【Gr.C】グループCを語るスレ其の26
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古き良き時代、懐かしのグループCについて語るスレです。
現代車との比較は構いませんが、あくまで話題はグループCについてにしましょう。
グループCに対する批判、煽りなどは極力控えてください。荒らしはスルーしましょう。
※前スレ
【Gr.C】グループCを語るスレ其の25
http://mao.5ch.net/test/read.cgi/f1/1497963603/
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvvv:1000:512:----: EXT was configured ローラのT90とT91なんて当時の雑誌にアップ画像で載った
モノコック先端部のアップ画像の断面形状からしてまるっきり違いますからね。
あそこに新旧のノーズコーン間違って付けようとするのは
MCS8とMCS9のカウル混在して使うより難しいと思いますよ。
そのくらいにはっきり「カットライン調整して薄くファイバー貼った程度じゃ合わない」
って確実に分かる資料がある場合は流石に現物見比べる必要無いじゃないですか。
これはレイナード93Dと94Dで「サイドポンツーンと後ろ半分、フロントウィング(羽根だけ)は互換してるけど
ノーズコーンやフロント周りのパネル類、サスアームは合わない」てのと一緒で。 >>454
菅生は90年が9月500km、91年が9月500km、11月500マイル。92年が9月500km。
美祢は92年50km。
関係ないが91年SWCは4月鈴鹿、10月オートポリスが富士F3000と同日とかめちゃくちゃな日程。
オートポリスの翌週がJSPC菅生だったからジャガーのゲスト参戦実現したわKだが。 美祢で年に2開催ってのは無かったわけか
同週に500kmを2戦やった岡山のアジアンルマンと混同してたかも >>463
91年の SUGO 500mile の XJR-14 は
建前上は 国内チームからのエントリー
ゲストじゃないよ。 >>466
ゴキブリは色々な意味で洗練されてるからな。
適度に地上高があるんで路面の不整による影響も受けにくい。 >>467
エントリーはサンテックでもどう見てもTWRジャガーでしょ? >>467 に "建前上は"と書いてあるのだが、、、
91年JSPC のジャガーは通年で
TWR SUNTEC JAGUAR 変わってないよ
もし前戦で XJR-11 がクラッシュしなかったら
3台エントリーだったのか、
マルティニ・クロスノフ組の XJR-14 があったのか
ふと疑問に思った。 >>440
あなたがレスしている相手は会話が成り立ちません
無駄なことは止めましょう XJR9と11が欧州用で10と12が北米用だったか
そこまでが燃費制限仕様で、14から3.5リッターNAのアレ モノコック や サブフレーム に
サイドストラクチャ や ルーフ、前後カウルを付けるわけだから
全幅がどうの、見切り線がどうの、関係ないんじゃね。 >>462
> ローラのT90とT91なんて当時の雑誌にアップ画像で載った
> そのくらいにはっきり「カットライン調整して薄くファイバー貼った程度じゃ合わない」
って確実に分かる資料がある場合は流石に現物見比べる必要無いじゃないですか。
その雑誌をアップしていただければ話が早いですがね
言い訳期待しています >>475
11は3.5ターボのCカー、10は3.0ターボのGTP。 ジャガーってXJR-7がないのは何故ですか?
XJR-13がないのはただ不吉なナンバーだからですか? XJR7はIMSAに参戦してたグループ44製
XJR5と7がグループ44製でXJR6と8〜17がTWR製
XJR13はXJ13みたいにならないようにと欠番 Cカーの時代、ルマンでメルセデスが予選だけで撤退(タイヤトラブル?)したことも
あったような気がするが、99年にメーカーそのものが欠番同様になってしまうとはね サンテックジャガーといえば
神田正輝監督(´・ω・`) >>482
XJ13は不遇。
EタイプのSr.3がわりに出せば良かったのにと思わなくもないけど。
90年代に実車をラグナセカで見たけど美しいことは美しかった。
デモ走行予定枠の前にフォードの重役がコースに引っ張り出して、ストレートでミッションをブローさせて部品をぶちまけたのを目撃したのはいい思い出w >>483
1988年。この時翌年勝つなんて夢にも思わなかった。 レーシングカーでのマイナーチェンジが、一般市販車でのフルモデルチェンジ位違うのが当たり前なのが理解出来ないのかな?
レーシングカーの同型AスペックBスペックCスペックとなると、Aスペックの車体にCスペックのカウルが付かないのは当たり前だったりするからね。
まあ、Cカーに限らないけど。
F1の広報の世界で表現する「前年とボルト一本違う新規」というのはあくまでも例えですが、
実際の車のdimensionが違えば全くの別物ですね。
当然ですが。 ネジ自体は規格物だから使う位置が違っても結果的に合うってのはあるでしょうw
いつだったかダラーラのF3が、日本でワークス格のマシンをメンテナンスしてた紫苑Fが
全部航空機規格のネジに交換してるのをダラーラのエンジニアが発見して、
翌年から純正出荷時点でその仕様に切り替わったなんて例はありますけどね。
それでも無論サイズ的に互換性のありやなしやは別。 "広報上の例え"だと前置きしてるのに真に受けるとか読解力皆無だな >>493
読解力どうこう以前の問題でバカだからねえ。 >>494
当時のカースタイリングに他の試作形状と共に載ってたなぁ。
グループCとしては登場するのが遅すぎ、FIA-GTとしては出るのが早過ぎた感。 そもそもがキャスピタ自体が結局スバル・モトーリモデルニの時点では
まともにモノになってませんので。
あの時点できちんと触れ込み通りの性能で走るレベルにこぎつけていた場合には
IMSA-GTOにフェラーリF40が出てたみたいな感じではコレ実戦出られてたし、
ジャッドGV仕様のあの成金ゴールドのバージョンだったら時期的にはちょうど
BPR-GTとか始まってた頃なので当然コレ使えます。 はじめまして。
ミニカーが好きなんですけどチャージマツダ787Bのミニカーでたまにフロントのホイールカバー?が水色のやつがあるんですけど、実車の写真でこんなの見たことないんですけど実際にあった仕様ですか?
あとガンメタっぽい色の写真がありますけど、これは白いホイールカバーが汚れてるからそう見えるだけですか? タミヤの指定だと少しブルーグレー味がかった白なので
水色は調色・考証のブレの範囲じゃない?
ガンメタは多分カーボンブレーキの粉の汚れ。あれの裏側のフィンは
吸い出し方向に効くように付いてるし。前から吸って外側に抜く。 >>498
NG nameに登録したら登録したで「あぼーん」の表示がウザいけど、長々と趣旨不明の妄言を見るよりはマシかなと。 レース関係者で今は他の世界で生きてる人なんかはもっと語ってくれても良さそうだけど中々出て来ないよね キャスピタのプラモデル、ミノルタンと元嫁のゴタゴタが片付かないと再販されないかな。 メインスポンサーの勝利数
アドバン 9
ニチラ/カルソニック 8
フロムA 6
イセキ 4
ミノルタ 4
デンソー 4
ロスマンズ 3
YHP 3
トラスト 2
シルクカット 2
レイトンハウス 2
エッソ 2
日本信販 1
ワコール 1
タカQ 1
オムロン 1
サンテック 1 非全日本
トラスト 3
エッソ 3
ロスマンズ 1
アドバン 1
日本信販 1
イセキ 1
伊太利屋 1 >>503
そのプラモデルはどちらのエンジンのタイプなんですか? >>502
自分はF1エンジン開発に携わったけれど、あんまり面白いネタは持っていないですねぇ〜🙇 海外はどうか知らんけど日本の場合はメーカーの資金に頼りきってモータースポーツ
やってるから、永く関わって来た人よりもメーカー関係者(実質素人)の意見が優先
されてしまうみたいだけどね
経験値で言えば比べ物にならんのだけど、なんせ金主だから >>506
1号車だからモトリモデルニのほうね。エンジンの上側だけそれっぽく再現されてる。
https://www.1999.co.jp/10022507
2号車仕様で作りたいけど前後ライト周りが地味にめんどくさい。 >>507
BSの人間から「日本の自動車メーカーの中でモータースポーツを理解してる方は殆どいらっしゃいませんよ。
嘗てのホンダさんの一部にそのような方がいらっしゃったのかも知れませんが。。。」と
聞いたことがあるんだが、実感としてはどうなの?
メーカーに入る前からモータースポーツに関心でも持ってない限り、そうなっても不思議はないと思うけどさ
日本以外だと「このエンジンやタイヤのせいで勝てない」と判断された時はかなり厳しく批判されるよね ホンダの場合第1期のF1や世界GPを見て憧れて入社したという人達が表に出てたからね 例えば日産の場合で林義正さんが追い出されたんだか、社内の権力闘争に
嫌気がさして自ら出てったのかは知らないけど、いずれにせよ退社したみたいなもんで
モータースポーツを分かってたり現場で動いてた人の多くは出世できないオチじゃないの?
そうでなければ突き詰めたくて外に出ちゃうか。
ムーンクラフトで由良さんのお弟子になってた(その後に独立して福祉機器関係の会社を立ち上げる)
丸子さんって人もホンダ出身のエンジニアだそうだし。 林義正さんて今も元気にされてるんだろうか
東海大を去ってから公演とかしてるのかな
林さんの本はどれも面白かったしゴーストではなく本人がちゃんと書いてそうだし良い本でした 鈴鹿美隆さんはまだ色々と活躍してるようだ。
ギャラリーにレクサスSGTが載ってるけどこれも1/4風洞やったのか。
ttp://www.suzukaracing.com/index.html
SiFoで書いてた空力ニュースレター、続きやってくれないかな。
ttp://www.sifo.jp/aerodynamics/aerodynamics-newsletter-018.html >>511
自分は子供の頃からレースが好きで、面接でもF1やらせてくれって訴えて、
その通りになった。当時としては珍しかったかも。 >>514
オ○○メカニックのエンジン寺子屋を読んで無いのか!
と小一時間問い詰めたい。 >>510
2号車仕様で作るとなるとハセガワのティレル020Cか021のエンジン部分
(バッジネームが違うだけでエンジン本体の基本骨格は同じもの)が要りますね。 オクタンに載ってたけど海外のオークションでイギリスの例のコレクターのおっさんが持ってた
フィッツパトリックの956-110が出展されたんだな
成立はしなかったが 川本信彦
桜井淑敏
福井威夫
みんな出世してるじゃん どの社かは知らんが、負けた時の当事者だったとすれば出世に響くという話はあるわけよ
最近で言えばホンダのF1担当の新井さんがノラクラ発言を繰り返していたのもそのせい
「売家と 唐様で書く 三代目」じゃないが、時代は変わったのよ。。。 桜井さんエイムの社長(今は会長)になってたのか。
>>518
以前2号車の実物見たらエンジンの上にカバー付いててリアウィンドウからは
エンジンとか見えなかったんで、拘らなければカバーだけ作っておけばいいかとw レーシンゴン、JSPC末期特集で、IMSAはちょこっとだけ。ちょと肩透かし。 >>519
90年のルマンで2位になり損ねたブルン962Cが1億8000万位まで行ったから
最低価格を2億越え位に設定してたのでは? レプソルとかハイドロアルミニウムだっけ、当時のスポンサーは。 956は北米向けが無いし製造期間が短いこともあって
全部集めても30台くらいじゃなかったかと。
962系だったら純正カスタマー仕様だけで80台近くだから
ワークスカーから社外オリジナルまで集めたら凄い事になるけど。 トラストの962GTI-106B(ロイドの自社使用時代も含めヒストリーの塊)の現オーナーなんて
一体幾らで買ったんだろうと。
他にもトラスト所蔵車両の中には最終生産グループに近い車両で、
スペアとして買ったからほとんど動かしてない白いやつもあったし。
「戦績ゼロのかわりにまさかの新車」なんてやつもまたお値段が想像つかない。 いやいや製造者はTWRで、確かバルクヘッドだか一部仕様が僅かに違うんで
車体型式は一応MX-R01(ここに書いてある書式だとMXR-01)じゃないのとw
やっぱりV10なんで僅かにフォードHBよりは長いとかいう理由で
僅かにバルクヘッドが前行ってるか窪ませてるか言ったはず。
どうせ専用に新造するんだったらベルハウジングで修正するよりそっちの方が簡単なのか?
「駆動系で弄ると信頼性の不安要因が増える」でわざとそうしたのか知らんけど。 >>533
JAFのデータでコレってことはシンプルにマツダスピードが型式をXJR-14で申請したってことじゃないの?
バカ正直でアホの子丸出しだけど MX-R01はMV10用の短いベルハウジング新造してるし
多少短くなってもウザいな。 難聴か何かで引退したフォルカー・バイドラーのことは忘れ去られたか >>533
ユーノスやオートラマでジャガー売るべきだったか…(´・ω・) レーシンゴン IMSAは中途半端でいらなかったな後書きで別に出すと書いてあるから
その時はBブラバムや、イントレピットのBライリー辺りのインタビューを取って来てほしいものだ 回顧誌になって何度もCカー特集されたけど
世界選手権とIMSAがまともに取り上げられたことないじゃんか MV10はジャッドから来たままじゃ使いものにならなくてマツダで相当の部品を設計/新造して入れ替えてる筈 >>543
ルマン24H とか 前哨戦のシルバーストン戦、日本大会は別として
他のレースは、89年以降ならまだしも
雑誌屋さんもあまり過去記事・資料持っていないんじゃないかな。 >>541
一応はこの当時ジャガーはフォードグループだったはずなんで
言われてみればやって出来ない話でもなく…。
むしろ何でユーノスでシトロエン売ってたんだってそっちの方が謎なようなw
まーネーミングの妙といえばオートラマフォード767Bですが、
ありゃーオートラマの方から宣伝予算かなんかでちゃんとお金出てたんですかね。 >>544
いっぽうジャッドGVをそのまんま使っていたユーロレーシングの方は
ローラへの支払いが一部滞っていたようで、93年シーズン前にカーグラがローラに取材に行ったら
ファクトリーの片隅に賃貸住宅カラーの方の車が置いてあって売りに出てた由。
しかも「スポーツカープロジェクトは前に日産とやったようなメーカーと組む形でなければ二度とやりたくない」
と言うくらいローラの担当の人激おこ。
F3000失敗して欧州での売上が酷い事になったのは自業自得にしても
ラルースとユーロレーシングと両方が焦げ付いたってのはそりゃ痛いわw >>544
新設計したのはカムとバルブスプリング、ピストンくらい
あとオイル潤滑ライン変える為にブロックも小変更してる
なんせ92年の参戦方針決まるのが遅くて開発スタートしたのが91年12月で
設計期間2ヶ月しか取れなくて出来る事が限られてたという話だからな。
93年はニューマチックスプリングにしてコンロッドやクランクシャフトも新設計、
ポート形状にインジェクターも変えて殆ど別物になる予定だったそうだけど見てみたかったな マツダMX‐R10(シャシー)
=
ジャガーXJR14(シャシー)
て、たしか、雑誌でデビュー戦のレースレポートで書かれてた内容だろ
似てるけど、コピーじゃなくそのものかよwwwと思ったな >>546
ジャガージャパンが既にあったから没ったはず。
オートラマでランチアだっけ。
シトロもランチアもディーラーのメカ教育のための日本語資料作る時に設計思想が皆目違ってて担当が頭抱えてる、という話は流れてきてたw
>>548
中味丸々作りかえてるみたいな話だったから、日の目を見なかった方の話が流れてきたんだね。
話の出所はどちらもデザイン部。 >>546
ドライバーの白鳥氏はマツダディーラの社長 Facebookにはクリハチ・カーズ代表、(元?)勤務先:静岡マツダ株式会社と書いてある。 >>551
白鳥さんなあw
当時は静岡マツダの営業マンだよ。
まあ…いろいろあったからな。 >>549
SWCで91年に使った車両そのものは92年にはTWR-USAに送られてIMSAで走ってるので
マツダ向け(5台といわれる)は車両そのものは新造だそうですがね。
そこでフォードHB→ジャッドマツダのフィッティング関連の設計変更も盛り込まれていると。
ただしストラウドはクルマが実際に出来上がって動き出すまでは設計自体には関わってないというのも
当時から既にネタにされてた話w
イチから作ってる時間が無い中でどれを選ぶかとか相手と商談するのがストラウドの仕事で
その結果選んだのがあの組み合わせだったというのが後年レーシングオンで本人から語られた内容ですが、
むしろSWCやるんならアレで大正解だったかと。ルマンで乗るエース格はF1経験者なんだし。 >>550
ランチアとかアウトビアンキとか扱ってたのはオートザムの方ですね。
しかしセグメント的には街の車屋さんで軽とか小型車がメインというところをフランチャイズで募って、
マツダ製車種の最上級はクレフとAZ-3
(まあマツダの場合ディーラーの縦割りが緩いんで、お客さんに頼まれればRX-7でもセンティアでも出ますが)
ってところにランチア・テーマ832なんて一体どうしろとw
逆にこっちを当て込んで外車の販売協力店とかやってた所がオートザム取った例とかあるのかしらん。
オークラロータリーはオートザムだった事があるようで、昔雑誌に載ってた店舗写真では看板残ってたw R.on 498号 JSPC-1990-92
P76 右下の写真の記事、多分間違っている。
R90CP が2周遅れから、1周遅れになったシーンだと思う。 R.onの特集も元トラスト社長のインタビューがよかったな
92年の初戦の予選で最速ラップをマークしたら騒動になって
次からどんなに頑張っても1番になれなかったというのが面白い 社長って大川さんだっけ?
彼の視点で見たモータースポーツって、どういうもんだったんだろか
会社は、色々浮き沈みがあったみたいだけど せっかくトヨタのマシン手に入れたのにスポンサー取られちゃって…。
実は日産を手に入れる寸前だったと言うのが新事実。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています