アンパンマン強さ議論スレ Part2
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わし達の馬の蹄鉄に打たれて、石高路から迸る明い火花の雨は、わし達の後に火光の径の如く輝いてゐた。 その人は二人の幽鬼が夢魔に騎して走るのだと思つたに相違ない。 狐火は時々、路の行く手に明滅して、夜鳥は怖しげに、彼方の森の奥で啼き叫んでゐる。 其森には、時として山猫の燐火を放つ眼がきらめくのさへ見えるのである。 馬の鬣は益々乱れ、汗は太腹に滴つて、つく息も急に又苦しげに鼻孔を洩れるが、案内の男は馬の歩みの緩むのを見ると、殆ど人間とは思はれぬやうな、不思議な喉音を上げて、叱する。 すると馬は又、元のやうに無二無三に狂奔するのである。 多くの輝いた点が開いてゐる大きな黒い物が、急に眼の前に聳えた。 わし連の馬の蹄は、丈夫な木造の刎橋の上に前よりも声高く鳴りひゞいて、二人はやがて二つの巨大な塔の間に口を開いた大きな穹窿形の拱廊に馬をすゝめた。 広庭には松明を持つた従者が縦横に駈け違ひ、頭の上には又燈火の光が階段から階段へ上下してゐた。 わしは此厖大な建築の形を、混雑の中に瞥見する事が出来たが―― それは誠に魔法の国にもふさはしい、堂々とした豪奢の趣致と楚々とした優麗の風格とを併せ有してゐるものであつた。 以前にクラリモンドの手帳を持つて来た男である、わしはすぐにそれと気が附いた―― それから、黒天鵞絨の着物を着て首に金鎖をかけた家令も、象牙の杖によりながらわしに会ひに出て来た。 見ると大きな涙の滴が眼から落ちて、頬と白い髯の上に流れてゐる。 でも、せめてどうかいらしつてお通夜をなすつて下さいまし。」 わしの泣いたのも決して此老人に劣らなかつたであらう。 それは死者が、クラリモンド其人、わしがあのやうに深くあのやうに烈しく恋してゐたクラリモンド其人だつた事を知つたからである。 青銅の酒盞に明滅する青い光は、室内を朦朧とさした。 深秘な光にみたして、唯暗い中に家具や軒蛇腹の突出した部分を、其処此処に時々明く浮き出さしてゐる。 卓子の上にある、彫刻を施した甕の中には、一輪の素枯れた白薔薇が生けてある。 皆、香のいゝ涙のやうに落ち散つて、甕の下にこぼれてゐる。 壊れた黒い面と扇と其外肘掛椅子の上に置いてある様々な扮装の道具を見ても、「死」 が急に何の案内もなく此華麗を極めた城廓に闖入した事がわかるであらう。 わしは寝床の上を見るのに忍びないので跪いたまゝ「死者の為の讃美歌」 そして烈しい熱情を以て、神がわしと彼女の記憶との間に墳墓を造つて、今後わしが祈祷をする時にも彼女の名を永久に「死」 によつて浄められた名として、口にし得るやうにして下すつた事を感謝した。 けれ共、わしの熱情は次第に弱くなつて、わしは思はずある夢幻の中に陥つてしまつた。 一体其室は、死人の室らしい所を少しも備へてゐない室であつた。 わしが通夜の間に嗅ぎなれた不快な屍体の匂の代りに、ものうい東洋の香料の匂が―― わしは艶いた女の匂がどんなものだか知らないのである―― 青ざめた光は屍体の傍に黄色く瞬く通夜の蝋燭の代りと云ふよりは、寧ろ淫惑な歓楽の為にわざと作られた薄明りの如く思はれる。 わしは、クラリモンドが永久にわしから失はれた瞬間に再び彼女を見る事が出来た、不思議な運命をつくづくと考へて見た。 そして、残り惜しい懊悩の吐息がわしの胸を洩れて出た。 其時、わしにはわしの後で誰かが亦吐息をしたやうに思はれた。 けれ共、其刹那に、わしの眼は其時迄見るのを避けてゐた死者の寝床の上に落ちた。 刺繍の大きな花で飾られた、赤いダマスコの帳が、黄金の房にくゝられて、うつくしい屍骸を見せてくれるのである。 屍体は長々と横になつて、手を胸の上に合せてゐる、眩ゆいやうな白いリンネルの褻衣に掩はれたのも、掛衣の陰鬱な紫と、著しい対照を作つて、しかも地合のしなやかさが、彼女の肉体のやさしい形を何一つ隠す所もなく、見る人の眼を、美しい輪廓の曲線に従はしめる―― 彼女はさながら或巧妙な彫刻家が女王の墳墓の上に据ゑる為に造り上げた雪花石膏の像か、或は又恐らくは、眠つてゐる少女の上に声もない雪が一点の汚れもない掛衣を織りでもしたかの如く思はれた。 わしはもう、力めて祈祷の態度を支へてゐる事が出来なくなつた。 閨房の空気はわしを酔はせ、半ば凋んだ薔薇の花の熱を病んだやうな匂はわしの頭脳に滲み込んだ。 わしは休みなく彼方此方と歩きながら、歩を転ずる毎に、屍体をのせた寝床の前に佇んで、其透いて見えさうな経帷子の下に、横はつてゐる優しい屍の事を、何と云ふ事もなく想ひはじめた、わしの頭脳には、熱した空想が徂徠して来たのである。 わしは彼女が恐らく、本当に死んだのではあるまいと思つた。 唯わしを此城へ呼び寄せて、其恋を打明ける為に、わざと死を装つてゐるのだと思つた。 そしてわしは、同時に彼女の足が、白い掛衣の下で動いて、少しく捲いてある経帷子の長い真直な線を乱したとさへ思つた。 「これが本当にクラリモンドであらうか、之が彼女だと云ふ何んな証拠があるだらうか。 あの黒人の扈従は外の貴夫人に傭はれたのではないだらうか。 この様に独りで苦しがつてゐては、屹度わしは気が狂ふのに相違ない。」 けれども、わしの心臓ははげしく動悸を打ちながら、かう答へる。 あゝ、わしは之も白状しなければならないであらうか。 の影で浄められてゐるとは云へ、常よりも更に淫惑な感じを起さしめた。 わしは、此処へ葬儀を勤めに来たと云ふ事も忘れてしまつた。 花嫁はしとやかに、美しい顔を隠して、羞しさに姿を残る隈なく掩はうとしてゐるのである。 わしは胸も裂けむ許りの悲しみを抱きながら、しかも物狂はしい希望にそゝられて、恐怖と快楽とにをのゝきながら、彼女の上に身をかゞめて、経帷子の端に手をかけた。 そして、彼女の眠を醒ますまいと息をひそめながら其経帷子を上げて見た。 わしの動悸は狂ほしく鼓動して蟀谷のあたりには蛇の声に似た音が聞えるかとさへ疑はれる。 汗が額から滝の如く滴るのも、丁度わしが大きな大理石の板を擡げでもしたやうに思はれるのである。 わしの得度の日に見たのと寸分も違ひなく横はつてゐた。 青ざめた頬、やゝ色の褪せた唇の肉色、其白い皮膚に黒い房をうき出させる長い睫毛、其等の物が皆彼女に悲しい貞淑と内心の苦痛との云ふ可らざる妖艶な容子を与へてゐる。 未だ小さな青い花で編んである長い乱れ髪は、彼女の頭にまばゆい枕を造つて、其房々した巻き毛は、裸身の肩を掩つてゐる。 聖麺麭よりも清く、浄らかな美しい手は組合せたまゝ、清浄な安息と無言の祈祷とを捧げるやうに、胸の上にのつてゐる。 未だ真珠の腕輪も外さない、裸身の腕が象牙のやうにつや/\と、円かな肉附きを見せてゐる艶めかしさに―― がこの美しい肉体を永久に去つたと云ふ事が信じられなくなつて来た。 所が燈火の光の反射かそれはわしにも解らないが、(彼女はぢつと動かずにはゐるけれど) 其命の無い青ざめた皮膚の下では、再び血液の循環が始つたやうに思はれた。 が、あの寺院の玄関で、わしの手に触れた時よりも冷たくはないのである。 わしは再び彼女の上にうつむいて、温かな涙の露に彼女の頬を沾した。 あゝ、わしはぢつと彼女を見守りながら、如何なる絶望、自棄の苦悶に、如何なる不言の懊悩に堪へなければならなかつたであらう。 わしは徒にわしの生命を一塊の物質に集めてそれを彼女に与へたいと思つた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています