少林寺拳法総合スレ23
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拳禅一如 力愛不二
おやくそく
一.あからさまな煽りや叩きには完全無視こそ最良の返し技
一.http://hissi.org/read.php/budou/ で各 ID の書き込み傾向がわかります
一.次スレは >>950 の方がたててください
一.その際、本文の頭に「!extend:checked:vvvvv:1000:512」と入力してください
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured >>760
少林寺の経験あるとなかなか大変だったでしょう
一旦少林寺拳法の動きを体が覚えてしまうと最初の把式練習の段階でつまずくからな〜
未だに中国拳法と勘違いして入門してしまう人見ると罪なことしてると思う 最近はあまりそういう誤解なくなったと思いますけどね。
というより今頃は流行りませんよね。カンフーも流行らないし。 わりと情報化社会に生きてる現代っ子でも勘違いして来る子いますよ
本物の中国武術の練習は若者にはつまらなくて耐えられないと思うから
そういう子には空手を進めるけどね 武道あるある
自分の流派や他流を批判する人って
だいたい道場では一番弱い奴か 下から二番目ぐらいのやつだろう そうなんですよね、実際の中国拳法はかったるいでしょう。
少林寺拳法ならやれるはずですよ、空手より面白いとも思う。 空手というか、型のそれも独自表現するものは難しいと思うんですよね。
相手と組みになってやる型のほうが日本人としては素直な気がします。 悪く言うと覇気のない良く言えば草食系で大人しい人が多いと思うけどね
徒手系の武道って暴力をふるうことにもふるわれることにも抵抗がない良くも悪くも生命力にあふれた方が多いですが
そういうタイプがまったくいない所が少林寺拳法のよいとこだと思います 人柄も良い人が多いと思います。
殺伐としたとこよりはマシです しかし、何かあれば道院長同士で決闘できる凄みがある 大事なのは、のびのびと研究する、その場所があるということです。 こういうスレは若い人が多いのかどうしても強さのみを第一にして語られやすい。
もちろん強さや乱捕りは大切だけど、それ以外のこともまた大切。
例えば、
技を通して先輩後輩との礼儀や人間関係を作ったり、
思想や時代背景を勉強することも人生を前向きに生きる為の指針となり得る。
そして極めつけは指導者になり自分が得たものを人にも得させてあげて自他共に喜べるという自他共楽、半ばは人のために、
そこまで行ければそれはひとつの理想郷だ もちろんそんな理想郷は少林寺だけだというつもりはない。
競技性の強いフルコンや柔道だって、教える喜び育てる喜びは存在する(まあ試合前はライバルとは練習しない教えない、必殺技を隠しておくとかもあるが)。
80年代フルコンブームを作った一人石井館長は若者の心をつかむのが上手かった。 結局のところ、様々な武道の違いとは特徴の違い、比重の違いでしかないと思う(優劣ではなく)。
縦拳打つのは確かに少林寺、でもフルコンもボクシングも縦拳は存在する。
ただ、縦拳の占める比重が多いのが少林寺という特徴だ
別の例を挙げれば、
乱捕りは少林寺にも存在する。
でも乱捕の占める比重は法形よりは少ない、あまり行わないというのが特徴だ
技以外の面もしかりで、空手や柔道にも思想は存在する。
ただ、思想を学ぶ機会、比重が多いのが少林寺の特徴だ。
座学、学科、大会では弁論の部なんてものまである 突き詰めれば自分が何に一番の価値を見いだすかという問題になる
街中の護身か、公式の運用法か、法形か、応用変化か、思想か、競技演武か、道場での人間関係か、他にもいくらでも思いつくだろう。
近ごろなら美容やダイエットなんて人もいるかもしれない 大事なのは、スレで独り言を重ねるような奴が少林寺拳法に関わらないことですかね。 実戦ルールだと故障が多く、年取ったら出来ない。
法形ばっかりだと理論倒れの使えない技になる。
実践の拳法は難しいね。
一つ言えるのは、単独基本、ウエイトトレーニングや武道鍛錬、部位鍛錬を適度にに積むことは、
実戦の力を維持でき、かつ、年とっても実践できるね。
捌き空手の形や、総合とかの試合を参考に、法形をリメイクするか、実戦法形を作ると、いい方向向かうと思う。 法形を増やすよりも今ある法形をいかに運用するかが大事だと中野先生は言われた
仮に対ナイフや対タックル、対フック、対ローなどの法形を増やしてもあまり現状と変わらないと思う
それよりは普段の練習で運用法の時間や回数を増やすとか、
大会での比重を演武と運用法五分五分にするとか、
或いは試験で技ありを三回取られたら落とすとか
そんな事のほうがいいんでないかな まあ試験は同じ所属同士で組むのは絶対辞めないと。学生でも一般でも。
同じ所属の受験者が二人以上居てたら試験官が必ずバラけさせないといけない。
ひどいのになると、
自分はその試験受けないのに受験者がやりやすいからその人の相手として来ている奴もいる
八百長の温床になるだけだ。そんな奴を試験に送り出した指導者の顔が見たいわ。情けない。 平成おじさんこと
小渕さんて合気道やってたんでしょ?
入り身投げかなんかで暴漢を撃退したって
何かで読んだことがある 武田鉄矢は柔道やってたんだよね
映画では蟷螂拳も演じていたね 福岡出身でしたっけ。やわらちゃんも出ているし柔道強いんですよ。 あんまり知られてないけど、極真が凄かったのは、強いとか弱いとかではなく
徹底した安全管理が行われていたことだ
組手をする時は必ず防具をつけさせる
もしもサポーターやグローブを忘れてきたら誰かに借りる
借りられなければ茶帯だろうか黒帯だろうが見学
これが徹底していた
思うに、こういう安全管理に意識が向くのは大山や松井が外国人だからだと思う
日本に住んでる日本人だと、まったく意識できない概念
例えば健康保険制度だ
在日韓国朝鮮人でも加入は出来るけど、当時の彼らの大半は
サラリーマンでは無くフリーターや自営業なので国保
国保は高いから保険料未払いで保険証を停止されてることも珍しくないだろう
また仕事も事務仕事ではなく運輸運送建築土木流通販売飲食風俗みたいな肉体労働がメイン
例えば練習で怪我しても、我々のような日本人のサラリーマンなら
座り仕事、事務仕事でパソコンカタカタだから問題は無い
しかし彼らはそうはいかない、突指や捻挫程度でも仕事に支障をきたす
即ち怪我なんか絶対に出来ない環境にある
当然、安全管理に対する意識は高かくなるのだ 全国区で
科目が統一されてるのって
極真と少林寺だけじゃない
あとはバラバラ
先生の方針とかさ まぁ、少林寺拳法も分裂騒動なんか起こさないようにしたいですね。
あれで極真はかなり弱くなりましたからね。 >>791
極真も道場によるって聞いたことはあるよ。
一応のカリキュラムはあるけど実際問題は道場主のさじ加減なのかなとも思う。
筋トレ多いとか組み手多いとか立禅や這いもやる所とか。
少林寺もそうじゃん。一応カリキュラムはあるけど、
基本ひとつのとっても、空突き空蹴り道場とミットや胴の道場
法形も寸止め道場と防具あり道場。
フルコンよろしく中段はバンバン当てる道場もある。
乱捕に至ってはおこなってない所は論外としても、ルールがまあバラバラ。
未だにグローブ乱捕もあれば、ライトやフルコン、公式と、まあ見事にバラバラ。
