ロスト・スペラー 18
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ラビゾーは真剣に考え込む。
「罠と言っても、彼女、そんな深刻な風じゃなかったんだが……。
怪我をしても軽い物で……」
コバルトゥスが大袈裟なのか、カシエが楽観的過ぎるのか分からないのだ。
嘘では無いと、コバルトゥスは強弁する。
「駆け出しの手には余ると思いますよ。
今までは運良く行ってたかも知れませんけど、大事になってからじゃ遅いッス」
ラビゾーはコバルトゥスを見詰めて言った。
「……詰まり、これ以上の探索は諦めろと?」
「そこまでは言いませんけど。
俺と一緒なら安全かと」
「カシエさんが何と言うかだな」
問題は、それだ。
幾ら危険を訴えても、カシエが聞き入れるかは分からない。
コバルトゥスはラビゾーに依願する。
「先輩からも、何とか言って下さいよ」
「競争の件は、どうするんだ?」
「ンな事、言ってる場合じゃないっしょ!」
「あ、あぁ」
コバルトゥスが強い口調で押し切ると、ラビゾーは消極的に頷いた。
2対1ならカシエも聞き入れざるを得まいと、コバルトゥスは説得に自信を持つ。 それから数点経ったが、カシエは未だ帰らない。
コバルトゥスはラビゾーに言う。
「カシエ、帰り遅いッスね……」
ラビゾーは時計を確認した。
「いや、未だ2針も経ってないが?」
「洞窟の中では、時間の進みが早く感じるんスよ。
カシエにとっては、もう2角は経ってる気分だと思います」
心配性なコバルトゥスに、ラビゾーは客観的な情報を示す。
「カシエさんは、そんな風には言ってなかったけどな……。
それに今まで彼女は3針前後で戻って来た。
4針が近付いても戻らなかったら、考えよう」
コバルトゥスは自分でも心配し過ぎなのか、正しい予感なのか判らなくなって来る。
ラビゾーの言い分は随分と悠長に聞こえるが、焦りから強引に突入して二次遭難する事も避けたい。
否、二次なら未だしも、自分だけ遭難する可能性もある。
「心配な気持ちは分かるけど、今は待とう」
コバルトゥスの内心の焦りを見透かした様に、ラビゾーは落ち着いた声で言う。
「茶でも飲まないか?」
そう言って、彼は大型の魔法瓶から紙コップに熱い麦茶を注ぎ、コバルトゥスに差し出した。
コバルトゥスは疑いの眼差しを向けて、受け取りを躊躇う。
「金を取るんじゃ……?」 ラビゾーは憮然として告げた。
「取る訳無いだろうが!
要らないなら良いぞ」
「あぁっ、頂ます、下さい、貰います!」
コバルトゥスは現金な態度で、茶の入った紙コップを受け取る。
熱い茶を一気に飲み干した彼は、大きな息を吐き、再び難しい顔をする。
ラビゾーは慰めを言う。
「地下深く進むに連れて、地上に戻るのも時間が掛かる」
「解ってます、その位」
コバルトゥスは迷いから心の制御が難しくなっていた。
どうしても、口調が苛立った物になってしまう。
「……どうしても心配なら、今から行くか?」
ラビゾーの問い掛けに、コバルトゥスは沈黙して長考を始めた。
話は至って単純だ。
カシエを助けに行くか、行かないか、この2択しか無い。
ここで愚図愚図言っている位なら、早く助けに行った方が良いと言う事も理解している。
問題は、ここが普通の洞窟では無い所だ。
天然の洞窟であれば、どんなに深く、複雑な構造をしていようとも、攻略に苦労しない。
しかし、この洞窟は魔法的な仕掛けが全体に施してある。
鋭敏なコバルトゥスの魔法資質を以ってしても、その全容は疎か、1階層の構造も把握出来ない位。 カシエを助けに行くか、行かないか選択して下さい。
言い方を変えれば、お節介を焼きに行くか、カシエの実力を信用するかです。 助けに行くか、行かざるべきか……。
コバルトゥスは葛藤の末に、時間を区切る事にした。
(先輩の言う通り、3針までは待とう。
カシエも冒険者なんだ。
そう下手はしない……と思う。
だが、3針を過ぎても戻らなかったら。
その時は、迷わず助けに行く)
そう決心するも、心は相変わらず落ち着かない。
彼はラビゾーに時間を訊ねる。
「先輩、カシエが入ってから何針経ちました?」
「今、聞いたばかりじゃないか……。
2針を少し過ぎた位だな」
ラビゾーは呆れ気味に答える。
コバルトゥスは決意表明した。
「3針過ぎたら、教えて下さい。
俺はカシエを助けに行きます」
「少し早いと思うがなぁ……。
手遅れになるよりは増しだけど……」
暈(ぼ)やきながら頷くラビゾー。
重苦しい雰囲気の中、2人は無言で時が過ぎるのを待った。 3針が経つ前に、コバルトゥスは出来るだけ体力の回復を試みる。
精霊の気配を全身で感じ、その力が体の隅々まで行き渡るイメージを繰り返し思い浮かべる。
(火よ、水よ、風よ、土よ、空よ、太陽よ……)
息を吸う度に、冷たい空気が肺から全身に回る。
心臓が脈打つ度に、熱い血が体中を巡る。
両足は植物の様に、大地から精気を吸い上げる。
陽光の温かさを、肌で受け止める。
そのイメージを保ちながら、コバルトゥスは精霊石を手にした。
そして手中の精霊石を体の一部の様に感じ、脈動を伝える。
回復に努めるコバルトゥスの横で、ラビゾーはバックパックを整理を始める。
「コバギ、カシエさんの救助に僕も付いて行った方が良いだろうか?
それとも素人は足手纏いになるかな?」
急な問い掛けに、コバルトゥスは思案した。
「ムム、どうッスかねェ……。
先輩は無理しない方が良いんじゃないッスか」
「……解った、大人しく待つよ」
ラビゾーは残念そうに言って、バッグを漁る手を止める。 数極後に、ラビゾーは再びコバルトゥスに話し掛けて来た。
「もし、お前も戻って来なかったら?」
その可能性も無い訳では無い。
コバルトゥスは答に迷う。
「その時は……。
先輩に助けて貰うしか無いッスかね……」
「2人の手に負えない状況を、僕が何とかしなくちゃ行けなくなる訳だが……。
町に戻って救助を呼ぼうか?
最悪、魔導師会を頼る事になると思うが」
「命には代えられないっしょ」
コバルトゥスの冷静な正論に、ラビゾーは頷いた。
「そうだな。
コバギ、お前がカシエさんを助けに行って、1角経っても戻らなかったら、その時は」
「はい、お願いします」
口では頼んだ物の、そうならない様にしなければとコバルトゥスは用心した。
精霊魔法使いである彼は、魔導師会絡みの面倒は避けたい。
しかし、自分だけなら未だしも、カシエの命が懸かっているので、嫌々言ってる場合では無い。 そうこう言っている間に、カシエが洞窟から出て来た。
先に彼女に気付いたコバルトゥスは、安堵して呼び掛ける。
「カシエ、無事だったか!」
カシエは疲れた笑みを浮かべて言った。
「無事は無事だけど」
曖昧な答を返す彼女を見て、コバルトゥスは俄かに怪訝な顔になる。
「危ない目に遭わなかった?」
見た所、カシエは傷一つ負っていないが、それだけで危険が無かったと判断する事は出来ない。
嫌に心配して来るコバルトゥスに、カシエは苦笑した。
「全然。
それより仕掛けに梃子摺って」
「仕掛け?」
「簡単には先に進めない様にしてあって、面倒臭かった。
それに『化け物<モンスター>』も居たし」
カシエの情報に、コバルトゥスは目を剥いて驚く。
「モ、モンスター!?」
「化け物って言って良いかは分からないけど。
弱かったし。
それより、ワーロックさん!」
詳細を尋ねようとするコバルトゥスを余所に、カシエは話を打ち切って、ラビゾーの元へ駆け寄った。 カシエは嬉しそうに自分のバックパックから、先の探索で発見した物を取り出し、ラビゾーに見せた。
「鑑定、お願いします」
石の器が1つと、金属塊が2つ。
ラビゾーは先ず、石の器を見る。
少し深い皿の様な形で、取っ手は付いていない。
手作りなのか、外側は凸凹の多い稚拙な造りで、粗々(ざらざら)している。
対して内側は磨いてあり滑らかだ。
重さは石製品相応。
「これは……分からないな。
ボルガ地方の有名な古陶磁とは違う。
古い時代の物だろうけれど、一般的な食器だと思う。
もしかしたら、物凄い値打ち物かも知れないが、僕には判らない。
買い取るとしても、300MGって所だなぁ……」
ラビゾーは次の鑑定に移る。
対象は銀色の球形の金属。
彼は魔法も使って、正確に調べる。
「この金属は……銀にしては軽いし、綺麗過ぎるな。
霊銀の合金?
磁性無し。
何かの部品って訳でも無いし、飾りかな?
中身は確り詰まってると。
用途が解らない。
……500MGで」
最後の鑑定品は、先の物より小さな銀色の金属。
「あぁ、これは銀合金だな。
これも宝飾品だろうか……?
純銀じゃないし、天然の銀でもないけど、これなら結構高値で売れると思う。
8000MG位かな」
ラビゾーに財宝を鑑定して貰ったカシエは、満足気に頷いた。
「全部で8800MGですね」 ラビゾーと楽しそうに話すカシエの姿が、コバルトゥスの心に暗い感情を鬱積させて行く。
手振らで戻ったコバルトゥスと違い、カシエは確り財宝を発見していた。
それに彼が感じていた危険も、どこ吹く風と言った様子。
調子の良い駆け出しに嫉妬するのは、狭量に過ぎると判っている彼だが……。
恨めし気に見詰めるコバルトゥスの視線に気付いたラビゾーは、カシエに小声で言った。
「コバギの奴、大分心配してたんだ。
カシエさんは大丈夫かって。
僕は未だ早いって言うのに、助けに行こう、助けに行こうって」
カシエは振り返り、嫌らしい笑みを浮かべる。
「へぇー、そうなんですかぁ」
コバルトゥスは羞恥で顔中が熱くなるのを感じた。
「……『女性には優しく』が、俺のモットーだからな」
狼狽を悟られまいと、彼は焦りを隠して堂々と振舞う。
カシエ自身は何とも思っていないのに、他人が針小棒大に騒ぎ立てるのは、見っ度も無い。
コバルトゥスは居た堪れなくなり、洞窟に入った。 探索を再開する場所を決めて下さい。
地下1階の選択していない分岐路の先か、地下2階の選択していない分岐路の先か、
地下2階の進み掛けの道の先か、3つです。 コバルトゥス
探索2回目
調子:不調
耐久力:11
魔力:16 洞窟に入ったコバルトゥスは、胸に靄を抱えていた。
(先輩は何で、俺が心配してたってカシエに言ったんだろう……。
あんな口の軽い人だとは思わなかった)
ラビゾーに悪気は無かったのだろうと解っていても、カシエの優越の笑みを思い浮かべると、
コバルトゥスは苛々して来る。
(はぁ、余計な事を考えるんじゃない。
今は探索に集中しないと……)
頭の中では冷静にならなければと思う彼だが、気が急いて集中し切れないのが現実だ。
(道形に進んで、最初の分かれ道を真っ直ぐ、次の分かれ道を右に。
罠の位置も憶えてる。
大丈夫、大丈夫)
コバルトゥスは記憶通りに罠を回避して、何事も無く地下2階へと進む。
(とにかくカシエより先に行かないと。
女に優しい事と、甘い事は違う。
宝を先取りされる訳には行かない。
俺は冒険者だ)
だが、客観的に評価して、彼の精神状態は余り良くない。
雑念を振り払い切れていない。
それが魔法の明かりにも表れている。
コバルトゥスの行く先を照らす灯火は、不安定に強まったり弱まったり。
地下2階の罠があった場所まで来たコバルトゥスは、一旦足を止めた。
(この曲がり角の床に罠がある事は判ってる。
同じ罠に引っ掛かる様な馬鹿じゃない)
彼は前に罠が作動した時、その位置を確り記憶していた。
難無く罠を避けて、未だ見ぬ道を進む。
【行動表参照】 【失敗】
罠があった曲がり角を通り過ぎると、再び同じ様な曲がり角に出会す。
道は右側に続いている。
これまでに通って来た道は全て、壁も床も天井も殆ど同じ扁平な土と岩で出来ている。
特に目印となる様な物も無い。
こんな陰気な景色が延々と続くと思うと、気が滅入って来る。
「はぁ……」
思わず、溜め息を吐いたコバルトゥスは、足元に小さな穴が開いてる事に気付いた。
先の魔力を奪う罠を抜けて、彼は少し気を抜いてしまっていた。
又しても罠を見落としていたのだ。
コバルトゥスは身の危険を感じ、精霊石を手にした。
【機敏さ判定】 【成功】
床の穴からは多数の槍が一斉に飛び出す。
コバルトゥスは精霊の力を借りて、高く跳躍した。
そんなに天井が高くないので、頭を打ちそうになり、慌てて首を引っ込め、両腕で衝撃を和らげる。
幸い、槍の長さは然程では無く、穴から1歩程で止まる。
コバルトゥスは槍が飛び出す罠から、少し離れた場所に着地して、安堵の息を吐いた。
「あっ、危ねぇ……。
『串刺し<シュタッヘル>』になる所だった……」
今まで「勘」を頼りに冒険して来たコバルトゥスは、未経験の危機を味わっている。
魔法に頼り過ぎて来た、「付け」なのだろうか?
本当に、こんな所をカシエは無事に通り抜けたのか……。
彼女の余裕振りを考えると、同じ道を通ったとは思えなかった。
振り返れば、槍は既に引っ込んでおり、何事も無かったかの様。
コバルトゥスは恐怖心に身震いするが、幾ら何でも引き返すには早過ぎる。
先に進もうとコバルトゥスは決心した。
耐久力:10
魔力:15 『槍<スパイク>』の罠を抜けると、真っ直ぐの道が続く。
1回目の探索に続き、罠の歓迎を受けたコバルトゥスの足取りは、重くなっていた。
(遅弛してたら、カシエを追い越せない。
それは解ってるんだが……)
慎重になり過ぎるのは良くないが、焦って又罠に掛かるのも良くない。
何より、思う様に進めない事で、苛々している事が良くない。
今のコバルトゥスには天の巡りまでも含めて、全てが自分の敵に回っている心持ちだった。
カシエは当然の事ながら、精霊を妨げる洞窟も、吝嗇なラビゾーも。
焦燥と苛立ちばかりが募って行く。
(これは良くない。
良くないぜ……)
悪い予感はしているのだが、今は前に進む事しか出来ない。
耐久力:9
魔力:15 通路を真っ直ぐ進んだ先には、更に地下へと続く階段があった。
これが「真の財宝」に辿り着く「正しい道」なのかは判らない。
しかし、この階層を抜ける事で、彼は気持ちを切り替えられそうだった。
コバルトゥスは実際に歩いた距離よりも長く、地下2階に滞在していた気分だった。
一度大きく深呼吸をしたコバルトゥスは、慎重に階段を下りる。
耐久力:8
魔力:15 コバルトゥスは地下3階に出た。
ここも今までと雰囲気は殆ど変わらない。
扁平な土と岩の壁面に、湿った土と苔の匂い。
通路は目の前に真っ直ぐ続いている。
罠の類は無さそうだ。
耐久力:7
魔力:15 少し進むと、分岐に差し掛かる。
片方は真っ直ぐ。
もう片方は右に曲がる。
どちらの道を進むべきか、コバルトゥスは一旦足を止めた。
他に道は無いし、罠らしい物も見当たらない。
真っ直ぐ進む道からは、何の気配も読み取れないが、右の方には何か「居る」。
明確な強い気配では無いが、確かに存在を感じるのだ。
耐久力:6
魔力:15 書き込みが無かったので、ランダム判定します。
時間の小数点以下が奇数なら直進、偶数なら右折。 コバルトゥスは右の道の先にある物を、確かめようと決めた。
恐怖を感じない訳では無いが、然して勇気を要する事でも無い。
これは冒険、危険を避けては進めない。
仮に凶悪な獣が棲み付いていたとしても、彼には必殺の魔法剣がある。
しかし、油断は禁物。
コバルトゥスは気配を殺して、静かに「何物か」に接近する。
先ずは正体を明らかにしなければ、対応も何も無い。
【行動表参照】 【通常判定】
コバルトゥスは風の精霊を頼り、何物かの大凡の姿形だけでも判らないか、試してみた。
(……体温が無い?
