【F1】1987〜1993年のF1を語ろう 77laps
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あの頃のF1って良かったよね
∧_∧ ・セナvsプロストvsピケvsマンセル
(´・ω・) ・ターボから自然吸気へ
(__) ・日本人ドライバーフルタイム参戦
あの頃の思い出に浸ろう。
議論は熱くならない程度で程々に
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最近目立ちますので、もう一度コレを見直してください。
※このスレは1987〜1993年までを主に語るスレです。
他年について少々語るのは構いませんがあくまで程々に。
スレ趣旨から脱線気味に語りたい場合は別スレにどうぞ
F1から離れた思い出話は節度をわきまえてください。
前スレ
【F1】1987〜1993年のF1を語ろう 76laps
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/f1/1588224268/
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvvv:1000:512:: EXT was configured この前買って読んでるF速30周年記念号での主なマシン解説が所々興味深いな 前スレのセナの心理作戦だけどシューマッハはそれが駆け引きだと理解してたみたいね
あの公開説教の直後にモデナに特攻したから全く意に介してなかったと思う セナはシューマッハハッキネンアーバイン(笑)は
自分を脅かすライヴァルと認識したようだ
一方セナに敵視されなかった雑魚ドライバーは(ry ヒルも94シーズン中に何度かセナを上回ることがあったんだと思うけどなあ。
セナの勝ち逃げでそれも見れなくなってしまったが。 >>5
ホッケンハイムで行われた合同テスト中のブレーキングテストもセナを試したのかな >>6
>>7
早速古舘今宮後藤に洗脳されたお方が書き込んでますね。
ここは現実的な人が多いスレですよ。
イヤなら見ない方がいいですよ。 >>7
ヒル自身がセナが生きていれば自分はナンバー2としての役割を全うしていたはずと振り返っているので
それはないと思う
それを言っちゃうのがヒルらしいといえばヒルらしい 前スレのラストの方であったけどウィットマーシュは結構セナについては
辛口というかあまり思い入れがないというかかつての関係は良くなかったのかな
それともデニス憎けりゃセナまで、なのか ヒルってF1ドライバーにあるまじき人格者だよな。
ユーモアもあるし。 93年は契約で揉めてレース毎の契約だったからじゃない?
中盤はだらけてハッキネンに予選で負けるまでモチベーション落ちてたらしいしね。
でもラスト2戦はきっちり勝ったんだから年俸通りの働きはしたと思うよ。 セナってネチネチ粘着質だったらしいじゃん
ここのセナアンチみたいに
現場じゃいい印象持たないスタッフがいてもおかしくない >>13
ガツガツした上昇志向の強いタイプしかタイトルを獲れないと思われる世界で
ヒルみたいな現実的で謙虚(悪く言えば気迫が無い)なタイプがチャンピオンになれたというのは
F1の度量を示す良いモデルケースだと思う
成功の道は一つじゃないというのがいいね でも右京は日本人の甘いメンタリティではとてもじゃないけど戦っていけない世界だと言ってた >>13>>17
いやヒルは内に闘志を秘めたタイプだろ
若い頃はパンクロッカーだったみたいだし F1においてヒルほどのシンデレラストーリーは無いよね。
テストドライバーから正ドライバーに抜擢されて苦労もあったけどチャンピオンにまでなってさ。
ウィリアムズを出されてからもアロウズとジョーダンで実力を証明出来たし。 ヒルがチャンピオンになれるんだから
日本人ドライバーもいい車に乗ることが出来たら
チャンピオンとは言わないが何勝かは出来るんだろうな >>6でセナと揉めた1992〜1993年のドライバー列挙したので
雑魚ドライバー = アンドレッティ
のつもりで書いたのに何故かヒルの話題で埋め尽くされててワロタw
ヒル好きな奴ほどヒルを雑魚ドライバー認定している件について ヒルはなれたがクルサードはなれなかった
何か違うんだろうな >>23
ニューウェイに愛されたヒル、ニューウェイに去られてフェラーリに大差をつけられたクルサード ドライバーとしてはコールタードのほうが全然上なんだけどな。
アッキネンとレイッコネンのセカンドというイメージしかない。
アッキネンにも最初の頃は分が良かったのだが八百長でアッキネンが初勝利してから負けっぱなしだよな。 AS+Fだったか
「亜久里が言っていたけどあなたとハッキネンの実力は互角 でもレースの組み立てとかの部分でハッキネンが上」とか言われて
「そんなこと言われるのは僕は嫌だけどね」と返していたクルサード
亜久里にだけは言われたくねえと思ったのだろうかw >>24
ヒルよりクルサードの方がニューイと縁深いらしいよ。
ヒル放出の一件でニューイが激怒したって話だけど、
それはヒルが友人だからではなく何の話も事前に無かったからって話だし。 クルサード微妙に蛋白な感じする
契約更新時に魅せるあの覚醒した走りが他時期でも見ることが出来たらねぇ
>>10
逆にチームリーダーとしての役割が無いから
安心してセナに挑戦するって環境になったと思うんだよね、93年みたいに
当然譲るべき場面では譲る事になるけど
>>14
デニスと共謀して揉めたふりして契約金の引き上げ
と言われている >>21
無理無理w
タコマや右京や虎之助や中嶋父や中野で クルサードとヒルを比べるなんておこがましい
ヒルは四輪デビューの遅さからの経験不足で脆さをよく見せた時期もあったが94鈴鹿、97ブダペスト、98スパみたいな勝負強さをペヤングが見せたレースは皆無
自家用ジェットが堕ちた時くらいじゃないか? たらればだけどマンセルが95年もウィリアムズに残留してたらなあ。
94年最終戦で優勝してるんだし、まだ勝てたでしょ。 >>29
琢磨はピット側の作戦ミスが無ければ、唯一の表彰台を優勝に出来ただろうw ヒルは車を作る能力というのがWCになるのに不可欠な能力になってきた最初の世代なわけだからなあ
ヒルを馬鹿にできるのはシュー位だけど、シューは同じ能力持ったうえでバトル能力も高いからそれが言える
あの頃昼を馬鹿にした他ドライバーは開発力を軽視して足元救われることになった人が多いよなあ… しかし亜久里も右京も琢磨も一貴も完膚なきまでにボコられたイメージが強すぎて。
亜久里とアルボレートの年はレート、グージェルミン、モルビデリ、右京もノーポイントでチームメイトに負けたけど亜久里に比べるとボコられた感がない。
グルイヤールはそっとしておこう。 >>31
無理でしょ
レースペースがヒルと比べて遅過ぎた ヒル速かったけどなー。
なんか過少評価されるよね。
顎がこき下ろしてたせいか?
でも、顎がこき下ろすって事は驚異に感じてたからとおもうんだけどね。 >>37
あの頃ドライバーの車体開発力というのが速く走るために有効なゲインであることがあまり知られてなくて
それに気づいてたヒルとシューマッハーだけ異次元のように走れたのはある意味正しいかと
タダヒルは中途半端に苦労しすぎてレース組み立てや週末の化かし合い、バトル経験を積んでなかったのが後々尾を引いた感じが ヒルは過小評価を見直される過程で逆に過大評価気味になってる気がするな
このスレ見てると特に感じる。
悪いドライバーでは無かったけど、速いドライバーでは決して無かったし、優勝したりタイトル争うレベルのドライバーでも無かったと思うが >>31
でもあの勝利は勝ち取った物じゃなくて上が潰れてくれたお陰なんだよね
顎ヒルだけでなくベルガーにも遅れを取っていた
マンセルらしさの逆を行ったレースだった
ファンだから嬉しかったけどね ドライバーとしての能力で速さだけが求められたのは80年代までという気がする
車体開発もそうだし、チームを掌握する能力とか、コース上の戦略まで問われるようになったのが90年代 >>34
シューマッハはバトル能力は高くないでしょ。
ポールから先行逃げ切りや給油戦略で勝つのがレーススタイルだし。
シューマッハの豪快なオーバーテイクシーンって思い浮かばない。
ケメルで豪快にハッキネンにオーバーテイクされたのは印象深いけど。
蛇行してブロックするのは得意だったと思うけど、それってバトル強いって言わないでしょw >>41
アレジは80年代なら活躍できたドライバーだったと思う。
たった1勝で終わったのは当然というか、時代が違ったとしか思えなかった。 あの当時バトルが強かったドライバーって誰だろう
ヒルはバトルも周回遅れの処理もダメダメだった
のは覚えてる チャンピオンなんて(あくまでF1ドライバーとしては)平凡な才能しかない者の手に何度も落ちている、
ってナイジェル・ルーバックも言ってたじゃん(要はそいつらよりジルは上、っていいたい)
ヒルとかバトンがそう でも二人ともチャンピオンになった翌年以降、評価が上がったね >>46
そりゃセナでしょ。
性格&人格は置いといて、そこだけはズバ抜けてたよ。 >>48
セナ没後の話じゃないか?
誰が上手かったか思い出せないが 今晩、フジテレビNEXTで1992年のモナコやるよ >>46
なんか給油時代に入ってからコース上のバトルが減っちゃったのか
あんまり記憶にない
自分が熱中して観なくなった時代だからかもしれないが 今日は
フジネクストで
92 モナコGPやるよ!
実況スレはないけど・・・(´・ω・`)
あと日本人を勝たせるには、まあ当然ながら勝てるマシンを与えることと
日本人が勝っても、欧州に利益が出るような政治をしなければならない。
一番優勝に近づいたであろう右京・・・日本たばこ産業の後ろ盾でシューのセカンドでも
なっときゃあのマシンで1勝はできたはず・・・・(´;ω;`) わがままを言えば本選はもうおなか一杯だから予選をやってほしい
最低でも91年からはフジのフルバージョンがあるはず >>43
シューはつくづく「給油の申し子」だと思うな。
2010年からの復帰が失敗に終わったのも、腕の衰えは勿論、甘い汁を吸ってきた給油戦略が封印されたのも大きい >>35
右京はたしかに一発の速さはあった。
だけどレースマネジメントが丸でダメだった。
94年も95年も70%の力で走れば入賞・完走出来たレースを常に120%の力で走ろうとしてマシンを壊してリタイアしてたイメージがある。 >>33
確かに。
セーフティーカーが出た時、何でステイしてんだよと思ったもの。 給油時代は結構長く続いたけど、つまんないから止めようぜって動きはなかったのかな 98年ハンガリーでの3ストップ超スティント刻みなんてターミネーターミハエルにしか無理やで 2004フランスの4ストップ!チーム戦略
とシューマッハの任務遂行力に痺れたわ >>60
94ヘレスの3ストップも見事だったね。スタートミスも戦略で挽回 >>56
シーズン中のテストが禁止されたことと
前後輪の重量配分が特定されたことで
シューマッハスペシャルと言える超オーバーステアのクルマに仕上げるのが困難になったこともお忘れなくなって 41歳と4年ものブランクもお忘れなく。
シューマッハと言えど低迷して当然。 シューマッハスペシャルなんて言われたのはベネトンの時だけでしょ >>前後輪の重量配分が特定されたことで
すまん詳しく教えてください YouTubeでセナのマシンコントロール能力の高さをフィーチャーした動画見たわ。
ナニーニとアレジがクラッシュした場所でセナは見事にコントロールしていた。 仮説だけどマシンコントロールは絶対音感のようになるべく早い時期に始めた人間に有利なような気がする
セナやシューマッハ、ハッキネンやアロンソあたりはどんなマシンでも乗りこなしてしまうタイプ
比較的遅かったプロストやラウダはマシンを自分に寄せていくタイプ
ヒルもそのタイプだから逆にマシンの開発能力が磨かれた部分があると思う
アーバインが言ってたけどシューマッハのセッティング能力は大したことはなく自分のセッティングで走ることもあったと言ってた
プロスト離脱後のマクラーレンのシャシーの迷走を見てもセナの開発能力にもやや疑問符がつく >>56
タイヤが合わない。ちょっと攻めたらすぐブリスターが出来るタイヤ。シューはマシンも合ってないけどタイヤもら合ってなかった。ブリジストンなら結果は変わったはず。 シューマッハが速すぎて、全チームのマシンコンセプトが
シューマッハ好みのマシン特性に影響受けちゃって
クセが強くて乗りづらいって中野信二が言ってたね。 シーズン全体の戦い方も一つのレースの戦い方も確かに全盛期のそれではなかったけれど、
2012のモナコでのタイムアタックを見せつけたのだから、それだけでシューが復帰した意味はあったよ。 93年のヨーロッパgp見てて思ったんだがバリチェロって凄いな
個人的に右京、琢磨の件で嫌いだけど >>75
ヨーロッパの走りが評価されてマクラーレンとウィリアムズからオファーがあったらしい バリチェロはジョーダンに長く居すぎた気もするなぁ・・・
>>56
・・・甘い汁ってなんや・・・
>>59
今「つまんないから給油復活しようぜ」
って言う意見あるのよ?
「荷物がかさばるので反対」って言われてるけど >>76
何故行かなかったのか気になるな
スチュワート移籍前にはCART転向しそうになるし 気になったんだが96年からアーバインがフェラーリ入りしたがジョーダンと契約したアーバインを違約金払ってまで横取りした理由はなんだろう
クルサード獲得できなくて代わりがいなかったからか >>79
マクラーレンはフルシーズン確約じゃなかったそうです
ウィリアムズは解んない >>78
そんな話になってるのか
1回やってみてメリットデメリットは理解しただろうにね >>82
給油レギュレーションとかは、勝者が固定化してきたときのマンネリ打破に使われるのよ。良し悪しの話ではないさ。 マンネリ打破だとビルニューブが言ってるように
タイヤの温度センサー取っ払うのは良いと思うんだけどなぁ
>>80
当時フェラーリは「シューマッハの脇で萎縮しない2ndドライバー」って条件で探してた
変にプレッシャー感じて潰れたりされたら不味いってのがあったっぽい
そこで神経太そうに見られてたアーバインに白羽の矢が立った
「そう言えばトイレあった時に部品の価格に文句つけてきたアイツ良いんじゃね?」ってw
暴れん坊キャラに見られてたけど何気に大人だしなアーバイン アーバインと言えばデビュー戦の鈴鹿でヘルメットのバイザーに
「コスモ石油」とF3000のスポンサーがでかでかと入ってたのを思い出すが
あれはコスモ石油から幾ばくかの持込み資金が出てたんだろうか
それともコスモ石油への義理立てだったんだろうか あの年のジョーダンというとドニントンでのバリチェロのあと一歩で4位の快走だけどGPXの裏話で「どうせ完走できないと思ってガソリン少なくしてた」というのはマジ? >>80
当時未来のチャンピオンと目されていたバリチェロをチンチンにしたんだから注目されるよ
そしてルックスがフェラーリ向きだったって事も有るかもね アーバンテ サンバンテに行った!
アーバンテサンバイン!!!!! >>85
あれは鈴鹿スポット参戦の為の持込みで、チームスポンサーのサソルと同業種なので日本語表記にしてあるw
ちなみにパーソナルアドバイザーにセルモの佐藤さんを帯同して、なめられないように最初からタイムを出してやろうと目論んでいたとか。 >>85
SASOLとコスモは同業だけど商圏が被ってないから不問、という感じだったと思う タキ井上氏のメットに出光のステッカー貼られてた記憶があるんだけど
違ったっけ?
95年のフットワークもサソル付けてたよね? 2年目のジョーダンが失速したのは
ヤマハエンジンが遠因なのかな?
当時パワーはそこそこだが重いと言われていたような…
初年度でコーナー最速マシンを作ったゲイリーアンダーソンは天才かと思ったけどその後はイマイチだったよね。 V8からV12にチェンジするのってよほどのチーム資金がない限り厳しそうな >>87
セナ信者のバリチェロとセナに喧嘩を売ったアーバイン
2人ともシューマッハの忠犬になるとはたまげたなぁ コーナーそこそこでストレート伸びるマシンだった気が。
あの人のマシンって空力が独創的だね本当に風洞入れてるのかって言う。
191 192のカモメ型Fウイングとかトンネルデフューザーとか他車よりダウンフォース出てると思えない。 >>94
バリチェロは「忠」犬にはなってないな。
マスコミ集めて、俺はシューとジョイントナンバーワンなのにチームの扱いがどうの、とか有りもしない発言をして世論を誘導しようとしてたろ。
チームの怒りを買って、翌日には訂正会見をさせられてたのには笑ったけど。
「ジョイントナンバーワンというのは正確ではなかった。僕はナンバーワンbだ」だっけ?
あれでバリチェロはチームプレーを理解できてない残念な人と判明したね。 93〜94年あたりのバリチェロは次代のエースの予感がしたんだけどな
94ベルギーのポールなんて棚ボタとはいえ勢いを感じたよ バリチェロはルックスが酷すぎた。
ボッタスも然り。
ドライバーでもスターになるには美形じゃないとね。 でもルックスでの選考は下位カテで終わってると思うんだけどな。
バリチェロはイケメンでも何でもないけど、それ以上に速さがあったからF1にまで上り詰めたのだと思う。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています