X



トップページ占術理論実践
625コメント1371KB
【勉強会】The QABALISTIC TAROT【+雑談】Part7©2ch.net
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001名無しさん@占い修業中 転載ダメ©2ch.net
垢版 |
2017/07/11(火) 06:22:40.12ID:QE4/wbCN
近代タロットの理解にはカバラの知識が必須であることは、割とよく
知られていると思います。
しかしなから、タロットの理解に必要なカバラの知識って、日本に
おいては、あまり紹介されていないのが現実なんですよね。

というわけで、タロットの理解に必要なカバラの基本的知識を得るために
以下の本を引用、翻訳、考察しながら、色々と勉強していきたいと思います。

書名:The QABALISTIC TAROT
   A TEXTBOOK OF MYSTICAL PHILOSOPHY
   カバラ主義のタロット
   神秘主義的哲学の教科書
著者:Robert Wang

※話題への、ソコはちゃうやろ的ツッコミとか、雑談とかは歓迎ですが、
教えて的な質問に答えたりとかは面倒なので、スルーする可能性が高いです。
0474名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/02(金) 06:07:24.82ID:r4rk0QlV
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
It is the purity and innocence of THE FOOL as it is transformed in the projection
of Microprosopus through Binah.
それは「ビナー」を通して「ミクロプロソプス(小さな顔)」の投影の中に変換されるので、
それは「愚者」の純潔と純真である。

The idea that THE FOOL (child) is at the same time THE HERMIT (old man) may best
be understood by meditating on the snake which holds its tail in its mouth, the
traditional symbol of wisdom.
「愚者」(子供)が同時に「隠者」(老人)でもあるという考え方は、伝統的な知恵の象徴
である、その尾をその口に持つ蛇について瞑想することにより、最もよく理解されるかも
しれない。
--- ここまで ---

最初の文の「It/それ」は、「愚者」から「隠者」へと受け継がれた、「expression of
the same energy/同じ精力の表現」、すなわち「劣化愚者のエネルギー」です。

ちなみに、「0:愚者」の属する「至高の三角形」と、「9:隠者」の属する「倫理的三角形」
は、「深淵」で絶縁されていますので、両者の間は、電磁誘導的な「見えざる力」で
エネルギーの伝達が行われていると推定できます。
例えて言えば、「至高の三角形」のループ内では、超高周波電流が流れており、その電磁場
に励起されて、「倫理的三角形」のループにも超高周波電流が流れるような関係ですよね。
そういう意味では、「ビナー」単体から「9:隠者」に向けて、直接電流が流出するような
イメージは、ワタシにはありませんので、上記の文には、ちょっと違和感があります。

あと、尾を口にくわえた「ウロボロスの蛇」が、「愚者」と「隠者」の関係性であるという
説明は、両者の次元が違いすぎるので、両者を同等扱いするのには違和感があります。
「9:隠者」は、あくまでも「0:愚者」の劣化コピー、すなわち一部の属性を制限付きで
受け継いだものであり、中身は「子供」の属性を受け継いだものの、外見は属性を受け
継がなかったために、劣化して「老人」になったと、ワタシ的には考えています。
0475名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/03(土) 06:11:44.18ID:HKkb+XRs
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
It has been stated that JUSTICE, the Path opposite THE HERMIT, administers the
energies in manifestation of THE FOOL.
「隠者」の反対側の「小径」である「正義」は、「愚者」の顕在化の精力たちを管理して
いることが、述べられたことがある。

Thus, we appreciate that JUSTICE and THE HERMIT must also work together in some
basic way.
従って、我々は、「正義」と「隠者」もまた、ある基本的な方法において連携して働かな
ければならないことを認識する。

One clue to this mystery is, again, in the [lamed][aleph], JUSTICE + THE FOOL,
which is also the God Name of Chesed, point of origin of the Path of THE HERMIT.
また、この神秘への1つの手掛かりは、 [lamed][aleph]、「正義」+「愚者」の中にあり、
それはまた、「隠者」の「小径」の起点でもある。
--- ここまで ---

以前に、「11:正義/ラメド/牛突き棒」と「0:愚者/アレフ/牛」、そして「ケセド」の
神名である [lamed][aleph] という、単なるこじつけにしか思えないような関係性について
述べられていますが、似たようなこじつけで、「9:隠者」と「0:愚者」が関連付けされます。
もちろん、これは単なるこじつけではなく、「ひらめき」と称する特殊能力によるもので
あって軽視すべきものではないのですが、胡散臭さというものは否めないですよね。

それはともかく、「ケテル」が「セフィロト」の起点であるのと同様に、「0:愚者」は
「小径」の起点であるため、「ケテル」から流出した中性的な「0:愚者」エネルギーが
分化して成長し、男性的な「9:隠者」と女性的な「11:正義」となって、「劣化ケテル」
である「ティファレト」で両者が合体して、新たな「子宇宙」を生み出すというストーリー
は、それなりにイケそうな感じもします。
ということで、「9:隠者」の持つ男性的かつ生産的な神秘エネルギーの性質について、
より深く妄想を、いやいや検討を続けてみようと思うのでした。
0476名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/04(日) 06:49:54.46ID:DrC0wueR
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
Most important is that THE HERMIT represents communication between the Higher Self
of Tiphareth (the Ruach) and the Spiritual Self of Kether (the Yechidah).
最も重要なことは、「隠者」が「ティファレト(ルアク)」の「高次の自我」と、「ケテル
(イェキダー)」の「霊的自我」の間の伝達を表しているということである。
--- ここまで ---

またもや、単なる思いつきに過ぎないような結論だけのネタが出ていますので、その背景に
ついて、単なる思いつきに過ぎないような理由を、考えておきましょう。

まず、「ティファレト」は、「ミクロプロソプス(小さな顔)」でもある「ルアク/霊」の
中心にあって、「マクロプロソプス(大きな顔)」の核であり「イェキダー/唯一」である
「ケテル」の劣化コピーであることは、既に述べた通りです。
そして、「ティファレト」と「ケテル」の主な交流関係は、
・「2:高等女司祭」による上意下達ルート
・「9:隠者」&「0:愚者」の量子もつれ状態による相互交流ルート
の2つのルートを通じて行われるということですかね。

とはいえ、これらの「ケテル」から「ティファレト」へと流出する情報やエネルギーは、
下界に住む我々の理解を越えたものであるゆえ、だから何?としか言えないわけであり、
それを知っていたからといって、特に何の役にも立たないわけです。

まあ、ここでネタとして知っておくことは、ゴールデン・ドーン版の「0:愚者」に描かれた
「裸の子供」が「薔薇樹」から手に取る「黄色の薔薇」は、年月が経ち、原始宇宙が
冷えて固まった後に、「9:隠者」が手に持つ「灯」となった、ということぐらいですかね。

そして、もし我々の霊が、上位世界における霊的時間を遡ることができるのであれば、
我々は「9:隠者」から「0:愚者」へとタイムワープして、「ケテル」へと到達することも、
理屈の上だけならば可能なわけです。
まあ、現実的には不可能なのですが、あり得ないことを妄想するのも、研究の一つなのです。
0477名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/05(月) 06:21:36.70ID:jACazjUW
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
For this reason the Golden Dawn text calls THE HERMIT the first of three great
initiatory cards, the others being STRENGTH and THE CHARIOT.
この理由により、ゴールデン・ドーンの本文は、「隠者」を、3つの偉大なる参入のカード
たちの最初のものであると呼び、その他のものは「力」と「戦車」である。
--- ここまで ---

ここも単なる思いつきに過ぎないような結論だけのネタですが、少しだけ余計な詮索を
しておきます。
ちなに、この「Golden Dawn text/ゴールデン・ドーンの本文」というのは、『The Golden
Dawn/黄金の夜明け魔術全書(下巻)』の『THE TAROT TRUMPS/タロー・トランプ」の
「IX 隠者」の項にあります。

まず、「this reason/この理由」というのは、「9:隠者」は、単に「ティファレト」と
「ケセド」とを結ぶだけではなく、「0:愚者」を通じて「ケテル」にも通じているという
主張(原因)だと思われるのですが、それが結果的に、なぜ「three great initiatory
cards/3つの偉大なる参入のカードたち」となるのかが、いきなり、わけわかめです。

一つ考えられるのは、「9:隠者」の男性精力と、「7:戦車」の起点となっている「ビナー」
の女性性との関わりです。
元々、「ビナー」の女性性は、「コクマー」の男性性と対になっており、「聖四文字」
の「ヨッド」が「コクマー」に、「最初のヘー」が「ビナー」に配属されています。
一方で、ヘブライ文字としての「ヨッド」は、「9:隠者」に配属されており、それゆえ
「9:隠者」が、「8:力」と「7:戦車」を通じて「ビナー」との関係を築くことも可能です。
そうなれば、「9:隠者」は、「0:愚者」との連携により、「至高の三角形」のパワーを
自在に操れることになるという筋書きなのですが、とはいえ、「ビナー」の体目当てで
近づく下心のある男は、「深淵」にて、ほぼ完全に遮断されています。

じゃあ、どういう下心を持って「ビナー」に言い寄ったらいいのか、いやいや「偉大なる
参入」を目指せばいいのかという問いについては、ワタシには答えられないのでした。
0478名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/06(火) 06:33:54.51ID:ygpkyrX8
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
In this regard it should be pointed out that the experiences of all these Paths
may be gained on the Path of THE HIGH PRIESTESS.
この点については、これら全ての「小径たち」の経験は、「高等女司祭」の「小径」に
おいて得られるかもしれないことが指摘されるべきである。

That Path not only encompasses all Paths above Tiphareth, but crosses the Abyss
with its devastating experience of Divine reconciliation through isolation.
その「小径」は、「ティファレト」より上位の全ての「小径たち」を包含するだけでなく、
「孤立を通じた神との調和」の、その圧倒的な経験で「深淵」を横断する。
--- ここまで ---

また話がいきなり飛びますが、ここも、あくまでも微粒子レベルで存在するかもしれない
ネタとして、聞き流してください。

さて、この「2:高等女司祭」の「小径」は、「ティファレト」から直接「ケテル」に至る
という、不精者にとっては、とても有り難い道のように思えるのですが、これは高所から
落下するウォータースライダーのような「ただ上から下へと流れ落ちるだけの道」であって、
そこを人力で登ることは不可能です。
ちなみに、「Divine reconciliation/神との調和」は、キリスト教の用語でよく使われる
「Divine reconciliation/神との和解」(『新約聖書:2コリント』5:11〜)とは、おそらく
異なるニュアンスです。

つまり、どうしてもこのショートカットを登りたい人は、通常の人力ではなく、独りで
行う「神との合一」によるエクスタシーを利用することにより「絶頂=ケテル」に至る
ことができるということのようです。まあ、よう知らんけど。
とはいえ、「2:高等女司祭」をわざわざ持ち出さなくても、まずは「9:隠者」の噴射エネ
ルギーと、それをコントロールする「11:正義」の方向舵の働きを、きちんと理解すれば、
「ティファレト」から上位世界へと登ることは、決して不可能ではないようにも思えますし、
そういう地道な努力こそが、登頂の近道ではないのかな、とも思うのでした。
0479名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/07(水) 06:01:31.37ID:ClOCYY/r
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
However THE HERMIT may be described, it is pre-eminently one of union.
たとえ「隠者」がどのように説明されても、それは結合の顕著なものの1つである。

It represents the first point of awareness by the Higher Self of the Supreme
Spiritual Self, explicable only in the most erotic of imagery.
それは、最も性愛的な映像でのみ説明可能な、「究極の霊的自我」の「高次の自我」に
よる最初の気づきの地点を表す。
--- ここまで ---

話を元に戻しますが、「9:隠者」と「11:正義」は、「ケテル」から流出した、中性的な
「0:愚者」から発生し、成長して、「9:隠者」が男性(精巣)で、「11:正義」が女性
(卵巣)というように、それぞれ性的に成熟し、そこから放出されたエネルギー(精子と
卵子)が、「劣化ケテル」である「ティファレト」の子宮で再び結合して、この顕在化
した宇宙(子)が誕生するという流れになります。
もちろん、「9:隠者」以前の「小径」にも、そういう男女の分化(進化)はあるのですが、
性的に成熟して結合して、「親神」の劣化コピーである「子神」を成すことが出来るのが、
この「9:隠者」と「11:正義」の段階であるということですよね。

つまり、「9:隠者」の見た目は、性的な欲望を持たない枯れた老人のように見えるのです
が、それは世間を欺くための仮の姿であって、実際は、「ヨッド」、すなわち「聖四文字」
の「最初の男性パワー」を内に秘めた、老いたヒツジの皮を被った精力絶倫のオオカミ
であるというのが結論となるわけです。

もちろん、この「精力絶倫の男性パワー」を手に入れることが出来れば、この宇宙全体を
支配できるようなスーパー魔術師になれるわけですので、色々な人が「9:隠者」の力を
手に入れようとしたようですが、並みの人間では、全く歯が立たないのが現実ですので、
あくまでも「ファンタジー世界での話」であると割り切っておくことが必要だと思います。

でもまあ、そもそも「神」を語ること自体が、「ファンタジー」ですしおすし。(元も子もないオチw)
0480名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/08(木) 06:24:00.45ID:bBi7A1wh
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
This idea is supported by the Sepher Yetzirah, which attributes sexual love to the
simple letter Yod.
この考え方は、「性愛」を単字の「ヨッド」に帰属する、『The Sepher Yetzirah/セフェル・
イェツィラー(形成の書)』により支持される。
--- ここまで ---

というか、ウェストコット氏の英訳版『セフェル・イェツィラー(形成の書)』において、
「ヨッド」に「Sexual Love/性愛」が割り当てられているせいで、その結果として様々な
エロイメージが「9:隠者」に向けられてしまっているということですよね。

念のために言っておきますが、『セフェル・イェツィラー』には公式版は無く、様々な
バリエーションが存在しているため、「ヨッド」は常に「sexual love/性愛」に帰属
されているわけではなく、全然違うものに帰属されているバージョンもあります。
ちなみに、ウェストコット氏の英訳版においても、初期版では「the sexual appetite/
性欲」となっていましたので、ひょっとすると、ゴールデン・ドーン版タロットの作画
段階で、「9:隠者」にふさわしい解釈に変更した可能性もありますよね。

さて、「9:隠者」の「ヨッド」が「性愛」を象徴するという件は、トート版においては
見た目そのままで表現されていますが、ゴールデン・ドーン版においても、性的パート
ナーとなる「11:正義」と、以下のように対比させることで、理解することが出来ます。
・人物像:老いた男神の立像 vs 若い女神の座像
・右手に持つもの:棒(火の象徴) vs 剣(空気の象徴)
・左手に持つもの:ランプ(地の象徴?) vs 天秤(水の象徴?)
要は、「今から夜這いに行くぞ」という男と、「そうは簡単にはさせないわよ」という
ツンデレ女の、馬鹿ップルのじゃれ合いみたいな感じになるわけですかね。

見た目は、お互いに恋愛には興味なさそうな「9:隠者」と「11:正義」ですが、実は裏では
そういうスキャンダラスな性的関係(ただし肉体関係ではない)にあるということで、
まあ、人は見かけだけで判断してはいけないという話なのでした。
0481名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/09(金) 06:41:46.56ID:2C2qGyum
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
But this is not the sexuality of coition, for the card is the essence of isolation
and singularity.
しかし、カードが孤立と特異性への本質であるため、これは性交の性欲ではない。

The "sexuality" is self-contained and self-sustaining, a quality cryptically
described in the Golden Dawn documents as "Prudence."
この「性欲」は、自己完結型であり自己持続性であって、ゴールデン・ドーンの文書に
おいて、不可解にも「慎重さ」として記述される品質である。
--- ここまで ---

我々の住む世界における「sexuality/性欲」は、生殖本能、すなわち「種の持続」のため
に「子」を為す「性交/coition」と結び付けて考えられます。
その一方で、上位世界の「sexuality/性欲」は、生殖本能とは関係ない、つまり、永遠
かつ無限の存在であって、生き残るために「子」を残す必要は何も無いわけです。
まあ、そういう点では、一生童貞&処女であっても何の問題も無いわけですが、それでは
この我々の住む「子宇宙」が創造されないので、そこは何とかしてほしいわけです。

つまり、この我々の宇宙は、「性交の性欲」無しで、つまり「性欲抜きで性交」した結果の
「子」であるということになるわけです。
現代風に言うと、「9:隠者」から取り出された「精子」と、「11:正義」から取り出された
「卵子」が、「ティファレト」という人工授精装置で受精して発生するという感覚ですかね。

そして、このカードが「Prudence/慎重さ」であると、『The Golden Dawn/黄金の夜明け
魔術全書(下巻)』の『THE TAROT TRUMPS/タロー・トランプ」の「IX 隠者」の項に記述
されているのも、このカードが、人間界で言う「男性性」を意味しないことを示しています。

じゃあ、一体、これは何なの?と聞かれても、そもそも、この宇宙には存在しない概念です
ので、ワタシとしては何とも答えようが無いんですよね。
結局のところ、皆さんの御想像にお任せします、としか言えないのでした。
0482名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/10(土) 06:28:53.46ID:JEN37SUj
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
Yod is related to Kether not only insofar as it is isolated and self-contained,
but also in that it forms the graphic root for all of the other letters of the
Hebrew alphabet.
「ヨッド」は、それが孤立して自己完結している限りだけではなく、ヘブライ語アルファ
ベットの他の文字たち全ての図形の根源を形成するという点においても、「ケテル」に
関連付けされる。
--- ここまで ---

またもや、単なる思いつきだけの結論ですが、そもそも上位世界を論理的に記述可能な
理論は存在しないので、そういうもの、つまり何でもありの言ったもん勝ちの世界である
と思っておいてください。

さて、「ヨッド」が「ケテル」に関係するという話ですが、「生命の木」から見れば、
本物の「ケテル」と上下鏡像関係にある「劣化ケテル」である「ティファレト」に
関係した話であって、そして「ケテル」に結びついた「0:愚者」と上下鏡像関係にある
もの、つまり、「9:隠者」は「劣化愚者」としての位置にあるという話になります。

そして、「0:愚者」=「アレフ(空気)」=「ヘブライ語アルファベットの最初」が、
全てのヘブライ文字の根源であることと同じように、というか劣化した上下関係として、
「9:隠者」=「ヨッド」=「聖四文字」も、全てのヘブライ文字の根源となるということ
になるわけです。

もう一つ言うと、「劣化ケテル」である「ティファレト」を起点とした「劣化愚者」は、
「9:隠者」の他にもあり、それは以前に述べたように「13:死」です。
そして、ゴールデン・ドーン版の「0:愚者」、「9:隠者」、「13:死」を並べてみると、
それらの絵柄の裏には、何と無く共通する要素があるように感じられるのではないかと
思うのですが、あまりにもレベルが高すぎて、ワタシには簡単に言葉に出来ないので、
後は読者の皆さんに丸投げしておこうと思うのでした。(←無責任ww)
0483名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/11(日) 06:53:00.62ID:GKGaJaI6
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
Moreover, the Yod is phallic.
さらに、「ヨッド」は男根である。

It is the Male-Fire which rushes out toward the Female-Water.
それは、「女性−水」に向かって飛び出す「男性−火」である。

In the Golden Dawn version this is symbolized by the sign on the front of the
Hermit's hood.
ゴールデン・ドーン版においては、これは「隠者」の頭巾の前面にある記号により象徴
される。
--- ここまで ---

「9:隠者」=「ヨッド」=「phallic/男根」という考え方は、トート版では非常にわかり
やすく表現されています。
一方、ゴールデン・ドーン版では、「9:隠者」の名にふさわしく、巧妙に隠蔽されており、
一般人にはエロカードとして認識されないように、「火」の元素の記号と、「ヨッド」の
ヘブライ文字の組み合わせによって、象徴的に表現されています。
そして、ウェイト版では、さらに表面的なエロ要素は隠蔽されていますが、よく見ると、
山頂すなわち絶頂状態にある「男性神」が、下界に対し、あまねく「光=精子」を振り
撒いて、子を産み出しているという構図になっています。

ちなみに、「ヨッド=男性=火」と「ヘー=女性=水」の関係は、主として「コクマー」と
「ビナー」の関係ですので、より下位の「9:隠者=ヨッド=男性=火」は、「女性−水」
だけでなく、「女性−地」に対しても関係を持ちます。
それゆえ、「9:隠者」は、『旧約聖書:創世記』の冒頭の「光あれ!」に関連付けて考える
ことが出来るわけで、そこから「9:隠者」が我々の宇宙の「父」であり「創造主」であると
いう話に繋がってくるということになるわけです。
とはいえ、このストーリーには、一つの大きな謎、というか未解決の問題があります。
それは、「9:隠者」は「男根」ではあるけれども、「精子」ではないということです。
0484名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/12(月) 06:04:36.22ID:dygNZP19
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
The Yod within a fire triangle means that the Yod is the very essence of spiritual
fire within Microprosopus.
火の三角形の内にある「ヨッド」は、「ヨッド」が「ミクロプロソプス(小さな顔)」の
内にある霊的な火の、まさしくその本質であることを意味する。

It is, thus, an aspect of the Chokmah Force.
従って、それは「コクマー」の「力」の面である。

It is the All-Father in manifestation below the Abyss, which is related to the Logos.
それは、「ロゴス」に関連する、「深淵」の下の顕在化における「全父神(最高神)」である。
--- ここまで ---

ゴールデン・ドーン版の「9:隠者」の頭巾に描かれた三角形の「火」の記号と、その中に
描かれた「ヨッド=火」の組み合わせは、この隠者が、最強クラスの「ほのお」タイプの
魔術師であることと、その内に偉大なる「男性パワー」を秘めていることを意味しています。
そして、その「男性パワー」は、「聖四文字」の「ヨッド=火」が割り当てられた、「天上
の父」である「コクマー」を源泉としていることまでは、想像できます。

