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ロスト・スペラー 17 [無断転載禁止]©2ch.net

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0001創る名無しに見る名無し
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2017/09/20(水) 19:39:30.53ID:RxuePOP2
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過去スレ
ロスト・スペラー 16
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ロスト・スペラー 15
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ロスト・スペラー 14
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ロスト・スペラー 10
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ロスト・スペラー 9
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ロスト・スペラー 7
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ロスト・スペラー
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0358創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/08(月) 17:40:30.13ID:JgGEmmO2
中央運営委員のファラドは有名人なので、彼に就いての色々な話は、エイムラクも知っている。
彼自身、ファラドの主張に同意する部分もあるが、それ以上に危うい人間と言う印象だ。
余り尊敬出来る人物ではないと思っている。
それからエイムラクは意識的に、巡回の際はファラドの事務所の周囲を注意深く見る様になった。
しかし、当然ながら即日密会の現場に出会す訳も無く……。
数週は何時もと変わらない日々が続いた。
エイムラク自身、怪しい人物の存在を忘れ掛けていた頃に、変化は起きた。
彼が巡回の小休憩に、喫茶店に寄った時の事。
魔導師会の執行者は、職務中は指定のローブを着ていなければならないが、こうした「休憩」で、
営業中の店舗に出入りする時は、事件の調査かと誤解を招かない様に、マントやコート等の、
上着を羽織る。
エイムラクも同様に大き目のマントでローブを隠し、喫茶店で『珈琲<カフア>』を一杯頼んでいた。
こう言う時間が持てるのは、街が平和である事の証であり、それに感謝して彼は溜め息を吐く。
仕事で張り詰めていた精神が一息で緩む感覚が、エイムラクの小(ささ)やかな幸せだった。
珈琲が少し冷めるまで香りを楽しみ、飲み易い温度になってから呷ると、丁度2点。
そろそろ仕事に戻るかと席を立とうとした所で、彼は新しく入店して来た2人組に気付く。

 (あれはファラドの所の……サディカ・マリカーンだったか?
  連れは誰だ?)

ここで彼は清掃員の小母さんが言っていた、「怪しい人物」の事を思い出す。

 (もしや……、奴が例の?
  確かに怪しいと言えば怪しい)

エイムラクは2人に疑われない様に注意しつつ、席に着いた儘で様子を窺った。
0359創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/08(月) 17:42:27.47ID:JgGEmmO2
サディカと彼女の連れは、2人で向かい合って、空いた席に着く。
連れの人物が男か女か、エイムラクは怪しんだ。

 (小母ちゃんは『怪しい人』としか言ってなかったな。
  成る程、男か女かも分からない怪しい奴だ)

ローブとベールで全身を覆い隠しているが、それだけではない。
歩き方、手の運び、どの振る舞いにも男性的な特徴も、女性的な特徴も見受けられない。
これは意図して「隠している」のだとエイムラクは考えた。

 (……グラマー人らしくねえな)

性差に拘りが強いグラマー地方民は、男性は男性らしく、女性は女性らしく振る舞おうとする。
肌を隠していても、己の性別は確り主張するのだ。
それは誤解を避ける為でもある。
例外的な人物は、どこにでも存在するが……。

 (魔法資質も妙だ)

更に、エイムラクは謎の人物の魔法資質にも違和感を覚えていた。
纏う魔力の流れが不自然なのだ。
それなりの魔法資質を持つ者は、纏う魔力の流れに「癖」の様な物がある。
だが、この人物からは魔力の「流れ」が殆ど感じられない。
ある程度の魔力を纏っているにも拘らず。
魔法資質が低い者であれば、そもそも魔力を纏わない。

 (後で話を聞いてみる価値はありそうだ)

エイムラクは店を出た所を捕まえて、職務質問をする決意をした。
0360創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/08(月) 17:48:57.25ID:JgGEmmO2
サディカと謎の人物は、殆ど言葉を交わさず、封筒の交換をする。

 (金か?
  何を交換した?)

視界の端で、その現場を捉えたエイムラクは、益々疑いを強める。
その時、若い男性の給仕から彼に声が掛かった。

 「お客様、カフア、もう一杯お注ぎしましょうか?」

空の『器<マグ>』が放置されているのを見兼ねて、気を遣ったのであろう。
エイムラクは少し焦って答える。

 「あ、ああ、頼む」

若い男性の給仕は、愛想の良い笑顔を浮かべて、手に持ったポットから熱い珈琲を注ぐ。
それに気を取られている内に、サディカと彼女の連れは席を立っていた。
エイムラクは慌てて珈琲を飲み干そうとして、その熱さに躊躇い、仕方無く口を付けずに、
テーブルの上に磁器のマグを戻した。
サディカが会計を請け負い、連れの方は黙って店を出る。
早く後を追わなければ、見失ってしまう。
そう思ったエイムラクは、サディカが支払いを済ませたのを見計らい、珈琲を置いた儘で席を立った。

 「これで。
  釣りは要らん」

会計で1000MG紙幣を置いた彼は、小走りで店を出てサディカの連れの姿を探す。
道行く人々は、誰も彼も同じ様な格好をしているが、エイムラクは不自然な魔力を纏う人物を、
直ぐに判別出来た。
0361創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/09(火) 18:33:54.14ID:PlrzMNba
既に距離は半通近く離れている。
見失ってなるかと、エイムラクはマントを外して肩に掛け、執行者のローブを露にした。
そして、密かに魔法で加速し、謎の人物を追う。
エイムラクは生活安全課の所属とは言え、歴とした執行者である。
静かに人込みを擦り抜け、気配を殺して標的に近付く。
数多の悪党を相手にして来た彼の実力は、熟達した刑事部の執行者に比肩する。
それでも謎の人物は追跡されていると言う感覚があるのか、狭い路地に逃げ込んだ。
対象まで約7身の距離に近付いたエイムラクは、一気に速度を上げて回り込む。
謎の人物は一瞬反応したが、逃げ出そうにも間に合わないと悟ったのか、逃走はしない。
エイムラクは執行者の手帳を呈示して、職務質問を始める。

 「止まれ、執行者だ。
  身分証を示して、氏名と住所を明らかにしろ。
  それと……差し支え無ければ、顔も見せてくれ」

高圧的な態度に、謎の人物は怯んだ。

 「そ、それは……。
  何で?」

声の低さと言葉の抑揚から、エイムラクは幾つかの情報を得る。

 「中央訛りがあるな。
  ティナー地方出身か?
  男だろう、顔を見せろ」

彼の言葉には有無を言わせない迫力があった。
謎の人物は身分証を取り出して見せる。
それをエイムラクは取り上げて確認した。

 (ヴィクター・ストンハイマー。
  ティナー地方ユヨーク市マイナー通り8−25番)

名前と住所が判っても、彼は「ヴィクター」である筈の男を解放しない。

 「氏名と住所を言ってみろ。
  それと顔も見せるんだ」

本当に「ヴィクター」なのか怪しんでいるのだ。
エイムラクの心中では未だに、彼は「ヴィクター」では無く、「謎の人物」の儘。
謎の人物は懸命に抵抗する。

 「今、身分証明書を渡した。
  それで十分だろう?
  何で、そんな事をしないと行けない?」

 「職務質問だよ。
  疚しい所が無けりゃ、答えられるだろう?
  自分の名前も言えないのか」

エイムラクは正論で攻め立てた。
0363創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/09(火) 19:04:10.32ID:PlrzMNba
これに対して、謎の人物も正論で応じる。

 「職質は任意の筈だ。
  大体、何で私なんだ!」

 「そりゃ、あんたが怪しいからに決まってるじゃないか!
  自覚が無いのか?」

 「拒否する!
  答える義務は無い」

頑なに職務質問に応じようとしない謎の人物に、エイムラクは真面目に説明を始めた。

 「今、大陸中で危(やば)い事件が起きてるのは知ってるよな?
  ここでだって、何時、誰が、どんな事件を起こすか分かった物じゃない」

 「私が事件を起こすとでも?」

 「口では何とでも言えらぁな。
  顔を見せろ。
  見せられない理由があるなら言え」

エイムラクは口調の硬軟を使い分けて迫る。
謎の人物は黙り込んだ。
ここは我慢比べだ。
謎の人物は逃走出来ないが、エイムラクも確信が無ければ手は出せない。
然りとて、徒に時が過ぎるのは、エイムラクにとって好ましくない。
「今の所は」何もしていない一般人を、余り長時間拘束するのは問題だ。
どこかで諦めて解放する事になる……が、一旦捕まえた以上、何の結果も得られていない状態で、
逃がしてしまう訳には行かない。
0365創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/09(火) 19:09:29.08ID:PlrzMNba
突破口を開く為に、エイムラクは畳み掛ける。

 「序でに、所持品の検査も良いか?
  拒否するなら理由を明確にしろ」

謎の人物は沈黙した儘で俯き、話には取り合わず、時間稼ぎに入った。
何があっても応じない積もりだ。
エイムラクは気が長い方では無い。
この様に反抗的な態度を取る人物に対しては、力尽くで従わせる事もあった。
それでも彼は単純な馬鹿ではない。
過去の実力行使は短気を起こした結果では無く、「こいつは逃がせない」と強く思ったが故の事。
「少し怪しい」程度なら見過ごす事もある。
エイムラクは自分の直感と信念に基づいて動くのだ。
それが何時も絶対に正しいとは限らない所が、最大の欠点だが。
この謎の人物に対する、エイムラクの判定は――、

 「沈黙は肯定と見做す!」

真っ黒。
彼は周囲に人気が無いのを良い事に、謎の人物の顔を覆う布を乱暴に引き剥がした。

 「何をする!
  こんな事をして只で済むと……」

謎の人物は諦めが悪く、両腕で顔を覆って素顔を隠す。
エイムラクは無言で謎の人物の頭を鷲掴みにし、顔を上げさせる。

 「顔を見せろ。
  氏名と住所を言え」

 「拒否するっ!!
  手を離せ、身分証明書も返せ!」

 「それは出来ない。
  何度でも言うぞ。
  氏名と住所を言え、そして顔を見せろ」

彼は完全に「謎の人物」を犯罪者扱いしていた。
0366創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/10(水) 17:25:48.75ID:kwXyS1vV
身の危険を感じたのか、謎の人物が纏う魔力の質が変わった。
不自然だった魔力が俄かに激しく流れ始める。
それを感じ取ったエイムラクは笑みを浮かべた。

 「魔力の流れを読まれない様に隠していたな?
  余程、不都合があると見える」

その一言に謎の人物は焦る。

 「お、お前は何者だ!?
  徒の執行者じゃない!」

 「……何を怯えている?」

極悪人にしては様子が奇怪(おか)しいと、エイムラクは訝った。
しかし、単なる小悪党にしては、誤魔化し方の手が込んでいる。
自分の物ではない身分証明書を持ち歩き、纏う魔力の質を変える理由とは?
特に、「纏う魔力の質を誤魔化す」と言う行為は、普通の人間は思い付かない。

 (追われる身分だった……?
  指名手配か!
  もしや、こいつ!)

思い当たる事があったエイムラクは、試しに鎌を掛けてみた。

 「ソルートか、トレンカントか」
0367創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/10(水) 17:29:03.52ID:kwXyS1vV
それを聞くや否や、謎の人物は行き成り顔を隠すのを止めて、エイムラクの頭を両手で掴んだ。

 「俺の事は忘れて貰おう!」

通行人、即ち目撃者が現れない内に、記憶を失わせる魔法を使おうと言うのだ。
エイムラクは初めて、謎の人物の顔を確り見た。

 「トレンカント……!」

髪が伸びている物の、顔付きは指名手配書に描かれていたトレンカントと同じ。
不意打ちで頭を掴まれたエイムラクは、魔法を妨害する手段を考えた。
トレンカントは元魔導師、その実力は折り紙付きだ。
エイムラクも魔導師、しかも執行者だが、どちらが上なのか、この状況で力量を測る暇は無い。

 「ベッ!」

エイムラクは咄嗟に、トレンカントの顔面、主に目の辺りを狙って、唾を吐き掛けた。

 「うっ、汚ねぇっ!!」

トレンカントは堪らず両目を閉じ、詠唱を中断するが、唾を避ける事は出来ず、顔面に浴びてしまう。
それでもエイムラクの頭を掴んだ両手は離さない。

 「隙有りだっ!」

一方のエイムラクはトレンカントの頭を掴んでいた手を離して、彼の顎に強烈な打撃を見舞った。

 「指名手配犯と判った以上、もう容赦しねえからなぁ!!」

魔導師であるにも拘らず、エイムラクは魔法を使わずに、拳でトレンカントを痛め付ける。
顎を殴った後は、横っ面を左右に叩き、堪らずトレンカントが顔を庇った所に腹に一撃。
丸まった背に上から両拳を叩き付けて、地面に俯せに押し倒した。
0368創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/10(水) 17:32:52.05ID:kwXyS1vV
 「『黙れ』!!
  抵抗は止めて大人しくしろ!!
  今、応援を呼ぶからな!
  洗い浚い白状して貰うぞ!」

エイムラクは苦痛に呻くトレンカントに口封じを掛け、彼の両腕を背中に回して、手錠を掛ける。
執行者が逮捕に使う手錠には、魔力を分散させる力がある。
魔力の集中が必要な、手を使った描文動作は完全に封じられる。
エイムラクはテレパシーで魔力通信の回線に割り込み、応援を呼んだ。

 (緊急事態発生!
  こちらエイムラク・キルトカマーシ。
  巡回中に指名手配犯のトレンカントを発け……?)

所が、テレパシーが「指名手配」と言い掛けた途中で途切れてしまったのを、エイムラクは感じた。
彼はトレンカントを睨み付ける。

 「お前が妨害したのか?」

トレンカントは無言で嫌らしい笑みを浮かべるだけ。
エイムラクは執行者である。
魔法資質は決して低くなく、目の前で魔法の妨害をされて、気付かない程、間抜けではない。
だが、トレンカントが卓抜した魔法の発動技術を持っているのであれば、話は別だ。

 (こいつじゃない……)

数極思案した後、これはトレンカントの仕業ではないと、エイムラクは結論付けた。
通信は未だ回復しないが、トレンカントが妨害を続けている様子も無い為だ。
0369創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/11(木) 18:20:37.03ID:/HBuCCY1
エイムラクは周囲の様子を窺ったが、人の気配は無い。

 (指名手配犯は2人……。
  ソルートが近くに?
  いや、ファラドん所の奴かも知れねぇな。
  関係が暴かれんのは困んだろう)

トレンカントには仲間が居て、それが自分に妨害を仕掛けているのではと、彼は推測した。

 (参ったな。
  俺は独り、応援も無しで、どこまで戦えるか……)

エイムラクは取り敢えず、トレンカントに余計な事をされない様に、彼の首の後ろを押さえ付けて、
魔法で気絶させようとする。

 「B46G1、M1D7!」

意識を朦朧とさせた所に、衝撃を加えて失神させる。
決して「安全な方法」とは言えないが、多対一を想定して、対処しなければならない敵の数を、
減らす事をエイムラクは優先させた。
トレンカントは脱力して動かなくなる。
これで少なくとも彼が自力で逃げ出す事は無い。

 (さて、連行するか……)

エイムラクは警戒を緩めず、トレンカントを抱えて移動する。
絶対に途中で、トレンカントの仲間が姿を現すと、彼は予想していた。
0370創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/11(木) 18:23:33.17ID:/HBuCCY1
気絶したトレンカントの体は重く、エイムラクは少し歩いて、彼を地面に下ろした。
エイムラクは体力には自信があったのだが、それでもトレンカントを酷く重たく感じる。

 (気絶した人間は重たいとは聞くが……。
  それにしても重い、異常だ。
  重石でも持ってんのか、こいつ?)

一度抱えてみた感触では、特にトレンカントの肉体は鍛え上げられている訳では無い。
どちらかと言うと痩せ型で、身長は高いが、そこまで体重が重いとは考え難い。
服の中に何か隠し持っているのかと、エイムラクはトレンカントの服を叩いて、所持品を検めた。

 (そう言や、封筒は?)

エイムラクは先程の喫茶店で、トレンカントがサディカと封筒を交換していた事を思い出す。
改めて服の上から、トレンカントが何か持っていないか探すと、ローブのポケットに異物感があった。

 (何を貰ったんだ?)

取り出してみると、それは封筒で、中には長方形の厚みがある物が入っている。

 (これが交換した物か?
  大した重さじゃねぇな)

エイムラクは封を開けた。
中から出て来たのは、2束の紙幣。

 (200万って所か……。
  こいつはファラドの秘書に何を渡した?
  その報酬が、これか)

彼は札束を封筒に収めると、元の通りに仕舞い直した。
0371創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/11(木) 18:25:57.06ID:/HBuCCY1
その後、エイムラクは改めて周囲を窺う。
気絶した人間の懐を漁る姿が、どの様に他人に見られるか気になったのだ。

 (大丈夫だ、こいつはトレンカントに間違い無い……筈。
  俺は何も疚しい事はしちゃいない)

一瞬、人違いだったらと言う考えが過ぎるが、彼は直ぐに否定した。
正体を言い当てられて狼狽し、更に執行者に対して魔法を使おうとした。
そんな奴が、無関係な一般人の訳が無いと。
エイムラクはトレンカントを引き摺り、自ら人通りの多い場所に出る。
執行者のローブを着ているので、何事かと驚かれる事はあっても、疑われる事は先ず無い。
ここはグラマー地方で、市民の魔導師に対する信頼は厚い。
もし通報されても、それは望む所。
彼は再度テレパシーを試みたが、やはり繋がらない。

 (未だ邪魔して来んのか……!
  とにかく、早く交番まで。
  俺独りでは手に余る)

未だ通信が回復しない事に不安を覚えつつ、エイムラクは走行中の辻馬車を捕まえようとした。
相変わらず、トレンカントには謎の重さがある。
一人で署まで運ぶのは困難だと、エイムラクは判断していた。
偶々空車の辻馬車が通り掛かったので、彼は確実に止めさせる為に、執行者の手帳を掲げながら、
路上に身を乗り出す。

 「止まれー!!
  止まれ、執行者だ!」

それに驚いた御者が、慌てて馬車を路肩に止める。

 「わ、私が何か?
  速度を守って安全運転していましたし、免許もあります、あります!」

言い訳する御者を無視して、エイムラクは馬車の左側からトレンカントを中に押し込み、
その後に自分も乗り込む。

 「最寄の交番まで、頼む」

御者は直ぐには意味が解らず、暫し呆けた顔をしていた。
0372創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/12(金) 18:42:36.87ID:Demr8lQl
エイムラクは苛立ち、改めて言う。

 「指名手配犯を捕まえたんだ。
  俺は、こいつを連行しなくちゃならん」

 「は、はぁ」

御者は未だ混乱しているらしく、中々発進しようとしない。
怒りを爆発させて怒鳴り付けては、相手を萎縮させるだけと知っているエイムラクは、
一呼吸置いて、語気が荒くならない様に努めて言った。

 「とにかく、交番に行ってくれ!
  最寄が分からないか?
  じゃあ、東駐在所で良い」

 「えーっと、本部じゃなくて宜しいんで?」

 「こっから本部は遠いだろう!?
  こいつは危険人物だ!
  丁(ちゃん)と執行者の馬車で護送しなくちゃなんねぇんだよ!
  あんたも危険人物を乗せて長々走んのは嫌だろう!」

 「は、はい。
  東駐在所ですね、分かりました」

御者は緊張した面持ちで、漸く馬車を発進させる。
エイムラクは大きな溜息を吐き、トレンカントが気絶しているのを確認してから、
馬車の座席に凭れ掛かった。
……未だ通信障害は続いている。

 (執拗いな。
  こりゃ本部に着くまで油断ならねぇ)

エイムラクは再び気を引き締め、不測の事態に備えた。
0373創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/12(金) 18:45:22.23ID:Demr8lQl
エイムラクがトレンカントを逮捕する一部始終を、内部調査班の班員は陰で見守っていた。
エイムラクが職務質問から行き成り、乱暴な行動に出た時には、何と強引な事をする男だと、
冷や冷やしていた。
結果論ではあるが、謎の人物の正体は指名手配犯のトレンカント・ゴーバルだったので、
彼の多少乱暴な行動にも目を瞑る。
しかし、トレンカントを取り押さえた後のエイムラクの行動は、傍目に見て不可解な物だった。
エイムラクは応援を呼ばずに、自力でトレンカントを運搬しようとし、重たかったのか、
運ぶのを途中で止めて、懐を漁り始める。
これでは強盗ではないかと、班員は姿を現して止めるべきか迷った。
幾ら相手が凶悪な指名手配犯とは言え、その持ち物を奪い取って良いとはならない。
惑々(まごまご)している間に、エイムラクはトレンカントが隠し持っていた封筒から、
札束を取り出そうとしているではないか!
この班員はエイムラクの人格に関して、正確な情報を持っていなかった。
悪徳執行者であれば、この場での粛清も已む無しと、班員が飛び出そうとした所で、
エイムラクは札束を封筒に戻し、トレンカントに返した。
所持品を確かめただけなのだと、班員は安堵して、監視を続ける。
0374創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/12(金) 18:46:11.86ID:Demr8lQl
それにしても、どうしてエイムラクは一人でトレンカントを運ぼうとしているのか?
そこが班員には不思議でならない。

 (……連絡が取れない状況なのか?
  妨害魔法を掛けられている?)

班員は周囲の魔力の流れを見たが、特に大きな乱れは無い。
もし掛けられているとすれば、それはエイムラク個人と言う事になる。

 (格闘の間に、トレンカントが何か仕掛けたか?
  こうして鈍々している間に、仲間が駆け付けるのを期待した?)

班員は周囲に注意を払った。
どこかでトレンカントの仲間が、様子を見ているかも知れない。
この場に出会したらエイムラクの隙を窺い、トレンカントを解放しようとするだろう。
エイムラクはトレンカントを引き摺って、人の多い通りに出ようとしている。

 (人通りの多い所に出て大丈夫か?
  通行人に紛れて、襲撃して来るかも知れない。
  しかし、通信が出来ないなら、自力で運ぶしか無い。
  本部に連行するなら、大通りは避けられないか……)

不自然にエイムラクに接近する者が無いか、特異な雰囲気の者が紛れていないか、
班員は通行人に気を配る。
エイムラクは直ぐに馬車を止めて、トレンカントと共に乗り込んだ。

 (辻馬車で移動するのか!?
  それなら、こちらから通報しておけば良かったな。
  確かに、馬車の方が足は早いが……)

班員は一般人が巻き込まれる事を懸念していた。
普通の馬車の運転手が、襲撃に対応出来るとは思えない。
人が多い通りだけに、何かの拍子に大事故に繋がり兼ねない。
班員は静かに辻馬車を追う。
0375創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/13(土) 18:26:16.30ID:WtSa/prQ
エイムラクは馬車の少し後ろを、早足で追跡して来る者の存在を認めていた。

 (こいつの仲間か……?)

単なる通行人にしては、気配を周囲に溶け込ませて、存在感を消している所が怪しい。
他の執行者であれば、彼に気付かなかったかも知れないが、それだけエイムラクは「優秀」だった。
しかし、この者の正体は親衛隊内部調査班の班員である。
エイムラクの警戒は全く無駄な物。
寧ろ、彼に気を取られている分、危険な状況にある。
エイムラクの知覚の鋭敏さは、班員の想定外だった。
馬車が十字路を左折しようとした所で、懸念されていた事態が発生する。
少年が馬車の進路に飛び出して来たのだ。
御者は慌てて馬を止め、手元のブレーキを引いて車輪を固定するが、間に合わない。

 「うわっ!!」

 「あぁーーーーっ!?」

少年が短い叫び声を上げた後、御者が大声で叫ぶ。
エイムラクとトレンカントは急ブレーキで、前倒(の)めりになった。
エイムラクは前面の壁板に手を突いて堪えるが、トレンカントは気を失った儘なので、
勢い良く頭を打ち付ける。
少年は馬の左側面に接触し、馬車の車体にも当たって、撥ね倒される。
馬車が衝撃で少し揺れる。
幸い、曲がり角で馬も馬車も速度を落としていたが、ブレーキを止めるのが僅かに遅かった。
気絶しているとは言え、指名手配犯を乗せていると言う事実に、御者は必要以上の緊張感を、
感じていたのだ。
体を強く打った少年は、瀕死でこそ無い物の、路上に倒れて痛みに呻いている。
事故だ、事故だと周囲の人間が騒ぎ立て、人集りが出来る。
0376創る名無しに見る名無し
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2018/01/13(土) 18:30:14.05ID:WtSa/prQ
 「えぇい、こんな時に!」

エイムラクは思わず、苛立ちを口に出していた。
しかし、トレンカントの体を引き起こしつつ、思い付く。

 (いや、これなら直ぐ執行者が駆け付けんじゃねぇのか……?)

グラマー地方では都市警察の代わりに、魔導師会法務執行部が、治安維持活動を担っている。
「警察」と言う組織は無く、その職務は全て執行者が取り仕切っている。
通信妨害を受けて、応援が呼べない状況で、不幸中の幸いと言うか、禍転じて福と為すと言うか、
とにかく問題は無いとエイムラクは思い直した。

 「すっ、済みません!!
  人が急に飛び出して来て――」

御者は乗客であるエイムラクに謝罪するが、彼は気にしない。

 「俺の事は気にすんな!
  それより打付かった奴の心配をしな!」

 「は、はい」

御者は運転席から飛び降りて、少年に声を掛ける。

 「おい、君、大丈夫か!?」

少年は呻きながら、左脇腹から腰、背中の辺りを左手で押さえて、立ち上がろうとする。

 「わ、脇腹が……」

 「動くんじゃない、今、救急を呼ぶからな!」

それを御者は押さえ付けて制止した。
足腰は軽傷の様だが、胴を強く打ち付けた様だと言う事が見て取れる。
0378創る名無しに見る名無し
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2018/01/13(土) 18:33:26.24ID:WtSa/prQ
御者は魔力通信機で救急に連絡すると、周囲の人に呼び掛けた。

 「誰か手当ての出来る人は居ませんか!」

そうすると数人が進み出て、互いに視線で譲り合い、結果1人が御者に応える。

 「一寸、私に診させて下さい」

善意の民間人の助けで、応急処置が進められる。
馬車の中で、一連の出来事を見ていたエイムラクは、歯痒い思いをしていた。
本来ならば、執行者である彼が真っ先に動いて、場を取り仕切らなければならない事態だ。

 (こいつさえ居なければ……)

だが、今は指名手配犯の運送中である。
隙を見せて逃亡されたら、それこそ大問題だ。
幸いにも、少年は命に関わる様な重傷ではないが……。
落ち着かない心持ちで、エイムラクは改めて周囲を警戒した所、怪しい者の気配が消えていたので、
人込みに紛れて見失ったのかと、彼は焦った。
今、馬車は事故で停止している上に、野次馬が多い。
これでは、どこから襲撃されるか分からない。

 (通信は……)

焦ってばかりでは何にもならないと、エイムラクは通信の状況を確認した。

 (おっ、通じる!?)

妨害が止んでいる事を、彼は耳に残る低く小さな「ブーン」と言う特有の音で察する。
0379創る名無しに見る名無し
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2018/01/14(日) 18:11:12.76ID:cC+aMl1e
 (緊急事態発生!
  こちらエイムラク・キルトカマーシ!
  指名手配中のトレンカント・ゴーバルを発見、拘束している!
  現在地は東駐在所から南西に2通の交差点!
  応答せよ、応答せよ!
  緊急事態発生!)

エイムラクは繰り返し呼び掛けた。
それに落ち着いた男性の声で反応がある。

 (はい、こちら魔導師会法務執行部グラマー市ジャダマル地区支部)

先から緊急事態だと言っているのに、落ち着き払った態度で澄ましている場合かと逸る心を抑え、
エイムラクは状況を伝える。

 (緊急事態だ!
  指名手配中のトレンカント・ゴーバルを拘束している!)

 (トレンカント?
  トレンカント・ゴーバル……って、あの裏切り者の!?
  本当ですか?)

先ず疑って掛かる通信手には構わず、エイムラクは畳み掛ける様に言う。

 (現在地は東駐在所から南西に2通の交差点だ!
  交通事故が発生している!
  至急、刑事部に応援を遣して貰いたい!)

 (確認します。
  東駐在所から南西に2通の交差点で……交通事故?
  あの、事故で応援を?)

「交通事故」と「指名手配犯の逮捕」と、同時に2つの話をされて混乱する通信手。
エイムラクは遂に声を荒げる。

 (そうじゃねえよ!!
  事故の事は良い!
  いや、良くは無えが、それは一旦横に置いといて!
  俺は『指名手配犯を引き取りに来い』っつってんの!!
  でなけりゃ、態々刑事部に連絡するかっ!!)
0381創る名無しに見る名無し
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2018/01/14(日) 18:15:06.36ID:cC+aMl1e
しかし、通信手の対応は冷静な物だ。
鵝鳴り付けて来る者の相手は慣れている。

 (あぁ、はい。
  えぇっと、貴方は誰です?
  お名前を――)

 (執行者、生安のエイムラク・キルトカマーシ。
  良いから、早く応援を遣せ。
  こちとら事故で立ち往生だ!)

 (あぁ、はい、分かりました。
  今直ぐ遣します。
  通信は繋いだ儘にして下さい)

要求が通ると、エイムラクは大きな溜め息を吐いた。
これで一安心。
後は応援の執行者が到着するのを待つのみだ……が、エイムラクは礑と思い至った。
どうして通信が回復したのか?
単に効果時間が切れたのだろうか?
大した事では無いかも知れないが、彼は引っ掛かりを覚える。
事故の発生から約3点が経過、執行者は未だ現場に到着しない。
遅いなと、エイムラクが苛立ちを露に舌打ちした時、馬車の右側の戸が開いた。

 「誰だっ!?」

愈々追跡者が襲撃に来たかと、エイムラクは素早く反応した。
彼の目に入ったのは、魔導師のローブを着た男。
顔の上半分は目深に被ったフードの所為で判らないが、仲間だと思った彼は一瞬気を緩める。
直後、それが執行者の青いローブでない事に違和感を覚え、トレンカントに手を伸ばす。
0382創る名無しに見る名無し
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2018/01/14(日) 18:16:11.81ID:cC+aMl1e
所が、魔導師のローブを着た男は、エイムラクの手が届くより先に、トレンカントを馬車から、
引き摺り出した。

 (何だ、こいつ!?
  横取り、口封じ、いや、仲間か!)

エイムラクは急いで馬車から飛び降りるも、既にトレンカントは意識を取り戻しており、
2人して逃走を始めようとしている。
片方は魔導師のローブを着た男、もう片方は元魔導師。
如何に熟練執行者のエイムラクと言えど、この2人を相手に対等に立ち回れるかは分からない。
驚くべき事に、トレンカントに掛けた筈の手錠までも外されている。

 「待てっ、K56M17!」

彼がトレンカントに向けて苦し紛れの拘束魔法を放つと、魔導師のローブを着た男が、
振り返りつつ腕を一振りした。
それだけで拘束魔法が無効化される。
エイムラクは直感した。
魔導師のローブを着た男は、トレンカントと同じく元魔導師であろうと。
それは同じく指名手配犯のソルートしか居ない。
馬車の中では、熟(じっく)り顔を見る事が出来なかったが、何と無く手配書のソルートと、
似ていた気がする。

 (指名手配犯が2人も市内に潜伏してやがったってのか!
  何で誰も気付いてねえんだよ!
  笊か!)

エイムラクは自分も含めた、執行者の腑抜け振りを呪う言葉を内心で吐いた。
そこへ丁度、通信手から声が掛かる。

 (何が起こりました?)

彼の声は冷静だが、先程までとは違い、緊迫感がある。
良くない事が起こったと、既に察している様だった。
0383創る名無しに見る名無し
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2018/01/15(月) 18:14:02.29ID:HtGG5mfa
エイムラクは2人を追跡しながら応える。

 (トレンカントの仲間に襲撃された!
  恐らくソルートだと思う!
  トレンカントを連れて2人で通りを北へ逃走中!
  これから追跡する!
  通信は繋いだ儘にするから、俺の位置を逆探知して、追って来てくれ!)

彼が2人を追走する事、約2点。
互いの距離は縮まる所か、少しずつ開き始めていた。
2人は頻繁に左へ右へ角を曲がり、少しでもエイムラクの視界から逃れようとする。
序でに、路地に置いてある物を転がして、道を塞ぐ障害にしていた。
エイムラクは魔力を察知して追っているので、1通まで引き離されなければ、見失う事は無いが、
何時までも追い付けなければ、その内疲労して魔法を使えなくなる。
エイムラクは走力にも持久力にも自信があるのだが、明らかに2人の方が速い。

 (協力して身体能力強化魔法を使ってんのか……!
  独りじゃ厳しい!)

共通魔法は多人数で協力する事で、より効果が高く、効率の良い魔法を使える。
エイムラクは徐々に息が上がって来た。
2人は更に彼を引き離す様に、大跳躍をして建物の屋上に跳び上がる。

 (畜生、逃げられる!)

焦ったエイムラクは堪り兼ねて、思念だけでは済まず、声に出して通信手に怒鳴り掛かった。

 「駆付は何してんだ!?
  機動隊は未だかっ!!」

 (今、到着します)

通信手は冷静さを失わなかったが、それは遅れている事を誤魔化す時の決まり文句だろうと、
エイムラクは益々怒りを募らせた。
0384創る名無しに見る名無し
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2018/01/15(月) 18:15:18.41ID:HtGG5mfa
しかし、彼の怒りは瞬く間に萎む。
執行者が駆る馬の足音が聞こえた為だ。
騎乗した4人の執行者達は、エイムラクには目も呉れず、彼を置き去りにして、逃走者を追う。
エイムラクは徐々に速度を落として足を止めると、深い溜め息を吐いて、遠ざかる馬群を見送った。
通信手から声が掛かる。

 (エイムラクさん、後の事は機動隊に任せて、貴方は今直ぐ本部に向かって下さい。
  統合刑事部から貴方に聞きたい事があるそうです)

 (人遣いが荒えな)

 (これも執行者の務めです)

疲れた様に言うエイムラクに、通信手は淡々と応える。
エイムラクは小さく溜め息を吐いた。

 (その前に、交通事故の処理を済ませたい)

 (どうしても貴方が、やらなければならない事ですか?)

彼の申し出に、大事の前の小事ではないかと、通信手は疑問を差し挟む。
今は小さな事に構う必要は無いと。
エイムラクは不機嫌な声で答えた。

 (当事者なんでな。
  俺の乗ってた辻馬車が事故ったんだ。
  俺が証言しなきゃ始まんねえ)

 (出来るだけ早く済ませて下さい。
  その様に事故対応の執行者にも伝えておきますので)

 (そいつは有り難え。
  涙が出て来らぁ)

今日は忙しい日になると、エイムラクは皮肉を言って嘆いた。
0386創る名無しに見る名無し
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2018/01/15(月) 18:19:35.12ID:HtGG5mfa
事故現場では交通安全課の執行者が、辻馬車の運転手に事情聴取をしている。
そこにエイムラクは割り込んで、話を始めた。

 「よっ、シークァン!」

 「あっ、エイムラクさん」

都合の好い事に、事故の調査に出て来た執行者は、エイムラクの知り合いだった。
2人は所属する課こそ違うが、先輩後輩の間柄にある。
エイムラクはシークァンに尋ねた。

 「どこまで話を聞いた?」

 「大体、聞き終わった所です」

 「撥ねられた子供は?」

 「既に病院に搬送されました」

 「何か俺に聞いとく事は無いか?」

 「いえ、特には」

シークァンの返答は淡々としている。
エイムラクは通信手の対応を思い出して、少し苛付いた。

 「俺は事故を起こした馬車に乗ってたんだぞ?
  何か有んだろう?」

 「いえ、目撃者も多数居たので、大凡の事情は把握出来ました。
  馬車が左折して来ると言うのに、子供が急に飛び出したと。
  馬車の運転手には可哀想ですが、事故は事故なので、無罪放免とは行きません」

交通弱者である歩行者は、多少落ち度があっても、守られる傾向にある。
この場合、少年は左右不注意だったと言えるが、彼に大きな怪我をさせた運転手にも、
過失が無いとは言えない。
0387創る名無しに見る名無し
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2018/01/16(火) 09:25:44.45ID:GADseKjp
あげ
0388創る名無しに見る名無し
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2018/01/16(火) 18:13:49.97ID:6SBjHMMd
そう言う不注意な者は時々現れるので、馬車の運転手は「何時も通り」に歩行者が配慮して、
道を譲ってくれると思い込んではならない。
左折の合図は適切に出されていたか、歩行者の動きを確認したか?
不注意や怠慢があれば、「注意を払っていれば、避けられた事故だったのではないか」と言う、
疑惑が付き纏う。
証言と言う程では無いが、エイムラクは運転手を擁護する。

 「馬車の速度は適切だった。
  『指名手配犯を乗せてた所為で急いでいた』って事実は無い。
  俺は急かさなかったし、運転手も急がなかった。
  緊張はしていたが」

 「ええ、馬車の速度は普通でした。
  但し、少年に気付くのが、少しだけ遅かった様ですね」

 「自白魔法でも使ったのか?」

 「いいえ、目撃者の証言と制動痕で判ります。
  運転手は指名手配犯を乗せていると言う事実に、緊張していた。
  それで後ろに気を取られて、歩行者の確認が少し遅れた。
  そんな所でしょう。
  ……話は変わりますが、エイムラクさん、どうして指名手配犯の輸送に辻馬車を?」

 「通信が妨害されてたんだ。
  仕様が無えだろう……」

当然の疑問に、エイムラクは気不味い表情で答えた。
一度は逮捕したトレンカントを逃がしてしまったのは、彼の落ち度と言えよう。
余り言い訳するのは、男らしくないと彼は考えている。
しかし、他に手は無かったのだ。
0390創る名無しに見る名無し
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2018/01/16(火) 18:15:47.59ID:6SBjHMMd
シークァンは同情して頷く。

 「それは……仕方が無いですね……。
  指名手配犯を連れて、長々と歩くのも危険でしょうし……」

 「これから俺は本部に向かう。
  本当に、聞いておく事は無いんだな?」

 「今の所は。
  後で何か伺いに行くかも知れませんが」

エイムラクが念を押すと、シークァンは即答した。

 「あぁ、そんじゃ、邪魔したな」

エイムラクはシークァンと運転手に断りを入れ、一度支部に向かう。
本部は遠いので、支部で馬を借りて行こうと考えたのだ。
統合刑事部の連中に何を聞かれるのかと、エイムラクは内心不安だった。

 (心測法をやられるって事は無えだろうな……。
  事情聴取をした切っ掛けが、掃除の小母ちゃんに聞いた話ってぇなぁ、どうなんだろうなぁ……。
  そこら辺は言わずに済むなら黙っててぇんだが……。
  巡回中に怪しい奴を見掛けたって事にすれば、良いよな?
  ファラドが手を回してなきゃ良いんだが……。
  あぁ、そう言や、ファラドん所の秘書は何を持って帰ったんだ?)

頭の中で様々な事を考えながら、彼は馬に乗って本部へ向かう。
0392創る名無しに見る名無し
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2018/01/16(火) 18:19:27.26ID:6SBjHMMd
時は遡り、エイムラクとトレンカントを乗せた馬車が事故を起した瞬間。
馬車を追跡していた内部調査班の班員は、事故現場から足早に立ち去ろうとする女を見付けた。
「少年が馬車に撥ねられた」と騒付く群衆の間を擦り抜けて、班員は彼女を追う。
纏う魔力の流れから、班員は女の正体に感付いていた。

 (あれはサディカ・マリカーン?
  トレンカントを守る為に、少年を突き飛ばしたのか?
  しかし、事故が起きれば、直ぐに執行者が駆け付ける。
  こんなのは時間稼ぎにならない所か、執行者が増えて益々逃走が難しく――)

彼がサディカの行動を不可解に思った直後、馬車の方に素早く接近する人影があった。

 (何っ、未だ仲間が居たのか!)

班員は慌てて引き返そうとするも、サディカを追って既に事故現場から半通は離れている。
彼は馬車周辺の魔力の流れを読んだ。

 (誰だ!?
  魔導師の気配、男……ソルートか!!)

人影の正体を察して、班員は後悔した。

 (謎の人物は『複数』存在した。
  その内の2人が、ソルートとトレンカントだった!
  『複数』居るんだから、何か起きたら救援が来るのは、予想出来た事だ!)

ソルートとトレンカントは逃走を始める。
今から追っても間に合わない。
幸い、エイムラクが既にテレパシーで通信しつつ、追走を開始していた。
執行者の応援も、間も無く駆け付けるだろう。
だが、班員が足を止めた僅かな間に、サディカの気配は消えていた。

 (二兎を追う者、一兎をも得ずか……)

片方に気を取られた隙に、もう片方を逃がしてしまうと言う失態。
彼は己の未熟さを恥じた。
0394創る名無しに見る名無し
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2018/01/17(水) 18:08:15.63ID:CRFA4Kjt
魔導師会法務執行部本部に着いたエイムラクは、ソルートとトレンカントを追っていた捜査班に、
執拗な聞き取りを受ける破目になった。
場所は小会議室。
取調室でないのは、同じ「執行者」に一定の配慮をした表れであろう。
この重大事件の捜査班は6人の刑事執行者で構成されており、内3人がエイムラクの聴取に出た。
班長の刑事執行者は高圧的な態度で物を言う。

 「先ず、トレンカントを発見した経緯を聞きたい」

同時に、若い刑事執行者が録音用の小型魔導機を作動させた。
特に断りも無く、これである。
刑事部の者は大体、治安維持部の者を軽んじている。
「刑事の仕事が増えるのは治安維持が弛んでいるから」等と言われる位だ。
統合刑事部は刑事部より更に上で、治安維持部の下っ端に過ぎないエイムラクとは身分が違う。
エイムラクは本当は刑事執行者になりたかったのだが、適性試験に合格出来なかった為、
已む無く治安維持部に入った。
故に、彼は「刑事執行者」に対して複雑な感情を持っている。

 「巡回の休憩に偶々立ち寄った喫茶店で、怪しい人物を目撃したのです。
  それで職務質問を行った所、その人物がトレンカントだと発覚しました」

 「何と言う喫茶店だ?」

 「タンクィットです。
  地図ありますか?」

エイムラクは状況を説明するには、地図を使うのが手っ取り早いと考えたのだが、残念ながら、
その意図は刑事執行者に伝わらなかった。
若い刑事執行者が疑問を口にする。

 「地図?」

 「その方が説明し易いですし、そちらも解り易いでしょう」

鈍い奴等だとエイムラクは内心で虚仮にしつつ、堂々と言う。
0395創る名無しに見る名無し
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2018/01/17(水) 18:12:22.05ID:CRFA4Kjt
素直にグラマー市全体の地図を持って来た若い刑事執行者に、エイムラクは困った顔をして見せた。

 「これじゃなくて、ジャダマル地区の地図が欲しかったんですが。
  事が起こったのは、そこですから……」

若い刑事執行者は露骨に面倒臭そうな顔をしたが、先輩であろう刑事執行者に睨まれ、
改めてジャダマル地区の地図を持って来る。
班長がエイムラクに謝罪した。

 「済みませんね、気の利かない奴で」

口では謝っているが、彼は圧力を掛ける様に、エイムラクの肩に手を置く。
エイムラクは苦笑いにも見える不器用な愛想笑いをした後、地図を指しながら説明を始めた。

 「えー、ここのタンクィットです。
  ここで私が休憩していると、ファラドの秘書のサディカ・マリカーンが、怪しい人物を伴って、
  喫茶店に入って来ました」

3人の刑事執行者の顔付きが、途端に険しい物になる。

 「ファラドの秘書?」

班長の問い掛けを、エイムラクは制止した。

 「取り敢えず、区切りの良い所まで話させて下さい」

班長は大人しく黙り込んで、難しい顔をする。
エイムラクは続けた。

 「そこでサディカと怪しい人物は、封筒を交換していました。
  封筒の大きさは1手×1足程度。
  封筒の交換が済むと、2人は直ぐに別れました。
  中身までは判りませんでしたが、2人は殆ど言葉を交わさず、親しい様子も無かったので、
  何か秘密の取り引きでもしているのではないかと疑い、怪しい人物の方を追い掛けました」
0396創る名無しに見る名無し
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2018/01/17(水) 18:16:33.33ID:CRFA4Kjt
ここで一旦、話は区切られる。
班長は改めて質問した。

 「その『怪しい人物』と一緒に居たのは、本当にファラドの秘書のサディカだったか?」

グラマー地方の女性は、大体がベールを被っており、中には顔を隠す者も居るので、
人相の判別は困難だ。
それに中央運営委員の秘書に嫌疑を掛けて、人違いでしたでは済まされない。

 「サディカと面識はありませんが、彼女を直接見掛ける機会は何度かありました。
  雰囲気からして間違いありません。
  喫茶店の店員にも確認を取ってみて下さい」

エイムラクの言う「雰囲気」には、纏う魔力の質や流れも含まれる。
魔法資質が高い者は、これだけで人物を判別出来るので、「雰囲気」と言えど侮れない。
班長は頷いて、次の質問をする。

 「分かった。
  所で、『怪しい人物』とは何を以って、そう判断した?
  具体的に何が怪しかった?」

 「振る舞いの一つ一つです。
  素顔を隠していて、男か女かも判らない。
  纏う魔力の流れは、妙に静かで整っている。
  自分の正体を覚られない様にしている感がありました」

エイムラクの洞察力に、3人は内心で感心した。
刑事執行者でも、これ程までに勘が働く者は少ない。
0397創る名無しに見る名無し
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2018/01/18(木) 18:41:08.83ID:nwGuQUZw
班長は3つ目の質問をする。

 「どうしてサディカではなく、『怪しい人物』の方を追い掛けた?」

エイムラクは控え目に失笑した。

 「どうしてって、サディカはファラドの秘書ですよ。
  取っ捕まえて話を聞こうにも、後ろ盾が強過ぎる。
  それに素性が知れてるんで、職質するのも不自然でしょう。
  どっちが扱い易いかって言やぁ、そりゃあ……」

彼は言葉を濁したが、意図は伝わった。
中央運営委員の秘書と、素性の知れない人物と、どちらが職務質問し易いかは明白だ。
班長は頷いて、話の続きを促す。

 「あぁ、確かに。
  先を続けてくれ」

エイムラクは頷いて、タンクィットの場所を押さえていた指を、西方向に動かす。

 「『怪しい人物』は、こちらの方向へ移動しました。
  私は急いで後を追い、お互い、こう動いて、ここで捕まえて、職務質問をしました」

狭い路地を、彼はトントンと叩いて示す。

 「所が、氏名と住所を言え、それと顔を見せろと、何度言っても応じず……。
  あぁ、そう言えば、身分証を提出されましたが……。
  これです」

エイムラクは今更ながら、トレンカントから偽の身分証を取り上げた事を思い出して、
それを班長に提出した。
0398創る名無しに見る名無し
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2018/01/18(木) 18:42:17.91ID:nwGuQUZw
受け取った班長は、身分証の名前を読み上げて、首を捻る。

 「ヴィクター・ストンハイマー?」

 「偽造か、そうでなければ他人の物だと思います。
  『自分の口から』は氏名と住所を言おうとしなかったので。
  これは愈々怪しいと思った私は、実力行使に出ました。
  それで初めて、『怪しい人物』の正体が指名手配中のトレンカントだと判明したのです。
  トレンカントは魔法を使って抵抗しようとしたので、私は力尽くで取り押さえました。
  その後、応援を呼ぼうとしたのですが、何者かに妨害されて通信が途絶えてしまいました。
  私は仕方無く、大通りに出て、辻馬車でトレンカントを近くの駐在所まで運ぶ事にしました」

班長はエイムラクが自ら話を区切るまで、頷いて聞きながら、再度疑問点を突(つつ)く。

 「どんな理由で、身分証が偽物だと判断した?」

自分は試されているのかと、エイムラクは少し眉を顰めた。
一々説明しなくとも解るだろうと、彼は思っていたのだ。

 「どんなって……、真面な社会人なら、自分の名前と住所を言えないって事は無いでしょう。
  口が利けないってんなら話は別ですが、奴は言わない所か、頑なに拒んだんです。
  愚者の魔法を警戒したんでしょう」

班長は謝罪もせず、無言で頷き、次の質問をする。

 「通信を妨害されたと言うのは、誰に、どうやって?」

話を聞いていなかったのかと、エイムラクは又少し機嫌を損ねた。

 「分かりません。
  どんな手を使われたのかも……」

魔法に関して『分からない』と言わなければならない事態は、魔導師として恥である。
しかし、それを責める者は居ない。
相手は元魔導師、魔法に関する知識量に差は無い。
だが、だからこそ対抗出来なくてはならないとも言える。
執行者は魔法の番人でもあるのだ。
0399創る名無しに見る名無し
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2018/01/18(木) 18:44:56.45ID:nwGuQUZw
班長は困った顔をして、次の質問に移る。

 「トレンカントは職質中に、魔法を使おうとした?」

 「はい。
  奴が先に」

先に魔法を使おうとしたのはトレンカントだと、エイムラクは主張した。
班長は俄かに目付きを険しくする。

 「君が実力行使に出たのと、トレンカントが魔法を使おうとしたのと、どっちが先だった?」

これは確認の為に尋ねているのだ。
エイムラクは後ろ暗い所を隠す為に、堂々と言う。

 「先に手を出したのは、私です。
  しかし、相手は指名手配犯でした!」

 「『偶々』な。
  結果論だ」

冷徹に断言する班長に、エイムラクは憤り、机を叩いて席を立った。

 「言いたい事があるなら言って下さいよ!
  聞きたいのは、犯人の事じゃないんですか?」

丸で自分が取り調べを受けている様で、それが彼には堪らなかった。
若い刑事執行者がエイムラクの暴走に備えて身構えるも、班長は落ち着いた所作で、
彼に手の平を向けて制する。
そして、エイムラクを諭しに掛かった。

 「もし、ファラドがトレンカントと繋がっていたなら、これは大事件だ。
  奴は有らゆる手を使って罪を逃れようとするだろう。
  君に対する『報復』も想定しなければならん。
  職務質問に問題が無かったか、僅かな瑕疵でも因縁を付けられる」
0401創る名無しに見る名無し
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2018/01/19(金) 18:49:36.75ID:a3rMjZem
エイムラクは不満を露に反論した。

 「ファラドだろうが、誰だろうが、指名手配犯と繋がってたんだぞ!」

班長は2人の刑事執行者を所作で制しつつ、エイムラクへの説諭を続ける。

 「落ち着け、未だファラドと繋がってると決まった訳じゃない。
  話を聞く限りでは、『ファラドの秘書』と接触していただけだ。
  勿論、もしファラドが指名手配犯と何等かの取り引きをしていたなら、委員の席は失われる。
  しかし、それとは別に『乱暴な職務質問に就いて』、訴訟を起こされる可能性がある。
  所謂『第三者機関』にな。
  我々は悪を許す積もりは無いし、君の事も出来る限り守る。
  だから、その為にも気を悪くせずに、私の質問に答えてはくれないか?」

数極の沈黙を挟んで、エイムラクは不機嫌な顔で席に着き、渋々謝罪の言葉を述べた。

 「済みませんでした」

魔導師会が暴走した時の為に、市民が事実を検証する第三者機関が複数ある。
グラマー地方に於いては、その権限も影響力も小さいが、歴とした「事実」を突付けられれば、
魔導師会とて対応しない訳には行かないのだ。
班長は再び先の話に戻る。

 「実力行使に出たのは、少々拙かったかも知れない。
  相手が指名手配犯と言う確証があった訳じゃないんだろう?」

 「ええ、まあ……」

エイムラクは目を逸らして、打っ切ら棒に答えた。
班長は至極真面目に言う。

 「『指名手配犯を捕まえた』と言う事実だけを見れば、君の活躍は表彰物だ。
  感謝状を贈りたい位だよ、冗談や皮肉では無く。
  君は良い勘をしている。
  ……だが、余り大っ平(ぴら)に褒め称(そや)す訳には行かなくなるかも知れない」

エイムラクは鼻で笑った。

 「んな事ぁ、気にしませんよ。
  持て囃されたくて執行者になった訳じゃ無し」

公に認められる必要は無いと、彼は強がる。
本当はトレンカントを取り押さえた瞬間に、「指名手配犯を逮捕した」と言う名誉が頭を過ぎったが、
見栄の為に無かった事にした。
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2018/01/19(金) 18:51:20.22ID:a3rMjZem
班長は小声で一言「済まんね」と言って、更に続きを促す。

 「トレンカントを取り押さえて、その後は?」

エイムラクは静かに長い溜め息を吐き、改めて地図を指して説明を再開する。

 「この辺りで辻馬車を捉まえて、東駐在所に向かおうとしました。
  所が、ここの交差点で私の乗った馬車が、人身事故を起こしまして……」

 「事故?
  あ、いや、続けてくれ」

思わず声を上げた班長は、話の腰を折る積もりは無かったと、釈明する様に言った。
エイムラクは一旦話を止めた物の、表情を変えずに続ける。

 「馬車が飛び出して来た少年と、接触してしまったんです。
  事故で馬車が止まっている間、通信が回復したので、私は改めて応援を呼びました。
  その時に通信手から、『通信は繋いだ儘で』と指示されたので、その通りにして。
  それで馬車の中で応援を待っていると、魔導師のローブを着た男が、馬車の戸を開けたんです。
  私は馬車の左側に乗っていて、トレンカントは右側に居ました。
  男は右側の戸からトレンカントを引っ張り、馬車から降ろしました」

班長は又も声を上げようとしたが、今度は思い止まる。

 「――っと、それで?」

 「相手が魔導師のローブを着ていたので、私は一瞬混乱しました。
  しかし、直ぐに男はトレンカントを逃がしに来たのだと思いました。
  もしかしたら、この男はトレンカントと一緒に指名手配されていた、ソルートではないかと」

班長は先程から何度も頷いており、落ち着かない様子。
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2018/01/19(金) 18:53:52.17ID:a3rMjZem
エイムラクは短く話を纏めようと努力する。

 「魔導師のローブを着た男は、トレンカントを目覚めさせ、共に逃走を始めました。
  こう言う風に、路地を右に左に。
  私は直ぐに追い掛けたのですが、引き離されるばかりで。
  それで、この辺りで駆付が私を追い抜いて。
  『もう追わなくて良いから、本部に行って事情を話せ』と、通信手に言われまして。
  今、ここに居る次第です」

彼の話が終わると、班長は難しい顔をして溜め息を吐いた。
その後、短く息を吸うと、真顔になって尋ねる。

 「事故と言うのは?」

 「少年が馬車に接触したんです。
  幸い、命に関わる様な大怪我はしていませんでしたが……」

 「犯人の仲間の妨害だと思うか?」

 「……判りません。
  そうかも知れないですね。
  可能性は否定出来ないと思います」

 「分かった」

班長は一息吐いて、エイムラクを気遣った。

 「喉が渇かないか?
  水なり何なり、欲しければ持って来させるが」

 「いや、結構です」

彼は多少喉が渇いていたが、余り長々と話をする積もりは無かったので、断った。
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2018/01/19(金) 18:55:34.16ID:a3rMjZem
エイムラクに断られた班長は、少し残念そうにして質問を再開する。

 「トレンカントを連れて逃走したのは、本当にソルートか?」

 「顔は確認出来なかったので、ソルートだとは言い切れません。
  直感的に、そう思っただけです。
  魔導師のローブを持っていて、私の魔法を無効化したり、追走を振り切れる位、
  共通魔法の扱いに長けている……。
  元魔導師のソルートなら、それに当て嵌まるのではないかと」

 「顔は確認していないか……。
  気を悪くしないで欲しいんだが……、トレンカントを逃がさない様には出来なかったのか?」

その問い掛けを受けて、エイムラクの目付きが鋭くなった。
彼は「自分の判断や行動に落ち度は無かったのか」と聞かれているのだ。
彼は苦々しい表情で答える。

 「全く落ち度が無かったとは言えませんが、それこそ結果論です。
  トレンカントに仲間が居て、グラマー市内で活動してる何て、予想しろって方が無理です。
  他の執行者も揃いも揃って、奴等を見過ごしてたって事なんですから」

 「『自分の落ち度ではない』と」

エイムラクの言い訳を、班長は端的に纏める。
それが癇に障って、エイムラクは嫌味を言った。

 「寧ろ、あんた等の落ち度じゃないんですかね。
  今まで何してたって話ですよ」

年配の刑事執行者が色を作して反論しようとするも、班長が無言で制止する。
班長は素直に自分達の非を認めた。

 「返す言葉も無い」
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2018/01/19(金) 18:56:48.77ID:a3rMjZem
エイムラクは小さく溜め息を吐いて、今度は自分から班長に尋ねる。

 「本当に全く誰も、連中がグラマーに潜り込んだ事に気付かなかったんですか?」

魔導師会とは存外無能な組織なのではと、彼は感じ始めていた。
グラマー地方は魔導師会による監視の目が確り行き届いており、故に事故や事件は少なく、
又、大逸れた事を仕出かそうと言う悪党も現れないのだと、嘗ての彼は信じていた。
今それが揺らいでいるのだ。
班長は少しの間を置いて答えた。

 「全てを監視するのは不可能だ。
  相手は元魔導師だから、手の内が読めるのかも知れない。
  ファラドが背後に付いているなら、尚の事……」

それは言い訳だと、エイムラクは内心で憤る。
結局、誰も判っていなかったのだ。
彼は真剣な声で班長に言った。

 「市民の魔導師会への信頼は大きく揺らぎますよ」

 「解っている」

重々しい口調で班長は応える。

 「隠蔽なんかしやしないでしょうね?」

 「私達に、そんな権限は無い」

彼は無責任とも受け取れる回答をした。
事実、その通りではある。
事件を公表するかしないかは、何時も『上』が判断する。
エイムラクは「フン」と不機嫌に鼻を鳴らして、外方を向いた。
0407創る名無しに見る名無し
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2018/01/19(金) 18:58:07.06ID:a3rMjZem
気不味い空気になった所で、小会議室の戸が軽く叩かれる。

 「失礼します」

女性の刑事執行者が入って来て、班長に視線を送った。

 「お報せが……」

先ず年配の刑事執行者が動いて、話の内容を確かめる。
女性刑事執行者に耳打ちされた彼は、血相を変えて班長に駆け寄り、同じ様に耳打ちした。

 「何だと?」

予想外だと言った顔をする班長に、年配の刑事執行者は無言で頷く。

 「何があったんですか?」

エイムラクが尋ねると、班長は心底申し訳無さそうに応えた。

 「済まない、今は話せない。
  聴取は――今日の所は、これで終わりにする。
  御協力感謝する」

話すべき事は全て話し終わった後なので、これで聴取が終わっても何も問題は無いのだが、
慌てた様子で雑な打ち切り方。
これは余程の事だと、エイムラクは察する。

 「おい、行くぞ」

班長は2人の刑事執行者に声を掛けて、女性刑事執行者と共に退室した。
その後に続いて、2人の刑事執行者も退室する。
取り残されたエイムラクは、溜め息を吐いて帰途に就いた。
0409創る名無しに見る名無し
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2018/01/19(金) 18:59:59.07ID:a3rMjZem
翌日、魔導師会は2人の指名手配犯が、グラマー市内に居た事を公表した。
しかも、彼等を「取り逃した」事まで。
その事をエイムラクは、職場での緊急朝会で知らされ、愕然とした。
昨日の刑事執行者達の慌て振りを、彼は犯人が死亡したか、執行者に死傷者が出たか、
とにかく予期しない事態が発生したのだとは理解していた。
それが正か、「犯人を取り逃した」事だとは、予想外の予想外。
例の2人は駆付の追跡をも振り切って、行方を晦ましたのだ。
朝会の後で、エイムラクは課長に呼び止められる。

 「エイムラク君、昨日の事だが」

 「何かあったんですかい?」

動揺する彼に、課長は小声で言う。

 「報告書を提出してくれないか?
  未だ書いてなかったよね」

 「何で、そんな窃々(こそこそ)と?」

どうして小声で話すのかと問われた課長は、少し眉を顰めた。

 「噂になるのは好まないだろう?」

昨日の出来事を「上」から聞かされたのだろう。
周囲の者に気取られない様に、彼は配慮している。
事実、エイムラクは昨日の件が皆に広まり、あれこれと詳細を説明しなければならなかったり、
又、他者に噂されたりする破目に陥る事を望んでいなかった。

 「本部で話した事と、同じ事を書いて良いんですか?」

 「ああ、そこまで詳細に書かなくても良いよ。
  簡単な有らましさえ分かれば、それで」

課長の要求は如何にも事務的な物で、「規則として報告書を作成しなければならない」以上の、
理由は無い様に思われた。
0410創る名無しに見る名無し
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2018/01/19(金) 19:02:38.96ID:a3rMjZem
それはエイムラクにとって、一面では有り難かったが、半面では不満があった。
そう言う態度だから、指名手配犯の跋扈を許していたのではないかと。
「規則通り真面目にやっている」と言えば聞こえは良いが、裏を返せば、最低限で済ませ、
「それ以上の事はしなかった」とも言える。
都市の治安を預かる者として、そんな心構えで良いのか?
その日一日をエイムラクは晴れない気分で過す事になる。
昨日の事を思い返すと、胸が向か付いて堪らなくなり、彼は報告書を態と雑に書き上げると、
気晴らしに市中の巡回に出た。
足は自然と、昨日と同じ経路を辿る。
エイムラクは逆らう事無く、足の向く儘に歩いた。
もう一度、指名手配犯と出会さないかと言う、有り得ない妙な期待を彼は抱いていた。
当然そんな訳は無く、街の風景は昨日の出来事を丸で気にしていないかの様に、何時も通り。
人々の平和振りに呆れながらも、それを守るのが執行者の使命だと、エイムラクは思い直した。

 (俺は何時も通り、この街を守ってれば良いってか……。
  まぁ、そうだわな)

彼は一地方支部の生活安全課の巡査係であり、その使命は管轄域の治安を守る事。
指名手配犯を追うのは、刑事執行者の役目である。

 (何度来ようが、この街で勝手はさせねえ。
  俺が居る限りはな)

割り切れない事も多いが、今の仕事を辞める積もりは無い。
何が起きても、仕事は「何時も通り」。
刑事執行者を目指して、願い叶わず、治安維持部で働く事になったエイムラクだったが、
それが今は誇らしい。
0412創る名無しに見る名無し
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2018/01/20(土) 18:08:55.30ID:l+MMbhIf
その後、事件は益々闇を深めて行った。
ファラドの秘書である、サディカとクータは事件当日の夜に行方不明になった。
両者共、家族にも連絡せずに失踪。
後にサディカは、「目撃証言」から少年の殺人未遂罪で指名手配される事となった。
ファラドの事務所が強制捜査の対象となったが、それは指名手配犯を取り逃してから2日後の事で、
ファラドとトレンカントが繋がっていると言う、明確な証拠は見付からなかった。
危機を感じ取って事前に情報を隠したか、それとも飽くまで秘書とトレンカントとの遣り取りだけで、
ファラドは無関係だったのかは判らず終い。
過去を見る心測法の結果、トレンカントとソルートが間違い無く本人だった事は確認済みであり、
これでファラドを誘(しょ)っ引ければ、心測法なり自白魔法なりで、簡単に解決するのだが……。
中央運営委員会が、それを許さないだろう事は明白だった。
委員がファラドを切り離せば良いのだが、そうすると間接的な証拠だけで、委員を取り調べられる、
前例を作ってしまう。
これが出来たから、あれが出来ない道理は無いと、法務執行部の権限が強くなる。
中央運営委員会は、それを好ましく思っていなかった。
単純に、後ろ暗い所のある委員が多いのも事実だ。
特にファラドと交流のある委員は、余罪を追及されはしないかと、兢々としている事だろう。
しかし、そうした態度は市民の魔導師会への信頼を失わせてしまう。
我が身可愛さに、ファラドを庇い続ける委員達が、どの様に世間に見られるか……。
0413創る名無しに見る名無し
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2018/01/20(土) 18:10:30.54ID:l+MMbhIf
一方で、法務執行部はファラドに対する捜査協力請求状を中央運営委員会に提出するか、
悩みに悩んだ。
先述の様に、これを提出してしまえば、委員は反対して、結果的に魔導師会と言う組織全体の、
信用性を損ねる事となる。
「反逆同盟」なる組織が各地で問題を起こしていると言う大変な時期に、身内の権力闘争と見られ、
法務執行部の信用まで失墜させる結果になりはしないか?
議論に議論を重ねた結果、法務執行部は請求状を提出する。
この事に委員会は大きな衝撃を受けた。
確かに、指名手配犯がファラドの事務所の人間と接触していた事実は、到底見過ごせる物ではない。
だが、通例では事前に委員会の反応を探り、請求状が通るか通らないかを確かめる。
確実に通ると言う手応えが無ければ、法務執行部は請求状を提出しない。
何故なら、中央運営委員会も法務執行部も同じ魔導師会と言う組織であり、互いに叩き合い、
足を引っ張り合っても、市民からの印象が悪化するだけで、何も良い事は無い為だ。
今回の請求状提出では、それが無かった。
委員会内では当然、その事に対して反発が起こった。
これは法務執行部の不手際であり、捜査協力請求状を通さない口実に出来るのではないか、
或いは、それを見越した法務執行部側からの救いの手ではないかと捉える者もあった。
要するに、形だけでも「法務執行部は仕事をした」事にして、実は穏便に事を済ませたいのではと。
0414創る名無しに見る名無し
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2018/01/20(土) 18:12:53.09ID:l+MMbhIf
実際どうだったかと言うと、これは司法総長官の決断だった。
グラマー地方の司法長官は、委員会にファラドに対する捜査協力請求状を提出した際の反応を、
反対と賛成が五分五分程度と見込んでおり、提出には余り乗り気では無かった。
委員会と法務執行部で対立が深まるだけでなく、委員会内部にも痼りを残すかも知れない。
それを司法総長官が自らの権限で押し切ったのだ。
そもそも今代の司法総長官は、委員会に伺いを立て、確実に通る気配が無ければ、
請求状を提出しないと言う「慣例」を好ましくない、廃絶すべきと考えていた。
法務執行部と中央運営委員会は狎れ合うべきでないと言う建て前通り、仮令後に委員会の決議で、
罷免されようとも構わない覚悟だった。
この話は司法長官の関係者から人伝に人伝に洩れ始め、「噂」として事情通の間で広まり、
委員達の耳にも入る様になった。
司法総長官の真意は別にして、独断であれば、後々の処理も容易いと、一部の委員達は楽観した。
所が、若い委員達が捜査協力請求状に応じる空気となり、委員会は再び動揺する。
背景には若手を率いるオーラファン委員の影響があった。
40代にして既に20年近く委員を務めているオーラファンは、血統書付きのエリートであり、
年齢的には若手ながら、実力は中堅以上と言う別格の存在。
自分と10や20も年上の委員達とも対等に口が利ける。
オーラファンはファラドとは距離を置いており、この機会にファラドに絡んだ一派を一掃して、
勢力拡大を狙うかの様だった。
0415創る名無しに見る名無し
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2018/01/20(土) 18:14:41.00ID:l+MMbhIf
提出された捜査協力請求状に応じるべきか、応じざるべきか、中央運営委員会では侃々諤々の、
大論争となる。
守勢に回ると弱いファラドは、若手委員が議論を吹っ掛ける格好の的になっていた。
援護無く吊し上げられ、苦しい言い訳を繰り返しては追い詰められ、答に窮する彼の姿は、
哀れと言う他に無い。
自業自得ではあるが、これまでの過激な主張が、全て自分に返って来るのだ。
ファラドの窮状を目の当たりにした委員達の中には、これを庇い立てすれば支援者を失うと見て、
請求状に応じる事に賛成こそ出来ない物の、採決を棄権する考えの者も現れ始めた。
法務執行部の権限強化を嫌う守旧派と、ファラドと関わった者達(便宜的にファラド派と呼ぶ)が、
合わせて3割強に対し、オーラファン率いる若手と、その同調者が4割強、棄権が1〜2割と、
推測されており、残りは態度を決め兼ねている。
成り行きに任せていては、捜査協力請求状が通ってしまうので、守旧派とファラド派(仮称)は、
若手を切り崩し、態度を決め兼ねている者を味方に引き込む必要がある。
ファラド派は実際にはファラドと縁を切りたいと考えており、こちらから棄権に転じる者も防がねば、
請求状が通ってしまう。
実質、守旧派は単独で戦わなくてはならない。
しかし、委員の票の買収は重罪。
何等かの政治的な取引までは禁じられていないので、そちらで手を打つ他に無い。
若手を率いているオーラファンを取り込めば手っ取り早いし、それを実際に守旧派は企んだが、
既に強い力を持つ彼を翻意させる事は困難だった。
0416創る名無しに見る名無し
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2018/01/20(土) 18:26:56.35ID:l+MMbhIf
余りオーラファンに近くない若手を、守旧派は切り崩しに掛かるも、成果は捗々しく無かった。
威し掛けようにも、背後に居るのがオーラファンでは、それも儘ならない。
やはりオーラファンを封じなければならず、それに守旧派は大きな犠牲を払う事になる。
その「犠牲」とは、守旧派を率いるアイルティス、ボンド、ドラゴツェン、ウェイフーと言う4人の、
大物委員の引退だった。
彼等は長らく中央運営委員会の決定を左右する、重要な役割を果たしていたが、その年月と同じく、
贈収賄の罪を積み重ねていた。
未だ地位に執着心はある物の、法務執行部の権限が強くなる気配を感じ、これを機に引退して、
汚職絡みの追及を避けようと言うのだ。
採決の前々日、4人は翌年の選挙で立候補しない事を公言したが、大人しく降った訳では無い。
もし、オーラファンが少しでも弱味を見せよう物なら、報復する心構え。
そして、捜査協力請求状に関する採決は、5.5対4.5と言う絶妙な割合で否決された。
オーラファン自身は「応」に投じたが、否決された事を悔しがる様子は無く、批判も控え目だった。
それは彼の同意の下で、裏取引があった事の証左。
こうしてオーラファンと彼に同調した者達は、事実上守旧派を打ち倒し、委員会の大勢を占めた。
法務執行部としては、大きな獲物を逃した事になるが、委員会は大きく変動したのである。
ファラドは委員会の取引で守られた物の、請求状が退けられた後に入院した。
理由は「心因反応」との事で、要するに議会で追い詰められて精神を病んだと言うのだ。
しかし、ファラドが守られるのは委員である間だけ。
法務執行部は彼の逮捕を諦めた訳ではない。
法の番人たる執行者は、執念深いのだ。
次の選挙までにファラドが回復するかは不明だが、どちらにせよ名誉が深く傷付いた儘で、
再選は不可能であろう。
0418創る名無しに見る名無し
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2018/01/20(土) 18:30:47.62ID:l+MMbhIf
親衛隊内部調査班は、ファラドが共謀した証拠を押えられなかった事を口惜しく思ったが、
取り敢えず彼の動きを封じられたので、それで良しとした。
執行者の監視も厳しくなるので、入院中でも迂闊な事は出来なくなる。
清掃員に扮した班員は、魔導師会の会報を読み込んでいるエイムラクに話し掛ける。
彼が広げているのは、ファラドが委員会を欠席して入院した事が書いてある一面。

 「お偉いさんは狡いねぇ……。
  そう思わないかい、エイムラクさん」

横から記事を覗き込んで来る班員に、エイムラクは驚いて眉を顰めた。

 「な、何でぃ、行き成り話し掛けねぇでくれよ」

 「最近、豪く会報を読む様になったじゃないかい。
  あんたにしては珍しい」

 「いや、一魔導師として『会<オーガナイゼーション>』の動向位は知っとかねえとなっと……」

 「熱でもあるのかい?
  アハハ、何時まで保(も)つかね」

班員が揶揄うと、エイムラクは会報を畳んでしまう。

 「ハァ、止めた止めた、やっぱり柄じゃねえんだな」

班員は慌てて謝った。

 「あらら、御免よ。
  臍を曲げないどいとくれ」
0420創る名無しに見る名無し
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2018/01/20(土) 18:35:53.88ID:l+MMbhIf
エイムラクは小さな溜め息を吐き、爽(さっぱ)りした態度で彼女に言う。

 「小母ちゃんが悪いんじゃねえよ。
  少し気になる事があってな。
  でも、今日で終いだ」

 「気になる事って?
  漫画(※)?」

見当外れの反応に、彼は大きな溜め息を吐いた。

 「俺を何だと思ってんだぃ……。
  もう良いよ、『巡回<パトロール>』行って来らぁ」

そう言って上着を肩に掛けて出て行くエイムラクを、班員は罪悪感を込めて見送る。

 (御免なさい、エイムラクさん。
  貴方の気持ちは解るけど、私は何も話せない。
  慰められるのも嫌でしょう)

彼女は事情を知っているが、それを明かす事は出来ない。
内部調査班は辛い仕事だ。


※:魔導師会会報には魔導師会の情報とは別に、連載漫画と連載小説がある。
  漫画は紙面の4分の1程度を使って、主に時事種(ネタ)を扱う。
  4齣と3齣のパターンがあり、どちらかは作者によって違う。
  小説は紙面の3分の1程度を使って、主に魔導師を主人公とした日常を描く。
  話が長期化し過ぎない様に、2〜4箇月で区切りを付けなければならない。
0422創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/20(土) 18:37:18.84ID:l+MMbhIf
驀(まっしぐ)ら


中国語で「驀地」と書いてある物に、「まっしぐら」と当てて読んだのが語源だそうです。
古くは「ましぐら」、「まっしくら」。
「坐倉(ましくら)」と当て字された事もある様です。
「驀」は元は馬に関係する漢字であり、そこから「一直線に」、「勢い良く」と言う意味が生まれました。
他に「俄かに」の意味もあります。
上述の様に「驀」だけで「まっしぐら」であり、「地」は中国語で副詞を作る物です。
詰まり、「驀地」とは日本語にすれば「まっしぐら『に』」で、「地」は「に」に相当する言葉です。
「白地」と書いて「あからさま」と読むのも、似た様な成り立ちと思われます。
こちらも「白」だけで「正直」、「何も無い」の意味があり、「地」は副詞を作る物でしょう。
「白地」は「あからさまに」であり、実際に中国語で「白地」は「率直に」、「正直に」の意味があります。
(これとは別に、名詞の「白地」もあり、当然意味が変わります)
日本語の「白地(あからさま)」は複雑な経緯を辿って変化しています。
「急に」、「俄かに」、「忽ち」から「一時的に」、「仮初めに」、「本の少し」、それが否定を伴って、
「少しも(無い)」、「全く(無い)」と変化しており、当て字の「白」の意味は「虚しい」か、
「全く無い」だと思われます。
これを「白=明らか」と誤解したのが、「明から様」の意味を持つ、今日の「あからさま」でしょう。
日本語の「白地〔しらじ〕」は、「未だ染めていない白い布」の事で、「処女」の婉曲表現でもありますが、
どちらの「あからさま」にも通じる意味がありません。
「白い布は後で染められるから『一時的』である」と言えない事も無いですが、牽強付会に感じます。
0423創る名無しに見る名無し
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2018/01/20(土) 18:39:09.17ID:l+MMbhIf
惑々(まごまご)


戸惑う様子の「まごまご」は、恐らく「まどまど」の変化ではないかと推測します。
「ぶつぶつ言う」の「ぶつぶつ」は、古くは「つぶつぶ」と言い、これは「呟く」の「つぶ」で、
どこかの時点で「つぶつぶ」が逆転して「ぶつぶつ」になったと言われています。
それの類推で、困惑する「どぎまぎ」と同じ意味で、「どまどま」と言う言葉があり、
これは「惑う」の「まど」の逆転ではないかと思うのです。
しかし、そうなると「まどまど」が無いと行けない訳ですが、それが見付かりません。
所詮は素人の思い付きでしょうか……。
調べてみても、「まどふまどふ」位しかありませんが、逆に「まごまご」も見当たりませんので、
「まごまご」は新しい言葉と言う事になりそうです。
当て字として、そう意味が外れている訳では無いので、「まごつく」や「まごまご」には、
「惑」の字を当てたいと思います。


爽(さっぱ)り/洒(さっぱ)り


爽然、洒然とも当てる様です。
「爽」と「洒」には実は使い分けがあり、前者は「爽やか」、後者は「垢抜けた」と言う意味。
気分が「さっぱりした」と言う時は「爽」、容姿が「さっぱりした」と言う時は「洒」。
しかし、最近では「垢抜けた」、「身形が整った」の意味で、「さっぱりした」と言う事は少なくなりました。
都会に出て身形を整える様になった人に向かって、「小ざっぱりしやがって」と言う時の「さっぱり」は、
「洒り」となります。
「清々しい容貌になった」と言う意味では、「爽」も使えるでしょう。
「洒り」は「お洒落」の「洒」であり、「酒」ではありません。
0425創る名無しに見る名無し
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2018/01/22(月) 19:57:50.56ID:CS6OdmzR
ボルガ地方 山間の町セッカにて


古代魔法研究所の研究員サティ・クゥワーヴァと、その護衛兼監視役のジラ・アルベラ・レバルトは、
この時期に行われると言う伝統的な夏祭りを見物に、セッカ町を訪れていた。
それは山の精霊に捧げ物をして、作物の順調な生育と来る秋の豊作を祈願する「精霊祭」の一種で、
町の若い男衆が1体半の人形(ヒトガタ)を背負って、セッカの大山と呼ばれるタイセ山を登る。
この祭りは人形の呼び名を取って、「背負子(しょいご)祭」と呼ばれる。
由来は、復興期、旱魃に悩まされていた所、ある男が山の精霊に生け贄を捧げに行った事と言う。
先述した様に、タイセ山は「セッカの大山」とも呼ばれる程、高く大きい山である。
標高は5通弱。
天にも届く様な、その頂には神聖な物が住まうと考えられていたのだ。
タイセ山は「女人の立入を禁ず」と言い伝えられており、女子供は山に入れない。
山の精霊が怒る為だと言う。
この事からタイセ山の精霊は女性的な性格を持つと考えられている。
サティは「調査研究」の名目で、山での祭りを見学しようと考えていたが、当然主催に却下された。
彼女は剥れて、ジラに愚痴を零す。

 「ボルガ地方民は確たる由も知れない因習や迷信に固執して、困った物です」

ジラは苦笑しつつ、サティを宥めた。

 「仕様が無いじゃん。
  そう言う決まりなんだから。
  郷に入っては郷に従えってね」

それでもサティは納得出来ず、愚痴愚痴と言い続ける。

 「大体、『山の精霊』なんて実在する訳無いでしょう。
  そんなの皆解っているんですから、既に形骸化しているんですよ。
  形骸化し過ぎて、形(かた)を保つ事が優先され、益々中身が虚(うつろ)になる。
  伝統なんて、そんな物です」

今日は自棄に機嫌が悪いなと、ジラは彼女の態度を怪しんだ。
何時もは、もう少し「伝統」や「文化」に理解を示すのだが……。
女人禁制が癇に障ったのだろうか?
それとも、そう言う日なのか?
0426創る名無しに見る名無し
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2018/01/22(月) 20:03:15.92ID:CS6OdmzR
祭りが行われるのは、夕方から夜に掛けて。
朝陽が完全に現れる前に、若い男衆は重い「背負子」を背負って、山を登り切らねばならない。
季節は夏ではあるが、高山の夜は冷える。
中には登り切れずに朝を迎えて、脱落する者も出て来る。
魔法を使えれば、2体重を背負っても山道を楽々進めるのだが、魔法の使用は禁じられている。
これも山の精霊を怒らせない様にする為だと言う。
旧暦のボルガ地方では、共通魔法は邪法とされていたので、その名残であろう。
祭りの由来となった「生け贄」は、男の妻子だったと言う。
集落が旱魃で危機に陥った際、この男は天の声を聞き、妻子を背負ってタイセ山の頂を目指した。
1体半とは、妻子の重さ。
朝までと言う期限は、妻子が目覚めるまでの間。
男はタイセ山の頂に到達したと言われているが、その後に山から下りたと言う話は無い。
後日、集落に2月振りの雨が降った事を以って、人々は「儀式」が成功したと見做した。
この話は「セッカの大山」として、ボルガ地方伝説話集にも収められている。
今でこそ血腥い雰囲気は無いが、実は魔導師会が止めさせるまで、贄を捧げ続けていたと言う。
集落に災いある度に、この儀式は行われ、次第に災いを防ぐ為に毎年続ける様になったらしい。
毎年夏に一家が選ばれ、妻子を生け贄に捧げに行く。
妻子が無ければ、働き盛りの若い男を残して、爺婆を捧げる事もあった。
身内を「山の精霊」に捧げて、集落に帰って来る男は少なかったとも言われる。
女人禁制の山に妻や娘、母を運び込んで良い物かは疑問だが、生け贄は例外だった様だ。
女が自ら立ち入るのではなく、「男が背負っているから問題無い」とする理屈だったとも言う。
こうした血腥い歴史に蓋をして、しかし、丸で呪いの様に、その労苦は引き継がれ、
祭りは今も続いている。
現代の男達は人形を背負って山を登り切る事を、名誉な事だと信じている。
確かに、十分な体力のある丈夫の証にはなるだろう。
セッカ町の人々も、事を成し遂げた男達を称える。
祭りの由来は扨措き、今では完全に試練の様な物だ。
仮令一人の達成者も出なくとも、それは残念な事ではあるが、後に凶事が起こるとまでは、
誰も考えてはいない。
0427創る名無しに見る名無し
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2018/01/22(月) 20:05:16.97ID:CS6OdmzR
辺りが暗み始める西の時3針に、男達は重い人形を背負って、山頂に向け歩き始める。
老人や女子供はタイセ山の麓で、それを見送る。
山頂に着いたら松明を灯して、麓で待つ人々に達成を伝える。
魔法が使えないと言うのは厳しく、健康な成人男性でも、1通も歩けば足が止まる。
山頂までの距離は最短で1区5通。
人形を背負った儘では、恐ろしく長く遠い。
サティとジラは大人しく山の麓で、登頂に挑む男達の後姿を眺めていた。
男達の中には、数歩も歩かない内から倒れてしまう者、動けなくなってしまう者も居る。
こうした者達は、物笑いの種だ。
後々まで、あの男は軟弱で情け無いと言われ続ける。
この不名誉な評判を回復する方法は、翌年以降の祭りにて良い所を見せる他に無い。
年頃の男なのに参加しない者は、腰抜けである。
祭りに備えて、地道に鍛え続けて来た者達だけが、タイセ山の高みに到れる。
数針も経てば、男達は山林の闇の中に姿を消す。
闇の中で何が起ころうと、外からは判らない。
倒れても朝まで救助は来ない。
人に害を及ぼす野生動物の類は出現しないが、稀に死者や行方不明者が出る。
負傷者は初中(しょっちゅう)。
登山道を外れたり、転げ落ちたり、足を挫いたり。
危険なので廃止しようと言う動きもあったのだが、伝統と文化の名の下に未だ続けられている。
山道は幾らか整備されているが、万全とは言い難く、魔法を解禁する気配も無い。
登山道の要所要所には監視員が居て、不正が出来ない様になっているが、この監視員も、
魔法は使えない。
仮令、緊急時であっても魔法を使ってはならないと言う、奇妙な徹底振り。
生け贄を捧げる事は出来なくとも構わないが、魔法の使用だけは許されない。
伝統や文化と言う形式的な物ではなく、人々の心には未だ「精霊への畏れ」が残っているのか……。
0428創る名無しに見る名無し
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2018/01/23(火) 18:07:34.06ID:yOFdYi8h
男達の姿が山林の闇に消えると、もう見物していても仕方が無いと、帰り始める者が疎らに現れる。
登頂して下山して来るまで、早くとも3角。
それまで呆っと山を眺めていても何にもならないので、その間に夕食にしたりする。
ジラもサティに呼び掛けた。

 「暗い山を凝(じっ)と見てても詰まんないし、私達も一旦戻って晩御飯食べない?」

彼女はジラに対して、今思い浮かんだ疑問を打付ける。

 「山に登っている人達は、何時御飯を食べるんでしょう?」

 「お弁当を持ってるんじゃないの?
  それか食べて登ってるか?
  毎年やってるんだから、何か考えてあるよ」

 「そうですよね」

サティは浅りと納得して、ジラと一緒に町中に戻った。
ジラはサティの詰まらない疑問と、嫌に素直な反応が気に掛かった物の、行動を共にしていれば、
無理はしないだろうと一々指摘せずに過ごす。
食事中も、サティは些細な疑問をジラに投げ掛け続けた。

 「もし不正があったら、どうするんでしょう?」

 「監視員が居るから、不正は出来ない筈だよ。
  それとも不正があった時の対処?
  普通に失格になるんじゃないの?」

 「そうでは無くて……、監視員も最初から最後まで付き添っている訳では無いんですから、
  どこかで不正を働こうと思えば、出来ない訳では無いでしょう」

 「そこは良心に委ねられているんじゃ?
  大体さ、達成した所で、どうなるって言う物じゃないし」
0430創る名無しに見る名無し
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2018/01/23(火) 18:09:48.87ID:yOFdYi8h
これは罠だと、ジラは直感した。
サティはジラが疑問に付き合い切れなくなって、「自分の目で確かめれば?」と言って来るのを、
待っているのだと。

 「言っとくけど、山には入らないでよ」

ジラが先を制して釘を刺すと、サティは意地の悪い笑みを浮かべる。

 「ジラさん、山の精霊を信じている訳では無いですよね?」

ジラは眉を顰めた。

 「災いとか罰とか、どうでも良いけど、揉め事は起こしたくないじゃん……」

 「はぁ、そうですか」

サティは呆れた風に溜め息を吐いた。
そして、先の話の続きをする。

 「ここの人達は、本当に魔法を使わないんでしょうか?」

 「嫌に疑るのねぇ」

今度はジラが呆れた顔をする。
そこまで人が信じられないのかと。
サティは又も意地悪く笑った。

 「どこにでも心の貧しい人は居る物です。
  良心に委ねると言えば聞こえは良いですが、それは責任放棄の言葉でもあります。
  不心得者が現れない様にするのも、管理者の責任だと思うのですが」
0431創る名無しに見る名無し
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2018/01/23(火) 18:10:45.08ID:yOFdYi8h
ジラは一層眉を顰めて彼女に反論する。

 「『昔からの風習』って、大体そんな物じゃない?
  何と無く続いてて、何と無く従ってる。
  それが当然だから、疑問も抱かない。
  そんなに貴女は人が信じられないの?」

 「信じられないと言うより、単純に何を担保に戒律を守っているのか疑問なのです。
  背負子は1体半、とても重たいですよね。
  『体積』の1体半だとしても、邪魔な荷物に変わりはありません。
  山頂まで運ぶのに、それは苦労する事でしょう。
  そう言う時に、何とか狡が出来ないか、楽が出来ないかと考えるのは人の性です。
  そうして人間社会は発展して来ました。
  監視員の居ない所で少し魔法を使っても、罰は当たるまいと考えるのは自然でしょう」

サティの言い分に、ジラは軽蔑の眼差しを向けた。

 「貴女が、そんなに心の貧しい人だとは思わなかった」

非難されたサティは少し動揺した物の、強弁する。

 「信用で成り立つ物には、担保が必要です。
  共通魔法が使えないのであれば、尚の事。
  全員の人格を明らかにする事は出来ないのですから」

ジラは深い溜め息を吐いた。

 「それで?
  監視員の居ない所で?
  少し魔法を使って?
  戒律を破った人が居た所で、何だって言うの?」

サティの言う通り、そう言う事はあるかも知れないが、あったとして、だから何なのだと。
所詮は地方の余り規模の大きくない祭りなのだから、不正があった所で大きな問題になるとは、
彼女には思えなかった。
0432創る名無しに見る名無し
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2018/01/24(水) 18:30:05.31ID:udpUyVCv
ジラの問い掛けに、サティは少し考え込む。

 「この町の人々は、本当に精霊を信じているのでしょうか?」

彼女が何を言いたいのか、ジラは真意を量り兼ねて困惑した。

 「どうだって良いじゃない、そんな事……。
  サティ、貴女こそ精霊を信じてるんじゃないの?」

 「どうでも良くはありませんよ。
  祭りが単なる形式的な物に過ぎないのか、それとも真摯な信仰心を以って行われているのか、
  民俗学的には重要な事です」

それを聞いて、意外に真面目な事を考えていたんだなと、ジラは感心する。

 「どの程度精霊を信じてるかは、人それぞれじゃない?
  真面目にやってる人も居るだろうし、全然信じてない人だって居るかも知れない」

 「その『信じていない人』は、確実に狡をしますよね。
  寧ろ、しない理由が無いでしょう」

 「何で、そう言う考え方するの……」

サティの思考が、ジラは恐ろしくなった。
彼女は再びサティの意図が解らなくなる。

 「必ず狡をするとは限らないじゃない。
  狡が嫌いな人も居るよ」

 「同じ位、狡が好きな人も居ますよ」
0433創る名無しに見る名無し
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2018/01/24(水) 18:30:34.65ID:udpUyVCv
ジラは嫌な顔をして、サティを睨む。

 「お祭りとは言え、本質は試練とか競技みたいな物だと思うよ。
  だから、狡をする人は嫌われるんじゃないかな」

 「そこは暴(ば)れない様にすると思います。
  堂々と狡をする人は、流石に居ないでしょう」

 「何で先から狡をする事が前提なのか、私には本気で解らないんだけど……」

誤解されていると感じたサティは、憤然として反論した。

 「必ず狡をする何て、そんな事は言っていませんが?」

 「いや、そう聞こえたよ」

 「そうでは無くてですね……。
  狡をする人が居れば、それは信仰心が然程の物では無かった事を意味します。
  儀式とは形式的な物――いえ、『形(かた)』その物と言えるでしょう。
  『如何に形を再現するか』、『前例に倣う』事が儀式なのです。
  神聖な儀式で、『決まり』を破る事は重罪で、到底許される物ではありません」

ジラは暫し考え込み、サティの思惑を推察する。

 「……詰まり、誰か狡をしてないか見張りたいと?」

サティは無言で少し後ろ目痛そうに頷いたが、ジラは許可しなかった。

 「どんな理由があっても、山に入らせる訳には行かないよ」
0434創る名無しに見る名無し
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2018/01/24(水) 18:31:20.48ID:udpUyVCv
 「私的好奇心では無く、飽くまで研究に資する目的です。
  それに山に入る訳ではありません」

サティは弁解するも、ジラは簡単には納得しない。

 「どうせ空から見物する積もりでしょう?
  それで『踏み入る訳じゃないから大丈夫』だって?」

甚も容易く考えを読まれたサティは、己の短慮を自覚して赤面した。

 「だ、駄目でしょうか……?」

 「駄目」

ジラは無情にも切り捨てたが、サティは諦めが悪い。

 「どうしてジラさんは駄目と決め付けるのですか?
  その権限は祭りの主催である町長にしか無いのでは?」

正論を吐く彼女に、ジラは堂々と言う。

 「私が付き添えないから」

ジラはサティが無謀な事をしない様に、監視する役目も負っている。
サティは暫し両目を閉じて思考した後に、こう言った。

 「では、一緒に飛びましょう。
  人一人運ぶ位、訳無いですよ」
0435創る名無しに見る名無し
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2018/01/25(木) 18:33:11.05ID:+LgIw5UR
結局ジラは押し負けて、サティと共に空から祭りの様子を観察する事になった。
町長はサティの頼みを聞いて、最初は渋っていたが、「魔導師会」の名前を出された上に、
正当な「研究目的」だと告げられて、「山に降りない事」と「祭りの邪魔をしない事」を条件に、
タイセ山の上空に進入する事を許可した。
事情を知らない他者に、空を飛んで山に向かう所を目撃されて、騒ぎになっては行けないので、
サティとジラは町外れの人目に付かない場所へ移動する。
飛び立つ前に、サティはジラに尋ねた。

 「ジラさん、空を飛ぶ体勢は、どうしましょうか?
  私が背負いましょうか?」

 「それは悪いよ」

 「では、振ら下がりますか?
  手繋ぎと、足に掴まるのと、どちらが良いですか?」

その場面を想像して、ジラは小さく唸る。
どうしても幾らか間抜けに見えてしまう。
どうせ誰も見やしないのだから、格好を気にする必要は無いのだが……。
そう頭では理解していても、見栄えを気にする自分が居るのだ。
悩む彼女を、サティは早く決めてくれないかと冷ややかな目で見る。
そしてジラが出した結論は……。

 「お姫様抱っ子……とか、出来る?」

 「地上を観察する時に邪魔になるので却下です。
  やっぱり背負いましょう。
  その方が私も楽です」

サティは合理性を重視して断った。
0436創る名無しに見る名無し
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2018/01/25(木) 18:34:23.23ID:+LgIw5UR
ジラは自分より小さいサティの背に、覆い被さる様に体を預け、腕を前に回す。
体重が掛かった所でサティが小さく呻いたので、ジラは彼女を心配した。

 「だ、大丈夫?
  飛べそう?」

 「行けます、大丈夫です。
  予想より、少し……あ、いえ、何でもありません」

気遣いの積もりだろうが、そこまで言ってしまったら、誤魔化す方が嫌らしいとジラは思いつつ、
自分の体重を気にした。
長身で魅力的な体の持ち主である彼女は、体重も相応である。
単に整っているだけでなく、格闘を熟せる筋力もある。
小柄で細身なサティが魔法や他の助けを借りずに、ジラを運搬する事は不可能であろう。

 「重力を軽減する魔法なら、私も使えるから」

 「ええ、そうして貰えると助かります」

サティは何槽もある物体を、楽々魔法で浮かせられる程の、高い魔法資質を持っているのだが、
そんな彼女でも飛行に苦労する程、自分は重たいのかとジラは少しショックだった。
実の所、サティが本気になれば、単独でもジラを連れて飛行する位は訳無い。
彼女は複雑な魔法であっても、幾つかを同時に扱える程の熟練者だ。
しかし、単独で複数の魔法を同時に使うと魔力効率が悪くなり、隠密行動が取れなくなる。
多量の魔力を消費して、祭りの参加者や見物人に存在を知られてしまう訳には行かないので、
少々手間取っているのだ。
互いの魔法が干渉しない様に、サティとジラは協調して魔法を使う。

 「それでは、飛びますよ」

サティの呼び掛けに、ジラは頷く。

 「良いよ」

サティの体が少しずつ浮いて、ジラの体を押し上げる。
0437創る名無しに見る名無し
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2018/01/25(木) 18:40:31.85ID:+LgIw5UR
地上が遠ざかり、やがて2人は夜空に溶け込む。
上空に吹く冷たい夜風が心地好く感じられる。
地上から1通の所で、サティは上昇を止める。

 「さて、人々は本当に真面目に祭りに取り組んでいるでしょうか?」

そう言って、彼女は山肌に沿って1通の距離を保ちつつ移動した。
ジラは山を見下ろして呟く。

 「真っ暗で何も見えない……」

山頂に向かう男達は、山林の中を歩いている。
肉眼では何も見えないのは当然だ。
魔法資質が優れているとは言え、飽くまで常人の域に留まるジラでは、魔法を使っていない人を、
発見する事は出来ない。
探知魔法を使えば良いのだが、そうすると祭りに参加している男達に、感付かれる可能性がある。
一方で、サティの方は山林を歩く男達が判る様子。

 「ジラさん、あれを見て下さい」

彼女が指差した先では、小さな灯りが点いたり消えたりしている。
ジラにも、それは見えた。
正確には明滅しているのではなく、木々の隙間から僅かに灯りが洩れているのだ。
山林を歩く男達は、余程夜目が利く者以外は、灯りを提げている。
魔法の明かりでは無く、油を燃やす型の物。
やはり神聖な「祭り」と言う事で、この辺りも徹底している。

 (誰も狡なんかしそうに無いけどなぁ……)

この儘、祭りが終わるまで誰かが違反しないか、上空で見張り続ける積もりではないかと、
ジラは今更になって心配した。
何角も飛行した儘では、ジラの方が辛い。
彼女は飽くまで常人なのだ。
0438創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/25(木) 18:44:17.90ID:+LgIw5UR
標高5通弱の山頂へ到る1区5通の道程は、普通に歩いても3角は掛かる。
確り体を鍛えた、山登りに慣れた者であれば、2角弱で登頂出来るかも知れない。
しかし、重い荷物を背負っていれば、倍は優に掛かるであろう。
時間制限が夜明けまでと、やたら長いのも頷ける。
サティとジラが食事を取っている間に、麓での登頂開始から1角半は過ぎていたのだが、
最初の登頂者が出るまでは、未だ時間がありそうだった。
呆っと地上を眺めるジラとは対照的に、サティの目は鷹の様に鋭い。
そして、サティは遂に不正の瞬間を目撃した。

 「あっ」

サティが小さな声を上げて、指を差すと、それにジラが反応する。
しかし、ジラには何も見えない。
サティの指が示す先では、鬱蒼と木々が茂っているのみ。

 「何、何、何があったの?」

ジラが尋ねると、サティは低く落ち着いた真面目な声で答えた。

 「2人、近道しました。
  順路では無い急峻な斜面を、魔法を使った跳躍で登ったんです」

 「えー、本当?
  見えないから判んない」

 「先頭を走っていると言う訳ではありませんね。
  誰かに追い付こうとする意図も窺えません。
  人が見ていない所で楽しようとしただけですね、これは」

名誉も何もあった物じゃないと、ジラは呆れた。
所詮は地方の祭りで、規律も何も緩々なのだ。
0440創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/26(金) 18:30:28.46ID:jbYjR/b5
サティは山全体を見渡し、細かい魔力の流れを拾って行く。

 「他の人に気付かれない程度に、身体能力を強化して走っている人も居ます。
  『先頭<トップ>』を走っている人も……」

些細な違反をも見過ごさない彼女の魔法資質の鋭さに、ジラは感服するばかり。
それと同時に、男達の小狡さには辟易する。

 「はぁ、魔法を使ってない人の方が少ないんじゃないの?
  伝統も何もあった物じゃない。
  サティ、貴女は何とも思わない?」

サティは平然と答えた。

 「人間、大体そんな物でしょう。
  それに仮に私が参加者だったとして、魔法無しで人形を山頂まで運べる気はしないので、
  どうこう言える立場ではありません。
  寧ろ、私は誇らしい気持ちですよ。
  魔法を使っている人達は、必ずしも全員が意図して違反している訳では無いと思います。
  よく魔法に慣れた人は、日常の些細な動作にも、無意識に魔法を使っているのですから、
  もしかしたら反則をしたと言う意識は全く無いのかも知れません。
  共通魔法は、そこまで浸透しているのです」

ジラは不満気な目で、森林限界を越えて山頂に近付く灯りを見詰めている。
サティは小声で言った。

 「ジラさんは真面目ですね」

それを素直に褒め言葉とは受け取れず、ジラは眉を顰める。
サティは弁解した。

 「真面目なのは良い事です。
  言っておきますが、全員が全員、魔法を使っている訳ではありませんよ。
  魔法を一切使わない人も、それなりに居ます。
  未だ山の中腹辺りで苦労していますが」

もう数針で先頭は山頂に着きそうだと言うのに、魔法を使わない者は未だ中腹の辺り。
正直者が馬鹿を見る世の中なのかなと、ジラは心(うら)寂しく思った。
0441創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/26(金) 18:33:20.49ID:jbYjR/b5
小さな灯りが山頂に到達すると、そこで小さな花火が打ち上げられる。
花火の明かりと音で、最初の登頂者が現れた事を知り、山の麓では歓声が上がる。
掛かった時間は2角弱。
魔法を使わない、それも重荷を背負っての登山にしては、明らかに早い。
腑に落ちない心持ちで、ジラは言った。

 「もう十分だよね?
  そろそろ降りよう」

 「分かりました」

サティは素直に彼女を地上に降ろす。
地に足を着けたジラは、大きな溜め息を吐き、落ち込んだ気分でサティに問う。

 「貴女は未だ見物するの?」

 「はい、折角ですから最後まで。
  あっ、ジラさん、私を見ていなくて良いんですか?」

サティは態と意地の悪い事を言ったが、ジラは言い返す気力も失せていた。

 「良いよ、そんな変な事はしないって、信じてるから」

ジラは悄々(しょうしょう)とした足取りで宿に向う。
投げ遣りな態度だなと思いつつ、彼女の背を見送った後、サティは上空からの観察を続けた。
最初の登頂者が出た後、体力と気力の無い者は山の中腹にも到らず、続々と背負子を下ろす。

 (最初の登頂者が現れるまでは、脱落が認められないのかな?
  こう言う暗黙の了解は説明されないから困る)

夜明けまでには未だ未だ時間がある。
山頂に行く事を諦めていない者も多い。
彼等の直向きな姿に少しではあるが感心し、確り見届けようと、サティは思った。
0443創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/26(金) 18:35:48.87ID:jbYjR/b5
2番目の登頂者も窃(こっそ)り魔法を使っていた者。
花火を打ち上げて貰えるのは、最初の登頂者のみの様である。
参加者全員分の花火がある訳も無く、登頂した証の襷だけを貰って下山する。
下山中の登頂者の襷を奪う様な不正は無いかなと、サティは見守っていたが、流石に無かった。
そこまで悪辣な者は居ないのだなと、彼女は安堵する。
時刻が北の時を回ると、山頂で登頂者を迎える役の監視員が、居眠りを始めた。
襷を数人分纏めて持ち去る者が現れないかと、サティは見守っていたが、これも無かった。
登頂者は監視員の肩を叩いて起こし、襷を貰って素直に帰る。
山頂の監視員は真面に起きていようと言う気が無いらしく、眠りを堪えようとする振りは見られない。
北の時になって半角が過ぎようと言う頃、漸く魔法を全く使わない登頂者の第1号が現れる。
特に変わった事は無く、普通に襷を貰って下山する。
魔法を使ったか、使わなかったかは、本当に問題とされていない様だった。
毎年こんな物なのかと、サティはジラと同じ様な気持ちになる。
努力が報われない姿は、傍から見ていても虚しい物だ。
頑張った人間には、相応の物を与えて欲しいと思うのは、人の性である。
狡猾な者だけが報われるのでは、世の中は荒んでしまう。

 (高が地方の祭りに、それを求めるのも変な話か……)

深刻に考え過ぎだなと、サティは自嘲した。
魔法を使うなと言うのも、程度の問題であろう。
一気に山を駆け上がる様な不正は、誰も行っていない。
中には不正を働いたのに、登頂を諦める者まで居る。

 (取り敢えず、「山の精霊」は居ないみたい)

それだけは確かな事だと、サティは独り内心で認めた。
0445創る名無しに見る名無し
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2018/01/27(土) 17:45:52.39ID:rZ8F9WGJ
山の麓に目を遣ると、既に登頂した者や途中で諦めた者が、疎らに戻って来ている。
皆一様に土塗れだ。
誰一人として綺麗な格好の者は居ない。
山道を重い荷を背負って歩くので、どこで転んでも不思議は無いのだが――、

 (ん、あの人は……。
  山頂で見た時は、そんなに汚れてなかったのにな?
  帰りで転んだ?)

その中には殆ど衣服を汚さずに登頂した者の姿もあった。
サティは風の魔法で会話を拾い聞きする。

 「いや〜、背負子捨てた帰りで油断しとったちゃ」

 「凄かったっちゃよ!
  皆して駄弁り糅(が)つら下っとったら、一斉に素っ転んで。
  こうドドドドドーッと雪崩みてえに」

 「そやそや、『押されて』やの『巻き込まれて』じゃねぇっちゃよ!」

 「皆一緒に滑って転(こ)けて!」

男達は突然の事故を面白可笑しく、麓で待っていた女達に語って聞かせる。

 「嘘やぁ〜、毎年言っとる物」

 「嘘やねぇって、本真やち」

 「学習せんのけ?」

それなりに整備されている山道で、一斉に転ぶ等と言う事があるだろうかと、サティは訝った。
悪巫山戯で、態と道を外れたと言うなら、未だ解るが……。
重い荷物を運んで、足腰が疲労で弱っていたのだろうか?
0446創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/01/27(土) 17:48:40.73ID:rZ8F9WGJ
先述した様に、彼等だけでなく、他の者達も同様である。
衣服が土に塗れていない者が居ない。

 (後で町長に聞いてみようかな)

「不文律」にこそ、その地方の文化が表れる。
それは言葉にしなくても守られるべき「当然の事」であり、規則として明記するまでも無いからこそ、
不文律たり得る。
謂わば、人々の精神性その物なのだ。
登山で密かに魔法を使う者が居ても、山頂で悪さをする者が居ない様に。
それから数角、東の空が白み始め、朝が来ようとしている。
男達の内、数人は未だ登頂を諦めていない。
眠気や疲労と戦いながら、一歩ずつ高みを目指している。
狡賢い人達よりは、こう言う人達の方が好感を持てると、サティは思った。
徐々に東の空が明るくなり、やがて太陽が顔を出す。
制限時間まで、後1角半と言った所。
残るは2人。
内、1人は何とか朝陽が地平線から離れるまでに登頂出来たが、もう1人は全く間に合わなかった。
監視員も山を下り始め、脱落者を回収する。
祭りは終わった。
山頂では人形が置き去りにされている。
誰も片付ける様子は無く、この儘風雨に曝されて、翌年の今頃には土に還るのであろう。
0447創る名無しに見る名無し
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2018/01/27(土) 17:50:26.10ID:rZ8F9WGJ
皆が山から下りたのを見届けてサティが宿に戻ると、ジラは既に起きていた。

 「お早う、サティ。
  今帰った?
  朝まで起きてたの?」

 「ええ、興味深く見物させて貰いました」

 「何か面白い事とか、変わった事でもあった?」

 「言う程の事はありませんでしたが」

 「退屈しなかったの?」

呆れ半分で嘆息するジラに、サティは告げる。

 「南東の時になったら、役所に行って、町長に話を伺いたいと思います」

彼女の発言に、ジラは少し驚いた。

 「南東の時まで、2角も無いけど。
  もっと寝とかなくて良いの?」

2角弱の睡眠では、夜通し起きていた疲れは取れないだろうと。
それに対するサティの回答は、意外な物だった。

 「眠る訳ではありません。
  諸々の準備をする時間に、少し余裕を持たせての、『南東の時』です。
  その気になれば、私は半月は寝なくても大丈夫です」

ジラは絶句する。
時々サティは冗談なのか本気なのか判別し難い事を言うが、これは突っ込んで良い物なのか……。

 「……そ、それは幾ら何でも――」

恐る恐る言ってみたジラに、サティは淡々と補足説明をする。

 「全く眠らないと言う訳ではありませんが、例えば歩くだけなら半分寝ながらでも出来ますし。
  そう言う風に空いた時間を睡眠に充てて過ごせば、纏まった睡眠時間が取れなくても平気です」

 (この子は又、怖い事を平然と言うなぁ……。
  詰まり、睡眠時間を自在に決められるって事じゃないの)

予め決めておいた時間通りに起きる事は難しい。
況して、深い眠りを小分けにして、睡眠時間を分割調整する事は不可能だ。
しかし、人間離れしたサティの数々の行動を見て来たジラには、そう断言する事が出来ない。
0448創る名無しに見る名無し
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2018/01/28(日) 16:59:50.72ID:ACU/lphq
サティは宣言通り、南東の時には旅立ちの準備を済ませて、ジラと共に町長の元へ向かった。
役所の町長室で、2人は町長と対面する。

 「これは、これは。
  ようこそ入らっしゃいました。
  どうぞ、お掛けになって。
  昨夜の祭りは如何でしたか?」

気削(きさく)な口振りの町長に、サティは愛想笑いで応じる。

 「大変興味深く見学させて頂きました。
  その祭りに関して、二三お伺いしたい事があるのですが」

町長は表情を強張らせた。

 「な、何ですか?」

魔導師会は過去に、地方の伝統的な祭りを廃止させようとした事があった。
神霊を頼みにし、呪いや祟りを信じていては、何時までも科学的思考が育たないと言う理由で。
特に、ボルガ地方とカターナ地方は精霊や祖神を敬う気持ちが強く、何をするにも祟りを恐れて、
一々霊を祀らねばならず、魔導師会は度々これを問題視していた。
サティは誤解の無い様に言う。

 「いえ、問題があったと言う訳では無くて。
  祭りの様子を見ていて、単純に疑問に思った事があるのです。
  確か、祭りで魔法を使う事は禁じられている筈でしたよね?」

町長は緊張した儘で応じた。

 「は、はい」

 「しかし、祭りの参加者の内、結構な数の人が魔法を使っていましたが、これは良いのですか?」

 「よ、良いとは?」

 「伝統的な祭りで、魔法を使う事を認めて良いのでしょうかと……」

サティの問に、町長は暫し呆けた顔をしていたが、やがて真面目に答える。

 「いえ、認めてはおりませんが」
0449創る名無しに見る名無し
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2018/01/28(日) 17:05:36.64ID:ACU/lphq
 「何か違反に対する罰則等は無いのですか?」

 「私共は神でも精霊でもありませんので」

サティは意味が解らず、目を瞬かせて町長の顔を見詰める。
町長は苦笑した。

 「人間が神霊に代わって罰を下そう等とは、傲慢な話です。
  もし何者かの行いが神霊の不興を買ったのであれば、その者には相応の罰が下るでしょう。
  それが無いと言う事は、お目溢しされたのでしょう」

そう言う考え方をするのかと、サティもジラも感心した。
確かに、罰は山の精霊が下す物で、人間が下すのであれば、それは刑だ。
だが、そうなると別の疑問が生じる。
サティは町長に問う。

 「それでは実質、決まり事に意味は無いのでは?
  女人禁制と言うのも、そこまで厳しく守る必要があるのか疑問になるのですが」

 「まぁ、意味の有無は扨措き、そうと昔から決まっている物でして。
  禁を冒しても良いかと問われたならば、良くないと答えるより他にありません」

 「詰まり、勝手にする分には問題無いと?」

 「問題が無い訳ではありません。
  見掛ければ止めます――が、私共の与り知らぬ所で行われる事は、止め様がありません」

何とも無責任な言い分だなと、傍で聞いていたジラは思った。
0451創る名無しに見る名無し
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2018/01/28(日) 17:13:04.90ID:ACU/lphq
ここでサティは鋭い質問をする。

 「所で、貴方御自身は『山の精霊』をどこまで信じていますか?」

町長は困った笑みを浮かべるだけで、何も答えなかった。
サティは更に言う。

 「建て前は抜きにして」

町長は少し考えて、こう答える。

 「……『存在を信じて疑わない』と言う事はありません。
  かと言って、信じないと言うのも違う気しますね。
  精霊の存在を信じたい――否(いや)、居たら良いなと言う願望の様な物があるのでしょう。
  私に限らず、町の者の多くにも」

 「願望?」

 「ええ、私達の営みを見守り、加護を授けて下さる存在」

 「そんな物が実在したら良いなと?」

 「大昔から、ここで暮らしていた私達の祖先は、そう思っていたのでは無いでしょうか……」

 「『労苦に苛まれし者にこそ神霊の加護あらん』ですか」

サティが旧い信仰の一節を唱えると、町長は気恥ずかしくなり、少し俯き加減になった。

 「魔法が無かった当時、人の力で何ともならない事は皆、神頼みだったのです。
  文明が進んだ今でも、人は万能ではありません。
  誰にも明日の事は分からないのです」
0452創る名無しに見る名無し
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2018/01/29(月) 18:24:46.15ID:Xu8QihHm
サティは町長の話を手帳に書き留めると、次の質問をした。

 「次に……、脱落や棄権に関する、特別な決まりがあるのでしょうか?」

町長は意外そうな顔をする。

 「そんな特別な事は無い筈ですが……。
  夜明けまでに登頂出来なければ、自然に脱落扱いになります」

 「最初の登頂者が出るまでは、山を下りられないのでは?」

サティに指摘されて、漸く町長は頷いた。

 「あ、その事ですか!
  決まりと言う程の決まりでは無いのですが、『祭り』ですからね。
  登頂者が一人も出ないと言うのでは困ります。
  誰も登頂出来なかったとしても、責めて挑戦する心意気は見せて欲しいと言う訳で、
  自然に今の形に落ち着きました。
  義理と言うか、礼儀と言うか、格好付けと言うか、そんな感じの物です」

 「誰に対しての『義理』、『礼儀』なのでしょうか?」

 「それは勿論、山の精霊です」

信じて疑わない訳では無いと言いながら、その裏では罰を恐れているのかと、サティは思う。
或いは、返答は建て前に過ぎず、昔からの形式に則っているだけなのか?
果たして、義理立ては山の精霊に対しての物か、古より伝わる「祭り」自体に対しての物か……。
恐らく町の人々は、町長も含めて、その区別をしていない。
0453創る名無しに見る名無し
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2018/01/29(月) 18:32:16.55ID:Xu8QihHm
サティは最後の質問をする。

 「最後に、お聞きしたいのですが……。
  祭りの後、山から下りて来た人達は皆、衣服が土塗れだったのですが、これには何か理由が?」

町長は彼女が何を言っているか分からず、思わず鸚鵡返し。

 「……理由が?」

 「あぁ、誰も彼も衣服が汚れていたので、そう言う決まりでもあるのかと」

 「否、ありませんよ……」

町長が困惑を露にしたので、サティは間違った推理をしたのかと思い内心焦る。

 「で、でも、奇怪しくありませんか?
  大して疲れていない様な人まで、土塗れになっているのですよ。
  泥祭りの様に、汚れていないと格好が付かないとか、そう言う見栄みたいな物があるのでは?」

 「若い人達の流行りに詳しい訳ではありませんが、そんな話は聞いた事が無いですねぇ……。
  単に、転んで土が付いただけでは?
  私が若い頃も、祭りで土塗れになった人は大勢居ましたし、私も転んで土塗れになりましたが、
  汚れずに済むなら、それに越した事は無いと思っていましたよ」

 「どうして、転ぶんでしょう?」

 「それは山道ですから、斜面で足が滑る事もあるのでは無いでしょうか?
  どうして汚れるのかと、疑問に思った事は無かったですねぇ。
  毎年山道を整備して安全には気を遣っているのですが、屹(キツ)い坂道もありますので、
  滑ったり転んだりで土が付くのでしょう」

 「そ、そうですか……。
  有り難う御座いました」

結局、土塗れの謎は解けなかった儘、サティとジラは役所を後にした。
0454創る名無しに見る名無し
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2018/01/29(月) 18:32:55.17ID:Xu8QihHm
ジラは先程の質問の意味をサティに尋ねる。

 「ねぇ、サティ。
  最後の質問は何だったの?
  土塗れって?」

 「山から下りて来た男の人達は、皆土塗れだったのです。
  流石に監視員は違いましたが」

どこが奇怪しいのかと、ジラは不思議がった。

 「重い荷物を背負って山を登る祭りなんだから、普通なんじゃないの?
  寧ろ、汚れない方が奇怪しいんじゃない?」

 「服に土埃が付着するとか、足元が汚れるとか、その程度なら何も奇怪しくはありません。
  でも、どこかで転んだみたいに全身に土が付くのは、奇怪しいでしょう」

 「何が?」

理解の遅いジラに、サティは少し苛立つ。

 「祭りに参加していた人達、全員ですよ、全員!
  中腹以下で早々に登頂を諦めて休んでいた人の服まで汚れますか?」

 「そう言う事もあるんじゃない?」

 「あるかも知れませんが……!」

未だ何か奇怪しいのか、ジラには解っていない様だったので、これ以上言っても無駄だと思い、
サティは溜め息を吐いて説得を諦めた。
0455創る名無しに見る名無し
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2018/01/30(火) 18:24:06.62ID:vcFSaK19
無言で移動速度を上げたサティを、ジラは早足で追う。

 「どうしたの、サティ?
  何怒ってるの?」

 「怒ってなんかいません」

 「怒ってるじゃん」

 「違います」

どう見ても怒っているのに、分からない子だとジラは呆れた。
時は東南東。
タイセ山の頂に太陽が重なる姿は、丸で後光を負う様で神々しさを感じさせる。
山の精霊の実在は不明だが、この景色を目にして、神聖な物を想像する気持ちは解らなくも無いと、
サティは内心で密かに思った。
0457創る名無しに見る名無し
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2018/01/30(火) 18:26:31.76ID:vcFSaK19
「ボルガ地方伝説集、『セッカの大山』……。ああ、これが祭りの元なんだ〜。フムフム?」

「後で丁(ちゃん)と返して下さい、ジラさん。大切な資料なので、紛失されては困ります」

「分かってる、分かってる。……って、これ中々刳(えご)い由来なのね。生け贄って」

「あぁ、それは多分嘘ですよ」

「嘘? 本当は生け贄なんてしてなかったって事?」

「いえ、生け贄は捧げていました。『セッカの大山』の話が実際には無かった事と言う意味です」

「何で判るの?」

「幾ら『天啓』でも、自分の妻子を捧げますか?」

「昔の人なら信じたかも……」

「しかし、直ぐに棄民の様になっています。集落に不要となった者を山に捨てる。こちらが本命と、
 私は推測します。信仰の名を借りた殺人です」

「殺人って……」

「語弊がありました。生活に余裕の無い時代、養えなくなった者を已む無く捨てたと言う事です。
 遺体を遺棄する場所だったのかも知れません」
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