尾形謙之助という若い武士が、恋人を連れて夜の海に舟を漕いでいた。
吸い寄せられるように月はそちらへ流れてきた。

「おお、今宵の月は奇妙じゃ」
謙之助は恋人に語りかけた。
「天の月よりも海にうつる月のほうが美しいとは」

「それを私にお贈りくださいませ」
恋人は恋する瞳で冗談を言った。
「謙之助様ならお出来になるでしょ」

「任せい」
謙之助は袖を捲ると、舟から身を乗り出した。
「この月ん子、見事俺が掬い取ってみせよう」