【分散電源方式】国鉄12系・14系客車 [転載禁止]©2ch.net
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蒸気暖房ではなく電気暖房でもなくディーゼルエンジンによる分散電源方式の採用により牽引する機関車がほぼ不問になった
12系急行型客車と14系特急型客車(寝台車/座席車)を語ろうぜ!! 1990年の多客期に当時台頭してきた夜行高速バス対策で24系定期あけぼのにオハフ15を連結してたことがある
ttp://blogs.yahoo.co.jp/ruroublog/38213498.html?__ysp=44GC44GR44G844GuIOOCquODj%2BODlTE1
(↑検査上がりの回送だったのかもしれないと書いてあるが、間違いな)
ttp://d51498.com/past/19900729/
ttp://blogs.c.yimg.jp/res/blog-c9-db/ruroublog/folder/842893/98/38213498/img_0
ttp://d51498.com/past/19900729/ed75701_akebono_fukushima_bw.jpg >>538
あけぼのでのオハフ15は89年春(4月?)から90年8月まであけぼの3・2号で季節増結を実施
(下りの板谷峠経由最終列車になった90年8月30日上野発の1003レにもオハフ15 53がついた) >>537
ハザ入り特急で【いなば】を忘れないであげてください 定期特急運用なら、下り北斗星に函館からハザ付けたことなかったか? 名古屋駅で事故ってスハネフ足りなくなってスハフ14繋いだ例も。 >>539
この話本とかでもあまり出ない話だな
>>541
あった
ただし車両の都合上スハネフが連結された場合もあった
あと同時期に快速海峡が青函トンネルブームで増結されてその関係で
14系寝台の2段化されてない車両が座席車の代わりとして道内の急行に連結されていたこともある >>543
「あけぼの」へのオハフ15連結だが、1986年12月から品川〜弘前で運行を開始した、当時としては日本最長の夜行
高速バス「ノクターン」や、秋田発着の「フローラ」(1988年〜)、大館・能代発着の「ジュピター」(1989年〜)への対抗
策として始めたものの、そもそもの宣伝不足と、14系座席車の貧弱なストッパーすらない簡易リクライニングシート
では夜行バスのサービスに全く太刀打ちできず、散々な利用状況で短期間で取りやめになった >>544
詳細ありがとう
あと同じ設備で同区間に急行として津軽が走っていたのもあるのかも あかつきへのオハ14連結→レガート車への
進化と真逆になったわけね
オハフのサービス電源はこのスレでも
たびたび話題に上る方式で
24系から電源をもらってたんだろうな あるサイトの写真と鉄道雑誌の写真によると14系の定期まりもに
たまに金帯の24系ハネが連結されていたことがあるみたいだ >>545
津軽は下りだと上野発が22時代で弘前着が昼前と、あまりに時間がかかりすぎるので話にならなかったのよ
なので到達時間ではバスに負けるが、あけぼので企画きっぷ設定とセットで運行したが、結果は前述のとおり ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています