(アルバート殿が古代エーテリアル世界の人間で、女王パンドラによって我々の世界に送り込まれていた……?
 そして我々の世界そのものが、エーテリアル世界の一部を虚無の竜が捏ね回して作ったまがい物……
 信じられませんっ!信じられるわけが!女神様の教えを根底から否定することとなります……!)

アルダガの奉ずる女神は、『全てのヒトの母』とされる人類の始祖だ。
純人族はみな一人の女性を共通の祖先とし、子から注がれる信望と愛によって彼女は神となった。
女王蟻と働き蟻の関係がそうであるように、女神とヒトとの間には血縁という強固なつながりが存在している。
だからヒトは女神に奉仕するし、女神もまたヒトへ平等に愛を注ぐ……それが教皇庁が正式に公表している教義だ。

だが、アルバートの言葉が全て正しいのだとすれば。
アルダガたち現行世界の人類は、虚無の竜に呑まれたエーテリアル世界の属性がかつての姿を再現したもの。
女神が産み落としたわけではない。

       ・ ・ ・ 
(それじゃ、わたしたちが母と崇める女神は一体、何者――)

そこまで思考して、アルダガはメイスで自分の頭を打撃した。
銅鑼を鳴らしたような大音声が響き渡り、こめかみが破れて真っ赤な地が地面に滴った。

(……鵜呑みにしてはいけません。アルバート殿の語ったことが事実である証左はどこにもないのだから。
 拙僧は依然女神の子にして尖兵。捧げた愛に偽りはなく、故に拙僧の信心に揺らぎはありません)

そうだ。
今ここにアルバートが居る理由についてはまるで見当がつかないが、カルディアで津波に巻き込まれて頭を打ったのかもしれない。
黒騎士のアイデンティティであるブラックオリハルコンの鎧を失い、動揺が彼の心を支配していてもおかしくはない。
たとえば――そう。皇帝の信頼を失ったと感じた彼が、新たな拠り所として『女王』なる架空の存在を心の中に創り出し、
世界の成り立ちとかいう確かめようもないそれっぽい理屈を完成させている可能性だって十分にある。

そう考えると、なんだか腹が立ってきた。
黒騎士の至上命題とも言える護国の重責を放り出し、古代の密林で気楽な原始生活を送っていたアルバート。
彼が席を空けたせいで、他の黒騎士がどんなに苦労し、上層部がいかに混乱したことか。

>「何もかもを埋め尽くせ……『バリアル・メテオ』」

これ以上の会話は無用とばかりにアルバートが指環を掲げ、炎と大地の魔力が鳴動する。
空を覆わんばかりに出現した燃え盛る岩の礫が、流星の如くアルダガ達へと降り注いだ。
アルダガは懐から術符を四枚取り出し、自身と仲間達を囲うように四方へと投じる。

「凍える不幸、彼方の幸福。捧ぐは稀なる血、東より来たりし秘蹟の種。流転し、共鳴し、その双眸に天を座せ。
 女神の吐息よ、来たる礫を打ち払え――『エニエルイコン』」

術符同士を光の線が結び、奔った聖句が女神の祝福をその場に喚び起こす。
光の障壁がアルダガたちを覆い、礫から彼女を護った。

(そう、そうです、そうですとも!女神の加護はこうして確かに拙僧を護ってくれています。
 事実がどうであれ、いかなる過去があろうとも!いまこの場で拙僧の力となる信仰に相違はありません)

土埃を目眩ましとしたアルバートの奇襲をスレイブが迎撃し、剣士二人は切り結ぶ。
純粋な剣の技量ならば、両者の実力に大きな差はないとアルダガは感じた。
しかし、拮抗は長く続かない。