多ジャンルバトルロワイアル Part.17
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ここは様々な作品のキャラを使ってバトルロワイアルの企画をリレー小説で行おうというスレです。
みんなでワイワイSSをつないで楽しみましょう。一見さんも、SSを書いたことのない人も大歓迎。
初投下で空気が読めないかもしれない? SS自体あまり書いたことがなくて不安?
気にせずにどうぞ! 投下しなくちゃ始まりません。
キン肉マンのラーメンマン先生曰く「最後に勝負を決めるのは技(SSの質)ではない! 精神力だ! 心だ!」
リレー小説バトルロワイアル企画とは……
原作バトルロワイアル同様にルールなし、特定会場で最後の一人が生き残るまで続くという企画です。
キャラをみんなでリレーし、交わらせ、最後の一人になるまでリレーを行う、みんなで物語を作るスレです。
ここしか書けない、このキャラしか書けないという人も分かる範囲で書けるし、
次どうなるかを期待して次の人にバトンを渡すこともできます。
全ての作品を知りつくてしなければ参加できない企画ではないので、興味が沸いたらぜひ参加を!
詳細ルールに関してはこちらを
ttp://www44.atwiki.jp/tarowa/pages/13.html
〜予約、トリップについて〜
予約する際はトリップをつけてしたらばの予約スレに書き込んでおいてください。
トリップのつけかたは、名前欄に #の後に半角8文字以下、全角4文字以下の好きな言葉を打ち込んで書きこんで。
したらばに予約するのは、「他の人が書いてるから避けよう」という心理を利用し、予約だけして放置することで
企画を妨げる「予約荒らし」という行為を防ぐためです。予約期間は5日(120時間)ですが、
間に合わないからもうちょっと伸ばして!という報告があればさらに2日予約期間を追加(48時間)できます。
したらば(予約などいろいろな時にご利用を)
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/11918/
wiki(まとめサイトです)
http://www44.atwiki.jp/tarowa 俺はまだ、あいつをぶったぎってないからな』
「そうだ、だから……!!」
シャドームーンを倒す、殺す――ヴァンとゾルダがその思いを一つにした事で、ゾルダのアルターに変化が起きた。
ヴァンのエゴが反映された、白い機体。
推定頭頂高24.8m、本体重量unknown。
“神は裁き”と名付けられた、元囚人惑星エンドレス・イリュージョンを統率したオリジナル7の内の一機。
「『Wake Up……ダン!!!!』」
その機体の名は、ダン・オブ・サーズデイ。
重火器を捨てたその体は、マグナテラよりも更に速い。
シャドームーンの回避にすら追い付き、その頭上に大剣を振り翳す。
一際大きな地響きが起きた。
シャドームーンの双剣がダンの剣を防ぎ、その重量によって足場が砕けたのだ。
しかしシャドームーンの四肢はなおも大剣による一撃を支えている。
「『うぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』」
ヴァンとゾルダの叫びが重なり、ダンの出力が増大する。
無尽蔵のエネルギーを注がれていたにも関わらずシャドーセイバーが軋み、二振りが同時に折れた。
だが即座にシャドームーンは両腕を交差させ、落ちてきた大剣を受け止める。
「貴様……!!」
「これで、落ちろッ……!!!」
シャドームーンの腕の強化外装に亀裂が走る。
そして足場が更に砕け、シャドームーンが片膝を着いた。
「この私が、膝を!?」
シャドームーンは驚愕の声を上げ、シャドーチャージャーからビームを発射する。
ダンは跳躍してそれを躱し、更に上昇していく。
――FINAL VENT――
ゾルダがカードをベントインする。
ゾルダサバイブのファイナルベントは、マグナテラが戦車へと変形して砲撃と共に敵に体当たりするというもの。
そのマグナテラがダンと一体化した今、そのカードを使うなら。
ファイナルベントは別の形を取る事になる。
ダンが跳ぶ。
天井の存在しない空間の中を上へ上へと跳び、やがて止まる。
一度目の決着の時と同じ、上空約二百メートル。
違うのは、ダンが変形したという点。
その形は、一本の剣だった。
オリジナル7の機体が大気圏に突入する際に取る形態である。
普段は宇宙にある機体が地上に降りる時、わざわざ剣の形を取る事には意味がある。
囚人惑星エンドレス・イリュージョン。 地球――“マザー”と呼ばれる星の犯罪者を収容するのが、この惑星の元々の役割であった。
そしてオリジナル7は、そこに住む囚人達を統治するべく開発された機体。
その形状によって囚人達に畏怖を知らしめ、反乱の意志を奪ったのだ。
今、眼下にいるのは囚人ではない。
相手の姿形で恐れ慄くような敵ではない。
しかし“神は裁き”の名に従い、ダンはシャドームーンに断罪を下す。
遙か下、一滴の血痕のように見えるシャドームーンに向けてダンが急降下する。
この攻撃を、シャドームーンは避けないだろうという確信があった。
膝を着けられた相手。
その相手の最大の攻撃を避ける事は、シャドームーンの矜持が許さない。
遠くから見ればそれは、一筋の流れ星のようであっただろう。
巨大な一振りの剣が、落ちる。
そして再び双剣を生成したシャドームーンがそれを迎え討つ。
その瞬間の衝撃は境界の向こう、nのフィールドの先の扉さえも破壊する程のものだった。
空間の境界は最早意味を成さなくなり、穴だらけになった景色の中で、魔神と大剣が意志をぶつけ合う。
シャドーセイバーが持ち堪えたのはほんの数秒だった。
シャドームーンは折れた剣を放棄し、その両腕で剣の突進を受け止める。
シャドービームがダンの巨体を包むように襲うが、その勢いに衰えは微塵もない。
対するシャドームーンの赤い強化外装は既に剥がれ、露出した人工筋肉から火花が飛び散っている。
「何故……私が、二度までも……!!」
『てめーは俺が!!!!
