【ファンタジー】ドラゴンズリング6【TRPG】
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――それは、やがて伝説となる物語。
「エーテリア」と呼ばれるこの異世界では、古来より魔の力が見出され、人と人ならざる者達が、その覇権をかけて終わらない争いを繰り広げていた。
中央大陸に最大版図を誇るのは、強大な軍事力と最新鋭の技術力を持ったヴィルトリア帝国。
西方大陸とその周辺諸島を領土とし、亜人種も含めた、多様な人々が住まうハイランド連邦共和国。
そして未開の暗黒大陸には、魔族が統治するダーマ魔法王国も君臨し、中央への侵攻を目論んで、虎視眈々とその勢力を拡大し続けている。
大国同士の力は拮抗し、数百年にも及ぶ戦乱の時代は未だ終わる気配を見せなかったが、そんな膠着状態を揺るがす重大な事件が発生する。
それは、神話上で語り継がれていた「古竜(エンシェントドラゴン)」の復活であった。
弱き者たちは目覚めた古竜の襲撃に怯え、また強欲な者たちは、その力を我が物にしようと目論み、世界は再び大きく動き始める。
竜が齎すのは破滅か、救済か――或いは変革≠ゥ。
この物語の結末は、まだ誰にも分かりはしない。
ジャンル:ファンタジー冒険もの
コンセプト:西洋風ファンタジー世界を舞台にした冒険物語
期間(目安):特になし
GM:なし(NPCは基本的に全員で共有とする。必要に応じて専用NPCの作成も可)
決定リール・変換受け:あり
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
名無し参加:あり(雑魚敵操作等)
規制時の連絡所:ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/3274/1334145425/l50
まとめwiki:ttps://www65.atwiki.jp/dragonsring/pages/1.html
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過去スレ
【TRPG】ドラゴンズリング -第一章-
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【ファンタジー】ドラゴンズリング4【TRPG】
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【ファンタジー】ドラゴンズリング5【TRPG】
ttps://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1516638784/l50 その言葉に、アルダガは電撃の奔るような感覚をおぼえた。
ずっと探していた答えにようやくたどり着いたような、快い熱が腹の底から湧き上がってくる。
アルバートの植え付けた女神への不信、教えを否定することへの罪悪、何より自分自身がどうすべきかという迷妄。
その全てに、納得のいく答えが一つ、見つかった。眼の前に横たわった闇霧を切り裂いて、光が差し込んだ。
「……シアンス殿、拙僧は古代から受け継がれてきた教えを遵守し、古代の法術を使ってこれまで戦い抜いてきました。
だから、古代の遺産に頼らないあなたの信念に賛同はできません」
>『人間の進化と繁栄は、人間の手によってもたらされるべきです。古代文明の遺産に頼るなど、主席魔術師の名折れです』
晩餐会の場でシャルムが語った信条が、ずっと頭の中に引っ掛かっていた。
女神の教えを逸脱し、前人未到の道を己の足で進まんとする彼女を理解できず、常に困惑が頭にあった。
そして、星都で再会したアルバートという古代の代弁者――言うなれば、古代そのものとの戦い。
旧い教えを守り続けてきた彼女は迷い、ついに足を止めてしまった。
真に守るべきものが何か、わからなくなってしまったのだ。
「命よりも大切にしてきた教えを、拙僧は裏切れません。拙僧の存在自体を否定することになるからです。
ですが……全てを古代に帰そうとするアルバート殿の考えにも、賛同するつもりはありません」
右手に握ったメイスを掲げ、その先にアルバートを捉える。
俯いていた顔を上げ、逸らしていた目を真っ直ぐ前へ向けて、彼女は自分のたどり着いた答えを放つ。
「拙僧は――わたし達は。教えを守るために生きているのではなく、生きるために教えを守っているのですから。
我々が生きているのは古代ではなく"いま"です。わたしは、いまを守るために戦います」
>「……まあいい。全員まとめて叩きのめすまでだ。この虚無の指輪がある以上お前たちに勝ち目はない」
守護聖獣との問答に見切りをつけたアルバートは、レーヴァテインを構えて臨戦態勢をとる。
「確かに虚無の指環は強力です。属性を奪い取る力は、まさに指環の勇者の天敵とも言えるでしょう。
……しかしアルバート殿、貴方はいっときでも勇者たちと共に旅をして、まだ気付いていないのですか?」
再び全てを消し飛ばさんとするその姿に相対して、アルダガは不敵に笑って見せた。
「ティターニア・グリム・ドリームフォレストが、ジャン・ジャック・ジャクソンが。
――たかだか勝ち目がない"程度のこと"で諦めるはずがないと」
>「黒板摩擦地獄(ブラックボードキィキィ)――高音質(ハイレゾナンス)!」 まったくの前振りなくおもむろにティターニアのはなった魔法がアルバートを直撃する。
鳥肌が立つような不快な不協和音を直接脳味噌に叩き込む凶悪無比な幻聴術だ。
>「どうだ、こんな魔法は旧世界にはなかっただろう!」
>「貴様――! そんなふざけた技があってたまるか……!」
古代人が考えつくはずもない――思いついても誰もやらなかったであろう嫌がらせ特化の魔法。
純粋培養の古代人であるアルバートにはてきめんに効果を表し、彼は不快に顔を歪めてもがき苦しんでいる。
敵ながらなんとも気の毒な状態であるが、アルダガは構わずアルバートの方へと踏み出した。
「エーテリアル世界だの虚無の竜だのは置いておいて、拙僧からも言いたいことがあります。
古代の民ではなく、アルバート殿、貴方へ言っておきたいことです」
彼女はメイスを掲げる。高く高く振り上げたその柄は、凄まじい握力によって軋む音を立てた。
「――手紙の一つもよこさず、どこをほっつき歩いてたんですかぁぁぁぁっ!!」
怒声と共に音を割って打ち下ろされたメイスが、地面を衝撃だけで爆発させた。
「拙僧や黒騎士、陛下たちがどれほど心配したとっ……!国民たちが、どれほど不安になったとっ……!!
古代の記憶が甦った?本当は女王に仕えていた?そんな言い訳より、まず言うべき言葉があるでしょう!!」
間一髪でメイスの直撃を回避したアルバートに、気炎を吐きながら追いすがるアルダガ。
棍術もへったくれもなく幼子のように振り回されるメイスの、一撃一撃が余波で周囲の草や木の葉を塵に変える。
頭の中で響き渡る騒音に苦しみながらもアルバートは大剣で反撃するが、純粋な質量差でメイスに押され気味だ。
「昔のことを思い出したら、それまで貴方が誓ってきた陛下への忠誠や、拙僧たちと共に帝国を守ってきた日々は、
全部なかったことになるんですかっ!?そんなわけがないでしょう!そんなことは、拙僧が許しません!!
あなたはアルバート・ローレンス、黒竜騎士です。古代の民である以前に、帝国に生きる民の一人です!!」
完全にお説教モードに入ったアルダガは、奇しくも彼女のパトロンである聖女の言動と瓜二つであった。
神殿に務める人はみんなこうなる。説教気質は空気感染するのだ。 【色々悩んだ末に吹っ切れる。それはそれとして黒騎士放り出したアルバートにマジ説教しつつ折檻】 知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』
W1AHY しゃがみ込んだ私の頭上で激しい金属音が響く。
レーヴァテインと、ディクショナルさんの剣がぶつかり合う音。
私は姿勢を低くしたまま地面を蹴ってその場を離脱。
直後、風の指環の力が周囲に舞い上がった土煙を吹き飛ばす。
そして……再び二人の剣が激突する。
両者の実力は……今のところは互角……のように見えます。
>「貴様の意志など関係ない――全てのものが、在るべきところへ帰る。それだけだ」
ですが不意に、ディクショナルさんの構えが乱れた。
瞬間、襲い来る斬撃を……彼は剣を手放し、飛び退いて躱した。
彼ほどの剣士が、あんななりふり構わない逃げ方をするなんて……一体どうして。
>「一つ……取り返したな。だが到底足りない。全てを返せ」
「剣術を……奪われただと……?」
……そんな馬鹿な。
いえ、確かに理論的には不可能な事じゃない。
人間の一挙一動、気質、精神の動きにさえも属性は宿る。
炎が怒りや喜びを、水が悲しみや鎮静を司るように。
彼の操るダーマ式の剣術にも、司る属性はあったはず……。
虚無の指環はそれを諸共奪い取った……理屈は分かっても、対策は難しそうですね。
あまり多くのものを奪われては、手がつけられなくなる可能性があります。
>『飽和攻撃で一気に片を付けるぞ……奴にこれ以上、力を奪う機会を与えるな』
>『任せときな!』
ディクショナルさん、ジャンソンさんも同様の判断をしたようです。
二つの指環の力を合わせた波状攻撃。
>「派手にぶちかますぜ……『クラン・マラン』!」
やはり単純な出力という点において、指環の力は圧巻ですね。
……ですが、嫌な予感がする。
アルバート・ローレンスが操るそれも、紛れもなく指環の力……という事は。
>「うそでしょ……」
>「あいつの吸収は魔法なら限界はねえってことか……接近するぞ、アクア!」
……こうなる可能性も十分にあった。
指環の力が通じなかった。それでもジャンソンさんは怯まない。
拳と大剣の格闘戦の末……ジャンソンさんの拳がアルバート・ローレンスの頬に叩き込まれる。
レーヴァテインによる薙ぎ払いを、あえて避けず踏み込んで、刃に勢いが乗る前に受けに行った……?
なんて無謀な……いえ、あれこそが彼らが勇者たる所以、ですか。
>「……もはや容赦はしない。かつての仲間というだけで情けをかけてやったがもういいだろう」
ですがアルバート・ローレンスもまた帝国の誇る最高戦力の一人。
拳の一撃で昏倒させられるほど甘くはなかった。
虚無の指環に奪われた魔力が解き放たれる。
四つの属性がレーヴァテインに焼べられて、一つの純粋な威力として昇華されていく。
来る。世界をも焼き尽くすと謳われた魔剣を術核とした、必殺の一撃が。
防御しなければ。プロテクションなど一瞬で溶かされてしまう。
先ほど途中まで構築した防御術式……『審判の鏡』は殆ど組み上がっている。
完成させなければ……。
そう思った瞬間、また息苦しさと動悸を感じた。
集中出来ない。思考が……曖昧になる。 >「穿て、『バニシングエッジ』」
そして……荒々しい魔力の奔流が私達へと放たれた。
>「来るぞ! 鏡の世界(スペクルム・オルビス)――」「――ストームソーサリー!」
「っ……『審判の鏡(プロセ・ミロワール)』」
反射の魔法を展開する。
……術式を完成させられた訳じゃない。
ティターニアさんと、クロウリー卿が展開した反射魔法の中に、私の術式を付与しただけ。
『鏡の世界』の術理は幻術を用いた現象の歪曲。
水の属性が持つ流転の性質を利用した反射の術式。
私の『審判の鏡』……土属性、金属、鏡の持つ、転写の性質を利用する類感呪術とは似て非なるもの。
術式は不完全。鏡の世界の働きを阻害する事はなくても……十全の働きを示す事もない。
>「……え、『エニエルイコン』!」
皆が可能な限りの防御策を取っている。
それでも……魔力の奔流は止まらない。
確実に私達の防御を削り取っていく。
最高峰の古代魔法である鏡の世界も、魔法は魔法。
虚無の力に蝕まれ……いずれはその作用を損なう。
……この状況、私がやるべき事は一つ。
鏡の世界を修復しながら、改善していく……術者であるティターニアさんとクロウリー卿では手が回らない。
私が……やらないと。
出来ない訳がない。私だって主席魔術師なんだ。
やる事は単純だ。鏡の世界を構築する術式……魔力が描く、幾重にも重ねられた不可視の魔法陣。
破壊されていくそれらを読み解き、再構築する。
虚無の指環による崩壊よりも早く、早く……もっと早く。
指先に魔力を灯して、破損した術式に新しい式を書き足していく。
……いいぞ。修復は上手くやれている。
既存の術式に手を加えるくらいなら、今の私にも……
「……けほっ」
……気づけば私は、その場に膝を突いていた。
感じるのは、視界の揺らぎ。息苦しさ。激しい動悸。強い悪心。
それに……口の中に広がる、血の味。
口元から赤黒い血が、白い地面に落ちた。
……お腹が痛い。これは……胃に穴が空いたんだ。
……駄目だ。出来ない。
「……魔法が、使えない」
本当は……分かっていたんです。これは……呪いだと。
ずっと、我慢しなきゃと思ってきた。
クロウリー卿がいなくなった穴を埋めて、帝国の混乱と不安を収めるには、自分の事なんて考えている暇はなかった。
……私だって、魔術師です。本当は自分だけの魔法を作りたかった。
クロウリー卿がそうしたように、私だって、私だけが使える魔法を編み出して、色んな人に見せつけたかった。
あの晩餐会でのティターニアさんみたいに、誰もが魅入られてしまうような、そんな芸術的な魔法を……。 だけど……そんな事したって、帝国の為にはならない。
私一人の自己満足に過ぎない。
そんな事を考えていては駄目だって、ずっと自分に言い聞かせてきた。
それはつまり……暗示です。
強い執着や思い込みは、意識しなくても呪いを生む。
主席魔術師である私が強い意思を持って、自らの無意識を突いて施した呪い。
私自身にも、解けない呪い……。
誰にも言える訳がなかった。
主席魔術師が誤って自分自身を呪ってしまって、魔法を使えないなんて。
そんな事が知られれば、また帝国の民を失望させる事になる。
魔族や亜人に、付け入る隙を感じさせてしまうかもしれない。
むしろこの呪いを利用してやればいいと思った。自分にそう言い訳をした。
難しい魔法なんか使えなくても、私の研究、私の開発した魔導拳銃さえあれば人間は強くなれる。
そう強がって、黙ってこの星都に同行して……それで、この体たらく。
>「そんな……どうにかならないのか……!?」
「……ごめんなさい、先生。私の……私のせいで」
悔しくて、不甲斐なくて、涙が出る。
泣いてる暇があったら、術式の修復をしなきゃいけないのに。
それをしようとすると……手が震えてきて、何も出来ない。
障壁に亀裂が走る。
そして……
>「――四星守護結界」
不意に私達の周囲に、新たな結界が現れた。
要塞城を守護する結界に酷似した、四重の結界が……迫り来る魔力の波濤を防ぎ切る。
そうして役目を終え砕け散った結界の向こう側には、巨大な四つの影。
>「古代都市の守護聖獣……!?」
……助かった、みたいですね。
結局私は何も出来ないままで……。
あまりに自分が惨めで、立ち上がれない。
それに立ち上がったところで……もうこの戦いの中で、私が役に立てる事なんてない……。
>「……シアンス殿、
ふと、頭の上から声が聞こえた。
バフナグリーさんの声……下がっていろ、とでも言われるのでしょうか。
項垂れたままだった顔を上げて、彼女を見る。
>拙僧は古代から受け継がれてきた教えを遵守し、古代の法術を使ってこれまで戦い抜いてきました。
だから、古代の遺産に頼らないあなたの信念に賛同はできません」
だけど彼女が口にしたのはそんな事ではなかった。
そんな事ではなかったけど……何故、今その話をするのか……私には分かりません。
>「命よりも大切にしてきた教えを、拙僧は裏切れません。拙僧の存在自体を否定することになるからです。
ですが……全てを古代に帰そうとするアルバート殿の考えにも、賛同するつもりはありません」
>「拙僧は――わたし達は。教えを守るために生きているのではなく、生きるために教えを守っているのですから。
我々が生きているのは古代ではなく"いま"です。わたしは、いまを守るために戦います」
多分、彼女の方も私の答えが欲しくてこの話をしている訳ではないのでしょう。
これはきっと……ただの決意の表明。 「……生きる為に教えを守る。今を、守る為に……」
私は……私には、分からない。
だって私は……帝国の為に、未来の為に、生きてきました。
五年前にクロウリー卿がダーマへ亡命して……私が主席魔術師になったあの日からずっと。
私には主席魔術師としての責任があった。その責任を果たす為に、果たし続ける為に生きてきた。
……私は、バフナグリーさんとは、つくづく気が合わないみたいです。
>「拙僧や黒騎士、陛下たちがどれほど心配したとっ……!国民たちが、どれほど不安になったとっ……!!
古代の記憶が甦った?本当は女王に仕えていた?そんな言い訳より、まず言うべき言葉があるでしょう!!」
>「昔のことを思い出したら、それまで貴方が誓ってきた陛下への忠誠や、拙僧たちと共に帝国を守ってきた日々は、
全部なかったことになるんですかっ!?そんなわけがないでしょう!そんなことは、拙僧が許しません!!
あなたはアルバート・ローレンス、黒竜騎士です。古代の民である以前に、帝国に生きる民の一人です!!」
「……私は、私の五年間は、間違ってたのかな」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
いえ、誰の答えを聞かなくなって、分かっています。
……バフナグリーさんは今、あんなにも活き活きとしていて。
私は……このざまで。答えなんて聞くまでもない。
……思えばこの五年間、楽しい事なんて一つもなかった。
魔導拳銃の性能を示す為に戦場に立って、ヒトを殺して。
ヒトを殺す為だけの魔法を研究して。
私がやらなきゃいけなかったから。
ずっと自分にそう言い聞かせて、ここまでやってきた。
だけど……今この時、この場所で……私がやらなきゃいけない事なんてない。
やれる事も、ない。
自分の中で……何か、張り詰めていた何かが切れた気がする。
「……疲れた」
気がつかない内に、私はそう呟いていた。
……ふと、激しい金属音が響いた。
バフナグリーさんのメイスが、アルバート・ローレンスの頭部を捉えていた。
純白の兜が砕け散って、その体が大きく吹き飛ばされ、建物の残骸に突っ込んだ。
属性の抜け殻となっていた建物は容易く崩れ、彼の身体を覆い隠す。
……数秒の静寂。
虚無の塵は密林に吹く僅かな風でも容易く散らされていき……アルバート・ローレンスの姿が再び露わになる。
頭部からは血が流れ、彼はレーヴァテインを地面に突き立てたまま、立ち上がれずにいた。
黒鳥騎士、アルダガ・バフナグリーの渾身の一撃を頭に受けたのだから、当然の事です。
生きているだけでも不思議なくらいだ。
「……帝国に生きる民の一人、か。相変わらずだな。バフナグリー……」
深く俯いている彼の表情は、見えない。
ただ……その声は苦しげに聞こえます。
彼を苦しめているのは、痛みではない……それくらいの事は分かります。
振り返ってみれば彼は最初から、未練を振り払うように、敵対する理由を言葉にしていた。
「……貴様の言う通りだ。俺が、帝国民として生きた時間は……不死者として生きていた空虚な時間とは違う。
満たされていた。友情があった。絆があった……覚えているとも。俺は今でも、それが尊い」
……ふと、膝を突く彼の懐に、小さな人影が見えた。
実体のない朧気な……あれは、幻体だ。
ローブを纏った小柄な少年の幻体が……アルバート・ローレンスの体を支え、押し上げようとしている。 「だが、同じ事だ」
彼の左手。虚無の指環から一人、また一人と、幻体が姿を現す。
皆が彼を支え、励まそうとしている。
あれは……虚無の指環の、素体となった者達……?
「アルバート・ローレンスが帝国の民として生きていた。
それで俺の、かつての生がなかった事になる訳じゃない」
アルバート・ローレンスが、ゆっくりと立ち上がる。
「……大丈夫だ、ブリジット。心配しなくていい。
レイエス、血を止めてくれ……傷は平気だが、目が塞がる」
虚無の指環が……彼の体から属性を奪い取る。
バフナグリーさんが打ちつけた頭部の傷口が、その周囲の黒髪と共に白く染まり……急速に塞がった。
属性を奪う事で、生死の概念が失われたんだ。
「この指環は、俺のかつての仲間達だ。俺は、コイツらの期待に応えなくてはならない。
コイツらと共に戦い、勝ち得た先にあるものが、下らない争いに満ちた世界だなどと……そんな事、認められるか」
アルバート・ローレンスの瞳にはまだ、気力の炎が燃えている。
いえ、むしろその火勢はより強まってさえいる。
「それに……バフナグリー。俺は貴様が嫌いだ。
お前の奉じる、争いを煽るばかりの邪悪な女神もな」
……釘を刺すような声音。
私にはその意味が、すぐに理解出来た。
バフナグリーさんは女神の信徒。
その女神を邪神呼ばわりする理由は簡単だ……彼女をやる気にさせる為。
彼女の前言を、彼女自身に翻させる為だ。
「オークも人間も同じだ。蔑む対象が亜人か魔族かの違いでしかない。
優れた魔術の才に恵まれながら、世界を遠目に眺めようとしかしないエルフも……
皆だ。俺は皆が憎い……!」
……自分自身に言い聞かせるような声。
そして彼は、レーヴァテインを両手で掴み、体の前に。
その切っ先を天へと向けた。
「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」
レーヴァテインが赤熱する。
瞬間、周囲に無数の火の粉が舞い散った。
……その一つ一つがミスリル製の鎧をも溶かすほどの高熱を秘めている。
身動きが制限された。
しかし火の粉を払おうと魔法を使っても、虚無の指環にその属性を奪い取られるだけ……。
この炎に支配された空間を、アルバート・ローレンスだけが唯一自由に動き回れる。
なおも赫く輝くレーヴァテインを手に、彼はゆっくりと、指環の勇者達へと歩み寄っていく。
……皆が危ない。なんとかしないといけない。
それが分かっていても……私はなおも立ち上がる事すら出来ないでいた。
【新スレありがとうございます。
黒狼騎士も折角だから出したいなぁとか思ってたけど、隙間がないんですよねぇもう】 >「派手にぶちかますぜ……『クラン・マラン』!」
>「ジャン!お前も……」
スレイブの全方位真空刃と、ジャンの召喚した深海の波濤。
二つの威力は融合し、相乗し、何かを叫びかけたアルバートを地面ごと呑み込んだ。
高圧の瀑布によって穿ち空けられたクレーターは、大量の水を湛えた湖と化す――
>「……これで全部吸収してたってんなら、もう殴るしかねえな」
竜装によって生み出した翼を上空ではためかせながら、ジャンがそう呟いた。
そしてその最悪の想定は、現実のものとなる。
「馬鹿な……地盤さえも砕き抜く指環の一撃だぞ……!」
湖から急速に水が引いていき、水底からアルバートが再び姿を現す。
風魔法を用いて宙に浮かび上がる彼は、一切の汚れも掠れもない純白無垢の鎧に身を包んでいた。
その白は、奇しくもアルバートに属性を奪われた大地の色と同一。
『虚無との融合……ティターニアやあのオークのやっとる竜装とかいうのと同じ技じゃな』
「黒騎士ならぬ白騎士だと?……笑えない冗談だ」
転生前の記憶を忘れ、この世界の民として戦い、黒騎士にまで昇りつめたアルバート。
ブラックオリハルコンと相反するかのような白の甲冑は、さながらかつての自分への意趣返しのようにも見えた。
>「あいつの吸収は魔法なら限界はねえってことか……接近するぞ、アクア!」
お互いに竜装を纏ったジャンとアルバートは空中で壮絶な格闘戦を繰り広げる。
アルバートが魔剣を振るえばジャンの爪が閃き、ジャンが咆哮を放てばアルバートがそれを吸収して撃ち返す。
剣術を奪われたスレイブが介入する好機を見いだせないまま、幾度となく二つの獣は激突した。
そして――
>「剣も魔法も効かねえならッ!」
>「貴様ァッ!」
水の指環を使って背後に回り込んだジャンの拳と、振り向きざまに薙いだアルバートの剣。
アルバートの兜がひしゃげ、ジャンの脇腹から鮮血が吹き、両者痛み分けの格好となって距離をとった。
「ジャン!」
腹を裂かれたジャンだったが、致命傷には至らなかったらしくその表情に苦痛はない。
溢れる血を意に介すことなく、再び両拳を構えて戦闘続行の姿勢を示す。
兜によって頭蓋を砕かれることを免れたアルバートもまた、怨嗟の篭った眼でジャンを睨みつけた。
>「へへっ……父ちゃんから習ったパンチは効いただろ?こいつは虚無でも吸い込めるもんじゃねえ」
(攻撃が通った……!?そうか、術理を用いない純粋な打撃なら、技術を奪われることもないのか)
わずか数合の打ち合いからジャンの導き出した活路。
アルバートのいた世界とのつながりがない、新しい発想の技や技術未満の攻撃は、奪われる対象とならないのだ。
アルバートの属性簒奪は、決して不落の要塞などではない。攻撃を通す手段はある。
絶望の中に垣間見えた光明が、スレイブたちを照らした。
しかし、アルバートもまた属性簒奪の力に全てを任せているわけではなかった。
>「……もはや容赦はしない。かつての仲間というだけで情けをかけてやったがもういいだろう」
アルバートがこれまで吸収した四つの属性の力を指環から解き放つ。
空間さえも歪ませる途方もない魔力の圧が、彼の持つ魔剣へと収束して一つの威力となった。 「まずい、防御を――」
>「穿て、『バニシングエッジ』」
>「来るぞ! 鏡の世界(スペクルム・オルビス)――」「――ストームソーサリー!」
力の奔流が大気を灼き飛ばしながらスレイブ達へ迫る。
ジャンの張った水の障壁は瞬く間に蒸発し、次いでティターニアとジュリアンが反射の術式を行使。
スレイブも合わせるように己の盾へ風の魔力を込める。
「断空の帳、晴嵐巻いて天と地を隔て――『テンペストイージス』!」
構えた盾を中心に魔力が奔り、大気の持つ『空と大地を隔てる』属性を顕在化した術式陣が展開。
『鏡の世界』から漏れた余波が逸れ、防御範囲外の地盤から色を奪っていく。
一瞬遅滞したかに思われたバニシングエッジであったが、虚無の指環の属性吸収能力もまた健在だ。
『異種の魔術防壁四枚……全部喰らい尽くすつもりか……!?』
防御術式の行使に集中していたウェントゥスが悲鳴じみた声を上げる。
四つの防壁と相殺し合ってなお、アルバートの極大魔法は勢いの衰える気配がない。
指環の勇者たちが未だ命を保てているのは、突き破られた傍から修復するシャルムの健闘によるところが大きい。
砕かれた魔術の破片を寄せ集め、リアルタイムで再構築をやってのけるその集中力は主席魔術師の面目躍如と言うほかない。
>「……けほっ」
――しかし、その先にあるのは予定調和じみた破滅。
人間の性能の極限に挑み続けた魔術師は、やがて限界を迎えて膝をついた。
「お、おい、しっかりしろ!あんたが倒れたら誰が――」
>「……魔法が、使えない」
窮地に陥った焦りから非難めいた言葉を口走りそうになったスレイブは、シャルムの呟きに耳を疑った。
魔法が使えない?馬鹿な、あんたは主席魔術師で、多彩な魔法を片手間で使うところを何度も見せてきたじゃないか。
それが、どうして今になって魔法が使えないなどと言い出すんだ――
思いを言葉にしようとして、スレイブの脳裏に帝都に入ってからの記憶がフラッシュバックした。
シャルムは――魔法を使っていない。
晩餐会で初めて出会ったときも、星都で不死者と戦ったときも、黒蝶騎士と対峙したときも。
彼女の魔法は全て、杖や魔導書ではなく彼女の持つ拳銃から放たれていた。
ティターニアやジュリアンのように、自ら術式を唱えて魔法を行使する姿を見た記憶がない。
『賢者の弾丸』。
術式構築を代行し、魔法を使えない者にも魔法を行使させることのできる魔導拳銃。
魔術師であるはずの彼女が、星都でこれ見よがしに魔導拳銃を多用していたのは、
ジュリアンに対するあてつけや、単なる技術の誇示、デモンストレーションに過ぎないと思っていた。
しかし真実は、他ならぬシャルム・シアンスこそが『魔法を使えない者』の一人だとするならば。
全ての不合理が腑に落ちる。納得のいく説明がつく。
(今日この時まで、魔法のないまま帝国の魔導技術を支え続けてきたのか……?)
一体いつから魔法が使えなくなったのかはわからない。
『賢者の弾丸』の完成度から見ても、昨日今日魔法を失った者が一朝一夕で作り上げた技術ではあるまい。
半年か、一年か――あるいはジュリアンが出奔した五年前から、彼女は魔法の使えない魔術師だった。
そんじょそこらの魔術師ではない。帝国における最高位の、主席魔術師だ。
自ら開発した魔導拳銃と、それを扱う技術だけを両輪として、シャルムは主席であり続けた。 ジュリアンの育んだ帝国の魔法を、守り続けた。
人間の可能性を――信じ続けてきた。
アルバートは新世界に渡った人間達を、愚者だと言った。
彼らが命がけで守った世界を闘争で食い潰すだけの、無思慮な恩知らず達だと断じた。
アルバートの眼にはこの世界の人間がそう映ってもおかしくはない。
実際、帝国は旧世界の遺産を盗み出してはそれを戦争に使い、大陸に覇を唱える大国となった。
そして今また、指環の力を手にして新たな戦争の火種を熾そうとしている。
だが、それだけが人間ではない。
シャルムがそうであるように、旧世界に頼らず人間の力だけで未来を目指す者たちもいる。
旧世界にはなかったものを、旧世界より進んだ何かを、創り出そうとあがく人間がいる。
全てを消し飛ばす極大魔法の前に、今にも潰えてしまいそうなその微かな灯を。
うずくまって震えている小さな背中を、何に替えても護らねばならぬと……腹の底からそう感じた。
>「そんな……どうにかならないのか……!?」
>「……ごめんなさい、先生。私の……私のせいで」
ティターニアの声色に絶望が混じり、シャルムが消え入りそうな声でつぶやく。
スレイブの盾にも亀裂が入り始め、もはや数秒と耐えられまいと悲観が心を支配しかけたその時。
>「――四星守護結界」
突如乱入した四つの声と共に、新たな障壁が展開し、バニシングエッジを完全に相殺する。
砕け散る障壁の破片が吹雪のように舞い、その向こうから四つの影が姿を現した。
スレイブ達とアルバートの間に立ちはだかるようにして現れたその影のうち、一つをスレイブは知っている。
「……ケツァク?」
四星都市を司る守護聖獣が一柱、風紋都市シェバトの守護者、ケツァクウァトル。
薄緑の長い髪を風にはためかせる、楚々とした美しい女性の姿をした聖獣だ。
彼女はスレイブの声に振り向くと、柔和に微笑んだ。
「お久しぶりです、スレイブ、ジュリアン……あとウェントゥスも」
『ああー!?なんで儂はついでみたいな扱いなんじゃ!じょーげかんけー大事じゃろ!』
「上下関係と言うなら、旧世界より来た我々守護聖獣の方が新世界で生まれた七竜より先輩ですよ?」
『えっマジで?そうなの?…………ケツァクパイセンちぃっす』
「プライドとかないんですか貴女……」
速攻で掌を返した権威に弱すぎる風竜に、ケツァクウァトルは目頭を揉んだ。
シェバトを守っているはずの彼女が何故星都に居るのかはわからない。
だが、距離を無視して移動してこれたあたり、やはりここは帝都の地下などではなく、世界の『外』なのだ。
>「お前たちもこちらの世界の存在だろう? どうしてそいつらの味方をする?
よもや情にほだされたのではないだろうな?」
突然の闖入者に、アルバートは余裕こそ崩さなかったものの、怪訝に眉を顰める。
ケツァクウァトルは視線を前方へ戻して、同郷の批判にも揺らぐことなく答えた。 >「ええ、エルピスの記憶操作が解け全てを思い出しました――確かに私たちはこちらの世界の存在。
だけどそれが何だというのでしょう。今や幾星霜との時をウェントゥスと共に過ごしたあの街こそが故郷――」
『パイセンの言う通りじゃ!とっくの昔に滅んだ世界なんぞより、今生きとる世界を守るに決まっとるじゃろ!
帝国人のお主には分からんじゃろうが、シェバトまじで良い街じゃから。旨い飴ちゃんもあるしの』
「あの……ウェントゥス、少し黙っていてもらえますか?真面目な話をしているので……」
『うっす、サーセンっした!』
絶体絶命の窮地へ駆けつけた思わぬ援軍。
絶望に支配されかけた指環の勇者たちに、消えかけた戦意の炎が再び宿り始める。
>「ティターニア・グリム・ドリームフォレストが、ジャン・ジャック・ジャクソンが。
――たかだか勝ち目がない"程度のこと"で諦めるはずがないと」
>「黒板摩擦地獄(ブラックボードキィキィ)――高音質(ハイレゾナンス)!」
ノーモーションで唱えられたティターニアの魔法がアルバートに襲いかかる。
またもや属性簒奪の餌食になるかと思いきや、アルバートは両耳を抑えて苦しみ始めた。
>「どうだ、こんな魔法は旧世界にはなかっただろう!」
>「貴様――! そんなふざけた技があってたまるか……!」
(ユグドラシアの独自開発魔法!黒竜騎士が知るはずもない――!)
旅の道中で、ティターニアから術理を教わったことがある。
幻術の応用で、歯の奥が疼くような不快な音を幻聴として聞かせる恐ろしい魔法だ。
アルバートは見えない何かから逃げ惑うように足取りを乱した。
>「――手紙の一つもよこさず、どこをほっつき歩いてたんですかぁぁぁぁっ!!」
そこへ、アルダガのメイスが鉄槌の如く降り注ぐ。
彼女は何事か恨み言を叫びながら、大木を薙ぎ倒すあの一撃を幾度となくアルバートへと振るった。
空振りしたメイスが地面をえぐる。かすっただけの木の葉が粉々になる。
いかに強固な鎧を身に纏ったアルバートとて、直撃すればひとたまりもないだろう。
頭蓋を不協和音に揺さぶられ、反撃もままならないまま回避を続けるアルバートと、それを追うアルダガ。
戦いもへったくれもない、悪童を追い回すかのような一部始終が続く。
剣術を奪われ、全力の魔法さえも吸収されたスレイブには、それを見届けることしかできない。
>「……私は、私の五年間は、間違ってたのかな」
足元で膝をついたままだったシャルムが、ふとそんな言葉を口にした。
打ちひしがれ、絶望の淵に居る彼女へ、かける言葉が見つからない。
スレイブは彼女の苦悩を知らない。何を言ったところで、それは陳腐な励ましにしかならない。
>「……疲れた」
己の力不足に、スレイブは奥歯が軋むほど噛み締める。
ジュリアンだったら、彼女の求める答えを提示できただろうか。
ティターニアだったら、ジャンだったら、フィリアだったら、彼女を立ち上がらせることができるだろうか。
陳腐でも、ありきたりでも、言葉ひとつかけることさえできない自分の無力に腹が立つ。
その時、アルダガの駆けていった方から金属のひしゃげる音が響いた。
メイスがついにアルバートの頭部を捉えて、彼をふっ飛ばしたのだ。
真っ白な灰が埃となって舞い上がり、その向こうからアルバートが姿を現す。
兜を失った彼は、レーヴァテインを杖代わりに突き立てながら、生まれたての子鹿のように足を震わせていた。
無理もない。
巨木を容易く叩き折るアルダガのメイスが頭部に直撃して、首と胴体が繋がっているだけでも僥倖だ。 >「……貴様の言う通りだ。俺が、帝国民として生きた時間は……不死者として生きていた空虚な時間とは違う。
満たされていた。友情があった。絆があった……覚えているとも。俺は今でも、それが尊い」
傍で、ジュリアンが息を呑む音がこちらまで聞こえた。
その心を守るために彼が帝国を裏切り、何の因果か星都で敵として再会した親友。
旧人類ではなく、アルバート・ローレンスという一人の男としての心情の吐露が、ジュリアンを締め付ける。
>「だが、同じ事だ」
アルバートの傍らに、おぼろげな人影が生まれた。
彼の身体を支えるように次々と出現していくその姿は、服装も装備も現代の帝国とは異なるもの。
おそらくは――虚無の指環に宿った、旧世界のアルバートの仲間たち。
>「アルバート・ローレンスが帝国の民として生きていた。それで俺の、かつての生がなかった事になる訳じゃない」
虚無の指環が輝き、アルバートの肉体から傷を『奪う』。
額を裂き、半面を染めていた血が、塵となって消えた。
>「この指環は、俺のかつての仲間達だ。俺は、コイツらの期待に応えなくてはならない。
コイツらと共に戦い、勝ち得た先にあるものが、下らない争いに満ちた世界だなどと……そんな事、認められるか」
アルバートは再び立ち上がる。
ジュリアンではない、ジャンやティターニアでもない、かつての仲間たちに支えられながら。
旧人類の代弁者は、終わった世界に微かに残る想いを背に担って、勇者たちに相対する。
>「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」
沈まぬ信念を象徴するかのように高く掲げられた魔剣レーヴァテインから、再び炎の燐光が舞い散った。
雪の如く風に巻かれながら降る火の粉、その一粒一粒におそるべき熱量が込められている。
こちらに伝わってくる余熱だけで、眼が乾き、かいた汗が蒸発した。
「周囲の全てがレーヴァテインの熱圏……一歩でも踏み出せば消し炭というわけか」
既に火の粉はスレイブ達を取り囲むように漂い、その場から動くことを許さない。
魔法で吹き散らそうにも、虚無の指環に吸収されるのがオチだろう。
さながら炎の『檻』だ。そして出入り口の鍵は、アルバートだけが持っている。 (何もできないのか、俺は……!)
剣術は奪われ、指環の魔法もアルバートの前では役に立たない。
ジャンのように親からゆずり受けたものもなければ、ティターニアのように柔軟な発想もできない。
剣も魔法も、スレイブ・ディクショナルを構成する要素は、アルバートの世界から受け継がれてきたものばかりだ。
唯一自分のものだと言えるのは、かつての相棒、今はもの言わぬ短剣ひとつだけ。
『喰い散らかし』も効かないアルバート相手に、短剣一本でできることなどたかが知れている。
何もかもを奪われて、スレイブは打ちのめされてばかりだ。
うつむくシャルムを鼓舞することさえできない自分に嫌気が差す。
――本当に何もないのか?
剣を取り落としてからずっと握りしめていた、魔剣バアルフォラスに目を遣った。
ジュリアンに出会い、魔剣を手に入れて、スレイブは一度過去を捨てた。
苦悩を過去の記憶ごと魔剣に喰らわせて、ただの舎弟へと生まれ変わった。
過去に学んだ剣術や魔法を全て捨てて、自分は何もできない無力に成り下がったか?
違うはずだ。バアルフォラスの補助を受けながらも、シェバトを護る騎士として役目を果たしてきた。
あの時のスレイブがどんな風に戦っていたか、正確に思い出し、模倣することはできない。
真似ができないなら――
「……ジャン、今から5分だ。5分経ったら俺を思いっきりぶん殴ってくれ――シェバトの時みたいに。
それでも『俺』が戻らなかったら、ティターニア、ディスペルを頼む」
スレイブは短剣を構える。
その切っ先はアルバートではなく、自分自身の胸へと向いていた。
『ちょ、ちょっちょっちょっお主何やっとるんじゃ?何するつもりじゃ!?』
奇行に泡を食ったウェントゥスが指環から飛び出す。
スレイブは動揺する風の竜に、穏やかに声をかけた。
「バアルは居ない。相棒と言えるのはあんただ、ウェントゥス。……俺のことを、頼んだぞ」
息を深く吸い、吐いた。覚悟はそれで決まった。
スレイブは両眼を閉じて、バアルフォラスの刃を真っ直ぐ、己の胸へと突き立てた。
「竜装――『愚者の甲冑《バアルフォラス》』」 スレイブは目を開けた。眼の前がなんかすごいパァって感じにひらけた。
周りにはティタピッピがいて、ジャンがいて、シャルムがいて、あとなんか宗教の人がいる。
そのさらに周りにはギラギラ光ってる粒みたいなのがいっぱい浮いてて、向こう側にアルバートがいた。
スレイブはいきなりキレた。
「な、め、や、がってぇぇぇええええええ!!!」
『ぬおおおお!?急にどうしたんじゃお主、なんかキャラ違くない?』
身体の中から魔力がブァっとのぼってきてスレイブの髪がトサカみたいに尖る。
これがいわゆる怒りで髪が上の方に行く現象だ。
頭はアレになったけど別に記憶が消えたとかじゃないのでこれまでの話の流れはわかってる。
なんかアルバートとかいう昔の人が今の人類めっちゃむかつくからシメようっていう感じのやつだったはずだ。
もちろんそれを聞いたスレイブは激おこである。
「何がおろかな……おろかな?おろかな人類だよテメー好き勝手抜かしてんじゃあねーぞッ!
たかだか云千云万年眺めてただけで、何おれたちのことわかったつもりになってんだッ!
てめー人間が戦争やってるとこしか見てねーのか?他にも色々やってんだろうがよ!」
『云万年はたかがとは言わんじゃろ……』
「っせーぞウェントスっ!黙ってろっ!」
『えぇ……お主に頼まれたんじゃけど!』
めっちゃドン引きしてるウェントスをスレイブはカンペキにスルー。
地面を足でゲシゲシしながらアルバートをにらみつける。
「だいたいよぉー、なぁんでおれたちがテメーの思い通りに生きてかなきゃなんねーんだ?
別に戦争したって良いだろうが。てめーらだってやってたことだろ?てめーらの世界でもよ。
剣も鎧も、てめーが持ってるやつ全部、戦争とかに使うやつだもんなぁ?」
アルバートはなんかすごいかっこいい鎧着てるし、ボヤっとしてるお友達も武器とか持ってる。
虚無の竜とかいうやべーやつと戦ったときの武器だろうけどパッと用意できるってことは元からあったってことだ。
昔の世界も別に戦争とかぜんぜんしなかったってわけじゃない。そういうのわかっちゃう。 「おれたちの世界はてめーの世界が竜の腹ン中でコネコネされて出来たもんなんだろ。
ってことは材料はぜんぶてめーらの世界のもんだし、出来るもんもてめーらの世界と一緒じゃねーか。
てめーがなんか謎の上から目線でダメって言ってる戦争も、てめーらが戦争してたから同じようにやってんだよ。
自分たちはやってんのにおれたちにはやるなとか言うんじゃねーよ、そういうの、アレだ、ダメだろうが」
「戯言は終わったか」
アルバートはぜんぜん聞いてない感じでこっちにツカツカやってくる。
ビュン!と飛んできた剣をスレイブはバアルでカキンとやった。やったついでにアルバートのお腹に蹴りを入れる。
「人が話してるときにいきなり斬りかかってくんじゃねーよ、ぶっ殺すぞ」
ジャンプをめっちゃ強くする魔法が発動して、アルバートはすごく吹っ飛ばされた。
そしてジャンプの魔法が消えた。たぶんアルバートが食べたんだと思う。
スレイブはいきなりしゃがんで、足元でメソメソしているシャルムの首元をガシっとつかんだ。
「おらっいつまでウジってんだてめーも!悔しくねーのか昔の人にいろいろ好きほーだいゆわれて!
てめーがパイセンのいない帝国でこれまでがんばってきたことは、あの腐れ古代ジジイにドヤ顔でメッされていいもんじゃねー。
教えてやれよ、頭のヨボヨボなおじいちゃんどもに、今の人間がここまでやべーことやれるって」
シャルムは魔法が使えないとか言ってた。
じゃあ魔法がないとなんもできないただの性格の悪いジメジメしたクソ女かというと、それは違うとおもう。
ダメなやつが何年も同じ場所にいられるほど、パイセンのポストはアレじゃないはすだ。
「てめーがやるんだよ。おれたちの世界は、あいつらの世界なんかよりもずっとずっとすげーって、見せつけろ。
戦争とかいっぱいやってるけど、それでも今の世界はめっちゃいい感じだってこと、わからせてやれ。
魔法が使えなくても、帝国で、いや大陸でいちばんすげー魔法使いの、てめーがやるんだ」
パイセンの方がすげえ魔法使いだけどなって言おうとして、やめた。
それはウソだからだ。スレイブは、パイセンよりもシャルムのほうがすげえ魔法使いだと、思ってしまった。
認めたくないけど、ウソはつけなかった。
「も一度言うぜ古代人。おれたちの世界は、おれたちのもんだ。てめーのもんじゃねえ。
あとから来ていきなり返せとかいわれても返さねーよ。指環と一緒に墓の中にでも帰れや。
帰らねーなら……おれが土の中にぶち込んでやる。ウェントス!魔力よこせッ!」
『お、おう……』
まだ引いてるっぽいウェントスが返事をして、指環から魔力がスレイブの体に流れ込む。
体の中で出口を求めてぐるぐるしている魔力を、前に突き出した掌に集める。
「いくぜ必殺のぉぉぉぉおおおお!『スレイブ極太ビィーーム』!!!」
アルバートのバニシングなんとかと同じくらい凄い勢いの魔力がスレイブの掌からドバっと出た。
昔の世界とぜんぜん関係ないスレイブのオリジナルというか単なる魔力の発射だ。
アルバートに喰われる前に、周りめっちゃ飛んでる火の粉も全部のみこんでいく。 【魔剣で再び馬鹿になる。懐かしの超必殺技スレイブ極太ビームを発動】
【言い忘れてたけど新スレ立て乙でした!】 アルバートによって放たれた必殺の一撃は、指環の勇者たちを食らうことなく新たな結界の前に消え去る。
辺り一面に巻き上がる砂埃が突風によって吹き飛ばされ、その中にいたのは四体の守護聖獣。
>「……まあいい。全員まとめて叩きのめすまでだ。この虚無の指輪がある以上お前たちに勝ち目はない」
>「大丈夫、あなた達なら出来るわ。指輪なんてなくたって強かったじゃない。
思い出して、私と出会った頃のこと――」
「かといってもう殴りにはいけねえな、このまま魔法を防いでも……」
腹の横にできた傷に布を巻き、薬草を口に放り込む。
複数人で囲み、一度に襲い掛かるというのも手だが虚無の指環でそれらを
全て吸収されれば逆に一網打尽にされかねない。
しかし、ユグドラシア出身のティターニアにはまだ手札が残っていた。
>「ティターニア・グリム・ドリームフォレストが、ジャン・ジャック・ジャクソンが。
――たかだか勝ち目がない"程度のこと"で諦めるはずがないと」
>「黒板摩擦地獄(ブラックボードキィキィ)――高音質(ハイレゾナンス)!」
>「貴様――! そんなふざけた技があってたまるか……!」
「やっぱり普通の帝国人と同じか!ならやりようはあるぜ……」
ジャンはそう言うと一旦後方に下がり、荷物持ちをしているパックへ駆け寄る。
早口で何事かをパックに囁くと、彼は即座に荷物の中からあるものを取り出した。
「よし、ちょっと色が変わってるが使えそうだ……ありがとよ、パック!」
手に収まるほど小さな瓶に詰まったそれを持ち、腰に紐でくくった革袋の中に入れる。
そして再び前に出ようとしたところで、爆風とも言うべき衝撃がジャンを襲う。
>「――手紙の一つもよこさず、どこをほっつき歩いてたんですかぁぁぁぁっ!!」
アルダガが色々心の中にため込んでいたものを爆発させ、説教と共にメイスを振り回していたのだ。
オーク族でも思わず怯えそうなその乱打は砂を吹き飛ばし草木を薙ぎ払う。
味方であるにも関わらず、ジャンは思わず加勢することをためらった。
「世界三大おっかない女になれるぜ、こりゃあ」
『下手に横槍入れたらこっちまで吹き飛ばされそうだね』
そうして壮絶な打ち合いの末に、アルダガのメイスがアルバートの頭部に直撃する。
魔力で編まれた兜は粗悪な鉄のようにたやすく砕け、体もその衝撃を受けて吹き飛ばされた。
>「……帝国に生きる民の一人、か。相変わらずだな。バフナグリー……」
>「……貴様の言う通りだ。俺が、帝国民として生きた時間は……不死者として生きていた空虚な時間とは違う。
満たされていた。友情があった。絆があった……覚えているとも。俺は今でも、それが尊い」
それから彼が語り出すのは、旧世界の勇者としての矜持。
新世界を否定し、かつての仲間と共に指環の勇者を討ち果たすという決意だった。
>「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」
最後に残った炎の魔力を完全に開放し、まるで闘技場のごとく火柱が辺りを包み、輪となっていく。
直接近づかずとも分かるその熱は、しかしジャンにとってはむしろ都合がよかった。
ビンの中身が暖められれば、さらに効果は増す。 >「……ジャン、今から5分だ。5分経ったら俺を思いっきりぶん殴ってくれ――シェバトの時みたいに。
それでも『俺』が戻らなかったら、ティターニア、ディスペルを頼む」
「シェバトの時ってお前……ああ、分かった!
力の加減はできねえからな!ちゃんと制御しろよ!」
>「竜装――『愚者の甲冑《バアルフォラス》』」
『さて、スレイブが仕掛けてくれてる今のうちに……フィリア、ちょっと頼みがある』
魔剣によって知性を失い獣のごとく暴れていた頃のスレイブならば、技も魔法もない。
ただ純粋に力をぶつける存在ならば、ジャンが叩き込んだ一撃のように有効打となりうるだろう。
今回はジャンがぶん殴るかティターニアによって解呪してもらうことで安全に元に戻ることもでき、スレイブが今できる最善の策だ。
>「も一度言うぜ古代人。おれたちの世界は、おれたちのもんだ。てめーのもんじゃねえ。
あとから来ていきなり返せとかいわれても返さねーよ。指環と一緒に墓の中にでも帰れや。
帰らねーなら……おれが土の中にぶち込んでやる。ウェントス!魔力よこせッ!」
知性を失ったスレイブがアルバートと問答しつつ格闘し、最後に莫大な魔力を放出する。
それは魔法や魔術ですらない、魔力を持つヒトならば誰でもできることだ。
ただ今は風の指環が持つ魔力が合わさり、魔神すら葬る一撃となった。
「愚かなことだ!それならば単純な壁で済む!
