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【勉強会】The QABALISTIC TAROT【+雑談】Part7©2ch.net
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0001名無しさん@占い修業中 転載ダメ©2ch.net
垢版 |
2017/07/11(火) 06:22:40.12ID:QE4/wbCN
近代タロットの理解にはカバラの知識が必須であることは、割とよく
知られていると思います。
しかしなから、タロットの理解に必要なカバラの知識って、日本に
おいては、あまり紹介されていないのが現実なんですよね。

というわけで、タロットの理解に必要なカバラの基本的知識を得るために
以下の本を引用、翻訳、考察しながら、色々と勉強していきたいと思います。

書名:The QABALISTIC TAROT
   A TEXTBOOK OF MYSTICAL PHILOSOPHY
   カバラ主義のタロット
   神秘主義的哲学の教科書
著者:Robert Wang

※話題への、ソコはちゃうやろ的ツッコミとか、雑談とかは歓迎ですが、
教えて的な質問に答えたりとかは面倒なので、スルーする可能性が高いです。
0373名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/16(日) 06:29:17.69ID:Vv9AFYZ1
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 193) ---
A great many planets are involved in this card.
非常に多くの惑星たちが、このカードに巻き込まれている。

First is Venus, which rules Libra, to which this Path is directly attributed.
1番目は「金星」であり、それは、この「小径」が直接帰属される、「天秤宮」を支配する。

Mars is related because this is an exercise of the purging energies of Geburah.
「火星」は、これが「ゲブラー」の粛正する精力たちの執行であるために、関連している。

The Sun is involved not only because the Path runs from the Sun to Mars, but
because Justice must take place in the clear bright sunlight of Truth.
「太陽」は、「小径」が「太陽」から「火星」に達するというだけでなく、「正義」は
「真実」の明瞭な明るい太陽光の中において行われなければならないというためにも、
巻き込まれる。

Saturn has already been mentioned, and is exalted in Libra.
「土星」は、すでに言及されており、そして、「天秤宮」においては高揚される。

Finally there is Jupiter, Planet of Chesed, and of [lamed][aleph].
最後に、「木星」は、「ケセド」の、そして [lamed][aleph]の「惑星」である。
--- ここまで ---

もはや何でもありのカオス状態ですが、そもそも上位世界の存在というのは、下界から
見れば、無敵というか、およそ意味わかんないほどの「何でもあり」の状態ですので、
ここで深く詮索する意味は全くありません。
そもそも、下界の我々が知る「惑星」の意味は、上位世界においては、何の意味も価値も
ありませんので、こういう関連付けは、宇宙の神秘を解き明かすというような学術的な
意味合いではなく、あくまでも妄想作品、いやいや神秘文学作品を生み出すための「ネタ」
としてのみ存在価値があるということに、留意しておく必要があるわけなのでした。
0374名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/18(火) 05:47:51.39ID:5Rq1DFZC
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 193) ---
To state that Libra is ruled by Venus is also to state that behind JUSTICE stands
THE EMPRESS, the primary Path of Venus which is the perfect balance between the
energies of Chokmah and Binah.
「天秤宮」が「金星」により支配されると述べることは、「正義」の後ろに、「コクマー」
と「ビナー」の精力たちの間の完全な平衡である「金星」の主要な「小径」である、
「女帝」が立っていると述べることでもある。

The reference is also to the nature forces of Netzach.
参照はまた、「ネツァク」の自然の力たちにも当てはまる。
--- ここまで ---

「小径」に配属された「宮」を支配する惑星は、それ自体が「小径」と「セフィロト」
にも配属されていますので、それらとの間の関係を妄想する、いやいや考察することは、
それなりに興味深いことでもあります。

とはいえ、それらの間には、「レベル(相)の違い」があるということを、常に意識して
おかないと、ミソクソになってしまうという懸念もあるわけですが、まあしょせん上位
世界は、何を言っても許されるミソクソ状態ですので、そこまで気にする必要も無いと
言えるのかもしれません。
というか、考慮しようとしても、何をどう考慮すればいいのかさえ分かりませんので、
各自が好きなように妄想を繰り広げるという方が、いいのかもしれませんしね。

ということで、「11:正義」は、「3:女帝」という後ろ盾を得て、もはや敵なしの状態
となってしまったわけですが、それらの無敵エネルギーは、「金星」という象徴として、
「ネツァク」を通じて、我々にもたらされるという構図になっているというわけです。
そして、この「金星」つながりという観点から見えることは、それが我々の「芸術」と
いう才能に繋がっているのではないかという点ですよね。
つまり、この「11:正義」が、美術家や舞踏家、そして音楽家などにも見えることは、
ある意味、正しいことなのかもしれないということなのでした。
0375名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/19(水) 06:11:01.23ID:gP3EpdKB
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
Having noted that Lamed in some way refers to all of the Twenty-Two Paths and Hebrew
letters, it is interesting to recall that Venus refers to all of the Sephiroth.
「ラメド」が、何らかの方法で、「22の小径たち」と「ヘブライ文字たち」の「全て」を
参照することに注目することで、「金星」が「セフィロト」の全てを参照することを
思い出すことは興味深い。

Venus is the only planet whose symbol encompasses every single Sephira on the
Tree of Life (see Figure 14), the implication being that love is the ultimate
power of the Universe.
「金星」は、その記号が、「生命の木」(図14を見よ)の全ての単一の「セフィラ」を
包含する唯一の惑星であり、愛が「宇宙」の究極の力であることを意味する。

Thus, to say that Venus rules Libra-Lamed is to say: That which encompasses all
of the Sephiroth rules that which encompasses all of the Paths.
従って、「金星」が「天秤宮」−「ラメド」を支配すると言うことは、以下のように言う
ことである:「『セフィロト』の全てを包含することは、『小径たち』の全てを包含する
ことである。」
--- ここまで ---

まあ、要するに「もはや何でもあり」ということですのて、細かい説明は、もはや不要で
あると思われます。
とはいえ、こういう「11:正義(8:調整)」の無敵補正は、クロウリー氏の『法の書』に
由来する独自の考え方が入っていますので、トート版を使う際には、その点に留意する
必要があります。

ちなみに、この「Figure 14/図14」は、この本の中には、それに相当するものはありま
せんが、これはおそらく、『The Golden Dawn/黄金の夜明け魔術全書』の「第五知識
講義」にある、金星の占星術記号と10のセフィロトの関係を表した図のことを指している
ものと思われます。
0376名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/21(金) 05:52:08.12ID:IQWAdNkB
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
This may be understood by again considering the idea that the Sephiroth are
objective, while the Paths are subjective.
これは、「セフィロト」が客観的であり、一方で「小径たち」は主観的であるという
考え方を再度考慮することにより理解されるかもしれない。

Objectivity and subjectivity are complementary conditions.
客観性と主観性は、相補的な状態たちである。

One cannot exist without the other, any more than the color red can exist without
the possibility of green, or the energies of Mars can exist without those of Venus.
赤色は緑色の可能性なしで存在できない、もしくは、「火星」の精力たちは「金星」の
それらなしで存在できないのと同じように、一方は他方なしでは存在できない。
--- ここまで ---

「生命の木」の対称性と補完性は、今までさんざん言い尽くされてきた感がありますが、
その考え方は、今後の上位世界の詮索に対しても有効です。
とはいえ、我々の知る対称性と補完性というのは、低次元の下位世界の話であるので、
その感覚を上位世界に持ち込んだところで、何の役にも立たないというのが実情です。
つまり、下々の例え話は、上位世界の理解には、何の役にも立たないのです。

とはいえ、下位世界においては、それなりに役に立ちます。
つまり、占いなどの用途には、使おうと思えば使えるわけです。

これは、「カバラ」により宇宙を理解してみたい人にとっては、何とも悩ましい問題なの
ですが、今のところ、ここが人間の理解の限界というか、まあ、ワタシの個人的能力の
限界だと思うのですが、もはやワタシの「魂に届く」ものでは無くなっているわけです。
それゆえ、いいかげんというか、いまいちヤル気の無いフラット気味の文章になって
しまっているのは否めないわけですよね。
というわけで、これからも惰性だけで続けていこうと思っているのでした。
0377名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/22(土) 07:12:20.25ID:nlYfUvX2
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
Even the floor of the Golden Dawn card, on which lies the jackal of Anubis, refers
to a complementary condition, that of Greater and Lesser Creators: The white
(which actually represents pure brilliance) is Kether, while purple is the color
of Chesed in Atziluth.
「アヌビス神」のジャッカルが横たわっている、ゴールデン・ドーンのカードの床でさえも、
「大小の創造主たち」のそれである、相補的な状態を参照する:「白」(それは実際、
純粋な輝きを表す)が「ケテル」であり、その一方で、「紫」は「アツィルト界」での
「ケセド」の色である。

All of the symbolism here points to the idea that this figure is keeping opposites
in balance.
ここでの象徴性の全ては、この人物像が、平衡を保って反対する物たちを保持するという
考え方を示す。

It is a regulator of energy.
それは、精力の調節者である。
--- ここまで ---

この「アヌビス神」は、「マアト女神」の監督の下に、「死者の審判」を執り行うと言われ
ている、ジャッカルの姿をした冥界の神です。
ゴールデン・ドーン版カードでは、「11:正義」の足元に、横たわるジャッカルが描かれて
おり、その床には、白と紫のチェス盤のような格子模様が描かれています。
まあ、「アツィルト界」での「ケセド」の色は、「purple/紫」ではなく「Deep Violet/
深菫」じゃないのか、というツッコミはおいといて、このカードデザインのあちこちに、
相補的な状態を参照するものが見受けられます。
これは、「Greater Creator/大創造主」により創造された宇宙が、この「11:正義」により、
「ティファレト」までは、完全に平衡が保たれているけれども、「ティファレト」以降では、
その完全なる平衡が崩れ、その結果として、「Lesser Creators/小創造主たち」による、
平衡の崩れた物質宇宙が生み出されたという解釈でいいんでしょうかね。
0378名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/23(日) 07:26:41.57ID:EwyPGltX
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
Perhaps surprisingly, Waite emphasizes the Mars aspect of JUSTICE over its Venus
aspect by having the figure clothed primarily in red.
たぶん意外なことに、ウェイト氏は、主として赤色の服を着た人物像を持つことにより、
その「金星」の様相の上の「正義」の「火星」の様相を強調する。

And if his card is considered on the pattern of the Tree of Life (when the card
is placed on the Path of Lamed) it will be seen that the raised sword points to
Geburah while the scales are lowered in the direction of Tiphareth.
そして、もし彼のカードが「生命の木」(カードが「ラメド」の「小径」の上に置かれる
場合)の様式において考慮されるならば、持ち上げられた剣は「ゲブラー」を指し、一方で
天秤は「ティファレト」の方向に下げられていることがわかるであろう。

The same purple as in the Golden Dawn tile floor appears on the cloth of honor
behind the figure.
ゴールデン・ドーン版のタイルの床にあるのと同じような紫色が、人物像の背後にある
「名誉の布」に現われる。

The background itself is yellow, meaning Tiphareth.
背景それ自身は、「ティファレト」を意味する黄色である。
--- ここまで ---

ウェイト版のデザインは、ちょっと独特に見えるのですが、赤いガウンを着た上に、緑の
ケープを纏っているので、基本的には、ゴールデン・ドーン版の思想を踏襲しているもの
と思われます。
あと、ウェイト氏自身は、「11:正義」と「2:高等女司祭」の類似性について言及していま
すので、そちらの面から考察してみるのも、何かの役に立つのではないかと思われます。

まあ、後は、色々とありすぎて、というか、ほぼ何でもありですので、よくわからないと
いうのが実情ですよね。
0379名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/25(火) 05:54:33.13ID:m909mjoF
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
The differences in the colors of the three versions of JUSTICE point out the
differing concepts of the designers.
「正義」の3つの版たちの色の違いは、図案家たちの異なる概念を指摘する。

The Golden Dawn emphasizes green, flashing against a red throne with a pale blue
background.
ゴールデン・ドーンは緑色を強調し、薄い青色の背景を持つ赤い玉座に対して際だっている。
--- ここまで ---

ゴールデン・ドーン版は、ウェイト版とトート版の元になっているデザインですが、
見た目は、ウェイト版やトート版とは、少々異なって見えます。
つまり、マサース氏による「11:正義」の改変をベースにして、伝統的風なデザインに
戻したのがウェイト版であり、その一方、さらなる独自の改変を施したのがトート版で
あるということですかね。。

さて、その元となったゴールデン・ドーン版ですが、ぱっと見た感じとしては、
・上からの白い光=ケテル
・右の白っぽい柱=コクマー
・左の黒っぽい柱=ビナー
・背景の青=ケセド
・玉座の赤=ゲブラー
・服の緑(エメラルドグリーン)=22番目の小径
という感じで、上位世界の各種象徴が、幕の内弁当のように勢揃いしています。

つまり、下の地位にありながら、上位世界を監督する立場というか、統括者というか、
最終的な責任者としての役割を担わされていることを暗示しているわけです。
その場合、上位存在を、剣で威圧的に管理することなどは出来ないので、この剣は武力
などではなく、天秤と同じように、一種の道具として利用していると推定できるわけで、
ワタシには何となく、実務的な調理人や薬剤師にも見えたりするわけなのでした。
0380名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/27(木) 06:02:55.37ID:tY6sw0IX
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
Crowley's card relies on the blues and greens of the Twenty-Second Path in the
Four Worlds.
クロウリー氏のカードは、「四つの世界」における「22番目の小径」の青色たちと緑色たち
に依存する。

The blues are especially vibrant as a reference to the effect of Jupiter on the Path.
青色たちは、「小径」に対する「木星」の効果への参照として、特に鮮やかである。
--- ここまで ---

ウェイト版の特徴は「火星」の赤色で、ゴールデン・ドーン版では「22番目の小径=天秤宮
=金星」の緑色でしたが、トート版では、「木星」の青色が強調されているということです。

というか、トート版では、他の版にある火星の赤色が無いというのが特徴であり、それは、
カードの女性像が持つ剣の剣先が下を向いていることからもわかるように、火星的な暴力性
が全く感じられないということからもわかります。
つまり、この剣は、物理的な武力行使を示すようなものではなく、何らかの魔術的な道具と
いうか、エロ目線的に言うと、女性像の股間と胸に挟まれたタマタマ付きのイチモツになって
いるわけであって、要はそういう働きがあるという感じになっているわけです。
そして、他の版では、左右非対称の構図でしたが、トート版では、左右は完全な鏡像では
ありませんが、ほぼ左右対称と言えるようなバランスの良い構図になっています。
これは、彼女自身の姿で、「天秤」を体現しているということであり、剣の「火星」面を
彼女の「金星」面で、しっかりと受け止めているということですよね。

まあ、どちらが良いとか悪いとか言うものでもありませんし、どれが正解ということでも
ありませんが、こういう細かいところに、デザイナーのこだわりが見えているというか、
トート版においては、他の版とは異なる、かなり特殊な性癖、いやいや役割を負わされて
いるという点においては、とても興味深いカードとなっているわけです。
0381名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/28(金) 06:14:27.07ID:OwWIt9Sp
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
Crowley's Adjustment is among the most abstract of his Keys.
クロウリー氏の「調整」は、彼の「鍵たち(大アルカナ)」の中で最も抽象的なものの
一つである。

He calls the figure not only the Goddess Maat, but also Harlequin, "the partner
and fulfillment of THE FOOL."
彼は、人物像を「女神マアト」だけでなく、また、「『愚者』の協力者であり成就」で
ある、「ハーレクイン」と呼ぶ。

The figure stands within a diamond-shape which is the Vesica Piscis.
人物像は、「魚の浮袋」である、ダイアモンド形状の内に立っている。
--- ここまで ---

トート版の「8:調整」の複雑さは、クロウリー氏が、このカードの中に、無節操とも
思われるほど、様々な意味と役割を当てはめていることが原因です。

その一つは、この人物像に、「マアト女神」だけでなく、「ハーレクイン(道化者)」と
いう役を割り当てた上で、「0:愚者」を補完し成就させるという役割を持たせたことです。

これにより、「AでありLである(アレフでありラメドである)」の「8:調整」と、「Aで
ありTである(アルファでありオメガである)」の「21:宇宙」とは、相似した関係となり、
「0:愚者」と「21:宇宙」が、「ケテル」と「マルクト」を直接繋ぐのに対し、「0:愚者」
と「8:調整」が、「ケテル」と、「劣化ケテル」であり「未劣化マルクト」でもある
「ティファレト」を繋いでいるという関係が成立するため、それゆえ、「8:調整」は、
上位世界における「21:宇宙」であると見なすことができるわけです。

ちなみに、「Vesica Piscis/魚の浮袋」は、2つの弧が交差する魚の形のデザインのこと
なのですが、なぜそれを、人物像の外形の「diamond-shape/ダイアモンド形状」に適用
するのかは、いまいち不明となっております。
0382名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/02/29(土) 06:55:33.28ID:isLKXBzq
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
Behind her is a throne of spheres and pyramids, in groups of four, meaning "Law
and limitation."
彼女の背後には、「法と制限」を意味する、4つの集団たちになった、球体たちと角錐たちの
玉座がある。

This is another reference to Chesed.
これは「ケセド」への別の参照である。
--- ここまで ---

トート版の女性像の背後には、不思議な形をした玉座があります。
その玉座には、上に4個の球、下に4個の球があり、上下それぞれが双角錐で結合されて、
4つのグループを形成しています。
そして、それぞれのグループの球は、綺麗な青色と、少し濁った緑色のペアとなっており、
それぞれでバランスを取っています。
この青や緑の色は、「11:正義(8:調整)」の「22番目の小径」の色を反映しており、そして
「4」というグループの数は、「ケセド」に関連するということになります。

ちなみに、「22番目の小径」の色は、以下のようになっております。
・アツィルト界:Emerald-Green/エメラルド・グリーン
・ブリアー界:Blue/青
・イェツィラー界:Deep blue green/深青緑
・アッシャー界:Pale Green/薄緑

あと、カードの四隅のそれぞれにも球体があって、そこから光線のような何かが発せられて
おり、「21:宇宙」に似たデザインであることが分かります。
まあ、「21:宇宙」の方は、様々な分化が進んでいて、割とカラフルな色調である一方で、
「8:調整」の方は、まだまだ分化が進行していない状態であることと、「8:調整」の女神が
着衣姿であって、真の神秘を隠蔽しているのに対し、「21:宇宙」の女神は、もはや何も
隠すものがない状態であることが、大きな違いですかね。
0383名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/01(日) 06:28:41.24ID:OF7JqzuE
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
As Maat she wears ostrich feathers, with the Uraeus serpent, Lord of Life and Death,
on her forehead.
「マアト女神」として、彼女は、ダチョウの羽毛たちを身に纏い、彼女の額に、「生と死の
主」である、「ウラエウス(蛇形記章)」のヘビを着けている。

She holds the Sword (a male symbol in this context) in such a way as to suggest
sexual union, and the "completion" of the female.
彼女は、性的な結合、および女性の「完成」を示唆するような方法で、「剣」(この文脈に
おいては男性の象徴)を保持する。

This is what is described in 777 as "The Woman justified. By equilibrium and
Self-sacrifice is the Gate." (*173)
これは、以下のように、『777の書』に記述されている。「正しいとされる女性。平衡と
自己犠牲により門がある。」(*173)
--- ここまで ---

ちなみに、(*173)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
173. Crowley, 777, 40.
173. クロウリー著、『777の書』、40ページ。
--- ここまで ---
とあります。

トート版の「8:調整」の女性像のデザインは、クロウリー氏の『トートの書』の記述とは
異なり、「有翼のマアト女神」をモチーフにして、肩からショールのような形をした翼を
纏い、頭には「ウラエウス(蛇形記章)」を模したものを被っています。
そして、乳首が透けるほどの薄い衣を着て、その豊満な胸に剣の柄を押し当て、さらに、
すらりと伸びた両足で、剣の刃を挟み込むという構図は、「金星」と「火星」の性的結合、
すなわち「生と死」を意味しているかのように、かなり妖艶なものとなっております。
0384名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/02(月) 06:19:09.84ID:ycKWu6/V
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
A scale, springing from a point above her head, weighs all that is in creation,
the Alpha and the Omega.
秤が、彼女の頭の上の先端から湧き出ており、「アルファ」と「オメガ」である、創造の中に
「ある」ものの全てを秤量する。
--- ここまで ---

「11:正義」において、最も重要な象徴である「天秤」については、あまり多くは語られて
いませんので、少々補足しておこうと思います。

トート版の「8:調整」の「天秤」は、鎖で繋がれた皿が真下にぶら下がっていなくて、
斜めになっており、物理法則的に見ると、とてもおかしな姿になっています。
そもそも、こんな形状の天秤では、両方の皿がぶつかってしまい、まともに計量することは
出来ない欠陥品ですしね。
つまり、この天秤は、普通に重力で働いているわけではないということであり、重力とは
無関係の何かであり、すなわち物質を秤量するためのものではない、特殊な働きをして
いるということが推察されるわけです。

『トートの書』によれば、天秤の皿に載せられているのは、「アルファ」と「オメガ」で
あり、それはすなわち「アレフ=0:愚者」と「タウ=21:宇宙」であるということであり、
そしてそれらを「ラメド=8:調整」が秤量しているということになっているわけです。

これが何を表しているのかというと、要は「天地創造」という物質世界を創造するための
前準備としての「秤量」、そして下なる「顕在化」という作業であると推察できます。
つまり、この2つの皿で秤量された両極端にあるものたちが、女神像の、透けた両乳房と
隠された女性器、そして剣の男根作用により、新たな生命として生み出され、それが剣の
刀身を伝って、女神の足元にある下界、すなわちティファレトへと流れ出していくという
構図になっているという妄想が成立するわけです。
つまり、この女神像は、我々宇宙を生み出す、「原初の大母」としての働きがあるという
ことであって、やっばり、節操なしに何でもありのカードだと思うのでした。
0385名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/03(火) 06:09:22.38ID:LqmYmOUP
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 194) ---
She is total equilibrium, yet in constant motion: "She is the ultimate illusion
which is manifestation; she is the dance, many-coloured, many-wiled, of Life itself.
彼女は、完全な平衡であるが、さらにまだ絶えず動き続けている:「彼女は、顕在化
である究極の幻想である;彼女は、『生命』それ自身の、多色で、多岐の、踊りである。

Constantly whirling, all possibilities are enjoyed, under the phantom show of
Space and Time; all things are real, the soul is the surface, precisely because
they are instantly compensated by this Adjustment.
絶えることなく回転し、すべての可能性たちは『空間』と『時間』の幻想的な見せ物の
もとで楽しまれる;全ての物たちは現実であり、魂は見かけであって、なぜなら、まさに、
それらは直ちに、この『調整』によって補償されるからである。

All things are harmony and beauty; all things are truth: because they cancel
out." (*174)
全ての物たちは、調和と美である;全ての物たちは真実である:なぜなら、それらは
釣り合っているから。」 (*174)
--- ここまで ---

ちなみに、(*174)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
174. Crowley, Book of Thoth, 87.
174. クロウリー著、『トートの書』、87ページ。
--- ここまで ---
とあります。

前の節で、トート版の「8:調整」の「天秤」は、鎖で繋がれた皿が真下にぶら下がって
いないことについての考察を書いていますが、実はここにも、その要因となるものが
示唆されています。
(次に続く)
0386名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/03(火) 06:12:53.65ID:LqmYmOUP
(前の続き)

それは、「Constantly whirling/絶えることなく回転」しているという点です。
つまり、剣を駒の中心軸として高速回転することで遠心力が生まれ、その働きによって、
両方の皿が、外へと広がっているという構図になるわけです。
つまり、普通にスタティックなバランスを取っているのではなく、少し高度とも言える
ダイナミックなバランスを取っているということです

要は、トート版の「8:調整」の女性像は、一見すると静止しているように見えますが、
実は「回転運動」という激しい踊りを舞っているということなんですよね。

あと、「8:調整」が高速回転するということは、それ以前に「Space/空間」と「Time/
時間」が存在している必要があるわけですが、それについては難しい話になりますので、
避けておきたいと思います。

あと、クロウリー氏は、その他にも色々と述べていますが、そのほとんどは意味不明で
あるというか、ワタシには理解不能であって、そもそも何でそんなに「何でもあり」に
しなければならないのかも理解不能なのです。

そもそも「8:調整」の名札を付けているわけですし、あくまでも全体的な調整役ということで
いいんじゃないのかなぁ、と思うわけですよ。

ということで、属性テンコ盛りの「8:調整」の解説は、うやむやのままで終わりたいと思います。
0387名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/05(木) 05:51:37.41ID:AydUrsHn
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 195) ---
21. THE PATH OF CAPH
21. 「カフ」の小径

The Wheel of Fortune
運命の輪

The Tenth Key
10番目の鍵(大アルカナ)
--- ここまで ---

ここから、「生命の木に基づく大アルカナ」の章の中での新しい節になります。

サブタイトルは「カフの小径」です。

この小径は、前に出てきた「12:吊られた男」と対を成すカードであり、そして前に述べた
ように、我々は、この小径に入ることは出来たとしても、決して通過することは出来ない、
究極の「トラップカード」であることを思い出してください。

とはいえ、直前の「11:正義」のように、もはや地に足が着いていないシロモノではない
ので、まだ何と無くヤバそうな雰囲気を感じることが出来るわけですが、いずれにしても
我々の知恵が及ぶ範囲にある最後の地点であるわけですし、ちょっと気合いを入れ直して、
進みたいと思います。
そして、このカードが終われば、またもやグダグダのカオスに足を踏み入れるという
ことになるわけですよね。

そういえば、「Fortune」を「幸運」と勘違いして、「ラッキーカード」とか言っている
人も多くいるわけですが、このカードに描かれている怪しげな車輪やスフィンクスなどの
動物像は、どう見てもヤバそうな感じしかしないわけです。
それに、そもそも人の幸運というのは、こんなに高い次元にあるものでもないですしね。
0388名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/07(土) 07:36:59.31ID:oR2QsoD1
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 195) ---
□ PATH COLOR: Violet
□ 「小径の色」:「菫(すみれ)色」

□ RELATED SOUND: A Sharp
□ 「関連した音」:「Aのシャープ」

□ PLANET: Jupiter
□ 「惑星」:「木星」

□ MEANING: Fist
□ 「意味」:「握った手」

□ DOUBLE LETTER: Riches-Poverty
□ 「複字」:「富と貧乏」

□ ESOTERIC TITLE: The Lord of the Forces of Life
□ 「秘伝的な称号」:「生命の力たちの主」
--- ここまで ---

この本の、この文章の右側には、固く握られた「拳骨」と、ヘブライ文字の「カフ」と、
「木星」の占星術記号、および「生命の木」における「カフの小径」の位置が図示された
絵が描かれています。

「10:運命の輪」に、複字の「Riches-Poverty/富と貧乏」が割り当てられているという
のと、秘伝的な称号に「生命」が関連していることは、ここが宇宙の生命の全てに深く
関わっているということを示唆しているわけで、深掘りしていくと、結構面白そうです。
まあ、我々にとっては、あれこれと詮索できる最後のカードですし、「ケセド=木星」に
アプローチできる最初で最後の「小径」でもあるわけですので、色々と妄想力を高めて、
頑張ってみようかな、と思わせてくれるカードなのでした。
0389名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/09(月) 05:59:24.40ID:/YdLnBcc
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 195) ---
THIRTY TWO PATHS OF WISDOM: The Twenty-first Path is the Intelligence of Conciliation,
and is so called because it receives the divine influence which flows into it from
its benediction upon all and each existence.
「知恵の32の小径たち」:「21番目の小径」は「調停の知性」であり、なぜならそれは、
全てと各々の存在の上のその祝福から、その中に流入する神の影響を受け取るために
そう呼ばれる。
--- ここまで ---

ここは、いつものように、ウェストコット氏の英訳版『The Sepher Yetzirah/セフェル・
イェツィラー(形成の書)』の「THE THIRTY-TWO PATHS OF WISDOM/知恵の32の小径」から
の引用です。

ちなみに、「Intelligence of Conciliation/調停の知性」の部分は、他の原本では、
「Intelligence of Conciliation and Reward/調停と報酬の知性」となっていましたので、
あまりメジャーでない版の引用か、もしくは誤記のどちらかだと思われます。
意味的には、単に「調停の知性」だけだと、上から単に受け取るだけで、下界には何もして
くれないのか、という疑問が湧きますので、ワタシとしては、「調停と報酬の知性」の方が、
やりがいがあるわけです。

とりあえず、「カフ」の文字の意味が「Fist/握った手」であることを考えれば、上からの
何かを受け取るという作用は、何と無くわかりますし、そして受け取ったものは、そう
簡単には下には開示されないというのも、何と無く分かります。
ちなみに、この「10:運命の輪」の「カフ」の「Fist/握った手」に対応するものは、
「9:隠者」の「ヨッド」の「Hand/(開いた)手」ということになりますかね。
要は、通常モードでは、この「小径」からの流出は固く閉じられているけれども、何かの
トリガがあれば、「Reward/報酬」として、下に流出する可能性がある、ということなの
ですが、それが何を意味するのかは、これからぼちぼちと探っていきたいと思うのでした。

なお、多忙ゆえ、書き込みペースが数ヶ月ほどダウンしますので、ご了承ください。m(_ _)m
0390名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/14(土) 06:42:15.19ID:i3t0uJOm
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 195) ---
The Path of Caph, the WHEEL OF FORTUNE, runs from Chesed to Netzach.
「カフの小径」である、「運命の輪」は、「ケセド」から「ネツァク」まで走る。

It is the connecting Path between the Personality and the Higher Self on the Pillar
of Mercy under Chokmah.
それは、「コクマー」の下の「慈悲の柱」の上で、「人格」と「高次の自我」の間を接続
する「小径」である。
--- ここまで ---

「人格」と「高次の自我」を、柱の上で接続している「小径」は、以下の3つです。
・「14:節制」=「中央の柱」で「イェソド」から「ティファレト」へと「leads/導く」
・「12:吊られた男」=「峻厳の柱」で「ホド」と「ゲブラー」を「connects/接続する」
・「11:運命の輪」=「慈悲の柱」で「ケセド」から「ネツァク」まで「runs/走る」

つまり、「11:運命の輪」は、基本的には「ケセド」から「ネツァク」へと下る一方通行
の流れであることを意味しており、この流れに逆らって遡上することは、まさに「鯉の
滝登り」、つまり「11:運命の輪」とは「登竜門」であって、この滝を登りきることの
出来たコイキングは、ギャラドスに進化することが出来るというわけなのです。

とはいえ現実的には、「鯉」が「竜」になれるわけでもなく、下界の我々は、上流から
流れ落ちてくるものを、黙って享受するしかないわけですが、無駄な悪あがきをせず、
黙って享受さえしておけば、何となく有り難い感じがするのも、確かだと思います。
まあ、ワタシがもう少し若ければ、そういう「鯉の滝登り」的な悪あがきの詮索もアリ
だと思うのですが、気力と体力、そして知力が足りていないのが現状なんですよね。

とはいえ、上に登らなくとも、下界から眺めているだけでも、それなりに有益なものを、
我々にもたらしてくれるパワースポットでもありますので、そういう観点、すなわち
観光客の気分で、ここから先は見ていくことにしたいと思います。←かなりいい加減w
0392名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/15(日) 06:41:12.66ID:TQM+Szde
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 195) ---
The Thirty-Two Paths of Wisdom calls it the Intelligence of Conciliation, implying
that it has a mediating function.
「知恵の32の小径たち」は、それを「調停の知性」と呼び、それが調停の機能を持っている
ことを暗示している。

And, in view of what has been considered about the regulation of energy on the Path
of JUSTICE, it is not surprising to learn that Jupiter is assigned to this Path,
or that Jupiter is said to govern the circulation of the blood.
そして、「正義」の「小径」の上の精力の調節について、ずっと考慮されてきているものの
観点から見ると、「木星」がこの「小径」に割り当てられることや、もしくは、木星が、
血液の循環を支配していると言われていることを知ることは、驚くようなことではない。
--- ここまで ---

「11:正義」が「誠実な知性」であるのに対し、「10:運命の輪」は「調停の知性」と
なっています。
つまり、「10:運命の輪」の「慈悲の柱」の調停という和解ルートで解決できなかったもの
が、「11:正義」の「ゲブラー」の強制的な判決により解決されるという感じですかね。

そして、「10:運命の輪」が血液的な循環の性質、つまり体内の全てを巡るという性質は、
この「10:運命の輪」が、それより上位のものの性質を調停し、活性化し、精力を保つと
いうことを示唆しているわけであり、下っ端であまり目立たないのかもしれませんが、
上位世界においても、それなりに重要な役割を担っているということになります。

ちなみに、「木星」は、この「10:運命の輪」と、「ケセド」に割り当てられており、黄道
十二宮の間を、一年につき一つずつ移動するという、安定した動きをするのと、その
安定した明るさのため、太陽や月の次に重要な役割を持つと考えられています。

つまり、「木星」を制するものは宇宙を制するということであり、それゆえ「10:運命の輪」
を深く理解することは、宇宙の法則を知ることに繋がると考えられるわけですよね。
0393名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/20(金) 06:30:59.37ID:QCE6h36T
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 195) ---
Caph is a double letter, one of the "Gateways of the Soul."
「カフ」は、複字であり、「魂の出入り口たち」のうちの1つである。

To it are attributed the opposites of riches and poverty which could be considered
the natural fluctuation of the Jupiter forces on this Path.
それには、この「小径」の上の「木星」の力たちの自然な変動と考えられることのできる、
「富と貧乏」の反対物たちが帰属される。

Of course, the riches and poverty are not of this earth, they are of the soul itself.
もちろん、富と貧乏は、この地上のものではなく、それらは魂それ自身のものである。
--- ここまで ---

「double letter/複字」が「Gateways of the Soul/魂の出入り口たち」であるという
記述は、『セフェル・イェツィラー(形成の書)』にあり、それは、人間の2つの目、
2つの耳の穴、2つの鼻の穴、そして口であるわけですが、「カフ」がそのどれである
かは、残念ながらワタシは知りません。
まあ、見た目だけで言うなら、「車輪眼」みたいですけどね。←ヲタク的思考w

あと、大アルカナは、地上世界とは無縁ですので、「10;運命の輪」の「riches and poverty
/富と貧乏」の属性が、地上における物欲的な貧富とは無縁のものであることは当然の
ことであって、あくまでも「星幽的三角形」に属する「人格」に関するものであることは、
容易に想像できます。
ついでに言うと、これはあくまでも個人的経験なのですが、「人格的な富」と「物質的な
富」とは、しばしば反比例する傾向にあります。
つまり、どちらかを強く求めすぎると、バランスを欠いてしまうという傾向があるので、
あまり人格的とか物質的とかの「貧富」にこだわらず、全体的なバランスというか節度を
保つというか、あまり深く考えない方が、幸せになれる感じがするわけですよ。
そして、「木星」の持つ12年毎の周期性、すなわち富は長く続かず、そして貧乏も長くは
続かないということも、ここでは考慮すべき点だと思われます。
0394名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/21(土) 06:21:43.30ID:GRSu1hYP
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 196) ---
As a word Kaph means fist.
言葉として、「カフ」は「握った手」を意味している。

It is the closed hand which symbolizes grasping comprehension, as well as the
completion of an activity or the closing of a circle.
それは、活動の完成、もしくは円を閉じることだけでなく、把握する理解を象徴している、
閉じられた手である。

It is closed, and yet it is in a state continuous motion, a cycle always in many
stages at the same time.
それは閉じられているが、それでいて、継続的な動きであり、同時に多くの段階において、
常に循環の状態にある。
--- ここまで ---

この「10:運命の輪」の「カフ」が、単なる「手」ではなく「fist/握った手」となっている
のは、「9:隠者」の「ヨッド」が「hand/(開いた)手」となっているからであり、それゆえ
「生命の木」を下界から登れば「握った手が開かれる」、そして天界から降りる時には
「開いた手が握られる」という状態遷移を引き起こすことになります。
つまり、天界の秘密は、ここで封印されていて、ここから下界に漏れることは無いという
スタンスであり、下界に住む我々が天界の秘密を解き明かすには、車輪の門番である
スフィンクスを攻略して、「握った手を開かせる」必要があるということでもあります。
まあ、どう考えても無理な話ですけどね。

とはいえ、「手」の封印は完全なものではなく、「秘密を握った手」の指の隙間からは、
「神秘エネルギー」が常に漏れ出しており、それがこの「車輪」の原動力となっていて、
さらにそれが下界全体の循環する生命エネルギーへと変遷していると推定することも
できるわけです。
つまり、「12:吊られた男」が、神秘エネルギーの蒸留と凝縮であったのに対し、これと対に
なる「10:運命の輪」は、握りつぶしや遠心分離による脱水・抽出という感じですかね。
0395名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/22(日) 06:42:27.69ID:Dzyl17zA
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 196) ---
In this regard Kaph is the scarf covering the Dancer in the UNIVERSE card.
この点では、「カフ」は、「宇宙」のカードにおいて、「踊り子」を覆っているスカーフ
である。

Moreover it will be found that as Kaph is the closed hand, the card preceding it,
THE HERMIT (Yod) is an open one.
さらに、「カフ」は閉じられた手であるように、それに先行するカードである、「隠者
(ヨッド)」が、開いているそれであることが見つけられるであろう。
--- ここまで ---

「21:宇宙」のカードの、踊っている裸の女性像の多くは、秘部を何かで覆って描かれます。
ゴールデン・ドーン版やウェイト版、そしてマルセイユ版のニコラ・コンヴェル版などでは、
スカーフで覆うデザインとなっていますが、そのスカーフは「カフ」であるということです。
ちなみに、マルセイユ版のニコラ・コンヴェル版では、このスカーフの形状は、「カフ」の
文字の形となっています。
つまり、「21:宇宙」と「10:運命の輪」は、この「秘密の隠蔽工作」という点において、密接
な関係があるということであり、それは「21:宇宙」で隠されて描かれなかった女性像
の秘部は、この「10:運命の輪」において明らかにされるということであり、要するに、
「10:運命の輪」の車輪は、この女性像の○○○○そのものであることを意味します。

とはいえ、それはまだ「閉じられた○○○○」であって、下界に住む我々は、ここからさらに
奥に入るというか、「生命の木」の上に昇ることは出来ません。
つまり、次の「9:隠者」によって開かれるまで、我々はその先に立ち入ることが出来ない
ことになっているわけで、つまり下界の我々が容易に到達することの出来ない世界(ティ
ファレト)を通じてのみ、我々は中に入れるということになっているわけです。

とはいえ、下界に住む我々は、たとえ奥に立ち入ることは出来なくても、我々はそこから
流出してくる大いなる天界の秘密を充分に堪能し、その神秘エネルギーを享受することが
出来るわけですので、車輪に象徴される秘部を探索する価値は充分にありそうです。
0396名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/28(土) 06:22:51.22ID:Zcy+pUpj
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 196) ---
The wheel, so important to this Path, is a very ancient symbol of life itself,
the very turning of which, in some systems, is a prayer.
この「小径」にとって、とても重要である輪は、生命それ自身の、はるか古代よりある
象徴であり、いくつかの体系たちにおいては、まさしくその回転は、祈りに他ならない。

It is the wheel of birth, death and rebirth.
それは、誕生、死、そして再生の輪である。

It is the wheel of karma.
それは業(カルマ)の輪である。
--- ここまで ---

「10:運命の輪」にある「wheel/輪」は、静的な「円」ではなく、動的な「車輪」であり、
それが生命、すなわち、誕生、死、そして再生という、一定のループ状の動きを司る象徴
であることは、容易に推察できると思います。
そして、この宇宙に(広い意味での)生命のある限り、それは止まることなく回転し続け、
それは時を刻むものということになります。

つまり、この「小径」は時間軸を形成するものであり、そして「時」の始まりは、「人格」
の発生に関係しているということになるわけです。
このことは、「時間」という概念は、客観的というか普遍的というものではなくて、
どちらかというと主観的というか局所的な概念であるということも言えるわけです。
さらに言うと、この「10:運命の輪」は、「倫理的三角形」から「星幽的三角形」へと流出
する最初の「小径」であり、それゆえ我々の住む世界である「四次元時空」で最初に
形成されるものは「時間軸」であるということになるわけですが、それは「時間」が
主観的な概念であるということとは矛盾しています。
つまりこの理屈によれば、宇宙の誕生には、上位存在である「神」の「主観」が必要と
されるわけですので、残念ながら、話はここで終わってしまうわけです。
まあ、「10:運命の輪」の謎は、我々には完全には解けないわけですからね。
0397名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/03/29(日) 05:51:48.15ID:Jzkieer2
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 196) ---
But it is emphatically not a wheel of chance or accidents.
しかし、それは断固として、偶然の運や思いがけぬ出来事などの輪では「ない」。

There are no accidents in the Universe, which is one of the key lessons of this
card.
「宇宙」には偶然の出来事などは全く無く、それはこのカードの鍵となる学課たちのうちの
1つである。

We are solely responsible for our own destinies.
我々は、我々自身の運命たちに対して、単独で責任がある。

Fortune provides us what we earn, which is not always pleasant.
運命は、我々に、我々が稼いだものを提供するが、それは常に楽しいものではない。
--- ここまで ---

「10:運命の輪」は、占い業界においては、「幸運」をもたらすカードであると言われて
いますが、カバラ的には、そういう下界における物質的な「幸運」という意味は無く、
あったとしても、生命の輪廻、すなわち誕生、死、そして再生の無限ループとしての
意味ぐらいしかありません。
要するに、次元が高すぎて、我々の個々の日々の運命を左右するというものではなく、
せいぜい「何のために生まれてきたのか」とか「何のために死ぬのか」ということを
考えるためのネタぐらいにしかならないということですよね。

そしてこれは、大海で生まれて、いつか浜に打ち上がって消えてしまう「波」ではなく、
この宇宙の誕生以来、ずっとコンスタントに回り続けている、宇宙生命の原動力である
「輪」であって、人智を越えた存在であることにも留意しておく必要があります。

何が言いたいかというと、人間界の世俗の占いにおいては、カバラ的に言えば、高次元
の「10:運命の輪」は、何の意味も持たないし、何も関係しないということなのですよ。
0398名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/04/05(日) 05:58:19.14ID:pMrZprWn
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

図31の説明文です。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 196) ---
Figure 31. Levi's Interpretation of the Wheel of Ezekiel (Redrawn from his Sanctum
Regnum)
図31。 「エゼキエルの輪」のレヴィ氏の解釈(彼の『神聖界』から再描画された)
--- ここまで ---

「10:運命の輪」の輪のデザインは、基本となるマルセイユ版や、ゴールデン・ドーン版、
そしてトート版は、「車輪」のイメージであるのに対し、ウェイト版では「Magic circle
/魔法円」のイメージとなっており、その元ネタになっていそうなものが、レヴィ氏の
著作である
『Dogme et rituel haute magie/高等魔術の教理と祭儀』1854-1856年発行
『La Clef des Grands Mysteres/大いなる神秘の鍵』1861年発行
『The Magical Ritual of the Sanctum Regnum/神聖界の魔術儀式』1892年発行
などに見ることができます。
正確に言えば、『神聖界の魔術儀式』は、レヴィ氏の没後、彼の同人誌的な著作の中から
タロットに関係ありそうなネタを、ウェストコット氏が拾い集めて出版したものです。

ウェイト氏は、なんだかんだ言っても、レヴィ氏の魔術ヲタ的なイラストレータ能力を
高く評価しており、レヴィ氏の色々な著作からパクって、いやいや参考にしながら、
ウェイト版カードをデザインしています。

そして、ウェイト氏が、なぜ従来の物理的な「車輪」ではなく、「魔術円」をモチーフに
したのかと言うと、要は、円の外は下界であり、円の中が天界であるということを示唆
しているわけであって、つまり、下界の我々は、この「10:運命の輪」の「魔術円」を通過
することで、天界へと到達することが可能である、言い換えると、「ネツァク」から
「ケセド」へと至る「小径」であることを示唆しているわけです。
とはいえ、そこは、一般人は絶対に立ち入ることの出来ない「Sanctum Regnum/神聖界」
ですので、しょせん絵に描いたモチであることは確かなんですけどね。
0399名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/04/12(日) 07:29:02.00ID:27oJfX34
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 196) ---
The key to the WHEEL OF FORTUNE is duality and the interchange of energies between
opposites which make the wheel spin.
「運命の輪」への鍵は、双対性、および輪を回転させる反対物たちの間の精力たちの交換である。

The wheel is the activity of all manifestation, as is symbolized in the Golden Dawn
version by the twelve spokes.
輪は、ゴールデン・ドーン版において12本のスポークたちにより象徴されるように、全ての
顕在化の活動である。

These are the Signs of the Zodiac, each in its correct Atziluth-Path color.
これらは、各々が、その正しい「アツィルト界の小径」の色である、「黄道十二宮」の
「宮たち」である。
--- ここまで ---

ゴールデン・ドーン版カードを持っている人のために、「アツィルト界の小径」の「黄道
十二宮」の色を書いておきますので、その理論的なデザインを堪能してみてください。。

・白羊宮:「4:皇帝」:Scarlet/緋色:左スポーク
・金牛宮:「5:法王」:Red Orange/赤橙色
・双児宮:「6:恋人たち」:Orange/橙色
・巨蟹宮:「7:戦車」:Amber/琥珀色:下スポーク
・獅子宮:「8:力」:Greenish-Yellow/緑がかった黄色
・処女宮:「9:隠者」:Yellowish-Green/黄色がかった緑色
・天秤宮:「11:正義」:Emerald-Green/エメラルド・グリーン:右スポーク
・天蠍宮:「13:死」:Green-blue/緑青色
・人馬宮:「14:節制」:Blue/青色
・磨羯宮:「15:悪魔」:Indigo/藍色:上スポーク
・宝瓶宮:「17:星」:Violet/菫色
・双魚宮:「18:月」:Ultra Violet Crimson/紫外深紅色
0400名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/04/13(月) 05:55:30.33ID:Ac/jsej5
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 196) ---
The Crowley deck uses ten spokes to symbolize the totality of the Sephiroth, while
Waite uses a system of eight spokes based on twice four: the letters T A R O and
the [heh][vau][heh][yod].
クロウリー氏のデッキは、「セフィロト」の総計を象徴するために、10本のスポークを使い、
その一方で、ウェイト氏は、4の2倍に基づいた8本のスポークの体系を使う:T A R O および
[heh][vau][heh][yod]の文字たち。

The pattern of Waite's wheel is based on the Wheel of Ezekiel illustrated by Levi
in his Magical Ritual of the Sanctum Regnum, (*175) and described by the older
occultist in very complex terms:
ウェイト氏の輪の様式は、レビ氏により、彼の『神聖界の魔術儀式』(*175)において
説明された「エゼキエルの輪」に基づいており、非常に複雑な用語たちで、より年上の
神秘主義者により記述される:
--- ここまで ---

ちなみに、(*175)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
175. Eliphas Levi, The Magical Ritual of the Sanctum Regnum, translated and edited
by W.Wynn Westcott, New York, 1973, illustration facing page 40.
175. エリファス・レヴィ著、『神聖界の魔術儀式』、W.ウィン ウェストコット氏による
翻訳と編集、ニューヨーク、87ページ、1973年発行、図版は40ページに対向している。
--- ここまで ---
とあります。

つまり、この「輪」の中身については、マサース氏、ウェイト氏、クロウリー氏の間でも、
その解釈が異なる、すなわち、誰も本当のことは知らないわけであって、我々のような
一般人は、立入禁止というか、解釈不能というか、そもそも「神聖ニシテ侵スヘカラス」
なる秘密の領域であるということに他ならないわけです。
まあ、そう言われると、余計に見てみたいというのが、人間の性(さが)なんですけどね。
0401名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/04/15(水) 05:58:15.08ID:glfNsXA0
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
The Wheel of Ezekiel contains the solution of the problem of the quadrature of
the circle, and demonstrates the correspondences between words and figures,
letters and emblems; it exhibits the tetragram of characters analogous to that of
the elements and elemental forms.
「エゼキエルの輪」は、円の求積法の問題の解決を含み、そして言葉たちと図たち、文字たち
と象徴たちの間の対応を示す;それは、元素たちと元素の形たちのそれと相似の文字たちの
四文字語を表す。

It is a glyph of perpetual motion.
それは永久運動の象形文字である。

The triple ternary is shown; the central point is the first Unity; three circles
are added, each with four attributions, and the dodekad is thus seen.
3つの三つ組が示される;中心の点は最初の「単一性」である;3つの円たちが追加され、
それぞれが4つの属性たちを持ち、そして従って12のものが示される。

The state of universal equilibrium is suggested by the counterpoised emblems, and
the pairs of symbols.
普遍的な平衡の状態は、釣り合わされた象徴たち、そして記号たちの一組たちにより示唆
される。

The flying Eagle balances the man; the roaring Lion counterpoises the laborious
Bull.
飛行する「鷲(ワシ)」は、人と釣り合う;吼える「ライオン」は、勤勉な「雄牛」と
釣り合う。
--- ここまで ---

ここは、レヴィ氏の『The Magical Ritual of the Sanctum Regnum/神聖界の魔術儀式』
からの引用の箇所になります。(ここは、突っ込んだら負け、の箇所ですね。)
0402名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/04/16(木) 06:12:35.34ID:zEL4/2+4
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
Kether, the Crown, Tiphareth, Beauty; and Yesod, Foundation, form a central axis,
while Wisdom, Chokmah, equilibrium with Understanding, Binah; and the Severity
of Justice, Geburah, makes a counterpoise with the Mercy of Justice, Chesed. (*176)
「ケテル」、「王冠」、「ティファレト」、「美」;そして、「イェソド」、「基盤」は、
中心軸を形成し、その一方で、「知恵」、「コクマー」は、「理解」、「ビナー」と平衡し;
そして、「正義の峻厳」、「ゲブラー」は、「正義の慈悲」、「ケセド」と平衡を作る。
(*176)
--- ここまで ---

ちなみに、(*176)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
176. Levi, Magical Ritual of the Sanctum Regnum, 39-40.
176. レヴィ著、『神聖界の魔術儀式』、39-40ページ。
--- ここまで ---
とあります。

長い引用ですが、そもそも理解不能なものですので、あまり参考にはならないです。

とはいえ、ウェイト版の「運命の輪」は、このレヴィ氏の「エゼキエルの輪」のパクりで
あることは明白ですので、興味のある人は、色々と深掘りしてみてください。

いずれにしても、この「輪」は、我々の住む世界というか、我々の日々の生活とは、ほぼ
何の関わりも無いシロモノですので、ワタシごときが語れるようなネタは、あまり無いん
ですよね。
まあ、一部の業界の人々にとっては、こういうのは、格好の「何でもありの大盛りテンコ
盛り大法螺吹きネタ」になるんでしょうけど、まあ、そういう感じですしおすし。

コロナ騒動でも、アレな「専門家」とか、一部の「声の大きい人」とか、ヒステリックに騒ぐ
人ばかりが注目されていて、そういう人達こそ自粛してほしいなぁ、とか思うわけでした。
0403名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/04/18(土) 06:28:35.03ID:khKrQTcw
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
Insofar as dualities in active manifestation are implied here, it might be suggested
that two wheels would better describe what is intended than one: i.e., one wheel
interlocked in another like a gyroscope, each turning in different directions.
活動的な顕在化の双対性たちが、ここに暗示されている限り、2つの輪たちが、1つもの
よりも、意図されるものを、より良く説明できるであろうことが提案されるかもしれない:
すなわち、1つの輪が、ジャイロスコープのように、別のものに連結され、各々が、異なる
方向に回転する。

This really illustrates what is meant by the Intelligence of Conciliation.
これは、「調停の知性」により意味されるものを、本当に説明する。

It is the mediation of activity between rotating opposites.
それは回転する反対物たちの間の活動の調停である。
--- ここまで ---

「生命の木」の回転(スピン)については、
・「ケテル」:自転
・「至高の三角形」:「ケテル」を軸とした「コクマー」と「ビナー」の回転
・「倫理的三角形」:「ティファレト」を軸とした「ケセド」と「ゲブラー」の回転
・「星幽的三角形」:「イェソド」を軸とした「ネツァク」と「ホド」の回転
・「生命の木全体」:「中央の柱」を軸とした「慈悲の柱」と「峻厳の柱」の回転
というものが考えられます。
つまり、単なる「duality/二重性」というよりも、各階層毎に存在する「dualities/
双対性たち」が、回転運動に関係しているということですよね。
そして、それらの回転軸は、それぞれ次元の違うものですので、その回転軸は同じでは
ないというのも、まあ当然と言えば当然なんですよね。
つまり、「エゼキエルの輪」は、そういう次元の異なる階層化された「活動的な回転運動」
を表現しているということなのですが、だから何なの、と言われると、そもそも上位世界
の話ですので、ワタシには何のことか分かりません、としか答えられないのでした。
0404名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/04/19(日) 05:59:06.31ID:Ol/qgcZ4
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
Rotation, in this sense, means a sequence, something which begins and ends and
then begins again.
「回転」は、この意味においては、連鎖であり、始まりと終わり、そしてそれから再び
始まる何かを意味する。

This means periodicity, rhythms of activity as well as cause and effect, what the
Golden Dawn text calls the "counterchanging influence of Light and Darkness."
これは、ゴールデン・ドーンの本文が、「『光』と『闇』の入れ替わる影響力」と呼ぶ
ものや、原因と結果と同様に、周期性、活動の律動たちを意味する。
--- ここまで ---

ちなに、この「ゴールデン・ドーンの本文」というのは、『The Golden Dawn/黄金の
夜明け魔術全書(下巻)』の『THE TAROT TRUMPS/タロー・トランプ」にあります。

さて、「periodicity/周期性」を持つ運動と言えば、「Vibration/振動」と「Rotation
/回転」があるわけですが、この「10:運命の輪」は、単純な「振動」ではなく「回転」
がモチーフとなっています。
なぜ「振動」ではなく「回転」なのかと言うと、要は「振動」が一次元的なのに対し、
「回転」は、それ以上の次元数を持つ、つまり「右」か「左」か、「光」か「闇」か、
といった二元論的なものではなくて、少なくとも三つの様相、一般的には「東西南北」
とか「上下左右」とか「春夏秋冬」とか「士農工商」とか「絶対領域」というような
四文字熟語で表される多面的様相の循環体系を意味しているわけです。

ちなみに、ワタシには、この「10:運命の輪」は、これと補完関係にある「12:吊られた
男」が蒸留装置に見えるのに対して、「遠心分離装置」に見えているわけであり、それら
の働きにより、神秘的清留物なのか神秘的廃棄物なのかは知りませんが、何か得体の知れ
ないものが、上位世界から、我々の住む下界にもたらされるようなイメージがあります。
まあ、それが上位世界のウンコであったとしても、下界にとっては間違いなく「お宝」で
あることは確かだとは思いますけどね。
0406名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/06/09(火) 06:03:37.21ID:/X/GEhmg
>>405
カキコありがとうございます。 (^^)/

病気とか体調不良とかいういうことではなくて、単に仕事の締め切りが近くて、
時間的かつ精神的な余裕が無いというのが原因ですので、ご安心ください。

今のところ、7月中には復帰できる予定ですので、いましばらくお待ちください。
0408名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/07/22(水) 06:17:08.08ID:iTuPcZL+
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
Waite describes this activity as "the perpetual motion of a fluidic universe. . .
the flux of human life.
ウェイト氏は、この活動を、以下のように評する。「流動的な宇宙の永遠の動き. . .
人間の人生の流転。

The Sphinx is the equilibrium therein."
スフィンクスは、その中で平衡を保つ。」
--- ここまで ---

ウェイト版の「10:運命の輪」は、前にも述べたように、レヴィ氏の著作をベースにして
いるのですが、いくつかのマイナー・バージョンアップがあります。

一つは、車輪の外輪と内輪の接続を外して、ジャイロスコープのように、外界に関係なく、
内輪が自由に回転できるようにしたことであり、これは、内輪が我々の世界とは独立した
聖域、すなわち真の神の世界であることを明確化したものです。
もう一つは、「スフィンクス」が、寝そべった姿から、座った姿に変えられたことです。
これは、「静的な姿」から「より動的な姿」への変化であって、この「スフィンクス」が、
外輪で示される宇宙の動的な回転運動に、しっかり対応しているというか、さらに言えば、
「内輪の神の世界」から遣わされた「下界を支配する、神の代理大使」の姿であることを
明確に示しているというわけですかね。
まあ、「スフィンクス」は、人(知恵)と獣(力)との合体合成クリーチャーであること
からも、神が下界に遣わせた代理人の代表としては、ふさわしいのかもしれません。

ちなみに、輪にまとわりつく、他の2つのクリーチャーは、蛇に姿を変えた「テュポン」と、
犬の頭を持つ「ヘルマニュビス」であり、いずれも地下世界を司る神となっています。
見方を変えれば、「スフィンクス」は、回転により「テュポン」や「ヘルマニュビス」が
上昇して、輪を完全に支配しないように、上から監視しているようにも見えるわけで、
この3つのクリーチャーが、お互い微妙な立ち位置で、せめぎ合って均衡を保ちながら
活動しているという、一触即発的な不安定さを併せ持っているとも言えるわけですよね。
0410名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/07/23(木) 06:20:32.33ID:f7zRrRc1
>>409
カキコありがとうございます。(^^)/

まだまだ多忙状態が続いていて、本格復帰は、もう少し先になりますが、
ヒマを見つけて、ボチボチ書いていこうと思っております。
0411名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/07/23(木) 06:22:26.54ID:f7zRrRc1
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
The Sphinx is the stable element in the midst of change.
「スフィンクス」は、変化の最中において安定している要素である。

Thus in both the Crowley and the Waite cards it sits at the very top of the Wheel.
従って、クロウリー氏とウェイト氏のカードたちの両方では、それは、「輪」のまさしく
最上部に座っている。

In the Golden Dawn card, however, it is removed from the Wheel entirely.
ゴールデン・ドーン版カードにおいては、しかしながら、それは、「輪」から完全に外され
ている。
--- ここまで ---

マルセイユ版、ゴールデン・ドーン版、ウェイト版、そしてトート版の「10:運命の輪」は、
それぞれに特徴があって面白いのですが、ここでは、特に「スフィンクス」の立ち位置の
違いというものについて比較しています。

この立ち位置の違いは、要は、「役割の違い」ということであり、それは我々にとっては、
どう「役に立つ」のかどうかの違いでもあります。
とはいえ、ここでの知識を役立てることの出来る人は、ごく一部ですので、ほとんどの人に
とっては、どうでもいい違いでもあるわけです。

かく言うワタシにとっても、もはやどうでもいい違いなのですが、ワタシの個人的な有用度
というか分かりやすさという点では、
 ウェイト版>マルセイユ版>トート版>ゴールデン・ドーン版
という序列になっております。
まあ、ワタシのレベルが低すぎて、ウェイト版のスフィンクスしか相手にしてもらえない
ということでもあるのですが、ウェイト版のスフィンクスが、かなり幅広い概念を持つ、
ユニバーサルデザインになっているという点も、初心者向けとしては、かなり良く出来た
図案ではないかと思っているのでした。
0412名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/07/24(金) 06:34:29.30ID:Ar4IrcUC
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
While Crowley and Waite emphasize the Sphinx as a balancing phase of cyclic energy,
the Golden Dawn card emphasizes its role as the guardian of the gateway of the
mysteries, holding the secret of life and death.
クロウリー氏とウェイト氏が、周期的な精力の釣り合いの面としての「スフィンクス」を
強調する一方で、ゴールデン・ドーンのカードは、神秘的教義の出入口の守護者としての、
その役割を強調し、生と死の秘密を保持する。
--- ここまで ---

ゴールデン・ドーン版の「スフィンクス」の立ち位置というか役割りは、他の版とは少々
異なります。
それは、下にある「Plutonian cynocephalus/、冥界の犬の頭を持つ生物(猿?)」
(以下、「犬頭猿」という)と対を成し、輪から離れた位置で、空中に静止しています。
背景色のグラディエーションからは、「輪」が高次元で回転していて、低次元にある
「スフィンクス」と「犬頭猿」が、下界の「生」と「死」を監視しているように見えます。

つまり、他の版の「スフィンクス」が、「輪」から直接エネルギーを受けて下界に流して
いる実務者の役割も併せ持つのに対し、ゴールデン・ドーン版の「スフィンクス」は、
単なる管理者というか傍観者的なふるまいをしているということであり、下等な人間共の
意見なんぞ聞の耳を持たないような、実に冷酷無比な感じを受けるわけですよ。
そういう意味では、ゴールデン・ドーン版とウェイト版は対極的であり、ウェイト版の
愛想の良さそうなスフィンクスには、ワタシ的には好感が持てるわけですが、このあたり
は、「ツンデレ」好きか、「ウザかわ」好きかという、単なる好みの違いとも言えます。

とはいえ、「スフィンクス」の究極的な役割自体は、どの版においてもほぼ同じであり、
「ここから先は、一般人は立入禁止であり、通ろうとするものは、全て排除」が基本です。
つまり、この「輪」は、一般人にとって極めて危険度の高いものであって、ある程度の
ソーシャル・ディスタンスを保ちながら、このカードと付き合っていくことが必要と
されるということですよね。
0413名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/07/25(土) 06:52:26.58ID:HFOoEkMI
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
This interpretation is a later (largely Greek) one, colored to some extent by
eighteenth century romanticism.
この解釈は、18世紀のロマン主義により、ある程度誇張された、後世の(主にギリシャでの)
ものである。

In Egypt the Sphinx was originally a portrait of the Pharoah, symbolizing his great
power (the lion's body) over adversaries.
エジプトでは、「スフィンクス」は、元来は「ファラオ(エジプトの王)」の肖像であり、
敵対者たちを越える、彼の大きな力(獅子の体)を象徴していた。

This view is corroborated by numerous reliefs in which the Sphinx-Pharoah is shown
vanquishing his enemies.
この見解は、「スフィンクス−ファラオ」が、彼の敵たちを打ち負かしていることを表す、
数多くのレリーフたち(浮き彫り細工)により確証される。
--- ここまで ---