大きな塊?
動物の形とは思えない。
それに息遣いも無い。
これは……蹲って眠ってる蛙か蛇か?)
だが、正体は判然としない。
少なくとも恒温動物で無い事は明確だ。
コバルトゥスは魔法の明かりを前方に向け、今度は目視で正体を探ろうとする。
高さ1歩前後、幅1身弱の蠢く塊がある。
体表は明かりを反射して、照ら照らと輝く。
(何だ?
蛙でも蛇でも無い?)
謎の蠢く塊は明かりで照らされても、コバルトゥスに気付く様子が無い。
コバルトゥスは焦(じ)り焦(じ)りと、蠢く塊に近寄った。
(……判らん。
何だ、こりゃ?
蛞蝓か?)
対象まで約2身に近付いても、正体が「判らない」。
半透明で輝く体を持つ、これは巨大なアメーバ状の生物。
【機敏さ判定】 【敵の先攻】
コバルトゥスは今まで、この様な生き物を見た事が無かった。
猛獣や妖獣の類とは、明らかに違う。
敵と認識して良いのかも判らない。
反応が無いので、コバルトゥスが更に接近すると、アメーバ状の生物は行き成り体を変形させ、
液体を飛ばして来た。
「わ、糞(ば)っちい!」
慌ててコバルトゥスは後退る。
【戦闘能力判定】 【回避成功】
水の様な液体はコバルトゥスの体には届かず、土と岩の床を濡らした。
何だか分からないが、これを敵対的行動と受け取ったコバルトゥスは、反撃を試みる。
彼は短剣を持っているが、真面に斬り付けて効果があるかは怪しい。
滑々(ぬめぬめ)した体に触れるのも嫌なので、魔法剣で一刀両断する事にした。
【戦闘能力判定】 【失敗】
魔法剣はアメーバ状の生物の体を真っ二つにする。
しかし、活動が止まる様子は無い。
体が2つに分かれても、直ぐに再生する。
アメーバ状の生物は、再び液体をコバルトゥスに向かって吐き出した。
【戦闘能力判定】 【回避失敗】
より狙いが正確になった一撃を、コバルトゥスは受けてしまう。
彼は水鉄砲の様な攻撃を腕で防ぐ。
「くっ……」
液体は袖を浸透して、肌を濡らす。
最初は何とも無かったのだが、徐々に腕が辣(ひり)付き始める。
(動物の体を溶かす液体か!?)
これ以上やられる訳には行かないと、コバルトゥスは即座に反撃する。
【戦闘能力判定】 【成功】
闇雲に攻撃しても効果が無い事を理解していた彼は、弱点を狙う事にした。
半透明の体の中で1つだけ揺れ動く宝石の様な物が、心臓部では無いかと予想する。
(これで止まれっ!)
短剣を振り抜くと、核の一部が欠けた。
それと同時に、アメーバ状の生物は動きを止める。
半透明の体は粘性を失い、水の様に溶けて流れる。
「異物」の気配は完全に消滅した。
「勝った……」
コバルトゥスは小さく息を吐くと、腕の治療を始めた。
長袖を捲ると、皮膚は赤く爛れており、空気に触れて酷く痛む。
彼は精霊石を持って、呪文を唱える。
「我が身を成す物、あるべき姿を取り戻せ」
見る見る皮膚が再生し、何事も無かったかの様に元に戻った。
【戦利品判定】 負傷を治したコバルトゥスは、床一面に広がる液体を真面真面(まじまじ)と見詰める。
カシエが言っていた化け物とは、これの事だろうかと彼は思った。
(でも、カシエは『弱かった』って言ってたよなぁ……)
もしかしたら、カシエはコバルトゥスの想像以上に、腕の立つ冒険者になったのかも知れない。
思い返しても、彼女が傷を負った様子は無かった。
(カシエが凄いのか?
それとも俺が……、俺が大した事無いんだろうか?)
現在、冒険者を名乗る者は殆ど居ない。
これまで同業者と鉢合わせた事は、数える程も無い。
謙虚にならなければ行けないのかと、コバルトゥスは自信を失い掛けていた。
重苦しい気持ちで足を進めようとした所、視界に輝く物が映る。
(あの変な生き物の核だな……)
拾い上げて見ると、薄緑掛かった半透明の小さな石塊(いしくれ)だった。
大きさは指の先程度。
(水晶の原石か?)
美しいと言えば美しいが、如何程の価値があるかは判らない。
後でラビゾーに鑑定して貰おうと、コバルトゥスは石塊をコートの内に収めた。
耐久力:2.5
魔力:14 如何程の価値があるかは不明だが、一応お宝らしい物を入手出来たコバルトゥスは、少し安心した。
カシエの事もあり、2回連続で手振らで戻るのは辛過ぎる。
アメーバ状の生物が居た先に進むと突き当たりが見え、更に近付くと、その左右に道があると判る。
そして、突き当たりの壁面には、明らかに不自然な、扉型の凹みがある。
だが、押しても叩いても反応は無い。
精霊の気配を探ると、扉の向こうには地下へ続く空間がある。
壊して進もうとコバルトゥスは考えるが、扉は分厚い。
下手をすると、地下への空間が埋まってしまいそうだ。
ここでは彼の精霊魔法は、緻密な働きが出来ない為に、そうなる可能性は決して低くない。
(どこかに、これを動かす『機巧<カラクリ>』があるのか?
……カシエは仕掛けに苦労した様な事を言ってたな)
恐らくは、この階層に扉を開ける仕掛けがある。
それは右の道か、左の道か、それとも前に通らなかった道の先か?
耐久力:1.5
魔力:14 右に進むか、左に進むか、1つ前の分岐に引き返してみるか、3択です。 コバルトゥスは一つ前の分岐に戻って、通らなかった方の道を進んでみる事にした。
アメーバ状の生物を倒して水浸しになった場所を通過して、左右に道が分かれる丁字路に出る。
(俺は左側の道から、右折して来た。
こっちには上に続く階段があるだけだから、進むのは右……)
この先に何が待ち受けているのか?
罠だけでなく、「敵」の存在にも気を付けなければならない。
今の所は、何の気配もしないが……。
【行動表参照】 【通常判定】
丁字路を右折した先は、行き止まりだった。
右にも左にも道は続いていない。
(外れか?
いや、何かある……)
よく観察すると、右側の壁に1手四方の四角い石板が取り付けられている。
高さはコバルトゥスの腰の辺り。
(これが扉を開く仕掛け?
それとも罠?)
触って良い物かと、コバルトゥスは悩んだ。
取り敢えず、周囲を調べてみるが、罠らしい物は無い。
触った所で、罠が発動する可能性は低いが……。
【洞察力判定】 【成功】
コバルトゥスは思い切って、石板を押してみた。
しかし、何も反応は無い。
(これだと思うんだが……)
二度、三度と押してみても、少しも反応は無かった。
(何だ、これ?
釦と見せ掛けた飾りか?
そんな訳は……)
手の平で押すだけでは弱いのかと、拳で力任せに叩いてみても、やはり反応は無い。
(押しても駄目なら――)
もしかして押し釦では無いのかと、コバルトゥスは気付いた。
石板は壁から少し出っ張っている。
隙間に指の先を掛ければ、引き出せそうだ。
【力判定】 【成功】
コバルトゥスは両脚に力を入れて踏ん張り、石板を引いてみた。
「フンッ!!」
少しずつだが、石板は手前に引き出される。
「グオォォ……!」
数節動いた所で、石板は何かに引っ掛かった様に動かなくなった。
それと同時に、遠方で地響きの様な音がする。
コバルトゥスは力を抜いて、大きく息を吐いた。
(これで扉が開いた筈。
女の腕力じゃ、これを動かすのは難しかったんだろうなぁ)
カシエが仕掛けに苦労した理由を、彼は察した。
ここには他に見るべき物は無さそうだ。
本当に扉が開いたのか、コバルトゥスは確認しに向かう。
耐久力;0.5
魔力;14 先の分岐路に戻り、左折して真っ直ぐの通路を抜けると、突き当たりに穴が開いている。
穴の中には、更に地下に続く階段が見える。
(一応、下の様子を見てから、外に戻ろう)
コバルトゥスは階段を下り、地下4階に進んだ。
階段を一段下りる毎に、僅かではあるが、圧迫される感覚がある。
今の所は直接的な影響は無いが、気になる現象だとコバルトゥスは思った。
階段が終わると、その先には3つに分かれた道がある。
右と左と正面。
(この先は気になるが、今回は切り上げるとしよう)
疲労を感じたコバルトゥスは、ここで探索を止めて戻る事にした。
(今の所、余計な寄り道はしていない……と思う。
そう遠くない内に、カシエに追い付けるんじゃないか?)
勝手な想像ではあるが、何と無く、そんな気がした。
耐久力:0
魔力:14
【耐久力が尽きたので帰還】 コバルトゥスが洞窟から出ると、携行食を咥えたカシエが出迎える。
「バル、大丈夫?
疲れた顔してるけど」
心配して来る彼女に、コバルトゥスは心外だと平静に振る舞う。
「そうかな?
そんな疲れてないんだが」
アメーバ状の生物に少し苦戦した事を頭の中から消し去って、彼は強がった。
「余り無理しない様にね」
怪訝な顔で、そう告げたカシエは、コバルトゥスと擦れ違い、真っ直ぐ洞窟に向かう。。
どうしてカシエに心配されるのかと、コバルトゥスは納得が行かない気持ちだった。
逆に、洞窟に向かう彼女に忠告しようと思ったが――、
「君こそ――」
「何?」
「い、いや、何でも無い……」
思うだけで止(とど)まる。
自分の為体を顧みれば、先輩振って助言する事は躊躇われたのだ。
先輩と言うからには、何かしら先んじた部分が無くてはならないと、コバルトゥスは考えていた。
尊敬出来る部分が無い者に、敬意を払う事は出来ない。
それがコバルトゥスの思想。
今の自分はカシエに偉そうな事を言える立場では無く、故に先輩風を吹かせても嫌われるだけと、
理解しているのだ。 洞窟に入るカシエの背を見送ったコバルトゥスは、ラビゾーに近付いた。
ラビゾーは彼に声を掛ける。
「早かったな、コバギ。
今度は1針と少しだ。
梃子摺っているのか?」
「そんなに早かったんスか?
やっぱり、この洞窟は普通じゃないッスよ」
コバルトゥスは少なくとも1角は探索していた積もりだった。
ラビゾーは彼の言葉を否定しない。
「こんな所に財宝の洞窟があるってのも、よく考えてみれば変だよな?
態々地図を人に渡す『案内人』が居るのも」
「……罠なんスかね?」
コバルトゥスが真剣な表情で尋ねると、ラビゾーは両腕を組んで低く唸る。
「人を陥れる罠……の可能性もあるけど、そうじゃない可能性もあると思う」
「そうじゃない可能性って何スか?」
曖昧な物言いを怪しんだコバルトゥスが問うと、ラビゾーは困った顔で言う。
「魔法使いには変わり者が多いからな……。
この洞窟は先ず間違い無く、魔法使いが作った物だろう。
こんな僻地に人を呼んで何が目的なのかと言うと――」
「罠じゃないんスか?」
「他人を暇潰しに付き合わせる事を罠と言うなら、罠なんだろうな」
ラビゾーが何を言いたいのか分からず、コバルトゥスは困惑した。
「えっ、罠なんスか?
罠じゃないんスか?」
「『謎々<リドル>』は解いて貰う為にある。
クイズでもパズルでも同じ。
挑む者が無ければ、詰まらない。
そう言う事だ」
利いた風な事を言うラビゾーに対して、何が言いたいのやらとコバルトゥスは呆れた眼差しを向ける。 「そんな事より!」
その内に、詰まらない話よりも重要な事を思い出して、コバルトゥスは高い声を上げた。
「先輩、鑑定して貰いたい物があるんスけど!」
彼は浮き浮きしながら、洞窟内で拾った宝石らしい物をラビゾーに見せた。
「これ、幾ら位になりますかねぇ?」
「手に取って見ても良いか?」
ラビゾーが訊ねると、コバルトゥスは難色を示す。
「取っちゃったりしませんよね?」
「んな事する訳無いだろう」
基本的に、コバルトゥスは他人を信用しない。
ラビゾーとは長い付き合いで、その為人を知っているので、冗談半分ではあるのだが、
極自然に疑いの言葉が口を衝いて出て来る。
当人は、それを悪癖とは思っていないので、改善する見込みは無い。
コバルトゥスは小さな水晶の原石と思しき物を、ラビゾーに渡す。
「はい、よく見て下さい」
ラビゾーは携帯用の小型顕微鏡で、水晶を観察した。
「……これは水晶だな。
でも、天然の物じゃないみたいだ。
人工の水晶だと思う」
「人工の!」
共通魔法には分子の構成を変化させる物がある。
魔法で作られた人工の水晶には、特徴的な魔法陣の文様が結晶構造に残るのだ。 コバルトゥスの精霊魔法でも水晶を作り出せるが、それは土中からガラス質の物を選り集めて、
透明度を下げる不純物を取り除きながら、再結晶化させる物である。
この方法では不純物を完全には取り除けないので、色味に土地の特徴が残る。
分子一つ一つの配列を調整する様な精密な物では無いが、これは天然の物に酷似する。
そもそも彼は水晶を人工と天然で区別する感覚が無いので、見分けるも何も無いのだが……。
ラビゾーは顕微鏡での観察を続けながら言う。
「共通魔法で作られた物じゃないぞ……。
外道魔法絡みと思われて、売ろうとしても、買い手は付かないかもな。
水晶には違い無いけど、人工物は安く買い叩かれるのが普通だ。
大きさも小さくて、透明度も高くないし、一部欠けてるし、お世辞にも出来が良いとは言えない」
コバルトゥスは不安になって問う。
「……それで、幾ら位になりそうなんスか?」
「そうだなぁ、200って所か……」
それは余りにも安いと、コバルトゥスは憤慨した。
「そんな!
苦労して手に入れたんスよ!」
「労力をその儘価値に変換する事は出来ない。
成功に繋がらない努力は無意味だって、お前何時も言ってたじゃないか」
冷淡な反応のラビゾーに対して、何とか付加価値を高められないかと、コバルトゥスは知恵を絞る。
「実は、これ……『化け物<モンスター>』を倒して手に入れたんス。
半透明の粘着いた水……洟水とか卵白の塊みたいな奴で。
そいつの核だったんスよ」 それを聞いたラビゾーは顔を顰めた。
「嫌な譬え方をするなよ……。
ゼリー状とかアメーバ状とか、他に言い様があろうに」
「ええと、詰まり俺が言いたいのは……何か『貴重<レア>』な物じゃないかって」
「幾ら貴重でも『洟水の塊』て……」
「いや、そこは重要じゃないんスよ。
洟水ってのは飽くまで譬えで。
それに卵白とも言ったのに、何で洟水ばっかり取り上げるんスか?
俺が伝えたかったのは、この核が化け物を動かしてたって事実です」
必死に訴えるコバルトゥスだが、ラビゾーは疑う。
「本当に事実なのか?」
「多分……。
『これ』を攻撃したら、化け物の体が溶けて水みたいになって、これだけが残ったんで」
ラビゾーは顕微鏡を覗きながら唸った。
「フーム、フム、フム……。
魔法生物の『核<コア>』なのかな?
魔法的な機構が仕込まれているなら、好事家に高く売れ……ないな。
魔導師会に没収されるのが落ちだ。
他に魔法を研究している機関は無いし」
宝石としての価値は低く、魔法道具としても一般人には扱えないとなると、愈々売り場が無い。
コバルトゥスは数極思案して、こう提案する。
「魔導師会に売り付けるのは、どうッスか?」 だが、これにもラビゾーは良い反応を見せなかった。
「ある程度の値段で買い取ってくれるかも知れないが、入手元に関して聞かれるぞ。
どうせ、そんなに高くは売れまい。
高々数万MGと引き換えに、魔導師会に目を付けられちゃ、割に合わない。
普通の水晶として売るしかないが、そうすると価値が無い」
「だ、駄目ッスか?」
「あぁ、駄目だな。
どこに持って行っても、200MGが精々と言うか、下手をすると値が付かないかも。
水晶の主成分の『石素<クストン>』と『気素<スピラゲン>』は、有り触れた物だしな。
そこら辺の素人を騙して売るとか、自分で加工して綺麗に磨くとかしないと。
……それにしても、化け物の核だって言うから怖い。
何かの拍子に活動を再開しないとも限らない訳だろう?」
ラビゾーの言う通り、未知の魔法が仕込まれているなら、化け物が復活する可能性もある。
その懸念を払拭する為には、再構成する他に無いのだが、そうすると益々価値が無い。
暗い顔で俯いて黙り込み、本気で落胆するコバルトゥスに、ラビゾーは同情的な声を掛ける。
「200MGと言うのは、市場価格の話だ。
普通に店で売ろうとすれば、その程度の価格にしかならない。
但し、僕が個人的に買い取るなら話は別だ」
コバルトゥスは希望を持って目を輝かせる。
「そうだなぁ……。
500MGで買い取ろう」
そして、ラビゾーの一言で再び落胆する。
「吝嗇(ケチ)ぃッスよ」
「2.5倍だぞ。
500MGあれば、僕の手元にある品の幾つかを買う事が出来る」 コバルトゥスは深い溜め息を吐いて、ラビゾーに尋ねた。
「何が買えるんスか?」
「携行食が300MG、傷を治す軟膏が400、後は方位磁針が300、燐寸が1箱100、
魔力式の懐中電灯が200、短剣が400、魔力探査機が300、伸縮式ロッドが500、
安い革の『篭手<アーム・ガード>』が片方400、作業用防護手袋が1組400……。
買える物は、こんな所だな。
あ、安物の時計もあるぞ。
300MGだ」
どれを買おうか、コバルトゥスは悩んだ。
彼は先ず不要そうな物から選別する。
「短剣は要らないッス。
篭手や手袋も安っぽくて、何か好かないッスねぇ。
懐中電灯も結局魔法を使うんなら、自前の魔法で事足りますし。
これ、所謂『魔力石<エナジー・ストーン>』は付いてないんスよね?」
「ああ、魔力石が付いてたら、もっと値段が高い。
飽くまで共通魔法の発動を補助する物だ」
精霊魔法使いであるコバルトゥスは、余り共通魔法を好ましい物と思っていない。
共通魔法使いは精霊を殺すと理解している。
「この魔力探査機ってのは?
只の棒切れってか、針金に見えるんスけど」
「名前の通りだ。
比較的安価で魔力を通し易い銅合金で出来ている。
これを手に持っていると、魔力に反応して動くと言われている。
どうも使う人の魔法資質が高くないと効果が無いらしく、魔法資質の高い人は魔法を使って、
自力で探知するから不要なんだが、一応補助器具の役割は果たすとか……。
僕は使わないから判らないが」
さて、何を買おうか、売るだけで買わずに取っておくのか、それとも水晶を売らずに持っておくか、
コバルトゥスは考える。 コバルトゥスが買う物を決めて下さい。
中には無意味な物もあります。
何も買わなくても良いです。 「……時計と燐寸を下さい」
コバルトゥスは暫し迷ったが、その2つを購入する事にした。
時計があれば、洞窟の中でも時間の経過が明確に判る。
狂わされているのが、自分の感覚なのか、それとも時空その物なのかも……。
知った所で何になる訳でも無いかも知れないが、少なくとも1つの謎は解ける。
「分かった」
ラビゾーは時計と燐寸の箱をコバルトゥスに渡した後、耐火布で作られた巾着型の小銭入れから、
100MG硬貨を差し出した。
「どうも」
コバルトゥスは小さく頷き、時計と燐寸をコートのポケットへ、硬貨は懐の革の財布に収める。
一泊置いて、彼はラビゾーが水晶をどうするのか気になって尋ねた。
「所で先輩、その水晶どうするんスか?」
「知り合いの魔法使いに見て貰おうと思う。
何か使い道があるかも知れない」
そう言ったラビゾーは、水晶を小銭入れとは別の革の小袋に入れた。
小袋の表面には蔓草に似た奇怪な文様があり、魔力を封じる呪文の文様ではないかと、
コバルトゥスは推察する。
恐らくは、効果が不明な未知の、乃至、幾らか危険性のある魔法道具を保管する為の物。 それからコバルトゥスは両目を閉じて、呼吸を静め、体力の回復に努める。
一口に回復魔法と言っても、体力の回復と、負傷の回復は別物だ。
普段は疲れない様に、体力を回復させながら行動するのだが、洞窟の中では精霊を捉え難い。
だから、こうして洞窟の外――精霊の存在を十分に感じられる場所で、休息する必要がある。
瞑想するコバルトゥスに、ラビゾーは話し掛ける。
「コバギ、喉が渇いたり、腹が減ったりしないか?」
コバルトゥスは目を瞑った儘で答える。
「喉の渇きは平気ッス。
俺、水筒持ってますし、水の精霊に呼び掛ければ、何時でも補充出来ます」
「じゃあ、心配無いな」
「いや、腹は減るんスけどね」
如何に魔法でも空腹だけは凌ぎ難いと、彼は白状した。
それは暗に食い物を寄越せと要求しているのだが、ラビゾーは冷たい。
「携行食は沢山あるから、幾らでも買って良いぞ」
「……やっぱり買わなきゃ行けないんスか?」
「当たり前だろう」
他愛も無い会話で時が過ぎる。 ラビゾーは時計を確認した。
「そろそろ、カシエさんが入ってから1針だ」
未だ瞑想を続けていたコバルトゥスは、少し反応が遅れる。
「ん、カシエが?
あぁ、そうッスね」
彼は余りカシエを心配しなくなっていた。
一体どうした事かとラビゾーは怪しむ。
「心配じゃないのか?」
「いや、全然心配じゃないかって言うと、そうでも無いんスけど……。
俺が一々気を揉んでも仕様が無いんじゃないかって。
今は他人の事より、自分の事ッスよ。
未だ、お宝も手に入れてないんスから」
コバルトゥスの言い分を聞いて、ラビゾーは頷いた。
「そうだな。
勝負の事もあるしな」
今の彼には他人の事を考えている余裕は無い。
だが、自分の事で頭が一杯と言う訳でも無い。
正しく「カシエを信頼している」のだ。
彼女を駆け出しと侮って無用な気を回す事を、コバルトゥスは止めたのである。 1針半が経過して、カシエは地上に戻って来た。
その表情が、どこか悩まし気だったので、コバルトゥスは気になって声を掛ける。
「お帰り、カシエ。
どうしたんだい?
顔色が優れないけど」
彼女は真顔でコバルトゥスに忠告する。
「気を付けて、バル。
5階層目からは重い空気が場を支配してる。
特に、貴方の魔法資質だと……」
これでは丸でカシエが「先輩」だと、コバルトゥスは苦笑いした。
「あぁ、有り難う。
気を付けるよ」
カシエはコバルトゥスの応答に小さく頷いたのみで、彼の前を通り過ぎてラビゾーの横に移動し、
崩れ落ちる様に腰を下ろした。
そして、大きな溜め息を吐く。
探索で余程疲れたのだろうと窺える。 カシエは気怠そうにベルト・ポーチから小さな宝石を取り出して、ラビゾーに見せる。
「鑑定、お願いします」
「ああ」
それを受け取ったラビゾーは、顕微鏡で宝石を観察した。
「これは綺麗な紅水晶だ。
フムフム、結晶の中にコバギが持って帰った水晶と似た文様が、透けて見える……。
もしかして、これは化け物を倒して手に入れた物?」
彼の問いに、カシエは項垂れる様に頷く。
「蝙蝠みたいなのが、落として」
「宝石を核にして、色んな魔法生命体を造り出しているのか」
詰まる所、洞窟内の生物は魔法使いが生み出した「宝の番人」と言う訳だ。
コバルトゥスは2人の会話に興味を持って割り込む。
「先輩、それ見せて貰えませんか?」
ラビゾーは僅かに躊躇いを見せ、余り気乗りしない様子で宝石を渡した。
コバルトゥスは眉を顰めて言う。
「そんな心配しなくても、取ったりしませんよ」
「どうかだなぁ……」
「意地悪言わないで下さい。
前の事は謝りますから」
互いに冗談めかして笑い合う彼等の姿を、カシエは羨まし気に見ていた。 コバルトゥスは紅水晶を天に翳し、透かして見る。
「……何が呪文なのか皆式判らないッスねぇ」
「知識が無いと判別は難しいからな」
暫しコバルトゥスは紅水晶を観察していたが、やがて飽きてラビゾーに返す。
ラビゾーはカシエの方を向いて、彼女に言った。
「大体3000MGって所かな。
どうします、カシエさん?」
「ええ、売ります。
その分で補充をお願いします」
「分かりました」
自分の水晶は買い叩いたのに、カシエの水晶は高く買うのかと、コバルトゥスは不満を持った。
水晶の質が違うのは事実なので、それを口に出したりはしないが……。
(先輩を驚かせる程の物を見付けてやる。
それが『冒険者』としての実力の証明にもなる)
独り心内で決意して、コバルトゥスは洞窟に向かった。
その背に向かって、ラビゾーが声を掛ける。
「コバギ、もう大丈夫なのか?」
「ええ、余り消耗しなかったんで。
今度は、もっと良い物を持って帰りますよ」
そう宣言して、コバルトゥスは洞窟に入った。 探索を再開する場所を決めて下さい。
地下4階から始める場合は、右、左、真ん中の、どの道を進むかも決めて下さい。 コバルトゥス
探索3回目
調子:好調
耐久力:11
魔力:16 洞窟に入ったコバルトゥスは、直ぐに時計の時間を確かめた。
時刻は南東の時半角を指している。
(これが正確な時刻かは判らないな。
経過が判り易い様に、針を戻しておこう)
彼は時計の摘み(竜頭)を回して、丁度南東の時に合わせた。
本当に時計が動いているか確かめる為に、時計を耳に当てると、時を刻む音がする。
(良し)
コバルトゥスは階段を下りて、下層を目指した。
地下2階に着くと、コバルトゥスは時間を確認する。
(2点……って所だな。
1階層自体は広い訳じゃないし、道も罠も判っているし、こんな物か)
同様にして、地下3階でも確認。
(合わせて、3点経過。
特に奇怪しな所は無いと思う。
問題は、地上に出た後か)
少し歩き、地下3階の最初の分岐路に出て、ここの階段前には仕掛けがあった事を、
コバルトゥスは思い出した。
(もう1回、仕掛けを動かさないと行けないか?
それに化け物が復活しているかも知れない)
彼は気配を探ってみるが、前回の様に何かが居る感じはしない。 コバルトゥスは真っ直ぐ階段まで向かってみる事にした。
気配はしなかった物の、化け物に奇襲されないか年の為に警戒していたが、何事も無く階段に着く。
化け物は再配置されていなかったし、仕掛けも動かされていた。
(カシエが通った後だから……?
いや、何か変だな。
それじゃ俺が仕掛けを動かしたのは一体?
カシエも俺も同じ道を通ってる筈。
それなのに、丸で『同じ構造の別の洞窟』を攻略していたみたいだ)
考えても分からないと、コバルトゥスは疑問を置いて、地下4階への階段を下りた。
(……やっぱり少し圧迫感がある。
深い階層に行くに連れて、洞窟全体の魔法的な仕掛けの効果が強くなっている?)
不安は多いが、足を止めずに移動する。
地下4階の3分岐で、時計を再々確認。
(4点経過。
1針まで後1点。
今から探索を始めて、地上まで戻る時間を考えると、最短でも3針は経過する。
さて、どうなってる事やら)
コバルトゥスは時計を懐に収めると、分岐路を真っ直ぐ進んだ。
耐久力:10
魔力:16
【行動表参照】 【有利判定】
地下4階の空気は、それまでの階層よりも重く湿っている様に感じられる。
苦手な暗闇の中で自分が気弱になっているのか、それとも先程から続く圧迫感の所為なのか、
コバルトゥスには判別が付かない。
暫く道を歩くと、突き当たりに出会す。
そこで道は左右に分かれている。
どちらへ進もうかとコバルトゥスは足を止めた。
【洞察力判定】 【失敗】
そこで彼は違和感を覚えたが、その正体が何かまでは掴めなかった。
精霊の声を聞いて周囲を探りたい所だが、謎の圧迫感の影響か、精霊の声が聞こえ難くなっている。
コバルトゥスは仕方無く、精霊石を取り出して、訊ねてみる事にした。
(精霊よ、教えてくれ。
ここには何が隠されている?)
本当に精霊が言葉を発する訳では無いが、どこか怪しい所があれば精霊が反応する。
【再判定】 【成功】
精霊石は正面の突き当たりの壁に、何かあると訴えていた。
コバルトゥスが壁に近付くと、淡く輝く格子状の魔法陣が浮かび上がる。
どうやら彼の精霊魔法に反応した様だ。
(何だ、これは……)
見た事も無い魔法陣を、彼は呆然と見詰めて溜め息を吐く。
(罠?
それとも上の階みたいに、先に進む為の装置か?)
触れて良い物やら迷い、格子の1本1本を静かに観察する。
それは檻の様にも棋盤の様にも見える。
【魔法知識判定】 【失敗】
これを解明出来る知識を、コバルトゥスは持ち合わせていなかった。
取り敢えず、直接手で触れる事は止めておく。
(精霊の力で、どうにか出来ないか……?)
コバルトゥスは壁から少し距離を取り、再び精霊石を手にして、精霊に語り掛けた。
「I1EE1・J3K1B7D67――……」
見えざる精霊の手が、コバルトゥスの代わりに壁に浮かんだ文様に触れる。
そうすると、精霊が触れた部分の格子が動いて、格子の図形が変化する。
【再判定】 【失敗】
罠では無さそうだと、コバルトゥスは察した。
(罠じゃないなら、先に進む為の仕掛けかな?)
そう当たりを付けて、彼は素手で格子状の文様を弄り始める。
しかし、文様は変化する物の、どう解いた物か分からない。
(適当に構ってたんじゃ駄目かぁ……)
コバルトゥスは両腕を組んで文様を睨み、小さく唸る。
「ムゥ……、どうした物かなぁ」
耐久力:10
魔力:14 解けるまで再挑戦するか、諦めて他の道を進むか、決めて下さい。
再挑戦には魔力を1消費します。 冒険者として挑戦しよう(罠に掛からなければ魔力は余りがちだし) ここを避けては先に進めないと直感したコバルトゥスは、どうにか解いてやろうと知恵を絞った。
長らく魔法陣を見詰めながら、格子を動かしていた彼は、突如閃く。
「あっ!」
格子が図形から外れそうな事に気付いたのだ。
【これ(↓)が】
┌┼┼┬┬┼┐
│┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼│
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┤
└┼┴┴┼─┘
【こんな感じ(↓)に】
┌┼┼┬┬┼┐
│││││┼┼────
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼│
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┤
└┼┴┴┼─┘
一度要領が分かれば、後は簡単だった。
格子を外せるだけ外すと、最終的に長方形が2つ並んだ、両開きの扉の様な図形が残る。
(それで……?
これから、どうするんだ?)
コバルトゥスは少し考えて、扉の形をしているのだから、格子と同様に縦か横に動くのではと思った。 そこで頭に浮かんだのが、「引き戸」である。
ここはボルガ地方なので、ダブル・ドアよりもスライディング・ドアの方が一般的だ。
最後の仕上げの積もりで、コバルトゥスは図形の扉を開く。
……所が、何度やってみても動かない。
開かずに右か左に動くのかと試してみたが、何も変わらない。
上下にも動かない。
(えぇ、ここまで来て詰まるのか……)
引き戸では無いのかなと、今度は押してみるも反応は無い。
(時間を掛けさせるだけの罠だったとか?)
そんな馬鹿な事は無いだろうと、コバルトゥスは図形の上から壁を叩いた。
(この壁は精霊の力を遮断している。
壁の向こうに何があるのか、判らない様にしてるんだ。
絶対に何か隠してある。
そうじゃないと困るぜ……。
押しても駄目なら――)
彼は悪足掻きに図形の扉を手前に引いてみようとするも、平面の図形をどう引っ張れば良いのかと、
手を止める。
(もしかして――)
数極考え、コバルトゥスは思い付きを行動に移してみた。
注目したのは、図形を両開きの扉の様に見せていた真ん中の棒。
(これが『取っ手』か!)
淡く輝く棒状の「取っ手」に指を掛けて引くと、重い手応えがある。 両開きの扉に似た図形は、魔法の取っ手だった。
それを確り掴んで引くと、壁と完全に同化していたドアが浮き出る。
平面だった壁に切れ目が入り、滑らかに手前に動く。
石壁のドアは、その厚さの割に驚く程軽い。
これも魔法の仕掛けなのだろう。
「フー……」
難問から解放されたコバルトゥスは、大きな溜め息を吐いた。
嫌に手間取ってしまったが、今は気にしない事にする。
とにかく、これで前に進めるのだから。
ドアの先を覗き、魔法の明かりで照らしてみると、更に下に続く階段が見えた。
(この先は地下5階か)
予想通り、これが先に進む道に繋がる仕掛けだった事は嬉しいが、彼はカシエの忠告を思い出す。
(彼女は重い空気が何とか言ってたな。
何にせよ、行ってみれば判るだろう。
行ってみれば……)
彼の胸を幽かな不安が過ぎる。
耐久力:10
魔力:13 この階層の探索を続けるか、思い切って地下5階に進むか、選択して下さい。
この階層の探索を続ける場合は、どの分岐から調べるかも選んで下さい。 コバルトゥスは一度深呼吸をして、気合を入れた。
(良し、行くぞ!)
そして扉を潜った後で、ある事実に気付いて立ち止まる。
魔法の扉は手を離すと、自動的に閉まる様になっている……。
勝手に鍵が掛かっては堪らないと、彼は扉を片手で押さえつつ、挟む物を探した。
幸い、ここは洞窟の中。
適当に土や小石を閊えさせておけば、完全に閉まる事はあるまいと考える。
足元を見ると、丁度拳大の石が転がっている。
それをコバルトゥスは閉まって行く扉に咬ませた。
石が確り扉を食い止めたのを確認して、コバルトゥスは階段を下りる。
耐久力:9
魔力:13 階段を一段下りる度に、コバルトゥスは圧迫感が強くなって行くのを感じた。
(……凄い不快感だ。
気分が悪くなる)
カシエの言っていた事は本当だったと、彼は自らの胸元を押さえながら認める。
この不快感は、「自然とは異なる魔力の流れ」を魔法資質が鋭敏に読み取ってしまい、
発生する物である。
他の感覚で譬えるなら、不快な雑音や激しい明滅に近い。
余りの不快さに、コバルトゥスは精霊石の力を使う事を躊躇わなかった。
自分の周囲だけでも、精霊魔法の流れで支配する事で、不自然な魔力の流れの影響を薄める。
これは有効な手段ではある。
常に魔力を消費する事を除けば。 階段が終わると、真っ直ぐの通路が続いていた。
見た目だけは、これまでと余り変わりが無いのだが、コバルトゥスには暗さが増した様に感じられる。
地下深くに来たと言う事実と、不快な魔力の流れが、そう錯覚させるのだ。
時計を確認すると、1針が過ぎていた。
(未だ1針なのか、もう1針なのか、判んねぇなぁ)
溜め息が漏れる。
(嫌な所だ。
ここから先、こんな感じなのか……。
一体どこまで続いてるんだ?
そんなに深くないと良いが)
洞窟の静かさは相変わらず。
虫一匹存在しない通路を、コバルトゥスは独り歩く。
彼は度々足を止めて、背後を振り返る。
暗闇の恐怖が彼の精神を圧迫する。
耐久力:8
魔力:12 暫く歩くと、突き当たりがあった。
道は右側に折れている。
上の階にあった隠し通路の様な物は無い。
今の所は罠も無い様だが、こんな所で重傷を負う様な罠に嵌まれば、命が危ういと彼は警戒する。
「敵」に遭遇する事も避けたい。
どちらにしろ、今は道形に進む事しか出来ない。
コバルトゥスは微かな音も聞き逃さない様に、呼吸を静め、足音も消して移動する。
耐久力:7
魔力:11 右折して少し進むと、分岐路があった。
真っ直ぐ続く道と、右折する道がある。
どちらの道からも、何の気配も感じられないし、差異も判らない。
それは魔力の流れが乱れている所為なのかも知れないし、本当に何も無いのかも知れない。
今のコバルトゥスには、その判断が出来ないのだ。
(参ったな、こりゃ……。
直感も働かない。
運に任せるしか無いってのか?)
コバルトゥスは小さく唸った。
耐久力:6
魔力:10 彼は真っ直ぐ進もうと決心する。
周囲を警戒しながら、1歩ずつ足元を確かめる様に移動する。
行く先に危険な物が待ち構えていない事を願いながら。
【行動表参照】 【成功】
暫く歩いたコバルトゥスは、数身先で再び道が右折している事に気付いた。
(今度も右折か……)
忍び足で曲がり角の先を慎重に覗き見る……と、踏み出した足の下が少し沈む感覚があった。
(罠か!?)
罠を踏んでしまったのかとコバルトゥスは焦るも、何も起こらない。
(……足を退かしたら、ドカンって事は無いよな)
地雷でも埋められているのか、彼は魔法資質で足下を確かめたが、危険そうな物は無い。
しかし、ここまで罠は無く、そろそろ配置されているのではないかと予想。
(不気味だ。
素早く動けば、罠が発動しても避けられるか?
深手を負いたくはないが、未だ余裕のある今なら魔法で回復出来る)
罠では無いと断じる事は出来ない。
(1、2の3!!)
コバルトゥスは勢いを付け、低く地面に飛び込む様に前転した。
機敏な動作で一回転して振り向き、周囲の様子を窺う。
(……何も起きない?)
洞窟内は変わらず静寂が支配している。 コバルトゥスは立ち上がると、服を叩いて土汚れを落とした。
(罠じゃなかったのか?
それとも不発だっただけ?
大きな仕掛けの一部って事も……。
どうなってんのかな)
彼は真顔で考え込み、もう一度踏んでみようかと思うも、それで罠が作動したら馬鹿みたいだと思い、
今は先に進む事にした。
耐久力:5
魔力:9 又少し進むと、この階層2度目の分岐点に差し掛かる。
真っ直ぐ続く道と、右に折れる道。
右の道には何があるかと覗き込もうとした所、再び足が僅かに沈んだ。
(わっ、又だ!)
2度目なので、驚きや焦りは控え目だが、罠の可能性を完全に排除する訳には行かない。
(これで罠なのか、そうじゃないのか、明確になる筈だ)
コバルトゥスは先と同様に、飛び込み前転で素早く仕掛けから離れた。
(……やっぱり何も起こらないじゃないか)
一体何の為の物なのかと、彼は怪しむ。
(今度も不発って事は無かろう。
油断を誘っているのかも知れないが……)
幾ら考えても、分からない物は分からない。
コバルトゥスは小さく息を吐くと、進むべき2つの道を交互に見た。
先の分岐と同じく、幾ら感覚を研ぎ澄ましても、どちらの道からも有益な情報は何も得られない。
耐久力:4
魔力:8 (こっちにしよう、何と無く)
コバルトゥスは真っ直ぐ進む事にした。
少し歩いて、彼は自然と注意が足元に向いている事に気付く。
(下ばっかりじゃなくて、上も気を付けないと行けないか?
上から何か降って来ないとは限らないしなぁ……。
吊り天井とかあるかも)
少しだけ沈む奇妙な地面は、足元を警戒させて他への注意を疎かにさせる為の仕掛けなのかと、
コバルトゥスは考えた。
(本当に、そうなのか?
分かんねえなぁ……)
そんな調子で暫く歩いていると、突き当たりに土壁が見える。
道は右に折れており、分岐路は見当たらない。
これまでの経験から、ここにも少しだけ沈む地面があるのではと、コバルトゥスは予想した。
しかし、曲がり角まで来ても、そんな様子は無い。
(……ん?
ここには無いのか?
それとも踏み外した?)
彼は肩透かしを食って、靄々した気持ちになる。
耐久力:3
魔力:7 角を曲がると、少し先に障害物の気配があった。
道の真ん中に、大きな物が置かれている。
だが、完全に道を塞いでいる訳では無く、狭い隙間がある。
(岩石が置かれているのか?)
設置物は周辺の土壁と類似した、硬い物質である事も解る。
前進して近付いてみると、やはり岩石の様だ。
(障害物にしては雑な置き方だな)
周辺の壁や天井に大きな窪みは無く、剥がれ落ちた物では無い。
徒の岩石ではあるまいとコバルトゥスは怪しみ、慎重に接近した。
【行動表参照】 【失敗】
約2身の距離まで近付いた所、岩石が動き始める。
それと同時に、高速の石礫がコバルトゥスに襲い掛かった。
【戦闘能力判定】 【回避失敗】
即座に防御姿勢を取ったコバルトゥスだが、石礫を回避する事は困難だった。
動きの制限される洞窟内で、散弾の様に散(ば)ら撒かれる石礫。
更に魔法資質も思う様に利かないのだから、これは仕方が無い。
ここが広い地上で、何の妨害も無ければと、コバルトゥスは恨まずには居られない。
礫は彼の服の上から、痛烈な打撃を浴びせる。
頭部は何とか庇えた物の、腕に2発、脚に1発。
骨が折れたのでは無いかと思う程の衝撃がある。
コバルトゥスは「敵」を睨んだ。
手足の生えた、大人の男性よりも大きい岩石の塊が、丸で番人の様に立ち開(はだ)かっている。
(石の怪物!?
こいつも魔法生命体か!)
自分に不利な環境で、傷を負って戦い続けるのは得策では無いと判断したコバルトゥスは、
撤退する事にした。
幸い、相手は動きが鈍そうだ。
打撃を受けた己の手足は痛みはする物の、走駆に支障がある程では無い。
耐久力:0
魔力:6
【耐久力が尽きたので撤退】 コバルトゥスは急いで1つ上の階層まで走った。
石の怪物が追って来る様子は無い。
階段を上り切って、強い圧迫感が弱まったと同時に、彼は安堵の息を吐く。
(フー、やれやれ、治療しないと)
服の上から打撃を受けた所を触ると、強い痛みがある。
(大丈夫、折れてはいない。
恐らく痣になっているだけ)
コバルトゥスは自己診断して、精霊魔法による回復を試みた。
「F3CG3A4・H2F1H4C5――」
彼は呪文を唱えながら移動する。
幾らか緊張が緩んだ所為か、打撃を受けた箇所が痛み始めるが、魔法の効果で徐々に治まる。
とにかく地上に出る事が優先だと、コバルトゥスは真っ直ぐ来た道を戻った。
これまでと同様、障害となる物も、敵と遭遇する事も無く、無事に彼は帰還する。 洞窟から出たコバルトゥスを、カシエが出迎える。
「お帰り、バル。
頬っ辺、どうしたの?」
彼女はコバルトゥスに歩み寄り、その頬に手を添えようとした。
「頬が、どうしたって?」
コバルトゥスは反射的にカシエの手を払い、自分で頬を撫でてみる。
しかし、特に変化は感じないし、手にも何も付いていないので、何の事を言われているのか解らない。
カシエは怪訝な顔をして言う。
「傷が付いてるよ」
石礫が掠ったのだろうと、コバルトゥスは理解した。
「何でも無い。
何とも無いから、大丈夫さ」
彼は強がりを言い、笑って見せる。
石の怪物に痛手を負わされ撤退した事を、正直に話す気にはなれなかった。
だが、カシエに忠告だけは確りする。
「それよりカシエ、俺の方は石の化け物に出会した。
多分、魔法生命体だと思う。
階層が深くなるに連れて、敵は手強くなるみたいだ」
「有り難う、心に留めておくね」
カシエは礼を言うと、コバルトゥスと擦れ違い、洞窟に入って行った。 コバルトゥスはラビゾーから少し離れた所で腰を下ろす。
それをラビゾーは不審の目で見つつ、彼に話し掛けた。
「何か見付かったか?」
コバルトゥスは沈黙して答えなかった。
何も得られずに、魔法生命体から逃げ戻って来たと正直に告白する事は、躊躇われたのだ。
彼の反応でラビゾーは察したのか、それ以上は問うて来なかった。
気不味い沈黙が続く。
体力と精霊石を回復しながら、この空気を変えられる話題を探していたコバルトゥスは、
時計の事を思い出した。
徐に懐から時計を取り出し、現在の時刻を確認する。
(南東の時、4針。
……そんな物か)
これまで何角も探索していた気になっていたのは錯覚だったと、コバルトゥスは認めざるを得ない。
しかし、未だ洞窟内の時間の経過が地上と同じと決まった訳では無い。
彼は念の為、ラビゾーにも確認を求める。
「先輩、先輩!
俺が洞窟に入って出て来るまで、何針掛かりました?」
ラビゾーは緩慢な所作で、自分の時計を取り出す。
「あー、2針は掛かってないな」
その答を聞いたコバルトゥスは、思った通りだと笑みを浮かべた。 彼はラビゾーに近寄り、自分の時計を見せ付けた。
「先輩、これ見て下さい」
「どうした、壊れたか?
安物だったからなぁ」
時刻が全く合っていないので、時計が壊れたのかと誤解するラビゾー。
コバルトゥスは苦笑して訂正する。
「いや、そうじゃなくて、俺が洞窟に入った時には南東の時だったんスよ」
コバルトゥスが何を言いたいのか解らず、暫く困った顔をしていたラビゾーだったが、
やがて気付いた。
「あぁ、4針か……。
時計の進み具合が正常なら、時間が狂っている事になるな」
但しを付けるラビゾーに、コバルトゥスは眉を顰める。
「だから、狂ってるんスよ!」
彼は確信を持って断じるが、ラビゾーは頷かない。
「強い磁場の影響を受けているかも知れない。
特に時計の様な機械は狂い易いんだ」
中々の頑固者である。 コバルトゥスは不満を吐いた。
「どうして信じてくれないんスか?」
ラビゾーは困り顔で応える。
「信じていない訳じゃなくて……。
時間が狂っていようが、それは別に良いんだ。
僕に不都合がある訳じゃない。
でも、そう断じるのは早計じゃないかと」
「どうすれば納得してくれるんスか?」
コバルトゥスは意地でも洞窟の中は時間の流れが狂う事を、証明しようとした。
決して大袈裟に物を言っている訳では無いと、解って貰いたいのだ。
ラビゾーは少し考えてから言う。
「磁場が狂ってない事を証明出来たら良い訳だから……。
そうだな、方位磁針が狂っていなければ、証明になるかな。
方位磁針も狂い易いから、余り良い案とは言い難いけど、電磁気を発生させなければ……。
コバギ、時計を貸してくれないか?」
「どうするんスか?」
「いや、磁気で狂ったんなら、脱磁しないと行けないだろう?」
「だつじ?」
「磁気を取り除くんだよ」
機械に詳しくないコバルトゥスは、訳も解らない儘、時計をラビゾーに差し出した。 ラビゾーは詳しい説明をする。
「強い磁場に当てられると、金属部品が磁気を帯びてしまう。
そうすると精密な動作に支障が出るんだ。
正確に時を刻めない状態で、『今の時刻』だけを合わせても無意味だ」
彼は共通魔法で、時計の磁気を除去する。
脱磁の魔法は、主に機械を修理する技士が使う魔法だ。
それをコバルトゥスは黙って見物していた。
(知らない呪文だ。
弱い雷精が反応している。
これで磁気が抜けるのか……)
この程度なら自分でも出来そうだと、彼は思った。
「……これで良し。
コバギ、時計を持った事は無いのか」
ラビゾーは時計をコバルトゥスに返すと同時に尋ねる。
コバルトゥスは時計を受け取りつつ答えた。
「俺には精霊が付いてるんで」
精霊魔法使いである彼は、天体の動きや気温の変化で、大凡の時刻を把握出来る。
勤め人でも商売人でもないから、それで困った事は一度も無い。
明るい内に活動して、暗くなったら宿を探すと言う、原始的な生活をしている流れ者だ。 ラビゾーは眉を顰めて、口の端に微笑を浮かべ、小さな溜め息を吐いた。
その意味をコバルトゥスは考える。
「大多数の共通魔法使い」と同質の、「大人」としての自覚が無い事を笑われたのか?
それとも「狭い社会の常識」に囚われない事への羨望なのだろうか?
どちらにしても、コバルトゥスは今の自分を変える積もりは無い。
その後、暫しコバルトゥスはラビゾーを見詰めていたが、やがて堪え兼ね、自ら尋ねた。
「あの、先輩……?」
「何だ?」
「方位磁針は?」
「あるぞ」
「いや、呉れないんスか?」
「何で?」
コバルトゥスは当然の様に、ラビゾーから方位磁針を渡して貰えると思い込んでいた。
「いやいや、方位磁針が無いと、時間の流れが狂ってる事の証明が出来ないじゃないッスか」
「別に僕は困らないが……」
「もしかして、買えと?」
「もしかしても何も、その通りだが」
ラビゾーは呆れて笑う。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています