短命に終わった車両 5
JR東と共通設計車を導入した理由(東急5000系列など足回りが独自設計の車両を除く)
・東急2020→総合車両製作所がJR東の子会社のため
・相鉄12000→JR東に乗り入れるため
・小田急4000→同様にJR東に乗り入れるため
・相鉄10000/11000→JR東に乗り入れを想定していたため(JR東への直通開始が当初想定より大幅に遅れたためこの2形式の乗り入れは中止)
・都営10-300→???
都営10-300が一番謎だな(そもそも馬車軌だし) 馬車軌である事を考えると都営10-300がJR東との共通設計車にする必要は無かったと思う
東急5000系列みたいに足回りが独自設計で良かった(というかそうすれば単純な中間車増備で済んでいたはず)
今更E231ベースが作れない(作るとなるとコストアップになる)のも編成ごと置き換えになった理由の一つだと思う >>42
都営地下鉄、ってことを忘れてはいけない。
車両を作るときに入札をするから、受注したいのなら他社と共通設計にして
コストダウンを図るのが最近の流れ。
10-000みたいに6M2Tで作っておいて、10連化の際はサハ2両を組み込む、
って設計をしておけば無駄は少なかったが、5M3Tで作って10連化の際に改造工事ガー
って理由で早期廃車に追い込んでまた新車を受注した。
東急車輌→JTRECの罠に見事はまったのが東京都交通局、ともいえる。 都営では12-000形も廃車が始まっているから諦めている そういえば大阪メトロ10系も更新完了で余剰廃車にするならわざわざ最古齢の04Fじゃなくても良かったと思う
別に04Fも更新しちゃえば同じだし、仮に最後まで更新せずに余剰廃車されたのが26Fだったとしても違和感はなかったから >>45
中間更新車の廃車開始が1104F廃車と2年ほどしか変わらないんだよな
ただこちらは単に1104Fの廃車がずれ込んだだけと思うが
(後期編成はVVVF化も同時に行われたため入場期間が長引いていた) EF62(関)
EG搭載のため東海道・山陽本線の荷レ用にEF58から引き継いだものの
方針転換により荷レ自体が全廃になってしまいあっけなく幕切れ >>47
チッキをやめる方針は決まっていたから、EF62を平坦線で無理して使って間に合わせた
って可能性もあるな 短命と聞いて真っ先に思い浮かぶのはキハ130かな。 ここまで東急ペコちゃんなし
世田谷線でもう一仕事してほしかった 都営6300で同時期の209川重製と車体工法を一部共通化し、りんかい線70-000でJR東との共通設計車を導入するきっかけになったものと推測するが
(ただりんかい線は結果的に埼京線との直通を開始したので、共通設計車にして正解だった) 考えたら今は東急もJRに乗り入れる訳でも無いのにJR東と共通設計車を導入しているが、これは総合車両製作所がJR東の子会社になったというのも関係しているだろうからまた別の話? 都営は6500は独自設計に戻ったが、これはどうやら6500の製作を行った近畿車輌がJR東発足後設計の通勤/近郊型の製造実績が無いために仕方なく独自設計で作っただけという感じであり、
仮に6500も総合車両製だったらこちらもJR東と共通設計になっていた可能性が出てきた
(三田線では既にJR東と共通設計の東急3020が走っている) 阪急5200系、京阪旧3000系、大阪市営30系の大半、西日本103系非冷房車
これらはバブル真っ最中に新車を入れた影響で早々に廃車された
(ただ当時はこの勢いで阪急2300/3000/3100、3300/5000系と京阪2000番代系列、西日本103系冷房改造車もどんどん廃車にしていくつもりだったかもしれないが…) サロ124スカ仕様
老朽化の進んだサロの置き換え及び旺盛なグリーン車需要に応えるため113系にも二階建グリーン車が登場
横須賀・総武快速線用は空港利用者向けに大型荷物置場が設定されていた
登場後数年で後輩E217が開発されたため以後は流浪の生活
スカ仕様
↓
湘南仕様(帯色変更&荷物置場座席化)
↓
211系編入(サロ212-100化)
↓
寒冷地対応改造(サロ212-1100化) >>50
気動車には興味無いが、なぜキハ130はダメだったのか? 阪急5200は少数派で冷房試作車だったのが(他社と比較して)短命だった要因か?
震災のとき伊丹駅で被災した編成あるけど誰もが廃車を覚悟してたのに復活したのは意外だった。 >>57
事故廃車というより勝手に消滅しただけ
M車はT車化され6000系に編入
残るTc車とT車は別の6000系のM車を挟み込んで6000系化
さらにTc車は7000系に編入された
似たような編成で南海旧8000系もあるが、そちらは下回りを鋼製車の廃車発生品の下回りに履き替えて6200系化されたため経緯が異なる >>59
・塩害による加速劣化
・無理な軽量化が祟って車内は極寒
・さらに衝撃に弱く事故でクラッシュ(運転士は葦原海みたいになった模様) >>56
30系ってそんなに車齢短かったか?
