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ロスト・スペラー 17 [無断転載禁止]©2ch.net

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0001創る名無しに見る名無し
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2017/09/20(水) 19:39:30.53ID:RxuePOP2
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過去スレ
ロスト・スペラー 16
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ロスト・スペラー 15
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ロスト・スペラー 14
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ロスト・スペラー 13
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ロスト・スペラー 12
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ロスト・スペラー 11
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ロスト・スペラー 10
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ロスト・スペラー 9
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ロスト・スペラー 8
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ロスト・スペラー 7
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ロスト・スペラー 6
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ロスト・スペラー 5
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ロスト・スペラー 4
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ロスト・スペラー 3
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ロスト・スペラー 2
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ロスト・スペラー
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0139創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/23(月) 19:16:27.53ID:TswtOkxw
時と所は変わり、ガーディアンは再び元仲間の自己防衛論者と接触を図っていた。

 「よぅ、態々呼び出したって事(こた)ぁ、何か分かったんか?」

自己防衛論者は今回は執行者を連れていない。
一対一での対面だ。
ガーディアンは人目を気にしながら、神妙な面持ちで告げた。

 「途んでも無い爆弾ニュース、持って来たったで。
  協和会は本殿地下で、女囲っとる。
  お偉いさん等の相手させとんのや」

 「本真の話か?」

 「嘘は吐かんて」

 「証拠は……?」

証拠の有無を尋ねられたガーディアンは沈黙する。
彼は何の証拠も握っていない……が、強気に押し切ろうとした。

 「この目で見たんや。
  魔法でも何でも使えば良え」

実際は見てはいない。
僅かに聞こえた声から、それらしい事をしていると判断したに過ぎない。
張ったりはガーディアンの特技なので、臆面も無く嘘を言う。
だから、元仲間も彼の言う事を安易には信用しない。

 「そやのうてなぁ、証拠が無いと動かれへんがな」

 「打(ぶ)っ込み掛けりゃ良えやろ」

 「何ぼ魔導師会でも、そら無理やで……」

緊急事態以外で執行者を動かすには、確実な証拠が無ければならない。
この2人は未だ共和会の影に潜む、恐ろしい物の正体を知らない。
0140創る名無しに見る名無し
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2017/10/24(火) 19:50:52.30ID:GkJOYATA
話の途中で、行き成り自己防衛論者が小さく呻き、蒼褪めてガーディアンに寄り掛かった。
それを正面から受け止めたガーディアンは、困惑して尋ねる。

 「おっ、どしたん?
  具合でも悪なったか?」

自己防衛論者は何も答えない。
ガーディアンは彼が呼吸をしていない事に気付いた。
心音も確認出来ない。

 (えっ、どないなっとんのや……。
  死んどる?)

ガーディアンは焦った。

 (な、何でや?
  病気か?
  何で、こないな時に……)

彼は人目を気にして、建物の陰に移動した。
そして自己防衛論者を壁に縋らせ、何度も呼び掛ける。

 「お、おい、目ぇ開けんかい!
  行き成り死なんでも良えやろ……。
  儂に恨みでもあるんか?」

しかし、反応は無い。
肌も心做しか冷たくなっている。

 「真面(マジ)か……、真面か……」

中々現実を受け止められず、動揺から硬直しているガーディアンの目の前で、死体が立ち上がった。
息を吹き返した物と思い込んだガーディアンは安堵する。

 「はぁ、生きとったか!!
  どないしたんねん、本真心配したで?」
0141創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/24(火) 19:52:18.67ID:GkJOYATA
所が、死体は何も答えない。

 「未だ具合悪いんか……?
  病院行っとくか……?」

意思の疎通を試みる彼に応えたのは、死体の影だった。
影は見る見る死体を覆い隠して真っ黒な人形(ひとがた)になる。
声も出せない程に驚愕しているガーディアンに、影は重々しく低い声で言う。

 「血酒の交盃は不壊の盟約。
  喜びの深きは悲しみの深き。
  苦楽を共にし、背信を許さず、その有様は命別つ事能わずが如し。
  血盟は破約も又、贖いに血を伴う。
  その有様は命別つが如し」

明らかに元仲間の声では無い。
意味が解らず、ガーディアンは恐慌していたが、やがて聞き覚えのある言葉だと気付いた。
それは協和会で「マザー」が言っていた事。

 「な、何者や!
  何やねん、その姿ぁ!」

ガーディアンは震えながらも身構えた。
今直ぐ逃げ出したかったが、彼の意に反して足が動かない。
魔法でも何でも無く、恐怖で動けないのだ。

 「フェイナトーを、こ、殺したんか!?」

 「お前の所為だ。
  お前が密告さえしなければ」

影はガーディアンの良心を責めた。
普通の人間であれば、責任を感じて後悔するだろう。
だが、この男は違う。
決して自分の非だけは認めない。
0142創る名無しに見る名無し
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2017/10/24(火) 19:54:33.24ID:GkJOYATA
ガーディアンは震える声で開き直って反論した。

 「し、知られて困る事しとる方が悪いんやろ!
  手前、只で済むと思うなや!
  儂には魔導師会が付いとるんやで!」

影は威勢の良い言葉を吐く彼を無視して、話を続ける。

 「私は影から、お前を見ている。
  これは『見せしめ』だ。
  血の贖いを避けたくば、これ以上の背信は繰り返さぬ事だ。
  影から逃れる術は無い」

言うべき事を言い終えた影は、見る見る萎んでガーディアンの影に収まった。
自己防衛論者の死体は、影と共に消失してしまった。

 「ゆ、夢でも見とるんか……?
  何なんや、これは……」

目の前で起こった出来事が信じられず、ガーディアンは顔面蒼白で呆然と立ち尽くす。
彼の呟きに対して、背後の影から声が掛かる。

 「全て現実だ。
  お前に逃げ場は無い」

ガーディアンは身震いし、その場から逃げ出した。
しかし、影は体から離れない。

 (何なんや、これは!
  何で、こんなんなるんや!
  誰か助けてくれや、協和会は何なんや!)

何も彼もが常識から外れている。
魔導師会に頼ろうにも、影を何とかしなければ殺されてしまう。
0143創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/25(水) 19:30:01.37ID:jYOJtNlC
その頃、協和会のマザー事マトラは、シスターの格好をしたジャヴァニに予知を頼んでいた。

 「アドマイアーと言う老人を堕としたい。
  そこで器(うつわ)を宛てがってやろうと思っているのだが、何か不都合はあるかな?」

 「彼女を……ですか?」

所が、ジャヴァニは気乗りしない様子。

 「ん、駄目なのか?」

 「お勧めはしません。
  何が起こるか分かりませんので」

 「『ノートに無い』から?」

 「……そうです。
  とても不吉な予感がします」

 「不吉な予感か……。
  予知ではないのだな」

予知魔法使いが不都合な未来を予感しているのに、それを予知出来ないと言うのは、奇妙な話だ。
マトラが露骨に不満そうな顔をしたので、ジャヴァニは丁寧に説明する。

 「今は重要な時期です。
  軽弾みな選択が、存亡の機になるやも知れません……」

 「この私が亡びると?」

 「……そうなる未来もあるでしょう」

先からジャヴァニは発言の前に一々沈黙を挟んでいる。
それは自信の無さの表れだ。

 「詰まらんな。
  一々ああしろ、こうしろ、あれは駄目、これも駄目では付き合い切れんぞ。
  一から十まで、その通りにせねばならんとは、正直期待外れだよ」

マトラが聞きたかったのは、具体的な話。
駄目なら駄目で、何が起こるのか彼女は知りたかった。
それを見通せないと言うなら、何の為の予知なのか……。
0144創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/25(水) 19:40:22.87ID:jYOJtNlC
 「それでも、こうして御相談に来て下さったと言う事は――」

幾ら失望の言葉を吐いても、未だマトラはジャヴァニを信用している。
その事をジャヴァニは嬉しく思った。
予知には利用価値があると判断しているからこそ、言葉を交わす。
本当に予知が使えないと思っているならば、何の断りも入れる必要は無い。

 「図に乗るな。
  一計を案じたと言うから、手を貸してやったのだ。
  そなたが予知を外して、勝手に追い詰められようが、私は全く構わぬ」

しかし、ジャヴァニの発言はマトラの機嫌を損ねた。
如何に組織の為と言っても、意に添わない者に、甘い言葉は呉れてやれないと言う事だ。
ジャヴァニは平伏するより他に無い。
彼女の予知は独りでは適えられない。
成り行きに任せていては、計画の完遂は成らないと「予知」している。

 「失礼しました。
  どうか彼女を動かす事には慎重になって下さい。
  アドマイアーを堕落させる事に、然程意味があるとは思えません」

 「あの爺は気に入らぬ」

 「それだけですか……?」

 「面従腹背であれば未だ良いが、奴の忠誠は器のみに向いている。
  腹の中では、協和会(こちら)を切り落とす機会を窺っている様だ」

マトラはジャヴァニとは違い、アドマイアーこそが「計画」の妨げになると考えていた。
一つの「計画」の中で、マトラとジャヴァニが見ている物には相違がある。
マトラは最低限、「種」の確保さえ出来れば良く、何時でも協和会を切り捨てられる。
対して、ジャヴァニは飽くまで計画の完遂を目指している。
市民の心を魔導師会から離れさせ、協和会を隠れ蓑に人々を支配する安定した体制を築きたい。
ジャヴァニはマトラを安心させようと宥めた。

 「聖君の器が私達の手にある内は、アドマイアーは動けません。
  アドマイアーを警戒するよりも、器の管理を確りする事です」

彼女の助言を聞いたマトラは静かに頷いたが、やはりアドマイアーに一杯食わせてやりたいと言う、
暗い願望を捨て切れなかった。

 (要は器を引き渡しさえしなければ良いのだろう)

目下の敵は魔導師会と、それに味方する少数の勢力だけ。
PGグループには今の所、両者との繋がりは無い。
早期にアドマイアーを攻略する事は、後の安全に繋がるとマトラは判断した。
0146創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/25(水) 19:43:05.59ID:jYOJtNlC
その日の夕方、PGグループの本館にアドマイアーに宛てた招待状が届いた。

 「総帥、協和会の会長から招待状が――」

 「捨て置け」

中を読みもせず、アドマイアーは秘書に命じる。
招待状が「何の為に送られる物なのか」を、彼は知っていた。
これまで何人ものPGグループの役員が、その罠に落ちて行った。
彼等と同じ轍を踏む様では、長期に亘って独裁的な総帥の立場には居られない。
だが、秘書は総帥の言葉通りにはせず、遠慮勝ちに言う。

 「いえ、その、名義が……。
  協和会ではなく、レクティータ・ホワイトロード様で……」

アドマイアーの眉が動いた。

 「個人から?」

 「ええ、個人的な物の様です」

秘書は改めてアドマイアーに招待状を渡す。
それを受け取った彼は、沈黙して文字を睨んだ。
宛て名が印字ではなく、美しい手書きの文字である事も、個人的な物の印象を強める。
内容も個人的な物なのか、それを確かめる為に、アドマイアーは『封切り<ペーパー・ナイフ>』を取った。
0147創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/25(水) 19:50:02.36ID:jYOJtNlC
敬愛なるアドマイアー・パリンジャー様へ

突然に私的な信書を差し上げる無礼をお許し下さい。
貴方には日頃から協和会の活動に格別の御理解と御支援を賜っており、感謝の念に堪えません。
その御礼と申しては厚顔ですが、アドマイアー様を夕餐に御招待致したく存じます。
是非、御一緒させて頂けませんでしょうか?
就きましては、明日24日西北西の時、協和会本殿まで、お越し下さい。
お待ち致しております。




この文面をアドマイアーは凝視し続けた。
簡単に言えば、レクティータが彼を個人的に夕食に誘っただけの事だが、それが問題だ。
どうしてなのかとアドマイアーは怪しむ。
理由と言えば、「レクティータが自分に好意を持っている」事しか考えられないが、そんな訳は無いと、
彼は最初から決め付けていた。
好意にも色々あるが、これは明らかに恋文の類である。
日頃の支援の礼なら、「協和会」の名義で「PGグループ」を誘えば良い。
実質はアドマイアーの独裁とは言え、一応はグループとして支援を決定しているのだ。
何故レクティータが個人的な誘いをしてまで、アドマイアーを呼び出さなくてはならないのか?
それも明日の夜とは、唐突過ぎる。
この手紙は本当にレクティータが書いた物なのかを、彼は疑った。
それまでアドマイアーはレクティータが自ら筆を取った所を見た事が無い。
美しい筆跡は、何と無く彼女の上品な雰囲気と合致するが、それに誤魔化されはしない。
猛烈に嫌な予感がしていたアドマイアーだが、それでも直ぐに捨てられないのは、彼の心に、
もし本当にレクティータ個人が差し出した物だとしたらと言う懸念がある為だ。
0148創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/25(水) 19:55:59.59ID:jYOJtNlC
アドマイアーはレクティータと協和会を切り離して考えていた。
協和会の不気味な影と無垢なレクティータが、彼の中では重ならないのだ。
レクティータは人を集めるだけの傀儡に過ぎず、協和会のマザーか、未だ表に出ていない何者かが、
裏で悪事を画策していると、彼は予想していた。
では、この手紙は何だろうか?
最も可能性が高いのは、アドマイアーを陥れる為の罠。
何者かがレクティータの名前を使って、彼を誘き出そうとしている。
可能性は低いだろうが、レクティータ本人が差し出した物の場合、彼女が他者を排除して、
アドマイアーに話したい事があるのだろう。
協和会はアドマイアーとレクティータが接近する事を、悪くは思っていない。
そこを逆にレクティータが利用して、現状を変えたいと願っているなら、応じない訳には行かない。
アドマイアーはレクティータと初めて対面した時から、彼女には人を惹き付ける不思議な力があると、
見抜いていた。
もしかしたら、彼女は自分が理想とする「帝王」になってくれるかも知れない。
そんな考えがアドマイアーの中に浮かんだ。
将来性を見込んだ、政治的な期待を持って、彼は協和会と接触した。
しかし、協和会は主張こそ素晴らしかったが、その体制は信用が置ける物では無かった。
レクティータを会長に据えてはいるが、彼女に発言権は無く、「マザー」が実質的な指導者だった。
アドマイアーはレクティータを協和会から解放するべきだと思う様になった。
そこに彼女からの個人的な手紙である。
会わねばならぬと、アドマイアーは決心した。
仮令、罠だとしても。
0149創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/26(木) 19:42:09.79ID:2/KUmz1x
約束の24日西北西の時に2針前、アドマイアーは単独で協和会の本殿に向かった。
彼は協和会の最大出資者なので、会館には自由に出入り出来る身分である。
協和会の会館は元PGグループの本館だったので、構造も知っている。
だが、奇妙な事に本殿に協和会の者の姿が見えない。
本殿の前には、夜間でも警備員が居る筈だが、今日に限って不在だ。
幾ら休日でも奇怪しい。
会館の門衛は居たと言うのに、丸で無防備。
本殿に乗り込んだアドマイアーは、照明が灯っていない事に一層警戒した。

 (レクティータは居ないのか?)

