珍しい番付を語ろう!!
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白鵬が序ノ口で負け越した
貴花田が17歳で幕内に名前を並べている
朝青龍が関取で唯一皆勤負け越しを経験した
史上唯一の幕尻優勝
大関が0人(=横綱大関が2人)
照ノ富士序二段
小結で優勝
40歳幕内
来場所起きる可能性が非常に高い、前頭18枚目(下で大勝ちが沢山いると無理)
7連敗8連勝がいる
大関6人
色々珍しい場所の番付を語ろう!! >>1 > 珍しい番付を語ろう//
陥落して新小結、ってのはどう? さっきの投稿なんだが。
http://mao.5ch.net/test/read.cgi/sumou/1578807643/105
他ならぬ、好調の正代関ですが。 >>2
たまにいますね、
玉春日とか、琴奨菊とか。 力士関係ではないが令和元年5月の番付表は令和と平成2つの元号が乗った珍しい番付だった
(出羽海昭和はノーカン) >>3
いっそのこと阿炎さんには小結で優勝して一気に大関に上がって、陥落して新関脇の記録を作って欲しい(笑) >>6 > いっそのこと阿炎さんには小結で優勝して一気に大関に//
今場所も9勝で小結据置き(遠藤関が大勝ち、残り全勝とか)、
来場所阿炎関全勝優勝なら、三役で3場所33勝で、それもありかも。
>>3 > たまにいますね、玉春日とか、琴奨菊とか//
確かに、小結飛ばして一気に関脇というのはちょくちょくあるので、
そういうことも割とあるのかもですね。
やはり、そのまま大関になって、小結キャリアなし、でないと珍しいとは言えないですね。
照ノ富士関が、今のところ該当ですが。
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/sumou/1578807643/70
> 小結経験なしの大関(あるいは更に・・・)として名を残して欲しいな、なんて思います// 1998秋場所
横綱貴乃花 13-2(優勝) ※二子山部屋
横綱曙 10-5
横綱若乃花 12-3(優勝次点) ※二子山部屋
大関武蔵丸 11-4
大関貴ノ浪 10-5 ※二子山部屋
関脇千代大海 9-6
関脇貴闘力 8-7 ※二子山部屋 貴乃花が8番勝った後に途中休場したおかげで、三役全員勝ち越した場所ってあったよね(笑) 1989春場所とか、1990夏場所みたいな、出る上位陣(横綱大関陣)が鉄壁すぎるような場所も、
たまにはあってもいいんだけどねぇ 同部屋ばかりとはいえ、1994年名古屋場所の大関は最強じゃない? あり得ないけど幕内・十両共に二桁勝ち・二桁負けが誰もいない場所が見たい 昭和50年代後半までは公傷休場した翌場所の力士は
ほぼ全員その地位で張り出されるというシステムになっていて、
平幕や十両はおろか幕下以下でも張出○枚目格というのが存在していた
昭和55年名古屋場所の栃赤城など、張出前頭の地位で三賞を獲得した
55年名古屋場所
−鳳 凰5−10 前 1−天ノ山5−10
−黒瀬川3−12 前 2−千代富9−6技能
−−−−−− 張 2−栃赤城10−5敢闘
−舛田山5−10 前 3−青葉山4−11 三役の人数が変わって幕尻の枚数が減ると、幕尻の張り出しって1枚上がるの? >>16
結果的に上がった
平成7年名古屋場所幕尻の東前頭16枚目で公傷休場した智ノ花が、
翌秋場所2小結から3小結に増えた関係で幕内最下位が西前頭15枚目になったため
番付上では半枚上がった状態になった(序列的には幕内40人目で変わらず)
逆に三役が減った場合、公傷休場して番付は維持されたが
幕内の序列的には上がるパターンもあった
(前述の智ノ花はレアパターンだがこっちはちょくちょくあった)
例に出すと平成9年九州場所幕尻の東前頭15枚目で公傷休場した朝乃翔は
翌10年初場所も東前頭15枚目にランクされたが関脇が3人から2人に減った関係で
幕尻が東前頭16枚目になり朝乃翔は幕尻ではなくなった 八百長後の技能審査場所での高濱(濱錦)の勝ち越しでの再十両だろう
あの位置からの十両昇進は天変地異でも起きない限りもう無い
たしかあのときは土佐ノ海も8−7で奇跡の幕内再昇進だった気がするな 確か十両力士に負けた幕内力士が優勝しちゃった例があったはず >>18
垣添と荒鷲が3-4負け越しで十両昇進したやん 昇進候補が著しく少ない場合、8-7や4-3もしくは幕下16枚目以下の全勝とかで爆上げするのか、7-8や3-4でも上げるのかはっきりしてほしいよね。 >>19
この1998年秋場所、安芸乃島は西前頭5枚目で公傷休場中
前の名古屋は東正関脇で千代大海より上の地位だったが
3勝3敗から休んで5枚目まで落ちた。
安芸乃島自体は、実は関脇で勝ち越したのは片手で足りないほどで
三役では今ひとつだが平幕で大暴れする力士
逸ノ城や玉鷲と関脇での勝ち越し回数が一緒と思わないだろ? >>24 休場した後の場所だったのか…
下位に浪の花とかもいて、二子山勢がすごかったよなぁ >>21 あの時は上から埋まって行ったものな
幕下上位以外からの昇進は高濱だけじゃなかったっけ? 今でも震えるのは、地方新聞に出ていた幕内力士の年齢。
新聞というものが発行され始めて史上唯一の
「貴花田 藤島17」
の文字。その場所怪我して4勝6敗から5連敗して十両に落ちて、
次に入幕したのが18歳になった後の11月場所だから、17歳幕内は
1990年5月場所しかお目にかかれない。 >>26
垣添荒鷲の負け越し昇進の場所は勝ち越し昇進者で言えば西10で6−1の濱錦より
東10で4−3だった持丸改め飛天龍の昇進の方が明らかにインパクトが上
しかも千秋楽に負け越し昇進者である荒鷲に勝って勝ち越しを決めたという点もポイントが高い
まあこの時は明らかに異常だからスレタイ通り珍しいで括るのには無理があるわな
十両の尻(西14だったから完全な十両尻)で6−9だった剣武が幕下落ちるどころか3枚半上がったりしてるし 珍しい番付って男女ノ川の別席とか時津海の墨で塗りつぶしとかそういうのかと思った 栃赤城の前頭15枚目
番付削減から定員増加までの間を考えると劇レア 幾度があった4横綱
土俵入りが長くて見てて退屈になった
二人より多いときは土俵入りは二人分を輪番でやるとか工夫したほうがいいと思った 鶴竜、琴欧洲、日馬富士、把瑠都、琴奨菊、稀勢の里の6大関
役力士以上は人数が多すぎると価値が薄れるよね >>34
7年後にはそれが1人になっちゃうんだもんな。 大関の人数に関してはあまり気にしない方がいいんだよな
40年近く前に0大関になった時があったがその2年後には一気に4大関になってたし >>34
でもこの時の布陣は個人的には強豪揃いで、見てて楽しかったよ
全員優勝経験してるしね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています