魔導師会法務執行部ジャダマル地区支部にて


内部調査班は治安維持部内に潜入している班員を通じて、エイムラクに働き掛ける。

 「エイムラクさん、一寸良いかい?」

 「どしたんで?
  掃除の小母ちゃん」

 「あんたを見込んで頼みがあるんだよ」

 「へぇ、とにかく言ってみな」

エイムラクは堂々とした態度で、清掃員に扮した班員に応えた。
彼は班員の正体を知らない。
唯、長年清掃員として勤めているだけの、普通の小母さんだと思い込んでいる。
班員は内緒の噂話をする小母さんの如く、声を潜めて話し始める。

 「この間ね、怪しい人を見掛けたのよ。
  ベールを被って顔を隠した……」

 「そりゃ大体の女は、そうじゃねぇか?
  小母ちゃんだって、そうじゃねぇか」

ここはグラマー地方だ。
素顔の露出を避ける為に、ベールを被る女性は珍しくない。
男性でも砂嵐を防ぐ為に、フード付きのコートを着込んで、マスクやゴーグルを付ける。
見様によっては、街中怪しい人物だらけだ。

 「それが本当に怪しいのよぉ。
  何て言うか、窃々(こそこそ)してて。
  人目を避ける感じで、独りでホテルに入って行ったの」

 「旅行者か何かだろう……」

エイムラクは班員の話に取り合わなかった。
彼女の判断には主観的な要素が多く、個人的な印象の域を出ない。