暗闇の中、彼が立ち尽くしていると、白い影が現れる。
それはレクティータだった。

 「アドマイアー様、こちらへ」

 「何の御用でしょうか、ロード・レクティータ」

アドマイアーは誘われる儘に、レクティータの方に歩いて行く。
レクティータは彼を待たず、独りで面談室に入った。

 「ロード・レクティータ!」

面談室の戸は開けた儘で、中から淡い光が漏れている。
何が待ち構えているのかと、アドマイアーは慎重に彼女を追って面談室に入った。
4身平方の面談室の中央には『円卓<ラウンド・テーブル>』と、2脚の椅子が置かれている。
卓上にはクロッシュを被せた皿が並んでおり、それ等を淡い光を放つ月色灯(※)が照らす。


※:直視しても眩しくない程度の、暈んやりとした弱い光を放つ、魔力照明。
  大体は直径1〜2手程の球形で、光は白〜淡黄色。
0150創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/26(木) 19:44:36.31ID:2/KUmz1x
自分は夕食に誘われたのだと、アドマイアーは思い出した。
しかし、これは客人を迎える態度では無い。

 「これは何の冗談です?」

アドマイアーは眉を顰め、レクティータに尋ねた。
彼女は何が悪かったのか理解していない様子で、微笑を浮かべている。

 「お気に召しませんでしたか?」

 「それ以前の問題です」

アドマイアーが呆れて断言すると、レクティータは悄然とする。

 「済みません、何か不手際が――」

 「ロード・レクティータ、何の為に私を呼び出されたのですか?」

彼が改めて尋ねると、レクティータは小声で答えた。

 「それは……夕餐を御一緒に頂ければと……」

 「本当に、それだけの為に?」

念を押して確認を求めたアドマイアーに、レクティータは小さく頷く。
アドマイアーは何と言って良いか分からなくなった。
礼儀知らずと罵るべきか、好意を有り難く受け止めるべきか、迷った末に説教を始める。

 「ロード・レクティータ、貴女は『大人の女<レディ>』でしょう。
  作法の勉強をなさらなかったのですか?」

 「いいえ……。
  しかし、殿方をお誘いするのは初めての事で……」

 「『初めて』は言い訳になりませんよ」

レクティータは必死に、アドマイアーに取り縋った。

 「教えて下さい、アドマイアー様。
  何が悪かったのでしょう……?
  皆、個人的に殿方をお誘いする時には、こうしておりました」
0151創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/26(木) 19:47:01.89ID:2/KUmz1x
アドマイアーは困惑して、彼女に尋ねる。

 「皆?」

 「はい。
  薄暗い部屋で酒餐を用意して、殿方と頂くのだそうです」

これは例の「地下」の事だと、アドマイアーは直ぐに理解した。
彼自身は地下の狂宴に参加した事は無いが、その様子は人伝に聞いていた。
アドマイアーは深い溜め息を吐いて俯き、レクティータを哀れみの目で見詰める。

 「それを真似ては行けません、ロード・レクティータ」

 「では、私がアドマイアー様と『個人的に』、お近付きになるには、どうすれば良いのでしょうか?」

必死な彼女を見て、アドマイアーは益々哀れんだ。

 「誰かに、その様に言われたのですか?
  私に近付けと」

 「そんな事は……」

レクティータは衝撃を受け、涙で潤んだ瞳をアドマイアーに向ける。
ここで初めてアドマイアーは、己の発言が如何に彼女の心を傷付ける物だったかを悟った。
アドマイアーは動揺し、慌ててレクティータを慰めに掛かる。

 「す、済みません。
  しかし、お気持ちは嬉しいのですが、年の差をお考え下さい。
  貴女は未だ若い。
  それに比べて、私は見ての通り年寄りです」

 「……だから、夕餐を召し上がって頂けないのですか……?」

 「そう言う訳ではありませんが……」

段々アドマイアーは混乱して来た。
一緒に夕食を取る位は、何の問題も無い。
男女の付き合いをするのが不味いと言うだけの話だ。
0152創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/27(金) 19:04:28.42ID:7aAspnLo
レクティータは丸で物を知らない幼子の様である。
男女の付き合いをする事と、夕餐を共にする事の区別が付いていないのか……。
アドマイアーは小さく溜め息を吐いて、彼女に言った。

 「分かりました、頂きましょう。
  但し、それだけです。
  食事を済ませたら帰ります」

レクティータは顔を綻ばせ、安堵と喜びを露にする。

 「有り難う御座います」

礼を言われる様な事では無いのだがと、アドマイアーは落ち着かない心持ちで席に着いた。
レクティータは皿の上のクロッシュを外した後、お互いの空のグラスに葡萄酒を注いで、席に着く。
食欲を唆(そそ)る良い香りが室内に広がる。

 「それでは、どうぞ、お召し上がり下さい」

 「頂きます」

彼女の勧めに従い、アドマイアーは料理に手を付けた。

 (『デリカトス(※)』の料理か?)

アドマイアーは総帥だけあって、ティナー市内の高級料理店は大体把握している。
味付けや盛り付けに、店毎の傾向があるので、そこで区別が付く。
美味しい事は美味しいのだが、普段この様な所で食事はしないので、違和感が拭えない。
レクティータは葡萄酒に軽く口を付けるばかりで、殆ど料理に手を付けず、アドマイアーを見ていた。
それも嬉し気に目を細めて。

 「余り人の食事を面々(じろじろ)と見る物ではありませんよ」

アドマイアーは総帥と言う立場なので、どこに出ても恥ずかしくない礼儀作法は心得ているが、
だからと言って、食べている所を見詰められて良い気はしない。


※:老舗の高級料理店、創業者はティナー地方からの移住者。
0153創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/27(金) 19:08:31.52ID:7aAspnLo
所が、レクティータは注意されても悪怯れる様子を見せず、一層の笑顔を見せる。

 「愛惜しいのです、貴方の事が」

吃驚したアドマイアーは噎せ込んで吐き出しそうになり、慌てて口の中の物を呑み込んだ。
その後で背を屈め、口元を押さえて咳き込む。

 「ゴフッ、ゴフッ……!!」

レクティータは席を立ち、彼に駆け寄って背中を擦った。

 「大丈夫ですか、アドマイアー様。
  如何なさいました?」

 「い、いえ、何でもありません。
  年を取ると食事が喉に詰まり易くなる物で」

アドマイアーは葡萄酒を呷り、食道に残る異物感を胃の中に流し込んだ。
そしてレクティータから距離を取ろうと立ち上がる。

 「大丈夫です、大丈夫ですから」

そう言って彼はレクティータを安心させ、席に戻らせようとする。
しかし、レクティータはアドマイアーから離れず、彼の顔を凝視している。

 「ど、どうしました、ロード・レクティータ?
  私の顔に何か……」

 「アドマイアー様、お酒をお飲みになりましたね?」

レクティータは心配そうな顔から一変、破顔した。

 「ええ、それが何か……?」

一服盛られたかと一瞬アドマイアーは冷やりとしたが、特に体調が悪くなったりはしない。
意識も確りしている。
遅効性かも知れないので、油断は出来ないが……。
0155創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/27(金) 19:13:52.61ID:7aAspnLo
レクティータは彼の疑問には答えず、席に戻って座った。
何だったのかと怪しみながらも、アドマイアーも着席する。
彼は毒を警戒して、事前に防毒の魔法薬を飲んで来たので、そう危険な事にはならない筈だが、
レクティータの問い掛けの真意が見えない。

 (未だ酔いは回っていないぞ……)

アドマイアーは酒に強い方なので、そう簡単に酔いはしない。
幾ら老齢で耐性が衰えていても、高が1杯で潰れはしない。
彼は不気味な物を感じながら、食事を続けた。
そして、ある事に気付く。

 (彼女は酔っているのでは?)

レクティータは先から少しずつ酒を口にしているが、彼女が酒に強いかは不明だ。
特に顔が赤らんだり、体が揺れたりはしていないが、外面に変化が現れないだけかも知れない。
最初から様子が奇怪しかったので、酔いの変化に気付けなかった……。
その可能性もあると、アドマイアーは疑った。
レクティータは相変わらず、彼を見詰めて微笑を浮かべている。

 「アドマイアー様が政治の道をお志しになった理由をお聞かせ願えませんか?」

先までの妙な雰囲気とは打って変わって真面目な話をされたので、アドマイアーは意表を突かれた。
彼は大いに戸惑ったが、この話を続けていれば妙な流れにはなるまいと、思い直して答える。

 「私が政治に関わろうと決めたのは、魔法が下手だった為です」

 「魔法?」

 「はい、共通魔法が……。
  私は魔法資質こそ低くはなかったのですが、どうしても共通魔法の扱いが上手くなれず……。
  公学校の頃は大変苦労しました」

レクティータは静かにアドマイアーを見詰めて、真剣に彼の話を聞いている。
0156創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/28(土) 19:33:11.86ID:/q8RA/vo
>>152
※デリカトスの創業者はブリンガー地方からティナー地方への移住者でした。
訂正します。
0157創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/28(土) 19:34:36.99ID:/q8RA/vo
アドマイアーは素直な気持ちで、彼女に自らの心内を明かす。

 「それで魔導師にはなれないと、見切りを付けたのですが……。
  内心忸怩たる思いがありました。
  この社会では、どこに行っても魔導師、魔導師です。
  企業でも、市議会でも、地方議会でも……。
  確かに、魔導師になれる人は優秀なのでしょう。
  しかし、それは個々の能力や人格まで保証する物では無い筈です。
  要職に魔導師が選ばれるのは、偏に魔導師会との繋がりを期待しての事。
  市民は余りにも魔導師会に頼り過ぎています。
  市民の意識を変えさせる事に、私は政治家を志しました。
  その為には先立つ物が必要で、資金を集める為に起業し、グループを結成しました。
  そんな事をしている内に長い年月が過ぎ、自ら政治家になるには年老いてしまいましたが……」

彼は若い頃の熱意を蘇らせていた。
多少酒の影響はあっただろうが、それ以上にレクティータに己の政治思想を理解して貰った上で、
後継者になって欲しいと言う強い思いがあった。
これまでの経験からアドマイアーは政治家の資質とは、一貫した思想、巧みな弁舌、それに加えて、
「人を惹き付ける魅力」だと信じる様になっていた。
思想が無ければ政治を語れない。
弁舌が無ければ議論にならない。
魅力が無ければ人の支持を得られない。
思想と弁舌の2つは訓練すれば身に付くが、魅力だけは難しい。
単なる「人望」では駄目なのだ。
見ず知らずの人間にも訴えられる、強い力が無くては。
アドマイアーはレクティータに、他には類を見ない「政治」の才能を感じ取った。
そして、どうにか我が手に収められないかと策を巡らせ、協和会に近付いた。
あれこれ手を回し、協和会を乗っ取ろうとも企てたが、その試みは上手く行っていない。
0158創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/28(土) 19:36:51.11ID:/q8RA/vo
レクティータは真剣な顔でアドマイアーに尋ねる。

 「アドマイアー様は大願成就の為に、私をお求めなのですね?」

余りに率直な物言いに彼は眉を顰め、誤解の無い様に告げた。

 「事を成し遂げるには、人々を導く存在が必要です。
  貴女になら、それが出来ると私は思っています」

 「私は何時でも貴方の物になれます。
  貴方が求めて下されば、何時でも」

レクティータは静かに席を立つ。
アドマイアーは首を横に振る。

 「そう言う意味ではありません」

その声には悲し気な響きがあった。
彼の反応に構わず、レクティータはローブの首元の紐を緩めて解く。
そして両肩と胸元を露にした脱ぎ掛けの状態で、アドマイアーに迫った。

 「お止め下さい、ロード・レクティータ。
  貴方は私の様な者に抱かれるべきではない」

アドマイアーの老体は欲情に流されない。
これが若い頃ならば違ったかも知れないが、もう体が付いて行かない。
加えて、今の彼には政治的な信念がある。
偶像は清らかでなくてはならない。
俗欲に塗れた凡人には潔癖を求められないが、レクティータならば、それに適うと信じた。
アドマイアーは自ら彼女を「汚す」訳には行かないのだ。
0159創る名無しに見る名無し
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2017/10/28(土) 19:41:48.21ID:/q8RA/vo
レクティータの白い肌は暗闇の中で月色灯に照らされ、自ら発光している様。
アドマイアーとて美しさを感じない訳では無いが、それは美術品を鑑賞する心持ちに似る。

 「アドマイアー様」

甘えた声で擦り寄ろうとするレクティータから、彼は後退して距離を保った。

 (これは罠か、それとも……)

本気でレクティータの様な女が自分を愛する事があるのだろうかと、アドマイアーは訝る。
そもそも彼女は「男女の愛」を知っているのだろうか?
無垢な振る舞いを見ていると、単なる好意と愛情を混同していないとも限らない。
やがてアドマイアーは壁際に追い詰められた。

 (この年になって、こんな事になるとはな……。
  私が今より40、30は若ければ……)

この状況に彼は内心で自嘲した。
もし彼が相応に若ければ、レクティータの想いに応えられたかも知れない。
だが、どうやっても時間は巻き戻らない。
年老いた自分と若いレクティータでは、釣り合いが取れない。
今のアドマイアーは「人々を導く存在」としてのレクティータを欲しているのだ。
彼は独身なので、妻を持っても良いのだが、彼女を恋人や愛人として迎える積もりは全く無い。
「PGグループの支援金目当ての愛人関係」等と、詰まらない噂をされては困る。
飽くまで、レクティータは清廉潔白でなくてはならない。
0160創る名無しに見る名無し
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2017/10/29(日) 18:36:20.11ID:bSsHY6yB
レクティータは追い詰めたアドマイアーに抱き付こうとしたが、体を強く押されて拒まれた。
弾き飛ばされた彼女は、床に倒れてアドマイアーを仰ぎ見る。
彼がレクティータを見下ろす目は冷たかった。

 「アドマイアー様は、お酒をお飲みになりました」

 「それが何だ?
  私は酒に呑まれる程、耄碌していない」

レクティータは、どうしてアドマイアーが自分を抱いてくれないのか解らず、困惑する。
葡萄酒はゲヴェールトの血が混ざった、「血酒」だ。
レクティータ自身は血酒の効果を知らず、「これを飲んだ男は女を抱く」としか認識していないが、
本の僅かでも口にすれば、理性が狂う。
レクティータがアドマイアーを誘ったのは、「マザー」の入れ知恵。
協和会への数々の支援や、接見の態度からアドマイアーに親しみを覚えていたレクティータに、
マザーは「感謝の心の表し方」を教えた。

 「アドマイアー様、どうか私の心をお受け取り下さい。
  貴方に拒まれては、私は……」

情緒に訴えて縋り付こうとする彼女に、アドマイアーは失望した。
見込み違いであったと。
類稀なる才を持ちながら、情に狂って全てを擲ってしまう様な人物なのだと。

 (所詮は女か!)

アドマイアーに「血酒」の効果が薄いのは、彼が外道魔法使いの血を引いている為だ。
共通魔法が下手だったのも、それが原因。
しかし、特に何かの魔法が使える訳では無い。
彼は自分が外道魔法使いの血を引いている事実を知らない。
知ったとして、どうなる物でも無い。
外道魔法使いの血が隔世遺伝で偶々色濃く表出した者は、身内に外道魔法を伝える者が無く、
どうにもならずに魔法が下手な儘で生きて行く。
0161創る名無しに見る名無し
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2017/10/29(日) 18:38:10.93ID:bSsHY6yB
レクティータの影から一部始終を観察していたマザー事マトラは、溜め息を吐いた。

 (……初心い!
  男の堕とし方も分からぬとは、呆れた奴だ)

見るに見兼ねた彼女は、影を操ってアドマイアーを拘束しに掛かる。
レクティータの影から影より暗い闇が、アドマイアーの影に重なって行く。
影を固定され、アドマイアーは身動きが取れなくなった。

 「なっ、何だ、これは!?」

急に体が動かなくなった事に、彼は驚愕する。
瞬きと呼吸、それと口だけは動くが、他は僅かに身動ぎする事しか出来ない。
「影」を固定する魔法に掛かったのだ。
影に映らない部分だけは自由に動くが、他は影の揺らぎ程しか動かせない。
レクティータは一度明確に拒まれたにも拘らず、懲りずにアドマイアーに迫る。

 「どうか、お逃げにならないで……。
  私を受け止めて下さい……」

体を寄せ、肌を密着させる。

 「止めなさい、止めないかっ!
  こんな事をしては行けない!
  貴女は人の上に立つべき方だと言うのに!」

アドマイアーは口先で必死に止めようとするが、レクティータには全く聞こえていない様。

 「体が動かん……!
  魔法かっ!
  誰だっ、誰が見ている!!」

彼はレクティータ以外の存在を感じ取っていた。
0163創る名無しに見る名無し
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2017/10/29(日) 18:43:57.07ID:bSsHY6yB
その鋭さにマトラは驚嘆するも、情けを掛けたりはしない。

 (神聖な物に犯される気分は、大事な物を自ら汚してしまう気分は、如何かな?
  お前の様な男には、一度抱いた女を捨てる事は出来まい)

一層残虐さを露にして、レクティータを動かす。
マトラの心にあるのは「嫉妬」だった。
彼女は嘗て自分を救ってくれた勇者の俤を、アドマイアーに見ていた。
危険を承知で単身敵地に乗り込み、彼女を救い出した、お人好しで、誠実で、勇敢な可愛い勇者。
マトラ自身も意識していない、底に潜む嫉妬心が、嗜虐心を煽るのだ。

 (レクティータ、あの男をお前の物にするのだ。
  その身で包み込み、虜にしろ)

 「私は貴方の物、貴方は私の物……」

そうレクティータが呟いた瞬間、彼女の背後に強烈な圧力を伴う黒い影が生まれた。
影は徐々に盛り上がって、人の形を取る。
ローブを着た女の姿だ。
アドマイアーも、レクティータも、マトラでさえも闖入者に驚き、そして恐れる。

 「あなたは私の物……」

それはレクティータの呟きを繰り返した。
影の出現に最も動揺したのはレクティータである。
彼女は影に振り向くと、両目を見開いて頭を抱え、言葉にならない声を発した。

 「あっ、あああっ、ああ……」

アドマイアーは紳士的にレクティータを庇う様に立ち、影に向かって身構える。
何か武器になる物は無いかと、辺りを見回した彼だが、手の届く範囲には何も無い。
助けを呼ぼうにも、本殿には誰も居ない。
仕方無く影の出方を窺う。
0164創る名無しに見る名無し
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2017/10/30(月) 19:05:53.92ID:e4Rx2jsC
 「返して、返して」

影はレクティータに呼び掛けていた。
アドマイアーは眼中に無い様。

 「うっ、うぅ、あああ」

レクティータは怯えて蹲り、真っ赤な液体を嘔吐する。
それは例の濃厚な葡萄酒、血酒だ。

 「げぇっ、ぐっ」

胃の内容物を全て吐き出す様に、彼女は嘔吐を繰り返す。
瞳孔を開いて、涙を流しながら嗚咽し、体を激しく震わせる。

 「ロード・レクティータ、気を確り保って下さい!
  くっ、何者だ、貴様っ!!」

アドマイアーは影に掴み掛かろうと突進したが、透り抜けてしまう。

 (実体が無い!?
  魔法か何かで作られた幻影か!)

彼は何度も影を払い除けようと試みたが、やはり手応えが無い。
打つ手が無い彼はレクティータを抱えて逃げる事にした。
成人女性を抱えて走るのは、老体には厳しいが、四の五の言っている場合ではない。
0165創る名無しに見る名無し
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2017/10/30(月) 19:12:23.14ID:e4Rx2jsC
一方、謎の影の登場はマトラにとっても、想定外の物だった。
彼女は反逆同盟の一員である呪詛魔法使いのシュバトを、本殿内の自室に召喚する。
そして、影で作った姿見に室内の様子を映し、説明を求めた。

 「シュバト、『あれ』は何だ?
  お前の呪詛魔法では無いのか」

影の纏う魔力の流れは、呪詛魔法の物に似ていた。
マトラも影を操るが、それとは全く異なる。
そこで彼女はシュバトの関与を第一に疑ったのだ。
シュバトは影を見詰めた儘で沈黙している。

 「何とか言え!」

 「あれは確かに呪詛魔法だが、私の物ではない……」

 「他の呪詛魔法使いか……。
  誰の物だ?
  否、誰の仕業でも構わん。
  呪詛返しは出来ぬか?」

マトラの問い掛けにも、シュバトは呆然とするばかりで、何も答えなかった。
彼女は苛立ち、一喝する。

 「シュバト!!」

 「……呪い返しは出来ない……。
  あれは私の手に負える物ではない……。
  私如きが、どうにか出来る物ではない……」

弱気な言葉を吐いたシュバトに、マトラは愕然とする。
シュバトは人の心を捨て、呪詛魔法使いとして「完成」しつつある。
それが恐れる相手とは一体何なのか?
0166創る名無しに見る名無し
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2017/10/30(月) 19:13:53.40ID:e4Rx2jsC
マトラはシュバトを問い詰めた。

 「何なのだ!?
  お前が恐れる程の者とは、一体……」

 「伝説の……。
  ネサ・マキ・ドク・ジグ・トキド。
  『完成』した呪詛魔法使い、無形無蓋の匣」

 「あ、あれが!?
  伝説の呪詛魔法使い、『呪われし者』ネサだと言うのか!」

シュバトの生気の無い瞳には、感情が戻りつつある。
彼がネサの呪詛の影を見る眼差しは、憧憬に満ちている。

 「あぁ、ここで見ゆる事になろうとは……。
  あれこそ私の目指す物。
  憎悪と憤怒と悲嘆に満ちた、禍々しく、驚々しき、無限の暗黒」

マトラは魔法大戦に参加していないが、その恐ろしさは知っている。
当時の陸地の殆どを海に沈める程の凄まじい戦いを、彼女は傍観していた。
断罪のエニトリューグ、大魔王アラ・マハイムレアッカ、竜人タールダーク、変幻自在のラルゲーリ、
大預言者フリックジバントルフ、精霊王サルガナバレン、最後の聖君ジャッジャス、偉大なる魔導師。
悪魔公爵の彼女でさえ、手出しを躊躇った程の大戦。
その渦中に立っていた者は、それだけで尊敬に値する。

 「……所詮は魔法大戦の遺物!
  この私の脅威になる物では無い」

しかし、マトラは畏怖の心を振り払い、役に立たないシュバトは措いて自ら怨霊を止めようと決意した。
0167創る名無しに見る名無し
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2017/10/31(火) 19:00:37.80ID:Rov2iwmj
その頃、アドマイアーはレクティータを抱え上げ、呪詛の影から逃れていた。
呪詛の影は追う足こそ早くないが、決して引き離す事は出来ない。
執念の強さが、物理を超越して距離を縮めるのだ。

 「待って、返して」

身震いする様な嘆きの声に、アドマイアーの足は鈍って行く。
老齢で体力が保たないだけでなく、強力な呪詛が彼の生気を奪っているのだ。

 「な、何を返せと言うのだ!」

逃走にも限界を感じ、アドマイアーは呪詛の影と対話を試みた。
影は哀願する様に言う。

 「私の子を返して……」

 「子だと……?
  正可、この娘の事か?」

アドマイアーは腕に抱いたレクティータを見下ろした。
彼女は両目を固く閉じて、小刻みに震えている。

 「そう、私の可愛い赤ちゃん……」

影はレクティータに手を伸ばす。
もう少しで影が彼女に触れようかと言う所で、丁度マトラが駆け付けた。

 「何事か!
  そこに居るのは何者だ!」

彼女は飽くまで「マザー」として、偶然居合わせた様に振る舞う。
0168創る名無しに見る名無し
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2017/10/31(火) 19:01:39.58ID:Rov2iwmj
アドマイアーはマザーの登場に安堵し、彼女に呼び掛けた。

 「マザー、お助け下さい!
  ロード・レクティータが!」

 「アドマイアー様!?」

マトラは態と驚いた風に見せ掛けた後、冷静に指示を出す。

 「その前に、『これ』をどうにかせねばなりません。
  アドマイアー様はレクティータ様をお連れして、お逃げ下さい」

自分なら何とか出来るとでも言う様な彼女の台詞に、アドマイアーは戸惑った。

 「何か手立てがあるのですか、マザー?」

 「これでも魔法の扱いには自信があります。
  そんな事よりも早く!
  今はレクティータ様の安全を確保する事が第一です」

呪詛の影はマトラを認めると、徐々に殺意を膨らませて行く。

 「お前……っ、お前は……!
  お前が、お前がぁ……ぐぐぐぐぐぐ!」

何も彼もを引き込む様な暗い引力に、アドマイアーとマトラは気圧されて怯む。

 「アドマイアー様、早く!」

 「わ、分かった」

とにかく今は逃げるしか無い、マザーが何とか出来ると言っているのだから任せようと、
アドマイアーは疲労した体に鞭を打ち、再びレクティータを抱えて逃走を始めた。
0169創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/31(火) 19:04:35.24ID:Rov2iwmj
彼の姿が見えなくなった所で、マトラは自分共(ごと)、結界に呪詛の影を封じる。

 「さて、魔法大戦を戦い抜いた力、見せて貰おうか」

悪魔公爵級の力を以ってすれば、如何に魔法大戦の英雄でも相手になるまいと、
マトラは自分に言い聞かせた。
呪詛の影は女の形を取っていたが、俄かに男の形に変わる。

 「因果無くして万物無し。
  万物は因果によりて在り。
  斯くて因果より逃れる術無し」

呪詛の言葉を吐く、それは……。

 「お前が『呪われし者』ネサか」

マトラはネサを観察する。
今は魔力の流れは全く感じられない。
結界の中ではマトラは無敵だ。
人間の常識を超越した彼女の魔法資質は、狭い範囲に集中すれば、物理を歪める所か、
新たな法則で支配する事も出来る。
圧倒的優位にありながら、しかし、彼女は恐怖している。
先から魔力による圧力を掛け続けているのに、ネサは何の反応も示さず、呪詛を吐くのだ。

 「因果の果て無きは時空を越え、断ち切る事能わず。
  どこまでも影の如く付き纏う物なり。
  闇に紛れようと、一度(ひとたび)因果の光に照らしむれば、濃く浮き上がりて露になる。
  怨念は因果の導き手なり。
  恨みに因(おこ)りて、果(はか)は悲しき。
  怨念に導かれ、果を齎すは誰。
  其は我、彼の呪詛を投じる者なり。
  其は彼、汝を呪いし者なり。
  其は汝、因を生みし者なり。
  我、彼より汝に呪詛を捧ぐ。
  呪われよ、呪われよ、怨念の果、顕る時まで。
  逃すまい、逃すまい、遺恨、討ち果たす時まで」

魂をも消し去る圧倒的な魔力奔流の中で、ネサは不気味な詠唱を続ける。
0170創る名無しに見る名無し
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2017/11/01(水) 19:20:28.51ID:9pWCXkce
 「潰れろっ!
  消えてしまえっ!」

マトラは全力で魔力を掻き乱すが、全く効果が無い。
ネサから彼女に向かって、闇より暗い影が伸びる。

 「想起せよ、汝が罪を犯した、その瞬間を。
  罪を数えるは、己が皺を数えるが如き。
  生くるに連れて深く刻まれ、その醜さや正視に堪えぬ。
  確と見よ、指の一つに幾本有りや。
  浅きに深きに、正に一つ一つ汝が罪なり」

 「フン、御託ばかり並べおって。
  人間の罪が、この私に通じると思っているのか?
  罪も悪も、私には無縁だ。
  人が羽虫を何匹潰した所で、罪悪感に苦しむか?
  否であろう。
  お前達人間は虫螻に等しい滓なのだっ!」

マトラは敢えて右足で、ネサの影を自ら強く踏み付けた。
呪詛が足を伝って侵食して来ても、僅かに眉を顰めるだけで、強気な表情は変えない。
ネサは呪詛を吐き続ける。

 「我は人に非ず。
  人の身を捨て、人の心を捨て、因果の徒(つかい)となりし物。
  我が名は『呪詛<カタラ>』。
  呪(たたら)うは人のみに非ず」

彼の呪詛はマトラの足の芯まで至っていた。
マトラの右足の感覚が失われて行く。
0171創る名無しに見る名無し
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2017/11/01(水) 19:29:19.04ID:9pWCXkce
それでも彼女は気を張り続けた。

 「ホホホ、そこまで私が憎いか?
  では、呉れてやろう。
  これで相子だ!」

マトラは自ら右足の足首から下を切り離す。
呪詛から逃れるには、相応の代償を支払わなければならないと言う、旧い信仰がある。
無意味な行動に思えるが、その原理に基づいて動いている「呪詛魔法」には有効なのだ。
ネサの呪詛は右足を包み込んで鎮まった。
ネサ本人は暫し無言で立ち尽くしていたが、やがて徐々に影が薄まって消えて行く。

 「雑魚め、お前の恨みは我が右足分に過ぎぬ!」

マトラは片膝を突きながらも勝ち誇った。
彼女にとって肉体は仮初めの物。
欠損しても直ぐ元に戻せる。

 「子供騙しに掛かるとは、他愛無い物よの」

冷や汗を拭い、マトラは結界を解除した。
そして、失った右足の再構成を試みる……が、魔力の制御が上手く行かない。
自分の足の形を認識出来なくなっている。
意識の中からも「右足」を奪われたのだ。

 「な、何っ!?
  馬鹿なっ、これが呪詛の力……」

マトラは驚愕したが、冷静さは失わなかった。

 「――はぁ、足が無くなった程度で、どうと言う事は無いか……。
  所詮、肉体は仮初め。
  人の姿で動くのが、少々面倒になる位は堪えてやるとしよう」

これで呪詛が断ち切れるなら、安い物だと彼女は開き直る。
0172創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/01(水) 19:30:20.30ID:9pWCXkce
その頃、アドマイアーはレクティータを連れ、適当な部屋に逃れて息を潜めていた。
追跡者の気配が無い事を確認して、アドマイアーはレクティータを起こそうとする。

 「ロード・レクティータ、お目覚め下さい」

彼女は悪夢に魘されている様に、両目を閉じた儘で呻いている。

 「ロード・レクティータ」

アドマイアーは繰り返し呼び掛け、レクティータの頬を軽く叩いたが、目覚める気配は無い。
どうにか苦しみを和らげてやれないかと、仕方無く彼は苦手な共通魔法を使おうとする。

 「E5C5D6、E5C5D6……。
  えぇい、効きが悪い……!
  こんな事なら、もっと魔法の練習をしておくんだったなぁ。
  この年になって、後悔する事ばかりだ」

長い年月を掛けて積み上げた、金も地位も権力も、今は何の役にも立たない。
アドマイアーは祈る様な気持ちで、必死に呪文を繰り返した。

 「E5C5D6、E5C5D6。
  どうか、この娘の苦しみを取り払ってくれ。
  魘される姿を見続けるのは忍び無い。
  E5C5D6、E5C5D6」

祈りが通じたのか、徐々にレクティータの表情は穏やかになって行く。
アドマイアーは安堵した。
直後、足音が聞こえる。
それは2人が居る部屋に近付いている。

 (何者だ?
  引き摺る様な音……)

足音は不規則で、真面に歩けていない。
先の影が追って来たのかと、アドマイアーは再び息を殺して身構える。
0174創る名無しに見る名無し
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2017/11/02(木) 19:10:47.79ID:oOAu9/J7
部屋の戸が開けられる。

 「アドマイアー様、レクティータ様、御無事ですか?」

足音の主はマトラだった。
彼女は壁に縋りながら、片足を引き摺って入室する。
アドマイアーは張り詰めていた気を緩め、マトラに声を掛ける。

 「マザー、足を……?」

マトラは演技で健気さを主張して答えた。

 「大丈夫です。
  『あれ』は退治しました。
  片足を取られましたが、安い物です。
  それより、レクティータ様は御無事ですか?」

アドマイアーは彼女の気丈さに感服しつつ、返事をする。

 「ええ。
  今は静かに、お休みになっています」

 「良かった……。
  アドマイアー様は、お怪我はありませんか?」

 「はい。
  年甲斐も無く走り回って、疲労した以外は何とも……」

安堵したマトラはアドマイアーとレクティータを交互に見て、声を潜めた。

 「何も無かったのですよね……?」

マトラの視線は大きく開いたレクティータの胸元に向いている。
アドマイアーは焦りを隠す様に、咳払いをした。

 「この非常時に何を!
  そこまで私は不謹慎ではありません」

それを受けて、マトラが少し残念そうな顔をしたのを、アドマイアーは見逃さなかった。
やはりレクティータの誘いは罠だったのだと、彼は確信する。
0175創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/02(木) 19:11:52.34ID:oOAu9/J7
 「済みません、失礼しました」

マトラは俄かに畏まり、アドマイアーに近付いて、レクティータに触れる。

 「後の事は、お任せ下さい」

アドマイアーは不信感を露にして、マトラに尋ねた。

 「あの影は一体……?」

 「……私にも分かりません。
  協和会を敵視する者の仕業でしょうか……」

素っ惚ける彼女に、アドマイアーは鎌を掛ける。

 「魔導師会を頼りましょう」

マトラは目を剥いて拒否した。

 「それは出来ません。
  アドマイアー様も御存知でしょう?
  魔導師会は自己防衛論者と結託してまで、協和会を追い落とそうとしています。
  良くない噂が広まるのは早い物です」

彼女の言う事にも一理あるが、本音では協和会の闇を隠したいのだ。
魔導師会が信用ならないのではなく、秘密を暴かれたくないと言うのが本当の所。
マトラは深入りを避ける様に、強引に話を片付ける。

 「とにかく、あの影が再び現れる事はありません。
  御心配無く」

果たして、そうだろうかとアドマイアーは疑った。
あの尋常ならざる気配を漂わせていた影が、真面な方法で片付く物だろうか?
レクティータを「私の子」と言っていたのは、何だったのか……。
0176創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/02(木) 19:13:38.87ID:oOAu9/J7
疑問は尽きないが、それを問う暇は無かった。
協和会のシスターやエルダーが続々と駆け付けたのだ。
マトラが素早く指示を出す。

 「レクティータ様を2階の休憩室に、お連れしろ。
  それとアドマイアー様を医務室に。
  私の事は良い」

指示を受けたシスターが2人、アドマイアーの両脇を支えて、医務室に運ぼうとする。
それをアドマイアーは断った。

 「いや、大丈夫だ。
  それには及ばない。
  どこも怪我等していない。
  独りで歩ける。
  私の事よりも……」

マザーやレクティータが心配だとアドマイアーは言おうとしたが、シスターが申し訳無さそうな顔で、
彼に退出を促す。

 「こちらの事は、こちらで片付けます。
  お気遣いには及びません。
  御希望であれば、馬車を呼んで送らせます」

 「いや、結構。
  そこまでして貰っては悪い」

アドマイアーは晴れない気持ちで、協和会の本殿を後にした。
何時か傀儡のレクティータを救い出さなくてはならないと言う決意をして。
0177創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/03(金) 19:50:54.37ID:kEaLSXOE
他方、協和会のエルダーとなったガーディアンは、どうにか魔導師会と接触出来ないか考えていた。
彼の影には謎の化け物が取り付いており、迂闊な行動を取れば、殺され兼ねない。
しかし、協和会に忠誠を誓う気には全くなれなかった。
如何に彼が強者に靡く性質でも、破滅願望は無い。
自分の直感には正直で、不安を抱えた儘、組織に所属する事は出来ないのだ。
危(やば)いと感じたら、誰より先駆けて一抜けるのがガーディアンと言う男。
アドマイアーが「大成出来ない」と評するだけはある。
ガーディアンは協和会の会館には近付かず、白いローブを着た儘で街中を浮ら付いて、
魔導師の目に留まるのを待った。
既に彼と接触した自己防衛論者が、一人姿を消している。
疑いの目が自分に向くのは当然で、だからこそ魔導師が接触して来ると、彼は踏んでいた。
影の化け物も、人目に付く所で問題は起こせないだろうと言う考えもあった。
逮捕される事は怖くない。
今回に限っては、真実は彼の味方なのだから。

 (どうにか逃げ出さんとな……。
  後の事は、どうなろうと知ったこっちゃないわ)

ガーディアンの思惑通り、執行者の青いのローブを着た男が2人、彼に近付く。

 「ガーディアン・ファタードだな?」

ガーディアンは安堵して、返事をした。

 「ああ」

 「行方不明になっている、フェイナトー・ハンテルクに就いて、聞きたい事がある」

 「左様(さい)か」

執行者の言葉に、彼は素っ気無い振りをして、自らの影の反応を窺う。
0178創る名無しに見る名無し
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2017/11/03(金) 19:52:30.84ID:kEaLSXOE
執行者はガーディアンの様子が普通でない事を見抜いて、慎重に問い掛けた。

 「フェイナトー・ハンテルクを知っているな?
  自己防衛論者の」

 「ああ、ああ、よう知っとる」

ガーディアンにとって都合の好い事に、執行者の2人は彼を強く警戒している。
影も迂闊には出て来れない。
魔導師の優秀さに賭けて、ガーディアンは大胆な行動に出ようとした。

 「フェイナトーは殺――」

「殺された」と言おうとした彼だが、途中で声が出なくなる。
2人の執行者は怪訝な顔をしている。
そんな馬鹿なとガーディアンは焦った。

 (『フェイナトーは殺されたんや!』
  ええぃ、何で声が出ぇへんねん!
  舌が回らん、口が動かんようになっとる!?)

 「『フェイナトーは』……何だって?」

執行者は先の発言を確かめようと尋ねるが、当人は答える所ではない。

 「おい、どうした?
  大丈夫か?」

硬直しているガーディアンを心配して、執行者は声を掛けるが、彼は身振りで応える事さえ出来ない。
0179創る名無しに見る名無し
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2017/11/03(金) 19:55:53.79ID:kEaLSXOE
 (これが大丈夫に見えるんか!?
  その目は節穴かっ、呆けっ!!)

内心でガーディアンは必死に訴えるが、残念ながら通じない。
もし執行者がテレパシーでの意思疎通を試みていれば、伝わったかも知れないが……。

 「あっ、待て!」

 (な、何やっ!?)

突然ガーディアンの体は、彼の意に反して逃走を始めた。

 (体が勝手に動きよる!?
  あの化け物の仕業か!)

こんな事まで出来るのかと、ガーディアンは驚愕した。
だが、執行者から逃げ切れるのかと言う疑問が第一に浮かぶ。

 「『拘束魔法<バインド>』っ!」

 「動くなっ、ガーディアン!」

執行者は2人掛かりでガーディアンに向けて拘束魔法を使った。
しかし、拘束魔法を「影」が代わりに受ける。
影はガーディアンを覆い、拘束魔法を無効化した。
人体と構造が全く異なる影に、通常の拘束魔法は通じない。

 「な、何だ、あの魔法!?」

 「身代わり!?」

流石の執行者も初めて見る物に驚きを隠せなかった。
ガーディアンは建物の陰に入ると、気配を消す。
「影」と同化した彼を、執行者は認識出来ない。
これが術理の知られていない「外道魔法」の恐ろしさだ。
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2017/11/04(土) 19:08:51.37ID:RjG0Pnk7
 (あぁ、駄目やったか……)

ガーディアンは愕然として落胆した。
「裏切り」の代償として、影に殺される事を覚悟した彼だが、そうはならなかった。

 (……あの化け物、豪い静かやな。
  黙り倒くっとる。
  儂を殺さへんのか?
  どう言うこっちゃ?)

彼の行動は結果的に、協和会に魔導師会が突入する切っ掛けを与えたのだ。
今後、ガーディアンはフェイナトー・ハンテルクが行方不明になった事件の重要参考人犯人として、
都市警察や執行者に追われる。
ここで彼が行方を晦ましてしまったら、益々協和会が怪しまれる事になる。
協和会としては、ガーディアンは「協和会とは無関係な殺人者」であって貰わなくては困るのだ。
彼をエルダーと認めた以上、全く無関係とは言えないが、少なくとも単独犯でなくてはならない。
即ち、影はガーディアンの体を使って、殺人を繰り返す必要がある。
幸か不幸か、彼は殺人鬼の汚名を着せられる未来を予想していない。
ガーディアンは忍び足で、通りに出てみた。
……人々は彼に関心を示さない。

 (又、何かあったら、あの化け物に体を乗っ取られるんやろなぁ……。
  本真、どないしよ……。
  今更協和会に戻って、許して貰えるとも思えんしなぁ……。
  いや、戻りとうは無いねん。
  戻れ言われても、お断りや)

考え事をしながら歩いていたガーディアンは、体格の良い男と擦れ違う際、肩を打付けてしまった。
男は凄んで言う。

 「おい、待てや!!
  自分、打付かっといて何の詫びも無しかい!」

ガーディアンは萎縮して距離を取った。
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2017/11/04(土) 19:16:45.11ID:RjG0Pnk7
しかし、体格の良い男は彼を見ていない。
その先の気弱そうな男を睨んでいる。

 「わ、私(わて)ですか?」

 「他に居らへんやろ?」

 「いや、当たってへんですよ……。
  人違いやないですか?」

言い合いを始める2人の男に、ガーディアンは困惑した。

 (な、何や、これぇ……)

2人がガーディアンの存在を全く気に留めていないので、彼は感付く。

 (認識されとらんのか?
  ……これ万引きし放題やん!
  あー、でも、魔法は誤魔化せんかも知れへんな……。
  てか、ンな事しとる場合違うわ。
  こんなん、真面に人と話も出来んがな……。
  あぁっ、それが狙いか……)

これからガーディアンは孤独な上に、何時体の支配を奪われるか分からない、不自由な日々を、
送らなければならない。
裏切りを繰り返して来たばかりに……。
0182創る名無しに見る名無し
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2017/11/04(土) 19:19:34.17ID:RjG0Pnk7
一方、ガーディアンを取り逃した執行者は、彼が不可思議な術を使った事実を上司に報告した。

 「済みません、ガーディアン・ファタードを捕まえられませんでした。
  奴には影の様な物が取り憑いていました。
  その影に拘束魔法を妨害されたのです。
  しかし、身辺調査では奴の身内に、外道魔法使いの血筋は確認出来ませんでした。
  特に共通魔法が下手と言う事も無く、公学校時代の成績は中の上と言った所。
  協力者が居ると見るべきでしょう」

上司は頷いて、指示を出す。

 「ガーディアンの方は外対が担当する。
  お前達は明日、協和会に話を聞きに行ってくれ。
  飽くまで、話を聞くだけだぞ。
  あちらから尻尾を出してくれれば良いが……、余り期待はするな」

ガーディアンの行動で、魔導師会は協和会を訪問する機会を得た。
執行者の2人は翌朝、南東の時に協和会の会館へ行くが、門衛に止められる。

 「待って下さい、ここは関係者以外立入禁止です。
  何の御用ですか?」

 「魔導師会法務執行部の者だ。
  ガーディアン・ファタードと言う男に就いて、聞きたい事がある。
  代表者と話をさせてくれ」

 「しょ、少々お待ち下さい……」

門衛は慌てて、テレパシーで中の者と連絡を取った。

 「……あっ、シスター?
  執行者の方が……。
  はい、はい、そうです。
  ……ええ、分かりました」

執行者が予想していたよりも、話が通るのは早かった。
門衛は改まって、2人に告げる。

 「もう暫く、お待ち下さい。
  シスターが迎えに来ますので」

執行者の2人は大人しく案内の到着を待つ。
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2017/11/05(日) 19:32:57.29ID:lf07dZ/s
約1点後に、白いローブを着たシスターが執行者の前に現れた。

 「お待たせしました。
  どうぞ、私に付いて来て下さい」

シスターは2人を正面に見える本館に通し、小会議室で応対する。

 「お掛けになって下さい。
  お茶は如何ですか?」

 「いえ、結構」

 「そうですか……。
  それで、ガーディアンに就いて、お尋ねになりたいとは何でしょうか?」

執行者の内、1人は無言で周囲の魔力を観察し、もう1人が話し合いをする。

 「今、ガーディアン・ファタードは、ここ……この敷地内に居ますか?
  若しくは、居場所を知っているとか」

 「いいえ、ここ数日は会館に現れておりません。
  私共も心配している所です」

 「『心配』ですか……。
  実は、ある人物がガーディアンと会ったのを最後に、行方不明となっていまして」

 「ある人物とは?」

 「自己防衛論者です。
  しかも、彼とは顔見知りの」

それを聞いた途端、シスターは一瞬だけだが、表情を強張らせた。
0184創る名無しに見る名無し
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2017/11/05(日) 19:36:26.06ID:lf07dZ/s
彼女は憶測を口にする。

 「……既に御存知の事と思いますが、ガーディアンは協和会内では浮いた存在でした。
  私達と正反対の主張をする、自己防衛論者の政党の党首だった者ですから。
  協和会の中に彼を信用する者は居ません」

 「それが何か?」

 「彼は功を焦っていたのではないでしょうか……」

 「『功』とは?」

 「何とか協和会の役に立ちたいと言う思いで、暴走したのではないかと……」

執行者はシスターの発言を怪しむ。
ガーディアンが行方不明事件の犯人だとは誰も言っていないのに、短慮に過ぎるのだ。
丸で、もう彼が犯罪者であると決め付けている様。
或いは、「そう言う事」にしたいのか……。

 「そこまでの忠誠心が彼にありますかね?」

 「忠誠心では無いかも知れませんが……。
  そう言えば、魔導師会は自己防衛論者と手を組んで、協和会の事を探ろうとしていた様ですね」

行き成り関係の無い話をされて、執行者の2人は眉を顰めた。
その反応を見て、シスターは小さく笑う。

 「ガーディアンが私達に忠告したのです。
  それを評価されて、彼は『エルダー』になりました。
  協力者には信用の置ける方を、お選びになった方が宜しいですよ」

執行者は真顔で反論する。

 「私達に言われても困ります。
  それは私達の仕事ではないので」

 「ガーディアンの事も、それと同じです。
  彼が勝手にした事で、私達とは関係がありません」

中々シスターは口が巧い。
態度は冷静その物で、襤褸は出しそうに無かった。
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2017/11/05(日) 19:40:20.80ID:lf07dZ/s
執行者は痺れを切らして、単刀直入に尋ねる。

 「飽くまで、協和会は無関係だと言うのですね?」

 「事実その通りですから」

シスターは澄まし顔で言い切り、本の僅かも動揺した様子を見せない。
執行者は嫌味を言って反応を窺う。

 「『忖度』って分かりますか?」

 「はぁ」

シスターは呆れ混じりの脱力した返事で、付き合い切れないと言う倦厭を表現した。

 「示唆とは行かないまでも、違法行為を暗黙の内に強要させる様な気配や雰囲気がある場合、
  組織の体質が問われます。
  強要でなくとも、『見返り』があれば同じです。
  そう言う『環境』が不味いんですよ。
  『下っ端が勝手に』等と言う、安易な言い逃れをさせない為に『組織犯罪処罰法』があります。
  『贈収賄防止法』や『教唆犯』と似た様な概念です」

流石に、これは聞き過ごせなかった様で、彼女は色を作して反論する。

 「それに該当すると仰るのですか?」

 「ハハ、それは『調べてみないと』分からないでしょう。
  何か隠し事や企み事をしていないか等」

笑って誤魔化した執行者を、シスターは疑いの眼差しで睨む。

 「縦しんば該当するとしても、捜査は執行者ではなく、都市警察の役割ではありませんか?」

執行者は肩を竦めて、冗談めかした。

 「親切心からの忠告ですよ。
  何をするか分からない人間を、身内に迎え入れたのは軽率でしたね。
  会員には信用の置ける人物を選んだ方が良い」

皮肉を言い返され、シスターは憤然として沈黙する。
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2017/11/06(月) 18:45:07.40ID:HP8Ol3Ni
勝ち誇った執行者は、一呼吸置いて新しい話を始めた。

 「所で、『影を操る』とか『影の様な物を使う』魔法に、心当たりはありませんか?」

 「いいえ」

シスターは不機嫌さを隠し切れない声で答える。

 「ガーディアンは逃亡の際に、共通魔法ではない、奇怪な魔法の様な物を使いました。
  協和会は外道魔法使いと関係を持っていましたよね?」

 「当然の様に言われても困ります」

断定的な執行者の発言に、シスターは困惑を露にした。
執行者は態とらしく驚いて見せる。

 「ん?
  外道魔法使いと何の接点も持っていないんですか?
  平和と共生を訴えているのに?」

 「そ、それは……。
  私には何とも……」

シスターは明らかに狼狽していた。
執行者は調子に乗って、横柄な物言いをする。

 「貴女では話になりませんね。
  組織の全貌を把握している人は居ないんですか?」

 「全貌……ですか?」

 「協和会を動かしているのは誰なんです?
  外道魔法使いと接点を持っている人は?
  会長ですか?」

執行者が問い詰めると、シスターは申し訳無さそうに言った。

 「……今日の所は、お引き取り願えませんか?
  何分、急な御訪問でした物で、お尋ねの事柄に関しては、私では十分な回答が出来ません」
0187創る名無しに見る名無し
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2017/11/06(月) 18:47:47.80ID:HP8Ol3Ni
そうだろうなと執行者は溜め息を吐く。

 「そうですか……。
  簡単な組織図でも良いんですが、ありませんか?」

 「協和会は会長の下、エルダーとシスター、そして一般の会員があるのみです。
  誰が何を担当しているか等、現時点では、お答え出来ません。
  好い加減な事をお伝えして、誤解を招いては大変ですので」

 「では、何時なら都合が付きますか?」

 「私の独断では申し上げられません……」

 「分かりました。
  では又、日を改めて伺います」

上司から『話を聞くだけ』と指示されているので、余り深く切り込む事は避けた。
2人の執行者は協和会の会館を後にする。
話し合いを担当していた方の執行者は、魔力を監視していた相方に尋ねた。

 「どうだった?」

 「嘘は無かった。
  魔力の乱れも確認出来なかった。
  下手に誤魔化さない方が良いと判断したんだろう。
  しかし……」

 「しかし?」

 「あの女はシスターと呼ばれていたな。
  平の会員よりは上の様だが、幹部級かと言うと……。
  協和会の組織構造が分からない。
  会長が居て、シスターとエルダーが居て、平会員が居て……。
  表向きの序列は、それだけの様だが……」

 「内情は複雑だろう。
  少なくとも『政治』、『財務』と『諸活動』で3つ……否、『外道魔法使いとの裏交渉』で、
  4つの部署に分かれている筈だ。
  幾つかの部署は役割を兼務しているかも知れないが、反逆同盟が絡んでいるとすれば、
  裏交渉部門か」

その予想は外れている。
彼等は大きな誤解をしている。
協和会は反逆同盟と協力関係にあるのではない。
協和会その物が、反逆同盟の為に立ち上げられたのだ。
0188創る名無しに見る名無し
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2017/11/06(月) 18:51:05.46ID:HP8Ol3Ni
話し合い担当の執行者は暈やいた。

 「『日を改めて』とは言った物の、素直に出て来てくれはしないだろう。
  何の彼のと理由を付けて、対面を避けるか、引き延ばすだろうな」

 「外対がガーディアンを押さえるまで待とう。
  奴の証言さえあれば」

2人の執行者は互いに頷き合い、その時を待った。
しかし、協和会も無為に大人しく時を待ちはしなかった。
執行者が協和会を訪れた翌日、一部報道機関が「ガーディアン・ファタードが殺人の容疑で、
魔導師会に追われている」との情報を流した。
その出所は何と協和会だった。
協和会は先手を打って、不都合な事実を公表する事で、疑惑の払拭を狙ったのだ。
更に、ガーディアン・ファタードが元自己防衛論者で、市政党防護壁の党首だった事を強く主張した。
お負けに、魔導師会が自己防衛論者と結託している事実まで、明らかにした。
「信用出来ないのは自己防衛論者の方」だと印象付け、間接的に魔導師会を貶める為だ。
その試みは一定の成果を上げた。
市民は「飽くまで魔導師会を信じる者」と、「中立的立場の者」と、「魔導師会に批判的な者」の、
3極に分かれて混迷を深めた。
それぞれの勢力は殆ど対等で、どれが優勢と言う事も無い。
今後の展開次第で、如何様にも転び得る。
だが、それまでは市民同士の対立が続く。
反逆同盟の狙いが正に、そこにあるのだとしたら……。
0189創る名無しに見る名無し
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2017/11/06(月) 18:52:35.14ID:HP8Ol3Ni
その後、自己防衛論者が次々と行方不明になった。
会長が人前に姿を現さなくなった事以外に、協和会の側に怪しい動きは見受けられず、
これは逃亡中のガーディアンの仕業だと思われた。
世間にも、魔導師会にも。
行方不明者が増えるに連れて、事は協和会の問題と言うよりも、ガーディアン個人の人格の問題と、
言う向きが強まって行った。
執行者は自己防衛論者を含めたガーディアンの顔見知りに話を聞いて回ったが、得られた証言は、
何れも彼の殺人的傾向を否定する物だった。
ガーディアン・ファタードは口が巧く、行動力もあるが、直ぐに結果を欲しがる性急さがあり、
事が自分の思った通りに運ばないと、愛着も未練も無く投げ出してしまう。
一種の人格破綻者ではあったが、決して直接人を害する事は無かった。
殺しは疎か、暴力を振るった事も無いのだ。
短気、短慮ではあるが、その裏には計算高さがある。
喧嘩でも絶対に自分から手を出す事は無い。
それに関してはガーディアンは喧嘩が弱いからではないかと言う、尤もらしい推理もあったが、
とにかく「腹を立てて暴力を振るう」と言う事が無いのだ。
他人と衝突した際の彼の対応は、「口先で言い返す」、「その場から立ち去る」、「無視する」の、
3つに限られる。
恨みを持って拘ると言う事が無い。
それを彼は無意味だと割り切っている。
では、どうすればガーディアンが殺人を犯すのか?
彼の知人等は口を揃えて、あり得ないと言う。
自分の将来の為に人を殺す事は無いし、況して他人の為に罪に問われる事は絶対にしないと。
無実であるなら、何故ガーディアンは姿を隠しているのか?
執行者に嘘は通じないし、心測法で過去を暴く事も出来る。
思い込み先行で杜撰な捜査をしないと言う事が、絶対に無い訳ではないが、一応裁判もあるので、
無実の人間を罰した例は無い。
ガーディアンは自分の意思とは無関係に、姿を現せない状態にあるのではないかと、
執行者は考え始めていた。
0190創る名無しに見る名無し
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2017/11/07(火) 19:31:12.94ID:wcXA2Bzo
ガーディアンを情報源として利用出来なくなった魔導師会は、協和会に潜入して内情を探れる、
諜報員を求めていた。
普通の会員として潜入しても、表層的な事しか判らないし、反逆同盟が関わっていると言う事で、
相当の危険が伴う。
そこで魔導師会が頼ったのは、共通魔法使いではない味方だった。
魔導師会からの依頼を受けて、魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディーは仲間を招集する。
翌日、バルバング工業区の廃屋で、彼は呼び出した仲間達に状況を説明した。

 「今、協和会と言う組織がティナー市内で注目されているらしい。
  平和と共生を訴えている辺りは、在り来たりな組織なんだけど……。
  会長が神聖魔法使いなんだよ」

レノックの発言に真っ先に反応したのは、旅商の男ワーロック・アイスロン。

 「それはクロテ……クロデラさんでしたっけ?」

 「クロテア」

 「そうそう、そのクロテアさんですか?」

 「そうだよ」

平然とレノックが答えたので、ワーロックは驚いた。

 「……何が目的なんです?」

 「それを探って貰いたいと言う事で、君達に集まって貰ったんだ」

そこに精霊魔法使いのコバルトゥス・ギーダフィが口を挟んだ。

 「どの辺で反逆同盟が関係してるんだ?」
0192創る名無しに見る名無し
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2017/11/07(火) 19:37:37.75ID:wcXA2Bzo
レノックは両腕を胸の前で組み、低く唸る。

 「……どこまで関与してるか判らないんだけど……。
  神聖魔法使いを会長に据えた所からして、相当深く食い込んでいると思う。
  そこの所も明らかにして欲しい」

 「『神』と戦うのか?」

今度は巨人魔法使いのビシャラバンガが尋ねた。
神聖魔法使いは神の奇跡を得て戦う。
それは間接的とは言え、神と戦う事。
レノックは少し困った顔をして答える。

 「そんな事にはならないと思う。
  神聖魔法使いは記憶を奪われている様なんだ。
  以前はクロテアと名乗っていたのに、今はレクティータと呼ばれている。
  振る舞いにも違和感がある」

彼の話を聞いた旅商の娘リベラ・エルバ・アイスロンが、疑問を口にした。

 「レノックさんは、そのクロテアって人と会った事があるんですか?」

 「ああ、僕とワーロックは彼女と面識がある」

リベラはワーロックの方を向いて、小声で話し掛けた。

 「どんな人だったの?」

 「一寸、変わった女の子だよ。
  あ、『女の子』って年でも無いか……。
  リベラと同じ位の年だと思うんだけど、不思議な雰囲気で……。
  ……とにかく、変わった人だよ」

ワーロックの話は全く要領を得ず、リベラは小首を傾げる。
0193創る名無しに見る名無し
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2017/11/07(火) 19:39:06.94ID:wcXA2Bzo
レノックは雑談を遮る様に大きな咳払いをして、話を続けた。

 「それで、誰かに協和会に潜入して貰いたいんだけど……。
  反逆同盟の連中に、面が割れていない人物が望ましい」

これに対して、コバルトゥスが声を上げる。

 「全員無理なんじゃないか?」

レノックは眉を顰め、彼に手の平を向けて制した。

 「話は最後まで聞いてくれ。
  確かにコバルトゥス君の言う通り、皆、何等かの形で反逆同盟の連中と接触している。
  そこで、こう言う時に頼れる知り合いは居ないか?
  勿論、共通魔法使いではない者で」

どう言った作戦を考えているのかと、ワーロックはレノックに確認する。

 「レノックさん、協和会には所謂『外道魔法使い』と交渉する窓口があるんですか?」

 「ある……と言うか、無い筈が無い。
  『共生』を訴えている以上、それを想定していないのは詐欺だよ。
  実際、詐欺なのかも知れないが、裏に反逆同盟があるなら、協力者を増やそうとするだろう」

飽くまで推測なのかと、ワーロックは少し不安に思った。
しかし、レノックの推理は納得出来ない物では無い。
問題は――、

 「お話は分かりました。
  ……でも、レノックさんの方は、潜入に適した人物に、心当たりは無いんですか?
  この中で一番交友関係が広いのはレノックさんでしょう。
  レノックさんが知らない人で、私達が知っている人物となると……。
  少なくとも、私は知りませんよ」

結局の所、これに尽きる。
0194創る名無しに見る名無し
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2017/11/08(水) 19:36:52.31ID:4wLCsPWI
レノックは全員を一覧して顔色を窺い、困り顔で言う。

 「ラヴィゾ……いや、ワーロックの言う事は尤もだけど、僕は余り信用が無いんだ。
  知り合いが多くても、頼み事に応じてくれない。
  『人間の事だから人間が片付けるべき』で、終わってしまう。
  ……誰も居ないと言うのなら、仕方が無いよ。
  魔導師会に頑張って貰おう」

話が終わり掛けた所で、コバルトゥスが声を上げた。

 「待ってくれ。
  もしかしたら……」

全員の視線が彼に集中する。
コバルトゥスは小さな咳払いを挟んで続けた。

 「隠密魔法使いに頼んでみては、どうだろう?」

 「知り合いが居るのかい?」

意外そうな目をして尋ねるレノックに、コバルトゥスは自信の無さそうな声で応える。

 「乗ってくれるかは分からないが、頼むだけ頼んでみる。
  但し、居場所は遠くにある。
  ティナーに戻って来るまで、何日か掛かると思うが、それでも良いか?」

 「移動の事なら、僕が何とかする」

 「……余り期待しないでくれよ」

 「駄目でも構わないさ。
  他に当てがある人は……」

レノックは再び全員を一覧したが、それに応える者は無かった。

 「居ないみたいだね。
  早速行こう」

こうしてレノックとコバルトゥスの2人は、一時ティナー地方を離れて、隠密魔法使いが暮らしている、
集落に向かう事となった。
0196創る名無しに見る名無し
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2017/11/08(水) 19:41:05.97ID:4wLCsPWI
所は変わり、協和会の本殿。
協和会の「マザー」事マトラは、杖を突いて歩く様になった。
結局、彼女の魔力を以ってしても、呪詛は打ち破れなかったのだ。
そして、協和会の会長レクティータは、長く深い眠りに落ちていた。
どこにも体には異常が無いのに、目覚める事が無い。
協和会の者は皆心配していたが、レクティータが眠る会長室の寝室に近付く事が出来る者は、
シスターの中でも限られている上に、現在の彼女の状態に就いて口外する事は禁じられている。
シスターが交代でレクティータを看ているが、一向に目覚める気配は無い。
レクティータの異変が発覚したのは、彼女が倒れた翌朝の事だった。
何時も朝早い彼女が、珍しく起きていない事を心配したシスターが、起こしに行こうとした所を、
マトラが止めた。
曰く、昨夜の騒動で疲れているのだろうから、安眠を妨げてはならないと。
その時はマトラも事態を正確に把握していなかった。
愈々奇怪しいと気付き始めたのは、南の時を過ぎた時。
――流石に眠り過ぎだと思ったマトラは、寝室に様子を窺いに行った。
足を悪くしている彼女を手伝おうと、シスターが付き添いを申し出ても、独りで良いと断って。

 「失礼します、レクティータ様」

レクティータは眠った儘であり、目を覚まして動いた形跡が無い。

 「お目覚め下さい、レクティータ様。
  もう南の時を過ぎています。
  皆が心配していますよ」

声を掛けても、揺すっても、目を覚まさない彼女に不吉な物を感じたマトラは、強引に覚醒させようと、
魔法で精神に干渉した。
片手の人差し指の爪の先をレクティータの額に当て、微量の魔力を流して、軽い衝撃を与える。
眠りに落とす事と同様に、眠りを覚ますのは「簡単な事」の筈だったが、それは失敗した。
0197創る名無しに見る名無し
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2017/11/08(水) 19:43:12.07ID:4wLCsPWI
爪の先でレクティータに触れた瞬間、マトラの脳裏に女の顔が浮かび、強い力で弾かれる。
それは半面ずつ違う顔の女……。
正体はレクティータ事クロテアの生みの母と、育ての母なのだが、それを知らないマトラは、
誰だか判らずに困惑する。

 「な、何だ、今のは……。
  これも呪詛か」

しかし、同時に感じた、体の芯が凍り付く様な、烈しい「呪い」には覚えがあった。

 「我が片足では飽き足らず……。
  否、そちらが本命だったのだな」

怨念はレクティータを優しく包み込む様に覆っている。
力尽くで引き剥がしてやろうかと、マトラは一瞬短気を起こし掛けたが、直ぐに思い止まった。
再びネサと対峙する事になれば、今度は何を失うか分からない。
昨夜は右足と引き換えに撤退させたが、彼の残した言葉が不気味過ぎる。

 (恨みに因りて、果は悲しき。
  逃すまい、遺恨、討ち果たす時まで)

暫く放置すると、怨念は静かに消えた。
下手に弄って恨みを買うより、これは専門家に任せるべきだと、マトラは考えた。
決して怯えた訳ではない。
完全に消滅させるとなると、相応の力を使わなくてはならなくなる。
マトラが本気を出せば、都市の1つや2つは軽く吹き飛ぶ。
それでは協和会を創った意味が無い。
そう言う事にして、マトラは自尊心を保った。
――だが、彼女は心の底では呪詛魔法を恐れていた。
もし本気を出しても、呪詛を断ち切れなかったら……。
そればかりか、更なる恨みを買う事になったら……。
僅かな引っ掛かりではあったが、無視出来る程の物ではなかった。
0198創る名無しに見る名無し
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2017/11/09(木) 20:12:58.02ID:xG16sdsl
マトラはレクティータの治療に、シュバトを頼った。
彼は協和会の中では、「エルダー・シュバルト」と言う事になっている。
人前には滅多に姿を現さないので、協和会の中で彼の存在を知っている者は少ない。
マトラは呼び出したシュバトにレクティータを診させた。

 「どうだ、解呪は出来そうか?」

しかし……と言うか、やはりと言うか、シュバトはレクティータの治療は出来ないと言った。

 「これは私の手に負える物ではない」

 「そこを何とかして貰いたいのだが」

マトラは内心で役に立たない奴だと思った。
呪詛魔法使いの偉人であるネサを特別視し過ぎていると思い、彼女はシュバトを詰責する。

 「如何にネサの呪いとは言え、呪詛は呪詛。
  何も試さぬ内から出来ぬとは、怠慢、逃避ではないか?」

 「呪詛を返そうにも、返す相手は既に死亡している。
  そもそも恨みの始まりは、マトラ……貴女自身だ。
  貴女は神聖魔法使いを排除する為に、私を頼った。
  その結果が、これなのだ」

 「呪詛返し以外に、解呪の方法は無いのか?」

 「……貴女自身が怨霊となって、この呪いを打ち消せば、或いは……」

 「この私に死ねと?」

 「その位の覚悟は必要だ」

呪詛魔法を脅威に思っているマトラだが、やはりシュバトの態度は大袈裟過ぎると感じた。
0199創る名無しに見る名無し
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2017/11/09(木) 20:14:11.07ID:xG16sdsl
彼女はシュバトの対抗心を煽る。

 「お前は何れ、呪詛魔法使いとして、ネサを超越せねばならぬのであろう?
  敬服してばかりで、立ち向かえもせぬ様であれば、何時までも下揩フ儘だぞ」

シュバトは平然と反論した。

 「越える、越えないではない。
  呪詛の強さは、呪う心の強さであり、術者の強さではない。
  怨念、執念、妄念が結ぶ果なのだ。
  呪詛魔法使いは媒介に過ぎぬ」

昨夜の様子とは打って変わり、彼は落ち着き払っている。
マトラは不信の目で彼を見た。

 「ネサとの対峙を避けたい心があるのではないか?」

 「……あるかも知れない」

意外にもシュバトは、自身の心の迷いを認める。
これに驚いたマトラは一瞬返す言葉を失った。
シュバトは彼女に虚ろな目を向けて言う。

 「しかし、それは貴女も同じ事ではないか」

マトラは否定しようとしたが、思い直して諦めた。

 「言ってくれるなよ」

呪詛魔法使いは人の心を読む事に長けている。
特に、恐怖や虞の心には敏感だ。
結局レクティータは放置する事になった。
怨霊はレクティータに取り憑いている間は、他に害を及ぼさない。
これで封じられるなら悪くは無いと、マトラは妥協した。
0201創る名無しに見る名無し
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2017/11/09(木) 20:16:04.86ID:xG16sdsl
その後に、マトラは予知魔法使いのジャヴァニを尋ねた。
彼女は協和会の中では、「シスター・ジェニー」と呼ばれている。
魔法資質は平凡で、纏う魔力にも特異な所は無いので、シュバトとは違い、頻繁に人前に現れる。
彼女自身がマトラに代わって指示を出す事も多い。
しかし、ジャヴァニは留守だった。
協和会本殿にある、彼女の部屋には誰も居ない。

 「ジャヴァニ……どこへ行った?」

マトラは堂々とジャヴァニの部屋を物色し始める。

 (行く先も告げずに、出掛ける者が悪いのだ)

彼女は机の上に、ノートが置いてあるのを見付けた。
それは何時もジャヴァニが大事そうに抱いている、マスター・ノート……に似ている。

 (無用心に置いて行く物か?)

マトラは怪しみながらも、ノートを捲ってみた。
案の定、真っ白で何も書かれていない。

 (……人に見られる所に、置いて行く訳は無いか……)

少々落胆しつつ、念の為にマトラは最後まで『頁<ページ>』を捲って確認した。
何も書かれていないと思い、畳んで置こうとして、気紛れに思い付いて、裏からも捲ってみる。
0202創る名無しに見る名無し
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2017/11/10(金) 20:00:52.36ID:fW8eGDo/
そうすると偶々1頁の中に少しだけ、何か書かれている箇所が目に入った。
マトラは手を止めて、熟(じっく)りと見る。

 (……どう言う意味だ?)

そこに書かれていたのは短文。
真っ白な中に1行だけ、「最早これまで」と……。

 (予知に失敗した?)

意味を考えている内に、マトラは背後から声を掛けられる。

 「『マザー』、私の部屋で何をしているのですか?」

ジャヴァニが戻って来たのだ。

 「ああ、悪い、『シスター・ジェニー』。
  鍵が掛かっていなかった物で」

マトラは謝罪しつつ、ジャヴァニの顔色を窺う。
特に怒っている様子も無ければ、驚いている様子も無い。
留守中にマトラが訪ねて来る事も「予知していた」のだろう。
ジャヴァニは呆れて溜め息を吐く。

 「貴女は影を通じて、どこからでも入れるのですから、鍵の有無は関係無いでしょう」

仮令鍵が掛かっていたとしても、無関係に侵入出来るのがマトラだ。
ジャヴァニは涼しい顔でマトラに近付き、堂々と尋ねる。

 「それで、何の御用でしょう?」
0203創る名無しに見る名無し
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2017/11/10(金) 20:03:36.17ID:fW8eGDo/
マトラは極自然に、悪怯れる姿を見せず対応する。

 「今後の予定は、どうなっているのかと思ってな」

ジャヴァニは彼女を横目で見ると、口の端に小さな笑みを浮かべた。

 「何か気になる事でも?」

マトラは失策を犯した。
ジャヴァニの忠告に従わずレクティータを動かして、「使えなく」してしまった。
その事にジャヴァニは感付いているに違い無いと、彼女の様子からマトラは察する。

 「言わずとも、分かっておろう。
  その為に出掛けたのではないか?」

 「……フフフ、そうですね。
  私の計画は失敗します。
  今の私に出来る事と言えば、崩壊までの時間を引き延ばす事だけ……。
  恨みますよ、マトラ様」

「恨む」と言われ、マトラは内心驚いた。
呪詛魔法使いの呪いを思い出したのだ。

 「おお、私が悪かったよ。
  頼むから呪ってくれるな」

彼女が冗談めかして哀願すると、ジャヴァニは再び小さく笑う。

 「そんな積もりはありません。
  御安心を。
  それより『畳む』準備を進めておいて下さい。
  呉れ呉れも、同盟以外の者には覚られない様に」

マトラは静かに頷いた。
0204創る名無しに見る名無し
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2017/11/10(金) 20:04:03.49ID:fW8eGDo/
それに加えて、ジャヴァニはマトラに新たな忠告をする。

 「今後、協和会に迎える人物の選定には、慎重になって下さい。
  明から様に人を遮断しても、逆に怪しまれる事になるので、人選は引き続き私が担当します」

 「ああ、協和会の事は、そなたに全面的に任せる」

マトラはジャヴァニの言う通りにした。
呪詛魔法使いネサの出現で、予知に逆らう事の恐ろしさを身を以って感じたのだ。
ジャヴァニは話を続ける。

 「予知の通りに事が進めば、協和会は未だ数週は持ちます。
  逆に言えば、残り数週の運命なのですが……。
  撤退前に置き土産をして行きましょう。
  『ガーディアン・ファタードの逮捕』が合図になります」

 「……詰まり、奴の逮捕を遅らせれば?」

 「それだけ余裕が出来ます。
  下手をすれば、当然その余裕は無くなります。
  ガーディアンにはマトラ様の影が付いていましたね」

 「ああ」

現在ガーディアンに取り憑いている影は、彼に血酒を飲ませて気絶させた時に、植え付けた物。
影の魔物の一種で、ディスクリムと似た様な存在であり、マトラの命令には忠実に従う。

 「ガーディアンの逃走も、私が指示しましょう。
  彼には悪いですが、操り人形になって貰います」

 「多忙になるが、大丈夫か?」

協和会の事も、ガーディアンの事も、全て個人で担当するには、負担が大きい。
マトラやフェレトリの様に、分身を生み出せるならば話は違うが、所詮彼女は人の身だ。
処理能力には限界がある。
0205創る名無しに見る名無し
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2017/11/10(金) 20:05:54.55ID:fW8eGDo/
しかし、ジャヴァニは気にしていなかった。

 「構いません。
  ビュードリュオン様に改造手術を施して貰います」

マトラは彼女の覚悟に驚く。

 「人の身が惜しくは無いのか?」

 「脆弱な人の体の、何を惜しむ事がありましょう。
  未練や愛着は惰弱さの象徴です。
  私は予知を完遂する為なら、何にでも成れます」

ジャヴァニは動揺を見せる所か、益々目付きを険しくした。
マトラは彼女を見詰めて小さく零す。

 「それが『魔法使い』か……」

魔法使いは魔法の為に命を賭ける。
魔法は魔法使いの命であるが故に。
「悪魔」の彼女には理解が及ばない観念だ。
魔法とは悪魔の業を言う。
悪魔であるマトラにとっても、魔法は命に等しい。
彼女を構成している物が、彼女の魔法なのだから。
しかし、それでも魔法の為に命を捨てる事は無い。
魔法使いは異世界で生きて行く為に、自己の存在を魔法に托した。
それは力が弱い者の生き方だと、マトラは憐れに思った。
0206創る名無しに見る名無し
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2017/11/11(土) 19:52:37.81ID:CztuuiCe
時は移り、精霊魔法使いコバルトゥスの依頼を受けて、隠密魔法使いがティナーに到着した。
その名は「フィーゴ・ササンカ」。
隠密魔法使いの一族の中でも、腕利きの女である。
コバルトゥスとレノック、そしてササンカの3人は、『風の旅人<コン・ヴェントゥス・デ・カエラ>』に運ばれ、
人目に付かないティナー市の外れに降り立った。
風の旅人は、空を飛ぶ魔法使いである。
渡り鳥の様に遙か上空の風に乗って世界中を旅しており、人間社会に関わる事は無い。
今回は旧知のレノックの依頼と言う事で、一行を共に風に乗せた。

 「どうだった、空の旅は?」

レノックはササンカに空の旅の感想を尋ねたが、彼女の姿が見当たらない。

 「あれれ、どこ行った?
  先まで一緒に居たよね?」

コバルトゥスも共にササンカの姿を探すが、やはり見付からない。

 「どこかで落としたかな?」

 「いや、確かに俺の後ろに……」

2人して困惑していると、返事がある。

 「ここです」

声はコバルトゥスの背後から聞こえた。
0207創る名無しに見る名無し
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2017/11/11(土) 19:53:39.12ID:CztuuiCe
ササンカはコバルトゥスの背に影の様に張り付いていた。
コバルトゥスは吃驚して尋ねる。

 「何で気配を消してるんだ?
  それだけなら未だしも、何故人の背後に……」

 「済みません、見知らぬ土地では目立たない様にしたいので。
  私の事は気にせず、どうぞ……」

「どうぞ」と言われても困ると、コバルトゥスとレノックは互いの顔を見合って、同時に肩を竦めた。
レノックはササンカに告げる。

 「それは良いんだけど、君は一族の代表として、協和会に乗り込まないと行けないんだよ?
  そんな調子で大丈夫かい?」

 「大丈夫です」

情け無い姿とは裏腹に、彼女は強気だ。
本人が言うならと、コバルトゥスとレノックはティナー市の市街地へ向かった。
市街地に入っても、ササンカは相変わらず、コバルトゥスの背後で息を潜めている。
レノックは彼女に話し掛ける。

 「そろそろ普通に歩いても、大丈夫だと思うけど」

ササンカは何も答えないが、レノックは構わず続けた。

 「誰も君の事なんか気にしやしないよ。
  これだけの人が居るんだ。
  ボルガ地方民だからって、服装や喋りで、特別目立つ事は無い」

 「構わないで下さい」

しかし、ササンカの反応は膠(にべ)無い。
0208創る名無しに見る名無し
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2017/11/11(土) 19:54:58.30ID:CztuuiCe
その儘、3人は市内の料理店に入った。
ボルガ地方の郷土料理を提供する、東方風の高級料亭。
そこでは魔導師会の執行者が先に座敷の個室を予約して、一行を待ち構えている。
一行が入店すると、店員が寄って来た。

 「入らっしゃいませ。
  御予約は、お有りでしょうか?」

ここは高級料亭である。
如何に空いていようが、予約も無しに利用は出来ない。
レノックは店員に告げた。

 「『外回り組<アウトサイド・ワーカーズ>』で、予約が入ってる筈だけど」

子供の姿のレノックが答えたので、店員は内心驚いたが、そこは高級料亭で勤める仕事人、
決して顔には出さない。

 「はい、承っております。
  お連れ様からは3名様と伺っておりましたが……」

店員の目にはレノックとコバルトゥスしか映っていない。
ササンカは相変わらず、コバルトゥスの背後で気配を消している。
レノックは困った物だと少し顔を顰め、店員に告げた。

 「後から合流するよ」

 「承知しました。
  どうぞ、こちらへ」

店員は一行を魔導師会の執行者が待つ、座敷の個室へ案内する。
0209創る名無しに見る名無し
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2017/11/12(日) 20:34:23.68ID:5C4csXpz
寛ぎながら一行を待っていた執行者達は、レノックとコバルトゥスの姿しか認められなかった事から、
早合点して落胆の表情を見せた。

 「駄目だったか?」

 「いや、ここに居るよ」

レノックはコバルトゥスの背後を指したが、執行者達はササンカを認識出来ない。
コバルトゥスが仕方無く、ササンカを抱き寄せて自らの横に立たせる。

 「彼女が隠密魔法使いのフィーゴ・ササンカだ」

行き成り現れた(様に見える)彼女に、執行者達は驚きの表情を見せた。
これが隠密魔法使い、その名に違わぬ隠密振りだと。
ササンカは無表情で、愛想笑いもしないが、執行者達は挨拶をする。

 「遠路遥々、ようこそティナー市へ。
  御協力感謝する、ササンカ殿。
  私達は魔導師会法務執行部の執行者だ。
  ……取り敢えず、座ってくれ」

3人は勧められた通り、執行者達の対面に腰掛けた。
執行者はレノックに段取りの確認をする。

 「レノックさん、今回の作戦の説明は済んでいるかな?」

 「一応ね」

彼の返答を受けて、執行者は改めてササンカに話し掛けた。

 「ササンカ殿、今回の作戦に就いて、改めて私の口から説明する」
0210創る名無しに見る名無し
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2017/11/12(日) 20:35:19.65ID:5C4csXpz
しかし、ササンカは反応しない。
執行者は戸惑いながらも続けた。

 「これを見て貰いたい」

そう言って彼は机の上に、この近辺の地図を広げて見せる。

 「ここが現在、私達が居る料亭『東風<イースト・ウィンド>』。
  東に約1通の所に、協和会の会館がある。
  会館の入り口には門衛が居る。
  先ずは、それに話し掛けて、『責任者と話がしたい』と言う。
  怪しまれるかも知れないが、その時は外道魔法使いである事を明かしてくれ」

ここで執行者はササンカを一瞥したが、彼女は無言で無反応。
相槌の一つも打たない。
執行者は眉を顰めて続けた。

 「『協和会の噂を聞き付けて訪ねて来た』とでも言えば良い。
  魔導師会に通報される事は無いと思う。
  もし通報されたら作戦は失敗だが、仕方が無い。
  私達執行者が貴女を回収して、それで終わりだ。
  もし『責任者』と話が出来る運びになったら、素直に応じてくれ。
  危険を感じたら、身を引いても構わない。
  私達が知りたいのは、協和会の詳細な組織構造だ。
  それさえ判明すれば良い。
  必要以上に深入りする必要は無い。
  協和会に潜入出来た後の行動は、貴女の判断に任せる事になるが……」

ササンカは無言の儘、執行者を睨む様に見詰めている。
執行者は彼女に確認した。

 「何か質問は無いだろうか……?」
0211創る名無しに見る名無し
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2017/11/12(日) 20:36:39.69ID:5C4csXpz
ササンカは数極の沈黙を挟み、静かに尋ねた。

 「報酬は?」

確りしているなと思いつつ、執行者は答える。

 「潜入に成功したら、1日当たり10万MG。
  得られた情報次第で上乗せする。
  それと必要経費は、こちらで持つ。
  当然、報酬とは分けて扱う」

それに対して彼女は、こう応じた。

 「金だけの問題では無い。
  我等の一族に『配慮』して貰いたい」

 「配慮とは?」

執行者達の目付きが俄かに険しくなる。
ササンカの言葉次第では、直ぐに交渉が決裂し兼ねない雰囲気だ。
重々しい空気の中、ササンカは口を開く。

 「……今後、我等の活動に口を挟まない事」

執行者は即断した。

 「それは認められない。
  全ての魔法は魔導師会の下にある。
  特例を作る訳には行かないし、不法を見過ごす訳にも行かない」
0212創る名無しに見る名無し
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2017/11/13(月) 20:07:21.84ID:y59PHXQK
両者の対立を見兼ねて、レノックはササンカに声を掛ける。

 「ササンカ君、要求は正確にするべきだ。
  魔導師会は魔法を利用した不法行為に対処しなければならない。
  そう言う意味で、全く口を挟まないと言う事は無い」

ササンカは小さく眉を動かし、不満気な様子を見せつつも、独り思案する。
然る後、彼女は静かに語った。

 「……我等は一族間で細々と、今日まで魔法を継承して来た。
  それを無に帰す様な事はして欲しくない」

執行者は彼女に提案する。

 「隠密魔法の技術を共通魔法に組み込めば、外道と呼ばれる事は無くなる。
  丁度、精霊魔法や海洋魔法が、そうだった様に。
  共通魔法は何時でも新しい魔法の技術を求めている」

しかし、ササンカは頷かない。

 「隠密魔法は一族の秘伝。
  その極意を他者に教える事は出来ない。
  我等の要求は、第一に『隠密魔法の使用を咎められない事』。
  第二に『身内の問題に不干渉を貫く事』。
  第三に『絶滅作戦を行わない事』。
  以上だ」

執行者達は互いの顔を見合って、テレパシーで協議した後、回答した。

 「共通魔法以外の魔法は、大々的に使用しなければ問題は無い。
  隠密魔法は、その性質から密かに使用する場合が殆どであろうと思われる。
  犯罪に利用しなければ、一々是非を問う事はしない。
  身内の問題だろうと、それは同じだ。
  絶滅作戦に関しても、魔法を利用した犯罪行為が『個人』に留まる限りは問題にしない。
  一族で結託する等と言う事があれば、その限りでは無いが」

それは飽くまで、現在の法解釈を変える積もりは無いと言う事だ。
0213創る名無しに見る名無し
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2017/11/13(月) 20:08:34.22ID:y59PHXQK
ササンカは沈黙して、執行者の言葉の意味を考える。

 「不十分だ。
  我等は配慮を求めている」

執行者達は再び顔を見合わせ、テレパシーで協議した。

 「……では、隠密魔法使いの処遇に関して、魔導師会側で一方的に断じる事はしないと言う事で、
  どうだろうか?
  問題が発生した場合、双方が協議した上で、共同で事に当たる。
  双方共に事情を明かして、隠蔽を行わない」

 「未だ十分ではない。
  隠密魔法使い同士の問題に、関与しない事を求める」

 「そうは行かない。
  法的に問題のある事柄を内々に処理したければ、外部への漏洩を徹底して防ぐ事だ。
  魔導師会は不法を見過ごさない。
  問題が発覚した時点で即時介入する。
  その場合、如何なる隠蔽工作も許さないし、関係者の処遇は魔導師会の一存で決める。
  ……しかし、最初から協調する姿勢を示し、問題解決に当たって協議に応じるのであれば、
  強硬に出る事は無い」

駆け引きをしている場合では無いのだがと、レノックとコバルトゥスは呆れ半ばで決着を待っていた。
執行者達とササンカは暫し無言で睨み合う。
先に口を利いたのはササンカだった。

 「口約束は信用ならない。
  書面で誓約出来るか?」

 「良かろう。
  明日には用意する」

どうにか話が付いたので、レノックとコバルトゥスは安堵の息を吐いた。
斯くして漸く、潜入作戦が始まるのだった。
0214創る名無しに見る名無し
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2017/11/13(月) 20:10:14.94ID:y59PHXQK
ササンカは単身で協和会に乗り込み、浅りと裏で接触する事に成功した。
協和会の会館を訪れた彼女は、純白の本殿の一室に通され、「シスター・ジェニー」と一対一で会う。

 「初めまして。
  私は協和会のシスター、ジェニーと申します」

 「隠密魔法使いのササンカだ」

互いに名乗った後、シスター・ジェニー事ジャヴァニは、ササンカに対して告げる。

 「私は予知魔法使いです。
  『外道魔法使い』と呼ばれる者同士、協力し合える事を望んでいます」

ササンカは相手が同じ外道魔法使いと言う事で、少し気を緩めた。
それを顔に表しはしないが……。
彼女は感情を殺した口調で、ジャヴァニに尋ねる。

 「協和会は『外道魔法使い』との共生を目指していると聞いた。
  それは本当か?」

 「はい」

自然に答えたジャヴァニに対して、ササンカは指摘する。

 「嘘だな。
  隠し事をしている」

ジャヴァニは眉を顰め、理由を問うた。

 「何故そう思うのですか?」

 「諜報活動に特化した隠密魔法を甘く見ないで貰いたい。
  貴女からは誠意が感じられない」
0216創る名無しに見る名無し
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2017/11/14(火) 20:01:41.35ID:y/DHMoiZ
ササンカの言葉は、ジャヴァニには言い掛かりとしか思えなかった。

 「『誠意』とは何ですか?」

 「真心だ。
  貴女は努めて感情を隠そうとしている。
  本意を読まれまいと言う心理がある。
  知られては不味い事がある証拠だ」

ササンカの説明には有無を言わせない説得力がある。
ジャヴァニは沈黙で肯定の意を表すより他に無い。
彼女はササンカを睨んで、話を逸らした。

 「……貴女は何の為に、協和会に近付いたのですか?」

 「外道魔法との共生を訴えていると言う事は、裏に外道魔法使いとの繋がりがあると思った。
  共生の訴えが本気なら、協力するに吝かでない。
  しかし、どうやら違う様だな」

話を打ち切られそうな雰囲気に、ジャヴァニは焦りを隠して言い訳する。

 「その通り、私達が目指している道は『共生』ではありません。
  『外道』を『内道』に戻す道です。
  私達の本意は、外道と呼ばれて来た魔法の復権にあります。
  全ての魔法は、今再び旧暦の姿を取り戻すのです」

それは外道魔法使いと呼ばれ、疎外されて来た者達にとっては、甘美な囁きだ。
しかし、故に余りに現実味が無い。
0217創る名無しに見る名無し
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2017/11/14(火) 20:02:51.80ID:y/DHMoiZ
ササンカは疑いの眼差しで、ジャヴァニを見た。

 「そんな事が本当に出来ると思っているのか?」

 「不可能ではありません。
  私達の背後には、強大な『公爵閣下<デュース・グロリアシッシア>』が付いています」

反逆同盟の事をササンカは既に知らされているが、それは伏せて会話を続けた。

 「俄かには信じ難い」

ジャヴァニは微笑を浮かべ、彼女に告げる。

 「そうでしょう。
  貴女は半信半疑。
  ならば、信じざるを得なくさせましょう」

尋常ならざる気配を感じて、ササンカは身構えた。
眩い程に真っ白な本殿が急に暗んだと感じる。
ジャヴァニの背後の影が盛り上がり、人の形を取る。
反逆同盟の長マトラの登場だ。

 「そなたが隠密魔法使いか?」

人外の業にササンカは構えるばかりで、返事が出来ない。

 「そう警戒しなくとも良い。
  私は『マザー』。
  協和会の会長であるレクティータ様の最側近であり、シスターを束ねている」

マトラは丁寧に名乗ったが、ササンカは硬直して動けない。
理解を超えた存在を、どう受け止めたら良いのか分からないのだ。
0218創る名無しに見る名無し
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2017/11/14(火) 20:03:49.43ID:y/DHMoiZ
ジャヴァニは淡々と答える。

 「彼女が『古の魔法使いの復権』の実現性を疑う物で。
  故(ゆえ)『マザー』に、お越し頂いたのです」

 「成る程、成る程、そうであったか」

マトラは頷きながら、改めてササンカに向き直った。

 「では、御覧に入れよう。
  悪魔公爵の力、心行くまで篤と味わえ」

邪悪な笑みを浮かべた彼女は、再び強烈な威圧感を放ち、周囲を暗黒で包んで行く。
暗黒はササンカを押し潰す様に、圧力を強めながら濃く深くなって行く。
ササンカは暗黒の球体に閉じ込められたのだ。

 「如何かな?」

マトラの声は暗黒の中で反響し、ササンカの神経を蝕む。

 「わ、解った。
  確かに、恐ろしい力だ」

嫌な予感がしたササンカは、もう十分だと答えたが、マトラは彼女を解放しない。

 「いや、未だ解っておらぬ。
  解ろう筈が無い。
  こんな物は私の力の一分にも満たぬ。
  そなたには、遙かなる暗黒の旅に出て貰おう」

暗黒の球体は徐々に体積を小さくして行き、終にはササンカを消滅させた。
0219創る名無しに見る名無し
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2017/11/14(火) 20:04:53.87ID:y/DHMoiZ
マトラは苦笑して、妖しくササンカに微笑み掛けた。

 「やれやれ、仕方が無いな」

それと同時に、場を支配していた「尋常ならざる気配」が消失する。
マトラは改めてササンカに話し掛けた。

 「これで、どうかな?」

ササンカは緊張から解放されたが、未だ気を緩める事は出来ない。
警戒した儘で、マトラに質問を打付ける。

 「あ、貴女は何者なのだ……?」

マトラは堂々と答えた。

 「遙か昔、人間が『旧暦』と呼ぶ時代に、『悪魔』と呼ばれた存在」

 「悪魔……」

唖然としているササンカをマトラは笑った。

 「あらゆる魔法は悪魔によって齎された。
  『隠密魔法の始まり』は、どの様に伝えられている?」

 「……答える必要は無い」

ササンカが話を打ち切ると、マトラも頷く。

 「あぁ、悪かった。
  余談であったな。
  さて、何の話をしていた所だったか……」

彼女はジャヴァニに視線を送った。
0221創る名無しに見る名無し
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2017/11/14(火) 20:08:19.00ID:y/DHMoiZ
ササンカを消滅させたマトラは溜め息を吐き、ジャヴァニに尋ねた。

 「これで良いのか?」

 「はい、お手数をお掛けしました。
  あの女は確かに隠密魔法使いですが、魔導師会の息が掛かった者でした」

予知魔法使いの彼女の前では、あらゆる策略が無意味。

 「何か手を隠しておるかと思ったが、そうでも無かったな。
  他愛も無い」

期待外れだとマトラは脱力する。
ジャヴァニは彼女に念を押した。

 「容易には解放されない様に、お願いします」

 「分かっておるよ。
  どの道、暗黒の牢獄から逃れる術は無い。
  普通の人間であれば、半日と経たぬ内に、精神が崩壊する。
  あれでも『魔法使い』と言うのだから、数日、数週は保つかも知れんが、些細な違いだ」

果たして、暗黒に囚われたササンカの運命は……。
0222創る名無しに見る名無し
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2017/11/15(水) 19:24:49.29ID:9zsR+3lY
他方、執行者に追われる身となったガーディアン・ファタードは、影に体を乗っ取られた儘で、
何日も過ごしていた。
彼は意識がある状態で、自分の手が知人を殺めて行く様を見届けた。
人並みの良心を持っていれば、大いに苦悩する所だが、この男は違う。
操られているのだから仕方が無いと、早々に諦め、無責任に達観している。
自力で何とか抵抗しようと言う気概は欠片も無く、執行者に逮捕される時を待っているのだ。
体を乗っ取られている間は、何も考えない様にして、呑気に眠っていた。
逃亡生活が始まってから1週後、遂に彼が逮捕される時が来た。
ガーディアン確保に動いているのは、魔導師会法務執行部刑事部捜査第六課「外道魔法対策課」、
通称「外対(げたい)」。
外道魔法が関わる事件や犯罪に、専門的に対処する部署である。
外対は「影の様な物」の対処を心得ていた。
似た様な事件が過去にあったのだ。
外対の執行者達は、明かりを灯す魔導機を持って、街中の暗がりを虱潰しに調べて回った。
これが影の化け物の弱点。
明かりで照らされると、姿を隠せなくなる上に、動きも鈍る。
更に、今回は「協力者」も居る。
影人間の「シャゾール」。
これは影の化け物と同じ性質を持っており、影の気配を探れる。
0223創る名無しに見る名無し
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2017/11/15(水) 19:30:02.12ID:9zsR+3lY
ガーディアンが隠れていたのは、市内のアパートの空き部屋だった。
外対の執行者達が事前通告も無しにアパートを包囲したので、管理人や住人は大層驚いた。
執行者達はガーディアンが潜伏している部屋の両隣と、バルコニーを押さえ、正面玄関から、
室内に突入する準備を整える。
ガーディアンに取り憑いた影は、包囲されている事を察して、緊張していた。
視線は忙しなく動き、身構えつつ、耳を澄ます。
それは体を共有しているガーディアンにも伝わる。

 (……何や、この胸騒ぎは?
  こいつ、何を恐れとんのや?)

彼は執行者が既に包囲を完了しているとは気付かず、影の焦燥を疑問に思っていた。
直後、玄関の戸が開き、白い拳大の球体が放り込まれる。
強力な発光魔法を封じた魔導機、閃光弾だ。
それは激しく発光して、ガーディアンの視界を完全に奪う。

 (うわっ、眩しっ……)

その後に複数の乱暴な足音が聞こえる。
完全武装した外対の執行者が突入したのだ。

 「対象を発見!
  『処理する<エグゼキュート>』!」

続いて、外対に同行していた処刑人が『死の呪文<デス・スペル>』の魔導機を構えた。

 「『処刑<イクシキューション>』」

これは精霊体に特化した死の呪文を放つ物。
発動すれば、肉体を傷付ける事無く、精霊だけを消滅させられる。
勿論、ガーディアンの精霊も無事では済まない。
彼が死の呪文に耐えられるか否かは、当人の精神力と幾許かの運に掛かっている。
0224創る名無しに見る名無し
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2017/11/15(水) 19:37:47.16ID:9zsR+3lY
ガーディアンは執行者が突入した事は何と無く察せたが、後に襲い来る急激な冷気と心細さには、
大いに混乱した。
これは精霊が弱っている為に起きる現象だ。
体温が下がると同時に、意志力や思考力が減退する。
鬱の様な精神状態に陥り、自己の存在感の希薄化と矮小化、喪失感を味わう。
屈すれば、即死だ。
強い生への執着心が無ければ、生きられない。
幸い、標的はガーディアンではなく、彼に憑依している影の方なので、直撃は受けない。
ガーディアンを狙った物であれば、確実に彼は死亡している。
それに彼には歴とした自分の「肉体」がある。
肉体と精神の結び付きが強ければ、この呪文の効果は薄れる。
漸く閃光が収まっても、ガーディアンの視界は回復せず、眩んだ儘。

 「寒い、死にたくない……。
  な、何や……?
  儂が何をしたって言うんや……」

ガーディアンは震えながら倒れ込み、弱々しい言葉を吐いた。
それを執行者達は冷淡な目で見下ろし、影の化け物が死亡したか、慎重に判別を試みる。

 「シャゾール殿、未だ気配は感じられますか?」

外対に同行していたシャゾールは確認を求められ、静かに否定した。

 「いいえ、完全に消滅した様です」

執行者達は頷き合い、漸くガーディアンの救助に取り掛かる。

 「毛布と担架を持って来い!
  魔法で体を温めながら、本部内の医療施設に護送しろ。
  運が良ければ助かるだろう」
0225創る名無しに見る名無し
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2017/11/16(木) 19:56:16.03ID:wFjLQ1aM
ガーディアンに取り憑いていた影の魔物は消滅した。
その影響を大きく受けたのは、影を生んだマトラではなく、ジャヴァニだった。
彼女は影の動向を把握する為に、感覚の一部を影と共有していた。
影と感覚を共有した儘だと被害を受ける事は、予知で判っていたが、少しでも時間を稼ぐ為に、
ジャヴァニは危険を顧みず感覚の共有を遮断しなかった。
結果、死の呪文の脅威を彼女は間接的に体感する破目になる。
体温の低下を実感し、存在が消滅する死の恐怖に、彼女は震えた。
彼女は共通魔法使いを、死の呪文を甘く見ていた。
巻き添えで死を覚悟する事になろうとは、思ってもいなかった。
影の魔物を生み出した本人であるマトラも、その死を感じ取り、ジャヴァニの元を訪ねた。

 「ガーディアンに植え付けた、私の子が『消滅』した。
  魔導師会も無能では無いらしい。
  ……ジャヴァニ、大丈夫か?」

しかし、ジャヴァニは直ぐには応えられない。
蹲って震えながら、何とか声を絞り出す。

 「わ、私の事は、お構い無く……。
  少々余波を受けただけです。
  それより計画は最終段階へ」

 「分かった。
  共通魔法使い共が周章狼狽する様を肴に、高みの見物と洒落込もう」

反逆同盟は協和会を切り捨てる。
大きな置き土産を残して。
0226創る名無しに見る名無し
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2017/11/16(木) 19:59:44.08ID:wFjLQ1aM
ティナー魔導師会本部に護送されたガーディアン・ファタードは、医務室で治療と同時に、
心測法を受けていた。
心測法には精神に働き掛けて過去の記憶を読む物と、肉体に働き掛けて過去の動作を読む物の、
2種類がある。
ガーディアンは、その両方を施された。
当人の意識が無く、何の抵抗も反論も出来ないのを良い事に、手早く済ませようと言うのが、
執行者側の魂胆だった。
緊急事態と言う事で、正式な許可を取っているのだが、誰でも記憶を読まれる事には抵抗がある。
心測法を受けると聞くや、暴れ出したり、騒ぎ立てたりする者も、珍しくは無い。
そうなると面倒なので、意識が無い内に済ませてしまうのだ。
しかし、心測法の結果は思わしくなかった。
ガーディアンが協和会のエルダーとなり、酒を飲まされた後、約半角、記憶が途切れている。
恐らくは、この間に影の化け物が取り憑いたと思われるのだが、決定的な瞬間は無い。
ガーディアンの主観的な思い込みは、客観的な証拠の価値を持たない。
心測法の『走査官<トレーサー>』は、『捜査官<エージェント>』に告げる。

 「証拠としては弱いと思う。
  協和会への突入許可が出るかは分からない。
  五分五分かな」

 「それでは困る。
  何としても協和会の本性を暴かなくては。
  こいつだけが頼りだと言うのに」

捜査官はガーディアンを見下ろして、焦燥を露にした。
彼の言う通り、今の所はガーディアン以外に、協和会を突き崩せる手掛かりは無い。

 「『影の魔物』とやらが、重要な情報を持っていた様だが、消滅させてしまったのではな」

 「あれを生け捕るのは無理だ。
  それに心測法が通用するかも分からない」

 「それは確かに、そうだな。
  一応、深部心測法も試してみる。
  期待せずに待っていてくれ」

走査官は複数人で、より精度の高い心測法を実行する。
0227創る名無しに見る名無し
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2017/11/16(木) 20:01:06.89ID:wFjLQ1aM
しかし、やはり結果は捗々しくなかった。
どうやって影の魔物が憑依したのか全く分からない。
無理も無い。
影の魔物はガーディアンの「影」に憑依したのであり、心測法には「影」の過去を見る術が無いのだ。
影は光が物体に遮られて出来る物であり、それ自体は過去を持たない。
影は物体では無いし、そこに情報が蓄積される事も無い。
共通魔法も所詮は物理の限界に縛られる。
だが、丸で何の成果も得られなかった訳ではない。
協和会を取り仕切っているのは、「マザー」だと言う事。
血酒の交盃の際に、「マザー」が唱えた誓約の言葉を、影の魔物も一言一句違わず口にした事。
そして地下の部屋の事。
容疑を掛けるには十分だ。
執行者は都市警察と共同作戦を取る事になった。
突入決行は3日後。
余りに性急だと、異論が都市警察からも執行者からも噴出したが、統合刑事部は強引に決断した。
……その日を迎える前に、ティナー市を混乱に陥れる、新たな事件が起こる。
0228創る名無しに見る名無し
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2017/11/17(金) 19:34:11.77ID:JCBDl3OV
ガーディアン・ファタードが逮捕された翌々日、協和会に出資していた男が殺害された。
その死に様は尋常ではなかった。
全身の骨と内臓が砕けていたのだ。
男は家庭を持っていたが、ここ数週は家に帰らず、ホテルで外泊していた。
殺人現場は男が宿泊していたホテルの一室。
どうして家に帰らず、ホテルに泊まる様になっていたのか?
都市警察がホテルの従業員に話を聞いた所、夜になると若い女が彼の元を訪ねて来て、
朝まで泊まって行くのだと言う。
要するに、ホテルは愛人との逢引の場だったのだ。
事件当日も男は愛人と宿泊していたのだが、この愛人がホテルから外に出た所を見た者は居らず、
行方不明となっている。
ホテルの室内では争った形跡があり、熟睡中に襲われた訳では無い様だが、防音が完璧な為に、
上下左右の客室に音が漏れる事は無かったと思われる。
部屋の唯一の出入り口である戸には、鍵が掛かっており、現場は所謂「密室」だった。
本来ならば、本件の捜査は都市警察の仕事だが、協和会絡みと言う事で、執行者が同行した。
都市警察と執行者の関係は複雑だ。
基本的には協力する物なのだが、「執行者さえ居れば、都市警察なんか要らない」と言われる位、
都市警察は軽視されている。
都市警察が対処可能な事件は、魔法を使わない犯罪に限られる。
魔法が使われていても、然して複雑でない事件であれば、都市警察が解決する事もあるが、
その例は少ない。
逆も然りで、魔法が使われていなくても、執行者が出動する事もあるが、その場合は都市警察が、
無能扱いされる。
その為、執行者の方が立場的に上であり、共同捜査となると、どうしても都市警察は緊張する。
実際は「担当する事件」が違うだけで、どちらが上と言う事は無いのだが……。
0229創る名無しに見る名無し
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2017/11/17(金) 19:35:49.36ID:JCBDl3OV
執行者は都市警察の捜査を邪魔しない様に、見物するだけに留めている。
恰も監視しているかの如きで、益々都市警察は、やり難さを感じていた。
執行者達は小声で話し合う。

 「奇妙だな。
  被害者が暴れたのなら、それなりに犯人の遺留品が残っていても良さそうな物だが……。
  髪の毛なり、血痕なり、体毛なり、足跡なり」

 「確かに。
  相当用意周到だったのか、それとも――」

 「魔法を使ったか……。
  共通魔法を使ったにしては、痕跡が全く無い。
  大体、魔力遮断された部屋ってのは、使える魔力が限られて、大逸れた事は出来ない物だが。
  余程の手練れか、外道魔法使いか、何れにしても心測法を使う必要がありそうだ」

 「都市警察が素直に了承してくれるか……」

 「どうせ証拠は見付からないさ。
  例の共同捜査の日が近い事もある。
  多少は融通を利かせてくれるだろう」

その通り、都市警察では犯人に繋がる証拠は発見出来なかった。
それ所か、翌日には又も協和会に出資していた男が殺害された。
しかも、全く同じ状況で。
流石に都市警察も、これは徒事ではないと、執行者が捜査に乗り出す事に反対しなかった。
0230創る名無しに見る名無し
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2017/11/17(金) 19:36:54.99ID:JCBDl3OV
犯行現場で心測法を試みた結果、恐ろしい事が明らかになった。
真っ黒な影の化け物が、男女を殺していたのだ。
影の化け物は大型犬程の大きさで、大きな頭と短い手足を持っている。
譬えるなら、巨大な赤子の様だった。
男の方は抱き付きで絞め殺され、女の方は丸呑みにされた。
しかも化け物は人語を喋っていた。
低い声で泣きながら、「パパ」、「ママ」と。
明らかに、殺された男女に向かって。
これは何なのか?
堕胎させられた子供の怨念を呪詛魔法で具現化させた物か?
それともガーディアンに取り憑いていた物と同類か?
心測法では影の化け物の正体までは掴めなかったが、被害者の男に心測法を使った事で、
新たに明らかになった事もあった。
被害者の男と一緒にホテルに泊まっていた女は、協和会のシスターだった。
協和会の「地下」の狂宴も明らかになった。
狂宴の参加者には、大企業の役員や市議会議員も居た。
これは協和会にとっては誤算だろうか?
もし協和会が仕掛けた事ならば、男の死体を残す等、余りに杜撰過ぎる。
今まで完璧に近い形で、その内情を隠蔽して来たと言うのに。
とにかく突入の日を早目にしたのは正しい判断だった。
今、徒に時間を浪費すれば、協和会の裏に居る反逆同盟を取り逃がしてしまう危険性があった。
0231創る名無しに見る名無し
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2017/11/18(土) 19:26:13.53ID:1HNNMu59
だが、突入当日になって、更なる衝撃が街を襲った。
深夜北北東の時。
新たな事件を防ぐ為に、都市警察と執行者の一部は、協和会の出資者達の住居に、
密かに張り付いていた。
ガーディアンの逮捕から立て続けに、協和会の出資者が殺害されている。
今夜も誰かが狙われる可能性が高い……と言う予測は、幸か不幸か外れた。
しかし、問題が起きたのは、早朝東の時、突入予定時刻の2角前。
突然、協和会から人々が逃げ出した。
先ず白いローブを着たシスターとエルダーが顔を覆い隠しながら走り去る。
それに続いて一般の会員も。
更に、その後から黒い怪物が複数現れた。
協和会の出資者を殺害した影の化け物と、見た目は同じ物。
数は二十体前後。
明け方の静かな街が、悍ましい地獄と化して行く。
何よりも人々を恐れさせた物は、怪物の叫び声。
どこまでも響く様な大声で、父母を呼び、泣き喚くのだ。

 「ヴァア゛ア゛ヴァア゛ア゛ーーーー!!
  マ゛ァア゛ア゛マ゛ア゛ア゛ーーーー!!」

1体が泣けば、他も連られて泣き始める。
それは合唱となって、地響きの様な振動を起こす。
余りの不快音に、人々は正気では居られない。
耳を塞いでも、大地と空気を伝う振動が心を掻き乱す。
誰も彼も、衝き動かされる様に駆け出した。
0232創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/18(土) 19:35:29.56ID:1HNNMu59
協和会を見張っていた魔導師会の執行者は、黒い怪物が人々を追って街中に拡散するのを、
食い止める為に打って出た。

 (こちらS隊[※]、協和会会館より正体不明の怪物が複数出現しました。
  推測ですが、昨日、一昨日と続いた事件の怪物と同一か、類似の存在と思われます。
  S隊で足止めを試みます。
  処理と外対の応援を要請します。
  それと初動には近隣住民の避難をお願いします)

テレパシーで応援を呼んでから、執行者達は複数の集団に分かれて数人で包囲陣形を組み、
攻撃を仕掛ける。
黒い怪物に一定の距離まで接近した時点で執行者達は、これが共通魔法とは全く異なる流れの、
魔力を纏っている物、即ち外道魔法によって生み出された存在だと感付いた。
それでも全員、「協和会の出資者を襲った影の化け物」の事は既に知っていたので、取り敢えず、
効きそうな攻撃を試せるだけ試してみる。
先ずは、「影」の弱点である発光系の魔法。

 「A17!!」

閃光を浴びせると、黒い怪物は怯んで蹌踉めき、その場に尻餅を搗いた。
それと同時に、激しく泣き始める。

 「ギャアアアアーー!!!!」

鼓膜が破れる様な叫びに、執行者達は堪らず耳を塞いだ。


※:SはSurveillance、又はSentryの略。
  偵察、監視、警備警戒を行う部隊で、各課に存在する。
  今回の様に統合刑事部が全体を指揮する場合は、課の垣根を越えて任務に当たる事もある。
0233創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/18(土) 19:37:53.78ID:1HNNMu59
 (詠唱封じか!)

共通魔法は詠唱と描文で発動する魔法。
詠唱は空気の振動なので、当然雑音が混じれば完成に影響が出る。
より大きな音である程、周波の乱れた音である程、影響は大きい。
詠唱を封じられると言う事は、共通魔法使いにとって、片手を封じられたも同然。
単純に考えて発動には倍の時間が掛かるし、精密さや精巧さも損なわれる。
詠唱が使えない事も、泣き喚く声が非常に煩い事も、どちらも厄介だが、それ以上に悪い事がある。
泣き声を聞いただけで、執行者達は気分が悪くなって来たのだ。

 「ヴァア゛ア゛ヴァア゛ア゛ーーーー!!
  マ゛ァア゛ア゛マ゛ア゛ア゛ーーーー!!」

 (何だ、この不快さは!
  この泣き声が原因なのか!?)

 (防音魔法を使え!)

直ぐに防音魔法を描文で発動させるが、それでも気分は良くならない。

 (全く変わらない所か、寧ろ悪化しているみたいだ……。
  畜生、こいつを泣き止ませるのが先だ!)

執行者達は互いにテレパシーで会話し合い、防御陣形を組んで、烈日の魔法を掛ける。
これは名の通り、激しい光熱を対象に浴びせ掛ける魔法だ。
黒い怪物の体は、溶解する様に小さくなって行くが、反比例して泣き声は益々大きくなる。
それは防音魔法の前には何の関係も無いのだが、同時に不快さも増大する。

 (耐えろ!
  奴も限界が近い証拠だ!)

根拠は無いのだが、気合で何とか乗り切ろうと、執行者達は互いに励まし合った。
複数人で協力して発動させる魔法の欠点は、1人でも欠けると一気に効果が落ちる事。
気休めでも何でも、味方には耐えて貰わなくてはならない。
全員の命の為に。
0234創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/19(日) 19:05:30.18ID:S66kHpLB
だが、影の怪物は中々倒れなかった。
溶けた『雪達磨<スノーマン>』の様になっても、泣き叫び続けている。
一向に泣き疲れる様子は無い。
途方も無い活動力だ。
先に参ったのは、執行者の方だった。

 (な、何と言う奴……。
  しかし、時間は稼げた筈……)

1人が倒れると同時に、直ぐ全員が撤退する。
体力と気力に余裕のある者が、倒れた者を回収。
残された影の怪物は暫く泣いていたが、徐々に復元して完全復活すると、泣き止んで歩き始める。

 「ダーァダーァウ、マァーマァーウ。
  パァ、パァ、ムァ、ムァ」

相変わらず、不気味な声で父母を呼びながら……。
応援に駆け付けた執行者の処理課と外対課の者は、S隊の報告から遠距離攻撃を試みた。
初動対応係と治安維持部による住民の避難は、既に完了している。
協和会への突入作戦は遺憾ながら中止。
この正体不明の怪物を全力で始末するのが先と決まった。
黒い影の怪物、二十体余りは、どこへ向かおうとしているのか?
怪物の様子を観察していた、処理課と外対課の混成部隊は、テレパシーで話し合う。

 (怪物共は、どこへ行こうとしてるんだ?)

 (特に目的は無い様です。
  怪物は常に、何れかの個体が目に見える範囲で、行動しています。
  部隊を編成していると言うよりは、誰も居ない所で独りは嫌だって感じでしょうか……)

 (そりゃ嫌だ。
  俺だって嫌だ)

 (個々の動きに目的や統率感は無く、何と無く屯っているに過ぎないみたいです)
0236創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/19(日) 19:14:38.79ID:S66kHpLB
それを聞いた処刑人の班長は外対の執行者にテレパシーで告げた。

 (何でも良い。
  纏まっているなら好都合だ。
  一網打尽にしちまおう。
  周辺住民の避難は完了してるんだったよな?)

 (確認します)

疑問を受けて外対の執行者は、新しく編成されたS隊に新しい回線を通したテレパシーで尋ねる。

 (S2隊、避難状況は?
  怪物の周辺に取り残された人は居ないか?)

 (ありません。
  全て完了しています)

 (了解)

その返事を外対の執行者は、魔力通信の回線を切り替えて、処刑人の班長に告げる。

 (避難は完了しているとの事です)

 (良し、始めよう)

一度決まったら、行動は迅速に。
処刑人は遠距離用の狙撃魔導機を構えて、一撃必中必殺の態勢に入る。
処刑人を指揮する班長は、専用の回線で配下の処刑人に告げる。

 (先ずは『逸れ』を狙って、効果を確かめる。
  群から離れている1体が判るな?
  カートリッジは5−1−8を使え。
  『核<コア>』が確認出来ない為、頭、胸、腹の3点を同時に狙うぞ。
  1番は頭、眉間の辺り。
  2番は胸、心臓の辺り。
  3番は腹、臍の辺り。
  それぞれ中心部を的確に撃ち抜け。
  効かなければカートリッジ6−1−8に切り替える)

 (了解)

処刑人達は指示通りに、魔導機の後ろにカートリッジを挿入した。
0237創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/19(日) 19:20:31.32ID:S66kHpLB
時刻は東の時半角。

 「『処刑<キュー>』!」

処刑人の班長の掛け声で、配下の処刑人は死の呪文を放つ。
呪文を乗せた魔力の流れは、観測不可能な「少し錯(ずれ)た空間」を通って、相手の位置に届く。
D級禁呪を応用した、直撃の直前まで察知が困難と言う、超技術兵器。
この「死の呪文」は魔力分解攻撃を仕掛ける類の物で、一切の物理化学的な攻撃が通用しなくとも、
「魔法を利用した物」には確実に効果がある。
影の魔物が直ぐに姿を消したり現したりして、器用に攻撃を避ける性質を持っていれば、
効果は絶大だ。
魔力分解攻撃は、魔力で構成された有りと有らゆる存在に通用する。
魔法生命体は疎か、物質化した魔力にも効果があり、魔法その物も消せる。
共通魔法も外道魔法も関係無く、魔力を利用した物を全て消し去るのだ。
当然、影の怪物に死の呪文を避ける手段は無く、3点の急所に直撃を食らう。
小さな穴が開通したかと思えば、それは徐々に拡がって行き、「影」を食らい始める。
魔力で創られた「影」が全て取り除かれ、後に残ったのは「黒い点」。
処刑人の班長は、S2隊に確認する様に要請する。

 (S2隊、あれは何だ?
  精確な情報を遣して貰いたい)

 (……大きさは1節程度。
  黒い……何だ、これ?
  これは……胎児?
  胎児と思われます。
  魔力反応有り、しかし、低温、全く動きません。
  生死は不明、どうぞ)

S2隊の報告に、処刑人の班長は驚いた。

 (どうぞって……。
  胎児?
  いや、何でも良い。
  とにかく始末しなければ!)
0238創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/11/20(月) 18:30:00.66ID:sNJU7vt3
処刑人の班長は回線を切り替え、改めて班員に命じる。

 (カートリッジ6−2−8を装着)

 (6−2−8ですか?)

 (ああ、6−2−8だよ、6−2−8、早く交換しろ!
  装着し終わった者から撃って構わん。
  標的は怪物が残した黒い点だ。
  『構え<レディ>』、『処刑<キュー>』!
  『構え<レディ>』、『処刑<キュー>』!)

対象が胎児に見える事を、班長は敢えて教えなかった。
処刑人には必要の無い情報なのだ。
魔力分解呪文の直撃から、通信と指示を挟んで、処刑人が2度目の狙撃をする間に、
影の怪物は体を半分程度まで再生させていた。

 (再生が速い!)

再攻撃まで1点も掛かっていない。
精々半点と言った所で、小さな核だけの状態から、体を半分も再生させる能力を持っている。
これは驚異的な速度だ。
再度の狙撃で、遂に影の怪物も終わりかと誰もが思ったが、結果は違った。
今度の死の呪文は魔力分解呪文では無く、物質分解と魔力分解を同時に仕掛ける物。
先程と同じく、影も分解しているのだが、完全に消失するには至らない。
黒い怪物の「核」は影の様に見える強固な黒い魔力の鎧に守られているのだ。

 (どこから、あれだけの魔力を供給しているんだ!?)

共通魔法の常識では、生物は魔力を保有しない。
魔力は自然環境から取り込む物で、それを貯蔵するには、「特殊な器官」が必要だ。
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