ちなみに、「生命の木」において、「ティファレト」に流入する「小径」は、「慈悲の柱」
からは「4:皇帝」(積極的な男性)と「9:隠者」(むっつり型の男性)、そして「峻厳の柱」
からは「6:恋人たち」(積極的な女性)と「11:正義」(ツンデレ型の女性)というように、
しっかりとタイプ別に整理されているのは、とても親切ですよね。

とはいえ、それらの「男性パワー」や「女性パワー」は、我々が良く知っているような
男女の恋愛成分やエロ成分を全く含まないので、うかつに例え話をすると、ほぼ確実に
誤解されてしまうという難点があります。
つまり、素人でも分かるような文系でもなく工学系でもなく、素人には全く理解不能な
純粋脳内理論というか純粋数学系に近いものなので、例え話をすること自体が不可能です。
つまり、ここでのワタシの話は、本当は全てが無意味であることを、ご承知おき下さい。
0485名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/13(火) 06:14:30.66ID:5NMiCOp/
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
The concept of Logos, while not at all difficult, is often misunderstood.
「ロゴス」の概念は、少しも難しいものではないとはいえ、しばしば誤解される。

Logos is a Greek term usually considered to mean word, which came to represent
a principle of both Greek and Hebrew metaphysics.
「ロゴス」は、通常は、ギリシアとヘブライの両方の形而上学の原則を表すようになった
「言葉」を意味すると考えられる、ギリシアの用語である。

In the simplest possible terms: The Logos is a link, an intermediary between God
and Man.
できる限り最も簡単に言えば:「ロゴス」は絆(きずな)であり、「神」と「人」の間の
仲介者である。

The same is true for any sacrificed God, including Christ, Osiris, or Buddha.
同じことが、キリスト、オシリス、仏陀を含む、どのような犠牲にされた「神」にも当て
はまる。
--- ここまで ---

いきなり話が変わって、「Logos/ロゴス」なる用語が出てきております。
この「ロゴス」は、元々は古代ギリシア語で、元々は形而上学的な概念を表すものであり、
そして『旧約聖書』がヘブライ語で書かれた一方で、『新約聖書』はギリシア語で書かれ
ていることもあり、この「ロゴス」は、『新約聖書』、すなわちクリスチャン・カバラに
関連する概念であると考えられます。、
じゃあ、それは何なのかと言えば、『新約聖書:ヨハネ福音書』1:1の「初めに言葉(ロゴス)
があった。言葉(ロゴス)は神と共にあり、言葉(ロゴス)は神であった。」が全てです。
つまり、「もはや何でもあり」という、「もう全部『ロゴス』一人でいいんじゃないかな」
的な、究極無敵ワードとなっているわけです。
そして、我々の理解の範疇を完全に越えているという意味で、「while not at all difficult
/ぜんっぜんっ難しくないよ!」と自信を持って言える言葉である、というオチなんですよね。
0486名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/14(水) 06:08:17.67ID:DkAxpEEi
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
On the Tree of Life Tiphareth is the objective Logos, the objective center of energy
produced by the Demiurge (Chesed) as a direct link of the Lower with the Higher.
「生命の木」に関しては、「ティファレト」は客観的な「ロゴス」であり、「低位」と
「高位」を直接連結するものとして、「デミウルゴス(小さい創造主)」(ケセド)により
生み出される精力の客観的な中心である。

But, in terms of the Paths, which are subjective, the link is on the Path of the Hermit.
しかし、主観的である「小径たち」に関しては、連結するものは、「隠者」の「小径」にある。

This is to say that while objectively Tiphareth is the Logos center; subjectively,
in order to understand this transitional energy, we must rise above Tiphareth
toward Chesed, on the Path of THE HERMIT.
これは、客観的には「ティファレト」が「ロゴス」の中心であるという一方で;主観的には、
この過渡的な精力を理解するために、我々は「隠者」の「小径」の方へと、「ケセド」に
向かって「ティファレト」を超えて登らなければならない、と言うことである。
--- ここまで ---

いずれにしても、「Logos/ロゴス」は、我々の手の届かない世界、すなわち「高次の自我」
を形成する「倫理的三角形」の産物であって、地上にいる我々には到底理解できないという
オチ、いやいや結論で、良いと思います。

ということで、もっと深く詮索してみたいという人は、自己責任で、お願いします。

え、あまりに無責任ですか?
でもまあ、この上位世界で「objectively/客観的」とか「subjectively/主観的」とか
言われても、全くピンと来ないので、しょせんワタシが語るのは無理なんですよね。
複素数(実数と虚数)の概念とも異なるし、敢えて言うなら、十次元世界の中で、四次元
成分を除いた残りの縮退した六次元の中身を「客観的」と「主観的」に分けるようなもの
ですので、そこに何の意味があるのかさえ分からない状態ですしおすし。
0487名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/15(木) 05:51:28.52ID:dx9NnUNX
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
Qabalistic attitudes toward what is called the Logos relate largely to Philo, a
Jewish philosopher living at the time of Christ.
「ロゴス」と呼ばれるものに対する「カバラ主義」の態度たちは、「キリスト」の時代に
生きていたユダヤ人哲学者である「フィロン」に、大きく関係している。

He was a synthesizer of Greek and Hebrew thought.
彼は、ギリシア人およびヘブライ人の思想の統合者であった。

To the Hebrews the "word" (vibration) was Power.
ヘブライ人たちにとって、「言葉」(振動)は「力」であった。

To the Greeks, the Logos was "spermatic," meaning that it was the source of All.
ギリシャ人たちにとって、「ロゴス」は、それが「全て」の源であったことを意味して
いるので、「精液」であった。
--- ここまで ---

「Philo/フィロン」は、アレクサンドリアのフィロン(BC20-50AD)と呼ばれており、古代
ローマ時代にエジプトのアレクサンドリアで活躍したユダヤ人哲学者で、『旧約聖書』を
ギリシア哲学を応用して解釈した人物です。
当然のことながら、伝統的な古い思想体系を、新しい思想体系で解釈する行為は、正統派を
自認する人々からは異端視されることになりましたが、当時、同じく異端視されて迫害され
ていたイエス派に注目されて、『新約聖書:ヨハネ福音書』などの、キリスト教の思想の
中に取り込まれました。

とはいえ、「言葉」が「ロゴス」であることはともかくとして、それが「精液」であると
いう例えは、明らかに誤解を招きやすい行為ですよね。
まあ、本来は何かに例えることが出来ないシロモノですので、何でもありと言えば何でも
ありなのですが、こういう誤解を招くような例えのせいで、永遠の処女である「9:隠者」が、
もはや何でも孕ます究極の「エロジジイ」にしか見えなくなってしまうのでした。
0488名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/16(金) 06:32:29.73ID:xJCBMg6X
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
Heraclitis described it as a Divine Fire which stimulated and maintained order.
「ヘラクレイトス」は、それを、秩序を刺激し維持する「神の火」として述べた。

The Stoics saw the Logos as an all-pervading force in the world.
「ストア派哲学者たち」は、「ロゴス」を、世界において全てに充満している力として
見ていた。

Later the neoplatonic doctrine of the Logos in emanations influenced the writer
of the Sepher Yetzirah.
その後、流出たちにおける「ロゴス」の新プラトン主義の教義は、『セフェル・イェツィ
ラー(形成の書)』の作者に影響を与えた。
--- ここまで ---

「Heraclitis/ヘラクレイトス」は、「エフェソスのヘラクレイトス」(BC535-BC475)と
呼ばれている古代ギリシアの哲学者であり、「ロゴス」は「火」であり、「火」が万物
の根源であるという考えを示しています。
そういえば、「水が万物の根源である」という説もありますので、古代においては、「火」
が先か「水」が先かという、「鶏が先か卵が先か」の論争があったということですかね。

「Stoic/ストア派」は、紀元前3世紀頃から始まる、いわゆる「ストイック」な人々の
思想です。
前述の「Philo/フィロン」も、この時代の人です。

そして、「neoplatonic/新プラトン主義」は、紀元後3世紀以降となり、カバラ主義の
『セフェル・イェツィラー(形成の書)』に、多くの影響を与えたのは、前述の通りです。

つまり、「9:隠者」が、「ロゴス」に関係付けられたために、それが「言葉」であったり、
「火」であったり、はたまた「精液」であったりするわけですが、それはあくまでも、
「そういうものに関連付けた人がいた」というだけですので、後は自己責任でお願いします。
0489名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/17(土) 07:08:31.65ID:pOqYw5Ch
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
What Philo did, no mean trick, was to combine the Jewish concept of Word, with
the Platonic concept (related especially to the Timaeus) of manifestation evolving
from a point of transition between the Godhead and Man.
「フィロン」が行ったことは、意味のない策略ではなく、ユダヤ人の「言葉」の概念を、
「神格」と「人間」の間の遷移点から進化する顕在化のプラトン主義の概念(特に『ティ
マイオス』に関連する)と結合することであった。

THE HERMIT may be considered a "Word" (Vibration) uttered into a vast space.
「隠者」は、広大な空間に発せられる「言葉」(「振動」)と考えられるかもしれない。

The Word is that which continually stimulates the development of manifestation,
which energizes the principles of form which it has produced.
「言葉」は、顕在化の発達を継続的に刺激し、それがずっと生み出し続けている、形の
原則たちに精力を与えるものである。
--- ここまで ---

『Timaeus/ティマイオス』は、古代ギリシアの哲学者であるプラトン(BC427-BC347)の
著書であり、前述の「デミウルゴス」も、この本の中に登場します。

とりあえず、ここでのポイントは、この「9:隠者」は、「形」と対を成す「エネルギー」
を象徴するということです。
物理学的に言えば、「形=物質=質量」であり、「質量とエネルギーの等価性」という
自然界の原則を意味するわけで、この場合、質量を測定する天秤を持つ「11:正義」が
「形」であり、「9:隠者」と対を成すという構図になります。
つまり、この宇宙に最初に「存在」したのは「エネルギー」であり、『旧約聖書:創世記』
においては「光」であり、『新約聖書』においては「言葉」であり、それらが「無存在=
混沌=虚時空」の中から「存在=実時空」を生み出す「顕在化」のプロセスを主導すると
いう筋書きになっているということですかね。
まあ、よくわかんないけど。
0490名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/18(日) 07:13:18.45ID:wq6cvT8u
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
While the Hermit is often considered a Christ figure, he is better related to Moses
who led his people across the same Egyptian desert in which monasticism developed
centuries later.
「隠者」は、しばしば「キリスト」の姿と考えられていると同時に、彼は、何世紀も後に
修道院制度が発達したところと同じエジプトの砂漠を渡って、彼の民たちを導いた「モーセ」
に、より良く関連する。

Moses was first related to the Logos by an early Gnostic sect taking its name from
the Simon Magus described in the Acts of the Apostles.
「モーセ」は、『使徒言行録』の中に記述される「シモン・マグス」にちなんで名付けられた
初期の「グノーシス主義」派によって、最初に「ロゴス」に関連付けられた。
--- ここまで ---

「9:隠者」=「ロゴス」の基本形から、=「言葉」、=「火」、=「男根」、=「精液」
という流れの先に、=「キリスト」とか、=「モーセ」というような、「キリスト教」
関連のネタが出てくるのは、まあ当然と言えば当然ですかね。
もちろん、上位世界にある「9:隠者」のレベルは、「キリスト」や「モーセ」などとは
比較にならないくらい雲泥の差があるので、ワタシとしては違和感がアリアリなのですが、
「自己責任でお願いします」と言った以上は、そういう考え方も否定はしません。

ちなみに、この「Simon Magus/シモン・マグス」なる人物は、「キリスト教」の正統性
を示すための敵ザコキャラで、おおよそ実在の人物とは思えないものですし、そもそも
「イエス」も、その行動は人間離れしたものでしたので、『新約聖書』が描く世界とは、
そういうものなんだろうな、という感じですよね。

つまりは、自称「正統派」が、「考えの違う者」をイジメる理由として、『使徒言行録』
にある「シモン・マグス(不届き者)」呼ばわりしたのだと思うのですが、その自称正統派
からの迫害が、後の厨二病患者たちによって、異端派「グノーシス主義」や「カバラ主義」
として開花したということではないのかな、と勝手に思ったりするのでした。
0491名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/19(月) 05:56:53.58ID:/EBrJiFN
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
These "Simonian Gnostics" of about the second century A.D. believed that the Book
of Exodus was an allegory of the soul being led by the Logos (Moses) through
the desert of life into the spiritual promised land. (*188)
西暦2世紀頃の、これらの「シモン派グノーシス主義者たち」は、『出エジプト記』は、
「ロゴス(モーセ)」により、生命の砂漠を通過して霊的な約束の地の中へと導かれる
魂の寓話であったと信じた。 (*188)
--- ここまで ---

ちなみに、(*188)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
188. "The Myth of the Going-Forth" as seen by Gnosticism, is discussed by G.R.S.
Mead. Fragments of a Faith Forgotten, New York, 1960, 186-87.
188. 「グノーシス主義」に見られる「門出の神話」は、G.R.S ミード氏の以下の著書に
述べられている。『忘れられた信仰の断片たち』、ニューヨーク 1960年、186-87ページ。
--- ここまで ---
とあります。

とはいえ、この「グノーシス主義」のストーリーだと、「エジプトの地」は、天地創造が
終わった「マルクト」であって、『旧約聖書:出エジプト記』は、そこから脱出して
「spiritual promised land/霊的な約束の地」である「ティファレト」へと向かうという
イメージになると思われます。
つまり、ここだけ読めば、「9:隠者」というよりも、「13:死」以下の世界観ですよね。

おそらく、そういう「ありきたりの世界観」ではない何かを、この「シモン派グノーシス
主義者たち」は妄想していたのではないかと思うのですが、残念ながら、その手のネタは
「黒歴史ノート」の中に封印されて、後世に残らないのが常なのです。
まあ、一般人が、その「黒歴史ノート」、それに類する「偽典」や「偽書」を見たとしても、
そこに書かれているものは、単なる妄言や虚言に見えないものばかりですし、そもそも
「9:隠者」の世界は言葉として残せないものですので、期待しない方がいいのでした。
0492名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/20(火) 06:22:19.15ID:H8brjtvJ
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
In other terms, Moses is the Thaumaturge, the arch-magician.
他の用語で言えば、「モーセ」は、「奇跡を起こす聖人」、大魔術師である。

His staff is a wand of enormous power which strikes water from rock, and turns
into a serpent at his bidding.
彼の杖は、岩から水を叩き落とし、彼の命令で蛇に変わる、巨大な力の棒である。

This latter act refers to the use of the Kundalini (Yod) force by the Adept-Magician.
この後者の行為は、達人魔術師による、「クンダリニー(ヨッド)」の力の使用を参照する。

That force is the Sacred Fire which is the essence of the Logos transmitted by the
phallic wand.
その力は、男根の棒により伝達される「ロゴス」の本質である「聖なる火」である。
--- ここまで ---

『旧約聖書:出エジプト記』において、「モーセ」の持つ伝説の「杖」は、「主」により
パワーを注入され、エジブト在住の他の魔術師を圧倒する能力で、「岩から水を叩き落とす」
とか「命令で蛇に変わる」とか、その他色々と、文字通りの「神がかった奇跡」を起こします。

まあ、『旧約聖書』というのは、そういうストーリーですので、それが本当かどうかは
ともかくとして、ここでは「モーセ」よりも、「主」のパワーが直接宿る「wand/棒」が、
メインとなります。
つまり、「9:隠者」=「ヨッド」=「棒」=「火」、そして=「男根」というオチですよね。

とはいえ、「9:隠者」=「男根」としてしまうのは、誤解の元であり、「隠者」の人物像は、
あくまでも「純真無垢の処女」であり、「男根」のパワーは「wand/棒」の方にあります。
そして、そういう視点で見ると、「9:隠者」は、「倫理的三角形」を構成する他の「小径」
である「8:力」や「11:正義」の構図と似たイメージがある、すなわち「相反する力の均衡」
の中から、何かを生み出すことを象徴するものであることがわかるかと思います。
0493名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/21(水) 06:09:27.79ID:kqHAQ/I2
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 203) ---
One other correspondence between Moses and the Logos is found in the interaction
between the prophet and God as the burning bush.
「モーセ」と「ロゴス」の間の対応関係の他の一つは、預言者と、燃える柴のような「神」
との間の相互作用の中に見られる。

The word of God is not issued directly, but comes through Moses as intermediary,
the function of the Logos.
「神」の言葉は直接発せられるのではなく、「ロゴス」の機能である、仲介者としての
「モーセ」を通じて届く。
--- ここまで ---

「神」である「主」が、「神の山」の「burning bush/燃える柴」の中に出現する話は、
『旧約聖書:出エジプト記』3章にあります。
ちなみに、「杖」については、『旧約聖書:出エジプト記』4章にあります。
だから何なの?、と言われれば、それまでなのですが、まあそういうことです。

とりあえず勘違いされないように言っておくと、「神」は「火」ではありませんし、
ましてや「形あるもの」でもありません。
「神」は、いわゆる「物理的なもの」=「マルクトの世界」とは次元の異なるものであり、
それゆえ「神」の言葉は、一般人には聞こえないし伝わらないということです。

このことは、一般人には、「魔術」と「奇術」の違いが分からないということでもあり、
それゆえ、「モーセ」が「預言者」なのか、単なる「詐欺師」なのかは判別不可能という
ことに留意しておく必要があります。
「聖書にそう書いてあるから」という理由だけでは、とても危険なんですよね。

それゆえ、ここから先の話は、「一般人は立入禁止!」ということで、いいんじゃないか
とも思うのでした。
そもそも、ほぼ全てがフィクションの世界ですしね。
0494名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/22(木) 06:07:42.42ID:7bHBaz5q
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
More than this, Moses may be considered a tool of the Supreme Father, carrying out
His Will.
これ以上に、「モーセ」は、「彼の意志」を遂行する、「最高の父」の「道具」と考えら
れるかもしれない。

In this regard, the hand, man's ultimate creative tool, is attributed to Yod.
この点において、人間の究極の創造的な道具である「手」は、「ヨッド」に帰属される。

THE HERMIT is the very hand of God.
「隠者」は、まさしく「神」の手である。
--- ここまで ---

前項では、「モーセ」は「預言者」、すなわち、まだ「人」として見られていましたが、
ここにおいては、もはや「人」ではなく、単なる「神の道具」もしくは「神の手先」と
いうように、完全に「人格」を奪われた、自らの意思を持たずに、ひたすら「神の意思」
により遠隔操作される、無機質な「ロボット・ハンド」に成り下がっています。

実を言うと、これは「モーセ」に限らず、そもそも「人間」には「自由意思」なんてものが
あるのか、という、「人」に対する究極の疑問にも繋がるわけで、上記の解釈は、そう簡単
には結論が出せない問題でもあります。
元々、「生命の木」は、全ての「大宇宙」と、全ての「小宇宙」、すなわち全ての人間に
関わる話であり、そしてこの「9:隠者」の位置は、人が人としての「人格」を持つ以前
の話になるわけです。
このため、「人格」は「神の手」により支配されているので、「人は全て、神の手で作られ、
神の意志を吹き込まれたロボットである」という、『旧約聖書:創世記』にあるような
ネタに発展する可能性が高いわけです。
ということで、ここから先は、ワタシの手に余る問題というか、レベルの低いワタシには
語ることの出来ない高次元の問題ですので、後は読者の皆さんに解釈を丸投げしておこう
と思うのでした。
0495名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/23(金) 06:07:48.90ID:a5JpmxT4
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
The hand of THE HERMIT is open as opposed to that of the WHEEL OF FORTUNE.
「隠者」の手は、「運命の輪」のそれとは対照的に、開かれている。

The open hand is a sign of ultimate power, found especially in Byzantine
representations of the Pantocrator, Christ as the Ruler of the Universe.
開いた手は、究極の力の合図であり、特に、「宇宙の支配者」としての「キリスト」である、
「パントクラトール(全能者ハリストス)」の「ビザンティン美術」の肖像画たちに見られる。

But the open hand is also a sign of innocence; it may give and take freely without
the impediments of thought or moral restrictions.
けれども、開いている手はまた、無罪の合図でもある;それは、思考や道徳的な制約たちの
障害物たち無しに、自由に与えたり受け取ったりするかもしれない。

The open hand represents THE HERMIT as Prophet, the completed adept.
開いている手は、「預言者」であり、完璧な達人としての「隠者」を表す。
--- ここまで ---

「9:隠者」は「ヨッド」であり、「ヨッド」は「(開かれた)手」なのですが、カードの
絵を見ると、マルセイユ版、ゴールデン・ドーン版、ウェイト版、トート版の全てにおいて、
人物像の「手」は握られています。
このことは、「9:隠者」に描かれた人物像は、「ヨッド」ではないということを強く示唆
しており、本当の「ヨッド」は、隠されていて描かれていないということになります。
そういえば、「9:隠者」なのに、堂々と絵の中央に描かれていて、全然隠れていないじゃ
ないかという指摘があるのですが、実は「最も大事なもの」は隠されていて描かれていない
ということであって、それゆえ、この人物像=「隠者」として考察することは、誤解を招く
ことになるわけであり、実にやっかいというか面倒臭いカードでもあります。

まあ、そもそも「語ることもできない」し「描くことも出来ない」世界の話ですので、
そういうこだわりを持つこと自体も、何の意味も無いということなんですけどね。
0496名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/24(土) 06:41:52.75ID:kV1uY5E/
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
Insofar as THE HERMIT is the Adept-Magician, he is the agent of the Supreme Will
and, as such, the Thirty-Two Paths of Wisdom calls the Twentieth Path the
Intelligence of Will.
「隠者」が「達人魔術師」である限りにおいて、彼は「最高位の意志」の代理人であって、
それゆえ、「知恵の32の小径たち」は、「20番目の小径」を「意志の知性」と呼ぶ。

