「え」ランは意外だったのか声を詰まらせた。「オレのせい?」
椿はゆっくり大きく頷いた。
「ん。そっか」ランは優しく言った。「じゃ、オレが帰って来たからもう学校行けるな?」
「行かない」
「どうして?」
「……すぐまた日本に行っちゃうでしょ」
「当たり前だ!」ユージンが口を挟んだ。「ラン兄ィは日本でトップの格闘家になって、これから世界に挑戦……」
「うるさい」椿が低い声で言った。
「椿」ランが抱き締めている腕に力を込めた。「オレと一緒に日本、行こ」
「えっ」
「椿を連れて行きたい」
「中国人の転入生はいじめられるぞ!」ユージンがまた口を挟む。「日本語も喋れないし、不安がいっぱい!」
椿はユージンを無視してランに言葉を返そうとして、しかし黙っていた。
「こっちに好きな奴でもいるの?」とランが聞く。
「好きな……ひと?」
「うん」
「……いるよ」
「なんて奴?」
椿はランの腕を振りほどくと、後ろを向いたまま言った。
「ミーミー(秘密)!」
そしてそのまま崖のほうへ走り出し、飛び込みの姿勢に入った。
「バカ!」
ランは急いでその腕を掴んで引き止める。
『気』の鎧を着ずに春の冷たい海へ飛び込んでいたら、心臓が止まってもおかしくはなかった。