勇者は世界樹になる巨大な林檎『セカイイチ』から生まれた。世界樹は林檎の木だったのだ。
『セカイイチ』は千年に一度だけ世界樹になる伝説の果実である。
実った果実は神鳥によって神の国へ運ばれるはずだったが、邪竜の手によりそれは妨害された。
そして果実は川へ落ち、どんぶらこ、どんぶらこ、と流されていった。
それを拾った者こそ、先代の勇者であった。
先代の勇者は裕福な商人の元に生まれた。
彼の父は成り上がり者で、無教養な自分を恥じていたため、息子の教育のために惜しみ無く金を使った。その甲斐あって、先代の勇者はそこらの貴族には負けないほどの教養を身につけることができた。詩学、哲学、歴史学、語学、論理学、修辞学、数学、天文学、音楽、そして勇者学。
学問は彼の精神を豊かにした。そして、彼は勇者に憧れた。
教養は、それを得た者を正道から外れさせることが少なからずある。先代の勇者もまた、教養の犠牲者の一人だったのかもしれない。
商人の息子が勇者を目指す?
当然、父は大反対した。
「勇者とは、体のいい人柱にすぎぬ」
それが父の言い分だった。
なぜこうなってしまったのだろう?
彼は息子に恥をかかせたくないだけだった。
だが、彼は教養の本質を理解していなかった。
教養は人の心の奥まで侵蝕し、根本から作り替えてしまう。
特に、若者への影響は絶大である。
勇者学は彼の勇者観念を軽々と破壊した。
そして、彼は自分が勇者にならねばならないと決意したのだ。
道は険しかった。だが、彼はその信念が為せる業か、決して挫けることなく、進み続けた。
そして、三十になるかならないかという歳で、ついに彼は勇者の称号を得た。
その後は、もう語るまでもないだろう。彼の英雄譚は吟遊詩人たちが代わりに語ってくれるだろうから。
そして、今、燦然と輝く太陽に照らされてきらきらと美しい緑の葉から光を放つ世界樹の下で、彼は果実を手にした。
伝説は、ここから始まる。