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【チャイナ・パニック2】海棠的故事
0552創る名無しに見る名無し
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2020/01/11(土) 14:14:25.38ID:RHtJi0r4
狭い部屋に入ると、すぐまた向こうに扉があった。
次の部屋に入るとまたすぐに扉がある。
メイファンはばたんばたんと扉を開け閉めしながら進む。チョウは黙って後をついて行った。
七回ほど扉を潜るとようやく行き止まりになった。メイファンはついまた扉を開けようとし、壁に手をついて「あっ」と小さく声を出した。
0553創る名無しに見る名無し
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2020/01/11(土) 14:25:47.45ID:RHtJi0r4
「椿が……俺に何を言ってた?」
チョウが聞くと、メイファンはニコニコしながら振り返り、言った。
「何も言付かってねーよ」
「は!?」
「私がお前に用があったんだ。騙してごめんなさい」メイファンはバカにするように頭をぺこりと下げた。
「なんだよ」チョウは逃げようとした。「じゃあ、俺、戻るわ」
しかし扉は開かなかった。よく見ると黒い『気』の楔でびっしりと打ちつけられてある。
「お前のこと、殺すね」メイファンはウキウキしながら言った。
「はぁ!? なんだよ、いきなり!? 意味わかんねぇ!」
「お前、人間界の扉開けるの、邪魔しそうだし」
「そりゃ……!」
「それにな、お前殺したらさすがにズーローも殺る気を出してくれるし」
「そりゃ……! ズーロー黙ってるわけねーよ」
「いいね。じゃ、殺そう」メイファンは舌なめずりをした。
「おいおい! ユゥだって黙っちゃいねーぞ!?」
「何? ユージンが本気になってくれるのか?」メイファンは夢見るように目を輝かせた。
0554創る名無しに見る名無し
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2020/01/11(土) 14:34:26.11ID:RHtJi0r4
「お前を殺せばいいことづくめだ」メイファンはそう言いながら、手を青竜刀に変えた。
「ころすの?」チェンナが声を出した。「よわいものいじめ、かこわるいよ」
「そんなんじゃない、チェンナ」メイファンは教えた。「ただこのお兄ちゃんの首を持ってズーローに会いに行くだけだ」
「キチガイか、てめぇ!」チョウは橙色の『気』を全開に纏い、指の先から火を放った。
メイファンは蚊を叩くように火を消す。そしてすまなさそうに言った。
「わかってくれ」
「わ、わかるかよ!」
「暇なんだ」
そう言うより早く、メイファンの青竜刀がチョウの首を正確に狙って繰り出された。
0555創る名無しに見る名無し
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2020/01/12(日) 08:13:52.38ID:Cd8qh9PJ
「いたっ」
メイファンは後ろへ吹っ飛んだ。
一匹の大きなアブが顔面に激突して来たのだった。
「こんな雪国の室内にアブがいるわけねーだろ」
気を取り直し、再度チョウの首をはねに行ったメイファンにアブの大群が襲いかかって来た。
左手をべとべとする蠅取り紙に変えて一匹残らず退治すると、突然壁に大きな穴が空き、風雪が吹き込んで来た。
「なんだなんだなんなんだ」
吹き荒ぶ風雪の中にはギラギラと光る無数の眼光が並んでいる。唸りを上げるとそれらは走り出し、狼の群れが入り込んで来た。
メイファンは身体を黒豹に変え、応戦する。身体の小ささを活かして素早く動き、大きくて隙だらけの狼達を次々と噛み殺して行く。
チョウは怯える声を漏らしながら、扉に体重をかけた。扉は脆くもはずれて落ち、一目散にチョウは逃げ出した。
メイファンが打ちつけていた黒い楔は、白アリの群れにことごとく根元を食われ、緩くなっていた。
0556創る名無しに見る名無し
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2020/01/12(日) 08:21:52.30ID:Cd8qh9PJ
【主な登場人物まとめ】

・ユージン(李 玉金)……17歳の人間の少年。生まれつき身体を持たない、金色に光る『気』だけの存在。
口さえ開いていれば誰の身体にでも自由に入れる。入る身体がなければすぐに死んでしまう。
金色の『気』の使い手だが、特に何も出来ない。明るい性格だがダメ人間。それでいて自分は超天才だと信じている。
妹とともに渦潮に呑まれ、海底世界へやって来た。記憶のほとんどを失くしてしまっている。
現在は植物鹿人間となったルーシェンの身体に入っている。チョウのことが大好き。

・チョウ(湫)……ユージンが海底世界で出会った同い年の少年。背が低く、年齢よりも幼く見える。髪の色は白。
秋風を司る仙人のたまご。橙色の『気』を使う。火の能力も使える。
言葉遣いが粗野で、放縦なように見えるが、根は意外なほどに真面目。
椿に恋しているが、気持ちを伝えようとは決してしない。特別に仲良くはなったものの、年下の椿から弟扱いされてしまっている。
ユージンを人間だと知りつつ信頼し、海底世界に住むことを許している。

・椿(チュン)……16歳の赤いおかっぱの少女。元ユージンの妹で人間。今は海底世界の住人。
クスノキの老人に助けられ、名門『樹の一族』の養女となる。薄紅色の『気』が使える。人間の記憶はすべて消されている。
真面目で頑張り屋。ユージン曰く顔はそこそこ可愛いが、小うるさくて地味な女の子。
自分を助けたがために死んでしまった人間の青年を生き返らせようと、霊婆の元から青年の魂を貰って来た。
赤い魚の姿をした魂にランと名前をつけ、溺愛し、いつも連れて歩いている。
人間の魂を育てることは自然の掟を犯す犯罪であり、指名手配されている。

・ラン(ケ 狼牙)……19歳。ユージンと椿の義兄。赤いイルカに姿を変えた椿を助け、渦潮に呑まれて絶命した。
今は赤い魚の姿をした魂となって、椿に飼われている。
何も食べないが、誰かの愛を受ければ受けるほどに急成長する。
自然界にはあり得ないほどの大きさまで育つと、人間界への扉を開けると言われている。
そしてその成長は自然のルールを破壊し、海底世界を滅茶苦茶にしてしまっている。

・メイファン(ラン・メイファン)……54歳だが子供のように好奇心旺盛。ユージン達の叔母にあたるが、頑なにおばさんと呼ぶのを禁止している。
元々は身体があったが、自分で自分を殺してしまい、ユージンと同じく身体を持たない『気』だけの存在になってしまった。
元中国全土に名を轟かせた凄腕の殺し屋。ユージンのことを『六百万年に一人の天才』と呼び、調教したがっている。
黒い『気』を操り、自分の身体も含め何でも武器に作り替えてしまえる能力を持つ。ランの母親を15年前に殺した。
現在、姉のララに命じられ、ボディーガードとして四歳児チェンナの身体の中に入っている。
渦潮に呑まれた3人の甥っ子を探して、というより赤い巨大魚を追って海底へ潜った。
暇なので悪いことばかりしている。

・チェンナ(劉 千【口那】)……ユージンの姉であるメイの娘。ララの大事な大事な孫娘。四歳。意外に強い。
現在、メイファンが身体の中に入っている。

・ルーシェン(鹿神)……チョウと椿共通の友達で年齢不詳の若者。10回に9回しか本当のことを言わない嘘つき。チョウ曰く根はいい奴。
木の上から落ちて頭を打ち、意識を失ってから植物鹿人間になってしまった。
身体を動かし、食事をしなければ生命維持が出来ないため、ユージンが中に入って世話をしている。
自分のことを男だと言っていたが、実は女だった。

・ズーロー(祝熱)……チョウの義兄。寝るために生きている。火を司る修行中。才能はあるが、やる気がない。
秀珀の外見に惚れているが、中身はメイファンのほうが好みらしく、秀珀にメイファンが入ってくれることを望んでいる。

・祝融(ズーロン)……火を司る仙人であり、戦士。チョウとズーローの師匠。髪の毛が炎で出来ている。

・赤松子(チーソンズ)……雨を司る仙人。見た目はなよなよしていて弱そうだが、祝融と互角の力を持つと言われている。

・霊婆(リンポー)……死者の魂を司る仙人。一つ目を描いた布で顔を隠している。名前は女性だが性別不明の老人。
『気』の海に浮かぶ島に猫とともに一人で住んでいる。

・秀珀(ショウポー)……雪の国に住む美女。悪い子の魂を司る仙女。
秘密の目的があって人間界に行きたがっている。
0557創る名無しに見る名無し
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2020/01/12(日) 08:23:46.98ID:Cd8qh9PJ
「これ、私が祝融に滅せられかけた時と同じだな」
メイファンは狼達を噛み殺しながら、呟いた。
「やはりユージンか。あの金ピカ野郎……!」
0558創る名無しに見る名無し
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2020/01/12(日) 08:31:22.28ID:Cd8qh9PJ
息を荒くして戻って来たチョウを見て、ユージンは不思議そうな顔をした。
「どうしたの!? チョウ」
「あああああ」
「落ち着きなさいな」秀珀が言い、盃を差し出した。「これでも飲んで……。あ、お酒じゃないわよ? ただのお水」
チョウは水を飲み干すと、ユージンに言った。
「おま、おまお前、何かした?」
「は?」ユージンは首を傾げた。「何かって?」
「ま、まぁいい。アイツ……メイファン、俺を殺そうとしやがった」
「ええ!?」
「やっぱりアイツ、人間は悪いものだ! 自分が暇だからって、退屈しのぎに俺を殺そうとした」
「なんか……ごめん」ユージンはぺこりと頭を下げた。
「あらあら」秀珀が意地悪そうに笑った。
0559創る名無しに見る名無し
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2020/01/12(日) 08:35:10.74ID:Cd8qh9PJ
「とりあえず」ユージンはチョウの手を握ると、言った。「ぼくと一緒にいれば大丈夫だ」
「あ?」チョウは繋がれた手を嫌そうに見た。
「ぼくが一緒にいたらメイファンも悪さできない。離れずにくっついててね」
「あ? ……ああ」
チョウは息を整えながら、自分が出て来た扉を振り返った。
メイファンはどうやら外へ逃げ出したようだった。
0560創る名無しに見る名無し
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2020/01/12(日) 08:37:59.38ID:Cd8qh9PJ
一匹のネズミが駆けて来て、秀珀の顔を見上げてチチッと鳴いた。
「あら」秀珀はその知らせを受けてチョウ達に言った。「朗報よ」
0561創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 16:10:22.26ID:Mp6bRsJy
もうとっくに日は暮れていた。
しかしチョウは構わず暗闇の中を走った。
「待ってよ、チョウ!」ユージンはその背中を追いかけた。「ルーシェンに乗りなよ! そのほうが早いよ!」
「何も見えねーのに速駆けして木にでもぶつかったらどうすんだ!」
チョウは振り返らずにそう言い、障害物に気をつけながら走った。
雪の国を抜け、森を進むと前方に月明かりに照らされた高台が見えた。
そこに立ち、下界を見下ろす椿の後ろ姿がそこにあった。
0562創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 16:13:14.88ID:Mp6bRsJy
「椿!」
チョウが声を投げると、椿は振り向いた。
「チョウ!」
その驚いた顔を月が照らす。そしてすぐにその顔は穏やかな、安心したような笑顔に変わった。
「体、よくなったのね。よかった……」
0563創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 16:25:12.02ID:Mp6bRsJy
「椿……」
チョウは何か言おうとしたが、息を整える必要があった。
追いついて来たユージンはただ黙っていた。
「なんだか」椿が言った。「火の町が……おかしいの」
そこからはチョウの住む火の町の全貌が見渡せた。町はいつも通り平和なように見えた。
「おかしいって?」
ユージンが町の様子を見ながら聞く。
「植物達が騒いでいるの」
「植物?」
「うん」椿は町から目を離さずに、言った。「何か、嫌な予感がする」
「椿」ユージンはその手を強く握った。「祝融の所、行こう」
「え?」椿は驚いたように振り向いた。
「嫌な予感がするなら報告しないとだろ」
「でも……わたしは……」
「ランの居場所ならわかったよ」
「本当!?」椿は体ごと振り返ると、ユージンの胸に手を置き、迫った。「どこなの!?」
「ランも一緒に連れて行こう」ユージンは厳しい顔で言った。「自主するんだ、椿」
0564創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 16:28:43.49ID:Mp6bRsJy
「自主するって何だ、『自首』だろ、バカ」チョウが突っ込んだ。
「おっ、音は同じだろ! 日本語なら……」ユージンはあがいたが、中国語では音も違う。
0565創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 16:33:54.30ID:Mp6bRsJy
「とにかく……ランのとこ行こう」チョウが言った。
「どこ?」椿がチョウを頼るように見た。
「秀珀が監禁してやがったんだ」
「秀珀?」椿は一瞬わからなかったが、すぐに言った。「あ……。あの綺麗な女の人ね」
「お前がここにいることもアイツから聞いて来たんだ。行くぞ」
「うん。ありがとう、チョウ。ランを見つけてくれて……」
「行くぞ」チョウは礼には答えずに歩き出した。
0566創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 17:09:22.22ID:f6q+Kyr7
森の中を揃って歩きながら、ユージンがしつこく言った。
「椿、何度も言うけど……ランと一緒に自首するんだよ?」
チョウは黙ってただ先頭を歩いていた。
「チョウも……」椿はその後ろ姿に声を投げた。「同じ考え?」
何も答えないチョウに代わってユージンが言った。
「だってランのせいで水の町が滅茶苦茶になったんだぞ? 悪いことしたんだから自首するのが当たり前だ」
「ランのせいだってはっきりしたわけじゃないじゃない!」
「祝融が言ってたんだよ! ランの自然界にはあり得ない成長のせいで、自然のバランスがおかしくなったんだって」
「証拠はあるの?」椿はなおも強い顔つきで歯向かった。
「あの祝融が間違いないって言ったんだよ!」
「祝融が何よ!」椿はユージンを睨みつけた。
「見えたぞ」チョウが振り向いた。「雪の大聖堂だ。少し暖まろう」
0567創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 17:16:15.81ID:f6q+Kyr7
大扉を開け、中へ入ると空気が暖かくなった。
すぐに秀珀が出て来て、椿に言った。
「お嬢ちゃん、お帰りなさい。いよいよね」
「こんにちは。いよいよ……って?」
意味がわからず聞く椿に、秀珀は嬉しそうに言った。
「ネズミちゃんの報告があったわ。お魚さんが逃げ出したの。火の町の方角へ飛んで行ったそうよ」
「えっ」
「いよいよ開くわよ」秀珀は白目を剥き、笑った。「人間界への扉が」
0568創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 17:42:30.83ID:f6q+Kyr7
メイファンはチョウ殺害にしくじり、夜の森の中を歩いていた。
「やーい」チェンナがしつこくメイファンを笑い者にしていた。「よわいものいじめしっぱーい、やーい」
「うるさい。追い出すぞ、チェンナ」
「無理よー。これチェンナのからだだもん」
「うぅ……。しかしこんな外を歩いていて、祝融に見つからなければいいが……」
「たたかえばいいじゃん」
「嫌なこった。アイツは強すぎる」
0569創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 17:47:25.22ID:f6q+Kyr7
「こえていけばいいじゃん」
「わかったようなことを言うな。ド素人のガキが」
「ちょーせんするんだよ! そーやってもっとつよくなるの!」
「私の歳を考えろ」メイファンは面白くもなさそうに言った。「若ければそうしたろうが、もう無理はせんわ」
「じゃー、なんで、つよいひとと、たたかいたがるの?」
「暇だからだ」メイファンは即答した。「それだけだ。そのためにはちょうどいい強さの奴がいい……ん?」
メイファンは何かに気づいて夜空を見上げた。
0570創る名無しに見る名無し
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2020/01/13(月) 17:53:12.09ID:f6q+Kyr7
ゴウン
ゴウン
と、重量物が飛ぶ音を立て、何かが後方から空をやって来ていた。
暗い夜空でもはっきりと、明るい赤色をした巨大な魚だとわかった。
それは間違いなく、メイファンをこの世界へ導いた、あの巨大魚の姿だった。
「ラン!?」メイファンは届かない声を上げた。「お前だったのかよ!」
森を揺るがす悲しげな叫び声を上げると、ランは月を隠しながら、火の町のほうへと飛んで行った。
0571創る名無しに見る名無し
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2020/01/14(火) 23:34:00.73ID:kZHCwNe9
「急げ!」
チョウは椿を抱いてルーシェンの背に乗り、駆けた。
椿が樹木の気配を察知できるので、もうぶつかる心配はなかった。

森を抜けると、大勢の人が作る列が見えた。
皆、大きな荷物を背負い、川のほうへと大移動している。

「どうしたの!?」
椿が顔見知りのおばさんを見つけ、叫んだ。
「あぁ……椿ちゃん」おばさんは泣きそうな顔で言った。「あんたのせいだ」
「え?」
「あんたがあんな化け物を育てるから、火の町が滅茶苦茶だよ!」
0572創る名無しに見る名無し
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2020/01/14(火) 23:44:58.56ID:kZHCwNe9
町へ近づくと、空がどんどん赤くなった。
「馬鹿な……」チョウが声を漏らした。「火の町が……燃えてる」
チョウの住む石の集合住宅も大火に包まれていた。
「ばあちゃん!」チョウは叫んだ。「ズーロー!」
「チョウ!」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、振り向くと、樹氏と鳳夫人が並んでこちらを見ていた。
「おばあさんは無事だ。私が救助したよ」樹氏が言い、すぐに椿を見た。
「おとうさん……」椿はまっすぐに立ち、二人と向き合った。「おかあさん……」
0573創る名無しに見る名無し
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2020/01/14(火) 23:55:51.95ID:kZHCwNe9
「椿……」鳳夫人は言った。「これ、あんたのせいなんだよ」
椿はびくんと震え、固く拳を握りしめた。
「お前がまさか……」樹氏が残念そうに言った。「人間だとは」
「え?」椿は驚き、顔を上げた。「私が? 人間?」
「この世界の住人でこんなことをする者はいない。祝融が言っていた、こんなことをするお前は人間に違いないと!」
「そんな……」椿は何も言えず、口を覆った。
「クスノキの義父さんに騙されたよ。あのひとは人間が好きだったから……」
「わたし……」椿は涙しながらもようやく言った。「みんなの……仲間よ?」
「仲間だと言うのなら、あれを何とかしろ!」樹氏は大きな声を出し、空を指差した。
赤い空を更に赤く染めるように、巨大な飛行船のような真っ赤な魚が建物の間を横切った。
0574創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 08:05:09.65ID:zMCgAb20
メイファンは身体を小型ジェット機に変え、ランを追って飛んでいた。
火の町は所々から黒い煙を上げ、明々と燃えていた。
「わぁ……楽しそう♪」
そう言いながらも町の手前で着地し、変身を解く。
『気』を持たない祝融がどこにいるかわからず、警戒したのだ。
「ちくしょ。迂闊に近づけねぇ……」
「やーいメイファンのよわむしー」チェンナが怒ったように言った。
「しかし……これ……」メイファンはチェンナを無視し、赤く燃える町を眺めて呟いた。「ランがやったって言うのか?」
0575創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 08:14:54.18ID:zMCgAb20
あれだけ優しかった両親に酷い言葉を浴びせられる椿を、チョウはただ黙って見ていた。
困ったような顔をして、ユージンの鹿の背中に手を触れて、口を半開きにして。
椿がランを追うように急に駆け出すと、思い出したようにチョウも駆け出した。
「椿!」
樹氏が娘の背中に声をかけたが、椿は振り向かなかった。
「チョウ!」
樹氏は振り向かない椿の代わりにチョウに言った。
「祝融が出る! 神通力に巻き込まれないよう……!」
「わかった!」
そう言うとチョウは全力で椿を追った。
0576創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/16(木) 08:31:06.51ID:zMCgAb20
「チョウ!」
ユージンは四本脚で駆け、追いついた。
「乗って!」

しかしチョウは何も言わず、困ったような顔で首を横に振る。

「椿を連れて避難しよう」
ユージンがそう言っても、チョウは追いつこうともせず、困ったような顔で椿の背中を追っていた。

椿の黒い長スカートが熱気にはためき、赤い旗袍と髪が炎に照らされていた。
3人は何も言わずに町の中央広場へ向かっていた。
0577創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/16(木) 08:39:28.59ID:zMCgAb20
中央広場に着くと、仙人達が揃って空を仰いでいた。

火の祝融
雨の赤松子
地母神后土
樹の句芒

その他、優れた神通力をもつ仙人達が、ランに向かって総攻撃をかけるところらしかった。
そんなことも知らず、ランはこちらのほうへ空を泳いで来る。
ランは町を攻撃してなどいなかった。
ただ、そこにいるだけで、火の町を火で包むという、自然に反することを起こしてしまう。
それを悲しむように、ランは天地を揺るがす大声で叫んだ。
0579創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/16(木) 18:30:37.67ID:A5qA1cGi
「俺の町を火で包むとは」
祝融は眉を吊り上げた。炎の髪が逆立つ。
「許さぬぞ、化け物」

祝融は左手をただ上げただけだった。
それだけでランの飛行船ほどの巨体が巨大な炎に包まれる。
ランは耳をつんざくほどの悲鳴を上げた。しかし、その身体には傷どころか煤ひとつついていない。

「なんと」
祝融は目を疑った。
「俺の炎に耐えるとは」
0580創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 18:38:19.75ID:A5qA1cGi
「たぶん身体が水で濡れているんだ」
赤松子が言った。
「ぼくがそれを退けてあげる」

赤松子の蒼い髪がゆらめくと、瞬く間に空に暗雲が立ち込めた。
雲はその裡に黄色い光を蓄えている。

「散」
赤松子がそう唱えると、無数の稲光がランを襲った。
轟音と明滅する光に包まれ、ランはまた大地を揺るがして絶叫する。
しかし雷雲が去ると、またもや何事もなかったような巨体を現した。
0581創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/16(木) 18:44:27.13ID:A5qA1cGi
「あの雷撃にも耐えるのか」
緑色の草のような少年が呆れたように言った。樹の町の守護神、句芒である。

「でも今ので水分を飛ばした」
赤松子が落ち着いた口調で言った。
「祝融、もう一度火炎を」

「今度は仕留める」
祝融が左手を上げようとした時、駆けて来た少女が叫んだ。
0582創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/16(木) 18:48:22.18ID:A5qA1cGi
「待って!」
椿は転びそうになりながらも祝融達の前に辿り着いた。
「待ってください!」

「お前が『樹の一族』の?」
祝融は恐ろしい目で椿を睨む。

「養女です!」
椿は息を切らしながら、頷いた。

「椿ちゃん……」
赤松子が悲しそうな顔を向ける。
「なぜ……霊婆の元へ返しに行かなかったんだ」
0583創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/16(木) 19:04:15.25ID:A5qA1cGi
「樹氏にも君を育てた罪がある」
句芒が緑色の細い腕を組み、低いところから冷たい目で椿を見下した。
「追って沙汰するけど、君の罪はもっと、もっとだ。最上級に重いよ?」

「椿!」
叫びながら、後ろから樹氏と鳳婦人が追って来た。

「やはり……お前」
祝融が椿を睨みながら、言った。
「人間か」

「椿……!」
鳳夫人が口を覆い、嗚咽を漏らしはじめた。
「なんということだ……」樹氏が目を覆い、天を仰ぐ。
「まさか人間を自分の娘として育てていたとは……」

「椿ちゃんが……」
赤松子は吃驚している。
「……人間?」

「違う!」
椿は胸を張り、大声で名乗った。
「わたしは亡きクスノキ老の孫娘! ハナカイドウを司る仙人、椿だ!」
0584創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:08:12.68ID:A5qA1cGi
「どうでもよい」
祝融はそう言うと、左手を上げた。
「お前のことは後だ。まずはあの化け物を打ち落とす!」

「させない!」
そう言うや否や、椿も手を高く上げた。

椿の身体を薄紅色の巨大な光が包み、椿は一本のハナカイドウの樹と化した。
0585創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/01/16(木) 19:10:43.16ID:A5qA1cGi
【ハナカイドウ】

ハナカイドウ(花海棠、学名:Malus halliana)は、バラ科リンゴ属の耐寒性落葉高木。別名はカイドウ(海棠)。

中国原産の落葉小高木。花期は4 - 5月頃で淡紅色の花を咲かせる。性質は強健で育てやすい。花が咲いた後の林檎に似た小さな赤い実は、食することができるが、結実しないことが多い。

樹高:5〜8m 

https://images.app.goo.gl/y1J6QtqfHM6qXnbs8
0586創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:15:25.96ID:A5qA1cGi
思わず祝融は驚きの声を上げた。

目の前に出現したハナカイドウの樹は、みるみるうちに天へと伸びた。
クスノキの老木を追い越し、ランをかばって壁となるほどの巨大なハナカイドウは、自然界にはあり得ないものだった。

「人間め!」
祝融が憎むように、目の前に立ちはだかったハナカイドウの巨木に手をかざす。
「お前も焼き殺してくれる!」
0587創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:21:08.56ID:A5qA1cGi
「待って!」
「待ってください!」
鳳夫人と樹氏が声を揃えて駆け寄った。
「人間とはいえ、3年近くもの歳月をともに過ごした娘です!」
「どうか! お慈悲を!」

「退け!」
祝融は構わず火を放った。
ハナカイドウの巨木が揺れた。
0588創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:23:02.11ID:A5qA1cGi
メイファンは樹の陰に隠れ、それを見ていた。
「あーあ……」
「ちゅんちゃん、しんじゃうよ?」チェンナが言った。
「仕方ねぇだろ」メイファンは冷静な口調で答えた。「あの火のバケモノに私が敵うわけあるか」
0589創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:26:25.74ID:A5qA1cGi
チョウは何も出来ずに少し離れたところで見守っていた。
ユージンは何も言えず、チョウの肩に掴まって立っているのがやっとだった。
あれほど一時は憎らしいと思ったはずの椿なのに、死ぬとなると足がガクガクと震えた。
「チョウ……どうしよう」それだけ言うのがやっとだった。「椿が……死んじゃう」
チョウは口を固く結び、真剣な眼差しでただ椿の闘いを見守っていた。
0590創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:32:45.17ID:A5qA1cGi
ランの巨体を包み込んだ祝融の火炎でも、ハナカイドウの巨木を包むことは出来なかった。
枝に火を灯しただけで、椿の化身はいまだ立ち塞がっていた。

「おのれ小癪な小娘め!」
一撃で燃やし尽くすはずだったものの平気な姿に逆上したように、祝融は吠えた。
「燃え尽きるまで何撃でも喰らわせてくれる!」

二撃目が放たれ、ハナカイドウの巨木は先程よりも大きく揺れ、燃えはじめた。
0591創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:39:51.46ID:A5qA1cGi
椿は背中に祝融の攻撃を受けながら、ハナカイドウの天辺でランに話しかけていた。
「行きなさい! ラン!」
ランは気遣い、オロオロするような目で悲しそうに椿を見た。
「クオッ……」と小さな声を漏らし、空にそれを響かせた。
「人間界への扉は開いたの! あそこよ!」
椿は西の空に空いた黒い大きな穴を指差した。
祝融の三撃目を背中に受け、椿が痛そうな顔をし、呻いた。
ランが寄って来ようとするのを見、椿は手で追い返す。
「お願い! 早く! 行って!」
0592創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:50:48.86ID:A5qA1cGi
「わたしもあなたを追って後から行くわ」
椿は微笑み、ランに言い聞かせた。

ランはまっすぐに椿を見た。
その巨きな両眼から涙が溢れた。

「ね? あなたが行ってくれないと」
椿は四撃目を背中に受け、仰け反った。しかしまたすぐに微笑みを浮かべ直すと、言った。
「あなたに会いに行けないじゃない」

五撃目がすぐにやって来た。
「……!」
椿は叫び声をこらえると、ランを急がせた。

「早く!」

ランが悲しげに長い叫びを上げた。

「……も…たない!」

すると椿を信じるように、ようやくランは西の空に向かって泳ぎ出した。
0593創る名無しに見る名無し
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2020/01/16(木) 19:56:52.61ID:A5qA1cGi
「いい子ね……」
椿は去って行くランの後ろ姿を見ながら、笑った。
「ありがとう……ラン」

祝融の六撃目は怒りに満ちていた。
その黒い炎はハナカイドウの巨木に当たると、遂に裏側まですべてを火炎に包んだ。

真っ黒な煙を上げ、無数のとかげのような炎が幹から天辺までを舐め回し、
ハナカイドウの巨木は轟音を立てて燃え、遂には折れるような音とともに崩れ、倒れた。
0594創る名無しに見る名無し
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2020/01/30(木) 07:24:25.91ID:tHuI0QPw
メイファンはそれを見ないよう、目を瞑っていた。
それは椿の化身であるハナカイドウの大樹がまだ倒れる前だった。
「私にはどうにも出来ん」
そう心の中で呟きながら、動こうとする自分の足を止めていた。
「人はどうせ死ぬのだ」
ハナカイドウの樹が祝融の攻撃を受け、爆ぜる音を立てて燃えはじめた。
「早いか、遅いかだけの話だ」
空ではランが悲しげな声を上げ、人間界への穴に向かって飛んで行った。
「楽に死ぬか、苦しみ悶えて死ぬかの……」
椿の苦しむ声が聞こえた気がした。
同時に、自分にじゃれついてくる幼い頃の椿の笑顔が大きく浮かんだ。
0595創る名無しに見る名無し
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2020/01/30(木) 07:29:39.41ID:tHuI0QPw
「椿!」
叫びながら、メイファンは建物の陰から飛び出した。
燃え落ちるハナカイドウの大樹を見た。
こちらを振り返った祝融と目が合った。
「お前……」祝融はメイファンを睨み付け、言った。「探したぞ」
メイファンは椿の化身が地に倒れるのを見、天空に空いた自分の帰り道を見上げ、そして祝融をまっすぐ見て言った。
「てめぇ。可愛い私の姪っ子に何しやがる」
0596創る名無しに見る名無し
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2020/01/30(木) 07:34:59.20ID:tHuI0QPw
「この子は?」
可愛い四歳児の姿のメイファンに優しい目を向けながら、赤松子が聞いた。
「黒い悪魔だ」祝融が答えた。「見た目に騙されるな」
「黒い……悪魔? では、この子が……。こいつが……?」
赤松子の優しい顔が変貌して行く。
蒼い髪が逆立ち、目は吊り上がり、口は激しい怒りで歪み、濁った怒声を上げた。
「お前が水龍道士ををォオッ!!?」
0597創る名無しに見る名無し
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2020/01/30(木) 07:36:25.94ID:tHuI0QPw
赤松子は手を高く振り上げた。
一筋の稲妻が走り、メイファンの頭上に落ちた。
0598創る名無しに見る名無し
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2020/01/30(木) 07:48:18.25ID:tHuI0QPw
メイファンは咄嗟にチェンナの身体をビニールに変えていた。
「雷が来るとわかってりゃ絶縁すればいい」
そう言ってほくそえんでいるところへ祝融が掌を向けているのが見えた。
「大丈夫……だと思う」
メイファンが呟いた通りだった。
祝融が炎を放とうとした瞬間、飛んで来たカナブンがその掌に止まった。
「こっ、これでは撃てぬ!」
カナブンを燃やすことを躊躇して祝融が叫ぶと、句芒が横から身を乗り出した。
「手を貸そう」
そう言うと句芒はたちまち緑色の竜巻を起こし、それはメイファンとチェンナを飲み込んだ。
0599創る名無しに見る名無し
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2020/01/30(木) 07:51:59.22ID:tHuI0QPw
メイファンが仙人達の注目を浴びている隙に、チョウは駆け出した。
ハナカイドウの大樹の根本に駆け寄ると、燃えずに落ちた太い枝を一本拾った。
「どうするの?」ユージンが聞く。
「霊婆」
それだけ言うと、チョウは反対方向に向かってまた駆け出した。
0600創る名無しに見る名無し
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2020/01/30(木) 08:01:18.03ID:l0S3hwY9
ユージンの背に乗り、チョウは『気』の海の港に着いた。
「ユゥはここで待ってろ」
そう言うとチョウは、ハナカイドウの枝を抱いてちょうどやって来た舟に飛び乗った。
「ぼくも行くよ!」
ユージンは何か嫌な予感がしたので叫んだ。
「バァカ。心配いらねーよ。お前があそこ行ったらまた霊婆に欲しがられるぞ」
「だからだよ!」
霊婆は仕事が難しければ大きな見返りを要求する。前はルーシェンの魂を引き戻すのにユージンをペットとして欲しいと要求された。
チョウが何をしようとしているのか、大体わかる。恐らくは大きな見返りを要求されるだろう。
チョウが何を差し出すか、ユージンはわかっていた。自分の寿命だ。
0601創る名無しに見る名無し
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2020/01/30(木) 08:03:23.99ID:l0S3hwY9
岸を離れようとする舟にユージンは飛び乗った。
「バカ! 邪魔だ帰れ!」
「帰らない! ついて行く!」

二人は激しく喧嘩をしながら霊婆の島へ渡って行った。
0602創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 22:05:09.39ID:TO9rIe6r
「なんだ。また来たのか」
寺に着くなり霊婆は出迎えた。
チョウはハナカイドウの太い枝を差し出す。それだけで霊婆には用事が伝わった。
「ふん」霊婆は枝を見ると鼻で笑った。「お嬢ちゃんかい」
チョウの後ろにぴったりとくっつき、ルーシェンの身体の中からユージンが見守る。
「できる?」
チョウが聞くと、霊婆は馬鹿にするなと言わんばかりに高い声を出して笑った。
「身体は生きていても魂が死んでいては仕方がないが、これはその逆だ。私には赤子を取り出すより簡単だ」
0603創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 22:10:35.58ID:TO9rIe6r
寺の神聖な部屋の中心に蓮華の形をした大きな台がある。
その上に霊婆は枝を置くと、神通力で焼いた。
焼けた枝の表面を手で崩すと、中から一糸纏わぬ姿の椿が仰向けになって現れた。
大事なところはすべて木片で隠されていたが、チョウは照れて目を逸らしたりはしなかった。
目を閉じて緩やかな息をしている椿を見ると安心したように、嬉しそうに笑った。
0604創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 22:17:33.19ID:TO9rIe6r
霊婆から窓に掛ける布を貰い、椿に着せると、チョウは聞いた。
「お代は?」
「要らないよ」霊婆は即答した。「こんな簡単な仕事で何も貰えるかい」
「そっか」チョウが笑う。
「ありがとう」ユージンも笑った。
ルーシェンの中のユージンにようやく気がつくと、霊婆は思わず声を上げた。
「あっ!」
「それじゃ、帰るわ」
「バイバイ」
そう言い残して背を向けた二人に霊婆は手を伸ばして悔しがった。
「あぁっ! しまった! その珍しい人間を私のものに出来る好機だった!」
0605創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 22:23:07.06ID:TO9rIe6r
船は靄の中を戻って行った。

「ありがとう、チョウ」椿は穏やかな声で言った。
「ランは人間界に帰ったぜ」チョウは顔を背けながら言った。
「よかった。でも……」
「ん?」
「人間界に帰っただけじゃ、まだ人間には戻れない」
0606創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 22:39:52.91ID:TO9rIe6r
「どうするんだ?」チョウは顔を背けたまま聞いた。
「私も人間界へ行くわ」椿は言った。
「行ってどうすんの?」
「ランに最後の栄養が必要でしょ」
「愛……かよ?」
椿は無言で頷いた。
0607創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 22:41:45.31ID:TO9rIe6r
「でも、わたし……」椿は少し弱々しい声で言った。
「うん」チョウはわかっているという風に返事をする。
「わたし……おじいちゃんから貰った『気』を、ランを守るためにすべて使い切ってしまった」
0608創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 22:44:42.01ID:TO9rIe6r
チョウは椿を見た。薄紅色の『気』を失い、ただの人間になってしまった椿を。
何の力も持たず、チョウごときの神通力でも簡単に砕けてしまうほどに弱々しい生き物がそこにいた。
0609創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 22:46:03.20ID:TO9rIe6r
「チョウ」椿は言った。「一緒に人間界へ連れて行ってほしいの」
「そっか」チョウは少しだけ考えてから、答えた。「いいぜ」
0610創る名無しに見る名無し
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2020/02/01(土) 22:50:25.62ID:Iw9hGK/x
「待ってよ!」ユージンが大声を出した。「もう、いいでしょ! チョウを巻き込まないでよ!」
「ユゥ」椿はユージンを振り返った。「邪魔しないで」
「チョウ! 行くな!」ユージンは構わず言った。「椿は世界をめちゃくちゃにしたんだぞ!?」
「俺は……」チョウは二人のほうを見ずに言った。「大切な奴が困ってたら助ける。それだけだ」
0611創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 09:15:24.34ID:c9N8Jq8W
時は少し前に戻る。

句芒の緑色の竜巻がメイファンとチェンナを呑み込んだ。
メイファンは身体を柔らかいゴムに変え、渦に巻き上げられるがままに、気持ちよさそうに天空へと運ばれて行った。
竜巻の中を抜けると、人間界への穴が手の届く場所に見えた。
「あらメイファン」
神獣鳳凰に乗った秀珀が並んで飛んでいた。
「奇遇ね。一緒に入りましょ」
「あぁ……ここ逃したら戻れねぇかもな……」
メイファンは下界を見下ろすと、呟いた。
「すまん、椿……。私の任務はチェンナを守ること、それだけなんだ」
0612創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 09:16:42.26ID:c9N8Jq8W
メイファンは頭にヘリコプターの羽根をつけると、秀珀の乗る鳳凰とともに、ドラえもんのように穴へと入って行った。
0613創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 09:22:00.20ID:c9N8Jq8W
チョウは家に帰ると、すぐに支度を始めた。
着替えと食料の木の実を袋に詰め込むと、口を結わえる。
「ユゥ、お前も行くんだろ?」
チョウが言うと、ユージンは不満そうな顔をして立ったまま、答えた。
「ぼくは……行かない」
「行くっていうか……」チョウは少し驚いた顔をした。「帰れるんだぜ? お前の元いた世界に」
「行かない。チョウの帰りを待ってる」
「……そっか」
それだけ言うと、チョウは荷物を肩に下げ、出て行こうとした。
0614創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 09:23:56.96ID:c9N8Jq8W
「待って」ユージンがチョウを呼び止めた。
チョウはとぼけた顔をして振り向いた。
ユージンは思っていたことをチョウに向かってぶちまけた。
0615創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 09:27:19.46ID:c9N8Jq8W
なんで椿のこと、助けるの?
チョウにはなんにもいいことないじゃないか!
椿に利用されてるだけじゃないか!
ランを人間に戻して、それでチョウに何かいいことがあるの!?
チョウは椿のことが好きなんだろ!?
奪えよ!
このままじゃ椿はランと結ばれて、チョウは何もかもを失くしてこっちに帰って来るだけだぞ!
0616創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 09:29:18.22ID:c9N8Jq8W
ユージンの言葉をチョウはとぼけた顔のまま黙って聞いた。
聞き終わると、答えた。
「アイツの悲しい顔、見たくねーだけだよ」
ユージンはさらに何か言おうとしたが、構わずチョウは背中を向けた。
「じゃ、行くぜ?」
0617創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 09:33:25.84ID:c9N8Jq8W
「待ってよ!」ユージンは大声でチョウの背中を呼び止めた。
チョウがまたとぼけた顔で振り向く。
「ぼくのことは悲しませてもいいっていうの!?」
「は?」チョウは気持ち悪そうに顔を歪めた。
「黙ってたけど」ユージンは告白した。「ルーシェンね、女の子なんだ」
「まさか」チョウが嘘つきを見る目で笑う。
「それからね」ユージンは続けた。「ぼく……李玉金も、実は女の子なんだ」
0618創る名無しに見る名無し
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2020/02/02(日) 09:37:48.67ID:c9N8Jq8W
「やめろバカ」チョウはゲロを吐く仕草をしながら笑った。
「本当なんだ! だってぼく、チンコないでしょ!?」
「そりゃお前は『気』だけで身体がないもんな。でもわかるよ。お前の声は男の声だし……」
ユージンは激昂し、身体中から金色の光を放った。
「これ見てよ!」
光に包まれたルーシェンの身体が、本来の性別の姿に変わって行く。
0619創る名無しに見る名無し
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2020/02/09(日) 23:33:16.32ID:xXjnvNn8
「おぉ……」
目を見張って立ち尽くすチョウの前に、金色に光る美女がいた。
長い金色の巻き毛に長い睫毛、まっすぐ筋の通った鼻、透き通るような唇、繊細に天へ向かって伸びた角。
「これがぼくの本当の姿」
ユージンはそう言った。もちろんそれは正しくはユージンの理想の姿だったのだが。
「どう?」
「どう?……って……」
自信たっぷりにユージンに胸を張って言われ、チョウは困ったような顔をした。
これでもかとばかりに張った胸をユージンはさらに大きく膨らませた。
0620創る名無しに見る名無し
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2020/02/09(日) 23:44:39.00ID:xXjnvNn8
「綺麗だ」チョウは涼しい笑顔で言った。「うん。綺麗だよ、お前」
「でしょー!?」ユージンは思わず素っ頓狂な声を出した。「椿なんかより、ぼくのほうがずっと綺麗でしょー!?」
「綺麗だけど……」
だけど、という言葉にユージンの、ルーシェンの美しい顔が曇る。
「俺は……」
「言わないで!」
ユージンは思わずチョウの言葉を遮った。
聞かなくてもわかっていた。聞きたくなかった。
椿に一途な、そんなチョウのことが好きな自分の気持ちもわけがわからなかった。
「……行けよ」
そう言いながら、ユージンはチョウの顔を見られなかった。
「行って、椿とランの縁結びでもして来いよ! バカ!」
0621創る名無しに見る名無し
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2020/02/09(日) 23:49:26.69ID:xXjnvNn8
「お前は……」
チョウの真面目な口調が急にいつものぶっきらぼうさを取り戻し、聞いた。
「本当に帰らねーの?」
ユージンは顔を背けたまま何も答えなかった。
「……なぁ?」
「……」
「一緒に行こうぜ?」
「……」
何も言わないユージンのことを暫く戸口に立ってチョウは見つめていた。
しかしやがて静かにチョウが出て行く気配を感じると、ユージンはベッドに顔を埋めて動かなくなった。
0622創る名無しに見る名無し
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2020/02/10(月) 00:16:20.51ID:Cf2qf5lI
【主な登場人物まとめ】

・ユージン(李 玉金)……17歳の人間の少年。生まれつき身体を持たない、金色に光る『気』だけの存在。
口さえ開いていれば誰の身体にでも自由に入れる。入る身体がなければすぐに死んでしまう。
金色の『気』の使い手だが、特に何も出来ない。明るい性格だがダメ人間。それでいて自分は超天才だと信じている。
妹とともに渦潮に呑まれ、海底世界へやって来た。記憶のほとんどを失くしてしまっている。
現在は植物鹿人間となったルーシェンの身体に入っている。チョウのことが大好き。

・チョウ(湫)……ユージンが海底世界で出会った同い年の少年。背が低く、年齢よりも幼く見える。髪の色は白。
秋風を司る仙人のたまご。橙色の『気』を使う。火の能力も使える。
言葉遣いが粗野で、放縦なように見えるが、根は意外なほどに真面目。
椿に恋しているが、気持ちを伝えようとは決してしない。特別に仲良くはなったものの、年下の椿から弟扱いされてしまっている。
ユージンを人間だと知りつつ信頼し、海底世界に住むことを許している。

・椿(チュン)……16歳の赤いおかっぱの少女。元ユージンの妹で人間。今は海底世界の住人。
真面目で頑張り屋。ユージン曰く顔はそこそこ可愛いが、小うるさくて地味な女の子。
名門『樹の一族』の養女となり幸せに暮らしていたが、重大な犯罪を犯した上、人間であることがばれ、祝融に殺される。
しかしチョウの機転で復活し、死んだランの魂を復活させるという重大な犯罪行為を成し遂げようとしている。
ランのことを大好きな義兄だという記憶はないまま愛してしまっている。

・ラン(ケ 狼牙)……19歳。ユージンと椿の義兄。赤いイルカの姿をした椿を助け、渦潮に呑まれて絶命した。
赤い魚の姿をした魂となって霊婆の島に落ちていたのを椿の手によって持ち出される。
何も食べないが、誰かの愛を受ければ受けるほどに急成長する。
自然界にはあり得ないほどの大きさまで育つと、人間界への扉を開けると言われている。
椿の愛を受けて急成長し、自然界のルールを乱して海底世界を滅茶苦茶にし、遂に人間界への扉を開けた。

・メイファン(ラン・メイファン)……54歳だが子供のように好奇心旺盛。ユージン達の叔母にあたる。
元々は身体があったが、自分で自分を殺してしまい、ユージンと同じく身体を持たない『気』だけの存在になってしまった。
元中国全土に名を轟かせた凄腕の殺し屋。ユージンのことを『六百万年に一人の天才』と呼び、調教したがっている。
黒い『気』を操り、自分の身体も含め何でも武器に作り替えてしまえる能力を持つ。
現在、姉のララに命じられ、ボディーガードとして四歳児チェンナの身体の中に入っている。
渦潮に呑まれた3人の甥っ子を探して、というより赤い巨大魚を追って海底へ潜った。

・チェンナ(劉 千【口那】)……ユージンの姉であるメイの娘。ララの大事な大事な孫娘。四歳。意外に強い。
現在、メイファンが身体の中に入っている。

・ルーシェン(鹿神)……チョウと椿共通の友達で年齢不詳の若者。10回に9回しか本当のことを言わない嘘つき。チョウ曰く根はいい奴。
木の上から落ちて頭を打ち、意識を失ってから植物鹿人間になってしまった。
身体を動かし、食事をしなければ生命維持が出来ないため、ユージンが中に入って世話をしている。
自分のことを男だと言っていたが、実は女だった。

・ズーロー(祝熱)……チョウの義兄。寝るために生きている。火を司る修行中。才能はあるが、やる気がない。

・祝融(ズーロン)……火を司る仙人であり、戦士。チョウとズーローの師匠。髪の毛が炎で出来ている。

・赤松子(チーソンズ)……雨を司る仙人。見た目はなよなよしていて弱そうだが、祝融と互角の力を持つと言われている。

・霊婆(リンポー)……死者の魂を司る仙人。一つ目を描いた布で顔を隠している。名前は女性だが性別不明の老人。
『気』の海に浮かぶ島に猫とともに一人で住んでいる。

・秀珀(ショウポー)……雪の国に住む美女。悪い子の魂を司る仙女。
秘密の目的があって人間界に行きたがっている。
0623創る名無しに見る名無し
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2020/02/12(水) 14:53:29.35ID:O/okmU9F
赤い空に海のような青さの大きな穴が空いていた。
「まるで下から海に入る気分だな」
そう言いながら、メイファンは穴に入って行った。
「ホホホ。人間の悪い子をたくさん可愛がってあげるわ」
鳳凰の背に乗って悪人の笑い声を上げる秀珀をメイファンはまじまじと見た。
「おい、お前」
「なぁに?」
歪んだ笑顔で振り向いた秀珀にメイファンは聞いた。
「お前、そこにいるか?」
「はぁ?」秀珀は首を傾げる。
0624創る名無しに見る名無し
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2020/02/12(水) 15:05:24.25ID:O/okmU9F
「あ……」
メイファンはふと後ろを振り返り、思わず声を漏らした。
「穴が……閉じて行く」
0625創る名無しに見る名無し
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2020/02/12(水) 15:09:31.74ID:O/okmU9F
赤い穴はメイファンと秀珀を通すと急速に閉じはじめ、遂には完全に辺りは暗い青に包まれた。
「ユージン……。椿……。ラン……」
メイファンは呟いた。
「すまん。そっちの世界で達者で暮らせ」
0626創る名無しに見る名無し
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2020/02/16(日) 18:48:33.62ID:rq35mOuD
チョウの誕生日だった。
しかし火の町は壊滅し、みんな樹の町へ逃げていた。
誰も誕生日を祝ってくれる者はいなかった。それが好都合だった。
0627創る名無しに見る名無し
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2020/02/16(日) 18:49:50.93ID:rq35mOuD
チョウは火の町の祭壇のある広場へ椿を連れてやって来た。
18歳になったチョウは、本来なら今日ここで成人の儀を行う筈だった。
0628創る名無しに見る名無し
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2020/02/16(日) 18:53:29.11ID:rq35mOuD
「チョウ」椿が言った。「おめでとう」
それまで成人の儀なんてどーでもいいような顔をしていたチョウが振り返り、にっこり笑った。
「ああ」と頷き、椿を見つめる。
椿は何も荷物を持たず、薄い白い着物一枚に身を包んでいた。
「大丈夫か?」チョウが心配そうに聞く。
「これしかないもの」椿は強い決意を込めた瞳で微笑んだ。
0629創る名無しに見る名無し
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2020/02/16(日) 18:58:14.82ID:rq35mOuD
「じゃあ」チョウは頼もしそうに椿を見た。「行くぞ」

広場に開いた穴の前にチョウは立った。
穴の中には海水が漂っている。
チョウが祈るように天蓋を仰ぐと、その身体は浮き上がり、昇って行く。
緩やかに回転しながら、チョウの身体が白いイルカに姿を変えて行った。
0630創る名無しに見る名無し
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2020/02/16(日) 19:03:07.89ID:rq35mOuD
白いイルカは「来いよ」というように椿を横目で誘った。
この姿では言葉を喋れないことを自らの成人の儀の時に知っている椿は、何も言わずに歩み寄った。
何の神通力も使えなくなった、ただの人間の少女を、白いイルカが抱く。
白いイルカは少し躊躇した。しかしすぐに気を取り直すと、少女の口を口で塞いだ。
そして二人繋がったまま、穴の中の海水へ飛び込んだ。
0632創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/02/24(月) 14:40:45.69ID:CVQq3OLj
引き合うように椿はそこへ辿り着いた。
広大な海しか見えない高い崖の上に。
見渡す限り、海しかなかった。後ろは暗黒の森が影となり、世界を隠している。
0633創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 14:42:22.74ID:CVQq3OLj
「ラン!」
椿が嬉しそうに声を上げると、ランはすぐに飛んで来た。
「何をしてるの? 早く人間界に帰りなさい」
椿はそう言った。どう見てもここはまだ人間界ではなかったから。
0634創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 14:44:53.61ID:CVQq3OLj
チョウは辺りを見回すと、言った。
「どうやらここ、海底世界と人間界の『あいだ』だな」
何と言う場所なのかは知らなかった。
地獄とか天国とか、そういう類いの場所であることはしかし何となくわかった。
0635創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 14:47:15.98ID:CVQq3OLj
早く帰りなさいと言いながら、椿は軽い足取りでランの背に飛び乗った。
暫く跨がったまま、何かを味わうようにじっと目を瞑っていた。
ランも涙を止められないまま、椿を乗せてただふわふわとその場に漂っていた。
0636創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 14:49:25.91ID:CVQq3OLj
「今日はもう遅い」チョウが言った。「もうじき日が暮れる。明日、ランを返そう」
0637創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 14:51:13.65ID:CVQq3OLj
椿は暫く黙ったままランの背中に乗っていたが、目を開けると崖の上に戻って来た。
そして振り向くと、ランに聞いた。
「どうして泣くの?」
0638創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 14:55:15.69ID:CVQq3OLj
飛行船のように巨大なランと小さな椿は、鼻を合わせるほどの近さで会話をした。
「明日、人間界に帰れるのよ?」
ランがクォンと悲しげに鳴いた。
「わたしは……たぶん一緒に行けない。力を失ってしまったから」
ランが一際悲しげに、像が泣くような声で鳴いた。
0640創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 14:57:54.40ID:CVQq3OLj
「海に入ってお休み。わたし達もここで寝るから」
椿がそう言う前からチョウは後ろの森で薪集めをしていた。
「明日、また会いに来るから。あなたに、会いに来るから」
0641創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 15:42:57.41ID:V7XdZWGQ
沈む夕陽に世界は黄金色に包まれた。
ランは再び海に潜り込み、しかし拗ねてしまったようにもう姿は現さなかった。
「焚き火を起こすよ?」チョウが言った。
「うん」椿は振り返り、頷く。「寒くなりそうだね」
0642創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 15:43:47.03ID:V7XdZWGQ
焚き火の前に並んで座りながら、チョウは持って来た豆の皮を剥いた。じゃが芋ほどの大きさのある豆なので時間がかかった。
「どうして」剥きながら、チョウが言った。「人間界に出られなかったのかな」
「きっと罰よ」椿が答えた。「わたしが皆にひどいことをしたから」
0643創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 15:44:22.97ID:V7XdZWGQ
「お前は自分の心に従っただけだ」チョウは真面目な顔で言った。「命の恩人に恩を返すのが大変なことだったってだけさ」
「いいの」椿は首を振った。「自分のしたことぐらい、わかってるわ」
チョウは何も言ってやれなかった。
0644創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 15:44:49.87ID:V7XdZWGQ
「ティンムーって、いたでしょ?」椿は焚き火を見つめながら言った。
「あぁ、あの、小さい妹のいる、水の町の……」
「あの子、死んだのよ」
「そうなのか?」
「うん。水の町の大水害で」
「……椿が殺したんじゃないよ」
、椿は何度も首を横に振った。そしてその顔を膝の間に埋め、動かなくなった。
0645創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 15:46:00.13ID:V7XdZWGQ
「椿」チョウは剥き終えた豆を差し出した。「剥き終わったぞ」
椿は顔を上げると、濡れた目で焚き火を見ながら言った。
「ここはきっと地獄よ」
「……」
「わたしはどうなってもいい。でも、ランだけはどうしても助けたいの」
「……」
「わたし、帰ったら霊婆の島へ行くわ。ティンムーを生き返らせてもらう」
「そうだな」
「わたしの命なんか、全部霊婆にあげてもいい」
「そうか」チョウは逆らわず頷くと、椿の手に豆を持たせた。「いいからほら、食えよ」
0646創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 15:47:59.34ID:V7XdZWGQ
椿は手に持たされた巨大な豆を見つめた。
白くてふかふかした実が食欲を誘った。
さっきまで項垂れていたのが嘘のように豆にかぶりつくと、いつの間にか涙も乾いていた。
0647創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 15:49:33.86ID:V7XdZWGQ
チョウの口からするすると、今まで言えなかった言葉が出て来た。
豆を貪る椿の横顔をじっと優しく見つめながら、チョウは言った。
「食べてる椿が好きだよ」
0648創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 15:57:32.13ID:V7XdZWGQ
聞いているのかいないのか、興味のなさそうな顔で豆を食べ続ける椿の横顔にチョウは畳み掛けた。
「泣いてる椿も好きだ」
「笑ってる椿はもっと好きだ」
「馬に乗って駆けてる君も、困った顔をしながら頑張る君も」
「チョウ」椿がその言葉を遮った。「今までチョウのこと、わたしの弟だとか言ってごめんね」
チョウは言葉を遮られ、黙るしかなかった。
「本当はちゃんと思ってたから。チョウはわたしの……」椿は冷たい声で言い放った。「お兄さんみたいなものだって」
0649創る名無しに見る名無し
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2020/02/24(月) 16:01:03.28ID:V7XdZWGQ
思いもかけず涙が溢れた。
チョウは顔を背けると、声を震わせて泣いた。
三年近くに及んだ恋も、破れるのは一瞬だった。
「チョウ」椿は憐れむようでもなく、抑揚のない声で言った。「いつもありがとう。感謝してるわ」
0650創る名無しに見る名無し
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2020/02/25(火) 07:06:18.07ID:HgvHlvCi
布団などなかった。焚き火に薪を枯れないほどに入れて、足下に暖をとりながら、二人は並んで寝た。
背中を向け合い、少し距離を置いて、チョウはなかなか眠れずにいた。
顔はそちらを向かないまま、後ろの椿にチョウは声をかけた。
「おい」
「何?」椿の返事が返って来た。
「まだ眠れないの?」
「今、眠れそうになってたとこ」
「……悪ィ」
0651創る名無しに見る名無し
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2020/02/25(火) 07:10:42.32ID:HgvHlvCi
暫くしてもチョウは眠れずにいた。
頭を起こし、振り返ると椿の後ろ姿が見えた。
その綺麗に丸い、赤い髪の後頭部に、チョウはまた声をかけた。
「椿」
今度は椿は返事をしなかった。
「眠ったか?」
椿の華奢な肩が穏やかに寝息を立てているのが見えた。
チョウは身を起こし、音を立てずに、その顔を見ようと近づいて行く。
0652創る名無しに見る名無し
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2020/02/25(火) 07:13:34.73ID:HgvHlvCi
椿は綺麗に口を閉じ、眠っていた。
チョウは手を伸ばし、椿の薄い着物に手をかけた。
苦しむように顔を歪ませて。
チョウの頬を汗が伝った。
0653創る名無しに見る名無し
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2020/02/25(火) 08:53:29.58ID:V/f1qN/B
チョウは椿の首を締めた
0654創る名無しに見る名無し
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2020/02/25(火) 10:03:41.75ID:sT8vFJDv
ここは刀葉林
上から女神が手招きしている
鬼女様釜茹でしてる
雪女が息吹き掛けている
0655創る名無しに見る名無し
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2020/02/25(火) 19:42:18.22ID:ZTGt3UJd
ヘッポコ「これは厚労省のせいだぞ
高熱だけで検査しろや
なに検査を水際で止めてんだよ」
0656創る名無しに見る名無し
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2020/02/26(水) 00:50:37.93ID:3PJZkz/8
チョウが椿を殺そうとする理由はない。
チョウにとって一番辛いことは自分の好きな者が辛い思いをすることなのだから。
しかし椿に自分を選んでほしいという気持ちはあった。
兄妹のようにではなく、愛し合うもの同士として生きて行ければ、そんな願いは当然あった。
0657創る名無しに見る名無し
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2020/02/26(水) 00:54:45.57ID:3PJZkz/8
無理矢理にでも、ここで椿を自分のものにしてしまえば…。
きっと椿もチョウのことをお兄ちゃんのようではなく、一人の男として意識するだろう。
椿を一生愛する自信はあった。

チョウは恐ろしい顔で、椿の薄い着物にかけた手に力を込めた。
0658創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 09:45:05.87ID:n/CeCYMU
椿の寝顔をじっと見つめた。
椿はチョウを信頼しきって、安心して眠っていた。
チョウは掴んだ椿の着物から手を離した。
0659創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 09:46:32.41ID:n/CeCYMU
「……クッ!」
悔しがるように離れると、椿にまた背中を向け、チョウは寝転んで目を閉じた。
0660創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 09:52:34.42ID:n/CeCYMU
【主な登場人物まとめ】

・ユージン(李 玉金)……17歳の人間の少年。生まれつき身体を持たない、金色に光る『気』だけの存在。
口さえ開いていれば誰の身体にでも自由に入れる。入る身体がなければすぐに死んでしまう。
金色の『気』の使い手だが、特に何も出来ない。明るい性格だがダメ人間。それでいて自分は超天才だと信じている。
妹とともに渦潮に呑まれ、海底世界へやって来た。記憶のほとんどを失くしてしまっている。
現在は植物鹿人間となったルーシェンの身体に入っている。チョウのことが大好き。

・チョウ(湫)……ユージンが海底世界で出会った同い年の少年。背が低く、年齢よりも幼く見える。髪の色は白。
秋風を司る仙人のたまご。橙色の『気』を使う。火の能力も使える。
言葉遣いが粗野で、放縦なように見えるが、根は意外なほどに真面目。
3年近くにわたり椿に恋していたが、一瞬でフラれた。特別に仲良くはあるものの、兄のような存在としか思われていない。
ユージンを人間だと知りつつ信頼し、海底世界に住むことを許している。

・椿(チュン)……16歳の赤いおかっぱの少女。元ユージンの妹で人間。
真面目で頑張り屋。ユージン曰く顔はそこそこ可愛いが、小うるさくて地味な女の子。
名門『樹の一族』の養女となり海底世界で幸せに暮らしていたが、重大な犯罪を犯した上、人間であることがばれ、海底世界で暮らせなくなる。
ランのことを大好きな義兄だという記憶はないまま愛してしまっており、今はランを人間界に帰すことしか考えていない。

・ラン(ケ 狼牙)……19歳。ユージンと椿の義兄。赤いイルカの姿をした椿を助け、渦潮に呑まれて絶命した。
赤い魚の姿をした魂となって霊婆の島に落ちていたのを椿の手によって持ち出される。
何も食べないが、誰かの愛を受ければ受けるほどに急成長する。
自然界にはあり得ないほどの大きさまで育つと、人間界への扉を開けると言われている。
椿の愛を受けて急成長し、自然界のルールを乱して海底世界を滅茶苦茶にし、遂に人間界への扉を開けた。
0661創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 09:52:52.14ID:n/CeCYMU
・メイファン(ラン・メイファン)……54歳だが子供のように好奇心旺盛。ユージン達の叔母にあたる。
元々は身体があったが、自分で自分を殺してしまい、ユージンと同じく身体を持たない『気』だけの存在になってしまった。
元中国全土に名を轟かせた凄腕の殺し屋。ユージンのことを『六百万年に一人の天才』と呼び、調教したがっている。
黒い『気』を操り、自分の身体も含め何でも武器に作り替えてしまえる能力を持つ。
現在、姉のララに命じられ、ボディーガードとして四歳児チェンナの身体の中に入っている。
渦潮に呑まれた3人の甥っ子を探して、というより赤い巨大魚を追って海底へ潜った。

・チェンナ(劉 千【口那】)……ユージンの姉であるメイの娘。ララの大事な大事な孫娘。四歳。意外に強い。
現在、メイファンが身体の中に入っている。

・ルーシェン(鹿神)……チョウと椿共通の友達で年齢不詳の若者。10回に9回しか本当のことを言わない嘘つき。チョウ曰く根はいい奴。
木の上から落ちて頭を打ち、意識を失ってから植物鹿人間になってしまった。
身体を動かし、食事をしなければ生命維持が出来ないため、ユージンが中に入って世話をしている。
自分のことを男だと言っていたが、実は女だった。

・ズーロー(祝熱)……チョウの義兄。寝るために生きている。火を司る修行中。才能はあるが、やる気がない。

・祝融(ズーロン)……火を司る仙人であり、戦士。チョウとズーローの師匠。髪の毛が炎で出来ている。

・赤松子(チーソンズ)……雨を司る仙人。見た目はなよなよしていて弱そうだが、祝融と互角の力を持つと言われている。

・霊婆(リンポー)……死者の魂を司る仙人。一つ目を描いた布で顔を隠している。名前は女性だが性別不明の老人。
『気』の海に浮かぶ島に猫とともに一人で住んでいる。

・秀珀(ショウポー)……雪の国に住む美女。悪い子の魂を司る仙女。
秘密の目的があって人間界に行きたがっている。
0662創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 09:57:58.36ID:n/CeCYMU
夜が明けた。
崖から下を見ると、ランが海面に巨大な顔を出し、こちらを見ていた。
0663創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 09:58:39.43ID:n/CeCYMU
「おはよう、ラン」椿は小さな顔で笑いかけた。「いよいよ人間界に帰れるのよ」
0664創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:00:23.70ID:n/CeCYMU
チョウは風呂敷から一枚の面を取り出した。
神通力を高める竜神の面だった。
「こいつを祭壇から持って来ててよかったぜ」
そう言うとチョウはおもむろにそれを被り、神通力を手に込めた。
0665創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:03:00.10ID:n/CeCYMU
向こうで海面が渦を巻いた。
チョウの増幅された神通力はそれをさらに巻き上げ、渦巻きの柱を作った。
柱はごうごうと音を立てて天へ伸び、人間界への道が生まれた。
0666創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:03:44.87ID:n/CeCYMU
「さぁ、ラン。あそこに入るの」
ランは首を横に振り、悲しげな顔で椿をじっと見つめた。
0667創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:05:57.97ID:n/CeCYMU
「帰りなさい。あなたは人間なのよ」
優しく微笑みかける椿に、ランはまた首を横に振った。
0668創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:07:56.01ID:n/CeCYMU
「わたしのことは忘れて。一緒には行けないの」
ランが海面から飛び上がった。
0669創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:12:30.79ID:n/CeCYMU
飛び上がったランは長い胸鰭を羽根のように広げ、空中にとどまった。
椿の顔に巨大な顔を近づける。
「ラン!」
椿は思わずその嘴に抱きついた。
0670創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:13:27.59ID:n/CeCYMU
「お願い! 行って!」
椿はランを抱き締めながら、突き放すように叫んだ。
「わたしの気持ちを無駄にしないで!」
0671創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:15:54.95ID:n/CeCYMU
椿が突き飛ばすように両手で押すと、ランは涙を流しながら渦巻きの柱へ向かって飛んだ。
この後の運命を信じているかのように、力強く鰭を羽ばたかせ、空気を掻き分けて、柱の中へ飛び込んだ。
0672創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:17:49.44ID:n/CeCYMU
巨大な黒いランの影が渦巻きの柱の中を天へと昇って行くのを見届けながら、椿は微笑んだ。
「チョウ、帰りましょう。わたしを霊婆の島へ連れて行って」
0673創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:20:39.69ID:n/CeCYMU
振り向くと、チョウの身体が皸割れ、中から赤いマグマのようなものが露になっているのを椿は見た。
「チョウ!?」
「神通力が……!神通力に俺の身体が耐えられねぇ……!」
苦しみながらもしかし、チョウは神通力を込め続け、ランの影が消えるまで耐えていた。
0674創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/02/29(土) 10:23:33.86ID:n/CeCYMU
「ランはもう行ったわ! 早く神通力を解いて!」
椿にそう言われながらもチョウは神通力を解かなかった。
「まだ……やることがある」
「だめよ! 死んじゃう! わたしを霊婆の島へ……」
「そうしたらお前が死んじまう気だろ」
「いいの! わたしは。わたしの残りの寿命すべてで、死なせてしまった人を救うの」
0675創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:25:09.55ID:n/CeCYMU
「……いやだ」
チョウは苦しそうに笑うと、椿を抱き締めた。
「俺がお前を人間界へ連れて行く」
0676創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:26:06.90ID:n/CeCYMU
チョウは椿を抱いて崖上から飛んだ。
炎の竜のように凄まじいスピードで、渦巻きの柱めざして。
0677創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 10:29:29.24ID:n/CeCYMU
「チョウ! わたしは……」
抵抗する椿を抱き締め、チョウは飛び続け、優しく笑いかけながら言った。
「やっぱり昨日の晩、お前を抱いときゃよかったぜ」
「チョウ……!」
「でも俺にはこれがお似合いだ」
「チョウ……!」椿の目から涙が溢れた。
「椿、人間界でランと幸せになれ」
0678創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/02/29(土) 10:31:16.95ID:n/CeCYMU
「うおおおお!」
最後の力を振り絞ってチョウは叫び、渦巻きの柱へ突っ込んだ。
突っ込むなりチョウの身体はバラバラに砕け、しかしその破片が椿を守りながら、天空へと運んだ。
0679創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/02/29(土) 10:33:54.86ID:n/CeCYMU
渦巻きの勢いはだんだんと緩くなり、やがて海へと戻って行った。
静けさを取り戻した海と崖しかない風景には、もう誰の姿もなかった。
0680創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 12:43:02.46ID:WAlOarbH
産まれたままの姿で青年が波打ち際に倒れている。
ゆっくりと目を開けた青年に向かって裸足の少女が近づいて来る。
0681創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 12:46:18.23ID:WAlOarbH
ゆっくり目を開け、意識を取り戻すように頭を振ると、ランは少女のほうを見た。
少女も産まれたままの姿だった。何を隠そうとすることもなく、椿は自分が守りきった青年を見つめて微笑んだ。
0682創る名無しに見る名無し
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2020/02/29(土) 12:49:28.45ID:WAlOarbH
言葉は何も交わさなくともわかった。
ランも優しく微笑み、立ち上がる。
海水を踏んで椿はさらに近づき、ランの逞しい胸の前で足を止めた。
光が溢れていた。
ランは腕を広げて椿を抱き締め、椿もランの背中に細い腕を回した。
0684創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/03/02(月) 07:22:18.94ID:OeuSFjWb
ユージンはチョウの部屋で待っていた。
何も手につかず、ただベッドの上でチョウの帰りを待っていた。
おばあちゃんは隣の金の町に避難していた。
一人、大火に崩れ落ちた町の煤臭い中で、焼け残ったチョウの部屋で待っていた。
0685創る名無しに見る名無し
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2020/03/02(月) 07:23:53.23ID:OeuSFjWb
誰もいなかった。食事はなんとか保存食のネギ餅等でしのいだ。
誰もいないので、ユージンは植物鹿人間になっているルーシェンの身体と会話をした。
0687創る名無しに見る名無し
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2020/03/02(月) 07:26:33.78ID:OeuSFjWb
どちらがどちらの役だか境目はなかった。
「チョウはバカだよね」
「そうかな」
「椿に利用されてるだけなのに」
「うん」
「椿だけ幸せになって、チョウはしょげかえって帰って来るよ」
「いいんじゃないかな」
「よくないよ」
「チョウさえそれでよければ」
0688創る名無しに見る名無し
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2020/03/02(月) 07:29:41.67ID:OeuSFjWb
「何一人でぶつぶつ喋ってんだ」
ふいに窓のほうからそんな声が聞こえ、ユージンはびっくりして飛び起きた。
チョウの声ではないのは明らかだった。女の、しかも子供の声だ。
「メイファン! 人間界に帰ったんじゃなかったの?」
窓枠にちょこんと腰掛けて、チェンナの顔で意地悪そうな笑いを浮かべるメイファンがいた。
0689創る名無しに見る名無し
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2020/03/02(月) 07:33:39.33ID:OeuSFjWb
「アイツ、死んだぞ」メイファンは言った。
「アイツ……って?」ユージンは信じたくないことを確かめるために聞いた。
「お前が身体借りてた小僧だよ」
「違うよ」
「見てたんだよ。黒い森の中からな。椿を人間界に送り届けるために神通力を使い果たして死んだ」
「おかしいよ」
「うん、おかしいよな」
0690創る名無しに見る名無し
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2020/03/02(月) 07:35:18.67ID:OeuSFjWb
「そんな筈ないもん」
「あぁ、そうなる筈はない」
「何言ってんの? さっきから……わかった風に」
メイファンはニヤリと笑うと、白い牙を見せて言った。
「またお前に騙されるところだった」
0691創る名無しに見る名無し
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2020/03/02(月) 07:37:41.19ID:OeuSFjWb
「秀珀の奴」メイファンは言った。「この世界を出るなり、消えたぞ」
「死んじゃったの?」ユージンがとぼけた顔で聞く。
「いや、ユージン」メイファンは探偵のように言った。「この世界はお前が作ったものだ。そうだろう?」
0692創る名無しに見る名無し
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2020/03/02(月) 07:41:14.24ID:OeuSFjWb
「何言ってんの?」ユージンは心から呆れたように言った。「そんなわけないじゃん」
「おかしいと思ってたんだ」メイファンは構わず言った。「なんだかこの世界は都合がよすぎると、思っていたんだ」
0693創る名無しに見る名無し
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2020/03/02(月) 07:44:44.90ID:OeuSFjWb
「思い出したんだよ」とメイファン。
「何を?」ユージンは相変わらずとぼけた顔だ。
「昔……。40年ぐらい前にこの世界にそっくりなアニメーション映画があった」
「そうなの?」
「何を言っている」メイファンは真犯人に指を差すように言った。「10年も前じゃない。テレビでやっているのをお前も一緒に見たんだぞ」
0694創る名無しに見る名無し
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2020/03/02(月) 07:46:40.94ID:OeuSFjWb
「この世界が……」ユージンは震えながら言った。「チョウが……僕の作り出した幻だって言うの?」
「そうだ」メイファンは断言した。「違うとでも言うのか?」
0695創る名無しに見る名無し
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2020/03/09(月) 23:50:45.85ID:KIdpjz9L
メイファンは憚ることなく告げた。
「椿はお前の妹だ」
ユージンは顔を伏せてすべてを否定した。
「違う」
「ランはお前の義兄」
「違う」
「お前はランのことが好きだった、性的な意味でな」
「違う」
0696創る名無しに見る名無し
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2020/03/09(月) 23:52:56.02ID:KIdpjz9L
「お前とランは男同士で結ばれない」
「……」
「椿もランのことが好きだった、兄としてではなく、一人の男として」
「……」
「しかし椿とランも結ばれない。兄妹だから」
「一体何の話?」ユージンは顔を伏せたままとぼけた声を出した。
0697創る名無しに見る名無し
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2020/03/09(月) 23:56:31.05ID:KIdpjz9L
メイファンは構わず続けた。
「ある日、ランは罠にかかった赤いイルカを助けて、渦潮に呑まれた」
ユージンは何も答えなくなった。しかし聞いていないような素振りでメイファンの言うことを聞いていた。
「それを助けようと、椿も海へ飛び込んだ。お前を中に入れたまま、な」
0698創る名無しに見る名無し
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2020/03/09(月) 23:59:22.13ID:KIdpjz9L
「お前は椿を助け、ランのことも助けると心に誓った。
しかし、力及ばなかったんだ。
お前は人類史上最強の力を持って産まれた天才だ。
しかしその力をもってしても二人を助けられなかった。
なぜならお前の力は、幻を作ること、それだけだからだ」
0699創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:01:42.32ID:ydqtr3bd
「助けられなかったって?」
ユージンはそう言うと、顔を上げた。
その顔は泣きそうで、しかしメイファンを馬鹿にするように笑っていた。
「椿はランを生き返らせて、人間界へ戻ったんだ。ハッピーエンドでしょ」
0700創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:03:25.04ID:ydqtr3bd
「だからそれこそが」メイファンは冷たい笑いを浮かべて答えた。「お前の作った幻だ」
0701創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:06:19.44ID:ydqtr3bd
「あの二人を救ったことにし、現実を認めないために、お前はこの世界を作ったんだ」
「違う!」メイファンの言葉にユージンは苛立ったように立ち上がった。「それ以上言うと……!」
「ほう」メイファンがニヤリと笑う。「幻で私をどうにかするのか」
0702創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:08:58.71ID:ydqtr3bd
「大体おかしいでしょ!」ユージンは叫んだ。「この世界が幻なら、椿の身体から出た僕がどうして生きてるの!?」
「認めたな?」メイファンは聞き逃さなかった。「自分が椿の中にいたことを」
0703創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:12:26.25ID:ydqtr3bd
「ルーシェンが幻なら」ユージンはメイファンの言葉を無視した。「どうして僕は生きてるのかな!?」
「そうキチガイみたいに笑うなよ」
「うるさい! どうしてか答えてみろ!」
「そこがお前の凄いところだ」メイファンは答えた。「お前、幻で身体を作ったな?」
0704創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:14:51.91ID:ydqtr3bd
「そんなことまで出来るとは思わなかった」
メイファンは感心したような馬鹿にするような顔でユージンに言った。
「幻で作った人物の身体に入って、息をしていられるとはな」
0705創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:18:22.33ID:ydqtr3bd
「はっきり言ってみろ」
ユージンの顔が険しくなった。
「この僕に、言いたいことをはっきり言ってみろ」
メイファンはさすがに少し顔が青ざめた。
「椿とランが本当はどうなったって言いたいのか、はっきりと言ってみろ!」
0706創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:20:11.93ID:ydqtr3bd
メイファンは顔中に汗を流しながら、それでも口にした。
「海の底で、死体に」
「ただいまー」と言いながら、チョウが部屋に入って来た。
0707創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:22:50.77ID:ydqtr3bd
「チョウ!」ユージンが歓喜の声を上げた。
「おう、無事帰ったぜ」チョウは眠そうな声で元気に言った。
「聞いてよ! メイファンが変なことばかり言うんだ!」
「あ? 変なことって?」
「椿とランが僕の兄弟だとか、チョウが死んだのを見たとか」
「あぁ、死んだぜ、俺」チョウは笑いながらそう言った。
0708創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:25:45.98ID:ydqtr3bd
「死んだ……? でも、ここに……いるじゃん」
メイファンは二人のやり取りをニヤニヤしながら見物していた。
チョウが言った。
「死んだけど、霊婆に生き返らされた」
「霊婆に?」
「あぁ。俺に霊婆の後を継げってさ」
0709創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:27:23.34ID:ydqtr3bd
「あぁ、そうだったな。あのアニメでも確か、そうだった」
メイファンが口を挟んだが、二人はまるで別の世界にいるように聞いていなかった。
0710創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:29:51.35ID:ydqtr3bd
「ユゥ、一緒に霊婆の島で暮らそうぜ」
「チョウ……本当? 連れて行ってくれるの?」
「あぁ」チョウは優しく微笑むと、ユージンの手を取った。「お前を俺の、お嫁さんにしたい」
メイファンは腕を組むと、目を伏せた。
0711創る名無しに見る名無し
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2020/03/10(火) 00:34:02.95ID:ydqtr3bd
『どうにもならなかった』
メイファンは頭の中で、ララへの言い訳を考えていた。
『命令通り、チェンナは守った。しかしお前の子は、3人とも、救えなかった』
0713ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 00:36:13.40ID:ydqtr3bd
うーん。もっと1レスの文章少なくすればよかった。
大分余ってしまった……。
0714ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 00:43:03.39ID:ydqtr3bd
【あとがき】

このスレッドの物語は中国の劇場用長編アニメーション映画「大魚海棠」をベースに、勝手にユージンとメイファンらを交えて作り替えた。
最初は椿が二人になる予定だったが、書いているうちに変わってしまった。
動機としては原作アニメの映像美に憧れ、ヴィジュアル重視の小説を書きたいと思ったのだが、あまりうまく行かなかったなと思っている。
本当はもっと詩のような物語にしたかったのだが、どうにも力が及ばなかった。
0715ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 00:46:54.35ID:ydqtr3bd
椿、祝融、赤松子、霊婆など、多くの人物は原作にも登場する。
ランは原作ではクン、秀珀は鼠婆(シュウポー)と名前が違う。
0717ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 00:51:59.23ID:ydqtr3bd
椿は元々アニメから名前を借りただけの別キャラで、海底世界の椿と出会って冒険を共にする予定だった。
なぜか書いているうちに変わってしまった。

【原作との相違点】
原作ではチョウの幼馴染み
髪は赤くない
元々海底世界の住人
0719ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 00:56:40.11ID:ydqtr3bd
チョウは原作ではそれほど好きなキャラではないが、本スレのチョウは個人的に贔屓するキャラとなった。

【原作との相違点】
椿のことは大好きだが、そんなに引っ込み思案ではない
0721ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 00:59:38.32ID:ydqtr3bd
祝融は原作ではあまり登場回数が多くはない。
原作の登場キャラの中でもかなり個人的に好きなほうだったので、本スレではいっぱい登場してメイファンとも戦ってもらった。

【原作との相違点】
原作ではそこまで強くない
0723ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 01:02:43.04ID:ydqtr3bd
赤松子のほうが原作では祝融より登場回数が多い。
祝融と同じぐらい好きなキャラ。

【原作との相違点】
元々椿とは仲良し
本スレのようにナヨナヨとはしていない
神通力を攻撃には使っていない
0725ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 01:04:48.57ID:ydqtr3bd
ルーシェンは原作とはまったく違うキャラ。
途中でユージンが入る身体が欲しくなり、急遽名前と下半身だけ借りた。
原作との相違点はありすぎるので記さない。
0729ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 01:09:47.96ID:ydqtr3bd
鼠婆はいかにもジブリのパクリ臭いキャラで、好きではないので出さない予定だった。
代わりに出した秀珀というキャラがこの鼠婆にあたる。
原作でも最後には絶世の美女に変身して人間界へ行くが、その目的は不明だったように記憶している。
0731ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 01:14:47.86ID:ydqtr3bd
ランは原作での名前はクン。
元々ランはクンとは違うキャラのつもりで作ったので、相違点はありすぎていちいち記さない。
0733ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 01:22:40.41ID:ydqtr3bd
クスノキの老人は原作では名前が「丿」。
もちろん原作ではアニメオタクではない。
基本的には原作のキャラに従った。
>>168の「お前が正しいと思うことなら、しなさい。それを皆がおかしいと思うのなら、皆のほうが間違っているのだ」
のセリフはまんま原語のセリフをパクった。
しかし最近Netflixで日本語版を観る機会があったのだが、日本語訳では「優しいお前のすることが間違いであるわけがない」みたいに変えられていた。
0734ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 01:23:47.94ID:ydqtr3bd
さて、大分スレが余ってしまったが……これ以上書くことがない。
0736ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 01:37:02.35ID:ydqtr3bd
さて本スレは自分がヴィジュアル的なものを書きたいという理由から一人で書いてしまったが、
次スレはリレー小説形式にするつもりである。
参加者がなければまた自分一人で書いてしまうつもりではあるが、
どうかそんな寂しいことにはならないよう、多数のご参加をお願いしたい。
0737ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
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2020/03/10(火) 01:40:36.35ID:ydqtr3bd
ただし、今はチャイナがリアルでパニックになってしまっているので、次スレではタイトルを変える予定である。
台湾は台北を舞台に「TPパニック」にしようと思っている。
0738ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
垢版 |
2020/03/10(火) 01:41:21.70ID:ydqtr3bd
ちなみに台湾もコロナウィルスに曝されていると思っている方は多いかもしれないが、
政府が迅速に対応し、マスクの無料配布、各施設での衛生管理も徹底されており、日本よりも安全な状況である。
むしろ日本からの旅行者のほうが警戒されている。
0739ちゃめ ◆ImXwiGbh5w
垢版 |
2020/03/10(火) 01:42:04.24ID:ydqtr3bd
私は台湾旅行が趣味と言ってもいいほどなのだが、
あぁ……。しばらく台湾行けないなぁ。
0745創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/05/02(土) 09:44:56.72ID:otBhvPGx
とりあえずこの板って、常駐3人ぐらいしかいないの?
一見さんも月に数えるほどっぽい
0746創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/05/15(金) 17:18:07.09ID:xzsxXpJO
読んでないけど(ごめんw)なんか頑張って更新してる人がいるなーと思ってたよ
完結乙

>>745
もうちょっといる気もするけど特定スレのリレーだけ参加して去っていく感じだな
あと自粛で微妙に層が変わったような感覚がある(小中学生っぽいノリが増えた)
0747創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/06/04(木) 17:23:54.48ID:8X9F5GxQ
( ^ω^ )(((o(*゚∀゚*)o)))( ≧∀≦)ノ
0748創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/08/02(日) 15:34:29.49ID:fF49KMkW
最後まで読んだ。感動した
0749ちゃめ ◆1afS6ccHuc
垢版 |
2020/08/03(月) 04:47:28.67ID:7cssXkZn
ありがとうございます。
釣りだとしても嬉しい。
下敷きにしてるアニメは映像美がとにかく凄いですよ。netflixで日本語吹き替えで観られるのでよかったらどうぞ。
0750ちゃめ ◆1afS6ccHuc
垢版 |
2020/08/03(月) 07:44:40.33ID:7cssXkZn
原作アニメの日本語タイトルは確か「紅き大魚の伝説」だったかな。
「君の名は」の声優さんが声担当してたと思う。
0751創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/11/26(木) 17:05:31.85ID:5Nw+R1cX
良スレ
0752創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/11/26(木) 17:48:46.03ID:Nnh6k9mU
糞スレ
0754創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/11/26(木) 23:02:38.39ID:aeCuq5MC
『やんごとなき駄目ドラゴン』#1

「……と、言うわけで一部の気の荒い個体や血気盛んな若い者を除いて、基本的に竜族はテリトリーやタブーを
侵されない限り進んで他者を襲わない。古竜と呼ばれる格の高い竜ともなればその特徴は尚、顕著となる」

王国大学。竜人リューコを講師として招いての集中講義だ。

「よって切羽詰まった冒険の時には、刺激せずに通り過ぎる事をお勧めする。しかし多くの竜が財宝や伝説級の
武具を保持している為に、それを目当てに戦いを挑む冒険者も多くいる。心当たりがあるだろう?」
会場にクスクスと笑いが漏れる。大いに心当たりがあるのだから仕方が無い。

「先程竜族は無闇に戦わないと言ったが、覚悟して挑んでくる挑戦者は大歓迎だ。強者に戦いを挑まれ、それを
斥ける事、斥けられる事は最大の誉れだからな。むしろその為に日頃から宝物を溜め込んでると言っても良い。
これらのものは身も蓋も無い言い方をすれば餌なんだが、竜族側の真意は自らを退治する勇者には最大限の
寿ぎを持って応えたい。その褒賞がショボかったら自らの沽券に関わる、ぶっちゃけると見得だな。」
竜視点の戦いの論理。他ならぬ竜人からの言葉ゆえに説得力はいや増す。

「よって、竜族相手には十分に備えて、容赦無く、精一杯戦って貰いたい。そして勝ったなら、その事を大いに誇って
吹聴して欲しい。諸君らの今後の新たな竜退治伝説に期待する。御静聴ありがとう」
大きな拍手が沸き起こる。名高い竜人によるカリスマ溢れる講義であった。


その後は参加者各人に軽食や飲み物が配られ、幾分気楽な空気の中での質疑応答タイムとなった。

「竜と竜人はどう違うんですか?」
王国に来る前までJKだった雪乃は往年の勘を取り戻し真っ先に質問する

「竜人族は意外と種の歴史が浅い。発生条件に天然タイプと合成タイプとが存在する。
天然タイプは、人語を解する温厚な竜が人間と懇ろになってイタしたり、神として崇められた古竜が人身御供で
捧げられた娘と、折角だからとヨロシクやってしまった結果生まれた者だ。」

「……壊れてしまわないのでしょうか。竜とイタして……妄想が捗ります」
誰かが小声で呟いていたが、皆聞こえないフリをした。

「そして合成タイプは、少し昔にどこぞの神々がやたらと竜と多種族とを掛け合わせる実験に奔走した時期があ
って、少なくない竜人が生み出され放逐された。結果、従来稀にしか生まれず、互いに出会う事がなかった竜人が、
集まり、竜人同士の交配が進み、今では小さいながらコミュニティを形成するまでになった。この合成タイプの出現
が竜人族の発生の契機と言えるだろう。」

生命の創造。普段は様々な雑務に勤しむ神々も、偶には神ならではの仕事をこなすようだ。
余談だがハムスターも、ごく最近、とある森に番が目撃されたのを皮切りに、以後世界に広がっていったと言う。
閑話休題。

「竜人族の家格はどのようにして定まっておりますの?本人の実力?先祖の功績かしら?」
ヴォルケッタ子爵(笑)が扇子で口元を隠しつつ質問する。
主催者のマリーは、「はいはい、貴女はどっちもありますね……」といった様子で溜息をつく。

リューコはやや苦笑しつつ、
「強い先祖を持つ家の竜人は地力がそもそも高い。よって次代が受け継ぐ財産も多くなる。その財産を有意義に
用いて更に強くなる。結果、その竜人は発言権も強くなる。これが人間の言う家格というのかどうか……」

「しかし、やはり実力至上主義だな。どんなに金持ちでも弱ければ多種族に退治されて、ハイ、それまでだ。
むしろ……私やこどらのように偉大な古竜を先祖を持つ家系の者は、簡単に負けたりしたら、受け継いだ力
を生かせなかった愚か者と一般(竜)人以上の誹りを受ける。これが家格というならば難儀なものだな」

「ほう、ほう……ほへっ?」

ヴォルケッタを含む全員の視線が、軽食を食べてお腹がくちくなり、涎を垂らして午睡を満喫するこどらに注がれる。

続く?
0755創る名無しに見る名無し
垢版 |
2020/11/26(木) 23:02:56.57ID:j0lmF6J/
『やんごとなき駄目ドラゴン』#1

「……と、言うわけで一部の気の荒い個体や血気盛んな若い者を除いて、基本的に竜族はテリトリーやタブーを
侵されない限り進んで他者を襲わない。古竜と呼ばれる格の高い竜ともなればその特徴は尚、顕著となる」

王国大学。竜人リューコを講師として招いての集中講義だ。

「よって切羽詰まった冒険の時には、刺激せずに通り過ぎる事をお勧めする。しかし多くの竜が財宝や伝説級の
武具を保持している為に、それを目当てに戦いを挑む冒険者も多くいる。心当たりがあるだろう?」
会場にクスクスと笑いが漏れる。大いに心当たりがあるのだから仕方が無い。

「先程竜族は無闇に戦わないと言ったが、覚悟して挑んでくる挑戦者は大歓迎だ。強者に戦いを挑まれ、それを
斥ける事、斥けられる事は最大の誉れだからな。むしろその為に日頃から宝物を溜め込んでると言っても良い。
これらのものは身も蓋も無い言い方をすれば餌なんだが、竜族側の真意は自らを退治する勇者には最大限の
寿ぎを持って応えたい。その褒賞がショボかったら自らの沽券に関わる、ぶっちゃけると見得だな。」
竜視点の戦いの論理。他ならぬ竜人からの言葉ゆえに説得力はいや増す。

「よって、竜族相手には十分に備えて、容赦無く、精一杯戦って貰いたい。そして勝ったなら、その事を大いに誇って
吹聴して欲しい。諸君らの今後の新たな竜退治伝説に期待する。御静聴ありがとう」
大きな拍手が沸き起こる。名高い竜人によるカリスマ溢れる講義であった。


その後は参加者各人に軽食や飲み物が配られ、幾分気楽な空気の中での質疑応答タイムとなった。

「竜と竜人はどう違うんですか?」
王国に来る前までJKだった雪乃は往年の勘を取り戻し真っ先に質問する

「竜人族は意外と種の歴史が浅い。発生条件に天然タイプと合成タイプとが存在する。
天然タイプは、人語を解する温厚な竜が人間と懇ろになってイタしたり、神として崇められた古竜が人身御供で
捧げられた娘と、折角だからとヨロシクやってしまった結果生まれた者だ。」

「……壊れてしまわないのでしょうか。竜とイタして……妄想が捗ります」
誰かが小声で呟いていたが、皆聞こえないフリをした。

「そして合成タイプは、少し昔にどこぞの神々がやたらと竜と多種族とを掛け合わせる実験に奔走した時期があ
って、少なくない竜人が生み出され放逐された。結果、従来稀にしか生まれず、互いに出会う事がなかった竜人が、
集まり、竜人同士の交配が進み、今では小さいながらコミュニティを形成するまでになった。この合成タイプの出現
が竜人族の発生の契機と言えるだろう。」

生命の創造。普段は様々な雑務に勤しむ神々も、偶には神ならではの仕事をこなすようだ。
余談だがハムスターも、ごく最近、とある森に番が目撃されたのを皮切りに、以後世界に広がっていったと言う。
閑話休題。

「竜人族の家格はどのようにして定まっておりますの?本人の実力?先祖の功績かしら?」
ヴォルケッタ子爵(笑)が扇子で口元を隠しつつ質問する。
主催者のマリーは、「はいはい、貴女はどっちもありますね……」といった様子で溜息をつく。

リューコはやや苦笑しつつ、
「強い先祖を持つ家の竜人は地力がそもそも高い。よって次代が受け継ぐ財産も多くなる。その財産を有意義に
用いて更に強くなる。結果、その竜人は発言権も強くなる。これが人間の言う家格というのかどうか……」

「しかし、やはり実力至上主義だな。どんなに金持ちでも弱ければ多種族に退治されて、ハイ、それまでだ。
むしろ……私やこどらのように偉大な古竜を先祖を持つ家系の者は、簡単に負けたりしたら、受け継いだ力
を生かせなかった愚か者と一般(竜)人以上の誹りを受ける。これが家格というならば難儀なものだな」

「ほう、ほう……ほへっ?」

ヴォルケッタを含む全員の視線が、軽食を食べてお腹がくちくなり、涎を垂らして午睡を満喫するこどらに注がれる。

続く?
0756創る名無しに見る名無し
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2020/11/26(木) 23:03:08.87ID:N1di0+eK
『やんごとなき駄目ドラゴン』#1

「……と、言うわけで一部の気の荒い個体や血気盛んな若い者を除いて、基本的に竜族はテリトリーやタブーを
侵されない限り進んで他者を襲わない。古竜と呼ばれる格の高い竜ともなればその特徴は尚、顕著となる」

王国大学。竜人リューコを講師として招いての集中講義だ。

「よって切羽詰まった冒険の時には、刺激せずに通り過ぎる事をお勧めする。しかし多くの竜が財宝や伝説級の
武具を保持している為に、それを目当てに戦いを挑む冒険者も多くいる。心当たりがあるだろう?」
会場にクスクスと笑いが漏れる。大いに心当たりがあるのだから仕方が無い。

「先程竜族は無闇に戦わないと言ったが、覚悟して挑んでくる挑戦者は大歓迎だ。強者に戦いを挑まれ、それを
斥ける事、斥けられる事は最大の誉れだからな。むしろその為に日頃から宝物を溜め込んでると言っても良い。
これらのものは身も蓋も無い言い方をすれば餌なんだが、竜族側の真意は自らを退治する勇者には最大限の
寿ぎを持って応えたい。その褒賞がショボかったら自らの沽券に関わる、ぶっちゃけると見得だな。」
竜視点の戦いの論理。他ならぬ竜人からの言葉ゆえに説得力はいや増す。

「よって、竜族相手には十分に備えて、容赦無く、精一杯戦って貰いたい。そして勝ったなら、その事を大いに誇って
吹聴して欲しい。諸君らの今後の新たな竜退治伝説に期待する。御静聴ありがとう」
大きな拍手が沸き起こる。名高い竜人によるカリスマ溢れる講義であった。


その後は参加者各人に軽食や飲み物が配られ、幾分気楽な空気の中での質疑応答タイムとなった。

「竜と竜人はどう違うんですか?」
王国に来る前までJKだった雪乃は往年の勘を取り戻し真っ先に質問する

「竜人族は意外と種の歴史が浅い。発生条件に天然タイプと合成タイプとが存在する。
天然タイプは、人語を解する温厚な竜が人間と懇ろになってイタしたり、神として崇められた古竜が人身御供で
捧げられた娘と、折角だからとヨロシクやってしまった結果生まれた者だ。」

「……壊れてしまわないのでしょうか。竜とイタして……妄想が捗ります」
誰かが小声で呟いていたが、皆聞こえないフリをした。

「そして合成タイプは、少し昔にどこぞの神々がやたらと竜と多種族とを掛け合わせる実験に奔走した時期があ
って、少なくない竜人が生み出され放逐された。結果、従来稀にしか生まれず、互いに出会う事がなかった竜人が、
集まり、竜人同士の交配が進み、今では小さいながらコミュニティを形成するまでになった。この合成タイプの出現
が竜人族の発生の契機と言えるだろう。」

生命の創造。普段は様々な雑務に勤しむ神々も、偶には神ならではの仕事をこなすようだ。
余談だがハムスターも、ごく最近、とある森に番が目撃されたのを皮切りに、以後世界に広がっていったと言う。
閑話休題。

「竜人族の家格はどのようにして定まっておりますの?本人の実力?先祖の功績かしら?」
ヴォルケッタ子爵(笑)が扇子で口元を隠しつつ質問する。
主催者のマリーは、「はいはい、貴女はどっちもありますね……」といった様子で溜息をつく。

リューコはやや苦笑しつつ、
「強い先祖を持つ家の竜人は地力がそもそも高い。よって次代が受け継ぐ財産も多くなる。その財産を有意義に
用いて更に強くなる。結果、その竜人は発言権も強くなる。これが人間の言う家格というのかどうか……」

「しかし、やはり実力至上主義だな。どんなに金持ちでも弱ければ多種族に退治されて、ハイ、それまでだ。
むしろ……私やこどらのように偉大な古竜を先祖を持つ家系の者は、簡単に負けたりしたら、受け継いだ力
を生かせなかった愚か者と一般(竜)人以上の誹りを受ける。これが家格というならば難儀なものだな」

「ほう、ほう……ほへっ?」

ヴォルケッタを含む全員の視線が、軽食を食べてお腹がくちくなり、涎を垂らして午睡を満喫するこどらに注がれる。

続く?
0757創る名無しに見る名無し
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2020/11/26(木) 23:03:22.80ID:LKbzKbbQ
『やんごとなき駄目ドラゴン』#1

「……と、言うわけで一部の気の荒い個体や血気盛んな若い者を除いて、基本的に竜族はテリトリーやタブーを
侵されない限り進んで他者を襲わない。古竜と呼ばれる格の高い竜ともなればその特徴は尚、顕著となる」

王国大学。竜人リューコを講師として招いての集中講義だ。

「よって切羽詰まった冒険の時には、刺激せずに通り過ぎる事をお勧めする。しかし多くの竜が財宝や伝説級の
武具を保持している為に、それを目当てに戦いを挑む冒険者も多くいる。心当たりがあるだろう?」
会場にクスクスと笑いが漏れる。大いに心当たりがあるのだから仕方が無い。

「先程竜族は無闇に戦わないと言ったが、覚悟して挑んでくる挑戦者は大歓迎だ。強者に戦いを挑まれ、それを
斥ける事、斥けられる事は最大の誉れだからな。むしろその為に日頃から宝物を溜め込んでると言っても良い。
これらのものは身も蓋も無い言い方をすれば餌なんだが、竜族側の真意は自らを退治する勇者には最大限の
寿ぎを持って応えたい。その褒賞がショボかったら自らの沽券に関わる、ぶっちゃけると見得だな。」
竜視点の戦いの論理。他ならぬ竜人からの言葉ゆえに説得力はいや増す。

「よって、竜族相手には十分に備えて、容赦無く、精一杯戦って貰いたい。そして勝ったなら、その事を大いに誇って
吹聴して欲しい。諸君らの今後の新たな竜退治伝説に期待する。御静聴ありがとう」
大きな拍手が沸き起こる。名高い竜人によるカリスマ溢れる講義であった。


その後は参加者各人に軽食や飲み物が配られ、幾分気楽な空気の中での質疑応答タイムとなった。

「竜と竜人はどう違うんですか?」
王国に来る前までJKだった雪乃は往年の勘を取り戻し真っ先に質問する

「竜人族は意外と種の歴史が浅い。発生条件に天然タイプと合成タイプとが存在する。
天然タイプは、人語を解する温厚な竜が人間と懇ろになってイタしたり、神として崇められた古竜が人身御供で
捧げられた娘と、折角だからとヨロシクやってしまった結果生まれた者だ。」

「……壊れてしまわないのでしょうか。竜とイタして……妄想が捗ります」
誰かが小声で呟いていたが、皆聞こえないフリをした。

「そして合成タイプは、少し昔にどこぞの神々がやたらと竜と多種族とを掛け合わせる実験に奔走した時期があ
って、少なくない竜人が生み出され放逐された。結果、従来稀にしか生まれず、互いに出会う事がなかった竜人が、
集まり、竜人同士の交配が進み、今では小さいながらコミュニティを形成するまでになった。この合成タイプの出現
が竜人族の発生の契機と言えるだろう。」

生命の創造。普段は様々な雑務に勤しむ神々も、偶には神ならではの仕事をこなすようだ。
余談だがハムスターも、ごく最近、とある森に番が目撃されたのを皮切りに、以後世界に広がっていったと言う。
閑話休題。

「竜人族の家格はどのようにして定まっておりますの?本人の実力?先祖の功績かしら?」
ヴォルケッタ子爵(笑)が扇子で口元を隠しつつ質問する。
主催者のマリーは、「はいはい、貴女はどっちもありますね……」といった様子で溜息をつく。

リューコはやや苦笑しつつ、
「強い先祖を持つ家の竜人は地力がそもそも高い。よって次代が受け継ぐ財産も多くなる。その財産を有意義に
用いて更に強くなる。結果、その竜人は発言権も強くなる。これが人間の言う家格というのかどうか……」

「しかし、やはり実力至上主義だな。どんなに金持ちでも弱ければ多種族に退治されて、ハイ、それまでだ。
むしろ……私やこどらのように偉大な古竜を先祖を持つ家系の者は、簡単に負けたりしたら、受け継いだ力
を生かせなかった愚か者と一般(竜)人以上の誹りを受ける。これが家格というならば難儀なものだな」

「ほう、ほう……ほへっ?」

ヴォルケッタを含む全員の視線が、軽食を食べてお腹がくちくなり、涎を垂らして午睡を満喫するこどらに注がれる。

続く?
0760創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/06/16(金) 08:25:40.81ID:xvFf7DkG
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