だけど……私はこの、執行官の娘がわがままを言って連れ出してもらった短い旅の中で
……指環の勇者の名に相応しい事を成せたんでしょうか。
偶然スレイブ様を見つけて、偶然オーカゼ村の殲滅を命じられて
……そんな事したくないから、執行官の使命をねじ曲げて。

偶然に流されて、嫌な事から逃げて、
運良くそれらしい答えを見つけられただけの小娘。
私はまだ、その程度でしかない気がするのに……。

「……本当に、私でいいんでしょうか」

だけど、この状況で私にはやれません、自信がありませんとは言えなくて。
私は一歩前に出て、手を伸ばす。
そして指先が指環に触れて……瞬間、闇の魔素が溢れ返る。

「えっ……な、なに?なんで急に……!?」

『……うむうむ、愛い反応じゃのう。
 指環の試練など久しくしておらなんだが……
 指環を手にしたと確信した者達がそうして慌てふためく姿は何度見ても愉快じゃ』

周囲が急速に闇に染まっていく……。

「一体、どういう事なんですか?私は……指環に拒まれたのですか?」

『む、なんじゃ。思ったより勘が鈍いのう。拒まれたのではない。
 試練はまだ終わっておらぬ。ただそれだけの事。言うたはずじゃ。
 闇の指環が認めるは、ヒトの負の感情全てを受け入れ、逃げることのない者』

即ち……こういう事じゃ、と闇竜が続けた。
辺りに満ちた闇の魔素が形を得る。見覚えのある、ヒトの形を……。

「執行官……指環を寄越せ。俺は……責任を果たさねばならん。
 姉上を救うのは俺だ。闇に呑まれ、闇と同化した今、闇の指環を手にすれば……
 俺は俺自身を完全に律する事が出来る。姉上を、止められる」

……黒騎士、アドルフ。
 
「まっ、要するに……俺達の器になってくれやって事だぜ、トランキルさんよ。
 さっきは助けてやったり、姉上を救ってーなんて言ってたけどよ。
 生憎ここにいるのは指環に集積された闇そのもの……つまり」

そして……アルマクリスの姿を取った影が、矛の切っ先を私に向ける。

「殺し合おうぜ。殺し殺される、その絶対の運命を楽しめ。
 そして……指環は俺達のもんだ!俺達がここにいんだ。パトリエーゼもきっとここにいる。
 後はメアリを殺せば……やっとだ。やっと全部の辻褄を合わせられるって寸法よ!」

その咆哮と共に……アドルフが動いた。

一対の細剣から放たれる無数の斬撃……
五月雨のような手数を繰り出しながら、
しかし一つとして受けてもいいと思える一撃がない。