アンパンマン強さ議論スレ Part2

**格無しさん** · 2017/11/07(火) 18:09:08.49

前スレ
アンパンマン強さ議論スレ
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**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:24:46.43

こう心の中に繰返しながら、彼は全く機械的に、汗みずくになった馬の腹を何度も靴の踵で蹴った。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:25:02.38

十分ほど前、何小二は仲間の騎兵と一しょに、味方の陣地から川一つ隔てた、小さな村の方へ偵察に行く途中、黄いろくなりかけた高粱の畑の中で、突然一隊の日本騎兵と遭遇した。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:25:18.26

それが余り突然すぎたので、敵も味方も小銃を発射する暇がない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:25:34.14

少くとも味方は、赤い筋のはいった軍帽と、やはり赤い肋骨のある軍服とが見えると同時に、誰からともなく一度に軍刀をひき抜いて、咄嗟に馬の頭をその方へ立て直した。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:25:49.96

勿論その時は、万一自分が殺されるかも知れないなどと云うことは、誰の頭にもはいって来ない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:26:05.67

そこにあるのは、ただ敵である。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:26:21.63

あるいは敵を殺す事である。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:26:37.46

だから彼等は馬の頭を立て直すと、いずれも犬のように歯をむき出しながら、猛然として日本騎兵のいる方へ殺到した。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:26:53.24

すると敵も彼等と同じ衝動に支配されていたのであろう。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:27:09.09

一瞬の後には、やはり歯をむき出した、彼等の顔を鏡に映したような顔が、幾つも彼等の左右に出没し始めた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:27:24.78

そうしてその顔と共に、何本かの軍刀が、忙しく彼等の周囲に、風を切る音を起し始めた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:27:40.61

それから後の事は、どうも時間の観念が明瞭でない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:27:56.45

丈の高い高粱が、まるで暴風雨にでも遇ったようにゆすぶれたり、そのゆすぶれている穂の先に、銅のような太陽が懸っていたりした事は、不思議なくらいはっきり覚えている。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:28:12.29

が、その騒ぎがどのくらいつづいたか、その間にどんな事件がどんな順序で起ったか、こう云う点になると、ほとんど、何一つはっきりしない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:28:28.15

とにかくその間中何小二は自分にまるで意味を成さない事を、気違いのような大声で喚きながら、無暗に軍刀をふりまわしていた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:28:44.07

一度その軍刀が赤くなった事もあるように思うがどうも手答えはしなかったらしい。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:29:00.01

その中に、ふりまわしている軍刀のが、だんだん脂汗でぬめって来る。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:29:15.86

そうしてそれにつれて、妙に口の中が渇いて来る。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:29:31.92

そこへほとんど、眼球がとび出しそうに眼を見開いた、血相の変っている日本騎兵の顔が、大きな口を開きながら、突然彼の馬の前に跳り出した。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:29:47.77

赤い筋のある軍帽が、半ば裂けた間からは、いが栗坊主の頭が覗いている。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:30:03.63

何小二はそれを見ると、いきなり軍刀をふり上げて、力一ぱいその帽子の上へ斬り下した。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:30:19.50

が、こっちの軍刀に触れたのは、相手の軍帽でもなければ、その下にある頭でもない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:30:35.23

それを下から刎ね上げた、向うの軍刀の鋼である。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:30:51.10

その音が煮えくり返るような周囲の騒ぎの中に、恐しくかんと冴え渡って、磨いた鉄の冷かな臭を、一度に鋭く鼻の孔の中へ送りこんだ。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:31:06.95

そうしてそれと共に、眩く日を反射した、幅の広い向うの軍刀が、頭の真上へ来て、くるりと大きな輪を描いた。――

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:31:22.79

と思った時、何小二の頸のつけ根へは、何とも云えない、つめたい物が、ずんと音をたてて、はいったのである。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:31:38.63

馬は、創の痛みで唸っている何小二を乗せたまま、高粱畑の中を無二無三に駈けて行った。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:31:54.49

どこまで駈けても、高粱は尽きる容子もなく茂っている。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:32:10.33

人馬の声や軍刀の斬り合う音は、もういつの間にか消えてしまった。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:32:26.07

日の光も秋は、遼東と日本と変りがない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:32:41.92

繰返して云うが、何小二は馬の背に揺られながら、創の痛みで唸っていた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:32:57.77

が、彼の食いしばった歯の間を洩れる声には、ただ唸り声と云う以上に、もう少し複雑な意味がある。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:33:13.51

と云うのは、彼は独り肉体的の苦痛のためにのみ、呻吟していたのではない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:33:29.39

精神的な苦痛のために――

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:33:45.22

死の恐怖を中心として、目まぐるしい感情の変化のために、泣き喚いていたのである。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:34:00.96

彼は永久にこの世界に別れるのが、たまらなく悲しかった。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:34:16.80

それから彼をこの世界と別れさせるようにした、あらゆる人間や事件が恨めしかった。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:34:32.65

それからどうしてもこの世界と別れなければならない彼自身が腹立しかった。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:34:48.41

こんな種々雑多の感情は、それからそれへと縁を引いて際限なく彼を虐みに来る。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:35:04.30

だから彼はこれらの感情が往来するのに従って、「死ぬ。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:35:20.31

と叫んで見たり、父や母の名を呼んで見たり、あるいはまた日本騎兵の悪口を云って見たりした。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:35:36.16

が、不幸にしてそれが一度彼の口を出ると、何の意味も持っていない、嗄れた唸り声に変ってしまう。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:35:52.00

それほどもう彼は弱ってでもいたのであろう。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:36:07.85

「私ほどの不幸な人間はない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:36:23.69

この若さにこんな所まで戦に来て、しかも犬のように訳もなく殺されてしまう。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:36:39.53

それには第一に、私を斬った日本人が憎い。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:36:55.37

その次には私たちを偵察に出した、私の隊の上官が憎い。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:37:11.23

最後にこんな戦争を始めた、日本国と清国とが憎い。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:37:27.09

いや憎いものはまだほかにもある。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:37:42.92

私を兵卒にした事情に幾分でも関係のある人間が、皆私には敵と変りがない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:37:58.65

私はそう云ういろいろの人間のおかげで、したい事の沢山あるこの世の中と、今の今別れてしまう。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:38:14.41

ああ、そう云う人間や事情のするなりにさせて置いた私は、何と云う莫迦だろう。」

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:38:30.10

何小二はその唸り声の中にこんな意味を含めながら、馬の平首にかじりついて、どこまでも高粱の中を走って行った。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:38:45.93

その勢に驚いて、時々鶉の群が慌しくそこここから飛び立ったが、馬は元よりそんな事には頓着しない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:39:01.84

背中に乗せている主人が、時々ずり落ちそうになるのにもかまわずに、泡を吐き吐き駈けつづけている。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:39:17.71

だからもし運命が許したら、何小二はこの不断の呻吟の中に、自分の不幸を上天に訴えながら、あの銅のような太陽が西の空に傾くまで、日一日馬の上でゆられ通したのに相違ない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:39:33.56

が、この平地が次第に緩い斜面をつくって、高粱と高粱との間を流れている、幅の狭い濁り川が、行方に明く開けた時、運命は二三本の川楊の木になって、もう落ちかかった葉を低い梢に集めながら、厳しく川のふちに立っていた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:39:49.42

そうして、何小二の馬がその間を通りぬけるが早いか、いきなりその茂った枝の中に、彼の体を抱き上げて、水際の柔らかな泥の上へまっさかさまに抛り出した。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:40:05.24

その途端に何小二は、どうか云う聯想の関係で、空に燃えている鮮やかな黄いろい炎が眼に見えた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:40:20.99

子供の時に彼の家の廚房で、大きな竈の下に燃えているのを見た、鮮やかな黄いろい炎である。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:40:36.72

「ああ火が燃えている」

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:40:52.54

その次の瞬間には彼はもういつか正気を失っていた。………

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:41:08.28

馬の上から転げ落ちた何小二は、全然正気を失ったのであろうか。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:41:24.15

成程創の疼みは、いつかほとんど、しなくなった。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:41:40.01

が、彼は土と血とにまみれて、人気のない川のふちに横わりながら、川楊の葉が撫でている、高い蒼空を見上げた覚えがある。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:41:55.84

その空は、彼が今まで見たどの空よりも、奥深く蒼く見えた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:42:11.59

丁度大きな藍の瓶をさかさまにして、それを下から覗いたような心もちである。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:42:27.31

しかもその瓶の底には、泡の集ったような雲がどこからか生れて来て、またどこかへ然と消えてしまう。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:42:43.15

これが丁度絶えず動いている川楊の葉に、かき消されて行くようにも思われる。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:42:58.89

では、何小二は全然正気を失わずにいたのであろうか。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:43:14.73

しかし彼の眼と蒼空との間には実際そこになかった色々な物が、影のように幾つとなく去来した。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:43:30.60

第一に現れたのは、彼の母親のうすよごれた裙子である。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:43:46.43

子供の時の彼は、嬉しい時でも、悲しい時でも、何度この裙子にすがったかわからない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:44:02.29

が、これは思わず彼が手を伸ばして、捉えようとする間もなく、眼界から消えてしまった。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:44:18.15

消える時に見ると、裙子は紗のように薄くなって、その向うにある雲の塊を、雲母のように透かせている。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:44:33.99

その後からは、彼の生まれた家の後にある、だだっ広い胡麻畑が、辷るように流れて来た。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:44:49.84

さびしい花が日の暮を待つように咲いている、真夏の胡麻畑である。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:45:05.67

何小二はその胡麻の中に立っている、自分や兄弟たちの姿を探して見た。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:45:21.55

が、そこに人らしいものの影は一つもない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:45:37.26

ただ色の薄い花と葉とが、ひっそりと一つになって、薄い日の光に浴している。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:45:53.09

これは空間を斜に横ぎって、吊り上げられたようにすっと消えた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:46:08.95

するとその次には妙なものが空をのたくって来た。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:46:24.80

よく見ると、燈夜に街をかついで歩く、あの大きな竜燈である。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:46:40.66

長さはおよそ四五間もあろうか。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:46:56.39

竹で造った骨組みの上へ紙を張って、それに青と赤との画の具で、華やかな彩色が施してある。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:47:12.13

形は画で見る竜と、少しも変りがない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:47:27.98

それが昼間だのに、中へ蝋燭らしい火をともして、彷彿と蒼空へ現れた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:47:43.82

その上不思議な事には、その竜燈が、どうも生きているような心もちがする、現に長い鬚などは、ひとりでに左右へ動くらしい。――

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:47:59.70

と思う中にそれもだんだん視野の外へ泳いで行って、そこから急に消えてしまった。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:48:15.56

それが見えなくなると、今度は華奢な女の足が突然空へ現れた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:48:31.28

纏足をした足だから、細さは漸く三寸あまりしかない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:48:47.15

しなやかにまがった指の先には、うす白い爪が柔らかく肉の色を隔てている。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:49:02.87

小二の心にはその足を見た時の記憶が夢の中で食われた蚤のように、ぼんやり遠い悲しさを運んで来た。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:49:18.70

もう一度あの足にさわる事が出来たなら、――

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:49:34.52

しかしそれは勿論もう出来ないのに相違ない。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:49:50.38

こことあの足を見た所との間は、何百里と云う道程がある。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:50:06.24

そう思っている中に、足は見る見る透明になって、自然と雲の影に吸われてしまった。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:50:22.11

その足が消えた時である。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:50:38.12

何小二は心の底から、今までに一度も感じた事のない、不思議な寂しさに襲われた。

**格無しさん** · 2018/05/08(火) 02:50:53.88

彼の頭の上には、大きな蒼空が音もなく蔽いかかっている。