虚無の指環が吸収してきた魔力は貴様らだけではない……!」
アルバートは獰猛に笑い、片手をかざして魔力障壁を展開する。
あらゆる生物が持つ魔力を混在させ、いかなる城壁よりも硬くそれはそびえたつ。
放出された魔力が障壁にぶつかり、やがて塵となって消え去った瞬間。
勝利を確信したアルバートの後ろにあった炎が揺らめき、やがてそこからジャンが現れる。 「――俺がいることを忘れてねえか!」
ジャンはフィリアに頼んで辺りを包む炎そっくりに変化させてもらい、こっそりと後ろに回っていたのだ。
そしてアルバートにタックルを叩き込むべく突進する。
「同じ手は二度と食らわん!『ベータブレイク』」
その奇襲に即座に反応し、虚無の魔力が辺り一面を吹き飛ばす衝撃波となって猛然と走るジャンを襲う――はずだった。
ジャンは瞬時に竜装することで衝撃波を飛び越え、即座に解除してアルバートの目の前に着地する。
当然アルバートは着地の瞬間を狙ってレーヴァテインを振り下ろし、ジャンは腕だけを竜装することでそれを防ぐ。
蒼くきらめく竜の爪が魔剣を受け止め、鍔迫り合いが始まらんとするその時だ。
「そんなに旧世界がいいってんなら……新世界のいいところを紹介してやるぜ。
このメシは旧世界にゃないだろう!」
水の指環が輝き、腰の革袋から勢いよく水流に押されたビンがアルバートの顔面目掛けて飛び出ていく。
アルバートはジャンの竜爪を勢いよく弾き、返す刀でビンを一刀両断した。
そして先程から周囲の熱気によってほどよく暖められた中身が文字通り飛び出て、そこでジャンは再び水の指環を使った。
ビンの中身だった煮汁と赤い野菜の切り身が一塊となってアルバートの口に飛び込む。
しばしの間、塊を引き剥がそうとするアルバートとそれを必死に制御するジャンというシュールな光景が繰り広げられ
やがて塊がアルバートの口に入り、食道を通って胃に入っていく。
「むぐっ……貴様何を、何を食わせた!」
「大したもんじゃねえ……飛び目玉の姿煮にキラートマトをぶち込んだものさ。
あんたの言う亜人なら誰もが好きな料理だぜ」
そして数秒ほど二人が睨み合った後、アルバートが急に腹を押さえて呻き始める。
それは腹痛に苦しむヒトが共通してやる動作であり、こればかりは旧世界の人間でも変わらないようだ。
「は、腹が痛い……!毒を仕込むとは勇者のやることか!」
「俺は指環以外の特技は他のみんなと違って腕力ぐらいしかねえからよ、
全部で上回る相手に出会ったらこうするしかねえんだ……許してくれや」
さらに腹痛が酷くなってきたのか、アルバートの額には脂汗が浮かび
腰を曲げて崩れ落ちる。なんとか魔剣を支えに立ち、指環の勇者たちを鬼の形相で睨みつけた。 俺は頑丈さと堅実さがウリのジャン君が好きだったんだけどなぁ >「――手紙の一つもよこさず、どこをほっつき歩いてたんですかぁぁぁぁっ!!」
ティターニアの黒板超音波攻撃を皮切りにしたかのように、アルダガの爆裂お説教タイムが始まった。
その勢いたるや思わず加勢するのもためらわれる程である。
そして妙に生き生きしているアルダガとは対照的に――
>「……私は、私の五年間は、間違ってたのかな」
>「……疲れた」
シャルムはアルダガの快進撃を呆然と見つめながら、その言葉のとおり、何もかもに疲れ切った様子で立ち上がることも出来ないでいた。
その様子に、先程の意味深な呟きが思い出される。
――「……魔法が、使えない」
――「……ごめんなさい、先生。私の……私のせいで」
思えば彼女はシャルムは、黒蝶騎士戦でも魔法がうまく使えない様子が見られた。
その時は焦って上手く出来ない程度に思っていたのだが、本当に使えないのだとしたら――辻褄が合ってしまう。
彼女は魔導拳銃を撃ったりそれにあらかじめセットされた魔法を発動しているのであって、厳密には魔法を使っていないのだ。
「シャルム殿……」
ティターニアが何か声を掛けようとしたその時だった。
アルダガのメイスがアルバートの頭部を捕らえ、大きく吹き飛ばされる。
勝負あったかと思われたが、アルバートは帝国の民として生きた記憶を振り払うかのように、旧世界の仲間に支えられ再び立ち上がった。
>「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」
灼熱の火の粉が舞い身動きが出来ない中、アルバートがゆっくりと歩み寄ってくる。
そんな中、スレイブが妙案を思い付いたようだった。
>「……ジャン、今から5分だ。5分経ったら俺を思いっきりぶん殴ってくれ――シェバトの時みたいに。
それでも『俺』が戻らなかったら、ティターニア、ディスペルを頼む」
>「シェバトの時ってお前……ああ、分かった!
力の加減はできねえからな!ちゃんと制御しろよ!」
「なるほど、なかなかにいい案ではないか――」
斬新な――身も蓋もなく言えば突拍子のない技ほど効くと踏んだスレイブは、自ら知性を捨て愚者になって戦うことにしたのだ。
その意図を察したティターニアは特に焦る様子もなく、ジャンと共に5分経ったらスレイブを元に戻す役を請け負う。
スレイブはアルバートと立ち回りつつ、合間にシャルムにも声を掛けた。
それは思慮深いいつものスレイブだったらかけられなかった言葉であろう。 >「てめーがやるんだよ。おれたちの世界は、あいつらの世界なんかよりもずっとずっとすげーって、見せつけろ。
戦争とかいっぱいやってるけど、それでも今の世界はめっちゃいい感じだってこと、わからせてやれ。
魔法が使えなくても、帝国で、いや大陸でいちばんすげー魔法使いの、てめーがやるんだ」
「ああ、そなたは自らに枷を課してまで人類全ての力の底上げに尽力した――
他の誰にも出来ることではない。
一人で誰にも真似できない領域まで到達してしまったジュリアン殿とは正反対だな」
「……余計なお世話だ」
考えてみれば単純なこと。
人類全てが魔法が扱えるような研究に本気で取り組むには、自らが魔法を使えない者の一人になるのが一番いい方法だ。
ただ誰もやらないだけで。それをシャルムは無意識のうちに実行してしまったのだ。
シャルムをジュリアンに任せ、ティターニアは戦闘の喧騒に紛れて、大地の指輪の力を使って地中に潜る。
スレイブが大技で相手の目を引くのに乗じて必ず仕掛けるであろうジャンの援護をするために。
先程からジャンが何やら仕込みをしていることに気付いているのだった。
>「いくぜ必殺のぉぉぉぉおおおお!『スレイブ極太ビィーーム』!!!」
>「そんなに旧世界がいいってんなら……新世界のいいところを紹介してやるぜ。
このメシは旧世界にゃないだろう!」
ジャンが持っていたビンの中身が水の指輪の力に制御されアルバートの口に飛び込もうとする。
しかしこのままなら当然手で振り払われるなりなんなりされていただろう。
そこで突然ティターニアがアルバートの背後に出現し、後ろから両腕を羽交い絞めにする。
「おっと、食べ物を粗末にしてはならぬ――!」
仕掛けは単純、指輪の力で地面の中を掘り進んで足元から現れただけだ。
その両手にはエーテルメリケンサックがはまっている。
その効力の一つは魔力から膂力への変換――つまりバカ力の体術ド素人、という状態である。
そして虚無の指輪を持つアルバートには、下手に技巧を凝らすよりも、技も何もない単なるバカ力の方が通用する。
もちろん正面から力比べをすれば敵わなかっただろうが、アルバートはまたしても
ティターニアの奇行とも言える行動に虚を突かれ、ビンの中身が口の中に飛び込むだけの隙を作ることとなった。
>「むぐっ……貴様何を、何を食わせた!」
>「大したもんじゃねえ……飛び目玉の姿煮にキラートマトをぶち込んだものさ。
あんたの言う亜人なら誰もが好きな料理だぜ」
>「は、腹が痛い……!毒を仕込むとは勇者のやることか!」
もはや勝敗は決したのは誰の目にも明らかであろう。ティターニアは杖を突きつけ、容赦なく告げる。 「どうだ――降参するなら解毒の魔法をかけてやろう」
「誰が降参など……!」
それでも尚怒りの形相で立ち上がろうとするアルバートに、ジュリアンが見かねたように歩み寄る。
ジュリアンは今までの戦いの流れを見ていて、ある一つの確信に近い仮説に辿り着いていた。
アルバートは戦いの最初においては指輪の力を使っての大魔法を無効化するほどの力を見せていた。
その彼が、斬新な技ほど効きやすいという法則があるとはいえ、いくら何でも途中から弱体化し過ぎている。
虚無の指輪に宿っているというかつての仲間たちが、致死の攻撃は防いで死なないように、
しかし受けたら戦意を削がれるような攻撃は敢えて通して負けるように立ち回っていたのだとしたら――
「昔から思い込みが激しいのは変わってないようだな――
貴様の仲間達は、本当にかつての世界を取り戻すために戦ってほしいなどと望んでいるのか?」
「当たり前だ――」
口ではそういいつつも、ついにその全身からあふれ出していた戦意が消える。
そして長い沈黙の後、掠れる声で言うのだった。
「……いや、本当は分かっていた――こんな事に何の意味もないことぐらい……。
何故なら、復活した虚無の竜は新世界旧世界もろとも全てを食らおうとしている――」
【折角シャルム殿への振りがあるからどうしようかと思ったがすでに勝負が付いてる感じだったのでとりあえず終わらせてしまった。
シャルム殿の復活劇は後のバトルに取っておくということで!
一応我のイメージとしてはアルバート殿は生真面目だから不死の女王か虚無の竜あたりに洗脳?されて使われてて
虚無の指輪に宿るかつての仲間達が洗脳を解こうと頑張ってた感じだがもちろん自由に解釈してもらって構わない!】 怒りとわだかまりの全てを込めて振るったメイスは、ついにアルバートの頭部を捉える。
きりもみ回転しながら吹っ飛んでいくアルバートだが、これで終わりではないことをアルダガは知っていた。
頭蓋が砕けるのも、首の骨が折れるのも、手応えで分かる。叩き込んだ一撃には、それがなかった。
ひしゃげた兜が衝撃を吸収しつつ、アルバート自身も自ら吹っ飛ばされることで威力を軽減したのだ。
それが証拠に、立ち込める塵の向こうから現れたアルバートは、出血しつつも戦意を失っていない。
とは言え、頭部を強打されたダメージ自体は残っているらしく、膝は地面についたままだった。
>「……帝国に生きる民の一人、か。相変わらずだな。バフナグリー……」
アルダガの名を呼ぶ彼の表情に、複雑な色が混ざる。
古代の民の代弁者として戦ってきたアルバートの中から、黒竜騎士の感情が顔を出した。
>「……貴様の言う通りだ。俺が、帝国民として生きた時間は……不死者として生きていた空虚な時間とは違う。
満たされていた。友情があった。絆があった……覚えているとも。俺は今でも、それが尊い」
「それならば……!」
アルバートが吐露した心情に、アルダガはメイスを握り締める。
帝国人として生き、ジュリアンとの友情を育み――アルダガ達とともに帝国を護ってきた彼が。
なぜ、それぞ自ら投げ捨ててまで新世界を滅ぼそうとするのか、理解が出来なかった。
>「だが、同じ事だ」
>「アルバート・ローレンスが帝国の民として生きていた。それで俺の、かつての生がなかった事になる訳じゃない」
「――――!」
それはアルバートが、アルバート・ローレンスとして新世界に生を受ける以前の記憶。
どれだけ幸せな時間を帝国で過ごそうとも、封じられた前世が色褪せて良い理由にはならない。
アルダガが説いた理屈と同じように、彼もまた、アルバートである以前に古代の民なのだ。
>「それに……バフナグリー。俺は貴様が嫌いだ。お前の奉じる、争いを煽るばかりの邪悪な女神もな」
虚無の指環が彼から傷と痛みを奪い去り、アルバートは再び立ち上がる。
旧世界の、彼がかつて護ろうとして、しかし救い切れなかった者たちに、背中を支えられながら。
「『貴方はもうアルバート殿ではなく、拙僧たちの仲間でもない』……そう、言わせたいのですか」
アルダガは苦虫を噛み潰したような表情で、その手のメイスをアルバートへと突きつけた。
この期に及んで女神を侮辱する彼の思惑など知れている。
両者の対立を明確にし、決別する――アルバートは、己が信念のために、幸せだった過去を振り払いたいのだ。
ジュリアンや、アルダガや、帝国に生きる全ての民に憎まれることで、それを叶えようとしている。
>「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」
あまりにも哀しいその決意が魔剣に熱を与え、煉獄の火炎を解き放った。
蛍火の如く舞い踊る光の粒は、触れれば瞬く間に骨まで焼き尽くす致死の炎撃だ。
「再び近づけるつもりはないということですか……!」
現状アルバートにとって最も脅威となるのは、同格の黒騎士たるアルダガの攻撃力だろう。
今一度頭部にでもメイスを受ければ戦闘の続行は不可能、そう判断したからこそこちらの移動を封じにきた。
おそろしく理詰めで、ゆえに効果的な対策だ。遠距離法術が全て吸収されるアルダガには手も足も出ない。 だが、指環の勇者たちとて座して死を受け入れるはずもない。
彼らの眼にはもはや、バニシングエッジに晒されたときのような絶望はなかった。
>「竜装――『愚者の甲冑《バアルフォラス》』」
剣術を奪われたことで無力化されたと思われたスレイブが、唐突に短剣を自分の胸に突き立てた。
自決ではない。胸の傷から血は滴らず、彼の体から湧き上がる莫大な魔力がアルダガの方まで伝わってきた。
>「な、め、や、がってぇぇぇええええええ!!!」
「ええっ!?だ、誰ですか……?」
急に人格が変わったようにテンションを上げたスレイブが、立て板に水とばかりに喋り始める。
ひとしきりアルバートに対する文句をぶち撒けたと思えば、今度は足元で蹲るシャルムの胸ぐらを掴んだ。
>「てめーがやるんだよ。おれたちの世界は、あいつらの世界なんかよりもずっとずっとすげーって、見せつけろ。
(中略)魔法が使えなくても、帝国で、いや大陸でいちばんすげー魔法使いの、てめーがやるんだ」
>「ああ、そなたは自らに枷を課してまで人類全ての力の底上げに尽力した――
他の誰にも出来ることではない。一人で誰にも真似できない領域まで到達してしまったジュリアン殿とは正反対だな」
(魔法が使えない……?シャルム殿がですか……!?)
アルバートとの戦いのなかで、シャルムの戦意が折れてしまったことはアルダガも気付いていた。
もともとシャルムは研究畑の人間だ。眼の前で本気の殺気に当てられて、膝を屈するのも無理はない。
正味な話、シャルムが自分で見立てた通り、新旧指環の勇者対決において彼女に出来ることは少ない。
戦意を喪失したならそれも仕方のないことだし、シャルムの穴は自分が埋めて護れば良いと、アルダガは考えていた。
だが、指環の勇者たちはシャルムを諦めなかった。彼女を励まし、屈してしまった両足で、再び立ち上がらせようとしている。
(……拙僧はやっぱり貴女が羨ましいです、シャルム殿)
>「いくぜ必殺のぉぉぉぉおおおお!『スレイブ極太ビィーーム』!!!」
スレイブが放った純粋な魔力投射は、光の束となってレーヴァテインの燐光をのみこんでいく。
激流の如く荒れ狂う魔力の光条は、その先にいるアルバートさえも消し飛ばさんと迫った。
>「愚かなことだ!それならば単純な壁で済む!虚無の指環が吸収してきた魔力は貴様らだけではない……!」
アルバートもまた指環の魔力を解き放ち、幾重にもなった分厚い魔法障壁を生み出した。
単純な物量と物量とがぶつかり合い、余波が大気を焦がし、力の奔流がせめぎ合う。
やがて両者の魔力は相殺し、刹那にも満たない空白が静寂を伴って訪れる。
アルバートが犬歯を見せた。これで全てが振り出しに戻ったと、そう確信した笑みだった。
>「――俺がいることを忘れてねえか!」
静寂を突き破ったのはジャンだ。
如何なる幻術を使ったのか、炎の中から焦げ付くことなく飛び出した彼は、アルバートへ体当たりを敢行。
アルバートが迎撃に放った衝撃派を瞬間的に竜装することで飛び越え、オークの肉体と古代の魂が激突する。
>「そんなに旧世界がいいってんなら……新世界のいいところを紹介してやるぜ。このメシは旧世界にゃないだろう!」
アルバートの間合いに入る直前、ジャンの腰から水流を纏った何かが先んじて飛ぶ。
魔剣の一太刀で両断されたそれは、瓶詰めされた赤い液体。 (あれは……野菜?ジャンさんは一体何を――)
割れた瓶の中から溢れた野菜と煮汁は、しかし水の指環によって操られて飛翔し、アルバートの口元へ飛び込む。
当然彼は煮汁を引き剥がそうとするが、地面からの闖入者がそれを許さない。
>「おっと、食べ物を粗末にしてはならぬ――!」
いつの間にか地面に空いていたトンネルからティターニアが飛び出し、アルバートの両腕を押さえつける。
熱々の煮物を無理やり食べさせるジャンと、吐き出そうとするアルバート、それを羽交い締めにして妨害するティターニア。
セント・エーテリアの最奥で繰り広げられる謎の攻防は、やがてアルバートの嚥下する音と共に終わりを告げた。
>「むぐっ……貴様何を、何を食わせた!」
>「大したもんじゃねえ……飛び目玉の姿煮にキラートマトをぶち込んだものさ。あんたの言う亜人なら誰もが好きな料理だぜ」
アルバートの様子がおかしい。滝のような脂汗を流しながら、内股で下腹部を抑えている。
キラートマトも飛び目玉も、帝国では流通の規制されている食材だ。
理由は単純。それらの食材には微毒があり、人間が食べれば腹痛に苛まれるから。
帝国に行商に来たオークやリザードマンが法規制を知らずに市場へ持ち込んで、大規模な食中毒事件を引き起こしたこともある。
>「は、腹が痛い……!毒を仕込むとは勇者のやることか!」
>「どうだ――降参するなら解毒の魔法をかけてやろう」
ごもっともな非難にもどこ吹く風で、ティターニアは杖をアルバートへ突きつけた。
すっかり毒気を抜かれて一部始終を見守っていたアルダガは泡を食った。
「てぃ、ティターニアさん、まだ迂闊に近づいては――!」
有毒食材による食中毒を引き起こしたとはいえ、解毒魔法を使えるのはティターニアだけではあるまい。
アルバート自身も軍人としてその手の治療魔法は修めているだろうし、それこそ指環で毒を奪えば良い。
頭部の出血を止めたアルバートのかつての仲間なら、解毒の処置も可能だろう。
だが、アルバートの肉体を侵す毒は、一向に取り除かれる気配がなかった。
>「昔から思い込みが激しいのは変わってないようだな――
貴様の仲間達は、本当にかつての世界を取り戻すために戦ってほしいなどと望んでいるのか?」
その様子を眺めていたジュリアンが、アルバートへと歩み寄る。
五年の歳月を経て、お互いの間に深く険しい溝を横たえていた二人の男が、今ここにようやく並び立った。
>「……いや、本当は分かっていた――こんな事に何の意味もないことぐらい……。
何故なら、復活した虚無の竜は新世界旧世界もろとも全てを食らおうとしている――」
「どういうことですか……!」
愕然としたのはアルダガの方だ。
虚無の竜が二つの世界を両方共食らうつもりならば、アルバートの行為は本当に意味がない。
新世界から旧世界へと属性を奪い返したとて、結局全てが滅んでしまうなら何も変わりはしないのだ。
アルバートはうつむきながら、心の奥底をひっかくような声音で零す。 「俺達の世界は……かつての戦いで、あまりにも多くのものを失い過ぎた。
僅かに残された旧世界の断片、このセント・エーテリアも、数千年をかけてここまで縮みきってしまった。
遠からず遠からず旧世界は完全に消滅し、そして新世界もまた、虚無の竜に喰われるだろうな」
「……それなら、旧世界に残る人達と一緒に新世界へ来ませんか?
貴方がアルバート・ローレンスとして転生したように、こちらの属性で貴方達を全員再現すれば――」
「――捨てられるのか、貴様は」
アルダガの提案を、アルバートは遮った。
その声はとても静かで、しかしイグニス山脈の火口よりも深く、燃え上がるような怒りに満ちていた。
「どれだけ矮小で、みずぼらしい姿になったとしても、ここは俺達の故郷だ。
俺たちが護り、そのために沢山の仲間や家族を失ってきた、俺達の世界だ……!
命に等しいそれを打ち捨てて、貴様らの喰い荒らした世界へ移住しろだと?ふざけるなよ、納得できるかッ!」
落雷のような怒声に、アルダガは硬直した。
悠久に等しい時間をかけて蓄積され続けてきた怨嗟の声は、それそのものが強大な圧を秘めていた。
「エルピスにまんまと騙されて、祖龍復活を祭りかなにかのように考えてきた貴様らには分かるまい。
ヒト同士の争いに明け暮れ、世界をいたずらに疲弊させるばかりの貴様らは知りもすまい。
虚無の竜との戦い方を。護るべきものがあの牙に捉えられ、咀嚼され、失われていく恐怖と悔恨を!」
そして――アルバートは三たび、立ち上がった。
その身を苛む苦痛を意志の力だけでねじ伏せて、杖代わりにしていた魔剣を構え直す。
「俺は今度こそ、虚無の竜を殺す。奴が二度と復活することのないよう、魂に一片も残さず灼き尽くす。
その為には、貴様らの世界に奪われた属性の全てが必要だ。
貴様らは黙って属性を寄越せ。それを使って、俺が……俺達が奴と戦う……!」
【新スレ立てありがとうございました】 【トリップ誤爆しちゃったんでいい加減この建前取り外します。
そしてこのペースで1ターンに2キャラ動かすのリアル時間的にかなり厳しいので
今後はアルダガとしての行動もスレイブのレスに統一します。
よろしくおねがいします】 【レス順的には私→ジャンさん→ティタさん→シャルムさん→私って感じで】 (バフナグリーさんをスレイブさんに統一するなら
私→スレイブさん→ジャンさん→先生なのでは……?
……それでいいですよね!でないと私が当分暇になっちゃいますもんね!) 暑い……。
レーヴァテインがばら撒いた超高熱の火の粉が、周囲の温度を止め処なく上昇させている。
すぐ傍の地面に火の粉が落ちて、爆ぜた。
汗が頬を伝って、白化した地面に落ちる。息苦しい。意識が朦朧とする。
だけど……何も考えられないのが、少しだけ、心地いい。
アルバート・ローレンスが一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
私は……殺されるんでしょうか。
……不思議な事に、あまり恐怖は感じません。
バフナグリーさんの言葉を借りるなら……思い返してみれば五年前からずっと、
私は……別に生きてた訳じゃなかったから、かもしれませんね。
五年間、全てを帝国の為に捧げてきた。
魔法学校時代の友達は今何をしているんでしょうか。
お父さんは、お母さんは……今でも毎月手紙を送ってくれているけど、
私はもう何年も前から、それを開封すらしていなくて……。
ユグドラシアに留学していた頃の、農業魔法の研究も……もうどんな事を考えていたのかさえ思い出せない。
一生懸命やってきたつもりだった。
だけど振り返ってみると……なんて虚しい五年間だったんだろう。
>「な、め、や、がってぇぇぇええええええ!!!」
……ディクショナルさんが何かを叫んでる。
アルバート・ローレンスの歩調が早まった。
風切り音、金属音……レーヴァテインが短剣に弾かれる。
そのままディクショナルさんはアルバート・ローレンスを蹴飛ばした。
先ほどまでとは一変した、荒々しい振る舞い。
だけど……彼は今もなお、渡り合っている。黒竜騎士アルバート・ローレンスと。
……やっぱり、私がやらなきゃいけない事なんて、ここには何も……。
>「おらっいつまでウジってんだてめーも!
「ひっ……な、なんですか……?」
突然胸ぐらを掴まれて、強引に顔を上げさせられる。
……怖い。私が失望させてしまった人に、何をされるのか……何を言われるのか。
「……ごめんなさい」
思わず目を伏せて、気づかない内に、私はそう呟いていた。
>悔しくねーのか昔の人にいろいろ好きほーだいゆわれて!
「……え?」
だけど、ディクショナルさんが口走ったのは……非難の言葉じゃなかった。
胸ぐらを掴まれたのはびっくりしたけど……ぶたれたりする訳でも、なさそうで……。
>てめーがパイセンのいない帝国でこれまでがんばってきたことは、あの腐れ古代ジジイにドヤ顔でメッされていいもんじゃねー。
教えてやれよ、頭のヨボヨボなおじいちゃんどもに、今の人間がここまでやべーことやれるって」
……もしかして私は、励まされているんでしょうか。
でも……
「……無理、ですよ。聞こえてませんでしたか?私は、魔法が使えないんです」
我ながら、なんとも情けない言葉です。
思わず自嘲の笑いが零れてくる。 >悔しくねーのか昔の人にいろいろ好きほーだいゆわれて!
「……え?」
だけど、ディクショナルさんが口走ったのは……非難の言葉じゃなかった。
胸ぐらを掴まれたのはびっくりしたけど……ぶたれたりする訳でも、なさそうで……。
>てめーがパイセンのいない帝国でこれまでがんばってきたことは、あの腐れ古代ジジイにドヤ顔でメッされていいもんじゃねー。
教えてやれよ、頭のヨボヨボなおじいちゃんどもに、今の人間がここまでやべーことやれるって」
……もしかして私は、励まされているんでしょうか。
だけど……
「……無理、ですよ。聞こえてませんでしたか?私は、魔法が使えないんです」
我ながら、なんとも情けない言葉です。
思わず自嘲の笑いが零れてくる。
「ずっと自分に言い聞かせてきました。自分の研究なんてしてちゃいけない。
オリジナルの魔法なんて作ったって、何の意味もないって。
そして気づかない内に、私は自分自身に暗示を施していた。馬鹿ですよね」
これでディクショナルさんも、私を放っておく気になったでしょうか。
顔を上げて彼の目を見ると……その瞳はただまっすぐに私を見下ろしていました。
私が心の何処かで、自傷願望めいた気持ちで期待していた、侮蔑の感情は宿っていなかった。
>「てめーがやるんだよ。おれたちの世界は、あいつらの世界なんかよりもずっとずっとすげーって、見せつけろ。
戦争とかいっぱいやってるけど、それでも今の世界はめっちゃいい感じだってこと、わからせてやれ。
魔法が使えなくても、帝国で、いや大陸でいちばんすげー魔法使いの、てめーがやるんだ」
……私が、一番すごい?
何を、馬鹿な事を……だってそんな事、この五年間、誰も言ってくれなかったのに。
それにあなたは、クロウリー卿の従者なのに。なのに、なんで……。
……まさか、心の底から、本気でそんな事を言ってるんですか。
この、魔法が使えない、惨めな私に。
>「ああ、そなたは自らに枷を課してまで人類全ての力の底上げに尽力した――
他の誰にも出来ることではない。
一人で誰にも真似できない領域まで到達してしまったジュリアン殿とは正反対だな」
……息が詰まるような感覚。
胸が苦しくて、何も言えなくて、私はまた俯いてしまいました。
スレイブ様が、指環の魔力を体内に取り込み、波濤として放つ。
胸ぐらから手を離されたシャルム様は……再び、俯いてしまいましたの。
……わたくしは、生まれた時からおうじょさまでしたの。
虫族がこれから先の世で、多種族社会の中で生きていけるように頑張る。
それはわたくしにとって当たり前の事でしたの。
だから彼女が感じていたであろう責任とか、重圧とか、そういうのは分かりませんの。
だけど、もしもわたくしが、生まれた時からおうじょさまじゃなかったら。
ただの小さな妖精が、ある日突然、王として生きろと言われて。
今まで歩んできた、王としての、指環の勇者としての道のりを歩かされたら。
わたくし、きっと怖くて泣いちゃいますの。
シャルム様はそんな道を今まで歩んできた。
だから……彼女が泣いてしまっても、座り込んでしまっても、それを責める事なんて……出来ない。
でも、だとしても……あるいは、だからこそ。
彼女は最早ここにいるべきではありませんの。
アルバート様の操る『レーヴァテイン』の炎は、シャルム様が戦意を失っていようと、区別なく猛威を振るいますの。
わたくしは視線をアルバート様へと向けて、その様子を伺う。
>「エルピスにまんまと騙されて、祖龍復活を祭りかなにかのように考えてきた貴様らには分かるまい。
ヒト同士の争いに明け暮れ、世界をいたずらに疲弊させるばかりの貴様らは知りもすまい。
虚無の竜との戦い方を。護るべきものがあの牙に捉えられ、咀嚼され、失われていく恐怖と悔恨を!」
……あちらは、まだまだやる気みたいですの。
「……レイエス、解毒しろ。俺達は……負けられない。
無用な気遣いはやめろ。これ以外に道はないんだ」
静やかな声だった。
例え虚無の指環に宿る彼らがそれを拒否しても、関係ない。
それならそれで……どのみち、命尽きるまで戦うまで。
そんな意志が宿った声でしたの。
指環から現れた幻体が、諦めたように彼に手をかざす。
「……焦がせ」
再び展開される火花の結界。
わたくしは咄嗟にムカデの王で、ジャン様とティターニア様を引き戻す。
……この技は、一度は皆様が攻略した技。
だけど、次も同じ手が通じるとは思えませんの。
イグニス様の炎の指環で干渉を試みるも……通じない。あの炎は、私達の世界の炎じゃないから……。
この戦い、まだまだ長引きそうですの……。
だから……いつまでもこの戦場に、シャルム様を置いておくのは正直、危険ですの。
わたくしが一度、安全な場所まで彼女を運ばないと……わたくしは一歩、シャルム様に歩み寄る。
そして……気づきましたの。
俯いた彼女は……何かを、ずっと呟いていた。
それに人差し指の先を、地面の上に這わせて……な、なんだか様子がおかしいですの……。
一刻も早くシャルム様をこの場から退避させないと。
そう思ってわたくしは彼女にムカデの王を……
「……クロウリー卿」
……ムカデの王を伸ばそうとしたその時、シャルム様が、ぽつりと呟いた。
「……クロウリー卿」
……返事はない。
「七年前の冬の事を、覚えていますか?」
私は構わず言葉を続ける。
「……私は覚えています。その年初めての雪が降った、冬の日でした。
私は夜が明ける前から、魔法学校の校庭にいました。
その日は……ジュリアン・クロウリーが、講演を開く日だったから」
私はその頃にはもうプロテクションが使えましたから、寒さはあまり気になりませんでした。
「誰よりもあなたを近くで見たくて、あなたが講堂を建てたらすぐに一番前の席を取りに行きました。
あなたの目に留まりたくて、あなたがした質問には全て手を挙げました」
私は……この五年間、ずっとクロウリー卿を恨んできた。
自分の事なんか何も出来ず、ずっとヒトを殺す為の研究と開発だけを続けて。
あんなにも敬愛していたのに、それでも恨まなくてはやっていられなかった。
……昨日、ディクショナルさんは私に言いました。
「あんたは、いまでもジュリアン様を諦めていないんだな」
私はそれを一笑に付した。
確かに私は彼を尊敬していた。だけどもう、今ではその感情を思い出せない。
言葉にはしなかったけど……あれは強がりなんかじゃない。
ずっと、ずっと憎んできたんです。何度も自分自身に言い聞かせてきた。
だからこの憎しみは……私にとってはもう、真実なんです。
だけど、だけど……もしも彼が、あの日の私の事を覚えているのなら……。
理由なんてないけど、根拠なんて何もないけど……。
私も、あの日の私の気持ちを……思い出せるかもしれない……。
「七年前の冬の、あの日の事を、覚えていますか……?」
返事は……ない。そりゃ、そうですよね。
たかが魔法学校の生徒の一人なんて、覚えている訳が……
「……ああ、覚えている」
……覚えている、訳が。
「ハイランドとダーマ……魔術適性において人間を上回る種族を仮想敵とした、魔法戦闘の技術開発。
……本来俺が話すつもりだった、模範解答を言われてしまって……少し、困った。
だから……よく覚えている」
……覚えているんですか?本当に?
「……ダーマに亡命した後、風の噂で、君が主席魔術師の座を継いだと聞いた。
今更なのは分かっている。だが……あの時、俺は安堵したんだ。
全てを打ち捨ててダーマに来たが……君が主席なら、帝国は大丈夫だと」
……本当に、今更ですね。今更そんな、取ってつけたような甘言……。
本当に、取ってつけたような言葉なのに……
息が詰まる。胸が苦しい。言葉が出てこない。
……その取ってつけたような言葉が、嬉しくて。 ディクショナルさんの言葉も、ティターニアさんの言葉も、嬉しかった。
主席魔術師になってから、誰にもかけてもらえなかった言葉。
……この五年間、ずっと辛かったのに。
どうしよう。たったあれだけの言葉で……こんなに、救われた気持ちになって。
私、こんなにちょろい人間じゃ、ないはずなのに……。
だけど……今なら私、もう一度頑張れる気がする。
目を閉じて、体内の魔力に意識を集中させる。
魔力の脈流が私の中に描く魔法陣。
私が扱える魔法は全て、その魔法陣の中に記されている。
逆説、その中にない魔法は、どんなに頑張ったって私には扱う事は出来ない。
それはつまり……もしもその体内の魔法陣に新たに線を書き加える事が出来たなら。
私は、人は、どんな魔法だって使えるようになる。
晩餐会の夜、机上の空論だなんて馬鹿にした魔法。
再現出来る必要なんてないなんて、嘯いた魔法。
……真似しようとした事がないなんて、嘘です。
主席魔術師になる前、本当は何度も真似しようとして、一度も再現出来なかった魔法。
後天性魔術適性の、付与術式。
……魔法が使えなくなってもう何年も経つ今の私が、出来る訳がない。
当然の理屈が脳裏によぎる。
違う。逆なんだ。出来ない訳がない。
だって……私は、大陸で一番すごい魔法使いなんだ。
他の誰にも出来ない事が、私には出来るんだ。
……そう言ってくれた人が、今の私にはいる。だから……
……私の体の中に、魔力が走る。
無数に存在する魔力の脈流に、新たな魔力の流れが書き加えられていく。
私の体の中にある魔法陣が、無限大に広がっていく。
今まで体験した事のない感覚。
だけどきっと……蛹が蝶に羽化する時に、感じるような。
そんな感覚に、私は目を開いた。
まず目に映ったのは、自分の右手。
指の先まで巡る稲妻のような魔力の流れが、皮膚の下から透けてぼんやりと光って見える。
「……出来た」
……確か、この魔法には名前がない。
誰にも再現出来なくて、クロウリー卿が発表をやめてしまったから。
だから……この魔法の名前は、私が決めてしまおう。
そんな事してもいいのかって?
まだ公式には未発表の魔法なんですから、言ったもん勝ちなんですよ。
後天性魔術適性の付与術式。この魔法の名前は……
「『フォーカス・マイディア』」
……見ていて下さい。ティターニアさん、ジャンソンさん。クロウリー卿。
それに……ディクショナルさんも。
顔を上げる。アルバート・ローレンスと目があった。
私の事なんて路傍の石程度にしか思っていない、とでも言いたげな視線が私を突き刺す。
彼がレーヴァテインで空を薙いだ。瞬間、結界のように展開されていた火の粉が私へと襲いかかる。 座ったままの私には、その攻撃は避けられない。
火の粉が私の身体に触れる……そして、燃え上がった。
アルバート・ローレンスは私の死を悼むように僅かに目を細め……しかしすぐに異変に気づいた。 「……炎とは際限なく燃え広がり、何もかもを灰に変える、死の象徴」
……私の身体は、燃えていない。
白衣にも焦げ目一つ付いていない。
「それとも……成長と再生、太陽を司る、生の象徴?
どちらかが正解で、どちらかが間違いなんでしょうか」
それどころか……先ほどまでそれはもう目眩に動悸に酷いものだった体調が、回復している。
「……違いますよね。どちらも正解なんです。
コインの裏も、コインの表も、どちらも同じコインであるように。
魔法とはその属性の持つ無数の性質から、望みの側面のみを顕現させる技術」
……いいですね。その表情。
驚きを隠し切れていないその表情。
褒めてもらえて、認められるのも良かったけど、そういうのも悪くない。
「私くらいの天才になれば……その側面を、反転させる事だって出来ちゃうんですよ。
あなた風の言い方をするなら……」
「……俺が取り戻したものを、再び奪い返しただと……」
「あら、私の台詞を取らないで下さいよ。
……ま、いいでしょう。ですがこの程度で驚いていては身が持ちませんよ」
……身に纏わりつく癒やしの炎を右手に集める。
属性を奪われ白化した大地をその手で撫でた。
炎が地面に燃え移り、その場に溶け込むように消えていって……周囲の大地に、色が、属性が戻る。
「炎は灰を生み出す。灰は土に還り、草木を育む糧となる。
すなわち炎の属性は、転じて大地の属性と化す。
そしてその大地から金属を生み出し、鍛え、変化させるのもまた炎」
炎を帯びたままの右手で、再び地面に触れる。
周囲のあちこちで地面が赤熱して……膨れ上がる。
大地は泡立つ溶岩のように隆起して、ある一つの姿へと変化していく。
巨大な人型、金属の光沢に身を包む……ゴーレムの姿へと。
「イグニス山脈では確か、古代のゴーレムを叩き斬ったんでしたっけ。
勿体無いですねえ。貴重な故郷の遺産を」
「……俺の炎を奪い取り、次はゴーレムか。意趣返しのつもりか?」
十を超えるゴーレムに囲まれても、アルバート・ローレンスは怯まない。
レーヴァテインを赤熱させ、どこから仕掛けられても対応出来るよう構えを取る。
「いいえ。私はただ、話がしたいだけですよ。
そう……これがあったからですよね。あなたが生きていた時代に、争いがなかったのは」
「……なんだと?」
ですが私が発したその言葉は予想外だったのか、そう、反応を返してきました。
私はにっこりと笑って……右手の人差し指を一振りする。
瞬間、全てのゴーレムが一斉にアルバート・ローレンスへと襲いかかった。 「ご覧の通りですよ。人間の代わりに戦場に立ってくれる兵器があるなら、戦争で人命を損なうなんてあまりにも無益です」
レーヴァテインが幾度となく閃く。
超高熱の刃にゴーレムの手足が容易く溶断されて、宙を舞う。
「かと言ってその兵器同士を戦わせて、潰し合わせるなんて事も……やはり、資源と生産力の無駄遣い。
まっ……費用対効果を度外視した、人命を使い捨てての特攻って手もあるっちゃありますが、
そんな馬鹿げた事、どのみち長くは続けられません」
ですがゴーレム達を操っているのはこの私。
レーヴァテインに斬られても腕が一本残っていれば、
逆に切り落とされた四肢を掴み、投げつける事で有効な攻撃が可能です。
それに手足を失ったゴーレムを、他のゴーレムに振り回させれば、レーヴァテインでは防ぎ切れないでしょう。
いやあ、痛快ですね。
「旧世界の物と比べて、どうです?私が創ったゴーレムの性能は。
まぁ多少の差はあるかもしれませんが、あなた達の文明は、それを量産出来る水準にあったんでしょう?」
「……戯言を」
アルバート・ローレンスが吐き捨てるようにそう言うと同時、虚無の指環が眩く光った。
私の創造したゴーレム達が、私の制御下から離れる。
一呼吸の静寂の後……それらが私の方へと振り向いた。
「ゴーレムの回収、製造なら帝国でも行っていただろう。
ユグドラシアもそうだ。だがそれでお前達の世界から争いは減ったか?
……違うだろう。それがお前達の本性だ」
ゴーレムの群れがこちらへと歩み寄ってくる。
そして私を見下ろし、右手を振り上げて……
「それはどうでしょう。少しくらいは減ってたのかもしれませんよ。
それに……それだけじゃない。あなた達にはもう一つ、私達にないものがあった」
……そこで、止まった。
私の話を最後まで聞こうとするのは、旧世界の住人としてのプライド故でしょうか。
「あなた達には……ドラゴンがいたでしょう?
都市を、世界を統治してくれる、人間よりも上位の種族が」
……まぁ、この辺は私達の世界に残された資料や古伝でしか確認が取れていないんですけどね。
否定はされないので別に間違ってる訳じゃなさそうです。
「統治者たる竜の意向に逆らって人間だけで戦争なんて出来る訳がない。
かと言って竜を巻き込んで戦争をしようものなら……竜よりも先に人間が死滅してしまう。
そんな土壌なら、争いなんて起こす気にもなりませんよね……違いますか?」
「……だったら、どうした。仮にそうだとしても、それはお前達では、
決して俺達の世界には追いつけない。ただ、それだけの事だろう」
アルバート・ローレンスはそう言って……直後、ゴーレムが動作を再開しました。
つまり振りかぶった拳で、私を叩き潰そうとして……瞬間、二つの音が響いた。
まず初めに、風切り音が。一拍遅れて、大砲の着弾音のような轟音が。
その二つの音が響くと同時……ゴーレムの右手、その固めた拳が、砕け散った。
二つの音が何度も繰り返し奏でられる。
その度にゴーレムの手足が、あるいは胴体や頭が、跡形もなく破壊されていく。
「……違いますよ。私達の世界に、人を統治してくれるドラゴンがいないなら……その代わりを作ればいい」 アルバート・ローレンスは、何が起きたか理解出来ていないようでした。
驚愕の表情を浮かべて……ただ、空を見上げる。
私も彼にならって、視線を上に向ける。
無数の『眼』が、アルバート・ローレンスを見下ろしていた。
瞳の代わりに砲口を持つ、金属の球体……非人型の飛行ゴーレム。
「名付けるなら……『竜の天眼(ドラゴンサイト)』。
遠隔操作が可能な事に加え、内部機構より発射可能な『賢者の弾丸』……あ、さっきゴーレムを吹き飛ばしたアレの事です。
その射程距離は……理論的には、無限大に広げていける」
具体的には自律駆動の実現と、動力の確保ですね。
今はまだ私が自力で操縦しているだけですが。
このドラゴンサイトが自律的に、どこまででも飛んでいき、射撃する事が可能になれば……
「天より見下ろす竜の眼の前には、最早人間も、オークもエルフも、魔族も関係ない。
みんな同じです。勝ち目などない」
つまり……帝国がハイランドとダーマを滅ぼして、大陸を統一して一人勝ち。これにて争いの歴史は終わりです。
……とはなりません。
私の開発した魔導ゴーレムが、ハイランドとダーマを蹂躙して、帝国に勝利を導く。
そんな展開は……国に仕える魔術師としては名誉な事……なんでしょうけど。
ここにはハイランド、ユグドラシアの導師であり……私の先生、ティターニアさんと。
私の尊敬する……ダーマの宮廷魔術師、ジュリアン・クロウリーがいる。
彼らなら、一度こうして見てしまえば、ドラゴンサイトと同様のゴーレムを設計、開発出来るでしょう。
いや、むしろしたくて堪らないはずです。
完全なる真球に浮かび上がる紋様は、どの角度から見ても異なる性質の魔法陣となるように設計されています。
この一切の無駄がない、機能美のみが存在する造形……芸術的でしょう。
魔術師なら、自分ならこうする、自分ならもっと良いものが作れる……そう思わない訳がない。
「無限の射程と、ゴーレムを容易く破壊するこの威力。
まともにぶつけ合えば……誰も、勝者にはなれない」
敵も味方もなく、全てが滅ぶだけ。
そうなれば最早、戦争は意味を失う。
……似たような構想は、『賢者の弾丸』を開発した頃からあったんです。
帝国が亜人や魔族を拒むのは……人間が、弱いから。
徹底して帝都や主要都市に亜人を住まわせないのは、破壊工作を伴うゲリラ戦に対しては、国防の要である黒騎士の性能が十分に発揮出来ないから。
ハイランドとダーマを敵視しているのは……先手を取られ、黒騎士が後手に回る事になれば、種族の性能差で攻め落とされてしまいかねないから。
そう、帝国は……私に言わせれば、まるで怯える針鼠でした。
だけど人間という種族そのものが、亜人や魔族と同じ水準に達する事が出来たのなら。
……何かが、変わるかもしれない、なんて。
「これが、ドラゴンの代わりです。行き過ぎた力が、私達から争いを奪ってくれる」
アルバート・ローレンスは……信じられない、といった表情で私を見ていた。
「馬鹿な……馬鹿な!やはりお前達はイカれている……!
帝国もダーマも、人間と魔族で互いに蔑み合っているんだ。
そんな物で、戦争がなくなる訳が……」
「そりゃいくらなんでも私達を馬鹿にしすぎでしょう。
帝国で生きてる魔族もいれば、ダーマで生きてる人間だっていますよ。
国家のトップが損得勘定も出来ない訳がないでしょう」 「っ……なら、そうだ。エーテル教団のような奴らはどうする。
損得ではない、狂気に従って生きるような連中にこの技術が渡ったら……」
「……さあ?あなたの世界では、どうだったんですか?
宗教の対立くらいあなたの世界にだってあったでしょう」
「なっ……」
……アルバート・ローレンスは、答えない。
「おや、どうしました。思い出せないんですか?
それとも……分からないんですか?」
彼はなおも答えない。
私は、問いを一つ重ねる。
「では質問を変えましょうか。この『ドラゴンサイト』。
……あなたの世界に、これに相当する技術はありましたか?」
……返答は、ない。
ですが彼は虚無の指環でこの無数の眼の制御を奪おうともしない。
ならばもう、答えは聞くまでもない。
「結構。もしも、国家に属さないならず者さえもが、国家を滅ぼし得る技術を得るような時代が来たら。
その時は……私達の世界が、あなた達の世界を、完全に抜き去った時だ。
それならば、最早あなたにとやかく言われる筋合いはない」
その時に私が生きていれば、また私がなんとかしますよ。
そうでなければ……その時代の誰かが、やってくれます。
あるいはティターニアさんなら普通にまだ生きているって可能性も……。
……私は右手で銃の形を模って、ばん、とアルバート・ローレンスに突きつける。
「ほら、追いついた」
さて……これで大人しく負けを認めてくれれば楽なんですが。
「……ああ、認めよう。お前は……たった一人で、たった数分で、俺達の世界に追いついてしまった」
……なんて事を言いながら、彼の眼から迸る戦意はまだ萎えてはいない。
ああ、やだやだ。結局、そうなるんですか。
「だが……それはお前だけだ。お前達の世界じゃない。
お前だけが追いついたんだ。ならば、ならば……」
……そんなにも苦しそうにするのなら、もうやめればいいでしょうに。
意を決するのが遅すぎて、完全に機を逸しています。
私はもういつ仕掛けられても、あなたを迎え撃てる状態にある。
ですが、そうは言っても……私には、あなたの気持ちが分かる気がしますよ。
やらなきゃいけない事だから。自分にしか出来ない事だから……やるしかない。そうでしょう?
あなたは、つい数分前の私と同じだ……アルバートさん。
「お前さえ、いなくなれば……!」
アルバートさんがレーヴァテインの柄を握り締める。
「……見下せ、『竜の天眼(ドラゴンサイト)』」
……瞬間、無数の竜の眼が、火を噴いた。 避ける事も、防ぐ事も叶わないでしょう。
強烈な慣性は鎧越しにも彼に伝わり、体勢を崩させる。
ですが……彼は倒れない。
決死の形相で歯を食い縛り、踏み留まりながら……一歩、私へと踏み寄った。
弾丸の雨はなおも続く。その殆どが彼に命中している。
それでも、アルバートさんは一歩、また一歩と前に進む。
虚無の指環で負傷を消し去りながら、確実に私との距離を縮めてくる。
……アルバートさんが、レーヴァテインの間合いに、私を捉えた。
炎の魔剣が大上段へと構えられる。
そして……
「……お褒めの言葉、有り難く頂戴します。ですが……残念。
私は、追いついたんじゃない……もう、追い抜いてるんですよ」
彼の背中に、隕石のように落下してきたドラゴンサイトそのものが、激突した。
単純明快な、弾丸よりも遥かに大きな質量による体当たり。
今度は、彼も踏みとどまれなかった。
一度地に倒れてしまえば……もう、起き上がれない。
無数の弾丸がひたすら彼を打ちのめし続ける。
……時間にすれば、僅か数秒。しかし百を超える銃弾が彼へと降り注いだ後。
着弾の衝撃で地面は爆ぜ、土煙が舞っている。
私が右手の人差し指をすいと虚空に滑らせると、生じた風がその煙幕を吹き飛ばす。
果たしてアルバートさんは……まだ五体健全な姿のままでいました。
純白の鎧は完全に砕け、ちょっと目を逸らしたいような状態ではありますけどね。
「……何故、加減などした。俺はこの世界の人間として、お前達に戦争を仕掛けた。そして負けたんだ」
彼は震える右手で地面を掴み、なんとか顔を上げて、私を睨む。
「……殺せ」
……私は腰に差した魔導拳銃を抜いて、彼の顔面に突きつける。
この距離から、頭部に『賢者の弾丸』を撃ち込めば……精神力なんて関係ない。
確実に彼を殺せるでしょう。
私は、そのまま魔導拳銃に魔力を通わせる。
……銃口から、冷たい水が飛び出して、彼の顔を濡らした。
「頭を冷やして下さい。この期に及んで、何を馬鹿な事を言ってるんです。
あなたは黒竜騎士、アルバート・ローレンス。皇帝陛下の盾であり、剣。
私が勝手に殺めてしまえる訳がないでしょう」
「……違う。俺は」
「あーはいはい分かりました。じゃあこうしましょう。今の一撃で古代人のあなたは死にました!
だからここにいるのは帝国人のアルバート・ローレンス!
男の人ってこういうのが好きなんでしょう?私にはよく分かりませんが」
……まだ納得出来てない様子ですね。
ああもう、さっきは私と同じだなんて言いましたけど……私の方がもうちょっと素直で、可愛げがありましたね、こりゃ。 「……これならどうですか。虚無の竜との戦いを前に、あなたは貴重な戦力だ。
この世界の滅亡を少しでも遅らせたいなら、我儘を言わないで下さい。
どうせ死ぬなら、虚無の竜との戦いで死ねばいいでしょう」
「俺は……この世界の再建を諦めた訳じゃないんだぞ。隙を見せれば、お前達を殺して」
「どんだけ不器用なんですか。本気でそう思ってるなら、そんな事言う訳ないでしょう。
……それに、私の考えが正しければ……この世界の再建は……まだ可能なはず……」
あ、あれ?なんだかまた、目眩が……。
口元に妙な違和感も……左手で唇に触れる。
指の腹に、血がついていた。これは……鼻血、ですよね。
それに顔もなんだか、すごく熱くて……なんで、急に……。
体から力が抜ける。姿勢を保てなくなって、倒れそうになって……誰かの手が、後ろから私を支えた。
振り返る。クロウリー卿……彼の手から、水属性の、氷の魔力が私に注がれる。
「……魔術適性を強化した副作用だ」
「ああ……なるほど。あなたが発表を取りやめたのは……こんな理由も、あったんですね。
鼻血が出るほど知恵熱を出したのは……生まれて初めてですよ」
上空に展開していたドラゴンサイトが、私の制御を失って落ちてくる。
ううん、やっぱり構造がまだまだ未完成だったみたいですね。
『フォーカス・マイディア』が切れた途端、ばらばらになってしまってます。
「……あの、ちょっとこれ止められそうにないんで。皆さん各自で身を守ってて下さいね」
……それにしても私、レーヴァテインの炎を反転させた、癒やしの炎を纏っていたはずなんですけど。
それでも五分と維持出来ないなんて。
今回はなんとかなりましたけど、実戦じゃ使えませんね、これ。
それから炎の指環などを用いた治療を受けた後……私は改めてアルバートさんに向き直った。
まだちょっとくらくらするので、座ったままで失礼しますよ。
「殺せって言うのはもう無しでお願いしますね。話が進みません」
「……本当なのか?さっき言っていた事は」
「この世界の再建、ですか。ええ、方法はあるはずですよ。ですが……」
「……実現は、難しいのか?」
「どうでしょう。それもありますが……それよりもまず、一つ疑問があるんです。
本当に、誰もこの手段を思いつかなかったのか……」
ちらりと、クロウリー卿を見る。彼もまた私を見ていた。
やっぱり……ありますよね。この世界を救う、もっと簡単な方法。
なのにそれが実行されず、彼に伝えられてすらいないのは……いえ、やめましょう。
考えても分かる事ではありません。
「……とりあえず、体力が回復したら全竜の神殿を目指しましょう」
そうして暫く休憩をして……私達は移動を再開する事にしました。
随分長い間座っていたので、私は地面に手を突いて足の感覚を確かめつつ立ち上がり……
……気がつくと何故だか、篭手を捨てて露わになったディクショナルさんのインナーの袖を、指で掴んでいました。 「……あ、あの、シャルムさん?一体何を……」
トランキルさんが戸惑った様子で尋ねてくる。
「ん?ああ、これですか?気にしないで下さい。ただの癖ですよ。
私、考え事をしていると、つい前を見るのを忘れてしまうものでして……。
さっきのゴーレムの設計、今からもっと練っておかないといけませんからね」
私は事もなげにそう言って、移動が始まって……。
……め、めちゃくちゃ恥ずかしい!
いやいや、なんですか。人の袖を掴んでしまう癖って!
なんで私はそんな嘘を……い、今からでも白状すれば……。
いえ、駄目です。そんな事したら何故嘘をついたかって話になりますよね……。
ていうか、学生時代の私を知ってるティターニアさんには、こんな嘘最初からバレて……。
……やめましょう。考えれば考えるほど恥ずかしくて顔に火がつきそうです。
この際本当にゴーレムの設計でも考えて、気を紛らわせないと……。 ……虚無の神殿に辿り着くと、私はすぐにディクショナルの袖から手を離しました。
そして魔導拳銃を抜く。
神殿には、恐らくは百を超える人数の兵士が待ち構えていました。
そしてその奥に見えるのは……恐らくはこの世界の女王、パンドラ。
彼らの肌は皆、虚無の白に染まっていました。
……それはつまり彼らもまた、虚無の竜と戦い、属性を奪われた不死者であるという事。
「……女王陛下。どうか兵をお下げください。
ご覧になっていたでしょう。彼らは私に勝利しました。
そして虚無の竜を倒す為にと、この命を奪わなかった」
アルバートさんがその場に剣を置き、跪く。
「それに……この世界を救う術は、まだあると。
彼女は、我々の世界よりも、更に先を行く魔術師です。
もしかしたら……」
瞬間、不死の兵士達が、一斉に弓を構えた。
直後に降り注ぐ無数の矢。
プロテクションを展開して、防御する。
「なっ……何故だ、女王よ!」
「残念です。あちらの世界に転生し、堕落してしまったのですね……指環の勇者よ。
敵の甘言に心を惑わされ、みすみすこの聖地まで案内してしまうとは」
冷たい刃のような、感情の宿っていない声と眼光。仮面のような表情。
……案の定と言うべきか、アルバートさん諸共って感じでしたね。
やはり……彼女、パンドラは既に知っている。
この世界を救う為の……一番確実で、手っ取り早い方法を。
「仕方ありません。まずは……彼らに大人しくなってもらう他ないようです。
構いませんね、アルバートさん」
……アルバートさんは答えない。
「……今のは少し、意地の悪い聞き方でした。いいでしょう。了承しろ、とは言いません。
ただ、邪魔はしないで下さいね。流石にそれは看過出来ない」
「……分かっている。だが……教えてくれ、シアンス。何故なんだ?」
何が、とは言わなかった。
それでも彼が言わんとする事は分かります。
何故、パンドラはこの世界を救う術を、私達ごと葬ろうとするのか。
何故……彼らは勝ち目がないと分かっていながら、私達と戦おうとしているのか……。
「……私の口から答えを聞いて、あなたが満足するとは思えません」
不死の兵士達が抜剣し、突撃してくる。
一糸乱れぬ統制に、空気が破れるような裂帛の気合。
彼らもこちらの世界では……虚無の竜との戦いに最後まで残った、精鋭中の精鋭なのでしょう。
ですが……それでも、指環の勇者と黒騎士、そして新旧主席魔術師に立ち向かうには……あまりに儚い。
……ああもう、やりにくいですね。
【な、長い……。
言うまでもないけどパンドラ戦はさらっと終えるつもりです……】 スレイブが指環からパクった魔力で発射したビームを、アルバートはすげぇ分厚い壁で防いだ。
壁がゴリゴリ削れる音はこっちまで聞こえてきたけど全然貫通してく感じがしない。
ものすごく分厚い壁だったからだ。
>「――俺がいることを忘れてねえか!」
そこへ、いきなり火の中から出てきたジャンがガーっと突撃してった。
アルバートは壁ほっぽり出してカウンター決めようとするけど、ジャンは羽出して飛び越えて羽しまった。
ジャンは腰につけたきんちゃくから瓶みたいなのを出して投げつける。
アルバートはそれを剣で切る。
ぶちまけられた瓶の中身が、蛇みたいにウネウネしつつアルバートの口に飛び込んだ。
>「おっと、食べ物を粗末にしてはならぬ――!」
煮物を吐き出そうとするアルバートに、こっちも地面から出てきたティタ公が覆いかぶさる。
しばらくモゴモゴしてたアルバートはついにごっくんした。
>「は、腹が痛い……!毒を仕込むとは勇者のやることか!」
ジャンが飲ませた煮物はスレイブも知ってる。飛び目玉の姿煮は食べるとお腹が痛くなる。
ギュルギュルし始めたお腹を押さえて苦しんでるアルバートに、ティタピッピが杖を突きつけた。
>>「どうだ――降参するなら解毒の魔法をかけてやろう」
「どうだぁおれたちの連携必殺技は!セントなんちゃらには便所なんてねえだろ!降参したほうが身のためだぜ!」
ティタの後ろでイキりまくるスレイブ。
アルバートがどんだけすごい覚悟で戦ってようが、漏らした瞬間すべてがアレになる。
もうこれは完全に勝利パターン入ったと思うスレイブだったが、びっくりなことにアルバートは我慢し続けた。
宗教の人にめっちゃおこになりながら噛み付いて、アルバートは剣を構えて立ち上がる。
>「……レイエス、解毒しろ。俺達は……負けられない。無用な気遣いはやめろ。これ以外に道はないんだ」
>「……焦がせ」
そして、またあの魔剣からブワーってなる火の粉がたくさん出てきた。
「バカがっもうその技は見切ってんだよ!俺のビームで全部ふっ飛ばしてやるぁ!」
もう一回ビームでアレしようとして、スレイブは指環から全然魔力が出てこないことに気がついた。
「ああーっ?ウェントスなにサボってんだっ!とっとともっかい魔力出せ!」
『無茶言うない!考えなしにぶっ放したどっかのアホのせいで指環に溜め込んどいた分がすっからかんじゃ!
さっきまで儂の幻体すら維持出来とらんかったんじゃぞ!』
「ポンコツがぁぁぁっ!古代人みてーに周りの魔力吸い取るぐれーしてみろや!
こうなったら直接剣でぶった切ってやるぜっ!」
『待て待て待て!さっき鎧が容易く溶かされたの見とったじゃろ!?』
ウェントスが注意するのを無視してスレイブはダッシュした。
そのあたりで、きっかり5分が経った。
横から飛んできたジャンの岩みたいなパンチがスレイブの頬にヒット。
「ぐええええ!」
スレイブはくるくる回転しながら吹っ飛んで、目の前が真っ暗になった。
――――――・・・・・・ ジャンの拳が強かに頬を打ち、スレイブは意識を失うと共に知性を取り戻した。
吹っ飛んでいった意識が戻ると同時、身体を捻って態勢を整え、足から着地する。
「……助かった、ジャン」
注文通り思いっきりぶん殴ってくれたお陰で頬にこびり付くような熱痛があるが、痛みはかえって意識を鮮明にしてくれる。
口の端から僅かに垂れる血を強引に拭って、スレイブは立ち上がった。
――竜装『愚者の甲冑』。
ティターニアやジャンのものとは異なり、この竜装に身を護り宙を舞う能力はない。
愚者の甲冑は、心に纏う竜装。
スレイブとウェントゥスの魂を強引に融合させて、指環の魔力を100%引き出す技だ。
異なる二つの存在間で魔力を伝達するうえで、ボトルネックとなりうる人格と知性。
それを一時的に封印することで、たった一撃で指環を空にするだけの魔力の解放を可能とした。
……副次的にかつてのスレイブの如く知性を失って暴走するリスクがあるが、今回はむしろそちらが目的だった。
本音と建前の垣根を取り払い、心の裡をありのままに誰かに伝えることは、きっと魔神を殺すより難しい。
ダーマの軍人、ジュリアンの部下、さまざまな立場に板挟みになったスレイブにとってはなおさらだ。
シャルムに言いたかったことは、伝えたかった想いは、知性が邪魔して何ひとつ言葉に出来なかった。
だからスレイブは知性を手放して――
>「『フォーカス・マイディア』」
――想いはすべて、シャルムへと伝わった。
俯き、膝をつき、蹲っていた彼女は立ち上がり、その双眸からは迷いの色は最早ない。
魂の一欠片まで燃やし尽くす劫火の燐光を、シャルムは怯えた様子もなくその身に受けた。
彼女の痩躯を包む炎は、しかし白衣の端も、髪の一束さえも焦がすことはない。
>「私くらいの天才になれば……その側面を、反転させる事だって出来ちゃうんですよ。あなた風の言い方をするなら……」
>「……俺が取り戻したものを、再び奪い返しただと……」
咎人を灼き滅ぼす異界の焚火。シャルムはそれを、癒やしの炎へと変じた。
>「炎は灰を生み出す。灰は土に還り、草木を育む糧となる。すなわち炎の属性は、転じて大地の属性と化す。
そしてその大地から金属を生み出し、鍛え、変化させるのもまた炎」
アルバートから簒奪し、シャルムの麾下となった炎が『滅んだ大地』を染め上げる。
虚無の指環によって奪われたはず属性が、セント・エーテリアの大地に再び色をもたらした。
その凄絶な光景の美しさに、スレイブは息を呑む。
「属性変換……!いや、それだけじゃない――」
>「……俺の炎を奪い取り、次はゴーレムか。意趣返しのつもりか?」
アルバートが忌々しそうに吐き捨てるその眼前には、泥人形の如く大地から萌え出る金属の巨躯。
数にして十数体の巨大なゴーレムが花開くように生まれ、シャルムに代わってアルバートと対峙する。
「あれだけの数のゴーレムを……今、この場で組み上げたというのか……!」
躯体を生成し構築する錬金術と、ゴーレムに魂を吹き込む魔導制御術。
異なる魔法を同時に、それもおそろしく高い精度で同時に行使して、シャルムは己が手勢を創り上げた。
歯車を軋ませながらアルバート目掛けて殺到するゴーレムを、アルバートは魔剣を手に迎え撃つ。
魔剣の一太刀で四肢を切断されつつも、切り落とされた四肢さえ武器にしてゴーレムは突貫する。
>「旧世界の物と比べて、どうです?私が創ったゴーレムの性能は。
まぁ多少の差はあるかもしれませんが、あなた達の文明は、それを量産出来る水準にあったんでしょう?」
>「……戯言を」 多勢に無勢と判断したアルバートはゴーレムとの白兵戦から一度退き、虚無の指環が再び閃いた。
ゴーレムは旧世界の遺産の一つだ。指環を使えば容易く奪い取れるだろう。事実、アルバートはそうした。
シャルムの生み出したゴーレムたちが、創造者たる彼女へとその拳を向ける。
一気に逆転した形勢。しかしスレイブは、シャルムに加勢しようとはしなかった。
奪い取られたゴーレムを見る彼女の眼には、依然として怯えも畏れもない。
ゴーレムの瞬時生成など単なる前置きに過ぎなくて、ここからが真骨頂だとでも言うかのように――
>「……違いますよ。私達の世界に、人を統治してくれるドラゴンがいないなら……その代わりを作ればいい」
瞬間、断続的に破壊の音が響いて、十数体のゴーレムが残らず砕け散った。
自己崩壊の術式でも仕込んでいたのか――否、破壊はすべて外部からの力によってもたらされたものだ。
鋼の巨躯をたちどころに瓦礫の山へと変えた一撃を、スレイブはよく知っている。
このセント・エーテリアで、他ならぬシャルムが何度も見せてくれた、あの術式。
「賢者の弾丸……!」
単一で魔法の行使が可能な魔導砲が、閉じた空を埋め尽くさんほどに無数に浮遊している。
ゴーレムを生成する傍らで、あれだけ複雑で高度な術式と平行して、これを創り上げていたのだ。
>「名付けるなら……『竜の天眼(ドラゴンサイト)』」
絶対的なアウトレンジである上空から、無数の砲火を途切れなく加える砲門陣。
しかしその本質は、おそらく攻撃力や射程距離などではないとスレイブは感じていた。
(人間も、魔族も、エルフも亜人も――黒騎士も。すべてを分け隔てなく、平等に見下ろす『眼』)
かつて、旧世界に存在していたという絶対の上位者と、同じ視点を持った兵器。
文字通り次元の異なる視線の前には、あらゆる種族の差が無意味と化す。
それはある意味では、種族や国家、立場の垣根を取り払うことに繋がる。
帝国を強国たらしめる、多種族への畏れ――帝国の根幹を、否定する術式だ。
>「これが、ドラゴンの代わりです。行き過ぎた力が、私達から争いを奪ってくれる」
シャルムの語る『竜の天眼』の運用思想は、理想論と言ってしまえばそれまでだ。
竜の息吹が、争いの火種を炎と化す前にのべつ幕なくすべてを吹き消すなら、事実上戦争はこの世から失われるだろう。
だがその事実を公表し、運用が始まれば――まず間違いなく、彼女は謀殺される。
争いの火種を絶やしたくない者はこの世界のどこにでもいて、彼らはシャルムの存在を快く思いはしない。
技術者一人を殺して戦争の根絶が止まるなら、躊躇うことなどないだろう。
>「だが……それはお前だけだ。お前達の世界じゃない。お前だけが追いついたんだ。ならば、ならば……」
>「お前さえ、いなくなれば……!」
経緯は違えども、アルバートもまた同じ発想に思い至ったようだった。
今度こそスレイブは剣を抜き放つ。
世界規模での戦争の根絶など彼には想像もつかない。
だが、シャルムの命を奪わんとする刃から彼女を護ることならば、スレイブにもできる。
敵対国の軍人ではなく。シャルム・シアンスの――仲間として。
「新世界を侮るなよアルバート・ローレンス。
彼女がいなくなればだと?ならば彼女を護りきれば俺たちの勝ちというわけだ。そのために、俺はここに居る。
剣術が使えなくても、俺はシアンスを護る。――魔法を使えなくても、何かを創り出した者がいたように」
無数の砲撃を総身に浴びながらも、着実にシャルム目掛けて歩みを進めるアルバート。
短剣を逆手に構え、それを迎え撃つべく踏み出したスレイブ。
しかしその疾走は、一歩目で途絶した。
>私は、追いついたんじゃない……もう、追い抜いてるんですよ」 上空から墜ちた『竜の天眼』が、アルバートの頭上を強襲し――彼を叩き潰したのだ。
純粋な質量の激突による衝撃は星都の大地を揺らがし、あたり一面に土煙が立ち込める。
シャルムが指を振って埃を吹き払うと、ついに五体を地に投げ出したアルバートの姿があった。
何度打ちのめされても、その度に旧世界のすべてに支えられて立ち上がってきた男が、ついに倒れ伏して。
世界を賭けた悲壮なる戦いは、これで幕を閉じる。
シャルムの痩躯を覆っていた癒やしの燐光が途切れ、鼻腔から流れ出た血を拭ったシャルムは――
そのまま後ろ向きに倒れ込んだ。
「シアンス!」
思わずスレイブは名を呼び駆けつけようとするが、それよりも早く彼女を支えた者がいた。
ジュリアンだ。彼は過熱したシャルムを氷結魔法で冷やしながら、なにかを堪えるように口を開いた。
>「……魔術適性を強化した副作用だ」
>「ああ……なるほど。あなたが発表を取りやめたのは……こんな理由も、あったんですね。
鼻血が出るほど知恵熱を出したのは……生まれて初めてですよ」
ひとまず無事だったシャルムの様子に胸を撫で下ろしたスレイブは、ようやく人心地ついて天を仰ぐ。
そして空を二度見した。ぎこちない動作で首をまわし、シャルムに問いかける。
「お、おい……宙に浮いてるアレ、さっきからぐらついてないか……」
>「……あの、ちょっとこれ止められそうにないんで。皆さん各自で身を守ってて下さいね」
シャルムの常軌を逸した集中力によって支え続けられていた、無数の『竜の天眼』。
まるでぷつりと切れた緊張の糸が天から竜眼を吊り下げていたかのように。
支えを失った竜の天眼が、一斉に落下してきた。
「詰めが甘いんだよあんたは――っ!!」
スレイブの悲鳴じみた叫びは、展開した風の魔法障壁に竜眼の激突する大音声にかき消された。 >「……とりあえず、体力が回復したら全竜の神殿を目指しましょう」
幸いにもシャルムの身を苛む副作用は深刻ではなく、少し休めば動けるようになるようだった。
消耗した魔力は指環の竜たちから徴収してシャルムに分け与え、疲労した肉体にはアルダガが癒やしの法術をかける。
その間、シャルムにはジュリアンがつきっきりだった。
「……………………」
スレイブはその様子を、拾い直した剣の手応えを確かめつつ眺めていた。
アルバートに奪われた剣術だったが、彼が戦意を失うと共にスレイブの元へと戻ってきている。
その辺から拾ってきた果実を放り上げ、一閃剣を振るえば、綺麗に皮の向けた果肉が落ちてきた。
『なに羨ましそうに見とるんじゃお主。
チェムノタ山でもそうじゃったけど隅っこで陰気に人間観察(笑)しとるのが趣味なんか?
混ざってくりゃいいじゃろ、オークと違って家族水入らずってわけでもなし』
「……余計な世話だ。俺がダーマでジュリアン様と過ごした5年の間、シアンスは帝国で一人だったんだ。
俺たち純人族にとって、5年という歳月はあまりに長い。だから……それを埋める邪魔はしたくない」
『ほーん、羨ましいのは否定しないんじゃな』
ウェントゥスはスレイブの周りをくるくると回って、揶揄するような笑みを浮かべた。
「何が言いたい」
『いやなー?羨ましいのはあの二人の、どっちに対してなんじゃろなーと思っての』
ウェントゥスの問いに、スレイブは答えられなかった。
そのあたりについて深く考えると何か致命的な弱みをウェントゥスに握られそうだったので、彼は魔剣を取り出した。
『あっ何魔剣で忘れようとしとるんじゃお主!そういうとこじゃぞ!そういう!』
やがてシャルムが動ける程度には復調し、一行は全竜の神殿を目指すべく探索を再開する。
立ち上がったシャルムの指が宙を彷徨ったかと思うと、小枝に留まる小鳥のようにスレイブの裾をつまんだ。
「なっ……!?」
>「ん?ああ、これですか?気にしないで下さい。ただの癖ですよ。
平然とシャルムは言うが、癖というにはあまりにも難儀過ぎる……
スレイブは半ば軍人としての条件反射でそれを振り払いそうになるが、諦めて腕の力を抜いた。
「前方不注意は危険だからな。それに危ないし、リスクがある。合理的な判断だろう」
動揺がモロに言語に現れるスレイブを、ウェントゥスがニヤニヤしながら見ているのが実に不愉快だ。
結局シャルムは密林を抜けて全竜の神殿へたどり着くまで、スレイブの裾から手を離さなかった。
「……全竜の神殿。ここがセント・エーテリアの最奥か――!」
ついに相見えた全竜の神殿は、おそらくは星都で唯一、人間の痕跡の新しい場所だった。
鬱蒼と茂る雑草と木立は丁寧に刈り取られ、開けた空間が広がっている。
女王とその麾下である不死者たちが、今なおここで不変の生活を送っているのだ。
「不死者の気配を無数に感じます。ただ、敵意はありません。アルバート殿が居るからでしょうか」
神殿を遠巻きにして気配を探っていたアルダガの見立て通り、そこには大量の不死者がいた。
彼らは謁見路の脇を固めるように整列し、旧世界の指環の勇者を出迎えるように立っている。
そして謁見路の先にある玉座には―― 「――女王パンドラ。この星都の、最高管理権限者です」
スレイブ達の集団からアルバートが一人歩み出て、謁見路に跪く。
彼は魔剣を床に置いて、女王の前に頭を垂れた。
>「それに……この世界を救う術は、まだあると。
彼女は、我々の世界よりも、更に先を行く魔術師です。もしかしたら……」
アルバートが二の句を継がんとした刹那、女王に侍っていた不死者たちが動いた。
雨あられと降り注ぐ虚無の色を纏った矢――シャルムがプロテクションを張って防御する。
女王パンドラはその様子に眉一つ動かさず、怜悧な声が神殿に響き渡った。
>「残念です。あちらの世界に転生し、堕落してしまったのですね……指環の勇者よ。
敵の甘言に心を惑わされ、みすみすこの聖地まで案内してしまうとは」
今の攻撃は、明らかにアルバートごと新世界の指環の勇者を滅ぼさんと意図したものだった。
なんのことはない。交渉は初めから譲歩の余地なく決裂していて、お互いの立場が明確となっただけのことだ。
>「仕方ありません。まずは……彼らに大人しくなってもらう他ないようです。
構いませんね、アルバートさん」
「黒竜騎士殿と言い、旧世界の連中というのはどうしていつも人の話を聞かないんだ。……もう、慣れたがな」
パンドラが冷ややかな号令をかけると、控えていた不死者の軍勢が一斉に武器を抜いて突貫を始める。
竜の巨体さえ押し流す波濤の如き突撃を前にして、スレイブは静かに剣を抜き放つ。
盾はもはや必要ない。防御は――シアンスが居る。
だからスレイブは迷いなく、もう片方の手に魔剣を握った。
「頭の固い狭量な古代人共に――未来を叩き込んでやる」
押し寄せる不死者の集団へ、スレイブは跳躍術式で躍り込む。
踏み込みの慣性を十全に伝えきった神速の刺突が不死者の胸部を貫き、他の不死者を巻き込んで吹き飛ばした。
背後から襲いかかる不死者の、武器を振り上げる腕が半ばから断ち飛ばされる。
横合いからタックルを仕掛けてきた不死者の頭部に、バアルフォラスの刀身が埋まってその場に崩れ落ちた。
精鋭たる不死者の軍勢はスレイブを取り囲むが、その刃のすべてが彼に届く前に腕ごと地に落ちていく。
「四天を閉ざす雹雪よ、白光照らし凍てつけ――『ヘイルストリーム』」
指環の魔力を解き放ち、切っ先を地面に突き立てれば、身を突き刺すような寒波が周囲にほとばしる。
空気中の水分が凝結して巨大な氷柱となり、不死者を氷像へと変えた。
「10秒経ったら退避してください!範囲法術で焼き払います!」
アルダガが叫ぶ言葉は不死者たちにも筒抜けだったが、攻撃が来るのがわかったところで回避のしようなどない。
彼女のメイスから放たれる神聖魔法の光は、不死者の集団を残らず穿ち尽くす天罰の雨だ。
全速力で疾走すれば範囲内を脱することはできるかもしれないが――それを看過する指環の勇者ではなかった。 >「昔から思い込みが激しいのは変わってないようだな――
貴様の仲間達は、本当にかつての世界を取り戻すために戦ってほしいなどと望んでいるのか?」
動きを止めたアルバートにジュリアンが近づき、友人だったあの頃のように諭す。
だがアルバートが語りはじめた旧世界の滅亡とそれに対するアルダガの提案は、アルバートの逆鱗に触れる結果となった。
>「俺は今度こそ、虚無の竜を殺す。奴が二度と復活することのないよう、魂に一片も残さず灼き尽くす。
その為には、貴様らの世界に奪われた属性の全てが必要だ。
貴様らは黙って属性を寄越せ。それを使って、俺が……俺達が奴と戦う……!」
そしてアルバートは立ち上がり、再び魔剣を構える。
それはまさしく戦場に立つ戦士の姿であり、いかなる理由であれ止まることはないという意志を示している。
>「……レイエス、解毒しろ。俺達は……負けられない。
無用な気遣いはやめろ。これ以外に道はないんだ」
その言葉に、ジャンは自らの行為を恥じた。
短い付き合いだったとはいえ、同じ目的で動いていた仲間をできれば殺したくなかったという自身の甘さと、
アルバート・ローレンスという戦士の誇りをくだらない毒物で踏みにじったことに気づいたからだ。
もはやアルバートは言葉や策では止まらない。
戦士は戦いでしか決着をつけられないのだ。それに気づかなかった自分の愚かさを感じ、ジャンは魔剣より噴出した爆炎から距離を取る。
と、未だ知性を取り戻さないスレイブが無策のまま突っ込んでいく。
>「ポンコツがぁぁぁっ!古代人みてーに周りの魔力吸い取るぐれーしてみろや!
こうなったら直接剣でぶった切ってやるぜっ!」
慌ててジャンは正気に戻すべくスレイブの肩を掴み、スレイブの頬を殴り倒す。
自分への怒りがあったためか、かなり力を込めて殴ってしまったがそれがスレイブにはよかったらしい。
元に戻ったスレイブと前衛を組み、再びアルバートに対峙しようとしたその時だ。
>「……炎とは際限なく燃え広がり、何もかもを灰に変える、死の象徴」
先程からぴくりとも動かなかったシャルムがつぶやき、ジャンはその姿に違和感を感じた。
魔剣から放たれた炎に巻き込まれているにも関わらず、シャルムの身体と衣服が一つとして燃えていない。
指環を持たない、一流の魔術師とはいえただのヒトが何故平然といられるのか。
>「炎は灰を生み出す。灰は土に還り、草木を育む糧となる。
すなわち炎の属性は、転じて大地の属性と化す。
そしてその大地から金属を生み出し、鍛え、変化させるのもまた炎」
「おいおい、あのゴーレムを一人で作りやがったのかよ……!」 焼き尽くすだけの炎をどうやったのか何かに変換し、色の消えた大地を再び元に戻してみせる。
そしてイグニス山脈にいたあのゴーレムよりも強靭であろうゴーレムを大量に作り上げ、手足のごとく操ってアルバートへ突撃させた。
シャルムが何をどうやっているのかジャンにはさっぱりだが、一つだけ分かることがある。
>「天より見下ろす竜の眼の前には、最早人間も、オークもエルフも、魔族も関係ない。
みんな同じです。勝ち目などない」
(あいつは……吹っ切れたな!それも前向きにだ!)
そうしてシャルムとアルバートの問答はしばらく続き、空飛ぶゴーレムの落下と同時に決着した。
>「……あの、ちょっとこれ止められそうにないんで。皆さん各自で身を守ってて下さいね」
「えっおい、自分で作っといてそりゃないだろ!?」
アクアのやれやれというつぶやきがゴーレムの破片と部品の衝突音にかき消される中、ジャンは慌てて水流の障壁を展開する。
こうして一行と守護聖獣はしばらく防御結界を張った後、全員の治療と事情の共有を行っていた。
>「……とりあえず、体力が回復したら全竜の神殿を目指しましょう」
その休憩の間、石に腰掛けたアルバートにジャンが近寄る。
とりあえずは仲間になったとはいえ、先程までは敵だったジャンにアルバートは剣呑な顔をした。
「……なんだ、今度は何を食わせるつもりだ?」
純白の兜を脱ぎ、魔剣の手入れをするアルバートの目の前にジャンは座り、ややばつが悪そうに喋りだす。
「さっきはその……悪かった。
お前は一流の戦士で、本当なら俺も殺すつもりで向かわなきゃいけなかった。
でも俺は殺したくなくて、うやむやにしようと思ってああしたんだ」
「むしろ驚かされたぞ、オークは策を使わず真正面から突っ込んでくるしかないと思っていたからな」
相変わらず魔剣を眺め、手入れを続けるアルバートに、しどろもどろになりながらジャンは話し続ける。
「それは策を使う必要がないと思った相手にしかそうしないから……って違う!
俺が言いたいのはつまり……オーク族のやり方でも、他のヒトのやり方でもダメなことを俺はしたんだ!」
「ならばどうする、許してほしいのか?」
「いや、言葉はいらねえ。思いきりぶん殴ってくれ」
アルバートは表情を一切変えず、魔剣を鞘にしまう。
そして立ち上がり、ジャンへとおもむろに近づくと――
「フンッ!」
気合の籠った掛け声と共にジャンの腹へと腕の動きが見えないほどの速度で拳を叩き込み、そのまま何事もなかったかのように元の位置に戻った。
一方ジャンは黒騎士の本気の拳を腹に叩き込まれ、体を折り曲げて崩れ落ちる。
「おおっ……いってえ……!滅茶苦茶いてえ……」
「……亜人の文化はよくわからんな」
強靭なオークの身体とはいえヒトの限界まで鍛えられたアルバートの拳は重く、
障壁も防具もなしに受けたジャンはその後、オーク族秘伝の薬を飲んでもしばらく腹が痛んだ。 >「……全竜の神殿。ここがセント・エーテリアの最奥か――!」
「その辺の遺跡とは違うみてえだな、よく手入れされてる」
『感じる魔力もすさまじいね、女王はこちらを待ち構えているようだ』
>「不死者の気配を無数に感じます。ただ、敵意はありません。アルバート殿が居るからでしょうか」
神殿の中央を割るように真っ直ぐ作られた謁見路の先、神官と重装兵に守られた玉座には女王パンドラが堂々と座っている。
周りにいる不死者たちは正気を保っているかは定かではない。だが、密林で出会った不死者とは明らかに様子が異なる。
彼らには秩序があり、それが彼らを戦士たらしめているのだ。
>「それに……この世界を救う術は、まだあると。
彼女は、我々の世界よりも、更に先を行く魔術師です。
もしかしたら……」
アルバートの提案への返答は、弓兵たちの一斉射で返された。
他の仲間が防御障壁を張って矢を跳ね返し、ジャンは他の不死兵の動きに備える。
先程まで武器を掲げていた不死兵たちが即座に各々の得物を構え、一行を包囲するべく近づいてきたからだ。
>「残念です。あちらの世界に転生し、堕落してしまったのですね……指環の勇者よ。
敵の甘言に心を惑わされ、みすみすこの聖地まで案内してしまうとは」
>「黒竜騎士殿と言い、旧世界の連中というのはどうしていつも人の話を聞かないんだ。……もう、慣れたがな」
「話し合う気がないなら最初からそう言うべきだぜ……突っ込むぞ!」
スレイブが空中から跳躍して飛び込むと同時に、ジャンは地上から強引に着地場所を確保する。
アルマクリスの槍はパックに渡し、今手に持つのはミスリル・ハンマー。
最初にぶつかった不死兵の剣を指環の障壁で受け流し、側頭部をハンマーで殴り飛ばす。
そうしてよろめいたところで押しのけ、無理矢理前進する。
数に任せて飛び掛かってくれば、ウォークライで怯ませ殴り飛ばす。
指環の魔力で瞬間的に増幅された咆哮は竜装の時ほどではないが、その圧力は武装した兵士すら姿勢を崩す。
>「10秒経ったら退避してください!範囲法術で焼き払います!」
さすがに虚無の竜との戦いを生き残った精鋭だけあってか、不死兵たちはアルダガの警告を聞いて即座に距離を取り散開する。
だが、ジャンはそれを逃さない。
「逃げるのはてめえらじゃねえぞ!『フラッシュフラッド』!」
神殿の外から突然現れた鉄砲水が不死兵たちを襲い、ちょうど神殿の中央にまとめる形で鉄砲水はなだれ込み続ける。
さらにその勢いの方向を指環でずらし、女王の座る玉座へと濁流が叩き込まれた。
アルダガの法術で不死兵は消し飛び、神官や重装兵ごと女王も仕留めたはず……だった。
「……やったか!?」 ジャンのその言葉と同時に濁流が蒸発し、辺りが水蒸気の霧に包まれる。
霧が晴れたところで玉座を見てみれば、そこにいたのは手をかざして障壁を張る二人の神官と、盾と大剣を構えて女王を守らんとする三人の重装兵。
そして、玉座からついに立ち上がった女王だ。
汚れ一つない純白のロングドレスと、同じく純白の指環が取り付けられた錫杖を持ち、静かにこちらを睨みつけている。
「……本当に残念です。この世界の指環の勇者たちが――この程度とはッ!」
女王は言葉をそこで打ち切り、錫杖を空中に浮かべ両手で魔法陣を描き出す。
それは未だヒトが辿り着けない神の御業。死者は蘇らないというルールの書き換え。
「我が勇猛なる英雄たちよ、魂すら残らぬ虚無より我の下に集え!『リターン』!!」
その詠唱を紡ぎ終わると同時に、女王の玉座へと続く階段にゆらり、ゆらりと影が現れはじめる。
それは最初薄れた染みのような影だったが、やがて濃さを増していくにつれて甲冑を纏った戦士であることが見て分かった。
ある影は身の丈よりもはるかに大きな斧を持ち、ある影は絹糸よりも細いレイピアを持ち、その装備は様々だ。
かつて旧世界で名を馳せ、虚無の竜に挑んで散っていった英雄たち――その完全なる再現。
八人の影が女王の前に跪き、そしてこちらへと武器を構えて向き直る。
「偉大な英雄たちよ、紛い物の勇者たちを魂ごと滅ぼしてしまいなさい!」
女王の号令の下、英雄の影は静かに階段を降りる。
ただ眼前の反逆者を討ち滅ぼすために――
【旧世界の英雄VS新世界の勇者】 闇黒大陸グルメ作戦が功を奏し戦闘不能に陥ったかと思われたあるアルバートだったが、
アルダガとの問答中に激昂し、またしても立ち上がる。 >「……レイエス、解毒しろ。俺達は……負けられない。
無用な気遣いはやめろ。これ以外に道はないんだ」
それを見たティターニアは、致命的な戦術誤りを痛感した。
最初から小手先の奇策で戦意を失わせる作戦が通用する相手ではなかったのだ。
この戦いを終わらせるには、息の根を止めるか、それ以外で方法があるとしたら――
正攻法でこちらの圧倒的優位を見せつけるしかない。
しかも、古代の指輪の力に頼らない新しい方法でという縛りもある。
黒板摩擦地獄以外にもユグドラシアの独自魔法はいくつもあるが――はっきり言ってイロモノ魔法揃いである。
何かと見た目的に難があったり、アルバートの怒りを増幅させそうなものばかりであった。
そもそも奇策で敵軍を混乱に陥れて戦意を失わせる戦術こそがユグドラシアが最も得意とするところであって
それは肉体精神共に常識の範疇内レベルの武装集団を最小限の犠牲で鎮圧するには確かに効率がいいが
帝国の黒騎士に代表される化け物級に強い一個人との戦闘には向いていない。
どうしたものかと思っていると、スレイブが魔力が空の状態で突っ込んでいこうとしていた。
>「ポンコツがぁぁぁっ!古代人みてーに周りの魔力吸い取るぐれーしてみろや!
こうなったら直接剣でぶった切ってやるぜっ!」
「スレイブ殿、今解除を……」
解呪の魔法をかけようとするティターニアだったが、それより早くジャンが殴ることによってスレイブは正気を取り戻した。
状態異常を魔法やアイテム等に頼らずに物理的手段で漢らしく解除する――いわゆる漢解除と呼ばれる手法である。
他に安全に解呪する方法があるならわざわざ漢らしく解除しなくても、とも思うが、
スレイブ本人が逆に気合が入っていいと思っているようなので問題はないだろう。
結局良案も思いつかないまま、スレイブとジャンの援護に回ろうとするティターニアだったが……背後でシャルムの呟きが聞こえた。
>「……出来た」
確信に満ちた呟きに思わず振り向いたティターニアは、目を見開いた。
「出来たって……まさかそれは……後天性魔術適性の付与術式……!?」
>「『フォーカス・マイディア』」
そこからシャルムの快進撃が始まった。その姿を見て直観した。
今の彼女に手出しは無用だ。ただ一つ出来ることがあるとすれば、精神力を分け与えて支えることだけ。
そう思ったティターニアは、魔術師同士で精神力を共有する力場を作る。
「――エナジーフィールド!」
ジュリアンもいつの間にかそこに参加していて。
未だ戦闘中だというのに二人して頭上を見上げつつどこかしみじみとした会話を交わす。 「生徒が自らを超えていくのは導師冥利に尽きるな――」
「超えていくとは同じ道を通った上で追い越す事であって端から土俵が違う場合は当てはまらないが。それにどうせ漫才しか教えてないだろう」
「分かっているが言ってみたかっただけではないか」
シャルムが繰り出した切り札、それは瞳になぞらえた無数の砲口を持つ、非人型の飛行ゴーレムだった。
>「名付けるなら……『竜の天眼(ドラゴンサイト)』。
遠隔操作が可能な事に加え、内部機構より発射可能な『賢者の弾丸』……あ、さっきゴーレムを吹き飛ばしたアレの事です。
その射程距離は……理論的には、無限大に広げていける」
それを制御しつつ、壮大な運用思想を語ってみせるシャルム。
ユグドラシアで正統派の大規模攻撃魔術があまり開発されていないのは、大規模な破壊や殺戮は望まない風潮が根底にあるからでもある。
しかしシャルムが提示したのは、圧倒的な力で戦争を抑止するという逆転の発想だった。
ついにアルバートが倒れ伏し、倒れそうになるシャルムをジュリアンが支える。
ティターニアは一つ気がかりなことがあり、竜の天眼を指差し無粋を承知で問いかける。
「シャルム殿、ところであれは……」
どうするのだ?と言おうとした時、スレイブがとんでもない事に気付いたようだ。
>「お、おい……宙に浮いてるアレ、さっきからぐらついてないか……」
>「……あの、ちょっとこれ止められそうにないんで。皆さん各自で身を守ってて下さいね」
「テッラ殿! 落下点を逸らせるか!?」
「きゃあああああ!! ――四星守護結界!!」
こうして指輪の勇者一行と守護聖獣総出で、シャルムがつけた文字通りのオチを回収したのであった。
ようやく話が通じるようになったアルバートが、世界の再建についてシャルムと言葉を交わす。
>「……本当なのか?さっき言っていた事は」
>「この世界の再建、ですか。ええ、方法はあるはずですよ。ですが……」
>「……実現は、難しいのか?」
>「どうでしょう。それもありますが……それよりもまず、一つ疑問があるんです。
本当に、誰もこの手段を思いつかなかったのか……」
「そなたらは何か知らぬのか?」
「こちらの世界の出身とはいってももうずっとあなた達の世界に身を置いていましたから何も……」
そう答えるクイーンネレイドの様子はどこか悲し気で、何かを予感しているようにも見えた。 >「……とりあえず、体力が回復したら全竜の神殿を目指しましょう」
暫しの小休止を取り、ジュリアンがシャルムを付きっ切りで介抱し、スレイブがそれを羨まし気に見たり
ジャンとアルバートが肉体言語を交わしたりしていた。
ティターニアも思いっきり新世界グルメ作戦の共犯なのだが
肉体言語が交わされる戦士二人の会話に入っていくのはなんとなく躊躇われ、傍観するに終わった。
そんな中、テッラがアルバートの持つ指輪に関しての疑問を漏らす。 『”虚無の指輪”とは一体――まるで8つ目の竜の指輪のよう。
かつて死んだ者が素体になっていることも光の指輪や闇の指輪に似ていますね』
「それでいくと……あの指輪に宿っている者は虚無の竜の影か?
虚無の竜が世界を食らった宿敵なのだからそれはおかしいだろう」
『そうですが……虚無の竜自体が何なのか私達にも分かりませんから。
昔世界を食らった虚無の竜が本当に全くの外界から現れた敵なのか、今回復活した虚無の竜はそれと同じ存在なのか……』
「もしかしたら虚無とは……忘れ去られた8つ目の属性、あるいは原初の0番目の属性なのかもしれないな――」
全の竜の神殿に向かって出発するとシャルムが突然スレイブの袖を掴み、それを見たパックが余計な分析を加える。
「これはっ……いわゆる同じアイドルを信奉する者同士が意気投合する現象――!?」
>「ん?ああ、これですか?気にしないで下さい。ただの癖ですよ。
私、考え事をしていると、つい前を見るのを忘れてしまうものでして……。
さっきのゴーレムの設計、今からもっと練っておかないといけませんからね」
「そんな癖は無かったと思うのだが……そなたは覚えがあるか?」
と、微妙な顔をしながらジュリアンに問いかけるティターニア。
「いや、無い――というか人を”置いてきぼり食らった奴”みたいな目で見ないでくれるか?」
そして辿り着いた竜の神殿。
>「残念です。あちらの世界に転生し、堕落してしまったのですね……指環の勇者よ。
敵の甘言に心を惑わされ、みすみすこの聖地まで案内してしまうとは」
>「仕方ありません。まずは……彼らに大人しくなってもらう他ないようです。
構いませんね、アルバートさん」
アルバートが女王パンドラに説得を試みるも、予想通りというか話が通じる相手ではなく、戦闘が始まった。
>「四天を閉ざす雹雪よ、白光照らし凍てつけ――『ヘイルストリーム』」
>「10秒経ったら退避してください!範囲法術で焼き払います!」
>「逃げるのはてめえらじゃねえぞ!『フラッシュフラッド』!」
戦闘が始まるや否や、秒速で雑魚の掃討が行われた。雑魚が一掃され、ついに女王が立ち上がる。
その手に持つ錫杖には、純白の指輪が取り付けられていた。 「エーテルの指輪……!?」
>「……本当に残念です。この世界の指環の勇者たちが――この程度とはッ!」
>「我が勇猛なる英雄たちよ、魂すら残らぬ虚無より我の下に集え!『リターン』!!」
>「偉大な英雄たちよ、紛い物の勇者たちを魂ごと滅ぼしてしまいなさい!」
かつて全の竜が全ての属性を統べていたという時代に虚無の竜に挑んだ英雄達。
その影が現れ、新世界の勇者を打ち倒すべく歩んでくる。人数は――奇しくも8人。
実は属性は8つあるのではないかという憶測と奇妙に符合してしまっていた。
『……手伝ってくれとは言いません――ただ手出しをしないでいてくれれば』
テッラが、かつて旧世界の英雄達と共に戦ったのかもしれない守護聖獣達を気遣う言葉を掛けた。
「――バインディング」
ティターニアが使ったのは、魔力の植物を絡みつかせ身動きできなくする魔法。
すると旧世界の英雄のうちの一人が巨大なバトルアクスを一閃し、絡みつこうとする魔力をバラバラに断ち切る。
そのままの勢いでバトルアクスが地面に叩きつけられたかと思うと、一瞬にして轟音と共に床に地割れが走る。
どうやらこの英雄は大地の属性を操る者らしい。
ティターニアが地面の裂け目に飲み込まれようとした時だった。
地面に出来た裂け目を跳躍して横切る巨体――フェンリルが間一髪で前足でティターニアを掬い上げたのだった。
フェンリルの肩の上に乗せられ礼を言うティターニア。
「フェンリル殿……助かった」
『勘違いするな、貴様のためではない――だがテッラが貴様を選んだからには仕方がないだろう』
『フェンリル……』
『テッラ、貴様も貴様だ。手出しをするなとはどういうことだ。我では足手まといということか?』
何故かテッラとフェンリルが少しいい雰囲気になっている。
地底都市にて、フェンリルがテッラとずっと一緒にいたくて大地の指輪を一行を渡すのを拒んでいたことが思い出された。
「我、もしかしなくてもお邪魔虫……? 後はお二人に任せた方がよいだろうか」
基本的に魔法使いは知性を磨いた方が様々な魔法を使えるようになるが、
異なる二つの存在間で魔力を伝達するにあたって、知性は妨げになってしまう。
これが、自分以外の人格らしきものを持つ存在から力を借りる系統の魔法を使うにあたって、魔法使いがぶちあたるジレンマだ。
そこでこのジレンマを克服するため、魔術師達は敢えて何も考えない状態を作り出す訓練も積む。
ティターニアはこの技術を用い、テッラと同化することとした。 「テッラ殿、暫しそなたの依り代となろう。フェンリル殿と好きなだけ暴れるがよい。
竜装――アースドラゴン」
ティターニアはフェンリルの肩から飛び降りたかと思うと空中で指輪から放たれた黄金色の光に包まれ、巨大な竜と化した。
普段の竜装は指輪の竜の力のほんの一部を借り受け同化するものだが、これはその全部版。
テッラが地底都市にて見せた大地の竜の姿そのものだ。
『フェンリル! 来ますよ!』
『言われずとも分かっている!』
邪魔に入ったフェンリルを切り伏せんと突進してくる大地の英雄。
暫しバトルアクスとフェンリルの爪での激しい立ち回りが行われる。
その立ち回りは唐突に終わりを迎えた。不意に英雄の動きが止まる。
大地から生えた、石とも植物の根ともつかぬものがバトルアクスに絡みついている。
今度は先刻とは違い、簡単に切り飛ばすことは叶わない。
『テッラ!』
フェンリルが飛び退ると同時。
翼をはためかせて上空に滞空するテッラが吐き出した地属性のブレスが、大地の英雄に直撃。
跡形もなく消し飛んだように見えた。
『まぁ……貴様にしては上出来なんじゃないか?』
『デレてる場合じゃないでしょう、皆さんを加勢に行きますよ!』
意識の片隅でテッラは思う。
他の英雄達も、自らが操る属性と同じ属性の指輪を持つ者に狙いを定めているのだろうか。
まだ指輪が手に入っていないエーテル属性の英雄は……ジュリアンかアルダガかシャルムあたりを狙っているのかもしれない。
歴代のエーテルの勇者達には意外なある共通点が見られ、それは異種族が珍しくない指輪の勇者の中にあって、決まって純人種であることだ。
それも、純人種の中にごくたまに生まれる規格外の人間であると思われ――
つまり、現在の一行の中でエーテルの指輪を扱う素質があるのはその3人であることが推察されるのだ。 ディクショナルさんとジャンソンさんが敵陣へと突撃し、虚無の兵士達を薙ぎ倒す。
正直、あの二人だけでも問題なく彼らを全滅させられそうです。
……こうなる事は、女王パンドラにも分かっていたはず。
こちらの世界の指環の勇者……虚無の指環を持っていたアルバートさんが敗れた時点で、
いくら精鋭とは言えただの兵士が私達に勝てる訳がない。
なのに何故……。
>「10秒経ったら退避してください!範囲法術で焼き払います!」
>「逃げるのはてめえらじゃねえぞ!『フラッシュフラッド』!」
バフナグリーさんが神術の詠唱を始め、合わせるようにジャンソンさんが敵の拘束を図る。
ディクショナルさんは巻き添えにならないよう、一足先に後方へ飛び退いてきて……
「……お怪我は、なさそうですね」
なんだか無性に彼の事が気になって、私はそちらに歩み寄る。
それからディクショナルさんの右肩に左手を乗せて、背伸びをして、彼を見上げ……
「ですが……あれだけ派手に動いたから、ほら、髪が乱れてますよ。
この長さなら、髪留めを使ってもいいんじゃないですか?」
右手の人差し指で、彼の前髪を、すいと撫でる。
「男の人でも、落ち着いたデザインの物なら変じゃありませんし。
ほら、私の使ってるこれとか……あなたにもきっと似合いますよ。
これくらいの小物でしたら、魔法ですぐに作れますし……」
私は右手に軽銀の細いカチューシャを作り出して……
……や、やっぱり何かが変です、私。
私がディクショナルさんに、贈り物を?
しかもお揃いの髪留めだなんて。
い、一体何を考えて私はこんな事を……いえ、いえ、落ち着きましょう。
「あー……デザインは気にしないで下さい。
ただいつも身につけてるからイメージしやすかっただけです。
それに、私なら装飾品にエンチャントを施す事も出来ますし……」
そう、そうですよ。その鎧に高機動戦用の術式が付与されているように、
エンチャントが施された装備品の有用性は明らかです。
私はあくまで合理的な判断の下に提案をしているだけで……
「まぁ……もし私と一緒のデザインが嫌だと仰るなら、別に作り直してもいいですけど」
……な、なんで私は自分から話をややこしい方向に戻したんでしょう。
自分で自分が分からない……。
「……『フォーカス・マイディア』の反動がまだ残っている?そんなまさか……」
と、不意に玉座の方から大きな音がしました。
ジャンソンさんの指環による攻撃に加え、バフナグリーさんの神術。
完全に勝負は決したものだと思っていましたが……
>「……本当に残念です。この世界の指環の勇者たちが――この程度とはッ!」
「我が勇猛なる英雄たちよ、魂すら残らぬ虚無より我の下に集え!『リターン』!!」
「偉大な英雄たちよ、紛い物の勇者たちを魂ごと滅ぼしてしまいなさい!」
……まだ食い下がるつもりですか。
過去の勇者の召喚……降霊術の類でしょうか。
魔法?それとも神術?その技法には興味深いものがありますが…… 「……もうやめませんか。あなた達に勝ち目があるとは思えない。
私達は原住民の虐殺がしたい訳ではありません。
それに、あなた達にも分かっているはずです。この世界を救う術……」
私が言い終えるよりも早く、斧を構えた大男が突撃してくる。
狙いはティターニアさん……ですが、指環の力とフェンリルの援護を得た彼女に勝てる訳もなく。
かつての英雄は大地の竜のブレスを受けて……消えてしまいました。
……当然の結果です。
こちらにはかつて彼らの世界を統べていた、竜の力を宿す指環がある。
彼らに勝ち目があるとすれば……虚無の指環。
属性を奪う指環という、指環の勇者に対する圧倒的な相性の良さ。
そこだけが彼らの唯一の勝ち目だった。
そんな事は彼らだって分かっているはずなのに……。
残る七人の英雄……その一人が、深く項垂れ首を振りながら、溜息を吐いた。
「まったく、粗忽者め……気が乗らぬにしても、もう少しやり方というものを考えんか」
瞬間、彼らが動いた。
私達の懐に飛び込むようにして……剣と剣がぶつかり合う音が幾つも響く。
「こうなれば、竜の力を無闇に振り回す事は出来まいよ」
他の英雄に遅れてゆっくりと、私を見つめながら歩み寄ってくるのは……嗄れた声の老人。
白髪にモノクル、顔の下半分を覆う豊かな白ひげ。
黒いローブに、つばの広い三角帽子……これまた、分かりやすい相手ですね。
「お主……この世界の魔術師を超えている、とか言われておったのう。
それはつまり、この儂をも超えておるという事じゃろ?
にわかには信じられぬのう……一つ、確かめさせてくれぬか」
「……こんなの、無意味です。無意味な戦いだ。
もしかしたら私達の内、何人かが敗れ……だけど最後には、竜の力によってあなた達が負ける。
それだけの戦いでしかない。一体、どうしてこんな事を」
「それはどうかの。全てはやり方次第じゃ。例えば……」
不意に、私の周囲に幾つもの魔法陣が現れる。
そこから生じるのは無数の槍。
それらがまるで私を包囲するかのように檻を形成する。
ただの檻じゃない。これは大地の属性は地面や植物だけでなく、金属も象徴している。
それはつまり金属から生み出される物をも象徴するという事。
例えば檻や金庫、鎖に錠前。つまり……封印術ですね。
「お主を生かしたまま人質にするという手はどうかのう」
「……自分で言うのもなんですけど、効果的かもしれませんね」
……ですが、湧き水や川がそうであるように。
大地とは水を生み、呼び寄せる属性でもある。
そして水は金属を腐食させ……また植物を育む。
強固な槍によって構築された檻は錆びて崩れ落ち、代わりに草花へと変化する。
「友を呼べ、小さき踊り子。証明せよ、その姿。
その振る舞い。その暴威。来たれ見えざる盟友……『花びらの刃(サベッジブルーム)』」
そして植物はその揺らぎをもって、姿なき風の振る舞いに形を与える。
それはつまり、より確かなものにする……強化するという事。
花びらを纏い渦巻く風の刃が、老魔術師へと襲いかかる。
「……ねえねえイグニス様。本当に僕の事覚えてないの?」
わたくしに斬りかかってきた少年は、鍔迫り合いの最中、そう尋ねましたの。
わたくしの手元の指環に向けて。
「あなたが僕に、一つの国を任せてくれた時の事。僕は今でも覚えてるのに」
剣と、女王の毒針。この距離で刃を交えていながらも、彼の目はわたくしを見ていない。
炎の指環だけを見つめていて……なのに、強い。
剣を払い除けようと力を込めても、押し返せない。
確かにわたくしちっちゃいですけど、この身にはムカデの王を宿していますの。
そのわたくしが……完全に、力負けしているなんて……。
『……すまないが君の知るイグニスと、今ここにいる妾は別の存在だ』
イグニス様は静かにそう答えましたの。
『だが……そうか。君は妾が選んだ王だったんだな。
かつての妾も、今の妾と同じように、王を選んでいたのか』
ならば、と彼女は続ける。
『分かるね、フィリア』
「……ええ。あなたは、この戦いに力は貸さない」
『ああ、そうだ。君が君じゃなくてジャンだったなら、敵が彼じゃなかったなら、
私は構わず力を貸していただろう。だが彼はかつての王で……君は虫のおうじょさまだ。
ならば君は、君の力でこの戦いを乗り越えなくてはならない』
「……ふうん」
瞬間、少年の腕に一層の力が籠もる。
「だったら、ねえ、イグニス様。僕がこの子をやっつけたら、今度は僕の指環になってくれる?」
『……考えておいてあげよう』
「やった。変わってませんね、イグニス様。あなたは四竜の中でも特に超然としていた。
嬉しいです、あなたはやっぱり……今でも、僕の憧れたイグニス様なんですね」
お……押し切られますの!
わたくしは咄嗟に後ろに飛び退いて、体勢を立て直す。
力比べでは不利……ならば女王蜂の速さで撹乱すれば!
わたくしは稲妻のごとく飛びかかり、五月雨のように毒針を振り回す。
だけど……当たらない。
斬撃は全て防がれて、掠りもしない。
「……もしかして、これで本気なの?」
ようやくわたくしを捉えたその双眸には、蒼い炎が宿っていた。
……わたくしも炎の指環を手に入れてから結構な時間が経ってますの。
だから分かる。
炎とは活力の象徴。あの恐ろしい膂力と眼力は炎の属性によって得られたもの。 「残念だなあ……昔より、見る目は曇ったんじゃないですか?イグニス様」
少年の放った、ただ一回きりの、横薙ぎの斬撃。
その一撃が、私が右手の構えた女王蜂の毒針を、砂糖菓子のように叩き折った。
……強い。
力も、速さも、彼の方が上回っている。
だけど……だからって、諦める訳にはいきませんの!
まだ、手は残っている!
「っ、このぉ!」
一歩深く踏み込んで、折られた毒針で突きを放つ。
これがわたくしに残された唯一の手……意表を突く事。
「……浅はかだね」
そして……少年が剣を振り上げて、わたくしの右腕、その肘から先が宙を舞った。
彼は重力に捕まって落ちてきた私の右手を掴んで……炎の指環を見つめる。
「約束したよね、イグニス様。これで、僕の指環に……僕だけのイグニス様になってくれるんだよね」
『……ああ、確かに約束した』
イグニス様は平然とした口調でそう答える。
『しかし……残念ながら、やっつけられるのは君の方のようだ。君の指環にはなってあげられないな』
直後……彼の掴んだわたくしの腕が、無数のムカデへと変化した。
ムカデ達は彼の体を縛り上げる。
関節を制し、牙と足を肉に食い込ませ……
「なっ……」
次の瞬間には、わたくしは左腕に再形成した毒針を、彼の首元に突きつけていましたの。
「……わたくしよりも力持ちなヒトは、世の中には大勢いますの。
わたくしより速く動けるヒトも、賢いヒトも。
わたくし……まだまだ未熟で、足りないモノばかりですの」
……だけど。
「だけど……自分で言うのもなんだけど、わたくし、ヒトを見る目だけは少し自信がありますの。
だって、指環の勇者になって……沢山の素敵なヒトと巡り会えたから。
あなたなら絶対に、炎の指環を見逃さない……見逃せないと思った」
これで……勝負は決しましたの。
そう思いたい。そう……思って欲しい。
でなければわたくしは、とどめを刺さなきゃいけない。
彼は……もう生きてはいない、幽霊のようなものに過ぎないのかもしれないけど。
それでも……嫌なものは嫌ですの。
「……ふ、ふふ。参ったなぁ。王様が底を見抜かれてちゃ、完敗だよ」
そして……彼は悔しげに、そう笑いましたの。
その声からはもう戦意は感じない。
……良かった、ですの。
「あ、でも念の為に毒針で一回刺しときますの。失礼しますの」
「……やるだけ無駄、ではないでしょうか。あなた達に勝てる道理はない」
「あら、どうしてそう思うのでしょう」
踏み込んできたのは女性の剣士。
放たれたのは神速の刺突。剣先が見えないほどの速さ。
ですが……剣先の動きは手足の動きに追従する。
見えなくても視える。狙いは私の心臓。 弧を描く足捌き。
体を回転させて刺突を躱しざま、右手に作り出した長剣を薙ぎ払う。
対手の剣士は身を屈めそれを避ける。
切り返しで繰り出されるのは、脚への切り払い。
しゃがみ込んだ、不十分な姿勢であっても全身の捻りがそれを補う。
十分に肉を切り裂き、私の骨格に届く威力がある。
私は地を蹴り、その斬撃を飛び越える。事前に全身を回転させていた事で勢いは十分。
前方へと飛びかかりつつ長剣を突き出す。
対手はしゃがみ込んだ体勢から……更に姿勢を低く。
背中を地に預けるようにして私の剣を回避。
そのまま地面を転がり距離を取って……仕切り直し、ですね。
「……あなた達の世界、あなた達の生きていた時代には、争いがなかったと聞きました。
剣術とは人を殺める為の技術。あなた達にはそれを実践する機会のなかったのでしょう?」
……対手が身に纏う、華美な洋服。
その胸元に一筋の切れ目が開いた。僅かな出血も伴っている。
最初に放った横薙ぎの一撃が、刻んでいた傷。
「ダーマの剣術は、確かにあなた達の剣術を基礎にしているのかもしれません。
ですが……青は藍より出でて藍より青し。
起源である事と、それが優れている事は、まったく別の事です」
私の言葉に……対手は、ふっと笑いました。
「……何か、おかしな事を言ったでしょうか」
「いえ……あなたにとって剣術とは、その程度のものだったのかと思うと、つい」
瞬間、対手の剣が閃いた。
……レイピアの細さ、軽さを活かした、手首の先の動きのみで放たれる斬撃。
私はそれを長剣で防ぎ、いなす。
「……分かりました。言葉だけでは伝わらないのなら、実践にて示しましょう」
そう言って私は一歩前へと踏み出し……不意に、右腕に鋭い痛みが走った。
そして生じる、無数の刃傷。傷口から闇の魔素が溢れる。
……馬鹿な。斬られた私自身すら気づけないほど、鋭い斬撃?
「私達の世界には……ドラゴン様がいました。私にとって剣とは、人殺しの術ではありません。
剣とは。そう、剣とは……人の身に生まれたこの私が、ドラゴン様に近づく為の術」
対手が一歩前に詰め寄ってくる。
引き下がる……訳にはいかない。迎え討ってみせる。
襲い来る無数の斬撃……速い。防ぎ切れない。 「あなた達の世界にはなかったでしょう?
決して勝てない存在、ドラゴン様への憧れ」
憧れ?何を馬鹿な……この鬼気迫る剣術が、憧れから生まれた?
「御冗談でしょう。あなたの剣術を育てたのは、憧れなんかじゃない。
優れた技にはその使い手の感情が宿る。これは、この剣は……嫉妬の剣だ」
「あら……ふふっ、バレちゃいましたか?」
「そりゃあ……そもそも私に目をつけてきた時点で、ね」 対手の剣が、黒く染まる。
闇の属性……負の感情の、そして無限の可能性の象徴。
それはすなわち正体不明……極まり、それ故に決して見切り得ない剣。
闇とは本来、世界に存在しなかった属性。
それはこの旧世界においても同じのはず。
その属性に……彼女は努力と研鑽のみで、辿り着いた?
「……強い」
私は……勝てない。
一歩、後ろに大きく飛び退く。
追い詰めるかのように対手が深く踏み込んでくる。
必然、放たれる剣技は……突きになる。
私は、それを……再度前に踏み込む事で、敢えて受けた。
……このままでは、勝てないから。
私が勝つ為には、この戦法しかなかった。
剣先が私の胸を貫く。
ですが……そこに私の、ナイトドレッサーの急所はない。
驚愕の色を浮かべた対手の顔を長剣の柄で思い切り殴りつけた。
対手が剣から手を離して……崩れ落ちる。
「……やっぱり、勝てませんでしたね。
実践を伴わない剣の弱さはよく知っています。
私もかつて、同じ負け方をしましたから」
剣を遠くに蹴飛ばして、ついでに……彼女の手足の腱も切っておきます。
もし起き上がってこられたら……次は、同じ勝ち方は出来ないでしょうし。
……気がつくとわたしは、見た事のない場所にいた。
ぴかぴかの地面に天井。
おっきな山から削り出したみたいに継ぎ目のない、代わりに綺麗な彫刻の掘られた建物。
トレジャーハンターだった時のわたしなら、大はしゃぎしてたのかなぁ。
「それとも……もしかして、ここがアガルタってとこなの?」
ねえ、ワンちゃん……ワンちゃん?
ちょっと、無視しないでよワンちゃん。
……分かったよ、もう。
ねえフェンリル。ここが、あなたとテッラさんが守っていたアガルタなの? ……返事はない。
あれ?どういう事?
周りにはわたしと戦ってた女の人もいないし、ジャンさんも、ティターニアさんも……。
……この街を歩き回ってみるしかないのかなぁ。
わたしはふらふらと……ええと、とりあえずアガルタって事にしとこう!
わたしはふらふらとアガルタを歩き回る。
ううん、やっぱり誰もいない……。
……だけど、なんだろう。
なんだか……どこに行けばいいのかは、分かる気がする。
そうして歩いていくと……私は、多分、このアガルタの真ん中に辿り着いた。
そこには瓦礫の山があった。これは……
「……神殿?」
『違う。ここに祀られていたのは神ではない。竜だ。
あの小鼠の寝所にするには、過ぎたるものよ』
頭上から聞こえた声。
見上げてみると……いつの間にか、そこにはワンちゃんがいた。
「あ、ワンちゃん。もう、どこ行ってたのさ。
……もしかして、テッラさんとイチャイチャしてたとか?」
『先ほどお前達を助けた我と、ここにいる我は、別の存在だ。
ここにいるのは我の血と力より生じた……そうだな。怨霊、と言うのが最も的確か』
「怨霊?」
『そうだ。テッラは我が友だ。我は、どんな形でもいい。奴と共に在りたかった。
その思念が力と共に貴様の肉体に宿り……ここにいる、我が生じた』
「……あなたは、それでいいの?」
『聞かねば分からぬか。我は貴様の力となり、貴様は、テッラが選んだあのエルフの助けとなった。
そしてここまで来た。これより先も同じだ。
貴様らは、無事にこの旅を終えるだろう。それ以上何が必要だと言うのだ』
「……それを直接言ってあげれば、テッラさんもきっとあなたの事を見直すのにね」
『余計なお世話だ』
……だけど、あれ?
「それで……結局わたしはなんでこんなとこにいるの?」
『……覚えていないのか?』
あはは、お恥ずかしながら。
『いや……あれだけ嬲られればそれもやむなしか』
え?ちょ、ちょっと待って。今なんだかすっごく不穏な言葉が聞こえてきたような。 嬲られたって、私が?
詳しく説明してよ、ワンちゃ……
『あなたは、あなたを呼び戻す為にここに来たんです』
背後から声がした。
振り返ると、そこにはメアリさんがいた。
『光の属性が持つ、過去と未来を照らす力。
それを使って、あなたはここに来た。
自らを埋もれさせてしまった、かつてのあなたを呼び戻す為に』
「……前の、わたしを?え?え?どういう事?」 メアリさんは、わたしの質問に答えてくれない。
ただ静かに、崩れた竜殿を指差した。
『進んで下さい。時間がありません。
あなたでは、勝てなかった。スキルが必要です。
それがなければ……あなたは、戦う事すら出来ない』
……確かに、これ以上色々聞くより、自分で確かめた方が手っ取り早そう。
わたしは崩れた竜殿に歩み寄る。
瓦礫の山は、よく見てみるとぼんやりと透けるような、そんな破片が混じっていた。
これは……あ、手がすり抜ける。ここを通っていけばいいのかな。
透けた瓦礫や、瓦礫と瓦礫の隙間を通っていきながら、わたしは考える。
えっと、つまり……多分ここは、わたしの心とか?精神とか?そんな感じの世界の中で。
メアリさんが通れるようにしてくれたこの瓦礫の先には……前のわたしがいる。
それはつまり……わたしは、そうしないと勝てない相手と戦ってたって事だよね。
もし、前のわたしが戻ってきたら、このわたしはどうなっちゃうんだろう。
消えちゃうのかな。それは……少し、やだな。
……ううん、ホントは……すごく、いやだ。
怖い……心臓の鼓動がどんどん激しくなっていってる。
息も、苦しく……。
本当に、わたしじゃ勝てなかったのかな。
もしかしたら、頑張ればまだなんとかなったりとか……。
前のわたしだって、急に起こされたって困るかもしれないし……。
いつの間にか、わたしの足は止まっていた。
今まで進んできた道を、振り返る。
…………いや、やめよう。
わたしは、ジャンさんが好きだ。ティターニアさんも、スレイブさんも、みんなが好き。
わたしが、前のわたしになって……それでわたしが勝てるなら。
わたしが殺されずに済んで、みんなが悲しい思いをせずに済むなら。
……それはそれで、悪くないよね。ねえ、フェンリル?
そして……崩れた竜殿の、多分、一番奥。
大きな蔦に支えられて、綺麗なお花が沢山咲いた、開けた空間。
そこに……私がいた。わたしと同じ顔。だけどわたしより髪が長くて……大人びて見える。
わたしは、私に歩み寄って、その傍にしゃがむ。
「……ねえ、起きて」
眠っている私の肩を揺する。
小さな身じろぎをして……私は、目を覚ました。
「……私?」
わたしと目が合うと、私は不思議そうに呟いた。
「ああ……そっか。私の……レンジャーのスキルが、必要なんだね」
だけど私はすぐに何かを理解したみたいに、そう言った。
「分かるの?」
「分かるよ。あなたと私は、同じ肉体の中にある、別の記憶なんだもん。
一つのカップの中にある、コーヒーと、ミルクみたいなもの。
こうして私が目を覚ましてしまえば……勝手に、私達は混じっていく」 ……本当だ。わたしの中に、私の記憶が……染み込んでくる。
トレジャーハンターの、レンジャーとしてのスキルの数々が。
……ふと、地鳴りのような音が聞こえた気がした。
いや……違う。勘違いじゃない。
この竜殿が、揺れているんだ。
「え?え?なに?どうなってるの?」
「フェンリルの持つ大地の力は、私にも扱える。
ここを、もう一度埋めるの。今度は掘り返せないくらい深く。
もう、私のスキルの使い方は分かったよね。だから、早く戻りなよ」
「戻りなよって……あなたは」
「……私は、ここでいいの。私は……ジャンさんとティターニアさんを殺そうとした。
それでも許してくれた二人を裏切って、ここに一人閉じ籠もった。今更合わせる顔がないよ」
「……でも」
「それに、あなただって……あなたのままで、いたいでしょ?」
……その言葉は、わたしの心に深く突き刺さった。
「わたしの事はいいから……ほら、早く行って、ね?」
私は……戻りたくないって言ってる。
わたしは……消えたくない。わたしのままでいたい。
わたしも、私も、お互いに望んでいる事は同じ。
わたしは、意を決して立ち上がった。
……寝転んだまま、立ち上がろうとしなかった私を、両手で抱きかかえて。
「え?……ちょ、ちょっと?」
「知ってるよ。そういうの。ヒュミントって言うんでしょ」
そうだよ。わたしは、消えたくない。わたしのままでいたい。
だからと言って……ここに、私を置いていきたい訳じゃない。
だって、わたしが消えちゃうかどうかより、もっと大事な事があるんだから。
もし私がジャンさんだったら、ここで一人で帰ったりしない。
ティターニアさんも、スレイブさんも、きっと、みんなそう。
だからわたしも……一人で帰っちゃ駄目なんだ!
わたしは、私を抱えたまま、崩れゆく瓦礫の中を走る。
「駄目……駄目だよ!私は……もう、壊れているの!
罪の重さに耐えられなくて、壊れた人格……。
それがあなたと一つになれば、あなたもどうなってしまうか分からない!」
私の言っている事は、今度は本当。
私は本当にわたしの事を心配して、言ってくれてる。
だけど、
「大丈夫だよ。わたしは……ずっと、ジャンさん達を見てきたから。
あの人達が、正しい事をしようとするところを。。
勇気がどういうものなのか……ずっと、見てきたから」 竜殿の外に飛び出すと……アガルタは、光の中に溶けて消えようとしていた。
ここは、光の指環の力……万象を照らし見通す力によって創り出された、仮初めの、精神の世界。
その世界が消える。
それはつまり……わたしが、私が、あの戦場に戻るという事。
消えてしまうかもしれない。壊れてしまうかもしれない。
だけど……うん、我慢出来ない怖さじゃない。
だって私は……指環の、勇者だから。
……ラテ・ハムステルが祈るような所作で額に当てた、光の指環。
その指環が絶えず発していた光が、途絶えた。
だが……何かが起きたような形跡は見えない。
それどころかラテ・ハムステルは……膝を突いたまま、呆けていた。
目の焦点はどこにも合わず、口はぽかんと半開きになっている。
隙だらけの姿。花を手折るように、いかなる手段をもってしても容易く仕留められる。
何をしようとしていたにせよ……彼女は、失敗したのだ。
……そう見えるように、私は演じた。
レンジャーのスキル『ヒュミント』。
私の首を刈ろうと歩み寄ってきた、散兵風の女の人。
鋭く振るわれた短剣。
私は魔狼の瞬発力でその刃の内側へと飛び込んで……掌底を、放った。
手応えは……あった。だけど……浅い。
首の捻りで威力をいなされた。
「ひゅう、あっぶない。どしたの、急に人が変わったみたいにテクい事しちゃって」
旧世界の英雄さんは……一瞬よろめいたけど、すぐに体勢を立て直す。
でも退こうとはしない。微かな笑みを帯びた目が私を見下す。
見抜かれたんだ。私が、レンジャーとしてはそこそこ出来る程度の奴でしかないって事が。
たった一撃で。
短剣が踊るように襲いかかってくる。
光の属性によって生み出される、無数の『ファントム』と共に。
光の指環、メアリさんが幻影を相殺してくれて……つまりこの戦いは、私と彼女の純粋な技比べ。
その結果は……私の手足に、赤い線として刻まれていく。
「勘違いしないでね。別に私は相手を甚振る趣味とかないのよ?
たださっきの『ヒュミント』は、アレだけは……本当に人が変わったみたいに見事だったからさ。
まだ何か隠し持ってるんじゃないかと思ったんだけど……」
英雄さんの、目の色が変わる。
私を観察する冷静な視線が、私の殺し方を見定める冷徹な眼光に。
「何もないみたいね。じゃあ……悪いけど、終わらせてもらうね」
……強い。
わたしが勝てなかった相手。私に託してくれた相手。
だけど……駄目みたい。私も、彼女には勝てない。
短剣が閃きと化して、私の首元へと迫ってくる。 「はい、おしまい……」
その瞬間。
わたしは、渾身の力で前に踏み込んで、思いっきりパンチを繰り出した。
間合いが埋まった事で英雄さんの狙いがズレる。短剣はわたしの頬を浅く切る。
一方でわたしのパンチは……英雄さんのほっぺを、今度こそ完璧に捉えていた。
ぶっ飛んでいった英雄さんは……ぐったりと倒れて、動かない。
はー……強かった。わたしでも、私でも勝てなかったけど……。
だけど、ふふん……わたし達の勝ちだよ、英雄さん。
とりあえず……念の為、鎖で縛り上げといて、と。
みんなは、どうしてるんだろう。
多分みんな勝ってるだろうし……わたし達が一番最後、だよね。
……ジャンさんとティターニアさんに、なんて説明すればいいのかな。私達の事。
お別れの仕方があんなだったし、気不味いなぁ。
そんな事を考えながら振り返った私の目に映ったのは……
……白衣のあちこちが焼け焦げて、破れて、切り裂かれた……シャルムさんの姿だった。
『サベッジブルーム』が老魔術師へと襲いかかる。
彼は防御魔法を展開しようとはしない。
代わりに使用された魔法は……『灼熱の槍(バーニングスピア)』。
……風は炎を煽り、その火勢を激化させる。
属性変換による魔法の流用。私がした事をそっくりそのままやり返そうって腹ですか。
ふん、お年寄りのくせに負けず嫌いな……。
放たれた灼熱の槍を、『ストーンウォール』にて防御。
そして炎は大地から金属を呼び出し、変化させる。
属性変換……生み出すのは、膝丈ほどの人型ゴーレム。
十を超えるゴーレムの群れが老魔術師へと襲いかかり……炎の魔法によって爆破される。
「……おや、返してこないんですか。先ほどの自信はどうされました」
「ほほ、そう焦るでない。こんな手ぬるいやり取りでは、なかなか実力の差が見えてこぬじゃろ」
「ははあ、それは失敬。では……お手並み拝見させて頂きましょうか。いつでもどうぞ」
老魔術師は私に右手を、その人差し指の先を突きつけると……魔法が迸る。
「手出しは無用ですよ、クロウリー卿。魔術師として勝負を挑まれたのです。
応じなければ主席魔術師の名が泣きます」
再び魔法の応酬が始まる。する事は何も変わらない。
相手の魔法を流用し、時に防ぎ、打ち消しつつ、撃ち返す。
ただ……炎、水、大地、風、光に闇。
飛び交う魔法の数と属性が、一つ、また一つと増えていくだけで。
……ふむ、確かに言うだけの事はある。
魔法の構築、再構築の速度は……まぁ、今の所は互角かもしれませんね。
無論、長く続ければ形勢は私の有利に傾くでしょうが……。
こんな無為な戦いを、長々と続ける気はありません。
私は『ナイト・ブリーチャー』と『ドーン・ブレイカー』を抜く。
放たれた二発の銃弾は……老魔術師の防衛網を潜り抜けて、彼の纏うプロテクションに亀裂を走らせた。
そう、私の開発した魔導拳銃。
これらは魔導適性の低い人間の魔術的育成が主たる目的。
ですが……一方で、熟練した魔術師同士の戦いにおいても非常に有用なのですよ。
私達魔術師は、基本的に意識一つで魔法が使えます。
その意識の集中を促す為に指の仕草や、杖を用いる事はありますが。
ともあれ、裏を返せば、一人の魔術師が同時に使用出来る魔法の数には限度がある。
集中力……意識の限界が、魔法の行使の限界。
でも私の魔導拳銃を撃つのに、集中力はいらない。
こちらは何も考えず、ただ魔力を流すだけでいい。
しかし相手は防御に意識を割かざるを得なくなる。
だから……ほら、私の手数が上回り始めた。
老魔術師を守るプロテクションに次々に亀裂が増えていく。
防壁の修復速度を、『賢者の弾丸』の破壊力が上回っている。
「むう……魔道具か。些か、無粋ではないかのう」
老魔術師が顔を顰める。いい表情ですね。
思わず、笑ってしまいそうなほどに。 「いいえ。これは私の発明品です。オリジナルの魔法を使うのとなんら変わりませんよ」
悪びれもなく私は答える。
「……ふむ、なるほど」
老魔術師は小さくそう呟いて……一瞬、寒気を感じるような眼光が、私を睨んだ。
「では……儂も、儂のオリジナルをお披露目させて頂こう」
老魔術師の右手が、彼の懐へ潜る。
取り出されたのは……一本の杖を取り出した。
「お主のそれと同じく、魔法とはちと違うがの」
そして彼はその先端を空中に、手遊びのように走らせる。
杖に通った魔力が宙に魔法陣を描き……プロテクションを、再展開させる。
それでいて魔法の応酬には、何ら遜色はないままで……。
つまり、彼は……まったく手元に意識を割かないまま、魔法陣を描いてみせた?
まさか……そんな事、不可能です。
不可能としか思えない……だけど、彼は確かにそれを為してみせた。
「どうじゃ。お主の魔道具も相当な逸品じゃが……儂の杖捌きも、なかなかどうして、悪くなかろう」
悪くないですって?
わざとらしい謙遜を……。
この私と魔術戦を繰り広げながら、全くの無心で、寸分の乱れもなく魔法陣を描く。
そんな芸当が……どれほどの訓練を積めば出来るようになるというのか。
……ですが、こちらの魔導拳銃は二丁。
まだ、手数では私が上回って……
「おや、お主……まだ余裕がありそうじゃの。では……これならどうか」
老魔術師が、左手にも、杖を持った。
「……馬鹿な。そんな事、出来る訳が」
「ほほ、やっと愉快な顔になったのう」
二本の杖が同時に、別々の魔法陣を描いていく。
手数が追いつかれた。いや……焦るな。
確かにあの技術には驚きましたが、別に私が上回られた訳じゃない。
ただ互角の勝負に戻っただけの事。
時間さえかければ、勝つのは私に決まって……
「楽しいのう。磨いた技を見せびらかすのは、幾つになっても」
……そう笑った老魔術師の両手に、指の間に挟むように、三本目、四本目の杖が加えられた。
二対四本の杖の先端が、まるで独立した生き物のように、魔法陣を構築する。
……手数が、上回られる。
魔導拳銃を介して展開したプロテクションが破壊されていく。
再展開が追いつかない。
渦巻く炎が、水の刃が、鉄鎚の如き風圧が、木枝の槍が、この身へと届いてくる。 「シアンス!」
「手出しは無用と言ったはずです!」
背後で叫ぶクロウリー卿を、その声に負けないくらいの怒鳴り声で制する。
……認めましょう。確かに私は、手数では彼には勝てないようです。
ですが、それなら別の方向性で勝てばいい。
私になら、それが出来る。
……旧世界の英雄。いけ好かない、老魔術師。
彼が見せた杖捌き。その技術は、悔しいけど……美しい。
芸術的です。私には再現し得ない芸術性が、そこにはある。
だけど、だけどそれでも、私の方がすごいんです。
そうでなくてはいけないんだ。
私が一番すごいんだって、そう言ってくれた人がいたから。
……ディクショナルさん。
初めて出会ってから、つい昨日までは、あなたの事なんていけ好かない人くらいにしか思っていなかったのに。
だけど今では、あなたのくれた言葉を思い出すと……とても、健やかな気持ちになれるんです。
防ぎ切れなかった魔法に刻まれた、打撲や切創の痛みも、気にならなくなって。
「……『フォーカス・マイディア』」
そして私は、自らの魔術適性を強化。
……瞬間、私の周囲に幾つもの魔法陣が現れる。
「……残念じゃ。残念極まる。正直なところ……お主は確かに、この世界の魔術師を超えていった」
これは、炎の属性……活性化の魔法?
「お主のその魔道具も、編み出した魔法も、儂には到底思いつかぬ代物。
儂がお主よりも勝っておったのは精々、手先の器用さくらいのものよ」
体が……熱い。息が……苦しい。
……そうか。この魔法陣は……私の体を、頭脳の働きを、活性化させているんだ。
『フォーカス・マイディア』の反動が、すぐさま症状として現れるように。
見られていたんだ。アルバートさんとの戦いが。
初めから私に……これを、使わせるつもりで………………。
「……頭が煮えたか。最早、魔法は使えまい……じゃが、それでもまだ生きておる。
のう、そこの魔術師殿。降参してくれぬか。その娘を庇いながらでは、儂には勝てぬよ。
時が経てば、その娘。命すらも危うくなるぞ」
「ふざけるな……!貴様をすぐに滅して、治癒を施せば……」
不意に、大きな音が響いた。
老魔術師のすぐ傍の地面が抉れている。
……それは、上空に形成された『ドラゴンサイト』から放たれた弾丸による現象。
「……その必要はありませんよ、クロウリー卿」
私が声を発すると、老魔術師の表情が驚愕の色に染まった。
ふふふ、驚いてくれたようでなによりです。
「……馬鹿な。何故、無事なのだ」
「失敗作の魔法を二度発動するほど、恥知らずな魔術師ではありませんのでね」 そう、既に改良済みなんですよ。
増強された魔術適性によって自分の体を過冷却する。
伝染病の対症療法と同じです。
なんらかの原因によって体温が上がるなら、その上昇量を上回る冷却を施せば、とりあえず致命的な現象は避けられる。
並行して治癒の魔法を使い続ければ……反動が看過出来ない症状として顕在化する事を遅らせられる。
つまり……魔術的リソースの一部を使用する代わりに、安全に使用可能な制限時間を設けた訳です。
「さて。とは言えあまり時間がありませんのでね。さっさと封印をさせてもらいますよ」 形成している『ドラゴンサイト』は一体のみ。
ですがそれでも、あまり長くは維持出来そうにありません。
まぁ無理をしている事に変わりはありませんからね。
「殺さなくてもよいのかね」
「あの女王様が素直にお喋りしてくれるとは限りませんからね。
それにあなたは旧世界の優れた魔術師です。
帝国に連れ帰れば皇帝陛下も喜ばれるでしょう」
「……そりゃお主ならそれくらい可能かもしれんが。
新世界の魔術師にはモラルというものがないのか……?」
「冗談ですよ。本気にしないで下さい」
老魔術師の体を構築する魔力に、楔を打ち込むように封印を施す。
『フォーカス・マイディア』を解除して……少し、目眩がしますが、これくらいの反動は許容範囲です。
「……これでよし、と」
封印術が完了して、さてお次は……
「それでは、お手数ですが……あなたから女王様に、戦いをやめるよう改めて進言して下さい。
全の属性を司る英雄である、あなたが敗れたんです。もうあなた達に勝ち目はないでしょう」
老魔術師は……答えない。
「……私は、私達は別に、この世界を滅ぼしたり、あなた達に報復がしたい訳ではありません。
むしろ……何故、あの女王がこの世界を救おうとしていないのか。私にはそれが分からない」
やはり返事はない……妙ですね。
この期に及んで、無駄な抵抗をするような方ではないはずですが。
「……残念じゃが、儂はそんな大層な肩書は持っておらぬよ。
全の属性の英雄は、儂ではない」
……なんですって?
じゃあ、一体誰がその相手を……。
【なんでこんな無謀なチャレンジしたんだろうって気持ちでいっぱいです】 アルダガの指示に従い、スレイブが跳躍術式でその場を離れると同時。
不死者たちも攻撃の予兆を察知したのか潮の如く戦闘領域から退かんとする。
>「逃げるのはてめえらじゃねえぞ!『フラッシュフラッド』!」
退却の動きを阻んだのは、ジャンの行使した激流の術式だった。
四方から戦場の内側へ向けて召喚された鉄砲水が、不死者たちを呑み込んでパンドラの座す玉座へと押し流す。
そこへ、詠唱完了したアルダガの法術が光の豪雨となって降り注いだ。
バックステップしたスレイブは破壊の雨を視界に収めながらシャルムのすぐ傍へと着地。
退避の場所に彼女の傍を選んだ理由は特にない。完全になんとなくであった。
シャルムは自身の呪縛を克服し、その身に魔法を取り戻した。
スレイブが傍で護らずとも、もはや不死者が彼女を害することは不可能だろう。
しかし……アルバートとの死闘を制したあと、シャルムが掴んだスレイブの袖。
まるで未だに袖を引かれ続けているかのように、スレイブは彼女の元へ戻ってきてしまった。
彼女はただの癖だと言っていたが、スレイブにはその行動が、僅かに残ったシャルムの不安の発露のように見えた。
指環の勇者たちのようにお仕着せの大義など持たず、ただ己の信念のみを指針として世界の存亡に立ち向かうシャルム。
仮借なく吹き付ける向かい風から彼女をこの世界に繋ぎ止める、楔くらいにはなれるはずだ。
>「……お怪我は、なさそうですね」
どうにも気恥ずかしさが勝ってシャルムの方を見ようとしないスレイブに、シャルムが歩み寄って来る。
彼女はスレイブの肩に手をかけて、身長の差を埋めるように背を伸ばし――
>「ですが……あれだけ派手に動いたから、ほら、髪が乱れてますよ。
この長さなら、髪留めを使ってもいいんじゃないですか?」
――指先でスレイブの前髪を払った。
(な……っ!?急に何をし出すんだこの女!?この状況でやることか!?)
アルダガの法術で不死者の軍勢の大部分を滅したとはいえ、戦闘中であることに変わりはない。
女王パンドラの能力はまだまだ未知数で、予断も油断も許されない状況のはずだ。
あまりに不用意な行動は余裕の現れか、はたまた敵の動きを誘って後の先でも取ろうとしているのか。
なるほど、迎撃用に魔法を行使するだけのリソースを残しつつ、『隙』を演出するには合理的な手段かも知れない。
>「男の人でも、落ち着いたデザインの物なら変じゃありませんし。ほら、私の使ってるこれとか……あなたにもきっと似合いますよ。
これくらいの小物でしたら、魔法ですぐに作れますし……」
(魔法を使っただと……!?)
前言撤回、シャルムは普通に魔法を使って何やら手元に小物を創り出した。
敵を目前にして攻撃用でも防御用でもない魔法にリソースを費やし始めた主席魔術師は、軽銀製の髪留めをスレイブに手渡す。
洗練された意匠を施したカチューシャは、シャルムの長髪を纏めているのと同じものだ。
スレイブがカチューシャとシャルムの髪留めを無言で二度見していると、シャルムの挙動が唐突に不審になった。
>「あー……デザインは気にしないで下さい。ただいつも身につけてるからイメージしやすかっただけです。
それに、私なら装飾品にエンチャントを施す事も出来ますし……」
「そ、そうだな……これなら、視界を確保しつつ頭部の防御も同時に行える。合理的だな……!」
シャルムが自分に言い訳するようにまくしたてるのに、スレイブも早口で同意する。
ウェントゥスが『おそろいじゃ、おそろい』と心底愉快そうに生暖かい眼を向けるが、いつものような反論さえ出てこない。
>「まぁ……もし私と一緒のデザインが嫌だと仰るなら、別に作り直してもいいですけど」
「いや、これで良い。これが良い。人から物を贈られるのは初めてなんだ、似合うと良いが……」 シャルムが髪留めを取り返すより先にスレイブは自分の髪にそれを留めた。
エンチャントを施される前なので合理性も何も自分でかなぐり捨てた形になったのにスレイブは気づいていない。
伸びすぎた前髪を髪留めですべて掻き上げて、前を見る。 戦場のど真ん中で男女が二人挙動不審になっている端で、不死者たちは壊滅状態に追い込まれつつあった。
不死なる者に対して覿面に威力を発揮するアルダガの神術が、不死の根源を浄化し、冷たい躯を砕いていく。
しかし敵もさる者、女王直属の護衛官らしき神官が抜け目なく障壁を張り、神術の雨から女王を庇護していた。
>「……本当に残念です。この世界の指環の勇者たちが――この程度とはッ!」
立ち上がった女王が純白の錫杖を振るい、空中に魔法陣を描き出す。
その文様は、帝国にもハイランドにもダーマにもない、旧世界に遺された僅かなるもの。
未だ新世界の人類が到達し得ない――反魂の術式。
>「偉大な英雄たちよ、紛い物の勇者たちを魂ごと滅ぼしてしまいなさい!」
虚無より萌え出たのは、それぞれ異なる武装に身を包んだ8人の影。
不死者のような青白い肌ではない。血の通った暖かみのある四肢に、意志の満ちた双眸。
「馬鹿な……!本当に死者を蘇生したと言うのか……!?」
旧世界の英雄たちと、指環の勇者たち。
奇しくも数は同じ――各々が操る属性も、都合八つ。
英雄たちの中の一人が、スレイブの方を見て、親指で外を指した。
場所を変えよう、ということらしい。
周囲のすべてを切り刻みかねない風の刃は、乱戦向きとは言えない魔法だ。
提案は、スレイブにとっても都合が良かった。
スレイブが跳躍術式で飛ぶと同時、誘った英雄もまた風を纏って宙を舞った。
二つの影は全竜の神殿の空を横断して、玉座の間から離れた庭園へと着地した。
『ええんかお主、相手の土俵にノコノコ上がってしもうて……明らか孤立を誘う罠じゃろこれ』
「孤立するのは向こうも同じだ。それに……旧世界の英雄を真っ向から打倒してこその、俺たち新人類だろう」
『あの帝国女の影響めっちゃ受けとる……』
そのとき、庭園を突風が洗った。
瓦礫の擦れる着地音に見上げれば、傍の建物の上に立つ一人の男。
スレイブを誘った旧世界の英雄だ。
「や、悪いね。あっちの連中他を巻き込むってことをまるで考えない脳筋どもでさ。
放っとくと際限なくドンパチやらかすからおちおち話も出来ないんだ」
革製の外套に鍔の広い帽子を被ったその男は、玉座の間の方に視線を遣って肩を竦めた。
無造作に切られた硬質な髪に疎らな無精髭。スレイブよりも一回り歳を重ねているように見える。
そして、背には黒い得物――銃身から銃床に至るまでブラックオリハルコンで出来た長銃を提げていた。
継ぎ目のない削り出しの逸品。旧世界の冶金技術の高さが窺える。
「旧世界じゃ、他人を見下ろしながら会話するのが礼儀だったのか?女王の教育も知れたものだな」
「あーそこも申し訳ない。見ての通り俺は銃手でね、地の利を取るのは職業病なんだ。
……まぁ、君の女王様に対する侮辱はこの無礼とチャラってことで聞き流しとくよ」
皮肉をさらりと躱されてスレイブは二の句を継げなかった。
代わりとでも言うように、鞘から剣を抜いて構える。
「おいおい、話がしたいって言ったろ。
銃手がわざわざこんな至近距離まで来てるんだぜ、剣士相手にだ。少しぐらい酌量してくれよ」
「今更何を話すことがある。女王様とやらの命令は指環の勇者の殲滅だろう。
最早言葉は要らない……銃声と剣戟が、俺たちの会話だ!」 スレイブの指環が輝き、彼の周囲に無数の魔法陣が展開する。
ウェントゥスの編み上げた術式が真空の刃を生み出し、銃手目掛けて殺到した。
対する風の英雄も片手で指を鳴らすと、スレイブと同数の魔法陣が迎撃の刃を生む。
双方の魔法が激突し、弾けた魔力が光の飛沫を上げる中、スレイブは疾走を開始した。
「結局こうなるのかよ!指環の勇者の中じゃ一番陰気臭くて話が通じやすそうだと思ったんだけどなあ!」
銃手は非難の声を挙げつつも、その動作に揺らぎはない。
提げていた長銃を片手で回転させて構え直すと、迫りくるスレイブへ向けて発砲した。
風を巻いて飛翔する鉛の弾丸に対し、スレイブは長剣を一閃。
分かたれた弾丸がはるか遠くの地面に二つの弾痕をつくる。
「当たり前のように弾を斬るな君は!」
「ただの鉛弾が当たると思うな。もっと速くて強烈な弾丸を、俺は星都に来てから何度も見てる」
二度、三度と断続して放たれる弾丸を全て断ち切って、ついにスレイブは銃手へ肉迫した。
右から袈裟掛けに振るった長剣を、銃手はその手に握る長銃で受ける。
鋼鉄を紙の如く引き裂くスレイブの斬撃は、しかしブラックオリハルコンとの純粋な硬度差によって阻まれた。
間髪入れずに左の魔剣で刺突――これも巧みに角度を調整した長銃が弾く。
神速の二連撃を凌ぎ切られてなお、スレイブは犬歯を見せて吠えた。
「舐められたものだな。剣士の間合いに銃一つで何が出来る!」
「俺だって君が話の出来ない奴だって分かってたらちゃんと間合いとってたよ!」
「ならば貴様の敗因は、戦場で悠長に会話が出来ると錯誤していた、想定の不足だ」
「開き直ってんじゃねえよっ!」
銃手は吐き捨てつつも長銃の銃床を槌の如く振るう。
受けたスレイブの長剣が火花と共に軋みを上げるほどの痛烈な叩きつけ。
恐ろしく頑丈で、そして重い銃だ。それを銃手は小枝を振るうように操ってみせる。
剣と銃床、鋼とブラックオリハルコンの連続した激突は大気を震わせ、あたりに火花が満ちていく。
「ああもう面倒くさいな!俺いい加減他の人とお話しに行きたいんだけど!」
「首から上だけで会話が出来るなら、今すぐ望み通りにしてやる」
「すごいこと言うなあ君!」
幾度となく斬撃を銃身で防ぎながら、銃手は距離を取らんと後退。都度スレイブは距離を詰める。
攻勢一方。ほどなく壁際へ追い詰め、致命の一撃を叩き込むことができるだろう。
しかし、銃手の表情に追い詰められた者の動揺や怯えはない。
「銃手の脅威は射程。近づいてしまえば、剣の間合いに入れてしまえば容易く殺れる。……そう考えてないか?」
「自分は違うとでも言いたげだな」
「まあな。銃手が接近戦に弱いなんてのは、射程と脳味噌の足りない剣士共の創り上げた幻想だよ。
ちょっとでも射撃を齧ったことのある奴ならみんなすぐに気づくはずだぜ。
――銃ってのは、的が近いほど当たりやすいってことにな」
瞬間、スレイブの足元で何かが弾けた。
銃手が剣撃を長銃で受けたまま引き金を引き、発射された弾丸がスレイブの足を撃ち抜いたのだ。
まともに構えてすらいないにも関わらず、脚部を覆う鎧の関節部を正確に射抜く、恐ろしく精密な射撃だった。 「っぐ……ぁ!」
這い登ってくる灼熱感と激痛を意志の力でねじ伏せて、無事な片足で跳躍する。
後方へ――そこは剣が届かず、銃だけが一方的に攻撃できる銃手の間合い。
接近戦のアドバンテージを失ったスレイブに、銃手は仮借なく銃撃を連発する。
咄嗟に張った防御魔法は二三発ほどで呆気なく貫通し、四肢にいくつもの銃創が空いた。
「遠間から一方的に撃てるのが銃の利点だけど、離れるほど的は小さくなって当てにくい。
百発百中のコツはな、当たる距離まで近づくことさ。密着すりゃ弾は絶対当たる。
するとどうだ、銃はどんな態勢からでも予備動作なしで高威力の攻撃ができる、最強の近接武器になるわけだ」
「言うは易しだな……!接近戦を捌きながら……正確に引き金が引けてたまるか……!」
膝を突きながらスレイブは吐き捨てる。彼の使える治癒魔法は簡単な止血程度しかできない。
穴の空いた手足を、無傷と遜色なく動かすことは不可能だ。
「お、ようやく会話が成立したな。んーでももう一発くらい撃っとくか」
銃手は無感情に引き金を引く。
スレイブの頭部を狙った弾丸は、しかし彼の周囲を渦巻く風によって軌道を逸らされ地面を穿った。
ウェントゥスの張った結界だ。指環から湧いた幻体が、スレイブの傍に立った。
『言わんこっちゃない……イキりすぎじゃお主』
「ああもう邪魔すんなよ、"紛い物の"ウェントゥス。
俺たちの世界に居た頃のあんたは、人間なんかソッコで見限る冷たい竜だったぜ。
ケツァクなんかガチでビビっててさ、あんたが虚無の竜に喰われたときはそりゃあもう複雑な顔してたもんさ」
『かつての儂がどんなんだったか知らんがの、今じゃって別に人間に肩入れしとるわけじゃない』
「へえ?」
『お主らの言う"新世界"は……虚無の竜の腹の中に散らばった断片をかき集めて、儂らが創り上げた世界じゃ。
紛い物じゃと?訳知り顔で軽々しく抜かすな。お主らの埃被った世界なんぞより百倍ええ所じゃわい』
スレイブの隣で鼻を鳴らすウェントゥスに、銃手は肩を竦めて答えた。
「否定はしないよ。俺もそっちの世界に居たことあるしね」
「……なんだと?」
銃手の言葉に目を剥くことになったのはスレイブの方だ。
旧世界を虚無の竜から護る為に散っていった英雄が、新世界を知っている。
その不合理は、しかし不可解ではない。つい先刻、実例を見たばかりだ。
「黒竜騎士の他にも、旧世界から転生した者がいたのか……!」
「そういうこと。ジョラス……えっとお前らの世界じゃアルバートか。
俺はあいつの前、だいたい今から百年ちょっと前に、同じように転生の任を仰せつかってね。
7つの指環を旧世界に持ち帰って、世界を一つに取り戻す……本来それは、俺の役目だった」
「だが、指環が今もこうして新世界の俺たちの手にあるということは……」
「お察しの通り、任務は失敗だったよ。俺は、あいつのようにはなれなかった。
最初のクジ引きで大外れを引いちまったのさ。転生したのはハイランドの片田舎の小さな農家。
まともなコネもないただの農民には、指環の勇者なんて大役は手が届かなかった」
銃手は目を伏せて、己の得物を指先で撫でた。
顔を出した感情は悔恨か、それとも単なる懐古なのか……窺い知ることはできない。 「ダーマに渡ってケツァクと合流しようとしたんだけどな、実用水準の飛空艇なんてまだ無かった時代だ。
城壁山脈を徒歩で越えられなくて、そこで俺は死んだ。多分まだ山頂あたりに俺の骸骨が転がってるだろうよ。
結局土産に出来たのは、当時の黒騎士から奪ったこの長銃だけってわけだ」
「……なるほど、だから次の転生者は黒騎士なのか。指環の勇者のポストを、より確実に狙うために」
黒竜騎士アルバート・ローレンスは、確か帝国の名門軍閥の生まれだったはずだ。
銃手の失敗から学んだ女王は、次の転生先を吟味したのだろう。
指環の勇者に足る資質を持った血筋と、指環探索のバックアップを受けられる身分を揃えるため。
そうして白羽の矢が立ったのが、帝国軍部に強いコネクションを持つローレンス家だったというわけだ。
「もうちょい正確に言うと、当たりを引くまで転生先のクジを引き続けたのさ。百年かけてな。
そうしてようやく、アルバートという成功例が出来た。世界は、それで救われるはずだった」
だが、そうはならなかった。
期待通り黒騎士となり、国家のバックアップを受けながら指環を探す任についたアルバート。
しかし彼からは、肝心の記憶が失われていた。つい過日まで、彼は一人の新世界の民だった。
そして、帝国人としてのアルバートが築いたつながりが、皮肉にも彼を指環から遠ざけている。
「ウェントゥスの言う通り、そっちは良い世界だよ。水も空気も、生も死も、何もかもが瑞々しい。
だから、新世界でぬくぬく暮らしちまったアルバートの奴を責める気にもならない。
こんな終わりかけの世界にいつまでも固執してる、女王様の方が俺には理解に苦しむね」
「それなら……!」
失血し、震える脚を剣で支えながら、スレイブは立ち上がって叫んだ。
これだけの長口上を聞いても、回復は遅々として進まない。
銃手もそれが分かっているから、こうして悠長に会話を続けているのだ。
「それなら何故、俺たちと敵対する!?虚無の竜から世界を救いたいのは、あんただって同じのはずだ!」
「そうとも、俺は世界を救いたい」
銃手は眉一つ動かさずに答えた。
「俺にとっちゃ、救われるのは旧世界でも新世界でもどっちだっていいんだよ。
旧世界は俺の大事な故郷だし、新世界の未来も魅力的だ。俺はあっちにも友人や家族がいたしな。
どちらにせよ……世界を救う英雄は、俺でなきゃ駄目なんだ。君ら新世界の勇者なんかじゃなく」
その双眸に浮かぶのは、怒りとも絶望とも異なる、スレイブとってまったく未知の感情。
きっと死ぬまで理解することはできないだろう。通じ合うにはあまりにも、隔てた時間が永すぎる。
「世界を救うために、俺たちは戦い続けてきた。百年、千年、万年、ずっとだ。
ポっと出の指環の勇者に世界を救われちまったら、俺たちが重ねてきた犠牲はどうなる?
転生を重ねて精神を擦り切らせた英雄たちは!魔力を捻出するために薪になった連中は!
永久に溶けることのない城壁山脈の雪の中で、誰にも顧みられることなく死んでいった俺は!
世界を救った英雄の影で、単なる失敗例として忘れ去られていくのか?」
「そんなことは……!」
そんなことはない、とは言えなかった。
彼らの戦いを知る者は、指環の勇者を除いて他にいない。
犠牲を弔おうにも、偲ぶべき者たちの顔も名前も、分かりはしないのだ。 「もう後には引けないんだよ。俺たちは、英雄にならなきゃいけないんだ。
俺たちを信じて、自ら犠牲になっていった連中に報いる方法は、それ以外にない」
「…………!」
スレイブは身体の中を雷鳴が駆け巡っていくような錯覚を感じた。
積み上げてきたものが違いすぎて、理解することなど不可能だと思っていた旧世界の英雄の、
しかし心の一片だけは、はっきりと彼にも感じ取ることができた。
「だったら尚更、あんた達に負けるわけにはいかないな」
スレイブは再び剣を構える。
傷ついた腕ではうまく力が入らず、切っ先は頼りなく宙を彷徨っている。
それでも、柄を握る手だけは、救いの手を掴むかのように剣を保持できている。
「俺が殺してきた者達。俺を支えてくれる者達。彼らに報いるために、俺は剣を握り、ここまで来た。
彼らが生きて、そして死んでいった意味は、他の誰でもない俺自身が創り出すものだ」
同胞殺しの咎に惑い、苦悩していたスレイブが、旅の果てにようやく見つけた答え。
奇しくもそれは、対峙する銃手の担うものと同じだった。
「……君と俺とを一緒にするなよ。背負った命の数が違い過ぎるだろ」
「ならばあんたを打ち倒して、あんたの背にあるものも俺が担おう。
俺の背にある数百と、あんたの背にある数万の命。英雄の座に――全員俺が連れていく」
「誰がくれてやるもんかよ。そいつは俺の役目だ。欲しいなら――俺から奪ってみな」
スレイブは膝を曲げる。跳躍魔術が脚に宿る。
骨自体は砕かれていないが、無数の銃創に穿たれた四肢ではかつてのように跳べはしないだろう。
十全の機動力を持つ銃手なら、今のスレイブの突進よりも速く後退し、間合いの外から射撃が出来るはずだ。
自分で走って追いつけないなら……誰かに背を押して貰えば良い。
「ウェントゥス、俺の跳躍に合わせて追い風を頼む。俺をあいつのところまで吹き飛ばしてくれ」
『お主マジで言っとるのか……?空中で狙い撃ちにされるのがオチじゃろそれ』
「それで良い。防御はこっちでやる」
とは言え、吹き飛ばされれば地に足を着けられない。踏ん張りが効かず、剣を振るうのは不可能だ。
つまり、これまでのように弾丸を断ち斬って躱すわけにはいかない。
頼みの綱は防御魔法のみ――おそらく、全身をくまなく護ることは出来まい。
頭か、四肢か、どこか一箇所のみに魔力を集中させて、それでも一度だけしか弾丸を防げないだろう。
銃撃を防ぎきり、勢いを殺すことなく剣を振るって当てる。
(考えろ――)
防御できるのはどこか一箇所だけ。発砲を見てからでは当然間に合わない。
銃手がどこを狙ってくるのかを読み切り、撃たれる前に先行して防壁を張っておく必要がある。
考えろ。銃手の思考を読め。
剣を構えて飛んで来る剣士を仕留めるにはどこを狙うべきか。
脚はまず除外されるだろう。脚を撃ち抜いたところで、吹き飛ばしの速度が落ちるわけもない。
胴や心臓、これも違う。鎧に阻まれれば無意味だし、仮に心臓を破壊しても死に至るまで数瞬かかる。
確実に仕留めるなら頭を狙うか、あるいは剣を握る腕を撃ち抜いて攻撃手段を奪うはずだ。
剣を握れなくなったスレイブを殺すのに、あの銃手なら一発の弾丸で十分だろう。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています