懐かしの駅弁 2
懐かしい駅弁や既に売られていない駅弁の想い出などを語るスレです
鉄道懐かし板ですので現在でもほぼ毎日発売している駅弁の話題は
関連スレにもあるような該当スレでお願いします
『前スレ』
懐かしの駅弁
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/jnr/1635312308/ >>38
こういう奴リアル社会では一番嫌われるんだよなぁ >>36
でも個人の好みの集積が一般論になるわけでさ 昭和50年代の赤羽駅の3、4番線島ホームで売ってた幕の内弁当が子供ながらにご馳走でした。
冷たくて割り箸が折れるほど硬い白米が大好きでした。コリコリ小梅とのコラボも最高。 赤羽駅で売っていた駅弁は稲荷寿司と海苔巻きのセットしか知らないけど
お寿司とか御寿司とかいう名前だったと思う。初めて駅弁を食べたのは
高校生の頃で当時大宮駅で売っていたムサシノ食品の特製とりめしだった。
ラベルに風見鶏が描かれていて中間試験だったので家に誰もいないため
駅弁を持ち帰って家で食べたけど美味しさに感動さえした。 「盆栽寿司」とか地元にちなんだ良い駅弁がありましたね、大宮は。
地元業者は今ないけど常時駅弁フェアとかやってるから需要はあるのかな。
手元にはムサシ食品の「牛すきやき弁当」の包装紙がとってあります 赤羽駅で駅弁買う人は主に下りの急行利用者でした。
なすの・つくばね・日光・まつしま・ばんだい・おが (下りの津軽と八甲田は通過)
あかぎ・ゆけむり・草津・佐渡 (能登は通過)
軽井沢・信州・妙高
いい時代でした。90°直角に近い硬いシートで硬い白米弁当を食べてプラスチックの温かい緑茶。 懐かしいな!455系や165系の急行にキハ58やキハ28の急行おが1号
直角シートで窓際にあるセンヌキが付いた小テーブルにポリ容器の
お茶を置いて駅弁食べるシーン、懐かしすぎて涙が出るわ >>41
そう。集積があればな。
砂上の楼閣や蜃気楼を集積とは言わない。 小淵沢で買った「高原野菜とカツの弁当」急行アルプスの車内で食べた。しばらく中央線に乗ってないが、今も販売しているんだろうか? ある
カツだけなら新宿駅でも売ってる
バリエーション展開で「高原野菜と唐揚げの弁当」ってのもあるが
揚げたてを提供する都合上予約専用 急行アルプスか。これに乗りたくて小学生の時、うちに遊びに来てた甲府の母親の友人を見送る時に用もないのに
新宿→八王子まで同行させてもらった思い出がある。乗車時間40分。やっぱり買って食べたのは幕の内。美味しかったなー。 >>51
あると言うのであれば示していただきたいものだ
個人の印象やお気持ちの範囲を超えたものを是非 夜行急行アルプスが何本も発車していた時だけど早朝というより
未明の松本駅に到着すると駅弁ワゴンが出て急行アルプスの信濃森上行きや
南小谷行きが到着するといっせいに駅弁販売が始まって別のホームに
入線した夜行急行ちくまが入線すると同じ様に駅弁販売が始まるけど
白馬方面と長野方面の夜行が発車する1分前にはワゴンと販売人は
どこかに消え去って静かな松本駅に戻るシーンが傍目に見て面白かった 165系という列車は独特の魅力がある。未だに世界一好きな電車。
「アルプス」とか「ゆけむり」とか「なすの」とか。。。
この電車で駅弁食べると数倍美味しくなるのが不思議。 自分にとって165系はサハシのカウンターが最上の寝床 165系といえば「佐渡」や「よねやま」に乗って長岡駅で
お気に入りの駅弁を買って乗り込んだものだ
長岡駅は3社の駅弁業者が入ってて駅弁激戦区でもあった >>60
昔の島式ホームにあった立ち食いそばほどご馳走はないですよね。
貧乏少年だった俺は無料のねぎを大量に盛って缶の七味をかけて失敗、辛い。
かけそばって本当に美味しかった。月見は40円アップだからハードル高かったな。
>>62
上越線ですね。ときに乗らずに大好きな165に乗りたくて佐渡に乗って新津まで行ったことある。
駅弁といえば信州に乗って横川のアレは数十回食べた常連です。 >>63
横川のアレ。
自分も何度食べたことやら。
都度どんぶりを持って帰るので家にたくさんあった。 駅弁の釜飯といえば荻野屋の峠の釜めしが美味しいけど
水上温泉の帰りに岳の釜めしか、岳の栗めしを買って
165系だった急行の車内で家族と一緒に食べた思い出がある
高崎から車内販売員が積み込んだだるま弁当や鳥めしなどを
売りにきたけど親にはもう一個食べたいとは言えなかった >>69
ゴルフ弁当
テニスランチ
駅弁本の写真でしか見たことないが >>69
軽井沢駅(油屋弁当部)のゴルフ弁当なら食べた事があるよ
中身はゴルフボール容器の中にピラフを盛り付けて上に海老フライ、
ゆで卵カット、チキンボール、ウィンナー、チキンボール、フライド
ポテトを盛り付けた洋風弁当でした。
信越線は横川・峠の釜めしや小諸駅・藤村一膳めしなどがあるので
地味な存在でしたがそこそこ美味しかったです おかんの実家が上田だったから碓氷峠は何度も昇り降りしてるがゴルフ弁当には縁がなかった。
復刻されるなら是非食べたい。 上田駅といえば松屋弁当店のとりそぼろ飯、海老フライ山菜弁当に
とんかつ弁当があったけど特に海老フライ山菜弁当の海老フライは
大きくて中の海老も大きくてタルタルソースが付いていたのがよかった
とかく駅弁の海老フライは衣ばかりなのが多いけど食べ応えがあった 信越線時代は軽井沢駅はどうしても分がわるいよなあ
隣駅にラスボス(横川駅の釜めし)あるし
長野行新幹線の開業まで持ってたら
またちがってたかもしれない >>77
でも長野のナカジマ会館は新幹線あっても駅弁撤退しちゃったんだよな 長野駅のナカジマ会館が好きな駅弁が多かったのに撤退は残念 洋風なら東京駅東海道新幹線ホームの神田駅よりに売店があった、
帝国ホテル列車食堂の駅弁屋が作ったインペリアルグルメでしょ? 1985年夏に秋田駅で700円で買った幕の内弁当が酷すぎだったな。 すごく良いときもヤバいを連発する言葉の感性の持ち主ならそういうこともあるんと違うか やばいは色々な意味で使うやつがいるが
酷いでそれはねえよw 幕の内弁当が酷すぎ
幕の内弁当がヤバすぎ
意味は違うと思うけど やばい=危険や悪い事が起こりそうな形勢だ。あぶない。
酷い=扱い方がむごたらしく、ひどいさま。 無慈悲すぎるさま 長野駅@ナカジマ会館の駅弁撤退は思ったより早かった
長野新幹線(北陸新幹線の暫定開業)となった1996年の
数年前には撤退していたと記憶している
きのこめし、山菜栗おこわ、ますの青葉寿し、天ざるそば、
野沢菜五目釜めしなど長野らしい駅弁だったのに・・・ 昔品川駅の地上横須賀線ホームの立ち喰い蕎麦屋さんにイキのいいおばちゃんがいて
食べる時間がないお客さんに発泡お椀にかけそばを入れて「車内で食べな」と売ってたな。
その後この方式があちこちで主流となってプラの蓋まで出来たが当時は蓋がはなくてサランラップ
で包んでくれた。良い時代でした。 >>79
そりゃ個別の事情もあるでしょ
1つの例だけで全部そうなるとは言い切れないよ >>89
なんだ、じゃあ79の反証自体が誤認ってことか
開業前に撤退してるんじゃ >>89
長野駅のナカジマ会館は新幹線の開業後も営業してたよ。
俺は2004年におばあちゃんのきのこめしを飯山線の車内で食べた。 蕎麦を駅弁として売っていたのは北から釧路駅の「春採そばすし」(引田屋)、
長万部駅の「もりそば」(合田)、原ノ町駅の「そば弁当」(丸屋弁当部)上野駅の
道中割子そば、長野駅の天ざるそば(ナカジマ会館)以外にあったっけか? 釧路のそばずし
製造元は今もいわしのほっかぶりで盛業だけどな 出雲市駅の出雲そば弁当はそばと炊き込みご飯(時期によってかにすし)セットの
駅弁だけど八川駅のトロッコそば弁当と亀嵩駅の亀嵩駅そば弁当はどうなのだろう?
それが可なら磐越西線・山都駅で上り「SLばんえつ物語」の運転時に販売されていた、
山都そばSL弁当も含まれるよね? あのきもいマークの中央会原理主義者か
列車現場で名物的に販売されてるのを駅弁と捉えるか
それによって判断がちがうだろうね。
俺個人は後者だが 蕎麦ではないけど小淵沢駅丸政の甲州名物あつあつほうとう鍋とか 1980年頃だったか、帯広(か新得)で「特製 十勝名物・折詰 狩勝そば」というのを買った。包装は残ってるんだけど紙の表紙部分だけ…。中身は覚えていないけど間違いなく駅で売ってた。「いい日旅立ち」のロゴとキハ82風のイラストが描いてあって300円。 >>102さん
蕎麦とかほうとうとか弁当以外の汁物の書き込みしますとここに粘着しているクソクズオタ野郎に口撃されますよ。
違うなと思った書き込みを静かに見過ごせない精神障害者だから。 >>101
駅弁の定義を決めるのは難しい問題だけど時刻表の欄外に表示してあるのが駅弁ではないかな? 消えた前スレで繰り返した話題をまた蒸し返すか
「駅で売ってる弁当が駅弁」これは動かない
国鉄時代までに各駅に業者が入り込んでいたが
国鉄の民営化でその既得権が脅かされたために
差別化を図ったのが駅弁マーク
あくまでも業界団体の自主的なもので
鉄道会社側から個別に認証を受けているわけではない
よって「駅弁マークのないものは駅弁ではない」という論は成り立たない
ただしそれまでに培われた「駅弁のイメ―ジ」は社会で共有されているため
例えば敷地内といえどコンビニ弁当が「駅弁」とみなされることはあまりない コンビニみたいなプラ容器に入ってるが
特別枠で駅弁扱いされるのが五井駅 1982年の元旦の昼前に折尾駅で買ったかしわめしを旅行カバンに入れて
未乗区間だった筑豊線の若松支線と香月線、室木線を走破して門司港へ向かい、
長崎・佐世保行きの夜行「ながさき」の車内で折尾のかしわめしを食べた
ナハフ11-17の車内で食べた折尾かしわめし、正月の元旦にも駅弁が
ちゃんと売られていて味の事は忘れたけど感激したものだった
旅人が元旦でも食事に困らないように配慮をしてくれた駅弁・・・
日中ならいつでも買えるのが駅弁だと俺は思う 駅弁スレに汁物ネタ書くと気狂いが攻めてくるから皆様気をつけて >>111
あれまだ売ってるの?
それとも過去つまり板名(懐かし)に即してのレス? 九州のかしわめしと言えば折尾駅の東築軒のが人気であり、
有名だけどマイナーだけど個性的なかしわめしも少なくない。
久留米駅、肥前山口駅、鳥栖駅、大分駅、西都城駅など・・・ 昭和の古い話で恐縮ですが
水戸か勝田か忘れましたがヘビ弁当がやたら美味しかった記憶がある。
小豆色の急行列車で食べたなー。 >>120
ttps://www.saga-s.co.jp/articles/-/999039#goog_rewarded
ttps://www.town.kouhoku.saga.jp/kiji0032269/index.html
肥前山口駅のかしわめしは復活したみたいだね >>120
門司駅と小倉駅「北九州駅弁」に博多駅「寿軒」にもかしわめしはあったよ >>122
水戸な。蛇弁当。それから小豆色の急行は453系の急行ときわ。 >>121
テツ諸兄はそうだが
少なくとも一般民にはマイナー寄りだわな 40年近く前になりますが東海道新幹線ひかり号の車内販売で購入した洋風弁当の
チキンライス弁当(正式名称は忘れました)が美味しかった。日本食堂でした。 今も売ってるぬ
往年の二段重ねのは一昨年復刻してた レーズン入りカレーピラフとトンカツがセットになった
1980年くらいの日本食堂製とんかつ弁当も美味しかった >>132
1978年に上野駅で買ったとんかつ弁当は現行のチキン弁当と同じ容器
復刻チキン弁当みたいな2段重ねの容器ではなかったと記憶している 確か「チキン弁当」と同じような仕様で「チキンバスケット」って名前の
駅弁があったような記憶もあります。 >>131
俺もチキン弁当より
そっちをよく食べてたな。
1988〜1994年ごろ ↑
133氏の言うように横並び(横長)ボックスタイプ
銀河の自寝台内でよく食べた
ゆっくり楽しんで食べててだいたい大船までに食べ終わる 1980年〜1986年ごろのチキン弁当は東京駅用と上野駅用では多少の相違があった
東京駅用は港区浜松町に近い日本食堂調理所が担当して上野駅用は台東区東上野にあった
日本食堂上野支店がそれぞれ担当していたけど国鉄が分割民営化されると港区の
駅弁製造拠点は東海道新幹線ホームで売ったり、新幹線車内で売られる弁当に特化した >>0137様
その頃共に働いていた同士でしょうか??。
1985〜87年、私は学生バイトで3年日食に勤務してました。
上野営業所です。浜松町の施設も知ってます。そのビルは今はやばいマンション経営斡旋業者の名になってますね。
何か懐かしいお話が出来そうですねと期待してしまいました。 このスレは元駅弁業界の人が何気に多そう
因みに私はバイトで新幹線車内販売で勤めて
その後は東京駅での積み込みとかもしてたけど
大学卒業後は本社採用で就職して鉄分が少ない所で
働いています