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【伝奇】東京ブリーチャーズ・参【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net
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0001那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/07(水) 20:58:16.48ID:BsANN9pQ
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。

――だが、妖怪は死滅していなかった!

『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。
帝都制圧をもくろむ悪の組織“東京ドミネーターズ”との戦いに勝ち抜き、東京を守り抜くのだ!



ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:4日程度(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)

関連スレ

【伝奇】東京ブリーチャーズ【TRPG】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/

【伝奇】東京ブリーチャーズ・弐【TRPG】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1487419069/

【東京ブリーチャーズ】那須野探偵事務所【避難所】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/9925/1483045822/
0003創る名無しに見る名無し
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2017/06/08(木) 02:18:44.22ID:kGoTlnX4
ハッケヨイはカビキラーを妖怪に吹きかけた
0005創る名無しに見る名無し
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2017/06/11(日) 08:35:12.13ID:w2wCDPjo
ような気がしたがカビキラーと妖怪ビームが混ざり身長5000m、体重2億トンの殺菌怪獣カビキラスが爆誕した
0006那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/11(日) 18:22:10.87ID:ycCk1rqw
>みゆきはここにいる。ずっと待ってる。姉上の帰る場所を作って待ってる。
>100年でも、1000年でも――だから、ゆっくりお休み

ノエルがクリスを抱きしめながら、優しくそう告げる。
ふたりの体温は冷たかったけれど、そこには確かに温かな愛情がある。
この広い世界で、ふたりだけが共有する愛が。

「…………」

それを聞いたクリスの顔は穏やかで、憤怒と憎悪に染まり切っていた邪悪な雪妖の面影は微塵もない。
ひとりぼっちで、誰の賛同も得られない戦いを、ずっと繰り広げてきた。
犯罪者と謗られ、殺人者と罵られながらも、滅びゆく肉体を無理矢理に繋ぎ合わせて生き永らえてきた。
利用されていると知りながら、敢えて妖怪大統領の前に跪いた。
すべては、もう一度愛する妹に会うため。『お姉ちゃん』と呼んでもらうため。

そして。その願いは今、叶えられた。

「……みゆき……」
「幸せに……おなり、ね……」

最期にそう囁くと、力尽きたクリスはノエルの腕に抱かれながら静かに消えていった。
眠るように――そう、クリスは実際に眠りについたのだろう。
そしていつか、再び蘇るそのときまで。幸せな夢を見続けるに違いない。
最愛の妹の、胸の中で。

>祈ちゃん、ポチ君、剣を届けてくれてありがとう

数百年続いた姉妹の因縁に決着をつけた後、ノエルが仲間たちの方を向き直って、ひとりひとりに礼を言う。

>橘音くん……全部、知ってたんだね。ここまで導いてくれてありがとう

「――いえ……ボクは――」

ノエルの感謝の言葉に対して、橘音はバツが悪そうに軽く俯いた。
橘音はノエルの内情を知りながら、すべてを黙っていた。
ノエルと知り合ったのも、彼を仲間に引き入れたのも。今の今まで共に妖壊を漂白してきたのも、すべて――
そう。すべては雪の女王から依頼された『仕事』でしかなかったのだ。
どうして黙っていた、とか。ひどい、とか。そう非難されこそすれ、感謝される謂れなどない。
仕事のためなら、仲間をも利用する。騙し、欺き、使い倒す。
それが狐面探偵那須野橘音――三尾の狐なのだ。

>みんなさえ良ければ……僕は計画完遂の時まで……ブリーチャーズの御幸乃恵瑠でいたい!

ひとしきり感謝を伝えた後で、ノエルはそう言った。
ノエルが東京に来たのは、元はと言えば橘音がクリスの入ってこられない結界を東京に張ったからである。
その東京でノエルが妖壊漂白をしていたのは、百八体の妖壊を漂白すればクリスを赦すという、雪の女王の約定によるもの。
しかし、ノエルはこの神社の中でクリスを倒し、決着をつけた。
長きにわたるノエルの、否――雪女一族の病巣が『漂白』されたことによって、ノエルが東京に滞在する理由はなくなった。
それはつまり、ノエルが東京ブリーチャーズのメンバーでいる理由もなくなった、ということと同義だ。
だというのに、ノエルはまだブリーチャーズでいたいと。みんなの仲間でいたいと言った。
自分を欺いていた妖がリーダーを務め、ともすれば自分を葬ろうと考える者さえいるチームに、まだ残りたいと。
そう、はっきり宣言したのだ。
0007那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/11(日) 18:25:51.73ID:ycCk1rqw
それを聞いたメンバーの反応は様々だった。

>すまねぇな、ノエル……いつか、いつかきっと『思い出せる』と思うから、それまで宜しく頼む

尾弐はすべてを知り、すべてを把握しながら、それを何もかも押し潰し『見なかったことにする』道を選んだ。

>計画完遂までとか言ってないで、いたけりゃ“ずっと”いろバーカ!

祈は当たり前だと言わんばかりに、ノエルの願いを受け入れた。

>ぼくらは、ずっと仲間だよ。でしょ?ノエっち

ポチは持ち前の人懐っこさでノエルの脛に身体を擦り付け、戻ってきた仲間の存在を確かめた。

「…………」

メンバーのリアクションは千差万別だったが、その示すところは同じだった。
ノエルを仲間として、今まで通り接するということ。これからも背中を、命を預け合って戦うということ。
彼を信頼しているということ――。
ポチがそっとノエルの脛から離れる。次は橘音の番だと、その目が告げている。
だから。

「フ……。何もかもボクの計算通り!今回も、またしても勝ってしまいましたね!ぶいっ!」

橘音はおどけて胸を張り、ノエルへと右手を突き出しピースサインをしてみせた。

「ボクとノエルさんの友情パワーは、ちょっとやそっとの困難じゃビクともしないって。ボクは信じてましたから!」

調子のいい発言である。もちろん言葉通り、ふたりの絆はそう簡単には壊れはしないと信じてはいた。
が、不安があったのも確かだ。もし、ノエルが自分の過去に押し潰されてしまったら。再び妖壊化してしまったら。
尾弐と共に、友を手に掛けるという最悪の選択さえしてしまっていたかもしれないのだ。
それに。いかなる理由が、深い事情があったところで、橘音がノエルに重要な真相を隠していたことは事実である。
橘音はこの戦いが始まる前、ノエルに「傷ついてもらわなければならない」と言った。
身体ではない、心の傷を。封印していた思い出したくない過去をほじくり返すことになると。
けれど、秘されていた真実を知ってもなお、ノエルは橘音に対して感謝の言葉を述べた。
偶然と思っていた出会いがその実仕組まれていたものだったなんて、よくあること――と一笑に付した。
それは。なんと勇気のある行いなのだろう。尊敬に足る選択なのだろう。
『今まで黙っていてごめんなさい、信じてくれてありがとう』と。
本来、そう謝罪と感謝の言葉を伝えなくてはならないのはこちらの方なのだ。

けれど。だからこそ。――それゆえに。
必要であるはずの言葉を、橘音はあえて口にはしなかった。
橘音は考える。

――信頼と友情には、行動で報いましょう。それが今のボクにできる、最大の謝罪と感謝のかたち……ですから。

「でもノエルさん、これからが大変ですよ?何せ、アナタはここで四つも約束をしてしまったんですからね!」

胸中で独語した後でにんまり笑みを浮かべ、ピースサインにさらに薬指と小指を銜えて四本指を立てる。

「ひとつ。『クロオさんがアナタの過去を思い出すまで、仲間として戦う』こと」
「ふたつと、みっつ。『祈ちゃんとポチさんの断りなく消えたり、どこかへ行ったりしない』こと」
「そして――よっつ。『いつお姉さんが帰ってきてもいいように、居場所を作っておく』こと」
「妖怪にとって、約束は絶対。それがどれだけ重要なものであるのか……もちろん、おわかりですよね?」

妖怪にとって、約束とは契約。自らの存在を懸けて表明する宣誓。
それを破ることは、自らの存在を否定することと同義。
これから、ノエルはずっとこの四つの約束を守り続けて生きていかなければならないのだ。そう、ずっと――

自らが雪山の霊気と冷気に還る、そのときまで。
0008那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/11(日) 18:31:03.14ID:ycCk1rqw
「さて!これにて今回のミッションは終了です。雪の結界も解けました……そろそろ、人々が戻ってくるはずです」
「ボクたちはその前に撤収しましょう。さーて、引き上げ引き上げ!」

ワケもわからず境内から追い出された上、局地的な吹雪が巻き起こっているのを目撃した人々はさぞかし驚いただろう。
きっと、ほどなく警察や消防も訪れるはずだ。とすれば、さっさと逃げるに限る。
橘音は迷い家外套を大きく翻し、踵を返して閉ざされていた門を開いた。
が、そこで束の間立ち止まる。かと思うとそこで長い髪をふわりと揺らし、もう一度仲間たちの方を振り向いた。
その視界の先にあるのは、もちろんノエル。白手袋に包んだ片手を彼の方へ伸ばすと、

「――おかえりなさい、ノエルさん」

そう、微笑んで言った。
一度は消滅の道を選びかけたノエルが、紆余曲折を経てふたたび戦列に復帰したことを祝福するように。
いっとき切れかけた絆を、強固に結び直そうとするように。
ふたりはともだちだということを、再確認するように――。

*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-**-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*

「……クリスを倒すことには成功しましたが、祭神簿と國魂神鏡が喪われるとは……マズいですね」

仕事を終えて解散すると、橘音はひとり事務所の所長用の椅子に腰をおろし、デスクに両肘を立てて呟いた。
強大な雪の女王の力を持つ『支配者』クリスを相手にひとりの犠牲者も出さずに済んだのは、奇跡と言うしかない。
圧倒的戦力差を持つ東京ドミネーターズの一角を崩すことに成功したのは、まさに大金星と言うべきだろう。
しかし、その一方で帝都の結界の要所を司っていた神社の神宝が破壊されたおかげで、結界のバランスが狂ってしまった。
これで帝都の結界は十全な効力を発揮できなくなった。尾弐の考え通り、ブリーチャーズは戦術で勝って戦略で負けたのだ。
東京ドミネーターズの狙いが妖怪大統領に龍脈の力を献上することなら、今後も彼らは結界の弱体化を狙ってくるだろう。
龍脈の噴き出し口、龍穴は東京大結界の中心――皇居の真下にあり、そこが一番のパワースポットだからである。

「結界を破壊し、東京を丸裸にするつもりですか……。そんなことをすれば、いったいどうなるか……」

東京の結界は龍脈のエネルギーを皇居直下の一点に集中させると同時に、龍脈の力を制御する役割も持っている。
言うなれば水道の蛇口のようなものだ。結界があるから、東京は適正な龍脈のエネルギーの恩恵に与っていられる。
しかし、東京ドミネーターズはその蛇口を――否、地下に埋設された水道管をも破壊しようとしている。
もしそんなことが起これば、東京がどうなるかは明らかだろう。
だが、ドミネーターズはそれを躊躇うまい。目的のためなら、誰が何人犠牲になろうと構わない連中だ。
そんなことは、絶対に阻止しなければならない。

「……まったく、御前も無茶なことを……。けれど、この仕事を完璧にやり遂げなくちゃお話にならない」

単に邪なだけの妖壊が相手なら、ここまで事態は深刻にならない。
東京に施された結界は、東照大権現配下の南光坊天海が編み上げた結界の上に、さらに幾重にも結界を重ねた大結界である。
それを破壊するとなれば、試みる側にも入念な下準備と莫大な妖力・法力が必要となる。
いかに魔王や魔神といった伝説・神話クラスの化生と言えど、まともにやれば数十年の月日を費やすことになるのだ。
が、東京ドミネーターズの中には結界というものを知り尽くした存在がいる。それが問題だった。
目を閉じると、瞼の裏に毒々しい血色のマントがちらつく。

「アナタの好きにはさせませんよ……。もう、あのころのボクじゃないんだ」

耳の奥で、癇高い笑い声が木霊する。それを振り払うように一度かぶりを振ると、橘音は口角を歪めて笑った。

「ボクには目的がある。叶えなくちゃならない願いがある……。こんなところで立ち止まってなんていられない」
「化かし合いだ。ボクとアナタ、どちらがうわてか――勝負と行きましょう」
「そして、アナタに勝って。願いを叶えたそのときこそ……」

そこまで言って椅子から立ち上がり、常にかぶっている半狐面を外す。
右手に持った半狐面をまじまじと見つめると、橘音は僅かに目を細めた。そして、

「――ボクの。新しい生が始まるんだ」

と、静かに言った。
0009那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/11(日) 18:34:46.01ID:ycCk1rqw
「……まさか、クリスが敗れるなんて……想定外ですわね」

都内某所、帝都の街並みを望む高級ホテルの最上階で、レディベアが眉間に皺を寄せる。

「フン。やっぱり女なんぞに先陣を切らせたのが間違いだったな。オレ様が行ってりゃ、今頃ブリーチャーズなんぞ血祭りだったのによ」

そう言いながらブランデーの入ったグラスを勢いよく呷ったのは、ホームバーのカウンターに座った人狼ロボだ。

「彼女の力は、所詮借り物。彼女本来の力ではなかった……彼女は真の『支配者』ではなかったということだヨ」

部屋の片隅に佇む赤マントが嘲るように告げる。
レディベアが赤マントの方に隻眼を向ける。

「ブリーチャーズはどうしたのです?祈は?」
「祈?誰だネ?」
「ええと……。中学生くらいの。わたくしと同じくらいの背格好の――」
「ああ、あの子ね。凍えていたが死んじゃいないだろうサ」
「そ、そうですか……」
「クリスくんはひとりの下等妖怪も倒せなかった。期待外れだヨ、妖怪大統領閣下の名代として、キミも腹立たしいだろ?レディ」
「……そうですわね」

言葉とは裏腹に、レディベアはほんの一瞬ホッとしたような表情を浮かべた。片手を胸元に添えて撫で下ろす。

「レディ?どうしたのかネ?」
「なんでもありませんわ。……それより、クリスが敗れたからと言って計画に遅滞は許されませんわ。わかっていて?」
「勿論だヨ。吾輩は次のプランの準備にかかる、ということで……」
「下等妖怪どもはオレ様に任せな、全殺しだ!ゲッハハハハハァ―――――ッ!!」

カウンターバーのスツールから勢いよく立ち上がり、ロボが名乗りを上げる。
レディベアと赤マントは揃ってロボを見た。

「……勝算はありますの?」
「勝算だァ?カッ!テメェは蝿を潰すとき、いちいち『蝿と勝負した』なんて考えるのかよ?」

勝負ではない、一方的な殺戮に行くのだと言外に言っている。強烈なほどの自負心だ。

「ここの酒も悪くねえが、やっぱり心と身体を芯から酔わせるのは血よ。そろそろたらふく血を呑みてえ気分なんだ」

ロボが唇の端から長大な牙を覗かせる。
2メートルを超える筋骨隆々とした体躯から、闘気と殺気が迸る。人間はもとより、弱妖さえ気絶しかねない圧倒的な気だった。
そんなロボの放つ気を受け流しながら、赤マントが嗤う。

「クカカ……さすがは『狼王』。クリスくんのような紛い物とは違う、真の王……まず敗北はないと思うが、ネ」
「しかし、気を付けたまえ……格下と思っていると、思わぬところで足元を掬われる羽目になるかもヨ?」
「あ?」

忠告とも揶揄ともつかない赤マントの言葉に、ロボは鼻白んだ。

「王前だぜ、口の利き方に気をつけろよ……心配ならテメェ自身の心配をしておきな、道化野郎。そもそも――」
「どうしてテメェみてえな野郎がドミネーターズとしてオレ様たちと肩を並べてるのか、オレ様はまだ納得してねえんだからな」

「ククッ!これは失礼。王のお言葉、有難く頂戴しておくことにするヨ」

「仲間割れはおやめなさい。それより、行動開始ですわ。すべては我が父、妖怪大統領のために……」

レディベアがロボと赤マントの間に割って入る。赤マントが音もなく姿を消し、ロボも外へ行ってしまう。
壁掛け時計の時刻を確認し、中学の制服に着替えると、最後に残されたレディベアも部屋を出て行った。
0010御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/11(日) 23:53:52.22ID:jLZDjN53
>「……あー、オジサン。日頃の不摂生と二日酔いと失血のし過ぎが重なって、ここ数時間の記憶が曖昧なんだよな」
>「年食うと物忘れが激しくなってダメだな……色男の過去とか、全然思い出せねぇ」

記憶にございませんという大人の返答を聞いたノエルが浮かべたのは――心底安心したような表情だった。

「忘れちゃったの? 良かったあ!」

考えてみれば、5人もの仲間を直接奪い去ったクリスは言うまでも無く、彼女の暴走の原因となった自分も恨まれて当然だ。
それなのに、何も聞かなかったことにしてくれるという。それで充分過ぎた。
そして、彼は限りなく人間で果てしなく妖怪なんだな、と思う。
その尺度は限りなく人間のもので、自らのそれに縛られる様は果てしなく妖怪、という意味だ。
妖怪――特にその辺から湧いてくるような精霊系・お化け系の妖怪ならば、
ノエルやあるいはムジナのように人間とは違った尺度で世界を捉える事ができる。
人間ならば、祈のように様々な経験を経て考え方を変化させていったり、理屈抜きで心の感じたままに柔軟に生きる事も出来る。
きっと彼はそのどちらも出来ないのだ。そんな彼が絞り出した苦肉の妥協点を誰が責められようか。
同時に、その人間の尺度を限りなく強固なものとしてしまった何かが過去にあったのだと確信する。
妖怪の契約には本人の意思を超越した強制力が働く。
そして相手の受諾が無い一方的な誓いにも、契約程ではないがそれに準ずる効力があるという。
場合によっては、それらの強制力が絡んでいる可能性も――
だから、殺意を向けられたことに対する怒りや悲しみは、尾弐自身には向かない。かといって今更自分を責めることもしない。
ノエルがそれを向ける対象は、抗えざる世界の理、運命の歯車のようなものだ。

「長く生きてると黒歴史って割と誰にでもあるよね!」

尾弐は気付いただろうか。
単に自分の事を言っているように見せかけて、こちらも何も聞かずにそっとしておくよ、というダブルミーニング。
もしも自分が尾弐の過去に踏み込む資格があるのならば、意図せずとも知る時が来るのだ。
今のノエルは世界をそんな風に捉えている。

>「すまねぇな、ノエル……いつか、いつかきっと『思い出せる』と思うから、それまで宜しく頼む」

「うん、でも恥ずかしいから無理に思い出そうとしなくてもいいよ。何かの拍子に思い出しちゃったら……その時は仕方がないね!」

今のままで充分過ぎるけど、それでもその時が来るのを願う。
それはきっと彼自身が過去の呪縛から解放される時だから。
続いて祈が歩み寄ってくる。そして歩いてきたそのままの流れでいきなり脛に蹴りを入れた。

「あいたっ!」

これはノエルが変態発言をした時のお約束だが、もう後にも先にも無いだろうと思われる一世一代の真面目な台詞でコレである。
更に襟首を捕まれ、すっかり調子を崩され面喰うノエル。

「な、何、いきなり!? 別に何も変な事言ってない……」

と言いつつも、語尾になるにつれて声が小さくなる。冷静になって自分の発言を省みてみると……

変態男「忘れてたけど実は僕は妹属性の美少女でドSな王女様だったんだ!」
 
これはアカン――もう手遅れだ。飲食店経営(意味深・しかも需要無し)だ。
普通なら「だが断る」と即答したくなるところを何も聞かなかったことにできる尾弐のOTONA力半端ない。
とノエりかけた思考を祈の次の言葉が引き戻す。

>「おうコラアホ御幸。あたしがあんたのこと、そんぐらいで嫌いになる訳ないだろ」

「ご、ごめん……!」
0011御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
垢版 |
2017/06/12(月) 00:06:20.51ID:GENkJ2wd
気を使っているのではないか、等と疑いを挟む余地も生まれぬような、見事なメンチで完全屈服させられた。
そういえば学校では不良っぽく振る舞ってるんだったか。
考えてみれば――みゆきが妖壊化したのは、尾弐にとってはもしかしたら一昔か二昔前程度かもしれないが、
14歳の祈にとっては想像を絶するような遥か古の出来事。
そして祈は3年前はまだブリーチャーズに所属しておらず、彼女自身はクリスに仲間を奪われたわけではない。
「そんぐらい」と言い切れるのは、それらの要因が多分に影響しているのかもしれないが。
それでも、そんな事は関係なく――滅茶苦茶救われた気がした。

>「それでもいい? じゃないっての。いいに決まってんだろ。
つーかあたしに断りなくまた勝手に消えようとしたら、次はこんなもんじゃ済まさねーから。わかったか?」

今のノエル(人格統合後)は、ノエル(人格統合前)が消えた時の祈の悲しみようを乃恵瑠として見ていたので知っている。
有難さやら申し訳なさで視界が滲む。
消えないし死なない、もう二度とあんな思いはさせない、なんて真面目に答えたら涙が零れ落ちてしまいそうで。

「分かった、分かったから離して! 服が伸びちゃう」

事情を知らない人が端から見ると締められて涙目になっているようにしか見えない。

>「計画完遂までとか言ってないで、いたけりゃ“ずっと”いろバーカ!」

思えばブリーチャーズを結成する前から橘音は探偵事務所をやっていて祈は探偵事務所の助手で。
今は妖怪もみんな人の世に根付いて生きているのに。
自分は未だ人の世とは隔たれた世界で生きる一族の後継者。ここにいられるのは、ほんの少しの間だけ。
さっきまで心のどこかでそう思っていたのだけど。
ずっと――いてもいいのかな? いつかは雪の女王を継ぐとはいえすぐにすぐではないだろう。
いや、そもそも女王は山に引き籠っていないといけないという前提が前時代の遺物であって
一族の長自ら人との良き関係性を探るという名目で人間界に出張するのもアリかもしれない。

「うん、考えとく!」

そう言った時にはポチが足元に来ていて、祈に蹴られた脛に体を擦り付ける。

>「……えへへ、言いたいことぜんぶ、祈ちゃんが言ってくれちゃった。
 ぼくらは、ずっと仲間だよ。でしょ?ノエっち」

いつも通りの人懐っこい様子でこちらを見上げるポチをまじまじと見つめる。
さっきまで荘厳な狼の姿になっていた気がするが、今や見る影もない。あれは妖怪送り狼の一般的な姿だ。
その原型になったと思われるニホンオオカミは昔は雪山でも見かけたものだが、ある次期を境にすっかり姿を見なくなった。
後で知ったところによると絶滅したという。
ポチは送り狼の要素を持つとは聞いていたが、遥か昔の先祖に狼がいる、程度だと思っていたけど違うのだろうか。
まだ6歳だから人間に化けられないのかと思っていたが、ニホンオオカミを直接親に持つと仮定すると軽く100年は生きている事になるが――
勝手に実年齢だと思っていただけで6歳は外見年齢もしくはポチになってからの年齢なのか?
あれ? だとしたら何で人間に化けられないんだろう。
ここまで考えて、考えるのをやめた。今は別にどうでもいい事だ。

>「もう、勝手にどっか行っちゃだめだよ、ノエっち。
 もし次おんなじ事をしたら……きみが転ぶまで、追っかけまわしちゃうかもね」

「逃げられないよ! 逃げたら不良中学生と送り狼(意味深)に襲われるとか怖すぎるわ!」
0012御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
垢版 |
2017/06/12(月) 00:10:51.01ID:GENkJ2wd
零れ落ちそうになる涙を誤魔化すように、ポチに抱きついて毛皮に顔を埋めた。
送り狼の毛皮をタオル代わりにするとは何たる狼藉。狼だけに。
ポチを解放し、橘音の方に目を向け、聞こえるか聞こえないか程の声で呟く。

「きっちゃん……」

橘音はきっちゃんなのかという謎は、果たしてここで明かされるのだろうか。

>「フ……。何もかもボクの計算通り!今回も、またしても勝ってしまいましたね!ぶいっ!」
>「ボクとノエルさんの友情パワーは、ちょっとやそっとの困難じゃビクともしないって。ボクは信じてましたから!」

「とーぜん! ブリーチャーズ最強のノエリストたる僕が負けるはずはないだろう!
そう、あれは女装してやる気を出そうと思っただけだ。僕は女装趣味だったんだ!」

そう言ってピースサインを返す。謎の答えは――暫くお預けのようだった。
橘音はVサインの指を更に二つ増やし、妙に楽しげに言う。

>でもノエルさん、これからが大変ですよ?何せ、アナタはここで四つも約束をしてしまったんですからね!」
>「ひとつ。『クロオさんがアナタの過去を思い出すまで、仲間として戦う』こと」
>「ふたつと、みっつ。『祈ちゃんとポチさんの断りなく消えたり、どこかへ行ったりしない』こと」
>「そして――よっつ。『いつお姉さんが帰ってきてもいいように、居場所を作っておく』こと」
>「妖怪にとって、約束は絶対。それがどれだけ重要なものであるのか……もちろん、おわかりですよね?」

妖怪界は契約は絶対のくせに契約成立条件はガバガバというとんでもない仕様であった。
人間界では契約書の下の方に誰も読まないような小さい文字で書いておく常套手段とかあるがあれの比ではない。
あちゃー、という感じで頭を抱える。

「二つ目と三つ目って半分脅迫じゃん! 妖怪界ってえげつねーーーー! ってか何で無駄に楽しそうなの!?」

>「さて!これにて今回のミッションは終了です。雪の結界も解けました……そろそろ、人々が戻ってくるはずです」
>「ボクたちはその前に撤収しましょう。さーて、引き上げ引き上げ!」

まるで買い出しを済ませたかのごとく軽い調子で撤収を告げる橘音。
と、何かを思い出したかのように振り返る。長い髪がふわりと揺れる。
仮面で顔は隠れているにも拘わらず、微笑んでいるように見えた。
一瞬だけ、ふわふわでもふもふの狐耳狐尻尾美少女が微笑んでいるように見えた。
これはアカン――重症である。

>「――おかえりなさい、ノエルさん」

「――ただいま、きっちゃん。ああ、それと……」

これだけは言っておかなければならないということを思い出したようで。どんっ!と効果音が付きそうな感じで宣言する。

「東京に来てからはメディアに露出はしてるけど露出はしてないから!」

逆説――雪山に引き籠っていた頃は露出していたのだろうかと色々と想像力をかきたてる爆弾発言をした。
当然当時は乃恵瑠(女性形態)なわけだが、想像しても全く楽しくないので想像しないようにしよう。
尚、忠告したにも拘わらず想像してしまってハゲたり総白髪になったとしても一切の責任は負いかねます。
0013御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
垢版 |
2017/06/12(月) 00:14:45.70ID:GENkJ2wd
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

その後、先刻姉を見送ったとは思えぬ調子で何事も無かったかのように橘音と本拠地の雑居ビルに帰り、
何気なくドアに手をかけて……店舗兼住宅の玄関の鍵が開いていることに気付く。
鍵を閉め忘れたかな?と怪訝に思いながら入ると……。

「「お帰りなさいませ、姫様」」

毎日入り浸って背景と化していた常連客の通称作者と編集者が何故かメイド服と執事服に身を包んで恭しく礼をしていた。

「ああーっ、君達勝手に侵入して何やってんの!?
……こんな扱い辛い主に何百年も仕えて、こんなところまで付いてきて……苦労を、かけたね。
作者改めゲルダと編集者改めカイ」

「いえ、本当の姫様に会うこの日を楽しみにしていました」

彼らは乃恵瑠時代の従者Aと従者B的なポジションで、ノエルが東京に来るにあたって密かに付いてきて見張って、もとい見守っていたのであった。
勧められるままに椅子に座り、かき氷が目の前に置かれる。

「どうぞ。姫様ほど上手く作れませんけど」

ノエルはかき氷を口に運びながら、姉を思い出して泣き出した。
やり方はちょっといやかなり間違ってしまったけれど、徹頭徹尾ノエルのことを想い続けた姉。
そんな彼女の最期の言葉も、やはりノエルの幸せを願うものだった。

「うぅ……えぐっ……うわぁああああああああああん!」

ひとしきり泣いた後、自分がいつの間にか女装していることに気付くノエル。

「とりあえず姫様はやめて。クロちゃんが全身鳥肌になっちゃう……あれ? ほら、君達が姫様言うから女装しちゃったじゃん!」

「念のため突っ込んでおくと女装ではなく一応そっちが本来の姿ですからね」

「いやもうこれは性別:ノエルという新概念かと……って何をしているきさまー!?」

ノエルは何を思ったか服の首の部分を引っ張って中を覗き込んでいた。胸囲の格差社会――そんな謎ワードが思い浮かぶ。
0014御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/12(月) 00:18:08.16ID:GENkJ2wd
「せめて僕が巨乳だったら姉上を感じる事が出来るのに……! ああ、巨乳に顔をうずめたい!
妖怪は人々がそうあれかしと思えばそうなる――そなた達が思い込んでくれれば巨乳になるんじゃないか」

「姫様はそれ位で丁度いいかと……じゃなくて自分が巨乳になっても巨乳に顔をうずめられないと思います!」

「それは盲点だった……! ではそなたらが気合で巨乳になれ!」

「残念ながらもう何百年もこれなので今更無理です」「ちょっとどこから会話に参加していいのか分からない!」

ここにきて巨乳属性という新たな扉が開いてしまったらしい。それは巨乳の姉への憧憬に由来するものであり、断じて変態ではない。
ここでおもむろに服を脱ぎ始めるノエル。例によって氷から出る湯気的なやつ通称氷湯気が辺りに充満する。
続きは音声のみでお楽しみください。

「寂しいのは分かりますがお気を確かに持ってください!
裸で外に出てはお体に障ります! 東京の空気中にはPM2,5とかの有害物質が飛び交っているのです!」

「いや、そういう問題じゃねー!」

「体に触るだと!? 具体的にどこをどう触るというのだ。まあ良い、妾は風呂に入るぞ――裸になって何が悪い。
望み通り触らせてやろう。久々に妾の体を隅々まで隈なく丹念に洗うがよい」

「キマシタワー!」

「何も来ません! 途中で男装したりしないでくださいよ!?」

「それはそれで楽しいかと」

「楽しいかボケ!」

ところで主君が何もせずに湯船につかって従者に体を洗わせるという行為は広い屋敷のでかい風呂で初めて成立するわけであり、
それを雑居ビルの狭い風呂でやろうとするとどうなるかは自明の理。キマシタワー!? いや、知らんがな。

なにはともあれ、ノエルと愉快な仲間たちの戦いはこれからだ! ――あ、打ちきり最終回ではない。念のため。
0015尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/06/14(水) 21:45:21.88ID:y8+xRCyR
東京ブリーチャーズの面々は、ノエルの願いに対し各々の答えを返していく。

>「計画完遂までとか言ってないで、いたけりゃ“ずっと”いろバーカ!」

祈は、叱咤激励するかの様に真っ直ぐに、真正面からその願いを受け入れて見せた。

>「もう、勝手にどっか行っちゃだめだよ、ノエっち。
>もし次おんなじ事をしたら……きみが転ぶまで、追っかけまわしちゃうかもね」

ポチは、何処かたどたどしく、確かめる様に……しかしその全身を以って、ノエルに居て欲しいと願った。

>「ボクとノエルさんの友情パワーは、ちょっとやそっとの困難じゃビクともしないって。ボクは信じてましたから!」

那須野は……悔恨や慚愧、そして恐らくは安堵。
それらの思いを全て抱えた上で、敢えて陽気におどけて見せた。

そして、彼らの言葉を受けたノエルは……

> 「――ただいま、きっちゃん。ああ、それと……」
> 「東京に来てからはメディアに露出はしてるけど露出はしてないから!」

想いを。尾弐の中途半端な言葉と、他のメンバーたちの強く眩しい言葉と行動。
それらの全てを眼を逸らす事無く受け入れ、いつも通りノエってみせた。

「……色男の店の近くの公園に不審者出没注意の張り紙が増えてたんだが、あれお前さんじゃなかったんだな」

あまりにいつも通りなノエりっぷりは、尾弐が苦笑いを浮かべながらも話に乗る程で……きっと、この光景は一種の奇跡なのだろう。

今回の戦いにおいては、それぞれが様々な事を思い、想った。
そこには、愛や悔恨……そして殺意や喪失の悲しみさえも存在していた。
にも関わらず――――こうして、何事も無かったかの様に。いつも通りに笑い合えている。

それは、どれ程得難い事だろう。
それは、どれ程尊い事だろう。

その奇跡を皆より一歩離れた距離から眺める尾弐は、ノエルの瞳の端に映る水滴。
雪解け水か、或いはそれ以外の何かか。
透明で美しいそれを見なかった事にしながら、珍しくも他意の無い笑顔を浮かべるのであった。
0016尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/06/14(水) 21:46:45.43ID:y8+xRCyR
>「さて!これにて今回のミッションは終了です。雪の結界も解けました……そろそろ、人々が戻ってくるはずです」
>「ボクたちはその前に撤収しましょう。さーて、引き上げ引き上げ!」

さて、戦闘は終わったが、撤収までが戦いである。
凍り付いた境内や、破壊された各種の物品。
このまま居残っていれば駆け付けた警察にそれらを見咎められ、お縄を頂戴する事になるのは自明の理だ。

「ったく……毎度の事ながら慌ただしいねぇ。とりあえず、オジサンは服着替えて一杯引っかけてから帰るとするわ。
 嬢ちゃんにポチ、お前さん達は寄り道しないで真っ直ぐ帰れよ。体力までは回復してねぇんだからな」

那須野の言葉を受けた尾弐は、肺に入った冷気を吐き出すように軽い咳をすると、
無人の神社の売店へと向かい、無造作に懐から出した高額紙幣を二枚と引き換えに、清酒の酒瓶を一本掴む。
そうして、別れの挨拶として皆に一度ひらひら右手を振ると……神社の脇の石塀を、軽々と飛びこし去って行った。
0017尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/06/14(水) 21:50:29.30ID:y8+xRCyR
・・・
戦いの舞台となった神社から離れた所に建つビル群、その路地裏。
薄暗く黴臭い細道を、尾弐はふらつきながら歩いていく。
日の光は刺さず、人の目も無い、迷路の様な空間。
本来であれば悪漢の溜まり場にでもなっていそうな悪路であるが……けれど、この道には尾弐以外の人影は一つもなかった。

当然と言えば当然だろう。何故ならば、この路地裏には入口が存在しないのだから。
デッドスペース、都市計画の失敗により生まれた死角。
3m以上の高さのコンクリ壁や、僅か10cm程しかないビルの隙間。
他にもあらゆる要素が、善悪問わずにこの道への人間侵入を阻み、拒絶している。
言うなればここは、偶然が生んだ結界の様な空間なのである。

故に、ここに入る事が出来る者がいるとすれば、人間以外の小動物や、或いは
障壁を鼻歌交じりに乗り越える人外の化物くらいであり、だからこそ尾弐黒雄はこの路地裏を、
己が拠点の一つとして利用していた。

「……」

遅々とした速度で歩みを進めていた尾弐であったが――――ふと、その歩みが止まる。
どうやら、目的地に辿り着いたらしい。
尾弐の眼前に広がるのは、10畳程の小さな空間。
そこにはビルの隙間を縫って陽光が刺しこんでおり、一種清浄さすら感じられる場所であるのだが……
空間の床に敷き詰められる様にして放置されている空の酒瓶の数々により、その清浄さは台無しになっていた。
散らばる酒瓶は新しい物から古い物まで数多く、瓶に貼られた銘柄も雑多であるが、唯一共通しているのは、
それらの全てが清酒や赤ワイン……つまりは、神事に用いる物であるという事だろう。

尾弐は再度足を動かし空間の奥、コンクリの壁まで辿り着くと、そこに背を預けそのままズルズルと倒れる様に座り込む。
そして、震える手で手に持った中身の入った酒瓶……神事用の清酒の蓋を開けると、そのまま瓶の口を咥え、中身の酒を胃へと流し込み始めた。
そのまま、中身を半分ほど飲み干した尾弐であったが……

「……ぐっ、お、え」

程なくして顔色が蒼白になり、口元を抑え、飲み干した酒を全て吐き出してしまった。
それは、飲み過ぎによる嘔吐――――ではない。
尾弐の吐き出した酒は、まるでタールの様に黒く変色しており、
その液体に触れた雑草が、強力な呪詛でも受けたかの様に瞬く間に枯れ果ててしまった。

「ゲホッ……っ、神事の酒でも浄化しきれねか……いよいよ時間がねぇな」

口元を袖で拭った尾弐は、脂汗を浮かべながら自嘲交じりの笑みを浮かべる。

「……残りの敵は、クリス級の化物が数人に、それ以上にヤベぇ妖怪大統領……流石に出し惜しみなんて出来ねぇな。
 せめて、祈の嬢ちゃんの成人式くらいは見届けられると思ったんだがね」

英霊達から受けた傷が、黒い瘴気の煙を上げながら復元していくのを眺めながら、尾弐は息を吐く。

「……まあ、贅沢言うもんじゃねぇか。元より俺みてぇな化物には与えられるべきじゃなかったモンだ」

尾弐の脳裏に思い浮かぶのは、陽だまりの様な日々。
那須野、ノエル、祈、ポチ、ムジナ。かつてそれぞれが笑い、過ごした時間。
それらから目を逸らすように、尾弐は視線を空に……ビルの隙間から見える青色へと向けると、自分に言い聞かせる様にして言葉を吐きだす。

「俺がするべきは、誓いと契約を果たす事……」

見上げた空の光を遮るように瞼を閉じれば、そこに残るのは暗く果てない闇。尾弐黒雄が本来居るべき場所。
尾弐は……その闇の中に浮かぶ、小さな光。色あせぬ出会いの光景を思い出しながら、刻み込むように誓いを呟く

「……ああ、守るさ。全部を黒く塗りつぶしてでも、俺がお前を守ってみせる」

尾弐黒雄。身体から悍ましい瘴気を零す悪鬼は、光射す暗闇の中でただ一人無様に蠢く――――。
0018創る名無しに見る名無し
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2017/06/19(月) 19:59:05.27ID:qOjvetsu
 尾弐が、祈が、ポチが、そして橘音が。
各々の言葉と態度でノエルを受け入れた。
他のブリーチャーズに今の自分を認められたことでノエルの心にも決着がつき、
これで正真正銘、今日の戦いは終わったのだろうと思われた。

>でもノエルさん、これからが大変ですよ?何せ、アナタはここで四つも約束をしてしまったんですからね!」
>「ひとつ。『クロオさんがアナタの過去を思い出すまで、仲間として戦う』こと」
>「ふたつと、みっつ。『祈ちゃんとポチさんの断りなく消えたり、どこかへ行ったりしない』こと」
>「そして――よっつ。『いつお姉さんが帰ってきてもいいように、居場所を作っておく』こと」
>「妖怪にとって、約束は絶対。それがどれだけ重要なものであるのか……もちろん、おわかりですよね?」

>「二つ目と三つ目って半分脅迫じゃん! 妖怪界ってえげつねーーーー! ってか何で無駄に楽しそうなの!?」
 更にこんなオチがついて、祈は僅かに笑う。
いつものブリーチャーズが戻ってきているように思えたからだ。
ノエルがどれ程傷付いているかはわからないが、表面上は少なくともいつも通りだった。

>「さて!これにて今回のミッションは終了です。雪の結界も解けました……そろそろ、人々が戻ってくるはずです」
>「ボクたちはその前に撤収しましょう。さーて、引き上げ引き上げ!」
 一段落したところで、橘音がそう切り出した。
 そうである。ポチの遠吠えによって境内から逃げ出した人々は何が起きたのかと今頃不審がっているであろうし、
外からはクリスの生み出した吹雪はどう見えていたかわからない。
局地的な吹雪という怪現象を前に、マスコミが来ていてもおかしくはない気がした。
 それに加え、神社は荒れている。『神宝』そして『神体』。
二つの掛け替えのないものもいつの間にか破壊されてしまっており、
この場に留まっていればその件について追及されることも考えられた。
そして、妖怪から守ろうとしたけど守れませんでした等と言っても誰も信じはしないし、
もしかしたら、容疑者として警察に捕まってしまうかもしれないのだ。
荒れたままの神社をこのままにしておくのもしのびないが、こんな時は逃げるに限るのだった。
人知れず妖怪と戦うブリーチャーズにとってはよくあること言えど、逃げるのはいまいち慣れない祈である。

>「ったく……毎度の事ながら慌ただしいねぇ。とりあえず、オジサンは服着替えて一杯引っかけてから帰るとするわ。
>嬢ちゃんにポチ、お前さん達は寄り道しないで真っ直ぐ帰れよ。体力までは回復してねぇんだからな」
 尾弐が手馴れた様子で橘音に答え、ポチや祈に注意を促してはもう歩き出している。
「ん。わかったー」
 祈は返事をして、塀をひょいと越えていく尾弐を見送ると、散らばった鞘や剣を回収した。
それぞれを鞘に納め、その凄まじき力に封をし、両手で抱える。
「つっても、せめて剣ぐらいは返してから帰んないとね……んじゃ、みんなまたね」
 そう言って祈は皆に向けてひらりと手を振ると、
返事も待たずに本殿に向けて駆け出し、あっという間に見えなくなる。
 神剣は、もはやこの神社に残された唯一のご神体となった。
即ち英霊、国を護ってくれた彼らにとって、唯一の依代となるものだと思われた。
神鏡と祭神簿なき今、彼らが国難に際しその力を解放することはないとは言え、
これは彼らの体、彼らの宿るもの、彼らの帰る場所だ。残ったこの剣は元に戻してあげなければと思ったのだった。
九段刀も同様だ。これもまた、彼らが戦ってきた歴史や誇りが詰まっている大事な一振なのだから。
 納められていた場所は祈しか恐らく知るまいし、借りた祈が元の場所へと戻さねばならない。
祈は本殿に入り、その最奥に神剣や九段刀を元通りに戻すと、手を合わせ深く礼をして、そうして家路につく。
尾弐の真似をしてひょいと塀を飛び超えて、人気のない所に降り立って歩き出す。
 そして表通りに出た所で、ふと思い出す。
自分が、雪水でずぶ濡れのみっともない格好であることに。
しかも制服の右肩は裂けていて、もう止まっているが出血の跡もある。
ハンカチを巻けば右肩の辺りは隠せるとしても、雨も降っていないのに濡れた制服を着ていれば当然目立つ。
せめて橘音から迷い家外套を剥ぎ取っておくべきだったと、今更になって祈は思うのだった。
0019多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/06/19(月) 20:02:03.18ID:qOjvetsu
 人目を避けながらどうにかこうにか自宅に戻った祈は、
風呂に入って私服に着替えた後、早めの夕飯を食べていた。
 何故早めなのかと言えば、それは吹雪に晒されたことや英霊から受けた傷により体力を消耗していた為、
平たく言えばお腹が空いていたことによる。
あと一品作るから大人しく待っていろと言う祖母にどうしてもとねだって、
仕方ないからこれだけでもゆっくり食べて待ってなさい、という言葉を引き出して、
早めに一人食べているのである。
 今日はカレーだった。
皿に盛ったご飯に、大きめに切った具がゴロゴロ入った甘口のカレーがかかっている。
カレーをスプーンで掬って口に運びながら、祈は今日の出来事を振り返っていた。
 口内に広がる人参の甘みが嬉しい。
(おいし……)
 クリス戦を終えて、いくつか思うことが祈にはあった。
 まず一つは、自分はまだまだ力不足であるということ。
悔しくも今日は、クリスの繰り出した吹雪を前に為す術なく倒れてしまっていた。
そこには、クリスのような妖術に長けた相手との相性の悪さがある。
あちらは冷気、つらら、雪、氷……様々な術を用いて遠距離から攻撃を仕掛けられるが、
祈は道具などの準備がなければ近付いて蹴るという単調且つ直接的な攻撃手段しか持たない。
半妖ゆえの脆弱さも相俟って、一方的な戦いになりやすいのだ。
 雪女に限らず、炎や雷、風など、様々な術を用いて攻撃できる妖怪は日本にも数多く存在する。
海外の妖怪・怪物の中にもいるだろう。
そのような敵といつ相対しても大丈夫なように、何らかの対策を練るのは急務だと言えた。
 次に、ポチ、尾弐、ノエル。仲間の精神状態が気になった。
ポチは狼に対して並々ならぬ感情を抱いていることが分かった。
祈なりに気持ちを伝えてフォローしたつもりであるし、これからを見守っていきたいところだが、
厳しくなる戦いにおいて、それが致命的な隙とならなければいいな、などと思う。
 それから尾弐は一度《妖壊》と化した経験のあるノエルに対し、思うことがあるようだった。
戦闘後にそそくさと帰ってしまったのも少々気にかかるし、
尾弐とノエルはもしかしたら、今後少しだけギスギスするかもしれない。
 ノエルもまた、仲間に受け入れられて決意を新たにしたところではあるが、
今日一日であまりにも色んなことがありすぎた。
姉と再会し、自分が何のために生まれた人格であるか知り、《妖壊》となった過去の罪を知り。
それによって消えかけたと思えば過去の人格達と一つとなって舞い戻って、
そして、その日のうちに姉を失った。
その衝撃は計り知れない。元々は3歳児なのだし、優しくしてやらねばならないなと思う。
皆それぞれ、気を配る必要がある、ということだ。
 止まっていた手を動かし、カレーと白米を口に持って行きながら、
ノエルを蹴ったのはやりすぎだっただろうか、バカなんて言わなきゃ良かったかな、
思えばちょっと涙目になってた気がするし。などと今更ながらちょっとした後悔をする。
口に入ったのは小さく刻まれたピーマンで、甘口カレーの中にあってもほのかに苦かった。
 でも、消えられた時の痛みはこんなもんじゃなかったのだと、
そう伝えるには他にどうすれば良かったのだろう。
祈にはわからない。いなくなられたら困る。とても寂しい。嫌だ。悲しい。
そんな素直な気持ちをそのままぶつけるのもどうしてか――、
子どもっぽいだとか多分そう言う理由で――躊躇われたことであるし。
 もやもやとした気持ちを抱えながら次に考えるのは、クリスのことだった。
0020創る名無しに見る名無し
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2017/06/19(月) 20:15:22.30ID:qOjvetsu
 彼女の死は祈にとっても少し苦いものになった。
多くの人々を苦しませた倒すべき敵、東京ドミネーターズ。
その一角を倒せたのはある種、確かに喜ばしい一面がある。
しかし、僅かな時間ではあるものの彼女と接したことで、彼女がどんな人物なのかを垣間見てしまった。
それによって、祈の中でただ憎むべき敵、
倒すべき敵でしかなかったものに、血が通う。生きた一個の人格となる。
激情家で、好戦的で。口が悪くて。やることなすこと滅茶苦茶だった。
だが、確かにノエルのことを想っていたように思う。
その手段はどうあれ、大事な物の為に必死に戦っていたのだと思う。
そう思うと、憎み切ることができない。
 誰かにとっては仇であっても、ノエルにとってはただ一人の大事な姉。
そして最期は、死という罰だって受けた。
だから敵であっても、その魂の安息を願うくらいは許されて欲しいなと祈は思う。
 そしてもし、彼女が安らかに眠れる時が来るとすれば、
それはブリーチャーズが東京から『妖怪大統領』という脅威を打ち払った時だろう。
クリスは、『妖怪大統領』の支配下にある方がまだノエルは安全だと考えていたかもしれない。
“正義を掲げながらノエルを利用する悪党集団”であるブリーチャーズに
ノエルが所属したままになっていることを不服に思うかもしれない。
だが人の想いを利用し、自らの欲を満たす為に虐殺すら肯定するような、
そんな支配者を頂きに据えた世界にはきっと、未来なんてない。
クリスが目覚め、ノエルと笑って再会できるような優しい未来なんてものは特に。
だから『妖怪大統領』が攻めてくるというのなら、勝たねばならない。負けられない。
英霊達の守護を失った東京に、支配を求める凶悪な妖怪、『妖怪大統領』がやってくる。
その日はいよいよ近付きつつある。
加えて、クリスを失ったことでドミネーターズも本腰を入れてブリーチャーズを潰しにかかるかもしれず、
戦いはますます激化するだろう。だがそれでも――。
 そう考えていた時だった。祖母が、ある物を持って入ってきたのは。
「嘘だろ……」
 祖母が持つ皿の上に載せられている物に、祈は目を奪われる。
 あと一品というのはせいぜいサラダだと思っていた。
祖母はサラダが好きだし、何かにつけて祈に野菜を食べさせようとするからだ。
だがそれはサラダとは根本的に異なっている。
デミグラスソースの甘い薫り。それに混じる匂いからして、使われているのは恐らく牛肉のみ。
貧乏な祈の家ではまずお目にかかれない代物。牛肉ハンバーグ様がそこに座している。
 皿の上にハンバーグは三つ。その内二つが祈のカレーの入った皿に移された。
デミグラスソースとカレーが混じりあう。そう、今日の夕飯はカレーではない。
(ハンバーグカレー……!!)
 祈が今日の戦闘で体力を消耗しているのを見越した祖母が、
体力や気力を回復させる為にと気を利かせて作ってくれたのであるが、
祈はそれを知らず、目の前のご馳走に目を奪われるばかりだ。
そして言葉は不要とばかりに一心不乱に食べ始める。
 二杯目のおかわりしようと立ち上がる祈に、祖母がふと声を掛ける。
食べ終わったら今日も出掛けるから準備をしろ、と。
 祈はそれに、にっと笑って答える。
「わかってる。今日もよろしくね、ばーちゃん」
――だがそれでも、みんなと力を合わせて立ち向かうだけだ。
そして、絶対に勝つ。
 その為にも今は、牙を磨かねばならないのだ。
0021創る名無しに見る名無し
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2017/06/19(月) 20:53:34.08ID:/OYeTfQq
あ、糞でる



ブリブリ


ブリュッ、ブリュッ…!
0023ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/06/22(木) 17:56:34.74ID:tzKmhcoz
>「フ……。何もかもボクの計算通り!今回も、またしても勝ってしまいましたね!ぶいっ!」
>「ボクとノエルさんの友情パワーは、ちょっとやそっとの困難じゃビクともしないって。ボクは信じてましたから!」
>「とーぜん! ブリーチャーズ最強のノエリストたる僕が負けるはずはないだろう!
  そう、あれは女装してやる気を出そうと思っただけだ。僕は女装趣味だったんだ!」

橘音とノエルが心を交わす様を、ポチは黙って見ていた。
全てが解決した訳ではない。
ノエルが橘音へと振り向いた時、彼は小さく、かつての友達の名を呼んだ。
しかし答えはなかった。謎は、謎のまま残されている。

>でもノエルさん、これからが大変ですよ?何せ、アナタはここで四つも約束をしてしまったんですからね!」
>「ひとつ。『クロオさんがアナタの過去を思い出すまで、仲間として戦う』こと」
>「ふたつと、みっつ。『祈ちゃんとポチさんの断りなく消えたり、どこかへ行ったりしない』こと」
>「そして――よっつ。『いつお姉さんが帰ってきてもいいように、居場所を作っておく』こと」
>「妖怪にとって、約束は絶対。それがどれだけ重要なものであるのか……もちろん、おわかりですよね?」

それでも彼らの間に満ちる親愛の情には一片の陰りもない。
犬も狼も、目と耳と鼻、三つの知覚で他者の感情を推し量る。
……その種族的特性から来る、高すぎる感受性故に、ポチには分かってしまう。
彼らがまとうその曇りのない愛情のにおいが、自分からは発せられていないのだと。

>「二つ目と三つ目って半分脅迫じゃん! 妖怪界ってえげつねーーーー! ってか何で無駄に楽しそうなの!?」

ノエルが頭を抱えつつも嬉しそうに悲鳴を上げる傍で、ポチが出来る事はただ自身の衝動を堪える事だけだった。
擦りたい。狼から遠くかけ離れて、こんなみじめな気持ちを投げ捨ててしまいたいという、軟弱な衝動を。

>「さて!これにて今回のミッションは終了です。雪の結界も解けました……そろそろ、人々が戻ってくるはずです」
>「ボクたちはその前に撤収しましょう。さーて、引き上げ引き上げ!」

>「ったく……毎度の事ながら慌ただしいねぇ。とりあえず、オジサンは服着替えて一杯引っかけてから帰るとするわ。
  嬢ちゃんにポチ、お前さん達は寄り道しないで真っ直ぐ帰れよ。体力までは回復してねぇんだからな」

「……えー、こんなのへっちゃらだよ。なんなら今からお散歩に連れてってくれても……じょーだんだよ、じょーだん。
 ちゃんとゆっくり休むって。だけど尾弐っちもちゃんと休まなきゃだめだよ?」

尾弐の足に体を擦りつけながら、ポチはそう言った。
仲間を気遣う為の言葉すら、脛を擦り、己を騙さなくては、口に出せない自分を恥じながら。
そして皆がその場を去り……ポチは静かに神社の出口へ向けて歩き出す。
吹雪の結界が消え、境内の異変に人が集まってくるが、誰一人として彼の存在に気付く事はない。
そのまま街に出て、俯きながら歩いていたポチが、ふと顔を上げた。
目の前を歩く、一人の少女。長い黒髪に黒いセーラー服姿……少しだけ、祈に似ている。
ポチは駆け足になって少女に近寄ると、その脚に自分の体を擦りつけた。
突然の事にたたらを踏んだ少女が、驚いたように辺りを見回す。
その時には既に、ポチは少女の傍を離れていた。
そしてそのまま街を駆ける。
黒地のスーツを着た体格のいい会社員、学ラン姿の華奢な少年……。
街の中にブリーチャーズの皆の面影を見つけ出しては、その持ち主の脛を擦る。
それを何度も繰り返していれば……嫌な事は、忘れられる。
群れを持たない……いや、群れに属しながらそれを心から受け入れられない、愚かな狼の自分を。

だが……それも永遠に続ける事は出来ない。
東京は人の街だ。夜が来れば、ほんの僅かな時間ではあるが、眠りに就く。
街から人が消え……孤独だけが残る。その孤独に堪えられず、ポチは地を蹴った。
走り、走り、走り続け……気付けば彼はどこかのビルの屋上にいた。
そして吠える。何度も何度も……見た事もない、いるのかも分からない同胞に呼びかけるように。
自らの体から匂い立つ、軟弱な自己愛のにおいを振り払うように。

「……こんなの、いやだ。こんなの狼じゃない。ぼく、どうすれば、狼になれるんだろう」

喉が枯れるまで叫び続けたポチは小さく呟いて……そのまま現実から逃げ出すように、眠りに就いた。
0024那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/22(木) 19:56:06.88ID:frvgivzC
やあ、やっと雨が上がったぞ。三日も降りやがって、いまいましいったらなかったけれど。今日はよく晴れたなあ。

ねぐらの中は狭くっていけないや。久しぶりの外だ、ひとつ歩いて回ろう。

川も、ずいぶん水が増えてる。普段は水をかぶらない川べりのすすきや萩の株が、すっかりもまれちまってるよ。

さあて、今日はどんないたずらをしてやろうかな。芋畑の芋を掘り散らかすのも、菜種がらに火をつけるのも飽きちまった。

…………
…………

……あっ。あれは……。

けけけ。あいつめ、ずぶ濡れになって魚をとってやがる。いっぱいとれたなあ。特に、あのうなぎなんて立派なもんだ。

おや。びくを置きっぱなしにして、どっかへ行っちまった。弁当でもつかいにいったのかな。

…………

…………

けけけ、いたずらしてやれ。びくの中の魚を、ぜえんぶ逃がしてやる。

そうれ、きすも、うなぎも、遁げろ遁げろ。あいつの腹の中なんぞにおさまるなよ。

あいつに上等のうなぎなんて啖わせてやるものか。今夜はうなぎのことを悔やみながら、粟飯でも啖えばいいのさ。けけけ!

…………

…………

あっ、ちくしょう、このうなぎ!首に巻きつきやがって……!

えい、離れろ、離れろったら!

おまけに、あいつまで戻ってきちまった。

遁げろや、遁げろ。けけっ、のろまになんて捕まるもんか。

…………

…………

ここまで来れば、あいつも追いかけちゃ来るまい。けけっ、まぁ、この遁げ足に追いつけるわけなんてないけどね。

ちょっ、うなぎのせいで、せっかくあいつの悔しがる顔を遠くから見物してやろうと思ったのが台無しだ!

まあ、いいさ。どのみち、この時刻じゃもう一度うなぎをとるのは無理だ。あいつはうなぎを啖えない。

あいつは今晩、何度も何度も「ああ、うなぎを啖いたかったなあ」と言いながら、まずい粟飯を啖うんだ。

ああ、なんて胸がすくんだろう。いい気味だ!この秋晴れの空みたいに気分がいいなあ!

けけけっ、けけけけけっ。

けけけけっ、けけけ!
0025那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/22(木) 19:57:00.79ID:frvgivzC
「唐突ですが皆さん、温泉に行きましょう」

夏真っ盛りの七月半ば。ノエルと祈、尾弐、ポチを事務所に呼び出した橘音は、開口一番そう言った。

「いわゆる慰安旅行ってやつですかね……皆さんにはいつも頑張ってもらっていますから」
「たまには温泉にゆっくり浸かって、おいしいものを食べて。戦いの疲れを癒すのもいいでしょう」
「ペットOKですからポチさんも行けますし、お湯が苦手なノエルさんのために水風呂の用意もあります」
「ああ、旅費についてはご心配なく。全部ボクが持ちますから、皆さんは着替えなどだけ用意して頂ければ」

メンバーの意見も聞かず、もう決定したものとしてテキパキとスケジュールを決めていく。
東京ブリーチャーズには他にも仲間がいるが、現状はとりあえずこの五人で行くということらしい。

「宿はもう決まっています。……いわゆる秘湯というところで、鄙びていますがいい所ですよ」
「温泉はもとより、料理もお酒も素晴しい。ボクとクロオさんは、何度か行ったことのある宿ですが――」
「……ね?クロオさん。あそこですよ……あ・そ・こ」

日程は一週間後。その時期になれば、祈も中学校が夏休みに入る。行けないことはないだろう。
ただ、普通なら温泉旅行など企画すれば心が躍るものだというのに、それを告げる橘音の様子がどうも晴れやかでない。
どちらかというと、行かなくて済むのなら行きたくない……とでも思っているかのようである。
ついでに言うと、橘音の指している場所を察した尾弐も同様のイヤな反応を見せることだろう。
が、拒絶や不参加といった選択肢はもちろんない。
そんな不承不承といった雰囲気とは裏腹に、橘音は四人の参加を取り付け、準備を進めてゆく。

「では皆さん、当日をお楽しみに!」

旅程は二泊三日。予定は決まった。

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東京駅から東北新幹線に乗り、北へ。
到着したのは岩手県、花巻市。新花巻駅で下車し、レンタカーを借りる。
尾弐に車を運転してもらい、東の遠野市へ。
観光客で賑わう温泉街を通り過ぎ、山の中へと車を進めること三時間。
舗装さえされていない砂利道の果て、鬱蒼と茂った森の奥に、古びた旅館が一軒建っている。
そこが、東京ブリーチャーズの慰安旅行の場所だった。
長く車に押し込められていた窮屈さから、車を降りた橘音はまず最初に大きく伸びをした。
そして、旅館へ向けて白手袋に包んだ右手を伸ばす。

「お疲れさまでした、皆さん。ここが今回の宿――迷い家(マヨヒガ)です」

迷い家。
東北地方に伝わる妖の伝承、幻の館。道に迷い、山中をあてどもなく彷徨する者の前に現れ、一夜の宿を提供するという怪異。
ただ、現在ブリーチャーズの目の前にあるそれは、古びてはいるものの普通の和風旅館のように見える。
玄関脇には『歓迎 東京ブリーチャーズ御一行様』との看板がある。準備は万端といったところか。

「行きましょう。はー、早くお風呂入りたい……」

着替えの入ったショルダーバッグを持ち、玄関に入る。
玄関は広く、毛氈が敷き詰められている。いつの頃から建っているのかもわからない古い建物だが、内部は存外しっかりしている。
いや、むしろ豪壮であると言ってもいい。待合場所にある調度といい、装飾品といい、落ち着いた佇まいのいい宿だった。
いかにも通好みといった様子で、定めし宿泊客で賑わっていようと思われたが、不思議なほど人の気配がない。
その代わり化生の気配を感じる。どうやらここは、妖怪専用の宿ということらしい。

そして。
広い上がり框の真ん中で、藍色の着物を着た妙齢の女性が三つ指をついてブリーチャーズを出迎えていた。
0026那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/22(木) 20:01:22.36ID:frvgivzC
「いらっしゃいませ、お待ち申し上げておりました。東京ブリーチャーズの皆さま――」

女性が深々と頭を下げる。豊かな髪をアップにして纏めた美人だ。細い糸目が、いつも笑っているような印象を与える。

「本日は、当旅館へようこそおいで下さいました。当旅館の女将、倩兮女の笑(えみ)と申します」

倩兮女(けらけらおんな)。他人家を垣根の上から覗き込み、ケラケラと不気味に嗤う女の化生である。
もっとも、笑の笑顔に不気味なところはない。いかにも客商売といったものとも違う、穏やかな笑顔だった。

「笑さん、お久しぶりです。お世話になりますよ」

橘音が告げる。何度か足を運んだことがあるとの言葉通りというべきか、顔見知りらしい。

「三ちゃんお久しぶり。すっかりお見限りで、寂しかったのよ?たまには顔を見せてくれても――」
「色々取り込んでましてね。探偵は人気商売ですから、仕事があるうちに稼いでおかなくちゃ。それに、顔と言ったって仮面でしょ」
「また、そんなつれないこと言って……」

笑はよよとわざとらしく泣いてみせた。が、目は相変わらず笑っている。

「……尾弐の旦那さんも、お久しぶりですね」

尾弐を見つめて、にこりと笑みを深める。それから立ち上がると、笑はぽんぽんと軽く手を打った。
それを合図として、従業員らしき迷い家の法被を着た一本ダタラ、山彦などの妖怪がブリーチャーズの荷物を代わりに持つ。

「積もる話は後ほど。まずはお部屋にご案内しましょう、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいな」

「あ、部屋割はボクと祈ちゃんに、ノエルさんとクロオさんとポチさんってことで」

靴を脱ぎ、スリッパに履き替えると、橘音がメンバーの方を一瞥して告げる。色々な意味で心臓に悪い部屋割である。
しかし今はとりあえずということで、男衆の方の部屋に全員集まることにする。
通された客間もやはり手入れが行き届いており、畳や障子紙、襖に至っても古さを殊更感じさせることはない。
テレビやネット回線といったものは用意されていないものの、元々妖怪には不要のものである。
和室の室内は十畳ほどの広さの本間に次の間が八畳、それに縁側があり、縁側からは眼下に流れる川を望むことができる。
本間の脇からは内風呂に行くことができ、内風呂は露天の檜風呂。そこからも、外の自然を眺めることができた。
もし人間がこの宿のことを知れば、秘境の隠し湯ということでさぞかし人気が出ることだろう。

「まずは当旅館自慢の温泉にお入りになって、旅の垢を落としてくださいな。お食事の支度が出来ましたら、お呼びいたします」
「他に何かありましたら、何なりとお申し付けくださいね」

そう言ってふわりと微笑むと、笑は襖を閉めて出ていった。

「さあーて……じゃ、夕ごはんまでは各自自由行動としましょう。お風呂に入るなり、お酒を呑むなり、皆さんご随意に」
「ボクはさっそくお風呂に入ってきます。ノエルさん、あとで一緒に卓球やりません?ではのちほど!」

橘音は軽く右手を挙げると、自分と祈の客室へ戻った。
この旅館には旅館を出て三分ほどのところにある外湯と客室ごとに備え付けられた内風呂があり、橘音は内風呂に向かった。
何も性別バレの危険を冒して外湯に行かなくてもよいというわけである。
なお、この宿は妖怪専門の宿のため、ポチが風呂に入っても咎められることはない。――ポチが入りたいかは別として。
現在の時刻は午後四時。夕食までは、まだ時間がある。
宿の中には売店、卓球台など一通りのものは揃っているが、ゲームコーナーなど電気に依存するものはない。
電動マッサージチェアもない。マッサージ希望の客は大座頭が按摩をしてくれる。
宿の中を探検するのなら、湯治に来ているらしいオシラサマや一つ目入道、河童などといった化生とすれ違うだろう。
宿の外は森に囲まれており、散歩道などもないが、妖怪であれば散策も可能である。尤も、特に見るものはないが。

外湯は豪奢な温泉露天風呂で、男湯と女湯にわかれている。
広々とした湯は大型の化生でも楽々入れるほどで、源泉かけ流しの白く濁った湯が妖怪の身体に殊の外よく馴染む。
源泉は飲むこともでき、ケ枯れ寸前の妖も瞬く間に回復させることができるという。

そうして各々が自由に休暇を満喫していると、程なくして笑が夕食の用意ができたと伝えに来た。
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2017/06/22(木) 20:02:38.01ID:frvgivzC
夕食は客室で食べるのではなく、宴会場に用意されているのだという。橘音は他のメンバーを促すと、宴会場へ足を向けた。
なお、半狐面はそのままだが浴衣に着替えている。当初は乗り気でない様子であったが、毒喰らわば皿までの精神である。

宴会場は百人は収容できそうな大広間だった。たった五人の客には少々広すぎて、落ちつかない。
ただ、夕食は豪華である。贅を凝らした山海の珍味や旬の素材が惜しげもなく使われている。
特に、祈にとっては盆と正月とクリスマスと誕生日が一度に来たくらいのご馳走に違いない。
人型以外の妖怪の客に対する備えも万全らしく、ポチにも食べやすい料理が振舞われていた。

「ささ、尾弐の旦那さん。一献どうぞ」

笑が尾弐の傍らにやって来ては、酌を買って出る。水がいいのだろう、東京ではあまり呑めない類の澄んだ味わいの酒だ。

「お代わりもたくさんありますので、遠慮なく召し上がって下さいね」

極上の料理と酒に舌鼓を打っていると、しばらくして山彦たちが広間の上座に一人分の脇息と座布団を用意していった。
さらに、尾弐の傍で酌をしていた笑に何事か耳打ちしていく。笑は小さく頷いた。

「宴もたけなわですが、皆さま、ここで当旅館の主よりご挨拶が」

ほどなくして襖が開き、ひとりの妖怪が入ってくる。
見かけは渋茶色の着流しに羽織を纏った七十がらみの小柄な老人だが、後頭部が異常なほど大きい。
老人は上座に用意された座布団にどっかと胡坐をかくと、五人を値踏みするような眼差しで見た。

「当旅館の主、ぬらりひょんの富嶽でございます」

老人の代わりに、笑がその名を告げる。
ぬらりひょん。黄昏刻にいつの間にか民家に上がり込み、茶を啜って家人のように振舞うという妖怪である。
富嶽と呼ばれた老人は山彦に煙草盆を持って来させると、おもむろに煙管に火をつけた。
そして鋭い目つきでもう一度ブリーチャーズの面々を一瞥すると、

「飯を啖いながら聞け。用件はすぐ終わるからの」

と、ぶっきらぼうに言った。
それを聞いて、橘音が眉を顰める。

「まったく、急に呼び出して。今度はいったい何の用です?富嶽ジイ。あなたに呼ばれるとロクなことがないんだ……ねえ?クロオさん」

このぬらりひょん、妖怪の総大将と説明する文献もあるが、現在は妖怪のご意見番として一目置かれた存在になっている。
基本的に妖怪は自分たちの種族以外には興味がなく、お互いに不干渉を貫いている。
しかし、時としてそんな妖怪たちの間にも問題が発生することがある。その仲裁役がぬらりひょんだった。
妖狐族、鬼族、天狗族などの各種族が『国家』だとしたら、ぬらりひょんは『国連』のようなものであろうか。
そのぬらりひょんが東京ブリーチャーズを『呼び出した』というのだ。
つまり、今回の慰安旅行は橘音が慰労のために企図したものではなく、ぬらりひょんによる召集だったということになる。

「玉藻には話を通してあるわい。お主はツベコベ言わず、依頼をこなしておればええんぢゃ」
「その前に。……それが次の雪の女王か。儂には男に見えるんぢゃが」

ノエルを見て胡散臭そうな表情を浮かべる。

「御幸 乃恵瑠さんです。紛れもなく次代の雪の女王ですよ」

「男が女王とは世も末ぢゃな。あやつめ、何を考えておるのやら……。まあよいわ、それで?そっちが――」

「多甫 祈ちゃん。ボクの助手です」

「……颯(いぶき)の娘か、少し見ん間にでかくなったの。前に会ったときは……」

「富嶽ジイ、その話はちょっと……」

橘音が何か言いたげに話を遮ると、富嶽はポンと煙管で煙草盆を叩き、火を落とした。
0028那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/22(木) 20:03:33.03ID:frvgivzC
「おう、そうぢゃな。……で、後は……尾弐か。無沙汰だったの、相変わらず不摂生な生活をしとるようぢゃが」

富嶽は旧知の者に向ける懐かしそうな眼差しで尾弐を見た。
しかし、それもほんの僅かな間のこと。煙管に煙草を詰めて火をつけ直すと、

「ま……それはともかく。お主らに頼みたいこととは、他でもない」

そう告げて一筋の紫煙を吐いた。
襖が開き、山童が身の丈ほどもある巨大な台座付きの丸鏡を持ってくる。
ブリーチャーズの目の前に置かれたそれを、笑が柔らかな布で丁寧に拭く。
ピカピカに磨かれた鏡を富嶽が一瞥し、顎をしゃくると、その鏡面にたちまち何かが映し出された。

それは、どこにでもあるテレビのニュースだった。

《先日20日に埼玉県秩父市の山中で発見された野生動物について、日本哺乳類学会はニホンオオカミと見て間違いないとの見解を――》

そう。
先日、秩父の山中で発見された一頭の獣の話題によって、日本は今沸き立っている最中なのだった。
猪捕獲用の罠にかかっていたのを付近の農家の人間が発見したそれは、当初野生化した犬だと思われていた。
しかし、その後の調査によって犬との明かな違いが発見され、専門機関が精査した結果、ニホンオオカミと断定。
百年以上前に絶滅したと思われていたニホンオオカミ再発見の話題は瞬く間に全国に広がり、日本中を騒然とさせたのだった。

――あぁー……。

橘音は思わず声をあげたくなった。実際、胸中で悲嘆に暮れた。
探偵の常として、いつもアンテナを高くし情報収集に余念のない橘音である。当然その話題は耳にしていた。
が、知った上でメンバーには何も言わなかった。――特に、ポチには。
もしもその話をすれば、ポチは心穏やかでなくなるに違いない。なんとかして会いたいと思うのではなかろうか。
けれど、ニホンオオカミの話は東京ブリーチャーズの任務とは関係がない。場所は秩父の山奥、東京ですらないのだ。
東京ドミネーターズが暗躍している今、東京守護と関係のない仕事をするわけにはいかない。
そう思って、知らんぷりをしていたのだが――。

「これな。この狼を奪還し、こちらに寄越せ」

「無茶な!?耄碌が過ぎますよ、富嶽ジイ!?」

声を荒らげた。しかし富嶽は眉ひとつ動かさない。淡々と話を進めていく。

「あのままにはしておけんぢゃろ。人間のところにこれ以上置いといてみい、学術目的か何か知らんが身体を好きにいじくられ――」
「望まぬ交配を強要され、あげく死んだら剥製ぢゃ。そんな哀れなことがあるか?あれは、自然に還さなくてはならんのぢゃ」

「あのねえ。ボクは探偵ですよ?探偵は正義の味方なんだ。泥棒じゃない!どんな理由があるにせよ、盗み出すなんて……」

「盗めとは言っとらん。奪い返せと言っておる。自然の、大神の顕形を、あるべき場所に戻せ……とな。それが正義でなくてなんぢゃ?」

「……ぐ……」

口では大抵の者には負けない橘音だが、富嶽には太刀打ちできないらしい。ばつが悪そうに視線を逸らす。

「他の者は異論はあるか?……ま、あったところで聞き入れてなどやらんがの。文句がないのなら、これで話は仕舞いぢゃ」
「仕事の報酬は、お主らの目の前にあるそれぢゃ。ウチの飯はうまかったろう?明日も明後日も啖わせてやる、楽しみにしとれ」
「温泉にもたっぷり入れ。そしてじっくり英気を養ってから、狼奪還に励むんぢゃな」

どっこらしょと立ち上がると、ぬらりひょんの富嶽は長い後頭部を揺らしながら広間を出て行った。
富嶽が仕事を持ってくる時はいつもこうだ。気付いた時には依頼を断れる雰囲気ではなくなっている。
橘音も尾弐も、昔からそれで随分無茶な依頼を押し付けられた。それで死にそうな目に遭ったことも一度や二度ではない。
正直、この依頼を受けたくはなかった。
現在の情勢において、寄り道は東京ドミネーターズに致命的な遅れを取ることになりかねない。

――けれど。
0029那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/06/22(木) 20:04:13.21ID:frvgivzC
「笑さん、舟盛り追加してください。このエビしんじょもお代わり、お願いします」
「デザートは冷やしぜんざいで。あ、多めに用意しといてください。ボク、またお風呂に入ったら注文しますから」
「お酒も呑んじゃおっかなー!クロオさん、笑さんのお酌があると言っても一人酒じゃ味気ないでしょ?お付き合いしますよ!」

何を思ったか、橘音は一度溜息をつくと、それから猛然と飲み食いを始めた。

「ほらほら、ノエルさん!もっと何か食べたいものはないんですか?お刺身あと三人前くらい頼んでおけばいいですか?」
「祈ちゃんも!こんなご馳走食べたって、オババに自慢しておあげなさい。食べ盛りなんだから遠慮は無用ですよ!」
「笑さーん!ポチさんにもっとお肉!お肉じゃんじゃん持ってきてくださーい!」

どうせ富嶽の依頼は断れないのだ。迷い家での飲み食いが報酬だというのなら、少しでも豪遊しなければ損という発想である。
東京ブリーチャーズは東京を守護するために結成されたチーム。東京以外で何が起ころうと、それは任務の範囲外。
いくらチームのメンバーに関係のある事件が起こったと言っても、軽々に動くことはできない。
まして、チームリーダーである自分がその件を仲間に伝え、率先して行動するなどもってのほかだ。

けれど。

『自分より上位の妖怪の要請で、止むを得ず動く』のならば、話は別である。

ぬらりひょんからの呼び出しを受けた時点で、何らかの依頼を受けることになるという予測はついていた。
もっと言えば、その依頼の内容が現在日本中を騒がせているニホンオオカミに関することだろうということも。

――ボクは。心のどこかで、こうなることを望んでいたのかもしれませんね。

本当に知らないふりをし続けようと思うなら、そうすることだってできたのだ。
ポチに黙ってひとりで迷い家へ赴き、まるでポチとは接点のないメンバーを選び、秘密裏に依頼をこなして帰ってくる。
あとは、そ知らぬふりをして今まで通りポチと接する。そういう選択肢だってあったのだ。

しかし、橘音は敢えてこのメンバーを選び、彼らを伴ってこの場所を訪れた。
依頼をこなすのに適したメンバーでなく、チームの中で最も情に篤く正義感に溢れたこのメンバーを。
仲間の幸福を我がことのように願う、この面子を。

大きな丸鏡の中に、冷たい檻の中でうずくまる、一頭の白い狼の姿が映し出されている。
一世紀の時を経て発見された、滅びたはずの種。遠い昔に分かたれた、ポチの眷属。
時の流れに置き去りにされたポチを、もう一度家族に巡り合わせよう。

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「捕獲されたニホンオオカミは現在、上野の国立科学博物館にいるようですね」

食後の運動とばかりに卓球をした後、ラケットを団扇代わりにしてパタパタと扇ぎながら、召怪銘板で情報を検索する。

「都内なら随分動きやすい。さて、どうすれば捕われのお姫さまを救出できるのか――やれやれ、これは難題ですね」
「お姫さまを攫おうとする計画を阻止するのなら得意ですが、攫う計画を立てたことは今までありませんからね……」

百年ぶりに見つかった絶滅種である。そこに到達するまでには、幾重ものセキュリティを突破しなければならないだろう。
当然、正体がばれてもいけない。そうなれば言うまでもなく指名手配だ。東京で仕事ができなくなる。
誰にも気付かれず、悟られず。隠密裏にニホンオオカミを手に入れ、富嶽のところまで届ける――。
予想はしていたが、困難極まりないミッションだった。

「……でも。一旦依頼を受けた以上は、その達成率は100パーセント!それがこの狐面探偵の矜持というものです」
「何がなんでも会わせてあげますよ、ポチさん。あなたのお仲間に……ね」

ラケットを卓球台に置いて、踵を返す。

「卓球で汗をかいたんで、またお風呂に入ってきます。お風呂に入るといいアイデアが閃くんですよ」
「皆さんもゆっくりしてください。……少なくとも、人間たちに狼を殺す気はない。こちらも焦りは禁物です」
「ここでじっくり計画を練ってから、東京に帰り次第行動開始ということで」

ひらひらと右手を振ると、橘音はぺたぺたとスリッパの音を鳴らして廊下を歩いていった。
0030ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/06/26(月) 16:30:38.71ID:oBkvdaCH
「あーづーいー……」

7月半ばのある日の正午……ポチはビルの影が差す路地で横になりながら、喘いでいた。
ポチがいくら妖怪と言えども、狼犬には違いない。
夏の盛り、コンクリートジャングルに満ちる熱気。
毛皮に覆われ、発汗量の少ないイヌ科の彼にとっては、湯で釜の中にいるような気分だった。
……と、不意にポチの足元に円状の光が浮かび上がる。召怪銘板の結界だ。

「ん?……あっ!もしかしてお呼び出し!?いいよ!はやく!ねえはやくして!」

その事に気づいた途端、ポチは結界の上で急かすように飛び跳ねる。
なにせ事務所にはノエルがいるか、そうでなくともクーラーが効いているはず。
そして眩い光がポチを飲み込み……

「……うひゃー!すずしーい!」

適度な冷気に満たされた事務所の空気にはしゃぎつつ、ポチは橘音の脛を擦る。
たどたどしさや遠慮のない執拗な擦り寄り。
先日のクリスの件からそれなりに時間も経ち、ポチの中の狼はすっかり眠りに就いていた。

「うーん、まんぞく!で、きょうはどーいう用事でぼく呼ばれたの?またにおいを追っかけるの?」

自分以外に集まってるメンバーは祈、ノエル、尾弐。
また何か大変そうなお仕事かな、とポチは考えた。
そして橘音は集めた面々を見回すと、

>「唐突ですが皆さん、温泉に行きましょう」

言葉通り唐突に、なんの前置きもなくそう言った。
お仕事ではないのかも、と思っていたポチだが、その言葉はあまりにも予想から外れていた。

「……温泉、って……おふろ?……え、ホントにとーとつだね。どしたの?」

ぽかん、と数秒呆けて、ポチは困惑を隠し切れないまま尋ねる。

>「いわゆる慰安旅行ってやつですかね……皆さんにはいつも頑張ってもらっていますから」
 「たまには温泉にゆっくり浸かって、おいしいものを食べて。戦いの疲れを癒すのもいいでしょう」
 「ペットOKですからポチさんも行けますし、お湯が苦手なノエルさんのために水風呂の用意もあります」
 「ああ、旅費についてはご心配なく。全部ボクが持ちますから、皆さんは着替えなどだけ用意して頂ければ」

慰安旅行、それが橘音の回答だった。
しかし……ポチの鼻は、橘音から憂鬱のにおいを嗅ぎ取っていた。

>「宿はもう決まっています。……いわゆる秘湯というところで、鄙びていますがいい所ですよ」
 「温泉はもとより、料理もお酒も素晴しい。ボクとクロオさんは、何度か行ったことのある宿ですが――」
 「……ね?クロオさん。あそこですよ……あ・そ・こ」

話を振られた尾弐からも同様のにおいが漂う。
どうやら慰安旅行とは言っても、何か厄介な事情がありそうだとポチは察した。

「……温泉かぁ。ぼく、あついのは苦手だけど……おいしいごはんは大好きだよ!
 それにみんなでどこかに行くってだけですっごく楽しみ!」

……だがだとしても、ポチが橘音の要求を断る事はあり得ない。
純粋なすねこすりでも送り狼でもないポチだが……
彼が何者であったとしても、橘音達が良い仲間である事に変わりはないのだ。

>「では皆さん、当日をお楽しみに!」

「あっ、当日って事務所に来ればいいの?また呼んでもらうのもわるいし」
0031ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/06/26(月) 16:31:54.02ID:oBkvdaCH
……そして一週間後、ポチは東京駅にいた。
送り狼の血を引く彼は実体を持ちながら、しかし人々にその存在を認識される事はない。
なので早めに到着した彼は、普段近づく事のない駅の構内を歩き回っていたが……

「……ねえ橘音ちゃん。ぼく、あんな狭そうなカゴに入んなきゃだめなの?」

待ち合わせ場所にやってきた橘音を、ポチはじとりとした目で見つめながらそう言った。
帰省や旅行に際してペットを新幹線に持ち込む際は、ゲージの使用が必要になる。
哀れにもこじんまりとした篭に幽閉されたペット達を目にしてしまったのだろう。
……もっとも妖怪であり、乗客に気付かれもせず、噛みつきもしないポチが、ゲージに詰め込まれる理由はないのだが。
そんな事は彼には分かる訳もない。
故に、どうか勘弁して、と言いたげにポチは橘音の足に体を擦り付けるのだった。
……さておき、ゲージに入らなくてもいいと分かると、ポチは意気揚々と新幹線に乗り込む。
初めて乗る新幹線にポチは視線を忙しなく移動させている。
が、この時期の新幹線は乗客が多い。
この乗客に尻尾を踏まれそうになってからは、慌てて皆に続いて席に着いた。
そして新幹線が動き出す。窓の外の、溶けるように流れていく景色をポチは見ていた。

「うひゃー、めちゃくちゃはやいんだねえ、新幹線って。
 ぼくもそこそこ足ははやい方だと思ってたけど、こんなにはやくは走れないや。
 ……人間ってすごいなぁ。妖怪だいとーりょー?もやっつけられないのかな。新幹線ぶつけてさ」

ポチはしみじみとそう呟く。発想が突拍子もないのは今の彼の精神年齢故だろう。
……そしてそれから三時間余りの旅路を経て、ブリーチャーズ御一行は件の旅館に到着した。
車が停まりドアが開くと、ポチは真っ先に飛び出してそのまま周囲をがむしゃらに走り回る。
人に化けていないポチにとって、人が乗る為の構造をした車の中は恐ろしく窮屈だったらしい。

「あぁー……せまかったぁ!ねえ橘音ちゃん、温泉ってここ?もう着いたの?もう車乗らない?」

>「お疲れさまでした、皆さん。ここが今回の宿――迷い家(マヨヒガ)です」

「あ、着いたんだ!よかったー!よーくわかったよ、ぼく車だいっきらいだ。もうここから帰りたくないかも……」

そう言ってポチが見上げる宿は、古びているという点を除けば何の変哲もない旅館のようだった。
とは言え、行動範囲の殆どが市街地であるポチにとってはそれでも物珍しい建物だ。
車内で殆ど動けないまま二時間半が経った頃には冷え切っていたポチの気分もやや持ち直したようで、
つい先ほどまで完全に垂れ下がっていた尻尾はやや上を向き、小さく緩やかに揺れていた。

>「行きましょう。はー、早くお風呂入りたい……」

「お風呂かぁ。こんな暑いのによく入れるねぇ。
 あっ、ここってあちこちお散歩してもいいの?探検しても迷子になったりしないかなあ」

未知の匂いに鼻をくんくんと鳴らしながら玄関を潜ると、三つ指をついた着物の女性が待っていた。

>「いらっしゃいませ、お待ち申し上げておりました。東京ブリーチャーズの皆さま――」
 「本日は、当旅館へようこそおいで下さいました。当旅館の女将、倩兮女の笑(えみ)と申します」
>「笑さん、お久しぶりです。お世話になりますよ」
>「三ちゃんお久しぶり。すっかりお見限りで、寂しかったのよ?たまには顔を見せてくれても――」
 「色々取り込んでましてね。探偵は人気商売ですから、仕事があるうちに稼いでおかなくちゃ。それに、顔と言ったって仮面でしょ」
 「また、そんなつれないこと言って……」

「ふーん、笑さんも橘音ちゃんの素顔、知らないの?
 ……ねえ、ホントは知ってたりしない?寝てる時にこっそり外してみたりしてさ。
 まだやった事ない?……じゃあぼくがやっちゃおっかなーなんて」

>「……尾弐の旦那さんも、お久しぶりですね」

「げっ……じょーだん、今のじょーだんだからね、尾弐っち」
0032ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/06/26(月) 16:32:30.70ID:oBkvdaCH
>「積もる話は後ほど。まずはお部屋にご案内しましょう、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいな」

「えーと、ぼくこのまま上がっちゃっていいの?スリッパとか履けないけど……
 あ、それで足を拭くんだ。え?拭いてくれる?へえー、なんだかえらくなった気分」

一本ダタラが濡れた手拭いでポチの足を拭う。
爪の間まで入念に拭いてから、今度は乾いた手拭いで湿気を取る。
その丁寧な手つきは、悪い気はしなかったが、こういった事をされ慣れていないポチには少しくすぐったかった。

>「まずは当旅館自慢の温泉にお入りになって、旅の垢を落としてくださいな。お食事の支度が出来ましたら、お呼びいたします」
 「他に何かありましたら、何なりとお申し付けくださいね」
>「さあーて……じゃ、夕ごはんまでは各自自由行動としましょう。お風呂に入るなり、お酒を呑むなり、皆さんご随意に」
 「ボクはさっそくお風呂に入ってきます。ノエルさん、あとで一緒に卓球やりません?ではのちほど!」

そうして部屋に案内されると、橘音はすぐにそう言って客室備え付けの内風呂に消えていった。

「んー、じゃあぼくはお散歩行ってこよっかな」

人に変化していないポチは殆ど汗を掻かない。
毛皮を纏っている事も相まって、風呂に入ると体温が上がりすぎてしまう。
もちろん妖怪である彼はその程度の事で健康を害したりはしないが……それでも辛いものは辛い。
故に温泉は散歩の途中で立ち寄る程度にして、まずはこの迷い家の探検をしようと部屋を出ていった。

「うーん、いろんな妖怪がいるんだなぁ、ここ」

館内には様々な妖怪がいた。
かつては神と呼ばれていた化生から、人間の恐怖や錯覚から生じた妖怪まで。
それらを見ている内に、ポチは無意識の内に何かを探し回るように館内を歩き回っていた。

「……あれ?ぼく、なにを探してたんだっけ?」

もっとも自分が何を探しているのか、今の「ポチ」には自覚すらないが……。
思い出そうとしてもまるで心当たりすら浮かんでこない。

「……ま、いっか。そろそろご飯のにおいがしてきたし、かーえろっ」

結局、漂ってきた夕食の匂いに誘われて、ポチは考える事をやめて、その匂いを辿り歩き出した。
そして辿り着いたのは客室ではなく、宴会場。
橘音達も少し遅れてやってきて、食事が始まる。
ポチは当然、箸を持つ事は出来ない。
だが獣から生じた化生や、手足のない妖怪などいくらでもいる。
そういった客の為の饗し方も迷い家は心得ているようで、ポチには箸役が一人付いていた。
食べた事のないものばかりが目の前に運ばれてきて、ポチは次々にそれらを頬張っていく。

「……たいへんだぁ。ぼく、ホントにここから帰りたくなくなっちゃうよ」

それから暫くすると……山彦たちがもう一人分の席を用意して、出ていった。
そこが上座に相当する事をポチは知らない。

「あれ?誰かもう一人来るの?」

そう尋ねても答えはない。
どうしたのかな?と首を傾げていると……ふと、嗅いだ事のないにおいを感じた。
何かの妖怪の……吸い込むだけで圧迫感を覚えるようなにおいだった。
そうして襖が開き、一人の妖怪が入ってくる。

>「当旅館の主、ぬらりひょんの富嶽でございます」

ぬらりひょん……それがどういう妖怪なのか、ポチは知らない。
ただ、間違っても今、わー変な頭だとか、そんな軽口を叩いてはならない事だけは彼にも理解出来た。
0033ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/06/26(月) 16:33:26.11ID:oBkvdaCH
>「飯を啖いながら聞け。用件はすぐ終わるからの」
 「まったく、急に呼び出して。今度はいったい何の用です?富嶽ジイ。あなたに呼ばれるとロクなことがないんだ……ねえ?クロオさん」
 「玉藻には話を通してあるわい。お主はツベコベ言わず、依頼をこなしておればええんぢゃ」

いやな喋り方だなぁと思うものの、ここで口を挟めば困るのは橘音だと、ポチはなんとなく理解していた。

>「ま……それはともかく。お主らに頼みたいこととは、他でもない」

そして程なくして巨大な鏡が宴会場に運び込まれ、富嶽がそれを顎で示す。
鏡に映った虚像が歪み……全く別の像を結ぶ。

《先日20日に埼玉県秩父市の山中で発見された野生動物について、日本哺乳類学会はニホンオオカミと見て間違いないとの見解を――》

瞬間、ポチの体が膨れ上がる。
被毛はより強靭に、筋骨格も太く頑強に、牙は長く鋭く。
辛うじて首輪は千切れていないが、狼としての彼が表に現れる。
まだ食事の残った膳がひっくり返り、箸役の山彦が小さく悲鳴を上げる。
だがポチはその事に気づいてもいない。
橘音と富嶽が舌戦を交わしているが、それもまるで耳に届いていない。
ただ鏡に映し出された純白の狼を……食い入るように見つめていた。

>「他の者は異論はあるか?……ま、あったところで聞き入れてなどやらんがの。文句がないのなら、これで話は仕舞いぢゃ」
>「仕事の報酬は、お主らの目の前にあるそれぢゃ。ウチの飯はうまかったろう?明日も明後日も啖わせてやる、楽しみにしとれ」
>「温泉にもたっぷり入れ。そしてじっくり英気を養ってから、狼奪還に励むんぢゃな」

話が終わり、富嶽が宴会場を去る。
橘音は開き直ったと言わんばかりに豪遊を始めた。
一方でポチは暫くの間黙り込んでいたが……

>「笑さーん!ポチさんにもっとお肉!お肉じゃんじゃん持ってきてくださーい!」

「……うん、そうだね。沢山持ってきてよ。次のお仕事は……張り切っていかなきゃだからね。
 お箸も、もういいや。ありがとね」

ある時を境にそう呟くと、今度は一心不乱に、力を蓄えるかのように食事を貪り始めた。
0034ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/06/26(月) 16:37:39.18ID:oBkvdaCH
……そして宴が終わり、橘音達は食後の運動にと卓球場に向かった。
ラケットの持てないポチは当然卓球など出来ない。それでも橘音に付いていった。

>「捕獲されたニホンオオカミは現在、上野の国立科学博物館にいるようですね」

ポチの耳がぴくりと動く。

>「都内なら随分動きやすい。さて、どうすれば捕われのお姫さまを救出できるのか――やれやれ、これは難題ですね」
>「お姫さまを攫おうとする計画を阻止するのなら得意ですが、攫う計画を立てたことは今までありませんからね……」
>「……でも。一旦依頼を受けた以上は、その達成率は100パーセント!それがこの狐面探偵の矜持というものです」
>「何がなんでも会わせてあげますよ、ポチさん。あなたのお仲間に……ね」

「……うん、ありがと、橘音ちゃん。僕も……精一杯がんばるよ」

そう答えるポチの声音は、どこか心ここにあらず、といった調子だった。
いて欲しいと願っていた、だがいるはずがないと頭では理解し諦めていた、同胞が見つかった。
そして今冷たい鉄の檻に捕らわれているのだ。気もそぞろになるのも、無理はないが……。

>「卓球で汗をかいたんで、またお風呂に入ってきます。お風呂に入るといいアイデアが閃くんですよ」
>「皆さんもゆっくりしてください。……少なくとも、人間たちに狼を殺す気はない。こちらも焦りは禁物です」
>「ここでじっくり計画を練ってから、東京に帰り次第行動開始ということで」

「……僕は、またお散歩に行ってこようかな。僕もちょっと体を動かさないと、食べすぎちゃった」

そう言ってポチは卓球場を後にして……そのまま旅館の玄関へと向かった。
影に紛れ、姿を隠し……誰にも見られないように。
自分が何故こんな事をしているのか、その理由は、ポチにも分からなかった。
橘音の気遣いを無碍にしてまで……一匹で東京に戻る意味など、あるのか。
だがポチはいつだって理屈で動いてはいない。
時折、自分に嘘をつくことはあっても……彼はいつだって感情と衝動に従って動く。

ここから東京までの距離と方角は、旅の往路で概ね分かっている。
ポチの持久力なら一晩中だって走り続けられる。
良質な食事をたらふく食べて、体力は十二分。半日も走れば東京に戻れる。
ニホンオオカミの居場所は……鼻で分かるはず。
……自分にだって半分は、狼の血が流れている。きっと匂いだって似ているはずだ。
そして送り狼の自分なら、影に潜んでニホンオオカミの場所まで、誰にも気付かれずに辿り着ける……はず。
ポチはそう考えていた。それは計算と言うより、そうであってほしいという願望に近かった。

「……ねえ。僕のお友達に伝えてよ。ひと目見たら……ううん、一声だけ。
 ほんの少しだけ話しかけたら、帰ってくるからって」

受付にいた山彦に言伝を頼むと……ポチは旅館の外に出た。

【一足先に東京に帰ろうとしてみたり……まずかったら見咎めてちょーだい!】
0035御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/28(水) 00:42:08.63ID:LYTQa43S
雪女の里の御殿にて、雪の女王と乃恵瑠は対峙していた。

「何も言う必要はありません、貴方が何をしにきたのかは分かっています――
この罪深き女王を滅し一族が背負った呪いに終止符を。
そして過去の因縁から解き放たれた雪妖界の新たなる女王となるのです」

乃恵瑠は無言で雪の女王に歩み寄り、両腕を広げて抱き寄せる。
水妖の類に広く見られる死の抱擁――母を騙った罪深き女を胸の中で死なせてくれるとは、なんと慈悲深いのだろう。
雪の女王は静かに目を閉じ、その時を待った。
しかし齎されたのは死の安息ではなく――手放したはずの女王の力だった。

「なにを……?」

ここにきて乃恵瑠が口を開く。いつも通り落ち着いた声音ではあったが、微かに震えていた。

「自らの力を取り戻したゆえ返したまでだが。姉を失った妾に母まで失えとはなんという残酷な事を言うのだ」

「母などと呼ばれる資格はありません。私はあなた達姉妹を残酷な運命に陥れた諸悪の元凶――」

「そんなことは分かっている!」

様々な種族で、人間と共に生きようとする者と本来の在り方に固執し《妖壊》と化した者との争いが起こる中
雪の女王は、厳しい掟に縛られた閉鎖社会を作り上げることで永きに渡り雪妖界の安寧を守り続けた。
そのため、秩序を乱し閉鎖社会を壊す危険性があるとみなした者は雪ん娘のうちに、《妖壊》であるとして間引いてきた。
同族間の争いが起これば出るであろうより多くの犠牲を防ぐために。しかし、不自然に抑え込まれたエネルギーはいつか爆発する。
永遠の平和を願って行きついた、閉鎖的な統制社会。それは確かに平和ではあったがどこか歪んでいて。
蓄積された歪みは、ついにとてつもない魔物を生み出した。
間引かれてきた雪ん娘達の力と思念の集合体が、一人の雪ん娘に宿ったのだ。
成長すれば偽りの安寧を揺るがしかねないと見込まれて消されてきた者達の力が集まったそれは、とても純粋で苛烈なものだった。
自分達を間引いてきた雪の女王への憎しみ。その原因となった、本来の有り方を捨て人間社会に阿って生きようとする妖怪達への敵意。
更にはその発端となった、自然への畏敬を忘れそれを制圧する対象と考えるようになった人間達への怒り。
そのようなものに突き動かされる、厄災の魔物。
そんな力を宿して生まれたみゆきは、制御不能の雪害の権化、言わば生まれながらの《妖壊》であった。
雪の女王の力をもってしても、みゆきが宿した厄災の魔物を滅することは不可能。
そこで、女王はいったんみゆきから力を分離し、数百年の時をかけてみゆきを力を制御できる器として育てあげることとしたのだ。
みゆきの養育者であったクリスを犠牲として――
それでも甚大な被害が出たが、本来の持ち主であるみゆきが制御できないまま力を持っていたら、"あの程度"の被害では済まなかった。
いったん悍ましい厄災の力と分離され、無力で無害な少女となったみゆき。
そこから乃恵瑠やノエルといった人格が生まれ、紆余曲折を経て統合されるに至ったのが今のノエルというわけだ。
雪の女王はみゆきに出来うる限りの教育を施した。
乃恵瑠には人であらざる者として世界を読み解く知恵を、ノエルには人間界での経験を通して人の心を。
そしてつい先日、クリスとの決着をもって、器は完成した。

「あなたが死んで綺麗さっぱり解決なんて、そんな単純なものじゃない。これは……全ての精霊系妖怪がいずれ直面する業だ。
それにまだ貴方には女王の座にしがみついておいてもらわないと困る」

「乃恵瑠……?」

雪の女王がはっとして見ると、乃恵瑠の大きな瞳から大粒の涙がとめどなく零れおちていた。
乃恵瑠は泣く事が出来なかったはずだ。
0036御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/28(水) 00:45:15.34ID:LYTQa43S
「確かに……全部全部お前のせいだ!
だけど……どんな思惑があったとしても、お姉ちゃんと引き合わせてくれた人を、
何百年も可愛がってくれて、あんなにいい友達に巡りあわせてくれた人を、殺せるわけないじゃないか……!
それにこの力を持って生まれなかったら、この世界にこんなにも大きな愛があること、知る事が出来なかった……!」

ここにきて女王は、目の前にいるのが、乃恵瑠であって乃恵瑠ではないことに気付く。
自分の元で何百年過ごした乃恵瑠ではなく、東京に行く時に作られたノエルの人格が統合時のベースになっている。

「妾に済まないと思うなら! せいぜいずっと元気で女王の座にしがみついとくことだ!
妾はまだ東京で悪い友達と夜遊び三昧していたい! 今日はそれを言いに来たんだ!
止めても無駄だぞ! 妾は本当は親の言う事を良く聞くいい子なんかじゃなかったんだ!」

そう言って去っていこうとするノエルの背中が、強がっているように見えた。
ノエルは乃恵瑠よりも思っている事がずっと分かりやすいのであった。

「乃恵瑠! まだ言いたい事があるでしょう」

雪の女王はノエルに駆けより、後ろから抱きしめた。その体は不安に震えていた。
女王に抱きすくめられたノエルは、仲間達には言えぬ胸中をいともあっさりと吐露する。

「本当は怖い。こんな力をずっと制御していけるのかって……!
また壊れちゃったら、みんなのしてくれたこと全部無駄にしたらどうしようって……!」

ノエルは、夢の中に現れた自らの力と対峙し、一応の懐柔を果たした。
髪の長い乃恵瑠のような姿を取って現れたそれは、自らを「深雪」と名乗った。
それはその名の通り、全てを埋め尽くしあらゆる生命の息の根を止める深い雪の概念そのもの。
全開にすれば理性が吹き飛ぶほどの苛烈な力。一朝一夕で御しきれるものではない。

「あなたはもう大丈夫――厄災の魔物は、あなたのお姉さんが《漂白》してくれた。
それでも心配なら、今まで通り男の子の振りをしていなさい。力を本当に自分のものに出来たと思えるその時まで――」

雪は陰、女も陰であるからして、男装をしていれば理性が保てる程度に力にリミッターがかかるというわけだ。
女王がノエルを東京に送り出す際に性別までも変えたのは、自分の力を取り戻した後まで見越してのことであった。

「なんだ、それなら大丈夫。振りも何も僕は完璧なイケメンだからな。
実はあっちが本当の姿だったんだ! 雪山に来るとつい女装してしまうだけだ!」

ここでどさくさに紛れて謎のカミングアウトを敢行するノエル。
それを聞いた女王は安心したように微笑んで、生活上の注意をはじめたのだった。

「これから暑くなるから体に気を付けて。冷気を逃がさないようにちゃんとストール巻くのよ」

「うん、分かってる」

「人間の街にいるだけで消耗するんだから、霞ばっかり食ってちゃ駄目よ。
でもあんまり添加物の入った物は食べたら駄目」

「うん、うん」

「あんまり突拍子の無い事を言ってお狐様を困らせるんじゃないのよ。
それから――直射日光に当たらないように露出は控えて。どうしてもしたければ深夜にしなさい」

「人間界で露出したら逮捕されちゃうよ!?」

雪の女王、お前もか――! オチはやっぱり露出ネタであった。

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
0037御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/28(水) 00:49:01.15ID:LYTQa43S
名前:御幸 乃恵瑠(みゆき のえる)
外見年齢: 20代前半ぐらい…かな?(本人特に意識していないし周囲にもあまり意識させない雰囲気)
性別: ノエル
身長: 172
体重: 54ぐらい
スリーサイズ: 細身で均整がとれている
種族: 雪女(雪男に非ず)
職業: かき氷喫茶店店主
性格: ノエリスト なんだかんだでお人よし
長所: 明るく裏表が無い 仲間想い 橘音の任務は真面目に頑張る(が、往々にして頑張りが明後日の方向に行く)
短所: 迷言・奇行が目立ち常にふざけているように見える 
趣味: アイスを食べること もふもふしたものや可愛い物好き 実はゲーマー(だが下手糞)
能力: 氷雪・冷気の生成操作 氷で武器を生成しての近接戦闘(どっちかというと後衛アタッカー系)
容姿の特徴・風貌: 色白の肌 中性的な整った顔立ち
普段は黒目にセミショートの黒髪 アホ毛が立っていることがある
白基調の和パンク調の服に青いストール(服のコーデは日によって変わるがイメージは統一されている)
簡単なキャラ解説:
橘音の探偵事務所と同じ雑居ビルの1階でかき氷喫茶店「Snow White」を営む残念なイケメン。
趣味と実益を兼ねてイケメンの姿をしているが、時々美女や美少女の姿になったりもする。
その正体はかつて厄災の魔物として生を受けた次代の雪の女王で、男の姿を取ることによってヤバすぎる力にリミッターをかけているのだ。
元々は現在の雪の女王から橘音への依頼によって、橘音と同じ雑居ビルに入居することになりブリーチャーズに引き込まれたが、
橘音が依頼を達成し真相が発覚した後もそのまま居座ることとなった。
露出癖があってパンツと巨乳が好きだが、断じて変態ではない。
妖怪としての姿を現しても普段とあまり変化はないが、普段から白い肌が更に白くなり瞳が氷のようなブルー、髪は雪のような銀髪になる。
0038御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/28(水) 00:53:18.13ID:LYTQa43S
それから東京に戻ったノエルは、橘音にだけは事情を話し、これからも表向き男として扱ってほしいと頼んだ。
他のメンバーには秘密だ。特に尾弐には力の正体を知ったら今以上の余計な葛藤を背負わせかねない。
尤も、東京に来た後の姿の印象しかない他のメンバーは、放っておいても男扱い続行しそうなので特に問題は無いだろう。
そして、みゆきが妖壊化したのは全然全くきっちゃんのせいではないとも告げた。
みゆきは何もあの事件で妖壊化したわけではない、最初から《妖壊》として生を受けたのだから。
なぜ橘音にそれを告げたのかというと
きっちゃんに「君のせいじゃないよ」と伝えたい謎の衝動に駆られていてもたってもいられなくなり
見ているとなんとなくきっちゃんを思い出す橘音に伝えることでその衝動を処理したという形である。
狐だから思い出して当たり前と言ってしまえばそれまでなのだが。

そうして時間は少し流れ、この前桜が咲いていたと思いきや、何時の間にやら季節は夏になっていた。
雪妖なので当然体調は冬ほど良くは無く、外出時には日傘は欠かせないが、ノエルは夏が嫌いではない。
屋内では自力冷房することで冷房代を節約できる。
店には毎日たくさんの客が訪れるし、一年で一番鮮やかに色付く世界を見ていると訳も無くワクワクしてくる。
何より、雪山には無い四季の移り変わりが好きなのだった。

>「唐突ですが皆さん、温泉に行きましょう」

そのとおり唐突な橘音のこの言葉から、事は始まった。

「温泉……だと!? 裸になっても逮捕されない数少ない場所の一つじゃないか!」

思わずガタッと音を立てて立ち上がるノエル。
温泉といえば古来より、フラグが立っている二人が訪れるとオッスオッスソイヤソイヤもといキャッキャウフフなハプニングが続出するというジンクスがあり、
本人達が好むと好まざるとに拘わらずあーんなイベントやこーんなイベントが発生してしまうのだ!
ノエルは普通のお湯の風呂は苦手だが、水風呂もあるという。
普段は氷やアイスばっかり食べているが、自然の素材が生かされた料理は大好きだ。
しかし、橘音は慰安旅行と言っているがそれにしては何か妙だ。
仲間達の都合も聞かずに話を進め、しかも言いだしっぺの張本人が乗り気ではなさそうだ。
行先を聞いた尾弐までも橘音と同じようなオーラを出し始めた。

「ははーん、分かったぞ!
古い旅館にオバケが出るからってタダで泊めてやる代わりに除霊を頼まれたとかそんな感じだな!?
そんなの僕がぱぱっとやっつけてやる!」

雪妖以外の殆どの妖怪は何故か夏になると活動が活発になって、人を驚かしたりするものである。
今回もその類かと思ったノエルであった。
その手の夏になったら湧いてくる有象無象は大抵ブリーチャーズの手にかかれば蚊みたいなものだ。
橘音の気も知らず、楽しみで仕方がないノエルであった。

>「では皆さん、当日をお楽しみに!」

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

「じゃあ、店をよろしくね」

「いってらっしゃいませ、姫様」「お土産楽しみにしてます!」

それから瞬く間に1週間が経ち、玄関前で待ち合わせてた橘音と共に東京駅に向かう。
ノエルは、人間界に来てから雪山に帰省以外で遠出をするのは初めてである。
人間界に来てからまだ3年なので、休日は都内をうろついているだけで充分新鮮だったのだ。
留守中の店は、正体が発覚してからバイトに入るようになった従者達が快く引き受けてくれた。
右手で日傘をさし、左手に小さめのキャリーケースを引き、首からは新品の一眼レフカメラを下げている。
従者が荷作りをしましょうかと言ったのでお願いしたところ、「冷凍バナナはおやつに入るのか」を議題とした編集会議を繰り広げながら
一体どんな大旅行に行くんだというような大荷物を作りやがったので、却下して自分でやり直した。もちろんおやつは多めだ。
まずは東京駅から新幹線に乗って、新花巻駅へ。
0039御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/28(水) 00:59:11.84ID:LYTQa43S
>「うひゃー、めちゃくちゃはやいんだねえ、新幹線って。
 ぼくもそこそこ足ははやい方だと思ってたけど、こんなにはやくは走れないや。」

「最高時速270キロらしいよ。祈ちゃんの全速力より早いんじゃないかな?」

ノエルはポチと並んで窓の外の景色を見ている。
――座席の上に膝立ちになって窓に貼りつきながら。

>「……人間ってすごいなぁ。妖怪だいとーりょー?もやっつけられないのかな。新幹線ぶつけてさ」

「あははっ、そりゃいいや! どうやって線路の上におびき寄せるかが問題だけど!」

窓に貼りつくのを止められたら、今度はおやつを広げてはしゃぎはじめる事だろう。
次はレンタカーを借りて東へ。
バスには乗ったことがあるものの、普通の乗用車に乗るのは初めてだった。

「クロちゃん車運転できるの!? かっけー!」

東京都民の自家用車保有率は低い。そもそもノエルは免許を持っていない。
それ以前にこいつの場合、アクセルを踏んだ瞬間にバグって車だけすり抜けてどっかに突っ込んでいきそうなので危なっかしくて仕方がない。

「温泉街通り過ぎたけど大丈夫? 山奥に入ってきちゃったけどこんな場所に旅館なんてあるの?
あれ? カーナビの映像が乱れてる! 心霊現象だ―ッ!」

と騒いでいると、古びた旅館に到着した。

>「お疲れさまでした、皆さん。ここが今回の宿――迷い家(マヨヒガ)です」

化生の従業員たちが一行を手厚く出迎える。どうやらここは妖怪の妖怪による妖怪のための宿らしい。

>「ふーん、笑さんも橘音ちゃんの素顔、知らないの?
 ……ねえ、ホントは知ってたりしない?寝てる時にこっそり外してみたりしてさ。
 まだやった事ない?……じゃあぼくがやっちゃおっかなーなんて」

「やっちゃえやっちゃえ!」

と煽っていると、警戒されたのか、別の部屋に振り分けられた。

>「あ、部屋割はボクと祈ちゃんに、ノエルさんとクロオさんとポチさんってことで」

「あーっ! それ危なっかしい二人をクロちゃんに見張らせようっていう作戦でしょ!
それならクロちゃんと橘音くんが昔からの相棒同士水入らずってことで二人部屋になれば良くない!?」

とどさくさに紛れて公式の二人(※ノエルの脳内設定)を同室にもっていこうとするも、敢無くスルーされた。
どうやら橘音の中でこの部屋割りは既定事項らしい。
まさか性別混沌祭りのこのメンバーを強引に男部屋と女部屋に分けたつもりなのか!? 
否、橘音の公式設定が性別不詳である以上それは無理があるはずだ!

>「さあーて……じゃ、夕ごはんまでは各自自由行動としましょう。お風呂に入るなり、お酒を呑むなり、皆さんご随意に」
>「ボクはさっそくお風呂に入ってきます。ノエルさん、あとで一緒に卓球やりません?ではのちほど!」

「橘音くん、後でと言わずに一緒にお風呂に行こう!」

と付いて行こうとするも、当然追い払われた。変化が十八番の妖狐のくせにこの思わせぶりな態度は一体何なんだ。
美少女の姿で堂々と入ったところで「安心してください、変化ですよ」と言われてしまえばこちらは何も分からないのだ。
0040御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/28(水) 01:04:56.65ID:LYTQa43S
「ポチ君、暑がってたよね。一緒に水風呂行こう!」

>「んー、じゃあぼくはお散歩行ってこよっかな」

「祈ちゃん、クロちゃん、お風呂いこう」

ポチにも断られたノエルは、ナチュラルに二人を誘うのであった。
「裸だったら何が悪い」「(冬は)服なんて飾りです」を地で行くノエルは、風呂は通常男湯と女湯に分かれている物という認識が薄いのだった。
入れるのが水風呂限定のノエルは必然的に外風呂に行く事になるし、それ以前にノエリスト的に内風呂という選択肢はない。
しかし、いざ突入する段になって、実に人間界的な社会学的問題に直面することとなる。

「『その他』が無い……だと!?
妖怪の宿の癖に『男湯』『女湯』、以上!ってちょっと人間界ライズされ過ぎじゃないのか!?
性別がはっきりしてる妖怪なんて人型系と動物系ぐらいだろう!」

ノエルは自分の性別について深く考えないが、敢えて言うなら性別:ノエルとして認識しているため、二者択一を突きつけられると困るのであった。
しかし一瞬考えた後、人間界での戸籍(偽造)も男だし男湯に行っても変態にならないよな!と思い直す。
女装して女湯行けば巨乳妖怪見放題だが、ノエルは単なる趣味ではなく深い事情があってこの姿をしているのだ。(いや趣味も兼ねてるけど)
巨乳妖怪をおがみたいなんていうしょうもない理由で軽々しくリミッター解除したらいけないのだ。
変態が男湯に入っているシーンの描写を入れても何一つ楽しい要素が無いと思うのでカットカットはいカット。
ちなみにもし一緒に入ろうもんならソイヤソイヤな事態になるのではないかと警戒されていそうだが
ノエルはお湯が苦手なため、敢えて水風呂の方に近付かなければ何も起こりようがないので心配ご無用である。
お風呂から出たノエルは、探険がてら宿の中を一周したり、売店で買い物をしたりする。
今はシーズン的に羽振りが良いので、祈あたりが一緒に行けば何か買ってもらえることだろう。
売店で売っていた三尾の狐マスコット(もふもふ・可愛い)を手に取って数秒間見つめたあと思わずレジに持っていくノエルであった。
探険中にポチとすれ違って手を振るも、心ここにあらずといった感じで気付かずにどこかに行ってしまった。
まあそんなこともあるだろうとさして気にとめず、客室に戻ってくつろいでいると、笑が夕食の準備が出来たと呼びに来た。
案内されるままに付いていくと、100人は入れそうな宴会場に豪華絢爛な料理が並んでいた。

「うわー、すっげー!」

>「……たいへんだぁ。ぼく、ホントにここから帰りたくなくなっちゃうよ」

「本当に。もうずっとアイツらに留守番させとこうかな」

とポチに相づちを打ちつつ、目を輝かせながら冷たい料理中心に次々と口に運んでいくノエル。
基本霞食って生きている種族の割に、箸使いは意外と様になっている。
将来妖怪のトップ会談(?)に出席した時に困らないように乃恵瑠時代の教育メニューの一つに入っていたのかもしれない。

>「宴もたけなわですが、皆さま、ここで当旅館の主よりご挨拶が」
>「当旅館の主、ぬらりひょんの富嶽でございます」

慌てて口に入っていた物を飲みこみ、箸を止め、姿勢を正すノエル。
ぬらりひょんは妖怪ワールドではやんごとなき位置を占めていると昔教えられた覚えがあるのだ。

>「その前に。……それが次の雪の女王か。儂には男に見えるんぢゃが」

「男に見えますか? それなら良かったです!」

早速胡散臭そうな目を向けられるノエルだが、何故か安心したように喜んでいる。
この流れでは「あれ?王女様じゃん。そんな恰好してどうしたの?」となるのが割とよくある展開だが、
あれはいくら姿形を取り繕ったところで高レベルの妖精や妖怪はスピリチュアルな部分で正体を見抜いてくるということなのだ。多分。
そうならずに御意見番であるぬらりひょんにも男判定を貰えたということは、リミッターは完璧だということだ。
コトリバコにすら余裕で男判定されてたから当然と言えば当然だが、あの時とは違い人格が統合されたのでどうかな、と思っていたのである。
0041御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/28(水) 01:13:40.30ID:LYTQa43S
>「御幸 乃恵瑠さんです。紛れもなく次代の雪の女王ですよ」
>「男が女王とは世も末ぢゃな。あやつめ、何を考えておるのやら……。まあよいわ、それで?そっちが――」
>「多甫 祈ちゃん。ボクの助手です」
>「……颯(いぶき)の娘か、少し見ん間にでかくなったの。前に会ったときは……」
>「富嶽ジイ、その話はちょっと……」

颯、というのは祈の母親だろうか、妖怪である富嶽が知っているということは、颯と呼ばれた母親の方が妖怪、つまりターボババアの実の娘なのだろうか。
橘音が止めたということは、祈に知られてはいけない事情が何かあるのかもしれない、と思う。
富嶽は尾弐に軽く彼流の挨拶をすると、本題に入るのであった。

>「ま……それはともかく。お主らに頼みたいこととは、他でもない」

部屋に巨大な丸鏡が運び込まれた。
そういえばこの前従者達が綺麗な装飾の付いた鏡を見ていて、見せてもらおうとしたら慌てて隠されたがあれは何だったのだろうかとふと思う。
ともあれ、丸鏡に映し出されたのは、とあるテレビのニュースだった。

>《先日20日に埼玉県秩父市の山中で発見された野生動物について、日本哺乳類学会はニホンオオカミと見て間違いないとの見解を――》

その瞬間、ポチの様子が変わり、この前見せた狼の姿の片鱗を見せる。

「ポチ君……!? 落ち着いて!」

ポチの中で狼になりたい願望とすねこすりの性質が複雑にせめぎ合っている事など露知らぬノエルは、何も考えずにポチに抱き着いて撫で回す。

>「これな。この狼を奪還し、こちらに寄越せ」
>「無茶な!?耄碌が過ぎますよ、富嶽ジイ!?」

一方富嶽は橘音に無茶な依頼を持ちかけ、橘音は当初難色を示すも、なんだかんだで丸め込まれてしまった。

>「他の者は異論はあるか?……ま、あったところで聞き入れてなどやらんがの。文句がないのなら、これで話は仕舞いぢゃ」
>「仕事の報酬は、お主らの目の前にあるそれぢゃ。ウチの飯はうまかったろう?明日も明後日も啖わせてやる、楽しみにしとれ」
>「温泉にもたっぷり入れ。そしてじっくり英気を養ってから、狼奪還に励むんぢゃな」

大変な事になってしまった――そう思うと同時に。こっそりポチの耳元で囁いた。

「良かったね、お仲間に会えるよ」

どうせ依頼を受けざるを得ないのなら元は取らないと損とばかりに猛然と飲み食いを始める橘音に便乗し、心行くまで宴会を楽しむ。

>「お酒も呑んじゃおっかなー!クロオさん、笑さんのお酌があると言っても一人酒じゃ味気ないでしょ?お付き合いしますよ!」

「えっ、高校生がお酒飲んだら色々まずい気が……! 僕が付き合うよ!」

シラフで脱衣テンションのノエリストに飲酒させるのは色んな意味で危険だということで速攻で止められること請け合いである。
ちなみに橘音は人間界での設定年齢が高校生というだけであって実年齢はウン百歳なので全く問題は無い。

>「ほらほら、ノエルさん!もっと何か食べたいものはないんですか?お刺身あと三人前くらい頼んでおけばいいですか?」

「いいねえ! ところで女体盛りならぬ雪女体盛りってどうだろう! 見た目が楽しいのみならず刺身が冷たいまま楽しめて一石二鳥!
……あっ、でも自分に並べても自分が食べれないじゃん!」※シラフです

>「……うん、そうだね。沢山持ってきてよ。次のお仕事は……張り切っていかなきゃだからね。
 お箸も、もういいや。ありがとね」

「えっ、ポチ君ちょっと食べすぎじゃない!? 大丈夫!?」

そんなこんなで宴は終わり――

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
0042御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/06/28(水) 01:22:36.31ID:LYTQa43S
卓球をした後、情報検索する橘音。
ちなみにノエルが下手糞であちこちに卓球の球を飛ばすので、橘音は狐らしく走り回る羽目になってしまった。

>「捕獲されたニホンオオカミは現在、上野の国立科学博物館にいるようですね」

「上野!? なんだ、都内じゃん!」

>「卓球で汗をかいたんで、またお風呂に入ってきます。お風呂に入るといいアイデアが閃くんですよ」
>「皆さんもゆっくりしてください。……少なくとも、人間たちに狼を殺す気はない。こちらも焦りは禁物です」
>「ここでじっくり計画を練ってから、東京に帰り次第行動開始ということで」

橘音がお風呂に行くと告げて出ていくやいなや、ノエルはニヤリと笑って待ってましたとばかりに動き出す。
温泉に来たからには誰かが覗きイベントを発生させねばなるまいという謎の使命感に突き動かされ、今無謀な挑戦に打って出る!
キツネ仮面め、今日こそ顔を見てやるぜ――! 
流石にお風呂に入る時は仮面を外しているだろう。もし裸で仮面だけ付けていたらそれはそれで大変な変態的絵面である。
それとも意表を突いてモフモフな三尾の狐の姿になっているのか!?
ツルッパゲの恩返しを見るに、妖怪的には裸よりも原型の方が見られたらヤバいのかもしれない!
先程の自由時間中に、ただ敷地内を徘徊しているだけと見せかけて入念に下調べを行った。
内風呂と聞いて一瞬諦めかけたが、実はここの内風呂は露天風呂。つまり超頑張れば外から見える可能性が微粒子レベルで存在する――!
そこで目を付けたのが玄関を出て割とすぐのところにある高い木。双眼鏡で覗けばなんとか見えるかもしれない!
無駄に窓からひらりと飛び降りてショートカット経路を使い、目標の木に登る。
妖怪の身体能力をもってすれば朝飯前だが、こういう時は見えそうで見えないのがお約束である。今回もその例に漏れなかったようで。

「うおおおおおおおおお! 見えねぇえええええええええ!!」

ふと視線を斜め下に降ろすと、走ってくる白黒の犬が見えた。
ポチ君に似てるなあ……ってポチ君じゃん! お散歩なら言ってくれれば一緒に行くのに! と一瞬思った後。
ポチの昼間からの言動のそれ単体では取るに足りない違和感が線となって繋がり、彼が脱走を敢行しようとしている事を直感する。
駄目だ駄目だ、まずあんな離れた場所まで辿り着ける保証が無い。
自分など東京に来たばかりの頃に新宿駅という名の不思議のダンジョンで迷って暫く出てこられなかったのだ。
狼だから方向感覚には優れているとしても、途中で消耗して一人のところを敵に襲われでもしたら。
首尾よく辿り着いたとして、下手に侵入して警備が厳しくなってしまったら。作戦の成功が益々難しくなる。
ポチが仲間に会うという夢の実現が遠のいてしまう。
ノエルは枝の上に立ち、月光を背に宣言した。

「ふっははははははは! 甘い! 甘いぞワンコロ! そんな事だろうと思ってここで待ち伏せしておいたのさ!」

もちろん真っ赤な大嘘である。

「ポチ君! 車に乗りたくないからってそりゃないよ! 勝手にどっか行っちゃだめだって言ったのはどこのどいつだ!
急いては事をし損じるってなあ! 大丈夫、橘音くんの依頼成功率は100%! 橘音くんはいつだって不可能を可能に――」

と意気揚々と口上をしている最中に、バキィっと音を立てて立っている枝が折れた。
そうすると、必然的に齎されるのは――重力による自由落下だ!

「あぎゃあああああああああああああああああ!!」

――奇声を発しながら空から変態が降ってくる!
さて、送り狼という妖怪は、目の前で人が転ぶと色々面白い事が起こるらしいが、果たして落下は転ぶの内に含まれるのか。
そもそもこの切迫した状況で、果たしてこんな変態が眼中に入っているのか。
ポチがそのまま走り去って脱走に成功したとしても、思い留まるかもしくは運悪くジャストヒットして物理的に阻止されたとしても
これだけ大騒ぎすれば他のメンバーが騒ぎに気付くのも時間の問題だろう。
尚、物理法則を無視した動きが度々目撃されているノエルのこと、放置してそのまま落下したとしても
大した怪我はせず、水風呂にでも放り込んでおけば即完治するのでその点は何も心配する必要は無い。
0043尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/03(月) 01:04:19.43ID:drcmUgle
「……温泉って、シーズン間違ってねぇか?」

夏。煌々と輝く太陽がアスファルトと肌を焼き、セミの合唱が精神に焼き付けられるこの季節。
呼び出された那須野の事務所で、折角だから全員の昼食兼酒のつまみ用にアスパラの肉巻きでも作ろうかと考えていた尾弐は、
開口一番放たれた那須野の慰安旅行の提案が余りに予想外であった為、とっさに妙な突っ込みを入れる事となってしまっていた。

普段であれば、その台詞に対して夏の温泉が有りか無しかで二、三の問答が起きそうなものであるが……
この日の那須野はそんな尾弐の言葉を受け流し、まるで旅行代理店の営業マンであるかの様に、
目的地である慰安旅行先のセールストークを繰り広げていく

(まあ、確かにここ最近はヤバい橋ばっかり渡ってたからな……こいつらにも休んで欲しいとは思ってたがよ)

慰安旅行。それ自体は尾弐も反対する事は無い。
東京ブリーチャーズの結成目的がどうであれ、それを構成する面々は兵士でも戦闘狂でもないのだ。
身体ではない、心の休息を取る必要がある事は、尾弐にも理解できる。
けれど、尾弐の中でどうにも引っかかるのが、眼前でプレゼンテーションをしている那須野の態度だ。

(おかしい――――那須野の奴にしちゃあ、モチベーションが低すぎる。こうなってくると、嫌な予感しかしねぇんだが)

>「……温泉かぁ。ぼく、あついのは苦手だけど……おいしいごはんは大好きだよ!
 それにみんなでどこかに行くってだけですっごく楽しみ!」
>「温泉……だと!? 裸になっても逮捕されない数少ない場所の一つじゃないか!」

温泉旅行を前にして純粋に喜びを見せるポチ達と、純粋じゃない喜びを見せるノエルに対して、
尾弐の中での疑念は深まり……そして、次いで那須野が放った言葉により、その疑念は確信に変わる事となった。

>「温泉はもとより、料理もお酒も素晴しい。ボクとクロオさんは、何度か行ったことのある宿ですが――」
>「……ね?クロオさん。あそこですよ……あ・そ・こ」

「おい、待て大将。あそこってのはまさか、『あの』宿じゃねぇよな?」

若干、口端を引き攣らせつつそう尋ねる尾弐の脳裏に浮かぶのは、とある優美な宿と一体の妖怪の姿。
違ってほしいと願いつつ放たれた質問への答えは……スルーという明確なものであった。

>「では皆さん、当日をお楽しみに!」
「お前さん、何を好き好んで……って、好き好んでる訳でもねぇのか」

そのまま、流れる様に日程を告げる那須野に対し、尾弐は自身の額に右手を置いて小さく嘆息する。

>「ははーん、分かったぞ!
>古い旅館にオバケが出るからってタダで泊めてやる代わりに除霊を頼まれたとかそんな感じだな!?
>そんなの僕がぱぱっとやっつけてやる!」

「……パッとやっちまえる相手ならまだ良いんだがなぁ」

そうして、まだ目的地である宿の詳細を知らないノエルの言葉に諦めたように答えつつ、
せめて腹ごなしして気持ちを紛らわせようと、尾弐はアスパラにベーコンを巻く作業に入るのであった――――
0044尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/03(月) 01:05:03.42ID:drcmUgle
・・・・

それから一週間後。
東京駅から新幹線へ乗り、更に下車した新花巻駅から尾弐がレンタカーを運転して3時間。

>「お疲れさまでした、皆さん。ここが今回の宿――迷い家(マヨヒガ)です」

一行は、ようやく目的地である旅館へと辿り着いたのであった。

……尚、道中の新幹線でポチが乗客に踏まれそうになった為、尾弐が咳払いを行った所、周囲の乗客がヤ○ザであると勘違いして、車内でドーナツ化現象が発生したり、
レンタカーショップで借りた大型車が黒のハ○エースであったせいか、道中の峠道で絡んで来た地元の暴走族が窓越しに尾弐の姿を見てヤ○ザと勘違いし、
法定速度まで急減速したりしたが、それについては割愛する。

更に余談であるが、尾弐は仕事上、霊柩車に病院から故人を運ぶ車、大型バス等を運用する必要があり、
その為に必要なので大型二種の運転免許を持っているので、無免許運転では無い事もここで説明しておく。一応。


さて、目的地である秘境の宿……遠野物語にも記述されている彼のマヨイガへと辿り着いた尾弐達。
彼等が玄関を潜り、上がり框の前まで歩みを進めると、落ち着いた藍色の着物を身にまとう一人の女性が、
丁寧に三つ指を付き出迎えてくれた。

>「本日は、当旅館へようこそおいで下さいました。当旅館の女将、倩兮女の笑(えみ)と申します」

一人……といっても、当然の事ながら人間ではない。
その女は、倩兮女(けらけらおんな)という妖怪であり……そして、尾弐の知己でもあった。

>「……尾弐の旦那さんも、お久しぶりですね」
「……ああ。悪ぃがまたちっとの間だけ厄介になるぜ、エミ」

向けられる笑顔に対して、何処かバツが悪そうに視線を逸らした尾弐は、横で那須野の素顔を見る事に
情熱を燃やし始めそうなノエルの頭とポチの背中に、車内から持ち出してきたそれぞれの荷物を軽く載せて、自制を促す。

>「やっちゃえやっちゃえ!」
>「げっ……じょーだん、今のじょーだんだからね、尾弐っち」

「色男。お前さんポチ介より本能に忠実とか、人型妖怪としてどうなんだ、それ……」

そして、その動作でも止まりそうになかったノエルに対し、ある種の畏怖を覚えるのであった。


>「さあーて……じゃ、夕ごはんまでは各自自由行動としましょう。お風呂に入るなり、お酒を呑むなり、皆さんご随意に」
>「ボクはさっそくお風呂に入ってきます。ノエルさん、あとで一緒に卓球やりません?ではのちほど!」

そうして暫くの騒動の後、客間に荷物を置いてから、東京ブリーチャーズの面々は自由時間を迎える事と相成った。
特に目的も無い尾弐は、とりあえず部屋で酒でも飲んでいようかと何とはなしに考えていたのだが……

> 「祈ちゃん、クロちゃん、お風呂いこう」
「……そうだな、色男が何かやらかさねぇか心配だから、風呂で熱燗でも飲むか。
 祈の嬢ちゃん。色男は俺が見張っとくから安心して風呂入っていいぞ」

ノエルの風呂に入らないかという言葉に言い知れぬ危機感を感じたのだろう。念の為それに付き合う事にした。
0045尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/03(月) 01:06:35.53ID:drcmUgle
―――――

男湯用の暖簾を潜った尾弐は、脱衣所で黒ネクタイを緩め、喪服を脱ぎ、白シャツのボタンを緩めて籠へと投げ入れていく。
衣服を取り払い肌を露わにした尾弐の体は、服の上から想像出来る以上に筋肉が付いており、
ギリシアの英雄の彫像の様に引き締まり隆起したそれは、見た者にそこに秘められた獰猛な暴力を感じさせる事だろう。
ただし、その肉体が彫像と明確に異なるのは……腕、両腿、腹、背中。他にも全身に大小無数の傷跡が刻まれている点だ。
その殆どが古傷であり、現在は完治しているのであるが……妖怪と言う概念的存在の中において、
『古傷』といった人間的なファクターは、見る者が見ればどこか違和感を感じるに違いない。
ただ、当の本人はそんな事を気にする様子も無く、喪服のズボンを脱ぎ、最後の一枚となっ

――――――
  省略
――――――


>「ささ、尾弐の旦那さん。一献どうぞ」
「おう、あんがとよ」

露天風呂から上がり、指定された宴会場へと向かった尾弐は、豪華絢爛な料理の数々を前にして、
倩兮女が差し出した徳利の中の酒を御猪口で受け、そのままグイと喉に流し込む。

……珍しい事であるが、今の尾弐の服装は何時もの喪服ではなかった。
いや、喪服は喪服であるのだが……和装なのである。
紋付の黒羽織に、黒の半襟、そして来い灰色の袴。
どうも、旅館と言う場所を訪れるに当たって、尾弐なりに気を使って持ってきたらしい。
気を使って何故その服装なのか、とその姿を見た者は思うだろうが、
かつて知人へのお祝いごとに花輪を送ろうとした頃に比べればこれでも格段にマシにはなっているのだ。
最も……和服を羽織り美女(妖怪)に御酌をさせている姿は、事情を知らない人が見ればヤ○ザの頭目にしか見えないので
センスとしては却って悪化したとも考えられるのだが。

>「……たいへんだぁ。ぼく、ホントにここから帰りたくなくなっちゃうよ」
>「本当に。もうずっとアイツらに留守番させとこうかな」

さて、そうして飲んで食べて宴も闌。面々が腹も心も満たされて来た時を見計らったかの様に――――その妖怪は現れた。

>「当旅館の主、ぬらりひょんの富嶽でございます」
>「飯を啖いながら聞け。用件はすぐ終わるからの」

長い後頭部と鋭い目を持つ、小柄な老人……しかしその実は、妖怪の総大将とも称される、ぬらりひょん。
鳥山何某という画家の絵にも描かれ、人間社会においても名を知られた、大妖怪である。

>「まったく、急に呼び出して。今度はいったい何の用です?富嶽ジイ。あなたに呼ばれるとロクなことがないんだ……ねえ?クロオさん」
「……昔、御老体に頼まれて荷物を届けに行った村が巨大な頭のバケモンの巣になってた時は、流石に恨んだぜ」

だが、そんな妖怪の大御所を前にしているにも関わらず、尾弐と那須野の言動には驚く程に敬意という物が感じられない。
それは恐らく、幾度に渡り積み重ねられてきた無茶振りが齎した産物なのだろう。
ただ、当のぬらりひょんの側も二人の態度に特に不快感を見せていない辺り、出会った当初から割とこんな感じであったのかもしれない。

>「おう、そうぢゃな。……で、後は……尾弐か。無沙汰だったの、相変わらず不摂生な生活をしとるようぢゃが」
「御老体の方は壮健そうで何よりだ……生活に関しちゃ、飯食って酒飲める分だけ昔に比べりゃ健康的だろ?」

そうして、各々を眺め見て声をかけていたぬらりひょんであったが、尾弐へと話しかけた事で雑事は終わりとでも言う様に要件を切りだしてきた。
0046尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/03(月) 01:07:05.38ID:drcmUgle
《先日20日に埼玉県秩父市の山中で発見された野生動物について、日本哺乳類学会はニホンオオカミと見て間違いないとの見解を――》
>「これな。この狼を奪還し、こちらに寄越せ」
>「無茶な!?耄碌が過ぎますよ、富嶽ジイ!?」

ぬらりひょんから言い渡されたのは、巨大な丸鏡に映し出された、昨今発見されたニホンオオカミの捕獲依頼。
精々、悪質な野良妖怪の駆除辺りであろうと高を括っていた尾弐は、話の大きさに驚き飲んでいた酒が気管支に入り咽せてしまい、
那須野の様にとっさに言葉を返す事が出来なかった。
そうしてその間に、ぬらりひょんはその弁舌で着実に那須野を言いくるめ、とうとうグゥの音も出ない程に良い負かしてしまう。

>「他の者は異論はあるか?……ま、あったところで聞き入れてなどやらんがの。文句がないのなら、これで話は仕舞いぢゃ」
「ゲホッ、ゲホッ……まあ大将が納得したなら、今回は文句は無ぇがな。あんまし『ウチ』への負担を増やしてくれるなよ、御老体……」

そのタイミングで、ようやく呼吸を整える事が叶った尾弐であるが、どうやら那須野は依頼を断る事をせず、
ぬらりひょんの方も異論や反論を受け付けるつもりはないらしい。宴会場から立ち去って行った。
尾弐はため息を一つ吐くと、ノエルと……先に話の最中で巨大化しかけたポチへと視線を向ける。
ノエルの方は至っていつも通りであるが、ポチの方はやはりというべきか大分に心が乱れている様だ。

(無理もねぇか……半ば会えねぇと思ってた存在が、降って沸いたんだ。そりゃあ、そうなるよな)

言葉の一つでも掛けようかと考えた尾弐であったが、同時に今のポチに自身の言葉は届かないだろうと思い口を噤む。
そうしてそのまま、宴会場には暫しの沈黙流れたが……

>「お酒も呑んじゃおっかなー!クロオさん、笑さんのお酌があると言っても一人酒じゃ味気ないでしょ?お付き合いしますよ!」 「お酒も呑んじゃおっかなー!クロオさん、笑さんのお酌があると言っても一人酒じゃ味気ないでしょ?お付き合いしますよ!」
「お、おう……?」

唐突に放たれた那須野の明るい声が、沈黙を打ち破った。
突然の事に面を喰らった尾弐は間の抜けた声で返事をすると、同じく戸惑った様子の笑と視線を合わせ
とりあえず彼女に半分以上中身の残った冷酒の瓶を渡し、那須野の所へ持って行って貰う事にした。

>「ほらほら、ノエルさん!もっと何か食べたいものはないんですか?お刺身あと三人前くらい頼んでおけばいいですか?」
>「えっ、高校生がお酒飲んだら色々まずい気が……! 僕が付き合うよ!」

「やめろ、色男と祈の嬢ちゃんは麦茶かジュースにしとけ」

その後も那須野の何時にないハイテンションは続き、ノエルから酒瓶を取り上げながらその様子を見ていた尾弐は、
那須野の浮かべる笑顔を見て、ふと……本当に唐突に彼の探偵の真意に気付く事が出来た。

(――――ああ、なんだ那須野。お前さん、ポチの為に何かをしてやりたかったのを我慢してたのか)

水臭いと思うと同時に、昔から妙な所で頑固な奴だから仕方ない、とも思う。
倩兮女の浮かべる本職の笑みと、狐面の探偵の浮かべる何かが吹っ切れたかの様な笑みを肴に、尾弐は御猪口の中の酒を喉の奥に流し込んだ。

―――――――――――
0047尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/03(月) 01:09:15.48ID:drcmUgle
さて、その後。宴も終わり、腹ごなしとばかりに卓球台の周りに集まっていた面々は、
今後の方針について情報を集め計画を立てていく。

>「捕獲されたニホンオオカミは現在、上野の国立科学博物館にいるようですね」
>「上野!? なんだ、都内じゃん!」
「普通に都内だな。あの御老体、メールと電話って概念は持ってる筈なんだが……」

東京都内での依頼をわざわざ県外まで呼びつけて行う事の不毛さに、頭を掻く尾弐。
そんな尾弐を尻目に、那須野はポチへと力強い激励の言葉を投げかけている。

>「……でも。一旦依頼を受けた以上は、その達成率は100パーセント!それがこの狐面探偵の矜持というものです」
>「……僕は、またお散歩に行ってこようかな。僕もちょっと体を動かさないと、食べすぎちゃった」

だが……言葉を受けたポチの様子が芳しくない。
心ここに非ずという言葉通り、那須野の言葉を聞いているが、どこか届いていない様に感じられる。
尾弐は、ポチに大丈夫か声を掛けようとするが……その前に彼は『散歩』へと出かけてしまった。
腕を組み、その背を見送った尾弐は、近くに居た祈に声を掛ける。

「祈の嬢ちゃん……悪ぃがポチ介の事を何時もよりちっと気にかけといてくれねぇか。
 今の奴さん、糸の切れた凧みてぇにどっか飛んでっちまいそうな雰囲気だったからな」

それは本当に、何となくの提案であった。確信があった訳でもない。
ただ、何となく――――ポチの背中を見ていたらそんな気がしたので、糸が切れた凧にも追いつけそうな祈に、そう頼んだのである。



さて、卓球を終えて直ぐに部屋に戻った尾弐は、窓の傍の椅子に腰掛けて焼酎をチビチビと飲んでいたのだが

>「あぎゃあああああああああああああああああ!!」

静謐な森に突如として響いた汚い高音の悲鳴に、再度咽る事となる。
咳き込みながらも窓の外を見て見れば、そこには……折れた枝と、地面に倒れるノエルの姿。
それを確認した尾弐は

「――――なんだ、いつものノエルか」

そう言って窓を閉めた。
さしもの尾弐も、まさかポチが脱走を企てているとは思いも寄らず、
またノエルが妙な行動を取るのは何時もの事であるので、異常事態である事に気が付けなかったのだ。

「仕方ねぇ、薬でも持って行ってやるか」

そうして尾弐は部屋の薬箱を雑に掴むと、ノエルが居るであろう場所へ向けて歩を進める。
それは、ポチの脱走を防ぐ為には余りに遅い速度であった……
0049多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/06(木) 22:43:19.90ID:L3JoMiYy
 七月半ば。夏のある日のことだった。
>「唐突ですが皆さん、温泉に行きましょう」
 ポチ、ノエル、尾弐、祈の4名は橘音によって事務所に集められ、
蝉の声が響く中、唐突にそんな言葉を聞かされたのだった。
 それに対する反応は様々だ。
>「温泉……だと!? 裸になっても逮捕されない数少ない場所の一つじゃないか!」
 温泉という場を独特に捉え、そこに喜びを見出す者。
>「……温泉、って……おふろ?……え、ホントにとーとつだね。どしたの?」
 その唐突な言動に困惑する者。
>「……温泉って、シーズン間違ってねぇか?」
 四季の中でも最も暑い季節に温泉に向かうということに対し、真っ当なツッコミを入れる者。
「おん……せん?」
 そして、言葉の意味を瞬時に理解できなかった者。
祈であった。何せ祈にとっては縁遠い言葉であるから、
オンセンという新しい飲食店でもできたから皆で行こう、というような話かと一瞬思ったのであるが、
裸になれる、お風呂、シーズンが違う、それらの言葉を繋ぎ合わせてようやく察した。
「おんせんって……あの温泉!?」
 効能があって入ると体に良くて、しかもとても気持ちが良いという、
あの噂の温泉なのかと、祈は掛けていたソファから腰を浮かせた。
>「いわゆる慰安旅行ってやつですかね……皆さんにはいつも頑張ってもらっていますから」
>「たまには温泉にゆっくり浸かって、おいしいものを食べて。戦いの疲れを癒すのもいいでしょう」
>「ペットOKですからポチさんも行けますし、お湯が苦手なノエルさんのために水風呂の用意もあります」
>「ああ、旅費についてはご心配なく。全部ボクが持ちますから、皆さんは着替えなどだけ用意して頂ければ」
 温泉旅行と聞いて気になるのは当然旅費だ。
特にそれほど裕福でない多甫家にとっては死活に繋がる問題であるのだが、それは橘音が負担してくれると言う。
でもあたしお金全然ないよ、などと言いだして諦める寸前だった祈の気持ちはここで一気に温泉に傾き、
祈は目を輝かせた。温泉旅行に行けるという喜びや期待が祈の頭を占め、
橘音の醸し出す、実はちょっと乗り気じゃないオーラにすら気付かない。
「旅費全部橘音持ち!? て、ていうかホントにいいの!? マジで着替えだけでいいの!? ぃやったー!」
 ソファに座り直し、祈は諸手を挙げて喜んで見せた。
>「宿はもう決まっています。……いわゆる秘湯というところで、鄙びていますがいい所ですよ」
>「温泉はもとより、料理もお酒も素晴しい。ボクとクロオさんは、何度か行ったことのある宿ですが――」
>「……ね?クロオさん。あそこですよ……あ・そ・こ」
 秘湯。鄙びた趣のある宿。料理もおいしい。その言葉で俄然期待が高まる。
夏場に行く場所じゃなくてもいい。一度行ってみたかった温泉旅行に行ける。
しかもそれを仲間と共有できるのは正直、嬉しかった。
>「おい、待て大将。あそこってのはまさか、『あの』宿じゃねぇよな?」
 尾弐はその宿で過去に何かあったのか、なんだか難色を示しているが、
>「……温泉かぁ。ぼく、あついのは苦手だけど……おいしいごはんは大好きだよ!
> それにみんなでどこかに行くってだけですっごく楽しみ!」
 ポチは祈と同じ気持ちのようで、それもまた少し嬉しく感じた。
>「では皆さん、当日をお楽しみに!」
 集まったブリーチャーズ全員に有無を言わさず参加の約束を取り付けると、
そう言って橘音は話を締めた。
 そうして、一週間後。祈は夏休みを迎え、仲間と共に旅行に出かけることになったのだった。
――ちなみに尾弐の作ったアスパラの肉巻きはそこに集まったブリーチャーズで美味しく頂きました。
0050多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/06(木) 22:48:12.92ID:L3JoMiYy
 旅行当日。ブリーチャーズは東京駅に集合していた。
メンバーの格好は旅行用のショルダーバッグを持っていたり、
キャリーケースを引いていたりと、普段と少々異なっており、
祈もまた、左肩に切れ込みの入った白のダメージTシャツにホットパンツと言う涼しげな格好に、
新調したスニーカーと、着替えなどを詰めた大きめのスポーツバッグを背負った、いつもと違う姿で現れた。
暑い夏。流石に冬のようにパーカーは着ないのである。
 一行は新幹線に乗り、まずは岩手県の新花巻駅へ向かう。
道中、ポチとノエルの会話から新幹線の速さが時速270キロもあることを知り、
衝撃と嫉妬を覚えながらも、道理で窓から見える景色がこんなにも早く流れるのだなと感心する。
 新花巻駅で降りたらレンタカーショップに行って大型車を借り、
尾弐の運転する“何故か”快適な車に揺られながら暫く。
通りに人がいなくなったところで、祈は車から降りて並走してみたり。
そんなことをしている内に、一行はやがて目的地へと辿り着いた。
>「お疲れさまでした、皆さん。ここが今回の宿――迷い家(マヨヒガ)です」

 迷い家(マヨヒガ)。遠野物語等にその名は登場し、山中や森奥で迷った者が泊めて貰えることがあると言う。
そこに泊まった際、小さな家具の一つも失敬すればその者は幸福を手にするというような話もある。
さぞ立派な、昔ながらのお屋敷なのだろうと祈は思っていたのだが、
玄関には『歓迎 東京ブリーチャーズ御一行様』と書かれた看板があり、
見た目もネットで見かけたことがあるような、しっかり手入れされている歴史ある温泉旅館という感じであり、
祈が思っていた迷い家のイメージとは少々違う。いかにも商業施設、という印象だった。
しかし、立派な建物であることには変わりない。
>「行きましょう。はー、早くお風呂入りたい……」
 祈がその旅館の風貌を珍し気に眺めていると、車を降りてきた橘音がそう呟き、
ショルダーバッグを持って玄関を潜っていく。
他の面々もそれに続くので、祈も車から自分の荷物を取って、後に続いた。
 玄関に入ると、一人の女性が三つ指をついてブリーチャーズを出迎えてくれた。
>「いらっしゃいませ、お待ち申し上げておりました。東京ブリーチャーズの皆さま――」
>「本日は、当旅館へようこそおいで下さいました。当旅館の女将、倩兮女の笑(えみ)と申します」
 藍色の着物を着た色っぽい女性だった。
笑と名乗る女性は深々と頭を下げ、それを上げると、魅力的な微笑みを見せてくれた。
倩兮女、という名乗り方からすると恐らくこの人も妖怪なのだろう。
建物からして妖怪で、従業員も妖怪。さしずめここは妖怪の為の温泉旅館なのかもしれなかった。
>「笑さん、お久しぶりです。お世話になりますよ」
 旅館の女将、笑に橘音は慣れた様子で挨拶をする。
>「三ちゃんお久しぶり。すっかりお見限りで、寂しかったのよ?たまには顔を見せてくれても――」
>「色々取り込んでましてね。探偵は人気商売ですから、仕事があるうちに稼いでおかなくちゃ。それに、顔と言ったって仮面でしょ」
>「また、そんなつれないこと言って……」
 対する笑も親しげだ。
橘音や尾弐は何度か来たことがあると言うから、顔見知りなのだろう。
笑は尾弐とも言葉を交わしていき、適当な所で会話を切り上げると、立ち上がって手を軽く叩いてみせた。
すると奥からぞろぞろと一本ダタラや山彦などの妖怪がやってきて、
祈や他のブリーチャーズの荷物を持ってくれたり、ポチの足を拭いてくれる。
「あ、ありがと」
 初めての女将さん。初めての旅館の歓待。戸惑いと感動が同居する。
>「積もる話は後ほど。まずはお部屋にご案内しましょう、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいな」
 そう言って、ブリーチャーズに旅館に上がるよう促す笑。
「お、お世話になります」
 祈はそう言って玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えた。
自分達の部屋はどの辺りにあるのだろう、などと思っていると、
>「あ、部屋割はボクと祈ちゃんに、ノエルさんとクロオさんとポチさんってことで」
 同様にスリッパに履き替えた橘音が振返って、そんなことを一同に言い放った。
息をするように爆弾発言をすることに定評がある橘音。
性別ノエルなノエルは本人が気にしていないようだし、尾弐とポチのいる男部屋でいいにしても、
橘音が祈と同室になるのは如何なる意味か。遠回しな女性であることの告白なのか。
それとも。
「…………!?」
 驚愕に言葉を失う祈を置いて、
ノエルの『尾弐と橘音同室案』も虚しく却下され、祈は橘音と同室になった。
0051多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/06(木) 22:56:01.49ID:L3JoMiYy
 祈と橘音の仮女部屋へ寄り、二人の荷物を降ろして貰ったら、
次は尾弐とノエルとポチの仮男部屋へと一行は向かった。
今後の予定を話し合ったり、笑から宿の説明を受ける為、一旦男部屋に集まったのである。
女部屋も男部屋も、部屋の内装はそう変わらない。
手入れの行き届いた、和そのものの内装。
古い建物である筈だが襖紙などは定期的に張り替えられているのか、
色褪せた様子はなく、畳だって綺麗なものだ。
侘び、寂びと、不思議と落ち着く雰囲気があった。
 笑から旅館についての説明を受けながら、祈は橘音と同室になったことについて考えていた。
『橘音だったら大丈夫だよね。いつも命は預けてるんだし、信頼できる気がする。
もし男の人だとしても衝立(ついたて)があれば着替えぐらい……や、でも――』などと考えて
まごまごしている内に押し切られてしまった訳であるが、これでいいのだろうか、と思うのだ。
――橘音は。
 今回の旅行は橘音が旅費を全面的に負担しており、金銭的な都合から二部屋になるのは仕方ない。
そしてメンバーには安易に男女どちらにも分けられない性別ノエルが混じっているとは言え、
ノエル自身や同室となる二人が納得しているのならばノエルは男部屋でも構わないだろう。
 だが橘音はどうか。
狐面の奥の素顔をひたすらに隠し、己の性別がどちらであるかを決して明かさずにいる橘音。
それはもはや執念とすら言っていい領域にある。
そんな橘音と同室になったら。二泊もするのだからいずれ寝る時が来る。寝る時は誰もが無防備で、
狐面が不意に外れてそれを祈が目撃してしまう、なんて事態も可能性としてあり得る。
そんな事態を防ぐ為にも本当は一人部屋の方が良かっただろう。
しかし男性が複数いる部屋よりはと、気を遣って祈を自分の方に引き取ったのだと祈は思った。故に。
>「まずは当旅館自慢の温泉にお入りになって、旅の垢を落としてくださいな。お食事の支度が出来ましたら、お呼びいたします」
>「他に何かありましたら、何なりとお申し付けくださいね」
 やがて笑は旅館の説明を終え、話をそんな風に締め括って男部屋を後にした。
「あ――」
>「さあーて……じゃ、夕ごはんまでは各自自由行動としましょう。お風呂に入るなり、お酒を呑むなり、皆さんご随意に」
>「ボクはさっそくお風呂に入ってきます。ノエルさん、あとで一緒に卓球やりません?ではのちほど!」
 故に『あたし、男部屋に移ろうか』。そう言おうとした祈だったが、橘音と被ってしまった。
しかも橘音は言い終わるや否や自分と祈の部屋に戻ろうと立ち上がってしまい、タイミングを完全に逸してしまう。
橘音のことだから、恐らく祈の言わんとする事を察して、故意に被せてきたのだろう。
気にしないでいいですよと、そう言われた気がして、少しほっとする。
ともあれ、自由時間。気持ちを切り替えて楽しもう。そう思う祈だった。

>「橘音くん、後でと言わずに一緒にお風呂に行こう!」
 橘音はそう元気に誘うノエルを追い払いながら自分の部屋に戻っていったし、
>「ポチ君、暑がってたよね。一緒に水風呂行こう!」
>「んー、じゃあぼくはお散歩行ってこよっかな」
 めげずに今度はポチを誘うノエルを置いて、ポチは探検に出かけてしまった。
更にめげずにノエルは祈と尾弐へとくるりと向き直って、
>「祈ちゃん、クロちゃん、お風呂いこう」
 そんな風に、二人を誘うのだった。
「うん、いいよ」
 祈はそれに即答する。迷い家に着くまでの道中、人がいないからと羽目を外して
車と並走したりとはしゃいだ祈であったから、少々汗をかいているので丁度いいと思ったのだった。
笑が勧めていたから早く入ってみたいとも思ったし、
温泉では男女別々とは言え、道中だけでも並んでいた方が楽しい。
>「……そうだな、色男が何かやらかさねぇか心配だから、風呂で熱燗でも飲むか。
>祈の嬢ちゃん。色男は俺が見張っとくから安心して風呂入っていいぞ」
 尾弐も了承し、温泉に同行してくれることになった。
「ははっ、頼りにしてんね。尾弐のおっさん」
 すっかり保護者が板についてきている尾弐である。
 早速、服を取りに割り当てられた部屋に戻ってみると、
どうやら橘音は部屋に取り付けられた内風呂に入ってしまったらしく、
内風呂から湯が流れるような音が響いてくる。
「橘音のやつ、温泉入りに来たのに普通のお風呂に入ってんのか……」
 徹底してるなーと感心しながら、着替えや浴衣を抱えて部屋の外に出た祈は、
ノエルや尾弐と合流し、適当に雑談しながら温泉へと向かった。
0052多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/06(木) 23:02:28.81ID:L3JoMiYy
 そして行き合う、男、女と書かれた暖簾の掛かった、二つの扉。
上には露天風呂と書かれた看板が掛けられており、
ここが旅行の目的の一つである温泉で間違いなさそうである。
 扉の前で尾弐とノエルと別れ、祈は女と書かれた赤い暖簾の掛かった扉を開けて中に入る。
そこは小部屋で、履物を脱いで、靴箱に収められるスペースになっていた。
スリッパを脱いで靴箱に収め、奥にある扉を潜ってみると、そこが脱衣所になっているようだった。
なるほど部屋を分けることで、入口の扉が不意に開いた時、
奥に裸の人がいても見えない仕組みになっているのだ、などと感心する。
 祈は脱衣所で服も下着も脱いで籠に入れ、持ってきた着替えなどと一緒にロッカーに突っ込んだ。
そして、テレビ等で見たように、タオルを体に巻きつけてみた。
脱衣所には誰もいなかったが、広い場所で裸でいるのは心許なく、気恥ずかしい気分になったのである。
 さて、いざ初の露天風呂と、ガラス戸を引いて浴場へと踏み出すと、
恐らく大型の妖怪でも入れるようにと広く作られたであろう立派な露天風呂が目に入った。
湯は白く、立ち上る湯気とそれに乗ってふんわり薫る、心地良い香り。
高い塀。それよりも高い森の木々。
 湯に濡れた石造りの床の、ごつごつとした感触を足に感じながら踏み出し、辺りを見回してみると、
まだ妖怪達の活性化する遅い時間でないからか、浴場にも誰もおらず、のびのびとした時間を過ごせそうであった。

 銭湯にすら行ったことがなく、入浴の正しい作法も分からない祈だったが、
そこは情報化社会に生きる現代人。ネットで事前に調べた知識と持ち前の勘でなんとかするのである。
 体に巻いたタオルを取って、まずは頭と体を石鹸で洗う。
都会からやってきた場合は空気の汚れなどがあるので念入りに。
そうして毛穴や皮膚の汚れを落とすと、温泉の効能をしっかり受けられると言うので、祈は足のつま先までしっかり洗った。
(その後もまた入る場合は、肌を痛める恐れがあるので石鹸を使うとしても少量が良いのだとか)
 体を洗い終わったらタオルを巻きなおし、かけ湯をする。
温泉の湯を桶で掬って、手や足など体の末端から掛けて、湯の熱さに体を慣らしていくのだ。
そうすることで心臓への負担等を軽減でき、入浴による疲労を抑えられるそうだ。
 それが終わったらいよいよ入浴である。
つま先からゆっくり湯に入れていき、やがて全身を沈めた。
温泉の内部は階段状になっていて、二段も降りて腰を降ろせば、一段目は椅子代わり。
祈程度の身長ならば肩まで湯に浸かれるようになっていた。
「くぅううぅ〜……っはぁー……生き返るぅ……」
 乳白色の温泉に浸かると、そんな言葉が口を突いて出た。
死んだことがある訳ではなかったが、そんな心地にもなろう。
呼気の度に良い香りが鼻に吹き抜けて、気分も良く。
白い温泉など初めてで、足を水面ギリギリにまで上げない限りまったく見えないのが面白くて。
ケ枯れ寸前でも回復するという効能の温泉だからだろうか、
全身の疲れが温かい湯に溶けて消えていくようですらある。
家で風呂に入るのとは全く違う心地良さが祈の全身を包んでいた。
 ケ枯れ寸前でも回復するという謳い文句だからと、
試しにお湯を手で掬って、右肩の辺りにかけてみる。
しかし、そこに走る一条の傷は消えることはなかった。
多少の傷ならば跡形もなく治せる祈だが、この傷は弾丸に抉られたものであるし、
何より妖怪が苦手とする神霊の一撃で作られたものだ。
傷は治っても、傷跡の完治までは見込めそうもなかった。それはほんの少し、残念ではある。
 しかしそれもどうでもよくなってしまう程に、心地良い。
「おーい、御幸ー! 尾弐のおっさーん! いるー!?」
 テンションが上がって、塀を隔てて向こうにいるであろう二人に話しかけてみたりして。
0053多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/06(木) 23:09:16.25ID:L3JoMiYy
 湯を上がったら浴衣に着替え、ノエルと宿の中を探検したり、売店に寄った。
時折すれ違う妖怪達の多くは本来の姿を晒しており、その顔は明るくリラックスしているように見える。
 売店では、ノエルがお金を出してくれるというので、それに甘えてコーヒー牛乳を奢って貰った。
湯上りにコーヒー牛乳、というのを一度やってみたかったのだ。
ノエルに礼を言って受け取ると、瓶入りのコーヒー牛乳はひんやりと冷たい。
その場で飲んでいいと店員が言うので、ふたを開けて一口飲んでみると、
川の清流で冷やされたという一杯は甘く体に染みわたって、堪らなかった。
ぐびぐびと飲んで、あっという間に飲み干してしまう。
「温泉って……サイッコーだな!」
 ぷはーっと一息吐いた後は、空ビンを売店の外にある空ビン入れに突っ込んだ。
その陰で、ノエルが何やら三尾の狐マスコットを手に取って購入しているのが祈の視界の端に入る。
もふもふとした可愛らしい動物妖怪のマスコット人形達はそれなりに種類があるが、
その中から狐を選んだのは、やはり、きっちゃんという狐の友人や橘音のことを気に入っているからだろうか。
「……ん?」
 そうやってノエルが買っていたマスコット人形やらを眺めていると、
ふと、隣にあるお土産コーナーに目が向いた。
 お土産。祖母には勿論だが、あと一人、何か買ってやらねばならない者がいるのを思い出したのだった。
モノのことである。夏休みに入る前、夏休みの予定について話したことがあるのだが、
その時、温泉旅行についても話したのだ。すると、
>『Wow!ジャパニーズ・スパ!ユカタ!ワシツ!マクラナゲ!とっても楽しそうですわぁぁ……!』
 などと本気で羨ましがっていたので、せめてお土産の一つも買っていってやらねばと思っていたのだ。
「って言っても、あいつに会うのって夏休み明けだよなー。
温泉饅頭……は良いと思うけど日持ちしないし……だったら、こういうのかな」
 羊羹などは1年ほど日持ちする様子だったからそれも候補に入れるとして、
陳列されている物の中で、今贈り物用に買えるとすれば、ストラップぐらいだろうか。
迷い家の看板が貼られたお椀の湯に浸かる、鎌鼬のようなキャラクターをあしらったストラップを祈は手に取る。
狐や犬や猫など種類が豊富で迷ったが、
二人が友人(のような関係)になった日に出会った妖怪が鎌鼬だったから、なんとなくそれを選ぶことにした。
それを自分のものを含めて二つ買っておいた。

 探検や買い物を終え、祈が部屋に戻って暫くゴロゴロしていると、
笑が夕食の支度ができたと伝えにやってきた。
しかし食事が部屋に運ばれてくる……かと思いきやそうではないらしく、別室に用意してあると言う。
浴衣姿の橘音と一緒に部屋を出て、男衆と合流。ヤクザの親分みたいな格好をしている尾弐を見て、
驚きながら歩いていくと、100人は入れるであろう大きな宴会場に着いた。
ここで他の宿泊客も交えて一緒に食事、という訳でもないようで、配膳されているのはブリーチャーズの5名分だけ。
 いわゆる貸し切りになっている様子だった。
そしてお膳の上に載せられているのは、山や海の幸を活かした、祈が見たこともない絢爛豪華な料理達だった。
(て……、天ぷら!? 山菜おいしそう……あっ……これ伊勢海老じゃねーか!? こっちはお刺身が船に載ってて……)
 盆と正月とクリスマスと誕生日を、それを5年分足してもまだ足りないくらいのご馳走達。
クリスと戦った日、つまりは4月に食べたハンバーグ以降ご馳走らしいご馳走など味わってこなかった祈だから、
見ているだけで腹の虫が鳴り、早く食べさせろとせがんだ。
 座布団の上にあぐらをかいて、全員揃って食べて良い雰囲気になった途端、
「いただきますっ!」
 眼前で両手を打ち鳴らすように合わせ、即座に箸を手に取り、一秒も惜しいとでも言うように猛然と食べ始める祈。
「なにこれやばい!? うっまい! すごい! やばい!」
 そして一口で虜になる。美味すぎるあまりに語彙も死んだ。
>「……たいへんだぁ。ぼく、ホントにここから帰りたくなくなっちゃうよ」
>「本当に。もうずっとアイツらに留守番させとこうかな」
 ポチもノエルも、祈同様に舌鼓を打っている。
流石、水質にすら拘る妖怪達の訪れる旅館である。
山菜の天ぷらも、刺身も茶碗蒸しも何もかもが極上――。
祈のように酒をたしなまない者の為に炊き込みご飯まで完備してある。
もう一生食べることはないであろうご馳走達を、祈は一口含むごとに感動しながら食べていった。
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2017/07/06(木) 23:15:34.88ID:L3JoMiYy
 時が僅かに過ぎ、宴も闌、という時期に差し掛かった時のこと。
>「宴もたけなわですが、皆さま、ここで当旅館の主よりご挨拶が」
 祈が夢中になって食べ続けていると、女将の笑がそう言って、小柄な老人が宴会場に入ってきた。
その大きな後頭部を見て、祈にもそれが何者か理解できた。
絵に描かれた百鬼夜行だかの先頭にいるが故に、妖怪の頭領などと噂される妖怪。
>「当旅館の主、ぬらりひょんの富嶽でございます」
 それを聞いて、ぬらりひょんにも苗字ってあるんだ。などと祈は雑な感想を抱く。
>「飯を啖いながら聞け。用件はすぐ終わるからの」
 しゃがれているが、重みのある声でぬらりひょんの富嶽はそう述べた。
その声には、尾弐がヤクザの親分なら、この富嶽というのはヤクザの大親分だろう、と思わせる迫力がある。
しかしとりあえず食べていて良いらしいので、祈は少し迷ったが箸を休めることなく食べ進めることにする。
何せ天つゆではなく塩で食べても天ぷらは美味しいという大発見をしたばかりなので、ここで止まる訳にはいかないのだ。
 食べながら耳だけで聞いていると、
富嶽はどうやらブリーチャーズを呼び出した者であり、また、何か依頼したいことがあるらしかった。
そして橘音が集めてきたメンバーがその依頼に相応しい者達か見極めようとしているようで、
各々を見て、それぞれについて橘音に説明させていくのだった。
 ノエルと来て、すぐ祈の番になる。
>「男が女王とは世も末ぢゃな。あやつめ、何を考えておるのやら……。まあよいわ、それで?そっちが――」
>「多甫 祈ちゃん。ボクの助手です」
「んっ、ふぁい」
 口に物が入っているので、仕方なく口元を抑え、左手を上げて挨拶してみる祈。
何か話すこともあるかもしれないので、口の中の物をどうにか飲み込もうとしたが、
>「……颯(いぶき)の娘か、少し見ん間にでかくなったの。前に会ったときは……」
 その言葉を聞いて、不意に祈の心臓が跳ねる。飲み込もうとしたものが喉に詰まりかけた。
 颯(いぶき)。それは祈の母の名前だった。
もう既にこの世にいない、面影すらおぼろげな二度と会えない人の名。
母さんのことを知ってるのか、どんな人だったのか。そんな質問をしたかったが、なんとか嚥下した頃には、
>「富嶽ジイ、その話はちょっと……」
>「おう、そうぢゃな。……で、後は……尾弐か。無沙汰だったの、相変わらず不摂生な生活をしとるようぢゃが」
 すっかり、その話は流れてしまっている。

>「ま……それはともかく。お主らに頼みたいこととは、他でもない」
 メンバーの確認が終わると富嶽はそう切り出した。
依頼の内容を話し始めたと言うことは、集められたメンバーに不満はなかった、ということなのだろう。
 山童が持ってきた巨大な丸鏡に、テレビのニュース映像が映り込む。
《先日20日に埼玉県秩父市の山中で発見された野生動物について、日本哺乳類学会はニホンオオカミと見て間違いないとの見解を――》
 テロップなどでも同様の内容が流れているが、丸鏡はニュースを音声付きで流してくれていて、非常に親切だ。
が、重要なのはそこではない。
 ニホンオオカミ。ポチが最も会いたいと願う存在が発見されたと言うことが重要だった。
 祈は映像から目を離し、ポチを見た。
「仲間が見つかったってこと……だよな? 良かったなポ――」
 映像を見たポチの体は、以前のように膨れ上がり始めていた。
以前ほどの大きさではないものの、それでも首輪がギチギチと悲鳴を上げるほどに、
体躯は大きく牙は長く、狼へと変貌し始めている。
「――チ……」
 興奮が抑え切れないのだろう。
映し出される白狼に目を奪われて、彼にご飯を食べさせていた山彦が悲鳴を上げるのも、
>「ポチ君……!? 落ち着いて!」
 そう言ってポチを落ち着かせようと撫でるノエルすらも目に入らない様子だった。

>「これな。この狼を奪還し、こちらに寄越せ」
 ぬらりひょん、富嶽から頼まれた今回の依頼。
それは妖怪界の為でありながらポチの願いを叶えるものでもあり、
祈にしてみても願ったり叶ったりの喜ばしいものである筈だった。
しかし、何者も目に入らぬように一心不乱に飯を腹に詰め込み始めたポチを見ていると、
どうにも波乱の予感がするのだった。
0055多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/06(木) 23:22:46.63ID:L3JoMiYy
 散々飲み食いした後、ブリーチャーズは腹ごなしと言うことで卓球場にて卓球に興じた。
祈も壁打ちをしてみたりして遊んでいたが、
やがて飽きたように椅子に座って、卓球のラケットをくるくる弄びながら考えごとを始めてしまった。
 こんな風に目の前にあるものに集中できず考え始めてしまうのは、
母の名を不意に聞いてしまったからだろう。
普段は心の奥底に押し込めている思いが顔を出して、こちらを見つめてくるものだから、
どうにも落ち着かないのだ。
ぬらりひょん富嶽と母はどういう関係だったのか。母もここに泊まったのか。自分に似ていただろうか。
そんなことをつらつら考えてしまっている。
 しかし、そんな感傷にも似た気持ちに浸ってもいられない。
それよりも気になるものがあるからだ。
 祈は顔を出した感傷に別れを告げて、ポチを見遣った。
富嶽からニホンオオカミのことを聞かされてからというもの、ポチの様子はおかしい。
今はほぼ普段通りのサイズに戻っていて、本人も平静を装っているようなのだが、
心ここにあらず、というのが伝わってくるのだった。
それも無理からぬことだろう。会えないと思っていた者にもうすぐ会えるのだから。
しかもポチにとって狼は特別な意味を持った存在であり、ただ同種に会えるというような軽い感覚では決してないのだ。
その内心は焦がれに焦がれて、じりじり焦れているに違いなかった。
>「捕獲されたニホンオオカミは現在、上野の国立科学博物館にいるようですね」
 それに加え、こんな話を聞かされたなら。
焦げ付いていたものは遂に発火する。
>「上野!? なんだ、都内じゃん!」
>「普通に都内だな。あの御老体、メールと電話って概念は持ってる筈なんだが……」
 最も会いたいと願う存在が囚われている場所が、自分の知っている街であると知れば。
そしてポチは狼犬。人間などよりも強い帰巣本能を持っていると考えられる。
そこから導き出される結論。
>「卓球で汗をかいたんで、またお風呂に入ってきます。お風呂に入るといいアイデアが閃くんですよ」
>「皆さんもゆっくりしてください。……少なくとも、人間たちに狼を殺す気はない。こちらも焦りは禁物です」
>「ここでじっくり計画を練ってから、東京に帰り次第行動開始ということで」
 話を終えた橘音がそう言って卓球場を後にすると、
>「……僕は、またお散歩に行ってこようかな。僕もちょっと体を動かさないと、食べすぎちゃった」
 いよいよそわそわし始めたポチもまた、卓球場を出て行ってしまった。
それを目で追っていた祈は椅子から立ち上がり、追いかけようと一歩踏み出す。
すると、声が掛かった。
>「祈の嬢ちゃん……悪ぃがポチ介の事を何時もよりちっと気にかけといてくれねぇか。
> 今の奴さん、糸の切れた凧みてぇにどっか飛んでっちまいそうな雰囲気だったからな」
 尾弐であった。祈はポチが抱える狼への思いについて尾弐に話していないし、
恐らくポチも話していないと思う、のだが、ポチが分かりやすいのか、それとも尾弐がよく見ているからなのか、
ポチの内面を知る祈と似たような感想を抱いているらしく、そんなことを祈に頼んでくる。
ノエルの監視を買って出たり、ポチを心配したり。
すっかり保護者と言うか、ブリーチャーズのお父さんと言った感じの尾弐である。
祈は微笑んで、
「任せといてよ。糸切れた凧なら前に捕まえたことあるし。
……にしても尾弐のおっさん、皆のことよく見てるよね。いいと思うよ。そういうとこ」
 そう尾弐に言い残し、自らも卓球場を後にした。

 祈は卓球場を出て、ポチを追いかけて走った。
姿を見失ってはいるが、ポチがどこに行こうとするかは見当が付いている。
向かう先は玄関だった。
ポチ自身が散歩と言って出たのだから当然そこに向かうであろう。
 ただ、居ても立っても居られない気持ちを抱え、
狼が捕らえられている場所が都内だと知り、自身には帰巣本能も備わっている。
となれば、ただの散歩では済まないだろうけれど。
 かくして祈が推測した通り、ポチの姿は玄関にあった。
受付の山彦に何事が言付けている様子で、それを終えたらあっさり外に出て行っていってしまう。
ポチを追って祈も外に出ると、そこには。
0056多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/06(木) 23:40:31.09ID:L3JoMiYy
>「うおおおおおおおおお! 見えねぇえええええええええ!!」
 ヒートアップしているノエルがいた。
走り出そうとしていたポチから斜め上に視線を移動させると、
そこそこ大きな木の枝上に立ち、双眼鏡を片手に絶叫しているノエルを見つけたのだった。
恐らく風呂に入りに行くと言っていた橘音を覗こうとしているのだろうと思われる。
(育児放棄されてる……!)
 てっきり尾弐と一緒に部屋に戻ったものと思っていた三歳児が、完全に野放しになっている。
全く行動の読めないノエルの面倒をずっと見ていてと言うのも酷ではあるのかもしれないのだが、
“お父さん、お宅のお子さんとんでもないことしてますよ”という心境である。
というかあの短時間でどうやってポチより先に玄関に出たのだろう。
まさか窓から飛び降りたと言うのだろうか。
その行動力は流石ノエリストと驚嘆すべきか呆れるべきなのか。祈は迷った。
 ともあれノエルは走り出そうとしていたポチに気付いたようで、
>「ふっははははははは! 甘い! 甘いぞワンコロ! そんな事だろうと思ってここで待ち伏せしておいたのさ!」
 等と言って今更ながら格好つけている。
更にどうやらポチが脱走しようとしていることも看破したらしく、
何事か説得を始めたようなので、祈もそれに便乗しようとポチに向けて走り出した。すると。
――バキィ!
 ノエルの体重に耐えかねた木の枝が唐突にへし折れた。
>「あぎゃあああああああああああああああああ!!」
 落下し始めるノエル。そしてノエルの説得を聞きながらも、これを好機とばかりに結局逃げ出してしまうポチ。
祈は丁度走り出したところであるから、今ならば落下するノエルを助けることができるだろう。
しかしこの闇夜。ノエルを助けてしまえばポチを見失い、追跡は難しくなる。
つまりはノエルを助けるか、ポチを追うかの二者択一だ。
 走る速度を上げながら、祈は。
「――ごめん御幸! でも自業自得だからな!?」
 ポチを追うことにしたのだった。
ノエルが落ちる瞬間を見たくないので、一瞬だけ目を瞑って走った。

 ポチが逃げ出し、少し経った頃。
ポチは自分に追い縋り、それどころか並走し始める影があることに気付くだろう。
「よぉポチ。どこまで散歩に行くんだ? ――東京までか?」
 影は祈の形をしていた。
犬種の中でも最速とされるグレーハウンド。その最高時速は70キロ程度だとされている。
タイリクオオカミでも同様に時速約60キロから70キロ。
妖怪であるポチならばもう少し速く走れるだろうか。
しかし、いかにポチの足が速くても、時速140キロを超える祈の脚からは逃げられない。
「もしそうならやめとけよ。急ぐ気持ちは分かるけど、皆で助けに行くって話だっただろ?」
 もし、国立科学博物館の場所を確認して帰るだけと考えていたとしても、
こうして一人で走り出してしまう程に冷静さを欠いたポチだ。
国立科学博物館の前に辿り着けば、きっと我慢などできなくなる。
そうして一人、一晩中走り抜いて疲れ果てた体と判断力を失った頭で
何一つ情報なく乗り込もうとすれば、失敗する可能性は大いにある。
そして失敗すれば、より堅牢な場所に狼が移されたり警備が厚くなったりして、今度こそ手が出せなくなるかもしれない。
 しかしブリーチャーズ全員で行くのなら話は違う。
橘音は国立科学博物館の構造やその警備体制について調べ上げてくれるだろう。
そしてその瞳を用い、警備員を利用すればスムーズに忍び込むことだってできるかもしれない。
監視カメラなどのセキュリティが邪魔ならば、ノエルが遠くから凍らせて無力化できるだろうし、
開けられない分厚い扉や頑丈な檻が阻んでも、尾弐の力ならそれらを壊してしまえる。
ポチならば遠吠えで邪魔な人々を退かすことができ、
祈だって、その狼を抱えて安全な場所まで誰より早く運ぶことができるだろう。
皆の力を合わせれば成功の確率は格段に上がるのだ。
「せめて明日まで待てよ。行きたいって言ったらきっと皆来てくれるし、皆でやった方が絶対いい。
でも……それでも一人で行こうって言うんなら、あたしは――『ポチとやり合ってでも止めるから』な」
 ポチの前まで走り抜け、祈は立ち塞がる。
 一人乗り込んで成功しても、仲間を信頼できずに激情に任せ走ってしまったことに対する後悔が。
失敗した時にも、仲間を頼っておくべきだったという取り返しのつかない後悔がやはりポチを襲うだろう。
 故に、ここで止める。ポチの為に。今ならまだ間に合うから。
 構え、ポチを見据える祈の両目は、本気であると言っていた。
0058那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/08(土) 04:41:55.14ID:lUJzWfTm
「……ふう」

たらふく食べてしたたか呑み、ノエルと一緒に卓球に興じてひと汗かいた橘音は、自分と祈に宛がわれた客室へ戻ってきた。
そのまま入口脇の廊下を歩いてゆき、内風呂の脱衣場へ入る。すぐに帯を解き、浴衣をはらりと脱ぎ捨てる。
いつもかぶっている半狐面を取り、脱衣場の籠の中へ入れておく。
一糸纏わぬ姿になると、カラカラと引き戸を開けて内風呂へ。なお、カメラは橘音を追う形で後ろ頭しか映していない。
ビジネスホテルのユニットバスのようなちゃちな作りでない、豪華な内風呂が橘音を出迎える。
豪壮な外湯をそのまま縮小したような露天風呂だ。内風呂でも七月の緑はよく見えるし、近くの川のせせらぎも聞こえる。
桶を手に取ってかけ湯をすると、橘音はそっとつま先から白濁の湯に入った。

「……はぁ……支配人は最低ですが、湯と食べ物だけは極上ですね。この宿は」

熱すぎず、ぬるすぎず。適温と言うしかない湯の中で、ゆったりと四肢を伸ばす。
宿の主である富嶽が聞いたら気を悪くしそうな言葉だったが、お構いなしだ。
旅程は二泊三日。風呂好きの橘音は、東京に帰るまでにあと六、七回は入浴しようと思っている。
尾弐はこの宿を知っているだけに最初は難色を示していたが、うまい酒があれば渋々でも納得するだろう。
ノエルと祈は言わずもがなだ。初めての温泉旅行を思い切り満喫している。傍から見ていても幸せな気分になるリアクションだ。
……しかし。

「ポチさん……。短慮なことをしなければいいのですが」

思い出されるのは、富嶽が持ち込んできた依頼のこと。
ポチにとって、同族というものがどれだけ大切な、重要なものであるのか。――恋焦がれたものであるのか。
それは察するに余りある。宴会場で鏡に映し出された白い狼の姿を見たときの反応にも、それがよく表れている。
ポチはもう、気が気ではないだろう。きっと、リーダーである橘音の言葉もよく聞こえていないに違いない。
ポチは祈よりもずっと長く生きている妖怪だが、妖怪基準で考えると年端も行かない子供に過ぎない。
そんな彼が、ひとりぼっちの彼が――いないものと半ば諦めていた仲間の生存を知った。
ならば、彼がどんな行動をとるのかなどということは、手に取るようにわかる。
で、あるのなら。
『その場合』の選択肢も見越して計画を練っておくのが、東京ブリーチャーズのリーダーであり頭脳である自分の役目であろう。
実際、ゆったりと湯に浸かって湯治を楽しんでいるように見える橘音の脳内では、猛烈な勢いで狼奪還計画が組み上がりつつある。

――やれやれ。何も考えないでゆったり心身の休養なんて、当分望めそうにないですね……。

だが、それが東京ブリーチャーズの宿命である。橘音は小さく笑うと、ざぷりと湯から立ち上がって露天の縁の岩に腰掛けた。
湯に濡れた長い黒髪が、華奢な肢体に張り付く。
ほっそりした肩や丸みのある腰のラインが、しなやかな四肢と調和し美しいシルエットを描いている。
……が、肝心の胸や股間のあたりは湯気でよく見えない。ちなみに素顔も湯気で以下略。
余談だが東京ブリーチャーズDVDやBDを初回で購入しても湯気は消えないので、あしからず。

――颯さん、か……。

足湯を楽しみ、火照った身体を冷ましつつ橘音が次に思い浮かべたのは、宴会場で富嶽の漏らした祈の母親の名だった。
祈の母親、ターボババアの娘――多甫 颯。
優しい女性だった。悪を、妖壊を憎み、けれど決して殺めはしない。浄化の道を模索し、対話を試み、戦いに至るのはいつも最後だった。
橘音が作戦立案し、尾弐が特攻し、颯がアシストする。
このスリーマンセルは向かうところ敵なしだった。どんな妖壊でも、この三人にかかれば敵ではなかった。
バランスのとれた、これ以上ないチームだと思っていた。ずっと、このスリーマンセルでやっていけるものと思っていた。

……うぬぼれていた――。

>連れてってくれてありがとね、橘音!

旅行に出かける際、祈が橘音に言った感謝の言葉が脳裏に蘇る。
そのとき橘音はにっこり笑って祈とハイタッチしたが、本当は。それを素直に喜べる心境ではなかったのだ。

――祈ちゃん、ボクはね……。
――そんな。アナタに感謝されるような妖怪じゃないんですよ……。

橘音は両手で湯を掬って顔に乱暴にかけると、ごしごしと目許をこすった。
0059那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/08(土) 04:42:27.88ID:lUJzWfTm
>あぎゃあああああああああああああああああ!!

突如として夜の静寂を打ち壊した汚い悲鳴に、橘音はハッと我に返った。

「きゃっ!」

咄嗟に甲高い声を出して、ざぷんと湯の中に鼻先まで浸かる。
今の声はきっとノエルだ。恐らくノエルのことだ、何かまたよからぬことでも企んだのだろう。例えばのぞきとか。

「まったく、しょうがないノエルさんですね……」

はあ、と息をつくと、そのまま湯から出る。いろいろ思索しているうちに、結構な長湯になってしまった。
死にはしないだろうが、とりあえずノエルの様子を見に行く必要がある。
半狐面をかぶり直し、新品の浴衣に袖を通すと、橘音は宿の玄関の方へ向かった。
玄関を出てそう離れていないところでノエルがひっくり返っており、その傍にヤクザ、もとい尾弐が常備薬の箱を持って立っている。

「ノエルさんは じつに ばかだなあ」

カエルのようにひっくり返っているノエルの顔をしゃがんで覗き込み、しみじみと零す。
黙っていれば、テレビに映っているアイドルが子供のラクガキに見えるくらいの超絶イケメンだというのに……。
とはいえ、想像を絶するハードな生い立ちの彼である。普段はこのくらいで丁度いいのかな、とも思う。
もちろん、覗き行為に関しては後でたっぷりお仕置きをするつもりではあるのだが。

「……そういえば、祈ちゃんとポチさんはどこへ行ったんです?」

尾弐から事情を聴き、大したことはないと判断すると、部屋に戻ろうとしてふと気付く。
迷い家は昔ながらの温泉旅館である。風呂に入る、飯を食う以外にすることはない。
テレビもゲームもないし、散歩しようにも周りは森だ。おまけに今は夜である。
現代っ子の祈のこと、最初は物珍しいにしても、すぐに飽きてしまうのではないかと思う。
それに、仲間のことが大好きな祈とポチのこと、単独行動をするとは思えない。
さらに尾弐が祈に対してポチの見張りを頼んでいた――などと聞けば、ふたりが現在何をしているのかは明白だろう。

と、そこで橘音たちを見た山彦がおずおずと声をかけてくる。
曰く、ポチから伝言を預かった。一目見たら、ううん、一声だけ。ほんの少しだけ話しかけたら帰ってくる、と言っていた――。

「やれやれ……。やっぱりと言うべきか、我慢できませんでしたか」

ぽりぽりと右手の人差し指で頬を掻く。が、これは半ば想像できていたことだ。
迷い家から外界へ出るための道は一本。追跡は容易である。橘音は尾弐に視線を向けると、

「クロオさん、お手数ですが車を出してください。ふたりを追いかけましょう、まだそこまで遠くには行っていないはず」

と言って、浴衣姿のまま駐車場へ歩いていった。
……飲酒運転に関しては、この際見なかったことにする。

>それでも一人で行こうって言うんなら、あたしは――『ポチとやり合ってでも止めるから』な

尾弐に車を運転してもらい(ノエルは後部座席に放り込み)、森の中をしばらく走っていると、ヘッドライトの先に何者かが映った。
言うまでもなく祈とポチだ。まるで一触即発といった様子で睨み合っている。
車を停めてもらい、助手席から降りると、橘音は下駄をからころと鳴らして歩み寄り、

「ハイハイ!そこまでー!」

と、両者の間に割って入った。
一目見ただけで、状況はわかる。待ちきれず単身東京へ帰還しようとしたポチを、祈が止めたのだろう。
0060那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/08(土) 04:43:30.54ID:lUJzWfTm
「せっかく、ボクがゆっくりしろって。焦りは禁物って言ったのに……。仕方ないですね、ポチさん」

ちらりとポチを一瞥し、咎めるでもなく告げる。
本来なら、ポチを止めるべきなのだろう。ノエルも、尾弐も、そして祈もそう考えているに違いない。
確かに、チームにとって独断専行や命令無視は禁物だ。誰かひとりが足並みを乱してしまうと、そこから全てが台無しになってしまう。
ここは無理にでもポチを車に押し込み、宿に戻って、一晩明けたところで行動を開始するのが一番であろう。
……しかし。

「じゃ、ポチさんはこのまま東京へお戻りなさい。現地で合流と行きましょう」

橘音は何を思ったか、ポチの暴走を認めた。

「場所はわかりますね?アナタの自慢の鼻で探れば、ニオイの元を突き止めるのは造作もないことでしょう」
「アナタが到着するまでの間に、お膳立ては整えておきますよ。……じゃ、遅れないように」

祈の側に突き出した手はそのまま、ポチに先へ行くよう促す。
ポチが暗闇の向こうに姿を消すと、橘音は小さく息をついた。

「納得いかない……という顔をしていますね?祈ちゃん」

祈はことによればポチと一戦やらかすくらいの覚悟で、彼を止めようとしていたのだろう。
その想いや苦労を無にしてしまうのは心苦しいが、橘音はなにもポチの制御を放棄した訳ではない。

「彼の中には今、長年溜め込んだ同胞への想いが渦巻いています」
「それは彼自身にも制御できない衝動となって、彼の中で荒れ狂っている。それを押さえつけて眠れと言うのは、どだい無理な話です」
「今の彼には、ガス抜きが必要なんですよ。岩手から東京までは、おおよそ500km弱――」
「東京に着く頃には、程よくガスも抜けているでしょう」
「ま……元々、彼は狼。犬じゃない……『待て』なんて命令、聞くはずなかったってことでしょうかね」

ここで祈や尾弐が力ずくでポチを黙らせることも、きっとできただろう。
だが、宿に戻ったところでポチは悶々としたまま夜を明かすことになる。ひょっとしたら、また脱走を企てるかもしれない。
そして、いざ肝心の奪還作戦を開始するにあたって、フラストレーションの溜まったポチはそれこそ作戦を破壊してしまいかねない。
そういったことを避けるために、ここは敢えてポチの好きなようにさせてやる――というのが、橘音の意見だった。

「ポチさんがボクたちよりも先に上野に着いてしまったらどうするのか、って?ふふ……心配ご無用!」
「その辺りの対策も、ちゃぁんと考えてありますとも。だから……ボクたちが今すべきことは、ただひとつです」

そこまで言って、祈に乗車を促し、自分も車に乗る。

「ゆっくりお風呂に浸かって、ゆっくり眠ること。そして明日に備えることです。オーケー?」

尾弐に車をUターンするよう言って、宿へ戻る。
結局橘音はもう一度内風呂に入り、風呂上がりに冷やしぜんざいを食べ、朝までぐっすり眠った。
なお、半狐面はかぶったまま、言うまでもなく素顔は見えなかった。

*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-**-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*

夜が明け、ポチを除く東京ブリーチャーズは昨晩のように広大な宴会場で朝食をとった。
これまた昨晩の料理に負けない豪華な膳であるが、朝ということを考えて若干軽いものが並んでいる。
たっぷり朝風呂を楽しんだ橘音はのんびり朝食を味わうと、九時過ぎまで浴衣のままゴロゴロしたり、ノエルを卓球に誘ったりした。
卓球→汗をかく→風呂→卓球→汗をかく→風呂のヘビーローテーションである。
そんなこんなで時計の針が正午を回ったころ、やっと伸びをして、

「ホントは二泊三日のはずだったのに、途中で帰るなんて風情がない……。さっさと片付けて、またここへ戻ってきますよ。皆さん」

などと言う。まだまだ温泉を楽しむ気満々だった。
とはいえ、ここから車で遠野の温泉街まで三時間。新花巻から新幹線で東京まで二時間ちょっと。
今から出発していたのでは、東京に到着するのは夕方になってしまうだろう。
……と、思ったが。
0061那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/08(土) 04:50:35.69ID:lUJzWfTm
「ではお見せしましょう……狐面探偵七つ道具のひとつ!『天神細道』〜!」

浴衣からいつものマントと学生服姿に着替えた橘音は、宿の玄関の外でそう言うと外套の内側から何かを引っ張り出した。
それは、高さ一メートル半程度の大きさの朱塗りの鳥居だった。
随分小ぶりで、ノエルや尾弐がくぐろうとするなら屈まなければならないサイズだが、鳥居は鳥居である。
そんなものを持ち運んでしまう辺り、七つ道具のひとつ迷い家外套の本領発揮といった感じだが、この鳥居も同じ七つ道具だという。

「これをくぐればアラ不思議、どんな場所にも一瞬で行くことができるスグレモノです。これで東京まで戻りましょう」

まるで、某青ダヌキのひみつ道具だ。こっちは狐だが。

「ただし、行きはよいよい帰りはこわい……行くことはできますが、帰ってくることはできないんですけどね」

いわゆるワンウェイ・ドアというやつである。
ともあれ、この道具を使えば一瞬で東京へ帰還できる。ポチに先んじて行動も可能というわけだ。

「あ、着替えだとかは宿に置かせてもらいましょう。まだ、温泉旅行は続行中ですから」
「ニホンオオカミ奪還作戦は夜に。ボクの蒔いた種が芽吹いたときが、作戦の開始時刻ということで」

言うが早いか、さっさと鳥居をくぐる。その瞬間橘音の姿は消滅し、跡形もなくなった。
他のメンバーも鳥居をくぐれば、その出た先がノエルの店「Snow White」の店先であることに気付くだろう。
背後にあったはずの鳥居は消えている。橘音はメンバーを自らの事務所に入れ、待機を命じた。

ブリーチャーズが東京に一時帰還して二時間ほど経過したとき、事務所のレトロな黒電話がけたたましく鳴った。
すかさず橘音が受話器をとる。

「ハイ、那須野探偵事務所。……あぁ、綿貫警部。お久しぶりです、どうしました?そんなに慌てた口ぶりで」
「えっ!?怪人65535面相、もといカンスト仮面から、先日捕獲されたニホンオオカミを頂くとの予告状が届いた!?」
「それはまさしくボクの出番ですね。承知しました、さっそく伺います。この狐面探偵・那須野橘音にお任せあれ!」

ガチャン、と通話を切ると、橘音は学帽をかぶり直してその場にいる全員を見た。

「さて。……では、行きましょうか」

国立科学博物館と名のつく施設は三箇所あるが、一般的に国立科学博物館というと上野恩寵公園内にある上野本館を指す。
東京ブリーチャーズが向かったのは、その上野本館。
自然史に関する科学、その他の自然科学及びその応用に関する調査及び研究を司る、日本屈指の博物館相当施設である。
その上野本館、いわゆる日本館と呼ばれる建物の近くに現在多数の警察車両が停車しており、非常線が敷かれている。
大勢の警察関係者が猫の子一匹通さぬ厳重な警戒線を張る中を、ずんずんと進んでゆく。
館内の広大なエントランスには様々な常設展示があり、博物館特有の何とも言えない異界的雰囲気を演出している。
東京ブリーチャーズの目当ては、その奥の関係者以外立入禁止区域の中にあった。

「やあどうも、綿貫警部!今回はまた、とんでもないものを盗むと予告されたものですね!」

博物館の学芸員と何事か話している、でっぷり肥えた中年の警部へと気安げに話しかける。
綿貫警部と呼ばれた警察関係者は橘音を蛇蝎でも見るような表情で迎えると、橘音の後方にいるノエルたちを胡散臭そうに値踏みした。

「彼らはボクの助手です。彼らの協力なくして、ニホンオオカミの保護はできません」

橘音がきっぱり言うと警部は怪訝な表情を浮かべたが、やがて渋々と言った様子で橘音たちを奥へ通した。

――なるほど。

関係者以外立入禁止区域の奥の部屋、冷たい鉄の檻の中に、それはいた。
普段のポチよりもやや大きいくらいのオオカミだ。――まだ若い、メスのオオカミ。
アルビノなのだろうか、真っ白な毛並みが美しい。こんな生き物がまだ日本にいたのか、と思わせる、気品のある姿だった。
ただし、今はその気品もやや色あせている。きっと、長く檻に入れられているお蔭で消耗しているのだろう。
これはますます早急に確保しなければならない。
0062那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/08(土) 04:56:54.80ID:lUJzWfTm
「怪人65535面相め、よりにもよってニホンオオカミを頂戴するとは、舐めた予告状を送ってきおって!」
「おまえみたいな胡散臭い探偵の力なんぞ借りたくないが、止むを得ん。胡散臭い怪盗には、胡散臭い探偵をぶつけるに限る」
「だが、一番肝心のオオカミの身柄は我々警察が守り抜く!おまえは余計なことをするなよ、お面探偵!」

「ハイハイ、わかってますよ」

綿貫警部が鼻息荒くまくしたてるのを、白手袋に包んだ右手を適当にヒラヒラ振っていなす。
どうも、赤マントこと怪人65535面相が警察に対してニホンオオカミを盗むという予告状を送ってきたらしい。
警察関係者、特に綿貫警部はこうした赤マントの挑発的な挑戦状を何度となく受け取り、煮え湯を飲まされてきた。
警察の威信にかけて、今度こそ赤マントを逮捕したいということなのだろう。――が、神出鬼没の赤マントは警察だけでは手に余る。
そこで、赤マントとは以前から幾度もやり合っている狐面探偵の協力を要請した、ということのようである。
実際橘音は東京ブリーチャーズと東京ドミネーターズの対決以前から、幾度も赤マントとやり合っている。
警察関係者にもそれは周知されており、今回はその縁で呼び出されたというわけだ。

が。

このニホンオオカミに関する予告状は、本物の赤マントが出したものでは『ない』。
それは赤マントのいつもの手口や筆跡を完全にコピーした、橘音の出したニセの予告状だった。
国立科学博物館へ来る前、橘音はノエル、尾弐、祈に作戦の概要を説明した。

「今回は、赤マントにニホンオオカミを盗ませることにします。……と言っても、もちろん本物じゃありませんがね」
「警察宛てに、赤マントの筆跡を寸分たがわずコピーしたニセ予告状を送っておきました。今夜十時半、ニホンオオカミを頂くと」
「警察はボクに協力を要請してくるはずです、そこでボクたちは赤マントの計画を阻止する名目で国立科学博物館に入ります」
「時間になったら、赤マントに扮した犬神さんが出現します。そこで、皆さんは警察の皆さんをひっかき回し、混乱させてください」
「頃合を見て、犬神さんがニホンオオカミとすり替わります。本物はボクが迷い家外套で運びます」
「あとは、赤マントは逃走したと言って、ボクたちは撤退すればいいだけです。犬神さんには後日脱出してもらえばいい」

犬神。強烈な呪詛の力を持つ犬の霊である。
犬神はほぼ霊魂的な存在であるから、姿を変えることなど自由自在。その犬神に身代わりになってもらい、本物を遁がす。
霊魂である犬神は檻から出ることも容易い。橘音たちに嫌疑が及ばなくなったころ、離脱してもらう。
突如として檻の中のオオカミがいなくなったことに人間たちは驚くだろうが、後の祭である。
これなら監視カメラの対策を練ったり、警備員や警官の目を気にすることなく堂々と中に入れる。
泥棒のような行為は探偵の矜持が許さないという、橘音の苦肉の策である。……盗み出すことに変わりはないのだが。

「……まだ、ポチさんは来ていないようですが……」

そろそろポチも到着するころだろう。彼の能力をもってすれば、建物の中に入るなど朝飯前に違いない。
夜通し走って北日本を縦断したのだ。いくら彼が持久力に優れていると言っても、ある程度は疲労を感じているはずである。
そして、その疲労が彼の頭に上った血を鎮めてくれていればいい。
ニセ赤マントが乱入したときにポチがいてくれれば、より周囲の警官たちを混乱させることができる。
そのどさくさ紛れに自分の外套の中にニホンオオカミをしまってしまえば、それでミッションはコンプリートだ。
小型の鳥居さえ持ち運べる外套である、オオカミ一頭くらい隠してしまうのは簡単な仕事だった。

「よかったですね。もう少しで、お仲間に会えますよ」

檻の前に屈み込み、ポチよりもほんの少し早く目通りが叶った白いオオカミに声をかけてみる。
ポチにとって最後の仲間だ。それは、同時にこのオオカミにとってもポチが最後の仲間ということである。
オオカミは前脚の上に顎を乗せ、吼えることも唸ることもなくただじっと伏せっている。
決して人間たちに屈するまいという、この種の最後の誇りのようなものを感じさせる、その佇まい。
人間におもねることをよしとせず、誇り高い滅びを選んだ種族。
その最後の一頭は、果たして何を思い、虜囚の辱めを受けているのか――?

「……おや?」

取り留めもなくそんなことを考えたとき、ふと、橘音は何かに気付いた。

――このオオカミ、まさか……?
0063那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/08(土) 05:01:03.45ID:lUJzWfTm
ガシャアアアアアンッ!!!

オオカミを見て何か思い当たる節のあった橘音だったが、その思索はガラスの割れる突然の大音声によって中断を余儀なくされた。
途端に警報が鳴り響く。エントランスの中は騒然となった。

「来ましたか……!」

オオカミに背を向け、立入禁止区画の中から出てエントランスへと向かう。
建物の正面玄関が破壊され、自動ドアが粉々になっている。壁も一部崩壊しており、濛々と煙が上がっている。
事前の打ち合わせにはなかった、ド派手な登場だ。
橘音は首を捻った。

――犬神さんって、こんなに派手好きだったかな?

犬神は出自が出自なだけに、割と陰気なところのある化生だったはずである。事前の打ち合わせでも、こんな演出は聞いていない。
橘音に協力するということで、頑張って柄にもない派手な演出を考えてくれたのだろうか?
そんなことを考えていると、やがて煙幕が薄らいでゆき、派手な血色のマントがぼんやりと現れる。
後は、ノエルが室内で吹雪を起こしたり、尾弐や祈がどさくさ紛れに展示物を倒したり。ポチが人の脛にまとわりついたり。
そうしてここにいる人間たちを混乱させ、それに乗じて橘音がオオカミを奪還するだけだ。
橘音はノエルと尾弐、祈に目配せした。――が。

――ぁ……?

出現したニセ赤マント、犬神の様子がおかしい。
打ち合わせでは、出現と同時にニセ赤マントは周囲を飛び回って人間たちを撹乱するという手はずだったのだ。
というのに、薄煙越しに佇む今のニセ赤マントはまるで、吊り下げられたてるてる坊主のようにぐったりを首を垂れている。
いや――まるで、という表現は違う。

『本当に吊り下げられている』。

「下等妖怪どものニオイがしたんで来てみりゃァ、テメェらとはな……。ツイてるぜ、そろそろ頃合と思ってたところだ」

煙の奥で、声がする。野太く荒々しい、いかにも暴力を好みそうな――野獣の声。
ぐったりと弛緩したニセ赤マント、犬神の首を鷲掴みにしながら、煙の向こうから現れたのは。

「大統領の思惑なんざ知ったことか。オレ様は喰いたいように喰い、殺したいように殺す。それだけのことよ」

東京ドミネーターズのひとり、狼王ロボ。

隆々とした筋肉を上等なダブルのスーツへ窮屈そうに押し込んだロボは、ニセ赤マントをボロ布のように尾弐の足元へ投げ飛ばした。
どうっ、と音を立てて床に転がると同時、ニセ赤マントが霧のように消えていく。力尽きケ枯れしたのだ。
犬神自体、弱い化生ではない。ほとんど実体がないので物理攻撃は効き目が薄く、その呪詛は強力である。
が、ロボはそんな犬神をまるで相手にせず屠り去った。恐るべき実力と言わざるを得ない。

「まさか……、本物のドミネーターズが来るなんて……」

まったくの予想外だ。橘音は戦慄した。
今この場には多数の人間がいる。ここで戦闘に及べば、多数の死傷者が出るのは間違いない。
何より、人の目があっては妖怪としての本性を現して戦うことはできないのだ。甚だ不利な状況と言うよりない。

「クソ……!」

思わず舌打ちする。が、ロボはそんな橘音の焦燥などお構いなしに、まずは尾弐へと標的を定めた。

「ゲハハハハハーァ!待ったぜ、この時を!約束だったな……どっちが頑丈に出来てるか、比べっこと行こうぜェェェェェ!」

ロボが尾弐へと襲い掛かる。人間の姿を取っているというのに、その膂力は容易く鋼鉄をねじ切るほど。
また、速度も祈を上回る。人狼ゆえにスタミナも折り紙付きだ。
東京ブリーチャーズ三人を一気に相手してもまるで引けを取らないロボの力は、他に類を見ない。
残虐性を露にして牙を剥く『カランポーの王』。借り物の力を使役していたクリスとは違う真の『王』の咆哮が、博物館に轟き渡った。
0065ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/07/12(水) 02:52:58.09ID:qLd1zrOQ
影に身を潜めて、玄関を出る。
夜の闇の中で聞こえるのは、ポチ自身の呼吸音だけ。
いつもよりも少し荒いその呼吸に、彼は自分が緊張を改めて自覚する。
緊張しているのは何故か……いる訳がないと思っていた同胞に、会えるからか。
それとも仲間達に何も告げずにこの場を離れようとしているからか。
考えても答えは出ない。だからすぐに考える事はやめた。
緊張の理由が分かったところで、する事は変わらない。
ポチは小さく頭を振ってから一歩前へと踏み出し……

>「ふっははははははは! 甘い! 甘いぞワンコロ! そんな事だろうと思ってここで待ち伏せしておいたのさ!」

不意に降り注ぐその声に、びくりと体を縮めて頭上を見上げた。

>「ポチ君! 車に乗りたくないからってそりゃないよ! 勝手にどっか行っちゃだめだって言ったのはどこのどいつだ!
  急いては事をし損じるってなあ! 大丈夫、橘音くんの依頼成功率は100%! 橘音くんはいつだって不可能を可能に――」

「……ノエっち。違うんだよ。僕だって橘音ちゃんを信じてる。でも……それでも僕、行かなきゃ。だって」

と、ポチの言葉を遮るように響く、破砕音……ノエルが足場とする木の枝がへし折れる音。

>「あぎゃあああああああああああああああああ!!」

「……ごめん、ノエっち!すぐ帰ってくるから!」

真っ逆さまに地面へと落下を始めるノエルから、ポチは目を逸らして駆け出した。
そして夜闇に満ちた森の中を走る。走る。走り続ける。
……ふと、奇妙な音が聞こえた。地面を蹴り、風を切る音。
この夜闇の中をポチ以外の誰かが走っている……しかも、ポチよりもずっと速く。
その音が誰によるものなのか、彼にはすぐに予想が出来た。
そしてその予想は……すぐに確かな事実へと変わる。闇夜の中、横面に投げかけられる声によって。

>「よぉポチ。どこまで散歩に行くんだ? ――東京までか?」

「……明日までには、帰ってくるよ。だから」

>「もしそうならやめとけよ。急ぐ気持ちは分かるけど、皆で助けに行くって話だっただろ?」
>「せめて明日まで待てよ。行きたいって言ったらきっと皆来てくれるし、皆でやった方が絶対いい。
  でも……それでも一人で行こうって言うんなら、あたしは――『ポチとやり合ってでも止めるから』な」

祈がポチの前に回り込み、立ちはだかる。

「……僕は、祈ちゃんと喧嘩したくない。祈ちゃんが僕を止める気持ちだって、分かってるつもり」

ポチはそう呟いて……しかし彼の纏う毛皮の上では、夜闇のような黒が膨らんでいく。

「だけど、ごめん。じっとしてられないんだ。あんな狭いところに閉じ込められて、独りぼっちで。
 可哀想じゃないか。だから一声……独りじゃないって、言ってあげなきゃ。
 それだけなんだ。それだけで、絶対にそれだけで帰ってくるから……」

ポチの姿が夜闇に溶けていく。
彼は、祈を振り切るほどの速さで走る事は出来ない。
だが祈が見つけられないようになる事は出来る。

「追いかけてきちゃ駄目だよ。こんなに暗いんだ。転んだら、怪我しちゃうかもしれない」

そう言って、素直に分かったと返ってくる訳がない事は、ポチにも分かっていた。
自分がそうしなかったように、きっと祈も、そうしない、と。
……彼女からは今もなお、優しさのにおいがする。
自分の為を思って、彼女はこの抜け駆けを止めに来てくれた。
その事に、ポチは一瞬口元を緩ませて……地を蹴るべく、深く身を屈める。
0066ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/07/12(水) 02:53:29.14ID:qLd1zrOQ
深く息を吸い込み、気配の残滓すら残さず振り切ってみせると、決意を固めた。
彼女がこの夜闇の中、無理にでも自分を追いかけようなどと思わぬように……と。
そして……不意に、新たな異音が聞こえた。
それが車の駆動音だと理解した時には、ヘッドライトの強烈な明かりがポチの体を照らし、暴き出していた。

>「ハイハイ!そこまでー!」

車から降りた橘音が、ポチと祈の間に割って入る。

「……橘音ちゃん」

>「せっかく、ボクがゆっくりしろって。焦りは禁物って言ったのに……。仕方ないですね、ポチさん」

「……ごめんね、橘音ちゃん。橘音ちゃんの邪魔になるような事は、絶対しないから。だから」

>「じゃ、ポチさんはこのまま東京へお戻りなさい。現地で合流と行きましょう」

「……へっ?」

>「場所はわかりますね?アナタの自慢の鼻で探れば、ニオイの元を突き止めるのは造作もないことでしょう」
 「アナタが到着するまでの間に、お膳立ては整えておきますよ。……じゃ、遅れないように」

「遅れないようにって、ホントに……ううん、ありがとね。橘音ちゃん」

言うやいなや、ポチは駆け出した。
森を抜け、山を超え、走り続ける。
ただの一時も足を休める事はない。
振り切りたかった。仲間に背を向けてでも我を通す……狼らしからぬ自分から発せられる、半端者のにおいを。
だから我を忘れる為に、一心不乱にポチは走った。



……自然界において、狼はさほど足が速い生物ではない。
最高時速はおよそ70kmほど……。
遅くはないが、草食動物にも同程度、あるいは更に速く走れる生物は多数存在する。
しかし狼と同等の速度で、狼よりも長く走り続けられる生物は、存在しない。
ましてやポチは妖怪だ。岩手から東京までの道のりも、休み無しで半日もかければ、踏破出来た。
東京に辿り着くと、彼は「匂い」を嗅ぎ取った。
自分によく似た、しかし自分のものではない匂い……ニホンオオカミの匂い。
似ているが、違う……その理由は、自分にすねこすりの血が混ざっているからか。
それとも……心のあり方の違いなのか。
一瞬、懊悩して、しかしすぐにポチは頭を振る。
そんな事に思い悩む事さえもが、狼らしくない。
我を忘れろと自分に言い聞かせる。同胞を助ける事、それだけを考えるんだ、と。
そしてポチはその匂いを辿り……国立科学博物館へと辿り着く。
入り口まで近寄ると、警備員や、警官が大勢立っているが……誰もポチの姿を認める事は出来ない。
潜り込むのは容易い。ポチは一歩前に踏み出して……

「……僕だけじゃ、君をそこから出してあげられない」

しかし、踏みとどまった。確かに人の目を欺き潜入する事は簡単だ。
だが科学の目は、どうか。人の目には見えない存在を時に映し出す眼が、そこには幾つもあった。
他にもどんな仕掛けがあるのか……人間社会で暮らしていないポチには見当すら付かない。
それでもそれらを侮ってはいけない事は、彼にも分かっていた。

「だけど……すぐに助けに来るから。君は、独りじゃないから……待ってて」

だから、ポチは吠えた。
小さく、しかし長く……人を怯えさせない程度に、だが館内に囚われた同胞に届くように。
0067ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/07/12(水) 02:55:07.06ID:qLd1zrOQ
その遠吠えは、人間達にとってはただの音だ。
精々、野良犬の仕業か、館内から聞こえてきたものくらいにしか思えないだろう。
まさか狼の血を引く妖怪が、同胞を助けに来るなどと連想出来る訳もない。

「……これくらいは、許してくれるよね。橘音ちゃん」

そう呟くと、ポチは博物館から伸びる影に隠れて、体を伏せた。
半日休まずに走り続けて、多少ではあるが、自分が疲れている事を彼は自覚していた。
橘音達がいつ来るのかは分からないが……遅れないようにと言っていた以上、それなりに早く到着するつもりなのだろう。
それまでの間、ポチは体を休める事にした。
目を閉じ、微睡み、浅い眠りに就いて……次に彼が目を開いたのは、日がもう殆ど沈んだ頃だった。

「……橘音ちゃん達、ホントに帰ってきたんだ」

鼻に届いた仲間達のにおいに、ポチが呟く。
疑っていた訳ではない。
ただ自分のわがままを通してもらった事を、改めて意識した。
仲間達に思われている事に嬉しく思いつつも……罪悪感が鎌首をもたげる。
しかし今回は、ポチが自分の在り方について思い悩む事はなかった。

「……なんだ、このにおい」

ふと鼻を衝いた異臭。
強さと凶暴さを感じさせる、妖気を伴う獣臭……。
次の瞬間には、ポチは駆け出していた。
やや遅れて響くガラスの破砕音、けたたましい警報。
ポチの地を蹴る足に一層力が篭もる。

「橘音ちゃん!」

匂いと音を辿り、仲間の元へと辿り着いたポチが目にしたのは……純白のニホンオオカミ。
そして、大気を引き裂くような咆哮を轟かせる、巨躯の人狼。
人狼……ロボが尾弐へと飛びかかる。
対する尾弐は……人の姿を取ったままだ。
周囲に人の多いこの状況では、妖怪の本性を現す事は出来ない。
……狼王ロボ、その力は強大極まる。
ただの咆哮一つですら、並の妖怪であれば萎縮させ、戦意を挫いてしまうだろう。
そう、例えば……すねこすりのような、争いに不向きな妖怪ならば。
すねこすりが挫かれ……つまり、送り狼が目覚める。
今この場において、ブリーチャーズの誰もが、妖怪としての本性を露わにする事は出来ない。
……だが、ただの野良犬でしかないポチは……送り狼は、違う。
送り狼が己を鼓舞するように猛り吠える。人に恐怖をもたらす咆哮を。
そしてロボを迎え討つように地を蹴った。

(コイツは、めちゃくちゃ強い!僕なんかよりずっと……だから、この一撃で!)

ロボがまだ人の姿でいる今。首輪が千切れる寸前の……今発揮し得る全力の一撃で首を食い破る。
それがポチの見出した最善の戦術だった。
0068御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
垢版 |
2017/07/12(水) 23:47:01.22ID:R5bn9T1H
>「……ごめん、ノエっち!すぐ帰ってくるから!」

「待たんかぁあああああ! 今夜の抱き枕どうすんだよおおおおお!」

今は本当に声をかけたら帰ってくるつもりなのかもしれない。
でも、いざ顔を合わせてしまったら声をかけるだけで気が済むとは思えない。
人型妖怪のノエルでは、雪山ならともかく普通の山で狼型妖怪のポチに追いつけるはずもない。
しかしそこに救世主が現れた。車と軽く併走できる祈ならポチにも楽勝で追いつける。

>「――ごめん御幸! でも自業自得だからな!?」

「――僕に構わず行け!」

尾弐が薬箱を持って現れると、ノエルは覗きをしようとして木から落ちただけのくせに
何故か送りバントをやり遂げたような顔をしていた。

「僕はもう駄目だ……でも全身に隅々まで隈なく丹念に薬を塗ってくれたら助かるかもしれない!」

至って平常運転なので命に別状は無いだろう。
妖怪は全般的に物理法則が人間ほど忠実には適用されない傾向がある。
更に、一応実体を持っているものの精霊系妖怪であるノエルは、その傾向が顕著な部類らしい。
そこに橘音も現れ、妙にしみじみと言う。

>「ノエルさんは じつに ばかだなあ」

「バカにバカって言ったらいけないんだぞ!」

口ではそう言いつつもどこか嬉しそうだ。ドM属性を発動させてしまったのかもしれない。

>「……そういえば、祈ちゃんとポチさんはどこへ行ったんです?」

橘音のその言葉でようやく現在の切迫した状況を思い出したらしく、
ガバっと起き上がり、橘音の肩を持ってがくがくゆすりながら叫び始めた。

「大変だーっ! ポチ君が脱走して祈ちゃんが追いかけてった!」

対する橘音は、落ち着いたものだった。

>「やれやれ……。やっぱりと言うべきか、我慢できませんでしたか」
>「クロオさん、お手数ですが車を出してください。ふたりを追いかけましょう、まだそこまで遠くには行っていないはず」

「駄目だよ飲酒運転になっちゃうじゃん! 僕が運転するよ! こんなこともあろうかとお酒を飲んでいないのさ!」

と騒いでいる間に後部座席に放り込まれ、車は発進した。
確かに昨今の飲酒運転ダメゼッタイの社会的意識の向上に比べ、
無免許運転は「盗んだバイクで走り出す」の時代程は注目されていない気がするが、そういう問題ではない。
それ以前に、ノエリストに車を運転させること自体自殺行為である。
しばらく走ってようやく追いついたところ、ポチと祈が一触即発な状態になっていた。

>「ハイハイ!そこまでー!」

>「せっかく、ボクがゆっくりしろって。焦りは禁物って言ったのに……。仕方ないですね、ポチさん」

「うんうん、全く、しょうがないポチ君だ」

と、橘音の威を借るノエル。しかし。
0069御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/07/12(水) 23:56:42.73ID:v0x6UET0
>「じゃ、ポチさんはこのまま東京へお戻りなさい。現地で合流と行きましょう」

「ふぁっ!?」

橘音のあまりに予想外の言葉に、思わずイケメンにあるまじき奇声を発する。

>「場所はわかりますね?アナタの自慢の鼻で探れば、ニオイの元を突き止めるのは造作もないことでしょう」
>「アナタが到着するまでの間に、お膳立ては整えておきますよ。……じゃ、遅れないように」

>「遅れないようにって、ホントに……ううん、ありがとね。橘音ちゃん」

唖然としている間に、橘音はポチを送り出してしまった。

>「納得いかない……という顔をしていますね?祈ちゃん」

橘音は、一戦交えてでもポチを止めようとしていた祈への説明という形で、皆に自身の意図を伝える。

>「彼の中には今、長年溜め込んだ同胞への想いが渦巻いています」
>「それは彼自身にも制御できない衝動となって、彼の中で荒れ狂っている。それを押さえつけて眠れと言うのは、どだい無理な話です」
>「今の彼には、ガス抜きが必要なんですよ。岩手から東京までは、おおよそ500km弱――」
>「東京に着く頃には、程よくガスも抜けているでしょう」
>「ま……元々、彼は狼。犬じゃない……『待て』なんて命令、聞くはずなかったってことでしょうかね」

>「ポチさんがボクたちよりも先に上野に着いてしまったらどうするのか、って?ふふ……心配ご無用!」
>「その辺りの対策も、ちゃぁんと考えてありますとも。だから……ボクたちが今すべきことは、ただひとつです」
>「ゆっくりお風呂に浸かって、ゆっくり眠ること。そして明日に備えることです。オーケー?」

橘音が大丈夫というのだから大丈夫なのだろう、そう思い、「その辺りの対策」等について特に深く聞くことはしなかった。
ノエルは宿に戻ると、ひとまず回復効果のある温泉(を冷ましてある水風呂)に向かう。
妖怪だから割と平気なものの、人間だったら重傷になっているところである。
とはいえ、その肌には打撲の跡どころかくすみ一つ無い。この宿では妖怪としての姿を現しているため、いつもに増して透き通るような白。
人間から見ればなんとも羨ましい体質だが、お姉ちゃんに打たれた傷痕は一つぐらい残っていてもいいのに、と思うノエルであった。

「ポチ君は、狼……」

『彼は狼。犬じゃない』――水風呂に浸かりながら、ノエルは先刻の橘音の言葉について考えていた。
クリスとの戦いの時に見せた荘厳な狼の姿。あれこそがポチの本質だとしたら。
ブリーチャーズの皆がよく知っている普段の人懐っこい犬のポチは、世を忍ぶ仮の姿なのだろうか。
否――あの仲間達に全身で親愛を表現するポチが偽りであるはずはない。
仲間達に懐くあの姿のポチは確かに幸せそうで、嫌々あの姿を取っているなんてことがあるはずはない。
しかし同胞が見つかったことで、激情に駆られ、心穏やかにいられなくなってしまった。
もしかして、同胞が現れずに穏やかにポチとして過ごす方が幸せだったのではないか、そんなことを思ってしまう。
犬とは、人間に飼いならされた狼が起源だと聞いたことがある。本来の有り方を捨て人間と共に生きることを選んだ狼が犬だとしたら。
二者択一を突きつけられた時、彼はどちらを選ぶのだろう……。
もういないと諦めかけていた仲間が生き残っていたというのに、何で素直に喜んであげられないのだろう。

「ああ、そっか。怖いんだ……」

ポチが同胞に会って心を通わせてしまったら、自分がよく知っているポチが戻って来なくなるような気がして。
そうだとしても、彼自身がそれを選ぶなら応援してやらねばならないのに。
ノエルは、自分が消えようとした時のポチや祈の気持ちを身を持って理解したのであった。
でも、今捕らえられているニホンオオカミの側から見れば、ポチがたった一人の仲間なわけで。
彼女にしてみれば、ポチが狼を忘れたままだったらあまりに悲しい。
クリスはみゆきだった頃を綺麗さっぱり忘れて生きている自分を見ていて、やるせない思いだったはずだ。
一瞬謎エフェクトがかかり、濃く白濁している水の中で密かに乃恵瑠の姿になってみる。
ポチの仲間が見つかったことを純粋に喜べるように。心の持ち様は姿に影響し、逆もまた然り。
人間によって絶滅に追いやられた生き物がまだ生き残っていたのだから、精霊系妖怪の王女としては嬉しくないはずがない。
0071御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc
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2017/07/13(木) 06:50:41.04ID:RdSF9Aqq
「祈ちゃん! "ポチ君"は……いなくなったりしないよね!」

思わず感極まってザバアッと音を立てて立ち上がりながら壁の向こうの祈に語りかける。※鉄壁氷湯気完備
周囲の「えっ」という視線で気付いたらしく、慌てて座って謎エフェクトと共にノエルに戻り、「今のは気のせいです」という顔をする。
またしても温泉にありがちなイベントを発生させてしまったノエルであった。
ちなみにわざとではないかというツッコミは厳禁だ。「その他湯」を作らないからこういう事故が発生するのである。

その後冷やしぜんざいを食べて機嫌を良くしたノエルは、女部屋に乱入して「枕投げしようず!」と騒いだり
橘音に寝るように言われると「抱き枕の脱走を許可した責任を取ってありのままの姿でモフモフの抱き枕になれ!」と言い出し
「ひんやり触感で寝苦しい夏の夜に最適!」と二人に自らの夏の抱き枕としての有用性をアピールしたりした。
当然のごとく最終的には男部屋に強制送還されるのだが。
ポチがいなくなって二人部屋になった今、これはこれで相方が身の危険を感じそうである。
が、幸い「硬そうだから却下」ということで、もしも毛髪の妖怪が見たら総白髪になりそうな光景が顕現されることはなかった。

「クロちゃん、この前貸してくれたお守りだけど、もうしばらく借りといていいかな……おやすみ……」

そう寝入り際に言うと、器用にもすぐに寝息を立て始めるのであった。
ちなみにノエルは必ずしも人間のように規則正しく毎晩夜になったら寝る必要はないのだが、
はしゃぎ回った上に無い頭で色々考えて疲れた模様である。

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

次の日、朝食を食べたらすぐ出発するかと思いきや、橘音に卓球に誘われた。

「そろそろ出発しないとポチ君着いちゃうよ?」

そう一言言うものの、大丈夫だ心配ないといった感じなのでそれ以上突っ込まずに誘われるままに卓球に興じる。
結局、卓球と風呂を何度か繰り返し、出発の合図が出たのは正午を回った頃だった。

>「ではお見せしましょう……狐面探偵七つ道具のひとつ!『天神細道』~!」
>「これをくぐればアラ不思議、どんな場所にも一瞬で行くことができるスグレモノです。これで東京まで戻りましょう」
>「ただし、行きはよいよい帰りはこわい……行くことはできますが、帰ってくることはできないんですけどね」

「凄い! ……けど、微妙に使い勝手が悪いような。そうだ! 二つ用意して両側に設置すればいいじゃないか!」

と物凄い名案を思い付いたような顔をしつつ宣言するが、そんな凄い物が二つもあるはずはない。

>「あ、着替えだとかは宿に置かせてもらいましょう。まだ、温泉旅行は続行中ですから」
>「ニホンオオカミ奪還作戦は夜に。ボクの蒔いた種が芽吹いたときが、作戦の開始時刻ということで」

鳥居をくぐると、SnowWhiteの店先。
従者達はちゃんとやってくれているだろうか、と中を覗いてみると。
従者二人を司会として何故か客達まで大々的に巻き込んでの編集会議が盛大に繰り広げられていた。
議題は、ノエルを中心にブリーチャーズのメンバーを題材とした特定のジャンルのものであった。
よって、何も見なかったことにしてそっとドアを閉めた。
――いや、客層に特定の趣味の方々が多い気はなんとなくしていたが。
大人しく橘音の事務所に待機して二時間ほど経過したころ、事務所の電話が鳴る。

>「ハイ、那須野探偵事務所。……あぁ、綿貫警部。お久しぶりです、どうしました?そんなに慌てた口ぶりで」
>「えっ!?怪人65535面相、もといカンスト仮面から、先日捕獲されたニホンオオカミを頂くとの予告状が届いた!?」
>「それはまさしくボクの出番ですね。承知しました、さっそく伺います。この狐面探偵・那須野橘音にお任せあれ!」

出発前に計画の概要を橘音から聞かされたノエルは、余裕綽々である。

「流石橘音くん、それなら楽勝だな!」
0072御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc
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2017/07/13(木) 06:51:12.77ID:RdSF9Aqq
そう、楽勝のはずであった――橘音の完璧な計画をぶち壊すイレギュラーが現れなければ。
捕らえられているオオカミと対面するまでは、滞りなく進んだ。
(ところで橘音の昔からの知り合いらしき警部は実はタヌキの妖怪だったりしないだろうか)
とにもかくにも、真っ白な雪のような狼と対面し、感嘆の声を漏らすノエル。

「なんて、綺麗なんだ……」

>「よかったですね。もう少しで、お仲間に会えますよ」
>「……おや?」

オオカミを見ていた橘音が何かに気付いたようだ。「どうしたの?」と聞こうとしたその時だった。
ガラスが割れるけたたましい音が鳴り響く。

>「来ましたか……!」

橘音はそう言ったものの、どこか解せないような顔をしている。怪訝に思うノエルだったが、その理由はすぐに明らかになった。

>「下等妖怪どものニオイがしたんで来てみりゃァ、テメェらとはな……。ツイてるぜ、そろそろ頃合と思ってたところだ」
>「大統領の思惑なんざ知ったことか。オレ様は喰いたいように喰い、殺したいように殺す。それだけのことよ」

その言葉のとおり、空気読まずに狼王ロボが乱入。匂いがしたから来てみた、って本当にそうなら行動力あり過ぎじゃないのか。

「せ、西洋オオカミはお呼びじゃないぞ!」

「安心してください、想定の範囲内です」を期待して橘音の方に目を向けるが。

>「まさか……、本物のドミネーターズが来るなんて……」

流石の橘音も普通にガクブルしていた。
ただでさえ強敵な上に、周囲にはたくさんの人間がいて、本性を現せない。
外見は普通の人間と変わらない祈や、いつも人間の姿のままで十二分の戦闘力を発揮している尾弐はともかく。
設定上存在する他のメンバーの大多数と同じように、普段戦う時には本性を現すノエルにとっては圧倒的に不利な状況だ。
仕方なく日傘を構え、妖力を通し氷属性を付与して強化する。日傘は夏の昼間は常に持っていて、一応護衛の任務だからということで持ち込んでいたものだ。
(当然、傘が武器になるか!と思われそうだが、それ以前に存在自体が胡散臭いのでそこは特に突っ込まれなかった)
ちなみに武器らしい武器を持たずに己の肉体を武器に戦うメンバーの比率が高い理由の一つは
現代日本で冒険ファンタジー的なノリでバカでかい剣を意気揚々と持ち歩いたりしたら逮捕されるからであろう、多分。

>「ゲハハハハハーァ!待ったぜ、この時を!約束だったな……どっちが頑丈に出来てるか、比べっこと行こうぜェェェェェ!」

>「橘音ちゃん!」

尾弐に襲い掛かろうとするロボに、ポチが飛びかかる。
たった今到着したのか、否――もしかしたらずっと前から到着していて様子を伺っていたのかもしれない。
とにかく、あれとやりあったら一撃でクラッシュアイスになりそうなので、前は肉体派の方々に任せて後方援護に回ることとする。
取り出したるは、おやつに入るか入らないかで今なお学会で激しい議論が繰り広げられている(←大嘘)バナナである。
ただのバナナではなく、呪氷で氷漬けの冷凍バナナだ!
別にバナナじゃなくても凍らせれば何でも一緒じゃないかと思われそうだが
バナナは凍ると釘が打てる程度の凶器になるというイメージが広く一般的に知れ渡っているため、手持ち品の中では武器として最適だったのだ。
あと形もブーメランっぽい!

「バナナで釘が打てますッ!」

ポチの攻撃を成功させるための囮として、冷凍バナナを投擲する。
0073尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/17(月) 22:39:16.68ID:GYj+OpTv
>「僕はもう駄目だ……でも全身に隅々まで隈なく丹念に薬を塗ってくれたら助かるかもしれない!」

尾弐が旅館を出て外へと足を進めて見れば、案の定。土の上にはノエルが転がっていた。
ノエルが地面に転がっている事など如何にも在りそうではあるのだが……
いくらノエルでも夜中に泥遊びをする趣味は無いだろうと、
心の中に僅かに残るノエルの理性への信頼からそう思い直した尾弐は、一体何が原因なのかと周囲を見渡す。
すると、見えてくるのは折れた木の枝と、最寄りの風呂の位置。

「……ナルホドな」

ノエル。風呂。高い木。折れた枝。
ここまで揃っていれば、探偵でなくとも想像は付く。
恐らく……というよりは、間違いなく覗きだろう。
ノエルという妖怪は、自然霊寄りの存在であるが故に性別への敷居が他者より低いきらいが有る。
本人と周囲が許しているので、これまでは尾弐も乾いた笑いで済ましていたが

「流石にやり過ぎだ……とりあえず物理的に性別変換の治療いっとくか、色男」

今回ばかりは、少し『おいた』が過ぎたというべきだろう。
言葉を並べる尾弐の額には青筋が浮かんでいる。
その怒りは、ノエルが覗きを行った事に対してのモノ――――ではない。
尾弐が怒りを見せたのは、ノエルが那須野が隠す物を無理矢理に暴き出そうとした事に対してであった。

人が何かを隠すという行為は、暴かれたくない真実があるという事と同義である。
そして、その隠したモノを覚悟無く、遊び半分で踏み荒らすのは、例え親しい間柄であろうと恥ずべき行為だ。
故に……流石に言葉通りの去勢とはいかないが、それでも体罰によって強制的に反省させるべく、
尾弐は持ってきた救急箱からアンモニア臭が独特な痒み止めの液状薬剤を取り出した。
そうして、注意書きに『粘膜への塗付は行わないでください』と記載されているその液状薬剤を
ノエルの鼻にいざ流し込まんとし

>「ノエルさんは じつに ばかだなあ」

遅れてやってきた那須野の呆れた様な声にピタリと腕を止め、暫しの逡巡の後に手を引いた。

「…………はぁ。まあ、大将がそれでいいならいいんだがよ」

尾弐が手を引いたのは、張本人たる那須野がノエルの行為を許しているが故。
被害者が許してしまえば、第三者であるそれ以上尾弐が何かを行う権利は無いからだ。
それでも尚、何の被害も受けてない尾弐がノエルに私刑を加えてしまえば……
それはもう他者を想う気持ちではなく、ただの尾弐自身の悪意と成り果ててしまう。

……ただ、そう理解しているにも関わらず、何となく感情を持て余した尾弐はノエルの脳天に軽くチョップを入れるのであった。
0074尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/17(月) 22:40:01.61ID:GYj+OpTv
>「……そういえば、祈ちゃんとポチさんはどこへ行ったんです?」

さて、そうした状況が一段落した辺りで、那須野が疑問の声を上げた。
質問の内容はこの場にいないポチと祈の所在に関するものであったが
当然の事ながら、先ほどまで部屋に居た尾弐は二人の行方を知らない為、首を傾げながら口を開く

「ポチ助なら散歩してるんじゃねぇか? 祈の嬢ちゃんは……ポチ助に気ぃ使ってやってくれってくれって頼んじまったからな。ひょっとしたら一緒に――――」
>「大変だーっ! ポチ君が脱走して祈ちゃんが追いかけてった!」
「はぁ!?」

だが、そこで地面を蒲団としていたノエルが起き上り、尾弐の言葉を遮り慌てた様子で重大な事実を口にする。
そして、その予想外過ぎる事態に尾弐は珍しく素っ頓狂な声を上げる事となった。

>「やれやれ……。やっぱりと言うべきか、我慢できませんでしたか」
>「クロオさん、お手数ですが車を出してください。ふたりを追いかけましょう、まだそこまで遠くには行っていないはず」
>「駄目だよ飲酒運転になっちゃうじゃん! 僕が運転するよ! こんなこともあろうかとお酒を飲んでいないのさ!」

「……ポチ助の奴、様子が妙だとは思ってたがよ」

それでも、二人の言葉を聞いていくうちに何とか状況を噛み砕き理解する事に成長した尾弐は、
自身の眉間を指で揉み、舌打ちをしてから、駐車してある車へと走って行く。
そして、エンジンを入れた車をノエルと那須野の前に車を停車させてから、運転席の窓を開け二人に声を掛けた。

「あー……お前ら、乗ったらシートベルトはきっちり締めとけよ。
 夜道で飲酒で法定速度完全超過予定なんて、人間社会なら豚箱入り間違いなしの危険運転だからな」

―――――

かろうじで事故なく辿り着いた森の奥では、祈とポチの二人が対峙するという、尾弐にとって喜ばしくない光景が繰り広げられていた。

>「ハイハイ!そこまでー!」
>「うんうん、全く、しょうがないポチ君だ」
「ったく、糸の切れた凧どころかテッポー弾みてぇな真似しやがって……二人とも怪我はねぇな?」

先に下車した二人の後を追う様に運転席から下りた尾弐は、祈とポチの双方共に怪我が無い事を目視で確認すると、安心した様に小さく息を吐く。
そうして、ポチを無理矢理連れ戻そうと二人に向けて歩を進めるが

>「じゃ、ポチさんはこのまま東京へお戻りなさい。現地で合流と行きましょう」
>「……へっ?」
>「ふぁっ!?」
「……本気か?」

那須野が放ったポチが先行する事を了承する旨の発言により、その動きを止める事になった。
許可を出さたポチですらも驚愕している様子であったが、現地へと向かいたい想いが強いのだろう。ポチは混乱から直ぐに立ち直ると、

>「遅れないようにって、ホントに……ううん、ありがとね。橘音ちゃん」

そう言い残して闇の中に消えて行った。
……そうして残されたのは、ポチを除いた東京ブリーチャーズの一向。

>「納得いかない……という顔をしていますね?祈ちゃん」

当然の事ながら、その場には那須野への説明を求める空気が残り、それに答えるべくして彼の探偵は口を開く。
その話は、ポチの衝動に対してのガス抜きを鑑みたものであり、一応の納得は見せられる道理はあった……が。
それでも思う所が有るのだろう。尾弐は帰りの車中で何ら言葉を発する事は無かった。
0075尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/17(月) 22:41:11.25ID:GYj+OpTv
宿へと戻った尾弐は宛がわれた一室へ戻り、どかりと窓際の椅子に座りこむ。
そうして、そのまま暫く窓から夜空を眺めていたのだが……

「……なあポチ。お前さんは、顔も知らねぇ狼を選ぶんだな」

ふと、寂しげにそう呟いた。
……心に積もった思いは、とても重い。それは尾弐も理解している。
そして、誰かが誰かを想う気持ちに優先順位がある事もまた知っている。
きっとポチにとってニホンオオカミという存在は何よりも重要な存在なのだろう。
それこそ、尾弐達を置いて駆け出してしまう程に。

……本当に我儘な話だ。
尾弐自身が己の感情に順位を付けているというのに、他者にはそれをして欲しくないなど。

部屋に戻ってきて直ぐ、尾弐が問いに答える前に寝入ってしまったノエルの布団を掛け直し、
夜が更けてからも、尾弐は纏まらない思考を誤魔化すように、酒瓶片手に夜空を眺め続けた……

―――――

そして翌日。那須野の持つ珍妙な道具シリーズの『天神細道』によって東京へと戻り、
手持無沙汰に那須野の事務所で待機をしていた尾弐であったが、掛かってきた一本の電話により状況は動く事となる

>「えっ!?怪人65535面相、もといカンスト仮面から、先日捕獲されたニホンオオカミを頂くとの予告状が届いた!?」
>「それはまさしくボクの出番ですね。承知しました、さっそく伺います。この狐面探偵・那須野橘音にお任せあれ!」
>「さて。……では、行きましょうか」

「あいよ、大将――――あの変態マスクの名前も偶には役に立つもんだ」

怪人65535面相がこのタイミングで送ったという、狼を盗むという予告状。
その話を聞いた尾弐は、大枠で那須野の立てた作戦を察して苦笑を浮かべた。



「あー……こんな所で会うたぁ奇遇ですなぁ、綿貫警部。
 差し入れのコーヒー持ってきたんで、同僚さんと飲んでくだせぇ」

国立科学博物館へと辿り着いた東京ブリーチャーズの面々は、那須野の手引きで易々と館内への立ち入りを果たす事が出来た。
尾弐は、そこで出会った綿貫という中年の警察官へ挨拶すると、道中の業務スーパーで購入した缶コーヒーの段ボール箱を手渡す。

……意外な事ではあるが、尾弐とこの綿貫警部は知人である。
勿論、怪人65535面相関係ではなく、尾弐の本業の関係の付き合いだ。
尾弐は、人には言えない状態の遺体や異様な事件で亡くなった遺体の葬儀を請け負っているのだが、
その業務上どうしても警察関係者とは頻繁に顔を合わせる事となるので、結果として、尾弐黒雄には顔見知りの警察官がそれなりに居るのである。

「どうも力仕事が出来る奴が必要だってんで、那須野の奴に声掛けられましてね
 うろちょろされるのは深いでしょうが、警察の皆さんのご迷惑にならねぇよう俺がしっかり見とくんで、
 警部は俺らの事は空気とでも思っといてくだせぇや」

そう言って尾弐は、軽く頭を下げ警察関係者から離れニホンオオカミの方へと歩を進める。
檻の外からその姿を眺め見てみれば、成程そこには確かにニホンオオカミと思わしき獣がいた。

「……ついこの間までそこらの森にいたお前さん達が、今じゃ絶滅動物か。人の世界が巡るのは早ぇモンだな。
 あんまりに早すぎて、オジサン付いていくだけで精一杯だぜ」

純白の毛並みを持つそのオオカミを見て尾弐が抱いたのは、驚嘆よりも郷愁に近い感情であった。
尾弐からしてみれば、つい数百年までは吐いて捨てる程に居たニホンオオカミが今や目の前の一匹を残すのみというであるという事実は、
どうにも現実感が伴わないものである。

――――と。
0077尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/17(月) 23:10:50.45ID:GYj+OpTv
>「来ましたか……!」

硝子の割れる音と共に、室内に警報が鳴り響く。
那須野に事前に聞かされていた計画の通り、犬神が潜入してきたと考えた尾弐はさりげなく消火器の近辺へと歩を進める
恐らくは、どさくさに紛れて噴霧することで混乱を増そうという考えなのだろう。

だが

>「下等妖怪どものニオイがしたんで来てみりゃァ、テメェらとはな……。ツイてるぜ、そろそろ頃合と思ってたところだ」


砂煙の向こうから現れたのは、犬神も化けた赤マント――――では無かった。
底冷えする様な荒々しい声。ダブルスーツを着込んだ、筋肉質な肉体。

「な――――東京ドミネーターズだと!?」

驚愕に目を見開き那須野の方を見れば、彼の探偵も想定外の事態に困惑の色を見せている、
当たり前だ。まさかこれだけ衆目の有る環境に、しかも正面突破で現れるなど想像しようも無い。

>「ゲハハハハハーァ!待ったぜ、この時を!約束だったな……どっちが頑丈に出来てるか、比べっこと行こうぜェェェェェ!」

「知るかっ、頑丈もクソも――――オジサンの腰は硝子製なんだっつーの!!」

そんな尾弐の驚愕など知った事ではないという様に、東京ドミネーターズ『狼王ロボ』は、尾弐へと標的を定め襲い掛かってきた。
その速度は、圧倒的な速度を誇る祈よりも尚早く、その膂力は路中に埋め込まれた標識すら引き抜く尾弐より尚強い
以前の前哨戦から察するに、彼の妖壊と正面から打ち合うのは、はっきりと言えば愚策であった
眼前の敵は、周到な罠を仕掛け、数を用意し、倫理に悖るあらゆる手段を用いても、それでも勝ち目が有るかすら判らない相手なのだ。

だがそれでも―――――

尾弐が視線だけを向けた先に居るのは、怪盗から狼を守らんとしていた多数の警官隊。
ここで尾弐が回避行動を取れば、彼らがドミネーターズの攻撃に巻き込まれる可能性は高い。
ならばこそ、尾弐には愚策を選ぶ事しか出来ない
せめてダメージを最小限に抑えるべく、尾弐は両腕を交差させて受けの姿勢に入り
0078尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
垢版 |
2017/07/17(月) 23:11:08.39ID:GYj+OpTv
>「橘音ちゃん!」
「ポチ助か!」

けれどその絶妙なタイミングで、支援の手が入った。
尾弐の視線の横から飛び入って来たのは、巨大な獣――――先行して博物館へと走っていたポチであった。
ポチは躊躇いなくその狼王ロボへと飛びかかり、その首筋へと牙を突き立てんとする。
その直前にはノエルがバナナを投擲する事で注意を逸らそうとしており、
並みの相手であれば十分に致命の一撃を与えられる連携であった。

二人の行動を見た尾弐は、とっさに防御を解き、追撃として狼王ロボの鳩尾に向けて渾身の力を込めた右拳を放つ。
装甲車ですら易々と破砕するその一撃は、これまで数多の妖壊を屠ってきたのだが

(――――っ、不味い!)

放った拳の先から伝わるのは、分厚いゴムを殴ったかの様な感触。
尾弐は、自身以上の強者へ対して防御ではなく攻撃を選んでしまった自身の迂闊さと、腕力への過信を呪う。
だが、その後悔はもう遅い。
尾弐の拳が届くという事は、相手の拳も届く距離であるという事なのだから。

今の尾弐には、次に訪れるであろう攻撃に備えて全身の筋肉に力を込め硬化させる事しか出来なかった。
0079多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/20(木) 18:37:01.58ID:zSaI4seP
 ポチが行こうとするならば戦ってでも止める。そう決めた祈は、深く腰を落とし半身に構えた。
 行くとするならばせめて明日だ。
万全とは行かないまでも、時間があれば皆の足並みは揃い、
足並みが揃えば作戦の成功確率はぐんと上がる。尾弐も飲酒運転をしないで良いし、
そしてポチは要らぬ後悔などを抱え込まないで済むのだろうから。
 とは言え、止めるのは簡単ではない。祈を半妖と呼ぶのなら、ポチは全妖の狼犬。
すねこすりの特性は戦闘向きでないにしても、送り狼の側は圧倒的に戦闘向きだ。
身体能力の面では速さ以外に祈が優るところはそうあるまいし、更にこの暗闇。
送り狼の闇や影に溶け込む性質も手伝い、戦闘になれば俄然ポチが有利になると思われた。
 しかし、祈は自分が敗北するとは思っていない。
ブリーチャーズに入る遥か以前、ランドセルを背負っている頃から祈はただ一人妖怪と戦ってきたのだから。
>「……僕は、祈ちゃんと喧嘩したくない。祈ちゃんが僕を止める気持ちだって、分かってるつもり」
 そう頑なに言いながら、夜闇に体を溶かしていくポチ。
>「だけど、ごめん。じっとしてられないんだ。あんな狭いところに閉じ込められて、独りぼっちで。
>可哀想じゃないか。だから一声……独りじゃないって、言ってあげなきゃ。
>それだけなんだ。それだけで、絶対にそれだけで帰ってくるから……」
>「追いかけてきちゃ駄目だよ。こんなに暗いんだ。転んだら、怪我しちゃうかもしれない」
 その体は深い黒に飲まれ、だんだん見えなくなっていく。
しかしポチは祈と戦おうとなどとは考えなかった。選んだのは自身の特性を活かした逃げの一択。
夜闇に紛れられれば、いかに足が速い祈であろうと追跡は困難になる。
(――まずい。今捕まえないと逃げられる)
 逃がすまいと思い飛びかからんとする祈だったが、
しかしそこに、ライトの光とエンジン音が横から割り込んできた。
一台の車がポチと祈の側で停車し、ライト光で両者を照らす。
光は闇に溶け込もうとしたポチの姿を浮かび上がらせ、
暗闇に慣れていた目にライトの光が痛かった祈は思わず腕を眼前に翳し、顔に影を作った。
 停車した車の助手席からは橘音が降りてきて、
>「ハイハイ!そこまでー!」
 と、緊迫した空気を壊すように、祈とポチの間に割って入って来る。
>「せっかく、ボクがゆっくりしろって。焦りは禁物って言ったのに……。仕方ないですね、ポチさん」
>「うんうん、全く、しょうがないポチ君だ」
 橘音だけでなく、後部座席にはノエルもいる。運転席には当然尾弐が座っていて(飲酒運転だ!)、
>「ったく、糸の切れた凧どころかテッポー弾みてぇな真似しやがって……二人とも怪我はねぇな?」
 と言って尾弐もまた降りてきた。
ブリーチャーズ総出でポチの脱走を止めに来たのだろうと、束の間安心した祈であったが、
>「じゃ、ポチさんはこのまま東京へお戻りなさい。現地で合流と行きましょう」
 橘音がまたしても言葉の爆弾を炸裂させる。
>「……へっ?」
>「ふぁっ!?」
>「……本気か?」
 ノエルも尾弐も、許可を出されたポチですらもその発言に首を傾げるが、
>「場所はわかりますね?アナタの自慢の鼻で探れば、ニオイの元を突き止めるのは造作もないことでしょう」
>「アナタが到着するまでの間に、お膳立ては整えておきますよ。……じゃ、遅れないように」
「えっ、ちょ……え?」
 ポチではなく祈の方を手で制したまま、橘音は一方的にポチにそう告げてしまった。
ポチの脱走を見逃す、と。
>「遅れないようにって、ホントに……ううん、ありがとね。橘音ちゃん」
 ともあれ、行って良いと許可を出されたポチは、礼を述べるや否や振り返ることなく走り出し、
どうしていいか迷っていた祈も結局、他のブリーチャー同様にその後ろ姿を見送ることになった。
ポチの姿は完全に見えなくなってしまう。
>「納得いかない……という顔をしていますね?祈ちゃん」
 そう祈に問う、橘音。
「……そりゃね。今のポチは冷静じゃない。何かあったらどうすんだよ」
 不満げに、頭を掻きながら祈は答える。
 何かあったら。それは当然、ポチの身を案じての言葉ではある。
転んで怪我をしまいか、迷ってしまわないか。
そして同時に、冷静さを欠いたポチが何らかの過ちを起こしてしまわないかという心配もあった。
 しかし。
0080多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/20(木) 18:38:41.43ID:zSaI4seP
>「彼の中には今、長年溜め込んだ同胞への想いが渦巻いています」
>「それは彼自身にも制御できない衝動となって、彼の中で荒れ狂っている。それを押さえつけて眠れと言うのは、どだい無理な話です」
>「今の彼には、ガス抜きが必要なんですよ。岩手から東京までは、おおよそ500km弱――」
>「東京に着く頃には、程よくガスも抜けているでしょう」
>「ま……元々、彼は狼。犬じゃない……『待て』なんて命令、聞くはずなかったってことでしょうかね」 
 橘音は敢えてポチに寝ずの行軍をさせることによって、冷静さを取り戻させる策に出た。
いわばポチの脱走すらも作戦に組み込んだ形である。
そこには確かな一理がある。今のポチを抑えられても、
明日の作戦で冷静さを欠いて暴走してしまえば、それこそ作戦はご破算。
しかし橘音の言う通り走り回らせ疲れさせてしまえば、多少のクールダウンは見込めるであろうし、
また作戦時に暴走したとしても、疲れているのなら被害は最小限で済む。
橘音の狙い通りに事が運ぶとすれば、これは良策であるように思えた。
「言われてみれば、そうかもしれないけど……」
 しかし、それでも心配ではある。
後ろ髪を引かれるような思いで、祈はポチが走り去った方向を見遣った。
>「ポチさんがボクたちよりも先に上野に着いてしまったらどうするのか、って?ふふ……心配ご無用!」
>「その辺りの対策も、ちゃぁんと考えてありますとも。だから……ボクたちが今すべきことは、ただひとつです」
 橘音が助手席に乗り込んで、祈にも乗車を促した。
>「ゆっくりお風呂に浸かって、ゆっくり眠ること。そして明日に備えることです。オーケー?」
「……橘音がそう言うなら」
 祈はポチが走り去った方向からようやく目を離し、車の後部座席に乗った。
 車が動き出して少し。ぼんやり窓の外を眺めていた祈だったが、
思い出したように、横に座るノエルの肩を手の甲でぽすんと叩いた。
「『僕に構わず行け!』って、なんでカッコイイ感じになってんだよ。……てか大丈夫だった?」
 そんな時間差ツッコミを入れてみたりしたのだった。
0081多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/20(木) 18:41:57.68ID:zSaI4seP
 車で旅館に戻った祈は、寝る前に卓球場で動いたりポチを追ったことで掻いた汗を流そうと風呂に向かった。
橘音が何度も内風呂に入るので、そちらは橘音用にと空けておき、目指すは露天風呂だ。
 今度は遅い時間だからか、女湯側もそれなりに賑わっている様子だった。
祈がタオルを体に巻きつけて脱衣所から露天風呂へと続く引き戸を開けると、
そこには、やけに首の長い女。髪をほどくと頭に口のある女。歩くと時折さらりと白砂が零れる女など、
妖しく怪しい大人の妖怪美人達が入浴していた。
 知らない人達と一緒に入浴するのって少し恥ずかしいな、とか思いながら体を簡単に洗い、
女性妖怪と自分の体を見比べ、あたしもいずれあんな風になったりするのかな、
などと考えながら、露天風呂の湯にゆっくり体を沈めていると。
>「祈ちゃん! "ポチ君"は……いなくなったりしないよね!」
 不意にノエルの、否、乃恵瑠の声がするので、反射的にざぶんと頭まで一気に温泉に潜った。
そして頭をあげた祈は、どうやらノエルが男湯から話しかけてきただけのようだと察する。
しかし何故か、乃恵瑠の姿になった状態で話しかけてきているようだった。
なんだ驚かせやがってと男湯の方を見遣る祈だったが、祈の反応で、
隣の男湯から話しかけられた祈とは誰であるかわかってしまったようで、女妖怪達が祈を見てくすくす笑っている。
(くっ……ちょっと恥ずい……!)
 しかし毒を食らわば皿まで。ノエルが不安に駈られているようなので、祈は天を仰いでこう言ってやった。
「いなくならないよ! 多分!」
 しかし、それは結局ポチが決めることだ。
ポチはブリーチャーズという仮初めの群れでなく、本物の狼の群れを欲している。
故に、囚われの狼がポチを選んだなら、ポチはブリーチャーズのポチではなく送り狼として生きる道を選ぶかもしれない。
また、ポチがブリーチャーズに所属する理由は定かではないが、もし同胞を探すことを条件に協力していたのだとすれば、
それが果たされた後は所属し続ける理由もなくなってしまうのだろう。
 だから祈の言葉は気休めでしかないし、
残された祈やノエルにできるのはそれに備えて覚悟を決めておくこと。
ノエルとて、それはわかっているだろうと思う。
 瞬間的なガールズトークの後、なんとなく居づらくなった祈は早々に露天風呂を上がり、部屋に戻った。
その後、ポチが居なくなった未来を想像して寂しくなったのだろうか、ノエルが女部屋に突入してきたので適当に遊んだ。
ノエルが橘音に抱き枕になるよう迫るのを止めてみたり、枕投げをしようと言うので枕でキャッチボールをしてみたり、
「ひんやり触感で寝苦しい夏の夜に最適!」などと言いだすものだから、
実際に布団にノエルを30秒ほど寝転ばせ、退かしたた後に祈もそこに横になってみて、
「いやひんやりしてるけど……これ逆に寒くて寝れないと思う」などと言って却下してみたりしたのだった。
0083多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/20(木) 19:35:17.99ID:zSaI4seP
 その夜。
橘音と祈に割り当てられた部屋で、祈は布団に仰向けになりながら天井を見つめていた。
もはや日課となっている、コトリバコやその被害者達、雪になって消えたクリス等への祈りを捧げた後、
明日の為にも早く眠ろうと思い布団に入ったのだが、ポチのことが気掛かりで寝付けずにいるのだった。
 ノエルという賑やかな妖怪が去った後だからか、余計にしんとして感じられる室内。
ふと横を見るとそこには衝立があり、祈と橘音の間を明確に隔てている。
祈が橘音の狐面の下を間違っても見てしまわないように、
また、橘音が男であった場合に祈が気にならないようにと念の為に配置したものだが、
着替え時など、橘音がこの頼りない小さな壁の向こうにいると知っていても
びっくりするほど緊張はなくて、祈は自分で思っているよりも橘音に対して信頼を寄せているのだと嬉しくなった。
橘音の事情さえなければ衝立なんていらなかったな、と。そんな風にすら考える。
 橘音の方も大して祈を意識している様子はなかった。
橘音は以前、祈のことを生まれた時から知っていて妹のように思っている、と言ってくれていたから、
同室だからと言って意識するような間柄ではないと、そんな風に感じているのかもしれない。
ただ、祈が橘音と会っていたのはなにぶん小さい時のことであるし、
ある時に再会するまでは橘音のことをすっかり忘れていた祈であるから、なんとなく申し訳なくはあった。
「……もう寝ちゃった?」
 衝立をじっと見ていた祈は不意に、囁くような小さな声で問うた。
 返事はなく、規則正しい息遣いが衝立の向こうから祈に聞こえてきている。
恐らく橘音は寝ているのだと思われた。
「ポチ、大丈夫かな。道迷ったり、どっかで転んで怪我してないかな」
 祈は、橘音が寝ているのだろうと判断して、一人で言葉を連ねていく。
今も未だ走っているだろうポチ。ライトの灯りの届かない、闇の中に消えていく後ろ姿が思い出された。
「きっと大丈夫だよな。でも喉は渇いてるだろうから……温泉のお湯でも持って行ってあげよっか?」
 水筒を持ってきているから、それに源泉を汲めば持って行けるだろう、などと思う。
とは言え、ポチを先行させたのは走り回らせて疲労させるのが目的であるので、
ケ枯れ寸前の状態からでも回復させてしまうと言う秘湯の源泉を飲ませるとすれば、それは非常事態に限るだろうけれど。
 祈は身をよじって体を橘音の方へ向けた。衣と布団が擦れる音が響く。
「……ね。橘音。一回言った事だけど、もっかい言うね。連れてきてくれてありがと。すごく、すごく楽しかった。また一緒に来ようね」
 思っていることを言葉にしたことで満足したのか、ざわついていた心が落ち着いてきた祈は、
また身をよじって仰向けになる。暫くすると、祈も寝付いた。
 祈はまだ、両親の死の真相を知らない。
0084多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/20(木) 19:37:53.70ID:zSaI4seP
 朝になると、一行は再び宴会場で朝食を摂った。
受付の山彦がちゃんと伝えたのだろう、用意された膳は昨日より一つ少ない。
 食事は昨晩の夕食のように重たいものは少なかったが、それでも豪勢なものだ。
鮭の塩焼きは旬ではないのに程よく脂がのって、丹念に箸で啄みたくなり、白米とよく合う。
皮もバリッとしていた。
出汁巻き卵は卵の味わいがしっかり活きていて、味噌汁は塩味よりも出汁を利かせてあり、香り良く飲みやすい。
きっと何百年と修行を続けた、腕のいい妖怪の料理人がいるのかもしれない、などと考えながら、
祈は旅館で味わう食事との別れを惜しむようにじっくり料理を味わった。
 朝食を味わった後は、各々思い思いに過ごした。
入り納めだと祈は朝風呂を堪能し、売店で日持ちするお菓子類を祖母やモノの土産に購入したり、
窓から見える森の木々や川を眺めてみたり、昨夜言ったように秘湯の源泉を水筒に汲んでみたり。
 それが終わると浴衣から私服に着替え、
有事の際に必要になる荷物をスポーツバッグに纏めるなどしてこれからに備えた。
準備が終わり、いざ出陣、としばらく構えていたのだが、橘音が行動を起こしたのは正午を過ぎた頃であった。
>「ホントは二泊三日のはずだったのに、途中で帰るなんて風情がない……。さっさと片付けて、またここへ戻ってきますよ。皆さん」
 しかもまだ遊ぶ気であるらしく、そんなことを言う。
 惜しむようにあれだけ卓球と風呂をループしていたのに、と祈は少々呆れたのだが、
戻って来れるのならば戻って来たいのは祈も同じであるので反論はせず、
素直にスポーツバッグから着替えなど不要な物を出して部屋においたのだった。
 そうして橘音が旅館の玄関先で取り出したのは、狐面探偵七つ道具の一つである『天神細道』。
どうやって収納していたのかと突っ込みたくなるような、祈の身長ほどの小さなこの鳥居。
これを潜れば、一方通行ではあるがどんな場所にも一瞬で行くことができると言う。
これを使って、先駆けたポチに追いつこうと言う話であるらしい。
 そして鳥居を潜って、一行は「SnowWhite」の店先へ――東京へと戻ってきた。
 東京に戻ってまず思うことはと言えば。
「あづい……」
 森の木々が作る影。近くを流れる清流と、そよそよと吹く風。
それらによって生み出される、旅館内のひんやりとした空気。
それがなくなった瞬間、東京の夏の暑さを実感する。早くも迷い家旅館が恋しく思えたが、振返っても旅館は見えない。
『天神細道』は一方通行。戻ることはできないのだった。
0085多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/20(木) 19:41:30.55ID:zSaI4seP
>「ニホンオオカミ奪還作戦は夜に。ボクの蒔いた種が芽吹いたときが、作戦の開始時刻ということで」
 橘音が事前にこう言っていた通り、作戦開始は夜になった。
時計は午後十時を回り、ブリーチャーズの姿は上野の国立科学博物館の敷地内にあった。
博物館の敷地内は警察やパトカーが来ており、緊張した雰囲気が漂い、騒然としている。
「ふぁ……」
 祈はそれを見ながら緊張感なく欠伸を漏らす。
仮眠を取ったとは言え、平時なら寝ている時間で、僅かに眠気が抜けきらないでいるのだった。
しかし目尻に滲んだ涙を指先で拭い、荷物を担ぎ直して気合を入れる。
そう、気合を入れなければならない。何故なら、今から狼奪還作戦が始まるのだから。
 橘音が立案した今回の作戦を簡単に纏めるとこうだ。
『関係者として堂々と博物館に入り、自ら騒動を起こし、どさくさに紛れて狼を偽物と入れ替えて盗み去る』。
 あまりにも奇抜。しかし見事な作戦だと言えよう。
 手順としては、まず名探偵・那須野橘音にとっての宿敵、怪人65535面相の名で警察に偽の予告状を出す。
それによって知り合いの綿貫警部が橘音を呼び出せば、わざわざ警備を掻い潜って泥棒のような真似をせずとも、
ブリーチャーズは晴れて関係者として堂々と博物館に入れることになる。
 つまりただ一枚の紙きれを使って、博物館の警備を無効化して見せた事になる。実に鮮やかな手口であると言えた。
警備の為に警察こそ増えるが、彼らの目は怪人65535面相に向いている。
まさか協力者が狼を盗むとは思っていないだろうから、完全に虚を突くことができる。
 そして次の手順で虚を生み出す。いかに怪人65535面相が来ると警察が目を外に向けていても、
流石にその近くで堂々と狼を盗めば彼らも気付いてしまうだろう。
故に、盗み出すための虚を生み出す必要がある。
それを為すのが、怪人65535面相に変装した犬神の乱入だ。赤いマントを羽織った犬神が騒ぎを起こし、博物館を舞い。
そうして作り出された警備の隙を突いて、橘音が狼を盗み、犬神と入れ替えるのだ。
その後は怪人65535面相は逃げ去ったことにし、狼を守り切ったとして橘音達はその場を離れる。
 完全犯罪とはまさにこのことである。
祈がやることと言えば、警察を混乱させるために展示物を倒したりするぐらいで、
祈の当初考えていた侵入劇などよりはずっと楽な仕事になると思われた。
 テンプレ警部っぽく橘音に「邪魔をするな」と釘を刺す綿貫と、それを軽くいなす橘音。
 意外にも綿貫と知り合いだったらしい尾弐が、綿貫らに缶コーヒーを振る舞ったり挨拶を終えた後、
祈もそれに続いた。
 祈もまた綿貫警部とは顔見知りである。祈は橘音が事件解決に向かう際に時折助手として同行しており、
また橘音の出張るような難事件の担当が綿貫警部であるのか、顔を合わせる機会があるのだ。
「タヌキ警部久しぶりー。今日はよろしく!」
 祈は怪しく見えないように努めて明るく挨拶しながら、綿貫警部に心の中で騙してごめんと謝った。
 そしてブリーチャーズは博物館内部へと、誰にも怪しまれることなく侵入することに成功する。
入口からエントランスを抜けて、階段、エレベーター前を過ぎれば、関係者以外立ち入り禁止の部屋に行きあたった。
ブリーチャーズはその中に通され、そこで檻の中に囚われた美しい白狼と対面する。
白狼は前足を組んで伏せ、その上に頭を乗せて休んでいた。
>「よかったですね。もう少しで、お仲間に会えますよ」
 と、橘音がまず声を掛けた。
>「なんて、綺麗なんだ……」
「うん。テレビで見るよりずっとキレーだな……」
 そしてノエルと祈は感嘆の声を漏らす。テレビでは遠目に彼女を映した映像ばかりが流れていて、
どんな狼なのかはいまいち分かっていなかったが、狼がこれ程美しいものだとは。
間近で見るその姿に見惚れると共に、
少々疲れていそうではあるがその体に感じる生命力や、漂う気品にはある種の神秘すら感じた。
なるほど狼が大神と字を当てられたり、神や神の御使いとして信仰されていた理由が分かる気がした祈である。
0087多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/20(木) 19:48:34.61ID:zSaI4seP
 これだけ多くの人間を前にしても動じない、美しき白狼。
彼女がもしニホンオオカミにして送り狼であるとするなら、
こちらの言葉も分かっているだろうと思い、祈はしゃがんで、彼女にこう囁く。
「ごめんな。今から騒がしくなる。でも橘音が言った通り仲間に――」
 仲間、という言葉を口にしたとき、祈は言葉に詰まった。
もし彼女がポチを仲間と見なさなかった場合を考えてしまったのだ。
今のポチは『己が何者であるか』という問いを、他者に委ねてしまっているように見える。
だとすれば他者の、取り分けこの白狼の答えこそが、ポチが自分を何者か判断する材料の全てになってくるのだろう。
もし彼女がポチを仲間と見なさなかった場合、ポチはどうなってしまうのだろう。
狼か。それ以外か。ポチにとっての答えがもうすぐ出る。そう考えると、少し怖くなった。
>「……おや?」
 そして橘音が何かに気付いたように言った時。
>ガシャアアアアアンッ!!!
 想定にない音がエントランス側から響いてきた。鳴り響く警報は異常事態を告げ、
そこにいる者達に緊張が走ったのが肌で感じ取れる。
>「来ましたか……!」
 橘音達に続いてエントランスまで出てみると、正面玄関は粉々になっている。
自動ドアのガラスも砕かれ、辺り一面にガラスが散らばっていた。
壁も壊されていて、周囲にその粉塵が煙のようにもうもうと舞っている。
凄まじい破壊の痕跡。カンスト仮面登場の演出にしては余りにも過剰だと思われた。
 違和感を覚えた祈だったが、しかし橘音からの目配せを受けたので、
パンフレットなどが置いてある棚でも倒そうかと思っていると、
粉塵の中から犬神が扮している赤マントの影が薄く見えた。だが何か様子がおかしい。
祈は動きを止め、じっとそれを見た。
 飛んでいると言うよりも釣り下げられたように見える赤マント。
それが歩幅にして一歩程前に出ると、その首根には何者かの大きな手が見える。
続いて、粉塵をかき分けるように巨大な体躯が姿を現す。
犬神が扮する赤マントはその巨躯の男に首を掴まれ、ぐったりとしているのだった。
>「下等妖怪どものニオイがしたんで来てみりゃァ、テメェらとはな……。ツイてるぜ、そろそろ頃合と思ってたところだ」
>「大統領の思惑なんざ知ったことか。オレ様は喰いたいように喰い、殺したいように殺す。それだけのことよ」
 巨躯に隆々とした筋肉。窮屈そうなダブルのスーツ。荒々しいその声。
見間違うはずもない。かつて商店街で出会ったドミネーターズの一角。
尾弐に匹敵する力を感じさせた男。狼王ロボが其処にいた。
そして理解する。この徹底的な破壊の後は恐らく、逃げ回る犬神を狼王ロボが追い詰めた結果できたものなのだろうと。
項垂れた赤マントがケ枯れを起こし、すうと消えていく。
 今宵の仕事は、ずっと楽な仕事になる筈であった。しかし今この瞬間。
ここは過酷な戦場へと様相を変える。
>「ゲハハハハハーァ!待ったぜ、この時を!約束だったな……どっちが頑丈に出来てるか、比べっこと行こうぜェェェェェ!」
 狼王ロボの咆哮が響き、ロボは尾弐へと襲い掛かる。
0089多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/20(木) 19:59:19.53ID:zSaI4seP
(こいつ、あたしより速い……!)
 驚愕に祈は目を見開いた。尾弐へと接近するロボの動きは俊敏にして機敏。
反応できない速さではないが、祈の目をもってしても追うのがやっとだ。
 しかし。祈は冷静にスポーツバッグの中に手を突っ込み、ある物を引っ張り出した。
 狼奪還作戦時という最悪のタイミングで襲来した狼王ロボ。
この事態を一体誰が予想しただろう。祈は当然のことながら、あの橘音ですら予想外だった様子だ。
 だが、祈は持ってきている。
クリス戦で祈は、何の備えもなく学校から神社へと直行した。
結果、武器や道具を持たずにクリスと相対する形になってしまい、大して役に立てなかった。
その反省を活かし、常に持ち歩くようにしているのだ。
いつ何時、ドミネーターズとの戦いが始まっても大丈夫なように――『対ドミネーターズ用の武器を』。
 取り出した物を握り込むと、一緒に引っ張り出した金属バットをもう片方の手に掴み、全速力で駆け出した。
ロボの咆哮は警備員や警察官達を恐慌状態に陥れ、彼らの本能はこの場から逃げることを命じただろう。
逃げる最中で、祈が異常な速度で走っていたとして気にもしまいし、
この緊急事態で力をセーブしている余裕は祈にはなかった。
 ロボはノエルによって投擲されたバナナによる撹乱と、どこからか現れたポチの牙をその喉元に受けており、
更に今――尾弐の一撃を鳩尾に叩き込まれた。
 それを好機と見た祈はロボの背に肉薄し、やや勢いを殺しながら跳躍。
「くらえ狼オヤジ!」
 祈の体が宙に舞い、上下反転。そしてロボの頭上に差し掛かった辺りで、
対ドミネーターズ武器であるスティック状の物体を持った手を伸ばし、ロボの鼻先に付きつける。
更に、スティック状の物体の頭部を強く押し込む。
すると無色の液体が、ロボの鼻先めがけて勢いよく噴射された。
 祈の持っているスティック状の物体とは、“痴漢撃退用の催涙スプレー”。
噴射されたのは“オレオレジン・カプシカムを主成分とする液体”だった。
 ブリーチャーズとドミネーターズが出会って随分経つ。
それは祈が彼らについて調べ、対策を練るのに十分な時間があったことを意味している。

 彼らが名乗った名前や特徴を頼りに、
祈はその妖怪達についての文献やネット上に散らばる情報を漁った。
当然、狼王ロボについても調べている。
そして判明したのは、人狼(ルーガルー)が圧倒的フィジカルを持っていると言うこと。
妖怪の強さは人々の認識等に左右される為に断言はできないとしても、
狼王ロボの身体能力が尾弐や祈を上回る可能性は充分にあった。
もしそうであれば、ロボを退治せんとその場に集ったブリーチャーズが束になって掛かっても、
数の優位すら覆されて全滅、怪我人どころか多数の死者が出る恐れがある。
また、弱点らしきものは銀で作られたナイフや弾丸のみ。
しかしその銀の武器も、人狼の身体能力で躱されてしまうなどすれば意味を為さない。
つまり、その驚異的な身体能力を封じることは最優先事項だと言えた。
だが、弱点の少ない人狼の身体能力を封じるにはどうすれば。
 そこで祈が目を付けたのが狼の生態であった。
生物系妖怪は基本的に、元となった動物の特徴を受け継いだ実体を持つ。
例えば狼犬であるポチは発汗量が少なく、舌を出して体を冷やそうとするし、
また狼や犬らしく鋭い嗅覚を持っており、追跡を得意としている。
同様に人狼も、人と狼をベースにした妖怪であるとするのなら、
化物じみたフィジカルを封じるヒントはそこにあるのではないかと、祈は考えたのである。
0090多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/07/20(木) 20:06:10.33ID:zSaI4seP
 一方で、祈が持ってきた催涙スプレーは、
先述したようにオレオレジン・カプシカムを主成分としており、
主に暴徒鎮圧や痴漢撃退などに用いられる。
水鉄砲のように纏まった液を発射し、周囲に被害が出にくいタイプのものでもある。
 効果としては、皮膚に付着しただけでヒリリとした痛みがあり、
目に入れば激痛が走る。刺激物を洗い落とそうと涙が溢れて一時的な盲目になる。
鼻に入っても激痛があり、鼻水が止まらなくなる。
呼吸器に入れば咳が頻発し、呼吸困難にすら陥る。
そして特筆すべきはその持続性。一度浴びればそれらの症状は15分から30分もの間続く。
ブリーチャーズが戦闘を行うのはそれほど長時間ではない為、15分から30分とは即ち、
戦闘中ずっと効果を与え続けることを意味する。
山葵や胡椒、柑橘類の香水なども検討していたが、この点で祈はこの催涙スプレーを採用したのである。
――『狼王ロボの嗅覚を麻痺させ、弱体化させるのに最適だと思ったから』。
 狼の鼻に備わる嗅覚は鋭く、人間の一万倍以上。
その狼の特徴を持つであろうロボの鼻に今、そんな危険な催涙スプレーの中身をぶちまけた。
鋭敏にして繊細な鼻腔に走る痛みは、人間の何倍にも及ぶだろう。
灼かれるような痛みに叫びを上げ、怯み、一時攻撃の手を緩めたり隙が生じるかもしれない。
 また、狼は視覚がそれほど優れていない為、視覚以上に嗅覚と聴覚を頼りに世界を知覚している。
その中でも嗅覚は最も重要で、認識の40%から45%もの割合を占める。
それが絶えず溢れ出す鼻水によって使えなくなってしまえば、当然普段のように動くことはできなくなるだろう。
 鼻が塞がれ呼吸さえも苦しく、
獲物の動きを普段通り察知できないという不慣れな状況下での戦闘。
それはストレスや焦り、怒りを呼ぶ。
持続する痛みは集中力を削ぎ落とし、ロボの狩りの腕を鈍らせる。
 ロボがいかに力自慢で祈を超えるスピードがあっても、当てられなければ意味をなさぬし、
どれ程頑丈であっても、こちらの攻撃を上手く察知できず避ける事も満足に出来ぬなら、
いずれはその固い防御を貫いて、ケ枯れすらも起こさせられる。
――……筈だと。祈はそう考える。
 しかし所詮は拙い思考に基づいて積み上げられた理。
人狼が祈の想像をはるかに超えたタフさを持っていたり、
あるいは人狼がノエルのような精霊系の妖怪であるとすれば、このような小手先の攻撃は効果が薄いだろう。
また、当たったように見えたが、上手く躱していたということもあり得る。
 ロボと尾弐を飛び越し、更に半回転して足から着地した祈は、
意図せず、ロボが尾弐に攻撃を加えようとした瞬間に放つことになった催涙スプレーの、
その小手先の攻撃が通じているかどうか注意深く窺った。

【祈、尾弐に襲い掛かろうとするロボに催涙スプレーを噴射。狼にとって重要な器官である鼻を潰し、弱体化させる作戦に出る】
0092那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/24(月) 15:57:23.48ID:EJKjR+NY
「グルルルルルァァオオオオオオオオン!!!!」

天井の高い博物館のエントランスに、ロボの咆哮が轟き渡る。
大気を震撼させる吼え声は狼の――というよりは、むしろ虎やライオンのそれに近い。
人間の本能に訴えかけるポチの遠吠えとは違う。ごくごくシンプルに暴威と死を連想させる、猛獣の声だった。

「な、なんだ、あいつは!?怪人65535面相が……!」

予告状の主(偽者だが)をいとも簡単に葬り去った正体不明の大男を見て、綿貫警部ら警察関係者たちが慄く。
素手で鉄筋の壁材を破壊し、博物館に乱入してくるなど、明らかに尋常ではない。
そして、直後の咆哮。妖怪との戦闘など経験しているはずもない警官たちは、その声を聞いてたちまち恐慌状態に陥った。
その場で泣き叫ぶ者。我先にと逃げ出そうとする者。銃を発砲しようとする者――
なんとか理性を保つことに成功したらしい綿貫警部が怒号を発してなんとか押し留めようとするも、まるで効果がない。
東京ブリーチャーズが手を下すまでもなく、博物館の内部は大混乱の様相を呈した。

「ゲァッハッハハハハ―――ッ!砕け散れェェェェェェェ!!!」

ゴゥッ!と烈風を撒き、ロボの巨躯が尾弐へと肉薄する。
硬く握りしめられた右拳が、尾弐の胸板へと放たれる――その瞬間。
どこからか飛び出してきたポチが、ロボの首筋めがけて跳躍してきた。
次いで、ノエルの投擲した冷凍バナナが凄まじい勢いでロボへと迫る。
絵面的には間抜け極まりないが、妖怪が妖力を使い凍結させ妖怪の力で全力投擲したバナナだ。命中すればタダでは済まない。
が、ロボはちらりとそれを一瞥し、尾弐へ繰り出そうとしていた右拳で蝿でも払うように簡単に叩き落とした。
ただし、それはあくまで囮。ポチの攻撃を成功させるための、ノエルの名アシストだ。
バナナにほんの一瞬注意を向けたロボの太い首に、ポチががぶりと噛みつき牙を立てる。

「……!?」

加えて、尾弐の攻撃。今まで幾多の妖壊を戦闘不能にしてきた、必殺の右拳。
それが轟音と共にロボの鳩尾に炸裂する。
さらに、その三者の攻撃を見て取った祈の、催涙スプレーの一撃。
現状この上ない連係プレーと言えるだろう。並の妖壊であれば、このターンで勝敗は決しているに違いない。
……が。

ロボは『並の妖壊』ではなかった。

「ゲハハハハハ……ハハハハァ―――ッハッハッハッハッハハ―――ッ!!!」

四人の漂白者に囲まれながら、ロボは狂暴な笑い声をあげた。
ポチの鋭利な牙は、確かにロボの首を捉えている。
が、『通っていない』。ポチの上顎と下顎はロボの首を挟んではいるものの、食い破るには至っていないのだ。
密度の高すぎる鋼のような筋肉が、牙の貫通を防いでいる。
また、常ならば妖壊を昏倒させるに充分な尾弐の一撃も、ロボに有効打を与えるには至っていない。
一般的に人体の急所とされ、攻撃されれば悶絶間違いなしと言われる鳩尾だが、そこもまた分厚い筋肉の鎧に覆われている。
尾弐の拳に返ってきたのは、ダンプカーの専用タイヤを殴りつけたときのような硬い弾力。
そして、祈のスプレー。確かに直撃すれば、即戦闘不能とは行かないまでもロボの脅威を大幅に削ぐことができただろう。
……当たれば、の話であるが。
祈の攻撃に対し、ロボが取った行動は『ほんの少し身をよじる』これだけだった。
祈は命中率を高めるため、スプレーのノズルをロボの鼻先につきつけた。
ロボの首筋には現在、ポチが喰らいついている。
つまり『ロボの顔のすぐ近くに、ポチの顔もある』ということだ。
ロボはほんの僅か、本当に僅か首を反らす――たったそれだけの行為で、ノズルの目標を自分の鼻先からポチの顔面へとずらしたのだった。
広範囲に噴霧されるタイプでなく、水鉄砲のような一点集中タイプであれば、ロボへの被害は極めて軽微。
時間にして、ほんの数秒。瞬きするほどの間。
それでロボはすべての状況を把握し、鮮やかにブリーチャーズの攻撃を凌ぎ切ったのである。
0094那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/24(月) 16:00:16.66ID:EJKjR+NY
「テメェら、このオレ様を誰だと思ってやがる?妖壊退治屋を気取ってる割にゃ……ちょいと不勉強が過ぎるぜ!」

首筋に噛みついたポチの首根を右腕でむんずと掴み、強引に引きはがして壁めがけて投げつける。
さらに、眼前で防御態勢を取っている尾弐へと攻撃。――だが、これは先程やろうとしていた拳での殴打ではない。
インパクトの瞬間、ロボは握っていた右拳を掌打にスイッチした。

ずどむ!!!

先程の返礼とばかり、ロボの掌打が尾弐の鳩尾に炸裂する。
普通の打撃なら、尾弐の強固な防御力を突き崩すことは難しい。
だが、それはあくまで単純破壊能力に特化した攻撃ならば、という話だ。
今、ロボが尾弐に対して放ったのは、いわゆる『発勁』。『浸透勁』というものである。
丹田で練り上げた氣を相手の体内に送り込み、外――筋肉でなく、内――内臓に直接ダメージを与える、中国拳法の奥義。
いかに筋肉を硬化させようと、内臓までは強固にすることはできない。

「オレ様は狼王!テメェら三下どもとは格が違うんだよ……ゲァ―――ッハッハッハァ!!!」

そう。
ロボは何も、怪力と俊敏さに頼るだけの妖壊ではない。
博物学者アーネスト・トンプソン・シートンをして、狼の中の王であると言わしめたその強さ。
『悪魔が知恵を授けた』とまで評され、人間の仕掛けた罠のことごとくを看破したその智慧。
圧倒的フィジカルとクレバーな戦闘頭脳が同居した魔物。こと戦闘という事象に関して、ロボに比肩しうる者は存在しないのだ。
そして、ブリーチャーズにとって更に絶望的なのが――
『この人狼はまだ、人間の姿でいる』という点であった。

「これで終わりか?そうじゃねえよなァ?さあ――もっと遊ぼうぜ!どっちかがボロ雑巾みてェになってくたばるまでな!」

ロボが哄笑する。その全身から発散される闘気と妖気だけでも、人間を発狂させるには充分だ。
実際、混乱の極みに達した警官の何人かがロボへ発砲したり、遮二無二掴みかかりに行ったりしているが、ロボは歯牙にもかけない。
ただ、鬱陶しそうに腕を振るって蹴散らすだけである。
そして、そんな何気ないロボの行動さえ、人間にとっては致死の攻撃に等しい。
ロボに振り払われ、邪魔だとばかりに放り投げられた人間たちは壁に激突し、床に叩きつけられ、血反吐をはいて動かなくなった。

「ククク……さあ、かかってこいよ。誰でもいいぜ!何ならもう一度全員で来てもいい!オレ様を楽しませろよ、東京ブリーチャーズ!」

ずん、とロボが一歩を踏み出す。ノエルを、尾弐を、祈を、そしてポチを順にねめつける。
……しかし。

「……ん?」
「この……においは……」

不意に、ロボが何かに勘づいたように頤を反らす。何かのにおいを嗅ぎ付けたのか、すんすんと鼻をひくつかせる。
何を思ったか、ロボはブリーチャーズに背を向けると、ある方向へ向けて歩き始めた。
向かった先は、戦場であるエントランスの奥にある立入禁止区画。
白いニホンオオカミのいる場所だった。

「いけない!……召喚、おとろし!」

橘音がマントの内側から召怪銘板を取り出し、妖怪おとろしを召喚する。
長いざんばら髪を振り乱した、巨大な顔の妖怪おとろしがロボの頭上に出現し、その重さで狼王を圧し潰そうとする。
しかしロボは落ちてきたおとろしを両腕でがっしと支え、膂力に物を言わせて持ち上げると、

「やかましい!!」

ニホンオオカミのいる立入禁止区画の扉へ向け、力任せに投げ飛ばした。
ガガァァァンッ!!という轟音と共におとろしが扉と激突し、両開きの分厚い扉が呆気なくひしゃげる。
邪魔者を排除し、ロボが悠然とした足取りで部屋の中へ入る。
そして。

ロボはその視界に、檻の中でうずくまる純白のオオカミを捉えた。
0095那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/24(月) 16:01:15.04ID:EJKjR+NY
今までロボは一貫して王者の風格を前面に出し、傲岸不遜な態度を崩さなかった。
が、白いオオカミを見た途端、それが一転した。

「……ブ……、ブラン……カ……?」

ロボは唇をわななかせ、ようよう小さく何かの名前を口にした。
その双眸は大きく見開かれ、ただただ白いオオカミに釘付けになっている。

「ブランカ!オレ様だ!ロボだ!ああ……おまえ、どうしてこんなところに!」

そう言ってロボは檻へと駆け寄った。
その口調には、白いオオカミへ向けての親昵さ、親愛が溢れている。今までの王者の傲慢さはどこにもない。

「今、出してやるからな……!」

檻の鉄格子に両手をかけると、ロボはぐにゃりといとも簡単に鉄格子を捻じ曲げ、オオカミの出られる隙間を空けた。
だが、檻の中のオオカミは出ようとしない。檻の外に立っているロボの姿を見て、頭を低くし尾を立てて低い唸り声をあげている。
少なくとも、オオカミにとってロボは顔見知りでも、まして親しい相手でもないらしい。

「ブランカ、どうした?出てこい!」
「こんなクソッタレな檻も、罠も!人間の作ったものなんざ、オレ様が全部ぶち壊してやる!だから……」

ロボがオオカミへ両手を広げる。
一方のオオカミは警戒の唸り声を発したまま、ロボの方へ行こうとしない。
しばしの間、両者は見つめ合った。
そして、痺れを切らしたらしいロボが檻の中に入ろうと、一歩を踏み出しかけたそのとき。

「!?……ッグァ!」

背後から伸びた長い腕がロボのダブルのスーツ、その襟首をむんずと掴むと同時、無理矢理に持ち上げ檻から遠ざけた。

「やらせませんよ……、そのオオカミは!ボクたちの仲間の心を照らす灯火なのですから……!」

破壊された扉の脇で、召怪銘板を持った橘音が叫ぶ。
橘音がおとろしに代わって召喚したのは、手長足長。
身体に釣り合わない長い脚を持った足長と、それが肩車している尋常でない長さの腕を有する手長で構成される、二体一組の妖怪。
その手長がロボのスーツの後ろ襟を掴み、力任せに反対方向へと投げつける。
ロボの身体は立入禁止区画から元の戦闘区域エントランスホールへと逆戻りした。

「……クッ、ククク……。ゲハハハ、ハハハハハ……。そォか……、テメェらが隠していやがったのか……」

顔を僅かに俯かせ、肩を震わせてロボが嗤う。

「このクソ虫どもがァァァァ!『オレ様のブランカ』を!」
「いいだろう、お遊びはやめだ!そこまでバラバラになりてェってんなら、望みどおりにしてやるぜ……テメェら、全殺しだ!」
「そして、ブランカはオレ様が頂く……元々オレ様のものだ、文句は言わせねえ!!」

ロボの全身から先程とは比較にならない濃度の闘気と妖気が溢れ出す。人間が浴びれば悶死するレベルだ。
スーツの上からでも容易にわかる筋肉が、ぼこりと一回り大きくなる。耐え切れなくなったスーツが音を立てて裂けてゆく。
『獣じみた』人間の顔が『獣そのものの』銀狼の面貌に変化する――。
古今東西、いわゆる不死身と呼ばれる魔物はごまんといるが、人狼ほどその能力に特化した存在はいない。
人間時のロボにさえ敵わなかった東京ブリーチャーズが、人狼としての本性を現したロボと戦う、その圧倒的窮地。
そして。

「……こんなところで、何をしているんですの?」

出現する、新たな妖気。ロボの破壊した正面玄関に佇立する、小柄な人影。
長いツインテールの黒髪を夜風に靡かせる、黒いミニスカワンピ姿の少女――。

東京ドミネーターズのひとり、レディベア。
0097那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/07/24(月) 16:04:28.56ID:EJKjR+NY
「ロボ。貴方は妖怪大統領に無用の殺生はしないと誓ったはずですわよね?だというのに、なんですの。この有様は」

エントランスに散らばる警官たちの死体を見回すと、緩く腕組みしたレディベアは嘆息した。
とはいえ、殺戮そのものを咎めているわけではない。ロボが妖怪大統領に対して誓った約定を破ったことが問題らしい。

「こいつは不可抗力だぜ……。オレ様は降りかかる火の粉を払ったに過ぎねえ。文句は軽く小突いただけでくたばる人間に言いな!」

「そんなことは言い訳ですわ。『殺さない』と言ったからには『殺さない』……。それが誓いというものでしょう」
「まして、この博物館はわたくしたちの計画にとって戦略上重要な場所。破壊することは許されませんわ」

ロボの抗弁も、レディベアは聞く耳持たない。しばし、東京ドミネーターズ同士の言い合いが続く。

「うるせえ!誓いなんぞ知ったことか、オレ様はなんでもやりたいときにやる!言ったはずだぜ、誰もオレ様の自由を――」

「お と う さ ま に い い つ け ま す わ よ」

「……!!……」

じわり……と全身から濃い闇の妖気を滲ませ、隻眼を炯々と黄色く輝かせて、レディベアが告げる。
『言いつける』。その言葉が殺し文句だったらしく、ロボはギリリ……と長大な牙を噛みしめて黙った。
これだけ強大な力を持つロボにとっても、妖怪大統領という存在は従わざるを得ないものらしい。

「カスども……、調子くれてるんじゃねェぞ。ブランカはオレ様のものだ……オレ様だけのものだ!」
「近いうち、必ずブランカを頂戴するぜ……。テメェらはくたばる時期がほんの少し延びただけだ、それまで首を洗って待ってな!」
「ゲハハ……、ゲッハハハハハハッ!ゲァ―――――ッハッハッハハッハッハハハハァ―――――――ッ!!!」

ひとしきり高笑いを響かせると、元の人間の姿に戻った狼王ロボは高く跳躍し、窓ガラスを突き破って姿を消した。

「……勘違いしてもらっては困りますわ。貴方がたのためにしたことではなくってよ」

ただひとり場に残ったレディベアが、ブリーチャーズの面々を見て嘲るように笑う。

「この博物館は、わたくしにとって重要な地。つまり妖怪大統領にとっても重要な地だということ……それを守っただけの話ですわ」
「ということで、用件は済みました。このまま貴方たちを屠ってもよいですが、それはまたの機会に。では皆さん、アデュー!」

一方的にそう言うと、レディベアもまた闇に融けるように去った。
レディベアはこの博物館が東京ドミネーターズの戦略上重要な場所であると言ったが、具体的なことは何も明らかにされなかった。
が、祈だけは後日、レディベアの言葉の意味を理解することになる。
夏休みが明けてからの二学期の行事予定に『国立科学博物館への社会科見学』なる記述を発見したことで――。

「……やれやれ。まったく、とんでもないヤツに目をつけられたものですね……」

東京ドミネーターズの二人がいなくなり、戦闘が終了すると、橘音は疲労困憊した様子でそう言った。
博物館の壁は半壊し、警官隊にも少なからぬ犠牲者が出たが、ブリーチャーズの面々はなんとか危機を回避することができた。
『あの』狼王ロボの急襲を凌いだというだけでも、最上級レベルの幸運である。
ロボはあのニホンオオカミをブランカと呼び、手に入れると言っていた。
その意図は不明だが、言うまでもなく好きにさせるわけには行かない。それには、ブリーチャーズが狼を保護することが急務だ。

「ひとまず、警官の方々のことは綿貫警部にお任せしましょう。皆さん動けますか?今のうちにオオカミを確保しますよ」

橘音は仲間たちに声をかけると、オオカミを手に入れるべく再度立入禁止区画へ向かった。元々そのつもりでここへ来たのだ。
犬神を失ったが、これだけの惨劇が起こったのだ。身代わりを立てずとも、どさくさ紛れにオオカミは遁げたと報告すればいい。
オオカミさえ確保してしまえば、後は彼女を迷い家へ送り届けるだけでミッション・コンプリートだ。
迷い家はぬらりひょんの富嶽が許した相手しか入れない、一種の結界になっている。
いくらロボが嗅覚にものを言わせてニホンオオカミを探したとしても、決して見つかることはない。
そんなことを考えながら、橘音はひしゃげた扉の先にある、オオカミの檻のある部屋に入った。

が。

そんな橘音の思惑とは裏腹に、オオカミの入っていたはずの檻はもぬけの殻になっていたのだった。
0100ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/07/28(金) 04:16:14.31ID:xGHEBHqg
ノエルの援護が、ロボから時間を奪った。
それはほんの一瞬。一秒にも満たない時間……だがそれで十分だった。
狼の、狩人の感性が、不意打ちの成功を確信する。
剥き出しになった鋭い牙が、ロボの首に埋まる。

(捉え……た……?)

……その瞬間、ポチの中にあった確信が掻き消えた。
牙は確かにロボの首筋を捉え、食い込んだ。
だが、浅い。その堅牢な筋肉に阻まれて、食いちぎる事が叶わない。
相手はまだ人間の姿を取ったままだと言うのに。
信じがたい現象に、戦闘の最中でありながら、ポチは驚愕を禁じ得なかった。
そしてそれ故に……彼はロボの僅かな視線の動きに気づけなかった。
ロボが、首筋に食いつくポチなどまるで存在しないかのような体幹の安定をもって、僅かに身をよじる。
直後にポチの目鼻に襲いかかる、正体不明の鋭い痛み。
何が起きたのか分からないまま彼はロボの首筋から引き剥がされ……不意に全身を包み込む加速。
自分が放り投げられたと気づいた時には、ポチは壁に叩きつけられていた。
なんとか身をよじり受け身を図るが、間に合わない。

「がっ……げほっ……」

そのまま壁に激突したポチはそのまま床に落ち、立ち上がれない。
口吻からは赤黒い血が零れる。

>「オレ様は狼王!テメェら三下どもとは格が違うんだよ……ゲァ―――ッハッハッハァ!!!」
 「これで終わりか?そうじゃねえよなァ?さあ――もっと遊ぼうぜ!どっちかがボロ雑巾みてェになってくたばるまでな!」

ロボがブリーチャーズを順に睨む。
ポチも、ロボを睨み返す。

「ちくしょう……ちくしょう……!そうだよ、僕はまだ負けてない……!」

ポチの出血箇所は、口だけではない。
血涙だ。ポチの双眸からも血が流れ出ている。
負傷が原因ではない。妖怪の変化能力によって自ら出血を促しているのだ。
祈に浴びせられてしまった催涙スプレーを洗い流す為に。
所詮、細い血管を破るだけの事。畜生が人間に化けるよりも、ずっと容易い。
鼻は利かなくとも……目の前にいるロボに食らいつくのに、嗅覚など必要ない。

「僕だって、狼なんだ……狼に、なるんだ……!」

内臓が悲鳴を上げている。
僅かに身を捻れた事で背骨は無事だが、肋骨にも頭骨にもヒビが入った。
それでも、ポチは体を起こし、非常に緩慢にではあるが立ち上がろうとして……

>「……ん?」
>「この……においは……」

しかし不意に、ロボはブリーチャーズに背を見せた。
そしてそのまま皆から離れるように歩いて行く。
その先にあるのは……立入禁止区画。
0102ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/07/28(金) 04:17:41.72ID:xGHEBHqg
「おい……どこ行くんだよ……僕はまだ……」

鼻の利かない今のポチには、ロボが向かう先に何があるのか。
何がいるのか知らない。
故にただ自分から遠ざかっていくロボをよろめきながらも追っていき……

「負けてない……ぞ……」

そしてロボの背中越しに、白いニホンオオカミの姿を見た。
一瞬、呼吸も、今が闘いの最中である事を忘れてしまいそうな美貌。
だがその姿が見えたのはほんの一瞬。

>「……ブ……、ブラン……カ……?」
>「ブランカ!オレ様だ!ロボだ!ああ……おまえ、どうしてこんなところに!」

檻に駆け寄ったロボの背中に遮られて、オオカミの姿は見えなくなってしまった。

「待てよ……待てったら……僕はまだ……」

紡ぎかけた言葉は、しかし最後まで続かない。
鼻が利かなくとも、声を聞くだけで分かる。
ロボが自分達に背を向けて見向きもしないのは、その強さから来る傲慢さ故ではないと。
それがいかなる理由であるにしろ、ロボは、あのニホンオオカミに強い愛情を抱いている。
一切の保身を忘れ、無我夢中になれる愛情を、彼は持っているのだ。
その事が分かってしまった。
だからこそ……「まだ負けてない」などと、言える訳がなかった。
強さも、狼としての在り方も……あらゆる面で、ポチはロボに劣っているのだから。
ポチの足から力が抜ける。立ち上がれない。

>「やらせませんよ……、そのオオカミは!ボクたちの仲間の心を照らす灯火なのですから……!」

橘音が圧倒的な力量差を前になおも気炎を吐く。
その仲間が、自分の事を指しているのだという事は、今のポチにも理解出来た。

>「このクソ虫どもがァァァァ!『オレ様のブランカ』を!」
 「いいだろう、お遊びはやめだ!そこまでバラバラになりてェってんなら、望みどおりにしてやるぜ……テメェら、全殺しだ!」
 「そして、ブランカはオレ様が頂く……元々オレ様のものだ、文句は言わせねえ!!」

一方でロボも怒りを露わにして、今度こそ娯楽としてではない、殲滅の為の闘いを始めようとしている。
溢れ返るのは濃密な闘気と妖気……そしてロボが人化を解いた。
次にブリーチャーズに襲いかかる暴力は、先程の比ではなくなる。
……だと言うのに、ポチは立ち上がれないでいた。

「う、うぅ……くそう……立てよ、なにやってんだよ、僕……」

立たなければ、その分ブリーチャーズの仲間達への攻撃は苛烈になる。
動けない自分が狙われれば、皆はきっとそれを庇う。
ロボとの闘いの中でそんな余計な行動は命取りだ。
そこまで分かっていて、立てない。
自分の為になら、立ち上がれたのに。
0104ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/07/28(金) 04:20:24.19ID:xGHEBHqg
「狼なら……今立たなきゃ、駄目だろうが!ちくしょう!なんで立てないんだよ!」

ポチはこの場に現れたレディベアの存在にすら気づいていない。
闘いが中断された事も……結局そのままロボが立ち去ってしまった事にすら、気づかない。
ただ幾つもの、強烈な感情の渦だけが、彼の思考を支配していた。
……こんな負け犬同然の姿を、あのオオカミに見られた。
いや、見られる事すら出来なかったかもしれない。
悔しい。嫌だ。こんな弱くて狼から程遠い自分が嫌だ。
狼に、なりたい。あのロボが、羨ましい。
……その感情は、妖怪であるポチの存在を、揺らめかせる。

「……僕は、狼に、なるんだ」

倒れ伏したポチの体が膨張していく。
本来の体格の、二倍にも、三倍にも……ポチをポチたらしめる為の首輪が悲鳴をあげ、千切れた。
送り狼が立ち上がり、そこで初めてロボがいない事に気づき……立入禁止区画を見る。
だがそこに白いオオカミの姿はない。奪われた……未だ鼻の利かない彼がそう思うのは、当然の帰結だった。
……送り狼の咆哮が博物館に響き渡る。
人を恐怖に陥れるその遠吠えを、彼は己の感情のままに轟かせる。

「まだだ……まだまだ僕は狼じゃない……あの子を取り戻すんだ……。
 だから……もっと、アイツみたいにならなきゃ……」

送り狼の視線が自分の足元へと落ちる。
捉えたのはロボに殺められた人間の、その傷口から流れ出た血液。
……送り狼は、人の足では決して逃れ得ぬ山の恐怖の象徴たる妖怪だ。
座り込んだふりをすれば殺されない。お礼を言えば逆に守ってくれる。
そんな側面があったとしても、本質は、人を殺める妖怪だ。
ならば……人の血は、それを口にする事は、彼の妖怪としての力を強めてくれるかもしれない。
混ざりものの「すねこすり」を塗り潰して、ただの送り狼にしてくれるかもしれない。
一瞬の硬直、逡巡の後に……送り狼の頭が、僅かに下がる。
0105御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/07/28(金) 23:17:49.43ID:owry6XyB
「食べ物を粗末にしちゃいけないんだぞ!」

バナナを叩き落とすという暴挙に出たロボは、ポチに噛みつかれ尾弐の一撃をまともに受けるという報いを受ける事となった。

>「ゲハハハハハ……ハハハハァ―――ッハッハッハッハッハハ―――ッ!!!」

しかしそれだけの攻撃を受けつつ更に祈の催涙スプレーを難なくかわしながら、ロボは哄笑をあげる。

>「テメェら、このオレ様を誰だと思ってやがる?妖壊退治屋を気取ってる割にゃ……ちょいと不勉強が過ぎるぜ!」

「おーっと、ポチ君がぶん投げられた―ッ! あーっ、あれは中国4000万年の奥義! えーとなんだっけ、ハッケヨイ!?」

あまりの絶望的な状況に頭のネジが飛んでしまったか、
もはや役立たずでしかないノエルは開き直って背景で解説になってない解説役と化しつつあった。

>「オレ様は狼王!テメェら三下どもとは格が違うんだよ……ゲァ―――ッハッハッハァ!!!」

「狼王って本当にあのロボ!? 道理でマッチョのくせに脳筋じゃないわけだ!」

本当にあのシートン先生のモフモフ動物記のロボが原型になってるのか、同じ名を持つことから性質が取り込まれたのかは定かではないが
どちらにしろ敵対するこちらとしては絶望的という事は変わりが無い。
ちなみにマッチョ→脳筋、術士→知性派というステレオタイプは少なくとも東京ブリーチャーズにおいては全くあてはまらないのである。
(例:尾弐とノエル)

>「これで終わりか?そうじゃねえよなァ?さあ――もっと遊ぼうぜ!どっちかがボロ雑巾みてェになってくたばるまでな!」

壁に叩きつけられたポチは倒れ伏して動けそうもない。
そして今の時点ではロボは白いオオカミに気付いておらず、ただ気まぐれに暴れているだけだ。つまり、早くお引き取り願うに限る。

「ご無体なーっ! 今日は警官隊とかたくさんいて本性出せないし、誇り高き狼王としては本気を出せない相手を倒しても面白くないでしょ!
やっぱりこういう因縁のバトルは事前に日程調整して万全な状況の方がいいのでは!?」

>「ちくしょう……ちくしょう……!そうだよ、僕はまだ負けてない……!」
>「僕だって、狼なんだ……狼に、なるんだ……!」

今の目的は飽くまでもロボの討伐ではなく白いオオカミの奪還だ。
壮絶な状態で起き上がろうとするポチを必死でジェスチャーで座るようにしむけようとするノエルだったが、ロボはついに気付いてしまった。

>「……ん?」
>「この……においは……」

橘音の召喚したおとろしによる妨害をものともせず、ロボは白いオオカミのもとに辿り着いてしまう。
0106御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/07/28(金) 23:20:31.78ID:owry6XyB
>「……ブ……、ブラン……カ……?」
>「ブランカ!オレ様だ!ロボだ!ああ……おまえ、どうしてこんなところに!」

ブランカ――シートン動物記における狼王ロボの最愛の伴侶にして唯一の弱点。
シートンは、最終的にはブランカを捕らえ冷静さを失わせることによって、最強の王者ロボを制したという。

>「今、出してやるからな……!」

鉄格子を曲げ脱出口を作るロボだったが、白いオオカミはロボの事を知らないらしく、唸り声をあげている。
それもそのはず、ブランカは西洋オオカミ、この白いオオカミはニホンオオカミなのだから、普通に考えて人違いならぬ狼違いであろう。
一つ引っかかる点は、ロボはまず最初に外見ではなくにおいを手掛かりにこのオオカミのもとに引き寄せられたことだが……。
オオカミの匂いを感じて行ってみたらブランカに外見がそっくりなオオカミがいたということだろう、と解釈することにした。

>「ブランカ、どうした?出てこい!」
>「こんなクソッタレな檻も、罠も!人間の作ったものなんざ、オレ様が全部ぶち壊してやる!だから……」

「違うよ、その子はニホンオオカミ。ブランカじゃないよ……」

ノエルは隙だらけのロボの背中をただ悲しげに見つめながら呟いた。記憶の無い自身に対するクリスと重ねてしまったのだ。

>「!?……ッグァ!」
>「やらせませんよ……、そのオオカミは!ボクたちの仲間の心を照らす灯火なのですから……!」

橘音が手長足長を召喚し、ロボを強制的に白いオオカミから引き離し、エントランスホールに引き戻す。

>「このクソ虫どもがァァァァ!『オレ様のブランカ』を!」
>「いいだろう、お遊びはやめだ!そこまでバラバラになりてェってんなら、望みどおりにしてやるぜ……テメェら、全殺しだ!」
>「そして、ブランカはオレ様が頂く……元々オレ様のものだ、文句は言わせねえ!!」

「本人嫌がってたじゃないか! 生き物は"もの"じゃない!」

凄まじい妖気と共に人狼としての本性を現すロボ。
それに応じ、ノエルも観念したように変化を解く。白いオオカミに気付かれてしまったからには戦うしかない。
ここに生きている警官は、すでにいない。首尾よく逃げ出す事が出来た者はいいが、逃げ損ねた者は息の根を止められてしまった。
更に、ロボだけでも絶望的だというのにもう一つの妖気が現れる。
レディベア――ドミネーターズを率いる少なくとも表向きのリーダー的存在。しかしその第一声は想像していたものとは違っていた。

>「……こんなところで、何をしているんですの?」

「何をしているってそりゃあ仲間が戦ってるから加勢に来たんじゃ……ないの!?」
0107御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/07/28(金) 23:21:44.95ID:owry6XyB
状況はいい意味で予想外の方向に動いた。
ドミネーターズも一枚岩ではないようで、ロボは内輪の事情で強制的に撤退されられたのだった。

>「……勘違いしてもらっては困りますわ。貴方がたのためにしたことではなくってよ」
>「この博物館は、わたくしにとって重要な地。つまり妖怪大統領にとっても重要な地だということ……それを守っただけの話ですわ」
>「ということで、用件は済みました。このまま貴方たちを屠ってもよいですが、それはまたの機会に。では皆さん、アデュー!」

こうしてとりあえず眼前の危機は去った。ここが戦略上重要な地というのは気になるところだが、それはその時考えればいいだろう。

「よく分からないけどとりあえず助かった……!」

>「ひとまず、警官の方々のことは綿貫警部にお任せしましょう。皆さん動けますか?今のうちにオオカミを確保しますよ」

動けますかも何もバナナを投げて以後はやたら騒がしいだけの単なる背景と化していたので、元気そのものである。
意気揚々とオオカミの檻に向かうも、そこはすでにもぬけの殻。
送り狼の姿と化したポチの咆哮が響き渡る。

>「まだだ……まだまだ僕は狼じゃない……あの子を取り戻すんだ……。
 だから……もっと、アイツみたいにならなきゃ……」

血をなめようと地面に顔を近づけるポチの顔を覆うように、ぽすっと雪玉が投げつけられる。
雪は有害物質を吸着する性質がある。
尤もこれは純粋に化学的事象を利用しているのではなく、その化学的事象に起因する人々のイメージを源泉としたおまじないに近いものだ。

「かき氷じゃ駄目なの?なんちゃって。アイツみたいに……あんな人殺しの化け物になったら、きっとあの子は振り向いてくれない」

もちろんこれは自ら人を傷付け血を啜ろうとしているわけではなく、すでに流された血の恩恵に預かろうとしているだけだ。
しかし、動物は一度人間の味を覚えると以後人を襲って食うようになる事があると聞いたことがある。
増してや、送り狼の本質は人を殺す妖怪なのだから猶更だ。
さて、追跡パートでは普段ならポチが匂いを追うのが定石だが、ポチは今は嗅覚を奪われた状態。
回復するまで待っていたら白いオオカミが遠くに行ってしまう。
かといって闇雲に探すような運任せではやはり見つけられずに遠くに行ってしまう可能性が高い。

「大丈夫、きっとまだ遠くには行っていない。雪には動物の足跡がよく残るんだ――」

そう言って何故か外に出ていくノエル。建物の屋上に立って空を見上げる。
戦闘の混乱やポチの遠吠えのせいで、館内はおろか周囲にも人っ子一人いない。
状況から考えて、白いオオカミは自らの足で外に出た可能性が高い。
オオカミが送り狼でもあった場合を考えると、妖怪は自らの領域内に入ってしまえば物理的座標が意味を為さなくなる場合があるが、ここは街中。
本来の住処である山に入るまではそこそこの時間はかかるはずだ。
ノエルが妖力を解放すると、博物館を中心に局地的に雪が降り始める。
足跡が残る程度にうっすら雪が積もるのには、ほんの僅かな時間しかかからない。
0108尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/30(日) 00:25:09.85ID:yXN7A4SL
「―――――ぐ、ッ!!?」

狼王ロボの拳に備えていた尾弐であったが、かの妖壊の一撃はその尾弐の防御を容易く打ち砕いてしまった。

拳から掌打へと切り替えた狼王の攻撃は、中国拳法において『発勁』、或いは『浸透勁』と呼ばれるもので、
表皮へ損壊を与えるのではなく、内臓へ衝撃を与える事を目的とした、魔力や妖力の類ではない純然たる技術による一撃である。
その一撃の前では金属の鎧すらも何ら意味を成さず――――故に、尾弐の堅牢な筋肉の鎧も通用しない。

臓腑が揺れ、体の中で爆ぜる。折れた肋骨が肉へと突き刺さる
横隔膜は肺を押し潰し、千切れた血管から溢れた血液は逃げ場を求め、気道を、食道を逆流する。
内圧により急激に押し上げられた空気により、右耳の鼓膜が内側から破れる。

異常事態を感じた肉体は、一時的に意識を遮断し精神状態の立て直しを図ろうとするも、
襲い掛かる異常な苦痛が強制的に意識を覚醒させ、気絶する事すらも許されない。

「が、ァ――――」

そして、引き起こされたのは、おびただしい量の吐血。
尾弐は、ズタズタに傷ついた内臓から溢れ出た黒い血液を床へとぶちまけ、膝を付く事となった。
血液に含まれる瘴気が床を腐らせる事により発生する煙を浴びながら、咳と共に気道に残った血液を吐き出す尾弐。

普通の人間であれば即死である一撃を受けて尚、息が有るのは、
尾弐が頑強な鬼という妖怪であるからなのだが……

(っ……痛ぇ……気持ち悪ぃ……! 体が動かねぇ……目もダメだ……言葉も、出せねぇ……っ!)

もはや、満身創痍。
東京ブリーチャーズにおいて肉体の頑強さで上位に位置する尾弐は、狼王のただの一撃で無力化されてしまっていた。


>「オレ様は狼王!テメェら三下どもとは格が違うんだよ……ゲァ―――ッハッハッハァ!!!」

耳鳴りと共に、狼王ロボの嘲笑と人間達の断末魔が聞こえ……尾弐の意識は焼けた鉄串を刺されたかの様に赤く染まる。
立ち上がり狼王ロボを――――人を殺す化物を滅ぼせと意識が叫ぶが、
意志の力など及ぶべきも無い程に半壊した尾弐の肉体は、その命令を受け付ける事が出来ない。
0110尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/30(日) 00:27:29.79ID:yXN7A4SL
>「やらせませんよ……、そのオオカミは!ボクたちの仲間の心を照らす灯火なのですから……!」
>「そして、ブランカはオレ様が頂く……元々オレ様のものだ、文句は言わせねえ!!」

那須野橘音が狼王ロボの前に立ち塞がり、対峙している。

その声が聞こえ、狼王が膨大な妖気の放出と共に真の姿を現したという状況を認識した瞬間、機能不全に陥っていた尾弐は立ち上がっていた。
あまつさえよろよろと駆け出していた。
無論、尾弐の肉体は壊れたままだ。意志の力を動員したとしても、指先一本動くか動かないかという状態である。

(化物が……そいつに、薄汚ねぇ指の一本でも触れてみろ……)

それでも動けた理由は、尾弐が、自身の意志を以って肉体を動かすのを放棄したからであった。

……口寄せという、霊を体に入れる事で霊の意志を表現する高等技法がある。
今の尾弐が行っているのはそれの粗雑な真似事だ。
自身の筋肉に瘴気を流し、瘴気を操作する事で肉体を無理矢理に動かす。

判り易く言えば、人形の手足に細く長い金属の棒を差し込んで、動かしている様なものだ。

勿論、この行為は肉体に多大な負担がかかる。
動かない物を無理やり動かすのだから、動かした部分は自壊していく。
ただでさえ甚大なダメージが、更に増えてしまう。
しかも、過去の経験から発狂する程の苦痛には慣れている尾弐をして叫びだしたくなる程に、耐えがたい苦痛が継続的に与えられる。
更には、意志の力で動かさない以上力のコントロールすら出来ないので、歩く程度の動きでさえおぼつかないというおまえ付きだ。

それでも、なんとか狼王ロボへと辿り着こうと足掻いていた尾弐だったが

>「……こんなところで、何をしているんですの?」
>「近いうち、必ずブランカを頂戴するぜ……。テメェらはくたばる時期がほんの少し延びただけだ、それまで首を洗って待ってな!」

――――突如として現れた少女。
東京ドミネーターズの、レディベアの介入により、驚く程にあっさりと狼王ロボは撤退して行った。

>「よく分からないけどとりあえず助かった……!」
>「ひとまず、警官の方々のことは綿貫警部にお任せしましょう。皆さん動けますか?今のうちにオオカミを確保しますよ」

後に残されたのは、狼王ロボにより作り出された複数の遺体と、打ちのめされた東京ブリーチャーズの面々。
一先ず危機を脱した事に安心した尾弐は、文字通り糸が切れた様に、壁にせをあずけその場にズルズルと座り込む。
だが……状況は一段落したものの、状況はまるで落ち着いてなどいなかった。
0111尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/07/30(日) 00:29:56.43ID:yXN7A4SL
東京ブリーチャーズが確保すべき白狼はその場から姿を消し、
狼王ロボにその力を見せつけられた事で、半ば暴走しかけているポチ。

>「まだだ……まだまだ僕は狼じゃない……あの子を取り戻すんだ……。
>だから……もっと、アイツみたいにならなきゃ……」

「……カハッ!……ゲホッ!」

ポチが命を落とした警察官の血を啜ろうとしているその姿を、ぼんやりとだがようやく視力が戻ってきた目で見た尾弐は、
その行為を制止しようとするも、先ほどの無茶の代償で身体を動かす事が出来ず、言葉も喉の奥から血を吐く事しか出来ない。

>「かき氷じゃ駄目なの?なんちゃって。アイツみたいに……あんな人殺しの化け物になったら、きっとあの子は振り向いてくれない」

故に、ポチの行為を制止したのは尾弐ではなく――――御幸 乃恵瑠
彼は柔らかな雪玉をポチの面へとぶつけることで、ポチの行為を止め、白狼を追跡する為の手段を講じて見せた。
ノエルの言葉で白狼が狼王の手に落ちていないという状況をポチが理解できれば、或いはポチの高ぶった感情も少しの落ち着きを見せるかもしれない。

「……ゴホッ……おれは、ここにのこる……ひとがしんだんだ、けいぶどのにせつめいするやつが……いねぇとな」

そして尾弐は、そんな二人のやりとりを尻目に、酷く掠れた声で絞り出すようにそう発言した。
今のダメージでは白狼を追うにしても足手まといにしかならない上に、
今回『怪人65535面相対策』の名目で呼ばれた東京ブリーチャーズの全員が説明なくこの場から遁走してしまっては、
後で犯人との繋がりを疑われ問題になる

――――具体的には、ノエルや那須野、そして祈という、人間社会に基盤を持つ者達が日常生活に戻る妨げになると、そう考えての言葉であった。

「……こいちじかんも、すりゃあ、あるけるくらいにはなる……ポチすけのこと、たのむぞ」

そして尾弐は疲れた様子で白狼ではなくポチを宜しく頼むと、そう言ってから
回復の為に両の瞳を閉じた
0112多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/03(木) 00:19:05.71ID:6e4/E3sH
 こんなはずじゃなかった。
祈の放った催涙スプレーがロボにダメージを与えている気配は一切なかった。
だが代わりに、ポチの様子がおかしい。
それを見て祈は察する。催涙スプレーがポチに命中したのだと言うことを。
あの刹那の内に、ロボは祈の攻撃を判断して躱し。ポチに当てて見せたのかと、祈は驚愕する。
「ポチごめ――」
 激痛に怯んだように見えたポチ。その首根っこを犬神と同じように押さえ付け、
ロボは自身の首から軽々と引き剥がす。そのまま無造作にぶんと放り投げると、ポチは壁に激突し、動かなくなる。
次いでロボが掌底――中国拳法を思わせる動きで放たれる――を、尾弐へと叩き込む。
>「―――――ぐ、ッ!!?」――「が、ァ――――」
 衝撃に、血反吐を吐いてその場に頽れる尾弐。
「ポチ! 尾弐のおっさん!」
 有ってはならないことが起き始めていた。
人狼の強さは祈の予想を遥かに上回っている。
しかもあの動きは、中国拳法めいているように見えた。それはロボがただ暴力を振るうだけの脳筋ではなく、
自身の強さを格闘の技術で更に高めるだけの向上心と確かな知識を備えた、より厄介な相手であることを意味している。
 そして、あろうことか。
視界の端に、警察官達の数名がふらふらと、じりじりと。ロボに向けて歩みゆくのが見える。
(……なんで逃げてないんだ!?)
 彼らはあまりにも勇敢だった。
ロボの咆哮を受け、その圧倒的暴力を見ても臆して逃げ出さないどころか、取り押さえようとしているのだった。
それは目の前で繰り広げられるあまりにも理不尽な暴力から、
橘音を始めとする協力者達を助けるためであったかもしれない。
「やめろ! そいつに近付くな!」
 絶叫しながら、彼らを止めるべく祈は走る。
しかし警察官達は平静ではない。強靭な精神力で自身の逃走を禁じている為、見失っているのだった。
素手で壁をも破壊し得る力を持ったこの男を、人間が数人束になったところで取り押さえられる筈もないという現実を。
故に――止まらない。
 ロボを囲むようにした警察官数名が、一斉に掴み掛ろうとする。それをロボは鬱陶しそうに腕を振るって払いのけた。
まるで五月蠅い羽虫を払い落すかのように。
しかしそんなぞんざいな動作でも、その腕力、振るわれる速度は想像を絶するもので、
ただそれだけで、ロボの腕が当たった警察官達は骨を砕かれ、肉を裂かれ、宙を舞い、壁や床に叩き付けられ。
血を噴き、断末魔の声をあげ。絶命する。
 その中で祈はどうにか警察官の一人だけは、間一髪のタックルを挟むことでロボの腕から遠ざけ、守ることができた。
――かに思えた。
 祈のタックルを受けた勢いで、その警察官は祈とともに床に転がっている。
祈が抱えるようにしているその警察官の体が、小刻みに震えていることに祈は気付く。
「……!?」
 そしてぬるり、と。祈の手に暖かい感触があった。鉄錆の臭いが鼻をつく。
祈はがばっと体を起こした。
 共に床に倒れていた警察官。彼の右腕がない。
一拍遅れて、宙を舞っていたのだろう千切れた腕が、どしゃりと床に落ち、転がった。
「あっ…………」
 ロボの拳が掠めたか。右肩口から右胸の辺りにかけては、まるで砲弾でも食らったかのように抉れてしまっている。
折れた肋骨が飛び出していた。
凹型に抉れた傷口からは血が止め処なく溢れ、床に血溜まりを作っていく。
傷口は大きくて止血のしようもなく、祈が手で押さえても押さえても、血は次々に零れていった。
傷口に触れる掌を通して、警官の鼓動が弱くなっていくのが伝わってくる。命の灯が消えていくのが分かる。
 祈は警察官の顔を見た。
しかし彼は命を失う寸前にあっても。祈を見て、残された左手で破壊された出入口を指して。
もう喋る力もない口で祈に逃げろと、そう言った。そして誰かの、愛する人の名前と思しき単語を呟いた後、絶命する。
脱力し、床にたたきつけられそうになった彼の左手を祈は掴み、ゆっくり胸の上に置いた。
辺りを見渡せば、警官たちの死が血と内臓と共に転がっている。
 祈は、糸の切れた操り人形のように力なく俯いて動かなくなった。
――こんなはずじゃ、なかった。
0113多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/03(木) 00:22:23.80ID:6e4/E3sH
>「これで終わりか?そうじゃねえよなァ?さあ――もっと遊ぼうぜ!どっちかがボロ雑巾みてェになってくたばるまでな!」
 ロボの哄笑が響く。
 ノエルが妖力を込めて放ったバナナも、ロボの腕で簡単に払い落とされていた。
ポチの突き立てた牙も通じず、尾弐の幾多の妖壊を倒してきた必殺の拳でさえダメージを与えられず。
祈が仲間に被害を与えぬようにと考えて準備した催涙スプレーは、液体が収束するタイプであったために、
逆にロボに当てられず……それどころかポチにダメージを与えて足を引っ張ってしまった。
 対策を考えてきたはずだった。もっとやれるはずだった。
 ロボの奇襲は意外だったが、先手を打ったのはこちらだったし、しかも4人がかりだ。
付け加えればロボは未だ人間の姿で、全然本気ではなかったのだ。
なのに。何一つ決定打を与えられぬまま、ブリーチャーズは半壊の様相を呈していて、犬神や多くの人間が死んでいる。
 何故。どうしてこんなことになったのだろう。
>「ククク……さあ、かかってこいよ。誰でもいいぜ!何ならもう一度全員で来てもいい!オレ様を楽しませろよ、東京ブリーチャーズ!」
 ロボはブリーチャーズ一人一人を見遣って、己に立ち向かう者がいないか見定めようとしていた。
 その視線を受けて、祈は血溜まりの中ゆらりと立ち上がった。走る最中落としてしまった金属バットを拾う。
 絶望的な状況だった。
 戦闘力の差は歴然としている。ポチや尾弐の攻撃で傷付かぬタフさ。尾弐を一撃で沈める腕力。技量。
祈を上回るスピード。判断力。思考の速さ。どれを取っても、祈程度の半妖では敵わないことは解り切っていた。
加えて、ポチや尾弐はもはや戦える状態ではないようだった。二人を欠けば戦力は半減。いや、それ以下だろうか。
束になってももはや敵うまいと、そう思わせるだけの決定的な力の差があった。
 だが、許せなかった。呆気なく人を殺めてしまうロボが。そして何より、己の弱さが。
 服の胸の辺りをぎゅっと掴む。
 あの警察官達は絶対敵うはずもない相手だと本能のどこかで理解していただろうに、立ち向かってくれた。
更に祈が庇おうとした彼は、最期まで祈という部外者を、何の関係もない人間を心配してくれた。
彼らは自分達を守ろうとしてくれたのに、彼らより強いはずの自分が彼らを守れなかった。
こんな優しい人達を、守れなかったことが悔しい。
 自分で自分が許せない。己の弱さが憎い。腹立たしい。
(こんなはずじゃなかった。――だから、なんだ! それがどうした!)
 どんなに絶望的な状況でも、諦めてたまるか。屈してなどやるものか。折れてたまるか。
落ち込んでなどやるものか。へこたれてなるものか。泣いてたまるか、負けてなどやるものか。
思考を止めてなるものか。彼らの命に報いるために。もっと、もっと強く。
そしてあの暴虐の男を、己の命を燃やしてでも倒さねばならない。止めなければならない。
 激しい怒りと共にそう決意し、祈がロボに向かって一歩踏み出した時。
 ドクン。と、心臓が一際大きく脈打った。鼓動は余りにも大きく響き、脳を、体を揺さぶるようにすら錯覚する。
(――……ッ!?)
 尚も心臓は大きく脈打ち、その鼓動は徐々に早くなっていく。
熱が心臓から血液を通して運ばれて、四肢が、頭が、体が。熱病を患ったように熱くなる。
ふらつき、よろめいた祈はぺたりと尻餅をついて座り込んでしまった。視界が揺らぐ。
(なん、だ、これ……これじゃ、まるで)
 昔、幼い頃にターボババアの力が目覚めた時のような。
体の中で何かが勝手に切り替わっていく感覚が祈の中で蠢いていた。
0114多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/03(木) 00:26:43.82ID:6e4/E3sH
 祈が身体の変調をきたしている間も、状況は動いていく。
何かの臭いを察知したロボが、立ち入り禁止区域を目指して歩き、
それを止める那須野橘音の妨害もものともせずに、その扉をぶち破った。
>「……ブ……、ブラン……カ……?」
 そして、そんな言葉を口にする。
 ブランカとは、シートン動物記に登場する狼の名だ。ロボの妻とされる美しい白狼。
人間はあまりに賢い狼王ロボを倒す為に妻である彼女を捕らえ、利用したという話がある。
>「ブランカ!オレ様だ!ロボだ!ああ……おまえ、どうしてこんなところに!」
 その名が出ると言うことは、この人狼ロボがシートン動物記に登場する狼王ロボだと言うのだろうか。
しかしシートン動物記に語られるロボが人狼だと言う話はない。
だとすれば、人間に敗北し、死んだ後に妖怪として復活した、ということなのだろうか。
 また、
>「違うよ、その子はニホンオオカミ。ブランカじゃないよ……」
 ノエルの言うように、ブランカがニホンオオカミであることはあり得ない話だ。
シートン動物記で描かれるロボの話は、ニューメキシコ州で、つまりアメリカ南西部での話を元に描かれている。
だとすればそこに登場するロボとその妻であるブランカはメキシコオオカミであると考えられ、
DNAからもニホンオオカミであると断定された彼女が、ブランカである可能性は限りなく低い。
だが、ロボが彼女をブランカだと認識していることは疑いようがない。
臭いで察知したことからも、もしかすればブランカはニホンオオカミとして、というよりも送り狼という妖怪として復活しており、
その魂の臭いや気配のような物をロボが察知したと、そう考えられるのかもしれなかった。
 檻を腕力で破り、彼女を救出せんとするロボ。
声を掛けるが、しかしブランカと呼ばれた狼は唸り声を上げるだけでロボに追従はしなかった。
 そして狼に目を奪われているロボの隙を突き、橘音の召喚した二体一組の妖怪、手長足長が
ロボを立ち入り禁止区域からエントランスまで引きずり出す。
>「やらせませんよ……、そのオオカミは!ボクたちの仲間の心を照らす灯火なのですから……!」
 愛する妻と思しき存在が檻に囚われていたことを知り、その再会を邪魔されたロボは激昂する。
>「このクソ虫どもがァァァァ!『オレ様のブランカ』を!」
>「いいだろう、お遊びはやめだ!そこまでバラバラになりてェってんなら、望みどおりにしてやるぜ……テメェら、全殺しだ!」
>「そして、ブランカはオレ様が頂く……元々オレ様のものだ、文句は言わせねえ!!」
 吠え、凄まじい妖気を迸らせる。そしてついに人間の姿をかなぐり捨て、狼の姿を露わにするロボ。
ただでさえ大きかった体躯が二回りも三回りも膨れ上がり、スーツを破った。
 対峙するブリーチャーズは内二名が負傷しており、限界を超えている。
また、橘音は数体の妖怪を一気に召喚して妖力を大いに使ったであろう。
唯一ノエルだけがほぼ万全の状態にあるが、
だからと言って彼一人でロボを倒すのは困難を極めるだろう。
 金属バットを杖代わりになんとか立ち上がる祈だが、状況は非常に芳しくなかった。
そこへ。
0116多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/03(木) 00:32:24.27ID:6e4/E3sH
>「……こんなところで、何をしているんですの?」
 少女の声が、エントランスにぽつりと響いた。聞き覚えのある声音。
ロボの破壊した正面玄関に、長いツインテールの少女が佇んでいる。
「モ……レディ、ベア?」
 その姿は、祈が良く知っている姿だった。
>「何をしているってそりゃあ仲間が戦ってるから加勢に来たんじゃ……ないの!?」
>「ロボ。貴方は妖怪大統領に無用の殺生はしないと誓ったはずですわよね?だというのに、なんですの。この有様は」
 ノエルが言うように加勢に来た訳ではないようで、
レディ・ベアはこの惨状を見渡し、ロボを責めるかの如く問うた。
対するロボは悪びれず、小突いただけで死んだ人間達が悪いなどと開き直る。
しかし、それを言い訳と断じ、殺すなと命ずるレディ・ベア。
更にここは戦略的に重要な場所でもある為に暴れるなとも言い、従うよう勧めるが、
ロボはそれを拒んだ。更に言い募ろうとするロボを押し留めたのは、
>「お と う さ ま に い い つ け ま す わ よ」
 レディ・ベアのこの言葉だった。
妖気を発しながら放たれたこの言葉に気圧されたように、ロボは己の牙を納め、人間の姿に戻って従う意を示す。
それ程までに、妖怪大統領とは恐ろしいものなのか。
>「カスども……、調子くれてるんじゃねェぞ。ブランカはオレ様のものだ……オレ様だけのものだ!」
>「近いうち、必ずブランカを頂戴するぜ……。テメェらはくたばる時期がほんの少し延びただけだ、それまで首を洗って待ってな!」
>「ゲハハ……、ゲッハハハハハハッ!ゲァ―――――ッハッハッハハッハッハハハハァ―――――――ッ!!!」
 ロボは高く嗤い、跳躍して窓を破りながらどこぞへと姿を消した。
>「……勘違いしてもらっては困りますわ。貴方がたのためにしたことではなくってよ」
>「この博物館は、わたくしにとって重要な地。つまり妖怪大統領にとっても重要な地だということ……それを守っただけの話ですわ」
>「ということで、用件は済みました。このまま貴方たちを屠ってもよいですが、それはまたの機会に。では皆さん、アデュー!」
 レディ・ベアもまた、言い捨てると闇に溶けて消えていく。
博物館に残されたのは、死体とブリーチャーズ、そして鳴り止まぬ警報の音だけだった。
0117多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/03(木) 00:48:47.70ID:6e4/E3sH
 敗北に打ちのめされるブリーチャーズ。
しかしロボが去ったことで、緊張で張りつめていた空気は僅かに弛緩しつつある。
気が付けば祈の変調も治まっており、激しい動悸や体の熱さは消えていた。
あれはなんだったのだろうか。強敵との戦いを前に、強張った体が言うことを聞かなくなったのだろうか。
だが、それにしては――。
 いや、と。祈は思考を中断する。レディ・ベアがここを戦略的に重要な地だと言っていたことも気になるが、
それよりも仲間のことが気掛かりだった。
 弱々しく壁に凭れ掛かって座り込む尾弐や、立ち上がれないのか座り込んだまま動かないポチ。
この両者の傷は酷いようで、まず癒さなければならないと祈は思った。
>「ひとまず、警官の方々のことは綿貫警部にお任せしましょう。皆さん動けますか?今のうちにオオカミを確保しますよ」
 橘音がそう告げてエントランスから立入禁止区域に入るのを目にしながら、
狼を確保・収納できるのは橘音の迷い家外套ぐらいであるのでそちらは任せ、
祈は自分が持ってきて放ったままになっているスポーツバッグの方へと早足に歩んでいった。
 取り出したのは一本の水筒である。疲れ切ったポチに飲ませようと、ある液体を中に詰めてあるのだった。
即ち、ひと風呂浴びればケ枯れ寸前でもたちまち回復すると言う、迷い家の秘湯の源泉であった。
 手近にいるポチの方へ歩きながら、カップ代わりにもなる蓋を捻って開け、そちらに中身を注ぐ。
すっかりぬるくなっているようで湯気は立たない。
 そして聞こえる、遠吠え。聞き覚えのあるその声は、ポチのものだった。
ポチはいつの間にか送り狼としての姿を晒している。
 何故だろうと祈は思ったが、その視線の先を見て、得心する。
檻の中にいた筈の白狼が消えているのだ。橘音が回収した様子はない為、
どうやらロボが檻を壊した後、隙を見て脱走してしまったのだと思われた。
このまま囚われて人間に弄ばれるのも苦痛だったであろうし、
ロボの剛力と凶暴さを目の当たりにしては身の危険を覚えただろう。脱走は仕方のない事かもしれなかった。
 ともあれ、狼に逃げられてしまった。その悔しさや、敗北感。
それらの強い感情が、ポチを送り狼の姿に変化させたのだと考えられた。
とすれば先程の遠吠えを人語に直すなら、“畜生”、と言ったところだろうか。
 遠吠えの後、ポチは視線を降ろす。その先にあるのは、警察官達がロボに返り討ちに遭ってできた、血だまりだ。
>「まだだ……まだまだ僕は狼じゃない……あの子を取り戻すんだ……。
>だから……もっと、アイツみたいにならなきゃ……」
 呟き、ポチの頭が、口が。それを求めるように僅かに下がった。
それが血を飲もうとする動きだと、祈は理解する。ロボのような力を備えた存在を目指しての行動だと。
 妖怪は本質的に人の畏怖や恐怖の具現であるから、
確かにそのような行為に手を出すことで力が増すことは考えられなくはない。
しかし、それは一線だ。
 生きるために人の血を必要としないポチのような妖怪が人の血を啜るのは、いわば禁忌だ。
しかもここに散る血液は、自分達の為に命を張ってくれた人達のものであり、
それを己の為に利用するかの如く啜るのは、彼らの気持ちや命への冒涜とも考えられる。
 もしそれを冒涜し、踏み躙ってしまえるのなら、その精神のどこが妖壊と違うと言えるだろう?
我欲の為に禁忌を踏み越えられる精神性は人や社会とおよそ相容れるものではなく。
そしてもしかすれば、東京ブリーチャーズによって漂白されるべき存在への第一歩でもあるかもしれない。
故にこれは、ポチが人と共にあろうとするのなら、人の中で生きる妖怪達と歩もうと思うのなら、
超えるべきではない一線。そう考えることができるのかもしれなかった。
0118多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/03(木) 01:45:06.55ID:6e4/E3sH
 そんなポチの行動を、尾弐の声にならない血塗れの声と、ノエルの放り投げた真っ白な雪玉が制する。
>「かき氷じゃ駄目なの?なんちゃって。アイツみたいに……あんな人殺しの化け物になったら、きっとあの子は振り向いてくれない」
 ノエルは茶化すように、だが優しくポチに言った。
>「大丈夫、きっとまだ遠くには行っていない。雪には動物の足跡がよく残るんだ――」
 次いでノエルはこう言い残すと、何を思ったか急に外へと歩み出て、建物の屋上へと向かっていく。
何かを閃いたのだろう。
 祈は、顔を雪玉に埋もれさせているポチの、その眼前にしゃがんで秘湯の源泉が注がれたカップを置いた。
その頭を一度だけ、優しく撫でる。
 ポチはまだ幼く、感情的で我慢を知らない様子だ。
でも今はどんなに悔しくても、苦しくとも耐えて欲しい。
祈はポチに、ロボのような妖壊になって欲しくないし、自分で自分を否定したり傷付けたりして欲しくない。
そんなことをしなくても、きっとみんなで力を合わせればなんとかなるから。
何と言っていいかわからないので、そんな気持ちを込めて。
「……血よりは、さ。これでも飲んだ方が元気出ると思うぜ。ポチ」
 そう言って祈は立ち上がる。結局どうするかはポチが決めることだからと、
祈はそれ以上に言葉を重ねたりはしなかった。
 立ち上がると、急激に気温が下がったのを感じると共に、程なくして降り始める、真夏の雪。
破壊された玄関口から見える様子では、雪は博物館を中心にその周辺へと降り始めたようである。
先程外へ出て行ったノエルが降らせているのだろう。
 それにより、祈も理解する。雪には動物の足跡が良く残る。その言葉の真意。
『自分が雪を降らせれば、逃げた狼の足跡が分かるようになるから、ポチの鼻が利かなくても追跡可能だ』と、
恐らくはこういう意味が込められていたのだろうと。
また、雪によって寒くなれば早く住処に戻らねばという焦りが生まれて逃げ方が雑になったり、
あるいは動きが鈍くなって追跡が容易になるかもしれない、というようなことも考えられる。
 何はともあれ、これで逃げた狼の追跡ができることになる。
>「……ゴホッ……おれは、ここにのこる……ひとがしんだんだ、けいぶどのにせつめいするやつが……いねぇとな」
>「……こいちじかんも、すりゃあ、あるけるくらいにはなる……ポチすけのこと、たのむぞ」
 ノエルの狙いを察した尾弐が、ここに残ると言って、その両目を閉じた。
祈は尾弐にも秘湯の源泉を渡そうとその側に駆け寄り、そこで初めて尾弐の状態を知る。
先程まで動き回っていたから、少なくとも命に別状はないのだろうと思っていたのだが、
近くでよくよく見れば、どうして生きていられるのか不思議と思えるような重傷を負っているのが服越しでもわかった。
内臓がぐちゃぐちゃに潰れているのではないかと、そんな風にすら考える。
 祈は慌てて尾弐の口に水筒を近づけ、ゆっくりと傾ける。
人間ならばぐちゃぐちゃになった内臓で吸収も何もないだろうが、そこは妖怪だ。
体内に秘湯の源泉が入り妖力が満ちれば、きっとダメージを負った内臓の回復も早まるだろう、などと思ったのである。
水筒の中身を一滴一滴と、ゆっくり垂らすように尾弐の口内に注ぐ祈だが、
しかし、尾弐がこれを飲みきれない程にダメージを負っているのであれば、飲ませるために何かを考える必要があるのだろう。
「……あのさ。橘音。問題なければ、あたしもここに残っていいかな。尾弐のおっさんかなり酷いことになってるよ」
 橘音には暴走しがちなポチの制御とノエルのツッコミを任せることになるが、
四の五の言っていられない状況である気がした。もし尾弐が目を覚まさなければ、その時には代わりの説明役も必要になる。
もしそうなれば、カンスト仮面の代わりに現れた謎の男が、暴れて警官を殺し回った後、狼を連れ去ったと。
そんな風に説明しようと、尾弐を見ながら祈は考えていた。
0120那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/05(土) 00:08:17.03ID:k4O3sk7S
戦いは惨憺たる結果に終わった。
ボロ負けだ。狼王ロボ一体に対し、東京ブリーチャーズは四人がかりでついに毛筋ほどの傷もつけられなかったのだ。
それは狼王ロボの規格外の強さもあるが、ブリーチャーズの指揮官である橘音がその襲来を予期していなかったということもある。
指揮官はいついかなる状況に陥った場合のことも考え、十重二十重に対処法を用意しておくものである。
だが、橘音は今回に限っては東京ドミネーターズと対峙した場合のことを何ら考えていなかった。
それだけニホンオオカミ奪取作戦に集中していたということだが、紛れもない失策であろう。
橘音も決して完璧なリーダーではない、ということだ。
だが――

――不幸中の幸い……というヤツですか。

警官が多数殺害され、五体が引き裂かれ臓腑を晒す死体の累々と横たわるこの惨状にあって、橘音はそんなことを考えていた。
確かにロボに有効打は与えられず、こちらはポチと尾弐が戦闘不能になる結果となったが、チームは全員生存している。
どんな状況下でも『生きてるだけで丸儲け』が橘音のモットーである。生きてさえいれば、何度でも再起は叶う。
警官の犠牲については、仕方がない。哀れとは思うが、彼らはこういう場合に命を張るのが仕事だ。
いつかの対コトリバコ戦のときと同じく、死を悼む感覚が鈍麻している橘音である。惨状に対して思うことはさしてなかった。

ふとポチを見る。ポチは体躯を巨大に膨れ上がらせ、博物館全体に轟き渡るかのような咆哮を響かせた。
その心を満たすものは、怒りか。嘆きか。はたまた慙愧か。
やがてポチがこうべを垂れ、床に広がる血だまりの血を舐めようとする。
橘音はそれを止めるでもなく、ただ佇立して眺めた。仮面の奥の双眸が、すう……と細められる。
ポチの気持ちはわかる。あの強大すぎる力を持つ王者に対抗するには、今のままではダメだ。
現状を打破する力。強敵を打ち破る方策を手に入れなければならない。
そのために人間の血を啜る――血は生命そのもの。古来より多数の妖怪が、神が、それを得て力を手に入れてきた。
が、それは同時に禁忌でもある。血を啜ることで力は手に入るかもしれないが、それは正しいものではない。
そして、血を糧とする妖怪は例外なく穢れ、闇に堕ちる。――妖壊になるのだ。
仲間を救いたいと願うあまり、穢れに堕する。

――『それ』をしてしまえば。アナタはもう、送り狼でもすねこすりでも。まして純粋な狼でもなくなってしまいますよ、ポチさん。

送り狼でも、すねこすりでもない。とすれば何になるのか。
だが、橘音の心配は杞憂に終わった。橘音が声をかけるまでもなく、仲間たちがそれを制したのだ。
ノエルの投げた雪玉が、祈の優しい手が、闇に堕ちかかっていたポチの心を引き戻した。

>大丈夫、きっとまだ遠くには行っていない。雪には動物の足跡がよく残るんだ――

ノエルがそう言って外に出る。その周囲に、はらはらと雪が降る。
7月の雪。明らかな異常気象だが、現場の状況整理と人命確保に駆けずり回っている警察関係者たちはそれに注意を払わない。
雪が一面にうっすら降り積もったのは、時間にしてほんの数分後のこと。
これなら、ポチの鼻に頼らずともニホンオオカミを追跡することができるに違いない。
ロボがオオカミを追うことも想定できる。ロボに先んじてオオカミを発見し、確保することが急務だ。
が、尾弐はダメージが大きく動けそうな状態ではない。
壁にもたれるように目を閉じ、一見死んだように動かない尾弐の傍へ行き、具合を確認する。
酷い状態だ。頑健さでは東京ブリーチャーズの中で一、二を争う尾弐を掌打の一撃で轟沈させるとは、尋常ではない。

>……こいちじかんも、すりゃあ、あるけるくらいにはなる……ポチすけのこと、たのむぞ
>……あのさ。橘音。問題なければ、あたしもここに残っていいかな。尾弐のおっさんかなり酷いことになってるよ

「クロオさんはここで回復を。祈ちゃんはクロオさんを見ていてあげてください。オオカミはボクとノエルさん、ポチさんが追います」
「何かあれば、すぐに携帯で連絡してください。……万一ロボと再遭遇した場合は、逃げること。絶対に戦ってはいけませんよ」

全員揃っていてもまったく勝てなかった相手だ。二手に分かれれば尚更勝率は激減する。
本当なら隊を分けることは避けたかったが、仕方がない。万一のためといつも祈に持たせている携帯のことを言うと、橘音は踵を返した。
0121那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/05(土) 00:08:54.66ID:k4O3sk7S
「ポチさん、ノエルさん、行きますよ」

ふたりを促し、ロボが破壊した正面玄関から外に出る。薄く積もった雪に、さくりと音を立てて足跡を刻む。
祈の差し出した迷い家の温泉の湯を少しでも飲めば、ポチの浴びた催涙スプレーの効果もだいぶ和らぐことだろう。

「……足跡が……」

博物館の外周をぐるりと回ると、ちょうど裏口から敷地外へと続く獣の足跡を発見する。
中型からやや大型の四足獣の足跡。都内にはネコ、ハクビシン、タヌキ等の野生動物がいるが、どれとも当て嵌まらない。
脱走したニホンオオカミのものと見て間違いないだろう。
ノエルの降らせた雪を頼りに、追跡を続ける。
が、なにぶん真夏である。しばらく進んでゆくと、雪はすっかり溶けてなくなってしまっていた。

「ふむ」

これ以上は、足跡を追っていくことは難しい。だが、橘音は軽く顎先に右手を添えると、

「こちらでしょう、きっと」

そう言って、足跡の消えた地点の周囲で一番高いビルの避難階段へと向かった。
カン、カン、と足音を立て、建物の壁面に外付けされた階段をのぼっていく。
階層にして十二階。そして最後に最上階の施錠された扉を(強引に壊して)開けると、ポチとノエル、橘音は屋上に到達した。
そして。

避難階段の入口から50メートルほど離れた前方に、月光を浴びて屹立する純白のオオカミの姿。

「ビンゴ!古今東西、オオカミとは月に吼えるもの――」
「自分のテリトリーでない、『見知らぬ土地(アウェー)』で行く場所といったら、月のよく見える場所以外にありませんからね」

自らの推理が当たったことに気をよくし、どやっ!とばかりに得意顔で語る。
ともあれ、オオカミは追い詰めた。ビルの屋上ならば逃げることもできないだろう。
が、橘音はオオカミの退路を塞ぐ意味で避難階段の入口前に佇んだまま、捕獲に乗り出そうとしない。
ポチとオオカミをふたりきり、否、二頭きりにしてやろうという配慮だった。

――さて。あとは、彼らの問題ですね。

オオカミはこちらに顔を向け、皓白色の月光を全身に浴びた神聖な佇まいでこちらを見つめている。
炯々と輝く黄色の双眸が、怖じることなく東京ブリーチャーズを捉えている。
橘音たちはニホンオオカミ本来の姿を尊重し『よかれと思って』捕獲と保護に乗り出した。
が、そこに『ニホンオオカミ当人の意思』は介在していない。
こちらがいくら彼女のためと思っても、当人が拒否すればそれは余計なお節介にすぎない。
種の保存だとか絶滅危惧種の保護だとかいうことをお題目に、彼女を檻の中に押し込めた人間たちと何ら変わりはしないのだ。
そこで、ポチの出番である。同じオオカミとして、ポチに彼女を説得してもらうのがこの場の最適解であろう。

「ノエルさん、ここは若い(?)ふたりに任せて、我々お邪魔虫は黙っていましょう。ちょっかい出しちゃダメですよ」

縁談を世話するのが好きな親戚のオバちゃんのようなことを言いながら、ノエルの袖を引っ張る。
空気を読むということを知らないノエルがポチの邂逅を台無しにしないように、ふたりで階段に続く扉の影に屈み込む。

「これで、シロさんがポチさんの言葉に耳を傾け、我々と共に来るならよし――」
「あ。シロさんっていうのは、今ボクが名付けました。いつまでもニホンオオカミじゃ呼びづらいでしょ?」
「ロボは彼女を『ブランカ』と呼んでいた。ブランカとはスペイン語で『白』。ですからシロさん、ということで」

ロボが呼んだ『ブランカ』をそのまま使うのは何となくイヤだという理由である。捻くれていた。
0123那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/05(土) 00:10:33.56ID:k4O3sk7S
《――あなたの声は、聞こえていました》

どれほど見つめ合っていただろうか。やがて夜の静寂を破り、ニホンオオカミ――シロがゆっくりと語り始めた。
とはいえ、声を発しているわけではない。獣だけが可能な意思の疎通だ。ノエルにはわからないが、ポチには伝わる類のものである。

《人間に捕われ、檻に閉じ込められたわたしに向けられた声。届いていました……わたし以外の狼の声を、わたしは初めて聞きました》
《この、人間に支配された都で。故郷でも聞いたことのなかった狼の声が聞けて、嬉しかった。仲間に会えた――》

どうやら、シロは生まれ故郷でもただ一頭だけで生活していたらしい。
やはり、この白い狼こそが最後のニホンオオカミ。最後の種、ということなのだろう。
それが無理矢理連れてこられた見知らぬ土地で、まさかの同族に会えた。それは、どれだけの喜びだろうか。
というのに、シロの様子は決して嬉しそうではない。

《……そう、思ったのですが》

グルル……と、シロは僅かに喉を鳴らした。

《なぜ。なぜあなたは、狼以外の者と共に在るのですか?》
《狼は誇り高き者。おもねらぬ者。共に在るとするならば、それは血と魂を同じくする同胞(はらから)のみ――》
《他の種族に膝を屈するというのなら、そのときは。滅びる以外にありません》

他者に従属を強いられるくらいならば、死を選ぶ。シロはそんな矜持の高さを隠そうともしない。
シロの一族、ニホンオオカミは実際にそうしてきたのだろう。犬のように飼育されての生存を拒み、あくまで人に馴れぬ獣として生き――
そして、滅んだ。

《狼以外の存在、人間たちについては、わかります。彼らは狼を滅ぼす者。敵対者》
《かつて存在した人と獣との境界を、自らの欲のために踏み越え、蹂躙した者たち》
《彼らがそのつもりなら、こちらも相応の対処をするだけ。それはとても単純で、わかりやすい道理です……けれど》
《あなたのことだけが、わたしにはわからない。あなたは――》
《あなたは。なぜ、わたしたちを排除した者たちの築き上げた都で。わたしたちの存在を認めなかった者たちと共に在るのですか?》

鋭い語調で、シロはポチに問う。
ニホンオオカミの絶滅は、西洋犬の導入による狂犬病の流行と、家畜を保護するための駆除が原因だという。
江戸時代から明治時代に入り、西洋化に伴ってそれまで神聖視されていた山や森には爆発的に開発の手が入った。
狼のテリトリーであった森は切り拓かれて畑に、牧場になり、狩場を失った狼たちはやむなく家畜を襲った。
そうなれば、当然人間は狼を狩る。アメリカでもまさに狼王ロボが経験し、愛妻ブランカを失った事象と同じだ。
狼にとって、人間は敵。同族以外は敵――それはシロにはごくごく当たり前の理屈なのだろう。
ならば。
狼の姿をしていながら『敵』の作った東京に棲み、『敵』と共に行動するポチが、シロにとって意味不明に映るのも仕方ない。
シロはただ真っ直ぐにポチの顔を見つめながら言う。

《あなたは。彼らに『飼われて』いるのですか?あなたは――》

《――『何者なのですか』?――》

シロはもちろん、ポチの素性を知らない。
知らないからこそ、無遠慮に。真っ直ぐに。他意なく彼の素性を問うた。
“送り狼”と。
“すねこすり”の血を引いた。
純粋な“狼”になりたいと願う彼に――
自分はこれである、と断言できる寄る辺が、果たしてあるのかと。

《……わたしは人間にも、それ以外の何者にも屈しません。あなたのお仲間にも》
《残酷な邂逅でしたね。あなたがこの都に在ってなお、他者に屈さぬ誇り高き狼であったなら……》
《もう、会うすることもないでしょう。さようなら、わたしの同胞かもしれなかったあなた。姿が見られて、声が聞けて。嬉しかった》

最後にそう言うと、シロはさっと身を翻し、ビルの際から身を投げた。
が、世を儚んで死を選んだわけではない。驚くべき身体能力で階下のベランダや僅かな起伏を足場とし、地上へ降りたのだった。
0124那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/05(土) 00:12:13.86ID:k4O3sk7S
「……戻りましょうか、ノエルさん」

橘音はゆっくり立ち上がるとノエルの肩をポンと一度叩き、階段を降り始めた。
ポチに声はかけない。今この状況で、ポチにどんな慰めの言葉をかければいいというのか。
ポチにはひとりになる時間が必要だろうと思う。いずれにせよ、今は使い物になるまい。

「博物館に戻って、祈ちゃんとクロオさんに合流しましょう。もう夜も遅いですから、休まなくちゃいけませんし……ボク、眠いです」

ふあ、と大きく欠伸をする。
一見やる気のなさそうな態度だが、だからといってシロの捕獲を諦めたわけではない。ただ、今夜はこれが潮時と判断しただけだ。
狼王ロボはシロを腕に抱くまで、決して諦めはすまい。
今後シロの捕獲を行うにあたって、ロボとの遭遇の可能性が高くなることは想像に易い。
ロボと再度対峙した場合、どうすればいいのか?四人がかりの攻勢さえ難なく跳ね除けたあの化物を、どう捌けばいいのか?
それを考えなければならない。

「ポチさんのことは、ひとりにしてあげましょう。彼には時間が必要です」
「彼女の問いに対する答えを考える時間が。自身が何者であるのかを考える時間が――」
「それだけは、ボクたちが手を差し伸べられる問題じゃない。彼にしか答えが出せない問題なんです」
「……あ。と言っても、ノエルさんは獣の言葉。聞こえないんでしたっけ?いや失礼!じゃ、道すがら説明しますよ」

アハハ、と笑って誤魔化す。ポチとシロは互いに獣の感覚で会話をしていて、人語は発していない。
が、その声なき声は橘音には聞こえていたらしい。橘音は白手袋に包んだ右手の人差し指をぴっと立てると、

「まぁ、ボクも一応狐ですしね?」

と言って、悪戯っぽく笑った。

*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-**-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*

博物館の中は依然、混乱の渦中にあった。
濃い血のにおいと、臓物のにおい。館内は噎せ返るような死のにおいに満ちている。
が、そんな中で生き残った一部の警官たちは懸命に事態を収拾しようとしていた。
からくも軽傷で済んだ綿貫警部もそのひとりだ。動ける警官たちに檄を飛ばし、救急隊や消防隊の要請を済ませ、怪我人の手当てをする。

「……多甫くん!尾弐!大丈夫か!?」

やがて綿貫警部はエントランスの片隅にいる祈と尾弐に気付き、太鼓腹を揺らして小走りに近寄ってきた。
そして、血まみれでぐったりと壁にもたれた尾弐を目の当たりにし、うっと顔を顰める。

「尾弐……!なんということだ……。酷い怪我じゃないか!壁の崩落に巻き込まれたのか?それとも、あの男にやられたのか?」

素早く手首を取って脈をはかる。尾弐が軽く身じろぎすると、生存を知ってほっとする。

「先程救急隊を要請した。まもなく到着するはずだ。多甫くん、尾弐を頼む。尾弐の行きつけの病院などは知っているかね?」

祈と尾弐は状況説明のために博物館に残ることを選択したが、ふたりの思惑に反して警部は仔細をふたりに訊ねなかった。
警部としても、この場に立ち会っていたため状況はある程度把握している。赤マントの代わりに乱入した大男が警官隊を殺戮した。
その大男が祈や尾弐と関係している――などとは、思ってもいない。
あくまで警部にとって祈と尾弐は対赤マント作戦の際、折悪しくテロ被害に遭った一般人という認識らしい。

「那須野はどこへ行ったんだ!?あのボンクラ探偵め、肝心なときに遁げ出しおって!これだから胡散臭い探偵など――!」

警部はいつの間にか姿を消した橘音やノエルのことを探したが、この場にいない者はどうしようもない。
なお、ポチの存在についても言及はしなかった。幻覚のようなものとでも思っているのだろうか。
ニホンオオカミの脱走についても、苦虫を噛み潰したような顔を一瞬しただけで、祈たちへの追及はなかった。
橘音の助手である祈のことは憎からず思っており、また尾弐についても協力者ということで比較的尊重している綿貫警部だ。
ただ橘音のことだけがキライなのである。その辺り、ノエルや祈のタヌキという評価は的を射ているのであった。
0126那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/05(土) 00:14:58.70ID:k4O3sk7S
ほどなくして救急車や消防車が大挙して訪れ、怪我人をどんどん搬送していく。
祈と尾弐のところにも救急隊員が三人ほどやってきて、尾弐の容体を確かめると、持ってきていたストレッチャーの準備を始める。
と、そこへ、

「やれやれ。間に合いましたか」

橘音とノエルが帰還する。
飄々とした橘音の態度に、綿貫警部が気色ばむ。

「ボンクラ探偵!今までどこへ――」

「遁げた犯人の追跡ですよ。決まってるでしょ?警部たちは怪我人の救出で手が離せなかったのですから、ボクが動くしかなかった」

「バカ者!そんなことは警察がやる!一般人が危険な真似を……」

「もちろん、深追いはしませんよ。どちらへ遁げたのかを確認しただけです。犯人は御徒町方面へ遁げました、非常線を張って下さい」

「う、うむ……すぐに手配する」

「ボクの見立てでは、東京オリンピックへ向けてのテロ活動でしょう。恐らくはイスラムか……最近他国でも多いですからね。でしょ?」

「そ、そんなことはおまえに言われるまでもなく、わしも見当をつけていた!すぐに上層部へ伝達する!」

綿貫警部はすっかり橘音のペースに呑まれてしまっている。気付けば狼王がテロの実行犯扱いだ。
警部は胡散臭い仮面の探偵になど構っていられないとばかり、部下に命令するべくブリーチャーズの傍を離れた。

「さて、じゃあクロオさん。病院に行きましょうか?救急隊員さん、新宿区○○の河原医院までお願いします」

ストレッチャーに乗った尾弐が救急車に入ると、橘音も一緒に乗り込む。もちろん祈とノエルにも乗るよう促す。
東京には、妖怪仲間が怪我をした場合に使う病院というものがある。河童が院長として経営している病院だ。
表向きは何の変哲もない病院として開業しているその病院を指定し、速やかに向かう。
救急病院としても機能している病院へ無事搬入されると、尾弐はそこで手当てを受けた。
フランシスコ・ザビエル風の外見の医師(河童)が秘伝の膏薬を塗り込むと、あれほど酷かった尾弐の負傷がみるみる回復してゆく。
切断された腕さえ瞬く間につなぎ合わせたという伝説もある、河童の膏薬だ。効果は覿面である。

「……さて。この先、どうやってシロさんを追いかけ、保護するか。それが問題ですが――」

尾弐にあてがわれた病室で、ベッドの傍に置いたパイプ椅子に座りながら言う。
備え付けのテレビをつけると、国立科学博物館で爆破テロがあったという速報が流れている。
テロ組織の一員と思われる外国人が博物館の正面玄関を爆破し、警官隊を殺害して逃走――。ニュースキャスターはそう言っていた。
ニホンオオカミが脱走したという報道はない。綿貫警部が管制を敷いたのだろう。

「今後シロさんを追うのなら、必然的にロボと戦闘する可能性も高くなる。極めて危険な状況です、しかし……」
「ボクは逆に、これをチャンスと捉えています。東京ドミネーターズの一角、最強の人狼ロボ」
「彼を倒す、千載一遇の機会だと……ね」

そう言って、ベッドの上の尾弐、周りにいる祈とノエルの顔を順繰りに見回す。

「彼は確かに強い。ボクたちが束になっても勝てないというのは、実際に試したとおりです」
「が……彼はその代わり、ボクたちに自らの致命的な弱点を晒していきました。彼を倒すなら、そこに付け入るしかない」
「そう。かつてアーネスト・トンプソン・シートンがロボを下す際、そうしたように――」

そこまで言って、言葉を切る。もう、みんな理解しているでしょう?そう言わんばかりに橘音は束の間沈黙したが、

「――『彼女』を。囮に使いましょう」

決意に満ちた声音で断言した。
0127ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/08/11(金) 06:35:04.80ID:mBTc74OP
ゆっくりと顔を下へ向けながら、送り狼は深く息を吸い込む。
鼻孔に満ちる血の臭い。
ブリーチャーズの皆と戦いに臨む時、いつだって忌まわしいと思っていたはずのそれが、
今の彼には……ひどく魅力的な香りに感じられた。
そして……ふと、送り狼の頭に何かがぶつけられた。

>「かき氷じゃ駄目なの?なんちゃって。アイツみたいに……あんな人殺しの化け物になったら、きっとあの子は振り向いてくれない」

冷たく脆い雪玉。投げつけたのはもちろん、ノエルだ。
雪は穢れを吸い取り、禊ぐ性質を持つ。
その力は禁忌の道へと踏み入ろうとしていた送り狼の衝動を確かに食い止め……

「……駄目だよ。例えそうだとしても、僕じゃ駄目なんだ。僕じゃあの子の目に映る事すら出来なかった」

しかし彼の精神の濁り、全てを祓う事は叶わない。
人の血を啜ってでも強くなる……その行為そのものは衝動だとしても、その根幹は。
自分以外の何かになりたい……「混ざりもの」の変身願望は、まじないで晴らせるような根の浅いものではない。

>「大丈夫、きっとまだ遠くには行っていない。雪には動物の足跡がよく残るんだ――」

「あの子は……アイツに連れ去られた訳じゃないのかい?」

一呼吸ほどの間を置いて、良かった、と送り狼は呟く。
すぐにそう言えなかったのは、だとしても自分が惨めな奴だという現実に変わりはなかったからだ。
……不意に、彼の頭を何かが撫でた。小さく柔らかな手……祈の手だ。

>「……血よりは、さ。これでも飲んだ方が元気出ると思うぜ。ポチ」

送り狼の鼻は相変わらず利かないが、それでも彼女の声を聞くだけでも分かる事がある。
彼女は自分を気遣ってくれているのだ、と。
自分の名を呼んで、頭を撫でて、自己嫌悪に陥った自分を肯定しようとしてくれている。
……送り狼の体が少しだけ縮んで、その首元に酷く傷んだ首輪が現れる。
そして祈の差し出してくれたカップから、霊泉の湯に口をつける。

>「……ゴホッ……おれは、ここにのこる……ひとがしんだんだ、けいぶどのにせつめいするやつが……いねぇとな」
>「……こいちじかんも、すりゃあ、あるけるくらいにはなる……ポチすけのこと、たのむぞ」

そこで初めて、彼は尾弐が自分以上の重傷である事に気づいた。
また自分の事のみに囚われて、仲間の安否を失念していた事にも。
ポチは尾弐に歩み寄って彼の脚に頭を擦り付ける。
だが何度擦り付けても……すねこすりの気分にはなれない。
やっと巡り会えるはずだった同胞の前で破れ、その目に映る事すら出来なかった。
一時は妖壊に身を窶す事さえ考えた。
その傷心は、精神のひずみは、自分で誤魔化せるものではなくなっていた。
尾弐の脚に頭を擦り付ける動作は、最後にはまるで何かに追い立てられるかのような気配を帯びていた。

>「ポチさん、ノエルさん、行きますよ」

やがて橘音に声をかけられて、そこでポチは我に返る。
あの白い狼はロボに連れ去られた訳ではないらしいが、それでもロボが改めて彼女を追う可能性はある。
冷静にならなければいけない。気を落としている暇はない。
何度も深呼吸をしながら自分にそう言い聞かせて……ポチは橘音の背を追い始めた。
博物館の外に出ると、周囲にはノエルの妖力によって雪が降り積もっていた。
足跡も……残っている。
ポチの心臓が、鼓動を僅かに大きくする。
高揚によるものではない。不安から生じる拍動だった。
0128ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/08/11(金) 06:35:28.69ID:mBTc74OP
>「……足跡が……」

暫く歩いていると、足跡の残る雪が途絶えていた。
もう日が暮れているとは言え今は真夏。溶けてしまったのだ。
だがポチは動じず、小さく鼻で息を吸い込む。
催涙スプレーにやられた嗅覚は、既に回復していた。

>「ふむ」
>「こちらでしょう、きっと」

橘音がそう言うと同時に、ポチもまた示したビルの屋上を見上げる。
そして一行は建物側面の避難階段を登っていき……ポチは再び、その姿を見た。
今度はロボの背中越しではなく。月光を浴びて佇む白い狼の姿を。

>「ビンゴ!古今東西、オオカミとは月に吼えるもの――」
 「自分のテリトリーでない、『見知らぬ土地(アウェー)』で行く場所といったら、月のよく見える場所以外にありませんからね」

橘音は得意げに自分の推理を語っているが……その声はポチの耳には届いていなかった。
ただ、どう声をかけていいのかも、何をすればいいのかも分からないまま……ポチは白い狼、シロの眼を見つめたまま立ち尽くしていた。
自分の目の前に、あれほど思い焦がれた狼がいる。
だが……彼女は自らの力で見つけ出した訳でも、助け出した訳でもない。
君の同胞だと名乗り出る事すら、本当にしていいのか、彼には分からなかった。

>《――あなたの声は、聞こえていました》

……獣は言葉を持たない。
だが僅かな唸り声、目線の動き、体から発するにおい……それらによってお互いの考えを推し量り、コミュニケーションを取る事は出来る。
長い長い沈黙の末に、先に話を切り出したのはシロの方だった。

>《人間に捕われ、檻に閉じ込められたわたしに向けられた声。届いていました……わたし以外の狼の声を、わたしは初めて聞きました》
 《この、人間に支配された都で。故郷でも聞いたことのなかった狼の声が聞けて、嬉しかった。仲間に会えた――》

その言葉に、ポチの表情が僅かに明るむ。
自分が彼女の存在を知った時、感じた高揚を、彼女も感じてくれていた。
仲間だと、思ってくれていた。
溜息が出るほどの安堵と共に、ポチは彼女に歩み寄ろうとして……

《……そう、思ったのですが》

……だがシロは怒りか、敵意か、或いはその両方を込めて、唸る。
近寄るな、と言わんばかりに。

>《なぜ。なぜあなたは、狼以外の者と共に在るのですか?》

「何故って……だって、彼らは、僕の……」

>《狼は誇り高き者。おもねらぬ者。共に在るとするならば、それは血と魂を同じくする同胞(はらから)のみ――》
 《他の種族に膝を屈するというのなら、そのときは。滅びる以外にありません》

仲間だから……その言葉を続ける事がポチには出来なかった。
自分の目の前にいるのは……紛い物でも混じり物でもない、狼なのだ。
その言葉を否定する事は彼には出来ない。
それをしてしまえば、彼は自ら、自分が狼ではないと否定する事になってしまう。
0129ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/08/11(金) 06:37:02.78ID:mBTc74OP
>《狼以外の存在、人間たちについては、わかります。彼らは狼を滅ぼす者。敵対者》
 《かつて存在した人と獣との境界を、自らの欲のために踏み越え、蹂躙した者たち》
 《彼らがそのつもりなら、こちらも相応の対処をするだけ。それはとても単純で、わかりやすい道理です……けれど》
 《あなたのことだけが、わたしにはわからない。あなたは――》
 《あなたは。なぜ、わたしたちを排除した者たちの築き上げた都で。わたしたちの存在を認めなかった者たちと共に在るのですか?》

何一つ言葉を返す事が出来ないまま、シロはポチに問いかける。

>《あなたは。彼らに『飼われて』いるのですか?あなたは――》
 《――『何者なのですか』?――》

その問いにも、やはりポチは答えられない。
返すべき答えが分からないから、ではない。
それならもう分かっている。分かってしまった……あるいは、思い出したと言うべきかもしれない。
自分は……狼ではない。
彼女のように孤独を貫いて生き続けるだけの挟持も気高い精神もなかった。

……妖怪は、己の精神をもって己を形作る。
すなわち自分が何者か確信が持てなければ、当然その自己は、存在は、希薄になる。
だから彼はずっと同胞を探し続けた。己が狼だと証明してくれる存在を。
……しかしずっとそれを見つけられないまま、彼の存在は少しずつ薄れていった。
そうして孤独のままに消えそうになって、死の縁に瀕して、彼は願った。
独りぼっちは嫌だ。こんなにも辛い思いをするなら、自分はもう狼じゃなくていいと。
そして「ポチ」が生まれた。
だが彼はすねこすりのように無思慮に愛を振りまけるほど純粋でもなかった。
それどころか生き永らえて、孤独から救われると、今度は自ら捨てた狼が恋しくなる始末だ。
だから彼は……ただの、なんでもない、雑種の何か。それが答えだ。

>《……わたしは人間にも、それ以外の何者にも屈しません。あなたのお仲間にも》
 《残酷な邂逅でしたね。あなたがこの都に在ってなお、他者に屈さぬ誇り高き狼であったなら……》
 《もう、会うすることもないでしょう。さようなら、わたしの同胞かもしれなかったあなた。姿が見られて、声が聞けて。嬉しかった》

そしてシロは身を翻し屋上から飛び降りた。
慌てて屋上の縁に駆け寄るが……身投げと言った様子ではない。
彼女はベランダや配管などの突起を足場に地上へと降り立った。
もうポチを振り返ろうともしない。当然だ。彼女はもう会う事もないと言った。
ならばせめて黙って見送る事が、なり損ないに出来る、同胞だったかもしれない彼女への、唯一の親愛。

「……違う!!」

……一瞬脳裏によぎった諦念を、振り払うようにポチは吠えた。

「君と僕はまた出会う事になる!絶対に!だって……アイツは、あの狼王は、君を諦めたりしない!」

人狼ロボが見せた、シロへの強い愛情。紛う事ない狼の親愛。
ロボは必ず彼女を我が物にしようとする。
紛い物のポチにも、その事は理解出来た。

「だから次こそ、僕が君を守る!君が僕を拒んだって、僕が狼じゃなくたって関係ない!」

シロはポチを拒んだ。あなたは自分の同胞ではないと。
狼ではないと他者に証明されて、自分がただの雑種だと分かって……初めて気づいた事があった。
ポチは、嫌だと感じていた。嫌だと思ったところで彼女の認識を変える事など出来ないのに。
それはつまり……初めから、関係なかったのだ。自分の事を、誰がどう思うかなど。
かつて祈の危惧した事が、ポチの中で、まったく真逆の形で起こっていた。
もし誰かに狼だと言ってもらえても、ポチがその事に疑念を抱いてしまえば無意味であるように。
例えシロに同胞である事を否定されても……彼がその答えを拒めば、その否定もまた無意味なのだ。
0130ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/08/11(金) 06:38:39.26ID:mBTc74OP
「僕は、狼じゃない!ただの雑種さ。だけど、まだ、だ!まだ雑種なだけさ!」

深く息を吸い込んで、一際大きくポチは夜空に吠える。
シロがどこまで離れていたとしても聞こえるように。

「僕はこれから狼になるんだ!まだまだ言いたい事はあるけど……それは次の機会でいいや!」

答えはない。だが求めてもいなかった。
例え拒まれようとも、自分が勝手にそうするだけの事なのだ。



……それから暫し気持ちを落ち着けてから、ポチは橘音のにおいを辿って、皆が集まった病院へと辿り着いた。

>「彼は確かに強い。ボクたちが束になっても勝てないというのは、実際に試したとおりです」
 「が……彼はその代わり、ボクたちに自らの致命的な弱点を晒していきました。彼を倒すなら、そこに付け入るしかない」
 「そう。かつてアーネスト・トンプソン・シートンがロボを下す際、そうしたように――」

そのままにおいを頼りに病室の前にまで辿り着くと、室内から橘音の声が聞こえる。
ポチは頭でドアを小突いてノックをしようとして……

>「――『彼女』を。囮に使いましょう」

そう続いた言葉を聞いた瞬間、彼の首輪がぷつんと千切れた。
体が膨れ上がる勢いにドアが勢いよく弾き飛ばされる。

「……やぁ、橘音ちゃん。別にこれは、怒ってやったって訳じゃないんだけど……。
 だけど……説明を聞いた後でも怒ってないかは、ちょっと分かんないかもね」

言葉はやや剣呑だが、冗談めかしたその声音に怒りの響きはない。
自分がただの雑種と分かった以上、彼らへの愛情表現も、もう狼らしさにも、すねこすりらしさにも縛られる必要はない。
橘音の事だ。自分が怒りを抱くような作戦を考えるとは思わないが……それでも釘を差したくなるのが、情と言うものだった。
0131御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/12(土) 16:50:19.26ID:Sy0eCvDr
雪に刻まれた足跡と、最後は橘音の推理を頼りに、一同は白い狼のもとにたどり着く。
0132御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/12(土) 16:51:00.20ID:Sy0eCvDr
>「ビンゴ!古今東西、オオカミとは月に吼えるもの――」
>「自分のテリトリーでない、『見知らぬ土地(アウェー)』で行く場所といったら、月のよく見える場所以外にありませんからね」

そういえば人狼が月を見ると変身するというのはよくある話だ。
かといってこの狼が狼耳狼尻尾の美少女になる、なんてことはなかった。
そもそもこのニホンオオカミは妖怪なのだろうか。
普通の狼だとしたら彼女の両親も少なくとも少し前までは生きていたことになるので、
百何十年ぶりにたった一匹だけ発見された、となると実は妖怪化していて長きに渡って一人で生きてきた可能性も十分に考えられる。
かといって、今のところ彼女が言葉を発している気配はない。
狼の説得は狼、ということで橘音はポチに任せることにしたようだった。

>「ノエルさん、ここは若い(?)ふたりに任せて、我々お邪魔虫は黙っていましょう。ちょっかい出しちゃダメですよ」

橘音に言われたとおり、大人しく扉の影に隠れて成り行きを見守る。
二人は無言で見つめ合っていたかと思うと、シロ(橘音命名)はひらりと飛び降りて去っていってしまった。
やりとりの内容はノエルには分からないが、交渉は決裂したらしい。
いざ出番とばかりに飛び出そうとするノエルを橘音が制する。

>「……戻りましょうか、ノエルさん」
>「博物館に戻って、祈ちゃんとクロオさんに合流しましょう。もう夜も遅いですから、休まなくちゃいけませんし……ボク、眠いです」

「いいの!?」

ニホンオオカミの捕獲、という依頼の達成を第一に考えるなら、尻尾を掴んだここで強制的にでも捕獲してしまうべきだろう。
しかしそれを橘音はそれをしようとしなかった。橘音には彼女の声無き声が聞こえていたのだ。

>「ポチさんのことは、ひとりにしてあげましょう。彼には時間が必要です」
>「彼女の問いに対する答えを考える時間が。自身が何者であるのかを考える時間が――」
>「それだけは、ボクたちが手を差し伸べられる問題じゃない。彼にしか答えが出せない問題なんです」
>「……あ。と言っても、ノエルさんは獣の言葉。聞こえないんでしたっけ?いや失礼!じゃ、道すがら説明しますよ」

「な、なんだって!? 今のはそんなに内容のある会話をしていたのか……!」

OTLのポーズで落ち込むノエル。自分が聞こえない側だったということに衝撃を受けたらしい。
獣同士の会話は高度に肉体に依拠するものであり、人間にも分からないその会話が人間どころではなく身体性が薄いノエルに分かるはずはない。
しかし昔狐(非妖怪)の友達がいたノエルである、どうやってコミュニケーションをとっていたのだろうか。
少なくとも人語ではない何かだった気がするが、もしかしたら相手の側が精霊語(?)を話してくれていたのかもしれない。

>「まぁ、ボクも一応狐ですしね?」

「そういえばそうだった! 狐ならたまには狐の姿見せてくれたっていいじゃないか!
全身が駄目なら耳と尻尾だけでも……」

隙あらば橘音のありのままの姿を見たがるノエルであった。
橘音の話によるとポチはこっぴどく振られて交渉は決裂してしまったらしいが、ポチは希望を失ってはいないようだ。
それがせめてもの救いだった。
奇しくもポチの出自について何も知らぬシロは、自身が混ざり物であることに苦悩するポチに
汝は何者かという究極の問いを投げかけたのだった。
濃縮され過ぎた純粋過ぎる雪の化身として生を受けたノエルには、混ざり物であるが故の苦悩は分からない。
迷う選択肢すら与えられていない者から見れば、柔軟に好きな方を選べて羨ましい存在ですらある。
隣の芝生は青い、というやつであろう。
橘音が言ったとおりこれはポチが自分で向き合うしかない問題だが、あるいは混血という意味でポチと同じ祈なら、ポチを支えてやることができるかもしれない。

「そっちは大丈夫だった!? こっちは見つけたけど逃げられちゃった……」
0133御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/12(土) 16:54:12.67ID:Sy0eCvDr
博物館に帰ってみると、救急車が次々と怪我人を搬出しているところだった。
とりあえずロボがまた突撃してきたりは無かったようで安堵するが、それにしても死傷者が多い。
ノエルは、聞くものの逃走本能を刺激するポチの咆哮とは逆に、ロボの咆哮は闘争本能を刺激してしまうのではないかと推測していた。
そうだとしたら、その咆哮を聞いて尚命乞いを繰り広げたノエルは一体何なんだという話になるが。
軽く小突いただけでくたばる人間が悪い、ロボはそう言っていた。
普通に考えれば身勝手窮まりない戯れ言だが、ノエルは制御できない強大な力を持つ悲劇を知っている。
叫べば攻撃される。それを払おうと軽く触れれば壊れてしまう。
そんなことが続くうちに恐怖の対象となり究極の孤独に耐え兼ねて狂気に堕ち本物の化け物になっていく。
狼王ロボーー雪の女王と同じく古典上の存在と同じ名を持つ王者。
それはかつて人間に追いやられ住家を奪われた狼族の復讐の化身なのだとしたら……

「あいつも、厄災の魔物……なのか?」

>「さて、じゃあクロオさん。病院に行きましょうか?救急隊員さん、新宿区○○の河原医院までお願いします」

場の流れに便乗し、橘音が適当もとい適切に話をまとめ、尾弍を搬送する救急車に同乗して全員離脱する。
その道すがら、橘音から事の概要を聞いた祈に言うのだった。

「祈ちゃん……ポチくんの力になってやってね」

彼女は半妖であるがゆえに他の者より能力が劣ると悲観するのではなく、両方の利点を最大限に引き出す立ち回りをしている。
ポチだって、本人は気付いていないかもしれないが混ざり物である恩恵を確かに受けている。
純粋過ぎる狼であるがゆえに人間に阿ることが出来ず時代に取り残され長き孤独に耐えるしかないシロから見れば
本人は絶対に認めないだろうが心の奥底では羨ましい存在ではないだろうか。
なんだかんだで、心配しつつも心のどこかでポチはきっと大丈夫だと思っている。
むしろ、人間は敵と断言し気高く毅然とした態度を崩さなかったというシロの方に危うさを感じていた。
何か切っ掛けがあれば一瞬で闇に転じるのではないかという危うさだ。
むしろあれだけ人間に敵意を抱きながら今のところ非暴力を貫いている自制心の方が凄いぐらいだ。
病院に到着すると、原型の面影を多分に残した河童の医師が出迎えた。
「カッパハゲ」と言いたい衝動を辛うじて抑えたノエルであった。ハゲにハゲと言ってはいけないのは人間社会の鉄の掟らしい。
カッパハゲもとい河童の医者が尾弍に薬を塗り込むと、重傷が瞬く間に回復する。

「す、すごい……! 良かった、橘音くんああ見えてすごく心配してたんだよ」

と、適当だか適切だかよく分からないことを言う。

「ところで頭が良くなる薬なんて無いの? たくさん勉強しても全然頭が良くならないんだ」

確かに乃恵瑠時代にたくさん色んな勉強や修業をしたのだが、それにも拘わらず今こんなんなのは多分勉強の方向性がズレていたためめだ。
頭が良い悪いの問題ではなく厨二病とか露出癖とか色々発症している気がするが、「病院が来い」のレベルを遥かに通り越し「病院逃げて」の域に達しているノエルである。診察拒否されること請け合いだ。
一段落したところで、橘音が話を切り出した。
0134御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/12(土) 16:57:01.90ID:Sy0eCvDr
>「……さて。この先、どうやってシロさんを追いかけ、保護するか。それが問題ですが――」

「そうだよ、ロボに見つからないうちに捕まえちゃわなきゃ!」

>「今後シロさんを追うのなら、必然的にロボと戦闘する可能性も高くなる。極めて危険な状況です、しかし……」
>「ボクは逆に、これをチャンスと捉えています。東京ドミネーターズの一角、最強の人狼ロボ」
>「彼を倒す、千載一遇の機会だと……ね」

「えっ、何も今じゃなくても……。ほら、良く言うじゃん。二兎追うものは一兎も得ずって」

いつかは倒さねばならないのは分かっているものの、気が進まなかった。
実力差を見せ付けられたから、だけではない。
夢の中で深雪が語った、自然系妖怪が背負う業ーーロボの宿す力がそれと同種のものだとしたら。
仮の器だったクリスの時ですら、クリスはノエルを殺さないという強力なアドバンテージがあった上での紙一重の勝利だったのだ。
本物の王者に、増してや何のアドバンテージも無しで挑むなど……

>「彼は確かに強い。ボクたちが束になっても勝てないというのは、実際に試したとおりです」
>「が……彼はその代わり、ボクたちに自らの致命的な弱点を晒していきました。彼を倒すなら、そこに付け入るしかない」
>「そう。かつてアーネスト・トンプソン・シートンがロボを下す際、そうしたように――」

「あ……」

奇しくもいた。絶対的なアドバンテージーーあの時のノエルと同じ立ち位置に成り得る者が。

>「――『彼女』を。囮に使いましょう」
0135御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/12(土) 16:57:42.25ID:Sy0eCvDr
そこでドアを弾き飛ばして狼バージョンのポチが登場した。

>「……やぁ、橘音ちゃん。別にこれは、怒ってやったって訳じゃないんだけど……。
 だけど……説明を聞いた後でも怒ってないかは、ちょっと分かんないかもね」

「ああっ、ドアが壊れちゃう!
気をつけないと修理代請求されて奈良とか宮島の鹿みたいに観光地で野性動物役のバイトする羽目になっちゃうよ!?
でも……良かった、来てくれて」

ポチの言うとおり、高ぶってはいるものの怒っている声音ではない。
その昔シートンは身も蓋も無く言ってしまえばまずブランカをSATSUGAIするという手法でロボを下しているので、
橘音がシロに危害を加えるはずはないとわかっていてもつい興奮してしまうのは無理からぬことである。

「それにしてもまずロボより先に見つけるのが大前提になるわけだけど……。
ロボは興奮したら何するか分かんないからシロちゃんが戦闘に巻き込まれて怪我しないようにしないとね」

首尾よく先に見つけたとして、いかにして協力させるかという問題もある。
ロボの手に落ちるぐらいなら……という感じででもうまくこちらになびいてくれれば良いのだが。
人間は敵とはっきりと言い切ったシロである。
そして橘音達は、少なくとも表向きは人間の側に立った妖壊退治集団。
シロから見て、自分達の都合で狼を駆逐した人間達と何ら変わりは無いかもしれない。
暴虐の極みではあるが人間に阿らないロボのほうがまだマシと思わないとも限らないのだ。
そんな彼女の心を動かせるとしたら、やはり頼みの綱はポチしかいないのであろう。

「一つ言っておくーー君は雑種じゃない、ハイブリッドだ!」

ポチの方に改まって向き直り、例によってもし漫画だったら背景にどんっという効果音が付いてそうな感じで謎の宣言をする。
一緒じゃないかと思われそうだが雑種よりハイブリッドの方が圧倒的にかっこいい。響きは重要なのだ。
彼らは純粋な者が決して持ち得ないものを持っている、とノエルは思っている。
異なる者同士が一つになることによって生まれた彼らは、本来相容れない者同士を繋ぎ合わせる属性を持っているのではないだろうか。

「僕はかっこいい狼も可愛い犬もどっちも好きだよ! 一粒で二度美味しい的な。君にしか出来ないことがきっとある。
純粋な狼には、彼女に仲間と認められることは出来ても人の側に引き入れる事は出来ない」

と、ポチに抱きついてもふもふもふもふしながら言うのであった。
なんでもふもふするのかというと昨晩抱き枕になるのを回避した刑である、多分。
0136尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/08/14(月) 02:31:55.60ID:n93qMoXe
茜色の夢を視ていた。

遠い、遠い昔の夢だ。

小さな子供と一人の僧侶が、夕日の中で他愛無い会話を繰り広げる。そんな夢。

あまりに平和で牧歌的で鮮明なその夢の光景に、

それを見せられた尾弐は、まるで自分がその幸福を享受していたかの様に思ってしまい

夢の中で歩く二人に手を伸ばし――――


そこで、伸ばした自分の腕が血で真っ赤に染まっている事に気付いた

踏み出そうとした足は錆びた鎖で繋がれ、そこに無数の亡者が取り付いている事に気付いた。

それでも尾弐は、暖かい情景に向けて進もうとするが……僧侶と子供の姿は既に遥か遠くに消え去っており

やがて夕日が沈み、後には尾弐と暗闇だけが残された。


―――――
0137尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/08/14(月) 02:32:41.95ID:n93qMoXe
「っ……」

尾弐が瞼を開くと、その瞳の中に蛍光灯の人工的な明かりが飛びこんで来た。
当然の事態に状況を確認しようとするも、その思考は霞が掛かった様に纏まらず、
仕方なく尾弐は自身の記憶を辿って行く……

(……確か、俺は化物が起こした事件の証言をしようとして……
 祈の嬢ちゃんが俺に何かを飲ませて、ポチ助の奴が俺の足に何かしてて……そこから記憶がねぇ)

尾弐が頭を少し動かしてみれば、自身は白いベッドに横になっており
消毒液特有のツンとした香りがする事も確認できる

(ここは、病院か?……するってぇと、俺は力尽きて気絶しちまったのか)

何とはなしに状況を確認出来た事で安堵したのか、尾弐は上半身を起こし
――――そこでようやく、自身が狼王から重篤なダメージを受けていた事を思い出し、襲い来るであろう痛みに備えたが

「……痛みがねぇ。どうなってやがる」

尾弐の与り知らない事だが、尾弐の身体には、彼が気を失ってる間に河童の医師の秘薬による治療が行われていた。
この河童の薬は外傷というものに関しては特に強い効能を有しており、
祈に与えられた薬湯と、尾弐自身の馬鹿げた回復力も合わせて、尾弐の受けた傷は既に8割方治癒していた。

少々違和感は残るが、怪我をして動けないよりはずっと良い。

そう考えた尾弐が自身の回復具合をベッドの上で確認していると……ベッドの周囲に設置された
仕切り様の白布が開き、祈、ノエル、那須野の姿が現れた。
彼等の健在な姿を見た尾弐は、一瞬安堵した表情を見せてから頭を下げる。

「よう……どうも迷惑掛けちまったみてぇだな、すまねぇ。
 事情聴取くれぇは受けられると思ったんだが、思った以上にヤバかったみてぇだ」

具合が悪そうな苦笑いを浮かべながら、尾弐は寝癖を撫でつける様にして頭を掻く

「……化物を殺せずに、逆に目の前で化物に人を殺させちまうたぁ、我ながら情けねぇ」

そして、その後にため息と共に漏れ出た言葉は尾弐の本心であるのだろう。
警官が死んだ事よりも、その原因を排除出来なかった事に重点を置いているのは……長く生きているが故の弊害か、或いは尾弐の本質が原因か。
だが、その様な些事はどうでもいい事である。
今優先すべき事は

>「……さて。この先、どうやってシロさんを追いかけ、保護するか。それが問題ですが――」

那須野の言った通り、ニホンオオカミの保護と、狼王ロボへの対処であるからだ。
0138尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/08/14(月) 02:33:19.80ID:n93qMoXe
>「今後シロさんを追うのなら、必然的にロボと戦闘する可能性も高くなる。極めて危険な状況です、しかし……」
>「ボクは逆に、これをチャンスと捉えています。東京ドミネーターズの一角、最強の人狼ロボ」
>「彼を倒す、千載一遇の機会だと……ね」

>「えっ、何も今じゃなくても……。ほら、良く言うじゃん。二兎追うものは一兎も得ずって」

「ノエル。今回は状況が結びつき過ぎちまってるから、ニホンオオカミ……シロって奴を捕獲するだけってのは多分無理だ。
 捕獲の途中にあの化物に襲撃されたら、今度は俺の病院送りじゃすまねぇぞ」

病院の中で始まった作戦会議。
捕獲と撃破の両面作戦を提案する那須野と、狼王の強さを目にした事で慎重策を提案するノエル。
その内のノエルに対し、恐らく狼の捕獲だけを行う事は不可能であるという事を述べた尾弐は、
那須野の話の続きを聞く姿勢に入る。そうして、彼の探偵が語った作戦は――――

>「そう。かつてアーネスト・トンプソン・シートンがロボを下す際、そうしたように――」
>「――『彼女』を。囮に使いましょう」

「そいつぁ……」

那須野の提案した、ニホンオオカミを囮に用いるという作戦。
尾弐は、その作戦に対して酷い居た堪れなさを感じ、一瞬ノエルへと視線を向ける。

『……一緒に。地獄へ堕ちましょう』

思い出されるのは、雪下の情景。
――――かつて、ノエルの姉であるクリスとの戦いの際に、尾弐は今那須野が提案した事と似たような事を行おうとした。
オオカミではなく『ノエル』を犠牲にする事で、強大な敵を打ち倒す……結果的に其れを行う事は無かったとはいえ、
行おうとした事自体は、今でも深い罪悪感と共に覚えている。
那須野の提案は、それを思い起こさせるものであり……だからこそ、尾弐はその提案を否定する事は出来なかった。
それが守るべき者を守る為に必要であるのならば
罪悪感を、慚愧の念を、後悔を
その全てを抱えたまま、罪なき相手を己が切り捨てる事すらも尾弐は是とする

今回はニホンオオカミの捕獲依頼を受けている事もあり、命のやり取りはないだろうが
利用する以上、きっと、相手の何かを踏み躙る事となるのだろう
尾弐は、一度息を吸ってから具体的な方針を確認すべく口を開こうとし――――

>「……やぁ、橘音ちゃん。別にこれは、怒ってやったって訳じゃないんだけど……。
>だけど……説明を聞いた後でも怒ってないかは、ちょっと分かんないかもね」

だがその直前。病室のドアが弾け飛び、一匹の巨大な獣――――東京ブリーチャーズの一員であるポチが立ち入ってきた。
0139尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/08/14(月) 02:33:48.86ID:n93qMoXe
「……よう、ポチ助。長い散歩だったな」

尾弐は、その姿を見て目を細めると、薄くだが警戒の色を見せる。
声に怒気こそないものの、首輪は千切れ飛び巨体と化しているポチの姿は、
狼の属性が色濃く表れており、見る者に威圧感を感じさせる。
まして、気絶する前に尾弐が見たポチは、人の血を啜ろうとしていたのだ。
この状況では尾弐に警戒するなという方が難しいだろう。

……最も、それは完全に杞憂であるのだが。

>「それにしてもまずロボより先に見つけるのが大前提になるわけだけど……。
>ロボは興奮したら何するか分かんないからシロちゃんが戦闘に巻き込まれて怪我しないようにしないとね」

そして、どうやらそういう心の機微を察する力は、どうにもノエルの方が優れている様で、
彼は尾弐の杞憂など捨て置き、早々にポチを受け入れ

>「僕はかっこいい狼も可愛い犬もどっちも好きだよ! 一粒で二度美味しい的な。君にしか出来ないことがきっとある。
>純粋な狼には、彼女に仲間と認められることは出来ても人の側に引き入れる事は出来ない」

そんな事をのたまいながらポチを抱きしめていた。
尾弐は、そんなノエルを感心半分呆れ半分の心中で眺めていたが……やがて毒気を抜かれたのだろう
小さく息を吐くと、ベッドに腰掛ける様な体勢になり、那須野へと向けて口を開く。

「あー……まあ、あれだ。囮って言うと大昔のペルシア兵よろしく盾にでも縛り付けんのか?」

……勿論、そんな筈は無いだろう事は尾弐も理解している。
これは、値切り交渉と同じ、後に続く発言のハードルを下げる為のただの布石だ。
多少バカを見る目で見られようが、ポチの中のハードルを下げる為に必要と思っての発言であった。
0140多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/17(木) 19:36:00.31ID:BC2ro7wH
 祈は壁を背に、尾弐の横に膝を立てて座っていた。
 橘音とノエルとポチの三人の背を「いってらっしゃい。気を付けてね」と見送り、
尾弐に秘湯の源泉を飲ませ終えた後、することがなくなったのだった。
 あれから僅かに時間が経ち、ロボの咆哮による恐怖から解き放たれた警官達は忙しなく動き回っている。
仲間の死を悼む暇もなく。事態の収拾と仲間を殺した犯人の確保を目指して。
その中で祈が動き回っては、彼らの邪魔にしかならない。
できることはと言えば、時折尾弐の顔を見てきちんと生きているか確認するくらいだろうか。
>「……多甫くん!尾弐!大丈夫か!?」
 邪魔にならないよう小さくなっている祈と動けない尾弐の元へ、太鼓腹を揺らして男がやってくる。
部下への檄を飛ばし、死体の検分などを命じ終えた綿貫警部だった。
「あたしはダイジョーブ。でも、尾弐のおっさんは……ぎりぎりかな」
 祈は答えながら、綿貫から尾弐へと視線を移した。
それにつられて尾弐へと視線を移した綿貫は、うっと顔をしかめた。
>「尾弐……!なんということだ……。酷い怪我じゃないか!壁の崩落に巻き込まれたのか?それとも、あの男にやられたのか?」
 綿貫はしゃがんで尾弐の脈を測り、まだ尾弐が生きていることを確認すると、ほっとした様子だった。
綿貫は情に厚い男だ。尾弐や祈など、関わりの薄い者に対してでもこのように優しさを見せてくれる。
それが見せかけなどではないことは、吐血に塗れた尾弐に躊躇なく触れる姿からも窺える。
その心には警察官を志して警部に上り詰めるだけの、温かく真摯な想いがあるのだろう。
>「先程救急隊を要請した。まもなく到着するはずだ。多甫くん、尾弐を頼む。尾弐の行きつけの病院などは知っているかね?」
 綿貫は立ち上がると祈にそう訊ねた。
 ロボとの戦闘を演じた祈達。しかし綿貫は祈達をその関係者と疑うことすらせず、この事件に関して何かを訊ねることもない。
ただ心配してくれることを心苦しく祈は思う。
ロボはブリーチャーズの纏まった妖気に反応し、ここにやってきたという。
ある意味ではブリーチャーズがロボを今宵この場所に呼び寄せて、綿貫をはじめとする多くの人を巻き込んでしまったようなもので。
そして、死んだ人もいるというのに。
 祈は顔を伏せた。
しかし、それを誰かに話すことはできない。話しても信じては貰えないであろうし、
また、信じて貰えたところで良い結果が訪れるとは思えないからだ。
もし彼らの命に報いようと思うなら、この心苦しさを、己が楽になりたいが為に誰かに打ち明けてはならない。
夜の住人だけでこの話は終わらせなければならない。
 祈は顔を上げ、答える。
「……ありがとう。でも……尾弐のおっさんの行きつけの病院まではわかんないや。あたし」
 何せ、これ程の怪我を負った姿を見ること自体が初めてで、尾弐が病院に行く姿など想像すらできなかった祈だ。
仮に行きつけの病院があるとしても、分かる筈もない。
だが尾弐と親しい橘音であれば知っているのではないかと、ふと思いついた。
「あ、もしかしたら橘音だったら知ってるかも」
 そして祈が思い付きのままに橘音の名を口にすると、
綿貫の眉がぴくりと上がり、表情がみるみる苦いものに変わる。
>「那須野はどこへ行ったんだ!?あのボンクラ探偵め、肝心なときに遁げ出しおって!これだから胡散臭い探偵など――!」
 更に、怒っているのだか、それとも逆に心配しているのだか、綿貫はここにいない橘音に対して声を荒げるのだった。
 綿貫は確かに情に厚く優しい男だ。だが同時に真面目な男でもあった。
対して、橘音は狐面を被り飄々と、のらりくらりと、時にはまるでふざけているかのように振る舞う。
それが彼の癪に障るのだろう。綿貫は橘音にいつも怒ってばかりいる。
綿貫警部と那須野橘音。太陽と北風か、タヌキとキツネか。二人の相性はよろしくないのだった。
0141多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/17(木) 19:41:25.14ID:BC2ro7wH
 と、そこへ。話題に上がった橘音が、ノエルを伴って戻ってきた。
橘音は吠えるように食って掛かる綿貫の言葉を右から左へ受け流し、そして言葉で丸め込んだ。
ロボをテロの犯人であるかのように仕立て上げると、非常線を張るよう指示する。
恐らくロボが去ったであろう方向とは完全に別方向に。警官達がロボと衝突しないようにとの配慮であろうと思われた。
その後、到着した救急隊員がストレッチャーを用いて、尾弐を救急車の中へと運び込む。
祈達もそれに同行し、救急車は橘音が指定したある病院へと向かっていく。
その道すがら、祈はポチがこの場にいない理由を知ることになるのだった。
「そっか……上手く、行かなかったんだね」
 シロ(橘音命名、白狼)は、ポチとの邂逅を“残念なもの”だとしたらしい。
狼は、彼らの住処を奪い、ついには絶滅までさせた人間に阿ることはないという。そんな彼女の気高い矜持が、
狼の血を引きながら人間と暮らし、人間と暮らしながらも狼であろうとしたポチを許さなかったのだろう。
ポチ念願の狼との邂逅だったが、その結末は拒絶。ポチが受けたショックは察するに余りある。
故にポチには時間が必要であると判断し、橘音はポチを置いてきたのだと、そんな話であった。
 ポチは今、どのような気持ちで独りいるのだろう。そう考えると、胸が少し苦しかった。
>「祈ちゃん……ポチくんの力になってやってね」
 聞き終えた後、ノエルがそんな風に祈に言う。
祈個人に頼むような言い回し。“みんなでポチくんの力になってやろうね”、という言い方でないから、
もしかすれば、祈に何か特別な期待を持っているのかもしれないと祈は思う。
 しかしそれは祈も同じだ。
「とーぜんだろ。御幸も手伝えよな」
 ノエルの言葉は、半妖というある種ポチと同様の境遇にある祈だからこそ分かち合えることもあるだろう、
という期待を込めてのものだったが、祈が抱いた期待はノエルの明るさだった。
 ドミネーターズとの戦いで、ノエルはようやく出会えた姉と死に分かれた。
いずれ長い長い時の後に再会できるとはいえ、その間は姉を救ってやれなかった苦しみや一種の孤独とも戦わねばならない。
だというのに、この男の底抜けた明るさはどういうことだろう。
悲しみが分からない訳ではない。それどころかむしろ人の心の機微によく気が付いて、人の悲しみまで背負いこむ性分。
その癖に、誰より明るく過ごす雪女の青年。
その心に宿る、陽光を反射する白雪のような明るさと共にあれば、きっとポチの心だって明るくなる。
祈はそう思ったのだ。
0142多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/17(木) 19:45:43.38ID:BC2ro7wH
 一行はやがて、橘音が指定した病院へと辿り着いた。
 そこは表向きは普通の病院だが、河童が院長を勤める妖怪用の病院だった。
 診療室で、河童秘伝の脅威の軟膏を塗り込まれた尾弐はみるみる回復していき、祈はほっと胸を撫で下ろす。
これで尾弐については、一安心といったところか。ノエルも軟膏の効果に驚くとともに、尾弐の回復を喜んだ。
 祈は大病や大怪我をしたことがない為この病院の存在を知らなかったが、
見回してみればこじんまりとしながらもなかなか清潔感のある綺麗な病院であるし、
河童の院長は親しみやすい顔で優しげだった。
そしてこれ程高い効果の軟膏が置いてあるのなら、今後何かあった時には是非とも利用したいと思った。
>「ところで頭が良くなる薬なんて無いの? たくさん勉強しても全然頭が良くならないんだ」
 尾弐の回復で気持ちに余裕が出たのか、すかさずオチを付けてくるノエル。
そんなものがあったらあたしだって欲しい!という言葉を祈はぐっと飲み込む。
たんと出た夏休みの宿題。頭が良くなる薬なんてものがあれば、それを片付けるのだって楽々だろう。
しかし、ズルをするのは良くないことだ。もしあったとしても、欲しがってはなるまい。
祈はノエルに「橘音に勉強教えて貰ったら?」と促すに留めた。
 軟膏による医療行為を施された後、尾弐は看護師たちによって病室に運ばれ、ベッドに移された。
邪魔にならぬよう個室の外に出ていた祈達だが、尾弐を運び終えて出てきた看護師から、
無事に寝かせ終えたから入って大丈夫だと許可を貰い、扉を開けて中に入る。
 そしてカーテンを開けると、そこには既に目を覚まし、上半身を起こした尾弐の姿があった。
尾弐はこちらのことを認識すると、安堵したような表情を浮かべた後、頭を下げた。
>「よう……どうも迷惑掛けちまったみてぇだな、すまねぇ。
>事情聴取くれぇは受けられると思ったんだが、思った以上にヤバかったみてぇだ」
>「……化物を殺せずに、逆に目の前で化物に人を殺させちまうたぁ、我ながら情けねぇ」
 苦くぎこちない笑みを浮かべながら、寝癖を寝かせつけるように頭を掻く尾弐。
表情こそ硬いが、その動きは自然で無理をしている様子はない。
河童の軟膏が凄いのか尾弐の回復力が凄まじいのか。
ともあれ十数分前まで内臓潰れていたとは思えない回復振りだった。
「尾弐のおっさん、元気になってよかった……」
 あれほど弱っていた尾弐が、こんな風に元気に動いていることが喜ばしかった。
0143多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/17(木) 19:49:49.07ID:BC2ro7wH
 尾弐が回復したのを見た橘音は、これを良い機会と思ったのだろう、パイプ椅子を取り出して腰掛け、そして切り出した。
0145多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/17(木) 19:53:42.20ID:BC2ro7wH
>「……さて。この先、どうやってシロさんを追いかけ、保護するか。それが問題ですが――」
 同様に祈やノエルも、ベッドに座ったままの尾弐を囲むようにしてパイプ椅子を取り出し、座る。
 始まったのは、これからについての話だった。
 ビルの上でシロを見つけた橘音達だが、その時はシロの逃走を見逃している。
それは恐らくポチとシロの心情に配慮してのことだと思われたが、
しかしこちらにはシロを無事自然に返すと言う目的がある。いつまでも捨て置く訳にはいかなかった。
 なに、脱走したのだから勝手に自然に帰っていくだろう、とはならないのだから。
 シロは絶滅したと思われていた貴重なニホンオオカミだ。ニュースでこそ報道していないが、
脱走を知った関係者は彼女を血眼になって探すだろう。シロを捕獲した山も張られるに違いない。
そうして見つかれば再び檻の中だ。
故に彼女を自然に返そうと思うのなら、一度保護し、
世間の興味が失せるまでの間ぬらりひょんの元に預けるなどして、一時的に隔離する必要があると思われるのだった。
 だが、シロを追うのは人間やブリーチャーズだけではない。
>「今後シロさんを追うのなら、必然的にロボと戦闘する可能性も高くなる。極めて危険な状況です、しかし……」
 狼王ロボもまた、シロを追うだろう。
 ロボはどういう訳か、シロこそが愛する妻ブランカであり、人間達によって囚われていたのだと認識している。
ならばそれを救出しその手に取り戻そうとするのは必定である。
今宵こそ『妖怪大統領』の名を出されて退いたものの、その効果がいつまで続くかはわからない。
いつでも殺してしまえるブリーチャーズなど捨て置いて、
愛する妻を救う為、明日にも博物館周辺に足を運ぶやもしれない。
そしてシロの脱走を悟れば、追跡を開始する可能性は十二分にあるのだった。
そうなれば、どちらが先にシロに辿り着くにせよ、同じ対象を追うブリーチャーズとは必ずどこかでぶつかる。
>「ボクは逆に、これをチャンスと捉えています。東京ドミネーターズの一角、最強の人狼ロボ」
>「彼を倒す、千載一遇の機会だと……ね」
 しかし橘音はむしろこの現状を好機だと捉えていると、そう言うのだった。
>「えっ、何も今じゃなくても……。ほら、良く言うじゃん。二兎追うものは一兎も得ずって」
 異議を唱えたのはノエルだ。それも当然である。
ロボの強さは圧倒的で、ただでさえ今日は大敗を喫したばかりだ。
ロボを倒すという一つの目的すら果たせていないのに、
シロを保護しロボも倒すと、二つの目的を掲げてしまえばどうなるか。
>「ノエル。今回は状況が結びつき過ぎちまってるから、ニホンオオカミ……シロって奴を捕獲するだけってのは多分無理だ。
>捕獲の途中にあの化物に襲撃されたら、今度は俺の病院送りじゃすまねぇぞ」
 しかし、橘音に代わって尾弐がノエルを諭すこの言葉もまた道理だった。
 シロを追えばロボはほぼ必ずついてくる。
その現実から目を逸らし、シロだけを保護しよう、どうにか逃げおおせようなど甘い考えで構えてしまえば、
それこそ命取りになるのだろう。尾弐が言うように今度こそ病院送りでは済まず、最悪死すらもあり得る。
 いっそのことロボから倒してしまえれば手っ取り早いのだが、しかし倒すとして、どうやって。
祈がそう考えた所で、橘音の言葉が再び脳裏を過る。
シロを追う狼王ロボ。この状況を千載一遇の機会だと言う意図は何だろうか?
この状況を逆手に取り、ロボを倒しうる要素があるとするなら。それは――。
 橘音が続ける。
>「彼は確かに強い。ボクたちが束になっても勝てないというのは、実際に試したとおりです」
>「が……彼はその代わり、ボクたちに自らの致命的な弱点を晒していきました。彼を倒すなら、そこに付け入るしかない」
>「そう。かつてアーネスト・トンプソン・シートンがロボを下す際、そうしたように――」
 ノエルもそこで気付いたようだった。
 狼王ロボにとっての致命的な弱点。付け入る隙。この状況を逆手に取れる唯一の要素。
そして、祈が無意識に除外していた選択肢。
>「――『彼女』を。囮に使いましょう」
 それはシロを利用する、という選択肢だった。
0146多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/17(木) 20:13:00.00ID:BC2ro7wH
 橘音がその言葉を口にした時。
病室のドアが弾け飛ぶように開き、巨大な四つん這いの影が現れる。
何事かと咄嗟に立ち上がり構える祈。
「ポチ?」
 しかしそこにいるのは、狼としての姿を現したポチだった。
>「……やぁ、橘音ちゃん。別にこれは、怒ってやったって訳じゃないんだけど……。
>だけど……説明を聞いた後でも怒ってないかは、ちょっと分かんないかもね」
 ポチはどうやら扉越しにこちらの話を聞いていたらしかった。
臨戦態勢に入っていると思しき態度。言葉としては剣呑。しかし、その声音に含まれているのは、
怒気とまでは言えない感情であるように祈には思えた。
拒絶されたと言えどシロはついに出会えた同胞。それを囮にすると聞いて不意に感情が昂ったものの、
橘音への信頼がストッパーを掛けており、キレたという程ではない、と言ったところだろうか。
意外と冷静なようだった。
 心なしか余裕めいたものを感じるのは、シロとの出会いが、
ただポチに悲しみを齎すだけの結果ではなかった、ということを示しているのかもしれない。
少しだけ安堵し、祈は構えをとく。
 それにしても、なんだかポチの仲間への態度が以前と違うようにも感じられるのは気の所為だろうか。
>「ああっ、ドアが壊れちゃう!
>気をつけないと修理代請求されて奈良とか宮島の鹿みたいに観光地で野性動物役のバイトする羽目になっちゃうよ!?
>でも……良かった、来てくれて」
 そう言ってノエルが立ち上がり、ポチを迎え入れた。
 とは言え、ポチが咄嗟に気持ちを昂らせてしまうのも無理からぬ話ではあるのだろう。
囮にすると橘音は言うが、その言葉には続きがある。
何故なら、囮にするだけでは弱点を突くに至っていないからだ。
 シートン動物記において狼王ロボを倒す決定打となったのは、
ロボの愛する妻であるブランカを投げ縄で絞殺したことによる、精神的なダメージだった。
妻という精神的支柱を失ったロボは、今まで悪魔的頭脳で避けてきた人間の罠にあっさり囚われてしまったのである。
囚われた後、気高い彼は人間から与えられる食事や水を一切拒否し、餓死したとされている。
 つまり、ロボにとってのブランカ、シロこそが弱点であり、それを突こうと考えるならば囮にするだけでは足りない。
彼女を利用して罠に誘い込むか、人質に取るか、盾にするか。もしくは――ロボの目の前で殺害するか。
祈がぱっと思いついたものだが、これらのような行為によってロボを精神的に、
あるいは肉体的に追い詰めなければ、彼女を囮として利用する意味合いは薄くなってしまうのだろう。
そこを考えてしまえば、不安になるのも頷ける話だ。
 しかし。と祈は自分が思い浮かべた選択肢の中から後半の三つを消した。
シロはポチを拒絶したとはいえ、ポチにとって憧れの狼。その最後の一頭であることに変わりはなく、
橘音のことだからその身を案じてくれているだろう。
また、ぬらりひょん富嶽から受けた依頼や、かの狼は妖怪の世界にとっても保護の対象だという事実。
それらを考慮すれば、シートン動物記に倣うような真似を橘音はすまい。
 となれば、囮などにするとしてもそれはシロの命を危険に晒すような物ではなく、
ロボのみに効果のある強力な結界に誘い込む、というようなものになるであろうと祈は予想する。
勿論、聞いてみるまでは分からないが。
0147多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/08/17(木) 22:06:46.46ID:BC2ro7wH
 そして――。
>「一つ言っておくーー君は雑種じゃない、ハイブリッドだ!」
 どん!と言い放ち、ポチをモフモフし始めるノエル。
>「僕はかっこいい狼も可愛い犬もどっちも好きだよ! 一粒で二度美味しい的な。君にしか出来ないことがきっとある。
>純粋な狼には、彼女に仲間と認められることは出来ても人の側に引き入れる事は出来ない」
 ノエルの言葉通り、ポチがシロを引き入れ、協力を取り付けることができたなら、
シロを囮にすることでその心も踏み躙らずに済むのだろう。
 橘音の瞳術を使って従わせたり、無理矢理に捕らえて利用することもできなくはないが、
彼女が納得した上で協力してくれれば、それが一番良いだろう。
 元々ブリーチャーズは、彼女の生活を守る為とは言え、
彼女の意志と関係なく強引に連れ去ろうとしていた訳であるが、
ポチがシロを説得できたのなら、それについても解決できるやも知れない。
「シロを人の側に引き入れる……か。難しいことだけど、やってみる価値はあるかも。ポチならできるかもしれないし」
 ロボに捕まれば、その妻として望まぬ生活を強いられたり、
あるいは、やはり妻でないと判断されれば殺されてしまう恐れがある。
だがブリーチャーズは彼女を元の生活に戻そうと考えており、この事実は交渉の材料にはなるだろう。
 だが多くのブリーチャーズは彼女を話し合いのテーブルにつかせられない。
人の血を引く祈は勿論のこと、人の社会で生きる尾弐や橘音も、そしてやや世間離れしているノエルであっても、
彼女から見ればきっと人の側に寄り過ぎていて、彼女の信頼を得られないのだ。
 しかしポチならば。
獣のコミュニケーションを理解でき、人と獣の双方の間に立てる。彼女と同じく狼の血を、半分も引いている。
同胞ではないとして一度振られているものの、シロは無視を決め込むのではなくポチと獣の言葉を交わしている。
そのことからもポチに少なからず関心があることが分かる。
人に阿らず滅びを選んだ気高い狼達。その末裔たる彼女が心を開き、
話に耳を傾けてくれる可能性が僅かにでも残されているとするなら、それはポチとの会話以外には考えられない。
 まさに、ポチにしかできないことなのだった。
 ロボより先にシロを見つけた上で交渉する暇などあるかどうかはわからないが、
試みようとするだけの価値はあると祈には思えた。
>「あー……まあ、あれだ。囮って言うと大昔のペルシア兵よろしく盾にでも縛り付けんのか?」
 ふと、尾弐がベッドの端に腰掛ける体勢になりながら、橘音に向かって問うた。
体こそ橘音に向けられているが、その声量は不自然に大きい。
まるでポチにでも聞かせているようだった。いや、恐らく本当に聞かせているのだ。
問いに対し橘音が「まさか。そんな酷いことしませんよ」とでも答えてくれれば
ポチも安心する筈だ、というような狙いがあるのだと思われた。その為にわざと否定されやすい言葉を選んだのだろう。
尾弐はまずポチを落ち着かせようと考えたのだ。
 気が付けばここにいる誰もが、ポチやシロのことを考えている。
こんな風に纏まれるのなら、今度こそきっと大丈夫だ。
あとは、橘音の作戦次第だろう。
「ま、盾に縛り付けるかはともかく、橘音なら良い作戦思いついてくれるよな?
ポチも納得できて、シロも傷つかなくて、ロボにも効果てきめんって感じのめちゃくちゃすごいやつ。
橘音の言う囮作戦……詳しく聞かせてよ」
 シロをどのように追うのか。シロを囮にするとして、それはシロを危険に晒す類のものか。
シロの説得は作戦に組み込まれているのか、組み込まれてないのか。
様々な疑問の答えは、橘音の頭の中にしかない。
 祈は尾弐に便乗する形で、橘音に問うのだった。
0149那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/20(日) 17:39:14.88ID:B7dS/txY
>……やぁ、橘音ちゃん。別にこれは、怒ってやったって訳じゃないんだけど……。
 だけど……説明を聞いた後でも怒ってないかは、ちょっと分かんないかもね

東京ブリーチャーズ本来の目的、帝都鎮護のために、希少種のニホンオオカミを危険に晒すことも厭わない。
そんな非情の策を口にした瞬間、病室のドアが大きな炸裂音と共に開いた。
そこに佇んでいるのは、巨大な狼形態に変化したポチ。
橘音はその姿を仮面越しに見遣ると、

「……おかえりなさい、ポチさん」

そう言って幽かに微笑んだ。

>僕はかっこいい狼も可愛い犬もどっちも好きだよ! 一粒で二度美味しい的な。君にしか出来ないことがきっとある。
 純粋な狼には、彼女に仲間と認められることは出来ても人の側に引き入れる事は出来ない

ポチの帰還を、ノエルが諸手を挙げて歓迎する。
さっそくポチのフォローをし始める辺り、心優しいノエルらしい振舞いと言える。

>あー……まあ、あれだ。囮って言うと大昔のペルシア兵よろしく盾にでも縛り付けんのか?

尾弐が冗談めかして、そんなことを言う。尾弐ならではの婉曲な気遣いというものだろう。
橘音はそんな尾弐の方を一瞥すると、すぐに笑った。

「その昔、聖獣とされるネコを盾に括りつけることでエジプト兵の戦意を失わせ、勝利したというカンビュセス二世の逸話ですね」
「ハハ……、まさか!そんなことしませんよ、第一……あの大きなシロさんを括りつけるような大きな盾、用意できませんから!」

尾弐の、そして祈の期待通りの回答を選んだというべきか。
……しかし、目聡いメンバーであれば気付いたかもしれない。
橘音の白手袋に包んだ右手、その人差し指が、下唇に添えられているということに。

>ま、盾に縛り付けるかはともかく、橘音なら良い作戦思いついてくれるよな?
 ポチも納得できて、シロも傷つかなくて、ロボにも効果てきめんって感じのめちゃくちゃすごいやつ。
 橘音の言う囮作戦……詳しく聞かせてよ

「ハードル上げすぎですよ祈ちゃん!?……いえ、そのくらいの策を考えなければ、ボクも指揮官失格というものですが」
「まぁ、この天才狐面探偵にドーンとお任せあれ!今回もスマートに片付けてご覧に入れましょう!」

アハハ、とあっけらかんとした様子で笑ってみせる。
とはいえ、橘音はロボとの決戦はまだ先だと思っていた。従って、対ロボの作戦もまだ『準備段階』であったのだ。
だが、遭遇し開戦してしまったものは仕方ない。今の手持ちの駒だけで、あの強大な狼王を撃破するしかないのだ。

「さて。彼を知り己を知れば百戦殆からずということで、作戦をお話しする前に皆さん、狼王ロボについてお勉強しましょう」

軽く咳払いすると、橘音はマントの内側からおどろおどろしいフレームのタブレットを取り出した。召怪銘板だ。

「お勉強の時間にしては、ちょっと深夜すぎますが……祈ちゃん、眠くても我慢してくださいよ?」

祈の方に顔を向け、いたずらっぽく言う。
赤マントに罪をなすりつけてのシロ奪還作戦が、22時。
その後ロボの襲撃、脱走したシロの追跡、尾弐の病院への搬送などを経て、いつの間にか時刻は深夜0時を過ぎている。
中学生、かつ祖母の教育の厳格な祈は普段ならとっくに就寝している時間だろうが、非常時である。
ポチ、ノエル、尾弐、祈の前で、橘音はパイプ椅子から立ち上がると、タブレットを操り始めた。
0150那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/20(日) 17:40:47.20ID:B7dS/txY
「菅原道真公・著『2017年度版 森羅万象妖怪大宝典(アプリ版)』によれば――」

召怪銘板の液晶画面に視線を落とし、白手袋の指先でスライドしながら、橘音が告げる。

「ボクたちが目下戦っている『狼王ロボ』は、元々狼王ロボとして妖怪化した存在ではありません」
「彼は元々、別の存在として世に名を知られていた。それが土地と時代の変遷によって、狼王と呼ばれるようになった……」
「彼の本当の名は『獣(ベート)』。伝説では『ジェヴォーダンの獣』と呼ばれている存在です」

ジェヴォーダンの獣。18世紀のフランスに突如として現れ、のべ100人以上の人間を殺戮したと言われる魔獣である。
牡牛程もある巨大な体躯に、炎のような毛並み。長い牙を持った、この世ならざる獣――
その知能は高く、猟銃を持った人間たちがいくら徹底した山狩りを行おうとも始末すること能わず。
むしろ、そんな人間たちの活動をあざ笑うかのように、罪なき人々を次々と殺し続けたという。

「人間の抱く、獣への恐怖。狼、野犬など野生の肉食獣に対する畏れが、この妖怪を生み出したのです。純粋な、人間の敵として」

獣の被害は時のフランス王ルイ15世が触れを出すほどの事態となり、多数の狩人が我こそはと名乗りを上げたが、効果はなかった。
獣を仕留めたという者も幾人か存在したが、現在では虚言だったとの結論が出ている。
結局、なんぴともジェヴォーダンの獣を屠ることはできなかったのだ。
そして、ある時期を境に獣はフランスからぱったりと姿を消した。
が、今でも獣の伝説はフランスを中心としたヨーロッパに根強く残っている。
なかなか眠ろうとしない子供を寝かしつけるとき、フランスの母親は決まって「獣(べート)が来るよ」と言い聞かせるという。

「彼が次に姿を現したのは、フランスでの暴虐から1世紀後。19世紀のアメリカです」
「彼は小規模な群れを率い、ニューメキシコ州カランポーで家畜の牛馬を襲い、猛威を振るいました」
「魁偉な体躯に、悪魔の叡智。その威容の前に、人間たちが付けた称号が『狼王』――」
「ボクたちの知る、狼王ロボの誕生です」

ジェヴォーダンの獣と狼王ロボ。一般的に別の伝説とされる存在が、実は同一の魔物であったという事実。
橘音は一旦言葉を切ると、病室の中にいる全員を見回した。今の言葉を全員が咀嚼し、呑み下すだけの時間の猶予を与える。

「しかし、一点だけ。ジェヴォーダンの獣と狼王ロボで、異なる点があります」
「それは……人間を手当たり次第に襲っていた獣(ベート)と違い、狼王ロボは人間を襲わなかった、という点です」
「もちろん、飼い慣らされた牛馬の方が狩るのが容易だったということもあるでしょう。でも、ボクにはそれだけが理由とは思えなかった」
「そして――先程ロボがシロさんを見たときの反応によって、その直感は的を射ていた……と、ボクは確信しました」
「彼は、意図的に人間と衝突することを避けていたのだろう……と」

人類の敵としてフランスで殺戮の限りを尽くしたロボが、突然本来の役目である殺人を放棄した、その理由は何か?

「簡単な話です。ロボ自身の行動が、その理由を端的に示している」
「彼は知ってしまった。『群れ』を、『仲間』を作ることを。愛する『同志』と――『妻』を持つことを」

それがどのような経緯によるものなのか、むろん東京ブリーチャーズには知る由もない。
が、新大陸でロボと呼ばれるようになった獣が人を襲うことを避け、家畜のみを襲ったのは、他ならぬ仲間のためであろう。
自分は人間などには決して負けない。が、群れの仲間はそうではない。
特に、愛する妻ブランカのことだけは、どうあっても守り抜かなければならない。
だからこそロボは人類の敵という自らの本能を悪魔の叡智で抑え込み、群れの維持に徹したのだ。

「自らの本来なすべきことを曲げてまで守った群れを、最愛の妻を、人間に鏖殺された」
「それまで彼が積み重ねてきた罪を考えれば、それは当然の報いとも言えます。が――そんな言葉で諦められるわけもない」
「彼が妖壊と化し、かつてのような暴虐に耽溺するのも、無理のないことと言えるかもしれませんね」

は、と小さく息をつくと、橘音は銘板をマントの内側に仕舞った。

「もっとも……そんな事情があったところで、彼を見過ごすことなどできません」
「彼は次の戦いで倒します。それがきっと――彼に対する救いにもなることでしょう」

人間を殺戮するために生まれ、人間に掛け替えのない仲間を殺戮された『獣(ベート)』。
肉食獣という『自然』の暴威を現す魔獣。即ち『災厄の魔物』――。

その狼王を、殺す。
0152那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/20(日) 17:45:51.44ID:B7dS/txY
「シロさんを見たとき、ロボは驚愕からか一切の行動を、意識を、警戒を放棄しました」
「ボクたちとの戦闘中だというのに。勿論彼我の差は圧倒的でしたが、だからといって何もかもを放り出していい状況ではなかった」
「ボクが召喚した手長さんと足長さんも、本来ならなすすべもなく倒されていたに違いありません。でも、そうはならなかった」

橘音はマントの中に両手を隠し、腰の後ろで両手を組んで狭い病室の中を歩く。

「あれは千載一遇のチャンスでした。あのとき、ロボの弱点を衝くことさえできていれば……彼を倒せていたのに」
「……とはいえ、過去のことを言っても仕方ありません。重要なのは、あの状況をもう一度再現すること」
「そう。あの偶然の産物――幾許かの空隙を。今一度ボクたちの手で再現させるのです」

カツリ。靴の踵を鳴らし、橘音が四人の方を向く。

「彼の目的はシロさん。それは言うまでもなくハッキリしていることです。彼はシロさんを是が非でも手に入れようとするでしょう」
「勿論、シロさんはブランカじゃない。が――大切なのはなぜロボが彼女をブランカと思ったかじゃない」
「経緯はどうあれ、ロボはシロさんをブランカと思い込んでしまった……」
「その事実が大切です。そして、ボクたちはそれを阻止しなければならない。それだけが留意する事象なのです」

噛んで含めるように、橘音は言葉を続ける。

「ただ前回と同じシチュエーションを用意するだけでは、あの空隙を再現することはできないでしょう」
「死んだはずの最愛の妻ブランカを目撃した……それ以上の衝撃を、ロボの精神に叩き込まなければならない」
「そこで、ポチさんの出番です。ポチさん、あなたは――」

ぴしり。白手袋に包んだ右手の人差し指で、ポチを指す。
そこで橘音は聞き間違いようのない声ではっきりと、

「シロさんとつがいになるのです」

と、言った。
つまり、あの白狼シロと夫婦になれと言っている。無茶振りもここに極まれりだった。

「ロボとブランカは夫婦だった。そして、その絆は何よりも強固だった――それは、皆さんもご存じでしょう」
「その、夫婦の絆を破壊する。そうすれば、ロボの精神はズタズタに崩壊することでしょう。その瞬間、空隙は必ず生まれる」
「ロボを倒すことができるチャンスは、その一度きりだけ。そのとき、他の四人が全力で彼を攻撃する――」
「うまくいけば、戦いは一瞬で終わる。誰も傷つくことなくね……どうです?素晴らしい作戦と思いませんか?」
「ポチさんは念願の仲間だけでなく、お嫁さんまで手に入る!ロボは倒せる!まさにいいことずくめでしょう!」
「どうですか祈ちゃん!ノエルさん!クロオさん!褒めてくれていいですよ?」

えっへん。橘音は鼻高々で両手を腰に添え、薄い胸を反らしてみせた。
が、計画の大前提である『ポチとシロがつがいになる』ということに関しては、方法その他何も考えていない。
まさに肝要なところはポチ任せ。杜撰にも程がある計画だった。
ポチがシロを説得できなければ、出だしでつまずく作戦である。

「……それから。例え隙を作れたとしても、あのフィジカルモンスターを倒しきれるのか?皆さんそれが疑問ではありませんか?」
「そこについても、ちゃぁんと対策は考えてあります。なに、簡単な話ですよ」
「ボクたちはもう知っている、人狼の致命的な弱点を。でしょ?」

橘音は仮面の奥で目を細め、とっておきのイタズラを考えついたような表情でくふふ、と笑った。

「そう。『銀の弾丸』――」
「ポチさんの牙やクロオさんの拳さえ弾き返す筋肉も、祈ちゃんの攻撃を回避した瞬発力も、銀の弾丸の前には関係ない」
「理屈じゃない。なぜなら『人狼は銀の弾丸でしか殺せない』イコール『銀の弾丸さえ当てれば殺せる』という認識、その論法」
「世界には、それが常識として知れ渡っているから。『そうあれかし』と、この世界が望んだから……」
「『喰らえば死ぬ』んです。狼王ロボであっても、なすすべもなく……ね」

妖怪は、人間たちの想いの力によって誕生した存在。
野生の獣を畏れる人々の恐怖から発生したジェヴォーダンの獣、狼王ロボもそれは例外ではない。
そして、人間たちが『人狼の弱点は銀の弾丸』と定義したのなら。
それはロボにとって、決定的な破滅をもたらす武器となるのである。
0153那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/20(日) 17:46:52.24ID:B7dS/txY
「ボクの見立てでは、恐らく次にロボが動くのは四日後――」
「それまでは妖怪大統領の怒りを買うことを避け、ロボは静観を決め込むはずです」
「あの狼王をして従わざるを得ない。妖怪大統領というのは、それほどまでに強大な存在のようですね」

コツコツと靴裏を鳴らし、橘音は病室の扉のそばまで歩いていく。

「しかし、四日後の夜にはそんなレディベアの『妖怪大統領に言いつける』という脅しも効果がなくなる。なぜなら……」
「四日後は満月。狼、特に人狼にとっては最も血が沸き立つ夜だからです」
「ロボは四日後の夜には自らの衝動を抑えきれなくなり、必ず行動を開始するでしょう」
「シロさんを。眼裏に焼き付いた愛妻ブランカの幻影を追いかけ……それに追いつくために、ね」

マントの裾を揺らし、踊るようにくるりとターンすると、橘音は白手袋でポチを除くブリーチャーズを順に指差す。

「と、いうことで!ロボ漂白ならびにシロさん保護作戦は四日後の満月の夜!ですので、各自準備をよろしくお願いします!」
「シロさんを口説き落とすのはポチさんの役目ですが、だからといって皆さんはギャラリーでいいということにはなりません」
「ポチさんとシロさんがつがいになり、ロボの空隙を作り出した後――そこへ銀の弾丸を叩き込む役は、皆さんが担うのですから」
「皆さんはそれぞれ、ロボに銀の弾丸を叩き込む策を練ってください。最も実用性のあるもの、ないし全部を採用します」

ポチの説得が功を奏し、ロボが以前のように無防備な状況になったとしても、念には念を入れる必要がある。
少しでも確実に銀の弾丸をその肉体に着弾させなければならない。何せ、チャンスは一度だけなのだ。
その重要な方策を、橘音は仲間たちに各自で考えろという。

「考えるのはおまえの仕事だろ、と思っていらっしゃいますね?ごもっとも!でも、残念ながら時間がないのです」
「ボクは銀の弾丸を手に入れてきます。なにせ、それは『日本の文化にはない』モノですから。その辺に売っている訳じゃない」
「これから手配して、ギリギリ間に合うかどうか……ですから、作戦当日までボクは別行動ということにさせてください」

そう言ってドアノブを後ろ手に掴むと、橘音は扉を開けて廊下へするりと身を滑らせる。

「それじゃ、四日後の満月の夜にお会いしましょう!今夜はこの辺で!」
「あ、クロオさんは今夜一晩ここに泊まって、安静にしてなくちゃダメですよ。チャオ☆」

ひらひらっと手を振り、橘音はすぐに姿を消した。

――大切なのは、『アナタが他人にどう認識されたいか』じゃない。『アナタが自らをどう認識するか』なんですよ、ポチさん。
――なぜなら、ボクたちは妖怪。『そうあれかし』と願うだけで、どんなモノにもなれるのですから。

ポチはシロとつがいになる方法を見つけなければならない。
が、何も本当に夫婦になる必要はないのだ。つがいになったフリだけでも、ロボに精神的ダメージは与えられるだろう。
むろん、誇り高いシロがそれを是とするかは別問題であるが。
いずれにせよ、シロと対話ができるのはポチだけ。ポチのアプローチの仕方に作戦の成否がかかっている。

また、ノエル、尾弐、祈の三人はロボに銀の弾丸を撃ち込む方法を考える必要がある。
三人はそれぞれの持ち味を生かしてバラバラに試みてもいいし、相談して連係プレーを考えてもいい。
ポチによるシロとの交渉が失敗の許されないものであると同様、それもまたリハーサルなしの本番一発勝負である。
万一弾丸を避けられるようなことがあれば、もう打つ手はない。ブリーチャーズは全員血祭りにあげられ、確実に全滅する。
猶予は三日。四日目の晩が決戦の日、満月の夜である。
四人はそれまで自由に行動でき、各々相談もできる。練習をする時間はないかもしれないが、計画を立案する猶予程度はあるだろう。
橘音と連絡は取れない。河原医院でメンバーと別れて以来、ぱったり消息を絶ってしまった。
ひょっとすると、日本にいないのかもしれない。



そして。
0154那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/08/20(日) 17:57:11.12ID:B7dS/txY
《もう会うことはないと。そう言ったはずですが――》

四日後の夜。ポチの嗅覚があれば、シロの居場所を探し当てることは決して困難ではない。
シロは以前ポチがシロとの邂逅を果たした場所と同じ、国立科学博物館にほど近いビルの屋上にいた。
狼は元々縄張りを定め、その場所から離れないものである。故郷に帰る手段を失ったシロはこの周辺を当座の縄張りとしたのだろう。
上野界隈には上野公園はじめ、自然のある場所が多数ある。身を隠すことも難しくなかったに違いない。
そして満月の晩の今日、月に導かれてふたたび近郊で最も月の近くに行ける、このビルを訪れたのだ。

《なぜ、また現れたのです?わたしの同族のようで、同族でない貴方。人の世に棲む獣》

雲ひとつない濃紺の夜空に、やけに大きな満月がぽっかりと空洞を穿ったかのように浮かんでいる。
その月の光を白い毛並みの全身に受ける、神々しいとさえ言える姿で、かつてと同じようにシロがポチへと訊ねた。

四日を経てロボとの決戦を行うと言っていた期日になっても、橘音の姿はない。
また、ロボの気配も今のところはない。ロボは正真正銘の王者であり、王者は自らを包み隠さない。
出現するときは、必ず正面から。堂々とその姿を見せるだろう。
つまり、今のところはまだ対話を試みる時間の余裕があるということだ。

《…………》

シロはただ静かに佇立したまま、じっとポチのことを見詰めている。
以前のように背を向け、身軽にビルの下へ身を投げ遁げる、というようなことはしない。
それはシロ自身も一度『仲間ではない』と断じたポチに対して、何か思う所があるからだろうか。
とにかく、シロは再び自分の前に姿を現したポチが何をしようとしているのか、見定めるつもりでいるらしい。

もちろん、他のブリーチャーズのメンバー三人もこの場に同席してもいいし、別行動を取ってもいい。
ビルの屋上は50メートル四方ほどの開けた空間で、避難階段に続く扉以外は目立った遮蔽物もない。
高さは45メートルほど、隅には柵もないので、縁で足を滑らせれば落下は免れないだろう。
もっとも、妖怪が落ちても死ぬことはないだろうが。

シロの炯々と輝く金色の双眸が、ポチの姿を正面に捉えている。
偽ることを、欺くことを決して赦さない大神の眼差し。


それが、ポチが口を開くのを待っている。
0155ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/08/25(金) 03:18:04.63ID:WlbcpR07
>「……おかえりなさい、ポチさん」

巨大な狼の姿になったポチに視線を合わせると、橘音はそう微笑んだ。
動じた様子はない……一瞬、シロの言葉が脳裏をよぎる。狼は、他者に屈しない。
橘音が自分の姿を見ても動じないのは、自分が屈しているからなのか。
橘音にそう思われているからなのか。

「……うん、ただいま。ごめんね、あの子にフラれちゃった」

自問し、すぐに自答する。そうじゃないと。
初まりは、ただ孤独が嫌だったから。
だから狼ではない「ポチ」になって、彼らと巡り合った。
そして狼でありたいが為に、彼らを仲間として、同胞として愛したいと願った。
だが己を雑種と理解した今でも、自分はこの場に戻ってきた。
それはロボを倒す為には仲間が必要だという打算ゆえの行動ではない。
同胞になれるはずだった者に否定され、孤独に打ち震えて逃げてきた訳でもない。
意識し、思考するまでもなく、自分はブリーチャーズを戻ってくる場所と思っていたからだ。
ここにいる皆を、狼のそれほど純粋じゃないかもしれないが、それでも愛しているから戻ってきたのだ。

>「それにしてもまずロボより先に見つけるのが大前提になるわけだけど……。
  ロボは興奮したら何するか分かんないからシロちゃんが戦闘に巻き込まれて怪我しないようにしないとね」

「……それに関しては、あんまり心配しなくていいと思うよ。
 だってアイツは、正真正銘の狼だ」

考えに耽っていたところにノエルの声が聞こえて、ポチは何気なくそう言葉を返した。
ロボは敵ではあるが……ポチにとっては、一度は羨望を抱いた相手でもある。
彼は残虐で凶暴だが、それでも間違いなく、気高く愛情深い狼だった。
……とは言えそれはただのポチの雑感だ。
別に今更、劣等感によってそんな発言をした訳ではないのだが……ノエルは何やら改まった様子でポチに向き直った。

>「一つ言っておくーー君は雑種じゃない、ハイブリッドだ!」

そして声高らかにそう宣言した。

「へっ?……あ、あー!もしかしてさっきの僕らの話、聞こえてたの?
 うわー……恥ずかしいなー……ていうか、橘音ちゃんでしょ。盗み聞きしてたの」

>「僕はかっこいい狼も可愛い犬もどっちも好きだよ! 一粒で二度美味しい的な。君にしか出来ないことがきっとある。
  純粋な狼には、彼女に仲間と認められることは出来ても人の側に引き入れる事は出来ない」

「あはは……うん、ありがと。でも大丈夫だよ。実はね、全然気にしてないんだ、僕。
 だって、僕は狼じゃなかったけど……これから狼になるんだ。
 誰がなんて言ったって、僕がなれたと思ったら、それでいいのさ」

自分に抱きつきもふもふしているノエルに頬ずりをしながら、軽い口調でポチは答えた。

「ほら、ノエっちは僕が狼でもそうじゃなくても、どーせこうしてもふもふしてくるでしょ?
 だからホント、全然大した事じゃなかったんだ。
 ……長い間、その事に気づけなかったけど」

無論、そこまで分かった上で……それでも狼になりたいという思いは消えない。
だがその思いは、今までとは形が違う。
自分の思いも行いも縛り上げていた、鎖のような強迫観念はもうない。
ただ、そうありたいという、ただの願いがあるだけだった。
0158ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/08/25(金) 03:21:37.03ID:WlbcpR07
>「シロを人の側に引き入れる……か。難しいことだけど、やってみる価値はあるかも。ポチならできるかもしれないし」

「……どうだろうなぁ。僕、さっきフラれてきたばっかだからなぁ」

祈の呟きを、ポチは冗談めかして柔らかな口調で、しかし否定した。
だが、彼が「シロを人の側に引き入れる」事にやや後ろ向きなのは、フラれたばかりである事だけが原因ではない。

>「あー……まあ、あれだ。囮って言うと大昔のペルシア兵よろしく盾にでも縛り付けんのか?」

……ふと、頃合いを見計らったように尾弐が口を開く。

>「その昔、聖獣とされるネコを盾に括りつけることでエジプト兵の戦意を失わせ、勝利したというカンビュセス二世の逸話ですね」
 「ハハ……、まさか!そんなことしませんよ、第一……あの大きなシロさんを括りつけるような大きな盾、用意できませんから!」

次いで示し合わせたかのような呼吸で橘音がその問いを否定する。
ポチも、まさか橘音がシロを犠牲にするような作戦を立てるとは思っていなかったが……
実際に言葉でそう宣言されると小さく安堵の息が零れた。

>「ま、盾に縛り付けるかはともかく、橘音なら良い作戦思いついてくれるよな?
 ポチも納得できて、シロも傷つかなくて、ロボにも効果てきめんって感じのめちゃくちゃすごいやつ。
 橘音の言う囮作戦……詳しく聞かせてよ」
>「ハードル上げすぎですよ祈ちゃん!?……いえ、そのくらいの策を考えなければ、ボクも指揮官失格というものですが」
 「まぁ、この天才狐面探偵にドーンとお任せあれ!今回もスマートに片付けてご覧に入れましょう!」
 「さて。彼を知り己を知れば百戦殆からずということで、作戦をお話しする前に皆さん、狼王ロボについてお勉強しましょう」

そして作戦説明……の前に先んじて、橘音は狼王ロボの概略を語り始めた。
活字にもインターネットにも関わりのないポチは、ここで初めてロボの身上を知る事になる。

>「簡単な話です。ロボ自身の行動が、その理由を端的に示している」
 「彼は知ってしまった。『群れ』を、『仲間』を作ることを。愛する『同志』と――『妻』を持つことを」
 「自らの本来なすべきことを曲げてまで守った群れを、最愛の妻を、人間に鏖殺された」
 「それまで彼が積み重ねてきた罪を考えれば、それは当然の報いとも言えます。が――そんな言葉で諦められるわけもない」
 「彼が妖壊と化し、かつてのような暴虐に耽溺するのも、無理のないことと言えるかもしれませんね」

ロボのかつての生を知り、ポチが抱いた感情は……先の邂逅と同じ、羨望だった。
仲間の為に生き、狂い、死んでいく。生粋の狼だからこそ訪れた結末。
今更そうなりたいとは思わない。だが、そうなれた事は……憧憬を抱かずにはいられなかった。

>「彼の目的はシロさん。それは言うまでもなくハッキリしていることです。彼はシロさんを是が非でも手に入れようとするでしょう」
 「勿論、シロさんはブランカじゃない。が――大切なのはなぜロボが彼女をブランカと思ったかじゃない」
 「経緯はどうあれ、ロボはシロさんをブランカと思い込んでしまった……」
 「その事実が大切です。そして、ボクたちはそれを阻止しなければならない。それだけが留意する事象なのです」

そしてとうとう橘音が秘めたる策を語り出す。

>「ただ前回と同じシチュエーションを用意するだけでは、あの空隙を再現することはできないでしょう」
 「死んだはずの最愛の妻ブランカを目撃した……それ以上の衝撃を、ロボの精神に叩き込まなければならない」
 「そこで、ポチさんの出番です。ポチさん、あなたは――」

橘音の人差し指がポチを指した。
自分を見下ろすその双眸を、ポチが真正面から見つめ返す。

>「シロさんとつがいになるのです」

「……え、えぇええええええ!?」

橘音が何を言っているのか理解するのに数秒の時間を要した後で、ポチは戸惑いに塗れた声を上げた。
0160ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/08/25(金) 03:22:33.17ID:WlbcpR07
「いや、ちょっと、それは無理だよ橘音ちゃん……。
 君だって聞いてたんでしょ?僕はつい今さっき、あの子にフラれてきたばかりなんだよ?」

>「ロボとブランカは夫婦だった。そして、その絆は何よりも強固だった――それは、皆さんもご存じでしょう」
 「その、夫婦の絆を破壊する。そうすれば、ロボの精神はズタズタに崩壊することでしょう。その瞬間、空隙は必ず生まれる」
 「ロボを倒すことができるチャンスは、その一度きりだけ。そのとき、他の四人が全力で彼を攻撃する――」
 「うまくいけば、戦いは一瞬で終わる。誰も傷つくことなくね……どうです?素晴らしい作戦と思いませんか?」

だがポチの反応など気にも留めずに、橘音は説明を続ける。

>「ポチさんは念願の仲間だけでなく、お嫁さんまで手に入る!ロボは倒せる!まさにいいことずくめでしょう!」
 「どうですか祈ちゃん!ノエルさん!クロオさん!褒めてくれていいですよ?」

しかしその言葉を最後まで拝聴しても……具体的な案の補足は何もない。
ポチがシロとつがいになる……作戦は本当に、それだけのようだった。

>「……それから。例え隙を作れたとしても、あのフィジカルモンスターを倒しきれるのか?皆さんそれが疑問ではありませんか?」

「確かにそれも気になるけど、あの、ちょっと待ってってば。
 つがいになるって簡単に言うけど、僕とあの子の気持ちとか……」

>「そこについても、ちゃぁんと対策は考えてあります。なに、簡単な話ですよ」
 「ボクたちはもう知っている、人狼の致命的な弱点を。でしょ?」

「もう……どうなっても知らないからね」

やがて諦めたように、ポチは溜息混じりにそう呟く。

>「それじゃ、四日後の満月の夜にお会いしましょう!今夜はこの辺で!」
 「あ、クロオさんは今夜一晩ここに泊まって、安静にしてなくちゃダメですよ。チャオ☆」

「……橘音ちゃんはさ、僕が失敗したらとか、考えないのかな」

病室の扉が閉まり、橘音の足音も気配も感じられなくなって、ポチがぽつりと呟いた。

「失敗する訳ないって、思ってくれてるのかな。それとも……」

自分になら失敗されてもいいと、思ってくれているのか。
或いはそんな考えは自惚れで、橘音の頭脳には今なお明かされぬ策が秘められているのか。
皆は、どう思うのだろう。もしも自分がしくじったら。あのロボともう一度、真正面から戦う事になったら。
それでも納得出来るのだろうか。
……続く思索は、しかしただの一つも言葉になる事はなくポチの胸中に消えた。
問いかけ、答えを得たとしても……それは自分にとって、究極的には無意味なものであると、彼はもう知っているからだ。
皆がどんな答えを返そうとも結局、自分が出来る事は……したいと思う事は、変わらない。

「……正直、あんまり自信はないけどさ。それでも、やってみる。頑張るよ。
 さっきは無理だなんて言ったけど……ホントはずっと、願ってたんだ。
 あの子と出会う前から。あの子の同胞になる事を」

故に、彼は問わない。
ただ決意を固めた事、それだけを告げる。

「でも、どうせならもうちょっとカッコいいとこ見せてからの方が良かったなぁ。
 またフラれちゃったらどうするのさ、もう……」

……自分が何をするつもりなのかも、語りはしない。

「……本当、どうなったって知らないよ」
0162ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/08/25(金) 03:24:46.61ID:WlbcpR07
 


そして、四日後の夜。

>《もう会うことはないと。そう言ったはずですが――》

ポチはシロの匂いを辿り、再び彼女の元へと辿り着いた。

>《なぜ、また現れたのです?わたしの同族のようで、同族でない貴方。人の世に棲む獣》

月明かりを受けて金色に輝く双眸がポチを見据える。
如何なる嘘をも見逃さないと言わんばかりの鋭い眼光。

「……僕も、言ったはずだよ。君と僕は、また出会う事になるって」

だがポチは怯まない。怯む理由がないのだ。

「いい月だね。僕みたいな雑種でも……少し気持ちが昂ぶるよ。
 アイツは、もっとだろうね。あの時は、僕はちょっと鼻がやられてたんだけど……君は感じたはずだろ。
 アイツの、君への、執着のような愛情を」

元より……彼女を謀り、事を成すつもりなど彼にはない。

「また、アイツが来るよ。だから君に言いに来たんだ」

アイツを倒す為に、僕のつがいになってくれ。上辺だけでもいいから。
……そんな頼みを、彼女が聞き入れる訳がない。
例えどんなに工夫を凝らして、言葉を変えようとも。
そこに生じる偽りのにおいを、彼女が看過する訳がない。
そもそも、そんな情けない頼み事は……ポチだって、したくない。

「……ここを離れて、逃げるんだ。後の事は、全部僕に任せて」

だからしない。
ポチに出来る事は、したいと思える事は……ただ一つ、これだけだった。
ポチがシロへと、ゆっくりと歩み寄る。
二匹の距離が縮んで……シロは気づくはずだ。
彼が自然のにおいを、彼女が当座の縄張りと定めたこの地よりもずっと深い、自然のにおいを纏っている事に。

「僕のにおいを辿っていくんだ。そうすれば、山に帰れる。君が元いた山じゃないかもしれないけど。
 君なら、誰かに捕まったり、車に轢かれたりはしないだろ」

今宵の満月までの、四日間の猶予。
その中でポチがしてきた準備は……道標を残す事だった。
東京の外、人の世の外側へと続く道標を。彼女の為に。
0164ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/08/25(金) 03:32:43.37ID:WlbcpR07
「……僕が今までこの街で生きてきたのは、きっと今夜、君をここから逃がす為だったんだ。
 運命が、この日この夜の為に、そうしたんだって……そう、思って欲しい。
 こんな雑種の僕にも、何を投げ打ってでも守る同胞がいたんだって、思わせて欲しい」

ポチがシロの目前にまで近づいて、足を止める。

「君を、命をかけて守る狼がここにいたんだって、僕の事を覚えていて欲しい。
 それだけでいいんだ。それだけで……僕はアイツと、死ぬまで戦える」

一呼吸の間を置いて、いや、とポチは呟く。

「ごめん。もう一つだけ……もし、叶うなら。
 たった一度だけ、ほんの少しの時間で良いから。
 ……僕に、寄り添って欲しい。せめて君の名残を、僕に残しておくれよ」

もし、シロがその願いに応えてくれたなら。
そしてロボがその光景を目にしたなら。
そうでなくとも彼女のにおいさえ纏う事が出来れば、彼に誤解を植え付ける事は可能なはずだ。
……だがポチのこの提案は、その全てが、ブリーチャーズの都合に準じているとは言えないものだった。
彼はシロに、この街から去り二度と帰ってきてはいけないと言っているのだ。
それはつまり富嶽からの依頼を完遂出来ないという事だ。
だが……ポチにはどうしても、彼女が自分達の手に落ちる事を是とするとは思えなかった。
それを望む事も出来なかった。

「……だけどさ。君は人の罠にかかって、ここまで連れてこられたんだろ。
 山でたった一匹で生きていくのは……結構、大変だったんじゃないのかい」

狼は本来、群れで狩りをする生き物だ。
自然の領域が狭まり、野生の動物も減った現代では尚更だろう。
生きる為に自分達を頼って欲しい。それは屈する事とは違うはず。
そう伝えて、この場に残ってもらえるよう……自分達の側に来てくれるよう、説得する事は不可能ではない。

「……もし、君が人に捕まっちゃったら、また僕が助けに来なきゃね」

だが、ポチはそれをしなかった。
その勇気が出せないのは……やはり自分が純粋な狼じゃないから。
ポチは自分にそう言い聞かせたが……本当は、また彼女に拒絶される事が、怖かったのだ。
要するに……肝心なところでヘタれただけである。
0165御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/26(土) 11:03:38.00ID:Py0uz7Co
>「あはは……うん、ありがと。でも大丈夫だよ。実はね、全然気にしてないんだ、僕。
 だって、僕は狼じゃなかったけど……これから狼になるんだ。
 誰がなんて言ったって、僕がなれたと思ったら、それでいいのさ」

「なりたいと思えばなれるよ。君はどっちでも好きな方になれるんだから」

>「ほら、ノエっちは僕が狼でもそうじゃなくても、どーせこうしてもふもふしてくるでしょ?
 だからホント、全然大した事じゃなかったんだ。
 ……長い間、その事に気づけなかったけど」

「そうだ、全然大したことじゃない! 何にせよもふもふしてるという点では同じだ!
何故もふもふするのかって? ――そこにもふもふがあるからだ」

皆がポチを迎え入れて一段落ついたところで、本格的に作戦会議が始まった。

>「あー……まあ、あれだ。囮って言うと大昔のペルシア兵よろしく盾にでも縛り付けんのか?」
>「ま、盾に縛り付けるかはともかく、橘音なら良い作戦思いついてくれるよな?
ポチも納得できて、シロも傷つかなくて、ロボにも効果てきめんって感じのめちゃくちゃすごいやつ。
橘音の言う囮作戦……詳しく聞かせてよ」

作戦の詳細を問われた橘音は、その全貌を明かすのを勿体ぶるかのように、狼王についての講釈をはじめた。

>「人間の抱く、獣への恐怖。狼、野犬など野生の肉食獣に対する畏れが、この妖怪を生み出したのです。純粋な、人間の敵として」

「それって……」

自然の脅威の化身として生み出された、人に仇成す役目を背負わされた妖怪。
"厄災の魔物"――その言葉を言いかけて飲みこんだ。深雪のことは橘音にしか話していない。
ロボは一貫して人類の敵ではあったが、一時期人間自体は襲わなかった時期があったという。

>「彼は知ってしまった。『群れ』を、『仲間』を作ることを。愛する『同志』と――『妻』を持つことを」
>「自らの本来なすべきことを曲げてまで守った群れを、最愛の妻を、人間に鏖殺された」
>「それまで彼が積み重ねてきた罪を考えれば、それは当然の報いとも言えます。が――そんな言葉で諦められるわけもない」
>「彼が妖壊と化し、かつてのような暴虐に耽溺するのも、無理のないことと言えるかもしれませんね」

「そんな……それなら何も知らないままの方が幸せだったじゃないか!」

彼が愛を知ってしまった経緯は今となっては誰にも分かるはずはないが。
もしかしたら、抗えぬ宿命を背負いたった一人で生きる孤高の獣を、ブランカは救おうとしたのかもしれない。
しかし、束の間の幸せと引き換えにもたらされたのは、あまりにも大きな絶望だった。
彼はそれを乗り越えられず、一見昔のままに戻ってしまったように見えて、今尚深い絶望の中で死んだ妻の影を追い求めているのか。
せめて何も知らないままなら純粋な殺戮の化身でいられたのに。

>「もっとも……そんな事情があったところで、彼を見過ごすことなどできません」
>「彼は次の戦いで倒します。それがきっと――彼に対する救いにもなることでしょう」

「うん……妖壊は本当は待ってるんだ。止めてくれる誰かを」

ロボを倒す決意を再確認したところで、いよいよ橘音の秘策が明かされる。

>「そこで、ポチさんの出番です。ポチさん、あなたは――」
>「シロさんとつがいになるのです」

数秒間、場を沈黙が支配した。
0166御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
垢版 |
2017/08/26(土) 11:08:33.68ID:Py0uz7Co
>「……え、えぇええええええ!?」
>「いや、ちょっと、それは無理だよ橘音ちゃん……。
 君だって聞いてたんでしょ?僕はつい今さっき、あの子にフラれてきたばかりなんだよ?」

ポチに続き、ノエルもガタッと音を立てて立ち上がりながら抗議する。

「ポチ君だっていきなりそんな事言われても困るよ! いくらたった一人の同族だからってそれはまた別問題じゃないか!
それに会ってすぐ結婚申し込んでくるような輩は王国を乗っ取ろうとする悪い奴だから気を付けなさいってお母さんいつも言ってた!」

しかし橘音はポチや皆の反応など気にも留めない様子で、いつもに増して芝居がかった態度で自らの作戦の素晴らしさを語る。

>「どうですか祈ちゃん!ノエルさん!クロオさん!褒めてくれていいですよ?」

これは橘音自身も無茶だと分かっていてかといって他にいい方法も思いつかず、自信の無さの裏返しで開き直っているのかもしれない。
そう思いそれ以上否定的に突っ込むのはやめ、その方向性で前向きに検討することとする。

「本当に結婚するのは無茶として妻か彼女の振りをしてもらうのは実現できれば有効な作戦だろうな。
それにしても協力を取り付けないといけないから説得は至難の業だけど……」

>「……それから。例え隙を作れたとしても、あのフィジカルモンスターを倒しきれるのか?皆さんそれが疑問ではありませんか?」

ポチの困惑を余所に、橘音はロボへのとどめの差し方に強引に話題を移す。

>「そう。『銀の弾丸』――」
>「『喰らえば死ぬ』んです。狼王ロボであっても、なすすべもなく……ね」

「マジで!?」

確かに狼男の弱点は銀の弾丸という話はメジャーだが。
自分はお湯に入ったとしても熱湯コマーシャル状態になるだけで済むんだけど大丈夫だろうか、と思うノエルであった。
(昔話と同じようにお湯で溶けて死ぬんだとしたら流石に危なっかしくて温泉に行けない)
しかし尾弐は節分の豆でシャレにならない大ダメージを負うらしく、一般的に強いとされている種族ほど弱点がシビアに適用されるのかもしれない。
逆に都市伝説系の祈には目立った弱点は無いようだし。

>「もう……どうなっても知らないからね」

抗議しても無駄だと悟り、諦めたように呟くポチであった。
橘音は、自分は銀の弾丸を調達してくるからその間にポチはシロを説得し
他の3人は弾丸を当てる方法を考えておくようにと言い残し、部屋から出て行ってしまうのであった。

>「それじゃ、四日後の満月の夜にお会いしましょう!今夜はこの辺で!」
>「あ、クロオさんは今夜一晩ここに泊まって、安静にしてなくちゃダメですよ。チャオ☆」

「えっ、四日後って本番まで来ないってこと? ちょっと!」

橘音のあまりに有無を言わさぬ態度に圧され、呆然と見送る。橘音の気配が完全に無くなってから、ポチが呟いた。

>「……橘音ちゃんはさ、僕が失敗したらとか、考えないのかな」
>「失敗する訳ないって、思ってくれてるのかな。それとも……」

「何考えてるのか分かんないよあのキツネ仮面! だけど橘音くんはいっつもあらゆる事態を想定してるからね。
もしうまくいったらラッキー程度の駄目でもともとの無茶振りかも。
僕達も説得失敗しても大丈夫なように考えるからさ、心配しないで! だから思いっきりいってこい!
もし駄目でもシロちゃんの場所さえ教えてくれればいいから」
0167御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/26(土) 11:14:41.60ID:Py0uz7Co
>「……正直、あんまり自信はないけどさ。それでも、やってみる。頑張るよ。
 さっきは無理だなんて言ったけど……ホントはずっと、願ってたんだ。
 あの子と出会う前から。あの子の同胞になる事を」

「うん、橘音くんもいない今あの子と話せるのはポチ君しかいないんだ。ああ、僕に動物の言葉さえ分かれば一緒に協力要請できるのに!」

"この世界が精霊には動物の言葉が分からない仕様で良かった!"と皆が思ったことだろう。
世界設定によっては割とその辺りが自然系で一括りにされてツーツーだったりもするよね。

>「でも、どうせならもうちょっとカッコいいとこ見せてからの方が良かったなぁ。
 またフラれちゃったらどうするのさ、もう……」
>「……本当、どうなったって知らないよ」

少々意味深な言葉を残し、ポチは夜の街に消えて行ったのだった。
祈などはすぐに作戦会議を始めたがるかもしれないが、とっくに中学生が寝る時間を過ぎているし、尾弐は一晩は安静にする必要がある。

「中学生はもう寝なきゃ。家まで送っていくよ。明日うちの店に集合ね」

そう言って祈を伴って病室を出る。
先程ポチに、橘音はあらゆる事態を想定して策を練っていると言ったのは嘘ではない。
しかし最善の策が失敗した場合は当然次善の策となり、全方位丸くおさまる作戦とは限らなくなる。
ポチが説得に失敗した場合、最悪の場合シロをSATSUGAIしてロボに隙を作る、なんて想定も無いとは限らない。
シロ捕獲の依頼を受けているとはいえ、前回も橘音は雪の女王からノエルをよろしくと依頼を受けていたのだ。
橘音や尾弐は全てを失う前に究極の選択が出来る側の人種なのだ。
実も蓋もなく言えば、本当に他にどうしようもなくなったらより優先順位の低い方を斬り捨てることも厭わない。
それは非情でも何でもなく、一つの能力。最後まで全てを救おうと足掻いて結果全て駄目になるより余程いい。
そしてドミネーターズは、この国のすべての人と人間界で生きる妖怪の敵対者。他の何にもどんな依頼にも優先して倒すべき敵――
だから、最悪の場合でも敵は橘音や尾弐に任せていたら倒せるとしても、シロを守る最後の砦は、切り捨てられぬ側の人種である自分達なのだ。

「祈ちゃん……一緒にシロちゃんを守ろうね」

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その夜――夢の中の謎空間にて、ノエルと乃恵瑠とみゆきと深雪はちゃぶ台を囲んで座っていた。いわゆる脳内会議である。
ちゃぶ台の上には黒い毛玉が乗っている。

ノエル「今日の議題は言うまでも無くロボにどうやって銀の弾丸を撃ちこむか、なんだけど……」
乃恵瑠「妾が全裸で登場して視線を引き付けるというのはどうだろうか。全裸というのは魔除けの効果があるらしいからな」
みゆき「ロボは動物系妖怪だし動物は常に全裸だから裸には慣れてるんじゃないかな」
深雪「此度の戦、我が出てやろうか――」
ノエル「出なくていいよ! そのまま乗っ取るつもりだろ!」
深雪「しかし良い方法も思いつかぬのだろう? あやつと立ち回れるのは我しかおらぬぞ。何故ならあやつも"厄災の魔物"――」
ノエル「いやしかし……」
みゆき「きっちゃーん!きっちゃーん!」
乃恵瑠「みゆきよ、橘音殿は外国に行っておるのだ。我々で考えるしかあるまい」
深雪「ふはははは! あやつも莫迦よのう。天神細道を国内からの帰還で使わず持っておれば良かったものを!」
ノエル「あれ一方通行だから持っていたとしても省略できるのは行きだけだけどね……。
    くぐって振り返ったら何も無いんだもん。――あっ!!」

何やら名案(自分の中で)を思い付いたらしく、脳内作戦会議はお開きとなった。
0168御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/26(土) 11:19:20.07ID:Py0uz7Co
いったん場は暗転し、次のシーンではちゃぶ台等のセットは片付けられてノエルと深雪が背中合わせで立っている。

「しかし哀れな奴よのう。宿命には抗えぬというのに! なあ、我が器よ。そなたにも同じ末路が待っているかもしれぬのだぞ」

姉の死を超えた今、大概のことでは大丈夫だろう。
でも目の前で仲間を全て殺されたら――例えば、考え得る限りの残虐な方法で橘音を殺されたら抑えきれるだろうか。

「大丈夫だ心配ない――と言いたいところだけど正直分からない。でも頑張ってみるよ。
宿命に抗ってくれたのは僕じゃなくお母さんとお姉ちゃんだから。
もしかして心配してくれてるの? さっきもさりげなくヒントくれたし……」

「なっ――! ば、莫迦いうな! さっさと明け渡せと言っておるのだ!
長い年月離れすぎていた影響で乗っ取ろうにも乗っ取れぬわ! 器の分際で自我を確立させるとは忌々しい奴め!」

微妙にツンデレ化が進行している深雪であった。古来からツンデレ・クーデレ・エロスとタナトスは雪女の基本である。

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「まずは――置きっぱにしてきた天神細道を回収してこよう!」

次の日、SnowWhiteに皆が集まると、ノエルは開口一番こう言った。

「くぐった後に後ろを振り返っても何も無かった。
つまり……あの鳥居の向こうから撃てばロボから見れば虚空から見ればいきなり弾丸が現れたようになるんじゃない?」

撃つといっても弾丸を当てさえすればいいのなら
何も銃で撃たなくてもネット通販とかで買えるスリングショットでも、何なら指の間に挟んで拳で直接叩きこんでもいいだろう。
たとえポチがシロの説得に失敗していたとしても、決行時にポチがシロの居場所――
つまりロボが現れる場所さえ教えてくれれば、戦いは始まりもせずに終わるはずだ。

「狙撃班は天神細道を持って安全な場所に待機。現場班はポチ君と一緒に行って大体の場所を狙撃班に伝える。
あとはゲートの出口をゼロ距離に繋げて撃ちこむだけ!」

3日あれば天神細道を回収してきてどんな感じになるか実験してみるぐらいの余裕はあるだろう。
また、具体的な配置の話になったとしたら、フィジカルに優れる尾弐や祈に作戦の決め手となる狙撃担当を勧め、自身は現場担当に立候補するだろう。
そこには、まさか想定してはいないが億が一立ち回りが必要になったら自分なら奥の手で対抗できるとの考えも無意識化程度にはある。
0169御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/26(土) 11:21:59.24ID:Py0uz7Co
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0170御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/08/26(土) 11:22:34.03ID:Py0uz7Co
そして――決戦の日は来た。のはいいのだが。

「帰って来ないじゃないかぁああああ! あのキツネ仮面!」

橘音不在中の作戦本部になっているSnowWhiteにて、ノエルは痺れをきらして叫びながら立ち上がった。
すでに夜になり、満月が空に浮かんでいるというのに、橘音の姿は見えない。ラインは未読のままだし電話をするも、繋がらない。
この作戦は銀の弾丸が無いと話にならないのだ。
その上、ポチも一向に姿を見せず、説得に成功したのか失敗したのかも分からない。
どちらにしてもシロの居場所さえ教えてくれればいいと言ってあるにも拘わらず。

「どうしよう、ポチ君も姿を見せないしこのままじゃシロちゃんさらわれちゃうよ……。
シロちゃんがいそうな場所で一つ心当たりがある場所があるんだ。そこに行ってみよう」

一縷の可能性を賭けて以前シロと対面したビルの屋上に行ってみると、幸いにもシロはそこにいた。

「――ビンゴ! ポチ君も一緒ってことは説得うまくいったのかな?」

しかしそれならそうと言ってくれれば良かったのに、何かが妙だ。
この4日間こちらに接触してこずに今日に至っても現れなかったこと。そして4日前の夜の去り際に見せた意味深な態度――
まるで秘密裡に何かをやっていたかのようだ。
動物の言葉が分からないノエル達には真相は分からないが、何にせよシロがここにいる以上ロボは現れるだろう。

「仕方がない……もし間に合わなかったら僕のシルバーアクセサリーを供出しよう。この十字架のやつなんか効きそうじゃない?」

和柄の小物入れ(以前橘音から貰った)からジャラジャラと何かを取り出す。
本物の銀なら少しは効果があるかもしれないが、どう見ても原宿あたりで売ってそうな安物の銀メッキのアクセサリーである。
しかも微妙に吸血鬼と間違えている。このままでは全滅必至だ。
0171尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/01(金) 00:19:04.79ID:eV7VBcSD
>「ま、盾に縛り付けるかはともかく、橘音なら良い作戦思いついてくれるよな?
>ポチも納得できて、シロも傷つかなくて、ロボにも効果てきめんって感じのめちゃくちゃすごいやつ。
>橘音の言う囮作戦……詳しく聞かせてよ」

>「まぁ、この天才狐面探偵にドーンとお任せあれ!今回もスマートに片付けてご覧に入れましょう!」

尾弐の意図を汲んで繰れたのであろう。祈は敢えて那須野へ対してのハードルを上げて見せ、
対してそれを受けた那須野は、なんでもないとでも言ういう様に、任せろと。そう言ってのけた。
そんな二人の様子に尾弐は頼もしさを覚え――――同時に罪悪感も覚える。

それは、祈の虚飾と言う言葉を感じていないかの様な済んだ瞳に対してであり、
そして、自身が那須野へと無理を頼み、それを背負わせているという事実に対してでもあった。

(本当なら、俺が考えて責任を負うべきなんだろうが……こればっかりは、な)

尾弐は、この世の中に万全の作戦と言うものは存在しない事は知っている。
どれだけ完全に見える作戦にも脆さは有り、穴は存在する。
そして、完全に近い作戦であればある程に得てして崩れた時に失う物は多いものだ。

それを承知の上で作戦を提案するという事は。
戦略を組み立てるという事は。
その作戦で失った物を背負うという事でもある。

尾弐も含め、この場の全員は那須野の頭脳が生み出す作戦に全幅の信頼を置いている事だろう。
それは、彼の探偵がこれまで残してきた実績や積み上げてきた信用に対する結論だ。
……だが、それはある意味では那須野の思考に依存していると言いかえる事も出来てしまう。

皆からの期待を一身に背負い、喪失する物に怯え、その上で決断をする。
それがどれ程の孤独であるのか、尾弐には想像もつかない。
そして、尾弐の思考能力が彼の探偵を上回らない以上、その立場を代わる事すら出来ない。

故に尾弐に出来る事は、仲間達が那須野へと向ける信頼を損ねないよう泰然自若とした態度を貫く事だけ。
自分の感傷をも騙し切る事だけ、だったのだが……
0172尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/01(金) 00:20:13.13ID:eV7VBcSD
>「死んだはずの最愛の妻ブランカを目撃した……それ以上の衝撃を、ロボの精神に叩き込まなければならない」
>「そこで、ポチさんの出番です。ポチさん、あなたは――」
>「シロさんとつがいになるのです」
>「……え、えぇええええええ!?」

「いや、流石にあさっての方向ににアクセル踏み過ぎじゃねぇか!?」

提案されたスマート(?)な作戦に早々にその仮面を吹き飛ばされてしまっていた。
0173尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/01(金) 00:20:48.46ID:eV7VBcSD
その混乱具合は、ポチの驚愕の声と共に素っ頓狂なツッコミを入れてしまった事や

>「ポチ君だっていきなりそんな事言われても困るよ! いくらたった一人の同族だからってそれはまた別問題じゃないか!
>それに会ってすぐ結婚申し込んでくるような輩は王国を乗っ取ろうとする悪い奴だから気を付けなさいってお母さんいつも言ってた!」

あのノエルがこの場面で一番まともな発言をしている事から察する事が出来るだろう。

>「いや、ちょっと、それは無理だよ橘音ちゃん……。
>君だって聞いてたんでしょ?僕はつい今さっき、あの子にフラれてきたばかりなんだよ?」

「しかも、失恋してたのかよポチ助……それで再告白ってなぁ」

右手で首筋を抑えながらぼやく尾弐。
もはや、一同総突っ込みと言う有様であるが、今宵の那須野は止まらない。
常になく芝居がかった様子で畳みかけ、

>「どうですか祈ちゃん!ノエルさん!クロオさん!褒めてくれていいですよ?」

最後は、そう締め括った。
何となく、那須野が勢いで乗り切ろうとしているのではないかと感じつつ、それでも尾弐は何とか言葉を絞り出そうとし

「……お、おう。凄ぇぞ。偉いな」

結局、世辞や護摩擦りに慣れていない男の口からは、そんな中身のない言葉しか出てこなかった。

>「本当に結婚するのは無茶として妻か彼女の振りをしてもらうのは実現できれば有効な作戦だろうな。
>それにしても協力を取り付けないといけないから説得は至難の業だけど……」

相対的にノエルのIQが跳ね上がっている事で場の混沌さは増すが――――比較的温い空気はここまでとなる。
続いて那須野の口から放たれたのは、彼の暴虐の化身である狼王への対策であった。

>「そこについても、ちゃぁんと対策は考えてあります。なに、簡単な話ですよ」
>「ボクたちはもう知っている、人狼の致命的な弱点を。でしょ?」

その根幹となるのは、『銀の弾丸』……狼男という妖壊に対しての、たった一つの冴えた殺り方
話を聞く尾弐は、口元を手で覆いつつ思考を巡らせてから、手を放し口を開く

「神にも怪物にも無敵はいねぇ……確かに、狼男を倒すならソレしかねぇか」

腕力でも魔力でもない。
人類が共有する概念こそが妖怪を滅ぼす。
尾弐自身も、種族による弱点を多く抱えるが故に、その手段の有用性は疑いようもないものであった。
さればこそ、銀の弾丸を中てるまでの綿密な計画が重要になってくる筈なのだが……
0174尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/01(金) 00:21:30.49ID:eV7VBcSD
>「あ、クロオさんは今夜一晩ここに泊まって、安静にしてなくちゃダメですよ。チャオ☆」

那須野は、四日後の狼王の襲来の予告をし、策略を各自で思案する様に言ってから足早に立ち去ってしまった。
後に残されるのは、文字通り狐に摘ままれたような有様のブリーチャーズのメンバー達

>「……橘音ちゃんはさ、僕が失敗したらとか、考えないのかな」
>「失敗する訳ないって、思ってくれてるのかな。それとも……」

その中で、初めに立ち直ったのはポチであった。彼は、託された事に対しての不安を口にする。
けれど、その決意はとうに固まっていたのであろう。
己が望むことを貫かんと、言葉を続ける。

>「でも、どうせならもうちょっとカッコいいとこ見せてからの方が良かったなぁ。
>またフラれちゃったらどうするのさ、もう……」

そんなポチに対し、ノエルの言葉はひどく優しく暖かい。

>「何考えてるのか分かんないよあのキツネ仮面! だけど橘音くんはいっつもあらゆる事態を想定してるからね。
>もしうまくいったらラッキー程度の駄目でもともとの無茶振りかも。
>僕達も説得失敗しても大丈夫なように考えるからさ、心配しないで! だから思いっきりいってこい!
>もし駄目でもシロちゃんの場所さえ教えてくれればいいから」

ノエルとポチ、この二人が出会ってからの期間は左程に長くは無い筈だ。
だが、そうであるにも関わらず二人の間には信頼と呼べるモノが確かに横たわっていて
……尾弐にはそれが少し眩しく見え、だからこそ柄にもなく口を開く

「那須野の奴の事だ、失敗する可能性も考えてるだろ……ただ、上手くいって欲しいと思ってるのも間違いねぇと思うぜ」

そして一度咳をしてから、口元だけで小さく笑みを作ると、ポチの背中を軽く叩く。

「んでもって、それは俺も同じだ。……気張れよポチ助。女を口説くのに必要なのは、度胸だ。
 伝えたい事を伝えた上での結末なら、どんな形に落ち着いたとしてもいつか納得出来る。だから、自分を誤魔化す事だけはするなよ」

――――――


午前弐時の病室。
ブリーチャーズの面々が立ち去ってから既に数時間が経過したその部屋で、尾弐は眠る事も無く天井を見上げていた。
先程までの喧騒がうその様に静まり返った室内で、夜闇の中に思い浮かべるのは、先の会話の一部分

>「自らの本来なすべきことを曲げてまで守った群れを、最愛の妻を、人間に鏖殺された」
>「そんな……それなら何も知らないままの方が幸せだったじゃないか!」
>「うん……妖壊は本当は待ってるんだ。止めてくれる誰かを」

恋を知り、情愛を知り、仲間を知り
その全てを奪い去られた果てに怪物……災厄の魔物と成り下がった狼王ロボ。

彼の王も、ある意味では哀れな被害者である――――等と、尾弐は思わない。

「……ノエル。人を殺した化物に相応しいのは、血反吐を吐いて、苦しみながら、醜く一人で死ぬ。そんな結末だけだ」

尾弐の脳裏に浮かぶ、2つの記録。
親に捨てられ、やっと得た安息の地すらも人の情念によって化生と化した事で奪われ……自暴自棄の殺戮の果てに、最期はその首を刎ねられた少年。
少年を匿い我が子の様に育てた罪の罰として、拷問を受けた挙句、死んだ化物の毒肉を食わされ絶命した男。
古い映画の様に流れるその記憶を辿りながら、尾弐は訪れたまどろみの中で呟く。

「怪物が救われちまったら、大事な存在を怪物に殺された奴が救われねぇだろ……だから、救われちゃいけねぇ。因果は廻らないと、嘘だ」

最期に浮かぶのは、1匹の化物の記憶。
生まれてからひたすら苦痛を受け続けた醜い化物の記憶を辿りながら、尾弐はようやく瞳を閉じ、その意識は闇に堕ちていく――――。
0176尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/01(金) 00:34:01.42ID:eV7VBcSD
>「帰って来ないじゃないかぁああああ! あのキツネ仮面!」
「急にデけぇ声出すな色男。今何時だと思ってんだ」

満月の下で、尾弐はノエルの声に対して耳を塞いでいた。
尾弐はノエルと一緒に今日の昼ごろから今まで、SnowWhiteで銀の弾丸を用意してくる予定の那須野を待っていたのだが……
規定時刻を大幅に超えた事で、どうやらノエルの我慢が限界に達したらしい。憤懣やるかたないといった様子で、先ほど叫び出したのだ。
尾弐はそのノエル程に落ち付く様に声を掛けつつも、遅すぎるという事には同意しているのだろう。
先程から入口のドアに何度か視線を向けている。

だがそれでも――――那須野橘音は現れない。貴重な時間だけが経過していく。

>「どうしよう、このままじゃシロちゃんさらわれちゃうよ……。
>もし橘音くんが間に合わなくてもシロちゃんだけでも逃がさなきゃ。ポチ君、シロちゃんの場所まで案内して」
「攫われちまったら本末転倒だからな……仕方ねぇ。ポチ、悪ぃが宜しく頼むぜ」

口火を切ったのは、ノエルであった。
今宵は、時間との勝負でもあり、このまま待っていてはニホンオオカミのシロが攫われかねないと、そう思うのは当然と言えるだろう。
尾弐もその考えに渋々ではあるものの賛同を示し、ポチへと案内を頼む事にした。

――――

ビルの屋上では、ポチとシロが今まさに対峙し、何かしらの会話を繰り広げている。
尾弐は、傍に在った自販機で購入したノンアルコールビールを飲みつつその様子を眺めていたが

>説得うまくいったのかな?」
「さて。どうだろうな……オジサン、狼語はサッパリなんだよ」

どうにも、その状況が掴めない。シロが協力を承認してくれたのであれば話は早いのだが
色恋や様々な物が絡んでいるだけに、事がスムーズには進むとは限らない。

ただ一つ確実なのは――――この状況であれば、いずれ狼王は現れるという事くらいであろう。

>「仕方がない……もし間に合わなかったら僕のシルバーアクセサリーを供出しよう。この十字架のやつなんか効きそうじゃない?」
「……お前さんがそれを幾らで買ったのかは聞かねぇ方が良いんだろうな。とりあえず、これ持っとけ」

そんな最中、待機状態に耐えられなかったのかノエルが小物入れからジャラジャラとシルバーのアクセサリーを取り出す。
尾弐はそれを見た瞬間に、ぼったくられたんだろうな、という失礼な確信を抱きつつノエルに小さな木箱を手渡す。
その中に入っているのは――――純銀のナイフとフォークが、それぞれ10本づつ。

「食器屋で買った銀のナイフとフォークだ。弾丸じゃねぇが、西洋妖怪に対してなら牽制にはなんだろ。
 奴さんたちの文化じゃ、銀はそれ自体に退魔の効果が有るみてぇだからな
 ……一応言っとくが、結構高かったから大事に使ってくれよ?」

……この4日間。尾弐は病院で療養していた訳ではない。
狼王対策の為に使えそうなものを片っ端からかき集めていたのだ。
その内の一つがこの銀食器であり、これ以外にも後二つの品物を持ってきている。

ムジナの伝手を使って手に入れた『猟銃』
そして、もう一つは『銀紙に包まれた長方形の物体』

無論、これらの全てが役に立つ事は無いであろうし、そもそも効果があるのかすら定かではない。
だがそれでもきっと……何も無いよりはマシであろう。
0177多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/03(日) 20:01:04.07ID:c+i7Rmul
 尾弐がポチの心の裡にあるハードルを下げる為に投げかけた、
ペルシアだかで使われたと言う歴史ある戦法を使うかという質問を却下した後、橘音は祈の問いに答えた。
>「ハードル上げすぎですよ祈ちゃん!?……いえ、そのくらいの策を考えなければ、ボクも指揮官失格というものですが」
>「まぁ、この天才狐面探偵にドーンとお任せあれ!今回もスマートに片付けてご覧に入れましょう!」
 そう言って頼もしく笑って見せる。
 祈もまた尾弐と同様に、ポチ(とついでに自分)の心の裡にあるハードルを下げる為の問いを橘音にぶつけた。
代わりに橘音のハードルは極限まで爆上がりしているのだが、橘音はそれに応えると言ってくれた。
つまりは、橘音は自身が苦労を負ってでも仲間の気持ちを尊重すると言ってくれたのである。
ただ冷徹にロボを殺す算段を立てるのではなく。
「さっすが橘音!」
 嬉しくなったので、合いの手を入れてみたりする祈であった。
>「さて。彼を知り己を知れば百戦殆からずということで、作戦をお話しする前に皆さん、狼王ロボについてお勉強しましょう」
 そう言って橘音が取り出したのは、いつも妖怪を召喚しているあのタブレットだ。
>「お勉強の時間にしては、ちょっと深夜すぎますが……祈ちゃん、眠くても我慢してくださいよ?」
 そして、勉強と聞いて僅かに嫌そうな顔をする祈に、悪戯っぽく言うのだった。
 言われて祈が壁に取り付けられた時計を見てみれば0時を過ぎている。
それを知ったからか、急に眠気が押し寄せてきて欠伸が零れた。
軽く仮眠を取ってはいるが、今日は色々なことがあり過ぎた。
 尾弐がベッドの端に腰かける体勢になった為、ベッドが空いている……。そのことに気付いて
横になりたい衝動に駆られた祈であったが、我慢してと言われた故、致し方なしと、眠い目を擦って橘音の話に耳を傾けることにした。
>「菅原道真公・著『2017年度版 森羅万象妖怪大宝典(アプリ版)』によれば――」
 タブレットには狼王ロボに関する様々な情報が映っているらしく、
橘音はそれら情報を参照しながら仲間達に向け語り始める。
そして齎された狼王ロボの話は、祈の目を覚ますには十分な程、痛ましい響きを帯びていた。
 ロボは本来、人間の“獣に対する恐怖”が形となった存在だと言う。
故に本来の名を、『獣(ベート)』。ジェヴォーダンと呼ばれる山岳地帯に出没する為、
現代になって『ジェヴォーダンの獣』と呼称されるようになったらしい。
 彼は人々から畏れられる獣(ベート)であったが故に、次々に人間を襲い、殺していった。
“そういう存在”として生まれたのだから、それも自然の流れなのであろう。
殺した人間の数は100人とも言われている。
 しかし彼はいつしか、生まれながらに“そういう存在”でありながら愛を知り、
妻を娶り、仲間と生きる『狼王ロボ』となった。
仲間と愛する妻を守るために、人を襲おうとする己の性を封印して生きるようになったと言うのである。
 だが人間達は土地を拓いた。
狼達の領分を侵し、住処と生きる糧を奪ってしまった。
妖怪であるロボと異なり、ブランカや仲間はただの狼である為、食物がなければ飢えて死ぬ。
ロボとその群れは仕方なく家畜を襲って食い繋いでいたが、人間達はそれを許さなかった。
訪れた結末は、ロボの妻の死という残酷なものであった。
ロボが精神的なショックで人間に囚われ、死を迎えたことで事件は収束。群れも滅んでしまった。
 彼が獣(ベート)として100人もの人間を殺した過去。
それが、改心し人を襲わなくなったからと言って許されるとも思わないが、だがあまりにも残酷だ。
 人に“そういう存在”になるよう願われて生まれ、望まれたからこそ人を襲って罪を犯したのに。
今度は人によって住処を、仲間を、妻を奪われて。
人の都合で左右されてしまうその生を聞くと、祈はロボが敵であると言うのに、同情せざるを得なかった。
0178多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/03(日) 20:05:39.86ID:c+i7Rmul
 ロボの正体について一通りのレクチャーをし終えた後、橘音は作戦の内容へと話を戻した。
ロボにとって仲間と、取り分け妻であるブランカは己に秘めた魔性を抑え込んでしまえる程に大事な存在だった。
それは人間で例えるなら、食べたくとも食べず、眠たくても眠らず、という感覚に近いものだっただろう。
それをやってしまえる程に愛した者が今、シロという形で現れた。
……とロボは思っている。その認識こそが大事なのだと橘音は語る。
ではその認識を逆手に取って、どのようにロボの弱点を突くかと言えば。
>「そこで、ポチさんの出番です。ポチさん、あなたは――」
>「シロさんとつがいになるのです」
 と言ってのけた。数秒の沈黙。
>「……え、えぇええええええ!?」
>「いや、流石にあさっての方向ににアクセル踏み過ぎじゃねぇか!?」
 ポチの驚愕の声が上がり、尾弐も思わずツッコミを入れる。
>「ポチ君だっていきなりそんな事言われても困るよ! いくらたった一人の同族だからってそれはまた別問題じゃないか!
>それに会ってすぐ結婚申し込んでくるような輩は王国を乗っ取ろうとする悪い奴だから気を付けなさいってお母さんいつも言ってた!」
 ノエルもまた即座に異議を唱えた。
 それも無理からぬ話だろう。ポチとシロは昨日会ったばかりで、ついでに先ほど振られてきたばかりだ。
説得もできるかどうかという状態であるのに、いきなりつがい(夫婦)になれという指示するなど、
順序がめちゃくちゃも良いところである。段階というかそういうものを幾らかすっ飛ばしてしまっている。
 しかし祈は、そのアクセル全開で明後日にすっ飛んでいくような、橘音のこの発想が存外嫌いではなかった。
 シートン動物記に倣い、シロを殺害するような方法でも狼王ロボを止めることは叶うだろう。
シートン動物記の話を怪談の類だと捉えている者はこの世には極少数であろうが、
狼王ロボがブランカを失えば精神的なショックから無力化されてしまうというのは、この話を知る人間にとっての共通認識。
そして人々がそうあれかしと思えばそうなるのが妖怪であるというのなら、
この共通認識は、吸血鬼が十字架やにんにくを苦手にしているのと同様、『妖怪・狼王ロボの弱点』として成立することになる。
故にブランカの死――この場合はシロの死は、ロボの精神を殺す銀の弾丸となり得るのである。
 しかし。
>「ロボとブランカは夫婦だった。そして、その絆は何よりも強固だった――それは、皆さんもご存じでしょう」
>「その、夫婦の絆を破壊する。そうすれば、ロボの精神はズタズタに崩壊することでしょう。その瞬間、空隙は必ず生まれる」
>「ロボを倒すことができるチャンスは、その一度きりだけ。そのとき、他の四人が全力で彼を攻撃する――」
>「うまくいけば、戦いは一瞬で終わる。誰も傷つくことなくね……どうです?素晴らしい作戦と思いませんか?」
 橘音が選んだ方法は、ポチがシロとつがいになることでロボに精神的な衝撃を与え、
ロボが博物館でシロを発見した時のような完全に無防備な状態を生み出すというものだった。
確かに、死んだ妻と再会できたと思ったら別の男の妻になっていたとなれば、それはかなりの衝撃となるだろう。
精神を殺す銀の弾丸とはならないまでも、ロボに隙が生まれるのは間違いない。
ロボにとってはショックであろうが、シロの殺害によるロボの無力化策と比べればどれほど平和的か。
シロが危険に晒される可能性も少ないと思われるし、祈としては不満はない。
 挟まれるポチの疑問をスルーして、橘音は話をこう結ぶ。
>「ポチさんは念願の仲間だけでなく、お嫁さんまで手に入る!ロボは倒せる!まさにいいことずくめでしょう!」
>「どうですか祈ちゃん!ノエルさん!クロオさん!褒めてくれていいですよ?」
 あらかじめこのように考えていたのか、それとも仲間の言葉に耳を傾けて変更を加えたのかはわからないが、
どちらにせよこの作戦は祈にとって悪いものではないように思えた。
>「……お、おう。凄ぇぞ。偉いな」
 えへんとばかりに胸を反らす橘音に、ぎこちない世辞の言葉を向ける尾弐。
先程ツッコミを入れていたところからも、今の説明で納得していないのだろうと思われるが、
ケチを付けて話を停滞させるよりも、とりあえず褒めて話を先に進めようと思ったのかもしれない。
何せ肝心の部分について橘音は触れていないのだ。
0179多甫 祈 ◆MJjxToab/g
垢版 |
2017/09/03(日) 20:21:49.94ID:c+i7Rmul
「偉いぞ橘音! で、ポチとシロが夫婦になる方法は?」
 ベッドに手を掛け、身を乗り出して祈は問う。
0180多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/03(日) 20:23:08.04ID:c+i7Rmul
 そう、つがいになる方法である。つがいになれと言われても、ポチやシロにも気持ちがあり、
先述したようにファーストコンタクトはよろしくなかった。無策ではあまりに厳しい。
 しかしどうしたことか、それに対する返答はない。
ポチも疑問を挟むが、橘音はそこで話は終わったとでも言うように答えない。
「……ねーのかよ!?」
 ポチとシロがつがいになるという方針だけを示してあとはお任せ、ということらしい。
それはポチに対する信頼故か。それとも失敗しても大丈夫なように次の策を考えているが故に任せられるのか。
その表情は狐面の奥に隠されていて探ることは叶わない。
 橘音は話を更に前へと進める。
>「……それから。例え隙を作れたとしても、あのフィジカルモンスターを倒しきれるのか?皆さんそれが疑問ではありませんか?」
 結局、つがいになる方法についてなんら具体策を示すことなく、
ポチがつがいになれること前提で話を進めてゆく。
そして四日後の満月の夜、人狼たるロボは抑えが効かなくなりシロを狙って動くであろうことと、
それに合わせ、人狼の弱点である銀の弾丸を自分が調達して来ること、
更に、つがいになった二人を見てロボが無防備になった時に、銀の弾丸をより確実に当てられるよう何らかの方法を考えておくようにと
ポチ以外の三人に宿題のように言い残して。
>「それじゃ、四日後の満月の夜にお会いしましょう!今夜はこの辺で!」
>「あ、クロオさんは今夜一晩ここに泊まって、安静にしてなくちゃダメですよ。チャオ☆」
 病室を出て行ってしまう。
取り残された4名は、それを見送るしかない。
>「……橘音ちゃんはさ、僕が失敗したらとか、考えないのかな」
>「失敗する訳ないって、思ってくれてるのかな。それとも……」
 やがてポチがそう零す。
>「何考えてるのか分かんないよあのキツネ仮面! だけど橘音くんはいっつもあらゆる事態を想定してるからね。
>もしうまくいったらラッキー程度の駄目でもともとの無茶振りかも。
>僕達も説得失敗しても大丈夫なように考えるからさ、心配しないで! だから思いっきりいってこい!
>もし駄目でもシロちゃんの場所さえ教えてくれればいいから」
 不安そうなポチに声を掛け、励ますノエル。
>「那須野の奴の事だ、失敗する可能性も考えてるだろ……ただ、上手くいって欲しいと思ってるのも間違いねぇと思うぜ」
 尾弐もそれに続いた。
 二人が言うように、そして恐らくポチも察したように、橘音は失敗した時のことも考えてくれているだろう。
なにせポチが失敗すれば、ロボが無防備になるという事態がまず起こらない。
そうなればシロが奪われるだけに留まらず、その場に集合してしまったブリーチャーズは皆殺しで、当然橘音も殺されてしまうのだ。
失敗したらどうなるかが分かり切っていて、失敗する可能性は決して低くはない。
そんな状況でリーダーたる橘音が次善の策を考えないと言うことはあり得ないのだから。
>「んでもって、それは俺も同じだ。……気張れよポチ助。女を口説くのに必要なのは、度胸だ。
>伝えたい事を伝えた上での結末なら、どんな形に落ち着いたとしてもいつか納得出来る。だから、自分を誤魔化す事だけはするなよ」
 尾弐は咳払いをして、ポチの傍まで歩み寄るとその背を優しく叩いてやる。
>「……正直、あんまり自信はないけどさ。それでも、やってみる。頑張るよ。
>さっきは無理だなんて言ったけど……ホントはずっと、願ってたんだ。
>あの子と出会う前から。あの子の同胞になる事を」
 二人の言葉に励まされたか、ポチもやる気を見せる。
>「うん、橘音くんもいない今あの子と話せるのはポチ君しかいないんだ。ああ、僕に動物の言葉さえ分かれば一緒に協力要請できるのに!」
「……御幸が混じると話がややこしくなりそうだな」
 祈には、シロとコミュニケーションをとるために犬耳を付け、四つん這いになるノエルがすぐさま想像できてしまった。
シリアスな雰囲気で告白するポチとそれを受けるシロ。そこに上記の状態のノエルが混じろうとすれば、シロとて困惑を禁じ得ないだろう。
……かなり失礼な想像をしてしまった気がして心の中でノエルに謝る祈。
 それはさておき、協力要請だ。つがいになれと橘音は言うが、何も本当になる必要はない。
当初話していたような説得寄りの行動だが、協力を頼み、つがいになったと見せかけるだけでも策としては成立すると思われた。
0181多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/03(日) 20:31:05.21ID:c+i7Rmul
>「でも、どうせならもうちょっとカッコいいとこ見せてからの方が良かったなぁ。
> またフラれちゃったらどうするのさ、もう……」
「シロを助けたい、守りたいっていう素直な気持ちを伝えたらなんとかなったりしない……かな?」
0182多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/03(日) 20:32:49.51ID:c+i7Rmul
 ポチは匂いで気持ちを察知できる。とすればシロも同様のことができるだろう。
それはつまり、どんなに上辺で愛を囁こうとも本心を見抜かれるということだ。
ロボから守る為に、出会ったばかりで君のことを良く知らないけどつがいになって欲しい、などと思ってしまえば
それすら見透かされてしまうのだろう。
だからこそ誤魔化しなどせず、君を助けたいから協力して欲しい、助けたい、守りたい。
そんな素直な気持ちを正面からぶつけた方がシロも分かってくれるんじゃないか、なんてことを祈は思う。
夫婦になるのではなく、夫婦になったと見せかけることに全振りと言うか。
当然、シロがポチと夫婦になってくれるのならそれに越したことはないのであるが、
偽りは信頼をむしろ損ねてしまい、それこそ夫婦になるどころではなくなってしまうだろう。
>「……本当、どうなったって知らないよ」
 そう呟いて、ポチも病室の外へ消えていく。

「じゃ、残ったあたしらは作戦会議だな。議題はどうやって銀の弾丸をロボに当てるか。
ったく橘音の奴、大事なとこはあたしら任せなんだか――ふぁ……」
 言いかけて、欠伸が自然に出てくる。
0時を過ぎて暫し。時計の短針は1に近付きつつある。
>「中学生はもう寝なきゃ。家まで送っていくよ。明日うちの店に集合ね」
 祈の様子を見かねたらしく、ノエルがそう言った。
その視線が祈から尾弐にも移ったのを見るに、尾弐も安静にさせておきたいらしい。
「……そうする」
 自分が足を引っ張ってしまっているようで少し後ろめたいが、まだ時間はある。
一度寝てすっきりした頭で考えた方が良策も浮かぶだろうと、そう思うことにした。
「じゃ、尾弐のおっさん。また明日ね」
 そう言って病室を後にし、病院を出た。
送ってくれると言うのでノエルと並んで歩く。
というか、女子とは言え仮にも妖怪の血を引いている自分を送っていくとか
御幸の癖に生意気だぞ、いやむしろあたしが送る側だから、道路側はあたしが歩くんだからな、
などと祈が考えていると。
>「祈ちゃん……一緒にシロちゃんを守ろうね」
 ふと、難しい表情でそんなことをノエルが言う。
「……あん? なんだよ、急に」
 祈はノエルの意図も分からぬままに答えた。
 失敗した時のことを考えてしまったのだろうか、と答えてから思う。
もしブリーチャーズの作戦が失敗すれば、ロボはシロへと辿り着く。
シロはブランカであると判断されても、どこかへ連れ去られるなど碌なことにならないし
ブランカでないと判断されたならば、満月に気の昂ったロボのことだから
「紛らわしい事をしやがって」と激高して殺してしまうかもしれない。
それを考えて、急に不安になったのだろうか。
 それとも。もしかすれば。
「もしかしてロボが怖くなったのか? だーいじょうぶだって。あっちが狼王なら、御幸だって雪の女王なんだぜ?
それにみんな一緒だし。きっと上手く行くって。な? 御幸!」
 祈はノエルの背をばしばし叩きながら、努めて明るく言う。
 もしかすれば。きっちゃんを思い出したのかもしれない。
自分達が失敗した場合に訪れるであろうシロの不幸。最悪は死が待っている。
想像したそれがきっちゃんの死と重なり、急に恐怖が込み上げてきたのかもしれなかった。
(や、これじゃ言葉が違うか)
 ノエルは雄弁な青年だが、時々多くを語らなくなる。
そんな時は何を思っているかはわからないのだが、
もし祈の想像通り、恐怖していて祈を頼ってくれたのであれば、言ってやるべき言葉が違う気がした。
「いざって時はあたしが何とかするから、心配すんな」
 抱いてる恐怖を吹き飛ばすような言葉が必要だと思い、祈は力強く言う。
狼王という強大な相手に、祈のような力足らずの半妖ではできもしない約束。
だがしかして、その目に曇りや偽りはない。
約束を破るつもりも、己の言葉を違えるつもりも一切ないのである。
0183多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/03(日) 20:33:43.95ID:c+i7Rmul
 翌日、寝るのが夜遅くであった為に昼まで寝ていた祈だったが、やがて祖母に叩き起こされた。
旅行先にいる筈なのに何故自宅に戻ってきているのか等問い詰められながら遅めの朝食を摂り、
その後、ノエルの召集を受けてSnowWhiteへと向かう。
 扉を開けてみると、店内はがらんとしていた。
客の姿がないのは、本来なら店主のノエルが旅行に行っている筈であり、
『数日間留守にするため閉店』という主旨の貼り紙がされている故だろう。
そして銀の弾丸を調達すると言って消えた橘音は勿論、
シロとつがいになる策を練ろうと頭を悩ませているであろうポチも、更には尾弐の姿もそこにはない。
恐らく病院で安静にしているか、別口で作戦を練っているのだろう。
いるのはただ一人、ノエルのみ。二人きりの作戦会議になってしまったようであった。
こちらの作戦はラインなりメールなりで尾弐のおっさんに伝えればいっか、
などと思いながら、祈が挨拶もそこそこにテーブルに着くと、ノエルも椅子に腰かけて、作戦会議が開始される。
そこで開口一番に、ノエルはこう言った。
>「まずは――置きっぱにしてきた天神細道を回収してこよう!」
 天神細道とは、橘音の持つ七つ道具の一つであり、
その鳥居を潜ればどこへでも行くことができるという不思議な力を備えた道具である。
「天神細道って、橘音が持ってたあの鳥居みたいなやつ? なんで?」
 ブリーチャーズが迷い家から東京へ戻る際、先んじて走ったポチに追いつこうとして使用したのだが、
天神細道は一方通行で、ある作品の秘密道具のように空間と空間を繋げるドアが残ったりはしない。
その為、潜ってどこかへ行くと、天神細道はその場に残されてしまう。
つまり、迷い家の玄関に置きっぱなしになってしまっている訳であるが、
それを今回収する意味が祈にはわからなかったのだった。
>「くぐった後に後ろを振り返っても何も無かった。
>つまり……あの鳥居の向こうから撃てばロボから見れば虚空から見ればいきなり弾丸が現れたようになるんじゃない?」
 ノエルは答える。
「……あ」
 そこでようやく、祈にもノエルの言わんとしていることが分かりかけてきた。
それは“移動の手段”を“攻撃の手段”として用いるという、神懸かり的な発想に基づいたもの。
>「狙撃班は天神細道を持って安全な場所に待機。現場班はポチ君と一緒に行って大体の場所を狙撃班に伝える。
>あとはゲートの出口をゼロ距離に繋げて撃ちこむだけ!」
 即ち、『天神細道を使用した安全圏からのゼロ距離狙撃』こそが、ノエルの出した答えなのだった。
0184多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/03(日) 20:36:43.52ID:c+i7Rmul
「……天才かよ」
 祈も感嘆の声を漏らさざるを得ない。
何せこの発想は、この状況を引っくり返しうる可能性を大いに秘めている。
 行きたい場所にどこへでも行けるという天神細道。
その詳しい使用条件は分からないが、もしそれが
『大雑把に思い浮かべた場所でも移動できる』、
『人間や妖怪でなく物質だけでも移動させられる』というようなものであれば、
まさにロボの背後を思い浮かべて鳥居に銀弾を撃ち込むだけで全てが終わるのである。
生憎ここに銀の弾丸はないが、アクセサリーショップで売られている“銀を加工して指輪を作れる”、
という作成キットを用いて作ってしまえばいいし、
もしくは尾弐の握力で銀の食器などを握りつぶして丸めてしまってもいいだろう。
とかくそれを天神細道の元に辿り着くや否やロボの背後を思い浮かべて投擲するなりすれば、
三日後を待つまでもなくこの戦いは終わるのだ。
 もしそのような緩い使用条件でなかったにしても、その利用価値は計り知れない。
『移動したい座標を予め設定しなければならない』、『移動したい場所を正確に思い浮かべなければならない』、
というような使用条件だった場合は、狙撃班は天神細道と地図を持って、
ポチとシロが会う場所を見渡せるような高台にでも移動すれば良い。
目視でポチ達やロボを確認できるのなら、正確に座標や場所を知り、設定したり思い浮かべることができるだろうから。
 また『移動には妖気などの対価が必要であり、
銀の弾丸など物質だけを移動させることはできない』というような条件があるとしても、
銀のナイフなどで武装して鳥居からロボの背後に飛び出せば、
匂いも音もせず瞳にも映らない故に、あのロボにとってさえもほぼ確実な奇襲となる。
 シロや仲間を咄嗟に逃がす『逃げ道』や、あるいはロボを直接倒すにも使えるかもしれない。
 下手をすれば『妖怪大統領』すらも打倒しかねない、結界破りどころか掟破りの発想力に、祈は身震いする。
「じゃ、足の速いあたしが取って来るから、その狙撃方法が有効かどうかはあたしが取ってきてから試すとして……」
 祈は言いながら、椅子から立ち上がる。
 祈の身長ほどもある大きな鳥居を持って電車には乗れないから、誰かが車を出すのが手っ取り早いのだろうが、
ここには運転できる者がいない(実際にはノエルが運転できるらしいのだが、三歳なので運転できないと祈は思っている)。
車が使えないのであれば、天神細道は祈のような足の速い者が取って来るのが良いだろう、と祈は判断したのである。
幸いにも迷い家までの道は覚えていた。
「御幸は寝てんだぞ? 今日の御幸は冴え過ぎてる。もしかしたら熱でもあんのかもしれないからな」
 にっ、と意地悪そうな笑みを浮かべて、祈はノエルに言う。
その後、特に問題がなければ祈は、行きは電車やタクシーを乗り継ぎ、帰りは天神細道を持ったまま走り、大体半日ほどで戻って来るだろう。
天神細道は橘音が持ち運びするくらいだから然程重い物ではない筈であるが、必要ならば他の妖怪の力を借りて持って帰って来ると思われた。
0185多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/03(日) 20:45:24.49ID:c+i7Rmul
 そして満月の夜が。決戦の日がやってきた。
この日までに祈はノエルと共に天神細道の利用方法を理解し、戦略を練り終えている。
あとは橘音の到着を待つばかりなのだが、一向にその姿は見えない。
0186多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/03(日) 20:47:25.74ID:c+i7Rmul
>「帰って来ないじゃないかぁああああ! あのキツネ仮面!」
>「急にデけぇ声出すな色男。今何時だと思ってんだ」
 ノエルも尾弐も焦れていた。
空には雲に隠れることなく満月が浮かんでいる。今宵、間違いなくロボは動くのだ。
それが何時なのかすらわからない以上、早く動かなければと、祈の気持ちも焦っていた。
>「どうしよう、このままじゃシロちゃんさらわれちゃうよ……。
>もし橘音くんが間に合わなくてもシロちゃんだけでも逃がさなきゃ。ポチ君、シロちゃんの場所まで案内して」
>「攫われちまったら本末転倒だからな……仕方ねぇ。ポチ、悪ぃが宜しく頼むぜ」
 こうなれば橘音が不在でも動くしかない。
銀の弾丸の代わりとなるものは一応祈も用意してきているし、
どうやら尾弐もこの四日間でロボの対抗策を練り、何らかの武器を用意してきたようであるし、
作戦自体は変更することなく決行できそうではあった。
 ポチに案内を頼み、ブリーチャーズはSnowWhiteから出て、とあるビルへと向かった。
天神細道を頭上に掲げるような形で持って続く祈。
 辿り着いたのは博物館からそれ程離れていない、この付近で最も背の高いビル。
その屋上にシロがいるとのことであった。
 ノエルと尾弐が屋上に向かうので、必然的に狙撃班となった祈は、
ビルに入る前に仲間達と別れて、少し離れた他のビルの屋上へと登った。
そのビルの屋上は風下であり、またシロが待つビルから僅かに離れている故に、
余程運が悪くない限りはロボに見つかることもないだろうと思われた。
 祈はそこに天神細道を設置し、ポチとシロの様子を窺いながら、ロボの出現を待つ。
(いつでも来てみろ、狼王ロボ。あんたの動きが止まった瞬間、この銀をぶち当ててやる)
 離れた場所からでは、ポチとシロがどうなっているのか詳しく分からない。
だが上手くいっていると良いなと、そう思う。
0187那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/09/05(火) 14:19:53.81ID:5XHbsbr7
橘音の持つ狐面探偵七つ道具は、橘音が東京ブリーチャーズを結成するにあたり日本全国の大妖怪から借り受けたものである。
所有者の妖力と引き換えにありとあらゆる妖怪を瞬時に召喚する『召怪銘板』は魔王・山本五郎座衛門から。
回復機能を持つ簡易結界として働き、どんなものでも収納しておくことができる『迷い家外套』はぬらりひょんの富嶽から。
動物、植物問わず森羅万象あらゆる生物と会話が可能になる『聞き耳頭巾』は橘音直接の上司・白面金毛九尾の玉藻から。
そして、向かうだけなら地上はおろか天上、冥府にまで行ける『天神細道』は天満大自在天神(菅原道真)から。
残り三種類の道具も、それぞれ名の知られた大妖怪の所有していた超一流の妖具である。

そんな天神細道の利用に、難しい条件は必要ない。『○○へ行きたい』と願ってくぐれば、どこだろうと移動は叶う。
その辺りは超一流妖具らしいと言うか、極めてご都合っぽいふわっと加減であった。
同様、『物品を○○へ』と念じながら鳥居に投げ込めば、正確な場所に移動させることもできる。
つまり、ノエル発案の狙撃は可能である、ということだ。
もっとも、『銀の弾丸をロボの体内に』などという使い方まではできない。
あくまで、ロボへの狙撃は狙撃担当者が目視で行う必要がある。

>じゃ、足の速いあたしが取って来るから、その狙撃方法が有効かどうかはあたしが取ってきてから試すとして……

「あら、まあ。祈ちゃん?」

祈が迷い家へ戻ってきたのを見て、宿の玄関先で掃き掃除をしていた女将の笑はほんの僅かに驚いたような声を上げた。
二泊三日の予定だった東京ブリーチャーズが一泊しただけで帰ってしまったので、心配していたらしい。
なお客室は綺麗に片付け、荷物はそのままにしてあるという。

「鳥居?ああ……玄関先に置いてあった、あれ……。三ちゃんの持ち物だったの?ちょっと邪魔だったから、どけてしまったのだけれど」

眉を下げ、右手を頬に沿えて言う。困り顔でもやっぱり目は笑っている。
話によると、鳥居は邪魔なので建物の裏手に移動させたという。
まがりなりにも客商売だ。玄関先に絶妙にくぐり辛い鳥居がでんと置いてあっては、商いに差し支えるだろう。
実際、祈が迷い家の裏手に回ると、樽や桶といったものと一緒になって天神細道が壁に立てかけてあった。
鳥居は大きめの脚立くらいの重さがあるが、祈でもなんとか持ち運べる。
そして、祈が天神細道を抱えて東京へ戻ろうとした、そのとき。

「せっかく戻ってきたのに、すぐとんぼ返りか。忙しないことぢゃの、颯(いぶき)の仔」

祈の背後で、そんな嗄れ声が聞こえた。
見れば、羽織に着流し姿の小柄な老人が杖をつき、木箱を持った一本ダタラを伴って立っている。
日本妖怪のご意見番にして迷い家の主、ぬらりひょんの富嶽だった。

「狼の捕獲はうまくいっとるか?たっぷり飲み食いさせたんぢゃからな、それに見合った働きはして貰わんと」

そう言って、富嶽は長い頭を揺らして笑った。

「それにしても……まさか、颯の仔が妖壊退治とはの。いや、血は争えんということか?」
「あやつがよく許したものぢゃ。娘のあの末路を考えれば、孫に同じ道を歩ませるなど到底認められんことぢゃろうに、の」

いかにも含みのありそうなことを言う。が、祈が問いを投げかけたとしても、富嶽はうまくはぐらかしてしまう。

「まあよい。颯の仔よ、折角来たんぢゃ。土産を持って行け」

富嶽は脇に控えている一本ダタラにちらりと目配せした。すぐに、一本ダタラが持っていた木箱を祈に差し出してくる。
迷い家を訪れた者は、ひとつだけ土産を持たされる。それが木箱の中身ということのようだった。

「開けてみい」

富嶽が促す。――木箱の中に入っていたのは、一足の靴だった。
しかし、ただの靴ではない。ベルトで固定された深紅のショートブーツの靴底に、四つのウィール(車輪)がついている。
それは、いわゆるインラインスケートというものに酷似していた。

「『風火輪』。履いた者の妖力を用い、速度を無限に上昇させる妖具ぢゃ」
「扱いの難しい妖具ぢゃが、使いこなせば空を走ることもできる。かつて唐土の??という妖が用いた妖具であり――」
「……お主の母、颯が使っていたものぢゃ」
0188那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
垢版 |
2017/09/05(火) 14:20:43.71ID:5XHbsbr7
風火輪。宝貝と呼ばれる、大陸産の強力な妖具である。
中国三大奇書のひとつ『西遊記』によれば、??はその宝貝を用いて自在に天を翔けたという。
ひとたび履けば靴底のウィールは紅蓮の炎を纏い、ターボババアの限界を超えた速度を出すことができる。
熟練すれば伝説の通りに空を翔けることも可能になるだろう。また、工夫次第では強力な武器にもなる。
炎を纏ったブレード部分での蹴りは斬撃にもなるし、風火輪のスピードでただ飛び蹴りするだけでも相当な威力であろう。
敵から離れた場所より蹴りを放つことで、炎を飛び道具として投射することもできる。
が、他の超強力な妖具がそうであるように、この風火輪も使用者の妖力を容赦なく吸い上げる。
また、使用者に高い身体能力も要求する妖具である。生中な運動神経では、まともに走ることもおぼつくまい。

「お主の母は、それをうまく使いこなしておったが――お主はどうぢゃろうの?」

いかにも意地の悪そうな笑みを浮かべ、富嶽はそう言って祈を送り出した。
0189那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
垢版 |
2017/09/05(火) 14:22:50.32ID:5XHbsbr7
満月の夜。上野で一番高いビルの屋上で、皓白の月光を全身に浴びながら、二頭の狼が向かい合う。

>また、アイツが来るよ。だから君に言いに来たんだ
>……ここを離れて、逃げるんだ。後の事は、全部僕に任せて

《…………》

シロはなにも言わない。ただ、ポチの声なき言葉に耳を傾けている。
ポチが近付く。その身体から、なつかしいにおいが漂ってくる。
植樹された人工のものではない、ありのままの草木のにおい。
舗装されたアスファルトのものではない、地面の。土のにおい。
……自然の、におい。

>僕のにおいを辿っていくんだ。そうすれば、山に帰れる。君が元いた山じゃないかもしれないけど。

ポチが選んだのは、偽りでも夫婦の契りを交わしてくれというのではなく。
狼王を打倒するために協力してくれというのでもなく。
ただ、シロを遁がす。ロボの、いやロボだけではない――何者の手も届くことのない、深い自然へと彼女を還すという選択だった。
それはニホンオオカミの捕獲を依頼した富嶽の意向とも、またその依頼を引き受けた橘音の意向とも違うもの。
……そして。ポチ自身の、いつか仲間と巡り合って――という夢とも、違うもの。

《……あなたは……》

>君を、命をかけて守る狼がここにいたんだって、僕の事を覚えていて欲しい。
>それだけでいいんだ。それだけで……僕はアイツと、死ぬまで戦える

《……それは、できません》

シロは一度、ゆるくかぶりを振った。

《あの魔狼がわたしに対して、何か特別な感情を抱いていることは。あのとき、少しだけ感じました》
《魔狼はわたしを狙っているのですね。――けれど、遁げることはできません。まして、あなたを盾にするなど――誇りが許さない》
《ここであなたの言う通りにすれば、わたしはあなたを犠牲にして遁げた……という罪悪を抱きながら生きて行かなければならない》
《それは、何にも勝る苦痛です。他者を捨て駒にしたという業を背負って生き永らえられるほど、わたしは強くはないのです》

あくまで、誇り高いニホンオオカミとしての矜持を貫こうとするシロである。

>ごめん。もう一つだけ……もし、叶うなら。
>たった一度だけ、ほんの少しの時間で良いから。
>……僕に、寄り添って欲しい。せめて君の名残を、僕に残しておくれよ

ポチが謝罪する。ポチが誇り高いシロを刺激しないように、最大限その精神性を尊重して話を進めているのがわかる。
その口にする提案そのものは受け入れられないにしても、ポチの気遣いは無碍にするまいと、シロは無言で佇む。

>……だけどさ。君は人の罠にかかって、ここまで連れてこられたんだろ。
>山でたった一匹で生きていくのは……結構、大変だったんじゃないのかい

《……だからこそ。だからこそ、わたしは求めていたのです。いつか、同胞と巡り合うことを……ずっと夢に見ていたのです》
《あなたの姿を見たとき、それが叶ったと思った。嬉しかった――なのに――》
《……皮肉なものですね。あなたと、魔狼と、わたし。ひとつの地に狼が三頭もいるのに――そのどれもが。決して交わらない》

シロは小さく笑った。どこか諦めきったような、寂しげな笑いだった。

《あなたの申し出はありがたいですが、受けることはできません。魔狼がわたしを狙っているというのなら、抗いましょう》
《例え、それで死ぬことになったとしても。誇りを捨てて遁げ出すよりは、ずっとましです》
《――ならば。ならば、これはわたしと魔狼の問題。あなたには関係ありません、あなたこそお遁げなさい。そこのお仲間と一緒に》

自分たちとは離れた場所にいる、ノエルと尾弐にちらりと視線を向ける。
そして、幾許かの逡巡の後。
シロはそっと、ポチの方へと近付いてきた。
0190那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/09/05(火) 14:27:23.73ID:5XHbsbr7
それは、どういう心境の変化だろうか。
ポチの提案は受け入れない。ここから遁走することもしない。もしロボが現れるのなら、迎え撃つ。シロはそう言っている。
つまり、ポチが頑張って考えた案はすべて退けられたということだ。
が、だからといって、ポチのことを何もかも否定するつもりはないらしい。
特に、ただひとつ――ポチが最後に言った願い。

>僕に、寄り添って欲しい。せめて君の名残を、僕に残しておくれよ

そんな、あまりに慎ましすぎる願いだけは。聞き届けようと思ったのだろうか。
ポチとシロの距離は、今や数十センチもない。それでもシロは歩みを止めない。
そして、満月の光に照らし出された二頭の影が、ひとつに重なろうとした――まさにその瞬間。
ビルの屋上にいた、すべての者が感じたであろう。
このビルに急速に迫ってくる、禍々しくも膨大な獣の妖気を。

「何をしてやがる……?このワンコロがァ!『オレ様の女房』に!!」

ガガァァァァンッ!!!

まるで隕石のように、弾丸のように。空から巨大な銀色の塊が降ってくる。
それはビルの屋上、ポチとシロの二頭ともノエルと尾弐のふたりとも離れた場所に落ちてくると、ゆっくり立ち上がった。
きらきらと輝く銀色の被毛に覆われた、筋骨隆々の巨大な人狼だ。身長はゆうに三メートルはあろう。
全身から芬々と妖気を漂わせるその姿は、以前博物館で一瞬だけ垣間見たものに間違いない。
狼王ロボ。東京ドミネーターズの一角にして、獣の恐怖と脅威を体現する妖壊。

「グルルル……。迎えに来たぜ、ブランカ……もう我慢できねえ、我慢なんざできっこねえ。おまえの姿を見ちまった以上はな……!」
「妖怪大統領なんざ知ったことか。オレ様は欲しいものを手に入れる、今度こそ……」
「――『おまえを守ってやる』、ブランカ――!!!」

ロボはマズルの長い狼頭をにやりと笑ませると、ゆっくりとブランカ――シロへ近付こうと歩を進めた。
ロボ襲来の様子は、別のビルにいる祈にも見えたことだろう。
国立科学博物館での戦いとは桁違いの凶暴な妖気が、満月によって本性を現したロボの全身から噴き出している。
その濃度は人間はもちろん、妖怪にとっても毒となるほど。
瘴気にある程度耐性のある鬼族の尾弐はまだ耐えられるだろうが、雪妖のノエルや雑種のポチにとって長時間の接触は致命的だ。
むろん、半妖の祈も例外ではない。

「ガルルルルルォォォォォォ――――――――――――――ン!!!!」

夜空に真円を穿つ月へ口吻を向け、ロボが吼える。遠吠えなどという生易しいものではない、まさしく王者の咆哮。
根源的な畏れをもたらす『恐怖の咆哮』ではなく、直接的な死をも誘発する『死の咆哮』だ。
以前警察関係者が陥った混乱どころではない、聴けば死を免れない吼え声。
それが妖気と混ざり合い、ビルの屋上に言いしれない重圧を作り出す。

橘音は、まだ来ない。銀の弾丸ももちろんない。

東京ブリーチャーズは司令塔なし、切り札なしの状況で狼王と交戦することになった。

《……魔狼……!》

ロボの姿を見て、シロが身構える。
ポチはシロをかばって戦おうとするだろうか。その場合ロボは当然ながらポチを撃滅の対象と認識する。

「イロガキがァァ……人様の女房に色目ェ使いやがって、どうなるか分かってンだろォなア!?」
「ハラワタァ引きずり出して、このビルの屋上から吊り下げてやるぜ!カラスのエサにもなりゃァしねェだろうがなァ!!」

全身から噴出する怒りの妖気が、狼王のただでさえ巨大な体躯をさらに一回りも、二回りも大きく見せる。
鋭利な牙を剥き出しにし、丸太よりも太い腕の先に備わったナイフのような爪を振りかぶって、ロボはポチへ襲い掛かった。
人間状態でも敵わなかった相手だ。ポチが単身で抗うのは難しいだろう。
0191那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/09/05(火) 14:31:32.28ID:5XHbsbr7
といって、ノエルと尾弐の加勢が入ったところで戦況が有利になるかといえば、それも疑問である。

「ゲァッハッハッハハハハ――――ッ!!雑魚が何匹集まったところで、オレ様に勝てるワキャねェだろォがよォォォォ!!!」

ポチの牙を、ノエルの冷気を、尾弐の拳撃を。時に受け流し、時に捌き、時に強靭な体躯で弾き返して。
本性を現したロボが暴威を振り撒く。
その姿はまさに、獣の齎す害意の体現。獣害の顕形。
人々が畏れ、人の手に余るものと定義し。森に棲まう神性の眷属とした狼――大神の化身が、そこにいた。

「サル知恵がァ……ちょいと考えてきたとは言ってもその程度かよ!そんなンじゃァ……オレ様は止められねェなアアア!!!」

ノエルの持参してきたシルバーアクセサリーは、もちろん効かない。
一方で尾弐の用意した純銀製のナイフとフォークは、命中すれば確かにロボにダメージを与えることができる。
尾弐の目論み通り、銀製品には退魔の効果があり、昔から神聖視されている。
一般的にも、狼男や吸血鬼には銀の武器が効く――というのは有名な話だ。
とはいえ、しょせんナイフとフォークである。銀の効果はともかく、物理的にロボの分厚い被毛と筋肉を貫くことはできまい。
猟銃は、銀の弾丸を込めて撃つなら効果があるだろう。――しかし、日本で西洋妖怪に効力のある弾丸を入手することは不可能である。
もっと殺傷能力の高い徹甲弾などであれば、一時的にではあるがロボの動きを止めることができる可能性はある。
祈のアクセサリー作製キットで弾丸らしきものを作ることはできる。ただし、あくまで急造品のため致命傷に至るかは疑わしい。
あとは、尾弐の持ってきた銀紙に包まれた長方形の物体であるが――。

「ゲハハハハッ……ハハハハハァ―――ッハッハッハッハッ!約束通り全殺ししてやるぜ、ブリーチャーズのカスども!」
「オレ様の女房に手を出す奴は殺す!噛み殺す、殴り殺す、蹴り殺す、挽き殺す、潰し殺す!」
「どうだ……ブランカ!もう、『誰にもおまえを殺させ』たりしねェ!待ってろ……すぐに安全な場所に連れて行ってやる!」
「すぐに――『誰の手も届かない』場所へな……!」

怒りに身を任せているからか、それとも獣の本性を露にしたせいか、ロボの戦いには以前ほどの精密さはない。
端的に言えば、雑である。
尾弐への反撃も先日の浸透勁は使わず、鋭利な爪と牙、それに純粋な腕力での殴りつけに終始している。
が、だからといって組し易くなったというわけではもちろんない。その破壊力とスピード、頑健さは以前より遥かに増している。
また、生半可な小細工も通用しない。
なぜならば、狼王ロボ――そしてジェヴォーダンの獣には共通する伝説がある。それは、

『幾多の罠にもついに一度たりと掛かることはなく、多数の狩人がこぞって狙ったが仕留められなかった』

という伝説である。
狼王ロボと『獣(ベート)』を知る人間のすべてが、共通してその認識を持つゆえに。
狼王に罠は通じない。理屈ではない、そういうものであるから。
他でもない人類が、狼王ロボに『そうあれかし』と願ったから――。

ロボに致命の一打を与える手段があるとするなら、それはやはり唯一。ロボの弱点を衝き、空隙を作り出すしかないのである。

『決して罠には掛からなかったロボだが、妻のことに関してだけは我を忘れる』

という、もうひとつの伝説に従って。

「すっこんでろォ―――ゴミどもォォォォォォォォォ!!!!!」

ポチの牙を筋肉で跳ね返し、ノエルの氷雪を自らの纏う怒涛の妖気で押し返し。
尾弐と真正面から殴り合って圧倒し、ロボがふたたび吼える。
東京ブリーチャーズの三人を弾き飛ばすと、遮るもののなくなったロボはシロを見た。
そして、一歩一歩着実に距離を詰めてゆく。
シロはと言えば頭を床に低く伏せ、ふさふさした尾をそそけ立たせて威嚇のポーズを取っている。
明確な威嚇行動であるが、ロボはまったく気にしない。ただ、無遠慮とも言える足取りでシロへと歩いてゆく。
そう――

『かつて守れなかった妻を、今度こそ守り抜くために』。
0192那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/09/05(火) 14:34:39.14ID:5XHbsbr7
ロボが隆々とした上半身を前のめりにして、のしのしとシロの許へ歩いてゆく。

……が。

ブリーチャーズの四人は気付いただろうか――
『ここまでのロボの行動は、妖壊のそれではない』ということに。
ロボは破壊と殺戮の権化でありながら愛を知り、妻と仲間を持った。
群れを率いてのちは人間を殺戮することをやめ、群れが生きていけるだけの家畜を襲って細々と生き永らえてきた。
そんな折、かけがえのない仲間を、最愛の妻を人間に殺された。
それからというもの、ロボは人間を憎悪し、災厄の魔物としてかつてのように人間を殺戮するようになってしまった。
ここまでは筋が通っている。
ならば、何をもってロボを心の壊れた妖壊と言えばいいのだろう?

ロボはかつて喪った最愛の妻、ブランカと姿のよく似た白狼シロを誤認している。
ロボはもう二度とブランカを喪うまいとしている。
ここも、理屈としては矛盾がない。
『シロをブランカと思い込んでいる』点が妖壊であると言えるかもしれないが、この点をもってロボを妖壊と定義するには弱い。
妖壊とはもっと、根本的なところで壊れているものなのだ。
で、あれば。
いったい、狼王ロボのどこが壊れているというのだろう?

「……ブランカ……悪かったな……。ああ――何もかも。オレ様が悪かったんだ……」

ロボが悲しげな瞳でシロを見遣りながら、言葉を零す。
その声は深い悔恨と慙愧、苦悩に満ちている。

「オレ様が油断していたから……。隙を見せたから……。人間なんぞ恐るるに足らねえと、奴らを侮っていたから……」
「もっと、おまえらの行動に目を光らせておけばよかった。片時も目を離さないでいればよかった……」
「おまえらを、もっと安全な場所に匿っておけばよかった……」
「だが、もう大丈夫だ。わかったんだ……あれから。オレ様はあのとき、どうすべきだったのか――」

そう言って、ロボはシロへと右手を差し伸べた。

「――『一番安全な場所が、どこなのか』――」

そこからは、まさに瞬きひとつほどの時間。あっという間だった。
手の触れる場所まで近付いてきたロボへと、シロが牙を剥いてとびかかる。
が、ロボはそんなシロをあっさりと受けとめると、その前脚を右手で纏めて持ち上げ、彼女を宙吊りにした。
キャイン……!とシロが苦鳴をあげる。
脱出しようと懸命にもがくシロを、ロボは目を細めて眺める。

「ああ、心配するなよ……ブランカ。これからはもう、ずっと一緒だ。もう二度と、誰もオレ様たちを引き裂くことはできねえ」
「オレ様たちは――『ひとつになるんだからな』――!!!」





がぶり。
0194那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/09/05(火) 14:39:28.10ID:5XHbsbr7
高く右腕を掲げてシロを宙吊りにしたまま、ロボがぞろりと短剣のような牙の生え揃った口を開ける。
そして、シロの喉笛に噛みつく。
シロは目を見開いた。喉に噛み付かれ、ごぷり、と口の端から血を吐き出す。
さらにロボはぶちぶち、と力任せにシロの喉を引きちぎった。血液が濁流のように溢れ出し、ロボの腕と顔を染めてゆく。

「ゲァハハハハハハハ……、ハァ――――ッハッハッハッハッハッハッハッハァ――――!!!!」

シロの、彼にとっては最愛の妻ブランカであったはずのオオカミの鮮血を浴び、ロボが哄笑する。
そう。
ロボの望みは、もう二度と妻を、仲間たちを人間に殺させないこと。
不死身の自分と違って普通のオオカミに過ぎない妻や仲間たちを守るには、どうすればよいか?
簡単なこと。『自分と同じにしてしまえばいい』、すなわち――

『自分の血肉にしてしまえばいい』。

妻の血を啜り、肉を啖えば、それはすなわち魂の合一。
『妻と仲間たちは、自分の中で永遠に生き続ける』という理屈である。
そうなれば、確かにもう二度とロボとブランカが引き裂かれることはない。ふたりは永遠に一緒だ。
実際にブランカの魂が彼の中で生き続けるかどうかはさておいて。

「夢が叶った……、妖怪大統領サマサマだぜ!もう、オレ様たちはずっと一緒だ……愛してるぜ、ブランカァァ……!!!」

ロボはさらに痙攣するシロの腹部に喰らいつき、臓腑を引き裂いた。
どす黒い血が噴き零れ、ロボの全身を毒々しい紅に染めてゆく。
喉を引きちぎられ、腹を食い破られたシロは僅かに身体を痙攣させると、やがてぐったりと動かなくなった。
それを確かめると、ロボはそれまで狂的に執着していたシロの身体をあっさりと手放し、ゴミのように捨てた。
血と肉、そして魂が自らの肉体に移動したので、身体に価値はなくなったということであろうか。
どう、と斃れたシロの身体の下に、血だまりが広がってゆく。

「ブランカ!感じるぜ……おまえの魂を!ああ……これだ!オレ様はもっと早く、こうするべきだったんだ――!!」

ゴゥッ!!と全身から血色の妖気が迸る。今までで一番強烈な妖気の放射だ。
しかし、長年の宿願を果たしてなお、ロボは止まらなかった。
ゆる、とロボが血まみれの獣頭を返し、ポチの方をねめつける。

「……よォ……。よく見たら、おまえもオオカミじゃねェか……。オレ様の群れのヤツだな?去年生まれた……ヴァレーの仔か……?」
「おまえも来い、ここは危ねェ……オオカミを狙ってくる人間がたくさんいるからな……。オレ様が守ってやる、オレ様が……」

シロだけではない。ロボはオオカミのすべてを、保護するべき仲間だと思っている。
『オオカミのすべてを』。『安全な場所に匿ってやろうとしている』――。

群れを愛し、仲間を慈しみ、その生命の存続を願う。
自らの群れと仲間、同族こそが第一。それらに危害を加えるものは敵。そういった価値観は、シロの意見とも合致するものである。
それらの点において、ロボは一点の曇りもない。まさしく狼の王と言うべき存在であろう。
だが。その手段は明確に間違っており、炯々と輝く金色の双眸は拭うことさえできないほど濁っている。
ロボはポチをも仲間の一頭として喰い殺すだろう。その次には、他のオオカミに連なる妖怪たちも殺してゆくに違いない。
そして世界中にいる、妖怪でない普通のオオカミたちをも手に掛けてゆき――
この地球でただ一頭のオオカミとなるつもりなのだろう。
仲間を守るために。愛を貫き通すために。
すべてのオオカミの頂点に立つ、狼王として。

「ゲハハハハハハ……ゲァ――――ッハッハッハッハハッハハハハッハハハァ!!!」

高らかに笑いながら、ロボがポチへと驀進する。
銀の弾丸以外のすべてを跳ね返す、不死身の人狼ロボ。それが全力でポチを殺そうと迫る。



橘音は、まだ来ない。
0195ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/09/09(土) 05:03:26.89ID:vURFz7XN
……ポチの願いは、シロには届かなかった。
彼女は逃げる事を是としなかった。

>《……だからこそ。だからこそ、わたしは求めていたのです。いつか、同胞と巡り合うことを……ずっと夢に見ていたのです》
 《あなたの姿を見たとき、それが叶ったと思った。嬉しかった――なのに――》
 《……皮肉なものですね。あなたと、魔狼と、わたし。ひとつの地に狼が三頭もいるのに――そのどれもが。決して交わらない》

「……決してかは、分からないじゃないか。
 僕だって、命をかけて戦うけど、最初から負けるつもりで戦う訳じゃない。
 僕が……僕らが勝てば、また君と出会う事だって……」

>《あなたの申し出はありがたいですが、受けることはできません。魔狼がわたしを狙っているというのなら、抗いましょう》
 《例え、それで死ぬことになったとしても。誇りを捨てて遁げ出すよりは、ずっとましです》
 《――ならば。ならば、これはわたしと魔狼の問題。あなたには関係ありません、あなたこそお遁げなさい。そこのお仲間と一緒に》

ポチの視線が、ふいと横に逸れたシロの視線を追う。
盗み聞きの次は覗き見か、皆していい趣味してる……などと頭の片隅で思いつつも、それを表には出さない。
そんな事をしている暇はない。

「……嫌だよ。そんなの、君と僕の立場が入れ替わっただけじゃないか。
 君が逃げるんだ。僕は……僕達は、負けないから」

ポチは譲らない。
彼女に逃げろと言ったのは、ポチ自身がそうして欲しいからであり……同時にそうなって欲しいからだ。
純血の狼……自分がずっと追い求めてきた偶像、その体現たる彼女が、誰の手にも落ちて欲しくないのだ。

「だから君が逃げたって、何も問題なんか……」

だがポチの言葉を遮るように、シロが一歩前へと踏み出す。
そのまま歩みを止めず、二歩、三歩と、ポチへと近づいてくる。
何の前触れもなく始まった接近に、ポチは戸惑いを隠せない。
紡ごうとしていた言葉を失い、その間にも二匹の距離は縮まっていく。
シロの純白の毛皮が、金色の双眸が、その息遣いとにおいが、目の前にある。
あと一歩の距離……その最後の一歩を、ポチは半ば無意識に踏み出そうとして。
しかし気付いた。
自分達の元に急速に近づいてくるにおいに。
強烈な妖気と、興奮を伴った、獣のにおい。

「ノエっち!尾弐っち!来るよ!」

傍にいる二人に向けて声を張り上げ、ポチはロボが接近してくる方向へと向き直る。
だが……例え立ち向かったとしても、あの狼王を相手に何が出来るというのか。
ポチ自身にもまったく、その展望が見えていなかった。
ロボに通用する唯一の術は……まだこの場にないのだから。

「……橘音ちゃん」

小さく、ポチがその名を呼び……その直後、轟音と共に上空から、それは降ってきた。
月光を受け輝く銀の被毛、尾弐ですら見上げるほどの巨躯、隆起した筋肉。
浴びるだけで目眩を感じるような、溢れ返る妖気。
狼王ロボが、ポチの視線の先にいた。
0196ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/09/09(土) 05:04:12.62ID:vURFz7XN
>「何をしてやがる……?このワンコロがァ!『オレ様の女房』に!!」

「……君の?」

>「グルルル……。迎えに来たぜ、ブランカ……もう我慢できねえ、我慢なんざできっこねえ。おまえの姿を見ちまった以上はな……!」
 「妖怪大統領なんざ知ったことか。オレ様は欲しいものを手に入れる、今度こそ……」
 「――『おまえを守ってやる』、ブランカ――!!!」

「彼女が君のものだった事なんて、一度もないだろ。
 すっこんでろよ。この子は……僕が守るんだ」
0197ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/09/09(土) 05:04:50.91ID:vURFz7XN
だがポチは引き下がらない。ロボを阻むようにシロの前に出る。
橘音が間に合わなかったとしても、彼がする事は、したいと望む事は何も変わらない。
シロを守る為にロボと戦う。例えその結果、自分が死ぬ事になったとしても。

>「イロガキがァァ……人様の女房に色目ェ使いやがって、どうなるか分かってンだろォなア!?」
 「ハラワタァ引きずり出して、このビルの屋上から吊り下げてやるぜ!カラスのエサにもなりゃァしねェだろうがなァ!!」

ロボが気炎を吐き、その豪腕を、ナイフのような爪を振りかぶる。
だがポチは狼犬だ。四足歩行で、背が低い。
ロボが巨躯であるが故に、爪と彼の体との距離は、遠い。
必然、爪が描く軌道は大きな弧を描く。
だから……辛うじて躱せる。屋上の床を蹴り、同時に夜闇に紛れ姿を消す。
ロボはポチを探せない。ノエルと尾弐がいるからだ。
彼らが動けば、ロボにもほんの一瞬くらい、自分を意識出来ない時間が出来る。
ポチはそう判断し、ロボの側方へと跳躍。
そして飛びかかり……爪を用いて、眼を切りつける。
ロボの筋肉にポチは牙を通せない。故に狙えるのは何の鎧も纏っていない眼球のみ。
狙い澄まして放った一撃は……しかしロボに見向きもされないまま、その拳によって撃ち落とされた。
短い悲鳴を上げて、ポチが床を転がる。

>「ゲァッハッハッハハハハ――――ッ!!雑魚が何匹集まったところで、オレ様に勝てるワキャねェだろォがよォォォォ!!!」

「……うるさいな。そういうのは、僕が立てなくなってから言えよ!」

だがポチはすぐに立ち上がる。
無造作に振り回された拳は、体を捩れば甚大な破壊を免れる事が出来た。
骨も内蔵も筋肉も、痛みを訴えているだけだ。体は十全に動く。
ポチは怯みも退きもしない。何度でもロボへと挑んでいく。
……しかし、出来る事はそれだけだ。
狼王ロボには、ポチのいかなる攻撃手段も通用しない。
爪は毛皮を切り裂けず、牙は筋肉を貫けない。
ロボが襲い来る勢いを利用して、すれ違いざまに首を狙えば……通じない。
拍子を外され、逆にカウンターを貰い、殴り飛ばされる。
姿を隠して背後を取り、牙を引っかけるように、その頭部に噛みつけば。
額の筋肉は薄い。皮膚を裂き、出血させれば、視界を奪えるはず……不可能だ。背後に回る事すら叶わない。
送り狼の力で夜闇に紛れているはずのポチを、ロボは容易く視線で追い、蹴り飛ばした。
打つ手がない中、ただ闇雲に挑み続け……だがそんな事は長くは続けられない。

>「すっこんでろォ―――ゴミどもォォォォォォォォォ!!!!!」

跳ね除けられ、立ち上がる。
再び飛びかかる為に膝を屈め……しかし脚から力が抜けた。
かくんと膝が折れて、体が崩れ落ちる。
ポチは一瞬、自分に何が起きたのか分かっていないようだった。
すぐに再び立ち上がろうとして……しかしそれが出来ない。

「う……」

言う事を聞かない自分の脚を見て、すぐにロボへと視線を戻す。
ロボは、既にポチを視界に入れてすらいなかった。
ただシロだけを見つめて、彼女の許へと歩み寄っていく。

「に、逃げろ……」

声を振り絞る。だがシロはロボを睨み返し、威嚇の姿勢を取ったまま動かない。

「頼むよ……逃げてくれ……」

ロボは……シロの事を、最愛の妻ブランカと思い込んでいる。
ならば手荒な事はしないのかもしれない。
0198ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/09/09(土) 05:05:06.62ID:vURFz7XN
>「……ブランカ……悪かったな……。ああ――何もかも。オレ様が悪かったんだ……」
 「オレ様が油断していたから……。隙を見せたから……。人間なんぞ恐るるに足らねえと、奴らを侮っていたから……」
 「もっと、おまえらの行動に目を光らせておけばよかった。片時も目を離さないでいればよかった……」
 「おまえらを、もっと安全な場所に匿っておけばよかった……」
 「だが、もう大丈夫だ。わかったんだ……あれから。オレ様はあのとき、どうすべきだったのか――」

無敵の王の寵愛の下で生き続けるのは……彼女にとっては苦痛だろうが、
今までよりもずっと易しい生を送れるかもしれない。
それでも……逃げて欲しかった。自分の憧れが、誰かの手に落ちるのを、見たくなかった。
0199ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/09/09(土) 05:06:29.97ID:vURFz7XN
>「――『一番安全な場所が、どこなのか』――」

だが……それももう叶いそうにない。
ポチに出来る事はもう、たった二つだけ。
今から起こる出来事から、目を背けるか……あるいは受け入れるか。
……シロはずっと、彼女と出会う前から、ポチの憧れだった。
ロボはブリーチャーズにとっては紛う事なき敵だったが……その狼王の生と在り様には、羨望を抱いた。
憧れと、羨みが、一つの結末に辿り着く。
それはもしかしたら、そんなに悪い事ではないのかもしれない。
ただ自分の望んだ結末と異なるだけで……ポチはそう思い始めていた。
シロの悲鳴が、響くまでは。

「……おい。何やってるんだよ、お前……」

>「ああ、心配するなよ……ブランカ。これからはもう、ずっと一緒だ。もう二度と、誰もオレ様たちを引き裂くことはできねえ」
 「オレ様たちは――『ひとつになるんだからな』――!!!」

「何を……待て、待てよ!やめろ!なんでそんな……」

声を張り上げる。だがロボには届かない。
ポチは忘れていた。ロボが今もなお、狼の王に相応しい強さと、愛情のにおいを纏っていたから。
彼が紛れもない妖壊なのだという事を。
あのクリスも、ノエルの幸せを望みながら、しかし彼から何もかもを奪おうとしていた事を。
そして思い出した時にはもう手遅れだった。
シロの首筋に、ロボの牙が突き刺さる。
そのまま喉が食い千切られ、次は腹部へ。

>「夢が叶った……、妖怪大統領サマサマだぜ!もう、オレ様たちはずっと一緒だ……愛してるぜ、ブランカァァ……!!!」

シロの血肉を喰らったロボは、彼女の体を無造作に打ち捨てた。
ポチは這いずるようにシロの許へと近寄る。
だが……そうしたところで、彼にはどうする事も出来ない。
ただ緩やかに広がっていく血だまりを、見ている事しか出来ない。

「う、あ……そんな……あぁ……僕の、僕のせいだ……」

シロは最後まで逃げようとしなかった。
それは狼の誇り故かもしれない。だが彼女はさっき、こう言った。
他者を捨て駒に生き永らえる事など出来ない。あなたこそ逃げなさいと。

「僕が命をかけるなんて言ったから……覚えていて欲しいなんて、思ったから……」

ロボの事など口にせず、ただ山に帰る道を示すだけにしていれば。
シロはこの場に留まろうとしなかったかもしれない。
自分の言葉が、願いが、彼女をこの場に縛り付けた。そして、死なせたのだ。
それが真実なのかは分からない。だが彼はそう、思ってしまった。
思ってしまったならば、彼にとってそれはもう真実なのだ。
ポチの中で何かがひび割れ、砕けた。

「……まだ、血が流れてる」

ポチが力なく呟く。

「ノエっち。尾弐っち。……実はね。僕はさっき、この子に逃げろって言ってたんだ。
 山に帰る道しるべを用意して、後の事は、全部僕に任せろって。
 僕がそうして欲しかったから。橘音ちゃんが、皆が、あの爺さんにどんな罰を受けても……そうして欲しかったんだ」

震える声で、ポチは続ける。
0200ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/09/09(土) 05:07:28.26ID:vURFz7XN
「だから、だから……僕はもう、ブリーチャーズのポチですら、ないんだ。
 僕はもう……何も願いたくない。だけど……まだ、血が流れてるんだよ。
 ねえ、分かるでしょ。皆がここにいる理由なんて、もうないんだ……」

>「……よォ……。よく見たら、おまえもオオカミじゃねェか……。オレ様の群れのヤツだな?去年生まれた……ヴァレーの仔か……?」
 「おまえも来い、ここは危ねェ……オオカミを狙ってくる人間がたくさんいるからな……。オレ様が守ってやる、オレ様が……」

己を見下ろすロボを見返すと……すぐに彼は視線を逸らした。顔ごと下へ。
足元に広がるシロの血だまりへ。そしてそこに、口づけをした。
0201ポチ ◆xueb7POxEZTT
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2017/09/09(土) 05:10:11.72ID:vURFz7XN
「……本当なら、君を守れなかった僕に、こんな事する資格なんてない。
 だけど……これで、あの子の魂は今どこにあるのかな。アンタの中?それとも……僕の中にも?」

狼は群れの仲間を深く愛する生き物だ。
だが同時に、上下関係を重んじる生き物でもある。
生前のロボも、その群れが成す整然たる足跡から、統制は厳格なものだったとされている。
例外はブランカただ一匹だけ。
ならばこの彼の行為も、ロボを怒らせるには十分だろう。
口の先を僅かに湿らせる程度の血液でも。
王の愛する妻の血肉を、魂を、他の狼が掠め取ろうとするなど、許されないはずだ。

>「ゲハハハハハハ……ゲァ――――ッハッハッハッハハッハハハハッハハハァ!!!」

ロボが迫り来る。
群れの狼を「匿う」事が目的なら、ロボはシロにそうしたように彼を捕らえ、食い殺すつもりなのだろう。
その過程にはもしかしたら、不遜な態度に対する教育が混ざるかもしれないが。
だとしても、まず捕まえる。全てはそこから始まるはずだ。
身長の差から、ロボは必ず前屈姿勢になる。
その足元に、飛び込めば。
軸となる足に強い力を加えられれば……冷静さを欠いたロボならば、転ばせられるかもしれない。
もしそれが上手くいけば。
送り狼……夜闇と自然への畏れの象徴。逃れ得ぬものと定められた、その力を発揮する事が出来れば。
……皆をこの場から送り出す時間くらいは稼げるかもしれない。

「……違う。僕はもう、何も願ってない。願っちゃ駄目なんだ」

諦念を帯びた呟きと共に呼吸を整え、ちっぽけな狼犬が立ち上がった。
疲れも痛みも、不思議なほどにまるで感じなかった。
そうあれかしと願ったからだ。何も望まないモノになりたいと望んだから。
ただ死ぬまで、転ばせて、襲いかかる。それだけのモノになりたいと。

「だけど……出来る事なら、アンタは僕が殺してあげたいよ。
 アンタは、まさしく狼の王だ。僕なんかとは違う、すごい狼だよ」

だが例えロボが、目前の狼犬の不遜に怒りを抱いていたとしても。
真正面から無策で突っ込んで、その腕を掻い潜る事は不可能だろう。
策が必要だ。だが牙と爪しか武器を持たない狼犬では、取れる策など限られている。

「だから、そのままでいるなんて……あんまりだ」

それでも狼犬は床を蹴り、前へ踏み出した。
その姿が一瞬、夜闇に紛れる。
……ずっと恋い焦がれてきた狼に、彼は巡り会えた。
拒絶され、だがそのお陰で狼でもすねこすりでもない自分を認める事が出来た。
しかし……彼は結局その狼を、シロを守れなかった。
彼は狼になれなかった。ただの雑種が狼になれるかもしれない機会を、完膚なきまでにしくじったのだ。
……だからもう、かつて抱いていた「拘り」は、必要ない。
彼が再び夜闇の中から姿を現した時、彼は既に狼でも、犬でもなかった。
人の輪郭に、夜色の毛皮を纏った妖怪がそこにいた。
ただの狼では、ロボの魔手を捌く事など出来ない。出来ないのだから警戒する意味はない。
だが今の彼には、人と同じ腕がある。
無造作に伸ばされただけの手ならば、払い、あるいは捌く事が出来る。
それが叶えば、後はロボに軸足に飛びつくだけだ。
転ばせて、襲いかかる。それだけを、自分の命が尽きるまで繰り返すだけだ。
0202御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/09/10(日) 08:57:45.34ID:ugGZVNde
>「じゃ、足の速いあたしが取って来るから、その狙撃方法が有効かどうかはあたしが取ってきてから試すとして……」

「あの距離を走って!? そんな無茶な!
こういう時はフレンズの力を借りるのさ――なんかバス型になれる化け猫とかいたような気がするし!」

確かにターボババアは走ることに特化した妖怪だが、マラソン走者というよりも最高速度が売りの短距離走者のイメージがある。
誰かが車を出せば済む話だが、ノエルは免許を持っていない。そもそも公共の安全を考えるとこんなのに免許を渡してはいけない。
尾弐は忙しそうなので、設定上存在する他のメンバーに協力を仰いでみることとする。
とはいえ、橘音がいない今、公式に依頼することはできない。
メンバーの中で気の向いた者が参加している非公式グループ「化け物フレンズ」を起動。
ブリーチャーズのメンバーは厳選されているはずなのだが、このライングループには「橘音は何を思って入れちゃったんだろうか」という
万年補欠達ががたくさん参加している。

ノエル<鳥居を即刻遠野から東京まで運びたい 適任者モトム! 報酬はSnowWhiteでの飲食がしばらく無料!

所詮は万年補欠達の雑談用グループ、未読スルー既読スルー「めんどいから無理」のオンパレードであった。OTLのポーズで落ち込むノエル。
そもそもあの宿は普通に行って行けるものなのだろうか。
不思議なダンジョン状態で行く度に道が違ったり特殊な結界に阻まれて普通にはたどり着けないなんてことは……
と、迷い家で取ってきた手作り感満載のパンフレットを見ると、普通に電話番号と番地が書いてあった。

「えっ、普通に電話あるんじゃん!」

徒歩用ポータブルナビに番地を入力すると、地図は何も無い山中を指し示した。

>「御幸は寝てんだぞ? 今日の御幸は冴え過ぎてる。もしかしたら熱でもあんのかもしれないからな」

「気を付けてね、何かあったら電話して」

結局、祈に徒歩用ポータブルナビと多めの行きの交通費を持たせて送り出したのであった。
祈の姿が見えなくなるまで見送った後、何を思ったか乃恵瑠の姿になって、かき氷器を回し始める。
そこに上の階からカイとゲルダがやって来た。

「あれ? 姫様、そっちの姿で作ってるなんて珍しいですね」

「いただきまーす!」

カイは見た目はいつもと変わらないかき氷を、乃恵瑠が制止する間も無く食べてしまった。
そして一瞬微妙な顔をして固まってから言い訳を始める。

「えーとですね、不味いわけじゃないんですけどいつもより粒が大きいというか何というかやっぱ不味いというか」

「結局不味いって言ってるじゃねーか!」「いいじゃん変態だしノエルだし」「変態でもノエルでも露出魔でも一応姫様だから!」

かき氷がまずいのは、妖力の出力が大きすぎて精緻なコントロールが出来ていないからだ。
乃恵瑠は常に無い深刻な顔をして次のかき氷を作っている。従者達もただならぬ様子を察したようだ。

「姫様……?」

「うちの店って客層に特定の趣味の方々が多いじゃん。
そこで時々双子の姉という設定でクールビューティー美女の姿で出ることでそっち方面にも客層を広げようと思ったんだけど……。
全然上手く出来ない! ああ、このままでは特定の趣味の方々専用の店というイメージが付いてしまう!」

もちろんそれは嘘、とも限らないが少なくとも主な理由では無く、ロボの力を目の当たりにしたことで
ノエルの姿で出せる妖力ではこれからの敵に対抗しきれないと考えに至り、力を制御できるように練習していた、というのが真相である。

「焦りは禁物です。いつか必ず出来るようになりますから――」
0203御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/09/10(日) 08:59:06.27ID:ugGZVNde
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0204御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/09/10(日) 09:01:05.73ID:ugGZVNde
そんなことをしているうちに、祈が無事に天神細道を持って帰ってきた。それだけではなく、お土産を貰ってきたとのこと。
それはきっと、祈が一人で来たことによる富嶽の出来心のようなもので、祈が取りに行くことになったのは結果的には良かったのかもしれない。

「へえ、インラインスケート!? いいなー!」

風火輪を箱から取り出してためつすがめつして見るノエルが、一瞬だけ顔を曇らせたのに祈は気付いただろうか。
妖具には誰でも使える便利な秘密道具のような物と、使用者の妖力を容赦なく食らう扱いの難しい、ともすれば危険の伴うものがある。
強力な戦闘用の妖具などはほぼ例外なく後者で、これも例に漏れず後者であった。
実際、クリス戦においては橘音すらも妖具の連続使用によりケ枯れ寸前に追い込まれたのだ。

『いざって時はあたしが何とかするから、心配すんな』

病院からの帰り道で、シロが命を落とす可能性を思い不安を見せてしまった時に、祈が言ってくれた言葉を思い出す。
すでに何百年単位の時を生きた制御しきれぬ強大な力を持つ魔物である自分に、妖怪基準ではまだ生まれたばかりの半妖が。
一点の曇りもなく言い切った。それが祈の最大の強さであり弱点。
彼女の性格では、こんなものを与えられては、限界を超えて使ってしまいかねない。
富嶽のじーさん、何も考えずに渡してないか!? と思うノエルであった。
母親の颯は使いこなしていたから大丈夫だろうという理屈かもしれないが
単純に考えて祈よりは妖怪の血が濃い上に、彼女が妖怪的な年齢だったか人間的な年齢だったかは知らないが、
どんなに若かったとしても人間基準での成人はしていたはずだ。
かといって、一度渡してしまったものを今更取り上げるわけにもいかない。

「強力な妖具って諸刃の刃なんだ。ずっと履いてると危ないから気を付けてね」

そう注意するに留めるノエルであった。
さて、本題の天神細道であるが、その使用条件は思った以上にガバガバであった。
物体のみの移動も可能で、入力はふわっと思い浮かべるだけ、出力は正確無比という願ったり叶ったりの仕様だ。
やわらかいボールを使って二人で的役と狙撃役を交代しつつ実験をしたのだが、素早い祈も全く避けることは出来なかった。
ゼロ距離でいきなりボールが現れて気付いた時には当たった後なのだから、素早いもへったくれもなく身体能力以前の問題である。

「やった、やったよ――これで勝る! あとは橘音くんが弾丸を持ってくるのを待つだけだ!」

もう満月の夜を待つ必要すらない。
勝利を確信し、祈とハイタッチしつつ狐面探偵七つ道具って凄いなあ!と改めて思う。
この狐面探偵七つ道具、ブリーチャーズ結成時に様々な大妖怪から借り受けたものらしく、各種族の妖怪の長は超強力な妖具を保有している場合が多いようだ。
そういえばお母さんは記憶を抜き取ったり封印したり抜き取った記憶を他の人に渡したりする
色んな意味でヤバい杖を持っていたなあ、と他人事のように思うのであった。
記憶操作は閉鎖社会やディストピアの基本である。
0205御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/09/10(日) 09:02:15.02ID:ugGZVNde
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0206御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/09/10(日) 09:04:08.97ID:ugGZVNde
そして現在。まさか、まさか弾丸が来ないだなんて誰が予想できようか――
それでも容赦なく状況は進む。シロは逃げる気配は無く、ポチに歩み寄ってくる。
動物の言葉が分からないノエル達から見れば、協力依頼がが成功したようにしか見えない状況。
少なくとも表向きは、全てが完璧に作戦通り。ただ銀の弾丸だけが無い――
それでも今ある物で作戦を遂行すべく、ノエルと尾弐は近くで様子を伺い、
祈は少し離れた場所で天神細道とお手製の弾丸もどきを持って待機している。
ぼったくられた結果と思しき物品を披露するノエルを見かねた尾弐が銀食器を渡してくる。

>「……お前さんがそれを幾らで買ったのかは聞かねぇ方が良いんだろうな。とりあえず、これ持っとけ」
>「食器屋で買った銀のナイフとフォークだ。弾丸じゃねぇが、西洋妖怪に対してなら牽制にはなんだろ。
 奴さんたちの文化じゃ、銀はそれ自体に退魔の効果が有るみてぇだからな
 ……一応言っとくが、結構高かったから大事に使ってくれよ?」

「ありがとう! ……無事だったとしても流石にこれに使用後ので肉食べる気にならないだろうし後で買って返すね」

銀には退魔の効果があり、西洋ファンタジーにおいては精霊と相性が良いとの設定もよく見受けられる。
ノエルの氷の呪力付与による強化と組み合わせれば、多少の武器にはなるかもしれない。
そして――ついにその時は来た。徐々に近づくシロとポチの距離が無くなる寸前、ポチが警告を発する。

>「ノエっち!尾弐っち!来るよ!」

>「何をしてやがる……?このワンコロがァ!『オレ様の女房』に!!」

ゆうに三メートルを超える巨体が、 隕石のようにビルの屋上に降り立った。

>「グルルル……。迎えに来たぜ、ブランカ……もう我慢できねえ、我慢なんざできっこねえ。おまえの姿を見ちまった以上はな……!」
>「妖怪大統領なんざ知ったことか。オレ様は欲しいものを手に入れる、今度こそ……」
>「――『おまえを守ってやる』、ブランカ――!!!」

絶体絶命のピンチだというのに、その様子はあまりにもクリスに似ていて、胸が苦しくなる。
妖怪に対してですら毒となる濃度の妖気――すなわち瘴気がロボの全身から噴き出す。
ノエルにとっては毒だが、厄災の魔物である深雪なら瘴気は平気だ。だから余計都合が悪い。
耐え切れなくなったら出てきてしまう。

>「ガルルルルルォォォォォォ――――――――――――――ン!!!!」

並の妖怪ならそれだけでケ枯れ必至の死の咆哮をものともせず、ポチはシロの前に立ちふさがる。

>「彼女が君のものだった事なんて、一度もないだろ。
 すっこんでろよ。この子は……僕が守るんだ」

>「イロガキがァァ……人様の女房に色目ェ使いやがって、どうなるか分かってンだろォなア!?」
 「ハラワタァ引きずり出して、このビルの屋上から吊り下げてやるぜ!カラスのエサにもなりゃァしねェだろうがなァ!!」

銀のフォークに凍気の妖力を付与し、ダーツのように投げる。
本来なら、並みの妖怪なら軽く先端が刺さっただけで全身が凍結するほどの凶器だ。
しかしロボ相手では、ほんの一瞬ポチから目を逸らさせることが出来れば御の字だろう。
その僅かな隙を突いてポチが相手の目を狙うも、事もなげに拳で射ち落とされて地面を転がる。
それでも何度も起き上がっては立ち向かうポチ。それをノエルは成す術もなく見ているしかなかった。
といっても本当に何もしていないわけではなくもちろん氷柱や氷付与食器による攻撃はしているのだが、ロボにとっては無意味に等しいのだ。

>「ゲァッハッハッハハハハ――――ッ!!雑魚が何匹集まったところで、オレ様に勝てるワキャねェだろォがよォォォォ!!!」
>「サル知恵がァ……ちょいと考えてきたとは言ってもその程度かよ!そんなンじゃァ……オレ様は止められねェなアアア!!!」

「橘音くんはサルじゃなくておたんこナスのキツネだ! どうせ今頃ナイスな登場タイミングを見計らってるに違いない!」

その言葉は単なる虚勢ではなく、橘音はきっと来る――ノエルはそう思っている。
0207御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/09/10(日) 09:10:25.31ID:ugGZVNde
≪興が乗らぬな――我が器よ。気付いておるか。奴は妖壊ではない≫

深雪が意味不明な戯言を言い出した、と思うノエル。
ノエルは《妖壊》を、退魔業界において討伐対象となる人間に害成す妖怪を指す、極めて実務的な言葉として認識している。

≪それは人間どもの都合で歪められた後の定義だ。さては妖壊の本来の意味も知らぬのか! 知らぬなら教えてやろう! 
その名の通り壊れた妖怪――つまり、その妖怪の本来の性質、そうあれかしと思われた道から外れた妖怪のことだ!
つまり……あやつも我も妖壊ではない! それどころか人に望まれた姿を最も忠実に体現する純粋な妖怪なのだ。
自然の恐怖の化身が人間をぶっ殺したり大災害起こして何が悪い!≫

深雪は、厄災の魔物は《妖壊》ではないという、とんでもない新説をぶちあげた。
深雪説とノエル説は、ともすれば真逆の意味にもなりかねない定義。妖怪とは本来人を恐怖させる存在であるからだ。
しかし現代では多くの妖怪が存在の存続のために人間社会に折り合いをつけている生きているため、
結果的に両者は多くの場合重なっているのかもしれない。

>「すっこんでろォ―――ゴミどもォォォォォォォォォ!!!!!」

ついにポチが立ち上がれなくなる。

>「に、逃げろ……」
>「頼むよ……逃げてくれ……」

息も絶え絶えに訴えるポチ、しかしシロは逃げる気配は無い。
ノエルは祈に天神細道を使ってシロを強制的に逃がすように言うべきか迷った。
ロボがその効果を見てしまい、天神細道を用いたゼロ距離射撃という当初の作戦が通用しなくなるかもしれない。
逡巡している間にも、ロボはシロに近づいていく。

>「……ブランカ……悪かったな……。ああ――何もかも。オレ様が悪かったんだ……」
>「オレ様が油断していたから……。隙を見せたから……。人間なんぞ恐るるに足らねえと、奴らを侮っていたから……」
>「もっと、おまえらの行動に目を光らせておけばよかった。片時も目を離さないでいればよかった……」
>「おまえらを、もっと安全な場所に匿っておけばよかった……」
>「だが、もう大丈夫だ。わかったんだ……あれから。オレ様はあのとき、どうすべきだったのか――」

その声音は、心底シロを守りたいと思っているようで。
彼は肉食獣の恐怖の象徴で、同時に同族を命を懸けて守る狼の王で、どこまでも純粋にそれを貫いてきた。
唯一壊れていると言えなくもないところは別人のシロをブランカと思いこんでいることだが、それすらも。
実は本当にそうなのだとしたら。例えば、シロがブランカの生まれ変わりなのだとしたら――
そんなことを思ってしまって。
また、自分から仲間や望む姿は奪い去っても命だけは徹頭徹尾守ろうとしてくれたクリスと重ねていたこともあり。

>「――『一番安全な場所が、どこなのか』――」

油断しきっていた。
ロボはシロに危害を加える事だけはないという思い込みから、守るべき存在に対するにしてはあまりにも扱いが粗雑であることに気付けなかった。
興奮したロボは何をするか分からない、作戦開始前には確かにそう警戒していたにも拘わらず。

>「……おい。何やってるんだよ、お前……」
>「ああ、心配するなよ……ブランカ。これからはもう、ずっと一緒だ。もう二度と、誰もオレ様たちを引き裂くことはできねえ」
 「オレ様たちは――『ひとつになるんだからな』――!!!」
>「何を……待て、待てよ!やめろ!なんでそんな……」
>「夢が叶った……、妖怪大統領サマサマだぜ!もう、オレ様たちはずっと一緒だ……愛してるぜ、ブランカァァ……!!!」

一瞬、何が起こっているのかを認識できなかった。
気付いた時には、変わり果てた姿で打ち捨てられたシロの傍らで、ポチが嘆いていた。
ロボが行きついた結論は、シロを食べることである意味文字通り一つになることであった。
0208御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/09/10(日) 09:11:54.51ID:ugGZVNde
>「う、あ……そんな……あぁ……僕の、僕のせいだ……」
>「僕が命をかけるなんて言ったから……覚えていて欲しいなんて、思ったから……」

「ポチ君のせいじゃないよ……ポチ君はよくやってくれた」

>「ノエっち。尾弐っち。……実はね。僕はさっき、この子に逃げろって言ってたんだ。
 山に帰る道しるべを用意して、後の事は、全部僕に任せろって。
 僕がそうして欲しかったから。橘音ちゃんが、皆が、あの爺さんにどんな罰を受けても……そうして欲しかったんだ」
>「だから、だから……僕はもう、ブリーチャーズのポチですら、ないんだ。
 僕はもう……何も願いたくない。だけど……まだ、血が流れてるんだよ。
 ねえ、分かるでしょ。皆がここにいる理由なんて、もうないんだ……」

ポチがシロ捕獲の依頼を放棄してシロを逃がそうとしていたことを明かす。
それでも結果的にはポチが受け持つ部分の作戦はうまくいっていた事に変わりは無い。
そもそもこうなってしまった今となってはもはやそれどころではない。

「残念ながら退職届の提出先は今不在だ――! 自分だけ二階級特進なんて許さないぞ!」
0209御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc
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2017/09/10(日) 09:16:52.63ID:ugGZVNde
>「……よォ……。よく見たら、おまえもオオカミじゃねェか……。オレ様の群れのヤツだな?去年生まれた……ヴァレーの仔か……?」
 「おまえも来い、ここは危ねェ……オオカミを狙ってくる人間がたくさんいるからな……。オレ様が守ってやる、オレ様が……」

「話は後だ――次は君が狙われてる! あいつ、狼全てを食い殺す気だ!」

≪気が変わった――力を貸してやるからリミッターを外せ≫

深雪が突然女装しろと言い出した。

≪前言撤回だ、あやつはぶっ壊れておる――気高き自然の守護者が自然の摂理に反し同族を食らうとは言語道断!
狼を食い尽くした後は犬科の動物、その後は全てのモフモフした動物を食い殺すつもりだろう。そなたが実家で飼っておる兎(※妖怪)もだ!
シロ殿を捕獲した暁には抱き着いて抱きしめてモフモフモフモフする予定だったのに許さぬぞ!!≫

ロボの中では食べる事で最も安全な場所に匿っているつもりなのかもしれないが、食べられる側はたまったものではない。
純粋な人間の敵――厄災の魔物だった彼は、今や守ろうとしたはずの同族に害成す《妖壊》に成り果てたのだ。
このままでは全世界からモフモフが消えるという恐ろしい事態になるという。(※深雪の拡大解釈)

≪何を躊躇っておるのだ、今回に限っては利害が一致しておるではないか。
何、心配せずとも乗っ取らぬわ。あの人間に目を付けられては我も都合が悪いからな≫

単純な話で、厄災の魔物である深雪は人間の敵で、狼は人間ではなく自然の側の存在だ。
モフモフした動物は雪の中でも元気に駆け回るためか、特に好意的に思っているようである。
"あの人間"とは尾弐のことを指しているのだろう。
覚悟を決めたノエルは、ダイヤモンドダストのようなエフェクトと共に、乃恵瑠の姿になる。

>「だけど……出来る事なら、アンタは僕が殺してあげたいよ。
 アンタは、まさしく狼の王だ。僕なんかとは違う、すごい狼だよ」
>「だから、そのままでいるなんて……あんまりだ」

闇から現れたポチは、人の輪郭に夜色の毛皮を纏った姿をしていた。それはきっと、彼がその姿を望んだから。
いつもは狼になりたいと願い、肉体を持つ動物の特色を色濃く残すポチだが、今はより概念的な存在に寄っているようだ。
しかし彼はここで死ぬつもりで戦っている。命をかけて戦うのと、死ぬつもりで戦うのは似ているようで全然違う。
乃恵瑠はポチとロボの間に氷の壁を作りだし、暫しの間だけロボの猛攻を阻む。

「ポチ君――シロちゃんは君を逃がそうとした。生きてほしいと望んだんだ」

夜色のポチを後ろから抱きしめ、氷の妖力を付与する。
いつもは武器に対してしているものだが、ポチが概念的存在に寄っている今なら直接の付与も可能だと踏んだのである。

「諦めないで。まだ勝機はある」

確かに銀の弾丸以外では、通常の方法ではロボを滅することはできないのだが。
自分の手でロボを殺したいというポチの意向には反するが、天神細道をくぐらせてどこかに放逐してしまえば勝てるだろう。
物体の転移が可能なのだから、理論的には可能だろう。とはいえ、あの巨体では普通に前から通すのは不可能。
天神細道を持って上から飛び降りる等して頭から通す必要がある。
それにはせめて一瞬、相手の動きを止めなければならない。
そんな事を考えているうちに、氷の壁を事もなげに破壊したロボが突撃してくる。

「――食らえ!」

ロボが大きく口を開け、死の咆哮を放った瞬間に、呪力をを付与した付与したナイフをロボの口の中に投げ込んだ。
それは厄災の魔物の力を使った魂を凍らせる呪い。
少しでも口内を傷つけることが出来れば氷の呪力が次第にロボを侵食し、動きが鈍くなってくるはずだ。
0210尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/11(月) 23:12:11.19ID:zko2muP4
その会話がどの様な結末に辿り着いたのか、獣ならぬ身である尾弐には聞き取れるものではない。
だが、それでも……その視界に映る光景から判る事はある。
孤高にして孤独であった白狼と、人に寄り添い生きてきた混じり物の狼。
二頭の距離は確かに縮まり、そしてその影は月光の中で重なろうとしていた。

その姿に尾弐は、思わず目を細め小さく笑みを作る。
だが、それも一瞬の事。

>「ノエっち!尾弐っち!来るよ!」

ポチの言葉と共に、『其れ』が現れるまでの事であった。
0211尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/11(月) 23:13:09.30ID:zko2muP4
>「何をしてやがる……?このワンコロがァ!『オレ様の女房』に!!」

息が詰まる程の膨大な妖気をまき散らし、吐き気のするような暴力の気配を纏いながら現れたのは、魔狼。

ジェヴォーダンの獣――――狼王ロボ。

>「ガルルルルルォォォォォォ――――――――――――――ン!!!!」

以前とは事なり、妖壊としての本性を露見させたロボは、
獣としての側面を露わにしながら、満月の夜の支配者である事を誇示するかの様に、禍々しい咆哮で大気を揺らす。

>「イロガキがァァ……人様の女房に色目ェ使いやがって、どうなるか分かってンだろォなア!?」
>「ハラワタァ引きずり出して、このビルの屋上から吊り下げてやるぜ!カラスのエサにもなりゃァしねェだろうがなァ!!」

「……ワンワンうるせぇよ、今何時だと思ってんだ化物。腹かっ捌いて石詰めてから東京湾に沈めんぞ」

だが、その吹き荒れる殺意を前にしても尾弐は揺るがない。
それは理解しているからだ。

ここで呑まれれば、敗北する事を。
そうなれば眼前の妖壊は、この場のブリーチャーズ全員の命を噛み砕くであろう事を。
故に心を凪の様に沈め、尾弐は、猟銃……PSG-1と呼ばれるそれの銃口を狼王へと向ける。


そして、月下の戦いが始まった。


―――――
0212尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/11(月) 23:14:11.22ID:zko2muP4
「チッ!やっぱし、前より硬ぇか……っ!」

ロボの脇腹に向けて放った回し蹴りを左腕一本で受け止められた尾弐は、
お返しとばかりに放たれた鋭利な爪による一撃を、上体を逸らす事でかろうじで回避した。
そのまま後方へと跳躍すると、ノエルの銀食器による氷のダーツとポチの連撃の隙間を縫い、右腕に持った猟銃の引き金を引く。
火薬の炸裂音と共に放たれた弾丸は狼王の肩に直撃する……だが、その堅牢な皮膚を貫く事無く床へと落ちた。

「これもダメか――――狩猟の概念じゃ、こいつ相手にゃ弱ぇ訳だ……っと危ねぇ!」

……威力だけで言うなら、単なる銃弾は尾弐の肉体でも弾けるものであり、狼王に通じる筈はない。
それでも尾弐が猟銃を用いたのは、銀の弾丸のように『狼は猟銃で狩るもの』という概念を以って狼王に傷を付ける為だ。
だが……実際に試した所、その効果はほとんど無かった。
『数多の猟師を以って仕留める事能わず』という伝承の影響か、或いはそれ以外の何かによって無効化されてしまっている。

(しかも、避けるんじゃなくて受け止めたって事は……奴さん猟銃を、銀の弾丸を畏れてねぇのか?)

更には……満月の夜に対する興奮からか、眼前のロボには『銀の銃弾』に対する警戒が薄くなっている様に感じられた
これは、尾弐の見込んだ猟銃の優位の二点目。
即ち、『銀の弾丸への警戒』を用いた牽制の失敗も意味している。

今回の戦いを想定した時に、尾弐は自身が種族としての弱点である菖蒲や煎った豆を警戒する様に、
高い知性を持つ狼王ロボが自身の致命の弱点である『銀の弾丸』を警戒しない訳が無い、そう考えていた。
故に、逆にそれを利用して牽制とし……更には、銀の弾丸の真の射手を隠すデコイにしようとしたのであるが、
射撃に対する警戒が無いという事は、満月が狼王ロボへ与える影響は予想よりも大きかったのであろうか。

続く攻防の中でも思考を巡らせる尾弐。
だが、狼王はその僅かな隙を獣の嗅覚で嗅ぎ取り、薙ぎ払う様に拳を振るう。

>「サル知恵がァ……ちょいと考えてきたとは言ってもその程度かよ!そんなンじゃァ……オレ様は止められねェなアアア!!!」

「くそ……っ!」

とっさに両腕を交差させ受け止める尾弐であったが、圧倒的な膂力により、射程にいたポチごと吹き飛ばされてしまう。
床を転がり、持っていた猟銃は手から離れ、腕には鈍い痺れが残るが……前回とは違いまだ戦える。
そう思い、再度視線を前へと向けた尾弐は、己の失態を悟り息を飲む。

>「……ブランカ……悪かったな……。ああ――何もかも。オレ様が悪かったんだ……」

狼王ロボは、ニホンオオカミであるシロの直ぐ傍に立っていた。
そして――――彼を妨げる者は、誰もいない。

狼王ロボがシロに向けているのは、間違いなく慈愛の表情で、家族を守りたいという暖かな感情だ。
投げかける言葉も、シロを傷つけようなどとは微塵も思っていない優しい声色である。
だからこそ、その姿にノエルやポチは一種の希望を持った事だろう。

だが、尾弐は。
この場において、妖壊に欠片の信用も慈悲も持たない尾弐だけは、その結末を想起していた。
そして、そうであるが故に立ち上がり歩を進めようとするが――――もはや、手遅れであった。

>「だが、もう大丈夫だ。わかったんだ……あれから。オレ様はあのとき、どうすべきだったのか――」
>「――『一番安全な場所が、どこなのか』――」

肉を噛み砕く音と同時に、闇夜を鮮血が奔る。
何処までも深い赤色の発生源は、美しい白色のニホンオオカミで……変わり果ててしまったその腹から続く
赤い液体の線は、純白の毛皮を染めながら狼王の口元へと続いている。

そう……喰らったのだ。狼王は、己が愛する妻であると思い込んだシロのハラワタを。
0213尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/11(月) 23:14:49.15ID:zko2muP4
>「ゲァハハハハハハハ……、ハァ――――ッハッハッハッハッハッハッハッハァ――――!!!!」
>「……おい。何やってるんだよ、お前……」

ポチの制止の声は届くべくも無く、狼王ロボはシロの命を喰らうと、残った肉体を粗雑に放り投げた。
……これだけの傷を受ければ、もはや生きてはいまい。
狼王の哄笑が響く中、誰もが呆然とその場に立ち尽くす。
そんな中で、尾弐の耳に絶望の混じったポチの声が届く

>「う、あ……そんな……あぁ……僕の、僕のせいだ……」
>「僕が命をかけるなんて言ったから……覚えていて欲しいなんて、思ったから……」
>「ポチ君のせいじゃないよ……ポチ君はよくやってくれた」

「……お前さんだけの責任じゃねぇよ。俺を含めたここに居る全員の失策だ。すまねぇ」

その懺悔の言葉に、ノエルが慰めの言葉を掛ける。
対して尾弐は、この場の全員の失策であったと敢えて責任が無いという優しい言葉を切って捨てた。
それは、尾弐がポチを大切に思っていないから――――ではない。
東京ブリーチャーズの仲間として大切に思っているからこそ、尾弐はポチ含めた自身達の責任を認めたのである。
何故なら……誰もポチの非を認めなければ、ポチは自分を責める事すら出来なくなってしまうからだ。
自分を責められないという事は、永遠に自分を許してやれないという事でもある。そんな重荷を、尾弐はポチには背負わせたくなかった。

故に、疎まれる事を覚悟で尾弐はそう言葉を吐いたのである。

>「ノエっち。尾弐っち。……実はね。僕はさっき、この子に逃げろって言ってたんだ。
>山に帰る道しるべを用意して、後の事は、全部僕に任せろって。
>僕がそうして欲しかったから。橘音ちゃんが、皆が、あの爺さんにどんな罰を受けても……そうして欲しかったんだ」
>「だから、だから……僕はもう、ブリーチャーズのポチですら、ないんだ。
>僕はもう……何も願いたくない。だけど……まだ、血が流れてるんだよ。
>ねえ、分かるでしょ。皆がここにいる理由なんて、もうないんだ……」

そして、ポチは自身の感情を纏める為かの様に語り出す。
己が東京ブリーチャーズの面々を欺き、シロを逃がしてやろうとしていた事を。
……それは、無粋な言い方をすれば裏切りである。
2つを天秤にかけ、東京ブリーチャーズよりもシロを選んだという答えである。
その言葉を受けた尾弐は暫く口を噤み……その間に、ポチは命を捨てる覚悟で狼王へと立ち向かう
犬でも狼でもなく、これまで一度も見せた事のない、人の姿を以って。

尾弐は、その背中に言葉を掛ける事が出来なかった。
何故ならば、ポチの選択はかつて尾弐がクリスとの戦いの際に取ろうとした選択と同質のものであったからだ。
大切なものの為に、大切な物を切って捨て、それでも尚失敗した。
かつて自分が選ぼうとした道。その答えの一つを前にして、尾弐には何も言う資格がなかった。
そのまま、文字通り命を掛けて立ち向かわんとする背中を拳を握りながら見送り――――
だが、そのポチの歩みを止めるものがあった。
0214尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/11(月) 23:15:56.83ID:zko2muP4
>「ポチ君――シロちゃんは君を逃がそうとした。生きてほしいと望んだんだ」

ノエルである。
誰をも傷つける事を良しとせず、ただただ純粋にポチに生きている事を望むその青年は、
その姿を女性のものへと変えると、ポチの眼前に氷壁を作り出す事で死出の行進を止め、その背中を抱きしめる。

>「諦めないで。まだ勝機はある」

彼はポチに語りかける――――生きる事を。勝てると。死んでほしくないと。生きろと、そう告げる。
その言葉がどこまでポチに届くかは判らない。
だが……尾弐には届いた。蹈鞴を踏んだ尾弐の足を、その言葉は動かした。

「……なあ、ポチ助。お前さんが自棄になるのは当たり前だけどよ……その前に、今すべき事を忘れちゃいねぇか?
 お前さんがすべきことは、諦める事でも謝る事でも、ましてや、あの化物を憐れんでやる事でもねぇだろ」

言いながら尾弐は、懐から銀色の紙に包まれた四角い物体を取り出すと、ポチによってバランスを崩したであろう狼王へと向けて走り出す。

「お前さんが今やるべき事は、するべき事は。テメェが惚れた女を不幸にしたクソ野郎をぶん殴ってやる事だろうが。
 ……作戦無視の仕置きは後回しだ。東京ブリーチャーズは関係ねぇ。今は、一人の男としてお前さんを手伝ってやる。だから」

だから生きろ。怒りを燃やせ。生きて目の前の化物に牙を向け。

最期まで言葉に出す事無く、尾弐は狼王の巨体の前へと立ち塞がる。
直前にノエルが口腔へ向けて放った、呪力を付与したナイフ。
それが口腔まで届いたのか弾かれたのかは、疾走していた尾弐には判らない。
だが……それが隙を生んだ事は判る。
ナイフと、執拗に耐性を崩し襲い掛かるポチに対処すべく、僅かに口を開いた狼王ロボ。鋭利な刃の様な歯が並ぶその口元へ

「おい、オヤツをくれてやるよ犬っころ」

尾弐は、自賛した銀紙につつまれたソレを――――手に持った『ただのチョコレート』を叩き込んだ。
0216尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE
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2017/09/11(月) 23:17:53.30ID:zko2muP4
……人間と犬の歴史は長い。
敵対者として。狩猟のパートナーとして。そして家族の一員として。
二つの種族は、それこそ一万年以上を共に歩いてきた。
そして、互いの理解を深め合うその歴史の中で、人間は犬の生態について様々な事を学んだ。
愛し方、躾け方、好きな遊び、好物、苦手な物……そして、食べさせてはいけない物。

『チョコレートは犬にとって毒で、食べると死ぬ』

チョコレートの原料であるカカオには犬にとって有害な物質が多量に含まれており、食べれば死に至る。
今や、地球上の人間でそれを知らない人間は少数であろう。
その知名度は、狼王ロボの伝承や、ジェヴォーダンの獣の伝承に比べて遥かに高い。
『かくあれかし』
人間の願いは妖怪に対して強い影響を持つ。
故に。銃弾をすら弾く強靭な肉体を持つ尾弐が、子供の投げる煎り豆で傷を負う様に。
狼男が銀の弾丸で致命傷を負う様に。
チョコレートは、狼に対して猛毒と化す。
狼王とはいえその根幹は狼であり、即ち犬の祖先である。そうであるが故に……

毒餌を含めたあらゆる罠を掻い潜った伝承を持つ狼王にも、これは、通じる筈だ

無論、所詮は食糧だ。吐き出されてしまえばそれで終わりである。
だが、狼王ロボは何が有ろうと胃の中身を吐き出す事だけは出来ない筈だ。
当然だ。それをしてしまえば……己が胃の中に納めたシロを手放す事となるからである。
失った妄想の妻と一つになる事を願う狼王には、それだけは耐えられまい。
噛み千切られる覚悟で狼王の口腔に左腕を突き入れる尾弐は、そのまま狼王の息がかかる程の近距離で、
その瞳を睨みつけながら、表情とは逆の感情のこもっていない言葉を叩き付ける。

「――――人間と犬の、1万3千年分の愛で死ね」

腕を食い千切られる覚悟で口に叩き込む猛毒(チョコレート)。
仮にノエルの呪詛のナイフと同時に胃に落とす事が出来れば、例え狼王であっても無視できぬダメージを与えらえられる事だろう。
そうなれば、例えここで尾弐の片腕が無くなろうと、祈やポチ、ノエルの攻撃で仕留めきれる筈だと、尾弐はそう考える。

……この時点で、尾弐は那須野の用意する銀の弾丸無しで狼王を殺し切るつもりであった。

長年の付き合いから、尾弐は那須野が真実を煙に巻く事はあれ、嘘を付く事が少ないという事を知っている。
ならば、約束の時間に那須野が居ないと言う事は……恐らくは何らかのトラブルに巻き込まれているのだろうと、彼はそう当たりを付けていた。
だからこそ、那須野が到着しない事を前提として、尾弐は立ち回る。
足りない戦略を、自身が流す血で補いながら。
0217多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/14(木) 20:18:17.67ID:lvOGLVTN
 祈は適当な所でタクシーを降りて、
迷い家までの道程を徒歩用ポータブルナビを確認しながら歩いていた。
>『気を付けてね、何かあったら電話して』
 ポータブルナビを見ていると、SnowWhiteを出る前にそんな言葉で祈を送り出してくれたノエルが思い出された。
(御幸は心配しすぎなんだよなー……)
 祈が一人で迷い家に行くだけだというのに、補欠のブリーチャーズ達に声を掛けたり、
今祈が持っている徒歩用のポータブルナビを用意して行き先を設定したり、
多めに交通費を渡したりと、心配して何かと世話を焼いてくれたのだった。
(ったく、こんなお使いぐらい簡単にできるってーの。あたしだってもう14だし、子どもじゃないんだから)
 実質何百年と生きているノエルから見ればほんの子供なのであるが。
 とは言え、その心配は分からないではない。
確かにターボババアは、短距離を最高速度で走り抜けることこそ本領とする妖怪である。
人間を超えた時速140キロという速度を出し続けるのは当然激しい妖力の消費を伴い、
ターボババアの厳しいしごきを受けた祈であっても、休憩せず最高速度で走り続けるのはせいぜい30分が限界と言った所だ
(それでも通常の人間と比べれば十分に脅威的な数字であるが)。
 そう、たった30分。時速140キロで30分走れば、走れる距離は70km。
いかに足が速いとはいえ、それで直線距離にして500kmもの距離をどうやって走破するのかと、ノエルは心配しているのだろう。
道に迷わないか、というのも多分にあるかもしれないが。
 だが、心配は無用なのである。
祈が一度家に帰り、鞄に入れて持ってきた大きめの水筒。これに迷い家の秘湯の源泉を汲んでいけば、
途中で妖力が尽きても補給ができる。
 それにターボババアだからと言って、何も常に全力で走らなければならないと言うルールはないのである。
学校で鎌鼬と相対したときのように速度を落として走ることもでき、
妖力を節約しながらマラソンランナーのように走れば、
時速80キロから100キロ程度を維持しながら長時間走り続けることが可能なのである。
故に秘湯の源泉で妖力及び水分を補給しながらならば、十分に走破できると祈は踏んでいるのであった。
 暫く歩いていると道は傾斜になり、景色は山か森か、というものに変わってきた。
方向感覚が狂い始め、何らかの力が侵入を拒むのを肌で感じる。
しかし記憶の通りに歩いていくと、やがて、さぁと風が吹き、途端に視界が開けた。
道がうねり、迷い家の玄関に続く一本道へと変貌する。
普通ならば入ることのできない、迷い家の結界の中に招き入れられたのである。

 祈が一本道を駆けていくと、迷い家の玄関先を箒で掃いている笑の姿を見つける。
「あっ。おーい! 笑さーん! こんにちはー!」
 声を掛けると、笑もこちらに気付いて、
>「あら、まぁ。祈ちゃん?」
 と、僅かに驚いたような声を上げる。祈が笑の目の前まで駆けて行くと、
まだ泊まる予定だった筈のブリーチャーズ一行が荷物を残していなくなってしまったので心配していたのだと聞かされた。
「ごめんごめん。ポチがどうしても待てないって言うから、一旦東京に帰ったんだ。
でも橘音もみんなもまたこっちに戻ってくる予定みたいだから、悪いけど荷物は置いといてくれると助かるかな」
 そこでふと周りを見回し、鳥居がない事に気付く。
「……あれ? ここに鳥居置いてなかった? あたしが潜れるぐらいの、なんかちっちゃいやつ。橘音の持ち物なんだけど」
>「鳥居?ああ……玄関先に置いてあった、あれ……。三ちゃんの持ち物だったの?ちょっと邪魔だったから、どけてしまったのだけれど」
 笑は右手を頬に添えて、困ったような表情を作って見せた。
「あー、邪魔だったよね。ごめんね笑さん。それで、あれってどこに置いてあるの? あたし、あれ持って東京戻らないといけないんだ」
 祈がそう言うと、鳥居の居場所は裏手だと、仕事もあるだろうに笑は案内してくれる。
裏手に回り、桶や樽などと一緒に積まれている鳥居を見つけた。
「あったあった。ありがと! じゃ、あたしはこれ持って帰るね!」
 そう言って、祈は頭上に鳥居を掲げるような姿勢で持ち上げてみた。
持ち上げてみると、重さとしてはちょっと大きなイスか脚立か、と言った具合。
妖怪の血を引く祈が持って走るのであればそこまで大きな負担ではなさそうであった。
 笑が仕事に戻り、では慌ただしいが秘湯の源泉を貰ったら帰るかと玄関に足向けると、
>「せっかく戻ってきたのに、すぐとんぼ返りか。忙しないことぢゃの、颯(いぶき)の仔」
0218多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/14(木) 20:22:01.92ID:lvOGLVTN
 背後で嗄れ声。「おわっ」と可愛らしくもない悲鳴を上げて祈が振り返れば、
杖をついた小柄な老人、ぬらりひょんの富嶽がおり、木箱を抱えた一本ダタラが富嶽に付き従うように立っている。
持ち上げた鳥居を降ろし、祈は富嶽に向き直った。
「なんだ、ぬらりひょんのじっちゃんか。びっくりさせんなよ」
 ぬらりひょんは勝手に人の家に上がり込んで飲み食いする妖怪。よって気配を消す術に長ける。
意図的かそれとも無意識か、ぬらりひょんの富嶽は気配を消して現れたのだった。
>「狼の捕獲はうまくいっとるか?たっぷり飲み食いさせたんぢゃからな、それに見合った働きはして貰わんと」
 そう催促して笑い、長い後頭部を揺らすぬらりひょん。
揺れる後頭部を珍しそうに眺めながら、
祈が「正直、上手く行ってないけど……上手く行くよう頑張ってる途中だよ」と答えると、
富嶽は老人がよくやるような、感慨深そうな、昔を思い出しているような表情を見せる。
話は終わりかと思い、祈が「そんじゃ、あたし行くから」とぬらりひょんに背を向ける。すると
>「それにしても……まさか、颯の仔が妖壊退治とはの。いや、血は争えんということか?」
>「あやつがよく許したものぢゃ。娘のあの……考えれば、孫に……など到底…………ぢゃろうに、の」
 こんな気になることを言う。思わずまた祈は振り返った。
後半は良く聞こえなかったが、颯の仔が妖壊退治とは、という部分だけははっきり聞こえていた。
「……母さんも妖壊退治してたってホント? ねぇ、ぬらりひょんのじっちゃん!
ばーちゃんも橘音も、誰も母さんのこと教えてくれないんだよ。なんか知ってるなら教えてよ!」
 なので食い付いてみるのだが、
おかしいな、急に耳が遠くなったので聞こえない、とでも言いたげなリアクションで躱されてしまう。
どうやら答えるつもりはないらしい。口が滑ったとでも思っているのかも知れなかった。
 ぐぬぬ、と祈がぬらりひょんを睨み、耳元でもう一回大声で聞いてやろうかと思っていると、
>「まあよい。颯の仔よ、折角来たんぢゃ。土産を持って行け」
 と先程の話題を切り捨て、代わりに別の話を切り出した。
 脇に控えていた一本ダタラが祈の前までやってきて、木箱を差し出してくる。
祈が受け取ってみると、木箱の中身は重いのだか軽いのだか、不思議と分からない。
「何が入ってんの?」
>「開けてみい」
 促されて祈が木箱の蓋を開けてみると、中には一足の赤いショートブーツが入っている。
靴底には車輪が4つ縦一列に並んでおり、それは所謂インラインスケートのシューズによく似ていた。
>「『風火輪』。履いた者の妖力を用い、速度を無限に上昇させる妖具ぢゃ」
>「扱いの難しい妖具ぢゃが、使いこなせば空を走ることもできる。かつて唐土のナタという妖が用いた妖具であり――」
>「……お主の母、颯が使っていたものぢゃ」
「……母さんが?」
 ナタが使用していた風火輪。無限の速度。空をも走れる。そんなヤバそうな物をなんであたしに。
驚くべき点、気になる点は多くあったが、祈が最も注目したのは、母がこれを使っていたことである。
こんな代物を使用していたと言うことは、やはり母は妖壊退治をしていたのだろうと、祈は思う。
>「お主の母は、それをうまく使いこなしておったが――お主はどうぢゃろうの?」
 悪戯めかして笑うぬらりひょんの目は、試すように祈を見ていた。
0220多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/14(木) 20:28:46.96ID:lvOGLVTN
 隕石のようにその影は落ちてきた。
大きな満月に照らされ、祈からはさながら影絵のように映るその姿は、冗談かと思える程に巨大だった。
3メートルか、4メートルか。体格が大きいはずの尾弐が、まるで子どものように見える。
 シロ達のいるビルの屋上に降り立ったその巨大な二足歩行の狼。
そいつは何事か言い捨てると、ビルをも揺らがせるかと思うような足取りで、ズンと歩を進める。
(止まらない――!?)
 シロへと向かうその歩みは止まらない。
 作戦通りならば、ここでポチとシロが夫婦になることで、あるいはそう見せかけることで、
ロボはショックを受けて棒立ちになっている筈だった。
しかしかの人狼がショックを受けている様子は微塵もない。
ということは、ポチは失敗してしまったというのか――。
 ただでさえ今宵は満月の夜。人狼が最も血を滾らせ、力を最大限に発揮する夜だ。
尾弐の拳が通用しなかったロボの肉体も最大限に強化されていると見ていいだろう。
銀を含んだ武器なら祈の手元にあるが、
『妻との絆』という弱点を突いて無力化ができなかったのならば、
あの完全なる人狼の頑強な肉体を貫いてダメージを与えるなど、どうすればできようか。
>「ガルルルルルォォォォォォ――――――――――――――ン!!!!」
 ロボの落雷のような咆哮が響き、『死』を予感した周辺住民がパニックを起こして逃げ出し始め、
祈ははっとする。
 四の五の言っている余裕はないのだ。
 戦いの火蓋は切って落とされた。シロを守る為に、仲間達はロボの圧倒的な暴力に抗い始めている。
ロボが脱力していようがいなかろうが、今目の前には仲間とその想い狼の危機があり、
そしてドミネーターズに名を連ねるロボを倒さねば、関係ない誰かが傷付くのだ。
(弱気になるなあたし! 銀でできたナイフで人狼を傷付けて、その結果倒したって話だってあるんだ。
だからちょっとの傷だけでも付けられれば――!)
 祈は振りかぶって、銀のアクセサリー自作キットなどを用いて弾丸に似せて作った、
“疑似銀弾”とでも言うべきものを投擲する。
祈の力に耐えうるスリングショットが見つからなかった為に手で投擲することになった訳であるが、
しかし、かつてコトリバコハッカイの頭蓋を砕いた祈の投擲力は相当なものである。
あの時から更に磨きがかかり、小さな疑似銀弾でも時速500km近い速度を出して飛ばせるようになっている。
しかし。鳥居に向かっていくら投擲し、ロボの背にぶち当て続けても、一向にダメージが入っている様子はない。
 小さな傷一つすら、ついているように見えない。
「くそっ……なんで……やっぱり駄目なのか……!? いや、純銀のナイフなら!」
 ロボが銀の弾丸であると認識すれば効果も上がろうと思い、作り上げた疑似銀弾。
だがそれは人が容易く捏ねて作れるようにと銀以外のものが混じっている。その混じり物の所為で銀の効果が弱くなっているのならと、
今度は純銀のナイフやフォークを引っ掴む。じゃら、と雑に掴まれた食器たちがぶつかり、音を鳴らした。
「おらぁああッ!!」
 そして更に力を込め、踏み込み、投擲する。
鳥居の先に映すロボは仲間達を蹂躙している。それを止めようと、その背に向けて。
それでも駄目なら、目に、鼻に、口にと。今度は生命としての弱点めがけて次々に投擲するが――当たっている様子がない。
 ロボの動きが早すぎるのだ。背などの大きな目標ならばまだしも、
目などの小さな目標では、目視しゲートを開き投擲する、という段階を踏む間に大きなズレが生じてしまう。
 クリーンヒットは一つもなく。投げども投げども人狼の進撃は止まらない。やがて祈の息が切れる頃には。
「くそ……はぁっ……あ――」
 探る手は空を切る。もう疑似銀弾も、銀の食器も尽きてしまっていた。
 そしてその時は訪れた。祈が最も回避したいと思っていた未来の一つが。
 ロボは仲間達を打ち据えて、威嚇するシロに近付くと、その首を掴んで持ち上げる。
更に、ロボと比べてしまえばあまりのも細いその首筋に――かぶりついた。
 ロボが何故そのような凶行に及んだのかは祈にはわからない。
祈が予想したように、シロはやはりブランカではなかったから殺そうと思ったのかも知れない。
だが何せ妖壊の考えることだ。
その行動理由はきっと説明されなければ、いや、されてもきっと、理解などできよう筈もなく――。
 満月を背にシロの喉を食い破り、その鮮血を浴びる人狼ロボ。
更に腹部に噛みついて、その臓物を引きちぎり。哄笑する――。
>「ゲァハハハハハハハ……、ハァ――――ッハッハッハッハッハッハッハッハァ――――!!!!」
0221多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/14(木) 20:40:07.77ID:lvOGLVTN
 また、守ることができなかった。
4日前と同じ、血の夜が繰り返されてしまった。
祈の見る世界が暗く歪み、滲む。
 が。それは瞬きをするよりも僅かな間に過ぎない。
 ブリーチャーズを守ろうとしてくれた優しい警官達。彼らのように強くありたい。
だから折れない。
 いざという時は自分が何とかすると、ノエルと交わした約束がある。
故に屈さない。
 何より、仲間の大事な想い狼を、みすみす死なせてたまるものかと心が叫んでいる。
「諦めてなんていられるか!」
 その目は死んでなどいない。
 祈は駆け、天神細道を潜って自らも仲間達のいるビルの屋上へと、ロボの背後へと移動する。
そして、ロボが用済みとばかりにビルの屋上に放ったシロを両手で優しく抱きかかえると、
自分が元いたビルへとすぐさま体を翻す。
 ロボはどうしたことか祈には見向きもしない。それを好機とばかりに更に勢いをつけて、ビルの屋上から――跳躍。
 目指すは天神細道だった。
もし今、命の尽きかけたシロをなんとかできる道が残されているとすれば、それは天神細道以外にないと思ったのだ。
だが、ビルからビルへの距離は100メートル近くもあり、祈の跳躍力でも届く筈はない。
このままでは失速し、落下するかに思われた。
 しかしその足には。

――『風火輪』。
一足のショートブーツの靴底で、計八つの車輪が激しく回転し、火を噴いていた。


上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二

――三日前。
「母さんが使ってた風火輪かー。へへっ、いーもん貰っちゃったな」
 そう言いながら風火輪に足を通す。
場所は人通りのない夜の公園。ベンチに座って靴から風火輪に履き替えた祈は、脱いだ靴を揃えながら、
母さんが使ってた奴ならあたしでも余裕で使えるだろ、だの、やってる人を見て楽しそうだと思ってたんだよね、だの。
そんなことを考えてワクワクしていた。
 立ち上がり、いざ滑るかと思った刹那。車輪が急激に回転し火花を散らし。
「は?」
 僅かに前進したかと思うと、振り上げた記憶のない右足が勢い良く跳ね上がっており、
勢いにつられた左足も滑り、地を離れる。天地が逆転する。
気が付けば祈は後ろ向けにすっ転んで、
プロレスで言う所のジャーマンスープレックスをかけられたような無様な格好になってしまっていた。
その際に後頭部をしたたか地面に打ち付けて、
(痛った……! 頭がぬらりひょんのじっちゃんみたいになっちまう!)
 痛みに悶絶し、ゴロゴロと転げ回る。手で探ればたんこぶができているのがわかった。
 その後、めげずに何度も走る練習をしてみて分かったことだが、風火輪はとんだ暴れ馬であった。
正しく表現するのなら“まるで言うことを聞いてくれない”、だろうか。
その性能をフルに発揮する為には莫大の妖力と繊細な妖力操作、そして人間を遥かに超えた身体能力が要求される。
高名な妖が生まれた時から身に着けていた宝貝だけあると言えよう。
 ロボとの決戦までの間に繰り返し練習を積み、なんとか走ったり止まったりというような基本動作は身につけられたものの、
複雑な動きはできず、武器としては未だ使えるレベルにない。
当然、ナタのように空を自在に飛ぶ事など祈にはできはしなかった。――なのに。

下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十士廿卞广下上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本
0222多甫 祈 ◆MJjxToab/g
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2017/09/14(木) 20:50:25.30ID:lvOGLVTN
「っだあああああああああ!!」
 空に二つの赤い線が奔る。それは風火輪の炎が描く軌跡だった。
祈の必死さがこの土壇場で、自在とは行かないまでも風火輪に空を駆けさせる。
軌跡は真っすぐに、祈が走るよりもずっと早く、天神細道の置かれたビルの屋上へと伸びていく。
 一秒が惜しい。もっと速く。そう思えば思うほど、風火輪の炎が激しさを増した。
(喉と腹を食い破られてまだ数秒、脳死まではまだ僅かに時間がある……!
内臓は食べられたけど心臓が残ってる、肺がある。血は足りない、喉が食われて呼吸ができない、でもまだ――!)
 意識なく、力尽きてだらりと口を開けたままのシロ。
その体は小さく痙攣を繰り返している。まだ生きている可能性が僅かでもあるなら。
(“シロを助けてくれるところへ”!)
 そう願いながら天神細道へ、急ブレーキをかけながら突っ込む。
祈が鳥居を潜ると、そこはどこか既視感のある場所だった。
「ここは――」
 こじんまりとしている、白基調の内装の建物の中に出たようだった。
清潔感のある消毒液の香りと、妖気の混じった独特の雰囲気には覚えがある。
そこは4日前に尾弐の傷を治すために訪れた妖怪専門の病院だった。
 その病院内でも、どうやら医師が待機する部屋にでも出たらしく、
夜食であろうか、胡瓜に味噌をつけて食べているフランシスコザビエル似の医者がそこにはおり、
突如現れた祈を見て驚愕していた。その見開いた目と祈の目が合う。
 シロが助かる希望はここにあるのかもしれないと思った瞬間、祈は叫んでいた。
「この子を助けて!!」
 この医者は河童である。
大怪我を治し、斬り離されてかなり時間の経った腕をも繋いだ伝説を持ち、
尾弐のぐちゃぐちゃになった内臓を瞬く間に回復させた“秘伝の軟膏”を所有している。
 そしてここは妖怪の病院であるから、仕事柄、動物妖怪を治療することもあるだろう。
故に、狼を診た事はないかもしれないが、動物の身体構造については詳しいと思われた。
 また、軟膏だけでなく様々な不思議な道具を揃えている可能性がある。
シロの足りない血液を、不老不死や不老長寿の伝説がある他の妖怪の血液、
例えば人魚やぬっぺっぽうの血などで補って、一時的に生命力を高めることだってできるかもしれない。
 更に、ムジナのように形状を変化させる術に長ける医者がいるならば、
食い破られた喉を一時的に修復して呼吸をさせたり、
血管を繋いで出血を抑えたりというようなこともできるのやもしれない。
 ともあれ、この医者が祈の叫びを聞いてシロを任されてくれるのなら、
祈は仲間の元へ戻るため、空を再び駆けようとするだろう。
この妖怪病院のある新宿区から、博物館付近の台東区まではやや距離があるが、
空という阻むもののない直線。加えて風火輪の速度。
2分もあれば仲間達の元へ辿り着けると思われた。
>『強力な妖具って諸刃の刃なんだ。ずっと履いてると危ないから気を付けてね』
 その言葉を祈に言った時、ノエルが抱いていた心配は当たっている。
祈は命を削ってでも、今も戦っている仲間達の元へ戻ろうとするのだろう。
0223那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI
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2017/09/18(月) 16:23:06.12ID:iyhRUKTM
……身体が、熱い。
呼吸がうまくできない。息を吸い、吐こうとするたび、ごぽごぽとくぐもった声が漏れる。鉄臭い液体が口の奥に溢れる。
腹部に鈍痛を感じる。重い痛みだ。そして熱い。暑い。痛い――

痛い?

……そうだ。思い出した。
わたしは、敗れたのだ。あの、月光をきらきらと弾いて佇む魔狼に。禍々しい月の使者に。
わたしは喉を食い破られ、腹を噛み裂かれた。致命傷だ、間違いない。
わたしがかつて縄張りとしていた山の中で、野兎や雉にそうしていたように。
“あれ”は――わたしの急所を破壊したのだ。

そうか。

これが、死か。

わたしは結局同族に巡り合うこともできず、一族の復興を遂げることも叶わず、ひとりぼっちで死んでいくのか。

嗚呼、それは、なんて悲しくて――

なんて、寂しいのだろう。

>う、あ……そんな……あぁ……僕の、僕のせいだ……
>僕が命をかけるなんて言ったから……覚えていて欲しいなんて、思ったから……

……?……

>ノエっち。尾弐っち。……実はね。僕はさっき、この子に逃げろって言ってたんだ。
>山に帰る道しるべを用意して、後の事は、全部僕に任せろって。
>僕がそうして欲しかったから。橘音ちゃんが、皆が、あの爺さんにどんな罰を受けても……そうして欲しかったんだ

あなた、は……。

>……本当なら、君を守れなかった僕に、こんな事する資格なんてない。
>だけど……これで、あの子の魂は今どこにあるのかな。アンタの中?それとも……僕の中にも?

あなたは。哭いてくれるのですか?悼んで……くれるのですか……?
あなたを拒絶した。仲間と認めなかった。
あなたの忠告を無視し、自業自得の死を迎えようとしている、こんな無様なわたしを――?

>ポチ君――シロちゃんは君を逃がそうとした。生きてほしいと望んだんだ
>お前さんが今やるべき事は、するべき事は。テメェが惚れた女を不幸にしたクソ野郎をぶん殴ってやる事だろうが。
>……作戦無視の仕置きは後回しだ。東京ブリーチャーズは関係ねぇ。今は、一人の男としてお前さんを手伝ってやる。だから

わたし自身の血のにおいに混じって、この人間――いいえ、人ならざるモノたちの感情のにおいが鼻腔を擽る。
それは、強い悲しみ。無尽の怒り。戦いの場にあって、激しく猛り狂う強い意識のにおい。
そして――
それら強い感情のすべてを包み込む、愛情のにおい。

……なぜ……。
なぜ、あなたたちは。姿かたちも、種族も。すべてバラバラに見えるのに、そこまで他人のために憤れるのですか?悲しめるのですか?


愛を。分かち合うことができるのですか――?
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