ぶっ殺すっつっただろうがぁあああああああぁあああああああああッ!!!!!!』
ビームの出力に、ダンの装甲が砕けていく。
しかしゾルダはその一撃に注力する傍ら、翠星石の如雨露が作った水溜まりからミラーモンスターを出現させた。
一体や二体ではない。
先程シャドームーンに破壊されたモンスターを除く全てである。
――UNITE VENT――
核となるのはマグナテラ、即ちダン。
ミラーモンスター達を新たな鎧として纏い、ダンは更なる突進力を得る。
しかしダンが強化される程に、二つのキングストーンが輝きを増していく。
ダンの破損が進み、ゾルダの体が灼かれていく。
「この創世王に、勝てると思うな!!!」
「それでも俺は……!!」
諦められるはずがない。
既に、願ったのだ。
誰より強く命の音を鳴らし、叫ぶ。
「俺は、『明日』が欲しいんだよッ!!!!」
それはV.V.にバトルロワイアル開催を決意させた、始まりの一言だった。
最初の『願い』だった。
ズドン、と。
大剣が地面へと突き立った。
そして半拍遅れ、赤い腕が落下する。 “究極の王”となったシャドームーンは、転がった左腕を呆然と見詰めた。
「……この、創世王の……腕が」
それまでの轟音が嘘だったかのように、辺りは静まり返っていた。
風一つなく、ただ変わり果てた景色と大破した大剣が、戦いの激しさを物語っている。
大剣――ダンは動かない。
そしてゾルダもまた地に伏し、起き上がる事はなかった。
▽
カシャン、カシャン、カシャン。
シャドームーンは一人、歩を進める。
左肩から先を失いながら、それでもその神々しさは薄れない。
「……」
切断された肩が再生しない。
それだけが少々気に掛かったものの、創世王は歩みを止めない。
倒れたゾルダにとどめを刺すべく為に。
だがその前に、立ち塞がる影があった。
「シャドームーン!!!! …………さん!」
上田だった。
勇ましく呼び掛けようとしたものの、途中で怖くなってさん付けに変えてしまった。
しかし図体こそ大きいものの、誰よりも小心者にして小物だった上田が、たった一人で王と対峙している。
これだけで一つの奇跡である。
「き、君に願いはないんだろう。
わざわざ私達を殺して、自在法と呼ばれるものに頼る必要もないはずだ。
私達が負けを認めれば、そそ、それで充分なんじゃないか?」
完全に腰が引けている。
だが上田は何とか生き残ろうとして、シャドームーンを相手に交渉しているのだ。
しかしシャドームーンの視線は冷ややかだった。
表情は読み取れないのだが、冷ややかとしか思えなかった。
「上田、次郎。
随分早い段階から、私の視界の端でうろついていたな」
上田がシャドームーンと遭遇してしまったのは、第一回放送前の事である。
この場に残っている誰よりも早く接触し、その脅威を目の当たりにしている。
故に、当然、分かっているのだ。
「貴様達を全員殺す事でのみ、私の矜持は満たされる。
運良くここまで生き延びた貴様なら、それも分かるだろう」
丸腰というわけではなく一応腰にブラフマーストラを差しておいたものの、抜けるような状況ではない。
上田は尻餅をつき、震えながら後ずさる。
シャドームーンが歩みを再開し、上田に向けて手を翳した。
「北岡、上田、ありがとう」
少年の声がそこに割り込んだ。
上田が四つん這いになって逃げ出すと、代わりに狭間偉出夫がシャドームーンに相対す。
「皆のお陰で、僕はまだ戦える」
「……二刀流か」 狭間が携えるのは二振りの刀剣。
贄殿遮那――そして、ヒノカグツチ。
「いいや……僕が使うのはヒノカグツチだけだ」
狭間は目を閉じ、そして決別する。
それまで狭間と重なり合っていた黄色の影が狭間から離れていき、狭間の隣りに立った。
そして、その言葉を口にする。
「……“Alter”」
己のガーディアン、【魔人】イフブレイカーを触媒として『向こう側』の世界にアクセスする。
そして顕現するのは、参加者の一人。
軽小坂高校の制服に身を包んだ男子学生、蒼嶋駿朔だった。
「行くぞ、蒼嶋。
ふざけた“もし”をぶっ壊しに」
狭間がヒノカグツチを構え、蒼嶋は贄殿遮那を握る。
終わりは確実に、近付いている。
▽ 戦場の事を気に掛けながら、狭間は上田が指し示した場所に向かっていた。
魔力の残りは随分少なくなり、体も目蓋も重い。
常に気を張っていなければ意識を手放してしまいそうになる。
だが北岡が戦っている今、止まってなどいられない。
そして『そこ』に、辿り着いた。
――……我は――
呼び掛けられた。
北岡も、つかさも、上田も、近くには居ない。
蒼嶋の声でもない。
だがその声の主ははっきりしている。
見覚えのある――身に覚えのある剣が、そこに刺さっていた。
――――我は魔剣ヒノカグツチ……天津神ヒノカグツチの力が込められし剣なり……
――――我を引き抜きし者に我と我が力与えん……
『おうおう、懐かしいもんがあるじゃねーか……』
蒼嶋にとっては二度目となる、ヒノカグツチとの遭遇。
志々雄真実の手に渡って以降猛威を振るい続けたその剣は、ここで再び主の訪れを待っていた。
この剣を手にする資格が自分にあるのかと、狭間は思わず自問する。
守ると決意したものをことごとく失って、弱さを露呈するばかりの自分。
それでも今更退けないと、ヒノカグツチの柄を握る。
――――お主はよき守護者に恵まれたな。
心なしか、優しい口調だった。
狭間は喉元にこみ上げた思いを飲み込んで、その声に応える。
「……ああ。
僕も、そう思うよ」
――――その力をもてば我を引き抜く事出来よう。
ここで得られたものを。
ここで失われたものを。
振り返っている時間はない。
狭間は静かに、ヒノカグツチを抜いた。
『イケるだろ、狭間』
「当然だ、蒼嶋」
狭間がこの剣を手に取るのは初めてだった。
一度は自分を貫いた剣。
忌々しいと思っていた剣。
しかし手にした途端、力が漲るのを感じる。
「……蒼嶋。
もし、北岡でもシャドームーンを倒せなかったら。
その時は――」
『好きにすればいいだろ。 気にすんな』
北岡は無意識の海で得た記憶を使い、『向こう側』の世界へとアクセスした。
それは同じものを見た狭間にも可能である。
そして狭間がアルターを発現する時。
その触媒として最も適したものは――
『俺はお前と一緒に“もし”をぶっ壊す為についてきたんだ。
それで済むなら、安いもんだろ』
一度触媒に使ってしまえば、もう元には戻らない。
だがそれでもいいと、蒼嶋は言う。
『小難しい事ばっか考えやがって。
そんな話してる場合かっての』
「……それも、そうだな。
それなら僕も、何も言わないさ」
『それでいいんだよ。
さっさと行こうぜ』
少年は――少年達は、再び戦場へ向かう。
真の創世王が待つその場所へ。
▽
ガーディアンを失った事で狭間は弱体化した。
その代わり今は、隣りに信頼し合えるパートナーがいる。
自立稼動型アルターとなった蒼嶋がシャドームーンへと肉薄し、狭間がそれを魔法で援護する。
だが、片腕になったとは言えダンの出力で漸く戦いが成立していた相手である。
贄殿遮那による一撃はシャドーセイバーによって容易に止められ、弾かれ、鍔迫り合いすら成立しない。
「ジオダイン!!」
最速の雷撃がシャドームーンに命中。
シャドームーンがたたらを踏み、その間に蒼嶋が後退する。
「……?」
シャドームーンが訝しむように己の肉体を見下ろす。
その隙に蒼嶋が再び飛び掛かって刀を振るった。
何度挑んでも完全に防がれてしまう。
だが「シャドームーンが防いでいる」時点でないかがおかしいと、狭間は感じ取っていた。
ただ受け止めただけで斬鉄剣を折る程の硬度を誇るシルバーガード。
贄殿遮那が折れる事はないとしても、当たったところで傷を付けられるはずがないのである。
ならば、今は防がなければならない理由がある――それは勝機を見出すには充分な要素だった。
シャドーセイバーが贄殿遮那と衝突した瞬間、狭間はシャドームーンの左側へと回り込む。
脇腹をめがけてヒノカグツチを突き出すが、シャドームーンは身を逸らしてそれを回避。
カウンターの蹴りを腹へと叩き込まれ、狭間は体を浮かせた後に足場を転がった。
しかしすぐに起き上がり、再度距離を取った蒼嶋と共にシャドームーンを睨み付ける。
「まだ分からないようだな。
貴様らは何も掴めずに虚空に消える」
「何度も言わせるな……消させない」
ヒノカグツチを杖にして立ち上がる。
痛みと疲労に支配されても、苦しくても、思い出の中にある仲間が支えてくれている。
「皆と一緒に、生きる」 殺し合いに乗っていたミハエル・ギャレットを、彼が信奉していたカギ爪の男を、肯定するつもりはない。
しかし彼らの思想の一部は確かに真実を捉えていた。
その人を忘れなければ、その人は死なない。
共に生き続けられる。
「僕は皆と同じ夢を――……いや」
――夢で終わらせないで。
参加者である六十五人には含まれない、ハカナキ者達のうちの一人。
ほんの数秒だけの邂逅を果たした、レナの友達――狭間の友達。
彼女の『願い』に報いる為にも。
「僕は生きて、皆と同じ『明日』を見る」
カシャン、と足音が一つ。
これ以上の会話を無駄と判断したのか、今度はシャドームーンが攻めへと転じる番だった。
目に映らない程の速度で踏み込み、蒼嶋の体に袈裟掛けに一撃を見舞う。
一瞬早く後退した為傷は浅く済んだが、直後にシャドームーンが投擲したシャドーセイバーが蒼嶋の肩へと突き刺さった。
「アギダ――」
詠唱の暇さえ与えず、狭間の顔面を鷲掴みにするシャドームーン。
狭間は掴まれた状態のまま、地面へめり込む程の力で頭部を叩き付けられた。
「ごっ……ぁ……!!」
視界が明滅して意識が飛びかける。
だが気を失えばアルターを維持出来なくなる為、歯を食い縛って思考を繋ぎ留めた。
蒼嶋がシャドームーンに蹴りを入れようとするが、シャドームーンは狭間を蒼嶋に向かって投げ付けた。
蹴りを中断して無理矢理狭間を受け止めた為、二人でもつれ合うように転がされてしまう。
そして冷徹な声が紡がれた。
「シャドービーム」
短い攻防の間に蓄えられたエネルギーが光を放ち、狭間と蒼嶋の体を灼く。
アルターと本体の両方に攻撃される狭間は、痛みを二重に味わう事になる。
だが逆に、狭間の精神さえ保てば蒼嶋は痛みを感じる事なく動ける。
シャドービームが止まるのを待たず、蒼嶋がシャドームーンの間合いへと飛び込んだ。
『おらぁぁぁああああああああッ!!!!』
勢いに任せた一撃は届かず、シャドームーンが新たに生成したシャドーセイバーが贄殿遮那を遙か遠くへと弾き飛ばす。
そして徒手空拳となった蒼嶋の胸にシャドーセイバーが突き刺さる。
しかし蒼嶋はしがみつくようにしてシャドームーンの腕を掴み、そのまま固定。
シャドービームを注ぎ込もうと離れない。
そして蒼嶋の背後から現れた狭間がヒノカグツチを突き出した。
シャドームーンの全身を守るシルバーガード。
ヒノカグツチはそれを突破し、シャドームーンの腹を貫いた。
「……」
シャドームーンの蹴りが蒼嶋を引き離し、自由になった拳で狭間を殴り倒す。 ヒノカグツチが刺さったままの状態であっても痛みはないようで、未だ倒れる様子はなかった。
だが変化は確実に訪れている。
「……何が、起きている……?」
外から見て見て分かる程に、シャドームーンは狼狽していた。
突き立ったヒノカグツチを見詰め、抜こうという素振りもない。
神の力を宿した剣。
それでも――この装甲を、貫けるはずがない。
「メ、ギ――」
狭間が血を吐きながら体を起こす。
詠唱が終わるのは、我に返ったシャドームーンが手を翳すのと同時。
「――ドラ、オン!!!!」
「シャドービーム!!!!」
両者の間にあった距離は五メートルに満たない。
その状態で放たれた最大呪文と高エネルギーのビームの衝突に、狭間の体は遠く吹き飛ばされた。
全身を包む痛み。
メギドラオンに残るほとんどの魔力を注ぎ込み、既にアルターを維持出来るだけの力も残っていない。
それでも立ち上がり、拳を握る。
そこにまだ、シャドームーンが立っているからだ。
ヒノカグツチは未だ刺さったまま。
全身から細く煙が立ち、時折火花を散らす赤き魔神。
今のシャドームーンには余裕がない。
苦しいのはお互い様である。
カズマのような自慢の拳ではない、他者とまともなケンカをした事もない小さな拳。
だが、たった一つ残された狭間の武器。
僅かに残った蒼嶋の力を込め、腕を振り上げる。
「おおおおお!!!!」
掠る気配すらなく避けられる。
大きく隙を作った狭間に対し、シャドームーンは容赦なくシャドーセイバーを振るった。
しかし狭間は姿勢を低く落とし、シャドームーンの反撃をスレスレで回避する。
不格好な戦いだった。
だがあのカズマとて、技術があったわけではない。
かなみやクーガーと出会うまで、家族すら持たなかった。
金もなければ学もない、立派な名前すらない。
拳しか持っていなかった。
だから、ただ気に入らない奴をぶん殴る。
だから、ただ生きる為にぶん殴る。
ひたすらに、ひたむきにシンプルな生き方だった。
その強さを知っているから、狭間も己の拳を信じた。
「そうだ、シャドームーン。
僕は――」
がむしゃらに拳を振るう。
シャドームーンの必殺の一撃からかろうじて逃れながら、思いを吐き出す。 「僕は、お前が――」
孤独な王。
誇りの為に全てを敵に回し、たった独りで戦い続けた新たな創世王。
元は魔神皇であった狭間には、シャドームーンの在り方を理解出来た。
たった一人で在り続ける。
狭間に出来なかった事をしていたシャドームーンを、羨ましいとは思わなかった。
だがその矜持に敬意を示した。
羨ましくはなくても――凄いと、純粋に思ったのだ。
そして理解出来るからこそ、尊敬に近い念を覚えるからこそ、「許さない」と言った。
同族嫌悪に近い感覚を、覚えていた。
だから『魔人皇』として必ず決着をつけると宣言したのだ。
対する『人間』狭間偉出夫は。
魔神皇でも魔人皇でもない、肩書きを捨てたただの人間は。
言葉を飾る事なく、素直に思ったままを叫ぶ。
北岡が既に口にしていたように。
他の者が気負いなく言っていた事を、狭間偉出夫は漸く言葉にする事が出来た。
「僕はお前が気に入らなかったんだ!!!」
シャドームーンの一撃を躱し、間合いの奥まで踏み込む。
腕をしならせ、拳を弓のように引き絞る。
そして蒼嶋の力と思いを拳に重ね、一撃を見舞う。
「『うおおおおおおぉぉぉおぉぉおおおおおおおおおおッ!!!!!!!』」
狭間の拳がシャドームーンの頬を穿つ。
衝撃が空間全体を揺らし、絶対の王であるはずのシャドームーンの体が傾いだ。
「……!!」
シャドームーンの仮面に亀裂が走る。
狭間の渾身の一撃は、確かにシャドームーンに届いていた。
シャドームーンは拳の威力に押されて一歩後ずさる。
そして狭間は力尽き、そのまま倒れ込んだ。
立っているシャドームーン。
倒れた狭間、消滅した蒼嶋。
結局、拳を届かせるのみ。
仮面に僅かな傷を入れるのみで、シャドームーンを倒す事は叶わなかった。
シャドームーンは動かない。
数秒間動きを止め、それからゆっくりと手を頬へと当てる。
「…………?」
七つの賢者の石を得たシャドームーンのシルバーガード。
アルターの力があったとは言え、生身の人間の拳で罅など入るはずがない。
「何、だ……?」
シャドームーンの手が震え出す。
手の力が緩み、シャドーセイバーが地に落下して刺さった。
「これは……」 狭間に殴られた頬が変色する。
血の如き赤から、鈍い銀へ。
そしてその色が水面に落ちた絵の具のように広がり、全身が元の銀色へと戻っていく。
のみならず肩の突起は崩れ、触角は刃を失い、塞がっていたはずの全身の傷が再び姿を見せた。
左半身は人工筋肉すら失って骨格を残すのみであり、立っている事すら困難な様相だった。
シャドームーンの傷から噴き出すように溢れるのは緑と赤、二色の光。
ローザミスティカと太陽の石の光だ。
二つのキングストーン、そして五つのローザミスティカをその身に取り込むには、シャドームーンは傷付き過ぎていた。
度重なる戦闘は確実にシャドームーンを蝕み、傷は体内の奥深くにまで達していたのだ。
それがダンとの戦闘で全力を出した事をきっかけに、綻びを生む。
そして狭間の小さな一撃が決定打となり――ダムが決壊するように、終わりが始まった。
「く……」
綻びが広がり、やがて致命的な崩壊へ。
翠星石の最期を焼き直すように、シャドームーンのシルバーガードに亀裂が広がっていく。
「くっく……」
だが、笑う。
低く、重く、究極の王の威厳を欠片も損なわず。
バラバラと剥がれ落ちていく装甲。
左足を引きずり、なお動く。
手を伸ばし、シャドーセイバーを握り直す。
「それでも、貴様らを殺す力は残っているぞ……!!」
あと一撃あればシャドームーンを倒せるだろう。
だがその一撃は、遠い。
身動きを取れず、狭間は伏したまま唇を噛み締める事しか出来なかった。
王に立ち向かえる者は、もう残っていない。
「シャドームーン、さん」
戦える者がいなくなった戦場で。
最後にシャドームーンの眼前に立ち塞がったのは狭間でも北岡でもなく。
「もう、終わりにしませんか」
柊つかさだった。
▽
つかさが手に握るのは、一丁の銃。
ルルーシュ・ランペルージを殺害した始まりの銃。
北岡がつかさに持たせまいとして持ち続けていたそれを、つかさは自分の意志で手に取った。
引き金に触れる指も、足も震えている。
恐怖で、疲労で。
しかし疲れたからと、敵が怖いからと――撃つ事が怖いからと。 そんな理由で膝を折るわけにはいかなかった。
「小娘……人間如きが作ったその武器で、この創世王を止められると傲るか!!」
「止めます!!
