『 帰ってきたミウたん 』



"十三… 十四… 十五… はい、確かに十五万円頂きました… それでは鍵は
お渡しします… "
不動産屋を出て商店街を抜ける 夏の日射しが照りつける丘の坂道
そこから見下ろす懐かしい風景 ほんの少し、大きくなった様な気がする
躑躅の木陰に、それは変わらぬ姿を佇ませていた
(……帰ってきた… 遂に帰って来ました… )
ミウたんの胸に熱い何かが込み上げる
『お帰りなさい… 』
確かにそんな声が聞こえた気がした
"ただいま! "
ミウたんの凛とした声が響いた…



"今どき高校位出なければ、まともな就職先なんて無いぞ… "
担任は親身になって何度もミウたんを諭した そもそもおつむの出来は
イマサン位な生徒ではあるが、出来の悪い子程なんとやら… な思いで
あったのだろう
幼い頃に母を亡くし、父の男手1つで育て上げられたミウたん
その父も、彼女が中学に上がる頃に突如失踪する 身寄りの無い、今のミウたんにとって、頼れる大人は保護者代わりの民生員のおばさんと、この担任位な物である
"先生、私、夢があるんです! その夢を叶える為に東京へ行くんです! "
卒業式の明くる日、ミウたんは見送りに来た、その親代わりとも言うべき
担任と民生員のおばさんに、何度も何度もお礼を述べ、東京行きの鈍行電車に
飛び乗った 住み慣れた街が遠くなって行く 雄大な日本海に沈む大きな太陽…
記憶の奥に虚ろな姿を残す母、大好きだった父… 2人との想い出の背景にも、
幾度となく現れたそれは、今も変わらず美しくも猛々しい姿を見せていた
結局、乗る電車を間違えていて、到着したのは夜の大阪… 途方に暮れ、
疲労と不安から独り、新大阪駅前で号泣し、警察に保護され、
担任が遥々車で四時間駆けて迎えに来てくれ、翌朝改めて旅立ちの仕切り直しに
なったのも、今となってはいい想い出だ そんなミウたんの、
東京での暮らしを支えた、ボロくとも愛おしい、一軒のあばら家…



『ギィィィィッ…… 』
元々、立て付けの悪かった玄関の板戸 今、改めて見て見れば、ただのベニヤ板を
打ち付けただけの様にも見えるそれは、
数ヶ月ぶりの使命の重責に耐えかねたかの様に悲鳴を上げた
埃… カビ… 湿気… 古い家屋独特のすえた匂い… ミウたんにとっては
母親の香りにも似た、懐かしき香りが鼻を突く