ゆとり教育・学力低下総合スレPart19
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「ゆとりと充実」を合い言葉に、学習内容や授業時数を減らしたゆとり教育。 その集大成ともいえる2002年から実施された指導要領。 この流れと同時に巻き起こった学力低下問題。 その煽りを受けて改正が告示された新指導要領。 しかし、新指導要領の改正の告示とともに風化されていくゆとり教育と学力問題。 過去を振り返り、持論を語り、未来へとつなげましょう。 【注意!】 ここは、ゆとり教育or学力問題についての総合スレです。 2011年から実施される新指導要領の話をする場合、または、 業界・生徒指導の話をする場合は、ゆとり教育or学力問題とのからみでお願いします。 前スレ ゆとり教育・学力低下総合スレPart18 http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/edu/1309042001/ http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/edu/1309042001/398- 398 :実習生さん:2012/08/31(金) 19:50:28.64 ID:rtCneQeo ここ3年ぐらい、「わ」を使うべきところで「は」を使ってる異常な文を見かけるんだけどゆとり教育の弊害? http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/26657/1317281176/435 > 余裕で勝ちましたはーwww 足ひっぱりすぎですはwww http://review.rakuten.co.jp/rd/2_213310_13672433_0/ > 奥さんみすてて逃げるは・・感染広めるはで・・・ 618 :実習生さん:2013/04/23(火) 10:55:10.53 ID:lp1SDeku >>398 在日の間で流行ってる表現 最近は真似してるのもいるみたいけどやっぱり在日が多いよ 朝鮮学校の奴とかみんな使ってる 292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/04/22(月) 21:23:02.34 ID:HfDp/FcA0 ジャップはモヅーラとSAMSUNGと提携したくらいで顔真っ赤になるから大変だは 韓国産のものを避けていたら、ジャップはそのうちインターネットも使えなくなるは 295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/04/22(月) 22:05:16.83 ID:HfDp/FcA0 SAMSUNGと提携しただけでファビョうるる韓国コンプのジャップに言われたくないはw 772 :実習生さん:2013/11/05(火) 17:25:50.19 ID:SYce6cn0 >>618 日本語は助詞の習得が難しいとかで、 来日する同胞が覚えやすい表現に変える目的で広めてるらしい・・・ ttp://doors.doshisha.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=BD00009341&elmid=Body&lfname=002000430001.pdf 数学五輪順位 ゆとり圧勝 大学新入生のTOEIC平均点 ゆとり圧勝 センター試験難易度と平均点 ゆとり世代圧勝 教育大卒程度で学力を語らないで欲しい 二期校時代の教育とかゴミみたいな偏差値だし 底辺職の公立中高の教師になるような教育大卒風情が学力を語るなっつうのwww お前らは英語教師であろうとTOEIC平均点は600点程度なんだろ?w ゴミ過ぎ 【国際】日本の大人「学力」世界一 OECD調べ http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1381225094/ 1 名前: ◆CHURa/Os2M @ちゅら猫ρ ★[sage] 投稿日:2013/10/08(火) 18:38:14.96 ID:???0 ★日本の大人「学力」世界一 2013年10月8日 経済協力開発機構(OECD)は8日、16〜65歳を対象に初めて実施した 「国際成人力調査(PIAAC)」の結果を公表した。 日本は「読解力」と「数的思考力」の平均得点が、参加した24の国と地域のうちトップ。 20の国と地域が参加した「情報技術(IT)を活用した問題解決能力」は、 基準の得点を超えた割合が35%で10位だった。 成人力調査は、大人が社会生活を送る上で必要な能力や学力を測るもので、基礎的な問題が中心。 文部科学省は「基礎を重視してきた戦後日本教育に加え、企業の人材育成の成果も出たのではないか」と分析している。 http://www.daily.co.jp/society/main/2013/10/08/0006404358.shtml 【社会】日常生活や職場で必要とされる「成人力」で日本が1位 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1381224171/ 1 名前:ハマグリのガソリン焼きφ ★[sage] 投稿日:2013/10/08(火) 18:22:51.66 ID:???0 日常生活や職場で必要とされる技能(成人力)を測るため、経済協力開発機構(OECD)が24カ国・地域の16〜65歳を対象 に初めて実施した国際成人力調査(PIAAC)の結果が8日公表され、日本は3分野のうち「読解力」と「数的思考力」で1位だ った。「ITを活用した問題解決力」でも、パソコン(PC)で調査を受けた回答者の平均点ではトップだった。 他国と比べ、中上位層が多くて下位層が少なく、上位と下位の得点差も小さいのが特徴。文部科学省は「義務教育などの 成果に加え、企業の人材育成や個人の生涯学習の積み重ねの結果だろう」と分析している。 日本は、読解力が500点満点で平均296点、数的思考力が288点で、いずれも2位のフィンランド(288点と282点)を大きく 引き離し、OECD加盟国の平均を約20点上回った。習熟度別の分布では、レベル5〜1未満の6段階のうち中上位層(レベル3、 4)が6〜7割で参加国中最多。一方、レベル1以下は日本だけが1割未満で、平均的な技能の高さが示された。 時事通信 10月8日(火)18時5分配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131008-00000131-jij-soci 【国際】読解力、米独の高卒より日本の中卒 学歴別でも上位 OECD調査 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1381286383/ 経済協力開発機構(OECD)が8日に公表した「国際成人力調査」では、職業別のほかに学歴別でも 各国の成人の社会適応能力が測られた。日本では高校や大学を卒業していなくても、社会適応能力が高く、 各国の高卒者と同等以上であることが分かった。 OECDは、調査対象者の最終学歴について、中卒者、高卒者、大卒者の3つに大別し、 読解力、数的思考力との関係を調べた。 それによると、読解力では、大卒者で日本が313点に対し、OECD平均は297点。 高卒者は日本が289点に対し、OECD平均は272点。 中卒者は日本が270点に対し、OECD平均は246点となり、日本はどの学歴でも高得点をマークした。 中でも、中学を卒業し、高校や大学に進学をしていない層が、OECD平均の高卒者と同程度で、 米国、ドイツの高卒者を上回ったことが判明。OECDは今回の結果をまとめた報告書のなかで、 日本の中卒者の習熟度が高いことを詳しく紹介している。 (抜粋) http://sankei.jp.msn.com/life/news/131009/edc13100907410004-n1.htm ゆとり教育が悪いということを具体的に言うと、教科書や教育課程が悪いと言うことなのです。これをちゃんと批判しないから、新教育課程や教科書も悪いところが残っているのです。このまま行けば、10年後には高校の理数科教師は中国人、ってなことになるでしょうね。 たとえば、教科書にウソが書いてあるってこと、知ってますか? 訂正。「理科や数学の教科書にウソが書いてある」です。 たとえば、中学を卒業して●年後、同窓会・クラス会(とくに23,24歳頃)で リストラされたわけでもないのにロクに職探しをしないプーやニート、自称“自営手伝い”の無職居候の男子や デキ婚(10代・学生で出産したなど)の後シングルマザーや自称“家事手伝い”の無職居候の女子といったヘタレ共が集まり、 (「可愛い子には旅させよ」という格言を考えるとこの手の親もかなり過保護なんだろう) しかも、派手な外見や服装で来て、会に子供を連れてきたり、自慢気に写メを見せびらかすシングルマザーたち。 そして、在学時代、そんな方向に育て導いた担任教師が、同窓会・クラス会でヘタレ生徒らに囲まれてヘラヘラしている。 裏返すと、真面目に働いたり、難しい試験に合格したり挑戦しているなどの嬉しい、カッコいい報告が出来るようなレベルが高い生徒が同窓会・クラス会に集まらない。 なぜなら、そんな情けない生徒らが大きな顔をしている学級や、担任教師に飽きれ、見切りをつけているから。 あるいは、担任教師がそうした質の高い生徒を見いだしたり、育てていないために元々いないことも考えられる。 本来なら担任教師は、同窓会・クラス会で、卒業した生徒が頑張ったり、今頑張っていることを報告してくれるのを待ち望んでいて、また生徒の成長した姿を見ることをとても楽しみにしているものである。 また、同窓会・クラス会によって担任教師の指導教育能力の高さを証明される機会にもなり得るからである。 ちなみに、卒業アルバムの修学旅行などの集合写真とかを見ると、その学級組織の質とか担任教師の生徒指導の中身などはだいたい判る。 教師は、生徒の将来性や潜在能力を察して、学力や人間性と併せて引き出してやるのが役目。 そうしたことを踏まえると、社会人になってから無職ヘタレやシングルマザーなどが集まる中学とかの同窓会・クラス会の学級組織のレベルと担任教師の指導教育能力は、かなり低いことがうかがえる。 とりわけ担任が“社会科教師”の場合、生徒を社会に通用しないヘタレ社会人に仕立てしまったと言われてしまうのが皮肉と言える。 同窓会・クラス会の季節、あの学級の生徒たちは、20代になって、一体どんな姿になっているのでしょうか? どんな集まりになっているのでしょうか? 胸に手を当てて想像してみませんか? 教科書や教育課程がいかにデタラメかを全く論じないで、教師や生徒、学校がどうのこうのと議論するのは、いかがなものでしょうか。 たとえば、 教科書のウソその1 中学3年生の理科。(啓林館サイエンス3のP.149。中央下にある図43の説明) 「質量100gの物体にはたらく重力が1Nである。」 と書いてありますが、これは「円周率は3である。」 と言ってるのと同じです。せめて“円周率は3.14”にならって 「質量100gの物体にはたらく重力が0.98Nである。」 と書かなければなりません。 この話には、ウソの他に“はなはだしく不適切”であることも指摘しておきます。 そもそも力とは、 (力)=(質量)×(加速度) で表されるものです。なのに、重力を使って習っているので、力の方向はいつも下向き、という余計なイメージを持ちやすのです。高校に入ってこの本当の定義を習うと、混乱してつまずく生徒がたくさん出ます。 これって、教師の教え方のせいですか? それとも教わる生徒のせいですか? あるいは学校に問題があるんでしょうか? 【教科書のウソその2】 中学1年生理科;(啓林館;サイエンス1のP.183の下から2行目) 「・・・・・・。このように、力がはたらくときには、力を加える物体と、その力を受ける物体とがある。」 これもウソ。東西南北を調べるときに使う、全く同じ磁石を2つ並べると、互いに磁力が影響し合って針が動くけど、どっちが力を与える物体で、どっちが力を受ける物体なのでしょうか? 【数字による実証】 ゆとりはそもそも「脱」したのか? 「脱」したとして、それはいつからか? 1992〜2001年(中曽根ゆとり指導要領) 新学力観 生活科導入 段階的学校週5日制移行措置 円周率3でもいい等 小学校総授業時数5785 国・算・理・社・生活合計授業時数3659 中学校総授業時数3150 国・数・理・社・英合計授業時数1995 2000〜2001年 ゆとり指導要領移行措置 2002〜2008年 総合的学習の時間導入 完全学校週5日制 時間数内容の大幅削減 小学校総授業時数5367 国・算・理・社・生活合計授業時数3148(中曽根指導要領と比べて14.0%減) 中学校総授業時数2940 国・数・理・社・英合計授業時数1565(中曽根指導要領と比べて21.6%減) 2005年 小学校で一部発展的記述の内容を加えることを許可 2006年 中学校で一部発展的記述の内容を加えることを許可 2009〜2010年 小学校移行期間 5576時間 国・算・理・社・生活合計授業時数3345(中曽根指導要領と比べて8.6%減) 2009〜2011年 中学校移行期間 2940時間 国・数・理・社・英合計授業時数1625〜1730(中曽根指導要領と比べて19.5〜13.3%減) 2011年 小学校で脱ゆとり 5645時間 国・算・理・社・生活合計授業時数3449(中曽根指導要領と比べて5.74%減) 2012年 中学校で脱ゆとり 3045時間 国・数・理・社・英合計授業時数1925(中曽根指導要領と比べて3.5%減) 「脱」ゆとりされた呼ぶのならば、小学校はゆとり教育が行われたのが2002年から少なくとも2008年 中学校に至っては2002年から2011年までは完全に「超」ゆとり教育が行われていたと言わざるを得ない 2005年から脱ゆとりなんて事実誤認のプロパガンダと言っていい 2005年以降も中曽根指導要領と比べて小学校では14.0%、中学校でも21.6%の時間数削減が続いていた TIMSS 中2数学 1999年 579点(5/38位) 2003年 570点(5/45位) 2007年 570点(5/48位) 2011年 570点(5/42位) TIMSS 中2理科 1999年 550点(4/38位) 2003年 552点(6/45位) 2007年 554点(3/48位) 2011年 558点(4/42位) アホ「学力低下だ〜」「発展的記述が削られて〜」「ゆとり世代は〜」 私は具体的な議論を積み重ねていくことが大切だとおもいます。 【教科書のウソその3】 中学1年生の理科(啓林館サイエンス1のP.75上から8行目) 「地層ができた時代は地質時代とよばれ、・・・・・・」 これはウソです。地質時代というのは、たとえば 「地球が45.5億年前に一つの惑星として誕生した時から人類が文書に記した歴史を残すようになるまでの全期間、 あるいは,地表にあらわれた岩層をもとにして地球の歴史が組み立てられるようになった38億年前から現在までを 地質時代という。」(http://kotobank.jp/word/%E5%9C%B0%E8%B3%AA%E6%99%82%E4%BB%A3 ) というふうに、きちんと説明しなければいけません。 “地層ができた時代”って、いつ? どこで? まるで特定できません。 ここは、化石(索引によるとP.74)とは何か、地層(索引によるとP.78)とは何かを、 全く説明していないのも問題です。 私が最も大きな問題と感じているのは、話の流れが滅茶苦茶で、科学的なストーリーになっていないことです。 まず、有史以前の地質時代について説明し、 そのプロセスを調べる手掛かりとして(書物なんかはないのですから)、地層や化石を調べる、 そして、地層ならば岩石の種類として、火成岩、深成岩、堆積岩について説明・観察し、 化石ならば、示相化石、示準化石について説明・観察する、 というような(これがベストかどうかはともかくとして)、科学的なストーリーにしなければなりません。 “科学的な思考力を養う”ためには、科学的なストーリーにたくさん触れ、科学的な感性を養うことが必要です。 なのに、教科書はそうなっていないのです。ストーリーはバラバラで、やたらと単語が多く並べられ、 ときどき図や写真があるだけでは、とても理科の教科書とは言えません。 こんなものを使って授業をさせられるんだから、生徒も先生もたまったものではありません。 お前の書き込みはゆとり教育と関係なくてスレ違いなんだよ極大馬鹿 私が馬鹿ですか。恐れ入りました。 でも、わざと悪い教科書を作っていることに気がつかないのも馬鹿ではないですか? 教科書や教育課程を作っているのは専門家なのですから。 【教科書のウソその3′】 中学1年生の理科(東京書籍;新しい科学1年のP.219の上から9行目) 「地層が堆積した年代(地質年代)は、・・・・・・」 これも真っ赤なウソ。理由は前述の通りです。 他の人間が馬鹿であることはオマエの馬鹿さを薄めることに1%も貢献しないんだよ馬鹿 丁寧な(?)ご返事ありがとうございます。 私が最も言いたいことは、教育課程や教科書には多くの問題点があり、それが教育現場を混乱させている、生徒も先生も被害者だ、ということです。 もちろん、ダメ教師はたくさんいるでしょうし、ダメ生徒、ダメ親もたくさんいますが、それ以前に 「今の教科書って、学ぶべきものなの?」 という、1番基本的な議論や批判が、ほとんどされていないことが大問題だと思うのです。 教科書や教育課程が間違っているから、まともな先生とまともな生徒だけしかいなくても、 様々な問題が発生してしまうのです。 これを多くの人達に知ってもらい、理解してもらうには、 ウソを指摘するのが1番手っ取り早い(もちろん1番大事です)と考えたからです。ですから、 「そういう段階を踏む様にして作られているのが、教科書というもの。 ということではありませんか?」 という実習生さんのご意見にだけは、同意できません。 教育課程や教科書の内容を批判しないで、ゆとり教育を批判するのは、おかしいと思いませんか。 俺はゆとり教育賛成だし、文部科学省は解体派だよ馬鹿(笑) ゆとり教育が実施されたとき、小中高の子供を持つ文部科学省の事務員の親たちは、こぞって私立の学校に自分の子供を通わせました。 ゆとり教育ではダメになる、と分かっていたからです。ダメだと分かっていて、ゆとり教育は実施されたのです。 今、また同じようなことが繰り返されようとしています。なのに黙って見過ごして、十数年後に子供たちが社会に出てから、ネットで悪口を書きますか。 それは、いくら何でも不毛でしょう。 今、教科書や教育課程を叩きましょうよ。 「学校関係相手の業者だが頑張ってない教師しか目に付かんわ 」という実習生さん 「厳密に言うとそれは誤りです。なぜなら、その値は標準重力加速度であり、重力加速度は場所に よって異なるからです。東京だと9,7976319 仙台だと9、8006583だったかな? 」 という、私よりも鋭い意見で、教科書にある“100gの重さが1Nである。”が間違っていることを示してくれましたね。 それでも私の意見に反対して、教科書を叩こうとしない。 多分、目にした“頑張ってない教師”というのが、想像を絶するほどのものなのでしょうね。 よろしかったら、それがどんなものなのか、具体的に教えて下さい。 >>26 おいおい、それってそれぞれ別人が書いているんだが。 わかっているのかな? この板では名前欄に何も書かないと「実習生さん」になるんだが全部同一人物だと思ってるのか >>28 そうか。ならばこれで満足か?俺は単位取得退学組だが。 はっきり言って、ゆとりなんかどうでもいいわ。 本当に優秀な奴は、カリキュラムごときは超越するはず。 >>16 の実習生さんへ 丁寧なご返事ありがとうございます。 概ね私の考えを代弁してくれていて、感謝します。 ただ、トータルに考えるとともに、深く掘り下げて考えることも大切だと思います。 そうした時に、教科書や教育課程の問題点などを追求すると言った議論が、どこにも見当たらないことは、容易に理解できますよね。 私は、そこが抜けているのは、トータルで見ると、著しくバランスにかけている、と言いたいのです。 特に、ゆとり教育の実施前に、文部科学省の官僚どもが、こぞって自分の子を私立に行かせた、という事実から、真相の一端がうかがえると思いませんか? (続き)そこで、“授業時間数が減った”という(大事な見解ですが)前に、詰め込み教育の正体をもう一つ踏み込んで見極める必要があると思うのです。 たとえば、速読英単語(風早寛著;Z会出版)という本があります。これは、読んでみれば分かりますが、覚えるべき重要単語を使って、おもしろい文章が書かれているのです。 この本に書いてある単語を抜き出して、単語帳を作って覚えるのと、おもしろい文章のまま覚えるのとでは、どちらが覚えやすいかは言うまでもありませんね。 つまり、詰め込み教育は、授業時間という量だけでなく、ストーリー性の欠落という質の点でも論じなければならないと思うのです。 ストーリー性がなくなったから(質が落ちたから)、「詰め込み教育」になってしまったと私は考えます。 「考える力を養おうとし、ゆとりある個性を活かした教育」を実現するためには、ある程度高いハードルを、いくつも越えていかなくてはなりません。 現実は、そう甘くはないと私は思いますが、いかがでしょうか? >>31 どう見ても現場の意見ですね。尊重します。 そうですね、私の実体験をお話しましょうか。 私はモロ理系で英語が超不得意、そこに「読め」と バイトの業務命令が下った。 結果、何が起こったと思います? 院試の英語トっツは俺。知ったのはかなり後です。 学校の先生も生徒も一般社会も勘違いしてるけど、 “良い学校の先生”とは、生徒に好かれる、生徒に人気があることじゃない。 良い先生とは、「強い生徒を作れるか」「強い生徒を作ったか」なんです。 そして、“強い生徒”とは「周囲からの雑音(バッシング)を跳ね返せる」跳ね返すことができる生徒のことなんです。 ここでいう雑音とは、侮辱や暴言、イジメといった趣旨のものも含まれます。 そして、そのような先生についても、先生自身に向けられる雑音(バッシング)も跳ね返せれる、跳ね返している強い先生なんです。 生徒と衝突したり、生徒たちから嫌われたりしても、強い生徒を育成できたなら、あるいは強い生徒を育成できるのなら、その先生は“良い学校の先生”ですし、 どれだけ生徒たちから好かれて人気があっても、強い生徒を育てられないのであれば、良い先生なんかじゃない。 そういう先生は、自身に向けられる雑音(バッシング)を跳ね返すことができない。だから、生徒に好かれることで包み隠しているだけの話なんです。 プロ野球で言えば、落合博満。彼は選手のときも、監督に就任したときもバッシングを受けまくった。 落合は現役時代に初めて三冠王を取ったとき、評論家から「あの成績では三冠王に値しない」と言われ、その数年後に凄まじい成績で2年連続で三冠王を取っている。 監督に就いたときも、「あんな奴が監督になってもチームは分解し、ダメになる」という前評価に対し、通算8年間で、4回リーグ優勝と日本一1回(この年リーグ2位)になっている。 現役時代も監督時代も万人に好かれていたと言い難かった落合は、現役時代の自身にも、また監督時代の選手にも冒す自己管理が凄く、また自分自身や選手を見る眼も優れていた。だから、このような雑音に惑わされることなく、金字塔を打ち立てる(勝つ)ことができたのです。 学校時代、好かれなくも、同級生たちからからバッシングをされても、落合のようにそれを跳ね返す強い生徒とかを見ていると、 そういう生徒とは、周囲からの雑音に惑わされず、自己管理が出来ている、また自分や他人を見る眼があるから、潰されずに勝っていくんです。 たとえ1人でも、強い生徒を作ったり、作ることができるような先生は、“良い学校の先生”と言えるのではないでしょうか? >>34 ご意見に異存はありません。 問題は、そのような“良い先生”をどうやって増やすか、 “良い先生”が仕事をしやすい環境をどうやって作っていくかだと思うのです。 そう考えていくと、どうしても文部科学省は邪魔になるのです。 なぜならば、教育現場を知ろうともせず、悪いと分かっている“ゆとり教育”を、平気で学校に持ち込むからです。 新教育課程もインチキだらけなんですよ。 まずこれを、多くの人たちに知ってもらう必要がある、と私は思うのです。 いかがでしょうか。 自分で生きる力をつけるのならば、知識と考える力と行動力をリンクさせられる ようにしていかなければいけないと考えます。いくら楽しく覚えても知識だけでは×。 総合的な学習のねらいもそういった意味では肯定できます。ただし、現場でその ようなねらいのための実践が行われているかといえば疑問も多くありますが。 >>36 “良い学校の先生” “良い教育実習生” の評価基準 × 生徒に好かれたり人気がある(学校教師はアイドルではない。ある意味で弱い教師ほど生徒に好かれている) △ 教え方が上手い(学習塾や予備校講師にも出来るしやり方も上) ○ いわゆる強い生徒をつくれる(批判や誹謗中傷などにも耐え跳ね返せる) 教師だけじゃない。アホな教育実習生も同じ。 自分の教科に一切関係がない 若くて美人やイケメンの教師の授業を覗きたがるし 自分好みな可愛い女子やカッコイイ男子がいる学級を、理由をつけて授業視察したがる。放課後の部活指導も同じ(あるいは休日や放課後の部活指導見学に来ない)。 職員会議(朝礼)開始寸前に遅く登校・出勤するわ、アッシー君に学校に送り迎えしてもらうし、しかも実習に似つかわしくない服装でくる上に香水のにおいプンプン 実習生控室は掃除したがらず、他の真面目な実習生にやらせてるし、 空き時間に化粧はするわ、彼氏とケータイメールやスマホはするわ、菓子を飲み食いしながら実習生同士で恋人の話はするわ、テレビは観てるわで、 陰の態度や言葉遣いは… こんな実習生は一見、生徒とウマが合ってるようで、単に精神年齢や思考レベルが生徒と同じなだけ。 授業も淡々とこなして生徒からウケがいいように見えて、ただシンプルなだけで工夫に欠ける。 要は、生徒ないし指導教諭を惑わしているだけの話で単なる芝居役者。 だから、強い生徒はつくれない。 かえって、生徒や指導教諭に意見して衝突したり嫌われたり、または授業が下手な実習生のほうが着色されてなく、 むしろ早く学校に来て準備をしていたり、服装や態度(控室でテレビなど観たりしない)、言葉遣いなども裏表がなく必死で真面目な感じがして、 本当の意味で、強い実習生に値する。 長くなったけど、こうした教師ないし教育実習生の教育力、教師力に関する評価・判断基準が間違っているから、 結果的に先を見据えて強い生徒とやらがつくれないのだと思う。 「総合的な学習のねらいもそういった意味では肯定できます。」 そして、その実現のために、文部科学省の担当者が、熱心に学校に訪れ、それぞれの学校の実態(教師の能力・生徒のレベルなど)に合った内容が提示できていれば、きっと成功したでしょう。 しかし現実は、きれい事を並べた意味不明のものが一方的に送られて、教師は教材作りに悩み、生徒は満足感を得られないというのが実情だそうです。 やはり、文部科学省は教育の敵ですよ。 >>38 そのような実習生たちを育てたのは学校で、その学校を滅茶苦茶にしたのは、主に文部科学省の無責任さにあると思います。 やはり、生徒と先生との接点になっている教科書が、問題になると思います。具体的なものを探して見ますので、しばらく時間を下さい。 >>39 その通りです。「総合的な学習」は当初の目的を目指せば日本の教育革命となりうるもの だったと思います。文部科学省は教員だけでなく、国民全体に向けてテレビCMで訴える などすべきでした。目的が理解されないまますすんだ結果、矮小化され歪んだかたちに なってしまっています。ただ、まだこの時間がある以上はここからでも本来のかたちに 戻すことは可能かもしれません。 >>40 問題がある実習生は、掃除当番や私生活とかでは態度が良くなくて、 陰では現場教師や生徒のことを呼び捨てやアダ名を付けてで呼んでみたり、悪口まで言っているほど。 八方美人の芝居役者なのに、陰を見抜けずに教育実習生として素晴らしいなどと高く評価がされる始末。 正体は弱い教育実習生の姿であって、肝心の強い生徒はつくれない。 一方の強い実習生は、私生活や言葉遣いが真面目。よく働くからか、むしろ口下手ゆえに授業も下手。 しかし、悲しいかな。指導教諭たちはこの手の実習生の短所ばかり責めてしまい、いい部分を見ていないもの。 これは、生徒の悪いところだけを評価し、いい部分を見ずに眠っている素質を引き出せない教師と同じ意味になる。 学校教師は、結果的に5年、10年先といった中長期計画という観点から、生徒や実習生を指導していく必要がある。 正体を隠している生徒や実習生たちに騙されて、強い生徒を育成できないでいる理由とは、そこにあるのだと思う。 “良い学校の先生” “良い教育実習生” “良い学校の生徒” いずれも、周囲から飛んで来るバッシング(悪口やイジメなど)に耐えて、跳ね返せる。 それがたとえ、3年、5年、10年、20年…かかっても、中長期で実践できたら“強い先生”“強い実習生”“強い生徒(卒業生)”と評価できる。 学校時代を回想してみても判ると思う。 生徒の頃、同級生や教師らから罵詈雑言を浴びるなどした生徒がいたとして、それから卒業して5年、10年、20年経ってどんな姿なってるか? 引きこもっていたり潰されてるどころか、罵詈雑言を跳ね返したように、自分の目の前を堂々と歩いたり働いたりしてる姿を見掛けたら、そいつの事を「強い」(無職なら弱い)と思うだろう。 学校時代「あんな勉強が出来ない奴」「カッコ悪い」など悪口を言われていた生徒が、「いつか必ずオマエを超えてみせる」と陰で努力をしていて、 気がつくと、いつの間にか跳ね返して強い生徒(卒業生)に変身している。 そうなると、侮辱や見下された当時の態度から一転して「あんな奴が何で」「調子に乗りやがって」などの嫉妬や僻み、ライバル意識に変わり、 そうしたものを受けて「悔しかったら、文句があるなら数字(評価)で勝ってみろ。それからモノを言え」という気持ちでさらに努力を積み、 それらに打ち克って、強い(カッコいい)自分を目指していく… 学校時代を思い出すと、そんな風に這い上がっていった生徒が必ずいたと思う。 これは、学校教師(定年退職後も含む)や教育実習生(教職と無関係な道に就いた場合も含む)にも当てはまる話。 プロ野球で言えば、中日監督時代の落合は「野球は体で覚える(野村監督の場合アタマでやる)もの」として、12球団で最も練習がハードだった。 レギュラー選手になればコーチの言うことなどに不満も出るが、落合監督だけは違い、「文句があるなら俺の現役時代の数字を抜いてみろ」「俺に勝ってからモノを言え」という態度でレギュラー選手に接していた。 現役時代から色んな雑音を跳ね返してきた落合だが、 ハードな授業をする学校の先生(教育実習生)も同じで、逆らう(弱い)生徒がいたら「学校(大学を含む)時代の俺の数字・評価を超えてみろ」「それからモノを言え」という落合同様の態度を示して、強い生徒を育てるべきなのである。 日本「学力向上」=読解・科学4位、数学7位−上海が連続3冠・国際調査 経済協力開発機構(OECD)は3日、65カ国・地域の15歳約51万人を対象に2012年に実施した第5回国際学習到達度調査(PISA)の結果を公表した。 日本は「読解力」と「科学的応用力」が4位(09年の前回8位と5位)、「数学的応用力」が7位(同9位)で、 03、06年の下落から上昇に転じた前回を順位、平均得点とも全分野で上回った。 3分野とも成績上位層の割合が増える一方で下位層の割合が減っており、文部科学省は「学力が向上している」と分析。 下村博文文科相は「少人数教育の推進やゆとり教育からの脱却、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)などの取り組みが着実な成果を上げたのではないか」と述べた。 上海が2回連続で3分野ともトップ。香港とシンガポールがそれに続くなど、アジア勢が上位に多く入った。 (2013/12/03-19:05) http://www.jiji.com/jc/zc?k=201312/2013120300826 閑話休題 >>41 の実習生さんへ。 総合的な学習の本来の形について、よろしければ教えて下さい。 国際学力調査、日本は過去最高点 「脱ゆとりが奏功」 2013年12月4日10時08分 経済協力開発機構(OECD)は3日、2012年に65カ国・地域の15歳約51万人を対象に実施した学習到達度調査(PISA〈ピザ〉)の結果を公表した。 日本の平均点は、「読解力」「数学的リテラシー(応用力)」「科学的リテラシー」の全3分野で、現在と同じ調査方法になって以降、最高だった。 国・地域別順位も2回続けて上昇し、学力の向上傾向が鮮明になった。 PISAは00年から3年ごとに実施され、今回が5回目。調査方法は、読解力は当初から変わらず、数学は03年、科学は06年から現在と同じ。 国・地域別順位では上海が前回に続き、3分野全てで1位だった。 日本は無作為抽出の約6400人が受けた。平均点は読解力538点(4位・前回比18点増)、数学536点(7位・同7点増)、科学547点(4位・同8点増)。 7〜8段階の習熟度別では、全3分野で上位層(レベル5以上)が増え、下位層(レベル1以下)が減った。 文部科学省は、学習指導要領の改訂や少人数指導の普及など「脱ゆとり」の施策が好成績の要因とみる。 「いわゆる『ゆとり教育』から脱却し、確かな学力を育成する取り組みが功を奏した」。下村博文文部科学相は3日、そう喜んだ。 http://www.asahi.com/articles/TKY201312030495.html 【教科書にあるはなはだしく不適切な例その1】 中学1年生理科(啓林館サイエンス1のP.23下の方) “根の様子の観察”としてタンポポが挙げられているが、タンポポの根は、短いものでも2〜3mくらいあり、長いものになると地下約10mくらいまである。 「根を切らないようにして」と書いてあるから、数mくらい掘って調べてみないと“タンポポの観察”とは言えない。数m掘る? 誰が? どうやって? もっと他の現実的な例の方がいいんじゃない? 【教科書にあるはなはだしく不適切な例 その2】 中学1年生理科(啓林館サイエンス1のP.24の5〜8行目) アブラナ、エンドウ、イネ、ススキ、ユリが紹介されているが、言葉だけで写真がない(特に根の)。これでは、都会に住んでいて見たことがない生徒には、何も分からない。 【教科書にあるはなはだしく不適切な例 その3】 中学1年生理科(啓林館サイエンス1のP.42の中ほど) 「被子植物のなかまをさらに細かく分類するには、どのようなちがいに着目すればよいだろうか」 これにはたくさんの答があります。 実際に、歴史的には色々な分類がされてきているし、 今でも1つとは限りません。(エングラー体系、新エングラー体系、クロンキスト体系など)。 (続き) インターネットで“植物の分類”をキーワードにして検索すると、新しい植物分類学というのが出てきました。 更に“被子植物の新しい分類学”で検索すると、 “1998年に登場し、その後2回改訂された新しい被子植物の分類体系”として、 APG体系(ミクロなゲノム解析から実証的に分類体系を構築するものであり・・・・。)が紹介されています。 これを読むと、21世紀においては、被子植物の分類はAPG体系で学ぶべきであり、 教科書は旧い20世紀の分類知識だということが分かります。 分類の発想自体が全然違うのです。いいのかねぇ、こんなことで。いいわけないでしょ。 テストで“被子植物はゲノム解析を元にして分類する”って答えたら×になるのでしょうか? >>19 でも書きましたが、教科書の内容は、科学的なストーリーでなければなりません。しかし、現状はそうなっていないのです。 たとえば、数年前に「女王の教室」というTV番組がありましたね(>>43 の実習生さんの言わんとすることとよく似ている、と私は感じていますが)。 これを、まず出演者一人一人の名前や個性、番組における役割などを、数十ページにわたって説明し、 最後に2〜3ページでストーリーを説明する、というのが教科書のスタイルです。これではおもしろくも何ともないですよね。 ただただ苦痛なだけです。 まず、ストーリーから入らなければいけません。 たとえば中学1年生の地学(東京書籍P.184〜236、啓林館P.52〜95)。 各教科書の内容と、Wikipediaの http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%8F%B2%E5%B9%B4%E8%A1%A8 を比べてみて下さい。 このように、まずストーリーがあり、小学生にならアバウトに、中学生にならそこそこに、高校生になら専門用語を使って丁寧に教える、というのが本来の形ではないでしょうか。 理数科の教科書や教育課程がおかしくなってから20年以上たちます。教科書や教育課程についての議論がほとんどありません。 私は、学校の先生の多くが、文部科学省の営業マンになってしまっているのではないかと危惧しています。 失礼しました。>>51 の訂正です。“地球史年表”をキーワードにして検索すると、文字通りのHPが出てきます。 【教科書のウソその4】 中学1年生理科(東京書籍;新しい科学1年P.66上から6行目〜8行目) 「ものを外見で判断する場合に、物体というのに対して、ものをつくっている材料から判断する場合は、物質という。」 そうすると、木でできた椅子の場合、物体は椅子で、物質は木? そんな馬鹿な。木は物体ですよね。 参考までに。 物体とは、具体的な形をもって空間に存在しているもの。〔yahoo辞書より引用〕 物質とは、物体をかたちづくり、任意に変化させることのできない性質をもつもの。〔Wikipediaより引用編集〕 【教科書にあるはなはだしく不適切な例その4】 中学1年生(啓林館サイエンス1のP.109;11〜14行目) 「図3の物質は、砂糖、かたくり粉、食塩のうちの1つであるが、細かくすりつぶしてあり、手ざわりでははっきりと区別できない。この物質は何だろうか。」 〔私の答〕なめてみればすぐ分かります。 すぐには分からなくて、もっと興味がわくような例がいいのでは? ついでに言うと、P.108下から4行目から最後までにかいてある物体と物質の説明 「図1で、コップは、使う目的や形などでものを区別したときの名前で、それを物体という。また、コップを作る材料で区別するとき、その材料になっているガラスやプラスチックを物質という。」 も悪いですね。 【教科書のウソその5】 中学1年生の理科(東京書籍;新しい理科1年P.67〜68) まとめとして、金属とは何か、きちんと説明しなければいけません。 <参考> 金属の定義は正確に定められていて主に以下の5つの特性を合わせ持つ物質を指す。 1.延性(叩くと伸びる)、展性(引っ張ると伸びる)に富む 2.電気伝導性を持つ 3.熱伝導性に富む 4.イオンにおいて正電荷である 5.「金属光沢」と呼ばれる独特の光沢を持つ ニコニコ大百科からの引用 http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%87%91%E5%B1%9E 4.は2年生で習うようなのであえて触れる必要はありませんが、“金属の定義は正確に定められて”いるのですから、1〜3と5は基礎知識として、教科書にしっかり明記すべきです。 【教科書のウソその6】 中学1年生の理科(東京書籍;新しい理科1年P.64〜83、啓林館サイエンス1のP.108〜120) 金属だけかと思ったら、物質のまとめもなかった! いくらごちゃごちゃ書いたって、まとめがなくては何にもならない! <参考> 物質のまとめ http://www.max.hi-ho.ne.jp/lylle/bussitu2.html を是非見て下さい。教科書に比べたら、ものすごく分かりやすいと思いませんか。 2年の「原子と分子」では「混合物」と「純粋な物質」に分け、純粋な物質をさらに「化合物」と「単体」に分けたり、「分子をつくるもの」と「分子をつくらないもの」に分けたりしています。 1年生のうちは「有機物と無機物」に分かれること、「金属と非金属」に分かれることをおさえてください。 【危険な教科書】 中学1年生の理科(東京書籍新しい科学1年P.75の「ガスバーナーに火をつけるとき」のB) 「マッチに火をつけ、ガス調節ネジを少しずつ開いて、点火する。」 なぁ〜んて小さな字で書いてありますが、これをよく読まないで、ガス調節ネジを開いてからマッチをつける生徒がいたら、どうします? このページに限らず、実験に際しての注意事項(特に危険な操作など)がほとんどないのは、理科の教科書として失格ですよ。 【教科書のウソその7】 中学1年生理科(東京書籍新しい理科1年P.78表1の下に続いて上から5行目、啓林館サイエンス1のP.113上から10行目) 「このように(このような)炭素を含む物質を有機物という。」 これもウソです。たとえば、一酸化炭素は炭素を含んでいますが、有機物ではありません。 例外をきちんと書かなければいけませんよ。 【理科の教科書のはなはだしく不親切な例】 中学1年生理科(啓林館サイエンス1P.116下から12 ̄11行目) 「図14のようにして、てんびんではかる物質そのものの量を質量という。」 これで中学1年生の生徒に分かりますか。“物質そのものの量”って何のことでしょう。 脚注に「P.188〜189を参照。」と書いてあるので、その2ページを読んでみましたが、何だかごちゃごちゃしていてよくわかりません。 まず、質量と重量は違うんだよ、ということを教えなければなりません。 そして、たとえば 「地球上で60gの物質を天秤で量ると、60gになります。 体重計に60gのものを乗せると、地球上では60gです。 この物質を、月に持って行ったとします。 月の引力は、地球の約1/6です。 体重計に地球上で60gのものを乗せると、10gと表示されます。 これは、物質にかかる力(引力)が1/6になるためです。 ところが、天秤の場合は分銅自体の重さも1/6になるため、 重量が地球上で60g、月で10gの物質も、60gの分銅とつりあいます。 質量は物質の絶対的な量を表すもので、どんな状況下においても変わりません。 対して重量は、物に対してかかる力を表します。 地球上であれば、ほぼ質量=重量となります。」(yahoo知恵袋から引用編集) のように説明してあげなければ、生徒は誰も分かりませんよ。 【理科の教科書のはなはだしく不親切な例その2】 >>62 の続きです。 同教科書P.117上から2〜3行目 「物質1cm3(立方センチメートルです)あたりの質量を密度という。」 質量の説明が全然だめだから、これでは密度も分からなくなりますね。 これには脚注がついていて、 「密度は温度によって変化する。」 と書いてあります。ますます分からない。何が分からないのかが分からなくなってしまいます。 この“何が分からないのかが分からなく”なると、生徒はもうどうしていいかわからない状態に陥ります。 これが教科書ですか? “どうしていいかわからない状態に陥”らせるのが教科書ですか。そうではないでしょう。全く逆でしょう。 【危険な教科書その2】 中学1年生理科(啓林館サイエンス1P.98〜99) 「実験を正しく安全に進めるために」 と称するならば、“失敗や不足の事故に備えて”という項目が必要ではないですか。 たとえば、硫酸の入った試験管を、誤って落としたとき、 「しまった! 先生に怒られちゃう!」 と思って、慌てて砕けた試験管の破片に触れたりしたら・・・・・・。 実験に興味がある生徒ほど、いろいろしてみたくなるもの。 “失敗や不足の事故に備えて”という項目は、どう考えても必要ですよ。 閑話休題 教科書のウソについて、その教科書の著者になっている某大学教授に電話してみました。何て答えたと思いますか? 「そのような指摘があったことを文部科学省に報告しておきま〜す。」 だって。学校の先生以外には、責任を取るヤツなんていないんですよねぇ、現実は。 【教科書のウソその8】 中学1年生理科(東京書籍新しい理科1年P.98下から4行目以降) 「また、水に砂糖をとかす前の全体の質量と、とかした後の全体の質量は変わらないことからも、・・・・・・」 これを示す実験結果がありません。普通に実験すると、全体の質量はとかす前ととかした後では同じにならないんですよね。とかした後の方が少しだけ少なくなってしまうんです。 【教科書のウソその9】 中学1年生理科(東京書籍新しい理科1年P.100上から1〜3行目) 「砂糖を水にとかすと、砂糖水ができる。この場合、砂糖のように、とけている物質を溶質といい、水のように、溶質をとかす液体を溶媒という。」 それでは。 “焼酎にお湯をとかすとお湯割りができる。” この場合、どっちが溶質でどっちが溶媒なんですか。 少なくとも、溶質・溶媒のように、新しく出てきた言葉については、次のようにきちんと説明するべきです。 ようしつ【溶質 solute】 溶液をつくるさいに溶かすべき物質(気体,液体,固体)を溶質という。たとえば食塩の水溶液についていえば,溶質は食塩であり,溶質に対して溶かす成分である溶媒は水である。 溶質が液体(たとえばエチルアルコール)の場合に溶質が溶媒(たとえば水)に無制限に溶けることがある。このような場合は溶質と溶媒の区別はしにくいが,存在している量または割合の小さいほう(50%以下)を溶質ということが多い。【橋谷 卓成】 (http://kotobank.jp/word/%E6%BA%B6%E8%B3%AA コトバンクより引用) ついでに言うと、濃度や密度は小学校で習ってきていることになっていますが、きちんと解っている生徒が何人いるか・・・・・・・。 そのフォローの方が重大ですよ。解ってなければ、水溶液や物質の密度の話なんて、チンプンカンプンですから。 脱ゆとり教育は本当かどうかは、このような具体例から始めないと不毛な言葉のすれ違いで終わってしまいます。 【危険な教科書その3】 中学1年生理科(東京書籍の新しい科学1年P.93) 危険な気体、という項目の中に、シアン化水素も入れておくべきでは? いちいち上げたら切りがないことはわかっていますが、シアン化水素は俗に“青酸”という名で知られていて猛毒です。 高校に行くとシアン化ナトリウムや塩化水素を扱う機会があってもおかしくありません。 そのとき、先生の話を聞いてなくても、「この2つを混ぜたら死ぬ!!」ということを知っていれば、無用の事故を防げます。 >>60 それは、教科書が間違っているだろw 通常の手順は、ガス栓を閉じておく→。ガス調整ねじを調整する→マッチをつける→ガス栓を開く。だろ。 ガス調節ネジを開くのには通常は両手(左右で逆ひねりされている)が必要なくらい固く閉じられている。 【教科書のウソその10】中学3年の理科。(啓林館の「サイエンス3」のP.200) まず、地球温暖化の問題は実験・実証が不可能な問題であり、これについての議論は、 多くが限られたデータに基づく推論の域を出ないことを、きちんと指摘しなければなりません。 次に、十数年前から「地球は氷河期に入る、または入っている。」 という有力な見解が出ていることにも触れなければなりません。 http://tabimag.com/blog/archives/2005 以上のことから、この問題の結論は十人十色であり、結論に至る議論のプロセスこそが大事です。 そしてそれは、科学的思考力を養うのに十分な効果があります。 答が○か×かではなく、科学的に思考して結論を出しているかどうかで○か×かが決まるのです。 なのに、・・・・・・。 中学3年の理科。啓林館の「サイエンス3」のP.200の上から12〜24行目には、次のようにしか書かれていません。すなわち、 地球温暖化 近年、人口が増加し、・・・・(中略)・・・・洪水や干ばつなどがふえたりするといわれている。 とだけしか書かれていないのです。温室効果ガスも、二酸化炭素とメタンだけしか紹介されていません。 (続き) 実は、メタンガスは二酸化炭素の20倍の温室効果が有り、そのメタンガスが、シベリアの凍土に大量に含まれています。そして、 地球温暖化⇒凍土が溶ける⇒メタンガスが大気中に大量に放出される⇒地球温暖化 の悪循環が、現実に繰り返されているのですが、教科書にはそのような記述は全くありません。 何よりも気になるのが、科学的思考や議論をする余地がまったくなくて、 ただ覚えておくだけいい、というような、 まるで英単語を覚えるような体裁の書き方になっていることです。 (ロシアの機嫌を損ねたくない?まさか、ねぇ)。いずれにせよ、とても理科の教科書とは言えません。 >>26 >>61 >>66 マニアックな知識だな。特に 66。量子論レベル。発熱反応による質量の喪失とか。 理学部を出ていないと(出ていてもだけれどw)本当にちんぷんかんぷん。教育学部では学ばないだろうな。 【犯人は文部科学省その1】100gの重さが1N 【教科書のウソ】シリーズが、ついに2桁の大台にのりました! ばんざ〜い、ばんざ〜い、拍手、拍手、・・・・・・ では、これを記念して、真犯人をご紹介しましょう。 中学校学習指導要領解説理科編 http://www.fuku-c.ed.jp/center/contents/kaisetsu/tyuurika.pdf のP.32の13〜14行目に、 「力の大きさについては,単位としてニュートン(記号 N)を用いる。1 N の力とは, 質量が約100g の物体に働く重力と同じ大きさであることを知らせる。」 と書いてあるます。 質量が約100g の物体に働く重力は、富士山の頂上と文部科学省の玄関とでは、同じにならないんでしたよねぇ。 違う重さのものを、1Nという同じ力、というのは明らかにウソですよねぇ。 「・・・・・・1 N の力とは,質量が約100g の物体に働く重力と同じ大きさであることを知らせる。」 と書いてあるってことは、ウソを教えなさい、ということですね。 つまり生徒を騙せ、ということになりますね。 騙すという行為は、法治国家である我が国日本においては、詐欺行為という刑法犯罪になる行為です。 専門家が書いたものでしょうから、これがウソだと充分分かっていて書いたんですね。 つまり、文部科学省は、日本全国の公立中学校の理科の先生に、刑法犯罪を強要したことになります。 日本中のおまわりさん、大至急真犯人を捕まえて裁判にかけて下さい。何しろ確信犯なんですから、情状酌量の余地は全くありません。 >>75 「約」100g の、「約」で言い逃れていて法的にセーフという解釈も orz >>74 の実習生さん、それは誤解です。教科書を読んで、解らないところを、インターネットなどで調べているだけの、ただの素人ですよ。 >>76 理科で物理的な量を定義するときに、“約”なんていう言葉を使って定義すること自体が、間違いです。言い逃れはできません。もちろん許しません。国民の敵ですから。 どうでもいいな ウソを教えてはいけないという姿勢がそもそも反科学的だし >>79 「ウソを教えてはいけないという姿勢がそもそも反科学的だし」 意味がわかりません。 >>71 の実習生さん 教科書の間違いのご指摘ありがとうございます。 【犯人は文部科学省その2】 “「生命」や「地球」などの科学の基本的な見方や概念”のインチキ 中学校学習指導要領解説理科編 http://www.fuku-c.ed.jp/center/contents/kaisetsu/tyuurika.pdf のP.71の10行目に、 “「生命」や「地球」などの科学の基本的な見方や概念” という不可思議な文言が出てきます。 科学の基本的な見方や概念の中に、「地球」や「生命」は入っていません(ネット上でいろいろ検索して調べてみましたが、そのようなものは出てきませんでした)。 たとえば、“科学の基本的な見方”で検索すると、 科学的方法(かがくてきほうほう)とは、物事を調査し、結果を整理し、新たな知見を導き出し、知見の正しさを立証するまでの手続きであり、かつそれがある一定の基準を満たしているもののことである(Wikipediaより引用) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%9A%84%E6%96%B9%E6%B3%95 また、“科学の基本的な概念”で検索すると 概念(がいねん)コンセプト(英: concept)とは、物事の総括的・概括的な意味のこと。ある事柄に対して共通事項を包括し、抽象・普遍化してとらえた意味内容で、普通、思考活動の基盤となる基本的な形態として頭の中でとらえたもの。イメージなど。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/01/14 13:15 UTC 版) (基本概念 から転送) ってな具合で、「生命」も「科学」も出てきません。教科書会社は、文部科学省の顔色をうかがいながら教科書を作っているのでしょうから、非常に困っているでしょうね。可哀想に。 【犯人は文部科学省その3】中学1年生の地学が、科学的ストーリーにならない! >>51 で私が主張した、「科学的なストーリー」ができない理由が分かりました。 中学校学習指導要領解説理科編 http://www.fuku-c.ed.jp/center/contents/kaisetsu/tyuurika.pdf のP.17の表で中学1年生のところを見ると、 火山と地震 ・火山活動と火成岩 ・地震の伝わり方と地球内部の働き 地層の重なりと過去の様子 ・地層の重なりと過去の様子 という順番になっています。これでは順番が逆。これじゃダメだ。 地層の観察から出発して、岩石・鉱物・化石などを手がかりにし、過去を推察していくのが、地学の勉強の基本じゃないですか。そうすればいろいろな単語などが自然とつながってきます。 もちろん、火山の話も入ってきます。 また、地震の話は、地学よりも物理ですよねぇ。こんなところに紛れ込んだのは、>>83 で指摘したことの影響ですかな。とにかく、教科書会社の皆様、大変ご苦労さんです。 すいません。訂正です。>>83 の下から2行目の「科学」は「地球」の誤りです。 【教科書のウソその11】 中学1年生理科。溶解度と再結晶(東京書籍新しい科学1年P.103〜105) P.104で紹介されているように、80℃の硝酸カリウムの飽和水溶液を、温度を下げてその再結晶を作る実験をするとき、 20℃まで下げると再結晶の量が変わることが時々あります。これを同説明しますか。 実験は、理科の学習においては非常に大切なものです。 教科書の説明と実験の結果が違うのが原因で、理科嫌いになる生徒は少なくありません。理論値と実験結果が異なるのは、理科では珍しくありません。これを常に丁寧にフォローして行かないのなら、 本当ならば理科が大好きになるはずの生徒たちを、ただいたずらに理科嫌いにしていくだけで、理科の教科書とは言えません。 【教科書のウソその11】 中学1年生理科。物質の姿と状態変化(東京書籍新しい科学1年P.109上から7行目以降) 「・・・・・・、わたしたちの身のまわりにある物質は、すべて、個体、液体、気体のいずれかの状態で存在している。・・・・・・」 上記3つの他にも、いわゆる“流動体”っていうのがありますよねぇ。これは、素人には(つまり生徒にとっても)個体でも液体でも気体でもないと思うんですが・・・・・・。これは個体ですか、それとも液体ですか。 たとえば、事務用品のノリ。個体も液体もいろいろありますが、たいていはドロドロした流動体ですね。 固体と液体の境目って、なんでしょうか。これにきちんと答えてないのだから、 “わたしたちの身のまわりにある物質は、すべて、個体、液体、気体のいずれかの状態で存在している。”はウソになりますね。 【教科書にあるはなはだしく不適切な例その5】謎の物質X>>55 【教科書にあるはなはだしく不適切な例その4】の続き 中学1年生理科(啓林館サイエンス1のP.110) 【教科書にあるはなはだしく不適切な例その4】中学1年生(啓林館サイエンス1のP.109;11〜14行目) 「図3の物質は、砂糖、かたくり粉、食塩のうちの1つであるが、細かくすりつぶしてあり、手ざわりでははっきりと区別できない。この物質は何だろうか。」 〔私の答〕なめてみればすぐ分かります。 なので、P.110の内容 1.目的 何が問題なのか・・・・・・。 2.予想 今まで経験したことや、・・・・・・下調べをしたり、・・・・・・予備実験をしたりして、予想をたてる。 3.・・・・・・実験計画を立てる。(以下略) 4.実験を行う。(以下略) 5.実験結果をまとめる。(以下略) 6.実験結果からわかることをまとめる。(以下略) は、ただただシラジラしく、たいくつなだけです。 これって、誘導尋問みたいですよねぇ。 ごめんなさい。また訂正です。>>87 の【教科書のウソその11】は【教科書のウソその12】の誤りです。 必死に書いてるけどここで書いてもあまり意味ないんだよなぁ・・・ でもやってることは正しいことだと思うから応援します 【教科書にあるはなはだしく不適切な例その6】教科書と辞書の羅列を見比べてください。 中学1年生理科(東京書籍新し科学1年P.104) ■実験の結果から■実験6で、水溶液から取り出した個体は、いくつかの平面で囲まれた規則正しい形をしていた。 これを結晶という。結晶の形は、物質によって決まっている。 ■溶解度と溶解度曲線■物質の多くは、水にいくらでもとけるわけではない。 一定量の水に物質をとかしていき、物質がそれ以上とけることのできなくなった水溶液を、 その物質の飽和水溶液という。 ある物質を100gの水にとかして飽和水溶液にしたときの、とけた物質の質量を溶解度という。 溶解度は物質によって決まっていて、水の温度によって変化する。 水の温度ごとの溶解度をグラフに表したものを溶解度曲線という。 以上が教科書の内容。実験6は前ページに載っていて、 @物質をとかす A熱してとかす B冷やす C蒸発させて観察する が図解で1ページだけで説明されています。これを読んだだけでは全然わかりません。実際にやってみても分かるかどうか。特にCまで成功させないと、結晶は見れませんから分かりませんね。次は辞書の説明の羅列です。 (続き) 結晶 結晶とは物質の粒子が規則正しく並んだ固体です。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1411148339 yahoo知恵袋からの引用 飽和水溶液 ある温度で水に溶質を溶かしたとき、それ以上溶けなくなった状態の溶液。 http://www.weblio.jp/content/%E9%A3%BD%E5%92%8C%E6%B0%B4%E6%BA%B6%E6%B6%B2 生物学用語辞典より引用 溶解度 ある物質(溶質)が他の物質(溶媒)に溶解する限度. 飽和溶液中における溶質の濃度で表される. http://kotobank.jp/word/%E6%BA%B6%E8%A7%A3%E5%BA%A6 コトバンクより引用 溶解度曲線 溶解度曲線(ようかいどきょくせん)とは、 物質の溶解度と温度との関係をグラフにしたものである。 一般に縦軸に溶解度を、横軸に溶媒の温度を示す。 溶解度を視覚化する事で、再結晶効率の検討などが容易となる。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%B6%E8%A7%A3%E5%BA%A6%E6%9B%B2%E7%B7%9A Wikipediaより引用 どうですか。教科書の方が解りやすいと思う生徒はどのくらいいるんでしょうかね。私はというと、辞書の説明の羅列の方が分かりやすくていいですね。難しいことでも、何がわからないかがはっきりするので、次に何を調べればいいかを自覚できますし・・・・・・。 >>90 応援ありがとうございます。 「ここで書いてもあまり意味ないんだよなぁ・・・ 」 私は意味があると思っています。 ここで書くだけで終わらせるつもりはありませんので。 過疎ってるし別にいいんじゃないか? ROM専の奴も多いだろうし それにスレ違いだとは思ってないぞ俺は 【教科書のウソその13〜14】 中学1年生の理科(東京書籍新しい科学1年P.105下から6行目以降の問い) @ 硝酸カリウムは、60℃の水100gに何gとけるだろうか。 〔私の答〕109.2g溶かすと飽和水溶液になるのだから、109.2gまでなら何gでも溶けます。 A @の硝酸カリウムの水溶液を60℃から40℃まで冷やしたとき、何gの硝酸カリウムが結晶として出てくるか。 〔私の答〕@で何g溶かしたか分からないから、何通りもの答えがあります。 仮に109.2g溶かしたとしても、あくまでも中学レベルの実験だから、 表の通り45.3gピッタリの結晶が出てくるとは限りません。 実験値と理論値は違っているのがむしろ普通。まず、これにどう対処するかをはっきり教えておかないと、実験して得られた実感と、教科書の内容とが合わなくなります。 生徒は納得できないまま教科書を学ぶことになるので、実験をして学習する意味がなくなります。興味を持っていろいろ実験してみようという気がしなくなるのではないでしょうか。 “教科書のはなはだしく不適切な例”としないで、敢えて“教科書のウソ”とした理由は、これです。 実験の結果と理論上の結果には必ずと言っていいほど、誤差などが生じます。 しかし、教科書にあるほとんどの実験が、それに全く触れていません。だからウソです。 教科書には、誤差などについてどう対処するかを、きちんと書いておくべきです。 【教科書のウソその15】循環型社会が地球を救うH26-3-30 中学1年生理科(啓林館サイエンス1P.154〜155) まず教科書の記述。P.154ひろがる世界 循環型社会が地球を救う 「・・・・・・。(3行目から)わたしたちが捨てようとしているごみの中には、そうした物質の性質を利用して区別され、すがたをかえて、ふたたび利用されるものがあります。 話し合ってみよう ごみの種類によって、処理のしかたにどんなちがいがあるのだろう。 燃やせるゴミ(以下略) 燃やせないごみ(以下略) 「(P.155)コンピュータや液晶テレビ、・・・・・・(以下略) レアメタルとは(以下略) 未来へひろがるサイエンス レアメタルのリサイクル(以下略)」 以上が教科書の記述の概要です。“循環型社会が地球を救う”ことについての説明がありません。つまり、循環型社会がなぜ必要か、それがどうして地球を救うことになるのか。これについての説明がないのです。隠しているとしか思えません。 (続き) 経済発展、生活の豊かさ・便利さの代償として、地球規模で様々な環境の変化が起きていて、 人類にとって生活環境は、いろいろな面で悪化しています。 人口問題・食糧問題など、深刻な問題が山積しているのです。 それらの有力な解決策のひとつが“循環型社会”の実現なのです。 (http://www.pref.kochi.lg.jp/ ~junkan/vision_hp_new/hajimeni.htm http://www.pref.kochi.lg.jp/ ~junkan/vision_hp_new/1bu_mokuji.htm http://www.pref.kochi.lg.jp/ ~junkan/vision_hp_new/2_1riyu.htm より引用編集) 「環境への配慮が大事なことだ」という考えは、多くの方々が持っていると思います。 しかし、「今の生活の便利さを投げ出してでも環境を大切にしよう」と考え、 それを実践できる人は限られていると思います。 環境を守っていくためには、個人の意志や努力だけに頼るのではなく、 誰もが無理なく環境にやさしい生活をおくることができるように、 みんなで知恵をあわせて、私たちの暮らしに影響を与えている社会の 仕組みについても考え直していくことが重要です。 (http://www.pref.kochi.lg.jp/ ~junkan/vision_hp_new/hajimeni.htmより引用) (続き) 最低でもこれぐらいは書くべきでしょう。いろいろな業界からの圧力に屈していては、教育はできません。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.1 2024/04/28 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる