が無いですねぇ……。
  単に、転んで土が付いただけでは?
  私が若い頃も、祭りで土塗れになった人は大勢居ましたし、私も転んで土塗れになりましたが、
  汚れずに済むなら、それに越した事は無いと思っていましたよ」

 「どうして、転ぶんでしょう?」

 「それは山道ですから、斜面で足が滑る事もあるのでは無いでしょうか?
  どうして汚れるのかと、疑問に思った事は無かったですねぇ。
  毎年山道を整備して安全には気を遣っているのですが、屹(キツ)い坂道もありますので、
  滑ったり転んだりで土が付くのでしょう」

 「そ、そうですか……。
  有り難う御座いました」

結局、土塗れの謎は解けなかった儘、サティとジラは役所を後にした。

454創る名無しに見る名無し2018/01/29(月) 18:32:55.17ID:Xu8QihHm
ジラは先程の質問の意味をサティに尋ねる。

 「ねぇ、サティ。
  最後の質問は何だったの?
  土塗れって?」

 「山から下りて来た男の人達は、皆土塗れだったのです。
  流石に監視員は違いましたが」

どこが奇怪しいのかと、ジラは不思議がった。

 「重い荷物を背負って山を登る祭りなんだから、普通なんじゃないの?
  寧ろ、汚れない方が奇怪しいんじゃない?」

 「服に土埃が付着するとか、足元が汚れるとか、その程度なら何も奇怪しくはありません。
  でも、どこかで転んだみたいに全身に土が付くのは、奇怪しいでしょう」

 「何が?」

理解の遅いジラに、サティは少し苛立つ。

 「祭りに参加していた人達、全員ですよ、全員!
  中腹以下で早々に登頂を諦めて休んでいた人の服まで汚れますか?」

 「そう言う事もあるんじゃない?」

 「あるかも知れませんが……!」

未だ何か奇怪しいのか、ジラには解っていない様だったので、これ以上言っても無駄だと思い、
サティは溜め息を吐いて説得を諦めた。

455創る名無しに見る名無し2018/01/30(火) 18:24:06.62ID:vcFSaK19
無言で移動速度を上げたサティを、ジラは早足で追う。

 「どうしたの、サティ?
  何怒ってるの?」

 「怒ってなんかいません」

 「怒ってるじゃん」

 「違います」

どう見ても怒っているのに、分からない子だとジラは呆れた。
時は東南東。
タイセ山の頂に太陽が重なる姿は、丸で後光を負う様で神々しさを感じさせる。
山の精霊の実在は不明だが、この景色を目にして、神聖な物を想像する気持ちは解らなくも無いと、
サティは内心で密かに思った。

456創る名無しに見る名無し2018/01/30(火) 18:25:45.65ID:vcFSaK19
さて、そろそろ容量の限界が近付いて参りました。

457創る名無しに見る名無し2018/01/30(火) 18:26:31.76ID:vcFSaK19
「ボルガ地方伝説集、『セッカの大山』……。ああ、これが祭りの元なんだ〜。フムフム?」

「後で丁(ちゃん)と返して下さい、ジラさん。大切な資料なので、紛失されては困ります」

「分かってる、分かってる。……って、これ中々刳(えご)い由来なのね。生け贄って」

「あぁ、それは多分嘘ですよ」

「嘘? 本当は生け贄なんてしてなかったって事?」

「いえ、生け贄は捧げていました。『セッカの大山』の話が実際には無かった事と言う意味です」

「何で判るの?」

「幾ら『天啓』でも、自分の妻子を捧げますか?」

「昔の人なら信じたかも……」

「しかし、直ぐに棄民の様になっています。集落に不要となった者を山に捨てる。こちらが本命と、
 私は推測します。信仰の名を借りた殺人です」

「殺人って……」

「語弊がありました。生活に余裕の無い時代、養えなくなった者を已む無く捨てたと言う事です。
 遺体を遺棄する場所だったのかも知れません」

458創る名無しに見る名無し2018/01/30(火) 18:27:12.90ID:vcFSaK19
「それなら食料の不安が現実になる、秋や冬にやるんじゃない?」

「元々生け贄を捧げたのは、集落を困難が襲った時です。毎年捧げていた訳ではありません」

「あぁ、それなら……。でも……」

「真実は誰にも分かりません。今の住民も伝説しか知らないのです。山全体を掘り返して、
 大量の人骨でも見付かれば、話は別ですが……。そんな事に、お金も時間も掛けられません」

「まあ、そうだよね」

「何にせよ、祭りが今の形になって良かったです。後は愚かな揺り戻しが無い様にしなければ」

「揺り戻し?」

「大きな災害が発生した時に、『真面目に祭りをしなかった罰が当たった』と言わせない事です。
 どこでも災害は起こり得るのに、その原因や解決を神秘に求めるのは愚かでしょう」

「思わず天を仰ぐ事は、誰にでもあるよ。運命を呪うしか無い事も」

「全てを委ねられる絶対的な物を人は求めたがりますが、それは幻想です。幻想は何も救いません」

459創る名無しに見る名無し2018/01/30(火) 18:29:19.24ID:vcFSaK19
that time


(柔らかい。大きいな。羨ましい)

「どうしたの?」

「いえ、何でもありません。……どうして、ジラさんは体が大きいんですか?」

「そんなの貴女なら判るでしょう。至って単純な理由。半分は遺伝、半分は栄養状態」

「遺伝は仕方が無い物として、現代では栄養状態は然程変わらない筈ですが」

「よく食べ、よく動き、よく眠る。食事だけでも倍は違うよ。それとサティは運動不足じゃないの?」

「運動不足……」

「魔法で楽してるから」

「別に楽をしている訳では……! 日常的に魔法を使う事で、魔法資質を鍛えているんです!」

「あら、そう」

460創る名無しに見る名無し2018/01/30(火) 18:30:57.41ID:vcFSaK19
刳(えぐ/えご)い


喉に刺さる様な刺激を言う、「えぐい」に由来する表現です。
「えぐる」と同じ語源。
「いがらっぽい」と言う表現も、この「えぐい」の変化とされています。
味覚表現としての「えぐい」には「灰汁が強い」、「渋味がある」、「苦味がある」、「酸味がある」等、
感情表現としての「えぐい」には「酷い」、「辛(つら)い」、「厳しい」、「きつい」等の複数の意味があり、
使う人や文脈によって変化します。
江戸時代には既に、感情表現としての「えぐい」が見られるとの事です。
「エゴノキ」の「エゴ」も、その実が「えぐい」事から来ています。
他に、草冠に「斂(レン)」、或いは酉偏に「僉(ケン)」で、「えぐい」と読ませる様です。
残念ながらコードの関係で表示出来ません。
草冠に「斂」の方は、日本ではヤブガラシの意味。
ヤブガラシの根は薬になり、これが「えぐい」事から、漢字を当てたと思われます。
酉偏に「僉」の方は、日本では「酸」と殆ど同じ意味。
恐らく「喉に来る苦味や酸味」を「えぐい」と表現した物でしょう。
「えぐい」の語源となったともされる古語の「ヱグ」は「恵具」と書かれ、どうやらクログワイの様です。
ヤブガラシとは全く違う種。
茎を煮て食しますが、生食も可能で、甘味があり、菓子にもなるとの事。
水辺に生えるので、今では田圃の雑草扱いですが、嘗ては救荒作物だったそうです。
これが「えぐ」かったかは不明です。
クログワイには「えぐみ」が無く、寧ろ類似のシログワイに「えぐみ」があるとの事で、何が何やら。
「ヱグ」と「えぐい」には関連が無いのか、それともクログワイとシログワイを混同したのか……。
何と無く前者の様な気がします。
渋柿に当たるからと言って、柿を渋の代名詞にする事は無いので。
全くの余談ですが、現在売られている「黒慈姑(クログワイ)」は、シログワイの養殖変種で、
主に中国や東南アジアで食されているそうです。

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