【リレー小説】TPパニック 〜 殺し屋達の絆 〜
舞台は台湾の首都台北
主人公は台湾マフィアお抱えの殺し屋ファミリー「タオ一家」三男マルコム
通称「マル」、ただし偽名である
彼らは互いの名前をイングリッシュ・ネーム及び偽名で呼び合い、誰もその本名を知らなかった ガンリー「光の守護者がムーリン殺ったって言えば俺らもパパにお咎め受けねーし、物騒な原爆娘も処理できていいことづくめだぜ」 ガンリー「一瞬で殺してやってくれ。なに、キレない限りそいつはただのか弱い17歳少女さ、ブスの、なw」 その刹那、ガンリーの視界が真っ黒に染まった。
「あっ、なんだこれ?」
目に鈍い痛みが走り、右手で押さえた。
何も見えないが目を潰されたことで出血しているのが分かった。 「イヤーッ」
ムーリンは雄叫びをあげながら匕首をガンリーやヴェントスに投擲、ガンリーに次々と匕首が刺さる。
「アバーッ」
ヴェントスは悲鳴をあげた。
「うううっ痛ぇよ。…お前ただですむと思うなよ?」
ガンリーはうめき声をあげフラフラと立ち上がり、どうにかその場から逃げようとしている。 ムーリンは背中から雁毛刀を取り出した。
ムーリン「台湾神話だーっ!」
ムーリンは刀を振り回し、ガンリーとヴェントスをメッタ斬りにした。 それを見ていた四男こと、サムソンがムーリンとガンリーたちの間に割り込んだ。
サムソン「やめないか!」
ムーリン「邪魔立てするなら、うぬとて容赦はせぬぞ」
サムソン「お前精神状態おかしいよ」(でもキレてるわけではない…のか?) 「ふむ……。四男はしっかりしておるようだな」
タオ一家の父タオ・パイパイはモニターを覗きながら感心した声を出した。
「……名前は忘れたが」 「しかしガンリーめ。わしのムーリンをやはり消そうとしておったな」
タオ・パイパイが見ている画面はムーリンの目が見ているものと同じだった。
「そりゃ。台湾1の殺し屋と呼ばれたわしの雁毛刀でも味わえ。殺さん程度にメッタ斬りにしてやるわ」
タオ・パイパイがコントローラーを操作すると、ムーリンの身体が熟練の殺し屋のごとく動き、口が叫んだ。
「台湾神話だーっ!」 「この台湾神話ってなんだ?聞いたことがない。」
パイパイは違和感を感じた。 タオ・パイパイ「滅多斬りにするつもりなんてなかった。もう少し調整が必要だ」 そこへ台湾原住民パイワン族の若者が民族衣裳にドレッドヘアを揺らして現れ、言った。
「台湾人にはおよそ500年の歴史しかない。ゆえに彼らに神話はない、彼らの神話は中国の神話だ。台湾神話……それは俺達原住民のものだ」 サムソンは自分の存在感を消した。
ムーリン「うっ?」
タオ・パイパイ「きっ、消えた! 四男はどこだ!?」
サムソンは持っていた注射器を落ち着いてムーリンのうなじに刺した。
ムーリンはすぐに意識が遠のき、その場にくずおれて眠った。 パイワン族の若者「素晴らしい! 素晴らしい擬態だ! ボディーペイントも木の葉も用いずに存在感を消すとは!」
サムソン「いやぁ……へへへ」
パイワン族の若者「俺の名はマトゥカ。どうだ? 俺と友達にならんか?」
サムソン「えっ……友達?」 サムソンは生まれてこのかた友達というものを持ったことかなかった。
高校卒業まで誰にも名前も顔も覚えて貰えなかった。
友達という言葉に感涙しながらサムソンひ答えた。
「こんな僕で……よかったら」 マトゥカ「よし! 実は俺達、日本統治時代に禁止された『首狩り』の儀式を復活させようと思っているのだ」
サムソン「くっ……首狩り?」
マトゥカ「ウム! お前がいれば成し遂げられよう。山に入って来た他部族の者や外国人の首を狩って、我らパイワン族の勇猛さを示すのだ!」
サムソン「いや……僕……原住民じゃ……」
マトゥカ「その顔を見ればわかる。その猪のような鼻、その浅黒い肌。お前には間違いなくパイワン族の血が色濃く入っている」 「さぁ! 共に行かん!」
パイワン族の若者マトゥカはサムソンの手を掴むと、ハーレーダヴィッドソンのタンデムに無理やり乗せ、山へと帰って行った。 「あそこの陽春麺、うまかったな」
マルコムは少しうかれた調子で夜の街を歩きながら、言った。
「お昼に食べるものだとは思うけどね、陽春麺は」
そう言ってキンバリーがくすっと笑った。
「僕は麺類が好きだ。朝も昼も夜も麺類に会いたいよ」
「私に、じゃないのね」
キンバリーはまたくすっと笑った。 「もちろん君とは深夜も一緒にいたい」
「バカね」
キンバリーはそう言って笑顔を隠すように俯いた。
「今日の白い服も君に似合うね。夜に白い花弁を一枚ずつ剥がしてみたくなる」
マルコムは自分でもよくわからない褒め言葉を口にしたが、キンバリーは喜んでいるようだった。
「ただ、身体のラインを隠しすぎだな。せっかくの綺麗な……」 飛んで来た刃物をマルコムは腕で払った。
「オレにくっついて」
キンバリーにそう指示すると、敵の気配を窺う。
飛んで来た刃物が舗道に落ちている。黒光りのする十字形の手裏剣だった。
「日本のヤクザが忍者の武器を使うとは初耳だな」
マルコムはそう言いながら、背中のキンバリーを安全なほうへと導く。 マルコムは駐車バイクの立ち並ぶ舗道を後ろ向きに歩き、賃貸住宅のガラスの入口までキンバリーを導いた。
「そこへ入って。隠れてて」
手裏剣がまた三本、まとめて飛んで来た。
マルコムはジュラルミンを仕込んだスーツの袖ですべて弾くと、前へ早足で歩き出した。 相手は推定3人だ。手裏剣の飛んで来た方向のひとつへとマルコムはまっすぐ進む。
すると予期せず相手は飛び出して来た。
白いランニングシャツにベージュの腹巻きをした、いかにも昭和40年代の日本のヤクザといった風貌の男がドスを構えて突進して来る。
マルコムはそれを飛び越すようにカウンターで男の眉間に爪先を当てた。
革靴の先端からナイフが脳まで一瞬で貫通し、ヤクザは即死した。
「スーパージェットを使うまでもないな」
着地するとマルコムは残りの敵の気配を窺う。 残りの二人があっさりと姿を現す。
1人は服部半蔵、もう1人は宮本武蔵のまるでコスプレだ。
その姿に思わずマルコムはうろたえた。
「いや……。君たち本当に……ヤク……ザ?」
「死ねええ!」
服部半蔵が中国語でそう叫びながら、懐から取り出したピストルを乱射した。 迂闊にも隙を作ってしまった。
仕方なくマルコムはスーパージェット・リーガルを発動させる。
革靴の横からのジェット噴射がマルコムを瞬時に横へ移動させ、銃弾をかわす。
「これを見られたからには瞬殺する他ない」
マルコムは反対側の足でブレーキをかける。ブレーキをかけた足からもジェットが噴射し、目にも見えぬ速度で服部半蔵めがけて飛ぶ。
爪先から再び飛び出したナイフで半蔵の心臓を一突きにするとすぐに回転し、宮本武蔵のこめかみに同じナイフを突き刺した。 「こいつら……日本人……じゃ、ないよな?」
頭の中で考えをまとめているマルコムを、賃貸住宅のガラス扉の向こうからキンバリーがずっと見ていた。
マルコムのスーパージェット・リーガルを見て生きていた者はいなかった。
キンバリーは今見たものを目に焼き付けるように目を見開いたまま、手にしていたスマートフォンをバッグにしまった。 「あたし……たまに記憶が飛ぶの」
ムーリンはヤーヤと並んで歩きながら、打ち明けた。
「昨日も2番目のお兄ちゃんが変態プレイしてるとこ見てから、記憶がない……」
「よほどショックなもの見ちゃったんじゃない?」
ヤーヤは笑い飛ばすように言った。
「それを忘れるための自己防衛システムが働いたんだよ、きっと」 今日、ムーリンは初めて友達の家へ遊びに行くのだった。
ヤーヤから「ウチ、遊びに来ない?」とLINEにメッセージが来た時、ムーリンは飛びつくように「うん!」と返事をした。
しかし今、実際にヤーヤの家へ向かいながら、なんだか恥ずかしさがどんどんと増していた。
自分みたいな裏の世界で生きて来たおかしな子が、ちゃんとした堅気の子の家に遊びに行ったりしていいのだろうか?
そう思いながらその反面、ドキドキするような嬉しさに心の奥のほうは満たされていた。 ヤーヤの家はよくある賃貸住宅の2階だった。
足音の響く鉄の階段を昇るとすぐに扉があった。
「こんにちは」
扉を潜り、恥ずかしそうな声で挨拶の声をムーリンが投げると、奥のほうからエプロン姿のヤーヤのお母さんが姿を現した。
「いらっしゃい。ムーリンちゃんだね? 臭豆腐炊いてたとこなの。食べる?」
「ママ……」ヤーヤが呆れた声を出す。「フツー客にそんな臭いもの出さないっしょ」
「い、いただきます!」ムーリンは緊張した笑顔で元気よく言った。 ヤーヤの部屋はちらかっていた。
壁中にロックっぽいポスターが貼られ、床には脱いだままの衣服が散乱している。
ヤーヤはそれらを足で脇へ避けると、ベッドの上に座った。
「ま、座んなよ」
「うん」
ムーリンは嬉しそうにヤーヤの隣に座ると、皿の臭豆腐を食べはじめた。 「フツー臭豆腐はないだろ。ジュースとお菓子だろ」
「でも美味しいよ」ムーリンは大便臭放つ豆腐をパクパクと食べた。「スパイシーで。泡菜も上手に漬かってる。お母さん、料理できるの凄いね」
「いつもは仕事帰りに夜市で何か買って来るんだけどね、料理するのはたまにだよ」
ムーリンはさっきから気になっていたもののほうをじっと見た。
「ヤーヤ、ギター、弾けるの?」 「ああ。オリジナル曲もあるよ。聴いてくれる?」
「聴きたい!」
「よっしゃ」
ヤーヤは照れ笑いしながらギターケースを取ると、開いた。
中からサンバーストのアコースティックギターが姿を現す。相当弾きまくっているのか、天板は引っ掻き傷だらけだ。
チューニングを済ませ、適当にコードを鳴らすヤーヤの顔が赤くなる。
「あー……。やっぱなんか恥ずかしいな」
「早く〜」
ムーリンは身体を揺らして催促した。 ハッケヨイ「男ならとっとと弾くでゴワス!!」
ドグワッシュッ!!
どこからともなく現れたハッケヨイがヤーヤの顔面に張り手を食らわせた。 「ギャー!」
ムーリンは叫んだが、キレるまでは行かない。
「あたしゃ女だ! この肉野郎!」
ヤーヤは張り手のダメージを後ろへ退いて軽減すると、ハッケヨイの鳩尾に拳を打ち込んだ。
「フハハハハ! そんな細っちぃ腕のパンチは効かんでゴワス!」
ハッケヨイは両腕を大きく広げ、いやらしく抱き締めるようにヤーヤに鯖折りを仕掛けようとする。
「正当防衛だよっ!?」
ヤーヤはハッケヨイの股間に思い切り蹴りを打ち込んだ。 「ウハハハハ! おいどんのまわしにそんなものは効かんでゴワ……ゴワァッ!?」
金的蹴りは確かに効かなかったが、バランスを崩したハッケヨイは巨大なゴム毬の如く鉄の階段を転がり落ちて行った。
「アアッ……アイ・ウィル・バック!」
それがハッケヨイの最期の言葉だった。 「な……なんだったの?」ムーリンは怯えて聞いた。「あのひと、突然現れた……」
「この板にはよく出るんだ」ヤーヤはゴキブリを退治した後のように手を払った。
「板って!?」
「気にしない、気にしない」
そう言うとヤーヤは再びギターを手に取った。 また恥ずかしくなってしまわないよう、ヤーヤはすぐに歌い始めた。
曲名は「保持你信念在心中(心に信念を持ち続けて)」だった。
♪通りを歩きながら あなたは何を考えるの
人々は流されて行く 見知らぬ場所へ
どこに辿り着くのだろう 何を残して行くのだろう
混沌の中で日々を過ごしている
疲労困憊
欲求不満
信念不在
もしも
全てが最悪のほうに転んで
間違いが繰り返され
私達を実現するために
何度も何度も血が流されても
太陽はまた昇る
星はまた輝く
希望は止まない
昼も夜も
そう
心に信念を持ち続けていれば
心に信念を持ち続けていれば 「わぁ……」
曲が終わるとムーリンは肩を揺らして拍手をした。
ギターを掻き鳴らしながら全身で歌うヤーヤは違う人に見えた。
音楽にあまり興味のなかったムーリンだったが、ヤーヤの歌には心から感動していた。
「へへ……」ヤーヤは頭を掻きながら白い歯を見せて笑った。「照れるね」 「今のはどういう歌なの?」
ムーリンは正直に質問した。
「この国のことを歌ったものでもあるし」
ヤーヤは自作を解説した。
「何かに挫折した人や、失恋した人を励ます歌でもある」
「カッコいい」
ムーリンは目をキラキラさせた。
「でね、ムーリンを励ます歌でもあるんだよ」
ヤーヤはそう言うと、優しく微笑んだ。 「あたしを……?」
「お姉さん亡くなって、ムーリン悲しいよね?」
「……うん」
「この世で一番慕ってた人だったんでしょ?」
「……ん」
「でもほら、お姉さんが残してくれたものはあるはず。ムーリンはきっとお姉さんから何か大事なものを受け継いでるでしょ?」
「んー……」ムーリンの頭にはこけししか浮かばなかったが、とりあえず頷いた。「うん」 「信じるものがあれば生きて行ける……そうでしょ?」
そう言ってヤーヤはまた優しい笑顔を見せた。
自分よりも強く、明るく、頼もしく微笑むヤーヤを見ていると、自然とムーリンも笑顔になった。
「……うん!」
世界で一番信じられるものを目の前にするように目を輝かせ、ムーリンは強く頷いた。 「くっさいのぅ」
自室でモニターを覗き込みながら、タオ・パイパイは呟いた。
「わっかいのぅ」
モニターの中にはムーリンが今見ているのと同じヤーヤの笑顔があった。
「お友達が出来たんじゃなぁ、ムーリン」
タオ・パイパイは面白くなさそうに言った。
「わしのムーリンに……そんなものは要らんのぅ……」
そして部屋の隅に座っている妻のオリビアを振り返る。
「なぁ、オリビア? お前の娘に友達なんか要らんじゃろ?」
オリビアは涎を垂らしてケタケタと笑った。 オリビア「お、おでお前を殺す!」
オリビアはいきなりタオ・パイパイの首を絞めた。
ゴキィッ!
タオ・パイパイは首の骨を折られて死んでしまった。
オリビア「つ、次はムーリンを殺す!」 「ヴヴッ……ヴヴヴヴッ……!」
ガンリーは病室のベッドで震えが止まらずにいた。
頭が悪いぶん発達している彼の本能が告げていた。
「ムッ……ムーリンを甘く見てたッ! アレはヤバいっ……!」
「ヴヴーーッ!」
隣のベッドでは全身包帯だらけのヴェントゥスも震えていた。
「光の守護者たるこの俺がッ……! ここまで怯えるとはッ……! あの小娘、何者ッ……!?」 「ママ!」
どこかへ出て行こうとするオリビアを、廊下の向こうからキンバリーが呼び止めた。
「喜んで! アイツの弱点を突き止められそうなの」
そう言うとゆっくりと近づき、その柔らかな胸の中に母親の顔を埋め、抱き締めた。
自分と前夫の間に出来た最愛の娘に抱き締められ、オリビアは一瞬正気を取り戻したように穏やかに笑った。 薄暗い部屋で5人の男達がパソコンの画面を見つめていた。
5人ともが真っ黒なスーツに身を固めているので、この部屋はパソコンモニターの明かり以外真っ黒だ。
「ふむ」
5人のうちの1人が言った。
「なるほど。履いている靴が武器だというわけか」
「この靴さえ奪ってしまえば」
他の1人が言った。
「我々の勝利だ」 「黒色悪夢はどうする?」
3人目が言った。
「もう本土から呼び寄せてしまったぞ」
「必要なかったようだな」
4人目が嘲笑うように言った。
「中国1の殺し屋か知らんが、我々だけで充分だったということだ」
「顔だけでも拝んでおきたいところだが……」
残る1人が言った。
「どうせまた終始秘密なのだろうな」 桃園国際空港に白いワンピース姿の少女が降り立った。
「わぁ」白い帽子の庇を手で持ち上げ、空を仰ぐ。「さすが台湾、あったかいね」
「日焼けに注意しろよ」少女の口を動かして別の声が言った。「ララは色白なのとおっぱいがデカイのだけが取り柄なんだから」
「メイ」ララと呼ばれた少女は自分の中に住む声の主に言った。「どこ遊びに行く?」
「仕事だろ」メイと呼ばれた声の主はあどけない調子で答えた。「遊びに来たんじゃない」 「……けど」
「けど、まずはピンチーリン食おうぜ!」
「それでこそメイ!」
ララははしゃいで跳び跳ねた。
「あとレガシィ台北で宇宙人(バンドの名前)のライブ見んぞ!」
「オー!」
白い少女は2つの声で独り言を叫びながら駆け出した。 「これこれ。このジャン・ウーを置いて行くな」
遅れて歩いて来た白髭に酒徳利を下げた老人が呟いた。
「……なんか改行できない」 「ラン・ラーラァさんですね?」
空港のロビーに出ると、すぐに白いブレザー姿の女性が声をかけて来た。
「ようこそ台湾へ。私はキンバリー・タオと申します」
「ラン・ラーラァです。ララと呼んでください」
ララはキンバリーと握手をしながら言った。
「さすが台湾は美人どころですね。お姉さん、綺麗」
「ララさんもとても可愛くてびっくり」
そう言ってキンバリーはにっこりと笑った。 「ところで黒色悪夢さんは?」
キンバリーが聞くと、ララはバシバシとまばたきしながら答えた。
「あの、えっと。もう来てるんですけど、先にホテルに行っちゃって……」
「素早いんですね」
遅れてやって来たジャン・ウーがオーイと大声を上げている。
「あの方は?」
どう紹介しようかとララが迷っていると、追いついて来たジャン・ウーはキンバリーの美しい顔に見とれながら自己紹介をした。
「どうも。福山雅治です」 「その優しく泣いた後のようなお目目が素敵」
「お姉さんの髪はまるでシルクで編んだ装飾のよう」
カフェで向かい合って座りながら、キンバリーとララはずっとお互いの容姿を褒め合い続けていた。
「白い肌は雪の精のようだわ」
「お姉さんだって、まるで玉山の頂上を写したような美しさ」
「なんじゃこりゃ」
ジャン・ウーは同席しながら居心地の悪さに貧乏揺すりを始めた。 「仕事の話をしろ!」
ついララの中から別の声が出てしまった。
「?」
キンバリーが怪訝そうな顔をする。
「今の声は?」 「いいからくだらんお喋りはやめて仕事の話をしてくれ」
「……わかったわ」
急にララの調子が変わったことに釈然としないながらも、キンバリーは本題に入った。
「殲滅してほしいの、台湾1と呼ばれる殺し屋ファミリー、タオ一家を」 キンバリーから父タオ・パイパイ、長男ジェイコブ、長女バーバラ、次男ガンリー、三男マルコム、四男、
ターゲットとして指定された6人の殺し屋の情報を聞き終わると、ララの中の声は言った。
「フン。それで? お前もタオ一家の次女なのだろう? なぜ自分の家を滅ぼそうとする?」
「答える必要があるかしら?」
「フン。確かに、仕事とは無関係だな」
「あなたが黒色悪夢さんなの?」
キンバリーはララの目の中を覗き込み、中の人を探すように言った。
「いいえ。あたしはララよ」
「ふぅん」
キンバリーは皮肉っぽく笑った。
「雪の精のようかと思ったらあなた、まるでキリマンジャロの山頂で氷漬けになった黒豹ね」 「ところで」ララが明るい声で言った。「このお店って、ピンチーリン(台湾式ソフトクリーム)あります?」
突然また元に戻ったララに戸惑いながら、キンバリーは笑った。
「カフェにピンチーリンはないわね。外に専門店があるわよ」
「わぁい♪ じゃ、お仕事のお話、終わりですよねっ?」
「面白い娘ね」
キンバリーはくすっと笑う。
「ねぇララちゃん、よかったら今夜、バーで飲まない? 仕事の話は抜きで」
「あたし、弱いんですよぉ、お酒」
「あら。幾つなの?」
「もうすぐ二十歳になるんですけどぉ。16歳の妹のほうが強いぐらいで……」
「妹さんがいるの?」
「あっ。ええっ……!」ララは何故かやたらと狼狽えた。「ほっ……、本国に」
「わしは底無しじゃぞい」
横からジャン・ウーが言った。
「綺麗な姉ちゃん、今夜、一緒に飲まへんけ?」 キンバリーのストーカーをしていたジェイコブが遠くのビルの窓から覗いていた双眼鏡を下ろした。
「誰だ? あの老人と……美しい少女」
そう呟いて、舌なめずりをする。
「嫁にするならキンバリーだが……弄ぶならあの美少女だな」 「ふん!」
首を折られたフリをしていたタオ・パイパイは起き上がった。
「オリビアめ。相変わらず可愛い奴よ。伝説の殺し屋と呼ばれるこのわしがお前に殺られるとでも……」
起き上がったところへ部下から連絡が入った。
「どうした? 陳氏を見つけたのか?」
自分を裏切り、モーリンを罠に嵌めて殺した憎っくき陳氏をパイパイは探させていたのだった。
しかし部下の報告はそのことではなかった。
中国から最強の殺し屋『黒色悪夢』が来台したらしいとのことだった。 「ふ。最強の殺し屋と呼ばれる黒色悪夢か」
タオ・パイパイは鼻で笑った。
「伝説の殺し屋と呼ばれるこのわしとどちらが強いか、勝負してみるか」
そう呟いておいて、パイパイは考え込んだ。
「いや。わしはもう引退しておる……」
そして机の上のモニターのほうを振り返ると、今ムーリンが見ているのと同じ川の景色を見た。
「わしの最高傑作タオ・ムーリンとお前、どちらが強いか勝負じゃ」 川辺の公園でムーリンは、ヤーヤとウー・ユージェと談笑していた。
「あたし、音楽に興味なかったんだ」
ムーリンが告白すると、ヤーヤとユージェが揃って驚きの声を上げた。
「まじで? そんなキンキラの髪してるからバリバリのロッカーかと思ったぜ!」
ユージェの言葉に、ヤーヤは笑いながら同意した。
「うんうん」 「滅火器.EXぐらいは知ってるだろ?」
ユージェは台湾で大人気のロックバンドの名前を挙げた。
「それはさすがに誰でも……」
ヤーヤがユージェの頭を小突いてツッコミを入れる。
「えっ? 消火器が何?」
「えっ?」
ユージェとヤーヤが揃って呆気にとられた。
「何? 音楽やる人の名前なの? ……知らない」
ムーリンは恥ずかしそうに項垂れた。 「滅火器.EX 知らないなんて」
「本当に台湾人?」
「本当に若者?」
「本当に人間?」
二人はふざけてからかっているだけだった。
しかしムーリンは恥ずかしさから逃げ場を失い、追い詰められ、どんどんと余裕がなくなっていた。
何より大好きなヤーヤに馬鹿にされているらしいことがショックで、だんだんと意識が遠ざかって行くほどのストレスに襲われた。 ムーリンは言った。
「どぁっ……」
「ん?」
ヤーヤが面白そうに、伏せているムーリンの顔を覗き込む。
「どした?」
「どぁっ……どぁれ、ぐぁっ……!」
ムーリンの口からは別人のような声が出た。
「ハハハ! コイツ面白ぇー!」
ユージェが小馬鹿にするように笑う。
もちろんただからかっているだけだが……。
「どぅあどどどど、じぇじぇじぇじぇっ!!!!」
ムーリンの顔が笑いながらひび割れはじめる。 「よし、殺せムーリン」
モニターを見ながらタオ・パイパイが言った。 「嫌だね」
聞こえるはずのないムーリンの声がモニターから聞こえた。
「ん!?」
これにはパイパイパパもビックリ。 「そうか……」
タオ・パイパイは呟いた。
「屋外では発動しないんだったな……」
自分が操作して友達二人を殺そうとコントローラーに手をかけたが、パイパイはつまらなそうにその手を離した。
「……改良が必要だ」 「どぅっ、どぅどぅっ……」
気が狂ったように笑いはじめたムーリンのことを、ヤーヤとユージェはさすがに心配そうに見つめ始めていた。
「どぅっ……どぅっ……ぱあっ!」
水から上がって息をするようにムーリンが戻って来ると、二人は安心して笑顔を見せた。
「なんだよ、それ」
ユージェが笑う。
「日本のお笑い芸人の真似かなんかか?」
「もぉ〜! 心配するじゃん!」
ヤーヤがムーリンの首を抱き締めた。
「おふざけが過ぎるわボケッ!」 「なんだこれは…!?」
ムーリンは驚愕した。風景が止まっていた。
ユージェとヤーヤが笑ったままの表情で一時停止のように止まっていた。 「じゃ、俺、バンドの練習あるから」
そう言ってウー・ユージェはスクーターに乗って帰って行った。
「もうすぐ合同ライブがあるんだって」
ヤーヤがムーリンに教えた。
「都合よければ一緒に見に行ってやろ?」
「うん!」
ムーリンは元気よく返事をした。
「後ろ、乗る?」
ヤーヤは原付スクーターの狭いシートの後ろにスペースを空け、聞いた。 ヤーヤのヘルメットを被り、彼女の少し逞しい腰に手を回しながら、ムーリンは考えていた。
さっき……記憶が飛んだ。
唯一覚えているのは、一時停止したような二人の笑顔だけ。
それはジッターノイズがかかったように歪んでいた。
ムーリンは中学2年の夏を思い出す。
憧れていたクラスメイトの顔が甦る。
最後の記憶は彼女の一時停止した笑顔だった。
猿のように歯を見せて、ジッターノイズがかかったかのように、その笑顔が止まっていた。 (…今日は楽しかったなぁ。)
ムーリンは今日を振り返りながら自室の扉を開けた。 タオ・パイパイ「しかしムーリン。よくぞママを殺した」
ムーリン「えっ?」
タオ・パイパイ「フフフ……。記憶がないんじゃな? 可愛いのぅ」
ムーリンは必死に自分の記憶を辿った。
確かに夕方の数分だけ、記憶が飛んでいる。 「出たな妖怪クソ親父」
ムーリンは義父タオ・パイパイの股間を蹴りあげたが空を虚しく空を切るだけだった。
「ふん、殺し屋でもないお前がワシに一撃与えようとは百年早いわ」
パイパイはムーリンの背後に回り込むと彼女の脇手をいれくすぐり始めた ヤーヤのスクーターの後ろに乗りながら、ムーリンは中学の頃のあの1日を思い出そうとしているのだった。
可愛くて、スタイルがよくて、明るいクラスメイトの女の子がいたのだった。
名前は確かインリンだった。
あれは誰にでも優しいと思っていたインリンが、実は自分をいじめている奴らの親玉だと知った日だった。
その日、初めてムーリンの記憶が飛んだ。 そのことは後でニュースを見て知った。
密閉されているわけでもない教室で、自分は43人のクラスメイト達を一瞬にして皆殺しにしたのだ。
記憶が飛ぶ前のことは少しだけ憶えている。
インリンが歪んだ笑顔を近づけながら、言ったのだった。
──アンタなんか好きになる人間、いるはずないじゃない
クラスメイトが全員、インリンに同調するように笑っていた。
──死ねよ、ドブス
──暗いよ、見てるだけで鬱陶しくなるわ
──気持ち悪い 「ヤーヤ」
ムーリンは風の音に負けそうな声で言った。
「ん?」
ヤーヤはそれを聞き取り、返事をする。
「あたし達……もう、会わないほうがいいかもしれない」
思わずヤーヤはスクーターを止め、怒ったような顔で振り向いた。
「何それ。何でよ?」 ムーリン「なっなっなっ」
ムーリンは心に不快感と怒りがこみ上げてきた。この変態クソ親父を振り払おうとしたが離れない。
パイパイ「うーむ、お前は顔はイマイチじゃがこちらはなかなかじゃないかな」
気がつけばムーリンは下着姿だ
ムーリン「〜っ!」 「あたし……」
ムーリンは俯き、ようやく振り絞るように言った。
「ヤーヤにもしかしたら……ひどいことをしてしまうかも……」
「あたしのこと……嫌いなの?」
ヤーヤの言葉にムーリンは慌てて顔を上げた。
ヤーヤは悲しそうに、傷ついたような顔でこちらを見つめていた。
しかしそれは決して怒ったようではなく、ムーリンの言葉次第では泣いちゃうぞといった弱々しい顔つきだった。
「やだよ」
ヤーヤは言った。
「あたし、ムーリンのこと大好きになっちゃったのに……」 「自信がないの……」
ムーリンはまた顔を伏せ、言った。
「あたし……ヤーヤの友達でいられる自信が……」
それきり黙ったムーリンのつむじを、ヤーヤは『ハァ?』というような顔で見つめていた。
バン! とヤーヤの温かい掌がそのつむじを叩いた。
「いてっ!」
思わず顔を上げたムーリンに、ヤーヤが言った。
「こないだ歌で伝えたばっかじゃん」
「え?」
「『心に信念を』だよ」
ヤーヤはそう言うと、笑った。
「自分を信じて」 「やっぱりこのまま遊びに行かない?」
ヤーヤが言った。
「夜市行って、エリンギ食って、麺線も食おうぜ」
「うん」
ムーリンは笑った。
「行きたい!」
「ついでに可愛いバッグあったら欲しいな」
「あれ?」
ムーリンは通りの向こうからヘラヘラと笑いながらフラフラとやって来る人影を見つけた。
「ママだ」 「えっ? ムーリンのママなの? 挨拶しなくちゃ」
そう言いながらスクーターを降りようとしたヤーヤの足が止まった。
「ごめん……。ね? 見ての通り」
ムーリンは恥ずかしそうに言った。
「ママはキチガイなの」
涎を垂らしながらやって来るオリビアに、怯んだようにヤーヤはまたスクーターに跨がった。
「ママのこと、見てあげて」
そう言いながらヤーヤは見てはいけないものから目を逸らすようにバイクを翻した。
「うん。付き合えなくてごめん」
「いいよ。また今度、遊ぼう」 ヤーヤが走り去った後、ムーリンはオリビアを迎えるように歩き出した。
辺りに人は誰もいない裏通りだった。
オリビアはニタニタとムーリンを目で捉えながらまっすぐにフラフラと歩いて来た。
「ママ……。外に出たら危ないよ。帰ろ?」
ムーリンが片手を伸ばす。
「キョホホ! ムーリン!」
オリビアはいきなりこちらへ向けて駆け出し、懐から金槌を取り出した。 「なんだ」
タオ・パイパイはモニターを見ながら呟いた。
「屋外でもちゃんと発動するではないか」
真っ赤に染まったモニターを消すと、パイパイは部下に命じた。
「ムーリンがB-22地点で気を失って倒れておる。連れ帰れ」 【主な登場人物まとめ】
◎タオ・パイパイ……タオ一家の父であり、伝説の殺し屋と呼ばれる台湾1の悪党。
◎ジェイコブ……タオ一家長男。前妻エレナの子。31歳。小柄で陰気な顔つきの毒殺のプロ。キンバリーのことが好き。
◎バーバラ……長女。29歳。エレナの子。美人でナイスバディ。お金と自分にしか興味がない。暗器とハニートラップを得意とする。
◎ガンリー……次男。28歳。エレナの子。大柄で短い金髪頭。素手で人体をバラバラに出来る。頭はとんでもなくバカ。ジェイコブの犬。
◎マルコム……三男。27歳。エレナの子。長身でイケメン。お洒落。愛靴スーパージェット・リーガルを武器とし、一撃必殺を得意とする。キンバリーを愛している。
◎キンバリー……次女。25歳。オリビアと前夫の子。長身で長髪。太陽のように明るく、バーバラ以外の家族皆から愛されている。
◎サムソン……四男。19歳。タオ・パイパイとオリビアの子。デブ。影が非常に薄く、助手席に乗っていても運転手に気付かれない能力の持ち主。
◎ムーリン……四女。17歳。タオ・パイパイとオリビアの子。金髪でぶさいく。普段は殺し屋でもない普通の女の子だが、キレると一家1の攻撃力を爆発させる。
◎ヤーヤ……ムーリンが友達になった17歳の女子高生。
◎ユージェ……ヤーヤが思いを寄せる年上のロック・アーティストを目指す青年。
◎黒色悪夢……中国からやって来た最強の殺し屋。未だ正体は不明。
◎ララ……黒色悪夢の手配をする19歳の色白の少女。
◎ジャン・ウー……ララの手伝いをする白ヒゲの老人。 「……と、いうわけで」
下着姿にされたムーリンはタオ・パイパイに向かって言った。
「あたし、パパの『実の子』なんだけど。どうするつもり?」 しかし、パイパイはムーリンを無視するように下着を剥ぎ取った。
これで手を止めるほどパイパイが善良ならば、
実の娘を怪物にしてはいないし、そもそも台湾最強のアウトローになっていなかっただろう。
「…汚らわしい」
腐れ外道タオ・パイパイは、娘の裸を見てそう吐き捨てた。
「お前、何をしているか分かっているのか?」
ムーリンの声は恐怖と怒りで震えていた。 父タオ・パイパイは実の娘の胸に手をかける。
同年代よりも大きく豊かに育ったそれを揉み始めた。 「うおーっ、私は主人公だーっ!!」
ムーリンの怒りは頂点に達した。彼女が体に力を込めると筋肉が大きく膨らみ、先ほどの少女の体つきから、悪鬼を思わせるフォルムに変貌していく。
あっやべと、思いタオパイパイはコントローラーを取り出した。しかし、
「あれ?」
彼の表情に戸惑いと焦りが浮かび始めた。コントローラーを操作したが反応がないのだ。
「あっ」
次の瞬間彼の胴体は『暴れ牛』の腕に貫いていた。 「……と、でも思ったか?」
タオ・パイパイは得意の幻影を見せたのだった。
現役の頃、彼が無敵だったのはこれゆえである。
彼は相手の攻撃を先読み出来る。そして相手の脳を撹乱し、ありもしない光景を見せるのである。 「素晴らしい」
タオ・パイパイは重傷を負いながらも
娘の成長に驚き感激した。 「そしてコントローラーなど使わなくとも、いつでもこれがここにある」
タオ・パイパイは自分の乳首をつねった。するとムーリンの暴走状態が嘘のように止まった。
「お前を操作するのはコントローラーでなければ出来んが、お前を止めるのはコレでいつでも出来る」
大人しくなり、泣き出したムーリンを部屋の隅に追い詰め、タオ・パイパイは見下した。
「あとはお前の暴走さえコントロール出来れば……完璧なんだがなあ」 「ムーリン」パイパイは言った。「わしはお前を最後に子を作るのをやめた。なぜだと思う?」
ムーリンは泣くばかりで答えない。
「お前が最高傑作になり得ると確信したからじゃ。そして、お前は期待に答えてくれた」
パイパイはしゃがみこむと、ムーリンの涙に濡れた頬を撫でた。
「わしはお前が可愛いんじゃよ。お前だけいてくれれば、あとのゴミクズどもは本当は要らんほどじゃ」
パイパイはムーリンの腕を引いて立たせると、全裸の娘を抱き締めた。
「わしの言うことを完璧に聞き、わしの予想を上回る仕事をするお前だけいれば、わしは満足なんじゃ」
パイパイは娘の背中をいやらしい手つきで撫で回した。
「可愛いのぅ、可愛いのぅ、わしのムーリンよ」 「子供の頃のようにチューしておくれ」
タオ・パイパイは唇を尖らせた。
「『パパだいちゅき!』って笑いながら。……さぁムーリン!」 ムーリン「パパだいちゅき…ッッ!」
タオ・パイパイ「え゛っ!?」
ムーリン「隙アリッ!」
ムーリンは手刀を繰り出した。それは普段のか弱い娘のそれではなく暴れ牛と同じだ
愛娘の奇襲にタオ・パイパイはさっと攻撃を受け流し、素早い身のこなしで窓から飛び降りた。そして言った。
「ははっ、面白い。普段に戻ったと思わせて奇襲とはなかなかじゃ。ますます素晴らしい」 ムーリンは窓に駆け寄り、下を見下ろした。そこに父の姿はなかった。
「パパは?」
「ここでぇーす」
突然、背後からした声に慌てて振り返る。
今、飛び降りた筈のタオ・パイパイの姿をそこに認めるや否や、ムーリンの身体は宙を舞った。
着地した先はベッドだった。
着床するとすぐに、自動的に手枷と足枷が嵌められ、ムーリンは自由を奪われる。
「お前は身体が弱いだろぉ〜?」
タオ・パイパイはそう言って麻酔を注射した。
「さぁ、いつもの定期点検しようねぇ〜」 パイパイはそう言いながらこれで31回目の改造手術に取りかかった。
まずは両眼球に埋め込んである超小型カメラの点検。
「ウム。異常なし」
次に脳に埋め込んだコントローラー受信部及び内部の点検。
「これも異常なしじゃ。さすがワシ」
次にパイパイはボディーの点検と新たな改造にかかる。
既に手術痕だらけのムーリンの肌に新たなメスの傷が入れられた。 タオ・パイパイは誰かに解説するように独り言を呟きはじめた。
「ムーリンの『暴れ牛』の能力はこの子が産まれ持ったものじゃ。ワシが与えたものではない」
そう言いながらあばら骨をノコギリで切断し、人口の強化骨格に換装する。
「ムーリンが初めてその能力に目覚めたのは中学2年の夏。暴れた後、腕の骨はバラバラになっておった。
ワシはその時からムーリンの素晴らしい才能に気づき、改造を始めた。まずは粉々になった腕の骨を人口強化骨格に換装した」 「しかしまだまだ改造が必要じゃ」
パイパイは傷痕を縫合しながら言った。
「いずれは全身を強化骨格に換装する予定じゃが、いきなり全部は出来ん。下手をすると拒否反応で死んでしまうしの」 「何より、改良すべき大きな点が3つありまーす」
タオ・パイパイは学校の先生のように語り出した。
「まずは起動時間でーす。今のままではまるで昔のパソコンじゃ。発動するまでに時間がかかりすぎる」
「第二に発動のきっかけがムーリン次第なことでーす。いずれはワシの命令次第でいつでも暴れ牛になれるよう、改良したい」
「何より最大の問題点は、発動終了後に気絶してしまうことでーす。この間はコントローラーで操縦することも出来ず、隙だらけじゃ」