【リレー小説】TPパニック 〜 殺し屋達の絆 〜
舞台は台湾の首都台北
主人公は台湾マフィアお抱えの殺し屋ファミリー「タオ一家」三男マルコム
通称「マル」、ただし偽名である
彼らは互いの名前をイングリッシュ・ネーム及び偽名で呼び合い、誰もその本名を知らなかった 「いいからくだらんお喋りはやめて仕事の話をしてくれ」
「……わかったわ」
急にララの調子が変わったことに釈然としないながらも、キンバリーは本題に入った。
「殲滅してほしいの、台湾1と呼ばれる殺し屋ファミリー、タオ一家を」 キンバリーから父タオ・パイパイ、長男ジェイコブ、長女バーバラ、次男ガンリー、三男マルコム、四男、
ターゲットとして指定された6人の殺し屋の情報を聞き終わると、ララの中の声は言った。
「フン。それで? お前もタオ一家の次女なのだろう? なぜ自分の家を滅ぼそうとする?」
「答える必要があるかしら?」
「フン。確かに、仕事とは無関係だな」
「あなたが黒色悪夢さんなの?」
キンバリーはララの目の中を覗き込み、中の人を探すように言った。
「いいえ。あたしはララよ」
「ふぅん」
キンバリーは皮肉っぽく笑った。
「雪の精のようかと思ったらあなた、まるでキリマンジャロの山頂で氷漬けになった黒豹ね」 「ところで」ララが明るい声で言った。「このお店って、ピンチーリン(台湾式ソフトクリーム)あります?」
突然また元に戻ったララに戸惑いながら、キンバリーは笑った。
「カフェにピンチーリンはないわね。外に専門店があるわよ」
「わぁい♪ じゃ、お仕事のお話、終わりですよねっ?」
「面白い娘ね」
キンバリーはくすっと笑う。
「ねぇララちゃん、よかったら今夜、バーで飲まない? 仕事の話は抜きで」
「あたし、弱いんですよぉ、お酒」
「あら。幾つなの?」
「もうすぐ二十歳になるんですけどぉ。16歳の妹のほうが強いぐらいで……」
「妹さんがいるの?」
「あっ。ええっ……!」ララは何故かやたらと狼狽えた。「ほっ……、本国に」
「わしは底無しじゃぞい」
横からジャン・ウーが言った。
「綺麗な姉ちゃん、今夜、一緒に飲まへんけ?」 キンバリーのストーカーをしていたジェイコブが遠くのビルの窓から覗いていた双眼鏡を下ろした。
「誰だ? あの老人と……美しい少女」
そう呟いて、舌なめずりをする。
「嫁にするならキンバリーだが……弄ぶならあの美少女だな」 「ふん!」
首を折られたフリをしていたタオ・パイパイは起き上がった。
「オリビアめ。相変わらず可愛い奴よ。伝説の殺し屋と呼ばれるこのわしがお前に殺られるとでも……」
起き上がったところへ部下から連絡が入った。
「どうした? 陳氏を見つけたのか?」
自分を裏切り、モーリンを罠に嵌めて殺した憎っくき陳氏をパイパイは探させていたのだった。
しかし部下の報告はそのことではなかった。
中国から最強の殺し屋『黒色悪夢』が来台したらしいとのことだった。 「ふ。最強の殺し屋と呼ばれる黒色悪夢か」
タオ・パイパイは鼻で笑った。
「伝説の殺し屋と呼ばれるこのわしとどちらが強いか、勝負してみるか」
そう呟いておいて、パイパイは考え込んだ。
「いや。わしはもう引退しておる……」
そして机の上のモニターのほうを振り返ると、今ムーリンが見ているのと同じ川の景色を見た。
「わしの最高傑作タオ・ムーリンとお前、どちらが強いか勝負じゃ」 川辺の公園でムーリンは、ヤーヤとウー・ユージェと談笑していた。
「あたし、音楽に興味なかったんだ」
ムーリンが告白すると、ヤーヤとユージェが揃って驚きの声を上げた。
「まじで? そんなキンキラの髪してるからバリバリのロッカーかと思ったぜ!」
ユージェの言葉に、ヤーヤは笑いながら同意した。
「うんうん」 「滅火器.EXぐらいは知ってるだろ?」
ユージェは台湾で大人気のロックバンドの名前を挙げた。
「それはさすがに誰でも……」
ヤーヤがユージェの頭を小突いてツッコミを入れる。
「えっ? 消火器が何?」
「えっ?」
ユージェとヤーヤが揃って呆気にとられた。
「何? 音楽やる人の名前なの? ……知らない」
ムーリンは恥ずかしそうに項垂れた。 「滅火器.EX 知らないなんて」
「本当に台湾人?」
「本当に若者?」
「本当に人間?」
二人はふざけてからかっているだけだった。
しかしムーリンは恥ずかしさから逃げ場を失い、追い詰められ、どんどんと余裕がなくなっていた。
何より大好きなヤーヤに馬鹿にされているらしいことがショックで、だんだんと意識が遠ざかって行くほどのストレスに襲われた。 ムーリンは言った。
「どぁっ……」
「ん?」
ヤーヤが面白そうに、伏せているムーリンの顔を覗き込む。
「どした?」
「どぁっ……どぁれ、ぐぁっ……!」
ムーリンの口からは別人のような声が出た。
「ハハハ! コイツ面白ぇー!」
ユージェが小馬鹿にするように笑う。
もちろんただからかっているだけだが……。
「どぅあどどどど、じぇじぇじぇじぇっ!!!!」
ムーリンの顔が笑いながらひび割れはじめる。 「よし、殺せムーリン」
モニターを見ながらタオ・パイパイが言った。 「嫌だね」
聞こえるはずのないムーリンの声がモニターから聞こえた。
「ん!?」
これにはパイパイパパもビックリ。 「そうか……」
タオ・パイパイは呟いた。
「屋外では発動しないんだったな……」
自分が操作して友達二人を殺そうとコントローラーに手をかけたが、パイパイはつまらなそうにその手を離した。
「……改良が必要だ」 「どぅっ、どぅどぅっ……」
気が狂ったように笑いはじめたムーリンのことを、ヤーヤとユージェはさすがに心配そうに見つめ始めていた。
「どぅっ……どぅっ……ぱあっ!」
水から上がって息をするようにムーリンが戻って来ると、二人は安心して笑顔を見せた。
「なんだよ、それ」
ユージェが笑う。
「日本のお笑い芸人の真似かなんかか?」
「もぉ〜! 心配するじゃん!」
ヤーヤがムーリンの首を抱き締めた。
「おふざけが過ぎるわボケッ!」 「なんだこれは…!?」
ムーリンは驚愕した。風景が止まっていた。
ユージェとヤーヤが笑ったままの表情で一時停止のように止まっていた。 「じゃ、俺、バンドの練習あるから」
そう言ってウー・ユージェはスクーターに乗って帰って行った。
「もうすぐ合同ライブがあるんだって」
ヤーヤがムーリンに教えた。
「都合よければ一緒に見に行ってやろ?」
「うん!」
ムーリンは元気よく返事をした。
「後ろ、乗る?」
ヤーヤは原付スクーターの狭いシートの後ろにスペースを空け、聞いた。 ヤーヤのヘルメットを被り、彼女の少し逞しい腰に手を回しながら、ムーリンは考えていた。
さっき……記憶が飛んだ。
唯一覚えているのは、一時停止したような二人の笑顔だけ。
それはジッターノイズがかかったように歪んでいた。
ムーリンは中学2年の夏を思い出す。
憧れていたクラスメイトの顔が甦る。
最後の記憶は彼女の一時停止した笑顔だった。
猿のように歯を見せて、ジッターノイズがかかったかのように、その笑顔が止まっていた。 (…今日は楽しかったなぁ。)
ムーリンは今日を振り返りながら自室の扉を開けた。 タオ・パイパイ「しかしムーリン。よくぞママを殺した」
ムーリン「えっ?」
タオ・パイパイ「フフフ……。記憶がないんじゃな? 可愛いのぅ」
ムーリンは必死に自分の記憶を辿った。
確かに夕方の数分だけ、記憶が飛んでいる。 「出たな妖怪クソ親父」
ムーリンは義父タオ・パイパイの股間を蹴りあげたが空を虚しく空を切るだけだった。
「ふん、殺し屋でもないお前がワシに一撃与えようとは百年早いわ」
パイパイはムーリンの背後に回り込むと彼女の脇手をいれくすぐり始めた ヤーヤのスクーターの後ろに乗りながら、ムーリンは中学の頃のあの1日を思い出そうとしているのだった。
可愛くて、スタイルがよくて、明るいクラスメイトの女の子がいたのだった。
名前は確かインリンだった。
あれは誰にでも優しいと思っていたインリンが、実は自分をいじめている奴らの親玉だと知った日だった。
その日、初めてムーリンの記憶が飛んだ。 そのことは後でニュースを見て知った。
密閉されているわけでもない教室で、自分は43人のクラスメイト達を一瞬にして皆殺しにしたのだ。
記憶が飛ぶ前のことは少しだけ憶えている。
インリンが歪んだ笑顔を近づけながら、言ったのだった。
──アンタなんか好きになる人間、いるはずないじゃない
クラスメイトが全員、インリンに同調するように笑っていた。
──死ねよ、ドブス
──暗いよ、見てるだけで鬱陶しくなるわ
──気持ち悪い 「ヤーヤ」
ムーリンは風の音に負けそうな声で言った。
「ん?」
ヤーヤはそれを聞き取り、返事をする。
「あたし達……もう、会わないほうがいいかもしれない」
思わずヤーヤはスクーターを止め、怒ったような顔で振り向いた。
「何それ。何でよ?」 ムーリン「なっなっなっ」
ムーリンは心に不快感と怒りがこみ上げてきた。この変態クソ親父を振り払おうとしたが離れない。
パイパイ「うーむ、お前は顔はイマイチじゃがこちらはなかなかじゃないかな」
気がつけばムーリンは下着姿だ
ムーリン「〜っ!」 「あたし……」
ムーリンは俯き、ようやく振り絞るように言った。
「ヤーヤにもしかしたら……ひどいことをしてしまうかも……」
「あたしのこと……嫌いなの?」
ヤーヤの言葉にムーリンは慌てて顔を上げた。
ヤーヤは悲しそうに、傷ついたような顔でこちらを見つめていた。
しかしそれは決して怒ったようではなく、ムーリンの言葉次第では泣いちゃうぞといった弱々しい顔つきだった。
「やだよ」
ヤーヤは言った。
「あたし、ムーリンのこと大好きになっちゃったのに……」 「自信がないの……」
ムーリンはまた顔を伏せ、言った。
「あたし……ヤーヤの友達でいられる自信が……」
それきり黙ったムーリンのつむじを、ヤーヤは『ハァ?』というような顔で見つめていた。
バン! とヤーヤの温かい掌がそのつむじを叩いた。
「いてっ!」
思わず顔を上げたムーリンに、ヤーヤが言った。
「こないだ歌で伝えたばっかじゃん」
「え?」
「『心に信念を』だよ」
ヤーヤはそう言うと、笑った。
「自分を信じて」 「やっぱりこのまま遊びに行かない?」
ヤーヤが言った。
「夜市行って、エリンギ食って、麺線も食おうぜ」
「うん」
ムーリンは笑った。
「行きたい!」
「ついでに可愛いバッグあったら欲しいな」
「あれ?」
ムーリンは通りの向こうからヘラヘラと笑いながらフラフラとやって来る人影を見つけた。
「ママだ」 「えっ? ムーリンのママなの? 挨拶しなくちゃ」
そう言いながらスクーターを降りようとしたヤーヤの足が止まった。
「ごめん……。ね? 見ての通り」
ムーリンは恥ずかしそうに言った。
「ママはキチガイなの」
涎を垂らしながらやって来るオリビアに、怯んだようにヤーヤはまたスクーターに跨がった。
「ママのこと、見てあげて」
そう言いながらヤーヤは見てはいけないものから目を逸らすようにバイクを翻した。
「うん。付き合えなくてごめん」
「いいよ。また今度、遊ぼう」 ヤーヤが走り去った後、ムーリンはオリビアを迎えるように歩き出した。
辺りに人は誰もいない裏通りだった。
オリビアはニタニタとムーリンを目で捉えながらまっすぐにフラフラと歩いて来た。
「ママ……。外に出たら危ないよ。帰ろ?」
ムーリンが片手を伸ばす。
「キョホホ! ムーリン!」
オリビアはいきなりこちらへ向けて駆け出し、懐から金槌を取り出した。 「なんだ」
タオ・パイパイはモニターを見ながら呟いた。
「屋外でもちゃんと発動するではないか」
真っ赤に染まったモニターを消すと、パイパイは部下に命じた。
「ムーリンがB-22地点で気を失って倒れておる。連れ帰れ」 【主な登場人物まとめ】
◎タオ・パイパイ……タオ一家の父であり、伝説の殺し屋と呼ばれる台湾1の悪党。
◎ジェイコブ……タオ一家長男。前妻エレナの子。31歳。小柄で陰気な顔つきの毒殺のプロ。キンバリーのことが好き。
◎バーバラ……長女。29歳。エレナの子。美人でナイスバディ。お金と自分にしか興味がない。暗器とハニートラップを得意とする。
◎ガンリー……次男。28歳。エレナの子。大柄で短い金髪頭。素手で人体をバラバラに出来る。頭はとんでもなくバカ。ジェイコブの犬。
◎マルコム……三男。27歳。エレナの子。長身でイケメン。お洒落。愛靴スーパージェット・リーガルを武器とし、一撃必殺を得意とする。キンバリーを愛している。
◎キンバリー……次女。25歳。オリビアと前夫の子。長身で長髪。太陽のように明るく、バーバラ以外の家族皆から愛されている。
◎サムソン……四男。19歳。タオ・パイパイとオリビアの子。デブ。影が非常に薄く、助手席に乗っていても運転手に気付かれない能力の持ち主。
◎ムーリン……四女。17歳。タオ・パイパイとオリビアの子。金髪でぶさいく。普段は殺し屋でもない普通の女の子だが、キレると一家1の攻撃力を爆発させる。
◎ヤーヤ……ムーリンが友達になった17歳の女子高生。
◎ユージェ……ヤーヤが思いを寄せる年上のロック・アーティストを目指す青年。
◎黒色悪夢……中国からやって来た最強の殺し屋。未だ正体は不明。
◎ララ……黒色悪夢の手配をする19歳の色白の少女。
◎ジャン・ウー……ララの手伝いをする白ヒゲの老人。 「……と、いうわけで」
下着姿にされたムーリンはタオ・パイパイに向かって言った。
「あたし、パパの『実の子』なんだけど。どうするつもり?」 しかし、パイパイはムーリンを無視するように下着を剥ぎ取った。
これで手を止めるほどパイパイが善良ならば、
実の娘を怪物にしてはいないし、そもそも台湾最強のアウトローになっていなかっただろう。
「…汚らわしい」
腐れ外道タオ・パイパイは、娘の裸を見てそう吐き捨てた。
「お前、何をしているか分かっているのか?」
ムーリンの声は恐怖と怒りで震えていた。 父タオ・パイパイは実の娘の胸に手をかける。
同年代よりも大きく豊かに育ったそれを揉み始めた。 「うおーっ、私は主人公だーっ!!」
ムーリンの怒りは頂点に達した。彼女が体に力を込めると筋肉が大きく膨らみ、先ほどの少女の体つきから、悪鬼を思わせるフォルムに変貌していく。
あっやべと、思いタオパイパイはコントローラーを取り出した。しかし、
「あれ?」
彼の表情に戸惑いと焦りが浮かび始めた。コントローラーを操作したが反応がないのだ。
「あっ」
次の瞬間彼の胴体は『暴れ牛』の腕に貫いていた。 「……と、でも思ったか?」
タオ・パイパイは得意の幻影を見せたのだった。
現役の頃、彼が無敵だったのはこれゆえである。
彼は相手の攻撃を先読み出来る。そして相手の脳を撹乱し、ありもしない光景を見せるのである。 「素晴らしい」
タオ・パイパイは重傷を負いながらも
娘の成長に驚き感激した。 「そしてコントローラーなど使わなくとも、いつでもこれがここにある」
タオ・パイパイは自分の乳首をつねった。するとムーリンの暴走状態が嘘のように止まった。
「お前を操作するのはコントローラーでなければ出来んが、お前を止めるのはコレでいつでも出来る」
大人しくなり、泣き出したムーリンを部屋の隅に追い詰め、タオ・パイパイは見下した。
「あとはお前の暴走さえコントロール出来れば……完璧なんだがなあ」 「ムーリン」パイパイは言った。「わしはお前を最後に子を作るのをやめた。なぜだと思う?」
ムーリンは泣くばかりで答えない。
「お前が最高傑作になり得ると確信したからじゃ。そして、お前は期待に答えてくれた」
パイパイはしゃがみこむと、ムーリンの涙に濡れた頬を撫でた。
「わしはお前が可愛いんじゃよ。お前だけいてくれれば、あとのゴミクズどもは本当は要らんほどじゃ」
パイパイはムーリンの腕を引いて立たせると、全裸の娘を抱き締めた。
「わしの言うことを完璧に聞き、わしの予想を上回る仕事をするお前だけいれば、わしは満足なんじゃ」
パイパイは娘の背中をいやらしい手つきで撫で回した。
「可愛いのぅ、可愛いのぅ、わしのムーリンよ」 「子供の頃のようにチューしておくれ」
タオ・パイパイは唇を尖らせた。
「『パパだいちゅき!』って笑いながら。……さぁムーリン!」 ムーリン「パパだいちゅき…ッッ!」
タオ・パイパイ「え゛っ!?」
ムーリン「隙アリッ!」
ムーリンは手刀を繰り出した。それは普段のか弱い娘のそれではなく暴れ牛と同じだ
愛娘の奇襲にタオ・パイパイはさっと攻撃を受け流し、素早い身のこなしで窓から飛び降りた。そして言った。
「ははっ、面白い。普段に戻ったと思わせて奇襲とはなかなかじゃ。ますます素晴らしい」 ムーリンは窓に駆け寄り、下を見下ろした。そこに父の姿はなかった。
「パパは?」
「ここでぇーす」
突然、背後からした声に慌てて振り返る。
今、飛び降りた筈のタオ・パイパイの姿をそこに認めるや否や、ムーリンの身体は宙を舞った。
着地した先はベッドだった。
着床するとすぐに、自動的に手枷と足枷が嵌められ、ムーリンは自由を奪われる。
「お前は身体が弱いだろぉ〜?」
タオ・パイパイはそう言って麻酔を注射した。
「さぁ、いつもの定期点検しようねぇ〜」 パイパイはそう言いながらこれで31回目の改造手術に取りかかった。
まずは両眼球に埋め込んである超小型カメラの点検。
「ウム。異常なし」
次に脳に埋め込んだコントローラー受信部及び内部の点検。
「これも異常なしじゃ。さすがワシ」
次にパイパイはボディーの点検と新たな改造にかかる。
既に手術痕だらけのムーリンの肌に新たなメスの傷が入れられた。 タオ・パイパイは誰かに解説するように独り言を呟きはじめた。
「ムーリンの『暴れ牛』の能力はこの子が産まれ持ったものじゃ。ワシが与えたものではない」
そう言いながらあばら骨をノコギリで切断し、人口の強化骨格に換装する。
「ムーリンが初めてその能力に目覚めたのは中学2年の夏。暴れた後、腕の骨はバラバラになっておった。
ワシはその時からムーリンの素晴らしい才能に気づき、改造を始めた。まずは粉々になった腕の骨を人口強化骨格に換装した」 「しかしまだまだ改造が必要じゃ」
パイパイは傷痕を縫合しながら言った。
「いずれは全身を強化骨格に換装する予定じゃが、いきなり全部は出来ん。下手をすると拒否反応で死んでしまうしの」 「何より、改良すべき大きな点が3つありまーす」
タオ・パイパイは学校の先生のように語り出した。
「まずは起動時間でーす。今のままではまるで昔のパソコンじゃ。発動するまでに時間がかかりすぎる」
「第二に発動のきっかけがムーリン次第なことでーす。いずれはワシの命令次第でいつでも暴れ牛になれるよう、改良したい」
「何より最大の問題点は、発動終了後に気絶してしまうことでーす。この間はコントローラーで操縦することも出来ず、隙だらけじゃ」 「まぁ、ぼちぼちと完成に向かって改造を重ねるしかないの」
あばら骨の強化を完了し、タオ・パイパイは眠るムーリンの顔をじっと見た。
「ワシに似てチンケでぶさいくじゃのぅ。そこがまた可愛いんじゃが……」
器具を片付けながら、パイパイは独り言を続けた。
「さて、手術のご褒美に、ムーリンの好きな……はて? この子は何のお菓子が好きじゃったかな?」
テキトーなお菓子をテーブルに置くと、タオ・パイパイは部屋の扉を開け、出て行った。
「何しろ昔は『要らん子』だと思っとったからのぅ。覚えとらんわ」 ララに振られたキンバリーは今夜もマルコムとベッドを共にしていた。
本当はもう彼に抱かれたくはなかった。
もうじき殺されることが確定している彼になど……。
マルコムはキンバリーを信じきって眠っていた。
ベッドの脇にはスーパージェット・リーガルシューズが綺麗に揃えて脱いである。
ビンロウ店の緑色のネオンがホテルの窓から入り、マルコムの寝顔を照らした。
キンバリーは困ったような目をして、その頬を撫で回していた。 「よーしピンチーリンも食べたことだし」
ララは夜の台北の街を一人で歩いていた。
「次は夜市だねっ♪」
「ララ……」
ララの口が勝手に動き、別の声がララに命令した。
「ホテルに帰れ」
「は? なんで!?」
「いいから」
「嫌〜よ! これからが旅のお楽しみ……はっ!?」
ララは恐る恐る聞いてみた。
「もしかして…尾けられてるの……?」 「いや……。その、荷物を置きに帰れ」
「荷物はジャン爺が預かってくれたじゃん! 今持ってる荷物って中古CD三枚だけじゃん!」
「CD三枚、重いだろ」
「そこまでひ弱じゃないし! 本当のこと言ってよ! 尾けられてるのね!? 危険が迫ってるのね!?」
「……」
「……メイファン?」
「……」
「……メイファンさん?」
「さん付けすな!」 「しょうがねぇ。教えてやる」
メイファンと呼ばれた声の主は言った。
「尾けられてる。ただし、どうにも妙だ。こんな変な『気』は見たことがない」
「殺気……じゃないの?」
「ああ」
「じゃあ……何気?」
「うーん」
メイファンは考え込むと、すぐに言った。
「わからん。まぁ、ホテルに帰れ」
「うっ、うん」
ララは夜の街の人だかりを縫ってまっすぐ歩きはじめた。
「ホテルに誘うのね?」
「ああ」
メイファンは低い声で言った。
「そこで迎え撃つ」 ホテルの部屋の鍵を開け、中に入るとララは聞いた。
「追って来てる?」
「ああ。……だが、遠い所で止まった」
「ホテルの外?」
「一応……中だが、遠い」
ララは生唾を飲み込むと、部屋の中を見渡した。
ジャン・ウーはホテルは好かんと言って外で寝ているので一人きりだ。
テーブルの脇にウサギがいっぱい入った自分の旅行バッグが置いてある。
静寂に耐えられず、ララは自分の中のメイファンに聞いた。
「テレビ……つけていい?」
「ダメだ」
メイファンは厳しい口調で言った。
「じゃあ……紅茶飲んでいい?」
「いいぞ」 ララはホテルの水棚からカップとティーバッグを取り出すと、備え付けのポットのお湯で紅茶を淹れた。
砂糖とミルクをどっさり入れるとテーブルへ持って行き、椅子に腰掛けた。
「……毒とか、入って、ないよね?」
念のためメイファンに聞いてみた。
「この部屋に誰かが入った形跡はない。大丈夫だ」
「ありがと」
そう言って紅茶を口に含み、喉に流し込むなり、ララはカップを落とし、喉を押さえて苦しみはじめた。 「ウウッ!?」
ララの苦痛は身体を共有するメイファンも味わうこととなった。
「……バカな!? 一体どこで……毒を!?」
ララは全身をひきつらせ、椅子の上で固まった。
玄関の扉がいきなり開き、陰気な顔つきの小柄な男が入って来た。
「おや、お嬢さん。どうしました?」
入って来た男はニヤニヤと笑いながら言った。
「私の名前はジェイコブ・タオ。ご存知……ですよね?」 「私は毒薬だけではなく、痺れ薬、媚薬、自白剤と、何でも使いましてね」
ジェイコブはララの隣に悠々と腰掛けると、愛を語るように言った。
「お嬢さんに飲ませたのは今言った3つを調合したものだ」
白い手で喉を押さえて痙攣しているララの横顔を見つめて、ジェイコブはうっとりした声で言った。
「あなたを弄びたかった。……昼間の夢がその日の夜に叶うとは……」
「今は動けないでしょう? そのうち嫌でも自分から服を脱ぎはじめ、私にあられもない姿を見せてくれることになります」 「そして次には私に犯されながら『黒色悪夢』の居場所と正体を喘ぎ声とともに教えてくれる」
ジェイコブは痙攣するララの頬を短い指で愛撫した。
「最後には絶命した貴女の口の中に私が射精し、証拠隠滅のため、貴女の首を斬り落とし、お土産とさせていただきます」
ララは苦しみながら自分の首に自分の掌を当て、じっとそれを動かさずにいた。
普通この毒を注入された相手は首をかきむしって苦しむものだ。
変わった苦しみ方だなとは思いながら、ジェイコブは気にしなかった。
「しかし……何故だ?」
ジェイコブは苦しむララに問い正すように呟いた。
「何故、昼間……『黒色悪夢』の部下であるお前が、キンバリーと一緒にいた?」 すると痙攣していたララが突然、振り向いた。その清潔な口がガサツな声を出す。
「バーカ」
驚いて腰が浮いたジェイコブの襟元を掴むと、ララの身体を使ってメイファンは床に押し倒した。
馬乗りになって動きを拘束すると、天井から見下して嘲笑う。
「バッ……バカな!」
ジェイコブは周章狼狽した。
「どっ……毒は……!?」
「解毒した」
メイファンはバカにするように言った。
「どっ……どうやって……!?」
「解毒した」
一匹の蚊が飛んで来た。
有機毒を注射しようとする寸前、メイファンは両手でパンと叩き潰した。 メイファンは予めテーブルの上に出しておいたクローゼットのワイヤーハンガーを取ると、言った。
「これでお前をグチャグチャにしてやる。黒色悪夢の部下なめんなよ」
「誰が『部下』だよ、このやろー!」
同じ口がララの声で怒り狂った声を出した。
「は!? は!?」
わけがわからず狼狽えるジェイコブの目の前で、ララの白い顔がみるみる黒に染まって行く。
ララはあっという間に真っ黒に変身した。
優しく泣いた後のようだった目は肉食獣のような鋭い目に変わり、口からは血に飢えた牙が覗いた。 「お前の『気』……やっと何だかわかったぜ」
メイファンは言った。
「殺気というより『陰気』だ。こんなジトジトした『気』は初めて見た」
そう言っているうちに、メイファンが手にしたハンガーがみるみるうちに手斧に変わる。
「メイ、首切った後でちんぽ切ろう」
ララの声が言った。
「そんで口にちんぽ突っ込んで街角でさらし首にしてやろう。キャハハ!」 「クソ、こんなガキにやられるなんて俺も焼きが回ったなぁ」
ジェイコブは自嘲するように呟いた。
直後、ジェイコブの首に向かって斧の刃が食い込み、彼の首は胴体から切り離された。 筈だった。
先程までジェイコブだった物は彼の服を着た
人形だった。
「あ?」
突然のことにメイファンは混乱したが、
背後にジェイコブの気を察知し振り向くと
パンツ一丁の彼が部屋から出て行くのが見えた。
「はぁ…はぁ…、俺はまだ死にたくない、俺にはまだやりたいことがたくさんあるんだ!」
ジェイコブは必死に逃げた。 「いやいや」
メイファンは大爆笑した。
「お前の特異な『気』は壁越しにでもよく見えるぜ」
そしてメイファンが壁を突き破って手斧を投げようとした時、背後でけたたましい音がして窓が粉々に割れた。
窓だけではない。窓の周りの壁までをガラガラと崩し、無数の銃弾が撃ち込まれたのだ。
「アギャーーッ!!?」
咄嗟に飛び退いたメイファンの足を銃弾が一発かすった。 向かいのビルの一室で、窓の外に向かって構えたガトリン銃の先から煙を立たせながら、レザースーツに身を包んだバーバラが呟いた。
「くそ兄。だからさっさと殺ってしまえばいいのに」
標的が椅子の向こうに身を隠したので、バーバラは立ち上がり、部屋の中にあったバイクに跨がった。
「それにしてもさすがは黒色悪夢ね」
バーバラはスロットルを捻る。
「部下であのレベルとは驚異的だわ」
そう言うと窓から飛び出し、向かいのホテルの窓へと飛び込んだ。 ホテルの部屋に舞い降りたバーバラはすぐさまロケットランチャーを取り出すと、椅子に向かって至近距離から発射した。
横へひらりと回って爆風を避けると、椅子の裏を確認する。
「……いない?」
メイファンはヤモリに身体を変えて天井にくっついていた。 ポタリ…
傷を受けたメイファンの足から、
バーバラの側へ血の滴が落ちた。 「そこかーーッ!!!」
バーバラは髪の中から拳銃を2丁、取り出すと天井めがけて乱射した。
「ギャーー!!!!」
メイファンはカサカサとゴキブリのように逃げ回った。 そこへ背後の窓に空いた大穴からジャン・ウーが飛び込んで来た。
ジャン・ウーはバーバラの背中に子泣きじじいのようにへばりつくと、その胸を揉んだ。
「姉ちゃん! ええ乳しとるのぅ! 今夜乳繰り合いながら一緒に飲まんか!?」
「ギャーー!!」
バーバラは思わず悲鳴を上げると、袖から長ナイフを取り出した。 「なわけないでしょ!」
バーバラは>>369の喉笛をナイフで掻き斬ると、背中の老人を投げ飛ばした。
目の前に立った老人はどう見てもジャッキー・チェンの「酔拳」に出て来る蘇化子だ。
赤い頬にボロボロの拳法着、頭にはヘンテコな帽子を被っている。
「……もしかして、あなたが『黒色悪夢』?」
「そうじゃ!」 ジェイコブは全力で逃げていた。
夜の街をパンツ一丁で走り、ホテルを出て300mほど走ったところで息を切らして止まった。
「ゼエッ……! ゼエッ……! ハァハァ……」
ふと、息を整えているジェイコブの前に立つ人影があった。
恐る恐る顔を上げてみると、色の黒い獣のような少女が自分を見下ろしている。
「お前、フィジカル弱いなぁ。弱すぎだろ」
メイファンにバカにするようにそう言われ、ジェイコブは小さく悲鳴を上げた。
「ヒイッ…!」 「ララを怖い目に遭わせた罰だ」
メイファンは手に持ったハンガーを一直線に解きはじめた。
「お前は特別に残酷な殺し方をしてやる」
どんどん悪魔のような顔になって行くメイファンの前でカエルのように動けなくなっているジェイコブを庇い、立ち塞がる者があった。
「おっ……、お前は……!」
ジェイコブは思わず声を上げる。
「……だっ、誰だ?」
光に包まれてその男は名乗った。
「俺の名はヴェントゥス」
そしてカッコいいポーズを決めた。
「我が友ガンリーの依頼を受け、アンタを助けに来た!」 メイファン「また弱っちそうなのが出て来たよ……」
ヴェントゥス「フッ。俺は『光の守護者』だぞ」
メイファン「そういうのいいから」
ヴェントゥス「お前の国、中国を守る光の守護者の名を知っているか?」
メイファン「知るわけねーだろ」
ヴェントゥス「リウ・パイロンだ」
ジェイコブ「何っ!? あの……散打王の!?」
ヴェントゥス「あぁ。彼は光の守護者No.3だ。そして自分で言うのも何だが、俺はNo.2。つまり、俺はリウ・パイロンよりも強いぞ」 「どーでもいーよ。中二病」
メイファンは機嫌の悪そうな声で言うと、手に持ったハンガーを槍に変えた。
「邪魔するならお前も殺すまでだ」
メイファンは槍に全力の『気』を込め、ヴェントゥスとその後ろのジェイコブをまとめて粉々にするつもりで無数の突きを放った。
しかしそれよりも早く、ヴェントゥスの奥義が発動していた。
「ライトニング・ハンド・オブ・ミロクボサツ」
ヴェントゥスがそう呟いただけで、メイファンを眩い光が包んだ。
メイファンを突きを放つ格好のままその場に固まり、マネキンのように倒れた。 「や……殺ったのか!」
ジェイコブが嬉しそうな声を上げる。
「俺は殺しはしない」
ヴェントゥスは言った。
「『光の守護者』はただ世界の光を守るだけだ」
「死んでないのか。じゃ、俺が……」
懐からピストルを取り出そうとしたジェイコブの頬をヴェントゥスはピシャリと叩いた。 「愚かな真似はやめるんだ」
ヴェントゥスはキリストのような顔で言った。
「なっ、何言いやがる! これが俺の仕事だ!」
ジェイコブは頬を押さえながら喚いた。
「この女を……っていうかあれ? いつの間にこいつ黒くなった?」
「彼女はこの俺が保護する」
ヴェントゥスはそう言うと、気を失ったメイファンをお姫様抱っこで持ち上げた。
「は? そいつ、あの凶悪な殺し屋『黒色悪夢』の部下だぞ? 悪者だぞ?」
「善だの悪だのはお前が決めることではない。神の使者であるこの俺が決めるのだ」 ヴェントゥスがジェイコブおじさんと口論をしていると
メイファンの体が徐々に白くなっていき顔つきも先ほどのものに変化しているのに
二人は気付いていなかった。
そして、
「何がマルだ、光の守護者だ、私は主人公だーっ!」
目を覚ましたララは奇声を上げながら、ヴェントゥスの顎に頭突きを敢行したのだ。 ララの奇襲にヴェントゥスはちょっと痛そうに俯き顔をしかめた。
「くぅ〜、リウの言う通りの怪獣娘だ…」
ララはその隙に彼の腕から降り、更に金的に追撃をかました。 ララ「み、見たか三下どもっ!し、し、真の主人公、ララ様を舐めるなよぉっ!!」
彼女はジェイコブおじさんを突き飛ばすとそのままジェイコブおじさんを踏みつけながら走り去っていった。 中山区にあるお洒落なBARのカウンターで、ジャン・ウーとバーバラは肩を並べていた。
「光栄だわ。あの最強の殺し屋『黒色悪夢』さんとお酒が飲めるなんて」
「わしも光栄じゃ。こんな色っぽいボインのお姉ちゃんと酒が飲めるとはな」
「ウフフ」
艶かしく笑うと、バーバラは赤い口紅をつけた唇をジャン・ウーの耳元に寄せた。
「朝まで付き合って……ね?」 『あの(黒色悪夢)と面と向かって闘って、アタシが勝てるわけない』
バーバラは考えていた。
『酒に酔わせ、SEXで骨抜きにし、ベッドの上で殺してやるわ』 その頃ララはトイレに隠れていた。
「私は今、窮地に立たされている。メイは未だに目を覚ます気配がない。ジャン爺ともはぐれてしまった…」
洋式トイレの便座にこしかけ、ララはこの世の終わりのような顔をしていた。
「すぅ…はぁ、大丈夫。私は主人公なんだ。きっと名案が浮かぶはずだ。」
彼女はどうにか気を落ち着かせ、目を閉じ思考を張り巡らせるが名にも思いつかない トイレのドアをノックする音がした。
「はっ…? 入ってますっ!」
びくっと身体を震わせながら、ララは反射的に声を出してしまった。
『しまった! ジェイコブおじさんだったらどうしよう!』
しかしドアの外から聞こえて来たのは優しい女性の声だった。
「ララちゃん?」
「キンバリーさん!?」 「あなたが走って行くのを見かけたの。何だか追われるように……」
「お姉さん! 怖かった! 怖かったよう〜!」
ララはキンバリーに飛びついて泣きじゃくった。
「ええ。中国人のお友達なの。名前はララちゃんよ」
キンバリーが誰かに言った。
「大丈夫か? 怖い思いをしたようだね」 ララが顔を上げると、目の前に男の顔があった。
俳優のワン・リーホンに少し似ているイケメンだった。
「彼は私の義兄さんよ」
キンバリーは紹介した。
「マルコム・タオだ」
男は名乗った。
「台北は治安の良い街だが、悪い奴も多い。大変な目に遭ったようで申し訳ない、ララさん」 その時キンバリーは自分のスマートフォンにメールが入っていることに気づいた。
メールを読んだ彼女の顔色が変わる。
「どうした? 何かあったか?」
マルコムの言葉にキンバリーは答えた。
「ママが……死んだわ」 キンバリーはタクシーで急いで帰って行った。
「ララさんは僕が送って行こう」
マルコムは紳士らしくエスコートするようにララに聞いた。
「宿泊しているホテルはどこ?」
メイファンの殺しの標的に入っている男と二人きりにされ、ララはオロオロしながら答えた。
「その……ホテルが火事になって……それで……モゴモゴ」 「危なかったな、兄貴!」
帰って来たジェイコブにガンリーがハグをしながら言った。
「ヴェンに頼んで正解だったぜ! 俺はまだ傷が治ってないからな!」
「なぜ俺がピンチだとわかった?」
ジェイコブはあまり興味なさそうに、しかし聞いた。
「は? あったり前だろ! ナマズのヒゲが動いたらそりゃ地震来るだろ!」
ガンリーは頭がとても悪いぶん、動物的な超感覚を持っているのだ。 「しかしあの娘……」
ジェイコブは思い出しながら顔をしかめた。
「ララちゃん……。あの白い頬をまた今度、絶対に紫色に染めてやる」
「それよりムーリン早く殺そうぜ、兄貴!」
「声がでかい、ガンリー」
「あいつヤバいって! 早く殺しとかねーとヤバいよヤバいよ、絶対ヤバいよー!」
「……そっちは後でいい。まずはララちゃんだ」
「あいつ実のママを殺したんだぜ? 腐れ外道だぜ? 早く殺さねーと俺も殺される!」
「俺はパパと一緒の屋敷に住んでいるから関係ない。とにかくそっちは後だ」 ムーリンは自分の部屋で、自分のこめかみにピストルをあてがっていた。
これで何度目にあてがうのだろう。そのたびに自分の手が勝手にピストルを放り投げてしまう。
自分の中の汚ならしい卑怯さが自殺を拒否しているのだと思い込み、ムーリンは激しい自己嫌悪にまた浸る。
ドアが外からノックされた。
ムーリンが返事をせずにただ泣いていると、ドアを開けてキンバリーが入って来た。 「ムーちゃん!」
キンバリーは入って来るなりムーリンからピストルを取り上げた。
「キム姉……」
ムーリンは号泣しながら、しかしキンバリーの胸には飛び込まなかった。
「あたし……ママを……殺したらしいの」
「記憶がないのね?」
胸に飛び込んで来ないムーリンをキンバリーは自分から抱き締めた。
「……大丈夫!」
「大丈夫くない!」
ムーリンは激しく泣きながら、自分を責めて欲しそうに叫んだ。
「だいじょばない!」
「いいの。わかってるの」
キンバリーはその頭を優しく撫でる。
「私が憎むべきなのは貴女じゃない」
そしてムーリンの顔を上げさせると、顔を近づけ言った。
「貴女の中の『暴れ牛』よ」 モニターの中にドアップのキンバリーの顔を見ながら、タオ・パイパイはうっとりと呟いた。
「ええのぅ。キムは美しく成長したのぅ」
そして血の繋がりのまったくない娘の顔を凝視しながらスボンの中に手を入れ、激しく動かしながら、言った。
「よし決めた! 次のワシの妻はキンバリーにしよう」 しかし、ズボンの中のモノは発射されることはなく萎びたままだ。
「・・・はぁ、年かな」 「しかしバラは何をしとるんじゃ……」
タオ・パイパイはカメラを切り替えた。
そこには現在バーバラが見ているものが映し出されていた。
汚ならしいジジイのキス顔がドアップで近づいて来たので、急いでまたカメラを切り替える。
「そのジジイはどう見ても『黒色悪夢』ではない。それよりも……」
パイパイはジェイコブの見た映像の録画を再生する。
白い少女の顔がみるみる黒く変わる様子を再生しながら、言った。
「間違いない。『黒色悪夢』は、こいつだ!」 ふと画面下の小さなウィンドウに映し出されている映像が気になった。
それはマルコムが今現在見ているものを映していた。
カーソルを合わせ、アップにし、パイパイはあっと声を上げた。
「そいつじゃ! マル! そいつが『黒色悪夢』じゃ!」 マルコムはララのために新しいホテルの部屋を取り、部屋まで丁寧にエスコートすると、言った。
「それじゃ、僕は失礼するよ。お休み、ララちゃん」
その時、スマートフォンの着信音が鳴った。
画面を見ると父からだ。
「失礼。父から電話だ」
電話を取ると、すぐさま押し殺した父の声が聞こえた。
「マル。四男にお前を監視させておる」
「えっ?」
「今、お前と一緒におるその小娘……。そやつが『黒色悪夢』じゃ。殺せ」 電話を切ると、マルコムはララのほうを見ないようにしながら考えた。
『こんな少女が最強の殺し屋だって……? あり得ない』
そしてチラリとララのほうを見る。
ララはちっとも気づかずにミルク砂糖どっさり入り紅茶を飲んでいる。
『何より……。だって彼女はキムの友達だ。どういうことだ?』 ララは紅茶を飲みながら、落ち着かずにいた。
(お休みとか言っといてまだ戸口んとこいるよ……。早く出てってくれないかな……)
ララは格好つけたイケメンが好きではなかった。
彼女は『ブサ専』と呼ばれるほどにダサくてアホっぽい男が好きである。
自分がいないと何も出来ないような情けない男のお世話をするのが夢だった。
そういう男ほど自分に一途になってくれると信じていた。その上で命を懸けて自分を守ってくれる男なら最高だ。
ふと『父からの電話』と言ったのが気になった。
(あれっ? このひとのお父さんって……標的のボスだよね?)
(まさか……メイファンのことバレた……?)
(メイファンまだ気を失ってるし……。こ、殺される……?) 「ララちゃん、ごめん」
そう言うとマルコムは足に力を入れた。
ジェット噴射は使わず、純粋な蹴りを放つ。靴の先から飛び出したナイフがララの眉間に深く突き刺さる。
実際にはその一連の動作を予感させただけだが、殺し屋ならば誰でも何らかの反応をする筈だった。
しかしララは頭に?マークを乗せてビクビクしながら紅茶に口をつけていた。
一家で最も鈍いジェイコブですら反応するような殺気を見せたのに、目の前の女の子はそれに気づいてすらいなかった。
気づかないフリである筈はなかった。マルコムは本気で殺す気を見せたのだから。
(パパでも見間違うことはある)
マルコムは笑顔を見せると、ララに言った。
「じゃあ、お休み。……ゆっくり休んで」