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ロスト・スペラー 20
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0001創る名無しに見る名無し
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2018/12/07(金) 18:09:05.48ID:81QT8mxd
未だ終わらない


過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1530793274/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1518082935/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
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http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0234創る名無しに見る名無し
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2019/03/09(土) 18:54:54.04ID:V/zhJaqi
外壁の見張りをしていた執行者達は、浅りとワーロックを外に出してくれた。
深刻な物資の不足は全員が心配している事だった。

 (こんな時でもゲヴェールトは出て来ないのか……)

やはりゲヴェールトは人を操っているだけなのだと、ワーロックは確信する。
自らは表に出ず、人々を思い通りに操る様な存在を許しては行けないと、彼は固く心に決めた。
ワーロックは急ぎ足で道を引き返す。
そして道を監視していた執行者に呼び止められた。

 「あっ、おい、待て!
  中の様子は、どうだった?
  反逆同盟の連中は?」

 「反逆同盟の者には会えませんでした。
  それより、これから商品を仕入れに行きたいのですが」

 「いや、それは駄目だ。
  何の為に態々交通を規制していると思ってるんだ?」

 「分かっていますけど、あの儘では市民は飢え死にしてしまいますよ。
  どうやら洗脳を解く積もりは無いみたいですから。
  どれだけ市民を困窮させて追い詰めても、逃げ出す事はありません。
  今の儘では徒に市民を苦しめるだけです」

 「……あんた、洗脳されてはいないよな?」

執行者達はワーロックがゲヴェールトに洗脳されているか疑い出す。
それは仕方の無い事だとワーロックは認めて、堂々と反論する。

 「市内では水も食料も一切取っていません。
  疑うんだったら、検査して貰っても良いですよ。
  でも、市内に物資を運び込む事だけは許可して下さい。
  これを見て下さい」
0235創る名無しに見る名無し
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2019/03/09(土) 18:56:54.97ID:V/zhJaqi
ワーロックは紙に転写した食品店内の様子を見せた。

 「買い占めもあったんでしょうが、こう言う状況なんですよ。
  洗脳される者を増やしたくないなら、市内に入らなければ良いだけでしょう。
  上と交渉して貰えませんか?」

 「……分かった、貴重な情報だ。
  あんたの要求は伝えておく」

 「頼みましたよ。
  私は品物を仕入れて、もう一度ここに戻って来ます。
  それまで返事を貰っておいて下さい」

執行者と別れた彼は高速移動魔法を使って、最寄りのタハデラ市に移動する。
そこで荷運び用の騾馬を2頭借り、仲卸業者を回って、注文された品を購入する。
騾馬に荷物を積み込んだら、マールティン市に向けて再出発。
タハデラ市内での諸々の準備に2角を費やしたが、時間的には余裕がある。
問題は執行者が許可を取っているか否かだ。
騾馬を連れて戻って来たワーロックを、やはり執行者達が呼び止める。

 「早かったな」

 「そりゃ急ぎましたからね。
  積み荷の検査をするんですか?」

 「ああ、いや、それ以前に未だ本部から返答が無いんだ」

執行者の返答にワーロックは露骨に不満を顔に表した。
お役所仕事で返答が遅いのは理解出来るが、余りにも危機感が足りない。
0236創る名無しに見る名無し
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2019/03/10(日) 18:20:18.02ID:U4gamvS8
ワーロックは険しい顔付きになって、執行者に詰め寄った。

 「幾ら何でも悠長でしょう!
  街の状況は伝えたんですか?」

 「いや、伝えた事は伝えたが、返答が遅いのは仕方無いんだ。
  下から上に要求する時は、どうしても許可が多く要って手間が掛かる」

 「催促はしたんですか?」

 「いや……」

執行者達は上からの命令で動く分、基本的に受け身なのだ。
そう言う作戦だからとは言え、市内の困窮した状況を積極的に解決しようともしていない。
ワーロックは深い溜め息を吐いて、込み上げる怒りを静めた。

 「もう良いです。
  親衛隊の人を呼びます」

彼は魔力通信機で親衛隊員に連絡を入れる。

 「もしもし、ワーロック・アイスロンです。
  至急、来て欲しいんですけど……。
  はい、お願いします」

執行者達は気不味い表情で、その場に待機していた。
親衛隊員が到着するまでの間、ワーロックは怒りを抑え切れず、彼等と話をする。

 「貴方々は市内の人々を何だと思っているんですか?」

 「何って……」

 「敵の支配下にあるとは言え、守るべき市民でしょう。
  それなのに見殺しにする様な真似を……!」
0237創る名無しに見る名無し
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2019/03/10(日) 18:21:40.53ID:U4gamvS8
説教の途中で親衛隊員が到着したので、ワーロックは口を閉ざした。
執行者達は文句を言われても困ると言う顔で、余り反省はしていない。
下っ端には上を動かす様な力は無いのだ。
現れた親衛隊員はバレーナとは違う女性だった。

 「初めまして、ワーロック・アイスロンさん。
  私は親衛隊班長の――?」

背の高い彼女はワーロックを見詰めて問う。

 「えー、お会いした事がありますね?」

 「えっ、どちら様……」

 「元執行者のジラ・アルベラ・レバルトです」

 「……済みません。
  一寸、思い出せません」

本当に思い出せずに困惑するワーロックに対して、ジラは苦笑いした。

 「十年以上昔の事ですから、仕方の無い事かも知れません。
  それでも何度か顔を合わせていた筈なのですが……。
  その話は今は措くとして、どうしました?」

とにかく今の事を優先しようと、ワーロックは途中で思い出すのを止めて、事情を話す。

 「マールティン市に食料や日用品を届けたいんですけど、中々許可を貰えなくて……」

 「それは作戦として止めているのですから」

ジラの答に、同じ様な説明を又しなければ行けないのかと、ワーロックは肩を落とす。
0238創る名無しに見る名無し
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2019/03/10(日) 18:23:06.44ID:U4gamvS8
彼は気を入れ直して、マールティン市の内情を語った。

 「――と言う訳なんです」

 「成る程、解りました。
  私が上と掛け合いましょう。
  少々お待ち下さい」

ジラは魔力通信機を取り出すと、どこかに掛けて話を始める。

 「もしもし、親衛隊G班班長ジラ・アルベラ・レバルトです。
  作戦本部に繋いで下さい」

どうやら執行者のマールティン市攻略作戦を指揮する、作戦本部に連絡を入れている様である。
通信が繋ぎ変わると、彼女は改めて名乗った。

 「あ、作戦部長ですか?
  親衛隊G班班長ジラ・アルベラ・レバルトです。
  マールティン市内の様子に就いて、御存知でしょうか?
  報告は……受けていない……、はい、受けてらっしゃらないと」

それからジラはマールティン市民の窮状を懇々と解き、作戦部長の返事を待つ。

 「――御理解頂けましたら、どうか許可を……。
  あっ、はい、宜しいのですね?
  はい、はい、いえ、失礼しました、有り難う御座います」

通信を終えた彼女はワーロックと執行者達に言う。

 「許可は取りました。
  搬入物の検査をして、問題が無いと判断すれば、通して良いとの事です」

 「有り難う御座います」

ワーロックはジラに深く頭を下げた。
これにて漸く彼はマールティン市に戻れる事に。
0239創る名無しに見る名無し
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2019/03/11(月) 19:20:23.57ID:RTDHJD8F
荷を乗せた騾馬を連れて戻って来たワーロックを、外壁を見張るフォーコン中隊の執行者も止める。

 「待て、積み荷の検査をする」

 「はい、良いですよ」

ワーロックは面倒臭いと思ったが、予想は出来ていた事だったので、それを顔には表さず過ごす。
執行者達は何か仕掛けられていないか、怪しい物が持ち込まれていないか、共通魔法で調べた。
そして一通り確認してから、ワーロックを通す。

 「良し、通って良いぞ」

ワーロックは一礼して外壁の門を潜った。
彼が市内に入ると、各店の店主等が駆け寄って来る。
最初に話を持ち掛けた食品店の店主が、先ずワーロックに声を掛けた。

 「有り難う。
  全部で幾らだ?」

商売の話が付く前に、急っ勝ちの他の店主が品物を取って行こうとする。

 「おい、持って行って良いか?」

食品店の店主が、それを窘めた。

 「待て待て、こっちの話が済んでからにしろ!
  手前の所の分を確保するだけにしとけ!」

ワーロックは領収書を見ながら確認する。
0240創る名無しに見る名無し
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2019/03/11(月) 19:22:16.82ID:RTDHJD8F
凭々(もたもた)している彼を、食品店の店主は辛抱強く待った。

 「えーと、全部で大体74万です」

 「1MG単位まで正確に言ってくれないか?
  いや、領収書を寄越してくれ。
  そいつの1割増しを払えば良いんだろう?」

 「あの、馬の賃料分も……」

 「ああ、分かった。
  騾馬が2頭で幾らだった?」

 「こっちも領収書があるんで……。
  はい、2頭で1万9000でした」

 「端(はした)は出なかったのか?」

 「ええ」

 「良し、確り払わせて貰うから、次も頼む」

 「明日の朝になりますけど、良いですか?」

 「ああ、何時だ?」

 「そうですね……多少余裕を見て、南東の時で」

 「分かった」

話が付くと、食品店の店主も自分が注文した分を取って行く。
0241創る名無しに見る名無し
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2019/03/11(月) 19:24:11.30ID:RTDHJD8F
それからワーロックが暫く、その場で待っていると、食品店の店主が戻って来た。

 「全部で83万5714MGだ。
  それと馬の1万9000」

札束と小銭を渡され、それをワーロックは手持ちの金庫に収める。
その後に店主は新しい注文書を差し出しながら言う。

 「もう数頭、馬を借りて来れないか?
  それか馬車を使うか……」

 「私個人では多くの馬を扱う事は出来ません。
  馬が疲れない様に魔法で走らせていますから……。
  それに馬車は免許が無いので……。
  あるのは乗馬の免許だけです」

店主は悔しそうな顔をした。
普通ならワーロックを頼る必要は無い。
仕入れに問題があるなら、馬車の運転免許を持つ者を同伴させれば良い。
だが、それさえも出来ない状況なのだ。
何故出来ないのかと言えば、「マイストル」に禁じられているから。
彼の洗脳で街の外は危険だと刷り込まれているから。

 「済みません、私個人の限界です」

ワーロックが謝ると、店主は首を横に振る。

 「いや、仕方が無いんだ。
  仕方が無い」

彼は自分に言い聞かせる様に、そう言った。
ワーロックは2頭の騾馬を連れて、再びマールティン市を出て行く。
0242創る名無しに見る名無し
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2019/03/12(火) 18:31:21.05ID:DQGjtbjp
タハデラ市に戻る道中、ワーロックは執行者に呼び止められて、又話をする。

 「市内の様子は、どうだった?」

 「変わりありません。
  あの程度では物資の不足を解消出来ない様で、もっと運べないかと言われましたが……。
  誰も市内から出て行く気は無い様です」

 「やはり洗脳が強いのか?」

 「そうみたいです。
  所で、魔導師会はマールティン市を解放した時の為に、支援物資を用意しているんですよね?」

ワーロックの質問に執行者達は困った顔をした。

 「分からない。
  諸々の手配は上が決める事だ……。
  準備しているとしても、一々私達の様な下っ端にまで報告は行かない」

完全に指示待ち状態の執行者達に彼は眉を顰める。
何を聞いても無駄だと察して、ワーロックは小さく溜め息を吐いた。

 「又、明日の朝に来ます。
  南東の時より少し前位に」

 「夜中は通らないのか?」

 「流石に夜通しは辛いですよ」

彼は執行者達と別れると、暗い夜道をタハデラ市まで急いだ。
0243創る名無しに見る名無し
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2019/03/12(火) 18:33:48.66ID:DQGjtbjp
タハデラ市に戻った彼は、夜の内に貸りた騾馬を返して、同時に明日の予約をする。
更に仲卸にも回って、翌朝にマールティン市まで届ける品物を手配した。
どこも大抵、北西の時までは開いているので、そこは助かった。
ワーロックはタハデラ市内の安いホテルに泊まり、一日駆け回った疲れで深い眠りに落ちる。
起床は東の時。
彼は再び馬を借りて、仲卸を回り、マールティン市に急ぐ。
道中、執行者達に止められ、積み荷の検査を済ませて、軽い会話をする。
更に、マールティン市の外壁前で、今度はフォーコン中隊の執行者達の積み荷検査を受け、
これで漸くマールティン市内に。
所が、門を潜って直ぐの所で、ワーロックは店主達を引き連れた、見慣れない人物と出会う。
彼はワーロックに対して笑顔で言う。

 「貴方が、このマールティン市に物資を搬入して下さっている方ですね?
  有り難う御座います、市民を代表して、お礼申し上げます」

 「誰ですか、貴方は?」

ワーロックはゲヴェールトに似ている人物だと警戒したが、明らかに年齢が上に見えるので、
もしかしたら人違いかも知れないと思った。
ワーロックの問いに彼は堂々と答える。

 「私はマイストル・レッドールです」

ワーロックはマイストルに関する情報は聞いていなかったので、知らない名前だと首を傾げる。
偽名かも知れないとも考えたが、それを直接聞く訳にも行かない。

 「市長さんですか?」

 「いえ、違います」

 「副市長とか、議会の議員だとか?
  それとも商工会の会長とか、副会長?」

 「違います」

偉そうにしているのに、何なんだとワーロックは眉を顰めた。
0244創る名無しに見る名無し
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2019/03/12(火) 18:35:33.93ID:DQGjtbjp
マイストルと名乗った人物は、困った顔で言い訳する。

 「特に何と言う者ではありません。
  只の隠居です」

それなら態々市民を代表して等と言わなければ良いのにと、ワーロックは不審に思った。
礼を言われて悪い気はしない物の、何か違和感がある。

 「……お話は、それだけでしょうか?」

 「いえ、何かしら、お礼をしなくては行けないと思いまして……。
  勿論、言葉だけでは無く」

 「はぁ、そうですか……。
  それで何を?」

ワーロックは彼の誘いに乗る積もりは無かったので、冷淡に応じた。

 「食事でも如何でしょうか?」

 「申し訳ありませんが、そんな暇はありません。
  未だ未だ物資は不足しているんでしょう?
  貴重な食料を私が食べてしまう訳には行きませんよ。
  それに、今日中に4回は往復したいです」

マイストルは小さく舌打ちして、態度を豹変させた。
彼は懐から真っ赤な短剣を取り出して、ワーロックに向ける。

 「本当は知っているんだろう?
  この街の状況も私の正体も……。
  何を企んでいる?」

ワーロックは身構えたが、何時の間にか彼の周囲を執行者が取り囲んでいる。
0245創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/13(水) 18:10:37.93ID:a9pjyeok
こうなったら抵抗は難しい。
ワーロックは構えを解いて脱力した。

 「何も企んでなんかいません。
  市内の様子を見に来ただけです」

 「嘘を吐くな。
  この街に通じる道は魔導師会が封鎖している。
  奴等の許可無しには街に入れない」

 「ああ、許可は取りました。
  市民が困っているからと」

 「魔導師会は、この街を封鎖して、市民を困窮させるのが目的だった筈だ。
  そうすれば戦わずして、この街を制圧出来る。
  それを態々破ると言う事は、詰まり作があるのだろう?」

疑り深いマイストルにワーロックは苛付いて来た。

 「それでは市民に犠牲が出るかも知れないでしょう」

 「馬鹿な!
  だから何だと言うのだ!
  それが戦争と言う物だ!
  兵糧攻めは基本中の基本だろう」

 「戦争?」

 「ああ、そうだとも!
  これは魔導師会に対する反逆だ!」

啖呵を切ったマイストルだが、ワーロックは怪訝な顔をする。
0246創る名無しに見る名無し
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2019/03/13(水) 18:12:47.54ID:a9pjyeok
 「何の為に、こんな事をするんですか?
  意味が解らない」

 「私は自分の国が欲しいのだ。
  誰にも侵されない、私だけの国が!
  私の土地、私の民、私の法、全てが私の為にある、私だけの国!」

堂々と野望を語るマイストルに、ワーロックは呆れた。

 「……それは無理ですよ。
  人には心があります。
  何も彼も思い通りにはなりません」

 「知らないのか?
  私の魔法なら、それが出来る。
  私は私の国を築くのだ!」

マイストル事ゲヴェールト事ヴァールハイトの魔法資質と血の魔法があれば、多くの者を従わせ、
思い通りに操る事も可能だ。

 「何か意味があるんですか、それ?
  普通に市長とか町長になるんじゃ駄目なんですか?」

 「……お前の様な小物には解るまい。
  人の偉大さとは人を従えられる事なのだ。
  大勢が私を称え、私を敬い、私に従う。
  これ以上の幸福があろうか!」

それは悪魔らしい考えだ。
偉大だから人を従えられるのでは無く、人を従える事で偉大さを示そうとする。
その本末転倒振りに気付いていない。
ワーロックには彼の考えが理解出来なかった。
0247創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/13(水) 18:15:58.28ID:a9pjyeok
 「いや、幾らでもあるんじゃないですか……。
  寧ろ、そんな大変な事をしないと幸福感を得られないんですか……?」

 「では、お前の考え付く幸福とやらを言ってみろ!」

余りに堂々とマイストルが問うので、ワーロックは少し気圧されながら答える。

 「例えば、美味しい物を食べたり、夜に気持ち良く眠れたり、暖かい日差しを浴びたり、
  清々しい空気を吸ったり、よく働いた後の疲労とかでも、幸せなんて少し目を向ければ、
  どこにでもある物じゃないですか?」

 「フン、安易だな!
  所詮は肉の喜びに過ぎないでは無いか!
  肉体より精神を満たす事の方が高尚では無いのか?」

 「ウーム、そう言う考えもあるでしょうが……」

 「安易に得られる幸福に何の価値がある!
  苦労して得られる幸福こそ、真の幸福だろう!」

悪魔らしく知恵の回る答に、ワーロックは納得させられそうになるも、人を思い通りに支配する事は、
受け入れ難い。

 「でも、人に迷惑を掛けるのは、良くないですよ」

 「そんな事を言っていては、何も成せないぞ。
  確固たる信念と決意のみが、道を拓くのだ。
  世間の反応等、結果次第で、どうとでも変わる。
  英雄と大罪人に、どれだけの差があると言うのか?」

マイストルは実に堂々として、少しも怯みを見せない。
0248創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/14(木) 19:16:47.54ID:4FAbatfA
何を言っても説得出来そうに無かったので、ワーロックは違う方向から攻める。

 「……それで籠城して勝ち目はあるんですか?」

 「あの儘、兵糧攻めを続けられていたら、市民は全滅していたかも知れないな。
  それでも私は一向に構わなかった。
  困るのは魔導師会の連中の方だろう。
  市民を守れない魔導師会に何の価値がある?」

マイストルが平然と答えたので、ワーロックは彼を軽蔑した。
やはり彼は人間の事を何とも思っていないのだ。
市民に被害が出れば、魔導師会の信用が落ちる。
反逆同盟としては、それで良いのだろう。
ワーロックは周囲を見回して、マイストルの発言を聞いた市民の反応を窺った。
だが、誰も衝撃を受けた様子は無い。
ワーロックは全員に呼び掛ける。

 「皆、聞いただろう!!
  こいつは人の事を何とも思ってないんだぞ!!」

マイストルは彼を馬鹿にする様に小さく笑った。

 「無駄だよ。
  この街の者達は、皆、私を盲目的に崇拝している。
  私の為なら、自らの命を投げ出せるし、身内を殺す事も厭わない。
  諦めるんだな」

何か良い手は無いかと長考するワーロックに、マイストルは告げた。

 「お前に策略が無い事は判った。
  詰まらん理想主義者だと言う事もな。
  憐れな市民の為に、早く食料を運んで来るが良い」
0249創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/14(木) 19:18:01.48ID:4FAbatfA
相手がマイストル事ゲヴェールト事ヴァールハイトだけならば、ワーロックも手の打ち様はあるが、
執行者や処刑人まで付いているのが厄介だ。
マイストルが去ると店主達は何事も無かったかの様に、ワーロックを迎えて取り引きを持ち掛ける。
ワーロックは商品を渡して金を受け取ると、大人しくマールティン市から出て行く事にした。
マールティン市を出た後、タハデラ市に向かう道中で、彼は執行者達に呼び止められる。

 「どうだ?
  何か変わった事はあったか?」

執行者達はワーロックの様子が奇怪しい事に、気付いていた。
ワーロックは落ち込んだ気分で答える。

 「はい、マイストルと言う人物に会えました。
  ゲヴェールトとは違う人……だと思うんですけど」

 「ああ、マイストルは偽名だ。
  奴の正体はゲヴェールトの中に潜む、もう一人の魔法使いだと言う」

 「二重人格か何かですか?」

 「厳密には違うかも知れないが、似た様な物だと思って貰って構わない。
  それで、何か判った事とか、変わった事は?」

 「……市民を助けるのは難しいかも知れません。
  洗脳が強過ぎて……」

それを聞いた執行者達は、小さく溜め息を吐いた。

 「そう気を落とすなよ。
  あんた一人に何か出来るなんて、誰も思っちゃいないさ。
  市民を守るのは、執行者の務めだ」

 「はい……」

ワーロックは頭の中で、どうやったら市民を救えるかを考えていた。
0250創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/14(木) 19:20:13.51ID:4FAbatfA
彼が執行者と別れ、考え事をしながら騾馬を連れて歩いていると、行き成り横から声を掛けられる。

 「ワーロック・アイスロン殿ですね?」

 「うわっ、どなた!?」

ワーロックが驚いて振り向くと、そこに居たのは隠密魔法使いのフィーゴ・ササンカ。
ワーロックは2頭の騾馬を止めさせる。

 「あ、貴女は……隠密魔法使いの……」

 「フィーゴ・ササンカです」

 「そう、ササンカさん……。
  私に何か御用ですか?」

 「いえ、私では無く……」

ササンカは腰の巾着から拳大の石を取り出して、ワーロックに見せた。
石は自ら声を発する。

 「ラヴィゾール、僕だよ、僕!」

 「あっ、『音石<サウンドストーン>』!
  レノックさんですか!」

 「そうそう、君に話があるんだ。
  先ずは、君が得たマールティン市の内情を聞かせて欲しい」

ワーロックは音石の求めに応じて、市内の様子を語った。
0251創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/15(金) 18:49:23.56ID:tWC0C7x3
音石は何度も合いの手を入れつつ一通りの話を聞き終えると、ワーロックに言った。

 「成る程、話は分かった。
  僕の知っている限りの事を君に話そう」

 「あの……レノックさん、本体は?」

語りに入られる前に、ワーロックは音石に尋ねる。
音石は少し気不味そうな声で答えた。

 「あー、実はマールティン市を調査中に捕らわれてしまった。
  詰まり本体は動けない状態にある」

 「ええっ!?
  大丈夫なんですか?」

 「さて、どうだろう?
  殺されても不思議は無いんだけど。
  本体のレノックが死んでも、僕まで死ぬ訳じゃないから、そう心配はしないでくれ」

レノックと音石は同一の存在であり、思考も完全に同じである。
彼も又、悪魔らしく人間の様な肉体への執着は薄い。
他の悪魔と異なる所は、己の力に対する執着も余り無い所。
彼は自分の価値を肉体や魔法資質に置いていないのだ。
その知恵と意識と心が、彼の全てなのである。

 「とにかくレノックさんを解放する為にも、マールティン市をどうにかしないと行けないと、
  そう言う訳ですね?」

 「余り気負わないでくれよ。
  僕の為にとは考えないでくれ」

レノックは自分の為に他人が犠牲になる事を望まなかった。
それは彼が聖人だからでは無く、先述した様に本体を余り重要だとは思っていない為だ。
0252創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/15(金) 18:51:56.96ID:tWC0C7x3
音石は話が逸れてしまったと、態とらしく咳払いをする。

 「じゃあ、あの街に就いて、僕の知る限りの事を話そう。
  先ず、マイストル・レッドールだ。
  奴は反逆同盟の一員ゲヴェールトの、もう1つの人格ヴァールハイトだ。
  当然ながら、ヴァールハイト自身も反逆同盟の一員と見るべきだろう。
  彼は血を取り込んだ者を操る魔法を使う様だ」

 「血ですか……」

 「口から摂取するだけとは限らない。
  飲食物以外にも気を付ける事だな」

 「はい」

例えば、血が体に付着しただけでも行けない可能性がある。
血の臭いを嗅ぐ事さえも、微細な粒子を体に取り込んでいるのだから、良くない可能性がある。
どの程度まで有効なのかは、魔法を使う当人にしか分からないのだ。
音石は語りを続ける。

 「しかし、操ると言っても、意識を乗っ取ったり、体を動かしたりするだけだ。
  それ以上の力で押さえ付ければ、何も出来ない。
  どう言う事か判るね?」

 「何か超人的な能力を付与する訳では無いと言う事ですね?」

 「その通り……だけど、肉体の限界まで力を引き出す事は可能かも知れない。
  そこだけは気を付けてくれ。
  それと、奴は操った者を常時監視している訳では無い様だ。
  付け入る隙があるとしたら、その辺だと思う」

 「はい」

ワーロックは心の中で、多対一で戦う積もりは無いと思いつつ、必ず戦いが避けられるとも限らず、
その時には知識が必要になるかも知れないと心に留め置いた。
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2019/03/15(金) 18:53:15.60ID:tWC0C7x3
更に音石は語りを続ける。

 「それとマイストル以外にも、反逆同盟の連中が居るかも知れない。
  厄介な事に、それまで情報が無かった奴が居た。
  僕等が見たのは『蝙蝠のバルマムス』。
  旧暦では、寓の魔法使いアストリブラ・バサバタパタと呼ばれていた」

 「どんな魔法使いなんですか?」

 「見た儘、蝙蝠の様な魔法使いだよ。
  空を飛べるが、大抵は逆さに振ら下がっている。
  こいつは物の存在を不確定にすると言う、恐ろしい奴だ。
  この魔法に掛かると、意識が朦朧として、物の認識が狂う。
  ある筈の物が無くなったり、無い筈の物があったりする。
  又、好調や不調を逆転させる」

 「弱点とかは?」

 「音と光だ。
  奴は大きな音や強い光に弱い。
  それと地上では動きが鈍り、魔法が使えなくなる。
  こいつだけなら、対処は簡単だから良いけど、他にも居るかも知れないから、気を付けて」

 「はい……。
  それで、どうすれば市内の人を助けられるんでしょうか?」

ワーロックにとって音石の助言は有り難かったが、これと言った妙案は思い付かなかった。
どうすればマイストル事ヴァールハイトを倒して、人々を解放出来るのか?
その為の策が無ければ、どう仕様も無い。
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2019/03/16(土) 18:51:49.01ID:lPaDoe4B
音石は小声で低く唸る。

 「それは……僕にも思い付かない。
  君は魔法資質が高い訳じゃないから、強引に正面突破なんて出来ないだろうし……。
  でも、ヴァールハイトと対面する機会さえあれば……。
  その為に、君に渡しておく物がある」

そう音石が言うと、ササンカがワーロックに小さな『警笛<ホイッスル>』を差し出した。
受け取って繁々と見詰めるワーロックに、音石は解説する。

 「これは聞いた者の動きを止める効果がある。
  効果時間は吹いている間だけ。
  それも思いっ切り吹き続けていないと効果が無い。
  しかも連続して使うと効果が無い。
  もしもの時に使うんだ」

 「もしもって……」

 「連続してと言うのは、相手に警戒されていると行けないんだ。
  気を抜いていれば、何度でも効果があるけど、それにはある程度の間隔を空けておく必要がある」

 「詰まり、笛の効果が続いている間に、ヴァールハイトとか言う奴をやってしまえと」

 「そう上手く行くかは分からないけど……。
  慎重に頼むよ」

人を殺すのかとワーロックは手の平の警笛を熟(じっ)と見詰めた。
幸いと言うべきか、未だに彼は人を直接殺害した事が無い。
殺さずとも無力化出来れば良いのだが、それは中々難しい。
特に、相手が正体を現さない、遠隔操作系の魔法の場合は……。
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2019/03/16(土) 18:53:26.17ID:lPaDoe4B
ワーロックは警笛を握り締めて、ササンカと音石と別れ、改めてタハデラ市に向かった。
タハデラ市で品物を仕入れて、マールティン市に戻って来るまで、大凡2角。
時刻は南の時を少し過ぎた位。
ワーロックは特に警戒されず、市内に入る事が出来る。
ササンカから貰った警笛も咎められる事は無かった。
執行者達の注意は、彼が仕入れた品物の方にばかり向いていた。
市内に入ると店主達が待ち構えていて、商品を取って行き、代金を支払う。
今度はマイストル事ヴァールハイトの姿は無い。

 (流石に、そう簡単には姿を現さないか……)

ワーロックが外壁から出て行こうとすると、彼を呼び止める声があった。

 「待ってくれ!」

彼が振り返ると、そこにはヴァールハイトに似た容姿の若い男性が居た。
身構えるワーロックに、若い男性は慌てて敵意が無い事を告げる。

 「待った、待った!
  先ず俺の話を聞いてくれ。
  俺はゲヴェールト・ブルーティクライトと言う」

 (もう1つの人格か……)

一体何なのかと、ワーロックは構えを解かずに、話だけを聞く。

 「私に何の用だ?」

 「ヴァールハイトを止めてくれ。
  もう俺は奴の言い成りは嫌なんだ」

ゲヴェールトの告白にワーロックは目を丸くして驚いた。
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2019/03/16(土) 18:55:13.54ID:lPaDoe4B
ゲヴェールトは続ける。

 「ヴァールハイトは旧暦から生きている、俺の何代も前の祖先だ。
  血の魔法を利用して、代々の子孫の中で生き続けて来た。
  俺は外道魔法使いだから、共通魔法社会では居場所が無かった。
  だから、反逆同盟に入ったんだけど……。
  ここまでの事になるとは思わなかった。
  ヴァールハイトを何とかしてくれ!」

ワーロックは彼の言う事を本当か怪しみながらも、嘘だと切り捨てる事はしなかった。

 「そんな事を言って、大丈夫なのか?
  君の中にはヴァールハイトが……」

 「ああ、大丈夫だ。
  奴だって疲れたら眠るんだ。
  今、奴は眠っている。
  俺には判るんだ」

 「しかし、何とかしてくれと言われても……」

 「誰も貴方独りに頼んではいない。
  貴方が無理なら、他の人でも良い、頼む!」

必死に頼み込むゲヴェールトの姿に、ワーロックは何とかしてやりたいと言う気持ちになる。
だが、方法が無い。
取り敢えずヴァールハイトを殺して終わりとは行かなくなった。
事態は厄介になったが、その事にワーロックは逆に安心していた。

 「分かった、どうにか方法を探してみよう」

無責任に、未来の自分を信じて彼は肯く。
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2019/03/17(日) 19:17:00.77ID:m1WILW6P
ワーロックは更にマールティン市とタハデラ市の間を一往復して、南西の時に戻って来た。
どうすれば良いのか、彼は考え続けていたが、妙案は思い浮かばなかった。
ヴァールハイトが眠っている間に、ゲヴェールトを連れ出す事も考えたが、それを予想していない程、
ヴァールハイトが間抜けだとは思えない。
恐らくは市内の執行者等に、事前にゲヴェールトを市外に出さない様に命令してあるだろう。
しかし、他に全く手が無い訳では無かった。

 (多くを得ようと思えば、それなりの覚悟が要る。
  私は……)

肉を切らせて骨を断つ、究極の手段が彼にはある。
もしかしたら肉の切られ損に終わるかも知れないが、最良の結末を迎えるには、それしか無い。
彼は洗脳されてしまった後の事も考えて、執行者には何も知らせず、自分の考えだけで動いた。
自分の独断と言う事にした方が、相手の油断を誘えると思ったのだ。
マールティン市内で彼は店主達に品物を売り捌くと、直ぐには出て行かず、街の中を見回る。
彼は態々市内のホテルで宿の予約を取ってから、もう一度仕入れに出た。
この行動をマイストル事ヴァールハイトは、絶対に怪しむと確信して。
西の時を過ぎて、本日4度目の商品の搬入を終えたワーロックは、市内で1泊する。
彼はヴァールハイトが再び姿を現すまで、この街を拠点に活動する積もりだった。
そして、その時は意外にも早く訪れた。
ワーロックが宿に泊まった、その晩の事である……。
彼が夕食を取ろうと宿の食堂に入ると、『食卓<テーブル>』の1つにヴァールハイトが着席していた。
予想外に早く会えたので、驚いたワーロックは視線を合わせない様にして、別の食卓に着く。
注文したのは牛肉の炙り焼き定食(『麺麭<パン>』と『寒草<フリジヘルブ>』の『汁物<スープ>』付き)。
ワーロックはヴァールハイトが何か行動を起こすまで、自分から話し掛けに行く積もりは無かった。
ヴァールハイトは彼に気付いている筈だが、素知らぬ顔をしている。
0258創る名無しに見る名無し
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2019/03/17(日) 19:18:36.29ID:m1WILW6P
 「牛炙り定食です!」

給仕が料理を運んで来て、ワーロックの前に置く。
それと同時にヴァールハイトが彼の対面に座った。
匙を握って身構えるワーロックにヴァールハイトは問う。

 「何の積もりだ?」

 「何って……?」

 「何も知らないのか?」

 「いえ、知ってますけど」

 「……何を?」

 「この街で飲み食いしたら良くないんですよね?」

 「あ、ああ……。
  だったら、何で今食おうとしているんだ?」

 「何か不都合でも?」

 「……私の魔法は効かないと高を括っているのか?
  それとも何か対策を?」

ワーロックは彼に不敵な笑みを向けて、牛肉を麺麭に挟んで食べ始めた。
汁物にも躊躇わず口を付ける。
ヴァールハイトは彼を怪しんで、中々魔法を使おうとしない。
既に魔法を掛けられる状態であるにも拘らず。
0259創る名無しに見る名無し
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2019/03/17(日) 19:20:38.77ID:m1WILW6P
ワーロックが完食するまで、ヴァールハイトは徒見守っていた。
ワーロックは堂々とヴァールハイトを見て言う。

 「どうしたんですか?
  結局、魔法は使わないんです?」

 「お前を操った所で、有益な事は何も無い。
  お前には物資を運んで来て貰わなければならないからな」

 「そうですか?
  それなら帰って下さい」

 「……何か掴んでいるのか?」

 「お得意の魔法で聞き出せば良いでしょう」

ヴァールハイトはワーロックの挑発に乗って良いか迷った。
相手は大した魔法資質を持たない。
否、幾ら相手が強大でも血の魔法には抗い難い。
ワーロック一人を操る位は、何とも無い筈なのだが……。

 「どうして悩む必要があるんですか?
  貴方の魔法には欠陥があるとでも?」

更にワーロックは挑発を重ねる。
ヴァールハイトは怒りを感じた。
彼は自分の魔法に自信を持っている。
自分の魔法を貶されるのは魔法使いには許し難い事だ。
ヴァールハイト自身は自分の魔法に欠陥があるとは思っていない。
0260創る名無しに見る名無し
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2019/03/18(月) 19:08:20.68ID:nZDF9voD
侮辱されたと感じた彼はワーロックに血の魔法を掛ける事にした。
旧い魔法使いや悪魔にとって、格下に侮辱される事は耐え難い。
これが未だ多対一なら逃げる言い訳も立つが、無能1人に恐れを成したとあっては己の恥。
策略があるなら見抜かなければならないが、それが判らないと言うのも恥。
罠かも知れないと感じていても、やらなければならない。
そう言う風に運命付けられている。
それが旧い魔法使いの宿命にして宿痾なのだ。

 「後悔するなよ!」

ヴァールハイトは自らの血液を魔力に反応させた。

 (来る!)

ワーロックは自分の体の中で血液が反応するのを感じる。
否、実際には感じていない。
それが判る程、彼の魔法資質は鋭敏では無い。
そう錯覚しているだけだ。
しかし、錯覚が実際の感覚と重なっていれば、そこには何の違いも無い。
そしてワーロックは自らの意識が、魔力によって改変されて行くのを感じる。
ヴァールハイトはワーロックに告げた。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している。
  私に隠し事は出来ない。
  何を企んでいるのか、洗い浚い吐いてくれ」

信頼を刷り込んでいるのだ。
0261創る名無しに見る名無し
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2019/03/18(月) 19:09:29.06ID:nZDF9voD
ワーロックはヴァールハイトの目を見詰めた儘、少しも動かなかった。
自らの内を巡る魔力が、意識を塗り替えて行く瞬間を静かに観察する。
それは自分を客観的に見る、第二の自分が居るかの様に。
彼の劣った魔法資質が、ヴァールハイトの魔力の流れを掌握する。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している。
  私に隠し事は出来ない……」

ワーロックはヴァールハイトの言葉を繰り返した。
その言葉はヴァールハイトに返って行き、彼に同じ言葉を繰り返させる。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している……」

2人は互いの目を真剣に見詰め合って、どちらも逸らそうとしない。
傍目には、どちらが魔法に掛かっているか判らない。
先に動きを見せたのはワーロックだった。
彼は口の端に笑みを浮かべる。
ヴァールハイトは焦りを感じる。

 「何故、効かない……?
  お前は何者だ?
  魔導師会の者か、それとも旧い魔法使いか!?」

 「どちらでも無い。
  私は新しい魔法使い」

堂々と答えたワーロックに、彼は動揺して蒼褪める。
0262創る名無しに見る名無し
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2019/03/18(月) 19:11:28.36ID:nZDF9voD
強大な悪魔が実力を隠して潜伏していたのかと、ヴァールハイトは考えた。

 「新しい……?
  歴史上、最も新しい魔法は共通魔法だ。
  お前は悪魔なのか?」

 「違う。
  私は一般的な『新人類<シーヒャント>』……の中でも、劣った能力の者。
  他の多くの新人類と同じく、肉の体を持ち、悪魔としての自覚は無い存在」

淡々と答えるワーロックが不気味で、ヴァールハイトは混乱する。

 「それでも、お前が徒者で無い事は判る。
  新しい魔法使いとは何なのだ?
  お前の様な存在が、未だ地上には居ると言うのか?」

 「分からない。
  もしかしたら、居るかも知れない。
  唯一大陸に暮らす2億以上の人間の中に、私の様な存在が居ないとは限らない」

余りにワーロックが正直に答えるので、彼は自分の魔法が効いているのかと少し期待した。

 「……私の魔法が効いているのか?」

 「私の魔法は効いている」

その返答で絶対に効いていないと、ヴァールハイトは確信させられる。
だが、ワーロックの様子が奇怪しいのは事実だ。
ヴァールハイトは改めて質問した。

 「お前は何を企んでいる?」
0263創る名無しに見る名無し
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2019/03/19(火) 18:58:27.71ID:VtBXBRGg
ワーロックは前に言われた言葉を繰り返した。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している。
  私に隠し事は出来ない」

 「何なのだ、お前は!?
  私の質問に答えろ!」

 「私の企みは成功した。
  もう、お前に逃げ場は無い」

これが張ったりか否か、ヴァールハイトには判断が付かない。
彼は緊急事態を想定して待機させていた、2人の執行者を呼び出す。

 「魔導師共、こいつを捕らえろ!!」

 「騙されるな!!
  敵はマイストルの方だ!!」

執行者達は食堂の入り口から突入したは良いが、2人の指示に困惑する。
ヴァールハイトは驚愕して席を立ち、更に強い口調で命じた。

 「何を迷っている!?
  こんな得体の知れない男の言う事を聞くのか!?
  私はマイストルだぞ!!」

ワーロックも席を立って、弁舌を振るう。

 「本来の目的を忘れたのか!?
  執行者はマイストルを逮捕しに来た筈だ!!」

執行者は2人共、ワーロックとヴァールハイトの間で、どちらに付くべきか迷っている。
0264創る名無しに見る名無し
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2019/03/19(火) 19:00:31.49ID:VtBXBRGg
ヴァールハイトは益々焦って、ワーロックに尋ねた。

 「お、お前が私の魔法を妨害しているのか!?
  お前の魔法は一体……」

 「気付くのが遅かったな!
  私に魔法を掛けた事が間違いだ!」

 「魔法返しか!?
  否、違う……!」

 「観念しろ!!
  お前に逃げ場は無いぞ、ヴァールハイト!!」

困惑して立ち尽くしている執行者達に、ヴァールハイトは見切りを付ける。

 「私が人を操るしか能の無い者だとでも思っているのか!?」

彼は懐から赤黒いナイフを取り出すと、その場で一振りする。
ナイフは一瞬で伸びて、2人の執行者の喉を切り裂いた。
それは丸でナイフ自体が意思を持って、動いているかの様だった。
ナイフの正体は影の剣ディオンブラ。
貪食の魔剣グールム・デ・ヴィが闇の力によって蘇った物。
ディオンブラはヴァールハイトの血を吸って、彼の意思で自在に動く魔剣となった。

 「キャーーーーッ!!」

執行者が刃物で傷付けられた事に、食堂で働く職員は恐怖の叫び声を上げる。
ワーロックは笑みを見せた。

 「もう、終わりだ!
  この街は解放される!」
0265創る名無しに見る名無し
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2019/03/19(火) 19:01:56.37ID:VtBXBRGg
 「くっ、未だ終わらん!!」

ヴァールハイトはディオンブラを振るって、ワーロックを斬り付けた。
それをワーロックは護身刀を抜いて、紙一重で攻撃を逸らす。

 「ええい、鬱陶しい奴!!
  私は捕まらんぞ!!」

ヴァールハイトはワーロックが手強いと見るや、直ぐに逃走を図った。
彼はホテルの外に出て行く。
ワーロックは食堂の職員に呼び掛けた。

 「執行者さんの手当てをお願いします!
  取り敢えず、救急を!」

そしてヴァールハイトを追い掛け、ホテルの外に飛び出す。

 「待てっ、逃がさないぞーー!!」

ワーロックはヴァールハイトを見失わない様に、全力で駆けた。
やがてヴァールハイトは市内の一軒家に駆け込む。
レノックとパルティーンが発見したのとは、又別の民家だ。
ワーロックは迷わず家の中に突入した。
ヴァールハイトの姿は見失ったが、家の地下で物音がしたので、彼は地下への階段を探す。
彼が廊下の先に階段を発見して近付くと、天井から声がした。

 「待て!
  ここから先は通さん!」

 「何者だっ!?」

数歩後退して身構え、天井を見上げるワーロックの目に、黒い大きな塊が映る。
それは天井から振ら下がっていた。
寓の魔法使いバルマムスだ。
0266創る名無しに見る名無し
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2019/03/20(水) 19:24:34.84ID:sAVRLsEl
次の瞬間、ワーロックは周りが見えなくなり、暗い靄の中に閉じ込められる。

 「こ、これは!?」

バルマムスの魔法によって、空間を認識出来なくされたのだ。
只、バルマムスの姿だけが見えている。
見えないだけで、そこに空間はあるのかと思うのだが、壁や床の感覚も失われている。
これが物の存在を不確定にする、バルマムスの寓の魔法。
物事が明確でなくなり、曖昧になる。
そこに壁や床がある筈なのに、よく分からなくなる。
目の前に階段らしい物もあるのだが、上るのか下りるのかも判らない。
ワーロックはバルマムスを倒さなければ先に進む事は難しいと考えて、再び上を向いた。
しかし、バルマムスの姿は無い。

 「どこへ行った!?」

彼が慌てて左右を見ると、バルマムスは彼の背後で直立していた。

 「何を狼狽えている?
  どこにも行ってはおらんぞ」

 「お前がアストリブラか!」

 「今はバルマムスと呼んで貰おう」

バルマムスは目の前に居る筈だが、その声は四方八方から聞こえる。
0267創る名無しに見る名無し
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2019/03/20(水) 19:25:55.55ID:sAVRLsEl
ワーロックは護身刀を構えて、バルマムスに向かって行こうとしたが、視界が揺れて足元が覚束無い。
護身刀に刻まれた魔法陣の効果か、護身刀だけは瞭(はっき)りと手に握る感触がある物の、
それ以外は全く駄目だ。
目を回した様に視界が回転している。
バルマムスは浮ら付く彼を嘲笑った。

 「ハハハ、どうした、どうした!?
  こっちだ、こっちだ!」

 (こんな時は、どうしたら……。
  レノックさん、力を借ります!)

ワーロックはコートのポケットを漁って、警笛を手に取る……が、警笛を持つ感触は浮わ浮わして、
本当に警笛なのか確信が持てない。
だが、ワーロックが警笛を入れたポケットには、他の物は何も入れていなかった筈なので、
これが警笛だとワーロックは信じた。
今の状況では、自分の記憶しか頼れないのだ。
そうして警笛を持った彼だが、次なる問題に襲われる。
警笛を正しく口に咥える事が出来ない……。
警笛は丸で、柔らかい球体の様で、目で確認しても毛玉か綿毛の塊の様。
何も彼もが浮わ浮わしている。
仕方が無いので、ワーロックは警笛を適当に口に挟んで吹いてみた。
音が鳴らなければ、警笛を転がして改めて吹く。

 「ギャハハハ、何をしている!!
  無駄、無駄!!」

バルマムスに笑われても気しない。
そんな調子で、やっと警笛を鳴らす事が出来る。
0268創る名無しに見る名無し
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2019/03/20(水) 19:27:16.51ID:sAVRLsEl
耳を劈く様な高い音が鳴り響き、一瞬にして魔法は解け、ワーロックの視界が元に戻った。
暈やけて浮わ浮わしていた物は、全て元の輪郭と感触を取り戻す。
ワーロックはバルマムスを見た時と変わらず、階段の前で立ち尽くしていた。

 「ぐわーーーーっ!!!!」

蝙蝠のバルマムスは魔法の警笛の音に驚いて、情け無い声を上げ、無様にも真っ逆様に床に落ち、
背中を強打して悶える。
ワーロックはバルマムスが悪さを出来ない様に、直ぐに馬乗りになって、衝撃波の共通魔法を、
バルマムスの胸に叩き込んだ。

 「M1D7!!」

 「ギェッ!!」

強い衝撃が内臓を貫いて、バルマムスは気絶する。
その正体は、蝙蝠の怪物だった。
ワーロックは気絶したバルマムスを放置して、魔法の『蘭燈<ランタン>』を取り出すと、それを構えて、
真っ暗な地下へ続く階段を下りる。
階段を下り切って、地下室の扉を発見したワーロックは、警笛を咥えて扉を蹴破った。
そして同時に警笛を鳴らす。
消魂しい音が部屋中に鳴り響き、ディオンブラを手に待ち構えていたヴァールハイトは驚きの余り、
迎撃する事を忘れた。

 「もう逃げられないぞ!!
  この街の人々を自由にして貰う!!」

ワーロックは護身刀を右手に、蘭燈を左手に、ヴァールハイトに迫る。
0269創る名無しに見る名無し
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2019/03/21(木) 18:26:55.05ID:AlvIBHtt
ヴァールハイトは突きの構えでディオンブラを持ち、彼を牽制した。

 「自由……?
  そう言える程、自由は素晴らしい物かね?」

 「人の意思を奪って操るより悪い事がある物か!」

ワーロックは会話に応じながらも、ヴァールハイトを睨んで隙を見せない様にする。
熱る彼をヴァールハイトは嘲笑した。

 「解っていないな……。
  人は自由であるが故に、悩み苦しむのだ。
  争いも諍いも、凡そ全ての悪は自由から生まれる。
  人は意思等、持たない方が幸せでいられるのだ。
  生まれ付き役割が決まっていれば、無駄に苦しむ事は無い。
  自由と安楽は相反する物だよ。
  自由とは麻薬の様な物、その味は知らない方が幸せだ。
  停滞が何だと言うのだ?」

 「だから、お前達は旧暦でも魔法大戦でも、勝者にはなれなかった」

 「それは違う。
  人が神等と言う詰まらない物を信仰した為に、こうなった。
  これからは悪魔崇拝の時代だよ。
  全てを変え得るのは、『正義』でも『暴力』でも『知識』でも無い。
  況してや『愛』等に何の力があろう!
  必要な物は支配する力、唯それのみ!
  我々悪魔が全てを支配し、人は唯我々の為だけに生きるのだ」

ヴァールハイトは高らかに宣言して、先手を打ちディオンブラを振るった。
突きと共に赤黒い刀身が真っ直ぐワーロックに向かって伸びる。
それをワーロックは護身刀で往なし、魔法で反撃した。

 「ミラクル・カッター!!」
0270創る名無しに見る名無し
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2019/03/21(木) 18:28:04.23ID:AlvIBHtt
不可視の刃がディオンブラの刀身を打ち砕くが、ヴァールハイトに焦りは無い。
魔剣ディオンブラは再生能力を持つのだ。
見る見る刀身が復活するディオンブラに、ワーロックは歯噛みして、ヴァールハイトに訴える。

 「悪魔に支配されて、人間に何の得がある!?」

 「全ての悩みや苦しみから解放される。
  人は何も考えなくて良い、奴隷の幸せ、家畜の幸せを享受する。
  支配する者と支配される者、同じ人間だから不公平だと感じる。
  それならば、支配者が人間で無ければ良いのだ。
  全てを超越する神の立場に、我々が成り代わろう」

ヴァールハイトは悪魔の目的を語った。
神の様な絶対者として君臨し、人を支配する。
それが全ての人間を幸せにする唯一の方法だと言うのだ。

 「巫山戯るなっ!
  お前達の心一つで変わってしまう世界を誰が望む物か!」

その傲慢さにワーロックは怒るが、ヴァールハイトは軽く受け流す。

 「そうとも、我々は平等では無い。
  気に入った者は幾らでも優遇するし、気に入らない者は誰だろうと排除する。
  人は不平等を受け容れ、如何に我々に迎合し、媚び諂うかを競う様になる。
  それで良いのだ。
  自由、平等、公正、博愛、何れも人間には過ぎた物だ。
  神は居ない、正義も無い、それ等が在った場所には、唯我々が居る。
  我々を崇め、我々に従え」
0271創る名無しに見る名無し
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2019/03/21(木) 18:29:15.45ID:AlvIBHtt
そう言われて従える人間が居る訳が無い。
ワーロックは益々敵意を増して、ヴァールハイトに迫る。

 「断る!
  私でなくとも誰でも同じ事を言うだろう!」

 「果たして、そうかな?
  お前に優れた力を授けると言ったら?
  お前を人間達の王にすると言ったら?
  お前に権力や財宝を呉れてやると言ったら?
  靡かない人間が、どれだけ居るかな?
  自分さえ良ければ、それで構わない者は、幾らでも居よう。
  浅ましい人間共……」

 「そんな力も無い癖に、何を言う!」

 「忘れたのか?
  私は人を意の儘に操れると言う事を。
  お前は中々見込みがある。
  我々に付けば、本当に人間達の王になれるぞ。
  誰も逆らえない絶対の王にな」

突然の勧誘にワーロックは驚くより先に怒った。

 「巫山戯るなっ!!
  そんな物、誰が望むかっ!!」

 「解らないな。
  お前が私に従わない理由は何だ?
  魔導師会が怖いのか?」

ヴァールハイトの言う事は真実だ。
彼の魔法を使えば、全ての人間を強制的に従わせられる。
それでも多くの者は魔導師会の存在を思い出して、彼の誘惑を振り切るだろう。
秩序の守護者である魔導師会が、必ず止めに動く筈だと。
0272創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/22(金) 18:40:12.27ID:/u7wBLER
そう言う心がある事を認めつつも、ワーロックは強気に言い切った。

 「私はっ、お前がっ、気に入らないっ!!
  お前に従わない理由、お前を打ち倒す理由は、それだけで十分だ!!」

彼は怒りに震えながらも、冷静さを失わない。
彼の魔法は相手との同調が必要なのだ。
怒りで我を忘れては、敵の術中に嵌まる。
だが、悪魔との同調は心を蝕む。
相手の心の邪悪さを受け止めなければならないのだから。
ヴァールハイトはワーロックを冷笑する。

 「口で言う程、怒ってはいない様だが?
  お前は本当に見込みがある。
  人間の下劣さを解っているのだろう?
  悪魔の誘惑を振り切れる人間等、世界中に数える程も居ない。
  人間は他人を出し抜いて、自分だけ得をするのが大好きなのだからな!
  その為には、悪魔だろうが、何だろうが利用する!
  誰も見ておらず、咎められもしなければ、平気で悪行を働ける!
  人間は生まれ付いて悪なのだ!
  我々悪魔よりもな!
  その様な連中を守って何になる!」

 「私も人間だ!!
  人間は悪ばかりでは無い事は、誰より知っている!
  お前達悪魔が、どれだけ人を利用しようと、どれだけ愚かな人が現れようと、
  私は人間に失望したりはしない!
  幾ら人を腐そうが、お前の中の邪悪が露になるだけだ!」

どうにかヴァールハイトは魔法を使おうとしていたが、ワーロックには全く通用していなかった。
中々思い通りにならずに彼は焦り始める。
0273創る名無しに見る名無し
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2019/03/22(金) 18:41:12.64ID:/u7wBLER
しかし、ワーロックの方も決め手が無い。
彼はゲヴェールトも助けなくてはならない。
どうにかヴァールハイトだけを仕留めなくてはならないが、精神を分離させる方法を彼は知らない。
取り敢えず、腕力での勝負に持って行く為に、ヴァールハイトが持つディオンブラを狙う。
ワーロックは護身刀を片手に、蘭燈をバックパックに掛け、代わりにロッドを持った。
自在に形を変える魔剣ディオンブラに対抗する為だ。
ヴァールハイトはディオンブラを地下室の石床に突き立てた。
影の魔剣ディオンブラは実体の無い魔力の剣だ。
床を影が這って、ワーロックに迫る。

 「ライト・フラッシュ!」

これに対してワーロックは閃光の魔法で対処した。
ディオンブラは撤退する様に見る見る縮んで、ヴァールハイトが握る柄に帰って行く。

 「無駄な抵抗は止めろ!
  お前達の時代は終わったんだ!」

 「未だ終わってはいない……」

 「今は魔法暦だ!
  人間も昔とは違う!」

 「いや、そうそう本質は変わらないさ……。
  力を得れば、行使せずには居られない。
  見ろ、人間の世界を!
  何故、犯罪が絶えない?
  何故、貧民街が無くならない?
  何故、地下組織が蔓延る?
  何故、富める者が居る一方で、飢える者が現れる!」
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2019/03/22(金) 18:43:25.86ID:/u7wBLER
ヴァールハイトの訴えが、全く本気の物では無い事を、ワーロックは見抜いていた。
どれだけ雄弁に語っても、心が伴わなければ虚しいだけ。
悪魔が人間社会を憂う訳が無いのだ。
人を動揺させて、悪の道に誘おうとしているに過ぎない。

 「お前の言葉は少しも心に響かない!
  それは言葉が上辺だけの物だからなんだ!
  本音では人間なんか、どうでも良いと思ってるって、見え透いてんだよっ!」

ここでワーロックは賭けに出た。

 「食らえっ!!
  ライト・セヴァー!!」

不可視の刃を飛ばすミラクル・カッターの応用、ライト・セヴァー。
輝く魔力の刃を放つ魔法。
これは単にミラクル・カッターを目に見える様にしただけの技だ。
大声で攻撃を宣言されたヴァールハイトは、当然防御する。
ミラクル・カッターの原理は「攻撃を宣言」して、「攻撃される」と言う意識を利用した物。
自分が「攻撃する」、相手は「攻撃される」と言う、謂わば合意、合気を以って発動する。
相手が攻撃されると意識していないと発動しない。
この共通の認識が、相手の魔法資質を利用すると言うワーロックの魔法と組み合わさって、
絶大な破壊力を生み出す。

 「くっ……」

ヴァールハイトはディオンブラの柄を盾にした。
彼の手からディオンブラの柄が離れて、床に転がる。
0276創る名無しに見る名無し
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2019/03/23(土) 21:33:24.96ID:ASGyz6Nb
この隙にワーロックはヴァールハイトに飛び掛かった。
逃れようとするヴァールハイトの袖を掴み、振り回して床に転がす。

 「今度こそ観念しろ!!」

ワーロックは彼の体をロッドで押さえ付けて凄み、降伏を迫った。
しかし、ヴァールハイトは少しも怯まない。

 「フハハ、それしか言う事が無いのか!」

そう強がると急に顔付きを変えて狼狽える。

 「こ、ここは……?」

ヴァールハイトは人格を引っ込めて、ゲヴェールトを呼び起こしたのだ。
それを直ぐには理解出来ず、ワーロックは警戒を緩めない。
ゲヴェールトは現状を理解して、必死に弁解する。

 「お、俺だ!
  ヴァールハイトじゃない!」

ここでワーロックも状況を理解して、肩の力を抜く。
ゲヴェールトは小さく息を吐き、立ち上がりながら彼に礼を言った。

 「有り難う。
  でも、油断しないでくれ。
  奴は何時でも俺を――」

次の瞬間、ゲヴェールトは床に飛び込む様に転げて、魔剣ディオンブラを拾う。

 「馬鹿めっ!!」
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2019/03/23(土) 21:34:24.86ID:ASGyz6Nb
ヴァールハイトはゲヴェールトの人格を自由に表したり、抑えたり出来るのだ。
彼は魔剣ディオンブラを振るって、ワーロックを斬り付けた。
流石にワーロックは避け切れず、肩に裂傷を負う。

 「ぐっ、貴様っ!!」

 「やはり、お前は甘いな!!
  それが命取りだ!!」

形勢逆転し、ワーロックは窮地に陥る。
そこへ更に蝙蝠のバルマムスまで下りて来た。

 「ヴァールハイト、無事か!?」

 「ああ。
  しかし、情け無いなバルマムス!
  この程度の者に後れを取るとは……」

先程までヴァールハイトも追い詰められていたのだが、彼は自分の事は棚に上げた。
この様に悪魔貴族は見栄っ張りな所がある。
ヴァールハイトが負けそうだった所を知らないバルマムスは、面目を失って小さくなった。

 「ムッ、ムム……」

2対1となり、愈々追い詰められたワーロックは、どうにか隙を探そうと息を潜めて、存在感を消す。
バルマムスは話を変えようと、ヴァールハイトに尋ねた。

 「この男の処分は、どうする積もりだ?」

 「こいつは危険過ぎる。
  今、殺してしまう」

 「操らないのか?」

手強い敵は心強い味方になる可能性を秘めているが、手懐けられなければ無意味だ。
0278創る名無しに見る名無し
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2019/03/23(土) 21:36:16.92ID:ASGyz6Nb
ヴァールハイトは冷淡に切り捨てた。

 「その価値も無い」

その反応をバルマムスは怪しむ。

 「弱気だな。
  自分の魔法に自信が無いのか?」

魔法使いは自分の魔法に絶対の自信を持っている物だ。
他の何で劣っていても、それで劣る事だけは認められない。
それなのにヴァールハイトが洗脳しないと言う事は、詰まり……。

 「もしかして魔法を破られたのか?
  効かなかったのだな?」

 「煩いぞ、黙れ」

ディオンブラの刃を向けられて、バルマムスは戯けた態度で謝る。

 「はは、悪かった、悪かった。
  操れないなら殺すしかないな」

そう言いながらバルマムスは、両手に鉤爪状の剣を1本ずつ持って構えた。
ワーロックは護身刀をヴァールハイトに、ロッドをバルマムスに向けて牽制する。

 「黙って殺されはしないぞ!」
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2019/03/24(日) 19:48:36.83ID:SnfSoty0
バルマムスは飛び上がると、地下室の天井に逆さに掴まった。
感覚を狂わせる寓の魔法が来ると、ワーロックは判っていた物の、それを防ぐ術が無い。
目の前にはヴァールハイトも居るのだ。

 「キーーーーッ!!」

耳を劈く様な高い声をバルマムスは発する。
これをヴァールハイトはゲヴェールトの人格を盾にする事で回避した。
寓の魔法は精神に作用する魔法なのだ。
ワーロックだけが幻惑された状態で戦わなくてはならない。
そこへヴァールハイトはディオンブラを振るった。

 「今度は避けられまいっ!」

ワーロックは視覚も聴覚も真面に利かない状況。
目の前は暈やけて歪んでいるし、音は反響しているしで、何一つ確かな事が判らない。
どこから来るとも判らない攻撃に対して、彼は身を低くしながら後退る。
運良く一撃目は避けたが、この次は分からない。
絶体絶命の危機だったが、バルマムスとヴァールハイトは急に動きを止めた。

 「ムッ、この魔力は何だ!?」

 「魔導師会の連中が何か仕掛けて来たか!」

ワーロックは何も感じなかったが、魔力に反応があったのだ。
ヴァールハイトは急いで室内の姿見に向かって走り出した。

 「一時撤退だ、バルマムス!!」
0280創る名無しに見る名無し
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2019/03/24(日) 19:49:22.94ID:SnfSoty0
彼は鏡に飛び込んで姿を消す。
取り残されたバルマムスも慌てて後を追った。

 「わ、私を置いて行くなぁー」

バルマムスも情け無い声を上げて、飛行して鏡に飛び込む。
寓の魔法が切れて、正気に返ったワーロックは、誰も居なくなった室内を見回した。

 「……何が起こったんだ?」

そう彼が独り言を呟いた瞬間、マールティン市全体の時間が止まる。
D級禁断共通魔法が発動したのだ。
ワーロックも時間停止魔法に巻き込まれて、意識を失う。
時間の止まったマールティン市内に、執行者達が次々と駆け込んだ。
執行者達を指揮するのは、市内の様子をよく知るパルティーンだ。

 「制限時間は2針だ!!
  第1班は私に付いて来い!
  他の者は市内の執行者を全員確保しろ!
  序でに怪しい奴も押さえとけ!」

約200人の執行者が虱潰しに市内を捜索する。
時間の停止と言っても緩い物で、一定以上の纏まった質量を持つ物にしか作用しない。
よって、飛んでいる物は空気より軽くない限りは落ちる。
だが、時間が停止しているので、落ちても衝撃で壊れる様な事は無い。
執行者達は市内のフォーコン中隊の隊員を発見すると、その体に麻痺の魔法陣を描く。
これで時間が動き出しても、反撃される心配は無い。
0281創る名無しに見る名無し
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2019/03/24(日) 19:51:16.04ID:SnfSoty0
一方でパルティーンは真っ先に例の空き家に向かったが、そこには誰も居なかった。

 「流石に場所を変えたか……。
  市内の空き家を隈無く探せ!
  時間が無いぞ!」

執行者達は市内の空き家と思しき家に上がり込み、とにかく不審人物を捜索した。
しかし、その内に2針が過ぎて、禁断共通魔法が解ける。
マールティン市の人々は、日が暮れてから突然現れた執行者の集団に驚いていた。
ワーロックも動ける様になったが、彼の居る場所まで執行者の手は及んでいなかった。
鏡渡りの魔法を封じる為に、彼は直ぐに室内の姿見をロッドで叩き割る。
一度罅が入れば、鏡渡りの魔法は使えなくなる。
鏡渡りの魔法は真面に人が通れる程度の、綺麗な鏡面がある事が前提なのだ。
更に、往き来する鏡の両方に仕掛けを施す必要があるので、これで反逆同盟の者がマールティン市に、
鏡渡りで帰って来る事は出来なくなった。
ワーロックは護身刀を鞘に収めると、ロッドと蘭燈を持って地上階に戻る。
家から外に出た彼は、丁度執行者に見付かって動きを止めた。
執行者は彼を怪しみ、接近して来る。

 「待て、お前、そこを動くな!」

ワーロックは大人しく指示に従って、動きを止める。
執行者はテレパシーで仲間と連絡を取り始めた。

 「不審人物を発見、応援を頼みます」

事情を解っている人が居ないかと、ワーロックは眉を顰める。

 「えー、私はワーロック・アイスロンです。
  私の事は親衛隊の人に聞いて下さい。
  タハデラ市からの道を封鎖していた、執行者に聞いて貰っても構いません」

 「黙れ。
  こちらが聞いた事だけに答えろ」

相変わらず執行者は融通が利かない。
0282創る名無しに見る名無し
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2019/03/25(月) 18:40:45.80ID:B4Qj/LN8
それからワーロックは執行者に連行されて、諸々の事情を説明し終える頃には、日付が変わっていた。
親衛隊を呼んで誤解を解消するのに1角、その後に街の中で何をしていたのか、何が起こったのか、
説明するのに3角以上を要した。
特にワーロックはマイストル事ゲヴェールトと対峙しながら、彼を仕留め切れなかった事に関して、
厳しい追及を受けた。
ワーロックはゲヴェールトの中にヴァールハイトと言う別人格が居る事と、ヴァールハイトこそが、
反逆同盟に加担していると言う事を説明したが、中々理解はされなかった。
どちらにせよ危険な外道魔法使いなのだから、無力化しなければならない。
もしヴァールハイトを殺す事でゲヴェールトが死んでしまっても、敵対している以上、そうなる事は、
受け入れなければならない。
執行者の言い分は、大凡その様な物であり、ゲヴェールトを助けるのは物の序でだった。
結局の所、反逆同盟の中に居る外道魔法使いを助けたければ、魔導師会から離れて独自で動くより、
他に無いのだ。
もしラントロックが未だ反逆同盟に居たら、今頃どうなっていたかとワーロックは深刻に考えた。
ゲヴェールトの事は決して他人事では無い。
ワーロックは何としても彼を助けようと心に決め、やはり魔導師会とは別行動を取らざるを得ないと、
強く認識した。
0283創る名無しに見る名無し
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2019/03/25(月) 18:41:47.00ID:B4Qj/LN8
翌朝からマールティン市民は何時もの生活に戻った。
マイストルと言う人物が居た事を多くの人々は当然憶えていたが、どうして彼に拘っていたのか、
その理由を説明出来る者は居なかった。
人々は丸で夢から覚めたかの様に、マイストルに街が支配されていた事を恐れ始めた。
フォーコン中隊は直ぐにブリンガー魔導師会本部に戻され、新しい執行者の中隊が市内に駐在して、
暫くマールティン市を守護する事になった。
ブリンガー魔導師会はグラマーの魔導師会本部に、今回の件を報告する際に、魔法陣を強化しても、
小さな都市であれば乗っ取られる可能性があると指摘した。
対策として、定期的に執行者が異変が無いか巡回して調査するべきだとも。
これを受けて、全魔導師会は防衛体制も見直す必要に迫られた。
「乗っ取り」は魔導師会が最も恐れなければならない事態。
万全な対策を講じようと思えば、莫大な労力を費やす事になる。
同じ様な事が続けば、魔導師会でも疲弊してしまうだろう。
誰もが早急に解決しなければ、やがて追い詰められると感じていた。
0284創る名無しに見る名無し
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2019/03/25(月) 18:42:10.31ID:B4Qj/LN8
反逆同盟は今、どこに居を構えているのか?
先ずは、それを突き止めるべく、魔導師会本部は各魔導師会に捜索隊を編成して、人の通らない場所、
結界から外れた場所を調べる様に要請した。
決戦の時は未だ来ない。
0286創る名無しに見る名無し
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2019/03/26(火) 19:18:34.35ID:Sc76BFEM
真の善


ボルガ地方にて


竜に変化したニージェルクローム・カペロドラークォは、カターナ地方を荒らしまわった後、
ボルガ地方のガガノタット山に降り、暫く潜伏していた。
竜の姿のニージェルクロームは飲食を必要とせず、竜の幻体が取り込む霊気だけで生きていたが、
彼の自我は竜と分化し掛かっており、幻体のアマントサングインと直接話が出来る様になっていた。

 「それで、これから何をするんだ?」

 「麓の町を襲う。
  魔導師会が、どの位で到着するかな?」

アマントサングインは飽くまで魔導師会を試そうとしている。
その口振りは楽しそうでもあった。
竜との分化が進んでいるニージェルクロームは、少しずつ不安になって来る。

 「出来るだけ殺さないでくれよ」

 「それは魔導師会次第だ」

アマントサングインは膠も無く、彼の頼みを切り捨てた。
カターナ地方で暴れた時は、ニージェルクロームとアマントサングインは殆ど同化していた。
こうして言葉を交わす必要も無く、心と心が通じていた。
分化が進んだのは、アマントサングインの情けである。
何れニージェルクロームはアマントサングインから分離して、ハイロン・レン・ワイルンと言う、
一人の人間に帰る。
竜と同化した儘で生き続ける必要は無いとして、アマントサングインの方から彼を切り離したのだ。
0287創る名無しに見る名無し
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2019/03/26(火) 19:20:52.50ID:Sc76BFEM
その結果として、ニージェルクロームはアマントサングインの行動に恐れを感じている。
元々彼は大逸れた事は出来ない性格なのだ。
竜と同化して気が大きくなっていただけで、力を失えば小人物に過ぎない。

 「可弱いな、ハイロン」

そんなニージェルクロームの弱気を、アマントサングインは小馬鹿にした様に笑う。
嘲笑と慈愛の入り混じった、弱い物に向ける笑みだ。

 「……何故か不安なんだ。
  人を殺す事が、とても悪い事じゃないかと思えて来る。
  今までは何とも思ってなかったのに」

 「それが普通なのだ。
  お前は人間に戻るのだから、それで良い」

ニージェルクロームは釈然としない気持ちで、不安を抱えた儘、沈黙した。
この様子を影で見ていたディスクリムは、ここが付け入る隙だと察した。
ディスクリムはアマントサングインと魔導師会の戦いで、双方の共倒れを狙っている。
ディスクリムは竜の方が厄介だと思っており、古代からの眠りから覚めた大竜群と戦うよりは、
未だ魔導師会の方が与し易いと踏んでいる。
今はアマントサングインの監視があるので、表には出て来られないが、この隙を上手く利用して、
アマントサングインを仕留めようと企んでいた。
0288創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/26(火) 19:23:05.55ID:Sc76BFEM
――ガガノタット山はボルガ地方最大級の火山であり、麓には中規模の「町」がある。
この町はアッタと言う名前で、ボルガ地方では「熱い」或いは「暖かい」と言う意味の言葉を、
語源とするとされている。
火山の麓の町と言う事で、温泉が有名だったり、土産物屋には火山岩が売られていたりする。
地震が多い事でも知られており、開花期の中頃までは大きな地震で壊滅的な被害を受けていたが、
魔導師会の到着から徐々に地震への対策が行われて、現在では魔法による制御技術が確立している。
しかし、それも完全な物と言えるかは不明で、何時か破局的な大噴火が起こった時には、
如何に魔法の力でも抑え切れないのではないかと言われる。
それでも、アッタ町に住む人々は他の土地へは移ろうとしない。
正確には、開花期の中頃まで大地震の度に、ガガノタット山の麓の集落は壊滅しており、
住民は散り散りになっていた。
だが、時を経ると戻る住民や新しい住民が現れて、再び集落を形成して行った。
ガガノタット山が破局噴火する時は、唯一大陸が終わる時と言われているので、その辺を余り、
深く考えないだけなのかも知れない。
一応、地下のマグマ溜まりから溶岩を地表に逃がす機構があり、複数の耐熱煉瓦の管から、
溶岩を流出させている。
これは溶岩を直接見れる観光名所になっているが、流出量は安定せず、全く出ない日もあれば、
恐怖を感じる位に噴出する日もある。
幸い、平穏期以降は深刻な大噴火も、多数の死傷者が出る様な大地震も無いが、それが逆に、
大きな災いの前触れでは無いかと、不安がる人も居る。
0289創る名無しに見る名無し
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2019/03/27(水) 18:57:52.66ID:1eUhau5g
ガガノタット山からアッタ町に降臨したアマントサングインは、町を破壊して暴れ回るも、
腐蝕ガスを放出する事はしなかった。
人を殺す事が目的では無いので、魔導師会が到着するまでは手加減していた。
逃げ惑う町民を見送りながら、アマントサングインは吠える。

 「早ク来イ、魔導師共!!
  私ハ気ガ長クナイゾ!!」

アマントサングインが確保したのは、町内の温泉ホテルだった。
そこに取り残されている者は30人程度。
逃げ遅れた従業員が15人と宿泊客が15人。
約半角後に数人のボルガ魔導師会の執行者が到着して、アマントサングインが見張るホテル以外の、
全ての場所から町民を避難させる。
それを見届けて、初めてアマントサングインは腐蝕ガスを放った。
ガスは余り大きくない町を忽ちの内に破壊して、汚泥の山に変える。
アマントサングインは勝ち誇る様に、幻体の3枚の翼を広げて雄叫びを上げた。
十分な人数の執行者が揃ったのは、アマントサングインの登場から2角後。
招集してから移動する距離を考えれば、これでも早い方である。
魔導師会はカターナ地方での一件から、竜への対策を考えていた。
魔導師会はホテルに閉じ込められている人々を助けるだけでは無く、ここで竜を退治する必要がある。
これ以上、竜を伸さ張らせておく訳には行かないのだ。
0290創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/27(水) 18:59:44.14ID:1eUhau5g
魔導師会が得ている情報は、この竜はアマントサングインである事、そして竜の中心に居る者は、
反逆同盟のニージェルクロームだと言う事。
実体の無いアマントサングインを止める方法は2つ。
1つは伝承を信じて神槍コー・シアーを用いる事。
もう1つは竜の力を宿した人間ニージェルクロームを止める事。
魔導師会は後者を計画していた。
魔力を遮る腐蝕ガスの所為で、竜に近付く事も困難だが、作戦が無い訳では無い。
竜は地下の様子までは探れないのだ。
救出部隊の隊長は、24人の隊員に指示を出す。

 「我々は地表から25身を掘削して、然る後に真っ直ぐホテルへと向かう。
  流石に、これだけ深ければ、地上の影響は無い物と考えて良い。
  行くぞ!」

穿孔の魔法を使う者と、土砂を掻き出す者の2班に分かれ、更に疲労して作業が滞らない様に、
それぞれ3組を用意して交代させながら、地面を掘り進む。
最初は地面を直下に抉り、25身程掘り下げた所で、ホテルへと向かう。
地下を進む速度は極速1節。
途中で崩落しない様に慎重に掘り進むので、その程度が限界だ。
最初に25身掘るのは8点程度で終わるが、ホテルまでの距離は2通で1方も掛かる。
1日の4分の1なのだから、結構な時間だ。
その間に、地上の部隊も待っているだけでは無く、地下で行われている事に気付かれない様に、
適度に気を引かなければならない。
0291創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/27(水) 19:00:52.29ID:1eUhau5g
そこで魔導師会は遠距離からの砲撃を実行した。
大掛かりな魔法で質量塊を打ち出し、それによってアマントサングインの本体とも言える、
ニージェルクロームを狙い撃つのだ。
カターナ地方での一件から、どうすれば竜に攻撃出来るのかを考え、用意された方法である。
多くの執行者がアッタ町を取り囲んで、腐蝕ガスが拡散しない様に守っている外で、
投擲部隊は腐蝕ガスの影響を余り受けない、オーデルコン(※)合金の砲丸を発射する。
直径半手、重さ1盥の砲丸を高速で発射。
これは直撃すれば人体が木っ端微塵になる程の破壊力がある。
4人の魔導師が加速魔法を唱えて、第1射を撃つ。
それは魔力の『軌道<レール>』を作り出し、それを円形にして限界まで加速させて発射する物。
3人が加速と真円軌道を維持して、1人が狙いを付けて発射。
腐蝕ガスが充満した結界の中のアマントサングインを狙う。
中々目視で狙うと言う事は出来ないが、腐蝕ガスの靄の中に潜入している魔導師が、
正確な竜の位置を観測して伝えてくれる。

 「発射!!」

第1射は狙い通り、アマントサングインの中に居るニージェルクロームに向かって行った。
多少の誤差はあるかも知れないが、相手の注意を引ければ十分。
勿論、直撃して倒せれば、それに越した事は無い。
しかし、アマントサングインは発射直後から気付いて、幻影の巨体を動かしニージェルクロームを、
弾道から避けさせながら、砲丸に向かって腐蝕ガスを吐き付けた。
如何に腐蝕に強いオーデルコン合金と言えど、高濃度で高温の腐蝕ガスを食らっては、耐え切れずに、
溶け落ちて失速する。


※:タンタルに相当する。
0292創る名無しに見る名無し
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2019/03/28(木) 18:14:00.37ID:0U9rbPPp
オーデルコン合金の砲丸は、実際はオーデルコン合金鍍金砲丸である。
芯までオーデルコン合金と言う訳では無い。
だから、溶け落ちてしまうのだ。
狙撃に失敗した事を靄の中の魔導師に伝えられた投擲部隊は、第2射に移る。
アマントサングインは音速の砲撃に反応した。
直線的な攻撃は見切られている可能性がある。
そこで第2射は山成りの弾道で上空からの砲撃を試す。
加速の軌道を横から縦にして、殆ど真上からニージェルクロームを狙う。
横の加速に比べて、縦の加速は制御が難しい。
とにかく勢いを付けて、真っ直ぐ撃ち出せば良い横と違って、縦は射出速度と角度が一致しないと、
目標には当てられない。
緻密な計算を人の手で行うのだから、神経を削る。
もし失敗すれば、警戒されて二度と成功しないだろう。
奇手とは、そう言う物だ。
だから、連射する。
全20個の砲丸が閉じた環の中で加速する様は、宛ら数珠の如し。
投擲部隊は20個の砲丸を天高く打ち上げ、後はニージェルクロームに直撃する事を願った。
遥か上空2区まで打ち上げられた砲丸は、そこから目標であるニージェルクローム目掛けて、
高速で落下する。

 「何ッ、上空カラノ攻撃ダト!?」

アマントサングインは砲丸が降り注ぐ直前まで、それに気付かなかった。
勿論、それには理由がある。
水平方向からの砲撃を警戒していただけでは無い。
アマントサングインは腐蝕ガスによって周囲の様子を観ている。
腐蝕ガスその物がアマントサングインの感覚器の役割を果たすのである。
0293創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/28(木) 18:14:38.76ID:0U9rbPPp
腐蝕ガスは垂直方向に薄く、主に水平方向に拡散する。
だから、上空からの攻撃には反応が遅れる。

 「わわわわっ!!」

アマントサングインの危機感はニージェルクロームにも伝わった。
上空から降り注ぐ砲丸は、丸で砲撃の雨である。
ニージェルクロームは弱い力場で守られているが、流石に高速で飛来する砲丸は防げない。
身を守る術も無く、彼は攻撃に曝される。
だが、運良く砲丸は一発も彼に命中しなかった。
それはアマントサングインがホテルを囲っている為である。
魔導師会は取り残された人々を殺してしまう訳には行かないので、間違ってもホテルに命中しない様、
限り限りの所を狙うしか無い。
威力の高い砲丸は、ホテルに当たれば天井から地下まで撃ち抜いて、中に囚われている人々を、
殺傷する危険がある。
狙いを外してしまうのと、間違ってホテルを破壊してしまうのでは、前者の方が増しと言うか、
後者は絶対に許されない。
砲撃が外れたので、ニージェルクロームもアマントサングインも同時に安堵した。

 「生きてる……?」

 「オオ、助カッタ。
  運ガ良カッタナ、ハイロン」

 「……俺は魔導師会の、人間の敵なのか……」

今更ながら事実を確認して、ニージェルクロームは酷く落ち込んだ。
0294創る名無しに見る名無し
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2019/03/28(木) 18:15:44.64ID:0U9rbPPp
アマントサングインは彼を慰める。

 「安心シロ、同ジ攻撃ハ2度ハ食ワナイ」

 「いや、そうじゃなくて……。
  俺は普通の生活に戻れないんじゃないかって」

 「案ズルナ。
  全テ、私ノ所為ニスレバ良イ。
  邪悪ナ竜ニ惑ワサレタト」

 「い、良いのかよ?」

ニージェルクロームは動揺したが、アマントサングインは堂々と言う。

 「オ前ハ竜ニ触レ、ソノ力ニ狂ワサレタノダ。
  竜ノ力トハ、恐ロシキ物ヨ。
  人ハ正気デハ居ラレナイ」

 「有り難う、アマントサングイン」

 「止セ、礼ヲ言ワレル筋合イハ無イ。
  私ノ勝手ニ、オ前ヲ付キ合ワセテシマッタノダ」

そうは言うが、ニージェルクロームもアマントサングインも本当の事を知っていた。
確かに、ニージェルクロームが力を得たのはアマントサングインの所為だ。
しかし、人間離れした存在になりたいと願ったのは、他らなぬニージェルクローム自身である。
故に彼は力を解放する手段を探して、暗黒魔法に走った。
アマントサングインは人に感謝された事が無いので、妙に落ち着かない気持ちになり、大きく吠える。

 「シカシ、ソレモ人ガ勝テバノ話!!
  私ハ負ケテヤル積モリハ無イゾ!!」
0295創る名無しに見る名無し
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2019/03/29(金) 18:25:14.27ID:SJXXq4/Y
アマントサングインは天に向かって腐蝕ガスを吐き出した。
3枚の翼で竜巻を起こす。
これで上空からの攻撃にも反応出来る様になる。
ガスの靄の中に居た魔導師達は、大竜巻の中に閉じ込められる。
救出する人が又増えたので、全体を指揮するボルガ魔導師会法務執行部の部長補佐は頭を抱えた。

 「注意を逸らす為の攻撃が裏目に出たか……」

竜巻の中の魔導師とは連絡も取れず、無駄に死者を増やす事になっては不味い。
部長補佐は補佐付を呼んだ。

 「地下の進行具合は、どうだ?」

 「はい。
  えー、只今横掘りを開始した所だそうです」

 「進捗は予定より進んでいるのか、遅れているのか?」

 「やや遅れ気味です。
  しかし、それは仕方の無い事です」

 「ああ、解ってはいるが……。
  他に良い手は無いか?」

 「えっ、もう手詰まりなんですか?」

驚く補佐付に部長補佐は苦笑いで応じる。

 「仕様が無いだろう、この人数では出来る事も限られる。
  とにかく応援が来ない事には話にならない」
0296創る名無しに見る名無し
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2019/03/29(金) 18:26:22.39ID:SJXXq4/Y
その時、竜巻の上空から何か物体が落ちて来た。
それに最初に気付いた執行者が、周囲に注意を呼び掛ける。

 「おい、気を付けろ!
  何か落ちて来るぞ!」

他の執行者達は身構えて落ちて来る物を注視する。
それは……竜巻の中に取り残された執行者だった。
執行者は落下速度を徐々に緩めて、地上に降りる。

 「フー、助かった……」

自力で脱出して来た仲間に、執行者達は駆け寄った。

 「おお、大丈夫か!?」

 「ああ、何とも無い。
  一か八かの賭けだったけど、割と何とかなった。
  あの儘、中に居ても焦り貧だったからな」

 「どうやって出て来たんだ?」

 「そりゃ見た儘だよ。
  敢えて竜巻に巻き込まれたのさ。
  そしたら上空まで巻き上げられて、外に出られた。
  残りの奴等も、直ぐ出て来ると思う」

竜巻から脱出した執行者は、竜巻の上空を見ながら言う。
他の執行者達も、釣られて空を見上げた。
彼の言う通り、空から人が数人落ちて来る。
0297創る名無しに見る名無し
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2019/03/29(金) 18:31:25.35ID:SJXXq4/Y
竜巻の中に囚われていた執行者が、自力で脱出した事は、直ぐに部長補佐に伝えられた。
報告を受けた部長補佐は安堵の息を吐く。

 「良かった、無事だったか……。
  これでホテルに取り残されている市民の救出に専念出来るな」

そう彼は言った物の、地下を掘り進む以外の妙案がある訳では無い。
応援を待たなければならない状況は変わっていなかった。
彼は胸の靄々を抑え、自らを納得させる様に、補佐付に言う。

 「果報は寝て待てだ。
  何か良い考えが浮かんだ者は、是非提案してくれ。
  勿論、私も考える」

執行者達は大人しく応援を待ちながら、新たな作戦を考える。
一方でアマントサングインは全く攻撃が来ない事に退屈していた。

 「フーム、攻撃シテ来ナクナッタナ。
  欠伸ガ出ルゾ……」

ニージェルクロームは忠告する。

 「多分、この儘だと魔導師会の増援が来て不利になる」

 「ソウダナ……。
  デハ、コチラカラ出向イテヤルカ!」

少し思案した後に、アマントサングインは羽搏きを止めて幻影の巨体を立ち上がらせた。
ニージェルクロームは吃驚して問う。

 「どこに行くんだ!?」

 「決マッテイヨウ、共通魔法使イノ街ダ」
0298創る名無しに見る名無し
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2019/03/30(土) 19:06:00.14ID:zVuiMgVE
堂々と答えたアマントサングインは腐蝕ガスを吐き散らしながら、ホテルから離れて歩き始める。
行く先にある物は何も彼も溶け落として。
俄かに竜巻が収まり、腐蝕ガスの塊が移動した事に、執行者達の集団は慌てた。
報告を受けた部長補佐も驚愕する。

 「ガスが移動している!?
  奴め、どこへ行く積もりだ!?」

その疑問に答えたのは補佐付。

 「南南西に向かっている様です。
  もしかして近くの都市に移動する気では!?」

 「南南西は……セイルートか!
  不味いぞ、これは!
  直ぐにセイルート市に連絡しろ!」

セイルート市はボルガ地方でもボルガ市に次ぐ規模の大都市。
そこで竜が暴れれば、被害は深刻な物になる。
部長補佐は全員に指示する。

 「竜がセイルートに着く前に、何とかしなければならん!
  ボルガ魔導師会本部に連絡!!
  応援部隊をセイルート市方面に回して貰え!!
  それと……数部隊は残って、竜が去った後にホテルの中の者を救出しろ!」

腐蝕ガスの塊は角速1街で南南西に移動する。
そんなに速いと言う程では無いが、走って追い続けるには少し辛い速度。
魔導師達には魔法があるので、そう苦労はしないが……。
0299創る名無しに見る名無し
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2019/03/30(土) 19:07:37.75ID:zVuiMgVE
アマントサングインがセイルート市に着くまで1角弱。
魔導師会はセイルート市に到着させないか、それが出来なければ少しでも到着を遅らせる、
努力をしなければならない。
市民全員の避難は、とても1角では終わらないのだ。
「全員」を逃がそうと思えば、最低でも1日は欲しい。
先ず、執行者達は空間を固定しての足止めを計画した。
空間を固定すると言っても、D級禁呪ではない。
単に魔法で空気の障壁を作り、移動を制限するだけの事。
執行者達はアマントサングインの進行方向に集結して、巨大な空気の壁を築き、行く手を阻んだ。
腐蝕ガスの進行が止まり、竜も動きを止める。

 「ムッ、小賢シイ!!」

アマントサングインは横に避けようとしたが、当然執行者達も、それに合わせて左右に障壁を展開し、
前進を阻む。

 「グヌヌヌ……」

 「飛べば?」

低く唸るアマントサングインにニージェルクロームは助言した。
直ぐにアマントサングインは肯く。

 「アア!
  丁度私モ、ソウシヨウト思ッテイタ所ダ」

アマントサングインは3枚の翼を広げて、上空を見上げたが、空気の壁が図上まで覆っていると、
確認して諦めた。
竜が飛べる事は執行者達も知っている。
当然、対策しない訳が無いのだ。
0300創る名無しに見る名無し
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2019/03/30(土) 19:08:56.22ID:zVuiMgVE
アマントサングインは広げた翼を緩りと畳んで、再び唸った。

 「ムムム……」

 「後ろに下がれば良いんじゃないの?」

ニージェルクロームは再び提案する。
アマントサングインは、後退とは自らの劣勢を認める消極的な態度で、敗北に繋がると言う、
悪い印象を抱いている為に、素直に引き下がる事を渋る。

 「下ガッタ所デ、ドウナルト言ウノダ?
  奴等ガ前進スルダケデハ無イカ……」

 「いや、このガスで地面は溶けているから素早い追撃は出来ない筈。
  その証拠に連中は、後ろからは攻めて来ない」

 「成ル程」

アマントサングインは頭が悪いのかなとニージェルクロームは思った。
話を聞いて直ぐに理解出来る辺り、そこまで馬鹿では無いのだが、発想が足りないと言うか、
物を知らない子供の様な感じだと彼は思う。
竜と言う物は力が強いから、そこまで知恵を働かせる事が無いのだ。
アマントサングインは先ず1巨後退した。
ニージェルクロームの言う通り、執行者達は汚泥の沼と化した地面に阻まれて、中々前進出来ない。
大勢で魔法の障壁を維持しながら、浮遊魔法も使って進むとなると、高い技量が必要なのだ。
アマントサングインは更に2巨程後退した所で、翼を大きく広げる。

 「飛ブゾ、ハイロン!」

 「ああ!」

アマントサングインは空高く飛び上がり、執行者達の頭上を越えて行く。
0301創る名無しに見る名無し
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2019/03/31(日) 19:27:16.88ID:rxFbdMtC
執行者達も黙って見送りはしない。
空を飛んだ竜に向けて、一斉に攻撃を仕掛ける。

 「上だっ、撃ち落とせーーっ!!」

部長補佐の指示で、執行者達は砲撃の準備をした。
下から攻撃が来る事を察したアマントサングインは、ニージェルクロームに指示する。

 「地上カラ攻撃ガ来ルゾ。
  爪ヲ振ルエ」

アマントサングインは戦争が生み出した竜。
敵意と攻撃の意思には敏感なのだ。

 「あ、ああ」

ニージェルクロームは威嚇程度に止めようと、魔導師達の近くではあるが、当たらない場所を狙って、
腕を大きく振る。
その軌跡に沿って、竜の爪が大地を抉った。
幅3身、長さ1巨に亘って、地上に大きな溝が出来る。
その衝撃で魔導師達は詠唱を中断させられ、上空の竜への攻撃は失敗した。
アマントサングインは速度を上げて、セイルート市へと向かう。

 「逃がすなっ!!
  とにかく撃て!!」

部長補佐の命令で、執行者達は銘々に竜に攻撃を仕掛けるも、中々真面には当たらない。
ニージェルクロームに直接当てなければ、どんな攻撃も幻影の竜の体を擦り抜けて行くだけ。
0302創る名無しに見る名無し
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2019/03/31(日) 19:28:51.29ID:rxFbdMtC
竜の飛行速度は角速8街。
魔法を使えば何とか追い付けるが、追い掛けながら攻撃をするのは中々難しい。
部長補佐は次の指示を出す。

 「もう良い、撃ち方止めぃ!!
  追い掛けるぞ!!
  それとセイルート市に伝えろ、『竜が飛んで来る』とな!!」

執行者達は集団で竜を追い始めた。
一方で連絡を受けたセイルート市は市民の避難を進めると同時に、魔導師会に更なる応援を頼んだ。
既にセイルート市に集まっていた執行者達は、防衛部隊を組織して、竜の飛来する北北西に陣取り、
迎撃態勢を整える。
だが、1角にも満たない時間で、どれだけの事が出来るだろうか?
案の定、完全に準備を終える前に、竜の姿が空の彼方に見える。
防衛部隊の指揮官である副部長は、号令を掛けた。

 「障壁を展開しろ!!
  射撃班は狙撃用意!!
  撃って、撃って、撃ち捲れーっ!!」

魔導機からオーデルコン鍍金の超音速の矢が、竜を目掛けて発射される。
アマントサングインは巨体を上下左右に揺らし、ニージェルクロームを矢雨から守った。
ニージェルクローム自身も竜の爪を振るって、矢を叩き落とす。
セイルート市に1通の距離まで接近したアマントサングインは、彼に指示を出した。

 「ハイロン、竜ノ爪デ障壁ヲ打チ破レ!!」

 「ああ!!」

ニージェルクロームは両手を高く掲げると、それを真下に振り下ろす。
竜の爪が障壁を破壊して、住民の避難した無人の街まで、その爪痕を深々と付ける。
0303創る名無しに見る名無し
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2019/03/31(日) 19:29:27.90ID:rxFbdMtC
アマントサングインは腐蝕ガスを吐き出しながら、セイルート市内に着陸した。
そして尚も腐蝕ガスを吐き散らし、3枚の翼を羽搏かせて、アッタ町と同じく大竜巻を発生させる。
ニージェルクロームはアマントサングインに問う。

 「誰も居ないな……」

 「避難シタノダロウ」

 「そりゃ逃げるか……。
  それで、無人の街で何をするんだ?」

 「無人デハ無イゾ。
  居ル所ニハ居ル」

 「どこだよ?」

 「病院ダ」

アマントサングインの発想にニージェルクロームは恐れを感じた。

 「えっ、病院を襲うのか!?
  病院は拙いって!」

確かに入院中の重傷者や重病者は、素早くは逃げられない。
幾らかは退避させられても、少なくとも数人は取り残されているだろう。
しかし、それは非道な行為だ。

 「人間共ノ都合ヤ理屈ハ関係無イ。
  弱者ヲ守ルノガ魔導師会ノ務メナラバ、ソレガ果タセルカヲ見ル」

大竜巻はセイルート市を崩壊させながら、市立病院に向かう。
ニージェルクロームはアマントサングインを止める術を持たなかった。
0304創る名無しに見る名無し
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2019/04/01(月) 19:24:19.08ID:CGbz/MnW
その時、大竜巻の進行が急に止まる。

 「どうしたんだ?
  やっぱり止めるのか?」

ニージェルクロームの問い掛けに、アマントサングインは小声で答えた。

 「バ、馬鹿ナ……!
  コレハ……」

大竜巻を突き破って、一人の男性が現れる。
驚くべき事に腐蝕ガスを物ともしていない。
黒いマントを羽織り、同じく黒い『笠<シェード>』を被った彼は、傘の魔法使いサン・アレブラクシスだ。
アマントサングインは彼を睨んで言う。

 「貴様ッ!!
  セーヴァス・ロコ……ダト!?」

セーヴァス・ロコとは旧暦の聖君の逸話に登場する、聖なる盾だ。
これは正面からの有りと有らゆる攻撃を全て防ぐと言われる。

 「どう言う事だよ?
  こいつは誰なんだ?」

事情が全く分からないニージェルクロームは混乱して、アマントサングインに問い掛けた。
アマントサングインは低く唸りながら答える。

 「此奴ハ神盾セーヴァス・ロコヲ身ニ宿シテオル!!
  貴様ッ、悪魔ノ分際デ神器ヲ扱ウカ!!」

アレブラクシスは俯いて笠を深く被り、こう言い返した。

 「扱う等と言う大した物では無い。
  盾は我が身と一体。
  唯それだけの事」
0305創る名無しに見る名無し
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2019/04/01(月) 19:25:20.62ID:CGbz/MnW
アマントサングインの怒りは、神器が悪魔の手に落ちた事にある。
神聖な神器を悪魔が扱う事は出来ない筈なのだ。
一方で、ニージェルクロームはアマントサングインの怒りが解らなかった。

 「神器って何だよ?」

竜と離れた彼には、共感による直観的な理解も無い。
唯々困惑するばかりだ。
そんな彼を置いて、アマントサングインはアレブラクシスに吠え掛かる。

 「何ヲシニ我ガ前ニ現レタッ!!
  コノ私ヲ止メヨウト言ウノカ!!」

だが、アレブラクシスは動じない。

 「何もする積もりは無い。
  私は盾に導かれた。
  そう、これは盾の意思なのだ」

 「盾ノ意思ダト!?
  盾ハ何ト言ッテオル!!」

 「知らない、分からない」

 「貴様ガ何カスル訳デハ無イノカ?」

 「繰り返しになるが、私は何もする積もりは無い」

 「ナラバ、ソコヲ退ケ!!」

 「出来ない」

 「何ダト、貴様ッ!!」
0306創る名無しに見る名無し
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2019/04/01(月) 19:28:12.82ID:CGbz/MnW
アマントサングインとアレブラクシスは互いに睨み合って動かない。
ニージェルクロームは何故アマントサングインが彼に構うのか、理解出来なかった。

 (何もする気は無いって言ってるんだから、無視すれば良いのに)

しかし、アマントサングインが彼に気を取られて、暴虐を止めてくれるなら、それでも構わないので、
敢えて何も言わなかった。
アレブラクシスは両肩を竦めて、アマントサングインに言う。

 「理由は盾に聞いてくれ。
  竜なら神器の声も聞こえるのではないか?」

 「神器ノ声ダト!?」

世の中にはアマントサングインでも解らない事だらけだ。
アマントサングインは神器を神聖な物だとは思っていたが、意思を持っているとは思わなかった。
扱うには資格が要る程度の道具としか、認識していなかったのである。
だが、よく考えれば、神器が意思を持っていても不思議では無い。
何故なら神器は人を選ぶのだ。
誰なら扱えると言う機械的な選定基準を持っているのでは無く、状況によっては常人が持つ事もあり、
悪人が扱う事は絶対に許さないと言うのだから、寧ろ意思を持っている方が自然である。

 「グムム、神器セーヴァス・ロコ!!
  何故ニ我ガ前ニ立チ開カル!!」

アマントサングインはアレブラクシスでは無く、彼の中の盾に問い掛けたが、答は無い。

 「答エナケレバ、コウシテクレル!!」

業を煮やしたアマントサングインは、腐蝕ガスをアレブラクシスに向けて吐いた。
所が、ガスはアレブラクシスを避けて行く。

 「無駄だよ。
  誰にも神器を傷付ける事は出来ない」

 「ハイロン!!
  爪ヲ振ルエ!!」

ブレスが通じなかったので、アマントサングインはニージェルクロームに命じる。

 「えっ、俺!?」

行き成り呼び掛けられて、彼は驚きながらも、指示に従う。
0307創る名無しに見る名無し
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2019/04/02(火) 19:24:39.26ID:r2REVWRE
 「恨まないでくれよ」

ニージェルクロームはアレブラクシスに言うと、腕を振るって竜の爪を彼に叩き付ける。
しかし、強烈な一撃にもアレブラクシスは怯まない。
傷付ける事は疎か、後退させる事も、蹌踉めかせる事も出来ない。
ニージェルクロームの腕には、岩石の様な物凄く硬い物に弾かれた感覚が残る。

 「アマントサングイン、これは無理だ。
  腕が痺れた」

 「爪ガ通ジヌノデアレバ、握リ潰セ!!」

 「あ、ああ、やってみる」

再度のアマントサングインの命令に、ニージェルクロームは仕方無く従った。
彼はアレブラクシスに手を向けて、握り潰す動作をする。
しかし、完全に拳を握る事が出来ない。
これも硬い石を掴まされているかの様。

 「だ、駄目だ……。
  何か見えない力に守られている」

 「ヌヌ……ッ!
  盾ヨ、答エヨ!!
  何故ニ我ガ前ニ現レタ!!」

 「普通に考えて、街で暴れるのを止めて欲しいんじゃないの?」

ニージェルクロームは至極真っ当な推測を、アマントサングインに告げた。
0308創る名無しに見る名無し
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2019/04/02(火) 19:25:36.74ID:r2REVWRE
それを聞いてアマントサングインは激昂する。

 「クアーーーーッ!!!!
  神器が『悪魔擬キ<デモノイド>』ノ為ニ力ヲ振ルウト言ウノカッ!!
  守ルベキ人間ヲ滅ボサレ、ソレデモ尚ッ!!」

アレブラクシスは両肩を竦めた。

 「盾は何も言わない。
  唯ここから動かない」

 「私ハ悪魔擬キノ本質ヲ見極メネバナラン!!
  奴等ガ本当ニ人間ト同ジナノカ!
  嘗テノ人ガ持ッテイタ心ヲ持ッテイルノカ!
  我ガ道ヲ阻ム事ガ出来ルノハ、神器デモ悪魔デモ無イ!
  正シイ心ヲ持ッタ『人間』ダッ!!」

 「しかし、盾は解っている様だ。
  私には盾の声は聞こえないが、何と無く確信めいた物が感じられる」

彼の話を聞いて、アマントサングインは目を剥く。

 「現レルト言ウノカッ、コノ時代ノ聖君ガッ!?」

 「それは解らない。
  聖君は既に失われた時代だ。
  今更、世界を統べる神王が誕生するとは思えない。
  ……私見ではあるが」

神盾セーヴァス・ロコは聖君の出現を予感して、ここに来たのだろうか?
だが、アレブラクシスは否定する。
盾は一体何を待っているのか……。
0309創る名無しに見る名無し
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2019/04/02(火) 19:27:18.00ID:r2REVWRE
アマントサングインは強い決意を持って、再び前進を始めた。

 「シカシ、神盾セーヴァス・ロコ!
  私ハ止マラナイゾ!
  私ノ求メル者ガ現レルマデハナ……」

ここに来て、漸くアマントサングインはアレブラクシスを無視して歩き出す。
腐蝕ガスの大竜巻は再び街を蹂躙する。
一方その頃、魔導師会の執行者達は、竜を止める術が無く、途方に暮れていた。
腐蝕ガスの所為で魔法は通じない。
魔法以外での遠距離攻撃も通じない。
近付く等、以ての外。
それでも嘆いている暇は無い。
打つ手が無くとも、市民の避難を手伝う位は出来る。

 「竜巻は市立病院に向かっている!
  患者を移送しろ!
  今出来るのは、その位しか無い!」

執行者達は竜巻の進む先に回り込み、魔法で空気の障壁を築いて、病院を守った。
しかし、患者を全員運び出すのは困難だ。
最初から魔導師会が市の防衛では無く、市民の避難に専念していれば、全員が助かったかも知れない。
否、何を言っても今更だろう。
最終的に病院は数人の重病患者と執行者と共に、竜巻の中に取り残された。
そして、丁度その時に神槍コー・シアーが魔導師会本部から、現場の責任者である副部長の元に、
届けられたのである。

 「魔法史料館より許可を得て、神槍コー・シアーをお持ちしました。
  存分に御活用下さい」

 「あ、ああ……。
  早かったな。
  いや、早くて悪いと言う事は無いのだが……」

コー・シアーを持って来たのは、ガーディアン・ブルーのローブを着た八導師親衛隊だった。
0310創る名無しに見る名無し
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2019/04/03(水) 18:38:06.83ID:wuhQJOU8
副部長はコー・シアーを受け取ったは良いが、活用と言われても困った。
騎士槍型のコー・シアーは全体に錆が浮いており、柄の部分は半分折れている。
瞭(はっき)り言って、真面に使えそうな武器では無い。
投擲しようにも、恐らくは形状の問題で、真っ直ぐ飛ばないだろう。

 「これで、どうしろと?」

副部長の問いに、親衛隊員は伝承を語る。

 「旧暦、第四代聖君カタロトと第八代聖君ユーティクスは、この槍を振るって竜を倒しました」

 「だが、これは……本当に本物なのか?
  唯の錆びた槍だとしたら?
  そもそも伝承が真実とは限らないだろう……」

 「無理ですか?」

 「あ、ああ……。
  残念だが、良い活用方法は思い浮かばない」

副部長は表向きは落胆して、丁寧に断ってみせたが、内心では苛々していた。
赤錆塗れの今にも崩れ落ちそうな、普通に使う事さえ難しい槍を持って来て、活用も何も無い。
魔法の力も少しも感じない。
彼は親衛隊員にコー・シアーを突き返す。

 「駄目ですか……」

親衛隊員は落胆を顔に表していた。
彼女は白い髪に薄い青灰色の瞳、そして白い肌。
その異様さに副部長は一瞬吃驚するが、今は彼女に構っている場合では無いと気にしなかった。
親衛隊員はコー・シアーを持って、大人しく引き下がる。
0311創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/03(水) 18:40:00.10ID:wuhQJOU8
親衛隊員の正体は神聖魔法使いのクロテア。
彼女は魔導師会からコー・シアーを受け取り、それを託せる人物を探していた。
クロテアは新しい聖君になる事を期待されて誕生したが、もう自分が聖君になる積もりは無い。
今は神の使徒として、人の行く末を見守るのみ。
彼女も又アマントサングインと同じく試しているのだ。
この状況を変えられる者が、現生人類に存在するのかを……。
クロテアはコー・シアーを天に翳して呟く。

 「魔導師会の執行者達は命令されない事は出来ない。
  無謀を踏み越えて勇気を証明する人が、本当に現れるのか……」

コー・シアーは勇気と使命感に反応して、漸く輝きを取り戻す。
使命と言っても、神が何のと大層な事を考える必要は無い。
自分がやらなければならないと、覚悟を持って立ち上がるだけで良いのだ。
しかし、システム化とマニュアル化が進んだ社会では、自分勝手な行動は取り難い。
勿論それは社会が大きくなり成熟するには、必要な過程だが……。
諸々の権利や義務が課されて、緊急時に助ける者と助けられる者が、明確に分けられてしまう。
市民は自分に出来る事をして、それが終われば大人しく助けを待つ。
執行者は命令に従って任務を熟す。
お互いの役割は決まっており、分を越えた出過ぎた真似はしないと言う、暗黙の了解がある。
そうする事で社会の規律は守られ、事故や災害でも無用な犠牲者を増やさないで済む。
だが、その所為で助けられた筈の人を助けられず、助かった筈の人が助からなかったかも知れない。
それは致し方の無い犠牲だろうか?
誰もが身勝手な行動を取れば、被害が広がったり、犠牲者が増えたりするかも知れない。
人々が己の分を守って、「正しく」行動する事は、非常に重要である。
……重要ではあるが、絶対では無い。
システムやマニュアルの想定外の出来事が起こった時、誰が暗黙の了解を破って立ち上がるのか?
クロテアは真に勇気ある者を探して歩いた。
執行者が駄目ならば……。
0312創る名無しに見る名無し
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2019/04/03(水) 18:41:42.15ID:wuhQJOU8
丁度その頃、巨人魔法使いのビシャラバンガがセイルート市に向かっていた。
彼は竜が現れたと言う話を聞き付けて、セイルートの様子を見に来たのだ。

 (これが噂の竜か……。
  街を覆う白い靄は全部腐蝕ガスなのか?
  恐ろしいな)

それなりに魔法資質には自信のあるビシャラバンガでも、単独で竜に立ち向かうのは厳しいと、
感じていた。

 (一応、執行者は居る様だが、やはり手子摺っている様だな)

遠くから竜と執行者の様子を観察していた彼は、背後に気配を感じて振り向く。
そこにはガーディアン・ブルーのローブを着たクロテアが立っていた。

 「誰だ!
  魔導師……では無のか?」

ビシャラバンガは優れた魔法資質で、彼女が共通魔法使いに特有の魔力の流れを纏っていない事に、
直ぐ気付く。
クロテアは丁寧に自己紹介した。

 「私はクロテア、神聖魔法使いと呼ばれています」

 「己に何の用だ?」

 「私は竜を倒せる人物を探しています」

ビシャラバンガは眉を顰めて問う。

 「己に竜を倒せと?」

 「私は貴方に強制は出来ません」
0313創る名無しに見る名無し
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2019/04/04(木) 18:34:52.24ID:t9+0dqBZ
彼女の奇妙な言い回しにビシャラバンガは疑念を深めた。

 「強制は己も好かないが……。
  己に依頼しに来たのではないのか?」

 「そうではありますが、その気が貴方に無いのでしたら、それは仕方の無い事です」

 「意味が解らん……」

 「私が見た所、貴方には人々を救おうと言う気持ちが余り無い様です」

 「ああ、所詮は共通魔法使いの事だからな。
  見ず知らずの人間の為に、本気になれる者は少なかろう」

 「私は人に竜を倒す為の方法を教えられます。
  しかし、それは本気の人でなくてはなりません」

 「己では不適格だと言うのだな?」

 「ええ、今は……」

 「それなら魔導師会の連中に頼めば良かろう。
  連中は市民を守る為なら、大抵の事はするのではないか?」

 「……魔導師会の者達では行けないのです。
  あの人達は自分の役割を逸脱しようとはしません」

クロテアの説明にビシャラバンガは少し考えて、こう問い掛ける。

 「己なら出来ると言うのか?」

その問に彼女は何も答えず、唯ビシャラバンガを凝(じっ)と見詰めた。
0314創る名無しに見る名無し
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2019/04/04(木) 18:35:59.58ID:t9+0dqBZ
真っ直ぐな瞳に耐えられず、ビシャラバンガは自分で白状する。

 「己には人の為と言う熱い心が無い。
  己は己の為だけに生きて来た。
  誰かの役に立ちたいとか、そう言う感情とは無縁だ。
  他の奴を当たってくれ」

 「いいえ、そんな事はありません。
  貴方は今の自分を変えたいと思っています」

クロテアは彼の萎縮(いじ)けた考えを否定したが、当の本人は無気力に言う。

 「しかし、直ぐに人の為に何かをしようと言う気持ちにはなれん。
  どうすれば、そう言う気持ちになれる?」

 「貴方は貴方の義の心を思い出す必要があります」

 「己の義とは何だ?」

 「貴方の中にある貴方にとって譲れない物、貴方が許せない物の事です」

 「……己は竜に対して怒る心が無い。
  嘗ての己であれば、竜をも降そうと挑み掛かったかも知れないが……。
  今は竜に挑む気も起こらない。
  己には誰かを守る事等、出来はしないのだ」

ビシャラバンガの心は虚無から解放されていなかった。
力が全てと言う価値観を失い、その代わりとなる物を未だ見付けられていない。
0315創る名無しに見る名無し
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2019/04/04(木) 18:37:10.86ID:t9+0dqBZ
クロテアは彼の目を見詰め続けている。

 「人は独りでは生きられません。
  貴方も私も、誰でも同じです。
  貴方にも人の心はあります。
  悪を憎み、善を信じる人の心が……。
  貴方に足りない物は自分の善を信じる心です。
  しかし、善とは生まれ付いて人の中に存在する物でありながら、それは小さな萌芽であり、
  文化や環境によって、大きく左右されます。
  人には善を示す人が必要なのです」

彼女の言う事が解らず、ビシャラバンガは困惑した。

 「詰まり、どう言う事だ?
  貴様が己に善を示すと言うのか?」

 「ええ、貴方の言った通りです。
  私が竜に立ち向かいます」

 「自分で出来るなら、最初から己に頼らず自分でやれば良かろう」

 「いいえ、私には出来ません」

 「……ん?
  どう言う事だ?」

 「私では竜を倒す事は出来ないでしょう。
  それでも私は行かなければなりません」

そう言うとクロテアは錆びた槍を胸に抱いて、腐蝕ガスの中に入ろうとする。
何か手段があるのかと、ビシャラバンガは彼女を見守っていたが……。
0316創る名無しに見る名無し
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2019/04/05(金) 18:36:53.43ID:9uTJY4oX
クロテアは特に防御手段を講じない儘、腐蝕ガスの濃霧の中に飛び込んだ。
彼女の白い髪が焦げ、肌が赤く爛れて行く。
ビシャラバンガは慌てて彼女の後を追い、魔力を纏って腐蝕ガスの中に突入する。

 「ば、馬鹿かっ!?
  貴様っ、死にたいのか!!」

ビシャラバンガはクロテアを抱えて有無を言わせず後退した。
彼は腐蝕ガスの中から出て、クロテアの様子を見る。
魔導師のローブは腐蝕に強く、表面の文様が崩れるだけで済んでいるが……。
美しかったクロテアの体は見るに堪えない程に痛々しい。
それでも彼女は笑っていた。

 「何故、貴方は私を助けたのですか?」

 「何故って?
  ……知るか!
  己の目の前で死なれては気分が悪い!
  それだけの事だ!」

 「そう、それが貴方の善の心なのです。
  貴方は本当は優しい人です。
  貴方は目の前で倒れる人を只見てはいられない……」

 「違う!
  己は、そんな善人では無い!
  見ず知らずの人間が何人死のうと、心が痛む事は無い!」

 「しかし、貴方は私を助けました。
  貴方にとって、私は見ず知らずの人にも拘らず。
  貴方は私を助ける時、何を考えましたか?」

 「……分からない……って、貴様っ、どこへ行く!?」

クロテアは話の途中にも拘らず、再び腐蝕ガスの中に向かって歩き始めた。
0317創る名無しに見る名無し
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2019/04/05(金) 18:37:28.67ID:9uTJY4oX
ビシャラバンガは彼女を止める。

 「無駄な事は止めろ!
  そんな事を幾らされても、己には使命感等、芽生えはしない!」

 「本当に、そうでしょうか?」

真面目に問い掛けるクロテアが彼は恐ろしくなって来た。

 「貴様は悪魔かっ!?
  己を苦しめて何が楽しい!?」

 「何故に貴方が苦しむのですか?」

 「己は貴様の思う通りにはならん、なれんのだ!
  己の善の器は小さい。
  貴様は己に難題を押し付けている自覚が無いのか!」

 「いいえ、どこにも難しい問題等ありません。
  何故なら貴方は善人だからです。
  私は何度でも竜を倒しに行きます」

錆びた槍を大事に抱えている彼女に、ビシャラバンガは問う。

 「その錆びた槍が何の役に立つ!?」

 「人が善の心を発揮する時、この槍は輝きを取り戻すのです」
0318創る名無しに見る名無し
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2019/04/05(金) 18:38:32.87ID:9uTJY4oX
ビシャラバンガは自分が槍を扱えるとは全く思っていなかったが、無謀な事を繰り返すクロテアを、
見捨てる事は出来なかった。
彼女に対して特別な感情は何も無いのだが、力が弱い者が戦おうとしているのに、力の強い自分が、
それを黙って見ているだけと言うのが、彼の信義に反するのだ。

 「だが、貴様では槍を扱う事は出来ないのだろう?
  何も出来ないのなら、弱者は弱者らしく引っ込んでいろ!」

 「いいえ、私には出来る事があります」

 「貴様っ、竜には勝てないと、自分で言ったばかりだろうがっ!」

 「私にとって勝てる勝てないは重要ではありません。
  ここで私は人々を見捨てる訳には行かないのです」

 「そうまでして己に竜と戦わせたいのか!?」

ビシャラバンガの必死の問に、クロテアは暫し沈黙した。
そして彼女はビシャラバンガに小さく頭を下げる。

 「私は貴方に申し訳無く思います。
  どうやら私は他人に頼り過ぎていた様です。
  人の為と言うなら、私自身にも、その心がある筈。
  私が槍を扱えない道理はありません」

クロテアが決意して錆びた槍を掲げると、仄(ほんの)り槍が輝いた。
それは一瞬で消えてしまい、ビシャラバンガは見間違えたのか、それとも本当に輝いたのか、
確信が持てない。
再度腐蝕ガスの霧の中に突入するクロテアに、ビシャラバンガは呼び掛ける。

 「待てっ!!」

彼はクロテアを止めると、難しい顔をして言った。

 「貴様だけを行かせるのは心許無い。
  己も付いて行く」
0319創る名無しに見る名無し
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2019/04/06(土) 18:38:39.03ID:BICGqpb5
クロテアは爛れた顔を綻ばせて深く礼をした。

 「私は貴方に大変感謝しています」

 「誤解するなよ。
  己は竜と戦うのが怖い訳では無い。
  今ここで戦う意味が見出せないだけなのだ。
  貴様を見殺しにするのが忍び無いから、死なせない様にする。
  唯それだけで、他意は無い」

ビシャラバンガは魔力で力場を発生させて空気の流れを作り出し、クロテアを庇いながら、
腐蝕ガスの中へと突入する。
彼は腐蝕ガスの魔力を遮る性質を、直観的に感じ取っていた。

 「……これは不味いぞ。
  ここに長居するのは危険かも知れない」

 「それでは貴方は危ないと感じたら、撤退して下さい。
  私は残ります」

 「馬鹿を言うな!
  命惜しさに弱者を捨て措く程、己は恥知らずでは無い!
  貴様も人を助けたいと本気で思っているなら、必ず自分の手で竜を倒すと言う気概を持て!
  その覚悟も無く、戦いに出るなっ!!」

ビシャラバンガの本気の説教に、クロテアは俯き加減で頷いた。

 「は、はい……。
  貴方の言う通りですね。
  私が人々を助けます!」

彼女の持つ槍は淡い輝きを纏い始めた。
それはクロテア自身の心に反応しているのか、それともビシャラバンガの心に反応しているのか?
クロテアは槍の力に守られて、少しずつ体の傷が癒えて行く。
0320創る名無しに見る名無し
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2019/04/06(土) 18:39:55.31ID:BICGqpb5
彼女は竜に向かってビシャラバンガと共に歩きながら、独り語り始めた。

 「私は今まで自分から事を成そうとはしませんでした。
  それは旧暦に大きな過ちがあったからです」

 「旧暦?」

 「最後の聖君ジャッジャスは、私と同じ様に人の祈りに応える真の『祈り<プレアー>』でした。
  彼は人の望む姿に形を変える為に、自分から進んで何か事を成したりはしません。
  飽くまで、人の望みを叶えるだけです。
  旧暦……人々は自分達を導く『強い者』を求めていました。
  その声に応じて聖君ジャッジャスは、次第に強権を振るう様になって行きました。
  彼は人々の望む潔癖さを以って罪人を見付け出し、人々の望む通り容赦無く罰して行きました。
  しかし、彼は逆に信望を失って行きました。
  人の望みを叶えていた筈なのに……。
  私は彼の無念と後悔から学び、人の祈りに応えはしても、自ら力を振るう事は避ける様に、
  努めていました」

 「自ら力を振るう事への恐れか?」

ビシャラバンガはクロテアの言う事に覚えがあった。
強大な力を持つ者は、自らの所為で周囲が変わってしまう事を恐れる物だ。
自らの力が齎した結果に関しては、責任を持たなければならないが故に。
尤も、ビシャラバンガは自分の力こそが全てで、殆ど他人の事を考える等しなかった為に、
その様な後悔や悩みとは余り縁が無かった。
彼が力を振るう時は、自らの問題を解決する時で、他人の為に何かしようと言う発想は無く、
他人が困っていても基本的には知らん顔をしていた。

 「力の行使には責任が伴う。
  それは当然の事です。
  どの様に力を振るうのが正しいのか、私には分かりませんでした。
  唯人々の声に応えて、その望む儘にするだけでは行けなかったのです……。
  私には神槍を振るう資格も勇気もはありませんでした」
0321創る名無しに見る名無し
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2019/04/06(土) 18:42:20.83ID:BICGqpb5
クロテアの話を聞きながら、ビシャラバンガは己の力の振るい方に就いて、考える。
何の為に自分は力を付けたのか?
それは当然、強くなる為だ。
では、強くなって何がしたかったのか?
己の力を皆に示したかったのだ。
それで何がしたかったのか?
己の正しさを証明したかったのだ。
誰に?

 (我が師よ……)

ビシャラバンガは自分を育ててくれた師匠の事を思い出した。
彼は自分の師に認めて貰いたくて、とにかく師を越えた強さを得ようとした。
既に死した師にも彼の名が届く様に、直向きに最強を目指した。
彼は純粋であるが故に迷わなかった。
最強になって何をすると言う考えは無く、とにかく強くなり、その強さを証明する為に戦う事だけが、
ビシャラバンガの目的だった。
彼は告白する。

 「己も貴様と同じかも知れん。
  己は強くなったが、未だに己の力の使い途が分からん。
  無心になって人の為に、この力を振るうと言う道もあろうが、それが正しいとは思えん」

 「何故ですか?」

クロテアの問にビシャラバンガは、改めて理由を考えてみた。

 「結局の所、己は心が狭いのだ。
  己が己の意思で強くなった様に、他人も同じ様にすべきだと思う。
  救うにしても、自ら努力する者こそを救うべきだと考えている……」
0322創る名無しに見る名無し
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2019/04/07(日) 20:10:49.57ID:09fePxE4
彼の答にクロテアは深く頷く。

 「天は自ら助る者を助くと言いますから……。
  それも正しい考えだと私は思います」

 「そうかな?
  己の知り合いに、そうでは無い者が居る。
  そいつは弱い癖に、困っている者に手を貸したがる。
  否、弱いから弱い者に共感するのか?
  お人好しと言うか、間抜けな男だ。
  自分の力量を弁えていない……と思う時がある。
  自分の出来る事をしているだけと、奴は言うのだがな。
  ――己は奴が羨ましいのかも知れん。
  奴を見ていると、自分も奴の様になりたいと思う時がある。
  ……仕様も無い話をしたな。
  詰まり……何が言いたいのかと言うと……」

ビシャラバンガは虚空を見詰めながら、自分の思考を整理した。

 「そう、そいつは自分の力の振るい方を解っているのだ。
  自分の心の赴く儘に、力を振るえるのだ。
  本当は、そうでは無いのかも知れないが、そうとしか思えない。
  それが堪らなく羨ましい。
  心と力の向かう所が同じなのだ。
  こんな時に奴が居れば、貴様の願いも叶えられたと思う。
  己には心が無い。
  だから、力を腐らせている……」

 「心と力の向かう所?」

 「ああ、感覚的な言い方過ぎたか?
  とにかく奴は難しい事は考えていないのだ。
  見返りが無くとも気にしない。
  それは……良くも悪くも、自己満足だからなのだろう」

しかし、ビシャラバンガは彼の真似をしたいとは思わない。
彼と自分とは違う存在だと分かっているから……。
0323創る名無しに見る名無し
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2019/04/07(日) 20:13:04.73ID:09fePxE4
クロテアも又、自らの心情を告白した。

 「私も貴方と同じだったのでしょう。
  私は人の望みを叶え、良き心の助けとなる事を喜びとしていましたが、私自身が良き心を持って、
  自ら剣を振るう事はしませんでした。
  私も又、心の無い存在だったのです。
  ……本当に神槍が私に応えて下さるのか、私には自信がありません。
  私の人々を助けたいと言う心は、間違い無く本心からの物ですが、そこに熱情があるかは、
  私にも判りません……。
  寧ろ、逆に恐ろしく冷めた義務的な感情の様な気がするのです。
  私に人を救う資格があるのでしょうか……?」

ビシャラバンガは顔を顰めて言う。

 「己には他人の心の中までは解らん。
  貴様は貴様のやりたい事、出来る事をしろ。
  それが正しいか等、後で考えれば良い。
  そうで無ければ、付き合った己が馬鹿みたいでは無いか!」

 「はい……」

クロテアの自信の無さそうな返事を聞いて、ビシャラバンガは益々心配した。
当の彼も自分のやりたい事が判らないので、クロテアに余り偉そうな事は言えない。
しかし、彼はクロテアの態度が好ましい物には見えなかった。
その理由は、彼女が自分の事を客観的に評価しようとしている為だ。
相応しいだの相応しくないだのは、本質的な問題では無いとビシャラバンガは感じている。
人を助けたいと思う心に偽りが無いのであれば、その心の儘に動けば良いのだ。
そうした目的意識さえ持たないビシャラバンガにとっては、明確な道が見えている分、
クロテアを羨ましいと思う。
0324創る名無しに見る名無し
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2019/04/07(日) 20:14:55.14ID:09fePxE4
2人は腐蝕ガスの濃霧の中を進み、竜巻に突入する。
ビシャラバンガはガスの中での活動が、もう長くは保たないと感じていた。

 「……おい、小娘」

 「はい?」

クロテアに呼び掛けた彼は、行き成り彼女を抱え上げて肩に乗せた。

 「わっ」

 「貴様の歩みに合わせていたのでは、時間が掛かり過ぎる。
  一気に突っ切るぞ」

 「は、はい!」

そして2人は竜巻の中心に飛び出す。
そこで漸く病院を守っている竜の姿が露になる。
竜を見上げて、ビシャラバンガは圧倒された。

 「これが竜か……」

アマントサングインは目の前に現れた2人を見下ろす。

 「コノ嵐ノ中ヲ潜リ抜ケテ来タカ!!
  ムッ……!
  小娘ッ、貴様ハ神槍コー・シアーヲ持ッテイルノカ!?」

アマントサングインはクロテアの抱えている幽かに輝く錆びた槍を見て驚いた。

 「神器ガ2ツ……。
  コノ小娘ガ私ヲ止メル勇者ナノカ?」
0325創る名無しに見る名無し
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2019/04/08(月) 19:31:38.36ID:+JM7wFzg
クロテアはビシャラバンガの肩から飛び降り、竜を見上げて問うた。

 「私は貴方の事を、古の竜アルアンガレリアの子、アマントサングインと聞いています!
  それは本当ですか?」

 「ム……?
  ダッタラ、何ダト言ウノダ?」

 「貴方は何故この様な事をするのですか!?」

 「理由ヲ問ウノカ?
  理由ガ有レバ、貴様ハ納得シテ引キ下ガルノカ?」

 「いいえ!
  しかし、私が貴方の要求を知る事には、大きな意味があります!」

 「デハ、教エテヤル!
  私ハ私ニ立チ向カイ、私ヲ倒セル者ヲ求メテイル!!
  反逆同盟ノ正体ハ悪魔公爵ノ軍勢ダ!
  私ニ苦戦スル様デハ、地上ノ支配ハ覚束無イ!
  『悪魔擬キ<デモノイド>』共ガ本物ノ悪魔ニ逆ライ得ルカ、試シテヤッテイルノダ!」

 「貴方は人と共に戦おうとは思わないのですか?」

 「ハハハ、馬鹿ナ!!
  私ハ大父ディケンドロスノ子!
  人間ヲ信頼シテオレバ、私ノ様ナ竜ハ生マレテオラヌ!
  御託ハ良イッ、掛カッテ来ヌカ!!」

話し合いを求めるクロテアをアマントサングインは一蹴する。
何をやっているのだと、ビシャラバンガは呆れた。

 「小娘っ、貴重な時間を使って何をしている!?
  奴と戦うと決めたのなら迷うな!!」

彼に叱責されてクロテアは漸く槍を構える。
0326創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/08(月) 19:32:14.55ID:+JM7wFzg
しかし、輝きの弱い槍を見てアマントサングインは失笑した。

 「フハハハハ!!
  シカシ、ソノ神槍ノ有リ様ハ何ダ!?
  真面ニ手入レモサレテオラヌデハ無イカ!!
  ソンナ物デ、私ヲ倒セルトデモ思ッテイルノカ!!」

クロテアは槍を構えた儘、動かない。
そんな彼女を見てビシャラバンガは焦りを露に声を掛ける。

 「どうした!?
  ここに来て怖じ気付いたか!?」

 「わ、私には分からないのです……。
  どうすれば私は、この竜を倒せるのでしょうか?」

 「何っ!?
  巫山戯るのも大概にしろ!!
  無理でも何でも、先ずやってみなければ始まるまい!!」

クロテアは武器の振るい方を知らなかった。
槍は突き刺す物だと知ってはいるが、幻影の巨体を持つアマントサングインに攻撃が通る気がしない。
彼女は神槍を手にして使命感を持って動けば、後は槍が戦い方を教えてくれると思っていた。
しかし、そんな事は無かった。
全く動かないクロテアをアマントサングインは見下して、苛立ちを打付ける。

 「小娘、貴様デハ相手ニナラナイ様ダナ……。
  何モ出来ヌ癖ニ、何ヲシニ出テ来タ?」

ビシャラバンガも又、アマントサングインと同様に苛立ちを募らせて言う。

 「貴様は人を助けに来たのでは無かったのか!?」
0327創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/08(月) 19:36:09.73ID:+JM7wFzg
だが、クロテアは震えて立ち尽くしているだけだ。
ビシャラバンガは堪り兼ねて、彼女から槍を奪って前に出た。

 「えぇい、寄越せっ!!
  己がやるっ!!
  元から貴様の様な小娘が出張る事自体が、間違いだったのだ!!」

彼は竜を見上げて大声で吠える。

 「竜よ、貴様の言い分は解った!!
  人を試す等と詰まらない事の為に、こんな騒動を起こして、余程暇なのだな!!」

 「何ダト、貴様ッ!?」

 「どんな深謀遠慮が、貴様の心中にあろうと関係無い!!
  力比べなら己が付き合ってやろうっ!!
  それに飽いたら、早々に往ねい!!」

 「デモノイドノ分際デッ!!
  大口ヲ叩イタ事、後悔スルナヨッ!!」

アマントサングインは腐蝕ガスを吐き付けたが、ビシャラバンガは槍を振り回して風を起こし、
それを跳ね返す。

 「オオオオオッ!!!!
  竜よ、序でに小娘っ、己の力を見るが良いっ!!
  使命だの何だのと下らない事ばかりに気を取られている、愚か者共めっ!!」

ビシャラバンガは神槍コー・シアーを振るって、アマントサングインに突きを仕掛けた。
だが、コー・シアーは幻影の体を傷付ける事が出来ない。
アマントサングインは嘲笑う。

 「ハハハ、無駄ダッ!!
  コノ幻影ノ体ニハ、真面ナ攻撃ハ通用セン!!
  ハイロン、爪ヲ振ルエッ!!」
0328創る名無しに見る名無し
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2019/04/09(火) 18:44:56.46ID:rBGZBJjd
ニージェルクロームはアマントサングインの指示に従って、竜の爪を振るった。
ビシャラバンガは避けようと思えば避けられたが、敢えて正面から受け止める。
竜の爪は彼の構えた槍を破壊出来なかったが、巨体には大きな爪痕を残した。

 「ぐっ……、何の此れ如きっ!!」

ビシャラバンガは胸に大きな切り傷を付けられながらも、踏み止まる。
血飛沫が散って、溶けた大地に赤い跡を付ける。
彼の背後にはクロテアが居た。

 「あ、貴方は私の為に……」

 「気にするなっ!
  下手に避けるよりは、受け止めた方が良いと思っただけだ!」

ビシャラバンガは明らかにクロテアを庇っていたのだが、感謝されても煩わしいだけだと感じた彼は、
敢えて話に応じず突っ撥ねた。
その時、クロテアは彼の手にある槍が輝きを増したのを見る。

 「あっ、コー・シアーが!」

彼女の指摘でビシャラバンガも槍の輝きに気付いた。
彼は舌打ちして言う。

 「チッ……!
  善だの何だの、己には関係無い事だ!!」

一方、アマントサングインは槍の輝きに怯んでいた。

 「オオッ!?
  コー・シアーガ輝イテオルッ!!
  オ前ガ神器ヲ扱ウノカ!?」

ビシャラバンガは眉間に皺を寄せて、クロテアを片手で抱え上げ、自分の背中に掴まらせる。

 「良いか?
  確り掴まっていろ、振り落とされても知らんぞ!」

 「は、はい!」

彼の背中でクロテアは歓喜の笑みを浮かべた。
彼女はビシャラバンガの善性に触れる事が出来て、嬉しかったのだ。
0329創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/09(火) 18:45:45.02ID:rBGZBJjd
 「食らえぃっ!!」

ビシャラバンガはコー・シアーを振り回して、アマントサングインに突進する。
アマントサングインは実体を持たない筈なのに、槍の先が幻体に触れた途端、その部分が崩れ落ちる。

 「ムッ……!」

 「大丈夫か、アマントサングイン!」

四肢と胴の一部を失い、地に這う様に落ちたアマントサングインを、ニージェルクロームは気遣った。
アマントサングインは強がる。

 「ドウト言ウ事ハ無イ、所詮ハ幻体ダッ!!
  ソレヨリ、奴等ヲ攻撃シロッ!!
  先ノ様ナ手加減ハ無用ダゾッ!!」

 「あ、ああ……。
  でも、本気で人を攻撃するのは……。
  建物とか、そう言うのだったら未だ良いけど」

ニージェルクロームは竜の強大な力を人に直接振るう事に、躊躇いを感じていた。
余りに強い力だから、簡単に殺してしまう所が想像出来てしまうのだ。

 「構ウナッ!!
  コレハ命令ダッ!!」

 「わ、分かった」

ニージェルクロームは本気の積もりでビシャラバンガを狙ったが、その攻撃は簡単に避けられる。
やはり無意識に加減してしまうのだ。

 「手緩イゾ、ハイロンッ!!
  モウ良イッ、体ヲ寄越セッ!!」
0330創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/09(火) 18:50:35.30ID:rBGZBJjd
アマントサングインは憤り、彼の体を乗っ取ろうとした。

 「うわっ……」

ニージェルクロームはアマントサングインの剣幕に怯み、仕方無く体を委ねる。
竜の宿った彼の瞳は真っ赤に輝き、竜の全力を振るう。

 「燃え尽きろっ!!」

アマントサングインは腐蝕ガスを吐き出すと同時に、竜の爪を打ち付け合い、その摩擦熱で引火させ、
大爆発を起こさせた。
ビシャラバンガは自分の事より、背中のクロテアの事を先ず思った。
彼女を守る為に背負ったのだから、何としても守らなければならないと。
彼は自分の体を盾にして、背後を魔法で守る。

 「プテラトマッ!!」

魔力の翼がクロテアを包む。
ビシャラバンガは爆炎の中に呑み込まれた。
幾ら頑健な彼でも、魔法無しでは自分の身を守り切れない。
アマントサングインは爆発が収まるのを静かに待った。

 「……さて、生きているかな?」

炎が消えた後に現れたのは……傘の魔法使いサン・アレブラクシス。
彼の体は半分透けており、その中には盾が見える。
ビシャラバンガは彼に守られて無傷だった。

 「何者だ?」

ビシャラバンガの問にアレブラクシスは堂々と答える。

 「私は傘の魔法使いサン・アレブラクシス……だった者。
  今は聖なる盾と同化して生き永らえているだけの、性無い存在だ」
0331創る名無しに見る名無し
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2019/04/10(水) 18:23:01.00ID:zRaRnegW
彼は続けて問うた。

 「何故こんな所に現れた?」

 「それは盾に聞いてくれ」

アレブラクシスの体は徐々に薄れて行き、それと同時に盾がビシャラバンガの腕に吸い着く様に、
自然に装着される。

 「こ、これは?
  どうなっている?」

困惑する彼の耳に姿無きアレブラクシスの声が届く。

 「恐れる事は無い。
  守りたいと言う君の心に、盾が応えただけの事」

未だ事情が理解出来ないビシャラバンガに、クロテアが説明する。

 「それは神盾セーヴァス・ロコです。
  旧暦、大竜軍の戦いで聖君を守った盾。
  貴方の手には今、槍と盾、2つの神器があるのです」

ビシャラバンガは眉を顰めた。

 「己は物の力を借りるのは好きでは無い。
  己は何時も、自分の力を頼りにして来た積もりだ……が、今は一々そんな事を、
  言っている場合では無いか……。
  えぇい、疾々(とっと)と方を付けるぞ!」

彼は盾を構え、槍を振り回して、アマントサングインの幻体を破壊しながら、その本体である、
ニージェルクロームに迫る。
0332創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/10(水) 18:23:57.48ID:zRaRnegW
ビシャラバンガはニージェルクロームを槍で貫こうとしたが、彼の力任せの一撃は驚くべき事に、
浅りと受け止められてしまった。

 「何っ!?」

竜の宿ったニージェルクロームの膂力は、人間とは比較にならないのだ。

 「フッ、この程度か……。
  神槍は完全な力を取り戻してはいないな。
  やはり使い手が悪い」

神槍は輝いてはいるが、その錆を全て落とすには至らない。
神槍が真の力を発揮しなければ、竜の宿ったニージェルクロームを倒す事は不可能。

 「我が幻影を消した所で、何の意味も無いのだ。
  志無き者に神槍コー・シアーは扱えぬ」

ニージェルクロームは槍を片手で押さえ付けて、もう片手をビシャラバンガに向ける。
その手は竜の幻影を纏って、腐蝕ガスを吐き付けた。

 「くっ!」

ビシャラバンガは右腕のセーヴァス・ロコで腐蝕ガスを防ぐ。
その隙にニージェルクロームはビシャラバンガを蹴り飛ばして、距離を取った。

 「弱い、弱いっ!!
  この程度で私を倒そうとは、甘く見られた物だ!」

煽られたビシャラバンガは、しかし、怒りはしなかった。
0333創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/04/10(水) 18:26:49.04ID:zRaRnegW
彼の心は竜と言う強敵に対する敵愾心よりも、背後のクロテアに囚われていた。
もう長らく魔法で腐蝕ガスから身を守りながら戦っているので、彼の集中力には限界が来ている。
実は魔法を使わずとも、セーヴァス・ロコの力で身を守れるのだが、その事実にビシャラバンガは、
未だ気付いていなかった。
彼の心は取り敢えず、クロテアを安全な後方に下がらせる事ばかり考えていた。

 「おい、小娘!
  一時離脱するぞ!
  貴様は足手纏いだ、後方で待機していろ!
  良いな?」

 「しかし……」

 「しかしも何もあるかっ!
  今から己は霧の中から出て、貴様を安全な所に置く。
  何があっても、再び竜と戦おうと思うな!
  奴は己が倒す!
  それだけを信じて待っていろ!」

ビシャラバンガは初めて他人と「約束」をした。
しかも、守れるかも判らない不安な約束を。
クロテアは彼を信じて頷く。

 「はい、貴方を信じます」

他人に信じられると言う経験の無いビシャラバンガは、彼女の期待を重荷だと思った。
だが、今は信じて貰えると言う事が有り難かった。
詰まり、素直に意見が通って、難が無いと言う意味である。
ビシャラバンガが距離を取り始めたのを見て、竜の宿ったニージェルクロームは言う。

 「どうした、逃げるのか?
  2つの神器を持ちながら、私には敵わないと――」

 「喧しいっ!!
  直ぐ戻って来てやるから、黙っていろっ!!」

ビシャラバンガはニージェルクロームに吠え掛かり、急いで腐蝕ガスの濃霧の中から離脱した。
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