二番目の文の「Pharoah」は、「Pharaoh/ファラオ」の誤記ですかね。

さて、元々の「スフィンクス」の持つ意味は、「ファラオ」自身が特撮ヒーローのように
変身して敵と戦う姿であるということであり、本来は、守備表示ではなくて、攻撃表示で
現世での相手に出すべきカードだったようです。

とはいえ、その巨大像がピラミッドの守護者として象徴的に使われ、それが遺構として
後世に残されたために、後代の西洋の人々は、それに守備表示での様々な妄想的属性、
すなわち「神に最も近い神獣」という準神格化を、「ロマン主義」の名のもとにデッチ上げ
ていったというのが真相ですかね。
そして、その神秘的守備属性が、タロットにもパクられて、いやいや聖なる象徴として
採用され、「10:運命の輪」の守護神獣として、「真・神界」の入り口に門番として鎮座する
ようになったということなのでしょうね。
0414名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/07/30(木) 06:08:00.85ID:ooYgnGk1
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
The best known Sphinx is that presumed to be Cheops, who built the Great Pyramid
about 2500 B.C.
最もよく知られている「スフィンクス」は、紀元前2500年頃に「大ピラミッド」を建設した、
クフ王であると推定されている

When the Greeks saw this monumental sculpture, more than 1500 years later, they
took it to mean all that was mysterious and magical, a sense reflected in the
tale of Oedipus on the road to Thebes.
ギリシャ人たちが、1500年以上後に、この記念碑的な彫刻を見た時、彼らは、それは全て
神秘的で魔法的であることを意味すると受け取り、その感覚は、テーベへの道での
オイディプス王の物語に反映された。
--- ここまで ---

元々のエジプトでの「スフィンクス」は、エジプト王の頭部と、雌ライオンの胴体を持ちつ
聖なる二体合成獣であって、正義の味方、すなわち権力側に従順な面があり、それゆえ、
王の亡き後、ピラミッドの警備を任じられるほど、権力者のからの信頼は厚かったわけです。

一方、そういう元ネタを知らない、後世のギリシア人たちは、この過去の巨大遺物である
「スフィンクス像」を見て、自分勝手な妄想を始め、そして様々な物語や絵画や彫刻の中で、
この「スフィンクス」をネタにした創作活動を行っています。
そして、その中で最も有名なものは、ギリシア神話に出てくる、オイディプス王の物語なの
ですが、ここで「スフィンクス」の扱いは、小悪魔的害獣&ザコキャラ扱いとなっています。

まあ、元々が、半人半獣というか半神半悪魔的な幻想的創作キャラですし、そういう
意味では汎神的であって、どちらかというと進化しきれていない野性味のある半人半馬の
ケンタウロス族との棲み分けも出来ていますし、そういう感覚の中では、次元を超越した
不可思議なる「神的存在」として認識されやすいのではないかと思うのでした。

つまり、「スフィンクス」は、タロットのネタとしても最適であるということなんですよね。
0415名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/07/31(金) 05:52:14.30ID:NsPZWVDW
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 197) ---
The Sphinx barred the road and asked each traveler the question: What walks on
four legs in the morning, two legs at noon, and three legs in the afternoon?"
「スフィンクス」は道路を封鎖し、各々の旅行者に以下の質問をした:「朝は四本足、
昼は二本足、そして午後は三本足で歩くものは何ですか?」

Those who failed to answer the question were destroyed.
質問に答えることに失敗した人々は滅ぼされた。

Oedipus, however, knew that the answer was man, himself, who crawls in childhood,
walks on two legs in adulthood, and uses a cane in old age.
オイディプス王は、しかしながら、答えは、幼少期には這い、成人期には二本足で歩き、
そして老人期には杖を使う、彼自身である、人であることを知っていた。
--- ここまで ---

この「スフィンクス」絡みのギリシア神話は有名ですので、特に説明しなくてもいいと
思いますが、この「人」について質問には、一点、欠けているものがあります。

それは、人は「夜」すなわち、死後は足で歩かないということであり、この質問を欠いて
いるということは、「スフィンクス」は「夜」すなわち「冥界」の支配者ではないという
ことを意味しているわけです。

要は、「10:運命の輪」を、人の一生とするならば、「スフィンクス」の担当範囲は、
人の「誕生」から「死」の瞬間までであり、「死」からの「腐敗」や「回帰」そして
「甦り」の部分は、他の神々の担当となっているわけです。

つまり、「10:運命の輪」は、「スフィンクス」が偉そうに「輪」のトップの座に君臨
しているように見えますが、実はそれは決して「偉い」とか、他の神よりも上位に位置
しているとかいうわけではなく、単に、「朝から夕方」の昼勤専門であって、夜勤は
他の神々が働いているという、単なる勤務シフトの都合であると考えられるわけです。
0416名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/02(日) 06:53:32.20ID:o6Muu+cA
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
The response of the Sphinx to Oedipus' correct answer was to throw itself into
the sea, an action replete with meaning for the student of the Qabalah.
オイディプス王の正しい回答に対する「スフィンクス」の反応は、自分自身を海の中に
投げ込むことであり、「カバラ主義」の学徒にとっては、意味に満ちた行動であった。
--- ここまで ---

この、オイディプス王のギリシア神話に出てくる「スフィンクス」は、元来のエジブト
起源の「スフィンクス」とは、全く異なることに注意が必要です。

ギリシア神話の「スフィンクス」は、若い人間の女性の顔と豊満な胸を持つ姿で描かれる
ことが多く、タロットも、それに準じた描かれ方をしています。
つまり、タロットが作られた時代は、元来の「王の守護神獣」ではなく、人々を惑わせたり、
人類進化の行く手を阻む悪魔的存在として認識されていたと考えるのが自然です。

とはいえ、そういうふうに素直に考えないのが、「student of the Qabalah/カバラ主義
の学徒」であるわけで、周囲の安直な意見に流されることなく、その「意味に満ちた行動」
について、色々と妄想を膨らませて、新たな解釈を生み出していくわけです。
つまり、この「オイディプス王とスフィンクス」の話は、タロットの解釈のネタ元として
重要なのですが、これをそのまま、うわべだけの理解のままで、地上世界での話として、
タロットを解釈してしまうのは、完全なる勘違いであることに注意してください。

要は、オイディプス王に倒された「スフィンクス」は、「奴は四天王の中でも最弱」な
存在であって、しょせん地上世界に顕現したザコキャラでしかないわけです。
その一方、タロットに描かれた「スフィンクス」は、地上には顕現しない最強クラスで
あり、人には倒すことは出来ない存在です。

結果的に、この神話ネタから派生したカバラ的妄想は三者三様になってしまうため、
マルセイユ版を元に、ゴールデン・ドーン版、ウェイト版、トート版、それぞれ三者三様
の解釈を持つ「スフィンクス」が描かれるということになっているわけでした。
0417名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/04(火) 05:44:48.28ID:ZoQMlOVz
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
The Greeks brought one important modification to the Sphinx image.
ギリシア人たちは、「スフィンクス」の像に、一つの重要な修正を、もたらした。

What was originally the portrait of a pharoah on a lion's body became a woman on
the body of a male lion.
元々は、ライオンの胴体にファラオの肖像であったものは、雄ライオンの胴体の女性になった。

Thus, the Sphinx came to represent not only man with the raw power of the animal
kingdom, but also a balance of male and female in the same form. (*177)
従って、「スフィンクス」は、動物界の生々しい力を持つ人間だけでなく、同じ姿の中に、
男性と女性の均衡も、表現するようになった。 (*177)
--- ここまで ---

ちなみに、(*177)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
177. "Sphinx," Oxford Classical Dictionary, 1009.
177. 「スフィンクス」、『オックスフォード古典辞典』、1009ページ。
--- ここまで ---
とあります。

元々のエジプト版「スフィンクス」が、「人間界最強のファラオ」と「動物界最強のライ
オン」という、「人智」と「野生パワー」の伝統的結合であったのに対し、ギリシア版では、
「魅力的な人間女性」と「雄ライオン」の組み合わせという、エロスのパワー全開となる
組み合わせになってしまっています。
とはいえ、ギリシア人は、おっぱいが大好きですので、こういう小難しい話は抜きで、
おまえら、おっぱい描きたかっただけだろ、とか思ってしまうのでした。
それに、現代でも、何でもおっぱいキャラ化してしまう、○これとか○○フレとか○マ娘
というような事例も数多くありますので、手当たり次第のおっばいキャラ化の流れは、
今も昔も変わらない普遍的な妄想行為、いやいや二次創作活動だと思うのでした。
0418名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/05(水) 06:15:26.20ID:82RBWkHk
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
The special importance of the Sphinx to the Golden Dawn is discussed in the Order's
papers on the Enochian Mysteries:
ゴールデン・ドーンでの「スフィンクス」の特別な重要性は、「エノク魔術の神秘的教義」
に関する団の文書たちにおいて、以下のように論じられている:
--- ここまで ---

「スフィンクス」に限らず、当時の「エジプト」ネタは、そのほとんどがデッチ上げ、
いやいや考古学的妄想のたまものというか、ワイドショーでの現場レポートみたいな、
とにかくネタとして面白ければ何でもいいみたいなところがありましたので、正直言って、
ワタシ的には、あまり深入りしたくない領域というか、それらの主張をそのまま素直に
受け取らず、なぜそういうこと、つまり「スフィンクス」を話のネタとして取り入れる
ことがなぜ必要だったのかを考えながら、作者の意図を読み解いていくという感じに
なっています。
そして、「エノク魔術」についても同じスタンスです。

つまり、ワタシとしては、「カバラ」ネタよりも、「エジプト」ネタや「エノク魔術」
ネタの方が、電波度が数段高いと考えているからであり、そういう電波度の高いものを
取り扱うには、それなりの覚悟というか、要は、ハマる覚悟が必要であるということ
なんですよね。

残念ながら、ワタシにはそういう覚悟も時間も知恵もありませんし、今はとりあえず
「カバラ」ネタに専念しようと思いますので、「スフィンクス」と「エノク魔術」の関係に
ついては、話のネタとして、さらりと紹介するだけに留めておきたいと思います。
ちなみに、「スフィンクス」と「エノク魔術」については、『黄金の夜明け魔術全書』の
「エノク魔術」に関する項でも言及されていますので、興味のある方は見てください。

ということで、以下は、妄想パワーにより究極完全無敵モードとなった「スフィンクス」を
礼賛する、団の文書からの引用となります。
0419名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/06(木) 06:08:21.60ID:H8phNqFE
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
Now learn a mystery of the Wisdom of Egypt.
さあ、「エジプトの知恵」の神秘を学びなさい。

'When the Sphinx and the Pyramid are united, thou hast the formulae of the Magic
of Nature.
『「スフィンクス」と「ピラミッド」が結合される時、そなたは、「自然の魔法」の公式
たちを持つ。

"These are the keys of the wisdom of all Time; and its beginning - who knoweth it?
これらは、全ての「時」の知恵の鍵たちである;そして、その始まり − それを知るのは
誰であるのか?

In their keeping are the sacred mysteries and the knowledge of Magic and all the
Gods.'
それらが保管するものの中に、「魔法」と全ての「神」の神聖なる神秘的教義と知識が
ある。』
--- ここまで ---

二重引用符の対応が付いていない箇所がありますが、そこは翻訳では無視しています
ので、ご注意ください。

さて、この文章で分かるのは、「スフィンクス」と「ピラミッド」が本当に「魔法」に
関係しているのかはともかくとして、ゴールデン・ドーン内部での表現上のお約束事と
しては、それは「formulae of the Magic of Nature/『自然の魔法』の公式たち」、
すなわち「宇宙の全ての法則」を象徴するシンボルであると定義されているわけです。
つまり、「ピラミッド」は神秘の保管庫であり、「スフィンクス」は保管庫の「鍵」に
相当すると考えることも出来るわけで、こういうのって、何となく、謎解きのロール
プレイングゲームに通じるのではないかと、勝手に妄想してしまうのでした。
0420名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/07(金) 05:58:34.50ID:IcqVIIyp
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
In the ritual of the 32nd Path leading into the Theoricus Grade, it is thus written.
従って、「セオリカス(理論者)位階」へと導いている「32番目の小径」の儀式において、
このように書かれている。

"The Sphinx of Egypt spake and said: I am the synthesis of the Elemental Forces.
「エジプトのスフィンクス」は語って言った:私は「元素の力たち」の統合体である。

I am also the symbol of Man.
私はまた、「人」の象徴でもある。

I am Life.
私は「生命」である。

I am Death.
私は「死」である。

I am the Child of the Night of Time. (*178)
私は「時の夜の子」である。 (*178)
--- ここまで ---

ここでも、二重引用符の対応が付いていない箇所がありますが、翻訳では無視しています。

さて、最後の文は、「21:宇宙」の称号である「The Great One of the Night of Time/
時の夜の偉大なるもの」の子供版となっていますので、「スフィンクス」は「宇宙」の
創造者の子=代理人であるという解釈が可能です。
そして、「21:宇宙」ではカードの四隅に「四大元素」の象徴、そして中央に「生と死」に
関わる女性像が描かれていますが、「10:運命の輪」では、それらは高次元で統合されて、
本来の「スフィンクス」の姿として、上脇に置かれ、そして、「21:宇宙」では背景にあって
近づくことが出来なかった「輪」が、「10:運命の輪」では、ついに前景に来ているわけです。
0421名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/08(土) 06:26:33.04ID:YKCcg27b
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

ちなみに、(*178)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
178. Unpublished Enochian papers of the Hermetic Order of the Golden Dawn.
178. 「ヘルメス主義団体ゴールデン・ドーン」の未刊行のエノク魔術の文書。

Here, again, it is necessary to distinguish the historical reality from that which
is entirely valid symbolism.
ここでも、再度、歴史上の事実と、完全に効果のある象徴主義であるものとを区別する
必要がある。

Mathers seems to have invented more than one of the "Egyptian Mysteries," though
he has done so using sound metaphysical principles.
マサース氏は、「エジプトの神秘的教義」を2つ以上発明してしまったように見えるが、
けれども、彼は、健全な形而上学の原則たちを使用してそれを行っていた。
--- ここまで ---
とあります。

最後の文は、婉曲的に言い訳がましい感じがありますが、元々が魔術ネタですし、そもそも
当時のエジプトに関する情報は、そのほとんどが科学的根拠に欠ける「考古学的」なもので
あって、ほぼ想像上の産物というか、自称有識者の思い込みによるデッチ上げでしかありま
せんでしたので、マサース氏が、エジプトを悪用したと思う人は、まずいないわけです。

とはいえ、当時の、そういう根拠の無い漠然とした神秘的イメージのある「エジプト」ネタ
は、イメージ重視の新作芸術的な魔術には、極めて有用、つまり実用的なネタであり、
それに着目したマサース氏は、実に優秀な脚本家であったと思うのでした。

ということで、そういう「形而上学の原則」の観点で、この「10:運命の輪」を見直して
みると、色々な妄想が、かき立てられます。
ワタシとしては、「21:宇宙」の背後に描かれた、ぱっくり開いた縦長の「輪」と、「10:
運命の輪」のヒダヒダの丸い「輪」との関係性に、とても興味があるのでした。
0422名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/09(日) 09:39:13.24ID:OJaE49xn
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
Most original here is the concept that the Sphinx is the synthesis of the Elemental
Forces (recalling the Pentagram, symbol of man, which is the Spirit above the four
Elements.
ここで最も独創的なのは、「スフィンクス」が、(4つの「元素たち」の上の「霊」であり、
人を象徴である、「五芒星」を想起する)「元素の力たちの統合体」であるという発想である。

In fact, the documents state that there are four forms of the Sphinx: Bull, Eagle,
Man and Lion. (*179)
実際に、文書は、「スフィンクス」の、以下の4つの形態たちがあると述べる:「雄牛」、
「鷲(ワシ)」、「人」、および「獅子」。 (*179)
--- ここまで ---

ちなみに、(*179)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
179. This idea is also expressed in the Enochian papers.
179. この考えは、「エノク魔術」の文書たちにおいても表現されている。
--- ここまで ---
とあります。

元々、「スフィンクス」は、想像上の合体合成獣であり、ギリシア時代には、上半身は
人(豊満な胸を露出した女性)、下半身は雄ライオン、背中にはワシの羽根、そして尻尾は
蛇になったりしていて、ある時は天使、またある時には野獣や悪魔のように振る舞います。
つまり、何でもありの最強無敵モードとなった完全体のセルのような存在なのです。

そして、その完全体の持つ最強モードの最大の象徴が「おっぱい」であることに疑問を
持つ人はいないと思いますし、それに、「21:宇宙」では、片側を布で隠されていたのが、
「10:運命の輪」でも半身しか見せていないというのは、どう見ても訳ありにしか見えない
「おっぱい」なのですが、残念ながら、それは「最高機密事項」のようで、ワタシには
その理由が分かっていないのでした。
0423名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/10(月) 09:06:47.51ID:pXG35bNG
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
It is not entirely clear why Waite has shown these animal symbols holding books,
although we must assume this to be a reference to the Four Gospels.
なぜ、ウェイト氏が、これらの動物たちの象徴が、本たちを保持するのを見せ続けている
のかは完全には明らかではないけれども、我々は、これを、「四福音書たち」への参照で
あると推測するに違いない。

The Lion, Eagle, Man, and Bull, found in the vision of Ezekiel, (*180) and possibly
of Assyrian origin, were taken by Christianity to represent the Four Evangelists,
Matthew, Mark, Luke and John.
「エゼキエル(*180)」の幻視や、ことによるとアッシリア起源の中で見つけ出される、
「獅子」、「鷹」、「人」、および「雄牛」は、「四福音伝道者たち」である、マタイ、
マルコ、ルカ、およびヨハネを象徴すると、キリスト教により受け取られた。
--- ここまで ---

ちなみに、(*180)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
180. Ezekiel, 1.4-28.
180. 『エゼキエル書』1:4-28。
--- ここまで ---
とあります。

『旧約聖書:エゼキエル書』は、紀元前6世紀頃のバビロン捕囚時代に書かれたと言われて
いるファンタジー文学書、いやいや予言書の一つであり、その中に出てくる、人と獅子と
牛の四つの顔と翼を持つ生き物の描写は、その後のファンタジー文学(『新約聖書』を含む)
にも、多大な影響を与えています。
ちなみに、この『エゼキエル書』に出てくる「四つの顔と翼を持つ生き物」の元ネタは、
古代エジプトの「スフィンクス」そのものではなく、後代のアッシリア/バビロニアで
リメイクされた「スフィンクス改」だと思われますが、いずれにしても、この手の合体
合成獣の起源は、古代エジプトの「スフィンクス」であるという結論で良いと思います。
0424名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/11(火) 06:13:28.93ID:c3G3p5ye
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
And when the Kerubiim are shown holding books, it means the different aspects of
Christ about which each Evangelist wrote. (*181)
そして、「ケルビム(智天使たち)」が本たちを保持しているのを見せられる時、それは、
各々の福音伝道者が書いたキリストの異なった面たちを意味する。 (*181)
--- ここまで ---

ちなみに、(*181)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
181. The Middle Ages defined the reasons for the attribution of the animals:
181. 中世は、動物たちの帰属の理由を定義した:

Matthew is the Man (symbol of Air in the Qabalah) because he wrote about the most
human qualities of Christ;
マタイは、彼はキリストの最も人間的な品質たちについて書いたので、「人(カバラ主義に
おける「空気」の象徴)」である。

Mark is the Bull (symbol of Earth) because he wrote about Christ as a beast of
burden, carrying the weight of mankind;
マルコは、彼はキリストについて、人類の重荷を背負う、重荷の獣として書いたので、
「雄牛(「地」の象徴)」である。

Luke is the Lion (symbol of Fire) because he described the passionate side of
Christ and John is the Eagle (symbol of Water) because he wrote of Christ in a
mystical way, soaring above all heads.
ルカは、彼はキリストの情熱的な側面について記述したので、「獅子(「火」の象徴)」
であり、ヨハネは、彼は全ての頭たちの上を飛び回る、神秘的な方法でキリストに
ついて書いたので、「鷲(「水」の象徴)」である。
--- ここまで ---
とあります。
0425名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/12(水) 06:17:12.45ID:yU8ugE/F
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

本文の「Kerubiim」は、「Kerubim/ケルビム」の誤植ですかね。

さて、なぜキリスト教の四福音書の著者たち、そして四大元素が、この『エゼキエル書』
に出てくる四つの顔を持つ有翼の「ケルビム」(人、雄牛、獅子、鷲)に関連付けされて
いるのかと言うと、それは『エゼキエル書』が、「キリストの復活と降臨」の公式予言書
であって、キリスト教にとっては、必要不可欠というか、建前的というか大義名分というか、
要するに最も重要視される「証拠文書」であるという認識があるからです。

つまり、キリスト教にとって、この『エゼキエル書』とは、四福音書を基礎にしたイエス・
キリストの復活劇の台本そのものであるということが言えるわけです。
そして、『エゼキエル書』を元ネタにして、その後、色々な黙示文学的ファンタジー作品が
創作されていき、その後のタロットにも影響しているということなんですよね。

さて、『エゼキエル書』には、この「ケルビム」の他にも、重要なアイテムが出てきます。
それは「一つの輪」であり、この「10:運命の輪」のメインテーマになっているものです。

要するに、タロットの「10:運命の輪」の本質は、『エゼキエル書』のエッセンスを図案化
したものであり、「神の降臨劇」という、上から下への、ほぼ一方通行の流れを表します。
それはつまり、人は、この「神の輪のステージ」へは決して昇れないということであり、
下層の我々は、それを下から見上げることしか出来ない存在であるということですよね。
0426名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/13(木) 07:10:59.49ID:UFb0vQuB
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
Here Waite may be extending an assertion by Levi that the Wheel is comparable to
the Greek monogram of Christ.
ここで、ウェイト氏は、「輪」は、キリストのギリシアのモノグラム(組み合わせ文字)に
相当しているという、レヴィ氏による主張を拡張しているのかもしれない。

What is important, at any event, is the amalgam of Four Elements on this Path.
重要なものは、いずれにせよ、この「小径」の上での「四大元素」の合成物である。
--- ここまで ---

ウェイト版は、その絵柄を見ても分かるように、元となるゴールデン・ドーン版とは若干
異なるアプローチとなっています。
それぞれの版で特徴的なのは、車輪のスポークの数で、
・マルセイユ版:6本(キリストのギリシアのモノグラム?)
・ゴールデン・ドーン版:12本(黄道12宮)
・ウェイト版:8本(四大元素×2)
・トート版:10本(セフィロト)
というふうに、それぞれ大きく解釈が異なっています。

生きている我々が最後にアプローチできる、「最後の切り札的カード」の解釈が、こんなに
マチマチなのは、いただけませんが、これは、この「車輪」自体が、既に我々人間の理解の
範囲を大きく超えた存在であるという証明にもなっているわけですので、深く詮索しない
ようにした方が賢明ですよね。

ちなみに、ウェイト版の「10:運命の輪」は、レヴィ氏の『エゼキエル書』を元にした理論
を大きく取り込んだ形でデザインされており、そしてレヴィ氏の理論によれば、「スフィン
クス」は「四大元素」の合成物、すなわち、「空気=翼」「水=女の乳房」「土=雄牛の
胴体」「火=獅子の爪」であるということですので、先の四福音書の対応関係、すなわち、
「人=空気」「雄牛=地」「獅子=火」「鷲=水」とは異なっていることにも注意が必要
です。(ただし、深く詮索しないこと)
0427名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/14(金) 06:47:37.24ID:CtJHTFa+
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
The Sphinx is the Kerubiim all in one.
「スフィンクス」は、「ケルビム」全てを一つにまとめたものである。

Moreover, the Pyramid which, when united with the Sphinx supposedly provides a
magical formula, is four-sided and refers to Chesed.
さらに、「ピラミッド」は、「スフィンクス」と結合される時、おそらく魔術的公式を
提供し、それの四辺は、「ケセド」を参照する。
--- ここまで ---

ウェイト版の「スフィンクス」は、レヴィ氏の理論、すなわち「四大元素」の「空気=翼」
「水=女の乳房」「土=雄牛の胴体」「火=獅子の爪」だけでは、「顔」の部分の説明が
欠けていることがわかります。
『エゼキエル書』には、「四つの顔を持つ生き物」と「車輪」の他にも、その上位存の
「霊」とか「主」という記述がありますので、おそらくそれらが「スフィンクス」の顔
の部分になっていると推定することも可能です。
つまり、「霊・火・水・空気・地」の五芒星が、「スフィンクス」の中に統合されている
という、究極の「真・完全体」フォームとなっているわけですよね。

ちなみに、ウェイト版では、「スフィンクス」が守るべき「ピラミッド」は描写されて
いないと思うかもしれませんが、実は「四大元素」を表す「車輪」が、魔術的公式を
その中に蓄えた「ピラミッド」そのものであると見ることができます。
つまり、古代エジプトの神秘と『旧約聖書(エゼキエル書)』と「新約聖書(四福音書)」、
そしてレヴィ氏の理論とゴールデン・ドーン理論をパクりまくって、いやいやそれらを
大胆に統合して、そして最終的には、この四角形のカード全体で「ピラミッド」を意味する
という、実に見事な構図となっているのが分かります。
そういう意味では、初心者であっても実に分かりやすい説明的な象徴で描かれていると
いうことなのですが、問題なのは、「スフィンクス」により封印された「ピラミッド」の
魔術的公式を、誰も見ることが出来ない、要は、しょせん「絵に描いた餅」でしかないと
いうことなんですよね。
0429名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/15(土) 06:23:47.96ID:qrV9mSTE
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
The Sphinx is, thus, a cardinal symbol of manifestation.
「スフィンクス」は、このように、顕在化の主要な象徴である。

It is both that through which one passes in birth or death, and that which contols
the passage.
それは、人が誕生もしくは死において通過するところと、通過を制御しているものの両方
である。
--- ここまで ---

「スフィンクス」は、もはや何でもありですので、如何なる解釈でも可能です。
特に、「スフィンクス」が五芒星の象徴であるため、「人」に関しては、個々の人生から
人類全体の歴史にわたって、ほぼ全てを把握する「万能の象徴」となります。

とはいえ、「10:運命の輪」のポジションは、我々から見上げることの出来る範囲において
は、ほぼ最高位、つまり、ほとんど雲の上の存在に近いものであり、それゆえ、我々は、
その存在に気づくこともなく、ただただ「運命」として受け入れてしまうような代物です。
そして、その存在に気づいたとしても、我々はやはり、それを「運命」として受け入れざる
を得ないという、ほぼコミュニケーションの取れない存在でもあるわけです。

じゃあ、「10:運命の輪」については、知る必要は無いのかと言うと、もちろんそういう
ことではないですよね。
我々にとって、「1+1=2」は、決して変えることの出来ない「公式」であり、「命題」で
あり、そして「運命」として受け入れざるを得ないものです。
でも、それを知ることで、我々の世界を理解するための「数学」が成り立ち、「数学」の
おかげで、我々は身の回りに起こる多くの出来事を知ることが出来るようになります。

ちなみに、「魔術」は、こういう「公式」の中から、魔術として使えるものを引き出して
使おうという試みになるわけですが、ここは上級者であっても、そう簡単には行かない
場所なんですよね。
0430名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/18(火) 06:31:20.85ID:NydT2V0x
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
It is the directing aspect of the Higher Self in Tiphareth; it is protective, and
a Keeper of the Gates which keeps the Personality from absorbing more than its
system can handle.
それは、「ティファレト」の中の「高次の自我」の指導的側面である;それは保護的で
あり、そして「人格」が、その体系が扱うことのできるものより多く吸収することを防ぐ
「門たちの番人」である。

To be able to correctly answer the question of the Sphinx (that answer being an
extension of the Greek axiom: Man, know thyself!) means that one is prepared to
pass through the gates of inner consciousness.
「スフィンクス」の質問に正しく答えることができること(その答えは、以下のギリシア
の格言の拡張である:「人よ、汝自身を知れ!」)は、人が、内なる意識の門たちを通過
する準備が出来ていることを意味する。
--- ここまで ---

この「スフィンクス」は、「星幽的三角形=人格」から「倫理的三角形=高次の自我」へと
至るルートの門番の一つであり、「15:悪魔」の「悪魔」、「14:節制」の「天使」、「13:
死」の「死神」、そして「12:吊された男」の「男」と同じような役割を担っています。
つまり、霊的に許可された者だけを通す、という役割ですよね。

ちなみに、この「汝自身を知れ」というギリシアの格言は、古代ギリシアのデルフォイに
ある神殿の入り口に刻まれていたとされており、ここで神託を受け取る人のための、三つの
戒めの言葉のうちの一つであったということです。
念のため言っておきますが、この「10:運命の輪」の「スフィンクス」の「汝自身を知れ」
というのは、「分をわきまえろ」というような軽いノリではなくて、「星幽的三角形=
人格」を完全に習得し終えたことを意味しており、ライセンスを習得していない者の、
上位の「倫理的三角形=高次の自我」へのネットワークアクセスを遮断するという、
ファイアウォールとして役割が、この「スフィンクス」にあるということです。
0431名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/19(水) 06:26:40.08ID:NhHdD7cf
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 198) ---
To pursue the Oedipus legend: When the question was correctly answered, the Sphinx
threw itself into the sea.
オイディプス王の伝説を追うと:質問が正しく答えられた時、「スフィンクス」は自分自身
を海の中に投げ入れた。

This means that, being no longer needed, the "gate" now being open, the Gate Keeper
was absorbed back into the Great Sea of consciousness.
これは、もはや必要でなく、今や「門」は開いていて、「門」の番人は、意識の「大いなる
海」の中に戻されて吸収されたことを意味する。
--- ここまで ---

我々はオイディプス王ではありませんし、そもそも現実に「スフィンクス」に出会うことは
ありませんので、「門」が開くこともありません。
ということで、現実的には、ここで話が終わってしまうわけですが、話のネタとして、この
物語をもう少し追求してみると、面白いことがわかります。

伝説の中で「スフィンクス」を倒したオイディプス王は、本当に自分自身を知っていたのか
と言うと、実はそういうことでは無いんですよね。
つまり、「人間とは何か」は知っていたけど、「自分自身の出自」については知らなかった
のです。
これは、「自分自身についての無知は問われない」という、極めて重大なセキュリティ上の
欠陥が存在するということになり、鉄壁の防御体制であると思われていた「10:運命の輪」の
「スフィンクス」がネックとなった、神秘情報の漏洩事故にも繋がりかねないわけです。
つまり、我々人間は、その致命的欠陥を突くことで、より高位の情報をハッキングすることが
理論上可能であるという結論に至るわけです。

まあ、しょせん「理論上の可能性」であり、「絵に描いたモチ」ではあるのですが、この
「慈悲の柱」を登るルートには、エロネタに通じるものもありますので、そっち方面から
攻めてみるのも面白いのかもしれませんね。
0433名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/21(金) 06:20:40.30ID:ZY5RYQyY
>>432
カキコありがとうございます。 (^^)/

まだまだ残務作業に追われる毎日ではありますが、やっと時間が取れるようになりました。
そして、もうじき200ページ目に到達しますので、少しだけゴールも見えてきました。

ということで、今まで通り、ボチボチやっていきますので、これからもよろしくです。 (^^)/
0434名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/21(金) 06:25:34.09ID:ZY5RYQyY
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
More accurately, it was absorbed back into the Individual Higher Consciousness
which created it.
より正確には、それは、それを創造した「個人的な高次の意識」の中に戻され吸収された。
--- ここまで ---

ここは、前節の「the Gate Keeper was absorbed back into the Great Sea of consciousness.
「門」の番人は、意識の「大いなる海」の中に戻されて吸収されたことを意味する。」を、
言い換えたものとなります。

ちなみに、「Higher Self/高次の自我」と「Individual Higher Consciousness/個人的な
高次の意識」の違いですが、「高次の自我」は、「集合的無意識」の一面を持つ一方で、
「個人的な高次の意識」は、「個人的無意識」の一面を持ちます。
つまり、この「スフィンクス」は、それに出会う人それぞれの個性を色濃く持つということ
であり、それゆえ、ゴールデン・ドーン版、ウェイト版、トート版で、それぞれ異なる
見え方をしているのは、そのためであるということなんですよね。

つまり、「スフィンクス」は、あくまでも仮想的な個人の想像物、いやいや創造物であって、
それはつまり、我々にとっては、上位世界を人間の侵略から守る「神から遣わされた者」
ではなくて、実は我々が上位世界へと繋がるための守護獣というかパートナーというか、
マスコット的な存在であるということになるわけです。

我々は、しょせん下位世界の存在ですし、この肉体を持ったまま上位世界へ逝くことは、
ほぼ不可能ですので、そういう意味では、この「スフィンクス」は、我々が上位世界を探る
ための、貴重なプローブとしての働きがあるということにもなります。
とはいえ、しょせん妄想ベースですので、その使い方には、細心の注意が必要です。
イメージ的には、術者とパートナーとなる「スフィンクス」とが、究極パワーアップ魔法に
より合体して「高次の存在」に変身し、「高次の自我」の「大いなる海」の世界に飛び込ん
で、高次の世界に巣くう闇の存在を倒していくといった感じなんでしょうかね。(←飛躍しすぎw)
0435名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/22(土) 06:27:12.27ID:5iKzGOf6
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
On the other hand, the Sphinx "slays" those who are unready to pass consciously
beyond the restrictions of time and space, concepts valid only in terms of matter.
その一方で、「スフィンクス」は、物質の観点からのみ有効である概念たちである、時間と
空間の制限たちを超えて意識的に通過する準備ができていない人々を「殺害する」。

The destruction by the Sphinx of those travelers who cannot answer its question,
is the protection of the Personality by the Higher Self.
その質問に答えることができない、それらの旅行者たちの「スフィンクス」による破壊は、
「高次の自我」による「人格」の保護である。
--- ここまで ---

「スフィンクス」は、あくまでも仮想的なキャラですので、実際に物質世界に住む人間
の肉体を「slay/殺害する」ということは無いのですが、それでも、ここは、2つの考え方
があります。

一つは、「10:運命の輪」が、人が死んた後に「魂」が通過する門の一つであり、そして
「スフィンクス」は、「13:死」における「死神」と同じような役割を持つ可能性です。

そしてもう一つは、「12:吊られた男」との関係性です。
どちらかと言うと、他力本願的な「15:悪魔」「14:節制」「13:死」による「ティファレト」
への昇天と異なり、「12:吊られた男」と「10:運命の輪」は、どちらかと言うとオナニー的、
いやいや自力救済的な面があります。
そして「12:吊られた男」が「静」であるのに対し、「10:運命の輪」は「動」です。
具体的にそれが何を意味するのかは知りませんが、属人的な「スフィンクス」に認めて
もらえる、つまり究極の自己満足に浸って「逝く」ためのルートは一つではなく、そして
その方法も一つではないということであって、、それゆえ、日々現実離れした妄想ネタを
研ぎ澄ましていくことが大事だということになるわけです。
とはいえ、それで「昇天」するのは、ちょっと意味が違ような気もしますが、細かいことは
気にしないでおきましょう。(←無責任発言ww)
0436名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/23(日) 06:47:46.17ID:Vf8xvOjB
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
But it may also be considered the real death process.
しかし、それはまた、本当の死の過程と見なすこともできる。

Those who know the nature of the Sphinx may pass consciously from one state to
the next, while others fall into a deep sleep, a "destruction" of awareness from
which the soul gradually awakens into a new condition.
「スフィンクス」の性質を知る人々は、ある状態から次へと意識的に通過できるかもしれ
ないが、その一方で、他の者たちは、深い睡眠状態に陥ることで、魂が次第に新しい状態
へと目覚めることによる気づきの「破壊」へと陥る。
--- ここまで ---

前に述べたように、「スフィンクス」は、「13:死」における「死神」と同じような役割を
持ちますので、「real death/本当の死」と考えられる可能性は微粒子レベルで存在します
が、あえてそのように解釈するメリットは無いと思います。

ついでに言うと、我々の意識が「スフィンクス」を陵駕して「10:運命の輪」を通過する
こともありませんので、それについて考えるメリットもありません。

つまり、我々に残された道は、「others fall into a deep sleep/他の者たちは、深い
睡眠状態に陥る」という方向しか無いわけであり、実質的に、ここで我々の「内なる旅」
は行き止まりになってしまっています。
とはいえ、「ここまでしか行けない」と考えるか、「ここまでなら行ける」と考えるの
かは、それぞれの個人の判断ですよね。
そして、「ここまでしか行けない」と考えるのであれば、「スフィンクス」は我々の逝く
手を阻む「敵」であり、「ここまでなら行ける」と考えるのであれば、我々の遊び相手と
なってくれる、大切な人生の「パートナー」となります。
そう考えると、この「スフィンクス」が我々にもたらす「deep sleep/深い睡眠状態」と
「destruction of awareness/気づきの破壊」が、我々の魂の成長に何をもたらすのか、
改めて考えてみるのも、大事なことなんじゃないのかな、とか思ったりするのでした。
0437名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/24(月) 06:08:55.30ID:GWl1InhM
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
Beside the Wheel itself, the Sphinx is the only element common to the three modern
versions of the Key shown here.
「輪」それ自身と並んで、「スフィンクス」は、ここに示された「鍵(大アルカナ)」の
3つの現代版たちにとって、唯一の共通要素である。

The Golden Dawn card has only two figures, that of the Sphinx and the Cynocephalus.
ゴールデン・ドーンのカードは「スフィンクス」と、「犬頭猿」のそれである、たった
2つの像を持つ。

The Waite card shows the Sphinx, Hermanubis and Typhon, as does Crowley's version.
ウェイト版カードは、 クロウリー氏の版がしているのと同様に 「スフィンクス」、
「ヘルマニュビス」、および「テュポン」を示す。
--- ここまで ---

「10:運命の輪」における、マルセイユ版、ゴールデン・ドーン版、ウェイト版、そして
トート版の共通要素は、今まで見てきた「輪」と「スフィンクス」です。
そして、「10:運命の輪」には、それ以外にも、以下のような「輪」に絡む生き物たちが
描かれています。
・ゴールデン・ドーン版:「Cynocephalus/犬頭猿」
・ウェイト版:「Hermanubis/ヘルマニュビス」、「Typhon/テュポン」
・トート版:「Hermanubis/ヘルマニュビス」、「Typhon/テュポン」
・マルセイユ版:「犬?」、「猿?」

まあ、犬猿の仲という言葉もありますが、どちらも賢い動物として知られていますので、
「スフィンクス」を桃太郎という主人公にして、その家来として、これらの動物たちを
お供の者として鬼ヶ島(「輪」という別世界の中)に鬼退治に行って、その中の宝物を
持ち帰るというイメージが沸いてきます。
実際のところ、我々は、これらの「生き物」を「お供の者」にしておかないと、この
「輪」の中に入ることは出来ないわけですしね。
0438名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/26(水) 06:15:16.80ID:EOBONR3y
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
The figures in the Marseilles key represent a transitional period in the Wheel of
Life iconography.
マルセイユ版の鍵の像たちは、「生命の輪」の図像研究における過渡期を表している。

The Wheel, which seems to have originated during the Romanesque period (11th-12th
centuries), was a popular device for representing man at the mercy of changing
fortune. (*182)
「輪」は、ロマネスク様式の時代(11〜12世紀)の間に起源を持つように思われ、人が
変化する運命のなすがままであることを表すための人気のある装置であった。(*182)
--- ここまで ---

ちなみに、(*182)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
182. Goffredo Rosati, "Symbolism and Allegory," Encyclopedia of World Art,
New York 1959-68, 815-16.
182. ゴッフレード・ロザティ著、『世界芸術百科事典』、ニューヨーク 1959-68年、
815-16ページ
--- ここまで ---
とあります。

「車輪」自体の発明は、紀元前3000年より前であると言われており、はるか古代より
「popular device/人気のある装置」であり、そしてそれが「運命の流転と変遷を表す」
象徴的な装置でもあると考えられるようになったのは、ごく自然な流れですよね。
実際、「Wheel of Life/生命の輪」すなわち「輪廻(りんね)」の考え方は、世界各地の
紀元前の文明にもあり、それらは円や車輪の形で象徴されています。

ただ、その「回転する運命の車輪」のモチーフがタロットに本格的に導入されたのは、
17世紀のマルセイユ版からと見られていますので、まずはマルセイユ版のシンボルから
考察を始めていくことにしましょう。
0439名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/28(金) 06:06:37.60ID:zNeebGal
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
In the earliest versions human figures were shown on the Wheel, with one above
that is ruling.
最も初期の版においては、人の像たちが「輪」に接して示されており、それの上の一人が
支配している。

Animal figures were probably introduced toward the end of the fifteenth century
to underscore man's animal nature and the mutability of life.
動物の像たちは、おそらく15世紀の終わり頃に導入され、人間の動物性と生命の移ろい
やすさを強調した。

Thus, the Marseilles card shows very generalized figures of good and evil, with
a ruler above who balances these aspects on the Wheel.
従って、マルセイユ版カードは、非常に一般化させた善と悪の像たちを示しており、
「輪」における、これらの面たちの釣り合いを保つ支配者が上にいる。
--- ここまで ---

マルセイユ版以前の「10:運命の輪」は、動物像ではなく人間が描かれていて、15世紀中頃
にイタリアで作成された、最も初期のタロットであるヴィスコンティ・スフォルツァ版では、
5人の人間が、上下左右と中心に描かれていたりします。
ちなみに、物理法則を無視した鉄壁スカートの元祖の一つでもあります。

まあ、人間像そのもので「善」と「悪」を描くと、色々な方面からクレームが届くのは、
いつの時代でも同じですので、その手の文句を言われない、そして神話的にもわかりやすい
「悪の怪物=動物像」が選ばれるのは、商業的に大量生産された最初の一般人向けタロット
であるマルセイユ版としては、極めて妥当な選択であったと思われます。

つまりは、人間、すなわち自分たちが、この世界の一番上の「支配者」であるという、何ら
根拠の無い「選民意識」と、素人目から見た分かりやすさ、つまりステレオタイプ的な表現
(悪役は悪役らしく)が、ポピュラー化するための重要ポイントであるということですよね。
0440名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/29(土) 06:41:26.73ID:2dvFg2Vy
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
The imagery serves to remind us, by comparison with the other cards, of the extent
to which the symbolic explanation of the Tarot has been embellished over the past
two hundred years.
画像は、他のカードたちとの比較により、タロットの象徴的な説明が過去の200年間を通じて
装飾され続けた程度を、我々に思い出させるのに役立つ。

From the mid-nineteenth century on, each of the card's figures has borne a very
specific mythological reference.
19世紀半ば以後に、カードの像たちの各々は、非常に具体的な神話の参照を、ずっと背負い
続けている。
--- ここまで ---

ざっくり言うと、「10:運命の輪」に描かれた像たちは、当初は人間像だけだったものが、
次第に動物像に代わり、そして19世紀半ばと言えば、おそらくレヴィ氏だと思われますが、
「スフィンクス」と「動物の姿形をした神話に出てくる生き物」へと変化しました。
つまり、リアル世界に住む「人間」を最終的に全面排除することで、このカードの属性を、
天上界へと押し上げる働きをしたということですよね。

こういう属性のインフレーション的現象は、長くヒットが続くシリーズ物には、よく見られる
戦略であり、たとえば最初は、地上での「天下一」が目標だったものが、「地球の天界」に
おける「神と大魔王」の話になり、次に宇宙界での最強の話へとエンドレスに世界観が展開
していくようなものです。

つまり、タロットもしくは関連書籍が商業目的で量産される時代になると、神秘ヲタク向け
のグッズとして取り扱われるということになり、結果として、一般受けを狙う「最強の神話
ネタ」を背負うことになるのは必然であったということですよね。
もちろん、そういう後付けの神話属性によってタロットの理解が深まるのであれば、それは
それで、非常に有用なことですし、もしそれが気に入らなければ、自分で新しいストーリー
を付け加えてもいいのではないかと思うのでした。←厨二病をこじらせた時の典型的症状ww
0441名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/30(日) 06:52:07.78ID:hBCBFRu6
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
Beginning with the Golden Dawn card: What is called the Plutonian Cynocephalus is
a dog-faced ape sitting beneath the Wheel.
ゴールデン・ドーン版カードから始める:「冥界の犬頭猿」と呼ばれているものは、
「輪」の下に座っている、犬の顔をした猿である。

This animal, symbolizing time and eternity, is the traditional companion of Thoth
(Hermes-Mercury), and is the hieroglyphic symbol for writing. (*183)
この動物は、「時間」と「永遠」を象徴しており、トート神(ヘルメス神−マーキュリー神)
の伝統的な仲間であり、そして、象形文字の「書くこと」の象徴である。(*183)
--- ここまで ---

ちなみに、(*183)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
183. Budge, Gods of the Egyptians, v. I, 20-21.
183. バッジ著、『エジプト民族の神々』、第1巻、20-21ページ。
--- ここまで ---
とあります。

マルセイユ版の後期のもの(ニコラ・コンヴェル版など)では、輪の上に「スフィンクス」
らしきもの、右に上昇する「犬」らしきもの、そして左に下降する「猿」らしきものが
描かれていました。

そしてそれをレヴィ氏が、上に「スフィンクス」、右に上昇する「ヘルマニュビス(犬の
頭を持つ神)」、左に「テュポン(というより、エジプト神話の犬もしくはロバの頭を持つ
セト神のイメージに近い)」という、神話的な善と悪の三角関係的な構図にしていました。

その一方で、マサース氏は、天界の支配者「スフィンクス」と、「犬」と「猿」を合体して、
冥界の支配者である「犬頭猿≒トート神」という、「輪」の支配権を巡る、2大巨頭精力の
対立という、シンプルに見える構図にしたということですよね。
0442名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/30(日) 10:53:26.06ID:RhqlwAYD
ねえねえ、某芸人の身内の有名占い師が、「9月に何かが起こる(何かは言わない)」って言ってるんだけども、
それって「今日はどこかで地震が起こる(場所は言えない)」と同じ感じ?
0443名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/31(月) 06:24:38.44ID:QT8hZzA3
>>442
そういうのって、占い師に限らず、割と普遍的な「ネタ振り」ではないかと。(^^;;

つまり、「9月に何かが起こる(何かは言わない)」って言ってるのは、「今日はどこかで
地震が起こる(場所は言えない)」と同じ感じではなくて、「ねえ○ー○○、こっち向いてww」
と同じ感じではないかと。(意味深笑)

まあ、その手の、かまってちゃん「ネタ」に釣られて、ここに書くアナタも、そしてそれに
レスするワタシも同類だと見なされる危険性が大ですので、普通は華麗にスルー
なんですけど、とりあえずヒマなので、ちょっと釣られてみました。(同族言い訳笑)
0444名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/08/31(月) 06:27:15.82ID:QT8hZzA3
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
Thoth is the inventor of writing and the scribe of the Gods, who waits, especially,
upon Osiris.
トート神は、執筆の発明者であり、特に、オシリス神に付き添う、神々の筆記者である。

It is he, called the Lord of Holy Words, who records the results of the weighing
of souls on the Path of JUSTICE.
「聖なる言葉たちの主」と呼ばれる彼は、「正義」の「小径」において魂たちの重量測定
の結果を記録する。
--- ここまで ---

エジプト神話においては、トート神は、死者の魂の測定に立ち会い、その結果を記録し、
品質上問題ないものはリサイクル(来世の復活)し、そうでないものは廃棄処分すると
いう役割を担っていました。

ちなみに、トート神は非常に幅広い属性がありますが、基本的には「月」属性であり、
「太陽」属性のラー神、ファラオ、そして「スフィンクス」と対を成す存在です。
それゆえ、ゴールデン・ドーン版では、「Plutonian Cynocephalus/冥界の犬頭猿」と
呼ばれているように、「冥界」を司る属性付きの存在として、「スフィンクス」と並んで
「輪」を制御する役割を担っています。

さて、「天界」の「スフィンクス」と「冥界」属性付きの「トート神」ということで、
じゃあ「地上界」はどこにあるのかと聞かれれば、前にも述べたように、この「宙に浮く
車輪」は地上界の存在ではありませんので、「そんなものは、このゴールデン・ドーン版
カードには存在しない」と答えることになります。
これは、マルセイユ版の「地上に設置された車輪」と「人と動物たち」の地上世界的な
論理とは、大きく異なる点であり、ゴールデン・ドーン以降の「カバラ」に基づいたこと
による「論理の組み替え」の必然的結果であるということですよね。
ということで、この「10:運命の輪」は、人の運命を表すものでは決してないことを、
改めて確認しておきたいと思うのでした。
0445名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/01(火) 06:20:55.33ID:QuUVCDzv
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
Thoth is also said to have measured time, dividing it into years, months and seasons.
トート神は、また、時間を測定し続けており、それを、年たち、月たち、そして季節たちに
分割したとも言われている。

Thus time and eternity is attributed to his companion, the Cynocephalus, which the
ancients referred to the Moon, the "planet" believed to follow Mercury.
従って、時間と永遠は、彼の仲間である、「犬頭猿」に帰されており、それを、古代人
たちは、「水星」に付き従うものと信じられた「惑星」である、「月」に参照させた。
--- ここまで ---

トート神自身も「月」属性を持っていますので、わざわざその仲間である「Cynocephalus
/犬頭猿」ではなくて、トート神自身をカードに描けばいいと思うかもしれませんが、
半身半獣である「スフィンクス」と、最高神の一人である「トート神」では、格が違います
ので、ここは「四天王の中でも最弱」な「犬頭猿」を描いているということです。

とはいえ、最低レベルの我々(戦闘力5のゴミ)から見れば、「犬頭猿」(戦闘力53万)も
「トート神」(戦闘力1億2000万)も、もはや何ら変わらないレベルですので、我々にとっては
同じものであると考えても、何ら差し支えありません。

いずれにしても、「スフィンクス」が「陽キャラ」であり、「犬頭猿」が「陰キャラ」の
関係があって、それらの作用で「車輪」が動くという、とても基本的かつ重要な設定が、
このカードには描かれているということになります。

この構図は、一般的には、「陽キャラ」が正義の味方のヒーロー/ヒロイン側であり、
「陰キャラ」が悪の暗黒軍団の敵側として描かれることが多く、レヴィ氏も「敵キャラ」
として「テュポン」を登場させていますが、マサース氏は、そういう敵味方という考え方を
せず、「陰キャラ」にも、重要な「裏方設定」、つまりトート神属性を付けているのは、
普通の人には出来ない、なかなか素晴らしい仕事だと思いますし、彼が普通の人では
ない、まさしく天才たる証拠の一つでもあると思うのでした。
0446名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/02(水) 05:57:55.42ID:DzdOfjvr
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
The implication of the Golden Dawn illustration is that the Sphinx and Cynocephalus
are two different (above and below) aspects of the stable force which monitors
and regulates life's seasons.
ゴールデンドーンの図版が暗示するものは、「スフィンクス」と「犬頭猿」が生命の
季節たちを監視し調整する、安定した力の2つの異なる(「上」と「下」の)面たちで
あることである。

The Sphinx is the quadripartite Elemental Being guided by the Higher Consciousness
(the human head).
「スフィンクス」は、「高次の意識」(人の頭)により導かれる、四つの部分の「元素の
生き物」である。

The Cynocephalus (body of the faithful ape linked with the head of a form almost
human) means the "words" which we use.
「犬頭猿」(ほとんど人間に近い形の頭が組み合わされた、忠実な類人猿の身体)は、
我々が使う「言葉たち」を意味している。
--- ここまで ---

ここは、かなり哲学的というか、言葉通りには簡単には理解できない部分であることに
注意が必要です。
基本的には、この宇宙=生命は、「スフィンクス」=「神からの高次の意識」=「陽エネ
ルギー」と「犬頭猿」=「神からの言葉たち」=「陰エネルギー」という、「生命の木」
の基本的枠組みにより動いているということであり、この場合、「車輪」は「中央の柱」
に近い存在であると考えられるということになります。
「スフィンクス」はともかく、「犬頭猿」の「神の言葉たち」は、「ネツァク」に接続
している側なので、我々にも何とか手の届く範囲にあるわけで、おそらくこれが「聖書
研究」という神秘主義文学の有効性を意味しているものと推定できます。
そういえば、「カバラ主義」という聖書起源の神秘主義文学も、「犬頭猿」のボスである
「トート神」が重要な役割を担っていますよね。
0447名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/03(木) 05:29:08.54ID:cRmCcAoH
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
These words are the vibratory patterns of existence which turn the Wheel.
これらの言葉たちは、「輪」を回す存在の振動する様式である。

And, as the Gospel of St. John begins: "In the beginning was the Word, and the
Word was with God, and the Word was God." (*184)
そして、「聖ヨハネの福音書」が以下のように始まる:「初めに『言葉』があり、そして
『言葉』は『神』と共にあり、そして『言葉』は『神』であった。」 (*184)
--- ここまで ---

ちなみに、(*184)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
184. John, 1.1.
184. 『新約聖書:ヨハネ福音書』、1:1。
--- ここまで ---
とあります。

ここまで読めば、この「Words/(神の)言葉たち」の正体が、何となく理解できるのでは
ないかと思います。
つまり、ここでの「言葉」は、人間同士のコミュニケーションのために使われるものではなく、
振動性のもの、つまり神に対する「祈り」や「召喚」のための「神秘の呪文」のようなもの
であり、それが正しく発せられると、「輪」という「魔法円」が発動して、「スフィンクス」
という高位の存在が召喚されるというような感じですよね。
そういう意味においては、肉体を持つ魔術師にとっては、最高にイケてるカードの一つ
であり、研究のしがいのあるカードでもあります。

裏を返せば、一般人の我々にとっては、「絵に描いた餅」というか、しょせん手の届かない
領域であって、ほぼ何の意味も価値も無いカードであると断言できるわけです。
とはいえ、そういう実生活において無価値のバーチャルなものにこそ価値を見いだす一部の
マニアにとっては、やっぱり「最高にイケてる」ものであることには、間違いないでしょうね。
0448名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/04(金) 06:24:43.57ID:Atm0UOEH
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 199) ---
This passage has to do with the Lesser Divine Creator, the Demiurge which we have
identified as Chesed, origin of the Path of the WHEEL OF FORTUNE.
この(聖書の)一節は、「より小さな創造主である神」であり、「運命の輪」の「小径」の
源泉である「ケセド」と同一であると我々が見なし終えた「デミウルゴス」に関係せざるを
得ない。
--- ここまで ---

「Demiurge/デミウルゴス」は、プラトン著の神話物語に出てくる「物質世界の創造主」の
名前であり、我々が住む、この「より小さな宇宙」というか、「より劣った宇宙」というか、
「全然カンペキではない宇宙」を創造したということになっています。
そしてそれは、カバラ主義的には、本書の78ページの「4.CHESED: Mercy」の項で示した
ように、「ケセド」であるということです。

イメージ的には、「ケセド」ではなく、劣化ケテルである「ティファレト」が、その役割を
担うようにも思えるのですが、「創造神=ケセド」と「破壊神=ゲブラー」のペアとして
考えると、「ティファレト」よりは「ケセド」の方が、より適任なのかなと思われます。
そして、「ケセド」により創造された宇宙はカンペキではないが故に、定常宇宙としては
存在できず、常に「ゲブラー」により破壊されて更新されていく、スクラップ&ビルド方式
で、常に進化もしくは退化していくものであるという考え方になるわけですよね。
そしてそれは、結果として「運命の輪」の回転運動にも関係しており、全ての生命の創造と
破壊のサイクルを、その中に象徴しているというわけです。

つまり、下界にいる我々にとっては、この「回転する車輪」こそが、『言葉である神』で
あり、この流転する世界の創造主そのものであると見なして良いということであり、それ
ゆえ、この「輪」は「ケセド」を下から見上げたもの、要するに「神」のローアングル
からの写真ということでもあります。
まあ、そう言われるまでもなく、ゴールデン・ドーン版の「輪」の姿は、どう見てもアレ
にしか見えないわけですけどね。
0449名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/05(土) 05:10:01.28ID:fxjI/rq/
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
In general the card means that when the Higher Self brings the Four Elements under
control, the "words," vibratory patterns, become our faithful companion, and we
are no longer bound to the wheel.
一般的に、このカードは、「高次の自我」が、「四大元素」を、「言葉たち」である、
振動する様式たちの制御下に置く時には、我々の忠実な仲間となり、我々はもはや「輪」
に縛られないことを意味する。
--- ここまで ---

ここの文は、日本人的な観点から見れば、これは「ありがたいお経を唱えることで、苦行
に満ちた輪廻転生の『輪』から解脱して極楽浄土へと往く」というような感覚があります。
もちろん、そういう宗教的な感覚も大事なのですが、ここは、あくまでも現世利益的な
魔術師感覚で、すなわち「呪文」の力で、「四大元素」のパワーを解放して、「輪」の
持つ物理的・肉体的束縛を越えたファンタジーな効果を発動する、というふうに読むこと
にしましょう。

実際、そういうことが可能であるかどうかはともかくとして、実際、それを期待できる
ほどに、この「10:運命の輪」には、魔術的要素がテンコ盛りになっています。
一見してシンプルそうにも見えるゴールデン・ドーン版でさえも、肉体を持つ我々が
「四大元素」を自由自在に使役するための最高水準の象徴体系が、ほぼ全て入っている
のは、今まで見てきた通りです。

つまり、このカードは、我々が利用可能な「最後の切り札」であり、これより上位の
カードは、雲の上の存在であって、実用性は何も無いということなんですよね。
まあ、実用性は全く無いとしても、単なる読み物、つまりネタとしては、それなりに
興味はありますので、知っていて得にはなりませんが、損にもならないと思います。

さて、問題なのは、「実際、そういうことが可能であるかどうか」という点なのですが、
それは、このカードを(宗教的および魔術師的な観点で)語る上で、最も「ツッコんでは
いけない点」であることを、最後に記しておきたいと思うのでした。
0450名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/06(日) 07:15:18.22ID:6n0usx2s
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
The Waite and Crowley cards, both more traditional than that of the Golden Dawn,
must be interpreted in terms of the interaction of Sphinx, Hermanubis and Typhon.
ウェイト版およびクロウリー氏のカードたちのどちらも、ゴールデン・ドーン版のそれ
よりも、より伝統的であり、「スフィンクス」、「ヘルマニュビス」、および「テュポン」
の相互作用の観点から解釈されなければならない。
--- ここまで ---

ゴールデン・ドーン版の「10:運命の輪」は、伝統的なデザインからは大きく改変されて
いますが、実を言うと、基本的にはふたなりの、いや全能なる創造神の下半身、すなわち
宇宙の全てを生み出す、○○に似た上位世界からの排泄口である「輪」、「陽」である
「スフィンクス」、そして「陰」である「犬頭猿」という、割とわかりやすい下ネタ的解釈
が可能となっています。
その一方で、ウェイト版とトート版は、マルセイユ版およびレヴィ氏の解釈に沿った、
伝統的な関係性を持っているようにも見えますが、そういうわけでもないのです。

ウェイト版は、外から内に向かって、「四大福音書」、左回りに描かれた「三つの獣」、
そして「三重の魔法円」という、宇宙の多重構造というか多殻構造を表現しています。
その一方で、トート版は、なぜか右回りに描かれた「三つの獣」と、比較的シンプルで
俗っぽい「車輪」、そして上部に「天界」を表す星々が描かれていて、両者は実は全く
異なる世界観を表現しています。

つまり、マルセイユ版、ゴールデン・ドーン版、ウェイト版、トート版の「10:運命の輪」
は、前に述べていたように、各自で解釈が全く異なるということです。
あえて言えば、ウェイト版は、少しゴールデン・ドーン版に似たコンセプトであり、
トート版は、少しマルセイユ版に近いようにも思えますよね。

いずれにしろ、公式的解釈が定まらない、人類にとっては未知の領域のカードです
ので、あまり深くツッコまずに、「へーそうなんだ」的な軽いノリで軽く受け流すような、
オトナな態度が必要とされるカードであることは確かなんですよね。
0451名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/07(月) 06:22:21.51ID:64thuK+T
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
Hermanubis is a dual God, which Case mistakenly called a combination of Hermes and
Anubis, but actually combining Horus and Anubis.
「ヘルマニュビス」は、二重の「神」であり、ケース氏は、それを「ヘルメス神」と
「アヌビス神」の組み合わせと間違って呼んだけれども、実際には「ホルス神」と
「アヌビス神」の結合である。

He is Heru-em-Anpu, meaning Horus as Anubis.
彼は「ヘル-エム-アンプ」であり、「アヌビス神」としての「ホルス神」を意味している。

This God form, a later Egyptian development, is described by Wallis Budge as
possessed of "two distinct and opposite aspects; as the guide of heaven and the
leader of souls to Osiris, he was a beneficent God, but as the personification
of death and decay he was a being who inspired terror." (*185)
この「神」の形態は、後期エジプトの開発であり、「天国への案内人と、オシリス神への
魂たちの指導者として、彼は慈悲深い「神」であったが、死と腐敗の擬人化としての彼は
恐怖を引き起こした存在であったとして;2つの異なった正反対の面」を所有していると、
ウォーリス・バッジ氏により説明される。 (*185)
--- ここまで ---

ちなみに、(*185)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
185. Budge, Gods of the Egyptians, v. II, 295.
185. バッジ著、『エジプト民族の神々』、第2巻、295ページ。
--- ここまで ---
とあります。

まあ、ワタシとしては「ヘルメス神」でも「ホルス神」でも、適当に話を合わせるだけです
ので、別にどうでもいいのですが、オシリス神を殺害した「セト神=テュポン」と対抗する
存在としてであれば、「ホルス神」の方が適役かと思います。(←割と適当ww)
0452名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/08(火) 06:23:02.58ID:JwWi41Ff
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
The myth of Typhon or Typhoeus is of Greek origin.
「テュポン」もしくは「テュポエウス」の神話は、ギリシア人の起源のものである。

Typhon was involved in the wars of supremacy of the Gods.
「テュポン」は、「神々」の覇権を巡る戦争たちに巻き込まれた。

He was a monster so horrible that even the Gods fled at the sight of him.
彼はとても恐ろしい怪物であったので、「神々」でさえ彼を見て逃げた。

But, as the legend goes, he was eventually subdued by Zeus, who set him afire and
buried him under Mt. Aetna.
しかし、伝説が進むにつれて、彼は結局、「ゼウス神」により征服され、ゼウスは彼を燃や
して、彼をエトナ山の下に埋めた。
--- ここまで ---

この手の話の展開は、伝説や神話に限らず、極めて鉄板で一枚岩的な展開ですよね。
つまり、ヒーローである特定の「至高神」の優位性を示すために、それ以外の「ザコ神々」
には手に負えないような、史上最凶最悪のモンスター、つまり、それなりに力が拮抗して
いるような設定が、ストーリー展開の都合上、「至高神」のライバルとして必要とされる
わけです。
ついでに言うと、そのライバルは、読者である我々人間にとって、その最凶最悪さ加減が
わかりやすい存在でないと、読者の興味を引きませんので、そういう「誰もが知る、人類
史上最悪の存在」が、ライバルの属性となることも、割と普遍的です。
つまり、「エトナ山」は、そういう「人類史上最悪」のものの一つであるということで、
実際、イタリアでは最も標高の高い活火山であって、時々大災害をもたらしており、敵方
キャラの基本属性としては、とてもわかりやすい存在となっています。
「エトナ山」は、日本だと「富士山」が相当するわけですが、日本の火山は、それほど
凶悪なものとは考えられていなくて、どちらかというと暴風や大雨の大規模災害をもたらす
「台風」が、「テュポン」に近いものと見なされているのは、何となくわかりますよね。
0453名無しさん@占い修業中
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2020/09/09(水) 05:58:17.92ID:aDpKY2Oo
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
So Typhon became known as the fire-breathing monster who personified volcanoes
and typhoons.
そのため、「テュポン」は、火山たちと台風たちを擬人化した火を噴く怪物として知られる
ようになった。

He was also called the Father of the Sphinx.
彼はまた、「スフィンクスの父」とも呼ばれた。
--- ここまで ---

とりあえず、ヒーローである「ゼウス神」の引き立て役として、全ての悪事を一手に引き
受けるような、最凶最悪のモンスターとしての設定を持つキャラであるということです。

というか、あまりにも設定がインフレーションしているのですが、それは、当時の社会が、
そういう厄災に満ちあふれていて殺伐とした世の中であったということであり、それゆえ、
そういう「不幸の要因」を一手に引き受けてくれるわかりやすいもの、つまり「全部おまえ
が悪い」とされるラスボス的存在と、そしてそれを打ち負かすことのできる全知全能の
スーパーヒーローが、社会的かつ商業的に必要とされていたということなんですよね。

ちなみに、世の中が平和になると、そこまでの凶悪な存在は必要とされなくなってきて、
「○ンパンマン」と「○イキンマン」みたいな、ボケとツッコミ的な関係になったりして
くるわけですよね。

なお、「スフィンクス」も「ヘルマニュビス」も「テュポン」も、「神」に近い存在では
ありますが、どちらかというと「神」よりも、一歩下がった存在であり、「神」と「人」
とを繋ぐ「伝説の架空の存在」、すなわち「仮想存在」となっています。
そして、「創造の神の輪」の回りに、これら三つのスーバー・キメラ・インフレーション
の存在が取り付いて離れられない状態となっているのは、量子力学的というか
宇宙論的に見て、かなり示唆的だったりするわけなのでした。
0454名無しさん@占い修業中
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2020/09/10(木) 06:19:41.60ID:vKlJtUZ5
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
As his mythology developed, Typhon was associated with the Egyptian God, Set,
brother and murderer of Osiris.
彼の神話が発展するにつれ、「テュポン」は、「オシリス神」の兄弟であり殺人者である、
「エジプトの神」である、「セト神」に関連付けられた。

Set was the symbolic dark side of Osiris (recalling the Golden Dawn text stating
that this card involves the "counterchanging influence of Light and Darkness").
「セト神」は「オシリス神」の象徴的な暗黒面であった(このカードは「『光』と『闇』
の相反した入れ替えの影響」が関係していることを述べている『ゴールデン・ドーン』の
本文を思い出すこと)。
--- ここまで ---

『The Golden Dawn/黄金の夜明け魔術全書』の「THE TAROT TRUMPS/タロー・トランプ」
には、確かに「光と闇」の関係が書かれていますが、ワタシ的には、ゴールデン・ドーン版
では、「光vs闇」という感覚ではなくて、どちらかというと、「天vs地」というような、「輪」の
世界とは別次元で、割と棲み分けが出来ている、平和な関係のようにも思えます。

その一方、ウェイト版やトート版では、生き物たちは「輪」に密接に絡んでいるので、
そういう「相反するもの」としての働きが、色濃く表れています。
つまり、「ヘルマニュビス」と「テュポン」は、「輪」の「明るい面」と「暗い面」を下界で
象徴する者であって、「輪」が天界の創造力で回転して生み出される「物質」と
「反物質」というような、地上的な関係性を持つわけです。

そして、ゴールデン・ドーン版の理論上の「光と闇」は、ウェイト版やトート版では、
「ヘルマニュビス」と「テュポン」という、より低次元の世界観で象徴されているので、
「10]運命の輪」という高い次元の話であるにもかかわらず、「善」と「悪」というような、
比較的低レベルの対比イメージが出てくるわけです。
まあ、ワタシ的には、そういうイメージは間違いだとは思うのですが、占いにおいては
「幸運」に結び付けられるカードですし、まあしょうがないのかなぁ、と。
0455名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/12(土) 08:34:24.41ID:nmhTa3TG
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
Typhon is also associated with the Dragon Aphophis, who is the accuser in the Book
of the Dead.
「テュポン」はまた、「死者の書」の「告発人」である、「大蛇アポピス(アペプ)」に
関連付けられる。

Insofar as Typhon is shown as a snake, as in the Waite card, he is one of the forms
of Set. (*186)
ウェイト版カードにあるように、「テュポン」が蛇として示される限り、彼は、「セト神」
の形態のうちの一つである。 (*186)
--- ここまで ---

ちなみに、(*186)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
186. "Typhon, Typhoeus, Oxford Classical Dictionary, 1101; Larousse Encyclopedia
of Mythology, 166, 195; Budge, Gods of the Egyptians, v. II, 246.
186. 「テュポン、テュポエウス」、『オックスフォード古典辞典』、1101ページ;『ラルース
神話百科事典』、166、195ページ;バッジ著、『エジプト民族の神々』、第2巻、246ページ。
--- ここまで ---
とあります。

ウェイト版では、「テュポン」が「snake/蛇」として描かれています。
「テュポン」が、神話的に見て、「大蛇」として描かれたり、「セト神」に関連付けられる
ことはあるのですが、ウェイト版の「テュポンの蛇」からは、そういう凶暴さは感じられず、
どちらかというと、『旧約聖書:創世記』の「fall/楽園からの墜落」を誘発した「蛇」を
思い起こす人は、少なくないと思います。
実際、ウェイト版の「10:運命の輪」の生き物たちは、「輪」の「高次の自我=上位世界」
に至る三本の小径である、「15:悪魔」=「テュポン」、「14:節制」=「スフィンクス」、
「13:死」=「ヘルマニュビス」であるようにも思えますので、「10:運命の輪」は、それら
を象徴的に総括する働きをしているようにも思えますよね。
0456名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/13(日) 06:28:32.24ID:7H8Tv1n8
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
All of this is linked together by the idea that Anubis, who is also Horus, is often
represented (like St. George) slaying the Serpent.
これの全ては、「アヌビス」であり、また「ホルス神」でもある者が、(聖ゲオルギオス
のように)しばしば「蛇」を殺害する姿で描かれるという考え方により結び付けられる。
--- ここまで ---

「The legend of Saint George and the Dragon/聖ゲオルギオスと竜の伝説」は、割と
古典的な、人類の敵である「竜」退治の話であり、日本でも八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と
素戔嗚尊(スサノオノミコト)の伝説があるように、世界的に人気のあるジャンルとなって
います。

とはいえ、そういう俗世間の枯れたネタを、この上位世界である「10:運命の輪」の解釈に
そのまま適用するのは、どう考えても地雷以外の何ものでもありませんよね。
まあ、レヴィ氏は、その手の手垢まみれのネタを拾って来たのかもしれませんが、そのネタは、
ゴールデン・ドーン版が出た時に、明確にリセットされています。
つまり、ウェイト版もトート版も、そういう単純な「正義と悪」という構図では無いことを
前提として解釈すべきだと思われます。

つまり、「輪」は「上位世界の営み」として「永遠の回転」を続けており、回転の「上昇」
成分が「ヘルマニュビス」であり、「下降」成分が「テュポン」であるというわけで、「天界
への上昇」すなわち「昇天」を表すとすれば「13:死」がそれであり、「天界からの下降」
すなわち「受肉」を表すとすれば「15:悪魔」がそれに相当します。
そして、中央に座る「スフィンクス」は、錬金術的な「14:節制」として、つまりそれら
全体の統括と監視役として、上位に位置しているという構図ですよね。
そうであれば、「スフィンクス」が有翼であり、2つのカップ(おっぱい)を持つ姿である
というのも、納得いくのではないかと思います。
その場合、「輪」の内部は「ティファレト」以上の上位世界全体を内包するという考え方
になり、我々はその「事象の地平線」を越えて内部に立ち入ることは出来ないという
わけですよね。
0457名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/14(月) 06:09:24.28ID:ziwigyPf
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
Thus in Typhon and Hermanubis we have phases of energy which supersede ("slay")
one another, three types of energy which underlie manifestation.
従って、「テュポン」と「ヘルマニュビス」には、顕在化の根底にある3種類の精力である、
お互いに取って代わる(「殺害する」)精力の様相たちを持つ。

These appear at the center of Waite's Wheel as the symbols of Salt <Salt symbol>,
Sulphur <Sulpher symbol>, and Mercury <Mercury symbol>.
これらは、「塩」<「塩」の象徴>、{硫黄}<「硫黄」の象徴>、および「水銀(水星)」
<「水銀」の象徴>として、ウェイト版の「輪」の中央に出現している。

The fourth figure, the same as the sign of Aquarius <Aquarius symbol>, is the
Alchemical symbol for dissolution.
4番目の象徴、「宝瓶宮(みずがめ座)」の記号<「宝瓶宮」の象徴>と同じものは、
「溶解」を表す「錬金術」の象徴である。
--- ここまで ---

ウェイト版の四つの錬金術記号は、図31(本文196ページ)にあるように、レヴィ氏の
丸パクリであって、ゴールデン・ドーン理論とは直接の関係はありません。
さらに言うと、ウェイト版では、上に「水銀」と「スフィンクス」、右に「硫黄」と「ヘルマ
ニュビス」、左に「塩」と「テュポン」が描かれていますが、その両者の関係についても、
特に触れられていません。

つまり、ウェイト版の「輪」の内部にある四つの錬金術記号は、「輪」の内部で完結
したもの、すなわち「聖四文字」と「TARO」、そしてレヴィ氏の図では「鷲」、「獅子」、
「人」、そして「雄牛」の関係性を示したものであって、「輪」の外部にある「スフィンクス」
や「ヘルマニュビス」や「テュポン」には、関連付けされていないようです。
ちなみに、元々のレヴィ氏の考え方は、トート版と同じく、「硫黄」=「スフィンクス(獅子)」、
「水銀」=「ヘルマニュビス(鷲)」、「塩」=「テュポン(雄牛)」のようですので、ウェイト版
も、そちらの対応で考える方が良さそうです。
0458名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/15(火) 05:40:45.08ID:jEARSifA
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
In the Hindu system, what the West calls the "Three Alchemical Principles," are
called Gunas.
ヒンドゥー教の体系においては、「西洋」が「3つの錬金術の原則」と呼ぶものは、
「グナ」と呼ばれる。

The Gunas are Sattva, Rajas and Tamas.
「グナ」は、「サットヴァ(調和)」、「ラジャ(活動)」、および「タマ(非活動)」
である。

Sattva is the philosophic Mercury, superconsciousness.
「サットヴァ」は、「哲学者の水銀」、超意識である。

Rajas is Sulphur, activity, passion and desire.
「ラジャ」は、「硫黄」、活動、情熱、および欲望である。

Gunas is Salt; it is ignorance and inertia, subconsciousness.
「グナ」は「塩」である;それは、無知と惰性、潜在意識である。
--- ここまで ---

最後の文の「Gunas/グナ」は、「Tamas/タマ」の誤植ですかね。

さて、いきなりインドの宗教&哲学であるヒンドゥー教の話が出てきますが、これは
トート版の解説書である『トートの書』に出てくるネタです。
気になるのは、上記の説明から受ける印象からすれば、
・上で静止した「スフィンクス」=「サットヴァ(調和)」
・左で上昇する「ヘルマニュビス」=「ラジャ(活動)」
・右で下降する「テュポン」=「タマ(非活動)」
のようにワタシには思えるのですが、『トートの書』では、そういう配属になっていない
のと、それについての明確な説明が無いため、ワタシにはよくわかりません。
0459名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/16(水) 05:56:39.84ID:RoIljoLr
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
The idea that the WHEEL OF FORTUNE symbolizes the revolution of natural phases is
generally accepted, though there is some confusion about which of the Gunas is
applied to which figure.
「運命の輪」が自然の様相たちの回転を象徴しているという考え方は、一般的に受け入れ
られてはいるが、けれども、「グナ」のそれが、 どの像に適用されるかについては、
いくらかの混乱がある 。

Crowley states that the Sphinx is Sulphur, Hermanubis is Mercury and Typhon is
Salt. (*187)
クロウリー氏は、「スフィンクス」が「硫黄」であり、「ヘルマニュビス」が「水銀」で
あり、「テュポン」が「塩」であると述べる。 (*187)
--- ここまで ---

ちなみに、(*187)はNOTES/注記の項で、
--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 274) ---
187. Crowley, Book of Thoth, 91.
187. クロウリー著、『トートの書』、91ページ。
--- ここまで ---
とあります。

そもそも、クロウリー氏が、タロットとは本来関係の無いヒンドゥー教のネタを中途半端な
形で振ってくるから、色々と混乱するわけであって、そういう未消化のままの下界ネタに
巻き添いにされるゴールデン・ドーン版やウェイト版は、いい迷惑です。

ついでに言うと、クロウリー氏が言う
・「スフィンクス」=「硫黄」
・「ヘルマニュビス」=「水銀」
・「テュポン」=「塩」
という対応も、いまいち意味が分かりませんので、全面的にスルーしたいと思います。
0460名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/18(金) 06:04:25.29ID:DgRGOFD0
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
The Golden Dawn version, on the other hand, would allow the Sphinx to be considered
nothing less than the Superconsciousness, Sattva, the Philosophic Mercury.
ゴールデン・ドーン版は、その一方で、「スフィンクス」が、「超意識」、「サットヴァ」、
「哲学者の水銀」に他ならないと考えられることを可能にするであろう。

And we see that in Waite's card the Sphinx sits above the Mercury sign on the Wheel.
そして我々は、ウェイト版カードにおいて、「スフィンクス」が「輪」の「水銀」の記号の
上に座っているのを見る。
--- ここまで ---

ゴールデン・ドーン版は、たった3つの象徴、すなわち「スフィンクス」、「輪」、「冥界の
犬頭猿」から構成されていることを考えると、「スフィンクス」が「サットヴァ」に配属
されるという説は、ワタシ的には疑問であり、どちらかと言うと、
・「輪」=「サットヴァ」=「哲学者の水銀」
・「スフィンクス」=「ラジャ」=「硫黄」
・「冥界の犬頭猿」=「タマ」=「塩」
の方が、まだしっくり来るかな、という感じです。

一方で、ウェイト版では、確かに位置的には「スフィンクス」が「水銀」の記号の上にあり
ますが、他の生き物は、中途半端な位置にありますので、そんなに結びつきが強いようにも
思えませんし、そもそも、このウェイト版の「輪」の元ネタは、レヴィ氏の「エゼキエルの
車輪」という魔法陣的なイメージ図であって、レヴィ氏自身がデザインした「10:運命の輪」
に、この「魔法陣の輪」が描かれていたというわけでもなくて、ウェイト氏が「かっこいい
からパクった」というだけなんですよね。(←なぜか断言w)
そもそも、「スフィンクス」が「水銀」てあれば、必然的に「ヘルマニュビス」が「硫黄」
となるわけですが、属性的に見れば、どう考えても無茶としか思えません。

つまり、「運命の輪」に出てくる3つの生き物を錬金術の3つの原理(硫黄、水銀、塩)に
当てはめるのは、各自で適当にやってください、としか言いようが無いということです。
0461名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/19(土) 06:46:07.09ID:Ndn16+SA
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 200) ---
In the Golden Dawn papers it is stated that Mercury is attributed to Kether, Salt
is attributed to Chokmah and Sulphur is attributed to Binah.
ゴールデン・ドーンの文書たちにおいては、「『水銀』は『ケテル』に帰属され、『塩』は
『コクマー』に帰属され、『硫黄』は『ビナー』に帰属される」と述べられている。

The "Three Principles of Nature" are also related to the three Maternal letters
of the Sepher Yetzirah.
「自然の三原理たち」はまた、『セフェル・イェツィラー(形成の書)』の三母字たち
にも関連する。
--- ここまで ---

『The Golden Dawn/黄金の夜明け魔術全書』の「第五知識講義」にある、「TWO FURTHER
ALCHEMICAL ATTRIBUTIONS TO THE TREEE OF LIFE/生命の木における錬金術配属二種」
の表には、確かに「ケテル=水銀」、「コクマー=塩」、「ビナー=硫黄」と書かれていま
すが、それが、この「10:運命の輪」と、どう絡んでいるのかは、意図不明です。

また、「自然の三原理たち」、すなわち「硫黄、水銀、塩」とヘブライ文字の「三母字」
との関係は、クロウリー氏の説によれば、
 ・「アレフ[aleph]」=「水銀」
 ・「メム[mem]」=「塩」
 ・「シン[shin]」=「硫黄」
ということのようですが、いずれにしても、他の配属関係との混乱や誤解を招きやすい
ので、この「錬金術関係」のブツは、取り扱いには細心の注意が必要です。

というか、クロウリー氏が、『トートの書』に、ヒンドゥー教の「グナ」とか、錬金術の
「硫黄、水銀、塩」とかいう、あまり関係の無い下界のネタを持ち込まなければ、特に何も
問題は無かったわけですので、そっちはそっちで勝手にやっといて下さいとしか言いようが
ありませんし、ゴールデン・ドーン版やウェイト版を、その手の混乱に巻き込まないで
ほしいなぁ、とも思ったりするわけですよ。
0462名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/20(日) 07:00:50.55ID:7beFV/cI
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 201) ---
20. THE PATH OF YOD
20. 「ヨッド」の小径

The Hermit
隠者

The Ninth Key
9番目の鍵(大アルカナ)
--- ここまで ---

ここから、「生命の木に基づく大アルカナ」の章の中での新しい節になります。

サブタイトルは「ヨッドの小径」です。

さて、ついに大アルカナも一桁台となり、ページ数も200の大台を超えてきて、ゴールも
ずいぶんと近づいてきました。

そして、ここからは完全に下界から、すなわち「星幽的三角形」からは完全に離れた世界
となるため、前に述べたように、もはや我々の個人的な知恵や知識、直観や感覚などは、
全く通用しない世界、すなわちワタシがこれから述べることは、全てがデタラメであり
口から出まかせであるということを、充分に御理解頂くことが必要となっております。

まあ、誰かさんのように、クスリ漬けや酒浸りになって、脳内リミッターを外すことが
できれば、ここから先も、もっと面白そうなネタを語ることが出来るのかもしれませんが、
そういう危ないことが出来ない個人的状況もありますので、もはや井戸端雑談レベルの、
すこぶるどうでもいいゴミネタと化す可能性が非常に高いです。
占いにおいても、全くもって要らないネタでしかありませんしね。

ということで、ここから先は、なるべく期待値を下げた上で、お付き合いください。
0463名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/21(月) 06:17:17.16ID:IG45vGcA
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 201) ---
□ PATH COLOR: Green-yellowish
□ 「小径の色」:黄色がかった緑色

□ RELATED SOUND: F Natural
□ 「関連した音」:「Fのナチュラル」

□ SIGN: Virgo (Mutable Earth)
□ 「宮」:「処女宮(柔軟宮の地)」

□ MEANING: Hand
□ 「意味」:手

□ SIMPLE LETTER: Sexual Love
□ 「単字」:「性愛」

□ ESOTERIC TITLE: The Prophet of the Eternal, the Magus of the Voice of Power
□ 「秘伝的な称号」:「永遠の予言者、力の声の魔術師」
--- ここまで ---

この本の、この文章の右側には、指を伸ばして開いた「手」と、ヘブライ文字の「ヨッド」
と、「処女宮(おとめ座)」の占星術記号、および「生命の木」における「ヨッドの小径」
の位置が図示された絵が描かれています。

なお、ここの「ESOTERIC TITLE/秘伝的な称号」は、元の『The Golden Dawn/黄金の夜明
け魔術全書』では、「The Magus of the Voice of Light, The Prophet of the Gods./
光の声の魔術師、神々の予言者」となっており、なぜか異なっています。
まあ、我々にとっては、もはやどうでもいい領域ですので、ツッコミは無しでお願いしたい
のですが、「処女宮」なのに、じーちゃんが描かれていたり、「隠者」なのに、スポット
ライトで目立っていたり、色々とボケまくりでツッコミどころの多いカードなんですよね。
0464名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/22(火) 06:50:01.35ID:oBsvz2v0
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 201) ---
THIRTY TWO PATHS OF WISDOM: The Tuentieth Path is the Intelligence of Will, and is
so called because it is the means of preparation of all and each created being,
and by this intelligence the existence of the Primordial Wisdom becomes known.
「知恵の32の小径たち」:「20番目の小径」は「意志の知性」であり、それは全ての、
そして各々の創造された生き物の準備の手段であり、そして この知性により、「原始の
知恵」の存在が知られるようになるためにそう呼ばれる。
--- ここまで ---

ここは、いつものように、ウェストコット氏の英訳版『The Sepher Yetzirah/セフェル・
イェツィラー(形成の書)』の「THE THIRTY-TWO PATHS OF WISDOM/知恵の32の小径」から
の引用です。

相変わらず、良くわからない文章ですが、さらに理解が困難なものというか、要するに、
我々の理解を超えたものについて、何とか回りくどく説明しようとしているような気配が
あるということは察せられます。
とはいえ、我々の理解を超えるものについて説明されても、それを受け取る方としては、
意味不明で理解不能な言葉の羅列でしかないんですよね。

とりあえず、ここでのポイントは、「Primordial Wisdom/原始の知恵」とは何なのかと
いうことですが、これは「全ての、そして各々の創造された生き物の準備の手段」である
ということであり、それはすなわち「being/生きる(存在する)」ということに対する
「Will/意志」なのかなぁ、とか思ったりするのでした。
普通に考えれば、それは『旧約聖書:創世記』にあるように「God/神」の「意思」では
ないかと思うのですが、それが「原始の知恵」なのかと問われれば、それも何か違うよう
な気もするわけですよ。
つまり、それが「神の意志」であることは何となく分かるのですか、真の「神の意図」が
分からないので、そう安易に結論が出せないというか、まあ我々下っ端の人間には、
雲の上の存在の本当の考えなんて分からないのは当然と言えば当然なのですが、
そういう意味からしても、もやもやしてしまうんですよね。
0465名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/23(水) 06:24:23.54ID:GF1LaoxM
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 201) ---
The Path of Yod, connects Tiphareth (the Christ-Buddha center) and Chesed (the
Architect of Manifestaton).
「ヨッドの小径」は、「ティファレト」(「キリストーブッダ」の中心)と、「ケセド」
(「顕在化の設計者」)を接続する。

In brief, it represents the self-sustained, primal beginnings of manifestation.
手短に言えば、それは、自立した、顕在化の原初の始まりたちを表している。
--- ここまで ---

「ティファレト」には、数多くの「小径」が上流から「創造者」として流れ込んでいて、
そしてまた「ティファレト」は劣化「ケテル」として、この世界の「創造主」の一員と
して、この世界を支配しています。
つまり、「ティファレト」は、上位世界の「マルクト」であり、下位世界の「ケテル」で
あるわけですが、その「上位世界のマルクト=ティファレト」を主に創造しているのが、
「ゲブラー」と「11:正義」のルート、そして「ケセド」と「9:隠者」のルートとなります。

「ゲブラー」と「11:正義」、そして「ケセド」と「9:隠者」の両者の働きは。、以前にも
考察した通り、かなり複雑怪奇というか、我々の知識では、もはやきちんとした整合性を
取ることが出来ないぐらいに、つまり理論立てて説明が出来ないくらいに複雑です。

まあ、理論立てて考えることを放棄して、何となく感じるということでもいいのですが、
そうするとワタシには、現役を引退して役職だけ残った高齢の相談役と、現役バリバリ
のキャリアウーマンという対比の構図しか浮かばないので、それもまた厳しいところです。

おそらく、この「9:隠者」を、後期高齢者の姿に描いたというのが問題なんですよね。
つまり、この人物は、普通の人間ではなくて、年齢的にはこの宇宙の年齢の130億歳に
匹敵するけれども、肉体的にも精神的にも、まだまだ若いのではないかと思われます。
要するに、この「見た目は老人、頭脳は子供もしくは大人」の人物像を、どう解釈していく
かが、ここでのポイントとなるわけですよね。
0466名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/24(木) 06:12:44.97ID:MErNgnOb
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 201) ---
It is the very point of origin of our manifest Universe, in direct contact with
the Divine Source of All.
それは、「全ての神の源泉」と直接接触している、我々の顕在化した「宇宙」の起源の
まさにその地点である。

It is the Path from the Demiurge out of darkness.
それは暗闇から脱する「デミウルゴス(小さい創造主)」からの「小径」である。

It is the coming of the Light of manifestation through Microprosopus.
それは、「ミクロプロソプス(小さな顔)」を通じた顕在化の「光」の到来である。
--- ここまで ---

「origin of our manifest Universe/我々の顕在化した宇宙の起源」は、下界の我々から
見れば、「劣化ケテル」である「ティファレト」のように見えますが、実際には「高次の
自我」を形成する「倫理的三角形」であると推定されます。
この「倫理的三角形」には、その名前や見た目以上にエロさが感じられるわけですが、
その要因となっているのは、ここでの「宇宙の受胎」の暗示にあるわけです。
つまり、「9:隠者」が男性的象徴であり、「11:正義」が女性的象徴であり、「8:力」が
それらの結合であり、そして「ティファレト」が子宮の象徴であるという感じですよね。

あと、「0:愚者」と「11:正義」、「1:魔術師」と「9:隠者」の結びつきの関係性にも
注意しておく必要があります。
つまり、「至高の三角形」と「倫理的三角形」は、深淵により隔てられてはいますが、
量子もつれ状態となっていて、互いに影響を及ぼしていると考えられます。
何が言いたいかというと、単に「デミウルゴス=ケセド」ではないし、「9:隠者」一人で
全ての宇宙を創造したということでもなく、もっと広い相互作用で、「宇宙の創造」を
考える必要があるんじゃないかな、ということなのですが、それでも、この「9:隠者」の
もたらす「光」が、「宇宙の懐胎と誕生」にとって決定的な働きをするということは、
『旧約聖書:創世記』の冒頭を見れば、何となく理解できるのではないかと思います。
0467名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/25(金) 06:00:00.73ID:/9WYy8gE
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 201) ---
Insofar as the sign Virgo is attributed to the twentieth Path, we understand the
Hermit to be ever-virgin, pure, and totally innocent.
「処女宮(おとめ座)」の宮が20番目の「小径」に帰属される限りにおいて、我々は
「隠者」が永遠なる処女であり、純粋で、全くの純潔であると理解する。

And insofar as it represents a gateway to the bridge between Macroprosopus and
Microprosopus, it involves certain qualities of Daath.
そして、それが「マクロプロソプス(大きな顔)」と「ミクロプロソプス(小さな顔)」の
間の橋への出入り口を表す限りにおいて、それは「ダアト」の特定の品質たちに関係する。
--- ここまで ---

基本的には、「ケテル」から「ティファレト」までは、宇宙の顕在化以前の話ですので、
「virgin/処女」であると言うことが出来ますが、我々の宇宙は既に顕在化しています
ので、実際に「virgin/処女」ということではなく、ここは、どちらかと言うと、聖処女
マリアの伝説のように、設定的なものであると理解しておいた方がいいように思います。
なぜなら、後で辻褄が合わなくなるからですよね。

あと、この「9:隠者」は、「ミクロプロソプス(小さな顔)」を形成する「小径」では
ありますが、上位の「マクロプロソプス(大きな顔)」、すなわち「至高の三角形」の
「小径」たちと、ある特定の量子もつれ状態にあることは、以前に話をした通りです。
とはいえ、我々は、上位存在の品質や特性を理解できるはずもないので、いくら
「お前の秘密を知っている」と言ったところで、何の役にも立たないわけです。

ということで、実際のところ、この「小径」から得られるものは、かなり限定的というか、
我々のような一般人にとっては、もはや何の役にも立たないものとなっています。
つまり、「オレ様は、お前/宇宙/神の秘密を知っている」などと意味不明な供述をして
いる人々向けに、ありそうもない妄想爆裂ネタを提供するぐらいしかないわけですが、
ここから先は、そういうものであると開き直って進めていくしかないのが現状なのでした。
0468名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/26(土) 06:25:08.32ID:+dyc/rJo
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
These Daath qualities are represented by the very isolation of the figure: There
is something naturally mysterious and compelling about this figure standing alone
in the desert holding its own source of Light.
これらの「ダアト」の品質たちは、まさにその孤立した人物像により表されている:砂漠の
中に独りで立ち、それ自身の「光」の源を持つ、この人物像については、当然ながら神秘的
で説得力のある何かがある。
--- ここまで ---

なぜ「ダアト」の品質にこだわるのか、ワタシには良く理解できないのですが、なんか
そういうことが関係しているらしいのです。

とはいえ、この「9:隠者」は、完全な暗闇(「ダアト」)を背景としているわけではなく、
「ケセド」を源流にしているわけですし、ゴールデン・ドーン版でもウェイト版でも、
そしてトート版でも、そういう「暗闇」らしきものは、表面的には見あたりません。

ちなみに、「9:隠者」の背景は、完全な暗闇ではなくて、「夜空」、すなわち太陽の無い
世界であって、つまりこれは宇宙の歴史から見れば、「太陽系」が出来る前の原始宇宙で
あるとも考えられます
つまり、「9:隠者」が立っている土地は、「地上の砂漠」というよりも、「宇宙の砂漠」、
すなわち星として固まる前のガス状星雲みたいなものと考えると、しっくり来ます。
とはいえ、この「9:隠者」のある「倫理的三角形」は、そういった物質的なものは本来
存在しない世界ですので、そういう「目に見えるもの」でも無いわけです。
というか、もはや何かに例えること自体が出来ないシロモノなのですが、こちらとしては
何かに例えないと話が出来ないわけですので、その点はご了承願いたいと思います。

つまり、これから先の話は、「9:隠者」の本質とは全く関係のない、単なる「ネタ話」
でしかないということを、改めて確認しておきたいと思うのでした。
てもまあ、そういうネタ的な話題であっても、何かの役に立つかもしれませんので、
物好きでヒマな人限定で、お付き合いください。
0469名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/27(日) 06:47:03.42ID:qu9S7EK8
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
One immediately thinks of Diogenes in search of an honest man, or Moses (whose
head supposedly emanated rays of light) or Christ as the "Light of the World."
人は、直ちに、正直者を探した「ディオゲネス」、または「モーセ」(彼の頭は光線たちを
発していたと思われている)、もしくは「世の光」としての「キリスト」のことを、思い出す。

One may also consider, in studying this solitary figure, that monasticism first
began in the Egyptian desert in the third and fourth centuries after the death
of Christ.
人はまた、この孤独な人物像を研究する際に、修道院制度が、「キリスト」の死後、3および
4世紀においてエジプトの砂漠で最初に始まったことを考慮するかもしれない。
--- ここまで ---

とりあえず、我々一般人は、「9:隠者」の本質を知ることは出来ないという前提ではあり
ますが、ここから先は、「上の如く、下も然り」という「ミソクソ理論」を用いて「月と
スッポン」についての解説を続けていこうと思います。

まず我々は、「9:隠者」のある上位世界の「光」と対応するものを、この顕在化した下界で
見い出そうとするならば、人は「上」ではなく「下」を見ないといけません。
そういう意味では、上記文章にある「ディオゲネス」は、なかなか秀逸な例だと思います。
一方で、「モーセ」や「キリスト」は、有名人すぎて面白味に欠ける点はありますが、
大変な迫害を受けながらも、下々の民衆を導いたという点では、それなりに使えるネタでは
ないかと思われます。

いずれにしても、「9:隠者」の人物像しては、「○○と○○は紙一重」であるというか、
それまで誰もが馬鹿げたことだと思ってやらなかったことを、率先してやっちまった人
という、「賢人」や「聖人」というよりも「変人」に近いイメージが浮かびます。

つまり、「宇宙創造」というのは、そういう「紙一重」の出来事であって、アブノーマル
な神が起こした「奇跡」以外の何ものでもないということが、ここから連想されるわけです。
0470名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/28(月) 06:15:42.96ID:al6yjdrF
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
Extreme asceticism and withdrawal from society were considered a means of perfection.
極端な禁欲主義と社会からの撤退は、完璧さの手段と考えられた。

In fact, the very word hermit comes from a Greek word meaning desert, the place
where some of the earliest monks lived in walled-up rooms of one window.
実際、まさに「隠者」という言葉は、ギリシア語で「砂漠」を意味する言葉から来ており、
その場所で、最も初期の修道士たちの一部が、1つの窓の壁に囲まれた部屋たちの中に
住んでいた。
--- ここまで ---

「hermit/隠者」の語源は、ギリシア語にあり、それは「砂漠」とか「孤立」を意味します。

さて、この「隠者」のように、内的な何かに没頭してしまって、正常な社会生活が営めなく
なってしまう、どちらかというと発達障害が疑われるような、引きこもり&ボッチ的な
生活態度は、現代においても、様々な要因で発生しています。
そういうボッチたちと、この「9:隠者」を同一視してしまうのは、それはそれで問題なの
ですが、そういう様々な要因を持つ問題児の属性の中から、「上の如く、下も然り」を
持ち出して考察してみると、それなりに面白いことがわかります。

つまり、「9:隠者」は、上位世界における「はみ出し者」であって、それが結果的には、
自分だけの世界に閉じこもる、すなわち、自分自身が新たな創造主となって、自分自身の
新しい宇宙を創り出す原動力となっているという考え方です。
実際のところ、「新しい世界」というのは、こういう孤立した特異点というか、いわゆる
アブノーマルというか、異端的なものの中から生み出されることが、数多くあります。

つまり、彼は、従来の価値観の世の「世捨て人」となることで、新しい価値観の世界に
おける「創造主」となるということであり、「レッドオーシャン」を脱出して、新しい
「ブルーオーシャン」、すなわち、まだ未開の砂漠状態である新世界に降り立った姿で
あるということになるわけです。←かなり話を盛ってますww
0471名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/29(火) 06:20:15.14ID:P2zDKG7x
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
The higher the card on the Tree of Life, the more important it is that we let the
card suggest such images as they will.
「生命の木」の上でカードがより高くなるにつれて、我々は、カードに、それらが意図する
ような映像たちを示唆させることが、より重要となる。
--- ここまで ---

要は、上位カードは、カードの絵を見たままに解釈、すなわち下界の論理で解釈するの
ではなくて、絵についての「謎解き」とか「裏読み」を駆使して、そこから励起される
妄想イメージを膨らませることが、より重要となってくるということです。
つまり、この段階まで来ると、読み手の習熟度により、受けるイメージが全く異なると
いうことが、しばしば起こります。

つまり、解釈の難しい上級者向けの作品については、賛否の意見が大きく異なることも
しばしばあって、「クソ」だと言う人もいるし、「神作」だと言う人もいるわけで、
そういう「信者」対「アンチ」、「古参」対「ニワカ」の対決というのも、なかなかに
面白いですよね。

まあ、面白いと言えば、大アルカナには本来「吉凶」という概念は含まれていないわけ
ですが、どうしても白黒を付けないと死ぬ症候群の人々が、カードの絵を見たままに解釈
して、これは吉のカードだ、これは凶のカードだ、なんて話しているのを見るのも楽しい
ですよね。

ということで、とりあえず、その手の人々は置いといて、より上級者であることを自覚
している方々は、カードに描かれた象徴について、今まで以上に注意深くボケ&ツッコミ
を入れていきなさいということです。
そういう意味でも、シンプルな絵柄のゴールデン・ドーン版は、より上を目指そうとする
人にとっては、各々の象徴に集中しやすい、とても研究しやすいカードなんですよね。
ということで、ワタシは、カバラの勉強用としては、ウェイト版よりもトート版よりも、
ゴールデン・ドーン版をお勧めします。
0472名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/09/30(水) 05:49:35.28ID:KGsE9YeK
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
The image of a desert, for example, is a very potent one.
例えば、砂漠の映像は、非常に強力なものである。

Conceptually, it is an expanse of earth as indefinably vast as the ocean.
概念的に、それは海洋と同じように、言葉では言い表せない広大な地の拡がりである。

And as we consider Binah in the image of deep, dark, endless waters, we may
envision the desert as a crystallization or precipitation out of Binah's vast
sea of consciousness.
そして、我々が、深く、暗く、果てしない海の映像において「ビナー」を考慮する時、
我々は砂漠を、「ビナー」の広大な意識の海からの結晶化または沈殿物として心に描く
かもしれない。
--- ここまで ---

勘違いされないように最初に言っておきますが、この「9:隠者」の「砂漠」のイメージと、
「ビナー」の「海」のイメージとの例え話は、あくまでも「月とスッポン」もしくは
「上の如く、下も然り」レベルの話であって、決して同じレベルで扱ってはいけません。
そもそも、「砂漠」の砂は、「海」の水と比べれは、その表面積も体積も、そして地球の
生命体にとっての重要度も、全く比較にならないものですし、そもそも「ビナー」は
「至高の三角形」の存在ですので、同一レベルで語れるシロモノでもありません。
つまり、
「海」>>>[越えられない壁]>>>「砂漠」
であることを重々認識した上で妄想してください、ということです。

まあ、何が言いたいかと言うと、無限の広がりを持つ「至高の三角形」から生み出された
「倫理的三角形」は、我々の住む宇宙のように、もはや無限の広がりを持つものではなく、
あくまでも、そこからの一部が「結晶化または沈殿」した「有限のもの」もの、すなわち
「限定されたもの」という扱いなのですが、それでも、下界の「マルクト」に住む我々に
とっては、いまだに無限の広がりに等しいものであるということには間違いないのでした。
0473名無しさん@占い修業中
垢版 |
2020/10/01(木) 06:05:17.62ID:r15De1OZ
「生命の木に基づく大アルカナ」の章の続きです。

--- ここから --- (Robert Wang, 『The QABALISTIC TAROT』First paper edition, 1987, pp. 202) ---
THE HERMIT is an expression of the same energy as THE FOOL.
「隠者」は、「愚者」と同じ精力の表現である。

It is at once the wise old age of the Child (of the Golden Dawn FOOL card) and the
virgin beginning of a new sequence.
それは、(ゴールデン・ドーン版の「愚者」のカードの)「子供」の思慮深い老年期である
と同時に、新しい連鎖の始まりの処女でもある。
--- ここまで ---

「砂漠」や「ビナー」の話題から、いきなり「0:愚者」が出てきて、話が飛躍しすぎると
いうか脈絡の無い状態に、戸惑っている人もいるかと思いますが、ここは上位世界の話
ですので、下界の理屈に基づいて語ることは困難であることを、まずはご承知ください。

さて、いきなり「隠者」は、「愚者」と「expression of the same energy/同じ精力の
表現」と書かれていますが、これは同じレベルということではなくて、あくまでも「月と
スッポン」レベルで同じであるということに留意してください。
で、そのもっともらしい理由ですが、「倫理的三角形」は「至高の三角形」の劣化コピー
であって、「劣化ケテル」=「ティファレト」、「劣化コクマー」=「ケセド」、「劣化
ビナー」=「ゲブラー」という関係性から察するに、「劣化愚者」=「9:隠者」が導き出
せるという、かなり強引な手順となります。
ちなみに、この「愚者」から「9:隠者」(そして「13:死」)への構図は、ゴールデン・
ドーン版では想像しにくいのですが、ウェイト版では、割とわかりやすく描かれています。

とはいえ、「0:愚者」と「9:隠者」では、見た目が、あまりにも違いすぎるように見える
のも確かですが、それを覆すものが、「9:隠者」の持つ「処女宮」属性なんですよね。
要するに、この「隠者」は、「老人の皮を被った処女(オトメ)」、もしくは「見た目は
大人(老人)、頭脳は子供」という、一般世間では、どちらかと言うとヤンチャな暴走老人
として扱われる、割とハタ迷惑なタイプであり、以前の話に出てきた「ディオゲネス」に
近いタイプであると想像することができます。
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