だって……皆が、好きだから……っ!」
体の芯から凍え、声が震える。
足が動かない。
逃げる事も出来ない。
もう立ち向かうしかないのだと、つかさは真っ直ぐにシャドームーンを見詰める。
カシャン、ずるり、カシャン、ずるり
半ば鋭さを失った足音は、それでもつかさの恐怖を煽るに充分だった。
握っていたシャドーセイバーを落とし、それでも前進する。
一歩ずつ接近してくるシャドームーンに対し、つかさは引き金を絞る事が出来ない。
生きている皆を守る為には、死んでいった皆を消させない為には、撃つしかないと分かっていても。
シャドームーンの手が伸びる。
大きな掌がつかさの視界を侵食していく。
そしてそれはつかさの鼻先で止まった。
膝からくず折れるシャドームーン。
全身がガクガクと痙攣し、火花が激しく飛び散った。
しかし、崩壊の速度が緩み出す。
太陽の石が暴走してローザミスティカが反発する中、元々シャドームーンが持っていた月の石が持ち堪えているのだ。
月の光を受けたキングストーンが崩壊する肉体の修復を行い、終わりを遅延させている。
シャドームーンは立ち上がろうとしていた。
否、遠からず必ず立ち上がる。
誇り高い究極の王は例えその身を失おうと、ここにいる四人を殺すまで戦いを止めはしない。
戦いを見ていただけのつかさでも、それは理解出来ていた。
だから――撃つしかない。
「もう……」
撃つしかないと、理解している。
「もう、ここで終わりにしませんか……?」
それでもつかさは、諦められなかった。
シャドームーンが何人も参加者を殺害していても。
目の前で翠星石の命を奪ったばかりであっても。
これからも人間と分かり合う気がないとしても。
「私は……シャドームーンさんとだって!
寄り添って、生きたい……!!」
泉新一とミギーが築いた信頼を知っている。
田村玲子の生き様を、ストレイト・クーガーの生き様を知っている。
その美しさを知っているから、諦められない。
だからつかさは、銃を下ろした。 つかさはただの女子高生だった。
ギアスを持たず、関わった事もない。
惨劇に立ち向かった事も、アルターに触れた事も、刀を振った事も、ライダーに変身した事もない。
事件を起こさず、解決もせず、姉妹で殺し合う事もない。
生まれ育った豊かな土地で幸せに生き、魔法も錬金術も夢物語。
悪魔も、パラサイトも、死神も知らない。
バトルロワイアルに巻き込まれた事もなく、紅世の徒を相手取った事もない。
「誰が相手だって、死んで欲しくない……!
だって、死んじゃったら!!」
他のどの参加者よりも、平和な人生を送ってきた。
だからつかさには、覚悟を決められなかった。
「死んじゃったら……もう、会えない……っ」
覚えてさえいれば、その人はいつまでも心の中で生きている。
きっとそうだ。
そうでなければ悲しい。
けれど、死んでしまったら。
会えない。
「おはよう」も「また明日」も。
「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えない。
一緒に食事をする事も、同じ景色を見る事も、ケンカも仲直りも出来ない。
一度はギアスによって、一度は自らの意志によって引き金を引いてしまったつかさだからこそ、その重さを知っている。
「もう嫌なんです……だから!!」
「この私に命乞いをしろと……!?
図に乗るな人間!!!」
「違います、私は……今は仲良く出来なくても、いつか――」
シャドームーンが身を乗り出し、つかさの左腕を掴む。
瀕死のはずのその手は万力の如く、つかさの細い腕を締め上げた。
つかさは痛みに上げそうになる悲鳴を飲み下し、その手を振り払う事なく堪える。
右手に持った銃を上げる事も捨てる事も出来ず、膠着する。
「この創世王を憐れむか……ッ!」
「一緒に生きたいと思って、何が悪いんですかッ!!」
平行線を辿る。
シャドームーンにとっては敗北よりも――人間の、それも無力な少女に手を差し伸べられる事の方が屈辱となるはずだ。
つかさの声は届かない。
「貴様の周りを見るがいい……」
シャドームーンの背後には無数の穴が空いていた。
度重なる戦闘で境界は傷付き、既に意味を成していない。
そしてその先の扉さえ破壊され、それぞれの世界の姿を見せている。
KMFが駆けるビル群。
混乱の時代を乗り越えた明治の町並み。
宇宙の吹き溜まり、乾き切った荒野。
少女が錬金術の店を切り盛りするのどかな村。
一つ一つに、人々の生活が息づいていた。
「分かるだろう、小娘」
筋肉と骨が軋みを上げる。
このままでは千切られると、知識の乏しいつかさにも理解出来る。 「私はこれらの世界の全てを支配する」
南光太郎が阻止しようとしていた、ゴルゴムによる支配。
それが今視界に映る全ての世界に広まってしまう。
それでもつかさは、決断を下せない。
シャドームーンの言葉に、目に入る世界の景色に、思考が鈍る。
どうすればいいのかと。
どうしたいのかと。
必死に答えを探そうと記憶の糸を辿り、気付く。
この景色の中に足りないものを。
シャドームーンを前にしながら、つかさは振り返る。
ゆっくりと視線を後ろへと逸らしていくと、後方にもやはり数多くの穴が空いていた。
そしてつかさの背後の穴の先にあったのは、学校だった。
軽小坂高校ではない。
陵桜学園高等学校――つかさが妹や友人と共に通う母校。
友達の顔が、教師の顔が、皆で楽しく過ごした日々が、記憶の波となって押し寄せてくる。
「その世界も、私が支配する」
「ッ……!!」
下へ向けていた銃口が揺れる。
揺さぶられる。
それでも――撃てなかった。
「っめて、下さい……!
何で、どうしてそこまで!!」
「私がゴルゴムの王だからだ」
「説明になってません!!」
シャドームーンに食って掛かる。
諦められずに食い下がるが、シャドームーンの立つ場所は余りに遠かった。
「シャドームーンさんにだって、大事な人はいるんじゃないんですか……!
杏子さんや克美さんの事は、もういいって言うんですか!!」
「!!」
つかさの前で。
シャドームーンが初めて、仮面の上からでも分かる程に動揺した。
つかさの腕を掴んでいた手がつかさの首へと伸び、圧迫を始める。
「貴様が、貴様がその名を口にするか……!
貴様に何が分かる!!!」
「ぁっ……か……」
心を失ったはずのシャドームーンが激昂する。
互いの額がぶつかり合う程の距離でシャドームーンが叫ぶ。
つかさが必死にその手を剥がそうとしても外れない。
「どんなに姿が変わっても、あの二人の事をいつまでも思っている……!!
だが、それがどうした!!
私はゴルゴムの王、創世王だ!!!」
途切れる事のない痛みと呼吸出来ない苦しさで、目蓋が重くなっていく。
シャドームーンの声が更に遠のいていく。
「死ね……その後すぐに、貴様の仲間も貴様と同じ場所へ送ってくれる!!!」 つかさが目を見開く。
つかさの次は上田で、狭間で、北岡で。
当たり前の事だった。
その当たり前の事が――絶対に許せなかった。
シャドームーンの手を引き剥がそうとしていた左手をそのままに、右手だけで銃口を上げる。
視線の先にあるのは刺さったヒノカグツチのすぐ下、シャドーチャージャー。
そこに埋め込まれ、一際強く輝く月の石。
素人の腕。
震える手。
力の入らない指。
それでもこの距離なら、外れようがない。
「撃たないなら思い知らせてやろう……貴様全員の存在を、この創世王の手で消し去ってくれる!!!」
そしてその一言が、つかさに引き金を引かせた。
翠に輝いていた月の石に弾丸が突き刺さる。
崩壊を止めるものがなくなり、シャドームーンの右腕が崩れ落ちた。
撃っていいのは撃たれる覚悟がある者だけ。
撃って後悔するぐらいなら、悲しむぐらいなら、銃など初めから持つべきではない。
けれど。
それでも。
「ごめん、なさい……」
柊つかさは、弱さを露呈した。
例え大事な人達の為であっても、『明日』の為であっても。
ただの少女であるが故に、撃った事を後悔した。
ばらばらと装甲を失っていくシャドームーン。
だが倒れ込むように、仮面をつかさの額へ接触させる。
触れ合う程の近さで、シャドームーンはつかさへの怒気を露わにした。
「ならば聞け、小娘……いや、柊つかさ!!
そして忘れるな……!!!」
銀が失われていく。
だが翠の複眼はいつまでも憎悪を放つ。
「私が……この私こそが、創世王シャドームーンだ!!!!」
目の前で壊れるシャドームーンを、つかさはその目に焼き付けた。
仮面が崩れ去り、一瞬だけ見えた秋月信彦の顔と共に全てが砕けて消えた。 最期に見せた表情は、つかさだけが知っている。
つかさだけが見届けて、見送った。
「ごめ……ん、なさ、い」
嗚咽に途切れる声で紡ぐ。
シャドームーンへ、撃つ事しか出来なかったと。
仲間達に、死んだ者達に、最後まで強くある事が出来なかったと。
誰も彼女を止める事は出来ず、か細い声が謝罪を続ける。
「ごめんなさい……ごめんなさ、い……ごめん、なさい……」
物語の最後の決着は、劇的なものではなく。
ただ少女に消えない傷を残し、静かに幕を下ろした。
【シャドームーン@仮面ライダーBLACK 死亡】
▽
つかさは座り込んだまま泣き続けた。
しかしすぐに、そうはしていられない事に気付く。
緩やかな振動。
徐々に激しさを増し、目を回す程になっていく。
地震――しかしここは、つかさの常識で測れるような空間ではない。
度重なる戦闘の結果、崩壊が始まったのだ。
「き、北岡さん、狭間さん、上田さ――」
立ち上がろうとして足場が崩れる。
白い空間から暗い闇の中へと落ちていく。
手を伸ばすが、周りの足場も全てが崩壊して落下を始めている。
為す術なく、落ちるだけだ。
「そんな、――!?」
肩を掴まれて浮遊感を味わう。
振り返ると蝙蝠型のミラーモンスターがつかさを支えていた。
「ダークウイングさん……?」
シャドームーンに破壊されずに残っていたモンスター達は全て、ユナイトベントによってダンと同化していた。
ダークウイングがいる、そしてつかさに味方しているならば、北岡がカードを解除して新たな命令を出しているはずである。
戦闘を遠目で見ていたつかさはユナイトベントが使われた事までは知らないが、北岡の生存を確信するには充分だった。
「ダークウイングさん、北岡さんの所まで連れて行って――」
そこでつかさは気付く。
限られた光源の中ではあるが――ダークウイングの翼は深く傷付いていた。
ダンと同化した状態でシャドービームを受けた為である。
羽ばたいてはいるが上昇する事はなく、つかさと共に速度を落としながら少しずつ落下していく。
数十秒か、数分か。
疲れ果てて眠ってしまっていたつかさは水の音で目を覚ました。
そこは一度訪れた、V.V.のメモリーミュージアム。
ラプラスはあの第二会場の真下にこの空間を形成していたらしい。 V.V.の姿はない。
シャドームーンが命を落として殺し合いが終わった時点で、宣言通り自壊したのだろう。
「北岡さん!! 狭間さん!!!」
ダークウイングは着水すると共に消滅してしまった。
辺りは薄暗く、限られた視界の中でつかさは仲間の姿を探す。
しかし闇雲に歩き回るのも危険かと、その場から動く事が出来ない。
何より足が、重い。
シャドームーンに掴まれた腕と首は未だ痛み、それが嫌が応でもシャドームーンの最期を思い出させる。
寂しさに、後悔に、暗く落ち込んでいく。
そんな中、光が完全に遮られた。
見上げても何が起きたのか分からない。
しかし『それ』が降りてくると、つかさの表情はパッと明るくなった。
「無事だったんですね……!」
北岡、狭間、そして上田。
三人を背負って降りてきたドラグブラッカーは、ダークウイングと同様に消えてしまった。
全ての契約モンスターを失ったゾルダはブランク体となり、その変身も解除された。
無意識の海に落ちる北岡と狭間。
沈まないよう、つかさが二人の肩を支えて声を掛けるもののどちらも目を開かない。
一人ほぼ無傷だった男も必死に叫ぶ。
「北岡さん、狭間さん……!」
「二人共、しっかりするんだ!!
Why don't you do your best!!!
死んでしまうとは情けない!」
「そんな、嫌……もう……もう、こんなの……っ」
つかさの涙がはらはらと北岡の頬に落ちた。
北岡の目蓋が震え、開く。
目を見開いて驚くつかさに、北岡は力なく微笑った。
「……あのさ、二人共悪いんだけど……死んでないから」
「僕もな」
北岡は横になった姿勢のまま手を持ち上げ、気だるそうに振って見せる。
狭間が残った僅かな魔力で自分と北岡にディアを使い、申し訳程度に傷を回復させた。
「僕にはまだ、やる事がある。
こんな所では死ねないな」
「俺だって。
それに……あの連中と、一緒にしないでよね」
自分の命を捨てて戦って、自分の命を犠牲にして他人を守った英雄達。
北岡は、それと同類扱いされるのはまっぴらだった。
「俺はあの連中みたいになんてなりたくないし……なれっこないんだから、さ」
安堵の息を漏らす一同。
戦いの意志を持つ者はなく、既に最終戦の幕は下りた。
しかし管理者を失ったこの世界もまた、崩壊を始めていた。
▽ 崩壊していくメモリーミュージアム。
遥か遠くでは足場である水底が崩れ、そこから無意識の海が溢れ落ち始めていた。
水かさは徐々に減り、大腿の半ばに届いていた水面は膝程の高さまで下がっていた。
「出口はあるのか……?」
「……今、考えている」
上田の不安げな声に、狭間は苦々しく答える。
シャドームーンと戦っていた始まりの場所は、全ての世界に繋がる場所だった。
そこから落下して着いたという事は、このミュージアムもまた全ての世界に繋がっている。
ならばこの崩壊するミュージアムから安全な場所に移る方法はどこかにあるはずだ。
しかし、その方法が見付からない――正しくは実行出来ない。
空間に穴を空けるような力が残っている者は、ここにはいないのだ。
狭間にはマッパーを使うだけの魔力すら残っていなかった。
それに外に出られたとして、どこに向かうのか。
nのフィールドにドールの案内もなく飛び込むのは自殺行為だ。
故に狭間は持てる知識を総動員する。
レナの願いに応える為に、皆で帰る為に。
出る方法を、出る場所を考える。
しかし空間の崩壊は刻々と進み、仮定は立てる度に否定されていく。
「? これは――」
一同が袋小路に追い込まれる中、狭間の眼前で水面が光り出した。
黄昏の扉の赤い光とは違う、絵の具を幾つも混ぜたような虹色の輝き。
満月のような真円を描く――nのフィールドの出入り口。
ガラスや水溜まりと同様、この無意識の海もまた鏡面として成立するのだ。
そこから少女がひょこりと顔を覗かせ、飛び出した。
「ローゼンメイデン第二ドール、金糸雀かしら!」
得意げに日傘をくるりと回し、明るい口調と声で堂々と名乗り挙げた一人のドール。
小さな体躯に黄を基調とした豪奢なドレス、癖のある語尾、愛くるしい顔立ち。
名乗られずともすぐに翠星石らの姉妹であると分かった。
狭間が垣間見た彼女達の記憶を辿ってみても、確かにそこにはこの金糸雀の姿がある。
「ふっふっふぅ、ようやくここまで来られたかし、――」
しかし彼女がその出入り口から一歩出れば、あるのは当然の如く水面。
足を踏み外し、金糸雀は呆気なく顔面から水中に突っ込んだ。
「――らぁぁっ!!」
素っ頓狂な声を上げて水に落ちた金糸雀を、狭間達は口をぽかんと開けたまま眺める。
結局四人の中で一番体力に余裕のある上田が金糸雀を助け起こしてやった。
水から顔を出した金糸雀は、記憶の奔流に当てられて目を回しているようだった。
「うぅ、ありがとうかしら……。
お陰で、事情は大体分かったわ」
ふらつきながら立ち上がる金糸雀。
そして狭間、北岡、上田、つかさの顔を順に見回すとすぐにその表情は曇り、項垂れる。
「でも間に合わなかったみたい、かしら……」
翠星石はいない。
他のドール達も、既にいない。 偽りの姉妹である薔薇水晶ですら散っていった。
金糸雀の到着は、確かに遅すぎた。
「でも……良かったかしら。
こうして貴方達に会えたから」
「君は、僕達の味方なのか?」
「当然かしら!」
狭間の問いに、金糸雀が自慢げに胸を張る。
その周囲で六つの拳大の光球――人工精霊がチカチカと煌めきながら飛び回った。
ホーリエ、メイメイ、レンピカ、スィドリーム、ピチカート、ベリーベル。
常にドール達の傍らにいた人工精霊達だ。
「聞こえたの……翠星石達の声が。
翠星石達が、この場所を教えてくれたかしら」
翠星石がシャドームーンに敗れた瞬間、ローザミスティカが見せた最後の輝き。
それはどこまでも響き、nのフィールド内で姉妹を捜す金糸雀にまで届いていた。
翠星石は最期に仇敵を殺す為ではなく、仲間を生還させる為に力を使い果たしたのだ。
「とにかく、今は安全な場所に移るべきかしら!
私が貴方達を、必ず守るかしら!」
「あてはあるのか?」
「えっ……と……とりあえず、みっちゃんの所に、」
自信なさそうに言いながら、金糸雀は開いたままにしていたnのフィールドの入り口を指す。
漸く危険から解放され、喜び勇んで入り口へと向かう上田。
しかし狭間達は座り込んだままだった。
「どうした?
もしや感極まって――」
「立てないんだよね、これが……」
北岡がやれやれと溜息を吐き、狭間とつかさが俯く。
上田以外は体力が底を尽き、立つ事もままならなくなっていた。
「ちょ、ちょっと! あと少しなんだから頑張るかしら!!」
上田が如何に恵まれた体格と通信教育カラテジツを持っていても、三人を抱えて動くのは不可能。
しかし崩壊は確実に迫っている。
ミュージアムの端から流れ落ちていく無意識の海は水位を下げていき、やがては全てが乾くだろう。
そして器であるミュージアムそのものも消え、それに巻き込まれればどこに流れ着くかも分からない。
金糸雀がつかさの手を引き、上田が狭間と北岡を何とか立たせようと四苦八苦する。
遅々として脱出が進まない中で、徐々に近付く終わりの刻。
空が崩れていく。
流れ落ちる水音は近い。
「お願い、早く――」
金糸雀の声が途切れる。
全員の視界が白に染まり、全てが光に包まれた。
ローザミスティカではない。
キングストーンでもない。
ギアスとも違う。
その光は優しく、日溜まりのように暖かかった。
▽ 「ん……」
閉じた目蓋に目映い光が刺さり、つかさは目を擦りながら身じろぎする。
手を翳して光を遮り、目を細く開ける。
朝陽の差し込む見知らぬ部屋――明るく、穏やかで、柔らかい空気に包まれた部屋。
しかし一度ここを出てしまえば、もう思い出せなくなるような。
夢の中で見る景色のような。
淡く朧げになってしまいそうな儚さがあった。
本当に夢なのかも知れない。
全て夢だったのかも知れない。
ぼんやりとそう考えた。
しかし鏡台の鏡に映った自分の腕と首にははっきりと青黒い痣が残っていた。
現実に引き戻され、改めて自分の状況を確認する。
つかさは柔らかなソファに腰掛けた状態で、肩から肌触りの良い毛布を掛けられていた。
向かいのソファを見ると、同じように目を覚ました北岡の姿がある。
欠伸しながら伸びをする彼に怪我はなく、そこかしこが破れて汚れいていた衣服も新品同然になっていた。
北岡の無事な姿に、つかさは胸を撫で下ろす。
見詰めているうちに、目が合う。
先に逸らしたのは北岡の方だった。
決まり悪そうに俯き、言葉を探しているようだった。
「……謝らないで、下さいね」
つかさの方から切り出す。
北岡が言おうとしている事は、何となく分かっていた。
「……選びたく、なかったです。
でも……それでも私は、自分で選んだんです。
自分で選んで……今、北岡さんがここにいて、私も隣りにいて。
『幸せだ』って、思えるんです。
だから……北岡さんは謝らなくて、いいんです」
痩せ我慢は、している。
後悔がないと言えば嘘になる。
引き金を引いた感触が――命を奪った感触が指に残り、シャドームーンの最期の言葉は頭にこびり付いている。
けれどこうして大切な人と向き合って言葉を交わす時間の尊さも、確かに実感していた。
「……ズルいんだよなぁ」
北岡はソファの背もたれに体重を預け、表情を隠すように顔を掌で覆う。
自分への苛立ちも。
悔しさも。
全て押し込んで、いつもの飄々とした声を紡ぐ。
「つかさちゃん、俺よりよっぽどしっかりしてるんだもの……」
そんな事ないですよ、と。
言い掛けたところで、北岡の隣りのソファで寝こけていた上田が目を覚ました。
「はっ。
………………夢か」
周囲を見回した結果夢の中だと判断したようで、上田が二度寝を始める。
つかさが慌ててそれを起こそうとすると、全く違う方向から声を掛けられた。
「お目覚めかしら?」 金糸雀だった。
ソファから少し離れた位置にある丸テーブルに着き、対面に座る狭間と話をしていたようだ。
金糸雀と狭間の前には可愛らしいティーカップが並び、そこに満ちる紅茶からは優しい香りが漂っている。
「ここは、お父様が招いて下さった部屋かしら」
「お父、様……」
「そう……カナ達の、お父様よ」
口元に笑みを湛えながら、金糸雀は僅かに目を伏せた。
数秒の間を置いて、すぐに気を取り直すように話を続ける。
「お父様が助けて下さったみたい……きっと、皆が翠星石達と一緒に戦ってくれたからかしら」
つかさは胸を締め付けられた。
確かに彼女達の父・ローゼンが助けたのなら、「翠星石と親しかったから」という理由に他ならないだろう。
しかしその翠星石も、他の姉妹も、金糸雀だけを残して『遠く』へ行ってしまった。
「結局ここはnのフィールドの中なのか?」
「カナも久しぶりに来たけど、多分そうかしら」
狭間に対し曖昧に返しつつ、金糸雀はつかさ達に席を勧める。
全員が着席すると、金糸雀は温めてあったティーカップに丁寧に紅茶を淹れた。
新たに注がれた三人分の紅茶。
香りが鼻腔を擽り、つかさは遅れて喉の渇きを自覚する。
「ローゼンさんもこのお家に?」
「……今は、ここにはいらっしゃらないみたいかしら。
でもとても悲しんでいるのは、伝わってくるかしら」
五人の姉妹が向かったのは、創造主たるローゼンですら取り戻す事が出来ない程の遠く。
彼女達の命にも等しいローザミスティカは、異世界の賢者の石と共に失われてしまった。
「私ももう、アリスにはなれないかしら」
金糸雀はぽつんと、独り言のような小さな声で呟く。
諦観や達観を知るその顔は酷く大人びていた。
究極の少女アリスを目指す為に造られたローゼンメイデン――しかし彼女がそれを果たす機会は、永遠に訪れない。
つかさがどう返すべきかと悩むうちに、金糸雀はパッと表情を柔らかくした。
「べ、別にいいのよ!
お父様の事は愛しているし、勿論アリスにだってなりたかったけど……でも私には、皆と楽しく過ごせる時間の方が――」
大事だった、と続こうとした声は止まってしまった。
アリスになるという夢だけでなく、大切にしていた些細な幸せもまた、もう戻らない。
ゼンマイが切れたドール達に訪れる永い眠りとは違う。
「いつか」が存在しない、全ての終わり。
姉妹同士の一時的な別れは幾度も繰り返されていたが、それと永別は似て非なるものなのだ。
ドレスの裾を握り締めて下を向く金糸雀。
つかさが心配して覗き込むと、金糸雀は顔を上げて「大丈夫かしら」と微笑んだ。
「ね……それ、飲んでみて」
金糸雀に促され、つかさは目の前のティーカップに手を伸ばした。
取っ手まで熱くなっていて、火傷をしないように指先で慎重に扱いながら口元に近付ける。
砂糖もミルクも入れず、そのまま一口。
つ、と紅茶が僅かに口の中を湿らせた。
その僅かだけで優しい味が舌をなぞり、香りが鼻を抜けていく。
舌を火傷しそうになりながら、少しずつ口に含む量を増やしていく。
紅茶の熱が喉を通り、全身が温まるのを感じた。 「ほう……」
意図せず、気の抜けた声を漏らしてしまった。
肩の力が抜け、足を伸ばす。
内側から温められた体が弛緩して、ずっと続いていた緊張が自然と解れた。
多くの出会いと別れ。
沢山の思い出、記憶。
人の命を奪った感触。
シャドームーンが最期に残した言葉は今この瞬間も、脳裏で反芻されて響き続けている。
それでも今は、素直に自分達の無事を喜ぶ事が出来た。
北岡と、狭間と、上田と――自分の無事を。
「落ち着いたみたいかしら」
「ありがとう、金糸雀ちゃん……凄く、美味しい」
笑い掛ける金糸雀に、つかさも笑顔を返す。
無理せず笑えたのは、きっとこの温かさのお陰だろう。
「良ければクッキーも」と勧められ、テーブルの中央にに鎮座していたクッキーに手を伸ばす。
表面に砂糖をまぶしたシンプルなクッキーだった。
手のひらにすっぽりと収まる小さなそれに歯を立てると、サクリと音がした。
ほのかな苦みのあるストレートティーに、控え目な甘さが引き立って良く合っている。
クッキーを食べてからまた紅茶を口にすると違う味わいがあり、ついまたクッキーにも手が伸びてしまう。
緊張が解けたのはつかさだけではないようで、北岡や上田もくつろぎ始めていた。
それを確認すると、金糸雀は改めて話を切り出す。
「それでね……今は狭間と、大事な話をしていたのかしら。
だから貴方達も、ここで聞くといいかしら。
説明が難し――め、面倒なところは、狭間に任せてあげるかしら!」
金糸雀が空になった自分のティーカップに紅茶を注ぐ。
湯気が上がり、部屋に漂っていた紅茶の香りは一層強くなった。
私もこの子達に教えて貰っている事だから、詳しくは分からないかしら。
瞬く人工精霊に視線を遣りながらそう前置きし、金糸雀は話し始める。
「翠星石達がいなくなってすぐにね……ホーリエ達が私を呼びに来てくれたの。
それで翠星石達を探すうちに、ラプラスが作った会場に着いて――でもその時にはもう、会場は崩れ始めていたかしら」
マップの端と端を繋げるギミックを備えたあの会場は、ラプラスが用意したものなのだろう。
ならばラプラスが消え、全生存者が移動してしまえば、役目を終えた会場が崩壊するのは自明。
しかし今頃は既に消滅しているだろうと聞かされると、つかさは心を痛めずにはいられなかった。
多くの参加者の遺体が残っていた会場が消えた事は、つかさにとってはやはり悲しかった。
「会場から貴方達が居た場所までは、近くはなかったかしら。
多分ラプラスは『兎の穴』を使って移動していたのね」
真紅達の記憶を辿るとその穴は、要はラプラスが用意した近道の事である。
そしてそれはラプラスの消滅と同時に消えたという。
故にミュージアムの発見自体が困難だったはずだが、金糸雀は辿り着いた。
翠星石が、彼女を導いたのだ。
「ここに来てからは、貴方達はずっと眠っていたの。
でも、実際の時間はほとんど経っていないみたいかしら。
きっと時間の流れが他の世界と違うのね」
ここでなら、金糸雀が力を使ってもゼンマイが切れないらしい。
つかさ達の衣服が元通りになっているのもそのお陰のようだった。 「本題に入ろうか」
沈黙を守っていた狭間が口を開く。
緊張を解いたつかさ達とは違い、狭間の表情は固い。
ここからの話は決して明るいものではないのだと、つかさにも察する事が出来た。
「金糸雀から詳しい事情を聞いていて、おかしいと思ったんだ。
金糸雀の話と翠星石達の記憶は、食い違っている」
「ジェレミアとC.C.の時みたいに、微妙に違う時間から――いや、違う世界から来たって事?」
「そうなるな」
金糸雀の知る蒼星石は、水銀燈にローザミスティカを奪われて眠っているのだという。
だが真紅、翠星石、蒼星石、水銀燈の四人の記憶を辿ってみてもそのような出来事は起きていない。
ならば、この金糸雀はバトルロワイアルに巻き込まれた四人よりも未来の世界から来ている事になる。
そして金糸雀が過去に姉妹達の失踪を経験していない以上、金糸雀の姉妹はバトルロワイアルに参加していない。
「別の世界から来た」とは、そういう意味だ。
「にも関わらず、金糸雀の世界の翠星石達が失踪したんだ。
ローザミスティカを失って眠っていた蒼星石や雛苺もな」
「……おかしいじゃない」
「あぁ、だから考えていた」
ここにいる金糸雀とバトルロワイアル参加者の翠星石達は、言ってしまえば出会った事もない他人同士。
別の世界でその「他人」が失踪しようと、金糸雀の世界では無関係のはずなのだ。
「人工精霊達にも調べて貰った。
その上で立てた仮説を、可能性の一つとして聞いてくれ」
仮説と言ってはいるが、ほぼ確信しているような話し方だった。
つかさ達は手を止めて狭間の話に聞き入る。
「人工精霊達によれば、世界樹の枝の一部が絡み合う異常が起きているらしい。
その結果、異なる世界同士で因果が混線して同調を起こしている」
選択によって分岐した世界は、その後決して交わらない。
nのフィールドを介して異なる世界間を行き来するドール達が特殊なのであって、分岐した世界同士は基本的に互いに干渉しない。
そのはずであったものが、そうでなくなっている。
「ラプラスの魔とV.V.があらゆる世界を変えようとしていた事は、今更確認するまでもないな。
奴らの自在法そのものが発動しなくても、多くの世界に影響が出ているのだと思う」
管理者V.V.がミュージアムごと自壊した事で、自在法は発動せずに終わった。
存在を消滅させられた者はいない。
しかし自在法の計画の準備の為か、実験の為か、或いはラプラスの魔の気紛れか。
結果世界樹の枝は曲がり、重なり、絡まった。
「全ての世界を確認したわけではないが、参加者六十五人の関わる世界やそれに近似する世界には大なり小なり変化があったようだ。
バトルロワイアルと無関係だったはずの者達まで失踪――いや、死亡している」
ある世界から呼び出されて死んだ者が、他の世界でも同じく死亡する。
そんな事態が、多くの世界で発生しているのだ。
例えば同じエンドレス・イリュージョン出身のヴァンとレイ・ラングレン。
カギ爪の男を追っている最中だったレイと、カギ爪の男との決着を間近に控えたヴァン。
二人は近似した別の世界から連れて来られている。
そして二つの世界の一部が同期した結果、過去――レイの世界のヴァンも死んだ。
「つまり……僕の世界の蒼嶋も、死んだ」
狭間が知る蒼嶋は、「レイコと共に」魔界を制して狭間の前に現れた。 しかし狭間のガーディアンとなっていた蒼嶋は、「アキラと共に」魔界を進んだ蒼嶋である。
二人の蒼嶋は、別の世界に生きる別人。
しかし同期の結果、恐らく狭間と殺し合った蒼嶋もまた死亡しているのだ。
「きっと貴方達の世界でも、何かしらの変化が起きていると思うかしら」
「まぁ元々、『元の世界に帰ったら皆生きてました』なんて都合の良い話を期待をしてたわけじゃないしさ。
実際の変化の大きさとか種類にもよるけど、言う程落胆するようなもんじゃないでしょ」
深刻な表情で語る狭間と金糸雀に、北岡は敢えて軽い調子で返す。
だが狭間達はやはり楽観出来ていないようだった。
「そうだな……だが単純な人の生死だけの変化では留まらないかも知れない。
それで世界の流れが変わる可能性もあれば、世界の流れが変わらないよう改変される可能性もある」
ヴァンとレイが消えればカギ爪の男の計画が成就するのかと言えば、「分からない」。
邪魔者が消え、エンドレス・イリュージョンがカギ爪の男の思想で染まるのかも知れない。
ヴァンでもレイでもない“代わり”の誰かが現れて、カギ爪の男を殺すのかも知れない。
或いは二人がいなくなっただけで、全く別の世界に変わってしまうのかも知れない。
ラプラスらの干渉で、世界樹の枝が複雑に絡まり合った。
変化は死者の同期だけとは限らない。
いるべき人がいない――いるはずのない人がいる。
世界の在り様そのものが変わる、世界が生まれ変わる。
可能性を挙げていけばきりがない。
「帰ってみないと分からない……ですね」
「そうね、結局はそうなるかしら」
話は終わり、沈黙に包まれる。
つかさが殺害したのは三人。
それが多くの世界に影響してしまっているという事実が、より胸を締め付ける。
「それなら、ここで心配していても仕方がないな。
ゆっくりティータイムを楽しむとしよう」
うんうん、と上田が頷く。
ややこしい話が一言で片付けられた。
重い空気を纏っていた面々は脱力し、不安を深い溜息に変えて吐き出す。
「それなら話変えるけどさ、これからもnのフィールドの中は移動出来るわけ?」
話を終わらせてしまった上田に続き、北岡もそれに乗る。
危惧しているのは「この先も異なる世界の間を渡れるのか」という点だった。
「勿論元の世界には帰りたいよ、吾郎ちゃんも待たせてる。
でも俺はつかさちゃんとまた会いたいし、まぁこのメンツとはこれからも付き合っていってもいいかなって思うわけ」
「……確約は出来ないかしら」
未来の話をする北岡に、金糸雀は首を横に振る。
「nのフィールドには沢山の……本当に沢山の『扉』があるかしら。
その中で行きたい世界を見付け出すのは大変な事。
それに、枝がこれからどうなるか分からないかしら……」
世界樹の変化がこれで終わったとは限らない。
枝が今後も変化していくのなら、つかさ達四人が帰る世界の座標も定まらなくなる。
砂浜――それも打ち寄せる波で刻々と姿を変える場所で、一粒の砂金を探すのにも似た労苦だ。
「帰りはお父様が送って下さるそうなの。
けどその後の事は……」 「一度帰ったらもう、皆には会えないかも知れないんですか……?」
本来ならば交わるはずのなかった世界と世界。
ローゼンメイデンならばnのフィールドの中を動けるとは言え、それすら時間が限られている。
長時間nのフィールドにいれば、やがてゼンマイが切れて動かなくなるのだ。
一度その世界と離れ離れになってしまえば、再び辿り着く事はないかも知れない。
「いや、会えるさ」
つかさの不安げな声に返事をしたのは狭間だった。
狭間はこれまでの重い空気を払拭するように、紅茶を口に含み、ふっと力を抜いてから続ける。
「悪魔召還プログラムを組み上げた時のように、僕がnのフィールド内の往来を可能にしてみせる。
だから……会えないかも、なんて“もし”は要らない。
そんな“もし”を壊す為の力を、僕は持っているから」
静かな声だった。
しかし決意に満ちたその声は、『青い炎』のようだった。
「“もし”ではなく“きっと”……僕らはまた会える」
確かな自信をもって狭間が言い切る。
それを笑う者も、疑う者も、この場にいるはずがない。
「勿論、その為には協力して貰う。
人工精霊は借りていくぞ」
「言われなくても、皆にはホーリエ達に付いていって貰うかしら!」
nのフィールド内でのドール達の行動時間が制限されているのに対し、人工精霊にはそれがない。
四人それぞれの世界に人工精霊がついていけば、再会の可能性は上がる。
姉妹達の忘れ形見となってしまった人工精霊だが、金糸雀はそれも承知で言っているようだった。
「じゃあ任せたよ。
気長に待ってるからさ」
「流石だ狭間君。
私もその技術の開発に協力したいのだが、何せ教授としての仕事が立て込」
「狭間さん、金糸雀ちゃん、ありがとう」
それぞれの寄せる信頼に、狭間は少し照れて緊張しているようだった。
しかし背筋はピンと伸び、その表情に初めて出会った頃の陰はない。
「だから次に会う時は……皆で、焼き肉を食べに行こう」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています