アンパンマン強さ議論スレ Part2
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そして彼女の冷かな肉体に、わしを苛む情火を吹き入れたいと思つた。 わしは永別の瞬間が近づくのを感じながらも、猶わが唯一の恋人なる彼女の唇に、接吻を印してゆく最後の悲しい快楽を、棄てる事が出来なかつた…… と奇蹟なるかな、かすかな呼吸はわしの呼吸に交つて、クラリモンドの口は、わしの熱情に溢れた接吻に応じたのである。 しかも長い吐息をついて、組んでゐた腕をほどくと、溢るゝばかりの悦びを顔に現して、わしの頸を抱きながら「あゝ貴方ね、ロミュアル。」 貴方の接吻で一寸の間かへつて来た命を、貴方に返してあげませうね。 其時凄じい旋風が急に窓を打つて、室の中へはいつた。 すると白薔薇の最後の一葩は暫く茎の先で、胡蝶の羽の如くふるへてゐたが、それから茎を離れて、クラリモンドの魂をのせたまゝ、明けはなした窓から外へ翻つて行つてしまつた。 そしてわしは、美しい死人の胸の上へ気を失つて倒れてしまつたのである。 正気に帰つて見ると、わしは牧師館の小さな室の中にある寝台の上へ横になつてゐた。 先住の老犬が、夜着の外へ垂れたわしの手を舐めてゐる。 バルバラは老年と不安とでふるへながら、抽斗をあけたりしめたり、杯の中へ粉薬を入れたりして、忙しく室の中を歩きまはつてゐる。 が、わしが眼を開いたのを見ると彼女が喜びの叫を上げれば、犬も吠え立てゝ尾を掉つた。 けれどもわしは未だ疲れてゐたので、一口もきく事も出来なければ、身を動かす事も出来なかつた。 其後はわしは、わしが微かな呼吸の外は生きてゐる様子もなく、此儘で三日間寝てゐたと云ふ事を知つた。 バルバラは、わしが牧師館を出た夜に訪ねて来たのと同じ銅色の顔の男が、次の朝、戸をしめた輿にのせてわしを連れて来て、それから直ぐに行つてしまつたと云ふ事を聞いた。 わしがきれ/″\な考を思合せる事が出来るやうになつた時に、わしは其恐しい夜の凡ての出来事を心の中に思ひ浮べた。 わしは初め或魔術的な幻惑の犠牲になつたのだと思つたが、間も無く夫れでも真実な適確な事実とする事の出来る他の事情を思出したので、此考を許す事も出来なくなつて来た。 何故と云へばバルバラもわしと同じやうに、二頭の黒馬をつれた見知らぬ男を見て、其男の形なり風采なりを、正確に細かい所迄述べる事が出来たからである。 其癖、わしがクラリモンドに再会した城の様子に合ふやうな城の、此近所にある事を知つてゐる者も一人も無い。 バルバラもわしの病気だと云ふ事を告げたので、急いで見舞に来てくれたのである。 急いで来てくれたのは、彼から云へばわしに対する愛情ある興味を証拠立てゝゐるのであるが、其訪問は、当然わしの感ずべき愉快さへも与へてくれなかつた。 僧院長セラピオンはその凝視の中に、何処となく洞察を恣にするやうな、審問をしてゐるやうな様子を備へてゐるので、わしは非常に間が悪かつた。 彼と対ひあつてゐる丈でも、わしは当惑と有罪の感じを去る事が出来ないのである。 一目見て彼は、わしの心中の苦痛を察したのに違ひない。 彼は偽善者のやうな優しい調子でわしの健康を尋ねながら、絶えず其獅子のやうな黄色い大きな眼をわしの上に注いで、測深錘のやうな透視をわしの霊魂の中に投入れるのである。 それから彼は、わしがどう云ふ方針で此教会区を管轄するか、こゝへ来てから幸福かどうか、教務の余暇をどうして暮すか、此処に住んでゐる人々と大勢近附きになつたか、何を読むのが一番好きかと云ふやうな事を、数知れず尋ねた。 わしは是等の問ひを出来る丈、短く答へたが、彼は何時でもわしの答を待たずに、急いで一つの問題から一つの問題へ移つて行つたのである。 此会話は、彼が実際云はうとしてゐる事とは何の関係もないのに違ひない。 遂に彼は何の予告もなく、丁度其時思ひ出した知らせを、忘れずに繰り返しておくやうに、明晰な声で急にかう云つた。 其声はわしの耳に最後の審判の喇叭のやうに響いたのである。 「あの名高い娼婦のクラリモンドが、五六日前の事、八日八夜続いた饗宴の終にとう/\死んでしまつたわ、大した非道な事であつたさうな。 ベルサガアルとクレオパトラの饗宴に行はれた罪悪が又犯されたと云ふものぢや。 神よ、わし達は何と云ふ末世に生きてゐるのでござらう。 其奴隷共は又何やらわからぬ語を饒舌る、わしの眼には此世ながらの悪魔ぢや。 其中の一番卑しい者の服でさへ、皇帝が祭礼に着る袍の役に立つさうな。 が、わしは確かにビイルゼバッブだと信じてゐるて。」 彼は話すのを止めて、恰も其話の効果を観察するやうに、前よりも一層、注意深くわしを見始めた。 わしは彼がクラリモンドの名を口にした時に思はず躍り立たずには居られなかつた。 そして彼女の死の知らせは、わしの見た其夜の景色と符合する為に、わしの胸を畏怖と懊悩とに満たしたのである。 其畏怖と懊悩とはわしが出来る限り力を尽したにも拘らず、わしの顔に現はれずにはゐなかつた。 セラピオンは心配さうな、厳格な眸でぢつとわしを見たが、やがて云ふには「わしはお前に忠告せねばならぬて。 クラリモンドの墓は、三重の封印でもせねばなるまい。 人の云ふのが誠なら、あの女の死ぬのは始めてゞは無いさうな。 かう云つて僧院長セラピオンは静かに戸口へ歩んで行つた。 わしは全く健康も恢復すれば、又日頃の職務に服する事も出来る様になつた。 がクラリモンドの記憶と老年の僧院長の語とは一刻もわしを離れない。 けれども格別、彼の気味の悪い予言を実現するやうな大事件も起らなかつたので、わしは彼の掛念もわしの恐怖も、誇張されたのに過ぎないと信じるやうになつた。 それはわしが眠るか眠らないのに、寝床の帳の輪が、鋭い音を立てゝ、其輪のかゝつてゐる棒の上をすべつたので、わしは帳が開いたなとかう思つた。 そこで素早く肘をついて起き上ると、わしの前に真直に立つてゐる女の影がある。 彼女は手に、墓の中に置くやうな形をした小さなランプを持つてゐる。 その光に霑された彼女の指は、薔薇色にすきとほつて、それが亦次第に不透明な、牛乳のやうに白い、裸身の腕に溶けこんでゐる。 彼女の着てゐるのは、末期の床の上に横はつてゐた時に彼女を包んでゐた、リンネルの経帷子である。 彼女はこの様にみすぼらしい衣服を纏ふのを恥ぢるやうに、其リンネルの褶に胸をかくさうとしたものの、彼女の小さな手は其役に立たなかつた。 彼女は其経帷子の色がランプの青ざめた光の中で彼女の肉の色と一つになる程白いのである。 彼女の肉体のあらゆる輪廓を現すやうな、しなやかな、織物に包まれた彼女の姿は、生きた女と云ふよりも寧ろ美しい古の浴みする女の大理石像のやうに眺められる。 が、死んでゐるにせよ、生きてゐるにせよ、石像にせよ女にせよ、影にせよ肉体にせよ、彼女の美しさは依然として美しい。 唯違ふのは彼女の眼の緑色の光が、前よりも輝かないのと嘗ては燃えたつやうな真紅の唇が、今は其頬の色のやうな、微かなやさしい薔薇色に染んでゐるとの二つである。 わしが前に気の附いた、髪にさしてある小さな青い花も今は見る影もなく枯れ凋んで、殆どのこらず葉を振ひつくしてゐるが、之とても彼女の愛らしさを妨げる事はない―― 彼女は、此事の性質が不思議なのにも拘らず、又わしの室へはひつて来た様子が奇怪なのにも関らず、暫くはわしが何等の恐怖をも感じなかつた程、愛らしく見えたのである。 彼女はランプを卓の上へのせて、わしの寝床の後に坐つた。 それからわしの上に身をかゞめて、銀のやうに冴えてゐる、しかも天鵞絨のやうにやさしく柔かい声で、かう云つた。 其声は彼女を除いては誰の唇からも聞く事の出来ぬやうな声である。 ロミュアル、私が貴方の事を忘れてしまつたのだと思つたでせう。 でも私は遠い処から来たのよ、それはずうつと遠い処なの。 唯、空間と影ばかりある処なの、大きな路も小さな路もない処でね。 まあ、此処へ来る途中で、何と云ふ悲しい顔や、恐しい物を見たのでせう。 唯意志の力だけで又此大地の上へ帰つて来て、体を見附けて其中へはひる迄に、私の霊魂は何と云ふ苦しい目に遭つたでせう。 私を掩つて置いた重い石の板を擡げる迄に、何と云ふ苦労をしなければならなかつたでせう。 レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。