フルギアデッドリフトの伝説【外道墳砕】予告編
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それが500キロのフルギアデッドでも
100キロのノーギアでも同じ
パワーが上がればバランスはくずれる
さらに手を入れまたひとつ上でバランスをとる
何もかもひたすら消耗してゆく
果てしないドロ沼だ
だがそれが正しい
それが強さを求め続ける代償なんだ
どーでもええコトからお前は覚えてゆく
この場所にはこの場所の掟がある
お前にそれを伝えたい
けどそれは簡単には伝わらん
いくら言葉を並べてもアカンのや
守らなあかんコト
ひかなあかんコト
そしていかなあかんコト
お前はまだ何もわかってへん
ただ命しらずなだけや やっぱり一度にみんなわかろーなんてムリだって
すこしずつ
すこしずつ仲よくなっていかなきゃ…
命のやりとりをするような行為でしか何もわかりあえないような
思いしらされるヨ
人は感情の生き物なんだ
と
俺はそうゆうモノを望んでいたんだ
と
パワーを出せばその危険度はまちがいなく増大する
手に入れたパワーの陰にいつもその危険度は潜んでる
求める強さには必ずその代償も求められるように それを得るために
何を失うのか選ぶのはいつだって自分自身だ
気づかなかったなんて通用しない
大事なコトは教えてくれない
教えられない
いちばん最後の大事なコトは見えにくいしわかりにくい
わかろうとするその気がなければ
気づくコトさえむつかしい
今何をしていいのか
何をしちゃいけないのか
教えられないその一番大事なコトを自分で判断していく
自分でわかっていく
あまりにもあたり前のコト 年月をいくら重ねても変わらない人はいる
今見えるモノを認められなければただ離れるしかない
おもしろくおかしくてテキトーに笑えて
できるだけ頭も使わず
でもサ
他のコトはそーはいかなよナ
なかなか
仕事とか人間関係とか大きくいって人生とかおもしろおかしくじゃ済まないもんナ
ていねいに作られたドラマみたいに
時々はちゃんと考えなきゃ理解できない
ノーギアもそーだろー
ただおもしろおかしくじゃあー
結局何もわかんないだろー
それじゃあツマんないよな けっきょく今
なのかもね
今見えるものを認めるか認められないか
今はこうでもいつかは変わってくれる
あんがい人ってそーゆうのナイ気する
フルギアはセッティングだけじゃ上がらん
ましてやウデだけでもムリや
ノーギアのデッドをちゃんと知り
キチンと動かしてゆく
そーゆーあたり前のコトが全然見えない
オレもそうやった
わるいコトから覚えてゆく
どうでもいいコトから身についてゆく 20年も前ならユメのユメのまたユメの話だ
高硬度のクロモリ鋼もジムウェイのパワーバーも
簡単に
いくらでも調達できる
じゃあ価値はオチたのか
高価で貴重じゃないからもう価値はないのか
ちがう
そのモノの価値はオチない
ただ
気づかない人間が増えただけだ
おもう気持ちに古いも新しいもないでしょ絶対に
その時その領域を共にした者だけがフルギアデッド
この本質を知るんだ 誰かが何かをする
すると必ず声がする
ドコかで仕入れた知識や本で拾ってきたリクツを並べて
そんなコトは知っていた
とっくにわかっていた
やらない奴はいつもそう言う
他の世界のことは知らねえがことフルギアの世界じゃソレは通じねえ
自分の手でそして自分の体でやり遂げた者だけがモノを言えるわけだから
例えばメニューを組む
その作業自体に意味がある
つまり付加価値のある作業とない作業がある
実は作業における5割以上がそんな付加価値のない作業なんだ
効率よく削れば労力は軽減されコストも下がり利益も増す
無駄を食ったメニューと取ったメニュー
見た目も性能も大きな差などない
それどころか効率を優先し無駄を削ったほうが良い場合が多い
だが
無駄を削り効率を求めたものは必ず何かが消えてゆく これはいつもオレ自身に言い聞かせていることなんだが
何かをやろうとした時
やらなければできないが大事なんだ
でも人は知恵がつくと
できるからやるとなるらしい
ああ
それは結局
できないコトはやらないだ
それではその先のデッドは引き出せない
気づいた時にはもう遅い
そうゆう生き方はイヤだよね
てあんまり深く考えず
なんとなくわからずに見過ごす
でも
いつか必ずそれがわかる時が来る
その時
もう遅いとあきらめる生き方はイヤだよね
今はそれに気づかなくてわからなくても
いつもわかろう
わかろうと生きたいよね
振り返った時
くいのない人生なんて無理でも
でも
少しでも納得できる生き方をしたいよね 世の中ってけっこーシラけている奴多いだろ
だからこっちもついシラけたフリするのヨ
その方がラクだしでも
そーゆーフリしてると
本当にシラけてしまうんだナ
限りなくベストを目指し
自分もまた機会にあわせてゆく
ドコかに必ずあるピンポイントをさぐり
行っては戻っての繰り返しそれを楽しいと思えるのか
それともキツいと思うのかひとそれぞれ
そのデッドしだいだろう
教えられたよデッドに
そーゆーのはなんかカッコわるいって
思い出させてもらった
ピンとはりつめたあの感覚を
シラけたふりしてちゃもう2度ともどれない 持っていないモノを数えない
わかるかその意味が
あの時ああすればとか
あそこでこうならとか
つまり手に入らなかったモノだ
手に入らなかったモノは
もともとなかったモノなんだ
ないモノはねだっても出てこない
いつも今だ
数えるな
ないモノはない
数えていると今手の中にあるモノを見逃す
失敗は忘れなくていい
だがソレを数えるな
いつも自分の手の中を見ろ
今夜でなければダメなんだ
同じ夜は
もう2度と
やってこない たとえば 何かを始めるとする‥
ベンチでもいいし
スクワットでもいいが‥
努力するほど見返りはあり
日々 上達する
それは楽しい
ところが
あるトコにくると
動きが立ち止まり進まなくなる‥
いわゆる8割
とりあえず
それなりの形になったレベルだ‥
そこから上‥
8から10までは信じられないぐらい進まない‥
本当にちょっとずつ
少しずつ‥だ
楽しめるといいよナ‥
その
少しずつの
進みを‥‥ それが読み手に伝わるのか伝わらないのか
それは別として
伝える側は
どんな状況でも必ずどこかに何かを残すわけ
読み捨ての雑誌も
高価な専門書も同じ
書いてあることがすべてじゃあないんだ
書かなかったことや
書きたかったこと
それを読んでいくんだよ
リフティングってのはさ
3つのバランスが大事なのよ
トライする
ケアする
そして知る
トレーナーの連中は
トライとケアはOK
だがその先
知るがないのよ
オレもそうだった
挙がってナンボ
理屈はどうでもいいだろって
ワケ知り顔の先輩のヨタ話や
根拠のない口コミが
知識のすべて
自分と自分の周りだけが知ってることだけでわかった気だった
それ以上知ろうとしなかった
いいかげんな専門書や
お手軽に編集された雑誌も多い
だけど
知りたいという気持ちがあれば
いくらでも本当を知ることはできる デッドリフトっていったいドコがいいんですか?
お前も今まで何百回と聞かれたろ・・
ベンチのスゴさは誰でもわかるもんな・・
で
オレはある時
ふと気づいたのヨ
聞こうとしない
見ようとしない
やろうとしない奴
そりゃわかりっこないって
わからない奴にわかってもらおうと
時間を費やすほど
人生は長くない
違う人間はいる
ただ
それだけだ・・
考えるコト
わかろうとするコト
そして見ようとするコト
いま目に映るそのモノじゃなく
その向こう側にあるもの
どうしてそうなったのか
なぜそうでなければならないのか
いつもその理由を考える
考えなければ何もわからない
経験やノウハウ
それらをベースに長い時間をかけ起こした1と
そこを見て2にして3にする
それは全然別のもの
まるきり次元の違う話になる
0から1と
1から2は
全然違う
それが平凡で当たり前のことでも
自分で見つけた1は
特別な1なんだ >>4
焼きたてことなんだよ
本国ペンブチギレてるじゃん
ほだされてあわよくばじゃなくむしろ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています