【ファンタジー】ドラゴンズリング4【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net
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――それは、やがて伝説となる物語。
「エーテリア」と呼ばれるこの異世界では、古来より魔の力が見出され、人と人ならざる者達が、その覇権をかけて終わらない争いを繰り広げていた。
中央大陸に最大版図を誇るのは、強大な軍事力と最新鋭の技術力を持ったヴィルトリア帝国。
西方大陸とその周辺諸島を領土とし、亜人種も含めた、多様な人々が住まうハイランド連邦共和国。
そして未開の暗黒大陸には、魔族が統治するダーマ魔法王国も君臨し、中央への侵攻を目論んで、虎視眈々とその勢力を拡大し続けている。
大国同士の力は拮抗し、数百年にも及ぶ戦乱の時代は未だ終わる気配を見せなかったが、そんな膠着状態を揺るがす重大な事件が発生する。
それは、神話上で語り継がれていた「古竜(エンシェントドラゴン)」の復活であった。
弱き者たちは目覚めた古竜の襲撃に怯え、また強欲な者たちは、その力を我が物にしようと目論み、世界は再び大きく動き始める。
竜が齎すのは破滅か、救済か――或いは変革≠ゥ。
この物語の結末は、まだ誰にも分かりはしない。
ジャンル:ファンタジー冒険もの
コンセプト:西洋風ファンタジー世界を舞台にした冒険物語
期間(目安):特になし
GM:なし(NPCは基本的に全員で共有とする。必要に応じて専用NPCの作成も可)
決定リール・変換受け:あり
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
名無し参加:あり(雑魚敵操作等)
規制時の連絡所:ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/3274/1334145425/l50
新規参加者は常時募集していますので、参加希望の方はまずはこちらのテンプレで自己紹介をお願いします。
(単章のみなどの短期参加も可能)
名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:(大体の体格でも可)
種族:
職業:
性格:
能力:
武器:
防具:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
過去スレ
【TRPG】ドラゴンズリング -第一章-
ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1468391011/l50
【ファンタジー】ドラゴンズリング2【TRPG】
ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1483282651/l50
【ファンタジー】ドラゴンズリングV【TRPG】
ttp://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1487868998/l50 さて、そんな訳で……わたくし達は一日の休息を挟んで、飛空艇に乗ってキアスムスへと旅立ちましたの。
とは言え、街の中まで飛び込んでいく訳には行きませんの。
所属不明、正体不明の空飛ぶ何か……混乱の元だと、わたくしでも分かりますの。
「……あっ、でもジュリアン様は確かダーマでも高い地位のはずでしたの。
一足先に街に入って、話を付けてもらったり……」
「何故俺がお前達の為に使い走りをすると思ったんだ?」
「あっ、ですよね……」
「……そもそも、魔族の連中は俺の話を易々と聞き入れはしないだろう。
人間に指図されるなど、奴らにとっては屈辱の極みだからな。
最終的に従わせる事は容易いが……その間ずっと空の上で時間を潰しているくらいなら、一度着陸してさっさと街に入れ」
……すっかり、忘れてましたの。ダーマ魔法王国は魔族が支配し、人間が奴隷のように虐げられる国。
その都がどんな姿を示すのか……わたくしにはまだ、想像も出来ない。
空の上から見下ろす分には……ただの彩り鮮やかな街だけど。
【到着と街の描写はお任せしますの!
……それと章が変わったらまた、キャラを変える……かもですの!
その場合フィリアは……べ、別行動してるとか、空気にしたりとか……
NGワードが分かりませんの!】 ……分割したらなんかNGワード引っかからなくなりましたの ユグドラシア防衛戦から数日後、ついに飛空艇リンドブルムが完成した。
虫の妖精の王女フィリアと、ユグドラシアの研究員のグラ=ハ、その部下ラヴィアンを仲間に加え、
一行は飛空艇に乗り込み、風の指環を求めて暗黒大陸のウェントゥス大平原と出発する。
途中で翼竜達の襲撃を受けるも無事撃破し風紋都市シェバト上空に辿り着いた一行。
そこは古代都市でありながら、現在も人々が住んでいる都市であった。
ウェントゥスの攻撃を受けるが、シェバトの守護聖獣ケツァクウァトルの手引きで着陸に成功。
風紋都市シェバト――そこは魔族史上主義のダーマにおける唯一の人間の街であった。
ケツァクウァトルから、ジュリアンの賓客扱いになっていることを聞かされ、
都市制御の要であるエアリアルクォーツを見せて貰った後、高級ホテルに案内される一行。
その時、ジュリアンの近衛騎士を名乗る青年スレイブが突然斬りかかってきた。
その理由は、気に食わないし力試しをしてやろうという物であった。
彼は自らの行使する知性を食らう魔剣バアルフォラスの影響で理性的に物事を考えられない状態なのだ。
最初は戸惑っていた一行だが、あろうことかティターニアを庇ってグラハとラヴィアンが死亡。
必然的に本気で迎え撃つことになった。
スレイブの戦闘力は魔剣によるところが大きいと踏んだ一行は、
知性を食らう魔剣の特殊攻撃に苦戦しつつも、魔剣をスレイブの手から引き離すことに成功。
すると驚くべき事に、スレイブが人が変わったように知性的になり、殺してくれと懇願しはじめた。
彼はシェバトを人間の街として守るために多くの人を殺してきたことに苦悩し、自殺願望に苛まれていたのだ。
魔剣に知性を食らわせていたのはその苦悩から逃れるためだった。
ジャンは一度はスレイブの願いを聞き入れとどめを刺そうとするが、己の主を死なせたくない魔剣が再びスレイブの知性を食らう。
スレイブは戦闘中に食らった知性を特大の破壊光線として発射する大技を発動。
対する一行はフィリアが百足の王の力で壁を作って街の破壊を防ぎ、自らの右腕をバアルフォラスに捧げることで力を与えた上で
バアルフォラスに自分達が勝ったらスレイブの記憶を食らってほしいと持ちかける。
一方、ティターニアは大魔術で破壊光線を相殺することに成功する。
切り札である破壊光線を阻止したということは、すなわち一行の勝利を意味しており、
バアルフォラスはフィリアの提案に乗ることを決意。
ジャンがスレイブに拳を叩きこむと同時に、バアルフォラスはスレイブの記憶を食らうのであった。
バアルフォラスは記憶を食らう事に成功。
スレイブは苦悩から解放された様子で、一緒に世界のために戦おうと告げるのであった。 いったん一行は用意されていた高級宿へ、スレイブは他の宿へ向かう。
戦いの消耗がおおかた回復した頃、一行の部屋にジュリアンが現れ、水と大地の指環が返還された。
それに留まらず、灼熱都市にて奪われた炎の指環がフィリアに渡されたのであった。
そしてウェントゥスに対抗するために作戦を話し合っている時であった。
突然ケツァクウァトルが侵入者を察知し、スレイブの逗留する宿に何者かが侵入したと告げる。
スレイブの身を案じその宿に駆けつける一行だったが、すでにスレイブの姿は無く、バアルフォラスだけが残されていた。
ウェントゥスと手を組んでいるという黒曜のメアリが現れ、彼女は光の指環の力を行使してスレイブを圧倒し
スレイブの記憶の空白部分に偽りの記憶を植え込んで洗脳するべく連れ去ったという。
メアリはスレイブに、都市制御の中枢であるエアリアル・クォーツを破壊させるつもりだろうとのこと。
エアリアル・クォーツのある風の塔に急ぐと、洗脳済みのスレイブが現れた。
彼はウェントゥスから風の指環を借り受けており、間接的に風竜戦も兼ねることとなった。
激しい戦いの中でフィリアは、炎の指環から認められその力を引き出すことに成功。
バアルフォラスはフィリアに、偽りの記憶を食らうために自らの刀身をスレイブに届かせてほしいと頼む。
スレイブはエアリアルクォーツを破壊すべく風の指環の力で雷の大規模破壊魔法を放つがティターニアが大地の指環の力でそれを阻み、
一方フィリアはジャンのアシストを受けバアルフォラスをスレイブのもとに届かせることに成功。
元の記憶と共に今までに食らっていた知性を全てスレイブに返したことで、バアルフォラスは意思持たぬ剣に戻るのであった。
正気を取り戻したスレイブは自分を仲間に加えて欲しいと一行に懇願し、一行はそれを快諾。
そこに小さくなったウェントゥスの幻影が現れ、自らの本体が虚無に呑まれてしまったこと
自分はその直前に一部を切り離した存在であることを告げる。
それまでは完全に虚無に呑まれていたわけではなく利用するつもりで黒曜のメアリと手を組んでいたウェントゥスであったが、
メアリに出し抜かれた形になったのであった。
しかし虚無に呑まれたウェントゥスはいったんシェバトの上空を離れ、それに伴い眷属の翼竜達も姿を消し
当面のシェバトの危機は回避された。
スレイブを仲間を加える事で結果的に風の指環を手に入れたことになった一行は、次の目的地を話し合い始める。
ジュリアンは、ハイランドの主府ソルタレク行きを提案。
そこは今やエーテル教団に支配されており、収穫がある可能性は高いが危険性も高く、
光の指環を持つメアリとの対決になる可能性も高い。
加えて転移魔法や飛空艇で向かうと察知されそうなこともあり、先に闇の指環を手に入れることを提案するティターニア。
ジャンは、ダーマ中の街道が集まるという街キアスムスでの情報収集を提案した後、
その近くに故郷があり両親を安心させてやりたいとの本心を明かす。
ティターニアもそれに賛同し、ジュリアンも最終的には同意。次の目的地は決まったのであった。
こうして一同は飛空艇に乗り、キアスムスへと向かう。 ついに第6話開始したな!
>フィリア殿
了解! ただフィリア殿は炎の指環使いになってるのでここぞという時は出演よろしく頼む!
もうフィリア殿が指環持ってるということでもし新規さんが来たら次の指環は優先的にそちらに回すようになるかも。
逆に誰も来なかったら次の指環も新キャラで使ってもらうようになるかも。 >「光の指環を持つメアリと対決するなら闇の指環を先に手に入れた方が有利になるであろう。
移動においても闇の力で奴らの目から逃れることも出来そうだ。
……とはいえどこにあるかが分かっていれば苦労はしないわけだが」
指針の決定を求めるスレイブの言葉に、ティターニアは敢えての迂回路を提案する。
闇の指環、どこにあるとも知れぬ四竜三魔の力があれば、ソルタレクの警戒網を抜けて飛空艇を持ち込めるかもしれない。
そう、ちょうどメアリがケツァクウァトルの警戒を潜り抜けてスレイブを拉致できたように。
確かな知慧と柔軟な思考とを併せ持つティターニアならではの奇策とも言えた。
>「ウェントゥスがおかしくなりはじめたのは前任の統治者が死んでからと言っていたな?」
風竜の断片が醜態を晒したのを見て目頭を揉んでいたジュリアンが、ふと思い立ったように問う。
同様に主たる竜の末路に頭痛をこらえていた守護聖獣は、溜息混じりに答えた。
>「はい、ウィンディア様が亡くなられた頃からです。ショックなのは分かりますが竜の一角たる者が……どうかしましたか?」
「『聖女』ウィンディア……俺も王都にいた頃から噂は聞いていた」
もともとスレイブがシェバトの防衛に着任したのは、ここの統治者が何者かに暗殺されたが為だ。
民族自治区、言わば居留地に近いシェバトの統治はダーマ王府にとっても火中の栗を拾うに等しい業務の為、
件の彼女が死んだ後に適した後任者が見つからず、人間であるスレイブが寄越された次第であった。
>「原因不明と言っていたが誰かに殺されたんじゃないか? 例えば……"指環の魔女"に」
>「指環の魔女だと!? その言葉を知っておるのか!?」
ジュリアンの零した推測に、ティターニアは俄に色めき立つ。
どうやら彼女達指環の勇者と、『指環の魔女』と呼ばれる存在には、浅からぬ因縁があるようだった。
指環の魔女。この世界の歴史の中で幾度となく現れ、虚無を蔓延らせるべく暗躍している存在。
その圧倒的な力と、黒衣を纏うという外見の特徴は――ある女と合致する。
>「黒衣の女……まさか、黒曜のメアリが現在の指環の魔女だというのか?」
「……なるほど、文字通りの"黒幕"が見えてきたな」
黒曜のメアリが本当に指環の魔女とやらなのであれば、目下倒すべき相手がはっきりとする。
個人的な報復を、そこに加えたって良い。
いずれにせよ、目指すはソルタレク。そして向かう為にやっておくべきことがある。
>「それなんだけどよ……判断するには知ってることが少ないと思わねえか?
だから提案があるんだ。ここから西に行った辺りに確か、ダーマ中の街道が集まるでかい街がある。
キアスムスって街なんだけどよ、ここなら色んな港町への馬車も出てるしあいつらの目をくらませやすいと思うぜ」
ジャンは一歩踏みとどまって情報収集に務めることを提案した。
けだし正論だ。このままハイランドへ向けて旅立ったところで、道中の過酷さはもとより現地で出来ることも少ない。
選択肢を増やす意味でも、準備は必要という考えには同意が出来た。
だが、歯切れの悪そうにそれを伝えるジャンの本意はそれとは別にもう一つあるようだった。
>「……いや、やっぱり本当のこと言うぜ。
キアスムスの近くに俺の故郷があるんだ。一度帰って父ちゃんたちに旅の話をしておきたい。
あの火山に行ってから、ずっと手紙を出してなかったからよ……安心させてやりたいんだ」
「否定する理由が見つからないな。せっかく長旅でダーマまで来たんだ、それくらいの寄り道は歓迎すべきだろう」
目も開かないうちに両親に売られて魔族の練兵所で育ったスレイブにとって、故郷との繋がりは憧憬の対象でもある。
ジャンの想いの丈を正確に推し量ることなど出来ない。しかし、それを叶えることには協力したいと思った。
「俺もキアスムスへ行くのは久しぶりだからな、旧知の一つも訪ねておこう」 一方で、妙な胸騒ぎをスレイブは憶えていた。
ジャンのしおらしい態度が気になる。まるで、死地に赴く兵士が未練を断とうとしているかのようにさえ見えた。
彼なりの覚悟の仕方とでも言うのだろうか。
>「何、闇雲に動くより良い。急がば回れ――というやつだ。闇の指環だがこの大陸にある可能性は高いのではあるまいか。
地名に残っていないのではなく、範囲が四竜に比べてあまりに大きいのだとしたら?
……この大陸の名前は"暗黒大陸"であろう?」
>「……楽しみ、ですの!とっても!ダーマの都も、ジャン様の故郷も!」
ティターニアとフィリアにも異論はないようだった。
ここは暗黒大陸、『闇』の魔竜が眠る歴史がこの地をそう呼ばせているのならば、指環もおそらくここにある。
「決まりだな、キアスムスへ行こう。穏やかな旅路になると良い」
一行の指針は、ダーマ魔法王国随一の交易都市、キアスムスへと決まった。
――――――・・・・・・ 「飛空艇リンドブルム……ユグドラシアの技術力には驚かされるばかりだな」
シェバト解放の翌々日、思い思いの準備を整えて、指環の勇者一行の乗せた飛空艇はキアスムス近郊へと着陸した。
スレイブは未だふわふわしている足元を確かめるようにしながら、地面への再開を静かに祝した。
「ダーマにも飛空艇はあるが、乗り心地はこんなものではなかったぞ。胃の中を空にしていなければ乗れなかったからな」
ダーマ魔法王国の保有する飛空艇は、魔族の頑健な肉体強度を基準とした快適性の空飛ぶ棺桶だ。
乗り心地や居住性の大部分を犠牲にして、それでも王都の上空を少しの間飛び回る程度の航行能力でしかない。
飛竜などと戦う為の防空艇にしか乗ったことのないスレイブにとって、リンドブルムの快適さはベッドの上にも思えた。
「キアスムス。三年ぶりくらいか……少し待っていてくれ、入門管理官と話をつけてくる」
ダーマの近衛騎士、すなわち王宮護衛官であるスレイブには、高官特権として麾下の街への自由な通行許可が与えられている。
これはもちろんジュリアンも持っている権利だが、彼は渋い顔で飛空艇の中に引き篭もっている。
パイセンの為にパシリをするのは舎弟の仕事とでも言わんばかりのその態度に、スレイブは苦笑した。
「ダーマは確かに人間を迫害しているが、こうした大都市では中央の権威の方が有効に働くものだ。
例え俺達がヒトの集団であっても、正式な許可が降りている以上表立って排除されることはないだろう」
――あくまで表立って、であるが。
キアスムスで長く腰を落ち着けるつもりがあるわけでもないのなら、そのあたりは無視出来なくもない。
ほどなくして、スレイブは人数分の通行許可証を持って帰ってきた。
「さあ、キアスムスの門をくぐろう。シェバトは良い街だったが、ここの絢爛さには目を見張るものがあるぞ。
なにせダーマ有数の交易都市、国内のあらゆる街道とそこを通ってくる富の集中する場所だ。
商人の聖地とも呼ばれるこの街なら、指環に関する手がかりもなにか見つかるかもしれない」
調子よく言葉を並べるスレイブは、ふと顔に影を落として声を潜めた。
「街の中に入る前に、いくつか約束してくれ。食事を取る時は厨房の見えない店を使わないこと。
できれば対面式の露店が望ましい……理由は大体想像できるだろう?」
かつてキアスムスに逗留していた頃、スレイブは食事に虫や汚物を混ぜられたことがある。
激昂して問い質した相手の給仕は薄ら笑いを浮かべて言った。相応しい味付けを施してやったまでだと
「それから敷居のある店舗の中にも入るべきじゃない。常に逃げ道は確保しておくんだ。
どうしてもそういった店や食事場を利用する必要があるなら、幻影術か大型の外套を纏ったほうが良い」
結局のところ、ダーマに住む魔族たちにとって、人間は往来を彷徨く野良犬のようなものだ。
同じ場所で食事を取ることをひどく嫌うし、場合によっては言葉すら交わしてもらえない。
無視や罵倒はまだ良い方で、公然と石を投げてくる者さえいる。
「最後に――裏通りには絶対に近付くな。見たくもないものを見せられる羽目になる」
【キアスムス到着。通行許可証をもらい、諸注意の説明】 名前:スレイブ・ディクショナル
年齢:19
性別:男
身長:182
体重:75
スリーサイズ:鍛え込まれている
種族:純人種
職業:ダーマ王宮護衛官(第一近衛騎士)
性格:生真面目かつ不器用
能力:対空機動剣術「砕鱗」
武器:名剣『アスモルファス』
魔族の刀工がその生涯で唯一人間の為に打った一振りの長剣。
厳選された最上質の玉鋼を使い、最高位の名工が三年かけて鍛え、研ぎ澄まされている。
特筆すべき能力は特にないが、折れず、曲がらず、よく斬れるおそらく地上最強の『名剣』。
魔剣『バアルフォラス』
かつてダーマの一地域を支配していた魔神の背骨から削り出された魔剣。
対象の知性を喰らい、剣の魔力へと還元する能力を持つ。
シェバト解放戦の際に刀身の半ばから折れた後、研ぎ直して短剣として拵えられた。
防具:ダーマ王府制式魔導鎧『屠竜三式』
近衛騎士が上空を舞う飛竜や巨大な魔神を相手にする為に造られた魔導鎧。
脚部に施された跳躍術式により、地上から跳躍で敵の急所を直接狙うことを可能とする。
積層ミスリル装甲により高い防御力に見合わぬ軽量さを持つ。
所持品:風の指環
力の大部分を奪われたウェントゥスの置き土産。
他の指環のように所有者に力を与えることはない上に、中に幻体のウェントゥスが入っていてうるさい。
残り滓のような魔力で時々風魔法を撃つこともある。
容姿の特徴・風貌:派手な色の落ち着いた髪型
簡単なキャラ解説:
通称『魔神殺し』
魔族至上主義のダーマにおいて非常に数少ない純人の王宮護衛官。
生まれて間もない頃に人買いによって魔族の練兵所へ売られ、そこで育つ過程で剣術と軍用魔法を習得。
使い捨ての尖兵として国内の様々な戦場を転々とし、その全てで生き残ったことで類稀な戦闘能力を得る。
魔神を単独で討伐した実績が魔王の目に留まり、5年ほど前に王宮に召し上げられて護衛官となった。
ヒトでありながら魔族に与してヒトを殺すことに苦悩し、自ら命を絶たんばかりに追い詰められていたところ、
帝国から亡命してきたジュリアン・クロウリーによって啓蒙され、彼に心酔し部下となる。
昨日の夕飯は揚げた獣肉を白麦パンで挟んだもの。 【五章おつかれさまでした。このメンバーで新しい話を迎えられてうれしいぜ。
今後ともよろしくおねがいします】 >「ダーマは確かに人間を迫害しているが、こうした大都市では中央の権威の方が有効に働くものだ。
例え俺達がヒトの集団であっても、正式な許可が降りている以上表立って排除されることはないだろう」
「人間というより、魔族以外のヒトをまとめて迫害していると言うのが正しいだろうよ。
見た目がオークってだけで魔族の連中読み書きもできないと決めつけてくるからな」
ダーマ魔法王国を支配しているのは魔族と呼ばれる種族だが、
維持しているのはその支配下にある百を超える様々な種族だ。
当然他種族をないがしろにするようなことはそうそうできないはずなのだが、
他大陸で人間が築き上げた国家に対して魔族の高いプライドが刺激され、危機感の表れか近年ではますます
魔族以外の種族に対する風当たりは強くなってきている、というのがダーマが抱える問題の一つだ。
>「さあ、キアスムスの門をくぐろう。シェバトは良い街だったが、ここの絢爛さには目を見張るものがあるぞ。
なにせダーマ有数の交易都市、国内のあらゆる街道とそこを通ってくる富の集中する場所だ。
商人の聖地とも呼ばれるこの街なら、指環に関する手がかりもなにか見つかるかもしれない」
「うめえもんも大量にあるぞ!竜もどきの串焼きとか飛び目玉の丸ごと煮とか
ありゃ一度食っとくべきだぜ!」
スレイブが調子よく話したところに、ジャンも続けて話す。
するとスレイブが声を低くし、ダーマの街がどういうものか、という心得を話す。
>「街の中に入る前に、いくつか約束してくれ。食事を取る時は厨房の見えない店を使わないこと。
できれば対面式の露店が望ましい……理由は大体想像できるだろう?」
>「それから敷居のある店舗の中にも入るべきじゃない。常に逃げ道は確保しておくんだ。
どうしてもそういった店や食事場を利用する必要があるなら、幻影術か大型の外套を纏ったほうが良い」
>「最後に――裏通りには絶対に近付くな。見たくもないものを見せられる羽目になる」 「……スレイブの言う通りだ。もっと言うなら魔族がやってる店には近寄らない方がいい。
魔族以外の種族がやってる店が集まるラーサ通りってのがある。飯とか宿はそこを勧めるぜ」
キアスムスは交易の中心地であるため、今でこそ国の管理下にあり、魔族が統治しているが
他種族の方が割合で言えば多く、そういった者たちが集まり、一種のギルドのようなものを作り上げている。
ジャンとしては魔族のいないこのパーティーなら情報も集めやすく、
また売り買いもやりやすいだろうと考えていた。
「後は……フィリアとティターニア、それとラテだな。
お前ら全員マントかフードで顔と体隠しとかねえと奴隷商に捕まっちまうからな」
三人ともそれなりに美人、というのが大きな問題だ。
魔族でない、しかも別大陸からの旅人となれば
奴隷商はまず狙いを付けるだろう。
「ラテは……飛空艇に残しとくしかねえか。
街中で襲われたらはっきり言って守り切れねえ。パック、頼んだぜ」
未だ記憶と心が戻らず、幼児当然となっているラテは自衛がまったくできない。
だとすると、いざという時に逃げやすい飛空艇に残し、何かあれば即座に飛んで逃げてもらうというのが一番だろう。
「それじゃ行こうぜ。入る前に散々脅しちまったが、いけ好かない魔族共に会わなきゃいい街だ。
俺たちとはぐれず、しっかりついてきてくれよ」
そして五人は何事もなく門を抜け、キアスムスへと入った。
真っ先に目につくのは、種族の多さ、そして他大陸とは違う建物の作りだ。
空を飛んだり浮遊できる種族に合わせてか、二階が店になっている建物もあれば
全身を包んだ外套から触手がちょろりと覗く種族が列を成して並んでいる怪しげな店もある。
ジャンよりもはるかに大きなサイクロプスが荷物を背負って歩き、中央の広場でそれを広げて声を張り上げ、商売を始める。
魔族の衛兵が許可証の提示を求めているが、サイクロプスの共通語なまりが酷く意思疎通には時間がかかりそうだ。
「……ここはいつ来ても変わんねえな。ごちゃ混ぜのいい街だ」
それらの街並みを眺めながら、ジャンたちは歩いていく。
「そろそろラーサ通りだ。魔族の連中はまずここに来ねえから、安心してうろつけるぜ」 名前:ジャン・ジャック・ジャンソン
年齢:27歳
性別:男
身長:198
体重:101
スリーサイズ:不明
種族:ハーフオーク
職業:冒険者
性格:陽気、もしくは陰気
能力:直感・悪食
武器:『ミスリル・ハンマー』
旅の途中で出会ったドワーフ、マジャーリンが持っていたもの。
ジャンの腕力でも壊れることなく、丈夫で乱暴に扱っても傷一つつかない。
スレイブとの戦いでは背中に背負ったままだったが、水の魔力を間近に浴び続けた結果
指環の力を注ぎ込むことができるようになった。
だがジャンが魔力を上手く扱えないため、現状ではどこでも水が飲めるぐらいしかできない。
聖短剣『サクラメント』
教会と帝国からの刺客、アルダガが持っていたもの。
いかなる守りも貫き通す加護を持ち、ジャンの切り札の一つ。
飛空艇に乗っている間投げる練習をしていたところ、窓を貫通して危うく外に飛び出てしまいそうになったことがある。
防具:『鋼の胸当て』
スレイブとの戦いで雷を浴び、前の防具が壊れてしまったので
シェバトの鍛冶屋に頼み、作ってもらった。
何の効果もなく、一般的な防具だが質は良い。
所持品:旅道具一式 アクアの指環
容姿の特徴・風貌:薄緑の肌にごつい顔をしていて、口からは牙が小さく覗いている
笑うと顔が歪み、かなりの不細工に見えてしまう
簡単なキャラ解説:
暗黒大陸の小さな村で生まれ、その村に立ち寄った魔族の冒険者の
生き方に憧れ冒険者を目指し大陸を飛び出た。
現在はティターニアの護衛として、そして指環の勇者としてラテを元に戻し、
指環を集めるために旅を続けている。
【五章お疲れ様でした!六章でもよろしくお願いします!】 その夜、ティターニアは布団の中で悶々と考えごとをしていた。
ジュリアンが言っていた指環の魔女に関する情報、それが、ジュリアンは何故かつての友を殺害したのかという謎と結びつき
一つの仮説が組み上がったのだ。
苦悩するスレイブにバアルフォラスを与えずっと見守ってきた彼の事。
そもそも殺しておらず、故あって罪を被ったのだとしたら――?
『名を変え姿を変え様々な時代に現れ、ある性質を持つ者を殺害する――その性質とは後に世界を平和に導く可能性がある者だ』
以前アルバートが言っていた、ジュリアンが殺害したという友セシリア――
それはかつて、遠くハイランドにまで噂を轟かせていた大神官と同じ名だ。
最初にその名を聞いた時はすぐには結び付かなかったが、黒騎士や白魔卿と親友だったのなら
ただの修道女ではなく彼らと肩を並べるレベルの人物だったとしても何の不思議もあるまい。
いわく、気高き献身の精神と絶大なる法力を併せ持ち、瀕死の重傷すらも瞬く間に癒す神の寵児だったという。
それは"後に世界を平和に導く可能性がある者"という条件に当てはまるだろう。
『それだけでは無く奴は虚無をまき散らす。奴に大切な者を奪われた者は虚無に呑まれることがある。
厄介なことに純粋で高潔な者ほどそうなる可能性は高い……』
そして、どう考えてもアルバートは虚無に呑まれやすいタイプに違いない。
ティターニアは行きついた仮説はこうだ。
指環の魔女がセシリアを殺害、ジュリアンはその現場を目撃したがどうすることも出来なかった。
そこに少しだけ遅れてアルバートが現れる。
セシリアが指環の魔女に殺されたとアルバートが知れば、必ず虚無に堕ちてしまう。
そう思ったジュリアンは、とっさに自分が殺したように偽装し、アルバートに自分への憎しみを糧に生きて欲しいと願った――
そして帝国にいられなくなってダーマに渡り、仇たる指環の魔女を倒すために指環を集めているのだとしたら。
――もちろんこれはティターニアの憶測に過ぎないし、本人に聞いたところで真相を語るはずはない。
なので、そっと胸の中にしまっておくことにしたのであった。 *☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆* 次の日、キアスムスに向かって出発し、あっという間に到着した。
>「何故俺がお前達の為に使い走りをすると思ったんだ?」
>「あっ、ですよね……」
>「キアスムス。三年ぶりくらいか……少し待っていてくれ、入門管理官と話をつけてくる」
相変わらずつれない態度の上司の代わりに、よく動く部下。何だかんだでいいコンビなのかもしれない。
しばらくするとスレイブは、人数分の通行証を持って戻ってきた。
>「ダーマは確かに人間を迫害しているが、こうした大都市では中央の権威の方が有効に働くものだ。
例え俺達がヒトの集団であっても、正式な許可が降りている以上表立って排除されることはないだろう」
>「人間というより、魔族以外のヒトをまとめて迫害していると言うのが正しいだろうよ。
見た目がオークってだけで魔族の連中読み書きもできないと決めつけてくるからな」
実はこのパーティーは人間では無い種族の方が多いのだが、ダーマの実態は、人間蔑視というよりも魔族以外全部蔑視に近いようだった。
暗黒大陸に多く見られるダークエルフならまだいくらかマシな扱いなのかもしれないが、
ダークではない方のエルフは人間と似たようなものだろう。
>「さあ、キアスムスの門をくぐろう。シェバトは良い街だったが、ここの絢爛さには目を見張るものがあるぞ。
なにせダーマ有数の交易都市、国内のあらゆる街道とそこを通ってくる富の集中する場所だ。
商人の聖地とも呼ばれるこの街なら、指環に関する手がかりもなにか見つかるかもしれない」
>「うめえもんも大量にあるぞ!竜もどきの串焼きとか飛び目玉の丸ごと煮とか
ありゃ一度食っとくべきだぜ!」
「他の大陸では滅多にお目にかかれない珍味がたくさんあるようだな……」
食べたく無いような、怖い物見たさで食べてみたいような、ジレンマに苛まれるティターニア。
そんな場の空気を、スレイブがこの国を歩く心得を伝授することで引き締める。
>「街の中に入る前に、いくつか約束してくれ。食事を取る時は厨房の見えない店を使わないこと。
できれば対面式の露店が望ましい……理由は大体想像できるだろう?」
>「それから敷居のある店舗の中にも入るべきじゃない。常に逃げ道は確保しておくんだ。
どうしてもそういった店や食事場を利用する必要があるなら、幻影術か大型の外套を纏ったほうが良い」
>「最後に――裏通りには絶対に近付くな。見たくもないものを見せられる羽目になる」
「承知した」
特に最後の一項目は通常想像されるような裏通りで起こりそうなこと以上の何かがありそうな雰囲気を醸し出していて
少し気になったが、敢えて踏み込まなかった。 >「……スレイブの言う通りだ。もっと言うなら魔族がやってる店には近寄らない方がいい。
魔族以外の種族がやってる店が集まるラーサ通りってのがある。飯とか宿はそこを勧めるぜ」
これだけでも物騒だが、ジャンが更に物騒なことを言い始めた。
>「後は……フィリアとティターニア、それとラテだな。
お前ら全員マントかフードで顔と体隠しとかねえと奴隷商に捕まっちまうからな」
「しかしマントフードがぞろぞろいても逆に怪しまれそうだな――これでどうだ、ディスガイズ」
幻影によって姿を偽装する魔法を自分とフィリアにかけるティターニア。
ティターニアは肌の色を濃い褐色に装い、ダーマでは珍しくも無いダークエルフに、
フィリアはベースを活かしつつも少しモンスター風に、言わば虫の妖魔といった風体に偽装。
これならば一見現地人に見えて、大して目立つことはないだろう。
全く違う姿の幻影を維持するのが大変だが、少しアレンジを加える程度なら長時間維持するのも容易い。
だったら全員魔族に偽装すればいいじゃないかと思われそうだが、魔族は支配層ではあるがこの街では数は少数であり、
魔族の姿では街の大部分を占める他の種族からの情報収集に支障が出てしまう。
>「ラテは……飛空艇に残しとくしかねえか。
街中で襲われたらはっきり言って守り切れねえ。パック、頼んだぜ」
「おう、任せろ!」
と請け負うパック。
小柄なラテとホビットのパックが並んでいるのを見ると微笑ましい感じがしてしてしまうが、見た目は子どもでも有能な助手である。
彼に任せておけば大丈夫であろう。
>「それじゃ行こうぜ。入る前に散々脅しちまったが、いけ好かない魔族共に会わなきゃいい街だ。
俺たちとはぐれず、しっかりついてきてくれよ」
「我々にとっては暗黒大陸は未知の世界だ――頼りにしておるぞ」
帝国領を一人で闊歩していた怖い物知らずのティターニアにとっても、暗黒大陸は未知の世界。
出身者のジャンやスレイブのアドバイスには従っておくのがいいだろう。
こうして「はじめてのダーマの歩き方講座」も終わり、いよいよキアスムスに足を踏み入れる。
出発前にフィリアがキアスムスは首都なのか?と聞いていたが、正解ではないが間違ってもいないというところ。
帝都に全ての権力を集中させる帝国とは対照的に、ダーマは領土が広がっていくのに合わせて副首都を定め、首都機能を移転分散させてきた。
ダーマ有数の交易都市であるここキアスムスも、副首都の一つに指定されており、いくつかの王立の機関が置かれている。
>「……ここはいつ来ても変わんねえな。ごちゃ混ぜのいい街だ」
「そうだな……ごちゃ混ぜ感がどこかアスガルドに似ておる」
違うところはアスガルドはまだどこか統一感がある小奇麗なごちゃまぜ、こちらは本当にごちゃ混ぜといったところか。
緊張の面持ちで街に入ったティターニアであったが、いざ入ってみると、意外と嫌いでは無い雰囲気であった。
「この街には王立図書館の本館も置かれているがどこか似ているのはそのせいかもしれないな。
置かれている、といってもダーマが実際に作ったわけではなく
この地がダーマの傘下に入るずっと前からあった図書館を、王立図書館として指定したらしいが」
と、ジュリアンがさりげなくこの街の豆知識を教えてくれた。 「それって地下無限ダンジョンの噂があったりはせぬか?」
ジュリアンがちょっと何を言っているのか分からない、という顔をしているのを見て、慌てて質問を変える。
「……いや、何でもない。王立図書館があるのは宮廷がある首都ではなかったのか?」
「宮廷地下にも確かに大書庫があるがここにはおよばないだろう」
そうしている間に、ジャンお勧めの地区に差しかかる。
>「そろそろラーサ通りだ。魔族の連中はまずここに来ねえから、安心してうろつけるぜ」
「とりあえず食事を兼ねて情報収集といこうか」
まずは情報収集の基本、ということで手近な冒険者の店を見つくろう。
「飛び出す目玉亭」という一度聞いたら忘れそうにない名前の店を発見。
外に面した対面式の席と中の席があり、魔族のいない区域なのでまず大丈夫だとは思うが念のために様子見で外の席に座る。
一つ目のサイクロプスが店を取り仕切っており、案の定と言うべきか"飛び目玉の丸ごと煮"を看板メニューとして推してあった。
美味しすぎて目玉が飛び出すのか他の意味で飛び出すのか色々と気になるところだ。
もし食べれないような代物が来たらジャンに食べてもらうということで、看板メニューを含んだ何品かを適当に注文する。
待っている間に、隣の二人組の会話が耳に入ってきた。それが少し気になる内容であり、意識を向ける。
「ねえ知ってる? 最近この近くのなんとかっていう村で凶暴化した魔物がよく出るんですって」「きゃーこわーい」
魔物の凶暴化は、炎の指環や大地の指環の時に、古代都市の周辺地域で見られた現象だ。
指環の魔力の影響を受けたモンスターが強化されてしまう現象と思われる。
「まあこんな大きな街の中までは入って来ないだろうけどね〜」
隣の二人組の一人がそう言った矢先だった、俄かに通りが騒がしくなる。
「キャー来ないで!」「そっちに行ったぞ!」「追えー!」「何をしている早く捕まえろ!」
「任せろ――ぎゃあ!」「ああっ、トムが蹴っ飛ばされた!」
後ろを振り返ってみると、大捕り物が繰り広げられていた。巨大な鳥型モンスターがどうしてか街の中に入り込んで走り回っているようだ。
「……思いっきり入ってきておるな」
そのモンスターはアックスビークといって「斧型のくちばし」という意味で、イメージとしては大きなくちばしを持つダチョウといったところ。
飼い慣らした物は騎乗獣としても使われている。足の速いそれに翻弄され、衛兵達が右往左往していた。
衛兵をこれだけ振り回すとなれば、凶暴化しているのかもしれない。
暫し呆然と見ていると、アックスビークがあろうことかこの店の方向に向かって突進してきた。
「勘弁してくれ! この店を始めるのに何年かかったと思ってるんだ……!」
店主の悲痛な叫びが響き渡る。サイクロプスは屈強な種族ではあるが、全員が全員荒事が得意というのは偏見であるらしい。
エルフだって全員が知性派の魔術師というわけではないのと同じである。 名前: ティターニア・グリム・ドリームフォレスト(普段は名字は非公開)
年齢: 少なくとも三ケタ突入
性別: 女
身長: 170
体重: 52
スリーサイズ: 全体的に細い
種族: エルフ
職業: 考古学者/魔術師
性格: 変人でオタクだがなんだかんだで穏健派で情に流されやすい一面も
能力: 元素魔術(魔術師が使う魔術。魔術(狭義)といったらこれのこと)
武器: 聖杖”エーテルセプター” 魔術書(角で殴ると痛い) エーテルメリケンサック
防具: インテリメガネ 魔術師のローブ 魔術書(盾替わりにもなる)
所持品: ペンと紙 大地の指環
容姿の特徴・風貌: メガネエルフ。長い金髪とエメラルドグリーンの瞳。
もしかしたら黙っていれば美人かもしれない。
簡単なキャラ解説:
ハイランド連邦共和国の名門魔術学園「ユグドラシア」所属の導師で、実はエルフの長の娘。
研究旅行と称して放浪していたところ偶然にも古代の遺跡の発見の現場に立ち会い
紆余曲折を経て、仲間を増やしながら竜の指環を集め指環の魔女を打倒するべく旅をしている。
聖杖『エーテルセプター』
エルフが成人(100歳)のときに贈られる、神樹ユグドラシルの枝で出来た杖。
各々の魔力の形質に合わせて作られており、魔術の強化の他
使用者の魔力を注ぎ込んで魔力の武器を形作る事もできる。
『魔術書』
本来の用途以外に護身用武器防具としての仕様も想定して作られており、紙には強化の付与魔術がかけられている。
持ち運びのために厚さ重さが可変になっており、最大にすると立方体の鈍器と化す。
最初に持っていたものはアルダガ戦にて大破したため、現在のものは最新版である。
『エーテルメリケンサック』
使用者の魔力で装甲を作り出したり魔力を打撃力に変換することができるメリケンサック。
第4話にて撃破したノーキンから引き継いだ。
『大地の指環』
「ドラゴンズリング」のうちの一つで、大地の竜テッラの意思が宿る。
竜の装甲をまとったり、強力な地属性(植物属性含む)の魔法を使うことが出来る。
『インテリメガネ』
単なる近眼ではなく精神世界を見る方に寄っている視力を物質世界寄りに矯正するためのものらしい。
本人が吹っ飛ばされるような激しい戦闘でも割れたり歪んだり吹っ飛んだりしない。地味に凄い。
『魔術師のローブ』
ユグドラシアの魔術師の間では一般的なものだが、魔力による強化がされているため並みの鎧以上の防御力がある。
【ジュリアン親友殺害事件の件は本編内でも書いたが確定ではなく飽くまでも一つの説ということで!
無限地下ダンジョンの噂がある図書館、凶暴な魔物の出現と提示してみたが
今のところ数撃ちゃ当たる方式で何かが引っかかれば儲けもの、という程度だ。
鳥を突っ込ませたのはフィリア殿はもしキャラを変えるなら新キャラの登場タイミングにいいかな、と思ったのと
(もちろんフィリア殿のままで続けてもOK!)
今の仕様になったスレイブ殿の自己紹介戦闘にもなるかな、と思って】 ……飛空艇の傍で暫く待っていると、入門管理官との話をつけたスレイブ様が戻ってきましたの。
通行許可証を受け取ると、スレイブ様はキアスムスの門に向き直る。 >「さあ、キアスムスの門をくぐろう。シェバトは良い街だったが、ここの絢爛さには目を見張るものがあるぞ。
なにせダーマ有数の交易都市、国内のあらゆる街道とそこを通ってくる富の集中する場所だ。
商人の聖地とも呼ばれるこの街なら、指環に関する手がかりもなにか見つかるかもしれない」
>「うめえもんも大量にあるぞ!竜もどきの串焼きとか飛び目玉の丸ごと煮とか
ありゃ一度食っとくべきだぜ!」
>「他の大陸では滅多にお目にかかれない珍味がたくさんあるようだな……」
「め、目玉はちょっと怖いけど竜もどきは食べてみたいですの!
……イグニス様、竜のお肉ってやっぱり美味しいんですの?」
『さぁね。妾達は共食いをした事がないし、知らないよ。
ただ……竜の血肉に不老不死でも神の如き魔力でもなく、
味を求めた食いしん坊な王様は君が初めてだな』
「うぐっ……」
……と、わたくしが痛いところを突かれてるといつの間にか、
前を歩いていたスレイブ様が立ち止まってこちらへ振り返っていましたの。
スレイブ様は真剣な眼差しでわたくし達を見つめて、口を開く。
>「街の中に入る前に、いくつか約束してくれ。食事を取る時は厨房の見えない店を使わないこと。
できれば対面式の露店が望ましい……理由は大体想像できるだろう?」
>「それから敷居のある店舗の中にも入るべきじゃない。常に逃げ道は確保しておくんだ。
どうしてもそういった店や食事場を利用する必要があるなら、幻影術か大型の外套を纏ったほうが良い」
>「最後に――裏通りには絶対に近付くな。見たくもないものを見せられる羽目になる」
「……ダーマでは、それが普通な事なんですの?」
>「……スレイブの言う通りだ。もっと言うなら魔族がやってる店には近寄らない方がいい。
魔族以外の種族がやってる店が集まるラーサ通りってのがある。飯とか宿はそこを勧めるぜ」
スレイブ様の言葉を、わたくしは俄かには信じられずにいましたの。
だって、魔族じゃないヒト達だって、ダーマの一部なはずですの。
そりゃ、わたくし達は旅人だけど……スレイブ様は、そうじゃなかったはずですの。
わたくしおばかさんだけど、それでも、わたくしの頭の方が偉いからって、自分の手に噛み付いたりしませんの。
……その、ダーマの仕組みがおかしいと思うのは、わたくしが虫の妖精だから、ですの?
>「後は……フィリアとティターニア、それとラテだな。
お前ら全員マントかフードで顔と体隠しとかねえと奴隷商に捕まっちまうからな」
>「しかしマントフードがぞろぞろいても逆に怪しまれそうだな――これでどうだ、ディスガイズ」
「わっぷ……」
ティターニア様の杖から魔力の煙が降りかかり……あっ!なんか姿が変わってますの!
おぉー、なんか魔物っぽい感じ……ついでに女王蜂の羽を生やして、右手もムカデの王に変化させときますの。
じゃーん、これで誰がどう見たってわるーい虫さんですの!
>「それじゃ行こうぜ。入る前に散々脅しちまったが、いけ好かない魔族共に会わなきゃいい街だ。
俺たちとはぐれず、しっかりついてきてくれよ」
>「我々にとっては暗黒大陸は未知の世界だ――頼りにしておるぞ」
「ですのですの。……だけど、ねえスレイブ様?」
門を潜ろうとしたスレイブ様を呼び止める。 門を潜ろうとしたスレイブ様を呼び止める。
「さっきの約束、守りますの。だけどもっと前にした約束も、ちゃーんと守りますの。
あなたが人間だからって意地悪されそうになったなら……その時は、わたくし怒りますの」
例えスレイブ様が怒らなくてもいいなんて言っても、それは変わりませんの。 ……さて!先に言っておきたい事も言ったし今度こそいざキアスムスへ、ですの!
そして門を潜ると……目の前に広がっていたのは、今まで見た事もない街並みでしたの。
どの建物も縦にも横にもおっきくて、それにすっごく開放的ですの。
扉のある建物が少なくて、それどころか壁も少なかったり……床と柱と天井だけで建ってる建物もありますの!
多分、魔族の方々には羽や翼を持ってたり、体がおっきな種族がいるからですの。
……そしてそんな街並みの中に、点々と、ちゃんと壁と扉のあるお店がありますの。
街を歩いていると、魔族達は見定めるような視線をわたくし達に注いできますの。
きっとこの通りのどこで食事をしても、この視線は付いて回る。
それで視線に耐えかねて、人目に付かないお店を選べば……。
まるで食虫植物……この街は華やかだけど、やっぱり少し怖いですの。
>「そろそろラーサ通りだ。魔族の連中はまずここに来ねえから、安心してうろつけるぜ」
ふぅ、やっとこの嫌な視線から逃れられますの。
……なんて事を考えていたら不意に、わたくしの目の前に何かが落ちてきましたの。
地面に落ちて、鋭い音を立てて砕け散ったそれは……グラスですの。
上を見上げる。高級そうな酒場の三階、その窓から二体の魔族がわたくし達を見下ろしている。
……通りを抜けるまで、気が抜けないって事はよく分かりましたの。
「おっと、これは失礼。宮仕えの騎士殿に我らから一杯、奢らせて頂こうかと思ったのだが……手が滑ってしまった」
へらへらと笑いながら、魔族達がうそぶく。
そして悪びれもなく、今度はワインのボトルを窓から落とす。
……わたくしは左手を掲げ、人差し指の先から蜘蛛の糸を飛ばす。
糸の先端をワインボトルに付着させ……反対の端は、窓から顔を覗かせる魔族の額へ飛ばす。
そうすれば糸は伸縮して……はい、ごっつんこ。ですの。
「……行きましょ、ですの。ラーサ通りまで追っかけてきたら、今度はもっと恐ろしい目に遭わせてやりますの」
……内心、大事にならないかちょっとドキドキもしてたけど、
どうやらあの魔族達は追っかけてはこなかったみたいですの。
だけど……よーく分かりましたの。このダーマがどういうところなのか。
>「とりあえず食事を兼ねて情報収集といこうか」
「ですの!沢山美味しいものを食べて、いー気分になっておきたいですの!」
……キアスムスの街の中心部、リアネ・レクタ広場。
平時は行商達とその客によって混み合い賑わっているこの場所から、急速に、皆が離れていく。
今からここで、一つの命が奪われるから。 いえ、本当は……それともう一つ。私が……シノノメ・アンリエッタ・トランキルがここにいるから。
王宮及び裁判所による判決と宣告の執行官……あらゆる刑罰を、死刑を執行する忌まわしき存在が、ここにいるから。
土属性魔法によって築かれた処刑台。そこに捕らえられた罪人。
彼の名はロベール・リュクセ。種族はリザードマン。
罪状は……雇用者である魔族に対する暴行。下された判決は……火炙りの刑。
……本当に、その行為は、命を奪わなければならないほどの罪なのでしょうか。
使用人であるヒトが、魔族に反抗する理由はそう多くはない。
このダーマに生きていれば魔族に歯向かって良い事など何もないと誰もが知っている。
だからそれでも反抗が起こるのは、
その者の何かを……当人や家族、種族や生そのものを愚弄された時の、衝動的なもの。
或いは……長い間虐げられて、例えば給金の未払いなどによって、そうせざるを得なかった時のもの。
……本当に暴行があったのかすら定かじゃない。
未払いの給金を要求されたから、暴力を振るわれたと言って厄介払いをした。
そういう事が、このダーマではまかり通る。
……罪人の傍に歩み寄る。
ずっと俯いていた罪人が顔を上げて……私に唾を吐きかけた。
くたばれクソ魔族、と。
「……キアスムス裁判所の名において、これより彼の者を火炙りの刑に処す」
……かざした私の右手から闇属性エーテルの鎖が伸びる。
鎖は罪人を絡め取り、空中へと持ち上げる。
舌を噛んで自死が出来ないように鎖を噛ませて、枷とする。
罪人が暴れて鎖が首を締め、刑の最中に意識を失わぬよう、首回りの状態に気を配る。
これで後は、火を放つだけ。だけど……リザードマンの鱗は、炎の熱をほんの少しだけ遮ってしまう。
命を助けるには程遠く、だが苦しみを長引かせるには十分な程度に。
……罪人の処刑に臨む時、いつも祖父と父の教えが、過去から私の脳裏へと木霊してくる。
祖父は、執行官とは規律と正義の番卒。
トランキル家は王宮から直命を拝した名誉ある一族。
例えこの世の誰もが我らを蔑み嘲ろうと、誇り高くあれと、教えてくれました。
……祖父ならば、この罪人の息の根を密かに止めて、この後の苦しみから逃してあげていたでしょう。
私にも、そうする事が出来る。
罪人に噛ませた鎖から、棘状の触手を体内に伸ばす……後は、心臓を貫くだけ。
だけど……それは本当に正しい事なのでしょうか。
父は、執行官とは罪に対する罰の体現者。
無慈悲な刑の執行が民の心を震え上がらせ、彼らを罪から遠ざけるのだと。
例えこの世の誰もが我らを忌み嫌おうと、なお残酷であれと、私に教えてくれました。
ならばこの罪人に安らぎを与えるのは、間違っている……正義に反する行いになる。
私は、どうするべきなのか……分からない。
父の助手の任を解かれ、キアスムスの執行官になってから、もう一年が経つのに……未だに答えを見つけられない。
そうして、数秒か、数十秒か、もしかしたら一分以上、私は動けずにいました。
あとどれほどじっとしていれば、答えを出す事が出来たのか。
だけど……この世界は、このちっぽけな私の、軟弱な悩みの為に、ずっと待っていてはくれません。
処刑の恐怖の中で置き去りにされていた罪人が、渾身の力で暴れ出したのです。
私はその出来事に、咄嗟の反応をしてしまいました。
トラウマ……闇属性が有する、精神の負の面を映し出す力。
罪人の、炎に対する恐怖を、現象としてこの世に映し出す魔法を発動してしまった。
刑の執行を始めてしまったのです。
罪人の体内に、心臓を貫く為の棘を残したまま。 着火によって罪人は更に大きく暴れ……それによって、体内の棘が本来の目的でない器官を傷つける。
気道と血管が破れ、彼は激しく血を噴きながら、炎に焼かれ死んでいきました。
……私が思い悩んだせいで、結局彼は本来よりもずっと大きな苦しみを抱きながら、絶命しました。
処刑台の周囲に張られた結界魔法。その外側から、観衆の声が聞こえてくる。
本来の予定よりもずっと派手になった処刑を囃す声。
私を残酷な死神として侮蔑する声が。
だけどその声に、私が心を痛める事はありません。
……誰も気付いていなくても、私だけは分かっているから。
私はただ残酷であるよりも、ずっと邪悪で、愚かな行いをしてしまったのだと。
あれから丸一日。私は軟弱な事にずっと部屋に塞ぎ込んでいた。
だけど……生きているからには、避けられない事がある。
……お腹が空くのです。
私はベッドから体を起こして、一階の炊事場へと向かいました。
屋敷の中は、いつも通り静寂に支配されています。
この家には私以外、誰もいない。使用人の一人も雇っていないからです。
罪人を血の噴水に仕立て上げる残酷な執行者に仕えたがる者など、誰もいないのです。
……だから当然、誰も教えてくれる訳はありません。
食料の備蓄は一昨日切れていて、刑の執行に失敗した私がそれを忘れていた事なんて。
……仕方なく、私は短く湯浴みを済ませてから街に出ました。
とは言え執行官である私に品物を売ってくれるお店なんて、この街にはない。
行商人か旅人の方に頼んで食料を調達してもらわなければなりません。
祖父や父のように、執行官としての技術を医療として街に還元出来れば、少しは事情も変わってくるのですが。
未熟な私に出来るのは精々、単純な傷病の診断と薬の処方くらい……。
だからいつも通り、ラーサ通りへ。あそこなら今日も多くの旅人が訪れているはずです。
一つ、不安が残るとすれば……私は昨日、刑の執行をしたばかり。
ラーサ通りに着いてみると、刺々しい視線が私に殺到します。
……昨日の執行の様子は、旅人達の間にも広まってしまっているようです。
不安に思っていた事が的中してしまいました。
これでは……旅の方に頼み事をするのも難しいかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、不意に視界の外から何かを浴びせられました。
冷たい……けど、臭いはない。ただの水。
なら、マシな方です。残飯や糞尿を浴びせられて、そのまま街を歩くのは、とても嫌な事ですから。
「ウチの店に近づくんじゃないよ、この死神女」
……罵声も、昔ほどは気にならなくなりました。
私は死神なんかじゃなくて、もっと卑しいものだと、分かってしまいましたから。
暫く通りを歩いてみても、刺すような視線は絶えません。
……もう屋敷に戻って、あと数日、水だけで凌いでから、改めて出てきた方がいいのかもしれません。
処刑の予定は今のところ入っていませんし……。
>「キャー来ないで!」「そっちに行ったぞ!」「追えー!」「何をしている早く捕まえろ!」
なんて事を考えていたら、不意に通りが騒がしくなりました。
声の方を見遣ってみると……魔物が街に入り込んでいるようです。
あれは……アックスビーク?そんなに大人しい気性ではありませんが、特別凶暴な訳でもないはずなのに。
群れで街に入ってくるなんて……何があったのでしょう。
病か何かでおかしくなっているのか……それとも、何かに追い立てられて迷い込んでしまったのか。
何匹かは制圧出来ているようですが……完全に鎮圧するにはもう少し時間を要しそうです。
……と、一匹のアックスビークが何の気まぐれか、こちらへと進路を変えました。
>「勘弁してくれ! この店を始めるのに何年かかったと思ってるんだ……!」
背後から聞こえてきたのは、店主の声でしょうか。
……私は、どうするべきなのでしょう。 あの魔物を切り伏せるのは容易い事です。
ですがそのせいでこの店に、執行官に救われた店などという悪評が付いてしまったら。
執行官が慈悲を見せる事で、罪と罰の天秤が均衡を保てなくなったら。
曲がりなりにも魔族の私がヒトを助ける事で、彼らの魔族への屈従を弱めてしまったら。
……私がしようとしている事は、本当に正しい事なのでしょうか。
そんな事を考えている内に、アックスビークはもう私の目の前にいました。
……自分の身を守る為なら、この魔物を殺めて、結果的に店を守る事になっても仕方がない。
そう言い訳をしながら、私は右手を変化させる。 作り出すのは鎌。そして素早く脚を薙ぐ。支えを失ったアックスビークの体がよろめき、転ぶ。
これでもう、この魔物が店に突っ込む事はない。
だけどその苦痛は、息の根を止めるまで続く。
相手が魔物なら……何も考えず、その苦痛を取り除ける。
振り抜いた鎌を長剣に再変化させ……アックスビークの首元へと振り下ろす。
その体が完全に転倒するよりも速く、首を切り落とし……返す刃で更にもう一度両断。
苦痛を感じる時間を与えず、その機能を停止させる。
……昨日の処刑も、これくらい上手く出来れば良かったのに。
だけど……剣を振るうと、少しだけ気分が晴れやかになります。
昔は、執行官の家に生まれたとしても……鍛錬を積み腕を磨けば、私でも騎士の身分になれると思っていました。
後ろめたい気持ちなど何もなく、自分は清く正しいものだと言い放てるような存在に。
現実はそうではないと知ってしまったのはいつだったか……。
と、何気なく私は背後を振り返りました。
魔物の返り血が店にまで及んでないか、その程度の気持ちで。 「……ディクショナル様?」
……ですがそこにあった懐かしい顔に、私は思わず彼の名を呟いてしまいました。
父の助手として王都にいた頃、何度か目にした顔。
言葉を交わした事は殆どありません。ただ……彼からは、どこか私と似たようなものを感じていたのです。
人の身でありながら近衛騎士の名誉を掴んだというのに、己に誇りを感じられていないような、あの表情に。
他者の死に囚われた者の気配に……。
ですが今の彼からは、あの頃の雰囲気が感じられない……。 「……あ、あの、ディクショナル様。私の事を覚えていらっしゃいますか?
ええと……王都で何度かお会いした……シノノメです。その、トランキル家の……」
騒動が収まると、私は慌ててディクショナル様に声をかけました。
「もし覚えていらっしゃるなら、どうか私の頼み事を聞いてはもらえませんか。
難しい事ではありません。ただ食料を、私の代わりに買ってきて欲しいのです。
お金は私が出します。それとは別に礼金も支払います。キアスムスにいる間の宿も提供します」
知りたい。一体何が彼を変えたのか。
……共にいるヒトの方々が?それともどこか遠い地での任務が?
「……トランキル家の屋敷で良ければ、ですが」
【そんな感じで改めてよろしくお願いします。6章もとても楽しみです。
NGワードなんなの……】 ひとまずレスは全部投下出来たけど、テンプレ落とそうと思ったら規制された……
次のターンまでに解除されてるといいなぁ……
以下テンプレ
名前:シノノメ・アンリエッタ・トランキル
年齢:20歳
性別:女
身長:152cm
体重:13kg
スリーサイズ:発展途上
種族:魔族(ナイトドレッサー族)
職業:王宮及び裁判所による判決、宣告の執行者
性格:生真面目だが抑うつ的。自傷癖がある
能力:闇属性の小規模魔法
武器:身体を構成する闇属性エーテル
防具:同上。返り血の目立たない黒色のコート
所持品:薬袋
容姿の特徴・風貌:深い青色の肌。淡い銀色の、短めの髪。金色の瞳。
表情が希薄。
簡単なキャラ解説:
お初にお目にかかります。私の名はシノノメ・アンリエッタ・トランキル。
……トランキル家の次期家長であり、今はキアスムスの、王宮及び裁判所による判決と宣告の執行官を務めております。
つまり……帝国や共和国でいうところの「死刑執行人」であり「拷問官」です。
かの国々では、執行官はどのような扱いを受けているのでしょう。
トランキル家は王宮からは多大な報酬を頂いてはいますが……食料や日用品すら、流れの商人か、旅人を介さなければ買う事も出来ません。
魔族にもヒトにも忌み嫌われる存在……帝国や共和国でも、やはり同じような境遇なのでしょうか。
……祖父は幼い頃、執行官とは規律と正義の番卒。
例えこの世の誰もが我らを蔑み嘲ろうと、誇り高くあれと、私に教えてくれました。
父は、執行官とは罪に対する罰の体現者。
例えこの世の誰もが我らを忌み嫌おうと、ただ厳粛に、残酷であれと、私に教えてくれました。
ですが……裁判所が下す刑罰は魔族であれば軽く、苦痛の少ないものに。
魔族以外の種族であれば重く、また犯罪や体制への反抗の抑止力として、激しい苦痛が伴うものになる。
等しく、殺せば死ぬ命なのに……一方は重く、一方は軽い。
それは正しい事なのでしょうか。正義とは、規律とは、一体なんなのでしょうか。
彼らは本当に、その生の最後を、苦しみに飾られなければならなかったのでしょうか。
……私には正義の番卒になる事も、残酷な死神に徹する事も出来ません。
……私に出来る事は、ただこのダーマに生きるあらゆる種族を、効率的に、或いは非効率的に、殺める事だけ。
ナイトドレッサーは、身体の殆どを闇属性の、半物質化したエーテルによって構成しています。
それを操る事で、私は受刑者を串刺しにする事も、八つ裂きにする事も、全身の骨を打ち砕く事も……どんな処刑法をも可能にします。
私が他者より優れているのは、たったそれだけ。目の前の受刑者を殺める為だけの、小規模で、致命的な、誰の為にもならない魔法……。
私は……ただ命を奪うだけの者です。
拠り所とする正義も決意もない。そのくせ、投げ出す勇気もない。
ただトランキル家に生まれてしまったから……それだけの理由で、私は数多の命を奪ってきました。
……私が、今の私じゃない、もっと違う何かになれる時は……来るのでしょうか。 ひとまずレスは全部投下出来たけど、テンプレ落とそうと思ったら規制された……
次のターンまでに解除されてるといいなぁ……
以下テンプレ
名前:シノノメ・アンリエッタ・トランキル
年齢:20歳
性別:女
身長:152cm
体重:13kg
スリーサイズ:発展途上
種族:魔族(ナイトドレッサー族)
職業:王宮及び裁判所による判決、宣告の執行者
性格:生真面目だが抑うつ的。自傷癖がある
能力:闇属性の小規模魔法
武器:身体を構成する闇属性エーテル
防具:同上。返り血の目立たない黒色のコート
所持品:薬袋
容姿の特徴・風貌:深い青色の肌。淡い銀色の、短めの髪。金色の瞳。
表情が希薄。
簡単なキャラ解説:
お初にお目にかかります。私の名はシノノメ・アンリエッタ・トランキル。
……トランキル家の次期家長であり、今はキアスムスの、王宮及び裁判所による判決と宣告の執行官を務めております。
つまり……帝国や共和国でいうところの「死刑執行人」であり「拷問官」です。
かの国々では、執行官はどのような扱いを受けているのでしょう。
トランキル家は王宮からは多大な報酬を頂いてはいますが……食料や日用品すら、流れの商人か、旅人を介さなければ買う事も出来ません。
魔族にもヒトにも忌み嫌われる存在……帝国や共和国でも、やはり同じような境遇なのでしょうか。
……祖父は幼い頃、執行官とは規律と正義の番卒。
例えこの世の誰もが我らを蔑み嘲ろうと、誇り高くあれと、私に教えてくれました。
父は、執行官とは罪に対する罰の体現者。
例えこの世の誰もが我らを忌み嫌おうと、ただ厳粛に、残酷であれと、私に教えてくれました。
ですが……裁判所が下す刑罰は魔族であれば軽く、苦痛の少ないものに。
魔族以外の種族であれば重く、また犯罪や体制への反抗の抑止力として、激しい苦痛が伴うものになる。
等しく、殺せば死ぬ命なのに……一方は重く、一方は軽い。
それは正しい事なのでしょうか。正義とは、規律とは、一体なんなのでしょうか。
彼らは本当に、その生の最後を、苦しみに飾られなければならなかったのでしょうか。
……私には正義の番卒になる事も、残酷な死神に徹する事も出来ません。
……私に出来る事は、ただこのダーマに生きるあらゆる種族を、効率的に、或いは非効率的に、殺める事だけ。
ナイトドレッサーは、身体の殆どを闇属性の、半物質化したエーテルによって構成しています。
それを操る事で、私は受刑者を串刺しにする事も、八つ裂きにする事も、全身の骨を打ち砕く事も……どんな処刑法をも可能にします。
私が他者より優れているのは、たったそれだけ。目の前の受刑者を殺める為だけの、小規模で、致命的な、誰の為にもならない魔法……。
私は……ただ命を奪うだけの者です。
拠り所とする正義も決意もない。そのくせ、投げ出す勇気もない。
ただトランキル家に生まれてしまったから……それだけの理由で、私は数多の命を奪ってきました。
……私が、今の私じゃない、もっと違う何かになれる時は……来るのでしょうか。 一回目投下した時に何故か規制の時みたいな書けてません的な画面がでてきたから
もう一度投下したら実は一回目が書けてて二重になってしまった……。一体何なんだろうか……。
シノノメ殿の次回はもちろん規制が流行ってるのだとしたら
他の人もいつ規制されるか分からないので連絡所の方も皆少し気を付けて見ておいてほしい! >「……スレイブの言う通りだ。もっと言うなら魔族がやってる店には近寄らない方がいい。
魔族以外の種族がやってる店が集まるラーサ通りってのがある。飯とか宿はそこを勧めるぜ」
スレイブの注意喚起に補足する形でジャンが当面の行動拠点を提案した。
近隣の出身だけあってキアスムスでの土地勘は彼の方が強い。スレイブは首肯した。
「夜間はラーサ通りから出ない方が良いな。問題は、信頼できる宿がとれるかどうかだが――」
こればかりは、種族差別関係なしに、治安の問題が大きい。
基本的にキアスムスにおける魔族以外の種族というのは裕福層とは言い難い。
もっと直截な言い方をしてしまうなら、ラーサ通りの主な住民構成は貧民街のそれに近い。
王府高官や異国の要人を擁する一団が宿泊するとなれば、その寝床にも相応のセキュリティが求められる。
宿に荷物を預けて街を散策していたら、宿とならず者とが内通していて全て盗まれてしまうことも珍しくはないのだ。
入門許可証を公に得ている都合上、身分を隠すわけにもいかない。
「最悪、日が落ちる前に一度飛空艇に戻って夜を明かすことも考えておいてくれ」
>「後は……フィリアとティターニア、それとラテだな。
お前ら全員マントかフードで顔と体隠しとかねえと奴隷商に捕まっちまうからな」
>「しかしマントフードがぞろぞろいても逆に怪しまれそうだな――これでどうだ、ディスガイズ」
ティターニアが幻影術を自身とフィリアに施し、種族を偽装する。
彼女はそれを軽くやってのけて見せたが、魔法王国の住民から見ても高度な術の業前だ。
動体に被せる幻影であるにも関わらず、動きに遅延なく追従して僅かな揺らぎも感じさせない。
こうして変化の過程を目の当たりにしたスレイブですら、一瞬声を掛けていいものか迷ってしまう程だった。
「流石はユグドラシア……魔導の深奥を開けし者達か……」
正直こんなのを擁する国と戦争一歩手前だった祖国が如何に危ない綱渡りをしてきたかを実感して震えが来る。
ユグドラシアはハイランドに対しても中立の立場とは言え、ダーマ王国軍の攻撃目標にはかの学府も入っていたのだから。
指環に纏わるのいざこざで侵攻計画は立ち消えになったが、これは祖龍さまさまと言うべきだろうか。
>「それじゃ行こうぜ。入る前に散々脅しちまったが、いけ好かない魔族共に会わなきゃいい街だ。
俺たちとはぐれず、しっかりついてきてくれよ」
>「我々にとっては暗黒大陸は未知の世界だ――頼りにしておるぞ」
「ああ、任せてくれ。俺の実存に賭けて万難を排すと誓おう」
>「ですのですの。……だけど、ねえスレイブ様?」
門の前で大見得切らんばかりのスレイブを、フィリアが呼ぶ。
もはや通達事項は全て終えたつもりのスレイブは、怪訝に思いながらも足を止めて振り向いた。
>「さっきの約束、守りますの。だけどもっと前にした約束も、ちゃーんと守りますの。
あなたが人間だからって意地悪されそうになったなら……その時は、わたくし怒りますの」
「………………!」
フィリアの言葉が、意味を伴って浸透するまでに少しばかりの時間を要した。
そうして、これまで望むべくもなかったことを、ようやく手に出来たのだと気付いた。
悪意と敵視の色濃く残るこのキアスムスにおいて、何に代えても彼女たちを守らねばと思っていた。
身を挺してでも護る。それは、自分がやるべきことで、自分にしか出来ないことだと認識していた。
だがこの小さな女王は、スレイブを守り、スレイブの為に怒ると言ってくれた。
――この俺を案じ、助けになろうとしてくれている者がいる。
あるいはもっと前から、バアルフォラスやジュリアンや、シェバトの人々にスレイブは助けられてきた。
その事実を、フィリアの意思表示によって、ようやく実感として気付くことが出来たのだ。 「……頼りにしてるよ、我が王」
心の底から湧き上がる快さが頬を緩ませ、それを彼女に見られるのが気恥ずかしくて、スレイブは踵を返した。
誰かが後ろで支えてくれていることの、そこに背を預けられることの、なんと心強いことか。
この気持ちをこれまで知ることなく生きてきたのが、ひどく口惜しく思えた。
大門を潜れば、そこはダーマ有数の経済領域、キアスムスだ。
歴史を感じる石畳は凹凸なく磨き上げられ、鮮やかな屋根の連なりは絵画を思わせる。
浮遊樹の蕾をつかった遊泳広告が空を所狭しと飛び交い、一つ目の使い魔が大荷物を担いで往来していく。
街の至るところに設置されている噴水では、水棲系の種族が身体を潤わせるために列を作っている。
「赤く塗られた道は踏まないようにな。そこは"魔族専用"なんだ」
大通りのど真ん中を縦断するように区分けされた道がある。
魔族が平民と同じ道を歩くなどあってはならないという通念のもと整備された専用通路『紅路』だ。
時折はみ出して進む馬車が止められ、従者が折檻を受けている光景もこの街では日常として認識されている。
「馬鹿馬鹿しい儀礼に思えるかも知れないが……こうした権威付けは珍しくもないんだ、この国では」
祖国の恥部を晒すようで苦虫を噛む思いだった。
王都などはもっと酷い有様で、紅路に踏み出した幼子と飼い犬が揃って魔族に切り捨てられたこともある。
もしもその斬首役にスレイブが選ばれていたら、おそらくその日のうちに自分の喉を掻っ切っていただろう。
街に入って早々沈んでしまった気分を切り替えるように、スレイブは頭を振った。
「悪いことばかりの街ではないことは確かだ。店を選べば食事は美味いし、土産物には事欠かない。
多様な街との交易と、多種な民族の共同体が織りなす文化は、キアスムスならではのものと言って良い。
音楽は好きか?"キアスムス・サウンズ"というこの街に端を発する音楽文化があってな。
収音盤が露店で安く手に入ることもあるから、気になったら一度聴いてみると良い」
>「……ここはいつ来ても変わんねえな。ごちゃ混ぜのいい街だ」
より深く街を知るジャンは、懐かしさと目新しさのないまぜになった表情で街を見回している。
>「そうだな……ごちゃ混ぜ感がどこかアスガルドに似ておる」
「アスガルドの料理は美味いのか?岩毒トカゲの舌の串焼きなんかは向こうじゃ禁止食材になっているだろう。
ここではご禁制の食材も豊富に手に入るぞ。毒を呑んでも死なない頑健な胃袋を持つことが前提だがな」
エルフや純人のような、"比較的"消化器官の弱い種族が多数を占める国では毒として認識されている食材も、
魔族や亜人種が多いこの国では有り触れた日常食の一つだ。
毒はあるが安くて美味いといった料理は、おそらく他の国でお目にかかることは一生あるまい。
>「この街には王立図書館の本館も置かれているがどこか似ているのはそのせいかもしれないな。
置かれている、といってもダーマが実際に作ったわけではなく
この地がダーマの傘下に入るずっと前からあった図書館を、王立図書館として指定したらしいが」
>「それって地下無限ダンジョンの噂があったりはせぬか?」
ジュリアンが白い目でティターニアを見たので、スレイブは慌てて両者の間に割って入った。
「王立図書館はダーマの黎明より更に昔、古代文明が隆盛の頃からある建物だ。
第一から第百まである封印書庫もまだ半分程度しか解放されていなくて、半ばダンジョン化していると聞いたことがある。
貴女の言う無限地下ダンジョンがあるかは分からないが、ダーマが入手出来ていない知識が眠っているのは確かだ」
ユグドラシルの解析技術を使えば、王立図書館に秘められた古代の知慧を紐解くことが出来るかもしれない。
情報収集の一つの手段として考えておくべきだろう。 >「そろそろラーサ通りだ。魔族の連中はまずここに来ねえから、安心してうろつけるぜ」
そうこう言っているうちに当面の目的地、ラーサ通りが見えてきた。
ここまで来れば一安心とばかりに弛緩した一同の空気を再び切り裂くように、ガラスの割れる音が響いた。
スレイブ達の歩くすぐ傍の地面に、グラスの破片と鮮血のような色のワインが飛び散っている。
見上げれば、傍の酒場の階上から、二人の魔族がこちらを睥睨していた。 >「おっと、これは失礼。宮仕えの騎士殿に我らから一杯、奢らせて頂こうかと思ったのだが……手が滑ってしまった」
スレイブは左手でティターニア達を制しつつ、魔族達と目を合わせる。
「悪いが仕事中に飲酒はやらない主義だ。それに公務の最中に民から品を受け取ることも禁止されている」
スレイブは"民"の部分に思い切りアクセントを付けてそう答えた。
人間如きに一市民扱いされた魔族達に、露骨な嫌悪感が満ちたのがここからでも分かった。
しかし相手もさる者、怒りを露わにすることもなく、持っていたワインボトルを再び『手が滑る』ことで落とすに留まる。
(これは受けておくか……)
スレイブは自らワインを引っ被る位置に移動した。
一種のヘイトコントロールだ。挑発の応酬の果てに、スレイブが一方的に害を被ることで魔族側も溜飲が下る。
こうしてガス抜きをしておけば、少なくともスレイブ以外の者たちが闇討ちに遭うことはないだろう。
ダーマで生きる中で半ば否応なしに身につけた、被虐者の処世術であった。
――果たして、ワインボトルは頭上へ振ってはこなかった。
自由落下するボトルはある高度で停止し、バネ仕掛けのように再び魔族の手元へと返っていく。
勢いをつけて返ってきたボトルはそれを掴み損ねた魔族の額にぶち当たった。
「!?」
不可解な現象に動揺する魔族とは裏腹に、スレイブの目には全てが見えていた。
フィリアが秘密裏に糸を伸ばし、ボトルと魔族の額とを繋げて伸縮させたのだ。
>「……行きましょ、ですの。ラーサ通りまで追っかけてきたら、今度はもっと恐ろしい目に遭わせてやりますの」
素知らぬ顔で一同へ先を促すフィリアに、スレイブは苦笑しつつ従った。
フィリアは自分の言葉を違えない。守ると言ったら必ず守ってくれるのが彼女の美徳だ。
しかし、こんな調子で一行を取り巻く悪意の全てに応報を加えていれば遠からず逃げ場を失ってしまうだろう。
ならば、騎士を庇護する女王を護るのもまた、騎士の役目だ。
「大丈夫だ。連中はもう俺達を追うことは出来ない」
腰元で謎の咀嚼音を立てる魔剣を撫でながら、スレイブは女王に耳打ちした。
――酒場の魔族は、額を抑えながらついに激昂した。
口汚い言葉で届かぬ罵りを叫びながら、ワインに濡れた髪を振り乱し、去りゆく一行に天誅を加えんと身を乗り出す。
共に食事を採っていたもう一人の魔族に「追うぞ」と声を掛けた。
相方の魔族は、目を輝かせて机の上のピラフを頬張っていた。
「このごはんおいしいね!」
「…………は?」
この状況で、中年に差し掛かった男のものとは思えぬ言葉で食事の感想を述べる相棒の姿に魔族は声を失った。
そして自身も着席し、先程までの怒りもどこへやら、自分の席にあるパスタを一口啜って声を取り戻した。
「ごはんおいしー!」
中年魔族二名の突如の変貌に、酒場の店員も酔客も区別なくドン引きする。
知性を失ったとしか思えない意味不明な謎の痴態は、彼らが正気を取り戻す一刻後まで続いた。 ――所変わってラーサ通り、一行は『飛び出す目玉亭』なる料理屋で小休止をとっていた。
どこの街でも酒場と料理屋は情報の集まる場所であることには変わらず、聞き耳を立てれば様々な噂話が飛び交うのが分かる。
どこぞの村で魔物が凶暴化したとか、ダーマの魔王の体調が思わしくないとか、憶測と伝聞混じりの分別なき情報達だ。
「魔物の凶暴化が気になるな。確か指環が目覚めた影響でそうした事件が起きることがあるんだろう」
バジリスクの揚げ尾肉に齧り付きながらスレイブは呟いた。
彼の目の前にはその他にもアッシュボアの中落ち煮、メープルトライアドの樹液スープ、ワイルドカロットの切り身など、
ダーマ特有の食材を使った料理が所狭しと並べられている。
シェバトを発つ際にケツァクウァトルが早起きして作ってくれた弁当はとっくに胃袋の露と消え、彼は空腹だった。
どうにもシェバト解放戦の後から妙に腹が減りやすい気がする。
「街の外縁で凶暴化した魔物をいくつか狩ってみるか?肉体の変質などから手がかりが掴めるかもしれない」
スープを飲み下してから、スレイブは声を落とす。
「……やはりネックになるのは当面の拠点だな。何日か街に腰を据えて調べるのなら、宿の確保は必須だ。
だが貴重な道具や資料を抱えてキアスムスの宿に泊まるのは色々と不用心過ぎる」
いちいち飛空艇まで引き返していたのでは何日あっても時間が足りない。
ジャンの故郷を訪うという重要な予定も後に控えているのだ。出来る限り効率よく捜索したい。
「信頼のおける寝床が見付かれば良いんだが……」
>「キャー来ないで!」「そっちに行ったぞ!」「追えー!」「何をしている早く捕まえろ!」
その時、往来の方から悲鳴と助けを求める声が飛んできた。
顔を上げれば、土煙の向こうから暴威の気配が音を伴って近付いてくるのが分かる。
>「……思いっきり入ってきておるな」
「件の凶暴化した魔物か!こっちに向かって来てるぞ!」
串に刺さった最後の肉を急いで胃の中に収め、傍に立てかけてあった剣を引っ掴んで店を出る。
既に姿の見える距離に複数の魔物がいた。アックスビーク、暗黒大陸固有の鳥系魔獣種だ。
その最たる特徴は岩をも刳り取ると言われる巨大かつ堅牢な嘴で、地を走る為に強靭な脚力を併せ持つ。
だが本来のアックスビークは家禽に出来る程度には温厚で、このような暴走は珍しい。
まして、キアスムスの衛兵が太刀打ち出来ないような強力な魔物ではなかったはずだ。
>「勘弁してくれ! この店を始めるのに何年かかったと思ってるんだ……!」
店主のサイクロプスが、絶望に駆られて声を上げた。
亜人種である彼がキアスムスで商売の許可を得て、店を持つまでには相当の努力と苦労があったのだろう。
この街の商売人の多くが広場や通りで露店を出すに留まっているのがその証左だ。
「店長、貸し一つだ。食事代はまけてくれよ……!」
店を出る直前、スレイブは店主にそう囁いた。
冒険者に対する依頼という形にしなかったのは、"人間に頼った店"という風評が立つのを防ぐためだ。
街の外で微かな手がかりを求めて魔獣狩りをする手間が省けたと思えば、この程度のトラブルは物の数にも入らない。
「ジャン、魔物が大通り方面に飛び出さないように頼む。当局にラーサ通りを踏み荒らす口実を与えたくはない」
ラーサ通り方面から魔物が出てきたと大通りの魔族達に知れれば、官吏がここへ踏み込む契機となるだろう。
『街の治安の為』という名目のもと、如何なる蹂躙がラーサ通りで行われるかは想像に難くない。
スレイブ達がここに逗留していることが広まるのも都合が悪い。
「店に向かってくる連中は俺が始末する」 言葉の緊迫感とは裏腹に、スレイブの挙動は静かなものだった。
鞘から抜き放った長剣を、力みのない構えでアックスビーク達へと向ける。
そのまま加速する魔物とすれ違った瞬間、スレイブの剣が魔物と同数だけ閃いた。
アックスビークのけたたましい鳴き声が不意に止む。
衛兵達が束になって制止しても止まらなかった筋肉質な脚部が、ゆっくりと動きを落とし、バランスを保てずに転倒した。
そのまま沈黙する。魔物たちは傷一つない肉体のまま、眼球だけをぐるぐると回して昏倒していた。
スレイブの一撃は至極単純な剣閃であった。
駆け抜けるアックスビークの頸部めがけて、正確に一度刺突を繰り出す。
ただそれだけの動きを常人の目には追えない程の速度で行った結果、血の一滴も零すことなく魔物達の延髄を破壊。
脳と四肢とを繋ぐ神経を断ち切り、生きたままに動きを封じたのだ。
凄まじい速さで刺突を繰り出す剣士のスキル『瞬閃』。
獲物の延髄を貫き鮮度を保ったまま動けなくするハンターのスキル『ノッキング』。
それらを高度に複合させたスレイブ独自の剣技だ。 「癒やしの魔法を掛ければ元のように動けるようになる。行動を観察する標本には十分だろう」
神速の刺突によって麻痺させたアックスビークは5頭。
返り血はおろか脂すら付いていない剣を習慣で払ったスレイブは、それを鞘に収める。
チン、という鍔鳴りの音に弾かれるようにして、近くの残骸と化した露店のテントが弾け飛んだ。
剣閃を逃れたアックスビークが1頭、そこから飛び出していた。
「隠れていたのか……!」
テントに頭から突っ込んでもがいていたが為にスレイブとすれ違わなかった最後の1頭が、
『飛び出す目玉亭』目掛けて突進を再開する。
無駄に勿体ぶって納剣していたスレイブは追いかけようとするが、既にアックスビークは店の間近に迫っていた。
「間に合わない……!逃げろ!!」
更に間の悪いことに、頭を抱えて震える店主のサイクロプスとは別に、黒いコートを羽織った女性が立っている。
突然の事態に逃げ遅れでもしたのか、女はそこから身じろぎ一つせずに迫る運命を諸手で迎えた。
激突もあわやと思われた瞬間、黒い刃がアックスビークの足を薙ぎ払った。
「!」
脚を失ったアックスビークの身体が石畳に触れるよりも早く、ニ閃、三閃と刃が踊る。
首を絶たれ、宙を舞う頭部さえも地に落ちるより早く両断した絶技の使い手は――先程の女。
人間ではない。小柄な体躯はヒトに似た四肢を持つが、肌を彩る色が決定的に違った。
深く、濃い、青――ヒトの持つ赤い血潮とは無縁の、強い魔性を宿す色。
魔族だ。
(ラーサ通りに、魔族だと……!?マズいぞ……!)
この魔族はキアスムスの駐在官と通じているだろうか。
少数であるが故に同胞意識の強い魔族達は、異なる職にあっても繋がりを持っていることが多い。
通りで起きた騒動を、他の魔族に伝えられでもしたら。
スレイブ達がこの辺りに逗留し、何かを探していることが露呈でもすれば。
指環の勇者一行はおろか、ラーサ通りに生きる全ての者に危険と災いが降りかかりかねない。
(使うか……バアルフォラス……)
魔剣の力を使えば、不都合な情報を得た記憶を『喰い散らかし』、忘れさせることはできるだろう。
しかし敵対してもいない相手に、例え相手が魔族だからとて、魔剣を振るうのには躊躇いがあった。
そうしているうちに剣をかき消した魔族がこちらを振り向く。
銀の髪の下で無感情に揺れる金色の美しい双眸が、スレイブの顔を捉えた。
>「……ディクショナル様?」
――スレイブの名を呼んだその魔族の容貌に、彼もまた、覚えがあった。
魔剣に伸ばしつつあった手を翻す。
ラーサ通りに現れた魔族に、警戒を抱いているであろう仲間達に対する『問題ない』のサインだ。
>「……あ、あの、ディクショナル様。私の事を覚えていらっしゃいますか?
ええと……王都で何度かお会いした……シノノメです。その、トランキル家の……」
黙ってしまったスレイブに対して、不安を滲ませたシノノメが声をかける。
スレイブはすぐに、忘れていたわけではないとばかりに態度を取り繕った。
「ああ……ああ。済まない、あまりに久しぶりだったから少し驚いただけだ。
トランキル卿――貴女のお父上には王都に居た頃から目を掛けて頂いていた。
……キアスムスの執行官になっていたのか」 彼女の名はシノノメ・アンリエッタ・トランキル。
トランキル家はダーマ王府お抱えの司法執行官の家系で、彼女はその末裔だ。
王都駐在時に、面識がある――主に彼女の父親が持つ技術を頼っての面会だったが。
スレイブがアックスビークに対して使った剣技も、下敷きになっているのはトランキル家の拷問技術の転用だ。
生かしたまま四肢の動きを封じ、生殺与奪の権を握る、より残酷な使い方のできる技。
そういう意味では、彼女の父親はスレイブの剣の師の一人とさえ言える。
数年前に最後に会ってからシノノメは随分と様相が変わってしまったように思える。
当時のスレイブに他人を気にかけるような余裕がなかったのは確かだが、
それでもシノノメという女性がまだ少女に近かった頃、彼女はもっと感情表現が豊かだったのを覚えている。
今のシノノメは、まるでそういう形に彫り込まれた彫像にも見えた。
>「もし覚えていらっしゃるなら、どうか私の頼み事を聞いてはもらえませんか。
難しい事ではありません。ただ食料を、私の代わりに買ってきて欲しいのです。
お金は私が出します。それとは別に礼金も支払います。キアスムスにいる間の宿も提供します」
>「……トランキル家の屋敷で良ければ、ですが」
「……事情は理解しているつもりだ。だが少しだけ待ってくれ、俺の仲間にも話を通す時間が欲しい。
気を悪くしないでくれ。状況が状況だ、貴女のことを端的に紹介する。場所を移そう」
トランキル家の『事情』――それは、"首切りトランキル"の名を聞いて逃げ出す人々の姿で推し量れる。
魔族が他種族に対して絶対の上位にあるこの国で、トランキル家の者だけは、魔族でありながら石を投げられる側だ。
十秒歩けば両手一杯の食事が買えるこの商店通りのど真ん中で、食料品の買い出しを他人に頼む理由は、
決して伊達や酔狂の類ではないということである。
スレイブは客が全員逃げた『飛び出す目玉亭』に仲間たちとシノノメを誘った。
サイクロプスの店主はシノノメとその同行者達を追い出す権利があったが、しかし何も言わずに黙認した。
彼なりの義理の通し方だったのかもしれない。
「彼女はシノノメ・トランキル、見ての通りの魔族だ。だが大通りにいたような魔族連中とは……違う。
すぐに信頼しろとは言わないが、少なくとも彼女に対して、他と同様の警戒はしなくても良い。それは、俺が保証する」
散々魔族の暴虐を語った手前どう紹介したものかスレイブは大いに悩んだが、結局そのまま喋ることにした。
「俺が王都に居た頃、ジュリアン様が亡命して来るまでお世話になっていた恩人の娘さんだ。
お父上はまだ王都に?……いや、積もる話は腰を落ち着けてからだな、済まない」
旧知の紹介の仕方など誰も教えてくれはしなかったので話がとっ散らかる。スレイブは頭を抱えた。
長い間魔剣の力で馬鹿になって過ごした弊害がこんなところに出てくるとは思わなかった。
結局の所、冒険者に対して通りが良い話の持っていき方はこうだろう。
「あー……彼女から仕事の依頼だ。内容は市場における食料品の調達。
報酬は金銭と――おそらくキアスムスで最も安全な宿の提供だ」
トランキル家の屋敷には、誰も近付かない。
都市内の一等地に立っているにも関わらず、周辺は寒村のように静まり返っている。
裏を返せばそれは、近付く者が居れば確実に察知でき、警戒網の構築も非常に容易だということでもある。
キアスムスで情報収集をする為に信頼できる拠点を探していた一行には、まさに渡りの船とさえ言える。
「どうする?受けるか?」
【シノノメを仲間たちに紹介し、仕事を仲介】 【代理投稿乙だぜ。おれもNGワード回避にめっちゃ手間どっちまったし避難所の確認も心がけるぜ】 >「ねえ知ってる? 最近この近くのなんとかっていう村で凶暴化した魔物がよく出るんですって」「きゃーこわーい」
>「魔物の凶暴化が気になるな。確か指環が目覚めた影響でそうした事件が起きることがあるんだろう」
「イグニス山脈とアスガルド、両方とも魔物が暴れてたな。
この辺りじゃそこまで狂暴な魔物はいないから大丈夫だとは思うけどよ」
ドレイクの尻尾焼きを皿から手づかみで掴んでは食いちぎる合間、
スレイブのつぶやきにジャンはそう答えた。
看板メニューの"飛び目玉の丸ごと煮"は人間やダークエルフが食べると体調を崩すということで
ジャンとフィリアが二人で平らげてしまったが、オークと昆虫族には影響はない様だ。
「ユグドラシアで食ったゆで卵だったか?あれに似た味だな、これ」
>「街の外縁で凶暴化した魔物をいくつか狩ってみるか?肉体の変質などから手がかりが掴めるかもしれない」
「指環の影響で肉体まで変わっちまったってのはありうるな。
……その肉の揚げ物一個くれ。前に店主が露店で出してた奴で好きなんだよ」
>「キャー来ないで!」「そっちに行ったぞ!」「追えー!」「何をしている早く捕まえろ!」
>「任せろ――ぎゃあ!」「ああっ、トムが蹴っ飛ばされた!」
ジャンがバジリスクの揚げ尾肉を口に放り込んだ直後、悲鳴が外から聞こえてきた。
喧嘩や言い争いはラーサ通りではいつものことだが、それとは明らかに違う雰囲気だ。
>「……思いっきり入ってきておるな」
>「件の凶暴化した魔物か!こっちに向かって来てるぞ!」
どうやら通りにアックスビークの群れが入ってきたらしく、衛兵たちが止めようと四苦八苦している。
この魔物、さらに細かい分類をするなら鳥系魔獣だが鳥にも関わらず空を飛ぶことはできない。
ハーピーやワイバーンに空を追われ、地に逃げた魔獣が過酷な環境を生き延びるために
足と嘴を進化させたのがこの魔物だと言われている。
繁殖期以外は温厚であり、肉、卵が美味。さらには粗悪な鉄程度なら砕く嘴は武器にも転用できると
無駄がなく、暗黒大陸では王国成立以前よりも昔から家畜化されている。 「……繁殖期にはまだ早えぞ!」
慌ててジャンは残っていた飛び目玉の丸ごと煮のスープを飲み干し、
手で口を拭うと立てかけていたミスリルハンマーを持って飛び出した。
>「ジャン、魔物が大通り方面に飛び出さないように頼む。当局にラーサ通りを踏み荒らす口実を与えたくはない」
「おうともよ!特に"首切りトランキル"が出てきたら面倒どころじゃねえぞ!」
ラーサ通りから中央広場に続く道は衛兵たちが守ってくれているが、
横道にアックスビークが入りこまないとも限らない。
魔族が万が一怪我でもすれば、間違いなく通りの責任者の首が物理的に飛ぶだろう。
「まだ生きてんなら、ラーサ通りは"紅葉"のガレドロ爺が顔役やってるはずだ!
あの爺さんには世話んなった、死なせるわけにゃいかねえ!」
そうジャンは叫んで、横道に逃げようとする4体のアックスビークたちを追いかける。
アックスビークの脚力はかなりのものだが、それは地面を踏み込めるからこそだ。
石畳が敷き詰められ、木箱や露店が立ち並ぶラーサ通りでは本来の速さは発揮できない。
一方ジャンは戸惑うことなく通りを走り、アックスビークたちに追いつくと
まず前を走っている二体の首を両の腕で掴んで勢いに任せ、思い切り振り回した。
それだけで後ろの二体も巻き込まれ、身体を壁に叩きつけられて気絶する。
「おっしゃあ!残りは……」
残りのアックスビークは衛兵に捕縛されたり、他の冒険者に仕留められたりと
大方通りから外に出ることなく済んでいるようだ。
>「間に合わない……!逃げろ!!」
隠れていたのか、なんと一頭のアックスビークがまだ先程の店に向かって走っていた。
他の仲間は運悪く離れたところにいて、気づいてこちらに来る頃には店に突っ込んでしまっているだろう。
しかも黒いコートを纏った女性がアックスビークの進路上に立っている。
このままでは吹き飛ばされる、そうジャンが思った瞬間だった。 突然アックスビークの脚が切断され、首が両断されたのだ。
ジャンが瞬きするより早く一連の動作を行ったのは、黒いコートの女性。
青い肌に銀の髪。瞳は金色という、明らかに魔族の特徴を持っていた。
>「……あ、あの、ディクショナル様。私の事を覚えていらっしゃいますか?
ええと……王都で何度かお会いした……シノノメです。その、トランキル家の……」
>「ああ……ああ。済まない、あまりに久しぶりだったから少し驚いただけだ。
トランキル卿――貴女のお父上には王都に居た頃から目を掛けて頂いていた。
……キアスムスの執行官になっていたのか」
魔族の女性はどうやらスレイブの古い知り合いだったようだ。
ぎこちない会話が続き、一行は再び『飛び出す目玉亭』に戻る。
>「彼女はシノノメ・トランキル、見ての通りの魔族だ。だが大通りにいたような魔族連中とは……違う。
すぐに信頼しろとは言わないが、少なくとも彼女に対して、他と同様の警戒はしなくても良い。それは、俺が保証する」
>「あー……彼女から仕事の依頼だ。内容は市場における食料品の調達。
報酬は金銭と――おそらくキアスムスで最も安全な宿の提供だ」
"首切りトランキル"、"死神トランキル"の噂はジャンも聞いたことがある。
その噂の内容を信じるなら、凄まじく不細工な顔に、ひび割れた皮膚。
罪人の死体を食べ、血を啜る趣味を持ち、腕が下手な癖に好みで処刑内容を変える魔族の恥さらし。
だが、目の前にいるトランキルは明らかに噂とは違う。
見た目は綺麗だし、アックスビークを仕留める時も見事な腕前だった。
「噂とは大違いだな、トランキルさん。
俺は処刑を見たことねえからパッと見じゃ分からなかったぜ」
いつものジャンとは違う、ややそっけない言葉を並べてティターニアの方を向く。
>「どうする?受けるか?」
「……ティターニア、悪いが俺は反対だぜ。
トランキルの家に住んでる、なんて街の人間に分かったら間違いなく情報収集はできねえぞ。
できれば一切関わらず、ここで話してることもなかったことにしたいぐらいだ」
そう言ってジャンはラーサ通りの奥、様々な植物が巻き付いた建物を指差す。
「ラーサ通りを取り仕切ってる植物族のガレドロ爺がやってる宿屋だ。
一階は酒場にもなってるし、あそこで悪さしようとするバカはいねえ」
『立ち並ぶ木々亭』と蔦で宿の名前が書かれている。
見れば冒険者らしき様々な種族が集い、こちらにも聞こえてくるほど賑やかだ。
「依頼である以上やってやるが、そこまでだ。
ここで情報集めるなら、ガレドロ爺に話通しといた方がいい。
でなきゃここ以外、魔族共がうろついてる場所で頭下げて集めることになるぜ」
そんなのはゴメンだ、と言わんばかりにジャンは腕を組んでトランキルを見る。
【最終的な判断はティターニアさんに丸投げで申し訳ないですが、
ジャンとしてはこう言わざるをえないので】 >「ユグドラシアで食ったゆで卵だったか?あれに似た味だな、これ」
「そうか……味は意外と普通なのだな」
ティターニアは、人間やエルフにとっては毒となる食材が使われた料理が平然と提供されていることにカルチャーショックを受けていた。
それも、オーク等の種族には根本的に毒ではないわけというわけではなく、
単に消化器官が丈夫だからまあ大丈夫というノリで皆平然と食べているらしい。
店で出てくる物の中に食べてはいけない物があるとはなんとも危なっかしい話だが、
人間とエルフは食べられる物は殆ど共通なので、スレイブが食べている物ならまず食べても大丈夫だろう。
>「街の外縁で凶暴化した魔物をいくつか狩ってみるか?肉体の変質などから手がかりが掴めるかもしれない」
とスレイブが提案するが、アックスビークの一団の乱入により、結果的に外まで狩りにいく必要は無くなったのだった。
>「ジャン、魔物が大通り方面に飛び出さないように頼む。当局にラーサ通りを踏み荒らす口実を与えたくはない」
>「店に向かってくる連中は俺が始末する」
>「おうともよ!特に"首切りトランキル"が出てきたら面倒どころじゃねえぞ!」
>「まだ生きてんなら、ラーサ通りは"紅葉"のガレドロ爺が顔役やってるはずだ!
あの爺さんには世話んなった、死なせるわけにゃいかねえ!」
スレイブがジャンに、アックスビークを大通りに出させないように要請する。
別にラーサ通りで飼育していた魔物が脱走したわけでもなく
たまたま外から入り込んだ魔物がラーサ通りから出てきたというだけでこの通りの住人のせいにされるのはおかしな話だが
ティターニアはここまでの道中で、ダーマの魔族至上主義とは何ぞやということを身を持って理解しつつあった。
魔族以外通ってはいけない謎の専用通路に、こちらが人間であることだけが理由の何の謂れもない唐突な嫌がらせ。
それも帝国の人間至上主義のような多数派側による少数派への迫害ではなく、ごく一部の支配階級によるその他大多数への絶対的支配。
まるでクラスで威張り散らすいけすかない奴の自分ルールが、何故かそのまま一つの国家の規範になってしまったような印象を受けるのであった。
そしてどういう経緯かは分からないがこのラーサ通りは魔族以外による一種の自治区を形成しているようだが、
魔族側としては気に入らないに違いない。
この通りからモンスターが出てきたと言って、こじつけてでも踏み込んでくる口実とするのはありそうな話だ。
そう察したティターニアは、ジャンと共に警備にあたる。
「――スネア!」
ジャン達の警備をすり抜け通りから出ようとしたアックスビークに、片っ端から躓かせて転ばせる魔法をかける。
もちろんそのままでは起き上がってしまうが、衛兵達が捕縛する時間稼ぎにはこれで十分だった。
店の方に向かったアックスビークは、何をどうやったのが、スレイブがその超常の剣技で一切の外傷のないまま完全に無力化していた。
これにて一件落着と思われたが――
>「間に合わない……!逃げろ!!」
一匹残っていたらしいアックスビークが店に突進する。
その先にいるのは、黒衣を纏った少女のように見える小柄な女性。
彼女は右手を黒い鎌に変化させたかと思うと、瞬く間に脚を薙ぎ払い首を切断してアックスビークの息の根を止めた。
元素を物質化して武器を形成する魔術に似ているが、身体自体の一部を武器に変化させていた。
その肌の色を見て、彼女が人間では無い事を確信する。
闇属性の元素で身体が構成されているというナイトドレッサー族――魔族の一種だ。
道中でちょっかいをかけてきた魔族のことを思い起こし警戒するティターニアだったが―― >「……ディクショナル様?」
>「……あ、あの、ディクショナル様。私の事を覚えていらっしゃいますか?
ええと……王都で何度かお会いした……シノノメです。その、トランキル家の……」
>「ああ……ああ。済まない、あまりに久しぶりだったから少し驚いただけだ。
トランキル卿――貴女のお父上には王都に居た頃から目を掛けて頂いていた。
……キアスムスの執行官になっていたのか」
「何だ、知り合いか」
スレイブの旧知の仲だということが分かり、少し警戒を解く。
>「もし覚えていらっしゃるなら、どうか私の頼み事を聞いてはもらえませんか。
難しい事ではありません。ただ食料を、私の代わりに買ってきて欲しいのです。
お金は私が出します。それとは別に礼金も支払います。キアスムスにいる間の宿も提供します」
>「……トランキル家の屋敷で良ければ、ですが」
>「……事情は理解しているつもりだ。だが少しだけ待ってくれ、俺の仲間にも話を通す時間が欲しい。
気を悪くしないでくれ。状況が状況だ、貴女のことを端的に紹介する。場所を移そう」
食料を買ってきてほしいとはどういうことだろうか、と疑問に思いつつ、促されるままに店に戻る。
食べ物屋ならその辺にあるし、増してや彼女は立場が強いはずの魔族だ。
>「彼女はシノノメ・トランキル、見ての通りの魔族だ。だが大通りにいたような魔族連中とは……違う。
すぐに信頼しろとは言わないが、少なくとも彼女に対して、他と同様の警戒はしなくても良い。それは、俺が保証する」
>「俺が王都に居た頃、ジュリアン様が亡命して来るまでお世話になっていた恩人の娘さんだ。
お父上はまだ王都に?……いや、積もる話は腰を落ち着けてからだな、済まない」
>「あー……彼女から仕事の依頼だ。内容は市場における食料品の調達。
報酬は金銭と――おそらくキアスムスで最も安全な宿の提供だ」
スレイブは、シノノメは恩人の娘だと話し、彼女からの依頼を持ちかけられたと告げる。
これだけ聞くといい事づくめに思えるが――市場で食料品を買ってくるだけでいいとはあまりにいい話過ぎて裏がありそうだ。
それを裏付けるように、ジャンの態度がどことなくおかしい。
>「噂とは大違いだな、トランキルさん。
俺は処刑を見たことねえからパッと見じゃ分からなかったぜ」
「処刑……だと?」
そこで、先ほどジャンが口走った"首切りトランキル"と目の前のシノノメがようやく結びつく。
流石に本人がいる場でその二つ名を口には出さなかったが、ジャンの態度から察するにどうやら間違いなさそうだ。
>「どうする?受けるか?」
>「……ティターニア、悪いが俺は反対だぜ。
トランキルの家に住んでる、なんて街の人間に分かったら間違いなく情報収集はできねえぞ。
できれば一切関わらず、ここで話してることもなかったことにしたいぐらいだ」
基本的に親切なジャンがどこか怯えたように拒絶を示すことから、なんとなく事情が飲み込めてきた。
ダーマでは魔族以外は些細なことで死刑になる上に、魔族の権威を知らしめるために見せしめのような悪趣味な処刑を行っていると聞く。
死刑を執行される側の異種族達から激しい恨みを買うことは言うまでもないが、同じ魔族からですらも恐れられ忌避されているのかもしれない。
自ら望んでなったのならまだしも、執行人の地位は本人が望む望まないに拘わらず世襲制で継承される。
判決が出ればそれに疑問を感じても判決通りに執行するしかなく、もしも拒否しようものなら自身が殺されかねない、そんな役回り。
彼女もまた、この国の歪んだ魔族至上主義社会の被害者と言えるだろう。 >「ラーサ通りを取り仕切ってる植物族のガレドロ爺がやってる宿屋だ。
一階は酒場にもなってるし、あそこで悪さしようとするバカはいねえ」
>「依頼である以上やってやるが、そこまでだ。
ここで情報集めるなら、ガレドロ爺に話通しといた方がいい。
でなきゃここ以外、魔族共がうろついてる場所で頭下げて集めることになるぜ」
王都暮らしが長かったスレイブと、近くに故郷がありこの地域に馴染みがあるジャンの意見が真っ向から対立する。
スレイブの恩人の娘を無碍にも出来ないが、今後の情報収集を考えるとジャンの意見も一理ある。
せめてもう少し角が立たない言い方が出来ないものかとも思うが
これも店主が見ている事を意識して、トランキル家とは一切馴れ合わない事をアピールするポーズなのかもしれなかった。
「依頼は受けよう。しかし宿まで世話になるのは申し訳ない――」
結局依頼だけ受けて宿の提供は丁重に遠慮するという、なんの捻りも芸も無い無難なところに落ち着こうとするティターニア。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
『立ち並ぶ木々亭』の方に視線を向けた丁度その時――店の前に「本日満室」の看板が置かれた。
「――あっ」
賑わいがここまで聞こえてくるほどの盛況っぷり。
酒場の方があれだけ賑わっていれば、宿も満室になっても不思議はないかもしれない。
ともあれ、これで宿の提供を丁重に遠慮することの難易度が跳ね上がってしまった。
「もしかしたら凶暴化した魔物を狩りに冒険者が集まっておるのかもしれぬな……」
そういえば、ジャンがイグニス山脈を訪れたのも、ラテがアスガルドを訪れたのもそんな感じの理由だった気がする。
「この調子では宿の確保も難しかろう。お言葉に甘えて世話になろう。
屋敷の出入りの際は隠密の魔術で姿を消させてもらうが気にしないでほしい。
我々は周囲を警戒せねばならない特殊な事情があるのでな――」
これは半分口実、半分事実といったところ。
屋敷への出入りを目撃されなければ、情報収集に支障をきたすことはないだろう。
そして事実として、すでに指環を4つ集めたとはいえ、いや4つも持っているからこそ、指環に引き寄せられいつ刺客が現れないとも限らない。
そういう意味では周囲が閑散とした屋敷は、不特定多数の冒険者で賑わう宿より安全と言える。
それに、街での情報収集で手に入るのは一般人レベルの噂に限られるが、
処刑執行人ともなれば普通には手に入れる事は出来ない裏の情報を知っているかもしれない。
加えて、闇の指環の情報を求めているところに闇の化身たる種族の彼女が現れたことに、奇妙な符号を感じるのであった。
「申し遅れたが我はティターニア。今はダークエルフを装っておるがハイランド出身のエルフだ。
何はともあれ――食料を買いにいかねばな。何か好きな物はあるか?」
最初にスレイブに依頼するときの彼女の様子がかなり切羽詰った感じだったので、相当お腹が好いているのではないかと思い、そう訪ねた。 >「……事情は理解しているつもりだ。だが少しだけ待ってくれ、俺の仲間にも話を通す時間が欲しい。
気を悪くしないでくれ。状況が状況だ、貴女のことを端的に紹介する。場所を移そう」
……良かった。どうやら、忘れられていた訳ではないみたいです。
だけど安堵のあまりに溜息を吐いてしまいそうになるのを、私は我慢しました。
その感情を吐露する事が、執行官として正しい事なのか、分からないから。
……トランキル家の編み出した闇魔法に、『マリオネット』というものがあります。
闇属性のエーテルを対象の体内に注ぎ込み、その動作を制限、あるいは操作する魔法。
「……いえ、こちらこそ申し訳ありません。私のような者が、声をかけてしまって」
その魔法を自分に用いれば……どんな表情も、浮かべずにいる事が出来ます。
それでいいんです。
ずっと無表情でいれば、人々は勝手に私の事を、残酷な執行官として見てくれますから。
そんな事を考えていると……スレイブ様は、客の逃げてしまったお店に入っていきました。 「あ、あの……」
ですが私にはその後が追えません。
執行官に敷居を跨がれる事など、この街の誰もが望まないでしょう。
待ち受ける嫌悪の表情に怯えながら、店主の方を見ると……彼は、私に見向きもしていませんでした。
もしかしたら……見なかった事にする、という事なのでしょうか。
……いえ、いちいち庶民の間にどんな風評が流れるかなんて、きっと祖父も父も気にしないでしょう。
だから……この店主がどんな心持ちで私から目を逸らしているかなんて、関係ありません。
自分にそう言い聞かせて、私はお店の敷居を跨ぎました。
……こうやって、どこかのお店に入るなんて事は生まれて初めての事で。
私は少し落ち着きなく、店の中を見回してしまいました。
>「あー……彼女から仕事の依頼だ。内容は市場における食料品の調達。
報酬は金銭と――おそらくキアスムスで最も安全な宿の提供だ」
そうしている間に、スレイブ様はお連れの方々に話を通してくれていました。
>「噂とは大違いだな、トランキルさん。
俺は処刑を見たことねえからパッと見じゃ分からなかったぜ」
>「処刑……だと?」
ですが返ってきた反応は……いえ、分かりきっていた事です。
誰だってトランキル家の死神に関わりたくない。当たり前の事です。
……祖父ならば、彼らの反応に毅然とした態度で立ち向かうでしょう。
執行官の任は王より賜りし、国家の正義に力を付与する誇るべき職務。そのような態度を取られる謂れはないと。
父ならば、彼らの反応など涼しい顔で受け止めてしまうでしょう。
むしろ彼らの認識をより強固なものにする為に、一芝居打つくらいしてのけるかもしれません。
ですが……私にはそのどちらにも、倣う事は出来ない。
私が祖父や父の真似をして、その後で何か失敗をしてしまったら。
その模倣を貫き通せなかったら。
人々は思うでしょう。
トランキル家の信念など、吹けば飛ぶような張り子に過ぎないと。
トランキル家の死神など、恐れるに足りないこけおどしだと。
……祖父のようにも、父のようにもなれない私が、出来る事はただ一つ。 >「どうする?受けるか?」
>「……ティターニア、悪いが俺は反対だぜ。
トランキルの家に住んでる、なんて街の人間に分かったら間違いなく情報収集はできねえぞ。
できれば一切関わらず、ここで話してることもなかったことにしたいぐらいだ」
>「依頼である以上やってやるが、そこまでだ。
ここで情報集めるなら、ガレドロ爺に話通しといた方がいい。
でなきゃここ以外、魔族共がうろついてる場所で頭下げて集めることになるぜ」
「……私の処刑を、見た事がない。それは意外ですね。
私の処刑、貧しい庶民には娯楽としてそれなりに人気なのですが」
オーク族の方が言葉を紡ぎ終えたところで、『マリオネット』で笑みを模り、そう言葉を返す。
これが私に出来る事……祖父のようにも、父のようにも、ならない事。
殺しを見世物のように取り扱う、愚者になれば……
私はトランキル家の中でも特段の出来損ないとして見てもらえる。
それは……何も間違った事ではありませんしね。
>「依頼は受けよう。しかし宿まで世話になるのは申し訳ない――」
「……そう、ですか」
願わくば、スレイブ様がどうしてあのように変化を遂げたのか。
その理由を彼から聞き出したかった。
……ですがこうなる事が、私の宿命だったのでしょう。
信念もなく他者の命を奪い続けてきた私が、運の巡り合わせに救いを求めるなんて……叶う訳も、 >「――あっ」
ダークエルフの方が、ふと何かに気付いたような声を零す。
彼女の視線を追って店の外を見てみると……『立ち並ぶ木々亭』の前に「本日満室」の看板が立てられていました。
……あのお店、そんな名前だったんですね。
>「もしかしたら凶暴化した魔物を狩りに冒険者が集まっておるのかもしれぬな……」
「この調子では宿の確保も難しかろう。お言葉に甘えて世話になろう。
屋敷の出入りの際は隠密の魔術で姿を消させてもらうが気にしないでほしい。
我々は周囲を警戒せねばならない特殊な事情があるのでな――」
「……ええ、勿論構いませんよ。私があなたの立場なら、同じようにするでしょう」
これは……これも、私の宿命と思っていいんでしょうか。
運は、私の望みを繋いでくれた。
卑しい、ヒト殺しであり、魔族殺しの私に、そんな事があってもいいのでしょうか……。
>「申し遅れたが我はティターニア。今はダークエルフを装っておるがハイランド出身のエルフだ。
何はともあれ――食料を買いにいかねばな。何か好きな物はあるか?」
深く考え込む私に、ダークエルフ……ではないんでしたね。
ええと、ティターニア様が再び私に声をかけます。
「好き嫌いはありませんが……もし良ければ、この街の料理を」
何が好きで、何が嫌いかなんて、聞かれたのは初めての事で。
私はつい正直に答えを返してしまいました。きっと、執行官らしくない答えを。 「え、ええと……その、この街の料理を、食べてみたいです」
今更前言を翻しても不自然なだけだと、私はそのまま言葉を言い切りました。
我ながら、子供みたいな事を……恥ずかしくて、顔色が、明るみを帯びるのを感じます。
魔法が術者の精神状態に影響を受けやすいように、
魔素で構成された私達ナイトドレッサーの体は、感情に応じてその色を変化させるのです。
きゅるるる……と、不意に店内に小さな、だけど聞き逃すはずのない音が鳴りました。
私の……その、お腹の音です。
『マリオネット』で表情は抑えられても……顔色の変化までは隠せません。
思わず自分の顔を覆った両手は、いつもよりずっと明るい色をしていました。
「で……ではよろしくお願い致します。
トランキル家の敷地は、ここから西……ラーサ通りと「シエロ」の間にあります。
付いて回るのはご迷惑でしょうから、お待ちしていますね」
シエロとは、どの街にもある魔族のテリトリーの総称です。
つまり、紅路が辿り着く先ですね。
そしてどの街においても、国から執行官に与えられる土地は、シエロの傍にあります。
より正確にはシエロと、それ以外の種族が住まう地区の中間に。
執行官が断ち切るべきは罪人の首だけではなく、魔族への害意もまた、という事です。
「使用人がいませんので、大したもてなしも出来ませんが……せめてこちらを」
懐から取り出した小袋の封を解いて、中身をテーブルの上に。
五枚の金貨を一枚と四枚に分けて、その両方をティターニア様の方へ。
「食料はその金貨一枚分で結構です。残りは報酬としてお受け取り下さい」
普段は一度見せた後で一枚だけを渡し、残りは後払いとするのですが……今回は、大丈夫でしょう。
これで、ひとまず話は終わり。
席を立ち、店の奥へ……出入りを見られて迷惑にならないよう、私は裏口から出ないといけません。
なので……これで一度、お別れです。
屋敷で待っている間に……顔色を、戻しておかないと。
……あと、水で空腹を誤魔化しておく必要もありました。
もうあんな恥ずかしい思いはしたくありません。
それに、食事よりも何よりもまず、優先すべき事がありますから。
屋敷に着いた彼らを客間に通し、礼を告げると、私はそのまま言葉を続けます。 「……改めて、お久しぶりですね、ディクショナル様。
ラーサ通りでは……一瞬、他人の空似かとも思いました。
王都でお見かけしていた頃とは……随分と、雰囲気が変わっていたものですから」
何が彼を変えたのか、私はどうしてもそれが知りたい。
「何が、あなたをそうも変えたのですか?
お連れの方……何か事情があると仰っていましたが。
その事情が、関係しているのでしょうか」
全てを問いかけてから、私は自分の声音が、職務中の響きに近づいている事に気づきました。
この機を逃したくないという焦りが、そうさせたのでしょう。
……非礼を詫びないと。
だけど……私は、トランキル家の出来損ない。
正義の番卒にも残酷な死神にもなれないなら、せめてそのように在らなくてはいけない。
だから、だから……私は、どうすればいいんでしょうか。
どうするのが正しい事なのでしょう。
それが分からないから……それきり私は、口を開く事が出来ませんでした。 >「噂とは大違いだな、トランキルさん。俺は処刑を見たことねえからパッと見じゃ分からなかったぜ」
スレイブの胡乱な紹介を経ても、シノノメに対するジャンの態度から険が抜けることはなかった。
当然と言えば当然の帰結ではある。
(ああそうか……ジャンは"トランキル"の名の持つ意味を、知っているんだったな)
ダーマに生きてきた者の境遇を思えば、シノノメに対して警戒を解くことが出来ないのは道理だ。
トランキルと同様に魔族社会の中では後ろ指さされる存在だったスレイブは、それ故に気にする余裕もなかったが、
彼女の家を取り巻く目線の全てに畏怖と侮蔑、何より敵意が満ちている。
>「……ティターニア、悪いが俺は反対だぜ。
トランキルの家に住んでる、なんて街の人間に分かったら間違いなく情報収集はできねえぞ。
できれば一切関わらず、ここで話してることもなかったことにしたいぐらいだ」
「ジャン」
かつて敵対していた時でさえ理解の姿勢を絶やさなかったジャンがここまで強硬な態度をとるのは、
それに足るだけの経緯と理由がある。
スレイブも遅ればせながら理解出来てしまって、だからジャンの言動を責めることなど出来るはずもない。
中途半端に諌める言葉を口にするだけに留まってしまった。
>「……私の処刑を、見た事がない。それは意外ですね。私の処刑、貧しい庶民には娯楽としてそれなりに人気なのですが」
ジャンの言葉に切り返すように、シノノメが微笑んだ。
それは友好の笑みなどではなく、もっと原始的な、獣が牙を剥く仕草に近かった。
魔族お得意の皮肉に沿って解釈するなら、『貧民であるジャンが処刑を楽しんでいないのは意外』と言っているようなものだ。
スレイブもまた眉を顰めた。
「……シノノメ殿。仲間の非礼は詫びる、貴女も挑発はやめてくれ。一線を超えるなら、俺はジャンの味方をするぞ」
低い声で恩人の娘に釘を刺す。これでお互いの立場は明確になってしまった。
魔族とそれ以外。執行官と冒険者。なあなあで済まそうと腐心していたスレイブは、恥じ入るように頭を振った。
「この状況で敵対する利がないのは貴女も同じのはずだ」
一方で、シノノメの表情にスレイブは違和感を憶えていた。
王都に居た頃の彼女は、それが肯定的であれ否定的であれ、もっと感情を顔に出す少女だったはずだ。
だが今のシノノメは、脳の指令に合わせて忠実に表情筋を動かしているだけのようにも思える。
ラーサ通りで再会した当初、記憶の中のシノノメと今の彼女が結びつかなかった理由がようやく分かった。
(エーテルを通した表情制御か。……鉄面皮とは、よく言ったもんだな)
つまるところ、微笑みは彼女なりの武装なのだ。
貴族や将校がいかめしい鎧に身を包んでその力を示威するように、シノノメもまた笑みを仮面のように被っている。
執行官は厳粛なる罰の体現者たれと言うのが彼女の父の教えだった。
そこに人格が介在することは許されず、ただ断頭台の刃の如く、罪人の首に落とされる一振りの剣となること。
処刑者という象徴性を維持するために、おそらくは意図的に、彼女は自分を切り離している。
>「依頼は受けよう。しかし宿まで世話になるのは申し訳ない――」
ジャンに水を向けられたティターニアは、剣呑な態度をとることさえなかったものの、トランキル家への逗留は辞退するようだった。
無理もあるまい。一朝一夕では埋めようのない亀裂が、シノノメと冒険者達の間には存在する。
今後のことを考えて顔を繋いでおくのが精一杯の譲歩だろう。
>「……そう、ですか」
ティターニアの言葉の行間を読んだのか、シノノメもあっさりと引き下がった。
これで良い。旧知を温めることが出来ないのは残念ではあるが、のんびりと腰を落ち着けていられないのも確かなのだ。
指環をめぐる旅の全てが終わったら、またキアスムスに来よう。積もる話はたくさんある。 >「――あっ」
ジャンの提案した『立ち並ぶ木々亭』への宿泊は、しかしのっぴきならない事情によって不可能となった。
すなわち、単純に客が入りすぎて満室になっていたのである。
>「もしかしたら凶暴化した魔物を狩りに冒険者が集まっておるのかもしれぬな……」
「考えることは皆同じということか……」
闇の指環の行方を探って魔物狩りに出ようとしていたのはスレイブ達だけであろうが、
魔物の発生に困っている人々がいるのは事実で、そこに冒険者の需要があることもまた事実だ。
ジャンが言うように、通りの顔役で安全な宿の提供者でもあるガレドロ某の元に多くの冒険者が集まるのは自明の理だった。
>「この調子では宿の確保も難しかろう。お言葉に甘えて世話になろう。
屋敷の出入りの際は隠密の魔術で姿を消させてもらうが気にしないでほしい。
我々は周囲を警戒せねばならない特殊な事情があるのでな――」
>「……ええ、勿論構いませんよ。私があなたの立場なら、同じようにするでしょう」
立ち消えになりかけていたトランキル家に居候する件が契約成立に落ち着くこととなった。
スレイブは立場上諸手を挙げて喜ぶことも否定的になることも出来ず、「悪いがよろしく頼む」とだけシノノメに伝えた。
「ジャン、事情が事情だ。あんたの気持ちは分かるがここは堪えてくれ。
この街での情報収集の妨げにならないよう、こちらも全力を尽くす。彼女にも約束させる」
差配にジャンがヘソを曲げるとも思えないが、『この程度で』と簡単に言ってしまえるほど問題の根は浅くない。
単なる主義主張の食い違いに留まらず、種族としての誇りにも直結する話だからだ。
「顔役に話を通しておくべきというのは俺も同感だ。……無論、トランキル家のことは伏せねばならないが」
ジャンがここまで信頼を寄せているからには、こちらの事情を汲んでくれる可能性もあるかもしれないが、
下手を打てばガレドロ某まで敵意の渦中に巻き込みかねない。慎重に動くべきだろう。
>「何はともあれ――食料を買いにいかねばな。何か好きな物はあるか?」
話を纏めつつあるティターニアが、シノノメに好物を問う。
先程まで警戒していた相手にそれを聞けるティターニアの竹を割るような快活さに、スレイブは苦笑が顔に出そうになった。
このエルフの底抜けのお人好しに、彼もまたシェバトで救われたのだ。
感化されたように、シノノメの硬質な表情がわずかに緩んだ。
>「好き嫌いはありませんが……もし良ければ、この街の料理を」
>「え、ええと……その、この街の料理を、食べてみたいです」
(食べてみたい、か……)
シノノメがキアスムスの執行官に着任して、どれくらいの期間を経たのだろう。
その間、一度もこの街の料理を口にしたことがない。
トランキルの宿命――そんな言葉で片付けて良いものではないはずだ。
「委細は分かった。王都じゃお目にかかれない屋台料理のフルコースを用意しよう」
その時、子猫の唸り声にも似た音が店内に響いた。
空腹に胃袋が悲鳴を上げる声。先程まで食事を取っていたスレイブ達が鳴らせるはずもない音。
シノノメ顔面を両手で覆っていた。深い青の肌に日が差したように明るみが灯る。
ナイトドレッサー特有の、表情とは異なる制御不能な感情表現に、スレイブは肩を竦めた。
……さしもの鉄面皮も、腹の虫までは黙らせられないらしい。
シノノメが聞いたらスレイブの首か自分の腹を斬りそうだったので、声には出さないでおいた。 >「で……ではよろしくお願い致します。
トランキル家の敷地は、ここから西……ラーサ通りと「シエロ」の間にあります。
付いて回るのはご迷惑でしょうから、お待ちしていますね」
シノノメは恥じ入った様子で経費と報酬を兼ねた金貨を置き、そそくさと店を出ていった。
金貨一枚。それは、例えばラーサ通りの住民層なら家族四人を一月食わせられる金額に等しい。
一日の食費と言うにはあまりに高額で、故に彼女がどれほど追い詰められていたかを実感する。
「なるべく保存の効くものを買っていこう。値段の交渉役は……ジャン、頼めるか」
旅慣れしていて、ラーサ通りの者たちにも馴染みのあるジャンならば、価格を吹っ掛けられることもあるまい。
シノノメの残した金貨を革袋に収め、一同は店を出た。
サイクロプスの店長が請求した飲み食いの金額は、明らかに食べた量より安いものだったが、スレイブは満額を出した。
「ここでのことは内密にしてくれ」
迷惑料兼口止め料のつもりだったが、店主は憮然として鼻を鳴らした。
「知ったこっちゃねえや。俺は何も見なかったし、うちは安く量を出すのがモットーだ。
わかったらもう行ってくれ、そこに転がってる鳥共の死体を片付けて、いい加減店を再開したいんでね」
見くびってくれるなとばかりに差し戻された金を、スレイブは目を伏せて受け取った。
己の立場の危うさを承知してなお、一つの筋を通した商売人の姿に敬意を払い、彼は踵を返した。
「……また来るよ」
店主はひらひらと手を揺らして答えた。
酒場の主と冒険者との間には、それで十分だった。
経費として渡された金貨は、そのままでは市場で使えない。
多くの屋台はこの額の貨幣に対して十分な釣りを用意していないし、金貨をおおっぴらに見せびらかせばならず者が寄ってくる。
そこで、まずは細かい紙幣や小銭に両替をする必要があるわけだ。
――それは同時に、シノノメが如何にこの街で金銭を使う機会に恵まれなかったかをも意味している。
あるいは、外様の行商に足元を見られ、必要以上の対価としてこの金貨を支払っていたのかもしれない。
「ダーマは今でも国内で貨幣が完全に統一出来ていないからな。
異邦の旅人が多く集うこの通りなら、両替商は目立つ場所にあるはずだ……あれだ」
スレイブの指し示した青いテントの建物には、天秤の紋章が掲げられている。両替屋を示すマークだ。
異国の通貨や国内の異民族が用いる通貨を両替し、貨幣価値の統一を行っている重要な職業である。
元来こうした要職には魔族が就くのがこの国での慣例だが、ラーサ通りでは独自の両替屋を運営しているらしかった。
店番のラミアはスレイブの渡した金貨を矯めつ眇めつ偽造がないか確認すると、金庫から紙幣の束を引っ張り出して机に放った。
「随分束が薄いな。純正金貨なら手数料を抜いてもこの倍の厚みになるだろう」
露骨なピンハネに不満を漏らしたスレイブへ、ラミアは獣臭い鼻息をこちらに吹き掛けて答えた。
「不満なら他あたりな。金貨なんぞ押し付けられたってねぇ、あたしらにゃこの街のどこでだって使えやしないんだ。
それともあんたがシエロの両替屋まで行ってこいつを正当な額の蛮貨に替えてくれるってのかい」
金は天下の回り物と言ったところで、使われなければ貨幣はその意味を為さない。
ラーサ通りの住民が高額な金貨を持っていても、それを使える高級な店は魔族の領域の中だ。
当然、彼らがそこまで出向いて金を使うことなど出来るはずもなく、文字通りの宝の持ち腐れに成り果てる。
彼らにとって額面通りの価値をもっているのは、彼らが『蛮貨』と自蔑の意味を込めて呼ぶ紙幣や銅貨だけだ。
「ババ引いてんのはこっちなんだよ。わかったら金貨か蛮貨どっちか持って失せな」
ラミアの切実な物言いに、スレイブは何も言い返せなかった。
当初の予算よりも大分目減りしてはしまったが、それでも指環の勇者達の胃袋を総動員しても食べきれない量の食事を買える。
これで買い物の準備は整った。 「ティターニア、ティターニア。ちょっと良いか」
ラーサ通りを巡って食料を買い揃えていく道中、スレイブは先行くティターニアの肩をちょいちょいと突付いた。
彼が手に抱える袋には、瓶詰めにされた『飛び目玉の丸ごと煮』が温かいまま入っている。
「『目玉亭』で持ち帰り用に詰めてもらったんだ。こいつは自費だが、シノノメ殿への土産にしようと思ってな」
彼はどこか熱に浮かされたような様子で、何時になく早口でまくし立てる。
「しかし、しかしだ。味の分からないものを他人に奨めるというのも些か同義を欠いた話だと俺は思う。
ジャンはうまそうにこれを喰っていたが、やはり味覚というのは人それぞれだし複数の感想を募るべきだろう。
誰かに食わせるものなれば、ちゃんと試食をしたうえで自信を持って美味いと言えるものを紹介したいからな。
だが俺達のような胃弱な種族は、こいつの毒素を中和しきれずに中毒になってしまう。だから食べられない」
毒抜きの加工というのも出来ないことはないそうだが、厄介なことに毒の成分は旨味の源でもあるため、
無毒なものはあまり美味しくないというのが定説とされている。
「そこでティターニア、俺の思い付いた解決策を聞いてくれ。
いいか、あんたは導師で当然解毒の魔法にも詳しい。そして俺も軍用の解毒魔法はそれなりに齧っている。
つまりだ、片方が毒のある食い物を喰い、相方がそこへ解毒魔法をかけ続ければ……中毒を防げるんじゃないか。
飛び目玉の丸ごと煮は幸いにも死に至るほどの毒じゃないから、失敗しても多少腹を壊す程度で済むはずだ。
これは一人じゃ出来ない。毒の中には神経に作用して、解毒魔法の発動をも阻害するものがあるからな。
二人以上じゃなきゃ駄目なんだ。二人ならできる。俺たちならやれる……!」
知的好奇心と食欲とに突き動かされて少年のように目を輝かせるスレイブは、端的に言ってドン引きモノだった。
単純な話、自分に食べられない物をジャン達が美味そうに食べているのを目の前で見せられて、羨ましかったのだ。
「流石に街中で無防備を晒すわけには行かないからな。宿に着いて気が向いたら声を掛けてくれ。
ははは、楽しみだな。どんな味がするんだろう。ゆで卵のようだとジャンは言ったが、中身は濃厚なんだろうか」
終始浮かれた足取りで市場を彷徨い歩き、やがて経費は全て食料の購入費へと消えた。
到底抱えきれない量の大荷物となったため、市場で借りた家禽の方のアックスビークに積んである。 トランキル家の屋敷はラーサ通りの果て、魔族居住区『シエロ』との境界にあった。
豪邸と言って良いだけの瀟洒さとは裏腹に、一帯を漂う空気は冷たく淀んでいる。
人影はおろか犬猫の類さえも姿を見掛けないのは、野生の本能がこの場所から遠ざけているとでも言うのだろうか。
事前の通達通り、幻影術で姿を消した一行は屋敷の裏手から敷地に入り、門扉を叩いた。 屋敷の広さに反して使用人や執事を一切雇っていないらしく、訪問には主人自ら応対に出てきた。
シノノメは何事もなかったかのように、あの彫像のような表情でスレイブ達を客間へと誘う。
この場へ足を踏み入れるのは初めてのはずなのに、妙な既視感を覚えるのは、王都のトランキル本家に似ているからだろう。
次期当主は、生活様式まで当代の教えに忠実のようだった。
「依頼の品はこれで全部だ。基本的には日持ちのするものばかりだが、一部足の早いものもあるから気を付けてくれ。
……話をするなら、茶は俺が淹れよう。警戒しているわけじゃない、市場で良い茶葉を仕入れたんだ。炊き場を少し借りるぞ」
スレイブは炊事場に立つと、手早く湯を沸かし、茶葉を煮出して人数分の紅茶を用意する。
手慣れた所作は、シェバトにいた頃に身に着けた動きだ。ジュリアンは紅茶を好み、ティータイムの用意は舎弟の仕事だった。
ケツァクウァトルが焼いてきたスコーンと一緒に三人で一息入れるのが日課の楽しみだったことを思い出す。
……当時は馬鹿になっていたので、魔剣にあれこれ指図されながら温度や手順を憶えたものだ。
「上手くなったもんだろう、バアルフォラス」
益体もなく独りごちてから、湯気の立つティーカップをそれぞれの卓に置いた。
スレイブが最後に着席すると、家主であるシノノメが口を開いた。
>「……改めて、お久しぶりですね、ディクショナル様。ラーサ通りでは……一瞬、他人の空似かとも思いました。
王都でお見かけしていた頃とは……随分と、雰囲気が変わっていたものですから」
「……色々あったからな。俺が王都を出て三年か、四年か……人相が変わるには十分過ぎる時間だ。」
シノノメは単に旧交を温めたくてここへスレイブ達を呼んだわけではないらしい。
彼女の興味は、スレイブの変容自体ではなく……その理由にあるようだった。
>「何が、あなたをそうも変えたのですか?お連れの方……何か事情があると仰っていましたが。
その事情が、関係しているのでしょうか」
シノノメの硬質な問いに、空気が冷えるのを感じた。 (…………さて、どうしたものか)
スレイブはシノノメに気取られないように、ティターニアとジャンへと目配せした。
『事情』とはすなわち指環を巡る諸問題に他ならない。理由を端的に説明することは簡単だ。
だが、多くの人々を巻き込みかねないこのナイーブな事情を、軽々に他者に話して良いものだろうか。
万が一にでも外部へ漏れれば、今度はこの屋敷が戦場へと成りかねない。
一方で、スレイブには妙な予感めいたものがあった。
闇の指環を探す旅路に、惹かれるようにして現れた闇の化身とも言うべきナイトドレッサーのシノノメ。
全ての運命に祖龍の繰糸が繋がっているのであれば、この再会も偶然ではないのかも知れない。
……それに、こうも張り詰めたような表情をしている旧知を、そのままにして置きたくないというのも確かな気持ちだ。
『俺は俺の経緯を伝える。指環について話すかどうかの判断は任せて良いか』
ティターニアとジャンへ軍用の短距離念話で声を送ってから、スレイブは紅茶を啜り、鼻から息を吐く。
「特別大きな転機があったってわけじゃない。ただ、肩の荷が下りたってだけだ。
あの頃の俺にとって、自分を取り巻く全てのものが敵だった。同胞も、隣人も、区別なく斬ってきた。
それを期待されていると感じていたし、期待通りに振る舞わなければ見限られることも知っていた」
選ぶ余地が無かった、とは思わない。
みっともなく生にしがみついていたからこそ、同胞殺しの罪を重ねる自分を止めることが出来なかった。
何のことはない、死を想いながらも、泥を啜って生きる道を自ら選んでいただけなのだ。
「そんな俺にも、寄り添ってくれる味方が出来た。俺と共に笑い、俺の為に怒ってくれる気の良い奴らだ。
そいつらに先日、俺の抱えるものを一つ、肩代わりしてもらった。
……風竜によって封鎖されていたシェバトが解放された報せは、キアスムスにも届いてるだろう。
俺は今、味方をしてくれる連中と、敵として死んでいった者達に応報する為に、旅をしている」
スレイブはそこまで一息に喋り切ると、温くなった紅茶で喉を潤した。
「だが変容に驚いたのはこちらも同じだ。その剣技に見覚えがなければ、俺はおそらく貴女のことに気付けなかった」
シノノメはスレイブの剣の師の娘で、共に学んだわけではないものの、捉えようによっては姉弟子とも言える。
トランキルの剣は活殺自在にして相手を生かすことはない。
苦しませずに瞬きの間に殺すことも、苦しみにのたうち回らせながら時間をかけて殺すことも思うがままだ。
彼女の父が振るう絶技の面影は、確かにシノノメの剣の中にもあった。
――逆に言えば、かつてのシノノメと今の彼女に通ずるものは、容姿を除けばそれだけなのだ。
「貴女も随分と様相が変わったように思える。
俺の知っているシノノメ・トランキルは、そんな張り詰めたような笑い方はしなかった。
この数年で、一体何があった?」
【依頼完了。指環の件を伏せつつ問いに答える。ついでにこっちからも質問をぶつける】 >「……私の処刑を、見た事がない。それは意外ですね。私の処刑、貧しい庶民には娯楽としてそれなりに人気なのですが」
魔族という種族はプライドの高さからか、あるいは身分の高さからか会話に皮肉を交えて話すことが多い。
それは同じ魔族に対しても、異種族に対しても同じだ。
文化と言ってしまえばそれまでだが、言われたジャンとしては到底納得できるものではなかった。
「野蛮なオークにゃお似合いの娯楽ってか?
随分と言ってくれるなあ、おい」
そう言うと椅子を蹴倒して立ち上がり、トランキルの黒いコート、その襟首を掴んだ。
トランキルは微笑んだまま顔を動かさないが、これは魔族故の余裕。そうジャンは考えて
お互いの鼻がぶつかりかねない距離にまで顔を近づけた。
「次ふざけたこと言ってみろ。てめえのにやけ面を二度とできないようにしてやる」
>「……シノノメ殿。仲間の非礼は詫びる、貴女も挑発はやめてくれ。一線を超えるなら、俺はジャンの味方をするぞ」
スレイブが割って入る。内容こそジャンに味方するものだが、
実際は『言い争いはここまで』という区切りのつもりだろう。
掴んだ襟首を離して、ジャンはまた椅子に座った。
言いたいことは言えたのだ。これ以上怒鳴りあっても話は進まない。
>「依頼は受けよう。しかし宿まで世話になるのは申し訳ない――」
ある程度収まったところで、ティターニアが妥協案を出す。
一番冷静に物事を考えられる彼女からそう言われたのであれば、ジャンも納得せざるを得ない。
>「――あっ」
だが、『立ち並ぶ木々亭』はジャンの想像以上に人気だったようだ。
店の前に置かれた「本日満室」の看板は宿屋が満室になったことを示している。
>「もしかしたら凶暴化した魔物を狩りに冒険者が集まっておるのかもしれぬな……」
>「考えることは皆同じということか……」
「……街道が魔物に荒らされちゃ面倒だからな。
報酬上げて一気に冒険者をかき集めるつもりだろうよ」
時間を置いて頭が冷えたのか、入れなかった理由についてジャンは語る。
顔は仏頂面だが、口調は冷静だ。
「ガレドロ爺は元は名うての冒険者だった。
冒険者を集めるにはどうしたらいいかってのはよく分かってる」
>「この調子では宿の確保も難しかろう。お言葉に甘えて世話になろう。
屋敷の出入りの際は隠密の魔術で姿を消させてもらうが気にしないでほしい。
我々は周囲を警戒せねばならない特殊な事情があるのでな――」
>「……ええ、勿論構いませんよ。私があなたの立場なら、同じようにするでしょう」 結局まとめ役であるティターニアとトランキルの間で話はまとまり、
一行は屋敷に泊まることになった。
>「ジャン、事情が事情だ。あんたの気持ちは分かるがここは堪えてくれ。
この街での情報収集の妨げにならないよう、こちらも全力を尽くす。彼女にも約束させる」
>「顔役に話を通しておくべきというのは俺も同感だ。……無論、トランキル家のことは伏せねばならないが」
「……悪い、スレイブ。面倒なことさせちまったな。
ガレドロ爺には明日俺が話しておく。…爺のことだ、もう知ってるかもしれねえがな」
>「え、ええと……その、この街の料理を、食べてみたいです」
ティターニアが依頼をこなすべくトランキルに好物を聞く。
返ってきた答えはジャンにとっては意外なものだった。
この国の支配階級たる魔族が、地元の料理を一つも食ったことがないとは!
(噂ほど豪華な暮らしじゃねえのか?……いや、まだ分かんねえな)
この暗黒大陸で生まれ育ったジャンにとって、魔族とは憎むべき圧政者であり、
いずれは打ち倒されなければならない者だ。
トランキルがどのような人物か、それが分かるまでジャンは態度を改めるつもりはなかった。
>「なるべく保存の効くものを買っていこう。値段の交渉役は……ジャン、頼めるか」
「任せとけ。金貨一枚ありゃ一日どころか二か月分は買えるだろうよ」
店を出て、まずは両替商に向かう。
ラーサ通りでも王国の純正金貨は使えるが、まず偽物かどうか数時間かけてじっくりと疑われる。
その後釣り銭が払えないと言われて店を追い出されるのが一般的だ。
ここで使われるのは銅貨、銀貨が主で、それも新品ではなく、混ざりものが多く純正品よりも価値が低いものだ。
>「ババ引いてんのはこっちなんだよ。わかったら金貨か蛮貨どっちか持って失せな」
スレイブとの交渉に苛立ちを隠せないラミアだが、ジャンとしては気持ちはよく分かった。
小ぎれいな身なりをしたヒトがダークエルフと昆虫族、それにオークを引き連れて純正金貨を両替してくれと来たのだ。
解放奴隷の成金が調子に乗り、奴隷兼護衛を連れて自慢していると思われても仕方ないだろう。
こうしてなんとか通りで使える資金を手に入れ、一行は食料を買い揃える。
「このイモ十個で銀貨一枚は高いぜ、小さいんだから銅貨七枚ってところだろうよ」
「ニクネズミの肉?だったらもっと安くできるだろ、大量に買うんだからまけてくれや」
「トムロン!お前店を任されてたのか!
……そろそろ売れなくなる時期だろうし、この塩漬け肉全部買ってくぜ」
途中、通りの店で明らかに値段を吊り上げてくる者もいたが
この辺りの食料の品質と相場を知るジャンが前に出て数分ほど話せば大体はまとまった。 >「ティターニア、ティターニア。ちょっと良いか」
食料を買い込んでいく最中、スレイブがティターニアに相談をしていた。
どうやらジャンが食べていた飛び目玉の丸ごと煮を何としてでも食べたいらしく、
解毒魔法をかけ続けることで味だけを純粋に楽しもうとしているようだ。
「……スレイブ。これやるから」
二人の話が終わったところで、ジャンが腰の革袋から黄色と茶色が入り混じった
奇妙な丸薬をスレイブに渡した。
「飲めばしばらく大体の毒は効かなくなるここの名物だ。
魔族どもの変人が調合した薬でな、わざわざ飛び目玉みたいな毒交じりの料理を食うためだけに作ったものらしい。
そんなに食いたいなら、さっき渡しておくんだったぜ……」
知性を取り戻してからのスレイブは、生真面目一辺倒かと思っていたが
この街に来てから愉快というか、普通のヒトなのだと思わせる部分も多く見られる。
「もしかして屋台飯って好きなのか?だったらラーサ通り以外の屋台もいくつか紹介できるけどよ」
他愛もない話を続けながら、一行はトランキル家の屋敷へと到着した。
庭は荒れるどころか木の一本も生えず、成長することを拒むかのように雑草は短いままだ。
屋敷は魔族らしく広く、豪奢なものだがヒトの気配は感じられない。
ティターニアに姿を隠す幻影術をかけてもらい、屋敷の裏手から敷地へ入ろうとする一行。
その瞬間、ジャンは自分を見る視線を背後に感じた。
「――!?」
振り向いてみても、この辺りにヒトはまるでおらず、ただラーサ通り側に、
様々な花が咲いている花畑があるだけだった。
「……やっぱり見てんのか、ガレドロ爺」
その中に一つ、大きな花びらを持つ花がこちらを見るかのように、花弁を大きく開いてこちらへと向けていた。
>「何が、あなたをそうも変えたのですか?
お連れの方……何か事情があると仰っていましたが。
その事情が、関係しているのでしょうか」
>『俺は俺の経緯を伝える。指環について話すかどうかの判断は任せて良いか』
屋敷へと入り、荷物を片づけた後全員が客間に集まった。
そしてトランキルがスレイブへと質問をぶつけ、それきり押し黙る。
『俺は話さねえ。まだ信用できねえからな』
指環を介してスレイブに念話を返し、スレイブがトランキルの質問に答えるのを待った。
>「貴女も随分と様相が変わったように思える。
俺の知っているシノノメ・トランキルは、そんな張り詰めたような笑い方はしなかった。
この数年で、一体何があった?」
「俺もついでに質問だ。この辺りで明らかに魔物が狂暴化してる。
さっきのアックスビークもそうだけどよ、いつからこうなってんだ?」 >「好き嫌いはありませんが……もし良ければ、この街の料理を」
>「え、ええと……その、この街の料理を、食べてみたいです」
食べてみたい、その言葉から推察されるのは、しばらくこの街に住んでいるだろうに、この街の料理を食べた事が無いということ。
改めて彼女の立場が推し計られた。
>「委細は分かった。王都じゃお目にかかれない屋台料理のフルコースを用意しよう」
「ああ、任せておけ」
気付くと、シノノメの肌色が明るみを帯びていた。
表情はおそらく魔術による制御、こちらが本当の感情を表していると思って良いだろう。
>「で……ではよろしくお願い致します。
トランキル家の敷地は、ここから西……ラーサ通りと「シエロ」の間にあります。
付いて回るのはご迷惑でしょうから、お待ちしていますね」
>「使用人がいませんので、大したもてなしも出来ませんが……せめてこちらを」
>「食料はその金貨一枚分で結構です。残りは報酬としてお受け取り下さい」
「シノノメ殿……」
渡されたのは、経費分の金貨1枚と報酬分の金貨4枚、計5枚。
経費分の前金だけ渡して残りは後払いにするのが冒険者に依頼する時の基本だが、全額を渡してきた。
その上、食料を買いに行くだけの依頼としては破格の報酬。
それだけ、地獄に仏が現れたかのような状況だったということだろう。
>「なるべく保存の効くものを買っていこう。値段の交渉役は……ジャン、頼めるか」
>「ダーマは今でも国内で貨幣が完全に統一出来ていないからな。
異邦の旅人が多く集うこの通りなら、両替商は目立つ場所にあるはずだ……あれだ」
ダーマは様々な国を属国にする形で、言ってしまえば烏合の衆状態のまま急速に国土を拡大してきた経緯がある。
強力な中央集権制や足並み揃えた連邦共和制で通過が統一され為替小切手のような物も流通している帝国やハイランドとは、勝手が異なる様子。
ダーマの社会事情は全くの門外漢のため、お金に関するあれこれはジャンやスレイブに任せておくことにした。
多少ピンハネされた気もするが無事に(?)両替を済ませると、この辺りの相場に詳しいジャンが活躍し、順調に買い物を進めていく。
そんな中、スレイブにつつかれ何事かと振り返る。
>「ティターニア、ティターニア。ちょっと良いか」
>「『目玉亭』で持ち帰り用に詰めてもらったんだ。こいつは自費だが、シノノメ殿への土産にしようと思ってな」
「初めてのキアスムス料理にしてはいきなり上級者向け過ぎぬか!?」
上品な類の料理しか食べた事がないであろうシノノメはどんな反応を示すだろうか。
小柄な少女のような外見のシノノメだが、そういえば魔族だから食べても平気なのか――と少し不思議な気分になる。
>「しかし、しかしだ。味の分からないものを他人に奨めるというのも些か同義を欠いた話だと俺は思う。
ジャンはうまそうにこれを喰っていたが、やはり味覚というのは人それぞれだし複数の感想を募るべきだろう」
「ま、まあ気になるなら虫族のフィリア殿に味見してもらえば……」
最初は生真面目なスレイブらしいな、等と思うティターニアだったが、どうも本音は他のところにある様子。
>「そこでティターニア、俺の思い付いた解決策を聞いてくれ」
なんとスレイブは、目を輝かせながら二人一組で解毒魔法をかけ続けながら食べれば大丈夫と力説し始めた。
知性を取り戻してからは真面目一筋とばかり思っていたスレイブのあまりの予想外の言動に
目を丸くして唖然と聞いていたティターニアだったが―― >「二人以上じゃなきゃ駄目なんだ。二人ならできる。俺たちならやれる……!」
「ふふっ、あははははは! 理屈で言えば確かにそうだが……」
食べている間中かけ続けるとなると、普通に考えれば相当な難易度である。そこまでの危険を冒してでも食べたいというのか。
スレイブの中にアホになっていた頃の面影をみた。
知性を食らわれたといっても人格自体が全くの別人になるわけではないため、当然と言えば当然である。
>「流石に街中で無防備を晒すわけには行かないからな。宿に着いて気が向いたら声を掛けてくれ。
ははは、楽しみだな。どんな味がするんだろう。ゆで卵のようだとジャンは言ったが、中身は濃厚なんだろうか」
スレイブはティターニアの返事を聞く前に、もう食べる気満々になっていた。
純粋な知的好奇心に突き動かされるスレイブに、研究者の中によくいる馬鹿なのか天才なのか分からない紙一重な者達と同じ素質を感じた。
新たな食の開拓に限らず学問の発展は、最初は荒唐無稽な挑戦から始まる物である。
「その見事なチャレンジ精神、しかと受け止めた!
そもそも現在の食文化というものは偉大なる勇者達の屍累々の上に成り立っているのだ。
しかし決してそなたを犠牲にはせぬ。導師ティターニアの名にかけてそのミッション、必ずや成功させよう」
もちろん学園の生徒同士がやろうとしていようものなら当然馬鹿なことはやめよと止めるところだが、ティターニアは腐っても高位術師。
絶対の自信に裏打ちされた発言であった。
と、盛り上がるだけ盛り上がった二人の会話を聞いていたジャンが、不思議な色の丸薬をスレイブに差し出した。
>「……スレイブ。これやるから」
>「飲めばしばらく大体の毒は効かなくなるここの名物だ。
魔族どもの変人が調合した薬でな、わざわざ飛び目玉みたいな毒交じりの料理を食うためだけに作ったものらしい。
そんなに食いたいなら、さっき渡しておくんだったぜ……」
「なんと、そのような便利なものがあったのか……!」
こうして、結果的に無謀な挑戦が行われることは無くなったのであった。
しかし"しばらく大体の毒が効かなくなる"とはさりげなく凄い効果ではないだろうか。
毒入りの食べ物を食べるという本来の用途だけではなく、毒の充満した地に踏み込む時などにも使えそうだ。
>「もしかして屋台飯って好きなのか?だったらラーサ通り以外の屋台もいくつか紹介できるけどよ」
一時はどうなることかと思ったが、和気藹々とシノノメの屋敷へ向かう。
あとはいざジャンとシノノメが顔を合わせてまた険悪な雰囲気にならなければ良いのが――と思いつつ、いよいよ屋敷の近くまで到達。
「――カメレオン」
全方位対応の背景への同化――つまり事実上の透明化の幻影術を全員にかけ、屋敷の裏手へと向かう。
その時だった。
>「――!?」
>「……やっぱり見てんのか、ガレドロ爺」
ジャンが花畑の方を見ながら呟いていた。
ガレドロは植物族らしいが、植物系の種族は、植物を通して周囲を知覚する術を持っていたりもすると聞く。
"やっぱり見てんのか"――その言葉から、単なるラーサ通りの総元締めという以上の何かを感じた。
しかし、その彼が一介の冒険者を監視する理由は何だろうか。
街の全域に"目"を持っていて全体的に目を光らせているということだろうか。それとも――
まさか、こちらが指環を持っているのを察知して監視しているのではあるまいな、と思うティターニア。
ジャンはガレドロのことを信頼しているようなので、滅多なことは無いとは思うが
本人がいくら善人だったとしても、目下の最大の敵は洗脳の術の使い手。
メアリ本人以外にも、あの教団には洗脳の術の使い手が一人や二人いてもおかしくはない。
大きな影響力を持つポジションにいる人物ほどそこを陥落させれば費用対効果は高いゆえに、油断は出来ない。
何はともあれ、屋敷に到着した一行はシノノメに出迎えられ、客間に通された。 >「依頼の品はこれで全部だ。基本的には日持ちのするものばかりだが、一部足の早いものもあるから気を付けてくれ。
……話をするなら、茶は俺が淹れよう。警戒しているわけじゃない、市場で良い茶葉を仕入れたんだ。炊き場を少し借りるぞ」
まずシノノメに依頼された食料を渡した後、スレイブが率先して茶を淹れる。
こんなところでも優秀な舎弟っぷりが遺憾なく発揮されるのであった。
出された茶を一口飲んだティターニアは――
「ほう、パック殿も下手ではないがあやつより上手いではないか――おっと、本人には内緒だ。へそを曲げてはいかぬ」
そんな感じで場が和んだところで、シノノメが本題に切り込んできた。
>「……改めて、お久しぶりですね、ディクショナル様。ラーサ通りでは……一瞬、他人の空似かとも思いました。
王都でお見かけしていた頃とは……随分と、雰囲気が変わっていたものですから」
>「……色々あったからな。俺が王都を出て三年か、四年か……人相が変わるには十分過ぎる時間だ。」
>「何が、あなたをそうも変えたのですか?お連れの方……何か事情があると仰っていましたが。
その事情が、関係しているのでしょうか」
>『俺は俺の経緯を伝える。指環について話すかどうかの判断は任せて良いか』
>『俺は話さねえ。まだ信用できねえからな』
念話によって秘密の打合せが交わされる。
ジャンの言うとおり、現時点で急いで明かす必要も無いだろう。
明かすのはいつでも出来るのだから、もう少し彼女の人となりを見極めてからでも遅くは無い。
スレイブが自らの経緯を語った後、付け加えるように手短に話す。
「仲間の一人が記憶を無くしてしまってな――その者の記憶を取り戻す方法を探して旅をしておるのだ。
周囲を警戒せねばならないのは自分で言うのも何だが故郷では要職にあるので念のためといったところだ」
お決まりの、核心の指環に関する部分は伏せてあるが、嘘ではない返答。
それでも特に後段はかなり無理矢理ではあるが。
>「貴女も随分と様相が変わったように思える。
俺の知っているシノノメ・トランキルは、そんな張り詰めたような笑い方はしなかった。
この数年で、一体何があった?」
>「俺もついでに質問だ。この辺りで明らかに魔物が狂暴化してる。
さっきのアックスビークもそうだけどよ、いつからこうなってんだ?」
スレイブとジャンがそれぞれ質問する。
スレイブの言うシノノメの変化に、この街、ひいては暗黒大陸全体の情勢の変化が無関係とは限らない。
その情勢の変化がここ最近特に魔物の凶暴化という形で顕著に表われているのだとしたら、一見無関係なこの二つの質問は繋がることになる。
例えば、魔物を凶暴化させている何かが魔物だけではなく魔族等の精神にまで影響しているとしたら。
(種族名に魔と付いているだけに、特に魔族は人間等よりも魔的なものの影響を受けやすいとも考えられる)
以前にも増して残虐な処刑を行う判決が増え、シノノメの様子が変化してもおかしくはない。
「ここ数年で何か変化したことは無いだろうか。
そなたの種族は闇の魔素を我々よりも遥かに敏感に感じ取れるのだろう?
最近世界を構成する要素のバランスに変化はないか? 例えば闇の属性が強くなっているとか――」
二人の質問から思い至った仮説を確かめるべく、ティターニアも質問を投げかける。
もしも闇の属性が以前より強くなっているということであれば、かなりの確率で闇の竜が関係していることだろう。
そして魔物の凶暴化ならぬ魔族の凶暴化がもとでシノノメがふさぎ込んでしまったのだとしたら、彼女はもはや当事者。
その時は竜や指環のことを明かしてもいいだろう、と思うティターニアであった。 私の問いを受けて、スレイブ様は暫しの間、黙りこくってしまいました。
やはり私の態度が機嫌を損ねてしまったのでしょうか……。
>「特別大きな転機があったってわけじゃない。ただ、肩の荷が下りたってだけだ。
あの頃の俺にとって、自分を取り巻く全てのものが敵だった。同胞も、隣人も、区別なく斬ってきた。
それを期待されていると感じていたし、期待通りに振る舞わなければ見限られることも知っていた」
……という訳ではなさそうです。
良かった……。 そして……その事なら覚えています。それは私が知っていたあなただ。
近衛騎士の身分でありながら、死刑執行官に教えを乞うてまで殺戮の技を磨いて、眩いほどに磨き上げて……
だけどただの一度も、誇らしげな表情を見せなかった、あなただ。
そんなあなたが、何故……
>「そんな俺にも、寄り添ってくれる味方が出来た。俺と共に笑い、俺の為に怒ってくれる気の良い奴らだ。
……味方。
……スレイブ様は、きっと何気なく、思考の自然な成り行きの中で、その言葉を選んだのでしょう。
だけど私にはそれだけで、分かってしまいました。
私にはスレイブ様と同じ変化を……救いを得る事は出来ないのだと。
>そいつらに先日、俺の抱えるものを一つ、肩代わりしてもらった。
……風竜によって封鎖されていたシェバトが解放された報せは、キアスムスにも届いてるだろう。
俺は今、味方をしてくれる連中と、敵として死んでいった者達に応報する為に、旅をしている」
だって私は執行官です。
死刑を執行するこの使命を肩代わりしてくれる者など、味方になってくれる者など、どこにもいる訳がないのですから。
「……あなたがそうやって、何かを誇らしげに語るのも、初めて見た気がします。
王都にいた頃よりも、そうしている方がずっと素敵です」
だから私に出来る事はただ……彼の生が良い方向に転んだ事を、祝う。
そして諦める。ただそれだけ。
「本当に……言祝ぐべき事です」
羨ましいと言ったのは本当です。妬ましいという気持ちも……少しだけ、あります。
だけど……私の短い生の中で関わった、殺さなくてもいい人が、今を幸せそうに生きている。
それは本当に、本当に素晴らしい事です。
……それだけでも、私のような愚か者には望むべくもない幸運でした。
>「だが変容に驚いたのはこちらも同じだ。その剣技に見覚えがなければ、俺はおそらく貴女のことに気付けなかった」
「……背が、少し伸びましたからね」
魔族である私は、ヒトと違って寿命が長い。
だから成長期ももう暫くは、緩やかに続く……なんて、スレイブ様がそんな話をしてない事は分かっています。
だけど今の私の話を、私はあまりされたくない……。
つい視線が泳いで、ティターニア様の方へと流れ着く。
>「仲間の一人が記憶を無くしてしまってな――その者の記憶を取り戻す方法を探して旅をしておるのだ。
周囲を警戒せねばならないのは自分で言うのも何だが故郷では要職にあるので念のためといったところだ」
その視線を、問いの答えの催促だと捉えたのか。
ティターニア様は旅の事情を答えて下さいました。
「記憶……でしたら、王立図書館にはもう?あそこは……ただの図書館ではありません。
未知なる物の集う場所。そういう風に造られているのだとか」
……いけない。ただの執行官が、余計な事を喋りすぎたかもしれない。
「……もっともそういう物を探しに行って、帰ってきた者はいないそうですが。
探しに行くなら、そのご本人に行かせた方が賢明でしょうね」
魔族らしい、執行官らしい皮肉を述べるのも、もう慣れてしまいました。
私がよく零してしまう、色んな失言の後を拭うには、便利なものですから。
……スレイブ様に視線を戻すと、彼は複雑そうな表情をしていました。 >「貴女も随分と様相が変わったように思える。
俺の知っているシノノメ・トランキルは、そんな張り詰めたような笑い方はしなかった。
この数年で、一体何があった?」
……叶うものなら、聞かれたくなかったです。そんな事は。
私だって分かっています。
今の私が一個の魔族としても、執行官としても……不自然で、おかしな事くらい。 >「俺もついでに質問だ。この辺りで明らかに魔物が狂暴化してる。
さっきのアックスビークもそうだけどよ、いつからこうなってんだ?」
>「ここ数年で何か変化したことは無いだろうか。
そなたの種族は闇の魔素を我々よりも遥かに敏感に感じ取れるのだろう?
最近世界を構成する要素のバランスに変化はないか? 例えば闇の属性が強くなっているとか――」
私が何も答えられずに押し黙っていると、お二人も重ねるように私にそう問いかけました。
「随分、はっきりとした心当たりがおありなのですね。闇の属性、ですか?」
スレイブ様の問いから逃げるように、私は口を開いていました。
「……闇とは、ただ光がない事だけを意味しません。
未知である事、不幸や不運である事。……そして、知性ある者が抱く負の感情。
それこそが闇の本質です」
魔法に長けたエルフ族にこれは無用な説明だったかもしれません。
ですが私の言いたい事はつまり、
「もうずっと……長い間、ダーマの闇は深まり続けるばかりです。
魔王様が体調を崩されてから、魔族は皆恐れています。ヒトやそれ以外の種族達が、これを期に国家の転覆を目論見はしないかと」
実際、王都から離れた町や村では、暴動が散発しています。
その勢いが広がるのを魔族は恐れて、今まで以上に押さえつけようとする。
そしてその弾圧に反感を抱いて……また暴動が起こる。
「……魔物の凶暴化も、同じ頃から始まりました。よく覚えています。
スレイブ様が……ジュリアン卿、でしたか。
その方に連れられて、王都を去ってしまってから、すぐの事でしたから」
……私の語っている事が、執行官として相応しいものなのか、私には分かりません。
ただ……もう、止めようと思っても止められない事は、自分で分かっていました。
「魔王軍や憲兵隊もその対応に追われ、それがまた混乱を招いています。
その上、王都では次期魔王の座を巡っての政争……何もかもが、良くない方へと転んでいます」
こんなにも色んな事を吐き出せたのは……本当に、久しぶりだったから。
堰を切ったように、言葉が止まらない。
一度深く息を吸い込んで、私は更に続けます。
「……私は、この街に来てから毎週五人は、罪人を……殺しています。
窃盗や、謗言、時には民が集い語り合う事ですら、今のダーマでは死罪の対象になるのです。
魔族達は、この国の支配を維持する為に必死です。他の街でもそうです。だから……」
スレイブ様へと、視線を向けて。
「だから、執行官が足りていないのです。
私も父の助手の任を解かれ、キアスムスの執行官になりました。
私が変わった理由は、それだけです。他に何があったという事もありません」
……『マリオネット』は、私の表情を押し殺してくれます。
だけどそれはあくまで私が、私の意思で魔法を発動するから。
そして今、私の肌が仄暗く色を変化させているように……魔法は、術者の精神状態に大きく影響されます。
「……助けて下さい」
その言葉は、私の意図に反して、勝手に零れ出てきました。
私は慌てて頭を振る。 「違います……なんでもないんです。今のは、忘れて下さい。
執行官は……そんな事言っちゃいけないんです」
今更遅いと分かっていても、私に出来るのは、ただこう言葉を続ける事だけでした。 スレイブの問いに、シノノメは答えなかった。
返答を拒否していると言うよりも、答えに窮して口を噤んでいるかのようだった。
単なる個人の成長の結果としてこうなったならば、スレイブはもうこれ以上問いを重ねるつもりはない。
だが、金貨を抱えて空腹に瀕するような生活を続けている彼女が、幸せであるなどとは、到底思えなかった。
>「俺もついでに質問だ。この辺りで明らかに魔物が狂暴化してる。
さっきのアックスビークもそうだけどよ、いつからこうなってんだ?」
>「ここ数年で何か変化したことは無いだろうか。
そなたの種族は闇の魔素を我々よりも遥かに敏感に感じ取れるのだろう?
最近世界を構成する要素のバランスに変化はないか? 例えば闇の属性が強くなっているとか――」
>「随分、はっきりとした心当たりがおありなのですね。闇の属性、ですか?」
ジャンとティターニアの質問は、シノノメにとってどうやら助け舟となったようだ。
彼女は硬直を解く。取りつく島をようやく見つけたかのように。
>「……闇とは、ただ光がない事だけを意味しません。
未知である事、不幸や不運である事。……そして、知性ある者が抱く負の感情。それこそが闇の本質です」
シノノメの言に則れば、まさにダーマという国家自体が大きな闇を抱えているとも言える。
国土の実に半分が未だに未開拓の暗黒大陸。陰鬱なる階級社会の闇。不幸に抗う術を持たない者達。
闇の指環が眠るにこれ以上適した土地などないだろう。
>「もうずっと……長い間、ダーマの闇は深まり続けるばかりです。
魔王様が体調を崩されてから、魔族は皆恐れています。ヒトやそれ以外の種族達が、これを期に国家の転覆を目論見はしないかと」
『目玉亭』で聞いた噂話の中にも、魔王の死期が迫っているといった情報はあった。
問題なのは、それがラーサ通りの住人でさえも周知の事実であるということだ。
国家元首の容態が思わしくないなどという情報は、普通は隠蔽する。民の前に出られないなら影武者を立てる。
今まさにダーマの属州で起きているように、反乱の種にしかならないからだ。
魔王に近しい誰かが情報をリークしている。おそらくは――意図的に。国全体を御家騒動に巻き込む為に。
>「……私は、この街に来てから毎週五人は、罪人を……殺しています。
窃盗や、謗言、時には民が集い語り合う事ですら、今のダーマでは死罪の対象になるのです。
魔族達は、この国の支配を維持する為に必死です。他の街でもそうです。だから……」
それは、彼女がようやく探り当てたスレイブへの返答だった。
>「だから、執行官が足りていないのです。私も父の助手の任を解かれ、キアスムスの執行官になりました。
私が変わった理由は、それだけです。他に何があったという事もありません」 (そうか――)
そこまで聞いて、スレイブは合点がいったような気がした。
この街で再会した旧知が、彼の変容の経緯を聞きたがった理由に、見当がついた。
シノノメ・アリンリエッタ・トランキルの苦悩。その根底を為すのは、彼女自身が己の職務に対する疑問だ。
トランキルは処刑人。裁判によって決められた罪人の首へ、剣を振り下ろすだけの道具に過ぎない。
家門の責務に忠実である一方で、しかし断罪してきた咎人が、本当に死すべき罪を犯して来たのかを考えてしまう。
納得を……求めてしまう。
シノノメを苛む苦悩は、スレイブがかつて抱えてきたものとよく似ている。
違ったのは、彼が魔剣による安易な忘却へ走ったのに対し、彼女は逃げること選ばなかったという点だ。
逃げず、忘れず、想い続けて――追い詰められてしまった。
>「……助けて下さい」
「…………!」
消え入るような呟きは、鉄面皮の隙間から滲み出てきた彼女の本心なのかもしれない。
しかしスレイブが何かを言うよりも早く、彼女はかぶりを振ってそれを否定した。
>「違います……なんでもないんです。今のは、忘れて下さい。執行官は……そんな事言っちゃいけないんです」
スレイブは瞑目した。奥歯が軋むのを感じる。
ジュリアンと出会った時、差し伸べられた手を掴み取ったことを、後悔するつもりはない。
こうして生きて、過去を相対する為に旅を出来るのは、一時的にでも死から距離をとれたからだ。
魔剣による忘却はその場しのぎの時間稼ぎにしかならなかったが、稼いだ時間で指環の勇者達に出逢うことが出来た。
だが一方で、己の命運を真っ向から受け止めようとするシノノメの姿勢が、この上なく尊いものだとも思う。
スレイブがたまらず逃げ出してしまった過酷な現実に、彼女は立ち向かい、戦い続けているのだ。
苦悩の外側から押し付けがましく手を伸ばして、安易な逃げ道を示すのは、彼女の戦いへの侮辱に他ならない。
「……忘れろと言うなら、忘れよう。俺は貴女の言葉を一度だけ、聞かなかったことにする」
再び目を開き、変わってしまった旧知の顔を見据えて言った。
「だがもしもこの先、貴女が二度目の助けを求めるならば、その時は――もう忘れない。
後からどれだけ拒絶しようとも、必ず貴女を助けに行く」
方法なんかわからない。魔族とヒトの差もダーマの政治情勢も、知ったことじゃない。
彼の思う正しさの為に、この命を使うと、そう決めたのだ。
――――――・・・・・・ キアスムス逗留中の当面の宿として、シノノメから屋敷の一室を提供された。
貴族の屋敷にはよく見られるゲストルームだ。長らく手付かずだったわりに埃は積もっておらず、ランプの油も充填されている。
簡単な換気とベッドメイクだけで十分快適な寝床になった。
「今後のことを話そう」
旅塵落としもそこそこに、部屋中央の長机に暗黒大陸の地図を広げて、スレイブは仲間たちに声を掛けた。
鎧を脱ぎ、インナーだけの姿となって、小型の手鍋にボトルから水を注いでいる。
「シノノメ殿から有力な情報を聞くことが出来た。闇の属性の増大についてだ。
俺がシェバトに着任してからのここ数年間のうちに、ダーマは急激な変転を迎えつつある。
……魔王陛下の容態が芳しくないという話は聞いているな?」
魔王。ダーマ魔法王国の国家元首を冠する魔族だ。
ダーマの中枢を為す魔族達のトップであり、ダーマを侵略国家たらしめる政治の要でもある。
スレイブは紙袋から瓶詰めの『飛び目玉の丸ごと煮』を取り出して瓶ごと鍋に放り込んだ。
「本来こうした政変に繋がる情報は秘されるのが常識だ。しかしどこからか情報は漏れ、ダーマ全体が不安に包まれている。
人心は荒み、各地で反乱の火種が燻り、魔族達は既得権益を維持する為に平民の弾圧を過激に行い始めた。
――『ヒートストック』」
鍋の底を指先で突付いて呪文を唱えると、仄赤い輝きに満たされた鍋から湯気が立ちのぼり始める。
行軍中に携行食を温める為に用いられる加熱の魔法だ。
「陛下の不調が単なる病によるものであるなら、議会が内々に後継者を決め、代替わりは穏やかに済まされるだろう。
王の崩御に混乱が伴うのは――それが暗殺による場合だ。おそらくこの変転には、裏で糸を引いている者がいる。
そして王府が国内の動乱をコントロール出来ていないことから察するに、魔族同士の内ゲバとは考えにくい」
沸騰する鍋で湯煎された瓶詰めを、スレイブはお手玉しながら取り出し、中身を皿に開けた。
飛び目玉の丸ごと煮がごろりと瓶から転がりだして、馥郁たる香りを部屋に充満させる。
「こいつは憶測だが――『指環の魔女』が、この件に関わっているんじゃないか。
魔王陛下は侵略政策の急先鋒だが、暗黒大陸を平定し国家を統一したことは確かな実績だ。
『世界を平和に導く可能性』という意味では、指環の魔女に狙われる条件は十分に満たしている」 スレイブは首に提げた小袋から小さな丸薬を取り出した。
ラーサ通りでジャンにもらった、毒入りグルメを楽しむための解毒薬だ。
そのものが毒々しい色合いで呑み下すのに勇気が要ったが、好奇心に負けてついに口へと放り込んだ。
「指環の魔女――黒曜のメアリは既に光の指環を手にしている。
俺は以前から不思議に思っていたんだ。光の指環の覚醒は誰も知らなかった。四竜達ですら気付いていなかった。
ジュリアン様曰く、火、水、地、風の全ての指環が集まるまでは、残りの指環は眠り続けているはずだった。
エーテル教団はおそらく、眠っている指環を強制的に目覚めさせる方法を知っている」
解毒剤が効き始めるまでどのくらい時間が必要だろうか。
一刻か、半刻か……スレイブは祈るような気持ちで指を組み、それを待つ。
「ここからは更に憶測だ。
指環の目覚めに従ってその土地の属性が強まり、魔物の凶暴化などの影響が出始める……。
もしかするとこれは逆なんじゃないか。属性が強まることで、対応する指環が覚醒するとしたら」
待ちきれなかったのでスレイブは即座にナイフを取った。
緊張に震える手で飛び目玉に刃を入れる。まるで室温に戻したバターのようにスッと切れた。
「指環の魔女の目的は――暗黒大陸の闇を増大させることで、闇の指環を目覚めさせること。
シノノメ殿が言っていたように、闇の属性は不安や不幸といった負の感情を司る。
ダーマに動乱を巻き起こして、そこに住む者たちが生み出す絶望の闇を指環の餌にしている……」
胸の高鳴りを感じながら、切り分けた小片を口に入れた。
ぷるりとした舌触りとは裏腹に、赤身肉を噛み締めたような快い歯応えがある。
どこに隠れていたのか肉汁がぶわっと吹き出して口の中を満たした。
「こ、これが飛び目玉の丸ごと煮……!旨味の余韻がいつまでも舌の上に残る……!
これは肉なのか!?臓物か!?それとも卵……!既存のどの食材にも近いものがない!
なるほど確かにこいつは、食べてみないと分からない味だな……!!」
今日一番高いテンションでスレイブは叫んだ。
そして案の定解毒が効く前に毒を摂取したせいで若干の腹痛に苛まれることになった。
キアスムスに到着して最初の晩は、こうして更けていく――
【シノノメから聞いた情報を統合して方針会議。
スレイブの推測:ダーマの政変の影には指環の魔女が暗躍しているのでは?
魔王をじわじわ殺すことで動乱と民の不信を引き起こし、
闇の属性を増大させて闇の指環を叩き起こそうとしているんじゃなかろうか】 >「……闇とは、ただ光がない事だけを意味しません。
未知である事、不幸や不運である事。……そして、知性ある者が抱く負の感情。
それこそが闇の本質です」
そこからトランキルが話し始めるのは、現在のダーマに起きていることだ。
魔王の体調不良、暴動の頻発、魔物の凶暴化、それら全てを巻き込んで始まる政争。
>「……助けて下さい」
話の最後に彼女が言った言葉は、旧知の仲であるスレイブに向けた本心なのだろう。
実際、執行官という職業は殺人という特定の分野に熟練した者がやるものだ。
いくら種族の特性とはいえ、若いうちからヒトの死を間近で見続ければ心が折れてもおかしくはない。
>「……忘れろと言うなら、忘れよう。俺は貴女の言葉を一度だけ、聞かなかったことにする」
>「だがもしもこの先、貴女が二度目の助けを求めるならば、その時は――もう忘れない。
後からどれだけ拒絶しようとも、必ず貴女を助けに行く」
「……トランキルさん。あんたに対していきなり甘い態度はできねえ。
だけどよ……仲間が言うんじゃしょうがねえ。どうしても辛くなったら、助けを呼んでくれ。
生まれはオーカゼ村、ジャン・ジャック・ジャンソンだ」
知性を取り戻し、戦いから逃げることなく立ち向かうと決めてくれたスレイブ。
その彼がトランキルを助けようとするのならば、同じ戦士であり、仲間であるジャンもまた、立ち上がらねばならない。
>「今後のことを話そう」
さて、宿代わりに泊まることになったのは屋敷の一階にある、随分と広い部屋だ。
貴族の屋敷にはよくあるとジャンは聞かされたが、広いと言えば宿の雑魚寝部屋しか
知らなかった自分にとってはどうにも居心地が悪い。
「ベッドも全員分あるのはすげえな……絹じゃねえのかこの生地」
ポンポンとベッドを軽く叩いて、その弾力と表面の滑らかさにジャンは驚愕する。
このベッド一つでジャンがこなしてきた依頼の何件分になるか、今後のことを考えることでジャンは思考の方向をずらした。
>「シノノメ殿から有力な情報を聞くことが出来た。闇の属性の増大についてだ。
俺がシェバトに着任してからのここ数年間のうちに、ダーマは急激な変転を迎えつつある。
……魔王陛下の容態が芳しくないという話は聞いているな?」
「息子も娘もいないってんで、後継者争いになってるそうじゃねえか。
パレードで見たときは元気そうだったんだけどよお」
ジャンも鍋にキラートマトと呼ばれる人の顔を象った赤い野菜を放り込んだ。
本来であればこれも人間に強烈な腹痛を起こす毒をもっているのだが、
スレイブに渡した解毒薬は効かない自然毒はない、と称されるほどだ。
>「指環の魔女の目的は――暗黒大陸の闇を増大させることで、闇の指環を目覚めさせること。
シノノメ殿が言っていたように、闇の属性は不安や不幸といった負の感情を司る。
ダーマに動乱を巻き起こして、そこに住む者たちが生み出す絶望の闇を指環の餌にしている……」
鍋を目玉煮が崩れないよう慎重にかき混ぜつつ、指環について話す。
「てことは光の指環持ってるのはアレか。自分たちの拠点で洗脳してそういう感情を引き出して奪ったってとこか?
闇の指環ならそんなことしなくても引っ掻き回すだけでいい……クソみたいな連中だな」
煮込まれたキラートマトを口に放り込み、ついでに買った塩漬け肉もいくつか入れる。
何の肉かは聞いていなかったが、見た目には牛や豚と大して変わらないように見えたのでジャンは気にしなかった。 こうして鍋を囲んで一行が食事を楽しむ中、窓を叩く音が聞こえた。
最初は一回、次は短く二回。間隔を置いてまた短く二回。
窓の方向は庭しかなく、生け垣を挟めばすぐ魔族の家が立ち並んでいる。
ジャンが皿を置いて立ち上がり、窓の向こうに誰がいるのか確認しに向かう。
窓の向こうに聞こえぬよう、仲間に念話で伝えながら。
『この家にいたずらするガキはいねえ。俺が窓を開ける』
ジャンはまず留め金を外し、身体を外から見えないよう隠して手だけでゆっくりと窓を開け、首を出す。
まず前を見る。何もない。手入れされた植物があるだけだ。
左右を見ても何も見当たらず、風の音を勘違いしたかとジャンが首を引っ込めようとした瞬間。
「下を忘れたな?」
突如地面から生えてきた茨がジャンの首に巻き付き、瞬時に締め上げた。
「んぐっ!ぐごご……がぁっ!」
窓の付け根に首が叩きつけられ、気道が潰され息ができなくなる。
手に茨が刺さるのも構わず、ジャンは何とか茨を掴み、引きちぎって窓から飛びのいた。
「――ガレドロ爺か!いきなり試すような真似しやがって!」
「一番ではないとはいえ弟子は弟子、久しぶりに会えば試してみたくなるでしょう?」
ジャンが窓の向こうの誰かに向かって叫べば、低いがよく通る声が部屋に向かって帰ってくる。
庭にいたのは、右腕に茨を巻きつけ、黒を基調に金糸で編まれたローブを着た一人の植物族。
見た目はスレイブとさほど変わらない人間だが、肌は緑色で、頭には夜に咲くと言われる月光花を複数咲かせていた。
顔は初老の男性と言った風情だが髭はなく、つるりとしている。
「はじめまして、皆さん。立ち並ぶ木々亭店主、ガレドロ・アルマータです。
これから、どうぞよろしく」
自己紹介と共にガレドロは右手を胸に当て、優雅にお辞儀した。
ただの顔役というだけでない、『上流階級』というものを見る者に感じさせる、そんなお辞儀だ。 「――さて、私がここに来た件ですが。
トランキル氏に今日の件で感謝を述べに来たのではありません。もちろんラーサ通りを救ってくれた方の一人でありますが、
街の治安を維持する執行官としては当然の義務だと思いますので」
ガレドロは部屋に通されると、早速話を始めた。
「私が用があるのはあなたたち、指環の勇者です。
エルフのユグドラシア導師、ティターニア。
昆虫族の王、フィリア。
人間の騎士、スレイブ。
そして……なんであなたがなれたんでしょうね、ジャン」
「最後は余計だぜ爺さん!」
「余計な一人は放っておくとして……シェパト解放の一報は既に王都にも届いています。
あなた方の働きは実に見事なものでした。神話に語られる指環の勇者そのものです。
ですが、我らが王はそれを怪しんだのです。国家に与しない者が世界を揺るがすような力を持つことを」
もし指環を集めた者が不意に適当な国を滅ぼそうと考え、それを気ままに実行すれば。
指環の魔力で人々を惑わし、新たな神となろうとすれば。
「王は指環についてほとんどを理解しています。おそらく闇の指環がここダーマにあるであろうことも。
であるからこそ、『王の隠し牙』たる私が指環の勇者たちに会い、
彼らが真に平和のために動くならよし、そうでないならば誅殺せよ、と王は命じられました」
王の隠し牙。それは代々の魔王に仕え、魔王のみの命によって動く魔王の切り札である。
街の噂ですら話題になることは少なく、正体を調べようとした者は例外なく無残な最期を遂げている。
歴史上彼らと思われる人物は幾度か登場するが、本当に隠し牙であったかどうかは分からないままだ。
「命じられてからすぐ陛下は、体調不良を理由に離宮に籠り、闇の指環が目覚めることなきよう大陸全土に封印を施し続けています。
私たちも担当する地域で反乱や無用な虐殺が生まれぬよう見張っているのですが、王都にいる豚共はそれが分からぬようで……」
「……愚痴を失礼しました。とにかくあなた方にやっていただきたいのは、このダーマにある闇の指環を
封印されたまま、あなた方が手に入れることです。
エーテリアル教団はこちらにも手を伸ばし、既にキアスムスの周りでは丸ごと信徒と化した村もあります」
そこまで言ってガレドロは一旦言葉を切り、ジャンの方を向いた。
「そうなってしまったのはオーカゼ村……ジャン、あなたの故郷です。
チェムノタ山に近いというのもあるのでしょう、あそこには年老いた龍がいますから。
闇を意味する名前の付いた山に、数千年を生きたと自称する龍。教団が目を付けてもおかしくはありません。……ジャン?」
かつての故郷が、憎むべきエーテリアル教団に支配されているという事実。
そのあまりに厳しい現実を受け止めきれず、ジャンは何も見ることなく、ただ茫然と椅子に座っていた。
【ガレドロさんは自由に動かしてもらって結構です!】 三人から質問を投げかけられたシノノメだったが、ティターニアの問いを糸口にして答え始めた。
話しているうちにジャンの問いへの返答を経て、スレイブの問いの答えへと行きつく。
やはり、全ては大元では繋がっていたのだ。
>「……私は、この街に来てから毎週五人は、罪人を……殺しています。
窃盗や、謗言、時には民が集い語り合う事ですら、今のダーマでは死罪の対象になるのです。
魔族達は、この国の支配を維持する為に必死です。他の街でもそうです。だから……」
>「だから、執行官が足りていないのです。私も父の助手の任を解かれ、キアスムスの執行官になりました。
私が変わった理由は、それだけです。他に何があったという事もありません」
「そうか……」
毎週5人も罪人とも言えぬ罪人を殺すことを余儀なくされていては、様子が変わってしまうのはむしろ当然かもしれない。
その状態になっても平然としている方が逆に怖いぐらいだ。
>「……助けて下さい」
ティターニアは、新しい依頼を持ちかけられたかのような気分で平然としていた。
今の話を聞けば助けを求めたくもなるのは至極当然の流れだと思われたからだ。
しかしこの依頼は先程の食料調達ほど簡単ではない。
職務自体への疑問は彼女自身で折り合いをつけるしかないが、現在のダーマの状況は明らかに異常。
そこをどうにかすれば直接の原因は取り除けるだろう。
国家レベルの政情不安に端を発している以上安請け合いは出来ないが、
現在のダーマの混迷にエーテル教団や竜の指環が密接に関わっている可能性も否定できない。
どう答えるべきか考えるティターニアだったが、すぐにシノノメが今しがた言った言葉を取り消す。
>「違います……なんでもないんです。今のは、忘れて下さい。
執行官は……そんな事言っちゃいけないんです」
>「……忘れろと言うなら、忘れよう。俺は貴女の言葉を一度だけ、聞かなかったことにする」
>「だがもしもこの先、貴女が二度目の助けを求めるならば、その時は――もう忘れない。
後からどれだけ拒絶しようとも、必ず貴女を助けに行く」
そんなスレイブの力強い言葉を聞いてはっとする。
国家レベルの情勢不安定を解決する、なんていう難易度激高の優等生解答以外にも助け方はいくらでもあるのだ。
もしも彼女が今の自分の全てを捨ててでも新しい人生を望むなら。
姫と盗賊のロマンスよろしく誘拐して連れ去ってしまう、なんていう助け方もある。
国家の重鎮ならともかく、一介の執行人が失踪したところで異国までは追ってこまい。
「言ったらいけないことはない、気になるならまた先程みたいに冒険者への依頼という形を取れば良いだろう。
取り下げるというなら今回は忘れるが――きっとそなたが思っている以上に選択肢はたくさんある」
>「……トランキルさん。あんたに対していきなり甘い態度はできねえ。
だけどよ……仲間が言うんじゃしょうがねえ。どうしても辛くなったら、助けを呼んでくれ。
生まれはオーカゼ村、ジャン・ジャック・ジャンソンだ」
最初は敵意を隠さなかったジャンも、スレイブの方針に同意する。
こうして現時点ではこちらからは踏み込まないが次に助けを求められたら――ということで意見が一致した。
シノノメに屋敷の一室を提供され、作戦会議を兼ねた晩餐が始まる。
まず口を開いたのはスレイブだ。 >「今後のことを話そう」
>「シノノメ殿から有力な情報を聞くことが出来た。闇の属性の増大についてだ。
俺がシェバトに着任してからのここ数年間のうちに、ダーマは急激な変転を迎えつつある。
……魔王陛下の容態が芳しくないという話は聞いているな?」 とダーマ情勢の話をしつつ自然な動作で、飛び目玉の丸ごと煮の瓶を鍋に放り込む。
>「息子も娘もいないってんで、後継者争いになってるそうじゃねえか。
パレードで見たときは元気そうだったんだけどよお」
そう言いながら、鍋にしれっと物騒な野菜らしきものを放り込むジャン。
ちなみにティターニアはティターニアで別に毒無しの鍋を作っており、なんともフリーダムな空気と化していた。
魔王不調の情報がだだ漏れになっていることから、黒幕の存在を推測するスレイブ。
それにしても、真面目な話をしながら珍食材を料理しているというのがどこかシュールな光景である。
>「こいつは憶測だが――『指環の魔女』が、この件に関わっているんじゃないか。
魔王陛下は侵略政策の急先鋒だが、暗黒大陸を平定し国家を統一したことは確かな実績だ。
『世界を平和に導く可能性』という意味では、指環の魔女に狙われる条件は十分に満たしている」
なるほど、聖女や聖者といったイメージからは程遠いどころか正反対だが、これもある意味条件に当てはまっている。
世界を平和に導くと言って違和感があれば、"そこがコケたら各地で紛争が起こるポジション"と言い換えれば分かりやすい。
「そなた、なかなかいい目の付け所をしておるな――飛び目玉だけに」
ついにジャンから貰った丸薬を飲み込むスレイブ。
そんな便利なものが何故普及しないのか疑問だったが、見るからに毒々しい色合いなのが普及しない理由の一端なのは間違いない。
>「指環の魔女――黒曜のメアリは既に光の指環を手にしている。
俺は以前から不思議に思っていたんだ。光の指環の覚醒は誰も知らなかった。四竜達ですら気付いていなかった。
ジュリアン様曰く、火、水、地、風の全ての指環が集まるまでは、残りの指環は眠り続けているはずだった。
エーテル教団はおそらく、眠っている指環を強制的に目覚めさせる方法を知っている」
「全く、"黒"曜のメアリのくせに光とはな。
闇なら百歩譲ってまだしも光の指環に普通に認められるはずはあるまい。おおかた虚無で洗脳し強制的に従わせておるのだろう。
闇の竜まで同じことになる前になんとしてでもこちらで確保せねば。
ところでスレイブ殿、昔から急いては事を仕損じるといってな――」
スレイブは待ちきれない様子で飛び目玉の丸ごと煮にナイフを入れ始めた。
>「ここからは更に憶測だ。
指環の目覚めに従ってその土地の属性が強まり、魔物の凶暴化などの影響が出始める……。
もしかするとこれは逆なんじゃないか。属性が強まることで、対応する指環が覚醒するとしたら」
>「指環の魔女の目的は――暗黒大陸の闇を増大させることで、闇の指環を目覚めさせること。
シノノメ殿が言っていたように、闇の属性は不安や不幸といった負の感情を司る。
ダーマに動乱を巻き起こして、そこに住む者たちが生み出す絶望の闇を指環の餌にしている……」
>「てことは光の指環持ってるのはアレか。自分たちの拠点で洗脳してそういう感情を引き出して奪ったってとこか?
闇の指環ならそんなことしなくても引っ掻き回すだけでいい……クソみたいな連中だな」
敵の目的に迫る重要な会話だが、
今この瞬間のティターニアの関心事は、指環の餌よりも今まさにスレイブに食べられようとしている飛び目玉の丸ごと煮であった。
「ついに食べるのか……」 >「こ、これが飛び目玉の丸ごと煮……!旨味の余韻がいつまでも舌の上に残る……!
これは肉なのか!?臓物か!?それとも卵……!既存のどの食材にも近いものがない!
なるほど確かにこいつは、食べてみないと分からない味だな……!!」
人間やエルフを代表し無謀な挑戦に挑んだ彼は、詳細なグルメリポートを執り行う。
そしてやはりまだ早すぎたようで、程なくして若干の腹痛を訴え結局ティターニアに解毒魔法をかけられることになるのであった。
「そなたはよくやった。人類はその勇気を忘れはしまい――」
こうして和気藹々と晩餐が執り行われていたが、突然の来客に場の空気が一転する。
窓から突入してくるのは巷では"隣家の幼馴染"と相場が決まっているらしいが、当然この屋敷に隣家などない。
>『この家にいたずらするガキはいねえ。俺が窓を開ける』
ジャンが窓を開けて確認すると、突然茨がジャンの体を締め上げる。
臨戦態勢に入るティターニアだったが、ジャンが自力で茨を引きちぎって拘束を逃れる。
どうやら相手に心当たりがあるようだ。
>「――ガレドロ爺か!いきなり試すような真似しやがって!」
>「一番ではないとはいえ弟子は弟子、久しぶりに会えば試してみたくなるでしょう?」
>「はじめまして、皆さん。立ち並ぶ木々亭店主、ガレドロ・アルマータです。
これから、どうぞよろしく」
「ジャン殿の師匠殿だったとはな……」
ジャンに師匠がいるとしたら見るからに屈強な戦士といったタイプの人物だろうな、と思っていたが違ったようだ。
元名うての冒険者だったということで、もっと庶民的な荒々しい感じの人物を想像していたが――
丁寧な口調と気品ある物腰、そこから滲み出る只者でないオーラに、やはり単なるラーサ通りの総元締めではないな、と確信する。
>「――さて、私がここに来た件ですが。
トランキル氏に今日の件で感謝を述べに来たのではありません。もちろんラーサ通りを救ってくれた方の一人でありますが、
街の治安を維持する執行官としては当然の義務だと思いますので」
流石に窓から入ってくるわけではなく玄関から部屋に通されたガレドロは、すぐに本題に切り込んできた。
>「私が用があるのはあなたたち、指環の勇者です。
エルフのユグドラシア導師、ティターニア。
昆虫族の王、フィリア。
人間の騎士、スレイブ。
そして……なんであなたがなれたんでしょうね、ジャン」
>「最後は余計だぜ爺さん!」
相手が想像以上にこちらの事情を把握していることに驚きながらも、いかにも師弟、といったジャンとの掛け合いを微笑ましく思うティターニア。
>「王は指環についてほとんどを理解しています。おそらく闇の指環がここダーマにあるであろうことも。
であるからこそ、『王の隠し牙』たる私が指環の勇者たちに会い、
彼らが真に平和のために動くならよし、そうでないならば誅殺せよ、と王は命じられました」
>「命じられてからすぐ陛下は、体調不良を理由に離宮に籠り、闇の指環が目覚めることなきよう大陸全土に封印を施し続けています。
私たちも担当する地域で反乱や無用な虐殺が生まれぬよう見張っているのですが、王都にいる豚共はそれが分からぬようで……」 「一人で大陸全土に封印とは……」
体調不良が最初は単なる口実だったとしても、大陸全土に封印を施し続けるとはとてつもない行為。
それが原因で本当に命が危うくなる可能性もあるだろう。
ここで、魔王とは本当は指環の魔女に狙われるイメージど真ん中の人物なのではないかという仮説が浮かび上がる。
例えば、真の敵に対抗するため等の深い故あって侵略派の急先鋒として
人間達から見るといかにもな悪の魔王に見えるように振る舞っているとか――
>「……愚痴を失礼しました。とにかくあなた方にやっていただきたいのは、このダーマにある闇の指環を
封印されたまま、あなた方が手に入れることです。
エーテリアル教団はこちらにも手を伸ばし、既にキアスムスの周りでは丸ごと信徒と化した村もあります」
「断る理由はない――こちらも丁度闇の指環についての情報を集めていたところだ」
突然の依頼だが、どちらにせよ闇の指環を手に入れようとしていたところだ。むしろ好都合と言えるだろう。
少なくとも、これで闇の指環がこの大陸にあることははっきりした。
しかし、ガレドロの言葉には続きがあった。ほんの少し間を開け躊躇う素振りを見せた後で、ジャンに向かって告げる。
>「そうなってしまったのはオーカゼ村……ジャン、あなたの故郷です。
チェムノタ山に近いというのもあるのでしょう、あそこには年老いた龍がいますから。
闇を意味する名前の付いた山に、数千年を生きたと自称する龍。教団が目を付けてもおかしくはありません。……ジャン?」
「なんと……」
この近くにあると聞いていて、次の目的地にもなっていたジャンの故郷が、すでに教団の手の内だという。
ジャンはあまりの衝撃に固まってしまったようだが、無理も無い。
教団がいちはやく目を付けて占拠したとなれば、少なくとも敵側がその近くに闇の指環があると踏んでいる可能性が極めて高い。
何はともあれ、次の方針は自ずから決まった。
「ジャン殿――固まっている場合ではないぞ。父上殿と母上殿を助けに行かねば」
努めて明るく声をかける。
村が丸ごと信徒と化したというが、ここに来る前はもともと敵の総本山と化しているであろうソルタレクに乗り込むという案もあったのだ。
それを考えれば小さな村ならまだ腕試しのようなものだろう。
「命があれば元に戻る希望はある。バアルフォラス殿は一度それに成功しているのだからな」
バアルフォラスは、自らの主人であるスレイブにかけられた虚無の洗脳を破った。
今では意思を持つ魔剣ではなくなったとはいえ、その機能は健在だ。
そして、ガレドロにお前に用は無いと言われ蚊帳の外だったシノノメに話を振る。
「シノノメ殿――我々の特殊な事情とはまあそういうことだ。
様子を見ておいおい明かしていこうと思っていたのだがここで知ることになったのも何かの巡り合わせなのだろう。
……敵地に乗り込めばおそらく闇の指環を巡る戦いになる。
我々が闇の指環を手に入れることが出来れば当面の政情不安は落ち着いてそなたも激務から解放されるかもしれない。
もしそなたさえ良ければなのだが――共に来るか?」
もしもシノノメが少しでも一緒に来たがる気配を見せれば、こう続けるだろう。
「……と言っても職務を放置して行くわけにはいかぬか。
ガレドロ殿、彼女が我々に同行できるように裏から手を回して手配するのは可能だろうか。
このままではこの街もいつどうなるか分からぬ。街の治安を維持するのは執行官の義務、なのだろう?」 ……すごく、すごく惨めな気持ちでした。
表情を隠して、魔族気取りの皮肉も述べて、散々自分を取り繕っておきながら、この失言。
顔が明るみを帯びるのを感じます。
>「……忘れろと言うなら、忘れよう。俺は貴女の言葉を一度だけ、聞かなかったことにする」
>「だがもしもこの先、貴女が二度目の助けを求めるならば、その時は――もう忘れない。
後からどれだけ拒絶しようとも、必ず貴女を助けに行く」
だけどスレイブ様から返ってきたのは、私が予想もしていなかった言葉でした。
「……わ、忘れてないじゃないですかっ」
呆気に取られて、思わずそんな事を言ってしまったけど……
一呼吸遅れて、嬉しいという気持ちが私に追いついてきます。
嬉しい。嬉しかった。
だけど……それだけで、十分なんです。
だってスレイブ様には、大事な旅があるんですから。
私なんかがその足を引っ張る訳にはいかない。
その優しさだけでも、私には勿体ないくらいだから……ちゃんと、固辞しないと。
「あ、あの、今のはただの……気の迷いなんです。だから本当に……」
>「言ったらいけないことはない、気になるならまた先程みたいに冒険者への依頼という形を取れば良いだろう。
取り下げるというなら今回は忘れるが――きっとそなたが思っている以上に選択肢はたくさんある」
>「……トランキルさん。あんたに対していきなり甘い態度はできねえ。
だけどよ……仲間が言うんじゃしょうがねえ。どうしても辛くなったら、助けを呼んでくれ。
生まれはオーカゼ村、ジャン・ジャック・ジャンソンだ」
「あ、う……私はシノノメ……あ、いえ、もうスレイブ様から聞いてましたよね……。
じゃあ、ええと……その、さっきは、すみませんでした。失礼な事を、言ってしまって」
こういう時、改めて自己紹介をした方がいいんでしょうか。
いつも父の娘、あるいは助手として紹介されるばかりだったから……よく分かりません。
……じゃなくて。
気が付けば、なんだかもう断れるような雰囲気じゃなくなっていました。
いえ、私がぼそぼそと喋っていたのが悪いんです。
それに……こうなって欲しいと思っていなかったかと言えば、それは嘘になります。
ただ、こうならない事が怖くて……だから、自分から逃げようとしただけで。
だけど……私の使命は、執行官の任務は、誰にも代わってもらう事は出来ない。
ティターニア様は、選択肢はたくさんあると仰ったけど……私には一つだけ、絶対に選べない道がある。
私がもう一度、スレイブ様に、彼らに助けを乞う事はありません。
それでも……
「……皆さんの温かいお言葉、すごく、嬉しかったです。ありがとう、ございます」
私を助けると言って下さった事は、本当に嬉しかったし、感謝しています。
執行官の反応としては、間違っているのかもしれませんけど……私は、出来損ないですから。
……彼らはいずれは、この家から去ってしまう客人で、旅人です。
だけど……私が挫けて悲鳴を上げれば、それは彼らの旅を邪魔する事になる。
私が黙って折れてしまったら、私は彼らを嘘つきにしてしまう。
そう思う事は……私を少しだけ、強くしてくれる。そんな気がします。 「……客室へ、ご案内しますね。明日からも、お忙しいでしょうから」
彼らとの会話はほんの僅かな時間で、私の心を楽にしてくれたけど……だからって旅の邪魔をする訳にはいきません。
私は立ち上がって、そう言った。
実際には、客室とは少し違うのですけどね。
……執行官の屋敷に客人を泊める部屋など無用なものですから。
案内するのは、本来は使用人や助手に割り当てる為の部屋ですが……この屋敷にはどちらも、一人もいません。
執行官が不足しているという事は、それに仕えたいと思う者も当然、不足しているのです。
そうして皆さんをお部屋に案内した後、私は二階の私室に戻ります。
……調達して頂いた食料のほんの一部を抱えて。
ええと、この串に刺さったお肉は……街では皆、こうやって食べて……これだと、口元が汚れてしまいますね。
でもこうすると……今度は串の先端が刺さってしまいそうです。 ……む、難しいですね。
ひとまず……フォークを使ってお皿に落として食べる事にします。
……ふわりと漂う匂いがほんの少しだけ、昨日火刑に処したリザードマンのそれに似ています。
決して、忘れてはいけない、私の失敗の記憶……。
だけど、今だけは……目を瞑らせて下さい。
「……美味しい」
自分でも気がつかない内に、私はそう呟いていました。
脂とは舌触りの違う、だけど濃厚な旨味……今まで食べた事のない味。
少し舌がピリピリするのは……香辛料かなにかでしょうか?
どういう料理なのかも聞いておけば良かった……けど、美味しかったです。
ええと、他の料理は…………瓶詰めの、目玉?
……これは、どうやって食べればいいんでしょうか。
もう調理済みなのか。それともこれから何か手を加える必要があるのか……。
いえ、後者だとしたら何か説明があったはず。
きっとこれは、このまま食べられるものなのでしょう。
瓶を少しだけ傾けて、お皿に幾つか目玉を落とします。
……もしかしたら、実は目玉を模しているだけで、中に具が入っているとか?
そう思いナイフを入れてみるも……やっぱりただの目玉みたいです。
まさか、このまま食べる、とか?
いえ、そんな訳ありませんよね。
このままでは埒が明かないと、私は私室を出て一階へ向かいます。
邪魔になってしまうかもしれませんが、スレイブ様にお尋ねしてみる事にしたのです。
そうして私が階段を下り、一階に差し掛かると、
>「――ガレドロ爺か!いきなり試すような真似しやがって!」
不意に客室の方から怒号が聞こえました。
それも、聞き間違いでしょうか。ガレドロと聞こえたような。
ラーサ通りの監督官である彼の名が、何故ここで?
……嫌な予感がします。
私は早足で客室へと向かい、そのドアを開きます。
「あの、どうかなさいましたか?」
部屋の様子を伺って、開放された窓が目について、そして外を見遣る。
そこにいたのは……
「……彼らは、あなたのお知り合いでしたか。ガレドロ監督官」
これは……良くない事です。
トランキルの家に彼らが宿泊している事が、街中に露見したら……。
……そうなる前に、私が出来る事は一つ。
「でしたら……すみませんが、冒険者の皆様方。早急にお引き取り下さい。
先程はお伝えしていませんでしたが……ここはトランキル家、執行官の屋敷。
次の処刑の、助手が何人か欲しかったのですが……彼の知り合いであるなら、それは剣呑。諦めましょう」
私が嘘をついて、彼らを屋敷に招き入れた。
そのような筋書きであったという事にするのが……一番です。
ガレドロ監督官も、わざわざその嘘を暴いてまで、知人を陥れようとは思わないでしょう。 「そのような芝居をせずとも結構ですよ、トランキル。
今宵私がここを尋ねたのは、彼らをこの街で除け者にする為ではありませんから」
「……一体、何の事だか分かりかねます。が……では一体何の為に?昼間の件で、私に何か用でも?」
「いいえ、それも違います……が、その前に。玄関を開けて頂けますか?
それとも客人とはいつまでも窓越しに会話をせよと、祖父に教わりましたか?」 「……どうぞご自由にお入り下さい。鍵なら掛かっていません」
「おや、不用心ですね」
「トランキルの家に押し入る盗人など、いませんからね」
……当家に宿泊したスレイブ様達を、咎めに来た訳ではない?
では一体どんな理由で……いえ、それは今から聞けば分かる事ですね。
>「――さて、私がここに来た件ですが。
トランキル氏に今日の件で感謝を述べに来たのではありません。もちろんラーサ通りを救ってくれた方の一人でありますが、
街の治安を維持する執行官としては当然の義務だと思いますので」
「えぇ、そうですね」
むしろ通りに良くない風評が流れるから余計な事をするなと言われても不思議ではありません。
ですが、そういう訳でもなさそう……
>「私が用があるのはあなたたち、指環の勇者です。
エルフのユグドラシア導師、ティターニア。
昆虫族の王、フィリア。
人間の騎士、スレイブ。
そして……なんであなたがなれたんでしょうね、ジャン」
「……指環の?指環って、あの……お伽噺の……?」
かつて勇者が世界を救うべく用い、そして戦いが終わった後で、
誰の目にも見つけられぬようこの世の闇へと投げ入れた……。
そんなお伽噺に出てくる、あの指環の事を、ガレドロ監督官は仰っているのでしょうか。
>「王は指環についてほとんどを理解しています。おそらく闇の指環がここダーマにあるであろうことも。
であるからこそ、『王の隠し牙』たる私が指環の勇者たちに会い、
彼らが真に平和のために動くならよし、そうでないならば誅殺せよ、と王は命じられました」
少なくとも私を担ごうとしている訳ではなさそうです。
……簡単には信じられない事ですけど、えっと……あの伝説の指環は、本当に実在して……。
だから……彼らは、彼らが、当代の、指環の勇者……?
そっちは……そう言われてみれば、なんだか納得出来てしまいそうな……そんな気がします。
シェバトの解放も……そういう事だったのですね。
>「命じられてからすぐ陛下は、体調不良を理由に離宮に籠り、闇の指環が目覚めることなきよう大陸全土に封印を施し続けています。
私たちも担当する地域で反乱や無用な虐殺が生まれぬよう見張っているのですが、王都にいる豚共はそれが分からぬようで……」
なんだか話が大きすぎて、やっぱり理解が追いつきません……。
もっとも私に理解される必要などないのでしょうけど……
むしろ私はこの場に居合わせても良かったのでしょうか。
ガレドロ監督官は私には見向きもしません。
いない方がいいのなら、目配せくらいはされるはず……ですよね?
そんな詮無い事を考えている間にも、話は進んでいきます。
>「そうなってしまったのはオーカゼ村……ジャン、あなたの故郷です。
……私には、話の全容はまるで見えていません。
でも、その言葉がどういう事を意味するのかは……なんとなく、分かってしまいました。
>「ジャン殿――固まっている場合ではないぞ。父上殿と母上殿を助けに行かねば」
>「命があれば元に戻る希望はある。バアルフォラス殿は一度それに成功しているのだからな」 だけど……私に言える事は何もない。
……と思っていたら、不意にティターニア様がこちらへと振り向く。
やっぱり、ここからのお話は席を外した方が……。
>「シノノメ殿――我々の特殊な事情とはまあそういうことだ。
様子を見ておいおい明かしていこうと思っていたのだがここで知ることになったのも何かの巡り合わせなのだろう。
「……え?えっと……何を、仰っているのですか?」 > ……敵地に乗り込めばおそらく闇の指環を巡る戦いになる。
我々が闇の指環を手に入れることが出来れば当面の政情不安は落ち着いてそなたも激務から解放されるかもしれない。
もしそなたさえ良ければなのだが――共に来るか?」
……私が、一緒に?
何故そんな誘いが出てきたのか分からなくて、私は数秒、固まってしまいました。
「い、いえ……そんな、恐れ多い事です。
勇者と呼ばれる方々が、私のような者を連れ歩くなんて……」
やっとの事でそう答えると、私は殆ど無意識の内に、両手で顔を覆っていました。
……視界の下に映る私の指先は、星に照らされた夜空のような色をしていました。
ティターニア様は私の言葉など聞かなかったかのように、ガレドロ監督官に向き直ります。
>「……と言っても職務を放置して行くわけにはいかぬか。
ガレドロ殿、彼女が我々に同行できるように裏から手を回して手配するのは可能だろうか。
このままではこの街もいつどうなるか分からぬ。街の治安を維持するのは執行官の義務、なのだろう?」
私も彼女の視線を追うように、ガレドロ監督官を見つめる。
「その必要はありませんよ。私が手を貸さずとも、彼女はあなた達と共に行く事が出来る。
そうすべきであるかどうかは……別としてね」
……一体、どういう意味。
そう尋ねる間もなく、彼は……懐から丸めた羊皮紙を取り出しました。
「トランキル、終審裁判所からあなたへの書簡です。
もっともこれは私が用意した写しですが……明日の朝には、これと同じものが届けられるでしょう」
「終審裁判所から?……あれ、その写しってどうやって」
「そんな些細な事は気にしなくていいのですよ。
大事なのは内容……ここには、こう記されています」
ガレドロ監督官はすうと息を吸い込んで、書簡を広げます。
「ダーマ終審裁判所よりキアスムス駐在執行官シノノメ・トランキルに刑の執行を命じる。
大陸各地の反社会的勢力に戦力を供給し、国土に広く混迷を招いた大逆の罪により、
以下の者達を晒し首の刑に処すべし……」
一呼吸の間を置いて、彼は続ける。
「オーカゼ村の全住民を、と」
「……え?」
……一瞬、私は何を言われたのか、理解出来ませんでした。
「いつまで呆けているのですか、ジャン。
オーカゼ村が虚無に呑まれた事は、あなたには不幸な事でしたが……最悪ではなかった。
この書簡……これこそが、あなたにとっての最悪だ」
戸惑いの声を零した私には目もくれず、ガレドロ監督官はそう、ジャンさんに声をかけた。
「オーク族は屈強で戦に長けた種族です。その彼らを村ごと征伐する事で、
魔族院は現体制が強力無比であると示したいのですよ。
そしてそれはもう裁決されてしまった」
それはつまり、と彼は続け、私へと視線を向ける。 「ただ虚無から救い出すだけでは、手遅れなのです。
例えそれを成し遂げたとしても彼らはもうこの国にとって死すべき者達だ。そして……」
……その瞬間、ガレドロ監督官の右手が、鳥の羽ばたきのように小さく、しかし恐ろしい素早さで動いた。
手中に隠し持った何か……植物の種?を、私へ向けて指で弾く。
……そして気付いた時には、私は右手に短剣を作り出して、それを切り払っていました。
『マリオネット』の正しい用法、です。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています