大学や専門学校の授業を理解するには、最低でも日本語能力試験「N2」レベルの語学力が必要だ。彼は
2段階下の「N4」にも合格していない。それでも学費さえ払えば、留学生の入学を認める大学や専門学
校は少なくない。彼が進学を目指したのも、そうした大学の1つだった。

 「日本語学校の出席証明書や成績証明書があれば、大学には合格できました。でも、学校が発行して
くれず、入学できなかった」

 大学側は、受け入れた留学生が学費を支払えなくなったり、失踪してしまうことを恐れる。昨年、東
京福祉大学で1年間に700人以上もの留学生が所在不明となっていることが発覚し、「消えた留学生」問
題として大きく報じられた。留学生たちは学費の負担から逃れ、不法就労に走っていたのである。そん
な事態を避けようと、大学や専門学校は日本語学校が発行する証明書を提出させ、学費の支払い能力や
失踪の可能性を計ろうとする。

明白な人権侵害行為
 クオン君の日本語学校が証明書を発行しなかったのは、彼自身に問題があったからではない。学校が
留学生を系列の専門学校へ内部進学させようとして、他校への進学や就職を希望する学生に対し、証明
書の発行を拒んだのだ。明白な人権侵害行為である。にわかに信じがたい話だが、この日本語学校にお
いて内部進学の強要があったことは間違いない。

 同級生の多くは他校への進学をあきらめ、系列の専門学校への入学を決めた。
そんな中、クオン君はベトナムへの帰国を選んだ。他に選択肢がなかったからだ。

 「日本で経済を勉強し、ベトナムへ戻って関連の仕事に就きたいという夢はありました。
だけど(日本語学校の系列の)専門学校へ行っても知識は身につかない。
だからベトナムへ戻ることにしたのです」

 その後、日本語学校を3月に卒業し、帰国準備をしていた頃、
新型コロナウイルスの感染が急速に拡大していく。