御堂筋線から弾かれたやつは中央線や千日前線でそこそこ使われたし
四つ橋線や谷町線のは冷房改造しながら長く使われたイメージなんだが 大阪市30
新製 1967-70
廃車 1991-95
だったか?
大半の新30(78/83)は別として、冷房化のため新20に総入れ替え
今の視点では短命とも言えるが、平均25年程度だから
それほど短いわけでもないな >>54
都営6500って都電かと思った
あれも短命だったと思う 大阪市交30系にもいるぞ
8年しか持たなかった中央線用のやつ
しかも谷町線のアルミ車みたいに大型押し出し材のやつ 120キロを出せないため早期引退した都営5300だが、当初は120キロという考えはなかったのかね? まぁ7000系最終増備車も全車廃車されたから多少は… メトロ7000の最終増備は先に中間車2両が廃車されていたが、結局残りの車両も去年廃車になった 直近に運用終了した都営の平成製造車
5300形
6300形GTO車
10-000形後期車
10-300R形先頭車
10-300形初期車
12-000形GTO車
また、12-000形IGBT車も廃車開始 >>65
もれもそう思った。高性能トリオ5500,6500,7020は
みんな面倒みている三田がなくなって、12,3年で廃車になってるし
8000はじめ末期都電で15年くらいで廃車は多い
2500は9年で廃車で内一年は使ってなかった、下回り再用だが
あと1500の台車はあつらえなおしたから長く使ってないやね >>66
御堂筋線から中央線に転属した際に余った車両を活用するために先頭車だけ新製したが、結局その先頭車ごと廃車になった模様
つまり後の都営10-300Rや名古屋市営3159と同じパターンだな >>61
南海で思い出したが、7100系1次車が6000/7000系より先に廃車になったのも、阪急が5200系を2300/3000/3100/3300/5000系より先に廃車したのと似たような感じがする
但しこちらも経緯はそれぞれ異なる様だし南海7100系1次車の方は短命ではないが >>57
事故廃車は六甲事故と勘違いされてません?
2200は阪神大震災で被災がきっかけで電動車を付随車化、6000編入と思うけど 同じ顔なのに1本だけ解体されるパターン
メトロ06/07系(07系は存続しているが06系は解体)
相鉄9000系
名古屋市営地下鉄3050形 東の会社はJR東を皮切りに短命車ばかりになりがちだけどその当のJR東は103が火を噴いたトラウマでもあるんじゃないかと想像したが 火吹いたならアルカディアの方がもっと先だぞ
それで古いエンジンを根こそぎ淘汰したから
千葉のどこかのローカル線でやってるようなDMH17Hの動態保存なんかJR東日本は却下だよ 名古屋臨海鉄道のDL、NB251は昭和40年8月の開業時に導入され、
入換時のブレーキ力不足で翌41年5月に廃車、日本車輌に返却されたらしい。
その後の動向がわからない。他社が購入したのか、改造されたのか、解体されたのか。 今は公営から民営への譲渡は厳しいみたいで、それで都営や神戸市営の車両が新しくても解体の憂き目になっているとか メトロ6000の最終増備車は確か重故障やらかして丁度16000増備中だったために修理されずそのまま廃車だった様な 名鉄8500は会津鉄道ではなく北近畿タンゴ鉄道に譲渡されていたらもう少し使いこなせたかもしれない >>85
あまりスピードを出さない、会津鉄道線内の快速用で使ったからいけなかった。
東武線で都内まで直通する特急として使っていればもっと長持ちしたかもな。
それだと車両数が足りなさすぎだったんだけどさ。 103が火を吹かなければ以降の車両施策も史実とは違ったかもしれないが、実際に運輸省に怒られた案件だったため以降は物に厳しくなったのは間違いなさそう 205系の321系風仕様
西日本の205系0番台で最も迷走していた頃
結局短期間で水色帯に戻されたけど似合ってなかったなー
どさくさに紛れてサハ205がお亡くなりになった そもそも事故が無ければあの色は出なかったし323も環状線特化仕様にはならなかったと思う そもそも元々は車両を長く使う予定が突然103が火を吹いた案件だけで考え方を180°変えるという事は、相当ダメージが大きかったと想像した >>62
キハ130は
三セク向け標準型車両を導入したところ
塩害+北海道の寒さに耐えられず
早めの廃車になった
のかと 仮にE331がまともに走れていたとしてもホームドアや小田急VSE車の惨状からして量産はされずに早期廃車だったのは変わらなかったかもしれない 東急5000の6ドアは登場時点では必要だったが、大井町線溝の口延伸と並行する小田急の複々線化完成により田園都市線の混雑率が低下したため廃止となった 上田交通クハ290
連結相手が最古参の丸窓電車だから新しく感じたけど昇圧工事の際にあっさり廃車 >>69
でも改めて考えたら207系900番代も経年23年で解体されてるんだな
さすがに同じ常磐線系統の415系2階建て先頭車よりは長かったけど 西武101系の一部編成(機器は4000系に転用されたのでそこまで無駄にはなっていない) >>99
VVVFを新しいのに交換すればまだ使えそうだけど車体は205系と同じ構造だし、仮に南武線、八高線、横浜線(ATC付きなので可)に転属してもすぐにE233系置き換え又はE231系転属で10年も持たなそうだし 京阪500型
京津線準急として活躍していたけど非冷房車だったので石坂線に追い出され
いつの間にか700型の種車となるため廃車 国鉄103系みたいな内倒前面窓は京阪500の個性だった
自動車対策で車体下部に蛍光テープ貼ったり車幅灯装着したり色々試行錯誤していた >>101
一部は小江戸用10000系のドナーにもなった101系もあり。
701系のドナーもある上、701系の6両編成化で余ったクハに101系の走行系を移植した新501系は、ろくに使われず10000系のドナーにされた。 京阪500の床下機器は一部叡電800に流用されて今も現役のはず
車体も部品も100%流用されなかった短命No.1はなんだろう? >>85
というか、東海が引き取ってキハ85に編入したらダメだったのかしら? 北越急行683-8000スノーラビット仕様は西日本に移籍して他車と同仕様に >>110
683-8000は683系の中で唯一ブレーキシステムが違うからな
683系の基礎ブレーキは踏面ブレーキなのに対し8000番台はキャリパブレーキ
681-2000が同番台唯一と呼べるとこは塗装だけ
あとはホワイトウイングと同じ そして683-8000をそのまま直流転用改造すれば良いのに
しらさぎを巻き込んだ謎玉突き転用改造祭りの引き金となった 伊豆クレイル
651系中古車をリフレッシュして投入されたけどコロナ禍のあおりを受けあっさり廃車 車両自体は長命だったけどな
でも延命してあと8年くらい走らせて欲しかったと思う JR九州キハ58/28/65改造ジョイフルトレイン
各地区で登場したけど方針転換によりあっさり居なくなってしまった
ブンブン、吉四六、サウンドエクスプレスひのくに、らくだ等々・・・ 改造種車がエンジン非力な国鉄型だからな
エンジン換装しても変速機も換装しないとフル発揮できないし らくだ→吉四六→ジョイフルトレイン大分→しらぬい
らくだ→ゆ〜とぴあ→しらぬい
ころころ改造されて最後はあっさり廃車って可哀そう・・・ >>114-115
651-1000番代自体が改造から9年で全廃だからね
まさかの185より先に651が廃形式に >>119
185が残ってるのは、クロ157の併結相手がいなくなるから? >>114
スーパーひたち時代の酷使もあった
130キロ走行で距離が飛躍的に伸びたうえに海沿いで塩害もあった
伊豆クレイルも塩害に苦しんでたはず >>124
DD54の中には出来てもろくに走らせられないまんまポイされたのもあるから、それらとどっこいどっこいかも。 128(σ・∀・)σゲッツ!!
128キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
128(・∀・)イイ!! 京王7000は非貫通編成の解消で更に廃車が増える予定 京王7000は更新から8年で廃車になった車両あり(中間車2両だけだが) スーパーサルーンゆめじはもっと長生きすると思ったけど意外と短命だったな
やはり塩害の影響か パノラマライナーサザンクロス
12系700番台ジョイフルトレインの中では一番短命
専用塗装機ED7678、DE101131も用意されたのに・・・ 小田急50000系VSE
大好きやったので辛すぎる㌆㌆㌆㌆。゚(゚´Д`゚)゚。㌆㌆㌆㌆ >>133
既にRSEやEXEが闊歩していた時代になんで連接車なんだろうと、VSE登場当時は疑問に思った。
どうせ展望特急車両作るなら今のGSE相当のボギー車でもよかっただろうに。
こればっかりは小田急らしからぬ「先見の明のなさ」だったな。 小田急50000系VSEと同時に2005年に登場した都営新宿線10−300系の
初期型の8連がまさか20年も持たずに廃車に成るとは思わなかった。
因みに俺はこの2形式のNゲージを所有している。これからも大事にして行くよ。 RSE→JR規格適合車
EXE→着席通勤用のビジネス特急車
VSE→ロマンスカー(LSE/HiSE後継)
で自然と連接台車にしたんだろうな
喫茶店サービスもあったし 都営は12-000形ですら廃車にしてしまうくらいだから仕方ない(リニアモーター式の地下鉄車両を廃車にしてるのは都営だけ) 更に目黒線系統の車両で廃車が出てるのも今の所都営6300形だけなので、いかに都営がバンバン廃車にしてるのがよく分かる 更に都営は5300形も120キロを出せないのが要因で27編成もあったのに早々に全廃になった
5300形が登場した時は120キロ運転という想定はなかったそうだから運が悪かったとしか… >>134
小田急は1000形ワイドドア車も結局失敗だった
小田急の通勤時間帯の輸送改善は通勤車両のドア構造を見直しての混雑緩和ではなく、結果的にロマンスカーの座席数確保だったからね
今のEXEみたいなものがもっと早くから考えられていればワイドドア車は登場しなかっただろう まぁVSE(小田急50000系)が出た時期では、連接車ではE331系まで登場してたからね
しかも、E331系の方が出たのが後だったから単に当時の情勢が情勢だったという事