かぶりつきの思い出 [無断転載禁止]©2ch.net
「かぶりつき」とは、電車や気動車の運転席のすぐ後ろを陣取り、前面展望や運転士の挙動を楽しむこと。
始発駅で、ベストポジションを巡って繰り広げられる激しい陣取り合戦は、懐かしい思い出です。 また、この言葉は元々劇場用語で、具体的には劇場の舞台際の観客席を指します。
舞台にかぶりつくようにして見る場所、と言うのが由来です。 「ヤモリ」と呼ぶ人もある。
運転室と客室を仕切るガラスにへばりついてる様に見えるからだな。 地下鉄でかぶり付きをやりたいと駄々をこねて泣いていた幼稚園の頃 キハ20にもあったよね、前方に向かって座れる二人掛けの席。
鉄で溢れる移行前のローカル線でも楽勝で座れた。
あまり知られていないのか? 小田急NSEや名鉄7000の最前部席に陣取る場合も含まれるのか?
30〜40年位前は、103系のATCや営団地下鉄6000など、運転室への入口にしか窓がない車両が増えて、かぶりつきの機会が減っていた。
国鉄101系の初期型は、運転室後ろの窓が大きいから、よく見えたものだが。
国鉄101系や西武401系の運転席、ずらっと昔風のスイッチがあるのを見て、運転席の機器は吊りかけ並みだなと感じた。 国鉄はいつもカバーが下ろされていて前を見通せなかったと記憶してる 小さい子供や新線開業の一番列車ならともかく、いい年した大人が陣取ってかぶりつきすることなんてなかったな。
偶々、運転席の後ろに立ったら、脇目で前方眺めるという程度で。 同じ経験あり。
親は地下鉄なんて真っ暗なのにかぶりついて何が面白いのかなどと取り合ってくれなかったが
地下鉄だからこそ面白いのに!と必死に説明してたなw 普通の地上区間の夜間の運行で信号灯や踏切動作表示灯を見てみたかったが
遮光幕の壁に阻まれ涙を飲んだことは数知れない 373系の東京行きは東海区間は夜間でも全開(運転手席うしろも)だったが、熱海から束の運ちゃんに替わったら全閉されたorz りんごにかぶりついて歯茎から血が出たとか、そういう思い出じゃないのか
最近だと恵方巻にかぶりつくとか ここは懐かし板だよ。
昔は映像ソフトなど売られてなかったでしょ >映像ソフト
最初はVHSだったが
いつ頃から市販され始めたっけな? あのたぐいはプロモーションビデオじみていて
つまらないよ
いままで一度も買おうと思ったことがない
皆もそうだろ? 観光路線のソフトならばカメラワークは確かだし、買う意味があると思う >>18
そうでもないよ
俺は両方楽しんでいた
さすがにこの年になってかぶりつきはやれないけどww 名鉄新岐阜から名古屋方面の特急で
小学生くらいの子供とテッペン禿のオッさんが
定位置バトルをやってたのを目撃したときは
憐れさの余り声も出なかった。
5500系の時。 仮にその場にいたとしても、たしなめたりはしないだろう。
それどころか逆に禿オヤジにキレるかもな パノラマカーならば左右どっちに座っても問題ないだろ?
運転士に邪魔されないじゃん >>11
まさかウテシ殿に幕を開けろなどと
強要しなかっただろうなw
ちょww
それ京王線で目撃した
勿論無視されてたが
やっぱり鉄オタは常識ないのかねw 運転を妨害したら警察へ突き出されるよ
良い子の皆は、バカな真似はしないでおこう 袖部がロングシートだったら着席して前方を眺望するのは大変だな
首が痛くなりそうだw >>27
テツは池沼率が高いからそいつらでしょ。
あんたも判ってて書いたとは思うがふつうのヲタはやらないよ >>30 >>1
京阪3000の特等席で三条から鴨川区間を最後に眺めた
86年、まだリア消でしたわ。まさに想い出。 昼間の常磐線で途中から乗ってきたDQNが幕閉まってたので窓たたいた。
停車駅で運転手に注意されてたが上野に着いてそのDQNホームから乗務員室を睨み付け文句を垂れてました 下車駅の階段が近いから前によく乗るが、いつも後ろ向いてガラスにもたれる 客車列車が主流だった時代はかぶりつきなどできなかった >>37 路面電車やローカル線の機械式気動車ならば、運転席との間の仕切りがないから、かぶりつきは楽だったぞ。
大人がやることはなかったけど。 待てよ、運転席との間に仕切りがない、開放式の場合は、そもそもかぶりつくことができないからこのスレの対象外か? 目的から言って「仕切りにかぶり付く」じゃなくて「展望にかぶり付く」だから仕切りの有無は
関係ないんじゃね? 福岡市営地下鉄七隈線のかぶり付きは、面白い。
ATCの作動音通称『チンベル』と速度表示。が見れる。 ヲタ席に座ると計器類の細かな動きが見えにくいから
乗務員室扉の後ろに立つ。これ王道。 計器系ヲタの王道云々を言われても困る
純粋に前方展望が好きな奴だっているだろ なるほど、かぶりつきにも、
計器類に目が行く人と、前方風景に目が行く人と、
2系統あるんだね。 どちらかというと計器類を注視してた方だな
例えば電流計を見て、この車両は70km/hで最終段に入るのかとかもチェックしてたな。 ☆ 日本の核武装は早急に必須ですわ。☆
総務省の『憲法改正国民投票法』、でググってみてください。
日本国民の皆様方、2016年7月の『第24回 参議院選挙』で、日本人の悲願である
改憲の成就が決まります。皆様方、必ず投票に自ら足を運んでください。お願い致します。 東武の普通鋼車も見通しが悪くてかぶり付くには不都合だったな >>48
その話、よく聞きますけど、昔よく利用していた日光線では
3070系は全開してくれてましたよ。偶然かな? ていうか、正面窓が小さいから眺望がやり難いだろうに >>50
新栃木の乗務員は真ん中も開けてくれる人が多かった。
6000の快速にかぶりついたのもよい思い出。
余談だがこの電車、8000と同じ足とは思えない素晴らしい走りをした。
弱め最終段に入るのは何と90km/h(!)
(6050になった今は制御装置更新されて75km/hで最終段) かぶりつきに酷だった路線
113系1000台ばかりだった頃の横須賀・総武快速線、錦糸町・品川間
101系1000台でいく武蔵野線、他にも色々あったけど 103系ATCなんて、かぶりつきしたいマニアにとっては疫病神か? 夏の小田急2600はギンギンに冷えていた
対する8000や4000はぬるかった
ちょうど良いのは9000や5200
江ノ島線は4両+サーフボードだからねぇ… そうだねぇ…小学生が前を見るなら、東は小田急か京急だねぇ…東急にはドアステッカーと言う地雷がw 遮光幕は降ろされてないがガラスが元々磨りガラスっぽい仕様なので
背伸びしないと前方が眺められない車両があった >>56
一番冷えてたのはクハ2478。16m車に8000kcal×5台も積んでた。 >>59
理論上はそうだが、何せ現物を見た事が無い世代なもので…。 相鉄は眺めがそんなに良くないから見れなくても拘らなかったよ
By相鉄ユーザー いやだから、>>43-47のやりとりにもあるように、景色ではなく計器類に目が行くマニアもいるのだよ
相鉄利用者にそういうマニアが居ても不思議ではない >>54
仰せの通り
小学生の頃、まだATC車の存在を知らなくて、
いそいそと103系先頭車に乗り込んだときの落胆はハッキリ覚えてるw 登戸から新原町田まで小学生の頃よく乗ったんだが,
「シンコー」「シンコー」「シンコー」と大きな声がよく聞こえた。
ケモノがでそうな荒野の中に,分岐線のようなものが建設されており,
その先には真新しいホームなどが見えて・・・
それがいまの新百合ヶ丘駅になるのだが。 ■■□の場合でも、□に制服をひっかけて眺望できなくしてる
イケズな運転士氏もおられたわ。 着用してなかったら服務規程違反になるんじゃないの?
制帽と同じでは? 国鉄時代にも苦情窓口みたいなものはあったんでしょ? 関西ならば夜でも気を効かせて開けてくれたらしい
運転に差し支えなかったのかな >>72
関西大手でも近鉄はあまり開放的ではなかった でも幕は開けていただろう
客室と乗務員室との仕切り窓が他社に比べて小さいだけであって。 特急車ではなく一般型のことを言ってるのか
ビスタカーでなんで仕切り窓の話が出てくるのか分からなかったわw 初期の特急系はデッキがなくて客室から眺望できたらしいよ いわゆる半室運転台タイプの東武熊谷線キハ2000に、
小学低学年の頃、廃止が具体化する少し前に乗った時のこと。
見知らぬ同年代の子供と車端寄りの席を巡ってバトルになったが、
見かねた運転手さんに「仲良くしなよ、一駅毎に交替したら?」みたいなことを言われて
落着したのを覚えてる
一駅といっても熊谷線って途中駅は2つしかなかったけどね 半室はすぐ横に客がいるので運転士は気が散るだろうな 仕切り板もカーテンも何もないからな
制動中に無邪気に話しかける子供もいたと思うよ かぶりつきするくらいだからその大人も中身は子供
そんなの期待できない >>83
「運転士に話しかけないでください」の貼り紙。
いくら子供でも注意書きくらい読めるのでは? 熊谷線ではないが別の会社で仕切り壁の無いタイプの車両で
運転中に話しかけようとしてるヲタを見かけたことがある。
20代〜30代かな? 池沼ではなかったと思う。
さすがにマズいので注意したら止めたが、「俺の楽しみを邪魔しやがって」みたいな不満そうな態度だった 連中はキレたら何やらかすか分からん 刃物をしのばせてるかもしれんし
制止するのも命がけだ アイドル傷害事件のニュースを聞いてると、
鉄道にしろアイドルにしろ、いわゆるオタク系、即ち社交性のない奴に
リミッターというのが無いのがよく分かる 加減を知らんから人と上手く付き合えず、オタクになるのだ。 今となっては写真でしか往時をしのべないが北陸鉄道のエースであったくたに号6000・しらさぎ号6010は
客室と運転室の分界が低く、開放的な雰囲気の名車であったという。
十数年前大井川でしらさぎに乗れる機会があったのに別の車両の撮影を優先して見送った
あの判断が今でも悔やまれる…… 先頭車から前方を眺望することをかぶりつくというのではないかな? 総武線で、立っていると疲れるから椅子を持ち込ませてほしいと
出発直前の運転手に頼み込んでるオタク系の人を目撃した
もちろんNG。諦めて立ったままでかぶりついていたが、運転手はいきなり頼まれて困ってたに違いない
パノラマカーに乗れる名鉄沿線の人が恨めしかっただろう 中央線や総武線を走ってた101系はカーテンがゆるくなってて
降ろしてても隙間から運転士が見えたんだよね
カーテン閉まっている窓に顔向けてぴったり引っ付いて動かないガキ
他の客から見たらこの子ちょっとオカシイと思われたんだろうね > カーテン閉まっている窓に顔向けてぴったり引っ付いて動かないガキ
たしかにちょっとコワいw >>103
それわかる。国鉄時代の東海道線113系で、遮蔽幕降ろされていてもどうしても運転士のマスコンやブレーキ弁操作が見たくて、走行中に覗き魔のように隙間から見てたガキの頃の思い出。
誰も見ていないと思ってか、ウテシはハイライトに火をつけると、くわえタバコでフルノッチ投入して次駅までの長い直線区間をグングン加速させていくのであった。そんな時代でした。 小5か小6の頃、南武線の川崎から■□□だった旧型車(72系)の真ん中の窓からかぶりついていたときのこと。折り返し
運転のためホームで喫煙していたウテシが発車時間になっても吸い終わらず、そのまま発車して駅間で火も消さずに「窓
からポイ!」かぶりついていたのが子供だった自分一人だったからか、気にする様子もなく、幕を下ろすでもなく、何事
もなかったように運転継続。50代くらいのおっちゃんウテシだったが、当時の国鉄は「何でもあり」だったんだな。 青梅線103系の手すりに掴まって見てたら終点近くでのけぞったんだよね、体が 昔は東海道線の下りは軒並みクモユニが連結されていて、速度計を見るぐらいだった 今はわからないが国鉄時代の中長距離用車両には、
眠気防止のためか運転台に灰皿が設置してあったな 京浜急行の快速特急が始まった直後
品川を出て、京浜川崎までほぼ地べたを
100キロ〜120キロでぶっ飛ばす 連続する踏切、絶え間なく吹鳴する警笛、OK台車のサウンド、住宅の軒先すれすれを
高速で走り抜ける。120km/h運転となった現在より迫力があったね。
上野時代のE501でかぶりつきをしていたら、松戸〜柏で130キロ出していたのは驚いたな。
軽々と出している感じだった。 俺の少年時代の思い出。
小田急に乗って、藤沢へ何かの用事で出かけて、生田へ帰るときのこと。
乗った電車が相模大野で別の電車の後ろに併結するという車内放送を聞き、
車内からその場面を見たくて、混雑した車内を2〜3両分移動した。
連結作業が見られたことに満足して元の場所に戻ると、
勝手にどこ行ってたのと、おかんにおこられた。 西鉄も開放的だったな
国鉄/JRは乗る機会がなかった
小4で初めて東京の電車に乗ったときに軒並み閉められていたのには
驚いた >>110
>>111
おそらくかぶりつきでスピード感をMAXに味わえるのは京急だろうね
> 住宅の軒先すれすれを高速で走り抜ける。
ここはミソ。JRなどではありえない >>114
300形一党の中に客室仕切りが小窓化されてるのがあったはず
それに当たると身の不運に涙するしかなかった
80年代初頭の西鉄はまさに新旧が渾然一体の運用で、
旧型狙いでやり過ごしたのに600系・5000系が連続で来たりして
福岡駅ホームで長い時間を立ち尽くしたことも思い出に・・ スレチだが5000系はかぶり付き野郎泣かせの構造だ 車体の構造がそうなってるなら諦めもつくが
運転士に遮光窓をわざと下ろして見せないようにされたら
どれだけガッカリさせられることか 安全対策上の措置だから仕方ない
サービスより安全だろう
日中に下ろすことが何故安全に繋がるのかは、知らない >>119
背後から見つめられるのは誰だって気持ちの良くないものだろ? 70年代に南海なんば〜和歌山市駅の間ずっとかぶりつき
駅に停まると電車がバックする感覚を初めて経験した 有楽町線が初開業した頃、7000系に池袋から乗って運転室入口の窓からかぶりつきしたが、複線シールドなど当時としては未来的な光景だった。地下ばかりだし運転席の方は見えないので、あまり面白くなかったが。ともかく、かぶりつきには向かない車両である。 >>120
飛行機もその発想だな
でも海外でパイロットが故意墜落させた事件が起きて方針転換したようだが あの事件は衝撃だった
鉄道ならいくらウテシに希死念慮があっても客が道連れにされる危険性は飛行機に較べると低いわな 中高生の頃に関東大手のかぶりつき尽くしに挑んだがカネとヒマが続かず
相鉄と京急だけで頓挫w
DVDもなかった時代、行ってみて初めて見る光景も多く眼が2つでは足りなかったな 最近見ないけどキハ110で運転室が運転台の部分だけのやつあったよね。
正真正銘、車両の中央、1番前からかぶりつけた。
ただ、流石に抵抗があったので混雑時に追いやられてきたふりをしていっぺんやったきりかな。
1996年北上線にて。 かぶりつき中に、人身事故に遭遇。
上りマリンライナーの国分付近。
レールとレールとの間に老人の姿が(恐らく覚悟の上で)。
その後かぶりつきはやらなくなった。 あああ‥
都会でかぶりつきをやるとそのリスクがあるわな
一方でオール高架線は味気なくてツマラン かぶりつきしない人が、理由にそれを挙げる人は多いね
あと踏切事故、ブレーキ故障による突進事故に巻き込まれたら
先頭車は無傷では絶対に済まないというのもある
正面衝突は信楽事故くらいにアクシデントが重ならないと起きないが、確率ゼロではないな かぶりついてるのを分かっていながら目の前で容赦なく幕を降ろされる おとなしく見ていたら運転手さんも目障りには感じなかっただろう
自業自得だね 国鉄時代は騒ごうがおとなしくしてようが関係なく、当然のように昼間でも容赦なく全閉。 運転に集中したい気持ちは理解できる
サービスとはちょっと違うわ 背後に人がいるだけで集中力阻害?
そりゃ自意識過剰でそ 無職には分からないだろうが、
どんな仕事にも、集中力は要る 京阪6000系が交野線でも運行していた頃、
突如駅間で停車してあの外開きの扉が開かれたのを見た記憶がある。
あれが何だったのか未だに謎。 名鉄の丸窓にかぶりつけた1980年夏の思い出
見知らぬおじさんとバッティングしたが向こうが遠慮してくれたのには感謝 子供の頃、大人とポジションの奪い合いになった経験ある?
俺は全部譲ってもらった記憶しかない 昨日の京王線のを見て
前景に夢中で背後は全く気にしないかぶり付き厨が
事件が起きたとき最も危険だな 名鉄で7000系が多数あったころ。
先頭付近の座席をとれた⇒実際にやってきたのは7700系という悲劇 パノラマカーは楽しいけど本線東岡崎以東は景色が単調でつまらんかったりする 市街地の方がよほどつまらん
一時期ではあったが支線部にもたくさんパノラマカーを乗り込ませてくれた
名鉄の英断に拍手を送りたい ガキの頃は臆することなく堂々と眺めてたのに
今かぶりつき遠慮するようになっちゃたよ
JR東なんか混んでてそこに居るだけでもウザそうなオーラギンギンの奴もいるし >>147
前面助士側の扉の事じゃないの?
非常用のヤツ >>153
広見線末端区間とか、八百津線は良かったな.
ぜいたく言うと築港線にも来て欲しかったw というか、かぶりつきができるのは動力分散方式だから 悪く言うつもり無いけど鹿島鉄道でかぶりついたけど本当につまらんかった
沿線に何もなさ過ぎるのも考え物だ 地下鉄には地下鉄の味がある
つまらないとは傲慢きわまりない 総武快速上り錦糸町駅
運転室内自動音声「ATCに切り替わります。ATCに切り替わります。」 >>163
そう思いたいだけでしょ
誰だって外の景色を見たいものだよ 地下鉄は単線シールド、複線シールド、オープンカット工法などを見たり
秘密の引き込み線探しがあるので、たとえ後方でもかぶりつきたいな 地下鉄有楽町線初開業当時、営団7000系の運転室ドアの窓から眺めた複線シールドトンネル。
今では当たり前だが初めて導入されたのがここで、未来的な光景を感じた。 >>168
大いに共感します!
地下鉄は後方展望に限る! でも車掌とばっちり目が合わない?
それが困るんだよ 車掌氏も気を使って合わないようにしてくれることもある
そんなときは降車時に目礼だけしておく 労組の影響で遮光幕を下ろすのが標準というところもある