史上最強の若者頭☆花ノ国☆PART9【敢闘賞・金星】 [無断転載禁止]©2ch.net
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前スレ
史上最強の若者頭☆花ノ国☆PART8【敢闘賞・金星】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1483432353/
記録と記憶に残る、名実ともにナンバー1若者頭・花ノ国の凄さ、魅力について大いに語りましょう!(^O^)
平成六年十一月場所後のプロフィール
【四股名】花ノ国明宏 (はなのくにあきひろ)
【最高位】前頭 1
【本名】野口明宏
【生年月日】昭和34年10月15日
【出身地】大阪府藤井寺市
【四股名歴】野口→大三杉→花乃国→野口→花乃国→花ノ国
【所属部屋】花籠→放駒
【初土俵】昭和50年春
【新十両】昭和58年夏
【新入幕】昭和63年春
【最終場所】平成6年九州
【通算成績】605勝593敗21休/1196出(118場所)勝率.505
【十両成績】190勝193敗7休/382出(26場所)
【幕内成績】159勝189敗12休/347出(24場所)勝率.457
【三賞】敢闘賞1
【金星】1個
【各段優勝】幕下1回
【身長】185cm
【体重】146kg
【得意手】右四つ、寄り、上手投げ
過去スレ
史上最強の若者頭☆花ノ国【三賞・金星】
http://maguro.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1402816747/
史上最強の若者頭☆花ノ国PART2【三賞・金星】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1408607581/
史上最強の若者頭☆花ノ国PART3【敢闘賞・金星】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1431658103/
史上最強の若者頭☆花ノ国PART4【敢闘賞・金星】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1436927698/
史上最強の若者頭☆花ノ国PART5【敢闘賞・金星】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1454234648/
史上最強の若者頭☆花ノ国PART6【敢闘賞・金星】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1463295503/
史上最強の若者頭☆花ノ国☆PART7【敢闘賞・金星】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1471261465/
過去の関連スレ
【前頭筆頭・敢闘賞】花ノ国若者頭に年寄襲名を
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1297335497/
【前頭筆頭・敢闘賞】花ノ国若者頭に年寄襲名を!2
http://maguro.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1366113792/ 花ノ国 明宏(はなのくに あきひろ、1959年10月15日 - )
大阪府藤井寺市出身
放駒部屋(入門時は花籠部屋)
最高位:東前頭筆頭(1989年11月場所)
本名:野口 明宏(のぐち あきひろ)
身長:185cm、体重:148kg
得意手:右四つ、寄り、上手投げ
現在は、若者頭・花ノ国
来歴
相撲好きの父親から幼少期より鍛えられた。1975年(昭和50年)3月場所初土俵。
重い腰を生かした典型的な四つ相撲で、右四つからの正攻法の攻めで番付を上げ
ていった。1983年(昭和58年)5月場所新十両。十両時代に当時の師匠(元横綱
輪島)の不祥事で放駒部屋へ移籍したが、以降はめきめきと力を付け、ご当所
の1988年(昭和63年)3月場所で新入幕を果たした。三役には惜しくも届かな
かったが幕内中-上位で健闘。同年9月場所では13日目を終わって2敗と優勝争
いに絡む活躍、最終的に11勝4敗の好成績で敢闘賞を受賞、1989年(平成元年)
9月場所では横綱北勝海を破る金星をあげた。また不調時ではあったが小錦と
相性が良く、1988年と1989年に限れば3勝4敗とほぼ互角の星を残している。
しかし小錦が復調して以降は勝てなかった。
その一方で、1990年(平成2年)3月場所の7日目に、「昭和の大横綱」と言わ
れた千代の富士の通算1000勝目の対戦相手として、相撲界の歴史に名を残すこ
ととなった(決まり手は「掬い投げ」)。当の花ノ国は千代の富士戦の敗戦後、
記者陣に対して「これで自分の名前が歴史に残るのは、ついてないですよ。プ
ロ野球で言うなら、まるで王貞治(巨人)に本塁打世界記録の756号を打たれ
た鈴木康二朗投手(ヤクルト)みたいじゃないですか」と、大好きな野球に例
えて苦笑混じりに嘆いていたという(余談だが、自身は阪神ファンである)。
また、千代の富士の53連勝の始まり、大鵬を超えた46連勝の時の相手も花ノ国
である。
力士生活の晩年は肘の故障などにより、幕内と十両の往復を繰り返した後に幕
下へ陥落、1994年(平成6年)9月場所後に引退。若者頭に転向した。 主な成績・記録
現役在位:117場所
通算成績:605勝593敗21休 勝率.505
幕内在位:24場所
幕内成績:159勝189敗12休 勝率.457
三賞:敢闘賞1回(1988年9月場所)
金星:1個(北勝海)
各段優勝:幕下1回(1985年3月場所)
対横綱戦:1勝20敗(北勝海1勝)
対大関戦:4勝26敗(小錦3勝、朝潮1勝)
改名歴
野口 明宏(のぐち あきひろ)1975年5月場所-1978年5月場所
大三杉 明宏(おおみすぎ-)1978年7月場所-1982年3月場所
花乃国 明宏(はなのくに-)1982年5月場所-1984年11月場所
野口 明宏(のぐち-)1985年1月場所-1985年3月場所
花乃国 明宏(はなのくに-)1985年5月場所-1986年7月場所
花ノ国 明宏(はなのくに-)1986年9月場所-1994年9月場所 花ノ国 明宏 (はなのくに あきひろ)
最高位 前頭 1
本名 野口 明宏
生年月日 昭和34年10月15日
出身地 大阪府藤井寺市
身長 体重 185センチ 146キロ
所属部屋 放駒
改名歴 野口 明宏 → 大三杉 明宏 → 花乃国 明宏 → 野口 明宏 → 花乃国 明宏 → 花ノ国 明宏
初土俵 昭和50年3月
最終場所 平成6年11月
生涯戦歴 605勝593敗21休/1196出(118場所)
幕内戦歴 159勝189敗12休/347出(24場所)、1敢闘賞、1金星
前頭戦歴 159勝189敗12休/347出(24場所)、1敢闘賞、1金星
十両戦歴 190勝193敗7休/382出(26場所)
幕下戦歴 183勝153敗/336出(48場所)、1優勝
三段目戦歴 27勝20敗2休/47出(7場所)
序二段戦歴 42勝35敗/77出(11場所)
序ノ口戦歴 4勝3敗/7出(1場所)
前相撲戦歴 1場所
番付外戦歴 1場所 花ノ国 明宏(はなのくに あきひろ)
本名 野口 明宏 生年月日 昭和34年10月15日
出身地 大阪府藤井寺市(旧 大阪府南河内郡) 初土俵 昭和50年 3月
所属 花籠→放駒 新十枚目 昭和58年 5月
改名歴 野口→大三杉→花乃国→野口→花乃国→花ノ国 新入幕 昭和63年 3月
最高位 前 1 最終 平成 6年 9月
得意手 右四つ、寄り、上手投げ 身長 体重 185cm 148kg
幕内通算 24場所 159勝189敗12休 敢1金1
備考
板金塗装業の長男で、父は相撲好きで若い時に土地相撲で活躍した程で、子供
の時から相撲の本を見せられて育った。道明寺小学校から野球を始めとする殆
どの球技をこなし、道具を使っての筋力鍛錬もしていた。道明寺中学校では相
撲部は無かったが消防署の稽古場に通って黒崎窯業の選手に稽古を付けてもら
った。既に小学校 1年生で間垣から勧誘されていたが中学校を卒業した時には
部屋が消滅していた。当時の身長と体重は182cm 130kgに達したので、二子山
・大鵬・立浪・花籠の各部屋から勧誘されたが、親戚に常盤山の現役中の大阪
後援会会長を務めた人が居た縁で常盤山が 3回も訪ねて来て勧誘したので、花
籠部屋に入門した。
花ノ国の名は花籠が命名した。
腰の重さを生かした右四つの正攻法の取り口。
昭和61年 3月は御当所で 1勝 6敗と大きく負け越したが、地元後援会が激励会
を開いてくれたのを大きな励みとして奮起し、以後は順調に昇進した。
暢気な性格。
廃業後は若者頭に転向した。 花ノ国 明宏(はなのくに あきひろ、1959年10月15日 - )は、
大阪府藤井寺市出身の元大相撲力士。
放駒部屋(入門時は花籠部屋)に所属していた。
最高位は東前頭筆頭(1989年11月場所)。
本名は野口 明宏(のぐち あきひろ)。
身長185cm、体重148kg。
得意手は右四つ、寄り、上手投げ。 若者頭 花ノ国 明宏(はなのくに)
しこ名
前頭筆頭 花ノ国 (はなのくに)
本名
野口 明宏
生年月日
昭和34年10月15日生
出身地
大阪府
生涯戦歴
605勝 593敗 21休
受賞歴
優勝0回/ 殊勲賞0回/ 敢闘賞1回/ 技能賞0回 こんにちわー
>>1乙
前スレが埋まっていたので、
花ノ国のスレを立てるか考えてた(・∀・)イイネ!! >>1乙
番茶でも呑みながら気長に育てたいスレだな もう今の相撲は見ててもつまらないね
花ノ国の相撲が1番楽しかったよ >>10
歴代最強の若者頭はそりゃ花ノ国でしょ。相撲ファンの総意だね。 健全な相撲協会にするには花ノ国をトップに据えるしかない 花ノ国は人望あるんだよね。
古い体質の相撲界で若い親方たちは花ノ国に期待してる。 花ノ国が理事長になれば、相撲協会革命の始まりとなろう。 ガキの時花ノ国が好きだったな
名前がかっこいいと思って なぜか知らんがあの頃のオレは花ノ国が一番好きだったわ 花ノ国の現役を見たことないワイ
千秋楽での表彰式の補助と解説が上手い人との印象しかない 突き落としで横綱の北勝海を倒したこともあるんやで
勝ったのはその1回だけやけど 花ノ国の怪力は凄かったな。
北尾相手にも上手を引いて上手投げで振り回してたからな。 花ノ国は廻し掴んだら離さないという感じを受けた。
足腰の強さが異常な程だったけど腕力も相当なものだったと思う。 >>1
花ノ国研究会サンいつもスレたてありがとうございます。お疲れ様です。 >>38
花ノ国は、兵隊上がりの昔気質のようなタイプだった。自分にも手を抜かないで稽古に励んでたわ。 花ノ国の相撲は凄かったと思う。
立ち合い→廻し取る→寄り切るの流れが物凄く綺麗なんだ。
こういう相撲が取れる力士って今はいない気がする。 花ノ国は、素質以上に努力で強くなった人でしょ。
わたしは知っている。 いつも寄りきりで勝つ手堅い相撲だったから見てて煌びやかな印象は無いけど、
データを見たら「足取り」や「とったり」、「小股掬い」など物凄く多彩な引き出し持ってる力士であるのに気づいた。 当時の相撲を見てればわかると思うが驚異的な粘り腰があって
肘の骨折をするまでは普通に強かったよ
小錦を真正面から押し出した相撲なんかはその最たるもの 俺 若いんで 未だに花ノ国と花乃湖の違いがわからない 花ノ国と言ったら幕内時代が強いな。
若貴キラーだったことを憶えてる人はいるか? いやね…
パッと花ノ国の取り組みを見て、
「これは将来の相撲界を担う人材だ」って興奮してたのを見たから、今を見るとねぇ… >>1
スレッドがあったなんて嬉しいです。
花ノ国さんとても大好きです。
会ってみたい・・・ 現役の時はそんなに感じなかったけど、解説席でスーツ着てるのを見てダンディだと思った 綺麗な娘に優しい奥さん
素敵な家族に包まれた花ノ国さんは本当に羨ましい… このスレの住人で生花ノ国を見たことある方いらっしゃいますか?
羨ましがりたいので、エピソード投下していただけたら嬉しいです。 いつの場所か忘れたが三賞受賞後のインタビューで
「今まで頑張って来て良かった‥」とか涙ぐんで言ったのは
結構感動した。 思い出ではないけれど、一度、花ノ国と食事をしてみたい。
食べっぷり、飲みっぷりも楽しみだけど、頭が切れるし話題が豊富そう。 平成元年秋場所の北勝海戦は感動した
あれが最後の横綱戦での白星でもあったんだよな >>58
千代の富士のお別れ会のときに生花ノ国みたよ。写真撮らしてもらった。 もし、花ノ国がまきかえ名人でもろ差し得意な力士だったら・・
こりゃもう誰も勝てないわ 大竜やカネチカってほとんどの若者頭より実績ないよな…それどころか世話人のサイスよりもないし 魔猿が、世間で「お兄ちゃん」と言われていた頃
はじめて花ノ国と対戦した取り組みは興奮したよ・・・
花ノ国が圧倒的な力の差を見せつけたんだよ
さすが花ノ国って思ったわ >>64
花ノ国より実績の劣る年寄ってゴロゴロ居るよね 花ノ国に因んだクイズ問題をつくったよ
[問]幕内時代の花ノ国について,次の問いに答えよ。
@ 最大体重を答えよ。
A 負けた場合について,一番多かった決まり手を答えよ。
B 千代の富士には初顔合わせから何連敗したか。 1度も三役に上がってないのにこれほど評価されてる元幕内もめずらしい
それともこのスレの中だけか? >>67 >>71
花ノ国vs千代の富士
0-10
昭和63年名古屋場所2日目 ●西前3 花ノ国 上手投げ ○東横綱 千代の富士
昭和63年九州場所7日目 ●西前2 花ノ国 吊り出し ○東横綱 千代の富士
平成元年初場所11日目 ●東前5 花ノ国 下手投げ ○東横綱 千代の富士
平成元年春場所6日目 ●東前2 花ノ国 下手投げ ○西横綱 千代の富士
平成元年名古屋場所4日目 ●東前3 花ノ国 上手投げ ○東張出横綱 千代の富士
平成元年秋場所3日目 ●東前4 花ノ国 外掛け ○西横綱 千代の富士
平成元年九州場所10日目 ●東前1 花ノ国 上手投げ ○東横綱 千代の富士
平成2年春場所7日目 ●西前3 花ノ国 掬い投げ ○東横綱 千代の富士
平成2年名古屋場所11日目 ●東前2 花ノ国 上手投げ ○東横綱 千代の富士
平成2年九州場所4日目 ●東前3 花ノ国 寄り切り ○東張出横綱 千代の富士 私が小学生の頃、親と何となく大相撲中継見てて
「この人(花ノ国)が一番好き」って密かに思っていた記憶があります。
なんか、恥ずかしくて親にも言えなかったような・・・。
(恋心入ってたのかも〜w。)
お人形の様ですっごーく身体が丸かったですよねー。
いつのまにかいなくなってて、私も相撲見なくなった。
何年もブランクあって、今は何となく若乃島さんを応援していますw 返す返すも昭和63年秋場所のV逸が痛かった。
初日から好調で10日目終わって1敗でターン千代の富士と星1つ差。
11日目に大関北天佑屈し、14日大関朝潮、千秋楽東前頭7大寿山に連敗するとは…。 花ノ国はなあ…花籠じゃなくて大島に入門していれば二代目旭國を名乗っていたかも知れんなあ。
正直、千代の富士に引導を渡す役は花ノ国であってほしかったよ。 昭和60年前後、結構固まってる時期に、
青葉城、鳳凰、栃司、闘竜ら
ラッキ―関脇が多いよな
確かに花ノ国の入幕がもう少し早ければ
この流れに乗って関脇だったかもしれん 元前頭筆頭・花ノ国。若者頭としては存在感大ありだ。 確か、力士の歌合戦で演歌以外の歌を最初に歌ったのがこの人だったと思います。
「涙のリクエスト」 花ノ国って 結構カッコよくなかった?
そうでもない? 花ノ国はカコイイし、S63秋場所の大活躍もあったし、印象薄くはないがなぁ。 花ノ国は三役ではなかったけど前頭上位で安定感があったから俺的には評価は上がるな
まぁまぁ強かったってイメージ 上位に常にいたイメージがあるが、
三役経験がないのが意外な気がする。 幕内上位で活躍していた頃の花ノ国を知らない人も増えているんだろうな。
もうあれから30年か。 前頭上位で健闘するもなかなか三役に上がれなかったから
オレ的には正直、存在感ありまくりで好きな力士だけどね 当時、「相撲」の似顔絵投稿欄では、よく題材にされてたが
どれもこれもヒドい面だった・・・・・ 花ノ国って温厚って評判だった
花ノ国が引退した時に、レポーターの話で「いつ話聞きに言っても穏やかでにこやかな力士でした、でもそういう温厚な性格だからなかなか上に行けなかったのかも」って言ってた記憶 漏れがまだ幼稚園生の頃だった。幼稚園生のくせに角力が大好きだった。
まだ「花乃国」だった十両の頃、あの小錦を力強く寄り切って勝ったことがあり
幼い漏れの度肝を抜いた。いまだに目に焼き付いている。 花ノ国さんとよく話したりするけど花ノ国さんはチャンとした人だね。
挨拶とか出来ないと 「挨拶は?」とか注意したり…
挨拶はしっかり笑顔でしてくれるし。
部屋の力士の取り組みはチャンとみてるし。 人当たりがよくてニコニコされてるからこんなにスレものびるし人気もあるのだろう 花ノ国のファンです。もしかしたら若者頭の中で最高位なの? 花ノ国の新十両時のNHKの「新十両に聞く」の模様を覚えている人がいたらおしえてチョ! 花ノ国って、まさにお金を払って見る価値のある「プロ」の力士だったね 花ノ国の話、もっと聞きたいな。
最近相撲ファソになったから、若者頭になってから初めて名前覚えたんだ。
カコイイお相撲さんだったんだね。リアルタイムで見たかったなあ。 舞の海みたいにちょこまかした相撲で技を沢山繰り出すのも言いけれど、
豪快で力強い渋めの四つ相撲にしびれたなあ、花ノ国関。
出世は遅かったが見事に一花咲かせた。
こういう人は二度とでないのかなあ。 花ノ国は土俵際に押し込まれて上体も反ってこのまま押し倒されるかと思うところを、
ひょいとうっちゃって逆転勝ちする相撲がよくあったね。 花ノ国のスレなんてまだ残ってたのか。
いい力士だったな。
花籠部屋だっけ? 花籠部屋に入門
その後、花籠騒動を経て放駒部屋に移籍
引退後は、師匠(魁傑)の定年に伴い芝田山部屋に移籍 このスレって日刊スポーツで取り上げられたり、
Wikipediaにも載っていたりするんだよね。
何気に良スレ! その割にはレスが少ない・・・まあ、若い人は知らんだろうけど リアルタイムで見た記憶のある最初の場所
昭和63年秋場所
花ノ国が大活躍した時だ
俺は小2
相撲すきの祖父が家に来たのがきっかけだったよ
それ以来、ずっと花ノ国ファン一筋 小学生だった頃、九州場所11日目に花ノ国が朝潮を突き落として破った一番がめっちゃ印象に残ってる >>106
世話人と若者頭の対戦としては極めてハイレベル 平成元年初場所
天皇が死んでTVつまんなかったから
たまたま相撲を見てた
もちろんその段階では贔屓の力士はいない
唯一知っていた寺尾が出てきたから何となく応援
そしたら負けてしまった
力づくで土俵の外に運び出された
その相手が花ノ国だった
これをきっかけに花ノ国のファンになり
大相撲観戦にのめり込んでいった >>66
それな。カネチカなんぞ年寄の器じゃない。せいぜい世話人レベル >>106
>>108
昭和60年九州場所2日目 十両での取り組みだね >>94
若者頭の現役時代の番付最高位では一番上だね 思い出の土俵
花ノ国vs寺尾だった
花ノ国にあんなに圧勝している取り組み見れてよかったよ!
もっと思い出放送してほしいな >>113
平成元年の取り組みかな?
あの頃は花ノ国の方が分があったね。
通算成績は4勝8敗だけど、平成元年だけだと5回対戦して3勝2敗。 花ノ国 vs 寺尾 4-8
昭和59年7月 15日目 東十8 花乃国 ● 下手投げ 〇 東十10 源氏山
昭和60年5月 7日目 東十13 花乃国 ● 突き出し〇 東十3 寺尾
昭和63年5月 8日目 東前9 花ノ国 ● 押し出し 〇 西前6 寺尾
昭和63年11月 15日目 西前2 花ノ国 ● 引き落とし〇 東前6 寺尾
平成元年1月 6日目 東前5 花ノ国〇 極め出し ● 西前1 寺尾
平成元年3月 13日目 東前2 花ノ国 ● 押し出し 〇 西関脇 寺尾
平成元年5月 14日目 東前7 花ノ国 〇 寄り切り ● 東前3 寺尾
平成元年9月 4日目 東前4 花ノ国 〇 寄り倒し ● 西関脇 寺尾
平成元年11月 11日目 東前1 花ノ国● 叩き込み 〇 西関脇 寺尾
平成2年7月 10日目 東前2 花ノ国 ● 突き落とし〇 西小結 寺尾
平成2年11月 1日目 東前3 花ノ国 〇 とったり ● 東関脇 寺尾
平成3年1月 10日目 西前8 花ノ国 ● 引き落とし 〇 東前2 寺尾 漏れは幼稚園生のクセに相撲が大好きだったが、特に花ノ国関の大ファンだった。
そして小学校に上がってすぐ、図書館で相撲の技を解説した本を借りて研究した。
そこであの花ノ国関の「立ち合い変化」を見つけ、一緒によく相撲をとった友達にこれだ!
とばかりに立ち合い変化を仕掛けた。そんな技を知らぬ友達にはてきめんにきまったんだけど、
その友達、猪突猛進で額を地面に思いっ切りぶつけてのびちゃった。
相撲技はおそろしいもんだと思い知った(w 花籠事件以降、角界から除名同然の扱いを受けている輪島を変わらず慕っているそうだね >>94
>>112
最高位が幕内の力士の若者頭転向は花ノ国を含め4例あるものの
三賞受賞と金星獲得の実績がある若者頭は花ノ国のみ 今日は千秋楽
表彰式で花ノ国さんの姿が見られるかな・・・ オレは昭和63年花ノ国が敢闘賞を受賞した秋場所を国技館で初観戦。
親父が官僚だったせいで、小学校低学年の時分から接待用の相撲やプロ野球のネット裏チケットでよく観たもんだ。 この人は立ち合い変化が魅力的だったが、男らしい眉毛もよかったな。 >>128
顔貌とメガネのせいかな
でも、陸奥北海のようなデブではない 琴千歳よりも強かったでしょう。斎須も強かったよ。
どちらにしろ花ノ国が一番強い。 >>129
>>131
花ノ国以外は横綱・大関からの勝ち星がなかったと思う。 若者頭はあまり目立たないのが寂しいな。
BSの解説には出てるけど。
花ノ国クラスならもっと目立ってもいいのに。 花ノ国がたまに見せたあの豪快な吊りが好きだったなあ。 家族に相撲に関心のある者はゼロ、相撲中継を一度も見たことは無かった。
知ってる力士といえば、高見山ひとり、それもテレビCMキャラとして。
(キタノウミって名を耳にするなあ、って程度)
そんななか、千代の富士フィーバーがおこり、その人物を把握することに。
でも、中継を見るようなことは全くなかった。
ある日の夕方、6時からの番組を見ようとテレビをつけたところ、
少し早かったか相撲中継をやっていた。
話題の千代の富士が仕切ってるではないか… ついでに見続けた。
対するは太くて濃い眉毛のいかにも力士らしい精悍な表情の力士。
仕切りを繰り返し、なかなか取り組みが始まらないのにイライラしたのを記憶している。
それに館内が異様に盛り上がっている。
実況のアナウンサーがやたらと千代の富士が勝つことを期待した口ぶり。
この空気に何だか千代の富士が負けて大波乱が起こることを期待してしまった。
そして制限時間一杯で行事軍配が返った!
千代の富士とその力士が激突しあっけなく千代の富士が勝った。
あとで考えると、太い眉毛の対戦相手は花ノ国だ。
更に調べたら、平成2年春場所の7日目で千代の富士の通算1千勝がかかった一番だったのだ。
相撲ファンではない、記憶に残る最古の一番、である。 >>131
順位を付けると
花ノ国>>>>斎須>琴千歳>>栃乃藤>王湖=伯龍 私は父親が放駒部屋の後援会をしていた関係で千秋楽パーティーで花ノ国関に会わせて頂いてからTVでも応援するようになりました 史上最強の若者頭だった琴千歳は、花ノ国の引退によって強かった若者頭に >>134
蜂矢を強引に吊り上げて土俵際までもっていった相撲を覚えています。
強烈なシーンでした。 今場所は花ノ国が三賞を初受賞してから丁度30年目の場所になるんだな。
そう考えると感慨深いな。 たまに頭に浮かぶ下らない疑問。
花ノ国と大乃国がそれぞれ別々に部屋を興していたとしたら
どちらに多く関取が育ったか?
そのふたつの部屋に育った関取の合計と
現実の芝田山部屋が育てた関取ではどちらが多かっただろうか?
性格が似ていないだけに気になる...。 >>134
孝乃富士を土俵中央で吊り上げて足をばたつかせたシーンが目に焼き付いています 小学生のころ本当によく見てました。
個性があって、花ノ国の相撲は楽しみだった。 飲み屋でケンカになった腹いせに、
路駐してあった相手の車を裏返しにしてやったと
雑誌か何かで読んだ記憶がある。 昭和63年〜平成4年頃、一番好きな力士でした。
全盛期には、前頭二桁台では必ず大勝ちして敢闘賞。
呼吸を図った天下一品の立ち合い変化で突き落としたり、
腕力だけで巨漢力士を土俵の中央から吊り上げる相撲は、
今の力士には全く見られないもの。 昭和59年夏場所の前乃臻戦の花ノ国は凄かった。
地面に対して90度まで吊り上げ、そのまま投げ飛ばした。 俺は花ノ国が活躍した時代は、相撲史最後の黄金時代だと思う。
それは千代の富士を始め横綱が横綱足り得た奇跡の時代だった。
4横綱から平幕を含めて力士の個性がきらめいていた。 花ノ国か〜。
霧島と一緒に、オレが好きだった力士の一人だったよ。
千代の富士との対決は、力が入って見ごたえあったな。 花ノ国が土俵中央で伝家の宝刀立ち合い変化で北勝海を這わせたときは鳥肌がたったよ 花ノ国の強さの秘密って父親(藤井寺の村相撲のチャンピオン)譲りの素質かな。
巻き替えやマワシを切るのは神がかってたと思う。
あと右四つからの寄りの凄みは摺り足で鍛えた強靭な足腰なんだろう。 花ノ国ワロス。右四つからの寄りが得意でよく「うおー!」と吠えていた。
小錦に真正面から勝負を挑んで押し出したり北勝海から金星獲ったりしたくせに
千代の富士にはまるで歯が立たず。 花ノ国の立ち合い変化なら、オレもよくちびっ子相撲でマネしてやってた うははぁ
皆さん、さすが良く覚えてますね
やはり花ノ国をこよなく愛した方々 東方 花ノ国 東前頭筆頭 大阪府藤井寺市出身 放駒部屋
場内アナウンスの響きも良かったよな まさに千代の富士時代(末期)から相撲を見始めた
花ノ国ファンのそれがしの小学校では
砂場での相撲が流行っていた。
どーでもいいが、花野君という友人のあだ名が
自動的に「花ノ国」となり、「右四つから寄れ!」「立ち合い変化」などと
無責任な声援を浴びていたw そういえば、うちの会社に来るお得意さんで
今の花ノ国にそっくりの人がいるwww
あんな感じの短髪でめがね掛けているわ 私は前のスレからちょくちょく覗いている花ノ国ファンだが、いろんな意見があっていい。
マッタリとした、ほのぼのしたスレになると嬉しいですね。
あの頃の花ノ国は夢をくれたからね。
魅力のあるいい力士だったと思いますよ♪ 皆さん乙です!しかしまぁ平均年齢が高そうなスレですよね。かくいう私も結構な親父(笑) ま、花ノ国自体が30年近く前に活躍した力士だから、
リアルタイムで見てた人が集うと平均年齢が高くなるのは自然なことでしょうな 花ノ国が敢闘賞を受賞したときの藤井寺での大フィーバーはよく憶えている。
あの頃はほんとに相撲が面白かったな。 消防になるかならないかの頃、花ノ国が新入幕くらいから好きで観てた。
花ノ国で印象に残ってるのは、陣岳が上からおいかぶさるように上手を取った時
潜り込んでた花ノ国が小股掬いで転がして勝った事かな。 花ノ国は腕力がとにかく強くて同じく腕力自慢の栃乃和歌の強烈な引き付けを再三凌いで最後はスタミナ勝ちしてた。 小学生時代、立ち合い変化の花ノ国関と引き技の薩洲洋関のファンでした。 >>1 乙
最近はなかなか良スレになっているな
これもひとえに花ノ国を愛する皆様のおかげですよ
一方的な自己主張や罵り合いの乱立するスレにあって、
花ノ国スレは楽しく爽やかに行きたいものです!
末永く盛り上げて参りましょう!でわでわ 花ノ国になった野口くんと中学が同学年でした。
もっとも彼は同じ市内の隣の中学でしたが、相撲が強くてスポーツ万能で地元で有名でした。
街でよく見かけましたが、身体は大きくても無口でもの静かな少年って感じでした。
まさか幕内まで上がって金星をとるほど活躍するとは思っていなかったけど。
彼が十両入りした頃からは、テレビ桟敷にかじりついて応援したな。
姿の良い力士で、右四つの型も良かった。ただ突き押しにやや弱かった… >>176
中学のころからやっぱり目だっていたんですか? >>177
花ノ国は背が大きいという印象だけで、目立ってはなかったと思います。 ひとつだけ確かなのは花ノ国という力士が、当時そして今でもたくさんのファンの心を捉えてやまないってことさ 花ノ国は小学生の時から怪童と言われて多くの部屋がスカウトにきたらしい。
で、当時名門だった花籠部屋に入ったわけだが、
その理由が確か親戚が花籠の部屋付きだった常盤山の後援会関係者だったからと、
どこかの相撲雑誌で読んだことがある。 私は花ノ国の相撲を見て、四つ相撲の技術を学びましたね。 花ノ国・・・強いんだけどピリッとしたところがなかったんだよねえ
暢気な性格が裏目に出ていたような気が 花ノ国はそこそこの体格なのに器用でスピードもあったから巻き替えも早かった。 このスレ、荒らしがなくて良スレですねえ。
花ノ国のファンは今、40代〜50代くらいですか。
本当に当時の相撲を懐かしがっている感じを受けます。 いいですね、このスレ。
自分は68年生まれで73年位から観てるけど、確かに花ノ国は素晴らしかった。
皆さんの言う様に数字や記録が全てでは無いですね。 話し振りも常識的だね・・花ノ国
引退後すぐ新聞にとある身障者が国技館で親切にしてもらった
スポーツ刈りでメガネをかけた低い声の親方wを探しているとの記事が載って
結局その親切な親方は若者頭の花ノ国だったという話 花ノ国ナツカシス。
結構、小錦や朝潮あたりと拮抗した取り組みを展開していたと思う。 千代の富士に歯が全く立たなかったのは見ていて不思議だった オレも花ノ国のファン。
相撲はやっぱりああいう四つに組んだ馬力相撲だと思う。 花ノ国といえば立ち合い変化
全盛期は格下には殆ど立会いの一発で勝負ついてたな
あと上手投げも強烈だったしもろ差しは許さないし
攻めが早ければ三役も可能だったんじゃないか 花ノ国はうまさというのもあるんだけど、土俵際の逆転も結構あった。 花ノ国は肘のケガで中途半端に十両に陥落したから、
力を出し切らないまま、あまりにも早く引退した感がある 全盛期の花ノ国はがっぷりになっても小錦に力負けしなかった 花ノ国大好きです。惚れ惚れする相撲態度でしたよね。
思い出の土俵シリーズで花ノ国の映像を見たことがあります。
昭和63年9月の大活躍と平成元年9月の対北勝海戦なんて素晴らしいですね。 寄ったり押したり攻めるときの素早さと投げる時の豪快さ。
これらに対比して、勝ち名乗りを受けるまでの悠然とした態度。
まさに動と静のメリハリが究極的でした。 花ノ国を誰かと比べるのはナンセンス。
伝説の名平幕力士です。 この前、千代の富士の一周忌にあわせてBSフジで追悼の特番を放送してたが、
九重部屋の稽古場のシーンに花ノ国が映ってたわ。
どうやら大乃国と出稽古に来ていたようで千代とも申し合いをしていた様子だった。 さすがに史上最強ではないが、史上最高の前頭筆頭ということでいいでしょう 花ノ国は相撲人形のような愛らしい容貌で、好きな力士だ
取組を観ていると体格の割に動きが素早かった 花ノ国はお相撲さんの顔、千代の富士はアスリートの顔だと思う 花ノ国は、神社などいらない伝説の平幕力士であり、相撲協会を支える若者頭 かつて藤井寺のヒーローだった花ノ国
新入幕の頃はもとより、昭和63年秋・平成元年代はかなり語られていた。
しかし、最近はめっきり取り上げられることも少なくなった気がする。 花ノ国は、三賞を受賞した次の場所あたりが三役獲りのチャンスだったのかな。 タラレバの話をするなら…
糖尿病にならなければ
花籠騒動がなければ
番付運がよければ
肘の怪我に悩まされなければ…
年寄株が取得出来れば
こんなとこでしょうかね。 実力は三役というといつも思い出すのは花ノ国だなぁ。
容貌もパフォーマンスも地味で損した。
しかし実力は間違いなく三役クラスだった。 おお、懐かしいですね、花ノ国。
ニックネームは「フラワーパワー」でしたっけ?
自分の中では安芸乃島にも同様の地味さを感じました。
無口、怪力、おっつける取り口、共通点は多い気がします。 結果こそ残らなかったが強いという印象は残っている力士 花ノ国は出世が早かったら大関になれたと思う。
ただ同時期に千代の富士とかいたからかな・・・ 花ノ国は三役まであと一歩だった。
でも平幕止まりでも一時代を築いたと思うし、
花ノ国の取り組みはいつも楽しみだった。 >>224
花ノ国が大関になってたらかっこよかっただろうね。
突然強くなったのがもう少し早ければ大関にはなってただろうけど。 花ノ国 解説上手いな! 冷静沈着で喋り過ぎず 程良い感じで喋る! もう正面解説は、舞の海をはずして、花ノ国にしてもらいたい。花ノ国がNO.1でしょう。 花ノ国若者頭の解説は、ほんまにエエなぁ…
内容は深いし、簡潔な喋りの間ぁも最高や! 現在十両以下の解説では確かに花ノ国が東横綱かもね。 言葉は悪いけど中卒で相撲界に入ったのに
この人の言葉の端々に、ものすごい知性を感じるよ 口調が柔らかくて、わかりやすい
実況アナとも良い雰囲気になれる
解説者向きだよ、ほんとに 遠い昔の話を読むと、花ノ国が歩いてきた道のりの長さが胸にくる 力士の前に、人として、すばらしい。
横綱は時の運だが、この人には大関だけはなってもらいたかったな・・・
俺の中では、大関です! 的確な解説。そして性格の優しさがそのまま解説にでている >>232
舞の海は平気で横綱にでもズケズケと失礼なことを言うけど
花ノ国は割と力士の地位を尊重して発言するね。 花ノ国の解説はいつも的を射ている
流石に苦労して前頭筆頭になった人は違う 秋場所で、子どもをだっこして写真とってもらったけどすごく優しかったです。
子供が大泣きしたのをあやしてくれました。
その後次々とファンの方が押し寄せてもにこにこ丁寧に対応してて神対応でした。 一番人気で強くて品格がある史上最高の前頭筆頭 花ノ国
若者頭としても最高である 勝って奢らず負けて落ち込まぬ真面目に頑張る品格のある関取だったな 大阪府民です。
周囲には花ノ国ファンが他にもたくさんいたし、
知人は家族ぐるみでファンだったそうです。
今でも大阪場所が楽しみです。 花ノ国の腕力や圧力の強さを見ると、他の部屋だったら案外もっと伸びたのではと思えたりする。 はなのくにさん、人柄がいいから若い衆と上手くやってる >>256
引退した時期は、まだバブルの余波で年寄株が高かったことと空きがなかったことが要因だと思われる。 当時の年寄の襲名規定:「幕内1場所全勤以上かつ十両在位連続20場所以上もしくは幕内1場所全勤以上かつ十両在位通算25場所以上」
花ノ国は幕内在位通算24場所、十両以上在位連続42場所・通算50場所だから襲名する資格はあったのにね。 花ノ国が若者頭止まりで大竜が親方になったのは、いまだに納得できない 最高位前頭筆頭の花ノ国が向正面の解説席で
最高位十両4枚目の大竜が正面解説席なのはおかしいだろ >>259
同じ頃に引退した似たような実績の恵那櫻は借株ながらも年寄を襲名していたな 株が買えずに若者頭になった花ノ国が親方になっていたらどうなっていたんだろ この人頭のいい人だと思う
相撲論はマジで理路整然
根性論ではない指導ができるから期待している 相撲部屋って相部屋でプライバシーもないから現代の若者にはきついかも 花ノ国さんも生活指導が大変だね。 花ノ国は武士のような雰囲気があったね
相撲道へのストイックさ、誠実さが滲み出てた
こういう力士は今や貴重な存在だよ >>261
BS解説よかった
花ノ国さんは若者頭として幕下以下の取り組みをよく見てるから
力士の特徴や欠点とか知り尽くしている
あと性格なんだろうけど、批判せずにこうすればみたいな助言がいい 味のある解説だし空気も読める
専属解説でも食っていけそうだw 向正面なのに出番たくさんあって嬉しい
正面より喋ってるwww 花ノ国の全盛期のパワーは相当なもんだね。
軽いときの小錦でも230キロはあったわけで下半身も強力。
花ノ国はその小錦を真正面から一気に寄り切ってたわけで。
いまでいうと逸ノ城の体重の最高値よりさらに重い力士を
正面から寄り切るだけでも相当だよ。 花ノ国は伸び盛りの時期に
花籠騒動に巻き込まれたり
糖尿病になったのが痛かった 花ノ国は糖尿さえ無ければ大関っていうくらいの逸材だったぞ
糖尿と花籠騒動と不運が続いたから微妙なんだ 昔、現役時代の花ノ国さんのお蔭で当時の常盤山親方(若秩父)と写真が撮れました。
人に気遣いのできる、いい力士だったと思う。
今は若者頭のお仕事お疲れ様です。 デカい力士に強く小兵が苦手っぽかったな
体捌きが上手いから大きくて遅い相手とは取りやすかったんだろうな 花ノ国が中学時代に強かったっていうのはどれくらいのレベル?
全国出場経験くらいはあるの? 小学校 1年生で間垣(清水川)から勧誘されてたなんて凄いね! ♪(〃⌒▽⌒)〜☆花ノ国スレッドの仲間たち@☆〜(⌒▽⌒〃)♪
大阪府民:
おそらくこのスレッドの最大派閥。
昭和末期から平成初期に大阪出身で幕内に定着していたのが花ノ国だけだったので、
当時、大いに期待を寄せ応援していた。
元花籠部屋ファン:
最大野党。とはいえ大阪府民と仲が悪いわけではない。
輪島引退にともない元付人だった花ノ国を応援していた。 千代の富士の1000勝達成で知ってからなんとなく気になっているただの相撲ファンという少数派閥もいます 元小結の双津竜(北海道出身)に似ているような気がする。 花ノ国は無愛想な関取というイメージだったが、
25年ほど前の巡業でサインをお願いしたところ、
ムスッと無言で色紙を受け取り、
誰よりも丁寧に達筆なサインをしてくださったのが思い出深い。
以来応援していたので、
引退してから年寄を襲名できずに若者頭になったのは残念でならない。 >>287
千代の富士に花を持たせた相撲は感動した 本当に品格ある幕内力士は若者頭になって裏方の仕事をしたりするんだよな 花ノ国って現役はショボイような気がしてたが、何気に幕内24場所も勤めて三賞も金星もあったんだな 花ノ国の解説は俺にとってはわかりやすくていい
他の人はどう感じてるか知らないけど 花ノ国とはこれはまた懐かしい名前だな
名前だけは知ってる この人、元幕内でそれなりの実績があるのに年寄を襲名せずに若者頭になったのが不思議。
よく分からん人生だよね。 はぁなぁのぉーくにぃ〜
相撲まったく興味無いのに父が観てたテレビから聞こえてきた音声は鮮明に覚えてるな… 花ノ国か!
平幕中位と上位で勝ち越し、負け越しを繰り返す力士だったが
まあ応援はしてたわ。 昔、地下鉄御堂筋線でよく見かけたわ
あれだけでかいとすぐわかっちゃうねどこにいても 初金星の時のインタビューの笑顔に落涙しました
幕下で伸び悩んでいた頃は、金星なんて夢にも思いませんでしたからね 西十両筆頭で勝ち越しながら翌場所で入幕できず東筆頭で負け越した時は、
これで入幕も叶わずもう終わったかと思ったけど、
北勝海からの金星の時は、
辛抱してればこんな日がくるんだなぁと
感慨深かったのを思い出すわ。 >>304
>>305
あの時は俺も「よくぞここまで!」って感じで素直に感動したよ >>313
花ノ国はだいたい前頭上位が定位置だったから序盤は上位と当たってボロボロだった 素人ですみません
なぜ若者頭の花ノ国さんがこんなに人気があるのですか? 史上最強若者頭なんだし
相撲ファンは大切にしないと 花ノ国の立合い直前の顔つきは晩年の二代目若乃花(若三杉)っぽかったな 花ノ国は西郷隆盛の様な古典的な面構えだし、
入幕した頃は凄い勢いを感じたんだが、
怪我してから無理せず休んでいたら、
いつのまにか三役経験が一度もない、
名平幕力士になっちゃたね。 舞の海が経験できて花ノ国が経験できない三役とは一体 花ノ国は手術しなきゃダメだったでしょ
花ノ国に限らず肘を骨折したらちゃんと手術してなおさせろよ
手術もせずに復帰させんなよ・・・ 花ノ国は世間的に実績以下の評価しかされていないのでは? >>326
花ノ国は元々出世は早かったよね
幕下昇進も同世代では後の大関・若嶋津や霧島と並んで早かった >>321
花ノ国はS63年秋場所いきなり大きくなってて驚いた。
そんな1〜2ヶ月で変わるもんなんだ、
幕内になりゃ変わるもんなんだとビックリした記憶。 思いだしたけど花ノ国は体重だけなら当時の平均よりチョッと少いんだな
それで小錦を押し出したり寄り切ったんだからな・・
すげえわやっぱり >>330
手術すると復帰まで半年かかるからねぇ・・・
でも、それでもひじを骨折した花ノ国にはちゃんと治してから復帰して欲しかったなぁ〜 花ノ国、今は若者頭だっけ。放駒部屋かな。覚えてるけど、相撲とかさっぱり覚えてねえや。部屋の力士からは「かしら」って呼ばれてます。どうでもいい情報だ。 元年初場所6日目
もろ差しになった寺尾の両腕を閂に極めて
あっさりと極め出した相撲は神業だった 花ノ国は右四つがっぷりになれば千代の富士に勝てた
ただし実際にはがっぷりにはさせてもらえないし
なったとしてもすぐに廻しを切られたりする 花ノ国って、中学生の頃は女子生徒から人気あったのかな? 曙が総合格闘技で醜態を晒したけど
花ノ国なら通用したかな? ウチの母親なんぞ現役時代の花ノ国をリアルタイムで観戦してるけど
「今の方がダンディーで素敵」って萌え萌え 大乃国の部屋に居るんだから、仲が悪いことはないだろ。 若者頭の中でも実に個性的ですね。
昭和63年秋場所は十日目までトップと星一つ差だったのに終盤に崩れて優勝戦線から脱落したのが残念でしたね。
千代の富士時代の平幕で唯一好きな力士でした。 花ノ国は上位陣と当たっても食い止めることは出来るんだけど
そのあとガップリで上手が引けなくたり切れたりしてもぅダメ〜!><
の表情で負けるパターンが多かった。 この人は邪心のない人柄の良さがでてるね
だから幕下におちても応援するファンが多かった 花ノ国の相撲に対する真摯な態度や誠実な人間性に
自然と良いファンがたくさん集まるんだろうね 勝っても負けてもとにかく花ノ国の取る相撲が好きだった 「花ノ国」という力士を知っていますか?
1980年代後半から90年代初めに幕内上位で活躍していた力士です。
右四つで左上手を取ると強く、腰の重さを生かした寄りと押し、そして土俵際での突き落としやうっちゃりなども見せる粘り腰もある力士でした。
たまに横綱・大関に勝つなど強さも見せましたが、万年平幕で特に目立つこともなく存在自体は平凡でした。
ただ、名横綱・千代の富士の通算1000勝目と53連勝の始まり、大鵬を超えた46連勝の時の対戦相手で歴史上に名前を残したり、智乃花に珍しい決まり手の居反りを決められるなど話題に上がることがあった。
これに加え、同郷で河内音頭家元の河内家菊水丸と親しく、当時、TBSラジオで放送されていた『河内家菊水丸のスーパーギャング』で取り上げられ「花ノ国コーナー」が人気になるなどカルト的な人気がありました。 花ノ国関が活躍していた頃の大相撲は個性派力士が多くて面白かった。
当時、子供でしたが祖父と一緒によく見ていました。 ご当地力士じゃないのでどうでもいい存在、と言いたいところだが、その頃よく聞いていたラジオ番組で「花ノ国とCoCoを応援する男」というペンネームが印象的。今何やってるんだろう? >>356
知ってます。男前な力士さんでしたね(^^♪ 皆さん、ありがとうございます。
花ノ国関は現在、若者頭で、現役時代は右四つに組むと力を発揮し、北勝海や朝潮・小錦を破ったこともありましたが、攻めが遅く、勝ち味の遅い力士で三役には上がれませんでした。
ただ、気さくで陽気な人柄でファンも多く(私もファンでした)、実力の割に人気があったという点では高見盛と共通するものがあります。 現役時代から渋くて友人と応援していましたが、昨今はさらに渋味が増しましたね。若者頭として活躍してもらいたいです。 はじめまして。
こんなマニアな方々が集うスレッドがあるなんて、本当に感動です 笑。
花ノ国の話題に参加させていただきますね。 古参の花ノ国ファンがこんなにいらっしゃるなんて嬉しいです。
北勝海(横綱)に勝った取り組みも感動しました。
新入幕の時、もう一人の新入幕が安芸乃島でした。
僕の記憶が確かなら、花ノ国関はその場所で安芸乃島に勝ったと思います。
懐かしいですね。 西郷隆盛に似てた力士だったな
放駒は幕内力士少なかったのに親方になれんかったのか 四股名が個性的でよく覚えてる。
新十両からの糖尿病で何度も幕下に転落、その後は前頭筆頭まで昇って上位キラー。メチャ腰が重そうやったイメージ。 この人は脂肪の中にも筋肉の盛り上がりが見てとれて、絞れば超マッチョなんだろうなと思わせる体していた とにかく腕力が強かった力士
腕周り60cmくらいあったような 三役まで行き着けなかったとはいえ前頭筆頭まで上ったのに名跡の株買えなかったのかぁ・・・
まぁヘタすりゃ一番高値の付いた時代だっただろうし、
空き名跡があっても門閥で管理って感じだから自分の所属一門に空き名跡が無かったら、
よそで有っても買えないもんなぁ・・・この辺は本当に運次第だろうな 花ノ国は動きがきびきびしていたのと顔が渋かったので印象的だったよ。 花ノ国は、見た目は地味だが、でも誰もが知ってる関取って感じだったね。
28歳で新入幕だったが、見た目30歳過ぎぐらいだったので新入幕力士というイメージがあまり無かったのも地味とも地味でないとも。 花ノ国は印象あるな
旧花籠部屋の流れを組む最後の力士って感じで
明治期の横綱みたいな風貌もよかった 花ノ国は地味だな、と思って調べてみたら、
敢闘賞1、金星1、最高位前頭筆頭だった。
それにしては印象薄いのだが……。 千代の富士が1000勝を決めた相手として有名でしょ花ノ国は 若者頭とか世話人になってる元力士は全般的に地味なのが多いと思う。
でも花ノ国は幕内歴も長く普通に有名力士。
年寄株取得条件も満たしていたし! 花ノ国若者頭、巡業で見たけど
めちゃくちゃ控えめで優しかった 花ノ国が現役の時は毎日録画してでも相撲観てたけどなー BS中継では花ノ国以外の名解説者を見たことがない… 千代の富士の1000勝目の対戦力士で、千代の富士が「よくやった」みたいに背中をポンと叩いたのが印象に残っている。 俺の中で「渋い力士」といえば真っ先に花ノ国が思い浮かぶ
まわしは薄紺の印象が強い s63年9月に西前頭9枚目で11勝して敢闘賞を受賞した時は「いずれ大関に」と思ったものだが、その後は何故だかいまいち伸びなかったな。
いい力士だったとは思う。 千代の富士が大鵬のもつ連勝記録を超えた46連勝目の相手も花ノ国だったと思う。 花籠親方(輪島)が弟子を前にして放駒部屋への移籍を言い渡したときの花ノ国の顔が忘れられん。 名勝負
平成元年秋場所2日目
○花ノ国(東前頭4)突き落とし●北勝海(東横綱) 変化って、やはり有効な作戦なの?。
反則じゃないけど、やったら批判されるのは何故?。
花ノ国は変化で北勝海に1回勝っているし、必勝法かな。 花ノ国若者頭は、停年になっても再雇用で残ってほしい 花ノ国は3年くらい幕内上位の門番やってた印象がある。 >>396
旧花籠部屋時代に花ノ国はかなり輪島に厳しく指導されたらしいね。
長年付け人を務めていたから弟弟子の中では割と輪島に可愛がられていたので、あれこれ指示をしたくなるのだろう。 花ノ国のファンにとってS63年が最高なんだろうな。
3月が待望の新入幕で9月が優勝争いにまで絡んだ大活躍で三賞受賞だから。 花ノ国の披露宴って凄い豪華だったらしいね。
テレビ中継こそされなかったけどね。
バブル後だったと思うけど、これぞお相撲さんって感じだったんだってね。 花ノ国は大銀杏が似合っていたね
髪の毛が黒髪で多いからだろう 花ノ国は髪質も良さそうだったよね
ツヤがあって柔らかそうで量もたっぷり 「この人は髷がゆがんでも男前やね」と勝ち名乗りのとき母がよく言ってたわ。
あとインタビューのときの声もかっこいいと。 うちの婆さんが花ノ国が好きで、勝つと喜んでたけど
北勝海に勝った時には特に大喜びしてたな あの手の男前は一定の女性ファンがいる
男からは理解出来ないが女性からは花ノ国はかわいいらしい 思いだしてみると本当に相撲が大好きになったのは、昭和63秋の花ノ国が大活躍した場所の影響が大きかったかも
場所中は新聞のスクラップを欠かさなかったし、場所後に初めて相撲雑誌『大相撲』を買ってボロボロになるまで読んだ 千代の富士が優勝した場所に、花ノ国の強烈な右下手投げに一瞬千代の体が傾いたのを覚えている デカくて張りがあって、ずっしりと筋肉が詰まり、たっぷりと脂肪が乗って美しかった現役時代の花ノ国の尻。 花ノ国は当時の幕内力士の中でずば抜けて腕力があった 肩周りの僧坊筋も凄かった。あれで番付運さえ良ければ三役は間違いなかったのに残念。 >>426
花ノ国の尻の場合は何とも言えない色気があった。 花ノ国のBS中継の解説いいよな
技術的な解説から砕けた話までなんでもうまい 花ノ国は話し方はきちっとしてるし、聞かれたことは丁寧に答えるから解説者としてはかなり良い部類。 夏場所十日目の幕下以下の向正面が若者頭花ノ国さんだった。
肩章つきのシャツがお似合い(^-^) 解説だと結構滑らかに話してるよね
よく話す人だった 花ノ国はBS中継の解説をしてる時は
明解な解説で理論派に見える ちょんまげ落とすと皮が引っ張られなくなるせいか人相変わる人も多いけど
この人は変わんないね 花ノ国は地頭もいいので勝昭の後を継ぐ名解説者になってほしいなぁ この人、入門してきた頃はすぐ十両くらいは行けると思ったが意外と時間かかったよなあ 一度でいいから見てみたい
花ノ国が千代の富士に勝つところ
歌丸です 花ノ国はベスト10に入るくらいの人気力士だったと思う 花ノ国の夫人はエアロビクスのインストラクターだったな。
あなたも私も肉体労働者!なのだからお稽古が大事ですとか話してるのを相撲雑誌で見たよな記憶があるわ。 部屋の師匠や部屋付き親方とはならなかったが花ノ国の世渡りの上手さ 花ノ国ってああ見えて結構現代っ子なんだよ
カフェ好きだしマンガ好き 現役時代の花ノ国が稽古場に来ると空気が凄く張り詰めたらしいね。
付け人時代の駒不動だったかがテレビで言ってたけど、後ろを歩くのも怖かったとか。 関係ないけど、そう言えば昨日錦糸町駅で電車からおりる花ノ国若者頭そっくりな人を見かけたんだけど、あれは本人だったんだろうか(誰もわからん) 花ノ国と話したいために芝田山後援会に入った人は多いだろうな 花ノ国の定年後の相撲界では、若者頭・世話人も強豪相撲部の就職先になるんだろうな 花ノ国の定年って2024年でしょ。
まだ気が早いだろ。 向こう5年以内の若者頭・世話人の停年予定。
若者頭
伯龍 2019/04/11
世話人
白法山 2020/11/04
斉須 2021/08/15
友鵬 2021/12/04 >>447
史上最強の若者頭と話すなんて気後れとかしないの? この力士は中卒でなく高卒か大卒で入門していればもっと出世が早くて番付も上がったのかもな 当時、道明寺中学の野口って言えば南河内界隈で相当名がしれた猛者だったらしい 三役目前で肘破壊されたな
あれが無ければ一時的でも関脇張ったろう いつも花ノ国のスケジュール教えてくれる親切な方
わかりましたらお知らせください 2017.3月場所
稀勢の里、奇跡の連続優勝インタビュー
涙にすぐ気がついてタオルを用意させた花ノ国さんのやさしさに拍手! 花ノ国さん、タオル指示した後、貰い泣きしてるねw? 花ノ国の相撲は力強いし礼儀作法もしっかりしてて良かったな 花ノ国と握手してもらったことあるが、凄い筋肉だったよ。
花ノ国も「ご飯ぎょうさん食べて、めっさ体大きくせなアカンで!」言ってくれてね。
結局、食べまくった結果、デブになっちまったが、
食べれば筋肉が付くと思ってた自分が恥ずかしいです。 花ノ国は小錦をまともに受けるんだもんねw
負けっぷりもまたいい 全盛期の小錦を力勝負の寄り切りで勝負できるのって花ノ国以外でいるのかね? 俺の中ではどう考えても史上最強の若者頭は花ノ国以外に考えられん 子供の時の俺の心のスーパーヒーローが花ノ国だったな。
渋い顔で髷が似合って大柄でもないのに巨漢の小錦を押し出したりとか漫画みたいだった。 花ノ国が渋く活躍してた時代(S63年頃)が面白かった 花ノ国をリアルタイムで観ることができた世代でよかった。
今ではおっさんになったけど・・・ 花ノ国は指導者として一流
弟子とメールのやりとりとか交換日記とかまでやるくらい 花ノ国は十両から平幕上位に上がって行く過程が素晴らしかったからな
千代の富士戦は最高に熱かった 花ノ国ってなんでこんなに人気あるの?
うちの母ちゃんも好きだったけど 1989年9月場所の北勝海vs花ノ国戦をもう一度見たい。
北勝海が突き落としを食って土俵を叩き悔しそうな顔が何とも言えなかった。
当時放送された大相撲ダイジェストを見たい。 俺が好きなだけなんだが花ノ国には親方になってほしかった >>476
地味な見た目だけど渋い取り口でそこそこ強くて活躍したから
うちのばあちゃんは花ノ国が勝った取り組みだけ録画したVHSを今でも繰り返し見てる 半世紀相撲ヲタやってる俺の意見だと歴代ナンバーワン若者頭は花ノ国 千代の富士の全盛期に相撲巡業の警備設営のバイトしたことあるけど
花ノ国は本当に気さくだったわ 花ノ国って他の競技やってても大成したであろう身体能力の持ち主だったんだよ
室伏と同タイプ >>484
ああ、やっぱりそういう人だったのか〜
20年前、地方巡業先で毎晩お見かけしていたけど
一般人にも穏やかで誰に対しても優しかった
下の人達からも、ものすごく慕われてるんだよね
弟子を叱らないのでも有名だったみたいだけど
誰もこの人のことは悪く言わないの 花ノ国は異様に人望があるよな。端から見ても角界での人気がわかる。 花ノ国はカッコよかったな…
パワーだけなら千代の富士に負けてなかったかも。
体躯も立派で錦絵に出てもおかしくないカッコ良さだったな。
あのデカい小錦を電車道で寄り切った怪力も凄かった。
平幕で終わったけど、個人的には一番好きな力士。 ひいばあちゃんが花ノ国のファンだった
誕生日が同じ俺を可愛がってくれたわ ガキの頃、爺ちゃんと国技館で相撲見たけど250キロくらいあった小錦を花ノ国が真正面から押し出したのを見て驚愕したのを覚えてる(´∀`*) >>489
友よ
朝潮を転がし小錦を押し込み
これぞ力士という姿を体現してた自分にとっては理想の相撲取り 花ノ国は塩撒きも豪華にファサ〜〜〜ってきれいだったよな >>488
花ノ国は、身内や弟子を本当にわけへだてなく可愛がるし大事に守るんだよね 記憶に残る勝負は
花ノ国vs北勝海
花ノ国vs小錦
花ノ国vs朝潮 花ノ国は強いっていうか印象に残ってるなあ
腕1本で150キロの力士を振り回してんの見て慄然とした 現役の頃の花ノ国は土俵の上だけでなく土俵外での発言なども優等生だった
相撲の歴史への知識と敬意をもってる人 学校から帰ってきてから毎日見てたくらい花ノ国が好きだったな
いぶし銀の格好よさがあったしな 全盛期の小錦を押し出し、晩年ながら朝潮を圧倒した花ノ国がオレの中で最強。 小錦が花ノ国がもろ差しになった時の力は物凄かったっつってたな。 俺の中では相撲=花ノ国だったから
引退してから見なくなった 古今東西こんなに渋くて画になる力士はもう現れないだろうな 強い力士、良い力士はたくさんいるけど
綜合的な渋さでは花ノ国の右に出るものはいない 全盛期の花ノ国はいぶし銀的なカッコ良い渋さがあったよ。 240キロのデブに正面から挑んで速攻で寄り切るくらい強かった 歴代最高の稀代の“名”若者頭 花ノ国をマンセーしましょう 相撲を見始めた頃すでに花ノ国は晩期だった・・・。
もう少し早くから見ていれば。 小学生の頃、大阪府立体育会館で花ノ国に声援を送ったなあ…。 >>517
俺と同じくらいの年(30代後半)の人かな??
確かに俺ももうちょっと早くから見とけば、花ノ国の雄姿が拝めたのに・・・・・ ”力士”花ノ国は永遠に失われた。
あの日、土俵上で輝いていた花ノ国は、もう何処にも存在しない。
時間の経過というのは残酷なものです。 花ノ国は右下手からの相撲だっけ?
素質面から言ったら花乃湖なんかより上だったと思うけど攻めの遅さ難だったかな。 遅咲きの幕内力士・花ノ国の相撲には多くの人が感動した。 花ノ国の相撲を見直してたら、現在の幕内力士の地位・品格の凋落ぶりに吐きそう 花ノ国は高潔で相撲ファンからは大尊敬されている
すべては土俵上の実績が素晴らしいからである 和装の花ノ国が大好きだから北の富士みたいに解説で着物着て欲しいな。
ってBS中継の向正面解説で着物着てくる人いないか。 >>519
現在35です。
花ノ国の幕内最後の場所(5−10)はしっかり覚えているんだけど、
それ以前はあまり思い出せない。 向正面の花ノ国はちょっと見わかりにくい技術の応酬なんかを解説してくれる 知り合いで、花ノ国ソックリのオッサン居るけど 良い人だよwww 小結くらいにはなってたと思ったが、
前頭筆頭止まりだったか 花ノ国って三役に上がったことなかったのか・・・・・ 関脇が最高位だと思ったら、意外といっていなかったのにびっくり。 参考までに、比較的最近で、最高位が前頭筆頭の主な力士。現役を除く。
琉王、大雄、大竜川、和晃、錦洋、栃王山、蔵玉錦、恵那桜、
若瀬川、花ノ国、飛騨乃花、富士乃真、薩州洋、久島海、蒼樹山、豊ノ海、
琴別府、琴ヶ嶽、巖雄、春日富士、敷島、琴龍、朝乃若 花ノ国というと前頭上位で勝ち越しても据え置かれてた 印象が強い。
いかにも「お相撲さん」って感じがして良かったねぇー。 おまいら知らんだろけど
この人、メチャクチャ歌がうまいんだぞ
増位山が十両だとこの人は横綱だ
そんくらいうまい
また唄ってくれないかなあ 芝田山部屋は花ノ国の指導のお陰で強い力士が育ってきてるとなんかで見た記憶があるんだが? 相撲ファンに人気のある花ノ国
特に年配ファンにはね >>546
芝田山部屋の稽古を見に行ったことがあるけど、
大乃国はただ怒鳴ってるだけであんなの指導のうちに入らんわって感じだったよ
花ノ国は声を荒げたりとかは一切なくわかりやすく諭すように教えてた 花ノ国引退以降相撲を見なくなった
あれが最後の力士だ 花ノ国は現役時代に糖尿病を発症したけど上手く付き合っているのかね
糖尿病でもA猪木みたいに上手く付き合って長生きしている人もいれば
サンダー杉山やサンボ浅子みたいに足切断に追い込まれて亡くなる人もいる 花ノ国は現役時代、八百長をしない力士と言われていた。 >>77
でもさ、一瞬だったけど、いい夢見られたんだよ俺らは。 >>77
>>558
花ノ国は11勝4敗で敢闘賞
日馬富士は11勝4敗で優勝 このひと、現役時代は四股名をコロコロ変えてたよな。
相当のゲン担ぎ屋なのかね。 花ノ国さんの解説は人情味があってほんまほっこりするなぁ
おじいちゃんの話を縁側で聞いてるような。 平幕の中では強かったよな花ノ国
大して大きくもないのに立会いで
小錦相手に真正面から吹っ飛ばしてたもんな 敢闘賞を受賞し金星も獲得し幕内で二桁勝利も2度しといて筆頭止まりだったのが笑った 弟が花ノ国を好きで、花ノ国が放駒部屋だから僕も放駒部屋に入門するとか言ってたな〜
身体が小さくて相撲取りになるのは無理だと悟った途端に、僕は式守伊之助になる!って言い出したり
まさかそんなことしていた弟が外資系のアパレル勤めになるとは人生分からないな 花ノ国は解説もうまいし、指導もわりとうまいし、ファンサービスの評判もいいんやで。
良かったね。 大昔、うちの近くで一日署長をやってパレードを見に行ったな
笑顔で手を振ってた 小錦を寄り切る動画ほんと笑うわ
格闘技ってでかいほうが強いんじゃないのか 凌ぎ技としての引き・いなしが上手かったな
体を開く動作と合わせて繰り出すので、その分だけ残せる余地ができる 俺の弟は花ノ国の大ファンだった。
ある日、花ノ国と温泉で偶然出くわして「いつも応援してます!」って声かけたら
笑いながら黙って握手してくれたって。 塩を捲いた後、気合が入ってる時は締め込みを「ポーン!」と叩く
それ程でもない時は「ポンポン」と叩く 花ノ国は常に幕内中位〜上位をキープしてたから
十両陥落を気にせず安心して応援できた 花ノ国は地味な存在でマスコミに取り上げられることが殆どなかったけど、
実際はまじめで気さくで勉強熱心なんだと聞いてたよ
金策さえなんとかなれば年寄名跡を取得して親方としてやっていく素質は元々あったのではないかなと思う 幕内上位に定着していた頃は
同部屋の大乃国と一緒に九重部屋に出稽古に行き
巴富士や孝乃富士らと三番稽古や申し合いをこなして
精力的に稽古をしていたみたいだね。 花ノ国は粋だったな。素質は大関クラスとか言われていたし、
強くなる要素としては最高のものを持っていた。
輪島が目を掛けていたこともあり応援してたんだけどな。
前頭筆頭で終わったけど花籠騒動や糖尿病を乗り越えて良く頑張ったと思うわ。 しかし花ノ国の成績を改めて振り返ると、出世が思ったよりも遅いですよね。
リアルタイムで見たた方も花ノ国の幕下と十両の5度の往復は記憶にあるのでは?
中学卒業して入門後3年で幕下に上がったものの、そこから十両まで5年を費やし
幕下転落を何度も経て更に8年かけて幕内。
あの時代の花ノ国に一体何が?
昭和50年代後半の花ノ国の映像はなかなか無いけど、
幕内時代より良い体してる様に見えます。 幕内昇進までにかなり苦労したから
甘い考えを捨てて入幕後に伸びたのかもしれない
出世が遅れたのは十両目前で花籠騒動に巻き込まれたのが大きいね 花ノ国の魅力は幕内連続在位21場所に集約されてると俺は思うね。 キャデラックで場所入りする輪島の付け人を長年務めた花ノ国 1994年 (平成6年) 9月24日
花ノ国が引退 若者頭転向を表明 そういえば花ノ国って特定の力士とつるんでるイメージないんだが… 両国にぎわい祭りでは花ノ国若者頭が協会職員以上にてきぱき働いていて驚いた。 花ノ国は三役でこそなかったが、前頭上位の常連だった >>590
ブラジル公演では北勝海らと一緒にカラオケ行ってたよ。 花ノ国はいい力士だったよ。ちょっと日馬富士に似ている 花ノ国ファンは場所が近くなると協会に電話して分かりきったチケットの質問をする。花ノ国が電話に出た場合、丁寧に長々と説明してくれる。 ぶっちゃけ最高位小結と前頭筆頭ってそんな地力大差ないだろ
前乃臻 板井 陣岳 孝乃富士らの
運良く上がれた
「なんちゃって元小結」よりも
花ノ国の方が明らかに実力が上だもんな。 >>595
チケットのことで聞きたいことがあって協会に電話した。
出た瞬間「あ、花ノ国だ」って思ったんだけど、喋ってる間にだんだん自信がなくなってきて…。
中継の解説で聞くときより喋りがゆっくりでだらっとした感じだったんだけど…、今までに電話で喋ってこんな風に感じた人いる?
もしかして花ノ国じゃなかったのかな。 一度、チケットを紛失したが席番を控えていた。その旨を花ノ国に伝えたら一緒に木戸を通ってくれて館内の親方衆だらけの事務室まで連れて行ってくれた。購入ルートや色々聞かれて本当って分かったから手書きのチケットをくれた。 サービス業務にも欠かせない花ノ国
手書きのチケット、いいなあ、うらやましいなあ こんだけ(少なくともこのスレでは)人気があり、
仕事もでき、明るく親切、指導力もある。
平幕止まりではあったけど、何で魁傑は株の手配を手伝ってやらなかったの? >>596
花ノ国は弱い小結よりも強かった名前頭筆頭だが、平幕止まりだった故にこの力士は輝いたのだと思う。 花ノ国はデブという印象はない
現役時代は筋肉の塊という印象
今は知らんがゆるポチャなのか?
人好きのする、人を引きつける魅力は今でもあると思う >>601
花ノ国は、花籠部屋消滅後に放駒部屋に移籍してきてるから、
魁傑にとっては単なる預かり弟子の様なものなので
株の手配まで面倒が見れなかったのではないのだろうか。 元前頭筆頭 花ノ国 野口明宏氏、次期衆院選に希望の党より出馬!!
なんて事がありそうな気がするんだが。 気付いた観客に声をかけられる度
笑みを浮かべて応じている姿が、感じがよかった。
なかなか本場所を見に行けないが、またお見かけしたいのぅ。 俺のじいちゃんが後援会入ってたので、
小さい頃場所見に行ったりパーティーみたいなので花ノ国さんと写真撮った思い出。
花ノ国さんはでかかった!そして超絶いい人だった。 花ノ国すんごく優しいよ
あの、お忙しい中すみませんが握手よろしいですか?
って言ったらハイハイ良いですよ〜って
ハキハキ答えてくれた >>614
花ノ国には私も本当に感激したことある。
だってこっちが写真お願いしたのに
「どうも有難うございました」って言ったら
「はい、ありがとう」って言ってくれたよ。
サインもちゃんと丁寧にしてくれた。
全然奢り高ぶってなくってすごい人だなって思った。 オレが小学生のとき
花ノ国が水戸泉を、うっちゃった。
あの時の感動は忘れられない。 花ノ国が千代の富士の1000勝目の相手になったのには複雑な思いがした。 輪島の弟弟子&弟子の中で最後まで土俵に上がっていたのが花ノ国だと思う 花ノ国も怪我に泣かされたな。最高位は前頭筆頭。
晩年は幕内と十両行ったり来たりだった。 花ノ国は千代の富士の連勝記録や通算勝利数の対戦相手だとか言われるけど
あれだけ立派な平幕は他を探してもそうそうおらんよ 芝田山部屋の打上げでのこと
花ノ国って頭もいいんだって思った
少しの会話の中で、頭の回転早いんだなってわかった
ファンへの心遣いの良さは既にでてる通り 昭和52年生まれの河内人だが
小学校時代の相撲界はまさに花ノ国時代だった 花ノ国は確かに頭がきれそうだよな
人格者はそういうの兼ねそろえてるよ 花ノ国ほど相撲顔って今いないな〜〜花ノ国は相撲のために生まれた存在だね。 私も花ノ国好きだったわ?
相撲好きになったきっかけは花ちゃんだった
やめた途端相撲熱は冷めてしまったよ。 中一の時に持ち物の抜き打ち検査で花ノ国写真の切り抜きを没収されて、
担任「変わった趣味の人がいますね」
すぐに私のことだと思った^^; 子供の頃ばあちゃんの隣で相撲見てて、いつも気になるのが花ノ国だった 私事で恐縮で申し訳ないのですが相撲好きな祖父の影響を受けたのか幼少の頃から大相撲放送に親しんでおりまして物心ついて初めて好きになった力士は花ノ国関でした。
地味ながらいぶし銀的でいかにも“相撲取り”という風貌が好きでした。 花ノ国が現役時代に住んでいたマンションが祖父の家の近所でした
弟は相撲教室へ行くほど相撲好きだったので、祖父の家へ行くたびそのマンションの前で「花ノ国ーー!」って叫んでいたっけ
懐かしい思い出です 現在37歳の私の初恋は花ノ国です。
幼稚園生のころ大好きでした!
今でもBSの中継で向正面の解説席に居ると、わああああ?と見ています 私は大阪の南河内地方の出身なので、家族みんなで花ノ国を応援していました。
幼い頃の自分にとっては、花ノ国は「相撲の神様」みたいな印象だったなあ。 こないだ地元に大相撲の地方巡業が来ていて花ノ国さんを見かける機会があったんだけど、相変わらずの人懐っこい笑顔が可愛かった オレの地元出身の花ノ国!
亡くなったおじいちゃんと、一緒にテレビの前で応援してたの思い出す。
親方になれなかったのはとても残念。 「花ノ国」という名前をきくと、小さい頃(今は亡き)おじいちゃんの仕事場に預けられていた時におじいちゃんが相撲中継をラジオで一生懸命聴いていたのを思い出して涙出そう 花ノ国の名前をみてると 子供の時に 一緒にテレビ観てた 亡くなった バア様を思いだすな 自分が相撲とプロレスが好きになったのは バア様の影響。 何かの雑誌に出てた話だが、
既出かもしれんが、
子連れの夫婦が花ノ国に写真撮っていいかと聞いたら、
付け人にカメラを持たせて、その夫婦の間に花ノ国が子供抱いて入って、
撮ってくれたらしい。
近くにマスコミもいないのに親切だったとゆう感激の投書ですた。 梅田のビックマンで花ノ国の初金星を子供の頃見たよ。懐かしいな。 小学校低学年の頃、学校の担任先生(年配の女)が千代の富士のファンだったようで
千代の富士を褒め称えた後に相撲好きで知られてた俺に「○○くんの好きな力士は?」とか聞いて
「えっと・・・千代の富士・」と答えてしまったのを今でも悔やんでる。
本当は「花ノ国」と答えたかったのに。。。周りからマニアックに見られるのが恥ずかしかったんだよな・・・
あの時はゴメンナサイ花ノ国さん 自分が一番テンションが上がったのは、
平成元年秋場所の北勝海戦。 花ノ国さんって丁寧な人だよ。場所で出方さんが挨拶したら「こんにちは」って言ってた。感じよかった。 花ノ国が大好きだった。
仕切り前から、心臓が張り裂けそうなくらい、ドキドキして見てた。
それで、立ち会いになったら、余りにドキドキして
耳を両手でふさぎ、目をつぶって、取り組み終わるまで待ってた(笑) 自分も同世代の女子だったけど、友達にはお相撲見てるなんて言えなくて
一人でひっそり花ノ国を応援してましたよ。
>>646さんみたいな兄弟や友達がいたら楽しかったかも。 はっきり言って花ノ国の頃の相撲が一番面白かったです 1988年〜1989年の花ノ国−小錦戦は、本当に力が入ったいい相撲でした 30年ほど前ですが花ノ国のことは記憶に残っています 三役経験のない若者頭のスレが
こんなに盛り上がっているのなんて
2ch(5ch)始まって以来だなぁ 花ノ国って話し方見ても、かなり社会性があるよな。元力士には珍しく。
大乃国のサポート役としてはこれ以上ない人材だろう。 大乃国は一癖二癖ありそうな感じがしなくもないから合う合わないハッキリしそう 板井の一方的な突っぱりに対して、
花ノ国がかなり手を焼いていたからだよ。 HANANOKUNI はなのくに ちゃちゃちゃ 花ノ国 ちゃちゃちゃ♪ 花ノ国は家の父ちゃんと道明寺東小学校で同級生でした。 幕内時代の花ノ国って眼光鋭かったよな。
ちっちゃい頃、アントニオ猪木と並んで俺のヒーローでした。 >>670
今の理事長・北勝海を突き落としで破っている 巡業中の汽車の中で幕下だった花ノ国が漫画を読んで笑っていたら、
横綱の輪島がその漫画を取り上げて読んだが意味が解らず、
「こんなものなにがおかしいんだ」と花ノ国を殴った。 >>677
花ノ国は入門してきた時、既に股割りが完璧で、
胸が地面にピタッとくっついたという話だね。
同期の霧島はヒーヒー言ってたというのに。 花ノ国が負けたらメシがのどに通らなかった小学生だった頃がなつかし 三賞の受賞者で若者頭になったのは唯一花ノ国だけ!! 俺も花ノ国の大ファンだ。
典型的な右四つの体勢からのおっつけ、上手投げ等完璧なプロの技だったと思う。
また、よく腰がおりたムダな力が入っていない絶妙な寄りも味わい深かったね。
とかく彼については、引退後に年寄襲名できず若者頭になったことが強く印象付けられているようだけど、
その現役時分、とくに平幕上位に定着していた時期は、少なくとも土俵上の彼は何もかも見通した達人の雰囲気があったと思うよ。
これはもう、最近の平幕力士とは月とスッポンの差があったと思うよ。 おれは小学のとき、花ノ国にあこがれて、立ち合い変化ばかりやってた。
けっこううまくやってたと思う。いまの力士には真似したいやついないね。
まあ子供も相撲やらんだろうが。 小学生の頃、花ノ国のサインもろた。
カッコヨカッタ。
大乃国も一緒だったので、ついでにもろた。 花ノ国が31歳でまだ現役時代
今の嫁が小学生で見学にきてたんか忘れたけど
稽古を終えた花ノ国と当時偶然ツーショット写真を撮ったんだよね
今の嫁とは運命っぽいね なぜ花ノ国スレがこんなにのびるんだよ
よほど最近の相撲にうっぷんたまってたんだな 相撲ファン 千代の富士の一周忌で相撲板に来てみたら花ノ国スレを発見。
そういえば花ノ国は千代の富士の通算勝利一千勝目の相手だったなあという思い出が蘇った。 昔のテレビ番組でやってたけど
花ノ国ってゴルフうまっかたよね(w はじめまして。幼少の頃、眉の太い顔貌が強そうに見えてファンになった♪
でも実際一番強かったのは千代の富士、憎かった(-_-メ)
その千代の富士に花ノ国が負けると悔しくて泣いたなぁ〜♪ 2chにしては珍しく、アンチ花ノ国の書き込みがほとんどないね。
すごかったんだ花ノ国って。 舞の海の幕内解説なんぞやめて花ノ国にやらせい! NHK! 花ノ国さんはファンを大切にする人だそうですよ。
以前、相撲雑誌の投稿で読んだ話。
「巡業で花ノ国にサインを頼んだら忙しいから後でと言われた。
他の力士にそんな風に言われて断られたことがあったから諦めていたら、
しばらくして花ノ国が戻ってきて、
お待たせしましたと言って、サインをしてくれた。感激」
とゆう、内容でした。偉い人だと思いました。 花ノ国は幕内に昇進した時、母校の小学校に土俵を提供した。 花ノ国みたいな平幕が出ないと
相撲人気の回復はないと思いまふ 俺は今年で42歳の男だが、花ノ国と千代の富士の決戦はアドレナリン大放出だったよ!今、こんな気持ちになる取り組みは無い! 「はなのぉー、くぅにぃーーー」
行司の勝名乗りがヨカタ 花ノ国は横綱・輪島の付き人を長年に渡って務めた。
輪島は気前の良いことで有名で、
ある祝賀会でタニマチから渡された封筒の中をチラッとのぞいて、
『みんなで遊んでこい』と花ノ国にいつものように手渡した。
花ノ国が封筒の中身を見てびっくりして
『横綱、これ1,000万の小切手っすよ』と言ったところ
『なんだ、100万かと思った』と涼しい顔で答えたという。 もっといろんなテレビに出て我々の前に姿を見せて欲しいよな。
日頃、人目に触れずに埋もれているのがもったいない、、、 昭和63年九州場所、花ノ国(突き落とし)朝潮には萌えたな。 俺が消防のとき
幕内の花ノ国と時津洋戦で花ノ国がなすすべなく無抵抗でつり出されたあと
怒りに任せて放駒部屋に電話しちまった
「何で花ノ国が時津洋なんかにまけるの?絶対おかしいよ!!!」
電話に出たのは当時の親方婦人だと思う
困ったような口ぶりだったな ここを見ると、多くの人が「第二の花ノ国来たれ!」と思っていることは間違いないね。
史上最強の若者頭 万歳!! 地元が大阪府の南部だったので幼少の頃、花ノ国×千代の富士の一番は毎回TVの前で
家族全員で声を張り上げて花ノ国を応援してた。
当時の千代の富士はまさに《ウルフ》といった感じで強さとエネルギーに満ち溢れていた。
2人の仕切りを見てると子供ながら
「こりゃあ花ノ国、千代の富士の圧倒的スピードの前にひとたまりも無いな」と思うんだけど、
実際に相撲を取ってみると花ノ国も意外な?意地を見せて結構いい展開になるんだよね。
でも、結局は、きまって花ノ国はゴロンと土俵に転がされて
千代の富士はケロっと涼しい顔で勝ち名乗りを受けてるのが画面に映るのだった。
熱烈な花ノ国ファンだった今は亡き祖父はそれでも
「花ノ国はいつか絶対に千代の富士に勝つ!」と言って憚らなかったなあ・・・。 何だかんだいって、全盛期の小錦を真正面から押し出したのは花ノ国だけだからなぁ。
やっぱり強かった。 このスレを見れば、ファンがいかに花ノ国を好きだったかがわかる。
相撲界のアントニオ猪木だな。 実は工房時代の担任の先生が花ノ国に結構似てました。
眉が太くて、首を前に傾げる様な仕草もどことなく似てました。 花ノ国明宏、子供の頃ヒーローでした。
超地味な濃紺のマワシ。塩を捲く時の何かたくらんでそうな表情とか。
63年7月千代の富士にコマまわしのコマようにふがいなく転がされたとき
当時園児だった私は持ってた箸を投げ飛ばしてギャーって泣いた事覚えています。
負け方が悲惨な所があって、格好といい表情といいオムツを替えてもらう時の
赤ん坊のようになってしまうんですね。 花ノ国は押し相撲力士にはのど輪攻めに弱かったが、四つ相撲は左四つでも右四つでも強かった。 >>710
輪島といえば、一時期とんねるずの生ダラでよく見かけたけど、
いまでも花ノ国とは交友があるのかな? 輪島は色々とトラブルを起こしたけど若い衆からは人望があったらしいね。
部屋の若い者や付け人の面倒見はよかったそうだ。
だから輪島が花籠として協会に残っていれば、かつての付け人だった花ノ国の株の面倒も見てただろうね。
輪島はタニマチも太かったから今頃、花ノ国が部屋持ち親方ってこともあり得たわけで。
返す返す花籠騒動がなかったらなと思ってしまう。 花ノ国にはここ最近の力士にはない四つ相撲のうまさがあった。 >>728
まあそれでも輪島が花籠を続けていたとしても花ノ国は困っただろうなあ。
花籠閉鎖後の花ノ国は放駒に移籍したけど、ラッキーだったかも。
とにかく輪島は力士としてファンが見るのには最高の相撲取りだったけど、
親方としてはだめだっただろうな。 スレを見に来た甲斐があった。みんな花ノ国が好きなのがわかってすごくうれしい。
協会にとっては単なる若者頭の1人かもしれないけど、
俺にしてみりゃ花ノ国こそ真のヒーローだったんだよ。 右四つ下手からの捻りを加えた左上手投げが得意技。
これからという時にヒジを痛めたんじゃなかったっけ? 今場所千秋楽の豪栄道の優勝決定戦を観て、
はるか30年前、苦労の末に入幕を果たし
一旗揚げた彼の同郷の大先輩、
花ノ国の活躍のことを私は想った。 昭和63年九州場所11日目 花ノ国○(突き落とし)●朝潮
平成元年秋場所初日 花ノ国○(寄り切り) ●小錦
平成元年秋場所2日目 花ノ国○(突き落とし)●北勝海
この3番を語ろうぜ! わしら昔からずっと相撲みとるもんには花ノ国はたまらん力士やったよ 平成3年秋場所初日、休場明けの花ノ国は立ち合い低い姿勢で右を差しにいったところ、大若松に一気に押され、あっけなく土俵を割った。 しっかしこのスレ見て感じるんだけど花ノ国ファンって根強いよね。
もうずっと前の時代のことなのに。
それだけ花ノ国または当時の相撲に人を惹き付ける魅力があったってことだね。
花ノ国を懐かしむ人達って一時ブームのにわか相撲ファンではなくて
本当の相撲愛好家なんだろうね。 >平成元年秋場所初日 花ノ国○(寄り切り) ●小錦
正面から堂々と巨漢を寄りきったやつだね!
千代の富士との初対戦でいきなり左から突き落としにいく
度胸はすごすぎだわ >>260
>>261
相撲の強さ
花ノ国>>>>>>>>>>>>>>>大竜
世渡りの上手さ
大竜>>>>>>>>>>>>>>>花ノ国 相撲は見事なまでに綺麗だった
もう一度見たいなぁ花ノ国の相撲 腰がよく割れた低い立合い、四つ身の型は実に美しかった。
すり足も絶品、勝つ時は腰の位置・高さが終始ピタッと一定していた。
腰の位置が崩れた時は豪快にひっくり返されることが多かったのも花ノ国の特徴だ。 濃紺色のまわしも似合っていた。
無骨な面構えがじつに絵になっていたし、ガキのころのヒーロー。 花ノ国は何といっても顔が勝負師してる。
オレが知る相撲とりの中じゃ1の勝負師顔だ。 >>728 & >>740
花ノ国よりもはるかに実績が劣る大竜や金親が親方になれてるからな
年寄株の空きがあったり無かったりタイミングって残酷だよなあ
今も年寄株は殆ど空きが無いから現役力士は大変だ 花ノ国が芝田山部屋でどんな指導をしているのかが気になる おいらが2年ほど前にみたテレビで若乃島に何かのアドバイスしてたとき
若乃島は花ノ国に対し畏敬の念がありありだった。 稽古見学したことあるけど、怒鳴ることとかは一切なく諭すように教えてる感じだったよ
「こうするとこうなって相手に入られちゃうから、そうならないようにこうすればいいんだよ」みたい感じ
ど素人の自分でもなるほどーと思ったくらい >>746
花ノ国はポイントをおさえた教え方が上手いよ
「前へ出ろ!」としか言わない芝田山親方(大乃国)とは全然違う
相撲に限らず育成が上手な人はそれなりに頭がいい 花ノ国は子供もまともに育ててるし、身内を大事にするんだろうな。
解説聞いても言ってることは鋭いし、相撲に関しても文句の付けようはない。 花ノ国って当時の相撲人気と相まって、何というか
目の前を夢のように駆け抜けてった爽やかな印象がある。 千代の富士あっての花ノ国。花ノ国あっての千代の富士。 2chでは珍しく、秋晴れの天気のように爽やかなレスが続きますね。
心洗われる思い。
このスレを読んでると、
花ノ国を名前しか知らなかった俺にも熱い想いが伝わってくる。
ああ、願わくば現役時代の花ノ国をみたかった。。 平成6年秋場所 幕下西15枚目で1勝6敗の成績で終え引退。
角界(というよりスポーツ界全体が)がニューヒーロー貴乃花の全勝優勝と横綱昇進への期待に沸く中、
その陰でひっそりと静かに幕を下ろしたかのような目立たない引退だった。 当時、人気絶頂だったの貴乃花の全勝優勝の場所だったから、引退の報道がかなり控えめだったように思う。 >>753
千代の富士の大相撲史に残る名勝負は花ノ国抜きには語れない 花ノ国の最近の写真見たけど顔が生き生きしてるな。
大乃国(芝田山)のどことなく覇気のない顔とは大違いだ。 平成3年名古屋場所 西前頭6枚目 2日目の久島海戦での怪我がなけりゃ三役にいけてたと思う 花ノ国は学生相撲上がりに負けられんと同じ関西出身の栃乃和歌戦は特に闘志むきだしにしていた。 晩年の調子がいい場所の花ノ国の土俵上での仕切りは赤鬼のようで気迫十分。
とても迫力があった。 花ノ国の体つきは北天佑を連想させた。前腕が太く、相当握力がありそうだった。 昔の千代の富士vs花ノ国のような白熱した対決が見てえよ
最近ねぇからなー 皆さん、花ノ国の相撲を克明に覚えていて凄いですね。
30年も前の相撲の取り口、ネットだけでは書けないですもん。
当時の新聞や雑誌(「相撲」「大相撲」)を保存しているんですかね? 新入幕の初日、同門の1年先輩に当たる大乃花戦だったが、
右差しで攻め込み、左から小手投げを決めて、
大乃花をひっくり返したときは気持ち良かった。 >>765
100Kgまでの握力計の針を振りきっていたと当時の関係者に聞いたことがある。 薩洲洋や恵那桜の引き技に転がったり、港龍に続けて投げられたりしていた花ノ国にも萌えた。 >>755
>>756
引退を決めた幕下での天籟山戦、私は塾へ行っていて観ることができなかった。
帰ってニュース等で知り、一つの時代の終わり・自分の少年時代の区切りを感じた。 4回対戦して花ノ国の3勝1敗。
幕下で1回、十両で3回の対戦だけど、
ほとんど問題なく、花ノ国が寄り切ったり投げ飛ばしたりしていた。
昭和59年春千秋楽の対戦だけ、北尾の勝ち。 平成5年初場所8日目、それまで相手にしていなかった魁皇に、
土俵際で突き落とされ、赤房下に転がされたのはショック大 おれの友達も花ノ国のファンだよ。
なんでって聞いたら>>616と同じようなこと言ってた。
人間ができてる人って接することでファンが増えるんだな。
そういうのってカッコイイ。 うちの娘がまだ1歳ぐらいの頃、花ノ国関(当時 幕内)に抱っこしてもらった途端に娘が号泣してしまった。
カメラ構えてたけどあまりの泣きっぷりに「すいません、もう結構です」って
引き取ろうとしたら「子供は泣くもんですから」ってニコニコしながらあやしてくれた。
やっぱ優しいなぁ花ノ国関はと大感激。
無事写真を撮って娘を引き取ろうとしたら「あんまり泣いてると食っちゃうぞ」って言われました。
同じ年頃の子供がいるって言ってたけど花ノ国関が優しかったエピソードです。 前に、引退したばかりの花ノ国さんに木戸を入ったすぐのとこで遭遇して
嬉しくなって話しかけたんだが、
かなり上の空で早く逃げたそうにしていた。
忙しかったのかもしれないが、当時はチョトへこんだ。
それでもやっぱり花ノ国さんが好きだ。 新米の若者頭の時なら仕事覚えるのに必死だろうから、それでちょっと焦ってたのかも。
花ノ国さんは真面目な方だから。すごく人当たりも良いよ。 昔、巡業中で花ノ国に写真頼んだら快く承諾してくれて、
肩に手まで添えてくれて、子供心にすごい感動を覚えた。 漏れも花ノ国の大ファンだったのだが、巡業の時写真頼んだら、子供を抱っこしてくれて、気さくに笑顔で応じてくれた。
あれはホントに嬉しかった。
当時大人気だった、千代の富士や北天佑とは比較の対象にもならないのは明確だった。 中学の時、巡業で風呂上りの花ノ国にサイン頼んだら手を引かれ
テントまで連れて行かれ、ちゃんこ食べてけってご馳走になったけど、
相撲取りに誘われた、結局サインもらい忘れました。 >>791
花ノ国にスカウトされたなんてすごいな。
うらやましいぞ。 関取が抱っこをした赤ちゃんは健康で丈夫に育つという慣わしで、
漏れが1歳頃に花ノ国に巡業で抱っこしてもらったらしい。
30半ばで貧乏だし嫁は不細工だけど風邪一つひいた記憶がないから、
今度はうちのチビ二人を若乃島あたりに抱っこしてもらおうと考えてまつ。 花ノ国のいい話が昔、月刊誌「相撲」に出てた。
出身地の藤井寺市内の全ての小学校に土俵を寄贈したそうだ。 花ノ国は芝田山にはなくてはならない存在。
放駒時代から、亡くなった魁傑は彼に厚い信頼を寄せていた。
若い頃の苦労があるから、若い者への理解があるし、お客さんへの接し方も違ってくるのだろう。 場所で花ノ国をみたけど、腕には高そうなROLEXはめて、金がなさそうには見えなかった…
株買う金は額面が違うが… 頭脳明晰の花ノ国は、芝田山部屋の将来にとって不可欠だよな 花ノ国さんは根が純粋でこの世界では無類のお人よし。
なんでこんないい人が花籠騒動に巻き込まれたり病気や怪我が相次いだり不幸ばかりになるのかといつも思ってたわ。 漏れも花ノ国若者頭に一緒に写真撮ってもらった事がある。
もう17〜18年前だが、子供と母親を連れて、国技館に行った時の話。
仕事中と思われるジャンパー姿の花ノ国を見掛けたので、ダメ元で
「花ノ国さん一緒に写真撮ってもらえますか?」
と頼んだら
「いいですよ!お嬢ちゃんこっちおいで!」と優しい言葉をかけてくれた上に、子供の肩に手を掛けてくれてくれ、笑顔で応じてくれた。
漏れは子供の頃から花ノ国の大ファンで、ずっと応援していたので、花ノ国の心優しい対応に大感激した。
その貴重な想い出の写真は、漏れの大事な宝物となっている。
長文スマソ… 花ノ国って意外と上位で安定してたんだな
イメージ的には遅咲きの入幕で下位と中位を上下してた力士って感じだった
今更ながら見直したわ 俺の中では前頭筆頭=花ノ国というイメージが強い。
ウルフを始め当時役者の揃っていた上位陣と当たった時、得意の右差しになると館内がワーッと沸いて、すごい盛り上がりだった。
三役に上がれなかったが、あの時代に本当に貴重な力士だったと思う。 久島海戦での肘の骨折後の花ノ国没落はちょっと泣けたなあ・・・。
三役にあがれたかどうかはともかく平幕上位でずっとやれる位の器だったはずなのに。 花ノ国が最も強かったのは幕内昇進する頃だった。
右差し左おっつけで相手を土俵外に持っていくだけの馬力があった。
若貴兄弟の入幕時は花ノ国のピーク後だった。 花ノ国は入門した花籠部屋が消滅(輪島の年寄名跡担保問題)して放駒部屋(魁傑が師匠)に預けられるような土俵外での苦難がなかったら、
気落ちすることなくもっと 早くに上に上がっていただろう。
平幕止まりなのが惜しい… ホントにそうだよな、花籠(輪島)がもし騒動を起こしていなかったら。。。
もっと強い力士になっていただろうし、花乃湖とのコンビで名門 花籠部屋がもっと活気付いていたと思う。
花ノ藤も幕内にあがったかもしれない。
皮肉にも花籠騒動がこの人を「最強の平幕」にしてしまったと思う。 花ノ国は強豪平幕力士の一人。
三賞は敢闘賞を受賞し現・理事長からの金星もある。
三役には縁がなかったが、上位に上がると横綱・大関を破ってる。
ちなみに若花田にも初顔から2連勝してる。 花ノ国って渋いかな?
けど、華のある力士だったね。 花ノ国は渋い力士、豪傑な何か昔の力士のイメージ
平成元年の秋に北勝海を土俵中央で突き落としたのを忘れられない 花ノ国は強豪平幕。よく小錦が負けていた。特に腕力が強い
飄々とした顔で強いと皆は思わなかったみたいだけど
俺はこの人はほんとは強い人だと常に思いなぜ三役になれなかったか不思議だ 花ノ国は同時期に関脇だった巨砲や大寿山より強かったよね。
この力士も久島海、肥後ノ海、時津海らと同様に三役になっても不思議ではなかった力士。
関脇級の力はあった。 俺も花ノ国はなぜ三役に上がれなかったのかが不思議な力士の一人だ
この人アレだけ強くてまたまた不思議
素質は相当なものを持っていたよ
肘を痛めなければ最低小結になれたと今でも思う。 花ノ国は派手さがない玄人好みの力士。
個性が強く印象に残る度合いが高いと云うわけでも記憶に残るタイプでもないしなんか損やね。 花ノ国は上位を破ってる割にはあんまり目立たないし〜
でも見てる人はちゃんと見てたね 現在、大関候補と謳われている若い力士達に比べると、
彼らよりも、かつての花ノ国の方がまだまだ強いと思う。 花ノ国は旋風起こした場所(S63秋)は上位との善戦であれだけ勝ったのに、下位力士との対戦で脆くて、終わってみれば4敗していて何故だろうと印象が強く残った力士だったな。 私も花ノ国は好きでした。小錦や朝潮に勝った相撲は本当に今でも記憶に残っています。
確かに彼は糖尿や怪我もあったけど、記録より記憶に残る「名関取」って感じですね。 花ノ国は確かに強かったなあ。
はじめ体が硬いと評価は低かったが、投げの強さはトップクラスだった。 花ノ国はがぶり寄りで勝ったイメージが強かったが投げも強かったのか 俺は花ノ国といえば強引にも見える投げが印象的だったけどな。
とにかく回し取らない事には始まらない力士だったからがぶり寄りしてるイメージがあってもおかしくないとは思うけど。 個人的に花ノ国はがぶり寄りのイメージはない。
新入幕当初は、押し込んでから、突き起こしてから右四つで寄る相撲。
途中から右四つ一本に絞って、吊り寄り、投げに変わったイメージがある。 >>810
渋いとかいぶし銀とかって言われているけど
花ノ国は華があったというか記憶に残るというか
むしろ名平幕と呼びたいぐらいだ 強豪平幕花ノ国
大関 小錦キラーだった
加えて土俵作法の美しさ 花ノ国は優勝争いに加わったことがあるし
三賞はあるし
金星もあるし
幕内上位にもそこそこ定着していたし
たまには上位陣を倒していたし
なぜ2ちゃんねるで存在感が薄いかなあ 右四つ相撲の神様が花ノ国
この強さと美しさは芸術の域だ 美しい四股完成された四つ相撲相撲がありながら
平幕止まりの花ノ国 花ノ国は中学時代に当時実業団のエースだった黒崎窯業の選手に勝ったというエピソードがあるが、その時、黒崎窯業の選手は本気だったんだろうか? 花ノ国は長い相撲の末寄り切られて負ける時「あぁ〜 もうだめぇ」って感じの表情したよねw 大相撲の中で花ノ国が一番好きだわ
気は優しくて力持ち、ってのがそのまんま当て嵌まる稀有な人 もし、大ノ海久光 が健在だったら、花籠部屋の消滅もなく、
花ノ国も若者頭でなく年寄として相撲協会に残れたことだろう。 花ノ国は小錦に強かったなあ。
一時期は連敗したが、あの巨漢を電車道で持っていったり
何か自信を持って取っているように見えた。
こーゆー相撲を何でいつも取れないのか。。。 昭和63年春場所13日目
○花ノ国(寄り切り)霧島●
霧島は右上手出し投げで簡単に勝負を決めようとした。ダメ押しもなし。
東土俵で堪えた花ノ国は右差し、左上手を引き胸をつける。
右半身では勝手の悪い霧島は、左を差し込もうとするが、花ノ国は右からおっつける。
霧島はやむなく左差しを諦めて抱えたが、花ノ国は右差し手を返し、ぐいぐい寄る。
霧島は棒立ちとなって白房土俵を割った。 平成2年夏場所3日目
○花ノ国(吊り出し)孝乃富士●
孝乃富士は突っ張って出たが、かなり大振り。
花ノ国は難なく懐に飛び込んで両差し、右を深く差し込んで孝乃富士の左腰に喰いつく。
孝乃富士は肩越しの左上手から強引な掛け投げ。花ノ国は堪えると、左は前廻しを引きつけて吊る。
孝乃富士は横向きのまま黒房下へ高々と吊り出された。 S62年九州の闘竜戦では、
右四つがっぷりで膠着状態でいる時、
解説の若瀬川氏が
「花ノ国は左上手を離して絞りに行くのではないでしょうか」と言った次の瞬間、
そのまま引きつけて吊り寄りで運んだのが笑えた。 花ノ国は身体のやわらかさも武器だった
押し込まれて防戦になってもいつの間にか十分の形になっている
あれは真似ができない花ノ国だけの相撲 花ノ国が元々居たのが花籠部屋かぁ。。。。
あの頃は大勢力だったねぇ。。
懐かしいねえ〜 新入幕の巴富士を左上手投げでひっくり返したのは凄かったな。 北勝鬨が右下手を引き頭もつける絶好の体勢の中、
花ノ国は左から絞り上げて、
右下手投げで北勝鬨を裏返しにした一番を覚えている >>847
その日の大相撲ダイジェストでアナウンサーが両力士の紹介の際に
「横綱輪島の付け人を務めていた花ノ国」
「横綱千代の富士の付け人を務めていた巴富士」って
言っていたのを覚えているわ 花ノ国vs巴富士が
輪島vs千代の富士の代理戦争って感じだな 十両の土俵だったが粘りに粘る若闘将を下手投げでころがしたときの鬼の形相が今でも忘れられない。 播竜山相手に立ち合いからの上手出し投げで転がしたことあったな
なんかぶつかり稽古みたいな感じだったが 花ノ国は大昔の力士の絵のようだ。
花ノ国のような力士が昔の人々の
理想像だったのだろう。 花ノ国は全盛期、琴風ばりの押し相撲で
下位力士を仕留める日も時々あった。
こんな相撲も取れるとはと感心したもんだ。 花ノ国の十両時代から相撲を見てる
40代前半ですが、個人的な印象としては
花ノ国:安定した成績と勢いがついたときの圧倒感
って感じかなぁ。 国技館の事務所前で遭遇したことある
幕内始まるちょい前の時間だったから何かの準備に向かうところだったのかな
50代とは思えないオーラと色気だったわ 花ノ国は最高位前頭筆頭である。
しかし、相撲に打ち込む真摯(しんし)な姿勢は、若い力士の立派な手本であり、横綱にも劣らぬ協会の至宝といえる。
部屋の師匠(芝田山)がスイーツにうつつを抜かし部屋を開けることが多い中、師匠代行としての責務もきちんと果たした。
若者頭のままで終わらせてしまうのは、宝を自ら捨て去ることと同じではないのか。 オレが見始めたのは花ノ国様が25歳の時だったが、
あの体格と取り口でなんで大勝出来ないのかさっぱり理解できなかった。
歴代名横綱と比べても遜色ない風格があったもんな。 昭和六十三年の三賞受賞時にファンになった
いぶし銀かつ雄大な相撲に惚れた
大関にはなれると思ってたが… 右四つになったら強かったな。
相撲観始めたばっかりだったけど平成元年秋のの北勝海戦は忘れられない。 ちょっと花ノ国さんとは知り合いなんですが本当に筋の通った昔気質の人ですよ。普段は人一倍優しい人です。 こっち花ノ国さんの地元の大阪 南河内。
地元では結構ヒーローなの。里帰りしたら市長のところに挨拶行ったりして
必ずニュースになってたんだよん。 平成元年前後はよく花ノ国の両親が上京してきて部屋でちゃんこを食べていきましたよ。 引退する2場所前までずっと再十両を狙える位置にいた男 こんなに相撲に真面目に取り組んでた平幕力士もめずらしい 俺は花ノ国が好きだった。
勝ち身が遅いのが難だったけど、初期の段階では貴花田に強かったりして渋かった。 花ノ国は解説でよくかいな力が強いだの怪力だのって言われてたけど実際に相撲を見てると
それ程感じなかったな。
同時代には栃乃和歌とか安芸乃島なんかが居たし。 花ノ国は体付きも相撲の型も抜群だったが
攻めがやや遅い印象があった。 確かに渋いのに地味だったね
しかし昭和63年秋場所では優勝争いで千代に追従
万が一あのまま優勝してたらどうなってたんだろ 花ノ国の相撲人生を思うと、水戸黄門の歌を思い出して泣けてくる。
しかし、あきらめずがんばれば、いいこともあるよという気にもさせてくれる。
人生勇気が必要だ
くじけりゃ誰かが先に行く
あとから来たのに
追い越され
泣くのがいやならさあ歩け 華やかな栄冠とは無縁でも、後輩に次々と抜かれても、
自分は自分として、ひたすら黙々と頑張る花ノ国の姿に惚れた。
偉いよ、花ノ国。 花ノ国は当時の平幕の中でも相撲がとてもうまい方だったと思うのですが、もし三役で相撲を取ってたら、やはり大負けしてしまったのでしょうか。
わたしには、どうも想像ができません。6勝9敗くらいは、しそうな気がするのですが・・・。 花ノ国は大阪では名の知れた怪童だったらしい(相撲の雑誌に載ってた) 力士の運動会みたいな番組があって、100m走で花ノ国は結構速かった。 懐かしいね
花ノ国いい関取だったなぁ
まさに千代の富士の相手役がよく似合う、四つ相撲の本当にいい平幕力士だった 花ノ国 なつかしいな。若三杉に似ていて好きだった。 思っていた顔と違った。検索してみたら思っていた顔は巨砲だったw 晩年の『相撲』誌の今年1年の目標は
「もう一度は入幕したい」
だった 花ノ国って知らないんだけど、この板じゃ人気あるの?
なんで人気あるの? 相撲板のネ申様である、元前頭筆頭の花ノ国若者頭を知らんのか? >>886
花ノ国サンの魅力が分からないお前がキチ○イ 昭和63年九州場所2日目 ○花ノ国(叩き込み)琴ヶ梅●
琴ヶ梅は右から軽く張っておいて左に変化。
しかし花ノ国が突進して来なかったので、あれれ?という変な間になった。
琴ヶ梅はならばと右のど輪で攻め、左ハズ押しを探ったが、
花ノ国は上体が起きながらも、敢えて下がったかのように距離を取り、叩いた。
足が出ていなかった琴ヶ梅は、あえなく両手からバッタリ落ちた後、
勢い余って花ノ国の股下でグニャという風にへたり込んでしまった。 花ノ国が砲丸投げで軽く20m投げたって伝説はほんと? 俺は大相撲観戦歴50年だが、この花ノ国ほど素晴らしい力士はいなかったと思うよ。
やはり大相撲の醍醐味はがっぷり四つに組んで力と技を出し切って取ること。
これに尽きるよ。 恵那櫻、板井、薩洲洋、春日富士 こうした面々に翻弄される花ノ国に萌えた。 昭和63年9月の花ノ国は強かった。誰にも負けない気がしたけど、薩洲洋・北天佑・朝潮・大寿山に負けた。 半年前まではしょっちゅうお邪魔していた者です
なぜか突然書き込みが出来なくなり
皆さんの言葉を眺めるだけになっていましたが
また急に書き込めるようになりました
引退してからの花ノ国さんもずっと応援し続けています
来場所にもまた元気な姿をBS中継の解説で見せてほしいです 熱心に書き込みをされていた花ノ国ファンの方ですね
書き込みがなくなったので、もう来ないのかなと
心配していました
たぶんアクセス禁止の巻き添えではないでしょうか >>898
お久しぶりです
復帰できて良かったですね
私も若者頭になってからの花ノ国を応援しています >>899さん
>>900さん
>>898です
お二人ともありがとうございます、覚えてて頂いて感激です!
アクセス禁止の巻き添え…!そんなことがあるのですね、、
書き込みが出来なかった半年間、
ここで皆さんと思いで話も共有できずに孤独でした w
これからも一緒に花ノ国の話題に参加させてください
よろしくお願いします! >>898
問題を起こしたプロバイダーを書き込み禁止(アクセス禁止)にすると
当会社でなくても、巻き添えのアクセス禁止で書き込めないんですよ
私はniftyなので、結構巻き添えくらいました
これからも花ノ国について一緒に盛り上がりましょう >>897
花ノ国の初土俵は1975年(昭和50年)だ。
初土俵からリアルタイムで見ている人は相撲観戦歴42年以上ということになる。
殆どは50越したオッサンだよw >>898です
花ノ国ファンの皆様、
詳細ありがとうございます!
これは個人ではどうにも防ぎようがなさそうですね 昔からのファンの方だと思うので、半年も書き込めなかったのは
ストレスだったでしょうね。
また若者頭として活躍する花ノ国を一緒に応援しましょう。 四股名は花乃国(新十両の時)のままのほうが良かった。 いいじゃないか。俺は花ノ国しか知らないので花ノ国の方がいい 花ノ国のサインを貰ったが
簡単な字だがえらく美しいサインだった 花ノ国は旭道山に強かったな
8勝1敗・・・ニワトリを追い詰めるように実に理詰めに取っていた 陣岳が花ノ国の小股掬い喰らい、大開脚して宙に舞ったところは萌える。 おれはガキのころ花ノ国の熱狂的なファンだった。
花ノ国の相撲を見るときは動悸が止まらないほど緊張したし興奮した。
花ノ国が十両から何度も幕下に落ちても土俵に上がり続ける姿に尊さを感じていた。
子供心に、この人は真摯な姿勢で勝負に臨んでいると、直感でわかってたんだと思う。 花ノ国アゲが多いが、この人の現役の相撲知っていればそうなっちゃうよなぁ... なんでこのひとここまで人気あるの?
千代の富士一人勝ち時代から後、しばらく相撲観てない時期あったけどその間に何かあったの? あの時代は、花ノ国クラスでも年寄株持てなかったんだね もう、お前らにかかったら
花ノ国は双葉山並の神様だなw 花ノ国は単に強いだけでなく人格が優れていたので多くの弟子が集まり一代で放駒部屋を大部屋にしたことが評価されている この人の解説の持ち味はは厳しい直言じゃなくて、温かみのある解説 花ノ国vs曙のテレビ中継で印象に残っているのが
アナウンサー:「この一番、やはり曙の力ですかね?」
出羽錦:「力というよりも、パワーですね」
結局、曙のパワーに吹っ飛ばされてしまった 相撲板をサーフィンしていたら、花ノ国さんのスレがあったことを今日初めて知りました。
小学生の頃、毎日のようにテレビ観戦していたころが思い出されます。
懐かしいです。 >>929
解説ではあまり小難しいこと言わないから分かりやすい もうアナウンサー要らねえから花ノ国1人で実況と解説やらせろ
正面昇格でいいよ 花ノ国の優しい解説が好き。
面白いから正面良いかも。
正面やった事あるっけ? 頭の良い人で解説は聞かせるものがある
掛け合いというか、当意即妙な会話のタイミングも
相撲に通じるのかもしれない
明るく、自信に溢れる相撲界のリーダー 花ノ国さんは良くも悪くもNHK向きだわな、ソフトにわかりやすく一般常識的な解説。琴錦みたいにバカな聞き苦しくはないから悪くはない。
人柄がわかるわ。 >>739
>千代の富士との初対戦でいきなり左から突き落としにいく度胸はすごすぎだわ
千代の富士を初めて相手にするから相当に燃えたんだろうな、
それまであまりにも格上の存在だったから。 木村城之介「東方花ノ国、東前頭筆頭、大阪府藤井寺市出身、放駒べやぁ」 >>860
何年か前の思い出の土俵で見たけど凄い一番だった。 長嶋茂雄が「我が巨人軍は永久に不滅です」と言って引退したのは昭和49年。
この翌年の春場所で花ノ国は初土俵。 この人、非常に理論的な解説するからびっくりした、「うん?なる程、誰が喋ってる?」と思ったら花ノ国だった。
緻密と言うか計算してると言うか、解説が面白いもんだな。 花ノ国がBS中継の解説者ではベストやね
娘はキャビンアテンダントだったはず 厳しいことも言うけど、基本は力士に優しい解説の花ノ国を中心に
琴千歳、前進山とかがいいな
この辺が喋りも聞きやすいしわかりやすい 相撲の取り口と違うイメージの解説をする人は少なくないね
四つ相撲一筋だった花ノ国が突き押し相撲の解説したら理論的で驚いたわ
そこまで理解が深いなら何故自分でやらないの?とも思ったけれどそうは簡単にいかないんだね
現役時代に突き押し相撲の相手を攻略するために考察をしていたということでしょう 「企業の内部留保課税」を公約に掲げた時点で
大手企業をスポンサーに抱えるメディアが一斉に
もっともな理由を付けて「希望の党の失速ムード」の空気づくりに傾倒する
「企業の内部留保課税」これが影の重要案件だ!!!!
選挙に心して望め >>945
まあ花ノ国に次ぐ実績では前頭5枚目が最高位の琴千歳だもんな 既に退職し故人となっているが嗣子鵬は最高位が西前頭2枚目
いずれにしろ花ノ国の東前頭筆頭には及ばないが・・・ 花ノ国 :東前頭筆頭 在位24場所 敢闘賞1 金星1
嗣子鵬:西前頭2枚目 在位17場所
琴千歳:東前頭5枚目 在位5場所 花ノ国は引退まで衰えたなりに元前頭筆頭の力、内容を見せていたと思う。 花ノ国の魅力がわからない奴はニワカwwwwwwwwwwwwwww >>955
急激に衰えたって感じじゃなかったね。
緩やかに下降線をたどって行った。 大寿山ごときに花ノ国が、負けたの見るのは悔しかった。 花ノ国は足腰が強靭たった。
特に膝のバネの強さは抜群だった。 >>956
ここが花ノ国スレであることをお忘れなく。 >>956うるさい
ここは花ノ国スレだよ
馬鹿か
黙って花ノ国さんの事を評価しなさい。 >>956
無職中年の引きこもりは花ノ国のひたむきさを見習え あー、もしもし、キミたち。そろそろ花ノ国の話でも聞かせてくれよ 花ノ国スレはまだまだ続くよ!
若者頭としての今後の活躍に期待しましょう。 ナチュラルで鍛え上げられた肉体の美しさを具現化したのが花ノ国 ずっと花ノ国のファンだったばあちゃんが
北勝海から初金星を獲った時に泣いて喜んでたなぁ〜
その日は泣きすぎて喋れなくなってたわ 花ノ国は幕下時代に花籠騒動で棒に振ったのに幕内まで上がったのがスゴイわ 花ノ国の親しい有名人
笑福亭鶴瓶、河内家菊水丸、立花家千橘、桂文福、円広志
関西の一流どころばっかり 花ノ国は組むと力強いし吊りもできるし見てて面白い力士だったな 花ノ国は相手を寄る時の四股の開きが見事だったと思う。 花ノ国って時代劇に出てきそうな顔つきだよね
南河内人なのにw 相撲を見始めた子供の頃、
新入幕力士なのに大銀杏が良く似合いベテランの様な風貌で土俵に上がった花ノ国を
なんかカッコいいと思っていた 花ノ国の敢闘賞と金星と前頭筆頭の地位まで上がったのは本人の努力 >>956
このスレの8割は
若者頭の花ノ国さんマンセー!!
でできています 花ノ国:58歳の誕生日おめでとうございます〜〜!! 関係ないけど花ノ国は渡辺謙と同い年なんやなぁ... 昭和34年10月15日
俺が最初に記憶した有名人の生年月日は花ノ国のだった 納屋から切抜きしていた当時の花ノ国の新聞記事がいっぱい出てきた。 花ノ国は今でこそ若者頭だけど、花籠騒動や糖尿病で7〜8年も燻っていながら、幕内上位で活躍したんだから凄い精神力だぞ。 花ノ国を見ているとホント人生の機微を感じるよね。
順調に幕下まで上がりながら
糖尿病と花籠騒動で苦労して十両に
4度も幕下に落ちながらも
5度目の再十両で関取に定着
28歳で入幕して三賞と金星も獲りながら
番付運の悪さで三役に上がれず
晩年はケガの影響で徐々に番付を落とし
幕下で静かに引退
年寄株が確保できなかったものの
若者頭として何とか相撲界に残る
花ノ国を見ていると、どんな苦難があっても
人生簡単に投げちゃいけないと思う。 時間一杯で、いかにも秘策ありげに塩を撒いて、結局立ち合いからすぐに毎度の組手になる千代の富士戦に萌えた 歴代の若者頭の中で四つ相撲の上手さでは花ノ国が一番かな? 花ノ国って最後の半年、幕下でとってたけど、その間、千代大海、隆涛、大日ノ出対戦して勝ってるんだな。
幕下に落ちて意外な対戦記録が残るのもいいね。 このスレッドは1000を超えました。
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