>「剣術を……奪われただと……?」

スレイブの動きが途端に精彩を欠き、ついには剣を取り落としてしまう。
その不条理なる現象は、アルバートの意志によって引き起こされたものだった。

「虚無の指環……失われた属性を、そちらの世界に取り戻す力ですか……!」

だとすれば、アルダガがこのままアルバートと対峙し続けるのはまずい。
彼女の使う神術は、女神が子たちへ授けたもの――アルバートのいう『奪われし属性』に該当する。
一人で多数を相手にすることに特化したアルダガの術は、この状況で最もアルバートに与えてはならないもの。
帝国最強戦力を相手に、神術を使わず立ち回る必要があった。

>『飽和攻撃で一気に片を付けるぞ……奴にこれ以上、力を奪う機会を与えるな』
>『任せときな!』

長期戦は分が悪いと判断したジャンとスレイブが、共に最大火力の広範囲殲滅魔法を放つ。
全方位から襲い来る風の刃を受けきったアルバートの技量は恐るべきものだが、既に連携は完成していた。

>「派手にぶちかますぜ……『クラン・マラン』!」

ジャンが召喚した水の巨大質量は、まともに受ければ骨さえ残らず砕け散る高圧の瀑布。
風の刃に足止めされていたアルバートは退避することさえままならず滝の餌食となった。
おそるべき水圧は地面を地盤ごと抉り取り、地形を変えるほどの威力がたった一人の男へと収束。
大型の竜でも耐えられずバラバラになるであろう極大の水魔法だったが――

「うそでしょ……」

水属性を吸収しきり、枯れ池となった底に五体満足で立つアルバートの姿に、アルダガは動揺を隠せなかった。
膝を付くことさえしないアルバートは、それまでの浮浪者同然の襤褸切れ姿ではなく、甲冑を身に纏っている。
――ブラックオリハルコンの対極とでも言うかのような、純白の鎧。
それは、単純な防御力の向上とは別に、『黒騎士』というかつての自分への決別を示しているかのようだった。

>「あいつの吸収は魔法なら限界はねえってことか……接近するぞ、アクア!」

アルバートはどういう理屈かふわりと宙に浮かび上がる。おそらくは吸収した風の魔法だ。
魔法は効果なしと見たジャンがその身に生やした翼で飛翔し、アルバートと空中での格闘戦を演じる。
風と翼、竜爪と魔剣が交差し、剣戟の衝撃が大気を弾く圧力が地上にまで届く。

ジャンが咆哮――カルディアで受けたものよりも遥かに強力なウォークライがアルバートを襲う。
アルバートは涼しい顔でそれを魔剣に吸わせ、意趣返しとばかりにジャンへと咆哮を叩きつける。
ジャンの身を覆っていた竜の鱗と翼が風前の灯火の如く消し飛んだ。

>「その咆哮も俺たちのものだ!偉大な戦士が修練の果てに生み出した奥義……貴様らが使っていいものではないッ!」
>「お前が作ったもんでもねえだろッ!」

両雄は再び激突し、リーチで勝るアルバートが魔剣を薙ぎ払う。
オークの胴さえも一撃のもとに両断する致死の斬閃は、しかしジャンを捉えられない。
彼は指環の力で潜行し、アルバートの足元をくぐり抜けて背後へと回っていた。
岩よりも鋼よりも何よりも硬く硬く硬く握り締められたジャンの拳が、振り向くアルバートの頬を強かに殴りつけた。

(相討ち――!?)

うなりをつけて振るわれたジャンの豪腕は確かにアルバートを打撃した。
そして、ほぼ同時にアルバートの魔剣もまた弧を描き、ジャンの横腹を刳り斬っていた。
臓物が溢れていないことから傷は腹膜にまで達してはいないようだが、夥しい血がジャンの腹から滴り落ちる。
致命傷一歩手前の深手にも関わらず、ジャンは獰猛に口端を上げた。

>「へへっ……父ちゃんから習ったパンチは効いただろ?こいつは虚無でも吸い込めるもんじゃねえ」