アドラートがレクティータと握手をする瞬間が訪れる。
軽く手を握っただけで、直ぐに次の人に対応するべく、移動しようとしたレクティータの手を、
アドラートは強く握って止めた。

 「ロード・レクティータ!
  私を憶えていませんか?」

魔城事件で彼女とアドラートは対面している。
ここで「頷く」か、「惚ける」か、アドラートは見極めようとした。
レクティータはアドラートの目を真っ直ぐ見詰めた。
そして小首を傾げ、暫し思案する仕草を見せた後、真剣に言う。

 「済みませんが、記憶にありません。
  人違いでは?」

それと同時に、馬車に乗り込んでいた数名の黒服の男達が飛び出して来た。
危険を感じたアドラートはレクティータから手を離すが、視線は外さない。
黒服の男達は2人の間に割って入る。

 「お爺さん、困りますよ」

彼等はアドラートを押し退けると、レクティータを庇う様に彼女の両脇を固めた。
群集との握手は続行される。
アドラートはレクティータを見詰め続けており、レクティータも視線が気になって仕方が無い様子。
黒服の男が体で視線を遮るも、彼女は握手が終わってからもアドラートを気に懸けていた。
馬車の中で黒服の男はレクティータに尋ねる。

 「ロード・レクティータ。
  あの老人とは知り合いですか?」

 「いいえ、そんな筈は無いのですが……気に懸かります。
  彼が嘘を言っている様には思えなかったので……」

 「大方、どこかで偶々目が合ったのを誤解したのでしょう。
  よくある事です。
  お気になさらず」

彼は適当な事を言って、気にしない様に諭した。

 「ええ……、そうですね」

レクティータは引っ掛かる物がありながら、助言通りに振り払う。