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ランカ「解ってる…どうせあたしの歌はヘタだって」
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0158創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 21:19:31.37ID:PQt6h00k


『伝えたいの……わたしたちは、あなたたちに……』



(この歌……アイモ)
切なくて優しくて、何かを求めるような……そんな音楽。

「アーイモアーイモ ネーィテ ルーシェ……
 ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……」

気付けば、あたしも歌っていた。
伝えたいの、あたしは……。あたしが、ここにいること……あなたが、ここにいることを……。
ねえ聴いてる?どうか、届いている?
血を流すことじゃなくて、争い合うことじゃなくて、憎しみ合うことではなくて……。


ただ、ここにいるよと、それだけを……。


視界の中ではきらきらと、悲しいくらい美しい光が瞬いていた。
人が、バジュラが、死んでいく光。それがいくつも、いくつも……。
怒りと憎しみに満ちた、破壊と殺戮のまばゆい輝きが。


(どうしてかな……悲しくて、たまらないよ……)

0159創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 21:22:45.05ID:PQt6h00k

ひゅ、と音がした、かと思うと、後ろに赤い機体があらわれていた。
触手を切り裂かれたからか、外の景色はもうわからない。
赤い機体はあたしを、まるい膜ごと抱きかかえた。戦場の音。
アルト君の機体が見える。その機体の矛先が、さっきまで一緒にいた大きなバジュラへと向けられるのがわかった。


「アルト君!!だめぇえええ!!!」


声は届かない。放たれたミサイルは炎を呼び起こし、バジュラを燃やしていく。
お腹が痛い。崩れ落ちそうになる。悲しくてたまらない。いくつもの炎が上がる。
逃げていくバジュラたちを追い詰める兵器たち。
光り輝き、幾重にも瞬く宇宙。
その景色だけを見れば確かにとても美しいのに、それなのにあれは人とバジュラの命の光なんだ。
……どうして、こんな風になってしまうんだろう。

『……何故、泣く』

あたしを助けてくれた赤い機体から、不愛想な声がした。

「わからない……わからないよ…………。どうして……?」

ただ、お腹の奥の方がじんじんと熱くて、……切なくて。涙が止まらなかった。
0160創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 21:23:18.55ID:PQt6h00k
「あ、あの……検査って、いつになったら、終わるんですか……?」
「もう少しです。」
「少しって……ずっとそればっかりじゃないですか!……戻ってから、誰にも会わせてもらえないし」
「クレームは貴方を隔離、検査することを決定した政府へどうぞ」
「……!」
やーな物言い!思わず、いぃーっ、と子供みたいな顔をすると、真正面から
「ちょっと見ない間に随分美人になったな」
とからかいまじりの声がした。
「アルト君……!」
0161創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:21:10.21ID:PQt6h00k
今の顔を見られてしまった、という恥ずかしさはあれど、ずっと誰にも会えなかったのでやっと知り合いに会えた嬉しさの方が勝ってしまう。
「良かったぁ、無事だったんだね!!」

大きな戦いだった、と聞いている。アルト君も病院という事は、怪我でもしたのかもしれない。
でも今こうやってぴんぴんしている姿を見て嬉しくなって、あたしはアルト君に飛びついた。

「……や、いやいや待てランカ、下!!」
「……?」
あたしはちょうど今検査着を着ているところで……それはとっても薄くてすぐに風にあおられてぴらぴらしてしまう頼りない素材で……そんな服で飛びついたりしたら、その、下の方が当然……見え…………。



「いやぁあああああ!!!」

0162創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:21:47.19ID:PQt6h00k
検査がひととおり終わった頃、シェリルさんも同じ病院に入院していると聞かされた。
暴動だ何だですっかり忘れていたけれど、そういえばシェリルさんが体調を崩して倒れたところがすべての始まりだったんだっけ。
アルト君とふたり、連れだってお見舞いに行く。
シェリルさんは全銀河の大スターだから、あたしが持ってきたようなちゃちな花束、喜んでもらえるかどうか解らないけれど……それでも手ぶらでいくのはいくら何でもなので、適当な花を見繕ってもらって持ってきた。
アルト君が病室のベルを鳴らす。
0163創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:22:24.22ID:PQt6h00k
「俺だシェリル、入るぞ」
『ちょっと待って!』
「どうした、具合まだ悪いのか?」
『……いいわよ、入って?』

短いやりとりの後、ドアが開く。
シェリルさんは病院のベッドにいるというのにまるで変わらぬ華やかさで、病室がどこか高級ホテルの一室に見えるように優雅に、余裕たっぷりと言った風にこちらを見ていた。
「シェリルさん……お加減、いかがですか?」
「ランカちゃん……」
シェリルさんはあたしを見ると、何故か複雑そうな顔をして、ちょっと目を逸らした。
でもそれも一瞬で、何もかも勘違いだったんじゃないかと思うくらいすぐにその表情を消すと、ちょっと外へ出ましょ、と悠然と微笑んだ。
0164創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:23:05.46ID:PQt6h00k
「いいのかシェリル?ちゃんと寝てなくて」
「いーのいーの。ずっと寝てばっかじゃ息が詰まるわ。……それにしても。無事で良かったわ、ランカちゃん」
「あ、はい、ありがとうございます!アルト君やギャラクシーのパイロットさんに助けてもらって……」
そうして何でもないような会話をしていると……。


『Baby どうしたい 操縦〜☆』


「あら、この歌……」
「!!嘘、どうして!?」
「オイ、これってまさか……」
「私たちのデートの時のよね?」
「で、デート!?」
0165創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:23:55.13ID:PQt6h00k
思わず反応してしまった。そして思い出す。
あたしなんかじゃ絶対にかなわない、と思った、まるで映画のように美しいキスシーンのことを。

(……でも、あの時のあたしは名もないただの女の子だった。今は違う。
 今のあたしは、超時空シンデレラ・ランカ・リーなんだから……!)

「ち、違うからなランカ!!……にしても、良く撮れてるな……」
「でもなんか……超恥ずかしい……」
「ふふ、結構素敵よ?初々しくて、夢見る乙女、って感じで」

(何だか、シェリルさんが余裕に見える……)

「あの、あたし、この頃は全然自信がなくて……でも、助けてくれたんだよね?」
アルト君を覗き込む。びっくりしたような顔をしているシェリルさんとアルト君を見て、あの紙飛行機、と言った。
0166創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:24:35.07ID:PQt6h00k
「あれ、アルト君だよね」
「見えてたのか……?」
「やっぱり!いつもいつも、ありがとね!!アルト君!」
「や、あれはただの偶然……」
「なら私にも言わせて?」
ちょっと負けん気の強そうなシェリルさんの表情が、割って入った。
「ライブの時も、この間の戦いの時も……ありがとう、アルト」
「シェリル……」

(むう……なんだかこの二人、いい感じになっちゃってる……)

あたしとシェリルさん両方から見つめられて怖気づいたのか、ちょっと困ったように目線を泳がせると、アルト君は俺も助けられたんだぜ、と言った。
「お前たちの歌にな」
「「歌?」」
「そう。サヨナラライブの戦闘でやられそうになった時、聴こえた気がしたんだ……二人の歌が」
0167創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:25:23.69ID:PQt6h00k
あたしとシェリルさんははた、と顔を見合わせると、二人して叫んだ。
「「うそ!?」」
「ホントに通じたの?」
「私たちの気持ちが……?」
嬉しくなって、思わずアルト君の手を握る。
「すごいすごい、すごいよアルト君!」
「いやランカ、ただの空耳かもしれないし……」


その時、凛とした歌声が耳に届いた。


「シェリル……さん?」
……すごい。病院の廊下でただ歌ってるだけなのに、まるでスポットライトがあたってるみたいに輝いて見える。
持っていないはずのマイクまで見えそうだ。
シェリルさんは歌いながら、アルト君の顎をそっとつかまえて、胸板をつうっと撫でる。
官能的な仕草にアルト君が赤面している。

(……あたしだって……あたしだって!!)
0168創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:26:18.88ID:PQt6h00k
あたしも負けじと歌いだす。

……あたしにも、シェリルさんみたいに、架空のスポットライトがあたってたらいいな。
両手でトライアングルを作って、アルト君をとらえる。
シェリルさんと二人、背中合わせになって、アルト君へと歌う。
遠くからざわめきが聞こえる。あれってシェリルとランカ・リー?みたいな。
ああ、あたしもシェリルさんと少しは、並ぶことが出来たのかな――


「っげほ、けほっ……!!」


「シェリル!!」
「シェリルさん!!」
「……ごめん、大丈夫だから……心配ないって、ね?」

アルト君は呆れたようにため息をつくと、だから大人しく寝てろって言ったのに、とぼやいた。
具合が悪いはずなのに、逆にこちらを気遣うようなシェリルさんの眼差しを見ていると、何も言えなくなってしまう。
どんな言葉をかけていいか迷っていると、――失礼ですが、と声をかけられた。

「ランカ・リーさんでいらっしゃいますね?」
「え……は、はい」


「大統領府より、貴女をお迎えに参りました」


「……あたしを……?」
そんなエラい人たちが、あたしに何の用なんだろう……。
0169創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:26:50.96ID:PQt6h00k
「は……初めまして!三島……主席補佐官さん……。でも、どうして政府が、あたしのためにプロジェクトチームを……?」
初めて見る三島というエラい人は、心の奥底が良く見えない笑みを浮かべて、それはね、と囁いた。
「君の歌が、バジュラに対する切り札になるかもしれないからさ」
「え……バジュラに?」
「紹介しよう。君のプロジェクトを支えるリーダーだ」
キイ、と扉の開く音がして……ヒールの音も高らかに、何度か見たことのある人影があらわれた。
0170創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 22:27:23.56ID:PQt6h00k
「ハァイ、ランカさん」
「グレイスさん!」

(グレイスさんはシェリルさんのマネージャーなのに、どうして……)

「それともう一人。以後、君のボディーガードとして行動を共にする……」
もうひとり、人影があらわれる。群青の服、首からぶら下げたハーモニカ、金色の髪、赤い瞳……。
「ブレラ・スターンだ」
「……えっ!?」


そこに立っていたのは、あたしの歌、アイモを知っていた――不思議な男の人だった。
0171創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 23:04:11.62ID:PQt6h00k
一応TV版最終回まで書きためてたんだけど、今見返したら1000までは無理そうだった
なので最終回後のアフターストーリーも入れたいと思います
最終回後はゆっくり投下になるかと思います
0172創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 23:04:42.98ID:PQt6h00k
授業中。……あたしはついつい、後ろの方を見てしまう。
それは他の生徒も同じだったようで(というか、他の子たちはあからさまにきゃあきゃあ騒いでいる)、壁を背にじっとしているブレラさんは、教室の中でイヤと言うほど目立っていた。
先生が困ったように、何とかならんのかねランカ君、と言う。

「す、すみません……できれば外で、ってお願いしたんですけど……」

当のブレラさんはぴくりとも動かない。……こうなったら多分もうダメだ。
きっと強情なんだろうなー、とか呑気なことを考えていたら、ばしん、と机をたたいてアルト君が立ち上がった。
0173創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 23:05:15.04ID:PQt6h00k
「目障りなんだよお前!政府の依頼だか知らないけど……部外者は出てけ!」
「待ってアルト君……!」
「お前には聞きたいことが山ほど…………うわぁっ!!」

ブレラさんに掴みかかった、と思った瞬間、アルト君はキレイに放り投げられた上にマウントを取られ、がっちり固められてしまっていた。
「やめてよブレラさん!」
「……自分は任務遂行を邪魔する人間を、実力で排除する権限を与えられている」
「そういうことじゃなくて!」
色めき立つクラスメイト達。ブレラさんもアルト君に負けず劣らずの美形だからだろうか、女子たちがきゃあきゃあ盛り上がっている。

(……あー、もう……)
0174創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 23:06:08.11ID:PQt6h00k
学校を早々に切り上げて、仕事への移動中。
ふかふかした座り心地がちっとも慣れそうにない車に乗りながら、運転するグレイスさんに話しかける。

「あの……あたしやっぱり、ボディーガードなんて……」
「邪魔でしょうけど我慢して?クライアントの意向なの」
「じゃ、邪魔って……わけじゃ……」

本人が隣に座ってるのに、邪魔です、なんて言えるわけない。
ますますちぢこまっていると、グレイスさんはひどく楽しそうに、歌うように言った。

「ランカ・リーを人々の希望の光に!比喩的な意味でも、実際的な意味でも、ね」
「……そんな大それたこと……あたしやっぱり、今まで通り、エルモさんたちと……」
「ごめんなさい、書類は見せたでしょう?貴女のマネージメントはあの会社から、私が引き継ぐことになったのよ。……政府の依頼でね」
「っでも、グレイスさんもシェリルさんのお仕事とか、あるし……!」
「ふふ。シェリルはまだ入院してるわ?戻ってきたところで、二人まとめて面倒見るくらいへっちゃらよ」
0175創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 23:06:49.90ID:PQt6h00k
ここまで言われると、……なにも言い返せない。
俯いてしまったあたしに、グレイスさんははい、と一枚のディスクを手渡した。
聴いておいてねと言われて、オオサンショウウオさんにディスクを入れる。

「セカンドシングルは、これで行きましょう」
(セカンドシングルって……あたしのファーストは、ねこ日記なんだけどな……)

手渡しでプロデュースするしかなかった日々。
今みたいにあらゆるメディアがあたしを取り上げてくれることはなくって、地味で地道な活動しかなかった頃。
……あの頃は、早く売れたい、って思ってたけど……今になるとちょっと懐かしいな。
まあ、街頭手渡しオンリーだったねこ日記より、全国のCDショップに並んだ星間飛行の方を世間はファーストシングルと言うのかもしれない。


(……それに正直、水着で手渡しよりも、暴動を鎮めた希望の歌、の方がファーストシングルとしてはカッコイイもんね)
0176創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 23:07:25.86ID:PQt6h00k
そんな事を考えながら再生すると、……どこか聞き覚えのあるメロディの、やけに勇ましいアレンジが聴こえてきた。

「これ……」
「貴女のあの曲、映画のテーマ曲になった奴ね。アレンジと歌詞をちょっとだけいじってみたの。……あら、気に入らないかしら?」


(アイモ……たった一つの、あたしの……曲を……)


大切な思い出の曲。それをアレンジされて、なぜだかあたしはモヤモヤした気持ちになった。
なんでだろう、あたしだって、街頭でシェリルさんの歌を歌った時は、早さや歌詞をちょっといじって歌いやすいようにしたりしてたし……カバー曲だって、今は良くある話なのに……どうして、こんな気持ちになるのかな……。

「唯一覚えていたものなのね。小さい頃の記憶がないのに」
「はい……」
「だから、映画のテーマなのにシングルカットされなかった。……でもね?だからこそ世に出したい、出すべきよ。それが貴女の唯一の思い出なら、なおさら」
0177創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 23:08:48.35ID:PQt6h00k





次から次へと舞い込んでくるお仕事。
慰安訪問、チャリティライブ、その他諸々。
相変わらずあたしの歌はヘタクソだし、数曲歌うと喉がダメになるからいつもバックで音楽を流して口パクだったんだけど、それなのに、あたしはどんどん持ち上げられていった。


……超時空シンデレラ。


あたしに不釣り合いなほど大行な二つ名だ。
ライブでみっともない真似をしなくてすんでいるのは、ひとえに修正済みのボーカル音源を流しているからに過ぎない。
本当のあたしは、音程だって安定しないし、高音はスカスカだし、歌詞はすぐに飛ぶし、踊りの振りだって間違えるのに、……多勢のスタッフたちが総動員で、『超時空シンデレラ』を作り上げている。

(これが本当に……あたしのしたかったことなのかな……)

そんな事を思う隙間さえないくらい詰め込まれていく仕事。
あたしが顔を出せばそれだけで人々は歓声を上げ、歌を流して踊って見せれば幾つものフラッシュが瞬いた。
疑問に思わない訳じゃなかったけれど、ステージで持て囃される快感は、何ものにも抗いがたいものだった。
0178創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 23:09:58.77ID:PQt6h00k
「上出来よ、ランカさん。今夜のニュースでも大きく取り上げられるでしょうね」
「……でも…、」
「でも、が多いわね。やっぱり信じられない?」

ちいさく頷く。何だか、地に足がついていないようなフワフワした感じがずっと続いている。
多勢の人があたしを知ってくれた。それはとても嬉しいことだし、物凄く喜ばしいことだ。
スポットライトを浴びて、沢山の人に褒められて。……すごく、気分がいい。

でも何だろう、……現実味が、ない。

「なら試してみましょう?貴女が本当に、人々の希望の歌姫たり得るのか」
「え……?」
「その歌を使って、ね」
0179創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 23:11:44.26ID:PQt6h00k

「アーイモ アーイモ ネーィテ ルーシェ……
 打ち鳴らせ いーま 勝利の 鐘を……」

セカンドシングルの収録中。
自分でも、うまくいかないのは解っていた。
発声が不安気でワンテンポ遅れるし、ロングトーンがぶれるし、そもそも音が外れてる。

どうしてかな。アルト君とふたりきりでグリフィスパークの丘でアイモを歌った時、あの時はなにも恐くなんかないって思った。
あたしがここにいることを、みんなに知らせたいって。
気持ちのいい風が吹いて、あたしの声が風にふかれて、どこかへ届いていくのがわかった。なのに……。
0180創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 23:12:31.77ID:PQt6h00k


音響さんや他のスタッフさんたちに匙を投げられて、もう夜遅く。
あたしは屋上に上がって、溜息をついた。
……全然うまくいかない。あたしの、たった一つの思い出の歌……アイモを歌う時は、いつだって、何かと繋がってる気持ちになれた。
なのに今は、なんだかひとりぼっちみたいだ……。

ふと、目の前にコーヒーのコップが差し出された。

「あ、ありがとう……ブレラさん……」
あんまりにも気配なく無言でいつも傍にいるものだから、いつの間にかあたしは時々、このひとの存在を忘れてしまう。
一口飲んで、…………むせそうになった。(これ、お砂糖入ってないよ!!)
0181創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 00:44:09.33ID:MsxBLnPg
「……何故ためらう」
「え?」
「いつものお前の歌は、もっと……」
「……いつもの?」

途端に、ブレラさんの顔に色が浮かんだ。
いつも無表情で感情なんかどこにもないみたいな人だと思ってたのに、何だかちょっと焦ったような色が見て取れる。

「いつも、聴いてくれてたの?」
「ああ……お前の歌は、宇宙を感じさせる」

ブレラさんは、どこか遠くを見るような目をして、静かにそう言った。
「宇宙と言っても、突き放すようなのじゃなく……包み込むような。
 銀河の渦が、そのまま形になっ…………すまない、あまり上手い例えが見つからないんだ」
「ううん……ありがとう……」

なんでだろう。ここ最近ずっとあたしは超時空シンデレラとして持て囃されて、褒められて煽てられて時には崇められたりまでしたのに……、今のブレラさんの不器用な感想が、何よりも……。
0182創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 00:44:52.20ID:MsxBLnPg
「うれしい……」

自然と笑顔になる。
恥ずかしくてブレラさんの顔から下へ目線を落とすと、夜の中きらりと星を反射して光るハーモニカが目に留まった。

「あの……ブレラさんですよね、あの時、グリフィスパークの丘で会ったの」
「ああ」
「ずっと、聞きたかったんです……どうして、あの歌を?」
「それは…………極秘事項だ」

ふっ、と表情から色が消えた、と思うと、ブレラさんはそのままくるりと踵を返して屋内へと入っていってしまった。
(…………どうして、なのかな……)
がさごそ、と音をたててカバンからアイ君(あの緑の子にはそう名前を付けたのだ)がひょこんと顔を出す。
だめだよ、見つかったら怒られちゃうよ、と慌ててアイ君の顔をカバンの中へと戻す。

「ねえアイ君、ほんとにあたしに出来ると思う……?あたしの歌、そんな力、あるのかな……」

アイ君はただあたしを見つめて、慰めるようにちいさく鳴いた。
0183創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 00:45:24.06ID:MsxBLnPg
これは実験なのだ、とエラい人は言った。
ミンメイ・アタックの如く、あたしの歌声を使って、バジュラを制圧することが出来るのではないか、と。
小難しくも長いお話をまとめると、そういう事らしかった。

リン・ミンメイの伝説はあたしも知っている。
文化を知らないゼントラーディたちに、歌で愛と文化を伝え、戦争を止めた歌姫だ、と。
半ば神格化されたその姿とあたしとじゃ、あんまりにも相違点が多すぎて、……ホントにそんなことできるのか疑いたくなる。
0184創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 00:46:15.37ID:MsxBLnPg
お兄ちゃんが、メットを丁寧にかぶせてくれた。……これから、戦場に出るんだ……。

「……頼むぞ、カナリア」
「穏やかに飛ぶ。……可能な限りな。でも気分が悪くなったらすぐに言うこと」
「はい、お願いします」

傍らに立っていたお兄ちゃんが、メットごとあたしを抱きしめる。
「……これがお前の望みなのか……?」
目を逸らすことを許さない、真剣な顔。

……本当は、良く解らない。
あたしに何が出来るのか、何をしたらいいのか。
いきなりあたしの歌で戦争が、って言われても、……実感わかない。

でも、世間は超時空シンデレラの活躍を待っている。
……きっと、こうするのが一番いいんだ。

あたしは、黙って頷いた。
お兄ちゃんはそれ以上、何も言わなかった。
0185創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 00:47:15.66ID:MsxBLnPg
イントロが始まる。
目の前で、お兄ちゃんやアルト君の機体が宙を舞う。
飛び交うミサイルに、破裂する光たち。お互い譲ことなく、弾を撃ち続ける。

(これが……戦い、)

『ランカさん、初めてちょうだい』
「……はい」



「アーイモ アーイモ ネーィテ ルーシェ……
 打ち鳴らせ いーま 勝利の 鐘を……」

0186創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 00:48:08.19ID:MsxBLnPg
あたしのたったひとつの、大切な……思い出の歌。
戦場に鳴り響く、あたしの歌。無線の向こう側で、多くの人が息を飲む気配を感じる。
効いている、と無線が叫ぶと、攻撃はより一層苛烈になった。
まぶしくて目を開けていられない。爆風にあおられて、機体が揺れる。

(……やだ、)

目の前に広がるのは無数の着弾。ひとつひとつが、命のはずの光。戦場の……風景。
「歯を食いしばれ!!」
「きゃっ……!」
カナリアさんが叫ぶと、機体は急速に方向転換した。
思わず悲鳴を上げる。爆発の光で前が真っ白だ。
目の前に、ブレラさんの機体があるのが、ほのかに見える赤色でようやく解った。

『前にも言ったはずだ……アルト、お前はあの子にふさわしくない。ランカは、俺が守る』

「ブレラさん……」
そして辺りが再び、生き物が死んでいく光たちに満たされた。
0187創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 00:48:56.25ID:MsxBLnPg
『凄かったわァランカちゃん!!』
一つ息を吐いて、メットを脱ぐ。ボビーさんをはじめ、無線の向こう側からは口々に賞賛する声が聞こえていた。

『伝説のミンメイみたいでしたよ!』
『古すぎよォ、それを言うならバサラ様でしょ?……ランカちゃん、胸を張って。今やアナタは、アタシたちの希望の歌姫!』
「そ……そんな……」
『超時空シンデレラ。魅惑のディーヴァ、ランカちゃんなのよ!』
「え、えへへ……言いすぎですってば」

照れくさくて、少し笑う。
褒められるのにも慣れてきたと思ったけど、やっぱり少し恥ずかしい。

(あたし……あたしが、人類の希望になるんだ……)

もう光のない宇宙を見つめる。あそこで死んでいったものは、二度と帰らない。

(お兄ちゃん……アルト君……あたし、これで良かったんだよね……?)

返事はなかった。あたしは、長い長い溜息をつくと、ゆっくりと目を閉じた。
0188創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 00:50:21.39ID:MsxBLnPg
ボディーガードさんがいっぱいいるあたしの家に、知られずに入ろうとするのは大変だ。
必死に壁伝いに窓から入ってきたアルト君は、なんで間男みたいな真似を、とぼやいていた。

「ゴメンね、ボディーガードさんがいつも詰めてるから……」
「ブレラの野郎か?」
「ブレラさんは何か、お仕事みたい。お兄ちゃんも出かけてるから、今は誰もいないよ……って」

その言葉に思わず頬を赤らめてしまう。
(夜中に、女の子の自室で、二人きりって……!)

「べっ、別にヘンな……あれじゃないよ、あたしは信じてるからね、アルト君!」
「ばっ……当たり前だろ!」
「そっ、そうだよね!えっとあの……お茶!お茶いれるから!!待ってて!」

アルト君はコーヒーだったはずだ。
慌ててキッチンに抜けようとして、……ドアから顔だけ出してアルト君に忠告した。

「女の子の部屋なんだから、あんまりジロジロ見ちゃダメだからね?」
「……はぁ?」
心底呆れたような、訳が分からんというような顔をされた。……ちょっと、ショックだ。
0189創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 00:50:55.44ID:MsxBLnPg
のんびりコーヒーをいれていると、どわあ、みたいなヘンな声と、どしゃん、とアルト君がすっ転ぶ音がした。
慌ててコーヒーを持って部屋に戻ると、アルト君は額にアイ君を乗せたまま床に転がっていた。
……多分、不意打ちをつかれて視界をふさがれたんだろう……。

「なんなんだよそいつは!」
「アイ君、って言うの。どこかの星から連れてこられたと思うんだけど……」
「知らねーぞ、バレて怒られても……。で、相談ってのは?」

こんな壁登りまでさせて、下らないことじゃないだろうな、とアルト君は多分半ば本気で笑う。

「……どう思う?」
それだけで通じたらしい。
「例の実験のことか?」
「うん……」
「隊の皆は喜んでるよ。これで戦いが楽になる、って」
「……隊の皆じゃなくって、…………アルト君は?」
「…………。」
0190創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 00:51:26.40ID:MsxBLnPg
アルト君は、なんだか良く解らない難しい話をした。
二種類の上昇志向を持つ生き物がいる時、それらは競争や争いをする。
今もそんな感じで、あたしたち人類はそういった瀬戸際に立たされてるんだ、……って。

「生き残るのは連中か俺達か……そういう、瀬戸際だ」

言いながら、手元で折っていた紙飛行機をぽい、と投げた。
アイ君が口でキャッチする。

「……いいんだよね?」
「少なくとも俺は、……そう思うよ」
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2012/07/30(月) 01:08:59.09ID:MsxBLnPg
その時感じた感情を、どうあらわしたらいいのか解らない。
ただどうしようもなく胸が熱くて、泣きたいくらい嬉しくて、今ならどんな難題だって解決できる、ってくらいに力に満ち溢れてて……あたしはよおーし、と言いながらベッドに飛び乗った。

「あたしの歌でちょっとでもみんなが助かるなら、それが一番だもんね!」
……本当は、ちょっとだけ嘘だった。
みんなが、じゃなくて。アルト君が、助かるのなら。
あたしは幾らだって歌うことが出来る、と思った。
他の誰でもないあなたが、歌ってくれと言うのなら。
あたしはどんな希望にだってなってみせる、と。

「あたし、歌うね!明日のライブも頑張る!」
「ああ……今度こそ、ちゃんと見に行ってやるよ」
「うん!絶対だよ!」


ベッドの端っこではアイ君が、アルト君の折った紙飛行機を引き裂いていた。
0192創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 01:09:30.74ID:MsxBLnPg
アルト君にハッピーバースディを言いに行ったせいで出来なかった、あたしのファーストライブ。

がらんとした天空門のステージに立ちながら、あたしはじわじわと実感を噛みしめていた。

……本当に、ここまで来たんだ。シェリルさんと同じ、ステージに……!

見ててね、アルト君、お兄ちゃん……!
0193創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 01:10:36.66ID:MsxBLnPg

ステージがはじまる。

まばゆい光、めくるめくエフェクトの数々。
バックで流れてくる音楽に合わせて、あたしは歌を口ずさみ、踊っていた。
マイクの電源は入っていない。
あたしの歌じゃ、満足なライブなんて夢のまた夢、というのをスタッフの人達は解っているからだ。
超時空シンデレラ、ランカ・リーを作り出すための舞台装置として、あたしは加工された自分の声に乗って、歌うふりをしながら踊る。
ステージからは無数のサイリウムが見える。あの光の中に、アルト君やお兄ちゃんもいるのだろうか……。


(ねえ、アルト君。あたし、夢をかなえたよ。……みんなの希望の歌姫に、なるんだよ……!)

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2012/07/30(月) 01:12:04.84ID:MsxBLnPg
「バカバカバカ!!!ほんっっとに心配したんだからね、お兄ちゃん……!!」
重症だと言うのにお兄ちゃんがあたしのライブをのこのこ見に来てぶっ倒れて入院した、と言う知らせを受けたのはライブが終わったすぐ後だった。
卒倒しそうになるあたしをスタッフの人がさんざん面倒見てくれて、面会に来れたのは随分後だった。
お兄ちゃんは、上手い具合に重要な臓器などを避けた傷だったからよかったものの、あのまま失血し続けたらやばかったらしい。

(どうして、もう……あたしのライブなんかより、ずっと、命の方が……!)

「言ったろ、俺は死なないって。……パインケーキ、食うか?キャシーが持ってきてくれたんだ」

泣きながら横を見ると、きれいに焼き上がったパインケーキ。
……昔の事を、思い出した。
なにも思い出せなくて、なにもわからないあたしに、お兄ちゃんが作ってくれたパインケーキ。
ものすごくまずかったけど、でも、どこか温かかった……。

「……いい。お兄ちゃんのが、いいよ……」
「っははは!やっぱりまだまだ子供だな、お前は」
「退院したら作ってね、約束だよ!」

この約束が果たされたら、また次の約束を作ろう。
そうやって約束を重ねていけば、きっと誰も傷付くことなく生き延びられるんじゃないかって……あたしはそう、思っていた。
0195創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 01:13:20.28ID:MsxBLnPg



街中でセールやバーゲンが行われている。
超長距離フォールド計画を前倒しで行うことになった、のだそうだ。
エネルギーが足りないからまだ出来ない、ということだったのに、無理矢理前倒しにしたものだから今後は食料や水も配給制になり、商業活動が行えなくなる、……とか。
正直難しいことは良く解らない。
ただ、どこか遠く……すごく遠くへフォールドして、バジュラから逃げるんだろうということは、なんとなくあたしにもわかった。


気がつけばあたしの名前は希望の歌姫として独り歩きしていて、街を歩くとそこらじゅうであたしの顔を見かける。
ちょっと前まではシェリル一色だった街が、あたしの色に染まっていく。
……まるで最初から、シェリル・ノームなんていなかったみたいに。
0196創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 01:15:46.97ID:MsxBLnPg
超長距離フォールド計画についての大統領会見。
大統領さんが演説を終えた後、司会者が高く手を上げた。……出番だ。

「じゃあランカさん、出番お願いします!」
「はい!」


「それでは紹介しましょう……我々人類の希望の歌姫、現代のリン・ミンメイ、ミス・ランカ・リー!」


フラッシュの瞬く中頭を下げる。
誰もがあたしのことを見ている。あたしのことを、望んでる。みんなあたしを知ってる。
もう、あたしは誰に知られることもなく死んでいくなんて心配をしなくてもいい。
誰もがあたしの歌を覚えてる。……不思議な昂揚感だった。
マイクを前に、スタッフから覚えさせられた通りの台詞を語ってゆく。

「あたしは今まで、ただ歌が好きで……それをみんなに伝えたい、その想いだけで歌ってきました……。
 そんなあたしの歌が、皆さんを守る力になるのなら……」


誰もに求められている。
必要とされている……。
……これで、いいんだよね?
0197創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 01:17:58.92ID:MsxBLnPg
台詞が飛びそうになりながらも話していると、途中でにわかに辺りが騒がしくなった。
ボディーガードさんたちが慌てた素振りで近づいてきた。
会見は中止らしい。急いでこちらへ、と促される。
あたしの歌が、必要なんだって。どうか我々の守護神になってくれと。

……きっとまた、あの時みたいな戦いになるんだ。


あたしは歌う。(……何のために?)
希望になる。(……誰のために?)


あたしが……やらないと。
0198創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 01:19:16.40ID:MsxBLnPg
促されるままにケーニッヒに乗り込み、メットをかぶる。
もうアルト君たちは出ているらしい。
今ここで全てのバジュラを駆逐しない限り、超長距離フォールドは全くの無意味になる。

あたしが。……あたしが、希望にならないと……!



「みんな……!抱きしめて!銀河の……果てまで!!」



イントロが始まる。心を落ち着けて、歌を歌い始める。
……お兄ちゃん、アルト君。もう誰にも傷付いてほしくない。
例えあたしが囮になることになったとしても、そのせいで多くの命が失われたとしても……やるしか、ないんだ。

『お前は俺が守る。安心して歌え……ランカ』
「ブレラさん……」
0199創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 01:20:43.28ID:MsxBLnPg
バジュラが集まってくる。あたしの歌に惹かれて、誘蛾灯にむらがるように、一直線に……射程範囲内におさまってくる。
カウントが始まり、そして――放たれる。


「――っっ!!」


いともたやすく薙ぎ払われていくバジュラたち。
お腹が、……痛い。捩じ切れそうなほど、じくじくと痛い。
うしなわれた、と思った。取り返しのつかないような何かが……今たしかに、失われたのだと。

(悲しくて……たまらないよ)


『全艦、フォールドに突入しました!』


歓声が聞こえる。……振り切ったんだ。
だけどあたしはまだ、歌っていた。たったひとつの思い出の歌を。
カナリアさんが、もう歌わなくていいんだぞ、と笑う。それでもあたしは、歌わずにはいられなかった。


どうしてだろう……この歌を、今うしなわれていった何かのために、歌わなければと思ったんだ……。
0200創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 01:21:41.32ID:MsxBLnPg
今日はこの辺までで 明日も投下します
支援やレスというものがこんなに嬉しいことだとは知らなかった
どうもありがとう また明日
0201創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:09:04.11ID:MsxBLnPg



……懐かしい夢を見た気がした。きっと子供の頃の夢。
だけど目が覚めた時にはもう何も思い出せなくて、涙のあとだけが残った。



テレビではもう、朝からずっと『歌姫ランカ・リー 決死の脱出!』そればっかりだ。
バジュラから解放された、その安堵からか誰もかれもが笑い、騒ぎ、街には紙吹雪が舞い、脱出記念として今日を『アイモ記念日』という祝日にすること、そしてそれを祝うパレードが華々しく繰り広げられていた。

パレードのメインは、大統領さんとあたしの凱旋だ。

……でも、車には大統領さんの姿しかない。

人々は困惑し、ランカちゃんを出せー、と息巻いている。
あたしはそれを、路地裏からこっそり眺めていた。
0202創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:10:16.71ID:MsxBLnPg
「ゴメンなさい、大統領さん!」

そのまましゅっと路地裏に駆け込む。
「アイくーん?アイ君ー!」
国家イベントクラスの大事なパレードをサボっちゃったのは悪いけど、あたしにはすることがあった。
アイ君……あのいつもあたしを慰めてくれたやさしい緑の子が、この間から行方不明で。
お世話をまかせっきりにしていたナナちゃんも知らないって言うし、ブレラさんが手伝ってくれるって言うから、パレードをサボって探すことにしたのだ。


「…………っ!!」
ゴミ箱から飛び出したネコに取りつかれて、ブレラさんは顔を硬直させている。
……普段クールな分、ギャップがひどい。思わず笑ってしまった。
ブレラさんはぶすっとしている。

「……何がおかしい」
「ぶっ……くくく、ゴメンね、だって、ブレラさ……っくくくく!」
「………………。」
0203創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:11:01.12ID:MsxBLnPg

どこを探してもアイ君は見つからない。
街ではそこかしこから、あたしが最初にフォルモで歌った、シェリルさんのカバー曲が流れている
。いつの間にかあれも、正式にCDとして売りに出されたらしい。グレイスさんが言ってた。

(……そういえば今、シェリルさんて何してるんだろ?全然見かけないけど)

ちらりと頭をかすめた考えは、ブレラさんが時折かます真顔のボケのせいですぐに掻き消えた。



「はい、これ。ありがとう」
ベンチに座っているブレラさんに、ソフトクリームを差し出す。
ブレラさんは一瞬なんだこれ、と言うような顔をして、でも口を開いたらまたボケたことを口走ってあたしに笑われると踏んだのか、黙ってそれを受け取った。あたしもソフトクリームを片手に、隣に座る。

「ありがと、ブレラさん。あたしのワガママに付き合ってくれて」
「……言ったはずだ。俺はお前を守ると。その言葉を、違えるつもりはない」

(そんなにマジメに言い切られると、ちょっとドキドキしちゃうよ……)

「ん、どうした?」
「……なんでもない!ほら、行こ!」
あたしはブレラさんの手を取って、そのまま走り出した。
0204創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:11:46.98ID:MsxBLnPg
アイ君は結局見つからなかった。グリフィスパークの丘から街を見下ろして、ため息をつく。

「やっぱり……いないのかな」
「その辺りで道草を食っているんだ。……案ずるな、きっと帰ってくる」

その声と共に、ぽん、と頭に手が乗った。
思わず見上げると、ブレラさんは自分でもびっくりしたように手をはねのけて、まじまじと手のひらをみつめていた。

「っ……あ、すまん。痛かったか」
「ううん。……でも、やっぱり思った通りだね。
 ブレラさんてなんか……お兄ちゃんみたい。妹とか、いたりするの?」
「さあ……」
そう呟くと、ブレラさんはどこか遠い目をして街をながめた。
「俺は過去の記憶がない。肉親の有無もわからない」
「えっ……なら、……あたしと同じだね」
ブレラさんが息を飲む気配がした。

「あたしも昔の事……覚えてないんだ」
「……そんなお前が、どうして歌うことを……歌手になろうとしたんだ?」
「それは、」
0205創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:12:37.28ID:MsxBLnPg


(あたしはここにいるよって、みんなに知らせたいの!)
(みんなに伝えたいの、あたしの歌を!)



「……うたがすき、……だから」

真っ直ぐにこのひとの目を見られなくて、目をそむけた。
歌が、好き。確かに最初はそうだったと思う。
どんなに下手くそでも、すぐに喉が痛くなっても、何があっても……どんなに嬉しい日も辛い日も、いつもここで歌っていた。ひとりぼっちで。
でもそれじゃ、イヤだって思ったんだっけ。
アルト君たちと三人で閉じ込められて、このまま死んじゃうんだって思って……そしたら、あたしがここにいるってことを、もっと沢山の人に解ってもらいたくなった。

それで……歌手になった。

でも、今あたしがしてることはなんだろう。
人類の希望になること?バジュラを寄せ付けるための餌になること?
人やバジュラがどんどん死んでいく戦場で、ただ歌っていればいいってこと?

(……わかんないや、よく)

もう、きっとあたしのことを知らない人はこの船にいない。
目的は果たされてしまった。だったらあたしは、……なんで、歌ってるのかな。
0206創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:13:08.77ID:MsxBLnPg
「最近のお前は、歌っていても楽しそうじゃない」
「……!」
「お前は何のため、誰のために歌っている」

あの紙飛行機を思い出した。ぶっきらぼうに、好きにしろよとあたしの歌を聴いてくれた人。
何のために、……誰のために歌うのか、なんて。
(あたし、みんなに伝えたいって……伝えなきゃって、思い込んでた)
でも。……本当は――。


――長い紺色の髪、たなびく赤い紐、
――困ったように笑った顔、いつもの紙飛行機。


なんだろう。胸の奥がぐうっとあったかくなった。不思議なくらい、力が満ちてくる。
あたしは誰のために歌うのか。それを――確かめなくっちゃ!!
0207創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:13:53.61ID:MsxBLnPg
記念ライブは美星学園がステージだった。
あたしはいつもと違う力に満ちたまま、音楽に合わせて踊り続ける。
いつも通りマイクの電源は入っていないけど、もし今日マイクの電源が入っていたって、あたしは完璧なパフォーマンスが出来ると思った。
だって――アルト君が、飛んでいる。

キラキラとした光を振りまきながら、アルト君が飛んでいく。
RANKAの文字と、大きなハートをEXギアが描いていく。その真中を、……アルト君が矢になって、通り過ぎて行った。

「……!」
(アルト君……そっか、やっぱり、あたし……!!)
胸の奥から強い気持ちが湧いてくる。もう何も怖いものなんてない。あたし、あたしは――、


「みんな!抱きしめて!銀河の、果てまで!!」


次の曲は、……たった一人のために歌おう。
例えマイクがなくても、声が枯れても、あたしの大好きな、たった一人のためだけに。

アルト君、あなたが好き。大好きよ。どうかあたしの、歌を聴いて。
0208創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:14:25.13ID:MsxBLnPg
ライブが終わって、あたしはその昂揚感のままに階段を駆け上がっていた。
航空パフォーマーは屋上にいるって聞いた。きっとアルト君もそこだろう。

(アルト君……アルト君、アルト君、アルト君……!)

きっと言うんだ。伝えなきゃ、この気持ち……!
どんなスポットライトよりも、幾万の観客よりも、熱狂よりも……ステージに巣食うそれらはひどく魅力的で、抗いがたいものだったけれど。それよりも、あなたが聴いてくれること、それが全てだって。





辿り着いたそこには――、
抱き締めあう、アルト君とシェリルさんの姿があった。






あたしに気付いた二人は慌てたように身を離す。
「うそ……」
からっぽの言葉がこぼれおちた。
0209創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:15:23.89ID:MsxBLnPg
「あ、あの、……あたし…………ゴメンナサイ!!」

反射的に踵を返す。呼びとめようとするアルト君の声がしたけれど、止まることはできなかった。
階段を駆け下りようとして、派手に踊り場へ転び落ちてしまう。
……ずきずきする。肋骨の真ん中の辺りが、死にそうなほど痛い。
擦りむいた膝や頬よりも、ずっとずっと痛い。

「ヤダ、もう……死んじゃいたい……」

……あたし、何を舞いあがっていたんだろう。
アルト君が好きって、……やっと、やっと揺らぐことなく自信を持って言えるようになったと思ったのに……今更、こんななんて。
恥ずかしい。みっともない。あたしがそんな所でうろうろ考えてる内に、アルト君とシェリルさんはとっくの昔にそういう風になってたんだ。
あたし、……なんて、間抜けなんだろう。
0210創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 09:16:27.02ID:MsxBLnPg
遠く、叫び声が聞こえた。それから銃声も。
バジュラが……誰もいなくなったステージに、むらがっている。
それがなんだかとても、滑稽な光景に見えた。
歌がへったくそで踊りもダメで口パクで歌う、嘘ばっかりの希望の歌姫。
エフェクターとボーカル入りバックオケがないと、アイドルにもなれない存在。
ステージがなければあたしは何者にもなれない。みんな、あたしに騙されているだけ……。

超時空シンデレラの本質は、あたしじゃなくて、ステージにあったんだ。
その空っぽのステージに、バジュラがむらがっている。
……ねえ、バジュラ。あたしの歌声がバジュラに効くって聞いたけど、あなたたちも……あたしじゃなくて、『超時空シンデレラ』が良かったの?


「ランカ!!」


アルト君が怒鳴るのが遠くに聞こえた。
足音が近づいてきて、座り込んでいるあたしの傍に、アルト君がしゃがみこむ。やさしく、手を差し伸べて……。

「歌ってくれ、ランカ。お前の歌で、あいつらを大人しくさせるんだ」
「でも……」
「この街を守るためだ!……みんなのために、頼む……!」
「……!」


(皆の……ために……)

0211創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 12:26:48.74ID:uYbkTvZ9
(∪^З^)アルトくぅ〜ん…?

あれ?なんか違う

(∪^ω^∪)アルトくぅ〜ん…

これも違う…。

(∪ω∪)アルトくぅ〜ん…?
(∪^ω)アルトくぅ〜ん
(∪`ω´)アルトくん!
(∪▼ω▼)アルト!?
(∪∵)アルト君?
(∪^∪^∪)アルトくん!
(∪^ι^)アルトくん?
(∪^ω^)キラっ?
0212創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 14:41:57.94ID:MsxBLnPg
アルト君……そんなのって……ひどいよ……。
あたしは、超時空シンデレラなんかじゃない。希望の歌姫なんかじゃない。
空っぽのステージに踊らされてるだけの間抜けなアイドルもどきだ。
あたしは、あたしは皆に歌を届けたいんじゃなくて……ただ、アルト君だけに、歌を届けられたら、それだけで……それだけでよかったのに……。
下手くそでも、高音スカスカでも、喉が痛くなってもいいから、アルト君のためだけに歌いたかったのに……。

ぱたぱたっ、と音を立てて涙が落ちる。
「やだ……歌え……ないよぅ……」
「ランカ……」
「こんなんじゃ歌えないよ!!あたし、あたし……」

すごくみじめだ。最初は皆に向かって歌いたいって思ってたのに、それも結局偽物で……アルト君のためだけに歌いたいって気付いた途端、失恋だなんて……。
銃声がうるさい。
最後に残ったのは、対バジュラ兵器としてのあたし。それだけだ。
きっと今もたくさんの人が犠牲になってるんだ、と空っぽの頭で考えるけど、ちっとも現実としておりてこない。そんなことよりもアルト君の方がずっと、ずっと……。


「もう、やだ!こんなの……!あたしはバジュラと戦うための道具じゃない!!こんなのもう……イヤだよぉ!!!」
0213創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 14:43:55.82ID:MsxBLnPg
アルト君がいたから。アルト君が、いいって言ってくれたから。
だからあたし歌えたのに。
バジュラを殺すことになっても、戦場に出ることになっても、……道具に、なっても。
それでも、アルト君がそれでいいって言ってくれるんなら、あたし、歌ったのに。なのに……。
(アルト君は、もう……シェリルさんの……)


かつかつと高い足音が聞こえた。途端――ばちん、と物凄い音がした。


頬を張られたのだと気づいたのは、抱きしめられた後だった。
あたしをぎゅっと抱きしめたシェリルさんは、ものすごく優しい声でそっと、落ち着いて、と言った。

「歌うのに気持ちがいるのは、良くわかる……でも、貴女はプロなのよ。出来ることをなさい。
 貴女の歌声には力があるの……私がどんなに望んでも、得られない力が……」
「頼む、ランカ……!」

(ずるいよ、二人とも……)

あたしだってこんな力、欲しくなかった。
今からでも出来るんならシェリルさんにこの力をあげて、代わりにアルト君をちょうだいって言いたかった。
でも、できないんだ。だからどうしようもない。あたしが……歌うしかない。

「…………うん……」

呆然と頷くと、アルト君が優しくあたしを助け起こしてくれた。
なのにもう、……何も感じなかった。
0214創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 14:48:54.57ID:MsxBLnPg
屋上に立つ。あちこちで煙が見える。
そこらじゅうが火事になって、ここから見えるだけでもあちらこちらに血痕があった。
バジュラと人とが、もみあって争っている。
何も考えられないまま、ただあたしは歌った。……それしか、残されていなかったから。

(胸が……痛いよ……)

どんなに歌っても、気持ちが晴れることはない。

「……!!うそ、……どうして?」
バジュラの大群が空を埋め尽くす。攻撃は更に勢いを増し、歌う前よりも戦況は悪化していた。
あたしに残されたのはもう、対バジュラ兵器としてのあたしだけなのに……それすらもう、役に立たないって……あたしはもういらないって、言うの?
0215創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 14:49:32.88ID:MsxBLnPg
「ミシェル!ルカ!無事か!」
「先輩!!」
「くそっ……どうしてこんなにバジュラが……」
「アイランド内で繁殖してたのかもしれません……」

皆と合流したアルト君たちは、SMSの基地に行くことを考えているようだった。
まだ小型のバジュラには銃が通じる。それをなんとかかいくぐって、武装を取りに行くのだということらしい。
だけどあたしはそのやりとりを、ほぼ上の空で聞き流していた。震える肩をナナちゃんが抱いていてくれる。

「大丈夫です、ちょっと調子が悪かっただけですよ……ランカさんの歌は、みんなの希望なんです……。ランカさんは、私の星なんですから……」
「うん……」
ルカ君が、ただ出力が足りないだけかもしれません、と言った。
「数が数ですから……SMSに行けば、フォールドウェーブアンプもあります。あれを使えばきっと……」
「よし!じゃあ行くぞ!」
0216創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 14:50:18.22ID:MsxBLnPg
そうして爆音と共に飛び出した、と思った。
なのに後が続かない。振り返ると、遠くでシェリルさんがナナちゃんを抱きかかえていた。
ナナちゃんはぐったりして、目を閉じている。……身体中が、赤い色に染まっている……。

「……ナナ、ちゃん……?」

あたまが、……ぐるぐるする……。
なんでこんなことになったんだろう……。

「待ってろシェリル、今そっちに……」
「行って!私たちは大丈夫!早く行ってこの騒ぎを止めなさい!」
「だが……!」
「……私を誰だと思ってるの?」

その時、炎に照らされて気丈にも微笑むシェリルさんは確かに、とても美しく見えた。
アルト君が舌打ちして、必ず助けに行く、と叫んだ。

「行くぞ……何呆けてる、ランカ!!」
強く手を引かれて、あたしはよろめいて……そのまま、炎の中を走り出した。
0217創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 14:51:18.45ID:MsxBLnPg



ぐるぐる、ぐるぐるする……。
アルト君の手が、すごく熱い……。こんな風な手の温度を、昔どこかで……。
前にも、誰かに手を引かれて……その時も手が、すごく熱くて……。
(黙ってろって、言われたんだ)
だからあたし、誰にも……なのに、どうしてこんなことに……?

0218創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 14:52:17.31ID:MsxBLnPg
SMS基地内で、ミシェル君が何かを抱き起している。
なんでだよ、と言う慟哭が聞こえた。
アルト君があたしの肩を抱いてくれるけれど、あたしは目の前のそれから目を逸らすことができない。

「戦うのも死ぬのも、兵隊だけで充分だろ!?なんでだよ……!」

血に塗れた遺体を抱きしめたまま叫ぶミシェル君に、クランさんが落ち着け馬鹿者が、と怒鳴った。
ごと、と音を立てて遺体がまた床に落ちる。

「こういう時こそ落ち着け。……いいな」
「クラン……」
「ルカ!使用可能な武器は!」

クランさんは冷静に状況を分析していく。
この中の誰よりも冷静なちいさなひとは、大丈夫と言わんばかりの強気の笑顔を向けて見せた。
0219創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 14:53:21.85ID:MsxBLnPg
EXギア姿のアルト君とミシェル君が場を持たせている間に、クランさんが服を脱いでいる。
「クラン!準備は!?」
クランさんはブラジャーを外しながら、静かに言った。
「なあミシェル……さっきの答え、教えてくれないか」
「……はあ?」
胸元をおさえてくるりと振り向くと、きっとミシェル君を見上げたまま、クランさんは怒鳴るように言った。


「お前の恋はどこにある!!」


ひときわ大きな爆音が聞こえた。
「……、……行方不明で現在捜索中さ。そんなモンあったかどうか……俺自身、忘れちまったけどね!」

銃を乱射しながら答えるミシェル君に、クランさんはわなわなと肩をふるわせる。
「なるほど……確かにお前は、……臆病者だ!!」
キレイにみぞおちにグーを入れたクランさんは、バランスを崩したミシェル君の肩を受け止めると、……そっと背伸びをして、キスをした。
0220創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 14:54:04.03ID:MsxBLnPg
「……私は、お前が好きだミシェル」
「おまっ……こんな時に、なにを」
「こんな時だからだ!!いいかミシェル!よく覚えておけ!アルト、貴様もだ!」
びし、と指さされる。
「ミシェル……」
「クラン……」
二人はしばし見つめ合ったかと思うと、クランさんはくるりと踵を返し、

「死ぬのが怖くて……恋が出来るかぁあああ!!!」

そう叫びながら走って行った。

「……すごい……」

思わず口に出してしまった言葉は本心からのもので。
あたしも、死ぬのを恐れず恋が出来ると言ってみたかった。
口パクの歌姫でも、兵器になっても、例え戦場で死ぬかも知れなくても、あなたのためなら歌えると、……言ってみたかった。
(もう、きっとかなわない恋だけれど……)

「アルト、クランの援護を!」
「ああ!」
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2012/07/30(月) 14:55:38.12ID:MsxBLnPg
銃弾が飛び交う中をアルト君のEXギアにつかまりながら、徐々に後退していく。
途中でルカ君と一緒にフォールドアンプを確認しに、アルト君とわかれた。
フォールドウェーブアンプは無事だったようだ。いったん戻ってこい、とアルト君が叫ぶ。
ガラス越しに、クランさんの傍へバジュラがなだれ込むのが見える。
ゼントラ化したクランさんはやっと、ゆっくりと目を開いたところだった。
ミシェル君がクランさんを守ろうと、必死で飛びながら銃を射つ。そして、



……なにかよく、わからないものを、みた。



緑色のバジュラとミシェル君が、ひとつになったように……みえる。
赤いものがぼとぼとと滴り落ちる。そしてそれらはまた二つになり、……赤い血が、もう取り返しがつかないほどに流れ出て、クランさんの叫び声が聞こえて……。



轟音がして外壁が爆破した。
空気が、吸い出されていく。クランさんがミシェル君を呼ぶ。
「ごめんな……クラン……今まで……言えなくて……」
静かな瞳だった。死を前にした人はみんな、あんなきれいな目をするのだろうか。


「俺も……俺も……お前の事……愛してる……」


クランさんの絶叫が聞こえる。
アルト君が必死に手を伸ばす。
閉じられてゆく穴。
もう二度と手の届かないところへ、吸い出されていくミシェル君……。
全てが終わった後、かつん、と静かに、……ミシェル君の眼鏡が落ちていた。
0222創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:42:13.49ID:MsxBLnPg
「……アイランド3に行けば、なんとかなるんだな」
「はい」
アルト君とルカ君が話してる。……きっとあたしにはわからない、難しい話だ。
あたしが聞きたいのはもっと別のこと。……どうして?ただそれだけだ。

どうして、目の前は炎で満ちていて、辺りはガレキだらけになっているんだろう……。
あたし、ちゃんと約束を守っていたはずなのに、どうして、こんなことになってしまったんだろう……。
頭がずっと、ぐらぐらして、とまらない。あのひとに引かれた手が熱い。
言いつけを守ったんだから、褒めてくれてもいいのに。どうしてずっとあのひとに会えないの。

物凄い爆音が聞こえた。……きっとクランさんだ。
アルト君があたしを抱きかかえて、どこかへ行こうとする。
どこへ行くんだろう。……もうどこへ行って何をしても、……どうにも、ならないのに。
0223創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:43:04.44ID:MsxBLnPg
アイランド3の研究所には、名前こそリトル・ガールと可愛らしいものの、威力は半径50キロメートルの空間を切り取るというフォールド爆弾があった。
「50って……船団ごと飲み込んじまうじゃないか!」
「だから……バジュラをどこか一か所に集めて、爆発させる」
そう言うとルカ君は静かにあたしを見た。
……あたしに、バジュラを集めるための餌になれって、そういうこと……?
アルト君は激昂してルカ君に掴みかかった。反射的にやめて、と叫ぶ。
今ここで争ったって、……返らないものは二度と返らない。ルカ君が冷静な声で言った。

「僕は決めたんです……絶対に守る、って」
「だからって、ランカを囮にしようなんて……!」
「死んだんですよ!!ミシェル先輩が!!!」

――死んだ、という表現は、少し遅れて……イヤになるくらいの実感をつれてきた。

「船だってボロボロ……生態系だって無茶苦茶だ……これ以上被害を受けたら、フロンティアはお仕舞いなんです!これはもう、生存をかけた戦いなんですよ!僕等か、バジュラか!」
0224創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:43:49.47ID:MsxBLnPg
まざまざと突きつけられた現実に、あたしも、アルト君も、ルカ君も……言葉が出なかった。
あたしはさっきからもうずっと頭がぐるぐるしっぱなしで、どうしてこんなことになったんだろうって、そればかり考えている。
だって本当なら、こんなこと起こるはずがなかったのに……。あたしちゃんと、言いつけを守って黙ってたのに……。

ああ、もう、イヤだな……。
なんにも、なくなっちゃった。
皆に歌を聴いてほしかったあたしも、アルト君のためだけに歌いたかったあたしも……。
希望の歌姫も、偽物のアイドルも……全部なくなっちゃった。もう残ってるのは、ひとつだけ……。


「……歌うよ、あたし」


二人が一斉にあたしを見た。
感情のこもらない声で、それでも震えないよう、必死に言った。

「みんなの……ためだもんね……」

たった一つ残ったものは、対バジュラ兵器としてのあたしだけ。
だったら、それをする以外にもう、道なんてどこにもないんだ……。
0225創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:44:42.94ID:MsxBLnPg
『ランカさんが歌いはじめたら、バジュラが全ての船から集まってくるはずです。
 移動が確認された時点でアイランド3を切り離し、安全圏まで離れたところで、これを爆発させます』
「……そのギリギリの瞬間まで、あたしはここで歌い続ければいいんだね……」
「それまで絶対にバジュラには近寄らせない……脱出も成功させる……!だから……」

そこまで言うとアルト君は、歌ってくれ、とは言わずにただ、
「だから安心して歌え」
そうとだけ、静かに言った。

「うん……今度は、ちゃんと出来ると思う」
だってあたしにはもう、それしか残ってないから。
祈るように、頼む……と呟いたアルト君はそのままバルキリーで飛び立った。




……ひとりになる。
燃え盛る炎と遠くにはガレキの山、煙は立ちのぼり、観客はバジュラだけ……。
(ここが、あたしの……対バジュラ兵器としての、あたしのステージ)


「歌いたくないなら、歌わなくていいんだぞ、ランカ」


背後からやさしい声がして、あたしはその声の主が誰なのか解りながらも振り向いた。
赤い静かな眼差しが、穏やかにあたしを見つめている。
0226創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:45:15.94ID:MsxBLnPg
「……、ひどいよ、ブレラさん……どうして、そんなこと言うの……!」

あたしにはもうこれしか残っていないのに。
最初は歌が好きだった。ただそれだけだったのに。
今はもう、歌とは関係ない、ただの兵器としての能力だけしか期待されていない……。

ブレラさんがあたしを抱きしめた。それがあんまりやさしくて、……涙が出た。

「歌はお前の心だ。それは、お前だけのものだから……」
「っ……でも……、っ、う、ぅえぇえええん……!!」

子供みたいにしゃくりあげて、あたしは泣いた。
あたしの歌はもう、……あたしだけのものじゃない。
それなのに今更、やさしいこと言うから。うっかり、期待しそうになる。
0227創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:46:32.67ID:MsxBLnPg
そもそも歌が下手だったんだ、あたし。
声も長く続かないし。歌詞だって、すぐ飛ぶし。ダンスにもキレがないし。
こんな奇跡みたいな力がなきゃ、絶対に歌手になんかなれなかった。
たくさんの大人たちが無理矢理あたしっていう『超時空シンデレラ』を支えて、それでようやっと成り立っていただけのことなんだ。

最初に路上で歌った時、人が集まってきた理由が今ならわかる。
『シェリル・ノームの歌』だったからだ。
知名度のばつぐんに高い、全銀河を支配していると言っても過言ではないほどの、銀河の妖精の歌だったから。
だから足を止めてくれた。それだけのことだったんだ。

……だってほら、ねこ日記の時は全然人、集まらなかったし。
そもそものブレイクのきっかけが映画じゃあ、歌手とは全然、……違うよね。
テーマソングを歌ったと言っても、たまたま覚えていた、きっと誰かから聞かされた借り物の歌を、歌っていただけで。


(純粋にあたしの歌に集まってくれるのは、バジュラだけ……)


「……ありがとう、ブレラさん。でもいいの」

伝えたかった、たった一人のひと。……そのひとには届かなかった歌だけど。
これが、そのたった一人の望みだから。例えバジュラでも、あたしの歌を聴いてくれるなら。
0228創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:47:17.88ID:MsxBLnPg


スポットライトがあたしを照らし出す。大きく、息を吸った。


(おいで、バジュラ。あたしは、ここだよ……)


アイモを歌う。たった一つの、だけどきっと、借り物の歌。
バジュラが群れを成してこちらへ飛んでくる。爆風が頬を叩く。
地面が揺れて、バジュラの残骸がはらはらと落ちていく。



いつかした約束が脳裏をよぎる。
あたし、ずっとそのことを忘れていて……でもずっと守っていたのに。
どうして、こうなっちゃうのかな……お兄ちゃん……。



(痛い……痛いよ、)

お腹の奥の方が、ひどく痛む。
燃え尽きていく。バジュラの群れが、人の憎しみを一身に受けて、炎に包まれ、落ちていく。
涙が止まらない。むらがるバジュラたちは、あたしを見守るように一定の距離を保っている。
「ランカ、もういい、脱出だ……!」



アルト君の声を聞いたとき、あたしはただ、ああ、やっと終わる、それしか考えられなかった。
0229創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:48:04.90ID:MsxBLnPg
空間が飲み込まれて消えていく。
お腹がすごく、……凄く痛い。アルト君の後席に座ったまま、うずくまる。

(きっと今ので物凄い数のバジュラが、死んでいったんだ……)

「……ごめんね」
「お前は良くやったさ。……ありがとう、ランカ」
「…………、」
違うの。アルト君に言ったんじゃないの。そう言いたかったのに、もう声が出てこない。



もう、歌も歌えない……。
0230創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:49:09.80ID:MsxBLnPg
三島さんが、演説をしている。

とても痛ましい戦いだったと、そして失われたものは二度と戻らない、と。
あたしたちを取り囲むマスコミの人たちも皆、黒服に身を包んでいる。
数々のマイクと照明に取り囲まれながら、なんであたしはまだこんなところにいるんだろう、と考えた。

ただ歌が好きだった、グリフィスパークの丘で一人歌っていたランカ・リーはいなくなった。
みんなに歌を聴いてほしかった超時空シンデレラ、ランカ・リーはもうどこにもいない。
アルト君が大好きで、彼のためだけに歌いたかったランカ・リーも、もういない。
残ったのはただ、バジュラを呼ぶための、ただの兵器のランカ・リー。

……兵器は、ステージには立たないよ。

「今はただ祈りましょう……失われた命の為に……!」
三島さんがそう言って目を閉じる。
黒い袋に包まれた遺体たち。見ていられなくて、あたしも目を伏せる。

「ミス・ランカ。貴女のお兄さん……オズマ・リー少佐も行方不明です……。
 お辛いとは思いますが、歌ってくださいますね……」
0231創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 16:50:15.97ID:MsxBLnPg
お兄ちゃんが、……行方不明。
そんなの、なんか、ウソみたいだ。
だってお兄ちゃんは絶対いなくならないと思ってた。
ずっとあたしの傍にいるんだって、バカみたいに信じてた。
だから好きなだけワガママも言ったし、ヒドイこともしたし、ケンカもいっぱいした。なのに。

「追悼と、明日への希望の歌を。我々がバジュラとの戦いに勝利し、生き残るために」
三島さんがマイクを手渡してくる。

……マイクなんかいらない。
そんなものなくてもあたしの歌は、バジュラに届くんでしょう?
だったら、唯一残った兵器としてのあたしには、それは必要ないものだ。


……ああ。お兄ちゃんがいなくなるなんて、そんなこと知ってたら。
もっと孝行すれば良かった。いい子にしていればよかった。
パインケーキがマズいとか、お兄ちゃんの石頭とか、そんなこと……言わなきゃよかった。

(……会いたいよ、お兄ちゃん)
0232創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 17:03:34.68ID:MsxBLnPg
音を立ててスポットライトがあたしに向けられた。
凄い数のフラッシュが焚かれる。マイクとカメラがいくつもいくつも、……あたしを見ている。


(なんで……どうして?)


もう、必要ないでしょう?
あたしはそもそも、希望の歌姫なんかじゃないでしょ?

ステージに立って口パクで踊るだけの……それだけの歌姫だった。
今もバックでは音源が準備されている。流れ出したら最後、あたしはまた、歌うフリをしなきゃならない。

フロンティア市民に希望を与える歌姫は、ただのハリボテの偽物だ。
あたしはただの、バジュラ掃討作戦のための兵器でしかないのに。

「ごめん……なさい」

騙していてごめんなさい。あたし本当は、希望の歌姫なんかじゃなかったの。

「ごめんなさい……」

ただの兵器にしか、なれないの。ステージで歌う資格なんか、端っからなかったの。
だから、もう。



「もう……歌えません……」

0233創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 17:04:35.40ID:MsxBLnPg
逃げるようにその場を後にして、森の中をやみくもに突っ走る。
息が切れて、脚がもつれて、ひとつの樹にすがりついた。涙が出そうだ。

「もう……いやだよ……。なんで、あたしなの?」

どうしてあたしだったの?他の誰でもよかったじゃない、それなのに、なんであたし?
ろくに歌えもしない、ただの虚飾として祭り上げられていくだけの、そんな役割に……なんであたしが選ばれたの?
それともあたしの歌がもっとまともだったら、こんなこと考えずに誇りを持ってステージに立てていた?

「なんで、あたしの歌……バジュラに、」

もうそれしか残っていない。
なのにそれさえも、……ミシェル君も、お兄ちゃんも、助けられなくて。
0235創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 17:12:40.76ID:MsxBLnPg
崩れ落ちそうになった時、後ろでちいさな鳴き声が聞こえた。

「アイ君……?」

どんなに探してもいなかったアイ君は、キイ、と短く鳴くと草かげから飛び出してきた。

「わあっ!」

押し倒される。アイ君はちょっと見ないうちに姿が変わったのか、随分と大きくなっていた。

「今まで、どこにいたの?こんなに大きくなって……ずっと、心配してたんだから」

……またあたしが一人の時に、あらわれるんだね。そうしてまた、慰めてくれるの?やさしいね、アイ君は。
両手で大分重たくなったアイ君を持ち上げる。途端、アイ君の瞳が赤く光り始めた。
「な……に?」


まばゆい光と共に背中が割れて、……脱皮するように中から何かが出てくる。
それは。



「………………アイ君……」
0236創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 17:13:50.58ID:MsxBLnPg
>>234
好きキャラは逆境に立たせて這い上がってくるドラマが見たいタイプなので
途中でランカちゃんがかわいそうになったらほんとすみません
ありがとうございます
0237創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 17:14:34.84ID:MsxBLnPg
真夜中、午前三時。グリフィスパークの丘。
あたしはつめたい地面に座りながら、ただ、たった一人の人を待ち続けていた。
色々準備をしていたら、こんな時間になってしまった。遠い足音が近づいてくる。


「……アルト君」
「ランカ、お前どうして歌を……」
「お願いがあるの!」

その問いには答えられない。
今までアルト君が見てきたステージのあたしが全部偽物だったなんて、……知られなくなかった。
虫のいいワガママだって解ってる。でも、どうせ行くなら……何も知らせず、たださよならだけを言葉にしていなくなろうって、思ったんだ。
だけど、いざアルト君を目の前のすると……何て言ったらいいか、わからないよ。

「……、あっそうだ、いつもアルト君が折ってた紙飛行機。折り方、教えてくれる?」
「?ああ……」
0238創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 17:26:38.74ID:MsxBLnPg
二人して紙飛行機を折る。アルト君の手をまねて、見様見真似で。
「……ね。聞いても、いい?」
「ん?」
「アルト君は、どうして空を飛ぼうと思ったの?」
「それは……」
アルト君は、ちょっとびっくりしたような顔をすると、そうだな、と話し始めた。
「俺のお袋は身体が弱くて。いつも、空ばかり見てる人だった。俺も一緒に見てて、そんな時……お袋が言ったんだ」
アルト君はどこかすごく、すごく遠くを見るような目をして、言った。
「本物の空が見たい、って」
「ほんもの……」
「ああ……青く、果てしなく続く、水平線と白い雲。そんな本物の、……自由な空」
おとぎ話だと思ったよ、とアルト君は言った。フロンティアで育ったあたしたちには、そのどこまでも続くと言う空のことがわからない。
「なんだか……素敵だね」

あたし今まで、何も知らなかった。
たった一人、この人のためだけに歌いたいと思ったのに。
その人の事を何にも知らなかった。
歌舞伎のおうちの出身だったことも、お母さんの身体が弱かったことも、このひとがこんなにも空に固執する理由も、……なんにも。
0239創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 17:27:36.83ID:MsxBLnPg

「……ありがとな、ランカ」

そんなあたしの心中なんか知らずに、アルト君は……物凄くやさしく、微笑んだ。
慌ててしまって、無理矢理紙飛行機に集中する。ぱたぱたと折っては広げ。

「でーきた!」
「ん、ちょっと貸して……」

アルト君は本当に嬉しそうに、紙飛行機をいじっている。
……このひとは本当に、空が好きなんだ。あたし、そんなことも知らなかったな……。

「よし、これでバッチリだ」
「えへへ……ねえ、飛ばしていい?」
「好きにしろよ」

相変わらずの、ぶっきらぼうな物言い。そこがとても、好きだった。
あたしは彼のことを全然知らなくて、わかってあげられなくて。
でも、彼があたしにくれる励ましや優しさや寛容さ、そういうものがとても、好きだったよ。


(……さよなら、アルト君)
「えいっ!」


紙飛行機は風を掴まえて、遠くへと飛んで行った。もう、どこへ行ったのかさえ見えない。
0240創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 17:28:26.41ID:MsxBLnPg
「みんな自由に……自由に、生きたいんだよね、きっと」
「……そうだな」
「アルト君……お願い、あたしと一緒に――」


きっともう無理なのはわかっている。
なにもかももう、手遅れなのも。
ただ、あたしは最後に――、


「!バジュラ!?」
「えっ……あ、アイ君!?」
唐突に、背後からアイ君があらわれた。アルト君が銃をかまえるのを見て、反射的に割って入る。
「やめて!!」
「どうして!コイツはバジュラなんだぞ!?ミシェルを殺した!」
「……っ!」
確かに、アイ君はバジュラだ。でも、あたしをいつも慰めてくれた。
かなしい時に限って、それがわかるかのように傍にいてくれた。
バジュラだからって、……バジュラだけが、あたしの本当の歌を聴いてくれた。

「この子はまだ脱皮したばかりで何も悪いことしてない!なのに殺すの!?」
「バジュラが生きている限り、空は戦場になる……殺すしかないんだ!!」
「!!」
0241創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 18:12:53.50ID:MsxBLnPg
アルト君が、心から願った空。
バジュラがいるから、そこは戦場になる。
きっとただ自由に飛びたかっただけなのに。アルト君も、バジュラも。



「っぐあっ……!!」
アルト君が、吹っ飛んだ。壁に叩きつけられてうめき声がもれる。
あたしの目の前に風のような速さであらわれた人影は、ブレラさんだった。

「ぶ、ブレラさん!?なんてこと……」
「ランカ。望みを言え」
「え……」
ブレラさんは、アルト君に刃物をつきつけたまま、静かに言い切った。
「お前の望みを、……俺が叶えてやる」
「ランカ、お前……!」

アルト君があたしを睨みあげる。……ごめんね、こんなことになって。
本当ならアイ君のことを知らせずに、ただ最後に玉砕だけして、行こうと思ったのに。

「あたし……あたしね、少しずつだけど、昔の事、思い出してるんだ……」


あたたかい温度、
きれいな歌、
手を引いてくれた人、
そして何もかもが壊れる風景。


「怖いけど……でもきっとあたしは知らなくちゃいけないんだって、そんな気がして」
0242創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 18:13:41.22ID:MsxBLnPg
こんなことなら、アルト君にも手紙を残せばよかった。
ナナちゃんやお兄ちゃんにだけじゃなくって。

過去を思い出せそうなんだってこと。そのフラッシュバックにバジュラが見えること。
もしかしたら、今の戦争、あたしの記憶が何か手がかりになるかもしれない、ってことも。
それから、……偽物の歌姫で、ごめんね、って。

ああ、アルト君。
言いたいことは山ほどあるのに。何一つ出てこない。
せめて謝罪の言葉だけでも言えたらいいのに、喉が痛くて、声がふるえて。

「だ、だからあたし、……行くね」
「行くって……ランカ!」
「せめてアイ君だけでも、仲間のところに、……返してあげたいの」

バジュラがいる限り、空は戦場になる。
だったら、たった一匹でもいいから、……それをどこかに連れて帰るよ。
「ランカ……!」
「わかった」
ブレラさんの静かな声と共に、赤いバルキリーが姿を見せる。
ブレラさんは颯爽とそれに飛び乗ると、バルキリーの手の上にそっとあたしを乗せた。
0243創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 18:14:23.02ID:MsxBLnPg
「っランカ!!」
「アルト君……」
「バカ!行くなランカ!!」

アルト君が風に吹かれて懸命にあたしを見上げている。
きっともうフロンティアには二度と戻ってこれない。
もしかしたら、アイ君を送り届ける途中で命尽きるかもしれない。
だからこれは、最後のワガママだ。

「ホントはね……アルト君と生きたかった……」
「ランカ……」
「ずっと一緒に居たかったよ!!」

呆然と、アルト君があたしを見ている。とてもきれいなひと。
戦乱の中にあっても、美しさを見失わない、あたしのたった一人の、大好きな人。
きっともう、こうして姿を見ることも、二度と出来ない。



「さよなら……、……だいすきでした」



そのままあたしたちは飛び立った。
もう二度と戻る事のない、青い旅路へ。
0244創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 18:15:32.88ID:MsxBLnPg
もうどれくらいたったか解らない。
あたしは何度か眠ったり起きたりして、その度にブレラさんのハーモニカの音を聞いた。
まるで子守唄のような、やさしくて、穏やかな曲。あたしの思い出の音楽だ。

何度目かに目覚めた時、目の前がみょうにユラユラしていて、それで初めて自分が泣いているんだって気が付いた。
もう悔いは残さないようにしてきたつもりだったのに。
最後の最後で、あたしはやっぱりダメで、間違えてしまった。

……会って話すべきじゃなかったんだ。
いつも傍にいるアイ君があらわれるかもしれないことくらい、ちゃんと頭に入れておけばよかった。
いくらブレラさんがスタンバイしていてくれるからって、それくらい。
0245創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 18:16:36.76ID:MsxBLnPg
アルト君は……バジュラを憎んでる。ミシェル君を殺した、バジュラを。
あたしは……よく、わからない。
最初は怖いだけだったのに、いつの間にかもう自分の心すら良く解らなくなって、だから罰が当たったんだ。
こんなふらふらの心のまま、アルト君にお別れを言おうとしたりしたから。

あなたと一緒に生きていきたかった。
例えあなたがシェリルさんの事を愛していても、あたしはあなたが好きだった。
それだけ言えれば満足だったのに。
こんな、……傷つけるようなことしか、出来ないなんて。

バジュラはどうして、人を襲うんだろう。
始めは、怖くて気持ち悪い化け物だと思ってた。
あたしが作戦に参加するようになってからは、無抵抗なまま殺されて可哀想だって感じた。
今は……あたしの歌をたったひとつ、聴いてくれる存在だと思ってる。
0246創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 18:17:24.82ID:MsxBLnPg



「ブレラさん……」
「どうした、ランカ」
「……外に、出たいの。行き先を知りたくて」

気を付けてとの声を受けて、あたしは宇宙に漂う。
無重力なんて体験したことなかった。
どこを見ても星がきらきら瞬いていて、天地の感覚すらわからなくて……きれいだけど、どこか怖くなる。

「宇宙って……凄いね。こんなにキレイで、広くて…………、吸い込まれそう」

このどこまでも繋がっている宇宙のどこかに、ミシェル君の亡骸があるのだろうか。
クランさんを守って、この怖いくらいキレイな宇宙に吸い込まれていった、あのひとの。
ずっと探し続けていれば、いつか見つけられるだろうか。
アルト君やクランさんの元に、帰してあげることが出来るんだろうか。

(ミシェル君……。ごめんね)

アイ君がいぶかしげにあたしを見ている。
大丈夫だよ、とだけ言って、無理して笑った。

「嬉しいような切ないような……そんな気持ちに、なっただけだから」
0247創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 18:17:55.94ID:MsxBLnPg
こんな風にずっと繋がっているのなら、二度と会えなくても、離れているわけじゃない。
戦乱もなにもない、宇宙と地続きの空で、アルト君が飛ぶことがいつかきっとできるかもしれない。

「……みんな、ごめんね…」

ずっと、なだめるようにハーモニカを吹いていてくれたブレラさんの音が止まった。
「進路は決まったか?」
「うん。アイ君のふるさと、もうすぐだって」

それがどんなところかもわからない。
このバルキリーの空気だって、いつまでももつわけじゃない。
だからせめて――アイ君を、帰してあげるところまでは。

「行こう、ブレラさん」
0248創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 18:18:27.45ID:MsxBLnPg




誰かが言い争う声がする――。

ケンカは良くないっていつもあたしたちには言うくせに。

なんだかちょっと怖くなって、となりのひとの手を握ろうとする。

だけどその人の顔が、思い出せない――。






「……カ。ランカ!」
「っ、あ、なに?」
「そろそろ到着するぞ」

目の前に見えたのは、青く輝くひとつの星。
ちらちらと瞬く白い輪をまとった、バジュラの母星だった。
0249創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 18:19:19.39ID:MsxBLnPg
「……ありがとね、ブレラさん。あたしのワガママに付き合わせて、……こんなところまで来させちゃって」

アイ君をふるさとに返しに行きたい、と言った時、ブレラさんは二つ返事で了承してくれた。
いくらボディーガードだとしても、さすがに仕事の範疇外だろう。
何度も、本当にいいのか尋ねた。それでもブレラさんは、絶対に首を横に振らなかった。

「……記憶のないサイボーグにとって、命令は絶対。それを遂行することが、存在意義だった」
ブレラさんは感情を読み取らせない声でそう言う。
「だが、お前の歌を聞いた時……俺の中に、何かがあふれた。ただのサイボーグの、この俺に」
「ブレラさん……」
0250創る名無しに見る名無し
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2012/07/30(月) 18:19:50.99ID:MsxBLnPg
「だからこれは、その礼だ。気にすることはない」
そっけないのにどこか、優しい感じがした。なんとなくだけど、安心した。

「ねえ、もう一度聞いていい?あの曲の事」
「あれか。あれは……記憶だ」
「えっ……」
「空っぽな俺に残されていた、唯一の……」
「それって、あたしとおなじ――、」

急にけたたましくアラームが鳴った。バジュラの防衛部隊だ、とブレラさんが言う。
いくつものデフォールド反応。アイ君が外で鳴いている。
大丈夫かとブレラさんは尋ねた。あたしはただ、頷いた。

「……今までだって、やれたんだから。きっと届くと思う」
(だってもう、あたしの歌を聴いてくれるのは、バジュラだけなんだから)
0251創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 19:40:27.89ID:MsxBLnPg
赤や青の光が尾を引いて、青い星の前を舞い踊る。
とてもキレイな光景なのに、これは攻撃のサインなんだ。
あたしは大きく息を吸って、歌を歌った。あたしとブレラさんの、思い出の曲を。



懐かしい記憶がよみがえる。

風の吹く草原。あたたかい人。

ハーモニカの音と、とてもキレイな……運命的な曲。



ちゃり、と音がして目を開けると、ブレラさんがあたしの首にハーモニカをかけてくれていた。
「これ……」
「お守りだ。お前の願いが届くように」



なんだろう。このひとのこんな優しい顔を、……前にも見たことがある……。
0252創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 19:40:59.46ID:MsxBLnPg
耳を叩くアラーム音で、ぼんやりとした感覚は全てかき消された。
大型のバジュラがアイ君をつかまえて去って行く。
機体に激突されたのか、辺りが激しく揺れた。ブレラさんの舌打ちが聞こえる。
物凄いアクロバット飛行に、悲鳴が上がる。

「所詮は相容れぬ生き物と言うことか……」
「そんなこと、だって……!」
「口を閉じていろ!来るぞ!」
0253創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 19:42:18.06ID:MsxBLnPg



「撒いたか……」
大きなデブリの陰で、ブレラさんがちいさく呟く。
思い切り振り回されて三半規管がおかしくなりそうだったけど、ハーモニカを握りしめてあたしはなんとか耐えていた。

「安心しろランカ。俺の命にかえてもお前は絶対に守る」
「でも……!」
(やめてよ、命なんてそんな、簡単に……)

ミシェル君を思い出す。血って、あんなに赤かったんだ……。
最期に見せた微笑みが物凄く優しくて、それが逆に痛いくらい悲しかった。あんなのはもう、二度と。

「それじゃダメなの……アイ君ひとり連れて来たって何になるかわからないけど、でも……もう命がなくなるようなこと止めたいって、何とかしたいって、……だから、来たのに!!」
あたしの叫びに呼応するかのようにアラームが鳴る。
「見つかったか……!」
舌打ちするブレラさんの上空に、見覚えのあるフォルムと鳴き声の姿があった。
「アイ君!」
良かった……戻ってきてくれたんだね。
(そうだよ……アイ君なら)
いつもあたしの傍にいてくれて、寂しい時はなぐさめてくれた、あのアイ君ならきっとあたしたちのこと解ってくれる!
どうして争わなきゃいけないのか、傷つかなきゃいけないのか、どうにかしてこれ以上命の失われることのないよう、そういう気持ちを、アイ君なら絶対わかってくれる……!
0254創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 19:44:00.12ID:MsxBLnPg

「アイ君!」
バルキリーから飛び出した。背後で待てランカ、とブレラさんが叫ぶ。
「大丈夫だよ、ブレラさん!」
だってアイ君はいつもあたしに優しくしてくれたもん。だから絶対、大丈夫。
「ねえアイ君!皆に伝えて!あたし、あなたたちに伝えたいことが――」

その時。アイ君の目が、見たことのない赤い色に輝いた。

「!?」
しゅっ、とアイ君の手が伸びてきて、ひどく乱暴にあたしをからめとる。身動きが取れない。
「ランカ!!」
ブレラさんが、叫んでいる。……目の前に首から下げたハーモニカがふらふら揺れていて、それがブレラさんの顔とちらちら重なったり離れたりしている……。

――思い出の曲。

――キレイな、ハーモニカの音。

――金色の髪に、赤い瞳の男の子。

――やさしくわらって、手を差し伸べてくれたのは……。



今あたしの目の前にいる、ブレラさん――!



「お……にいちゃん……」


赤い大型のバジュラがお兄ちゃんのバルキリーに取りつく。
「お兄ちゃぁあああん!!!」
あたしはどうすることもできない。ただ叫んで呼ぶことしか。
お兄ちゃんの赤いバルキリーはいくつものバジュラが群がっていて、いつも冷静なお兄ちゃんらしくなく、怒鳴り散らしながら乱射するばかりで……それでも、あたしとの距離は、離れていくばかりだった。
0255創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 19:45:02.89ID:MsxBLnPg




(ここは……どこだろう……)
意識を失っていたらしい。辺りを見回しても、暗くて良く見えない。
ただ何かとても大きな、……多分、バジュラがいるような、そんな感じのがわかった。
胸のハーモニカを握りしめる。(お兄ちゃん……ごめんね……)

すごくやさしいハーモニカの音だった。
お母さんの歌も好きだったけど、お兄ちゃんのハーモニカがいっとう好きだった。
それに合わせて歌うことが、何より楽しかった。
お母さんに教えてもらった、運命的な歌。

でもそれを歌っちゃいけないって、知らなかった。
きれいだった空に次々と化け物があらわれて、地面がみるみるかげってゆく。
マクロスが崩折れていく。赤い光が尾を引いて、あちらこちらに喰い付く。

どん、とシェルターに押し込まれた。お兄ちゃんは入ってこない。
あたしだけ……ここに残されるの?お兄ちゃんは、どうなるの……。


『すぐ行くから!いいかランカ、絶対言っちゃダメだぞ、お前の歌が……あいつらを呼んだこと!!』


あたしのせいなのに……あたしが、歌ったから、だから……。




「みんな……あたしのせいで……!」

0256創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 19:47:21.31ID:MsxBLnPg

頭がぐるぐるする。
だってあたし、その約束、ちゃんと守ってたのに……。
誰にも話してなくて、自分の中でさえ、忘れていたのに……。でも。



『皆に聴いてほしいの、あたしの歌!!』


『頼んでなんかいないもん!あたし、歌手になりたいの!』


『みんなー!抱きしめて、銀河の、果てまで!!』



……あたしのせいだ。
あたし一人のうのうと五体満足に生き延びて、何もかも忘れて気楽に暮らしてたから。
何にも知らないでシェリルに憧れて、実力もないくせに歌手になりたいなんて言ったから。

「あたしの……せい、なんだ……みんな……あたしが……」
『……そうよ?みーんな貴女のせい。』

「誰……」

いざなうような声がした。不思議なくらい、心の奥底に切り込んでくる声……。

『全部貴女が悪いのよ。でも、償う方法はあるわ……』
「つぐな、い……?」
『そう。心と身体をひらいて、貴女の全てをさらけだすのよ……』

あたしの、すべて……。そんなもの……。

0257創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 19:48:12.08ID:MsxBLnPg
(あたしを見て)(ねえ、あたしを見て)

(あたしはここにいるよ)(ここにいるって、届いてよ)

(他の誰でもない、あたしだけを見て)(あたしのことを認めて)

(褒められたい、持ち上げられたい)(ステージでちやほやされるのが気持ちいい)

(ただ歌うのが好きだったはずなのに、人に見られる快感に飲まれていく)

(口パクでもいいの)(ハリボテのアイドルだってかまわない)(ここにいるあたしを見て)

(希望の歌姫なんて言われてすごく舞い上がってた)

(政府の人がプロデュースするなんて、あたしはそんなに凄いんだって)
0258創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/30(月) 19:49:03.67ID:MsxBLnPg
(だけど現実は違ってた)

(あたしの全てはうわべだけ、見せ掛けだけのアイドル)

(虚構の内側はただの平凡な女の子しか残らない)(兵器になるしか能のない子に)

(だからせめてそれだけでもと思ったのに)(やっぱり戦争より失恋するほうが怖いんだ)

(一緒に生きたかった人に銃を向けられて、きっともう二度と会えなくて)

(……あたしはたくさんの人を昔殺したんだってわかったのに)

(お兄ちゃんもお母さんもあたしのせいで、ってわかったのに)

(バジュラさえもあたしの歌のせいで、いっぱい殺されたのに)

(あたしの歌のせいで……全部こわれたのに、なに、調子に乗ってたんだろう……)
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