There is a strong link between THE HERMIT and the Path of THE MAGICIAN (the
Intelligence of Transparency) since Virgo is ruled by Mercury.
「処女宮」は「水星」により支配されるので、「隠者」と「魔術師(透明性の知性)」の
「小径」の間には、強い連結がある。

This means that the Philosophic Mercury ultimately directs the course of the
Yod-Fire on the Paths.
これは、「哲学者の水銀」が、「小径たち」に基づいて、「ヨッド−火」の進路を、最終的
に指示することを意味する。
--- ここまで ---

「隠者」が「達人魔術師」であるという前提は、彼が「最高位の意志」=「神」の代理人
であることを意味するということですが、そうであれば、「意志の知性」の「意思」は、
あくまでも「神の意志」であって、「隠者」の意思ではないことに注意が必要です。

あと、「9:隠者」の「処女宮」は「水星」に支配されているため、「水星」が配属される
「1:魔術師」にも関連していて、前述した「9:隠者」と「0:愚者」の関係も相まって、
なかなかに強大なパワーを隠し持っているカードです。

そして、その強力な「ヨッド−火」のパワーを、どう活用するかについては、対になった
「11:正義」と協力しながら、「哲学者の水銀」が配属された「ケテル」の意思に基づき、
その劣化コピーである「ティファレト」という「顕在化した宇宙」を創造していくという
ストーリーになるわけですかね。(よう知らんけど)
0497名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/25(日) 06:45:35.93ID:g+9C+ryL
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
The fact that Virgo is an earth sign may be somewhat confusing in that any discussion
of THE HERMIT invariably centers on the idea of Fire.
「処女宮」が、地の宮であるという事実は、「隠者」のどのような議論でも、常に「火」の
考え方に集中しているということにおいて、多少混乱するかもしれない。

Hopefully it has been understood that the Fire in question here is not the same
as either Elemental Fire or Maternal Fire.
望むべくは、ここで問題となる「火」は、「(四大)元素の火」や「(三)母字の火」と
同じではないことが理解され続けていることである。

THE HERMIT could be called the "First Earth" within which a Sacred Fire operates.
「隠者」は、その内において「聖なる火」が作用する「最初の地」と呼ばれることができる。
--- ここまで ---

「9:隠者」に配属される「処女宮(乙女座)」は、カードに描かれているオッサンの姿
からはイメージしにくいものであり、さらに「地の星座」であることで、「ヨッド=火」
のイメージからも、かなりかけ離れたものになっています。

もちろん、そういう論理的な矛盾を完全にスルーすることも可能なのですが、そういう
逃げの姿勢では、面白いネタは浮かばない、いやいや神秘の理解は進まないわけです。
つまり、ここは、一発逆転劇が必要というか、「羊の皮を被った狼」の正体を暴く必要が
あるということですよね。

ということで、ここでは、よくあるバターン、つまり「火」は「火」という名前ではある
けれども、それはあなたの知っている「火」ではなくて、あなたの知らない「聖なる火」
であるという逃げの一手、いやいや逆転の一撃をお見舞いするという手段を用いています。
これはつまり、論理的矛盾を、「おまえが知らないだけ」という責任転嫁の手法を用いて
正当化するという、どう見ても詐欺まがいのテクニックなのですが、実際のところ、この
手法は、神秘を理解する上では、かなり有効な手段であることは、確かなんですよね。
0498名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/27(火) 06:02:09.73ID:26N/rsgM
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
The Yod force, again, ennervates to keep the world in order, a stimulus which could
be described as a fertilization.
「ヨッド」の力は、また、世界を整然と保つために刺激し、受精として説明できる刺激である。

The concept is an extremely difficult one which has to do with multi-faceted potentiality.
概念は、多面的な可能性と共に行わねばならない、極めて困難なものである。

Approached from another direction, it could be said that the most ordered existence
is Earth, here represented as wholly barren, but with the potential for all life.
別の方向から接近されるならば、最も秩序だった存在は「地」であり、ここでは完全に
不毛であるとして表わされてはいるが、しかしながら、全ての生命の可能性を含むもので
あると言われることができるであろう。
--- ここまで ---

要は、「9:隠者」=「ヨッド(火)」と単純に考えるのは誤りであって、
「9:隠者」=「ヨッド(火)」+「処女宮(地)」
というように、複合体として考える必要があるということです。
これは、今まで述べたように、他の「倫理的三角形」を構成する「8:力」や「11:正義」の
「攻め」と「受け」の構図と同じパターンであって、「9:隠者」においては、「棒」が
「攻め」で、背景の大地が「受け」で、中身が乙女のオッサンは「仲介者」という立場と
なっているわけですかね。

とりあえず、ここで次世代の宇宙の可能性となる「受精」イベントが発生するわけですが、
その後、「11:正義」により受精卵は選別され、選ばれたものだけが「ティファレト」に
着床し、「物質的宇宙」として成長して、生命が発生するという筋書きになります。

まあ、結論だけを書けば簡単なように見えますが、「9:隠者」の実際のプロセスについて
正しく述べることは、もはや不可能というか、そもそも地上の生物の受精プロセスとは何の
関係も無いものですので、何かに例えること自体が、誤解を生む要因となるわけですよ。
0499名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/28(水) 06:29:54.19ID:fv5/m3sL
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
In the Golden Dawn card, the importance of Binah in this process is suggested by
the red band around the Hermit's waist.
ゴールデン・ドーン版カードにおいて、この過程における「ビナー」の重要性は、「隠者」
の腰のまわりの赤い帯により示唆される。

The Venusian green of earth is bound up by the Atziluth-red Binah cord.
地上の金星の緑色は、「アツィルト」−赤の「ビナー」の紐により縛られている。
--- ここまで ---

地上に立つ「隠者」は、黄色と緑色の混じったローブを内に着て、腰の周りを赤い紐で縛り、
フード付きの茶色のコートを着用しています。

ローブの黄色と緑色の混じった状態は、「ネツァク=金星=ビーナス」を示し、赤い紐の
「ビナー」と合わさって、地上に生命をもたらす「大地の母」のイメージとなっています。
つまり、「隠者」とは、オッサンの皮を被った処女であり、この後、棒の「ヨッド」により
受精して、不毛の大地に新たな生命をもたらす者であるというストーリーとなります。
そういう視点で見ると、「9:隠者」は、「3:女帝」に似たイメージがあるということも
わかるわけで、結果として、「9:隠者」は、「0:愚者」にも「1:魔術師」にも「3:女帝」
にも関連しているわけで、なかなか優秀な「代理人」であるということでもあります。

つまり、見た目の質素さとは裏腹に、虎の威を借る狐の如く、いやいや、至高神たちの
代理人として、様々な魔術ツールを託されて、顕在化した下界の宇宙を創造した、我々に
とっての創造主そのもの、要は『旧約聖書:創世記』に記述された、天地創造の「神」
そのものであるということに他ならないわけです。

ついでに言うと、この我々にとっての創造主である「隠者」は、「0:愚者」の子供の成長
した姿である可能性が高く、その後、「13:死」の死神へと姿を変えていくことになるわけ
で、我々のライフサイクル全てを司る、とても崇高かつ有り難いというか、束縛がキツす
ぎて、うっとうしいというか、まあ、我々の知る「神」そのものであるということですよね。
0500名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/29(木) 06:08:29.46ID:YL1pF/fc
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
The Golden Dawn emphasizes the earthy, monastic qualities of the figure.
ゴールデン・ドーン版は、人物像の土地的で修道士的な品質を強調する。

And while it may be stretching the symbolism to make the suggeston, the dual robes
recall the titles of Binah and Chokmah: The Outer Robe of Concealment (Binah) and
The Inner Robe of Concealment (Chokmah).
そして、それが示唆をするために象徴性を伸張しているかもしれない限り、二重のローブ
たちは、「ビナー」と「コクマー」の肩書きたちを思い出す:「隠蔽の外側のローブ
(ビナー)」と「隠蔽の内側のローブ(コクマー)」。

The staff is, of course, referred to Chokmah.
棒は、もちろん、「コクマー」に関連付けされる。

It is held here in such a way as to suggest that it is to be planted, and will grow
leaves and flowers.
それは、それが植えられる運命にあり、そして葉たちや花たちを生やすであろうことを示唆
するような方法で、ここで保持される。
--- ここまで ---

二番目の文の「suggeston」は、「suggestion/示唆」の誤記ですかね。

ここでは、「staff/棒」は、大地に植えられると説明していますが、ゴールデン・ドーン
版はともかくとして、ウェイト版にはそのような雰囲気はありませんし、トート版では、
もはや「棒」そのものが存在しません。
そして、『旧約聖書:創世記』にも、何かを植えるという行為はありませんので、ワタシ
としては、この棒は大地に埋められ、地上の生命の起源、すなわち「母なる棒」として
地上の存在となるという解釈よりは、下界の大地を孕ます、天上の「精力注入の棒」と
しての、あくまでも「上位世界の存在」であるとした上で、まあ大地に埋められて芽を
出すのは、棒でなくてオッサンの方でいいかな、とか思ったりするのでした。
0501名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/30(金) 06:19:04.66ID:qIxZgFdG
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
Of the four versions, only Crowley's suggests the motion and activity which is
essential to the Yod.
4つの版のうち、クロウリー氏のものだけが、「ヨッド」にとって本質的である、「運動」
および活気を示唆する。

And, as usual, his card requires more explanation than the others.
そして、いつものように、彼のカードは、他のものたちよりも多くの説明を必要とする。

He emphasizes, for example, the idea that THE HERMIT is rooted in Binah, by cloaking
him entirely in red.
彼は、例えば、「隠者」は、彼を赤色のマントで完全に覆うことにより、「ビナー」に
根ざしているという考え方を強調する。
--- ここまで ---

トート版の「9:隠者」は、他の版のデザインとは、色々と異なります。
すぐに分かるのは、「ヨッド」を表す「棒」が廃止ざれて人物像だけになり、その一方で、
「処女宮」を表していた人物像は、背景の「小麦畑」として表されていることです。
つまり、他の版のような受精前の不毛の荒野ではなく、受精後の肥沃の大地という感じで
あり、人物像自体も、「ヨッド」の形の「コクマー」と、赤色マントの「ビナー」が結合
した「完全合体形」で表されています。
そして、受精した後で、他の版よりも時間が経過しているという意味では、「9:隠者」と
して本来あるべきレベルからは相当に下がっていて、どちらかと言うと「星幽的三角形」
の「17:星」のレベルに近いイメージになっています。
下界から昇る「精子」や、地獄の番犬「ケルベロス」も、レベルの低さを暗示しています。

まあ、いつものように象徴テンコ盛りで、色々とツッコミどころの多いトート版「9:隠者」
ですが、我々が入手できるカードのデザインと、「トートの書」の記述には若干の相違が
ありますし、あまり深読みし過ぎてもキリがないので、ここまでにしておきます。
0502名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/31(土) 06:50:01.30ID:k/nmjhuJ
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
Before the red figure is the Orphic Egg with a serpent wrapped around it.
赤い人物像の前には、蛇が巻きつけられた「オルフェウスの卵」がある。

In the ancient Orphic Mysteries this signified the Cosmos encircled by the Fiery
Spirit, which is Yod.
古代の「オルフェウス教の密儀」において、これは、「ヨッド」である「火の精霊」により
取り囲まれた「宇宙」を意味していた。

Behind the figure is Cerberus, the three-headed dog who guards the gates of Hell,
and who has been tamed by the Hermit.
人物像の後ろには、「地獄」の門を守り、そして「隠者」により飼いならされた三つの頭を
持つ犬である、「ケルベロス」がいる。
--- ここまで ---

トート版って、無駄に象徴が多いというか、背景素材テンコ盛りというか、オレ様すごい
だろ感満載の知ったかぶり要素が多くて、ちょっと面倒臭いです。
特に、「ティファレト」より上位の世界に、そういう俗世界ネタの「知ったかぶり」感を
出されるのは、ワタシとしては、ちょっとアレなんですよね。

まあ、どう考えても、上記の象徴は、「9:隠者」のある上位世界には、ほとんど関係ない
というか存在しないものですし、もはや蛇足以外の何ものでもないと思うわけです。

とはいえ、こういう空白恐怖症的な幕の内弁当の構図が、トート版デザインの特徴であり、
存在意義でもあるわけですので、ハリス女史の空間デザイナーとしての手腕は評価される
べきだと思うのですが、だからと言って、これが「カバラ主義」の象徴なのかと言われる
と、どう考えても違和感しかないわけです。
つまり、ここから先のトート版は、あくまでも「クロウリー氏&ハリス女史」のオナニー、
いやいや彼ら独自の世界観であると、割り切って見ていくことが必要だと思うのでした。
とはいえ、このワタシの文章自体も、オナニーであることは間違いないんですけどね。
0503名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/01(日) 06:41:30.66ID:4/8nkxUI
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 204) ---
The spermatazoon is symbolic of the Yod energies in the material world, while the
staff which transmits the sexual force, is completely hidden.
spermatozoon精子は物質界の「ヨッド」の精力たちを象徴しており、その一方で、性的な
力を送り届ける杖は、完全に隠されている。

As Crowley states: "In this Trump is shewn the entire mystery of Life in its most
secret workings.
クロウリー氏は、以下のように述べる:「この「大アルカナ」では、その最も隠れた営みに
おける、「生命」の完全なる神秘が明らかにされる。

Yod=Phallus=Spermatazoon=Hand=Logos=Virgin." (*189)
「ヨッド」=「男根」=「精子」=「手」=「ロゴス」=「処女」。」 (*189)
--- ここまで ---

一番目の文と三番目の文の「spermatazoon」は、「spermatazoon/精子」の誤記ですかね。

ちなみに、(*189)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
189. Crowley, Book of Thoth, 89.
189. クロウリー著、『トートの書』、89ページ。
--- ここまで ---
とあります。

まあ、等号の使い方を完全に間違っている上に、どう見ても「一発キメてる」感じしか
しないわけですので、エロネタ目的以外では、ほとんど何の役にも立たないネタですが、
それを言えば、他のカードも、しょせんネタ以外では使い道の無いものですしね。

というわけで、ここも、いつものように、ちまちましたツッコミは無しで、華麗にスルー
しておこうと思うのでした。(←面倒なことは避けて通るタイプww)
0505名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/02(月) 06:18:57.40ID:c/TerqF6
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 205) ---
Yod has been called The Crown, meaning that it is the highest point of the Logos,
the primary energy from which manifestation derives.
「ヨッド」は「王冠」と呼ばれており、それは、「ロゴス」の最も高い地点であり、顕在化
がそこに由来する、原初の精力であることを意味している。

And, of course, any reference to Crown points to Kether, the Crown above All.
そして、もちろん、「王冠」へのどのような参照であれ、「全てのもの」の上の「王冠」
である、「ケテル」を指す。
--- ここまで ---

またいきなり話題が飛びますが…。

「ヨッド」が「王冠」と呼ばれていることは、ワタシにとっては初耳です。
そもそも「王冠」は「ケテル」の称号であり、ヘブライ文字の「ヨッド」の意味は「手」
であり、そして「聖四文字」の「ヨッド」は「コクマー」に配属されますので、いまいち
納得いかない呼び名ではあります。

それはともかく、「ヨッド」は、ヘブライ文字のうちで最小のものであり、全ての文字の
基本というか、全てはここから始まる「primary energy/原初の精力」の地点であることは
確かです。
そして、この「9:隠者」の「ヨッド」は、下位世界の「劣化ケテル」である「ティファレト」
において「manifestation/顕在化」を引き起こす火付け役というか、「種火」のような役割
をもっているので、「王冠」いう呼び名がふさわしいということなんでしょうかね。

要は、「9:隠者」の姿は、『旧約聖書:創世記』において、神が「光あれ」と命じた瞬間
であり、この時点では我々の住む宇宙である「ティファレト」はまだ顕在化していなくて、
虚数時空の「闇」だけの状態であり、その後、神の命令を「核」として、虚数時空の相転移
が一気に始まり、複素時空の「ティファレト」が顕在化したという感じですかね。
0506名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/03(火) 06:59:52.06ID:PAcNEGOu
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 205) ---
The last symbol to be considered is the Lamp which, in all versions refers to
Tiphareth, and makes a statement about the very nature of Light.
考慮すべき最後の象徴は「ランプ」であり、それは、全ての版において「ティファレト」を
参照し、「光」の真の本質について申し立てをする。

In the Golden Dawn rituals this principle was expressed in three languages: Khabs
am Pekht (Coptic); Konx om Pax (Greek); Light in Extension.
ゴールデン・ドーンの儀式においては、この原則は、以下の3つの言語たちで表現された:
「クハプス アム ペクト」(コプト語);「コンクス オム パクス」(ギリシア語);
「ライト イン エクステンション」。
--- ここまで ---

ここからは、「9:隠者」における最後の話題であり、そして最も重要視されるべき象徴の
一つである「ランプ」の話になります。
とはいえ、最も重要であるにもかかわらず、我々の理解を超える高レベルの話であるため、
実質的には、ほとんど中身の無い話になってしまうことを、ご承知おき下さい。

とりあえず、「クハプス…(中世エジプト語で出典不明)」、「コンクス…(古代ギリシア
のエレウシスの秘儀でのネタ)」、「ライト…(英語)」の三つの呪文ですが、これらは
ゴールデン・ドーンの暗号文書に記載されていた架空の儀式に出てくる怪しい呪文であり、
そのネタを、マサース氏が、「ニオファイト儀式」の中で使っています。
この三つの呪文の意味は同じであると推定されており、「Light in Extension/延長で
軽い(Google翻訳)」、いやいや「拡張の中の光」、すなわちインフレーション宇宙の
原点となる、宇宙創造における最初の「光=発火点」であることを表します。

ちなみに、ゴールデン・ドーンの儀式には、「棒」と「ランプ」を持つ「ケルックス」と
いう役職がありますが、これと「9:隠者」との関係は、なかなか微妙です。
まあ、全く関係無いとは言い切れないのですが、とりあえずは、全くの別モノと考えて
おいた方が、変な誤解を招かなくて済むのではないかとも思います。
0507名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/04(水) 05:49:06.86ID:jN6fJVpB
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 205) ---
This means that Light is the principle of manifestation, that on which all of
Creation is built.
これは、「光」が顕在化の原則であり、それの上に、全ての「創造」が建設されることを
意味する。

So the Hermit may be said to represent a glyph on the nature of primal manifestation
beneath the Abyss, and of the relationship between Light and the Sacred Fire
symbolized by Yod.
それゆえ、「隠者」は、「深淵」の下の原初の顕在化の、そして「光」と、「ヨッド」に
より象徴される「聖なる火」との関係の、本質に基づく絵文字を象徴すると言われるかも
しれない。
--- ここまで ---

我々の宇宙は、「ティファレト」という「場」を中心にして「manifestation/顕在化」
したものであり、その際には、上位世界にある「ケテル」、「コクマー」、「ビナー」、
「ケセド」、「ゲブラー」から、直接的にエネルギーが流下しています。
その中で、最も影響力が大きいのは、深淵下にあり、そして「ティファレト」の直上に
ある「ケセド」と「ゲブラー」であり、そして「ケセド」「ゲブラー」「ティファレト」
は、それぞれが絡み合って「倫理的三角形」を形成して密接な関係を保っているわけです。

つまり、本来であれば、火付け役である「9:隠者」だけでなく、実務担当の「11:正義」も、
「principle of manifestation/顕在化の原則」を担っているわけですが、立場上、上司で
ある「9:隠者」の「導きの光」が優先され、それに応じて、優秀な部下であり実作業担当者
である「11:正義」が、その命令をうまく取り繕ってくれたので、この「宇宙」が創造され
たというサクセス・ストーリー(『旧約聖書:創世記』参照)となっています。

さらに言えば、その「宇宙の顕在化」プロジェクトのバックグラウンド・ジョブとして、
「8:力」が暗躍しているわけですが、その仕事ぶりは、我々からは決して見えることの
ない舞台裏での出来事であるということですよね。
0508名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/05(木) 06:04:05.25ID:ZEiaKs/C
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 205) ---
One would expect that the placement of the letters Yod, Heh and Vau on the Tree of
Life would have profound meaning.
人は、「生命の木」の上の「ヨッド」、「ヘー」そして「ヴァウ」の文字たちの配置が、
深遠な意味を持ち続けているであろうことを期待するであろう。

Thus it is particularly intriguing to realize that these letters work together as
a trinity from Chesed to Tiphareth to Chokmah, and back to Chesed.
従って、これらの文字たちが「ケセド」から「ティファレト」へ、「コクマー」へ、そして
「ケセド」へと戻る三つ組として一緒に機能することを理解することは特に興味深い。

Yod is THE HERMIT, Heh is THE EMPEROR and Vau is THE HIEROPHANT, all functioning
to the side of the Pillar of Mercy on the Tree of Life.
「ヨッド」は「隠者」であり、「ヘー」は「皇帝」であり、「ヴァウ」は「法王」であり、
全ては「生命の木」の「慈悲の柱」の側で機能する。

The intention here is not to offer an explanation, but to suggest a very valuable
subject for meditation.
ここでの意図は、説明を提供することではなく、瞑想のための非常に価値のある主題を提案
することである。
--- ここまで ---

つまり、まともに説明できないので、後は各自で勝手に妄想してね、という読者丸投げで、
この「9:隠者」の章を終わりたいと思います。

実際、色々と魔術カバラ的なネタはあるのですが、それが何の役に立つのかを考えると、
しょせん妄想ネタ、いやいや「瞑想のための非常に価値のある主題」でしかないわけで、
ワタシとしては、あまり興味が沸かないというのが、本当のところです。
ここから先は、さらに現実離れした世界となっていきますので、とりあえずゴールまで
たどり着ければいいかな、という感じで、ダラダラと続けていこうと思うのでした。
0509名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/06(金) 05:58:43.75ID:c5/zrmqf
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 205) ---
19. THE PATH OF TETH
19. 「テト(テス)」の小径

Strength


The Eighth Key
8番目の鍵(大アルカナ)
--- ここまで ---

ここから、「生命の木に基づく大アルカナ」の章の中での新しい節になります。

サブタイトルは「テトの小径」です。
英語読みだと「TETH/テス」ですが、ここでは原語に近い「テト」の読みにしておきます。

この小径は、「生命の木」において、貴重な三本の「横断道」の真ん中ポジションという、
新幹線のB席のような、割りと微妙な立ち位置にあります。
さらに、我々からは、「ティファレト」の上にあって、完全に「雲の上」の存在であり、
もはや我々にとっては何の関わりも無いというか、存在自体が感じられないものであって、
それゆえ、何をどう語っていいのか、皆目見当のつかないシロモノです。

とはいえ、「高次の自我」を形成する「倫理的三角形」の主要なメンバーですし、この
「8:力」が無ければ、「ケセド」から「ゲブラー」へのエネルギー変換も出来ないわけ
なのですが、この「8:力」は、「9:隠者」により、我々の宇宙が創造される以前の話で
あって、一体それが何を意味して、何を行っているのかは、もはや我々の知ることの
出来る領域では無い、つまり神の味噌汁うめ〜状態なわけですよ。

というわけで、ここから先は、さらなる妄想オンリーで、適当に味噌汁を、いやいや
お茶を濁していくことにしましょう。(←もはや完全にヤル気無しw)
0510名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/07(土) 06:09:36.89ID:i/Dq1Chc
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 205) ---
□ PATH COLOR: Yellow-Greenish
□ 「小径の色」:緑色がかった黄色

□ RELATED SOUND: E Natural
□ 「関連した音」:「Eのナチュラル」

□ SIGN: Leo (Fixed Fire)
□ 「宮」:「獅子宮(不動宮の火)」

□ MEANING: Snake
□ 「意味」:蛇

□ SIMPLE LETTER: Taste
□ 「単字」:「味覚」

□ ESOTERIC TITLE: The Daughter of the Flaming Sword
□ 「秘伝的な称号」:「炎の剣の娘」
--- ここまで ---

この本の、この文章の右側には、乙の字の形の「蛇」と、ヘブライ文字の「テト」と、
「獅子宮(しし座)」の占星術記号、および「生命の木」における「テトの小径」の位置
が図示された絵が描かれています。

なお、ここの「ESOTERIC TITLE/秘伝的な称号」は、元の『The Golden Dawn/黄金の夜明
け魔術全書』では、「Daughter of the Flaming Sword, Leader of the Lion./炎の剣の
娘、獅子を導く者」となっており、なぜか一部省略されています。
さらに、「"T"の書」では、カードタイトルが、「Fortitude/剛毅」であったりするのと、
ゴールデン・ドーン系特有の「8-11変換」という下克上ネタもありますので、またもや
色々とツッコミどころの多いカードであることを暗示している感じですよね。
0511名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/08(日) 07:09:39.54ID:eIpjnQbN
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
THIRTY TWO PATHS OF WISDOM: The Nineteenth Path is the Intelligence of all the
activities and spiritual beings, and is so called because of the affluence diffused
by it from the most high blessing and most exalted sublime glory.
「知恵の32の小径たち」:「19番目の小径」は、全ての活動たちと霊的存在たちの「知性」
であり、そして、それにより、最も高い恩恵と、最も高貴で崇高な栄光から拡散した富裕
のためにそう呼ばれる。
--- ここまで ---

ここは、いつものように、ウェストコット氏の英訳版『The Sepher Yetzirah/セフェル・
イェツィラー(形成の書)』の「THE THIRTY-TWO PATHS OF WISDOM/知恵の32の小径」から
の引用だと思ったのですが、この文章は、現在入手できる英訳版とは、少々異なります。
参考までに、以下に現在の英訳版(Third Edition)の原文と翻訳を掲載しておきます。

--- ここから (『The Sepher Yetzirah』Third Edition of Westcott's translation) ---
The Nineteenth Path is the Intelligence of the Secret of all the activities of
the spiritual beings, and is so called because of the influence diffused by it
from the most high and exalted sublime glory.
「19番目の小径」は霊的存在たちの全ての活動たちの「秘密の知性」であり、そして、
それにより、最も高くて高貴で崇高な栄光から拡散した影響のためにそう呼ばれる。
--- ここまで ---

さて、ここで問題なのは、前の文では「活動たちと霊的存在たちの知性」であるのに対し、
後の文では「秘密の知性」という、全く異なる意味づけとなってしまっていることです。
前の文の出所がよく分からないので、どうせ本当の意味なんてわからないんだし〜
という開き直りをして、華麗にスルーしておこうと思います。

まあ、色々と前途多難であって、一筋縄では行かないというか、紆余曲折があるというか、
ここから何か得るものはあるんだろうか、という感じは否めないところです。
それに、そもそもこういうレベルの高い話って、ワタシは苦手なんですよね…。
0512名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/09(月) 06:05:24.05ID:97JiDGL1
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
In our upward progress on the Tree of Life the Path of STRENGTH leads to the edge
of the Abyss, as did THE HERMIT.
「生命の木」に基づく我々の上向きの進歩においては、「隠者」がしたように、「力の小径」
は「深淵」の縁(ふち)に導く。

And as we come closer and closer to the source of All, the Ultimate Simplicity,
it is perhaps paradoxical that the symbolism becomes increasingly complex.
そして、我々が「全てのもの」の源である、「究極の単純」にますます近づくにつれて、
象徴的意味は、ますます複雑になることは、おそらく逆説的なことである。
--- ここまで ---

「星幽的三角形」は「この世」であり、「倫理的三角形」が「あの世」であるわけですが、
その上にあると思われる「至高の三角形」は、我々からは「深淵」により絶縁されていて、
我々は決して知ることの出来ない「未知の世界」であり、それゆえ言葉(理屈)では語れ
ない領域となっています。

そして、「8:力」が、我々が到達可能な「ティファレト」から離れていることは、我々の
直接の経験からは、「8:力」を語ることは出来ず、下位の「小径」からの類推に頼るという
ことになり、もはやこれまでという感じは否めないわけです。
そして、ここから先を語るには、経験に裏打ちされた屁理屈、いやいや原則や理論を全て
リセットした上で、ほぼ全てを妄想や幻想に基づいて語るしかないということであり、
もはや人様に聞かせられるような話ではない、というトンデモ領域に突入します。

まあ、リスクと言えばリスクなのですが、それでも、きちんと「しょせんオナニーである」
ことを承知の上であれば、それなりに自己満足的な快感は得られます。
危険なのは、それが「オナニーである」ことが自覚できずに、「神秘体験をして神の領域
(エクスタシー)に達したオレ様偉い」という途方も無い勘違いに繋がる人もいることで
あり、さらに「能力の低い人ほど自己評価が高い」というのが世の常ですので、そういう
地雷は、極力踏まないようにしましょう。(このスレも地雷原の一つですw)
0513名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/10(火) 06:09:52.19ID:nDg/w5Yc
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
In the lower cards, energies and experiences can be accurately described in words.
下層のカードたちにおいては、精力たちと経験たちは、言葉たちで正確に説明できる。

But at this level on the Tree, and above we learn primarily by meditation on the
inter-relationship of symbols, in which great profundities are secretly imbedded.
しかし、「木」のこの段階、そしてより上では、我々は主として、その中に偉大な深遠さが
密かに埋め込まれた、象徴たちの相互関係に基づく瞑想により学ぶ。

Few, for example, might even suspect that this picture of a woman with a lion could
have such vast meaning.
たとえば、この獅子を連れた女性の絵が、そのような広大な意味を持つことが出来たことに
感づいた人は、ごく少数であろう。
--- ここまで ---

「大アルカナ」って、それ自体が充分に高いレベル、すなわち「王の位階(アツィルト界)」
にあるものですので、今さら感のある説明ではありますが、それでも、「8:力」より下の
レベルは、まだマシというか、我々にも少し語れるレベルであったものが、ここから先は、
さらに難易度が増して、もはや我々が何をしようと理解不能というレベルになってきます。

それてもなお、先に進みたいというのは、「山があるから登る」とか「道があるから進む」
というような、勘違いした迷惑極まりない物好きな人間たち、いやいや神に選ばれし人々に
とってみれば、避けられない承認欲求ではないかと思います。
とはいえ、興味本位はともかく、そこに商業的な意味を求めることは、高価な壺を売るのと
同じ手口の典型的な宗教詐欺でしかありませんので、そこは重々注意してください。

というわけで、グダグダな前置きというか、もはや聞き飽きた言い訳はこれくらいにして、
さらなるカオスチックな本編へと進んでいきましょう。
0514名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/11(水) 06:21:52.44ID:NosfwDrF
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
In terms of evolution, the nineteenth Path is the first Path of Microprosopus,
the Lesser Countenance.
進化の観点からでは、19番目の「小径」は、「小さな顔貌」である、「ミクロプロソプス
(小さな顔)」の最初の「小径」である。

It is the outpouring of energy from Chesed to Geburah in the process of
manifestation; it is the primary Path of the Higher Self, linking the great
opposites below the Abyss.
それは、顕在化の過程における「ケセド」から「ゲブラー」への精力の流出である;
それは、「深淵」の下の偉大なる反対物たちを結合している、「高次の自我」の主要な
「小径」である。
--- ここまで ---

まずは、「生命の木」における、「8:力」の基本ポジションの確認です。
「8:力」は、「深淵」により上位世界より絶縁された下位世界、すなわち顕在化の過程で
ある「ミクロプロソプス(小さな顔)」において、最初で、かつ主要な位置にあります。
つまり、ここが分かれば、この世の中のことは、ほぼ見通せるというポジションです。
あと、考慮すべきことは、「生命の木」における、三つの「横の小径」との関係、つまり
「3:女帝」と「16:塔」に挟まれているという点ですよね。

そして、ここでは「「ケセド」から「ゲブラー」への精力の流出」と書かれていますが、
実際には、電磁誘導みたいな形で、「至高の三角形」の高周波電流が、絶縁された「深淵」
の場を通じて、「3:女帝」から「8:力」へと直接大量に流入していますので、上位世界から
「ケセド」に流入しているエネルギーよりも、「ゲブラー」に流入しているエネルギーの
方が大きくなる可能性についての留意が必要です。
そういう意味でも、「ケセド」から「ゲブラー」だけでなく、「ゲブラー」から「ケセド」
へのエネルギーの逆流というか、エネルギーの交換の可能性についても、考慮すべき点が
あると思われます。
要は、今までの下位の「小径」とは次元の異なる、かなり複雑な関係性を持つということです。
0515名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/12(木) 06:06:32.29ID:A5T0tOle
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
It is the Path on which Fire becomes Light, for manifestation is Light, whereas
the Supernals are a darkness which is fiery.
「それは、『火』が『光』になるところの『小径』」であり、顕在化は「光」であるのに
対し、「至高なるものたち(至高の三角形)」は、火である暗闇である。

Thus, in his Book of Tokens Case speaks of "the radiant Darkness of the Limitless
Light." (*190)
従って、ケース氏は、彼の『しるしの本』において、「『無限の光』の放射する『暗闇』」
について話す。 (*190)
--- ここまで ---

ちなみに、(*190)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
190. Case, Book of Tokens, 83.
190. ケース著、『しるしの本』、83ページ。
--- ここまで ---
とあります。

上位世界である「アツィルト界/至高の三角形」からは、下界に向けて虚数的エネルギー
である、見えざる「火」が放射されており、それが「深淵」を通過して、最終的に「ティ
ファレト」において、複素数的エネルギー流である「光」に転換されますので、より正確に
言えば、「火」を「光」に変換する機能は、「倫理的三角形」の「小径たち」にあります。
その中で、この「8:力」は、上位世界の「火」の暗闇エネルギーを受け取り、「ケセド」と
「ゲブラー」の双方に伝達し相互変換するという、守備の「要(かなめ)」であり、そして
攻撃というか顕在化の起点のポジションにあります。

ちなみに、この「無限の光の放射する暗闇」というと、何となく暗黒エネルギーとか、
ブラックホール輻射などを想像してしまいますが、そういうリアルな現象ではなくて、
現実とは何の関係も無い、ただひたすら妄想の世界での話ですので、ご注意ください。
0516名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/13(金) 06:03:48.41ID:kD1UvgEB
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
To the Path of STRENGTH are assigned both the Hebrew letter Teth and the most
powerful sign of the Zodiac, Leo.
「力」の「小径」には、ヘブライ文字の「テト」と、「黄道十二宮」の中で最も強力な宮
である「獅子宮」の両方が割り当てられる。

Leo is the lion, while Teth means snake, and the interchangeability of the lion
and snake symbolism is an important key to the meaning of the card.
「獅子宮」は「獅子」である一方で、「テト」は「蛇」を意味しており、獅子と蛇の象徴的
意味の可換性が、カードの意味にとって重要な鍵である。
--- ここまで ---

「獅子宮」は「火」であることを考慮すると、この「獅子と蛇の象徴的意味の可換性」と
いうことから連想されるものは、『The Golden Dawn/黄金の夜明け魔術全書』の「第二
講義文書」にある「生命の木の上の蛇」の図ではないかと思います。
この図版においては、「燃える剣=獅子宮」が10の「セフィロト」を、上から下へと貫き、
その一方で、「蛇」が22本の「小径たち」を下から上へと結んでいます。

とはいえ、これは、「獅子と蛇」の「interchangeability/可換性」を意味していません。
なぜなら、「セフィロト」は「ブリアー界」で、「小径たち」は「アツィルト界」の存在
であって、本来は次元の異なるものだからです。
そのことは、高次元における「8:力」のカードにおいて、「火」が低次の「野獣の獅子」
で表され、「蛇」が高次の「女神」で表されていることからも明らかです。

ここで問題をややこしくしているのは、「蛇」の低次元での表現、つまり、我々の「蛇」
に対する認識というか理解が、かなり低次元側に振っている、すなわち、手足が無く、
毒があって人を殺すとか、どちらかというと「蛇蝎のごとく忌み嫌われる」ものという
印象が強いので、そういう悪いイメージは、完全にリセットしておく必要があります。
そして、ここでの「獅子」や「蛇」は、我々の世界での「獣」としての存在ではなく、
あくまでも上位エネルギーの「象徴」であることを、肝に銘じておく必要があります。
0517名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/14(土) 06:38:01.95ID:7p69xHLf
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
As the symbols interchange, we understand that the realities which they represent
can also be interchanged.
象徴たちが入れ替わる時には、我々は、それらが表す現実たちもまた入れ替わることが
できることを理解する。

The One Spirit takes any form It wills, which is an important lesson of this Path.
「唯一(神)の霊」は、「それ」が望むどのような形でも取り、それは、この「小径」の
重要な学課である。
--- ここまで ---

勘違いされないように言っておきますが、「蛇=テト」と「獅子=獅子宮」は、「互換」
ではなくて、あくまでも「可換」であるということです。
これは、男と女は互換ではないということと同じであり、ある条件下においてのみ、
それらの入れ替えが可能であるということです。
このことは、「8:力」と「11:正義」の「8-11変換」にも通じるものがありますよね。

この「可換性」について具体的に言えば、それは「生命の木」の、三つの「横の小径」
の関係であり、つまり、上位からの「至高の三角形」の「3:女帝」の「女神パワー」を、
下位の「星幽的三角形」の「16:塔」の「野獣パワー」に仲介するという機能を持つと
ということであり、つまりは、「攻め」と「受け」についての「可換性」ということです。

要するに、この「8:力」は、美女が野獣を飼い慣らしている平和な光景というようなもの
ではなく、どちらかというと、天使とも悪魔とも区別のつかない美女が、己の意のままに
無限の野獣パワーを行使するというような、結構危ない感じのするシーンなんですよね。
まあ、そもそも「ケセド」と「ゲブラー」という、天使系と悪魔系を繋ぐ小径ですので、
「現実世界」の我々から見れば、時と場合により、「天使」にもなるし、「悪魔」にも
なるということですよね。
つまり、我々のような下界の人間の幸福や繁栄に繋がる「ラッキーカード」なるものは、
もはやこのレベルには存在しないということでもあるわけです。
0518名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/15(日) 06:37:32.45ID:1AmieZpj
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
The idea is clearly expressed in the Zohar; "The three principle elements of nature
are fire, air and water.
考え方は、『ゾーハル(光輝の書)』の中に明確に表現される:「自然の3つの根源的な
要素は、火、空気、水である。

Really they are one in use and substance, and are able to change the one into
the other.
実際に、それらは使用上においても実質上においても一つであり、一方を他方に交換する
ことが出来る。

It is the same with Thought and Speech and Logos, they are one and the same in
themselves." (*191)
『思考』と『話すこと』と『ロゴス』についても同様であり、それらは、それら自体が
一つであり同一である。」 (*191)
--- ここまで ---

ちなみに、(*191)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
191. Zohar, Nuhro de Manhar translation, 303.
This passage is not found in the Sperling and Simon translation.
191. 『ゾーハル(光輝の書)』、ヌーロ・ド・マンハー訳、303ページ。
この文節は、スパーリングとサイモン訳の中には見つからない。
--- ここまで ---
とあります。

まあ、これって、見事な「ミソクソ理論」というか、思考停止状態に他ならないので、
ほぼ何の役にも立たない説明ですよね。
ちなみにワタシは、こういう「対称性」は「至高の三角形」までであって、「8:力」が
属する「倫理的三角形」では、既に「対称性」は破れた状態であると考えています。
0519名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/16(月) 06:07:12.62ID:k7pOUNbz
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
As the Serpent holds its tail in its mouth it represents wisdom and the Universe
(noting here that taste is attributed to Teth in the Sepher Yetzirah), whereas
the same Serpent is described in Genesis as the Tempter.
「蛇」は、その尾をその口に保持している時は、それは「知恵」と「宇宙」を表している
(ここで、「味覚」は『セフェル・イェツィラー(形成の書)』の「テト」に帰属される
ことに注意)のに、同じ「蛇」は『創世記』においては「誘惑者」として記述される。

Moreover, insofar as it is the fiery, vital Life Force, it is also the Redeemer.
さらに、それが、活力に満ちた「生命の力」である火である限りにおいて、それはまた
「救世主」でもある。
--- ここまで ---

「テト」の意味である「蛇」の象徴は、ゴールデン・ドーン理論体系において、色々な
場面で使われています。
つまり、レベルにより、その意味を様々に変えることが出来るので、「神秘」を表現する
のに、とても使い勝手の良い象徴なんですよね。

ちなみに、ゴールデン・ドーン版の「8:力」では、閉じた蛇(ウロボロス)ではなく、
上から下へと下降する流れのイメージ(女神の羽衣や髪、獅子の尾の形)があって、上位
世界から下界へともたらされる、大いなる神秘エネルギーを示唆しているように思えます。

そして、「生命の力」の「火」の源というよりも、もっと広い意味での「何でもあり」の
「パワー」の源泉のような感じで、地上に降りた大天使のイメージがありますよね。

まあ、よくわかんないので、ほぼイメージだけで語っていますが、この「テト」の「蛇」
は、悪い感じの「蛇」ではなく、我々にとっては「全てを生み出す大いなる母」のような、
とても有り難い存在である感じがするのは確かです。
とはいえ、相当に高い次元の話ですので、下界に住む我々がそれに気づくことも、感じる
ことも無いというのも、きっと確かなことなのでしょうね。
0520名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/17(火) 06:30:32.88ID:c/Tdcd9o
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
This is the same, apparently contradictory idea encountered with the primary card
of matter, THE DEVIL, which is also both Tempter and Redeemer.
これは、また「誘惑者」と「救世主」の両方である、物質の最初で主要なカードである、
「悪魔」で遭遇されるのと同じく、見たところ矛盾した考え方である。
--- ここまで ---

要は、「8:力」のカードは、「15:悪魔」と同じような、「誘惑者」と「救世主」という
二面性を持っているということですよね。
とはいえ、「8:力」は「倫理的三角形」にあり、「15:悪魔」は「星幽的三角形」にある
わけで、全くレベルの異なるものであって、あくまでも「same, apparently/見たところ、
同じ」なだけであることに注意してください。
とはいえ、この両者は、「月とスッポン」のレベルで例えることの出来るものであり、
手がかりを持たない我々にとっては、ある意味、貴重な手がかりとなります。

まず、「15:悪魔」の「悪魔像」は、「8:力」においては描かれていない上位世界の存在、
すなわち「深淵」の上にある「至高の三角形」が対応すると考えられます。

であれば、「8:力」の右の「獅子」は、「15:悪魔」の「鎖で繋がれた男性像」であり、
左の「女神像」は、「15:悪魔」の「鎖で繋がれた女性像」となるわけですかね。

うーむ、なんか違和感ありますよね。
ということは、「8:力」の右の「獅子」は、「15:悪魔」が左手に持つ「松明」であり、
左の「女神像」は、「15:悪魔」が右手に持つ「雄羊の角笛」という感じでしょうか。

両者で共通なのは、上位世界の「火」のエネルギーを、下界にもたらす者であるという
ことなのですが、配属されている占星術の象徴が、「8:力」は「獅子宮」であり、
「15:悪魔」が「磨羯宮(やぎ座)」ですので、格の違いがハンパないです。
そもそも、「8:力」においては、最も重要なものが描かれていない(描けない)わけです
ので、カードを見たところで、その本質が理解できるものでもないということですよね。
0521名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/18(水) 06:21:21.00ID:nA5w/2eU
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
And, interestingly enough, the lion is occasionally related to Saturn, the supposed
"place of Dwelling" of the Devil.
そして、十分に興味深いことに、獅子は時々、「悪魔」の「宿る場所」と思われている、
「土星」に関連付けられる。

Fortunately, the Qabalah allows us to put these symbols into very clear perspective,
as Binah-Saturn is the ultimate source of the Devil's imprisoning matter.
幸いなことに、「ビナー」−「土星」は、「悪魔」の収監問題の究極の源であるため、
「カバラ主義」は、我々に、これらの象徴たちを非常に明確な視点に置くことを可能にする。
--- ここまで ---

「8:力」のカードの「獅子像」が、「土星」に関連付けされるというのは、いまいち理解
不能なのですが、この「獅子」のパワーは、「ビナー」に関連するということですかね。
とはいえ、「獅子宮」に配属されるのは「太陽」ですし、そこから最も離れた惑星であると
される「土星」は、「15:悪魔」や「21:宇宙」という、かなり下位のカードに配属されて
いますので、あまり直接的な関連は無さそうにも思えます。

ワタシとしては、そういう「ビナー(土星)」の小悪魔的な面は、どちらかというと、右の
「獅子」ではなく、『旧約聖書:創世記』で「誘惑者」として登場した「蛇」、すなわち
左の「女神像」にあると思うんですよね。
そして、その「蛇」である「女神像」は、最後に「21:宇宙(土星)」において、下界の
我々を誘惑するという筋書きではないかと、勝手に妄想しているのでした。

じゃあ、もう全部「女神」一人でいいんじゃないかな、なので、「獅子像」は何のために
あるのか?と聞かれれば、まあ、女神様のパシリというか、マスコットというか、女神様
のご命令に忠実に従う、有能な「飼い犬」みたいな感じですかね。
要は、「獅子像」が「火」のエネルギーを象徴するのであれば、「女神像」は「知恵」の
エネルギーを象徴するみたいなのですが、両者のレベルは、「知恵」>「火」のような
感じがするわけなのでした。(よう知らんけど)
0524名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/19(木) 20:36:39.94ID:GN7nB7BO
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 206) ---
It must be admitted that the lion has been used in so many different cultures and
symbolic pantheons, that it may be claimed to have mutually exclusive meanings.
獅子は、非常に多くの異なる文化たちや象徴的な万神殿たちにおいて使用され続けてきた
ため、相互に排他的な意味たちを持つと主張されるであろうことを、認めなければならない。

But, generally, references to the lion have to do with its physical strength (This
is not a card of intellect in any way).
しかし、一般的には、獅子への参照たちは、その物質的な力について行う必要がある(これ
は、何にしても知性のカードでは無い)。

The greatest strength of which man can conceive is the Light of the Sun, the ruler
of Leo.
人が想像することのできる最も大きな力は、「獅子宮」の支配星である、「太陽」の「光」
である。
--- ここまで ---

ライオンの象徴は、それが「地球上で最強」であるがゆえに、非常に人気があるので、ほぼ
あらゆるジャンルで、「最強ネタ」として利用されています。
そのため、その象徴的な解釈には、かなりのブレというか、ご都合主義的な面があるのは、
人気者であるゆえに、致し方無いという感じなんですよね。
ライオンの知性に関する解釈も、場合によって、知性の高い動物であったり、単なる野獣
扱いであったりと、本当に様々なシチュエーションがあります。

なお、占星術においては、「獅子宮」には、最高パワーの「太陽」が配属されています。
つまり、「8:力」は、「地球上においては最強」のパワーを持つと考えていいのですが、
困ったことに、「8:力」は、この地上の存在ではなくて、あくまでも妄想世界の、いやいや
上位世界の非物質的世界にある「倫理的三角形」のトップの存在であるということなので、
我々の持つ「獅子」の粗野なイメージとは、根本的に異なる性質を持っていることを、
理解しておかなければならないことに、注意が必要なのでした。
0525名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/20(金) 06:17:41.40ID:rlTfuafd
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
And, as we shall consider, it is the lion which is permitted to open the Sacred
Scroll of the Apocalypse.
そして、我々が考慮すべきところは、「黙示録」の「聖なる巻物」を開くことを許される
ものは「獅子」であることである。

This means that the Solar Power, represented by this card, can open the higher
levels of consciousness beyond the Sun (Tipahreth) itself.
これは、このカードにより表される、「太陽の力」が、「太陽(ティファレト)」それ
自身を超えて、より高い段階たちの意識を開くことができることを意味する。

In symbolism, this is shown most graphically by representations of the Sun God
Mithra, whose body is human, but whose head is that of a lion.
象徴主義において、これは、体は人間であるが、頭は獅子のそれである、「太陽神ミスラ」
の表現たちにより、最も写実的に表される。
--- ここまで ---

『新約聖書:ヨハネ黙示録』5:5には、「主」の持つ「聖なる巻物」を開くのにふさわしい
者として、イエス・キリストを意味する「小羊」が、「獅子」と称されています。
とはいえ、この「黙示録の獅子」が、「8:力」の「獅子」と何か関係があるのかと言われ
れば、なんかちょっと違うかな、というのがワタシの感覚です。

また、「ミスラ神」は、古代インド、古代ペルシア、古代ギリシア・ローマで人気のあった
太陽神であり、この「体は人間で頭は獅子」の神像は、古代ローマの「ミトラス教」に
見られる表現です。
ちなみに、「ミトラス教」では、この獅子頭の神像の他にも、「牡牛を屠るミトラス」と
いう神像が知られていますが、この構図は、「8:力」に似ていますし、「ミスラ神」自体
が「太陽神」ですので、「8:力」のカードの表現に、何らかの影響を与えていることは
十分に考えられるのですが、いずれにしても、この「8:力」の「獅子像」が「ミスラ神」
であるということでもありませんので、やっぱり何か違う感じがするわけなんですよね。
0526名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/21(土) 05:49:21.28ID:+HNvQ0iL
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
The lion symbolism always implies a brute force which may be used constructively
or destructively.
獅子の象徴は、常に、建設的もしくは破壊的に使用されるであろう、野蛮な力を暗示する。

This is the very Path on which the Sword of Geburah is formed, indicating that the
possibility of the philosopher being overwhelmed by the power which he invokes is
always present.
これは、まさしく「ゲブラーの剣」が形成される「小径」であり、哲学者が、彼が召喚する
力により圧倒される可能性が常に存在することを示す。
--- ここまで ---

「獅子の象徴」が「野蛮な力」を意味するということですが、そもそも「野蛮でない」と
いうことは、「特定の人間にとって都合の良い」、すなわち「飼い慣らされていない」と
いう意味になります。
ちなみに、「8:力」の獅子は、人間ではなく女神により飼い慣らされていますので、これは
下界の我々が考える「brute/野蛮」なものというイメージではなく、「神界から流出した
純粋で強大な力」を意味すると考えた方がいいです。
要は、人間が制御することの出来ない、圧倒的な「神パワー」ということですよね。

ちなみに、「ゲブラーの剣」は、「破壊的に使用される」面であり、その一方で「建設的に
使用される」面は、「ケセド」が担当することになっています。
つまり、「ティファレト」に立つ「魔術師=哲学者」は、「ケセド=建設的」もしくは
「ゲブラー=破壊的」を通じて、「8:力」の「圧倒的パワー」を受けることが出来ると
いうことなのですが、それはまた、人間が軽々しく制御できるようなシロモノではない、
すなわち使えないということであり、それゆえ「野蛮」であると表現されているわけです。

いずれにしても、「8:力」のパワーは、我々の手の届くところには無いというか、そもそも
妄想の世界でしか存在しない上位理論(笑)なわけであって、しょせん我々には理解も制御も
できないものでしかないわけですしね。←もはやどうでもいいww
0527名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/22(日) 05:56:48.55ID:VA8mKx42
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
Such danger is stressed, for example, in the story of Daniel in the Lion's Den,
one closely related to the symbolism of this card.
そのような危険は、例えば、このカードの象徴主義に密接に関連するものの一つである、
「獅子の洞窟」における「ダニエル」の物語において強調される。

Daniel is, like Moses, a Magician (Thaumaturge) holding back the destructive power
of the lions through sheer force of will.
「ダニエル」は、「モーセ」のように、全くの意思の力を通じて、獅子たちの破壊的な力を
抑制する「魔術師(奇跡を起こす聖人)」である。
--- ここまで ---

『旧約聖書:ダニエル書』6章には、「獅子の洞窟に投げ込まれたダニエル」の物語があり
ますが、ここでのメインテーマは「主への信仰」であって、「ダニエル」の「意思」とは
無関係の話であり、「モーセ」も「ダニエル」も、我々の考える「自由意思を持つ魔術師」
というよりも、自らの意思よりも「神の代理人」としての働き、つまり神に絶対的に隷属
することで利益を得ているものと考えられます。

はっきり言って、ワタシは、そういう、自分の意のままにならない「他の存在の操り人形」
であることは良しとしないわけで、そういう隷属状態に陥らないように、日々、悪戦苦闘
しているわけですが、そういう報われない苦労をすればするほど、自分自身が、他の存在
の操り人形になっているということを実感してしまうわけです。

そういう意味では、この「8:力」の女神像(≒ダニエル)も獅子像も「神の操り人形」で
あって、上位存在の「至高の三角形」からの「小径」という糸により操られているという
感じにも見えるんですよね。
まあ、人間も含めて、全てのものは「お釈迦様の掌の上」の存在であり「操り人形」では
あるわけですが、ワタシとしては、そのことを頭では理解していたとしても、それは心では
絶対に認められない「思考停止」であって、「あきらめたらそこで試合終了」なのです。
要はワタシは、分かっているけど止められない「愚か者」ってことなのですよww
0528名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/25(水) 06:00:16.49ID:2JKRgk9e
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
Daniel, the three Hebrews in the fiery furance, Noah, and other such figures were
chosen by the earliest Christians as Biblical representatives of salvation.
「ダニエル」、燃え盛る炉の中の三人の「ヘブライ人たち」、「ノア」、そして他の
そのような人物たちは、救済の「聖書」の代表者たちとして、初期の「キリスト教徒たち」
により選ばれた。

On the wall of a catacomb, a depiction of Daniel means, in essence: "let him who
is buried here be saved as Daniel was saved from the lions."
カタコンベ(地下墓地)の壁にある、「ダニエル」の描写は、本質的には、以下のことを
意味する:「ダニエルが獅子たちから救われたのと同じように、ここに埋葬された者を
救済させてください」。
--- ここまで ---

最初の文の「furance」は、「furnace/炉」の誤記ですかね。

「the three Hebrews in the fiery furance/燃え盛る炉の中の三人のヘブライ人たち」
は、『旧約聖書:ダニエル書』3章に出てくる話で、「Noah/ノア」は、『旧約聖書:
創世記』6章以降にある「ノアの箱舟」の登場人物です。
いずれにしても、「信仰による救済」がテーマの話の中の人物です。

「catacomb/カタコンベ(地下墓地)」は、古代ローマ時代の初期キリスト教の、地下に
作られた集団墓地というか納骨堂というか、そういう埋葬施設であり、その壁面には、
教会の壁画と同じように、数々の壁画や彫刻で装飾されています。
まあ、そのほとんどは、キリスト教のメイン・ヒーローである「イエス・キリスト」関係
なのですか、マイナーなテーマの一つとして、「ダニエルの獅子の洞窟」の壁画もあると
いうことです。
ちなみに、『旧約聖書:ダニエル書』は黙示文学書でもあるので、単なる「獅子の洞窟から
の生還」という話だけではなく、『新約聖書』における「イエス・キリスト」と同様に、
『旧約聖書』における世界の終末の救済者であることを、考慮しておく必要があります。
0529名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/27(金) 06:04:15.57ID:FLOtN6Fh
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
Thus, a simplistic faith in divine protection came to overshadow a symbolism of
far greater consequence, that of the enlightened individual controlling the
"animal potency" underlying all existence.
このように、神の保護の中での単純すぎる信仰は、はるかに大きな重要性の象徴である、
全ての存在の根底にある「動物の能力」を制御する啓発された個人のそれを覆い隠すよう
になった。
--- ここまで ---

要は、「自力救済」ではなく「他力本願」になっていったということなのですが、そもそも
「8:力」は、そういう終末思想系の「小径」ではありませんし、このカードに描かれている
「獅子像」は、野蛮で野生の動物ということでもありません。
いずれにしても、「ダニエルの獅子の洞窟」の物語が、「8:力」と何らかの関係があると
考えるのは、「月とスッポン」と同しレベルではないかと思うのでした。

ワタシとしては、そんな宗教臭い解釈よりも、ゴールデン・ドーン版の「8:力」が、ウェイト
版の「6:恋人たち」に似ていることに、興味があります。
つまり、ゴールデン・ドーン版の「8:力」の「女神」と「獅子」が、ウェイト版の「6:恋人
たち」の「天上のイヴ/知恵の木/蛇」と「天上のアダム/生命の木/炎の葉」に対応する
ということですよね。

要は、ゴールデン・ドーン版の「8:力」の「獅子」は、本来は野獣の姿ではなく、美形
の「女神」に匹敵するイケメンの「男神」であり、ウェイト版の「6:恋人たち」の天使のような
燃え立つ髪形を持つという妄想ですよね。
そして、この「8:力」のカードは、上位の「至高の三角形」から、「知恵の力=蛇=少女
神」と「生命エネルギーの力=獅子=少年神」が対生成により顕在化し、下位の「倫理的
三角形」の段階に降り立つというイメージでの解釈が可能です。
まあ、それらが具体的に何を意味するのかは、ワタシには全く分かりませんが、従来の
「美女と野獣」という、見たまんまの解釈と比べれば、「生命の木」のバランス感覚と
いう面でも、個人的には納得できる解釈となっているわけなのでした。
0530名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/28(土) 05:59:24.28ID:upT99PC8
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
In the symbolism of Alchemy, the lion takes three separate forms.
「錬金術」の象徴体系において、獅子は3つの異なる形態たちを取る。

First, there is the Green Lion, the energy of nature before it is purified and
subjected to the will.
最初に、浄化されて意志に服従する以前の、自然の精力である、「緑の獅子」がある。
--- ここまで ---

錬金術の体系は、基本的には「中世哲学の妄想体系」であるゆえ、理論が混沌としていて、
言ってることも混乱していますので、ワタシとしては、あまり近づきたくない体系です。

とはいえ、この「8:力」の「女神と獅子像」は、錬金術の象徴体系、特に錬金術の芸術と
いうかデザイン体系の影響を受けていることは、ほぼ間違いないと思われます。
とはいえ、だからと言って、「8:力」の解釈に、錬金術の解釈をそのまま適用しなければ
ならないということでもありませんので、あくまでも参考程度に、錬金術における「獅子」
の象徴の意味を、少しだけ見ておこうと思います。

とりあえず、錬金術における「獅子」で有名なのは、
・緑の獅子
・赤の獅子
なのですが、その解釈については、元々が中世の妄想の産物ですし、各自で好き勝手に
行ってもいいようですので、ワタシ個人の意見は、差し控えさせていただきます。
というか、そういう他人の電波系の妄想には、あまり関わりたくないのです。

なぜなら、ワタシ自身が強烈な「電波系体質」であるゆえ、他人からの電磁干渉の影響を
モロに受けるというか、まあ同族嫌悪というか、要するに、他人からの電波は受け取らずに
受け流すというのが、ワタシの電波な人々に対する基本スタンスとなっております。
まあ、オカルトにハマらずに上手に付き合うには、スルースキルも大切ってことですよね。
0531名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/29(日) 06:24:26.81ID:jkkTKwpv
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
Next is the Red Lion, represented on the card of STRENGTH.
次のものは、「力」のカードに描写されている、「赤い獅子」である。

This is the force of nature under perfect control, what the Alchemists would
describe as e Sulphur (Solar Energy) combined with Mercury (Will).
これは、完全な制御の下にある自然の力であり、「錬金術師たち」が、「水銀(意思)」
と結合された「硫黄(太陽の精力)」と表現したであろうものである。

Waite underscores this meaning by showing the infinity sign of THE MAGICIAN above
the woman's head; this is the directing willpower of the twelfth Path, what
Mathers calls the Philosophic Mercury.
ウェイト氏は、女性の頭の上に魔術師の無限大記号を表示することにより、この意味を
強調する;これは、マサース氏が「哲学者の水銀」と呼ぶ、12番目の「小径」の指導する
意志力である。
--- ここまで ---

この「8:力」のカードにある「獅子像」が、錬金術の「Red Lion/赤い獅子」に相当する
というウォン氏の主張には、ワタシとしては違和感があるのですが、ゴールデン・ドーン
版においては、おそらくそういう感じであると思われます。
つまり、主従関係という点においては、
「女神像」>>[越えられない壁]>>「獅子像」
という関係性が成立しているということであって、このあたりの関係性は、ウェイト版に
おいてもトート版においても同じような感じです。

つまり、「1:魔術師」と「8:力」の「女神像」には、「上の如く、下も然り」という関係性
が成り立つわけで、ここにも「至高の三角形」との「量子もつれ」があるということです。
では、「獅子像」は、どこと「量子もつれ」があるのかと言えば、「0:愚者」なのかな〜、
というイメージがあるわけですが、いずれにしても、理屈で説明できるものでもありません
ので、難しいツッコミは無しで、お願いします。
0532名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/11/30(月) 06:21:20.29ID:EPDtp2Ut
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
Finally, there is the Old Lion, meaning the completely purified consciousness,
the linking of all components of the Soul with the Highest Spiritual Self which
is "older than time itself."
最後に、「魂」の全ての構成要素たちと、「時間それ自身よりも古い」ものである「最高
の霊的自我」とを結合するものであり、完全に浄化された意識を意味する、「老いた獅子」
がある。
--- ここまで ---

この「Old Lion/老いた獅子」ですが、錬金術の象徴というよりも、ユング心理学における
「The Wise Old Man/老賢人」のような意味合いであるように思われます。

ちなみに、古代ローマの「ミトラス教」にある「獅子頭の神像」も、この「老いた獅子」
のタイプであると思われます。
そして、この「獅子頭神像」は、「ミトラス教」においては、時間を司る「アイオーン神」
とされており、色々と深遠な意味を持っているようです。

一神教であるキリスト教から見れば、野獣である「蛇」や「獅子」は、あまり良い印象は
無いようですが、キリスト教以前の古代宗教においては、「蛇」も「獅子」も、「宇宙や
生命の創造」を表すための、非常に重要かつ高度な象徴であったということです。
ワタシは、古代宗教の専門家ではありませんので、あまり詳しいことは知りませんが、
少なくとも、この宇宙の創造を語る「倫理的三角形」の上においても、決して場違い
なものではないということのようです。(よう知らんけど)

とはいえ、ゴールデン・ドーン版タロットの「獅子像」は、そこまで高尚なものでもない
ようですので、ここは適当にお茶を濁しておきたいと思います。
0533名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/01(火) 06:13:51.65ID:0R8WtWXi
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
The lion figures in ancient legends and in Christian legends, such as the story
of Saint Jerome, where the saint removes a thorn from the lion's paw and the
grateful animal becomes his servant. (*192)
獅子は、聖人が獅子の足から棘(とげ)を取り除き、感謝した動物が彼の下僕になるという、
「聖ジェローム(聖ヒエロニムス/聖ジローラモ)」の物語などの、古代の伝説たちやキリ
スト教の伝説たちの中に登場する。 (*192)
--- ここまで ---

ちなみに、(*192)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
192. St. Jerome was one of the "Fathers of the Church," and the translator of
the Vulgate, latin version of the Old and New Testaments.
192. 「聖ジェローム」は「教会の父たち」の一人であり、『旧約および新約聖書』のラテン
語版である『ウルガタ聖書』の翻訳者であった。

Because of the lion legend, the cat became known as the traditional pet of the
scholar.
獅子の伝説により、猫は学者の伝統的なペットとして知られるようになった。

See Reau, L’Art Chretien, v. III, 740-50, also Jameson, Sacred and Legendary Art,
London 1891, V.I, 285-300.
レオー著、『キリスト教の芸術』、第三巻、740-50ページ、また、ジェイムソン著、『神聖
で伝説的な芸術』、ロンドン 1891年、第一巻、285-300ページも参照のこと。
--- ここまで ---
とあります。

なお、「聖ジェローム」が「教会の父たち」の一人であり、ラテン語版『ウルガタ聖書』
の翻訳者であったことは真実ですが、この聖人が、獅子の足から棘(とげ)を取り除き、
感謝した動物が彼の下僕になるという話は、ファンタジーな創作物語です。
0534名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/02(水) 06:19:02.56ID:ZMJ/92v2
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
The consistent thread running through such tales has to do with the wise person
who subjugates the wild animal through the force of his humanity.
そのような物語たちを貫き通す首尾一貫した(話の)筋道は、彼の人間性の力を通して
野生動物を服従させる賢明な人間に関係せざるを得ない。

It is the highest quality of man controlling the highest quality of beast (of
which the lion is "King"), an idea sufficiently common in history that it may
be considered an extension of Jung's Wise Old Man archetype.
それは、(獅子は「王」であるという)最高の品質の獣を支配するのは、最高の品質の
人間であることであり、「ユング」の「老賢人」の元型の拡張と見なされるかもしれない、
歴史上十分に共通した考え方である。
--- ここまで ---

「聖ジェローム」の伝説は、基本的には「キリスト教」サイドが流した悪質なデマというか、
キリスト教以前の古代宗教が、人間よりも獣の神性を高く設定していることに対する、
ネガキャンの一環であるような感じなんですよね。
つまり、「傷ついた獅子=古代宗教」であり、それを救済して新たに支配したのが「キリ
スト教」であるというような、ストーリーだと思われます。
実際、「蛇」も「獅子」も、古代エジプトや古代メソポタミアでは、人間を超越する聖なる
生き物として、崇拝の対象でしたので、「8:力」が、「特定宗教の人間の優位性」を示すと
いう考え方には、かなりの違和感がありますし、そもそも、この「8:力」においては、
「人間性」という俗なものは、本来は議論の対象にもならないような気もするわけです。

結局のところ、中世以降のキリスト教においては、「イエス・キリスト」が最高であって、
「蛇」や「獅子」は、しょせん「野獣」扱いでしかなく、それゆえ、自然の神秘の理解に
おいて、大事なことが見えなくなっている感じです。
ですので、ワタシ的には、「蛇」や「獅子」は、単なる「野獣」ではなく、神秘の「象徴」
として、改めて見直して欲しいというのが、正直なところです。
0535名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/03(木) 06:11:29.20ID:/obwcjX5
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
In this regard, we appreciate that each and every one of the Tarot trumps represents
a body of teaching, legend, or tradition, deeply rooted in the group soul of mankind
and expressed in different ways throughout history.
この点については、我々は、「タロット」の大アルカナたちの各々そして全てのものが、
人類の「類魂」に深く根ざされ、そして歴史を至るところで異なった方法たちで表現され
た、教え、伝説、もしくは伝統の塊を表していることを理解する。
--- ここまで ---

この点については、ワタシとしては完全には同意し難いところです。

確かに、古典的なタロットであるマルセイユ版の解釈であれば、そういう人間的な面が
色濃く反映されているということは理解できます。

でも、ゴールデン・ドーン系は、「魔術カバラ」がベースですので、そういった伝統的と
いうか、既存宗教の受け売りというか、お説教ババアの占いのような、お行儀の良い、
物分かりの良いものではないと思うんですよね。

そもそも、「生命の木」の「ティファレト」より上の世界の「小径」は、「宇宙の創造」に
関する記述になっていますので、「教え、伝説、もしくは伝統」といった人間臭いものは、
「ティファレト」より下の世界の「小径」で語っておいてほしいところですし、そういう
人間臭いものを、「ティファレト」より上の世界の「小径」に当てはめて解釈することは、
宇宙にある「月」の誕生を、「おいしいスッポン鍋」の作り方と同列に語るようなもので
あって、井戸端話のネタとしては悪くはないのですが、ミソクソ以外の何ものでもないわけ
で、ネタをネタと理解できず、勘違いする人が続出することは否めないわけです。

特に、占い界隈の電波系の人々は、そういう「誰が見ても怪しいネタ」に食いつく傾向が
高いので、できれば、こういう勘違いしやすいネタは、控えめにしておいてほしいのですが、
残念ながら、「誰が見ても怪しいネタ」の方が、商業的には、もてはやされるというのも、
確かなんですよね。
0536名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/04(金) 06:04:34.23ID:jf2dFYf0
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
Pursuant to the relationship of the symbolic lion with the Sun, there is some
possibility of confusion.
象徴的な獅子と「太陽」の関係に従って、混乱するいくつかの可能性がある。

At one level the lion is the Kerub of Fire, symbol of one of the Four Elements.
ある段階においては、獅子は、「四大元素」のうちの1つの象徴である、「火のケルビム
(智天使)」である。

But this is not the same as the lion of the Sun's Spiritual Fire, or Kundalini,
which is also the Serpent.
しかし、これは、「太陽」の「霊的な火」の獅子、もしくは蛇でもある「クンダリニー」
と同じではない。
--- ここまで ---

「8:力」のカードに描かれた「獅子像」は、「四大元素」の「火=ネツァク」と同等では
なく、「太陽」が示唆する「霊的な火=ティファレト」と同等ではなく、「クンダリニー
=ヨッド=火」と同等ではないということであり、我々の知る伝統的な他の何かに例える
ことの難しい、高次元の象徴であるということです。

つまり、この「獅子像」は、我々がまだ知らないものを象徴しているということなのです。

「8:力」の理論上は、上位の「至高の三角形」から、「女神像=蛇」と「獅子像」が、
下位世界の「倫理的三角形」において「対生成」されたことを表すものであって、その
結果として、「ケセド」と「ゲブラー」が対生成されたと考えることが出来ます。
その後は、「ケセド」と「ゲブラー」の間に働く「力」を意味しているわけなのですが、
物理的な「force/力」ではなく、どちらかと言うと、精神的な「strength/力」であると
いうことが、また良くわからない点なのですよね。
いずれにしても、「8:力」の「獅子像」は、それ単独では意味を持たず、「女神像」との
ペアとして解釈すべきものという程度のことは分かるのですが、それ以上は分かりません。
0537名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/04(金) 07:10:23.83ID:xoxnscA1
占いスピ系大好き独身50代女性の末路
ttps://ameblo.jp/sakusaku091207/entry-12620690369.html
0538名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/05(土) 06:13:06.31ID:gU48lRmE
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 207) ---
The fiery lion-serpent is one aspect of the Life Force which, in manifestation,
is a duality of activity and passivity.
火の獅子−蛇は、「生命の力」の1つの様相であり、それは、顕在化における、活動性と
受動性の二重性である。

Kundalini, the Sacred Fire, is the active phase of this energy, purposely unleashed
and directed by the will.
「聖なる火」である、「クンダリニー」は、この精力の活動的な相であり、意図的に束縛を
解かれ、意志により導かれる。
--- ここまで ---

至高なる「火の段階」、すなわち「至高の三角形」においては、「火の獅子−蛇」として
一体化して未分化のものが、次なる「水の段階」である「倫理的三角形」の「8:力」に
おいて、「獅子像」と「蛇=女神像」に分離して顕在化したというような感じですかね。

そして、感覚的には、「獅子像」が「activity/活動性」で、「女神像」が「passivity
/受動性」を担当するであろうということであり、さらに、「ケセド」と「ゲブラー」の
顕在化にも関係してくるものと思われます。

とはいえ、ここで、「クンダリニー」の話が出てくると、色々と混乱してきます。
まず、この「8:力」にある「クンダリニー」のようなものは、我々の知る「クンダリニー」
とは次元の異なるものであり、「神の意思により意図的に束縛を解かれ、神の意志により
導かれる」という性質のものであって、我々が関知できるようなものではありません。

要は、しょせん「神の世界」の話であり、完全に俗世間からは隠蔽されていて、日々生活
している我々にとっては、全く何の関係も無いのが「8:力」であるということですので、
それゆえ物好きな研究者にとっては、逆に興味の対象とされているわけなんですよね。
まあ、隠されている魅力的なものであれば、ぜひチラリでいいので見てみたいというのは、
人間の性(さが)ですので、きっと実況で「見えた!」と叫ぶ人もいるんでしょうね。
0539名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/06(日) 06:38:40.83ID:W7uUhxI4
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
This is suggested by the double ends of the rods in the hands of the figure in
THE UNIVERSE, a card related to STRENGTH in several ways.
これは、いくつかの点で「力」に関連するカードである、「宇宙」の人物像の手たちの
中の棒たちの二重の先端たちにより示唆される。
--- ここまで ---

「21:宇宙」の女神像が両手に持つ、二本の「両頭の棒」は、宇宙の存在の中にある様々な
ものの「二重性」の原理を示しています。

そういう意味では、「8:力」の「獅子」と「蛇(女神像)」も、そういう「二重性」の
範疇に入ると言えば入るのですが、とはいえ、この「獅子」と「蛇」の関係性は、単なる
「double ends/両頭」と言えるような対等なものではないので、何とも言えないです。

つまり、単に、「獅子像」が「activity/活動性」で、「女神像」が「passivity/受動性」
であるとか、さらに言うと、「ケセド」と「ゲブラー」の関係性も、「double ends/両頭」
としていいのかという話にもなるわけです。
つまり、単純なボケとツッコミのような関係ではなく、もっと何か柔軟性のあるというか、
見た目ほどには上下関係を持たないような関係性に近い感じがするんですよね。

要するに、見た目清楚な「女神像」は、あくまでも見た目だけであって、その実体は、火の
属性を色濃く持つ「蛇」に他ならないということであり、それが火の属性そのものである
「獅子」と一体化しているという構図から、これから一体何が起きるのか、ということです。

これはもう、神の意志に従って、「爆発」するしか無いわけですよ。
つまりは、これから顕在化するであろう「宇宙」を生み出すための「大爆発」、すなわち
「ビッグバン」の「原動力」に他ならないということであり、ワタシとしては、こちらの
イメージの方が、しっくり来ます。
いずれにしても、この「8:力」のカードは、「女神」による「力の抑制」というような
クールな感じではなく、もっと活動的なイメージがあるように思うのでした。
0540名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/07(月) 05:47:38.50ID:LI+gyhKF
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
It will, for example, be noted that the scarf on the figure in the Golden Dawn
card is similar to that worn by the figure in THE UNIVERSE.
例えば、ゴールデン・ドーン版カードの人物像のスカーフは、「宇宙」の人物像により
着用されるものに似ていることが注目されるであろう。

Both are veils.
両者とも、「ベール(覆い隠すもの)」たちである。

Both are concealing of principles, though at different ends of manifestation.
両方とも、原則を隠しているけれども、顕在化という点では異なる結末たちにある。

STRENGTH is the beginning of Microprosopus, while THE UNIVERSE is the completion
of the process.
「力」は「ミクロプロソプス(小さな顔)」の始まりであり、その一方で、「宇宙」は
過程の完了である。
--- ここまで ---

まあ、「スカーフ」は「ベール(覆い隠すもの)」ではありますが、それを身に着けて
いるという点だけで、「8:力」の女神像と「21:宇宙」の女神像は同じであるというのは、
いつものように、「月とスッポン」ではないかと思います。

とはいえ、「月とスッポン」理論においては、「8:力」の天界に舞い降りた「女神像」が、
相転移して、「21:宇宙」の地上に降臨した「女神像」になるということも否定できない
わけで、このあたりの解釈は、おそらく人それぞれではないかと思われます。

ワタシとしては、「全ての女神像は同一である」という、思考停止のミソクソ理論よりは、
それぞれのレベルに応じて異なる個性に向き合って、その異なる働き(原則)をしっかりと
把握して解釈してあげたいので、あんまり姉妹同士や母娘同士で比較して、あーだこーだ
と言いたくは無いかなぁ、という感じですかね。
0541名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/08(火) 06:14:17.74ID:MyDC2DZi
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
The woman who has tamed the energy of the lion, and the woman who dances in space
surrounded by the Four Kerubiim, are both expressions of that which is, at the
highest level, called THE EMPRESS.
獅子の精力を飼いならし終わった女性と、「四つのケルビム」により取り囲まれた空間で
踊る女性は、両方とも、最高の段階において、「女帝」と呼ばれる、表現たちである。
--- ここまで ---

まあ、こういうのも、典型的な「月とスッポン」理論となるわけで、オマンコ付いていよう
がいまいが、ほぼ見た目だけで、同じ「女性」と決めつけるのは良くないと思います。

それに、同じような女性像なのに、「2:高等女司祭」や「11:正義」や「14:節制」や「17:星」
などが仲間ハズレにされているのも気になりますし、それぞれが、かなり個性的な性格と
働きを持っていますので、「なんでアイツなんかと一緒くたにされてんの!」という苦情が
殺到するのも目に見えていますしね。

それと、「3:女帝」と「21:宇宙」の女性は、どちらも「宇宙を産み出す」という単体での
母性感が強くありますので、どちらかというと、「8:力」の女性のような、脳筋上司を手な
づけるキャリアウーマン的なものとは、かなりキャラが異なる感じもあります。

というわけで、ワタシとしては、「8:力」は、やはり「蛇」と「獅子」の象徴の関係性、
カードで言えば、ウェイト版の「6:恋人たち」や、「15:悪魔」や、「19:太陽」にある
ような、「陰陽」という「対生成」の関係に基づく世界創造の始まりのカードであると
考えておきたいところです。

つまり、「3:女帝」の遠隔作用で生み出されたのが、物質化するはるか以前の、「8:力」の
「蛇」と「獅子」に象徴される「純粋エネルギーを司る、対になった『力』たち」である、
という考え方なのですが、それが現実に何を意味するのかは、全くもって不明なのでした。

要するにワタシは、「8:力」については、実は何も知らないんですよね・・・。
0542名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/09(水) 06:06:10.54ID:TVND0E26
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
This is a very powerful Path, one on which it is not possible for a sensitive person
to meditate without profound effects on the psyche.
これは非常に力強い「小径」であり、感受性の高い人にとっては精神に深刻な影響を与える
こと無しに瞑想することが可能ではないものの一つである。

The card may come to be appreciated as a statement of methodology, whereby the
willpower controls the vital life energy.
カードは、意志の力が生命の精力を制御することによって、方法論の陳述として評価される
ようになるかもしれない。
--- ここまで ---

この「8:力」が、「very powerful Path/非常に力強い小径」であることは確かなのです
が、問題なのは、それが我々の知るレベルには無い、すなわち、完全に「あっちの世界」
の話であることであり、結果的に、我々がそれについて語ろうと思えば、「月とスッポン」
以上の隔たりがあること、つまり、ワタシがここで語っていることは、もはや何の意味も
無い雑談でしかないということを、知っておく必要があります。

そして、そういう雑談のネタ話の一つとして、「8:力」を、「意志力が生命力を制御する
方法論」として見るというものがあるということです。
まあ、「8:力」の本当の意味は誰も知りませんが、誰も知らないからこそ、各自が自由な
発想で勝手気ままに解釈しても、誰もそれを否定することは出来ませんし、それはそれで
許される同人誌的な行為ではないかとも思います。

とはいえ、そういう個人的な解釈を公式化してしまう、つまり、誰かがこう言っていた
から、このカードはこういう解釈なんだ、というのは、ちょっと違うと思うんですよね。
ワタシとしては、あくまでも、「各自の自由な発想から生まれる解釈」ということが重要
であると言いたいわけで、このレベルにおいては、安易な「他人の解釈の受け売り」は、
もはや何の意味も持たないというか、逆に有害であるとさえ思える領域にあると思うの
でした。
0543名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/11(金) 05:59:48.53ID:B7rlwKSK
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
The Book of Tokens suggests that the secret of this methodology lies in number,
although as used in that text the word means the germ of separation into what
can be counted as divided from the One:
『しるしの本』は、この方法論の秘密は「数」にあることを示唆しているが、けれども、
その本文の中で使われているように、この言葉は、「1つのもの」から、分割されたもの
として数えることができるものへの分離の芽生えを意味している:

"Number veileth the power of the Elohim, for Number is that thick darkness whereof
it is written,
「『数』は『エロヒム(神)』の力を覆い隠しており、なぜなら、『数』は、それが書かれて
いるものの、その濃い暗闇であるからである。

'And Moses drew near unto the thick darkness Where God was;'
『そして[モーセ]は[神]があった「場所」の濃い暗闇の近くに寄った;』、

and again,
そして再び

'Tetragrammaton said that he would dwell in the thick darkness.'"
『[聖四文字]は、彼が濃い暗闇の中に住むであろうと言った。』」
--- ここまで ---

無駄に長くて、結局のところ何が言いたいのかが、よくわからないところですが、おそらく
「よくわからない」ということを言いたいのではないかと思います。

まあ、「神」とは、我々にとっては「よくわからない」存在であるというか、究極的に
「よくわからない」存在である、つまり究極的な「神秘」であるからこそ、「神」と呼ば
れているのではないかとも思うわけです。
だから何?、と言われても困りますので、ツッコミは無しで、お願いします。
0544名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/12(土) 06:09:34.77ID:zzdnH8da
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
And, it continues: "Of that darkness the Serpent is a sign, the Great Serpent,
the royal snake of Egypt.
そして、それは続ける:「その暗闇の中で、『蛇』は記号であり、『偉大なる蛇』、
エジプトの王家の蛇である。

This is the Serpent of temptation, Yet from it cometh redemption.
これは、誘惑の『蛇』であるが、それにもかかわらず、そこから贖罪が生じる。

For the Serpent is the first appearance of the Anointed One." (*193)
というのは、『蛇』は、『油を塗られた者(神)』の最初の出現であるからである。 (*193)
--- ここまで ---

ちなみに、(*193)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
193. Case, Book of Tokens, 91-92.
193. ケース著、『しるしの本』、91-92ページ。
--- ここまで ---
とあります。

古代エジプトの「王(ファラオ)」は、「太陽神ラー」の子であるとされ、「太陽=獅子」
に相当します。
また、古代エジプトでの「蛇」は、「女神」や「夜」に属することが多く、「太陽=獅子」
を補完するものとなっています。

つまり、「8:力」は、古代エジプト理論においては、宇宙創造の最初に出現した、「光」を
司る「男神(太陽=獅子)」と、「闇」を司る「女神(蛇)」という、偉大なる相反する
「力」の関係を表しているということになるわけです。
とはいえ、このレベルの「蛇」が、人間臭い「誘惑」とか「贖罪」に絡んでいるかと言われ
れば、ちょっとレベルが違いすぎるので、ワタシとしては、何とも言えないです。
0545名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/13(日) 06:32:02.89ID:JfnRULa8
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
STRENGTH represents a very important initiatory formula dealing with the Serpent
Power.
「力」は、「蛇」の「力」を取り扱う、非常に重要な参入の公式を表している。

It is this power which is used to stimulate the various chakras, or centers of
energy in the body.
さまざまな「チャクラたち」、もしくは肉体の中の精力の中心たちを刺激するために使用
されるのは、この力である。

The principles imbedded in number (as defined above) teach us how to use this
power, which is not to suggest that the process is cold and distant.
(上で定義されたような)数の中に埋め込まれた原則たちは、過程が冷たく遠いことを
示唆することではない、この力の使い方を我々に教える。
--- ここまで ---

「獅子=太陽」が「熱」であれば、冷血動物である「蛇」は「cold/冷」であるという
類推ができるのですが、この「8:力」における「蛇」が意味する「process/過程」は、
「冷」ではなく「熱」であるということです。
そして、その作用は、「distant/遠い」ものではないということなので、「重力」や
「電磁力」のような遠隔で作用するものではなく、「強い力」や「弱い力」のように、
極めて近い距離で作用するものであるということです。

つまり「獅子」も「蛇」も、宇宙誕生のビッグバン直後の状態で作用した、原初の「力」
の象徴であって、それらの「力」の痕跡が、「宇宙背景輻射」のように、この顕在化した
宇宙全体に、あまねく遍在しているという感じでしょうかね。

そして、一部の人たちは、その原初的な「力」を、ミソクソ理論を、いやいや「上の如く、
下も然り」の原則を適用することで、自身の「チャクラ」たちを通じて、それらを感じ、
使うことが出来ると主張しているということのようです。
0546名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/14(月) 05:47:15.42ID:sfboxuzC
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
On the contrary, Crowley's title, Lust, is quite appropriate.
それどころか、クロウリー氏の称号である「欲望」は、かなり適切である。

What is involved is the development of a "divine frenzy," as is meant by the
frequently-repeated instruction: "Inflame Thyself with Prayer!"
巻き込まれるものは、頻繁に繰り返される教えにより意味されるように、「神の熱狂」の
開発である :「『祈祷』しながら『汝自身』を燃え上がらせよ!」。

Or, as the Alchemists express it, "The heat of the furnace makes the Stone."
もしくは、錬金術師が、それを表現するように、「炉の熱は『石』を作る。」

The heat is a great passion within the confines of an exercise such as that of
the Middle Pillar. (*194)
熱は、「中央の柱」のそれのような行法の限界内の大きな情熱である。 (*194)
--- ここまで ---

ちなみに、(*194)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
194. Note 9.
194. 注記 9。(イスラエル・リガルディ著、『中央の柱』および『実践的魔術の基礎』)
--- ここまで ---
とあります。

まあ、「8:力」は、「燃える火」ではありますが、それは、我々が想像するような、有限の
「炉」の中でチマチマ燃えているものではなく、この無限宇宙の種そのものが「炉」で
あり、その中からビッグバンが始まったということになるという感じですかね。

いずれにしても、下界の我々が、祈りにより「8:力」の境地に達することが出来るのかと
聞かれれば、夜空の星を竹ざおで叩き落とすぐらいの、無理なことだと思うのでした。
0547名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/15(火) 05:52:53.02ID:i44D2cqz
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
The method is a recurring theme in the correspondence courses of Paul Case.
この方法は、ポール・ケース氏の通信教育課程において繰り返し出てくる題目である。

In one lesson, he says of inner exercises: "By prolonged practice. . . pursued
something for months and years without apparent result, those who follow the Way
of Liberation effect changes in their subconsciousness.
ある学課において、彼は内なる演習たちについて、以下のように述べる:「長期の実践に
よって…、明らかな結果なしに、何ヶ月も何年もの間、何かを追求した、『解放の道』を
追う者たちは、彼らの潜在意識の中で変化たちを成し遂げる。

These changes are symbolized by Key 8 and produce at the same time the result
shown in Key 16." (*195)
これらの変化たちは、「鍵の8」により象徴され、そして、「鍵の16」において示される
結果を、同時に引き起こす。」 (*195)
--- ここまで ---

ちなみに、(*195)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
195. Case, Tarot Fundamentals, 20.8.
195. ケース著、『タロットの基礎』、20.8ページ。
--- ここまで ---
とあります。

まあ、「8:力」の本質は誰にも分からないので、各自で「ミソクソ理論」、いやいや「上の
如く、下も然り」の原則を適用して、それぞれの言葉でそれを表現し、それぞれの責任で
活用していくしかないわけですので、他人の解釈については、基本スルーで、いやいや、
それぞれの意見を最大限尊重しておこうと思うのでした。
つまり、ここで語っていることは、ワタシの話も含めて、もはや何の根拠も無い、無責任な
話でしかないわけですので、皆さんも、完全なる自己責任での利用を、お願いします。
0548名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/16(水) 06:03:11.62ID:UJ0Pj1Dn
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
Repeatedly he states that the whole point of meditational exercises is an actual
and subtle change in the structure of the body cells.
繰り返し、彼は、瞑想の演習たちの全体の論点は、体細胞たちの構造における実際の微妙な
変化であると述べる。

And those who are familiar with Dion Fortune's definition of the Qabalah as the
"Yoga of the West," will appreciate that Case said directly things at which she
was only willing to hint.
そして、「西洋のヨガ」としてのダイアン・フォーチュン氏による「カバラ主義」の定義に
精通している人は、ケース氏が、彼女がほのめかしたいだけのことを直接言ったことを
理解するであろう。
--- ここまで ---

まあ、誰にも本当のことは分からないので、ここは「言論の自由」を尊重しようと思います。

とはいえ、このレベルになると、「○○のような気がする」程度の、ほとんど妄想レベル
でしか語れないので、二重盲検法(Double blind test)などで検証すれば、おそらく有意な
ものは出て来ないと思います。

そしてもし、これが何らかの意味を持つとすれば、それは、「特定の人たち」による、
「特定の意味付け」の場合であり、これは意味の再定義というか、まあ「上の如く、下も
然り」の原則を適用して、その「特定の人たち」にとって都合の良い解釈をするという
場合に、ほぼ限定されるのではないかと考えています。
もちろん、これは、他者に迷惑をかけない限りにおいて、個人的に行うことは、何ら問題
の無い行為なのですが、ワタシ自身は、極力そういう黒歴史ノートというかオナニー行為
は、あまり人には見せたくないな、と思っているのですが、世の中には、そういう黒歴史
ノートや、オナニービデオが金になる場合もあるわけですので、何とも言えないです。
とはいえ、ワタシも、偉そうに他人に対してとやかく言えるような立場でもありませんので、
皆さんには、ワタシのようにならないよう、清く正しく生きて頂きたいと思うのでした。(苦笑)
0549名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/17(木) 06:11:32.14ID:PuUEImT0
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 208) ---
When we have the important keys all mystical literature suddenly opens up and
seems genuinely simple.
我々が、重要な鍵たちを手に入れる時、全ての神秘的な文学は、突然に開かれ、本当に
単純であるように見える。

Such is the case with the Book of Revelation (The Apocalpyse), which utterly confounds
most biblical scholars, and is the source of some extraordinary scholarly nonsense.
そういうものは、大抵の聖書学者たちを散々に混乱させ、そして、少なからず異常で学術的
には無意味な言葉の源である、「啓示の書(黙示録)」の場合である。
--- ここまで ---

二番目の文の「Apocalpyse」は、「Apocalypse/黙示録」の誤記ですかね。

「Revelation/(ヨハネ)黙示録」は、『新約聖書』における代表的な「mystical literature
/神秘文学」ですが、その生い立ちから思うに、空想フィクション文学そのものであり、
ファンタジー文学以上のものではないと思います。
まあ、現代においては、新世紀エヴァなんとかとか、魔法少女まどなんとかとか、はたまた
プリキュアとかも、世界の滅亡の預言と、それからの復活という、ごくありふれたテーマ
ですので、そういう「救世主」シリーズものの原点であると言うことは出来るかと思います。

とはいえ、『ヨハネ黙示録』のネタは、完全なオリジナルではなく、当時に流行していた
神秘ネタのパクリ、いやいや、それらを再編集したものであり、神秘文学の作品としては、
非常に興味深い仕上がりとなっています。
そして、『ヨハネ黙示録』には、『旧約聖書』ネタ以外に、様々なものが含まれている
ので、純粋な古典的「カバラ」とはまた毛色の異なるものが含まれています。
それは占星術ネタであったり、錬金術ネタであったりするわけで、そういう元ネタを
ほじくり返すことで、埋もれていた「鍵」が発見されるということも、良くあります。
まあ、『黙示録』というマップを頼りに「鍵」を探して、ネタの「宝箱」を開けるという、
一種の知的な「宝探し」という感じでしょうかね。
0550名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/18(金) 06:09:10.96ID:ta1r8uhp
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 209) ---
Revelation, like the Book of Genesis, is one of the great Qabalistic documents.
『起源の書(創世記)』のように、『黙示録』は「カバラ主義」の偉大な文書たちの1つで
ある。

Thus, one should not be surprised to find that STRENGTH (or Crowley's Lust) relates
directly to that work by St. John.
従って、人は、「力」(もしくはクロウリー氏の「欲望」)が、「聖ヨハネ」の作品に
直接関係していることを発見することで驚かされるべきではない。
--- ここまで ---

わぁ、びっくりした〜ぁ!

って言えばいいんでしょうかね。

まあ、今さらではありますが、タロットで取り扱う「カバラ主義」は、クリスチャン・
カバラの延長である「魔術カバラ」ですので、基本的には、何でもありです。
考古学的な学術資料としての価値は、『旧約聖書:創世記』の方が圧倒的に上なのですが、
神秘ネタとしての価値は、『新約聖書:ヨハネ黙示録』と、甲乙つけがたい感じですよね。

とはいえ、『黙示録』系の神秘ネタで語られてしまうと、元々がアレ系な人たちの幻想ネタ
ですし、様々なジャンルの妄想ネタが、ごっちゃになっているので、通常の精神状態では、
マトモな解釈が不能というか、もはや何でもありのカオス状態になってしまいます。

ということで、ワタシとしては、『ヨハネ黙示録』を語るのは、できれば避けておきたい
ジャンルではあるわけですが、タロットを語る上では、どうしても避けることの出来ない
ものですので、ごく表面的な部分について、ここでは語っておきたいと思うのでした。

まあ、妄想ネタを深く追求しても、ただ時間を潰せるだけで、特に何も得られませんので、
そういうものもあるんだ〜、的な目線で見ていただければ幸いかと存じます。
0551名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/19(土) 06:31:59.71ID:mL4mWhql
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 209) ---
In Revelation it is stated that the Lion, representative of the Tribe of Judah
(the descendants of David), had "won the right to open the scroll and break its
seven seals." (*196)
『黙示録』の中に、「ユダ族(ダビデ王の子孫たち)の代表である、「獅子」が、「巻物を
開けて、その七つの封印たちを破る権利を勝ち取った」ことが、述べられている。 (*196)

But as the seals are to be broken we discover that the Lamb has taken the place
of the Lion.
しかし、封印たちが破られるにつれて、我々は、「小羊」が「獅子」に取って代わって
しまったことを発見する。

The Lion has, in fact, become the Lamb of "Seven Eyes."
「獅子」は、事実上、「七つの目」の「小羊」になってしまった。
--- ここまで ---

ちなみに、(*196)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
196. Revelation, 4.5.
196. 『新約聖書:ヨハネ黙示録』4:5。
--- ここまで ---
とあります。

妄想ネタに対してコメントするのもアレなのですが、この「ユダ族(ダビデ王の子孫たち)
の代表である獅子」という表現ですが、これは、『旧約聖書:サムエル記下』7:12にある
救世主の預言に関係しており、この「獅子」は「救世主イエス」を象徴すると思われます。

その後、この「獅子イエス」は、世界を黒化させる「七つ目の小羊」に姿を変え、錬金術の
術式に従って、最後には「賢者の石」であり「黄金」である「イエス・キリスト」として
降臨するというストーリーなのかなぁ、とか思ったりするのでした。(よう知らんけど)
0552名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/20(日) 06:41:48.62ID:2flNEOHW
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 209) ---
These are the seven Chakras which are activated by the Lion-Serpent Power.
これらは、「獅子−蛇」の「力」により活性化される、七つの「チャクラたち」である。

This is the taming of the Lion by the woman in STRENGTH.
これは、「力」における、女性による「獅子」の飼い慣らしである。

In Qabalistic terms this means that to bring the energies symbolized by the Lion
under perfect control, is to open the seals on the Book of Reality above the Abyss.
「カバラ主義」の表現においては、これは、完全な支配下にある「獅子」により象徴される
精力たちをもたらすことは、「深淵」の上の「真実の書」の封印たちを開くことである、
ということを意味する。
--- ここまで ---

『新約聖書:ヨハネ黙示録』の「七つ目の小羊」という妄想ネタからの「七つのチャクラ」
の流れは、まあ一つのネタとして置いといて、この「8:力」が、「Abyss/深淵」の封印で
あるという点については、ある程度、注目しておく必要があります。
まあ、注目すると言っても、ほとんどの人には、もはや何の関係もないことですけどね。

いずれにしても、この「8:力」は、上位世界であり「深淵」により絶縁された「至高の
三角形」を封印するもの、というか、これを理解せずに、そしてそれにより認められない
限り、それより上に進むことの出来ない「関所」みたいな気もするわけです。
つまり、我々が到達できる最上位の「ティファレト」には、上位世界の「至高の三角形」
に繋がる三つの「小径」、すなわち「6:恋人たち」、「4:皇帝」、「2:高等女司祭」が
あるわけですが、それらは全て「8:力」により封印されているような感じですよね。

要は、「8:力」は、エデンの園の東に置かれた「ケルビム」と「炎の剣」に似た存在で
あるという感じ(←これも妄想)なのですが、だから何と言われると、ワタシとしては、
「至高の三角形」はおろか、「8:力」とは何なのかさえ知らないので、何か意味のある
ことを答えることが出来ないというのが、現状なのでした。←全くヤル気無しww
0553名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/21(月) 06:09:50.23ID:ARuYrLHq
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 209) ---
The symbolism refers to the method by which one may know that from which manifestation
emerges, the Supernal Triangle of the Tree of Life.
象徴主義は、人が、そこから顕在化が出現する、「生命の木」の「至高の三角形」のことを
知るための方法に言及する。

It should be noted here that the Path of Teth is the highest on the Tree with no
direct connections into the Supernals.
ここで、「テトの小径」は、「木」の上で、「至高なるものたち(至高の三角形)」の中
への直接の接続を持たない、最高位のものであることが、注目されるべきである。

It is, thus, an important Path of transition.
それは、従って、遷移の重要な「小径」である。

It is, like THE HERMIT, a gateway to Daath.
それは、「隠者」のように、「ダアト」への関門である。
--- ここまで ---

「8:力」は、「至高の三角形」の「封印で」あり、それはすなわち「至高の三角形」への
「関門」でもあるということですが、これはまあ当然のことですかね。
問題なのは、その「封印」を解いて「関門」を開く方法なのですが、その鍵は、我々の
手の届くところにない、「テトの小径」という、この世界における最高のポジションに
あるということです。

ワタシにとっては、この「8:力」のポジションは、見ることも触ることも出来ない存在
ではありますが、「それはある」ことは知っていますので、それはすなわち「私は在る」
と自称したユダヤ教の神である「主」のポジションである、ということになりそうです。
まあ、ワタシ自身は、そういう「神」にはなれませんので、そこには到達できませんが、
世の中には、自称の「神」がいて、そういう「8:力」を授かったなどと吹聴している人も
それなりにいるわけなのですが、それが何なのかは、ワタシには知る由もありません。
0554名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/22(火) 06:16:17.17ID:ks/t0nrG
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 209) ---
In the Golden Dawn version of both cards, Daath is suggested by the desert.
両方のカードたちのゴールデン・ドーン版においては、「ダアト」は砂漠により示唆される。

As we cross the desert, going upwards, we are led out of bondage by the Logos
itself (Moses as the Light).
我々が砂漠を横切って、上向きに行くにつれて、「ロゴス」それ自体(「光」としての
「モーセ」)により、束縛から引き出される。
--- ここまで ---

ゴールデン・ドーン版の「8:力」と「9:隠者」に描かれた「desert/砂漠」は、「ダアト」
であるということなのですが、「ダアト」が「形あるもの」とは思っていないので、たとえ
それが「suggest/示唆」であると言われても、イメージしづらいんですよね。
ワタシには、この「砂漠」は、生まれたばかりで、まだ不毛な、すなわち生命活動の全く
無い初期宇宙というイメージが強いです。

そして、「9:隠者」の人物像は「光のモーセ」(『旧約聖書:出エジプト記』34:29-35参照)
を表している可能性があることは知っていますが、だからといって、我々が「ダアト」を
越えて、上向きに上昇して「至高世界」に到達することは不可能です。
可能性があるとすれば、「光のモーセ」のように、「至高世界」から降りてくる神託を、
我々の「霊の世界」で受け止めることぐらいですが、それが我々にとって、何の意味が
あるのかは、我々の知識では、知る由もありません。

いずれにしても、このレベルでは、カバラ主義的には、もはや我々の実生活にとっては無縁
のものというか、ほぼ意味の無い空想ファンタジー世界の話になっていますので、あまり
深入りする必要はありません。
あくまでも、そういうネタがあるんだ〜、という感じで、不思議ちゃんの話に付き合うと
いう感覚でいてもらえればいいかと思います。
そういえば、俗世間では、アレのせいで、不思議ちゃんが活性化していて、色々な電波話が
飛び交っておりますが、皆さんは、そういうネタに惑わされないようにしましょうね。
0555名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/23(水) 06:24:42.49ID:ItLktBpd
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 209) ---
Even Crowley's card may be interpreted in this way, though he has placed his card
on the eleventh Path, traditionally given to JUSTICE.
クロウリー氏のカードでさえも、このように解釈されても差し支えないが、けれども彼は、
伝統的に「正義」に与えられる、11番目の「小径」の上にカードを置き続けている。

His symbolism is perfectly consistent with the meaning of the Golden Dawn or Waite
cards, relative to Daath, of which he commented in the Equinox: "In Daath is said
to be the Head of the Great Serpent Nechesh or Leviathon, called evil to conceal
its Holiness." (*197)
彼の象徴主義は、「ダアト」に関連する、ゴールデン・ドーン版もしくはウェイト版の
カードたちの意味と完全に一致しており、彼は、『春秋分点』の中で、それについて以下
のように述べた:「『ダアト』においては、その『神聖さ』を隠すために悪と呼ばれる、
『大蛇ナハシュ』もしくは『レヴィアタン』の『頭』であると言われる。」 (*197)
--- ここまで ---

ちなみに、(*197)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
197. Crowley, Equinox, v.I, No. 5, 89.
197. クロウリー著、『春秋分点』、第一巻、第五号、89ページ。
--- ここまで ---
とあります。

「Nechesh/ナハシュ」は、ヘブライ語の「[shin][cheth][nun]/蛇」であり、通常は
「Nachash」と英語読みされており、この言葉は『旧約聖書:創世記』に最初に出てくる
「蛇」だけでなく、色々なところで使われていますが、「Great Serpent Nechesh/大蛇
ナハシュ」が具体的に何を指すのかは不明です。
また、「Leviathon/レヴィアタン」は、ヘブライ語の「[lamed][vau][yod][tau][nun]/
海獣」であり、通常は「Leviathan」と英語読みされており、この言葉は『旧約聖書』の
『ヨブ記』『詩編』『イザヤ書』などに出てきています。
0556名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/24(木) 05:43:04.79ID:CA7yE06U
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 209) ---
This reasoning is interesting in terms of Lust, where he represented the Seven-headed
beast of the Apocalypse, with which he personally identified.
この推論は、彼が自らを同一視した、『黙示録』の「七つの頭」の獣を表した、「欲望」
の観点から興味深い。

One may suggest that Crowley related himself to the Beast under the same philosophical
twist as he described for the Serpent, i.e., an evil which is only apparent, and
actually concealing of the greatest good.
人は、クロウリーは、「蛇」について述べたのと同じような哲学的なひねりの下で、
彼自身を「獣」に関連付けた、すなわち、悪は見かけだけであり、実際には最大の善を
隠していることを、示唆するかもしれない。

One can argue theologically that God creates only good, and that what appears to
be the greatest evil must actually conceal good.
人は、「神」は善のみを創造するので、最大の悪のように見えるものは、実際には善を
隠し持たなければならないことを、神学的に主張することができる。
--- ここまで ---

この『黙示録』の「七つの頭の獣」は、おそらく『新約聖書:ヨハネ黙示録』13 に出て
くる「十本の角と七つの頭」を持つ、一番目の獣のことだと思われます。
そして、その獣が、トート版の「11:欲望」に描かれているということですよね。

また、後半部分は、「善」と「悪」についての、よくある話です。
しょせん、全ての人間は、神によって作られ、操られる「人形」であり、その人形劇の
配役において、「善人役」や「悪人役」はあるかもしれないけれども、それは見せかけ
のものであるということですかね。
つまり、この世の「悪」は、全てが「神の悪だくみ」であるので、我々は自身の不運や
不幸を誰かのせいにするのではなく、「全ては神のせい」ということにしておけば、
全てが丸く納まるという、とてもありがたい話なのでした。←もはや絶望感しかないww
0557名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/25(金) 06:03:55.79ID:PSJK27BI
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 209) ---
At any event, some may find it very uncomfortable, even pathological, that Crowley
has so woven the trappings of his own personality into the cards, although it
requires some study to understand the extent to which this is the case.
いずれにせよ、クロウリー氏が彼自身の個性の捕捉たちをカードたちの中にそのように
織り込み続けていることは、非常に気持ちの悪く、精神病的でさえあると感じる人もいる
かもしれないけれども、これがどの程度まで事実であるかについて理解するためには、
いくつかの研究が必要である。

Others may find his choice of imagery curious, wondering that he should illustrate
a card of such spiritual potency as STRENGTH with the Scarlet Woman of the
Apocalypse, riding the Beast.
他の人たちは、彼の心像の選択が奇異であり、そして彼が、「獣」に乗る『黙示録』の
「緋色の女」と共に「力」のような霊的な効力のカードを図解したことを不思議に思う
ことに気づく。

Crowley made the connection through Gematria on the number 666, to which he related
his own name, The Sun, what he called the "Stele of Revealing," and the Beast of
Revelation.
クロウリー氏は、「ゲマトリア」を通じて、彼が彼自身の名前に関連したもの、「太陽」、
彼が「啓示の石碑」と呼んだもの、そして「黙示録の獣」を、数666に基づいて関係付けた。
--- ここまで ---

いずれにせよ、トート版の「11:欲望」は、クロウリー氏にとっての、最大の「黒歴史
ノート」的な作品であることは間違いないわけですので、それを他人があれこれと詮索
して、過去の恥部をほじくり返すことは、普通の人にとっては、なかなかの精神的な痛みを
伴う作業であることは確かですので、できれば、そっとしてあげてほしいところです。

まあ、その手の作業は、悪趣味な詮索行為という点では、ある意味興味深いものでは
ありますが、「8:力」を知る上では、ほぼ何の役にも立たないと思うのでした。
0558名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/26(土) 06:48:06.27ID:htaco97F
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 209) ---
Although the image is somewhat shocking in this context, Crowley has used the
Whore of Babylon to represent the epitome of virginity, that which is symbolized
in the Golden Dawn card by the four flowers (Chesed) and by the wreath in Waite's
card.
画像は、この文脈においては、いくぶん衝撃的ではあるけれども、クロウリー氏は、
「大淫婦バビロン」を処女性の典型を表わすために使用し続けており、そしてそれは、
ゴールデン・ドーン版カードにおいては四本の花たち(「ケセド」)により、そして
ウェイト版カードにおいては花輪により象徴される。

The principle is, again, that of the greatest evil concealing the greatest good.
原則は、再び、最大の悪は、最大の善を隠し持つという、それである。
--- ここまで ---

クロウリー氏によるトート版のエロ目線とエロ解釈は、今に始まったことではないので、
そんなに衝撃的というわけでもないのですが、ただ、この「11:欲望」は、その独自の
カードタイトルも相まって、少々飛ばしすぎという面は否めないです。

ちなみに、この「Whore of Babylon/大淫婦バビロン」は、『新約聖書:ヨハネ黙示録』
17 に出てくる「七つの頭と十本の角を持つ、赤い獣」にまたがる女性のことを指します。

ここで話をややこしくしているのは、「上の如く、下も然り」という「ミソクソ理論」に
匹敵する、「最大の悪は、最大の善を隠し持つ」という「善悪のミソクソ理論」であり、
もはや何でもありのトンデモ理論が発動されているので、ツッコミどころ満載というか、
神秘ネタとしてのマトモなオチが無いというか、単なるエロ妄想が正当化され目的化されて
いることは、ある程度否めないところです。
もちろん、誰も「8:力」の本当の解釈は知らないので、たとえどんな解釈をしたとしても、
それが「間違いだ!」などと責められることは無いのですが、それを逆手に取った上での、
「エロ要素のウンコ盛り」ではないかと思ったりするのでした。←誤字ありw
まあ、クロウリー氏のことなので、きっと確信犯なんでしょうね。
0559名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/27(日) 05:58:46.21ID:FLXCS+8S
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 210) ---
The woman is of the same innocence as The Hermit.
女性は、「隠者」と同じような純潔である。

She is virgo intacto and it is only as such that she can, with complete safety,
deal with the Lion.
彼女は「純潔の乙女」であり、完全に安全に、「獅子」を取り扱うことの
できるのは、そのような者だけである。

She might also be considered one of the Vestal Virgins keeping the Sacred Fire.
彼女は、また、「聖なる火」を守る「ウェスタの処女たち」の一人と考えられるかもしれない。
--- ここまで ---

二番目の文の「virgo intacto」は、「virgo intacta/純潔の乙女」の誤記ですかね。

さて、ワタシとしては、この「8:力」のレベルにおいて、この手の「innocence/純潔」、
すなわち肉体的な状態に何の意味があるのか、とても疑問に思います。
そもそも、「8:力」に象徴される「女神像」も「獅子像」も、物質的な肉体を持つ存在
ではなく、あくまでも形而上的な「力」というものを二次元キャラ化したものですので、
それが低俗な「処女厨」の理不尽な要求に屈して、キャラが「処女性」を持つ「女性像」
として描かれたとしか思えないわけであって、その低俗さは、トート版の「11:欲望」の
理屈と似たようなものであるとさえ思うのでした。

つまり、「8:力」の本質は、そもそも誰にも分からないので、誰にも分かりやすい表現と
いうのは、そもそも不可能であり、ごく一部の上級者だけが、それを高次元の妄想により
ハァハァできるような、超絶マニアックなシロモノでしかないということなんですよね。
しいて例えれば、重力波望遠鏡の観測データから苦労して抽出された、かすかなチャープ
波形を見て、それがまさしくブラックホールの合体の瞬間であることを妄想して歓喜する
ような、そういう一般人にとっては想像もつかないようなものでエクスタシーを感じられる
ド変態どもだけが、その恩恵をかすかに感じられるのではないかと思ったりするのでした。
0560名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/28(月) 05:43:02.20ID:tDS83bzh
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 210) ---
18. THE PATH OF CHETH
18. 「ケト(ヘト、へス)」の小径

The Chariot
戦車

The Seventh Key
7番目の鍵(大アルカナ)
--- ここまで ---

ここから、「生命の木に基づく大アルカナ」の章の中での新しい節になります。

サブタイトルは、「ケトの小径」です。
本文の英語読みだと「Cheth/チェス」なのですが、現代の英語読みでは「Chet/チェト」
ですし、原語に近いものだと「Het/ヘット」というか、そもそも日本語表記できない発音
ですので、ここでは便宜上「ケト」の表記にしておきます。

この小径は、「生命の木」においては、最初に「深淵」を渡って上位の「至高の三角形」
へと至るはずの、とはいえ我々にとっては、その先が見えない「行き止まり」となって
いる状態の、最初の「小径」です。
まあ、行き止まりであっても「袋小路」ということではなく、単に遠すぎて、すなわち
無限遠にあるので、我々には、行き先(目的地)が全く見えないということです。
いずれにしても、我々から見れば、もはや完全に「雲の上」の存在であるのは、「8:力」
と同じなわけですので、知ったかぶりも出来ないというか、もはや語れるものは何も無い
わけですが、そうはいっても、神秘ネタとしての価値はあるわけですので、これ以降は、
そういう神秘ネタとしての観点でのみ語ることを、ご了解頂きたいと思うのでした。
要は、ここから先は、「真面目に語ってはならない」という禁断の領域であり、その禁を
破る者は、ことごとく深淵の餌食となってしまって、元の世界には引き返せないという、
実はとても怖いブラックホールのような領域だということですよね。←単なる脅しww
0561名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/29(火) 06:32:15.68ID:AP9f/Bik
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 210) ---
□ PATH COLOR: Red-Orange
□ 「小径の色」:「赤橙」

□ RELATED SOUND: C Sharp
□ 「関連した音」:「Cのシャープ」

□ SIGN: Cancer (Cardinal Water)
□ 「宮」:「巨蟹宮(活動宮の水)」

□ MEANING: Fence, Enclosure
□ 「意味」:「柵」、「囲い」

□ SIMPLE LETTER: Speech
□ 「単字」:「言語」

□ ESOTERIC TITLE: The Child of the Powers of the Waters; the Lord of The Triumph
of Light
□ 「秘伝的な称号」:「水たちの力たちの子;光の勝利の主」
--- ここまで ---

この本の、この文章の右側には、四角い箱のような「柵」と、ヘブライ文字の「ケト」と、
「巨蟹宮(きょかいきゅう、かに座)」の占星術記号、および「生命の木」における「ケト
の小径」の位置が図示された絵が描かれています。

ちなみに、「巨蟹宮」は、人体の「胸部」に配属されているのと、支配星が「月」で女性性
の強い星座であるので、この星座記号は、腕で「おっぱい」を上下から挟む形にも見える
わけで、昔から良く言われる「69」の体位と合わせて、なかなかにエロ妄想の捗る星座です。
まあ、どうせまともな解釈は出来ないので、「7:戦車」の勇壮な見た目とは裏腹に、色々な
妄想をこじらせてみるのも、また一興なのではと思うのでした。←マジメにヤル気なしww
0562名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/30(水) 08:01:34.48ID:3M9usDiu
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 210) ---
THIRTY TWO PATHS OF WISDOM: The Eighteenth Path is called the House of Influence
(by the greatness of whose abundance the influx of good things upon created beings
is increased), and from the midst of the investigation the arcana and hidden senses
are drawn forth, which dwell in its shade and which cling to it, from the cause
of all causes.
「知恵の32の小径たち」:「18番目の小径」は、(創造された存在たちの上の良きもの
たちの流入が増加する、その豊富なる偉大さにより)『影響の家』と呼ばれており、そして
調査の中央から、 その陰の内に棲み、そしてそれにくっついて離れない、秘密奥義たちと
秘められた感覚たちが、あらゆる原因たちの原因から、見える所へと引き下ろされる。
--- ここまで ---

ここは、いつものように、ウェストコット氏の英訳版『The Sepher Yetzirah/セフェル・
イェツィラー(形成の書)』の「THE THIRTY-TWO PATHS OF WISDOM/知恵の32の小径」から
の引用だと思うのですが、前回同様、この文章は、現在入手できる英訳版とは、少々異なり
ます。
まあ、大した違いではありませんし、どうせよくわからないので、スルーしておこうと
思います。

ざっくりとした意味としては、見えない世界(存在しない世界)から、見える世界(存在
する世界)への、何らかの神秘(選ばれた人のみが見える)エネルギーの転移の
触媒みたいに働くものであるという感じですかね。

まあ、我々にとっては、出発地点も到着地点も、どちらも見えないところにあるので、
「investigation/調査」と言われても、ひたすら妄想に頼るしかないのですが、妄想ネタ
の提供という点では、「7:戦車」に配属された「巨蟹宮=月=水」が、強い「女性性」
を意味していることが、助けになります。
実際、「コクマー」から降りる「4:皇帝」と「5:法王」が男臭いのに対し、「6:恋人たち」
と「7:戦車」は、女性臭が強いのと、「ケテル」から降りる「2:高等女司祭」が「月」で
あって、「7:戦車」と強く関係しているのも、結構、意味深なのですよね。
0563名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/31(木) 06:37:07.75ID:d6lhtpo9
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 210) ---
The Path of THE CHARIOT runs between Geburah (Strength) and Binah, the Great Mother on the Tree of Life.
「戦車」の「小径」は、「ゲブラー(力)」と、「生命の木」の上の「大母」である、
「ビナー」との間を走る。

It is the highest and, thus, the most profound Path on the Pillar of Severity.
それは、「峻厳の柱」の上で、最も高く、従って、最も深遠な「小径」である。

It is also the third initiation in the series of HERMIT, STRENGTH and CHARIOT,
meaning that it is an introductory experience to the Supreme Spiritual Self.
それはまた、「隠者」、「力」、そして「戦車」の一連における、第3番目の秘儀伝授で
あり、それは「究極の霊的自我」への入門的な経験であることを意味する。

It is an initiation across the Abyss, appreciating that once one crosses the Abyss,
all of its crossing Paths are understood.
それは、「深淵」を横切る秘儀伝授であり、人が一度でも「深淵」を横切れば、その交差
する「小径たち」の全てが理解されることが分かる。
--- ここまで ---

この「9:隠者」、「8:力」、そして「7:戦車」が、秘儀参入の三つの切り札であるという
ことは、『The Golden Dawn/黄金の夜明け魔術全書』の中で述べられているわけですが、
低レベルなワタシには、ピンと来ないというか、雲の上の話なので、よくわかんないです。
つまり、そーいうもんなんですかね〜、といった感じで、あくまでも外野からというか、
下界から眺めておく感じでしかないんですよね。

まあ、ワタシとしては、今となっては、妄想用のネタ集めが目的と化しておりますので、
そういう「高次元の人たち向けの話」には、あまり深入りせずにおきたいところです。
要は、妄想用の「低次元のネタ」の方が、「高次元の話」よりも実用的で面白いわけで、
自分でもわけわからない高尚な話を延々と続けるよりは、妄想ネタであると割り切って語る
方が、「カバラ」を語る上でのモチベーションが続くということなのでした。←動機が不純w
0564名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/12/31(木) 06:55:33.99ID:d6lhtpo9
ということで、今年は、これが最後のカキコになります。

今年は、例のビョーゲンズのせいで、世界的にも個人的にも大変困難な年になってしまいま
したが、何とか一年間、カキコを続けることが出来ました。
これもひとえに、ナマ暖かく見守って下さる皆様からの、声なき声援の賜物であると勝手に
思っております。

そういえば、世間では鬼のアニメ映画が大ヒットしているようですが、ワタシは今のところ
ハマっておりません。
というか、あんまり流行を追うこともなく、感覚的に自分が気に入ったものだけを見ると
いう習性があって、TVアニメの方は、たしか一話切りしたと思います。
ということで、これからもずっと、回りに流されず、自分のお気に入りのものだけを追い
続けていこうと、勝手に思ってあるのでした。←ワガママなヤツww
ちなみに、今年のラストは、「トニカクカワイイ」が、お気に入りでした。(^_^;;

それでは皆さん、よいお年を。 (^_^)/
0566名無しさん@占い修業中
垢版 |
2021/01/01(金) 06:40:57.44ID:69fw7EBi
あけましておめでとうございます。(^^)

10年計画で始めたこのスレも、もう既に8年半近く経ちました。
途中、長期休暇もありましたので、残り1年半ではゴールできそうにありませんが、
今のペースで行くと、来年末あたりでゴールできそうな感じですかね。

ということで、今年もマターリと妄想しながら、カバラを勉強していきましょう。 (^^)/

>>565
カキコありがとうございます。
本年もよろしくお願いします。(^_^)/
0567名無しさん@占い修業中
垢版 |
2021/01/02(土) 06:54:08.60ID:3W65LJUj
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 210) ---
The four Paths beside THE HIGH PRIESTESS are in toto, the experience of the "Garden
of Eden," as will be understood by considering the Element attached to each Path:
THE CHARIOT is Watery (Cancer), THE LOVERS is Airy (Gemini), THE EMPEROR is Fiery
(Aries) and THE HIEROPHANT is Earthy (Taurus).
「高等女司祭」の脇にある4つの「小径たち」は、「全体として」、各々の「小径」に配属
された「元素」を考慮することにより理解されるであろうように、「エデンの園」の体験
である:「戦車」は「水性」(「巨蟹宮(かに座)」)であり、「恋人たち」は「空気性」
(「双児宮(ふたご座)」)であり、「皇帝」は「火性」(「白羊宮(おひつじ座)」)で
あり、「法王」は「地性」(「金牛宮(おうし座)」)である。
--- ここまで ---

「深淵」を渡る五つの小径は、「ケテル」から降下する「2:高等女司祭」を中央にして、
「コクマー」からは「4:皇帝=火」と「5:法王=地」、そして「ビナー」からは「6:恋人
たち=風」と「7:戦車=水」が降下しています。

そして、この「エデンの園の体験」というのは、「Fall/墜落」のことを指すわけですが、
我々の知る「エデンの園の体験」は、「下の世界」での話であって、ここは「上の世界」
の話ですし、そしてこのレベルでは、我々が知る下位の「四大元素」ではなく、上位世界
における「四大元素」であることにも注意が必要です。

なお、この例えからすると、「アダム役」が「4:皇帝」と「5:法王」であり、「イヴ役」
が「6:恋人たち」と「7:戦車=水」という配役ですので、やはり「7:戦車」は女性性を
強く持つことになります。

そして、神により、この宇宙に産まれ落ちた我々は、二度と母の胎内に戻れないように、
二度と「深淵」を渡って上位世界には戻れないシステムになっています。
そして、下から眺めても、「黒塗りされて見えない」ものが「ある」だけなのですが、
人はどうしても「無修正」に惹かれるわけですので、その手の妄想を捗らせることは、
あながち否定し難いものがありますよね。
0569名無しさん@占い修業中
垢版 |
2021/01/03(日) 06:42:07.47ID:QV6sy/6Y
>>568
あけましておめでとうございます!

自分に出来る範囲で、色々な意味で無理しないことが、長寿の秘訣ですので、
これからもマターリ頑張っていきたいと思っております。

それでは、本年もよろしくお願いします。 (^_^)/
0570名無しさん@占い修業中
垢版 |
2021/01/03(日) 06:47:07.93ID:QV6sy/6Y
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 211) ---
These are also the Four Rivers of Paradise, which flow together into Tiphareth
from the Path of THE HIGH PRIESTESS.
これらはまた、「高等女司祭」の「小径」から「ティファレト」の中へと一緒に流れ込む、
「楽園の四つの川たち」である。
--- ここまで ---

この部分は、『旧約聖書:創世記』2:10には、「エデンから一つの川が流れ出ていた。
園を潤し、そこで分かれて四つの川となっていた。(新共同訳)」が元ネタです。

とはいえ、「生命の木」では、「高等女司祭」の流れは、「ケテル」から直接「ティファ
レト」へと流下していますので、この解釈は、カバラ的に見ると、正確ではないです。
つまり、「高等女司祭」からの流れは、四つの見える川に分岐した後も、伏流水となって
地下を流れており、「ティファレト」への「見えざる力」として作用しているという解釈
になってくるわけで、それゆえ、「2:高等女司祭」の「小径」は、我々にとっては無縁
というか、全く認知できないシロモノであるということになるわけです。

いずれにしろ、「四つの川」の下流に住む我々にとっては、「4:皇帝」、「5:法王」、
「6:恋人たち」、そして「7:戦車」あたりまでが、ギリギリ認識できる領域であって、
そこから上は、もはや何があるのかは、誰にも本当のことは分からないわけです。
もちろん、見えないものを妄想で、いやいや「下の如く、上も然り」というミソクソ
理論で強引に推測することは可能なのですが、いずれにしても妄想と同じレベルです。

とはいえ、上位世界からは、上記の「四つの見える流れ」と「一つの見えざる流れ」が
あるというのが、「生命の木」の基本理論となっていることは、最低限のネタとして、
きちんと覚えておく必要があります。←ここテストに出ますww

そして、上位世界から流下する最後の流れが、この「7:戦車」であるということは、
これが最も下流であり、流れが遅く、流量が多く、そして豊富な栄養を含んでいるので、
下界に住む我々にとっては、とても有用であると妄想できるということですよね。
0571名無しさん@占い修業中
垢版 |
2021/01/04(月) 06:10:58.20ID:qMHf5qTt
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 211) ---
THE CHARIOT represents a completion which Waite called a "conquest on all planes,"
(*198) meaning that THE CHARIOT carries the influence of the Higher to all of the
lower Planes.
「戦車」は、ウェイト氏が、これは、「戦車」が、下位の「次元たち」の全てに、「より
上位」の影響を運ぶことを意味する、「全ての次元たちにおける征服」(*198) と呼んだ、
完成を表す。
--- ここまで ---

ちなみに、(*198)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
198. Waite, Pictorial Key, 96.
198. ウェイト著、『絵の鍵(タロット図解)』、96ページ。
--- ここまで ---
とあります。

この本文の説明では、「戦車」の人が、上位世界から降りてくる「神」のようなイメージで
語られていますが、上記のウェイト氏の説明では、以下のようになっています。

> He has led captivity captive; he is conquest on all planes--in the mind, in science,
> in progress, in certain trials of initiation.
> 彼は監禁状態の捕虜を導く:彼は、精神、科学、進歩、秘儀伝授のある種の試練に
> おいての、全ての面における征服である。

つまり、彼は「神」ではなく、人間界の真の指導者(おそらく『旧約聖書:出エジプト記』
のモーセとアロンをイメージした架空キャラ)であり、そして「9:隠者」、「8:力」、そして
「7:戦車」が、秘儀参入の三つの切り札であるということにも関連していると思われます。
つまり、ウェイト氏は、「人」は「神」になれる、すなわち妄想により、いやいや修行に
より、「至高の三角形」まで到達可能であるという考え方のようですが、ウェイト氏は、
肝心な部分を書いていないので、どこまで本気なのかは、全く分かりませんけどね。
0572名無しさん@占い修業中
垢版 |
2021/01/05(火) 06:17:54.72ID:PTrR+QVS
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 211) ---
The Thirty-Two Paths of Wisdom describes this as the "House of Influence (by the
greatness of whose abundance the influx of good things upon created things is
increased). . ."
「知恵の32の小径たち」は、これを「(創造された存在たちの上の良きものたちの流入が
増加する、その豊富なる偉大さにより…)『影響の家』」と記述する。

Here the ancient text implies that through this Path one may discover the secrets
of the hidden senses "which dwell in its shade," meaning the Supreme Darkness
above the Abyss.
ここでは、古代の聖句は、この「小径」を通じて、人は、「深淵」の上の「至高の暗闇」
を意味する、「その陰の中に住む」、隠された感覚たちの秘密たちを発見するかもしれない
ことを暗示する。
--- ここまで ---

「至高の三角形」は、言うなればビッグバンの爆心地であり、本来は「超高エネルギー体」
ですので、「Supreme Darkness/至高の暗闇」という表現は、一見すると不可思議に思う
かもしれませんが、我々から見ると、そこは「Abyss/深淵」に遮られた「見えざる領域」、
すなわち「至高の暗闇」と呼ばれるにふさわしい領域なのです。
まあ、光による観測は不可能なのですが、それでも、電波による宇宙マイクロ波背景放射
の観測とか、将来的には重力波の観測により、「深淵」のヴェールが少しずつはがされて
いくことが期待されています。

とはいえ、ここは、ほぼ妄想の領域と言っていいわけであり、理論上において様々な仮説
が湧き出る、「妄想の源泉」とも言える、なかなかに興味深い場所でもあります。
まあ、実際は「見えない」のに、「見えた!」と叫ぶようなものなのですが、そういう
妄想的な感覚が、闇の中から湧き出るホット・スポットと言えばいいのでしょうか。

そして、そのエクスタシー的感覚が、「神キタ―――(゚∀゚)―――― !!」というような、
「神/天使」の降臨体験として語り継がれているという感じですかね。
0573名無しさん@占い修業中
垢版 |
2021/01/06(水) 06:18:39.94ID:0UbPIl26
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 211) ---
This card also represents the vision of Ezekiel, (*199) wherein the prophet
described the appearance of "four living creatures."
このカードはまた、その書において預言者が「4つの生き物たち」の出現を記述した、
エゼキエルの幻視(*199)を表している。

Each had four faces, that of a Man, a Lion, an Ox and an Eagle.
それぞれは、「人間」、「獅子」、「雄牛」、そして「鷲(わし)」の、四つの顔を
持っていた。
--- ここまで ---

ちなみに、(*199)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
199. Ezekiel, 1ff.
199. 『エゼキエル書』1以降。
--- ここまで ---
とあります。

この「7:戦車」と、『旧約聖書:エゼキエル書』に出てくる謎の乗り物との関係は、
よく話題になるのですが、これはなかなかに難しい問題です。

『エゼキエル書』に書かれていることは、「主」と「主の乗り物」の降臨であり、一方で、
「7:戦車」は、今まで述べてきたように、「9:隠者」、「8:力」、そして「7:戦車」と
いう、秘儀参入の三つの切り札の最後のカード、すなわち「下界からの上昇」の完成を
意味しているので、この点においては、ほぼ真逆の解釈の違いがあります。

あくまでも私見ですが、ゴールデン・ドーン版は、基本的には「人の成り上がり」説を
踏襲し、トート版が最も「エゼキエル書の主の降臨」説を取り入れ、ウェイト版は、その
中間といった感じではないかと思うのですが、いずれも証拠に欠けますので、どこまで
『エゼキエル書』が影響しているのかは、よくわからないのでした。
0574名無しさん@占い修業中
垢版 |
2021/01/07(木) 06:21:22.85ID:Zf3Hmauq
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 211) ---
Beside each of the creatures was a wheel, "like a wheel within a wheel," and as
the creatures moved, so the wheels moved.
生き物たちのそれぞれの横には、「車輪の中にある車輪のように」車輪があり、生き物が
動くのと同じように、車輪も動いた。

Above the heads of these apparitions was "a vault glittering like a sheet of ice."
これらの幻影たちの頭の上には、「一面の氷のようにきらめくアーチ形天井」があった。

Above the vault was a throne, and on the throne was a radiant figure.
アーチ形天井の上には王座があり、王座の上に、光を放つ人物像があった。

The implication is that the creatures (Elemental energies of the manifest Universe)
are The Chariot.
それが意味するものは、生き物たち(顕在化した「宇宙」の「元素」の精力たち)は、
「戦車」であるということである。
--- ここまで ---

『エゼキエル書』の幻視の中に出てくる「神とその不思議な乗り物」には、いくつかの
「7:戦車」のデザインに共通するもの、例えば、車輪があったり、生き物がいたり、人が
乗っていたりするということはありますが、それって、昔からある「戦車」と同じであり、
だからと言って、『エゼキエル書』の乗り物と、「7:戦車」に描かれている乗り物が同じ
ものであるという推論は、普通に考えれば、無茶である、としか言えないわけです。

でもまあ、「同じ」とは言えないまでも、いくつかの神秘ネタを『エゼキエル書』から
パクってきているというのは否めないわけですし、直観的に見ても、何らかの影響を
受けていると想像するのは、割と自然な流れではないかと思われます。

ということで、何の証拠も無い「『エゼキエル書』の神の乗り物=戦車」説ではあります
が、あくまでも話のネタとして、少々のお時間、お付き合いください。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

ニューススポーツなんでも実況