先日、ある地方都市の教会に嫁いだ女性の話を間接的に聞いた。
その女性は布教所で生まれ育ち、天理で恋愛をして昨年教会の後継者の元に嫁いだ。
自身が天理教の信仰家庭で育ったことから、
天理教の教会に嫁ぐことは喜びでもあったようだ。
後継者である旦那は時間のある夜に睡眠時間を削って働きに出ており、
貧しい中でも一生懸命生活していた。
しかし子どもを身籠ったのと同時に、彼女はうつ病になった。
身重な彼女は、不安定な体調と旦那の少ない稼ぎで、生きることだけで必死だった。
そこに追い打ちをかけたのが、上級教会からのお供えという上納金の催促であった。
上級教会からは頻繁に電話がかかってきて月次祭ごとにお金を持っていかれる。
そのお金は信者からのわずかの浄財であり、旦那の稼ぎである。
彼女は今は回復しており、
「教会なんて嫁ぐんじゃなかった」
と冗談半分で笑って言っている。