魔法はおろか剣術さえも奪い取る難攻不落のアルバートに対し、ジャンの見出した活路。
それは、旧世界から伝えられてこなかった、無軌道で新しい発想の技術を用いること。
長い時間をかけて洗練されてきた戦術ほど、アルバートはそこに旧世界とのつながりを見出して奪い取る。
ジャンがいまやって見せたように、ある意味合理性を欠いた思いつきの技ならば、アルバートに届かせることができる。

(しかし……拙僧に、それができるでしょうか)

思い出すのは、シャルムとのやり取り。
追跡者を迎撃する策として焦土戦術を選んだ彼女に、アルダガは否定的だった。
その行為は、古代の女神を信仰するアルダガの価値観と真っ向から反するものだからだ。

女神への信仰とは、すなわち祖先――古代の民への信仰に等しい。
世界開闢のときから変わることなく受け継がれ続けてきた女神の教えは、アルダガの精神の礎とも言えるもの。
アルバートに対峙するため、古い教えを脱却することは……女神への背信とならないだろうか。
アルダガだけでなく、大陸に生きる多くの民を支えてきた教えを、自分は否定してしまえるのか。

>「穿て、『バニシングエッジ』」

逡巡は身体を硬直させ、アルダガはその場を動くことができない。
ジャンに殴られ、怒気を放つアルバートが魔剣から全てを消滅させる極大の魔法を放つその瞬間さえも。
彼女は女神に背くことを恐れ、ただ迫り来る死を受け入れるほかなかった。

>「来るぞ! 鏡の世界(スペクルム・オルビス)――」「――ストームソーサリー!」

ティターニアとジュリアンが二人がかりで結界を張り、叩きつけられる死の光条をしのぐ。
しかし光の瀑布の勢いが衰えることはなく、次第に障壁を押しのけはじめた。

「……え、『エニエルイコン』!」

はっと顔を上げたアルダガも弾かれるように防御の神術を再び行使するが、焼け石に水を垂らすように掻き消える。
ジュリアンの編み出した最高位防御呪文も、ブラッシュアップを重ねられてるとはいえ、属性を束ねた魔法に違いはない。
少しずつではあるが、アルバートの持つ指環が『鏡の世界』の術式を紐解き、奪いつつあるのがアルダガにもわかった。
遠からず、魔法障壁は意味を失い、虚無の閃光がアルダガたちを呑み込むだろう。

>「そんな……どうにかならないのか……!?」

ジリ貧の八方塞がりに、諦めが胸中に鎌首をもたげ始めたそのとき。
アルダガの知る誰でもない、新たな声が聞こえた。

>「――四星守護結界」

それぞれ異なる四つの声が響くと同時、四重の結界がアルダガ達を囲う。
一つ一つが戦略級の障壁呪文にも等しい四種の結界とバニシングエッジが激突し、相殺。
威力を吸収し切って砕け散る結界の破片の向こうに、四つの影が見えた。

「古代都市の守護聖獣……!?」

アルダガは直接対面したことがあるわけではないが、資料としてその存在を知っている。
他ならぬアルバートが元老院に送った報告書の中にも、イグニス山脈で出会った守護聖獣についての記述があった。
指環の勇者たちがこれまでの旅路で時に対峙し、時に共闘した聖獣達が、加勢に現れたのだ。

>「お前たちもこちらの世界の存在だろう? どうしてそいつらの味方をする?
 よもや情にほだされたのではないだろうな?」

>「ええ、エルピスの記憶操作が解け全てを思い出しました――確かに私たちはこちらの世界の存在。
 だけどそれが何だというのでしょう。今や幾星霜との時をウェントゥスと共に過ごしたあの街こそが故郷――」

援軍の存在にアルバートは眉を立てる。
その至極まっとうな問いに、風の守護聖獣ケツァクウァトルは悪びれもせず答える。
古代のしがらみなど無関係に、『今』彼女の過ごす街と人々を護ると――