本当に統一させるのは無理ではないかな。 運歩法で膝を怪我、胴突きで拳が赤くなる、それが嫌で辞めた主婦がいる。
もしそんな運動不足のへたれ主婦と試験で初対面で当たったら叩きのめすべきか。
そもそも武だし試験だし甘えるなという気もするし、何か弱いものいじめみたいでちょっと違う気もする 拳受けは面白い。
あの法形や受けから学ぶ事は膝受と拳受けの共同作業か。
まああのまま実戦では使いづらいだろうが、
我の膝受けよりも先に、敵の蹴り足が食い込みそうな場合に『反射的に防ぐ』事を学ぶ為のものだろうか 順蹴地一や逆蹴地一の際、守者が上受の受け手を残し上段の守りを意識させる法として、
攻者は蛇突と金的蹴のあとに目打ちを打つ。
或いは
金的蹴から変化で上段の高廻しを段蹴りで打つ。
これらの攻撃を通常攻撃に混ぜてランダムで行う
皆さんもうちの道場ではこんな練習をしてるとか、
個人的にこういう事してるみたいなちょっと変わったメニューや練習法はありますか? >>792
今分裂しても、
ついていきたくなるような先生がいないじゃん 開祖の直弟子の先生も高齢だ
かといって、20代30代は開祖を知らないのだから孫弟子拳法になってるだろ >>799
あさんそんなに中野先生好きなの何で?YouTubeで見たの? 中野三崎のレベルに山崎新井は達したのだろうか?
これが全く分からない。
全く達してない気もするし、
もう追い抜いてしまった気もするし
まあ年齢が違うから、
お互いの全盛期の頃で考えるしかないし答えもないかもしれんが 攻者は科目表で定められた攻撃以外を、ランダムに混ぜて攻める事で緊張感のある練習が出来る。
以下その例
@突天一 攻者上上二連
A廻蹴三防受波返 攻者中段廻蹴又は金的蹴
B燕返、千鳥返 攻者中段廻蹴、下段廻蹴又は金的蹴
まあほんの一例だがいずれも理論上は防げる攻撃のはず。
しかし意外に守者は防げない。何故なら想定していないから。
もっと様々なパターンを想定させるためにも想定外の攻撃を混ぜ色々と試してみよう。 >>803
燕返、千鳥返で受けの際、本来は膝受けをするってこと? 待気で構えても攻者はすなおに上段突いてくれると限らないし、
ローや金的や中段蹴りも大いにあり得るということでの練習です。
逆に上段に二連攻や三連攻かけて、互いに攻防するのも面白いです
空手の約束組手みたいな感じで練習したら良いのではないかな。
本部の戦術組成もそういう考えが元ですよね もちろん間合いや構え、布陣、角度などでまんまと誘い込めるのが理想ですけど、
実際はなかなか高度なので、
誘いに乗せられなかった場合の練習です。
例えば突天一の上受け内受けの段受けは、
理論上は上上二連を突かれても防ぐ為のものだけど、
実際やってみるとまー難しいですよ もちろん決められた攻撃を全力で打つのは大切な練習だけど、
その攻撃だけを想定しすぎると(慣れすぎると)別の攻撃されたときに非常にもろいのです。
極端な例ですが逆下段で掴みを誘う相手に打撃をするとかなりの確率で当てれます。 科目表の指定された攻撃を無視して、
あえて好き勝手な攻撃をすることで、逆に誘いとは何だろうと誘いを考えるきっかけにもなる
いちばん厄介な攻撃は掴むふりして殴る、殴るふりして掴む、です
まあこの手の練習はあまりやり過ぎると乱捕と何も変わらなくなっちゃいますから、
適当に節度を持ってやりたいですね笑
まあそんな練習を認めてくれる指導者ばかりじゃないから、そのへんは有志だけでやりましょう >>807
近間だし、相手も掴まれるまで反撃しないことを刷り込まれてるから、そりゃ当たるだろう。
誘う側も誘うと見せかけて、積極的に攻撃させるようにしたら。 待気構えや燕返しって実は凄く高度な事をしてると思う。
というのは
攻者は右の逆突きばかりやってる人多いけど、
実際は左もあるし、鈎突きもあるし、連撃もあるし、
極端な事いうとワンツーフックなんてされたらまあ対応出来ないですよ。
だってそんな練習想定してないもの普通は。
誘いの名手はそのへんを上手く調整して(間合いや構え、互いの布陣、角度など)
上手く右を出させるけどそれは凄く高度な話。
確かに求める理想はそこかもしれないが、
我々普通人は現実問題として、
上手く誘えなかった時の対処法を練習しておくのが現実的です。
何度も同じことを連投してすみません そもそも中段構えや待気構えは剛法用で下段や逆下段は柔法用として練習している。
もちろん練習としては構えをハッキリ分けてやると効率もいいし、
立ち方や重心的にも技がやりやすいのだが、
護身術として見ればたとえ下段構えでもローやハイなど打撃に無頓着ではいけない
時には逆下段構えで剛法乱捕りをしてみよう。
当然やりにくいのだけどそういうのをやっていると、
いざ腕や袖など誘うとき打撃も警戒するようになって護身としては良いです 少林寺の良い面は、法形でもって武的身法と武的技法を“練る”環境が在るところ。
競技系の武道では勝たなきゃ居場所が無くなるから強者しか“練る”環境に残れない。 まぁ本来、弱いひとほど研究しなければいけないのが武術ですからね。 何で開祖と少林寺作った中野先生 田村先生達が九段じゃないのよ?
おかしくない?
三崎先生って結構お年いってるのに七段だったんだね >>814
段は本当によく分からないとこがあります。
森先生も九段になる前に亡くなってしまい、
それより下手な人が九段になってるとかもありますし
段位なんて長くやってる目安の一つでしかないと思います。
実際強さとあまり関係もないし 会社の上司だってなんだってそうじゃん
世の中そういうもんだよ
この中にも歳いった役職就いてる人もいるだろうが
部下にはそう陰口叩かれてるよ
そんなもんだよ 昇段は弟子の数で決まる
幼稚園児でもいいから門下生を集めれば集めるほど昇段しやすい
よって強さや技術は段位とはあまり関係ない >>818
だってこれから令和になろうとしている時代に
どうやって強さを測るの?
試合?それはスポーツでしょ あ、別に俺は歳いった動院長でもないが
少林寺はそもそも強さ(格闘技的な)を否定してるところから
この流派はスタートしてるから 中野先生は五段に格下げされたし、三崎先生は弟子の横須賀事件だかの責任をとってあまり表舞台に出なくなったという噂もあるし
あらはんに出たのも三崎先生も1、2度だし中野先生に至っては1度も出ていない
90年代初頭少林寺初の九段位が五人だったか出たけど、
いわゆる達人ぽい人選というよりは人格者というイメージを受けました まあ確かに段位があまり強さの指標になっていないし、そもそも指標にする気もないし
個人の修行の履歴書みたいな感じだ >>812
それが裏返ると、単に使えないただの体操になるということ。
法形も、時代ともに変えろとは言わないまでも、実用化するにはどうすればいいかを研究すべきなののに、
法形そのままで使えるかのように錯覚させる運用法というルール作り出した。
他の格闘技の得意技外した攻撃を受け返すだけでは、ちっとも護身ではない。
点取りスポーツ。
まあ、幹部はそれ直すいし、格闘技と並行修行がベスト。 法形の応用や使いこなす、
というのは突き詰めたら個人個人の努力だし、
その入口としては今の運用法も悪くないと思う
結局は法形の応用変化は個人で見つけていくものだから、
そこまでは組織も面倒見きれんのじゃないかな。
第一、バネも筋力も体格も性格も柔らかさも人それぞれだし まあ難しい理屈よりも乱取りやってりゃ自然に分かることも少なくない
フルコンの一般的な子どもでも何も考えずに道場来てても、
それなりに戦えるようになってる 払受蹴や中段返も研究材料として面白い
あれらの法形が使えるとか使えないとかいう発想でなくて、
攻者が攻めてきた間合いの深さに応じて、
守者は『前足で間合いを調節する』という理を学べばいい練習につながる
その後の反撃など蹴りでも突きでも臨機応変さを意識すれば良いだけで 法形から理さえ学べば、
あとの練習はテーマが自ずと見えてくるから個人で考えれば良い
法形からテーマが見えてる事もあるし乱捕りからテーマ見えることもある
本部はそのための道しるべは教えてくれてるのだから、
おんぶに抱っこでなくてあとは自分の拳法の自分で研究しよう だからね、友人が大事なんですよ。
友人をもって二人で課題をこなしていくんです。 烏合の集ではダメです。だから二人。
三人いると糞化しますね。 >>829
こんなこと言われたり、
強くなってそれがどうしたみたいに言われて、
ボランティアのはずが、柔道や剣道や伝統空手より割高、
職業フルコン空手に近い軽費掛かるから、
それなら、若くて元気な子は、少林寺行かずに総合やら空手やら行くよね。
残るのは子供と老人。
最近親もわかりだして、少林寺より極真とか剣道とか行ってる。 そのち、村祭りの神社の奉納演武してる伝統棒術みたいなジャンルになるんじゃ無いの?
時代のせいで無く、幹部の時代読むセンスのなさのせい。 因みに、剣道は防具貸してくれるので無理に買わなくていいし、道着も個人で選べるので、軽費は道着代と月謝ぐらい。
まあ、1年ぐらい続いたら、買うけど、それも、ピンキリだから安く買える。
あれだけの装備で、少林寺の面丼胴セットより安くもできる。 親にしたら流派うんぬん技うんぬんよりも、
子供の帯の色が変わったり試合で勝つ姿を見ることが嬉しい
と言った親がいた 想定が護身つうか喧嘩じゃ、情けないしやりがいはないな >>841
なんで?
知らない相手と実際にやりあう恐怖と緊張感や、勝った時の解放感達成感なんてなかなか味わえないと思うけどなあ まあ様々な流派があるし価値観も人それぞれと思う。
試合重視の流派、護身重視の流派、型重視の流派、それらのブレンドの流派もある
流派の数々は優劣というより、
突き詰めればやる人の価値観に帰る問題だから、
試合重視でも護身重視でも型重視でも好きなの選べばいいんでないかい まあ少林寺の中でも試合やりたい派、乱取り派、演武派、法形派、みたいに色々な人がいると感じるけど >>846
始めようというなら、前歴も気になるところですよね。 >>846
道着代一万前後くらいからだよ。
まあ生地やサイズで更に高い道着もいろいろある。オザキで検索したら色々でてるよ。 日本で「ウイグル問題を報じづらい」3つの深刻な理由
https://bunshun.jp/a...ticles/-/9651?page=1
最近、中国が新疆ウイグル自治区でおこなっている少数民族ウイグル人への弾圧問題が、
世界でのホットなトピックになっている。
中国軍がブータン王国に領土侵略中!
https://ameblo.jp/dj...try-11566078417.html
ブータンにも軍隊がありますが、
7千名程度の陸軍がメインで空軍はありません。 人民軍に対抗するには足りませんでした。
所詮圧倒的な軍事力には屈するしかないのです。
憲法9条憲法9条言ってたら、日本の将来は危ない。
個人の肉体護身も大事だけど、国の護身、知的護身も大事。
中国の虐殺や侵略を支えたのは日本からの援助もある。
安倍がヒトラーとか言う偉い人もいるけど、本当のヒトラーに援助したのは日本!
アジアの平和は日中友好ではなく、アジアの平和は中国の衰退にある。
増強すべき自衛隊の足を引っ張っていたら、日本の将来はブータンやウイグル、チベット、竹島の住民。
平和愛する真の勇者なら、選挙で誰を選べばいいか、わかるよね。
我々が義勇兵にならなくても、自衛隊の予算を二倍にして、憲法9条削除して、核ミサイル作れば、注意やロシアに侵略されない。 なにも、我々が義勇兵にならなくても、自衛隊の予算を二倍にして、憲法9条削除して、核ミサイル作れば、中国やロシアに侵略されない。 中には道着や帯を道院長が買って下さるとこがある
胴や面は道院で共有してるけど どうでしょう、さっぱりしていない人はいるかも。
でも、常識あるひとが多いとは思います。 価値観なんて人それぞれ
どの言い分の正解
試合がやりたい奴は個人の責任でオープンな大会に出ればいいだけ 上膊捕や片胸落、両手の熊手返しなど押さえ込むような攻撃は、
押さば押し引け、でいなす。
又は攻撃に逆らうなとか、力をかわせ、外せとか体を泳がせろとか腰砕けにさせろとか言う人もいる
説明する人の性格や感性、経験などから様々な言葉になるけれど、
どれもだいたい同じことを指しているというのが、難しくも面白い。
少林寺の好きなところの一つだ。 反対に似て非なるものもある。
突くときは腰や肩を入れろとか帯を振れるようになどはよく言うが、
引き手で突け、とも言われる
形だけ見たら似ているが、
左の引き手を引く事で右の突き手が勝手に自然に出てくれる、
これは攻撃意識を相手に悟られにくくさせる利点がある 両方の意見に一理あるなあという事もある
日常生活で普段している動きが無理なく自然で速い。
よって、出来るだけ特別な動きよりも普段の動きで拳法をする。
立ち方や動き方から始まり、リラックスや人間誰もがもつ反射を利用するなど。
それとは反対に難しい理に従って拳法をする、
その難しい動きが日常生活になって自然に現れるくらいまで練習をする
両者ともに深い。
前者は入門編として向いてて
後者は上級編として向いてる気がする 1練習内容の時間配分を変える
2道院を変える
3練習相手を変える
この3つの方法でしか変われない 練習相手が自分と同じ方向というか価値観を向いてくれてたら、そんな幸せな事はない。なかなかそうはいかないから。
前にあったのは相手が演武大会好きな人で、
法形するときに声がフンッて出て、表情まで作るんだもの..
しかも攻撃は中途半端..
どこから突っ込んでいいのか、
一瞬うろたえてしまったわ 競技で良い成績残そうと頑張ってんだから、頑張ってないやつが突っ込む資格ないだろう では、
1他流派に行く
2格闘技以外のトレーニングをする
3辞める >>861
確かにそのとおりだな
お互い目的が違うんだもの >>861
いやそれは違うだろう。
顔の表情作るとか変な声を出すとか強く攻撃してないとかは、
武術に関係どころか悪影響だから批判されても仕方ない
間合いの詰め方とか力に逆らわないとか、
地味だけど大切な事を追求してる演武ならそれはすなおに認めるよ >>864
殴りあいの試合や喧嘩なんて馬鹿馬鹿しいからだろ
賞を獲るためにどう魅せられるか
プロレスみたいにより効果的に魅せるアドバイスならともかく、実践なんてどうでもいい演武派には的外れだろう 実際、建前上少林寺最強の本部職員と、大道塾本部職員や現役選手支部長が喧嘩したら、結果はみえている。
どっちもプロで比較しやすい。
そう言う現実みて、護身練胆外すべきだと思う。 皆さんは何のために少林寺拳法をやり始めて何のために続けてるんですか?一昔前は田舎は特に今ほど格闘技やジムも無くて、少林寺拳法や合気道や空手くらいしか選択肢がない中で、肉体的に強くなりたい!負けたくない!って気持ちで始めた人がほとんどなんじゃないんですか? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています