X



トップページ創作発表
481コメント1464KB
レトロファンタジーTRPG
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2020/05/31(日) 21:18:54.91ID:Nni+ZiO2
ここはアースギア……。
五つの大陸を舞台に数多の勇者達が冒険する世界。
あなたもまた、魔王打倒を目指して旅をするのです……。


◆概要
・ステレオタイプのファンタジー世界で遊ぶスレです。
・参加者はトリップ着用の上テンプレに必要事項を記入ください。
・〇日ルールとしては二週間以内になんとか投下するスレになります。
・投下が二週間以上空きそうな場合は一言書き込んでおくようにしましょう。
0330マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/07/14(水) 19:28:12.66ID:TkiynQs6
玉座の間に案内されたマグリットは礼装用の法衣に身を包み、外交儀礼に則った立ち振る舞いで進んでいた

大元は未開の地に神の教えを広める宣教師で儀典とは程遠い身ではあるが、それでも教会組織に属しているのだ
一通りの再訪は叩き込まれていた、が、他の二人はそうでもないようで

>「マグリットは教会出身だからこういう儀礼的なことにも慣れてそうだよね。
> クロムは大丈夫?俺は苦手で……作法を教えられても頭から飛んじゃうんだよ」

レインの言葉に耳を傾けつつも、視線は玉座から外さず、表情も変えずに二人にだけ聞こえる程度の音量で応える

「ご安心ください、私たちは助けを請われて招かれた立場です
必要以上にかしこまって平伏する必要はありません
片膝をつき膝拙く程度で十分かと」


>「ん? 別にいいんじゃね? どーでも」

安心させるように語り掛けたのだが、それを拡大解釈どころか相変わらずの自由過ぎるクロムの言葉に思わずマグリットの頬がひきつる

「かといって相手は王族、対等な立場ではありません
王としての威厳や面子もありますので、そこを外すとあっという間に拗れるので注意は必要ですよ」

今回の謁見に際して、特に身体検査などをされていない
これは信頼の証でもあると同時に、万が一自分たちが襲い掛かったとしても王を守り切れるという自負の現れでもある
即ち、不用意な挙動一つで槍も矢も飛んできてもおかしくないという事なのだから

という事を付け加えていると、謁見の時間となり、仰々しい宣告と共にトバルカイン王がその姿を現して

>「うむ。そのために確認だが、召喚の勇者殿は宇宙についてどこまで御存知かな?
> 後ろの二人も。クロム殿とマグリット殿でよかったかな」

「空の遥か上、星と神々の世界
神々が星辰を運行し運命を歯車を回す天界の領域、と教会では教えられておりますが」

宇宙についての知識は殆どないにも等しく、教会では天動説が通説として用いられており、しどろもどろ応えるレインの後ろからマグリットが応える
その応えに対しトバルカイン王の言葉は、そしてドワーフたちの技術は、マグリットを驚愕させるのに十分なものだった

それは、宇宙まで伸びている巨大な塔
その先端は人が作りし星と接続され、大陸全土から魔力を吸い上げ砲として放つというものなのだから

「そ、それは……バベル……!?」

思わず口走ってしまった言葉
聖書の中にある、古の昔、天へ至ろうとした傲慢な王が建てた塔の逸話そのままだったからだ



謁見が終わり、戻る道中クロムの言葉にため息交じりに応えずにはいられなかった

>「一撃で一都市を破壊できる兵器。責任は重大。失敗は許されねぇ、か……。
> たまんねぇなぁ。ドワーフの先祖ってのもとんでもない遺物を残していきやがったもんだ」

「眩暈がしそうなお話しでしたね。
バベルは神の怒りによって崩され、宇宙の梯子は魔族によって奪われても尚それに頼ろうとは……」

トバルカイン王の依頼はあくまで宇宙の塔の奪還であり破壊ではない
もちろん現在のように魔族が猛威を振るう中、強大な力を放てる衛星砲は確保しておきたい武力なのだろうが……
マグリットはそこまで信心深い方ではないのだが、それでもその業の深さにため息を禁じえないのであった
0331マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/07/14(水) 19:30:47.50ID:TkiynQs6
一週間ほどの滞在の後、いよいよ宇宙の梯子奪還のための出立日となった
準備は整い、レインたちに渡した丸薬による抗体も十分にできたであろう
召喚の勇者一行に仮面の騎士、ドルヴェイクとその護衛の7人はゴルトゲルプ大坑道を通り森へ出た
ここからは柱の梯子まで森を一つ抜けなければいけないのだが、ここからは既に魔族の勢力圏

それを実感させるように姦しい声と共に蜂の魔族が多数の魔物を引き連れ現れた

>「私は魔蜂の女王キュベレー!"風月飛竜"シェーンバイン様いちの部下ですわっ!
> どうぞお見知りおきを!もっともすぐに死んでしまうでしょうけどねぇ!!」

名乗りを上げたキュベレーは元は腐毒公爵グリマルディの部下であったが、仮面の騎士が上司を倒した事により現在の地位に流れてきたとの事だった

驚いたり甲高く笑ったり、忙しく反応を見せた後、デスホーネットをけしかける
ここに戦闘が開始されたのだった

レインが素早く紅蓮の剣士に召喚変身し、炎の壁を作り上げるがですホーネットは全くひるまない
それどころは炎を纏った毒に飛礫となって襲い来るのだ

デスホーネットを切り払いながら後退するレインとクロムに代わり、マグリットが前に出る

「お任せください!螺哮砲!」

その声と共にマグリットの大きく開かれた口からは超音波が放たれ、それは30センチ程度の蜂にとっては音の壁となって立ちはだかるのだ
もちろんこれでデスホーネットを仕留められるわけではないが、一瞬の足止めができれば十分
あとは幅広なシャコガイメイスが面の打撃により、バチンという音と共にデスホーネットをまとめて叩き落すのであった

しかしキュベレーの手勢はデスホーネットだけではなかった
デスホーネットを避け下がった先に現れたのは全長三メートルの巨躯を誇るギガントワプスである
こちらもレインの作った炎の壁をものともせずに、実が燃え上がろうとも構わず襲い来る


>「おい、お前ら。こんなデカブツなんかに手こずるなよ。どうせワイバーン以下だ。
> さっさと片付けて後ろの女王サマを仕留めねーと、時間と体力を無駄に消費する事になるぜ」

それを受け、クロムの声が飛び、戦闘が激化しようとするところだが、マグリットの視線はレインに向けられていた



>「そんなに燃えたいのか。今度は跡形もなく焼却してやる……!」

紅蓮の剣士への召喚変身をしたにもかかわらず、炎の壁を作るも突破され、苛立ちもあったのだろう
しかし立ち向かおうとしたギガントワプスは突然横からの炎の塊により弾き飛ばされ、飛んでいたものと一体となって転がっていく

「いやいや、失礼失礼、思いのほかよく飛びまして」

炎の塊の飛んできた方を見れば、シャコガイメイスをフルスイングした状態でレインに笑いかけるマグリットが言葉を続ける

「レインさん、毒は毒でも毒舌に侵されてしまったようですね
怒りを煽られた状態で戦ってはなりませんよ?」

大股でレインに近寄り、諭すように語り掛けると、激突し一つの肉塊になったギガントワプスだったものからはみ出ている足を掴み上げながら

「クロムさんの言うとおり、狙うべきは女王
我らが目的は風月飛竜であり、その自称NO2の更に部下などという些事は私に任せ、レインさんはまずはこの場の大将を討ってくださいませ」

そう言いながらところどころに火を纏うギガントワプス二体分の肉塊をキュベレーに投げつけるのであった

【レインに向かったギガントワプスも一緒に討伐】
【その肉塊をキュベレーに投げつけ牽制し、キュベレーを討つように促す】
0332レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/07/17(土) 00:05:01.68ID:HIpGkBHG
ギガントワスプと対峙したレインは言葉を荒立てながらも、頭は冷静だ。
大剣を正眼で構えたまま相手の出方を慎重に伺う。

>「おい、お前ら。こんなデカブツなんかに手こずるなよ。どうせワイバーン以下だ。
> さっさと片付けて後ろの女王サマを仕留めねーと、時間と体力を無駄に消費する事になるぜ」

クロムの言うことはもっともだった。
ぶっきらぼうな男だが、戦闘においては何よりも頼りになる。
小剣という形ではあるが剣の武器が戻ってきてよりそう感じている。
クロムと蜂巨人が早速かち合ったのを見て、レインもいざ斬りかかろうと――。

>「いやいや、失礼失礼、思いのほかよく飛びまして」

――したが横合いから炎の塊がレインと相対していた蜂巨人を吹き飛ばした。
マグリットの仕業だ。マグリットは悪気もない様子でこう話しかけてきた。

>「レインさん、毒は毒でも毒舌に侵されてしまったようですね
>怒りを煽られた状態で戦ってはなりませんよ?」

「それは……分かってるさ。おかげで落ち着いてる」

『豪腕の籠手』のような魔導具もなく、素の膂力で
三メートルの巨体を矢のように吹き飛ばすのかと思ってちょっと驚いた。
出会った頃からパワータイプだったが、獣人の筋力は凄いものだと再認識する。

>「クロムさんの言うとおり、狙うべきは女王
>我らが目的は風月飛竜であり、その自称NO2の更に部下などという些事は私に任せ、レインさんはまずはこの場の大将を討ってくださいませ」

「分かった。いつもサポートしてくれて助かるよ。
 敵は魔物を統率するタイプのようだから直接対決ならこちらに分があるはず……」

何気なく自分の分析を話していると、
マグリットは蜂巨人二体をボール球のように軽々放り投げたのだ。
空中に浮かぶキュベレーは「げぇっ」とした顔で慌てて回避した。
0333レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/07/17(土) 00:05:56.45ID:HIpGkBHG
だがまぁそんな無駄にデカいもん投げつけたところで大した牽制にならない。
それよりもキュベレーはなぜか自分を余裕で倒せるみたいな会話を聞いて正気を疑っていた。

「こいつらマジですの……?魔族である私を倒せると思ってる……?
 ははーん。もしかしてイメトレとかシミュレーションでイキっちゃうタイプなんですの?
 おーっほっほっほ!私は優しいから教えてさしあげますわ。実戦はトーシロの想像とは何もかも違って……」

扇子で口元を隠しつつ、どや顔で語っているとレインが大剣を構えて突っ込んできた。
隙だらけなせいだ。キュベレーは「またかよ」みたいな顔でサッと躱す。

「違って……」

だが、なぜか空中で方向転換を決めて背後からまた斬りかかってきた。
キュベレーは不思議に思いながらも羽根をはばたかせ、サッと躱す。

「違って……」

だがまたもや空中で方向転換を決めて斬りかかってきた。
キュベレーは「いや流石におかしいだろ」と思いながらサッと躱す。

「違っ……もうなんですのっ!?
 さっきからどうやって攻撃してるっていうんですの〜ッ!?」

よくよく見たら空中に杭みたいな足場が展開されているではないか。
あれは中位光魔法『グローパイル』!そんな使い方あるのかよと絶句した。
師匠と弟子、阿吽の呼吸で攻撃を仕掛けていたらしい。

(……さすがに空中戦は向こうの方が得意か。大振りな大剣じゃ当たらない。
 ここは相手の機動力を奪うことを考えた方がいいかもしれない)

仮面の騎士の拘束結界魔法『タリスマン』で閉じ込めてもらうか。
いや、あのスピードだ。空中に魔法陣が浮かんだ瞬間避けられかねない。
0334レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/07/17(土) 00:07:48.52ID:HIpGkBHG
思考を数瞬巡らせているのが隙となったのかキュベレーが高速で捲し立ててくる。
どうやらお喋りが好きなようだ。連弩さながらに言葉の矢を浴びせてきた!

「ふふん、蚊トンボがいい加減鬱陶しいですわ。私の魔物捨て身の必殺技でお逝きなさい!
 ぶんぶんぶん、魔蜂飛ぶ〜♪さー追い詰めますわよ、我が眷属たちよ!『蜂球』開始ッ!!」

ギガントワスプを呼んだ時と同じように指をパチンと鳴らす。
すると森のどこからともなく『デスホーネット』達が再度集まってきた。
それも尋常な数じゃない。数千匹いなくては説明がつかない膨大な量だ。
それがレイン、クロム、マグリット、仮面の騎士withドルヴェイク達を包囲する。

「蜂球……!?ということは……!」

レインは光の杭のひとつに着地して呟いた。蜂球。
それはミツバチが巣を狙うオオスズメバチに使う撃退方法だ。
数百匹のミツバチによってオオスズメバチを包み込み熱で蒸し殺す現象。

「さあ驚きなさい!慄きなさい!絶望しなさい!それが私にとって何よりの蜜!
 さっきのようにちょっとやそっと切り伏せた程度じゃこの『蜂球』は防げませんのよー!」

仮面の騎士は思考する。
全方位の守りとして使える『タリスマン』を防御魔法代わりとして皆に使うか否か。
いや、わざわざ魔族が攻撃手段に選んだのだ。張ったところで破られる恐れがある。
そうなれば『タリスマン』は盾どころか棺桶になってしまいかねない。

事実、デスホーネットの『蜂球』は数千度の超高熱を発するうえ、
魔蜂が密集することでとてつもない圧力を発揮し敵を圧殺もする厄介な一手だった。
……よって、仮面の騎士はドルヴェイクとその護衛二名の守りに徹することを決心する。
ドルヴェイクを背中に、護衛を脇に抱えて高速移動でいのいちに『蜂球』の包囲から脱出する。

「はぁ!?なんですのそのずっこい動き!?」

驚くのはまだ早い。
空中にいたレインは紅炎の剣に炎を宿らせて『蜂球』に斬りかかる。
振るわれた炎を纏いし刃は螺旋を描くように魔蜂を燃やす。
0335レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/07/17(土) 00:09:22.39ID:HIpGkBHG
なんだ、またお得意のショボい火力の炎か。
――キュベレーはそのように慢心しきっていたが今度は違う。
一瞬で蜂の体が燃え尽きるほどの強力な紅の炎が、魔蜂をことごとく焼き殺していく。

「もう魔力のセーブはしない。全力で……お前を倒す!」

そして剣に再び魔力を込めて空間を斬り裂く。
すると三日月の形をした焔の刃がキュベレーめがけ飛ぶ。
だがやはり寸でのところで避けられてしまう。

「あっぶねぇですわっ!なにしやがりますの!」

しっしっと振り払うように扇子を動かしてキレる。
直後、キュベレーの眼前に紫の魔法陣が浮かび、ふーっと息を吹きかけた。
すると魔法陣から猛烈な勢いで毒々しい色の煙が放出されレインを襲う。

「あはっ。毒魔法『ポイズンミスト』ですわ。
 吸えばどうなるかお分かりですわよね……ごめんあそばせ?」

これならもう倒しただろうという確信をもってキュベレーは満足した。
空中にこれでもかというほど広範囲に毒霧をバラまいてやった。

「って……えぇぇぇぇぇ!!?」

だがそれが仇となった。
広範囲に撒いた毒霧がかえってキュベレーの視覚を塞いでしまった。
背後からこっそり忍び寄ってくるレインにギリギリまで気付けなかった。
回避しようとしてもコンマ秒で間に合わない。

「そこだぁぁぁーーーーっ!!」

紅炎の剣を振り下ろし、一太刀で肩口から裂き、四枚ある羽根のうち片方二枚を切断する。
本当は換装召喚して『天空の聖弓』を使い毒霧を払っても良かったが……。
それでは防御できてもキュベレーに攻撃が当たらなかっただろう。
だから捨て身で攻める必要があった。
0336レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/07/17(土) 00:13:05.60ID:HIpGkBHG
毒霧を吸ってしまい限界がきたレインと羽根を失ったキュベレーが地面へ落下する。
レインはなんとか両足で着地すると、そのまま倒れ込んでしまった。

「ごめん……ちょっと動けそうにないや。皆、後は頼むよ……」

記憶が確かならクロムが『毒消し草』を持っていたはずだ。ゆえに無茶を敢行できた。
本当ならさっきの一撃でケリをつけたかったが、流石に致命傷は避けられてしまった。
信頼できる仲間とはいいものだ。たとえ自分が動けなくなっても後を任せられる。
後方から素早く仮面の騎士がやってきてレインに肩を貸すと、高速移動で戦闘圏から離脱する。

「ああああああああああ!!!!!!マジでなんなんですの!!!?
 私の美しい羽根がぁぁぁぁっ!!ただの冒険者共なんかにぃぃぃぃぃ!!!!」

「俺達はただの冒険者じゃないよ……これでも一応、勇者パーティーなんだ。
 キュベレー覚えておくことだ。お前を倒すのは"召喚の勇者"一行だってこと……」

「知ったこっちゃありませんわそんなクソ雑魚ナメクジ弱小パーティーッ!!
 私に近づくな、この……下賤で不愉快極まりない下等種族共がぁぁぁぁぁぁ!!!!」

魔族は他種族と一線を画する高位の種族だ。
エルフと肩を並べるほどの寿命に膨大な魔力。獣人を凌ぐ身体能力。優れた適応力に多様な生物的特性。
最強の種族となるべく生み出され、生物界の頂点に立つべき数々の恵まれた能力を誇る。
その傲慢さがここにきて露になっていた。飛行能力を失って余裕がないのだろう。

そして追い詰められたキュベレーは次なる手札を切る。
毒針を構えるとクロムとマグリット目掛けて高速で連続発射してきた。
一見しただけでは分からないだろう。これはただの針ではない。

『エグゾセニードル』という着弾すると爆発する針だ。
体内で爆薬を調合して針に仕込むキュベレーの特技のひとつである。
ミスリルの盾でもない限り、防ぎでもしたら盾ごと木っ端微塵に吹っ飛ぶ代物。

「だいたいおかしいですわ!なぜ魔族より遥かに劣る下等種が世界を支配しているんですの!
 人間たちだけが神に愛され贔屓されている!この現状に我慢がなりませんわっ!!
 ……気に入りませんわどいつもこいつも!きたねぇ花火にしてさしあげましてよ!!」


【キュベレーは『蜂球』を使い一行全員を焼き殺そうとする】
【その後、レインに羽根を二枚切り裂かれ地面に落下する】
【落下後は着弾すると爆発する針を連射して攻撃してくる】
0337クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/07/23(金) 22:58:39.75ID:1dMUq6Bm
レインの捨て身の攻撃がキュベレーから機動力を奪う。
空を舞う蜂の女王も、羽が無ければ流石に宙に留まることはできず、為す術なく地面に墜ちる。

「ナーイス」

墜落地点の周囲にはクロム、マグリット。
手下の蜂を使って常にパーティを囲み、優勢を保ってきた女王蜂が初めて、そして一瞬で形勢逆転を許した瞬間であった。
しかし、これで決着がついたわけではない。女王はまだ戦闘力を有しているのだ。
じり、と慎重に間合いを詰めていくクロムが、女王の殺気が急激に膨れ上がるのを感じ取るまでそう時間は掛からなかった。

「悪あがきはよせって──……」

殺気はいわば攻撃の合図。故にクロムは足を止め、思わず身構えた。
直後、見開いた目が何かを捉える。
それは小さな針──それも恐らく毒の──がキュベレーから無数に、高速で発射されたのである。

クロムは咄嗟にジャンプする。だが、回避の試みは完全な形では成功しなかった。
ジャンプに用いたが為に攻撃範囲から最後まで逃げ遅れた形となった利き足だけは直撃を許してしまったのだ。

「ちっ────!?」

クロムの反応に勝るとも劣らない速度の攻撃だが、真に驚くべきはそこではなかった。
驚くべきは触れた瞬間に激しく爆発し、骨肉を瞬時に爆ぜ散らした針。その凶悪な特性である。

(──『反魔の装束』に殺されねぇ威力! この爆発は魔法じゃねぇ、特技によるものか!)

焦げた傷口から全身に伝わる強烈な痛みが、あっという間にクロムに冷や汗を噴き出させ歯軋りをさせる。
その苦痛を露わにした表情を見て、甲高く笑うキュベレー。

「おーっほっほっほっほっほ! その足じゃもうちょこまか逃げ回ることもできませんわねぇ!
 私の『エグゾセニードル』を喰らって無事で済む奴なんかこの世にいねぇんですのよ! 避けるなら避け切らないと意味が──」

続いて彼女は、空中に逃れたクロムに向けて、追撃を掛けんと構えた。

「──なっ!?」

──が、瞬間、その顔から笑みが消し飛ぶ。
方向転換が不可能な筈の空中で、クロムの体が突如として弾き飛ばされるかのように進行方向を変え、キュベレーに向かったからだ。
しかも、雷のように素早く、ジグザグの軌跡を描きながら。

「打ち込まれていた『グローパイル』の足場──位置を記憶してなかったのか? だからお前は“自称”2止まりなんだよ」

片足だけでも足場から足場への跳躍は可能だ。それもクロムの身体能力をもってすれば、高速で。
加えて複数の足場を複雑に経由すれば、更に目で追う事を困難にさせ狙い撃ちのリスクを減らせる。

「なっ、ななななななっ──あぁっ!?」

その目論見通り、攻撃を受けることなくまんまと狼狽するキュベレーの背後を取ったクロムは、彼女の喉元に剣を突き付けて囁いた。

「解ったか? 解ったら、潔く降参しろ。面倒くせぇ手下どもも全部下がらせて危害を与えねぇようにしな。さもねぇと……」

戦場には未だ無数の蜂が空中を飛び回り、群れを成して熱殺の機会を伺っている。
キュベレーという司令塔を始末したら、勝手にどこかへ飛び去ってくれたり無力化されたりするのだろうか。
それは分からない。下手をすれば暴走して却って手が付けられなくなるかもしれない。
だからこそ敢えて殺さず、脅して取引を持ち掛けたのだ。
片足を失った今のクロムでは、もはや蜂の全てを片付けるだけの余裕も、逃げ切るだけの力もないのだから。

もっとも、既に蜂どもは無力化されているかもしれない。何故ならこちにらも毒の使い手がいるのだから。

【『エグゾセニードル』を喰らい右足の膝から下を失うも、キュベレーの背後を取ることに成功し降伏を迫る】
0338マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/07/28(水) 19:48:49.95ID:dSCCyOYI
レインの三次元的な動きに翻弄され、業を煮やしたキュベレーは大量のデスホーネットを呼び出し周囲を取り囲む
その意図を察した仮面の騎士はドルヴェイクたちを担ぎ一足先にその包囲網から脱した
レインも魔力のセーブをやめ本来の火力を元なう紅蓮の刃でデスホーネットを焼き尽し突破口を開き、クロムも続くのだが、マグリットは動かなかった

マグリットは重鈍であり、レインやクロム程は早くは動けない
それに、ここを突破してもデスホーネットはすぐに新たなる蜂球を形成するだけだ
故に、デスホーネットの群れを引き受けるものが必要だと判断したからだ

蜂球形成により外部からではマグリットの姿は見えず、時折激しい音が聞こえてくることがいまだ生存している事を知らせていた
内部ではマグリットはコマのように回転しシャコガイメイスを振り回したり、時折地面を叩き周囲に衝撃波を生み出し寄せ付けないようにしている
が、それも時間稼ぎにしか過ぎなかったのだが、その時間稼ぎこそがマグリットにとっては必要な事なのだ


マグリットが蜂球に包まれている間に戦況は動いている
クロムがキュベレーを追い詰め、毒きりの噴霧にも構わずキュベレーの羽を切り落としたのだ

>「ごめん……ちょっと動けそうにないや。皆、後は頼むよ……」

辛うじて着地には成功したものの、毒を吸い込んでしまっておりそのまま倒れ込んみ、仮面の騎士が肩を貸し戦闘圏から離脱する

「いやいや、手間取ってしまい申し訳なかったです
あとはお任せくださいませ」

レインの言葉に応える言葉と共に、崩れる蜂球から出てきたのは血塗れのマグリットであった

毒を使う生物だからと言って、毒に耐性があるとは限らないというもの
個別で叩いていても際限のない大軍に、マグリットは空間自体を己の毒血霧で満たす事により対抗したのだ
密集するデスホーネットは熱を発する前に毒により息絶えていったのだった

「周囲に散布したあなたの毒は吸収させていただきました。
さて、自称とはいえNO2、色々お話しいただきたいところなのですが?」

レインにより羽を切り落とされ、高速機動どころか飛ぶことすらもままならなくなったキュベレー
切り札の蜂球も破り毒きり散布も浄化、もはや形勢は決したと、情報を引き出しにかかろうと笑みを浮かべながら近寄る
だが、まだキュベレーの戦意はくじけていなかった

>「だいたいおかしいですわ!なぜ魔族より遥かに劣る下等種が世界を支配しているんですの!
> 人間たちだけが神に愛され贔屓されている!この現状に我慢がなりませんわっ!!
> ……気に入りませんわどいつもこいつも!きたねぇ花火にしてさしあげましてよ!!」

その言葉と共に毒針を連続発射を始める
マグリットは笑顔で接近をしていても一切相手を信用していない
それが未開の地に布教に行く宣教師たちに叩き込まれる鉄則であるからだ

故に、キュベレーの攻撃に咄嗟に反応ができシャコガイメイスを振るい針を薙ぎ払うが、薙ぎ払った先で爆発が起こりその衝撃により体勢が崩れる
尚も連射される爆発の針に左手で貝殻の盾を形成し防ごうとするも、爆発の威力はすさまじく、盾ごと左腕が吹き飛んでしまった

キュベレーの高笑いと共に尚も連射される爆発針に左腕を失ったマグリットはなすすべもなく晒されていく
しか、クロムは足を負傷しながらも設置されたグローパイルを利用して撹乱移動
そしてついにはキュベレーの背後を取り首筋に剣を突き付けるに至ったのだ

>「解ったか? 解ったら、潔く降参しろ。面倒くせぇ手下どもも全部下がらせて危害を与えねぇようにしな。さもねぇと……」

その言葉を遮るようにデスホーネットが数匹、キュベレーに攻撃を仕掛ける
喉元に剣を突き付けられ身動きがとれぬ上に、まさか手下に襲われるとは思っていなかったキュベレーが苦痛と驚きの声を上げる
しかしその攻撃も長くは続かなかった
キュベレーの手足や毒針がボロボロになる頃には力を失い地面へと落ちてしまったのだから
0339マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/07/28(水) 19:52:40.22ID:dSCCyOYI
「このあたり一帯は私の毒血霧と幻惑物質で満たされています
あなたは……腐肉男爵、でしたっけ?に仕えていただけあってそれなりに耐性があるようですが、周囲はそうではないようですねえ」

その言葉と共に現れたのは爆散したはずのマグリットであった
血塗れではあるが、蜂球を破るために自ら噴出させた血であり、爆発による傷はない

そう、蜂球を破った時点で既に毒血と幻惑物質の散布は始まっていたのだ
高速飛行されては効果も出なかったであろうが、羽を切り落とされ地上に立たざる得なかった時点で、キュベレーはマグリットの術中にはまってしまっていたわけだ
次々と頭上から落ちてくるデスホーネットや眷属の骸
この戦い方ができたのも、レインやクロム、そしてドルヴェイクたち同行者が丸薬を飲みマグリットの毒血への抗体を持っていてくれたからだ

「さて、今一度お話を希望するのですが、抵抗しても構いません
あなたに見えている私が、感じている私が本物であるかの保証はしかねますがね
まあ、それ以前にクロムさんの刃は早く鋭いのでご注意を
そしてお話に応じて頂けるのであれば、私も神に仕える者の端くれとして少々気になるお言葉はありましてお聞きしたい」

キュベレーの言葉にあった
>「人間たちだけが神に愛され贔屓されている現状が我慢ならない」
との言葉
これはマグリットにとって驚きであった
その旨をキュベレーに伝え、言葉を続ける

「あなたがた魔族は、神の寵愛を欲しているのですか?」

本来聞くべき事は他にもあったはずだ
宇宙の梯子へのルート、警備体制、風月飛竜の居場所など
しかしそれらを差し引き、マグリットは聞かずにはいられなかった

神に仕える者ではあるが、獣人であり、教会と利害関係で席を置いている
その程度の信仰心の持ち主だからこその言葉であったのかもしれない
教会で教えられていた『魔族は神の敵対者』であるという前提が、ここに崩れようとしているのだから

尚、幻覚にしてマグリットはキュベレーに対峙しているように見えているが、その実態はクロムの横に跪き、右足をきつく縛り上げ止血作業をしているのであった
マグリットの回復魔法の効果は低く、欠損した四肢を再生させる事は敵わない
故にただただ止血するしかないのだった

【毒血と幻覚物質散布で蜂球を破る】
【毒血により周囲のキュベレー眷属を倒し、キュベレーを幻惑しながら質問】
【本体はクロムの失った膝の止血中】
0340レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:27:16.75ID:uV+u8Fb8
クロムに喉元を剣で突きつけられ、身体は幻惑物質と毒血でボロボロ……。
最早キュベレーに戦う力は残されていなかった。この戦い、魔蜂の女王の敗北である。

>「さて、今一度お話を希望するのですが、抵抗しても構いません
>あなたに見えている私が、感じている私が本物であるかの保証はしかねますがね
>まあ、それ以前にクロムさんの刃は早く鋭いのでご注意を
>そしてお話に応じて頂けるのであれば、私も神に仕える者の端くれとして少々気になるお言葉はありましてお聞きしたい」

対峙するマグリットがそう言うと、キュベレーはくっ……とそっぽを向いた。
実際のところマグリットの姿は幻覚で、本当は右足の膝から下を失ったクロムを止血している途中なのだが。
どうせ現上司の弱点がどうとか、梯子を守る魔物の情報とかを聞き出す気だろう。

>「あなたがた魔族は、神の寵愛を欲しているのですか?」

だがマグリットの問いは意外なほど大したことのない質問だった。
それゆえにキュベレーの口は淀みなく動いてしまう。

「神の寵愛を……?それは魔族によりけりですわ。私は神に愛されたいとかじゃなくて……。
 未だ超常の存在に甘え贔屓され世界の中心にいる……人間という種族が好きじゃないだけですわ」

教会が何を教えているのかなんてキュベレーの知る所ではない。
だが、魔族とて神の創った存在。彼らとて『魔法』を使う以上、超常的存在への信仰心はある。
といっても、彼らが信仰するのは神から堕ちた悪魔や暗黒神かも知れないが……。

神とは決して一体だけではない。
教会が一神教なのか、多神教なのかこれもキュベレーの知る所ではない。
だが『神に敵対すること』と『神を信奉すること』は必ずしも矛盾しないのだ。
教会の奉じる神に敵対した過去があるだけで、魔族は魔族なりに神を信仰している……のかもしれない。

「多くの人間がそうであるように、魔族も神は魔法のパワーソース程度の認識ですわ。
 でも1000歳以上の魔族は神々に何か思うところがあるかもしれませんわね。
 まぁピッチピチの220歳である私には関係のないことですけれど……」

それっきりキュベレーは幻覚に対して口を開かなくなってしまった。
毒に耐性をもつことから、幻覚物質も持ち前の耐性で落ち着きを見せ始めたのだ。
いずれマグリットの猛毒も自力で解毒するはずだ。
0341レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:29:13.10ID:uV+u8Fb8
レインに肩を貸したまま、仮面の騎士はキュベレーを一瞥する。
魔蜂の女王キュベレーはコメディ染みてはいたが強敵だった。
結果を見ればレインは毒に侵され、クロムは片足を失ってしまったのだ。

「……クロム、吹き飛んだ足を見せてくれ。
 私の上位回復魔法で欠損自体は治せるはずだ」

レインを地面に座らせると、仮面の騎士はクロムの患部を診た。
仮面の騎士が止血した足の修復を開始すると、足が温かな光に包まれる。
すると30分程度でクロムの欠損した足は以前と寸分違わず復活してしまった。

「少々リハビリを要するが、君ならすぐ前と変わらず歩けるようになる。
 森を抜ける頃にはきっと完治しているだろう。全く、君の頑丈さには驚かされる」

仮面の騎士がどこまで気付いているのか、レインも分からないが……。
そりゃ頑丈だろう。だってクロムは人間じゃない。しかもそれを隠している。
仲間の隠し事を無理に暴くような趣味はないので黙ってはいるが……。

「完治ついでに毒消し草……持ってない?実はそれを当て込んで無理をしたんだ。
 クロムって意外と準備いいからさ。薬草とかもよく持ち歩いてるじゃないか?」

クロムの怪我が治ったところでレインは話を切り出した。
マグリットの毒は抗体があるので問題ないが、キュベレーの毒魔法の抗体は持ってない。
毒に蝕まれたまま森を抜けるのはさしものレインも不可能だ。

「ちょい待ち、聞き捨てなりませんわ。森を抜けるですって……なぜ私が降参した前提で話が進んでますの。
 まだ『参った』は言ってませんわ!たとえ私を倒しても第二第三のデスホーネットが――」

レインは無言で背負っていた紅炎の剣を引き抜こうとすると、
キュベレーは凄まじい勢いで命乞いを始めた。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいまし!参った!参りました!参りましたわ!
 でも貴方達の脅しに従うなんて魔王様への背信行為ですわ!いずれにしても私の身は危ないまま……!
 女神に選ばれし勇者ならきっと慈悲の心をお持ちですわよね……!?」

ちょっと呆れた顔をしながら、レインは大剣を背に収めた。

「俺達にどうしてほしいんだ。言っておくけど条件次第だよ……」

「この場で見逃すとか、そんな中途半端な真似は止めて欲しいですわ!
 傷の手当て!今後の身の安全の保障!私の居住地の確保などなど!!
 上司や魔王様を裏切るのですから、きちんと約束してくれないと協力はできませんのよ!」
0342レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:32:35.28ID:uV+u8Fb8
こっちだって今見逃しても後から奇襲される可能性がある。
森を抜けるまではキュベレーを生かしたまま連行する必要があるとは思っていた。
だが、その後の身の安全まで約束するというのは考えてなかった。

厚かましい気もしたが……魔王軍にとって降伏は背信行為に等しいらしい。
身の安全を保障してほしいと思うのは当然なのだろう。

「うーん……君がもう誰も傷つけないって誓うなら……。
 俺達……"召喚の勇者"パーティーとしてはもう手を出さないと約束するけれど」

「傷つけませんわ!逆にめっちゃ守りますわ!
 ……けれど?けれど何ですの?」

「治療はともかく、棲家の確保まではどうしようかな……」

レインは頭を掻きながらそう言った。棲家は……現状この森が第一候補だろう。
いちいち移動の手間をかけないで済むし、並大抵の魔物では近づくこともできない場所だ。
しかしここはドワーフの土地である。元は封印の地に指定されている踏み入れてはならない領域。
どう考えてもレインの一存でどうにかなる問題じゃない。

「ごめんなさい、ドルヴェイクさん!お願いします!
 この森をキュベレーの棲家として貸してあげられませんか!?」

だからドルヴェイクに手を合わせて頭を下げた。
彼女の棲家に関しては王族でもある彼に頼むしかない。
ドルヴェイクは髭を触りながら少々考え込んで、口を開いた。

「こちらに危害を加えず、魔王軍と手を切るというなら儂は構わんよ。
 勇者が無害だと判断して生かしたと報告すればとりあえずゴリ押せると思うが……。
 魔蜂の女王よ、その後の事はお主自身の手で『自分は無害』だと証明する必要があるぞ」

「もう悪いことはしませんわ!配下の魔物には手を出させませんし、デスホーネットは昆虫系ですから!
 花の蜜で十分生きていけますもの!あとあとえーと……そう!蜂蜜!蜂蜜とか贈りますわ!
 『魔蜂印の自家製はちみつ』といえば魔族界隈では天下一品と評判ですのよ!!」

食い気味でドルヴェイクに這い寄り、キュベレーは猛然と言葉を紡いだ。

「ま、まぁ……たぶん大丈夫じゃろう。王族として、我々メガリス地下王国の者が手を出すことはないと約束しよう。
 元よりこの森は封印の地じゃ。誰かが足を踏み入れることも滅多にないし、トバルカイン王も頷いてくれるはず。
 治療に関しては儂ではどうすることもできん。仮面の騎士に頼んでもらいたい……儂からは以上じゃ」
0343レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:34:56.71ID:uV+u8Fb8
なりゆきを見守っていた仮面の騎士が口を開いた。

「傷口は塞ぐが……斬られた羽根の復活はしばらく待ってもらおう。
 君はいわば捕虜だ。まだ信頼を勝ち取ったわけではない。
 悪いが私達が帰ってくるまで我慢してもらうぞ」

「構いませんわ。傷さえ塞いでくれれば死にはしませんもの。
 おーっほっほっほ!話が纏まったなら早速行きましょうか!
 『宇宙の梯子』へはこっちが近道ですのよ!」

キュベレーを解毒して話が纏まると(なぜか)彼女の仕切りで森の奥へ進む。
そして無事に森を抜けた先。一行はようやく辿り着いた。
天高くまで聳える巨大な塔。暗い星の海まで続く禁断の場所へと。

今までは森の木々に隠れてその全容は分からなかったが、今ならはっきり理解できる。
天を衝かんばかりの規格外のスケールを誇る、この施設の威容が。

「ここが……『宇宙(そら)の梯子』……」

ここまで来るのにずいぶん時間がかかった。万感の想いが自然と言葉になる。
レインが入り口らしき扉まで近付くと、キュベレーが「ああっ」とでかい声を出した。

「う、迂闊に近づくのは止めなさいな!危険ですわ!
 中はシェーンバイン様配下のドラゴン軍団が待ち構えていますのよ!」

「……それぐらい分かってるよ。でも『宇宙の梯子』に裏門なんてない。
 怖がっていたって仕方ないよ……正面突破以外に道はないんだ」

「いや。竜の群れと真正面から戦うのは危険だ。
 キュベレーと戦った時以上に我々全員が疲弊する恐れがある。
 相応の策が必要だが……残念なことにドラゴンの弱点は無いと言っていい」

仮面の騎士はすかさずそう言った。
確かに何か名案があればそれに越した事はない。
だがそんな策少なくともレインには思い浮かばなかった。
0344レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:36:31.67ID:uV+u8Fb8
だから、と仮面の騎士は話を続ける。

「……一人、足止めがいるな。
 誰かを囮にしている間に竜の軍団を突破するしかない」

「……そんな!出来ませんよそんなこと!」

もちろんレインは反対した。
そんな非道な真似できるはずがないと。足止め役は確実に死んでしまう。
マグリットの幻覚物質あたりで何とかできないかと思う。
だが……ワイバーンには通用したが他の竜にも通じるかなんて分からない。

もし幻覚に対して耐性があったらどうする?はなから効き目が薄かったら?
いやよしんば効いたとしても利口な個体はそれが幻覚だとすぐ気づく。
そうなったら一巻の終わりだ。きっと手当たり次第に攻撃してきてかえって手がつけられない。

「問題ない。私が足止めを引き受ける。
 君達は私が囮になっている間に最上階へ行き……シェーンバインを倒すんだ。
 ……私の残り時間はもう少ない。もう足止めぐらいの役しか出来ないんだ」

「……ならせめて約束してください。必ず竜を倒して最上階へ来るって。でないと同意できません」

仮面の騎士は苦笑して頷いた。

「……分かった。約束しよう。必ず竜の群れを片付けて合流すると」

「話は纏まったようじゃな。ここから先共に行けぬのが無念じゃ。
 絶対に死んではならぬ……必ず勝って生きるのじゃぞ。
 お主達にはトロンハイムの案内もろくにしてないからのう」

「はい。必ず風の大幹部を倒して帰ってきます!」

レインは快活に笑って、ドルヴェイク達に親指を立てる。
そして厳かに開かれていく塔の扉の中へと"召喚の勇者"一行は消えていった。
0345レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:37:59.46ID:uV+u8Fb8
『宇宙の梯子』の中は広い空間になっていた。
中央には一本の透明の柱が立っており、これまた扉がある。
おそらくあれが昇降機になっているのだろう。

「静かだね……不気味なくらいだ」

レインは辺りを見回しながら、背中の『紅炎の剣』の柄を握りしめる。
敵は見当たらないが警戒は解いていない。ここはすでに魔王軍の腹の中なのだ。

「……飛竜が来るっ!?」

レインは己がいかに愚鈍だったかを感じずにいられなかった。
遥か上から何かが落ちてくる。正確な数は把握できない。とにかくたくさんだ。
『リントヴルム』と呼ばれる飛竜の一種だ。それも大量に上から降ってくる。

「な、なんだあの竜は……!?」

そして最後に一際巨大な灰色の竜が降り立った。
先程降ってきたリントヴルムの体躯がまるで子供のように見えるほどの威容。
魔物の種類はある程度把握している方だが、あの竜は見たことも聞いたこともない。

「……邪竜ジャバウォックか。私も見るのははじめてだが」

仮面の騎士の呟きを聞いて、レインは目を剥いた。
――ジャバウォック!サマリア王国では情報が少なく『正体不明の怪物』とされている魔物だ。
まさかドラゴンの一種だったとは。あいつは明らかに格が違う。
リントヴルムよりも遥かに巨大で強靭だ。

仮面の騎士は静かに剣を抜くと、レイン達を一瞥した。
「早く先へ行け」と。そう言っているのだ。
竜の群れは待ってなどくれず、構わず口部に火炎を灯し、一斉に吐き出した。
特技であるドラゴンブレスだ。灼熱が一同に容赦なく迫る。

「……魔祓い、太陽の下賜、月の豊穣、女神の盾よここに」

仮面の騎士は詠唱し、左手を前に突き出すと光の盾が展開した。
出現したのは光属性の防御魔法『セイントイージス』だ。
そんじょそこらの物理・魔法では決して破れない上位魔法である。
0346レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:39:22.70ID:uV+u8Fb8
竜の吐息は全て光の盾に弾かれて、レイン達は難を逃れる。
しかし込めた魔力が少なかったのだろう。光の盾に少しずつ罅が入っていく。
長くは持たない。迷っている暇なんかなかった。

「今しかない。進め、"召喚の勇者"一行よ!」

「……すみません師匠!ここは任せますっ!」

竜の群れが防御魔法に気を取られている今が好機だ。
敵は仮面の騎士の『セイントイージス』を破ることに夢中になっている。
レインは隙を見計らって光の盾から飛び出すと、中央の柱目指して一気に駆けた。
気づいた邪竜ジャバウォックが火炎をこちらへ向けようとするが――。

「――女神の護符、信奉者、星々よ魔を封じる鉄窓となれッ!」

すかさず六角柱の拘束結界に閉じ込められてしまう。だが破られるのは時間の問題。
レインは扉の横にあるスイッチを押して、雪崩れ込むように昇降機の中へと入る。
端末に触れると魔法陣が浮かび、どの階へ移動するかを尋ねられた。

「え、えぇと……最上階!とにかく最上階だっ!」

レインは慌てて魔法陣を操作して、人工衛星へ続く最上階を選択すると、
白銀の扉が閉まり始め、ゆっくりと仮面の騎士の姿が見えなくなっていく。
そして扉が完全に閉まると昇降機が上昇をはじめた。

息もつかせぬ展開にレインはふうと息を吐いて、しばらく黙り込んでいた。
不思議なことに緊張はしていなかった。大幹部と戦うのは二度目というのもあるだろう。
敢えていえば、仮面の騎士の安否だけが心配だ。最強の初代勇者といえど万全ではない状態。
あの竜の群れを本当に片付けて加勢に来てくれるのだろうか?

「……三人だけになったね」

レインは振り返って、クロムとマグリットにそう言った。
別に深い意味なんてない。ただ二人に話しかけられればそれで良かった。
昇降機はただ静かに上を目指して昇っていく。
透明の昇降機が映すのは頑丈な白銀の壁だけだった。
0347レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:41:08.24ID:uV+u8Fb8
「俺達だけなんて、随分久しぶりかもしれないね。
 今まではほら……ドルヴェイクさんや師匠がいたから」

この時を待っていた。
この戦いのために、レインは仮面の騎士と修行という準備をしていたのだ。
完璧には程遠いかもしれない。だが、勝つ見込みは十分あるとレインは思っている。

「俺はこのままで戦うよ。半竜とはいえ風属性の相手だからね。
 炎属性の装備で挑んだ方が二人のサポートもしやすいはずだ」

『風』は『炎』に弱い。
今装備している紅炎の剣士で挑んだ方が有利との判断だ。
そして風の大幹部について忘れてはいけない点もおさらいする。

・風魔法の使い手である魔法剣士タイプ
・大幹部いちのスピードを誇り高速戦闘ができる
・高速で接近してから回避不能な範囲攻撃を行うのが基本戦法
・竜鱗を備えており、防御力も高い。並大抵の武器じゃ傷つかない
・弱点は魔族の角。折れば魔力を制御できなくなり魔法が使用不能になる

「後、まだ未完成だけど俺にも秘策の『奥義』が――……」

その時だ。
昇降機は白銀の壁を抜けたらしい。周囲の景色が変わると透明の壁は成層圏を映し出した。
眼下には雲と青い海が広がっており、世界(アースギア)が球面であることをまざまざと見せつけられた。

「……綺麗だ」

遥か地上――アースギアという一個の星を前にしてレインはただ見惚れていた。
サマリア王国にいる頃にはこんな所まで来るとは思いもしなかった。
二人と出会わなければきっとここまで来れなかっただろう。
0348レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:43:40.77ID:uV+u8Fb8
そして、ある時から昇降機内は無重力状態となり、身体がふわっと浮くのを感じた。
独特な感覚に驚いたが、恐らく人工衛星の中で戦闘になってもこの状態は続くだろう。

「二人とも」

慣れない無重力の感覚に戸惑いながら、レインは緩やかに床に着地する。
やがて昇降機の上昇が停止すると扉が厳かに左右に開いた。
その先には人工衛星『ストラトゥール』への通路が続いている。

「必ず……風の大幹部に勝とう」

前を向いたレインの表情は、戦いに赴く決然としたものへと変わっていた。
先へ進むと、一行を待っていたのは人工衛星のコントロールルームだ。
天井が半球状になっており、部屋の中央には玉座のような椅子がひとつ置いてある。
その椅子には帽子を目深に被った、細身の男が足を組んで座っていた。

「侵入者か。監視水晶でずっと覗いてたが……待ちくたびれたよ。
 ここじゃあ風の声も聞こえなくてな。ずっと退屈してたんだ」

椅子から飛び降りると、男は腰に帯びた剣に触れながら話しかけてきた。
彼こそが風の大幹部。"風月飛竜"の異名をもつ魔族・シェーンバインである。

「風の声か……二人とも、あれはただのポエムじゃない。
 『ウェザーリーディング』っていう気象を探知できる奴だけの感覚能力だ」

仮面の騎士から教えてもらった情報を話す。
本来は大自然に宿る精霊達の声を聞き、自在に言葉を交わし、天候をも動かす能力だったそうだ。
だが、神々が去り多くの自然が神性を失ったこの世界においてその能力は無意味となった。
ゆえに、今のアースギアに適応した結果生まれたのがシェーンバインの気象探知能力……らしい。

「よくご存知で。ま……空より遥か上の宇宙じゃ意味無いけどな。
 お前らが『仮面の騎士』の仲間ってのは分かるんだが……何者なんだ?死ぬ前に教えておいてくれ。
 魔族の中には脳ミソから情報を抽出できる奴もいるんだが、わざわざ仕事を投げるのも億劫なんだよ」

背中から紅炎の剣を引き抜いて、レインは啖呵を切った。

「俺達は……"召喚の勇者"パーティーだ!
 これ以上サウスマナの人々を苦しめさせはしない!覚悟しろっ!!」
0349レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:47:08.85ID:uV+u8Fb8
シェーンバインは帽子を軽く持ち上げて、その双眸を三人に向ける。
どこかで聞いたことのある名。たしか"水天聖蛇"が始末すると言っていたはずだ。

「あ〜。お前達か?サティエンドラが言ってたのは。記憶に覚えがあるぞ。
 ということはラングミュアは始末に失敗したのか……あいつは部下に任せすぎだな」

溜息をひとつ吐くと、一人一人を詳しく精査するように見つめる。
一人は完全に人間。一人は人外。だが、魔族に近しいものも感じる。
自分の部下にはいないが、たしか魔族の中には人間を魔族にして潜入工作を行わせる者がいた。
『魔人』などと呼ばれるタイプの存在だ。

シェーンバインはどうしようか少し考えた。
『魔人』に関しては潜入工作という任務がある手前、公でその存在を口にしてはならない。
せっかく人間社会に馴染めるよう調整してあるのに明るみに出てしまったら元も子もないからだ。
だからこの場で殲滅対象から外したり、命令して魔王軍との繋がりを証明するのも良くない。

(あの『仮面の騎士』と同行できてたってのは大したモンだがな。
 仕事してる奴には悪いがこの場で手加減は出来ないな……)

魔王からは存在の秘匿が第一で、それが守られるならあとの裁量は任せると言われている。
だから殺してしまっても問題ない。『魔人』の存在がバレさえしなければいいのだ。
ただし『仮面の騎士』と同行していた以上、重要な情報を入手している可能性もある。

(……頭だけは残してやるか)

そして、最後の一人。貝にも似たメイスを持った大女。
上手く隠しているが十中八九獣人だろう。そんな気配がする。
不思議なのは赤の他人の大女に同族にも似た懐かしい空気を感じたことだ。

「……お前、ちょっと面白いな。初対面なのに何だか懐かしい気配がする。
 『蜃』ってヤツなのかな。あたりだろ。だとしたらお前……何だか繋がってきたぞ。
 そうか、だからサティエンドラの奴……あの時『掌』を失ってたのか?」

一人合点が言ったように頷く姿を見て、レインの頬に一筋の冷や汗が伝った。
敵の眼前で剣も抜かずに相対しているのに全く隙が見えない。
剃刀にも似た薄く鋭い、斬るような殺気がコントロールルームを覆っている。
それがレインに先手を躊躇わせていた――迂闊に攻撃を仕掛けても待っているのは死だ。
0350レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:51:08.70ID:uV+u8Fb8
「さて……そろそろ始めるとするか?"召喚の勇者"一行。
 お前らはドワーフにでも頼まれて来たんだろうが……運が無かったな。
 勇者ってのは難儀な職業だ。よりにもよって罪深い連中に蜘蛛の糸を垂らしちまった」

「罪深い……?そんなこと魔王軍に言われたくない!
 ドルヴェイクさんやドワーフの人達が何をしたっていうんだ!」

「ま……お前の知り合いは良い奴なのかもな。だがドワーフってのは案外強欲で拝金主義なんだ。
 カネが貰えりゃ何でもするぜ。だから穴を掘って金銀や宝石を探しては私腹を肥やすのさ。
 『技術の行き先』なんてまるで考えてない。こんな施設まで平気で造っちまう……」

触れていた腰の剣をゆらりと抜き放つと、その細身の長剣を三人に見せつける。

「こいつは風の魔剣『ヴァルプリス』。1000年以上前にドワーフが生み出し魔王軍に献上された一振りだ。
 お前が持ってるその大剣と同じ……神鉄オリハルコンで打たれた史上最強の魔法武器さ」

それは昔のドワーフが金さえ貰えれば何でもするという、他ならぬ証拠であった。
対価さえあれば神々だろうが魔族だろうが相手を選ばない。その対価に見合ったものを作る。
この『宇宙の梯子』だって、かつて人間による「サウスマナ全体を守る」という名目の建造計画に従ったものだ。
無論、その対価である金は人間達から支払われた。だから自分たちの土地にこんなものを建てたのだ。

「……嘘だ。そんな剣の名前、はじめて聞いた」

「俺はそう断言するぜ。今から……それを教えてやる」

瞬間、コントロールルーム全体を覆っていた殺気が大きく揺らめいた。
殺気を放っていたシェーンバイン本人が動いたのだ。
目では捉えきれない。だが、殺気と魔力だけは鋭敏に探知できている。

レインは仮面の騎士との修行で第六感や魔力探知を磨き抜き、以前より高速戦闘に対処できるようになっている。
『清冽の槍術士』にならなくとも、相手の攻撃に合わせて避けられるしカウンターをぶち当てられる!

「――そこだっ!!」

レインは接近するシェーンバインに向かって紅炎の剣を振り抜く。
真一文字にフルンスイングした大剣は敵の姿を真っ二つにした。
だがその姿はまやかしのように消え去り、結果として紅炎の剣は空を切っていた。
0351レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:53:46.78ID:uV+u8Fb8
外した?そんな訳はない。確かに魔力源は『そこ』にあったはずだ。
直後、脇腹に痛みを感じて片足を曲げ、大剣を支えにして倒れ込むのを防いだ。
手で腹を押さえると、出血している。目にも留まらぬ速さでレインは切り裂かれていたのだ。

「残像だ。と、いっても残像に魔力を込めた特製の囮(デコイ)だがな。
 どうせ仮面の騎士から俺の手の内を教わっているだろうと思ったんだ。
 お前みたいに目の悪い奴には結構有効だぜ。目ってのは鍛えようが無いからな」

敵の追撃がくる。振り下ろされた超高速の斬撃を、今度は紅炎の剣で受け止める。
それを受け止めきれたのは、レインが仮面の騎士と何度も高速戦闘の手合わせをしていたおかげだった。
勘としか言いようがない。このスピードならこのタイミングで防げる、というのを肌感で理解していた。

シェーンバインは史上最強と嘯いていたが、向こうは『風属性の剣』でこちらは『炎属性の剣』だ。
素材も同じなら属性の相性的にはこちらが有利。豪腕の籠手の力も合わさって押し返されることはないはず。

「――さぁて、盛り上げていこうかッ!!」

瞬間。耳障りな高音が鳴り響いたかと思うと、受け止めた紅炎の剣の刀身にヴァルプリスの刃が食い込んだ。
単純に剣が風を纏ったとか、そんな類の攻撃ならこの現象は発生しない。
『高速振動』している。風の力によって高周波振動する刀身が切れ味を増幅させているのだ。
これが史上最強と豪語した理由。ヴァルプリスはただの剣じゃない。全てを切り裂く高周波ブレードなのだ。

「――スヴァローグッ!!」

だがレインも大人しく叩き切られるほど愚かではなかった。
すかさず大剣に魔力を込めると、紅炎の剣の刀身が赤熱して赤く染まる。
紅炎の剣は熱を帯びることでその切れ味を増す魔法武器でもある。
レインは限界まで剣の温度を上げることで、ヴァルプリスの刀身を溶断する気なのだ。

「お前、本当に勇者か?まるで『光の波動』を感じないな」

大剣の中腹あたりで風の魔剣は止まっている。風属性と炎属性の力が拮抗しているためだろう。
基本的に風は炎に対して不利に働くので、それを超えるには相応の魔力が必要だ。
だが、大幹部であるシェーンバインの魔力量ならそんなことは造作もない。
問題はこのせめぎ合いによって大きく隙ができてしまうこと。

だからシェーンバインはすぐに見切りをつけて蹴りを打ち込んだ。
ボール球のように面白いほど吹っ飛ぶとレインは壁際まで転がっていく。
魔族ゆえか半竜ゆえか。細身の身体とは思えない膂力だ。
0352レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/08(日) 20:57:05.70ID:uV+u8Fb8
「っと――次はこいつは贈呈するよ。せいぜい楽しんでくれ」

クロムとマグリットに視線を送ると、シェーンバインの左手につむじ風が浮かぶ。
するとその小さな旋風は瞬く間に大竜巻になって周囲を吹きつける。
上位風魔法『インフィニティストーム』だ。台風と呼ぶべき巨大な風を魔力供給が続く限り生み出す。
壁際に吹き飛んだレインは脇腹を押さえたまま、吹き飛ばされないように剣を床に対して垂直に立てて防御する。

(俺達が戦っているのは天災なのか……?魔法の規模が違い過ぎる!)

レインが吹き飛ばずに済んだのは纏っている装備が『紅炎の剣士』だったおかげだ。
風属性の力を半減する能力をもつ装備のおかげでなんとか生きながらえている。

シェーンバインが仕掛けたのはそれだけじゃない。
しばらくすると、『何か』がレインの身体を浅く切り裂いた。
腕を。足を。胸を。チッ、チッ、と音を立てて何かがやって来る。

これもまた上位風魔法。無数の見えない風の刃を放つ『ミストラルエッジ』だ。
それがコントロールルームを覆う台風に混じって襲い掛かってきている。
今の装備でなければたちどころに手足や胴は切断されていただろう。

(『紅炎の剣士』でなければあの世行きだ……!クロムとマグリットは無事なのか!?)

注意深くクロムとマグリットの気配を探る。
死んではいないと思うがダメージの程度までは分からない。
一方、台風の目にいるシェーンバインは当然ながら無傷。
しかも風の防御魔法『ウィンドシェル』を発動して防御を重ねる徹底ぶりだ。

この魔法は自分の周りに気流を発生させ、飛び道具の軌道を逸らす目的で使うものだ。
だが膨大な魔力を持つ彼なら炎もある程度防げる。
さらに、意図はしていなかったがマグリットの幻覚物質や毒の散布も防御できる。

不思議なことに、これ程の規模の魔法が内部で発生しているのにコントロールルームには何の影響もなかった。
何せ、この部屋は衛星砲をはじめとする施設自体を制御する重要な場所だ。それゆえに頑丈に造られている。
その一切がミスリルでできており、魔法を通さない特殊なコーティングが施されているのだ。
だから戦闘の影響はほとんど無いと言っていい。

話を戻そう。シェーンバインはサティエンドラと違ってバトルジャンキーじゃない。
余裕があるように見えるものの、ここまでやってきた敵として油断は無かった。
だから警戒している。勇者の力を。魔人の抵抗を。蜃の獣人の能力を。


【『宇宙の梯子』に到着。コントロールルームにて風の大幹部と戦闘開始】
【レイン脇腹に負傷。蹴っ飛ばされて部屋の壁際でなんとか魔法を凌ごうとしています】
0353クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/08/15(日) 23:08:10.51ID:P/piySaZ
突然のデスホーネットの反逆に、動揺を隠せない様子のキュベレー。
そんな彼女にマグリットが言う。既にこの戦場は自身の毒で満たされているのだと。
機動力を失い、部下を失い、終いには戦闘力も気力も完全に失ったキュベレーに、もはや剣を突き付ける意味はない。
クロムは勝負が決した事を確信して、小さく息を吐きながら刃を鞘に納めた。

「あっ、痛たたたたっ……! おいマグリット、きつく縛り過ぎ。……っつーか、止血の必要ねーぜ、多分な」

そして傍らで、傷口の止血をしているマグリットに言うと、再び戦場に戻ってきた仮面の騎士と視線を向けた。
彼は期待していた……というよりも、予想していたのである。彼なら上位の回復魔法も修めているだろうと。

>「……クロム、吹き飛んだ足を見せてくれ。
> 私の上位回復魔法で欠損自体は治せるはずだ」

「あんたならそう言うと思ってたよ。ほら、早いとこ治してくれや。脚が一本無ぇってのは見た目以上にきついんでな」

仮面の騎士に突き出した先の無い右脚が、先のある右脚へと元通りに戻るまで、そう時間は掛からなかった。

>「少々リハビリを要するが、君ならすぐ前と変わらず歩けるようになる。
> 森を抜ける頃にはきっと完治しているだろう。全く、君の頑丈さには驚かされる」

「そりゃそうさ。俺の体は“ヤワに出来てない”んでね。そこら辺の冒険者と一緒にされちゃ困るんだよ」

>「完治ついでに毒消し草……持ってない?実はそれを当て込んで無理をしたんだ。
> クロムって意外と準備いいからさ。薬草とかもよく持ち歩いてるじゃないか?」

「あ? 毒消し草? お前も細かい事を良く覚えてんな。俺はほとんど忘れかけてたが……確かこの中に」

クロムがしばし懐をまさぐり、やがて「あった」と取り出した毒消し草。
しかし、その見た目はかつて毒消し草だったものでしかなかった。
道具袋ではなく、懐に入れたまま旅をしていた為に、これまでの戦いの汗と血に塗れ切ってグシャグシャになっていたのである。
しかし、クロムはそれを構わずレインに手渡した。

「……なんか食ったら別の毒に侵されそうな気がするが……まぁ、何とかなるだろ、多分。
 ていうか何かあっても毒のスペシャリストたるマグリットさん辺りが何とかしてくれるから大丈夫だろ、多分な」

何とかなる、大丈夫──呟かれたそれはまるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。
0354クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/08/15(日) 23:10:26.27ID:P/piySaZ
 
────。

その後、改心する事を条件に森を住処として与えられることが決まったキュベレーの案内で、一行は近道を通って『宇宙の梯子』へ。
そこではキュベレーやドルヴェイクとは入口で、敵の足止めを買って出た仮面の騎士とも塔の内部で一旦別れる事になった。
つまり、最上階に居るであろうボスにはレイン、クロム、マグリットのパーティ初期メンバーで対処することが事実上決定したのだ。

>「……三人だけになったね」

「まぁ……また直ぐに四人に戻るかもしれねーが、それまでに俺達が全滅してたら全てがパァってわけだ。
 如何な仮面の騎士でもたった一人で、しかも消耗してたら尻尾を巻いて退散しなきゃいけねーんだろうし」

最上階へ向かう昇降機の中で、腕を組んで壁に背をもたれかけながら、瞳に眼下のアースギアを映し出すクロム。
だが、その目が今見ていたのは美しい景色などではなく、サティエンドラに苦戦したあの時の記憶であった。

(魔人ってのは改めて良くできてると思うぜ。人間を超えた力を手に入れられるが、それ以上の存在にはなれないんだからな。
 少なくとも自力では、決して。……例え反逆しても魔族の支配体制を揺るがす存在になれないなら、そりゃ放任が基本だわな)

「──おっ」

不意にクロムの思考がストップする。
ふわりと、いきなり体が宙に浮いたからである。

「あぁ……昔どっかで聞いたな。星から離れると無重力という環境に……ってことはここが宇宙空間か……」

上昇を続けていた昇降機が停止し、扉が左右に開いていく。
そうしてやがて露になったのは人工衛星に続く前進あるのみの一本道。

(確か宇宙空間には空気もないんだったか……。この特殊過ぎる環境が果たして吉と出るか凶と出るか……)

────。

一本道を進むと、やがて天井がドーム状に膨らんだ部屋に辿り着いた。
辺りを見回すと、周囲の壁が見覚えのある輝きとツヤに包まれていた。
……どうやらこの部屋全体が希少金属のミスリルで覆われているらしい。

クロムは思わず何とも言えない溜息をつく。
いざとなれば壁を破壊して敵を宇宙空間に放逐する、などという無茶な作戦もぼんやり視野に入れていた彼であるが、
一方で安全性が確保されているという事実に安堵する自分もまたいたのである。
壁が脆ければ、それだけ宇宙に放逐されるリスクがパーティにも降り掛かるのだから。

「……!」

ふと目線を部屋の中央に向ければ、厳めしい椅子に腰を下ろした細身の男が、黙ってこちらを見つめていた。
帽子を深く被っているので正体は判然としない、が……クロムには今更糞真面目に問いただす気もなかった。
状況から考えて相手が敵のボスであろうことは誰の目にも明らかだったからである。

>「あ〜。お前達か?サティエンドラが言ってたのは。記憶に覚えがあるぞ。
> ということはラングミュアは始末に失敗したのか……あいつは部下に任せすぎだな」

椅子から離れて、腰に帯びた剣をチャカ、チャカと揺らす敵ボス・シェーンバイン。
その剣を一瞬、凝視して、クロムはまたも溜息をつく。
事前に情報を得ていたから敵が魔法剣士タイプである事は知っていたが、だから戦りやすい等ということは決してない。
魔法剣士とは読んで字の如く、魔法が使える上に剣士の身体能力を持つ一種特別な存在である。
そのレベルに関係なく、魔法剣士というだけで通常戦りにくいものなのだ。攻撃・防御の両面で常に豊富な選択肢を持つのだから。

(……首を護る代わりに、手足の二、三本は捨てる覚悟が必要になる、か)

ましてやシナムをも上回る力量の持ち主であることは確実な相手である。
これでは膂力、防御、魔法……そのどれかに比類なき力を誇る特化型のボスの方がよっぽどやり易い。
0355クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/08/15(日) 23:25:53.06ID:P/piySaZ
>「さて……そろそろ始めるとするか?"召喚の勇者"一行。
> お前らはドワーフにでも頼まれて来たんだろうが……運が無かったな。
> 勇者ってのは難儀な職業だ。よりにもよって罪深い連中に蜘蛛の糸を垂らしちまった」

シェーンバインはそう言うと、すらぁっと腰の剣を引き抜いた。
鞘からこれまでにない鈍い光を放つ長剣が露になった途端、室内に充満したのは刃のような殺気。
それはあるいは本体・シェーンバインと、妖しくも苛烈な気配を纏う魔剣の相乗効果が生み出したものの一端かもしれなかった。
思わず全身の皮膚を削ぎ落される感覚を覚えるくらい、かつてないほど研ぎ澄まされたものだったのだから。

(殺気だけでも常人の精神を切り刻めそうだ。実際に矛を交えたら何が起きるのか、想像したくもねぇ──)

>「――そこだっ!!」

──などと思っている内に、いよいよ戦闘が開始された。
最初のターゲットに選ばれたのはレイン。正しく疾風の速さでシェーンバインが一気に間合いを詰めたのだ。
だが、仮面の騎士との模擬実戦、繰り返された修行の成果か、レインの迎撃速度はそれに負けていなかった。
攻撃を許すより先に、炎剣による薙ぎ払いを繰り出していたのである。

「っ!」

しかし、磨いた第六感によって高速戦闘に対処できるレインと異なり、魔族の五感を以って高速戦闘に対処できるクロムには見えていた。
シェーンバインが仕掛けた罠の存在を。
すなわち、レインが斬ったモノは『気当たり』と呼ばれる気配や魔力の運用によって巧みに作り出されたリアルな幻影であることを。
それを声に出さなかったのは、声に出してももはや無駄だったからだ。
次の瞬間には既に、レインは無防備な脇腹を一閃されていたのだから。

>「――さぁて、盛り上げていこうかッ!!」

『気当たり』は、使い手の技量によってはまるで本物と見分けがつかない程の視覚的錯覚効果をも齎す事がある。
クロムが見たところ、シェーンバインのそれは文句なしに達人の域に達したものだ。
厄介であるが、ある意味で最も厄介なのは何も敵の技量だけが厄介なのではないという事実であろう。
思った通りと言うべきか、彼の持つ魔剣には非常に強い厄介なクセがあったのだ。

──刃の高速振動。それにより、交錯させた相手の得物すらもぶった切れるというのである。
敵の剣閃さえも得物で受け止める事ができないのでは、白兵戦では技量云々の関係なしに不利は決定的となる。

>「っと――次はこいつは贈呈するよ。せいぜい楽しんでくれ」

レインにあっさり傷を負わせたところで、いよいよ竜の親玉がクロム、マグリットにも牙を?く。
魔法陣を浮かべた左手から放たれたのは、巨大な竜巻『インフィニティストーム』。上位魔法だ。

ここは無重力。踏み止まることはできない。
黙って突っ立っていれば体はいずれあっさりと宙に巻き上げられ枯葉の如く翻弄される事になるだろう。

(マグリットの事だ。既に毒を散布してるかもしれねぇが……奴に効く保証はねぇ。
 つーか、毒が効くのを待ってる余裕もこっちには無さそうだ。なら、いっそのこと──)

──次の瞬間、クロムは意を決して跳んだ。
飛ばされるのを待つのではなく、敢えて自ら風に任せて飛ばされることにしたのだ。受けから攻めに回る為に。

ここは開けた屋外ではない。密閉された室内なのだ。どんなに強い風も彼方まで飛ばすことはできない。必ず行き止まりがある。
その行き止まり、すなわちミスリル製の壁に打ち付けられる直前、クロムは体を反転させ──両足で着地。
すかさず壁を蹴って暴風の中へ矢のように突っ込む。
0356クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/08/15(日) 23:31:23.63ID:P/piySaZ
「ん? この風を突っ切って来るか。しかし、飛んで火に入る夏の虫──いや、風だけどな。そいつはちっと無謀だぜ?」

「うるせぇよ、反則技ばかり使いやがって!」

シェーンバインの至近に迫り、金棒を袈裟斬りの要領で思い切り振り下ろすが、あっさりと魔剣が受け止める。
まるで威力など感じてなどいないように、細身の体は何ら強張りを見せない。

「さっさと離れた方がいいぞ? それとも俺が早過ぎてできないか? そら、まずは金棒《こいつ》を潰してやるよ」

言うと、シェーンバインはフリーの左手で素早く金棒の頭を抑えて、ぐっと下に押し込み始めた。
金棒の下には高速振動する魔剣。宣言通り、このまま得物を切り落として潰そうというのだろう。
金棒を握る利き手に力を込めるも、ビクともしない。竜の力なのか、とにかく物凄い力で固定されている。

「ああ、そうかよ──」

クロムは左手を剣の柄に掛ける。この至近距離。逆手で抜刀し、一撃を見舞うチャンスと見たのだが──

「──両手が塞がっていても、脚があるんだぜ?」

「がっ……!?」

──未遂に終わる。
思わず苦悶の声が出るほどの鋭い痛み。左手首から発せられるかつてない鈍い音。
シェーンバインが繰り出した右の回し蹴りが、手首の骨をあっさり砕いたのだ。これでは抜刀できない。

「案外、反応が鈍いな? 躱せるかと思ったんだが。……その様子じゃ、“これ”も避けられそうにないな」

シェーンバインの口元が、僅かに弧を描く。

「ぐはぁぁああっ!!」

直後、それを合図に押し寄せ、クロムの全身を一気に滅多切りにしたのは無数の目には見えない刃だった。
上位魔法『ミストラルエッジ』である。
『反魔の装束』によって威力は大幅に殺されているが、一人の体をズタズタにする程度なら充分な数の刃が揃っていたのだ。
例え針に刺された程度の威力しかなくとも、その針に数千・数万と刺されれば膨大なダメージとなるのと同じだ。

「んん? お前、服に何か仕込んでるのか? やけにダメージが少ねぇな。普通なら全身バラバラの筈だが……。
 ま、結局は死ぬことになる運命に違いはないが──なっ!」

もう片方の脚で放った蹴りが、クロムの鳩尾に炸裂する。
ボギボギッ、とあばら骨の何本かが破裂するような悲鳴を挙げ、クロムは自らの後方に勢いよく吹っ飛ばされる。

「……ッ!!」

竜の親玉が放った蹴りの威力は凄まじかった。
クロムの体は硬いミスリルの壁をぶち抜き、更に奥の二枚目の壁をぶち抜き、三枚目の壁に叩きつけられたところでやっと止まった程だった。

「なんだ……結構呆気ないな。こんなもんなのか? ……まぁいいさ。俺はサティエンドラとは違う」

金棒の頭を切り落とし、残った部分をレインに投げつけて、シェーンバインはまるで独り言ちる様に言った。

「獅子は兎を狩るにも全力を出すという。お前らの力量なんざどうでもいい。一人ひとり、確実に仕留めてくぜ。全力でな」
0357クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/08/15(日) 23:34:36.55ID:P/piySaZ
 
────。

「げほっ……げほっ……!」

全身がかつてないダメージに悲鳴を挙げている。
動かせない事はないが、体のどこかを動かそうとするとその度に激痛が走る。というか、むせただけでもだ。

「こいつぁ……かなり骨をやられちまったな……。キュベレーの時みてーに欠損しなかっただけでもマシだが……」

壁に減り込んだ格好のまま、クロムはポケットから取り出した薬草を食べながら周囲を見回す。
恐らくここは人工衛星の制御室とは別の、何かの部屋であることは間違いない。
物置だろうか? 薄暗くてよく見えないが、何かが床のそこら中に沢山置いてあるようにも見える。
……いずれにしても魔物の部屋じゃなくて良かったと言ったところだろう。今の彼に、余計なバトルは致命的なのだから。

(体のダメージは薬草で多少は回復するが……実力の差は薬草ではどうにもならねぇ。俺の武器もあっさり潰されちまった。
 ……かといって、長々と考えてる時間もなさそうだぜ。このままじゃ仮面の騎士の加勢を待つ前にマジで全滅するかもしれねぇ)

何か、少しでも差を埋める策はないのだろうか?
思考を加速させるクロムの目線がふと、床に落ちる。
……瞬間、彼は思わず目を見張った。

暗闇に目が慣れて、床に無数に置いてあったものの正体がはっきりと見て取れたのである。その正体とは──

「なっ……こんなところに……宝箱、だとっ?」

【レインに毒消し草(だったもの?)を渡し、『宇宙の梯子』へ】
【シェーンバインと戦うも、左手首+あばら数本を折られ、全身を無数に切り裂かれる大ダメージを負って吹っ飛ばされる】
【鬼の金棒も破損する】
【現在地はコントロールルームの隣の隣にある沢山の宝箱で埋め尽くされた謎の部屋】
0358マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/08/21(土) 20:59:49.32ID:3jB9R51T
キュベレーとの戦いの終結後
レインはクロムの毒消しにより回復し、クロムは失った足を仮面の騎士の上級回復魔法により再生させた
無事に回復、なのだが、マグリットの心には暗く影が差していた

回復役として何の役にも立たなかった
その為に、仮面の騎士の有限な力を消耗させてしまったのだから
それは大きく響き、宇宙の梯子で顕現する事になる

>……私の残り時間はもう少ない。もう足止めぐらいの役しか出来ないんだ」

仮面の騎士のこの言葉
半神である仮面の騎士の存在は特殊であり、高エネルギー体そのものと言っていいだろう
存在するだけで力は消耗していき、そしてそれが回復する事はない
自分たちが死力を尽くしても勝てるかわからない魔族の大幹部を屠る力を、無駄に消耗させてしまったという事なのだから

沈痛な面持ちで頭を下げ、昇降機に乗り込むのであった


>「……三人だけになったね」

昇降機にて、決戦を前にレインが口を開く
どこまで続くともしれぬ上昇の果てに待ち構える戦いを前に、覚悟を決めているのだろう

>「まぁ……また直ぐに四人に戻るかもしれねーが、それまでに俺達が全滅してたら全てがパァってわけだ。

それにクロムも続く
そしてレインからこれから戦うシェーンバインの情報を整理する

魔族の大幹部という事は、精霊の森で戦った猛炎獅子サティエンドラと同格という事だ
あれだけの魔族とまともに正面切って戦う事を考えれば、その恐ろしさに身震いは禁じ得ない
だが、それでも立ち向かう覚悟を完了させている二人に、伝道師としてマグリットも言葉を紡がずにはいられなかった

「並べ立ててみると手強そうではありますが、角という弱点が分かっておりますし
それに、大幹部一のスピードを誇るという事は、この戦いに勝てばこの先、スピードで後れを取るという事は無くなるという事ですしね!
それに……」

ポジティブな言葉を並べ、にっこりと笑ったところでふわりと体が浮いた
クロムの言葉によると無重力になった、との事だがマグリットの理解に御及ぶところではない

「これは、海中にいるより体が軽く不思議な感覚ですね
地に足がついていないようでどうにも落ち着きませんし、こうしましょうか」

文字通り地の楔から解き放たれているわけだが、それが戦いにおいて何を意味するのか
急激な環境の変化に普段の動きができなくなることを恐れ、靴を脱ぐ
その足は人のものから貝の腹足に変化し床に吸着して安定を得るのであった
0359マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/08/21(土) 21:01:34.35ID:3jB9R51T
やがて起動エレベーターはその終着点に到達する

>「必ず……風の大幹部に勝とう」

「もちろんです、誰一人欠ける事なく!」
自分を鼓舞するかのように、レインの言葉に応えながら『そこ』へと足を踏み入れるのであった

人工衛星『ストラトゥール』

それは古に昔に付けられたこの衛星砲の名前であった
広がるのは阪急退場の天井と部屋の中央に玉座
そこに座る細身の男
言われずとも本能でわかる
サティエンドラとは別種の、しかし同等のプレッシャーを放つこの男こそ、魔族大幹部が一人、風月飛竜シェーンバインであると

部屋全体が薄膜のようなさっきに満ちる中、シェーンバインの一語一句、一挙手一投足に集中
こうして退治するだけでもゴリゴリと精神力を削られていくようだ

>「風の声か……二人とも、あれはただのポエムじゃない。
「そういう……散布型の攻撃はすぐに気づかれてしまいそうですね……」

小さく舌打ちしながらシェーンバインを見据えた
それは同時にシェーンバインがめぐらす視線を受ける事にもなる
そしてその視線はマグリットを正確に射貫くように、様々な情報をくみ取っていった

「これは、参りましたね
魔族特有の傲慢や油断が微塵もない……」

魔族は他種族を圧倒する膂力や魔力を持っているが故に、他者を軽んじ見下す傾向がある
それこそがつけ入る隙となるのだが、シェーンバインの冷静な分析能力や状況判断能力、そしてその立ち振る舞に隙を見出す事が出来ないでした
が、それと同時にマグリットの中に確信めいたものも生まれていた

しかしそうした睨み合いもつかの間の事
風の魔剣『ヴァルプリス』をぎらつかせながら、一言二言躱したのちに先端は開かれる

部屋全体を覆う殺気が揺らいだ瞬間、動いたことは感じ咄嗟に飛びのいたのだが、それは反射にしかすぎずどうしてそこに飛びのいたかの理由などなかった
なぜならばシェーンバインの動きをマグリットの目が捉えるられていなかったからだ
辛うじて見えたのは、レインが炎の剣を振るい、その後にわき腹を抑えながら片膝をつくさまであった

マグリットの全身に冷たい汗が噴き出る

油断していたわけではない
シェーンバインの一挙手一投足に注視していたはずだが、それでも見えなかった
レインがどうやって斬られたかすらもわかっていないのだ
もし標的が自分であれば、何もできずに死んでいた事実

足りない、全く持って足りない!
その気持ちがマグリットの全身に新しい目を生み出させた
複眼効果で動体視力を飛躍的に高め、シェーンバインの動きに対応できるようにしたのだ

その間にも戦局は進み、シェーンバインの追撃をレインが炎の大剣で受け止める
増やされた目はヴァルプリスが高速振動し、紅蓮の刀身に食い込んでいくのを見た
レインもまた刀身の温度を上げ相手の刀身を溶断するつもりだ

その鍔迫り合いにマグリットがシャコガイメイスを振るい割って入ろうとするのだが、シェーンバインの判断の方が早かった

>「っと――次はこいつは贈呈するよ。せいぜい楽しんでくれ」

素早くレインを蹴り飛ばし自由の身となったシェーンバイン、左手を差し出すと、その先に小さなつむじ風が発生
それは瞬く間に暴風となり、殴りかかろうとしていたマグリットを吹き飛ばした
0360マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/08/21(土) 21:04:15.83ID:3jB9R51T
吹き荒れる暴風にレインは剣を突き立てなんとか位置を確保し、クロムは風に乗り壁を蹴り、シェーンバインに金棒を振るう
更にはインフィニティストームの暴風の中には、もう一つの風の上位魔法、ミストラルエッジが仕込まれていた
見えない風の刃は容易く人体を切り刻む

そんな中でレインは何かが自分を包む感覚と共に、風が止み、傷ついたわき腹に暖かな光を感じるだろう

吹き飛ばされたマグリットがゲル状の水球を周囲に展開させた状態でレインを包み込んだのだ

「こちらは貝の獣人が住居につかっているクラゲの一部、しばし風を防ぐ事ができますので安心してください
クロムさんが時間を稼いでくれているうちに傷口を塞ぎますのでお待ちください」

レインの傷口に手を当て祈りを捧げると、暖かな癒しの光が灯る

マグリットは貝の獣人であり、放水能力がある
だがあくまで放水能力であり水を生み出したり操ったりできるわけではないのだ
故に何時も樽を背負い、そこに入れた水や聖水を放出していた
が、マリンベルトを出る際にシェーンバインが高速機動タイプである事を知り、樽の中身を変えておいたのだ

それが貝の獣人が住居として使っている群体巨大クラゲの一部
捕捉機関であり、粘着質なゲル状のものであった
群体クラゲとは、小さなクラゲが各所の部位を担当し一つの生命体を形成するものであり、すなわちマグリットの展開させた水球はクラゲの一部でありながら一個の独立した生物なのだ

高速機動する相手を捉えるのは困難だが、周囲に展開しておけば勝手に突っ込んできて絡めとれる、という目論見を持っていたが、それを達成するまで隠して置ける相手ではなかった
ミストラルエッジを防ぐために展開せざる得なかったのだった

レインの傷がふさがる頃に、クロムの戦いにも大きな動きがあった
クロムの振りう降ろした金棒をあっさりと受け止め、高速振動する魔剣でそれを切り落としにかかっていたのだ

質量的観点で見れば剣を金棒を受ける事はもちろん、切り落とす事もできるはずもない
しかしその魔剣はいともたやすくそれをやって見せる
甲高い音を響かせ切り落としていく様をマグリットは見ていた

「拙いですね、傷口はふさがりましたし、私も出ます
信じられないかもしれませんが、この状況だと私が一番よく戦えるでしょうから」

吹き荒れる暴風の中、マグリットは立ち上がり駆けだした
重力の楔から解かれ、身を翻弄するような激流に時に身を任せ、時に腹足で床に吸い付き、クロムを蹴り飛ばしたシェーンバインの前に立ちはだかった
そう、この状況は海流の激しい海中での戦いに酷似しているのだ

>「獅子は兎を狩るにも全力を出すという。お前らの力量なんざどうでもいい。一人ひとり、確実に仕留めてくぜ。全力でな」

「仕留めさせませんよ!まだお話したい事もありますのでね」

シャコガイメイスを大きく振りかぶり、突進するマグリット
しかし突進した分シェーンバインは下がり、勢いが衰えたところで剣を振るう
そんなやり取りが数回
技量では圧倒されながらもマグリットが戦えているのは、暴風の中でも変わらぬ身のこなしができる事と、身にまとったゲル状の水球にあった
その特性を瞬時に見抜いたシェーンバインは、まずは水球を削ぎ落していく攻撃にシフトしたからだった

「まったく、順番くらい待てないのかねえ」

呆れるように、それでも単なる作業のように水球を削ぐ落としていく剣を見ながら、マグリットが問いかける

「あなたはサティエンドラとは違う様子ですね
私は今まで魔族は神の敵対者、破壊の権化だと思っていました
しかし、これまでの戦い、そしてあなたを見て確信しました
魔族もまた一個の生命体であり、私たちと何ら変わりもない、と
ならばどうして魔族は多種族を駆逐し世界を崩壊させようというのですか?
支配が目的であるならば交渉の余地もあるのでは?」
0361マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/08/21(土) 21:07:00.34ID:3jB9R51T
勇者と魔族が殺し合うのは必然
魔族は神の、そして世界の敵対者であり、滅ぼすべき存在である

それはごく当たり前の事であり、疑う余地もない話
のはずであった
しかしキュベレーの降伏後の保身に走る様はどうだろうか?
神へのスタンスは?
渇望の根源は?
人間のそれと何の違いも見出す事ができなかったのだ

そして今対峙するシェーンバインを見て、この構図は完全に瓦解した

そうなるとこうして戦う意義すらもまた揺らいでくるのだから
だから、マグリットは魔族は何を思い侵攻を始めているのかを知りたくなったのだ

その問いと共に渾身の力でシャコガイメイスを振り降ろすのだが、刹那、シェーンバインの姿が消えた

今までゲル状の水球を削ぎ落すためにあえてマグリットの攻撃を誘っていたのだが、ほとんどそぎ落とし終わった今、それに合わせる必要もなくなったという事だ
複眼効果により辛うじて見えたその移動により背後に回られたことを把握はしていたが、止まらない

「ああ、そう言えば、ドワーフたちが罪深いというのには同意しますよ
こんなものがあるから、後生大事にするからいけないのですよ!」

振り降ろす先は玉座
人工衛星『ストラトゥール』の制御を司る部位であろうものだ
受けた依頼は宇宙の梯子に救う魔族の撃退と衛星砲の奪還ではあるのだが、奪われ甚大な被害をもたらすような禁忌な兵器だ
それならばいっそのこと壊してしまった方が良い、と思っていた
即ち、シェーンバインに逃げられる事は織り込み積みであり、そのどさくさに紛れて玉座を破壊する事こそが真なる狙いなのであった

隠して渾身の力で振り降ろされたシャコガイメイス
それは大きな音と衝撃波を発生させたが、玉座は……無傷!
衛星全体の制御を司るこの部屋は全てがミスリルづくりで、渾身の一撃でも傷つくことなかったのだ

「クククク、思い切った事を考えたが、どうだ?ドワーフの罪深さは想像以上だったろ?」

無傷な玉座を前に驚くマグリットの背後から響く声
無防備な背中に高速振動の魔剣が振り降ろされた

背負っていた樽の中身はすでになく、防壁としての役割を果たす事なく容易く両断される
刃はそれだけでなくその背も切り裂き血が噴出する
玉座が無傷であった事は想定外であったが、背中を切られる事は想定内
マグリットの血は行動度の毒であり、返り血という形であってもかけさえすれば大きなダメージになるのだが

「ど、何処までも隙のない御仁ですね……」

飛び散った血が不自然な軌道を描きシェーンバインから逸れて消えていくのをうなじの複眼で確認し、膝をつく
シェーンバインが周囲に巡らせたウィンドシェルにより毒血の起動を逸らし散らされてしまったのだ

「お前さんのゲル状の水球も似たようなものだったろ?」

事も無げに言うシェーンバイン
確かに効果は通じるものがあるが、そぎ落されたマグリットの水球に比べ、その差は歴然であった

「明らかに格が違うと言いたげですね!」

振り向きざまにシャコガイメイスを振るうが、当たるはずもなく、魔剣を振るいその軌道を変えられやすやすと躱されてしまう
マグリットの攻撃を完封したシェーンバインだが、けげんな表情を浮かべ自身の剣を見つめていた
0362マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/08/21(土) 21:10:24.52ID:3jB9R51T
「ふむ、まただ
さっきの一撃、その身を両断するつもりだったのにまだ体がくっついている
そして今も、貝殻ごとききれないとは、何をした?」

高速振動する刀身、ゲル状の水球を切ったからと言ってそれがまとわりついて切れ味が落ちたわけではない
実際に刀身を確認してもそのような事はなかった

距離を置き、シャコガイメイスを構えながらマグリットが口を開く

「ふふふ、騙されてはくれませんか
確かに水球は関係ありません
分析がお得意なようですし、どうせすぐ気付くでしょうから種明かししますとね
あなたの魔剣、高速振動する事で切れ味を増すのでしょう?
レインさんとの鍔迫り合いだけなら気づかなかったのですが、クロムさんの金棒の切り落としは不用意でしたね」

ここまで言えば既に察せられているようだが、更に言葉を紡ぐ
シェーンバインは分析タイプ
様々な事を「知らずにはいられない」と踏んだのだ

故に様々な種をまき、疑念を解消するという形で思考リソースを奪い、こうして会話に持ち込む事もできる
それは負傷したレインやクロムが回復する貴重な時間稼ぎになるのだから

「私達水棲の獣人は水中でも会話できるように特殊音波の発生ができます
それを貝を通して発する事で様々な音波振動として発せられるわけですんね
もうここまで言えばお分かりと思いますが……」

特定周波数の音波を照射する事でいかなる硬度のものも振動によって破砕する螺哮砲の低周波により、シェーンバインの魔剣の高速振動を中和して切れ味を落としてたのだ
そう言葉を続けるはずだったのだが、その言葉紡ぎだされる事はなかった

「そうかい、つまりは最初に殺すべきはお前という事だな」

マグリットの言葉を遮り発せられたシェーンバインの言葉
その「殺す」の一言に込められた殺気がマグリットの言葉を紡がせる事を強制的に辞めさせたのであった

鳥類が光物を集める習性があるように、シェーンバインも武器の収集癖があり、その中でも一品が風の魔剣『ヴァルプリス』なのである
コレクターのサガとして、収集したものを見せ、誇らずにはいられない
レインとの最初のやり取りでその出自を明らかにしたのは、ドワーフが罪深い存在であるかを知らしめ動揺を誘う為だけではなく、コレクターのサガがそうさせた一面もあったのだ

そして、そのコレクションの価値を貶めるような事を絶対に許しはしない
その怒りがシェーンバインの殺意となって立ち上るのであった

「まあ、そういう事になりますが……高速振動を軽減されちゃうその魔剣で殺せますかね?」

うすら笑いを浮かべながら答えるが、これは余裕があっての事ではない
恐怖も極限を超えると却って笑えてしまうという笑いでしかないのだから

「十分さ」

刹那に間合いを詰め、横薙ぎの一閃を繰り出すが、複眼効果により辛うじてその動きは把握されシャコガイメイスの柄でその刃を受ける
確かに高速振動は緩和され刃は受け止められたのだが、その刃に纏わされていた風の刃が柄をすり抜けマグリットを襲う
受けた右腕に幾本もの裂傷を負いながら吹き飛ばされていくマグリットだが、その目に宿る光は死んではいない

「流石に冷静、そして多彩な事で、確かに私一人ならば十分でしょうが、私には仲間がいますのですよ
それに、先ほどの問いかけ、魔族の目的についてもお答えいただいておりませんのでね、まだ死ねません」

血塗れになりながらも、即座に態勢を整えシェーンバインの追撃に備えるのであった

【レインの治療をした後シェーンバインに問いかけ】
【玉座破壊に失敗】
【風の魔剣『ヴァルプリス』の高速振動を軽減中】
0363レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/27(金) 18:30:55.60ID:M7Y5LF0+
血が止まらない。脇腹の負傷はそう浅い傷ではなさそうだ。
達人級であるシェーンバインの一撃は内臓をもしっかりと切り裂いている。
回復魔法や薬草で迅速に応急処置を施さねばレインは死ぬしかないだろう。

台風の目の中ではシェーンバイン目掛けてクロムが突っ込んでいくのが見える。
痛みを紛らわせるように仰ぎ見れば、ゲル状の何かが周囲を包んでいく。
シェーンバインの攻撃とは違う。明らかに風系統のなせる技ではなかった。

>「こちらは貝の獣人が住居につかっているクラゲの一部、しばし風を防ぐ事ができますので安心してください
>クロムさんが時間を稼いでくれているうちに傷口を塞ぎますのでお待ちください」

「ごめん……頼むよ。このままじゃクロムが危険だ」

回復魔法による応急処置で傷口だけは塞がる。と、いっても完治には程遠い。
まだ動くと激痛が走る。マグリットの回復魔法の治癒速度ではそれが限界だったのだろう。

>「拙いですね、傷口はふさがりましたし、私も出ます
>信じられないかもしれませんが、この状況だと私が一番よく戦えるでしょうから」

マグリットが戦列に復帰しようとした時、クロムが蹴りを浴びて吹き飛んだ。
シェーンバインの渾身の蹴りはミスリルの壁を破るほどの威力で、レインは言葉を失う。
自分が食らった蹴りはまるで全力ではなかったのだ。そう思うとぞっとする。
シェーンバインが投擲した金棒の残りをしゃがみこんで回避すると、マグリットを追う。

「ま……待ってくれマグリット。俺も……ぐっ」

立ち上がろうとするが痛みで片膝をついた。やはりまだ十全には戦えなさそうだ。
その間にマグリットとシェーンバインの一騎打ちが始まってしまう。
本人の言葉通り、マグリットはシェーンバインと交戦が成立する程度には戦えている。

どうする。自分はどうすればいい。どうすれば足を引っ張らないで済む。
後ろから斬りかかるか?それとも我が身を盾にして反撃の糸口を作らせるか?

(……『あれ』しかない。未完成だけど……このチャンスがあれば発動できる!)

紅炎の剣を前に突き出して構え、魔力を集中させはじめる。
この技はまだ発動に時間がかかるうえ、威力にもムラがある。
だが使えばシェーンバインに多少の手傷を負わせることができるはずだ。

>「あなたはサティエンドラとは違う様子ですね
>私は今まで魔族は神の敵対者、破壊の権化だと思っていました
>しかし、これまでの戦い、そしてあなたを見て確信しました
>魔族もまた一個の生命体であり、私たちと何ら変わりもない、と
>ならばどうして魔族は多種族を駆逐し世界を崩壊させようというのですか?
>支配が目的であるならば交渉の余地もあるのでは?」

一方、シェーンバインはマグリットの言葉を聞き流して、
彼女を覆うゲル状水球を削ぎ落す作業に専念していた。
返事をする余裕はあるが今は戦闘中だ。口を動かしてやる義理なんてない。
0364レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/27(金) 18:33:26.24ID:M7Y5LF0+
>「ああ、そう言えば、ドワーフたちが罪深いというのには同意しますよ
>こんなものがあるから、後生大事にするからいけないのですよ!」

そして削ぎ落しが終了すると同時、マグリットの背後に回って斬りかかる。
マグリットは構わずコントロールルームの要たる玉座に一撃を入れる。
衛星砲という禁忌の兵器。頼まれたのは奪還だが、今後の危険性を考えて破壊を試みたのだろう。
が、無傷。彼女ほどの膂力の持ち主でも破壊はおろか傷すらつけられてない。

>「クククク、思い切った事を考えたが、どうだ?ドワーフの罪深さは想像以上だったろ?」

シェーンバインは樽ごとマグリットの背中を切り裂く。鮮血が勢いよく噴き出した。
その血は濃縮された毒血だが、事前に発動していた防御魔法『ウィンドシェル』の力で届かない。
ただ――おかしい。高速振動する風の魔剣の効力なら背中を斬るどころか両断できてもおかしくないはず。
明らかに切れ味がただの剣レベルまで減衰している。

>「私達水棲の獣人は水中でも会話できるように特殊音波の発生ができます
>それを貝を通して発する事で様々な音波振動として発せられるわけですんね
>もうここまで言えばお分かりと思いますが……」

マグリットの特技のひとつに音波を放ち対象を振動破壊する『螺哮砲』がある。
この音波を魔剣に放つことで振動を中和してその威力を落としていたというのだ。
魔剣の超音波振動で切れ味を増幅させるという性質を逆に利用した形だ。

>「そうかい、つまりは最初に殺すべきはお前という事だな」

語調は平板だが、確かに殺気を孕んだ言葉だった。それも無理はない。
風の魔剣『ヴァルプリス』はシェーンバインが有する剣の中でも最高峰の一振り。
武器の収集家としての一面を持つ彼にとって、愛剣の価値を下げることは許されない。

それほどまでの剣でありながら、仮面の騎士からその情報は聞かされていなかった。
なぜなら風の魔剣は仮面の騎士を撃退した功績で下賜されたものだからだ。
仮面の騎士も、魔剣の存在については把握していなかったのだ。

一瞬にして間合いを詰めて剣閃を繰り出す。
剣自体はメイスで受け止めたのだが、剣から放たれた風の刃が迫る。
マグリットはそれを右腕でガードするもののいくつもの裂傷を負って吹き飛んだ。

>「流石に冷静、そして多彩な事で、確かに私一人ならば十分でしょうが、私には仲間がいますのですよ
>それに、先ほどの問いかけ、魔族の目的についてもお答えいただいておりませんのでね、まだ死ねません」

追撃を繰り出すため、軽快に床を蹴る。
なるほど頑丈な獣人だ。多少切り裂いたくらいでは防御が緩まない。
ならば速度の乗せた『刺突』で一気に心臓を貫く考えだ。
0365レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/27(金) 18:36:36.56ID:M7Y5LF0+
だが放たれた突きの一閃が届くことはなかった。
二人の戦闘に割り込んだレインの大剣が魔剣の一撃を防いだのだ。

「待たせてごめん、今からは俺も参戦させてもらうっ!」

力強い一言を聞いてシェーンバインは後ろに飛び退いた。
その台詞に圧された訳ではない。レインの異常な様子に警戒を示したためだ。
全身から超高温度の炎が噴き出し、熱を纏った人間離れした姿に。

「……おいおい、いいのか。お前さんにつけた傷はそう浅いもんじゃない。
 応急処置を施したんだろうが無理すると死ぬぜ。人間の寿命ってのは短いんだろ?」

「……そうだよ。でも……俺は守りたい約束があるんだ。それを果たすためなら何だってする。
 シェーンバイン……君は、君達魔族は何のために戦うんだ!?なぜそこまで他の種族を傷つける!?」

剣に魔力を込めて連続で『炎の刃』を飛ばす。当たれば風属性の敵は大ダメージを被るだろう。
シェーンバインはそれを高速移動で避けていく。流石は最速の魔族といったところか。
帽子を被り直しながら、シェーンバインは言葉を返す。

「別にいいだろなんでも。お前に何か関係あるか?魔族の事情なんて俺にも関係のないことだ。
 魔族という最も優れた種族こそが世界の覇を握るべき。純粋で単純にそれだけだよ。
 だがまぁ、魔王様に限ってはだが……単なる世界征服以上のビジョンを持ってるみたいだな」

「どういうことなんだ……!?」

炎を剣に纏わせて斬りかかるが、やはりシェーンバインは平然とした顔で避けていく。

「魔王様は『神々の支配を受けない世界にするため』と仰っていたよ。
 この世界から去った今も、神々は色々な形でこの世に干渉して世界を管理しようとしている。
 運命を操作してるなんて話もあったな……とにかく魔王様はあいつらの操り人形になるのが嫌だと言っていた」

レインの腑にも落ちてしまう話だった。
当のレイン本人が光の女神に選ばれ、魔王を倒す使命を帯びた勇者だからだ。
もし神々が完全な放任主義であればそんな事自体しないだろう。
そして、レインは勇者に選ばれた時、そんな話は聞かされなかった。

「だから……魔族は神に縋る人間達とは絶対に相容れない。魔族は神すら超えて高みに昇る。
 それが魔王様の目的であり……夢だからな。俺はそれに従うだけだ」

「そこまで知っているのに……何で『俺にも関係ない』なんて言うんだ?
 シェーンバイン、君は……魔王に忠誠を誓ってないのか?」

レインがそんな言葉をつい放ってしまったのは、キュベレーとの一件があったからだ。
勇者の最終目標は魔王ただ一人。それ以外の魔族は障害とはいえ必ずしも倒す敵とは限らない。
ならば対話の道もあるかもしれないという淡い期待を込めてしまったのだ。
0366レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/27(金) 18:39:51.00ID:M7Y5LF0+
「……忠誠は誓ってるさ。良ければ俺の昔話でもしてやろうか?退屈はしないと思うぜ」

帽子のつばをいじりながら、シェーンバインはそう答えた。
なぜレインとの会話に付き合っているかと言えば――それはレインが纏う炎を警戒してのことだ。
おそらくは鉄すら瞬時に融解するほどの温度。熱は『ウィンドシェル』でも防ぎきれない。
オリハルコン製の『ヴァルプリス』なら耐えられるだろうが、念を入れて様子を窺っていた。

それはクロムが戦線復帰する可能性も孕んでいたが、彼にはすでに十分な手傷を負わせている。
多少複数同時に相手するリスクを背負ってでもレインの炎は注意すべきと判断したのだ。
要は時間稼ぎ。魔力を少しでも消耗させようとしているのだ。

レインもその意図にようやく気付いて、やはり対話は不可能なのだと悟る。
戦って決着をつける以外に道は残されていないのだと。

「そうしたいところだけど……俺にも時間がない。行くぞ、シェーンバインっ!!」

噴き出す炎がレインの全身を覆い、大剣を構えてそのまま突貫した。
当たればシェーンバインといえど負傷は避けられない。
だが、当たればの話だ。これまでの攻撃でレインから負った手傷などひとつもない。
今までの攻撃に比べれば速いが、それでも十分避けられる速さだ。

「未完奥義!!プロミネンスブレイザーッ!!!!」

瞬間、レインは一気に加速した。シェーンバインは目を剥いて回避行動に移る。
あれはヤバい。本能が告げる危険性は彼の足を動かして横っ飛びで躱させた。

レインの突貫はそれだけで終わらない。急ブレーキを掛けて反転すると再突撃を敢行する。
舌打ちして跳躍すると空を舞った。ここは無重力空間だ。風魔法を併用すれば飛行も難しくない。
だがレインの追尾は続き、飛翔するシェーンバイン目掛けて正確に飛んでくる。

(纏っている炎で空気さえも燃焼し、噴流を生み出して飛行してるのか!!?)

それこそがレインの奥義の正体。紅炎の剣で生み出した炎をその身に纏い、空気を燃焼。
発生した噴流の反作用で爆発的な加速力を得て飛行する。さながら空を舞う火の鳥のように。
そのスピードは一時的とはいえ大幹部いちのシェーンバインにさえ匹敵する。

「人間にぞくっとしたのは初めてだ……!悪くない、悪くないな"召喚の勇者"!
 ならば受けて立ってもらうぜ!?この俺の!!真竜の魂のバイブスをーーーーッ!!!!」

空中で機動を変えたシェーンバインは魔剣の切っ先をレインに向ける。
すると魔剣を中心に竜巻が生じ、雷を伴う暴風となって荒れ狂う。
それは『魔法剣』とも呼ばれる魔法剣士にのみ許される技だった。
それも、得意の風魔法のみならず雷魔法をも加えた必殺の一撃。

「――奥義!!オラージュ・エクストリームッ!!!!」

雷と旋風、ふたつの攻撃が火の鳥と化したレインに激突する。
ふたつの巨大な力はぶつかりあって相殺しあい、ばちばちと拮抗している。
0367レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/08/27(金) 18:43:07.64ID:M7Y5LF0+
この激突にさえ勝てばシェーンバインに刃が届くはず。
レインは力を振り絞って全魔力を自らの炎に注ぐ。

「な……!」

だがレインの見積もりは甘かった。
その眼に映ったのは風の力で加速して砲弾の如く突っ込んでくるシェーンバインの姿。
一撃目の雷と嵐で相手の動きを止め、二撃目の斬撃で確実にとどめを刺す。
それが風の大幹部の奥義。『オラージュ・エクストリーム』なのである。

レインは咄嗟に攻撃から防御に切り替え、大剣でシェーンバインを撃ち落としに掛かる。
紅炎の剣スヴァローグと風の魔剣ヴァルプリスが交差する。
そして激突が終わると――レインはぐらりと力無く無重力空間内に浮かんだ。
纏っていた炎は急速に萎んでいき、跡形もなく消え去る。

「……奥義対決は俺の勝ちってところか」

目深に被っていた帽子が焼き焦げ、着地するシェーンバインの足元へ落ちていく。
そして露になったのは二本の魔族の角。それでもなお余裕は崩れていない。
シェーンバインにそれらしい外傷はなかったが、レインは重傷だった。
その程度で済んだと言うべきか。もし魔剣の高速振動が健在なら両断されていただろう――。

高速振動の力が軽減されていたおかげで、奥義はなんとか防御できている。問題はそれ以外だ。
超高熱の炎を身に纏った影響で全身に火傷を負っていた。これがレインの奥義が未完成である最大の理由。
『プロミネンスブレイザー』はその性質上、制御を誤ると自分の身をも焼きかねない危険性を持つ。
シェーンバインを追い詰め、奥義を使わせるまでは良かったが、結局のところレインは自爆してしまった。

「順番が前後しちまったが……お前から殺るって宣言に変わりはないぜ、蜃の獣人。
 あの世に行く心の準備は済んでるか?俺は慈悲深いからなるべく楽に逝かせてやるよ」

風の魔剣の刀身を軽く撫でつけて、一歩、また一歩とマグリットへと近づく。
その命を刈り取るために。


【シェーンバインと奥義対決の末に敗れる】
【帽子が焼けて魔族の角が露出。宣言通りマグリットから殺すつもりのようだ】
0368クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/09/04(土) 17:56:44.29ID:df8teERZ
「マグリット──お前はまずレインを治せ。それまでは俺が踏ん張ってやる」

シェーンバインとマグリット、その二人の間に突如として割って入ったのはクロムの声。
声の方向を見やれば、大きな壁の穴の中からぬっと現れた、新たなアイテムを手にした彼の姿を確認できるだろう。

「チッ……加減を誤って俺のコレクションルームまで飛ばしちまったか。……それにしても」

しかし、凝らすように目を細めるシェーンバインは、如何にも解せないと言いたげである。
いや、あるいはマグリットも同じ心境であったかもしれない。
何故ならクロムが手にしているのは、薄紙一枚切れそうにない錆び付いたナマクラ剣にしか見えないモノだったのだから。

「他にもっといいのがあった筈だろ? なんでそれを選んだ? まさか暗闇で良く見えなかったというオチじゃないんだろ?」

「──……お前、武器のコレクターか。確かにいいのは沢山揃ってたぜ。だが、俺が探してたのはこいつだけだったんでね」

そう言って穴から飛び出て、クロムはひゅん、と剣を試し振りする。
空中を薙いだその剣の造りは、かつての『悪鬼の剣』同様の刃渡りを持つ、片刃の打刀タイプのものだ。
違うところと言えば、元は文字通りの白刃であろう刀身が、見事なまでに錆び付いて薄汚く変色しているという点。
そして、柄や鍔には悪趣味な髑髏の意匠が無数にあしらわれているという点であろう。

「……『鬼神のだんびら』……別名『破滅の凶剣』。要するにお前もその剣にまつわる話を信じてたってわけだ」

「“この剣を手に入れた者は天下無敵となるが、やがて例外なく自らの力に己自身が殺される破滅の時を迎える”……」

「俺がその伝説に終止符を打ってやろうと思った。だから方々手を尽くして探して手に入れたんだが……なんてことはない。
 所詮、伝説なんてのはその多くが誇張と流言によって膨れ上がっただけのデタラメに過ぎないってわけだ。
 そいつは見た目の通り、何の呪いもなければ能力もないただのナマクラだぜ? 残念だがな」

「さて、どうかな──」

クロムが再び剣を振る。それも、今度は確かな殺気を込めて。
しかし、シェーンバインは剣の間合いの遥か外。如何に殺気を込めてそれが届く事は無い。普通なら。

「っ!」

が、瞬間、シェーンバインは声にならない声を上げた。彼の胸が真一文字に切り裂かれ、流血したのだ。

「……どういうことだ?」

ひと呼吸おいて、驚きの表情を以ってそう問うてくるシェーンバイン。
クロムは、そんな彼の表情と、それとは裏腹な冷静そのものの声を聞いて理解した。
彼は胸を傷付けたモノの正体を問うたのではなく、どうやってただのナマクラ剣で今の現象を起こしたのかを問うたのだと。

「流石に超一流の使い手。今の一瞬、不意の攻撃……躱す事はできなくとも理解は速いようだ。
 あんたの思ってる通りさ。今のは魔法じゃない。ただの“剣圧”だ」

クロムが放った剣圧。
それは相手が遥か格下の雑魚モンスターであれば両断できるほどの威力があったものだが、相手はシェーンバイン
傷を負わせたとはいえ、致命傷にはほど遠い浅手に過ぎない。
0369クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/09/04(土) 18:03:02.59ID:df8teERZ
「問題は魔法も呪いもないただのナマクラ剣でどうやってそこまでの剣圧を生み出したのか……答えは簡単だ。
 こいつはあんたにとっては錆びたガラクタに過ぎないが、俺にとっては異常に研ぎ澄まされた凶剣だってことさ。
 この剣は使い手を選ぶ。選ばれた者でなければ、この剣は本気になってくれねーのよ……!」

「! これは……!?」

不意にシェーンバインが目を見張る。
声から先程までの冷静さまでもが消えかかっているのは、彼でも理解が追い付かない光景が眼前で展開されているからに違いない。
彼の傷口から赤い霧状のオーラが湯気のように立ち昇り、それらが全てクロムが握る剣に吸い込まれているのである。
いや、違う。正確には、剣を伝ってクロム自身に吸収されているのだ。

「まさか、俺の血かっ?」

「教えてやろうか? こいつはな……」

全身から真っ赤なオーラを立ち昇らせたクロムが、とん、と刀の峰で肩を叩いた。
そして、言葉の続きが紡がれたのは正にその直後──“シェーンバインの背後”を取った時であった。
──クロムは瞬時に移動したのだ。魔装機神をも上回る、かつてない速度で。

「お前の“エネルギー”だ」

「──っ!!」

袈裟斬り。正しく閃光のように鋭く、速い一撃。
その威力は軽々と竜鱗の防護力を超越し、シェーンバインの背中に斜め一文字の深々とした傷を刻みつけ、血を噴き出させた。

「こっ──のォ!」

シェーンバインは前に倒れかけるも、力強く踏み出した左脚で踏み止まり、すかさず背後を振り返りながら剣を走らせる。
しかも剣には竜巻を纏わせて。
剣は剣で受け止めることができる。しかし、受け止めればマグリットのように得物をすり抜ける風の刃によって傷つくだろう。

ならば避けるしかない。
クロムは素早く床を蹴って後方に跳び退く。敵の斬撃の直撃を許すより先に。
シェーンバインの「チィ!」という強い舌打ちが聞こえる。
彼の実力を考えれば、そもそも空振りを許す事が通常では有り得ない事態に違いない。
実際、先程までのクロムなら躱す事はできなかったであろう。

「この別人のような超反応! お前……俺のエネルギーと言ってたが、まさか!」

シェーンバインは左手を突き出し、その掌から巨大な竜巻を生み出した。『インフィニティストーム』である。
だが、この魔法の性質を考えれば、恐らく彼は直接大ダメージを与える為の攻撃用として用いたのではない。
恐らく狙いは暴風によって肉体の自由を奪う為。攻撃用の魔法はまた別にあるのだ。
すなわち──『ミストラルエッジ』も同時発動していると考えるべきなのだ。

「しかし、これ以上俺を斬ることはできない! 躱したのは見事だったが、俺から離れたのは間違いだったな!」

迫る壁。それに背が着く瞬間、クロムは壁を蹴って暴風の中へと突っ込む。
再びシェーンバインの至近に迫ろうというわけだが、風という拘束具の前ではスピードは制限されてしまう。
もたつけば風の刃の餌食となり、仮に間合いを詰めても緩やかな斬撃ではまた難なく捌かれてしまうだろう。

──ならば、風さえもものともしない速力を捻り出すしかない。
0370クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/09/04(土) 18:07:46.98ID:df8teERZ
「……それもどうかな」

クロムの姿が、その場から忽然と消え失せたのは、そう言った直後の事だった。
刹那、シェーンバインは目を大きく見開いて、叫んだ。

「上っ!!」

そして彼の頭上、ほんの数メートル先で剣を振りかぶった格好のクロムに向けて、奥義を放つのだった。
風魔法と雷魔法を同時発動した必殺の一撃・『オラージュ・エクストリーム』である。

「──なっ!?」

当たれば命を砕く文字通りの必殺技。『反魔の装束』の効果をもってしても、直撃すれば確実に戦闘不能となるであろう威力。
だが、クロムには当たらなかった。いや、当たったのだが、その瞬間にクロムの体が再び忽然と消え失せたのだ。

「まさか──残像……っ!?」

驚き叫ぶシェーンバイン。その背後で、クロム《本物》は剣を振りかざしていた。

「この剣は、ダメージを与えた敵からエネルギーを奪い続け、使い手の膂力にプラスする。
 いわば一時的にステータスを大幅に上昇させるアイテム。残像を見せるくらいわけもない──!」

──振り下ろされる剣。確実に仕留める為、狙いは迷うことなく脳天。
しかし、シェーンバインも流石にただ者ではない。ダメージこそ免れなかったが、致命傷だけは回避して見せたのだ。
クロムは全て見ていた。
刃が命中する瞬間、突如としてシェーンバインの足元から発生した暴風が、彼を瞬時に別の空間まで運び去ったのを。

「……自身の速力に、風魔法の応用技をプラスした独特な移動術ってところか。
 やっぱしぶてぇな……。だが、弱点の内の一つは斬ってやった……ぜ……ごほっ」

頭上に浮かぶ物言わぬ角を見上げるクロムの口から、突然ごぼっと溢れ出たのは大量の血だった。
原因は判っていた。胸部が訴える、突き刺さるような激しい痛みだ。

(無茶な動きをしたせいで……折れた肋骨がどこかに刺さりやがったか。くそっ、魔人の体でも負傷してるとこのザマか……!
 この負担のでかさ、万全でも長時間は使えそうにねぇ……。この戦いでも後どれだけもつのか……)

空中で、斬り落とされた角の根元を押さえながら、どこか呆然とした様子でクロムを見下ろすシェーンバイン。
しかし、その瞳に次第に強烈な殺気が満ちていくのを感じて、見上げるクロムは額に浮かんだ脂汗を拭って呟いた。

「レイン、マグリット……まだか。そろそろやばいぜ」


【『鬼神のだんびら』→錆び付いたナマクラ剣。しかし剣に選ばれた者が持つと異常な攻撃力を発揮する】
【斬り付けた敵から毎秒事にエネルギー《ステータス値》を奪い、使い手のステータス値にプラスする能力有り】
【ただし効果はあくまで一時的で、対象となる敵が能力射程から離脱したり死んだりするとリセットされる】
【クロム:一時的なパワーアップを果たすが肉体的負担が大きくダメージが徐々に拡大中】
【シェーンバイン:背中を斬られ二本の角の内の一本を失う。更にエネルギーを奪われ徐々に弱体化中】
0371マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/09/08(水) 00:18:27.09ID:+U9AzbOx
>「レイン、マグリット……まだか。そろそろやばいぜ」

その言葉に応えるように、クロムはシェーンバインの肩越しに見るだろう

それはシェーンバインが片角を切り落とされた衝撃から思考が立ち戻る刹那の隙間
背後からの爆発的な魔力の高まりを感じるただろう
しかもそれは良く知った凶暴な炎の魔力に似ていた事も驚きを増大させる事になる

振り向いたシェーンバインは、迫る巨大な影と振り上げられる白刃を見た

 * * *

風の魔剣『ヴァルプリス』の切れ味を衰えさせるマグリットを最優先排除対象と定めたのだが、巨躯と防御力故に中々殺しきれない
故に、斬撃ではなく心臓への刺突により確実に殺傷しようとしたのだが、そこにレインが割って入る

炎の化身と化したレインとシェーンバインの戦いは苛烈を極め、マグリットが手出しができる領域を超えており、ただただ超音波によりヴァルプリスの高速振動を軽減する事しかできなかった

そして両者はお互いの奥義をもってぶつかり合うのだ
共に必殺の奥義ではあったが、結果は一目瞭然
レインは大ダメージを負い力なく宙を漂い、対するシェーンバインは目深に被った帽子が焼け焦げ足元に落ちるにとどまった

奥義対決に勝利したシェーンバインが着地し、マグリットに向き変える

>「順番が前後しちまったが……お前から殺るって宣言に変わりはないぜ、蜃の獣人。
> あの世に行く心の準備は済んでるか?俺は慈悲深いからなるべく楽に逝かせてやるよ」

「レインさんはお話を拒否されたようですが、私はあなたの昔話に興味がありますので、昔話をお願いしたいところなのですが?」

宙を漂うレインは元より、壁を突き破って蹴り飛ばされたクロムもかなりの重傷のはずである
こんな時にPTの傷を癒し立て直しを計るのが神官の、ヒーラーとしての役割なのだが、マグリットの癒しの力はあまりにも低い
それ以前にこの状況で二人の回復を目の前のシェーンバインが許すはずもないだろう
せめてもの時間稼ぎと話を誘うも、一笑に付されてしまう

それを見て覚悟を決めたマグリットは呼吸を整えた

「半竜と聞いておりましたが、とんでもなかったですね
私を蜃の獣人と知っておられるようですし、ならば私の目的もわかっているのでしょう?
私は龍を目指しており、あなたは私が目指すべき場所に随分と近いところにいられるようで」

>「ああ、だが目指す場所も、その途上にいる俺のところにもお前は辿り着けない」

ゆるぎない死刑宣告にマグリットは唇をかんだその時、会話に割って入るかのように声が響いた
その声の向きを見れば、壁の大きな穴から錆びついた剣を手にしたクロムが現れた

「あなたも戦えるような傷ではない」
「いくら何でもそんな剣では」
「せめて一緒に戦います」

言いたい事は色々あったが、その鋭い眼光に全てを飲み込み指示通りレインの元へと移動するのであった
本来シェーンバインの前ではそれすらも至難の業なのであろうが、幸いにして何事もなく到着
これはクロムにつけ入る隙を見せたくないという以上に、その手にあった自身のコレクションでもある鬼神のダンビラに注意が注がれたからであろう
0372マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/09/08(水) 00:25:50.33ID:51wQpnMr
クロムとシェーンバインとの戦いが始まる中、力なく漂うレインを引き寄せ回復の祈りを始める
状況は先ほどのわき腹を切り裂かれたレインを暴風の中応急処置したと同じではあるが、程度が違いすぎる
全身の火傷に塞いだ脇腹も開いてしまっている
先ほどより重症であるのに対し、マグリットの回復能力は低い
元々信仰が高い訳でもなく利害関係の為に入った教会であり、伝道師の役職ではあるが、それにも増して回復能力の低下を感じていた

それは、森でキュベレーの態度を見た時から、現在のシェーンバインの話を
更に言えばその話にできた魔王の考えに、薄かった信仰は更に揺さぶられていたからである
これでは回復力の低下は当然であるし、奇跡など望むべくもない

「このままでは、レインさんを救えない……クロムさんだって、あの傷であんな動きいつまでもできるわけがない」

マグリットは知る由もないが、鬼神のダンビラの効果によりシェーンバインのエネルギーを吸収し、その爆発的なパフォーマンスを自分のものにしていたのだ
当然恐るべきパワーアップではあるが、それはクロムの体がもつとは思えない動きだったからだ

「ここで、……終わらせるわけにはいかない」

マグリットは静かにシャコガイメイスを握り締め立ち上がる

* * *

クロムの必殺の一撃はシェーンバインの足元に発生した竜巻を伴う移動術によりギリギリ躱されてしまう
が、それでもつのの一本を切り落とす事に成功
これはシェーンバインに大きな衝撃を与えた

魔力を制御する機関である角を切られたこともだが、魔人であるクロムが完全に殺しにかかってきており、角を切り落としたという事実
潜入していて正体を明かせないからでは説明のつかない行為に、シェーンバインの思考が驚きと疑問に支配されていたが、平静な状態に切り替わる

その切り替わる瞬間、マグリットは飛び出していた
例え驚きと疑念に支配されていたとしても不意打ちを食らえば反射で体が動いてしまう
しかし、そこから立ち直り平静な状態に切り替わる一瞬の空白状態を、結果的にだが付いていたのは僥倖といえよう

濃厚な魔水の入った貝殻カプセルを噛み砕き、それを飲み込みながら
僅かでもかかれば魔力中毒になってしまう程に濃厚な海魔の遺跡の魔水は体内に入り、マグリットの奥深くに取り込まれた魔素が反応する
マグリットの魔力では起こし得ない強力な九似が一つ獣王の掌、サティエンドラの魔力が発現するのだ

シェーンバインの速さが魔族位置というのは何も移動速度だけの事ではない
反応速度も恐ろしく早く、思考の間隙の中、不意を突かれても尚、マグリットより早くその剣を突き出していた
0373マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/09/08(水) 00:29:40.07ID:51wQpnMr
二人が交差する瞬間、時間の感覚は間延びし、ゆっくりと流れる中で意識は交錯する

「流石に早い、が、随分とお疲れのようで、ウインドシェルが弱まっていますね」
>「それでもお前よりは早い」

レインとの奥義のぶつかり合い、そしてクロムによってつけられた傷から吸われるエネルギー
そして何より、切り落とされた角により魔力操作の精度が落ちているのは確かではあるが、それでも十分な力を残している
だが、それでも万全の状態であれば即座に気づき排除できていたものをこの時まで気づけなかったのだ

「同じようなものと言われましたが、私の水球は魔法の産物ではなく、生き物なのですよ」

その言葉の意味は感覚で知ることになる
足元からゲル状ものが急速に増殖しシェーンバインの魔力を吸い取り始めているのだから

マグリットの持ってきた樽の中身は、貝の獣人が住居につかっている巨大クラゲの捕食器官
クラゲと言っても小さなクラゲが無数に集まり、それぞれ各々の器官を担い一個の生命体となす群体生物なのだ
即ち、マグリットの纏っていた水球もまた群体生物であり、削ぎ落されたからと言ってそれで消えてなくなるわけではない
床に薄く伸び、その時を待っていたのだ

そう、シェーンバインが『着地』し、クラゲが膜状に広がる床にその足をつけるその時を

>「こ、これ以上、魔力を吸い取らせるか!」

即座に足元に竜巻を発生させへばりつくクラゲをを吹き飛ばすのだが、その為に割いた数瞬が反応速度の差を埋め合わせた

間延びした時間の中、漸くお互いの刃が体に触れあう
それはほとんど同時
マグリットの刃はシェーンバインの脳天、残った角の付け根
シェーンバインの切っ先はマグリットの心臓の一の胸元へ

お互いの刃が触れた瞬間、シェーンバインは悟るだろう

「お気づきになりましたね、なぜ私が都合よくあなたの高速振動の剣を中和軽減できたかを」
>「そうか、お前もか」
「風と水の違いはあれど、私とあなたは同じ道をゆく者だったという事ですよ」

マグリットがサティエンドラとの戦いを経て、九似の体の部位を切り落とすことの困難さを痛感し、故郷マリンベルトに戻ったわけはこれにあるのだ
シャコガイメイス
それは大量の魔力を流し込み、真珠を形成するように至高の刃を形成する鞘なのだ
長い年月と大量の魔力を使い九似をも切り落とす大剣が今振るわれているのだ

奇しくも風の魔剣『ヴァルプリス』と同様に、高速振動によりその切れ味の本領を発揮するタイプの剣なのは、龍を目指すマグリットと半竜であるシェーンバインと奇縁としか言いようがない

本来であれば鞘のシャコガイを左手に咬ませ、盾兼エネルギータンクとして構え、右手の剣で戦うのがマグリットの本来の戦い方であるのだが
そのシャコガイはいま、重傷を負ったレインを包み込んでいた

試練の森で重傷を負ったレインをマグリットが形成した貝を治療ポットとして使ったが、それとは比べ物にならない魔力を持つシャコガイが全ての力を注ぎ込んでいる
0374マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/09/08(水) 00:34:07.46ID:51wQpnMr
そして間延びした時は本来の速度を取り戻す
刹那は刹那として過ぎ去り、二人の激突が動き出すのだ

お互いの脳天と心臓に刃を突き立てた状態で、止まる事はない
マグリットは瞬間的にサティエンドラの膂力で高速振動する刃を振り降ろす
しかしシェーンバインはマグリットの心臓から切っ先を外す事なく頭を捻りその斬撃被害を最小限に抑えようとする

マグリットも心臓部に突き立てられる切っ先に対し、回避行動はとれない
回避行動はそのまま自分の攻撃の中断に繋がるのだから
だが、レインに防いでもらったおかげで事前にわかっていた
シェーンバインが心臓を狙ってくることは
だから、心臓部の装甲の密度に差をつけて対応していた

元々マグリットの肌は鉄の硬度をもつ
更に貝殻を形成し、心臓部を守りながら、あえてそこ以外の硬度を下げ柔らかくして切っ先の進行方向を誘導したのだ

結果、シェーンバインの刃は胸元から鎖骨方面に逸れ左の僧帽筋を貫いた
マグリットの刃は床まで振り降ろされたのだが、シェーンバインの脳天を割る事は敵わず
しかし、額から頬に続け右目を通る縦一筋の切り傷をつけるとともに、残った角を切り落とす事に成功した

「満を持して出した剣ですのに、脳天真っ二つとはいかないとな、残念です」

>「おまえ、俺の角を切り落とすだけでも十分すぎるだろ」

確かにシェーンバインの角を二本とも切り落とす事に成功した
これにより魔力操作の精度は欠き大幅な戦力低下になるだろう
更に鬼神のダンビラの効果によりエネルギーを吸い取られ、右目は斬られて視界は遮られている

だが、ここまでなのだ
それで死ぬような傷かと問われればとてもそれには届いていない

一方でクロムは大量の吐血をしておりもはや戦える状態ではないだろう
マグリット自身持てる手札を全て晒し、飲み込んだ魔水も消費し尽くしサティエンドラの魔素も鎮まってしまい、これ以上の服用は体がもたない
左鎖骨を貫かれ、もはや左腕は上がらず

そのような状態ではあるが、それでもマグリットは不敵に笑う

「あなたは私の九似に足りえる強さでした
出来れば自分で禽皇の爪として得たかったのですが、あとは任せる事にします」

今更何をと不思議そうな顔のシェーンバインにマグリットが不敵に笑って答えた

「レインさんの傷を見ましたが、火傷はありましたが新たについた裂傷はなかったのですよ」

残った左目を大きく見開き、マグリットを蹴り飛ばす
その言葉の意味は、奥義対決で勝ったと思っていたが、その刃は届いておらずレインの自爆にすぎない事を悟ったからだ
ここでマグリットにとどめを刺すより、剣を自由にし備えたのだ
残る召喚の勇者の反撃に備えるために

シェーンバインの視線の先にレインを加え込んでいた巨大なシャコガイが宙に浮いていた


【シャコガイメイスは超振動権を生成する鞘であり、魔力をため込むエネルギータンク】
【信仰の揺らぎにより回復力が低下しているため、濃縮回復力を持つシャコガイにレインを入れ治療】
【クロムが作った隙を突き、シェーンバインに不意打ちアタック】
【シェーンバインの残った角と右目を潰す事に成功】
【マグリットは心臓を逸らすも鎖骨を貫かれ重傷】
0375レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/09/13(月) 22:01:14.41ID:apbIqXyd
あれはまだ勇者にもなっていない頃……。
アシェルやアンジュと一緒にサマリア王国の教学院に通っていた時代。
勇者の試練を受けるまで魔法適性が皆無だったレインは魔法の授業だけはいつも休みたかった。
アシェルは常々魔法は勉強すれば面白いと言っていたが、出来もしない話を覚えるのは結構退屈で……。

でも、その時の勉強が冒険で活きることもあるのは確かだ。
ダンジョンには魔法の仕掛けが施されていることもめずらしくない。

「レイン、術式ってのはただ魔法を発動するためのものじゃないんだぜ。
 戦闘で使う魔法は単純に発動にだけ術式を使って、後は感覚に頼ることが多いけどさ」

記憶の中のアシェルが語り掛けてくる。
そうだ。そんな話したっけなぁ、とレインは何となく思い出していた。
戦闘にはおおよそ関係ないが術式には発動した魔法を制御するための『制御術式』というものが存在する。
発動後の魔法の効力――たとえば炎を発する魔法なら火力、水を生成する魔法ならその量などを調整することができる。

だが、戦闘ではそういった制御は感覚的に行われることが多い。
戦いにおいて加減をすることなど滅多にないし、そのためにわざわざ追加で詠唱したり、
魔法陣を組むなんて手間のかかることをやる人間はいないからだ。

だがダンジョンの仕掛けのように、インフラや魔法の乗り物など、
緻密な制御を要するものに魔法を施す時には制御術式が効果を発揮する。

「答えはもう自分の中にあるんだよ。それに気付いてないだけだ。
 だから……あいつにもう一発、奥義をぶちかましてやれ。
 見せてやれよ、"召喚の勇者"の力を!」

ぐ、と拳を握って記憶の中のアシェルは微笑みかけてくれた。
レインは微妙にはみかんで頷くと、徐々にその視界は薄らいでいった。


…………――――――――。

>「レインさんの傷を見ましたが、火傷はありましたが新たについた裂傷はなかったのですよ」

「ちっ……口の減らない奴だ!」

不敵に微笑むマグリットがそう言い放つと、シェーンバインは苛立たし気に蹴り飛ばす。
角を二本失ってしまい、体内の魔力の流れは無茶苦茶だ。これでは魔法はもちろん奥義も使えない。

戦いの流れが一気に変わったのは『鬼神のだんびら』を魔人が手にしてからだろう。
自分が招いた結果とはいえ、蜃の獣人が厄介な奥の手を隠していたこともあり形勢はこちらが不利。
戦闘中の急激なパワーアップはさしものシェーンバインも想定外の出来事だった。

「だが、隠し玉を持っているのはお前らだけじゃない。
 ここまで来た連中なら知ってるだろ?俺が『半竜』の魔族だってことを。
 見せてやるよ、この俺の……真の姿をな……!」
0376レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/09/13(月) 22:05:43.00ID:apbIqXyd
シェーンバインの細身の身体が一気に膨張する。
通常の皮膚レベルまで微細だった竜鱗が巨大に、より分厚くなっていく。
繊細な美男子の顔は徐々に竜の容貌へと変形していき、背中には一対の翼が生える。

「『真竜形態』……だ。本来ならお前らごときに見せる必要はないが……。
 魔法が使えなくなり、魔剣も効力が下がった今……俺もあえてこの姿を晒そう。
 光栄に思うがいい。この姿で戦うのは、魔王様を除いてお前達以外にはいなかった!!」

翡翠の竜鱗を纏った巨大な竜。それこそがシェーンバインの正体。
知能を退化させることなく生き残った稀有な『真竜』と呼ばれる特殊な存在と、
強大な魔力をもつ魔族との間に産まれたシェーンバインだが、かつては魔族でなく竜として生きていた。
それは魔族の血が半分しかないことから、魔族たちに差別されたことも関係していただろう。

そんな彼の野望は退化してしまい魔物のいちカテゴリーに収まってしまった竜を独立した種族にすること。
だがその力を欲した魔王と一騎打ちの末に敗北。彼は自分の野望を捨てて忠誠を誓い、軍門に降ることになる。
シェーンバインが帽子で魔族の角を隠すのは、魔族としての自分の血を恥じているからに他ならない。

真竜形態になった今、シェーンバインは魔法に頼らなくても肺活量だけで嵐を巻き起こせる。
そして、魔族形態でもその片鱗を見せていたが竜由来の圧倒的なパワーとスピードを発揮できる。
小回りこそ効かないがこの形態になってもシェーンバインの速さは落ちないということだ。

シャコガイメイスからレインが飛び出してきたのはシェーンバインが竜の姿になって間もなくだった。
最初は驚いたが、すぐに臨戦態勢に切り替えてミスリルの床に着地する。

「……ありがとう、アシェル。君が完成させてくれた『奥義』だ」

レインは紅炎の剣を構えると、炎の力が亀裂の走った刀身を埋めていく。
すると眼前には真紅の魔法陣が現れる。刻まれた術式は魔法武器が出力した炎をコントロールする『制御術式』。
今までは感覚だけで炎を制御しようとしていたが、今回は違う。紅炎の剣で出力した炎を術式という演算で微調整する。
まるで誰かが教えてくれるように、レインの頭に術式の情報が流れ込んでくる。

「シェーンバイン……行くぞッ!!」

真紅の魔法陣を通過すると、紅炎に身を染めたレインが火の鳥のように向かっていく。
今度は発する炎が自分の身を焼くことはない。正真正銘の不死鳥と化して突貫する。
呼応するかのようにシェーンバインが巨大な竜の腕を振り下ろした。

「うおおおおおおおーーーーーーッッッッ!!!!!」

竜鱗を力任せに溶断しながらその刃は頭を、背を、やがては尾までを一直線に切り裂く。
最後の激突に勝利したのはレインだ。要因としては『風』が『炎』に弱いこと。
そしてクロムのだんびらの力で大幅に弱体化していたことだろう。
空を舞う火の鳥が着地した時、真竜が崩れ去ったのもまた同時だった。

「……奥義。『プロミネンスブレイザー』!」
0377レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/09/13(月) 22:09:48.40ID:apbIqXyd
竜の巨体が力を無くして無重力空間に浮かぶ。
レインの奥義は疑いようもなく致命傷を負わせている。

「……負けたんだな……俺は……かつて魔王様と戦った時を思い出していたよ。
 自由の翼をもがれたあの時から、俺はとっくに死んでいたのかもしれない」

シェーンバインの瞳が徐々に光を失っていく。

「お前達に負けたのに何も感じない……ああそうなのかと思うだけだ……。
 本当は悔しくて仕方がないはずなのにな……感情ってのは不思議なもんだ。
 "召喚の勇者"、魔王軍の大幹部である俺に勝ったんだぜ。もっと喜んだらどうだ?」

「……幸運が重なったおかげだよ。首の皮一枚を何度も繰り返したような戦いだった。
 事実、俺は二度も死にかけた……正直な話、貴方とはもう戦いたくない」

「……そうか。そりゃ……良かっ…………た……」

そう呟いてシェーンバインは静かに事切れた。
魔族形態へと収縮していく様子を見つめていると、ふと宙に浮かぶ彼の肉体を回収しようと近づく。
手厚く葬るというわけにはいかないだろうが、ここに死体を放置するわけにもいかないだろう。

その両腕がシェーンバインの死体を抱えようとした時、レインは咄嗟に飛び退いて紅炎の剣を構えた。
禍々しい気配が現れたことで、自身の命を防衛するため本能的に臨戦態勢に入らざるを得なかった。
それは突如コントロールルームの中央に浮かんだ漆黒に渦巻く穴から感じていた。

「それ以上シェーンバインに近づくな。奴は余のものだ……その肉体も、魂でさえもな」

渦巻く穴から姿を現した一人の青年が冷たくそう言い放つ。隣には漆黒の衣装を纏う白皙の女性がいた。
どちらも恐ろしく整った顔立ちだが、そこにいるだけで肌が粟立つ。肉体が恐怖しているのだ。
何より、レインを困惑させたのは片割れである青年の顔に見覚えがあったことだろう。

「――――――…………アシェル?」

レインの眼前に現れたのは亡くなった友人と同じ顔をした何かだった。
まるで敵に向けるような冷たい表情でこちらを見つめている。

「サウスマナに王手をかけておきながら路傍の石に躓くとは……奴らしくもない。
 ……ああ……確か、お前は"召喚の勇者"だったか?この身体の知り合いか」

青年の問いかけで茫然としていた思考が動きだす。この状況は何もかもがおかしい。
レインの友人である"魔導の勇者"アシェルはノースレア大陸で死んだはずの人間だ。
誰かがアシェルに化けているのか。だとしたらなぜそんなことをする必要がある。

「余は……魔王セイファート。貴様も名くらいは知っているだろう。余こそが魔族の王だ」
0378レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/09/13(月) 22:12:36.21ID:apbIqXyd
友人と同じ顔をしたそいつは、自分を魔王と名乗った。

「……なんで」

レインは思考の処理が追いつかないままかろうじて言葉を紡ぎ出す。

「……なんで魔王が。なんで……アシェルの姿で」

「なぜ?部下の不始末を片付けにきた。だが余は魔王城より動けぬ身。
 だから他人の肉体を借りてここにいる。それだけの事だ。お前の疑問はたったそれだけか?」

ふっ、と顔を綻ばせて魔王は笑った。

「傀儡を介した形ではあるが……貴様はこの魔王と話しているのだぞ。
 もっと聞くべきことがあるのではないのか?もっとやるべきことがあるのではないか?
 その手に握っている剣はなんだ。驚きのあまり貴様は剣の使い方も忘れてしまったのか……?」

レインの友人である勇者アシェルはノースレア大陸にて魔王軍との戦いで死んだ。
より正確に言えば、魔王を名乗る謎の存在との戦いで死んだと、生き残ったアシェルの仲間から聞いている。
今目の前にいる魔王の話から推察するに、その時も他人の身体を借りていたのだろう。

であれば長年の疑問が解けた。他人の身体を借りれば魔王城にいるはずの魔王と戦うという矛盾が解決する。
アシェルは間違いなく魔王と戦って死んだのだ。そして今、奴は友人を操り人形にする事でここにいる!

「……返せ」

レインは紅炎の剣を握りしめると、その切っ先を魔王に向ける。
床を蹴って踏み込むと、無重力の影響で高く跳躍。宙に浮かぶ魔王まで肉薄する。
そして紅炎の剣を大きく振りかぶって叫んだ。

「……俺の友達を!俺の友達の身体を!!返せえええーーーッッ!!」

大剣が届く瞬間。魔王の、アシェルの身体から『闇』が噴き出した。
それは肉体を覆うように魔王を傀儡を包み、剣を防ぐ障壁となって刃を受け止める。
――闇属性の防御魔法『ダークネスオーラ』だ。あらゆる物理・魔法を無効化する、最強の防御魔法。

闇の障壁と炎の剣が干渉しあって火花が散る。
防御魔法の向こう側で魔王がレインをせせら笑った。

闇の衣とも呼ばれるそれは魔王の代名詞的魔法であり、勇者の伝承にも記述されているほど有名だ。
闇魔法そのものが習得難易度の高いこともあいまって実質的に魔王の固有魔法とされている。
0379レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/09/13(月) 22:16:54.22ID:apbIqXyd
「便利なものだなこれは。余といえど肉体の性能以上のことは出来ないのだが、
 魔法に限っては何でもできる。もう少し身体能力があれば完璧だが……まぁ多少の『縛り』も悪くない」

『ダークネスオーラ』に弾かれて後方へ吹き飛ぶと、空中で静止する。
それは自らの意思ではない。何かがレインの身体を絡めとったと言った方が正しい。

「……くっ!」

『糸』だ。真紅の魔力の糸がいつの間にかコントロールルームに張り巡らされている。
レインはそれに掴まり拘束されてしまったのだ。見る限り魔王の仕業ではない。
糸を辿っていくと、それは魔王の隣にいる女性の白い細指。それが嵌めている指環に集約されている。

レインはいつか聞いたことがあった。『傀儡霊糸』と呼ばれる魔力の糸を伸ばす特殊武器が存在すると。
それはあらゆるものを自在に操る糸となり、あらゆるものを自在に切断する武器にもなるという。
最早レインは蜘蛛の糸に絡めとられた蝶。女性の魔族は冷徹にこう言い放った。

「切り刻みましょうか」

「いや……いい。十分だアリスマター。もう少し遊びたかったがな」

これではクロムも、マグリットも迂闊に動けない。
実体のない魔力の糸に一度触れたが最後、生殺与奪の権を握られたも同然。
下手をうてばレインの肉体は切り刻まれて死体に変わる。

「魔王!魔王っ!!お前ぇぇぇぇぇっ!!!!
 お前なんかが……お前なんかが!アシェルの身体を!アシェルの声を!使うなぁぁっ!!」

四肢を糸で縛られてなお、レインは憤怒を滾らせる。
だが魔王の耳にはもう届いていない。

「さて……いい加減仕事をするとしよう。この施設は魔王軍の戦略上重要なものだ。
 あらゆる国家を自由に狙い撃てるからな。おいそれと渡すわけにはいかん」

魔王は片手をゆっくり持ち上げて、マグリットとクロムを見た。

「余は寛容だ。お前達二人は見逃してやる……だがシェーンバインは返してもらおう」

シェーンバインは大幹部として重要な情報を幾つも握っている存在だ。
もし魔法で死体から情報を抜かれてしまうと、最悪『魔王城』も特定されかねない。
マグリットにとっては九似に足り得る存在のようだが、そんなことは魔王に関係ない。

「これは交渉ではない。命令だ。それを理解した上で行動するのだな」


【シェーンバインを無事撃破】
【その後魔王と側近の魔族アリスマターが現れる】
0380クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/09/19(日) 20:20:56.37ID:95csT1kA
残ったもう一つの角《弱点》は、クロム同様一時的なパワーアップを果たしたマグリットによって切り取られた。
しかし、直後に抵抗することなくシェーンバインにあっさり蹴り飛ばされた彼女の姿は、その代償の重さを物語っていた。
直接的なダメージだけではない。恐らく彼女のパワーアップもまた、肉体に多大な負担が掛かるものだったのだ。
もはや彼女が戦線に復帰するのは困難と言わざるを得ないだろう。クロムと同じく。

(息苦しくなってきやがった……こいつは肺にダメージか……? やべぇな……いよいよ後がねぇぜ)

ただ、一方のシェーンバインも追い詰められている事は確かだ。
魔力のコントロールを失い、片目を潰され、『鬼神のだんびら』によってエネルギーまでも現在進行形で奪われているのだから。
それは満足に動けない、動かせない状態とはいえ、クロムが生きている限り時間はシェーンバインの味方をしないことを意味する。
もたもたしていれば、やがてはもはや戦況を覆す事が絶望的なスペックの低下を招くことになる。

>「だが、隠し玉を持っているのはお前らだけじゃない。
> ここまで来た連中なら知ってるだろ?俺が『半竜』の魔族だってことを。
> 見せてやるよ、この俺の……真の姿をな……!」

だから、だろう。このタイミングでヒトの形を捨てたのは。
劣勢が確実となる前に、勝負を決めに来たというわけだ。
圧倒的なパワーと頑強さであらゆる物を蹂躙し破壊するケダモノの帝王・竜となって。
その姿は紛れもないシェーンバイン最強の切り札に違いなかった。

あっという間に視界を占領した巨体。
剣を床に突き刺し、片膝をついて胸を抑えて動く素振りの無いクロムはしかし、内心まるで動じていなかった。
“間に合った”ことに気が付いていたからである。ケダモノの餌食となる前に、“彼”の回復が。

「既にカードは出揃ってる。勝負の行方は残すお前のカード次第。……頼むぜ、リーダー」

シャコガイから飛び出したレインが繰り出したカード──それは火の鳥。一度はシェーンバインに破られた彼の奥義。
だが、クロムは思わず目を見張っていた。
伝わる熱気から、乱雑さがないその整然とした炎の流れから、明らかに制御され、かつ強力になっていた事を感じ取ったからだ。

>「……奥義。『プロミネンスブレイザー』!」

──切り札と切り札の対決。
その勝負を制したのは、シェーンバインの全身を見事溶断したレインであった。

未完から完成へ。どういう手品を使ったか、この短時間でとにかくレインは完成させていたのだ。
巨大な竜さえも真っ二つにして勝利を掴む正しく強力な切り札を。
事切れ、変身が解けていくシェーンバインの肉体に、そっと触れようとするレインを見て、クロムはやがてゆっくりと目を瞑る。

「……いや。これが人間の成長力。……魔族が唯一恐れる、人間の可能性」

そして小さく呟くと、ゆっくりと目を開けて、マグリットに視線を移して今度ははっきりとした声で言うのだった。

「お疲れのところ申し訳ないんだが、俺はもう薬草も切らしちまってんだ。早ぇとこ治してくれ」

しかし、彼女の返答をクロムが聞く事は無かった。
彼女の声よりも先に、聞き覚えなど全くない別の第三者の男の声が鼓膜を打ったからである。

>「それ以上シェーンバインに近づくな。奴は余のものだ……その肉体も、魂でさえもな」

(!!?)

クロムは一瞬、目を疑った。
声の方向、視線を向けた先には、空間に開いた漆黒の穴を背にした男女が立っていたのだが──
そこに決して忘れる事のできない存在《ツラ》があったのである。
0381クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/09/19(日) 20:25:07.49ID:95csT1kA
聞き覚えの無い声の持ち主──すなわち男の方は顔も見覚えがなく、何者なのかは定かではない。
レインが茫然とした様子で『アシェル』なる名を紡いだが、今のクロムには何ら興味を惹くものではなかった。
それだけ“女”の存在が強烈であり、驚きだったのである。彼にとっては、この場にいる誰よりも……混乱するほどに。

>「余は……魔王セイファート。貴様も名くらいは知っているだろう。余こそが魔族の王だ」

だが、彼をパニックから救ったのもまた、強烈な驚きに他ならなかった。
『魔王』。ある種のショック療法とでも言おうか、更なる衝撃が却ってクロムを我に返させたのだ。

「魔王…………!? まさか……────っ! 待て、レ──」

その時、怒りを燃え上がらせるレインに気付き、クロムは肩を掴もうと咄嗟に手を伸ばすも、時すでに遅し。
怒りのまま魔王に斬り込んだレインには届かず、魔力の糸によってその身を絡め取られる様を見せつけられるのだった。

(敵はシェーンバイン級が一人と、それ以上がもう一人! 満身創痍の俺達にハナから勝ち目はねぇんだ、馬鹿野郎が……!)

魔王を名乗る青年はこちらを見ると、シェーンバインの遺体を捨て置けば見逃すと言ってきた。
つまり、見逃しても何ら問題がない程度の小さな存在と見做しているのだ。
実際、青年にはその自信を裏付けるだけの力があるのは見ただけでも分かった。
今のところはあくまで“自称”魔王に過ぎないが、『ダークネスオーラ』は自信過剰なだけの小物には決して使える魔法ではない。

「……マグリット、聞こえるか」

戦っても勝ち目はないのなら、提案を受け入れるしかない。が、流石のクロムにもただ逃げるという選択肢はなかった。
魔王はあくまでクロムとマグリットの二人を見逃すと言ったのであって、レインを見逃すとは言ってないのである。
殺す気ならとっくにやっているという考えもできるが、二人が去った後で無傷で解放される保証はどこにもない。

しかも衛星砲の奪還に事実上失敗したことで、都市攻撃の脅威は未だ取り除かれていないと来ている。
これでは尚更、撤退が最善策であったとしてもただ逃げることなど出来る筈もない。
地上へ戻る間に、地下深いメガリスさえ想像を絶する強力な砲撃の前に吹き飛ばされているかもしれないのだから。

「逃げるぞ。……この衛星をぶっ壊してな」

故に、クロムはマグリットに伝える。己の意思を、ギリギリの賭けを。
水中での彼の言葉すら聞き分けたずば抜けた聴覚を信じて、他の誰にも聞こえない程の小声を以って。

「方法はある。俺達も破壊に巻き込まれる可能性がある危険なものだが……だからこそこれ以上有効な手は恐らくねぇ。
 俺が仕掛けたら、一目散に来た道を戻って昇降機へ行け。……レインの事は任せろ、まだ少しくらいなら無茶は効く」

今、レインは糸に捕らわれているが、衛星の破壊が起きた時は、流石の魔王とその幹部も一瞬くらいは隙を作るだろう。
糸の効力もその瞬間だけは緩む筈。その時、奪回できる──という読みがクロムにはあった。

「……大丈夫、上手くいくさ」

ただ、結果としてその読みが外れた時は、クロムさえも糸に絡め取られることになりかねず、もしそうなれば終わりである。
目的《破壊》が果たされていればそれに巻き込まれて死に、果たされてなくとも糸にくびり殺される事になるのだろうから。
最後の一言は、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。

すっと、静かにポケットに突っ込まれた手が、やがてゆっくりと取り出す。
小さいが衛星砲の破壊には絶対に必要な強力なアイテムを。

表面にいくつもの突起がある小さな球状の物質──『コンペイトウ』。
魔力を込めると破裂して粒子となり、ある魔法を発動する魔法陣を描いて消失する使い捨ての魔道具である。
現在のクロムは『反魔の装束』によって魔力を失った身。……が、使えるのだ。あるアイテムを併用すれば。
0382クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/09/19(日) 20:31:11.98ID:95csT1kA
「シェーンバインの遺体なんざ好きにしろよ。こっちはハナから興味なんざねぇ」

続いてもう片方の手が取り出したのは小瓶。コルクが指ではねられ、中身が無重力空間に風船のように浮かび上がる。
それは『魔法水』。あの宝箱の部屋、シェーンバインのコレクションルームでコンペイトウと一緒に見つけてくすねたものだ。
収集家のサガなのか、どうやらシェーンバインは武器以外のアイテムも幅広く溜め込む一面があったらしい。
まさか彼も結果として己の性格が敵を利することになるとは思ってもみなかったに違いない。

「だが……この衛星については“あんたの好きにしろよ”とは言ってやれねぇんだよ、オモチャにしちゃ危な過ぎるんでな!」

水球と化した魔法水に放り込まれるコンペイトウ。
魔素を得て一気に弾けた粒子が、空間に描かれる魔法陣となって再結集し、やがて一際強い銀色の光だけを残して消える。
これがクロムが“仕掛けた”瞬間である事は、もはや言うまでもない。

「! 今の魔法陣は……」

それを見て、アリスマターが一瞬、何かを言い掛けた。
恐らく発動された魔法の正体に気が付いたのだろう。だが、もう遅い。
突如として激しい轟音が衛星内に響き渡り、それと共に部屋全体が巨大な振動に包まれたのは、その直後だった。

魔法陣が発動した魔法は『メテオレイン』。
亜空間を通して、大小様々な“隕石”を雨あられの如く高速で降り注がせる、隕石召喚魔法である。
隕石を吐き出す亜空間の“穴”は、通常、意図してコントロールしない限り発動地点の真上・数十メートル上空に現れる。
つまり、この場合は衛星の外──衛星は“宇宙空間”から隕石をぶつけられており、それが轟音と振動の正体なのだ。

不意の極めて強い揺れ。ここが地上であればどんな屈強な戦士も思わず体勢を崩し、大きな隙を生み出していたに違いない。
ここは体が宙に浮く無重力故にそれを望むのは難しいが、それでもある程度の意識を引き付けることは期待できるであろう。
ミスリルとはいえ強度には限界がある。ましてや他の部屋や外壁までも、果たしてミスリルで守られているかは疑わしいのだから。
その点に少しでも気を取られていれば、それが僅かな隙となる。

(頼む……上手くいってくれ!)

衛星全体が揺れる中、跳躍し、レインの手を掴んで勢いのまま進行方向へ引っ張るクロム。
もし糸が緩んでいなければ、引っ張られた衝撃でレインの体は一気に締め付けられ、下手をすればバラバラになるところだが──
成功を祈った甲斐があったのか、糸の抵抗を生じることなく彼の体はあっさりと進行方向へ移動した。
賭けに勝った。しかしそれはまだ第一段階に過ぎず、賭けの全てに勝ったと言い切るにはまだ早い。
衛星の破壊と、三人揃っての脱出。これに成功して、初めて作戦は成功した事になるのだ。

体を引っくり返して、迫った壁を蹴る。部屋の出入り口、その奥の昇降機へ通じる一本道を目掛けて思いっきりに。
隕石の衝突音に混じって、金属の歪み、引き裂ける破壊音が聞こえだしたのは丁度その時だった。
蓄積された外壁のダメージがいよいよ限界を超えつつあるのかもしれない。
ならば、第二の賭けに勝利するのも時間の問題といえる。が、ラスト──脱出については最後の最後まで分からない。

如何に隙を衝いたとはいえ、相手は超々一級の実力者。このままカカシの如く黙って突っ立っているだろうか?
仮に無事に昇降機に辿り着いても、何らかのトラブルで動かないこともあり得る。
そうなれば崩壊する衛星に巻き込まれて一巻の終わりだ。
何事もなく脱出できるよう、それこそクロムはもう祈るしかない。

(体が痛ェ……! あと少しだ、もってくれ……!)


【コレクションルームからくすねた『コンペイトウ』+『魔法水』の併用で召喚魔法の一つ『メテオレイン』を発動】
【衛星そのものに大小無数の隕石をぶつけることで破壊+隙を衝いての脱出を試みる】
【レインを回収し出口へ向かうが、ダメージが更に拡大中】
【どうやらクロムはアリスマターの事を知っているようだ】
0383マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/09/27(月) 00:11:22.11ID:+QXL8AH0
追い詰められたシェーンバインがついにその本来の姿を現した
それが真竜形態
それはマグリットが目指すべき場所に近いものであり、今だ自身では届き得ぬ場所

それに対峙するは、神の徒として神託を受け、共に旅する仲間
シャコガイによる治療を受け回復し、戦線復帰を果たした召喚の勇者レイン

目指すべき存在と、助けるべき存在であり、魔族を倒すよう宿命づけられた勇者
この二人の対峙にマグリットは複雑な念を禁じえない

しかしどのような想いがあろうと、今のマグリットにはそれに介在する力はもはや残っていない
ただ、その激突を見守るしかできないでいたのだった。


両者の激突は二度目
しかしその結果は一度目とは真逆のものとなり、ついにレインはシェーンバインを倒したのであった


>「……負けたんだな……俺は……かつて魔王様と戦った時を思い出していたよ。
> 自由の翼をもがれたあの時から、俺はとっくに死んでいたのかもしれない」

末後の言葉にマグリットは目を細め天を仰ぐ
真竜形態になったシェーンバインはマグリットの目指すものに限りなく近かったのであろう
だが、ここまでの言葉から推察するに、シェーンバインは魔王と戦い、そして敗れ忠誠を誓ったと思われる

「あれをも、超えるというのですか……」

そこから導き出される魔王の強さに途方もない差を感じてしまうのだが、それを直後に肌で感じる事になるとはだれが思おうか?

>「お疲れのところ申し訳ないんだが、俺はもう薬草も切らしちまってんだ。早ぇとこ治してくれ」

クロムの言葉に思考が引き戻されたが、その返事をする事はできなかった
突如コントロールルーム中央に浮かび上がった漆黒の渦巻く穴
そこから響く声と共に室内はとてつもないプレッシャーに包まれたからだ

身動きはもちろん、息を吸うのすら困難になる程のプレッシャー
その発生源が厳かに口を開く

>「余は……魔王セイファート。貴様も名くらいは知っているだろう。余こそが魔族の王だ」

それは漆黒の衣をまとう女性を連れ立った青年の口から発せられたものだ
初めてみる姿ではあるが、その言葉がまぎれもない真実だと本能が継げている
辛うじて視界に入る隣のクロムにも明らかに混乱の色がとって見える

例え五体満足であってもこのプレッシャーの中、動けたかは疑問であるが、満身創痍の状態であればなおさらだ
レインが何やら叫んでいるようだが、声が遠く何を言っているのか聞こえない
更に視界が狭くなってきている事に気づき、唇を神ながら神の加護を請う祈りを呟くのであった
0384マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/09/27(月) 00:12:50.51ID:+QXL8AH0
そのおかげか、響き渡るレインの咆哮のおかげか
マグリットの意識が鮮明になったのだが、その時既にレインは弾き飛ばされ赤い糸に絡めとられていいた

慌てて立ち上がり救出しようとするも、この状態ではどうにもできない
唯一の救いは

>「いや……いい。十分だアリスマター。もう少し遊びたかったがな」

との言葉で、殺す意思はなさそうだ、という言事だった
戦いの場において完全に生殺与奪の権を握られ、それに縋るしかない状態である事に唇をかむしかできずにいた
そんなマグリットとクロムに魔王は向き帰り

>「余は寛容だ。お前達二人は見逃してやる……だがシェーンバインは返してもらおう」

それはすなわち、見逃すのは二人であり、レインは逃がすつもりはないという事だ
そんな事を了承できるわけがない!という言葉が喉まで出かかったが、それを飲み込んだのはクロムの言葉が耳に届いたからだ

>「シェーンバインの遺体なんざ好きにしろよ。こっちはハナから興味なんざねぇ」

クロムの言葉に乗るように、マグリットも大きく息を吐き剣を横に伸ばすと、漂っていたシャコガイが鞘の役割を果たしその刀身を加え込んだ
納刀し、戦闘継続の意思がない事の意思表示である

「私は九似としてその爪頂きたかったですが、仕方がないですね
戦いを通じて魔族が神の敵対者で世界に仇なす存在という認識も崩れてしまいましたし
出来ればその件についてゆっくりお話ししたいくらいですけど、ね」

右腕は風魔法によりいくつもの裂傷が刻まれ、左肩甲骨辺りは切り裂かれている
骨がなく前進筋肉であるが故の怪力であるが、筋肉事態切り裂かれていてはもはや左腕は上がらない
そのほかにも蹴られ内臓にも損傷があるかもしれない
正に満身創痍で歩く事すらもままならないような状態なのだから

九似足りえるシェーンバインの爪を前にしても理性を保ち諦めるという選択肢を取れる程度に血が流れてしまっているともいえる

「これで見逃してもらえるのなら私たち二人はありがたいですが、クロムさんは歩くのもままならないようですから
魔王の前で神に祈らせてもらうのもおかしいですが、せめて歩いて退場できる程度には回復させてもらいますよ」

ぼんやりとした光がクロムを包み、弱くはあるが確かにその傷を癒していく
全快には程遠くとも、動けるようにはなったはずだ
0385マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/09/27(月) 00:13:24.21ID:+QXL8AH0
そして
>「だが……この衛星については“あんたの好きにしろよ”とは言ってやれねぇんだよ、オモチャにしちゃ危な過ぎるんでな!」
クロムのこの言葉と共にマグリットは動いた

クロムが何をしようとしているかはわからない
衛星を破壊するという言葉に、コントロールであろう玉座を全力で破壊仕様として失敗した事を思い出したが、それを忠告する事はなかった
どのような形で伝えたとしても、魔王の前では情報漏洩のリスクがあり、衛星破壊はもちろん、レイン救出すら水泡に帰す可能性があったからだ
ならばクロムの衛星破壊手段が自分とは違う手段で、かつそれが破壊に足りうるものだと祈るしかなかった

祈りながらシャコガイメイスを突きだすと、そこからゲル状のものが噴出し、無重力状態の中マグリットはその勢いで起動エレベーターに飛んでいく


シャコガイメイスは魔力を食らい溜め込み、マグリットの剣を内包して形成、鋭く研ぐ鞘なのだ
剣が抜かれればマグリットの左腕を加え込み、盾として、そして溜めた魔力を供給し回復元となるタンクとしての役割を持つ

しかしレインの回復のために溜め込んだ魔力を使ってしまい、飢餓状態にあるのだ
そこで魔力の補充を行っていたのだが、それがマグリットが今回持ってきて水球防御につかっていた群体クラゲの捕食器官が使われる
文字通り捕食器官であり、魔力を吸収し蓄える
シェーンバインから僅かではあるが吸収したため、室内に散らばっていた群体クラゲの捕食器官をシャコガイが回収していたのである

そして今、推進力としてそれを噴出したのだ

吹き出されたそれは、魔力を吸収し増殖する
そして室内に張り巡らされた傀儡霊糸は魔力そのものの糸であり、格好の餌ともいえるのだ

本来ならばこういった方策にも即座に対処がとられるのであろうが、それどころではない衝撃が衛星全体を襲っている
クロムの仕掛けたメテオレインにより召喚された隕石が次々に衛星にぶつかり全体をきしませているからだ

傀儡霊糸の魔力が強力が故に群体グラゲの捕食器官の増殖もすさまじいものになっている
マグリットの血の丸薬を飲み抗体が付いているレインやクロムは襲われる事はないが、魔王とアリスマターはそうではない
せめて足止めには、と願わずにはいられないが、それは脆くも崩れ去る

何が起こったのかはわからないが、突如としてゲル状の群体クラゲの捕食器官が文字通り霧散したのだ
魔王を前にすれば当然の結果としか言えないが、一足先に起動エレベーターに到着したマグリットが叫ぶ

「クロムさん、レインさん、早く!……」

だが絶望的にまで遠い
崩壊しそうな衛星と溢れんばかりの魔王のプレッシャーを前に、マグリットができる事は叫ぶしかできなかった

「アルスさん、助けてください!」

召喚の勇者一行の新たなる、そして最後の一人
地上にて竜の群れを一手に引き受け送り出してくれた仮面の騎士、先代勇者の名を叫ぶのであった

【ゲル状群体クラゲの捕食器官を噴出しながら脱出】
【傀儡霊糸の魔力を吸い群体クラゲ増殖】
【崩壊しつつある衛星と魔王のプレッシャーの前にアルスに助けを求める】
0386レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/09(土) 17:02:32.00ID:MPjYjS4F
魔導砲を備えた人工衛星に無数の隕石が降り注ぐ。
激突による振動はコントロールルームをも大きく揺さぶる。
魔王とその側近といえど、一瞬の隙を生んでしまうほどの規模かもしれない。
とにかく、不意をつく形でクロムは拘束されたレインを救出し昇降機めがけ脱出を図る。

マグリットもその流れに追従し、ゲル状の物質を噴出して飛んでいく。
そのゲルの正体とは飢餓状態の群体クラゲであり、魔力を求めて傀儡霊糸に群がる。
おそらく逃走と足止めを兼ねた一手なのだろう。だが魔王の前ではおおよそ児戯に等しかった。

「煩わしいな。この程度か?」

手を翳すと魔法陣が浮かびアリスマターの傀儡霊糸に集まる群体クラゲが霧散していく。
一体どのような魔法を使ったのか――少なくとも四大属性で出来る芸当ではなかった。

"召喚の勇者"パーティーが命懸けの撤退を始め、魔王は宙に浮かんだまま緩やかに後を追う。
急ぐ様子はない。なにせ、この人工衛星と地上を繋ぐ道はただひとつ。行きで使った軌道エレベーターだけだ。
多少なりとも頑丈なつくりではあろうが魔王がその気になればいくらでも破壊できる代物。
三人がそれに乗って地上に降り始めたらまとめて魔法で攻撃してしまえばいい。

それが追跡を急がない理由のひとつ。そして理由はもうひとつあった。

>「アルスさん、助けてください!」

そして神に祈りを捧げて救いを乞うかのごとくマグリットは叫んでいた。
その声はゆっくりと後を追う魔王とアリスマターにも届いていた。
かつてその男は魔王軍に名を知られたくないと言っていたが、今は窮地だ。
焦りのあまり名前を呼んでしまっても致し方ないだろう。

かくして声は天に届いたのか、軌道エレベーターの扉がゆっくりと開いていく。
――そこには三人にとって見慣れた姿の男がいた。
仮面を被り素顔を隠し、膨大な光の波動を纏った最初の勇者が。

「……待たせたな。三人とも……よくやってくれた。後は私に任せてくれ」

昇降機から飛び出すと、三人を守るように魔王とアリマスターを立ち阻む。
魔王はとりわけ驚く様子もなく、むしろ愉快そうに顔を綻ばせた。

「やっと来たか。待ちくたびれたぞ、仮面の騎士…………いや。
 余の最大最強の宿敵……勇者アルスよ。1000年ぶりだな。貴様と相まみえるのは」

整った顔立ちは心底愉快そうで、魔王は上機嫌で話を続ける。

「大幹部達から得た情報では確証がなかった。だが確信だけはしていたよ。
 こうして直接会えば分かる。その雰囲気。佇まい。魔力の質……全てがあの時と変わらない。
 そう……時を止めたように。余は残念だよ。人間でなくなりいよいよ神の下僕が板についたようだ」

ぐ、と片手で握り拳を作ると拳に魔法陣が浮かぶ。
それは光系統の魔法陣だった。群体クラゲを霧散させたのと同じ術式。
0387レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/09(土) 17:07:28.21ID:MPjYjS4F
仮面の騎士はそれを見逃さずに上位防御魔法『セイントイージス』を発動。
光の盾が出現すると、数秒後跡形もなく霧散する。

「ここへ来たのは奪還を阻止する目的もあったが……やはり一番は貴様だアルス。
 尻尾を掴むのに随分と時間がかかった。今日こそ余と貴様の因縁に決着をつけよう!!」

それこそがもうひとつの理由だった。
クロムとマグリット、レイン達三人が一瞬でも逃げおおせられたのは手心を加えたからかもしれない。
彼らを逃がしつつも窮地に追い込めば仮面の騎士は必ず現れると。殺すチャンスはいくらでもあったはずだ。
少なくとも、アリスマターは魔王の思惑を汲んで幾分か手を抜いていた。

剣を抜き放つと仮面の騎士は神速で真一文字に振り抜き魔王に斬りかかる。
だが魔王がすかさず展開した『ダークネスオーラ』に阻まれてしまう。

「どうした?光魔法で攻撃しないのか。1000年前も言ってやったはずだが?
 この防御魔法を突破できる可能性があるのは『光』だけだとな」

剣を引き抜いて飛び退くと、仮面の騎士は崩れ落ちるように片膝をついた。
ぼんやりと光って明滅を繰り返し、腕や足といった身体の一部が燐光となって消えていく。
もう時間がなかった。魔力は底を尽き、仮面の騎士――アルスが地上を去る時が近付いているのだ。

「……もう限界か。つまらん奴だな。お互い万全ではないが……貴様は何も出来ず、今の仲間も救えずに消えるのか。
 かつての貴様ならば何があろうとこんな無様を晒すことはしなかったはずだ。違うか?
 アルスよ……余を興醒めさせてくれるな。勇者ならば相応しい消え方をしてみろ」

剣を支えにして立ち上がると、アルスは再び剣を構える。

「お喋りだな……魔王。私はもう勇者じゃない。ここにいるのはその亡霊のようなものだ。
 だがこんな私でも旅に迎えてくれた、仲間達だけは守ってみせる。私の全てを賭けてでも……!」

「それでこそ余が唯一好敵手と認めた男だ。褒美に面白いものを見せてやろう。
 この身体は何かと便利でな、余が習得していない魔法も操ることができるのだ……!」

頭上に手を翳して魔王は呪文を唱える。

「――先導者の父、禁忌の神子、森羅万象の精霊よ、一つになりて教理を示せ」

仮面の騎士の背後にいたレインは驚愕した。
あの詠唱はアシェルが開発した独自魔法の呪文だったからだ。

「ふっ……"召喚の勇者"、貴様は知っているようだな。そうだ。
 これこそがこの身体の持ち主が創り出した光魔法……『トリグラフエンド』だ」

勇者の肉体を乗っ取っているからなのか、対極に位置する闇属性の魔王が光魔法を行使している。
それも驚きだが、唱えた魔法は触れれば消滅する光を放つ究極の光魔法。
力を抑えて放っていたが群体クラゲや『セイントイージス』を霧散させたのもこの魔法だ。
もし最大出力で放たれた場合、この狭い一本道では避けることはできないだろう。
0388レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/09(土) 17:11:25.06ID:MPjYjS4F
対する仮面の騎士が残された力で行使したのはとある魔法。
レイン、クロム、マグリットの三人の足元に魔法陣が浮かびあがる。

「この魔法陣は転送魔法……!?まさか……!」

レインの言葉に反応して、仮面の騎士は振り返らずに答える。

「今から君達を地上へ飛ばす……生きて魔王城を目指すんだ。
 ここにいる魔王は本体じゃない……後は任せる。君達ならできるはずだ」

「待ってください師匠!師匠も一緒に……!」

レインは全てを言い終えないうちに起動した転送魔法でふっと消え失せた。
次いでクロム、マグリットが順番に衛星から姿を消していく。

――ただ一人、仮面の騎士を残して。彼はいわばしんがりだ。
崩壊しつつある人工衛星で魔王とアリスマターを足止めする。
転送魔法が使える二人を誰かが妨害しなければならないのだ。
そしてあわよくば道連れにする――――。

「自ら捨て石を選んだか……!ならば望み通りに消してやろうッ!!」

魔王の発動した消滅魔法が容赦なく仮面の騎士に襲い掛かる。
人工衛星の崩壊が近づく中で、僅かな力を武器に魔王と側近へと肉薄していった。



――――――…………。

吹き荒ぶ風が止んでいく。急に"飛んだ"影響なのか、戦闘の緊張が解けたためか。少し意識を失っていたらしい。
砂に埋もれた身体を持ち上げて周囲を見渡すと、一面には広大な砂漠が広がっていた。
姿はとっくに『紅炎の剣士』から元の旅人の服姿に戻っている。

空にはじりじりと照りつける太陽と雲一つない空。それ以外には何もない。
丘のように盛り上がった砂山を超えた先にクロムとマグリットが転がっていた。
眠ったように静かだ。息はある。ずざぁ、と砂山を降りて地平線の彼方まで広がる砂漠をもう一度見る。

「どこなんだ……ここは……?」

恐らく魔王の追跡を困難にするためなのだろう。
仮面の騎士はサウスマナ大陸とは異なる場所に三人を転送したようだ。
砂漠が広がる土地はアースギアに幾つかあるが、最も広大で有名なのはウェストレイ大陸だろう。

問題は現在地の把握と水の確保だろう。何処まで行っても砂しかないこの大地。
目印になるものも無く、どこへ向かえば人里があるかも見当がつかない。
乾燥した暑さは体力を奪い、考える力を徐々に奪っていくようだ。

二人が起き上がるのを待っていると、レインは地平線に浮かぶ"影"に気がついた。
その影はこちらを横切るように進んでいる。しかもひとつじゃない。
いわゆる隊商(キャラバン)という奴なのか。とにかく何かの集団が通り過ぎようとしている。
この好機を逃す訳にはいかない。羽織っているマントと召喚した長柄武器で旗を作ると振り回しながら影の集団へ走った。

「おーい!助けてくれーっ!おーーーい!!」

すると影のひとつが気がついたらしく、進行方向をこちらに変えて近づいてくる。
レインは安堵した。最悪この砂漠で迷い野垂れ死ぬ可能性もあった。自分達は運が良い。
0389レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/09(土) 17:12:50.57ID:MPjYjS4F
やって来たのは一頭のラクダに乗った人間のようだった。
防塵用のマントとゴーグルを被り、腰には細身の剣を帯びている。

「砂漠のど真ん中で……何をしているんです。
 ここはウェストレイ大陸ですよ。なぜ貴方がこの大陸で遭難しているんですか」

ラクダに乗ったその人は困惑したトーンでそう呟いた。
声色から察するに女性らしい。レインはどこかでその声に聞き覚えがあった。

「……鈍いですね。この距離でも分かりませんか?私ですよ」

女性はゴーグルを額まで持ち上げると、レインは「あっ」と変な声を漏らした。
彼女はかつてサマリア王国の教学院で共に学んでいた間柄の人物だった。
今はウェストレイ大陸を滅ぼさんとする大幹部討伐の任に就いているはずだ。

「……"探究の勇者"アンジュです。久しぶりで何よりですねレイン」

――現代において勇者アルスの血統を継ぐ、唯一の勇者がそこにいたのだ。


【一同、仮面の騎士の転送魔法でウェストレイ大陸の砂漠に飛ばされる】
【四章終了!大変長らくお待たせしました&お疲れさまでした。五章に続きます】
0390レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/09(土) 21:50:45.75ID:MPjYjS4F
【あっ。記憶力が欠如してました。マントと長柄武器で旗を作ったと書きましたが正しくは外套と長柄武器です】
【余談ですが外套はポンチョっぽいイメージでして……そのため些末なことですが訂正させていただきます】
0391クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/10/10(日) 20:35:42.18ID:QNSNNofY
メイスからゲル状の物質を噴射し、その反動を利用して昇降機の前へと難なく辿り着くマグリット。
一方、噴射された物質は魔力の糸を喰ってたちまちにして増殖し、魔王達の前進を阻むように広がっていた。
それは恐らく偶然の産物ではない。脱出と同時に足止めを図る、それが彼女の策だったのだろう。

しかし、渾身の策も、圧倒的な力の前では無残に打ち砕かれてしまう。
魔法は物質を瞬時に霧散させたのだ。それも触れずして。
つまりは魔法で──だが、一体どれだけ高位で、どのような性質の魔法を使えば物質を粉々に散らすことができるのか。
その光景を後目に舌打ちするクロムには想像もつかぬことだった。

(爆発でも、炎でもねぇ……分からねぇ。くそったれ、なんて底知れぬ化物だ)

障害物を排除すれば、もはや前方の行く手に魔王を阻むものはない。
なのに魔王の動きは非常に緩やかなものだった。逃げるクロムの背中に追いつくつもりなどまるでないように。
ならば魔法で追撃を掛けてくるのかと言えば、そうでもない。そのような気配も感じないのだ。
では、逃がすつもりなのか? それとも何か別の意図があるのか?

>「アルスさん、助けてください!」

それに対する答えに窮し、縋るかのように仮面の騎士の名を叫んだのは、マグリットだった。
そして、直後に不意に開いた昇降機の扉から現れたのは、紛れもない仮面の騎士その人であった。

>「……待たせたな。三人とも……よくやってくれた。後は私に任せてくれ」

「──仮面の騎士! よく来てくれたと言いたい、が……!」

通路に出た仮面の騎士の横を抜け、クロムは扉に手を掛けて動きを止める。
後は昇降機に乗って脱出するだけ……なのだが、仮面の騎士が足止めを成功させない限り、乗るわけにはいかない。
昇降機は一つしかないからだ。先に三人だけが地上に降りてしまえば、彼を崩壊する衛星に置いていくことになる。

(いくらあいつでも……残りのわずかな時間であんな化物の足を封じる事ができるのか……?)

その疑問に対する答えは、床から現れた。三人の足元に“転送魔法”の魔法陣が浮かび上がったのである。
崩壊する衛星から三人をどこかに転送する理由は敵には無いのだから、仕掛けたのは仮面の騎士に他ならない。

クロムは理解した。
見れば既に彼の体が消えかかっている。それは無数の竜との戦いで、ほとんど魔力を使い果たしていた事を意味する。
そう。僅かな時間で敵を封じ、共に脱出する──今の彼に、そんな芸当が可能な力はもう残っていなかったのだ。
だから三人だけでも確実に逃がす為、己を犠牲にして敵を崩壊する衛星に釘付けにすることを選択したのだ。

>「今から君達を地上へ飛ばす……生きて魔王城を目指すんだ。
> ここにいる魔王は本体じゃない……後は任せる。君達ならできるはずだ」

「仮面の騎士、あんたって奴ぁ……」

徐々に体が消えていく。いや、仮面の騎士のではない。クロムの、彼自身の体が、転送魔法によってその場から。

(…………!)

体も、意識も完全に消えかけたその刹那、クロムは魔王の後ろで宙に浮いていたアリスマターを見た。
視線を感じたからである。彼女からの、まるで死霊のそれのように冷たい無機質な視線を。

彼女は何か呟いていた。勿論、声は聞こえない。だが、クロムには何を言っているのか、把握には唇の動きだけで充分だった。

「次はないぞ、クロムウェル」──彼女の唇は、確かにそう言っていた。
0392クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/10/10(日) 20:43:48.66ID:QNSNNofY
 
────。
 
意識を取り戻した時、そこはもう地上であった。
乾いた風が髪を攫い、砂塵が視界に舞う。肌を照り付ける太陽光は真夏のそれのように強い。
上半身を起こして辺りを見回すと、そこには一面砂漠が広がっていた。

気温からサウスマナに戻ってきたと思いたいところであるが、ここがサウスマナでないことはクロムにははっきりと分かっていた。
別に景色に見覚えがあったわけではない。そもそも砂漠などというものは、どの大陸にあろうとほとんど景色に違いなどない。
それでもここが何処の砂漠なのか、クロムは知っていた。確信していた。漂う空気の“ニオイ”で。

(そうか……ここは懐かしの故郷、か)

イースでもサウスマナでもない、だがクロムが知っているニオイ。
それはクロムが人生で最も長い時を過ごした大陸、忘れる筈もない『ウェストレイ』のものに違いなかった。

>「おーい!助けてくれーっ!おーーーい!!」

ふと遠くで声がした。どうやらレインの声らしい。
そばに転がっていただんびらを掴んで立ち上がったクロムは、腰に下げた専用の真っ白な鞘に入れると、
近くで砂に埋まりかけていたマグリットに声を掛けて声の方向へと向かう。

「起きてんだろ、行くぞ! 散り散りになったところを魔物に狙われたら面倒だ。お互い満身創痍なんだ、離れるのはまずい」

そうして見えてきたのは、ラクダに乗った女性と何やら会話している様子のレインの姿だった。
クロムは急ぐことなく──というよりダメージが癒えておらず、走れないのだが──二人に近付き、やがて合流を果たす。
合流した新たな顔を順に見据えた女性は、まず己の名を『アンジュ』と明かした。
聞けば、正体は“探究の勇者”と呼ばれるレインの旧友であり、今はウェストレイでの任についているという。

「なるほど、あんたも勇者か。俺はクロム。察しの通りレイン《こいつ》の仲間だ。転送魔法でここに飛ばされてきた……」

言って、突然膝をガクンと折り、その場に尻餅をつくクロム。
一瞬の目眩の後、下半身から急速に力が失われていく感覚に襲われたからである。
原因はシェーンバイン戦で蓄積された疲労とダメージにあることは疑いなかった。
慣れ親しんだ故郷とはいえ、砂漠という過酷な環境は今のコンディションではとても耐えられるものではなかったのだ。

「……悪いが、話の前に体を治す時間をくれ。……マグリット、こいつをお前にやる」

クロムは懐から取り出したものをマグリットに手渡す。
それは大きなハート型の宝石が埋め込まれた腕輪だった。名を『祈りの腕輪』。
冒険者の間で、特に神官相手に高値で取引されるという貴重なアイテムである。

「シェーンバインの部屋から持ってきたものだが、使ってみてくれ。役に立つと思うぜ……本物ならな」

それが齎す効果は回復魔法の強化。術者が込めた祈り・魔力を宝石内で増幅し、回復効果をワンランク上昇させるというもの。
つまり、下位の回復魔法を使えば自動的に中位に、中位の魔法を使えば上位の効果が発揮される優れものというわけだ。
高値がつくだけに形だけを似せた偽物も多く出回るのだが、そこは元の持ち主を信頼するしかない。
コレクター故に偽物を見分ける目は確かであり、まさか偽物を掴まされて等いないであろうと。

仮面の騎士の死──いや、敢えて離脱と表現しておこう──が、パーティに与えた打撃は余りにも大きい。
彼は一流の戦士であると同時に一流のヒーラーでもあったからだ。
回復魔法の効果すら半減させてしまう特殊装束を纏うクロムにとって、一流ヒーラーの損失は誰よりも痛手であると言える。

仮面の騎士は装束の妨害がありながらも欠損を治して見せたが、ではそれがマグリットであったら果たしてどうだったか。
……恐らく、治せなかったに違いない。それも装束の妨害が仮になかったとしても。
彼女は装束の効果を知らない。なのに、初めから回復を諦めて処置を止血に留めたのは……つまりそういうことなのだ。
しかし、それでは困る。今後も大幹部との戦いは続くのだから。今後もそれでは、困るのだ……。

【マグリットに回復魔法の強化アイテム『祈りの腕輪』を渡す。偽物か本物かはお任せします】
【次の章も引き続きお願いします】
0393マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/10/17(日) 20:18:25.38ID:Lk54vArG
崩れ行く衛星
その中で繰り広げられる人知を超えた戦い
転送の力によりそれらは視界の彼方へと消えていく

「アルスさん……すいません……」

遠ざかるアルスの背中を見送りながら、その視界が涙にぼやける事を感じていた

マグリットはこうなる事は判っていた
そしてこうなる事を望んでいた

旅の同行を認めた時から
船旅では余計な消耗を避けるため
サウスマナについてからは少しでも延命するために教会に聖域の発動もさせた
ここまでの戦いでアルスにはなるべく負担をかけないようにしたのも

この時の為だったのだ
「どれだけ持つか?」という問いに、アルスは「シェーンバインを倒すくらいまでは持つはず」と答えた
だがマグリットはそれでは「足りない」と思っていたのだ
魔王を倒した先代勇者の力、幹部ではなく更にそれ以上の力に対するために温存しておきたいと

その願い通り、魔王が自ら自分たちの前に立ちはだかり、この窮地を脱するためにアルスを呼んだ
全ては自身の思惑通りであるはずなのに、去来する罪悪感と喪失感はいかなるものか、転送の中でマグリット自身でも分からなかった

ただ一つ、「神はいる」揺らいでいた信仰を強固にするに足るだけの確信だけがその内から溢れ出るのを感じていた


---------------------------


>「起きてんだろ、行くぞ! 散り散りになったところを魔物に狙われたら面倒だ。お互い満身創痍なんだ、離れるのはまずい」

「え?あ?アルスさん……は……う、はい」

クロムの声に目を覚まし、飛びあがるも全身の傷で起き上がる事もできず
ただ空は何処までも青く、中天には眩い太陽が浮かんでいた
明らかにサウスマナの、少なくとも知っている空ではない事に戸惑いを覚えつつ、なんとか立ち上がりクロムの後を追うのであった
0394マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/10/17(日) 20:19:44.83ID:Lk54vArG
砂に足を取られ、重いシャコガイメイスを引きずりながらレインとクロムに追いついたところ、ラクダに乗った女性と話している最中であった
その女性は探求の勇者アンジュと名乗り、ここがウェストレイ大陸である事を告げる

「ええええ?私たち、大陸間移動の転送されたって事なんですか!
それで、衛星は?それに魔王は……?」

余りの事態に驚き、思わず天を仰ぎ見る
勿論誰もその答えを持ち合わせてはいない事は判っていたが、口に出し、そしてへたり込むのであった

マグリットは海棲獣人である
サウスマナのような湿気の強い暑さには対応できるが、砂漠のような乾燥した暑さには弱かった
表面積が大きい分急速に水分が失われていき、傷も相まって消耗が激しい

アンジュの間とう外套の様に砂漠には砂漠に相応しい装備があるのだが、身一つで転送されてきたのでは如何ともしがたい事であった

>「……悪いが、話の前に体を治す時間をくれ。……マグリット、こいつをお前にやる」

へたり込んだマグリットにクロムが手渡したもの
それを見て驚きに目を開いた
渡されたのは『祈りの腕輪』
癒しの力を一段階上げる効果のあるもので、回復職ならば是非とも持っていたい一品ではあるが、産出は少なく高価で取引されているものだ
それ故に偽物も多く出回っているのだが

「こんなもの一体どこで……いや、でもこれを頂いても私では……」

祈りの腕輪はあくまで祈りを、その信仰心を高めるものであり、単純に回復魔法を振りまくものではない
10が100になれば意味は大きいだろうが、元が1ならば10にしかならず、同じ10倍にするという効果も意味合いが違ってきてしまう
即ち、元々信仰心が低い上に魔族の立場や目的を知り揺らいでしまっている自分が持っても効果が期待できないと思ったのだが

腕輪を受け取った瞬間、光の粒子が溢れだし周囲に積層型魔法陣が展開される

「こ、これは、セイクリッドサークル!?」

魔法陣により聖域を展開し、その内部にいるものに強力な治癒効果をもたらす設置型簡易結界
本来ならば教会を管理する司祭級の祈りがなければ実現しえない魔法だ
その効果は一目瞭然で、効果範囲内にいるレイン、クロム、そしてマグリット自身の傷も急速に癒えていく
貫かれた左鎖骨辺りもふさがり、左腕に力が入るようになるのが分かる

「驚きました、これ、本物の様ですね
しかも急激な反応で一種の暴走状態に陥っていたようで」

時間にして聖域展開は数秒ではあったが、それでも十分な回復力を発揮してくれた
が、傷は癒えども、それを強引に展開させられてマグリットの体力や気力、そして魔力は大幅に消耗
元より消耗激しかった状態で、根こそぎ使い果たしたようなもので
砂漠の暑さも相まってマグリットの視界は暗転するのであった

頬に砂の感触を感じながら
「み、みず……」
とか細く声がこぼれ、気絶してしまう
貝に砂漠という環境は過酷なのだ

【祈りの腕輪が暴走し強力な回復フィールド出現させて快復させる】
【魔力の使い果たしと砂漠の乾燥による脱水症状で気絶】
【第四章お疲れ様でした、第五章もよろしくお願いします】
0395レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/24(日) 03:50:02.92ID:wWMDqB2g
目の前の女性があのアンジュだということに気づき、レインは目を丸くした。
そういえば彼女は"探究の勇者"としてウェストレイ大陸に派遣されていたのだった。
だからって転送魔法で飛ばされて会った最初の人間がアンジュなんて――そんな偶然があるだろうか?

「どうしました?具合でも悪いのですか?」

アンジュはラクダから降りてレインの顔を覗き込む。
間近に迫る中性的な整った顔立ちに青と緑のオッドアイ。
彼女の顔を直視できない。彼女の顔を見ると仮面の騎士を思い出す。

再会して判ったが仮面の騎士――アルスの面影を強く感じるのだ。
アンジュを見ていると彼を一人衛星に残してしまった罪悪感が湧いてくる。

「いや……大丈夫だよ。意外なところで会ったものだから……」

「それは私の台詞です!レイン、なぜ貴方がここに?
 運命の悪戯が神の仕業ならその手元が狂ったとしか思えません」

「話せば長くなるから詳細は後にするけど……転送魔法で飛ばされてきたんだ」

本体ではないようだが魔王との決着もまだついていなかった。
まさしく突然落ちてきた隕石にぶつかったような衝撃。
掴みかけた幸運がすり抜けていったような感覚だ。

「転送魔法が原因でしたか。ならば合点は行きます。話は後で聞くとして……。
 今は私の数少ない友人との再会を祝しましょう!後ろのお二人は貴方の仲間ですか?」

振り返るとクロムとマグリットがこちらへやって来る途中だった。
そういえば二人はまだ戦闘のダメージも色濃いはずだ。
特に重そうなシャコガイメイスを抱えたマグリットは疲れの色が見える。

「うん……俺の仲間だよ。クロムとマグリットって言うんだ。
 凄く頼りになる。二人がいなかったら何度死んでたか分からないくらいだ」

「そうですか……それは良かったです。
 貴方は……仲間を作りたがりませんでしたからね」

そうして合流を果たすとアンジュはいのいちに自己紹介を述べた。

「はじめまして。私はレインの友人で"探究の勇者"アンジュです。
 このような砂漠の真ん中で出会えたのも何かの縁、以後お見知りおきください」

>「なるほど、あんたも勇者か。俺はクロム。察しの通りレイン《こいつ》の仲間だ。転送魔法でここに飛ばされてきた……」

クロムも端的に自己紹介で返すと、突然ガクンと片膝をついた。
無理もない。蓄積した戦闘の疲労がそうさせてしまったのだろう。
0396レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/24(日) 03:54:45.69ID:wWMDqB2g
アンジュはちょっと動揺した様子でクロムへ近寄る。

「戦闘のダメージが残っているようですね。立てそうですか?
 その身体でウェストレイ大陸の極端な環境は酷でしょう」

ウェストレイ大陸はクロムにとって見慣れた故郷なのだが……彼女には知る由もなかった。
地平線に見える集団のところまで戻れば負傷と疲れを癒す方法もあるが、アンジュは回復魔法を使えない。
ラクダに乗せて連れて行くことを考えているとマグリットが先程の言葉に大声で反応する。

>「ええええ?私たち、大陸間移動の転送されたって事なんですか!
>それで、衛星は?それに魔王は……?」

そしてそのままへたり込んでしまうとアンジュは思わず苦笑した。
クロムは構う様子もなく「時間をくれ」と言って腕輪をマグリットに手渡す。

>「シェーンバインの部屋から持ってきたものだが、使ってみてくれ。役に立つと思うぜ……本物ならな」

「それは……『祈りの腕輪』?」

なんと抜け目ないことか。手に入れるタイミングは蹴り飛ばされて離脱したあの時しかない。
そういえば風の大幹部との戦闘の途中からクロムは見慣れない剣を持っていた。
あれもシェーンバインの部屋から持ってきたものなのか、と今更合点がいった。
今、その剣は腰に下げているこれまた見慣れない真っ白な鞘に収まっているのだろう。

ともあれ、マグリットが腕輪を受け取ると光の粒が湧きだし魔法陣が浮かび上がる。
回復魔法の結界であろうか。レインは初めて見るが、たぶん範囲内の者を癒す効果のはず。

>「こ、これは、セイクリッドサークル!?」

マグリット自身がこの魔法の発動に驚いているあたり、意図的に発動したものではないようだ。
結界が三人の傷を癒す――といってもレインは戦闘中シャコガイメイスの力で怪我を治していたが。
しかし多量の魔力を放出したらしい。マグリットはか細い声を漏らしてその場に気絶する。
その様子をひとしきり眺めたアンジュは口元に指を添えながらこう呟く。

「なるほど。レイン、貴方の仲間は……かなり個性的なようですね。
 素敵なパーティーメンバーです。冒険が楽しそうですね」

「……そうかもしれない。でも凄く頼りになるんだ」

何と返せば良いか分からず同じ事を二度言って、レインはマグリットに近寄っていく。
「限定召喚」と呟いて両腕に『豪腕の籠手』を装着すると重い彼女の身体を担ぎ上げる。
体重155キロのマグリットをラクダの上に乗せたらラクダが潰れてしまいそうだ。
そのためレインは無言で運ぶ役を買って出たというわけである。

「私の仲間のところまで行きましょう。まずはこの砂漠を横断しなければいけません。
 ……かつては周辺にオアシスと町があったそうですが、遠い昔に魔物の襲撃で滅んでしまいました。
 ですからここには何もありません。しばらくすればミスライム魔法王国に入りますからそれまでの我慢です」

どれだけ遠い昔か尋ねると「100年ほど前です」とアンジュは答えた。
時間の感覚がズレていたようだが、仮面の騎士は一応人里に飛ばしたつもりだったらしい。
0397レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/24(日) 03:57:30.13ID:wWMDqB2g
アンジュの仲間の下――地平線で待ってくれていた一団のところまで歩く。
ようやく着くとその集団は冒険者ではない民間人達で構成されているようだった。
各々荷車をラクダに曳かせて大荷物を載せている様子。さながらどこかへ引っ越す途中のようだ。

「アンジュ……この人達は?どうも隊商(キャラバン)……というわけじゃ無さそうだ」

「……避難民です。魔物の襲撃で滅んだ国からミスライムを目指して逃げてきた人々です。
 地の大幹部の足跡を追っている途中で出会って、魔物の群れから守るため同行しているところなのです」

アンジュは避難民の集団の最後尾まで歩みを進めていく。
するとそこにいたのは巨大なゴーレムだった。それも一体じゃなく、総勢十体も並んでいる。
ふとましい頑丈そうな胴体をしていて、脚部は普通の足の代わりになんと無限軌道だ。

ゴーレムと言えば魔物だが、かの魔物の特徴のひとつに人間でも容易に生み出せるという点がある。
避難民達と一緒にいることから、このゴーレム達は味方で、それも人間が造ったものだと予想できる。
最後尾にいるのは無限軌道(キャタピラ)で走行するため尋常じゃない砂埃が舞うからだろう。
そして――レインはこのゴーレムを造ったのが誰なのか心当たりがあった。アンジュの仲間だ。

「ここです。ヒナ、暑さと疲労で意識不明の人がいます。収容してあげてください」

ゴーレムを見上げて大きな声で仲間を呼ぶと、その肩に乗っていた小柄な人物が手を上げる。
茶髪の髪にでかい瓶底眼鏡を掛けた人間の少女だ。14歳くらいだろう。
防塵用マントの内側に白衣を着ているようだがサイズが合ってないらしい。
白衣の袖が異常に余っており伸ばした手から垂れさがってヒラヒラしている。

「おぅさー。メディックゴーレム10号が空いてるよー。
 あっ……レインちゃん。おひさぶりだねぇ」

掴むところも無いのにするするっとゴーレムから降りてくる。
少女はレインに担がれて気絶中のマグリットのところへやって来ると容態を診る。

「この人僧侶?魔法を使い過ぎたみたいだね。あははー医者の不養生。
 軽い熱中症と脱水症状もあるかもね。見たとこ海棲の獣人っぽいからさ……。
 医者でも僧侶でもないから詳しくないけどねー、あはは……」

そうしてマグリットの状態を一目で言い当てると視界に入ったクロムを凝視する。
瓶底眼鏡の縁をカチャカチャと触りながら首を伸ばしてじーっと彼を見た。

「んん……そこの人なんか……知らない種族だね。
 まぁ雑談はあとあと……あたしはヒナ・ペルセポネ。よろしくってわけよ」

そう挨拶を述べると陽光で瓶底眼鏡をキラリと光らせる。

「人はあたしをこう呼ぶ。マッドサイエンティストってね」

決め台詞なのだろう。そう言って『10』の刻印が入ったゴーレムの方へと向かっていく。
レインは黙ってそれについて行くとアンジュはクロムにこう言った。

「気を悪くしないでください。ヒナは私の助手で生物学を専攻してまして……。
 種族のあれこれに関心があるのです。普段調べるのは魔物ばかりなのですけどね」
0398レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/24(日) 03:59:53.66ID:wWMDqB2g
「10号ちゃんお立ちだーい」

メディックゴーレム――救急医療を目的としたゴーレムは、創造主の言葉に反応して両手でお椀をつくって腕を下げる。
そこにマグリットを仰向けにして寝かせると、ヒナは彼女の汗を拭き取り頭に水で濡らしたタオルを乗せる。
そしてゴーレムは両手を胸元まで持っていくと、なんと胸がせり出してベッドが現れた。
どうやらこのゴーレムの胴体は医療用のカプセルベッドになっているらしい。

「はいはーい10号ちゃん治療よろしくねぇ。
 中は常に適温で点滴と下位の回復魔法を処置してくれるから大丈夫ってわけよ。
 起きたら10号ちゃんが降ろしてくれるから心配無用。安心安全設計って寸法よ」

そうして胴体に収容されていく気絶した仲間を見送る。
彼女達はこうして傷ついたり暑さにやられた避難民を救助しながら魔法王国を目指しているようだ。
ミスライム魔法王国。それはウェストレイ大陸でも最も大国で、最も歴史ある国だ。
きっと避難民を無下にするような事もないだろう。

「さて……皆さんの冒険、その旅路の出来事を知りたいのですが……。
 ここで立ち往生するわけにはいきませんので、後で存分に聞くとしましょう。
 ラクダの余りはありませんからメディックゴーレムの肩に乗せてもらってください」

「いいよー。10号ちゃんの両肩が空いてるからそこ使ってほしいわけよ」

そう言ってアンジュは避難民の行列の先頭に向かい、ヒナは他のゴーレムの肩まで昇っていく。
レインはメディックゴーレム10号を眺めながら『豪腕の籠手』で頭を掻いた。
どう昇るんだよ……これ……。胴体や腕に掴むところなんて何もない。
装甲の表面は大理石のようにつるっつるだ。

たしかに腕の関節などにそれらしい突起はある。
だがまず常人ではそこまで手が届かないだろう。
ヒナはどうやったのか木登りの要領で登ったようだが……。

「……登ればいいんだよね」

とりあえず登ってみようと試みる。『豪腕の籠手』なら万力の握力だ。
どこか掴むところがあれば登れるはず。よって無限軌道部分は難無く登れる。
だがつるつるの胴体をどう掴めばいい。滑って落ちるだけだ。ずるずる。
当然だがレインは滑り落ちた。

「あー……レインちゃんそれコツがあんだよねぇ……。
 掴むっていうか蹴るのよ。ジャンプに近いってわけよ」

なるほど?ならば『豪腕の籠手』から『波紋の長靴』に変えて……。
と思ったところでメディックゴーレム10号が親切に手を差し伸べてくれた。
最初からそうしてくれよ……。


――――――…………。
0399レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/24(日) 04:02:03.91ID:wWMDqB2g
砂漠の夜は寒い。
太陽が出ている間は40度を超えることもザラにあるが、日が沈むと途端に氷点下まで冷え込む。
現地民はともかくこの気候に慣れていない者であれば一気に体調をぶっ壊しかねない。

夜を迎えて避難民の砂漠横断も小休止となり野宿をすることになった。
レインはメディックゴーレム10号の肩から降りて身体をさすっているとアンジュが再びやって来る。
ランタンを片手に、もう一方の手に魔法陣を浮かべると――下位の炎魔法だ――地面に落とす。
するとぼわっと炎が燃え広がって簡易的な焚き火ができた。焚き火は込めた魔力が無くなるまで燃え続ける。

「『フレイムスフィア』……だね。助かるよ」

「食事にしましょう。簡単なスープとレーションですけどね」

そうしてアンジュとヒナの二人と焚き火を囲って食事が始まる。これは無言の圧力だ。
つまり、サウスマナ大陸で何があったのか話を聞かせろということである。
どこから話せばいいのやら。ただでさえ荒唐無稽とも言える内容を含む話だ。

仮面の騎士こと初代勇者アルスと出会い、共に旅をして風の大幹部を倒したということ。
そして自身の友人の姿を借りた魔王と邂逅し、全く歯が立たなかったこと。

特に仮面の騎士の話はアンジュを大いに驚かせるだろう。
彼女の先祖はその仮面の騎士、勇者アルスなのだから。
そして子孫は勇者の功績から新たな姓を与えられサマリア王国の貴族となっている。
つまりアンジュもまた貴族なのだが、彼女はそのことをひけらかさないしあまり口にしない。

ともあれ、今までの冒険について嘘を言っても仕方がないし必要もない。
信じてもらえるかは置いておくとして語らねばなるまい。
そうすることで自分自身の複雑な感情にも多少の整理がつくかもしれない。

「……そうですか。正直、レインが大幹部討伐の勇者に選ばれたことには一抹の不安がありました。
 ですが……ひとまず風の大幹部を倒せたのですね。そして皆さんが無事で……良かったです」

サウスマナ大陸へ出発する日からウェストレイ大陸へ転送される瞬間までを話すと、アンジュはそう言った。
衛星を独断で破壊した件についても「その時点での最良の選択でしたね」と評した。
そして今度は自身の状況を語りはじめる。自分達が冒険をしていた期間の分だけ、彼女達にも何かがあったはず。

「私達はこの大陸へやって来てしばらく経ちますが……まだ地の大幹部の居所を掴めていません。
 奴はどうも移動型のダンジョンを拠点にウェストレイ大陸の各国へ魔物を送りこんでいるようなのです……。
 中々尻尾を出しません。とても慎重で臆病……それに狡猾ときている。奴に滅ぼされた国を幾つも見てきました」

ぐ、と拳を握るアンジュの顔を燃ゆる火が照らし出す。
途方もない悲しみに暮れているような。そんな顔をしていた。

「これは推測ですが、地の大幹部の潜むダンジョンは定期的に転送魔法で移動しているのです。
 追跡中に奴の足取りが急に消えたことが何度もありました……直接見つけ出すのは困難かもしれません。
 ですが……私は諦めません。レイン達も頑張って大幹部を倒したのですから、私も負けるわけにはいきません」
0400レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/24(日) 04:04:44.59ID:wWMDqB2g
意気込んで語るアンジュの顔はいつも通りの凛々しい姿で、レインは安堵する。
そうやって話していてふと思った。自分がこれからどうするべきか。
ひとまず風の大幹部を倒すという使命は果たした。

そして……遂に奴と出会うことができた。勇者全ての最終目標、魔王セイファートと。
だが消耗した状態で敵うはずもなく、手がかりも得られずレインは今ここにいる。
仮面の騎士は最後に『魔王城を目指せ』と言っていたが……どこにあると言うのだ。

「しかし魔王がアシェルの身体を……勇者の肉体を使っているとは……。
 本体は最後のダンジョンに身を隠しまま、自由に現地でも戦える……ということですか……」

アンジュの呟きはどこか暗く、レインの顔もそれを受けて沈んでいく。
共通の友人の死を思い出して――二人はまだその死を受け入れ切れていないのだ。

「……俺も初めてみた時は……怒りを抑えきれなかった。体中が沸騰して煮え滾った気分だったよ。
 今までにもそういう気持ちになる時はたまにあったけど……でもあれ以上の衝撃は無かった」

そこまで言ってレインは突然思い出した。
クロムとマグリットに、アシェルという勇者がいた話をしたことが無かったと。
だが考えてみれば仲間に故人の話をする機会なんて今まであったかどうか。

「アシェルっていうのは……俺とアンジュの友達なんだ。"魔導の勇者"とも言われていた。
 勇者になる前から魔法が得意で、勇者の中じゃ最高峰って評判だったんだけど……。
 ある日……アシェルは……仲間とノースレア大陸に渡って、魔王軍と戦い死んだ」

冒険者として旅をしてきたクロムに、至高の存在である『龍』を目指すマグリット。
その二人にはあまり関係がない事柄だ。だが、レインにとっては戦いを続ける重要なファクターでもある。
一緒に旅をした期間も長くなってきた頃だ。話す機会が出来てレインも自然と彼の話をはじめた。

「正確には……他の誰かの身体を乗っ取った魔王と戦い死んだ……と思う。衛星で奴の話を聞いてそう確信した。
 だから魔王は友達の仇ってことになる……のかな。しかも奴はアシェルの身体を傀儡として操っている」

そしてレインは話を続ける。

「……アシェルとは……生前『どちらかが死んだら、代わりに魔王を倒す』……って約束したんだ。
 俺は勇者の中は一番弱くて……才能もない。でも死んだ友達の代わりだと思って今まで旅を続けてきた」

ここまで話して、レインはようやく気付いた。
友達が死んでここまでその死について語ったことはなかったと。
心の中では数えきれないほど考えた。悲しんだ。それは出口のない迷路だった。
その想いを、彼は初めて言葉にする。
0401レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/24(日) 04:07:55.00ID:wWMDqB2g
「魔王を倒すのはアシェルだと、俺も他の勇者も皆思ってたんだ。皆の目に俺がどう映っていたかは分からない。
 でも『アシェルの代わり』になることが……俺の今までの冒険の原動力だったんだ」

アシェルにとってその約束にどんな意味が込められていたのか、今となっては知る由もない。
冗談だったのか。本気だったのか。発破をかけてくれたのか。無理をするなと言ってくれたのか。
それともいつ死んでもおかしくない程弱い友達の使命をも背負おうとしたのか……誰にも分からない。

だが感情の整理がつかないままレインはそれを鵜呑みにすることにした。
そうしなければ『魔王を倒す』という夢のような難題を背負える気がしなくて。

魔王を倒すのはアシェル。ならば魔王を倒すのは自分。そう思って逸ることもあった。
時には復讐をしたいだけではないかと気持ちさえ疑うこともあった……。
感情の整理がつかないから戦い続ける本当の『理由』が見えなかった。

それでもある時、仮面の騎士は言ってくれた。魔王に会えば答えは出ると。
勇者として戦い続ける『本当の理由』が分かると。

「でも……俺……魔王と会って少しだけ分かった気がする。
 誰かの代わりとか……ましてや復讐なんて……そんな器用なことできないよ……」

それは本心の言葉だった。
誰かの代わりで居続けようと思えばかりそめの支えにできた。
では弱い自分がアシェルのようになれたか。そんな事は一度もないはずだ。

怒りや憎しみに任せた復讐であれば一瞬の原動力にはなる。
だが、周囲を顧みない戦いでは衛星の時のように魔王には通じない。

「……なんていうか……上手く言葉にできないんだけど。俺……この世界が好きだ。
 だから皆を守りたい。そのために勇者の使命を果たしたい。そういう意味でも……魔王は倒すべき敵だと思う。
 奴に斬りかかった時、剣を『闇』で受け止められた。その時に感じたんだ。あいつは……深くて暗い、恐ろしい存在だ」

そこまで言って、レインはようやく自分が何を言っているのか気づいた。
そして急に気恥ずかしくなってきた。この世界が好き。メシ時に一体何を打ち明けているんだ。
妙な空気を変えるために(自分のせい)ぱん、と膝を叩いて立ち上がる。

「……ゆ、勇者の使命を果たすためにもまず目の前の問題から何とかしていこうか!
 アンジュが良ければ俺達にも"地の大幹部"討伐を手伝わせてくれないかな!?
 人手が多い方が移動型ダンジョンも早く見つかるはず!……クロムもいいよね!?」

クロムとマグリットを仲間に誘った時のことをレインは忘れていない。
『二人となら魔王城を見つけ出し、攻略できる!』そう言った。
アシェルの話を口にしたことで、何故か変わらずに確信できる。
0402レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/24(日) 04:13:07.93ID:wWMDqB2g
だが、まずは魔王城を探す『とっかかり』が必要だ。
その辺の魔物を当てもなく倒したり小さな依頼をこなすより、
魔王軍を指揮する大幹部の方が遥かに優れた手がかりには違いない。

「そう言ってくれると嬉しいです。私の数少ない友達と仲間が協力してくれるなら百人力ですね。
 いえ……友達の仲間はもう友達……つまりは朋友ですね……。なんと素晴らしいことでしょうか……」

微妙に間違ったことを言っているような気がするが……。
とりあえず、"探究の勇者"アンジュの了承を得たことで今後の方針は決まった。

「おぅさー。なら私も朋友だねぇ。クロムちゃんはもっと喜んでオーケーってわけよ」

ところでさー、とヒナは長ったらしい白衣の袖をヒラヒラさせながら話を続ける。

「クロムちゃんって……何者?いやさぁ、単純に種族が聞きたいってわけよ。人間じゃないよねぇ?
 んー。耳はちょい尖ってるけどエルフではなさそうだし……高身長ですらっとしたドワーフ?
 まさか獣人……じゃないかぁ。どう見てもケモの特徴が無さすぎるってわけよ」

「いけません、ヒナ。余計な詮索は失礼ですよ。クロムさん……すみません」

レインは言葉に詰まった。クロムが人間じゃないのは薄々知っているが具体的な種族までは知らない。
ただそれとなく隠している様子なので聞くのは野暮だと思い知らないふりをしてきた。
まさか……それを容易くぶち壊す人間が現れるとは。

そういえばヒナは昔からやけに種族の判別に長けている子だった。
無用な差別を避けるため種族を隠す異種族にズバズバ言い当てるという傍迷惑な事も過去にしていた。

「いや……それはその……」

曖昧なレインの言葉を無視してヒナは話を続ける。

「あたし、動物とか魔物の個体差を見分けるのが得意なんだよねぇ。
 だから最近……『人間に紛れてる既知の種族じゃない奴ら』が気になってるってわけよ」

瓶底眼鏡の奥に潜む澄んだ瞳がクロムを捉えて離さない。

「稀に見かけるだけだしすぐに事を荒立てるって訳じゃないからスルーしてたけど……。
 な〜んか気になるってわけよ。クロムちゃんもひょっとしたらその一人なんじゃないかってね」

「またそれですか……ヒナ、それの区別は貴女にしかできませんよ。
 事を急いても魔女狩りめいたことが始まるだけだと言ったでしょう」

「どういうことか……分からないよ。俺にも詳しく説明してほしいよ」
0403レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/10/24(日) 04:16:07.80ID:wWMDqB2g
アンジュ、レインも口を開き、そして一斉に口を閉じる。
クロムの何らかの回答を待っているのだ。しかし――その時は訪れなかった。

「……どうやら魔物が接近していますね。接触は少々先でしょうが」

アンジュは緑の瞳で夜の帳が下りた漆黒の砂漠の地平線――それより遥か彼方を『視て』そう告げた。
立ち上がっていたレインは片膝をついて「限定召喚」と呟くと『透視の片眼鏡』を召喚する。
その遠視能力で地平線を索敵すると確かに魔物の群れらしき一団が迫ってきている。
"探究の勇者"は立ち上がり焚き火を囲う一同を青と緑のオッドアイで見渡す。

「お喋りは終わりにしておきましょう。きっと砂漠に住む魔物です。
 脅威度こそ低いですがここには避難民しかいません……なので……」

「それ以上は言わなくてもいいさ。一緒に戦おう。クロムもいいかい?
 まだシェーンバイン戦の直後……疲労が抜けてないならここで避難民の護衛を頼むよ」

レインとて魔力がフル回復した訳ではない。自動修復するだろうが刀身の欠けた紅炎の剣も直ってない。
妙な詮索を入れてくる"探究の勇者"一行と一緒に戦いたくないならそれでいい、と遠回しに言ったのだ。

「敵は数が多いけど……ゴブリン……いや、砂漠地帯に適応したデザートゴブリンが一番多いね。
 ゴーレムもいる。後はでかいのがぼちぼちってところか……後ろに避難民がいる以上一匹も討ち漏らせないな」

「そういうことです。私達は必ず魔物を殲滅しなくてはなりません。
 さいわい、伏兵もいませんので……このまま正面から迎え撃ちましょう」

無力な避難民に群がるヒエラルキーの低い弱小魔物達。さながら砂漠のハイエナといったところか。
360度に広がる砂漠をぐるっと緑の瞳で確認する。それで地平線の彼方まで隈なく視れた。

アンジュの片目の緑の瞳は、超視力と言うべき優れた眼をしている。
幼少期に『魔眼』に憧れた彼女は軽い好奇心だけで魔導書を参考に自分の片目をいじくった。
結果として改造にこそ失敗したが、片目の基本能力は飛躍的に向上した。それがその緑の瞳なのだ。

きっと、今までもその緑の瞳で周辺を警戒しながら避難民達をたった二人で守ってきたのだろう。

「召喚」

手に魔法陣が浮かぶと、燐光を残して弾ける。残り少ない魔力で選んだ武器はクロスボウ。
『透視の片眼鏡』と組み合わせて魔物を討ち漏らさず倒すつもりだ。大半がゴブリンなら何とかなるだろう。
余裕があれば『天空の聖弓兵』へと召喚変身するのだが、今は変身しても『風の矢』をまともに撃つ魔力が無い。

「準備オーケーかな。しょうか〜ん!!」

ヒナがばっ、と両手を上げると眼前に巨大な魔法陣が三つほど現れ、巨大な影が浮かぶ。
ゴーレムだ。足は普通だが今度は両腕が何やら大砲のようになっている。
魔物を呼び出す召喚魔法はレインが使うアイテム・武器召喚のストレージサモンより高位の魔法だ。
……なんというか、さり気なく格の違いを見せつけられた気分である。

「こいつはハシゴをつけてるから肩まで登りやすいってわけよ。さぁ発進っ!」

ゴーレムに登るのが下手なレインにも親切な設計というわけだ。
素早くハシゴを登り頑丈な肩に乗ると、三体のゴーレムは暗闇の砂漠を進みはじめた。


【それでは第五章を開始します!】
【アンジュと共に砂漠を横断する避難民と合流】
【夜になり魔物の群れが接近してくる。殲滅のため"探究の勇者"一同と共同戦線】
0404クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/10/31(日) 18:10:49.99ID:a6Ru60nT
マグリットが手にした腕輪から、突如として溢れ出す光。
それは瞬く間に魔法陣を生み出し、傷付いた勇者パーティを驚異的な治癒効果を齎す聖なる結界に包み込んだ。

>「こ、これは、セイクリッドサークル!?」

クロム自身、噂程度にしか聞いた事のない、初めて目にする高位の回復魔法だった。
見る見る内にダメージが消えていく己の体に目を見張りながら、クロムはやがて口角を上げて思わず拳を握り締める。
腕輪は本物だった。これで、しばらくは回復に悩まされる事もないだろう。懸念材料が一つ、無くなったのだ。

が、喜んでばかりもいられなかった。傷が全快したところで、全員が息を吹き返したわけではなかったのだから。
気力を取り戻して再び立ち上がったクロムと入れ替わるように、今度はマグリットが地に倒れ伏したのである。
恐らく傷は癒えても残り少ない魔力を使い果たしたことで精神的疲労がピークを迎えたのだろう。
いや、それ以上に砂漠という乾燥した気候が貝の獣人にとって致命的な体力の急減を招いたと見るべきか。

水を求める弱々しい声を最後に意識を失うマグリット。
戦いが終わった直後、物資の補給もない内に砂漠に転送されたパーティに、脱水症状から救えるだけの水があるはずもない。

>「……そうかもしれない。でも凄く頼りになるんだ」

「それはいいがな。今、頼りになるのは水だけって事を忘れんなよ、お二人さん?」

レインとアンジュの会話に割り込んだクロムに、そうですね、というように頷いたアンジュは、再びラクダに跨った。
それを合図にレインがマグリットを担ぎ上げ、ふと地平線を見据える。

>「私の仲間のところまで行きましょう。まずはこの砂漠を横断しなければいけません。
> ……かつては周辺にオアシスと町があったそうですが、遠い昔に魔物の襲撃で滅んでしまいました。
> ですからここには何もありません。しばらくすればミスライム魔法王国に入りますからそれまでの我慢です」

つられて視線の先を見ると、そこには陽炎に揺れるいくつもの小さな影があった。
……どうやらその砂漠を横断中の一団がアンジュの仲間、ということらしい。

しかし、実際にそこへ行ってみると、影の多くはほとんどが丸腰の人間・非戦闘員にしか見えない者達ばかりであった。
アンジュは、彼らは大幹部を追っている途中で出会った難民であり、護衛が必要なので同行していると明かしたが……
ざっと見渡したところ、大勢の難民を守り切れるほどの数《戦力》を揃えているようには見えなかった。

(……少数でも守り切れる“力”があるということか?)

しかし、難民の列、砂塵の舞うその最後尾に来た時であった。
十体はいようかという巨大ゴーレムの一団が突如として視界に現れたのは。
しかも砂漠でもその巨体をスムーズに移動できるようにだろうか、脚部がキャタピラと化した特殊なタイプの……。

そう、戦力なら初めからそこに在ったのだ。
キャタピラが巻き上げる大量の砂塵が存在を覆い隠し、あくまで遠目での視認を困難にしていたに過ぎなかったのだ。

(……その気になれば数そのものを増やせるってわけか。これだけの力、アンジュ《この女》が……)

クロムは一瞬アンジュに送りかけた視線を、不意に頭上に向ける。気配がしたからである。

>「おぅさー。メディックゴーレム10号が空いてるよー。
> あっ……レインちゃん。おひさぶりだねぇ」

そこ──すなわちゴーレムの肩の上──にいたのは、分厚いぐりぐり眼鏡をかけた茶髪の少女。
顔立ちと、大人物の白衣をぶかぶかの袖余り状態にする体型から察するに、年齢は十代の前半といったところだろうか。
少なくとも実年齢よりもはるかに若く見える、童顔童体体質の持ち主や長寿の亜人族でもない限りは。

(“探究の勇者”の仲間……ひょっとしてこいつがゴーレムの創造主……)
0405クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/10/31(日) 18:12:22.38ID:a6Ru60nT
大地に降り立った少女を、クロムは分析するようにしげしげと見つめる。
その視線に気が付いたか、やがて少女の方もクロムをまじまじと見つめ始めた。まるでお返しと言うように。

>「んん……そこの人なんか……知らない種族だね。
> まぁ雑談はあとあと……あたしはヒナ・ペルセポネ。よろしくってわけよ」

ヒナ・ペルセポネ。その名を記憶に刻むように心の中で呟いて、クロムも名乗る。

「俺はク>「人はあたしをこう呼ぶ。マッドサイエンティストってね」っておいこっちには挨拶させねぇのかよ」

が、少女改めヒナはそんな事はお構いなしに言葉を被せると、再び何事もなかったようにゴーレムの元へ去っていった。
自己中とでも言いかえられそうな余りのマイペースさを見せつけられて、流石のクロムも呆れ顔で盛大に溜息一つ──

「おい、なんなんだよあいつ《あのメガネ》は……」

たまらずアンジュに抗議するのだった。

────。

『ミスライム魔法王国』を目指す為の砂漠横断も、一休みの時が来る。
太陽が沈み、代わって月が顔を出す夜の時間を迎えたのだ。
難民達が家族や村落単位で小さな集団を作り、それぞれ陣取った場所で自由に食事や休息に入るのを見て、
探究の勇者と召喚の勇者両パーティも『フレイムスフィア』による焚火を囲んで、やがて静かに食事を摂り始める。

メニューはレーションとスープ。
何とも味気ないが、食料の調達が難しい砂漠という不毛地帯にあっては何か食べられるだけマシともいえる。
ましてや今のクロムは食料・水の一切を持っていない、要は食事を奢って貰っている身だ。
図々しく文句を言える立場ではない。

しかし何か喋ろうとすれば思わず「やっぱ不味ぃな」ぐらいはつい言ってしまいそうなので、クロムは沈黙を守る。
黙々と食欲の為だけに口を動かす様は、隣でこれまでの旅の経緯をアンジュ達に説明するレインとは何とも対照的だ。
そんな彼が説明を終え、やっとまともに食事に手を付け始めた頃には、クロムは既に食器を空にしていた。

(……転送魔法で移動、ね)

レインと入れ替わりに自分達の旅の経緯を語り始めるアンジュ。
その時、彼女の話に耳を傾けながら、焚火をぼう、っと見つめるクロムの脳裏に、ふと衛星内での出来事が蘇った。
突然のウェストレイへの転送、そして砂漠の横断。
それら思わぬ事態が重なった事によりこれまで一時的に頭に隅に追いやっていたモノを、一気に思い出したのである。

一つは、衛星が本当に破壊されたのかという疑念。
衛星の破壊をアンジュは「最良の選択」と評したが、実のところ衛星が破壊されたと言い切れる者はここにはいない。
昇降機ではなく、瞬間移動による離脱を余儀なくされた為、破壊を確認できた者はパーティに誰も居なかったのだから。

そしてもう一つ。それは魔王の“肉体”……レインがアシェルと呼んだ人物についてである。
曰く、かつての友“魔導の勇者”アシェルは、仲間とノースレア大陸に渡って、魔王軍と戦い死んだ……という。
ならばあの時、魔王が支配していたアシェル《あの肉体》は、死体だったのだろうか?
それとも未だ肉体は生きているのだろうか?

(……ノースレアに渡って死んだ、とされる勇者。実際にその場にいたわけじゃねーから何とも言えねーが……)

レインの言うように魔王は他者の肉体を乗っ取り、操作できる事は間違いないと見ていい。
魔王自身のみならず、仮面の騎士さえ『本体を探せ』とその事に言及していた以上、疑う余地はないだろう。
だが、支配できる肉体が死者に限定されているのか、それとも生者も含むのかでは大きな違いがある。

この世には魔法によって死体から生み出された魔物が存在する。
アンデッド。肉体が腐敗しても、傷付いても、術者に込められた魔力を動力源に永遠に活動し続ける生ける屍だ。
屍だから痛みも恐怖も感じない。既に死んでいるから、殺す事ができない。そう恐れる冒険者は数多い。
ただし、一部のベテランにとっては必ずしも恐怖の対象というわけではない。例え強敵ではあっても。
0406クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/10/31(日) 18:14:07.53ID:a6Ru60nT
アンデッドには、実は致命的な弱点があるのだ。それは回復魔法。
生き物に等しく至上の癒しを齎す魔法が、生ける屍に対してだけはその身を破壊する猛毒となる。
これを修羅場を潜り抜けてきた経験豊富なベテランだけは知っている。何故か?
アンデッド系自体が魔王軍全体から見れば数が少なく、しかも高レベルなダンジョンにいる強敵であるケースが多いからだ。

──如何な強敵でも弱点さえ分かっていれば作戦次第で攻略の望みは出てくる。シェーバイン戦がそうであったように。
もし、アシェルも魔王の依代となっているが為にアンデット化しているとしたら……倒せるかもしれない。
少なくとも肉体《アシェル》だけは。だが、もし生きたまま支配されているとすれば、この一発逆転ともいうべき手は使えない。
倒して魔王の本体に近付くには、最低でもアシェルの全てを超えて見せなければならないということになるだろう。

(…………)

いや、ひょっとしたらそれでも足りないのかもしれない。クロムは魔王と仮面の騎士の戦いを今一度思い出す。
そう、あの時魔王の体は、アシェルの光の魔法に加えて闇の魔法も使っていたのだ。

全く……今更ながら何と無謀な挑戦に手を貸してしまったのかと変な笑いが出そうになる。

しかし、だからといって魔王軍の手先・魔人としての安寧な人生を取り戻す気など彼には毛頭なかった。それこそ今更だった。
何故ならそんなものよりももっと価値があるものを、既に取り戻していたのだから。

それは全てを捨て、魔人となった時より忘れていた……忘れなければならなかった夢。
かつて人間であった時、一人の“勇者”であった時に心に誓ったもの──魔王の打倒。

勇者らしい事を当たり前のように言える少年を、クロムは面白いと感じた。
果たしてどこまで勇者らしく生きて行けるのだろうかと興味を持った。その顛末を見届けたいと思った。
……仲間になった動機はただそれだけの事と、そう思っていた。
だが、今にして思えばレインに己が捨てた光を見ていたのだ。希望を、ヒトの持つ底知れぬ可能性を。
その眩いばかりの輝きに惹かれたのだ。暗闇を舞う虫が、あたかも灯りに引き寄せられるかのように……無意識の内に。

かつて己が見た夢に向けて邁進する少年の姿が思い出させてくれた。
一度捨てた光が戻ってくることは二度とない……でも、夢だけは今から拾い直しても神だって文句は言うまい。

(もっとも、魔王は……いいや……アリスマター《あいつ》だけは決して許しはしねぇだろうがな、魔人《オレ》の裏切りを)

夜空を見上げると蘇る──天空よりも遥か高みにある宇宙。崩壊しつつある人工衛星の中で最後に見た光景。
最後に、クロムに放たれた言葉。

『次はないぞ、クロムウェル』

大幹部の一角であるシェーンバインの殺害に手を貸した時点で本来ならその場で“処分”されてもおかしくはなかった。
そうならなかったのは“生みの親”としての親心的な躊躇か、単に駒としての価値・元勇者のポテンシャルを惜しんだからか……
いずれにしても言葉の通り、次に彼女が目の前に現れた時がどちらかが死ぬ時に違いない。

(だがな、俺は魔王のいない世界ってのをこの目で見たくなったんだ。死んでやるわけにはいかねぇぜ、アリスマター……)

クロムは拳を握り締める。それこそが近い内に起こるであろう死闘への意気込みであるかのように。

「……ん?」

──彼が、ふと自分に突き刺さる複数の視線に気が付いたのは、丁度その時だった。
周りを見てみると、どういうわけか焚火を囲むその場にいた全員が押し黙り、じっとクロムを見つめているではないか。
ひょっとしたら自分の世界に入り過ぎて周囲が奇妙に思うほどボーっとしていたのかもしれない。
そういえば、アンジュの話も途中から記憶になかった。
聞いていたつもりだったが、あれこれ考えていた所為でどうやら右耳から左耳になっていたようだ。

「悪ィ、聞いて>「……どうやら魔物が接近していますね。接触は少々先でしょうが」」

「悪ィ、聞いてなかった。なんだっけ?」──そんなクロムの言葉は、今度はアンジュによって遮られた。
バタバタと一斉に立ち上がる面々に混じって、クロムもタイミングの悪さを溜息しつつも迫る脅威の前には立ち上がしかない。
0407クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/10/31(日) 18:17:01.60ID:a6Ru60nT
伏兵はおらず、敵は真正面からのみ迫っているとはアンジュの言だが、特殊な片眼鏡を召喚したレインもそれに相槌を打つ。
以前にも何度か見た武装なので何となく有している機能は想像がつく。恐らく千里眼的なものだろう。
レインに先んじて敵の配置を把握したアンジュもそれに似た能力、もしくは広範囲を一気に探る能力でも持っているに違いない。

>「それ以上は言わなくてもいいさ。一緒に戦おう。クロムもいいかい?
> まだシェーンバイン戦の直後……疲労が抜けてないならここで避難民の護衛を頼むよ」

と言うと、レインはさっさとゴーレムに乗って魔物の群に向かっていく。
遠ざかっていくその背中を眺めるクロムは思わず半笑いだ。

「なーにが疲労が抜けてないなら、だ。お前だって魔力が回復しきってない身だってのによ、無理しやがって」

そして「昔からああいう奴なのかい、やはり」と付け加えアンジュを見ると、すかさず手を出して彼女の前進を制止した。

「夜でも遠くを見通せる目は貴重だぜ。あんたはここに残って敵の動きを監視してな。代わりに俺が行く」

「……ですが、貴方もまだ傷が回復したばかり。貴方を戦わせて私が残るわけには……」

「飯を奢って貰ったんでね。どんなに不味くても借りは借りだ。無かった事にする気はねーよ。それに……」

「?」

「ウェストレイ《ここ》の魔物の扱いは良く知ってるんだよ。あんたよりもな」

それだけ言ってクロムは跳ぶ。砂を巻き上げる力強い蹴りを大地にくれてその身を高く空中へと舞い上がらせる。
先陣を切ったゴーレムを追い越し、降り立った場所は殺気立ったゴブリン達の文字通りの眼前だ。

「巨大で動きは鈍いが、腕は大砲。お前らは敵のでかいやつを的にするようにしな。俺がゴブリン共を引き受ける。
 間違っても俺に当てんじゃねーぞ、メガネ」

後ろのレインとヒナに指示を出し、一歩、踏み出しながらだんびらの柄に手を掛けるクロムにゴブリン達が殺到する。
正に獲物に集団で群がり欲望を剥き出しにするハイエナのように。
餌も碌にないこの砂漠を縄張りにする彼らにとって、今のクロムは幸運にも天から降ってきた肉にしか見えないのだろう。
しかし、大軍ともいうべき集団を前にした個が、慌てふためくどころか逆に眉一つ動かさずに大胆不敵に間を詰めた。
この異常性に彼らはいち早く気付くべきだったのだ。そして、警戒すべきだったのだ。

「──────!!」

──瞬時に全身を輪切りにされて、断末魔一つ残せぬまま大地にばら撒かれていくゴブリン。
血の雨が降る中をクロムは一歩、また一歩と歩みを進めていく。その度に、物言わぬ新たな肉塊を大量に増やしながら。
個が集団を蹂躙する。この異様な状況を、ゴブリン達は止める事ができない。

「鼻先に餌をぶら下げられるとそれしか見えなくなる。単純脳みそでは俺には勝てねーってまだ学んでなかったのか?」

彼らのレベルでは到底捉える事の出来ない高速剣の結界に無謀にも飛び込んでは無残にも八つ裂きにされる。
それを見てある個体は却って躍起になり、ある個体は戸惑いながらも食欲に負けて結局突っ込み、犠牲者をひたすら増やす。
ただこれを繰り返すのみだ。

「まぁ、学ぶ前に死んじまうんだから無理もねーか」

ゴブリン集団のど真ん中に打ち込まれた小さな楔が、物凄い速さで集団を二つに分断しつつあった。


【傷が全快。ゴブリンの集団と戦う】
【クロムの正体→ウェストレイの元勇者。魔人としての生みの親はアリスマター】
【なお、途中で話を聞いていなかった為、ヒナの詮索には気付いていない模様】
0408マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/11/06(土) 19:31:50.37ID:xX5nvEMw
自分より龍に近しいシェーンバインという存在
そのシェーンバインとの戦いによる損傷は肉体的な限界点を迎えていた
それだけの戦いを経たにもかかわらず、九似の一つである禽皇の爪を得られなかった無力感
魔王との接触による精神的なショック
アルスを囮にした罪悪感とそれを望み狙った自分への嫌悪
祈りの腕輪の暴走による魔力の枯渇
砂漠という環境下における渇水状態

こうした状況の中でメディックゴーレムに収容治療されたことで一命をとりとめ平穏な状態に置かれていた
様々な極限要因が重なり合い、マグリットは今、高位の苦行僧がようやく踏み入れる無我の境地に至っていた

無我の境地でマグリットは光に包まれ、海面に浮かび上がるように意識を取り戻した

意識の回復と共にメディックゴーレムのハッチが開き、マグリットが起き上がる
ぼんやりとした顔であたりを見回し、ゴーレムが持っていたシャコガイメイスを手に取ると、シャコガイから下が伸びその手を這うように伸びる

時は隊列に魔物の群れが接近しているという頃であった

>「それ以上は言わなくてもいいさ。一緒に戦おう。クロムもいいかい?

「委細承知しました、共に魔王と戦う同列のものとして戦いましょう」

クロムにかけられたレインの声に答えながら飛び降り、アンジュとレインの近くに着地した

「探索の勇者アンジュさんですね、お世話になりました
盗み聞きのような形になって申し訳ないですが、このシャコガイメイスは私の半身
記憶の共有ができますのでこれまでのあらましは把握させてもらっております
助けていただき感謝いたします」

そう礼を述べている間に、レインはクロスボウを召喚し、ヒナは巨大な砲撃型ゴーレムを召喚
クロムはアンジュに索敵監視を任せ先駆けていく

「失礼ながらレインさんとのお話も把握させてもらっています
アシェルさんの件から考えるに、あなた方勇者は人の強力な戦力であると同時に、倒された際には魔王の強力な依り代とされてしまう危険があるという事
ですので、くれぐれも御身を大切にし、周囲を存分に使ってください
その為に、我らの力を見極めて頂く為にこの場はお任せあれ」

そう伝えると深々と礼をし、大きな砂煙と共にマグリットの巨体は消えていた

三体の砲撃型ゴーレムとそれに乗るヒナとレイン
その二人の耳にマグリットの声が届いたのだが、あたりを見回せどその姿はない
しばしの逡巡の中でヒナが「そこね!」と指さした

「はい、御明察です」

砂の中から目玉のついた触手が伸びだし、ゴーレムの上のヒナとレインを見上げていた
マグリットは貝の獣人
貝は砂浜の中に身をひそめるものであり、マグリットにとって温度の下がった夜の砂漠は砂浜に通じるものがある
螺哮砲の応用で全身を超振動させ砂中に潜り移動してきたのだった

「ヒナさん、回復ありがとうございました
戦中故砂中からのご無礼をお許しくださいませ」

ぴょこりと触手が頭を下げるようなしぐさをしながら言葉が続けられる

「敵影は50ほど、更に大型種やゴーレムもいるようですね
クロムさんが既に楔を入れておりますし、私も敵の足を止めますので、砲撃殲滅をお願いします
いざとなればクロムさんは砂中に回収いたしますので存分にどうぞ」

そう言い残し触手は佐中へと沈み姿を消すのであった
0409マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/11/06(土) 19:33:32.86ID:xX5nvEMw
デザートゴブリンの群れの中を無人の野を行くように切り込むクロム
進路上に立ちふさがったゴブリンたちはなで斬りにされ肉塊に代わっていく

群れはクロムにより左右二つに分断されながらも、クロムを囲む集団と、クロムに構わずキャラバンに進もうとする前後にも別れようとしていた
そのキャラバンに進もうとしていた最前列のゴブリンが突如として隣のゴブリンに殴り掛かる
更に畳みかけるように後続のゴブリンが最前列のゴブリンに切りかかり、途端に集団の前線で同士討ちが始まるのであった
その同士討ちは徐々に後列にも波及し、大型のトロールタイプも周りのゴブリンをなぎ倒し始め、集団としての行進が完全に停滞するのであった

「クロムさん、お加減良さそうで何よりです」

クロムの足元から届く声にこの状況を把握できたであろう
マグリットが砂中より幻惑物質を散布した故に始まった同士討ちである事を

「集団の足は止まりましたし、レインさんとヒナさんの遠距離攻撃が始まります
足元に穴をあけておきますので危ういようでしたらどうぞ
あ、あと私の幻惑物質はゴーレムには効果がないのでお気を付けください」

その言葉が終わる前にクロムに降り注ぐ月明かりがさえぎられる
影を作った巨大なゴーレムが混乱するゴブリンたちを踏み潰しながらクロムに迫ってきたのだが、マグリットの掘った穴に片足を取られ横転するのであった

ゴーレムの足をすくい機動を封じたのは良いが、砂中に潜んでいたマグリットは押し潰される危機に瀕し、慌てて砂から飛び出てくるのであった

「ま、まあ、結果オーライという事で、砲撃に巻き込まれない程度に蹴散らしましょう」

手近なゴブリンをシャコガイメイスで吹き飛ばし、トロールタイプにぶつけながら笑いかけるのであった

【砂中より、幻惑物質散布して同士討ちを誘発、群れの動きを止める】
【身をひそめる穴にゴーレムが足を取られ態勢を崩し、その余波で砂中より飛び出る】
0410レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/11/14(日) 20:23:43.76ID:2gN3pWhO
レインとヒナが乗るのは腕に備わった大砲から『魔光弾』を放つキャノンゴーレムである。
召喚者であるヒナがサマリア王国で開発し、主に戦闘で用いられる。

キャノンゴーレムが砂漠を踏みしめる振動を感じながら遠方にいる魔物の集団を見ていると、
ふと後方からやって来たクロムがキャノンゴーレムを追い越し、魔物の群れの前へと着地する。
飯の借りを返すために馳せ参じてくれたようだ。

>「巨大で動きは鈍いが、腕は大砲。お前らは敵のでかいやつを的にするようにしな。俺がゴブリン共を引き受ける。
> 間違っても俺に当てんじゃねーぞ、メガネ」

そう悪態をついてゴブリンの集団に斬り込むと、瞬く間に血飛沫を撒き散らして肉塊に変えていく。
最弱のモンスターといえど、数ではデザートゴブリンが圧倒しているはずなのに、クロムに手も足も出ない。
レインは新しく手に入れた剣の名前を知らなかったが、まさしく『鬼神』のような活躍だと思った。

「ふぅん、クロムちゃんやるじゃん。口が悪いのは玉に瑕だけどねぇ」

「それは……大目に見てほしいな。とっつきにくいけど悪い人ではないよ」

ゴーレムの肩で二人は何気なく会話していると、砂の中から触手が飛び出してくる。
触手の先端には目玉がついており、魔物かと疑ったがどうやらマグリットらしい。

>「敵影は50ほど、更に大型種やゴーレムもいるようですね
>クロムさんが既に楔を入れておりますし、私も敵の足を止めますので、砲撃殲滅をお願いします
>いざとなればクロムさんは砂中に回収いたしますので存分にどうぞ」

「おぅさー。『あいつ』以外はどうとでもなるから任せてほしいってわけよ」

「ヒナ……『あいつ』って……あの一番でかい魔物のことかな?」

「いえーす。ちょっとめんどい生態してるからさ」

そんな会話を続けていると、マグリットが散布した幻惑物質がゴブリンに効き始めたらしい。
魔物の間で同士討ちがはじまり混沌とした様相を呈している。ただ生物ではないゴーレムには効いてないようだ。
そろそろこちらのキャノンゴーレムの射程圏なので、支援砲撃を行ってもよいだろう。

「……あの、ヒナ。さっき話してたクロムの種族のことなんだけど……。
 探りを入れるのは止めてあげられないかな。俺は本人が話す気になるまで待ちたいんだ」

「んー……今その話?まぁいいけどさぁ、レインちゃん、あたしが思うに全ては時間の問題だよ。
 あたし以外にも気づいてる奴いると思うんだよね。どうせいつかバレるなら今バレてもいいと思うわけよ」

でも、とヒナは続ける。

「……勇者のレインちゃんがストップして欲しいならあたしも追及するのは止めとくかな。
 隠し事はしてるけど、クロムちゃん自体が何か悪さする感じでもなさそうだし……。
 ただーし。もしこの問題で何かが起きたときは……レインちゃんがクロムちゃんを守ってあげなよ」

「うん、もちろんだ。ありがとう……ヒナ」
0411レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/11/14(日) 20:25:35.96ID:2gN3pWhO
クロムの種族のことのいざこざを話し終えると、状況がまた動いたようだ。
マグリットが開けた穴にゴーレムの一体が引っ掛かり、激しく横転する。
砂の中に潜んでいたマグリットが押し潰されそうになったことで慌てて飛び出してくる。

「おーけーおーけー。お待たせぇ!キャノンゴーレムちゃん、砲撃開始っ!」

三体のキャノンゴーレムの砲身に光が灯ると、一斉に『魔光弾』を発射する。
ひゅおん、と風を切って敵のゴーレム達の胴体に命中し、その衝撃で後方へ倒れていく。
正確な砲撃だ。『ゴーレム使い』とも仇名されるだけあってヒナのゴーレムは高性能である。

敵のゴーレムは肉弾戦しか出来ないうえ、『魔光弾』に耐えられる強度の装甲じゃない。
勝負はどう見たってワンサイドゲームだ。このまま問題なく殲滅できるだろう。

「ヒナ、あっちとあそこのゴーレム二体は背中にデザートゴブリンが張りついてる。
 ……奇襲を仕掛けてくる気だな……。俺が全部撃ち落とすから気にせず砲撃してほしい」

ゴーレムの巨体を隠れ蓑にするとは侮れない悪知恵だ。流石はゴブリンと言ったところか。
だが『透視の片眼鏡』の能力を使えば看破は容易い。この魔導具には千里眼と同様の能力があるのだ。
キャノンゴーレムの砲撃が敵のゴーレムを穿つと、ゴブリンたちが飛び出してレインとヒナを襲う。

だがそこに待ち構えていたのはレインのクロスボウによる正確な射撃。
レインの召喚したクロスボウは連射ができる『連弩』なので複数体で奇襲を仕掛けても無意味だ。
狙い過たず急所を射抜かれ地面へと落ちていく。

「おっと」

急所を射抜かれてなお、一矢報いようとヒナに飛び掛かる個体をはがねの剣で弾く。
ゴブリンの群れ自体はクロムとマグリットがどんどん片付けてくれている。
と、なれば後の問題は一番後方に控えているでかい魔物――巨大な砂像のような魔物だ。

その魔物はライオンの身体に頭巾(ネメスという)を被った人間の顔を併せ持っていた。
全長は目測で三十メートルを超えているだろう。今まで遭遇した魔物の中で最大級のサイズだ。
名を『スフィンクス』という。ウェストレイ大陸の砂漠に生息する強力な魔物だ。

「あの魔物はスフィンクスって言うんだけど……レインちゃん、知ってる?」

「……ごめん、名前しか聞いたことないんだ。どんな魔物なのかな」

「たは〜。レインちゃんも知らないかぁ!しょうがないなぁ!」

ヒナは有り余った袖でレインの肩をぱしぱし叩く。
試しにスフィンクスに攻撃してみてと言うので、レインは目を狙って矢を放つ。
クロスボウの矢は正確に巨大な砂像へ飛んでいき――命中する直前に障壁らしきものに弾かれた。
矢はくるくると回転しながら砂漠へと落下していく。

「……なるほど。防御魔法を身に纏っているんだね」

「そーゆーこと。並大抵の物理攻撃や魔法は通じないってわけよ。
 しかもあのサイズだからちょっと斬りつけたくらいじゃダメージにならない」

でかい個体は七十メートルを超す例もある、とヒナはつけ加える。
そしてこの魔物の特徴として敵に必ず『謎とき』や『ゲーム』を仕掛けてくるのだという。
0412レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/11/14(日) 20:30:40.11ID:2gN3pWhO
スフィンクスが問いかける謎の正解は防御魔法を解除するパスワードになっている。
正解を導き出した者だけに倒すチャンスが訪れるというわけだ。
だがもし間違えてしまえば凶暴化して不正解の者を殺すまで襲うという。

なぜそんな事をするのか、といえば……スフィンクスを創り出した魔族の趣味なのだろう。
自身が高い知能を持っているという自負ゆえか、または無尽の砂漠の支配者としての傲慢ゆえか。

「だーかーら。まずはあたし達になぞなぞを出して貰わないと倒せないってわけよ。
 へいへーい、スフィンクスちゃん見てるぅ!?こっちこっち!こっちに注目!」

スフィンクスは二体いる。
ヒナのキャノンゴーレム達が一斉に砲撃すると、魔光弾がスフィンクス達を襲う。
だが、その全てが防御魔法に弾かれている。一切ダメージはないようだ。

「我はスフィンクス。『知』を重んじる者なり。
 汝、この砂漠を通りたくば我が問いに答えよ……」

「おっ、はじまったねぇ。まぁまずは見てなよレインちゃん。
 あたしを解答者に選んだみたいだからこの灰色の脳細胞をご覧あれってわけよ!」

スフィンクスの一体が接近してくると、その巨大な瞳をぎょろりとヒナに向ける。
ヒナは恐れる様子もなく平然としているが――何せあのでかさだ。相当なプレッシャーがある。

「……では問題。朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か」

どこかで聞いたことがある問題だぞ、とレインは思った。
どんな謎解きを仕掛けてくるのかと思っていたが、難易度は低そうだ。

「ぴんぽーん!答えは『人間』ね!簡単すぎるってわけよ!
 人間は赤ん坊の時には四足で這い回り、成長すると二足で歩き、老年になると杖をつくから三足になる!」

「正解だ……このスフィンクス、汝の『知』を認めよう」

スフィンクスの頭上に魔法陣が浮かんだかと思うと、粉々に砕け散る。
防御魔法が解除されたらしい。ヒナはすかさずキャノンゴーレムに指示を飛ばし砲撃する。
轟音が響いたかと思うと、スフィンクスが呻き声を漏らして後退していく。見れば魔光弾によって胸部が陥没している。

「我はスフィンクス。『知』を重んじる者なり。
 汝、この砂漠を通りたくば我が問いに答えよ……」

と、思っていたら次はレインを標的に問題を仕掛けてきた。
さっきの調子なら少し頭をやわらかくしておけば答えられる程度に違いない。

「リーマンゼータ関数ζ(s)の非自明な零点sは全て、実部が1/2の直線上に存在する……?」

「えっ……ちょっ……ちょっと待ってくれないか。それって数学!?」
0413レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/11/14(日) 20:32:31.86ID:2gN3pWhO
もう謎解きの領域じゃない。
スフィンクスの提示した問題はいわゆるリーマン予想と呼ばれている。
解いたら懸賞金が貰えるほどの難問でありもちろんレインごときに解けるわけがない。

「わ……わかりません」

「不正解だ……このスフィンクス、全能力を懸けて汝を滅ぼすなり!!」

巨大な砂像の前足を持ち上げ、一気に振り下ろす。
レインとヒナは咄嗟に乗っていたキャノンゴーレムから飛び降りた。
するとキャノンゴーレムが紙屑のように粉々に砕けた。なんという力だ。

「いや〜あんな問題出してくる個体もいるんだ。魔物って理不尽だねぇ……あはは」

ヒナは面白そうに笑っているが、笑い事じゃない。
一体の防御魔法は解除したがもう一体は解除できなかったのだ。
どうやって倒せばいいのか……ヒナと共に砂漠に着地しつつ、レインは頭を抱えるのだった。


【二体いるスフィンクスのうち一体の防御魔法だけ解除に成功する】
0414クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/11/18(木) 23:54:08.75ID:WV7kRPz8
キャノンゴーレムから放たれた魔光弾が敵ゴーレムの胴体を穿ち、沈黙させていく。
一方、背後を振り返れば、クロムに構わず難民達の寝床を襲おうと前進していたゴブリンの一団が同士討ちを始めていた。
クロムには何かを仕掛けた覚えはない。ゴブリンに気まぐれで仲間を襲う習性がなければ、誰かが何かを仕掛けたのだ。
しかし召喚勇者パーティの一員であれば、誰が何をしたのかなどもはや大方察しが付くというものだった。

>「クロムさん、お加減良さそうで何よりです」

不意に砂中から聞こえてきた声は、正にその答え合わせと言ってよかった。
マグリットである。思った通り、ゴブリン達は彼女の毒によって狂わされていたのだ。

「やっとお目覚めか。寝てた分、しっかり働けよな」

言われるまでまでもない──。
砂から飛び出すと、即座にゴブリンをぶっ飛ばしてトロールにぶつけて見せたマグリットの姿は、如何にもそう言いたげであった。
傷は勿論のこと、医療用ゴーレムの中でぐっすり眠れたお陰で体力も全快したと考えていいのだろう。

マグリットの加勢で一息つくタイミングを得たクロムは、ここで剣を止めて周囲をざっと見渡した。
当初より大幅に数を減らしたとはいえ、どうやら敵意を持ってしっかりこちらを見据えている魔物はまだそこそこ残っているようだ。
ゴブリンの他にトロール、それよりも更に大型タイプのオーガも何匹か見受けられる。たまたま毒に耐性があった個かもしれない。

「ここは任せる。俺はちょっとあいつらのところに行って来るわ、手こずってるようなんでな」

しかし、それらはクロムの眼中にはなかった。オーガなどよりも更に巨大な影が、キャノンゴーレムを一蹴したのを見たからだ。
クロムはもはや心配無用と思えるマグリットに残りの魔物の掃討を任せると、その場から跳んで即座にレイン達の元へ移動する。

「問題。俺の昨日の夕食のメニューを答えよ。
 ──ったく、馬鹿正直に待ってないで奴より先にこうやって問題を出しときゃ良かったんだ。絶対に答えられねーヤツをな。
 そうすりゃ奴の難解な問題を解かなくてもこっちの知を認めて防御魔法を解いてくれたんだ。なーにのんびりやってんだよ」

そして己の肩をだんびらの峰で叩きながら、すかさずヒナよりも、レインよりも更に前へ出る。
その巨大な影──スフィンクスに“邪魔者”と認識させ、攻撃目標を一時的に己に切り替えさせる為に。

「もうこの手は使えねぇ。一度誰かを敵と見做すと、そいつを殺すまでこいつには声は届かねぇんだ。
 っつーわけでこいつはこのまま倒すしかねぇ。ここは俺とレインがやるから、メガネ、お前はもう一体の方に止めを刺せ」

瞬間、スフィンクスが巨大な前脚をがばぁ、っと上げ、一気に降り下ろした。

「退けい。邪魔をするなら排除するのみ」

見た目は砂像のようで、一見その肉体の耐久性など無いに等しいように見えるスフィンクス。
しかしそれは大きな間違いだ。何故なら表面には透明な鎧とでもいうべき防御魔法が施されている。
いわば繰り出されたスフィンクスの前脚などは質量・硬度の点で巨大な鋼の丸太も同然なのだ。
ヒナの言うように、並大抵の攻撃では跳ね返されるのがオチだ。

「排除されんのはてめぇだよ」

が、それは逆を言えば並以上の攻撃をもってすれば、その限りではなくなるということでもある。
クロムはだんびらの峰を左掌に乗せて刃を立てると、跳び上がった。迫り来る前足に向けて剣を渾身の力で切り上げたのだ。

──苦悶の絶叫が夜空に轟いたのは、その直後。

クロムの殺気に呼応して本来の切れ味を一時的に完全覚醒させただんびらが、防御魔法ごと足を左右真っ二つに割ったのだ。
防御魔法と一口で言ってもその効果は他の魔法と同じくピンからキリまであり、スフィンクスのそれは然程高位のものではない。
ましてや竜人の皮膚すら切り裂けるだんびらの全力の一刀。この結果に一体何の不思議があろうか。

胸元を超え、顔の辺りまで跳び上がったクロムが続けて繰り出した斬撃は、これまた防御魔法を容易く打ち破る一撃だった。
額から右目にかけてをバッサリ斬られたスフィンクスが再び絶叫する。
クロムは着地すると、一旦レインの元まで下がって納刀しながら言った。

「さ、渾身の一撃を見舞って、止めを刺してやれ。奴の防御魔法くらい打ち破れねぇと、いつまで経っても魔王城には行けねーぜ」
0415クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2021/11/18(木) 23:55:05.21ID:WV7kRPz8
【生き残りの魔物の掃討をマグリットに任せ、スフィンクスと戦う】
【スフィンクスにダメージを与え、止めをレインに任せる】
0416マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/11/23(火) 20:31:30.78ID:VwvqfxvB
砂中の穴に足を取られ傾くゴーレム
そこにヒナのキャノンゴーレムから放たれた魔光弾が命中
その衝撃でごーえれむは後ろに倒れ煙を上げている

その威力と命中精度にマグリットの口から口笛と共に
「やりますねえ」
との感嘆の声が漏れる

もうこうなると殲滅戦、と思われたのだが更に一山残っていた

それは後方から現れた巨大な影
当初宣教師として各地の辺境に派遣される予定だったマグリットは、各地の危険生物についても一定の履修は終えている
そしてその巨大な影もその中の知識として把握していた

知能の高い魔獣で高い防御結界を持つ
その問いかけに応えると防御結界が解除され攻撃を与えられる、というものだ

二体のスフィンクスは乱戦を避けレインやヒナのいる方向へと進むのが見える

「ふむ、あれはスフィンクスですね
様子を見るに謎かけの解答に失敗したご様子、となれば……」

シャコガイメイスを握る手に力がこもったが、クロムの方が先に動いた

>「ここは任せる。俺はちょっとあいつらのところに行って来るわ、手こずってるようなんでな」

「はい、こちらはお任せください」

込めた力を抜きながら、スフィンクスへと跳ぶクロムの背中を見送るのであった


スフィンクスは知を重んじる魔物であり、相手の知力を計る為に謎かけをしてくる
防御結界を解くためにその謎を解く必要があるのだが、重要なのは「知力を計る為の行為」である事だ
即ち問いかけられるだけでなく、問いかける事も成立する

とは言え、これらはあくまで謎かけ問答成立前の攻防であり、謎かけに失敗した場合、スフィンクスへの対処は難しいものになる
だが、だからこそ、だ

>奴の防御魔法くらい打ち破れねぇと、いつまで経っても魔王城には行けねーぜ」

砂漠に響くクロムの声に笑みを浮かべながら大きくうなずいた
もはや召喚の勇者一行は町の冒険者ではない
魔王軍の大幹部と戦い、そしてその先の魔王に勝利すべく動いているのだ
スフィンクスを攻略法抜きに力押しで倒せなくてはいけない

「ふふふ、気が合いますねえ」

同じ事を考え一歩先に実行したクロムを見ながら、楽しそうに呟きながら振り返る

その先にはゴブリン、トロール、オーガの盛大なバトルロイヤルが広がっていた
勿論その中にいるマグリットもバトルロイヤルの一員だ
0417マグリット ◆jNSAPJmKA/Ms
垢版 |
2021/11/23(火) 20:35:35.31ID:VwvqfxvB
マグリットの幻覚物質は周囲の全てが敵に見えるようにしているのだから
散布領域は群れの戦闘のみだったが、クロムが離れた今、全域散布となっている
故にマグリットも攻撃に曝されているのだが、ゴブリン程度の力ではその鉄の肌を傷つけるには至らない

「まあ、クロムさんが向かってくれて良しとしましょうか」

群がるゴブリンたちを一薙ぎでまとめて吹き飛ばしながら周囲を見渡す

飛び掛かってきたオーガの棍棒を左手に精製した貝殻の盾で受け、そのこめかみにシャコガイメイスを叩き込む
血煙り舞う戦場でマグリットは寄る敵を殴り倒しながら探していた
暫くして立っている者が少なくなったところで、それらを倒し掃討を完了させた

が、最後に倒した二体のオーガとゴブリンはまだ息がある
いや、息があるように倒したのであり、これこそがクロムが向かってくれてよかった、という言葉の意味だ

もしクロムが掃討を担当していたのであれば、とても息を残すような倒し方はしないと思ったからだ



瀕死のオーガとゴブリンを引きずり、難民集団を守り周辺警戒をしているアンジュの元へと戻り

「群れは片付けましたので一足先に戻ってきました」

そうしてオーガとゴブリンに手をかざすと淡い光があふれ、その傷を癒していく

マグリットの回復魔法はその信仰心の低さから効果は高くなく、それも高い集中力を要して戦闘中に使えるものではなかった
だが、極限要因が重なり疑似的な無我の境地に至ったマグリットには確信があった
今の自分ならばできる、と

高純度な祈りと、それを増幅させる祈りの腕輪の力を制御する事ができる、と
その予想通り、瞬時に必要なだけの回復をオーガとゴブリンに与える事が出来たのだった

「ただの魔物の群れであればよかったのですが、スフィンクスがいました
ともすればただの偶発的な接触でない可能性もありますので、会話できそうなの二体選んで連れてきた次第
運動機能はともかく、喋れる程度には回復させましたので取り調べなど行うのでしたらどうぞ」

二体連れてきたのは会話ができるかどうかはやってみなければわからなかった事と、両方会話できる知能があるならば情報のすり合わせができるだろうと
そして探索の勇者の称号を持つのであれば情報収集もできそうと見込んでの事だった

【魔物の群れの掃討完了】
【瀕死のゴブリンとオーガをアンジュの元に連れていき情報収集用に差し出す】
0418レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/12/27(月) 21:22:08.30ID:4uTAfiHt
スフィンクスの問いに答えることができず、防御魔法の解除に失敗してしまったレイン。
持っているのは連射可能なクロスボウ一丁とはがねの剣だけだ。これでどうやって倒そうか……。
思案している内に、クロムがやって来てこう口を開いたのだった。

>「問題。俺の昨日の夕食のメニューを答えよ。
> ──ったく、馬鹿正直に待ってないで奴より先にこうやって問題を出しときゃ良かったんだ。絶対に答えられねーヤツをな。
> そうすりゃ奴の難解な問題を解かなくてもこっちの知を認めて防御魔法を解いてくれたんだ。なーにのんびりやってんだよ」

「なっ……そうだったのか。盲点だったよ……」

スフィンクスの対処法を事もなげに述べるクロムにそう返事して、レインは過去を思い出していた。
サウスマナ大陸に到着してサイクロプスと戦った時も、的確に弱点を教えてくれたことがあったと。
クロムは時折、現地の人しか知らないような魔物の対処法を教えてくれる。

それは単にクロムが博識なのか。それとも――過去に戦ったことがあったのか。
レインは後者だと予想しているが、正確にはウェストレイ大陸がクロムの故郷だからだろう。

「あたしもそれ知らなかった。メモしとこ!」

生物学を専攻する傍ら魔物を調査することもあってヒナは熱心だ。
懐からメモ帳を取り出すと速記でクロムの話した情報を書き記していく。

>「もうこの手は使えねぇ。一度誰かを敵と見做すと、そいつを殺すまでこいつには声は届かねぇんだ。
> っつーわけでこいつはこのまま倒すしかねぇ。ここは俺とレインがやるから、メガネ、お前はもう一体の方に止めを刺せ」

そう話しているうちにスフィンクスはクロムの思惑通り標的をクロム自身に変える。
そして前足を大きく持ち上げて振り下ろした。防御魔法を纏った鋼鉄の塊さながらの足を。

>「退けい。邪魔をするなら排除するのみ」

「クロムちゃんあぶな――……」

>「排除されんのはてめぇだよ」

ヒナの言葉が全て吐き出される前にクロムは剣を構えて跳躍し、スフィンクスの前足を切り上げる。
クロムの意思に呼応して能力を覚醒させた剣は、その前足を真っ二つに切断する。
攻撃はそれで終わりではなかった。続けて頭部に一撃お見舞いすると、額から右目が綺麗に裂けた。
苦悶に歪むスフィンクスの絶叫が砂漠にこだまする。

>「さ、渾身の一撃を見舞って、止めを刺してやれ。奴の防御魔法くらい打ち破れねぇと、いつまで経っても魔王城には行けねーぜ」

「あ……ああ……うん……了解した」

レインはその様相を前にして歯切れの悪い返事をするしかなかった。
――『強く』なっている。以前から頼もしいことに変わりはなかったが遥かに強くなった。
おそらくはクロムが新たに所持している剣。その剣の力なのだろう。二度目になるがまさに『鬼神』だ。
0419レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/12/27(月) 21:23:56.30ID:4uTAfiHt
残念なことにレインの戦闘スタイルとは基本的に敵の弱点を突く、メタを張ることである。
力押しで突破することは得手としておらず、何より今は魔力の残量が少ない。
とはいえ――ダゴン戦の時のように武器に魔力を込めて、渾身の一撃を放つことはできる。
問題は残りの魔力でスフィンクスの防御魔法を突破してなお破壊力を維持できるか。微妙なラインだ。

(今回はこのクロスボウの『矢』に魔力を込める……!)

『透視の片眼鏡』と組み合わせ、敵のもっとも脆弱な箇所に命中させる。
そうすればなんとかスフィンクスを倒す威力に届くはずである。
レインは片眼鏡のダイヤルを回して敵を透視し、脆いところを探す。

(……『額』……かな。クロムの攻撃でダメージを受けているし、人間で言っても弱点だ)

レインはスフィンクスの無傷な方の前足に乗ると、クロスボウを構えて狙いを定める。
無事な方の前足で防御されてしまっては折角の渾身の一撃が台無しだからだ。
残りの魔力から言って一発しか放てない――それを防ぐために『乗った』。
するとクロムからダメージを受けて苦しんでいたスフィンクスが鬱陶しそうに声を出した。

「蝿が……!そんな玩具で我を倒せるとでも思っているのか……!?」

「戦い方次第さ。このただの『矢』が貴方を殺す強力な武器となる!」

全身から魔力を放出すると、それは余すことなくクロスボウに装填された『矢』に集まっていく。
魔力を理力に変換するこの技術は、極めれば『奥義』にもなり得る特技だ。
レインはかつて冒険者ギルドのアンナから教わり、拙いながらも使用することができた。
ただ『渾身の一撃』という名称の通り消耗が激しいので使う機会は限られている。

――そして『渾身の一撃』となる矢が無音で放たれた。
スフィンクスは侮っていたがその額に命中した瞬間、爆ぜたように大穴が穿たれた。
爆裂魔法染みた派手な音と共に頭部がすっ飛んで、スフィンクスを構成する砂が周囲に降り注ぐ。

「……血の雨じゃなくて良かったよ。危うく狂戦士になるところだ」

思考回路を失ったスフィンクスの胴体はずずんと静かに倒れていく。
レインは巻き込まれないよう前足から飛び降りてそう呟いた。

「お〜……あれが"召喚の勇者"パーティーの力ってわけだねぇ。やるじゃん」

ヒナが腕を組んでうんうんと頷く。
防御魔法を解除できていた個体も至る所が陥没し、あるいは大穴が穿たれ倒れている。
無事だったキャノンゴーレム二体で倒せていたらしい。

ゴブリンの群れの方も無事に全滅しているようだ。マグリットのおかげだろう。
肝心のマグリットが見当たらないので、すでに避難民達がいるところへ戻っているようだ。

「……クロムのおかげでなんとかなったよ。ありがとう。
 それじゃあアンジュのところに戻ろう。伏兵や残存戦力もいなさそうだからね」

『透視の片眼鏡』で注意深く周囲を確認するが、敵の影はない。
砂漠のハイエナ――弱小魔物の群れは掃討できたと判断してよいだろう。
一同は避難民達のところまで戻ることになった。
0420レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/12/27(月) 21:25:22.67ID:4uTAfiHt
アンジュは緑の瞳で周囲を警戒しつつ戦況を見守っていると、マグリットが一足早く戻って来た。
手には瀕死のオーガとゴブリンを引き摺っていて、避難民達は驚いた様子でざわつきはじめる。

>「群れは片付けましたので一足先に戻ってきました」

「お疲れ様ですマグリットさん。
 しかし……その魔物は?敢えて息を残してあるようですね」

意図はおおよそ分かっていたのだが、アンジュは確認のためにそう質問した。
するとマグリットは二体の魔物の傷を即座に癒してこう返す。

>「ただの魔物の群れであればよかったのですが、スフィンクスがいました
>ともすればただの偶発的な接触でない可能性もありますので、会話できそうなの二体選んで連れてきた次第
>運動機能はともかく、喋れる程度には回復させましたので取り調べなど行うのでしたらどうぞ」

「……やはり、そういうことでしたか。魔物の中には知能の高い個体もいますからね。
 言語こそ違えどゴブリンやオーガは会話によって意思疎通ができると言います」

回復したゴブリンとオーガに近寄るとアンジュは手を翳す。
すると二体の足元に魔法陣が浮かび、結界の中に閉じ込めた。
下位の光属性結界魔法『タリスマン』である。

続いてアンジュは指をパチンと鳴らすと、二体の魔物の目が虚ろになった。
簡単な催眠魔法だ。これで情報を引き出そうというつもりなのだ。
問題は魔物の言語を理解している必要がある点だが――。
"探究の勇者"として魔族の生態を調査してきたアンジュは魔物の言語も把握している。

「……魔物に尋問してるのか。有益な情報が引き出せると良いんだけど」

クロム、ヒナと共に戻ってきたレインは誰に話すでもなく呟いた。
聴き慣れない独特な発音の言葉が響く奇妙な光景である。
アンジュはふぅと一息つくと、結界の中が眩い光に包まれた。

「……『ホーリーアサイラム』。これで用は済みました。
 残念ですが、この襲撃自体は魔族の絡んでいない偶然だったようですね」

弱い魔物を問答無用で消滅させ、魔族でさえ弱体化は免れない上位結界魔法。
ゴブリンとオーガごときが浴びれば跡形も残るまい。
防塵マントを翻してマグリット達に近寄る。

「……ですが一点、気になることを話していました。
 魔物達はミスライム魔法王国に集結しろと命令を受けていたようなのです。
 なにか……嫌な予感がします。もしかしたら魔王軍が動き出しているのかもしれません」

アンジュは表情を一瞬険しくするが、すぐに顔を綻ばせる。

「といっても、今気にしたところでどうにかなる問題ではありません。
 後はゆっくり休んでください……夜間の見張りは私が続けておきます」

そう言ってアンジュは去っていく。
ヒナは三人の顔を見渡してこう続けた。

「そーいう訳だからお言葉に甘えといて欲しいってわけよ。
 あたしのゴーレムとアンジュで上手いことやっとくからさぁ。それじゃおやすみ!」

取り残されたレインは二人の背中を見つめながら、気持ちを切り替えた。
友人として手伝いたいところだがもう魔力切れだ。休むのも重要な仕事である。
無理をしたところで足を引っ張るだけなら寝るしかない。
親切な避難民が貸してくれた寝袋の中に入って、レインは休息に努めるのだった……。
0421レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/12/27(月) 21:28:57.62ID:4uTAfiHt
ミスライム魔法王国の国境沿いの街に到着したのは数日後のことだった。
国境では王国の官吏が難民保護のため住居から食糧まで準備をして待っていた。
さすがウェストレイ大陸いちの大国と言うべきか、これで一安心だと胸を撫でおろす。

「それにしても、準備がよかったね。まるで来るタイミングが分かっていたみたいだよ」

「それはこの国の宮廷魔導士、アルバトロス様のおかげでしょうね」

街の酒場で食事を摂りながらアンジュはレインの疑問にそう答える。
避難民達を護衛しながらここまで来る間、食事は貧しいものばかりだった。
久々にまともな料理だ。地方特有の郷土料理を食べることは冒険においてささやかな楽しみである。

「宮廷魔導士か……どんな人なんだい?」

「魔法の探究にとても熱心ですね。態度にこそ出しませんが優しい方ですよ。
 大幹部討伐の任を帯びた私とヒナを援助してくれています」

そうして食事を平らげた辺りで、酒場に人が入ってきた。
褐色肌に長い耳をしたエルフの女性といかにも護衛らしい屈強な戦士の二人だ。
砂漠が広がるこの土地にエルフがいるのは珍しい。エルフは基本的に森と共に生きる者だからだ。

「探したよ……"探究の勇者"。そちらは"召喚の勇者"一行だね?
 突然押しかけてすまないね。私はこの国の宮廷魔導士……アルバトロスだ」

「アルバトロス様……!どうなされたんですか?なぜ貴女が城から離れてこの街まで?」

アンジュは椅子から立ち上がると脳裏に以前のことがちらついた。
魔物を尋問した結果、ミスライム魔法王国に集結しろと命令を受けていたという事実を。

「避難民の保護は私が手配したからだよ。君達の動向は概ね把握している。
 "召喚の勇者"達が崩壊する衛星からこの大陸に飛ばされてきた瞬間も……ね。
 そして"探究の勇者"と共にこの街まで来るところもずっと見ていた」

「この街に訪れたのは避難民の保護だけが目的ではないでしょう。
 地の大幹部の新たな標的は……この国なんですね」

「アンジュ、君は話が早くて助かるよ。詳しい説明は首都の城で話そう。
 "召喚の勇者"一行も一緒に来てくれたまえ。風の大幹部を倒したその力、是非借りたい」

「えっ……あ……もちろんです」

レインは歯切れ悪く返事をして、いそいそと酒場を出ていく。
皆が酒場の外に出ると、アルバトロスが杖でトン、と地面を突いた。
すると足下に魔法陣が浮かんで目の前の景色が変わっていく。

この感覚には憶えがある。転送魔法だ。気がついたらレイン達は巨大な城の前にいた。
国境沿いの街とはまるで違う、賑やかな王国の首都ヘリオトロープに一瞬で到着したのだ。
0422レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/12/27(月) 21:31:21.81ID:4uTAfiHt
城門で警備をしている衛兵を顔パスで通ると、アルバトロスの案内で城内のある部屋に着く。
彼女の自室なのだろう。見たことのない書物や資料がそこかしこに散乱している。

「その辺りの椅子に自由に掛けてくれ。本当なら王に謁見させるところだが時間の無駄なので省略する。
 まずはこれを見てくれ。私がなぜ君達の動向を知っているのか、よく理解できるだろう……」

長机の上に乗っていた書物や資料を荒っぽくどけて、両手に収まるくらいの水晶球を置いた。
水晶球には暗い星の海と、そこに漂う何かの残骸が浮かんでいる様子が映されていた。

「……遠見の魔法ですか?」

「そうだ。魔王軍に占領されて以来、私はドワーフの衛星砲を監視していた。
 いつこの国に撃たれるか分からない状況だったからね。だがある時に突然、隕石群が降り注ぎ……。
 衛星砲は半壊状態になった。この状態では使い物にならないだろう……"召喚の勇者"達、君らがやったんだろ?」

「……まぁ、そうですね。正確にはここにいるクロムがやりました」

遥か遠方の地を見通せる魔法。それでアンジュ達の動向も把握していたわけだ。
ならば避難民達の迅速な保護も説明がつく。

「別に責めているわけではないよ。むしろ不安要素を取り除いてくれて感謝している。
 ……気を取り直して本題に入ろう。今から我が国の領土を映す……よく見てもらいたい」

水晶球に映し出されたのは、俯瞰視点の映像だった。空中から地面を見下ろしている図である。
それはミスライム魔法王国のどこかの土地なのだろう。砂漠の真ん中に巨大な柱のようなものが聳えている。
水晶の映像が『柱』を拡大して映し出す。その柱にはなにかの紋様がびっしりと刻まれているようだ。

「これは……何の柱ですか?魔法の術式が刻まれているようですが……」

「土魔法系統の術式のようですね。どことなく見覚えがあります」

レイン、アンジュが次々に口にする。アルバトロスはすぐさま映像を切り替えた。
ぼんやりした映像だが、魔物がさっきの柱を建てている様子が映し出されている。

「私はこれを『地殻の楔』と呼んでいる。全長にして数キロメートルはくだらない。
 アンジュ……君が留守にしている間に我が領土に三か所、こいつが魔王軍に打ち込まれてしまった」

壁に貼り付けてあったウェストレイ大陸の地図を机に広げると、アルバトロスはある地点を丸で囲んでいく。
その丸の位置こそ『地殻の楔』が打ち込まれた場所だろう。レインはその位置に引っかかりを覚えた。

「ひょっとして……この『地殻の楔』って最低でも後二回は打ち込まれる可能性がありませんか?
 何が起こるかは分かりませんが……この辺りとこの辺りに楔があれば――……」

レインが指したのはミスライム魔法王国に流れる最大の河川の源流たる『月の山脈』の辺り。
そして代々魔法王国を統治した王が埋葬されているという『王家の谷』の辺り。

「……――完成しますね。とても大規模な魔法陣が」

アンジュはレインの言葉を継ぐとお互いに顔を見ながら頷き合った。
魔王軍が何かの大規模な魔法陣を作成しようとしていること。
そしてこの国に魔物を集結させようとしていること。何かの関連があるに違いない。
0423レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2021/12/27(月) 21:33:55.87ID:4uTAfiHt
アルバトロスは表情筋を動かすことなくレインとアンジュの指摘を首肯した。

「水晶球越しではあるが……私はこの楔に刻まれた術式を解析してみた。
 結果、この楔にはある土魔法の効果を増幅する効果があると結論付けた……。
 それは……『地震を起こす土魔法』だ。こいつが完成すれば、我が国全体が未曽有の大地震に襲われる」

そんな事になってしまったら、さしもの大陸一の魔法王国だってひとたまりもないだろう。
大地震で壊滅的な被害を被った後に魔王軍の襲撃など受けてしまえば滅亡は避けられない。

「ここまで言えばもう分かるだろう。君達にはこの大規模魔法陣の完成を阻止してもらいたいんだ。
 この国には地の大幹部に故郷を滅ぼされ、行き場を失った者達がたくさんいる。彼らを守るためにもね」

「もちろんです。おそらくはこれも地の大幹部の仕業でしょう。ならば協力しない手はありません」

アンジュは即答した。レインも断る理由がないので無言で頷く。
この場に勇者パーティーが二組存在するというのも奇妙な偶然だ。
残り二か所に『地殻の楔』を打ち込まれないよう、それぞれ別れて守ることができる。

「魔王軍は野良の魔物にも集結を命じていました。大陸中の魔物が襲ってくるかもしれません。
 長期戦になればこちらが不利……どうにかして地の大幹部の居所を掴めればいいのですが……」

「そうだね。でも……魔王軍にとっても重要度の高い作戦だよ。
 俺達が上手く妨害し続ければ『チャンス』が生まれるかもしれない」

「……それはどういう意味ですか、レイン?」

レインはサウスマナ大陸目指して船に乗っていた日々のことを思い出す。
高速戦闘に対応するための特訓漬けだったが、仮面の騎士は修行の合間に冒険の話をしてくれた。

その時に言っていたのだ。彼が倒した大幹部の中に空に浮かぶ城に住む者がいたと。
飛べない限り敵も味方も城に行けないので、部下の魔族は転移アイテムを用いて出入りしていたらしい。
仮面の騎士はそいつから転移アイテムを奪って城に侵入――大幹部を倒しこそしたが実質的に敗北したと話していた。

「部下の魔族は地の大幹部の移動型ダンジョンにどうやって出入りしてるのかって事だよ。
 大規模な作戦なら信頼できる仲間の魔族が指揮してる可能性が高い。そいつを生け捕りにすれば……」

「……奴のダンジョンを突き止めることができる?」

「うん。あくまで可能性の話だけどね。まずは分担を決めよう。
 俺達とアンジュ達、どっちがどっちを守る?片方は河川で片方は谷か……」

河川の源流たる『月の山脈』と王達の躯が眠る『王家の谷』。
地理に合わせて集まる魔物も変われば防衛の方法も変わってくるだろう。
クロムとマグリットの意見を交えて慎重に決めるべきだ。

「何か質問があれば答えよう。私が知っている範囲であればだが」

アルバトロスはそう言って、両勇者パーティーの相談を見守った。


【スフィンクスを倒して大陸一の大国・ミスライム魔法王国に到着】
【避難民が保護された後、宮廷魔導士アルバトロスと出会う】
【アルバトロスに地の大幹部から魔法王国を守ってほしいと頼まれる】
0424クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2022/01/08(土) 18:43:37.40ID:6Hhod/xy
レインの放った渾身の一矢は、スフィンクスの頭部を粉砕して砂の雨に変えた。
司令塔を失った肉体はもはや物言わぬ砂像と化し、辺りは急速に夜の静寂を取り戻していった。
振り返ればゴブリンの群は全てゴミの様に砂上に打ち捨てられており、横を見ればヒナが余裕の表情で腕を組んでいた。
既にマグリット、ヒナら二人の残敵掃討も済んでおり、レインの止めをもって戦闘は完全に終結していたのである。

>「……クロムのおかげでなんとかなったよ。ありがとう。
> それじゃあアンジュのところに戻ろう。伏兵や残存戦力もいなさそうだからね」

「なぁに、俺は飯代の分だけ働いただけさ。だから敢えて止めはお前に任した。
 ……で、任せて正解だった。あんま謙遜すんなよ。お前、やっぱイースの頃より強くなってるぜ。少しは自信持ちな」

そう言って、クロムはトン、とレインの腰を叩くと、避難民を守るアンジュの元へと歩き出す。

──アンジュの元には既に一足早くマグリットが戻っていた。それも、瀕死の二体の魔物を連れて。
曰く、今回の魔物の襲撃が仕組まれたものではないかと疑ってのことで、情報を聞き出したいのだとか。
確かに、ゴブリンのような低級の群に、およそ低級とは言い難いスフィンクスが数体混じっていたのは些か不可解ではあった。

早速、アンジュが催眠魔法を用いて事の真相を暴いていく。
どうやら魔物の襲撃こそ偶発的産物に過ぎなかったが、彼らはミスライム王国に集結せよとの指示を受けていたらしい。
指示をした者の正体までは判らなかったようだが、低級とは言い難いスフィンクスに命令できる辺り常識的に考えればボス格の魔物……
恐らくは幹部の一人に違いない。

(例の“地の大幹部”って野郎か……)

アンジュの「後はゆっくり休んでくれ」の言葉に従い、クロムはごろんとその場に寝転んで眠気が来るまで夜空を見上げる。
夜空など、どこで見ても同じようなものだとこれまで気にもしていなかったのだが……

(……星座とか全然知らねーんだけどな。意識に刷り込まれてるもんなんかな、ガキの頃に見た星空って)

今夜ばかりはその星の輝きにどこか妙な懐かしさを覚えて、中々寝付けないクロムであった。

────。

数日後。
召喚勇者および探求勇者一行は無事に目的地・『ミスライム魔法王国』に到着した。
避難民を現地の役人に任せた後、向かう場所は冒険者の空腹を満たせる場として定番となっている酒場である。

しばらくレーション続きの毎日を送っていたから、誰もが質にも量にも飢えている。
特にヒトよりも屈強な肉体を誇るが故に、只でさえその維持に必要なカロリー量が多いクロムの食事量は抜きん出ていた。
次から次へと山盛りの料理が盛られた皿がテーブルに並べられ、それを片っ端から空けていくのだ。
中でも周囲の人々の目を引いたのは大きく丸々太った豚の丸焼きをあっという間に骨に変えてしまったことだろう。

ちなみその豚、猪型魔物の家畜化と品種改良に成功という世にも珍しいプロセスを経て生まれたこの地域特有種である。
肉が魔力を帯びているから食べると魔法水と同じく急速な魔力回復が見込め、一部の国には特産品として輸出もされている。
もっとも、魔力をアイテムによって封じている今のクロムには残念ながら効果は無いのだが……。

「……あ、そういやお前肉じゃが食った? この地域の肉じゃがは名物の一つだぜ。
 ここはじゃがいもも品種改良されててな。ここの豚と合わせて煮込むと美味さが増すってんで評判なんだ。マジおすすめ」

前の席に座るマグリットにゲップしながら何とはなしに地元料理を語るクロム。

「あ、それ初耳。メモしとこ」

そんな彼に真っ先に反応して見せたのは、たまたま隣に座っていたヒナであった。
0425クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2022/01/08(土) 18:47:24.24ID:6Hhod/xy
「……お前さ、ここに来て結構長いんじゃねーの? なんかその割にはこの間から何も肝心なコト知らなくない?」

「んー……そっちが知り過ぎてるってゆーか。今更な事聞くようだけど、ぶっちゃけこの大陸初めてじゃないよね?」

「そらね。これでも世界中を旅して来たんでね。まだ行った事のない大陸もあるけど、ここら辺は俺の庭だったから」

「ふーん。で、それいつ頃の話ってわけ?」

「そうだなぁ……ざっと100年くらい前ってところかな。見かけによらず長生きだろ、はっはっは」

「長寿種ってわけね。それも若いままで長く生きられるなんて羨ましいじゃん。まるで魔族みたいってゆーかぁー」

「……嘘だからな、一応言っとくけど。冗談のつもりがマジで信じかねねーキャラだからよお前」

考え込む仕草もなく、絶妙な間で受け答えするヒナに、クロムは大きく息を吐き後頭部に手を回して視線を宙にさ迷わせる。
「ホントーは冗談じゃなかったりして」などと呟く声が聞こえてくるが、じと目で眼鏡を上げている彼女の姿が目に浮かぶようだ。
しかし、目を合わせて確認する気が起きない。どうもヒナのようなタイプが相手だと、見透かされてる気分になるからだろうか。

魔人は魔王軍の利益になる行為全般をほとんど自由意志によって行う事を許されている。
己の欲求を満たす為に人間に不幸をばら撒く者が多数を占める魔人にあって、クロムはとりわけ変わり種の部類である。
他の同類《ナカマ》とは違い、ヒトを殺めることや、暴力による愉悦を味わうことが魔族化の動機ではなかったこともあって、
魔人となってからというもの実は一度たりとも魔王軍を利する行為に手を染めた事はない。
故に別に言ってもいいのだ、自分の正体を。堂々と。信頼を壊す後ろめたいことをやってきたわけではないのだから。

(タイミングってのは難しいよなぁ、こう改めて考えると)

しかし、しかしである。それ本当かよ? と疑われた時、果たしてどうすれば潔白を証明できるのだろうか。
その確かなやり方を、少なくともクロムは知らない。
つまり裏を返せばリスクなのだ。実は魔族であるという事を明かすのは。
パーティの信頼を壊し、お互いが疑心暗鬼になりかねない危険を秘めている。そんなギクシャクした関係で旅など御免である。
上手くいくはずがないからだ。

『いつまでも隠し事をしてちゃ真の信頼は築けねぇぜ?』──かつてエイリークはそう言った。
クロム自身、実際仲間というものはお互い腹を割った関係の事であると思うし、二人の性格を考えた時にも、
案外、想像しているような最悪の事態は起こらないのではないかと、楽観する自分がいるのも確かなのだ、が……。

(こいつぁ慎重って言うより、ネガティブなだけかもなぁ……俺が)

こちらが魔王の首を狙う以上、敵幹部・アリスマターとの戦いは避けられない。その時、確実に二人に正体は知れるだろう。
なればこそそうなる前に己の口で明かす事こそが最善とは思うものの、中々そのタイミングというものが掴めない。

>「探したよ……"探究の勇者"。そちらは"召喚の勇者"一行だね?
> 突然押しかけてすまないね。私はこの国の宮廷魔導士……アルバトロスだ」

……一つ確かな事は、今はそれを考えている時ではないらしいということだ。
気が付けば褐色肌のエルフがテーブルの横に立っており、話があるから城に案内するという流れになっていた。
各々が席を立ち、それに一拍遅れてクロムも立ち上がる。

「食後の休憩もなく、か。毎度毎度、忙しねーなこのパーティは」

────。

エルフ──アルバトロスと名乗った──に案内された場所は、王国首都城内の一室だった。
小難しい書物や見覚えがありそうでなさそうな文字で書かれた古臭い図面のようなものがそこかしこに散らばっている。
クロムの「これあんたの私室? それとも研究室?」の問いに「前者だ。後者を兼ねた」と即答するアルバトロス。

私室と言えば使命や業務から完全に切り離された空間を想像するクロムにとって、これには思わず「お堅いねぇ」とポツリ。
そういえば宮廷魔導士と言っていた。
王侯に仕える魔法使いは、男女種族問わずどうも学者肌の堅物が多いイメージがあるが、彼女もその例に漏れないということか。
0426クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2022/01/08(土) 18:53:35.77ID:6Hhod/xy
「どうせ散らかってるなら食い掛けの菓子とか、穿き潰した下着とかの方が笑えて良かったんだけどな。お前らの部屋みたいに」

と、クロムは他三人の女性陣に向けてセクハラ気味のジョークを飛ばしながら、適当な椅子にどっかり座り込んで見つめる。
アルバトロスが用意した水晶球の──遠隔視魔法が映し出す光景を。そして同時に紡がれる彼女の言葉に耳を澄ませた。




(そうか……その為の魔物の招集だったか)

──全てを見、聞き終えて、クロムはレインの話に聞き耳を立てつつアルバトロスから得た情報を反芻していた。
どうも地の大幹部という奴は、ミスライム国内の各地に特殊な巨大柱を打ち込んで大規模な魔法陣を構築し、
超どでかい地震を引き起こそうとしているらしい。
不意打ちの巨大地震で恐慌状態のところを、一気に魔物の大軍でも差し向けられたら正に秒で決着がついてしまうかもしれない。

それを阻止する為にはまず魔法陣を完成させないことだが、妨害をするだけではいつまで経っても脅威は取り除けない。
結局のところ魔法陣を構築しようとするボスそのものを倒すのが一番シンプルで、かつ確実に脅威を排する方法なのだ。
だが、肝心のそのボスは移動型のダンジョンに引き篭もっていて、居場所を掴めないという話は既にクロムも聞いている。

>「部下の魔族は地の大幹部の移動型ダンジョンにどうやって出入りしてるのかって事だよ。
> 大規模な作戦なら信頼できる仲間の魔族が指揮してる可能性が高い。そいつを生け捕りにすれば……」

そこでレインの作戦である。
瞬間移動の魔法やアイテムがあるこの世の中、配下の魔物もダンジョンの出入りにそれらを用いてる可能性が高い。
残りの柱が立つ場所を予測して待ち伏せ、そいつを生け捕りにすることができればあるいは……というのだ。

レインは『月の山脈』、『王家の谷』の二つの地点を候補として挙げた。アンジュもアルバトロスもそれに同調した。
アンジュは催眠と上位結界を修得しているほどの魔法の使い手。
アルバトロスに至っては柱に刻まれた術式を解析して発動魔法を割り出した程の専門家だ。信じるには充分といえる。

後はどっちのパーティがどっちで待ち伏せをするかを決めるだけだ。

(にしても月の山脈に王家の谷か。……これまた懐かしき庭だな。出てきそうな魔物のツラも大体は予想がつく……が)

クロムは腕を組み、背もたれに思いきり体重を預けた。椅子の前足が浮かび、姿勢が斜めになって自然と視線が上に向く。
次第に虚空にぼんやりと浮かび上がったのは懐かしき敵の顔。記憶の底に在るかつての見飽きた魔物達だ。
それらもやがては蜃気楼のように消えていく。いや、一つの懸念の前に自らイメージを打ち消したと言った方が正しいだろう。

(今はどうかな。俺がこの大陸を離れて十年……いやもっとか。何にしてもその間に顔触れが大きく変わってる可能性もある。
 あるいはやたら強化されているかも。なんせあの頃に、地の大幹部なんて大層な肩書の野郎はここには居なかった……)

がたん、と椅子を元の位置へと戻したクロムは、とにかく──と懸念を吹っ切る様にレインを見て言葉を紡ぐ。

「どっちもリスクは変わらねーさ。だからここは敢えて個人的な好みで選ばせて貰うが、俺は『王家の谷』がいいね。
 あそこは未発見の墓が未だに数多く眠ってると言われてる。貴重なアイテムが見つかるかもしれねぇからよ」

そして目線を横にスライドさせてアルバトロスに移すと、続けた。

「ちなみになんだが、その地の大幹部って奴の名前は何て言うんだ? 
 それと北の魔物討伐に向かった“神剣の勇者”とかいう奴について、あんた何か聞いてないか?
 ……南《俺達》の方は何とか倒せたが、西《ここ》の勇者は意外にもまだボスと戦っていなかった。
 それじゃあ残る北《そいつ》の方は今どうなってるのかと、ちょっと気になったもんでね」

【レインに『王家の谷』行きの意思を伝え、アルバトロスに大幹部の名と北の戦況を訊く】
0427レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2022/01/30(日) 17:51:59.05ID:t4MJFInW
>「どっちもリスクは変わらねーさ。だからここは敢えて個人的な好みで選ばせて貰うが、俺は『王家の谷』がいいね。
> あそこは未発見の墓が未だに数多く眠ってると言われてる。貴重なアイテムが見つかるかもしれねぇからよ」

クロムの希望はミスライム魔法王国を統治した歴代の王が眠る墓所、『王家の谷』だった。
貴重なアイテムが眠っていると聞くと、冒険者として嫌でも期待に胸を膨らませてしまう。
アンジュ側はどちらでも良いらしく、レイン達が『王家の谷』を。アンジュ達が『月の山脈』を守ることに決まった。

>「ちなみになんだが、その地の大幹部って奴の名前は何て言うんだ? 
> それと北の魔物討伐に向かった“神剣の勇者”とかいう奴について、あんた何か聞いてないか?
> ……南《俺達》の方は何とか倒せたが、西《ここ》の勇者は意外にもまだボスと戦っていなかった。
> それじゃあ残る北《そいつ》の方は今どうなってるのかと、ちょっと気になったもんでね」

「地の大幹部の名は……魔物達いわく、"不動城砦"ガルバーニというらしい。
 しかし、実際に姿を見た者はいないはずだよ。私の水晶で覗くこともできなかった」

サティエンドラが炎属性で、シェーンバインが風属性だった。
ならばこの大陸を襲撃しているガルバーニは地属性といったところか。
地に有利を取れるのは『風』だな、とレインは心の中で再確認する。

「"神剣の勇者"ジークの担当は北ですからね。ノースレアは領土の大半が魔王軍の手に落ちています。
 ほぼ孤立無援である以上、探索も一苦労でしょう。加えて、倒す大幹部も炎と水の二体を任されています。
 ノースレアのレジスタンスと協力して任に就いているでしょうが……まだ討伐の報告は届いていません」

アンジュは北の戦況をクロムにそう話した。
やはり大幹部討伐というのは一筋縄ではいかないらしい。
神剣の勇者は現在の勇者の中でも三本の指に入る実力者とされている。
だが、そんな彼でも大幹部を倒すには至っていない。

「では話が纏まったところで、さっそく勇者御一行達には防衛の任に当たってもらおう。
 私の転送魔法で運ぶよ。現地には我が国の軍もいるから、協力して頑張ってくれたまえ」

アルバトロスがそう締めくくり、一同はそれぞれの防衛地点まで転送されることとなった。
レイン達が到着した王家の谷にはミスライムの騎士達が駐留していて、指揮官が出迎えてくれた。
板金鎧に身を包んだ、実直そうで精悍な顔立ちの騎士だった。

「防衛の任務に協力してくれることになった、"召喚の勇者"一行だよ。
 サウスマナで風の大幹部を討伐した実力者達だ。きっと一騎当千の働きをしてくれるよ」

「い、いやぁ……アルバトロス様、それは盛り過ぎですよ。
 申し遅れました。俺は"召喚の勇者"レインです。よろしくお願いします」

騎士は敬礼の仕草をして言葉を返す。

「はっ!了解しました。期待させて頂きましょう、勇者御一行殿!
 私は指揮官のラカンであります!お見知りおきを!」

ラカンと名乗った男と握手すると、アルバトロスは転送魔法で王城へと戻る。
それを見届けると、レインはそわそわした様子で周囲を見渡した。
0428レイン ◆IiWdxl1r76
垢版 |
2022/01/30(日) 17:54:30.67ID:t4MJFInW
ラカンはその挙動不審を心配してレインに質問する。

「どうされましたか"召喚の勇者"殿。何か体調が優れないとか……。
 衛生兵を呼びましょうか。砂漠は過酷な環境です」

そういうわけではない。もうこのウェストレイ大陸にきてしばらく経つ。
いい加減、砂漠の環境にも慣れてきたところだ。
レインが気にしていたのは王家の谷に点在する入り口のような穴のことだ。

「ああ……いえ、あの穴はこの国の王の墓に続いているのかと思いまして」

「そうですね。我が国を統治してきた歴代の王が眠っております。
 墓荒らしや冒険者に暴かれたものもありますが、未発見の墓も多いと聞きます」

クロムの言っていた通りだ。まだ魔王軍が襲撃してくる様子もない。
探索するなら今が好機だ。レインは平然とこう言い放った。

「すみません、今の内に『王家の谷』を探索していいですか。
 もしかしたら戦いに役立つアイテムが見つかるかもしれません」

素面で悪気も無くレインはそう言ったが、ラカンは目頭を揉んだ。
国王に仕える騎士である手前、大っぴらに歴代王の墓を暴くことを許可してよいものか。
だが、国が滅ぶか滅ばないかの一大事だ。そんな固いことを言っていられるのか(?)とも考えてしまう。

「……まぁその……今回は目を瞑りましょう」

「……ありがとうございます!行こうクロム、今がチャンスだ!」

レインは「限定召喚」と呟いて透視の片眼鏡を召喚する。
王家の谷を隈なく精査すると、レインはハンマーを召喚して岩壁の一角を全力で叩いた。
すると、岩壁に穴が開き内部へと繋がる通路が現れたのである。

「いつだったか、竜の谷でも似たような仕掛けがあったよね。それでピンと来たよ。
 ここは少なくとも未発見の通路だ。何か有用なアイテムや武器が見つかるかも」

通路を進んでいくと、両側の壁はびっしりと壁画が描かれダンジョン特有の雰囲気を形成していた。
魔物は今のところ現れていない。片眼鏡で透視を続けながら探索し、あるところで立ち止まった。

「……ここだ。透視の片眼鏡で別の通路が見える。どこかに仕掛けが……」

レインが壁を触ると、窪みの部分がスイッチになっていたらしい。
壁の一部が上へせり上がって新たな通路が現れた。中には埃を被った宝箱が幾つかある。

「どれもミミックの類じゃないな。全部開けて問題ないよ」

透視の片眼鏡のダイヤルをいじりつつ隠し部屋へと入っていく。
どの宝箱も鍵がかかってない。レインは手慣れた様子で一際大きな宝箱を開ける。
ブーメランだ。中央にはエメラルドのような宝玉が嵌っていて、レインはそれを見て何かを思いつく。

魔力を僅かに込めてみると、ブーメランはふわっと風を帯びた。
間違いない、これは魔法武器だ。思わぬ拾い物である。


【王家の谷に到着。魔王軍が攻めてくるまで探索の時間】
【『透視の片眼鏡』を用いて風属性の魔法武器(ブーメラン)を入手】
0429クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2022/02/06(日) 21:42:26.31ID:4WKBfwBv
アルバトロスによって地の大幹部は“不動城砦”ガルバーニと呼ばれている事が判明した。
一方、アンジュによれば北の戦況については不明であり、少なくとも討伐の報告は未だ届いていないとの事であった。
が、それでもクロムの知らない情報を得る事はできた。
どうやらノースレアには炎と水、二体の幹部がいるらしいのだ。

(まさか……)

炎属性の幹部と言われて、クロムはあの男の顔を思い浮かべずには居られなかった。
“猛炎獅子”。そう、かつてイース大陸に拠点を構えていたあの戦闘狂である。

魔王軍の事情や戦略など知る由もないが、ひょっとしたら結果としてイース攻略に失敗し数を減らした彼の軍が、
本来ノースレア攻略を一手に任されていた水の軍の増援として、一時的に派遣されているのかもしれない。
……むしろそうであって欲しいと願うところなのかもしれない。
最悪なのは強力な火炎属性の幹部が実はもう一人いて、そいつが北攻略の担当だった場合だろう。
サティエンドラと同じ力量の炎の使い手がもう一人いるなど考えただけでもぞっとするではないか。

そんなことを思っている内に、一行はアルバトロスの手によって早速現地に飛ばされることになっていた。
魔法陣が足元に浮かび上がり、一瞬の内に視界に広がる景色が変わる。
クロムにとって懐かしさを感じるそれは、紛れもなくかつての庭・『王家の谷』に違いなかった。

アルバトロスの言っていた通り、現地には既に騎士達が駐留しており、彼らは一行の姿を認めると丁重に出迎えたくれた。
ラカンと名乗る隊長格の男と握手をするレインを後目にしつつ、クロムは周囲を一瞥する。
今のところ魔物の姿はなく、気配も感じない。
レインもそれに直ぐに気が付いたようで、『今の内に谷を探索したい』と切り出すが、言われたラカンは困惑した様子であった。

「後で墓荒らしの許可を出しちまったと知れれば責任問題になりかねねーからな。あんたは見て見ぬフリをしてくれりゃいいよ」

しばしの間を置き、『目を瞑る』と声を絞り出したラカンに、クロムは笑いながらあっちへ行ってなと言わんばかりに手を振る。
その間にいつもの片眼鏡を装着したレインが、早速辺りを見通して岸壁の一角をハンマーで叩いていた。
そうして現れたのは岸壁の中へと通じる隠し通路。

>「いつだったか、竜の谷でも似たような仕掛けがあったよね。それでピンと来たよ。
> ここは少なくとも未発見の通路だ。何か有用なアイテムや武器が見つかるかも」

「気を付けろよ。未発見の墓ってのは経験上……」

壁画に囲まれた薄暗い通路を進みながら、クロムは何かを言い掛けるも、レインが立ち止まったのを見て思わず口を閉じる。
何かを発見したのかと暗い中を目を凝らしていると、やがて通路の壁の一部が開いていった。隠し通路である。
中を覗いて見ると、明らかに随分長い間誰にも触れられていないような宝箱がいくつか並んでいた。

ひゅう♪ と口笛を鳴らすクロムの横で、レインが早速つかつかと宝箱に歩み寄り、その内の一つを開ける。
出てきたのは宝石が嵌め込まれたブーメラン。魔道具の一種だったようで、彼はそれが一目で気に入ったらしい。
クロムはというと、宝箱の中でも最も小さいのを選んでいた。

「こういうのは一番小さいヤツに一番のアタリが入ってるもんなんだよ。例えば強力な爆弾みてーなのが……あれ?」

しかし、出てきたのは想像とは異なりただのガラスの小瓶だった。いや、中に何らかの液体が入っている。
手に取ってじろじろと見るクロムがやがてポツリと漏らした言葉は「これ……“薬水”だな」だった。

薬水とはその名の通り液状の回復薬だが、液体の原料は薬草である。
薬草よりは缶詰のように日持ちはするが、原料自体はありふれたものなので残念ながら特に貴重というわけではない。

「ってことはもう何百年も前の薬水ってことになるが……飲めるんかなこれ。保存が効くとはいえ……」

現在、クロムは薬草を切らしているので、これは回復薬を補充するチャンスではある。
が、迂闊に口を付けて腹でも下したら回復どころか逆効果にしかならないのだ。
貰えるものは貰っておくべきか、それともタダより高いものはないとそっと宝箱の中に戻すべきなのか……
クロムに一瞬の迷いが生じた、その時であった。
0430クロム ◆gkBBhaTSK6
垢版 |
2022/02/06(日) 21:52:03.71ID:4WKBfwBv
「シャアアアアアアアアアアア!」

突然、得体のしれない奇声が響き渡り、殺気が頭上から迫ってきたのは。

(──)

クロムは素早く剣に手を掛けると、頭上に向けて一閃。降ってきた何かを真っ二つに切り裂いた。
そして、どさっ、どさっ、と地面に落ちたそれを見下ろして、「やっぱりいやがったか」と小さく零した。

「ミイラ化したゾンビだ。多分、この墓に眠る王か……。天井に貼り付いていたらしいな。
 ……さっきは言いそびれたが、未発見の墓の中ってのはこういう危険もあるんだ。覚えとけよ」

上半身と下半身が見事に真っ二つに別れているにもかかわらず、動きを止めずに這いずって来る様は正に亡者だ。
メリッサ島に居たスケルトンパイレーツ同様、この手の魔物は通常攻撃では完全に活動を停止させることはできない。

「それともう一つ。実はこいつらにはある弱点があるってことも覚えとけよ」

しかし、クロムは知っている。亡者の弱点を。だから、手に入れたばかりの薬水を使うことに何ら躊躇いはなかった。
瓶の蓋を開け、中身を亡者に向けて豪快に振りかける。
すると、途端に亡者は「ギヤァァァアア……」と呻き声を挙げた。見る見るうちに体が溶けていき、それが痛みを感じない筈のゾンビに苦痛を齎しているのだ。

「どうやらあの薬水はまだ効き目があったようだ。ゾンビってのはどういうわけだか知らんが、回復に弱いんだ。見ての通りな」

そして、出来の悪いシチューの様になったかつて亡者だったものを見下ろしつつ剣を納めるクロムは、こうも言った。

「ちなみにここら辺で見つかる亡者の多くは魔王軍とは何ら関りがないものばかりだ。
 古代の王は生前に永遠の権力を望むあまり不老不死になれるという怪しげな魔法を自分に掛けたとされる奴も多くてな。
 それが死後に発動する欠陥のゾンビ魔法だった為に、この世を彷徨うことになってるってわけだ」

「──うわああああああああ!!」

納刀を完了すると同時に聞こえてきた声。それは亡者の奇声などではなく、明らかに生きた人間の悲鳴であった。
方向は通路の外……騎士達が居た場所からだ。

【墓を探索。手に入れたばかりの『薬水』を使って現れたゾンビを撃退】
【騎士達の悲鳴が聞こえてくる】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

ニューススポーツなんでも実況